【右頁上段】
七ツいろは《割書:并》絵抄
【右頁中段】
生滅(しやうめつ)滅已(めつい)
寂滅(じやくめつ)為楽(ゐらく)
【右頁下段】
有為(うゐの)奥山(おくやま)今日(けふ)越(こえて)
うゐのおくやまけふこえて
浅(あさき)夢(ゆめみし)不酔(ゑひもせず)
あさきゆめみしゑひもせず
空海(くうかい)入唐(につとう)して
口(くち)ならびに手足(てあし)に
筆(ふで)をとりて
一時(いちじ)に
八文字(はちもんじ)を
書(かき)給ふ図(づ)
芳盛画
【右頁上段】
伊呂波(いろは)の文(もん)。長(ちやう)
歌(か)に似(に)て大意(だいい)
諸行(しよぎやう)無常(むじやう)の四(し)
句(く)の文(もん)に応(おう)ず
是(これ)石淵寺(せきえんじ)【渕は俗字】の勒(ろく)
操(さう)。延暦寺(えんりやくじ)の最(さい)
勝(しやう)。高野山(かうやさん)の空(くう)
海(かい)。相(あひ)ともに唱和(しやうくわ)
して作(つく)るところと
いふ又 元興寺(げんかうじ)の
護命(ごめい)と空海(くうかい)と
の両作(りやうさく)なりといふ
然(しか)れどもこの四(し)
【左頁上段】
十七 字(じ)新意(しんい)に
起(おこ)るにあらず天(てん)
竺(じく)の悉曇(しつどん)の字(じ)
母(ぼ)にもとづいて始(はじ)
めて草字(さうじ)を作
る何(なん)ぞ唱和(しやうくわ)して
是(これ)を作(つく)らんや
空海は天下(てんか)の能(のう)
書 殊(こと)に草書(さうしよ)の
聖(ひじり)とするなり然(しか)
れば空海(くうかい)一人の
作(さく)なる事(こと)必定(ひつじやう)
せり京(きやう)は後人(こうじん)加(くはふ)之(これ)ヲ
【右頁上段】
実(げ)に世(よ)の中(なか)
のことわざにも
かいるには口(くち)より
のまるゝといふ事(こと)
常(つね)〴〵詞(ことば)を
つゝしまずして人
の善悪(ぜんあく)を評(ひやう)
する人をいまし
めたる理言(りげん)の人の
善(ぜん)を前(まへ)にとく者(もの)
はかならず後(のち)に
譏(そし)るものなり人
の是非(ぜひ)善悪(ぜんあく)を
【左頁上段】
説(とか)ざればくち
よりのまるゝの
うれいなし口は
わざはひのかど
ともいましめ
たり勝しむ
べし〳〵
武勇(ぶいう)なる人
までも女により
て身(み)をあや
まつためし古(こ)
今(きん)に多(おほ)しと
佐藤(さとう)忠信(ただのぶ)は
【右頁中段右】
意(い)
梅がえに心
とまらば鴬の
ほふほけきやうの
にほひぬるかな
【右頁下段右】
露(ろ)
すみよしの
松のしづくに
ぬれそめて
世のとうろうの
みとはなり
けり
【右頁中段左】
波(は)
ふねとめて
しばしたゞよふ
みほのうみ
なみにうかべる
もみぢばの
いろ
【右頁下段左】
忍(に)
はつそらの
みやまのしみづ
なみ見れば
月も水にぞ
しのぶなり
けり
【左頁中段右】
浦(ほ)
のりへたる
なみ間を
ふねは
みゐでらへ
よするはきよき
しがのうらかぜ
【左頁下段右】
邉(ヘ)
そのかみに
いつかわかれは
あふさかの
ほとりに
まよふ
うその
世の中
【左頁中段左】
ほとけにも
かみにもなさば
なるものを
おにゝつくれる
いなかやき
ばも
【左頁下段左】
いそがねどけふも
めいどのたびのそら
みちに
まよへば
なほ
おそふ
なる
【右頁中段】
三どくの
ふるす
はなるゝ
うれしさは
はつねをいづる
たにの
うぐひす
【表紙】
【題簽】
《割書:新板|絵入》伊勢物語 《割書:下》
《割書:かうしやく付》
【表紙見返し】
伊勢物語題号
此物語伊勢と称する事伊勢の御作物語となしたる
故也古来伊勢の二字男女と訓するをもつて伊勢物語と
号すと云説当流もちひす又業平伊勢の国へかりの使に
いきて斎宮にあひし故に伊勢物語と称すと云て斎宮の
事を巻頭に置たる本有定家卿奥書に伊行か所為狼藉者【奇】
怖【恠ヵ】者也不用也と云々此筆書様【法印云旨ヵ】闕疑抄にも云註通改【言語道断ヵ】曲事
なりと述給へり然別【則ヵ】業平自記の書給へしを伊勢増巻
後補して業平の卒後仁和の帝芹河行幸の事を
載業平の兄行平の哥を書加へ其外万葉集の哥等
をのせて作物語となし宇多院の后宮七条の后温子へ
奉りし故伊勢物語と号したるといふ説に決せり伊
勢の御は前大和守従五位上藤原継蔭か女也継蔭元伊勢
守たりし時女の名とす寛平頃室【法皇ヵ】にも宮仕して行明親王を
生り大和物語源氏等にも伊勢の御と称せり女御といふ心也と
そ年代は業平とおなし業平逝去迄在し人なり
┌─浜椎───┐
内麻呂───真夏──┤ │
└─関椎 │
┌────────────────┘
└─継蔭────────伊勢女
【左丁】
(四十九)むかし。おとこ。いもうとの。いと《振り仮名:おかしげ|(うつくしきなり》成けるを。見をりて
うらわかみねよげに見ゆるわかくさを人のむすばんことおしぞ思ふ
《割書:(いかなるよき人にもむすひかしづかせたきとおもふ也|》
ときこえけりかへし
《振り仮名:はつくさのなどめづらしき|(めつらしきといはんとてはつくさといへり》ことのはぞ《振り仮名:うらなく物を思ひけるかな|(かたしけなく思しめしくたさるゝとの心也》
(五十)むかし。おとこありけり。《振り仮名:うらむる人|(我をうらむる人也》を《振り仮名:うらみて|かへりてそなたこそ》
《振り仮名:鳥の子をとをづゝとをは|かみの句なるましきことをたとへたり》かさぬとも思はぬ人を思ふものかは
といへりければ
《振り仮名:あさつゆはきえ残|かみの句有ましき物をたとへたり》りても有ぬべしたれか此世をたのみはつべき
またおとこ
《振り仮名:ふく風にこぞのさ|かみの句又あるましきことをいへり》くらはちらずともあなたのみがた人の心は
又女かへし
《割書:古今》《振り仮名:ゆく水にかずかく|かみのくはかなきことのたとへ也》よりもはかなきは思はぬ人を思ふなりけり
またおとこ
【右丁】
行水と過るよはひとちる花といつれまて《振り仮名:てふことをき|(とい ふといふことはなり》くらん
《振り仮名:あだくらべかたみにしける。|(はかなきこと人をいひくらふる也【「し」があるのでは】(男女たかひにする也》男女のしのびありきしけること成べし
(五十一) むかし。おとこ。人のせんざいに。きくうへけるに
《割書:古今》《振り仮名:うへしうへ|(かさねことは也》秋なき時やさかざらん花こそちらめねさへかれめや
(五十二) 昔。男有けり。人のもとより。かざりぢまきおこせたりける返事に
あやめかり君はぬまにぞまどひける我は野に出てかるぞわびしき
とて。きじをなんやりける
(五十三) むかし。男。あひがたき女にあひて。物語などしける程に。とりのなきければ
いかでかはとりのなくらん人しれずおもふ心はまだ夜ふかきに
(五十四)むかし。おとこ。つれなかりける女にいひやりける
ゆきやらぬゆめぢをたどるたもとにはあまつそらなるつゆやをくらん
(五十五) むかし。男。おもひかけたる女の。《振り仮名:えうまじう成|
我ものになるましくなる也》ての《振り仮名:よに|(世也》
思はずはありもすらめとことのはの折ふしごとにたのまるゝかな
【左丁】
(五十六) むかし。おとこ。ふして思ひ。おきて思ひ。おもひあまりて
わが袖はくさのいほりにあらねどもくるればつゆのやどりなりけり
(五十七) むかし。おとこ。人しれぬ物おもひけり。つれなき人のもとに
恋わびぬあまのかるもにやどるてふ我から身をもくだきつる哉
(五十八) むかし。心つきて。色ごのみなる《振り仮名:男。|(なりひら也》長岡といふ所に。家つくりてをり
けり。そこのとなりける《振り仮名:みやばら|桓武の皇女達也》に。《振り仮名:こともなき|たくひなくすくれたる女也》《振り仮名:女ども|つかはれ人也》の。ゐなかなり
ければ。田からんとて。此《振り仮名:男の|(なりひら也》有を見て。《振り仮名:いみじのすきものゝしわざ|(なりひら家居奥有て住なせるを物すき也とて女のほめたる也》
やとて。あつまりて。《振り仮名:入きければ。|(なりひらのいへに》此《振り仮名:男にげ|(なりひら也》ておくにかくれにければ。女
《割書:古今》 あれにけりあはれいくよの宿なれや住けん人のをとづれもせぬ
といひて。此みやにあつまりきゐて有ければ。此おとこ
むぐらおひてあれたる宿のうれたきはかりにも《振り仮名:おにの|(女のこと也》《振り仮名:すだく成|(あつまる也》けり
とてなん出したりける。此女ども。《振り仮名:ほひろ|(いねのほ也》はんといひければ
うちわびておちぼひろふと聞 ̄カ ませば我も田づらにゆかまし物を
【右丁】
(五十九)昔。男。京をいかゞおもひけん。ひんがし山に住んと思ひ入て
《割書:後撰》《振り仮名:住わびぬ今はかぎり|後撰につま木こるへきやともとめてんと有》と山ざとに身をかくすべき宿もとめてん
かくて《振り仮名:物いたくやみて|(物思いの病となりて也》しに入たりければ。おもてに水そゝきなどして。いき出て
我うへにつゆぞをくなるあまの川とわたるふねのかいのしづくか
となんいひて。いき出たりける
(六十) むかし。おとこ有けり。《振り仮名:宮つかへいそが|(なりひらは春にいそがしき也》はしく。心も《振り仮名:まめならざり|(しんじつにも思はぬ也》ける
程のいへ《振り仮名:どうじ|(つまをいふ也》。《振り仮名:まめに思はん|(又しんじつに思はんと云人也》といふ人につきて。《振り仮名:人の国|他国也》へいにけり。此
男うさのつかひにて。いきけるに。ある国の《振り仮名:しぞうの官人の|(祗承と書勅使をもてなすこやと也》め(妻也)にてなん有と聞
て。女あるじに《振り仮名:かはらけとら|さかつきさゝせよと也》せよ。《振り仮名:さらずはのまじと|女房の盃ならすはさけをのましと也》いひければ。かはらけ
《割書:(勅使の仰なれは也》
とりて出したりけるに。さかななりけるたち花をとりて
《割書:古今》さ月まつ花たちばなのかをかげばむかしの人の袖のかぞする
といひけるにぞ。《振り仮名:思ひ出て|もとの夫也と思ひ出して也》《振り仮名:あまに成て|めんほくなく思ひて也》山に入てぞありける
(六十一) むかし。男。《振り仮名:つくしまで|うさの使なるへし》いきたりけるに。《振り仮名:これはいろ|なりひらを見て也》このむといふ。すき
【左丁】
ものと。すだれのうちなる人のいひけるをきゝて
《割書:拾遺》そめ川をわたらん人のいかでかは色になる《振り仮名:てふことのな|(といふといふことは也右にも注す》からん
女かへし
《割書:後撰》名にしおはゞあだにぞ有べきたはれしまなみのぬれぎぬきるといふ也
(六十二) むかし。年ごろをとづれざりける女。《振り仮名:心かしこく|(をろかなる女也》やあらざりけん。《振り仮名:はか|(人のいふに》
《振り仮名:なき人|まかせてなり》のことに付て。《振り仮名:人の|(他国也》国なりける人につかはれて。《振り仮名:もと見し|(なりひら也》人の
まへに出きて。《振り仮名:物くはせ|(給仕したる也》などしけり。よさり《振り仮名:此有つる人給へと。|(此給仕の女をよさり我所へたべと也》あるじ
にいひければ。おこせたりけり。男われをしらずやとて
いにしへのにほひはいづらさくら花《振り仮名:こけるからともなり|(花こきちらしたる枝のからといへる也》にけるかな
といふを。《振り仮名:いとはつ|(女の心に也》かしと思ひて。《振り仮名:いらへもせで|(返事もせぬと也》ゐたるを《振り仮名:などいらへも|(なりひらのことは也》せぬ
といへば。《振り仮名:なみだの|(女のことは也》こぼるゝに。めも見えず物もいはれずといふ
これやこの我にあふみをのがれつゝ年月ふれどまさりがほなき
といひて。きぬゝぎてとらせけれど。《振り仮名:すてゝにげ|(はちてゑとらぬ也》にけり。いづちいぬらん共しらず
【右丁】
(六十三) むかし。世心つける((色好の心也)女。いかで心なさけあらん男に。あひえてしがなと
思へど。いひ出んもたよりなきに。まことならぬゆめがたりをす。子 三人(ミタリ)を
よびてかたりけり。ふたりの子はなさけなく 《振り仮名:いらへてや|(みくるしく思へる也》みぬ。三郎成ける子
なん。よき御 ̄ン 男ぞいてこんと あはするに。((夢合する也)此女 けしき(よろこふ也)いとよし。こと人((三郎か心也)
はいとなさけなしいかで 此さいご((なりひら也)中将に。 あはせてし(■て■を也)がなと思ふ心有。
かりしありきけるに((なりひらかりしてありく也)いきあひ((三郎が)て。道にて馬のくちを((なりひらの馬のくち也)とりて。 かう〳〵なん((かやう〳〵にわか母)
思ふと((思ふと也)いひければ。あはれがりて。きてねにけり。((なりひらゆきて也)扨のち男みえざりけ
TKGK-00056
書名 唐詩選画本,[二編]5巻
刊 5冊
所蔵者 東京学芸大学附属図書館
函号 921.43/TAC
撮影 国際マイクロ写真工業社
令和2年度
国文学研究資料館
【表紙題箋】《題:唐詩選画本 《割書:七言絶句》一》
【見返し】
芙蓉先生画 【印「不許翻刻/千里必究」】
唐詩選
東都書肆 嵩山房蔵
【上欄 横書き】文化甲戌再板
自序
信手而画唐詩景象二三
紙翌復二三筆如是
数日自充銷暑清涼散
不図謬落書肆之手也書
肆嵩山房主人裒為五
巻因旁書国字解以応
童子之求請余冠一言已
是土苴加以仏頭不潔何
禍棗梨為之奪而不還
主人曰已是搨打数十■【遍ヵ過ヵ】
都若不許請倩它人
作序言耳余窮且困
古人有言不困在於早
慮不窮在於早予是不
早投秦火余過也然欲
人勿知莫若勿為欲人
勿聞莫若勿言吁何
以解識者嘲遂序
此言示非余志已主人捧
巻蓬累行
己酉秋八
芙蓉山人撰【印「芙蓉」】
東洲老漁書【印「呉門左氏」】
【小題】鴻雁
蜀中九日(しよくちうのくじつ) 王勃(おうほつ)
九月九日望郷台他席他郷(くぐわつくじつぼうきやうたいたせきたきよう)送(おくるの)_レ客(かくを)杯(はい)人情(にんじよう)
已(すでに)厭(いとふ)_二南中苦(なんちうのくを)_一鴻雁那(こうがんなんぞ)従(より)_二北地(ほくち)_一来(きたる)
くじつには。たかいところへのほるものしやといふにより。われもひとにさそはれ。しよくのぼうきやうたいに
のほつて見るに。こきやうならばおもしろかろふに。たせきのことではあり。ことにけふは。このところへのぼり
わかるゝひともあるゆへ。いよ〳〵かなしい。われはみやこよりみなみ。しよくのくにのかたへきていて。こ
きやうへかへることもならぬに。かりかねはどふしたことて。きたのちより。とびきたることぞ
と。とりにことよせていふこと。じようたいかくつろいで。おもしろいくわしくは掌故にあり
【挿絵】
渡(わたる)_二湘江(せうこうを)_一
杜審言(としんけん)
遅日園林(ちじつゑんりん)
悲(かなしむ)_二昔遊(せきゆふを)_一今(こん)
春花鳥(しゆんくわてう)作(なす)_二
辺愁(へんしゆうを)_一独憐(ひとりあわれむ)
京国人南(けいこくのひとなん)
竄(さんせられ)不(す)_レ似(に)_二湘(せう)
江水北流(こうすいのほくりうに)_一
きよねんみやこでたのしんだときは
おもしろかりしがなんこくへさせん
せられてこのたひのちじつゑ
んりんのはなとりのふう
しよくを見るにつけてみやこに
いるならはこのふうけいをみて
はさぞおもしろかろふにたひの
ことゆへこのふうけいを見て
むかしのあそひをおもひたしか
ゑつてうれいますわれはけい
こくのきたのみやこのものなる
がなんほうへさせんせられて
ゆくはせうこうのみづのきた
へなかるゝにもにずみづのまね
もならぬうらやましい事
じや掌故箋註にくわし
【挿絵】
【挿絵】
贈(おくる)_二蘇館(そくはん)書記(しよきに)_一 杜審言(としんげん)
知君書記本翩々(しんぬきみかしよきもとへん〳〵)為許(ためにゆるす)従(したかつて)_レ戎(ちうに)赴(おもむく)_二朔辺(さくへんに)_一 ̄ニ紅粉(こうふん)
楼中(ろうちう)応(へし)_レ計(かそふ)_レ日(ひを)燕支山下(ゑんしさんか)莫(なかれ)_レ経(ふること)_レ年(としを)
おれかしつているがこなたはもとよりふんしやうへん〳〵とすくれてたれおよふものもないこんとしよきやくにたのまれ
なるほどゝたいしやうのためにゆるしぢうくんにしたかつてさくへんのゑひすのかたへゆかるゝこなたのごない
しつかひをかぞへてまたるゝてあろふかならすゑんしさんあたりにとうりうすることはこむようで
ござるあのほうのはんてもひのかきりのある事しやほどにはやくかへられよかならすとうりうするなといふ
事なれともおらがいふてはきゝはすまひによつてそこでないきをたしていふておもしろい箋註にくわし
戯(たわむれに)贈(おくる)_二趙使君美人(てうしくんのひしんに)_一 杜審言(としんけん)
紅粉青娥(こうふんせいが)映(ゑいす)_二楚雲(そうんに)_一桃花馬上石榴裙(とうくはばじやうせきりうくん)
羅敷独(らふひとり)向(むかつて)_二東方(とうほうに)_一去(さる)謾(まんに)学(まなんて)_二他家(たけを)_一作(ならん)_二使君(しくんと)_一
たわむれとはおとけにといふこゝろともたちのてうしくんがかゝいのひしんへおくるなりてんきのよいしふんに
りつはななりをしてけわい【化粧】たてゝでたそうんといふはふさん【巫山】のしんしよ【神女】のこともとりあわせて
いふそうんにもゑいするほとりつはな事じやそのびしんがとうくわばといふ此いろのむ
まにのりしやくろの花のいろのしたはかまをきてゆくいつもしくんとつれたちゆくかけふはひ
とりゆかるゝめつたにみつからでないたけのてうしくんとなりておとももふそふらふの事はてうおう【趙王】のこじ也
【挿絵】
劉廷琦(りうていき)
銅雀台(とうしやくたい)
銅台宮観(とうたいのきうくはん)委(いす)_二
灰塵(くわいしんに)一
魏主園陵漳(きしゆのゑんりやうしよう)
水浜(すいのひん)
即今西望猶(そつこんせいほうなを)
堪(たへたり)_レ思(おもふに)
況復當時歌(いわんやまたとうじか)
舞人(ふのひと)
とうしやくたいはせんざいもへたるゆへ
はいほこりとなりあとかたもなくまつ
たいらになつたいするとはうつもれて
しもふをいふぎしゆのゑんりやうのあたり
を見れはしやうすいのほとりにあるか
さひしい事しやいませいぼうして見るに
ゑいゆうといわれた人のあともなくなる
ものかなとおもふにたへてめもあて
られぬいまのそみ見るにだにたへ
かたいいわんやむかしのかぶのきうしよ【宮女】か
このたいのうへよりのそみ見た
ときはさぞかなしかりつろふ
くわしくは国字解せう故せんちうに
あり
【挿絵】
【挿絵】
邙山(ぼうさん) 沈佺期(しんせんき)
北邙山上(ほくぼうさんしやう)列(つらね)_二墳塋(ふんゑいを)_一万古千秋(ばんこせんしゆう)対(たいす)_二洛城(らくじやうに)_一城(じやう)
中日夕歌鐘起(ちうじつせきかせうおこる)山上唯聞松柏声(さんしやうたゝきくせうはくのこゑ)
ぼうさんはらくやうのきたのほうにありひとをうつみしはかしよがおゝくあるせんこのいにしへよりみ
やこのちかきにらくしようにたいしてあるいまこのところへきて見れはしやうちうはにきやかに
うたつたりまつたりうちはやしをしているがこのやまのうへてはたゝさひしくしやうはくのこゑをきく
のみじやといつてじつはあのやうにせんざいもいきているやうにたのしむかおつつけこゝへほうむるはきのとくじや
送(おくる)_三司馬道士(しはとうしか)遊(あそふを)_二 天台(てんたいに)_一 宋之問(そうしもん)
羽客笙歌此地違(うかくのせうかこのちたかふ)離筵数処白雲飛(りゑんすうしよはくうんとふ)蓬萊(ほうらい)
闕下長相憶(けつかなかくあいおもふ)桐柏山頭去(とうはくさんとうさつて)不(す)_レ帰(かへら)
うかくのうちはやしなとゝいふはなか〳〵にんけんてきく事はならぬがこのひとのせうかゆへきくてあるいまこのところをた
かへさらるゝゆへこれきりしやりゑんのさしきを見れはとこもかもしらくもがたなひいてとうしをむかへにきたやうすじや
いまわかれてとうはくさんへもとられたならはもふこのところへかへることはあるまいほうらいけつかきん
ちうでなかくこなたの事をあいおもふであろふ◦ほうらいけつはてんしのきうでんとうはくはてんたいのべつな也
【挿絵】
【挿絵】
送(おくる)_二梁六(りやうりくを)_一
張説(ちやうせつ)
巴陵一望(はりやういちぼう)
洞庭秋(とうていのあき)日(ひゝに)
見孤峰水(みるこほうすい)
上浮(しやうにうかむを)聞道(きくならく)
神仙(しんせん)不(す)_レ可(べから)
_レ接(ましわる)心(こゝろ)隨(したがつて)_二湖(こ)
水(すいに)_一共悠々(ともにゆう〳〵)
《割書:はりやうぐんのかたからとう|ていこを見れはいちめんにく|もりもなくまい日(にち)こはうの|はなれしまかたつたひとつ|とうていのみつのうへにうか|むてあるかみゆるこなた|はあのこはうをはるかに|めあてにゆきあとをかく|してせんどうしゆぎやう|せらるゝせんにんになつてはにん|けんにはましわられぬげなみへ|ぬところなれはまたしもなれ|ともひゞに見ゆるところなれ|はこなたをおもひわがこゝろこ|すひのことくはてもかぎりも|なくおもひくらすであろふ》
【挿絵】
涼州詞(しやうしうのことは)【横書き】 王翰(おうかん)【横書き】
¬ --------------------------------------------------------------------------------
葡萄美酒夜光杯(ふとうのびしゆやくわうのはい)欲(ほつして)_レ飲(のまんと)琵琶馬上催(びわばせうにもよほす)
醉(ゑつて)臥(ふすとも)_二沙場(しやしように)_一君(きみ)莫(なかれ)_レ笑(わらふ事)古来征戦幾人回(こらいせいせんいくはくひとかかへる)
ふとうてかもしたさけをやこうのはいにうけてのむさかなにはばせうてひわなとをたんしすひふん
のむ事じやしたかこのやうにさけにゑひたをれているをさためてひとかわらふてあろふがそれ
もかまわぬむかしからこのところへきてぶしてかゑつたものはすくない大かたうちしにしたり
ひやうししたりするわれもあすのいのちもしらぬゆへさけてものんてたのしむかよい
【挿絵】
清平調詞(せいへいちやうし)
三首(さんしゆ) 李白(りはく)
雲(くもに)想(おもひ)_二衣裳(いしやうを)_一
花(はなには)想(おもふ)_レ容(かたちを)春(しゆん)
風(ふう)払(はらつて)_レ檻(かんを)露(ろ)
華濃(くはこまやかなり)若(もし)非(あらすんは)_二
群玉山頭(くんきよくさんとうに)
見(みるに)_一会(かならず)向(むかつて)_二瑶(やう)
台月下(たいげつかに)_一逢(あわん)
《割書:くもをいしやうにするはせんしよ【仙女】の事|なりこれはげんそうのまたびじん|をゑぬうちの事をいふくもを見|てもはなを見てもこのやうなび|しんをゑたいとおもひくらしおりふ|しはるてはるかせがかんをふき|はらいてんかいちのめいくはのは|なさかりのつゆのこまやかなるを|見てこのやうなびしんをゑたい|とおもひくらしこのやうなひしんはなか|〳〵にんけんかいにはあるまひ|ぐんきよくさんのほとりおう|ぼ【王母】かかたて見るにあらずんはやうた|いのせんしよ【仙女】あるところてあふか|とかくほかては見ることは|なるまい《割書:くわしくは掌故|箋註国字解にあり》》
【挿絵】
一枝濃艶(いつししやうゑん)【穠艶ヵ】露(つゆ)凝(こらす)_レ香(こうを)雲雨巫山枉断腸(うんうふさんまけてたんてう)
借問漢宮誰(しやくもんすかんきゆうたれか)得(ゑん)_レ似(にたる事を)可(か)-憐(れんの)飛燕(ひゑん)倚(よる)_二新粧(しんそうに)_一
《割書:ほたんのたつたひとゑたのいろつやのうるわしいにつゆなとこりうかんてあるこれてきひ【貴妃】かとしさかりのこと|をもたせたてうとこのはなのことくびじんもうるわしい事じやきひをゑたから見れはふさん|のしんじよをしたふたはまげてたんちようししたふたものじやふさんのしんしよはそ【楚】のじようおう【襄王】ゆめ|にしんによとちきりくもとなりあめとなりこよふといふた事なりきひかやうなびしんはとうだいには|ないかんきゆうにはひしんかおゝかつたといふとふて見たいものじやかわいらしいちやうひゑん【趙飛燕】なとゝ|いふやうなものかけわいてもしてきたならはすこしはにやうかなか〳〵すかほてきて|はおよひもないよるといふはたのみにすることひゑんはかんのせいていのきさきなり》
【挿絵】
名花傾国両(めいくはけいこくふたつなから)
相歓(あいよろこふ)常(つねに)得(ゑる)_二君王(くんのうの)
帯(おびて)_レ笑(わらひを)看(みることを)_一解(かい)_二-釈(せきして)
春風(しゆんふう)無(なき)_レ限(かきり)恨(うらみを)_一
沈香亭北(ちんこうていのきた)
倚(よる)_二闌干(らんかんに)_一
《割書:はなもきびかやうなものに|なかめられきひもはなを|見てふたつなからあひよ|ろこぶめいくはとはぼたんのこと|ほたんのめいくはもきひのびし|んもふたつながら御きにい|りじやくんのうこの花を|見てわらひをおびたまへ|あいせらるゝゆへかよふに|あいよろこんで見る|はなのこゝろにもか|よふにはるかせがふか|ばついにはふきちらさ|れるてあろふといふ|あやふみがありおんな|のならひとしてつねにはる風|などのふくにおふてはわがかたちも|おとろへてうあいもすたろふかとおも|ふかぎりなきうらみかあるがきひは|そのやうなうらみもなくかいせきしかてん|してこゝろにうれいもなくはなを見|たのしんてきみとともにちんこう|ていのきたのらんかんによつてなんの|うらみもなく|ほたんをあいして| いらるゝ》
李白(りはく)
蘭陵美酒鬱金香(らんりやうのびしゆうつこんこう)玉碗盛来琥珀光(きよくわんもりきたるこはくのひかり)
但(たゝ)使(して)_下二主人(しゆしんを)_一能(よく)酔(よわしめは)_上レ客(かくを)不(す)_レ知(しら)何処是他鄉(いつれのところかこれたきやう)
らんりやうはよひさけのてところうつこんこうとはにほひのよひさけかようのさけをけつこうなたまのわんにもりて
もてなさるはかたじけないよいさけをけつこうなさかつきへつげはこはくのひかりがするしゆしんとはいまたひにてかゝつている
ところのていしゆさけをふるもふてくたさるゝゆへこきやうしややらたきやうしややらしらすなくさみて
いるといふしたこゝろたひのうれをさけにてわするといふにかなしみをふくめり 李白(りはく)
客中行(かくちうこう)
【挿絵】
峨眉山月歌(がびさんけつのうた)
峨眉山月半輪秋(がびさんけつはんりんのあき)影(かけは)入(いつて)_二
平羌江水(へいきようこうすに)_二【_一ヵ】流(なかる)夜(よる)発(はつして)_二
清渓(せいけいを)_一向(むかふ)_二 三峡(さんかうに)_一思(おもへとも)_レ君(きみを)
不(ず)_レ見(みへ)下(くだる)_二渝州(ゆしうに)_一
ふねにのりこのやまのひたをとをり見
れは月がはんぶんはやまにおゝわれそ
の月かけかこうすいにいりなかれ
このしふんにたにあいをふねに
のりいたしてさんかうあたりへのり
こめはもふくらくして見へぬとふそ
ゆしゆう あたりへゆきたなら
は月か すこしは見ゆるで
あろふと
おもふて
すひふんのりゆくてある
しごくふねのはやいを
いふ川かみより川しもへ
のりくたすぢやきみとは
月の事をいふ
李白(りはく)
王元美(おうけんび)か曰(いわ)くこれはこれ太白(たいはく)が
佳境(かけう)二十八字(にしうはちじ)のうち峨眉山(かびさん)
平羌江(へいきやうこう) 清渓(せいけい) 三峡(さんかう) 渝州(ゆしう)
の五(いつ)ツ(ゝ)の地名(ちめい)あれとも後人(のちのひと)を
してこれが為(ため)に痕跡(こんせき)にたへざらしむは
此/老鑪錘(ふるたゝら)の妙(みやう)なりとなむ
この後/宋(そうの)蘇子瞻(そしせん)なともこの詩(し)を賞(せうし)
此/格(かく)にならひはべれとも太白(たいはく)が妙境(めうきやう)には至(いたり)
がたしとなむいへり
【挿絵】
上皇(しようくはう)西(せい)_二-巡(しゆんの)
南京(なんけいに)_一歌(うた)
李白(りはく)
誰道君王(たれかいふくんのう)
行路難(かうろかたしと)六(りく)
龍西幸万(りやうにしにみゆきしてばん)
人歓(じんよろこふ)地(ち)転(てんじて)_二
錦江(きんこうを)_一成(なし)_二渭(い)
水(すいと)_一 天(てん)迴(めくらして)_二玉(きよ)
塁(るいを)_一作(なす)_二長安(ちやうあんと)_一
其二(そのに)
剣閣重関(けんかくのてうくはん)
蜀北門(しよくのほくもん)上(しよう)
皇帰馬(くはうのきば)若(ことく)_レ
雲(くもの)屯(たむろす)少帝(しやうてい)
長安(ちやうあんに)開(ひらき)_二紫(し)
極(きよくを)_一双(ならへ)_二_懸(かけて)日(しつ)
月(けつを)_一照(てらす)_二乾坤(けんこんを)_一
【挿絵】
聞(きいて)_三王昌齢(おうしやうれいが)左(さ)_二-遷(せんすと)龍標尉(りやうひやうのいに)_一 ̄ニ遥(はるかに) ̄ニ有(あり)_二此寄(このよせ)_一
楊花落尽子規啼(やうくはおちつきてしきなく)聞道龍標(きくならくりやうひやう)過(すぐと)_二 五溪(ごけいを)_一
我(われ)寄(よせて)_二愁心(しうしんを)_一与(あたふ)_二明月(めいけつに)_一隨(したかつて)_レ風(かせに)直(しきに)到(いたれ)_二夜郎西(やろうのにしに)_一
李白(りはく)
李白(りはく)もとをくにてきいてせめての事にとおもひこのしをつくりよせし也
やうくはもおちつきてはるもつきなんとほつしてほとゝきすもなきはるのひもくれゆくじ
ぶんにはたゝさへものゝかなしいおりからこなたはごけいをすきてりやうひやうあたりへ
ゆかるゝわれもともにいたならはりべつもしよふけれどもはるかにへたてゝいる事
なれはあふこともならすうれいているこのうれいをたれにたのんでこなたにつ
げしらするものもないめいげつはどこもかもてらすなればこれにことづてとゞける
ほどにつきを見るごとにわがうれいをおもひやつてくられい◦くわしくはせうこ
せんちう唐詩せん国字かいとうにあり
【裏表紙】
【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:七言絶句》 二》
【小題】黄鶴
【上段】
黄鶴楼 ̄ニシテ送_三 ̄ル孟
浩然 ̄カ之_二 ̄ヲ広陵_一 ̄ニ
故人西 ̄ノカタ辞_二 ̄シテ黃
鶴楼_一 ̄ヲ煙花
三月下_二 ̄タル
揚州_一 ̄ニ孤
帆 ̄ノ遠影
碧空 ̄ニ尽 ̄ク
惟見 ̄ル
長江
天
際 ̄ニ
流 ̄ルヽコトヲ
【中段 挿絵】
【下段】
くはうくはくろうにしてもう
こうねんがこうりやうに
ゆくをおくるこじん
にしのかたくは
うくわく
ろふをじして
ゑんくはさんげつ
やう
しうにくだる
こはんのゑん
げいへきくう
につく
たゝ見る
ちやうこう
てんさひに
なかるゝ
ことを
李(り)
白(はく)
があるなり
ゆふかふかいじよう
にも見ゑぬと
ぢやほかになん
なつてなかるゝのみ
こうのてんとひとつに
たゝ見ゆるものはちよう
あをいとひとつになつて見へぬ
み見ゆるか見ているうちそらの
見へすたゝそこもとののりゆくふねの
のあとかけを見のそめはほかになんにも
のりおろしてゆかるゝあまりさんねんさにこなた
なたはこれを見すてゝ川しものかたへふねを
のふうけいをともに見たならおもしろかろふにこ
わかしたしいこなたとこのこうくわくろうのゑんくは
陪(はいして)_二族叔刑部侍郎(そくしゆくけいほうじろう)
曄及中書舎人賈(ようおよひちうしよしやしんか)
至(しに)_一遊(あそふ)_二洞庭湖(とうていこに)_一
洞庭西望楚(とうていにしにのそめは)
江分(こうわかる)
水尽南天(みつつきてなんてん)不(ず)_レ
見(み)_レ雲(くもを)
日落長沙秋(ひおちてちようさしう)
色遠(しよくとをし)
不(す)_レ知(しら)何処(いつれのところにか)弔(とむらはん)_二
湘君(しようくんを)_一
ぞくしゆくはちゝかたのおぢなりばいは
あいとものふ人なり。とうていにとも〳〵ふ
ねをのりいだしてつくる。かししやじんがしに
こたふるこゝろにていふ。八百里のうし
を【潮】にて。なんてんのはてまて見ゆる
かきりもないひろい事じや。とうてい
こは西のかたそこうがいりながれ南の
かたはなんてんのはてまで見ゆるはな
はだひろい事であるはやひもくれ
ちようさあたりの秋のけしきを
とをく見るにかしが白雲明月(はくうんめいけつ)
弔(とむらふ)_二湘君(しようくんを)とこのやうにのりゆきたらば
しようくんの処へもゆきそふなものじや
といふにこたへて不(す)_レ知(しら)なにをいや
るぞなか〳〵どこやらしれぬひろ
い事しや
【挿絵】
天門中断楚江開(てんもんなかたへてそこうひらく)碧水東流(へきすいひんかしになかれて)至(いたつて)_レ北(きたに)迴(かへる)
両岸青山相対出(りやうかんのせいさんあいたいしていづ)孤帆一片日辺来(こはんいつへんじつへんよりきたる)
てんもんざんは東にはくほうさん【博望山】西にりやうさん【梁山】と云かならんてその中をそこうと云川がなかるゝへきすいの川おもてを見れ
は東のかたへなかれきたのかたへめくりなかるゝしつへんといふはみやこの事りはくみやこよりこの処へきたりふねにててん
もん山を見のそむなりはしめてこのところへきたりたる情をいふじつへんといふとてみやこからすくにきたといふては
ないほかのふねはみへぬわかふねはかりしやト云こゝろて一へんと云このやふなるところにきたるはかなしい事しや
李白(りはく)
【横書き】望(のそむ)_二 天(てん)門(もん)山(さんを)_一
【挿絵】
霜落荊門江樹空(しもおちてけいもんこうじゆむなし)布帆(ふはん)無(なく)_レ恙(つゝが)掛(かく)_二秋風(しゆうふうに)_一 ̄ニ
此行(このかう)不(あらす)_レ為(ために)_二鱸魚鱠(ろきよのくわいの)_一自(おのつから)愛(あいして)_二名山(めいさんを)_一入(いる)_二剡中(せんちう)_一 ̄ニ
けいもんの山林なとも秋ゆへしもにかれて木のはもおちまはらに成たゆへに江樹空也◦しん【晋】のこかいし【顧愷之】かいふた
通り心よくごちう【呉中】の方へつゝがなく無事に秋風に帆をかけゆくぢや秋風のふくにじようしてゆくはちようかん【張翰】が
ことくすゞきのなますをおもひ出してくわんをやめて行ではないもとよりごちうがこきやうでも
ないからそのためてはないがごちうは山のおゝいところゆへそれを見ようがためにゆくことじや
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秋下(あきくたる)_二
荊門(けいもんを)_一
李白(りはく)
【挿絵】
旧苑荒台楊柳新(きうゑんこうたいやうりうあらたなり)菱歌清唱(りやうかせいしよう)不(す)_レ勝(たへ)_レ春(はるに)
只今唯(たゝいまたゝ)有(あつて)_二西江月(せいこうのつきのみ)_一曽(かつて)照(てらす)_二吳王宮裏人(ごをうきゆうりのひとを)_一
こゝはごおうのこせきじやといふさだめていにしへはきうでんなともびれいてありつろうがいまはあとかたもないはるわ
へんする事もなく楊柳新今はのはらとなりたゞひしをとる人かうたをとなへてゆきゝするどこもかもはるじやが
むかしとはかわりはてたたゞいまたゞあるものとては月のみできゆうてんはあとかたもないたゞその宮人をてらした
月のみむかしにかゞす【「かゞす」は「かはらす」ヵ】となりこのづはいにしへのごおうきゆうちうのさまをうつせり 李白(りはく)
【挿絵】【横書き】蘇(そ)台(たいの)覧(らん)古(こ)
【挿絵】
朝辞白(あしたにじすはく)
帝彩雲(ていさいうんの)
間千里(あいたせんりの)
江陵一(こうりやういち)
日還両(しつにかへるりやう)
岸猿声(かんのゑんせい)
啼(ないて)不(す)_レ住(とゝまら)
軽舟已(けいしゆうすてに)
過万重(すくはんちやうの)
山(やま)
そうちようよりはく
ていちようをのりおろし
せんりもあると云か舟
がはやいゆへたつた一日
にきたりやうほうの
きしてさるをきゝなから
くたるいつしよてもなく
ゆくさき〳〵てないて
とゝまらすとこまて
もなきつゝいてたひ
のうれいをひきおこし
かへり見れははやはん
しやうの山ものり
すきてさてもは
やい事しや
早(つとに)発(はつす)_二白帝(はくてい)
城(こうあいを)_一
李白(りはく)
【挿絵】【横書き】越(ゑつ)中(ちうの)懐(くわい)古(こ)
李白(りはく)
越王勾踐(ゑつおうこうせん)破(やふつて)_レ吳(こを)帰義士(かへるぎし)還(かへつて)_レ家(いゑに)尽錦衣(こと〳〵くきんゑ)
宮女(きゆうしよ)如(ことく)_レ花(はなの)満(みつ)_二春殿(しゆんてんに)_一只今惟(たゝいまたゝ)有(あり)_二鷓鴣飛(しやこのとふのみ)_一
ゑつおうがさかんになりてこおうをほろほしたがそのしふんこうをなしてほうひをもろふた事を云それから
ゑつおうもおこりをきわめきゆうしよともたいふんあり花のことくなびじんがしゆんてんにみちてさかん
な事てありつらふか今はのはらとなりてしやこのとふのみしやゑつのくにゝはしやこといふとり
たいふんあるゆへにいふなりこのづはむかしゑつおうのきゆうてんのさまをうつせり
【挿絵】
一(ひとたひ)為(なつて)_二遷客(せんかくと)_一
去(さる)_二長沙(てうさに)_一西(にし)
望(のぞめは)_二長安(てうあんを)_一不(す)_レ見(み)
_レ家(いゑを)黃鶴楼(くはうくはくろう)
中(ちう)吹(ふく)_二玉笛(きよくてきを)_一
江城五月(こうちやうごげつ)
落梅花(らくはいくは)
与(と)_二史郎中(しろうちう)
欽(きん)_一聴(きく)_二【他本「_三」】黄鶴(こうくはく)
楼上(ろうしやうに)吹(ふくを)_一レ【他本「_二レ」】笛(ふゑを)
李白(りはく)
みやこをしりそけられて
ちやうしや【長沙】にきていればてう
あんのかたはとをいわがこきやう
てうあんのかたをみのぞめとも
わがいゑは見へぬそこもとゝともに
させんのかくとなりこのやう
なるへんさいへきている事かな
とおもへばいよ〳〵かなしいくはう
くはくろうは川のあるところ
ゆへ江城といふなりうれいて
いるのにかのろうでぎよくてき
をふくがだん〳〵ふきつのつて
落梅花のきよくをふく
おもいよらぬ五月じふんこのき
よくをきけはみやこをおもひ
だしてこひしいくわしくは掌故に有
春夜洛城(しゆんやらくしように)
聞(きく)_レ笛(ふゑを)
誰家玉笛(たかいゑのきよくてきそ)
暗(あんに)飛(とはす)_レ声(こゑを)
散(さんして)入(いつて)_二春風(しゆんふうに)_一満(みつ)_二
洛城(らくじやうに)_一此夜曲(このよきよく)
中(ちう)聞(きいて)_二折柳(せつりうを)_一
何人(なんひとか)不(さらん)_レ起(おこさ)_二故(こ)
園情(ゑんおしやうを)_一
李白(りはく)
たれかふくそたれといふ事
もしれぬがおもわずはるかせ
にふきちらされてみやこ中
どこもかもこのこゑのきこへ
ぬといふところはあるまい
そのきよくはなにをふく
ぞとおもふにりべつの
せつりうのきよくをふく
たひにいるものはたれでも
かなしかろふわれもたび
にいるゆへうれいをひき
おこすことであるあん
にといふはおもわずと
いふこゝろなりされとも
よるにかけてもちあわせ
たる字也くわしくは掌故にあり
【挿絵】
春宮曲(しゆんきゆうのきよく) 王昌齢(おうしやうれい)
昨夜風開露井桃(さくやかせひらくろせいのもゝ)未央前殿月輪高(ひおうのせんでんけつりんたかし)
平陽歌舞新(へいやうのかぶあらたに)承(うけ)_レ寵(てうを)簾外春寒(れんくわいはるさむうして)賜(たまふ)_二錦袍(きんほうを)_一
さくやあたり風もあたゝかにしておにわのもゝの花もひらきみかとも花見にしゆつきよあつてひおうてんのまへてこゆう
きやうなされてつきのたかくあかるはよふけをいふなりこのしふんさむくなつたゆへしんざんの女中におきかつかれて
れん外にほかのきうしよにはかまわすしてあらたにしんさんを御てうあいなさるくわしくは箋註や掌故に有
【挿絵】
【挿絵】
西宮春怨(せいきうのしゆんゑん) 王昌齢(をうしやうれい)
西宮夜静百花香(せいきゆうよしつかにしてひやつくはこうはし)欲(ほつして)_レ捲(まかんと)_二珠簾(しゆれんを)_一春恨長(しゆんこんなかし)
斜(なゝめに)抱(いたいて)_二雲和(うんくはを)_一深(ふかく)見(みる)_レ月(つきを)朧々樹色(らう〳〵たるしゆしよく)隠(いんたり)_二昭陽(せうやうに)_一
せいきうははんせうよ【班婕妤】がいるてうしんきゆう【長信宮】也せいきうにしようよがひとり夜もしづかにしているにはなもさかりにこう
ばしこのはなを見やうとおもひしゆれんをまかんとすれどもきむつかしくはるのけしきを見てもうれいがせうずる
ゆへうちすてゝおく◦うんなはこと【琴】のことものうひあまりどふぞうれいをさん【散】ぜんとなゝめにゆがみながらことをひき
すだれこしにおくの方より月を見ていればろう〳〵とおぐらき【小暗き】木の間からしようやうきうがおくふかくみゆるしやう
やうきうはてうひゑん【趙飛燕】が毎夜〳〵みかどの御てうあいにあひみかどの御ゆうきやうなさるゝ処じやそのやうなる処へ
いまではゆく事ももならず御そばててうをうける事はない月もはつきりとは見へぬと也くわしくは掌故にあり
西宮秋怨(せいきゆうのしうゑん) 王昌齢(をうしやうれい)
芙蓉(ふようも)不(ず)_レ及(しか)美人粧(びじんのよそおひ)水殿風来珠翠香(すいてんかせきたつてしゆすいこうはし)
却恨(かゑつてうらむ)含(ふくんて)_レ情(じようを)掩(おゝふ事を)_二秋扇(しゆうせんを)_一空(むなしく)懸(かけて)_二明月(めいけつを)_一待(まつ)_二君王(くんをうを)_一
ふようの花も及さるびじんがきみのてうあいすたれたゆへおんなの事なれはことばてはゆわずじやうをふくん
ているがこのやうにしゆうせんをおゝひかたつけたやふにてうあいのすたれてあるかてまへのこゝろはめいけつを
かけたことくくもりもないもしもこの月の夜なとにきみのこざろふもしれぬとまつているくわしくは箋註 掌故にあり
【挿絵】
長信秋詞(ちやうしんしうし) 王昌齢(をうせうれい)《割書:この詩はんきがてうのすたれたるさまを作れる也|しんせいとはほんぼん【本本】にといふことはくめいはふ》
真成薄命久尋思(しんせいにはくめいひさしくじんしす)夢(ゆめに)見(みて)_二君王(くんのうを)_一《割書:しあわせなり班姫(はんき)がこゝろにてう|あいのすたれた我ははくめいとおもへ》
覚後疑(さめてのちうたかふ)火(ひ)照(てらして)_二西宮(せいきうを)_一知(しる)_二夜飲(やいんを)_一分明(ふんみやうなり)《割書:ともまたほんぼんにてうのすたれた事|やら久しく尋思しおもひきわめられぬ》
複道(ふくどう)奉(うくる)_レ恩(をんを)時(とき)《割書:しはらくゆめのうちにたしかきみにおめにかゝりてうあいにあふたと|おもふたにさめて見たれはうそであつた是はゆめてあつたかなかつたかとうた|かふなりさめてのちてうしんきうよりよく見れはしようやうきうのあたり火か西宮をてらすがあれはみかとの御|遊かあつてよさかもりてもあつたかさりながらむかしおんをうけたことくふんめうにたつた今御目にかゝり|しがゆめのやふてはなかつたがさめて見れはみかどの宮はむかふにあるさて〳〵あちきなき事哉と也委は箋註に有》
【挿絵】
【挿絵】
青楼曲(せいろうきよく)
王昌齢(おうしやうれい)
白馬金鞍(はくばきんあん)
従(したかふ)_二武皇(ぶこうに)_一旌(せい)
旗十万(きじうまん)宿(しゆくす)_二
長楊(ちやうやうに)_一楼頭(ろうとうの)
小婦(せうふ)鳴(ならして)_レ箏(さうを)
坐(さす)遥見(はるかにみる)飛(とばして)
_レ塵(ちりを)入(いる事を)_二建章(けんしやうに)_一
けんそう【玄宗】の色をこのむをかん
のぶていにひしてふこうといふ
ぶしのうわきものともはく
ばにのりみかとの御あそひの御
ともをしてはなやかな事じや
はたをたてならへてうやうきうに
しゆくすこのじふんゆうしよとも
かそうなとをならしてざして
いながらはるかにむかふをわが
なしみのせうねんともがけんしやう
にいるをしり目て見ているといゝ
すてゝおくおもしろいたかいにみつ
見られつするうわきの情を
いふくわしくは箋註或は
国字解 掌故なとに有
こゝに略す
【挿絵】
閨怨(けいゑん) 王昌齢(をうせうれい)
閨中少婦(けいちうのせうふ)不(す)_レ知(しら)_レ愁(うれいを)春日(しゆんしつ)凝(こらして)_レ粧(よそをい)上(のほる)_二
翠楼(すいろうに)_一忽(たちまち)見(みて)_二陌頭楊柳色(はくとうやうりうのいろを)_一悔(くゆらくは)教(して)【左ルビ「しむ事を」】_二
夫壻(ふせいを)_一覓(もとめ)_二封侯(ほうこうを)_一。【『唐詩選国字解』の返り点は「教_三夫壻覓_二封侯_一」】
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おやのてをはなれてからまたついにおつとにわかれた事もないなんにもうれいといふ事をしらすして
はるのけしきを見やふとおもひかたちつくろふててまいのいるすいろふにのほつて見れば
たちまちはくとうやうりうのいろを見てはるのすきゆくをかんしておつとのことを
おもひたしてさて〳〵さんねんなことはおつとゝわかるゝじふんにおれはぐんちうにゆくがてからを
すれは大めうになる事じやといわれたゆへやつたが今おもへはざんねんぢやくやしい事
をしたとあぢきなくいふておもしろい
くわしくは国字解 箋註 掌故等を見てしるへし
【裏表紙】
【表紙題箋】《題:唐詩選画本 《割書:七言絶句》三》
【小題】秋天
【挿絵】
出塞行(しゆつさいこう)
王昌齢(をうせうれい)
白草原頭(はくそうげんとう)
望(のそめば)_二京師(けいしを)_一黄(くはう)
河水流(がみつなかれ)無(なし)_二
尽時(つきるとき)_一秋天(しうてん)
曠野行人(くはうやこうじん)
絶(たゆ)馬首東(ばしゆとう)
来知是誰(らいしんぬこれたそや)
ゑひすのちはくさもあをからずしろ
きゆへはくそうげんといふこきやう
の京をしたひのそめともみやこは
みへずさて〳〵とをいところへきた
事かなみやこはいつくのほとぞと
おもふて見のそめともみやこは見へ
ずたゝ見るものとてはつくる事もな
くびやう〳〵と西よりひかしのかたへ
くはうがの水のなかるゝのみじやさい
外の事なれは秋のてんにくはうくわつ【曠濶】
たるのはらて人かげもない処じやに
馬にのつてひかしから来るはたれ
であろふなにものそ人かけもない
ところでひよつとひとを見たゆへ
はなはたおとろいたていじやく
わしくは箋註 こくじかい 又は
唐詩せんかう釈本にあり
【挿絵】
従軍行(しうぐんこう) 王昌齢(おうせうれい)
烽火城西百尺楼(ほうくはしやうせいひやくしやくろう)黄昏独坐海風秋(くはうこんとくざかいふうのあき)
更(さらに)吹(ふく)_二羌笛(きやうてきを)_一関山月(くはんさんげつ)無(なし)_レ那(いかんともする事)_二金閨万里愁(きんけいはんりのうれいを)_一
ゑひすへしれぬやうに小しろをきつきそれを烽火城といふて用心にする烽火をあくるばのぐるりに人のとをられぬやうに
かまへをしておくなりこのところへじうくんにきてひとりざしていればゑひすのかたから秋風がふききたつてもの
すごい事じやかふしたふうけいを見るさへあるにこのものかなしいにさらにいづかたにかふゑをふくがきこへることに
関山月のきよくをふくゆへわれはかまわねともこきやうをおもふじようがせうじてどふもならぬ金閨とは
さいしとものことをふくむなり烽火は遠見のばんのあいづなりくわしくはせんちう又はかう釈本にあり
従軍行(しうくんこう) 王昌齢(おうせうれい)
青海長雲(せいかいのてううん)暗(くらし)_二雪山(せつさんに)_一孤城遥望玉門関(こじようはるかにのそむきよくもんくはん)黄沙(くはうしや)
百戦(ひやくせん)穿(うかち)_二金甲(きんこうを)_一不(すんは)_レ破(やふら)_二楼蘭(ろうらんを)_一終(ついに)不(じ)_レ還(かへら)
このしろより見れはたゝひやう〳〵としてわがきているはゑひすのちせいかいのきたなればくもがなかくたなびいてせつさんまて
もまつくろにしてものすこくみゆるぎよくくはんは西北のすみでとをい処じやにそれを通りてまたとをいこのはん
てのものゝいるこぢようあたりへきて又玉門山をのそむさへとをい都はいよ〳〵遠い。しやばくてたひ〳〵かつせんかあるゆへよろ
いをぬくまもなくこのやふてはいつこきやうへかへる事ぞ大方はろうらんをやふりしまわずはかゑらぬてあろふかきりもない事じや
【挿絵】
【挿絵】
従軍行(しうくんこう)
王昌齢(おうせうれい)
秦時明月(しんじのめいけつ)
漢時関(かんじのくはん)万(はん)
里長征人(りちやうせいのひと)
未(いまた)【左ルビ「ず」】_レ還(かへら)但(たゝ)使(して)_二
龍城飛将(りうじやうのひしやうを)
在(あらしめは)_一不(す)_レ教(しめ)_三胡(こ)
馬(ばをして)度(わたら)_二陰山(いんさんを)_一
いまにはしめずしんのじふんも
きたといふかちかひみちでもない
ばんりてうせいし◦てうぜうと
いふをきづいてせめた事がある
そのときもかつせんにきたものが
此めいげつを見てこきやうの事
をおもひかなしみかんの時もきて
たゝかひしんかんよりこのかたかゑつた
ものがないとかくよい大将がない
からこじんが都をあなとるたゞゑ
ひすのおそるゝひしやうぐんのやふ
なひとがあらば胡人がからへ
うちいるゝことはあるまいよい
大将のないはせひもない事じや
此詩解へく解へからさるの間
に妙ありとなむ
梁苑(りやうゑん)
梁園秋竹古時煙(りやうゑんのしうちくこしのゑん)
城外風悲(しやうくはいかせかなしんて)欲(ほつする)_レ
暮(くれんと)天(てん)万乗(はんせうの)
旌旗何処在(せいきいつれのところにかある)
平台賓客(へいたいのひんかく)
有(あつてか)_レ誰(たれ)憐(あわれまむ)
りやうゑんの竹は古時(こし)孝王(こうおう)
のことくあいかわらすしけつて
あるばかりて古時(こし)のけいしよく【景色】
のとほりじやこうおうの時
けつこうなことてありつらふか
城ぐはいを見れはくれがたにあき
のものすごい風がふいて
あれはてゝものかなしいていじや
孝王(こうおう)のさかんなるときは天子
どうせんであつたゆへばんしてん
しのまねをなされてござ
つたが今はあとかたもない其
しふんは相如(しよくじよ)鄒陽(すうやう)ことき
のぶんじんさいしを
むかへあいせられたと
いふが孝王のことき
ひとあらばわれも
相如なとのことく
もちひられやうにと
なりくわしくは
掌故(せうこ)又は講釈(かうしやく)本を
見るへし
【挿絵】
【挿絵】
芙蓉楼(ふようろうにして)送(おくる)_二辛漸(しんせんを)_一 王昌齢(おうせうれい)
寒雨(かんう)連(つらなつて)_レ江(こうに)夜(よる)入(ゐる)_レ吳(こに)平明(へいめい)送(おくつて)_レ客(かくを)楚山孤(そさんこなり)洛陽(らくやうの)
親友如相問(しんゆうもしあいとはゝ)一片氷心(いつへんのへうしん)在(あり)_二玉壺(きよくこに)_一
われ今させんのみ【身】てあめふりのさむいしふんにあめにうたれなから川はたとをりをよるそこくよりごこくへ
ゆくこのところでこなたにであふてふようろうにのほり夜あけかたのおりふしかくをおくつて見れはそこく
のかたに一ツはなれた山があるゆへいよ〳〵おもひをそゆる事甚しいもしあの方らくやうへゆきついてとも
たちともがぶしじやかどふしているそととふたらばむかしみやこにいたときはふうきをもたのみにしたが
今はわが一へんの心かたまのつほのこほりのことくさつはりとしてふうきをねかわぬから都へゆくきはないといわれへ
送(おくる)_三薛大(せつだいか)赴(おもむく)_二安陸(あんりくに)_一 王昌齢(おうせうれい)
津頭雲雨(しんとうのうんう)暗(くらし)_二湘山(せうさんに)_一遷客離憂楚地顏(せんかくのりゆうそちのかんばせ)
遥(はるかに)送(おくる)_二扁舟(へんしうを)_一安陸郡(あんりくぐん)天辺何処穆陵関(てんへんいづれのところかぼくりやうくはん)
今こなたを■【おヵ】くるわたしはで見ればおりふし風雨のしふんゆへせうさんなともうんうにとぢられて
見へぬそちのかんはせとは楚辞(そじ)ではうれいにかゝるといふ事になるがこゝではやはりりへつのうれいをいふ
われさせんの身なれはこのそこくのちに顔色憔衰の境ておくれはわが身にそへて一入かなしい◦舟にのりあん
りくへゆくおおくる事じやあまりなこりおしさにあとかけを見れは雨かくらふしてあんりくくんよりほくりやう
くはんは高い処ゆへこの処より天にそびへ見ゆるが今日は雨や雲てみへぬゆへ別してなこりおしい
醉別江楼橘柚香(ゑいわかるこうろうきつゆこうはし)江風(こうふう)引(ひいて)_レ雨(あめを)入(いつて)_レ船(ふねに)涼(すゝし)
憶君遥(おもふきみははるかに)在(あつて)_二湘山月(せうさんのつきに)_一愁(うれい)_二-聴(きいて)清猿(せいゑんを)_一夢裡長(ほうりになかからん)
送(そう)_二別(へつす)魏三(きさんに)_一 王昌齢(おうせうれい)
【挿絵】
今こなたのちやうしや【長沙】のかたへゆかるゝゆへにしゆゑんをもよほしこのこうろうてゑつてわかるゝころしもあき
ゆへきつゆなともじゆくして香はしうにほふじふんこなたこの処よりのりゆく舟のうへを江風がふいて
あめをひいてすゝしい◦ゆくさきのかくしうをおもひやりこれからせうさんあたりへゆかれたならはつ
きを見てさへあわれにおもふものしやにさるのこゑのすみわたつてなかくなくのをゆめの夜
すからきかれたならは夜もねられすうれいていらるゝであらふいたわしい事じや
委しくは箋註又は講釈の本を嵩山房でもとめ見るへし
盧渓(ろけいに)別(わかる)_レ 人(ひとに) 王昌齢(おうせうれい)
武陵渓口(ふりやうのけいこう)駐(とゝむ)_二扁舟(へんしうを)_一渓水(けいすい)随(したかつて)_レ君(きみに)向(むかつて)_レ北(きたに)流(なかる)
行(ゆいて)到(いたつて)_二荊門(けいもんに)_一 上(のほらは)_二 三峽(さんきやうに)_一莫(なかれ)_下将(もつて)_二孤月(こけつを)_一対(たいする事)_中猿愁(ゑんしうに)_上
ふりやうけいから舟にのりゆるゝか【「ゆかるゝか」ヵ】あまりなこりおしいゆへ舟をとゝめてけいすいを見れはうらやましい水は
こなたについてきたへなかるゝがおれは水にもおよはぬしたいゆく事かならぬさんねんじや◦けいもんあたりへ
ゆき三こうなどへのほつたならはさるのたくさんな処じやが目に月を見みゝにはさるをきかれた
ならはうれいそへてさびしかろふほとにかまへて孤月をもつてさるの声にたいしてきくやふな事をせらるゝな
月夜さしのしふんにはひとしほさるもなくものじやほとにくわしくはせんちうを見るへし
【挿絵】
重(かさねて)別(わかるゝ)_二李評事(りひやうじに)_一 王昌齢(おうしやうれい)
莫(なかれ)_レ道(いふこと)秋江離別難(しうこうりへつかたしと)舟船明日是長安(しうせんめいしつこれちやうあん)呉姫緩舞留(ごきくはんぶしてとゝめて)
_レ君醉(きみをゑはしむ)隨意青楓白露寒(すいいなれせいふうはくろのかん)《割書:たひたちかのびているゆへ二ども三どもわかるゝを|てうべつといふなり》
《割書:まいかたからわかれをいゝいたしてこのころまては秋江の風(ふう)はを見あわせていたからきうにはわかれはせまいとゆふたを|たのみにしていたがもふ明日はわかれねばならぬいふ事なかれなせなれは明日は舟にのり長あんへゆかるゝこよひ|はせめての事にゆるりとぎじよにまひなどをまわせて酒もりをするじやたのしんで下されよこのりへつ|の川はたの青楓の木かけの寒(さむ)くともずいいにまゝよやれとおもひなこりをおしみ酒もりをする事じや》
【挿絵】
少年行(せうねんかう)
王維(おうい)
出身(しゆつしん)仕(つかふ)_レ漢(かんに)
羽林郎(うりんらう)初(はしめ)
隨(したかつて)_二驃騎(ひやうきに)_一戦(たゝかふ)_二
漁陽(きよやうに)_一孰知(たれかしらん)
不(さる事を)_下向(むかつて)_二辺庭(へんていに)_一
苦(くるしま)_上縱死猶(たとへしすともなを)
聞(きかん)_二俠骨香(きようこつのかうはしきを)_一
しゆつしんとは名目(めいもく)文字(もんじ)なり
おやなとのうちしに【討死】した子ともをは
うりんらうにしてめしいたしぶ
げいなとをたしなませる事じや
われもせうねんのころよりうりん
のぶくわんにめしたされててうてい
につかへていたはじめひやうきせうくん
なとゝいふやうな大将にしたかつて
一トいくさしてきたである◦わきか
ら人が見たならば漁陽(きよやう)あたりでさぞ
せひをつくしかつせんしつらふとおもふがお
れはいのちすてゝたゝかひはせぬ夷(ゑひす)を
相手(あいて)にいのちはすてぬたとへしすとも
都(みやこ)て我壱人(われひとり)といはるゝほどにこうを
たてゝしゝても骨(ほね)迄/香(こうばし)い名(な)のた
つほどてなけれはおもしろくない
独(ひとり)在(あつて)_二異郷(いきやうに)_一為(なり)_二異客(いかくと)_一毎(ことに)_レ逢(あふ)_二佳節(かせつに)_一倍(ます〳〵)思(おもふ)_レ親(しんを)
遥知兄弟(はるかにしるけいてい)登(のほる)_レ高(たかきに)処(ところ)遍(あまねく)插(はさんて)_二茱萸(しゆゆを)_一少(かくらん)_二 一人(いちにんを)_一
【挿絵】
九月九(くくはつく)
日(じつ)憶(おもふ)_二山(さん)
中兄弟(ちうのけいていを)_一
王維(おうゆい)
たこくにいてつくりし詩なりおういが十七さいのときのさくなりおやきようたいともにこきやう
にいるにわれひとりたこくのいかくとなりたひすまひをする事じやかとおもひいたす
九日にはさためてあいともにさけなとをのんているであろふがわれひとりきやうたいのなか
でかけているゆへさぞとふしているやらとおもふてくれるであろふといふてこの方からいよ〳〵むかふ
をおもふがきこゆる親(しん)といふはおやきやうだい一けぢうのことをいふ
与(ともに)_二盧員外象(ろいんくはいせうと)_一過(よきる)_二
崔処士興宗林(さいしよしきやうそうかりん)
亭(ていに)_一
王維(おうい)
緑樹重陰(りよくしゆちよういん)蓋(おゝう)_二
四鄰(しりんを)_一青苔日(せいたいひゝに)
厚(あつうして)自(おのつから)無(なし)_レ塵(ちり)科(くは)
頭箕踞長松(とうにしてききよすちやうしようの)
下(もと)白眼(はくがんにして)看(みる)_二他(たの)
世上人(せしようのひとを)_一
さいしよしはくわんにつかすやまや
しきなとのやうなところへとぢ
こもつているりよくしゆがいくゑ
もしけりてしりんのとなりもあ
ろふがりよくしゆがおゝふてあるゆへ
みへぬしつかなところじやにわのせいたい
しばくさなどもひとのゆきゝなく
はきそうちもせねともおのづからちりも
なくけだかき人ゆへめつたな人にはつき
あわぬ◦くはとうとはちらしかみをいふきゝ
よとは足をふみのばしている事なり
ふうりうなひとてよにもとめもなく
かんむりもきすちらしがみて長松の
もとにあしをなけたしているいちう
になんにもかまわぬさまをけいやう
す世けんのものにひとりもきにいつ
たものがなけれは白眼(にらみ)つけて
いらるゝゆへにたれゆきゝするもの
もない
くわしくは掌故(せうこ)箋註(せんちう)国字解(こくしかい)
など嵩山房にもとめ見るへし
○又唐詩選講釈にも
くわしく有り
【挿絵】
送(おくる)_二韋評事(いへうじを)_一 王維(おうい)
欲(ほつして)_下逐(をつて)_二將軍(しやうくんを)_一取(とらんと)_中右賢(ゆうけんを)_上沙場(しやじやう)走(はしらしめて)_レ馬(むまを)向(むかふ)_二居延(きよゑんに)_一
遥知漢使蕭関外(はるかにしるかんししやうくはんのほか)愁見孤城落日辺(うれいみるこしやうらくじつのへん)
こんとこなたはへんさいのたいしようをあとをおつて右けんのゑひすの大将をとりこにしやうとおもつていさ
みすゝんてきよゑんの方へむけおもむかるゝなにのやうすもしらすきしやうにしていかるゝかはるかにせうくはん
あたりへゆきてこしやうのくれかたにはものさびしくこきやうの事ともをおもひ出されたならはあわれ
にうれいていらるゝてあろふなか〳〵はしめいさむたやうにはあるまいくわしくは掌故にあり
【挿絵】
【挿絵】
送_三沈子福之_二江南_一
楊柳渡頭行客稀罟師盪_レ槳【䉃】向_二臨
圻_一唯有_三相思似_二春色_一江南江北送
_レ君帰 王維
--------------------------------------------------------------------------------
やうりうととうかうかくまれなりこしかぢをおしてりんきにむかふ。 たゞそうしのしゆんしよくににたるあつて。こうなんこうほくきみをおくつて
かへる。 しんしふくが。こうなんにゆくをおくる。 おうい
--------------------------------------------------------------------------------
江北(こうほく)から江南(こうなん)のかたへゆくなり。ほんかいどうもあろふが。今こなたおくるところの渡(わた)りは。
ほんかいとうてはないから。行客(こうかく)のゆきゝもすくない。罟師(こし)は漁人(きよじん)なり。臨圻(りんき)は川
岸(きし)のてはつれなり。漁人(きよしん)が舟(ふね)をこひて行水(ゆくみつ)をわたすなり。なこりおしさにあとかけ
を見のそむなり◦さて江南(こうなん)ははるのさいちうで。春色(しゆんしよく)のないところはない。わが相思(そうし)の情(じよう)はくち
でいふてもしるしない。どこもかも春色(しゆんしよく)のあるを見て。わがしやうのかきりないをおもひ
やつてくれられい。こゝろさきへ身(み)はもとるゆへ。送(おくつて)_レ君(きみを)帰(かへる)とはいふなり
くわしくは国字解又は箋註掌故等をけみししるへし
【裏表紙】
【表紙題箋】《題:唐詩選画本 《割書:七言絶句》四》
【小題】春風
春思(しゆんし) 賈至(かし)
艸色青々柳色黃(そうしよくせい〳〵としてりうしよくきなり)桃花歴乱李花香(とうくはれきらんとしてりくはこうはし)
春風(しゆんふう)不(す)_二為(ために)吹(ふき)_レ愁(うれいを)去(さら)_一春日偏能(しゆんじつひとへによく)惹(ひいて)_レ恨(うらみを)長(なかし)
はるもさかりのていをいふ。くさのいろもあをく。やなきもきばんで。めさすじふん。とうくはもさきみだれて
はるのさかりなれは。なんのかなしい事もない。このやうにはなも。はるじやとこゝろよくさき。人もはると
おもふておもしろくなくさみ。はるかぜのふかぬ事もないが。なせわがうれをはふきちらしてはくれぬ
ぞ。はるの日のなかいに付て。あさからばんまで。ひとへにうれいがしみついてはなれぬと也
紅粉(こうふん)当(あたつて)_レ壚(ろに)弱柳垂(しやくりうたるゝ)金花臘酒(きんくはろうしゆ)解(けす)_二酴醿(どびを)_一
笙歌日暮能(せうかじつほよく)留(とゝむ)_レ客(かくを)酔殺長安軽薄児(すいさいすてうあんけいはくのじ)
【挿絵】其二
こうふんのひしよ【美女】かさけのうりばのろにあたつて柳なとがせい〳〵とたれしけつてある。かんつくりのさけのうへにきんくは
のうかむやふなきんくははよひさけの事どびのやうな名たかひさけとかてんしてのむにもきこゆる又さけにときてのませる
にもきこゆぎじよなどかせうかやまひなとをして日がくれると大ぜいとりこんでさかもりをするそれ
ゆへけいはくのじともがぜうちうこの処で酒にゑひたわむれていれともわれはおもしろくないゆへたのしますと也
西亭春望(せいていのしゆんほう) 賈至(かし)
日長風暖柳青々(ひなかくかせあたゝかにしてやなきせい〳〵)北雁帰飛(ほくかんきひして)入(いる)_二窅冥(ようめいに)_一
岳陽城上(かくやうしやうしやう)聞(きく)_二吹笛(すいてきを)_一能(よく)使(して)_二春心(しゆんしんを)_一満(みたしむ)_二洞庭(とうていに)_一
はるのあたゝかなしぶんゆへ柳もせい〳〵とめさしてかりかねもきたへかへるをはやはるもすへなれはかりも
とびつきてはてもないおゝそらにいりこきやうへおとつれもならぬとみやこの事をおもふている
◦この春心(しゆんしん)のうちにはなにやかやこめてある左遷(させん)の事も春(はる)をいたみかなしむ事もこもりある也たゝさへに
こゝろあしいに笛(ふゑ)をきけはうれいをひきおこしはるをかんする心をして満(みつ)_二洞庭(とうていに)_一とこもかもうれいになつた
【挿絵】
初(はしめて)至(いたり)_二巴陵(はりやうに)_一与(と)_二李(り)
十二白(じうじはく)_一同(おなしく)泛(うかふ)_二洞(とう)
庭湖(ていこに)_一 賈至(かし)
楓岸紛々落(ふうかんふん〳〵としてらく)
葉多(やうおゝし)洞庭秋(とうていのしう)
水晚来波(すいはんらいになみたり)
乗(しやうして)_レ興(きやうに)軽舟(けいしう)
無(なし)_二近遠(きんゑん)_一白雲(はくうん)
明月(めいけつ)弔(とむらふ)_二湘娥(せうがを)_一
南国(なんこく)のはりやうあたりへ
させんせられてきたり
◦楓岸(ふうがん)粉々(ふん〳〵)みな楚辞(そじ)の
字なりあきのじぶんゆへ
きしのもみぢなともふん〳〵と
ちりみだしきのはもおちて
さひしくなりし水(みづ)の面を見れ
ば秋風(あきかせ)がふくゆへなみもたち
なにとなふ屈原(くつけん)がこともおもひ
いづる
左遷(させん)の身なれは二人ともに
心(こゝろ)を得す屈原(くつけん)と同(おな)し
境界(きやうがい)じや
舟にのり遠近(ゑんきん)のしやへつ【差別】
もなくのりまわしてこの
やうにはてしもなく居(い)
たらば白雲(はくうん)のはれた明月(めいけつ)
の夜(よ)すがらは湘君(せうくん)のびやう
をもとむらいそふなもの
じや
くわしくは国字解(こくじかい)に有
送(おくる)_三李侍郎(りじろうが)赴(おもむく)_二常州(じやうしうに)_一
雪晴雲散北風寒(ゆきはれくもさんしてほくふうさむし)
楚水吳山道路難(そすいごさんとうろなん)
今日(こんにち)送(おくる)_レ君(きみを)須(すべからく)【左ルビ「へし」】_レ尽(つくす)_レ醉(ゑひを)
明朝相憶路漫漫(めうてうあいおもふともみちまん〳〵)
賈至(かし)
冬(ふゆ)と見(み)へてふつたゆきかはれ雲もはれ
せつごの事ゆへきたかせふいてさむくもの
すこいしふん常州(せうしう)へゆかるゝそのみちは
へいちもなく道路難(とうろかたし)の
しごくゆきにくきみち
すからである
今日さけをすゝむるから
十ぶんのんでゑひを
つくされよなせなれは
明日わかるゝ身なれはもふ
いつ逢(あ)ふ事やらしれぬ
路(みち)漫々(まん〳〵)ととをい
ところへ
ゆかるゝなれは
相逢(あいあ)ふ事も
はかりかたい
胡 済鼎(さいてい)かいわく
此詩(このし)王維(おうい)が元二(けんじ)か
安西(あんせい)へつかいするにおくる
詩(し)と相類(あいるい)する蓋(けたし)
明朝相憶路漫(めうてうあいおもふともみちまん)々なる事を
おもふゆへに今日(こんにち)須(へし)_レ尽(つくす)_レ酔(ゑひを)
西(にしのかた)出(いてゝ)_二陽関(やうくはんを)_一無(なからん)_二故人(こじん)_一とおもふ
ゆへに勧(すゝむ)_レ君(きみに)更尽一杯酒(さらにつくすいつはいのさけ)と
なむいへり【挿絵】
かくやうろうは西北(にしきた)のかたちやうしやは。とうていのみなみのみつのはてゆへかくやうろうのあるところよりは
まだみなみじや。とうていこのきたの方には江水(こうすい)つゞきなかるゝがかくやうろうより見れはとうていの
こうすいかぎりひかしのかたへつらなりつゞきて。びやう〳〵とせんりにうしをがみちてある。このところ
を舟にのりゆかるゝがおりふし青雲(せいうん)のそらをあをいて北地(ほくち)のみやこの方をのそめは。みやこのそらにあたる【「あたる」は「ある」ヵ】
しびゑんのほしなとが。とをく見へてどこともしれぬ。とも〳〵にみやこからとをいところへきている
われもそなたも。とをいところへきている
空洞(くうとう)となにもない西(にし)の方からきたの方まてさわりはない員外(いんくはい)かいゝふんにして。かくやうから。ちやうしや
までなにもない湖(こ)すいつゝきじやから朝(あさ)舟にのりはんかた【晩方】帰らるゝといわるゝがかくやうあたりでさい。さびしい
にこれよりひかしの長沙南畔(ちようしやなんはん)のあたりへ行(ゆき)たらばいよ〳〵都(みやこ)はとをくなりこゝろほそかろふとなり
岳陽楼(かくやうろうにして)
重(かさねて)宴(ゑん)-別(へつす)_三
王八員(おうはちいん)
外(くはいが)貶(へんせらるゝに)_二長(ちやう)
沙(しやに)_一
賈至(かし)
江路東連(こうろひんかしにつらなる)
千里潮(せんりのうしを)
青雲北望(せいうんきたにのそめは)
紫微遥(しびはるかなり)
莫(なかれ)_レ道(いふこと)巴陵(はりやう)
湖水闊(こすいひろしと)
長沙南畔(ちやうしやなんはん)
更蕭條(さらにせうじやう)【挿絵】
【挿絵】
封大夫(ふうたいふ)破(やふる)_二播仙(はんせんを)_一凱歌二首(がいかにしゆ) 岑参(しん〳〵)
漢将(かんしやう)承(うけて)_レ恩(おんを)西(にし)破(やふる)_レ戎(ぢうを)捷書先奏未央宮(せうしよまつそうすびようきう)天子預(てんしあらかしめ)開(ひらいて)_二麟(りん)
閣(かくを)_一待(まつ)祗今誰(たゝいまたれか)数(かぞへん)_二貳師功(じしのこうを)_一《割書:播仙(はんせん)は西域(せいいき)のゑひすなり|凱歌(がいか)はてがらをしてかへる事なり》
《割書:そうたいしようにおゝせつけられ御目かねとをりなんのくもなく打ほろほしてきた◦せうしよはゑ|ひすをほろほしたといふはやおいのせう状なり。しゆびよくうつてまいつたといふ状をみなのかへらぬ|さきにてんしへそうもんする事じやせう状なとのきたときはみかともびようきうで御らんなさる事じや|△なんでもみやこへのほつたならはみかとのほうびを下さるであろふみかともかへらぬさきからりんかくをひらき|まつてごさるこんどのてがらはなか〳〵貳師(じし)廣利(くはうり)の功(こう)はばくたいなれどかぞふるにたらぬ勝(すくれ)た手柄(てから)じや》
其二
日落 ̄テ轅門鼓角鳴 ̄ル千群面-縛 ̄シテ出_二 ̄ツ蕃城_一 ̄ヲ
洗_レ ̄テ兵 ̄ヲ魚-海雲迎_レ ̄ヘ陣 ̄ヲ秣_レ ̄テ馬龍-堆月照_レ ̄ス営 ̄ヲ
--------------------------------------------------------------------------------
ひおちてゑんもん。こかくなる。せんぐんめんはくして。はんじやうをいづ。へいをあら
つてぎよかい。くもぢんをむかへ。むまにまくさかふて。りやうたい。つき ゑい
をてらす
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ゑんもんはちんやのもんなり。ひくれじふんには。かいぢんを。たいこをうつてかへる。ゑひすのかた
のこうさんのものとも。てまへでなわをくゝり。ばんじやうよりひきいだされている。
◦こんにちめでたふ。ぎよかいあたりへきたじふん。雲雨(うんう)がこのほうのぢんを。むかへるやふ
にして。くだつてきたが。あれは。へいをあろふ。ずいう【瑞雨】と見へた。ゑひすのいくさが
おさまつたれは。なんのきづかいもなく。りやうたいあたりで。むまにまくさかへば。
月がゑひをてらすと也。くわしくはこくじかいを見るへし
【挿絵】
苜蓿烽(もくしゆくほうにして)寄(よす)_二家人(かじんに)_一 岑参(しん〳〵)
苜蓿烽辺(もくしゆくほうへん)逢(あふ)_二立春(りつしゆんに)_一葫蘆河上涙(ころかしようなんた)沾(うるほす)_レ巾(きんを)
閨中只是空相憶(けいちうたゝこれむなしくあいおもふ)不(す)_レ見(み)_三沙場(しやしように)愁(しう)_二-殺(さいす)人(ひとを)_一
へんさい【辺塞】のとうちうで。はるのけいしよくになり。はやはるになつたかとかんして。きよねんのりつしゆん
は。さいしどもと一しよにいたがとおもふて。こきやうの事をおもふて。かなしめば。なみたのかわく
まもない。けいちうで。さだめてわれをおもふて。うれうるであろふが。むだ事じや。此方
が今この。たびのうれいといふものは。たゑがたい。此しやじようのありさまを。しらぬ
ゆへなにともおもふまいが。みたなら。なを〳〵かなしかろふとなり
【挿絵】
玉関(きよくくはんにして)寄(よす)_二長安李主簿(ちやうあんのりしゆほに)_一 岑参(しん〳〵)
東(ひんかしのかた)去(さること)_二長安(ちやうあん)_一万里余(はんりよ)故人那惜一行書(こじんなんそおしむいつこうのしよ)玉(きよく)
関西望腸(くはんせいぼうすれははらはた)堪(たへたり)_レ断(たふるに)況復明朝是歲除(いわんやまためうてうこれさいじよなるをや)
ひかしのかたてうあんをさり。ばんよりの。ゑひすのさかいの。玉(きよく)もんまできているに。こなたなどが
せめて状でもこして。くれそふなもじや。どふして一ふでおこしてくれぬぞ
◦きよくもんのほうから。さきへは。なんぼうあるやらしれぬが。このところへゆかねばならぬ
と。おもへばはらわたがたへるやふな。このかなしみをおもひやつてくれられへ。そのかなしみ
だにあるに。たびさきにて歳除(さいじよ)にあい。としをこゆる事なれは。いよ〳〵かな
しみをせうする事ではあるとなり。くわしくはせんちう〳〵
【挿絵】
逢(あふ)_二入(いる)_レ京(きやうに)使(つかいに)_一 岑参(しん〳〵)
故園東望路漫々(こゑんひんかしにのそめはみちまん〳〵)双袖龍鍾涙(そうしうりやうしやうとしてなんた)不(す)_レ乾(かわか)
馬上相逢(はせうにあいあふて)無(なし)_二紙筆(しひつ)_一憑(よつて)_レ君(きみに)伝語(てんごして)報(ほうせしむ)_二平安(へいあんを)_一
われこのへんさいへきていれば。こきやうのみちはまん〳〵ととをい事じや。みやこへのつかひにあふ
たれば。なにかをわすれて。両方のそでになみたをうるをして。かわくまもない。りやうしやうとゆき
やらず。つかひをうらやましく。こきやうへ状をたのみたけれど。馬(むま)のうへなれは。紙筆(かみふで)は
なし。たゝこなたによつて伝言(でんごん)するほどに。すいぶんそくさいでいると。いふてくれられい
【挿絵】
磧中作(せきちうのさく)
走(はしらしめて)_レ馬(むまを)西来(せいらい)欲(ほつす)_レ
到(いたらんと)_レ 天(てんに)
辞(じして)_レ家(いゑを)見(みる)_二月両(つきのりやう)
回円(くはいのまとかなるを)_一
今夜(こよい)不(す)_レ知(しら)何(いつれの)
処宿(ところにかしゆくせん)
平沙万里(へいしやはんり)絕(ぜつす)_二
人煙(じんゑんを)_一
御用(ごよう)ゆへすいぶんいそいで。むまをはし
らしめてのほれば。しだいにたかくて。
てんへのほるやうな。いゑをぢして。
このどうちうへ出てから。十五日を
二どへたゆへ。ふたつきになる
とこにとまろふやら
ばんりひやう〳〵と
して
平沙(へいしや)はるかにして
ひとのいゑも見へず
とこをたのむへき
ところも
ない
おゝかたこの
沙上(しやしやう)にしゆくするで
あろふさて〳〵
こゝろぼそい
事ではあると也
【挿絵】
虢州 ̄ノ後亭 ̄ニシテ送_三 ̄リ李判官 ̄カ使 ̄ヒシテ赴_二 ̄クヲ晋絳_一 ̄ニ得_二秋字_一 岑参
西原 ̄ノ駅路掛_二城頭_一客散_二紅亭_一 ̄ニ雨 未(イマ)【左ルビ「ス」】_レ ̄タ休君去 ̄テ試 ̄ニ
看 ̄ヨ汾水 ̄ノ上白雲猶似_二 ̄ン漢時秋_一 ̄ニ
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くわくしうの。こうていにして。りはんくはんが。つかひして。しんこうに。おもむくをおくる。しうのじを得(ゑ)たり。
せいげんのゑきろしやうとうにかゝるかくこうていにさんしてあめいまたやます
きみさつてこゝろみに見よふんすいのうへはくうんなをかんしのあきににん
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後亭(こうてい)とはくわく
しうのしろの
うしろにある
ていのことなり
西原(せいけん)の城(しろ)より
うへに山をかけて
海道(かいとう)があるゆへ
かゝるといふなり
江亭まておくつてきた
客もみなかへりさひしく
なり。まして雨もやます
うそさびしいじせつ道中
せらるゝさぞさひしかろふ
扨その道(みち)すし汾水(ふんすい)あたり
には漢(かん)の武帝(ふてい)の古(こ)せきが
ある君(きみ)去(さつ)てこゝろみに
見られよかんのときの人は
あとかたもあるまい
白雲(はくうん)はかりは
漢(かん)のときにかわる
まい楼船(ろうせん)をうかむと
いふやうな事はあるまい
このやうの事を見られた
ならは
いにしへをかんして
なをかなしかろふと
なり
くわしくは
掌故せんちうに
あり
【挿絵】
われはにしへゆくに。
にしのたかきかたより。
ひかしへむいて。かへる
ゆへ。てんくはいより
かへるといふ。
みやこへ帰る事
ゆへ。むまをたゝ
きたて。とりの
ことくはやくいそ
いて。かへらるゝうらやましい。
そこもとは。かへらるゝから
うれしかろふが。われはかへ
る事もならぬ。この
交河(こうか)のきたにいて。いま
このところで。こなたを
おくり見れは。さむいじふんで
はや。ゆきがある。このゆきを見
なから。詩(し)をつくり。おくるについても
われは。このやうな。さむいところへ
きているが。こなたはかへらるゝが。
われはいつかへる事じややら。また
いつあふやらしれぬと。
おもへばかなしうなり。
なみた。ころもにみつと也
送(おくる)_二 人(ひとの)還(かへるを)_一レ京(きやうに)
匹馬西来天外(ひつばせいらいてんくはいより)
帰(かへる)揚(あけて)_レ鞭(むちを)只(たゝ)共(ともに)_レ鳥(とりと)
争(あらそふ)_レ飛(とぶことを)送(おくる)_レ君(きみを)九月(くくはつ)
交河北(かうかのきた)雪裡(せつり)題(たいして)_レ
詩(しを)涙(なみた)満(みつ)_レ衣(ころもに)
【挿絵】
【挿絵】
赴(おもむき)_二北庭(ほくていに)_一度(わたつて)_レ隴(ろうを)思(おもふ)_レ家(いゑを)
西(にしのかた)向(むかふこと)_二輪台(りんたいに)_一万里余(はんりよ)也知鄉信(またしるきやうしん)
日(ひゝに)応(まさに)【左ルビ「へし」】_レ疎(そなる)隴山鸚鵡能言語(ろうさんのおうむよくげんごせは)為(ために)
報家人数(ほうせよかじんしば〳〵)寄(よせよと)_レ書(しよを) 岑参(しん〳〵)
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われこのところへゆくに。にしのかたりんたいのかたを見れはばんりよまたはる〳〵の事じや。こゝら
さへたよりがないに。いよ〳〵またしる郷信(きやうしん)がしだいにとをさかりたよりをきく事も
なるまい。ろうざんあたりはおうむのあるところじやこれからは状文のたよりのない
処じやとおもふから。こきやうのさいしに状をおこせといふてくれ大かた十(とを)のものが
ひとつならではとゝかぬひとたよりのないところじや。おふむのことく
はねでもあつてとんでくるよりほかはないくわしくは国字解(こくしかい)を見るへし
【裏表紙】
【表紙題箋】《題:唐詩選画本 《割書:七言絶句》五》
【小題】胡笳
酒泉太守席上酔後作(しゆせんのたいしゆのせきしようすいこにさくす) 岑参(しんしん)
酒泉太守能剣舞(しゆせんのたいしゆよくけんふす)高堂置酒夜(かうとうちしゆしてよる)撃(うつ)_レ鼓(つゝみを)
胡笳一曲(こかいつきよく)断(たつ)_二 人腸(ひとのはらはたを)_一坐客相看涙(さかくあいみてなみた)如(ことし)_レ雨(あめの)
くんちうのさかもりゆへ。なまぬるくてはすまぬとて。つるぎのまいなどをする。さいさんとりだしてする
ゆへ。よくといふ。夜なども。どうにのぼりよあけまて。さかもりをして。うたへは。まへは。なにこゝろなく
たのしむ事じや。これまては。きしようでありしが。まいのはてをきけば。胡笳(こか)のこゑかする。これをきけは愁(うれい)を
ひきおこし。坐中(ざちう)かほとかほとを見あわせて。こきやうの事をおもひ出して。なみたをはら〳〵とながしている
【挿絵】
【挿絵】
送(をくる)_三劉判官(りうはんくはんが)赴(おもむくを)_二磧西(せきせいに)_一 岑参(しん〳〵)
火山五月行人少(くはさんごくはつこうじんまれなり)看君馬去疾(みるきみかむまさつてときこと)如(ことし)_レ鳥(とりの)
都使行営太白西(としのこうゑいたいはくのにし)角声一動胡天暁(かくせいひとたひうこくこてんのあかつき)
西域(せいいき)のくはさんを五月じふんとをり見れはたびひとがひとりも通らぬさびしいところじや。いまこなた
はむかふのやうすをしらぬゆへ。たゝひとりきしやうにむまをとばせてゆかるゝがこなたのゆか
るゝ行営(こうゑい)のぢんやは太白山(たいはくさん)のにしでゑびすへちかいところなれはこてんのあかつきかたに
どこともなく角(かく)をふきあけたらばかなしかろふはしめむまをとばせたやふではあるまいとなり
【挿絵】
山房春事(さんほうのしゆんじ) 岑参(しんじん)
梁園日暮乱飛鴉(りやうゑんじつほらんひのあ)極目蕭條三両家(きよくもくしようしやうたりりやうさんか)庭樹(ていじゆは)
不(す)_レ知(しら)人去尽(ひとさりつきることを)春来還発旧時花(しゆんらいかへつてひらくきうじのはな)
いにしへははんしやうな事てありつろふが。今は人のゆきゝもなくひくれかたにはからすがむれとんている極目(きよくもく)とむかふ
のはてまて目をきわめて見れはしやう〴〵とものさひしくたゝ野人(やじん)のいゑいが二三げんもみゆるばかりじや
この処になんのきもなくある木はいにしへのりやうゑんのにわ木なれともそのにわをあいしたひともすきさり
たれあいする人もなけれどはるになればむかしの枝(ゑだ)にひらき見る人もないくわしくは講釈の本を見るへし
寄(よす)_二孫山人(そんさんしんに)_一 儲光羲(しよくはうき)
新林二月孤舟還(しんりんじけつこしうかへる)水(みつは)満(みち)_二清江(せいこに)_一花(はなは)満(みつ)_レ山(やまに)
借問故園隠君子(しやもんすこゑんのいんくんし)時々来往(じゝらいおうして)住(じうすかと)_二 人間(にんげんに)_一
しんりんは地名(ちめい)なり。はるけしきおもしろかろふとおもひこきやうのしんりんのうらべに二月(にげつ)じふんふねにさほ
さして帰りてあれは春水もせい〳〵とたゝへてみゆるはなもまつさい中て山々に見るにさいてあるさためてそん
さんじんもこれを見ていらるゝであろふなんでもあわふとおもひたつねたればおもひのほかとこへか行ていられぬ
隠君子(いんくんし)なれは人間(にんけん)にましわりそふもないものじやが人間にも住居(じうきよ)していらるゝかてんのゆかぬ事でこそあれ
【挿絵】
贈(をくる)_二花卿(くはけいに)_一 杜甫(とほ)
錦城糸管日粉々(きんしやうのしくはんひゞにふん〳〵)半(なかはは)入(いり)_二江風(こうふうに)_一半(はかはは)入(いる)_レ雲(くもに)
此曲祗(このきよくたゝ)応(へし)_二 天上(てんしやうに)有(ある)_一 人閒能(にんけんよく)得(ゑん)_二幾回聞(いくたひかきく事を)_一
しよくのみやこで。このころのしくはんは。なかばは江風(こうふう)なとにしたがい。なかばは雲(くも)に入て。天(てん)にもひゝきわたる。この
きよくといふは。じたい民間(みんかん)できくことはならぬ。このやうなる音(おん)の妙(たへ)なるきよくは。玄宗(けんそう)こときの天子(てんし)の
御きゝなさるゝきよくなれば。人間世(にんけんせい)ではなか〳〵つね〳〵きくことはならぬ。花(くは)けいか。ごされはこそきくであると也。
花(くは)けいは御かゝへの大将(たいしやう)とみゆれども。妓女(きじよ)の事に見てもよい◦此画(このゑ)は当時(とうじ)妓女(きじよ)の此詩(このし)をもて。歌(うた)にいれかゝする図(づ)なり【挿絵】
重(かさねて)贈(おくる)鄭錬(ていれんに)
杜甫(とほ)
鄭子(ていし)将(まさに)【左ルビ「す」】_レ行(ゆかんと)
罷(やむ)_二使臣(ししんを)_一
囊(のうに)無(なし)_三 一物(いちぶつの)
献(けんづる)_二尊親(そんしんに)_一
江山路遠(こうさんみちとをし)
羈離日(きりのひ)
裘馬誰(きうばたれか)為(たらん)_二
感激人(かんげきのひと)_一
このひとはこきやうへゆかん
とてくわんをやめてゆか
るゝがけつこうなるひと
ゆへにたみをむさほ
らす一せんのたくわへ
なくこきやうのおやた
ちへみやけもないこれ
からこきやうへかへるみち
もとをくこうさんをへ
てゆく事じやきうば
はふうきのひとみやこに
はふうきなるひともた
いぶんあるがこのひとの
ひんきうでけつはく
なるをかんげきしあ
われんでやるものも
ないはぜひもないこと
事かな
きりとはたびへおもむく
みちすがらの事なり
くわしくは
唐詩講釈にあり
【挿絵】
奉(たてまつる)_レ和(わし)_二厳武軍城早秋(げんむがぐんじやうのそうしうを)_一 杜甫(とほ)
秋風嫋々(しうふうしやう〳〵として)動(うこかす)_二高旌(かうせいを)_一玉帳(きよくてう)分(わかつて)_レ弓(ゆみを)射(いる)_二虜営(りよゑいを)_一
已(すてに)收(おさめて)_二滴博雲間戍(てきはくうんかんのしゆを)_一欲(ほつす)_レ奪(うばわんと)_二蓬婆雪外城(ほうばせつくはいのじやうを)_一
あきのことなれば。かせがじやう〳〵とふき。ちんやにたかくたてゝある。はたをなひかす。せいばつのしふんゆへ。大将のてう
に大せいきているに。弓(ゆみ)をわかち。てわけをして。胡(ゑひす)のぢんへ矢をいかけて。たゝかいまいれといゝつける。はやたゝかひかつて。
てきはくのぢを。げんむが。かた【方】ておさめたれば。そのちの雲間(うんけん)のたかき所へ。戎ろうをたてゝ。ばんての
ものをおく。そのかちにぜうして。ほうはせうあたりも。みなうばいとり。ばつか【幕下】にしたかへんとせらるゝ
【挿絵】
解(とく)_レ悶(もん)
杜甫(とほ)
一(ひとたひ)辞(じして)_二故国(ここくを)_一 十(とたひ)
経(ふ)_レ秋(あきを)
毎(ことに)_レ見(みる)_二秋瓜(しうくはを)_一憶(おもふ)_二
故丘(こきうを)_一
今日南湖(こんにちなんこ)采(とる)_二
薇蕨(びけつを)_一
何人為覓鄭(なんひとのためにもとむてい)
瓜州(くはしう)
こきやうをでゝよりとしひさしく
りよかくとなりて十ねんにもなる
あきの事なれは子美(しみ)がざいしよ
はうりのめいふつゆへたびて瓜(うり)を
見てもいまじふんわがさとにもよい
うりがあろふかとおもひたす
今日なんこあたりへきて
いてはこきやうで見なれた
うりはなくしてはやはるに
なりてわらびをとるとき
なれはひとへにこきやうを
おもひだすせめての事に
ていくはぢうといふほうゆう
になりともあふてなくさ
まふとおもへともあふ事も
ならぬたれかわがために
たつねてつれてきてあわせ
てくれやうぞたれもつれ
てくるものはあるまい鄭瓜州(ていくはちう)と
いふはでき口(くち)でこきやうの
やうなうりでももつてきて
くれたならばわがうれいも
とけやうとなりくわしくは
唐詩講釈の書を見るへし
【挿絵】
書堂飲既夜復(しよとうのいんすでによにしてまた)邀(むかへて)_二李尚書(りしやうしよを)_一
下(おり)_レ馬(むまより)月下賦(けつかにふす) 杜甫(とほ)
湖月林風相与清(こけつりんふうあいともにきよし)
残尊(さんそん)下(おりて)_レ馬(むまより)復同傾(またおなしくかたむく)
久(ひさしく)𢬵(すつ)【扌+弃】_三野鶴(やくはくの)如(ことくなるを)_二双鬢(そうひんの)_一
遮莫鄰鶏(さもあらはあれりんけい)下(くたることを)_二 五更(ごかうに)_一
書堂(しよどう)の湖上(こしやう)の月(つき)も清(きよく)く。風色もよし。このこ
せうのほとりへきて。かへるがさんねんさに。日のくれる
までいて。李尚書(りせうしよ)をむかへて。またのみあました
さけを。むまよりおりて。うちよつてかたむける。
わがことくさけをのめば。みたりなと人がいおふが。かま
わぬ。やくはくのことくわがかしらもしらがとなりたれは。
なにといわれうとまゝよ。せけんにかまわぬきにな
つた。遮莫(しやはく)とまゝよさて。となりの一ばんとりが
なき五更(ごかう)の夜(よ)あけになろふとも。のみ
あかさねはならぬ。ときよをいき
とをりていふなり。
久(ひさしく)𢬵(すつ)【扌+弃】とは只すつる
ではない。せ
けんにかま
はぬと
いふ
こと
也
【挿絵】
塞下曲(さいかのきよく) 常建(しやうけん)
玉帛朝回(きよくはくていくはいして)望(のそむ)_二帝京(ていけいを)_一烏孫帰去(をそんかへりさつて)不(す)_レ称(しやうせ)_レ王(おうと)
天涯静処(てんかいしつかなるところ)無(なし)_二征戦(せいせん)_一兵気銷(へいきせうして)為(なる)_二日月光(じつげつのひかりと)
ゑひすのこくおうが。ていけいをのそみあをいできたり中ごくにきふくし玉(きよく)はくをもつて朝参(てうさん)するゆへ
ゑひすも今までは王号(おうごう)をなのつていたれども烏孫(をそん)もちうごくへしたがひくだつておうとせうせず。てんの
はづれまでしづかにおさまつて征伐(せいはつ)のやうな事はない軍(いくさ)があれは天(てん)に兵気(へいき)がたなびくがそれもせうし
つきて日月もあきらかに輝(かゝやい)て(て)清平(せいへい)の世となつた昔(むかし)こうした事があつたよい天子(てんし)のいます時(とき)の事いふ
【挿絵】
其二(そのに)
北海陰風(ほつかいのいんふう)
動(うこかし)_レ 地(ちを)来(きたる)明(めい)
君祠上(くんしじやう)望(のそむ)_二
龍堆(りやうたいを)_一髑髏(どくろう)
尽是長城(こと〳〵くこれちやうじやう)
卒(そつ)日暮沙(じつほしや)
場飛(じやうとんで)作(なる)_レ灰(はいと)
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めいくんしはしようくんのはかなり
ゑひすのほつかいからすさましい
いん風(ふう)が地(ち)をうこかして。ふき
きたる。龍堆(りやうたい)はしやじよう
で龍(りやう)のなりのやふなるに
よつていふなり。ひやう〳〵と
はてしもない処(ところ)しや。むかしより
みやこからこのところへきて。
うちじにした士卒(しそつ)どもの。しがい
をたれかたつけるものもなけれは。
はつこつばかりじや。くれあいに見
れは。ちりほこりとなりて風
にふきとぶ。ばんてにきている
我(われ)らも。かくのことくであろふと
かんにたへられぬと也
くわしくは国字解(こくじかい)を
見るへし
送(おくる)_二宇文六(うぶんりくを)_一 常建(じやうけん)
花(はな)映(ゑいして)_二垂楊(すいやうに)_一漢水清(かんすいきよし)微風林裏一枝軽(びふうりんりいつしかろし)
即今江北還(そくこんこうほくかへつて)如(ごとし)_レ此(かくの)愁殺江南離別情(しうさいすこうなんりへつのじやう)
はるの事ゆへはなもさかりに。やなきもあをやいで。かんすいにゑいじうつろふて。きよらにみゆる。このじふん
はやしをふくかぜも。はけしからず。そよ〳〵ふくゆへ。はなもちらずおもしろいけしきじや。こなたのゆかるゝこう
なんのかたは。はるもはやいゆへ。ゆきつかるゝじふんには。はるもすきるであろふ。こうなんのさびしい。ふうけい
を見られたならば。しべつのしやうをかんじ。こうほくのふうけいをおもいやつて。うれいらるゝであろふ
【挿絵】
三日(さんじつ)尋(たつぬる)_二李九荘(りきうそうを)_一
常建(しやうけん)
雨歇楊林(あめはやむやうりん)
東渡頭(とうとのほとり)
永和三日(ゑいくはさんじつ)
盪(とらかす)_二軽舟(けいしうを)_一
故人家(こじんのいゑは)在(あり)_二
桃花岸(とうくはのきしに)_一
直(たゝちに)到(いたる)_二門前(もんせん)
渓水流(けいすいのなかれに)_一
ゆふへまてあめかふりしが
今朝(けさ)はやなきのある東(とう)
渡(と)のほとりまてはれ
わたりみゆる今日はさいはい
三日(さんじつ)ゆへむかし義之(ぎし)が永(ゑい)
和年中(くはねんちう)に蘭亭(らんてい)にあそ
びしことくわれも。けいしうを
こきいだし友(とも)たちの処を
たつねてゆくである
こじんの家(いゑ)はとこぞとおもふに
むかふのもゝの花のさきつれた
きしにあるからこの水に
舟をうかべゆけばたゝちに
門前(もんせん)にいたりついて
ふうけいをみれはもの
しつかにてぶりやうの
とうげんへきた
やうなといふを
もたせたる詩(し)也
くわしくはこくじかいにあり
【挿絵】
高適(かうてき)
九曲詞(きうきよくし)
鉄馬橫行(てつばおうかうす)鉄(てつ)
嶺頭(れいとう)
西(にしのかた)看(みて)_二邏逤(らさを)_一取(とる)_二
封侯(ほうこうを)
青海只今(せいかいたゞいま)将(まさに)【左ルビ「す」】_レ
飲(みづかわんと)_レ馬(むまに)
黃河(くはうが)不(す)_レ用(もちい)更(さらに)
防(ふせぐことを)_レ秋(あきを)
われもなにをかな功(こう)をたてやうとおもふて
てつばのてつよきむまにのりてつれい
とうあたりをこゝやかしことかけまわり
にしのかた。らさこくを目あてにして
もしおごり。てむかふものも
あらはうちいつてそのくにをとり
たいめうになろふとおもふたに
青海(せいかい)あたりへゆきて馬(むま)に水かわふと
しても胡(ゑひす)のものがかまわぬ太平(たいへい)
の御世(ごよ)なれは黄河(くはうが)あたりへ秋(あき)を
ふせいで中国(ちうごく)へゑひすがいらねは。する
こともない。すればこうをたつることも
ならぬさんねんである
あきをふせぐといふはゑひすが中(ちう)こくへ
いりこむしせつゆへせきしよをたてゝ
ふせぐなり
【挿絵】
【挿絵】
除夜作(じよやのさく) 常建(じやうけん)
旅館寒灯孤(りよくはんのかんとうひとり)不(す)_レ眠(ねむら)客心何事(かくしんなにことぞ)
転凄然(うたゝせいぜん)故鄉今夜(こきやうこよひ)思(おもふ)_二千里(せんりを)霜鬢明朝又一年(そうびんめうてうまたいちねん)
《割書:白雪山人書》
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こよいはじよやなれはこきやうにてはよもすがらともしひをおゝくともしたのしめともたひのこと
なれはともしひもほそ〴〵としているゆへなにかとおもひがせうじてねられぬこれもりよかくの身のうへ
てあろふ客心(かくしん)とふした事で此やふに転(うたゝ)凄然(せいせん)とものあわれにさひしくている事そわが
みながらもさとられぬ今夜(こんや)は除夜(しよや)とてひとはみなにきやかにたのしめどもわれはこの様【処ヵ】に
千里(せんり)のこきやうの事をおもひいだしてかなしむこよひがあけたならは又いちねん
明(みやう)てうのとしをかさねてしらがあたまになりたひにはかりいてこきやうへかへる事も
いつともしれねはいよ〳〵せいぜんとものうい事じやとなり
【跋】
書画本唐詩選後
予祖父か心さしを続前年五言絶
句画出来今年また七絶を続刻
せむことを思ふたま〳〵芙蓉
先生を訪ふに七絶の景象を
図して童蒙にあたふるあり余これ
をうかゝふて先生にこふにゆるさす
百計終にこれを得よつて五絶の
体裁にならひ傍に国字解をく
はへて木にのほせ侍る事とはなりぬ
寛政元年己酉の秋九月
嵩山書房小林高英識
【印「小林/氏印」「高英」】
寛政二《割書:庚| 戌》正月出板
文化十一《割書:甲| 戌》九月再板
《割書:杉田金助刻》
【上段】
唐詩選《割書:南郭先生校》全
同無点《割書:同》 二冊
同四声カナ付 三冊
同大字読書本 三冊
同掌故《割書:芸閣先生著》二冊
同箋註《割書:淡園先生著》八冊
同除言《割書:同》 二冊
同唐音附五七言絶句 全
【下段】
唐詩選夷考《割書:中南先生著| 三冊》
同艸書石摺《割書:東江先生書| 三冊》
同石摺 《割書:川保寿先生書| 三冊》
同国字解 三冊
古文孝経 《割書:春台先生校正| 全》
同《割書:正文 訓点付 全|大字 白 文 全》
同《割書:国字解 半紙本 全|片カナ付 小本 全》
同和字訓 《割書:大峰先生訓| 全》
東都書林 《割書:日本橋南二丁目| 小林新兵衛蔵板》
【裏表紙】
TKGK-00058
書名 唐詩選画本,続編5巻
刊 5冊
所蔵者 東京学芸大学附属図書館
函号 921.43/TAC
撮影 国際マイクロ写真工業社
令和2年度
国文学研究資料館
【表紙題箋】《題:唐詩選画本 《割書:七言絶句|続編》一》
【見返し】【上部余白に「寛政癸丑新刻」】
紅翠齋主人画 【印「不許翻刻/千里必究」】
唐詩選
東都書肆 蒿山房蔵
唐詩選画本続編成 ̄ル。請_二余 ̄カ
題言_一。余不_レ知_レ画 ̄ヲ以_レ詩言_レ之。
層巒畳嶂廻瀾狂涛 ̄ハ。其
歌行長篇 ̄カ乎。遠樹疎麓
山市漁落 ̄ハ。其五七言絶乎。
名楼傑閣花卉翎毛 ̄ハ。其
五七言律乎。因_レ詩 ̄ニ賦_レ ̄シ形 ̄ヲ。篇 ̄コトニ
作_二 ̄ル一図_一 ̄ヲ。摹_レ ̄スレハ景 ̄ヲ則滞。離 ̄ルレハ
_レ景 ̄ヲ則蕩。宜_レ ̄シテ虚 ̄ニ而不_レ流_二 ̄レ于虚_一 ̄ニ。
宜_レ ̄シテ実 ̄ニ而不_レ泥_二于実_一 ̄ニ。知_二此 ̄ノ二_一 ̄ヲ
者。可_三以 ̄テ言_二絵事_一 ̄ヲ矣。然後
天会超脱意 ̄ロ到 ̄リ筆随 ̄フ。無_二
往 ̄トシテ不_一レ ̄ルハ可 ̄ナラ。北尾氏於_二 ̄ル此 ̄ノ本_一 ̄ニ。尽 ̄ク
以_二意匠_一 ̄ヲ出_レ ̄シ之 ̄ヲ。区分 ̄シテ為_レ ̄ス態 ̄ヲ。
各《割書:々》【〳〵ヵクヵ】適_二 ̄フ其宜_一 ̄ニ。蓋筆 ̄ノ之所_レ到 ̄ル。
円熟 ̄シテ不_レ殢也。可_レ謂無_二 ̄シト遺憾_一
矣。古人 ̄ノ所_レ謂有声 ̄ノ之画。
無声 ̄ノ之詩。余於_レ ̄モ此 ̄ニ亦云。
寛政壬子仲冬南望日
天華楼主人【印「雲山杜多」「沛然」】
【小題】聞笛【篴】
塞上(さいしやうにして)聞(きく)_レ吹(ふくを)_レ笛(ふへを)
雪浄胡天(ゆききようしてこてん)牧(ぼくして)_レ馬(むまを)
還(かへる)月明羌笛戍(つきあきらかにしてきやうてきしゆ)
楼間(ろうのあいだ)借問梅花(しやくもんすはいくは)
何処落(いづれのところにかをつ)風吹一(かぜふいていち)
夜(や)満(みつ)_二関山(くはんさんに)_一
《割書:ゆきもちら〳〵とそらに映|じて見へる時分野飼|しにて置たる馬をひき|つれてかへりたれは誰かは|しらず月明の夜すがら|羌笛を戍楼のあたりで》
《割書:ふくがたん〳〵吹つのつて|落梅の曲にいたる|借問して承り|たいものじや今|はらくばいのない時|分じやにいつれの|処からどこへおちて|あの曲を吹事ぞ|風にふきちらされ|て夜もすがら関|山の中にみちて誰|きかぬものはない|此曲を聞ては此所へ|征伐に来てゐる|ものは故郷の|おもひを引をこし|てかなしからふと|いふ意なり》
【挿絵】
別(わかる)_二董大(とうたいに)_一
十里黃雲白(じうりのくはううんはく)
日曛(じつくれ)【熏・𡽽ヵ】
北風(ほくふう)吹(ふいて)_レ雁(かりを)雪(ゆき)
紛々(ふん〳〵)
莫(なかれ)_レ愁(うれふること)前路(せんろ)無(なきことを)_二
知己(ちき)_一
天下誰人(てんかたれひとか)不(ざらん)
_レ識(しら)_レ君(きみを)
《割書:鼻のさきに見わたす|所を十里といふ○この|あたりをまみわたせは|空もうすくもりて雪|を催す白日の夕ぐれ|なれば北風なども吹|来て雁を南にふき|おくりはたして雪が|ふん〳〵と降てものす|ごひ折から旅へゆかるゝ|となり莫愁はなぐ|さむる詞なりそこ元|は手前がやうな親しい|友達にわかるれは前路|で知己なものがある|気の毒に思し召|なそこもとは器|量すくれた人なれ|ば行さきでおもんぢ|君を待うけるで|あらふほとにうれへ|すに気象にして|ゆかれいとなり》
【挿絵】
送(をくる)_三杜十四(としうしが)之(ゆくを)_二江南(こうなんに)_一
孟浩然(もうこうぜん)
荊吳相接水(けいごあいせつしてみつを)為(す)_レ郷(きやうと)
君去春江正淼茫(きみさつてしゆんこうまさにへうほう)
日暮孤舟何処泊(じつぼこしういつれのところにかはくす)
天涯一望(てんがいいちほう)断(たつ)_二 人腸(しんちやうを)_一
《割書:呉と楚とはとこからとこ迄も皆水の|上を住家とするやうな所じや○君去ゆか|れたらは見らるゝであらふ春になれは水も|まし猶ぼう〳〵とはてしもないことじや|其やうな所へ舟をのり出して今夜はど|こをたよりに舟を泊するであらふと|天涯までも見のそみてたよりもなく|たゞひやう〳〵として| はらわたをたつごとくに| おもひうれゐ| らるゝで| あらふと| なり》【挿絵】
寄(よす)_二韓鵬(かんほうに)_一《割書:為(なして)_レ政(まつりことを)心間物自間(こゝろしつかなればことおのづからしつかなり)朝看飛鳥暮飛還(あしたにみるひちやうくれにとびかへる)|寄(よす)_レ書(しよを)河上神明宰(かしやうしんめいのさい)羨爾城頭姑射山(うらやむなんじしやうとうのこやさん)》李頎(りき)
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《割書:河中に奉行をしてゐらるゝが政を|するにいそがはしからず何にもかま|はず無為にして治らるゝゆへに|万物も従容自適してしつかに|してある一日何をする事もなけ|れば朝々とびゆく鳥がくれがたに|ねぐらを尋てとひかへるをなぐ|さみに見てゐらるゝわれは此|やうな人を愛するゆへに|今手前が書をよする河上|に奉行をつとめてござるそこ|もとなどは人世にことなる神|明の徳ある奉行じやうら|やましひそこもとのこさる|近所は姑射といふ仙居に対|してゐるゆへ姑射の神人の|ごとく無為自然に治むる|神とくのあることを| うらやむては| ある》【挿絵】
九日(くにち) 崔国輔(さいこくほ)
江辺楓落菊花黃(こうへんふうをちてきくくはきなり) 少長(しやうてう)登(のぼつて)_レ高(たかきに)一(いつに)望(のそむ)_レ鄉(きやうを)
九日陶家(くにちとうか)雖(いへども)_レ載(のすと)_レ酒(さけを) 三年楚客已(さんねんそかくすでに)霑(うるほす)_レ裳(しやうを)
《割書:最早秋のすへゆえ川はたのもみぢの葉も落て菊花も|さかりに黄はみたる也○九日は登高の佳節とて老若|ともにみなたかきに上てたのしむ其中にわがごときの|旅客はたゞもつはら故郷のかたを見のぞんでゐる|古人九日陶淵明がところへ白衣の人が酒をおくりしと|いふことくわが方へもろ【かヵ】ふたれ共何をいふても三年楚|国に旅客となつてゐれば裳をうるほしてなみだ|のかはく間もないとなり》【挿絵】
題(だいす)_二長安主人壁(ちやうあんしゆしんのかべに)_一 張謂(ちやうい)
世人(せじん)結(むすふに)_レ交(ましはりを)須(もちゆ)_二黃金(くはうごんを)_一黃金(くはうごん)不(ざれば)_レ多(おほから)交(ましはり)不(ず)_レ深(ふかゝら)縱令然諾暫相許(たとへねんだくしてしはらくあいゆるすとも)終是悠々行路心(ついにはこれゆう〳〵たるこうろのしん)
《割書: 此詩は張謂か及第に試らるゝために都に居たときしたしひ旅宿の主人も及第にすゝまぬまへには君に用ひ| らるゝであろうと思ふて敬ひ其時分は金銀を持行たゆへ取持たが落第の段に成たればかまはぬゆへ人のまじ| はりといふものは水くさいものとていきとをりて此詩をかべにしるしおきしなり》
《割書: 惣して世人のまじはりといふものは黄金でもたくさんにとりあつかふうちは深く交をすれども貧になるとかま| はずましはりもうすくなるたとへ然諾と相見れは相ゆるすゆへたのもしふおもふてもつい金銀| でもなくなりて貧になると今まで懇意にしたものがゆう〳〵と| はてもない道とをりのごとく見ぬ| 顔をしてゐるやうになるさて〳〵| 人といふものは実のなひものじやと| なり》【挿絵】
送(おくる)_三 人(ひとの)使(つかひするを)_二河源(かけんに)_一
故人行役(こしんかうゑきして)向(むかふ)_二
辺州(へんしうに)_一
匹馬今朝(ひつばこんてう)
不(ず)_二少(しばらくも)留(とゞまら)_一
長路関山(ちやうろくわんざん)
何日尽(いつれのひかつきん)
満堂糸竹(まんたうのしちく)
為(ために)_レ君(きみが)愁(うれふ)
《割書: 黄河の河上に使に行なり
|其もとには今御上からの使と|なり辺州河源のかたへゆかるゝが|大勢供まはりをつれるでも|なく御用のことゆへ匹馬に乗|て取いそきてゆかるゝ其もと|のゆかるゝさきは長路の長|道中でことに難所をとをる|事ゆえいつ先のつくるといふ|こともなく毎日〳〵行るゝで|あらうとおもへは何をかな餞|別にとおもひ此さしきの| うちはやしを| しても| おもしろからず| そこもとの| ゆかるゝさき| を| 想像(おもひやつ)てみれば| 満堂糸竹| 為_レ君愁》【挿絵】
【挿絵】
涼州詞(れうしうのし)《割書:黃河遠上白雲間(くはうがとをくのぼるはくうんのあいた) 一片孤城万仞山(いつへんのこじやうばんしんのやま)|羌笛何(きやうてきいづくんぞ)須(べけん)_レ怨(うらむ)_二楊柳(ようりうを)_一 春光(しゆんくはう)不(ず)_レ度(わたら)玉門関(きよくもんくはん)》王之渙(わうしくはん)
《割書:黄河の方よりとをく河上へのぼりゆけば雲間にも上るやうにおもはるゝかやうな所へゆくも城数でも|ある所なればたのしみもあれどたゞ一片のはなれ城が万仞の山の上にあるのみでこれを目当|に行ことじや只胡のものが笛中で折楊柳の曲などを吹が離別の感をおこしてわるひとてき|らへども笛になにもうらみもなゐ何ゆへなれば玉関よりこの方へは春光もわたらぬがなれはいつ|も春とも秋ともしらぬから楊柳なとのことはしらぬゆへうらみもなひといふが至極うらみがふ|かい春のわたらぬ所へ来てゐれば旅の情を感しこゝろほそい情がある》
《割書:我か今居る薊庭は蕭瑟とさびしふてわが知音といふはないやう〳〵そこ元ひとりあれともおつつけわかる今日|さいわいに九日登高の節なればどうぞ高きにのほり餞別をしやうとおもへども旅の事なれはやうすはしらず|どこへ行てわれの酒をくまんと也明日わかるゝゆへ今日菊のさけをともにたのしみ明日はたがひに断蓬のことくちり〳〵|にわかるゝが只ひとりある故人にわかるゝとおもへば別してなごりおしゐとなり》
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九日(くにち)
送別(さうべつ)
薊庭蕭瑟(けいていしやうしつとして)
故人稀(こじんまれなり)
何処(いづれのところか)登(のほつて)_レ高(たかきに)
且(かつ)送(をくる)_レ帰(かへりを)
今日暫(こんにちしばらく)同(おなじくす)_二
芳菊酒(ほうきくのさけを)_一
明朝(めうてう)応(まさに)【左ルビ「べし」】_下作(なつて)_二
断蓬(たんほうと)_一飛(とぶ)_上
洛陽客舎(らくやうのかくしやにして)逢(あふて)_二
祖詠(そゑいに)_一留宴(りうゑんす)
蔡希寂(さいきせき)
綿々漏鼓洛(めん〳〵たるろうこらく)
陽城(やうじやう)客舍平(かくしやへい)
居(きよ)絕(ぜつす)_二送迎(そうげいを)_一逢(あふて)
_レ君(きみに)買(かふて)_レ酒(さけを)因(よつて)成(なす)
_レ醉(すいを)々後焉(すいごいづくんそ)知(しらん)
世上情(せじやうのぜう)
《割書:早朝よりたへず打時のたいこを聞て|洛陽城の客舎に入てもたれ一人訪|来る事もなければ心ほそく思てゐる|所じやされどそこもとにあふたゆへ何|がななと思ひ酒をすゝむるによつて|われも酒をのんでなぐさむ酒にゑふ|たうちは世上のことをわすれてゐるが|さめたのちはなんとあらふ【挿絵】
少年行(しやうねんこう)
呉象之(ごしやうし)
承(うけて)_レ恩(おんの)借猟小(しやれうすしやう)
平津(へいのしん)使(つかふて)_レ気(きを)
常遊中貴(つねにあそぶちうき)
人(にん)一擲千(いちてきせん)
金渾是胆(きんすべてこれきも)
家無(いえなふして)_二 四壁(しへき)_一
不(ず)_レ知(しら)_レ貧(ひんを)
《割書:小平津は公孫弘の知|行所なり宰相の知行|所のことにかり用るなり|都の少年の馬鹿とも|が御上の御意をうけ|て手前のかり場ても|ある事か宰相の知|行をかりてなぐさみ|に猟をしてあそふ|わが気一はいにわが侭|にして賤しいものとは|遊ばぬ御近所むきの|御こしやうなとゝ念|頃にすることじやか|やうにれき〳〵とあそ|ふゆへおこりをきはめ|博奕などをして一擲|に千金をもすつれ|とも惣身か胆でふ|といゆへに何とも思ず|ゐるかくのことくの中|貴の人とかたをならべて|おごりを極るゆへにわが|居る処には戸しやうじもない|やうなれ共その貧にもか|まはぬやうなうはきものが多い【挿絵】
江南行(こうなんこう) 張潮(ちやうてう)
茨菰葉爛(じこはたゞれて)別(わかる)_二西湾(せいわんに) 蓮子花開猶(れんしはなひらいてなを)未(いまだ)【左ルビ「ず」】_レ還(かへら)
妾夢(せうがゆめ)不(ず)_レ離(はなれ)江上水(こうしやうのみづを) 人伝郎(ひとはつたふらう)在(ありと)_二鳳凰山(ほうわうざんに)_一
《割書:去年わが夫に茨菰の葉のたゞるゝ秋のすへ此西わんでわかれたがはや一とせもたち蓮の花の最中に|なつたれどもまだかへらぬ妾がこゝろ夢にもうつゝにも去年別れた西湾江上の水をはなれず|わかれた時分のこゝろもちでいつもあり〳〵と見るやうに思てゐる此ごろ人のいふを聞ばわが|おつとは鳳凰山あたりにほうわうの雌雄の中のよいごとくほかにむつましいちかづきをもちて|此方をばわすれてゐらるゝといふが若さうした事ならばうらめしい何ともふとゝきなきこへぬ|人じやといふ詩意ならむ》【挿絵】
【挿絵】
軍城早秋(ぐんじやうのさうしう) 厳武(げんぶ)
昨夜秋風(さくやしうふう)入(いる)_二漢関(かんくはんに)_一
朔雲辺月(さくうんへんげつ)満(みつ)_二西山(せいさんに)_一
更(さらに)催(もよほして)_二飛将(ひしやうを)_一
追(おふ)_二驕虜(きやうろを)_一
莫(なかれ)_レ遣(しむること)_二沙場(さじやうの)
匹馬還(ひつばをしてかへら)_一
《割書:昨夜の頃から秋風の吹来り|漢関あたりもさむくなり征|伐のじせつにもおもむきこと|に朔雲も空にたなびき辺|塞の月もすみわたり西山に|みち〳〵てものすこく|見ゆる
《割書:此時分胡のものどもがいりこむ|ゆへ飛将軍などゝいふやうな|大将を催しつかはして都を何|ともおもはずせむる驕虜の|のゑびすをおひはらはるゝ| 大将の下知をくだす| ことゝぞ》
【挿絵】
重(かさねて)送(おくる)_三裴郎中(はいらうちうが)貶(へんせらるゝを)_二吉(きつ)
州(しうに)_一 劉長卿(りうちやうけい)
猿啼客散暮江頭(さるなきかくさんずほこうのほとり)
人自(ひとはおのづから)傷(いたましめ)_レ心(こゝろを)水自流(みづはをのづからながる)
同(おなじく)作(なつて)_二逐臣(ちしんと)_一君更遠(きみさらにとをし)
青山万里一孤舟(せいざんばんりいつこしう)
《割書:さて其(そこ)もとをおくるときは日の|暮(くれ)がたゆへ猿(さる)もなきをくり見|おくりに来た客(かく)もちり〴〵に此|江頭(こうとう)をわかるれば行(ゆく)ものも|おくるものもこゝろをいたま|しめわかれを悲(かなし)むに此/河水(かすい)|は何こゝろなくながれてゐる|我(われ)もそなたも同じく都(みやこ)を追(をひ)|しりぞけられた逐臣(ちしん)なれ|ども其中てもそこもとは|又/遠国(をんごく)へながされて| 青山(せいざん)万里(はんり)の| あなたへ孤| 舟(しう)をうかべてゆかるゝ| は| いたましひことじや
送(おくる)_三李判官(りはんくはんが)之(ゆくを)_二潤州行営(しゆんしうこうえいに)_一
万里(ばんり)辞(じして)_レ家(いへを)事(ことゝす)_二鼓鼙(こへいを)_一金陵駅路楚雲西(きんりやうのゑきろそうんのにし)
江春(こうしゆん)不(ず)_三肯(あへて)留(とゞめ)_二行客(こうかくを)_一艸色青々(さうしよくせい〳〵として)送(おくる)_二馬蹄(ばていを)_一
《割書:今そこもとは家を辞して万里のあなたへ鼓鼙の軍事をことゝし金陵の伝馬をとをり楚国の西じゆん|しうのかたへゆかるゝ○わがとゞめぬまへから川ばたの春色がもしもとゞめてくれるかとおもへばとゞめぬさうで結|句この人が馬にのり草をわけてゆかるればあとから青〳〵と生じておくるやうに思はるゝさて〳〵ぜひもない|ことじやといふ詩意なり》【挿絵】
春行(しゆんこう)
寄(よす)_レ興(きやうを)
李華(りくは)
宜陽(せんよう)城下(じやうか)
草萋々(くさせい〳〵)
澗水東流(かんすいひがしにながれて)
復(また)向(むかふ)_レ西(にしに)
芳樹(ほうじゆ)無(なふして)_レ 人(ひと)
花自落(はなおのづからおつ)
春山一路(しゆんざんいちろ)
鳥空啼(とりむなしくなく)
《割書:此/河南府(かなんふ)にある宣陽(せんよう)|城(じやう)もむかしは繁昌(はんじやう)な事で|あつたが今は誰も往来(わうらい)|するものもなく掃除(さうぢ)|するものもなければ|草のみ生しけりて荒(あれ)|はてむかしとはかはり行|只かはらぬは澗水(かんすい)の東(ひがし)に|なかれて又西へながるゝのみしや|昔(むかし)は大/勢(ぜい)どよめき花見(はなみ)などを|したが今はたれもみるものも|なければたゝむなしくおつるに|まかせて置/宣陽城(せんようじやう)【宜陽城ヵ】のみちは|春山に鳥の啼(ない)てゐるのみ|あいするものもないむかしとは|格別(かくべつ)の体(てい)を| いふなり》【挿絵】
【挿絵】
瀟湘何事等閑回(しやう〳〵よりなにことぞとうかんにかへる)水碧沙明両岸苔(みづみどりにいさごあきらかなりりやうがんのこけ)二十五弦(にしうごげん)弾(たんせば)夜月(やけつに)不(ず)
勝(たへ)_二清怨(せいえんに)_一却飛来(かへつてとびきたり) 帰雁(きかん)
《割書:雁かしやう〳〵あたりに来てゐるが何ことぞとうした事で心をとめす、等閑にかへる事ぞしやう〳〵風景は水みどりに沙あきらかに|おもしろひ景しやになぜすてゝゆく事ぞ、琴の曲に帰雁操といふがあるゆへとりあはせていふ|○此ところは帝舜のきさき娥皇女英の身をしつめたる所なればその神れいが二十五弦の琴を夜月にたんじて|あらうならば其御うらみにたへずして却てあとずさりにとぶであらふ》
【挿絵】
登楼(とうろう)寄(よす)_二王卿(わうけいに)_一 韋応物(いをうふつ)
踏(ふみ)_レ閣(かくを)攀(よぢて)_レ林(はやしを)恨(うらみ)不(ざることを)_レ同(をなじから)楚雲滄海思(そうんさうかいおもひ)無(なし)_レ窮(きはまり)数家砧杵秋山下(すかのちんしよしうざんのもと)一郡荆榛寒雨中(いちぐんのけいしんかんうのうち)
《割書: 郡主(ぐんしゆ)もはんじやうな地へやられずこのやうなさひしいところへやらるゝゆへものかなしひといふ心をふく| みたる詩なり》
《割書:韋応(いをう)物が郡(こっほり)の奉行(ぶぎやう)で居(ゐ)て楼(ろう)にのぼつてつくるなり○林中(りんちう)よりずいと出てある|閣(かく)ゆへかういふなり、高(たか)きざしきより見れば目の下にみえて、攀(よぢ)のぼつたやうに見ゆる、高(たか)い|閣(かく)じや、そこもとゝ一/所(しよ)に上たらおもしろかろうが、もろともにあそぶ事もならぬはざんねん|じやそこもとは楚雲(そうん)の方(かた)にゐらるゝが、われらは滄海(さうかい)に居(ゐ)て相(あい)へたゞつて、一/所(しよ)にゐる事|もならぬゆへ、さま〴〵の事をおもひ出すとなり、楼(ろう)に上て見ればどこもかしこも砧(きぬた)の音(おと)|がするが秋山(しうさん)の下にきこへてものかなしゐ、一/郡(ぐん)は一/村(むら)の在郷(ざいこう)をいふ、荊榛(けいしん)のむちやくちやとはへて、|やくにもたゝぬむぐらの中にあるが、雨中(うちう)にものさひしふ見へるそこもとゝ一しよに見|たらかうはあるまいといへる詩(し)なり》
【裏表紙】
【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:七言絶句|続編》二》
【小題】春日
酬(むくゆ)_下柳郎中春(りうらうちうがしゆん)
日(じつ)帰(かへつて)_二揚州(やうじうに)_一南(なん)
国(こくに)見(るゝ)_レ別(わか)之作(のさくに)_上
広陵三月花(くはうりやうさんげつはな)
正開(まさにひらく)花裏(くはり)逢(あふて)
_レ君(きみに)醉一廻(ゑふこといつくはい)南(なん)
北相過殊(ぼくあいすぐことに)不(ず)
_レ遠(とをから)暮潮從去(ぼてうかへりさつて)
早潮来(さうてうきたる)
《割書:楊州の広陵あたりも|春三月ゆへ花の最中|である此じぶん外でも|あるか花の裏でそこもと|にあふて酒もりをして|たのしむがはやおつつけ|わかれねばならぬしたが|又逢ふも心やすひなぜ|なれば夕へ潮の時分|帰て朝潮のときに早|ござらるゝほどにいつ| 逢ふも自由じや| さのみうれゐ| らるゝなと| なぐさめて| いふ》
送(をくる)_三魏十六(ぎしうろくが)還(かへるを)_二蘇州(そしうに)_一
秋夜沈沈此(しうやちん〳〵としてこゝに)送(おくる)_レ君(きみを)
陰虫切切(いんちうせつ〳〵として)不(ず)_レ堪(たへ)_レ聞(きくに)
帰舟明日毘陵道(きしうめうじつひりやうのみち)
回(めぐらさば)_レ首(かうべを)姑蘇是白雲(こそこれはくうん)【挿絵】
《割書:秋の夜ちん〳〵と更行ものさびしゐじぶんそこもとをおくるわかれといふものはたゞさへかなしゐに陰虫せつ〳〵|としきりに鳴ていよ〳〵物かなしゐ聞にたへがたひ明日はかへるとて舟にのり毘陵の道をはるかに|ゆかれなばこひしふ思ふて首をめくらして見てもあとかげもみへずたゞ姑蘇山のあたりに白雲のみ|びやう〳〵としてわがうれいをますであらふと| 明朝わか るゝときの事をおもひやるなり》
曽山(そさん)送(をくる)_レ別(わかれを)
淒々遊(せい〳〵たるゆう)
子(し)苦(くるしむ)_二飄(ひやう)
蓬(ほうを)_一明月(めいげつ)
青樽祗(せいそんたゞ)
暫同(しばらくおなじふす)南(みなみのかた)望(のぞめば)_二
千山(せんざんを)_一如(ごとし)_二黛色(たいしよくの)_一
愁君客路(うれふきみがかくろ)在(あることを)_二
其中(そのうちに)_一
《割書:淒〳〵はおちぶれた事○そこ|もとの旅立のやうすをみれ|ばせい〳〵とみすぼらしく|遊子のことなれば宿もさだ|めず飄蓬とよもぎのごとく|あなたこなたを遊行せらるゝ|此たびも曽山の方へゆかるゝゆへ|今夜月の夜すがらさかもりを|すれどもこゝとてもしばらく|の事じやそこもとのゆかるゝ方|は山つゞきでまゆずみのごとく|青くしげりみゆるがさだめ|て道中をゆかるゝで| あらふといたはしく| うれゐおもふと| なり》【挿絵】
寒食(かんしよく) 韓翃(かんかう)
春城(しゆんじやう)無(なし)_三処(ところとして)不(ずといふこと)_二飛花(ひくはなら)_一寒食東風御柳斜(かんしよくとうふうぎよりうなゝめなり)
日暮漢宮(じつほかんきうより)伝(つたふ)_二蠟燭(らうしよくを)_一青煙散(せいゑんはさんじて)入(いる)_二 五侯家(ごこうのいへに)_一
《割書:春のかんしよくのじぶんには都のあたりどこもかも花のとびちらぬところはなゐ此御ついぢのまはりの柳|なども東風に吹てんぜられてなゝめにたれてある寒食の日くれにはあらたに切火をしてそれをらうそくに|てんじて臣下ともに下さるゝを人〳〵うけつたえて先さいしよに青煙のけぶりのこいところを一ばんがけ|に持行ところが天子の御一門の五侯七貴の門にゆくことじや| 寒食は冬至より百五日めの日にて二月にあり》【挿絵】
【挿絵】
送(おくる)_三客(かくの)知(ちたるを)_二鄂州(がくしうに)_一
江口千家(こうかうのせんか)帯(をぶ)_二楚(そ)
雲(うんを)_一
江花乱点雪紛(こうくはみだれてんじてゆきふん)
紛(ふん)
春風落日誰相(しゆんふうらくじつたれかあい)
見(みん)
青翰舟中(せいかんしうちう)有(あり)_二鄂(がく)
君(くん)_一
《割書:知(ち)はつかさどると読(よ)ませて奉行|の事になるこれは韓翃(かんかう)か客(かく)たる|人ならん》
《割書:今/別(わか)るゝ所の江口(こう〳〵)は家(いへ)の千/軒(げん)|もある処て楚辺(そへん)の空(そら)とも|入まじりてゐる川ばたの花|も風にふきとはされて雪(ゆき)ととも|に粉(ふん)〳〵とみだれておもしろ|ひ風景(ふうけい)じや春風(しゆんふう)落日(らくじつ)のじ|ぶん其許(そこもと)のうけ取の方へゆかれ|たりとも此/風景(ふうけい)を共(とも)に見る|ものもあるまいなればひとりみ|て居(ゐ)らるゝであろふいたはしい|事じや鄂君(かくくん)は楚王(そわう)の母弟(はゝてい)子(し)|哲(てつ)【子皙(しせき)ヵ】青翰(せいかん)の舟(ふね)に乗(じやう)じた事が|説苑(せつゑん)にあるゆへ| 奉行(ぶぎやう)のことに| とりあはせて| いふなり》
【挿絵】
宿(シユクす)_二石邑山中(せきゆうのさんちうに)_一
浮雲(ふうんも)不(ず)_下共(ともに)_二此山(このやまと)_一斉(ひとしから)_上 山靄蒼蒼望転迷(さんあいさう〳〵としてのぞみうたゝまよふ)
暁月暫飛千樹裏(けうげつしばらくとぶせんじゆのうち) 秋河隔(しうがはへだてゝ)在(あり)_二數峰西(すほうのにしに)_一
《割書:此宿したる山はたかきゆへに浮雲(ふうん)もやうやく半腹(はんふく)をめぐりて山と斉(ひと)しからず山もこんもりとして茂(しけり)てあればどこ|がとこともしれず方角(ほうがく)のわかちもなくのぞみうたゝまよふありあけの月のすこし今までみへたと思ふたに|はやとんで千樹(せんしゆ)の裏(うち)にかくれて見へず秋の空の漢河(あまのがは)は此方とはへだてゝ草木のしけりたる数峰(すほう)|の西の方にあればとれがどれやら見わかちもないひろい山ではある》
【挿絵】
送(おくる)_二劉侍郎(りうじらうを)_一
李端(りたん)
幾人同入謝(いくばくひとかおなじくいるしや)
宣城(せんじやう)未(いまだ)【左ルビ「ず」】_レ及(およは)
_レ酬(むくゆるに)_レ恩(をんを)隔(へだつ)_二死(し)
生(せいを)_一唯(たゞ)有(あつて)_三夜(や)
猿(えんの)知(しる)_二客恨(かくこんを)_一
嶧陽渓路(ゑきやうけいろ)
第三声(ていさんせい)
《割書:謝眺(しやてう)がことく其許(そこもと)も官に|ついてござる中は幾人か大|勢入こんで恩をうけたが官|をすてたれば人も見すてゝ|うけた恩をも報(ほう)ぜす死|をへだてたやうに見まひ|に来るものもなひ此うら|みを誰に語る者もなひ|人は見すてゝ来るものも|ないが此人のうらみある事|を知てなくものは猿ばかり|じやこれを| きかれたならば| さぞかなし| からふ| と| なり》
《割書:旅泊のことなれば通宵寝ず暁かと驚た体を云●山へ入かゝる月影が森へさしこみたるゆへ空もきらめいて川ばたの|もみぢの間から漁火のすなどりする火が愁眠の一トねいりしてさつはりとさめぬ目にうち対してみゆる扨は|夜がふかい但し夜が明たかとうたがつてきけば姑蘇城外の山寺の夜半の鐘の声が| 手まへの乗てゐる舟へきこへるから夜があけぬをしるとなり》
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楓橋夜泊(ふうきやうやはく)
張継(ちやうけい)
月落烏啼(つきをちからすないて)
霜(しも)満(みつ)_レ 天(てんに)
江楓漁火(こうふうぎよくは)対(たいす)_二
愁眠(しうみんに)_一
姑蘇城外(こそじやうくはいの)
寒山寺(かんざんじ)
夜半鐘(やはんのしやう)
声(せい)到(いたる)_二
客船(かくせんに)_一
【挿絵】
聴(きいて)_レ角(かくを)
思(おもふ)_レ帰(きを)
顧況(こきやう)
故園黃葉(こゑんのくはうよう)
満(みつらん)_二青苔(せいたいに)_一
夢後城頭(むごじやうとう)
曉角哀(けうかくをかなしむ)此(この)
夜断腸人(よだんてうひと)
不(ず)_レ見(みへ)起行(きこうすれば)
残月影徘(ざんげつかげはい)
徊(くわい)【挿絵】
《割書:比しも秋ゆへ木の葉も黄ばみ落て庭の青苔みち〳〵たであらふたれ掃除するものもなければさだめて|荒はてたであらふと愁へおもふ寝ざめにきけば暁方の胡角の声がものかなしくきこへて旅の愁を引おこす|此曲を聞てかなしさをたれとかたらふものもなくうれふかうして寝もやられずあちこちあるいてみればどこへも|かしこへも月がうつゝてみゆるゆへいよ〳〵愁がますことではある》
宿(しゆくす)_二昭応(しやうをうに)_一
武帝(ぶてい)祈(いのる)_レ靈(れいを)
太乙壇(たいいつだん)
新豊樹色(しんほうのじゆしよく)
繞(めぐる)_二千官(せんくはんを)_一
那知今夜(なんぞしらんこんや)
長生殿(ちやうせいでん)
独(ひとり)閉(とぢんとは)_二
空山(くうざん)
月影寒(げつゑいのさむきに)_一【挿絵】
《割書:むかし漢の武帝の壇を築て天の神霊を祭たごとく玄宗にも祠られ其じぶんには玄宗の幸なされて新|豊宮のあたり樹の陰林のほとりには官人どもが警固し繞て花やかな事でありしがなんぞしらん思もよらず|今夜此長生殿のやうすをみれば古へとはちがひとぢふさいでたれ往来するものもなく月をみるものもなく| ものさびしい事かなといにしへをかんじていたむなりとなり》
【挿絵】
湖中(こちう)
青草湖辺日色低(さうこへんのじつしよくたる) 黃茅嶂裡鷓鴣啼(くはうぼうしやうりしやこなく)
丈夫飄蕩今(じやうぶひやうたういま)如(ごとし)_レ此(かくの) 一曲長歌楚水西(いつきよくのちやうかそすいのにし)
《割書:青草湖(せいさうこ)のあたり日もかたむきくれ合に黄茅(くはうほう)の中などに都に見なれぬ鳥がないて|居る此やうな所へ来やうとは思ひよらずものすごひ処(ところ)にきてゐる事かなわれも何をがな功(こう)を|たてゝ高位(かうい)にも上らんと志(こゝろざし)たる丈夫なれどもかやうにおちぶれてなぐさむ方もなけ|れば此曲をつくり楚水(そすい)の西にうたふて吾(わ)がこゝろのうれゐをはらすのみじや》
夜(よる)発(はつして)_二袁江(ゑんかうを)_一寄(よす)_二李潁川劉侍郎(りゑいせんりうじらうに)_一
戴叔倫(さいしゆくりん)
半夜(はんや)回(めぐらして)_レ舟(ふねを)入(いる)_二楚郷(そきやうに)_一月明山水(つきあきらかにしてさんすい)
共蒼々(ともにさう〳〵) 孤猿更叫秋風裏(こゑんさらにさけぶしうふうのうち)不(ざるも)_二
是愁人(これしうじんなら)_一亦斷腸(まただんてうす)
《割書:半夜舟をうかへて楚郷(そきやう)の方へまかりこせばそらも|はれわたり月もさへ山が水底にうつゝてともにさう|〳〵と見ゆる其うへ秋風のうちに孤猿(こゑん)がさけび|ものかなしひこれは旅宿(りよしゆく)ばかりかとおもへば愁(うれひ)の|なひ人も哀情(あいじやう)をもよほすいはんやわれらがやう|なものは甚(はなは)だかなしひ》【挿絵】
寄(よす)_二楊侍郎(やうじらうに)_一 包何(ほうか)
一官何幸(いつくはんなんのさいわいぞ)得(えたる)_レ同(おなじふすることを)_レ時(ときを) 十載(じつさい)無(なふして)_レ媒(なかだち)独(ひとり)見(る)_レ遺(のこさ)
今日(こんにち)莫(なかれ)_レ論(ろんすること)腰下組(ようかのそ) 請君看取鬢辺糸(こふきみかんしゆせよひんへんのいと)
《割書:我もかやうなかるい一官でもあれどうした仕合で此やうにそこもとなどゝ同時につとめて|ゐるぞ【「ぞ」は「が」ヵ】これ幸(さいわい)なことなれどもそこもとはつか〳〵と立身(りつしん)せられたれどわれは不|仕合ていつもおなじつとめでいるぞ誰(たれ)なかだちとなりて進(すゝ)め上てくれるものもなく独(ひとり)|取のこされてゐる◦今になつては役の高(たか)いの低(ひく)いのといふやうな事はいふてくれらるゝな|最そのだんではない鬢毛(びんもう)がいとを乱したごとく白髪(しらが)になつたれば上官しても| やくにたゝぬ》【挿絵】
汴河曲(へんかのきよく)
李益(りゑき)
汴水東流(へんすいひかしにながれて)無(なき)
_レ限(かぎり)春(はる)
隋家宮闕已(ずいかのきうけつすでに)
成(なる)_レ塵(ちりと)
行人(こうじん)莫(なかれ)_下 上(のほつて)_二長(ちやう)
堤(ていに)_一望(のぞむこと)_上
風起楊花(かぜおこつてやうくは)愁(しう)_二
殺(さつす)人(ひとを)_一
《割書:むかし随(すい)の煬帝(ようてい)の此河を|さくりとをされてより此|かた来る春も〳〵かぎりも|なくかはることもないに|煬帝の宮殿(くうでん)はあとかたも|なくなつたこのあたりを|通(とを)るものかならずこの長(ちやう)|堤(てい)にのぼつてのぞみ見る|なよなぜなれば長堤(ちやうてい)|楊柳(やうりう)が風に吹(ふき)とばされて|見るにしのびぬほどに見|るなといふが| 手前(てまへ)の| うれひを| ひろくいふ| なり》【挿絵】
聴(きく)_二暁角(けうかくを)_一
辺霜昨夜(へんさうさくや)墮(おつ)_二関(くはん)
榆(ゆ)_一吹(ふいて)_レ角(かくを)当城片(とうじやうへん)
月孤(げつこなり)無(なき)_レ限(かぎり)塞鴻(さいこう)
飛(とび)不(ず)_レ度(わたら)秋風吹(しうふうふいて)
入(いる)_二小単于(しやうぜんうに)_一 ̄ニ
【挿絵】
《割書:辺塞(へんさい)ははや昨夜(さくや)のころより霜くだり関処(せきしよ)のあたりもよほどさむくものすごくなつた◦楡(ゆ)【左ルビ「にれのき」】は関処に|あまた植(う)へ置く木なるゆへかくいふ◦胡角(こかく)のこえが城のあたり暁(あかつき)の片月のてらすじふん物かなしくきこへ|ていよ〳〵たへがたひ鴻雁(こうがん)なとの来る比なれともよく〳〵此こえがかなしひやら此方へとびわたらぬ鳥さへ聞|にたへがたひさうなもう止(やむ)と思ふに秋風の吹にまかせて小単于(しやうたんう)を吹出したればます〳〵かなしふなつた》
【挿絵】
夜(よる)上(のぼつて)_二受降城(じゆごうじやうに)_一
聞(きく)_レ笛(ふへを)
回楽峰前沙(くはいらくほうぜんいさご)似(にたり)_レ雪(ゆきに)
受降城外月(じゆごうじやうぐわいつき)如(ごとし)_レ霜(しもの)
不(ず)_レ知(しら)何処(いづれのところか)吹(ふく)_二蘆管(ろくはんを)_一
一夜征人尽(いちやせいじんこと〳〵く)望(のそむ)_レ鄉(きやうを)
《割書:夜受降城に上りみれば回|楽峰の近所は沙の上がまつ|白くて雪のやうにみゆる手|まへの上た受降城あたりは|霜のごとく月がさへてもの|すごひ此風景のさひしゐ|おりからどこでやら|蘆管の曲をふくが|きこゆる此曲を聞ては| このあたりへ征伐に| 来たものは故郷を| 思ひ出すで| あらふ| わればかり| では| あるまい》
【挿絵】
従(したがつて)_レ軍(ぐんに)北征(ほくせいす)
天山雪後海風寒(てんざんせつごかいふうさむし)橫笛偏吹行路難(わうてきひとへにふくこうろだん)
磧裏征人三十万(せきりせいじんさんじうまん)一時(いちじ)回(めくらして)_レ首(かうへを)月中看(げつちうにみる)
《割書:天山あたりも雪後(せつご)なれば海風さむくして此あたりを往来(わうらい)するさへものすごひ|に横笛(わうてき)をひとえにどこてもかしこでも吹(ふ)く外の曲でもあらふに旅人(りよじん)を|かなしまする行路難(こうろだん)の曲(きよく)をふく|此/沙磧(させき)のうちには征伐(せいばつ)に来てゐるものが三十万ほどもあらふが一時に首(かうべ)を|めぐらしふりむいてやれ〳〵此やうなあはれな| 曲はとこで吹ことぞと| 月中にふく方を| 見てゐる》
【裏表紙】
【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:七言絶句|続編》三》
【小題】楊柳
【挿絵】
楊柳枝詞(ようりうしのことば)
煬帝行宮汴水浜(ようでいのこうきうへんすいのひん) 数株楊柳(すちうのようりう)不(ず)_レ勝(たえ)_レ春(はるに)
晚来風起花(ばんらいかぜおこつてはな)如(ごとし)_レ雪(ゆきの) 飛(とんで)入(いつて)_二宮檣(きうしやうに)_一不(ず)_レ見(み)_レ 人(ひとを)
《割書:むかし煬帝(ようでい)汴河(へんか)をひらかれており〳〵行幸(みゆき)なされた宮殿(くうでん)なともあり又柳を愛(あい)せられたゆへ|此/汴河(へんか)のほとりにうへた数株(すちう)の楊柳も春は芽(め)ざし青やぎ春にたへずとこもかしこも春じや|日くれがたに見れば風のおこるに吹ちらされて楊(やなぎ)の花も雪のごとくとびみだれて宮檣(きうしやう)【宮牆ヵ】にいれ|ども誰(たれ)愛するものもない昔/煬帝(ようでい)の繁昌(はんじやう)なときは格別(かくべつ)なことじやといにしへを思ふてなげくなり》
与(あたふ)_二歌者(かしや)
何戡(かちんに)_一
二十余年(にじうよねん)
別(わかる)_二帝京(ていけいに)_一重(かさねて)
聞(きいて)_二 天楽(てんがくを)_一不(ず)_レ勝(たへ)
_レ情(じやうに)旧人唯(きうじんたゞ)有(あつて)_二
何戡(かちんのみ)_一更与殷(さらにためにいん)
勤(ぎんに)唱(となふ)_二渭城(いじやうを)_一【挿絵】
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《割書:われ帝京(ていけい)をわかれてより久しく漂白(ひやうはく)し辺土(へんど)にゐて今都にかえりふたゝび禁裡(きんり)の音楽(おんがく)を聞ゆへ|おもしろさうなものなれとも二十/余(よ)年まへのことをおもひ出しかえつてものかなしひ今/朝廷(てうてい)を見(み)|るにむかし吾(われ)ともろともに対(たい)した朋友(ほうゆう)は一人もなく只もとのものとては何戡(かちん)の歌者(かしや)のみあつてさらに|いんぎんに打かへし〳〵先年/離別(りべつ)した渭城(いじやう)の曲をとなへて聞(き)かするが是をきけばいよ〳〵かなしみを生(しやう)ずる
浪淘沙詞(らうたうさのことば)
鸚鵡洲頭浪(あふむしうとうなみ)
颭(たゝよはす)_レ沙(いさごを)
青楼春望(せいろうのしゆんぼう)
日(ひ)将(まさに)【左ルビ「す」】斜(なゝめならんと)
銜(ふくむ)_レ泥(どろを)燕子争(ゑんしあらそつて)
帰(かへる)_レ舍(いへに)
独自狂夫(ひとりおのづからきやうふ)不(ず)
_レ憶(おもは)_レ家(いえを)
《割書:鸚鵡洲(あふむしう)あたりは浪(なみ)に沙(すな)が|たゞよはされてゐる景色(けしき)|を青楼(せいろう)よりみてゐれば|今日の日もはや西にかた|ぶきくれなんとする|ながき春の日を毎日|なかめて居るなぜみて|ゐるなればわがおつと|は他国(たこく)に出てかえるべき|日/限(げん)もすぎぬれはどう|したことであらふと案(あん)じ|むかふをみれば燕(つばめ)がどろを|含(ふくん)でくれがたかへる時には|かへるに狂夫(きやうふ)は妻や子の|ことを思はぬさうな|ふとゞきな| 人ではある》【挿絵】
自(より)_二朗州(らうじう)_一至(いたつて)
_レ京(けいに)戯(たはふれに)贈(おくる)_二看(みる)
_レ花(はなを)諸君(しょくんに)_一
紫陌紅塵払拂(しはくこうぢんはらつて)
_レ面(おもてを)来(きたる)無(なし)_三 人(ひとの)不(ざる)_レ道(いは)_二
看(みて)_レ花(はなを)_一回(かへると)【「看_レ花回_一」ヵ】玄都観(げんとくはん)
裏(り)桃千樹(もゝせんじゆ)尽(こと〴〵く)
是劉郎(これりうらう)
去(さつて)
後栽(のちうゆ)
《割書:紫陌(しはく)のみやこの町も|今はおごりものは出来|て町中を毎日〳〵大|ぜい往来(わうらい)をすること|なれば塵(ちり)をけたてゝ|おもてとおもてを|すりはらふて通る|都(みやこ)中のものが遊びの|みにかゝつてゐるゆえ|どれに逢ても花を|見てかへるといはぬは|ない老子(らうし)を祭た玄(けん)|都(と)のあたりも花が咲(さき)|つれ桃もすべて千本|あらふこれは手前/劉(りう)|郎(らう)が都にゐたうち|はなかつたが他国(たこく)した|うちにうへたであらふ| むかしとはかはり| はてた| 事かな》【挿絵】
涼州詞(りやうじうのことば)
鳯林關裏水東流(ふうりんくはんりみづひがしにながる)白草黄榆六十秋(はくさうくはうゆうろくじつしう)
辺将皆(へんしやうみな)承(うく)_二主恩沢(しゆのをんたくを)_一無(なし)_四 人(ひとの)解(げする)_三レ道(いふことを)_レ取(とると)_二涼州(りやうしうを)_一
《割書:鳳林関(ふうりんくはん)あたりはいつも水ひがしにながれてもとより都(みやこ)の地なれどもいつの比(ころ)より|か白艸(はくさう)黄楡(くはうゆう)のゑびすの地になる事年久しく六十年ほど奪(うば)はれてゐるがどれ〳〵も|みな君(きみ)の御恩(ごをん)をうけてゐぬものはないがたれでも此地をとりもどさうといふもの|もなひがざんねんな事じや》【挿絵】
十五夜望月(しうごやぼうげつ)
王建(わうけん)
中庭地白樹(ちうていちしろふしてじゆ)
棲(すましむ)_レ鴉(あを)冷露(れいろ)
無(なふして)_レ声(こへ)湿(うるほす)_二
桂花(けいくはを)_一今(こん)
夜月明(やけつめい)
人(ひと)尽望(こと〳〵くのぞむ)
不(す)_レ知(しら)秋(しう)
思(し)在(あらん)_二
誰家(たれがいへにか)_一【挿絵】
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《割書:今夜は三五の夜とて中庭の風景しろ〳〵と月もさへわたり庭樹にからすなどが宿してゐるが宵のうちは月影におど|ろいてさはいだか夜ふけになつたればをちついて樹の中にすんでゐる夜ふけゆへかひやゝかなる露がおくとはしら|ねどもこえなくして桂花がうるほふて見ゆる今夜は三五の月とてとこでもかしこでものそまぬものはなひがこの|風景をかんじ秋をかなしみおもふはわればかりであらふ》
送(をくる)_二盧(ろ)
起居(ききよを)_一
武元衡(ふげんこう)
相如(しやうしよ)擁(ようして)_レ伝(てんを)
有(あり)_二光輝(くはうき)
何事闌干(なにことぞらんかんと)
涙(なんだ)湿(うるほす)_レ衣(いを)
旧府東山(きうふとうざん)
余妓在(よぎあり)
重(かさねて)将(して)_二歌舞(かぶを)_一
送(をくる)_二君帰(きみかかへるを)_一【挿絵】
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《割書:いにしへ司馬相如が中郎将に拝せられたときに御伝馬で蜀の故郷へかへるとて美々しくはなやかにかさり立て行た|といふがこなたも出世して此度故郷へかえらるゝゆへ相如がごとく所々で伝馬をようしとりまはし光輝ありて美々しく|してゆかるゝゆへよろこはしひ事なれ共われはどうした事か闌干と涙がながれかはくまもなくなごりがをしひ何かなと|おもひしらぬ妓女は初たいめんでなぐさみにもなるまいゆへこなたのもとつとめられた役所の近所東山あたりのなじまれた|妓女をよびよせまへのごとく唄つ舞つこも〴〵になぐさめてきみがかへるをおくるとなり》
【挿絵】
嘉陵駅(かれうゑき)
悠悠風旆(ゆう〳〵ふうはい)遶(めぐる)_二
山川(さんせんを)_一
山駅空濛雨(さんゑきくうもうとしてあめ)
作(なる)_レ煙(けふりと)
路(みち)半(なかばにして)_二嘉陵(かれうに)_一頭(かしら)
已白(すでにしろし)
蜀門西更(しよくもんにしのかたさらに)上(のぼる)_二
青天(せいてんに)_一
《割書:ゆう〳〵とはてしもない道中|ことに持行(もちゆく)旆(はた)などを風が吹|なびかし山川の難処(なんしよ)をめ|ぐりゆく道すがらの風景|は山地/駅路(ゑきろ)もくうもうと|くもり今まで降(ふつ)た雨も|けぶりのやうになつてどこ|がとこやら見わかちもなら|ぬどこまでもかやうなところ|を通るゆへ髪(かみ)もしろく|なるほどつかれたるが今/通(とを)|る嘉陵(かれう)は半分みちで西|の方/蜀門(しよくもん)までば何ほど|あるやらしれぬ| 遠(とを)いところ| じや》
漢苑行(かんえんこう) 張仲素(ちやうちうそ)
回雁高飛太液池(くはいがんかうひすたいゑきち) 新花低発上林枝(しんくはていはつすしやうりんのゑだ)年光到処皆(ねんくはういたるところみな)堪(たへたり)_レ賞(しやうするに)春色人間総(しゆんしよくにんげんすべて)未(いまだ)【左ルビ「す」】_レ知(しら)
《割書:春の事なれば雁なども高く太液池よりとび去て北へかへる春の最中なれば苑の花樹の枝にもあらたに花|が咲つれて地へつくほどにみたれて見事なことじや此春光のいたる所賞するにたへおもしろい風景じやか宮中の春|色ゆへ天子のみ御覧なされて人間外のものは見ることもならぬ又の説に天子をはしめて人間すべてしらず|此花をたれひとり見るものもないこれは乱後の風景にもつうずるなり》【挿絵】
塞下曲(さいかのきよく)
三(みたび)戍(まもつて)_二漁陽(ぎよようを)【_一】再(ふたゝび)
度(わたる)_レ遼(りやうを)
騂弓(せいきう)在(あり)_レ臂(ひぢに)
箭(せん)橫(よこたはる)_レ腰(こしに)
匈奴(けうど)似(にたり)_レ欲(ほつするに)_レ知(しらんと)_二
名姓(めいせいを)_一
休(やめよ)【異体字「𠇾」休+一】_下傍(そふて)_二陰山(いんざんに)_一
更(さらに)射(いることを)_上レ雕(てうを)
《割書:われも此/漁陽(ぎよやう)あたりへ三|度ほどまもりに来りこの|遼東(りやうとう)へ今度てふたゝび|まもりにきたることぢや|辺塞(へんさい)へまもりにきてゐれ|ば騂弓(せいきう)をひぢにかけて|箭をこしにはさみ横(よこ)たへ|てしばらも身をはなさず|用心することじや匈奴(ゑびす)の|ものもおれが今度まもり|に来るといふ事もしるまいが|さて〳〵あの人はせつ〳〵来る|人じやと思ふやうでどうやら|おれが名をしつたさうに|みゆるが中〳〵其ほうがしつ|とをり戍(まもり)に来たる事なれば|たやすく名をいひ心やすく|する事ではない必ず唐境(とうさかい)|の山へきて雕(くまたか)をゐるにかこ|つけて都(みやこ)の地へふみ込ならば|征伐(せいばつ)に行とをどすなり》【挿絵】
又
朔雪飄々(さくせつひやう〳〵として)開(ひらく)_二
雁門(かんもんを)_一平沙歴(へいされき)
乱(らんとして)捲(まく)_二蓬根(ほうこんを)_一功(こう)
名(めい)恥(はちらくは)計(はかることを)_二擒生(きんせい)
数(すうを)_一直(たゞちに)斬(きつて)_二楼(ろう)
蘭(らんを)_一報(ほうせん)_二国恩(こくをんを)_一 【挿絵】
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《割書:辺塞なれば北方より風雪飄々とふり来るゆへ雁門の陣屋の門をひらいて見れは平々たる沙漠も|歴乱とかぜが吹みだれて蓬根なども吹まかれて枯てみゆるとても此やうに寒いところへ来て|くらうするからは大功をたてゝ名を天下にあげたがよいなか〳〵いけどりをするを功名のやうに覚て|それのみにかゝつて居るもはづかしいことじやわれは其やうなことにかゝはらぬ直に楼蘭王の首を|きつて一国の御恩をほうじ忠義をたてやうとぞんずる》
秋閨思(しうけいし)
碧窓斜月(へきさうしやげつ)
靄(あいたり)_二深輝(しんき)_一愁(うれい)_二
聴(きいて)寒螿(かんしやうを)_一
涙(なんだ)濕(うるほす)_レ衣(いを)
夢裏分明(むりふんみやうに)
見(みる)_二関塞(くはんさいを)_一不(ず)_レ
知(しら)何路(いづれのみちか)向(むかひし)_二
金微(きんびに)_一 【挿絵】
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《割書:女中の居る戻子張(もしはり)の窓(まと)へなゝめに月がさしこんで奥(おく)ふかくきら〳〵と見へて物さびしいをりふしさむさうにこゝかし|こできり〴〵すがうるはしく鳴(なく)をきけばいとゞさひしふなつておつとの事を思ひ出し涙(なみだ)衣をうるほす夫を思ふ|につけて夢(ゆめ)のうちにあり〳〵と夫のゐる関塞(くはんさい)をみて夫にあふたやうに思はるゝが女の身なれば行(ゆか)うはづもなく|道もしらぬがどこから金微(きんび)に向て行たぞみちもしらぬに不/思議(しき)な事ではあるとなり》
郡中即事(ぐんちうそくじ) 羊士諤(ようしがく)
紅衣落尽暗香残(かういをちつくしてあんかうのこす) 葉上秋光白露寒(ようしやうのしうくはうはくろさむし)
越女(ゑつじよ)含(ふくんで)_レ情(じやうを)已(すでに)无(なし)_レ限(かぎり) 莫(なかれ)_レ教(して)【左ルビ「しむること」】_三レ長袖(ちやうしうを)倚(よら)_二蘭干(らんかんに)_一
【挿絵】
《割書:資州(ししう)に奉行(ぶぎやう)したときの作也|紅衣(かうい)の蓮(はす)の花びらなども|おちつくし花はみな散(ちり)たれ共|まだとこともなく香(か)がのこ|つてある秋のことゆへに木|の葉(は)の露(つゆ)をひたすやうな|ものすごければこの花の|落(おち)たをみせたらば秋情(しうじやう)|をふくみていろ〳〵の愁(うれい)|を思ひ出すほどにかなら|ず長袖(ちやうしう)の美(び)人どもを| 闌干(らんかん)によせて| 見せるな》
登楼(とうろう)
槐柳蕭踈(くわいりうせうそとして)繞(めぐる)_二
郡城(ぐんじやうを)_一夜(よ)添(そへて)_二山(さん)
雨(うを)_一作(なる)_二江声(こうせいと)_一秋(しう)
風(ふう)南陌(なんはく)無(なし)_二車(しや)
馬(ば)_一独(ひとり)上(のほる)_二高楼(かうろうに)_一
故国情(こゑんのじやう)
《割書:秋のしぶんなれは槐柳|なとの葉もおちせう|そとものさびしくて|郡城をおしこぐつて|生へてあるつねでさへ|声がたかいに雨が降(ふつ)た|ゆえひとへにこへも|たかくものすこい秋|の此しぶんたれに|訪ふものあらば語て|なぐさまうが南/陌(はく)あ|たりも車馬なく|さびしくてわれ独|楼上へ上てさひしい|につけては故郷の|ことをおもひ出して| やむにたへぬ》【挿絵】
【挿絵】
酬(むくふ)_下浩(こう)■(しよ)【初ヵ】上人(しやうにん)欲(ほつして)_レ登(のぼらんと)_二仙人山(せんにんざんに)_一見_上レ貽 柳宗元(りうさうげん)
珠樹玲瓏(しゆじゆれいらうとして)隔(へだつ)_二翠微(すいびを)_一病来方外事多違(びやうらいほうぐわいことおほくたがふ)仙(せん)
山(ざん)不(ず)_レ属(ぞくせ)_二分(わかつて)_レ符(ふを)客(かくに)_一 一(いち)_二任(じんす)凌(しのいて)_レ空(そらを)錫杖飛(やくじやうをとばすに)【しやくじやうヵ】_一
《割書:仙人の居るところは人間世とちがふて樹なども珠樹(しゆじゆ)で玲瓏(れいらう)とかゝやき翠微(すいび)をへだてゝむかふに見|ゆるわれ病身ものなればこなたなどゝもろともに方外のあそびをしやうと思へどもみなくひちがひ|相違して思ふやうにならぬ元より仙人山などはおらがやうな符をわかつ官人などには付属(ふそく)せねばこなたは神通|を得てござるから空をしのいて錫杖(しやくじよう)をとばし上らるゝに打まかせて置なか〳〵及ひもなひうら山しゐ事じや》
【挿絵】
題(だいす)_二延平(ゑんへい)剣(けん)
潭(たんに)_一
欧陽詹(おうやうせん)
想(さう)_二-像(しやうして)精霊(せいれいを)_一
欲(ほつすれども)_レ見(みんと)難(かたし)
通津一去(つうしんひとたびさつて)
水漫々(みづまん〳〵)
空(むなしく)余(あまして)_二千載(せんざい)
凌(しのぐ)_レ霜(しもを)色(いろを)
長(ながく)与(と)澄潭(しやうたん)
白日寒(はくじつさむし)
《割書:干将(かんしやう)莫邪(ばくや)が二/振(ふり)の霊剣(れいけん)が|此/延津(ゑんしん)にしづんだといふ事じや|が今この剣の精霊(せいれい)をみやう|とおもへども見ることのならぬ|この津水(しんすい)のうちへ一度さつて|より剣はみへずたゞ水のみはて|しもなくながれゆくむなしく|千載(せんざい)ののちの世までも凌霜(しやうさう)|のするどきやき刃の色のみを余|して長くこのすみたゝへたる潭(たん)|水ともにこの水底(みつそこ)にあつて白|日にえいじてすさまじく覚ゆる|のみなか〳〵見る事は| ならぬほどの| 名剣で| ある》
【挿絵】
聞(きく)_三白楽天(はくらくてんが)左(さ)_二降(ごうするを)江州司馬(ごうしうのしばに)_一 元稹(げんしん)
残灯(ざんとう)無(なふして)_レ焰(ひかり)影幢幢(かげどう〳〵) 此夕(このゆふべ)聞(きく)_三君(きみが)謫(たくせらるゝを)_二 九江(きうこうに)_一
垂(たれて)_レ死(しに)病中驚坐起(びやうちうおとろいてざきす) 暗風(あんふう)吹(ふいて)_レ雨(あめを)入(いる)_二寒窓(かんさうに)_一
《割書:幢々(とう〳〵)とは明(あき)らかならさる貌(かたち)暁方(あかつき)の焰(ひかり)もなくおつゝけ消(きへ)なんとする灯(ともしび)なれは影も小/暗(くら)くものさびしく|して打/対(たい)して居るは何のゆへなれば此夕きけばわが詞友(しゆう)の白楽天が江州に謫(たく)せらるゝといふゆへその心|中を思ひはかつて夜の目も寝(ね)ず思くらしてゐる吾も此比は大病でなか〳〵動(うこ)くこともならぬにそれを聞て|これはと驚(おとろ)きはねをきてみたれば外もまつくらく折ふし風も吹雨も降(ふつ)てわが居間の吹入れもの淒(すご)い|暁(あかつき)方/旅(たび)立るゝであらふがさぞ物あわれであらふと思へ共行てあふこともならぬは残念(ざんねん)な事てはあるとなり》
【挿絵】
胡渭州(こいしう) 張祐(ちやうゆう)【張祜ヵ】
亭々孤月(てい〳〵たるこげつ)照(てらす)_二行舟(こうしうを)_一寂々長江万(せき〳〵たるちやうこうばん)
里流(りのながれ)鄉国(きやうこく)不(ず)_レ知(しら)何処是(いづれのところかこれなる)雲山漫々(うんざんまん〳〵として)
使(して)【左ルビ「しむ」】_一レ【_レヵ】人(ひとを)愁(うれい)
《割書:亭々(てい〳〵)たるとはたかき空(そら)にかゝつてゐる月が此方の乗行(のりゆく)舟をてらす此夜すがら寂々(せき〳〵)とものさびしい|じぶん万里(ばんり)長江(ちやうこう)のなかれをのりゆくはいよ〳〵もの憂(うい)旅路(たびぢ)じや|かやうに広(ひろ)い海上をたびにして行(ゆ)けばわが故郷(こきやう)はしらずどこらあたりやら見れどもみへずたゞ雲(うん)|山(ざん)のみ漫々(まん〳〵)とはてもなくいくえも〳〵つゞいて旅(たび)人の| うれひをますでは| あるとなり》
【裏表紙】
【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:七言絶句|続編》四》
【小題】雨鈴
雨淋鈴(うりんれい) 雨淋鈴夜却(うりんれいのよかへつて)帰(かへる)_レ秦(しんに) 猶見張徽一曲新(なをこれちやうぎいつきよくあらたなり)
長説上皇(ながくとくじやうくはう)垂(たれて)_レ涙(なんだを)教(おしゆることを) 月明南内更(つきあきらかにしてなんだいさらに)無(なし)_レ 人(ひと)
《割書:むかし玄宗(けんさう)の蜀(しよく)の道中(どうちう)で製(せい)なされた雨淋(うりん)の曲(きよく)を歌(うた)ふた夜すがらおもひ出して今/秦(しん)の|都にかえつて御座なされどもまた其きよくをさうせよとあつて猶/楽工(かくこう)の張徽(ちやうぎ)と|いふものが一曲/奏(さう)したればいよ〳〵あらたにかなしくきこへるさて此/曲(きよく)といふは張徽がはなし|にも長くいふには是は上皇玄宗(じやうくはうけんさう)の涙(なみだ)をたれて我におしかへし〳〵教(をし)へられた此曲を今夜明月の夜|すがら奏(さう)するに南内(なんだい)の興慶宮(こうけいきう)には此曲を唄ふた玄宗も貴妃(きひ)もなく誰(たれ)きく者(もの)もなくいよ〳〵かなしひ》
【挿絵】
虢夫人(かくふじん)
虢國夫人(かくこくのふじん)承(うく)_二主恩(しゆをんを)_一平明(へいめい)騎(のつて)_レ馬(むまに)入(いる)_二宮門(きうもんに)_一却嫌脂粉(かへつてきらふしふんの)汚(けがすことを)_二顏色(がんしよくを)_一淡(あはく)掃(はらつて)_二蛾眉(がびを)_一朝(てうす)_二至尊(しそんに)_一
【挿絵】
《割書:今此/夫人(ふじん)も天子/玄宗(げんさう)の御寵愛(ごてうあい)をうけたゆへことに此人は馬(むま)をこのみて平明(へいめい)の夜あけ方になると|馬にうち乗(のつ)て天子の宮門(きうもん)に入/参内(さんだい)申さるゝ女は脂粉(しふん)をもつてよそほふものなれど此/美人(びしん)は気(き)|量(りやう)がすぐれたゆへけしやうなどをする事かきらひでたゞざつと眉(まゆ)もうすげしやうをして天子至|尊(そん)に朝(てう)せられたがいよ〳〵風流(ふうりう)で顔色(かんしよく)がうるはしかつた》
度(わたる)_二桑乾(さうかんを)_一
客舍幷州已(かくしやへいしうすでに)
十霜(じつさう)
帰心日夜(きしんにちや)憶(おもふ)_二
咸陽(かんようを)_一
無(なく)_レ端(たん)更(さらに)渡(わたる)_二桑(さう)
乾水(かんのみづを)_一
卻望幷州是(かへつてのぞむへいしうこれ)
故鄉(こきやう)
賈島(かとう)
《割書:我(われ)もあかず故郷(こきやう)を振棄(ふりすて)|て幷州(へいしう)の旅舎(りよしや)すまゐで|居ることはや十年にも|およふ事ゆへ旅(たび)もあきはて|今比は帰心(きしん)を生(しやう)じて昼夜(ちうや)|故郷/咸陽(かんよう)の都(みやこ)をおもひし|きりにかえりたくなつた|無(なく)端(たん)なんのよしみもなひに|又さらに桑乾(さうかん)の水を渡(わた)るに|付て跡(あと)をふりかへり今まで|居(ゐ)た幷州(へいしう)さへ遠(とを)くみゆる|此処へ来たればいよ〳〵故郷は遠(とを)|く阻(へだつ)てかの幷州がまた故|郷(きやう)となつて咸陽(かんよう)はいよ〳〵|遠(とを)く此やうに旅(たび)にのみゐて|いつ帰(かへ)るやら知(し)れぬとおもへば|猶々おもひがます》【挿絵】
【挿絵】
成徳楽(せいとくらく) 王表(おうきう)
趙女(ちやうじよ)乗(じやうして)_レ春(はるに)上(のぼる)_二画楼(ぐわらうに)_一レ 一声歌発満城秋(いつせいかはつすまんじやうのあき)
無(なく)_レ端(たん)更唱関山曲(さらにとなふくはんざんのきよく) 不(ざれども)_二是征人(これせいじんなら)_一亦涙流(またなんどながる)
《割書:趙国(ちやうこく)は妓女(ぎじよ)の多(おほ)い処じやが其/妓(ぎ)女どもか春の風景(ふうけい)に乗(じやう)じて画楼(ぐはらう)に上つてなぐさんで|歌(うた)をはり上てうたふ其/声(こへ)が城中(じやうちう)にみち〳〵てそのあたりのものみな感(かん)をなし愁(うれい)をおこし|春(はる)ながら心中が秋のごとくなつた歌を聞(きい)てさへかなしいに無端(よしなく)さらに関山月(くはんさんげつ)の曲(きよく)をうたひ出され|たれば此あたりへ征伐(せいばつ)に来たらぬものさへ悲(かなしみ)を生(しやう)じ涙(なみだ)をながしゐるに征人(せいじん)はいよ〳〵かなしみを催(もよほす)で| あらふ》
漢宮詞(かんきうのことば) 李商隠(りしやういん)
青雀西飛竟(せいじやくにしにとんで)未(いまだ)【左ルビ「ず」】_レ回(かへら) 君王長(くんわうとこしなへに)在(あり)_二集霊台(しゆれいたいに)_一
侍臣最(じしんもつとも)有(あり)_二相如渇(しやうじよかかつ)_一 不(ず)_レ賜(たまはら)_二金茎露一杯(きんきやうのつゆいつはいを)_一
《割書:武帝(ぶてい)のとき青雀(せいじやく)か来て宮殿(きうでん)の上にのみ止(とま)るを東方朔(とうほうさく)に問(とふ)たればおつつけ西王母(せいわうほ)が来ると答(こた)ふときに|王母きたりて武帝に対話(たいわ)し帰(かへ)るさに三年の後(のち)又来んと云て返(かへつ)たが竟(つい)にこなんだ其(その)ことをいひすて|てかねて仙人を好(すく)ことを謗(そしり)宮女(きうじよ)怨(えん)をいふ青雀(せいじやく)は西へとひ去(さり)王母ふたゝひ来らずこうしたことを君(きみ)は|まことゝ思召て不断(ふだん)集霊台(しゆれいたい)に上て待(また)れた侍臣(じしん)に渇(かわき)の病(やまひ)をしてゐる相如(しやうしよ)が御/側(そは)ちかくゐるから仙薬(せんやく)|をねる金茎(きんきやう)の露(つゆ)を一はいのませて功(こう)をためしの上/信仰(しんこう)をなさるればよいにさうしたことをもせずたゞ|しるしもない事を信(しん)ずる此やうなことにかゝつて物忌(ものいみ)のみして奥(おく)むきへも入/給(たま)はぬは甚(はなはた)おろかな天子じや》
【挿絵】
【挿絵】
夜雨(やう)寄(よす)_レ北(きたに)
君問帰期(きみとふきゝを)未(いまた)【左ルビ「ず」】
_レ有(あら)_レ期(ご)巴山(はざん)
夜雨(やう)漲(みなぎり)_二秋池(しうちに)_一
何(なんぞ)当(まさに)【左ルビ「べし」】_下共(ともに)剪(きつて)_二
西窓燭(せいさうのしよくを)_一却(かへつて)
話(かたる)_中巴山(はざん)
夜雨時(やうのときを)_上
《割書:こなたの方(かた)からいつかへると|とふておこされたがまだいつ|帰(かへ)らふもしれぬことに巴山(はさん)|あたりは今夜(こんや)ものさひしく|雨が降(ふつ)て水かさもまし|秋池(しうち)にみなぎり此/風景(ふうけい)に|たいしてくらしてゐるわれ|もいつか早(はや)く故郷(こきやう)へかえり|ともに西窓(せいさう)の燭(しよく)をきりかき|たてゝ今夜(こんや)巴山(はさん)夜雨の|ものさびしゐ旅(たび)のうき難(なん)|義(ぎ)のものがたりをしたふお|もふがいつかへらうもしれぬ|ことなれは| さきのあては| ならぬ| こと| じや》
【挿絵】
寄(よす)_二令狐郎中(れいこらうちうに)_一
嵩雲秦(すううんのしん)𧯴(じゆ)【林+豆、樹ヵ】久離居(ひさしくりきよす) 双鯉迢々一紙書(さうりちやう〳〵いつしのしよ)
休(やめよ)_レ問(とふことを)_二梁園旧賓客(りやうゑんのきうひんかくを)_一 茂陵秋雨病相如(もりやうのしううひやうしやうじよ)
《割書:相わかれてよりおれは嵩山(すうざん)の方に居りそなたは秦(しん)の都にゐておの〳〵処をへだてゝ居ますれば只書状|のとりやりのみじやが是も此ごろは双鯉(さうり)のたよりも迢々(てう〳〵)とはるかにして一紙の書状のたよりもなくをと|づれもたへたがさだめてこなたなどはおれが梁園(りやうえん)にゐるゆへいにしえ梁(りやう)の孝王(かうわう)の賓客(ひんかく)鄒陽(すうよう)等が|ごとくよい官につきもちひられてゐると思はれうがかならず其やうにあらうと問たづねくれらるゝな|われも此夜雨のじぶん病気つき打臥て居れば司馬相如(しばしやうじよ)が病につき引込だごとくに最う何も角(か)も|打すてられてゐるから引こんだがましだからかならず問尋ねらるゝ事も御無用といふ下心は立身(りつしん)せぬがうらみしや》
秋思(しうし) 許渾(きよこん)
琪樹西風枕簟秋(きじゆのせいふうらんたんのあき)
楚雲湘水(そうんさうすい)憶(おもふ)_二同遊(どうゆうを)_一
高歌一曲(かうかいつきよく)掩(をほふ)_二明鏡(めいきやう)_一
昨日少年今白頭(さくじつはせうねんいまははくとう)
【挿絵】
《割書:これは秋に感(かん)じてわが年のよる事を思ふて作た詩なり琪樹(きしゆ)のうるはしい木の間に西風のおこるじぶんたかむしろを高くして庭の|風景(ふうけい)を見すゝしいを枕にして寝ころんでゐてみるに付てわか若(わか)いときを思ひ出してまづ句面は我わかいときは楚国のあたり|湘水の辺をとびあるいて遊んだが今老て思ひ出さるゝ楚雲(そうん)も湘(さう)水も色あそびをしたといふ事をいふのじやそれが今は此やう|に年よりたれば只うち臥てゐるのみじや何もなぐさみはなく此詩の一/曲(きよく)をたか〴〵とうたひなぐさむわかいしぶんは鏡を取|出して男ぶりをたしなんだがもはや此ごろはかゞみも箱に入てをくむかし少年のときはかやう〳〵であつたが今は白頭になつた|このやうにはやく年のよるものかと秋に感じてうれいにたへられぬ》
【挿絵】
江楼(こうらうに)書(しよ)_レ感(かんずる) 趙嘏(ちやうか)
独(ひとり)上(のぼつて)_二江楼(こうらうに)_一思渺然(おもひびやうぜん) 月光(げつくはう)如(ごとく)_レ水(みづの)々(みづ)連(連なる)_レ 天(てんに)
同来(おなじくきたつて)翫(もてあそぶ)_レ月(つきを)人何処(ひといづれのところより) 風景依稀(ふうけいいきとして)似(にたり)_二去年(きよねんに)_一
《割書:去年(きよねん)は大せいもろともに上つて遊んだが今年はわれひとり上てさひしいに付て渺然(ひようぜん)とはてもなく|さま〴〵の事を思ひ出して去年(きよねん)のことまで思はるゝ楼上(ろうしやう)より見れば月もさへて水のおもてを真白(まつしろ)く|てらして水天(すいてん)一/色(しよく)にうつらうて面白(おもしろ)い風景(ふうけい)なれ共何事も独(ひとり)なればなぐさみにもならぬ去年此|楼(らう)上にとも〴〵来て月を翫(もてあそ)びし知音(ちいん)は今年はどこへ行たか一人もないが風景(ふうけい)は依稀(いき)とどうやらほの|かに見たやうで去年に相(あい)かはらぬが人といふものはさだめないものじやと感(かん)をおこしたるなり》
【挿絵】
楊柳枝(ようりうし)
温庭筠(おんていいん)
館娃宮外(くはんあきうぐわい)鄴(げう)
城西(しやうのにし)
遠(とをく)映(えいじ)_二征帆(せいはんに)_一近(ちかくは)
掃(はらふ)_レ堤(ていを)
繫(つなき)_二得(えて)王孫(わうそん)帰(き)
意(ゐの)切(せつなるを)_一
不(ず)_レ関(あづから)_二春草緑(しゆんさうのみとり)
萋萋(せい〳〵たるに)_一
《割書:呉王夫差(ごわうふさ)の立られた館娃宮(くはんあきう)|も魏(ぎ)の都(みやこ)した鄴城(けうじやう)も柳(やなき)の名(めい)|処(しよ)で此やなきを見れば遠(とを)くは|館娃宮(くはんあきう)のまへにある柳ははるかに|むかふを通る舟(ふね)に映(ゑい)じちかくは|鄴城(げうじやう)の西にあるやなぎは枝(ゑだ)うち|たれて堤(つゝみ)をはらふて見ゆる|此柳をみればしきりに故郷(こきやう)へかへり|たい繋得(つなきえ)てといふは柳の糸(いと)がつなぎ|とめかへさぬといふこゝろ楚辞(そじ)に王孫(わうそん)|遊(ゆう)兮不(ず)_レ帰(かへら)春草生(しゆんさうしやうす)兮/萋々(せい〳〵)た|りといふから旅(たひ)に立ものは春草(しゆんさう)わか|〳〵と生じたをみて帰心(きしん)が生(しやう)する也|われも其ごとく故郷へかえりたいと思へ|ども柳の糸が帰心(きしん)をつなぎとめて|かへさぬゆへに故郷春草の生して緑(みどり)|青(せい)〳〵としげりたを| あつかり見る事も| ならぬ》
《割書:春のことゆへ柳もさかへ枝々かげをまじへどこが宮殿(きうてん)やらしれぬやうにしけり鎖(とさ)してゐる是も嫩色(どんしよく)のわかばえの|ときは雨露(うろ)の恩沢(をんたく)にうるほふてかやうに盛長(せいちやう)したものしや◦底意(そこゐ)はわかいときには君の御/寵愛(てうあい)にあづがり|恩沢(をんたく)をうけたと女の情(なさけ)をいふ鳳輦(ほうれん)これも帝(みかど)ともろともに見たならばおもしろからふにてうあいもすた|れてあればみかどの鳳輦(ほうれん)も来たらず春はつきはつれども誰(たれ)みるものもなくむなしくうぐひす|のなく声(こへ)のみを余しとゞめて朝(あさ)から晩(はん)までないて居れ共たれ愛(あい)するものもない》
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折楊柳(せつようりう) 段成式(かせいしき)
枝々(しゝ)交(まじへて)_レ影(かげを)鎖(とざす)_二長門(ちやうもんを)_一
嫩色曽沾雨露恩(どんしよくかつてうるほふうろのおん)
鳯輦(ほうれん)不(ず)_レ来(きたら)春(はる)欲(ほつす)_レ尽(つきんと)
空(むなしく)留(とどめて)_二鶯語(をうごを)_一到(いたる)_二黄昏(くわうこんに)_一【挿絵】
宮怨(きうゑん) 司馬礼(しばれい)
柳色参差(りうしよくしんしとして)掩(おほふ)_二画楼(ぐはらうを)_一 暁鶯啼送満宮愁(けうをうなきおくるまんきうのうれい)
年々花落(ねん〳〵はなおちて)無(なし)_二 人見(ひとのみる)_一 空(むなしく)逐(をふて)_二春泉(しゆんせんを)_一出(いづ)_二御溝(ごこうを)_一
《割書:柳もさかへ参差(しんし)と長(なが)い短(みじか)い枝(えだ)たれて女中の居る画楼(くわらう)をおほひしげつてあることに|あかつき方/鶯(うぐひす)などか此柳のほとりでないてゐるが見るうへきく上がみな満宮(まんきう)のかなしみの|たねとなる年〳〵花はちつて行(ゆけ)どもおくふかきゆへ人の来りみるものもなくむなし|く水上に落散(おちちり)て春泉(しゆんせん)のなかれををひ御溝(ごこう)をながれ出るのみしや下心は此花の落(をち)|しごとく年も寄(より)顔色(がんしよく)も衰(をとろ)へゆけども宮中にゐれば人も見しらす空(むな)しく老(おい)ゆく事じや》【挿絵】
宴(えんす)_二辺将(へんしやうに)_一
張喬(ちやうきやう)
一曲梁州金石(いつきよくのりやうしうきんせき)
清(きよし)辺風蕭颯(へんふうしやうさつとして)
動(うごかし)_二江城(こうじやうを)_一坐中(ざちう)有(あり)_下
老(をいたる)_二沙場(さじやうに)_一客(かく)_下【_上ヵ】橫(わう)
笛(てき)休(やめよ)_レ吹(ふくことを)_二塞上(さいしやうの)
声(こえを)_一【挿絵】
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《割書:此/涼州(りやうしう)の一曲を金石の鳴(なり)ものに奏(さう)すれば曲といひみなきよらかに清(すみ)わたつてきこゆるおりふし辺土(へんと)の風の|はげしく吹(ふき)蕭颯(しやうさつ)とものすごくして江城(こうじやう)をうごかす座中にわかき時分よりして此/沙場(さしやう)をまもりに|来て老たる人があるほどに横笛(わうてき)の調子(ちやうし)にかならず塞上(さいしやう)の声(こえ)をふく出してくれるなそのこえをきく|ならばものかなしからふほどにかまへてふくなと大/将(しやう)をなぐさむるなり》
【挿絵】
紫宸朝罷(ししんてうやんで)綴(めぐる)_二鴛(えん)
鸞(らんを)_一丹鳳楼前(たんほうらうぜん)駐(とゞめて)_レ馬(むまを)
看(みる)唯(たゞ)有(あつて)_二終南山色(しうなんさんしよくの)【「有終南山色」は「有_二終南山色在_一」ヵ】
晴明(せいめい)依(よつて)_レ旧(ふるきに)滿(みつ)_二長(ちやう)
安(あんに)_一在(あるのみ)
退(しりぞいて)_レ朝(てうを)
望(のぞむ)_二
終南(しうなん)
山(ざんを)_一
李拯(りしやう)
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《割書:只今其中においても紫宸殿(ししんてん)を朝参(てうさん)し義式(きしき)もすんで鴛鸞(えんらん)の行ごとく行烈(きやうれつ)をみださず帰るさに|禁裏(きんり)のまわり丹鳳楼前(たんほうらうせん)に馬をとゞめてみれば京の風景(ふうけい)もいにしえよりは何もかもかはりはてゝ|あるがたゞ終南山(しうなんさん)の色(いろ)のみ青〳〵として晴明とはれやかにして依旧(いきやう)ともとのごとくに相かはらず|長安(ちやうあん)中にみちてとちらから見てもそびえてみゆる朝廷(てうてい)のやうすはすつへりかくへつじや》
【挿絵】
華清宮(くはせいきう) 崔魯(さいりよ)
艸(くさ)遮(さへぎつて)_二回磴(くはいとうに)_一絕(たゆ)_二鳴鑾(めいらん)_一 雲樹深々碧殿寒(うんじゆしん〳〵としてへきでんさむし)
明月自来還自去(めいげつおのづからきたりかへつておのづからさる) 更(さら)【さらにヵ】無(なし)_三 人(ひとの)倚(よる)_二玉欄干(ぎよくらんかんに)_一
《割書:天子(てんし)の行幸(ぎやうこう)なさるゝ回磴(くはいとう)の石坂山みちも久しく行幸がなきゆへ草(くさ)がはへしげりさへきつて|御車(みくるま)のすゞの音(おと)もたへたこの清花宮(せいくはきう)のあたりに雲間(うんかん)に秀(ひいで)た大木もしん〳〵とおく|ふかくしげりこんだその中の碧殿(へきでん)などもものすごくしてたれ往来(わうらい)するものもなくさび|しいていじやたゞ昔(むかし)にかはらぬ明月はてらし来り照(てら)しさつてちがはねどもむかしは玄宗(げんさう)も貴妃(きひ)など|ととも〴〵この宮殿(きうでん)で大/勢(ぜい)引つれてなぐさんだが今は此/玉闌干(きよくらんかん)よりて此月をみるものもない》
【挿絵】
古別離(こべつり) 韋荘(いさう)
晴煙漠々柳毿々(せいゑんばく〳〵やなぎさん〳〵)不(ず)_レ那(いかんともせ)_二離情(りじやうを)_一酒(さけ)
半酣(なかばたけなはなり)更(さらに)把(とつて)_二玉鞭(ぎよくべん)_一雲外指(うんくはいにゆびさす)断(たつ)_レ腸(はらわたを)
春色(しゆんしよく)在(あり)_二江南(こうなんに)_一
《割書:春(はる)のはじめの事なれは空(そら)の風景(ふうけい)もはれわたり漠々(ばく〳〵)と一/面(めん)にしてやなぎも毿々(さん〳〵)とかせに|吹(ふき)うごかされておもしろいかうした折からわがしたしゐ者に別(わか)るゝは残念(ざんねん)なが離情(りしやう)は是/非(ひ)|もなけれどももはや酒(さか)もりもなかばすぎであればこの酒宴(しゆえん)を仕まふといなや直(すく)|にわかれねばならぬそれにつけてもこなたも馬に乗(のり)われも馬にのつて送(をく)るに|玉鞭(ぎよくべん)をとりて行さき雲外(うんぐわい)を指(ゆび)ざしてこなたはあのかたより江南(こうなん)のかたへゆかるゝが腸(はらわたを)を|たつばかりに思ふ江南(こうなん)は春もはやい処(ところ)なれば江南の春色(しゆんしよく)をみられたならばいよ|〳〵思ひがますであらふとおもひやるでこそあれ》
【裏表紙】
【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:七言絶句|続編》五》
【小題】宮詞
宮詞(きうし)
宮門長閉舞(きうもんながくとぢてぶ)
衣間(いしづかなり)
略識君王鬢(ほゞしるくんわうびん)
已斑(すでにまだらなり)
却羨落花春(かへつてうらやむらくくははる)
不(ず)_レ管(たゞなら)
御溝流(ごこうながれ)
得(えて)到(いたる)_二
人(にん)
間(げんに)_一
【挿絵】
李(り)
建(けん)
勲(くん)
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《割書:手前(てまへ)においては只今は帝(みかど)の御/寵愛(てうあい)にもあつからねば宮門をとぢてつゐに開た事もなく舞衣(ぶい)も帝(みかと)の御そばへ|出るといふこともなければすてゝ置て着(き)るといふ事もなくひまである略(ほゝ)とは慥(たしか)にやうすはしらねども|大がいは知れてゐる天子(てんし)が若ければまだ用ひらるゝこともあらふが君王の鬢(ひん)に白髪(しらが)がまじりて御年|よられたれば最早(もはや)てうあいもあるまい是に付ても浦山しいは此花/落(おち)ちれ共誰もとがめず心まゝに風にまかせ|て御/溝(こう)の水とゝもに流れ出るが我は一/旦(たん)君の御手の付た者なれば人間に出る事もならず宮中に年よりはてる》
【挿絵】
水調歌第一畳(すいちやうのうたていいちでう)
平沙落日大(へいさらくじつたい)
荒西(くわうのにし)
隴上明星高(らうしやうのみやうせいたかく)
復低(またひくし)
孤山幾処(こさんいくばくところか)看(みる)_二
烽火(ほうくはを)_一
戦士(せんし)連(つらねて)_レ営(ゑいを)候(まつ)_二
鼓鼙(こへいを)_一
張子容(ちやうしよう)
《割書:平々たる沙漠(さはく)の夕日がたづつと|の世界(せかい)のはて大/荒(くわう)の西を見れば|隴(らう)山の上にある星(ほし)がたつた今まで|たかいとおもへはひくゝたれてとつく|と夜に入たれば孤(こ)山/幾処(いくはく)山々て|もほう〴〵てあいつの火の見ゆる|ゆへ戦士(せんし)の陣屋(じんや)を立つらねて|居るものともが今や陣太鼓(ちんたいこ)の|音かするかとしばらくもゆだん|をせぬとなり|此/詩(し)は何をいふたことゝもしれぬ|か辺塞(へんさい)むきの| 体(てい)をいふなる| よし》
涼州歌第二畳(りやうしうのうただいじでう)
朔風(さくふう)吹(ふく)_レ葉(ようを)雁門秋(かんもんのあき)万里煙塵(ばんりのゑんぢん)昏(くらし)_二戍楼(じゆらうに)_一 征馬長思(せいばながくおもふ)青(せい)
海上(かいのうへ)胡笳夜聴隴山頭(こかよるきくらうざんのほとり)
《割書:秋のことなれば朔風(さくふう)も木の葉を吹ちらして雁門郡(がんもんぐん)あたり秋の風景(ふうけい)なれば胡(ゑひす)のおこるときじや○ゑびす|のものどもが万里があいだに煙塵(ゑんぢん)をとばして合戦(かつせん)たへずして此方の戍楼(しゆらう)まてもくらくして間近く|せめよせ来てゐればわれも馬にのりて今日かけ出やうか明日かけ出やうかとつねに青海(せいかい)あたりへ来て|ゐる胡(ゑひす)の方を防(ふせ)くことを思ふてたるますゐれば胡笳(こか)の声か隴(らう)山の辺(へん)へ間ちかくきこゆるとなり》【挿絵】
水鼓子第一曲(すいこしていいつきよく)
雕弓白羽(てうきうはくう)
猟初回(りやうはじめてかへる)
薄夜牛羊(はくやぎうよう)
復下来(またくたりきたる)
夢水河(ほうすいか)
辺(へん)青草合(せいさうがつし)
黒山峰(こくさんほう)
外(ぐわい)陣(ちん)【敶】雲開(うんひらく)
【挿絵】
《割書:世間でさはかしいと猟(かり)をするひまもないが今は治た御世なれば雕弓(てうきう)をおひ白羽をさしはさんでゐる狩人も今朝行たものが|くれがた初てかへつた薄夜(はくや)ははやくれあひなれば野飼(のがい)にして置た牛羊も山より下り来りかへるこれも軍(くん)事|がなければ馬牛もいらぬゆへ野飼(のかひ)にしてをく軍(いくさ)があれば草もふみからして生へねども太平のときゆえ|夢水河(ぼうすいが)のほとりも草がどこにもはへしげり合てあり軍/陣(ちん)さいちうには黒山あたりには陣雲が空にたな引|てみへたが今治たればその雲もひらけて太平の御代である》
雑詩(さうし)
陳祐(ちんゆう)
無定河辺暮(ふていかへんほ)
笛声(てきのこへ)
赫連台畔(かくれんたいはん)旅(りよ)
人情(じんのじやう)
函関帰路千(かんくわんきろせん)
余里(より)
一夕秋風白(いつせきのしうふうはく)
髮生(はつしやうず)
《割書:只今この無定河辺(ぶていかへん)のくれ|方にものかなしげに笛(ふえ)の|声がすれば赫連台畔(かくれんたいはん)の|旅人(りよじん)はさま〴〵の愁情(しうじやう)を引|おこして故郷(こきやう)のことを|思ひ出すわがかへる故郷|函関(かんくわん)の方へのみちのり|をつもつて見ればはるかに|千里もあつて帰ることも|ならねばいよ〳〵思を労(らう)し|たるがゆへかたつた一/夜(や)の|うちに此秋風の吹しぶん|白髪(はくはつ)がにはかに生して年|がよりしら髪(が)あたまに|なつたいつ| 故郷(こきやう)へかえる| ことやら| しれぬ》【挿絵】
【挿絵】
初過漢江(はじめてすぐるかんこうを) 無名氏(ぶめいし)
襄陽好向峴亭看(しやうようよくむかつてけんていにみる) 人物蕭条(じんぶつしやうでうとして)属(しよくす)_二歳闌(としのたけなわに)_一
為報習家多置酒(ためにほうずしうかおほくちしゆせよと) 夜来風雪(やらいふうせつ)過(すぐる)_二江寒(こうかんを)_一
《割書:たゞ今/漢江(かんこう)をわたり襄陽(しやうよう)に来て此処の峴山(けんざん)の駅亭(ゑきてい)の風景(ふうけい)をみればなか〳〵おも|しろいところなれども冬の事なれば人事万物もさびしくてはやをつゝけ年もつきて|あらたまらんとすることじやために報(ほう)ず此襄陽には習氏(しうし)の富貴(ふうき)なものか有てその地で|襄陽/侯(こう)か古(いにし)へさかもりをせられたことじやことに今夜は風雪にて江をすぎ此方まてさむく|なつたれば是を防(ふせ)くには酒(さけ)にこしたものはないほどに多く置酒(ちしゆ)をいたされとなり》
《割書:今夜は空(そら)もはれたゆへ月さへわたり星もすくなく霜(しも)は野(の)にみつる夜/更(ふけ)のじぶん胡(ゑひす)のもの共が此月夜を考へ○氈|車にのり中国さかいの陰(いん)山あたりへ宿(しゆく)して中国をおかさんとはがねをならしてゐるこれといふも都にいにしへの|李広将軍(りくわうしやうぐん)のやうなよい大将がないゆへにこれを知て単于の胡どもが公然(こうせん)とおほてやかに中国をはゞからす胡(こ)|笳などを吹たてゝ馬に草なとをかふて中国をあなどるよい大将があらば威にをそれやうがよい大将のないは|さんねんなことじや○公然の字のうちに胡笳のことをふくんでいふなり》
【挿絵】
胡笳曲(こかのきよく)
月明星稀霜(つきあきらかにほしまれにしてしも)
満(みつ)_レ野(のに)
氈車夜宿(せんしやよるしゆくす)陰(いん)
山下(ざんのもと)
漢家(かんか)自(より)_レ失(うしなひし)_二李(り)
将軍(しやうぐんを)_一
単于公然来(せんうこうぜんとしてきたつて)
牧(くさかふ)_レ馬(むまに)
塞上曲(さいしやうのきよく) 王烈(わうれつ)
紅顔歳々(こうかんせい〳〵)老(おふ)_二金微(きんびに)_一
沙磧年々(しやせきねん〳〵)卧(ふす)_二鉄衣(てつえに)_一
白草城中春(はくさうじやうちうはる)不(ず)_レ入(いら)
黄花戍上雁長飛(くわうくはしゆしやうかりとこしなへにとぶ)【挿絵】
《割書:われわかいときより来る年も〳〵故郷へかへることもならず老になるまで此処にまもりをしてこの沙磧にくれ行いくとしも〳〵|鉄衣のよろひに寝ふしをして甲をぬいで休息する間もなく居る白草城中はそのところをいふて京とはちがひ|この城中はさむい所でいつが春しややらいつもおなじやうにして花をみるといふ事もなく○黄花戍のあたりは雁のみいつ|もたへず他処へゆくこともなく此処にゐてみやことは格別のところじやとなり》
又
孤城夕(こじやうゆふべに)対(たいして)_二
戍楼(しゆろうに)_一閑(しづかなり)
廻合(くわいがつす)青冥(せいめい)
万仞山(ばんじんのやま)
明鏡(めいきやう)不(ず)_レ須(また)
_レ生(しやうずるを)_二白髪(はくはつを)_一
風沙自解(ふうさしかいす)
老(おふることを)_二
紅顔(こうがんを)_一【挿絵】
《割書:辺塞は孤城でよいようがいになる城もない日くれがた此方の戍楼の辺にむかふに何のやうもなく打対して居るたゞ青冥|にもそびえたくらひにたかひ万仞の山がとりまはしてあるこれひとつをたのみにしてこもつてゐる此やうな所へ来て|かんなんをするゆへに手前の頭のしらかになつたことは明鏡をてらしてみるを待におよばすしれてゐるなせなれば此かせの吹|まく沙漠にゐればかゝみを見ずとも紅顔のおとろえたことは自解しがつてんして| あるさて〳〵いたましいことじや》
【挿絵】
辺詞(へんし)
張敬忠(ちやうけいちう)
五原春色旧(ごげんのしゆんしよくきう)
来遅(らいをそし)
二月垂楊(じげつすいよう)未(いまだ)【左ルビ「ず」】
_レ掛(かけ)_レ糸(いとを)
即今河畔氷(そくこんかはんこほり)
開日(ひらくひ)
正是長安花(まさにこれちやうあんはなの)
落時(おつるとき)
《割書:辺土(へんど)の五原(ごけん)あたりはかんきのつ|よいところなれば都(みやこ)とはちがひ|春色(しゆんしよく)もおそい処て今ばかり|てもない旧来(きうらい)のむかしからして|かうしや二月じぶんは春のさかり|じやにこの所はまだ柳(やなき)もいと|をかけず芽(め)さゝぬくらいじや|即今(そくこん)やう〳〵川ばたのこほり|かとけるじぶんであるからまさ|しくみやこ長安(ちやうあん)などにては|咲(さき)たる花もちつて春(はる)のすへ|ごろじやこのやうな寒気(かんき)の|つよひ所にひさしく| 居ると| いふは| かなしき| ことでは| あるといふ事| なり》
【挿絵】
九日宴(くにちのゑん) 張諤(ちやうがく)
秋葉風吹黃颯々(しうようかぜふいてくわうさつ〳〵)晴雲日照白鱗々(せいうんひてらしてはくりん〳〵)
帰来(きらい)得(う)_レ問(とふことを)_二茱萸女(しゆゆのじよに)_一今日登高(こんにちとうかう)醉(ゑはしむと)_二幾人(いくばくひとをか)
《割書:登高(とうこう)の節(せつ)ゆへこれも登高の作なり上てみれば木の葉も風にふかれ黄(き)ばみてさつ〳〵とひるがえり|空(そら)もはれわたり日てらしてわづかのこりたる白雲(はくうん)がりん〳〵ときら〳〵見ゆる山より下り来れはふもと|に百姓の子どもの茱萸(しゆゆ)をうる女が居るから何と今日は大ぜい上たであらふか幾(いく)人ほど酒宴(しゆえん)をして|酔(ゑふ)たぞと問ふ大かた我ばかりでもあるまいどれ〳〵とてもみなゑふたであらふとなり》
西施石(せいしせき) 楼穎(ろうゑい)
西施昔日浣紗(せいしせきじつくわんさの)
津(しん)石上青苔(せきしやうのせいたい)
思(し)_二殺(さつす)人(ひとを)_一 一(ひとたび)去(さつて)_二姑(こ)
蘇(そを)_一不(ず)_二復返(またかへら)_一
岸傍桃(がんほうのたう)
李(り)為(ためにか)_レ誰(たれが)
春(はるなる)
《割書:西施(せいし)は呉王(ごこう)に|愛(あい)せられたが|むかし此川はたで|紗をせんたくして|あつた其とき腰|をかけた石じやと|いふて今は苔(こけ)|むしてあるがこゝを通(とを)るほど|のものが此石をみては西施(せいし)を|思ひ出さぬものはないしたが|西施も一たびさつて呉国(ごこく)の|姑蘇台(こそだい)へ行てよりついにむな|しくかへらぬ只此川のほとり|の桃李(とうり)の花が咲(さき)つれてあるが|西施はゐぬにたがために春(はる)の景(けい)|をなすぞと花に情(しやう)を| もたせて| 置なり》【挿絵】
和(わす)_二李秀才辺庭四時怨(りしうさいがへんていしいじのえんを)_一 盧弼(ろひつ)
八月霜飛柳遍黄(はちぐわつしもとんでやなぎあまねくきなり)蓬根吹断雁南翔(ほうこんふきたへてかりみなみにかける)隴頭流水関山月(らうとうりうすいくわんざんのつき)泣(ないて)上(のぼつて)_二龍堆(りうたいに)_一望(のぞむ)_二故鄉(こきやうを)_一
《割書:八月/辺塞(へんさい)は中国とはちがひてはや霜(しも)がとび柳などもあまねく黄(き)ばみをちてさむくなり沙漠(さはく)の蓬根(ほうこん)|も風に吹たゞよはされて雁なともおそしと南にかけるやうなものすこひ処に来てなんぞなぐ|みでもあるかといふに耳(みゝ)には隴山(らうざん)の水のすさまじいをきゝ目には関山月の朧(らう)〳〵たるを見て居る|がいつ故郷(こきやう)へかえらうやら知れぬとおもへばかなしみをなしたるゝ涙をおさへてせめて故郷の方をみて|なりとなくさまんと思ふて竜堆(りうたい)の上にのぼりてこきやうをみれどもみへずいよ〳〵かなしみかますとぞ》
【挿絵】
【挿絵】
又(また)
朔風(さくふう)吹(ふいて)_レ雪(ゆきを)透(とをる)_二
刀瘢(たうはんに)_一
飲(みづかふ)_レ馬(むまに)長城窟(ちやうでうのくつ)
更寒(さらにさむし)
夜半火来知(やはんひきたつてしる)
有(あることを)_レ敵(てきの)
一時斉保(いちしひとしくたもつ)賀(が)
蘭山(らんざん)
《割書:冬の事なれば朔風(さくふう)がふき|きたり合戦場(かつせんじやう)なれば手|を負(おふ)た瘢(きず)にしみわたつて|たえがたい馬に水かひに長|城くつの番手に行てみれ|ば雪が降(ふり)かゝつてつねより|もさらにさむくものうゐに|夜半(やはん)ごろあいづの火が来|るがみゆるゆえにさてはてき|方がせめ入といふ事を知(しつ)て大|せいのものか一時にひとしく出|てがらん山を敵(てき)にとられぬ|やうに大せつにまもりてゐる| さて〳〵もの| すごい| こと| しや》
《割書:一年すぐればはじめて又いつにかわらぬ一年の春がある人間の寿命(しゆめう)は百/歳(さい)がかぎりといへどもむかしから百|年までいきたといふものもない亭主(ていしゆ)をなぢつて人はさだめないものなれば此やうに華前(くわせん)で酒宴など|をするといふことはたび〳〵あるまいほどに御ていしゆも少々たかくとも酒(さけ)を沽(かへ)ば銭がいる貧(ひん)なによつてかはれぬ|などゝ辞退(じたい)せらるゝな百年の人もなければたれでもいつ死(し)なうもしれぬなれば呑でしばらくもたのしむがよい》
宴(ゑんす)_二城東荘(しやうとうさうに)_一
崔敏童(さいひんどう)
一年始(いちねんはじめて)有(あり)_二 一(いち)
年春(ねんのはる)_一百歲(ひやくさい)
曽(かつて)無(なし)_二 百歲(ひやくさいの)
人(ひと)_一能(よく)向(むかつて)_二花(くは)
前(ぜんに)_一幾回酔(いくばくかよはん)
十千(じつせん)沽(かふて)_レ酒(さけ)
莫(なかれ)_レ辞(じすること)_レ貧(ひんを)【挿絵】
奉(たてまつる)_レ和(わし)_二同前(おなじくまへに)_一
崔恵童(さいけいどう)
一月主人笑(いちげつしゆじんわらひ)
幾回(いくばくぞ)相逢(あいあひ)
相値且銜(あいあふてかつふくむ)
_レ杯(さかづきを)眼看(まなこにみる)春(しゆん)
色(しよく)如(ごとし)_二流水(りうすいの)_一
今日残華(こんにちのざんくは)
昨日開(さくじつひらく)【挿絵】
《割書:そこもとゝわれとしたしい中なれど一月のうちに此やうに出会してあそぶ事はたび〳〵はあるまいまれなことで|あらふ今日かやうに相あふたときとも〴〵に酒宴してたのしむがよいなせ此やうにいふなれば眼前(がんせん)にみる|春色のすぎゆくことは流水のごとくしばらくもとゞまらぬものじや昨日ひらいた花がはや今日はちりおつる人間|の寿命(じゆめう)も此ごとく今日あつて明日をしらぬ身なれば相逢た時に杯をふくみわらひたのしむがよいとなり》
宿(しゆくす)_二疎陂駅(そはゑきに)
王周(わうしう)
秋(あき)染(そめて)_二棠梨(とうりを)_一
葉半紅(えうはんのこうなり)
荊州東望(けいしうひがしにのそめは)
草(くさ)平(たいらかなり)_レ空(そらに)
誰知孤宦(たれかしらんこくわん)
天涯意(てんかいのい)
微雨瀟々(びうしやう〳〵たり)
古駅中(こえきのうち)
《割書:秋のもなかのことなれば|棠(なし)の葉(は)も霜(しも)にそまり|紅葉(こうえう)して見ゆる此じ|ぶんわが故郷(こきやう)荊州(けいしう)の方|を東(ひかし)にのぞみ見れば|どこまでも村里(そんり)も見へ|ずたゞ渺(びやう)〳〵と草ばかり|はへしげり空(そら)とひとつ|にみゆる此やうなものす|ごひ旅(たび)に宿(しゆく)するが誰(たれ)も|わが孤官(こくわん)の身となつて|天のはてまでも来て|さま〳〵の愁(ういひ)【うれひヵ】をしつて憐(あはれ)|みてくれるものもある|まいことに雨(あめ)も少々ふり|て古駅(こえき)の中に瀟(しやう)〳〵と|もの淋(さび)しく難儀(なんぎ)にあふこ|とを知(しつ)てあはれみて|くれるものもない》
【挿絵】
塞下曲(さいかのきよく) 釈皎然(しやくのかうせん)
寒塞(かんさい)無(なし)_レ因(よし)_レ見(みるに)_二落梅(らくばいを)_一胡人吹(こじんふいた)入(いり)_二笛声(てきせいに)_一来(きたる)
労々亭上春(らう〳〵たるていしやうはる)応(まさに)【左ルビ「べし」】_レ度(きたる)夜々城南戦(やゝじやうなんたゝかひ)未(いまだ)【左ルビ「ず」】_レ回(かへら)
《割書:我(わが)来(き)てゐる関塞(くわんさい)はさむい所なればかたから梅花(ばいくわ)を見るといふ事もなくいつが春(はる)やらしらねば|梅花のおつるをもみるといふ事もないはづじやゆふべのころ胡(ゑびす)のものが来て吹(ふく)笛声(てきせい)の中に落梅(らくばい)|の曲(きよく)を聞てあるが中〳〵都(みやこ)のやうに真(しん)の梅花をみる事はならぬ所じやわか故郷(こきやう)の労々亭(らう〳〵てい)のあたりは春も|わたり梅も開(ひらい)てあるを帰(かへつ)てみたけれど夜々(やゝ)城(じやう)の軍陣(ぐんぢん)最中なれば道もさはがしくて帰ることもならぬ》
【挿絵】
僧院(そういん) 釈霊一(しやくのれいいつ)
虎渓閑月引相過(こけいのかんげつひいてあいすぐ)帯(おぶる)_レ雪(ゆきを)松枝(せうし)掛(かく)_二薜(へき)
蘿(らを)_一無(なき)_レ限(かぎり)青山行(せいざんゆく〳〵)欲(ほつす)_レ尽(つきんと)白雲深処(はくうんふかきところ)老(らう)
僧多(そうおほし)
《割書:虎渓(こけい)は盧山(ろさん)の中にあり恵遠法師(ゑをんほうし)の居(ゐ)た僧院(そういん)ゆえかりもちゆ此/僧院(そういん)へ来てみれ|ば恵遠法師(ゑをんほうし)の居(ゐ)られた虎渓(こけい)とも同前(どうぜん)なところで月もあいだにひかり月のひかり|に引れてこゝかしこと過(すぎ)て見れば秋(あき)のすへのことゆへ雪(ゆき)をおびた松枝(まつかえ)に薜蘿(へきら)がまは|らに懸りおもしろい気色(けしき)じや此/僧院(そういん)の近処(きんじよ)の青山(せいさん)かぎりなく多いことじやこの山を|みなこと〴〵くあるきつくさんとおもふてそこらをみれば白雲(はくうん)ふかき処にしゆ〴〵の|清僧(せいそう)たちの引こんで御坐(こさ)なさるゝいかさま人間とは格別で| ものしづかな所じや》
からうたのこゝろを絵にものせられしは
たらちをのこゝろさしにそ有けらし
そをたかへしと五文字のぜく【「ぜく」は「絶句」ヵ】七文字
のせくは大かたにさくら木にえらせ侍りぬ
猶りちののこれるもこしもつかの木の
いやつき〳〵にたへす■【調ヵ】してむと思ふ物から
まち見給ふ人〳〵にしらせまほしく此さらし
のおくにかいつけたいまつるものならし
ふみのいちくらのあるし高てるしるす。
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寛政5年癸丑正月発行
東都書林 《割書:日本橋通二丁目》小林新兵衛蔵。
【裏表紙】
【表紙】
【付箋】
百姓往来画抄
【見返し】
岳亭先生註 □□□□
《題:百姓往来画抄》
《割書:馬喰町四丁目》
東都書肆 文江堂版
【左丁】
我子(わがこ)に種々(しゆ〴〵)の芸(げい)をならはせるは父のあやまり道(みち)に入りて
おろそかなるは師(し)しやうのとがなり師(し)よくをしえて子(こ)の
習(なら)はざるは子のおろかなり教(をし)えてまなばざる子は我
身(み)をしらずして恥(はぢ)をまねくなり宜(よく)まなぶ時(とき)は賤(いやし)き
子(こ)もたつとく思(おも)はる物(もの)うくおもひてまなばざる
子(こ)は高家(かうけ)なりともいやしみおもはる田(た)ありとも耕作(かうさく)
せざれば倉(くら)の内むなしく書(しよ)ありともをしえざれば
子孫(しそん)愚痴(ぐち)なり万銭(まんせん)は求(もと)めやすく子孫(しそん)の賢(けん)は索(もと)めがたし
よく習(なら)ひよくおぼえて発明(はつめい)ともいはれんよく学(まな)びての
【右丁】
つゝき【▢囲み】道とくをつむといふ井(ゐ)の内(うち)の蛙(かはす)は
大海(だいかい)をしらず蓼(たで)をはむ虫(むし)は甘露(かんろ)
あることを知らず文盲(もんまう)なる
ものは万(よろつ)に疑(うたが)ひをおこす也
水精(すいしやう)を日(ひ)に向(むけ)て火(ひ)を
とり月にむけて水を
とるとかたりしらざる
人は疑(うたか)ふべし学(まなび)て徳(とく)を
備んことかたき事にあらす
【左丁】
蛇(へび)は足(あし)なくしてあるき蝉(せみ)は
口なくして鳴(なき)魚(うを)は耳(みゝ)なくして
聞(きく)これ目前(もくぜん)のふしぎなりされば
知らざるを疑(うたが)ふなり習(なら)ひ覚て
広大(くわうだい)なることを知るべし高山(かうざん)に
のぼらずしては天(てん)の高(たか)き
事しるべからず学びて知る
ものは稲(いね)のごとし学ばずして愚痴(ぐち)
なるは藁(わら)の如し稲(いね)は世上(せじやう)の宝(たから)といはれ つきへ【▢囲み】
【右丁】
つゞき【▢囲み】わらは大地(だいち)の敷物(しきもの)あるひは草履(ざうり)と造(つく)れる
去(さり)ながら同じ民人(のうみん)の手に育(そたて)られ同じ田(た)に
生(おひ)たちて高下(かうげ)かくのごとし
兄弟(けいてい)は骨肉(こつにく)同胞(どうばう)とて一体(いつたい)
分身(ふんしん)なりといへども手習(てならひ)せず
文字(もんじ)を知らず人の道(みち)を弁(わきま)へざれば兄(あに)は弟(おとゝ)に
及(およ)ばず人/弟(おとゝ)を尊(たつと)みて終(つい)に家名(かめい)を弟にゆずる
同じ親母(ちゝはゝ)にして前(まへ)にいふわらの如くならずや
東都編者 神歌堂丘山□
【左丁】
百姓往来画抄(ひやくしやうわうらいゑせう)
凡(およそ)百姓(ひやくしやう)【左ルビ|たみびと】【図】取扱文字(とりあつかふもんじ)【左ルビ|つねにあつかふもんじをあつむ】
農業(のうぎやう)【左ルビ|たはたをつくり】【図】耕作(かうさく)【左ルビ|たをうえる】之(の)道具(だうぐ)
者(は)先(まづ)【左ルビ|はじめに】鋤(すき)【図】鍬鎌(くわかま)【左ルビ|もちゆるもの】【図】犂(からすき)【図】
【左ルビは▢囲】
【右丁】
馬把(まぐわ)钁(とうぐわ)【左ルビ|つちをかくす】【図】竹(たけ)【図】把(くまで)【左ルビ|あつめる】【図】
《振り仮名:篦𦳊|へらこえ》【左ルビ|こえをいれたく】【図】担桶(たご)【左ルビ|わゆるどうぐ】【図】天秤(てんびん)
棒簣(ぼうあしか)持籠(もつこう)【左ルビ|ものをはこぶ】【図】駒掫(こまさらへ)【左ルビ|すゐへんにて】鋤(じよ)
簾(れん)【左ルビ|つかふ】朳(えふり)【図】捌槌(またぶりつち)【左ルビ|どうく】【図】檋橇(かんじきそり)【左ルビ|ものをのせてひく】【図】
【左丁】
間杭連架(まぐひからさほ)【左ルビ|うえつけのどうぐなり】【図】《振り仮名:蒲器稲扱|がまげいねこき》【左ルビ|みのりてのようぐ】
【図】碓(ふみうす)【図】礭(からうす)【左ルビ|もみをひく】舂臼(つきうす)【左ルビ|つねのうす】【図】挽磨(ひきうす)
《振り仮名:杵■|きねひきゞ》【図】遣木泥障(やりぎあをり)【左ルビ|ふるひなりぬかこめをわける】【図】箕(み)
【図】簸簾絹簁(ひるどほしきぬどほし)【左ルビ|こめをもちはこびのどうぐ也】【図】 間簾板(けんどほしいた)
【左ルビは▢囲】
【欠損部・不鮮明部は、東書文庫蔵本を参照して補】
【「𦳊」は「糞尿」の意】
【■は「車+成?」】
【右丁】
簾(とほし)竹篩(たけふるひ)千石篩(せんごくとほし) 箒(はうき)
《割書:こめをさしあるひははふるいわけるなり》
桔槹(はねつるべ) 戽桶(なげつるべ) 水車(みづぐるま)
《割書:いしにてあげる》《割書:ひきあぐる》《割書:みづのちからをもちゆる》
踏車(ふみぐるま) 龍骨車(りうこしや) 簑(みの)
《割書:いづれもくるま》
笠(かさ) 籮笊(ふござる) 石籠(じやかご) 葉(はぐち)
《割書:かはりざる》 《割書:なみをよける》
【左丁】
澪標(みをぐひ)等(とう)之(の) 加(くわえ)修理(しゆり)破(は)
《割書:みづよけのつゝみにつかふ》 《割書:どてしがらみをなをす》
損(そんを) 毎日(まいにち)田畑(でんはた)を見廻(みまはり)
《割書:そのひ〳〵のできをみる》
指図(さしづ)肝要(かんよう)也(なり) 扨(さて)又(また)
《割書:さしゆる》 《割書:つねになす》
新田(しんでん)開発(かいほつ) 地(ぢ)平(なら)□(し)【均】
《割書:あらたにたをひらく》《割書:みづなわをもちゆ》
【右丁】
相済(あいすみ)【左ルビ:とおはりて】【図】御検地(ごけんち)【左ルビ:けんぶんをうける】【図】入持(いりもち)
主(ぬし)名主(なぬし)【左ルビ:むらおさ】【図】御縄(おんなわ)を請(うけ)石盛(こくもり)【左ルビ:たあかをきはめ】
【図】分米(ぶんまい)厘付(りんつけ)【左ルビ:わけあたへる】【図】土地(とち)【左ルビ:ところ】之(の)上(じやう)
中(ちう)下(げ)町(てう)【左ルビ:あしき】【図】反(たん)畝(せ)歩(ほ)迫(はく)【左ルビ:いつてうほてう】【図】
【左丁】
地(ち)熟(じゆき)【左ルビ:ちのさかひ】田(た)木(こ)【図】蔭(かげ)日向(ひなた)【左ルビ:うらおもて】【図】
広狭(ひろせま)【左ルビ:あらため】長短(ちやうたん)【左ルビ:たんとすこし】甲乙(かうをつ)【左ルビ:やまかい】【図】多少(たせう)【図】
空(くう)売高(うりたか)【左ルビ:あるなし】【図】考(かんがへ)変地(へんちの)【左ルビ:す□を】盛(せい)
衰(すゐを)【図】水損(すゐそん)【左ルビ:つふれ】【図】旱損(かんそん)【左ルビ:ひでり】之(の)
【右丁】
手当(てあて)【左ルビ:ひとをすくふ】者(は)【図】溜井(ためゐ)【左ルビ:みづをいれる】【図】河(かは)【左ルビ:みづ】
筋(すぢ)者(は)【左ルビ:みちをたしかにする】【図】堤(つゝみ)【図】築(つき)筧(かけひ)【左ルビ:みづをよぶ】【図】
【図】埋樋(うめどひ)【左ルビ:ちにうづめる】圦(いり)土手(どて)【図】堰(かはよけ)【左ルビ:□みさきをよける】齟(くひ)
【図】齬(ちがい)関(せき)【左ルビ:どてにつく】【図】板(いた)羽口(はくち)柵(しからみ)【左ルビ:すべてどてをつくる】迄(まで)
【左丁】
逐一(ちくいち)目(もく)□□(ろみ)【論見(ろみ)】【左ルビ:いひあは□】
【残りの部分は大きく欠けている】
【右丁】【大きく欠けている】
藁灰【左ルビ:わらのたきがら】
【図】籾(もみ)芽(め)出【図】
【左丁】
付(つけ)苗代(なはしろ)【左ルビ:めだし】【図】案山子(かゝし)【左ルビ:とりおどし】鳴子(なるこ)【左ルビ:ひきいた】
【図】堀浚(ほりざらへ)【左ルビ:かゆる】【図】水曳(みづひき)水口(みづぐち)【左ルビ:みづをかぶせき】【図】
抜場(ぬきば)之(の)拵(こしらへ)【左ルビ:水のおとしぐち】【図】方(かた)旱魃(かんばつ)【左ルビ:ひでり】
【図】雨乞(あまごひ)【左ルビ:あめをいのる】【図】温夏(うんか)葉(は)【左ルビ:まなつしやうずる】【図】
【右丁】
渋(しぶ)滑虫(あぶらむしの)【左ルビ:すをむらす】【図】殃(わざはひ)【左ルビ:なんぎ】無_レ之(これなき)様(やう)是(これ)
又(また)勘弁(かんべん)【左ルビ:しあんしてつくる】【図】第一也(だいいちなり)【左ルビ:ことかんえうなり】御検見(ごけんみ)【左ルビ:やくにんくる】
を請(うけ)【図】坪苅田(つぼかりた)【左ルビ:でんぢのやうす】【図】場立(ばたて)
札(ふだ)【図】毛揃合毛(けそろひあいけ)【左ルビ:いづれもおほきさ】【図】附(つけ)無(なく)
【左丁】
相違(さうゐ)御年貢(ごねんぐ)【左ルビ:たうによりて】者(は)【図】口米(くちまい)
赤玉青砕(あかだまあおくだけ)【左ルビ:こめはしな〴〵あり)【図】無_レ之(これなき)様(やう)【図】
遂(とげ)_二吟味(ぎんみ)【左ルビ:みる也】【図】米見(こめみ)升取(ますとり)【左ルビ:はかりわけ】【図】
名主(なぬし)立会(たちあい)【左ルビ:けんぶんして】【図】縄俵(なわたはら)【左ルビ:おさむべきよういをなす】【図】
【右丁】
念入御蔵(ねんいれおんくら)【左ルビ|よくあらため】【図】納(おさめ)津出(つだし)【左ルビ|お□□にいでる】
場事(ばのこと)【左ルビ|ふなば】【図】別而(べつして)【左ルビ|なをあらため】未進(みしん)無之(これなき)
様(やう)可(べき)_二心掛(こころかけ)【左ルビ|わするべからず】【図】者也(ものなり)【左ルビ|か□□ものなり】【図】
将亦(はたまた)御巡検(ごじゆんけん)【左ルビ|だいくわんみまわる】【図】遵(じゆん)【左ルビ|あるき】
【左丁】
行(かう)【左ルビ|みる】之(の)節(せつ)【図】御伝馬(おてんま)【左ルビ|ごようのやく】【図】
御領(これう)私領(しれう)共(ども)【左ルビ|もつばにより】【図】村々(むら〳〵)
定(じやう)【左ルビ|さだめあり】【図】大助(おほすけ)【左ルビ|むほせい】遠村(ゑんそん)【左ルビ|とふくは】【図】加(か)【左ルビ|すくなく】
助(すけ)【図】役(やく)【左ルビ|いづる】幷(ならびに)助郷(すけごう)【左ルビ|ふくあたり】【図】問(とひ)
【右丁】
屋(や)【左ルビ|むら□】【図】人馬(にんば)【図】割触(わりふれ)【左ルビ|あてな】
順番(じゆんばん)【左ルビ|かはり〴〵】宿駅(しゆくえき)【左ルビ|いりきたる】之(の)【図】到(たう)【左ルビ|つぎ】
着(ちやく)【左ルビ|きたる】者(は)【図】御用(ごよう)無(なく)_二【左ルビ|ゆきとゞ□□】差支(さしつかへ)_一
【図】馬差(むまさし)【左ルビ|たつしの人】之(の)【図】任(まかせ)_二指図(さしづに)【左ルビ|いふにつき】
【左丁】
継送(つきおくり)【左ルビ|しゆくにわたしす】【図】荷物(にもつ)【図】宰領(さいりやう)【左ルビ|せわやくの】
中(ぢう)《割書:江》【左ルビ|ひとに】【図】渡(わたし)_レ之(これを)道(みち)橋(はし)【左ルビ|かよひのみち〳〵】【図】船(ふね)
【図】川渡(かはわたし)【左ルビ|かはすぢとう】【図】往還(わうくわん)【左ルビ|とをりのみち】大(だい)
道(□□)【みち】之(の)【図】掃除(さうじ)【左ルビ|ちりをとる】【図】他村(たむら)【左ルビ|ほかのさと】
【右丁】
入会(いりあい)之(の)境(さかひ)【左ルビ|ゆく〳〵のわかれ】【図】我卒(がさつ)【拶】【左ルビ|しつれい】之(の)
【図】働(はたらき)無(なき)_レ之(これ)【左ルビ|つとめかたねんいれ】旨(むね)【図】可(べく)相(あい)
慎(つゝしむ)惣而(そうじて)【左ルビ|すべて】【図】荷物(にもつ)【左ルビ|おくるしな】之(の)【図】
貫目(くわんめ)【左ルビ|めかたをかける】【図】馬(むま)一疋(いつひき)【図】乗(のり)
【左丁】
掛(かけ)弐拾貫(にしうかん)【左ルビ|さだめ】軽尻(からしり)【左ルビ|とひやのきはめ】【図】五(ご)【左ルビ|これある】
貫目(くわんめ)【左ルビ|めかた】【図】駄荷(だに)三拾六貫(さんじうろくくわん)【左ルビ|むまにつけるめかた】
目(め)【図】何連茂(いづれも)【左ルビ|どれ〳〵もすみし】【図】少々(せう〳〵)
宛(づゝ)用捨(ようしや)可(べき)_レ有(ある)_レ之(これ)欤(か)【左ルビ|しらぬふりをするこそにんばのたすけなり】【図】
【右丁】
本(ほん)乗物(のりもの)【左ルビ|あん□□】壱挺(いつてう)【以下の部分空白】
人(にん)山駕籠(やまかご)【左ルビ|□り】壱挺(いつてう)者(は)【図】
四人(よにん)掛【左ルビ|ふだをみて】【図】分持(わけもち)【左ルビ|わけかけ也するにけつれはめ】一人(いちにん)者(は)
五貫目(ごかんめ)也(なり)長持(ながもち)【左ルビ|しゆくのつぎ】之(の)【図】貫(くわん)
【左丁】
目(め)者(は)都而(すべて)軽重(けいしう)【左ルビ|おもしかるし】【図】有_レ之(これあり)【左ルビ|さだまりて】
其外(そのほか)【左ルビ|ひとしゆくおくるに】一人(いちにん)【図】五/貫目(くわんめ)【左ルビ|きまり】之(の)
積(つもり)【左ルビ|さだめ】を以(もつて)【図】継合(つぎあい)【左ルビ|しゆく〴〵をおくり】候(さういふ)事(こと)
御大法也(ごたいほうなり)【左ルビ|おんさだめなり】【図】平生(へいぜい)【左ルビ|つね〴〵】【図】
【右丁】
重(おもんじ)_二【図】【図】
御公儀(ごかうぎを)_一【左ルビ|おほやけ】【図】御領私領之(ごれうしれうの)【左ルビ|かみのごれうちわたくしのもちば】
【図】奉敬(たてまつりうやまひ)【左ルビ|ありがたくおもひ】【図】御代官(おんだいくわん)【左ルビ|かみをたつとみ】を
可(べし)_レ顧(かへりみる)_二【図】其身之(そのみの)分限(ぶんげんを)
【左丁】
家(いへ)【左ルビ|ちたく】之(の)【図】造作(ざうさく)者(は)【左ルビ|てまはりおりふに】【図】不(ず)
_レ用(もちひ)_レ釘(くぎを)【左ルビ|まかせすとも】【図】鉄物(かなものを)【左ルビ|いりやう】【図】不(す)_レ好(このま)【左ルビ|まにあはせ】
皆(みな)丸太(まるた)を【左ルビ|きをけつらずして】以(もつて)掘立(ほりたて)【左ルビ|□をうづめ】【図】大(おほ)
壁(かべは)【図】縄(なわ)▢(からげ)に可(べく)_二仕(し)上【左ルビ|まにあふをもつばらとし】【図】
【右丁】
床者(ゆかは)【左ルビや|ねだ】【図】簀子(すのこ)【左ルビ|たゝみ】撹(かき)屋根(やね)
者(は)【図】草(くさ)茅(かや)【図】葺(ふき)迫門(せど)【左ルビ|うらのくち】
【図】門(かと)【左ルビ|おもて】【図】埒(らち)墻(かき)開閉(あけたて)之(の)
【図】締(しまり)蔀(しとみ)格子(かうし)【左ルビ|のきしたまでのかりとり】蓮子(れんじ)【図】
【左丁】
窓(まど)鴨居(かもゐ)鴫居(しきゐ)【敷居】【左ルビ|ざうさくのところ】【図】戸(と)障(しやう)【左ルビ|たてぐ】
子(じ)【図】古物(ふるもの)【左ルビ|むさくとも】を
用(もち)ひ敷物(しきもの)【左ルビ|よきものを】
者(は)【左ルビ|はぶき】【図】莞(ゑ)莚(むしろ)【左ルビ|しきものは】【図】蒲席(がまござ)【左ルビ|ひをおわらす】【図】
□(あを)藁籍(たねござ)【左ルビ|つねは】【図】縁取(へりとり)珍客(ちんきやく)【左ルビ|きやくきたるときは】
【右丁】
之(の)節(せつ)者(は)【左ルビ|人きたるとも】備後(びんご)【図】表(おもて)減(げんじ)【左ルビ|□をくともよし】
奢侈(おごりを)【図】可_レ着_二麁服(そふくを)【左ルビ|あしき】_一【図】
木綿(もめん)織(をりを)【左ルビ|きぬをもちひず】【図】道具(だうぐ)者(は)【図】攪(わた)【左ルビ|いと】
車(くるま)【左ルビ|とりのどうぐ】唐弓(からゆみ)同(おなじく)弦(つる)糸(いと)【図】車(くるま)
【左丁】
紡錘(つむ)糸巻(いとまき)【左ルビ|おなじしゆるいなり】【図】触(わく)【図】桛(かせ)
綜杭(へくる)筬(おさ)【図】同(おなじ)框(かまち)杼(ひ)管(くだ)【左ルビ|はたにもちゆる】
【図】高機(たかはた)【図】下機(しもはた)【左ルビ|ふみはた】【図】
等(とう)也(なり)常々(つね〴〵)【左ルビ|いつも】糧(かて)者(は)【左ルビ|しよくるいにくはゆる】【図】岡稲(おかほ)
【右丁】
唐米(からほし)【左ルビ|げまいまたはかてにもちゆへきもの】【図】麦(むぎ)【図】挽割(ひきわり)
【図】枇米(しいな)【左ルビ|みのいらぬこめをこく】粉割(こさけ)【図】陳倉(ぼんほ)【左ルビ|あしきこめ】
米(ち)迄(まで)【図】扱墾(こきこなし)【左ルビ|たりにかけ】【図】搗(つき)
搓(こなし)精(しわけ)【左ルビ|ふるい】【図】、随分(ずいぶん)【図】大切(たいせつ)【左ルビ|むたなきやうに】に
【左丁】
俵粮(ひやうらう)【左ルビ|えつがい】仕込(しこみ)【図】置(をき)飢饉(ききん)【左ルビ|ひでり】之(の)
節(せつ)【図】不(ざる)_レ渇(かつへ)様(やう)【左ルビ|しよくのたすけとす】之(の)【図】心得(こゝろえ)
第一(だいいち)也(なり)茶菓子(ちやぐわしは)【左ルビ|つねのおごり】【図】麦焦(むぎこがし)
【図】糄米(やきごめ)を以(もつ)て可(べし)弁(へんず)【左ルビ|みをつゝしむべし】【図】
【右丁】
心(こゝろを)客人(きやくじん)には【左ルビ|まらうどほとに】【図】餅(もち)或(あるひは)温(うん)【左ルビ|いだすにはてづから】
飩(どん)或(あるひは)蕎麦切(そばきり)【左ルビ|つくりてちそうとする】【図】又(また)者(は)池(いけ)
沼(ぬま)之(の)魚(うを)を取(とり)【左ルビ|人をたのまずあみをうけてとる】【図】採園(さいゑん)【左ルビ|はたけの】
之(の)野菜(やさい)【左ルビ|せんたい】【図】手醸(てつくり)之(の)【左ルビ|ぢにてできる】【図】
【左丁】
酒(さけ)にて可(べし)_二饗応(もてなす)_一【左ルビ|あつかふ】【図】野(や)
業(ぎやう)之(の)隙(ひま)【左ルビ|やすみ】には【図】木樵(きこり)【左ルビ|やまにはに】或(あるひは)
落葉(おちば)【左ルビ|あり】【図】掻(かき)【図】草履(ざうり)草(わらん)【左ルビ|つくりをくべし】
鞋(じ)【図】作(つくる)_レ之(これを)也(なり)草(くさ)【左ルビ|のへんにいで】【図】藁(わら)
【右丁】
粟(あは)稗殻(ひへから)【左ルビ|できあくたをいふ】は稲村(いなむら)【図】茅(かや)
巻(まき)にて【図】抱(かこい)_レ之(これを)葭山(よしやま)【左ルビ|す□へん】【図】
芦原(あしはら)【左ルビ|あしのといふ】【図】荻(おき)薄(すゝき)【左ルビ|にはくさ】【図】秣(まくさ)
場(ば)之(の)枯草(かれくさ)【左ルビ|むまにやるくさ】に至(いたる)迄【図】刈(かり)
【左丁】
取(とり)牛(ぎう)【図】馬(ば)之(の)飼料(かひりやう)【左ルビ|□じき】【図】粮(かてに)【左ルビ|よけいに】
可(べし)_レ用(もちゆ)_レ之(これを)【左ルビ|つかひてよし】【図】扨(さて)亦(また)牛(うし)馬(むま)【左ルビ|だいじうけ】【図】
之(の)馬口労(ばくらう)【左ルビ|つかひて】【図】歳(とし)之(の)文字(もんじ)【左ルビ|ひとにたがひたり】
【図】先(まづ)牛(うし)者(は)【左ルビ|となくのちがふなり】▢(ぐ)【牛+具】二歳(にさい)三歳(さんさい)▢(し)【牛+四】図】
【右丁】
四歳(しさい)【左ルビ|はにてとしをしる】【図】□(かい)【牛+介】五歳(ごさい)【左ルビ|ものはむまいつゝなれば】【図】
□(こう)【牛+冓】六歳(ろくさい)【左ルビ|こまのろくさいなれば】【図】犢(こうし)馬(むま)者(は)【左ルビ|つくまいのはおり】【図】
□(くわん)【馬ー灬+下】一才(いつさい)▢(ひ)【馬+非】三才(さんさい)【左ルビ|いづれもむまのとししきにわけてちやう】【図】□(てう)【馬+兆】四才(しさい)【左ルビ|こんあり】
【図】嘶(いななく)声(こゑ)歳(とし)蹄(ひづめ)【左ルビ|わかきとおひたるをこゑにてしるゝ】【図】相(あい)
【左丁】
改(あらため)【図】売買(うりかひ)之(の)【左ルビ|ねだんをさだめ】【図】名(なにし)【左ルビ|なも】
負(おふ)【左ルビ|たかき】【図】名所(めいしよ)古跡(こせき)【左ルビ|きうせきをたづねんには】【図】古(こ)【左ルビ|ふるき】
戦場(せんぢやう)【左ルビ|いくさば】【図】古墳(こふん)【左ルビ|ふるきづか】【図】荒(あら)【左ルビ|かいへん】
海(うみ)【図】内海(うちうみ)【左ルビ|なみよするところ】【図】潟(かた)磯(いそ)汀(みぎは)【左ルビ|よりてなあり】
【右丁】
入江(いりえ)【図】塩(しほ)浜(はま)津(つ)【左ルビ|いつれもみなとにちかきところふなつき】【図】湊(みなと)【左ルビ|なみうけ】
【図】菱垣(ひしかき)廻船(くわいせん)【左ルビ|わうへんするふね】【図】川(かは)者(は)
高瀬(たかせ)【左ルビ|おやふね】【図】舟(ふね)筏(いかだ)【左ルビ|こぶね】【図】都而(すべて)【左ルビ|そうじて】
可(べし)_レ用(もちゆ)_二古法(こほう)【左ルビ|ふるきを】之(の)例(れいを)【図】如(ことく)_レ斯(かくの)其(その)
【左丁】
道々(みち〳〵)を【左ルビ|これまでのとほりにする】【図】弁(わきまへ)知(しり)猥(みだりに)【図】
【図】不(ず)_レ伐(きら)_レ二山林(さんりん)之(の)【左ルビ|やまのはしのたけやきの事】【図】竹木(ちくぼくを)
不(す)掠(かすめ)_二【左ルビ|うばふこと】【図】人(ひと)之(の)地(ちを)_一【左ルビ|ちめんなり】不(ず)_レ致(いた)_二隠(をん)【左ルビ|かくすことば】【図】
田(でんを)【左ルビ|たなり】【図】正直(しやうぢき)【左ルビ|まつすぐなる人】【図】第一(だいいち)之(の)輩(ともがら)は終(つひに)【左ルビ|ともがらとははうばいなり】
【右丁】
子孫(しそん)【左ルビ|こやまごなり】永(ながく)【図】成(なし)富貴(ふうき)【左ルビ|たくさんにくらすこと】【図】繁昌(はんじやう)之(の)【左ルビ|さかえるいへなり】
【図】家門(かもんを)【左ルビ|これゆいへなり】平生(へいぜい)【左ルビ|ふだんのこと】【図】佛神之(ぶつしんの)【左ルビ|ほとけやかみさまをいのことが】叶(かなふ)_二
冥慮(みやうりよに)_一【左ルビ|をんこゝろにかなふ】【図】事(こと)不(ず)_レ可(べからす)_レ有(ある)_レ疑(うたがひ)【左ルビ|けつしてまよわずにすること】【図】
仍而(よつて)如(ごとし)_レ件(くだんの)【左ルビ|ものゝつばまりをいふ】【図】
【右左丁】
消息往来画抄 実語教画抄 庭訓往来画抄
古状揃画抄 女大学画抄 七《割書:つ》いろは画抄
三字教画抄 千字文画抄 百姓往来画抄
名尽国名画抄 用文章絵抄 同 二編
同 三編
各【右?】絵抄之儀は御幼稚にて御方の御手□【近ヵ】に差おかれ候
はゝ御たい屈なく自然と御熟読に相成候ため此後
□□□【色々?】追々出板仕候間御求め可被下候
《割書:馬喰町四丁目》
東都書林 吉田屋文三郎板
【奈良教育大学教育資料館所蔵、 https://www.nara-edu.ac.jp/LIB/collection/ohrai-mono/c13-001.htmを参照しました】
【裏表紙】
【文字無】
TKGK-00060
書名 唐詩選画本,[六編]5巻
刊 5冊
所蔵者 東京学芸大学附属図書館
函号 921.43/TAC
撮影 国際マイクロ写真工業社
令和2年度
国文学研究資料館
【表紙題箋】《題:唐詩選画本 《割書:五言律》 一》
【見返し】
《割書:高井蘭山著| 五言律排律》
画本唐詩選
《割書: 嵩山房梓|北斎為一画》
【序】
絵本唐詩選五七言律序
済南先生之唐詩選。当時三百年間。分_二時
代_一 ̄ヲ為_レ 四 ̄ト。大概自_二武徳_一至_二 ̄マテ開元 ̄ノ初_一 ̄ニ為_二初唐_一 ̄ト。自_二
開元_一至_二 ̄マテ大暦 ̄ノ初_一 ̄ニ為_二盛唐_一 ̄ト。自_二大暦_一至_二 ̄マテ元和 ̄ノ末_一 ̄ニ
為_二 中唐_一 ̄ト。自_二開成_一至_二 ̄マテ五季_一 ̄ニ為_二晩唐_一 ̄ト。帝王二人。
公卿名士一百二十人。旡姓氏三人。緇徒
三人。奇巧妙案。詩通計四百六十五首。詩
之純粋 ̄ナル者也。唐詩画本諸部漸漸上木成。
依_レ之述_二斯事_一 ̄ヲ。抑古聖人刪_二 三百篇_一 ̄ヲ以成_レ経 ̄ト。
雖_下以_二唐詩_一 ̄ヲ不_上レ ̄ト為_レ経 ̄ト。然 ̄トモ窮_レ ̄シテ工 ̄ヲ極_レ ̄ルハ変 ̄ヲ。後世 ̄ノ所_レ不 ̄ル
_レ曁也。聖人曰後世可_レ ̄ト懼 ̄ル。宋元明清有_レ世。則
輩出 ̄シテ。不_レ乏_二 ̄カラ名人_一 ̄ニ。奇 ̄ナル哉。天保壬辰季春高井
蘭山叟識 【印「伴寛」】【印「高蘭山/字/曰思明」】
唐詩選画譜(たうしせんぐわふ)は去(さ)る寛政(くわんせい)の頃(ころ)絶句(せつく)より始(はしめ)此所(こゝ)彼所(かしこ)を
抄出(せうしゆつ)して諸部(しよぶ)追々(おひ〳〵)彫刻(てうこく)す其時(そのとき)は嗣刻(しこく)の意(こゝろ)もあら
ず幸(さいはい)なるかな大(おほひ)に世(よ)に行(おこなは)れ厥后(そのゝち)は選(せん)の数首(すしゆ)を洩(もら)さず今(いま)
更(さら)諸部(しよぶ)を満尾(まんび)せんことを期(ご)す然(しか)るに此篇(このへん)の序文(じよぶん)
にも述(のぶ)る通(とを)り唐(たう)三百年ばかり詞客(しかく)文人(ぶんじん)いづれの世(よ)
にもまさりて高(たか)かりけるを初唐(しよたう)盛唐(せいたう)中唐(ちうたう)晩(ばん)
唐(たう)の人物(しんぶつ)時代(じだい)をわかつ年代(ねんだい)の次序(しじよ)もあれは季滄溟(りさうめい)が撰(せん)
を一首(いつしゆ)も進退(しんたい)すべきにあらずといへとも止(やむ)ことを得(え)す初(はじめ)に彫(てう)
刻(こく)せしは残(のこ)し其余(そのよ)を集(あつむ)るゆへ甚(はなは)だ本集(ほんしふ)の意(こゝろ)に狠(もと)れり
依(よつ)て書林(しよりん)嵩山房(すうざんばう)の主人(しゆじん)に代(かわ)りて申/訣(わけ)を述(のぶ)かつ又(また)先(せん)
刻(こく)に慣(なら)ひ毎詩(まいし)大意(たいい)を略解(りやくかい)すといへとも猶(なを)くわしき事
は諸先生(しよせんせい)の註解(ちうかい)せし本(ほん)ども嵩山房(すうざんばう)蔵書目録(さうしよもくろく)に弘(ひろむ)る通(とを)
品(しな)〳〵あれば是(これ)をよまば講義(かうぎ)の微細(みさい)を得(え)んものなり
天保三辰年春 高井蘭山再述 【印「哂我ヵ」】
【小題】
鳳闕
從軍行(しうぐんかう) 楊炯(やうけい)
烽火(ほうくわ)照(てらす)_二西京(せいけいを)_一。心中自(しんちうおのづから)不(ず)_レ平(たいらかなら)。牙璋(げしやう)辞(じし)_二鳳闕(ほうけつを)_一。鐵(てつ)
騎(き)繞(めぐる)_二龍城(りようじやうを)_一。雪暗(ゆきくらうして)凋(しぼみ)_二旗画(きぐわ)_一。風多(かぜおほくして)雜(まじはる)_二鼓聲(こせい)_一。寧(むしろ)爲(なるとも)_二
百夫長(ひやくふのおさと)_一。勝(まされり)_レ作(なるに)_二 一書生(いつしよせいと)_一。【印「天真」】
従軍行(しうぐんかう)は辺塞(へんさい)の胡虜(ゑびす)京方(みやこがた)へ入(いり)こみたがるゆへ軍勢(ぐんぜい)多(おほ)く守(まも)りに行(ゆく)其人数(そのにんじゆ)に行(ゆき)油断(ゆだん)
せずに戍(まも)れば夜(よる)は火(ひ)をあげ昼(ひる)は煙(けふり)をあげてさま〴〵の注進(ちうしん)あり西京(せいけい)まで人々(ひと〴〵)の心(こゝろ)が不平(おちつかぬ)
禁裡(きんり)より牙璋(わりふ)を大将(たいしやう)へ給(たまは)り征伐(せいばつ)につかはさる是(これ)を鳳闕(ほうけつ)を辞(いとまごひ)し発馬(ほつば)するに云/鉄騎(よろひむしや)大将(たいしやう)
に従(したが)ひ匈奴(きようど)の龍城(りようじやう)を取(とり)まわし繞(めぐ)るえびすは早(はや)く寒(かん)を催(もよほ)し九月の比(ころ)より雪(ゆき)が降(ふる)故(ゆゑ)
暗(くら)くなり大将(たいしやう)のもたせた旗(はた)に画(ゑ)があるがたはんで凋(しぼ)むやうな寒風(かんふう)吹(ふい)て軍勢(ぐんぜい)にいさみを
つける太鞁(たいこ)の声(こゑ)が雑(まじは)り物騒(ものさわが)しい功(こう)を立(たつ)れは諸侯(だいみやう)にもなるゆゑたとへ百/人(にん)の小頭(こがしら)となりても此(この)
方(はう)などの学問(がくもん)するものにはましぢや七八の句(く)は我身(わがみ)の用(もち)ひられぬを憤(いきどを)りたる心(こゝろ)を含(ふく)む
【挿絵】
杜少府(とせうふ)之(ゆく)_二任蜀州(じんにしよくしうに)_一 王勃(わうぼつ)
城闕輔(せいけつほし)_二 三秦(さんしんを)_一。風煙望(ふうえんのそむ)_二 五津(ごしんを)_一。与(と)_レ君(きみ)離別意(りべつのい)。同(おなじく)
是宦遊人(これくわんゆうのひと)。海内(かいだい)存(そんす)_二知己(ちきを)_一。天涯(てんがい)若(ごとし)_二比隣(ひりんの)_一。無(あぢき)_レ爲(なし)
在(あつて)_二岐路(きろに)_一。児女共(じぢよともに)沾(うるほすことを)_レ巾(きんを)。 【印「天真」】
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杜(と)は氏少府(うぢせうふ)は納戸役(なんどやく)から転(てん)じて蜀(しよく)の役人(やくにん)に任(にん)ぜられ之(ゆく)を送(おく)る詩(し)也/其元(そこもと)のゆく蜀(しよく)の国(くに)は
要害(えうがい)を能(よく)せねばならぬ京(みやこ)に万一(まんいち)不慮(ふりよ)があれば天子(てんし)も行幸(みゆき)あるそれゆゑ京(きやう)の三ヶ所(しよ)の
役所(やくしよ)の手(て)だすかりにある其風煙(そのけしき)は五(いつ)の津(わたし)を望(のぞ)む夷(えびす)が京(みやこ)へ打入(うちい)るに五の津(わたし)を通(とを)らねば
こられぬそこで物見(ものみ)の役人(やくにん)が日夜(にちや)五/津(わたし)を望(のぞん)で居(ゐ)る用心(ようじん)せねばならぬ所(ところ)ぢや扨(さて)君(きみ)と離(り)
別(べつ)する意尽(こゝろつき)ぬけれ共/君(きみ)も我(われ)も京(みやこ)から他国(たこく)へ役人(やくにん)と成(なり)て行(ゆく)はしれたことゆへ手前(てまへ)も明日(あす)は
何国(いづく)へ役人(やくにん)と成(なり)て行(ゆき)又(また)逢(あ)ふこともはからぬ身(み)の上(うへ)ぢや海内(かいだい)は万国(ばんこく)同(おな)じことで此天(このあめ)が下(した)何(いづ)くの
国(くに)へ行(ゆく)共/君(きみ)と手前(てまへ)と心(こゝろ)さへ替(かわ)らねは秦(しん)と蜀(しよく)の遠(とを)くはる〴〵天(てん)の涯(かぎり)でも軒比(のきならび)の隣(となり)と思(おも)ふされ
共/別(わか)れ苦(くるし)く無為(うかり)となる別路(わかれぢ)にありて女(をんな)童(わらべ)の様(やう)に共々(とも〴〵)に手巾(てのごひ)を沾(うるほ)すやうに涙(なみた)を流(なが)す上(うは)べは
きつとしたことを云(いふ)ても自然(しぜん)と心中(しんちう)の真情(しんじやう)あらはれ名残(なごり)をしきありさまはかく有(ある)べき事(こと)ぢや
【挿絵】
送(おくる)_二崔融(さいゆうを)_一
君王行出將(くんわうゆく〳〵いでゝしやうたり)。書記遠(しよきとをく)從(したがふ)_レ征(せいに)。祖帳(そちやう)連(つらなり)_二河闕(かけつに)_一。軍麾(ぐんき)動(うごかす)_二洛城(らくじやうを)_一。
旌旃朝朔氣(せいきあしたにさつき)。笳吹夜辺声(かすゐよるへんせい)。坐覚煙塵掃(そゞろにおぼふえんぢんのはらふことを)。秋風古北平(しうふういにしへのほくへい)。
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前(まへ)に出(いづ)る崔著作(さいちよさく)東征(とうせい)の詩(し)と合(あは)せみるべし武攸曁(ふしうき)君王(くんわう)に封(ほう)ぜられ契丹(けいたん)に向(むかつ)て
行(ゆく)々(〳〵)出立(いでたち)大将(たいしやう)とならるゝ其元(そこもと)学問(がくもん)才智(さいち)有(ある)ゆゑ文章(ぶんしやう)の書紀役(しよきやく)となり遠(とを)き処(ところ)へ
征伐(せいばつ)に従(したがつ)て行(ゆか)るゝ扨(さて)君王(くんわう)を送(おく)る事ゆへ道(みち)の神(かみ)の塁祖(るいそ)を祭(まつ)り帳(まく)を張(はる)座席(ざせき)が河水(かすゐ)伊(い)
闕(けつ)のあたり迄(まで)つゞくそこで君王(くんわう)の小簱(こばた)を以(もつ)て差図(さしづ)ある日本(にほん)の軍配団(ぶんばいうちは)の様(やう)なるもの
其勢(そのいきほ)ひは洛陽(らくしやう)の城(しろ)も振動(しんどう)する様(やう)ぢや扨(さて)契丹(けいたん)に往(ゆか)れたら旌旗(せいき)を此彼所(こゝかしこ)に建備(たてそな)へ
朝(あさ)な〳〵朔風(きたかぜ)の気(き)で寒(さむ)からんそれに胡(えびす)が笳(か)と云/哀(かなし)い声(こゑ)の笛(ふえ)を吹(ふき)夜(よ)な〳〵は辺塞(へんさい)哀(あはれ)な
事(こと)で心細(こゝろほそ)く有(あり)つらん坐(そゞろ)とはどこともなく覚(おぼふ)は思(おも)ふと云(いふ)きみ此度(このたひ)は大将(たいしやう)と云/其元(そこもと)などの勝(すぐ)れ
者(もの)と云(いひ)それが取計(とりはから)ひするゆへどこともなく思(おも)ひます烽(のろし)の煙(けふり)も馬足(ばそく)の塵(ちり)を蹴立(けたつ)るも埽(はら)ひ
尽(つく)して秋風(あきかぜ)の吹折(ふくをり)から古(いにしへ)の通(とを)り北平郡(ほくへいぐん)も此方(このはう)へ取返(とりかへ)し騒(さわが)しかりし戦(たゝかひ)も鎮(しづま)り治(をさま)りましやう
【挿絵】
扈(こ)_二_従(しようして)登封(とうほうに)_一途中作(とちうにしてつくる) 宋之問(そうしもん)
帳殿鬱崔嵬(ちやうでんうつとしてさいくわい)。僊遊実壮哉(せんゆうじつにさかんなるかな)。曉雲(けううん)連(つらなつて)_レ幕(まくに)捲(まき)。夜火(やくは)雜(まじわつて)_レ星回(ほしにかへる)。
谷暗千旗出(たにくらうしてせんきいで)。山鳴万乗来(やまなりてばんじようきたる)。扈遊良(こゆうまことに)可(べし)_レ賦(ふす)。終(ついに)乏(とぼし)_二掞天才(だんてんのさいに)_一。
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登封(とうほう)とは石(いし)を築(きづ)き天(てん)を祭壇(まつるだん)を封(ほう)と云/帳殿(ちやうでん)は幕張(まくばり)のかり御殿(ごてん)崔嵬山(けわしきやま)にかまへある是(これ)へ
仙遊(みゆき)有(ある)は実(げ)に壮哉(けつかう)なることぢや扨(さて)夜(よ)が明(あけ)て早(はや)く起(おき)たる時(とき)は天(てん)が人(ひと)に交(まじは)ることをのぶ暁(あかつき)の雲(くも)は
幕(まく)と同(おな)じくつゞいて捲(まき)あぐる夕(ゆふべ)に宿(やど)りおる時(とき)は人(ひと)の方(かた)から天(てん)に交(まじは)ることをのぶ炬火(たいまつ)を持(もち)
て山(やま)のかり御殿(ごてん)に登(のぼ)れば其(その)あかり星(ほし)とひとつに雑(まじはつ)て
回(かへ)るぢや高(たか)き処(ところ)は早(はや)く明(あく)れ共/大勢(おほぜい)
供奉(ぐぶ)の人々は谷(たに)に宿(やど)りてまだくらけれ共いくらも〳〵旗(はた)を持(もち)て出(いづ)る人声(ひとこゑ)か騒(さわ)がしい山(やま)も
三度(みたび)万歳(ばんぜい)と鳴(なり)わたると万乗玉路(てんしみくるま)にめして来(きた)るやうすかゝる目出度(めでたき)御/供(とも)ゆゑ良(まこと)に
いかやうにも恐悦(きようえつ)の詩(し)を賦(ふ)すべけれ共/天(てん)を掞(おほ)ふ才(さい)が乏(とぼし)いゆへ心(こゝろ)ばかりと謙退(けんたい)した様(やう)な
れ共/実(じつ)はかゝる大礼(たいれい)の盛事(せいじ)なれば末代(まつたい)にのこす碑文(ひもん)など命(おほせつけられ)ても能(よ)からうと云を言(げん)
外(ぐわい)にもたせた此詩(このし)の中(うち)仙遊(せんゆう)扈遊(こゆう)どちか一/字(じ)誤(あやま)る
【挿絵】
送(おくる)_三沙門弘景道俊玄荘(しやもんかうけいどうしゆんげんしやうが)還(かへるを)_二荊州(けいしうに)_一応制(おうせい)
一乗(いちじよう)帰(かへる)_二浄域(じやうゐきに)_一。万騎(ばんき)餞(はなむけす)_二通荘(とうさうに)_一。就(ついて)_レ日(ひに)離亭近(りていちかく)弥(わたりて)
_レ 天(てんに)別路長(べつろながし)。荊南(けいなん)旋(かへり)_二杖鉢(ぢやうはつ)_一。渭北(ゐほく)限(かぎる)_二津梁(しんりやう)_一。何日(いづれのひか)
紆(まとふて)_二真果(しんくわを)_一。還来(かへりきたつて)入(いらん)_二帝郷(ていきやうに)_一。 【印「天真」】
--------------------------------------------------------------------------------
沙門(しやもん)は天竺(てんぢく)の詞(ことば)訳(やく)して勤息(ごんそく)とす善(ぜん)を勤(つと)め悪(あく)を息(やむる)也/応制(おうせい)は勅(ちよく)をうけ詩(し)を作(つく)る也/一乗(いちじよう)は法華経(ほけきやう)
方便品(はうべんほん)の字(じ)三人の出家(しゆつけ)一ツ車(くるま)にのり荊州(けいしう)に清浄(しやう〴〵)の域【「域」のルビ「かまい」ヵ】が有(ある)其所(そのところ)へ帰(かへ)る天子(てんし)ゟ/命(おほせ)にて万騎(おほぜいのはたもと)に
禁城(きんじやう)御/門前(もんぜん)通荘(ひろみち)まで餞(はなむけ)に出(いで)よと有日(あるひ)は天子(てんし)にたとへ天子(てんし)のひざもとへ就(ちかより)て離亭(はなむけざしき)も近(ちか)く
あれ共/天(てん)までおし弥(わたり)て別路(べつろ)が長(なが)い荊州(けいしう)の南(みなみ)に錫杖(しやくぢやう)をたづさへ鉢(はち)を持(もつ)て旋(かへら)るゝゆゑ渭水(ゐすゐ)
の北(きた)の京(みやこ)は津(わたし)となり梁(はし)となる衆生(しゆじやう)済度(さいど)はこれらが限(かぎ)りである渭水(ゐすゐ)を云(いふ)たゆゑ津(しん)
梁(りやう)を取合(とりあは)せ面白(おもしろ)く働(はたらい)た真果(しんくわ)は仏道成就(ぶつだうじやうじゆ)を云/何(いづ)れの日(ひ)か仏果(ぶつくわ)をまとひ還来(かへりきた)り帝郷(みやこ)
に入ん此詩中(このしちう)就(ついて)_レ日(ひに)何日(いづれのひ)どちらか誤(あやま)る《割書:日の字|二ツあり》
【挿絵】
長寧公主東荘侍_レ宴
李嶠
別業臨_二青甸_一。鳴鑾降_二紫霄_一。長筵
鵷鷺集。僊管鳳凰調。樹接_二南山
近。煙含_二北渚_一遙。承_レ恩_レ咸已醉。恋
賞未_レ還_レ鑣。 【印「松軒」】
ちやうねいこうしゆとうさうにしてえんにしす りけう
べつげふせいでんをのぞみ。めいらんしせうよりくだる。ちやうえんゑんろあつまり。せんくわん
ほうわうとゝのふ。きなんざんにせつしてちかく。けふりほくしよをふくんではるかなり。おんを
うけてみなすでにゑふれんしやうしていまだくつばみをかへさず。
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新唐書(しんたうじよ)に長寧公主(ちやうねいこうしゆ)は中宗(ちうそう)の女(むすめ)楊慎(やうしん)の妻(つま)となる此別業(このしもやしき)東(ひがし)の方(かた)草木(さうもく)青(せい)〳〵としげ
りし甸(むら)を見おろし景色(けしき)よきゆゑ公主(ひめみや)が車(くるま)にのり銮(すゞ)をならし雲(くも)の上(うへ)より降(くだ)らるゝ長筵(ひろざしき)
に鵷鷺(ゑんろ)大(おほひ)なるは先(さき)小(ちいさ)なるは跡(あと)から飛(とぶ)やうに行儀(ぎやうぎ)正(たゞ)しく席(せき)を順(じゆん)にして集(あつま)る簫(せう)の笛(ふえ)を吹(ふく)
と鳳凰(ほうわう)の声(こゑ)がして調子(てうし)が能(よく)とゝのふと云/公主(ひめみや)ゆゑ弄玉(ろうぎよく)のこと含(ふく)み云/公主(ひめみや)の夫(をつと)楊慎(やうしん)も来(きた)る
ゆへ雄雌(をめ)の鳳凰(おほとり)をかこつけて云/庭(には)のけしき向(むかふ)の遠(とを)き南山(なんざん)に接(つゞき)目(め)の前(まへ)に引付(ひきつけ)間近(まぢか)くみゆる
煙(けふり)のたな引(びく)はそばの北渚(ほくしよ)を含(ふくみ)はるかに遠(とを)くみへる南山(なんざん)は外(そと)にあるを近(ちか)しと云/北渚(ほくしよ)は庭(には)の内(うち)へ
流入(ながれこむ)を遥(はるか)と云/近遥(きんえう)の二字(にじ)を苟且(かりそめ)につかはぬ公主(ひめみや)より皆(みな)酒(さけ)をのめと仰(おふせ)の恩(おん)を承(うけ)て皆々(みな〳〵)もはや
たべ酔(ゑひ)ましたが此風景(このふうけい)に感(かん)じ思召(おほしめし)はあつし名残(なごり)をしく賞(ほめ)まして馬(うま)に乗(のり)くつばみをならし
て帰(かへ)る心(こゝろ)がござりませぬと御/礼(れい)をものべ御/庭(には)のけしきに心(こゝろ)のこるをのべたり
【挿絵】
恩勅麗正殿書院(おんちよくありてれいせいでんのしよゐんにして)賜(たまふ)_レ宴(えんを)応制(おうせい)得(えたり)_二林字(りんのしを)_一 張説(ちやうえつ)
東壁図書府(とうへきとしよのふ)。西園翰墨林(せいゑんかんぼくのはやし)。誦(しようして)_レ詩(しを)聞(きく)_二國政(こくせいを)_一。講(かうして)_レ易(えきを)見(みる)_二 天心(てんしんを)_一。
位(くらゐは)竊(ぬすみ)_二和羹(くわかうの)重(おもきを)_一。恩(おんは)叨(みだりにす)_二醉(ゑふことの)_レ酒(さけに)深(ふかきを)_一。載(すなはち)歌春興曲(うたふしゆんきようのきよく)。情竭(じやうつくすは)爲(ためなり)_二知音(ちいんの)_一。
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唐(たう)の開元(かいげん)中/張説文章博士(ちやうえつぶんしやうのはかせ)の頭(かしら)にて礼(れい)せらる。諸学者(しよがくしや)を召(めし)て酒宴(しゆえん)を給(たま)はり勅(ちよく)にて詩(し)を作(つく)る
韻(ゐん)を分(わか)ち林(りん)の字(じ)を得(え)たり東壁(とうへき)の二星(じせい)は書籍(しよじやく)を司(つかさど)る図書(しよもつ)の府(ふ)とは集(あつま)る処/魏(ぎ)の曹子建(さうしけん)
西園(さいえん)に翰墨(がくしや)を林集(おほくあつめ)しことあり諸国(しよこく)の詩(し)をあつめ政(まつりごと)の善悪(ぜんあく)を改(あらた)め易(えき)を講(かう)じ諸有司(しよやくにん)
の勤方(つとめかた)天心(てんしん)にかなふやいなやを見る和羹(くはかう)は尚書(しやうしよ)説命(えつめい)の文(ふん)を取(とり)天下(てんか)を料理(れうり)するにたとへ不才(ふさい)
にて及(およば)ぬことを勤(つとむ)るは位(くらゐ)をぬすむにあたるを云みだりに御/恩(おん)の酒(さけ)に酔(ゑい)音曲(おんぎよく)に情(じやう)の有(あり)たけを
つくすは天子(てんし)聞(きゝ)わけて給れと也/鍾子期(しようしき)よく音(おん)を弁(べん)ぜしが死(し)して伯牙(はくが)琴(きん)を破(やぶ)り今(いま)天下(てんか)
に音(おん)を知(し)るものなしとて一生(いつしやう)弾(ひか)ざりし故事(こじ)こゝは天子(てんし)聞(きゝ)わけて給れとの心(こゝろ)なり
【挿絵】
還(かへつて)至(いたる)_二端州駅(たんしうえきに)_一前(さきに)与(と)_二高六(かうりく)_一別処(わかれしところなり)
旧館分江口(きうくわんぶんかうのほとり)。凄然(せいぜんとして)望(のぞむ)_二落暉(らくきを)_一。相逢(あいあふて)伝(つたへ)_二旅食(しよしよくを)_一。臨(のぞんで)
_レ別(わかれに)換(かふ)_二征衣(せいいを)_一。昔記山川是(むかしきすさんせんしなり)今傷人代非(いまいたむじんたいのひなるを)。往來(わうらい)
皆此路(みなこのみち)。生死(せいし)不(ず)_レ同(おなじうせ)_レ帰(おもむきを)。 【印「栖■」栖霞ヵ】
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端州(たんしう)は張説岳州(ちやうえつがくしう)に貶(へん)せられし時(とき)高六(かうりく)とわかれし所(ところ)にて高六(かうりく)が死(し)を悲(かなしん)て作(つく)る高(かう)は氏(うぢ)名(な)は戩(せん)六(りく)は兄(けい)
弟(てい)の順(じゆん)也/旧(むかし)館(やど)をかりしは分江(ぶんかう)の入口(いりくち)でありし今年(こんねん)手前(てまへ)は京(みやこ)へ帰参(きさん)を許(ゆる)され生(いき)て帰(かへ)れども高六(かうりく)は
死去(しきよ)せりたゞさへ落暉時(いりひとき)はもの淋(さび)しきに凄然(あはれ)に落日(いりひ)のけしきを臨(のぞ)み昔(むかし)此処(こゝ)て相逢(あひあふ)てはたごや
飯(めし)を手(て)から手(て)へつたへ喫(くらひ)しことあり左遷(さすらへ)の行先(ゆくさき)が違(ちが)ふゆへ別(わかれ)にのぞみ衣類(いるゐ)を取(とり)かへ互(たがひ)に日夜(にちや)
思(おも)ひ出(いだ)さんと約(やく)せし見し山(やま)や川(かわ)は其時(そのとき)の通(とを)りにて傷(いたま)しいは人(ひと)の代(よ)のうつり替(かわ)るわかれの時(とき)も帰(かへ)る
も同(おな)じ此路(このみち)なるに高六(かうりく)は死(し)し此方(このはう)は生活(いきながらへ)とも〴〵京(みやこ)へ帰(かへ)ることもならぬ
宿(しゆくす)_二雲門寺閣(うんもんじのかくに)_一 孫逖(そんてき)
香閣東山下(かうかくとうざんのもと)。煙花象外幽(えんくわしやうぐわいにゆうなり)。懸(かく)_レ燈(ともしびを)千嶂夕(せんしやうのゆふべ)。
巻(まく)_レ幔(まんを)五湖秋(ごこのあき)。画壁(ぐわへき)余(あまし)_二鴻雁(かうがんを)_一。紗窓(しやそう)宿(しゆくす)_二
斗牛(とぎう)_一。更疑天路近(さらにうたがふてんちのちかきと)。夢(ゆめに)与(と)_二白雲(はくうん)_一遊(あそふ)。【印「栖■」栖霞ヵ】
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雲門寺(うんもんじ)は浙江(せつかう)にあり寺(てら)はすべて香(かう)の字(じ)をつけて云/此香閣(このかく)は寺(てら)の東山(とうざん)の下(もと)に有(ある)其煙華(そのけしき)は象(このよを)
外に【「外に」のルビ「はなれ」】幽夜(おくふかいよ)に入(いつ)て高閣(かうかく)にともすゆゑ灯(ともしひ)を懸(かゝぐ)と千嶂(おほくのやま)も夕(ゆふべ)のけしき静(しづま)りかへる嶂(しやう)は山(やま)の屏風(ひやうぶ)の如(ごと)く
なる也/幔(たれまく)を巻(まき)あげて望(のぞ)めば五湖(ごこ)の秋(あき)げしき一/面(めん)にみゆる扨(さて)寺(てら)の古(ふる)めかしきを云て画(ゑがけ)る壁(かべ)に鴻(かう)
雁(がん)も古(ふる)くなりちぎれ〳〵なるを余(あま)ると云/閣(にかい)の高(たか)きを云て紗(しや)の切(きれ)で張(はり)し障子窓(しやうじまど)のあたり此地(このち)
の分野(わりつけ)の斗牛(とぎう)の星(ほし)が宿(やど)りてみへる疑(うたがは)しき事は帝釈天(たいしやてん)兜率天(とそつてん)三十三/天(てん)にも上(のぼ)る路(みち)が近(ちか)いやうに
あるゆへ一宿(いつしゆく)して寐入(ねいり)たれば夢(ゆめ)に白雲(はくうん)が迎(むか)ひに来(き)て雲(くも)とともに天(てん)にあそぶことを見た
【挿絵】
幸(みゆきして)_レ蜀(しよくに)西(にしのかた)至(いたる)_二剣門(けんもんに)_一 玄宗皇帝(げんそうくわうてい)
剣閣(けんかく)橫(よこたはつて)_レ雲峻(くもにけはし)。鑾輿出狩回(らんよいでかりしてかへる)。翠屛千仞合(すゐへいせんじんがつし)。丹(たん)
嶂五丁開(しやうごていひらく)。灌木(かんぼく)縈(まとふて)_レ旗(はたを)転(てんじ)。仙雲(せんうん)払(はらつて)_レ馬(うまを)来(きたる)。乗(じようずること)_レ時(ときに)
方(まさに)在(あり)_レ德(とくに)。嗟爾(さじす)勒(ろくする)_レ銘(めいを)才(さい) 【印「天真」】
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蜀(しよく)の剣閣山(けんかくざん)は空(そら)に在(あり)雲(くも)の上(うへ)に横(よこ)たはり嶮(けわし)銮(すゞ)の音(をと)ある車(くるま)に召(め)され蜀(しよく)の方(かた)を巡見(じゆんけん)して帰(かへ)らる翠(みどり)
色(いろ)の屏風(びやうぶ)を建(たて)しごとく千仞(せんじん)も高(たか)い山(やま)がつらなり合(あ)ふてある丹(あか)き石(いし)有(ある)嶂(やま)は昔(むか)し五人の大力(だいりき)なる若者(わかもの)が
路(みち)を開(ひらき)切通(きりどを)しを拵(こしらへ)しが山路(やまみち)せまく灌木(しげれるき)に路(みち)をふさぎ簱(はた)がからみてあちこち転(めぐ)る山(やま)からおこる雲(くも)が
御/馬(うま)の鼻先(はなのさき)をすり払(はらつ)てくる此処(このところ)に晋(しん)の張載(ちやうさい)が石碑(せきひ)を立置(たておい)たるを叡覧(えいらん)有(ある)に銘(めい)の句中(くちう)に時(とき)に乗(じよう)じ
天下(てんか)を保(たもつ)ことは徳(とく)にある要害(えうがい)堅固(けんご)はけつく脆(もろし)と有故(あるゆゑ)さても〳〵と御感有(ぎよかんあり)銘(めい)を石(いし)に勒(ほり)つけたをほめ給ふ
嗟爾(さじす)とは感(かん)じ入(いる)こと横(よこたはる)_レ雲(くもに)仙雲(せんうん)どちらか誤(あやまり)也《割書:雲の字詩の|中に二ツあり》玄宗帝(げんそうてい)安禄山(あんろくさん)が乱(らん)にて蜀(しよく)へのがれ乱(らん)治(をさまり)
て還御(くわんぎよ)有(ある)を狩(かり)に出(いで)給ふに云(いふ)たもの也/二十以上(はたちいじやう)の若男(わかをとこ)を丁(てい)と云(いふ)とあり五丁(ごてい)は五人なり
【挿絵】
【挿絵】
【挿絵】洎夫藍(さふらん)
【裏表紙】
【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:五言律》 二》
【小題】少婦
塞下曲(さいかのきよく) 李白(りはく)
虜(さいりよ)乗(じようして)_レ秋(あきに)下(くだる)。天兵(てんへい)出(いづ)_二漢家(かんけを)_一。将軍(しやうぐん)分(わかち)_二虎竹(こちくを)_一。戦士(せんし)臥(ふす)_二龍沙(りようしやに)_一。
辺月(へんげつ)隨(したがひ)_二弓影(きうえいに)_一。胡霜(こさう)払(はらふ)_二剣花(けんくわを)_一。玉関殊(ぎよくくわんことに)未(いまだ)【左ルビ「ズ」】_レ入(いら)。少婦(せうふ)莫(なかれ)_二長嗟(ちやうさすること)_一。
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塞上塞下(さいしやうさいか)すべて胡(えびす)をおさへ軍場(いくさば)を云/秋(あき)になると胡(えびす)が京(みやこ)へ軍(いくさ)を仕(し)かけたがる胡(えびす)は地高(ぢだか)
也/京師(みやこ)は低(ひく)いゆゑ下ると云/油断(ゆだん)がならぬ故(ゆゑ)天子(てんし)ゟ/将軍(しやうぐん)を申付/軍兵(くんびやう)を揃(そろ)へ家(いへ)を出(いで)て
征伐(せいばつ)に向(むか)ふ将軍(しやうぐん)へ丸竹(まるだけ)に虎(とら)の画(ゑ)をかき二ツに割(わり)一ツは将軍(しやうぐん)に給(たまは)はり一ツは天子(てんし)に留(とゞ)め割符(わりふ)にす
大勢(おほぜい)の戦士(せんし)もえびすの龍沙(りようさ)に陣取(ぢんどり)して起臥(おきふ)し夜(よる)も寐(ね)ずに戍(まも)り居(ゐ)れば辺塞(へんさい)に
弦(つる)を張(はり)たる弓(ゆみ)の影(かげ)に月(つき)もともに照(てら)し胡(えびす)の天(てん)より霜(しも)のふりかゝるごとくに剣(けん)を振回(ふりまわ)
すと其光(そのひかり)が花(はな)の乱(みた)るゝ如(ごと)くじや払(はらふ)はふります意(こゝろ)まだ玉門関(ぎよくもんくわん)に入(いら)ぬに戦(たゝかひ)が有(ある)くらゐ
なれば何(いつ)の年(とし)帰(かへ)らるゝやら京(みやこ)に待在(まちある)少(わか)き婦(つま)も長(なが)く嗟(なげ)かず思(おも)ひ切(きつ)ておれと表向(おもてむき)は
武士(ぶし)の心(こゝろ)強(づよ)くいへ共/内心(ないしん)つらいかなしひ人情(にんじやう)かく有(ある)べき事(こと)じや
【挿絵】
秋思(しうし)
燕支黃葉落(えんしくわうえふおつらん)。妾望自(せふのぞんでみつから)登(のぼる)_レ台(だいに)。
海上碧雲断(かいしやうへきうんたへ)。単于秋色來(ぜんうしうしよくきたる)。
胡兵沙塞合(こへいしやさいにがつし)。漢使玉関回(かんしぎよくくわんよりかへる)。征客(せいかく)無(なし)_二帰日(きじつ)_一。空(むなしく)悲(かなしむ)_二蕙草摧(けいさうのくだくることを)_一。。
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秋(あき)は来(く)れ共/夫(をつと)は辺塞(へんさい)にとゞまり帰(かへ)らずもの思(おも)ひすることを作(つく)る燕支山(えんしざん)は胡(えびす)にあり紅(べに)の出(いづ)る所(ところ)
かの山(やま)も黄葉(くわうえふ)落(おつ)るならんせめて妾(わたくし)が望(のぞん)でみたいと思(おも)ふゆゑ自(われをわすれ)高(たか)き台(うてな)にのぼり見わたせば
夫(をつと)の行(ゆか)れし海上(かいしやう)は碧雲(へきうん)もかすかになり断(たへ)てみへぬ単于(ぜんう)の胡地(えびすち)よりあはれなる秋(あき)のけしきは
来(く)るやうな聞(き)けば胡(えびす)の軍兵(ぐんひやう)が沙(すな)はらの塞(ばんしよ)に集(あつま)り合(あひ)て戦(たゝかひ)はやまぬと云(いふ)よし京(みやこ)から胡(えびす)の様子(やうす)
を見に遣(つかは)された使(つかひ)が玉門関(ぎよくもんくわん)から先(さき)へは行(ゆか)れぬと云て回(かへ)りしさすれば征客(をつと)はいつかへると云
日限(ひぎり)はないとやかくする内(うち)年月(としつき)は行過(ゆきすぎ)役(やく)に立(たゝ)ぬ事ながら悲(かな)しい蕙草(かほりぐさ)の摧(くだ)けしぼ
むやうに我顔容(わがかほかたち)もおとろへ朽(くち)はてぬらん
【挿絵】
送(おくる)_二友人(ゆうじんを)_一
青山(せいざん)橫(よこたはり)_二北郭(ほくくわくに)。白水(はくすゐ)遶(めぐる)_二東城(とうじやうを)_一。此地一(このちひとたび)為(なし)_レ別(わかれを)。孤蓬万里征(こほうばんりにゆく)。
浮雲游子意(ふうんゆうしのこゝろ)。落日故人情(らくじつこじんのじやう)。揮(ふるつて)_レ手(てを)自(より)_レ茲(これ)去(さる)。蕭二(せう〳〵として)班馬鳴(はんばなく)。
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いかなる山水(さんすゐ)絶景(ぜつけい)も其土地(そのとち)に住(すみ)て平生(へいぜい)眺(ながむ)れば常(つね)のことニ而/面白(おもしろ)く思(おも)はぬ青山(せいざん)が北(きた)の郭(くるは)に横(よこ)に
つゞき白水(はくすゐ)が東城(とうじやう)を遶(めぐ)りて流(なが)るゝけしきも常(つね)に見れは何共(なにとも)思(おも)はざりしが今日(けふ)友(とも)だちに別(わか)るゝ
になつて殊(こと)さら目(め)に附(つき)此(この)けしきを見捨(みすて)て其元(そのもと)はなぜ旅立(たびだち)なさるゝと不審(ふしん)に思(おも)ひます
此面白(このおもしろ)き土地(とち)で一(ひと)たび別(わかれ)をなし蓬(よもぎ)のかれてちるごとく遠(とを)き万里(ばんり)に征(ゆか)るゝ浮雲(うきくも)のぶら〳〵
行(ゆく)ごとく遊子(たびゞと)の意(こゝろ)はつらからん落日(いりひ)のさびしき折(をり)からは今(いま)はいづくに宿(しゆく)して居(ゐ)らるゝ【「らるゝ」は「たる」ヵ】ことゝ故人(なじみ)
の情(なさけ)は忘(わす)れはせぬすべて唐人(たうじん)は別(わか)るゝ時(とき)互(たがひ)に手(て)を握(にぎ)り合(あふ)て名残(なごり)を惜(をし)む手(て)を揮(ふり)はなし
これより行去(ゆきされ)ば蕭々(ものあはれ)になり東西(とうざい)に班(わかれ)ゆく馬迄(うまゝで)がいなゝく馬(うま)にはなく実(じつ)は手前(てまへ)がなくじや
【挿絵】
送(おくる)_二友人(ゆうじんの)入(いるを)_一レ蜀(しよくに)
見説蚕叢路(みるならくさんさうのみち)。崎嶇(きくとして)不(ず)_レ易(やすから)_レ行(ゆき)。山(やま)従(より)_二 人面(じんめん)_一起(おこり)。雲(くも)傍(そふて)_二馬頭(ばとうに)_一生(しやうず)。
芳樹(はうじゆ)籠(こめ)_二秦棧(しんさんを)_一。春流(しゆんりう)遶(めぐる)_二蜀城(しよくじやうを)_一。升沉(しようちん)応(まさに)【左ルビ「べし」】_二已定(すでにさだまる)_一。不(ず)_三必(かならずしも)問(とは)_二君平(くんへいに)_一。
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見説(みるならく)とは手前(てまへ)も見ておる蚕叢(さんさう)の開(ひら)きし山路(やまぢ)はさがしくて行易(ゆきやす)からず殊(こと)の外/難所(なんじよ)じや前後左(ぜんごさ)
右(ゆう)が山(やま)つゞきゆへ鼻先(はなさき)よりそびへ雲(くも)は馬(うま)の頭(かしら)のわきから生(おこ)るしかし旅立(たびたち)の時節(じせつ)がよい京(みやこ)は二三月が花(はな)
盛(ざかり)なれ共/蜀(しよく)は山中(さんちう)寒(さむ)き処ゆゑ五月花も咲(さき)氷(こほり)もとくる花咲(はなさき)芳樹(かうばしきき)に秦桟(かけはし)をこめかくしうつ
くしからん雪水(ゆきみづ)が解流(とけなが)れ蜀(しよく)の城(しろ)を取廻(とりまわ)し山水(さんすゐ)のけしき面白(おもしろ)からん友人(ともだち)をなぐさめ人(ひと)の身(み)の升沈(うきしづみ)
はとくに定(さだま)るものゆゑ君平(くんへい)ごとき占者(うらないじや)に逢(あふ)ても身(み)の上(うへ)を占(うらなつ)てもらふことはせぬがよい心(こゝろ)を安(やすん)じ蜀(しよく)に落着(おちつき)
給へ漢(かん)の厳君平(げんくんへい)は蜀(しよく)の成都(せいと)にて売卜(ばいぼく)せしすぐれたる名人(めいじん)也/蜀(しよく)の先祖(せんぞ)は大古(たいこ)の人にて国(くに)をひらく蚕叢(さんそう)
といへば蜀(しよく)のことになる文選蜀都帆賦(もんぜんしよくとのふ)にみへたり秦桟(しんさん)とは秦(しん)の時(とき)かけはし出来(でき)たる也
【挿絵】
秋(あき)登(のぼる)_二宣城謝眺北楼(せんじやうのしやてうがほくろうに)_一
江城(こうじやう)如(ごとし)_二画裡(ぐわりの)_一。山暁(さんけう)望(のぞむ)_二晴空(せいくうを)_一。両水(りやうすゐ)夾(さしはさみ)_二明鏡(めいきやうを)_一。
双橋(そうけう)落(おとす)_二彩虹(さいこうを)_一。人煙(じんえん)寒(さむく)_二橘柚(きつゆ)_一。秋色(しうしよく)老(おう)_二梧桐(ごとうに)_一。
誰念北楼上(たれかおもはんほくろうのうへ)。臨(のぞんて)_レ風(ふうを)懷(おもはんとは)_二謝公(しやこうを)_一。【印「天真」】
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唐(とう)の謝眺(しやてう)【謝朓ヵ】南斉(なんせい)の人(ひと)宣城(せんじやう)の内史(きろくやく)となりしが北楼(ほくろう)を建(たて)た両水(りやうすゐ)は宛渓(ゑんけい)句渓(こうけい)の流(なかれ)が宣城(せんじやう)の左右(さゆう)
を繞(めぐ)るぞ双橋(そうけう)とは鳳凰橋(ほうわうけう)済川橋(せいせんけう)也/江辺(こうへん)に築(きづき)し城(しろ)の北楼(ほくらう)に登(のぼ)りみれは彩色画(さいしきゑ)の裏(うち)に
在(ある)ごとくじや山々(やま〳〵)暁(あかつき)になり晴(はれ)たる空(そら)に見渡(みわた)せば二ツの谷川(たにがは)の水城(みづしろ)の左右(さゆう)にながれ朝日(あさひ)の光(ひかり)を
夾(はさみ)いろどる虹(にじ)が空(そら)から落(おち)たと思(おも)はる楚(そ)の地(ち)暖(あたゝか)な処ゆゑ人煙(いへのけふり)立(たち)のぼる中(うち)に橘柚(みかんゆず)が寒(さむ)く
みへ秋(あき)のけしきふけて梧桐(きり)も老(はおち)閑(さひしく)なるけしきじや誰(たれ)か念(おもふ)ぞや北楼(ほうろう)より風(けしき)を臨(みおろ)し謝公(しやこう)の
詩(し)を賦(ふ)し楽(たのしま)れしを懐出(おもひいだ)すべき此方(このはう)などは謝公(しやこう)の相手(あいて)にも成(なる)べきと思(おも)へばこそ懐出(おもひいだ)すなれ
【挿絵】
【印「松軒」】
終南山
王維
太乙近_二 天都。連山
到_二海隅_一。白雲迴_レ望
合。青靄入_レ看無。分
野中峰変。陰晴衆
壑殊。欲_下投_二 人處_一宿_上。
鬲_レ水問_二樵夫_一。
【印「譱」】 【印「靖」】
【挿絵】
しうなんざん わうゐ
たいおつてんとにちかく。れんざんかいぐうにいたる。はくうんぼうをめぐらせばがつし。
せいあいちかきにいつてなし。ふんやちうほうへんじ、ゐんせいしうがくことなり。
じんしよにたうじてしゆくせんとほつし。みづをへだてゝせうふにとふ
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終南山(しうなんざん)の一/名(みやう)太乙山(たいおつさん)と云とりわけ高(たか)いから天帝(てんてい)の都(みやこ)に近(ちか)しと云(いひ)禁裡(きんり)の向(むかふ)にある故
天子(てんし)の都(みやこ)に近(ちかい)と云/議(ぎ)もあり山(やま)の麓(ふもと)に連(つゞ)く山々(やま〳〵)四方(よも)の海(うみ)の隅(はて)まて根(ね)はりがある一の句(く)山(やま)の
高(たか)きを云二の句(く)広(ひろ)きを云(いふ)山(やま)の峰(みね)に白雲(はくうん)の起(たつ)を見てふりかへりみる内(うち)には雲(くも)が一ツに合(あふ)た
遠(とを)くからみるに青(あをく)こんもりと一面(いちめん)にみへしが看(ちかく)に入(いり)たれば無(な)くなつた山(やま)が広(ひろ)いゆへ峰(みね)のまん
中(なか)より二十八/宿(しゆく)分野(わりつけ)の星(ほし)も左右(さゆう)に分(わか)つて変(へん)じてあるそれに陰(くもつ)た所(ところ)も晴(はれ)た所(ところ)もあり
多(おほ)くの壑々(たに〳〵)が有(あり)あまり面白(おもしろ)くかけ廻(まわ)りたれば日(ひ)が晩(くれ)るから今夜(こんや)は此山中(このやまなか)に人の在所村(ざいしよむら)
があらん是(これ)を投(たの)んで一宿(いつしゆく)せんと欲(おもふ)するゆへ渓(たに)を隔(へだて)向(むかふ)に樵夫(せうふ)が通(とを)るからいづくに人家(じんか)は
あるやと問(とひ)かけた
【挿絵】
過(よぎる)_二香積寺(かうしやくじに)_一
不(す)_レ知(しら)香積寺(かうしやくじ)。数里(すうり)入(いる)_二雲峰(うんほうに)_一。古木(こぼく)無(なく)_二 人径(じんけい)_一。
深山何処鐘(しんさんいづれのところのかねぞ)。泉声(せんせい)咽(むせび)_二危石(きせきに)_一。日色(じつしよく)冷(すさまし)_二青(せい)
松(しよう)_一。薄暮空潭(はくぼくうたんの)曲(くま)。安禅(あんぜん)制(せいす)_二毒龍(どくりようを)_一。【印「天真」】
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此奥山(このおくやま)に寺(てら)が有(ある)とは聞(きゝ)しかどどこに有(ある)か奥深(おくふかい)ゆへしれぬ山路(やまぢ)にすゝみ行(ゆく)に四五/里(り)も雲(くも)
の有(ある)峰(みね)にのぼる路(みち)のやうすは古(ふる)き大木(たいほく)が生揃(はへそろ)ふて誰(たれ)も参詣(さんけい)する人(ひと)がないから通(とを)る
径(みち)はない段々(だん〳〵)登(のぼ)れば奥深(おくふか)き山(やま)のあなたに所(ところ)もしれぬ鐘(かね)が聞(きこ)ゆる寺(てら)に行(ゆき)つきてみれば
澗川(たにがは)の泉(いづみ)の声(こゑ)が危石(さしでたるいし)にあたり人(ひと)の咽(むせ)ぶごとくあはれに音(おと)がする日(ひ)の光(ひかり)もしげりし青松(せいしよう)
の下(した)はてらさぬゆへ冷々(ひえ〴〵)しく日(ひ)も暮(くれ)に及(およ)び潭(ふち)の水(みづ)の曲(まがり)めに静(しづか)に心(こゝろ)を安(やす)んじ居(ゐ)たれば
毒龍(どくりよう)にたとへたる心中(しんちう)の利欲(りよく)にくらまされる煩悩(ぼんなう)を制(おさへ)つけ心(こゝろ)が明(あきらか)になるやうじや
【挿絵】
登(のぼる)_二弁覚寺(べんがくじに)_一
竹径(ちくけい)従(したがひ)_二初地(しよちに)_一。蓮峰(れんほう)出(いだす)_二化城(けじやうを)_一。窓中三楚(そうちうさんそ)尽(つき)。林外九江平(りんぐわいきうかうたいらかなり)。
嫩草(どんさう)承(うけ)_二趺坐(ふざを)_一。長松(ちやうしよう)響(ひゞく)_二梵声(ぼんせい)_一。空居法雲外(くうきよはふうんのほか)。観(くわんじて)_レ世(よを)得(えたり)_二無生(むしやうを)_一。
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寺(てら)の地名(ちめい)がないゆへしれぬ詩(し)で考(かんがふ)れば楚地(そち)に在(ある)寺(てら)ならん竹(たけ)やぶの有(ある)処(ところ)に径(みち)が有(ある)そこに
入口(いりくち)の門(もん)が有(ある)を初地(しよち)と云ただん〳〵のぼれば蓮華(れんげ)の様(やう)な峰(みね)の上(うへ)に化城(ほんだう)がある高(たか)き所(ところ)ゟ見渡(みわた)
せば座敷(ざしき)の窓(まど)の中(うち)から東南西(とうなんさい)の三/方(ばう)におしわたりておる楚国(そこく)が残(のこ)らず見(み)ゆる林(はやし)の外(そと)を打(うち)
こして九江(きうかう)の入込(いりこみ)洞庭湖(とうていこ)がだぶ〳〵と平(たいら)かにみへる庭(には)に嫩(やわら)かな草(くさ)が心有(こゝろあり)げに生(はへ)て僧徒(そうと)の坐(ざ)
禅(ぜん)する趺坐(ふざ)をうけふとんのかはりになる様(やう)じや長(なが)くそびへし松風(まつかぜ)は経陀羅尼(きやうだらに)声(こゑ)がひゞく
かと思(おも)はれ空居天(くうごてん)と仏書(ぶつしよ)あるをかりてこゝでは世(よ)を忘(わす)れ無念無一想(むねんむいつさう)になりて居(ゐ)るは法雲(はふうん)の
無生法忍(むしやうはふにん)と云(いふ)世(よ)をはなれ心(こゝろ)をあきらかにする大悟(たいご)を得(え)たりと思(おも)はる
【挿絵】
送(おくる)_二平淡然判官(へいたんぜんはんぐわんを)_一
不(ず)_レ識(しら)陽関路(やうくわんのみち)。新(あらたに)従(したがふ)_二定遠侯(ていえんこうに)_一。黃雲(くわううん)断(たへ)_二春色(しゆんしよく)_一。画角(ぐわかく)起(おこる)_二辺愁(へんしう)_一。
瀚海経年別(かんかいけいねんのわかれ)。交河(かうが)出(いでゝ)_レ塞(さいを)流(ながる)。須(すべからく)【左ルビ「へじ」】_レ令(しむ)_二外国使(ぐわいこくのつかいをして)知(しら)_一レ飲(のむことを)_二月氏頭(げつしとうに)_一。
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平淡然(へいたんせん)が判官(はんぐわん)になり胡地(こち)へ行(ゆく)陽関(やうくわん)へ行(ゆく)路(みち)はしらねども新(あら)たに定遠侯(ていえんこう)共云べき大将(たいしやう)に
従(したがつ)て行(ゆく)しかし胡地(こち)へ行(ゆき)つかれたならば京(みやこ)とは気候(きこう)がちがひたゞ黄色(きいろ)のゆきげ雲(くも)ばかりで春(はる)
のけしきは断(たへ)てあるまい夫(それ)に聞(きゝ)なれぬ画角(ぐわかく)はあはれな声(こゑ)がすると辺塞(へんさい)に居(お)る愁(うれへ)が起(おこ)りて
たへられまい其上(そのうへ)瀚海(かんかい)に留(とゞま)り年(とし)を経(ふ)る別(わかれ)となり交河(かうが)の塞(とりで)を出(いで)て流(なが)るゝ遠(とを)き処ゆへ音(ゐん)
信(しん)も出来(でき)ぬ須(すべからく)とはせねば叶(かなは)ぬと云こと外国(えびす)から使(つかひ)が来(き)たり前漢(ぜんかん)の時(とき)におとらず月支王(げつしわう)の
頭(かしら)を切(きつ)て夫(それ)を盃(さかづき)にして酒(さけ)を飲(のむ)ことをしらせねば叶(かなは)ぬとても行(ゆく)なら軍功(ぐんこう)を立(たて)られよ後漢(ごかん)の
班超(はんてう)西(にし)の戎(えびす)五十/余国(よこく)を降参(かうさん)させ其大功(そのたいこう)に依(よつ)て定遠侯(ていえんこう)に封(ほう)ぜられた
送(おくる)_三劉司直(りうしちよく)赴(おもむくを)_二安西(あんせいに)_一
絕域陽関道(ぜつゐきやうくわんのみち)。胡沙(こさ)与(と)_二塞塵(さいぢん)_一。三春時(さんしゆんのとき)有(あり)_レ雁(がん)。万里(ばんり)少(まれなり)_二行人(かうじん)_一。
苜蓿(ぼくしゆく)随(したがひ)_二 天馬(てんばに)_一。葡萄(ふだう)逐(おふ)_二漢臣(かんしんを)_一。当(まさに)【左ルビ「べし」】_レ令(しむ)_二外国懼(くわはこくをしておそれ)_一。不(ず)_三敢(あへて)覓(もとめ)_二和親(くはしんを)_一。
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劉(りう)は氏(うち)司直(しちよく)は軍功(ぐんこう)を吟味(ぎんみ)する為(ため)に安西(あんせい)にゆく司直(しちよく)は君(きみ)に近(ちかづ)く奉仕(ほうし)の官(くわん)詩中(しちう)絶(ぜつ)とは
遠(とを)きことえびすの陽関(やうくわん)を越(こえ)て行道(ゆくみち)は胡地(こち)の沙原(すなはら)と戦場(せんじやう)に塵(ちり)の立(たつ)を見るばかり夫(それ)に
気候(きこう)が寒(さむ)いから三ヶ/月(つき)春(はる)の終(おは)る迄/雁(がん)がある万里(ばんり)の遠(とを)い所(ところ)ゆへ行人(かうじん)も少(まれ)にして
さびしきこと也/乍去(さりながら)行着(ゆきつか)れて其元(そこもと)と吟味(ぎんみ)が正(たゞ)しいから胡(えびす)が懼(おそ)れて苜蓿(ぼくしゆく)と云/馬(うま)の
薬(くすり)になる草(くさ)を献(けん)じ胡(えびす)から出(いづ)る天馬(てんば)も夫(それ)にしたがつて献(けん)ずるであらうとてもの事(こと)に
名産(めいさん)の蒲萄酒(ぶだうしゆ)も献(けん)ぜんと其元(そこもと)の跡(あと)を遂(おひ)かけて来(きた)るならん当(まさに)はかうせよと云ことまさ
には外国(ぐわいこく)の胡共(えびすども)をおそれしむるやうにせよ敢(あへ)ては■【えヵ】ことのことにて■■【えゝヵ】和親(わしん)の中直(なかなを)りなどは
せぬ様(やう)に臆病(おくびやう)などをもとめぬ様(やう)に致(いた)されよ
【挿絵】
送(おくる)邢桂州(けいけいしうを)_一
鐃吹(だうすゐ)喧(かまびすし)_二京口(けいこうに)_一。風波(ふうは)下(くだる)_二洞庭(とうていに)_一。赭圻将赤岸(しやきはたせきがん)。撃汰復(げきたいまた)揚(あぐ)_レ舲(れいを)。
日落江湖白(ひおちてかうこしろく)。潮来天地青(うしほきたつててんちあをし)。明珠(めいしゆ)帰(はへる)_二合浦(がつほに)_一。応(まさに)【左ルビ「べし」】_レ逐(おふなる)_二使臣星(ししんのほしを)_一。
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邢氏(けいし)が桂州(けいしう)に行(ゆく)其出立(そのでたち)に従者(じうしや)の人々(ひと〴〵)鐃笛(どらふえ)にて京口(みやこぐち)から船(ふね)に乗出(のりだ)す喧(かまびす)しく賑(にぎ)やかな風波(ふうは)も静(しづか)
にして洞庭(とうてい)の城下(じやうか)を乗下(のりおろ)す舟中(しうちう)からみればむかし呉孫権(ごのそんけん)が屯(たむろ)した所(ところ)の赭圻(しやき)又/赤岸山(せきがんざん)でござる
と話(はなし)ながら山下(やました)を通(とを)り汰(なみ)に撃(さをさし)ろかい拍子(ひやうし)を取(とり)復(また)船(ふね)の窓(まど)を揚(あけ)てけしきを見る赭圻(しやき)のあた
りで日(ひ)も落(おち)たゆへ江湖(かうこ)の水(みづ)も白(しろ)くみへわたり赤岸山(せきがんさん)の下(した)を通(とを)る時(とき)は潮(うしほ)が満来(みちき)て天地(てんち)もひとつゞ
きに成(なつ)てまつ青(さを)である邢氏(けいし)行(ゆき)つかれて治方(おさめかた)が宣(よろし)きゆへ他国(たこく)へうつりし明珠(めいしゆ)も民(たみ)の産業(すぎわひ)になる様(やう)に
合浦(がつぽ)に帰(かへ)らん桂州(けいしう)は古(いにしへ)の合浦(がつほ)じやから云(いた)た使臣(ぶぎやう)となる邢氏(けいし)に星(ほし)が守護(しゆご)してついて行跡(ゆくあと)
を彼明珠(かのめいしゆ)が負(まけ)ず劣(おと)らず遂(おひ)かけてうつるならん珠(たま)と星(ほし)とつり合(あは)せて句作(くづく)りをせしもの
じや合浦(がつほ)の司(つかさ)かよいと珠(たま)が寄(よる)と云は故事(こじ)ぞ
【挿絵】
使(つかいして)至(いたる)_二塞上(さいしやうに)_一。
单車(たんしや)欲(ほつす)_レ問(とはんと)_レ辺(へんを)。属国(しよくこく)過(すぎ)_二居延(きよえんを)_一。征蓬(せいほう)出(いで)_二漢(かん)
塞(さいを)_一。帰雁(きがん)入(いる)_二胡天(こてんに)_一。大漠孤煙直(たいばくこえんなをく)。長河落(ちやうがらく)
日円(じつまとかなり)。蕭関(せうくわん)逢(あひ)_二候騎(こうきに)_一。都護(とご)在(あり)_二燕然(えんせんに)_一。【印「天真」】
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胡(えびす)が降参(かうさん)したを吟(ぎん)味する使(つかい)となりて塞上(いくさのほとり)に至(いた)るにわづかな供(とも)をつれかざりなく単(ひとつ)の車(くるま)に
乗(のり)て辺塞(いくさば)の消息(おとづれ)を問(とは)んとて属国(はたしたのくに)より居延城(きよえんじやう)を通(とを)り過(すぎ)て征処(ゆくところ)が蓬(よもき)のあてもなく飛(とび)
散(ちる)ごとく漢塞(かんのとりで)を出てゆく折(をり)ふし帰雁(きがん)とともに胡(えびす)の天(そら)に入込(いりこん)だ大漠(えびす)の陣屋(ぢんや)の一筋(ひとすぢ)の煙(けふり)が
直(なを)くたち升(のぼ)り長河(ちやうが)へ来(きた)れば落日(いりひ)が円(まろ)くなつて落(おつ)るそこで蕭関(せうくわん)に来(きたり)て侯騎(ものみ)に逢(あふ)た
ゆへ都護(かしら)は何(いづ)くに陣取(ぢんとり)て居(ゐ)るぞと問(とふ)たれば燕然山(ゑんねんざん)の下(した)にござると云たが是(これ)からまだ遠(とを)き
ことにあらんと推量(すゐりよう)した大漠(たいばく)は砂漠(さばく)にて胡地(えびすのち)也
【挿絵】
送(おくる)_三張子(ちやうしが)尉(ゐたるを)_二南海(なんかいに)_一 岑参(しんじん)
不(ざることは)_レ択(えらま)_二南州尉(なんしうのゐを)_一。高堂(かうだう)有(あればなり)_二老親(らうしん)。楼台(ろうだい)重(かさなり)_二蜃気(しき)_一。 邑(ゆふ)
里(り)雑(まじふ)_二鮫人(かうじんを)_一。海暗三山雨(うみはくらしさん〴〵のあめ)。華明五嶺春(はなはあきらかなりごれいのはる)。此郷(このきやう)
多(おほし)_二宝玉(はうぎよく)_一。慎(つゝしんで)勿(なかれ)_レ厭(いとふこと)_二清貧(せいひんを)_一。 【印「天真」】
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南海(なんかい)の役人(やくにん)は皆(みな)いやがる中(なか)に尉(ゐ)をも択(えらま)ざるは高堂(ざしき)に老親(としよりおや)があるゆへのこと南州(なんしう)はもの
すごいそうな時(とき)しも海中(かいちう)から楼台(ろうたい)が浮(うか)び上(あが)るは蜃龍(みづち)が気(き)を吐(はい)て重(かさな)るそれに海(うみ)
辺(べ)の村里(むらさと)は鮫(さめ)が人(ひと)に化(ばけ)て絹(きぬ)を売(うる)それ計(ばかり)でもない南海(なんかい)が暗(くらく)て三山(さん〴〵)のあたり雨(あめ)はもの
さびしく降(ふり)熱気(ねつき)の早(はや)い所(ところ)ゆへ花(はな)も明(さかり)であらん五嶺(ごれい)の春(はる)もけつくあはれにあらん南海(なんかい)
の郷(さと)は宝玉(はうぎよく)多(おほ)く出(で)る所(ところ)なれ共/孝行(かう〳〵)でゆかるゝゆへ慎(つゝしん)で無欲(むよく)なる清(きよ)き心(こゝろ)の貧(ひん)をいとひ
きらふとなく勤(つとめ)られよくいましめてやる
【挿絵】
【挿絵】椰子(やし)
【裏表紙】
【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:五言律》 三》
【小題】金僊
登(のぼる)_二総持閣(そうちかくに)_一 岑参(しんじん)
高閣(かうかく)逼(せまり)_二諸天(しよてんに)_一。登臨(とうりん)近(ちかし)_二日辺(じつへんに)_一。晴開万井樹(はれてひらくばんせいのき)。愁看五陵煙(うれへみるごりようのけふり)。
檻外(かんぐわい)低(たれ)_二秦嶺(しんれい)_一。窓中(そうちう)小(せうなり)_二渭川(ゐせん)_一。 早(はやく)知(しらば)_二清淨理(しやう〴〵のりを)_一。常(つねに)願(ねがはん)_レ奉(ほうずることを)_二金仙(きんせんに)_一。
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総持(そうち)は陀羅尼(だらに)の訳言(やくごん)にて仏書(ぶつしよ)の字(じ)也/寺(てら)の閣(かく)じや此高閣(このかうかく)は欲界(よくかい)の六/天(てん)色界(しきかい)
の十八/天(てん)無色界(むしきかい)の八/天(てん)へ逼(ちかよ)るほどに登臨(とうりん)したれば禁裏(きんり)に近(ちか)くある雲(くも)晴(はれ)のど
か故/京(みやこ)の万井(まち〳〵)樹(うゑごみ)などもみへあはれなるは前漢(ぜんかん)の五代(ごたい)の陵(みさゝぎ)が煙(けふり)のたな引(びく)
処(ところ)にみゆる閣(かく)が高(たか)いから欄檻(らんかん)の外(ほか)に出(で)て居(お)る終南山(しうなんざん)が低(ひき)くみへ窓(まど)の中(うち)から
遠(とを)くが見へる京(みやこ)にある渭川(ゐせん)が小(ちい)さくみゆるもちつと年若(としわか)なら世(よ)をはなれた
清浄(しやう〴〵)の理(ことはり)に気(き)が附(つい)て知(し)るならば平生(へいぜい)金仙(きんせん)の仏(ほとけ)に奉(つかふ)ることを願(ねが)はんものを
秦嶺(しんれい)とは終南山(しうなんざん)のこと也
【挿絵】
送(おくつて)_三劉評事(りうひやうじ)充(あてらるゝを)_二朔方判官(さくはうのはんぐわんに)_一賦(ふし)_二_得(えたり)征馬嘶(せいばいばふを)_一 高適(かうせき)
征馬(せいば)向(むかふ)_二辺州(へんしうに)_一。蕭(せう)々(〳〵として)嘶(いばふて)未(いまだ)【左ルビ「ず」】_レ休(やすま)。思深経帯(おもひふかくつねにおぶ)
_レ別(わかれを)。声断(こゑたふるは)為(ためなり)_レ兼(かぬるが)_レ秋(あきを)。岐路風(きろかぜ)将(まさに)【左ルビ「す」】_レ遠(とをざからんと)。関山月(くわんざんげつ)
共愁(ともにうれふ)。贈(おくり)_レ君(きみに)従(より)_レ此(これ)去(さらば)。何日大刀頭(いづれのひかたいたうとう)。 【印「天真」】
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朔方(さくはう)は北(きた)の胡(えびす)にとなる地(ち)旅(たび)に征馬(ゆくうま)が辺州(へんしう)えびすに向(むかつ)てすゝむゆへ蕭々(ものあわれ)に嘶(いばひ)やまず
かなしみ思(おも)ふがしみ込(こん)でふかいゆへふだん別(わか)れ苦(くる)しきを帯(おび)たそれ声(こゑ)のなき入(いり)たる秋(あき)の
かなしみを兼(かね)るが為(ため)であらう岐路(おひわけ)にて風(かぜ)が将(おしつけ)遠(とを)い処(ところ)から吹(ふき)それにのつてゆく楽府(がふ)
に関山月(くわんざんげつ)と云が有(ある)それを含(ふくん)で関(せき)や山路(やまぢ)にあはれな月(つき)がてらすそれとともに愁(うれへ)が
まさるであらん君(きみ)に此詩(このし)を贈(おくり)別(わか)れ去(さり)いづれの日(ひ)か又(また)京(みやこ)へ大刀頭(かへらるゝ)であらう刀(かたな)のつか頭(かしら)
に環(くわん)がある環(くわん)は還(くわん)と通(つう)じ帰(かへ)ると云(いふ)義(ぎ)に用(もちい)たり
【挿絵】
送_三鄭侍御謫_二閩中_一
謫去君無_レ恨。閩中我旧過。大都
秋雁少。只是夜猿多。東路雲山
合。南天瘴癘和。自当_レ逢_二雨露_一。行
矣慎_二風波_一。 【印「松軒」】
ていしぎよがみんちうにたくするをおくる
たくきよきみうらむことなかれ。みんちうわれもとよぎれり。おほむねしうがんすくなく。
たゞこれやえんおほし。とうろうんざんがつし。なんてんしやうれいくわす。おのづから
まさにうろにあふべし。ゆけふうはをつゝしめ。
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鄭(てい)は氏(うぢ)侍御(しぎよ)は目付役(めつけやく)のこと罪有(つみあつ)て辺地(へんち)の役(やく)におとされゆくを謫(たく)と云/日本(にほん)の左遷(さすらへ)なり
去行処(さりゆくところ)を君恨(きみうら)むることなかれ閩中(みんちう)は我昔通過(われむかしとおりすぎ)しがあまり苦労なることもない本心(ほんしん)は
きのどくに思(おも)へども表向(おもてむき)は慰(なぐさめ)てたゞいやなことは大都(おほむね)秋(あき)になりても雁(がん)の少(すくな)き処じやそれは
なぜなら衡陽(かうやう)限(ぎり)て南(みなみ)にわたらぬ所(ところ)が有(ある)ゆへ音信(をとつれ)がならぬ是(これ)の字(じ)は下(した)へ書(かき)おろす
処(ところ)に置(おく)ゆへ只是(たゞこれ)にこまりしは夜半(やはん)に猿(さる)が多(おほ)く啼(なく)ゆへそれにつけては故郷(こきやう)を思出(おもひだ)して悲(かなし)くなる
東(ひがし)の路筋(みちすぢ)には雲(くも)が山々(やま〳〵)に聚(あつま)り合(あひ)て日(ひ)の光(ひかり)もてらさぬ様(やう)な所(ところ)を通(とを)らるゝなれ共そこ
を慰(なくさ)めて行(ゆか)るゝ時(とき)がよろしく南天(なんてん)も秋(あき)にも有(あり)し故(ゆへ)瘴癘(ねつき)も和(やわら)ぎてあてらるゝ心配(こゝろくばり)は
ない時代(じだい)もけつかうな故(ゆへ)自然(しぜん)とまさに雨露(うろ)の恵(めぐ)みに逢(あは)るゝであらう息災(そくさい)に行(ゆか)れ
よ矣(い)はきつと云とむる詞(ことば)風波(ふうは)の難(なん)をつゝしみ身(み)の上(うへ)を太切(たいせつ)にして京(みやこ)へ帰参(きさん)を待(まつ)て居(ゐ)られよ
【挿絵】
使(つかいして)_二清夷軍(せいいぐんに)_一入(いる)_二居庸(きよように)_一
匹馬行(ひつばゆく〳〵)将(まさに)【左ルビ「す」】_レ夕(ゆふへならんと)。征途去転難(せいとさつてうたゝかたし)。不(ず)_レ知(しら)_二辺地別(へんちのべつなることを)_一。祗(まさに)訝(いぶかる)_二客衣単(かくいのひとへなるを)_一。
渓冷泉声苦(たにひやゝかにしてせんせいくるしみ)。山空木葉乾(やまむなしうしてぼくえふかはく)莫(なかれ)_レ言(いふこと)関塞極(くわんさいきはまると)。雨雪尚漫漫(うせつなをまん〳〵)。
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清夷軍(せいいぐん)と云/夷(えびす)の降参(かうさん)を承(うく)る陣(ぢん)やに御/使(つかひ)にゆき居庸関(きよようくわん)を通(とを)る時(とき)作(つく)る也/供(とも)も少(すくな)く
一匹(いつひき)の馬(うま)に乗行(のりゆく)ほどに将(おしつけ)夕(ゆふべ)ならんとする征路(せいろ)をいそぎ去(さる)先(さき)〴〵転(いよ〳〵)難所(なんじよ)が有(ある)日々(ひゞ)
に行処(ゆくところ)が同(おな)じ様(やう)なけわしき処を通(とを)りし故(ゆへ)幾日(いくか)過(すぎ)ても辺塞(へんさい)の地(ち)の別(べつ)なることを知(し)ら
ざるが祗(まさに)はこれと云ことこれは〳〵客衣(たびごろも)が破(やぶ)れてちぎれ〳〵に単(ひとり)になりしを訝(ふしんな)ことじやと
思ひしが日(ひ)数(かず)へて来(き)たゆへ衣服(いふく)も損(そん)じた渓川(たにがは)なども冷(ひや)やかに泉(いつみ)の声(こゑ)は苦(くるし)げに
鳴音(なるをと)し山(やま)も空(むなし)く木葉(このは)も乾(かわ)くはなしにも言(いひ)つくすこと莫(なか)れ関塞(くわんさい)は是限(これぎり)で極(きはま)る
と又(また)此上(このうへ)行先(ゆくさき)が雪(ゆき)が降(ふつ)て尚(まだ)漫々(はてしも)ないしんどい事じや
【挿絵】
酔後(すゐご)贈(おくる)_二張九旭(ちやうきうきよくに)_一
世上漫謾相識(せいしやうまんにあいしる)。此翁殊(このをうことに)不(ず)_レ然(しから)。興来書自(きようきたつてしよおのづから)
聖(せいなり)。醉後語尤顛(すゐごごもつともてんず)。白髮(はくはつ)老(おい)_二閑事(かんじに)_一。青雲(せいうん)在(あり)_二
目前(ぼくせんに)_一。牀頭一壺酒(しやうとういつこのさけ)。能更幾回眠(よくさらにいくたびかねむる)。【印「天真」】
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世上(せじやう)の人/漫(めつた)にひろく相識(ちかづき)にならるゝやうに仕(し)たがるが此翁(このおきな)は殊(とりわけ)然(しか)ることあらず一杯飲(いつはいのん)で興(きよう)じ
来(きた)ると草書(さうしよ)が自(おのづか)ら聖(すぐれ)た酔(ゑつ)た後(あげく)は話(はなし)まで尤(はなはだ)間違(まちがひ)が自満(じまん)ばかりで顛(きちがひ)の様(やう)じや白髪(しらが)
になるまで酒(さけ)と文字(もじ)を書(かく)ことで閑(ひま)な事(こと)で老(くら)す青雲(りつしん)の事(こと)が目前(めのまへ)に有(あり)ても羨(うらや)む事(こと)は
なし扨(さて)此方(このはう)と其元(そこもと)とは真(まこと)の相識(ちかづき)ゆへ床(とこ)の上(うへ)に一/壺(のぼ)の酒(さけ)を倶々(とも〴〵)に飲(のん)でよくことさら相対(あいたい)
していく度(たび)も酔(ゑひ)て眠(ねむ)るやうにあれかしとねんごろに贈(おく)ることばじや
房兵曹胡馬(ばうへいさうのこば)
胡馬大宛名(こばたいゑんのな)。鋒稜瘦骨成(ほうりようさうこつなる)。竹批双耳峻(ちくひさうじけはしく)。風入四蹄軽(かせいつてしていかろし)。
所(ところ)_レ向(むかふ)無(なく)_二空闊(くうくわつ)_一。真(しんに)堪(たへたり)_レ託(たくするに)_二死生(しせいを)_一。驍騰(けうとう)有(あり)_レ如(ごとき)_レ此(かくの)。万里(ばんり)可(べし)_二橫行(くわうかうす)_一。
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房兵曹(ばうへいさう)が胡馬(こば)に乗(のつ)て京(みやこ)に帰(かへ)りしが大宛国(だいゑんこく)から出(で)る名(な)の高(たか)い馬(うま)じや鋒(ほこさき)の稜(とがつ)たやう
に痩(やせ)て骨(ほね)ぐみがしやんとつよく成(そろう)てをる竹筒(たけへら)を𠜱(そい)【卑+刂】だやうに双耳(りやうみゝ)が峻(とがつ)ておる又(また)駈(かけ)る時(とき)は
風(かぜ)が足(あし)もとより起(おこ)り夫(それ)に乗(のつ)て行(ゆく)ごとくゆへ蹄(あしどり)が軽々(ひら〳〵)する向(むかつ)て行処(ゆくところ)はどのやうな空闊(とをくひろい)
を無(ない)がしろにする軍(いくさ)の時(とき)真(ほんま)のことぢやまけて逃(にげ)るが早(はや)い勝(かち)ては敵(てき)を追(おひ)かけ追(おひ)つめ
る死生(しせい)の二ツを託(たのみに)するにたえた驍騰(をどりあがる)の勢(いきほ)ひ此(この)ごとく有(ある)ゆへ万里(ばんり)の遠(とを)きも
横行(じゆうにゆく)すべきことじやと全篇(ぜんへん)馬(うま)のことを褒(ほめ)たなれども実(まこと)は房氏(ばうし)の勇気(ゆうき)を
これにかこつけほめたものじや
【挿絵】
春(はる)宿(しゆくす)_二左省(さしやうに)
花隠掖垣暮(くわゐんえきえんくる)。啾啾棲鳥過(しう〳〵としてせいてうすぐ)。星(ほしは)臨(のぞんで)_二万戸(ばんこを)_一動(うごき)。月(つきは)傍(そふて)_二 九霄(きうせうに)_一多(おほし)。
不(ずして)_レ寝(いね)聴(きく)_二金鑰(きんやくを)_一。因(よつて)_レ風(かぜに)想(おもふ)_二玉珂(ぎよくかを)_一。明朝(めいてう)有(あり)_二封事(ほうじ)_一。数問夜如何(しば〳〵とふよいかん)。
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左(ひだり)の省(やくしよ)につめて居(ゐ)るもはや花(はな)も穏(みへぬ)やうになり掖垣(おついぢ)も暮(くれ)かゝる啾々(ちゝくら〳〵)とて棲(ねぐら)へかへる
鳥(とり)も通(とを)り過(すぐ)る夜(よ)に入(いつ)て星(ほし)の光(ひかり)が戸口(とぐち)に望(のぞん)で動(きら〳〵)するこれも上(かみ)の治(をさめ)かたがあしきと
星(ほし)が動(うご)くことをは含(ふくん)だ月(つき)は九霄(こゝのへのそら)にちかくて光(ひかり)が満(みち)わたるを多(おほ)しと云た明旦(みやうたん)は言(ごん)
上(じやう)したいことが有(ある)ゆへねてはならぬゆへ寝(ね)ずして御/門(もん)のかぎのなり音(をと)を聞(きい)て居(ゐ)る又(また)
風(かぜ)の吹来(ふきく)る音(をと)につけて参内(さんだい)の役人(やくにん)が馬(うま)の玉珂(たまのかざり)をならして来(く)るひゞきを聞耳(きゝみゝ)をして
思(おも)ひやるなせなれば明朝(みやうてう)は存寄(ぞんじより)を書(かい)て封事(かきつけ)を上(あげ)ねばならぬゆへ終夜(よもすがら)下役人(したやくにん)へも
数(しば〳〵)問(とひ)たづねる夜(よ)はもはやいかなる時刻(じこく)ぞやと
【挿絵】
秦州雑詩
鳳林戈未_レ息。魚海路常難。
候火雲峰峻。懸軍幕井
乾。風連_二西極_一動。月過_二北庭_一
寒。故老思_二飛将_一何時議_二
築壇_一。【印「栖霞ヵ」】
しんしうざつし
ほうりんくはいまだやまず。ぎよかいみちつねにかたし。こうくはうんほうさかしく。
けんぐんばくせいかわく。かぜはせいきよくにつらなつてうごき。つきはほくていを
すぎてさむし。こらうひしやうをおもふ。いづれのときかちくだんをぎせん。
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秦州(しんしう)に客居(かくきよ)して世上(せしやう)の騒(さわが)しき雑(いろ〳〵)の詩(し)を作(つく)りし鳳林関(ほうりんくわん)のあたりも千戈(いくさ)がいまだ
止(やま)ぬゆへ魚海県(ぎよかいけん)なども路(みち)が常(つね)々(〳〵)通(とを)りがたし第(たい)二/句(く)をうけて候火(のろし)があかる雲(くも)の取(とり)
まく峰(みね)も峻(さかし)く第(たい)一/句(く)をうけて懸軍(たかみにぢんどり)にありしゆく幕(おほひ)をしておくやうに井戸(ゐど)の水(みづ)を
くみ乾(ほし)た後漢(ごかん)の耿恭(かうきよう)陣中(ぢんちう)に水(みづ)なく渇(かつ)したゆへ天(てん)を祈(いのり)たれば水(みづ)がわき出(いで)し様(やう)にあ
れかしと云(いふ)を含(ふく)んだ風(かぜ)は西(にし)の極(はづれ)に連(つゞい)てなり音(をと)して動(うごき)わたり月(つき)は北庭(ほくてい)をわたり過(すぎ)て
寒(ものすごい)故老(としより)共が飛将軍(ひしやうくん)とほめられた李広(りくわう)が様(よう)な人(ひと)を大将(たいしやう)にしたいと思(おも)ふいづれの
時(とき)か上(かみ)に御めがねが有(あつ)て早く壇(だん)を築(きづい)て将軍(しやうぐん)を上(のぼ)せて命(めい)を下(くだ)すことを評(ひやう)
議(ぎ)があらうと此(この)此七八の句(く)は郭子儀(くわくしぎ)が讒言(ざんげん)に遇(あひ)引籠(ひきこん)で居(ゐ)たゆへ再(ふたゝび)是(これ)を用(もち)ひ
られたならば乱(らん)も止(やま)んと云ことを含(ふくん)だ
【挿絵】
送(おくる)_レ遠(とをきに) 杜甫(とほ)
帯甲(たいかふ)滿(みち)_二 天地(てんちに)_一。胡為君遠行(なんすれぞきみえんかうす)。親朋(しんほう)尽(つく)_二 一(いつ)
哭(こくに)_一。鞍馬(あんば)去(さり)_二孤城(こしやうを)_一。草木歳月晩(さうもくせいげつくる)。関河霜(かんかさう)
雪清(せつきよし)。 別離已昨日(べつりすでにさくじつ)。因見古人情(よつてみるこじんのじやう)。【印「天真」】
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遠方(えんはう)に行人(ゆくひと)に別(わか)るゝ時(とき)送別(そうべつ)の詩(し)を作(つくら)ぬゆへ程過(ほとすぎ)て跡(あと)から送(おく)るとみへたり左(さ)な
ければ七/句(く)の昨日(さくじつ)と云(いふ)が聞(きこ)へぬ帯甲の【「帯甲の」ルビ「よろひをきた」】戦士(せんし)が天地(てんち)に満(みち)はびこる時節(じせつ)胡為(なぜ)君(きみ)は遠(えん)
行(かう)するぞ世(よ)が乱(みだ)れて親類(しんるい)も朋友(ほうゆう)も一/同(どう)に哭(なげき)を尽(つく)しておるに鞍置馬(くらおきうま)に乗(のつ)て孤城(ひとつのしろ)
を思(おも)ひ切(きつ)て去(さる)ぞ時節(おりふし)草木もかれ歳月(としつき)も晩(くれ)しゆへ関(せき)も河辺(かわべ)も霜(しも)や雪(ゆき)で清(さむ)く
て難義(なんぎ)な事(こと)ならん別離(べつり)したはもはや昨日(きのふ)となりしかど其元(そこもと)を忘(わすれ)ず此詩(このし)を
贈(おく)るに因(より)て見られよ故人(こじん)の情(じやう)のあつき事(こと)を
【挿絵】
題(だいす)_二玄武禅師屋壁(げんぶぜんじのおくへきに)_一。
何年顧虎頭(いづれのとしかこことう)。滿壁(まんへき)画(ゑがく)_二滄洲(さうしうを)_一。赤日石林気(せきじつせきりんのき)。青天江海流(せいてんかうかいながる)。
錫飛常(しやくとんでつねに)近(ちかつき)_レ寉(つるに)。杯渡(はいわたれども)不(ず)_レ驚(おどろかさ)_レ鷗(あうを)。似(にたり)_下得(えて)_二廬山路(ろさんのみちを)_一。直(たゞちに)隨(したがつて)_二恵遠(ゑをんに)_一遊(あそぶに)_上。
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何(いづれ)の年(とし)に晋(しん)の顧虎頭(こことう)と云/名画(めいぐわ)なる人が満壁(かべいつはい)に仙人(せんにん)の住居(すまゐ)する滄州(さうしう)を画(ゑ)がゝれた
赤(あか)き色(いろ)の日(ひ)が上(あが)りて石(いし)や林(はやし)にあたゝかな気(き)がうつりてみゆる色(いろ)といわずに気(き)と云たが
画(ぐわ)の妙(めう)をよくのべた青天(せいてん)と一つゞきになり江海(かうかい)の流(ながれ)はてもなく広(ひろ)く画(ゑ)がいた扨(さて)錫杖(しやくぢやう)
を飛(とば)したる羅漢(らかん)の傍(そば)に常平生(つねへいぜい)鶴(つる)が近(ちか)づき馴(なれ)ておる杯(さかづき)を舟(ふね)にして渡(わた)りし名僧(めいそう)が泛(うか)ん
で行(ゆく)そばに鴎(かもめ)が驚(おとろか)ずになじんておる是(これ)も常(つね)と近(ちかつく)と不(ふ)の字(じ)で皆(みな)画(ゑ)のことになる生(いき)て
居(を)れば寉(つる)も鴎(かもめ)も飛(とび)かけることもあらん杯渡(はいと)は小舟(こぶね)のことを云たもの扨(さて)今日(けふ)禅師(ぜんじ)に逢(あふ)たは
廬山(ろさん)の路(みち)を得(え)は恵遠法師(ゑおんはふし)にしたがつて遊(あそ)ぶやうに思(おも)はるゝと七八の句(く)は手前(てまへ)の事をのべた
【挿絵】
玉台観(ぎよくだいくわん)
浩劫(こうかふ)因(より)_二王造(わうざうに)_一。平台(へいだい)訪(とふ)_二古遊(こゆうを)_一。綵雲蕭史駐(さいうんせうしとゞまり)。文字魯恭留(もんじろきようとゞまる)
宮闕(きうけつ)通(とをじ)_二群帝(ぐんていに)_一。乾坤(けんこん)到(いたる)_二 十洲(じつしうに)_一。人伝(ひとはつたふ)有(あり)_二笙鶴(しやうくわく)_一。 時(ときに)過(すぐと)_二北山頭(ほくさんのほとりを)_一。
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唐(たう)の滕王元嬰(とうわうけんえい)の開基(かいき)にて日本修験者(にほんしゆげんじや)の祈念(きねん)する様(やう)に老子(らうし)を本尊(ほぞん)にして仙人(せんにん)の
道(みち)を学(まな)ぶ道士(だうし)が居(ゐる)処を観(くわん)の閣(かく)のと名付(なづけ)て住居(すまゐ)する此観(このくわん)の浩劫(はしまり)はよしある人の造(つく)ら
れけつかうなることは梁(りやう)の孝王(かうわう)の築(きづい)た平台(へいだい)にも劣(おと)らぬ古(いぬしへ)滕王(とうわう)の遊(あそび)の有(あり)し所(ところ)を訪(たづね)た
さて観(くわん)の欄間(らんま)には蕭史(せうし)弄玉(ろうきよく)が蕭(せう)を吹(ふき)駐(とゞまり)て鳳凰(ほうわう)が舞(まふ)けしきなどを彫物(ほりもの)にして
ある玉台観(ぎよくだいくわん)の額(がく)の文字(もじ)は滕王(とうわう)の染筆(ぜんひつ)に有(ある)を魯(ろ)の恭王(きようわう)になぞらへ其手跡(そのしゆせき)が留(とゞまり)て
みへる此処(このところ)の宮闕(きうけつ)より四方(しはう)を司(つかさど)る神々(かみ〳〵)の群帝(ぐんてい)へも通(つう)ずるであらう又(また)此(この)乾坤(けんこん)は仙人(せんにん)の
居(ゐ)る処(ところ)十洲(じつしう)へも到(いた)るであらう扨(さて)所(ところ)の人々(ひと〴〵)伝(つた)へ云には周(しう)の霊王(れいわう)の太子(たいし)晋(しん)が笙(しやう)の笛(ふえ)を吹(ふき)
鶴(つる)に乗(のり)仙人(せんにん)となり虚空(こくう)を飛行(ひぎやう)すると云(いふ)夫(それ)と同(おな)し事(こと)で此所(このところ)を開基(かいき)有(あり)し滕王(とうわう)も笙(しやう)を
吹(ふき)鶴(つる)に乗(のり)時々(とき〳〵)北(きた)の玉台山(ぎよくだいさん)の頭(ほとり)をとびゆき過(すぎ)らるゝと云(いふ)げにもさもあらんと思(おも)はるゝ
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【挿絵】
観(みる)_三李固請司馬(りこせいしばが)題(だいするを)_二山水図(さんすいのとに)_一
方丈渾(はうぢやうすべて)連(つらなり)_レ水(みづに)。天台総(てんだいすべて)映(えいず)_レ雲(くもに)。人間長(にんげんとこしなへに)見(みる)_レ画(ぐわを)。老去(おいさつて)恨(うらむ)_二空聞(むなしくきくことを)_一。
范蠡舟偏小(はんれいふねへんせう)。王喬鶴(おうけうつる)不(ず)_レ群(ぐんせ)。此生(このせい)隨(したがふ)_二万物(ばんふつに)_一。何処(いづれのところにか)出(いださん)_二塵氛(じんふんを)_一。
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李(り)は氏(うぢ)固請(こせい)は字(あざな)司馬(しば)は軍(いくさ)奉行/方丈(はうぢやう)は海中(かいちう)の島(しま)にて仙人(せんにん)のすまゐする処が渾(いちめん)に水
に連(つゞい)てあるを画(ゑ)に書た天台山(てんだいさん)は陸地(くがち)にある仙境(せんきやう)なるが総(どこもかも)雲(くも)の光(ひかり)に映(てら)されてみへる人間
の身の上では長(なが)く画を見るばかりしかし壮年(わかき)ならば仙道(せんだう)を修(しゆ)して行ことも有(あら)うが老(とし)より
去(さつ)て空(むだに)聞てばかり居(お)るは恨(のこりおほひ)ことじや方丈(はうじやう)の水の辺(あたり)に范蠡(はんれい)が五湖(ごこ)に引込(ひきこむ)けしきがある其舟は
偏(ひと)しを小(ちいさ)く画(ゑがい)てある天台の雲の中(うち)には周(しう)の霊王(れいわう)の太子/晋(しん)の王喬(わうけう)が乗(の)らるゝ鶴(つる)とみへ
群(なみ〳〵)のことではない舟と鶴との故事(こじ)にかこつけ七八句に感(かん)を起(おこ)して此生(このみのうへ)は妻子(さいし)兄弟(きやうだい)世上(せじやう)の万(いろ〳〵)
物(さま〴〵)に随(ひかさるゝ)ゆへ何れの処(ところ)に居(ゐ)たら塵氛(さわがしきうるさき)を出(いづ)るであらうか歎(なげ)かはしきことにあらずや
【挿絵】
【挿絵】胡椒(こしやう)
【裏表紙】
【表紙題箋】《題:唐詩選画本 《割書:五言律》 四》
【小題】秋風
禹廟(うべう)
禹廟空山裏(うべうくうざんのうち)。秋風落日斜(しうふうらくじつなゝめなり)。荒(くわう)
庭(てい)垂(たれ)_二橘柚(きつゆ)_一。古屋(こおく)画(ゑがく)_二龍蛇(りようだを)_一。雲気(うんき)
生(しやうじ)_二虛壁(きよへきに)_一。江声(かうせい)走(はしる)_二白沙(はくしやを)_一。早知(はやくしる)乗(のりて)_二
四載(しさいに)_一。疏鑿(そさくして)控(ひくことを)_二 三巴(さんぱを)_一。 【印「譱靖」「松軒」】
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禹王(うわう)は舜(しゆん)の天下(てんか)を補佐(ほさ)し後(のち)に天下(てんか)を譲(ゆづ)られ夏(か)の代(よ)を開(ひら)きし人(ひと)天下(てんか)洪水(こうずゐ)を
治(をさ)め万民(ばんみん)を救(すく)はれし大功徳(たいこうとく)に依(よつ)て諸国所々(しよこくしよ〳〵)に廟(べう)を立(たて)て祭(まつ)る是(これ)は忠州臨江県(ちうしうりんかうけん)
に在(あ)る廟(べう)也/此廟(このべう)が空山裏(さびしきやまのうち)にある空山(くうざん)の二/字(じ)より前対後対(せんついごつい)を産出(うみだ)した扨(さて)拝(はい)
礼(れい)した時(とき)が秋風(しうふう)が吹(ふき)落日(いりひ)は斜(すぢかひ)さびしき折(をり)から掃(そう)除もせず荒(あれ)はてた庭(には)に橘(みかん)や柚(ゆづ)が
すゞなりに生(なり)ておるがはやり神(かみ)で参詣(さんけい)でも沢山(たくさん)あらば橘(みかん)も柚(ゆづ)も取(とる)ことなかれの禁制(きんぜい)
の札(ふだ)を立(たて)ても満足(まんそく)で置(おく)ものではない古(ふる)き屋上(てんじやう)に龍蛇(りようだ)が画(ゑかい)て此句(このく)を決前生後(けつぜんしやうご)の法(はふ)と
云(いふ)て龍蛇(りようだ)から雲(くも)を引出(ひきだ)した山中(さんちう)に在(ある)廟(べう)ゆへ雲(くも)の気(き)が虚壁(しらかべ)から生(おこ)る廟(べう)より四五町も
ある岷江(みんがう)より水(みづ)の流(ながれ)の声(こゑ)に白沙(しらす)の走(はし)るやうすが聞(きこ)へるこれも水(みづ)を治(をさ)められたことを
云(いひ)たく有(ある)ゆへ此句(このく)がある此処(このところ)へ来(く)るとはや知(し)りましたその昔(むかし)天下(てんか)洪水(こうずゐ)の時(とき)陸(くが)や
泥(どろ)の中(なか)や水(みづ)の上(うへ)山(やま)へ登(のほ)るなどには四通(よとを)りの載(のり)ものに乗(のつ)て水道(すゐだう)を疏(とを)し鑿(さらひ)三巴(ぱ)とゝて
蜀(しよく)に出(で)る大川(おほかわ)へ控(ひい)て仕舞様(しまふやう)に骨(ほね)を折(をり)せは致(いた)され天下(てんか)の民(たみ)の難義(なんぎ)を救(すく)はれしとかや
天下(てんか)の洪水(こうずゐ)を治(をさむ)ること八/年(ねん)が間(あいだ)懸(かゝ)り久(ひさ)しき間(あいだ)に家(いへ)の前(まへ)を三/度(ど)迄/通(とを)られけれ共/宅(たく)へ
入(いら)ず手(て)も足(あし)も胼胝(ひゞあかゞれ)だらけにして水(みづ)を治(をさむ)るに懸(かゝ)りて居(ゐ)られた人(ひと)も居(きよ)を安(やす)んじ田(でん)
畑(はた)も作(つく)られるみな其丹精(そのたんせい)のゆへ也/聖人(せいじん)の心(こゝろ)は一時(いつとき)も早(はや)く万民(ばんみん)の難義(なんぎ)を救(すく)はんと
のみ思(おも)はるゝゆへ也
【挿絵】
登(のぼる)_二岳陽楼(がくやうろうに)_一。
昔聞洞庭水(むかしきくとうていのみづ)。今上岳陽楼(いまのぼるがくやうろう)。呉楚東南坼(ごそとうなんにさけ)。乾坤日夜浮(けんこんにちやにうかぶ)。
親朋(しんほう)無(なし)_二 一字(いちじ)_一。老病(らうびやう)有(あり)_二孤舟(こしう)_一。戎馬関山北(じうばくわんざんのきた)。憑(よりて)_レ軒(けんに)涕泗流(ていしながる)。
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昔(むかし)より聞(きゝ)つたへて洞庭(とうてい)の水(みづ)の大(おほ)に広(ひろ)きことを今日(こんにち)は岳陽楼(がくやうろう)に上(のぼ)りて誠(まこと)に見わたして
驚(おとろき)し呉(ご)楚(そ)は東南(とうなん)に坼分(さけわかつ)て乾坤(けんこん)の間(あいだ)に在(あり)色々(いろ〳〵)の物(もの)が日(ひる)も夜(よる)も水上(すいしやう)にうつり
浮(うか)んでみへる此打開(このうちひらい)た遠(とを)く迄見へるにつけ京(みやこ)の方(かた)を眺(ながめ)やり親類朋友(しんるいほうゆう)よりも
一/字(じ)の音信(おとづれ)して来(く)ることもなく老(おい)はてはする病身(びやうしん)にはなる便(たより)にするものは孤船(ひとつのふね)が
あるばかりいかなる不仕合(ふしあはせ)なことぞや夫(それ)と云も戎馬(かつせん)が関山(ぐわんさん)の北(きた)の京(きやう)に在(ある)から世(よ)が
騒(さわが)しくて帰(かへ)ることもならずそこで此楼(このろう)の軒(のきば)に憑(より)かゝつて涕泗(なみだ)をしきりに流(なが)す憑軒(ひようけん)
の文字(もじ)門選(もんせん)王粲(わうさん)が登楼(とうろう)の賦(ふ)に有(ある)ゆへしたしいじや
江南旅情(かうなんりよじやう) 祖詠(そゑい)
楚山(そざん)不(ず)_レ可(べから)_レ極(きはむ)。帰路但蕭條(きろたゞせうでう)。海色晴(かいしよくはれて)看(みる)_レ雨(あめを)。江声夜(かうせいよる)聴(きく)_レ潮(うしほを)。
剣(けんは)留(とゞまつて)_二南斗(なんとに)_一近(ちかく)。書(しよは)寄(よせて)_二北風(ほくふうに)_一遙(はるかなり)。為報空潭橘(ためにほうずくうたんのきつ)。無(なし)_レ媒(なかだち)_レ寄(よするに)_二洛橋(らくけうに)_一。
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祖詠(そゑい)が楚(そ)を出(いで)暫(しばら)く呉(ご)に行(ゆき)又(また)楚(そ)へ帰(かへ)る時(とき)作(つく)りし也/楚国(そこく)へ帰(かへ)る山路(やまぢ)も極(はて)もなし
帰路(きろ)たゞ蕭條(ものさびし)いことぢや海(うみ)の気色(けしき)晴(はれ)やかなれど夫(それ)にかたしぐれで雨(あめ)のふるやうすも
みへ江水(えみづ)の声(こゑ)が昼(ひる)は物(もの)に紛(まぎれ)て聞(きこ)へかぬるが夜(よ)になり静(しづか)になると潮(うしほ)のわくひゞきが
聞(きこ)へる腰(こし)に剣(けん)を帯(おび)南斗(なんと)の星(ほし)の近(ちか)き処(ところ)に留(とゞま)り書札(しよさつ)は北風(ほくふう)に寄(たのん)で遥(はるか)の所(ところ)に遣(つかは)す
何(なに)とぞ報(つげ)て遣(や)りたい呉楚(ごそ)の空潭(くうたん)のあたりの橘(みかん)は名産(めいさん)ゆへ北方(ほつはう)の洛橋(らくけう)に寄(やり)たい
と思(おも)ふても媒(なかだち)になりせわしてくれるものがない実(じつ)は他国(たこく)に居(ゐ)て不自由(ふじゆう)なことを
歎(なげい)たのぢや寄(き)の字(じ)二ツ有(あり)一方(いつはう)写(うつ)し誤(あやまり)ならん
望(のぞむ)_二秦川(しんせんを)_一 李頎(りき)
秦川朝望迥(しんせんてうばうはるかなり)。日出正東峰(ひはいづせいとうのみね)。遠近(えんきん)
山河浄(さんがきよく)。逶迤城闕重(いいとしてじやうけつかさなる)。秋声万戸(しうせいばんこの)
竹(たけ)。寒色五陵松(かんしよくごりようのまつ)。客(かく)有(あり)_二帰与歎(きよのたん)_一。淒(せい)
其霜露濃(きとしてさうろこまやかなり)。 【印「譱靖」】【印「松軒」】
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秦川(しんせん)は京(きやう)のこと也/早朝(さうてう)に望(のぞめ)は迥(はるか)なる処がみへる朝日(あさひ)が正東(まひがし)の峰(みね)に出(いで)てかゞやく遠近(おちこち)
の山河(さんが)も晴(はれ)たゆへ浄(きよ)げにみへ逶迤(ながくつゞく)京(きやう)の城闕(じやうけつ)が重(かさな)り合(あふ)てみへ秋風(しうふう)の声(こゑ)京(きやう)の万戸(おほくのいへ)に
竹(たけ)が植(うゑ)てあるにひゞきて聞(きこ)へ寒色(ものすごく)みへる前漢(ぜんかん)の五代(ごたい)の陵(みさゝき)に松(まつ)が茂(しげ)りて有(ある)扨(さて)故郷(こきやう)へ帰与(かへりたい)
と歎(なげき)があるなぜなれば淒其(ぞつとさむく)として霜露(しもつゆ)濃(こまやか)に置(おく)につけ月日(つきひ)も過行(すぎゆけ)ばなり
宿(しゆくす)_二龍興寺(りうこうじに)_一 綦毋潜(きぶせん)
香刹夜(かうせつよる)忘(わする)_レ帰(かへるを)。松清古殿扉(まつはきよしこでんのとびら)。
灯明方丈室(ともしびはあきらかなりはうぢやうのしつ)。珠繫比丘衣(たまはかくびくのころも)。白(はく)
日伝心浄(じつでんしんきよく)。青蓮喩法微(しやうれんゆはふびなり)。天(てん)
花落(くわおち)不(ず)_レ尽(つくさ)。処々鳥銜飛(しよ〳〵とりふくんてとぶ)。【印「栖霞」】
香刹(てら)へ来(き)て心閑(こゝろしづか)に面白(おもしろ)きゆへ夜(よ)に入(いる)まで帰(かへ)ることを忘(わすれ)た松(まつ)も清(きよ)げに古殿(こでん)
の前(まへ)に秀(ひい)でゝみへる扨(さて)夜(よ)に入(いつ)て灯(ともしび)も明(あか)るくてらして方丈(はうちやう)の室(おく)にある是(これ)は仏(ぶつ)
祖(そ)よりうけ来(きた)る法(のり)の絶(たえ)ぬことを灯(ともしび)を段々(だん〳〵)ついで消(きえ)ぬ事(こと)にたとへて維摩経(ゆいまきやう)に
有(ある)を含(ふくん)だ珠(たま)を衣(ころも)の裏(うち)にかくる事も世(よ)にそまぬいさぎよき心(こゝろ)にたとへて法(ほ)
華経(けきやう)楞厳経(りやうごんきやう)などに有(ある)をどこともなく句(く)の中(うち)にもたせて珠(たま)は繫(かけ)て和尚(をしやう)の
衣(ころも)にある比丘(びく)は天竺(てんぢく)の詞(ことば)で和尚(をしやう)と云こと珠(たま)は数珠(ずじゆ)のことも含(ふくん)であるいづれ
灯(ともしび)と珠(たま)と取合(とりあは)せた白日(あきらかなるひ)のごとく仏(ほとけ)の心(こゝろ)を伝(つた)へ来(きた)るごとく浄(きよ)く青蓮(しやうれん)の泥(どろ)に染(そま)
らぬ様(やう)に法(のり)のことを喩(たと)へ微妙義(おくふかきぎ)じや扨(さて)天(てん)から曼荼羅華(まんだたけ)が空(そら)にひら〳〵とし
地(ち)の上(うへ)に落尽(おちつく)さぬ夫(それ)ゆへ処々(あちらこちら)鳥(とり)が銜(くわへ)て飛(とび)かける此詩(このし)前後(ぜんご)つり合(あひ)あしく
七八の句(く)がつまらぬ題(だい)に宿(しゆくす)とあつて夜(よる)の趣(おもむき)をのぶるに鳥(とり)か飛(とび)まわるそれも
暁(あかつき)の事(こと)にもあらば聞(きこ)へる于鱗(うりん)の選(せん)に入(いり)しはいかゞ承当(うけがふこと)しがたしと千葉(ちば)
玄之(げんし)評(ひやう)せり
【挿絵】
胡笳曲(こかのきよく) 王昌齢(わうしやうれい)
城南虜已合(じやうなんえびすすでにがつす)。一夜幾重囲(いちやいくへかかこむ)。自(をのづから)有(あり)_二金笳引(きんかのひく)_一。能(よく)
令(しむ)_二出塞飛(しゆつさいをしてとば)_一。聴(きくことは)臨(のぞんで)_二関月(くわんげつに)_一苦(くるしく)。清(すむは)入(いつて)_二海風(かいふうに)微(びなり)。三奏(さんそうす)
高楼暁(かうろうのあかつき)。胡人(こひと)掩(おほふて)_レ涙(なみだを)帰(かへる)。 【印「譱靖」「松軒」】
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城南(しやうなん)に虜(えびす)が已(すで)に寄集(よりあつまり)一夜(いちや)幾重(いくへ)にも囲(かこん)だかゝる折(をり)から能(よく)出塞(しゆつさい)の曲(きよく)の声(こゑ)が吹(ふき)わ
たり飛(とん)だそれを聞(きけ)ば関山月(くわんざんげつ)の曲(きよく)に臨(のぞ)むゆへ苦(くるし)くひゞく清(すん)だ声(こゑ)は海風(かいふう)の曲(きよく)に入(いつ)て
微(かすか)に聞(きこ)ゆる三たび奏(あらた)めて曲(きよく)を吹(ふき)しは高楼(かうろう)の暁(あけ)がたに有(あり)しが手(て)ごわき胡人(こひと)共/涙(なみた)
をながし手拭(てぬぐひ)で掩(おをふ)て帰(かへ)りし
【挿絵】
同(おなじく)_二王徴君(わうちようくんと)_一洞庭(とうていに)有(あり)_レ懐(おもふこと) 張謂(ちやうゐ)
八月洞庭秋(はちげつとうていのあき)。瀟湘水北流(せうしやうみづきたにながる)。還(かへる)_レ家(いへに)万里夢(ばんりのゆめ)。為(なる)_レ客(かくと)五更愁(ごかうのうれへ)。
不(ず)_レ用(もちひ)レ開(ひらくことを)_二書帙(しよちつを)_一。偏(ひとへに)宜(よろしく)【左ルビ「べし」】_レ 上(のほる)_二酒楼(しゆろうに)_一。故人京洛満(こじんけいらくにみつ)。何日復同遊(いづれのひかまたどうゆうせん)。
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王(わう)は氏(うぢ)徵君(ちようくん)とは天子(てんし)よりめされても世(よ)に望(のぞみ)なく出(いで)ず浪人(らうにん)して居(ゐ)る人を云八/月(くわつ)は
水気(すゐき)が盛(さかん)になりしゆへ洞庭(とうてい)の秋(あき)もすゞしくおしわたり瀟湘(せうしよう)の二ツの水(みづ)の流(ながれ)もすさ
まじくみへる此処(このところ)に長逗留(ながとうりう)して故郷(こきやう)をなつかしく思(おも)ひしゆへ在所(さいしよ)に帰(かへ)り妻子(さいし)親(しん)
類(るい)に逢(あふ)た夢(ゆめ)を見てうれしく有(あり)しに夢(ゆめ)がさめたらもとの旅客(たびゝと)で五更(ごかう)の七/時比(ときごろ)又(また)
愁(うれへ)がまして来(き)た此様(このやう)なういつらい時(とき)には書物(しよもつ)の帙(ちつ)を開(ひらい)てみることを用(もち)ひられぬ
鬱散(うつさん)すべき為(ため)に偏(ひとへに)酒(さけ)を沽(うる)楼(ろう)にても上(のぼ)るがよい故人(なじみ)の輩(ともから)洛陽(らくやう)に満(みち)て居(お)れ共/何(いつ)
の日(ひ)にか復(また)同(おな)じく遊(あそ)ぶことあらん
【挿絵】
破山寺後禅院(はさんじのうしろのぜんゐん) 常建(じやうけん)
清晨(せいしん)入(いり)_二古寺(こじに)_一。初日(しよじつ)照(てらす)_二高林(かうりんを)_一。曲径(きよくけい)通(つうじ)_二幽処(ゆうしよに)_一。
禅房花木深(ぜんばうくわぼくふかし)。山光(さんくわう)悦(よろこばしめ)_二鳥性(てうせいを)_一。潭影(たんえい)空(くうす)_二
人心(じんしんを)_一。万籟此倶寂(ばんらいこゝにともにしづかなり)。惟聞鐘磬音(たゞきくしやうけいのおと)。【印「天真」】
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破山寺(はさんじ)は常孰県(じやうじゆくけん)に在(あり)後(おくやま)の禅院(あんじつ)清(すみ)わたる晨(あさ)古寺(ふるてら)に入(い)りし時(とき)初日(あさひ)が上(あが)り高林(たかはやし)を照(てら)す
あちらを曲(まが)りこちらを曲(まが)り小径(こみち)を行(ゆき)幽処(おくふかきところ)に通(とを)り着(つき)たれは禅房(あんじつ)の辺(あたり)花(はな)の咲(さき)し木(き)が
奥深(おくふか)くある山(やま)〳〵に朝日(あさひ)の光(ひか)りがてらし鳥(とり)も性(せい)のまゝに飛(とび)かけり悦(うれ)しげにさへづる潭影(ふちみづのかげ)の
すみわたりしこと人心(ひとごゝろ)もけがらはしき世(よ)のうるさき事(こと)をあらひそゝひで空(から)になつた万籟(ばんらい)は
風(かぜ)が吹(ふい)て色々(いろ〳〵)の鳴音(なりおと)のことなれ共こゝは人間(にんげん)の騒(さわが)しきことにするがよいそれが皆(みな)共に遠(とを)
ざかり寂(しづま)りかへり唯(たゞ)聞(きこ)ゆるものは仏前(ふつぜん)の誦経(じゆきやう)に鐘(かね)や磬(きん)をならす音(をと)のするのみ
【挿絵】
聞_レ笛 張巡
岧嶤試一臨。虜騎附_二城陰_一。不_レ弁_二
風塵色_一。安知_二 天地心_一。門開辺月
近。戦苦陳雲深。旦夕更楼上。遙
聞横笛音。 【印「譱靖」「松軒」】
ふえをきく ちやうじゆん
せうげうこゝろみにひとたびのぞめば。りよきじやうゐんにつく。ふうぢんのいろを
わきまへず。いづくんぞてんちのこゝろをしらん。もんひらいてへんげつちかく。たゝかいくる
しんでぢんうんふかし。たんせきかうろうのうへ。はるかにきくくはうてきのね。
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岧嶤(たかきところ)より試(ためし)に一臨(ちよとのぞめ)は虜騎(えびすぜい)が城陰(しろぎは)まで蟻(あり)の附(つい)た様(やう)に集(あつま)りおる風塵(さはがしき)の色(やうす)
どうなり行(ゆく)やら弁(わきまへ)ぜられぬ天下(てんか)の治(をさま)るも乱(みだ)るゝも天地(てんち)のなす事(こと)じぢから此様(このやう)に
乱(みだれ)ては安(どう)して天地(てんち)の心(こゝろ)もしれるものではない睢陽(しよやう)は辺塞(へんさい)ではなけれども城門(じやうもん)を
開(ひらい)ておれば辺塞(へんさい)のあはれな月(つき)が照(てら)すやうじや戦(たゝかひ)も官軍(くわんぐん)は利運(ちうん)なく兵粮(ひやうらう)も尽(つき)
飢死(うゑじに)に及(およ)ぶ苦(くる)しみゆへ陳(ぢん)の上(うへ)に雲(くも)があはれにこんもりと深(ふか)くとりまく旦(あさ)も夕(ばん)も
更々(かはる〴〵)のぼる楼(ろう)の上(うへ)から敵(てき)の動静(やうす)を窺(うかゞ)ふに遥(はるか)に聞(きこ)ゆるは横笛(わうてき)のかなしき音(ね)が
ひゞく此詩(このし)句々(くゝ)聞(ふえ)_レ笛(をきく)情(じやう)をのべ結句(けつく)に至(いたつ)て笛(ふえ)の字(じ)をあらはす按(あん)ずるに張巡(ちやうじゆん)が
討死(うちじに)の前(まへ)に作(つく)りし詩(し)ならん
【挿絵】
穆陵関北(ぼくりようくわんのきたにして)逢(あふ)_三 人(ひとの)帰(かへるに)_二漁陽(ぎよやうに)_一 劉長卿(りうちやうけい)
逢(あふ)_レ君(きみに)穆陵路(ぼくりようのみち)。匹馬(ひつば)向(むかふ)_二桑乾(さうかんに)_一。楚国蒼山古(そこくさうざんふり)。
幽州白日寒(ゆうしうはくじつさむし)。城地百戦後(じやうちはくせんののち)。耆旧幾家(ききういくか)
残(そこなはる)。処処蓬蒿徧(しよ〳〵ほうかうあまねし)。帰人(きじん)掩(おほふて)_レ涙(なみだを)看(みる)。【印「栖霞」】
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そこもとに逢(あふ)たは穆陵関(ぼくりようくわん)の北(きた)の路(みち)じやが一匹(いつひき)の馬(うま)に乗(のり)桑乾(さうかん)に向(むか)ひゆかるゝ楚国(そこく)
の穆陵(ぼくりよう)は蒼山(さうざん)古(ふ)りて其(その)まゝに有(ある)べきが行(ゆか)るゝ幽州(ゆうしう)の漁陽(ぎよやう)は安禄山(あんろくさん)が謀叛(むほん)にて戦(たゝかひ)
を始(はじめ)た所(ところ)ゆへ今更(いまさら)其跡(そのあと)荒(あれ)はてゝ白日(ひるなか)といへども寒(すご)くあらう城(しろ)も池(ほり)も百(たび〳〵)の戦(たゝかひ)の後(ご)ゆへ
耆旧(としより)の人々もいかほどの家(いへ)が残(そこなは)れしぞや処々(あちらこちら)も蓬蒿(よもぎ)の草(くさ)が遍(あまね)く茂(しげ)り野原(のはら)の様(やう)に
なつたゆへ帰(かへ)らるゝ人(ひと)のそなたが涙(なみだ)を手拭(てぬくひ)で掩(おほふ)て見らるゝであらう
【挿絵】
聖果寺(せいくわじ) 釈処黙(しやくしよもく)
路(みちは)自(より)_二 中峰(ちうぼう)_一 上(のぼる)。盤回(はんくわいして)出(いづ)_二薜蘿(へいらを)_一。到(いたつて)_レ江(えに)呉地尽(ごちつき)。隔(へだてゝ)
_レ岸(きしを)越山多(えつざんおほし)。古木(こぼく)叢(あつまり)_二青靄(せいあい)_一。遥天(えうてん)浸(ひたす)_二白波(はくはに)_一。下方(かはう)
城郭近(じやうくわくちかし)。鐘磬(しやうけい)雑(まじはる)_二笙歌(しやうかに)_一。 【印「天真」】
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此寺(このてら)の路(みち)は峰(みね)の中(なか)ほどより上(のぼ)るあちらこちら盤回(めぐり〳〵)して松(まつ)や杉(すぎ)に薜蘿(つらかづら)の下(さが)つて
あるをくゞり出(いで)て寺(てら)へ行(ゆき)つき処々(あちらこちら)を見/渡(わた)せば浙江(せつかう)の西北(にしきた)に到(いたつ)て呉(ご)の地(ち)が残(のこ)らず
見ゆる浙江(せつかう)の岸(きし)をへだて東南(とうなん)の方(かた)は越(えつ)の山(やま)が立並(たちなら)んで多(おほ)くみへる古木(こぼく)がしげり青(こき)
靄(きり)が叢(しげ)り遥(はるか)なる天(てん)も浙江(せつかう)の白波(しらなみ)と一/枚(まへ)になつて浸(ひたつ)たやうにみへる山(やま)の下方(したかた)は銭(せん)
塘(たう)の船着場(ふなつきば)ゆへにぎやかに城郭(じやうくわく)も近(ちか)くみへる寺(てら)の仏前(ぶつぜん)にて誦経(じゆきやう)の時(とき)鐘(かね)をならし
磬(きん)を打音(うつをと)が山(やま)の下(した)の笙歌(しやうか)のさわがしきとひとつに雑(まじはつ)て聞(きこ)ゆる
【挿絵】
【挿絵】丁子(ちやうじ)
【裏表紙】
【表紙題箋】《題:唐詩選画本 《割書:五言排律》 五》
【小題】琴尊【琴樽ヵ】
送(おくる)_二劉校書(りうかうしよか)従(したがふを)_一レ軍(いくさに) 楊炯(やうけい)
天将(てんしやう)下(くだり)_二 三宮(さんきうを)_一。星門(せいもん)列(つらぬ)_二 五戎(ごしうを)_一。坐謀(ざぼう)資(たすけ)_二廟略(べうりやくを)_一。飛(ひ)
檄(げき)佇(まつ)_二文雄(ぶんゆうを)_一。赤土流星剣(せきとりうせいのけん)。烏号明月弓(うがうめいげつのゆみ)。秋(しう)
陰(ゐん)生(しやうじ)_二蜀道(しよくだうに)_一。殺気(さつき)繞(めぐる)_二湟中(くわうちうを)_一。風雨何年別(ふうういづれのとしのわかれぞ)。琴(きん)
樽此日同(そんこのひおなじ)。離亭(りてい)不(ず)_レ可(べから)_レ望(のぞむ)。溝水自西東(かうすゐおのづからさいとうす)。【印「天真」】
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天子(てんし)より将軍(しやうくん)に印(ゐん)を給(たま)はりどこそこへ征伐(せいばつ)に参(まゐ)れと命(めい)あるを天将(てんしやう)と云なり
三宮(てうてい)を下(くだ)る明堂(めいだう)辟雍(へきよう)霊台(れいたい)を三/宮(きう)と云/故(ゆへ)朝廷(てうてい)のこと也/京(きやう)の北西(きたにし)に出(いづ)る横門(よこもん)を固(かた)め
五ツ通(とをり)の兵器(へいき)を建(たて)ならべる陣(ぢん)や同坐(どうざ)して謀(はかりこと)を考(かんがへ)るも御廟(ごべう)の内(うち)で策(はかりごと)の相談(さうだん)になる
ことを資(たすけ)られ軍中(ぐんちう)の飛檄は文【「飛檄は文」のルビ「はやふれながしぶん」】があしきと心得違(こゝろえちがひ)が出来(てき)るゆへ文(ぶん)をすぐれて書人(かくひと)を
ほしきとたゝずみ佇(まち)て居らるゝにつき其元(そこもと)を召出(めしだ)したであるさて出立(でたち)の猛(たけ)きことは
赤土(せきと)を以(もつ)てとぎたつた星(ほし)のやきばを附(つけ)た流星(りうせい)といふ名剣(めいけん)をおび烏号(うがう)となづけ弦(つる)を
一(いつ)はいに張(はる)と円(まろ)く明月(めいげつ)のごとくなる弓(ゆみ)をもたせらる秋(あき)は陰気(ゐんき)にて草木(さうもく)をそぎからす
それと同(おな)じやうに秋陰(しうゐん)のものすさましきが蜀(しよく)の道(みち)を通(とを)る時(とき)生(おこ)るであらう軍(いくさ)のこと
ゆへ人をいためる殺気(さつき)が蜀(しよく)の湟中(くわうちう)をかこみ繞(めぐる)であらう風(かせ)の吹(ふい)て雨(あめ)の散(さん)ずる如く何(いく)
年(ねん)も別(わか)るゝことならん又/一説(いつせつ)に軍中(ぐんちう)に行(ゆき)つき風雨(ふうう)の有(ある)さびしき時(とき)は何(いづ)れの年(とし)に別(わか)れ
しやと思(おも)ひ出(いだ)すであらん扨(さて)琴(きん)を弾(たん)じ樽(そん)をひかへて暫(しばら)く相同(あいおなじ)くしてをる又(また)一説(いつせつ)には琴(きん)
樽(そん)を復(また)此日(このひ)の様(やう)に同(おな)しく楽(たのし)むは何(いづ)れの時(とき)であらん別(わかれ)を送(おく)りし後(のち)此離亭(このりてい)から
望(のぞ)むべからずなぜなれば溝(ほり)の水(みづ)が自(おのづ)から西東(にしひがし)へ分(わか)つて流(なが)るゝはそこもとは西(にし)の遠方(えんはう)へ行(ゆき)
我(われ)も東(ひがし)の方(かた)に有て隔(へだゝ)りをるをいとゞ思(おも)ひ出(だ)しなつかしくなる詩(し)の八/句目(くめ)に湟中(くわうちう)とある
は明(みん)の時(とき)陝西(せんせい)臨洮(りんてう)の地(ち)じや又/廟略(べうりやく)は先祖(せんぞ)の廟(べう)に策(はかりこと)を密談(みつだん)して先霊(せんれい)へも聞(きく)に
達(たつ)する意(こゝろ)にて帝(みかど)も大/将(しやう)も廟(やしろ)に会談(くわいだん)すること也
【挿絵】
霊隠寺(れいゐんじ) 駱賓王(らくひんわう)
鷲嶺鬱岧嶢(じゆれいうつとしてせうげう)。龍宮鎖寂寥(りようきうさしてせきれう)。楼(ろうには)観(みる)_二滄海日(さうかいのひを)_一。門(もんは)
対(たいす)_二浙江潮(せつかうのしほに)_一。桂子月中落(けいしげつちうにおち)。天香雲外飄(てんかううんぐわいにひるかへる)。捫(からみて)_レ蘿(つたを)
登(のぼること)_レ塔(たふに)遠(とほく)。刳(くぼめて)_レ木(きを)取(とること)_レ泉(いづみを)遙(はるかなり)。霜薄華更発(しもうすふしてはなさらにひらき)。氷軽葉(こほりかろふしては)
互凋(たがひにしぼむ)。夙齢(しくれい)尚(たつとび)_二遐異(かいを)_一。披対(ひつい)滌(あらふ)_二煩囂(はんげうを)_一。待(まつて)_レ入(いるを)_二 天台(てんだいの)
路(みちに)_一。看余(みよよが)度(わたることを)_二石橋(しやくけうを)_一。 【印「譱靖」「松軒」】
霊隠寺(れいゐんじ)は天竺(てんぢく)の鷲嶺(じゆれい)のごとくにして鬱(こんもり)と岧嶢(たかい)山寺(やまでら)ゆへ参詣(さんけい)する人もなく龍(ほん)
宮(ぐう)も戸(と)を鎖(とざし)て寂寥(しづか)になること也しかし景色(けしき)はよい山門(さんもん)の楼(ろう)から見ると滄海(さうかい)より
上(のぼ)る旭(あさひ)のけしきをみる門(もん)は浙江(せつかう)の名高(なたか)い大浪(おほなみ)の立(たつ)潮(しほ)に対(たい)し扨(さて)此寺(このてら)の実事(じつじ)を述(のべ)て
云(いふ)ふしぎなるかな秋(あき)の夜(よ)此地中(このちちう)に桂(かつら)の子(み)が珠(たま)の如(こと)くにて月中(げつちう)より落(おち)て天香(てんかう)の妙(たへ)なる
匂(にほひ)わたり雲(くも)の外迄(あたりまで)飄々(ぽつ〳〵)とした此(この)二/句(く)を流水対(りうすゐつい)と云/高(たか)き所(ところ)に路(みち)がないゆへ懸崖(がけ)に生(はへ)
下(さが)りし蘿(つた)を手(て)に捫(から)みつけ塔(たふ)へ登(のぼ)るに遠(とを)い所(ところ)じや木(き)を刳(くぼめ)筧(かけひ)にして寺の庫裏(くり)に泉(いづみ)を
取(とる)遥(はるか)な山奥(やまおく)なれど時節(じせつ)が霜(しも)がうすく降故(ふるゆへ)花(はな)もこゝかしこに開(ひら)き氷(こほり)も軽(かろ)くあるゆへ
葉(は)もあちこちと互(たがひ)に凋(しぼ)む手前も夙齢時(わかきとき)より此様(このやう)な世(よ)を遐(はるか)にする異(こと)なる処(ところ)を尚(たつ)とぶ
悦(よろこば)しきことは今日(けふ)襟(えり)を披(ひら)き相対(あいたい)して世(よ)のわづらはしき囂(かまびす)しきけがれたことを滌(あらひ)そゝひで
心(こゝろ)がいさぎよいとこれ迄(まで)宋之問(そうしもん)が作(つく)りしを賓王(ひんわう)がつぎたしてから詩(し)になりしゆへ賓王(ひんわう)とした
とみへるまだ此寺(このてら)ばかりでない天台山(てんだいさん)へ入(いる)を待(まつ)て見よ余(よ)が石橋(しやくけう)のせまくて底(そこ)のしれぬ
谷(たに)を見おろす処(ところ)を渡(わた)り役(やく)を世(よ)に汚(けが)れぬ心(こゝろ)をしれと自慢(じまん)したのじや
【挿絵】
宿(しゆくして)_二温城(をんじやうに)_一望(のぞむ)_二軍営(ぐんえいを)_一
虜地寒膠折(りよちかんかうをれ)。辺城夜柝聞(へんじやうやたくきこゆ)。兵符(へいふ)関(くわんし)_二帝闕(ていけつに)_一。天策(てんさく)動(うごかす)_二将軍(しやうぐんを)_一。
塞静胡笳徹(さいしづかにしてこかてつし)。沙明楚練分(いさごあきらかにしてそれんわかる)。風旗(ふうき)翻(ひるがへし)_二翼影(よくえいを)_一。霜剣(さうけん)転(てんず)_二龍文(りようふんを)_一。
白羽揺(はくううごいて)如(ごとく)_レ月(つきの)。青山断(せいざんきれて)若(ごとし)_レ雲(くもの)。煙疎(けふりおをそかにして)疑(うたがひ)_レ巻(まくかと)_レ幔(まんを)。塵滅(ちりめつして)似(にたり)_レ銷(せうするに)_レ氛(ふんを)_一。
投(たうじて)_レ筆(ふでを)懷(おもひ)_二班業(はんげふを)_一。臨(のぞんで)_レ戎(いくさに)想(おもふ)_二顧動(こどうを)_一。還(かへつて)応(まさに)【左ルビ「べし」】_下雪(きよめ)_二漢恥(かんちを)_一。持(ちして)_レ此(これを)報(ほうず)_中明君(めいくんに)_上。
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虜(えびす)の地(ち)も秋(あき)の陰気(ゐんき)に向(むか)ひ弓(ゆみ)の膠(にかは)もかわき折(をれ)る其時(そのとき)を相図(あいづ)にして寇(あた)をするゆへ辺塞(へんさい)の城(しろ)
も油断(ゆだん)してはならぬゆへ夜廻(よまわ)りの柝(ひやうしぎ)をたへず打(うつ)てまわる天子(てんし)給はる兵符(へいふ)は半(なかば)は帝闕(きんり)に
関(あづか)り半(なかば)は大将(たいしやう)に遣(つか)はされ臣(しん)として君(きみ)を奉(たいせつ)にする処を関(くわん)の字(じ)で聞(きか)せた天子(てんし)より策(はかりごと)を
相談(さうだん)なされ其威(そのゐ)が将軍(しやうぐん)にのりうつり震(ふる)ひ動(うご)く動(どう)の字(じ)で君(きみ)より臣(しん)に命(めい)ぜらるゝ
ことを含ませた大将(たいしやう)の下知(げぢ)がよいゆへ塞上(ぢんや)も静(しづか)にして胡笳(こか)の声(こゑ)が徹(きこへ)わたる月光(げつくわう)が輝(かゞや)き
沙(いさご)はらの戦場(せんじやう)も明(あき)らかにして先陣(せんぢん)後陣(ごぢん)の人も間違(まちがは)ぬやうに合印(あいぢるし)をし楚練(しろきぬ)を襟(えり)に
ぬひつけ袖(そで)にぬひつけたるははつきりと分(わか)れてみへる風(かぜ)が吹(ふけ)ば建(たて)ならべた旗(はた)に鳥(とり)の画(ゑ)が
書(かい)てある翼(つばさ)の影(かげ)が翻(ひらめ)くやうな翼(つばさ)の字(じ)は陣取(ぢんと)りの宜(よき)を含(ふく)んで云/霜(しも)のふりかゝりしごとく
ぞつとしたる剣(つるぎ)は龍(りよう)の文(もやう)を転(てん)ず龍文(りようぶん)は軍兵(ぐんびやう)威勢(ゐせい)のすさまじきを含(ふくん)で云又/名剣(めいけん)が龍(りよう)
に化(け)したることが有(ある)をも含(ふくま)せた白羽(はくう)の箭(や)を帯(おび)たる軍勢(ぐんぜい)が往来(ゆきゝ)して揺(うご)き度(わた)るは月(つき)の
照(てら)すごとくそれが青山(せいざん)のふもとを往来(わうらい)するゆへ中(なか)が断(きれ)てみへぬ雲(くも)のちら〳〵あるゝ【「あるゝ」は「あるく」ヵ】様(やう)に思(おも)はる
又一説(またいつせつ)には諸葛孔明(しよかつこうめい)が白羽扇(はくうせん)を持(ち)し三軍(さんぐん)を指揮(さしづ)する其扇(そのあふぎ)の揺(うご)くやうすは月(つき)のごと
くにある軍兵(ぐんひやう)の屯(たま)りし青山(せいざん)のふもとの中(なか)ほどが断(きれ)て雲(くも)のちら〳〵とするごとくに有(ある)煙(けふり)も
まばらにきれ〴〵に有(ある)は陣(ぢん)やの幔(まく)を巻(まき)あぐるかと疑(うたが)ひ天気(てんき)がさへわたり蹴立(けたつ)る塵(ちり)も
滅(きへ)なくなり氛(ふん)と云あしき兵気(へいき)が銷(きえ)るやうに似(に)るかゝる時(とき)は学問(がくもん)をやめ軍(いくさ)をし功(こう)を
立(たて)たく有(ある)ゆへ筆(ふで)を投(なげ)すて班超(はんてう)がした功業(こうげふ)を懐(おもひ)てしたひ此戎(このいくさ)に臨(のぞん)で晋(しん)の顧栄(こえい)が謀(む)
叛人(ほんにん)の陳敏(ちんびん)を亡(ほろほ)した功勲(こうくん)をしたひ思(おも)ふ還(かへつ)てとはこゝでは必(かならす)とみるがよい必(かなら)ず漢(かん)の高祖(かうそ)が
匈奴(きようど)にまけて匈奴(きようど)を婿(むこ)にしたやうな恥(はぢ)を雪(すゝい)で班超(はんてう)顧栄(こえい)のした軍功(ぐんこう)を持(ち)して
明君(めいくん)の恩(おん)を報(ほう)ぜんと思ふ
【挿絵】
在(あつて)_レ広(くわうに)聞(きく)_三崔馬二御史並(さいばにぎよしがならびに)登(のぼるを)_二相台(しやうだいに)_一 蘇味道(そみだう)
振鷺纔飛日(しんろわづかにとぶひ)。遷鶯遠聴聞(せんあうとおくてうぶんす)。明光共(めいくわうともに)待(まち)_レ漏(ろうを)。清覧各(せいらんおの〳〵)披(ひらく)_レ雲(くもを)。
喜(よろこび)_レ得(うるを)_二廊廟挙(らうべうのきよを)_一。嗟(なげく)_レ為(なすことを)_二台閣分(だいかくのぶんを)_一。故林(こりん)懐(おもひ)_二柏悦(はくえつを)_一。新握(しんあく)阻(へたつ)_二蘭薫(らんくんを)_一。
冠去神羊影(かんむりはさるしんやうのかげ)。車迎瑞雉群(くるまはむかふずゐちのむれ)。遠(とをく)従(より)_二南斗外(なんとのほか)_一。遥(はるかに)望(のぞむ)_二列星文(れつせいのぶんを)_一。
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南(みなみ)の広州(くわうしん)に役(やく)を勤(つとむ)る時(とき)崔氏(さいし)馬氏(ばし)二人(ふたり)の御史(めつけ)が宰相(さいしやう)の台(やくしよ)に登(のほ)ると聞(きゝ)悦(よろこん)で贈(おく)る詩(し)也
振鷺(しんろ)はむれさぎ大(だい)は先(さき)小(せう)は後(あと)よりなみよく並(なら)び飛故(とぶゆへ)二人/方々(はう〴〵)振鷺(しんろ)の如(ごと)くなみよく
わづかに飛(とび)ゆくごとき日(ひ)も有(あり)しに此度(このたび)喬木(けうぼく)に遷(うつ)る鶯(うぐひす)の様(やう)に立身(りつしん)役(やく)がへ有(あり)しを遠(とを)くに
居(ゐ)て聴聞(せうち)いたした今(いま)は中書郎(ちうしよらう)尚書郎(じやうしよらう)となり宰相(さいしやう)の台(やくしよ)に勤(つとめ)られ明光殿(めいくわうでん)に詰(つめ)られ
綸言(りんげん)を書(かく)ことも二人共に明六時(あけむつどき)の漏刻(とけい)を待(まつ)て居(ゐ)られやう綸言(りんげん)の文(ぶん)を清覧(おめどをり)に備(そなへ)る
ことは二人共に各(おの〳〵)雲(くも)を披(ひらひ)て白日(はくじつ)を望(のぞ)むごとく直(たゞち)に龍顔(りようがん)を拝(はい)するであらう重(おも)き役(やく)を
命(めい)ぜらるゝには廊廟(らうべう)にて天子(てんし)宰相(さいしやう)相談有(さうだんあり)御先祖(ごせんぞ)へ達(たつ)する意(こゝろ)也しかしこゝでは廊廟(らうべう)は
朝廷(てうてい)と見るがよい二人/朝廷(てうてい)へ召(めさ)れ挙(あげ)らるゝことを喜(よろこ)ぶ也さりながら二人が一人は鸞台(らんだい)
一人は鳳闕(ほうけつ)と役所が分(わか)つて勤(つとめ)をなすこと嗟(なげ)かしく思(おも)はれん故林(ふるきなかま)の人々も冬木(ふゆき)の松(まつ)が茂(しげ)る
と同性(どうしやう)の柏(かく)が悦(よろこ)ぶやうに元(もと)の仲間(なかま)の人(ひと)〳〵も云には外(ほか)の役所(やくしよ)から相台(しやうだい)に登(のぼ)るもしかたも
ない此方(こなた)の御史(めつけ)の中(うち)から出(いで)られたれば悦(よろこば)しき事(こと)と懐(おも)はれん御史(めつけ)の役所(やくしよ)に柏樹(はくじゆ)の有(ある)
ことが漢書(かんじよ)にある夫(それ)をも含(ふく)み林(はやし)の字(じ)から柏(はく)の字(じ)を産(うん)だ御/側(そば)に出(いづ)る者(もの)は香(かう)を懐(ふところ)にし
て出(いづ)る二人が新(あら)たに手(て)に蘭(らん)を握(にぎり)つけて居(い)る其蘭(そのらん)の薫(かほ)りはふるき仲間(なかま)の人(ひと)には阻(へだゝ)り
遠(とを)ざかり心安(こゝろやす)く近(ちか)よることが出来(でき)ぬ御史(めつけ)を勤(つとめ)て居(ゐ)らるゝ時(とき)の冠(かんむり)は去(のけ)て神羊(しんやう)と云/恐(おそろ)しい
影(かげ)はなくなり郎官(らうくわん)に移(うつ)られ車(くるま)に乗(のつ)て参内(さんだい)あるに漢(かん)の蕭芝(せうし)を見る様(やう)に瑞(めで)たき雉(きじ)が群(むらかり)
て送迎(おくりむかへ)するであらう手前(てまへ)も遠(とを)く南斗(なんと)の外(あたり)より遥(はるか)に天帝(てんてい)の座(ざ)にちかき列星(れつせい)の文(ぶん)を仰(あをひ)で
望(のぞ)みあれが郎官(らうくわん)になられた所(ところ)を羨(うらやま)しく思(おも)ふと南斗(なんと)の星(ほし)と列星(れつせい)とつり合(あは)せて文字(もじ)を用(もちひ)たは働(はたらい)たものじや
【挿絵】
奉(たてまつる)_レ和(わし)_レ幸(みゆきするを)_二韋嗣立山荘(ゐしりふがさんさうに)_一応制(おうせい) 李嶠(りけう)
南洛師臣契(なんらくししんかなふ)。東巌王佐居(とうがんわうさのきよ)。幽情(ゆうせい)遺(わすれ)_二紱冕(ふつべんを)_一。宸眷(しんけん)矚(みる)_二樵漁(せうぎよを)_一。
制下峒山蹕(せいはくだるとうざんのひつ)。恩回灞水輿(おんはめぐるはすゐのよ)。松門(しようもん)駐(とゞめ)_二旌蓋(せいかいを)_一。薜幄(へきあく)引(ひく)_二簪裾(さんきよを)_一。
石磴(せきとう)平(たいらかに)_二黃陸(くわうりく)_一。煙楼(えんろう)半(なかばなり)_二紫虚(しきよ)_一。雲霞仙路近(うんかせんろちかく)。琴酒俗塵疎(きんしゆそくぢんそなり)。
喬木千年齢外(けうほくせんれいのほか)。懸泉百丈余(けんせんひやくぢやうよ)。崖深(きしふかうして)経(へ)_レ練(ねることを)_レ薬(くすりを)。穴古旧(あなふるうしてもと)蔵(をさむ)_レ書(しよを)。
樹宿(きにはしゆくす)摶(はうつ)_レ風(かせに)鳥(とり)。池潜(いけにはひそむ)縱(ほしひまゝなる)_レ壑(たにゝ)魚(うを)。寧知天子貴(むしろしらんやてんしのき)。尚(なを)憶(おもふ)_二武侯廬(ぶこうのろを)_一。
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南洛(なんらく)にある山荘(やまやしき)は伊尹(いゐん)太公望(たいこうばう)などの臣(しん)として師範(しはん)となる師臣(ししん)に契(かな)ふ嗣立(しりふ)の居(おる)山荘(やまやしき)
じや東巌(とうがん)に住(すみ)なれても天子(てんし)の補佐(ほさ)となる嗣立(しりふ)が居所(ゐどころ)じや夫故(それゆへ)天子(てんし)も此山水(このさんすゐ)の幽情(ゆうせい)
を悦(よろこび)給ひ紱冕(そくたい)の位(くらゐ)を忘(わすれ)て幸(みゆき)ある宸眷(ねんごろ)に思召(おぼしめし)樵漁(せうぎよ)のごとくしておる嗣立(しりふ)を尋(たづ)ね矚(み)
給ふ御制(みことのり)が下(くだ)り広成子(くわうせいし)が峒山(とうざん)に居(をる)ごとくなる嗣立(しりふ)の処(ところ)へ幸(みゆき)するゆへ蹕(ともまはり)をそろへよその
恩(おぼしめし)は長安(ちやうあん)の東(ひがし)にある灞水(はすゐ)より輿(こし)を回(めぐら)し幸(みゆき)せらる山荘(やまやしき)ゆへ仮(かり)に松(まつ)の木(き)で門(もん)を建(たて)たる
其中(そのうち)に旌(はた)や蓋(ひがさ)を駐(とゞめ)られ薜(つた)をからませ幄(とばり)をかけしめ其中(そのなか)に簪(かんざし)をさし冠(かんむり)をいたゞき長(ちやう)
裾(きよ)を引(ひき)群臣(ぐんしん)を引(ひい)て奥(おく)に入(い)れる黄陸(くわうりく)は天(てん)の日(ひ)の通(とを)る路(みち)を云/石磴(いしだん)なども天子(てんし)の幸(みゆき)
あるは黄陸(くわうりく)となつて平(たいらか)にあるきよき煙(けふり)のたな引(びく)楼(ろう)も天子(てんし)の御座(こざ)の間(ま)となつて禁虚(きんり)
が半(なかば)ある雲霞(うんか)も天子(てんし)幸(みゆき)ある仙路(せんろ)に近(ちか)くおこり琴(きん)を弾(たん)じ酒(さけ)を酌(くむ)も世(よ)の俗塵(ぞくぢん)の
やかましき事(こと)は疎(とを)くなり是(これ)より以下(いけ)は山荘(やまやしき)の古(ふる)めかしきことを云(いふ)年月(としつき)を経(へ)たる喬木(けうぼく)は千(ち)
齢(とせ)の外(ほか)も越(こえ)しと思(おも)ひ岩間(いわま)より落(おち)くる懸泉(たきのみづ)は百/丈余(ぢやうよ)も有/先祖(せんぞ)より持来(もちきた)りし山荘(やまやしき)ゆへ
古(ふる)めかしく山崖(やまぎし)の深(ふか)き処(ところ)は経(かつ)てと訓(くん)ずるもよし薬(くすり)を煉(ねり)し処もみへる昔(むかし)仙人(せんにん)が住居(すまゐ)せし
ならんと思はれ山(やま)に穴(あな)の有(ある)は旧(むか)し書(しよ)を蔵(をさめ)た処(ところ)なると思(おも)はれさて嗣立(しりふ)がことをほめて樹(じゆ)
木(もく)のしげりし中(なか)に宿(しゆく)せし鳥(とり)は風(かぜ)に搏(はうつ)て九/万里(まんり)を凌(しの)ぐ鵬(ぼう)ならんと池水(いけみづ)に潜(かく)れをる壑(たに)
一(いつ)はいにはだかる魚(うを)があるとこれにかこつけ嗣立(しりふ)が大(おほひ)なる器量(きりやう)を称(ほめ)た此(こゝ)で嗣立(しりふ)に恩(おん)をかけ
て云/寧(なん)そ知(ち)がついたか今(いま)の天子(てんし)はもとより生(はへ)ぬきの天子(てんし)ゆへ自然(しぜん)に貴(たつと)くまします劉備(りうび)などの
様(やう)に軽(かろ)きよりへのぼり天子(てんし)にならんとせしゆへ武侯(ぶこう)の廬(いほり)を三度(みたび)顧(かへりみ)て行(ゆか)れしが今(いま)の天子(てんし)は
其元(そこもと)武侯(ぶこう)の様(やう)に有(あり)共/何(なに)も用(もちゆ)ることがないから其元(そこもと)の廬(いほり)を憶(おもは)ずとすむことじや
【挿絵】
白帝城懷古(はくていじやうくわいこ) 陳子昂(ちんしごう)
日落滄江晚(ひおちてさうかうのくれ)。停(とゞめて)_レ橈(かぢを)問(とふ)_二土風(どふうを)_一。城(しろは)
臨巴子国(のぞむはしくに)。台没漢王宮(だいはぼつすかんわうきう)。荒服(くわうふく)
仍周甸(なをしうでん)。深山尚禹功(しんざんなをうこう)。巌懸青(いわほかゝつてせい)
壁断(へきたえ)。地険碧流通(ちけんにしてへきりうとうず)。古木(こぼく)生(しやうじ)_二雲(うん)
際(さいに)_一。帰颿(きはん)出(いづ)_二霧中(むちうに)_一。川途去(せんとさつて)無(なし)_レ限(かぎり)。
客思坐何窮(かくしそゞろになんぞきはまらん)。 【印「譱靖」「松軒」】
作者(さくしや)は蜀(しよく)の人此/時(とき)楚(そ)に行舟に乗(のり)三峡(さんかふ)よりこゝを通り此/詩(し)と峴山懐古(けんさんくわいこ)が出(で)
来(き)た日は西に落(おち)滄江(さうかう)も暮(くれ)に成(なり)心は急(いそ)げどもあまり古跡(こせき)の有/山水(さんすゐ)ゆへ船(せん)
頭(とう)にしばらく橈(かぢ)を停(とゞめ)よそこで土地(とち)の風景(ふうけい)を何〳〵に問(とひ)たれば答(こたへ)て云には
向(むかふ)の城(しろ)から臨(みおろ)すは巴子国(はしこく)でござる台(だい)はなくなりましたが漢王(かんわう)と呼(よば)れし
劉備(りうび)の居(ゐ)られし永安宮(ゑいあんきう)の跡(あと)でこざる辺鄙(へんひ)を荒服(くわうふく)と云此/周甸(しうでん)は禹(う)
貢(こう)に有のではないたゞ周(しう)の土地(とち)と云こと此/辺鄙(へんひ)なれども仍(なを)周(しう)の土(と)地ならん
深山(しんざん)の下(ふもと)水の流(なが)るゝは尚(なを)禹(う)の功(いさほ)が残(のこり)てみへる仍(しよう)尚(しよう)の二字/考(かんがへ)て遣た文字じや
感慨(かんがい)のあまり所がみへる扨(さて)荒服(くわうふく)深山(しんざん)ゆへ巌(いわほ)が高く懸(かゝ)りて青壁(せいへき)のごとく
なる処が中から断(たち)ちぎれその/険阻(けんそ)の地へ碧流(へきりう)が通るゆへ水/勢(せい)がはやい古木(こぼく)が
茂(しげ)り雲の間に生(はへ)ておる帰舟(きしう)に帆(ほ)をかけたれば三/峡(かふ)の間(あいだ)が冥(くら)きゆへ霧(きり)の中(なか)を
出(いで)てゆく川の途(みち)すぢが去て行先(ゆくさき)がはても限(かぎ)りもなく遠(とを)けれども客中(かくちう)に
古(いにしへ)を思ふ処が坐(おもはずしらず)にて何ぞ窮(きはま)り尽(つき)んや
【挿絵】
画本唐詩選《割書:五言古|七言古》全五冊 翠渓先生画
画本唐詩選《割書:七言律》全五冊 前北齋為一老人画
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天保四年癸巳春正月
彫工 杉田金助
日本橋通弐丁目
東都書林 小林新兵衛
【裏表紙】
絵入 開化往来 全
【右丁】
紀元二千五百三十三年春二月刊
《題:《割書:画(ゑ)|入(いり)》開化往来(かいくわわうらい)》
京摂 《割書:花説堂|文栄堂》蔵
【左丁】
序
先哲(センテツ)言(イ)へることあり学校(ガクカウ)の教(ヲシヘ)高上(カウシヤウ)に
して乏(トボ)しからむより寧(ムシ)ろ低(ヒキ)くして
普(アマ)ねからむを貴(タフトシ)とす茲(コノ)年(トシ)初秋(シヨシウ)
官(カミ)より命(オホセゴト)ありて 都鄙(トヒ)市郡(シグン)に学校(ガクカウ)庠(シヤウ)【左側ルビ:モノマナビ】
序(ジョ)【左側ルビ:|ドコロ】の設(マウ)け肇(ハヂマ)りしは下民(カミン)の幼童(ヨウドウ)を
誘導(ユウドウ)し玉ふ真(シン)に文明(ブンメイ)の化(クワ)至治(シイヂ)の沢(タク)
【右丁】
千載(センザイ)の一時(イチジ)とや【?】云(イヒ)つべしされども市井(シセイ)
の民(タミ)田舎(デンシヤ)の児童(ジドウ)未(イマ)だ旧習(キウシユウ)を去(サ)らず一文(イチモン)
不通(フツウ)の輩(トモガラ)多(オホ)ければ始(ハジメ)より学校(カクカウ)に入難(イリガタ)く
思(オモ)へるも多(オホ)かるべし我(ワガ)知己(チキ)宇喜多練(ウキダレン)な
る者(モノ)頃日(コノコロ)病間(ビヨウカン)【左側ルビ:ビヨウキチウ】無聊(ブレウ)【左側ルビ:ヂヨサイナク】開化往来(カイクワワウライ)といへる文(フミ)を
著(アラハ)し綴(ツヾ)れり其書(ソノシヨ)専(モハ)ら今時(コンジ)の風体(フウテイ)にして
西洋(セイヨウ)各国(カクコク)風土(フウト)物産(ブツサン)名物(メイブツ)称呼(シヤウコ)を記載(キサイ)
【左丁】
して遺(ノコ)さず座(ヰ)なから彼国(カシコ)の事情(ジセウ)を
目撃(モクゲキ)するがごとし幼童(ヨウドウ)もし此書(コノシヨ)に因(ヨ)
り予(アラカジ)め天地間(テンチカン)事物(ジブツ)の理(リ)をも弁別(ベンベツ)する
ことあらば往々(ワウ〳〵)庠序(シヨウジヨ)の教(ヲシヘ)に入(イ)り道(ミチ)を
明(アキ)らめ智(チ)を開(ヒラク)の階梯(カイテイ)ともならむと
云爾
壬申 季秋 浪華
桂屑間人識
【右丁 挿絵】
商栄丸
【左丁 挿絵】
芳瀧画【陽刻落款印】▢木
【左丁 挿絵】
【右丁】
【上部 挿絵】
開化往来(かいくわわうらい)
方今維新(はうこんゐしん)。文明日(ぶんめいじつ)
開(かい)之 秋(とき)。海外交際(かいぐわいかうさい)。
賈易隆盛(ばうえきりうせい)。於(おいて)_二諸(しよ)
港(こうに)_一。運輸(うんゆ)出入之物(しゆつにうのぶつ)
【両丁 上部挿絵】
【右丁】
品(ひん)。通用(つうよう)之/新貨(しんくわ)
幣(へい)。本位(ほんゐ)金貨(きんくわ)。二
十/円(ゑん)。拾円。五円。弐
円。壱円。定位(ていゐ)銀
貨(くわ)之五十銭。以_二 二/枚(まいを)_一為(たり)
【左丁】
壱圓_一。二十銭。十銭。
五銭。各(おの〳〵)右(みぎ)に準(じゅんじて)
而/可(べき)_レ為(たる)_二通用(つうよう)_一也。銅貨(どうくわ)
之/定位(ていゐ)。壱銭半銭
一/厘(りん)賈易(ばうゑき)銀(ぎん)は。一
【右丁 本文】
圓也。其外(そのほか)枝幣(しへい)
略(りゃくす)_レ之(これを)。外国(ぐわいこく)之(の)通用(つうよう)
金貨。封度(ぽんと)。弗(どるらる)。一(いち)
拿破崙(なぽれおん)銀銭(ぎんせん)時令(しるりんぐ)。
仏蘭古(ふらんく)等銅銭
【左丁 本文】
便尼(ぺんにい)等(とう)。猶(なほ)其外(そのほか)雖(いへども)
_レ多(おほしと)。鍳(かんし)_二真贋(しんがんを)_一。可(べき)_レ致(いたす)_二取(とり)
扱(あつかひ)_一也。家屋は。城。衛(そと)
城(くるは)。野堡(のじろ)。都街(ぜうか)《振り仮名:十-字|ま》
街(ち)。市店(してん)。邨舎(ゐなかや)。礼(らい)
【上段図解】
城(シロ)
衛城(ソトグルワ)
野堡(ノシロ)
都街(ジヤウカ)
村舎(ヰナカヤ)
街(マチ)
礼拝堂
【右丁 本文】
拝堂(はいだう)塔(とう)。駅舎(はたごや)。報(あい)
信楼(づだい)。水磨(みづくるま)。風磨(かざくるま)。
蘆舎(こや)。村庄(とりいれいゑ)。草舎(わらぶきごや)。避(かみ)
雷柱(なりよけ)。牌坊(いさほしのもん)。遊歩場(ゆうほぜう)
中(ちう)。庭(には)。噴水機(ふんすいき)。気(き)
【左丁 本文】
燈(とう)。戸。鉄門(てつもん)。墻壁(かきかべ)。楼(だん)
梯(ばしご)。窓門(そうもん)【左ルビ:ビイドロマド】。石磴(いしだん)。遮(ひよ)
陽(けど)。欄干(てすり)。板葉窓(ひよけたゝみど)。【窗は窓の本字】穹(ま)
窿承塵(るてんじやう)。抽水管(みづあげ)。
門閂(くわんぬき)。鎖(じやう)。弔鎖(ゑびじやう)。鑰(かぎ)。温(おん)【左ルビ:ザシキ】
【上段図解】
駅舎(ハタゴヤ)
塔(タウ)
報信楼(アイヅダイ)
水磨(ミゾグルマ)
風磨(カザグルマ)
草舎(ワラブキゴヤ)
蘆舎(コヤ)
村庄(トリイレイヘ)
避雷柱(カミナリヨケ)
牌坊(イサホシノモン)
噴水機(ミヅフキシカケ)
気燈俗ニガス燈ト云
墻壁(カベ)
鉄門(テツノモン)
【右丁 本文】
室爐(しつろ)【左ルビ:アタヽメノロ】。順風魚(かさみ)。壮観(そうくわん)
奇麗(きれい)。驚(おどろかす)_レ目(めを)建営(けんえい)
也。衣服(いふく)は。背心(どうぎ)【左ルビ:チョツキ】。大袗(うはぎ)【左ルビ:マンテル】。
大褲(もゝひき)。肌襦伴(はだじゆばん)。下股(したもゝ)
引(ひき)。大褲釣(ずぼんつり)。頸帯(えりしめ)。
【左丁 本文】
襟巻(えりまき)。胴服(どうふく)。背広(せびろ)。
鳶合羽(とんびかつば)。高帽(かさ)。手(て)
套(ふくろ)。足套(くつした)。襪子(ながたび)。女帽(おんなのかぶりもの)。
女袍(ながうはぎ)。女袗(うはぎ)。杖(つゑ)。鞋(く)
子(つ)。両靴(ながぐつ)【雨では】。女靴。凉傘(ひがさ)
【右丁上段 図解】
欄干(テスリ)
楼梯(ハシゴダン)
窓門(ビイドロマド)
遮陽(ヒヨケド)
穹窿承塵(マルテンジヤウ)
板葉窓(ヒヨケタタミド)
抽水管(ミヅアゲ)
【左丁上段 図解】
門閂(クハンヌキ)
鎖(ジヤウ)
順風魚(カザミ)
鑰(カギ)
温室爐(サシキアタヽタメノロ)
弔鎖(エビジヤウ)
大袗(ウハギ) 筒袖ハオリナリ
俗ニマンテルト云
背心(ドウギ)
俗ニチヨクキ
ト云
【右丁 本文】
蝙蝠傘(かうもりがさ)。沓箆(くつへら)。沓(くつ)
刷子(けはらひ)。櫛(くし)の類。朝夕(てうせき)
之/食料(しよくりやう)。米(こめ)。麦(むぎ)。粟(あわ)。
黍(きび)。稗(ひえ)。豌豆(えんどう)。蚕豆(そらまめ)。
馬鈴薯(ばれいいも)。胡椒(こせう)。芥子(からし)。
【左丁 本文】
蕪菁(かぶら)。麪包(ぱん)。乾餅(びすこふと)。
菓子(くわし)。牛肉(ぎうにく)。豕(ぶた)□。酪(ぼうとる)。
乾酪(ほしす)。豕脂(ぶたのあぶら)。塩(しほ)。砂糖(さとう)。
茶。烟草(たばこ)。醤油(しやうゆ)。酢(す)。
酒(さけ)は。比留酒(びいるしゅ)。葡萄(ぶどう)
【右丁 上段図解】
大褲(モモヒキ)俗ニスボント云
肌襦伴(ハダジユバン)
下股引(シタモヽヒキ)
スボンツリ
高帽(カサ)
襟巻(エリマキ)
頸帯(エリシメ)
鳶合羽(トンビカツパ)
【左丁 上段図解】
手套(テブクロ)
足套(クツシタ)
女帽(ヲンナノカブリモノ)
襪子(ナガタビ)
女袍(ヲンナノナガキウハギ)
鞋子(クツ)
杖(ツエ)
両靴(ナガクツ)【雨では】
女袗(ヲンナノウハギ)
櫛(クシ)
刷子(ケハラヒ)
沓箆(クツベラ)
【右丁 本文】
酒。西遊里(しゑり)。利休(りきう)。
保多和因(ほるとわいん)。法蘭泥(ふらんてい)
酒。世因布留(せねふる)。酸(さん)
封(ばん)酒。純酒(じゆんしゆ)。唯西基(いすぎ)
酒。其外/銘酒(めいしゅ)雖(いへとも)_二
【左丁 本文】
数酒(すうしゆ)_一略(りやくす)_レ之(これを)。高機(たかはた)
織物(をりもの)之国産(こくさん)は。
羅紗(らしゃ)。羅背板(らせいた)。猩(せう)
々緋(ぜうひ)。天鵞絨(びろど)。勝山(かつさん)。
兜羅綿(とろめん)。布羅(ふら)
【右丁 上段図解】
凉傘(ヒガサ)
蝙蝠傘(カウモリカサ)
馬鈴薯(ジヤガタライモ)
米(コメ)
麦(ムギ)
蕪菁(カブラ)
豕脂(ブタノアブラ)
牛肉(ギウニク)
【左丁 上段図解】
砂糖(サトウ)
茶(チャ)
煙草(タバコ)
銘酒類
【右丁 本文】
因爾(ねる)。毛繻子(けじゆす)。呉路(ごろ)
絹(きぬ)。呉呂綾(ごろあや)。呉呂
阿尓波加(あるはか)。仏蘭(ふらん)
機多(けつと)。唐桟縞(とうざんしま)。木綿(もめん)。
生絹(きいと)。蚕卵紙(たねがみ)。本(ほん)
【左丁 本文】
耳(みみ)。縞耳(しまみみ)。綿類(めんるい)。莫(めり)
大小(やす)。西洋本綿(かなきん)。棉(わた)
類(るい)。仕立様(したてよう)。護領(うはまへ)。
外襟(うはゑり)。袪(そでぐち)。衽(おくび)。裏襟(うらゑり)
襞襀(ひだ)。笹縁(ささべり)。釦子(ぼたん)
【右丁 上段図解】
織物類(オリモノルイ)
仏蘭機多(フランケツト)
【左丁 上段 挿絵】
【右丁 本文】
金銀(きんぎん)之/錺(かざり)等。可_レ応(おうず)
_レ好(このみに)也。日用(にちよう)之/家具(かぐ)。
圏手椅(おしまづき)。掛椅(こしかけ)。睡(ね)
房(ま)。箪笥(たんす)。臥床(ねどこ)。吊(こどもの)
床(とこ)。布篇(のれん)【左ルビ:トバリキヌ】。書厨(ほんばこ)。
【左丁 本文】
写字台(かきものだい)。瓦(かはら)。練(れん)
化石(くわせき)。食事台(しよくじだい)【左ルビ:テープル】。同(おなじく)
敷物(しきもの)。平(ひら)磁碎(ばち)。碟(さ)
子(ら)。湯兜(すいものいれ)。玻璃(びいどろ)酒(とく)
罇(り)。酒壺(ふらすこ)。茶瓶(ちやだし)。珈(かう)
【右丁 上段 挿絵】
【左丁 上段図解】
掛椅(こしかけ)
臥床(ネドコロ)
睡房(ネマ)
箪笥(たんす)
【右丁 本文】
琲注(ひいだし)。水呑(みづのみ)。高脚(こつ)
盃(ぷ)。羹匙(さじ)。叉子(にくさし)。包(はう)
丁(てう)。花活(はないけ)。茶鍾台(ちやわんだい)。
乳汁入(にうじういれ)。食【注】油壺(あぶらいれ)。
塩盅(しほいれ)。砂糖盅(さたういれ)。砂(さ)
【左丁 本文】
糖/挟(はさみ)。薬味盅(やくみいれ)。手(てう)
水台(づだい)。水指(みづさし)。金盥(かなたらひ)。
水/翻(こぼし)。手拭(てぬぐひ)。楊子入(やうじいれ)。
漱茶碗(うがひちやわん)。石鹸入(しやほんいれ)。巻(まき)
煙草(たばこ)入。鏡(かゞみ)。玻璃(すがた)
【右丁 上段図解】
書厨(ほんばこ)
写字台(かきものだい)
食卓(めしづくへ) 俗ニテーフル
酒壺(とくり) 俗ニフラスコ
碟子(さら)
湯兜(スイモノイレ)
茗瓶(ちやだし)
磁碎(はち)
【左丁 上段図解】
花活(ハナイケ)
茶鍾台(チヤワンダイ)
乳汁入(ニウジウイレ)
食油壺(アブライレ)
塩盅(シホイレ)
砂糖盅(サトウイレ)
さとうはさみ
薬味入(ヤクミイレ)
醤油。酢
油。けし。
胡せう。等也
【すぐ上の字「入」を下の字「良」が兼用している。】
【右丁 本文】
鏡(み)。百音琴(びあの)。画架(がく)。
火爐(ひばち)。書机(つくへ)。几氈(きせん)。地(ぢ)
氈(せん)。招牌(かんばん)。蘭弗(らんぷ)。曜(かざり)
珠燈(とうろう)。燭台(しよくだい)。手燭(てしよく)。々(しん)
刀(きり)。提燈(てうちん)。石炭油(せきたんゆ)。馬(うま)
【左丁 本文】
払。馬櫛(うまぐし)。毛蒲団(けぶとん)。藁(わら)
蒲団/敷物(しきもの)。枕櫃(まくらびつ)。
銀筐(かねばこ)。皮匣(かはご)。飯桶(めしびつ)。盆(ぼん)
盂(はち)。陶器(せともの)。玻瓈(がらす)。茶(ちや)
盒(いれ)。鍋釜(なべかま)。竈(かまど)。厨䆴(ひちりん)。
【右丁 上段図解】
手水台(テウヅダイ)
水指(ミヅサシ)
金盥(カナタライ)
水飜(ミヅコボシ)
手拭(テヌグイ)
漱茶碗(ウガヒチヤワン)
楊子
フタ
楊子入(ヤウジイレ)
石鹸入(シヤボンイレ)
フタ
カケゴ
【左丁 上段図解】
百音琴(びあの)
玻璃鏡(すがたみ)
茶鍾(ちやわん)
巻烟草(まきたばこ)
肉墩(まないた)
【右丁 本文】
丼(どんぶり)。宍墩(まないた)。炙肉子(にくやき)。梳(くし)
匣(ばこ)。水甕(みづがめ)。提壺(てつきとくり)。提(て)
籃(かご)。鉄鈀(あぶりこ)。火鏟(じうのう)。火鉗(ひばさみ)。
炭取(すみとり)。炭(すみ)。石炭(せきたん)。薪(たき)
木(ぎ)。瓷鍋(どなべ)。鉄鍋(いりなべ)。
【左丁 本文】
坩堝(るづほ)。瓷壺(どつぼ)。油(あぶら)壺。
銅鑵(やくわん)。《振り仮名:串𦠁|やきぐし》。撇沫杓(あみじやくし)。
羹杓(しやくし)。発火匣(ほくちばこ)。鑚(すり)
附木(つけぎ)。蝋燭(らうそく)。箒(はふき)。払(ほつ)
子(す)。払塵子(ちりはらひ)。漏斗(じやうご)。臼(うす)。
【右丁 上段図解】
燈檠(しよくだい)
燭台(しよくだい)
手燭(てしよく)
石炭油(せきたんゆ)
剪燼(しんきり)
刷子(けはらひ)
地氊(しきもの)
【右丁 上段図解】
厨䆴(ヒチリン)
竈(カマド)
肉墩(マナイタ)
水甕(ミヅガメ)
炙肉子(ニクヤキ)
提壺(テツキドクリ)
鉄鈀(アブリコ)
提籃(テカゴ)
【右丁 本文】
石臼(いしうす)。杵(きね)。礪桶(といしおけ)。提(て)
桶(おけ)。鉄槌(かなづち)。鋸子(のこぎり)。天秤(はかり)。
転錐(まはしぎり)。木椎(つち)。千斤(くぎぬき)。
老鼠砧(かねはさみだい)。鉋子(かんな)。銕砧(かなとこ)。
銼子(やすり)。螺錐(ねぢきり)。鑿子(のみ)。
【左丁 本文】
螺釘(ねぢくぎ)。ゝ(くぎ)。斧(おの)。工作床(しごとだい)。
钁斧(つるのはし)。鏟(すき)。鈀子(ぢならし)。三脚(みつまた)
鏟(すき)。如蓮(しよれん)。耨刀(くさかりがま)。犂(からすき)。
連耞(からさほ)。鉄把(くまで)。箕(み)。篩(ふるひ)。
鞴(ふいご)。橇(そり)。綱(つな)。棒(ぼう)。農車(のうしや)。
【右丁 上段図解】
火鉗(ヒバサミ)
薪(タキギ)
火鏟(ジフノウ)
煮肉壺(ニクニルツボ)
銅鍋(アカヾネナベ)
鉄鍋(イリナベ)
羹杓(シヤクシ)
撇沫杓(アミジヤクシ)
スリツケギ
【左丁 上段図解】
漏斗(ジヤウゴ)
払塵子(チリハラヒ)
箒(ハヽキ)
提壺(テツキツボ)
磨刀石(トイシ)
提桶(テオケ)
鉄槌(カナツチ)
鋸子(ノコギリ)
【右丁 本文】
鋤(すき)。耙(くわ)。紙(かみ)。舶来紙(はくらいし)。
書籍(しよせき)。原書(げんしよ)。翻訳(ほんやく)
書(しよ)。写本(しやほん)。硯(すずり)。墨(すみ)。墨(すみ)
罇(つぼ)。筆(ふで)。々箱(ばこ)。定木(ぢやうぎ)。
観書台(けんだい)。鵞筆(がひつ)【左ルビ:ペン】。
【左丁 本文】
墨汁(いんき)。石盤(せきばん)。石筆(せきひつ)。鋼(は)
鉄筆(かねふで)。写字箱(ぶんこ)。楊(やう)
枝(じ)。写真絵(しやしんゑ)。油絵(あふらえ)。
石鹸(しやぼん)。香水(かうすい)。護謨糸(ごむいと)。
平糸(ひらいと)。剃子(かみそり)。鋏(はさみ)。刀子(こがたな)。
【右丁 上段図解】
天平(テンピン)
転錐(マハシギリ)
木椎(ツチ)
千斤(クギヌキ)
老鼠砧(カネハサミダイ)俗ニトリネヂト云
鉄砧(カナトコ)
鉋子(カンナ)
【左丁 上段図解】
螺錐(ネヂキリ)
銼子(ヤスリ)
螺釘(ネヂクギ)
鑿子(ノミ)
釘(クギ)
斧(ヲノ)
钁斧(ツルノハシ)
工作床(シゴトダイ)
鏟(スキ)
【右丁 本文】
布拉子(ぶらし)。白粉(おしろい)。香油(かうゆ)
等。捌方見計(さばきかたみはからひ)。可_レ被_二
仕入_一也。水陸軍(すいりくぐん)之
兵器(へいき)。大砲(たいはう)。呵㶧(かのん)。
莫尓知児(もるちる)。小銃(せうじう)。騎(き)
【左丁 本文】
馬銃(ばじう)。元込(もとごみ)銃。弾丸(たま)。
珂㶧弾(かのんたん)。柘榴弾(さくろたん)。
霰(あられ)弾。破裂弾(はれつだま)。鉄(てつ)
弾。鉛弾(なまりたま)。雷管(とんどる)。薬包(はやご)
盒(いれ)。糧嚢(へうろういれ)。輜重車(こにだくるま)。火(くわ)
【右丁 上段図解】
鈀子(ヂナラシ)
三脚鏟(ミツマタスキ)
耨刀(クサカリガマ)
如蓮(ジョレン)
犂(カラスキ)
鋤(クハ)
橇(ソリ)
雪上ヲ行ク具
【左丁 上段図解】
書籍(ホン)
紙(カミ)
鋼鉄筆(ハガネフデ)
石筆(セキヒツ)
鵞筆(ガヒツ)
石盤(セキバン)
写字箱(ブンコ)
墨罇(スミツボ)
【右丁 本文】
薬(やく)。肩華(かたふさ)。胴〆(たうしめ)。号(は)
旗(た)。散亜片尓(さあべる)。鎗(やり)。蘭(らん)
土世留(どせる)。兜(かぶと)。鎧(よろひ)。鞍(くら)。手(た)
綱(つな)。鐙(あぶみ)。鞭(むち)。喇叭(らつぱ)。太鼓(たいこ)。
承塵(てんと)。軍艦(ぐんかん)。帆桅(ほばしら)。
【左丁 本文】
錨(いかり)。針盤(じしやく)。測量器(そくりやうき)。
海陸軍(かいりくぐん)之/用具(ようぐ)。
極(きはめ)_二近来(きんらい)之/発明(はつめいを)_一可
_レ制(せいす)_二圧敵之具(あつてきのぐを)_一也。次
薬種(やくしゆ)。亜児蘚(あるせん)。白芷(びやくし)。
【右丁 上段図解】
写真画(シヤシンエ)
鋏(ハサミ)
刀子(コガタナ)
石鹸(シヤボン)
【左丁 上段図解】
大砲(オホヅヽ)
小銃(コヅヽ)
弾丸(タマ)
銃鎗(テツパウ)
破裂弾(ワレダマ)
銃剣(テツパウノケン)
薬包盒(ハヤゴイレ)
【本文】
安倔斯黙羅(あんくすちゆんら)。貴(き)
草(そう)。双蘭菊(そうらんきく)。大麻(おゝま)。
亜爾尼加(あるにか)。天門冬(てんもんどう)、
橙皮(とうひ)。莨菪(らうとう)。伏牛(ふくぎう)
花(くわ)。番椒(ばんしやう)。白桂(びやくけい)。紅花(かうくわ)。
洎夫蘭(さふらん)。幾那皮(きなひ)。
榅桲実(まるめろ)。薑黄(きやうわう)
健質(けんち)。亜那肉豆蒄(あなにくづく)。
旃那薬(せんなやく)。海葱(かいそう)。竜(りう)
眼肉(がんにく)。干姜(かんきやう)。太那設(たなせ)
【上段図解】
糧嚢(ヒヤウロウイレ)
輜重車(コニダクルマ)
火薬(ヒヤク)
肩華(カタフサ)
軍旗(ハタ)
兜(カブト)
鎧(ヨロヒ)
刺叭(ラツパ)
鞍(クラ)
太鼓(タイコ)
刀(カタナ)
帳房(テント)
鎗(ヤリ)
碇(イカリ)
【本文】
黙謨(ちよむ)。亜羅毘亜(あらびや)。
阿片(あへん)。護謨(ごむ)。乳香(にうかう)。
明礬(めうばん)。枯礬(こはん)。麝香(じやかう)。
牛胆(ぎうたん)。熊胆(ゆうたん)。蜂蜜(はちみつ)。
鯨脳(げいなう)。薄荷(はくか)。精(せい)
甘硝石精(かんしやうせきせい)。■■(こるろ)
■磠砂精(ちよむとふしやせい)。純精(じゆんせい)。
酒石(しゆせき)。亜児筒児(あるごる)。
醋酸(せきさん)。塩酸(えんさん)。硝酸(しようさん)。
硫酸(りうさん)。酒石酸(しゆせきさん)。蒸(じやう)
【上段図解】
軍艦(イクサブネ)
針盤(ジヽヤク)
船中ニテ用ル丗二方ノ品
【本文】
留醋(りうせき)。石脳油(せきなうゆ)。巴豆(はづ)
油(ゆ)。肝(かん)油。鉄粉(てつふん)。白砒(びやくひ)。
亜鉛花磠(あえんくわそう)。銅礬(どうばん)。
紅粉(べにこ)。紫(むらさき)粉。青(あお)粉。
石灰水(いしばいみず)。砒石水(ひせきすい)。
単舎利別(たんしやりほつ)。護謨(ごむ)
舎利別(しやりほつ)。吐根舎利(とこんしやり)
別(ほつ)。雷布爾舎利(らいふるしやり)
別(ほつ)。亜古尼去謨(あこにきよむ)。剥(ぼつ)
䔍亜斯(とあす)。炭酸(たんさん)。
【上段図解】
薬品
ランビキ
【本文】
曹達(さうだ)。硫酸曹達(りうさんそうだ)。
燐酸曹達(りんさんそうだ)。大麦煎(たいばくせん)。
槲皮煎(こくひせん)。幾那丁(きなちん)
幾(き)。阿仙薬丁幾(あせんやくちんき)。
其外(そのほか)至(いたる)_二水剤(すいざい)。浸剤(しんざい)。
煎剤(せんさい)。丁幾剤(ちんきざい)。越幾(ゑき)
斯(す)剤。丸(ぐわん)。散(さん)。錠(でう)。膏(かう)。
舎利別(しやりほつ)。酸(さん)。醋(せき)。油煙(ゆえん)。
鉱属(くわうぞく)。植物(しよくもつ)。樹脂(じゆし)。
草汁(そうじう)。獣蟲(じうちう)。魚貝(ぎよばい)
【上段図解】
桃(モヽ)
巴旦杏(ハダンキヤウ)
杏肉(アンズ)
梅(ウメ)
柿(カキ)
蜜柑(ミカン)
椰子(ヤシ)
梨子(ナシ)
コレハ日本ノナシ
林檎(リンゴ)
李(スモヽ)
石榴(ザクロ)
桜桃(サクラノミ)
胡桃(クルミ)
【本文】
之 類迄(るいにまで)。以_二■(ぱんと)号(をんす)丂(とうくむ)
刃(すくれふる)■(くれわんとを)。製法精密(せいはうせいみつ)。
可_レ為_二肝要(かんよう)_一也。四 季(き)
之 菓物(くだもの)は。桃(もゝ)。巴旦(はだん)
杏(きやう)。杏肉(あんず)。椰子(やし)。梅(うめ)。
柿(かき)。蜜柑(みかん)。李(すもゝ)。梨子(なし)。
林檎(りんご)。胡桃(くるみ)。石榴(ざくろ)。仏(ぶ)
子柑(しかん)。桜桃(さくらのみ)。珠菩(ゑぞいち)
提(ご)。荷蘭苺(おらんだいちご)。葡(ぶ)
萄(だう)。甜瓜(まくは)。芭蕉実(ばせうのみ)。無(い)
【上段図解】
珠菩提(エゾイチゴ)
荷蘭苺(オランダイチゴ)
葡萄(ブダウ)
甜瓜(マクハ)
芭蕉(バセオ)
松(マツ)
黄楊(ツゲ)
檜(ヒノキ)
楓(カヘデ)
【本文】
花果(ちじく)等。時々(じゞ)之 珍味(ちんみ)
可(べき)_レ無(なかる)_二際限(さいげん)_一也。樹木(じゆもく)。
朱檀(しゆたん)。黒檀(こくたん)。黄楊(つげ)。
松(まつ)。桧(ひのき)。楓(かへで)。櫟(くぬぎ)。椴(もみ)。榿(はんのき)。桐(きり)。
柳(やなぎ)。桑(くわ)。栗(くり)。杉(すぎ)。榎(えのき)。桜(さくら)。
榛(はしはみ)。老利児(らうりる)。薔薇(いはらのき)。
菩提樹(ぼだいじゆ)等之 材木(ざいもく)。
板(いた)。小割(こわり)。角物(かくもの)。可(べき)_レ令(せしむ)_二
木挽(こびき)_一也。世界(せかい)珍奇(ちんき)
之 宝物(はうもつ)は。金剛石(こんがうせき)。
【上段図解】
椴(モミ)
柳(ヤナギ)
桐(キリ)
栗(クリ)
杉(スギ)
桜(サクラ)
薔薇(イバラノキ)
【本文】
祖母録(そもろく)魯別印(ろべゐん)。瑪(め)
瑙(なう)。耶斯比斯(やすひす)。珊瑚(さんご)。
琥珀(こはく)。王蠟石(わうらうせき)。水(すい)
晶(せう)。螺鈿(あをがひ)。弗知那(ふらちな)。
金(きん)銀(ぎん)銅(どう)鉄(てつ)。鉛(なまり)。黄(しん)
銅(ちう)。錫(すゞ)。鋼(はがね)。水銀(みづかね)。亜児(ある)
米武(みむ)也。萬国(ばんこく)之/奇(き)
鳥(てう)。怪獣(くわいじう)は。鳳凰(はうわう)。
鸚鵡(あふむ)。鷲(わし)。鷙鳥(しちう)。七(しち)
面鳥(めんてう)。鵰(くまたか)。金鶏鳥(きんけいてう)。
【上段図解】
宝品
鳳凰(ハウワウ)
鷲(ワシ)
駝鳥(ダテウ)
鸛(コウ)
梟(フクロ)
【本文】
鸛雀(こう)。鴯鶓(じめう)。駝鳥(だてう)。
梟鴟(ふくろう)。雪鴟(しろふくろう)。ゝ鵂(みゝづく)。
䯻鶴(こくじやく)。火烈鳥(くわれつてう)。鷸(しぎ)。
翡翠(かはせみ)。家鴨(あひる)。鴿(はと)。牡(をん)
鶏(どり)。牝鶏(めんとり)。鵞(たうがん)。■(つる)野(う)
鴨(き)。孔雀(くじやく)。鷹(たか)。鳶(とび)。鷺(さぎ)。
玄鳥(つばめ)。鷽(うそ)。烏(からす)。鸕鶿(うのとり)。
雀(すゞめ)。鶉(うづら)。杜鵑(ほとゝぎす)。告天子(ひばり)。
吐綬鶏(からくんてう)。黄鳥(うくひす)。雉(きじ)。
風鳥(ふうてう)。蝙蝠(こふもり)。鵠(はくてう)。麒(き)
【上段図解】
鷸(シギ)
翡翠(カハセミ)
鴿(ハト)
家鴨(アヒル)
牡鶏(ヲンドリ)
鵞(タウガン)
牝鶏(メントリ)
靍(ツル)
孔雀(クジヤク)
【本文】
麟(りん)。獅子(しし)。象(ぞう)。犀(さい)。虎(とら)。
豹(へう)。羆(おゝくま)。熊(くま)。駱駝(らくだ)。冰(しろ)
熊(くま)。狌(おなしざる)。禺(おながざる)。猴(さる)。獨(あくざる)。狒(ばけざる)。
豺(さい)。狼(おゝかみ)。巨獒(おほいぬ)。豪狗(がうく)。
野猫(やみやう)。狐(きつね)。海馬(かいば)。山馬(さんば)。
家驢(かろ)。野驢(やろ)。白牛(びやくぎう)。
犂牛(りぎう)。穀牛(こくぎう)。ゝ梏(ぎうこく)。
獅牛(しぎう)。野牛(やぎう)。金銭鹿(きんせんろく)。
囿鹿(いうろく)。豪猪(やまあらし)。野猪(のじし)。
豕(ぶた)。家兎(かひうさぎ)。野兎(のうさぎ)。羊(ひつじ)。
【上段図解】
鷹(タカ)
鳶(トビ)
鷺(サギ)
烏(カラス)
玄鳥(ツバメ)
鶉(ウヅラ)
雀(スヾメ)
杜鵑(ホトヽギス)
霍(ヒバリ)
鶯(ウグヒス)
蝙蝠(カフモリ)
【本文】
山羊(さんよう)。綿羊(めんよう)。麋(び)。之(き)
猟猢(りべ)。海狗(おつとせい)。小獺(かはうそ)。鼴(もぐ)
児(ら)。鼬(いたち)。鼠(ねづみ)。霊猫(じやかうねこ)。狸(たぬき)。
𧲸(てん)。等書 雖(いへども)_二家畜(かちく)
野獣(やじうと)_一。於_二万里(ばんり)比隣(ひりん)
之今日_一。商売(あきうと)之以奉。
亦(また)不_レ可_レ不_レ知也。魚(ぎよ)
介虫(かいちう)類は。鯨(くじら)。鱷(わに)。
剣魚(やすりざめ)。鮫(さめ)。梭魚(かます)。鰶(このしろ)。
鰮魚(いわし)。蟹(かに)。大口(たら)魚。
【上段図解】
雉(キジ)
風鳥(フウテウ)
鵠(ハクテウ)
麒麟(キリン)
獅(シヽ)
象(ゾウ)
【本文】
小鱈(こたら)。鰕(ゑび)。鮒(ふな)。鯉(こい)。鱸魚(すゞき)。
墨魚(いか)。牡蠣(かき)。河豚(ふぐ)。
過蝋(さけ)魚。鞋底魚(したびらめ)。
糟白魚(にしん)。鯆魚(はりゑび)。河鰻(うなぎ)。
鱧(はも)。螺(ほらがい)。竹鍼魚(ちくしんぎよ)。亀(かめ)。
人魚(にんぎよ)。龍(たつ)。大蛇(おろち)。蝮蝎(うはばみ)。
蛇(へび)。蝮蛇(まむし)。蜂(はち)。蜜蜂(みつばち)。
蠅(はい)。蟻(あり)。蚊(か)。蜥蜴(とかけ)。芫(はん)
青(めう)。蚯蚓(みゝず)。蝸牛(かたつむり)。蝶(てふ)。
水蛭(ひる)。𧑉螽(きり〴〵す)。鼠婦(せつたむし)。
【上段図解】
犀(サイ)
乕(トラ)
豹(ヘウ)
熊(クマ)
駱駝(ラクダ)
ヲナガサル
【本文】
蝦蟇(ひきがへる)。蜈蚣(むかで)。蠋(けむし)。蛛(くも)。螟(あを)
蛉(むし)。蚤(のみ)。虱(しらみ)等。諸(これ)卵(らん)
湿(しつ)出生。千形(せんげう)之一
分也。百 般(はん)之 器(き)
械(かい)は。天文鏡(てんもんけう)。観星(くわんせい)
鏡(けう)。千里鏡。火鏡。
多宝(たほう)鏡。顕微(けんび)鏡。
写真(しやしん)鏡。軽気球(けいききう)。
抽気機(ゆうきき)。地球機(ちきうき)。
混天儀(こんてんぎ)。風雨鍼(ふううしん)。
【上段図解】
猴(サル)
狼(ヲホカミ)
兎(ウサギ)
狐(キツネ)
海馬(カイバ)
驢(ウサギムマ)
牛(ウシ)
【本文】
風雨表(ふううへう)。寒暖計(かんだんけい)。
時規(とけい)。船時規(ふなどけい)。安(あん)
古■(ぐる)。西林多之(しりんたの)
懐中(くわいちう)時規。見熱(けんねつ)
器(き)。地形器(ちげうき)。電機(ゑれき)
器(てる)。指南鍼(しなんしん)。摂鉄(せつてつ)。
水車。製鉄(せいてつ)。造幣(ぞうへい)
之 器械(きかい)。別而蒸(べつしてじやう)
気(き)之 機関(きくわん)。蒸気
船は。火焚場(ひたきば)。蒸
【上段図解】
鹿(シカ)
野猪(ノジヽ)
豚(ブタ)
羊(ヒツジ)
山羊(サシヤウ)
水獺(カハオソ)
【本文】
鑵(かま)。唧子筒(みづをしつゝ)。気抜(きぬき)。
蓋水(ふたみづ)掻板(かきいた)。惣体(そうたい)
螺旋機(ねぢしかけ)。舵(かぢ)。檣(ほばしら)。舩(と)
尾房(もべや)。甲板(かんばん)等。如_二海(かい)
中(ちう)一(いち)城郭(ぜうかくの)_一。又 蒸(じやう)
気車(きしや)は。運動機(うんだうき)
車(しや)。石炭車(せきたんくるま)。客(きやく)車。
行李(にもつ)車。自(より)_二会館(くわいくわん)_一。
鉄道(てつどう)。布(しき)_二諸邦(しよはうに)_一。来(らい)
往(わう)之 道路(どうろ)。駅端(たてば)
【上段図解】
鼬(イタチ)
鼠(ネヅミ)
霊猫(ジヤカウネコ)
狸(タヌキ)
鱷(ワニ)
鯨(クジラ)
【本文】
河梁(かはばし)。渓梁(たにはし)。地道(ちどう)
修造(しゆそう)之工。宏壮(くわうそう)絶(ぜつ)
論(ろん)也。其外 麻布(あさふ)。
綿布(めんふ)之 染形(そめかた)。紡績(ほうせき)
織物(をりもの)之 機関(きくわん)。石版(せきはん)。
銅板(どうはん)。瓦児華尼(がるはに)。
鍍金(めつき)。亜児米武(あるけみにむ)。
金(きん)製法(せいはふ)。阿児哥(あなるこ)
倫(ろ)。避電線(へきでんせん)。瓦斯(がす)
燈(とう)。伝信機(でんしんき)。馬車(ばしや)。
【上段図解】
鮫(サメ)
蟹(カニ)
鰕(エビ)
鮒(フナ)
鰯(イワシ)
鯉(コイ)
墨魚(イカ)
牡蠣(カキ)
【本文】
人力車(じんりきしや)。通信車(ひきやくくるま)。自(じ)
転車(てんしや)。水瓶(すいへい)車。封(ほん)
弗(ふ)法露列西(ふろれんす)等。済(さい)
世(せい)之 器物(きぶつ)。富国(ふこく)
強兵(きやうへい)之 基礎(きそ)無(なし)
_レ不(ざる)_レ備(そなへ)。故(ゆへに)通商人(つうしやうにん)は。
乗組(のりくみ)_二 通信船(ひきやくせんに)_一。亜(あ)
細亜洲(じあしう)。支那(しなの)北京(ほくきん)。
上海(しやんはい)。南京(なんきん)。広東(かんとう)。
福州(ふくしう)。寧波(にむは)。香港(ほんこん)。
【上段図解】
河豚(フグ)
過蝋魚(サケ)
糟白魚(ニシン)
河鰻(ウナギ)
鱧(ハモ)
亀(カメ)
人魚(ニンギヨ)
龍(リヨウ)
【本文】
東印度(とうゐんど)之 甲谷他(かるきゆつた)。
孟買(ぼんばい)。馬打拉薩(まだらす)。
亜喇伯(あらびやの)麦加(めつか)。日尓(せあるじ)
日(や)。阿富汗(あふがにすたん)。暹羅(しやむの)
萬国(ばんこく)。安南(あんなん)。東京(とうきん)。柬(かん)
浦寨市(ぼじや)。緬甸(びるまの)阿瓦(あぐあ)。
俾路芝(ぺるちすたん)。土耳其(とるこ)。
達爾給斯丹(とるくすたん)。西伯(しぺ)
利(りや)等也。亦(また)於_二欧羅(ようろつ)
巴(ぱ)洲(しうに)_一は。英吉利(ゑぎりすの)
【上段図解】
蝮蝎(ウハバミ)
蛇(ヘビ)
蝮蛇(マムシ)
蜂(ハチ)
蜜蜂(ミツハチ)
蠅(ハイ)
蚊(カ)
蚯蚓(ミヽズ)
蟻(アリ)
蝶(テフ)
蝸牛(カタツムリ)
水蛭(ヒル)
【本文】
倫敦(ろんとん)。立弗布立(りふるぷーる)。
他弗児(どふゑる)。仏朗西(ふらんす)。之
巴勒(はりす)。加拉斯(からいす)。里昂(りおん)。
馬塞里(まるせり)。魯西亜(ろしあの)。
彼得堡(べとるびゆるぐ)。墨斯(もす)
科(こう)。土耳其(とるこの)孔士(こんすたんち)
旦(のぶる)。瑞典(すうゑでんの)。士篤恒(すとつくほるむ)。希(ぎり)
臘(しの)。雅典(あぜんす)。独乙(どいつ)之
翰堡(はむびゆるぐ)。墺地利(おゝすたりやの)。未伊(ふいいん)
那(な)。普魯(ぷろいす)之 白霊(ぺるりん)
【上段図解】
蝦蟇(ヒキカイル)
𧑉螽(キリ〳〵ス)
蜈蚣(ムカデ)
蚤(ノミ)
虱(シラミ)
蠋(ケムシ)
蛛(クモ)
馬車(バシヤ)
人力車(ジンリキクルマ)
【本文】
以太利(いたり)之 羅馬(ろま)。那(な)
不里斯(ぺるす)。是班牙(いすぱにやの)。
馬特(まどりつど)。葡萄牙(ほるとがるの)。力斯(りす)
本(ぽん)。荷蘭(おらんだ)之 海克(はーげ)。
恩斯徳爾敦(おむすてるだん)。嗹(でん)
馬(まるく)之 可本海硜(かべんはげん)。那(のる)
威(わひの)。基督亜尼(きりすちなあにや)。瑞(すうゑ)
西(いす)之 伯尓尼(ぺるしに)。比利(ぺるしう)
時(む)。北律悉(ぶゆせる)。亜非利(あぶり)
加(か)。諸国(しよこく)は摩羅(もろつ)
【上段図解】
鉄道蒸気車ノ図
上等
旅客車
荷物車
石炭車
機関ノ
汽車
【右丁 本文】
哥(こ)。亜尓日爾(あるじる)。突尼(ちゆに)
斯(す)。的黎波里(ちりぼり)。埃及(ゑちぶと)
之 介尓阿(かいろ)。亜拉散(あれきさん)
得(どりい)。努比阿(にゆびや)。亜比西(あびしに)
尼(や)。幾内亜(ぐゐねや)。■三鼻(もさんびきゆ)【注】
【左丁 本文】
塞内岡比(せねがんび)。那達(なだ)
爾(る)。加弗勤亜(かふりや)。岌哥(けぶこ)
路尼(ろに)。里比利(りべりや)。塞(しる)
拉略尼(られおに)。撒発拉(さはら)。
蘇丹(すねだん)等。北(きた)亜米利(あめりか)
【上段図解】
軽気球(ケイキキウ)
風船トモイフ
泳気鐘(エイキシヨウ)
此道具は水のそこに
はいりて仕事するに
もちふるものなり
支那(カラ)
万里長城ノ図【右から横書き】
長サ
六百里ニ
及ベリ
【注 「莫三鼻給」(モザンビーク)ヵ】
【本文】
洲。魯属(ろぞくの)亜米利加(あめりか)。
英属(えいぞく)亜米利佳(あめりか)。
合衆国(がうしうこく)。華盛頓(わしんとん)。
新約克(にうよるく)。非拉特勤(ひるでる)
飛亜(ひや)。墨是哥(めきしこ)。角(か)
利弗尓聶亜(りふるにや)。于加(ゆか)
単(たん)。百里斯(ばりす)。瓜的(きゆあち)
馬拉(まれ)。閧都拉斯(ほんぢゆらす)。
尼加拉瓜(まからきゆあ)。哥斯得(こすた)
里加(りか)。三薩瓦多(さんさるばどる)。
【上段図解】
支那
天津港ノ図
香港(ホンコン)の景
支那ノ
地ナリ
シガ
天保ノ
コロ
英国ニ
ワタス
今ハ
英国ノ
ハナレ
嶋ナリ
【本文】
南(みなみ)亜米利加(あめりか)。哥(こ)
倫比亜(ろんびや)。委内瑞拉(べねじゆえら)。
厄瓜多(ゑくとる)。歪阿那(きゆゐあな)。
巴西(ぶらしるの)。里約日内(りおぢやねい)
路(ろ)。智利(ちりの)。散地牙(さんちや)
峨(ど)。烏拉乖(うるぎゆうゑの)。門低(もんち)
非豆(びでを)。拉巴拉他(らぶらだの)。普(ひゆゑ)
納塞利斯(のすあいれす)。巴太温(ばたごん)
等 澳太利(おゝすたりや)洲之
壓底雷敵(あでらいで)。悉尼(れいに)。
【上段図解】
ニシテンジク
後印度
象ヲ以テ貨物ヲ運送スル姿
フイキフスイヂ
榕樹
上ヨリ桟下リ
地ニ入リテ
根ヲ生ズ
前印度
ボイテンソルグ
ヒガシテンジク
【本文】
其外(そのほか)群島(ぐんたう)。并(ならび)に
蝦夷(ゑぞ)。琉球(りうきう)。支那(しな)。之
管轄(くわんくわつ)。満州(まんしう)。朝鮮(てうせん)。
蒙古(もうこ)。図伯特(づべと)。東(ひがし)
印度(ゐんど)之 諸島(しよたう)。西里(せれべ)
百(す)。婆羅(ぼるねお)。蘇門答(すもた)
刺(ら)。哥尼亜(ごいねや)。呂宋(るすん)。
磨羅隅(まらつか)。錫蘭(せいろん)。亜(あ)
非利加(ぶりか)之 群島(ぐんたう)者(は)。
亜鎖利斯(あぞれす)。馬地拉(までいら)。
【上段図解】
アラビヤ
の人
らくだに
乗て旅行する
イギリス
英国
龍動(ロンドン)
橋之
図
【本文】
加拿利(かなりす)。聖赫里那(しんとへりな)。
馬特加斯格(まだがすかる)。等(とう)之
国々(くに〳〵)。諸港(しよこう)。大都(たいと)
会(くわい)。旬月(じゆんげつ)之 間(あいだに)。往還(わうくわん)。
可_二取成_一也。惣(そふじて)而 商(しやう)
売(ばい)之 得意(こころえ)。両替(りやうがへ)。
為替(かはせ)。船(ふね)雇入(やといいれ)。荷物(にもつ)。
請取(うけとり)。渡(わたし)。会計(くわいけい)。質(しち)
入(いれ)。質難(しちなん)。請合(うけはひ)等之
事件(じけん)。尽(こと〳〵く)以_二書附(かきつけを)_一
【上段図解】
ブリチス博物館ノ図
仏蘭西(フランス)
巴黎(パリス)
ジユーエーコロヌ
七月標ノ図
【本文】
為(なし)_二条約(でうやくを)_一。後日(ごにち)之 故(こ)
障(せう)無_レ之 様(やう)可_レ致也。
学校(がくかう)。新聞紙(しんぶんし)。郵(ゆう)
便社(びんしや)。文庫(ぶんこ)。病院(べうゐん)。授(じゆ)
産所(さんしよ)。啞所(あゐん)。盲所(もうゐん)
癲院(てんゐん)。痴児(ちぢ)院。博(はく)
物館(ぶつくわん)。博覧会(はくらんくわい)。曲馬(きよくば)。
見世物(みせもの)。競馬(くらべうま)。企(くはだて)_二
大商業(だいせうげうを)_一。不(ざる)_レ及(およば)_二 一人(いちにん)之
力(ちからに)_一時は。結(むすび)_二会社(くわいしやを)_一受(うけ)_二
【上段図解】
同(オナジグ)
馬塞里(マルセールス)
港内(ミナト)
ノ図
和蘭(オランダ)
安特堤(アムステルダム)
ノ図
【本文】
官許(くわんきよを)_一。券(てがた)。家名(かめう)。金(きん)
主(しゆ)。業名(げうめい)等之。定(さだめ)_二社(しや)
中(ちうを)_一。基(もとづき)_二民法(みんはふ)。商法(せうはふ)之
條例(じやうれいに)_一。立(たて)_二條約(じやうやくを)_一。可_レ守(まもる)
_レ之や。仮令(たとひ)。雖(いへども)_レ生(うまる)_二販(はん)
鬻(いく)之 家(いえに)_一。憤発(ふんぱつ)。読(どく)
書(しよ)。経学(けいがく)。詩文(しぶん)。政(せい)
治(ち)。歴史(れきし)。経済(けいざい)。博物(はくぶつ)。
窮理(きうり)。数学(すうがく)。化学(くわがく)。
医学(ゐがく)。器械学(きかいがく)。兵(へい)
【上段図解】
以太利(イタリヤ)ノ領
獅子里嶋(シヽリシマ)
江土奈山(エトナサン)
ノ景
高サ
一万尺
火山
ナリ
普魯士(フロシヤ)の都
ベルリン
王宮ノ図
【本文】
学(がく)。天文(てんもん)。地理(ちり)。航海(かうかい)
之諸 学科(がくくわ)。諸邦(しよはう)之
語学(ごがく)等。平生(へいぜい)以_二間(かん)
暇(か)之 時(ときを)_一。為(なさば)_二研究(けんきう)勉(べん)
強(きやう)_一。大(おほいに)資(し)_二-助(じよし)商売之
道(みちに)_一。至(いたり)_二貫徹(くわんてつ)。実効(しつかうに)_一
立身(りつしん)。登庸(とうよう)。可(べき)_レ無(なかる)
_レ疑(うたがひ)也。抑(そも〳〵)商売(あきうど)之 業(わざ)
は。公正(かうせい)融通(ゆうづう)。自他(じた)
分(わかち)_レ財(ざいを)通(つうずる)_二有無(ゆうむを)_一之法
【上段図解】
魯西亜(ヲロシヤ)ノ都
ペイトルボルフの景
亜墨利加(アメリカ)
合衆国
別羅古隣(ブローカレン)ノ図
【本文】
にして。陰(ひそか)に衆人(しうじん)。所
_レ為(なす)_二利益(りゑきを)_一也。故(ゆへに)新(しん)
発明(はつめい)之 器械(きかい)。商売(せうばい)
之新 工夫(くふう)。専(もつはら)為(なし)_二注意(ちうゐを)_一。
高厚(こうこう)たる報(はうじ)_二国恩(こくおんに)_一。
深親(しんしん)たる顕(あらはす)_二父母(ふぼを)_一。
是(これ)聖人(せいじん)之 所(ところ)_二賛(さん)
揚(ようする)也。然(しかる)事に。陥(おとしいれ)_レ 人(ひとを)。謀(はかる)_二
己(おのれ)一身(いつしん)之 栄華(えいぐわを)_二。
天鑑(てんかん)不(ず)_レ空(むなしから)。終(つゐに)為(なす)_一
【上段図解】
大学校之図
瑞典(ズイデン)
斯徳哥摩(ストックホルム)ノ図
【右丁】
【本文】
亡家(ぼうか)。破産(はさん)。窮迫(きうはく)
之 濫觴(らんじやう)_一。可_二謹慎(きんしん)_一也。
海内(かいだい)必用(ひつよう)如(ごとし)_レ件(くたんの)
開化往来畢
【上段図解】
東の半世界
日本
アジヤ州
アフスタラリヤ
インドカイ
エウロツパ
アブリカ
アタラカイ
北アメリカ
南アメリカ
太平カイ
西の半世界
【左丁】
輯者 宇喜多 練
浄書 村田 海石
画工 笹木 芳瀧
皇国産物往来(くわうこくさんぶつわうらい)
西京 片山勤先生原稿 柾木正太郎補綴
此書(このほん)は皇国(みくに)の物産(さんぶつ)を輯(あつ)めたるものにして遠(とほ)く海外(ゐこく)へ輸出(つみだ)の品(しな)は更(さら)
なり新規(しんき)人造(てき)の物品(な)珍器(めづらしき)異品(さいく)遊戯(もてあそび)のものをさへ漏(もら)さず輯録(しうろく)し且(か)つ
先生(せんせい)積年(としごろ)の労力(ほねをり)を以(もつ)て物名(ものゝな)の本字(もじ)を調(しら)べ当品(そのしな)の出所(でどころ)国(くに)郡(こほり)を記載(かきしる)し童蒙(こども)の
諷誦(よみもの)に綴(つく)りたれば学校(かくかう)入門(いり)の幼童(こたち)疾(はや)く此書(このほん)に因(よ)りて諳誦(そらよみ)するを得(え)ば
本邦(につぽん)の富強(つよき)土地(とち)の風土(ありさま)を知得(おぼへ)する実(まこと)に当今(とうじ)の宝巻(たから)とも云(い)ふべき書(ほん)なり
明治六年春二月新刊
発兌
西京富小路三条下ル町
遠藤 平左衛門
大阪心斎橋筋南久宝寺町北ヘ入
前川 善兵衛
弘通所
同本町通四丁目
書籍会社
長門下之関南部町
同 分社
紀州和歌山 坂本屋 大治郎
同 帯屋 伊兵衛
同 水屋 文助
泉州堺 北村 佐助
備後福山 篠屋 喜兵衛
長門萩 山城屋 彦八
筑後久留米 二文字屋 儀兵衛
肥後熊本 小島屋 儀八郎
同 珠数屋 傳兵衛
豊前福間 佐野屋 長七
豊前小倉 糀屋 嘉六
同 中津 松葉屋 作兵衛
土州高知 改田屋 民蔵
同 夜須屋 為吉
讃岐金毘羅 大塲屋 茂兵衛
同 丸亀 鷹屋 清左衛門
阿州徳島 瀬戸屋 徳蔵
同 天満屋 武兵衛
同 紀伊國屋 三右衛門
江州彦根 小川 九平
越前福井 岡﨑 左記助
同 敦賀 能登屋 善七
尾州名古屋 永樂屋 東四郎
同 萬屋 東平
西京 菱屋 孫兵衛
出雲寺 文次郎
村上 勘兵衛
田中屋 專助
石田 忠兵衛
橘屋 九兵衛
丁子屋 源次郎
吉野屋 仁兵衛
吉野屋 甚助
田中屋 治兵衛
丹後屋 徳次郎
丁子屋 藤吉郎
丁子屋 榮助
東京 須原屋 茂兵衛
山城屋 佐兵衛
小林 新兵衛
須原屋 平助
須原屋 佐助
村上 勘兵衛
和泉屋 市兵衛
岡田屋 嘉七
和泉屋 吉兵衛
椀屋 喜兵衛
播磨屋 和助
出雲寺 萬治郎
和泉屋 金右衛門
須原屋 伊八
鳫金屋 清吉
大阪 秋田屋 市兵衛
敦賀屋 九兵衛
栢原屋 武助
秋田屋 幸助
綿屋 喜兵衛
敦賀屋 彦七
秋田屋 太右衛門
秋田屋 庄助
河内屋 勘助
河内屋 茂兵衛
小嶋屋 伊兵衛
河内屋 源七郎
河内屋 徳兵衛
藤屋 徳兵衛
河内屋 喜兵衛
河内屋 太助
近江屋 萬助
河内屋 吉兵衛
敦賀屋 為七
河内屋 平七
敦賀屋 喜蔵
河内屋 真七
鹽屋 彌七
河内屋 忠七
河内屋 和助
河内屋 清七
書林会社
藤屋 禹三郎
河内屋 卯助
加賀屋 善蔵
堺屋 卯八郎
近江屋 平助
河内屋 亀七
今津屋 榮造
赤穂屋 新兵衛
三木屋 與助
栢原屋 平兵衛
西京 須原屋 平左衛門 発
大阪 伊丹屋 善兵衛 兌
【右丁 白紙】
【蔵書印】
東京学芸大学蔵書
【左丁 見返し】
【裏表紙】
【上段横書き】
第四 単語図
【左側 タイトル】
《割書:児|学》教導単語之図
【一段目 右から】 【二段目 右から】
竈 釜 かしぐ
ひを しよく
もやす もつを
鍋 にる 樽
しよく みつを
もつを いる
椀 しよく を
きを もつ いるゝ
ぬりて つく のみ
る もの
茶碗
ひいとろ 杯
せともの さけを
鍾 あり のむ
柄杓 手桶 い
みつの な るゝ
よふ もの み
をくむ つを
【三段目 右から】 【四段目 右から】
茶釜 鉄瓶
ゆ ゆ
ちや を
をわかす わかす
升 火鉢
ごゝく ひを
を いるゝ
はかる
皿 鉢
つちを しよく
やきて もつを
つくる もる
壷 いるゝ 庖丁
ちや【茶のことか】 しよく
さとう もつを
を きる
桶 をいる 籃 つ
つけ く
もの る
みづ たけにて
【五行目 右から】
土瓶 わかす
ゆ
ち
やを
膳
しよく
もつを
のする
たひ
徳利
のむ
ものを
いるゝ
箱
きに
て
つ
く
る
釣瓶 くむ
みつを
改 □□行□□ 版
《題:七ついろは》 【山にや】
正 音訓假字□ □
【右丁】
《題:七字伊呂波》【横書き】【図】
【左丁】
帝(みかど)より弘法大師(こうぼふだいし)に金剛定寺(こんがうでうじ)の額(がく)を
書(かゝ)せ、奉らせん為(ため)に高尾(たかを)山へ勅使(ちよくし)を立
させ給ひけるに折(をり)ふし霖雨(ながあめ)のひにて清滝(きよたき)
川の水おびたゝしく岸(きし)をひたして渡(わた)る事を
得(え)ずとかく思ひ煩(わづら)ふ所に大師ほのかに
此事を聞(きゝ)給ひて川の西(にし)の脇(きは)に出
むかひ給ひければ勅使(ちよくし)は東(ひがし)の岸(きし)に
居(ゐ)て彼(かの)額(かく)をさゝげけるに杳(はるか)
なる川の面(おもて)をへたてゝ大なる筆(ふで)
に墨(すみ)を満(ふめ)て額(かく)に向ひて書(かき)給ふに
ふしぎや其(その)墨(すみ)雰(きり)のごとくにして向ふの
額(がく)の面にふりかゝる程(ほ□□)に垂露(すいろ)の点(はん)あざや
かに顕(あらは)れて入木(ゆうほく)の勢(いきほ)ひ乱(みた)れず居(すは)りけるとなり
【下段】
【図】
TKGK-00061
書名 唐詩選画本,[七編]5巻
刊 5冊
所蔵者 東京学芸大学附属図書館
函号 921.43/TAC
撮影 国際マイクロ写真工業社
令和2年度
国文学研究資料館
【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:七言律》一》
【見返し】
高井蘭山先生著
画狂老人卍翁筆
画本唐詩選
七言律一帙
《割書:天保七年|丙申秋発兌》 嵩山房梓
【序】
唐詩選図会序【印「惜■■」】
滄溟曰。五言律排律諸家概
多佳句。七言律体諸家所難。
盛唐之王維。李頎。頗臻其妙。
即子美篇什雖多自放矣。
作者自苦。《割書:云| 々》因此観是。雖唐
人。無得詩諸体者。書舖嵩山
房嚮刻唐詩選図会。於諸篇
摭三四首五七首去。随意而
無次序。而幸行于世。依之今
茲以先刻所余。為嗣刻。故慣
先版乞詩章之国字略解。令
前北斎為一老人。図画其意。
為後篇。前刻之時。不期後
刊。故五七律五排律諸篇。随
意摘摭。作者時代先後。無
有臈次。此篇亦不得止。而追
之。臆以無初盛中晩之次勿
訝。此篇固不為大人。専為令
児童覚唐詩耳。
天保壬辰孟夏東武南郊
伊皿子隠士高井蘭山叟述
【印「伴寛」「思明」】
蓼洲書【印「蓼洲」】
【小題】海燕
古意(こい) 沈佺期(しんぜんき)
盧家少婦鬱金堂(ろかのせうふうつこんだう)。海燕双棲玳(かいえんさうせいすたい)
瑁梁(まいのうつばり)。九月/寒砧(かんちん)催(もよほす)_二木葉(ぼくえふを)_一。十/年征(ねんせい)
戍(じゆして)憶(おもふ)_二遼陽(れうやうを)_一。白狼河北音書断(はくらうかほくいんしよたへ)。丹(たん)
鳳城南秋夜長(ほうじやうなんしうやながし)。誰為(たれかために)含(ふくむ)_レ愁(うれへを)独不(どくふ)
見(けん)。更(さらに)教(しむ)_三明月(めいげつをして)照(てらさ)_二流黄(りうくわうを)_一。【印「譱靖」「松軒」】
昔(むかし)廬氏(ろし)の家(いへ)に莫愁(ばくしう)と云/少婦(わかよめ)ありて鬱金堂(うつこんだう)と云/奇麗(きれい)な座敷(ざしき)に夫婦(ふうふ)むつま
しく住(すむ)時(とき)に海辺(かいへん)から来(き)た番(つがひ)の燕(つばめ)が双棲(ならびすん)で玳瑁(べつかふ)を以(もつ)て飾(かざり)し梁(うつはり)の上(うへ)に居(ゐ)たごとく
かゝる目出度(めでたき)仕合(しあはせ)な夫婦(ふうふ)もあるに夫(それ)とはうらはらにて妾(せふ)は奥深(おくふか)き閨(ねや)の中(うち)に独寝(ひとりね)て時(とき)しも
九月ゆゑ所(しよ)々/綿入(わたいれ)の支度(したく)し砧(きぬた)の声(こゑ)に木(こ)の葉(は)落(おつ)るけしきを催(もよほ)し夫(をつと)の居(ゐ)る所(ところ)も寒(さむき)に
向(むかひ)ても誰(たれ)も冬(ふゆ)の支度(したく)する人(ひと)もなく一/年(ねん)や二/年(ねん)にもなく十/年(ねん)征伐(せいばつ)に従(したが)ひ戍(ばんて)を勤(つとめ)遼(れう)
東(とう)に居(ゐ)らるゝゆゑいとなつかしく夜(よ)も寝(ね)られぬ夫(をつと)の居(ゐ)る地名(ちめい)は名(な)もおそろしき白狼(おほかみ)
河(がは)の北(きた)なり音書(をとづれふみ)も断(たへ)手(て)まへの居(ゐ)る京(みやこ)は名(な)もやさしき丹鳳城(たんほうじやう)の南(みなみ)に有(あり)て秋(あき)の夜(よ)も
明(あか)しかねいと長(なが)く覚(おぼ)へかく哀(かな)しき折(をり)から胸(むね)にあまる愁(うれへ)を含(ふくん)で笛(ふえ)の曲(きよく)も多(おほ)き中(なか)に
とりわけ独不見(どくふけん)と云(いふ)曲(きよく)を吹(ふく)ゆゑいやましになつかしくなる更(そのうへ)に明月(めいげつ)が閨(ねや)にかけたる流(うすき)
黄(いろ)の帷(とばり)を照(てら)すゆゑ思(おも)ひまさり此明月(このめいげつ)に対(たい)し夫(をつと)と倶(とも)に楽(たのし)みしことも有(あり)しを今(いま)はさび
しき帷(とばり)の中(うち)に光(ひかり)がさし込(こみ)照(てら)すといとゝ夫(をつと)につれそひて昔(むかし)たのしみしことを思(おも)ひ出(いだ)し
涙(なみだ)が流(なが)れてしん気(き)なことじや
【挿絵】
龍池篇(りようちへん)
龍池(りやうち)躍(をどらして)_レ龍(りようを)々已飛(りようすでにとぶ)。龍德(りようとく)
先(さきだつて)_レ 天(てんに)々(てん)不(ず)_レ違(たがは)。池(いけ)開(ひらき)_二 天漢(てんかんを)_一分(わかち)_二
黃道(くわうだうを)_一。龍(りよう)向(むかつて)_二 天門(てんもんに)_一入(いる)_二紫微(しびに)_一。邸(てい)
第楼台(だいろうたい)多(おほし)_二気色(きしよく)_一。君王鳧(くんわうのふ)
雁(がん)有(あり)_二光輝(くわうき)_一。為報寰中(ためにほうずくわんちう)
百川水(はくせんのみづ)。来(らい)_二_朝(てうして)此地(このちに)_一莫(なかれ)_二東(とう)
帰(きすること)。 【印「譱靖」「松軒」】
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玄宗皇帝(げんそうくわうてい)まだ親王(しんわう)なりし時(とき)の邸(やしき)に龍池(りようち)と云/処(ところ)が有(あつ)た夫(それ)ゟ龍(りよう)が躍(をどり)あがり龍(りよう)の徳(とく)天(てん)に飛(とび)
上(あが)るやうにあらんと天(てん)より先(さき)だつてしらせありしに違(たがは)ず玄宗(げんそう)天子(てんし)に成(なり)給ふそこで龍池(りようち)の二/字(じ)
を句(く)の頭(がしら)に置(おき)其池(そのいけ)は天漢(あまのがは)を開(ひらい)たやうにて其/辺(あたり)に黄道(くわうだう)と云て天子(てんし)の行幸道(みゆきみち)が分(わかつ)てある
其池(そのいけ)に住(すん)だ龍(りよう)は天門(てんもん)に向(むかつ)て紫微(きんり)に入(いり)もとの邸第(やしき)楼台迄(ろうたいまで)気色(けしき)華(はな)やかに過(すぎ)池(いけ)に浮(うか)
びし鳬(かも)や雁(がん)まで光輝(いろめき)うきたつ為(ため)に報(つげる)ぞや天下中大小(てんかぢうだいせう)の百川(ひゃくせん)此地(このち)に来朝(いりこん)で東海(とうかい)
に帰(き)するに及(およば)ぬと云は天下(てんか)の大小名(だいせうみやう)此地(このち)に来朝(たいてう)し東方(とうばう)の海(うみ)に入こむには及(およば)ぬぞや姚(よう)
崇(そう)沈佺期(しんぜんき)などに命(めい)ぜられ龍池楽章(りようちがくしやう)十/章(しやう)を作(つく)らしめらる其中(そのうち)の一/章(しやう)が是(これ)なり
黄道(くわうだう)は日(ひ)の行道(めぐるみち)是(これ)を天子行幸(てんしみゆき)の道(みち)によそへ云也
【挿絵】
侍(しす)_二宴安楽公主新宅(えんにあんらくこうしゆのしんたくに)_一応制(をうせい)
皇家貴主(くわうかのきしゆ)好(このむ)_二神仙(しんせんを)_一。別業初開雲漢辺(べつげふはじめてひらくうんかんのへん)。山出尽(やまいでゝこと〴〵く)如(ごとし)_二鳴鳳(めいほう)
嶺(れいの)_一。池成(いけなつて)不(ず)_レ譲(ゆづら)_二飲龍川(ゐんりようせんの)_一。粧楼翠幌(さうろうすいくわう)教(しむ)_二春住(はるをしてとゞめ)_一。舞閣金鋪借(ぶかくのきんふかりて)
_レ日(ひを)懸(かく)。敬(けい)_二_従(しようして)乗輿(じようよに)_一来(きたり)_二此地(このちに)_一。称(あげ)_レ觴(さかづきを)献(けんじて)_レ寿(ことぶきを)楽(たのしむ)_二鈞天(きんてんを)_一。 【印「天真」】
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中宗(ちうそう)の女(むすめ)安楽公主(あんらくこうしゆ)武崇訓(ぶそうきん)に嫁(か)し権威(けんゐ)を専(もつぱ)らにし臨川公主(りんせんこうしゆ)の第(やしき)を奪(うば)ひ新宅(しんたく)を作(つくり)
山水(さんすゐ)の奇麗(きれい)をつくし天子行幸(てんしみゆき)有(あり)群臣(ぐんしん)を宴(えん)す勅(ちよく)を奉(うけたまはつ)て詩(し)を作(つく)る也/皇家(てんしのいへ)の貴主(ひめみや)神(しん)
仙(せん)をこのむ別業(べつけふ)を開(ひら)きしが雲漢(うんかん)の辺(あたり)を見るやうな山(やま)を築出(きづきいだ)した処は尽(とこもかも)鳴鳳山(めいほうざん)のごとく
此二/句(く)に織女(しよくぢよ)と簫史(せうし)弄玉(ろうぎよく)夫婦(ふうふ)笙(しやう)を吹(ふき)鳳凰(ほうわう)来(きた)りしを含(ふく)ませた池(いけ)を掘成(ほりあげ)たも黒龍(こくりよう)が出(いで)て
水(みづ)を飲(のん)だ渭水(ゐすゐ)に不(ぬ)_レ譲(おとら)やうなさて御殿(ごてん)をみれば姫宮(ひめみや)の化粧(けしやう)なさる楼(ろう)に翡翠(ひすゐ)の羽(はね)に餝(かざり)し
幌(とばり)の中(なか)には春(はる)の和(やわら)かに若(わか)やぎしを留(とめ)られ舞閣(ぶかく)は舞(まひ)をなし歌(うた)ふて楽(たのしみ)給ふ所(ところ)の門の扉(とびら)やなげし
などに餝(かざり)し金鋪(くぎかくし)は日(ひ)の光(ひかり)をかり高(たか)き処(ところ)に懸(かけ)てきら〳〵輝(かゞや)くと天子(てんし)の恩光(おんくわう)をかりていと楽(たのし)み
あるを含(ふくん)だ今日(こんにち)天子(てんし)の乗輿(じようよ)に敬(つゝしん)て従(おとも)をし此(この)やしきに来(きた)り公主(こうしゆ)の天子(てんし)へ觴(さかづき)を献(あげ)万々歳(ばん〳〵ぜい)
の寿(ことぶき)を献(けん)じ人間(にんげん)の聞(きか)れぬ鈞天(きんてん)の音楽(をんがく)を聞(きく)ことは楽(たの)しきことにあらずや
【挿絵】
紅楼院応制(こうろうゐんのをうせい)
紅楼疑見白毫光(こうろううたがひみるびやくがうのひかり)。寺(てら)逼(せまつて)_二宸(しん)
居(きよに)_一福(ふくす)_二盛唐(せいたうに)_一。支遁(しとん)愛(あいす)_レ山(やまを)情漫(じやうまんに)
切(せつなり)。曇摩(どんま)泛(うかぶ)_レ海(うみに)路空長(みちむなしくながし)。経声(きやうせい)
夜息(よるやんで)聞(きく)_二 天語(てんごを)_一。鑪気晨飄(ろきあしたにひるがへつて)接(せつす)_二
御香(ぎよかうに)_一。誰謂此中(たれかいふこのうち)難(かたしと)_レ可(べきこと)_レ到(いたる)。自(みづから)
憐深院(あはれむしんゐん)得(うることを)_二徊翔(くわいしやうを)【左ルビ「ユキメグル」】_一。 【印「松軒」】
長安(ちやうあん)の嘉猷観(かゆうくわん)の中(うち)にある道場(だうじやう)にて万姓豊楽(ばんせいぶらく)の祈祷(きとう)がある天子御幸(てんしみゆき)あり詩(し)を作(つく)る
べしと制(せい)が下(くだ)るゆゑ作(つく)りし也/禁裡(きんり)の御内場(ごないしやう)に有(ある)朱(しゆ)ぬりの楼(ろう)の中(うち)より光(ひかり)がある疑(うたがひ)みれば
仏(ほとけ)の眉間(みけん)より放(はな)つ白毫光(びやくがうくわう)が照(てら)しわたる此寺(このてら)の天子(てんし)の御座(ござ)宸居(しんきよ)に逼(せまり)て官僧(くわんそう)なみ並(なら)
んで盛唐(せいたう)の御代長久(みよちやうきう)を祈祷(きとう)する福(ふく)すとは祈祷(きとう)と云(いふ)こと晋(しん)の支遁(しとん)奥深(おくふか)き山(やま)を愛(あい)
する情(じやう)は漫(ばつ)として切(せつ)な今此処(いまこのところ)のやうに能所(よきところ)もあるにとおさへた魏(ぎ)の時(とき)天竺(てんぢく)の曇摩迦羅(どんまから)が
洛陽(らくやう)に来(き)たことがある天竺(てんぢく)の王居(わうきよ)近(ちか)く能所(よきところ)も有(あ)らんに大海(だいかい)に泛(うか)んで唐土(たうど)へ来(きた)る路(みち)は
空(むだ)に長(なが)いと又(また)おさへて此紅楼院(このこうろうゐん)を称揚(ほめあげ)た経(きやう)の声(こゑ)が夜(よる)息(やん)だゆゑいかゞとみれば天子(てんし)の綸言(りんけん)を
聞(きく)ゆへぢや仏前(ぶつぜん)の香炉(かうろ)の煙(けふり)が御坐(ござ)の前(まへ)でたく御香(ぎよかう)と接(ひとつ)になる誰(たれ)かいふべきぞや此中(このうち)の
深院(しんゐん)には容易(ようい)に到(いた)るべきこと難(かた)しと自(みづから)憐(かたじけない)と感(かん)ず深院(しんゐん)の此中(このうち)に徊翔(くわいしやう)することを得(うる)此(この)
中(うち)には深院(しんゐん)を添(そへ)深院(しんゐん)には此中(このうち)をそへて互(たがひ)にして見るべし
【挿絵】
再(ふたゝび)入(いつて)_二道場(だうじやうに)_一紀(きす)_レ事(ことを)応制(おうせい)
南方帰去再(なんばうかへりさつてふたゝび)生(しやうす)_レ 天(てんに)。內殿今年(ないでんこんねん)異(ことなり)_二昔年(せきねんに)_一。見(けんに)闢(ひらいて)_二乾坤(けんこんを)_一新定(あらたにさだめ)
_レ位(くらゐを)。看(みす〳〵)題(だいして)_二日月(じつげつを)_一更高懸(さらにたかくかく)。行(ゆいて)隨(したがひ)_二香輦登仙路(こうれんとうせんのみちに)_一。坐(ざして)近(ちかづく)_二炉煙講(ろえんかう)
法筵(はふのむしろに)_一。自喜恩深(みづからよろこぶしんおん)陪(ばいして)_二侍從(ししように)_一。両朝長(りやうてうとこしなへに)在(あることを)_二聖人前(せいじんのまへに)_一。 【印「天真」】
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沈佺期(しんぜんき)も武則天(ぶそくてん)の事(こと)にて中宗(ちうそう)の御/咎(とが)めを蒙(かうむ)り驩州(くわんしう)へ流(なが)された睿宗(えいそう)即位(そくゐ)ありて召返(めしかへ)
され修文館(しゆふんくわん)の学士(がくし)となりし時(とき)の作(さく)ならめ此度(このたび)恩(おん)をうけ南方(なんばう)の驩州(くわんしう)より朝廷(てうてい)へ来(きたり)しは
再(ふたゝ)び天(てん)に浮(うか)び生(うま)れ替(かわ)りしやうにて仏経(ぶつきやう)にある生天(しやうてん)の字(じ)を用(もちひ)た内殿(ないでん)の様子(やうす)も今年(こんねん)見/仰(あふ)げば
昔年(せきねん)御/先代(せんだい)と異(こと)なるはいかゞなれば見(あらは)に乾坤(けんこん)を闢(ひらい)て新(あらた)に睿宗(えいそう)即位(そくゐ)まし〳〵御/先代(せんだい)中宗(ちうそう)
の宸筆(しんひつ)と当宸筆(たうしんひつ)と二ツの勅額(ちよくがく)をみれば日月(じつげつ)両輪(りやうりん)のごとく更(さら)に高(たか)き処(ところ)に懸(かけ)て有(ある)御/供(とも)を
して行(ゆけ)ば天子(てんし)の香袋(にほひぶくろ)をかけし御輦(みくるま)に召(めさ)れ御幸(みゆき)ある路(みち)にすゝみ行(ゆく)登仙路(とうせんのみち)は御幸(みゆき)の路(みち)と
云こと御/内場(ないじやう)に上(のぼ)り座(ざ)すれば香炉(かうろ)の煙(けふり)が立登(たちのぼ)る法(のり)を講説(はなさるゝ)御筵(ぎよえん)に近付(ちかづき)自(みづか)ら喜(よろこ)ぶは
天子の深恩(しんおん)を蒙(かうむ)り侍従(じじう)の列(れつ)に趨陪(はしりしたがひ)中宗(ちうそう)睿宗(えいそう)両朝(りやうてう)に長(なが)く天子(てんし)の御前(ごぜん)に在(あり)まする
ことを聖人(せいじん)とはこゝに天子(てんし)を云
【挿絵】
遥(はるかに)同(どうず)_二杜員外審言(とゐんぐわいしんげんが)過(すぐるに)_一レ嶺(みねを)
天長地闊嶺頭分(てんながくちひろうしてれいとうわかる)。去(さり)_レ国(くにを)離(はなれて)_レ家(いへを)見(みる)_二
白雲(はくうんを)_一。洛浦風光何(らくほのふうくわうなにの)所(ところぞ)_レ似(にたる)。崇山瘴(そうざんのしやう)
癘(れい)不(ず)_レ堪(たへ)_レ聞(きくに)。南(みなみのかた)浮(うかふ)_二漲海(ちやうかいに)_一 人何処(ひといづれのところぞ)。北(きたのかた)
望(のぞめは)_二衡陽(かうやうを)_一雁幾群(がんいくばくむれぞ)。両地江山万余(りやうちのかうざんばんよ)
里(り)。何時重(いづれのときかかさねて)謁(えつせん)_二聖明君(せいめいのきみに)。 【印「譱靖」「松軒」】
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張易之(ちやういし)武后(ぶこう)と通(つう)じ大(おほひ)に権威(けんゐ)ありし佺期(ぜんき)も審言(しんげん)も媚(こび)てとり入(いり)し科(とが)にて佺期(ぜんき)は
驩州(くわんしう)易之(いし)は峰州(ほうしう)審言(しんげん)は南嶺(なんれい)に流(なが)され悲(かなし)き詩(し)を作(つく)りしを見て遥(はるか)に其題(そのだい)を同(とう)じて
作(つく)る審言(しんげん)の流(なが)されし南方(なんはう)も手前(てまへ)の流(なが)されし処(ところ)も天(てん)の様子(やうす)はてしなく長(なが)く南方(なんはう)の
地面(ぢめん)も限(かぎ)りもなく闊(ひろ)くそれに南嶺(なんれい)の路頭(ろとう)がわかれて左遷(さすらへ)の所(ところ)も遠(とを)く隔(へだゝ)るゆゑ京(けい)
国(こく)を去(さり)我家(わがや)をはなれてなつかしく故里(ふるさと)を望(のぞ)めば唯(たゝ)白雲(はくうん)の起(おこ)るを見るばかり京(みやこ)の
洛水(らくすゐ)の浦辺(うらべ)の風光(ふうくわう)は何(なに)に似(に)た所(ところ)ぞと風土(ふうど)の違(ちが)ひしことをのべ崇山(そうざん)の瘴癘(しやうれい)の有所(あるところ)には
いまだ行着(ゆきつき)はせぬが先達(さきだつ)て聞及(きゝおよび)しが其時(そのとき)も聞(きく)に堪(たえ)かね涙(なみだ)が下(くだ)る南(みなみ)の方(かた)漲海(ちやうかい)に浮(うか)ん
で行(ゆき)し懇意(ねんごろ)せし審言(しんげん)は何(いづ)れの処(ところ)に在(ある)やらん北(きた)の方(かた)衡陽(かうやう)に回雁峰(くわいがんほう)と云処(いふところ)よりは雁(がん)
が南(みなみ)に去(さり)ゆくことがないゆへ雁(がん)がいかほど群(むらが)りて飛(とぶ)やらしれぬ漢(かん)の蘓武(そぶ)から始(はじま)りて雁(がん)は
書札(しよさつ)の便(たより)をする故事(こじ)がある雁(がん)もなき所(ところ)ゆゑ故里(ふるさと)へ文通(ぶんつう)もならぬを悲(かなしん)で云(いふ)衡陽(かうやう)の北(きた)
のはてをいへば漲海(ちやうかい)も南(みなみ)の果(はて)で遠(とを)きことを察(さつ)すべし驩州(くわんしう)と峰州(ほうしう)と江山(かうざん)をへだて一/万(まん)
余里(より)も有所(あるところ)に住居(すまゐ)していづれの時(とき)かおとがめを免(ゆる)され京(みやこ)へ帰参(きさん)して聖明君(くもりなききみ)に謁(おめみへ)すること
があらう歟/先(まづ)はあるまいとあはれなるていを云(いふ)此詩(このし)何(なに)の字(じ)が三/字(じ)有(あり)伝写(でんしや)の誤(あやま)り
なるべし
【挿絵】
興慶池(こうけいちにして)侍(しす)_レ宴(えんに)応制(をうせい) 韋元旦(ゐげんたん)
滄池漭沆帝城辺(さうちもうかうこうたりていじやうのへん)。殊(ことに)勝(まされり)_三昆明(こんめい)鑿(ほるに)_二漢年(かんねんに)_一。夾(さしはさんで)_レ岸(きしを)旌旗(せいき)疏(わかち)_二輦(れん)
道(だうを)_一。中流簫鼓(ちうりうせうこ)振(ふるひ)_二楼船(ろうせんに)_一。雲峰四起(うんほうよもにおこり)迎(むかへ)_二宸幄(しんあくを)_一。水樹千重(すゐじゆせんちよう)入(いる)_二
御筵(ぎよえんに)_一。宴楽已深魚藻詠(えんらくすでにふかくぎよさうゑいず)。承(うけて)_レ恩(おんを)更(さらに)欲(ほつす)_レ奉(ほうぜんと)_二甘泉(かんせんを)_一。 【印「天真」】
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此池(このいけ)は龍池(りようち)也/長安城(ちやうあんじやう)の東(ひがし)にあり滄池(あをきいけ)漭沆(ふかくひろく)天然(てんねん)と出来(でき)て龍(りよう)が住(すむ)昆明地(こんめいち)は漢(かん)の武帝(ぶてい)の
時(とき)人力(じんりよく)をかりて堀(ほり)しには勝(まさ)りしこと也/天子行幸(てんしみゆき)あるゆゑ左右(さゆう)の岸(きし)を夾(さしはさみ)て旌旗(せいき)を建(たて)ならべ
輦道(みゆきみち)を疏(わかち)てある流(なが)れの真中(まんなか)に簫(せう)を吹(ふき)太鼓(たいこ)をならし音楽(おんがく)の面白(おもしろ)き声(こゑ)が天子(てんし)の
まします楼船(やかたふね)に振(ひゞき)わたる船中(せんちう)よりみれば雲(くも)のたな引(びく)峰(みね)が四方(しはう)より起(たち)あがり御座(ござ)の
前(まへ)にかゝりある幄(とばり)を迎(むかへ)てひとつになるやうな水(みづ)のはたにある樹木(じゆもく)がいくらも重(かさな)り
合(あふ)て御筵(おざしき)の中(なか)にかげが入(いり)こむ山水(さんすゐ)が心有(こゝろあり)げにいづれも天子(てんし)に供奉(ぐぶ)する様(やう)にみゆる御酒(ごしゆ)
筵(えん)の楽(たのしみ)が已(すで)に深(ふか)くして詩経(しきやう)に天子(てんし)を祝(いは)ひ奉(たてまつ)り魚藻(ぎよさう)の詠(ゑい)を作(つく)りしごとく詩(し)を作(つく)れと制(せい)を
蒙(かうむ)り祝(いは)ひの言(こと)を作(つく)り献(けん)ず今(いま)迄の点(てん)は魚藻(ぎyさう)を詠(ゑい)ずと有(ある)が悪(あし)からんこれは宴楽(えんらく)已(すで)に
深(ふか)きにつけ恩(おん)を承(うけ)て魚藻(ぎよさう)のごとき詩(し)を作(つく)り殊更(ことさら)恩(おん)を承(うけ)て楊雄(やうゆう)が甘泉宮(かんせんきう)の賦(ふ)を作(つくり)
て天子(てんし)の後嗣(あとつぎ)を求(もとめ)給ふを祝(しゆ)して献(けん)ずるなれ共/実(じつ)は天子(てんし)奢(おごり)を究(きはめ)て益(えき)もなきことをなさ
るゝを諷(ふう)じた此詩(このし)も下心(したこゝろ)は諷(ふう)じた
【挿絵】
侍(しす)_二宴安楽公主新宅(えんにあんらくこうしゆのしんたくに)_一応制(をうせい)
蘇頲(そてい)
駸二(しん〳〵たる)羽騎(うき)歴(ふ)_二城池(じやうちを)_一。帝女楼台(ていぢよろうたい)向(むかつて)_レ晩(くれに)披(ひらく)。
露(つゆ)灑(そゝひで)_二旌旗(せいきに)_一雲外出(うんぐわいにいで)。風(かぜ)廻(めぐつて)_二巌岫(がんぢくに)_一雨中移(うちうにうつる)。
当(あたつて)_レ軒(のきに)半落天河水(なかばはおつてんがのみづ)。遶(めぐつて)_レ径(こみちを)全低月樹枝(まつたくたるげつじゆのえだ)。
簫鼓宸遊陪宴日(せうこしんゆうばいえんのひ)。和鳴双鳳(くわめいさうほう)喜(よろこぶ)_二来儀(らいぎを)_一。
駸々(しん〳〵)は馬(うま)の足(あし)を揃(そろ)へて早(はや)く進(すゝ)むこと羽騎(うき)は弓矢(ゆみや)を負(おふ)御/先供(さきども)中宗御幸(ちうそうみゆき)なさるゆゑ馬(うま)の足(あし)
を早(はや)め先供(さきども)が御城(おしろ)の池(ほり)のそばを通(とを)り過来(すぎきた)る帝女(ひめみや)も楼台(ろうたい)を晩方(くれがた)に向(むか)ひ披(ひら)ひて待(まち)かまへて
ある二の句(く)に向(むかふ)_レ晩(くれに)の字(じ)有故(あるゆへ)雨(あめ)を露(つゆ)と云(いふ)たものとみへる小雨(こさめ)が降(ふり)そゝぐから建並(たてならべ)た旌(せい)
旗(き)もしめりて雲(くも)の外(ほか)にひらり〳〵として出(いで)てみへる風(かぜ)が岩軸(かんぢく)の路(みち)を廻(めぐつ)て雨(あめ)の振中(ふるなか)に
段(だん)〳〵先(さき)へ移(うつ)る五六の句(く)落低(らくてい)の字(じ)が雨(あめ)のけしきを帯(おび)てみへる軒(のき)に当(あたつ)てみへる瀑(たき)は半(なかば)落(おつ)る
やうな天河(てんが)の水(みづ)が一(ひと)ツになりて天河(てんが)で自然(しぜん)と織女(しよくぢよ)のことを含(ふくん)だ庭(には)の径(こみち)を遶(めぐつ)て全(まつたく)雨(あめ)が
ふり重(おも)くなつて低(たれ)てみへる月(つき)の中(なか)にある桂樹(かつらのき)の枝(えだ)をみるやうなが是(これ)も月中(げつちう)に仙女(せんぢよ)
の居(ゐ)ることを含(ふくん)だ天河水(てんがのみづ)と月樹枝(げつじゆのえた)で山水(さんすゐ)の凡境(はんけい)になきことを云(いふ)た物(もの)じや簫(せう)や太鼓(たいこ)
の音楽(おんがく)で天子(てんし)の宸遊(おあそび)ごきげんよくにぎやかに群臣(ぐんしん)も御宴(ぎよえん)に陪従(ばいじう)する今日(けふ)公主(ひめみや)の御
夫婦中(ふうふなか)もよろしく容儀(ようぎ)正(たゞ)しくおはしますは和(やは)らかに鳴初(なきそむ)るめすをすの鳳皇(ほうわう)が羽(はね)を
揃(そろ)へてうつくしく来(きた)る容儀(かたち)の有様(あるやう)な事(こと)で喜(よろこ)び奉(たてまつ)ると也/簫(せう)と鳳(ほう)の二/字(じ)て秦(しん)の
弄玉仙女(ろうぎよくせんぢよ)の事もどこともなく含(ふく)んである
【挿絵】
奉(たてまつる)_レ和(わし)_三春日(しゆんじつ)幸(みゆきするを)_二望春宮(ばうしゆんきうに)_一応制(をうせい)
東(ひがしのかた)望(のぞめば)_二々春(ばうしゆんを)_一々(はる)可(べし)_レ憐(あはれむ)。更(さらに)逢(あふて)_二晴日(せいじつに)_一柳(やなぎ)
含(ふくむ)_レ煙(けふりを)。宮中下見南山尽(きうちうくだしみればなんざんつく)。城上平(じやうじやうたいらかに)
臨北斗懸(のぞめはほくとかゝる)。細草偏承(さいさうひとへにうく)回(かへす)_レ輦(れんを)処(ところ)。飛(ひ)
花故落(くわことさらおちて)舞(まふ)_二觴前(しやうぜんに)_一。宸遊(しんゆう)対(たいして)_レ此(これに)歓無(よろこびなし)
_レ極(きはまり)。鳥(とり)弄(もてあそび)_二歌声(かせいを)_一。雑(まじはる)管絃(くわんげんに)_一。 【印「栖霞」】
唐(たう)の時(とき)南北(なんぼく)に望春宮(ばうしゆんきう)あり供(とも)に長安城(ちやうあんじやう)の東(ひがし)滻水(さんすゐ)の西(にし)にあり三四の句(く)南北(なんぼく)の字(じ)あり心(こゝろ)を附(つけ)
見べし春(はる)の気(き)は東(ひがし)より起(おこる)もの故(ゆゑ)東(ひがし)の方(かた)望春宮(ばうしゆんきう)をのぞみ見れば春(はる)けしきが可愛(かあい)らしく
みゆる殊更(ことさら)晴日(のどか)なる時(とき)に逢(あひ)柳(やなき)も緑(みどり)の中(うち)に煙(けふり)を含(ふくみ)てみゆる此(この)三の句(く)は望春宮(ばうしゆんきう)へ幸(みゆき)なき前(まへ)
かた思(おも)ひやるけしきを云扨/幸(みゆき)有(あつ)て宮中(きうちう)ゟ見おろしたれば禁裡(きんり)の正面(しやうめん)に秀(ひいで)し南山(なんざん)がすみ
からすみ迄みゆる故(ゆゑ)尽(つく)と云た御/城(しろ)の上(うへ)には平(まんろく)に臨(みわたせ)ば北斗(ほくと)の星(ほし)が懸(かゝつ)てある極(きはめ)て高(たか)きを
云(いふ)南山(なんざん)にて詩経(しきやう)にある祝意(しゆくい)を含(ふく)み北斗(ほくと)にて禁裡(きんり)の尊(たつと)きことを含(ふくむ)これにて南北(なんぼく)に宮中(きうちう)に
楼(ろう)有(ある)ことを知(しる)べし右(みぎ)三四の句(く)は遠(とを)く見/渡(わた)すことを云/次(つぎ)の五六の句(く)は近(ちか)きをみるけしきを云御
庭(には)に細(こま)かに生(はへ)た草(くさ)が意有(こゝろあり)げによごれぬやうにと思(おも)ふて御輦(みくるま)をめぐらす所(ところ)に揃(そろふ)て生(はへ)た又/飛(とび)
ちる花(はな)も心有(こゝろあり)さうで故(わざ〳〵)に落(おち)て觴(さかづき)をあちらこちらと舞(まは)すちら〳〵として沢山(たくさん)飲(のん)で楽(たのし)み
給へと勧(すゝむ)るやうじや偏故(へんこ)の二/字(じ)無情(むじやう)の草(くさ)や花(はな)を有情(うじやう)に働(はたらか)せたは老成(こうしや)な詩(し)でなければ
いはれぬ宸遊(おあそび)此景色(このけしき)に対(たい)し歓無極(よろこびなくきはまり)鳥迄歓(とりまでよろこ)び歌(うた)の声(こゑ)と一様(いちやう)に弄(さへずり)て管弦(くわんげん)に雑(まじは)る
文選(もんぜん)に雑弄(ざつろう)とある字(じ)を切出(きりだ)した
【挿絵】
【挿絵】駝鳥
【挿絵】駝鳥
【印「玉山堂」】
【裏表紙】
【表紙題箋】《題:唐詩選画本 《割書:七言律》 二》
【小題】雲漢
奉(たてまつる)_レ和(わし)_三初春(しよしゆん)幸(みゆきするを)_二太平公主南荘(たいへいこうしゆのなんさうに)_一
応制(をうせい) 蘇頲(そてい)
主第山門(しゆだいさんもん)起(おこる)_二灞川(はせんに)_一。宸遊風景(しんゆうふうけい)入(いる)_二
初年(しよねんに)_一。鳳皇楼下(ほうわうろうか)交(まじへ)_二 天仗(てんぢやうを)_一。烏鵲橋(うじやくけう)
頭(とう)敞(あきらかなり)_二御筵(ぎよえん)_一。往二花間(わう〳〵くわかん)逢(あふ)_二綵石(さいせきに)_一。時(じ)
二(じ)竹裏(ちくり)見(みる)_二紅泉(こうせんを)_一。今朝扈蹕平陽(こんてうこひつすへいやう)
館(くわん)。不(ず)_レ羨(うらやま)乗(のりしを)_二槎雲漢辺(いかだにうんかんのへんに)_一。
公主(こうしゆ)は則天皇后(そくてんくわうごう)の生(うみ)し所(ところ)諸公主(しよこうしゆ)にまさり御/寵愛(ちようあい)睿宗即位(えいそうそくゐ)の後(のち)公主(こうしゆ)の権威(けんゐ)
天下(てんか)に震(ふる)ひたり玄宗(げんそう)の時(とき)謀反(むほん)を起(おこ)し自滅(じめつ)を命(めい)ぜらる公主(こうしゆ)の第舎(しもやしき)山(やま)の麓(ふもと)の
門(もん)灞川(はせん)のそばに起(たち)てある睿宗(えいそう)の宸遊(みゆき)の時(とき)風景(ふうけい)も初春(しよしゆん)に入(いり)しゆゑ一(ひと)しほ面白(おもしろ)く
あり年(とし)の字(じ)春(はる)にかへてみるべし鳳皇楼(ほうわうろう)と云(いふ)べききれいなる楼(たかどの)に御幸(みゆき)有(ある)ゆゑ
其下(そのした)には天仗(てんじやう)多(おほ)くの弓矢(ゆみや)鎗矛(やりほこ)品々(しな〴〵)交(まじ)へならべかためをする鳳皇(ほうわう)に秦(しん)の弄玉(ろうぎよく)
を含(ふくみ)烏鵲(うじやく)のならび居(ゐ)るやうな橋(はし)のあたりに御筵(おざしき)が敞(あきらかに)きらびやかにみゆる烏鵲(うじやく)
に天河(てんが)の織女(しよくぢよ)のことを含(ふくん)だ御 庭(には)をみれば往々(ところ〴〵)花(はな)の植(うゑ)ごみの間(あいだ)に五綵(ごさい)の石(いし)がすゑて
あるとけしき凡(ぼん)ならぬを云/綵石(さいせき)は穆天子伝(ぼくてんしでん)の字(じ)なれとも織女(しよくぢよ)の支機(しき)石を含(ふくん)だ
やうにある時々(ちよつ〳〵と)みれば竹(たけ)のしげみから紅(くれない)の泉(いづみ)が流(なが)れ来(く)る文選(もんぜん)の註(ちう)に紅泉(こうせん)は水(みづ)が砂(いさご)の
中(うち)より流(なが)るゝゆゑ其色(そのいろ)紅(くれない)となる今朝(こんてう)扈蹕(おとも)して参(まゐ)る処は漢(かん)の武帝(ぶてい)の姉君(あねぎみ)平陽公(へいやうこう)
主(しゆ)の館(やかた)で有(ある)やうな睿宗(えいそう)の伯母(をば)ゆゑ取用(とりもちひ)たこゝは容易(ようい)に来(く)ることはならぬゆゑ昔(むかし)槎(いかだ)
に乗(じよう)じ雲漢(あまのがは)の辺(ほとり)に行(ゆき)しも羨(うらやま)しくは思(おもは)ぬ
【挿絵】
幽州新歳作(ゆうしうしんせいのさく) 張説(ちやうえつ)
去歳荊南梅(きよせいけいなんうめ)似(にたり)_レ雪(ゆきに)。今年荊北雪(こんねんけいほくゆき)如(ごとし)_レ梅(うめの)。共知人事何嘗(ともにしるじんじなんぞかつて)
定(さだめん)。且喜年華去復来(かつよろこぶねんくはさつてまたきたるを)。辺鎮戍歌連日動(へんちんのじゆかれんじつうごき)。京城燎火(けいじやうのれうくわ)徹(いたるまで)
_レ明(あけに)開(ひらく)。遙遙西(えう〳〵としてにしのかた)向(むかふ)_二長安日(ちやうあんのひに)_一。願(ねがはくは)上(たてまつらん)_二南山寿一杯(なんざんのことぶきいつはいを)_一。 【印「天真」】
【挿絵】
此作者(このさくしや)南(みなみ)の岳州(がくしう)より転役(てんやく)して北(きた)の幽州(ゆうしう)の都督(たいしやう)となる去歳(きよさい)荊南(けいなん)の
役人(やくにん)なりし時(とき)暖国(だんこく)ゆゑ冬(ふゆ)から梅花(うめのはな)か咲乱(さきみだ)れ雪(ゆき)のごとくなりし今年(こんねん)荊北(けいほく)の
幽州(ゆうしう)の大将(たいしやう)となり春(はる)を迎(むかへ)しに烈(はげ)しく寒(さむ)きゆゑ雪(ゆき)が木々(きゞ)の枝(えだ)にこりかた
まり梅花(ばいくわ)の咲(さい)たやうじや手前計(てまへばかり)てはない下役共々(したやくとも〳〵)に存知(そんじし)ること人(ひと)の身(み)
の上(うへ)の事(こと)は定(さだま)りしことはないこの様(やう)に南(みなみ)から北(きた)にうつりかはるまことに定(さだめ)ない
しかしまあ喜(よろこぶ)がよい年華(としつき)の移(うつ)るは冬(ふゆ)が去(され)ば春(はる)が来(く)る辺塞(へんさい)をさへ鎮(しづめ)
て戍(ばんて)の歌(うた)が連日(まいにち)所々(しよ〳〵)にひゞきわたるは楽(たのし)みの中(うち)に哀(かなしみ)がある今日(けふ)は
年賀(ねんが)ゆゑ諸役人(しよやくにん)参内(さんだい)するに君より御馳走(ごちそう)に夜(よ)より燎火(かゞりび)をたき
明(あけ)に至(いた)るまでうち開(ひらい)て照(てら)すならん遥々(はる〴〵)の所(ところ)に勤(つとめ)て居(を)れども
西(にし)の方(かた)長安(ちやうあん)の日(ひ)に向(むか)ひて願(ねがは)くは南山(なんざん)のかけず崩(くづ)れざる万々歳(ばん〳〵ぜい)の
寿(ことぶき)の祝酒(しくしゆ)一杯(いつはい)を奉(たてまつ)ると遠国(をんこく)に居(ゐ)ても君(きみ)を忘(わす)れざる誠(まこと)を云(いふ)日(ひ)と
いへば天子(てんし)の事(こと)になる故事(こじ)あり《割書:一方は天子をさせども|日の字二ツある也》
㴩湖山寺(ようこのさんじ)
空山寂歴道心生(くうざんせきれきとしてだうしんしやうず)。虚谷迢遥野鳥声(きよこくてうえうたりやてうのこゑ)。禅室従来雲外(ぜんしつしようらいうんぐわいの)
賞(しやう)。香台豈是世中情(かうだいあにこれせいちうのじやうならん)。雲間東嶺千重出(うんかんとうれいせんちやういづ)。樹裏南湖一(じゆりなんこいつ)
片明(へんあきらかなり)。若(もし)使(しめば)_三巣由(さうやうをして)同(どうぜ)_二此意(このいを)_一。不(じ)_下将(もつて)_二蘿薜(らへいを)_一易(かへ)_中簪纓(さんえいに)_上 【印「天真」】
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作者(さくしや)張説(ちやうえつ)岳州(がくしう)に貶(へん)せられ㴩湖(ようこ)の山寺(やまてら)に上(のぼ)りみれば空山(なにもなきやま)寂歴(せきれき)と物(もの)しづかにて自然(しぜん)と
仏道心(ぶつだうしん)が生(しやう)ずる虚谷(なにもなきたに)迢遥(はる〴〵)にして人(ひと)の音(をと)なく野鳥(もちどり)の声(こゑ)がする禅(ぜん)を観(くわん)ずる室(おくのま)は従来(むかしより)
雲(くも)のたなびく外(あたり)の賞(もてあそび)じや香木(かうぼく)にて作(つく)りし台(うてな)は豈(なにしに)是(これ)世(よ)の中(なか)のうるさき情(じやう)が有(あら)うぞや
雲(くも)の起(おこ)る間(あいだ)に東(ひかし)の嶺(みね)が千(いくら)も重(かさな)り出(いで)てしげりこんだ樹木(じゆもく)の裏(うち)をすかしみれば南(みなみ)の㴩湖(ようこ)
が一片(かたへり)明(はつきりと)にみへるもし巣父(さうふ)許由(きよゆう)の隠者(ゐんじや)が今(いま)こゝに来(き)て閑(しづか)なる意(こゝろ)を同(おな)じくするならば
隠者(ゐんじや)の着(き)る蘿薜(つたかづら)で織(おり)し衣服(いふく)を以(もつ)て此方(このはう)の役(やく)をつとめる頭(かしら)のかざり簪(かんざし)や冠(かんむり)の纓(ひも)
ととりかへはせまい心(こゝろ)が隠者故(ゐんじやゆへ)あながち隠者(ゐんじや)になるにも及(およば)ぬ此詩中(このしちう)雲(くも)の字(じ)が
二ツ有(あり)どちらか写(うつ)し誤(あやまり)ならん
【挿絵】
遥(はるかに)同(どうす)_二蔡起居偃松篇(さいききよがえんしようへんに)_一
清都衆木総栄芬(せいとしうぼくすべてゑいふん)。伝道孤松最(つたへいふこしようもつとも)
出(いづと)_レ群(ぐんを)。名(なは)接(せつして)_二 天庭(てんていに)_一多(おほく)_二景色(けいしよく)_一。気(きは)連(つらなりて)_二
宮闕(きうけつに)_一借(かる)_二氤氳(ゐんうんを)_一。懸池的々(けんちてき〳〵として)停(とゞめ)_二華(くわ)
露(ろを)_一。偃蓋重々(えんかいちよう〳〵)払(はらふ)_二瑞雲(ずゐうんを)_一。不(ず)_レ借(をしま)流膏(りうかう)
助(たすくることを)_二仙鼎(せんていを)_一。願(ねがはくは)将(もつて)_二楨幹(ていかんを)_一捧(さゝげん)_二明君(めいくんに)_一。 【印「栖霞」】
蔡(さい)は氏(うぢ)起居(ききよ)は天子(てんし)の御/側(そば)にて動作(どうさ)を記録(きろく)する役(やく)勤(つとめ)たる役所(やくしよ)の庭(には)に偃蓋(えんかい)の如(ごと)き
松(まつ)があるを賦(ふ)して張説(ちやうえつ)が岳州(がくしう)に在時(あるとき)贈(おく)りしを遥隔(はるかへだゝ)り居(を)れ共/同(おな)し
偃松篇(えんしようへん)を作(つくり)蔡起居(さいききよ)が勤方(つとめかた)宜(よろしき)を松(まつ)によそへて贈(おく)りし也/清都(きれいなみやこ)の衆木(しな〴〵のき)総(おしなへ)て
栄(さかへ)芬(にほやか)なれ共/取分(とりわけ)伝道(つたへいふ)には其元(そこもと)の役所(やくしよ)の前(まへ)なる孤松(ひとつまつ)は最(すぐれて)群木(なみ〳〵のき)をも
ぬけ出るとそれ故(ゆゑ)名(な)は天子(てんし)の朝廷(てうてい)に接(まじはり)御覧(ごらん)も有(あつ)て賞(しやう)せらるゝゆゑ
一入(ひとしほ)気色(けしき)も多(おほ)い松(まつ)の気(き)が宮闕(ごてん)に連(つゞい)てある故(ゆゑ)禁裏(きんり)にたなびく所(ところ)の
氤氳(ほんのりとした)目出度色(めでたきいろ)を借(かり)てある松(まつ)の枝(えだ)が横(よこ)に伏(ふし)て池(いけ)の上(うへ)にさし懸(かゝつ)た
ゆゑ松(まつ)の葉(は)の先(さき)に的々(きら〳〵)と光(ひか)る露(つゆ)を停(とゞめ)てある松(まつ)は水(みづ)を吸(す)ふゆゑ枝(えた)が堰(かさ)
蓋(ぼこ)のごとくだん〳〵に重(かさな)り合(あひ)て瑞雲(めでたきくも)をすり払(はら)ふやうな扨(さて)天子(てんし)仙薬(せんやく)を
製(せい)し給はゝ流膏(まつやに)が入(いる)ゆゑ此松(このまつ)より取(とり)給はゞ少(すこ)しも惜(おしみ)は致(いた)さぬと起居(ききよ)の勤方(つとめかた)が
宜(よろし)きを是(これ)にかこつけ松(まつ)やに計(ばか)り楨幹(しんぎ)が御用(こよう)なら願(ねがは)くは真木(しんぼく)を以(もつ)て明君(めいくん)に
捧(さゝ)げたいと起居(ききよ)がまさかの時(とき)は命(いのち)も惜(をしま)ぬ忠勤(ちうきん)をこれにかこつけ云也
【挿絵】
奉(たてまつる)_レ和(わし)_二春日(しゆんじつ)出(いでゝ)_レ苑(そのを)矚目(しよくぼくするを)_一応令(をうれい) 賈曽(かそう)
銅龍暁開(どうりようあかつきひらき)問(とふて)_レ安(あんを)迴(かへる)。金輅春遊博望開(きんろしゆんゆうはくばうひらく)。渭水晴光(ゐすゐのせいくわう)揺(うごかし)_二草(さう)
樹(じゆを)_一。終南佳気(しうなんのかき)入(いる)_二楼台(ろうたいに)_一。招(まねいて)_レ賢(けんを)已(すでに)従(したがへ)_二商山老(しやうざんのらうを)_一。託乗還(たくじようしまた)徴(めす)_二鄴(げふ)
下才(かのさいを)_一。臣(しん)在(あつて)_二東南(とうなんに)_一独留滞(ひとりりうたいす)。忻(よろこふ)逢(あふことを)_二睿藻日辺来(えいさうのじつへんよりきたるに)_一。 【印「天真」】
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玄宗(げんそう)太子(たいし)の時(とき)側役(そばやく)なりし賈曽(かそう)役替(やくがへ)して東都(とうと)に在(あり)しに馴染(なじみ)なれば詩(じ)を下(くだ)され和(わ)
せよと令(れい)あり天子(てんし)なれば応制(おうせい)といへ共/太子(たいし)には応令(おうれい)と云/此時(このとき)の和詩(わし)也/銅龍門(とうりようもん)は龍楼(りようろう)
門(もん)共云/太子(たいし)のおはす御/門(もん)也/暁(あかつき)に開(ひらく)と御廊下(おらうか)通(とを)り御殿(ごてん)へ御成(おなり)睿宗(えいそう)の御/安否(きげん)を伺(うかゝ)ひ帰(かへ)り
給ふ序(ついで)に金(こがね)にて飾(かざ)る輅(くるま)に乗(のり)春(はる)の遊(あそび)をなされ漢(かん)の博望苑(はくばうゑん)のごとき御/庭(には)が打開(うちひらい)てある渭(ゐ)
水(すゐ)の晴(はれ)やかな光(ひかり)が草木(さうもく)にうつりきら〳〵ちら〳〵するを揺(うごかす)と云/終南山(しうなんざん)の佳気(めでたきき)は楼台(ろうたい)
に入(いり)こんでみへる題(だい)の目(め)を矚(つけ)てみるに応(をう)じて云御/学問好(がくもんすき)ゆゑ賢者(けんしや)を招(まね)かれ已(すて)に商山(しやうざん)の
四皓(しかう)のごとき老人(らうじん)を従(したが)へ後乗(あとのり)に載(のせ)られた還(また)鄴下(げふか)の七才子(しちさいし)と云(いふ)ごときすぐれた者(もの)を徴(めし)詩(し)を
命(めい)ぜらるゝであらう臣(しん)は東南(とうなん)の都(みやこ)に在(あつ)て独(ひとり)留滞(ながずまひ)して御/供(とも)を致(いたす)こともならぬ遠国(をんごく)に
居(ゐ)るに昔(むかし)を忘(わす)れ給ず欣(よろこば)しきことは睿藻(おしさく)の日辺(みやこ)より来(きたる)に逢(あふ)と日辺来(じつへんらい)の三/字(じ)晋(しん)の
明帝(めいてい)の語(ご)世説(せせつ)に出(いで)たり此詩(このし)開(かい)の字(じ)二/所(ところ)有一ツは伝写(でんしや)誤(あやまり)たらん睿藻(えいさう)は天子(てんし)の御書(ごしよ)を云
【挿絵】
奉(たてまつる)_レ和(わし)_三初春(しよしゆん)幸(みゆきするを)_二太平公主南荘(たいへいこうしゆのなんさうに)
応制(おうせい) 李邕(りよう)
伝聞銀漢支機石(つたへきくぎんかんのしきせき)。復見金輿(またみるきんよ)出(いづ)_二紫(し)
微(びを)_一。織女橋辺烏鵲起(しよくぢよけうへんうじやくおこり)。仙人楼上鳳(せんにんろうしやうほう)
皇飛(わうとぶ)。流風(りうふう)入(いつて)_レ坐(さに)飄(ひるがへす)_二歌扇(かせんを)_一。瀑水(ばくすゐ)当(あたつて)_レ階(かいに)
濺(そゝぎ)_二舞衣(ぶいに)_一。今日還同(こんにちまたおなじく)犯(おかす)_二牛斗(ぎうとを)_一。乗(じようじ)_レ槎(いかだに)共(ともに)
泛(うかんで)_二海潮(かいてうに)帰(かへる)。 【印「善靖之印」「松軒」】
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昔(むかし)より伝聞(つたへきゝ)しが銀漢(あまのがわ)に織女(しよくぢよ)の支機石(しきせき)のあることを此度(このたび)復(また)見れば天子(てんし)金(こがね)の飾(かざり)せし
輿(くるま)に召(めし)て紫微(きんり)を出(いで)て幸(みゆき)あるは彼銀漢(かのあまのがわ)とも云(いふ)へき処じや伝聞(つたへきく)復見(またみる)を以て畳(たゝ)み
用(もちひ)て始末(しまつ)織女(しよくぢよ)のことを云/此処(このところ)は取(とり)も直(なを)さず天河(あまのかわ)と思(おも)へば織女(たなばた)の居(ゐる)橋辺(ほしのほとり)には烏鵲(うじやく)が
起(おこり)仙人(せんにん)の住居(すまゐ)する楼上(ろうしやう)には鳳皇(ほうわう)が飛(とぶ)やうなと又(また)弄玉(ろうぎよく)を含(ふく)んだ流(りう)は吹渡(ふきわたる)と云こと
ぞ流風(ふきわたる)が御座敷(おざしき)に入(いる)と歌(うた)ふておる団扇(だんせん)が飄(ひら〳〵)とみへる御/庭(には)の瀑(たき)の水(みづ)は階前(えんさき)に
当(むかつ)て舞(まひ)をする衣(ころも)に濺(そゝ)ぎかける今日(けふ)還同(またおなじく)の二/字(じ)起句(きく)に応(おう)ず牛斗(ぎうと)の星(ほし)を犯(をか)
して槎(いかだ)に乗(じよう)して皆々(みな〳〵)共々に海潮(かいてう)に泛(うか)んで帰(かへ)ると同(おな)じやうにある犯(をかす)とは行(ゆく)
まじき処(ところ)へ行(ゆく)意(こゝろ)牛斗(ぎうと)は牽牛(けんぎう)織女(しよくぢよ)の星(ほし)のこと槎(いかだ)に乗(じよう)じて天河(あまのがわ)にゆくとは
前々(まへ〳〵)多(おほ)く云(いふ)故事(こじ)也
【挿絵】
和(わす)_下左司張員外(さしちやうゐんぐわい)自(より)_レ洛(らく)使(つかひして)入(いり)_レ京(きやうに)中路先(ちうろにしてまづ)赴(おもむき)_二長安(ちやうあんに)_一
逢(あひ)_二立春日(りつしゆんのひに)_一贈(おくるを)_中韋侍御及諸公(ゐしぎよおよびしよこうに)_上 孫逖(そんてき)
忽(たちまち)覩(みる)_二雲間数雁廻(うんかんすがんのかへるを)_一。更(さらに)逢(あふ)_二山上一花開(さんしやういつくはひらくに)_一。河辺淑気(かへんのしくき)迎(むかへ)_二芳(はう)
草(さうを)_一。林下軽風(りんかのけいふう)待(まつ)_二落梅(らくばいを)_一。秋憲府中高唱入(しうけんふちうかうしやういり)。春卿署裏和(しゆんけいしよりわ)
歌来(かきたる)。共言東閣(ともにいふとうかく)招(まねく)_レ賢(けんを)地(ち)。自(おのづから)有(あり)_二西征(せいせい)作(つくる)_レ賦(ふを)才(さい)_一。 【印「天真」】
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此題(このだい)に云/員外(ゐんぐわい)は何人(なんにん)と員(かず)の定(さだま)る外(ほか)に其役(そのやく)を命(めい)ぜらるゝ時(とき)は員(かず)の外(ほか)の人(ひと)と云こと前(まへ)に
ある杜員外審言(とゐんくわいしんげん)も同意(どうい)也/自(より)_レ洛(らく)と云/以下(いけ)二十二/字(じ)は張原(ちやうげん)が題(だい)也/宰相(さいしやう)の人が長安県(ちやうあんけん)
に居(ゐ)たとみへる張原(ちやうげん)が洛陽(らくやう)より御用使(ごようつかひ)を歴(へ)て京(みやこ)に入(いり)途中(とちう)にて先(まつ)長安県(ちやうあんけん)に趣(おもむき)て
宰相(さいしやう)に謁(えつ)した時(とき)に立春(りつしゆん)の日(ひ)に逢(あふ)て長安県(ちやうあんけん)に居(ゐ)るそこで韋侍御(ゐしきよ)及(および)諸公(しよこう)に
贈(おく)りし諸公(しよこう)は礼部(れいほう)の人(ひと)を云/諸公(しよこう)と云中(いふうち)に孫逖(そんてき)もこもるゆゑ和(わ)した日本(にほん)にては立春(りつしゆん)
の時(とき)雁(がん)は北(きた)に帰(かへ)らぬが唐(たう)の長安県(ちやうあんけん)は早(はや)く暖気(だんき)を催(もよほ)すがいぶかし中路(ちうろ)にして
立春(りつしゆん)に逢(あひ)たれば忽(たちま)ち雲間(うんかん)に数雁(すがん)の廻(かへ)るを覩(み)る殊更(ことさら)春(はる)のかへるしるし
にや山上(さんしやう)にわづか一輪(いちりん)花(はな)の開(ひら)くに逢(あふ)た又(また)其上(そのうへ)に河(かわ)の辺(ほとり)の淑気(しくき)【左ルビ「ノトカ」】なるが芳草(わかくさ)
に迎(むか)へらるゝやうな林下(りんか)の軽風(やはらかなかぜ)は梅花(ばいくわ)を待(あひしらふ)て落(おつ)るやうな是(これ)までは四句(しく)皆(みな)
路(みち)にてみる所(ところ)の春色(しゆんしよく)を云/秋憲(しうけん)は目付(めつけ)の事(こと)ゆゑ韋侍御(ゐしぎよ)を云/春卿(しゆんけい)は御/側(そば)
向(むき)の役人(やくにん)礼式(れいしき)にあづかる諸公(しよこう)を云/此二句(このにく)は府中署裏(やくしよ〳〵)に高唱(よきし)が入(いつ)て和歌(あいさつのし)
来(きた)ると互(たかひ)に云(いふ)たものじや秋憲府中(めつけやくしよ)へも春卿署裏(おそばやくしよ)へも張原(ちやうげん)か高唱(よきし)が入(いり)し
ゆゑそこで秋憲(めつけ)よりも春卿(おそば)よりも皆々(みな〳〵)和歌(あいさつのし)を贈(おくり)来(き)ました手前計(てまへばかり)ではない
皆々(みな〳〵)共々(とも〳〵)に云には東閣(おやくしよ)で漢(かん)の公孫弘(こうそんかう)がやうに天下(てんか)の賢者(けんしや)を招(まね)かれし地(ところ)も有(ある)
なれども御手前(おてまへ)は自然(しぜん)と晋(しん)の潘岳(はんがく)が西征賦(せい〳〵のふ)を作(つく)る才(さい)が有(ある)ゆゑ早速(さつそく)宜(よろし)き役位(やくゐ)
にもすゝむならん
【挿絵】
行(ゆいて)経(ふ)_二華陰(くわゐんを)_一
岧嶤太華(たかくそびへたるたいくわ)俯(ふす)_二咸京(かんけいに)_一。天外三(てんぐわいのさん)
峰削(ほうけづれども)不(ず)_レ成(なら)。武帝祠前雲(ぶていしぜんくも)
欲(ほつす)_レ散(さんぜんと)。仙人掌上雨初晴(せんにんしやうしやうあめはじめてはる)。
河山北(かざんきたのかた)枕(のぞんて)_二秦関(しんくわんに)_一険(さがしく)。駅路(えきろ)
西(にしのかた)連(つらなつて)_二漢畤(かんじに)_一平(たいらかなり)。借問路傍名(しやもんすろぼうめい)
利客(りのかく)。無(なし)_レ如(しくは)_三此処(このところ)学(まなぶに)_二長生(ちやうせいを)_一。
【印「譱靖」「松軒」】
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華山(くわざん)の北(きた)の駅路(えきろ)を行(ゆき)経(へ)て作(つく)る也/岧嶤(たかくそびへ)たる太華山(たいくわざん)が咸陽(かんやう)の京(みやこ)に俯(うつむき)かゝつて天(てん)の辺(あたり)
まで蓮華(れんげ)毛女(もうぢよ)松桧(しようくわい)の三峰(みつのみね)が秀(ひいで)うつくしみゆる人間(にんげん)の細工上手(さいくじやうず)がわざ〳〵削立(けづりたて)
てもあの様(やう)には出来(でき)ぬ漢(かん)の武帝(ぶてい)仙(せん)を祈(いの)られた祠(やしろ)の前(まへ)も雲(くも)が散(ちり)うせんとし仙人(せんにん)掌上(しやう〳〵)も
雨(あめ)が始(はじめ)て晴(はれ)わたるゆゑ能(よく)分(わか)つてみへる河山(かざん)北(きた)の方(かた)秦関(しんくわん)を枕(まくら)【左ルビ「のぞんで」】にして高(たか)く聳(そびへ)険(けはし)くみゆる
麓(ふもと)の駅路(うまやぢ)は西(にし)の方(かた)漢武(かんぶ)が神(かみ)を祭(まつ)られた畤(ふるやしき)に連(つゞい)て平(たいらか)にある借問(とひかけたい)此路(このみち)の傍(はた)を通(とを)る
人は京(みやこ)に赴(おもむ)き名利(めいり)を求(もと)め立身(りつしん)せんといそいで通(とを)る客(かく)たちは心(こゝろ)が騒(さわがし)きゆゑ此山(このやま)の閑(しづか)なるに
気(き)が付(つか)ぬが此世(このよ)を忘(わす)るゝ所(ところ)に引込(ひきこん)で長生不老(ちやうせいふらう)の仙道(せんだう)を学(まな)ぶにしくはないぞやと云(いふ)実(じつ)は
上(かみ)の役人(やくにん)が暗昧(くらき)ゆゑ此様(このやう)な時(とき)出(いで)て勤(つとめ)んより隠居(ゐんきよ)するにしくはないと云のじや
【挿絵】
登(のほる)_二金陵鳳凰台(きんりようのほうわうたいに)_一
鳳凰台上鳳凰遊(ほうわうだいしやうほうわうあそぶ)。鳳去台空江自流(ほうさりたいむなしうしてえおのづからながる)。吳宮花草(ごきうのくわさう)埋(うづみ)_二幽(ゆう)
径(けいに)_一。晋代衣冠(しんたいのいくわん)成(なる)_二古丘(こきうと)_一。三山半落青天外(さんざんなかばはおつせいてんのほか)。二水中分白(じすゐちうぶんすはく)
鷺州(ろしう)。総(すべて)為(ために)_二浮雲能(ふうんのよく)蔽(おほふが)_一レ日(ひを)。長安(ちやうあん)不(ず)_レ見(みへ)使(しむ)_二 人愁(ひとをしてうれへ)_一。 【印「天真」】
【挿絵】
その昔(むかし)鳳皇台(ほうわうだい)の上(うへ)に鳳皇(ほうわう)か舞遊(まひあそ)びしと云つたへしが鳳(ほう)も去(さり)台(だい)も
空(つぶれ)て今(いま)に替(かは)らぬは江(え)の水(みつ)が自然(しぜん)と流(なか)るゝを見るばかり也/三国(さんごく)呉(ご)の盛(さかん)
なる時(とき)宮殿(くうでん)をかまへ花艸(くわさう)のごとくみやびやうなるも滅亡(めつばう)し幽径(ゆうけい)に
埋(うづも)れ引(ひき)つゞひて晋(しん)の代(よ)都(みやこ)をかまへし衣冠(いくわん)の面々(めん〳〵)跡方(あとかた)もなく古(ふる)き
丘山(をかやま)となり終(をはつ)た昔(むかし)にかはらぬは西南(せいなん)に聳(そびへ)し三山(さんざん)が半(なかば)空(しら)から落(おち)て
有(ある)やうに青天(せいてん)の外(ほか)に見へ句容(こうよう)凓水(りつすゐ)両山(りやうざん)の間(あいた)より出(いで)て合流(がふりう)し
金陵(きんりよう)に至(いたつ)て分(わかれ)て二支(ふたすぢ)となり一ツは城(しろ)へ入(いり)一は城外(しやうぐわい)を遶(めぐる)是(これ)二山(じさん)より
出(いづ)る水(みづ)なり其間(そのあいだ)に白鷺洲(はくろしう)がみゆる作者(さくしや)の李白(りはく)高力士(かうりきし)が讒言(ざんげん)
にて金陵(きんりよう)に在(あり)しゆえ浮雲(うきくも)を讒人(ざんにん)にたとへ日(ひ)を君(きみ)にたとへ
高(たか)きところへ上(のぼ)り京(みやこ)なつかしく逐客(ちくかく)の感(かん)をよせて総(すべ)て浮(ふ)
雲(うん)が妨(さまたげ)をなし明(あきらか)な日(ひ)を蔽(おほ)ひくらますゆゑ長安(ちやうあん)もみえず人(ひと)の
心(こゝろ)を愁(うれへ)しむ
早(つとに)朝(てうし)_二大明宮(たいめいきうに)_一呈(ていず)_二両省僚友(りやうせいのれうゆうに)_一 賈至(かし)
銀燭(ぎんしよく)朝(てうして)_レ 天紫陌長(てんにしはくながし)。禁城春色曉蒼蒼(きんじやうのしゆんしよくあかつきさう〳〵たり)。千條弱柳(せんでうのじやくりう)垂(たれ)_二青(せい)
瑣(さに)_一。百囀流鶯(はくてんのりうあう)繞(めぐる)_二建章(けんしやうを)_一。剣佩声(けんはいのこゑは)隨(したがひ)_二玉墀步(ぎよくちのほに)_一。衣冠身(いくわんのみは)惹(ひく)_二御(ぎよ)
炉香(ろのかうを)_一。共(ともに)沐(ぼくす)_二恩波(おんはに)_一鳳池上(ほうちのうへ)。朝朝(てう〳〵)染(そめて)_レ翰(かんを)侍(しす)_二君王(くんわうに)_一。 【印「天真」】
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唐書(とうしよ)に東内(とうだい)に大明宮(たいめいきう)ありとみゆ両省(りやうせい)は中書省(ちうしよせい)門下省(もんかせい)也/屋敷(やしき)より朝(さんだい)するに
まだ明(あけ)ゆゑ銀燭(ぎんしよく)《割書:りつはにいはんとて|白を銀の字にて云》にて出(いづ)る紫陌(しはく)は御殿(ごてん)への道(みち)すぢ也/禁城(きんり)春(はる)の色(いろ)
暁(あかつき)蒼々(あをしろく)みゆる千条(いくらもえだ)ある弱柳(しだりやなぎ)が役所(やくしよ)の青瑣門(せいさもん)に垂(しだるゝ)百囀(はくてん)はいくらもさへづる流(りう)の字(じ)は
あちこちへ鳥(とり)の飛(とぶ)を見たて云/建章(けんしやう)は漢宮(かんきう)の名(な)をかりて云(いふ)鶯(うぐひす)が御殿(ごてん)をめぐりなく
参内(さんだい)する官人(くうわんにん)剣(けん)を帯(おび)玉(たま)の佩(おもの)をならす声(こゑ)玉(たま)のごとくきれいなたゝき墀(には)をしづ〳〵と
歩(あゆ)むに随(したがつ)てひゞく衣冠(いくわん)した身(み)は御前(こぜん)に有(ある)御炉(ぎよろ)に香(かう)をたく香(か)が惹(とまる)皆々(みな〳〵)御/恩(めぐみ)に
波(うるほひ)沐(ひたり)て鳳池(りんげんをかくところ)の上(うへ)につとめて毎朝(まいてう)翰(ふで)を染(そめ)詔(みことのり)の艸書(したがき)して君王(くんわう)の御/前(ぜん)に侍(し)するは忝(かたじけな)いことじや
【挿絵】
【挿絵】駱駝
【裏表紙】
【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:七言律》三》
【小題】閶闔
和(わす)_下賈至舎人早(かししやじんつとに)朝(てうする)_二大明宮(たいめいきうに)_一之作(のさくを)_上
王維(わうゐ)
絳幘鶏人(こうせきのけいじん)報(つげ)_二暁籌(けうちうを)_一。尚衣方進翠(しやういまさにすゝむすゐ)
雲裘(うんきう)。九天(きうてん)閶闔(しやうかつ)【しやうかふヵ】開(ひらき)_二宮殿(きうでんを)_一。万国衣(ばんこくのい)
冠拝(くわんはいす)_二冕旒(べんりうを)_一。日色纔(じつしよくわづかに)臨(のぞんて)_二僊掌(せんしやうに)_一動(うごき)。香(かう)
煙(えん)欲(ほつす)_下傍(そふて)_二衮龍(こんりように)_一浮(うかまんと)_上。朝罷(てうやんで)須(すべからく)【左ルビ「べし」】_レ裁(さいす)_二 五色詔(ごしよくのせうを)_一。
佩声帰到鳳池頭(はいせいかへりいたるほうちのほとり)。 【印「譱靖」「松軒」】
此時分(このじぶん)は和韻(わゐん)と云ことはない向(むかふ)の作(つく)りし詩(し)の意(こゝろ)をうけて作(つく)るを和(わ)すと云/和韻(わゐん)は
晩唐(ばんたう)にて白楽天(はくらくてん)元慎(げんしん)皮日休(ひじつきう)陸亀蒙(りくきまう)などが始(はじめ)た事(こと)じや王維(わうゐ)は此時(このとき)太子(たいしの)
中允(ちうゐん)となる絳幘(こうせき)は鶏冠(とりのとさか)の様(やう)なかぶりものじや鶏人(けいじん)は時(とき)を知らせる役人(やくにん)それが
暁(あけ)六/時(とき)の籌(かず)を報知(つげしら)すると尚衣(おなんどやく)がめさする翠(みとり)の糸(いと)にて雲(くも)を縫(ぬふ)た裘(かはごろも)を是(これ)も
四季(しき)で装束(しやうぞく)の色(いろ)が違(ちが)ふこれは春(はる)の装束(しやうぞく)じや九天(きうてん)は九重(こゝのへ)と云/意(こゝろ)閶闔(おもてごもん)から処々(しよ〳〵)
の宮殿(きうでん)が開(ひらく)と万国(はんこく)の官人(くわんにん)衣冠(いくわん)して冕旒(てんしのかんむり)を拝(はい)す朝日(あさひ)の色(いろ)が纔(わづか)に銅柱(とうちう)の上(うへ)に
在(ある)仙人(せんにん)の掌(てのひら)に臨(さしかゝつて)きら〳〵するを動(うご)くと云そこで御/側(そば)に焚(たく)香(かう)の煙(けふり)が天子(てんし)の
めす衮龍(まきりよう)の衣(ころも)に傍(そふ)て浮(うかば)んとするがみへる此句(このく)も上(かみ)の日色(じつしよく)をうけた朝儀(てうぎ)が
罷(やん)で官人(くわんにん)皆々(みな〳〵)退出(たいしゆつ)するが其元(そこもと)はせねばかなはぬ五色(ごしき)の紙(かみ)に詔(みことのり)の裁(とりはからひ)せねばなら
ぬゆゑ佩玉(はいきよく)の声(こゑ)をならし帰(かへ)り到(いた)るは鳳池(りんげんをかくやくしよ)の頭(ほとり)である上(かみ)の五色(ごしき)が鳳(ほう)の字(じ)を
映(てら)す鄴中記(げふちうき)に後趙(ごてう)の石虎(せきこ)五/色(しき)の紙(かみ)を詔書(ぜうしよ)に用(もち)ひ木鳳(もくほう)の口中(こうちう)に銜(ふくま)せると
有/題(だい)の賈至(かし)は人(ひと)の姓名(せいめい)舎人(しやじん)は官(くわん)
【挿絵】
和(わす)_二太常韋主簿五郎温泉寓目(たいじやうゐしゆほごらうがをんせんのぐうもくを)_一
漢主離宮(かんしゆのりきう)接(せつす)_二露台(ろだいに)_一。秦川一半夕陽開(しんせんいつはんせきやうひらく)。青山尽是朱旗(せいざんこと〴〵くこれしゆき)
繞(めぐる)。碧澗翻(へきかんかへつて)従(より)_二玉殿(ぎよくでん)_一来(きたる)。新豊樹裏行人度(しんほうじゆりこうじんわたり)。小苑城辺猟(せうえんじやうへんれふ)
騎回(きかへる)。聞説甘泉能(きくならくかんせんよく)献(けんずと)_レ賦(ふを)。懸知独(はるかにしるひとり)有(あることを)_二子雲才(しうんがさい)_一。 【印「天真」】
【挿絵】
主簿(しゆほ)は太常(たいじやう)の下役(したやく)で祭(まつり)にあづかることを記録(きろく)する役(やく)寓目(ぐうぼく)はめをよせ打(うち)わたして
みること漢主(てんし)の温泉(をんせん)に御幸(みゆき)せらるゝ離宮(りきう)は露台(ろだい)まで建(たて)接(つゞい)てある秦川(しんせん)は
大川(おほかわ)なれ共/離宮(りきう)が建(たて)ひろげてあるゆゑ一半(かたへら)を夕陽楼(せきやうろう)を開(ひらい)て望(そぞみ)見し青山(せいざん)
にこと〴〵く是(これ)朱旗(あかきはた)がとり繞(まわ)し建(たて)ならべてあるこれは供奉(ぐぶ)の盛(さか)んなるを云(いふ)碧(みどり)の
澗(たに)のあたりに温泉(いでゆ)が涌出(わきいづ)るを御殿(ごてん)へ筧(かけひ)にて取(とり)それが翻却(ひつくりかへつ)て玉殿(ぎよくでん)より
来(きた)る新豊(しんほう)はにぎやかな処(ところ)ゆゑしげりし樹木(じゆもく)の裏(うち)から行人(かうじん)の通(とを)り度(わたる)がみへ小苑城(せうえんじやう)
は宜春苑(ぎしゆんえん)の事(こと)で長安(ちやうあん)の東(ひがし)にある猟場所(かりばしよ)ゆゑ此(この)小苑城(せうえんじやう)の辺(へん)で猟(かり)をし馬(うま)に騎(のり)て
回(かへ)るがみへる此二/句(く)見はらしの能(よき)を云/承(うけたまは)り聞ば此(この)ごろ甘泉(かんせん)のことについて能(よく)賦(ふ)を
作(つく)り献(けん)ぜられたげな懸(はるか)に存(ぞん)じ知(し)る其元(そこもと)独(ひとり)揚子雲(やうしうん)の才(さい)有(ある)ゆゑにすぐれしと
人々(ひと〳〵)ほめるどこともなく上の奢(おごり)を諷諫(ふうかん)した
大同殿(たいどうでん)生(しやうじ)_二玉芝(ぎよくしを)_一龍池上(りようちしやうに)有(あり)_二慶雲(けいうん)_一百官共覩聖恩(はくくわんともにみるせいおん)
便(すなはち)賜(たまふ)_二燕楽(えんがくを)_一敢(あへて)書(しよす)_二即事(そくじを)_一
欲(ほつす)_レ笑(わらはんと)周文(しうぶんの)歌(うたふと)_一レ【_レヵ】燕(えんするを)_レ鎬(かうに)。還(また)軽(かろんず)_二漢武(かんぶ)楽(たのしむことを)_一レ横(よこたわるを)_レ汾(ふんに)。豈知玉殿(あにしらんやぎよくてん)生(しやうじ)_二 三(さん)
秀(しうを)_一。詎(なんぞ)有(あらん)_三銅池(とうち)出(いだすこと)_二 五雲(ごうんを)_一。陌上堯尊(はくしやうのげうそん)傾(かたふけ)_二北斗(ほくとを)_一。楼前舜楽(らうぜんのしゆんがく)動(うごかす)_二
南薫(なんくんを)_一。共歓天意(ともによろこぶてんい)同(おなじきを)_二 人意(じんいに)_一。万歳千秋(ばんぜいせんしう)奉(ほうず)_二聖君(せいくんに)_一。 【印「天真」】
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大同殿(だいどうでん)は興慶宮(こうけいきう)を増(まし)広(ひろく)してとなふ其/東北(とうぼく)は龍池殿(りようちでん)也/玉芝(ぎよくし)を生(しやう)じ龍池(りようち)の
上に慶雲(けいうん)有(あり)龍池(りようち)とは水を通す樋(とひ)にて家の軒(のき)に有もの也五/色(しき)の雲(くも)が出(いづ)唐(たう)の制(せい)
に景雲(けいうん)慶雲(けいうん)を大瑞(たいずゐ)と云/嘉禾(かくは)芝草(しさう)木連理(もくれんり)を下瑞(かずゐ)と云て百/官(くわん)賀(が)し奉る
天宝(てんはう)年中/大同殿(だいどうでん)の柱礎(ちうそ)に霊芝(れいし)が生(はへ)た其上に慶雲(けいうん)の瑞(ずゐ)有(あり)と百官ともに
【挿絵】
覩(み)て賀し奉る聖恩(おぼしめし)有て便(すなは)ち酒燕(しゆえん)と音楽(をんがく)を賜(たま)ふ故敢て【「敢て」のルビ「はゞかりながら」】即(その)事を書(しよ)
したむかし周(しう)の文王/漢(かん)の武/帝(てい)の時/当御代(たうごたい)の様に玉殿(ぎよくでん)の柱(はしら)の礎(いしずゑ)に三秀(れいし)
の生(はへ)たと云ことをしりしことがあるが詎(なん)と銅池(みづをとをすいけ)の上(うへ)に五/色(しき)の雲(くも)の出し事あるか
すれば笑(わら)ふたり軽(かろ)んじたりしたとて非難(ひなん)を云ものは有まいそれゆゑ天子/叡(えい)
感(かん)斜(なゝめ)ならずおはしまし日本の御吉/事(じ)の時江戸の町人へ御能見物(おのうけんぶつ)御/果子(くわし)を
下さるやうに京(みやこ)の陌上(まち〳〵)の商人(あきびと)に尭(けう)の恵(めぐみ)給ふ酒尊(さかたる)に酒(さけ)をいくらも〳〵入て
飲(のみ)しだいに下さるは北斗(ほくと)のごとき大升(おほます)にて酌(くみ)出し給(たまは)るそこで天子/楼前(ろうぜん)へ出(しゆつ)
御(ぎよ)有て御覧(ごらん)なされ舜(しゆん)の音楽(をんがく)の七/絃琴(げんきん)を弾(たん)じ南風(なんふう)の薫(ほんのり)として万物(ばんもつ)を
そだてる様(やう)に天下の人民(じんみん)を安楽(あんらく)にして治(をさ)めたいと思(おぼ)し召百/官(くわん)共々(とも〴〵)に悦(よろこび)まする
天の御意(みこゝろ)に叶ひし故/霊芝(れいし)や五/色(しき)の雲(くも)が吉瑞(きちずゐ)を現(あらは)し人々の意(こゝろ)も同じ事で
天子の聖徳(せいとく)を悦(よろこ)びますかゝる目出度/御代(みよ)に勤(つと)めまする故(ゆゑ)万歳(ばんせい)千秋いつ
迄も聖君(せいくん)に奉(つかへ)ておりましたい
奉(たてまつる)_レ和(わし)_下聖製(せい〳〵)従(より)_二蓬萊(ほうらい)_一向(むかふ)_二興慶(こうけいに)_一閣(かく)
道中留春雨中春望之作(だうちうのりうしゆんうちうしゆんばうのさくを)_上応制(おうせい)
渭水自(ゐすゐおのづから)縈(めぐつて)_二秦塞(しんさいを)_一曲(まがれり)。黄山旧(くわうざんもと)繞(めぐつて)_二漢(かん)
宮(きうを)_一斜(なゝめなり)。鸞輿迥出千門柳(らんよはるかにいづせんもんのやなぎ)。閣道廻看(かくどうめぐらしみる)
上苑花(しやうえんのはな)。雲裡帝城双鳳闕(うんりていじやうさうほうけつ)。雨中春(うちうのしゆん)
樹万人家(じゆばんじんのいへ)。為(ためなり)_下乗(じようじて)_二陽気(やうきに)_一行(おこなふが)_中時令(じれいを)_上。不(あらず)_三是(これ)
宸遊(しんゆう)玩(もてあそぶに)_二物華(ぶつくわを)_一。 【印「譱靖」「松軒」】
【挿絵】
蓬莱殿(ほうらいでん)より興慶宮(こうけいきう)に行(ゆく)閣道(にかいみち)の中(うち)で春(はる)の遊(あそ)び有(あり)て雨中春望(うちうしゆんばう)の
聖製(ぎよせい)がある留春(りうしゆん)を閣(かく)の名(な)と云も出所(しゆつしよ)がないこれは閣道(にかいみち)の中(うち)に
留(とゞま)り給ひ春(はる)の遊(あそ)びを成(なさ)しめたまふが閣道(にかいみち)より見渡(みわた)せば京(みやこ)を盤(めぐら)
して渭水(ゐすゐ)は自(おのづか)ら秦(しん)の長安(ちやうあん)の塞(とりで)を縈(めぐり)て曲(まが)り黄山(くわうざん)は旧(もと)より
漢宮(かんきう)を繞(めぐつ)て斜(よこすぢかい)につゞいてみへる玉鑾(たまのすゞ)を鳴(なら)す輿(こし)にめして迥(はるか)に
出御(しゆつぎよ)有(あり)て千門(あちこちのごもん)の側(かたはら)に有(ある)柳(やなぎ)も緑(みどり)深(ふか)くみへ閣道(にかいみち)よりふり廻(かへり)て
みれは上林苑(しやうりんえん)の花(はな)も盛(さかん)にある雲(くも)の裏(うち)に包(つゝま)れてある帝城(ていじやう)の前(まへ)
にならびし鳳闕(ごもん)が高(たか)く聳(そびへ)てみへ雨(あめ)の中(うち)に春(はる)を催(もよほ)した樹木(じゆもく)の間(あいだ)
京(みやこ)の町々(まち〳〵)万人(まんにん)の家(いへ)が並(なら)んでみへる此景色(このけしき)を御覧(ごらん)有(ある)は天下(てんか)の政治(せいじ)
にあづかる事で春(はる)の陽気(やうき)に乗(じよう)じて民(たみ)百姓(ひやくしやう)に農業(のうげふ)をすゝめる時(とき)の
号令(がうれい)を行(おこな)ふ為(ため)じや是(これ)宸遊(みゆきのたのしみ)万物(ばんもつ)の花美(くわび)になるを玩(もてあそ)び給ふにあらず
と天子(てんし)遊楽(ゆうらく)が過(すぎ)るゆゑ七八の句(く)で諷諫(ふうかん)してたしなませしなり
勅(ちよくして)賜(たまふ)_二百官桜桃(はくくわんにあうたうを)_一
芙蓉闕下(ふようけつか)会(くわいす)_二千官(せんくわんを)_一。紫禁朱桜(しきんしゆあう)出(いづ)_二 上蘭(しやうらんを)_一。纔是寝園春薦(わづかにこれしんゑんはるすゝめて)
後(のち)。非(あらず)_レ関(あづかるに)_二御苑鳥銜残(ぎよゑんとりふくみのこすに)_一。帰鞍競帯青糸籠(きあんきそひおぶせいしろう)。中使頻傾赤(ちうししきりにかたむくせき)
玉盤(ぎよくばん)。飽食(あくまでしよくして)不(ず)_レ須(もちひ)_レ愁(うれふることを)_二内熱(ないねつを)_一。大官還(たいくわんかへつて)有(あり)_二蔗漿寒(しやしやうのかん)_一。 【印「天真」】
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桜桃(あうたう)は本草(ほんざう)に春初(しゆんしよ)白花(はくくわ)開(ひらき)三月/末(すへ)四月/始(はじめ)実(み)が熟(じゆく)す一/枝(し)に数(す)十/顆(くわ)づゝとある唐(たう)の
李潮歳時記(りてうさいじき)に三月晦日/内園(ないえん)より桜桃(あうたう)を寝廟(おたまや)に進(すゝ)むる又/儀式(ぎしき)が有(あつ)て百/官(くわん)に
分(わか)ち賜(たま)ふ各(おの〳〵)差(しな)がある又/礼記(らいき)にみゆ王維(わうゐ)此時(このとき)文部中郎(ぶんばうちうらう)となる芙蓉園(ふようえん)にある闕下(ごてん)
に千官(しよやくにん)を会(よびあつめ)せられ紫禁(きんり)にある朱桜(しゆあう)を上蘭観(しやうらんくわん)より出(いだ)して給(たま)はる纔(わづか)に是/寝園(おたまやへ)
春(はる)薦(すゝめ)て後(のち)待(まて)しばしなく此桜桃(このあうたう)の実(み)を賜(たまは)るあながち御苑(みその)にあれば鳥(とり)の銜残(くいのこす)に
関(よる)と云ことにはあらず拝領(はいりやう)に桜桃(あうたう)ゆへ帰(かへ)る時/馬(うま)の鞍(くら)に手(てん)〳〵(〳〵)【「手々」は「てんで」ヵ】に競(きそひ)帯(くゝりつけ)青糸(あをいと)を以(もつ)て
かざりし籠(かご)に入(いれ)たくだされ物(もの)をもちはこぶ坊主(ばうず)の類(るい)の中使(きうじにん)が頻(しきり)に傾(かたむ)けり赤玉(せきぎよく)の盤(ばん)に
もり上(あげ)たを此実(このみ)を飽(あく)まで食(くら)ふと内熱(ないねつ)を病(やむ)と云ことを愁(こゝろづかひ)にすることを須(もちひ)ざれ夫(それ)は
なぜなれば内熱(ないねつ)を解(げ)する薬(くすり)が大官(ごかつて)に還(また)有(ある)ぞや蔗漿(さたうみづ)の寒(つめたき)がそれを飲(のむ)と立所(たちどころ)に
快(こゝろよく)なる此/詩(し)千官(せんくわん)大官(たいくわん)どちらか伝写(でんしや)誤(あやまり)たらん
【挿絵】
酌(くんで)_レ酒(さけを)与(あたふ)_二裴迪(はいてきに)_一。
酌(くんで)_レ酒(さけを)与(あたふ)_レ君(きみに)君自寬(きみじくわんせよ)。人情翻覆(にんじやうのはんふく)似(にたり)_二波瀾(はらんに)_一。 白首相知猶按(はくしゆあいしりなをあんず)
_レ剣(けんを)。朱門先達(しゆもんせんだつ)笑(わらふ)_二弾冠(だんくわんを)_一。草色全(さうしよくまつたく)経(へて)_二細雨(さいうを)_一湿(うるほひ)。花枝(くわし)欲(ほつして)_レ動(うごかんと)春(しゆん)
風寒(ふうさむし)。世事浮雲何(せいじふうんなんぞ)足(たらん)_レ問(とふに)。不(じ)_レ如(しか)高臥且(かうぐわしてかつ)加(くわへんには)_レ餐(そんを)。 【印「天真」】
【挿絵】
裴迪(はいてき)不慮(ふりよ)に人(ひと)に悪言(あくごん)されしこと有(ある)を憤(いきとをり)ておるそれを大維(わうゐ)熟懇(じゆこん)ゆゑ慰(なぐさ)めて酒(さけ)をすゝめ
此詩(このし)を贈(おく)るそなたは憤(いきどを)り心(こゝろ)よからぬことも有(ある)さうなれども酒(さけ)を酌(くん)で君(きみ)に与(あた)ふる
からこれを飲(のん)で自(みづから)心(こゝろ)を寛(ゆる)くしやれ世人(せじん)の情(こゝろ)の翻覆(ひつくりかへりて)あてにならぬは波瀾(なみ)の起(おこ)ると
思(おも)へば忽(たちま)ちなくなると同(おな)じことじや少(わか)き時(とき)より白首(しらが)になる迄(まで)相知(しるひと)でも此方(このはう)の学問(がくもん)
した意味(いみ)を合点(がてん)せねば猶(また)剣(けん)を按(とつ)て益(やく)に立(たゝ)ぬことをする人(ひと)じやとそり打(うち)をして
かゝる貧(ひん)なる時(とき)心安(こゝろやす)くして何(なん)でも先(さき)へ立身(りつしん)したら取持(とりもつ)と云(いひ)かわせそこで朱門(れき〳〵)に
つかへ先(さき)へ達(りつしん)するとさだめて此方(このはう)を推挙(とりもつ)ならんと冠(かんむり)の塵(ごみ)を弾(はらふ)てまち懸(かけ)ておると
向(むかふ)では取(とり)もつ心(こゝろ)はなくあざ笑(わらつ)ておる小人(せうじん)へつらひこびて君(きみ)の心(こゝろ)に叶(かな)ふは艸色(さうしよく)が全(まつたく)細雨(さいう)
を経(へ)て湿(うるほ)ふやうなもの君子(くんし)の落着(おちつか)ぬ有(あり)さまは花(はな)の枝(えだ)が動(さき)かゝらんとしても春風(はるかぜ)の
寒(さむ)さにさへられのびあがらぬ人情(にんじやう)の翻覆(はんふく)を云(いふ)すれば世(よ)の事は浮雲(ふうん)の有(ある)かとすれば
消(きえ)るやうにはりあひもなきものゆゑ何(なに)しに問(とひ)たづぬるに足(たら)んや不如(それより)枕(まくら)を高(たか)くして臥(ふ)し
且(かつ)餐(くいもの)を多(おほ)く増加(ましくわ)へ気(き)まゝに食(くら)ひ無事(ふじ)なるが宜(よろ)しからずや
酬(むくふ)_二郭給事(くわくきふじに)_一
洞門高閣(どうもんのかうかく)靄(あいたり)_二余暉(よきに)_一。桃李陰陰柳絮飛(たうりゐん〳〵としてりうじよとぶ)。禁裏疏鐘官舍(きんりのそしようくわんしやの)
晩(くれ)。省中啼鳥吏人稀(せいちうのていてうりじんまれなり)。晨(あしたに)揺(うごかして)_二玉佩(ぎよくはいを)_一趨(はしり)_二金殿(きんでんに)_一。夕(ゆふべに)奉(ほうじて)_二 天書(てんしよを)_一拝(はいす)_二
瑣闈(さゐに)_一。強(しいて)欲(ほつすれども)_レ従(したがはんと)_レ君(きみに)無(なし)_レ那(いかんともすること)_レ老(おいを)。将(まさに)【左ルビ「す」】_下因(よつて)_二臥病(ぐわへいに)_一解(とかんと)_中朝衣(てういを)_上。 【印「天真」】
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大維(わうゐ)も又/給事中(きふじちう)となる洞門(とうもん)は門(もん)と門(もん)と向合(むかひあふ)てある処に高閣(やくしよ)がある日(ひ)が暮(くれ)かゝる
ゆゑ余暉(ゆふひ)が靄(かすかにてらされ)としてみへ桃(もゝ)李(すもゝ)も陰々(うすくらく)とし柳絮(やなぎはな)も飛(とぶ)と云は春(はる)も暮(くる)るやうすを云
禁裏(きんり)に勤居(つとめゐ)る日(ひ)が永(なが)いゆゑ時(とき)も疎(おそ)く間(ま)が有(あり)て鐘(かね)の声(こゑ)がして官舎(くわんしや)も晩(くれ)る給(きふ)
事(じ)のつめる省中(やくしよ)も啼(なき)わたる鳥(とり)ばかりて吏人(やくにん)は帰(かへり)て稀(まれ)にあるなれども其元(そこもと)も此(この)
方(はう)も給事(おそば)のことゆゑ晨(よあけ)に玉佩(ぎよくはい)を揺(うごか)し鳴(なら)し金殿(きんでん)に趨(はしり)出仕(しゆつし)し夕方(ゆふかた)になり天書(みことのり)を
奉(うけ)して宮中(きうちう)瑣闈(さゐ)と云御/側衆(そばしゆ)の役所(やくしよ)になみならべと仰付(あふせつけ)られた扨/其元(そこもと)は怠(おこたり)なく
勤(つとめ)らるゝゆゑ我(われ)も強(しい)て君(きみ)に従(したが)ひつとめんと欲(ほつ)しても老(おい)てよわりたるを那(いかん)ともすること
無(な)い其上(そのうへ)まだ恥入(はぢいる)ことは将(また)臥病(ぐわびやう)なる因(ゆへ)に朝衣(しやうぞく)を解(とい)て隠居(ゐんきよ)を願(ねがは)んと存(ぞん)ずる
【挿絵】
過(よぎる)_二乗如禅師蕭居士嵩丘蘭若(じようによぜんじせうごじすうきうのれんにやに)_一
無著天親弟(むぢやくてんしんおとゝと)与(と)_レ兄(あに)。嵩丘蘭若一峰(すうきうのれんにやいつほう)
晴(はるゝ)。食(しよく)隨(したがつて)_二鳴磬(めいけいに)_一巣烏下(さうてうおり)。行(ゆく〳〵)踏(ふむ)_二空林(くうりんを)_一落(らく)
葉声(えふのこゑ)。迸水定(へいすゐさだめて)侵(ひたして)_二香案(かうあんを)_一湿(うるほひ)。雨花(うくわ)応(まさに)【左ルビ「べし」】_下共(ともに)_二
石牀(せきじやうと)_一平(たいらかなる)_上。深洞長松何(しんとうのちやうしようなんの)所(ところぞ)_レ在(ある)。儼然天(げんぜんたりてん)
竺古先生(ぢくこせんせい)。 【印「松」 「軒」】
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居士(こじ)は維摩経(ゆいまきやう)にみゆ蘭若(れんにや)は天竺(てんぢく)の辞(ことば)也/唐(たう)に無諍(むじやう)と云/寺(てら)のこと也/禅師(ぜんじ)と居士(こじ)と
心(こゝろ)が合(あふ)て同居(どうきよ)した嵩丘(すうきう)は嵩山(すうざん)也/二公(にこう)の同居(どうきよ)は天竺(てんぢく)の無著大士(むぢやくだいし)其弟(そのおとゝ)の天親菩薩(てんしんぼさつ)
とも云様(いふやう)な其住所(そのちうしよ)嵩丘(すうきう)蘭若(れんにや)の前(まへ)一ツの峰(みね)が晴(はれ)わたつてみへる午時(ひるどき)の斉(とき)【斎ヵ】を
食(くら)ふに磬(けい)を鳴(なら)すに随(したが)ひ巣(す)の上(うへ)に鳥(とり)が聞(きく)なれ下(お)り啄(ついば)む境内(けいだい)を歩行(ほかう)すれば
空(むなし)き林(はやし)の落葉(おちば)を踏(ふ)むと声(こゑ)がする閑(しづか)かなることを形容(けいよう)した羅候羅尊者(らごらそんじや)が右(みぎ)の
手(て)をそろ〳〵地(ち)の中(なか)に入たら金輪際(こんりんざい)より水(みづ)が迸出(とばしりいつる)と云(いふ)が仏前(ぶつぜん)に向(むか)ひし時(とき)は此寺(このてら)
の庭(には)に迸出(とばしりいづ)る水(みづ)は定(さだ)めて香炉(かうろ)をのせた案(つくゑ)を湿(うるほ)すならん経(きやう)を講(かう)ぜらるゝ時(とき)は
天(てん)から曼陀(まんだ)の雨花(うくわ)が降(ふる)ならんそこで此山(このやま)の石牀(せきしやう)と共(とも)に平(たいらか)になるほどであらう
深洞(しんとう)の前(まへ)に長松(ちやうしよう)がしげり何(なに)が在所(あるところ)ぞと窺(うかゞ)ふたれば袈裟衣(けさころも)を着(き)て儼然(きつとかまへ)として
天竺(てんぢく)にて古先生(こせんせい)と称(しやう)する仏(ほとけ)が安置(あんち)してある深(しん)と長(ちやう)の二/字(じ)でます〳〵奥(おく)ゆかしき
事がこもる稽古要録(けいこえうろく)に天竺(てんぢく)の無著大士(むぢやくだいし)其弟(そのおとゝ)天親菩薩(てんしんぼさつ)大乗(だいじよう)を論(ろん)じ書(しよ)を
著(あらは)すこと五百/部(ぶ)とあり又/梁(りやう)の僧(そう)誌候(しこう)宝積寺(はうしやくじ)に水(みづ)なきゆゑ錫杖(しやくぢやう)にて地(ち)を
突(つき)穴(あな)をなせば泉(いづみ)のわくこと数尺(すしやく)又/伝灯録(でんとうろく)に羅侯羅尊者(らこらそんしや)甘露水(かんろすゐ)を得(う)る
事/迸水(へいすゐ)の出所(しゆつしよ)なり
【挿絵】
奉(たてまつる)_レ和(わし)_下聖製(せい〳〵)従(より)_二蓬萊(ほうらい)_一向(むかふ)_二興慶(こうけいに)_一閣(かく)
道中留春(だうちうのりうしゆん)雨中春望之(うちうしゆんばうの)作(さくを)_上応(おう)
制(せい) 李憕(りとう)
別館春還淑気催(べつくわんはるかへつてしくきもよほす)。三宮路転鳳(さんきうみちてんずほう)
皇台(わうだい)。雲蜚北闕軽陰散(くもとんでほくけつけいゐんさんじ)。雨歇南(あめやんでなん)
山積翠来(ざんせきすゐきたる)。御柳遥(ぎよりうはるかに)隨(したがつて)_二 天仗(てんじやうに)_一発(はつし)。林(りん)
華(くわ)不(ずして)_レ待(また)_二晩風(ばんふうを)_一開(ひらく)。已知聖沢深無(すでにしるせいたくふかうしてなきことを)
_レ限(かぎり)。更喜年芳(さらによろこぶねんはうの)入(いることを)_二睿才(えいさいに)_一 【印「譱靖」「松軒」】。
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此題(このだい)前(まへ)に出たり別館(べつくわん)は興慶(こうけい)をさす此(この)はなれ御殿(ごてん)す春(はる)の気色(けしき)が立還(たちかへつ)て淑(よき)
気(き)が催(もよほ)すから此興慶(このこうけい)蓬莱(ほうらい)望春(ばうしゆん)の三/宮(きう)より路(みち)が宛転(うねりまがり)としてきらびやかなる
台(うてな)に上(のぼ)り雨中(うちう)の春(はる)のけしきを望(のぞ)み給ふ鳳凰(ほうわう)はきらびやかなるを云/雲(くも)も飛(とび)なく
なつて北闕(きんり)の上(うへ)の軽陰(うすぐもり)も散(ちり)うせた雨(あめ)もふり息(やん)で真向(まむかう)の終南山(しうなんざん)の積翠(しげりしみどり)が目(め)の
側(そば)に近(ちか)づき来(きたり)地道(ぢたう)の御柳(ぎよりう)遥(はるか)に天杖(おだうぐ)に随(したがつ)て緑(みどり)を発(はつ)し上林(しやうりん)の花(はな)も天子(てんし)の恩沢(おんたく)に
沾(うるほ)ふゆへ晩風(くれがたのかぜ)を待(また)ずして已(すで)に知(しる)上(かみ)の恵(めぐ)みの聖沢(うるおひ)深(ふか)くして限(かぎり)もなきことゆゑ殊(こと)
更(さら)喜(よろこび)ます柳花(りうくわ)まで美(うつく)しく年芳(としわか)なる春(はる)を迎(むか)へて天子(てんし)睿才(えいさい)の詩(し)に入(いる)は嬉(うれ)
しきことならずや
【挿絵】
【挿絵】万年蟹
【裏表紙】
【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:七言律》 四》
【小題】蹉跎
送(おくる)_二魏万(ぎばんが)之(ゆくを)_一レ京(けいに)
李頎
朝聞遊子(あしたにきくゆうし)唱(となふことを)_二離歌(りかを)_一。昨夜微(さくやび)
霜初(さうはじめて)渡(わたる)_レ河(かを)。鴻雁(かうがん)不(ず)_レ堪(たへ)_二愁裏(しうりに)
聴(きくに)_一。雲山況是客中過(うんざんいはんやこれかくちうにすぐるをや)。関城(くわんじやうの)
曙色(しよしよく)催(もよをして)_レ寒(かんを)近(ちかく)。御苑砧声向(ぎよえんのちんせいむかつて)
_レ晩(くれに)多(おほし)。莫(なからんや)_四是長安行楽処(これちやうあんかうがくのところ)。空(むなしく)
令(しむること)_三歳月(せいけつをして)易(やすから)_二蹉跎(さだし)_一。 【印「松軒」】
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今朝(けさ)聞(きけ)ば遊子(たびうと)となり離歌(なごりうた)を唱(とな)へて京(みやこ)に行(ゆか)るゝ時節(じせつ)が昨夜(さくや)微霜(うすじも)が初(はじめ)て河(かわ)
向(むか)ふに降(ふり)て冷(ひやゝ)かなることじや途中(とちう)も鴻雁(かうがん)が悲(かなし)み鳴(なく)を旅(たび)の愁(うれへ)ある裏聞(うちきく)に堪(たえ)かね
ん雲(くも)の起(おこ)る寂(さび)しき山中(さんちう)を况(いはん)や是(これ)客中(かくちう)に通(とを)り過(すぐ)るをや関城(みやこ)に行着(ゆきつか)れたら
樹々(きゞ)の色(いろ)も枯(かれ)はて寒気(かんき)を催(もよほ)すことも近付(ちかづき)曙色(しよしよく)一本(いつほん)に樹色(じゆしよく)とある宜(よろ)しからん
御苑(きよえん)のあたり砧(きぬた)の声(こゑ)晩(くれ)に向(むかつ)て所々(しよ〳〵)にて多(おほ)からん扨(さて)教訓(きやうくん)して是(これ)長安(ちやうあん)はにぎ
やかにて行楽(かうがく)の自由(じゆう)なる所(ところ)ゆゑ心(こゝろ)をとらかし立身(りつしん)の望(のぞ)みを忘(わす)れ空(やくにもたゝぬ)く歳月(としつき)
を過(すぐ)して蹉跎(けつまづき)し易(やす)からしむること莫(な)きやうに心(こゝろ)をつけよと励(はげ)ました
【挿絵】
寄(よす)_二盧司勲員外(ろしくんいんぐわいに)_一
流澌臘月(りうしらふげつ)下(くだる)_二河陽(かやうを)_一。草色新年(さうしよくしんねん)発(はつす)_二
建章(けんしやうを)_一。秦地立春(しんちのりつしゆん)伝(つたへ)_二太史(たいしより)_一。漢宮題(かんきうのだい)
柱(ちう)憶(おもふ)_二仙郎(せんらうを)_一。帰鴻(きかう)欲(ほつす)_レ度(わたらんと)千門雪(せんもんのゆき)。侍(し)
女新添五夜香(ぢよあらたにそふごやのかう)。早晩(いつか)薦(すゝめん)_二雄文似(ゆうぶんののれる)
者(ものを)_一。故人今已(こしんいますでに)賦(ふす)_二長楊(ちやうやうを)_一。 【印「栖霞」】
李頎(りき)新郷県尉(しんきやうけんのしたやく)となり洛陽(らくやう)に居(おか)る第一句(だいいつく)は盧司勲(ろしくん)が洛陽(らくやう)より長安(ちやうあん)に
入(いり)し送別(そうべつ)の時(とき)を云(いふ)ならん。流澌(りうし)は氷(こをり)が解(とけ)て流(なが)るゝ臘月(らふげつ)河陽(かやう)を発(はつ)して
下(くだ)りしが今日(けふ)は艸色(くさのいろ)が緑(みとり)をきざし新年(しんねん)に入(いつ)て
建章宮(けんしやうきう)のあたりに発出(おいいで)した
秦地(しんち)の長安(ちやうあん)は御政事(ごせいじ)で立春(りつしゆん)を太史(てんもんやく)より伝(つたへ)て奏(そう)すそこで春(はる)を迎(むか)へる
御儀式(おぎしき)がある其時(そのとき)其元(そこもと)が漢宮(かんきう)へ朝(てう)せられたら天子(てんし)の御/目(め)にとまりて扨(さて)も
宜(よろ)しき人物(しんぶつ)と其元(そこもと)の姓名(せいめい)を御筆(ぎよひつ)を以(もつ)て柱(はしら)に題(だい)せらるゝであらうと仙郎(おそばやく)
のそなたを思(おも)ひやる御/役所(やくしよ)に勤(つとめ)ておられ帰雁(きがん)が渡(わた)り飛(とば)んと欲(する)折(をり)からは千門(ごもん〳〵)
も雪(ゆき)のけしきなるらん郎官(おそばやく)のことゆゑ侍女(しぢよ)が新(あら)たにたき添(そふ)るであらう五夜(ごや)の
暁(あかつき)のころ伽羅(きやら)の香(にをひ)を早晩(いつ)であらう此方(このはう)も楊雄(やうゆう)の文(ぶん)に似(に)ておとらぬものと
薦(すゝめ)てくれ給へ故人(なじみ)の其元(そこもと)今(いま)已(とく)に長楊(ちやうやう)の賦(ふ)を作(つく)り置(おき)しぞと盧(ろ)が御側役(おそばやく)故(ゆゑ)
世/話(わ)してくれよと云(いふ)も楊雄(やうゆう)が文(ぶん)司馬相如(しばしやうじよ)に似(に)たるを以(もつ)て成帝(せいてい)に薦(すゝめ)た人
がある其故事(そのこじ)をふまへたる也
【挿絵】
題(だいす)_二璿公山池(せんこうのさんちに)_一。
遠公遁跡廬山岑(えんこうのとんせきろさんのみね)。開士(かいし)
幽居祇樹林(ゆうきよすぎじゆりん)。片石孤雲(へんせきこうん)
窺(うかゞひ)_二色相(しきさうを)_一。清池皓月(せいちかうけつ)照(てらす)_二禅(ぜん)
心(しんを)_一。指(し)_二_揮(きして)如意(によいを)_一 天花落(てんくわおち)。坐(ざ)_二_
臥(ぐはして)間房(かんばうに)_一春艸深(しゆんさうふかし)。此外俗(このほかぞく)
塵都(ぢんすべて)不(ず)_レ染(そまら)。唯(たゞ)余(あまし)_二玄度(げんどを)_一得(う)_二
相尋(あいたづぬることを)_一。 【印「譱靖」「松軒」】
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昔(むかし)晋(しん)の遠公(えんこう)の世(よ)を遁(のが)れし跡(あと)は廬山(ろさん)の岑(みね)である今日(こんにち)璿公(せんこう)と云/開士(ぼさつ)の幽(しづか)な
住居(すまゐ)は祇樹林中(きじゆりんちう)にある一片(ちいさき)の石(いし)も孤雲(はなれくも)も璿公(せんこう)の袈裟衣(けさころも)を着(き)られた
色相(しきさう)を窺(うかゞひ)て目前(もくぜん)に出(で)て楽(たの)しまする様(やう)にある清池(せいち)に臨(のぞ)みし皓月(しろきつき)は公(こう)の禅定(ぜんぢやう)
に入(いり)し心(こゝろ)を照(てら)すならん如意(によい)を以(もつ)て指揮(さしまねけ)ば天(てん)より花(はな)が落(おつ)るかと思(おも)はれ閑房(しづかなへや)に
坐(ざ)したり臥(ふし)たりし禁足(きんそく)せられ世(よ)の人(ひと)の足跡(あしあと)は絶(たえ)てなきゆゑ春艸(はるくさ)がしげり深(ふか)〴〵
とはえはびこる扨(さて)片石(へんせき)孤雲(こうん)清池(せいち)皓月(かうげつ)天花(てんくわ)春草(しゆんさう)ばかりにて此外(このほか)の俗塵(よのさわがしき)は
都(すべ)て染(そみ)て汚(けが)るゝことなきゆゑ唯(たゞ)々/友(とも)にするものは支遁(しとん)と遊(あそ)ばれた許玄度(きよげんど)を
見るやうなが余有(のこりあつ)て相尋(あいたづね)ることを得(うる)のみ
【挿絵】
寄(よす)_二綦毋三(きぶさんに)_一
新(あらたに)加(くわへて)_二大邑(たいゆうを)_一綬仍黄(しうなをきなり)。近(ちかごろ)与(ともに)_二単車(たんしやと)_一向(むかふ)_二
洛陽(らくやうに)_一。顧眄一過丞相府(こめんひとたびすぐしようじやうのふ)。風流三(ふうりうみたび)
接令公香(せつすれいこうのかう)。南川粳稻花(なんせんのかうたうはな)侵(おかし)_レ県(けんを)。西(せい)
嶺雲霞色(れいのうんかいろ)満(みつ)_レ堂(だうに)。共道(ともにいふ)進(すゝめて)_レ賢(けんを)蒙(かうむると)_二 上(しやう)
賞(しやうを)_一。看(みん)_三君幾歳(きみがいくとしか)作(なるを)_二台郎(だいらうと)_一。 【印「譱靖」「松軒」】
綦毋(きぶ)は復姓(にじみやうじ)なり宜春県(ぎしゆんけん)の尉(したやく)より洛陽県(らくやうけん)の尉(したやく)にうつる此度(このたび)あらたに洛陽県(らくやうけん)の大(たい)
邑(ゆふ)を加(くわへ)られ尉(したやく)となり行(ゆか)るゝが印(ゐん)の綬(ひも)は役(やく)が軽(かろ)きゆゑ仍(なを)黄(きいろ)にあるすべて役人(やくにん)には
天子(てんし)役々(やく〳〵)の印(ゐん)を下(くだ)さるゆゑ装束(しやうぞく)の綬(ひも)に印(ゐん)をまいておる重(おも)き役(やく)と軽(かろ)き役(やく)と印(ゐん)の
綬(ひも)の色(いろ)が違(ちが)ふ役(やく)を御免(ごめん)あれば其印(そのゐん)は返納(へんなふ)すそこで其元(そのもと)は奢(おごり)のなき人故(ひとゆへ)近(ちか)ごろ飾(かざ)り
なき単(ひとつ)の車与(くるまに)て洛陽(らくやう)に向(むか)はる与(よ)以(い)音通(をんつう)ずるゆゑ以(い)の字義(じぎ)に見て宜(よろ)しからん其元(そこもと)
は諸公(しよこう)がよく思はるゝから顧眄(ねんごろ)に致(いた)されん一(ひと)たび丞相(しようじやう)の府(やくしよ)を過(よぎ)りても風流(ふうりう)な三(ちよつ)ヒ(〳〵と)令(れい)
公(こう)の香(かう)ずきな尚書(しやうしよ)にも接(まじは)るならん扨/治方(をさめかた)の能(よき)ことをほめて農業(のうげふ)をよく勧(すゝむ)るゆゑ
南州(なんしう)の辺(ほとり)の粳稲花(うるしねはな)も盛(さかり)実(み)のりよく隣(となり)の県(こほり)迄(まで)侵(いりこん)であらうそれによく治(をさま)りて
有(ある)ゆゑ公事訴訟(くじそせう)の有(ある)ことはないから役所(やくしよ)に詰(つめ)られても終日(ひめもす)隙(ひま)で西嶺(さいれい)の雲霞(うんか)の
色(いろ)めくが堂(だう)に満(みち)わたるをみるばかりであらう皆(みな)々とも〴〵評議(ひやうぎ)して云(いふ)には天子(てんし)へ
賢者(けんしや)を進(すゝ)むると上賞(ごほうひ)を蒙(かうむ)るゆゑ君(きみ)は幾(いか)ほどの年(とし)のたちゆかぬ中(うち)に人々(ひと〴〵)が進(すゝ)め
て台郎(だいらう)となることを看(みん)と噂(うわさ)をする台郎(だいらう)は尚書郎(じやうしよらう)を云
【挿絵】
送(おくる)_二李回(りくわいを)_一
知君官(しんぬきみがくわん)属(しよくすることを)_二大司農(たいしのうに)_一。詔(みことのりして)幸(みゆきし)_二驪山(りさんに)_一職(しよく)
事雄(じゆうなり)。歳(とし〴〵)発(はつして)_二金錢(きんせんを)_一供(きようし)_二御府(ぎよふに)_一。昼看仙(ひるはみるせん)
液(えきの)注(そゝぐことを)_二離宮(りきうに)_一。千巌曙雪旌門上(せんがんのしよせつきもんのうへ)。十(しふ)
月寒華輦路中(げつのかんくわれんろのうち)。不(ず)_レ覩(み)_三声名(せいめいと)与(とを)_二文(ぶん)
物(ぶつ)_一。自傷留滞(みづからいたむりうたいして)去(さることを)_二関東(くわんとうを)_一。
【印「譱靖」「字孟直」「松軒」】
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李司農丞(りしのうじよう)【左ルビ「かんじやうのしたやく」】となる 扨(さて)も君(きみ)の官(くわん)は大司農(たいしのう)【左ルビ「かんしやうぶきやう」】に属(ぞく)【左ルビ「したやく」】するを此度(このたび)詔(みことのり)ありて驪山(りさん)に幸(みゆき)せら
るゝよつて人民(じんみん)の部役(ぶやく)を割付(わりつけ)らるゝ職事(しよくじ)えこひいきなく清潔(せいけつ)で雄(さかん)なり第(だい)一
句(く)に応(おう)じて歳々(とし〴〵)金銭(きんせん)を発(はつし)て御府(おくら)に供(きよう)せられ昼(ひる)は日々(ひゞ)と云こと日々/仙液(ゆのわく)を華(くわ)
清宮(せいきう)と云/離宮(りきう)に筧(かけひ)で注取(そゝぎとる)を看(みる)ならん千巌(あまたいわほ)に曙(あけぼの)の雪(ゆき)の光(ひかり)が旗(はた)を建(たて)ならべた
仮門(かりのもん)の上(うへ)に映(てら)すであらう十月なれども咲残(さきのこ)りし寒花(かんくわ)が輦路(くるまみち)の中(なか)に有(ある)を見ながら
御/供(とも)を致(いた)さるゝであらう此方(このはう)は遠国(をんごく)の新郷県(しんきやうけん)に勤(つとめ)て都(みやこ)の声名(せいめい)旌(はた)や輿(こし)の鑾(すゞ)
のなりおと又(また)衣服(いふく)の文物(もやう)を見ることもならぬ自(みづか)ら傷(いた)ましく存(ぞん)ずる留滞(りうたい)し
去(さつ)て関東(くわんとう)にあることを
【挿絵】
宿(しゆくして)_二瑩公禅房(えいこうのせんばうに)_一聞(きく)_レ梵(ぼんを)
花宮仙梵遠微々(くわきうのせんぼんとをくしてびゝなり)。月(つき)隠(かくれて)_二高(かう)
城(じやうに)_一鐘漏稀(しようろうまれなり)。夜(よ)動(うごかして)_二霜林(さうりんを)_一驚(おとろき)_二
落葉(はおつるかと)_一。暁(あかつき)聞(きいて)_二 天籟(てんらいを)_一発(はつす)_二清機(せいきを)_一。
蕭條已(せうでうとしてすでに)入(いつて)_二寒空(かんくうに)_一静(しづかに)。颯沓(さつたふとして)
仍(なを)隨(したがつて)_二秋雨(しううに)_一飛(とぶ)。始覚浮生(はじめておぼふふせい)
無(なきことを)_二住著(ぢうちよ)_一。頓(とんに)令(しむ)_三心地(しんちをして)欲(ほつせ)_二帰(き)
依(えせんと)_一。 【印「善靖之印」「松軒」】
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梵(ぼん)とは天竺(てんぢく)の辞(ことば)経陀羅尼(きやうだらに)を聞(き)くこと也/花宮(くわきう)にて仙梵(きやうだらに)の声(こゑ)が微々(かすか)に聞(きこ)へる折(をり)
から月(つき)は高城(かうじやう)に隠(かくれ)て鐘漏(とけい)も聞(きく)こと稀(まれ)になりし暁(あかつき)のけしきを云(いふ)夜(よる)から経(きやう)の声(こゑ)が
するは霜(しも)のふりかゝる林(はやし)にて落葉(おちば)が鳴(なる)かと驚(おどろ)き暁(あかつき)に成(なり)て天籟(しぜんのをと)を聞(きい)たら清(きよ)げに
悟道(さとり)の機(はたらき)を発(はつ)した其経(そのきやう)の声(こゑ)が低(ひき)くなる時(とき)は蕭條(ものさびしく)と已(たちまち)に寒(ひえ)たる空(そら)に入て静(しづか)
に経(きやう)の声(こゑ)が息(やん)て又/声(こゑ)が颯沓(さつ〳〵)して仍(また)秋雨(あきさめ)に随(したがふ)て飛(とぶ)やうに声(こゑ)が起(おこ)ると乍(たちま)ち静(しづか)に
なり乍(たちま)ち声(こゑ)のあがる処(ところ)を歓念(くわんねん)したら始(はじめ)て覚(さと)りました浮生(ふせい)は住着(ぢうちやく)することなき
ものと頓(にわか)に心(こゝろ)の地(そこ)をして仏道帰依(ぶつだうかたむく)せしむることにある
【挿絵】
【挿絵】仁魚
【裏表紙】
【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:七言律》 五》
【小題】緑竹
贈(おくる)_二盧五旧居(ろごがきうきよに)_一 李頎(りき)
物在人亡(ものありひとほろぶ)無(なし)_二見期(けんき)_一。閑庭(かんてい)繋(つなひで)_レ馬(うまを)不(ず)
_レ堪(たへ)_レ悲(かなしみに)。窓前緑竹(そうぜんのりよくちく)生(しやうじ)_二空地(くうちに)_一。門外(もんぶわいの)
青山(せいざん)似(にたり)_二旧時(きうじに)_一。悵望青天(ちやうばうすればせいてん)鳴(なり)_二墜(つい)
葉(えふ)_一。巑岏古柳(さんげんたるこりう)宿(しゆくす)_二寒鴟(かんしを)_一。憶(おもふて)_レ君(きみを)涙落(なんだおつ)
東流水(とうりうのみづ)。歲々花開知(せい〳〵はなひらくしんぬ)為(ためぞ)_レ誰(たが)。
【印「譱靖」「松軒」】
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贈(そう)の字(じ)聞(きこ)へぬ題(だい)の字(じ)なるべし盧五(ろご)が没後(もつご)旧居(きうきよ)に来(き)て昔(むかし)出逢(であひ)しことを思(おも)ひ出(だ)し
壁上(へきしやう)に題(だい)した昔(むかし)見た処(ところ)のものは其侭(そのまゝ)あれども主人(しゆじん)は死亡(しばう)して相見(しやうけん)の期(ご)もない閑(しづか)なる
庭(には)に馬(うま)を繋(つない)で悲(かなしみ)に勝(こたへ)られぬ盧五(ろご)の学問(がくもん)した居間(ゐま)の窓前(そうぜん)に緑竹(りよくちく)空き地【「空き地」のルビ「むなしち」】に生(おひ)
しげり門外(もんぐわい)にみへる青山(せいざん)は旧時(きうじ)のまゝに似(に)て替(かは)らぬ悵(いたま)しく望(みわたせば)青天(せいてん)より墜葉(おちば)が
鳴音(なりおと)し巑岏(さんげんたる)枯柳(かれやなぎ)に寒(さむ)さうに鴟(ふくらう)が宿(とまつ)て居(お)る君(きみ)のことをなつかしく憶(おも)ふてどこ
ともなく涙(なみだ)の落(おつ)るは東流(とうりう)の水(みづ)又(また)もとの所(ところ)へかへらぬと同(おな)じ事さりながら毎歳(まいとし)〳〵
花(はな)は心(こゝろ)なく開(ひら)く盧五(ろご)も居(お)らぬに知(し)らず誰(たれ)が為(ため)に咲(さく)ぞやいとゞ昔(むかし)盧五(ろご)と心安(こゝろやす)く出(で)
合(あひ)しことを思(おも)ひ出(いだ)す扨(さて)五六の句(く)陽(やう)の韻(ゐん)にて悵望(ちやうばう)の二/字(じ)を用(もち)ひ元(けん)の韻(ゐん)にて巑岏(さんげん)の
二/字(じ)を用(もち)ひ畳韻(でふゐん)を用(もち)て対(つい)した心(こゝろ)を付(つけ)て見るへし又(また)此詩(このし)に青山(せいざん)青天(せいてん)と青(せい)の字(じ)
二ヶ所(しよ)有(あり)どちらか一方(いつはう)伝写(でんしや)の誤(あやまり)ならん
【挿絵】
望(のぞむ)_二薊門(けいもんを)_一 祖詠(そゑい)
燕台一去客心驚(えんだいひとたびさつてかくしんおどろく)。笙鼓喧々漢(しやうこけん〳〵たりかん)
将営(しやうのえい)。万里寒光(ばんりのかんくわう)生(しやうじ)_二積雪(せきせつに)_一。三辺曙(さんへんのしよ)
色(しよく)動(うごかす)_二危旌(きせいを)_一。沙場烽火(しやじやうのほうくわ)侵(おかし)_二胡月(こげつを)_一。海(かい)
畔雲山(はんのうんざん)擁(ようす)_二薊城(けいじやうを)_一。少小(せう〳〵より)雖(いへども)_レ非(あらずと)_二投(たうずる)_レ筆(ふでを)
吏(りに)_一。論(ろんじて)_レ功(こうを)還(また)欲(ほつす)_レ請(こはんと)_二長纓(ちやうえいを)_一。
【印「善靖之印」「松軒」】
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拝律(はいりつ)にある賓王(ひんわう)宿(しゆくす)_二温城(をんじやうに)_一と同意(とうい)で薊門(けいもん)の陣(ぢん)にて営上(えいしやう)を望(ながめ)て作(つく)りし也/燕台(えんだい)は
薊門(けいもん)のことにて京(みやこ)を去(さつ)て一(ひと)たび此処(このところ)へ来(きた)りみれば客心(たびごゝろ)がやつきりとして軍(いくさ)をし功(こう)を立(たて)ん
と勇(いさ)みたつことを驚(おどろく)と云たものぢや笙(しやう)の字(じ)笳(か)の字(じ)にしてみるがよろしからんといへり
笳(か)を吹(ふき)太鼓(たいこ)をならして喧々(さわがしく)漢将(かんしやう)の営(えい)がみゆるものすごきは万里(まんり)まで寒光(かんくわう)まし〳〵
としそれに積(つも)りし雪(ゆき)の上(うへ)に生(できる)ずそれに北(きた)西(にし)南(みなみ)の辺塞(へんさい)の曙(あけぼの)の気色(けしき)は建並(たてならび)し危(たか)き
旗(はた)を動(うごか)す三辺(さんへん)を東西北(とうざいほく)と云は誤(あやまり)じや沙地(すなち)の戦場(せんじやう)に烽火(のろし)があがりて胡地(こち)を照(てら)す月(つき)
を侵(おか)し海(うみ)の畔(ほとり)の寒山(かんざん)が薊城(けいじやう)を擁(とりまわ)してみへる扨(さて)此軍旅(このぐんりよ)の様子(やうす)を見て此方(このはう)も
少小時(わかきとき)より筆(ふで)を投(なげすて)た史(やくにん)の斑超(はんてう)にはあらざれども何(なに)とぞ功(こう)を立(たつ)ることを論(ろん)じて還(かへつて)
終軍(しうぐん)の様(やう)に長纓(かんむりのひも)を請(こう)て胡虜(こりよ)をからめ捕(とら)んと欲(ほつ)す
【挿絵】
九日/登(のぼつて)_二仙台(せんだいに)_一呈(ていす)_二劉明府(りうめいふに)_一
崔署(さいしよ)
漢文皇帝(かんぶんくわうてい)有(あり)_二高台(かうだい)_一。此日登臨曙(このひとうりんすればしよ)
色開(しよくひらく)。三晋雲山皆北向(さんしんのうんざんみなきたにむかひ)。五陵風雨(ごりようのふうう)
自(より)_レ東(ひがし)来(きたる)。関門令尹誰能識(くわんもんのれいゐんたれかよくしらん)。河上(かしやうの)
僊翁去(せんをうさつて)不(ず)_レ回(かへら)。且(かつ)欲(ほつす)_下近(ちかく)尋(たづねて)_二彭沢(はうたくの)
宰(さいを)_一。陶然共(たうぜんとしてともに)醉(ゑはんと)_中菊花杯(きくくわのはいに)_上 【印「譱靖」「松軒」】
劉(りう)は氏(うぢ)明府(めいふ)は代官(だいくわん)と云ごとし霊宝県(れいはうけん)の令(だいくわん)となりしや此県(このあがた)は陝州(せんしう)に属(ぞく)す漢(かん)の文帝(ぶんてい)が
仙(せん)を祈(いの)られた高台(かうだい)が有/其験(そのしるし)もなく崩(ほう)じ給ひ今日(けふ)登(のぼ)り臨(のぞ)めは曙(あけぼの)の景色(けいしよく)が開(ひらい)
てみへるばかりすれば仙人(せんにん)に成(なり)たがり長生不死(ちやうせいふし)を祈(いのる)は無益(むやく)の事(こと)じや此(この)二/句(く)はなしをする
様(やう)にて何の事もなき様(やう)なれ共/意味深長(いみしんちやう)にて諷諫(ふうかん)ある事/筆談(ひつだん)には尽(つく)しがたし晋国(しんこく)
は戦国(せんごく)の世(よ)となりて韓(かん)魏(ぎ)趙(てう)と分(わかつ)たゆゑ三晋(さんしん)と云(いふ)其(その)雲山(うんざん)が北(きた)に向(むかつ)てあるを見る
ばかり南陵(なんりよう)北陵(ほくりよう)の二陵(にりよう)がある北陵(ほくりよう)は文王(ぶんわう)の風雨(ふうう)を避(さけ)給ひし処(ところ)其(その)風雨(ふうう)が今(いま)に
替(かは)らぬ台(だい)の東南(たつみ)より来(く)ることがある函谷関(かんこくくわん)の令尹(やくにん)名(な)は喜(き)が老子(らうし)に逢(あい)仙(せん)を得(え)た
と云それならば長生(ちやうせい)ゆゑ世間(せけん)に少(すこ)しは見知(みし)るものが有(あり)さうなことだが一人もないをみては
あてにならぬ河上(かしやう)に仙翁(せんをう)が有(あつ)て文帝(ぶんてい)に老子(らうし)経(きやう)を授(さづ)けしが其(その)仙翁(せんをう)もいづくにありしや
しれぬ文帝(ぶんてい)も長生(ちやうせい)はなしすれば仙人(せんにん)ざたは無益(むやく)にてある夫(それ)より且(まあ)近(ちか)く陶淵明(たうえんめい)が
彭沢県(ほうたくけん)の宰(かしら)となりしごときの劉(りう)明府(めいふ)を尋(たづね)て陶然(こゝろよく)くつろひで共(とも)に菊花(きくくわ)を浮(うか)べし杯(さかづき)
をかたむけ一/酔(すゐ)せんと思(おも)ふゆゑ追付(おつつけ)其元(そこもと)へ参(まゐ)り娯(たのし)まん
【挿絵】
杜侍御(としぎよ)送(おくる)_二貢物(こうぶつを)_一戯贈(たはふれにおくる) 張謂(ちやうゐ)
銅柱朱崖道路難(とうちうしゆかいだうとかたし)。伏波橫海旧(ふくはわうかいもと)登(のぼる)_レ壇(だんに)。越人自貢珊瑚(えつじんみづからこうずさんごの)
樹(じゆ)。漢使何労獬豸冠(かんしなんぞらうせんかいちくわん)。疲馬山中(ひばさんちう)愁(うれへ)_二日晩(ひのくるゝを)_一。孤舟江上(こしうかうしやう)畏(おそる)_二
春寒(はるのさむきを)_一。由来此貨(ゆうらいこのくわ)称(しようす)_レ難(がたしと)_レ得(え)。多恐君王(まさにおそるくんわう)不(ざらんことを)_レ忍(しのび)_レ看(みるに)。
【印「松」 「軒」】
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天子(てんし)杜侍御(としぎよ)に命(めい)ぜられ南越(なんえつ)に珊瑚樹(さんごじゆ)を求(もとめ)につかはさるゝ天子(てんし)の政治(せいち)が宜(よろ)し
ければ胡越迄(こえつまで)も自然(しぜん)と帰伏(きふく)して京(みやこ)へ珊瑚樹(さんごじゆ)に限(かぎ)らず珍品(めづらしきしな)があれば献(たてまつ)るこゝでは
天子(てんし)の政治(せいち)の宜(よろ)しからざるをどこともなく全篇(ぜんへん)の句(く)の中(うち)に諷(ふうじ)てみゆるゆゑ
戯(たはむれ)に贈(おくる)と云/後漢(ごかん)の馬援(ばゑん)が胡(えびす)を征伐(せいばつ)に行(ゆき)し時(とき)銅柱(とうちう)をたて漢(かん)の界(さかい)とし前漢(ぜんかん)
の韓説(かんえつ)が朱崖郡(しゆがいぐん)に往(ゆき)し珠(たま)の出(いづ)る処いづれも遠方(えんはう)道路(だうろ)も通(とを)り難(がた)き処(ところ)じや馬援(ばえん)は
伏波将軍(ふくはしやうぐん)也/韓説(かんえつ)は横海将軍(くわうかいしやうぐん)となり天子(てんし)檀(だん)に登(のぼ)せ将軍(しやうぐん)の印(ゐん)を給(たま)はり出立(しゆつたつ)ある
御/難義(なんぎ)のことにぞんずる昔(むかし)は越人(えつひと)が京(きやう)に帰伏(きふく)して自然(しぜん)と貢(みつぎ)した珊瑚樹(さんごじゆ)をす
れば今(いま)の様(やう)に其元(そこもと)漢使(かんし)となつて何(なに)しに労(ほねおろう)せんおそろしき獬豸冠(かいちくわん)をかぶりて
目付役(めつけやく)を蒙(かうむ)り行(ゆか)るゝに及(およぶ)此(この)二/句(く)第(だい)一/句(く)の道路(だうろ)難(なん)に応(をう)ずさて京(きやう)へ送(おく)る種々(さま〴〵)の
珍宝(ちんばう)を馬(うま)に駄(つけ)て急(いそが)るゝ故(ゆへ)馬(うま)も疲(つか)れ山中(さんちう)にて日(ひ)の晩(くる)るを愁(こゝろづかい)しやるであらう又/水(すゐ)
路(ろ)を通(とを)らる孤舟(こしう)にのせ江上(かうしやう)で春風(はるかぜ)があらくて寒(さむさ)を畏(きづかは)るであらう由来(むかし)から此様(このやう)な
貨(たから)は得(う)ること難(かた)しと称(いひたて)てある多(まさ)に恐(きづかいの)ことは君王(くんわう)が役人(やくにん)を苦労(ほねおら)させ民百姓(たみひやくしやう)を
部役(ぶやく)に使(つか)ひ難義(なんぎ)させ京(きやう)へ送(おく)りてはいたましきことゝ看(み)るに忍(しの)びかね給はんと
これは唐(たう)は老子(らうし)を第(だい)一の先祖(せんぞ)として尊(たつと)び廟(やしろ)を諸州(しよしう)へ立(たて)られたゆゑすれば
老子(らうし)経(きやう)得(え)がたき貨(たから)を求(もとむる)ことなかれと有(ある)に相違(さうゐ)して御/先祖(せんぞ)の遺訓(ゆひくん)にそむき
老子(らうし)の神意(しんい)に叶(かな)ふまじきと諷諫(ふうかん)した
【挿絵】
送(おくる)_下李少府(りせうふ)貶(へんせられ)_二峽中(けふちうに)_一王少府(わうせうふ)貶(へんせらるゝを)_中
長沙(ちやうしやに)_上 高適(かうせき)
嗟君此別意何如(さすきみがこのわかれこゝろいかん)。駐(とゞめ)_レ馬(うまを)銜(ふくみ)_レ盃(はいを)
問(とふ)_二謫居(たくきよを)_一。巫峽啼猿数行涙(ぶかふていえんすかうのなみだ)。衡陽(かうやうの)
帰雁幾封書(きがんいくほうのしよぞ)。青楓江上秋天遠(せいふうかうしやうしうてんとをく)。
白帝城辺古木疎(はくていじやうへんこぼくそなり)。聖代即今(せいたいそくこん)多(おほし)_二
雨露(うろ)_一。暫時(ざんじ)分(わかつて)_レ手(てを)莫(なかれ)_二躊蹉(ちうさすること)_一。
【印「善靖之印」 「松軒」】
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峽中(かふちう)は西蜀(せいしよく)長沙(ちやうしや)は南方(なんはう)也/一首(いつしゆ)にて二人を送(おく)る嗟(なげ)かはしき君(きみ)たち此別(このわかれ)の意(こゝろ)は如何(いかん)
ぞや二人/出立(でたち)の馬(うま)を駐(とゞ)め杯(さかづき)を銜(のみかけ)て謫居(とがめのすまゐ)を問(とふ)た李氏(りし)の行(ゆか)るゝ蜀(しよく)の巫峡(ぶかふ)には啼叫(なきさけ)ぶ
猿(さる)が多(おほ)く有てあはれな声(こゑ)を聞(き)く数行(すかう)の涙(なみだ)を流(なが)し悲(かな)しく思(おも)はれやう王氏(わうし)の行(ゆか)
るゝ長沙(ちやうしや)の南(みなみ)の衡陽(かうやう)のあたりは帰(かへ)る雁(かり)を見て幾封(いくふう)の書(てがみ)来(きた)るらしとさぞ心(こゝろ)ぼそく
有(ある)ならん長沙(ちやうしや)の青楓(せいふう)江上(かうしやう)を望(のぞ)めば秋天(あきのそら)霞(かすみ)わたりてみへ蜀(しよく)の白帝城(はくていしやう)の辺(へん)も古木(こぼく)が
落葉(らくえふ)して疎(まばら)になりあはれなことなるらんそこでいよ〳〵京(きやう)がなつかしくさりながら
聖代(くもりなきみよ)にて即今(たうじ)はあるゆゑ雨露(うるをひ)のめぐみが多(おほ)ひゆゑ暫時(しばし)手(て)を分(わかつ)て隔(へだゝ)るならんやが
て召帰(めしかへ)さるゝであらう躊蹉(ぐず〳〵すゝまぬ)することなかれ
【挿絵】
和(わす)_下賈至舎人早(かししやじんつとに)朝(てうする)_二大明宮(たいめいきうに)_一之(の)
作(さくを)_上 岑参(しんじん)
鶏(にはとり)鳴(ないて)_二紫陌(しはくに)_一曙光寒(しよくわうさむし)。鶯(うぐひす)囀(さへづりて)_二皇州(くわうしうに)_一春(しゆん)
色闌(しよくたけなはなり)。金闕曉鐘(きんけつのけうしよう)開(ひらき)_二万戸(ばんこを)_一。玉階仙(ぎよくかいのせん)
仗(ぢやう)擁(ようす)_二千官(せんくわんを)_一。花(はな)迎(むかへ)_二剣佩(けんはいを)_一星初落(ほしはじめておち)。柳(やなぎ)
払(はらつて)_二旌旗(せいきを)_一露(つゆ)未(いまだ)【左ルビ「ず」】_レ乾(かはか)。独(ひとり)有(あつて)_二鳳皇池上(ほうわうちしやうの)
客(かくのみ)_一。陽春一曲和皆難(やうしゆんのいつきよくわすることみなかたし)。
【印「譱靖」「字孟直」「松軒」】
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紫陌(しはく)の紫子(しし)と通(つう)じ皇州(くわうしう)の皇黄(くわうくわう)と通(つう)ずる一二の句(く)対(つい)をなした鶏(にはとり)が城門(じやうもん)の紫陌(おほて)
に鳴(ない)て曙(あけぼの)の光(ひかり)も寒(さむ)い鶯(うぐひす)は皇州(みやこ)に囀(さへづり)て春色(しゆんしよく)が十/分過(ぶんすぎ)た闌(たけなは)とは春(はる)の深也(ふかきなり)夜(よ)が
明(あけ)はらつて金闕(きんり)の暁(あかつき)の鐘(かね)がなると万戸(ばんこ)押開(おしひらき)すると玉(きれい)の階(はこだん)の前(まへ)に仙仗(おだうく)を並(なら)べ
建(たて)参内(さんだい)の千官(やくにん)を護擁(とりまはし)ておる花(はな)の心(こゝろ)よく咲(さき)しは剣(けん)を帯(おひ)玉佩(ぎよくはい)をならす官人(くわんじん)
たちを迎(むかふ)る様(やう)にある星(ほし)の光(ひかり)も落(きえうせ)た柳(やなぎ)の糸(いと)も建(たて)ならべた旌旗(はた)をすり払(はらつ)て
暁(あかつき)の露(つゆ)にぬれてまだ乾(かわか)ぬ賈至(かし)へ挨拶(あいさつ)して其元(そこもと)独(ひとり)鳳皇池上(りんげんをかくやくしよ)の客(きやく)と
なり陽春(やうしゆん)といふ調(しら)べの高(たか)い一/曲(きよく)を作(つく)られ和(あいさつ)する人も皆(みな)々/作(つく)り難(がたし)しと
いふ
【挿絵】
絵本唐詩選《割書:五言律排律》《割書:画狂老人筆| 全五冊》
古文孝経図会 《割書:同画| 全二冊》
彫工《割書:一之巻 三之巻 杉田金助|二之巻四之巻五之巻 江川留吉》
天保七丙申年九月
書肆 《割書:江戸日本橋通弐町目| 小林新兵衛》
【裏表紙】
【表紙】
寺子躾方
【右丁】
【裏表紙】文字無
【左丁】
寺子躾方
手習を。始て稽古其
仕やう。先つくゑをば。まつ
直にをき。硯の水は。八分
【右丁】
に。墨の上下に。気をつ
けて。まからぬやうに。摺
なかし。うすひか。こひか。
すみの色。かけん見さた
【左丁】
め。筆をそめ。臂を。う
かめて。篤ともち。手
本に向て。文字ことに。
大きゐ。小さひ。長。みち
【右丁】
か。広とせまひ。片つくり
冠。点 にう。夫〳〵に。夫
さうをうを。能見わけ。
筆のはこびに。浮し
【左丁】
つみ。一を引にも。うつ
てんも。心をくはり。や
わらかに。筆のいき
ほひ。たるみなく。一字
【右丁】
なり共。合点して。手
本の文字に似やうに。
一字。かきては。高くよみ。
心をとめて。書ぬれば。
【左丁】
人にまさりて手ぞ
あかる扨清書をは
すみくろ〳〵とならび《割書: |よく》
まからぬやうに書習
【右丁】
べし
夫人のおしへは。兎角
幼少の時より。をしひ
馴れぬれば。さのみ格
【左丁】
別。六ヶ鋪。事にもあらず。
そのたとひ。大木とな
る。松か枝も。若木の
時に。枝をため作れば。
【右丁】
つくる品かたち。行儀
正しく。なりぬべし。
おさなき。ころより。父
母の。仰そむかす。志た
【左丁】
かへよ先朝をきて機
嫌能。手水をつかひ。目を
さまし、膳□【にヵ】へすわりて。
礼をのべ。たべを□□【わるヵ】迄
【右丁】
余所見せづ。料理。好
のすきぶすき。きらいな
物は。たべぬやう。必く【〳〵、々?】。
食このみ。いうば。見くる
【左丁】
し。たしなめよ。友たち。
よせて。遊とも、わるあ
がきせす。髪かたち。衣
類。そこなひ。よこすなよ。
【右丁】
氏より。そたち。しとや
かに。起居(たちゐ)ふるまひ。気
をつけよ。心におほひ。
口きかつ知ても。しらぬ。
【左丁】
ふりはよき。まして。我
より。としはいの。人の
する事。もとくまじ。
しらぬ事をも。しりか
【右丁】
ほに。取計ぞ。見くるし
き問は。当座の恥(はぢ)にして。
とわぬ。こゝろは。末代の。恥
と。おもひて。尋(たつ)ぬべし。
【左丁】
客のあいしらい。受。こた
へ。詞の。くずの。なき。やう
にあとさき。篤(とく)とかん
かひて。万(よろず)。うちはに。す
【右丁】
るぞよき。縦令。男子(おのこ)。た
りとも。殊に女はやわ
らかに足。をと。たかく
あるくまし。戸障子不
【左丁】
ふらず。へりくだり。夫
と。大切。親に孝。舅姑(しうと〳〵め)
に。よくつかひ。一家。一門。
むつましく。我より。
【右丁】
下のものなりと。老たる
人は。会釈して。目上。
年上。敬(うや)まうを。これが。
誠の。道と。しるべし。
【左丁】
我儘に。育つる。親の。御
慈悲は。子の。あたとな
り。成身するに。随て。
次第〳〵に気すいにて。
【右丁】
後は。我まゝ。無理いふ
て。むりとも。しらづ。
ゑせりくち。ひとつ。ゆう
にも。とがり声(こひ)問わづ
【左丁】
語(かたり)の。差出口。人の咄の
腰を折。しらぬ事をも。
しり顔に。そしり話
の。言葉くづ。とがめ。ら
【右丁】
れては。負をしみ。非
を理に。せんと。顔(かを)。いか
め。扨者。悪口。雑言を。
聞が。いやさに。夫なり
【左丁】
に。よけて。通せば。足
元も見す。蹴(け)ちらか
し。戸障子。ふすま。
うしろ手にしりの
【右丁】
しまらぬ。育から。人
のいやがる。わるざれて。
すきな。ことには。夜を
ふかし。常はよひ
【左丁】
をとなしく。我と。わ
が。身を。かゐり見て。身
持。正しく。育べし
と有。ければ小児
【右丁】
たりとも。起(き)びし
く。をしゆ。べし
【左丁】
一御客の。前は。不及申。家
内の者。たりとも。前を。
すべる。時は腰(こし)を。折べし。
増(まし)て。御客の。前/後(ご)。無作(ぶさ)
【右丁】
法(ほう)に。かけ廻(まわ)る。べから
ず。其外。食物(しよくもつ)。諸し
な。またげ。通る。べ
からず
【左丁】
一夫女は。髪(かみ)の結(ゆひ)やう。衣裳(いしやう)
の。もやうに。気(き)を。つくれば。あし
き。所(ところ)をも。直(なを)る。道理(どうり)にて。風/俗(そく)
の。たしなみ。女中の。第一。ゆへに。
【右丁】
兼好(けんこう)法師(はうし)も。女は。髪(かみ)の。目
出た。からんこそ。人の。目たつ。
へけれと。いわれけり
【左丁】
北総香取神領
追野村
一荷庵無一筆
【裏表紙】
TKGK-00057
書名 唐詩選画本,三編5巻
刊 5冊
所蔵者 東京学芸大学附属図書館
(備考)
函号 921.43/TAC
撮影 国際マイクロ写真工業社
令和2年度
国文学研究資料館
【表紙題箋】【判読できず】
【見返し】
五七言律排律《割書:不許翻刻|千里必究》
唐詩選画本《割書:三編|五冊》
東都書肆 嵩山房蔵
【左丁】
題唐詩画譜
夫画者影也。人心之霊。即物
輒印。山水卉【草】樹禽獣人物。
鑑諸本注諸想。親炙全
影。然後可以影耳。此図固
【右丁】
不由全影。全影輒印。尚
猶不易。矧通於詩以影於
物。蓋不難其難。鑑諸末
反於本。其工夫謂之何乎。
如其優劣非知画者不克。
【左丁】
吾亦奚言邪吾亦奚言邪。
寛政三年辛亥春三
月 君山唐世済識
【印】唐世済印【印】美卿氏
赤峰 田順書
【印】順印【印】赤峰田氏
【右丁】
自序
蘇長君品王摩詰詩。々中
有画何必摩詰。唐人皆然。
葢唐人之取興象。無不有
雅致。凡宮室之美。華実之
毛。人物之庶。苑囿之富。台榭
陂池之観。山沢河海之楽。述
【左丁】
其景情者。充溢於言語之外。
可以意思得之。不可以註釈
解之。故施諸画図其神思清
雅。精彩暢麗。非後世可及。画
譜五七絶句。既行於世。踵而逮
此集。余也麁工。敢侵狗鶩之
譏。以便於童蒙解詩之路逕。
【右丁】
不敢伝諸有識人也。若夫線
車竹馬之玩。幼稺所不能無。以
之易嬉戯之具。自然得唐人
之指趣。有識君子恕余之罪。
不亦多幸乎。
高田円乗撰
【印】高正和【印】文庸斎
【左丁】
五言律
埜
望
【挿絵】
【右丁】
野望 王績
東皐薄暮 ̄ニ望 ̄ム徙倚 ̄トシテ
欲_二何 ̄クニ依 ̄ント_一樹々皆秋色山々
惟落暉牧人駆 ̄テ_レ犢 ̄ヲ返 ̄リ
【左丁】
獵馬帯 ̄ヒテ_レ禽 ̄ヲ帰 ̄ル相 ̄ヒ顧 ̄テ
無_二相識_一長歌懐 ̄フ_二
采薇 ̄ヲ_一 《割書:葬弃隠士玄芝書之》
【印「■■居」「玄芝」】
《割書:○とうかうはくぼにのそむ。しいとしていづくによらんとほつす。じゆ〳〵みなしうしよく。さん〴〵| たゞらくき。ぼくじんとくをかつてかへり。りやうばきんをおびてかへる。あいかへりみるにあいしるなし| ちやうかさいびをおもふ》
《割書: くれかた只ひとり東方のおかやまへきて人家もない野外をのぞみ見てより所もなくぶらりとして| 居るにつねさへものさびしひにやま〳〵は秋の色をもよほし夕日かげのていもあはれにおもはるゝ| をくをみれば夕ぐれゆへうしを先たてゝかへるもあり狩人は馬のくらにとりけだものをくゝりつけて| かへるがちかづきてもなければたれを相手にかたるものもない此やうにたよりもなくなるものかい| にしへはくい【伯夷】が無道をかなしんでさいびの詩をうとふたと同し事じや》
【挿絵】
【右丁】
【印「■■■■」】
晩 ̄ニ次 ̄ル_二楽郷県 ̄ニ_一
陳子昂
故郷杳 ̄トシテ無 ̄シ_レ際 ̄リ日暮且 ̄ツ
孤征 ̄ス川原迷 ̄ヒ_二旧国 ̄ニ_一
道路入 ̄ル_二辺城 ̄ニ_一野戍
【左丁】
荒煙断 ̄ヘ深山古木平 ̄ナリ
如何 ̄ソ此 ̄ノ時 ̄ノ恨噭々 ̄トシテ
夜猿鳴 ̄ク 《割書:滕成|》【印 烏山】【印 滕忠成印】
《割書:○こきやういやうとしてかぎりなし。じつぼかつこせいす。せんげんきうこくにまよひ。どうろへんじやう| にいる。やじゆくわうゑんたへ。しんざんこぼくへいなり。いかんぞこのときのうらみ。きやう〳〵として| やゑんなく》
《割書: こきやうをふりかへりみればはるかにかぎりもない事じやひとりたびの事ゆへほつ〳〵と日くれ| までも宿へつくまではゆかねばならぬものうい事じやまへかた此所へきた時とは何もかもちがふた| とおもへば別て心ほそひみちのかたはらにやまじろなどの有所をみればこれは少しむかしにかはらぬ| やうに思はるゝどこもかしこもあれはてゝ人かげもないだん〳〵山おくをみれば古木の枝などがた| たいらに揃てみゆる只さへかなしひにかまひすしくさるなどの鳴を聞てはたへられぬ》
【挿絵】
【右丁】
春夜別_二友人 ̄ニ_一
陳子昂
銀燭吐 ̄キ_二青煙 ̄ヲ_一金尊
対 ̄ス_二綺筵 ̄ニ_一離堂思 ̄ヒ_二琴
瑟 ̄ヲ_一別路繞 ̄クル_二山川 ̄ヲ_一明月
【左丁】
隠 ̄レ_二高樹 ̄ニ_一長河没 ̄ス_二暁
天 ̄ニ_一悠々 ̄トシテ洛陽 ̄ニ去 ̄ラハ此 ̄ノ会
有 ̄ン_二何 ̄レノ年 ̄ニカ_一 《割書:|北■書》【印「■■」】
《割書:○ぎんしよくせいゑんをはききんそんきゑんにたいすりどうきんしつをおもひべつろさんせんを| めぐるめいげつこうじゆにかくれちやうかきやうてんにぼつすゆう〳〵としてらくように| さらばこのくわいいづれのとしにかあらむ》
《割書: 夜さかもりのことゆへぎんばくなどでかざつたりつはなろうそくを立てとぼすゆへけふりもこく| はきけつこうなたるへさけを入てうすものゝむしろに対してあるちそうのよいあいさつである| さて今夜はなれざしきてことをたんしにぎやかにうちはやしてくれらるゝがあすわかれて| 山川をめぐるをりからおもひ出すであらふかれこれして居るうちによひの内みへた明月も| 大木のかげにかくれあまの川もにしへながれてみうしのふたゆふ〳〵として明日らく| 陽へさつてあるならばこのくわいをいつのとしにするであらふとなごりをかしみ礼をいふ》
【挿絵】
【右丁】
送_二-別 ̄ス崔著作 ̄カ東征 ̄スルニ_一
陳子昂
金天方 ̄サニ粛殺白露
始 ̄メテ専-征 ̄ス王 ̄ノ師非 ̄ス_レ楽 ̄ムニ
_レ戦 ̄ヲ之 ̄ノ子慎 ̄メ_レ佳 ̄スルコトヲ_レ兵 ̄ヲ海
【左丁】
気侵 ̄シ_二南部 ̄ヲ_一辺風掃 ̄ラフ_二
北平 ̄ヲ_一莫 ̄レ_下売 ̄テ_二盧龍 ̄ノ塞 ̄ヲ_一
帰 ̄テ邀 ̄ルコト_中麟閣 ̄ノ名 ̄ヲ_上
《割書:○きんてんまさにしゆくさつ。はくろはしめてせんせいす。わうのしたゝかひをたのしむにあらす。このこへいを| よみすることをつゝしめ。かいきなんほうをおかし。へんふうほくへいをはらふ。ろりやうのさいをうつて。かへつて| りんかくのなをもとむることなかれ》
《割書: きん天は秋の天の事で金天秋物をならすさつばつの時に乗してせいばつすると言が古の礼であるゆへ| 白露の七月に初てとうせいするさて王者の師を出さるゝは征ありせんありとてぜひなく兵をつかわさるれ| どもさきのものかしづまれは直にかへさるゝぎて戦をたのしふ思召てはない兵をこのみいくさずきをせぬやう| にしやれとなり海きへん風ともにゑびす共が中国の方へ侵しこんてくるに付てそこもとをせいばつにつ| かわさるゝ心得のために言てやるろりやうさいあたりでよいくらいにこしらへ事をして夫をうりつけ| て帰りきりんかくなとの名をあらはすと言やうな事をしやるな此じふん有た事じや》
【挿絵】
【右丁】
【印】
蓬莱三殿 ̄ニ侍 ̄テ_レ宴 ̄ニ承 ̄テ_レ
勅 ̄ヲ咏 ̄ス_二終南山 ̄ヲ_一 杜審言
北斗挂 ̄リ_二城辺 ̄ニ_一南山
倚 ̄ル_二殿前 ̄ニ_一雲標金闕迥 ̄カニ
樹杪玉堂懸 ̄ル半嶺
【左丁】
通_二佳気 ̄ヲ_一 中峰繞 ̄ル_二瑞
煙_一小臣持 ̄シテ献 ̄ス_レ寿 ̄ヲ長 ̄ク此 ̄ニ戴 ̄ク_二堯天 ̄ヲ_一 滕成 【印 滕忠成印】
《割書:○ほくとじやうへんにかゝり。なんざんてんせんによる。うんへうきんけつはるかに。じゆへうきよくたうかゝる。| はんれいかきをつうし。ちうほうすいゑんめくる。せうしんちしてしゆをけんす。なかくこゝにきやうてんを| いたゝく》
《割書: 御酒ゑんか有てしんげんもお供をして終南山と言題をつくりませいとをゝせ付られてつくる長安は北斗星の| 真下に当てあるゆへ北城ともいふ北斗かきんりのうへにつらなつてあり終南山はほうらいでんのはなのさきに| つゝと高くもたれかゝつてある三でんよりみれは金闕かはるかに雲のはつれに見ゆる玉堂は天子の御座なされる所| を言こゝでは終なん山の上に山神堂か高くかゝつてみゆるそうもしてみねはつりあいがわるい南山のいたゝきの木を| うちこして山神とうかみへる御所のかきがなんさんのみねまて通しとゝいて天子の目出たいずいゑんか中峰| まてめぐつてある小臣寿を献してながくぎやうのことく御世につかへてをりたいものじや》
【挿絵】
【右丁】
和 ̄ス_二晋陵 ̄ノ陸丞早春 ̄ノ遊望 ̄ヲ_一
杜審言
独 ̄リ有 ̄テ_二宦遊 ̄ノ人 ̄ノミ_一偏 ̄ヘニ驚 ̄ク_二
物候 ̄ノ新 ̄ナルニ_一雲霞出 ̄テヽ_レ海 ̄ヲ
曙 ̄ケ梅柳度_レ江春 ̄ルナリ【注】淑
【左丁】
気催 ̄シ_二黄鳥 ̄ヲ_一晴光転 ̄ス_二
緑蘋 ̄ヲ_一忽 ̄チ聞 ̄テ_レ歌 ̄フヲ_二古調 ̄ヲ_一
帰思欲 ̄ス_レ沾 ̄サント_レ巾 ̄ヲ
【印】圓【印】乗
《割書:○ひとりくわんゆうのひとのみあつて。ひとへにぶつこうのあらたなるにおどろく。うんかかいをいてゝあけ。はい| りうゑをわたつてはるなり。しゆくきくわうてうをもよふし。せいくわうりよくひんをてんす。たちまち| こてうをうたふをきいて。きしきんをうるほさんとほつす》
《割書: せつぶつきこうのうつりかわりあらたまるにおとろく朝の雲やかすみかあかくみへてうみより日の出か| みゆる梅柳もまだ花のさかぬ時分じやが江南の方へきてみれは花もひらき柳もみどりである叔【淑】気の| あたゝかなきがうくひすなとをさいそくしてなりせうきくさもまばらに日のかげにきら〳〵うつゝてみゆる| 其元のすぐれた古調の中にこきやうかこいしいと言う作てあるを見てわれもこきやうへかへりとうなつて| きんをうるほさんとほつす》
【注 「春ルナリ」の「ル」衍ヵ】
【挿絵】
【右丁】
和 ̄ス_二康五 ̄カ望 ̄テ_レ月 ̄ヲ有 ̄ルヲ_一レ懐 ̄ヒ
杜審言
明月高秋迥 ̄カナリ愁人独-夜 ̄ニ
看 ̄ル暫 ̄ク将_レ弓並 ̄ニ曲 ̄リ翻 ̄テ与_レ扇
【左丁】
倶 ̄ニ円【団】 ̄カナリ露濯 ̄イテ_二清輝 ̄ヲ_一苦(サ) ̄ヘ風飄 ̄カヘシテ_二
素影 ̄ヲ_一寒 ̄シ羅衣一 ̄タ【「ビ」脱ヵ】此 ̄ニ鑒 ̄ツテ【注】頓 ̄ニ
使 ̄ム_二別離 ̄ヲ難 ̄カラ_一 《割書:茂松堂■【乗ヵ】阿書》
《割書:○めいげつかうしうはるかなり。しうしんとくやにみる。しはらくゆみとならひにまかり。かへつてあふきととも| にまとかなり。つゆせいきをそゝひてさへ。かせそゑいをひるかへしてさむし。らいひとたひこゝにうがつに【注】とんに| べつりをしてかたからしむ》
《割書: 秋のそら高くすみわたり月がたかくかゝり只さへものあわれしやに懐ある愁人がひとりみるゆへ| いよ〳〵かなしひこの比まて弓はり月てあつたがはや十五夜に成てうちわのなりになつた露かおり| て月もさへきら〳〵そゝくやうにみゆる風も月影のさへきつた素影をひるがへしていよ〳〵寒くみへる| たびははかないものしや八月比寒くなつてもまだ夏衣のまゝているこれらをみるにつけても別離の| しにくいを頓にがてんしてある》
【注 「鑒ツテ」を「うがつに」と読んでいる。送り仮名が異なる。また「鑒」に「うがつ」の読みは無し。「うがつ」は「鑿」。別資料では「鑒」は「てらされ」と読んでいる。】
唐詩選画本巻一終
【挿絵】
【見返し】
【裏表紙】
【表紙題箋】
《割書:五言律|》
【そのほかは判読できず】
【見返し】
【左丁】
五言律
幽州
夜
飲
【挿絵】
【右丁】
張説
涼風吹_二夜雨 ̄ヲ_一蕭瑟 ̄トシテ
動 ̄ス_二寒林 ̄ヲ_一正 ̄ニ有 ̄リ_二高堂 ̄ノ
宴_一能忘 ̄ンヤ_二遅暮 ̄ノ心 ̄ヲ_一
軍中宜 ̄ク【左送り仮名:シ】_二剣舞 ̄ス_一塞
【左丁】
上重 ̄ス_二笳音 ̄ヲ_一不 ̄ンバ_レ作 ̄ラ【二点脱ヵ】辺
城 ̄ノ将 ̄ト_一誰 ̄レカ知 ̄ン_二恩遇 ̄ノ深 ̄キコトヲ【一点脱ヵ】
山弦?山【印】■【州ヵ】
《割書:○りやうふうやうをふき。せうしつとしてかんりんをうごかす。まさにかうたうのゑんあり。よくちぼのこゝ| ろをわすれんや。ぐんちうよろしくけんぶすべし。さいしやうかいんをおもんず。へんじやうのしやうと| ならずんば。たれかおんくうのふかきことをしらん》
《割書: 秋の事ゆへ涼風が雨をふき風のをとがものさびしく聞へる高どうに酒ゑんをもよほしなぐ| さめてくれらるゝがことしもはやすへになつたとおもひ出してわすれかねるちぼは月日のくれ| ゆく事なれとも年の寄までこゝろざしをとげぬといふ意てあるぐん中の事なれはつねに| つるぎの舞なとをする吹ものといへば胡人が重にする笳をふくがみやこにない事ゆへちそう| にすれどかへつてかなしうなる此やうに辺塞に来てもてはやさるゝも天子の御おんのふかいゆへ| じやへんさいの大しやうに成てみねはしれぬ》
【挿絵】
【右丁】
秋思 李白
燕支黄葉落 ̄ラン妾
望 ̄テ自登 ̄ル_レ台 ̄ニ海上碧雲
断 ̄ヘ単于秋色来 ̄ル
胡兵沙塞 ̄ニ合 ̄シ漢使玉
【左丁】
関 ̄ヨリ回 ̄ル征客無 ̄シ_二帰 ̄ル
日_一空 ̄ク悲 ̄ム蕙草 ̄ノ摧 ̄ルコトヲ
茂松堂書
《割書:○ゑんしかうゑうおつらん。せうのぞんてみづからたいにのぼる。かいしやうへきうんたへ。せんうしう| しよくきたる。こへいしやさいにがつし。かんしぎよくくわんよりかへる。せいかくかへるひなし。むなし| くかなしむけいさうのくだくることを》
《割書: 秋のことゆへ我おつとの居るゑんし山あたりも木の葉もこうやうしてちつたであらふと思ふ| に付てみづから台にのぼりて我おつとの居る方はあそこかとうみの上を見れども一向なにの| わかちもなくくもがかゝつて秋の色のものさびしひ気がみへてたゞ遠ひのみであるきけば胡人| どもがさわいていくさ真さい中でこの比みやこからいたおつかいが玉関から先へとをりかねてかへ| つたと云が我おつとは征客なればかへるといふ事もなしわるくしたらおつとのかへらぬうち| に顔色もおとろへやうかなげかわしひ事じや》
【挿絵】
臨
洞
庭
【右丁】
臨_二洞庭_一
孟浩然
八月湖水平 ̄カナリ涵_レ虚(-) ̄ヲ混(-)_二太
清 ̄ニ_一気 ̄ハ蒸 ̄ス雲夢沢波 ̄ハ撼 ̄カス
岳陽城欲 ̄スルニ_レ済 ̄ラント無 ̄シ_二舟楫_一
【左丁】
端-居 ̄シテ恥 ̄ツ_二聖明 ̄ニ_一坐 ̄カラ観 ̄ル垂 ̄ルヽ
_レ釣 ̄リヲ者 ̄ノ徒 ̄ニ有 ̄リ_二羨 ̄フ_レ魚 ̄ヲ情_一
山三楽書【印】■【州ヵ】
《割書:○はつげつこすいたいらかなり。きよをひたしてたいせいにこんず。きわむすうんぼうたく。なみはう| ごかすかくやうじやう。わたらんとほつするにしうしふなし。たんきよしてせいめいにはづ。いな| がらみるつりをたるゝもの。たゞにうをゝねらふじやうあり》
《割書: 八月比湖水が一面にまつたいらに成てことの外ひろいゆへ太清にこんじてひとつにみへる朝日| の出るじふん雲夢の下から水がむれあがり大なみががくやうろうの石がきにうちつける済は| 天下を治る事なり舟楫は天下を治る才の事になるわれもひとつ天下を治めてみたひ| と思へど才がないゆへ御当代の聖明にはぢてつゝくりと手をこまぬいてなにもせず実は我も| 才はあれど天子がくらいゆへわがきりやうがしれぬと云ことじやわれも居なからつりをする| ものをみてうをがほしいと思へどつり道具をこしらへぬはたゞおもふばかりて世に出てこう| をたてたいとおもへども此方からへつらふ所ぞんはないといふ意てある》
【挿絵】
【右丁】
題_二義公禅房_一 孟浩然
義公習 ̄フ_二禅■【注】 ̄ヲ_一結 ̄シテ_レ宇 ̄ヲ
依 ̄ル_二空林 ̄ニ_一戸外一峯
秀 ̄テ階前衆壑深 ̄シ夕
【左丁】
陽連 ̄リ_二雨足_一空翠
落_二庭陰_一看_二【-脱ヵ】取 ̄シテ蓮花 ̄ノ
浄 ̄ヲ_一方 ̄ニ知 ̄ル_二不染 ̄ノ心 ̄ヲ_一《割書:東岳■【俊ヵ】書|》
《割書:○ぎこうぜんしゆくをならふ。うをむすんでくうりんによる。こぐわいいつほうひいで。かいぜんしう| かくふかし。せきやううそくつらなり。くうすいていいんおつ。れんげのきよきをかんしゆして。| まさにふせんのしんをしる》
《割書: ぎこうといふ人はざぜん好て引こんて人かげもないはやしをこだてにとりて庵室を| 作つてある気色もよく座敷の戸をひらくと向ふに一峯がひいてゞみゆる下をみれは| 谷〳〵がふかくみゆるをりふし夕立がふつて雨のあしが雲中にすきたつてみへ木が高く| しげり蓮花のきよらかに咲てあるをみて心も世ぞくにそまぬ清浄なと云事を| 知た》
【注 ■は「宇」ヵ。原文は「禅寂」であり「寂」の誤記ヵ】
【挿絵】
【右丁】
観_レ猟 王維
風勁 ̄フシテ角弓鳴 ̄ル将軍
猟 ̄ス_二渭城 ̄ニ_一草枯 ̄レテ鷹眼疾 ̄ク
雪尽 ̄キテ馬蹄軽 ̄シ忽 ̄チ
過 ̄キテ_二新豊 ̄ノ市 ̄ヲ_一還 ̄ツテ帰 ̄ヘル_二細
【左丁】
柳営 ̄ニ_一回_二-看 ̄スレハ射 ̄ル_レ鵰 ̄ヲ処 ̄ヲ_一
千里暮雲平 ̄カナリ
山三楽書【印】
《割書:○かぜこはふしてかくきうなる。しやうぐんいじやうにかりす。くさかれてようがんとく。ゆ| きつきつきてばていかろし。たちまちしんほうのいちをすぎて。かへつてさいりうゑいにかへる。| てうをいるところをくわいかんすれば。せんりぼうんたいらかなり》
《割書: 冬になると風がはげしくゆみのにべもかはいてつるの音がなつてかりをするに| よい時■【くヵ】らゆへしやうぐん渭城へかりに出らるゝくさもかれてたかのかけひきも目はやに| するどく雪もきへうさききつねの居所もしれ鳥も飛よくむまのあしもかるく| 面白いかりをしてまもなく長安の新豊の市をすぎて細柳営にかへるはや日も| くれ合に成て一日猟をした所をふりかへりみれははるかに遠くくもがかゝつてたいら| にみゆるかりといふものは面白いもので思はず遠ひ所までゆくものじや》
【挿絵】
【右丁】
寄_二左省杜拾遺_一
岑参
聯歩 ̄シテ趨 ̄リ_二丹陛 ̄ニ_一分曹限 ̄ル_二
紫微 ̄ニ_一暁 ̄ハ随 ̄テ_二 天杖 ̄ニ_一入 ̄リ暮 ̄ニハ
惹 ̄テ_二御香 ̄ヲ_一帰 ̄ル白髪悲 ̄ミ_二
【左丁】
花落 ̄ルヲ_一青雲羨 ̄ム_二鳥 ̄ノ飛 ̄ヲ_一
聖朝無 ̄シ_二闕事_一自覚 ̄フ
諌書 ̄ノ稀 ̄ナルコトヲ 《割書:北■【印】|》
《割書:○れんほしてたんへいにわしり。ふんさうしびにかぎる。あかつきはてんぢようにしたがつていり。| くれにはぎよかうをひいてかへる。はくはつはなのおつるをかなしみ。せいうんとりのとぶをうら| やむ。せいてうけつじなし。みつからおぼふかんしよのまれなることを》
《割書: 参内するをりはきざはしを聯歩して上り退ては禁裏の御殿の左右にやくしよがあるにより紫| 微をかぎり分曹しておるあかつきに参内するをりは天仗のほこなどを持た役人がわれにしたが| つている帰りには天子の御香のかほりがしやうぞくなどへうつゝて帰るかやうにはくはつに成まで| つとめてもやくがへもせず花のおつるをみても又此春もむなしく過ゆくよとなげかわしひせい| うんは立身むきの事なりわれも天子へ御いさめ申上てこうを立たいと思へともけつかうな| 御代て闕事がないゆへおいさめ申事がないといふて実は御いさめ申てもとりあげがないと云》
【挿絵】
自薊北帰
【右丁】
自_二薊北_一帰 ̄ル
高適
駆 ̄ル_レ馬 ̄ヲ薊門 ̄ノ北々風
辺馬哀 ̄ム蒼茫 ̄タリ遠
山 ̄ノ口 ̄リ豁達 ̄トシテ胡天開 ̄ク五
【左丁】
将已 ̄ニ深 ̄ク入 ̄リ前軍止 ̄タ半 ̄ハ
廻 ̄ル誰 ̄レカ憐 ̄ム不 ̄シテ_レ得_レ意 ̄ヲ長
剣独 ̄リ帰 ̄リ来 ̄ルコトヲ
《割書:北■書【印】|》
《割書:○むまをかるけいもんのきた。ほくふうへんばかなしむ。さうばうたりゑんざんのほとり。くわつたつ| としてこてんひらく。ごしやうすでにふかくいり。せんぐんまたなかばかへる。たれかあわれむこゝろを| ゑずして。ちようけんひとりかへりきたることを》
《割書: 敗軍のにげあしの事ゆへむまもかなしみ追立て薊門の北より帰る山路のいり口に入てみれば| はてしもみへぬゆへこれはならぬと馬をおい立て出たれば豁達とおしひらいたる所へ出てみれば| やはり胡の地じやとおどろくやうすを云さて此度のいくさのまけになつたは先手の大しやうが| 深入をしてうち死をしたゆへじやこのやうにすご〳〵と大わきざしをさして帰るといふは無| 念なと思へどもたれもあわれみなぐさめてくれるものはあるまい》
【右丁】
【挿絵】
唐詩選画本巻二終
【見返し】
【裏表紙】
【表紙】
【題簽 擦れ】
【表紙】
商売往来絵地引 全
万代珍宝
商売往来絵字引全
宝集堂板
夫(そ)れ書画(しよくわ)の芸(げい)の大(おほい)なるや。是(これ)を舒(のぶ)れば乾坤(けんこん)に
弥(わた)り。是(これ)を巻(ま)けば懐掌(くわいしやう)に蔵(かく)れ。五寸(ごすん)の筆管(ひつくわん)を
弄(もてあそ)びて造化(さうくわ)の秘蘊(ひうん)を現(あらは)し三歳(さんさい)の童子(どうじ)をして
億万世(おくまんせい)の古人(こじん)を友(とも)とせしめ。修身斎家(しうしんせいか)の道(みち)を
知(し)り。貴賤上下(きせんじやうげ)の分(ぶん)を弁(わきま)ふるも。皆(みな)書画(しよぐわ)の徳(とく)成(なら)
ずや。古(いにしへ)は縄(なわ)を結(むす)びて印(しるし)となしに。鳥(とり)の跡(あと)を
学(まな)びて篆書(てんしよ)起(おこ)り。篆籒(てんちう)古文(こぶん)の八体(はつてい)分(わか)れて。
竟(つひ)に隷書(てん[れいヵ]しよ)の形(かたち)に帰(き)し。再(ふたゝ)び真行草(しんぎやうさう)の三体(さんてい)に
移(うつ)る世(よ)の有様(ありさま)に随(したが)ひて。変革(へんかく)する事(こと)此(かく)の如(ごと)し
画(ゑ)も亦(また)然(しか)り其初(そのはじめ)は。亀卜(きぼく)によりて形(かたち)を成(な)し。終(つひ)
に山水(さんすゐ)に丹青(たんせい)して水(みづ)を治(をさ)め。万像(まんぞう)を写(うつ)して
不易(ふえき)の規模(きぼ)をあらはす。則(すなは)ち書(しよ)と画(ゑ)とは車(くるま)
の両輪(りやうわ)あるが如(ごと)く。須臾(しばらく)も離(はな)るべからざる
ものなり。心(こゝろ)動(うご)いて言語(ことば)を発(はつ)し。言語(ことば)は文字(もじ)に
形(かたち)を成(な)す。書(しよ)亦(また)変(へん)じて画(ゑ)にあらはれ。千代(ちよ)に八千(やよ[ちヵ])
代(よ)に礫石(さゞれいし)の。巌(いはほ)となりて苔(こけ)むすまで。日(ひ)の行(ゆく)駒(こま)に
片時(へんし)もはなれず。士農工商(しのうこうしやう)日用(にちよう)の。言葉(ことば)の文字(もじ)に
形(かたち)を画(ゑが)き。令児愛娘(おこさんがた)の早解(はやわかり)。一寸(ちよつと)画工(ぐわこう)の手(て)を仮(かり)て
商売往来絵字引(しやうばいわうらいゑじびき)成(な)る
又玄斎南可識
【挿絵】
【右丁】
礼
あめつちとわかれし中の人なれば
□□【下をヵ】めぐみて上をうやまへ
楽
糸竹はをさまれる代のもてあそび
あそびとしらばほどをすごすな
射
弓束とり矢をはぐわざは知らずとも
心の的をたがへぬぞよき
御
世をわたる人の心のきなれ駒
のりたがへてはあやふかるべし
書
よみかきを宝の山の麓とも
しらでのぼらぬ人のはかなさ
数
そろ盤にもれたる道はなき物を
いやしきわざといふぞ理なき
【左丁】
商売往来(しやうばいわうらい)絵字引(ゑじひき)
凡(およそ)商売(しやうばい)持扱(もちあつかふ)文字(もんじ)員数(いんす)取遣(とりやり)之(の)日記(につき)【挿絵】
是(これ)諸国(しよこく)遠近(ゑんきん) 往来(わうらい)或(あるひ)は晴雨(せいう) 地名(ちめい)人名(じんめい)を記(しるす)
証文(しやうもん)【挿絵】【挿絵】
家(いへ)蔵(くら)地所(ぢしよ)永代売渡(えいたいうりわた)し 或(ある)ひは金銀借用(きん〴〵しやくよう)その外(ほか)
手形(てがた)の分(ぶん)証文(しやうもん)なり
注文(ちうもん)【挿絵】
注文(ちうもん)は一切品物(いつさいしなもの) 寸法(すんほう)又 色(いろ)五色(こしき) 紋所(もんところ)好(このみ)等也
【見たままのレイアウトでの翻刻がややこしかったので、字引として内容が分かりやすいように、大文字の項目で一行、次の行に一段下げて説明文をまとめました。】
【右丁】
請取【挿絵】
請取(うけとり)は諸(しよ) 方(はう)払方(はらいかた)印(ゐん) 形(ぎやう)等なり
質入(しちいれ)【挿絵】
質入(しちいれ)は貸質(かししち)或(ある) ひは金銀(きん〴〵)品物(しなもの)取替(とりかへ) 利足(りそく)貸借(かしかり)等也
算用帳(さんようちやう)【挿絵】
是(これ)は士農工商(しのうこうしやう) 共(とも)用ゆ金銀(きん〴〵)高(たか) 出入(ていり)算用(さんよう)なり
目録仕切(もくろくしきり)【挿絵】
是(これ)は諸国(しよこく)往来(わうらい) 品物(しなもの)積送(つみおく)り高(たか) 直段(ねだん)等也
之(の)覚(おぼへ)也(なり)先(まづ)両替(りやうがへ)之(の)金子(きんす)大判(おほばん)【挿絵】
【左丁】
大判(おほばん)は諸侯(たいみやう)方(がた)御用 に成物(なるもの)也 金(かね)位(くらゐ)分(わか)るよし 時(とき)により相場(さうば)あり
小判【挿絵】
是(これ)金(きん)一 両(りやう)に用る もの也
壱歩(いちぶ)【挿絵】
これは当時(たうじ) 銀(ぎん)にて額(がく) なる物(もの)也
弐朱(にしゆ)【挿絵】
是(これ)は当時(たうじ) 金(きん)にて 造(つく)る也
金(かね)者(は)位(くらゐ)品(しな)多(おほし)所謂(いはゆる)南鐐上銀子(なんりやうじやうぎんす)丁(てう)豆板(まめいた)灰吹(はいふき)等(とう)
是(これ)は金銀(きん〴〵)吹立(ふきたて)の名(な)にして
極上(ごくじやう)の品(しな)は南鐐(なんりやう)上の位(くらゐ)
にて皆(みな)新金(しんきん)吹立(ふきたて)の名(な)也
考(かんがへ)_二
【見たままのレイアウトでの翻刻がややこしかったので、字引として内容が分かるように、大文字の項目で一行、次の行に一段下げて説明文をまとめました。】
【右丁】
贋(にせ)与(と)本手(ほんてを)【最後に訓点_一が付くと思われるが見えず】
是は偽物(ぎふつ) 正真等(しやうしんとう)の 見分(みわけ)なり
貫(くわん)目(め)分(ふん)厘(りん)毛(もう)払(ほつ)迄(まで)
これは物(もの)の大数(たいすう)小数(せうすう)にて 壱貫目(いつくわんめ)百目一 匁(もんめ)壱 分(ふん)
壱 厘(りん)一 毛(もう)等 量目(はかりめ)なり
以(もつて)_二 天秤(てんびん)【挿絵】
これ天秤(てんびん)なり分(ふん) 銅(どう)にて金銀(きん〴〵)の 目方(めかた)を見る
分銅(ふんどうを)_一【挿絵】
これ 分銅(ふんどう) なり
無(なく)_二相違(さうゐ)_一割符(わりふ)可(べき)_レ令(せしむ)_二売買(ばい〴〵)_一也(なり)
【左丁】
【挿絵】
これは荷物(にもつ)作(つく)る上(うへ)にて何品(なんしな)
によらず天秤(てんびん)にかけ目方(めかた)
相違(さうゐ)なきやう改(あらた)むる也
【挿絵】
右は箱入又 は壺(つぼ)入等大 小ある也
雑穀(ざうこく)【挿絵】
都(すべ)て 一切(いつさい)の 食物(しよくもつ)也
粳糯(うるしねもち)【挿絵】
俗ニうるち 餅米(もちまい)等也 種(たね)少々(せう〳〵)替(かは)る
早稲(わせ)【挿絵】
早稲は 少(すこ)し早(はや)く刈(かり) 上(あげ)るなり
晩稲(おくて)【挿絵】
是はおくて なり秋過(あきすぎ)て 刈(か)るなり
古米(こまい)【挿絵】
是(これ)は古米(こまい)也 古(ふる)く 土蔵(どざう)に積入(つみいれ)置(おく)也
新米(しんまい)【挿絵】
是(これ)出来(でき) 秋(あき)の米(こめ)也
【見たままのレイアウトでの翻刻がややこしかったので、字引として内容が分かるように、大文字の項目で一行、次の行に一段下げて説明文をまとめました。】
麦(むぎ)【挿絵】
是は麦(むぎ)也 早(はや)く蒔(まき)刈(かり) 入(いれ)るも早(はや)し
大豆(まめ)【挿絵】
大豆(だいづ)は常(つね) の豆(まめ)なり
小豆(あづき)【挿絵】
大角(たいかく)豆【左ルビ・ぞくさゝけ也】 【挿絵】
蕎麦(そば)【挿絵】
これは花咲(はなさき)至(いた)ツ て白(しろ)し挽(ひい)て粉(こ)に なし用ゆ
粟(あは)【挿絵】
是はあは なり斯 少(すこし)く黄(き) なる色(いろ)也
稗(ひえ)【挿絵】
稗(ひえ)は早(はや)く 成長(せいちやう)し 早(はや)く苅(かる)也
胡麻荏(ごまゑ)【挿絵】
胡麻(ごま)色(いろ)黒(くろ) 白(しろ)二種(ふたしな)あり 油(あぶら)ニ製(せい)す
菜種(なたね)【挿絵】
菜種(なたね)は花(はな) 色(いろ)黄(き)なり 油(あぶら)に製(せい)す
廻船(くわいせん)数艘(すそう)【挿絵】
是は大坂(おほさか)あるひは諸(しよ) 国(こく)ゟ積送(つみおく)る荷(に) もつぶねなり
積登問屋(つみのほせとひや)之(の)蔵入置(くらにいれおき)【挿絵】
是は国々(くに〳〵)より 着(つき)たる舩(ふね)の 荷物(にもつ)を上(あげ)る也
直段(ねだん)聞合(きゝあはせ)相場(さうばを)【挿絵】
是は米穀(べいこく)其外共 外々(ほか〳〵)の價(ねだん)と違(ちが)は ざるやう聞合(きゝあ)す也
不(ず)_レ残(のこら)於(おいて)_二売払(うりはらふに)_一者(は)運賃(うんちん)【挿絵】
【前頁の運賃】【挿絵】
これは遠近の運送(うんそう) 持運(もちはこ)びのかるこ賃(ちん) なり車(くるま)等もある也
水上口銭(みづあげこうせん)
是(これ)は舩(ふね) より河岸(かし) 揚(あげ)をする
【挿絵】
口銭(くせん) 等也
差引(さしひき)相究(あいきはめ)都合(つがう)勘(かんがへ)_二利潤(りじゆん)之(の)程(ほどを)_一【挿絵】
是(これ)は利分(りぶん)彼是(かれこれ) 差引(さしひき)勘定(かんぢやう)いたし 利分(りぶん)を見るなり
出入(いでゐり)之(の)有(あら)損失(そんしつ)者(ば)可(べし)_レ弁(わきまふ)_レ之(これを)譬(たとへ)者(ば)
【有_二損失_一者ヵ。訓点一二が抜けているか。】
味噌(みそ)【挿絵】
味噌(みそ)は大豆(まめ)を焚(に) て塩(しほ)かうじ等を 入(い)れ製(せい)するなり
酒(さけ)【挿絵】
是も米(こめ)にて製(せい)す 多(おほ)く池田(いけだ)伊丹(いたみ)に て作(つく)る色々(いろ〳〵)あり
酢(す)【挿絵】
酢はしん き造る を上品也
醤油(しやうゆ)【挿絵】
麦(むぎ)にて 製(せい)す 色々(いろ〳〵)有
麹(こうじ)【挿絵】
米(こめ)又は麦(むき)を 室(むろ)に入て 製(せい)す
油(あぶら)【挿絵】
あぶらも魚油(ぎよたう)木(き)の実(み)の 油(あふら) 色(いろ) 々
蝋燭(らうそく)【挿絵】
蠟(らう)は木(き)より 取(とる)也 斯(かく) のごとし目(め) 方(かた)色々(いろ〳〵)
紙(かみ)【挿絵】
紙(かみ)は和漢(わかん)色々(いろ〳〵)もつとも 美濃紙(みのがみ)西(にし)の内(うち)半紙(はんし) 其外種 類(しゆるゐ)多し
墨(すみ)【挿絵】
墨(すみ)も和漢(わかん) 色々(いろ〳〵)あり奈(な) 良(ら)上品(じやうひん)也
筆(ふで)【挿絵】
筆(ふで)も大小製(せい) かた 品(しな) 多(おほ)し
等(とう)也(なり)此外(このほか)絹布(けんぷ)之(の)類(るゐ)金襴(きんらん)【挿絵】
金(きん)らんは色(いろ)赤(あか)紫(むらさき) 黄(き)白(しろ)黒(くろ)色々(いろ〳〵)あり ■金糸(■きんし)入れ
繻子(しゆす)【挿絵】
繻子(しゆす)は丈(■)を一 丈余(じやうよ) 色(いろ)は五色(ごしき)種々(しゆ〴〵)あり 地紋(ぢもん)おりがらあり
緞子(どんす)【挿絵】
是も繻子(しゆす)に同じ 色(いろ)同じからず 模様(もやう)種々(しゆ〴〵)あり
紗綾(さや)
とれも大体(たいてい)同し 地(ぢ)は繻子(しゆす)緞子(どんす)より 薄(うす)し
縮緬(ちりめん)【挿絵】
縮緬(ちりめん)は京地(きようち)よろし中中(ちう■)一尺二寸 丈二丈四五尺 縞(しま)中形(ちうがた)色(いろ)は品(しな)多(おほ)し 山■(やままた)もん縮緬(ちりめん)を上品(じやうひん)とす
綸子(りんず)【挿絵】
りんずは多(おほ)く白(しろ) なり地(ぢ)もん大小 色々(いろ〳〵)あり
羽二重(はぶたへ)【挿絵】
はぶたへは京地(きやうち)至(いた) つて宜(よろ)し織巾(おりはゞ)尺程 丈(たけ)二丈八九尺なり
北絹生絹(ほつけんすゞし)【挿絵】
これは生糸(きいと)を 練(ねら)ざるものにて 至(いた)つて上品(じやうひん)也
天鵞絨(びらうど)【挿絵】
びらうどし極製(ごくせい)の糸(いと)に はり金(がね)を入(い)れ織出(おりだ)す物(もの)也 色(いろ)は五色(ごしき)巾(はゝ)丈(たけ)極(きま)らず
羅紗(らしや)【挿絵】
羅紗(らしや)は巾(はゞ)三 尺五六寸 丈(たけ) 余(よ)ほど長(なが)く
五色(ごしき)かはり■ あり羽織(はおり)又は 紙入(かみいれ)に製(せい)す
猩々緋(せう〴〵ひ)
せう〴〵緋(ひ)は羅紗(らしや) の赤(あか)なるものなり 別段(べつだん)よろし
羅背板(らせいた)
【見たままのレイアウトでの翻刻がややこしかったので、字引として内容が分かりやすいように、大文字の項目で一行、次の行に一段下げて説明文をまとめました。】
羅背板(らせいた)は地(ぢ)綾(あや) にて毛(け)を生(はや)す色(いろ) は羅紗(らしや)におなじ
毛氈(もうせん)【挿絵】
もうせんは赤(あか)く 毛(け)あり巾(はゞ)は一 間(けん)二間 三間 程(ほど)のものあり
兜羅綿(とろめん)
兜羅綿(とろめん)は羅背(らせ) 板(いた)の末(すゑ)あるもの也 替(かは)り色(いろ)種々(しゆ〴〵)あり
端物(だんもの)麁物(そぶつ)仕立(したて)物(もの)【挿絵】
反物(たんもの)は一 反(たん)大方(おほかた)二丈四五尺巾 (はゞ)九寸五分
一尺なるべし○仕立物(したてもの)は新(あらた)に仕立(したて)着(ちやく)
するゆへ仕立(したて)ものといふなり
古手(ふるて)【挿絵】
ふるては古(ふる)く 着抜(きぬき)たる ものなり
真綿(まわた)摘綿(つみわた)【挿絵】
これ 真(ま) 綿(わた)を
つみ ■■ ■ ▲【挿絵】
▲たるなり 是(これ)綿(わた)を 摘体(つむてい)なり【挿絵】
木綿(もめん)【挿絵】
如此わた 実(み)に結(むす)び たるなり
木綿(もめん)反物(たんもの)也 ■縞(■■しま)中■ 大がた色々(いろ〳〵)【挿絵】
麻(あさ)【挿絵】
麻(あさ)はかく の如(こと)き 成物(なるもの)也
苧(う)【挿絵】
苧(う)は木(き) より取(とる)也 水(みづ) すき用る
紬(つむぎ)【挿絵】
これは絹(きぬ)木(も) 綿(めん)色々(いろ〳〵)つむぎ 用ゆるもの也
肩衣(かたぎぬ)【挿絵】
肩衣(かたぎぬ)は肩巾(かたはゞ)片(かた) 身(み)一尺一寸 程(ほど)丈(たけ) 一尺八寸ほど
袴(はかま)【挿絵】
はかまは前(まへ)六 ひだ後(うしろ)二ひだ にて■(まち)あり
羽織(はおり)【挿絵】
羽織(はおり)は前(まへ)少し■ く襟(ゑり)は折(をり)かへして 着(き)る也まちあり
同紐(おなしくひも)【挿絵】
紐(ひも)は惣体(そうたい)の名(な) なり絹糸(きぬいと)を組(くみ)て 用ゆ色(いろ)極(きま)らず
袷(あはせ)【挿絵】
袷は布子(ぬのこ)の 綿(わた)なし也■■ 九月八日 迄(まで)の 服(ふく)なり
単物(ひとへもの)【挿絵】
紬(つむぎ)木綿(もめん) ■中形( ちうがた) の単物(ひとへもの)を云
帷子(かたびら)【挿絵】
帷子(かたびら)は越後縮(ゑちごちゞみ) 晒(さらし)其外 帷子(かたびら)と云
夜着(よぎ)【挿絵】
夜着(よぎ)は木綿(もめん)又 ■布(けんぷ)にて作(つく)り綿(わた)多(おほ) く入る表(おもて)一反 裏(うら)二反也
蒲団(ふとん)【挿絵】
蒲団(ふとん)は三布四 布五布等あり ■中■(しまちう??)■■
蚊帳(かや)【挿絵】
蚊帳(かや)は奈良(なら)■■(あ??) 色々(いろ〳〵)もへぎ 色(いろ)也へり ■■(????)
浴衣(ゆかた)【挿絵】
当時(とうじ)は湯上(ゆあが)り などに用ゆ 単物(ひとへもの)なり
風呂敷【挿絵】
()【挿絵】
()
TKGK-00059
書名 唐詩選画本,[五編]5巻
刊 5冊
所蔵者 東京学芸大学附属図書館
函号 921.43/TAC
撮影 国際マイクロ写真工業社
令和2年度
国文学研究資料館
【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:五言古詩》一》
【見返し】
《割書:高蘭山先生著 五七言古詩》
画本唐詩選
《割書:翠渓先生画 嵩山房梓》
画本唐詩選叙
画図唐詩選往ゝ出、刷成者
五七絶句、五七律、五言排
律、未暨五七古詩、嵩山
書房今茲将鑴之諮愚
叟於是慣先版毎詩句
加略解、夫詩中有画、則
画中奚無詩、後素事
雖更不■【知ヵ卦ヵ】、而妙境在須
在于斯矣、
天保二年辛卯仲秋望
東武 高井蘭山翁述【印「伴寛」】
【小題】國士【「𢧌(戈口一壬)」は「国」の古字ヵ】
述懐(じゆつくわい) 魏徴(ぎちよう)
中原還(ちんげんまた)逐(おふ)_レ鹿(しかを)。投(たうじて)_レ筆(ふでを)事(ことゝす)_二戎軒(じうけんを)_一。縱横計(じうわうはかりこと)不(ざれども)_レ就(なら)。慷(かう)
慨(がい)志猶存(こゝろざしなをそんす)。仗(ついて)_レ策(さくを)謁(えつし)_二 天子(てんしに)_一。駆(はせて)_レ馬(うまを)出(いづ)_二関門(くわんもんを)_一。請(こふて)_レ纓(えいを)
繋(つなぎ)_二南粤(なんえつを)_一。憑(よつて)_レ軾(しよくに)下(くだす)_二東藩(とうはんを)_一。鬱紆(うつうとして)陟(のぼり)_二高岫(かうじふに)_一。出没(しゆつぼつして)望(のそむ)_二
平原(へいげんを)_一。古木(こぼく)鳴(なき)_二寒鳥(かんてう)_一。空山(くうざん)啼(なく)_二夜猿(やえん)_一。既(すでに)傷(いたましめ)_二千里(せんりの)
目(めを)_一。還(かへつて)驚(おどろかす)_二 九折魂(きうせつのこんを)_一。豈(あに)不(ざらんや)_レ憚(はゞから)_二艱険(かんけんを)_一。深(ふかく)懷(おもふ)_二国士恩(こくしのおんを)_一。
季布(きふ)無(なく)_二 二諾(じだく)_一。侯嬴(こうえい)重(おもんず)_二 一言(いつげんを)_一。人生(じんせい)感(かんず)_二意気(いきに)_一。功(こう)
名(めい)誰復論(たれかまたろんぜん)。 【印「松軒」】
《割書:唐(たう)の太祖(たいそ)の二 代目(だいめ)太宗(たいそう)の天下(てんか)となる兄(あに)の建成(けんせい)主従(しう〴〵)不承知(ふせうち)ゆへみやこちかく物(もの)さわ|がしく太宗(たいそう)の臣下(しんか)は彼(かれ)を亡(ほろぼ)さんとす太宗(たいそう)軍(いくさ)を出すは乱(らん)のもとなり魏徵(ぎちよう)と云 忠臣(ちうしん)をめし|乱(らん)をしづめくれよと仰(あふせ)ゆゑ後漢(ごかん)の班超(はんてう)が故事(こじ)にに【「に」衍字ヵ】ならひ文官(ぶんくわん)なれ共/筆(ふで)を投(なげ)す|て武事(ぶじ)を専(もつは)らにし蘇秦(そしん)張儀(ちやうぎ)が縦横(じうわう)のはかりごとはならねどもさて〳〵なげかしと|思(おも)ふ志(こゝろざし)はわすれず策(むち)をつゑにし御いとまごひを申 馬(うま)に乗(のり)かんこく関(くわん)をうち出る|むかし終軍(しうぐん)は纓(えい)を請(こふ)て南越王(なんえつわう)帰伏(きふく)せずは首(くび)をしばり帝(みかど)へ引来(ひききたら)んと云/酈生(れきせい)は|弁舌(べんぜつ)にて斉(せい)の七十/余城(よじやう)を軍(いくさ)せず下(くだ)したるにならはんと思ひ草木(さうもく)しげき山(やま)の|岫(くき)を越(こえ)又は谷合(たにあひ)に入たり出たり平地(へいち)を望(のぞみ)て行道(ゆくみち)大(おほ)ひなる古木(こぼく)に鳥(とり)がさむ|さうに鳴(なく)人もなき処に宿(しゆく)すれば空山(くうざん)に猿(さる)ないてものかなし故郷(ふるさと)の方(かた)をかへりみ|れば遠(とを)くへだゝるをいたみ難所(なんじよ)をこえては九折(つゞらをり)に魂(たましひ)をひやすかゝるかんなんはおそ|るゝながら太宗(たいそう)の我(われ)を国士(こくし)じや器(き)りようものじやと思(おぼ)し召下(めしくだ)さるゝが忝(かたじけな)さ|漢(かん)の季布(きふ)は一たび約(やく)しては命(いのち)にかへても詞(ことば)をかへず魏(ぎ)の侯嬴(こうえい)が一/言(ごん)を差(たが)へず自(じ)|殺(さつ)せしも意気(いき)を感(かん)ずるゆゑ也/今(いま)此身(このみ)もかんなんをかまはぬも天下(てんか)やすく天子(てんし)|平安(へいあん)をねがふのみ功名(こうめい)をなさんためにあらずと也
【挿絵】
感遇 張九齢
孤鴻海上来。池潢不_二敢顧_一。
側見双翠鳥。巣在_二 三珠
樹_一。矯々珍木顚,得_レ無_二金丸懼_一。
美服患_二 人指_一。高明逼_二神悪_一。
今我遊_二冥々。弋者何所_レ慕。
《割書: かんぐう ちやうきうれい|こかうかいしやうよりきたる。ちくわうあへてかへりみず。かたはらにみるさうすゐ|てうのすくふて。さんしゆじゆにあることを。けう〳〵たるちんぼくのいたゞき。きんぐわんの|おそれなきことをえんや。びふくひとのゆびさゝんことをうれへ。かうめいしんのにくみに|せまる。いまわれめい〳〵にあそばゝ。よくしやなんのしたふところあらん。》
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《割書:人々にはね出(だ)され孤鴻(こかう)のごとき身(み)とたとへ云(いふ)大海(だいかい)より来(き)た大 鳥(とり)ゆゑ池潢(ちくわう)のせま|き水(みづ)などはふりむきもせぬ手前(てまへ)大 器量(きりやう)あれども立身(りつしん)の望(のぞみ)はない双(さう)翠鳥(すゐてう)は|李林甫(りりんほ)牛仙客(ぎうせんかく)をさす三 珠(しゆ)じゆは三 公(こう)の位(くらゐ)を云二 疋(ひき)のうつくしき鳥(とり)がけつかう|なる木(き)に居(ゐ)れば取(とり)たいと思(おも)ふ気(き)が金丸(きんぐわん)とてはぢき弓(ゆみ)のおそれがある高(かう)|位(ゐ)に居(ゐ)て美服(びふく)し高明(かうめい)なれば人(ひと)の目(め)に立(たち)害(がい)をまねく人のそばへよら|ねば猟師(れうし)もとることがならぬわれも今(いま)人のしらぬ処へ行(ゆき)たら李林甫(りりんほ)|牛仙客(ぎうせんかく)が害(がい)することはなるまい》
【挿絵】
薊丘覧古
陳子昂
南登_二碣石山_一。遥望_二
黃金台_一。丘陵尽喬
木。昭王安在哉。霸
図悵已【注】矣。駆_レ馬復
帰来 【印「善靖之印」「松軒」】
《割書: けいきうらんこ ちんしごう|みなみのかたけつせきざんにのぼつて。はるかにわうごんだいをのぞむ。|きうりようこと〴〵くけうぼく。せうわういづくんかあるや。はとちやう|としてやんぬるかな。うまをはせてまたかへりきたる。
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《割書:けつせきざんよりはるかに黄金台(わうごんだい)のありし跡(あと)をながむれは燕(えん)の昭王(せうわう)賢者(けんしや)|をまねきしはん栄(えい)の処も丘陵(たかみ)のみ見へ草木(くさき)しげり諸国(しよこく)にとゞろきし昭(せう)|王(わう)も跡方(あとかた)さへなき人ははかなきものじや燕(えん)の覇業(はげふ)夢(ゆめ)よりはかなきぞなげ|かわし我(われ)も此 様(やう)な君(きき)【ママ】につかへ功名(こうめい)もなすべきに残念(ざんねん)と思へば何(なに)も面白(おもしろ)くも|なきまゝ馬(うま)をはせてかへり来(きた)る
【注 資料の字面は篆字の「己」。「已」の誤字だと思われる。】
【挿絵】
子夜呉歌 李白
長安一片月。万■【戸ヵ居ヵ古ヵ】擣_レ衣声。
秋風吹不_レ尽。総是玉関情。
何日平_二胡虜_一。良人罷_二遠征_一。
《割書: しやごか りはく|ちやうあんいつへんのつき。ばんこころもをうつこゑ。しうふうふき|つくさず。すべてこれぎよくくわんのじやう。いづれのひかこりよをたい|らげて。りやうじんえんせいをやめん。》
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《割書:子夜(しや)と云(いふ)女中(ぢよちう)が歌(うたつ)た詩(し)にて閨怨(けいえん)むきと云ものじや長安(ちやうあん)は家居(いへゐ)多(おほ)くにぎやか|なる所(ところ)ゆゑふけ行(ゆく)月(つき)一片(いつへん)をてらし一片(いつへん)はてらさぬ夜(よ)ふけの月(つき)は物(もの)あはれをそふる|なるにどこもかしこも夫(をつと)の方(かた)へ寒気(かんき)ふせぎの衣裳(いしやう)をこしらへやるとてふく|る迄いそぎてきぬたの音(をと)が聞(きこ)へいよ〳〵あわれな秋(あき)の夜風(よかぜ)そよめき吹(ふき)やま|ぬぞ我(わ)が夫(をつと)今時分(いまじぶん)は唐(から)と夷(えひす)の堺(さかい)なる玉門関(ぎよくもんくわん)のあたりに出(で)て居(ゐ)らるゝならん|心(こゝろ)なきは月(つき)にも風(かぜ)にも何(なに)とも有まいわれは何を見ても思ひのたねとなる何とぞ|えびすを平(たいら)げて我夫(わかをつと)旅(たび)へも出(いで)ずつねに宅(いへ)にのみ居(ゐ)るやうにしたいとゑびすを|平(たいら)ぐることむざうさになるやうに思ふ女(をんな)の情(じやう)をよくいふたり》
【挿絵】
経(へて)_二 下邳圯橋(かひのいけうを)_一懐(おもふ)_二張子房(ちやうしばうを)_一
子房(いばう)未(いまた)【左ルビ「ざりしとき」】虎嘯(こせうせ)_一。破(やぶつて)_レ産(さんを)不(ず)_レ成(なさ)_レ家(いへを)。滄海(さうかい)
得(えて)_二壮士(さうしを)_一。椎(つゐす)_レ秦(しんを)博浪沙(はくらうしや)。報(はうじて)_レ韓(かんに)雖(いへども)_レ不(ずと)
_レ成(なら)。天地皆振動(てんちみなしんどうす)。潛匿(せんとくして)遊(あそぶ)_二 下邳(かひに)_一。豈(あに)
曰(いはんや)_レ非(あらすと)_二智勇(ちゆうに)_一。我(われ)来(きたつて)_二圯橋上(いけうのほとりに)_一。懷(おもふて)_レ古(いにしへを)欽(きんす)_二
英風(えいふうを)_一。唯(たゞ)見(みる)_二碧流水(へきすゐのながるゝを)_一。曽(すなはち)無(なし)_二黃石公(くわうせきこう)_一。
嘆息此人去(たんそくすこのひとさつて)。蕭条徐泗空(せうでうとしてじよしむなしきを)。【印「松軒」】
《割書:李白(りはく)張良(ちやうりやう)の古跡(こせき)を見て張良(ちやうりやう)が志(こゝろざし)も我(われ)と同(おな)しきと思(おも)ひ作(つく)る詩(し)じや|子房(しばう)本意(ほんい)をとげずありし時は我主君(わがしゆくん)秦(しん)に亡(ほろ)ぼされたれば財宝(ざいはう)をまきちらし|て家(いへ)をなさず身(み)かたになる者(もの)を求(もとめ)たるに滄海君(さうかいくん)にまみえて力士(りきし)をせわして|もらひ始皇(しくわう)御幸(みゆき)をまち見物(けんぶつ)にまぎれ近(ちか)よりて鉄槌(てつつゐ)を打(うち)つけたれ共 乗(のり)がへ|の車(くるま)にあたりてみぢんにせしかども本意(ほんい)をとげず残念(ざんねん)なれ共さすがの始皇(しくわう)|を討(うた)んとせし沙汰(さた)天地(てんち)にひゞききびしく尋(たづね)けれ共かしこき張良(ちやうりやう)下邳(かひ)にひそま|りかくれてのがれしは六国(ちくこく)を亡(ほろぼ)し天下(てんか)を一統(いつとう)せし始皇(しくわう)へ向(むか)ひてのはたらき何に智(ち)|勇(ゆう)あらずといはん韓(かん)の国(くに)を始皇(しくわう)に亡(ほろ)ぼされ仇(あた)をむくはざるは時節(じせつ)にてぜひもない我(われ)|此 所(ところ)に来(きた)りみて古(いにしへ)を欽(うらやみ)したはしく思(おも)ふこと張良(ちやうりやう)此所にかくれ居(ゐ)るあいだ黄石公(くわうせきこう)|に逢(あふ)て書(しよ)をさづかりしと聞(きく)が今(いま)は其人もなく水の流(なが)るゝのみじやさて〳〵残(ざん)|念(ねん)さよ今(いま)張良(ちやうりやう)ごとき人あらば出(で)あふてはなし度(たき)ものなれども唯(たゞ)落涙(らくるい)に及(およ)ぶ|のみじや》
【挿絵】
後出塞(こうしゆつさい) 杜甫(とほ)
朝(あしたに)進(すゝみ)_二東門営(とうもんのえいに)_一。暮(くれに)上(のぼる)_二河陽橋(かやうのはしに)_一。
落日(らくじつ)照(てらし)_二大旗(たいきを)_一。馬鳴風蕭々(うまないてかせせう〳〵たり)。
平沙(へいしや)列(つらね)_二万幕(ばんばくを)_一。部伍各(ぶごおの〳〵)見(る)
_レ招(まねか)。中天(ちうてん)懸(かけ)_二明月(めいけつを)_一。令厳夜寂(れいげんにしてよせき)
寥(れう)。悲笳数声動(ひかすせいうごき)。壮士惨(さうしさんとして)不(ず)
_レ驕(をごら)。借問大将誰(しやもんすたいしやうはたれぞ)。恐是霍嫖姚(おそらくはこれくわくへうえうならん)。
-------------------------------------------------------------------------------《割書:辺塞(へんさい)に陣取(ぢんどり)する趣(おもむき)也 都(みやこ)を出(いづ)る時 京(きやう)のはづれ東門(とうもん)の陣屋(ぢんや)に進(すゝ)み下知(げぢ)を聞(きゝ)|暮方(くれがた)北堺(きたざかい)の河陽(かやう)に至(いた)れば夕陽(せきやう)西(にし)に落(おつ)るが大将(たいしやう)の旗(はた)をてらし馬(うま)いなゝき風(かぜ)|など有てものすごきさま也大 将(しやう)陣取(ぢんどり)のさま平沙(へいしや)に千万(せんまん)のまくを打(うち)部伍(ぶご)|大勢(おほぜい)組合(くみあひ)わかちおの〳〵大 将(しやう)の陣(ぢん)へまねかれ下知(げぢ)をきく将(しやう)の治(をさ)めかたがよき|ゆゑ陣(ぢん)やしづまり中天(ちうてん)に明月(めいげつ)てりて物(もの)すごいけしきじやねずに守(まも)るしるし|に笛(ふえ)の声(こゑ)たび〳〵聞(きこ)ゆる此大将(このたいしやう)は誰(たれ)ならん大方(おほかた)前漢武帝(ぜんかんぶてい)の大将(たいしやう)霍去病(くわくきよべい)|にこそあるらめ嫖姚(へうえう)は字(あざな)也》
【挿絵】
玉華宮(ぎよくくわきう)
溪回松風長(たにめぐつてしようふうながし)。蒼鼠(さうそ)竄(かくる)_二古瓦(こぐわに)_一。不(ず)_レ知(しら)何王(いづれのわうの)
殿(でんぞ)。遺構絕壁下(いかうぜつへきのもと)。陰房鬼火青(いんばうきくわあをく)。壊道哀(くわいだうあい)
湍瀉(たんそゝぐ)。万籟真笙竽(ばんらいしんのしやうう)。秋色正瀟灑(しうしよくまさにせうしや)。美人(びじん)
為(なる)_二黃土(くわうどゝ)_一。況乃粉黛仮(いはんやすなはちふんたいのかりなるをや)。当時(たうじ)侍(じするは)_二金輿(きんよに)_一。故(こ)
物独石馬(ぶつひとりせきば)。憂来(うれへきたつて)藉(しいて)_レ草(くさを)坐(ざせば)。浩歌涙(こうかなんだ)盈(みつ)_レ把(はに)。
冉冉征途間(せん〳〵たるせいとのあいだ)。誰是長年者(たれかこれちやうねんのもの)。 【印「栖霞」】
《割書:唐(たう)の太宗(たいそう)の建(たて)られし離宮(りきう)を玉華宮(ぎよくくわきう)と云 夫(それ)が今はあれて渓(たに)めぐつて往(わう)くわんより|宮殿(きうでん)まで松(まつ)なみ木(き)有て風(かぜ)が長(なが)く吹(ふく)人もなければ昼(ひる)とても瓦(かはら)の間(あいた)から出て|ゐる鼠(ねずみ)が人かげを見るとこそ〳〵瓦(かはら)の間(あいだ)にかくる何王(なにわう)とは当時(たうじ)太宗(たいそう)の離(り)|宮(きう)なりし故(ゆゑ)わざとかく云ぞくみたてゝある絶壁(せつぺき)のこりある宮(みや)に入て見れば|亡霊(ぼうれい)の火(ひ)が青(あを)くみゆるとはさびしきさまを云迄にて実(じつ)に鬼火(きくわ)の出たるにはなし|太宗(たいそう)御 遊興(ゆうきよう)の道(みち)も今はあれはて渓水(たにみつ)が道(みち)へあふれてある木草(きくさ)をならす風(かざ)|音(をと)も簫(せう)篥(ひちりき)の声(こゑ)がする籟(らい)は荘子(さうじ)に云 風音(かざをと)也 秋(あき)のけしき殊(こと)の外(ほか)ものさび|しく人ははかないものにてむかし太宗(たいそう)にしたがひし美人(びしん)も苔(こけ)の下露(したつゆ)となる|を思(おも)へば粉黛(ふんたい)のかりものせし色(いろ)などにおぼれやうものでない今 太宗(たいそう)の御そば|に侍(はべ)るは石馬(せきば)の狗(こまいぬ)が動(うごか)ずゐるばかりじや草(くさ)をしいて坐(ざ)し昔(むかし)のことを考(かんがへ)みれば|感涙(かんるい)両手(りやうて)に一はいたまる一日〳〵暮(くら)し行(ゆく)は旅(たび)をするにひとしく太宗(たいそう)さへ|旅(たび)を行(ゆき)くらし給へば我(われ)らごとき猶以(なをもつ)てのことゝ当時(たうじ)の帝(みかど)にあてゝ云なれども|わざと御 側(そば)まわりの女中(ぢよちう)美人(びしん)どれも黄土(くわうと)と変(へん)じ石馬(せきば)のみ残(のこ)り在(ある)と云が|詩人(しじん)の真情(しんじやう)じや》
【挿絵】
【挿絵】【印「貞」「翠溪」】
【裏表紙】
【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:五言古詩》二》
【小題】飲酒
送別 王維
下_レ馬飲_二君酒_一。問
君何所_レ之。君言
不_レ得_レ意。帰_二-臥南
山陲_一。但去莫_二復
問_一。白雲無_二尽時_一。
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《割書: そうべつ わうゐ|うまよりおりてきみにさけをのましむ。とふきみなんのゆくところぞ。|きみはいふこゝろをえずして。なんざんのほとりにきぐわすと。たゞ|されまたとふことなかれ。はくうんつくるときなし。》
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《割書:世(よ)の栄(さかへ)をやめゆく隠者(ゐんしや)を送(おく)りし詩(し)じや別(わか)るべき処(ところ)まで送(おく)り馬(うま)より下(おり)酒(しゆ)|楼(ろう)に入て酒(さけ)を飲(のま)しめそこもとは今度(こんど)いかなる所存(しよぞん)で何方(いづかた)へこざるゝぞととへば|君(きm)かいはるゝはおれもさいしよは立身(りつしん)もすべしと功業(こうげふ)をはげみてみたれ共 不仕合(ふしあはせ)|でふら〳〵世(よ)にうるさく居(ゐ)やうより南山(なんざん)のあたりへ帰臥(きぐわ)して居(ゐ)やうといやる|かと是(これ)は向(むかふ)へ問(とひ)を設(まうけ)て云し也 但(たゞ)帰臥(きぐわ)して楽(たのしむ)がよい必(かなら)ずふたゝび又 官禄(くわんろく)などを|問(とひ)たづねぬやうにしやれ山中(さんちう)の事ゆゑつねに白雲(はくうん)などが晴(はれ)たり曇(くもり)たり尽(つく)る|時(とき)はない引込(ひきこん)でからは何にも外(ほか)に求(もとむ)ることなく秋(あき)の風景(ふうけい)を楽(たのし)むがましじや|とかくうき世(よ)のことはふりすてたがよいと何のことなく云捨(いひすて)ておくかおもし|ろい白雲(はくうん)は隠者向(ゐんじやむき)につかふ字(じ)にて此二 字(じ)に無尽(むじん)の情(じやう)がこもりて| あるじや》
【挿絵】
西山(せいざん) 常建(じやうけん)
一身(いつしん)為(なる)_二軽舟(けいしうと)_一。落日西山際(らくじつせいざんのあいだ)。常(つねに)隨(したがひ)_二去帆影(きよはんのかげに)_一。遠(とをく)接(せつす)_二長天勢(ちやうてんのいきほひに)_一。
物象(ぶつしやう)帰(きし)_二余清(よせいに)_一。林巒(りんらん)分(わかつ)_二夕麗(せきれいを)_一。亭亭碧流暗(てい〳〵としてへきりうくらく)。日入孤霞継(ひいつてこかつぐ)。
洲渚遠陰映(しうしよとをくいんえい)。湖雲尚明霽(こうんなをめいせい)。林昏楚色来(はやしくらうしてそしよくきたり)。岸遠荊門閉(きしとをふしてけいもんとづ)。
至(いたつて)_レ夜(よに)転清迥(うたゝせいけい)。蕭蕭北風厲(せう〳〵としてほくふうはげし)。沙辺雁鷺泊(しやへんがんろはくし)。宿処蒹葭蔽(しゆくしよけんかおほふ)。
円月(えんげつ)逗(とうし)_二前浦(ぜんほに)_一。孤琴又揺曳(こきんまたえうえいす)。冷然夜遂深(れいぜんとしてよつゐにふかし)。白露(はくろ)沾(うるほす)_二 人袂(じんべいを)_一。
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《割書:軽(かろ)き舟(ふね)に乗(のつ)て行(ゆけ)ば惣身(そうみ)に羽(はね)がはへ飛(とぶ)やうに思(おも)はるゝ西山(せいざん)に日(ひ)も落(おち)けりもは|や日(ひ)くれそうな我身(わがみ)より先(さき)へ舟(ふね)がゆくやうすを云 先(さき)へ行(ゆく)舟(ふね)を目当(めあて)にそれに随(したがつ)て|行(ゆく)ゆゑ早(はや)い向(むかふ)を見わたせば水涯(みづきし)まで余(よ)ほど遠(とを)けれども此方から向(むかふ)の西山(せいざん)へ飛(とび)つく|ばかりに思はるゝ物象(ぶつしやう)とは山(やま)にもあり川(かは)にもあり何(なに)もかもこめて日(ひ)のある中(うち)は日(ひ)のさゝ|ぬ所もありてどこがどこやらさつぱりみへぬものじや日が入切(いりきつ)てからさつはりとみゆる|こゝはひくみゆゑ日(ひ)がかげる林(りん)らんは高(たか)く空(そら)にちかいゆゑひくい所は日(ひ)が入(いり)たれども林(りん)|らんはまだ入日(いりひ)のかげがきら〳〵とみゆる亭々(てい〳〵)と高(たか)く水(みづ)の流(なが)るゝも日影(ひかげ)のあるうち|はたゞはるかに向(むかふ)ひきくみゆるものじやが日影(ひかげ)がなくなつては向(むか)ふがしだいに高(たか)くくらく |みゆる又 日(ひ)が入て空(そら)をみれば孤霞(こか)とて夕陽(せきやう)の影(かげ)一 筋(すぢ)つゞひてみゆる又 向(むか)ふの|渚(なぎさ)の方(かた)をみればどふやらあそこがきりぎしそうなとさつはりとみへねども陰映(ゐんえい)|とをぐらくみゆる舟(ふね)よりはるかに見る景(けい)を云 湖(みづうみ)の空(そら)なども日(ひ)が入 切(きつ)てはさつ|はりとみゆるまだ暮(くれ)きらぬゆゑ尚(なを)の字(じ)あり楚辞(そじ)などに楚国(そこく)の風色(ふうしよく)をみれば|物(もの)あはれにものさびしくみゆるを直(すぐ)に楚色(そしよく)と云てあるこゝも其心にて暮方(くれがた)の|風色(ふうしよく)うすくらく物あはれなるていを云もはや段々(たん〴〵)暮方(くれかた)にて荊門(けいもん)の岸(きし)もみへぬ|やうになるを閉(とづ)と云 夜(よ)になつては清逈(せいけい)とすみわたつて蕭々(せう〳〵)と物(もの)さびしげに北風(きたかぜ)|などがはげしくふく夜(よる)ゆゑ沙辺(しやへん)に舟(ふね)をつなぎて居(ゐ)ればよしあししげり其|間(あいだ)に鳥(とり)などか泊(とまつ)てある東方(とうばう)から月(つき)が出ておもしろい海上(かいしやう)から月(つき)の出るときは|まん丸(まる)く二三尺も上(あが)りてからは水中(すゐちう)に影(かげ)がうつろふて滞留(たいりう)して居(ゐ)るやうにみゆ|るゆゑ逗(とう)すと云 月(つき)が出ておもしろさに琴(こと)など取出(とりいだ)してたのしむ興(きよう)に乗(じよう)じ|て寝(ね)ずに居(ゐ)るていじや其うち夜(よ)がいたくふけたりとおどろきさて〳〵あまり|おもしろく夜(よ)のふくるもしらなんだといふ也 此詩(このし)は西山(せいざん)とある東(ひがし)より舟(ふね)にのり|其日の中に西方(さいはう)の山(やま)へ行(ゆき)つき日(ひ)くれより夜(よ)ふくるまでのていを順(じゆん)にのべたる也》
【挿絵】
宋中 高適
梁王昔全盛。賓客復多才。
悠々一千年。陳跡【迹】惟高台。
寂寞向_二秋草_一。悲風千里来。
《割書: そうちう かうせき|りやうわうむかしぜんせい。ひんかくまたたさい。いう〳〵たりいつせん|ねん。ちんせきたゞかうだい。せきばくとしてしうさうにむかへば。ひ|ふうせんりより【字面は「う」では】きたる。》
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《割書:宋中(そうちう)とは前漢(ぜんかん)の梁(りやう)の孝王(かうわう)の都(みやこ)ありし所じやこの梁王(りやうわう)は天子(てんし)からも太切(たいせつ)になさ|れたるから全盛(ぜんせい)めざましくありしが今(いま)はなのみ残(のこ)りてある孝王(かうわう)に附(つき)そひしは|司馬相如(しばしやうじよ)牧乗(ぼくじよう)鄒陽(すうやう)など云 文学(ぶんがく)すぐれたる人々御 相手(あいて)をしたはんじやう|なりし梁王(りやうわう)も悠々(ゆう〳〵)と一千 年(ねん)に及(およ)べば其(その)人々は跡方(あとかた)もなく唯(たゞ)有(ある)ものは高台(かうだい)の|みじやむかしは家居(いへゐ)も立(たち)ならひありつらん今(いま)は台(うてな)の辺(へん)に秋草(あきくさ)しげり物(もの)さびしく|千里(せんり)のひろ野(の)を吹(ふき)くる風(かぜ)物(もの)かなしく覚(おぼ)ゆるさて〳〵ひとははかなきものじや是(これ)も|孝王(かうわう)賓客(ひんかく)を愛(あい)したをうらやみ作者(さくしや)の心(こゝろ)にのぞむ処もあれどもそれはのべず|唯(たゞ)孝王(かうわう)の事(こと)のみ云て置(おく)》
【挿絵】
与(と)_二高適(かうせき)薛拠(せつきよ)_一同(おなじく)登(のぼる)_二慈恩寺浮図(じおんじのふとに)_一 岑参(しんじん)
塔勢(たふせい)如(ごとし)_二湧出(ゆうしゆつする)_一。孤高(こかう)聳(そびへ)_二 天宮(てんきうに)_一。登臨(とうりん)出(いづ)_二世界(せかいを)_一。磴道(とうだう)盤(わだかまる)_二虚空(こくうに)_一。
突兀(とつこつとして)圧(あつし)_二神州(しんしうを)_一。崢嶸(さうかうとして)如(ごとし)_二鬼工(きこうの)_一。四角(しかく)礙(さへ)_二白日(はくじつを)_一。七層(しつそう)摩(なづ)_二蒼穹(さうきうを)_一。
下窺(くだしうかゞつて)指(さし)_二高鳥(かうてうを)_一。俯聽(ふていして)聞(きく)_二驚風(きやうふうを)_一。連山(れんざん)若(ごとく)_二波濤(はとうの)_一。奔走(ほんさうして)似(にたり)_レ朝(てうするに)_レ東(ひがしに)。
靑松(せいしよう)夾(さしはさみ)_二馳道(ちだうを)_一。宮觀何玲瓏(きうくわんなんぞれいろうたる)。秋色(しうしよく)従(より)_レ西(にし)来(きたり)。蒼然(さうぜんとして)満(みつ)_二関中(くわんちうに)_一。
五陵北原上(ごりようほくげんのうへ)。万古青濛々(ばんこせいまう〳〵)。浄理了(じやうりついに)可(べし)_レ悟(さとる)。勝因夙(しよういんつとに)所(ところ)_レ宗(そうとする)。
誓(ちかつて)将(まさに)【左ルビ「す」】_二挂(かけ)_レ冠(かんふりを)去(さらんと)_一。覚道(かくだう)資(たすく)_二無窮(むきうを)_一。 【印「天真」】
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《割書:唐(たう)人の詩(し)は寺方(てらがた)などへ行(ゆき)ては風流(ふうりう)に仏書(ぶつしよ)の文字(もんじ)を用(もち)ひ本意(ほんい)にかゝはらず寺院(じゐん)に|したしき字(じ)を用ることじや塔(とふ)をみれは中〳〵人の力(ちから)には此やうに高(たか)くは造(つく)られまい大地(たいぢ)から|わき出たものてあらうとおどろくていを法華経(ほけきやう)の文字(もんじ)を用たいくらも有(あれ)どもこれに|つゞく塔(たふ)はない大方(おほかた)天(てん)へもとゞくべくみゆる宮(きう)の字(じ)は韻字(ゐんじ)故ふみたれどもたゞ天の|ことじや登(のほり)てみれば人間世界(にんげんせかい)を出(いで)ものしづかなことじや石(いし)の坂(さか)をはしごのことにもちひ|あちらこちらへはしごをのぼるは虚空(こくう)を行(ゆく)ごとし都(みやこ)には高(たか)き家(いへ)もあれ共 都中(みやこぢう)か一目(ひとめ)に|みゆる此 崢嶸(さかしき)細工(さいく)は鬼神(きしん)の手(て)で作(つく)りしならん四方(しはう)の軒(のき)ばが出て居(ゐ)るゆゑ日(ひ)かげさへさゝ|ぬ七 層(そう)の高(たか)き塔(たふ)ゆゑ青(あを)そらも摩(なでる)かと思(おも)はる高(たか)く飛鳥(とふとり)も目下(めした)にみへ驚風(きやうふう)も|下(した)から吹(ふく)と聞(きこ)ゆる聴(てい)は耳(みゝ)をかたぶけきく意(こゝろ)聞(ぶん)はしぜんに聞(きこ)ゆる意(こゝろ)じや高山(たかやま)のなら|びしは波(なみ)のうね立(たち)東方(とうばう)へ朝(てう)するごとくつらなりつゞき目(め)の下(した)にみゆる都(みやこ)ちかき所(ところ)ゆゑ|天子(てんし)の御 路(みち)並木(なみ)など青(あを)〳〵と其 間(あいた)に天子(てんし)の宮観(きうくわん)も立(たち)てあるがきらめき玲瓏(れいろう)と|玉(たま)がすきとをるごとくみゆる秋(あき)の気(き)は西(にし)よりするゆゑ西(にし)より来(きた)り都関中(みやこくわんちう)あたりもこ|んもりと物(もの)さびしげにみゆ都(みやこ)の北(きた)に漢(かん)の時代(じだい)の天子(てんし)の陵(みさゝぎ)が五ヶ所有が年久(としひさ)しく過(すぎ)たれば|青(あを)〳〵と草木(くさき)しげりさしもさかんなりし天子(てんし)もあのやうになられた人はたのまれぬはかなき|ものと思へは無常心(むじやうしん)がうかみ是迄(これまで)清浄(しやう〴〵)の理(り)はさとりがたからんとおもひしが今日(けふ)こゝへ|来(き)てみれば悟(さと)れそうに思(おも)ふ仏法(ぶつはふ)清浄(しやう〴〵)の理(り)難(かた)いものじやと宗(そう)とし尊(たつとん)だが勝因(しよういん)|縁(えん)となつたそうな世(よ)の中(なか)に居(ゐ)ては有為(うゐ)のならひに引(ひか)され仏法(ぶつはふ)に趣(おもむ)きにくい|からぜひ官(くわん)をやめやうとおもふこれもけふ此処へ来(き)たが資(たすけ)になつて無窮(むきう)の道(みち)を|合点(がてん)したからじや》
【挿絵】
幽居(ゆうきよ) 韋応物(ゐようぶつ)
貴賤(きせん)雖(いへども)_レ異(ことなりと)_レ等(しな)。出(いづれば)_レ門(もんを)皆(みな)有(あり)_レ営(いとなみ)。独(ひとり)無(なし)_二
外物牽(ぐわいぶつのひく)_一。遂(とぐ)_二此幽居情(このゆうきよのじやうを)_一。微雨夜来(びうやらい)
過(すぐ)。不(ず)_レ知(しら)春草生(しゆんさうのしやうずるを)。青山忽已曙(せいざんたちまちすでにあくれば)。鳥(てう)
雀(じやく)繞(めぐつて)_レ舍(いへを)鳴(なく)。時(ときに)与(と)_二道人(だうじん)_一偶(ぐうし)。或(あるひは)隨(したがつて)_二樵(せう)
者(しやに)_一行(ゆく)。自(おのづから)当(まさに)【左ルビ「べし」】_レ安(やすんず)_二蹇劣(けんれつに)_一。誰謂(たれかいふ)薄(うすんずと)_二世栄(せいえいを)_一。
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《割書:官(くわん)をやめ人にしられぬやうに引籠(ひきこもり)て居(ゐ)るを幽居(ゆうきよ)と云今の世のありさま|高(たか)いも低(ひく)いも宅(いへ)を出さへすればそれ〳〵相応(さうをう)のいとなみがあるが我(われ)は何(なに)一ツ|ほしいとも思はず富貴(ふうき)も官録(くわんろく)も望(のぞ)みなく無性(ぶしやう)に引込居(ひきこみゐ)れば幽居(ゆうきよ)を遂(とぐ)る|といふものじやうつら〳〵寝(ね)て居(ゐ)れは雨(あめ)がふり過(すぐ)るそうなが無性(ぶしやう)なる幽居(ゆうきよ)な|れは庭(には)に若草(わかくさ)が生(はへ)たやらそれもしらぬあけ方(がた)軒(のき)をめぐつて鳥(とり)がさへづる|にて夜(よ)があけたそうなとねながら聞(きい)てゐる幽居(ゆうきよ)の人跡(じんせき)たえた処(ところ)でも時々(とき〳〵)同(おな)じ|やうな道人(だうにん)に出会(であひ)あるひは辺(あたり)の樵夫(きこり)などにつれ立(だち)ふら〳〵あそびありくおの|づから蹇劣(けんれつ)かんあんを安(やす)んじ居(ゐ)れとも世間(せけん)には韋応物(ゐようぶつ)は富貴(ふうき)官録(くわんろく)|にのぞみなしと気性(きしやう)を高(たか)くかまへ隠者(ゐんじや)のまねをするとそしるであら|ふが中〳〵そうしたことではない元(もと)より無性(ぶしやう)ものゆゑ世(よ)の中に居(ゐ)て何(なに)|の役(やく)に立(たゝ)ぬによつて官位(くわんゐ)も俸録(ほうろく)も浮世(うきよ)の栄花(えいぐわ)はきらひもの幽居(ゆうきよ)が心(こゝろ)|に叶(かな)ふてよい気(き)の高(たか)いではない唯(たゞ)無性(ぶしやう)て引(ひき)こんでゐると上(うは)べはかく云て|実心(じつしん)は我(われ)才智(さいち)あれども世(よ)にもちひられずにゐるゆゑかくゐんとんして|ゐるとふくませて作(つくつ)た詩(し)じや》
【挿絵】
南礀中題(なんかんちうだい) 柳宗元(りうそうげん)
秋気(しうき)集(あつまる)_二南澗(なんかんに)_一。独遊亭午時(どくゆうすていごのとき)。廻風一蕭(くわいふういつにせう)
瑟(しつ)。林景久参差(りんけいひさしくしんし)。始至(はじめていたつて)若(ごとし)_レ有(あるが)_レ得(うること)。稍深遂(やゝふかうしてついに)
忘(わする)_レ疲(つかれを)。覊禽(ききん)響(ひゞき)_二幽居(ゆうきよに)_一。寒藻(かんさう)舞(まふ)_二淪漪(りんいに)_一。去(さつて)_レ国(くにを)
魂已遠(たましひすでにとをく)。懐(おもふて)_レ 人(ひとを)涙空垂(なんだむなしくたる)。孤生(こせい)易(やすし)_レ為(なし)_レ感(かんを)。失路(しつろ)
少(すくなし)_レ所(ところ)_レ宜(よろしき)。索莫竟何事(さくばくついになにことぞ)。徘徊祇自知(はいくわいしてみづからしる)。誰(たれか)
為(たる)_二後来者(こうらいのもの)_一。当(まさに)【左ルビ「べし」】_下与(と)_二此心(このこゝロ)_一期(きす)_上。【印「天真」】
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《割書:柳宗元(りうそうげん)左遷(させん)せられ居(ゐ)た時(とき)なんかんのあたりにあそび心(こゝろ)をなぐさめんとおもひ|其辺(そのへん)の風景(ふうけい)をのべた詩(し)じや草木(くさき)も秋(あき)のけしき別(べつ)して物(もの)さびしい人もない|所へ昼中(ひるなか)ひとりゆけば左遷(させん)の身(み)に何(なに)を見てもものうく思(おも)はるゝつむぢ風(かぜ)が|草木(くさき)にあたつてものさびしく風つよく木(き)の枝(えだ)のびたりたはみたり長短(ちやうたん)参(かた)|差(たがひ)になるつれもなけれ共 南(なん)かんをあちらこちらあるく内にふと心をなぐさむ|ることを得(う)るこゝち夫(それ)よりつかれをも忘(わす)るゝやうな覊(き)は飢(き)と通(つう)ずれはひだる|そうに幽谷(ゆうこく)にひゞき鳥(とり)のなく声(こゑ)がするころしも秋(あき)さむき比のうきくさ|淪漪(さゞなみ)に舞(ま)ふてゐる故郷(ふるさと)を思(おも)ひ出(いだ)し遠(とを)くなつて夢(ゆめ)にも行(ゆく)ことがならぬ|思ふ人を跡(あと)へ残(のこ)し来(き)たれば逢度(あひたし)と思へ共 文(ふみ)さへやる便(たより)がないたゞなきくらして|ゐる我(われ)ひとり此処に在(あつ)て独立(ひとりだち)ゆゑ力(ちから)にも頼(たのみ)にもなる人はなく何(なに)をみても感(かん)を|なしやすいはじめは立身(りつしん)もしやうと思ひしが万事(ばんじ)左(ひだり)まへに成(なり)ては何(なに)事も心(こゝろ)に叶(かなふ)ことは|ないかゝる身(み)になつては此上(このうへ)は何(なに)となるであらうたゞ徘徊(はいくわい)しうろたへゐてうさつらさ|を誰(たれ)知(し)つてくれる人なく自(みづか)ら知(し)るのみじや若(もう)【もしヵ】後来(こうらい)の衆(しゆ)が此(この)物(もの)さびしきけしきを|見てはいにしへ柳宗元(りうそうげん)左遷(させん)して此処へ来たなればさぞ感慨(かんがい)したであらうと|今(いま)の心(こゝろ)を思(おも)ひやつてくれる人があらうか大方(おほかた)あるまい》
【挿絵】
早(つとに)発(はつし)_二交崖山(かうがいざんを)_一還(かへる)_二太室(たいしつに)_一作(さく)
崔署(さいしよ)
東林気微白(とうりんきびはく)。寒鳥忽髙翔(かんてうたちまちかうしやうす)。吾亦(われもまた)
自(より)_レ茲(これ)去(さつて)。北山(ほくざん)帰(かへらん)_二草堂(さうだうに)_一。杪冬正三(べうとうまさにさん)
五(ご)。日月遥相望(じつげつはるかにあいのぞむ)。粛々(しく〳〵として)過(すぎ)_二潁上(えいしやうを)_一。朧々(ろう〳〵として)弁(べんず)_二
夕陽(せきやうを)_一。川氷(せんひよう)生(しやうじ)_二積雪(せきせつに)_一。野火(やくわ)出(いづ)_二枯桑(こさうより)_一。
独往(どくわう)路(みち)難(がたし)_レ尽(つくし)。窮陰(きうゐん)人(ひと)易(やすし)_レ傷(いたみ)。々(いたむ)此無(このぶ)
衣客(いのかく)。如何(いかんぞ)蒙(かうむる)_二雨霜(うさうを)_一。 【印「譱靖」「松軒」】
《割書:今まで青(あを)〳〵とみへた樹(き)もさむそらに微白(びはく)とうすらげにみゆる鳥(とり)なども|どこへ行(ゆく)やら飛(とび)さる寒(さむ)くなれば鳥(とり)さへ居(ゐ)ぬに我(われ)も北山(ほくざん)の太室(たいしつ)へ帰(かへ)らん一日|路(ぢ)じやが今晩中(こんばんぢう)に帰(かへ)らんと道(みち)をいそぐ時(とき)といへば十二月十五日日月 相(あひ)のぞむと|云日じや帰(かへ)る道(みち)の穎川(えいせん)をわたれは粛々(しく〳〵)と身(み)のせまるやうに思(おも)はれ道(みち)のはか|ゆかす朧々(ろう〳〵)とうすぐらく日暮(ひぐれ)まであるく日(ひ)が入切(いりきつ)たりと考(かんが)へ弁(べん)ず|道(みち)はかゆかぬはづじや雪(ゆき)など上(うへ)から上(うへ)へつんてある埜(や)一 本(ほん)野(や)に作(つく)る|其(その)ときは百姓家(ひやくしやうや)で茶(ちや)ても煎(せん)ずる火(ひ)のこと農家(のうか)の庭(には)に桑(くわ)か種(うゑ)て|あるものじや内(うち)でたく火(ひ)が桑(くわ)のまばらよりみゆる野火(やくわ)といへば枯(こ)|木(ぼく)からしぜんに火(ひ)か出(で)るものじやいづれも旅(たび)のものさびしきていなり|つれもなくひとりゆけば道(みち)が尽(つき)ぬ十二月なかば陰気(ゐんき)のたゞ中(なか)故|人にもあたる我(われ)もとより無衣(ぶい)貧窮(ひんきう)の身(み)なればさむそらに霜(しも)を|蒙(かうむ)りさむさに堪(たへ)がたい》
【挿絵】
【挿絵】【印「貞」「翠渓」】
【裏表紙】
【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:七言古詩》三》
【小題】歌舞
【挿絵】【印「貞」「翠渓」】
滕王閣(とうわうかく) 王勃(わうぼつ)
滕王高閣(とうわうのかうかく)臨(のぞめり)_二江渚(こうしよに)_一。佩玉鳴鸞罷歌舞(はいぎよくめいらんやむかふを)。画棟朝飛南浦(くわとうあしたにとぶなんほの)
雲(くも)。朱簾暮捲西山雨(しゆれんくれにまくせいさんのあめ)。間雲潭影日悠々(かんうんたんえいひいう〳〵)。物換星移幾(ものかはりほしうつりいく)
度秋(たびのあきそ)。閣中帝子今何在(かくちうのていしいまいづくにかある)。檻外長江空自流(かんぐわいちやうこうむなしくおのづからなかる)。【印「天真」】
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《割書:洪州(こうしう)の滕王閣(とうわうかく)は唐(たう)の初(はじめ)高祖(かうそ)の子(こ)元嬰(げんえい)滕王(とうわう)に封(ほう)ぜられ川(かは)に臨(のぞみ)て此閣(このかく)を建(たて)佩玉(はいきよく)|をなし鑾(すゞ)を付(つけ)た車(くるま)に乗(のり)王(わう)に従(したがつ)て来(き)た人々(ひと〴〵)妓女(ぎぢよ)に歌舞(かぶ)などさせたのしまれし|処なれどもそれも罷(やみ)はてゝ跡(あと)ばかり残(のこつ)てある画(ゑがい)た棟(むね)高(たか)く飛(とぶ)ごとくけつこう|にかざりしみすを捲(まき)西山(せいざん)より雨(あめ)を内(うち)へまきこむやうにみゆる用(よう)もなき雲(くも)往来(わうらい)し|潭(ふち)の影(かげ)など心(こゝろ)なきものは今(いま)も替(かは)らぬがうつりかはり年(とし)久(ひさ)しければ閣中(かくちう)に住(すま)れし|帝(みかど)の御 子(こ)は今はいづくに在(いま)すや檻(おばしま)の外(そと)に長江(ちやうこう)のながるゝは見る人(ひと)もなくはかな|きものじや人(ひと)の死(し)しゆくも水(みづ)のながれて帰(かへ)らぬも同(おな)じことじや》
【挿絵】
長安古意(ちやうあんこい) 盧照鄰(ろせうりん)
長安大道(ちやうあんのだいたう)連(つらなる)_二狹斜(けうしやに)_一。青牛白馬七香車(せいぎうはくばしちかうしや)。玉輦縱橫(ぎよくれんじうわう)過(よぎり)_二主(しゆ)
第(だいに)_一。金鞍絡繹(きんあんらくえきとして)向(むかふ)_二侯家(こうかに)_一。龍(りよう)銜(ふくんで)_二宝蓋(はうがいを)_一承(うけ)_二朝日(てうじつを)_一。鳳(ほう)吐(はいて)_二流蘇(りうしを)_一。帯(おぶ)_二
晚霞(ばんかを)_一。百丈游糸争(ひやくぢやうのゆうしあらそつて)繞(めぐり)_レ樹(きを)。一群嬌鳥共(いちぐんのけうてうともに)啼(なく)_レ花(はなに)。啼花戯蝶(ていくわきてふ)
千門側(せんもんのかたはら)。碧樹銀台万種色(へきじゆぎんたいばんしゆのいろ)。復道交窓(ふくだうかうそう)作(なし)_二合歓(がふくわんを)_一。双闕連(さうけつれん)
甍(ばう)垂(たる)_二鳳翼(ほうよくを)_一。梁家画閣天中起(りやうかのぐわかくてんちうにおこり)。漢帝金茎雲外直(かんていのきんけいうんぐわいになをし)。楼前(ろうぜん)
相望(あいのぞんで)不(ず)_二相知(あいしら)_一。陌上相逢詎相識(はくしやうあいあふてなんぞあいしらん)。借問(しやもんす)吹(ゝいて)_レ簫(せうを)向(むかふ)_二紫煙(しえんに)_一。曽(かつて)
経(へて)学(がくして)_レ舞(ぶを)度(わたりしことを)_二芳年(はうねんを)_一。得(えば)_レ成(なることを)_二比目(ひぼくと)_一何(なんぞ)辞(じせん)_レ死(しを)。願(ねがはくは)作(なつて)_二鴛鴦(えんわうと)_一不(す)_レ羨(うらやま)_レ仙(せんを)。
比目鴛鴦真(ひぼくえんわうしんに)可(べし)_レ羨(うらやむ)。双去双来君(さうきよさうらいきみ)不(ず)_レ見(みへ)。生憎(あなにくや)帳額(ちやうがく)繡(しうす)_二孤(こ)
鸞(らんを)_一。好取(かうしゆす)開(ひらいて)_レ簾(れんを)帖(てふすることを)_二双燕(さうえんを)_一。双燕双飛(さうえんならびとんて)繞(めぐる)_二画梁(くわりやうを)_一。羅帷(らい)翠被(すゐひ)鬱(うつ)
金香(こんかう)。片片行雲(へん〳〵たるかううん)著(つき)_二蟬鬢(せんびんに)_一。纖纖初月(せん〳〵たるしよげつ)上(のホル)_二鴉黃(あくわうに)_一。鴉黃粉白(あくわうふんはく)車中出(しやちうよりいづ)。含(ふくみ)_レ嬌(けうを)含(ふくんで)_レ態(たいを)情(じやう)非(あらず)_レ 一(いつに)。
《割書:長安(ちやうあん)は唐(たう)の都(みやこ)古意(こい)とは漢(かん)魏(ぎ)の詩(し)に此 様(やう)な詩(し)があるそれをまねて作(つく)りし故又は此 時(とき)則天(そくてん)|皇后(くわうごう)の治世(ぢせい)に当(あた)り大名(だいみやう)の二 番(ばん)むすこに奢(おごり)ものが有(あり)しを諷(ふう)じ当時(たうじ)のことゆゑいにしへのことに云|なし其身(そのみ)才智(さいち)あれども用(もち)ひられぬをいきどをり作(つく)りし也 大道(だいだう)の横(よこ)町いくつも有(あり)此町には遊女(ゆうぢよ)が多(おほ)し|青(あを)き牛(うし)に車(くるま)をひかせ白毛(しろげ)の馬(うま)に乗(のる)も有 往来繁昌(わうらいはんじやう)のさま玉(たま)でよそほふたる輦(てぐるま)にのりたてよこに行(ゆく)|れき〳〵は公主(こうしゆ)の御朱殿(ごしゆでん)へゆく金(きん)のかざりの鞍(くら)置(おき)ゆく人は大 名(みやう)やしきへ行(ゆく)のじやりつぱなきぬがさの|かざり龍(りよう)の口(くち)からさがり朝日(あさひ)にきら〳〵する流蘇(りうそ)はふさ也 鳳凰(ほうわう)をつくり其 口(くち)からふさがたれ夕霞(ゆふがすみ)|に映(えい)じはなやかにみゆる百丈(ながき)游糸(かげらふ)樹(き)をめぐり一(ひと)むれのうつくしき鳥(とり)が花(はな)になく都(みやこ)の春(はる)げしき|じや都(みやこ)のはんじやう諸大名(しよだいみやう)の家(いへ)〳〵富貴(ふうき)につれ鳥(とり)や蝶(てふ)が花(はな)にたはむる家(いへ)〳〵のみどりのうゑ木(き)金(きん)|銀(ぎん)をちりばめたる台(うてな)いろ〳〵建(たて)つらなり廊下(らうか)のあかり取(とり)のまど入違(いれちが)へにあくるを交窓(かうそう)と云 瓦灯(くわとう)|口(ぐち)のまどがすぢむかふてあるを合歓(がふくわん)をなすと云 双闕(さうけつ)連甍(れんばう)は天子(てんし)の門(もん)のいらかのかざり鳳凰(ほうわう)や|しやちほこが上(あげ)てあるいにしへ漢(かん)の梁冀(りやうき)と云もの家居(いへゐ)を殊(こと)の外(ほか)花美(くわび)にして居(ゐ)たが天子(てんし)の楼(ろう)|閣(かく)は梁冀(りやうき)が家居(いへゐ)のやうに画(ゑがい)て高(たか)くみゆるを天中(てんちう)より起(おこ)ると云 漢(かん)の武帝(ぶてい)仙術(せんじゆつ)を学(まなん)で金(こがね)の》
【挿絵】
柱(はしら)を立て承露盤(じようろばん)とて鉢(はち)を置(おき)て天(てん)の精液(せいえき)を承(うけ)しがそれが今(いま)も残(のこ)り雲外(うんぐわい)に地形(ぢぎやう)よりまつすぐに
立(たて)てある天子(てんし)の御もの見 前(まへ)を通(とを)るもの大 勢(ぜい)なれ共 近付(ちかづき)は一人もないちまたに逢(あ)ふ人も大 勢(ぜい)なれど知(し)つた
ものはない遊人(ゆうじん)の多(おほ)いことじや紫煙(しえん)は姫宮(ひめみや)の御座(ござ)ある処をおもひやりて云 宮殿(くうでん)で笛(ふえ)をふくが紫(し)
煙(えん)のうらみが聞(きこ)ゆる姫君方(ひめぎみがた)へ出入(でいり)して舞(まひ)などまふものそふじや姫君(ひめぎみ)のことゆゑ男(をとこ)をもたぬ
ていを云(いふ)我(われ)も比目魚(ひぼくぎよ)のごとく夫婦(ふうふ)ならび居(ゐ)たならば死(しん)でもかまはぬ鴛鴦(をしどり)とならんことを
ねがひ仙人(せんにん)もうらやましからず比目(ひぼく)鴛鴦(えんわう)はさて〳〵うらやましいつねにならび飛(とび)ならび去(さり)て
游(あそ)びたいそれに我(わ)が夫(をつと)はなぜまだみへぬあなにくやはいやらしいと云 俗言(ぞくげん)のごとし帳額(ちやうがく)は
とばりのもやふ也たゞ一 疋(ひき)の鸞(すゞとり)がぬひものにして有が見とうもない簾(すだれ)をひらき見れば
へりに双燕(さうえん)がはりつけてある姫君(ひめぎみ)も夫婦(ふうふ)ならんで居(ゐ)るやうになりたいとて好取(かうしゆす)棟(むね)の
あたりを燕(つばくら)の双飛(ならびとぶ)がうつくしくみゆる宮女(きうぢよ)共のうすものとばり夜具(やぐ)までうつこん香(こう)の
袋(ふくろ)を入きやらなどをたきこめてあるゆへ香(にほ)ひわたる黒髪(くろかみ)は雲(くも)の如(ごと)く鬢(びん)はせみのはのごとく
三日月(みかつき)のごとくつくる眉(まゆ)が鴉黄(あくわう)の白粉(おしろい)などをぬりし額(ひたひ)へ上(あが)る車中(しやちう)より顔(かほ)をさし出し
方(はう)〳〵をみるかたちづくりしよしないろ〳〵人〳〵のおもひいれが別(べつ)〳〵で情(じやう)一(いつ)にあら
ずといひしなり
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妖童宝馬鉄連銭(えうどうのはうばてつれんぜん)。娼婦盤龍金屈膝(しやうふのばんりょうきんくつしつ)。御史府中烏夜(ぎよしのふちうからすよる)
啼(なき)。廷尉門前雀(ていゐのもんぜんすゝめ)欲(ほつす)_レ栖(すまんと)。隠隠朱城(ゐん〳〵たるしゆじやう)臨(のぞみ)_二玉道(ぎよくだうに)_一。遥遥翠幰(えう〳〵たるすゐけん)没(ぼつす)_二
金堤(きんていに)_一。挾(さしはさみ)_レ弾(たんを)飛(とばす)_レ鷹(ようを)杜陵北(とりようのきた)。探(さぐり)_レ丸(ぐわんを)借(かす)_レ客(かくに)渭橋西(ゐけうのにし)。俱邀俠客(ともにむかふけうかく)
芙蓉剣(ふようのけん)。共宿娼家桃李蹊(ともにしゆくすしやうかたうりのけい)。娼家日暮紫羅裙(しやうかじつぼしらくん)。清歌一(せいかひとたび)
転口氛氳(てんじてくちゐんうん)。北堂夜夜人(ほくだうやゝひと)如(ごとし)_レ月(つきの)。南陌朝朝騎(なんはくてう〳〵き)似(にたり)_レ雲(くもに)。南陌(なんはく)
北堂(ほくだう)連(つらなり)_二北里(ほくりに)_一。五劇三条(ごげきさんでう)控(ひく)_二 三市(さんしを)_一。弱柳青槐(じやくりうせいくわい)拂(はらつて)_レ 地(ちを)垂(たれ)。佳(か)
気(き)紅塵(こうぢん)暗(くらくして)_レ 天(てんに)起(おこる)。漢代金吾千騎来(かんたいんのきんごせんぎきたり)。翡翠屠蘇鸚鵡杯(ひすゐとそあうむのはい)。
羅襦宝帯(らじゆはうたい)為(ために)_レ君(きみが)解(とき)。燕歌趙舞(えんかてうぶ)為(ために)_レ君(きみが)開(ひらく)。別(べつに)有(あり)_三豪華(がうくわ)称(しようする)_二将(しやう)
相(しやうと)_一。転(てんじ)_レ日(ひを)回(めぐらし)_レ 天(てんを)不(ず)_二相譲(あいゆづら)。意気由来(いきゆらい)排(はいす)_二灌夫(くわんふを)_一。専権判(せんけんはんして)不(ず)_レ容(いれ)_二
蕭相(せうしやうを)_一。専権意気本豪雄(せんけんいきもとがうゆう)。青虬紫燕坐(せいきうしえんゐながら)生(しやうず)_レ風(かぜを)。自言歌舞(みづからいふかぶ)
【挿絵】
長(ながうすと)_二千載(せんざいを)_一。自謂驕奢(みづからいふけうしや)凌(しのぐと)_二 五公(ごこうを)_一。節物風光(せつぶつふうくわう)不(ず)_二相待(あいまた)_一。桑田碧(さうでんへき)
海(かい)須臾改(しゆゆにあらたまる)。昔時金階白玉堂(そのかみきんかいはくぎよくだう)。只今惟(たゞいまたゞ)見(みる)_二青松在(せいしようあるを)_一。寂寂(せき〳〵)
寥寥揚子居(れう〳〵やうしがきよ)。年年歳歳一床書(ねん〳〵さい〳〵いつしやうのしよ)。独(ひとり)有(あり)_二南山桂花発(なんざんけいくわのひらく)_一。飛(ひ)
来(らい)飛去(ひきよ)襲(つく)_二 人裾(ひとのもすそに)_一。【印「天真」】
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美(うつくし)い若衆(わかしゆ)などがかざり立(たて)たる馬(うま)に乗(のり)あそびありく龍(りよう)のわだかまりしかんざし屈膝(くつしつ)せる
をさしたる游女(ゆうぢよ)などがみゆる御史(ぎよし)とて目付役(めつけやく)の役所(やくしよ)も人〳〵上(かみ)を恐(おそ)れぬゆへ云付も法度(はつと)
も用(もちひ)ず鳥(とり)のすむやうに成(なり)て公事訴訟(くじそせう)をさばく廷尉(ていゐ)の役所(やくしよ)人 出入(でいり)なく雀(すゞめ)が栖(すむ)やうじや
天子(てんし)の城(しろ)か遠(とを)く御幸(みゆき)の道(みち)にのぞみはるかに見れば車(くるま)にのりりつぱなていで通(とを)る向(むかふ)の
堤(つゝみ)のあたり迄みへいつか見失(みうしな)ふた杜陵(とりよう)の北(きた)あたりは遊興人(ゆうきようしん)が弾丸(だんくわん)をもち鷹(たか)など
すゑかりをするおごり者(もの)がある身(み)の力(ちから)を人にかして役人(やくにん)が有(あり)て法度(はつと)がやかましい
から打殺(うちころ)す相談(さうだん)をするを客(かく)にかすと云 此族(このやから)渭橋(ゐけう)の西(にし)に多(おほ)し蓮華(れんげ)のやうな
焼刃(やきば)せし剣(けん)をたづさへありく男立(をとこだて)どもがある此者(このもの)どもは遊女(ゆうぢよ)やへねふしをする
桃李(たうり)は美人(びしん)の事(こと)なり遊女(ゆうぢよ)どもが日暮(ひぐれ)かたにはうすものゝ下着(したぎ)をきてうたをうたひ
氛氳(ゐんうん)と滞(とゞこほ)りもなくわき出(いづ)るやうにうたひ居(ゐ)る北堂(ほくだう)あたりは毎夜(まいや)遊興(ゆうきよう)人が
月(つき)の一(いつ)へんに照(て)らすやうに大勢(おほせい)いで馬(うま)に乗(のり)たも雲(くも)のごとく大 勢(ぜい)ゐる北里(ほくり)は
遊女(ゆうじよ)の居(ゐ)る所 町(まち)を云 五劇(ごげき)三条(さんでう)とは路(みち)の多(おほ)いこと東(ひがし)二 所(しよ)西(にし)一所の市場(いちば)あるを
三市(さんし)といふ其処より何(なに)にても取(とり)よび引付(ひきつけ)る心(こゝろ)を控(ひく)といふ其娼家(そのしやうか)には柳(やなぎ)が地を
はらひ槐(えんしゆ)が青(あを)み美(うつく)しくみゆる佳気(かき)とは目出たい気(き)うつくしい気(き)を云人どをり
多(おほ)く塵(ちり)などが立てくらひやうにみゆる娼家(しやうか)へは金吾(きんご)の官(くわん)などの歴(れき)〳〵
大 勢(ぜい)供廻(ともまは)りをつれ遊(あそ)びに来(く)る青(せい)〳〵とした屠蘇(とそ)の酒(さけ)にて宴(えん)をもよ
ほしあふむの鳥(とり)のかたちせし杯(はい)を用ひうすものゝはだぎも帯(おび)も客(きやく)の為(ため)に
とき御意次第(ぎよいしだい)になり歌舞(かぶ)も客(きやく)のため望次第(のぞみしだい)に勤(つと)む天子外戚(てんしぐわいせき)の伯叔(はくしゆく)
大将(たいしやう)にはなく将相(しやう〳〵)と称(しよう)する様(やう)な勢(いきほ)ひ盛(さか)んなる衆中(しゆぢう)が有(あり)王(わう)の勢(いきほ)ひは日(ひ)を
も転(てん)じ天(てん)をもひつくりかへすやうな勢(いきほ)ひ天(てん)といへは天子(てんし)にかゝるゆへ天子(てんし)をも
自由(じゆう)にすると云ことぞ其意気(そのいき)は前漢(ぜんかん)の田蚧(でんかい)が我(わ)が勢(いきほ)ひ意気(いき)は随分(すゐぶん)灌夫(くわんふ)が
気象者(きしやうもの)で有たがその灌夫(くわんふ)をもおし退(のく)る勢(いきほ)ひじやと云たが其 位(くらゐ)の意気(いき)じや豪(がう)
華(くわ)の者(もの)が権柄(けんへい)を取(とる)ことは宰相(さいしやう)国蕭(こくせうが)何などをもおそれぬ権威(けんゐ)じや判(はん)の字(じ)は皆(みな)
我支配下(わがしはいした)じやと云 心(こゝろ)此 族(やから)が青虯(せいきう)紫燕(しえん)の名馬(めいば)にのり坐(い)ながら風(かぜ)を生(しやう)ずと云て
のり廻(まわ)る此(この)者共か云にはかくおごり歌舞(かぶ)して千年(せんねん)も有(あり)たいと云がこれらはばかな
ことじや浮世(うきよ)はしばらくも待(また)ぬものゆへ桑田(さうでん)変(へん)じて海(うみ)となるは久(ひさ)しいものゝやうに
思(おも)へども物(もの)ごとかはりゆくは時(とき)のまじや盛(さか)んにあつた金階(きんかい)白堂(はくだう)も今(いま)は青松(せいしよう)茂(しげ)り
てある揚子(やうし)法言(はふげん)に寂寥(せきれう)と云 語(ご)が有を用(もちひ)て人(ひと)の訪(とふら)ふことなく寂々(せき〳〵)寥々(れう〳〵)とさびしくくる
年(とし)も〳〵も一 床(しやう)の書(しよ)に対(たい)しくらしてゐると手前(てまへ)の境界(きやうがい)を揚子(やうし)に比(ひ)して云 長安(ちやうあん)の南(みなみ)の山(やま)に
往来(わうらい)すれは桂花(けいくわ)が盛(さか)んにて飛来(とびきた)り飛去(とびさり)人の裾(もすそ)に花(はな)がつく是(これ)が世(よ)の栄花(えいくわ)より面白(おもしろ)いかく
南山(なんざん)に引(ひき)こんでゐるがましじや是(これ)迄 長安(ちやうあん)の繁昌(はんじやう)をいひわがことき不調法(ぶてうはふ)者は都(みやこ)にゐても用ら
れぬ南山(なんざん)へゐんとんするが相応(さうおう)じや又 用(もちひ)てもかゝる埓(たち)もなき世(よ)に仕官(しくわん)するはいやじやと高(たか)くかまへゐる也
【挿絵】
【挿絵】
公子行(こうしかう) 劉廷芝(りうていし)
天津橋下陽春水(てんしんけうかやうしゆんのみづ)。天津橋上繁華子(てんしんけうしやうはんくわのこ)。馬声(ばせい)
廻合青雲外(くわいがふすせいうんのほか)。人影揺動緑波裡(じんえいえうどうすりよくはのうち)。緑波清迥(りよくはせいけい)
玉(たまを)為(す)_レ砂(いさごと)。青雲離披錦(せいうんのりひにしきを)作(ナス)_レ霞(かすみと)。
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楽府題(がふだい)にて公子(こうし)は富貴(ふうき)な者(もの)のむす子(こ)ゆへだてなことを云 天津橋(てんしんけう)は繁昌(はんじやう)な処ゆへ
水(みづ)などもあたゝかに春(はる)めきみゆる富人(ふじん)の子共(ことも)が大勢(おほぜい)あちらこちらへ通(とを)り両方(りやうはう)からめぐり
あふ空(そら)のけしきものどかに青(あを)〳〵とみゆる大勢(おほぜい)の人通(ひとどを)り陽水(やうすゐ)に影(かげ)がうつり動(うご)くやうにみゆる緑(りよく)
波(は)とうつろひ合(あひ)て霞(かすみ)も錦(にしき)をしいたやうにみゆる
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可(べし)_レ憐(あはれむ)楊柳(やうりう)傷(いたましむる)_レ心(こゝろを)樹(き)。可(べし)_レ憐(あはれむ)桃李(たうり)断(たつ)_レ腸(はらわたを)花(はな)。此日(このひ)
遨遊(がうゆう)邀(むかへ)_二美女(びぢよを)_一。此時歌舞(このときかぶ)入(いる)_二娼家(しやうかに)_一。娼家美女(しやうかのびちよ)
鬱金香(うつこんかう)。飛去飛来公子傍(ひきよひらいこうしのかたはら)。
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楊柳(やうりう)桃李(たうり)は美人(びじん)のことをもいへば次(つぎ)の美女(びぢよ)の句(く)を引出(ひきだ)す可(べし)憐(あはれむ)はあいらしいことに云傷心(しやうしん)は
かなしみのことではない心をうきたゝせ迷惑(めいわく)さするを云 柳花(やなぎのはな)を見すて行(ゆか)ふと思(おも)へ共 花(はな)が
とめるやうにありて行(ゆか)れぬけしきにひかれ美女(びぢよ)をむかへ歌舞(かぶ)せしめ娼家(しやうか)へ引(ひき)つれ入(いる)美女(びぢよ)共は
鬱金香(うこんかう)のやうじや此 美女(びぢよ)共が公子(こうし)の左右(さゆう)に傍(そば)をはなれぬ
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的々朱簾白日映(てき〳〵しゆれんはくじつえいじ)。娥々玉顏紅粉粧(がゞたるぎよくがんこうふんよそほふ)。花際徘(くわさいはい)
徊(くわいす)双蛺蝶(そうけふてふ)。池辺顧步両鴛鴦(ちへんこほすりやうえんあう)。傾(かたふけ)_レ国(くにを)傾(かたぶく)_レ城(しろを)漢(かんの)
武帝(ぶてい)。為(なり)_レ雲(くもと)為(なる)_レ雨(あめと)楚襄王(そのじやうわう)。
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的々(てき〳〵)ときらめく朱簾(しゆれん)の内(うち)に美人(びじん)か粧(よそほひ)してゐるが日(ひ)にうつろひ娥々(がゝ)とうつくしい顔(かほ)にけしやうして
ゐる花(はな)やかなる公子(こうし)が美女(びぢよ)をつれありくを評判(ひやうばん)して双蝶(そうてふ)のつがひはなれぬごとく鴛鴦(えんあう)
雌雄(しゆう)はなれぬごとくひつ付(つい)てはなれぬ漢武帝(かんのぶてい)は李延年(りえんねん)が李夫人(りふじん)のうはさしたを聞(きゝ)て
さへ恋慕(れんぼ)してかよはれた楚(そ)の襄王(じやうわう)は夢(ゆめ)に神女(しんぢよ)に出逢(であふ)て実(じつ)もないことを恋慕(こひしたわ)れ
たと云が楚王(そわう)や武帝(ぶてい)はいか様(やう)な美女(びぢよ)も自由(じゆう)に求(もとめ)らるべきによく〳〵得(え)がたいものなれば
こそ傾国(けいこく)の為(なる)_レ雲(くもと)のとて今(いま)の世(よ)迄(まで)云 伝(つた)ふぞと也
古来容光人(こらいようくわうひとの)所(ところ)_レ羨(うらやむ)。況復今日遥相見(いはんやまたこんにちはるかにあいみるをや)。願(ねがはくは)作(なつて)_二軽(けい)
羅(らと)_一著(つかん)_二細腰(さいえうに)_一。願(ねがはくは)為(なつて)_二明鏡(めいきやうと)_一分(わかたん)_二嬌面(けうめんを)_一。
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古来(こらい)より容儀(ようぎ)のよい女(をんな)は人が慕(した)ひ羨(うらやん)だことじや古(いにしへ)をみぬ人(ひと)さへ慕(したひ)思(おもふ)たにいは
んやまた我(われ)らは向(むかふ)にすゑてみることじや願(ねがは)くはうすものとなり美人(びしん)の腰(こし)に
ついてゐたい鏡(かゝみ)とならるゝならば美人(びじん)の嬌(かほよ)き面(おもて)をわかち取(とり)たい
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与(と)_レ君(きみ)相向転相親(あいむかひうたゝあいしたしみ)。与(と)【_レ】君(きみ)双棲(ならびすんで)共(ともにせん)_二 一身(いつしんを)_一。願(ねかはくは)作(なつて)_二
貞松(ていしようと)_一千歲古(せんざいふりん)。誰論芳槿一朝新(たれかろんぜんはうきんいつてうのしん)。百年同謝(ひやくねんおなじくしやす)
西山日(せいざんのひ)。千秋万古北邙塵(せんしうばんこほくばうのちり)。【印「天真」】
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此やうな美(うつく)しい君(きみ)たちと不断(ふだん)向(むか)ひゐてこゝろやすくねふしを共にしておなじ
一体(いつたい)のやうにしてくらしたい二葉(ふたば)の松(まつ)ちひろに至(いた)るまでつれそふてゐたいものじや槿花(きんくわ)
一日でしぼむやうなはかないちぎりは思(おも)ひかけぬ百年(もゝとせ)の間はながいと思(おも)へどつい同じく
謝(しや)す誰(たれ)が先(さき)へ死(し)ぬまいものでもなし一処(いつしよ)に死(しに)たいものじや
【挿絵】
代(かわる)_下悲(かなしむ)_二白頭(はくたうを)_一翁(おきなに)_上
洛陽城東桃李花(らくやうじやうとうたうりのはな)。飛来飛去(ひらいひきよ)落(おつ)_二誰家(たれがいへに)_一。洛陽女児(らくやうのぢよじ)惜(おしむ)_二顔(がん)
色(しよくを)_一。行(ゆく〳〵)逢(あふて)_二落花(らくくわに)_一長歎息(ながくたんそくす)。今年花落顔色改(こんねんはなおちてがんしよくあらたまり)。明年花開復(めいねんはなひらいてまた)
誰在(たれかある)。已見松柏摧(すでにみるしようはくくだけて)為(なるを)_レ薪(たきゞと)。更聞桑田変(さらにきくさうでんへんじて)成(なるを)_レ海(うみと)。古人(こじん)無(なし)_二復(また)
洛城東(たくじやうひがしに)_一。今人還対落花風(こんじんかへつてたいすらくくわのかぜ)。年年歳歳花相似(ねん〳〵さい〳〵はなあいにたり)。歳歳年(さい〳〵ねん)
年(ねん)人(ひと)不(ず)_レ同(おなじから)。寄(よす)_レ言(ことを)全盛紅顏子(ぜんせいのこうがんし)。応(べし)_レ憐(あわれむ)半死白頭翁(はんしのはくとうをう)。此翁(このをう)
白頭真(はくとうしんに)可(べし)_レ憐(あわれむ)。伊昔紅顏美少年(これむかしこうがんのびせうねん)。公子王孫芳樹下(こうしわうそんはうじゆのもと)。清(せい)
歌(か)妙舞落花前(めうぶらくくわのまへ)。光禄池台(くわうろくちたい)開(ひらき)_二錦繡(きんしうを)_一。将軍楼閣(しやうぐんろうかく)画(ゑがく)_二神仙(しんせんを)_一。
一朝(いつてう)臥(ふして)_レ病(やまいに)無(なし)_二相識(しやうしき)_一。三春行楽(さんしゆんかうらく)在(ありし)_二誰辺(たれがほとりに)_一。宛轉蛾眉能幾(ゑんてんたるがびよくいくばく)
時(ときぞ)。須臾鶴髪乱(しゆゆくわくはつみだれて)如(ごとし)_レ糸(いとの)。但看古来歌舞地(たゞみるこらいかぶのち)。惟(たゞ)有(あり)_二黄昏鳥(くわうこんてう)
雀悲(じやくのかなしむ)_一。【印「松」「軒」】
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此詩(このし)は楽府題(がふだい)にはなけれ共 楽府体(がふてい)じや世(よ)の中(なか)に捨(すて)られかなしむ者(もの)に代(かわ)て作(つく)るじや
都(みやこ)の桃李(たうり)の花などもどこへか落飛(おちとん)で女児(ぢよじ)共が見ては美(うつく)しい顔色(がんしよく)もおとろへやうかと
おそれて落花(らくくわ)に対(たい)して我等(われら)が顔色(がんしよく)もかやうに替(かは)りおとろへてかなしひであらうと長く
歎息(たんそく)するぞ去年(きよねん)よりは顔色(がんしよく)おとろへ又 明年(みやうねん)は花盛(はなはかり)をも見ぬやうに死(しぬ)かもしれぬ若(わか)き時
迄 大木(たひぼく)なりし松柏(しようはく)も今は斬(きら)れ薪(たきゞ)となる千年(せんねん)も替(かは)らぬやうに思ふ田畑(でんはた)も海(うみ)となる有
まして古人(こしん)も幾人(いくたり)となく死(し)し今はない今 落花(らくくわ)に対(たい)してゐるも追付(おつつけ)古人(こしん)になりて落(らく)
花(くわ)するであらう花(はな)は年々(ねん〳〵)おなじことじやが人は年々おとろへ変(へん)ずる人に言(こと)づけして若(わか)い
衆へも云聞(いひきか)せおく我(われ)は半分(はんぶん)死(し)にかゝつて居る白頭翁(はくとうおう)じやによつて我らごとき年
よりは不便(ふびん)をくわへ給へ生(うま)れながらの老人(としより)はない我も一度は少年(せうねん)であつた其時分は公子(こうし)
たちと花見もして全盛(ぜんせい)をやつたものじや前漢(せんがん)の王根(わうこん)が庭(には)の気色(けしき)は結構(けつこう)なことで錦繡(きんしう)を
開(ひらい)た如くの処に遊(あそん)だこともある将軍(しやうぐん)梁冀(りやうき)は奢者(おごりもの)ゆゑ楼閣(ろうかく)には神仙(しんせん)などを画(ゑがい)て
けつかうなやかたに住(ぢう)したといふが其様な所にもあそんだおれじやされ共一 旦(たん)老病(らうびやう)で世の
交(まじはり)も絶(たえ)たれば相識(しやうしき)近(ちか)つきもいつの間にやら絶(たえ)はてた昔(むかし)三 春(しゆん)の比 遊(あそん)だもついよそごとに
なつた宛転(ゑんてん)とうつくしい眉(まゆ)もつゞかず忽(たちま)ちおとろへ鶴(つる)の毛(け)の様(やう)な白頭(はくとう)なりゆく昔(むかし)うたひ
つ舞(まひ)つ繁昌(はんじやう)した所も今はかんこ鳥が棲(すみ)て日くれ方 雀(すゝめ)のさへづるばかりたれ云出す者もない
【挿絵】
下山歌(かさんのうた) 宋之問(そうしもん)
下(くだれは)_二嵩山(すうさんを)_一兮 多(おほし)_二所思(しよし)_一。 携(たづさへて)_二佳人(かじんを)_一兮 歩遅々(あゆむことちゝたり)。 松間(しようかんの)
明月(めいけつ)長(とこしなへに)如(ことし)_レ此(かくの)。 君再游(きみがさいゆう)兮 復何時(またいづれのときぞ)。【印「栖霞」】
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今(いま)面白(おもしろ)く楽(たのしん)だがよい又 再(ふたゝ)び期(ご)しがたいと名残(なごり)おしければ何(なに)やかに所思(しよし)が多(おほ)い終(しう)
日(じつ)そなたと遊(あそん)で今(いま)山をくだる故(ゆゑ)に心(こゝろ)が残(のこ)るやうで跡(あと)じさりするやうな松(まつ)の間(あいた)の明月(めいげつ)は
いつも替(かわ)らぬが此(こゝ)でひとり見ては面白(おもしろ)くないそなたの様(やう)な衆(しゆ)と見たならば面白(おもしろ)からう
そなたは今(いま)別(わか)れてからはいつ逢(あ)ふやらしらぬと名残(なごり)をおしむ意(こゝろ)此詩題(このしだい)はこしらへたものじや
【挿絵】
至(いたつて)_二端州駅(たんしうえきに)_一見(みて)_二杜五審言(とごしんげん)。沈三佺期(しんさんぜんき)。閻五朝隠(ゑんごてうゐん)。王(わう)
二無競(じぶけいが)。題(だいするを)_一 ̄ヲ壁(かべに)慨然(がいぜんとして)成(なす)_レ咏(ゑいを)
逐臣北地(ちくしんほくちに)承(うく)_二巌譴(げんけんを)_一。調(てうせられ)到(いたつて)_二南中(なんちうに)_一毎相見(つねにあいみんとす)。豈意南中歧路(あにおもはんやなんちうきろ)多(おほくして)。千山万水(せんざんばんすゐ)分(わかたんとは)_二鄉県(きやうけんを)_一。雲揺雨散各翻飛(くもうごきあめさんじておの〳〵ほんひす)。海闊(うみひろく)天長(ながくして)音(いん)
信稀(しんまれなり)。処処山川同瘴癘(しよ〳〵のさんせんおなじくしやうれい)。自憐能(みづからあはれむよく)得(えん)_二幾人帰(いくばくひとかかへることを)_一。【印「天真」】
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唐(たう)の中宗(ちうそう)神竜元(しんりようぐわん)年 張易之(ちやうえきし)を誅(ちう)せし時(とき)此(この)四人もまきぞへに逢(あひ)て嶺南(れいなん)へ逐(おひ)やらるゝ其
道中(だうちう)端州(たんしう)迄は一 通(とを)りを行(ゆき)これより方々(はう〴〵)へ別(わか)れ行(ゆく)此時(このとき)端州(たんしう)の茶(ちや)やの壁(かべ)に各(おの〳〵)手前(てまへ)の所存(しよぞん)を
述(のべ)て題(だい)した詩(し)が有て宋之問(そうしもん)も嶺南(れいなん)へ行(ゆく)とて休(やす)みてみれば先(さき)へ行(ゆき)た衆(しゆ)の詩(し)が有を
見て此 詩(うた)を題(だい)した北地(ほくち)とは都(みやこ)のこと厳譴(げんけん)とはきびしき御とがめ調(てう)は選(えらば)れ役替(やくがへ)
すること南方行(なんばうゆき)たらばひとつ処で出会(であは)ふと思ひの外 端州(たんしう)から方々(ばう〳〵)へ郷県(きやうけん)を分(わか)つて
ちり〴〵になつてゆく寄合(よりあふ)た者(もの)どもが風(かぜ)に吹(ふき)ちらさるゝごとく散(ちり)〴〵に翻飛(ほんひ)し
わかるゝ遠方(えんばう)なれば音信(いんしん)も通(つう)しがたしつれ立(だつ)た面(めん)々はちり〴〵なれ共 瘴癘(しやうれい)のあ
しき気(き)は南中(なんちう)に多(おほ)いから誰々(たれ〳〵)も同(おな)じく此気(このき)はのがれぬ此所(このところ)へ来(き)たものは瘴癘(しやうれい)の
毒気(どくき)に中(あたり)て死(し)ぬが大方(おほかた)おれも遁(のが)れまい
【挿絵】
【挿絵】
烏夜啼(うやてい) 李白(りはく)
黃雲城辺烏(くはううんじやうへんからす)欲(ほつす)_レ棲(すまんと)。帰飛啞々枝上啼(かへりとんであゝとしてししやうになく)。機中(きちう)
織(おる)_レ錦(にしきを)秦川女(しんせんのぢよ)。碧紗(へきしや)如(ごとく)_レ煙(けふりの)隔(へだてゝ)窓(まどを)語(かたる)。停(とゞめて)_レ梭(をさを)悵然(ちやうぜんとして)
憶(おもふ)_二遠人(えんじんを)_一。独(ひとり)宿(しゆくして)_二空房(くうばうに)_一涙(なんだ)如(ごとし)_レ雨(あめの)。 【印「譱靖」「松軒」】
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楽府題(がふだい)しや黄雲(くはううん)は暮方(くれがた)うす曇(くもり)に日(ひ)をうけて黄(きいろ)にみゆる城辺(じやうへん)の烏(からす)ねぐらを求(もと)め
んとす終日(しうじつ)飛(とび)ありき城(しろ)の林(はやし)にとまりてなく秦川(しんせん)の女(ぢよ)が夫(をつと)の方(かた)へ錦(にしき)を織(おり)てやつたやうに
機(はた)を織(おり)てある碧紗(へきしや)はもじ障子(しやうじ)はきとみへぬを形容(けいよう)して煙(けふり)の如くと云 向(むかふ)に鳥(とり)の
なくが間近(まぢか)く聞(きこ)ゆる物(もの)を言(いひ)かくる様(やう)な昼(ひる)の間(ま)織(おり)て居(い)る内(うち)はまぎれて遠人(えんじん)の
ことも忘(わす)れたくれがた鳥(とり)の声(こゑ)を聞(きく)につけ夫(をつと)のことを思(おも)ひ出(だ)し又(また)今夜(こんや)もひとり
寝(ね)るであらうと思(おも)ひかなしみ涙(なみだ)雨(あめ)のごとし
【挿絵】
【挿絵】【印「貞」「翠溪」】
【裏表紙】
【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:七言古詩》四》
【小題】江上
江上吟(かうしやうのぎん) 李白(りはく)
木蘭之枻沙棠舟(もくらんのえいさたうのふね)。玉簫金管(ぎよくせうきんくわん)坐(ざす)_二両頭(りやうとうに)_一。美(び)
酒尊中(しゆそんちう)置(おき)_二 千斛(せんこくを)_一。載(のせ)_レ妓(きを)隨(したがつて)_レ波(なみに)任(まかす)_二去留(きよりうに)_一。仙人(せんにん)
有(あつて)_レ待(まつこと)乗(じようし)_二黃鶴(くはうかくに)_一。海客(かいかく)無(なふして)_レ心(こゝろ)隨(したがふ)_二白鷗(はくあうに)_一。屈平詞(くつへいがし)
賦(ふ)懸(かけ)_二日月(じつげつを)_一。楚王台榭空山丘(そわうのだいしやむなしくさんきう)。興酣(きようたけなはにして)落(おとして)_レ筆(ふでを)
揺(うごかし)_二 五嶽(ごがくを)_一。詩成笑傲(しなつてせうがう)凌(しのぐ)_二滄洲(さうしうを)_一。功名富貴若(こうめいふうきもし)
長在(とこしなへにあらば)。漢水亦(かんすゐもまた)応(べし)_二西北流(せいほくにながる)_一。 【印「栖霞」】
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今時(いまどき)仕官(しくわん)をせんより屋(や)かた船(ぶね)を江水(こうすゐ)に浮(うか)べ酒肴(しゆかう)妓女(ぎぢよ)音曲(おんぎよく)を楽(たのし)むがましじやと世(よ)を憤(いきどほり)て
作(つく)る結構(けつかう)な船(ふね)に妓女(ぎぢよ)を両方(りやうはう)へ先(さき)にのせ玉簫(ぎよくせう)金管(きんくわん)を吹(ふい)て楽(たの)しみ波(なみ)にまかせあちらこち
らと乗(のり)まわし酒殽(しゆかう)多(おほ)く取(とり)ちらし酔(ゑひ)を催(ほよほ)す仙人(せんにん)鶴(つる)に乗(のり)しと云もそれは鶴(つる)をまたねば
行(ゆか)れぬ我(われ)〳〵はどこへでも舟(ふね)をやるに仙人(せんにん)は不自由(ふじゆう)なものじや白鴎(はくあう)の居(ゐ)る処を乗(のつ)て通(とをり)て
も取(とる)心(こゝろ)もないゆへにげずに一処(いつしよ)にあそんで居(ゐ)る荘子(さうじ)にある海客(かいかく)白鴎(はくあう)は列子(れつし)のことを云(いふ)が
こゝにつかふた楚(そ)の屈原(つくげん)名(な)は平(へい)辞楚(そじ)の作者(さくしや)で文学(ぶんがく)たけた人だ其(その)詞賦(しふ)は日月(じつげつ)を懸(かけ)
たるごとく後世(こうせい)へ伝(つた)へもてはやせとも汨羅淵(べきらえん)へ身(み)を投(なげ)て功名(こうめい)も役(やく)に立(たゝ)ずに立(たゝ)ず楚王(そわう)は奢(おごり)人
で屈原(くつげん)か諌(いさめ)も用(もちひ)ず大(おほき)きな台(うてな)や榭(ものみ)を建(たて)全盛(ぜんせい)なりしも今(いま)跡(あと)もなく人影(ひとかげ)もみへず丘(をか)や山(やま)が
あるのみじや功名(こうめい)富貴(ふうき)は何(なに)の役(やく)に立(たゝ)ぬから一日も無事(ぶじ)の間(あいだ)心一(こゝろいつ)はいに楽(たのし)むがよい一(いつ)はい
きげんに大文字(おほもし)を書(かい)て慰(なぐさま)うと云て筆(ふで)を揺(うごか)して書(かき)ちらすすさまじく気象(きしやう)高(だか)に出(で)
来(き)て五嶽(ごがく)をうごかすやうに有た又 風流(ふうりう)に詩(し)などを作(つくつ)て世間(せけん)をも憚(はゞか)らず笑(わらひ)など
する時(とき)は滄洲(さうしう)仙境(せんきやう)ても是(これ)におよぶものはないと思(おも)ふ凌(しのぐ)とは其上へ出(いづ)ること五嶽(ごがく)とは
もろこしにすぐれた高山(かうざん)の名(な)に立(たつ)が五ヶ所(しよ)有を云 屈原(くつげん)が功名(こうめい)楚王(そわう)の富貴(ふうき)いつ迄も
有(ある)ならば西(にし)からながるゝ漢水(かんすゐ)も東南(とうなん)から逆(さか)さまに流(なが)るゝであらうと云此 下心(したこゝろ)は
屈原(くつげん)にも劣(おと)らぬ文章(ぶんしやう)を書(かい)たと云 意(い)じや
【挿絵】
貧交行(ひんかう〳〵) 杜甫(とほ)
翻(ひるがへせは)_レ手(てを)作(なり)_レ雲(くもと)覆(くつがへせば)_レ手(てを)雨(あめ)。紛々軽薄何(ふん〳〵たるけいはくなんぞ)
須(もちひん)_レ数(かぞふることを)。君(きみ)不(ずや)_レ見(み)管鮑貧時交(くわんはうひんじのまじはり)。此道(このみち)
今人棄(こんじんすてゝ)如(ごとし)_レ土(との)。 【印「天真」】
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人はおのれ富貴(ふうき)になれば貧(ひん)な者(もの)はすつるそれを憤(いきどを)りて作(つくつ)た貧交(ひんかう)は遂(とげ)にくひものじや
人時(じんじ)の軽(かろ)はづみに頼(たのみ)ないは掌(て)をかへすやうに雲(くも)となり雨(あめ)となる忽(たちま)ち変(かわ)るを云 紛々(ふん〳〵)と世(せ)
かい中(じう)かうすい風俗(ならはし)じやによつて数(かぞ)へ尽(つく)されず軽薄(けいはく)は疎情(そじやう)のこといにしへ斉(せい)の管仲(くわんちう)が貧(ひん)な
る時 鮑叔(はうしゆく)と云 者(もの)と云合(いゝあは)せて商(あきなひ)をしたがいつ迄も鮑叔(はうしゆく)をだまして我(われ)ばかり利(り)を取(とり)たり
されども少(すこし)もはらたてず管仲(くわんちう)は貧乏(びんばふ)ゆへ其はづ也とて中(なか)よく交(まじはつ)たある時(とき)喧嘩(けんくわ)をしてたゝ
かれて帰(かへつ)た人々 臆病(おくびやう)者とてそしりしが鮑叔(はうしゆく)は管仲(くわんちう)老母(らうぼ)あるゆへ尤(もつとも)なとてます〳〵したしみ
たり鮑叔(はうしゆく)其 後(のち)斉(せい)につかへ公子(こうし)の乱(らん)に鮑叔(はうしゆく)死(し)せり管仲(くわんちう)は斉(せい)の桓公(くわんこう)の時 死(し)しけるが我(われ)を
生(うみ)しは父母(ちゝはゝ)我(われ)を知(しり)たる者(もの)は鮑子(はうし)と歎(たん)じけり其 様(やう)な道(みち)は今時(いまどき)の人 捨切(すてきつ)て土(つち)のごとくに思(おも)ふて在(ある)
【挿絵】
短歌行(たんかかう)贈(おくる)_二王郎司直(わうらうしちよくに)_一
王郎酒酣(わうらうさけたけなはにして)拔(ぬき)_レ剣(けんを)斫(きつて)_レ 地(ちを)歌(うたふ)_二莫哀(ばくあいを)_一。我(われ)
能(よく)拔(ぬかん)_二爾抑塞磊落之奇才(なんぢがをくそくせるらいらくのきさいを)_一。 予章(よしやう)翻(ひるがへつて)
_レ風(かぜに)白日動(はくじつうごき)。鯨魚(けいきよ)跋(ふんで)_レ浪(なみを)滄溟開(さうめいひらく)。且(しばらく)脱(だつして)_二剣(けん)
佩(はいを)_一休(やめよ)_二徘徊(はいくわいすることを)_一。 西(にしのかた)得(えて)_二諸侯(しよこうを)_一棹(さをぜば)_二錦水(きんすゐに)_一。欲(ほつせん)_下向(むかつて)_二
何門(いづれのもんに)_一趿(ふまんと)_中珠履(しゆりを)_上。仲宣楼頭春色深(ちうせんろうとうしゆんしよくふかし)。青眼(せいがん)
高歌(かうかして)望(のぞまん)_二吾子(ごしを)_一。眼中之人吾老矣(かんちうのひとわれおひたり)。【印「栖霞」】
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酒宴(しゆえん)して剣(つるぎ)をぬくは気象(きしやう)なるもやうを云 志(こゝろざし)をとげぬとて悲(かなしま)ぬがよい先(まづ)酒(さけ)を飲(のん)で
心(こゝろ)を慰(なくさ)み給へ莫哀(ばくあい)と云て我(われ)を悲(かなし)み思ふてくれる心(こゝろ)で歌(うた)ふ歎(なげ)かるゝな我(われ)らが立身(りつしん)
したならこなたの気象(きしやう)を知(しつ)て居(ゐ)ることなればおし付(つけ)られてゐらるゝをおれが抜出(ぬきいだ)し
てやらうほどに歎(なげ)かずとも酒(さけ)を飲(のん)だがよい其元の磊落(らいらく)の奇才(きさい)に於(おい)ては予章(くすのき)の
大木(たいほく)が風(かぜ)に翻(ひるがへつ)て白日(はくじつ)動(うご)くやうにあり又 大鯨(おほくじら)が滄海(さうかい)の波(なみ)を踏(ふん)で通(とを)るやうにて中〳〵
狭(せま)き溝(みぞ)堀(ほり)などに住(すむ)小魚(せうぎよ)と斉(ひとし)うはならぬしばらく剣佩(けんはい)を脱(ぬい)で徘徊(はいくわい)をやめじつとして
居(ゐ)給へもし其元(そのもと)大名(だいみやう)に成(なり)て錦江水(きんこうすゐ)のあたり棹(さほ)さす時に節度使(せつとし)になつたらば
何(いづ)れの門(もん)に向(むかつ)て珠履(しゆり)をふまんと思(おも)はるゝや大方(おほかた)おれが処(ところ)へ来(き)やるであらう此 句(く)は
故事(こじ)二ツあれとも目立(めだゝ)ぬ春申君(しゆんしんくん)が食客(しよくかく)三千人 躡(ふむ)_二玉履(しゆりを)_一とあると鄒陽(すうやう)が何(なに)
王之門(わうのもん)にか長裾(ちやうきよ)を曳可(ひくべから)ざらんや云を一 句(く)に用(もちひ)た上手(しやうず)なつかひかたなりおれが宅(たく)へ
来(こ)られたなら昔(むかし)荊州(けいしう)の劉表(りうへう)と云 大名(だいみやう)の処へ王仲宣(わうちうせん)が来(き)た時(とき)のやうにとも〴〵
春色(しゆんしよく)をもてあそんで心(こゝろ)よく青眼(せいがん)をなし高歌(かうか)してもなすべし王郎(わうらう)しか云(いふ)て
くれらるゝは忝(かたじけな)いが其元(そのもと)のみやる通(とを)り眼中(がんちう)の人の中(なか)では我(われ)らが一ばんに年(とし)がよつた
と仕舞(しまひ)に唯(たゞ)一 句(く)で答(こたへ)たが面白(おもしろ)いどうぞ早(はや)く頼(たの)むと云 心(こゝろ)がこもる
【挿絵】
高都護驄馬行(こかうとごそうばかう)
安西都護胡青驄(あんせいとごのこせいそう)。声価欻然来(せいかこつぜんとしてきたつて)向(むかふ)_レ東(ひがしに)。此馬(このうま)臨(のぞみて)_レ陣(ぢんに)久(ひさしく)無(なし)
_レ敵(てき)。与(と)_レ 人(ひと)一(いつにして)_レ心(こゝろを)成(なす)_二大功(たいこうを)_一。功成恵養(こうなりけいやうせられて)隨(したがふ)_レ所(ところに)_レ致(いたす)。飄飄遠(へう〳〵としてとをく)自(より)_二流(りう)
沙(さ)_一至(いたる)。雄姿(ゆうし)未(いまだ)【左ルビ「ず」】_レ受(うけ)_二伏櫪恩(ふくれきのおんを)_一。猛気猶思戦場利(まうきなをおもふせんじやうのり)。踠促蹄高(ゑんしゝまりていたかうして)如(ごとし)_レ踣(ふむ)_レ鉄(てつを)。交河幾(けうかいくたび)蹴(けて)_二層氷(そうひやうを)_一裂(さく)。五花散作雲満身(ごくわさんじてなるくもまんしん)。万里方(ばんりまさに)
看(みる)_二汗(あせ)流(ながすを)_一レ血(ちを)。長安壮兒(ちやうあんのさうじ)不(ず)_二敢騎(あへてのら)_一。走過掣電(そうくわせいでん)傾(かたむけて)_レ城(しろを)知(しる)。青糸(せいし)
絡(まとふて)_レ頭(かうべに)為(ために)_レ君(きみが)老(おふ)。何由却(なにゝよつてかへつて)出(いでん)_二橫門道(くわうもんのみちを)_一。 【印「栖霞」】
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高都護(かうとご)は高仙之(かうせんし)西域(せいいき)のおさへの役(やく)都護(とご)を勤(つと)む芦毛(あしげ)の名馬(めいば)のことを云て当時(たうじ)のことを述(のぶ)
胡馬(こば)は大宛国(たいゑんこく)より来た青驄(せいそう)は元(もと)より名高(なたか)い馬(うま)と聞伝(きゝつたへ)たに今(いま)忽(たちま)ち都東(みやこひがし)の方(かた)へ来た此馬(このうま)は
陣中(ぢんちう)へ出てからはかけり廻(まわ)ることならびないのり人(て)の思ふやうに成(なつ)て手柄(てがら)をさする度々(たび〳〵)
功有(こうある)ゆへ太切(たいせつ)に養(かひ)都(みやこ)につれてこられた此馬(このうま)は足(あし)か達者(たつしや)にて飄々(へう〳〵)と飛(とび)かけるやうに流沙(りうしや)
を通(とを)つて来(き)た雄姿(ゆうし)はすぐれてつよき也 老馬(らうば)ゆへ飼殺(かひころ)しにすれ共 年寄(としより)ても伏櫪(ふくれき)の
恩(おん)をうけぬ達者(たつしや)な馬(うま)じや何(なに)ぞ兵争(へいさう)のことが起(おこ)ればかけ廻(まわ)り主(しゆ)人に手(て)がらをさせ
たいと思(おも)ふ猛気(まうき)今(いま)に元気(げんき)じや踠促(ゑんそく)は前足(まへあし)のふしと爪(つめ)の間(あいだ)の短(みじか)いこと殊(こと)に蹄(ひづめ)高(たか)く
鉄(てつ)を踏(ふむ)がごとく丈夫(ぢやうぶ)にて都護(とご)が西域(せいいき)交河(けうが)あたりを通(とを)る時 層氷(そうひやう)の時分(じぶん)踏(ふみ)さきて
通(とを)り来(き)た馬(うま)のたてがみ結(ゆふ)たを五花(ごくわ)と云 散(ちら)して居(ゐ)るが雲(くも)のやうに身(み)にまとひある
万里(ばんり)を来(き)たゆへ汗血(あせち)をながし来(き)た汗血(かんけつ)踠促(ゑんそく)蹄高(ていかう)踏鉄(たふてつ)皆(みな)名馬(めいば)を相(さう)する
すぐれたる駿足(しゆんそく)を云て都護(とご)が才(さい)をほめるであるかゝる名馬(めいば)ゆへ都(みやこ)の若(わか)もの共も
乗(のり)得(え)ぬことに過(すぐ)ること電(いなびかり)のごとく早(はや)い故 都中(みやこぢう)知(し)らぬ者はない青糸(せいし)を頭(かしら)の餝(かざり)としさしも
逸物(いちもつ)そこもとの家(いへ)に養殺(かひころ)すもをしいまだ何程(なにほど)も功(こう)を立(たつ)べく横門(くわうもん)の道(みち)を出(いで)辺塞(へんさい)
に手(て)がらをあらはすべきをと云 下心(したごゝろ)は都護(とご)がやうな器量者(きりやうもの)を都(みやこ)に留(とゞ)め置(おか)うより
西域(せいいき)の治(をさめ)にくい処へやつて功(こう)を立(たて)させたがよいと云 意(こゝろ)也
【挿絵】
送(おくつて)_三孔巣父(こうそうほが)謝(しやして)_レ病(やまひを)帰(き)_二-遊(ゆうするを)江東(かうとうに)_一兼(かねて)呈(ていす)_二李白(りはくに)_一
巣(さう)-父(ほ)掉(ふるうて)_レ頭(かうべを)不(ず)_レ肯(かへんぜ)_レ住(とゞまることを)。東(ひがしのかた)将(まさに)_三入(いつて)_レ海(うみに)隨(したがはんと)_二煙霧(えんぶに)_一。詩卷長留(しけんながくとゞむ)天地(てんちの)
間(あいだ)。釣竿(てうかん)欲(ほつす)_レ拂(はらはんと)珊瑚樹(さんごじゆ)。深山大沢龍蛇遠(しんざんたいたくりようだとをし)。春寒野陰(しゆんかんやゐん)風(ふう)
景暮(けいくる)。蓬莱織女(ほうらいのしよくぢよ)回(めぐらし)_二龍車(りようしやを)_一。指(し)_二-点(てんして)虛無(きよぶを)_一引(ひく)_二帰路(きろを)_一。自是君身(おのづからこれきみがみ)
有(アリ)_二仙骨(せんこつ)_一。世人那(せじんなんぞ)得(えん)_レ知(しることを)_二其故(そのゆへを)_一。惜(をしんで)_レ君(きみを)只(たゞ)欲(ほつす)_二苦死留(くししてとゞめんと)_一。富貴何(ふうきなんぞ)
如草頭露(しかんさうとうのつゆ)。蔡侯静者意(さいこうせいしやこゝろ)有(あり)_レ余(あまり)。清夜置酒(せいやちしゆして)臨(のぞむ)_二前除(せんじよに)_一。罷(やめて)_レ琴(きんを)
惆悵月(ちうちやうすればつき)照(てらす)_レ席(むしろを)。幾歲(いくばくとしか)寄(よせん)_レ我(われに)空中書(くうちうのしよ)。南(みなみの方)尋(たづね)_二禹穴(うけつを)_一見(みば)_二李白(りはくを)_一。道(いへ)
甫問訊今何如(ほもんじんすいまいかんと)。【印「天真」】
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孔巣父(こうそうほ)は風流人(ふうりうじん)ゆへしはらく見 合(あは)せ給へついに立身(りつしん)もあらうととゞむれども見切(みきり)の
よい人で思込(おもひこみ)し望(のぞみ)が有(ある)によつて頭(かうべ)をふつてうけがはぬ。東方(とうばう)海上(かいしやう)より乗出(のりいだ)し煙霧(えんぶ)の
中(うち)へのり込(こん)で隠者(ゐんじや)となるつもりじや巣父(さうほ)も道人(どうにん)で有(あつ)て天地(てんち)の間 人間(にんげん)へ詩(し)ばかり残(のこ)
し置(おか)るゝ扨(さて)〳〵遠(とを)く煙霧(えんぶ)に随(したが)はるゝは定(さだめ)て仙境(せんきやう)の珊瑚樹(さんごじゆ)などの有(ある)所(ところ)で釣(つり)を
たれ慰(なぐさま)るゝならんと思ひやる其元(そのもと)が深山(しんざん)へ引込(ひきこま)るゝからは龍蛇(りようだ)の様な人に害(がい)あるは
近所(きんじよ)へ寄付(よりつく)まいと云て実(じつ)は安禄山(あんろくさん)をさし云 春(ばる)の比(ころ)にぎやうに有(ある)べきも兵乱(ひやうらん)の節(せつ)
ゆへどこともなく余寒(よかん)迄(まで)きびしいかやうな時節(じせつ)引込(ひきこむ)は尤(もつとも)じや深山大沢(しんざんだいたく)生(しやうず)_二龍蛇(りようだを)_一と云は
左伝(さでん)の語(ご)しや船(ふね)に乗(のり)蓬莱(ほうらい)の方(かた)へ趣(おもむか)るゝによつて仙境(せんきやう)の仙女(せんぢよ)などが龍車(りようしや)をおし
迎(むかひ)に出(いで)そこ元(もと)のござる虚無(きよぶ)の御座敷(おざしき)はあれじやとゆびさし帰路(きろ)を引導(いんだう)し行(ゆく)で
あらうそこもとに仙骨(せんこつ)有(ある)ことは一 通(とをり)の者(もの)はしらぬ余(あま)り残念(ざんねん)さにせつなくとも留(とまり)て
くれ給へと云が足下(ごへん)の心底(しんてい)をしらぬによつてめつたに留(とめ)たがる足下(ごへん)は世(よ)の富(ふう)
貴(き)は草頭(さうとう)の露(つゆ)よりもろしと思てゐらるゝ蔡侯(さいこう)は此(この)時 餞別(せんべつ)のふるまひなどす
る人 蔡氏(さいし)のものそうな静者(せいしや)と云は謝礼運(しやれいうん)が詩(し)にある通り静閑(せいかん)の義(ぎ)て俗(ぞく)をは
なれ風流(ふうりう)なことに作(つく)るかうした人が巣父(さうほ)に同心(どうしん)して前除(ぜんじよ)のえんばなで酒(さけ)もり
をする御 亭主(ていしゆ)の蔡侯(さいこう)は風流(ふうりう)な人て官(くわん)人ながら意(こゝろ)あまり有しばらく琴(きん)
をやめて席上(せきしやう)をてらす月(つき)を詠(ながめ)て静(しづま)りかへつて居(ゐ)る内(うち)にもあすはわかるゝと
おもひみれば惆悵(ちうちやう)とかなしくなる其元 仙境(せんきやう)へひきこみ仙人(せんにん)にならるゝが我(われ)ら
ごとき下界(げかい)の者(もの)へ空中(くうちう)より書(しよ)を賜(たまは)らうかそれもなるまいと思へばいよ〳〵
名残(なごり)がをしいこの比(ころ)聞(きけ)ば南(みなみ)の方(かた)禹穴(うけつ)の辺(へん)に李白(りはく)がうろたへて居(ゐ)るげなそこ
もと御 逢(あひ)なされたなら今はどうして居(ゐ)るぞと杜子美(としみ)が問訊(もんじん)したと云て下(くだ)
されもんじんとはとひたづぬること也 月(つき)と云をうけ空中(くうちう)と云た
【挿絵】
飲中八仙歌(ゐんちうはつせんか)
知章(ちじやうか)騎(のるは)_レ馬(うまに)似(にたり)_レ乗(のるに)_レ船(ふねに)。眼花(がんくわ)落(おちて)_レ井(ゐに)水底眠(すゐていにねむる)。汝陽(じよやう)
三斗始(さんどはじめて)朝(てうす)_レ 天(てんに)。道逢(みちにあふて)_二麴車(きくしやに)_一口(くち)流(ながす)_レ涎(よだれを)。恨(うらむらくは)不(さることを)_三移(うつして)_レ封(ほううを)
向(むかは)_二酒泉(しゆせんに)_一。左相日興(さしやうがじつきよう)費(ついやす)_二万銭(ばんせんを)_一。飲(のむこと)如(ごとし)_三長鯨(ちやうげいの)吸(すふが)_二百(ひやく)
川(せんを)_一。銜(ふくみ)_レ杯(はいを)楽(たのしみ)_レ聖(せいを)称(しようす)_レ避(さくと)_レ賢(けんを)。宗之瀟灑美少年(そうしはせうしやたるびせうねん)。挙(あげて)
_レ觴(さかづきを)白眼(はくがんにして)望(のぞむ)_二青天(せいてんを)_一。皎(けうとして)如(ごとし)_三玉樹(ぎよくじゆの)臨(のそむが)_二風前(ふうぜんに)_一。蘇晉長(そしんちやう)
齋(さいす)繡仏前(しうぶつのまへ)。醉中往々(すゐちうわう〳〵)愛(あいす)_二逃禅(たうぜんを)_一。李白一斗詩(りはくいつとし)
百篇(ひやくへん)。長安市上酒家眠(ちやうあんのしじやうしゆかにねむる)。天子呼来(てんしよびきたせども)不(ず)_レ 上(のぼら)_レ船(ふねに)。
自称臣是酒中仙(みづからしようすしんはこれしゆちうのせんと)。張旭三杯草聖伝(ちやうきよくさんばいさうせいつたふ)。脱(だつし)_レ帽(ぼうを)
露(あらはす)_レ頂(いたゞき)王公前(わうこうのまへ)。揮(ふるつて)_レ毫(ふでを)落(おとせば)_レ紙(かみに)如(ごとし)_二雲煙(うんえんの)_一。焦遂五斗(せうすゐごと)
方卓然(まさにたくぜん)。高談雄弁(かうだんゆうべん)驚(おどろかす)_二 四筵(しえんを)_一。【印「天真」】
【挿絵】
賀知章(かちしやう) 汝陽王(じよやうわう)《割書:名(な)ハ》璡(しん)
【挿絵】
左相(さしやう)
李適之(りせきし) 崔宗之(さいそうし)
蘇晋(そしん)
李白(りはく)
【挿絵】
張旭(ちやうきよく)
焦遂(せうすゐ)
当時(たうじ)友(とも)とするすぐれた者(もの)はみな酒(さけ)のみ相手(あいて)凡骨(ぼんこつ)ならぬゆへ仙(せん)の字(じ)を加(くわへ)た大酒(たいしゆ)のみの無(ぶ)
性(しやう)ものと云て実(じつ)はほめて云 世(よ)を非(ひ)に見てゐるやからだうらくものといはるゝ本意(ほんい)じや各(おの〳〵)をなぶる
やうに云がそれを風流(ふうりう)にして悦(よろこ)ぶしや賀知章(かちしやう)は呉国(ごこく)の生(うま)れ水国(すゐこく)の人ゆへ馬(うま)に乗(のり)て尻(しり)がすはらず船(ふね)に
乗(のつ)たやうないつも酒(さけ)を過(すご)しゐるゆへぶら〳〵してあぶない眼花(がんくわ)は酒(さけ)に酔(ゑひ)目(め)がちらついて井戸(ゐど)へ落(おち)て
やつはり眠(ねむつ)てゐた是(これ)は実事(じつじ)也 汝陽王(じよやうわう)名(な)は璡(しん)と云 諸侯王(しよこうわう)は酒を三斗ばかり飲(のん)で其(その)機(き)
げんで参内(さんだい)しやうと朝(あさ)より出(いづ)る其道(そのみち)酒(さけ)の車(くるま)を見ては装束(しやうぞく)してゐながら飲(のみ)たがつて涎(よだれ)をながした
前漢(ぜんかん)の郭弘(くわくかう)が酒(さけ)を好(この)んで官(くわん)に封(ほう)ぜらるゝなら酒泉郡(しゆせんぐん)に封(ほう)ぜられたい酒(さけ)さへあれば外の
望(のぞみ)はないと云た我(われ)も其ごとく思(おも)へど自由(じゆう)にならぬは残念(ざんねん)じや左相(さしやう)は李適子(りせきし)ぢや金持(かねもち)ゆへ
ふと酒盛(さかもり)を始(はじめ)ると日の内(うち)に万銭(ばんせん)を費(ついや)すを何とも思(おも)ぬ大酒(おほざけ)を飲(のむ)こと長鯨(おほくじら)の百川(ひやくせん)を吸(すひ)
こむやうじやつねに云はすみ酒(さけ)がすきでにごり酒(さけ)はいやと云てゐる此 句(く)は李適子(りせきし)詩(し)にある聖(せい)
とはすみ酒(ざけ)のこと賢(けん)とは濁(にご)り酒(さけ)を云 是(これ)は魏(ぎ)の時(とき)殿中(でんちう)酒禁制(さけきんぜい)であつたによつて時(とき)の官人(くわんにん)
の云た詞(ことば)じや崔宗之(さいそうし)は洗(あら)ひ上たやうな美少年(びせうねん)で杯(はい)をあげ白眼(はくがん)にしてふり仰(あをむい)て世(せ)
間(けん)を非(ひ)に見てゐるやうす酔(ゑひ)て行儀(ぎやうぎ)をくづしたやうす皎然(けうぜん)ときよらかにて玉樹(ぎよくじゆ)
の風前(ふうぜん)にのぞむやうにある蘇晋(そしん)は肴(さかな)ぎらひにて常々(つね〴〵)精進(しやうじん)長斎(ちやうさい)してゐる又ぬひ絵(ゑ)の
弥勒仏(みろくぶつ)をつね〳〵床(とこ)にかけ置(おき)て弥勒仏(みろくぶつ)は酒(さけ)ずきで有(あつ)たと云がおれは此仏(このほとけ)は気(き)に入(いつ)たなどゝ
云て夫(それ)を肴(さかな)に酒(さけ)を飲(のみ)酔(ゑひ)まぎれに座禅(ざぜん)がすきじやと云て夫(それ)を云(いひ)ぐさにめつたな人はよせ
つけぬ李白(りはく)は酒(さけ)さへたんと飲(のむ)と詩(し)が沢山(たくさん)出来(でき)る酔(ゑう)とどこへでも寝(ね)てゐる男(をとこ)であつた或時(あるとき)
玄宗(げんそう)白蓮池(はくれんち)へ御幸(みゆき)の時(とき)李白(りはく)を呼(よび)に遣(つかは)されたれば酒屋(さかや)にねて居(ゐ)たをやう〳〵つれ来て
船(ふね)にのることもならず人にたすけられ漸(やう〳〵)船(ふね)にのりながらもへらず口(くち)をきゝてわれは酒中(しゆちう)の仙人(せんにん)
じやによつて御ゆるされなどゝ云た張旭(ちやうきよく)は草書(さうしよ)の名人(めいじん)じやが人の前(まへ)にて冠(かんむり)を取(とる)は無礼(ぶれい)なる
を酒(さけ)に酔(ゑひ)て何(なに)共 思(おもは)ず草書(さうしよ)をかけと云(いは)るゝに直(ぢき)に心得(こゝろえ)ましたとて冠(かんむり)を取(とつ)て頭(かしら)を硯(すゞり)に
ひたし書(かく)やうな風流人(ふうりうじん)じやひとつに筆(ふで)を握(にきつ)て書(かく)に至(いたつ)ては飛白(ひはく)などに書(かい)たは雲煙(うんえん)の
ごとく見 事(ごと)に出来(でき)た焦遂(せうすゐ)は酒吃(しやきつ)と云て平生(へいぜい)はどもりて酒(さけ)の五 斗(と)ものむと弁舌(べんぜつ)が
すぐれ云(いひ)にくいことも能(よく)云出(いひだ)し四筵(しえん)の座敷中(ざしきぢう)を驚(おどろか)す
【挿絵】
【挿絵】
哀江頭(あいかうとう)
少陵野老(せうりようのやろう)呑(のんで)_レ声(こゑを)哭(こくす)。 春日潛行曲江曲(しゆんじつせんかうすきよくかうのくま)。江頭宮殿(かうとうきうでん)鎖(とざす)_二千(せん)
門(もんを)_一。細柳新蒲(さいりうしんほ)為(ために)_レ誰(たれが)緑(みどりなる)。憶昔霓旌(おもふむかしげいせい)下(くだりしを)_二南苑(なんえんに)_一。苑中景物(えんちうのばんぶつ)生(しやうず)_二
顔色(がんしよくを)_一。昭陽殿裏第一人(せうやうでんりだいいちのひと)。同(おなじうして)_レ輦(てぐるまを)随(したがひ)_レ君(きみに)侍(しす)_二君側(きみのかたはらに)_一。輦前才人(れんぜんのさいじん)
帯(おび)_二弓箭(きうせんを)_一。白馬嚼齧黄金勒(はくばしやくかうわうごんのおもづら)。翻(ひるがへし)_レ身(みを)向(むかつて)_レ 天(てんに)仰(あをいで)射(いる)_レ雲(くもを)。一箭正(いつせんまさに)
堕(おつ)双飛翼(さうひよく)。明眸皓歯今何在(めいぼうかうしいまいづくにかある)。血汚遊魂帰(ちけがしてゆうこんきすることを)不(ず)_レ得(え)。清渭(せいゐは)
東流剣閣深(とうりうしけんかくはふかし)。去住彼此(きよぢうひし)無(なし)_二消息(せうそく)_一。人生(じんせい)有(あり)_レ情(じやう)涙(なんだ)沾(うるほす)_レ臆(おくを)。江(かう)
水(すゐ)江花豈終極(かうくわあについにきはまらん)。黄昏胡騎塵(くはうこんこきちり)満(みつ)_レ城(しろに)。欲(ほつすれば)_レ往(ゆかんと)_二城南(せいなんに)_一忘(わする)_二城北(せいほくを)_一。
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安禄山(あんろくさん)の乱(らん)に玄宗(げんそう)都(みやき)を落(おち)蜀(しよく)の西都(せいと)にござる都(みやこ)は乱(みだれ)てさはがしく玄宗(げんそう)につかへた杜子美(としみ)
など方々(はう〴〵)にかくれゐる都(みやこ)曲江(きよくかう)あたりも玄宗(げんそう)の都(みやこ)なされた時(とき)とちがひさび返(かへつ)た体(てい)を哀(かなしん)で
作(つくつ)た詩(し)じや玄宗方(げんそうがた)の者(もの)とみると取(とつ)てしめらるゝゆへ曲江(きよくかう)にかくれゐるさまをよく云取(いひとつ)たもの
じや庾信(ゆしん)が哀江南(あいかうなん)をふまへて哀江頭(あいかうとう)と題(だい)した少陵(せうりよう)は子美(しみ)が在所(ざいしよ)野老(やらう)は手前(てまへ)をいふ
曲江(きよくかう)のくま去年(きよねん)と違(ちかひ)ものさびしきていをかなしみ声(こゑ)をかくして泣(なく)春日(しゆんじつ)ひそ〳〵潜行(せんかう)して
みれば玄宗(げんそう)落(おち)給ふ跡(あと)は芙蓉苑(ふようえん)の御(お)なり御殿(ごてん)もたてこめ細柳(さいりう)新蒲(しんほ)心なき
ものは誰(たれ)もてはやさね共 春(はる)を忘(わす)れぬ去年(きよねん)迄 玄宗(げんそう)御幸(みゆき)あれば苑中(えんちう)の万物(ばんもつ)まで
色香(いろか)をまし顔色(がんしよく)を生(しやう)じた霓旌(げいせい)は帝(みかど)のはた也 第(だい)一人は楊貴妃(やうきひ)昭陽殿(せうやうでん)は
女中(ぢよちう)の居所(ゐどころ)昔(むかし)漢(かん)の昭陽(せうやう)の飛燕(ひえん)は漢宮(かんきう)第(だい)一と云が南苑(なんえん)へ御幸(みゆき)の折(をり)御 気(き)に入の
楊貴妃(やうきひ)御 側(そば)をはなれず輦(てぐるま)を同(おなし)く御 寵愛(てうあい)に預(あづかつ)た玄宗(げんそう)は才人(さいじん)女官(によくわん)を男出立(をとこしたて)に
こしらへ皆(みな)弓箭(ゆみや)を帯(たい)しかざり立(たて)た馬(うま)にのり御 輿(こし)の先(さき)へ立(たち)ならんで通(とを)る是(これ)
御 物(もの)ずき故也 白馬(はくば)金轡(きんび)はな〴〵しく馬(うま)もくつばみをかみいさめば女官(によくわん)天(てん)を仰(あふひ)で雲(くも)
をめがけ一 矢(や)に二 疋(ひき)つゝ射(い)て落(おと)す男(をとこ)まさり上手(じやうず)じや眼(め)もと口(くち)もとすぐれたる美人(びじん)
今いづくにあるや楊貴妃(やうきひ)も馬嵬(ばくわい)が原(はら)にて殺(ころ)され血(ち)が其処をけがした遊魂(ゆうこん)も其
辺(あたり)にうろついて在(ある)ならん渭水(ゐすゐ)は西(にし)より東(ひがし)へ流(なが)るゝ剣閣(けんかく)は蜀(しよく)の山(やま)ふかくとぢ通(つう)
路(ろ)もなく蜀(しよく)の内(うち)でも一向(いつかう)消息(おとづれ)の便(たより)なくあさましいさまじや人生(じんせい)情(じやう)ある者 涙(なみだ)がむね
をうるほす江水(かうすゐ)江花(かうくわ)はいつ見ても見やむこともないがそれからみればいかい違(ちがひ)しや黄(たそ)
昏(がれ)までうろ〳〵思たりながめしたりする内に安禄山方(あんろくさんがた)の胡人(こひと)共 塵(ちり)をたてゝ都中(みやこぢう)
をかけ廻(まわ)るをさけやうと思(おも)へば城中(じやうちう)に忍で居(ゐ)る者も南北(なんぼく)を忘(わす)れ道(みち)にまよふ
【裏表紙】
【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:七言古詩》五》
【小題】乗黄
韋諷録事宅(ゐふうろくじのたくにして)観(みる)_二曹将軍画馬図(さうしやうぐんぐわばのづを)_一引(ゐん)
国初已来(こくしよよりこのかた)画(ゑがく)_二鞍馬(あんばを)_一。神妙独数江都王(しんめうひとりかぞふかうとわう)。将軍(しやうぐん)得(うること)_レ名(なを)三十
載(さい)。人間又見真乗黄(にんげんまたみるしんのじようくはう)。曽(かつて)貌(ばくす)_二先帝照夜白(せんていのせうやはくを)_一。龍池(りよくち)十日 飛(とばす)_二
霹靂(へきれきを)_一。内府殷紅瑪腦盤(だいふあんこうのめなうばん)。婕妤(せふよ)伝(つたへて)_レ詔(みことのりを)才人索(さいじんもとむ)。盤(ばん)賜(たまはつて)_二将軍(しやうぐんに)_一
拝舞帰(はいぶしてかへる)。軽紈細綺相追飛(けいぐわんさいきあいつゐひ)。貴戚権門(きせきけんもん)得(えて)_二筆跡(ひつせきを)_一。始覚(はじめておもふ)屏(へい)
障(しやう)生(しやうするを)_二光輝(くはうきを)_一。昔日太宗拳毛騧(せいじつたいそうのけんもうくわ)。近時郭家獅子花(きんじくわくかのししくわ)。今之(いまの)
新図(しんと)有(あり)_二 二馬(じば)_一。復(また)令(しむ)_二識者久嘆嗟(しきしやをしてひさしくたんさせ)_一。此皆騎戦一(これみなきせんいつ)敵(てきす)_レ万(ばんに)。縞(かう)
素(そ)漠漠(ばく〳〵として)開(ひらく)_二風沙(ふうしやを)_一。其余(そのよ)七 匹亦殊絕(ひつまたしゆぜつ)。迥(けいとして)若(ごとし)_三寒空(かんくうの)動(うごかすが)_二煙雪(えんせつを)_一。
霜蹄蹴踏長楸間(さうていしうたうすちやうしうのあいだ)。馬官廝養森(ばくわんしやうしんとして)成(なす)_レ列(れつを)。可(べし)_レ憐(あはれむ)九馬(きうば)争(あらそふことを)_二神(しん)
駿(しゆんを)_一。顧視清高気深穏(こしせいかうにしてきしんおん)。借問苦心愛者誰(しやもんすくしんあいするものはたそ)。後(のちに)有(あり)_二韋諷(ゐふう)_一前(まへに)
支遁(しとん)。憶昔(おもふむかし)巡(じゆん)_二幸(かうのとき)新豊宮(しんほうきうに)_一。翠華(すゐくわ)払(はらふて)_レ 天(てん)来(きたつて)向(むかふ)_レ東(ひがしに)。騰驤磊落(とうじやうらいらくたり)
三 万匹(ばんひつ)。皆(みな)与(と)_二此図(このづ)_一筋骨同(きんこつおなじ)。自(より)_三従 献(けんじて)_レ宝(たからを)朝(てうして)_二河宗(かそうに)_一。無(なし)_三復(また)射(いる)_二
蛟江水中(みつちをかうすゐのうちに)_一。君(きみ)不(ずや)_レ見(み)金粟堆前松柏裡(きんぞくたいぜんしようはくのうち)。龍媒去尽鳥(りようばいさりつくしてとり)呼(よぶ)
_レ風(かせに)。 【印「天真」】
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韋諷(ゐふう)は名(な)録事(ろくじ)は官(くわん)曹将軍(さうしやうぐん)が画馬(くわば)を見て作(つくつ)た詩(し)じや唐(たう)の世(よ)の初(はじめ)より鞍(くら)おき馬(うま)を
ゑがく神妙(しんめう)の人 江都王(かうとわう)名(な)は諸(しよ)つゞひて曹将軍(さうしやうぐん)が三十年このかたの名取(なとり)である乗黄(じようくはう)は
名馬(めいば)の名(な)にて天(てん)より龍(りよう)が下(くだ)つて馬(うま)を産(うん)だと云 伝馬(てんば)で人間(にんげん)のみることはなるまいとお
もふた曹将軍(さうしやうぐん)の画馬(ぐわば)こそ真(しん)の乗黄(じようくはう)じや貌(ばく)すとはいきうつしのこと先帝(せんてい)は玄宗(げんそう)に御(ご)
秘蔵(ひさう)の照夜白(せうやはく)と云 馬(うま)年(とし)よりて死(し)ぬるであらうと興慶池(こうけいち)御 遊(ゆう)の折(をり)曹将軍(さうしやうぐん)に詔(みことのり)が
有て此 馬(うま)を生(しやう)うつしにせよと上意(じやうい)にて忽(たちま)ち画(ゑがい)て出(だ)した其(その)妙天(めうてん)に感応(かんをう)ありしや興(こう)
慶池(けいち)のあたり十日が間 雷(らい)が鳴(なつ)た是(これ)実事(じつじ)であるそこで天子(てんし)も御(ご)きげんのあまり内(だい)
府(ふ)御納戸(おなんど)の内蔵(うちぐら)にあるえびすから献(けん)じた殷紅色(あんこうしよく)の瑪瑙盤(めなうばん)を賜(たまは)んと婕妤(せうよ)といふ女(ぢよ)
官(くわん)へ仰付(あふせつけ)られ婕妤(せうよ)から才人(さいじん)と云 女官(ぢよくわん)へ其(その)詔(みことのり)をつたへ御 蔵(くら)の内(うち)より索(もとめ)出(いだ)し将軍(しやうぐん)へ賜(たま)はり左(さ)
右(ゆう)の袖(そで)をひろげ拝(はい)してうけ取(とり)拝答(はいたふ)とて左右(さゆう)の袖(そで)をひろげ舞(まひ)のかたちのやうにする日本(にほん)の
【挿絵】
小笠原流(をがさはらりう)の諸礼(しよれい)の如(ごと)くじや軽紈(けいぐわん)細綺(さいき)は色々(いろ〳〵)薄物(うすもの)の反物(たんもの)を追々(おひ〳〵)に下された歴々(れき〳〵)方の
座敷(ざしき)なども将軍(しやうぐん)に絵(ゑ)を頼(たの)み筆跡(ひつせき)を得て屏風(びやうふ)からかみふすまの類あの人の座しきには
曹将軍(さうしやうぐん)の画(ゑ)が有といへば人が格別(かくべつ)に思(おも)ふ様(やう)にある以上馬九ツありとみゆる昔(むかし)太宗(たいそう)の拳(けん)
毛騧(もうくうわ)近(ちか)ごろ郭子儀(くわくしぎ)が獅子花(ししくわ)と今の新図(しんづ)に此二疋を画がきまさしく生(いき)た様(やう)にある
ゆへ拳毛騧(けんもうくわ)獅子花(ししくわ)などを見知た者(もの)が見ると扨(さて)〳〵よく出来(でき)たと胆(きも)をつぶしかん
しんたんそくする此二疋は戦場(せんじやう)には一 疋(ひき)が万に敵(てき)するすぐれもの共じや白(しろ)い絵絹(ゑきぬ)に二 疋(ひき)の
馬を画(ゑがい)て有が地(ぢ)の白(しろ)いが漠々(ばく〳〵)と砂漠(さばく)のごとくみゆるそれをおしひらひて生る馬が出る
やうにてあたりの白(しろ)い所(ところ)迄 沙漠(さばく)のやうにみゆ外七 疋(ひき)もいきほひすぐれ迥然(けいぜん)と寒空(さむそら)雪(ゆき)ふるけし
きをみるごとくそつとするばかり蹄(ひづめ)もつよく霜(しも)をふむいきほひ長楸(ちやうしう)の並木(なみき)の間などに蹴(しう)
踏(たふ)するさまを書(かい)ていきておどるごとく馬役人(うまやくにん)が廝養(しやう)の様子(やうす)列(れつ)をなして居るていじや
九馬(きうば)神駿(しんしゆん)を争(あらそ)ふさまみるにも愛(あい)すべし気象(きしやう)高(だか)に後向(うしろむき)のさまがおんこうに見ゆる借(しや)
問(もん)す出精(しゆつせい)苦心(くしん)して愛(あい)するは誰(たれ)であらういにしへは支遁(しとん)が馬(うま)すきで有たが今は御亭主(ごていしゆ)の
韋諷録事(ゐふうろくじ)其元(そのもと)が馬(うま)ずきじや是(これ)について思(おも)ひ出(だ)す玄宗(げんそう)さかんの時(とき)翠華(すゐくわ)の旌(はた)を立(たて)て
新豊宮(しんほうきう)へ御幸(みゆき)の時(とき)足(あし)達者(たつしや)に力量(りきりよう)すぐれた馬(うま)を三万 匹(ひき)ほど御つれなされしが皆(みな)此(この)
図(づ)の馬(うま)と筋骨(きんこつ)同(おな)じく丈夫(ぢやうぶ)にあつた騰驤(たうじやう)は馬(うま)の足(あし)達者(たつしや)なこと周(しう)の穆天子(ぼくてんし)が河宗(かそう)
伯夭(はくえう)と云 水神(すゐじん)の処へ幸(みゆき)ありしかば束帛(そくはく)を献じ加璧(かへき)の礼(れい)を行(おこなふ)たゆへ天子(てんし)の宝器(はうき)を
伯夭(はくえう)に御見せなされたことがある又(また)漢(かん)の武帝(ぶてい)が河水(かうすゐ)を渡(わた)る時(とき)河中(かうちう)で命(めい)して蛟(みづち)を射(い)さ
せられた玄宗(げんそう)は豪傑(がうけつ)で古(いにしへ)の穆天子(ぼくてんし)の河伯(かはく)を呼出(よびだ)して宝(たから)を献(けん)じさせたやうなこと
も有つたが今(いま)は崩御(ほうぎよ)なされた漢(かん)の武帝(ぶてい)蛟(みづち)を射(い)させたやうな気象(きしやう)の天子(てんし)もないと
天子(てんし)の故事(こじ)を二ツ出し玄宗(げんそう)を惜(をし)む君(きみ)見ずやと七 言(ごん)に三 字(じ)くわへて詞(ことば)を改(あらた)め玄宗(げんそう)の
様(やう)な気象(きしやう)な天子(てんし)も金粟堆(きんぞくたい)の松柏(しようはく)の中(なか)に陵(みさゝぎ)が立(たち)有(あり)て龍(りよう)の媒(なかだち)にもなるやうな馬(うま)は
去尽(さりつく)してたゞ野鳥(のとり)など空(むな)しく風(かぜ)に呼(よば)はつて居(ゐ)るを聞(きく)のみじやと当時(たうじ)粛宗(しくそう)の
勢(いきほひ)のないことを云(いふ)穆天子(ぼくてんし)の故事(こじ)を出(だ)したは八 駿(しゆん)名馬(めいば)の縁(えん)が有(あり)て的中(てきちう)の句(く)じや
折(をり)ふし長語(ちやうご)を交(まじゆ)る古詩(こし)のもちまいじや
【挿絵】
【題簽】
増 女大学 全
【右丁】
新(しん)続(ぞく)古今(こきん)雑(ざう)
権中納言 通俊(みちとし)
たづねずは
かひなから
まじ
いにしへの
代々(よゝ)のかし
こき
人(ひと)のこと
の葉(は)
夫(それ)人(ひと)とうまれては
男子(なんし)にまれ女子(によし)
に
まれいにしへの
【続きは欠丁ヵ】
【左丁】
女大学(おんなだいがく)
一 夫(それ)女子(によし)は成長(せいちやう)して他(た)
人(にん)の家(いへ)へ行(ゆき)舅姑(しうとしうとめ)に仕(つかふ)る物(もの)
ならは男子(なんし)よりも親(をや)の教(をしへ)
ゆるかせにすべからず父母(ふぼ)寵([ちやう])
愛(あい)して恣(ほしいまゝ)に育(そだて)ぬれば夫([をつと])
【右丁】
【上段】
嫁(とつき)文章(ぶんしやう)
一筆(ひとふで)申入(まうしいれ)まいらせ候
そもじ さま(さま)御縁(ごえん)
組(ぐみ)極(きはま)り候(さふらふ)てよ所(そ)へ
越給(こしたま)ふよし誠(まこと)に
目出(めで)たふ幾千年(いくちとせ)
色(いろ)もかはらぬ常(とき)
盤木(はぎ)の枝(えだ)をつらぬ
る御契(おんちきり)と祝(いはひ)まいらせ候
申までは候はねども
身持(みもち)正(たゞ)しくこゝろ
【下段】
の家(いへ)に行(ゆき)て必(かならす)気随(きづい)にて夫(をつと)
に疎(うと)まれ又(また)は舅(しうと)の誨(をしへ)正(たゞ)しけ
れは難(かたく)_レ堪(たへ)おもひ舅(しうと)を恨(うらみ )誹(そしり)
中(なか)あしく成(なり)て終(つい)には追出(をいいだ)され
恥(はぢ)をさらす女子(によし)の父母(ふほ)わが
訓(をしへ)なき事(こと)をいわずして舅(しうと )夫(をつと)
のあしきと而已(のみ)思ふは誤(あやま[り])なり
【左丁】
【上段】
おとなしくさゞれ
石(いし)の巌(いはほ)となりて
苔(こけ)のむすまで繁(はん)
昌(じやう)して孫(まご)子(こ)の末々(すへ〴〵)
まで御栄(さかえ)候やうにと
うちねがひ候まゝ
筆(ふで)にまかせて申
上(あげ)まいらせ候
第一(だいいち)慈悲(じひ)ふかく
人(ひと)を憐(あはれ)み虫けだ
ものゝ上迄(うへまで)も露(つゆ)の
【下段】
是皆(これみな)女子(によし)の親(をや)の教(をしへ)なき故(ゆへ)也
一 女(をんな)は容(かたち)よりも心(こゝろ)の勝(まされる)を善(よし)と
すべし心(こゝろ)ばへ無美(よしなき)女は心 騒(さはがし)く
眼(まなこ)恐(をそろ)しく見(み)出(いだし)て人(ひと)を怒(いかり)言(こと)
葉(ば)訇(あららか)に物(もの)いひさがなく口(くち)きゝて
人に先(さき)だち人を恨(うらみ)ねたみ
我身(わがみ)にほこり人を謗(そしり)笑(わら)
【右丁】
【上段】
情(なさけ)をかけ給(たま)ひおもて
は唯(たゞ)青柳(あをやぎ)の糸(いと)の
靡(なひく)か如([こ]と)く物(もの)やはらか
にして人(ひと)の心(こゝろ)を酌(くみ)て
知(し)り我(わか)僻(ひか)めるを押(おし)
直(なほ)し扨又(さてまた)心の内(うち)は
石(いし)や金(かね)よりも堅(かた)く
あだなる方(かた)に心(こゝろ)を向(むけ)
給ふべからず忠臣(ちうしん)は
二君(じくん)に仕(つか)へず貞女(ていぢよ)は
両夫(りやうふ)に見(まみ)えずくれ
【下段】
われ人 ̄ニまさり皃(かほ)なるは皆(みな)女
の道(みち)に違(たがへ)る也 女(をんな)は唯(たゞ)和順(やはらぎしたがひ)て
貞心(ていしん)に情深(なさけふかく)静成(しつかなる)を善(よし)とす
一 女子(によし)は稚時(いとけなきとき)より男女(をとこをんな)の別(わかち)
を正(たゞ)しくして仮初(かりそめ)にもたわ
むれたる事を見(み)聞(きか)しむべ
からず古(いにしへ)の礼(れい)に男女(なんによ)は席(しきもの)を
【左丁】
【上段】
〴〵此(この)理(ことは)りを朝夕(あさゆふ)心(こゝろ)
にかけ給(たま)はゞ神(かみ)や仏(ほとけ)
の守(まも)りめもおはし
ましまいらせ候
【下段】
同(をなじく)せず衣 裳(しやう)をも同處(をなじところ)に置(をか)ず
同所(をなしところ)にて浴(ゆあみ)せず物(もの)を受取 渡(わたす)
事も手より手へ直(ちか) ̄ニ せず夜行(よるゆく)
時(とき)は必(かならす)燭(ともしび)を燈(ともし)て行へし他人(たにん)
は言(いう)に及(をよば)ず夫婦(ふうふ)兄弟(きやうだへ) ̄ニ而 も
別(べつ)を正(たゞしく)すへしと也 今時(いまとき)の民(みん)
家(か)は此(この)様(やう)の法(ほふ)を知(し)らずして
【右丁】
【上段】
第二(たいに)賓客(まろうと)【「きやくじん」左ルビ】など御(おん)
渡(わた)り候はん時(とき)は内(うち)に
いかなる心遣(こゝろつか)ひの事(こと)
候とも聊(いさゝか)その気色(けしき)
を表(あらは)さず何(なに)となれ
うち向(むか)ひ月(つき)雪(ゆき)花(はな)
時鳥(ほとゝぎす)何(いつ)れ其(その)折(をり)に
ふれたる物語(ものかたり)などし
て懇(ねんごろ)にとりはやし
給ふへく候さりとて
若(わか)き人(ひと)の余(あま)り睦(むつ)
【下段】
行規(ぎやうぎ)を乱(みだり)にして名(な)をよごし
親(をや)兄弟(けうたい)に恥(はぢ)をあたへ一 生(しやう)み
を空(いたつら)に仕(する)者(もの)有口 惜(をしき)事 ̄ニ あら
ずや女は父母(ふぼ)の命(をほせ)と媒(なかだち)と
にあらざれは交(ましは)らず親(したしま)ずと
小 学(がく)にもみへたり仮(たとひ)【注①】命(いのち)を失(うしなふ)
とも心を金石(きんせき)の如(こと)にかたく
【左丁】
【上段】
まじげなるもよそ
目いかゞ有まいらせ候や
唯(たゞ)何(なに)となく准(なぞら)へて
角(かど)しのぎなきやう
にあひ〳〵敷(しく)候は事
あらまほしく候
第三(だいさん)召仕(めしつか)ひの人
疎(おろそか)にて何事も思ふ
やうにならず候はゞ
忍(しのび)やかによまひ言(ごと)を
もいひ聞(きか)せ給ふべく候
【下段】
して義(ぎ)をまもるへし
一 婦(ふ)人は夫の家を我(わが)家とする
ゆへに唐土(もろこし)には嫁(よめいり)を帰(かへ)ると言我
家にかへると言事也 縦(たとひ)【注②】夫の家
貧錢(ひんせん)成共夫を怨(うらむ)べからず天より
我(われ) ̄ニあたへ給へる家の貧(まづしき)は我
仕合の凶(あしき)故(ゆへ)なりと思一度嫁し
【注① 「仮」で(たとい)とする例あり。「仮令(たとい)」から「令」脱落の可能性もあり】
【注② 字面は縀。旁は誤記ヵ】
【右丁】
【上段】
必(かならず)高声(こはたか)に罵(のゝしり)給ふ
べからず主(あるじ)などの
聞せ給ふ所にては
猶更(なほさら)口惜(くちを[し])く候いかに
みめかたち美(うつくし)き
女房(にようぼう)も腹(はら)をたて
たる顔(かほ)ばせはみに
くき物にて候又
よまひ言(ごと)をもきく
まじきものと思ひ
給はゞ里(さと)へ返(かへ)し候へ
【下段】
ては其家を出ざるを女の道(みち)
とする事 古(いにし)へ聖人(せいじん)の訓(をしへ)也
若(もし)女の道 ̄ニそむき去(さら)るゝ時は
一生の恥(はぢ)也されは婦人 ̄ニ七 去(きよ)
とてあしき事七有一には 嫜(しうとしうとめ)に
順(したがは)さる女は去(さる)べし二ッには子(こ)なき
女は去べし是(これ)妻(つま)を娶(めどる)は子孫(しそん)
【左丁】
【上段】
男も女も余(あま)り短(たん)
気(き)に候へば難義(なんぎ)も
出来(でき)召仕(めしつかは)れ候者も
退屈(たいくつ)あればよそへ
【下段】
相続(そうぞく)の為(ため)なれは也 然(しかれ)《割書:共》婦人の
心正(こころたゞ)しく行義(きやうき)能(よく)して妬(ねたむ)心なく
は去ず《割書:共》同姓(どうせい)の子を養(やしなふ)へし或(あるい)
は妾(てかけ) ̄ニ子あらは妻 ̄ニ子なく《割書:共》去 ̄ニ
及ず三には淫乱(いんらん)なれは去四には
悋気(りんき)ふかけれはさる五 ̄ニ癩病(らいびやう)な
とのあしき疾(やまひ)有はさる六 ̄ニ多言(くちまめ) ̄ニ而
【右丁】
【上段】
悪(あし)きさまに名を
立(たて)後(のち)に逃(にげ)うせる
ものにて候 或(ある)哥(うた)に
みよしのゝなつみの
川の河淀(かはよど)に鴨(かも)ぞ
鳴(なく)なる山蔭(やまかけ)にして
芳野(よしの)川の流(ながれ)は早く
候ゆへ鴨は水の上に
住(すむ)ものなれど余(あま)り
早(はや)き所には住ずして
少しよどむ處(ところ)に遊(あそ)
【下段】
慎なく物いひ過(すごす)は親類《割書:共|》中あ
しく成て家 乱(みだる)る物なれば去べし
七には物を盗(ぬすむ)心あるは去此七去は
皆(みな)聖人の教也女は一度 嫁(よめいり)して
其家を出されてはたとひ二度
富貴(ふうき)なる夫にかす《割書:共|》女の道(みち)に
違(たがい)て大なる恥(はぢ)也
【左丁】
【上段】
ぶなり況(いはん)や人間
のはげしき所には
ながらへがたく候
第四(だいし)夫婦(ふうふ)の間(あいだ)高(たかき)も
賎(いやしき)も睦(むつ)まじく候
半【はん(はむ)と読ませる】こそ余所(よそ)の聞え
も心にくう侍(はべ)れ縦(たとひ)
千世(ちよ)を送(おく)り給ふ《割書:共|》
聊(いさゝか)も主(あるじ)に見おと
されぬやうに朝(あさ)夕
嗜(たしなみ)候はゞいよ〳〵
【下段】
一女子は我家 ̄ニ有ては我 父(ふ)母に
専(もつはら)孝を行ふ理(ことはり)也され《割書:共|》夫の
家 ̄ニ行(ゆき)ては専嫜を我親よりも重(をもん)じ
て厚(あつく) 愛(いつくし)み敬(うやまい)孝行を尽(つくす)べし
親の方を重し舅(しうと)の方を軽(かろん)
ずる事なかれ嫜の方の朝夕(あさゆふ)
の見舞(みまい)をかくべからす嫜の方
【右丁】
【上段】
千秋万歳(せんしうばんぜい)を保(たも)ち
給ふべく候扨又 無(む)
念(ねん)の事をもさの
み思ふべからず唯(たゞ)浮(うき)
世(よ)の有さまをつく
〴〵見聞給ひ心
をものどやかに過(すご)し
給はゞ行末(ゆくすへ)善(よき)事
のみにて有まいらせ候
つらけれど恨(うら)みんと
はた思ほえずなほ
【下段】
の勤(つとむ)べき業を怠るへからずもし
嫜の令(をふせ)あらは慎行て背(そむく)べか
らず万(よろづ)の事嫜 ̄ニ問(とふ)て其教に
任([ま]かす)べし嫜若 我(われ)を憎(にくみ)そしり給
《割書:共|》怒(いかり)恨(うらむる)る事なかれ孝(こう)を尽(つくし)て
誠(まこと)を以つかゆれば後は必(かならず)中(なか)能成(よくなる)者也
一婦人は別(べつ) ̄ニ主君(しゆくん)なし夫を主人と
【左丁】
【上段】
行末(ゆくすへ)を頼計(たのむばかり)ぞ
人の妻(め)の余(あま)りねた
みの終(おは)りこそ二人の
恥(はぢ)をあらはしにけれ
【下段】
思ひ敬(うやまひ)慎て事(つかふ)べし軽(かろ)しめ侮(あなどる)
べからず惣(そうじ)《割書:而(て)》は婦人の道は人 ̄ニ従(したがふ)に
有夫 ̄ニ対(たい[す])るに顔色(がんしよく)言葉遣(ことばつかひ)い【語尾の重複】
いんぎんに謙(へりくだり)和順(わじゆん)成べし不忍(いぶり) ̄ニ而(して)
不(ふ)順なるべからず奢(をごり)て無 礼(れい)成
べからず是女子 第(だい)一の勤(つとめ)也夫
の教訓(きやうくん)有は其 仰(をふせ)を叛(そむく)べからず
【右丁】
【上段】
第五(だいご)旅路(たひぢ)の帰り
或(あるひ)は酒宴(しゆえん)など有
て草臥(くたびれ)の時は女なが
らも夢(ゆめ)も結(むす)ばず分(わき)
て用心し給ふへし然(さり)
迚(とて)余(あま)りこと〴〵敷やう
なるも如何(いかゞ)候はんや
第六(だいろく)常々(つね〴〵)我(われ)に親(した)
しき人の少し物遠(ものとを)
の様(やう)に候とて此方も
等閑(なほざり)に候半事有
【下段】
疑(うたがは)しき事は夫 ̄ニ問(とふ)て其 下知(げじ) ̄ニ
随(したがふ)べし夫 問(とふ)事有は正(たゞしく)答(ことふ)べし
其 返答(へんとう)疎成(をろそかな)るは無礼(ぶれい)也夫若
腹立 怒(いかる)時は恐(おそれ)て順(したがふ)べし怒あ
らそひて其心に逆(さかふ)へからす女
は夫を以天とす返々(かへす〴〵)にも夫に
逆(さかい)て天のばちをうくべからず
【左丁】
【上段】
間敷(まじき)ことにて候
つらしとて我(われ)さへ
心( こゝろ)忘(わす)れずば然(さり)とて
中(なか)の絶(たえ)やはつべき
とは奇特成(きどくなる)詠哥(よみうた)と
おぼえ候殊更 睦(むつま)じ
き人のよまひごと異(い)
見(けん)など候 半(はん)には
いかにも念頃(ねんごろ)に聞(きゝ)
給ひ善事(よきこと)を実(げに)もと
思ひ悪(あし)き事をば
【下段】
一 兄公(こしうと)女公(こしうとめ)は夫の兄弟(けうだい)なれは敬(うやもふ)
べし夫の親類(しんるい)に謗(そしら)れ憎(にくまる)れは
嫜(しうと〳〵め)の心 ̄ニそむきて我身(わがみ)の為(ため)にも
宜(よろし)からず睦(むつまじく)すれは嫜の心 ̄ニも協(かなふ)
又 嫂(あによめ)を親(したしみ)睦すへし殊更(ことさら)夫の
兄(あに)あによめは厚(あつく)敬(うやもふ)へしわがあ
にあねと同(をな)じくすべし
【右丁】
【上段】
打捨給(うちすてたま)ふべく候 仮(かり)
にも気随(きずい)の色(いろ)をみ
せ給ふべからす
第七人中にていか
にも心をはえ〴〵
敷(しく)有(ある)べく候 然(さり)とて
余(あま)り口をきゝ高笑(たかわらひ)
など見苦敷(みぐるしく)候 唯(たゞ)
男も女も物(もの)いひ過(すご)
し候事悪く候口は是(これ)
科(とか)の門(もん)舌(した)は是 禍(わざはひ)の
【下段】
一 嫉妬(しつと)の心 努(ゆめ)〳〵発(をこす)へからず男(をとこ)
淫乱(いんらん)ならは諫(いさむ)へし怒怨(いかりうらむ)へからず
妬(ねたみ)甚(はなはだし)けれは其けしき言(ことば)も恐敷(をそろしく)
冷(すさましく)して却(かへつ)而夫 ̄ニ疎(うとま)れみかぎらるゝ
物也 若(もし)夫ふ義(ぎ)過(あやまち)有は我 色(いろ)を
和(やわ)らげ声(こへ)を和(やわらか) ̄ニして諫へし諫を
聞(きか)ずして怒らは先 暫(しばらく)止(やめ)て後(のち) ̄ニ夫
【右丁欄外左下】
八
【左丁】
【上段】
根(ね)と申事 実(づゝに)もと
思ひまいらせ候
郭公(ほとゝぎす)人も言ばの
多(おほ)かるは品すくな
しと一 声(こへ)に鳴(なく)
【下段】
の心 和(やわら)きたる時又諫へし必
けしきをあらくしこへをい
らゝげて夫 ̄ニ逆(さかひ)そむく事なかれ
一 言語(ことば)を慎(つゝしみ)て多(をふく)すべからず
かりにも人を誹(そしり)偽(いつわり)を言べからず
人の謗(そしり)を聞事有は心 ̄ニ修(おさめて)人
に伝語(つたへかたる)へからず訕(そしり)を言伝(いゝつたふる)よりも
【右丁】
【上段】
第八(だいはち)謡(うたひ)舞(まひ)平家(へいけ)
其外(そのほか)みる事(こと)【叓は事の古字】きく
事ほんそうのざ敷(しき)
□【にヵ】て心に染(そま)ず共
うらやかに有たく候
又 面白(おもしろ)きとてそゞ
ろき廻(まは)るも結句(けつく)み
ぐるしき物にて候
第九人の言(こと)ばの
善悪(よしあし)又は歌 連哥(れんが)
などおかしげに読(よみ)
【下段】
親類《割書:共|》間(なか)あしく成 家内(いへのうち)治(おさまら)ず
一女は常 ̄ニ心 遣(づかひ)して其 身(み)を堅(かたく)
謹(つつしみ)守へし朝(あした)は早起(はやくをき)夜(よる)は遅寝(をそくいね)
昼(ひる)は寝ずして家内の事に心
を用(もちひ)織縫績(をりぬいうみ)つむぎ怠(をこたる)へ
からす又 茶(ちや)酒(さけ)なと多呑べか
らず歌舞妓(かぶき)小 哥(うた)浄(しやう)るりな
【左丁】
【上段】
なしたるを女(をんな)の上(うへ)
にて心におかしく候
共(とも)さもなき事(こと)いひ
出(いだ)し譏(そしり)笑(わらふ)ことある
間敷(まじく)候 只(たゞ)何事(なにごと)も
色(いろ)ふかきさまこそ
おくゆかしけれ
第(だい)十心にかけて
習(なら)ふべきは筆(ふで)の道(みち)
にて候いかなるやんごと
なき御 前(まへ)或(あるひ)は人中
【下段】
との淫(たはむ)れたる事を見(み)聞(きく)へからす
宮寺(みやてら)など都(すべ)て人の多集(おほくあつま)る
所へ四十才より内は余(あまり)に行(ゆく)へからず
一 巫(みこ)覡(かんなぎ)なとの事 ̄ニ迷(まよひ)て神仏(かみほとけ)
を汚(けがし)近付 猥(みだり) ̄ニ祈(いのる)へからす只(たゝ)人
間のつとめをよくする時はい
のらすとても神仏は守(まもり)給べし
【右丁】
【上段】
にてもおめずして【注①】
しとやかに書(かき)なし
たるはいと気高(けたか)く
見(み)ゆるもの也 上(かみ)にも
下(しも)つかたにも此道 拙(つたな)
きは不 自由(じゆう)なるのみ
か其身(そのみ)も賤(いやし)くしな
くだるものにて凡
我(われ)人(ひと)の用(よう)に立(たち)なん
物(もの)は第一 鳥(とり)の跡(あと)也
と或(ある)文(ふみ)にも見(み)え
【下段】
一人の妻(つま)と成ては其家を
よく保(たもつ)へし妻の行あしく放(ほう)
らつなれは家を破(やぶり)万事(ばんじ)つゞ
まやか【注②】にして費(ついへ)を作(なす)へからず衣(い)
服(ふく)飲食(のみくい)なとも身の分限(ふんげん)に
随用ておごる事なかれ
一若時は夫の親類 友達(ともだち)下
【左丁】
【上段】
候まゝ常(つね)〴〵御稽(ごけい)
古(こ)有(ある)こと又 大和(やまと)
歌(うた)は男女(をとこをんな)の中(なか)をも
やはらげたけき
武士(ものゝふ)のこゝろをも
なぐさむると有(あれ)は
日頃(ひごろ)心がけ詠給(よみたま)ふ
べく候 唯(たゞ)男も女も
義(ぎ)につけて身持(みもち)
心づかひ肝要(かんよう)にて
候 能(よき)上(うへ)にもよき
【下段】
部(べ)等の若(わかき)男(をとこ) ̄ニは打とけたる物
語(がたり)を付へからず男女の隔(へだて)を固(かたく)
すへしいかなる用有《割書:共|》若男 ̄ニ
文(ふみ)などかよはすべからず
一 身(み)の荘(かざり)も衣裳(いしやう)の染色(そめいろ)模(も)
様(やう)なとも目に立(たゝ)ぬやう ̄ニすべ
し身と衣服(いふく)とのよごれず
【注① 「おめず」は「怖む(おむ)」(きおくれする、おじけづく)の否定形か】
【注② 「す」とされたところは、「ま」には見えにくいですが。文意から「倹(つづま)やか」と思われます。「倹約するさま。控え目で慎み深いさま。」の意です。】
【右丁】
【上段】
やうにと願(ねが)ひ候に
より足曳(あしびき)のやま
鳥の尾(を)のなか〴〵
敷(しく)書(かき)つらね
まいらせそうろう
めてたくか
しく
嫁文章終
【下段】
してきよげ成はよし勝(すぐれ)て清
を尽(つくし)人の目 ̄ニ立ほど成は悪(あし)只(たゞ)
わがみに応(おふ)したるをもちゆへし
一 我(わが)郷(さと)の親(をや)の方に私(わたくし)夫の方
の親類(しんるい)を次(つぎ) ̄ニすへからず正月
節句なとにも先夫の方を勤(つとむ)
へし夫の許(ゆるさ)さる ̄ニは何方へも行へ
【左丁】
【上段】
女用文国尽(をんなようぶんくにづくし)
御姫様(おんひめさま)此(この)たび
山城守(やましろのかみ)様 御媒(おんなかたち)にて
大和守様(やまとのかみさま)へ御縁組(こえんぐみ)
御 整(とゝの)ひ遊(あそは)し御結(こゆひ)
納(なふ)の御祝儀(こしうぎ)進(しん)せられ
御 互(たかい)に御 目出(めで)たく
存上(そんしあけ)まいらせそうろう扨(さて)段々(たんたん)
御 道具(たうく)も揃(そろひ)まいらせそうろう
御 這子(はふこ)御箪笥(おんたんす)御厨(みつ)
子黒 棚(つくえ)は河内守(かはちのかみ)様
【下段】
からす私 ̄ニ人に贈(をくり)物すべからす
一女は我親の家をは続(つが)ず嫜(しうと〳〵め)
の跡(あと)をつぐゆへ ̄ニわが親よりも嫜
を大切 ̄ニ思ひ孝行を為へし
嫁(か)して後(のち)はわが親の家行事
も希なるへしまして他の家へは
大かたは使を遣して音信(いんしん)を為
【右丁】
【上段】
御 貝桶(かいおけ)は和泉(いつみの)守さま
御 長刀(なきなた)幷(ならひに)御 挟箱(はさみはこ)は
摂津守(せつつのかみ)様 御(おん)奥(おく)さま
より進(しん)ぜられ候 伊(い)
賀守(がのかみ)様より伊勢(いせ)
物語(ものがたり)の御 文箱([ふは]こ)志摩(しまの)
守(かみ)様よりは油単(ゆたん)と
して純子(とんす)【注】二十 巻(まき)
雨油単(あまゆたん)として尾張(をはり)
名古屋絹(なこやきぬ)百端(ひやくたん)参(まひ)
り候 御紋縫(こもんぬひ)ふせは御
【下段】
へし又我おやさとのよき事
をほこりてほめかたるへからす
一 下部 数多(あまた)召(めし)仕《割書:共》万事自
辛労(しんろう)を忍(しのひ)て勤(つとむる)事女の作法(さほう)
なり嫜(しうと〳〵め)の為 ̄ニ衣(きぬ)をぬい食(しよく)を調(とゝのへ)
夫に仕て衣(きぬ)を畳(たゝみ)席(しきもの)を掃子
を育(そだて)汚(けかれ)を洗(あらい)常(つね)に家の内に
【左丁】
【上段】
出入(ていり)の参河(みかは)屋へ仰
付(つけ)られ候 遠江(とをとみの)守さま
御 奥(おく)さまより色(いろ)
縮緬(ちりめん)五十 巻(まき)駿河(するかの)
守(かみ)様より蚊帳(かちやう)
【下段】
居 ̄て みたりに外へいつへからす
一下女を遣に心を用ゆべし
言がひなき下 臈(らう)は習し悪
てちゑなく心かたましくもの言
事さかなし夫の事嫜こしうとめ
笑事なとわか心 ̄ニ合ぬ事有は
猥(みたり) ̄ニ謗(そしり)聞(きか)せてそれを却而(かへつて)君(きみ)の
【注 どんすは普通「緞子」「鈍子」と表記されますので、この字は扁か旁かどちらかを書き間違えたものと思われます。箪笥の数詞は巻とは言いませんしね。】
【右丁】
【上段】
進せられ候 昨日(きのふ)
呉服所(こふくしよ)伊豆蔵(いづくら)
より納(おさめ)まいらせそうろう甲斐(かひの)
守様より毛氈(もうせん)五
十 枚(まい)相模(さかみの)守さまより
武蔵野(むさしの)ゝ蒔(まき)絵の
御文庫(おんぶんこ)御 硯箱(すゞりはこ)
御難産除(こなんさんよけ)として
つかひの海馬(かいば)子安(こやす)
貝(かひ)態々(わさ〳〵)安房(あは)の国(くに)
より御取 寄(よせ)進(しん)せ
【下段】
為(ため)と思へり婦人 若(もし)ちへなくし
て是を信(しん)しては必(かならす)恨(うらみ)出来(てき)安
元(もと)より夫の家は皆(みな)他人なれは恨
叛(そむ)き忍愛(にんあい)を捨(すてる)事安 構(かまへて)下
女の詞(ことは)を信(しんじ)て大切なる嫜
姨(こしうと)の親(をや)をうすくすべからず
もし下女 勝(すくれ)て口かましくて
【左丁】
【上段】
られ候 上総(かづさ)の久留(くる)
里とかや申所(まうすところ)より
目出(めで)たき夫婦(ふうふ)参(まい)り
三(み)つめの御 哥(か)賃(ちん)
ねりまいらせそうろう筈(はづ)に
御座候 下総(しもふさの)守さま
より御 在所(ざいしよ)常陸(ひたちの)
国(くに)鹿嶋(かしま)の愛敬(あいけうの)御
守(まもり)行器(ほかい)御さし樽(たる)
近江晒(あふみさらし)は美濃(みのゝ)守
さまより進ぜられ候
【下段】
あしき者ならは早く追(おい)出す
へしか様(やう)の者は必(かならず)親類(しんるい)の中
をも言(いゝ)さまたげ家を乱(みだ)す
基(もとい)と成者也 恐(おそ)るへし又いや
しき者を使には気(き)に合せ
ること多(おふし)それを怒(いかり)のゝしり
て止(やま)ざれはせわ〳〵敷(しく)腹立(はらたて)
【右丁】
【上段】
飛騨守(ひだのかみ)さまに久(ひさ)しく
勤(つとめ)申され候 躾(しつけ)がた
功者(こうしや)なる御 年寄衆(としよりしゆ)
召抱(めしかゝへ)られ候よし
信濃(しなのゝ)守さまより上(かう)
野(つけ)絹(きぬ)三十 疋(ひき)木具(きぐ)
五十 人前(にんまへ)下野(しもつけの)守
様(さま)より陸奥国(むつのくに)松(まつ)
嶋八景(しまはつけい)の御 屏風(びやうぶ)
進(しん)ぜられ一日(ひとひ)あな
たさまへ御姫(おひめ)さま
【下段】
事まして家の内しつかな
らず悪(あしき)事有は折々言 教(をしへ)て
誤(あやまり)を直(なほ)すへし少(すこし)の過(あやまち)はこらへ
ていかるへからす心の内 ̄ニ はあわ
れみて外には行義を固(かたく)訓(をしへ)
て怠(をこた)らぬ様 ̄ニ 仕ふへし与(あたへ)恵(めぐ)む
へき事有は財(ざい)をおしむべか
【左丁】
【上段】
入せられ候 節(せつ)
出 羽座(はざ)を御 召(めし)御
操(あやつり)御座候 私(わたくし)とも
御 供申上(ともまうしあけ)拝見(はいけん)い
たしまいらせ候
【下段】
らす但我気に入たるとて
用 ̄ニ も立ぬ者 ̄ニ みたり ̄ニ 与へからす
一 凡(およそ)婦(ふ)人の心根の悪(あしき)病(やまひ)は
和(やわ)らき順(したかは)さると怒(いかり)恨(うらむ)ると人
をそしると物 妬(ねたみ)と智(ち)恵浅き
と也此五 ̄ツ の疾(やまい)は十人に七ハ
は必有是婦人の男 ̄ニ 及はさる
【右丁】
【上段】
若狭(わかさ)の勾当(こうたう)も
まいられ候 扨々(さて〳〵)能(よき)
御 慰(なぐさみ)にて御(ご)座候
越前綿(えちぜんわた)百把(ひやくば)加賀(かかの)
守様(かみさま)より御 到来(たうらい)
能登(のとの)守さまより
綸子(りんす)紗綾(さあや)越中(えつちうの)守
様より越後(えちご)ちゞみ
御 浴衣地(ゆかたち)御 染帷子(そめかたびら)
進(しん)ぜられ候 色(いろ)〳〵
美(うつく)しき御 模様(もやう)
【下段】
處也 自(みつから)かへりみて戒て改去へ
し中にもちへの浅ゆへに五
の疾(やまひ)もおこる女は陰性(いんしやう)也陰は
夜 ̄ニ てくらしゆへに女は男 ̄ニ くら
ふるに愚(をろか)にて目の前なるしか
るへき事をもしらす又人のそ
しるへき事をも弁(わきまへ)す我夫はか
【左丁】
【上段】
にて御座候 佐渡(さどの)
守さまより香具(かうぐ)
源氏(げんじ)御 哥(うた)かるた
是は此方(こなた)さまより御
望にて御 貰(もらひ)遊し
丹波(たんばの)守さまより丹(たん)
後嶋(ごしま)色羽二重(いろはぶたへ)但馬(たじまの)
守様より衣桁(いかう)御(ご)
膳臺(ぜんだい)御 湯桶(ゆたう)御 盥(たらい)
しんぜられ候
因幡(いなばの)守様 伯耆(はうきの)守
【下段】
子の災(わさはひ)と成へき事をも知ら
ず科(とか)もなき人をうらみいかり
のろひ或(あるひ)は人を妬(ねたみ)にくみて
我みひとり立(たて)んと思へと人 ̄ニ
憎(にくま)れ疎(うと)まれて皆わがみの
仇(あだ)と成事を知らずいとはかな
く浅(あさ)まし子をそだつれ《割書:共》
【右丁】
【上段】
さまにも入(い)らせられ
とり〴〵御 咄(はなし)の上にて
こなた御 在所(ざいしよ)出雲(いづもの)
国(くに)大社にて年〴〵
神々様御 集(あつま)り御 縁(えん)
結(むす)び遊し候よし
此御縁は定(さだ)めて御(ご)
贔屓(ひいき)も候はんやと
御 一笑(いつしやう)遊(あそば)し候 岩見(いはみの)守
さまより御つゞら御 長(なが)
持参り候 隠岐(をきの)守さま
【下段】
愛(あい) ̄ニ おぼれて習(ならは)はせ悪し
斯(かく)愚(おろか)なるゆへに何事も我(わが)身
をへりくだりて夫 ̄ニ したがふへし
古(いにしへ)の法に女子を産(う)めば三日
床(ゆか)の下(した) ̄ニ ふさしむるといへり
是も男は天にたとへ女は地(ち)
にかたとるゆへによろつの事
【左丁】
【上段】
には獅子(しゝ)の御 香(かう)ろ
堆朱(ついしゆ)の香合(かうがう)鹿(しか)の
文鎮(ぶんちん)筆架(ひつか)硯屏(けんびやう)抔(など)
のかざり物にて播磨(はりま)
守さま御小袖御 袷(あはせ)御
単(ひとへ)物抔進ぜられ候
【下段】
につきても夫を先立わが
身をのちにし我かなせる
事によき事ありとても
ほこる心なく又 悪(あ)しき事
有て人に言はるゝとて
もあらそはずして早くあ
やまちを改(あらた)め重(かさ)ねて人
【右丁】
【上段】
御 夫婦(ふうふ)様御膳御 掛(かけ)
盤(ばん)御 重箱(ぢうはこ)御 蒸籠(せいろう)は
美作(みまさか)屋へ仰付られ
備前(びぜん)唐津焼(からつやき)御皿
御引盃御 茶(ちや)弁当(べんたう)
備中(びつちうの)守様よりの
御 贈(おくり)物なり備後(びんごの)
守さまには御たばこ
ぼん御火鉢御 燭台(しよくたい)
進ぜられ候 安藝(あきの)
守さまには御 歌書(かしよ)
【下段】
にいわれさるやうに我身
を慎み亦(また)は人にあなど
られても腹立いきとふる
事なくよく堪(たへ)て物を恐(をそ)
れ慎むへしかくのごと
くこゝろ得(へ)なば夫婦(ふうふ)の
中おのづから和らぎ行(をこない)
【左丁】
【上段】
周防(すはうの)守様より長門(ながと)
赤間関(あかまがせき)の御 硯(すゞり)定家(ていか)
卿(けう)の御 筆(ふで)歌仙(かせん)御巻
物におはしまし候
紀伊(きいの)守様より御
琴(こと)三味線(さみせん)碁盤(ごばん)
双(す[こ])六ばんにて淡路(あはぢの)
守様には花瓶(くわへい)おん
だいす進ぜられ候
阿波(あはの)守様御 奥(おく)さま
より犬張子(いぬはりこ)御 姿見(すがたみ)
【下段】
すゑながくつれそひ
て家(いへ)の内おたやかな
るへし
右之條々(みきのぜう〳〵)いとけなき
ときよりよく訓(をし)ゆべし
又書つけて折(をり)々読(よ)ま
しめ忘(わす)るゝ事なから
【右丁】
【上段】
讃岐(さぬきの)守様より御
廣(ひろ)ぶた御ふくさ
五十御 風呂敷(ふろしき)百
伊 豫(よの)守様より
土佐(とさ)の三幅(さんふく)對(つい)左右(さいう)
松竹中 寿老(じゆらう)人
政宗(まさむね)の御守刀進
ぜられ候御 輿(こし)御
迎(むかひ)には筑前(ちくぜんの)守さま
入(いら)せられ候よし
御 送(おく)りには筑後(ちくごの)
【下段】
しめよ今の代(よ)の人女
子に衣服(いふく)道具(どうぐ)なと
おほくあたへて婚姻(こんいん)
せしむよりも此条々を
よく教(をしへ)ゆる事一生身を
たもつ寶(たから)なるへし古(ふる)
き言葉(ことば)に人よく百萬
【左丁】
【上段】
守様 豊前(ぶぜんの)守さま
にて御座候御道
筋は豊後(ぶんごの)守様御
屋鋪前(やしきまへ)肥前(ひぜんの)守様
表(おもて)御門御通りにて
候よし御供中ひ
らき候せつは肥後(ひごの)
守さまかつ日向(ひうが)守様
大隅(をゝすみ)守様御屋敷の
間と申す事にて
薩摩(さつまの)守様 壱岐(いきの)
【下段】
銭を出して女子を嫁せし
むる事を知(しつ)て十萬銭を
出して子を訓(をしへ)る事を知らず
といへり誠(まこと)なるかな女子の
親たる人此 理([り])を知らず
んばあるべから壽(ず)
女大学終
【右丁】
【上段】
守様 對馬(つしまの)守さま
事は御つゞきのよし
誠(まこと)に〳〵幾(いく)久敷
萬々年御 繁昌(はんじやう)
遊し御 賑々(にぎ〳〵)敷
さまの御事千
秋萬 歳(ぜい)芽出(めで)
たくぞんじ
あげまいらせそうろう
かしく
国盡文章終
【左丁】
【上段】
三夕和哥(さん[せ]きのわか)
寂連法師(じやくれんほうし)
さびしさは
その色とし
も
なかりけり
槙たつ山の
秋の夕ぐれ
西行法師(さいぎやうほうし)
心なき 夕
身にも 暮
哀(あは[れ])は
沢の しられけり
秋の 鴫(しぎ)たつ
藤原定家(ふぢはらのていか)
見わたせば
花も
紅葉も
なかりけり
秋 うらの
の とまやの
ゆふ暮
【下段】
百人一首哥のよみくせ 百人一首《割書:ひやくにんしゆと|つめてよむべし》 天智天皇《割書:てんぢと| にこるべし》
持統天皇《割書:ちとう| すむ也》 山邊赤人やまべとよむ 喜撰法師 ほつしとつめて
陽成院《割書:やうじやういん|りうによりやうぜい》 麻呂いつれもまろとよむ 権中納言 ごんちうとにごる
在原うちにて《割書:は|》はら也 文屋ふんやとすむべし 壬生忠岑《割書:みふとよむ|めい古【所ヵ】にはにごる》
坂上さかのへ也うへといわす 深養父ふかやふとよむ 文屋朝康 ふんやあさやす也
赤染あかそめとにこる 行尊ぎやうそんとにごる 祐子内親王家紀伊(ゆ[う]しな[い]しんのうけきい)とよむ
崇徳院すとくいんなり 天のかぐ山とにごるべし ひとりかもねん《割書:かもを上へ[つ]|けてよむ也》【別本参照】
人にしられてくるよしも《割書:がなと|にごる》 つくはね はねすむべし 有明の月を待いて[つ]【別本参照】るとよむ
月みればちゞに物こそとよむ 人しれずこそ思ひ深しか《割書:かを|すむ》 かたみにそでをしほりつゝ《割書:ほ| すむ》
あふ事のたへてしなく《割書:■しを|上へ付て》 ゑやはいふき いふきといふへし たき川 かわとにこるべし
五ヶの秘哥(ひか)〇人丸の哥〇きせん法師〇あべの中まろ〇みぶの忠みね〇ていかの哥也
【刊記】
寛政八《割書:丙| 辰》初穐吉日
嘉永六《割書:癸| 丑》正月新板
大坂心斎橋通唐物町
書肆 河内屋太助板
【裏表紙】
【表紙・白紙】
【右丁・白紙】
【左丁・白紙】
【右丁】
金言(きんげん)童子教(どうじけう)序(じよ)
此書(このしよ)は古(いにしへ)の聖賢(せいけん)の語(ご)にて代々(よよ)人口(じんこう)に膾炙(くわいしや)せるを《割書:予(よ)》
頑愚(ぐわんぐ)なりといへども諸書(しよ〳〵)の要語(ようご)を摘(つみ)年々に拾(ひろ)い月々に
集(あつ)め且(かつ)句(く)ごとの上(うへ)に鄙言(ひごん)を以(もつ)て抄(しやう)し一書(いっしょ)となして家族(かぞく)の
幼童(ようどう)読書(どくしよ)の階梯(かいてい)にと与(あた)へけるを友(とも)なりし人の梓(し)に鏤(ちりば)め
世(よ)の幼童(ようどう)の便(たより)にもせよといへるにいなみがたく金言(きんげん)童子(どうじ)
教(けう)の名(な)を蒙(かふむ)らしめ書林(しよりん)に属(ぞく)しぬ古(いにしへ)より諸家(しょか)の著述(ちよじゆつ)多(おほ)し
といへども要句(やうく)すくなし初学(しよがく)の幼童(ようどう)此書を得(ゑ)て聖賢(せいけん)を遠(とを)しと
せず即(すなはち)今(いま)教(おしへ)を承(うけたまは)ると思ひ心腑(しんふ)に入(いれ)てよまば益(えき)を得(う)る事
多(おほ)からん尤(もっとも)一 句(く)も私意(しい)よりいでたるにあらざれば愚編(ぐへん)也とて
あえていやしんずる事なかれ
于時正徳六年丙申春正月日
《割書:此書に類して|童観対句抄と云書出来》勝田祐義編 【黒印:祐義】
【右丁下段】
せい
だして
おぼへま
せう
ぞ
【左丁】
《割書:諸書要語|童蒙須知》金言童子教《割書:竝抄|》
【上段】
良薬はにがしともよく用ひぬれば
やまひを治する徳ありにがきをきらひ
もちひざれば良薬も益なし
【下段】
《振り仮名:良薬雖_レ苦_レ口|りょうやくはくちににがしといへとも》 《振り仮名:用_レ病必在_レ利|やまひにもちひてかならずりあり》
【上段】
人よりいさむる所の忠言はかならず耳に
さかふものなれ共よく用ひて身に
おこなひぬれば其身たゞしく成て徳也
【下段】
《振り仮名:忠言雖_レ逆_レ耳|ちうげんはみゝにさかふといへども》 《振り仮名:行_レ身必在_レ徳|みにおこなひてかならずとくあり》
【上段】
くすりを用てやまひをぢする事をば
誰もしるといへども学文をすればよく
身のおさまるということをしる人なし
【下段】
《振り仮名:雖_レ知_二薬理_一_レ病|くすりのやまひをおさむるをしるといへども》 《振り仮名:不_レ知_二学理_一_レ身|がくのみをおさむるをしらず》
【上段】
せきへきは大きなる玉也寸 ̄ン ゐんは少しの
間を云玉はまことの宝にあらず寸陰
を得たるをよろこびきおふて学すべしと也
【下段】
《振り仮名:尺璧非_二於宝_一|せきへきはたからにあらず》 《振り仮名:寸陰可_二是競_一|すんいんこれきそふべし》
【上段】
よく書をよみ智いたりぬれば大けん
人ともなる也故にまんばいの利ありと也
書をよめば書はよく人に君子の智を添ル也
【下段】
《振り仮名:読_レ書万倍利|しよをよめばまんばいのりあり》 《振り仮名:書添_二君子智_一|しよはくんしのちをそふ》
【上段】
金銀あるものは書楼を立て書をこめ
置べし金銀のなきものは書を入 ̄レ 置 ̄ク
櫃(ヒツ)などを拵(コシラヘ)書を入 ̄レ おき常に見 ̄ル へし
【下段】
《振り仮名:有則起_二書楼_一|あらばすなはちしよろうをたてよ》 《振り仮名:無即致_二書櫃_一|なくはすなはちしよきをいたせ》
【上段】
しづかなるまどの前に居ていにしへより
つたはれる書を見るべし又灯のもと
にしてはよみたる書の義理を案すべし
【下段】
《振り仮名:窓前看_二古書_一|そうぜんにこしよをみて》 《振り仮名:灯火尋_二書義_一|とうかにしよぎをたづねよ》
【右丁】
【上段】
まづしきもの書をよみぬれば其家
よく治る故富と也とめるもの書をよ
めば智いたりたつとくなると也
【下段】
《振り仮名:貧者因_レ書富|まづしきものはしよによつてとみ》 《振り仮名:富者因_レ書貴|とめるものはしよによつてたつとし》
【上段】
愚者は書をもとめ得て是をよみ
かしこきものと成也賢なる人は書を
まなぶによつて智をまし所領を得る也
【下段】
《振り仮名:愚者得_レ書賢|ぐしやはしよをゑてけんに》 《振り仮名:賢者因_レ書利|けんなるものはしよによつてりあり》
【上段】
書をよみて大智と成人に用られ
さかへたる人世に多し書をよくよみ
たる故に貧に成たるといふ人はなし
【下段】
《振り仮名:見_二読_レ書栄者_一|しよをよみてさかへるものをみたり》 《振り仮名:不_レ見_二読_レ書墜_一|しよをよみておちぶるゝをみず》
【上段】
古人の君子といわれ名のたかきは
学文の徳によりて也学文は益なし
と云てせざる人は一生愚者にて果(ハツ) ̄ル也
【下段】
《振り仮名:学者為_二君子_一|まなぶものはくんしとなり》 《振り仮名:不_レ学為小人_一|まなばざれはしやうじんとなる》
【上段】
能つとむれば何事も成就せずと
いふ事なし故に勤 ̄ル所を宝とみる也
万をつゝしめば身に災(ワザハイ)の成 ̄ル事なし
【下段】
《振り仮名:勤為_二無_レ価宝_一|つとむるはあたいなきのたからたり》 《振り仮名:慎是護_レ身本|つゝしむはこれみをまもるもと》
【上段】
学文をばせずして智をねがふ事は
たとへば魚をねがひながらあみを拵らへ
ざるかごとし其本をつとめざるは愚也
【下段】
《振り仮名:不_レ学而求_レ智|まなばずしてちをもとむるは》 《振り仮名:猶_二願_レ魚無_一_レ網|なをうをゝねがふにあみなきかことし》
【上段】
ふちにのぞみ居て魚をねがはんより
たちかへりてあみをつくるべし網
さへあればうおをとる事やすし
【下段】
《振り仮名:臨_レ淵【注】而羨_レ魚|ふちにのぞんでうをゝねがはんより》 《振り仮名:不_レ如_二退結_一_レ網|しりぞいてあみをむすはんにはしかじ》
【上段】
書をよむこと度〳〵くりかへしよま
ざれは其理心に熟(ジユク)せざる也 菜(ナ)大根(ダイコン)
の類もこまかにかまざれは其味しれざる也
【下段】
《振り仮名:読_レ書須_二熟読_一|しよをよむにはすへからくじゆくどくすべし》 《振り仮名:菜根須_二細嚼_一|さいこんはすべからくさいしやくすへし》
【注 囦は淵の古字】
【左丁】
【上段】
子に文道を教へざれば其子愚なり
是則父のあやまち也父はをしゆれ共
其子不情にして学のならぬは子の罪也
【下段】
《振り仮名:子不_レ教父過|こにをしへざるはちゝのあやまち也》 《振り仮名:学不_レ成子罪|がくのならざるはこのつみ》
【上段】
世間に学文する人は多し是則牛
の毛のおゝきかごとしよく学ひて学
文成就する人はきりんの角の稀(マレナル)かことし
【下段】
《振り仮名:学如_二牛毛_一也|まなぶものはうしのけのごとし》 《振り仮名:成猶_二麟角_一也|なるものはなをりんのつのゝことし》
【上段】
青き色は藍より出れともあいよりも
青きなり氷は水より出れども水より
もさむきなり
【下段】
《振り仮名:青出_レ藍青【レ点脱】藍|あをきはあいよりいでゝあいよりもあをし》 《振り仮名:氷出_レ水寒_レ水|こほりはみつよりいでゝみつよりさむし》
【上段】
よく学文をせざれば広く才能を
しる事なし心を静にしてよく学ば
ざればその学成就する事なし
【下段】
《振り仮名:非_レ学無_レ広_レ才|がくにあらざれはさいをひろむることなし》 《振り仮名:非_レ静無_レ成_レ学|しづかなるにあらざれはがくになることなし》
【上段】
人の吾をしらざるをなげく事なかれ
吾が学智さへ至れば必人しりて貴ふ
ゆへ学の至らざるを患ひて情を入へし
【下段】
《振り仮名:不_レ患_二 人不_一_レ知|ひとのしらざるをうれゑざれ》 《振り仮名:惟患_二学不_一_レ至|たゞがくのいたらざるをうれへよ》
【上段】
何ほど学ぶといへ共あく事のなきは己
に本より智あるゆへ也人に教るに退屈
なく教るは己に慈悲しんあるゆへ也
【下段】
《振り仮名:学不_レ厭智也|まなんでいとはざるはちなり》 《振り仮名:教不_レ倦仁也|をしへてうまざるはじんなり》
【上段】
君につかへて間なる時はよく学文を
すべし又よく学ひて間ならは出て
君につかふべしとなり
【下段】
《振り仮名:仕而優則学|つかへてゆたかなればすなはちまなぶへし》 《振り仮名:学而優則仕|まなんでゆたかなるときはすなはちつかへ》
【上段】
学文の道は別の事なし只己が心の
散乱したるを取をさめて本心を
正しくするの外はなしとの事也
【下段】
《振り仮名:学文道無_レ他|がくもんのみちたなし》 《振り仮名:求_二放心_一而已|ほうしんをもとむるのみ》
【右丁】
【上段】
冥々とはくらき□いふ也人生れて後
についに学文をせざれは其心くらく
してよる行が如く万にあやまちあり
【下段】
《振り仮名:人生而不_レ学|ひとうまれてまなばざれは》 《振り仮名:冥々如_二夜行_一|めい〳〵としてよるゆくかごとし》
【上段】
金玉をは愚者は貴むといへ共是は誠の
たからにあらす善人は諸人をよく治て
安くするゆへに是誠に国の宝なり
【下段】
《振り仮名:金玉非_二実宝_一|きんぎよくはじつのたからにあらず》 《振り仮名:以_二善人_一為_レ宝|ぜんにんをもつてたからとす》
【上段】
その心くらくして理にまどふ事ありても
師にしたがひて問さればそのまどひつい
に解る事なしゆへによく師にとふべし
【下段】
《振り仮名:惑而不_レ従_レ師|まどひてしにしたがわざれば》 《振り仮名:其惑卒不_レ解|そのまどひついにとけず》
【上段】
土つもりては山となり学文の功をつみ
ては聖人となる也聖人にさへ安くなるを
以それより下の賢人には猶成と知るべし
【下段】
《振り仮名:土積則為_レ山|つちつんではすなはちやまとなる》 《振り仮名:学積則成_レ聖|がくつみてはすなはちせいとなる》
【上段】
婦に教るにははしめて来れる時によく
教ゆべし子に教るには狭き門によく
教ゆへし後は教をまもらぬもの也
【下段】
《振り仮名:教【レ点脱】婦便初来|ふにをしゆるはすなはちしよらい》 《振り仮名:教_レ子便嬰孩|こにをしゆ□はすなはちゑいがい》
【上段】
子をよくあわれむ人は杖をもつて打
事多し子に美食ばかりあたふるは子の
ためにあた也是則子をにくむがことし
【下段】
《振り仮名:憐_レ子多与_レ杖|こをあわれまばおゝくつえをあたへよ》 《振り仮名:憎_レ子多与_レ食|こをにくまばおゝくしよくをあたへよ》
【上段】
三年の内一人学ばんより三年の内
よく師をたつねて一日学ぶべしと也三
年の独学よりもはかゆくとの事也
【下段】
《振り仮名:三歳与_二勤学_一|さんねんつとめまなばんよりは》 《振り仮名:三歳可_レ択_レ師|さんねんしをゑらふべし》
【上段】
千日の内一人学びてもしれぬ事はしれ
ぬ也一日明かなる師にあひぬれはおゝ
くの事を問てしるなり
【下段】
《振り仮名:千日与_二勤学_一|せんにちつとめまなばんよりは》 《振り仮名:一日貴_二明師_一|いちにちのめいしをたつとめ》
【左丁】
【上段】
独まなびて学の友なき時はひとり
立にしてよき理を聞事すくなし
ゆへにその智あがりがたし
【下段】
《振り仮名:独学無_レ友則|ひとりまなんでともなきときは》 《振り仮名:孤陋而寡_レ聞|ころうにしてきく[こ]とすくなし》
【上段】
目にて人の非を見出さんとする人は
人を誹(ソシル)者也口にて人の短智(タンチ)短才なる
事のみを語るはわざわひの本也
【下段】
《振り仮名:目莫_レ視_二他非_一|めにはたのひをみることなかれ》 《振り仮名:口莫_レ談_二他短_一|くちにはたのたんをかたることなかれ》
【上段】
耳にて悪き声を聞ぬれば己が志を乱す
也心に貪欲(トンヨク)をさかんにし又は嗔恚(シンイ)を
起しぬれは身に災(ワサワイ)をうくるなり
【下段】
《振り仮名:耳莫_レ聞_二悪声_一|みゝにあくせいをきくことなかれ》 《振り仮名:心莫_レ恣_二貪嗔_一|こゝろにとんじんをほしいまゝにすることなかれ》
【上段】
身はあしき友にしたがはざれは悪事を
する事なし口に益(ヱキ)なき事をいわざれ
ば己が徳行も正しくなる也
【下段】
《振り仮名:身莫_レ随_二悪伴_一|みはあくはんにしたがふことなかれ》 《振り仮名:無益言莫_レ出|むやくのことばをいだすことなかれ》
【上段】
益なき事をせざる人は必善をつと
むる者也義を先として行ひ利 欲(ヨク)
の事を次とするは誠の道なり
【下段】
《振り仮名:無益事莫_レ為|むやくのことをすることなかれ》 《振り仮名:莫_二後_レ義先_一_レ利|ぎをのちにしりをさきんずる事なかれ》
【上段】
正(タヽ)しからぬ君に事(ツカ)へれば吾も心なら
ず悪行をするもの也正しからぬ民を
つかへばその君も悪名を取事おゝし
【下段】
《振り仮名:非_二其君_一莫_レ事|そのきみにあらずんばつかふまつることなかれ》 《振り仮名:非_二其民_一莫_レ使|そのたみにあらずんばつかふことなかれ》
【上段】
親は天地の徳を具(ソナ)へたり故に愚也とも
子は恐れ従(シタカ)ふべし賎しきものにても
夫にするからは妻はしたがふへし
【下段】
《振り仮名:親愚而子恐|おやはぐにしてもこはおそれよ》 《振り仮名:夫賎而妻随|おつとはいやしくともつまはしたがへ》
【上段】
一字の師のためには舌をぬくべし況や
数(ス)年の師をや又一日の主君のためには
命を捨る事あり□□退(シリノ)く事なかれ
【下段】
《振り仮名:一字師抜_レ舌|いちじのしにはしたをぬけ》 《振り仮名:一日君捨_レ命|いちにちのきみにはいのちをすて□》
 ̄オクリガナ上段】
井の内の蛙(カイル)は陋(セバ)き所にばかり居るゆへ大
海の事をかたれば用ひざる也子に詐(イツハリ)を
かたれば子も必いつわりものになる也
【下段】
《振り仮名:井蛙莫_レ語_レ海|せいあにはうみをかたることなかれ》 《振り仮名:子莫_レ語_二誑語_一|こにはきやうごをかたることなかれ》
【上段】
君は悪人にして君の道にそむく共臣は
是を恨(うら)みず臣たる道をつくすべしと
也君があしきとてすつる事なかれ
【下段】
《振り仮名:君雖_レ背_二君道_一|きみはきみのみちにそむくといへども》 《振り仮名:臣莫_レ背_二臣道_一|しんはしんのみちにそむくことなかれ》
【上段】
父は悪人にして父の道に背(ソム)き子をよく
あわれまず共子は子たる道にそむかず
よく孝をつくすべしとなり
【下段】
《振り仮名:父雖_レ背_二父道_一|ちゝはちゝのみちにそむくといへども》 《振り仮名:子莫_レ背_二子道_一|こはこのみちにそむくことなかれ》
【上段】
理の正(タヽ)しき父は悪き子をは捨てよき
子のみ愛す也心の明かなる君は佞(ネイ)臣
をば捨て正しき臣下のみを用る也
【下段】
《振り仮名:慈父弃_二悪子_一|じふはあくしをすて》 《振り仮名:明君捨_二佞臣_一|めいくんはねいしんをすつ》
【上段】
敖を盛んにすれば後は邪なる事をする
もの也 欲(ヨク)を心のまゝにすれば大悪をも企(クワタツ)
るもの也故に賢者はふかくいましむる也
【下段】
《振り仮名:敖必不_レ可長|おごりはかならずちやうずべからず》 《振り仮名:欲必不_レ可_レ縦|よくはかなら□ほしいまゝにすへからす》
【上段】
己に智分もなくして大きなる事に志すは
あやまちの本也 楽(タノシ)みは至極になれは必
かなしみにかへるもの也少し内にすべし
【下段】
《振り仮名:志必不_レ可_レ満|こゝろざしはかならずみつべからず》 《振り仮名:楽必不_レ可_レ極|たのしみはかならずきわむべからず》
【上段】
己がなる所のわざを以人のならぬをいや
しみかすむる事なかれと也一 能(ノウ)はまさり
ても他の事に劣(ヲトル)事もあるべし
【下段】
《振り仮名:以_二己於所能_一|おのれがしよのふをもつて》 《振り仮名:莫_レ責_二 人不能_一|ひとのふのふをせむることなかれ》
【上段】
己が人にまされる事を以人のをとれるを
掠(カスメ)て手柄(テカラ)とする事なかれと也人のおと
れるをよくあわれむこそ道也
【下段】
《振り仮名:以_二己於所長_一|おのれがしよちやうをもつて》 《振り仮名:莫_レ責_二 人所短_一|ひとのしよたんをせむることなかれ》
【左丁】
【上段】
割の正しからぬものをくふべからず正し
からぬ座に居る事なかれと也此をしへ
を以万の正しからぬを嫌うふべし
【下段】
《振り仮名:割不_レ正不_レ食|きりめたゞしからずはくはざれ》 《振り仮名:席不_レ正不_レ坐|せきたゞしからずはおらざれ》
【上段】
魚の肉のやぶれたるは身のどく也
又何にても色のあしく変じたる物
みな毒也必くふことなかれと也
【下段】
《振り仮名:魚肉敗不_レ食|ぎよにくのやぶれたるをくらはざれ》 《振り仮名:色悪変不_レ食|いろのあしくへんじたるをくはざれ》
【上段】
にほひあしく成たる物又はめづら敷
時ならぬもの又はいまだじゆくせ
ざるものくふべからずと也
【下段】
《振り仮名:臭悪物不_レ食|かのあしきものをくらはざれ》 《振り仮名:不_レ時物不_レ食|ときならざるものをくらはざれ》
【上段】
前によく教をは不_レ立してあやまち
したる時に殺事なかれ又法度をはゆ
るく立て過をしたる時密くせざれ
【下段】
《振り仮名:不_レ教而莫_レ殺|をしへずしてころすことなかれ》 《振り仮名:莫_二慢_レ令致_一_レ期|れいをゆるくしてごにきはむる事なかれ》
【上段】
己をは貴くして人を見下す事なかれ
己を大智なりとして人を小智なりと
おもふべからずと也
【下段】
《振り仮名:勿_二貴_レ己賎_一_レ 人|おのれをたつとくしてひとをいやしんずる事なかれ》 《振り仮名:勿_二自大他小_一|みつからだいな□□してたをしやうなりとすることなかれ》
【上段】
小事を第一につとめて大なる事を失
ふ事なかれ小利ある事を第一につ
とむれは大利を得る事なし
【下段】
《振り仮名:専_レ小莫_レ失_レ大|しやうをもつはらとしてだいをうしなふ事なかれ》 《振り仮名:小利大利残|しやうりはたいりをそこなふ》
【上段】
人道は政をとくして人を治るを第一と
する也地道はうゆる事をすみやかに
して民をやしなふを第一とす
【下段】
《振り仮名:人道者敏_レ政|じんたうはまつりことをとくせよ》 《振り仮名:地道者敏_レ樹|ちだうはうゆることをとくせよ》
【上段】
宝を多く求れは必災起る也是はた
からにて災をかふがごとしおもてをかざれ
ば内つかれて□を得たるがごとし
【下段】
《振り仮名:不_二懐_レ宝買_一_レ害|たからをいだいてかいをかわざれ》 《振り仮名:不_二錺_レ表招_一_レ累|をもてをかさりてわざはいをまねかざれ》
【右丁】
【上段】
天下第一の□功を□就したりとも
よく礼譲行ひて少もその功にほこ
る事なかれとなり
【下段】
《振り仮名:功過_二於天下_一|こうてんかにすぎたりとも》 《振り仮名:守_レ之可_レ以_レ譲|これをまもるにじやうをもつてすべし》
【上段】
一天下を持つほとの富を得たりとも
少も奢す人にむかひても万つへり
くだるべしとのをしへ也
【下段】
《振り仮名:富有_二於四海_一|とみはしかいをたもつとも》 《振り仮名:守_レ之可_レ以_レ謙|これをまもるにけんをもつてすべし》
【上段】
正しき道を行はざれば吾身脩る事
なし道をよくおさむるには心を専と
すべし仁とは爰にては五常の事と知べし
【下段】
《振り仮名:脩_レ身必以_レ道|みをおさむるにはかならすみちをもつてせよ》 《振り仮名:脩_レ道必以_レ仁|みちをおさむるにはかならずしんをもつてせよ》
【上段】
国の政をもすへき位に至らずいまだ下位
の人の己より上の人のすべき事を取おさ
めんとするは過たること也
【下段】
《振り仮名:不_レ在_二於其位_一|そのくらいにあらずして》 《振り仮名:不_レ謀_二於其政|そのまつりことをはからざれ》【一点脱】
【上段】
道はよく天下を治るものなれは貴きも
のなり故に君子は吾身は大難にあふ
といへ共人のためによく道をひろむる也
【下段】
《振り仮名:身軽而道重|みをかるふしてみちをおもくせよ》 《振り仮名:死_レ身而弘_レ道|みをごろしてみちをひろめよ》
【上段】
礼を行ふにも国を治るにも古へより定
れる法ある也百倍の利なくは古代の
法をかへざれと也
【下段】
《振り仮名:利者非_二百倍_一|りはひやくばいにあらずんは》 《振り仮名:不_レ変_二古代法_一|こだいのほうをへんぜざれ》
【上段
衣服又は諸道具は古人より定れる法有
て作る也十倍の利なくは古の法をかへ
てあたらしく作りかへざれと也
【下段】
《振り仮名:功者非_二 十倍|こうはぢうばいにあらすんば》 《振り仮名:不_レ易_二古代器_一|こだいのうつわをかへざれ》
【上段】
古人聖人の定め給ふ法を手本として
守れは過なしよく礼をおさめ行ふもの
は邪ある事なし
【下段】
《振り仮名:法_レ古者無_レ過|いにしへにのつとるものはあやまちなし》 《振り仮名:脩_レ礼者無_レ邪|れいをおさむるものはよこしまなし》
【左丁】
【上段】
大きに辛労をしたるものには恩をあ
つくすへし賢徳ある人ならは目利を
して諸人より位をたかくすべしと也
【下段】
《振り仮名:労大者禄厚|らうをゝいなるものにろくをあつふせよ》 《振り仮名:徳盛者位尊|とくさかんなるものにくらいをたつとふせよ》
【上段】
其役をよく勤むべき人をゑらひて
つとめさすれはその役治る也あしき人
によき役をゑらひてさすれは乱るゝ也
【下段】
《振り仮名:為_レ官択_レ 人治|くわんのためにひとをゑらへはおさまる》 《振り仮名:為_レ 人択_レ官乱|ひとのためにくわんをゑらめばみだる》
【上段】
ひいきを以悪き人を用ひて大役をつと
めさせ其役を乱さすへからす人をゑらふ
に正しき方をかへる事なかれと也
【下段】
《振り仮名:挙_レ 人不_レ失_レ官|ひとをあげてくわんをうしなはざれ》 《振り仮名:選_レ 人不_レ易_レ方|ひとをゑらんでほうをかへされ》
【上段】
君はよき臣をゑらひて其人におふじ
たる役をあたへ臣は又己が器量をかんがへ
て己に過たる役ならは退へし
【下段】
《振り仮名:君択_レ臣授_レ官|きみはしんをゑらひてくわんをさづけ》 《振り仮名:臣量_レ己受_レ職|しんはをのれをはかつてしよくをうく》
【上段】
何れの人にも一能づゝはすぐれたる方
があるもの也その人のよくなる事を
つとめさすればとくあるなり
【下段】
《振り仮名:人各有_二 一能_一|ひとはおの〳〵いちのふあり》 《振り仮名:因_レ芸而授_レ任|げいによりてにんをさづけよ》
【上段】
その人のよくする事をはかりて役を
あたへへし又何れの官職をもすて
ざれは事よく治まるなり
【下段】
《振り仮名:量_レ能授_レ官則|のうをはかりてくわんをさづくるときは》 《振り仮名:職無_二廃事_一也|しよくすたることなきなり》
【上段】
其者の辛労の功をよくかんかへて位
をあたふれは賢者も愚者もその者の
居るべき位の所に居りてよし
【下段】
《振り仮名:因_レ労施_レ爵則|ろうによつてしやくをほどこすときは》 《振り仮名:賢愚得_レ宜也|けんぐよろしきをうるなり》
【上段】
其官職をつとむべき器量にあら
ぬ人がその役をつとめぬればその役治
らずしてか□□□□わいおこる也
【下段】
《振り仮名:不_レ当_二其器_一者|そのきにあたらずんは》 《振り仮名:莫_レ居_二於其職|そのしよくにおることなかれ》
【右丁】
【上段】
万の理をし□□□成がたきにあらず
よく知事は成かたき也誰も哥をば
よめどもよくよむ人はなきなり
【下段】
《振り仮名:非_二知_レ之難_一也|これをしることのかたきにあらさるなり》 《振り仮名:能_レ難也矣|これをよくすることかたし》
【上段】
吾より後に生るゝ人をは侮るべか
らず後に生るゝ人は何ほどの智の
人にならんもはかりがたし
【下段】
《振り仮名:後世可_レ畏也|こうせいおそるへきなり》 《振り仮名:来者難_レ誣也|らいしやしいがたし》
【上段】
つよくかゝるものをばしばらくおさへ
てしづむべし貧なるものには物を
あたゆべし
【下段】
《振り仮名:強者可_レ抑_レ之|つよきものはこれをおさゆへし》 《振り仮名:貧者可_レ豊_レ之|まづしきものはこれをゆたかにすべし》
【上段】
はかる事の巧なるものをは近づけ
て己がたすけにすべし人を讒言す
るものをははやくしりぞくへし
【下段】
《振り仮名:謀者可_レ近_レ之|はかりことあるものはこれをちかづくへし》 《振り仮名:讒者可_レ退_レ之|ざんしやはこれをしりぞくべし》
【上段】
吾に背く者をば是を捨べし吾に
降参して来れるものをばたとひ咎
あり共ゆるすべしとなり
【下段】
《振り仮名:反者可_レ廃_レ之|はんするものはこれをすつへし》 《振り仮名:服者可_レ活_レ之|ふくするものはこれをいかすべし》
【上段】
事は必油断する所よりおこりわざ
わいは人をないがしろにしことをみ
だりにするよりおこる也
【下段】
《振り仮名:事起_二乎所_一_レ忽|ことはゆるかせなるところよりおこり》 《振り仮名:禍生_二乎無妄_一|わざわいはむばうよりなる》
【上段】
内心に色を思ひて心をみたりに持事
なかれ外の形をば正しく持て鳥獣
のごとくのふるまひあらされ
【下段】
《振り仮名:勿_三内荒_二於色_一|うちいろにすさむことなかれ》 《振り仮名:勿_三外荒_二於禽_一|ほかきんにすさむことなかれ》
【上段】
もとめがたきたからを価を多く出し
て求る事なかれ国家を亡ほす邪
なる音を耳に聞事なかれと也
【下段】
《振り仮名:勿_レ貴_二難_レ得貨_一|ゑがたきたからをたつとむことなかれ》 《振り仮名:勿_レ聴_二亡国音_一|ばうこくのこゑをきくことなかれ》
【左丁】
【上段】
吾身をは貴しと思ひて人をあなどる
事なかれ吾は智ありと思ひて人の
諫をふせく事なかれと也
【下段】
《振り仮名:我貴勿_レ慢_レ 人|われたつとしとてひとをあなどることなかれ》 《振り仮名:我智勿_レ拒_レ諫|われちありとていさめをこはむ事なかれ》
【上段】
周公旦ほどの大富貴を得たり共
奢る事なかれと也いわんやそれより
下の人においてをや
【下段】
《振り仮名:以_二周公之富_一|しうこうのとみをもつても》 《振り仮名:而不_レ至_二於驕_一|おごりにいたらされ》
【上段】
顔回ほどの大貧に成たり共己に得
たる道をたのしみて少も人の富
をむさほらんとする事なかれ
【下段】
《振り仮名:於_二顔子之貧_一|がんしがまづしきにおいても》 《振り仮名:而不_レ改_二其楽_一|そのたのしみをあらためざれ》
【上段】
常にましはりてなれたる人なり共
よく敬て礼をあつくすべし畏るへき
人也とも而も能近付て愛すへし
【下段】
《振り仮名:狎而可_レ敬_レ之|なれたりともこれをけいすべし》 《振り仮名:畏而可_レ愛_レ之|おそるれどもこれをあいすべし》
【上段】
己が気に入たる人にても其人の悪き所
をばよく知へし己がにくしと思ふ人也共
よき事のあるをは見しるべし
【下段】
《振り仮名:愛而知_二其悪|あいすともそのあしきをしれ》 《振り仮名:憎而知_二其善_一|にくむともそのよきをしれ》
【上段】
財をば多く倉につみたり共人を恵
てよき時は散してあたふべし安きに居
ても義を見ては其所を捨てうつるべし
【下段】
《振り仮名:積而能散_レ之|つみてもよくこれをちらせ》 《振り仮名:安_レ安而能遷|やすきにやすんじてもよくうつれ》
【上段】
人の書籍などをかりてはよく守りて
毀ぬやうにしてかへすべしと也此教を
以万つのかり物を大事にすべし
【下段】
《振り仮名:借_二 人之典籍_一|ひとのてんせきをかりては》 《振り仮名:皆能須_二愛護_一|みなよくすべからくあいごすへし》
【上段】
先より借たる時にかけやぶれたる所
あらはよくつくろい補てかへすべし
少もそこなわされとのをしへなり
【下段】
《振り仮名:先有_レ所_二欠壊_一|さきよりかけやぶれたるところあらば》 《振り仮名:就為可_二補治_一|ついてためにほぢすへし》
【右丁】
【上段】
人にものを教るにわ先小なる事を教
近き理の事を教ゆへし後に至りて大
なる事又は理のふかき事を教ゆべし
【下段】
《振り仮名:教_レ 人以_二小近_一|ひとにをしゆるにしゆうきんをもつてし》 《振り仮名:而後以_二大遠_一|しかうしてのちにたいゑんをもつてす》
【上段】
賢なる人を貴みて是を用ひ諸人
をも捨ずしてつかふべし善なる人をば
悦て用ひ不芸なる人をはあわれむべし
【下段】
《振り仮名:尊_レ賢而容_レ衆|けんをたつとひてしゆをいれ》 《振り仮名:嘉_レ善矜_二不能_一|せんをよみにしてふのふをあはれめ》
【上段】
吾身のおもて正しき時はかけの曲る事なし
水を入《割書:ル|》物が丸ければ水も丸く成なり
己正しき時は一家のもの正し
【下段】
《振り仮名:表正則影正|おもてたゞしきときはかげただし》 《振り仮名:盤円則水円|ばんまとかなるときはみづまとかなり》
【上段】
三日人にあわずは前にあひたる時の思ひ
をなす事なかれ三日の内には何ほど
に智の発明したるもしられずと也
【下段】
《振り仮名:三日不_二相見_一|みつかあいまみへざれば》 《振り仮名:莫_レ為_二旧時看_一|きうじのかんをなすことなかれ》
【上段】
心におゐて三たひ考て云てもよき事
ならは一度云べし九たひかんがへて能
事ならば一度おこなふべし
【下段】
《振り仮名:三思而一言|みたびおもひてひとたびいへ》 《振り仮名:九思而一行|こゝのたびおもひてひとたびおこなへ》
【上段】
何事をするにも古への賢人の定め
給へる法を師とせざればその事
よく長くつゞきがたし
【下段】
《振り仮名:事者不_レ師_レ古|ことはいにしへをしとせざれば》 《振り仮名:難_二以長久_一矣|もつてちやうきうしがたし》
【上段】
愚者は目のまへに有ものをばかろしめ
て耳に聞たるを貴ひ近きものをか
ろしめて遠きにあるをたつとむ也
【下段】
《振り仮名:無_二賎_レ目貴_一_レ耳|めをいやしみみゝをたつとぶことなかれ》 《振り仮名:莫_二軽_レ近重_一_レ遠|ちかきをかろんじとをきをおもくする事なかれ》
【上段】
人のかたる事は聞ぬるには九ツのかなへ
よりもおもきもの也目にて見ぬれば一
ツの毛よりもかろく思はるゝ事あり
【下段】
《振り仮名:聞時九鼎重|きくときはきうていよりおもく》 《振り仮名:見後一毫軽|みてのちいちがうよりかろし》
【左丁】
【上段】
馬はものはいわぬものにてしかも用に
立もの也故に人をばつからかす共馬
をはつかれぬやうによくいたはるべし
【下段】
《振り仮名:令_レ疲_二労於人_一|ひとをひろうせしむとも》 《振り仮名:慎而無_レ労_レ馬|つゝしんでむまをろうする事なかれ》
御成敗式目貞永元
地-頭 神(カン)-主(シユ)-等(トウ)各 ̄ノ存_二 ̄シ其-趣_一 ̄ヲ可(ヘキ)_レ致_二 ̄ス精(セイ)
誠(ジヨウ)_一 ̄ヲ也兼 ̄ハ-又致_二 ̄テハ有(ウ)-封(フノ)社_一 ̄ニ亦任_二 ̄セ代々 ̄ノ封(フニ)_一
小-破 之(ノ)時 且(カツ)加_二 ̄へ修(シヨツ)-理(シヤウ)_一 ̄ヲ若(モシ)及_二 ̄ヒ大-破_二 ̄ニ言_二 上 ̄セハ
子-細_一 ̄ヲ随(シタガ)_二 ̄ヒテ其 ̄ノ左-右_一 ̄ニ可_レ有_二其沙汰_一矣(ヤ)
一 可(ヘキ)_下修(シユ)-_二造(ザウ) ̄シ寺-塔_一 ̄ヲ勤(コン)-_中行 ̄ス仏-事等_上 ̄ヲ事
右寺-社雖-_レ ̄トモ異- ̄ナリ崇(ソウ)-教(キヤウ)惟(コレ)-同 ̄シ仍 ̄テ修先 之(ノ)
切 恒(カウ)-例(レイ)之(ノ)勤(ツトメ)宜(ヨロシク)_下准(シユン)_二 ̄シテ先-条_一 ̄ニ無(ナカル)_レ招_中 ̄クコト役-
勘(カンヲ)_上但 ̄シ恣- ̄マヽニ貪(ムサホリ)_二寺-用_一 ̄ヲ於_下 ̄テハ不_レ ̄ラン勤(ツトメ)_二其-役(ヤク)_一 ̄ヲ之
輩_上 ̄ニ亦 早(ハヤ) ̄ク可_レ ̄キナリ令_レ ̄ム改(カイ)-_二易(ヱキ)彼(カ)- ̄ノ職_一 ̄ヲ矣
一 諸(シヨ)-国 ̄ノ守-護(ゴ)-人奉-公 ̄ノ事 □
右右-大-将-家 ̄ノ御-時所_レ ̄ハ被(ルヽ)_二定-置_一亦大-
番(バン)催(サイ)-促(ソク)謀(ム)-叛(ホン)殺(セツ)-害(カイ)人《割書:付 ̄タリ夜討強盗|山-賊海-賊》
等 ̄ノ事也而 ̄ヲ至_二 ̄テハ近-年_一 ̄ニ分-_二補 ̄シ代-官 ̄ヲ於
郡(グン)-郷(ガウ)_一 ̄ニ宛(アテ)-_二課(ヲウス)公-事(ジ) ̄ヲ於庄-保(ホ)_一 ̄ニ非_二 ̄シメ国-司_一 ̄ニ而
妨(サマタゲ)_二国-務(ム)_一 ̄ヲ非_二 ̄シメ地-頭_一 ̄ニ而 貪(ムサ)_二 ̄ホル地-利_一 ̄ヲ所-行 ̄ノ之
企-甚-以無-道也抑-雖(フ[ママ]トモ)_レ為(タリト)_二重-代 ̄ノ御家-
人_一無_二 ̄ンハ当-時 ̄ノ之所帯_一者 不(ザル)_レ能(アタハ)_二馳(カリ)-催(モヨス)_一 ̄ニ兼- ̄ハ
又所々 ̄ノ下-司庄-官以下 仮(カリ)_二 ̄テ其 ̄ノ名 ̄ヲ於御
家-人_一 ̄ニ対(タイ)-_二捍(カン)_レ ̄スト国-司領家 ̄ノ下-知_一 ̄ヲ云々 如(ゴトキ)_レ
然 ̄ノ之(ノ)輩 ̄ハ可(ヘキ)_レ勤(ツトム)_二守-護所-役(ヤク)_一 ̄ヲ之由 縦(タトヒ)雖(フ[ママ]トモ)_二
望(ノソミ)申_一 ̄ト一-切(セツ)不(ズ)_レ可_レ ̄カラ加_レ ̄フ催(モヨシ) ̄ヲ早 ̄ク任_二 ̄テ大-将家 ̄ノ
御時 ̄ノ例(レイ)_一 ̄ニ大(ヲホ)-番(バン)-役(ヤク)幷 ̄ニ謀-反殺-害 ̄ノ之
外可_レ ̄シ令_三停-_二止 守(シユ)-護_一 ̄ノ【一点衍ヵ】之沙-汰_一 ̄ヲ若 背(ソムキ)_二
此式-目_一 ̄ヲ相(アヒ)-_二交(マジヘハ)自(ジ)-余(ヨ) ̄ノ事_一 ̄ヲ者 或(ある) ̄ハ依(ヨリ)_二国-司
領-家 ̄ノ之訴-訟_一 ̄ニ或 ̄ハ就_二 ̄テ地-頭土民 之(ノ)
愁鬱(シウウツ)_一 ̄ニ非法(ヒハウ)之至 ̄リ為(タラバ)_二顕-然_一者 被(ラレ)_レ改(アラタメ)_二
所-帯 ̄ノ之 職(ー[ママ])_一 ̄ヲ可(ヘキ)_レ補(フ)_二 ̄ス穏(ヲン)-便(ビン)之(ノ)輩_一 ̄ニ也又
至_二 ̄テハ代-官_一 ̄ニ可_レ定_二 ̄ム一-人_一 ̄ヲ也
一同 ̄キ守-護-人 不(ス)_レ申_二 ̄サ事- ̄ノ由_一 ̄ヲ没-_二収 ̄スル罪-科 ̄ノ
跡_一 ̄ヲ事
右重- ̄ク犯(マ[ママ]) ̄ノ輩出-来 ̄ラム時 ̄ハ者 須(すべから)【左ルビ・ヘキ】_下 ̄ク申_二 ̄シ子-細_一 ̄ヲ
随_中 ̄フ左右_上 ̄ニ之処 ̄ニ不(ス)_レ決(ー)_二 ̄セ実-否_一 ̄ヲ不(ズ)_レ糺(タヾサ)_二軽(きふ)重_一 ̄ヲ
恣(ホシママ) ̄ニ称_二 ̄シテ罪(サイ)-科(ケ) ̄ノ之跡_一 ̄ト私 ̄ニ令_二 ̄ル没-収_一之 条(ー)理(リ)-
不-尽(ジ) ̄ノ之沙汰甚 ̄タ自-由 ̄ノ之 姧(カン)-謀(ボウナリ)也
早 ̄ク注(チウ)-_二進(ー[ママ]) ̄シ其-旨_一 ̄ヲ宜【左ルビ・へシ】_レ ̄ク令_レ蒙_二 ̄ラ裁(サイ)-断(タン)_一 ̄ヲ猶以 ̄テ
違(イ)犯(ホ[ン脱ヵ]) ̄セハ者可_レ ̄シ被(ラル)_レ処(ー)_二 ̄セ罪-科_一 ̄ニ次 ̄ニ犯-科-人 ̄ノ田
畠(ハク)在-家并 ̄ニ妻(サイ)-子 資(シ)-財(サイ) ̄ノ事於_二 ̄テハ重
科(クハ)之(ノ)輩_一 ̄ニ者 雖(フ[ママ])_レ ̄トモ召-_二渡- ̄スト守-護-所_一 ̄ニ至_二 ̄テ田-宅
妻(サイ)-子(シ)雑(サウ)具(ク)_一 ̄ニ者 不(ス)_レ及_二 ̄ハ付-渡_一 ̄ニ兼- ̄ハ又 同(とう)-類(ルイ) ̄ノ
事 縦(タトヒ )雖(イフトモ)_レ載(ノスト)_二白-状_一 ̄ニ無_二 ̄クンハ財(サイ)-物([ ]ツ)_一者更 ̄ニ非_二 ̄ス
沙-汰 ̄ノ之 限(カキリ)_一 ̄ニ 【朱裏文字】「天明二年二月」 ■【朱上書】《割書:■■|■■■》
一諸-国 ̄ノ地-頭令_三 ̄ムル抑(ヨク)-_二留年-貢所当_一 ̄ヲ事
右抑-_一留([ ]イ) ̄スル年-貢_一 ̄ヲ之由有_二 ̄ラハ本所 之(ノ)訴-訟_一者
即 ̄ク遂_二 ̄ケ結(ケツ)-解(ケ)_一 ̄ヲ可_レ ̄シ請(ウク)_二勘(カン)-定(シヤウ)_一 ̄ヲ犯-用 ̄ノ之条 若(モシ)
無_レ ̄ンハ所_レ ̄ロ遁(ノカルヽ)者任_二 ̄テ員(イン)-数(シユ)_一 ̄ニ可_レ ̄シ弁(ベン)-_二償(シヤウス)之_一 ̄ヲ但 ̄シ於_レ ̄テハ
為(タラン)_二少-分_一者 早(サツ)-速(ソク) ̄ニ可_レ ̄シ致_二 ̄ス沙-汰_一 ̄ヲ至_二 ̄テハ過分_一 ̄ニ者
三-箇(カ)-年-中 ̄ニ可_二弁(ヘン)-済(セイ)_一 ̄ス也猶-背_二 ̄キ此- ̄ノ旨_一 ̄ヲ
令_二 ̄メハ難(ナン)-渋(ジフ)_一者 可(ヘキ)_レ被(ラル)_レ改_二 ̄メ所-職_一 ̄ヲ也
一国-司(シ)両領-家 ̄ノ成-敗 不(サル)_レ及_二 ̄ハ関東御-口-入_一 ̄ニ事
右 国(コク)-衙(ガ)庄-園神-社仏-寺領 為(シテ)_二在所 ̄ノ
進-止_一 ̄ト於_二 ̄テハ沙-汰 ̄シ来_一 ̄ランニ者今-更 不(ス)_レ及_二 ̄ハ御-口-入_一 ̄ニ
若 雖(フ[ママ]トモ)_レ有_二 ̄ト申- ̄ス旨_一敢(ア[ ]) ̄テ不(サレ)_レ能_二 ̄ハ叙-用_一 ̄ニ次 ̄ニ不(ス)_レ
帯(ー)_二 ̄セ本-所 ̄ノ挙(クヨ)【左ルビ。キヤウ】状_一 ̄ヲ致_二 ̄ス越(お)-訴(そ)_一 ̄ヲ事諸-国 ̄ノ庄-
園幷 ̄ニ神-社仏-寺領以_二 ̄テ本-所 ̄ノ挙状_一 ̄ヲ可(キ)_レ経(フ)_二 ̄べ
訴-訟_一 ̄ヲ之処 ̄ニ不_レ ̄ハ帯(ー)_二 ̄セ其 ̄ノ状_一 ̄ヲ者 既(ステ) ̄ニ背(ソムク)_二道-理_一 ̄ヲ
歟-自(ジ)今以-後不_レ ̄レ及_二 ̄ハ成-敗_一 ■
一右-大-将-家以-後代-々(ノ)将(シヤウ)-軍(クン)幷 ̄ニ二位殿 ̄ノ御
時所_二 ̄ノ宛(アテ)-給(タマウ)【一点脱ヵ】所-領-等依_二 ̄テ本-主 ̄ノ訴(ソ)-訟(シヤウ)_一 ̄ニ被(ルヽヤ)_二改-
補_一否(イナヤノ)事
右 或(ある[ひ脱ヵ]) ̄ハ募(ツノリ)_二勲(クン)-功(カウ)之 賞(ー)_一 ̄ニ或 ̄ハ依_二 ̄テ官-仕 ̄ノ之労(ラウニ)_一
拝(ハイ)-領 ̄スル之_一 ̄ヲ事非_レ ̄ス無_二 ̄ニ由(ユイ)緒(シヨ)_一而 ̄ルヲ称(ー)_二 ̄シ先-
祖(ゾ) ̄ノ之本領_一 ̄ト於_レ ̄テハ蒙_二 ̄ランニ裁(サイ)-許(キヤウ)_一 ̄ヲ者一-人 縦(タトヒ )雖(フ[ママ])_レ ̄トモ開(ヒラク)_二 ̄ト
喜悦 ̄ノ之 眉(マユ)_一 ̄ヲ傍(ハウ)輩(ハイ)定 ̄テ難(カ[ ])_レ ̄カラン成(ナシ)_二安-堵(ト) ̄ノ之
思_一 ̄ヲ歟(カ)濫(らん)-訴 ̄ノ之輩可_レ ̄シ被(ラル)_二停止_一 ̄セ但 ̄シ当-時 ̄ノ
給(キ)人有_二 ̄ン罪科_一之時本主 守(マモリ)_二 ̄テ其- ̄ノ次(ツテ)_一 ̄ヲ企_二 ̄テン訴-
訟_一 ̄ヲ事 不(サル)_レ能_二 ̄ハ禁(キン)-制(ゼイ)_一 ̄ニ歟次 ̄ニ代-々(ノ)御成-敗
畢(ヲハリ)- ̄テノ後 擬(ギスル)_二申- ̄シ乱(ミタサ[衍ヵ])_一 ̄サント事依_レ ̄テ無_二 ̄キニ其- ̄ノ理(リ)_一被(ルヽ)_二棄(キ)-
置(チ)_一之輩 歴(ヘテ)_二歳(セイ)-月_一 ̄ヲ之後企_二 ̄ル訴-訟_一 ̄ヲ之条
存-知 ̄ノ之旨罪-科 不(ス)_レ軽(カル) ̄カラ自 今(コン)以後不_レ顧(カヘリ)_二 ̄ミ
代-々(ノ)御-成-敗_一 ̄ヲ猥(ミタリ) ̄ニ致_二 ̄サハ面 々(ノ)之 濫(ラン)-訴(ソ)_一 ̄ヲ者須_下 ̄ク【左ルビ・へシ】
以_二 ̄テ不-実 ̄ノ之子細_一 ̄ヲ被(ラル)_レ書(カキ)-_中載(ノセ)所-帯 ̄ノ証(シヤウ)-文_上 ̄ニ
一雖_レ ̄トモ帯(ー)_二 ̄スト御下-文_一 ̄ヲ不(ス)_レ ̄シテ令_二 ̄メ知-行_一経(フル)_二年 序([ ]ル)_一 ̄ヲ所-領 ̄ノ事
右当-知-行 ̄ノ之役 過(スキハ)_二 二-十-箇-年_一 ̄ヲ者任_二 ̄テ右-大-
将-家 ̄ノ之 例(ー)_一 ̄ニ不(ス)_レ論(ー)_二 ̄セ理(利)-非(ヒ)_一 ̄ヲ不(ス)_レ能_二 ̄ハ改(カイ)-替(タイニ)_一而(ルヲ)
申_一 ̄シ【二点誤ヵ】知-行 ̄ノ之由_一 ̄ヲ掠(カスメ)-_二給 ̄ハル下-文_一 ̄ヲ輩 雖_レ ̄フトモ
帯(ー)_二 ̄スト彼 ̄ノ状_一 ̄ヲ不_レ ̄レ及_二 ̄ハ叙-用_一 ̄ニ
一 謀(む)-叛(ほ)-人 ̄ノ事 ■
右式-目 ̄ノ之趣-兼-日 ̄ニ難_レ ̄キ定 ̄メ歟且 ̄ハ任_二 ̄セ先-例 ̄ニ【一点脱ヵ】
且 ̄ハ依_二 ̄テ時 ̄ノ儀_一 ̄ニ可_レ ̄シ被(ル)_レ行_レ ̄ナハ之
一 殺(セツ)-害(カイ)刃(にん)-傷(しやう) ̄ノ罪(さい)科(くわ) ̄ノ事《割書:付 ̄タリ父子咎相互被_レ ̄ヤ|懸(かけ)_二否事【一点脱ヵ】》
右或 ̄ハ依_二 ̄リ当座 ̄ノ之 諍(ざウ)-論(ロン)_一 ̄ニ或 ̄ハ依_二 ̄テ遊(ユ)-宴(ゑん)之
酔(スイ)-狂(キヤウ)_一 ̄ニ不過 ̄ノ【慮誤ヵ、左ルビ・リヨウ】之外 若(も) ̄シ犯(ヲカ)_二 ̄サハ殺(セツ)-害(かいイ[ママ])_一 ̄ヲ者其-身
被(レ)_レ行_二 ̄ナハ死(シ)-罪_一 ̄ニ幷 ̄ニ被(ラレ)_レ処(ー)_二 ̄セ流(ル)-罪(ザイ)_一 ̄ニ雖_レ ̄フトモ被(ルヽト)_三【レ点誤ヵ】没-_二収
所帯_一 ̄ヲ其- ̄ノ父其- ̄ノ子不_一 ̄ハ【二点誤ヵ】相-交(マヂハラ)_一者 互(タガヒニ)不_レ懸_レ之
次 ̄ニ刃傷 ̄ノ科(トカ) ̄ノ事同 ̄ク可_レ ̄シ准(ー)_レ ̄ス之 ̄ヲ或 ̄ハ子或 ̄ハ
孫於_レ ̄テハ殺(せつかい[ママ])-_二害 ̄センニ父(フ)-祖(ソ)之 敵(カタキヲ)_一父-祖 縦(タトヒ )雖(イフトモ)_レ不(スト)_二
相-知_一可_レ ̄シ被(ラル)_レ処(ー[ママ])_二 ̄セ其- ̄ノ罪_一 ̄ニ為_レ散_二 ̄センカ父-祖 ̄ノ憤(イキトヲリ)_一 ̄ヲ忽 ̄ニ
遂(トクル)_二 ̄ノ宿(シヤク)意(イ)_一 ̄ヲ之故也次 ̄ニ其-子若 ̄シハ欲([ ])_レ ̄シ奪_一【二点誤ヵ】 ̄ハント人之
処-職_一 ̄ヲ若 ̄ハ為_レ ̄ニ取(トラン)_二 ̄ンカ人 ̄ノ之 財(ザイ)-宝(ホウ)_一 ̄ヲ雖_レ ̄フトモ企_二 ̄ツト殺-害_一 ̄ヲ其-【脚注】セツカイヲク■タテト■■
父子_レ ̄ル知之由-在-状分-明 ̄ナラハ者不_レ可_レ処_二縁座_一 ̄ニ
一 依(ヨリ)_二夫(ヲトノ)罪-科_一 ̄ニ妻-女 ̄ノ所-領 被(ルヽヤ)_二没-収_一 ̄セラ否 ̄ノ事
右於_二 ̄テハ謀(ム)-叛(ホン)殺(セツ)-害(カイ)并 ̄ニ山-賊海-賊夜-討強-
盗等 ̄ノ重(ト)-科_一 ̄ニ者可_レ ̄ナリ懸_二夫(ヲトノ)-咎_一 ̄ヲ也但 ̄シ依(ヨリ)_二当-
座 ̄ノ之 口(コウ)-論_一 ̄ニ若 ̄シ及_二 ̄ハヽ刃-傷殺-害_一 ̄ニ者不_レ可_レ懸之
一 悪(アク)-口(カウ) ̄ノ事 ■
右 闘(トウ)-殺(セツ) ̄ノ之 基(モトヒ )起(ヲコル)_レ自_二悪-口_一其- ̄レ重 ̄クハ者 被(ラレ)_レ
処(ー)_二 ̄セ流(ル)-罪(ザイ)_一 ̄ニ其 ̄レ軽(かる) ̄クハ者可_レ ̄キナリ被(ラル)_二召(メシ)-籠(コメ)_一也問-注 ̄ノ
之時 吐(ハカハ)_二悪-口_一 ̄ヲ則(スヘカラク)可_レ ̄ナリ被(ル)_レ付_二論-所 ̄ヲ於 敵(テキ)-人_一 ̄ニ
又論-所(ジヨ) ̄ノ事無_二 ̄クハ其-理(リ)_一者可_レ被_レ没-_二収 ̄セ
他 ̄ノ所-領_一 ̄ヲ若無_二 ̄ハ所-帯_一者可_レ ̄ナリ処(ー)_二 ̄ス流罪_一 ̄ニ也
一 殴(ウツ)_レ 人 ̄ヲ咎(トカ) ̄ノ事
右 被(ルヽ)_二打(チヤウ)-擲(チヤク)_一 ̄セ輩為_レ ̄ニ雪(キヨメンカ)_一【左注・ススガンカ】【二点誤ヵ】其-恥(ハジ)_一 ̄ヲ定 ̄テ露(アラハス)_二
害(かい)-心(しん)_一 ̄ヲ歟(カ)殴(ウツ)_レ 人 ̄ヲ之 科(トカ)甚 ̄タ-以 ̄テ不(ス)_レ軽(カルカラ)仍 ̄テ於_レ ̄テハ侍_一 ̄ニ【一点衍ヵ】者
可_レ ̄シ被(ラル)_レ没-_二収(しやう)所-領_一 ̄ヲ無_二 ̄ハ所帯_一者可_レ ̄シ処(ー)_一 ̄ス【二点誤ヵ】流-
【頭注】■■也
罪_一 ̄ニ至_二 ̄テハ又郎-徒以下_一 ̄ニ者可_レ ̄ナリ令(シム)_レ召(メシ)-_二禁(キンセ)者身_一 ̄ヲ也
一代-官 ̄ノ罪-過 懸(カクルヤ)_二主-人_一 ̄ニ否 ̄ノ事
右代-官 ̄ノ輩有_二 ̄ラム殺-害以下 ̄ノ重-科_一之時
件(クダン) ̄ノ主-人召-_二進 ̄セハ其- ̄ノ身_一 ̄ヲ主人_一 ̄ニ【一点衍ヵ】不_レ可_レ懸_レ科(トカヲ)
但 ̄シ為_レ ̄ニ扶(タスケンカ)_二代-官_一 ̄ヲ無_レ ̄キ咎(トカ)之由主-人 ̄ニ陳(チンシ)-_二申 ̄サン之_一 ̄ヲ
処 ̄ニ実(チツ)犯 露(ロ)顕(ケン) ̄セハ者難_レ ̄シ遁(ノカレ)_二其- ̄ノ罪_一 ̄テ仍 ̄テ可_レ ̄シ
被_レ没-_二収 ̄セ所-領_一 ̄ヲ至_二 ̄テハ彼 ̄ノ代-官_一 ̄ニ者可_レ被_二召-禁_一 ̄セ也
兼- ̄ハ又代-官 或(あるい) ̄ハ抑-_二留 ̄シ本所 ̄ノ之年-貢_一 ̄ヲ或 ̄ハ
違(イ)-_二背(ハイ) ̄セハ先-例(レイ)之 卒(ソツ)-法(ホウ)_一 ̄ヲ者 雖(イフトモ)_レ為(タリト)_二代-官 ̄ノ之
所(セウ)-行(ギヤウ)_一主-人可_レ ̄ナリ懸(カク)_二其- ̄ノ過(トガヲ)_一也 加之(シカノミナラス)代-官 ̄ニ
若 ̄ハ依(ヨリ)_二本-所 ̄ノ之訴-訟_一 ̄ニ若 ̄ハ就_二 ̄テ訴-人 ̄ノ之 解(ケ)-状_一 ̄ニ
自_二 ̄リ関-東_一被(レ)_レ召(メサ)_レ之 ̄ヲ自_二 ̄リ六-波-羅(ラ)_一被(レン)_レ催(モヨヲサ)_レ之 ̄ヲ
時 不(ス)_レ遂(トケ)_二参-決_一 ̄ヲ猶-令_二 ̄メハ張-行_一者同-又可_レ被_レ召_二
主人 之(ノ)所-帯_一 ̄ヲ但 ̄シ随_二 ̄ヒテ事 ̄ノ体_一 ̄ニ可(ヘキ)_レ有(アル)_二軽(キヨ)-重(十[ママ])_一歟(カ)
一 謀(ボウ)-書 ̄ノ罪-科 ̄ノ事 ■
右於_レ ̄テハ侍 ̄ニ者可_レ ̄シ被(ラル)_レ没-_二収 ̄セ所-領_一 ̄ヲ若 ̄シ無_二 ̄ハ所-
帯_一者可_レ ̄ナリ被(ラル)_レ処(ソ)_二 ̄セ遠-流_一 ̄ニ也 凡(ボン)-下(ゲ) ̄ノ輩者
可_レ ̄ナリ被(ル)_レ捺(サヽ)_二火(クハ)-印(イン) ̄ヲ於【左ルビ・ヲキテ】其- ̄ノ面(ヲモテ)_一 ̄ニ也 執(シウ)-筆(ヒツ) ̄ノ者 ̄ハ又
与同-罪 ̄ニ以_二 ̄テ論人 ̄ノ所帯 ̄ノ之証-文_一 ̄ヲ為(タル)_二謀-
書(シウ)_一之由 多(ツ)- ̄ク以 ̄テ称(ー[ママ])_レ ̄ス之 ̄ヲ披-見 ̄ノ之処 ̄ニ若 為(タラスノ)_二謀
書_一者 尤(モト) ̄モ任_二 ̄テ先条_一 ̄ニ可_レ ̄シ有(アル)_二其- ̄ノ科(トカ)_一又無_二 ̄ハ文-
書之 批(ヒ)謬(ビヨウ)_一者 仰(ヲフセテ)_二謀 略(リヤク)之輩_一 ̄ニ可_レ ̄ヘシ被(ラル)_レ
付_二神-社仏事 ̄ノ之修-理_一 ̄ニ但 ̄シ至_二 ̄テハ無力之
輩_一 ̄ニ者可_レ ̄ナリ被(ラル)_レ追(ツイ)-_二放(ハウ)其- ̄フ身_一 ̄ヲ也 ■
一 承(ジヨウ)久兵乱 ̄ノ時没-収 ̄ノ地 ̄ノ事
右致_二 ̄ス京方 ̄ノ合戦_一 ̄ヲ之由依_二 ̄テ聞(キコ)-食(メシ)-【召誤ヵ】及_一 ̄フニ被_レ ̄ノ
没-収_二所帯_一 ̄ヲ之輩無_二其-過(トカ)_一之旨 証(ー)
拠(コ)分明 ̄ナラハ者 宛(アテ)-_二給(タマヒ)其-替(カワリヲ)於当-給-人_一 ̄ニ可_レ ̄ナリ
_レ返(カエシ)-_二給本主_一 ̄ニ也是-則於_二 ̄テハ当-給-人_一 ̄ニ者有_二 ̄ノ
勲(キン)-功(かう)奉(ほう)-公_一之故也次 ̄ニ関-東御-恩(ヲンノ)輩 ̄ノ之
中(ナカニ)交(マジハル)_二京-方 ̄ノ之合戦_一 ̄ニ事罪科殊- ̄ニ重(ヲモシ)
仍- ̄テ即 被(ラレ)_レ誅(チウ)_二 ̄セ其-身_一 ̄ヲ被(ラレ)_レ没-_二収 ̄セ所帯_一 ̄ヲ畢 ̄ヌ而 ̄ルヲ
依_二 ̄テ自(シ)-然(ゼン) ̄ノ之 運(ウン)_一 ̄ニ遁(ノカレ)-来 ̄ル之族-近年 聞(キコシ)-召(メシ)-
及(ヲヨハヽ)者 縡(コト)-已 ̄ニ違期 ̄ノ之上尤- ̄モ就_二 ̄テ寛(クワン)宥(ユウノ)之
儀_一 ̄ニ割(サイテ)_二所-領 ̄ノ内_一 ̄ヲ可(へシ)_レ被(ラル)_レ没-_二収 ̄セ五-分-一_一 ̄ヲ但 ̄シ御
家人之外下司 庄(セウ)-官(クワン) ̄ノ之輩京方 ̄ノ之
咎(トガ )縦(タトヒ )雖(イフトモ)_二露-顕_一 ̄スト今-更 不(ザルノ)_レ能_二 ̄ハ改(アラタメ)沙汰_一 ̄ニ之由
去年 被(ラレ)_二議(キ)-定(上) ̄セ【一点脱ヵ】畢 ̄ヌ者(テイレハ)不(ス)_レ及_二 ̄ハ異(イ)-儀_一 ̄ニ次 ̄ニ以_二 ̄テ
同 ̄シキ没-収 ̄ノ之地_一 ̄ヲ称(セウジ)_二本-領-主_一 ̄ト訴(ウタヘ)-【二点脱ヵ】申 ̄ス当-
知-行 ̄ノ之人_一依_レ ̄テ有_二 ̄ニ其-過(トガ)_一没-_二収 ̄シ之_一 ̄ヲ宛(アテ)-_二給(タマヒ)
勲-功 ̄ノ之輩_一 ̄ニ畢 ̄ヌ而 ̄テ彼- ̄ノ時 ̄ノ知-行 ̄ノモノハ者非分 ̄ノ之
領-主也任_二 ̄テ相-伝 ̄ノ之 道(トン[ママ])-理_一 ̄ニ可_レ ̄キ返(カヱ)-_二 ̄シ給_一之 ̄ヲ【一点抹消】由
訴-申之 類(タグヒ)-多 ̄ク有_三 ̄リ【二点誤ヵ】其-聞_一既 ̄ニ就_二 ̄テ彼 ̄ノ時 ̄ノ
知-行_一 ̄ニ普(アマねク )被(ラレ)_二没-収_一 ̄セ畢([ムシ]) ̄ヌ何 ̄ソ閣(サシヲイ)_二 ̄テ当-時 ̄ノ領-主_一 ̄ヲ
可(ヘキ)_レ尋_二 ̄ヌ往(ツ[ママ]ウ)-代 之(ノ)由(ニ[ママ]イ)-緒(シヨ)_一 ̄ヲ哉(ヤ)自今以-後可_レ ̄シ停-_二
止 ̄ス濫(ラン)-望(モウ)_一 ̄ヲ矣 ■
一同- ̄キ時 ̄ノ合戦 ̄ノ罪過父-子 格(カク)別(ヘツ) ̄ノ事
右父 ̄ハ者 雖(イヘトモ)_レ交(マシハルト)_二京-方_一 ̄ニ其 ̄ノ子 候(コウ)_二 ̄シ関東_一 ̄ニ子 ̄ハ者
雖_レ ̄トモ交_二 ̄ハルト京-方_一 ̄ニ其-父 候(ー[ママ])_二 ̄スル関-東_一 ̄ニ之輩 賞(シヤウ)-罰(ハツ)
已- ̄ニ異(ことナリ)罪科 何(なん)- ̄シテ混(ヒトシカラン)【左注不明】又 西(サイ)国 ̄ノ住-人 等(ラ)雖(イフトモ)_レ為_レ ̄ト
父(チヽ)雖_レ ̄トモ為_レ子一-人 参(マイラハ)_二京-方_一 ̄ニ者住-国 ̄ノ之父-子
不(ス)_レ可_レ遁(ノカル)_二其- ̄ノ咎(トカ)_一 ̄ヲ雖_レ ̄ヘトモ不(スト)_二同-道_一依_レ ̄テナリ令_二 ̄ルニ同心_一也
但 ̄シ行(カウ)-程(テイ)境(サカヒ)-遥(ハルカニ)音(イン)-信(シン)難(カタ)_レ ̄ク通(トウシ)共 ̄ニ不_レ ̄ハ知_一【二点誤ヵ】
子-細_一 ̄ヲ者 互(タカヒニ)難_レ ̄キ被(ラレ)_レ処(ー[ママ])_二 ̄セ罪-科_一 ̄ニ歟(カ) ■
一 譲(ユツリ)-_二与(アタヘテ)所-領 ̄ヲ於女-子_一 ̄ニ後依_レ ̄テ有_二 ̄ニ 不 和(ハ) ̄ノ儀_一
其- ̄ノ親 悔(クヒ)-返(カヘス) ̄ヤ否 ̄ノ事
右 男(ナン)-女(二ヨ) ̄ノ之 号(カウ)雖_レ ̄トモ異(コト)_一 ̄ナリト【二点誤ヵ】父-母 ̄ノ恩(ー)【一点脱ヵ】惟(コレ)-同 ̄シ【挿入】「■【爰ヵ】」法(ホツ)-
家(ケ) ̄ノ之 倫(トモカラ)【ママ】雖_レ ̄ヘトモ有_二申- ̄ス旨_一女-子 ̄ハ則-憑(タノミテ)_下不(サル)_一【二点誤ヵ】
悔-返_一 ̄サ之 文(モン)_上 ̄ヲ不(ス)_レ可_レ憚(ハヽカル)_二不-孝(こう) ̄ノ之罪-業(ジヤウ)_一 ̄ヲ父-
母 ̄ハ亦 察(サツ)_レ ̄シメ及_二 ̄ハンコトヲ敵-対 ̄ノ【左ルビ・テキタイ】之 論(ロン)_一 ̄ニ不(サル)_レ可_レ譲(ユズル)_二所-領 ̄ヲ
於女-子_一 ̄ニ歟(カ)親-子義-絶(ジヤウ[ママ]) ̄ノ之 起(ヲコリ)也既 ̄ニ教令(ケウリヤウ)
違(イ)根 ̄ノ之 基(モトヒ)也女-子若-有_二 ̄ラハ向(キヤウ)-背(ハイ) ̄ノ之儀_一者
父(フ)-母(ボ)宜_レ ̄ク【左ルビ・へシ】任(マカス)_二進退之意_一 ̄ニ依_レ ̄テ之 ̄ニ女-子 ̄ハ者為_レ ̄ニ
全(マタウ)_二 ̄センカ譲-状_一 ̄ヲ竭(ツクシ)_二忠孝(ちうかう)之 節(ー)_一 ̄ヲ父(フ)-母(ボ) ̄ハ者為_レ ̄ニ施(ホトカサンカ)_二撫(ブ)-
育(いく)_一 ̄ヲ均(ヒトシウ)_二 ̄セン慈愛(ジアイ) ̄ノ之思_一 ̄ヒヲ者(モノ)歟(カ)
一 不(ス)_レ論_二 ̄セ親(シン)-疎(ソ)_一 ̄ヲ被(ルヽ)_二眷(ケン)-養(ノウ)_一輩違-_二背 ̄スル本-
主 ̄ノ子-孫(ソク)_一 ̄ヲ事
右 憑(タノ)_レ ̄ム人_一 ̄ヲ【一点衍ヵ】之輩 被(ラレハ)_二親(シン)-愛(アイ)_一者如_二 ̄シ子 息(ソク)_一 ̄ノ不(スンハ)_レ
然 ̄ラ者又如_二 ̄キ郎-従_一 ̄ノ歟(カ)爰(コヽニ)彼- ̄ノ輩令_レ ̄ル致_二 ̄サ忠(テウ)-勤(キン)_一 ̄ヲ
之時本主 感(カン)-_二嘆(タン) ̄スル其- ̄ノ志_一 ̄ヲ之 余(アマリ)或 ̄ハ渡_二 ̄シ宛(アテ)-文_一 ̄ヲ
或 ̄ハ与_二 ̄フル譲-状_一 ̄ヲ之処 称(ー)_二 ̄シ和-与(ヨ) ̄ノ之物_一 ̄ト対(タイ)-_二論(ロン) ̄スル本-
主 ̄ノ子孫_一 ̄ニ之 条(ー)結(ケツ)構(コウ) ̄ノ之趣甚 ̄タ不_レ可_レ ̄ラ然(シカル)
求媚(キウビ)之時 ̄ハ者 且(カツウハ)存_二 ̄シ子息 ̄ノ之儀_一 ̄ヲ且 ̄ハ致_一 ̄ス【二点誤ヵ】郎-
従之礼_一 ̄ヲ向(キヤウ)-背(ハイ) ̄ノ之後 ̄ハ者或 ̄ハ仮(カリ)_二他-人 之(ノ)号_一 ̄ヲ
或 ̄ハ成(ナシ)_二敵(てキ)-対(たイ) ̄ノ之思_一 ̄ヲ忽 ̄ニ忘(ワスレ)_二先-人 ̄ノ之恩-顧(カン)_一 ̄ヲ
違(イ)-_二背(ハイ) ̄セハ本主 ̄ノ之子-孫_一 ̄ヲ者於_二 ̄テハ得_レ ̄ル譲 ̄ヲ之所-
領_一 ̄ニ者可_レ ̄シ被_レ付_二主 ̄ノ子-孫_一 ̄ニ矣
一得_二 ̄テ譲-状_一 ̄ヲ後其- ̄ノ子 先(サキタテ)_二于父-母_一 ̄ニ令_二 ̄ムル_一
跡(アトノ)事
右其 ̄ノ子雖_一 ̄フトモ令_二 ̄ムト見-存_一至_レ ̄テハ令_二 ̄ルニ悔(クイ)-返(カヘサ)_一者有 ̄ン
何(ナンノ)-妨(サマタケカ)哉(ヤ)况(ユハン) ̄ヤ子(シ)孫(ソン)死(シ)去(キヤウ)之(ノ)後 ̄ハ者只可_レ任(マカス)_二
父- 祖 ̄ノ之意_一 ̄ニ也
一 妻妾(サイセウ)得(エテ)_二夫(ヲトノ)-譲(ユヅリヲ)_一被(セラレ)_二離(リ)-別(ヘツヲ)_一後 領(リヨ)-_二知 ̄スルヤ
彼 ̄ノ所-領_二 ̄ヲ【一点誤ヵ】否(イナヤノ)事 ■
右 其(ソノ)-妻(メ)依_レ ̄テ有_二 ̄ニ重-科_一於_レ ̄テハ被(レンニ)_二棄(キ)-捐(エン)_一 ̄セ者
縦(タトヒ )雖_レ ̄フトモ有_二 ̄ト往-日 ̄ノ之 契(ケイ)-状_一難_レ ̄シ知-_二行 ̄シ前-夫(フ) ̄ノ之
所-領_一 ̄ヲ又彼- ̄ノ妻(メ)有_レ ̄テ功(コウ)無_レ ̄ク過(トカ )賞(モテナシ)_レ新(アタラシキヲ)棄【左ルビ・ステ】_レ旧 ̄キヲ者
所_レ ̄ロノ譲(ユヅル)_一【一点衍ヵ】之所-領 不(ス)_レ能_二 ̄ハ悔(クヒ)-還(カヘスニ)_一
一父-母所-領 配(ハイ)分(ふん) ̄ノ之時雖_レ ̄トモ非_二 ̄スト義 絶(セツ)_一不(サル)_レ譲- ̄リ【二点脱ヵ】
与(アタヘ)成人(せいぢん) ̄ノ子(シ)-息(ソク)_一 ̄ニ事
右其-親(ヲヤ)以_二 ̄テ成(せい)-人(ちん) ̄ノ之子_一 ̄ヲ令_二 ̄ル吹(すい)-挙_一之間 励(ハゲマシ)_二
勤(キン)-厚 ̄ノ之思_一 ̄ヲ積(ツム)_二労(ロウ)-功_一 ̄ヲ之処 ̄ニ或- ̄ハ就(ツキ)-_二継(けい)-
母 ̄ノ之 讒(ざん)-言(げん)_一 ̄ニ或 ̄ハ依(ヨ)_二 ̄リ庶([ ]し)【右ルビ・諸ヵ】-子(し) ̄ノ之 鍾(シヨ)-愛(あい)_一 ̄ニ其- ̄ノ子
雖_レ ̄トモ不(スト)_レ被(ラレ)_二義(ぎ)-絶([ ]つ)_一 ̄セ忽 ̄ニ漏(モレテ)_二彼 ̄ノ処-分_一 ̄ニ侘(タク)-傺(サイ) ̄ノ之
条(ー)非-拠(きよ) ̄ノ之至也仍 ̄テ割(サイテ)_二今所_レ ̄ノ立_一 ̄ル【一点衍ヵ】之嫡(ちやく)-子-
分_一 ̄ヲ以_二 ̄テ五分一_一 ̄ヲ可_レ宛(アテ)-_二給 ̄フ無(ム)足(ソク) ̄ノ兄_一 ̄ニ也但 ̄シ
雖_レ ̄フトモ為_二 ̄ト少-分_一於_二 ̄テハ計(ハカラヒ)-宛(アテンニ)_一者 不(ス)_レ論(ー)_二 ̄セ嫡(チヤク)-庶(ソ)_一 ̄ヲ宜_レ ̄ク【左ルビ・へシ】依(ヨレ[ル誤ヵ])_二
証-跡(ぜき)_一 ̄ニ抑 雖(イフトモ)_レ為(タリト)_二嫡([ ]やく)-子_一無(ナク)_二指(サセル)奉公_一又-於_二 ̄テハ
不孝 ̄ノ之輩_一 ̄ニ者非_二 ̄ス沙-汰 ̄ノ之限_一 ̄ニ
一女-人養-子 ̄ノ事
右如_二 ̄クハ法(ほ)-意(い)_一 ̄ノ者雖_レ ̄ヘトモ不(スト)_レ許(ユルサ)_レ之 ̄ヲ右-大-将家 ̄ノ御-時 ̄ヨリ
以(コノ)-来(カタ)至_二 ̄マテ于 当(ト)世(セイ)_一 ̄ニ無_二 ̄キ其- ̄ノ子_一之女-人 等(ラ)譲(ユツリ)-_二与(アタフル)
所-領 ̄ヲ於養子_一 ̄ニ事不 易(エキ) ̄ノ之 法(ホウ)不_レ可_二勝-
計(ケツ)_一 ̄ス加之(シカノミナラス)都(ト)-鄙(ヒ) ̄ノ之 例(レイ)先-蹤 惟(コレ)-多 ̄シ評(キヤウ)-議(ジヤ[ママ]) ̄ノ【原注・ギ】之
処 ̄ニ尤 ̄モ足(タ)_二 ̄レル信(キヨ[ママ])-用_一 ̄ニ歟(カ)
一譲-_二 ̄リ得(ウル )夫(ヲトノ)所-領_一 ̄ヲ後-家令_二 ̄ル改(ケイ[ママ])嫁(カ)_一事
右 為(タル)_二後-家_一之輩 譲(ユヅリ)-_二得(エハ )夫(ヲトノ)所-領_一 ̄ヲ者須_下 ̄ク【左ルビ・ヘキ】
抛(ナケステ)_二他事_一 ̄ヲ訪(トム)_中 ̄ロフ夫 ̄ノ之後-世_上 ̄ヲ処 ̄ニ背_二 ̄ク式-目_一 ̄ヲ事非_レ ̄ル
無_二 ̄ニ其-咎_一歟(カ)而 ̄ルヲ忽 ̄ニ忘(ハス)_二 ̄レ貞-心_一 ̄ヲ令_二 ̄メハ改-嫁_一者以_二 ̄テ
所_レ ̄ノ得(うる)之領-地_一 ̄ヲ可_レ ̄シ宛(アテ)-_二給(タマウ)亡夫(ボウフ)子-息_一 ̄ニ若-又_一【一点衍ヵ】無_二 ̄クハ子-息_一者可_レ有(アル)_二別 ̄ノ御-計(ハカラヒ)_一
一関-東御-家人以_二 ̄テ月【左ルビ・ゲツ】-卿(ケイ)雲-(ウン)客(カク)_一 ̄ヲ為_二 ̄シメ婿(ムコ)【影印・聟】
君(キミ)_一 ̄ト依_レ ̄テ譲_二 ̄ルニ所-領_一 ̄ヲ公-事 ̄ノ足(アシ )減(ゲン)-少(セウ) ̄スル事
右於_二 ̄テハ所-領_一 ̄ニ者譲_二 ̄リ彼 ̄ノ女-子_一 ̄ニ雖_レ ̄フトモ令_二 ̄ムト格(カク)-別(ヘツ)_一 ̄セ至_二 ̄テハ
公-事_一 ̄ニ者随_二 ̄ヒテ其 ̄ノ分-限_一 ̄ニ可_レ ̄ナリ被(ヲル)_二省(ハブキ)-宛(アテ)_一也
親-父(フ)存-日 ̄ニ縦(タトヒ)成_二 ̄シ優([抹消]ウ)-恕(ジヤ) ̄ノ之儀_一 ̄ヲ雖_レ ̄フトモ不(ズト)_二
宛(アテ)-課(ヲウセ)_一逝(セイ)-去 ̄ノ後者尤 ̄モ可_レ ̄シ令_二 ̄ム催(セイ)-勤(キン)_一若 募(ツノリ)_二
権(ケン)-威(ニ[ママ])_一 ̄ヲ不(スンハ)_二勤-仕_一 ̄セ者 永(ナカ) ̄ク可_レ被_レ辞(ジ)-_二退(タイ)件(クタン) ̄ノ所-
領_一 ̄ヲ歟(カ)凡 ̄ソ雖_レ ̄フトモ為(タリト)_二関東 祇(シ)-候(コウ) ̄ノ之女房_一敢(アイ) ̄テ
勿_レ ̄レ泥(ナヅム)_二 ̄コト殿-中平 均(キン) ̄ノ之公-事_一 ̄ヲ此-上猶 ̄ヲ冷【ママ】_二 ̄メハ
難(ナン)-渋(チウ)_一者 不(ス)_レ可_レ知-_二行 ̄ス所-領_一 ̄ヲ【余白】「スへからす」
一譲_二 ̄リ所-領 ̄ヲ於子息_一 ̄ニ給_二 ̄ハリテ安-堵 ̄ノ御下-文_一 ̄ヲ之
後 悔(クイ)-_二還(カへシ)其 ̄ノ領_一 ̄ヲ譲-_二 ̄リ与(アタウル)他 ̄ノ子-息_一 ̄ニ事
右 可(ヘキ)_レ任(マカス)_二父-母 ̄ノ之意_一 ̄ニ之由 具(ツフ[サヵ])- ̄ニ以 ̄テ載(ノセ)_二先条_一 ̄ニ了 ̄ヌ
仍 ̄テ就_二 ̄テ先判(ぜんハん) ̄ノ之 譲(ユスリ)雖_レ ̄フトモ給_二 ̄フト安-堵 ̄ノ御下-文_一 ̄ヲ
其-親 後(クヒ)-_二還(カへシ)之_一 ̄ヲ於_レ ̄テハ譲_二 ̄ンニ他 ̄ノ子-息_一 ̄ニ者任_二 ̄テ
後(ご)-判(ハ) ̄ノ之譲_一 ̄ニ可(へシ)_レ有_二御成-敗_一
一 未(ミ)-処(シヤウ)-分 ̄ノ跡 ̄ノ事
右且 ̄ハ随_二 ̄ヒ奉-公 ̄ノ之 浅(せん)-深(しん)_一 ̄ニ且 ̄ハ糺(タヾシ)_二器 量(リヤウ) ̄ノ之
堪(カン)-否(フ)_一 ̄ヲ各-伍_二 ̄テ時(ジ)-宜(キ)_一 ̄ニ可(へシ)_レ被(ラル)_二分(ワカチ)-宛(アテ)_一
一 構(カマヘ)_二虚(コ)-言(ゴンヲ)_一致_二 ̄フ讒(サン)-訴_一 ̄ヲ事
右 和(アヤナヒ)_レ面(ヲモテヲ )巧(タクミニシ)_レ言(コトヲ )掠(カスメ)_レ君(キミヲ )損(ソンスル)_レ 人 ̄ヲ之 属(タクヒ)文(モン)-籍(シヤクノ)
所_レ載(ノスル)其-罪甚-重 ̄シ為(タメ)_レ世 ̄ノ為_レ 人 ̄ノ不(ス)_レ可_レ ̄ラ不(スンハアル)_レ
誡(イマシメ)為_レ ̄ニ望(ノソマ)_二 ̄ンカ所-領_一 ̄ヲ企_二 ̄テハ讒(サン)-訴_一 ̄ヲ者以_二 ̄テ讒者 ̄ノ之所-
領_一 ̄ヲ可_レ宛(アテ)-_二給(タマウ)他-人_一 ̄ニ無_二 ̄クハ所帯_一者 可(へシ)_レ処(ー)_二 ̄ス遠-流_一 ̄ニ
又為_レ ̄ニ塞_二 ̄カ【左注・ふせか】官(ワクン[ママ])-途(ト)_一 ̄ヲ構_二 ̄ヘハ讒-言_一 ̄ヲ者永 ̄ク不(ス)_レ可_レ ̄カラ召-_二仕 ̄ハル
彼 ̄ノ讒人_一 ̄ヲ
一 閣(サシヲイテ)_二本-奉-行-人_一 ̄ヲ付_二 ̄テ別-人_一 ̄ニ企_二 ̄ツル訴-訟_一 ̄ヲ事
右閣_二 ̄テ本奉行人_一 ̄ヲ更 ̄ニ付_二 ̄テ別-人_一 ̄ニ内-々企_二 ̄ツル訴-
訟_一 ̄ヲ之間 参巻(シンシ) ̄ノ之沙-汰不慮 ̄ニシテ而出-来 ̄ル歟(カ)
仍 ̄テ於_二 ̄テハ訴-人_一 ̄ニ者 暫(シハラク)可_レ ̄シ被(ラル)_レ抑(ヲサヘ)_二裁(さい)-許(京)_一 ̄ヲ至_二 ̄テハ執(トリ)-
申- ̄ス人_一 ̄ニ者 可(へシ)_レ有_二御-禁(きん)-制(せい)_一奉-行-人若-令 ̄メ【二点脱ヵ】
緩怠(クワンタイ)_一空(ムナシク )経(ヘハ)_二廿-箇-日_一 ̄ヲ者於_二 ̄テ庭-中_一 ̄ニ可_レ ̄シ申_レ之
一 遂(ト[ケ脱ヵ]タル)_二問註_一 ̄ヲ輩 不(ス)_レ相(アヒ)-_二待(マタ)御成-敗_一 ̄ヲ執(トリ)-_二進(シンスル)
権-門 ̄ノ書-状_一 ̄ヲ事
右 預(アツカル)_二裁-許_一 ̄ニ者(モノハ )悦(ヨロコヒ)_二強(ガウ)-縁(ヱン) ̄ノ之力_一 ̄ヲ被(ルヽ)_二棄置(キチ)_一者
愁(ウレウ)_二権-門 ̄ノ之 威(イ)_一 ̄ヲ爰 ̄ニ得(トク)-理(リ) ̄ノ之 方(カタ)-人(ウト) ̄ハ者 頻(シテリニ)称_二 ̄シ扶(フ)-
持(チ) ̄ノ之芳-恩_一 ̄ト無-理 ̄ノ之 方(カタ)-人(ウド)者(ハ)窃(ヒソカニ)【竊】猜(ソネミ)_二憲(ケン)-法(バウ) ̄ノ之
裁-断_一 ̄ヲ黷(ケガスコト)_二政(セイ)-道_一 ̄ヲ職(モトニシテ)而 斯(コレニ)-由(ヨル)自今以後 慥(タシカニ)
可_二停止_一 ̄ス也或 ̄ハ付(ツキ)_二奉行-人_一 ̄ニ或 ̄ハ於_二 ̄テ庭-中_一 ̄ニ可(ベシ)_レ
令(シム)_レ申_レ ̄サ之 ̄ヲ
一依_レ ̄テ無_二 ̄ニ道-理_一不(ル)_レ蒙(カウムラ)_二裁(酉[ ])-許_一 ̄ヲ之輩 為(タル)_二奉-
行人 ̄ノ偏(ヘン)-頗(バ)_一之由 訴(ウタヘ)-申 ̄ス事
右依_レ ̄テ無_二 ̄ニ其 ̄ノ理_一不(サル)_レ関(アツラカ)_二裁-許_一 ̄ニ之輩 為(タル)_二
奉公人 ̄ノ偏-頗_一之由 構(カマヘ)-申 ̄ス之 条(ー)太-以 ̄テ濫(ラン)-
吹(スイ)也自今以後 構(カマヘ)-_二出 ̄シ不-実_一 ̄ヲ企_二 ̄テハ濫-訴_一 ̄ヲ者 【脚注】「其身」
可(へシ)_レ被(ラル)_レ収(シユ)-_二公(クウ)所-領三-分-一_一 ̄ヲ無_二 ̄ハ所帯_一者 可(へシ)_レ被_二
追(ツイ)-却(キヤク)_一 ̄セ若-又奉公人 有(アラハ)_二其- ̄ノ誤(アヤマリ)_一者永 ̄ク不_レ
可_レ被_二召-仕_一
一 隠(カクシ)-_二置(ヲク)盗(トウ)-賊(ゾク)悪党(アクトウ) ̄ヲ於所-領-内(ナイニ)_一事
右 件(クタンノ)-輩雖_レ ̄ヘトモ有_二 ̄リト風 聞(ふん)_一依_レ ̄テ不_二 ̄ルニ露(ロ)-顕(ケン)_一不(ス)_レ
能_二 ̄ハ断(たん)-罪(ザイ)_一 ̄ニ不(ス)_レ加_二 ̄ヘ炳(ヘイ)-誡(カイ)_一 ̄ヲ而 国(クニ)-人(ウト)-等(ラ)差(サシ)-_二申 ̄ス
之_一 ̄ヲ所 ̄ニ召-上(ノホスル)之時 ̄ハ者其- ̄ノ国無為 ̄ナリ也在-国 ̄ノ之
時者其-国 狼(ロウ)-藉(セキ) ̄ナリト也 云(ウン)《振り仮名:々|ヌン》仍 ̄テ於_二 ̄テハ縁辺(エンヘン) ̄ノ之
凶(カイ)-賊(そく)_一 ̄ニ者付_二 ̄テ証(シヤウ)-跡(セキ)_一 ̄ニ可(へシ)_二召(メシ)-禁([ ]ヽシム)_一又地-頭 等(ラ)至_レ ̄テハ
隠(カクシ)-_二置(ヲカン) ̄ニ賊-徒(ト)_一 ̄ヲ者可_レ為(タル)_二同(ドウ)-罪(ザイ)_一也 先(マタ)-就_二 ̄テ嫌(ケン)-
疑(キ) ̄ノ之趣_一 ̄ニ召(メシ)-_二置(ヲキ)地-頭 ̄ヲ於 鎌倉(カマクラ)_一 ̄ニ彼国不_二落(ラツ)-
居(ケ)_一之間者不_レ可_レ給_二身- ̄ノ暇(イトマヲ)_一次 ̄ニ被(ラルヽ)_レ停-_二止
守-護-使(シ)入-部(フ)_一 ̄ヲ所(トコロ)-《振り仮名:々|〳〵》 ̄ノ事-同 ̄ク悪(アク)党(タウ)等(ラ)
出-来 ̄ラン之時 ̄ハ者不-日 ̄ニ可_レ召-_二渡守護-所_一 ̄ニ也
若於_二 ̄テハ拘(カカヘ)-惜(ヲシマンニ)_一者且 ̄ハ令_レ ̄シテ入-_二部 ̄セ守-護-使_一 ̄ヲ且 ̄ハ
可_レ被_レ改-_二 ̄メ補(フ) ̄セ地-頭-代_一 ̄ヲ也若-又 不(スンハ)_レ改_二代-官_一 ̄ヲ者
被_レ没-_二収地-頭-職_一 ̄ヲ可_レ ̄シ被_レ入_二守-護-使_一 ̄ヲ
一 強(ガウ)-竊(セツ)二(ジ)-盗(タウ) ̄ノ罪-科 ̄ノ事付 ̄タリ放-火-人 ̄ノ事
右 既(スデ) ̄ニ有_二 ̄リ断(だん)-罪(ざい)之先-例_一何 ̄ソ及_二 ̄ハン猶(ユ)-予(ヨノ)之
新-儀_一 ̄ニ哉(ヤ)次 ̄ニ放(ホウ)-火-人 ̄ノ事 准(ジウ)-_二拠(キヤウ) ̄シテ盗(トウ)-賊(ソク)_一 ̄ニ宜_レ ̄ク
令_二 ̄ム禁(キン)-遏(アツ)_一 ̄セ
一 密(ヒツ)-_二懐(クアイ) ̄スル他-人 ̄ノ妻(メ)_一 ̄ヲ罪-科 ̄ノ事
右 不(ス)_レ論(ロン)_二 ̄セ強(カウ)-姧(ケン)和(ワ)-姧(ケン)_一 ̄ヲ懐(クワイ)-_二 ̄スル抱(ハウ) ̄スル人 ̄ノ妻(メ)_一 ̄ヲ之輩
被(レ)_レ召_二所-領半分_一 ̄ヲ可(へシ)_レ被(ラル)_レ罷(ヤメ)_二-出-仕_一 ̄ヲ無_二 ̄ハ所帯_一者
可(ヘキ)_レ ̄ナリ処(ー)_二 ̄ス遠-流_一 ̄ニ也女 ̄ノ所-領同 ̄ク可_レ ̄シ被(ル)_レ召(メサ)_レ之 ̄ヲ
無_二 ̄ハ所-領_一者又可_レ ̄ナリ被(ラル)_レ配(ハイ)-_二流(ル) ̄セ之_一 ̄ヲ也次 ̄ニ於_二 ̄テ道-
路(ろ) ̄ノ辻(ツジニ)_一捕(トラフル)_レ女 ̄ヲ事於_二 ̄テハ御-家人_一 ̄ニ者百-箇-日 ̄ノ之
間可_レ ̄シ止_二 ̄ム出(シウ)-仕(シ)_一 ̄ヲ至_二 ̄テハ郎徒已下_一 ̄ニ者任_二 ̄テ右-大-将
家 ̄ノ御時 ̄ノ之例_一 ̄ニ可_レ ̄ナリ剃(テイ)-_二除(ヂヨ) ̄ス片(カタ)-方(〳〵) ̄ノ之 鬢(ビン)
髪(ハツ)_一 ̄ヲ也但 ̄シ於_二 ̄テハ法-師 ̄ノ罪過_一 ̄ニ者 当(あた)_二 ̄テ其- ̄ノ時_一 ̄ニ可_レ ̄シ
被(ラル)_二斟(シン)-酌(シウク)_一 ̄セ
一雖_レ ̄トモ給_二 ̄ハルト度々 ̄ノ召(メシ)-文(フ)_一 ̄ヲ不(サル)_二参上_一 ̄セ科 ̄ノ事
右就_二 ̄テ訴-状_一 ̄ニ遣(ツカハス)_二召-文_一 ̄ヲ事及_二 ̄フ 三-箇-度 ̄ニ【一点脱ヵ】
不(スンハ)_二参-決_一 ̄ニセ者訴-人有_レ ̄ハ理(リ)直 者(ヂキニ)可_レ ̄シ被(ラル)_二裁(サイ)-許【一点脱ヵ】
訴人無_レ ̄クハ理(リ)者又可_レ ̄ナリ給_二 ̄フ他-人_一 ̄ニ也但 ̄シ至_二 ̄テハ所(シヨ)-従(ジウ)
馬-牛(キウ)并 ̄ニ雑物等_一 ̄ニ者任_二 ̄テ員(イン)-数(ツ)_一 ̄ニ被_二 ̄レ糺(キウ)-返(ヘンセ)_一
可_レ ̄ナリ被(ラル)_レ付(ツケ)_二寺-社 ̄ノ修(ヒ)理(トウ)_一 ̄ニ也
一改_二 ̄テ舊(フルキ)-境(サカヒ)_一 ̄ヲ致_二 ̄ス相-論(ロン)_一 ̄ヲ事
右或 ̄ハ越(コエ)_二往-昔(セキ) ̄ノ之境_一 ̄ヲ構(カマヘ)_二 ̄ヲ新-儀 ̄ノ案_一 ̄ヲ妨(サマタケ)_レ之 ̄ヲ
或 ̄ハ掠(カスメテ)_二近-年 ̄ノ之例_一 ̄ヲ捧(サヽケテ)_二古 ̄キ文-書_一 ̄ヲ論(ー)_レ ̄ス之 ̄ヲ雖 ̄トモ
_レ不(スト)_レ預(アヅカラ)_二裁(サイ)-許_一 ̄ニ無_二 ̄カ指(サセル)-損(ソン)_一之 故(ヤカラ) ̄ニ猛悪(マウアク) ̄ノ之輩
動(ヤヽモスレハ)企_二 ̄ツ謀-訴_一 ̄ヲ成-敗 ̄ノ之処非_レ ̄ス無_二 ̄ニ其-煩_一自-
今以-後 遣(ツカハシ)_二実(ジ)-検(ケ)-使(シ)_一 ̄ヲ糺-_二明 ̄シ本-跡_一 ̄ヲ為_二(タラハ)非(ヒ)-
拠(キウ) ̄ノ之訴-訟_一者 相(アヒ)-_二計(ハカラヒ)越(コエ)_レ境(サカ) ̄ヲ成(ナス)_レ論(ー) ̄ヲ之分-
限(ケン)_一 ̄ヲ割(サキ)-_二分(ワカチ)訴-人領-地 ̄ノ之内_一 ̄ヲ可_レ被_レ付_二論-人
之方_一 ̄ニ也
一関東御-家人_一【一点衍ヵ】申_二 ̄シ京-都_一 ̄ニ望(ノソミ)-_二捕(フ) ̄スル傍-
官 ̄ノ所-領 上(ウエ)-司(ツカサヲ)【一点脱ヵ】事
右右-大-将-家 ̄ノ御-時一-向(カウ)被( ラレ)_二停(テウ)-止(シ)_一畢 ̄ヌ而 ̄ルヲ
近-年 ̄ヨリ《振り仮名:以-降|コノカタ》企(クワ)_二 ̄タツ自-由 ̄ノ之 望(ノソミ)_一 ̄ヲ非_三 ̄ス啻(タヽ)_一背(ソムクノミニ)_二
禁-制_一 ̄ヲ令_レ ̄ムル覃(ヲヨバ)_二喧-嘩_一 ̄ニ歟(カ)自-今以-後於_下 ̄テハ
致_一 ̄サン濫-望之輩_上 ̄ニ者可_レ被_レ召_二所-領-一所_一 ̄ヲ也
一 惣(ソ)-地-頭 押(ヲシ)-_二妨 ̄スル所-領-内 ̄ノ名主職_一 ̄ヲ事
右 給(タマワル)_二惣-領_一 ̄ヲ之人称_二 ̄シテ所-領内_一 ̄ト掠(カスメ)-_二領(ー) ̄スル格(カク)-別(ヘツ)
村_一 ̄ヲ所-行 ̄ノ之-企難_レ ̄シ遁(ノカレ)_二罪科_一 ̄ヲ爰 ̄ニ給_二 ̄ハリテ
別 ̄ノ御下-文_一 ̄ヲ雖_レ ̄ヘトモ為(タリト)_二名主職_一惣-地-頭若-伺(ウカヽヒ)_一【二点誤ヵ】
尫(ヲウ)-弱(ジヤク) ̄ノ之隙_一 ̄ヲ有_一 ̄ル限(カキリ)沙-汰 ̄ノ之外 巧(タクミ)_二非-法_一 ̄ヲ致_二 ̄サハ
濫-妨_一 ̄ヲ者可_レ給_二別(ベツ)-納(ノウ) ̄ノ御下-文一於名主_一 ̄ニ也
名主又 寄(ヨセ)_二事 ̄ヲ於左-右_一 ̄ニ不(ス)_レ顧(カヘリミ)_二先-例_一 ̄ヲ違-_二
背(セ) ̄ハ地-頭_一 ̄ヲ者 可(ヘキ)_レ被(ラル)_レ改_二 ̄メ名-主-職_一 ̄ヲ也
一官-爵(シヤク)所-望(モウ) ̄ノ輩申-_二 ̄シ請(ウケル)関東 ̄ノ御一-行_一 ̄ヲ事
右 被(ルヽ)_レ召(メサ)_二成(せい)-功(かう)_一之時 被(ルヽハ)_レ注(シルシ)-_二申 ̄サ所-望 ̄ノ人_一 ̄ヲ者
既- ̄ニ是 公平(クビヤウ)也仍 ̄テ非_二 ̄ス沙-汰 ̄ノ之限_一 ̄ニ為_二 ̄ニ昇(セウ)-進(ジンノ)_一
申_二 ̄ス挙-状_一 ̄ヲ事 不(ス)_レ論_二 ̄セ貴 賤(セン)_一 ̄ヲ一向 ̄ニ可_二停止_一レ ̄ス之 ̄ヲ
但シ申_二 ̄ス受(ジユ)-領 検(ケン)-非(ビ)-違(イ)-使(シ)_一 ̄ヲ之輩於_レ ̄ハ為(タランニ)_二理-
運(ウン)_一者 雖(イフトモ)_レ非_二 ̄ト御挙-状_一 ̄ニ只-有_二御-免(メン)_二【一点誤ヵ】之由
可(ヘキ)_レ被(ル)_二仰-下_一歟兼- ̄ハ又新-叙(ジヨ) ̄ノ之輩巡 ̄ニ年
廻(メクリ)-来 ̄リ浴(ヨクセハ)_二朝-恩_一 ̄ニ者非_二 ̄ス制(セイノ)限_一 ̄ニ
一鎌倉中 ̄ノ僧-徒(ト)恣諍(ホシヒマヽアラソウ)_二官-位(イ)_一 ̄ヲ事
右 依(ヨリ)_二綱(カウ)-位(イ)_一 ̄ニ乱_二 ̄ス臈(ラン)-次(シ)_一 ̄ヲ之故 ̄ニ猥(ミタリニ)求(モト)_二 ̄メ自由 ̄ノ之
昇(セウ)-進(ジン)_一 ̄ヲ弥 添(ソウ)_二僧-綱 ̄ノ之 員(イン)-数(ジユ)_一 ̄ヲ雖( へトモ)_レ 為(タリト)_二宿(エン)-
老有(ロウウ)-智(チ) ̄ノ高僧(カウソウ)_一被(ル)_レ越(コサ)_二少-年無才 ̄ノ之
後-輩_一 ̄ニ即-是且 ̄ハ傾(カタフケ)_二衣鉢(ヱハチ) ̄ノ之 資(タスナヲ)_一且 ̄ハ乖(ソムケル)_二
経(キヤウ)-教(〴〵) ̄ノ之儀_一 ̄ニ者也自-今以-後 不(ズ)_レ蒙(カウフラ)_二免-許_一 ̄ヲ
昇進(セウジン) ̄ノ之輩 為(タラハ)_二寺-社 ̄ノ供-僧_一者可_レ被_レ
停(チヤウ)-_二廃(ハイ)彼- ̄ノ職_一 ̄ヲ也雖_レ ̄フトモ為_二 ̄ト御 帰(キ)-依(エ) ̄ノ之僧_一
同- ̄ク以 ̄テ可_レ被_レ停-_二止_一 ̄セ之 ̄ヲ此-外 ̄ノ禅(セン)-侶(リヨハ)者偏 ̄ニ仰_二 ̄セテ
顧(コ)眄(メン) ̄ノ之人_一 ̄ニ宜_レ ̄ク【左注・へシ】有(アル)_二諷(フ)-諫(カン) ̄ノ之 誡(イマシメ)_一
一 奴婢(ヌヒ)雑(ザウ)人 ̄ノ事
右任_二 ̄テ右-大-将- ̄ノ家御時 ̄ノ之 例(ー)_一 ̄ニ無_二 ̄ク其 ̄ノ沙汰_一
過(スキハ)_二 十箇年_一 ̄ヲ者 不(ス)_レ論(ー)_二 ̄セ理(リ)-非(ヒ)_一 ̄ヲ不_レ ̄レ及_二 ̄ハ改 ̄メ沙
汰_一次 ̄ニ奴婢 所生(シヨシヨ) ̄ノ之男女 ̄ノ事如_二 ̄ハ法-意_一 ̄ノ者
雖_レ ̄ヘトモ有_二 ̄リコト子細_一任_二 ̄テ同 ̄キ御時 ̄ノ之 例(レイ) ̄ニ_一男(ヲノコニハ)者 付(ツキ)_レ
父(チヽ)-女 ̄ハ可_レ ̄ナリ付(ツク)_レ母(ハヽニ)也
一百-姓 逃散(テウサン) ̄ノ時 称(セウシ)_二逃(テウ)-毀(キ)_一 ̄ト令_二 ̄ル損(ソン)-亡(マウ)_一事
右諸-国 ̄ノ住-民 逃(テウ)-脱(タツ) ̄ノ之時其 ̄ノ領主 等(ラ)称(セウシテ)_二
逃(テウ)-毀(キ)_一 ̄ト抑-_二留 ̄シ妻(ヌ[ママ])子_一 ̄ヲ奪(ウハイ)-_二取(トル)資(シ)-財(サイ)_一 ̄ヲ所-行 ̄ノ之
企甚 背(ソムケリ)_二仁-政_一 ̄ニ若 ̄シ被_二 ̄レン召-決_一 ̄セ之処 ̄ニ有_二 ̄ラハ年-
貢所当 ̄ノ未(ミ)-済(サイ)_一者可_レ致_二其-償(ツクノヒヲ)不_レ然_一者
早 ̄ク可_レ ̄シ被(ラル)_レ糺(キウ)-_二通(ツウ)損-物_一 ̄ヲ但 ̄シ於_二 ̄テハ去(シヨ)-留(リウニ)_一 ̄ニ者宜_レ ̄ク【ヘキ】
任_二 ̄ス民(タミ)- ̄ノ意_一 ̄ニ也
一称_二 ̄シテ当-知-行_一 ̄ト掠(カスメ)-_二給 ̄ハリ他-人 ̄ノ所-領_一 ̄ヲ貪(ムサホリ)-_二取(トル)所-
出(シツ)-物_一 ̄ヲ事
右 構(カマヘ)_二無実 ̄ヲ【ヂツ】掠(カスメ)-領 ̄スル事式-目 ̄ノ所_一 ̄ロ推(ヲス)難_レ ̄シ脱(ノカレ)_二
罪-科_一 ̄ヲ仍 ̄テ於_二 ̄テハ押(ヲン)-領-物_一 ̄ニ者早 ̄ク可_レ ̄シ令_二糺-返_一
至_二 ̄テハ所-領_一 ̄ニ者可_レ ̄ナリ被(ラル)_二没-収_一也無_二 ̄クハ所-領_一者可_レ
被(ラル)_レ処(ー)_二 ̄せ遠-流_一 ̄ニ次 ̄ニ以_二 ̄テ当-知-行 ̄ノ所-領_一 ̄ヲ無(ナク)_二指(サセル)-
次(ツイテ)_一申-_二 ̄シ給 ̄ハル安-堵 ̄ノ御下-文_一 ̄ヲ事若以_二 ̄テ其 ̄ノ次_一 ̄ヲ 【脚注、ツイテ】
始(ハヂメテ )致(イタサム)_二私(キヤウ)-曲_一 ̄ヲ歟(カ)自-今以後 可(へシ)_レ被(ラル)_二停-止_一 ̄セ
一傍輩 ̄ノ罪(サイ)過 未(ミ)断【タン】以前 競(ケイ)-_二望(バウスル)彼所帯_一 ̄ヲ事
(【 】三ヶ所は左ルビ)
右 積(ツム)_二労(ラウ)-効(カウ)_二 ̄ヲ【一点誤ヵ】之輩 企(クワタツハ)_二所望_一 ̄ヲ者常- ̄ノ習也
而 ̄ルニ有(アル)_二所犯(シヨホン)_一之由令_二 ̄ル風聞(フフン)_一 ̄セ之時罪-状未(ミ)-
定 ̄ノ之処為_レ望_二件 ̄ノ所-領_一 ̄ヲ欲(ホツ[朱])_レ ̄スル申-_二 ̄シ沈(シツメント)其- ̄ノ
人_一 ̄ヲ之 条(ー)所-為 ̄ノ旨敢 ̄テ非_二 ̄ス正(セい)義_一 ̄ニ就_二 ̄テ彼 ̄ノ申
状 ̄ニ【一点脱ヵ】有_二 ̄ラハ其沙汰_一者■【庸ヵ】-口 ̄ノ之讒-言 蜂(ホ[ ])-起(きシテ)【朱脚注・シテ】
不(サル)_レ可_レ絶(タユ)_一【一点衍ヵ】歟(カ)縦(タト)-使(ヒ)雖(イフトモ)_レ為(タリト)_二理-運(ウ) ̄ノ之訴-訟_一
不(サレ)_レ被(ラレ)_レ叙(上[朱])-_二用 ̄セ兼-日 ̄ノ之 競(ケイ)-望_一 ̄ヲ
一罪科 ̄ノ之由 披(ヒ)-露(ろ) ̄ノ時不(ス)_レ被(ラレ)_二糺-決_一 ̄セ改(カイ)-_二
替(タイスル)_一【一点衍ヵ】所-職_一 ̄ヲ事
右無_二 ̄ク糺(キウ)-決(ケツノ)之儀_一有_二 ̄ラハ御-成-敗_一者 不(フ)_レ論(ー)_二 ̄セ犯-
否_一 ̄ヲ定 ̄テ貽(ノコサン)_二鬱(ウツ)-憤(フンヲ)_一歟(カ)者(テイレハ )早(クハシク )究(キワメ)_二渕底(ヱンテイ)_一可_レ ̄シ
被(ラル)_二禁(キン)-断(ダンセ)_一
一所-領 得(トク)-替(タイノ)時 前(セん)-司新-司沙-汰- ̄ノ事
右於_二 ̄テハ所-当年-貢_一者 可(へシ)_レ為(タル)_二新-司 ̄ノ之
成-敗_一至_二 ̄テハ私(シ)-物(モツ)雑-具(ク)幷所-従馬-牛
等(ラ)_一 ̄ニ者新-司 不(サレ)_レ及(ヲヨハ)_二抑-留_一 ̄ニ况 ̄ヤ令(シメハ)_レ与(アタヘ)_二恥-【朱脚注】チジョク
辱 ̄ヲ於前-司_一 ̄ニ者 可(ヘキナリ)_レ被(ラル)_レ処(ー)_二 ̄セ別(ヘツ) ̄ノ過 怠(たイ)_一 ̄ニ也
但 ̄シ依_二 ̄テ重-科_一 ̄ニ被(ラレハ)_二没-収_一 ̄セ者非_二 ̄ス沙-汰 ̄ノ之限 ̄ニ【一点脱ヵ】
一以_二 ̄テ不-知-行_レ所-領 ̄ノ文書_一 ̄ヲ寄(キ)-_二附(フ) ̄スル他人_一 ̄ニ事
付 ̄タリ以_二 ̄テ名-主-職_一 ̄ヲ不(ス)_レ触(フレ)_二
本-所_一 ̄ニ寄(キ)-_二進(シン) ̄スル権-門_一 ̄ニ事
右自今以後於_二 ̄テハ寄附(きふ) ̄ノ之輩_一 ̄ニ者 可_レ ̄ナリ被(ラル)_レ
追(ツイ)-_二却(キヤクセ)其- ̄ノ身 ̄ヲ_一也至_二 ̄テハ請取人_一 ̄ニ者可_レ ̄シ被(ラル)_レ【二点誤ヵ】
寺-社 ̄ノ修-理_一 ̄ニセ次 ̄ニ以_二 ̄テ名-主-職_一 ̄ヲ不(ス)_レ令_レ ̄メ知(シラ)_二本所_一 ̄ニ
寄(キ)-_二附(フ) ̄スル権-門_一 ̄ニ事自然 ̄ニ在(アリ)_レ之如_レ然 ̄ノ之 族(ヤカラハ)者
召_二名-主-職_一 ̄ヲ可(へシ)_レ被_レ付_二 地-頭_一 ̄ヲ無_二 ̄ラン地-頭_一之所者
可_レ被_レ付_二本所_一 ̄ニ
一売-買 ̄ノ所-領 ̄ノ事
右以_二 ̄テ相-伝 ̄ノ之 私(ー)-領_一 ̄ヲ要-用 ̄ノ之時令_二 ̄ルハ沽(こ)-却(キヤク)_一者
定 ̄レル法也而 ̄ヲ或 ̄ハ募(ツノリ)_二勲-功_一 ̄ニ或 ̄ハ依_二 ̄テ勤-労_一 ̄ニ預(あつか)_二 ̄ル
別 ̄ノ御-恩_一 ̄ニ之輩 恣(ホシイマヽニ)令_二 ̄ル売(バヒ)-買(バヒ)_一之条所-
行 ̄ノ之旨非_レ ̄ス無_二 ̄ニ其-科_一自-今以-後慥 ̄ニ可_レ
被(ラル)_二停-止_一 ̄セ也若-又 背(ソムキ)_二制(セイ)-符(フ)_一 ̄ヲ令_二 ̄シメハ沽-却_一者
云_二 ̄ヒ売(ウル)-人(ト)_一云_二 ̄ヒ買(カウ)-人_一共(トモニ)-以 ̄テ可_レ ̄シ被_レ処_二 ̄セ罪-科_一 ̄ニ
一両方 ̄ノ証-文 理(リ)-非(ヒ)顕(ケン)-然(ゼン) ̄ノ時 擬(ギスル)_レ遂(トケント)_二対(たい)-決(けつ)_一 ̄ヲ事
右 彼(カレ)-此(コレ)証-文理-非 懸(ケン)-隔(ガク) ̄ノ之時雖_レ ̄モ不(スト)_レ
遂_二対-決_一 ̄ヲ直 ̄ニ可_レ ̄キ有_二成-敗_一歟(カ)
一 狼(ロウ)-藉(セキ) 不(ス)_レ知_二子細 ̄ヲ_一出-_二向 ̄フ其 ̄ノ庭(ニハ) ̄ニ_一輩 ̄ノ事
右於 ̄テハ_二同-意与-力 ̄ノ之 科(トカ) ̄ニ_一者 不(ス)_レ及 ̄ハ_二子-細 ̄ニ_一至 ̄ニハ_二
其 軽(キヤウ)-重 ̄ニ_一者兼 ̄テ難 ̄シ_レ定(サタメ)_二式-條 ̄ヲ_一尤可 ̄キ_レ依_二
時 ̄ノ-宜(ヨロシキニ)_一歟(カ)為 ̄ニ_レ聞(キカンカ)_二実-否 ̄ヲ_一不(ス)_レ知(シラ)_二子細 ̄ヲ_一出(イテ)-_二向(ムカハヽ)
其庭 ̄ニ_一者 不(ス)_レ及 ̄ハ_二罪科 ̄ニ_一
一 帯(タイ) ̄シ_二問(トイ)-状 ̄ノ御(ミ)-教(キヤウ)-書 ̄ヲ_一致 ̄ス_二狼藉(ロウゼキ) ̄ヲ_一事
右就 ̄テ_二訴-状 ̄ニ_一被(ルヽハ)_レ 下_二問-状 ̄ヲ_一者定 ̄レル例(レイ)也而 ̄ルヲ以 ̄テ_二
問(トイ)-状 ̄ヲ_一致_二狼-藉 ̄ヲ_一事 姧(カン )-濫(ランノ)之企難_レ遁(ノカレ)_二
罪-科 ̄ヲ_一所 ̄ロ_レ申 為(タラハ)_二顕然 ̄ノ之僻(ヒガ)-事(コト)_一者給 ̄フ_二
問-状 ̄ヲ_一事一-切 ̄ニ可(ヘシ)_レ被(ラル)_二停-止 ̄セ【一点脱ヵ】
乱_一 ̄ヲ之由有_二 ̄ラハ其- ̄ノ聞_一 ̄エ者己 ̄レ非_二 ̄ストモ一味 ̄ノ義_一 ̄ニ殆(ホトント )胎(ノコサン)_二諸人 之(ノ)
嘲(アザケリヲ)_一者 ̄ノ歟(カ)兼- ̄テハ又 ̄タ依_レ ̄テ無_二 ̄ニ道-理_一評-定之庭 ̄ニ被(ルラ)_二棄(キ)-置(チ)_一 ̄セ之
輩 ̄ラ越(ヲツ)-訴(ソ) ̄ノ之時評-定-衆 ̄ノ之中 ̄ヨリ被(レ)_レ書-_二与 ̄ヘ一-行([朱]コウ)_一 ̄ヲ
者 自([朱]シ)-余([朱]ヨ) ̄ノ之 計(ハカリコト)皆-無([朱]フ)-道([朱]トウ) ̄ノ之由 独(ヒトリ)似(ニ)_レ ̄ン被(ルヽニ)_レ存(ー[ママ])_レ ̄セ之 ̄ヲ歟(カ)
者(テイレバ)条々 ̄ノ子-細如_レ ̄シ此([朱]カリ) ̄ノ若-雖_レ ̄フトモ為_二 ̄リト一-事_一存(ー)_二 ̄ジ曲折(きよせつ)_一 ̄ヲ令_レ ̄メハ
違(タガハ)者【朱書・○】梵(ホン)-天(テン)帝(タイ)-釈(シヤク)四-大- 天-王 惣(ソウ)日-本国-中
六-十 余(ヨ)-州(シウ)大-小 ̄ノ神-祇 殊([朱]コト) ̄ニハ伊(イ)-豆(ヅ)筥(ハコ)-根(ね)両(リヤウ)-所 ̄ノ
権(ゴン)-現(ゲン)三(ミ)-島(シマ)大-明-神八-幡大-菩-薩天-満大- 自-
在- 天-神 部(ブ)-類(ルイ)眷(ケン)-属(ゾク)神(ジン)-罰(バツ)冥(ミヤウ)-罰(バツ)各 ̄ノ可_二 ̄キ罷(マカリ)-
蒙([朱]コウ)_一 ̄ムル者 ̄ノ也(ナリ)仍起-請如_レ ̄シ件 ̄ノ
貞永元年七月十日
沙- 弥 浄(ジヤウ)-園(ヱン)
相-模 ̄ノ大-掾藤-原 ̄ノ業(ナリ)-時(トキ)
玄蕃 ̄ノ允三-善(ヨシノ)康(ヤス)連(ツラ)
【日下余白】
「武蔵国児玉郡
本庄宿内沢伊丹堂【野脱ヵ】枝与市」
【左上余白】
「武蔵国
児玉郡本庄宿
内伊丹堂村野枝与市」
左-衛-門 ̄ノ少-尉藤-原 ̄ノ朝臣 基綱(モトツナ)
沙- 弥 行(ギヤウ)-然(ネン)
散(サン)-位(ミ)三善(ミヨシ) ̄ノ朝臣 倫重(トモシゲ)
加-賀 ̄ノ守三-善 ̄ノ朝臣 康俊(ヤストシ)
沙- 弥行-西
前 ̄ノ出-羽 ̄ノ守藤-原 ̄ノ朝臣 家長(イヘナガ)
前 ̄ノ駿([朱]スル)-河(カ) ̄ノ守平朝臣 義村(ヨシムラ)
摂-津 ̄ノ守中-原 ̄ノ朝臣 師員(モロカス)
武(ム)-蔵(サシ) ̄ノ守平 ̄ノ朝臣 泰時(ヤストキ)
相([朱]サカ)-模(ミ) ̄ノ守平 ̄ノ朝臣 時房(トキフサ)
此-書 ̄ハ廼(スナハチ)万-代不-易 ̄ノ之法 ̄ナリ也 故(カルカ) ̄ニ加_二 ̄テ清(セウ)-家([朱]ケ)点(テンヲ)_一以 ̄テ
重 ̄テ鋟(チリバム)_二諸 梓(シ)_一 ̄ニ矣 蓋(ケ[ ]シ)為_レ ̄メ俾(メ)_一下 ̄メ【左注・シメンガ】夫(カノ)愚蒙(グモウ) ̄ノ輩([朱]シテ)_一 ̄ラヲ易(ヤスカラ)_上レ読(ヨミ)也【この行訓点ママ】
苟(イヤシクモ)易_レ ̄キスハ読則 通(ー)_レ ̄スルコト理(リニ)速( スミヤカナリ )通(ー)_レ ̄スルコト理 ̄ニ速 ̄ナスハ則 犯(ヲカフ)_レ法 ̄ヲ者 ̄ノ稍(ヤヽ)
少 ̄シ豈(アニ)順_二 ̄ス師-道 ̄ノ少-補_一 ̄ニ【左注・ホニ】乎(ヤ)抑 郷(サト) ̄ニ有_二 ̄テ先-生_一村([朱]ソン)-有([朱]入)【二点脱ヵ】
【右丁】
夫-子_一而-時(ジ)-習(シウ) ̄ノ之 学(ー[ママ] )日(ヒヽニ)-新 ̄ニス予(ワレ)寧(ムシロ)為_レ ̄ン之 ̄ヲ哉(ヤ)博(バク)-
雅(ガ) ̄ノ君(ク[ン脱ヵ])-子 庶幾(コイネカワクハ )諒(リヤウ)-察(サツセンコトヲ)焉
従(ジユ)四-位 ̄ノ下([朱]カ)-行([朱]コウ )◦(太)大-史 兼(ケン)-算(サン)博(ハカ)-士(セ)小(ヲ)-槻(ツキノ)宿(スク)-禰(ネ)伊(コレ)-治(ハル)
■■■■■■■■【*】
寛永第五年次戊辰孟春開板焉
【左丁】
栗崎■■■■■也 高柳(たかやなき)
□金也 寛 持主■之助
寛文九《割書:酉|ノ》年二月八日
寛文十
持主■平
【上から7文字は第10・11・12・13&18・15・16・17コマに既出、梵字ヵ】
番匠(ばんしやう)作事(さくじ)文章(ぶんしやう)
今度(このたび)拝領(はいりやう)之(の)屋鋪(やしき)新規(しんき)館(やかた)
向(むき)就(ついて)_二相建(あいたつるに)_一者(は)普請奉行(ふしんぶぎやう)修理(しゆり)
破損(はそん)大工 棟梁(たうりやう)作事(さくじ)役人(やくにん)立会(たちあい)
撰(ゑらみ)_二吉日 良辰(れうしんを)_一為(せ)_レ致(いたさ)_二 地祭(ぢまつり)_一先(まづ)
【上欄】
新作事注文
写し
の
図
【朱角印】東京学芸大学図書
四方(しほうに)構(かまへ)_二惣堀(さうほりを)_一致(いたし)_二仮囲(かりがこひ)_一絵図(ゑづ)注(ちう)
文(もん)仕様帳(しやうてう)等(とう)具(つぶさに)相認(あいしゝめ)尤(もつとも)釿立(てうのだて)
棟(むね)上之 規式(ぎしき)者(は)古法(こほう)之(の)通(とをり)水 盛(もり)
見盤(けんばん)入 念(ねん)立初(たてぞめ)立不臥(りうぶし)等(とう)無(なく)_二
禁忌(きんき)_一依(よりて)_二 四季(しき)方角(ほうがくに)_一可(べし)_レ建(たつ)_レ之(これを)抑(そも〳〵)
門明所(もんあけどころ)者(は)可(べき)_レ任(まかせ)_二唐尺(とうしやく)門尺(もんしやく)_一 ̄ニ者也(ものなり)
表門(おもてもん)裏(うら)門 不浄(ふじやう)門 之内(のうち)表門(おもてもん)者(は)
両(りやう)出番所(でばんしよ)唐破風造(からはふづくり)家(いえ)之(の)定(ぢやう)
紋(もん)替紋(かえもん)等(とう)附(つけ)大柱(おゝはしら)小脇(こわき)大扉(おゝとびら)
潜桟(くゞりさん)框(かまち)蔕(ほぞ)指口(さしぐち)入(いれ)_レ念(ねん)貫抜(くわんぬき)
鏡(かゞみ)天井(てんじやう)内外(ないくわい)冠木(かぶき)間艸(まぐさ)蹴放(けはなし)
繋梁(つなぎばり)腕木(うでぎ)臂木(ひじぎ)懸魚(げんきよ)升形(ますがた)
蟇俣(かいるまた)其(その)外(ほか)彫物(ほりもの)刻物(きざみもの)之(の)絵様(ゑやう)
武者窓(むしやまど)出隔子(でこうし)下座(げざ)台座(だいさ)
右(ゆう)之 羽目(はめ)腰板(こしいた)鎺(はゞき)板(いた)飛檐(ひゑん)
縁(ふち)短柱(つかばしら)■(さゝら)【籈ヵ】椽(ぶち)長押(なげし)雨押(あまおさへ)之(の)
木品(きしな)者(は)日向(ひうが)土佐(とさ)又(また)者 尾州(をはり)地(ぢ)
山(やま)之(の)檜(ひのき)槻(けやき)樅(もみ)栂(つが)等(とう)可(べし)_レ相(あい)_レ用(もちゆ)_レ【返点ママ】之(これを)地(ぢ)
廻(まはり)桁(けた)母屋(もや)棟木(むなぎ)鼠走(ねずみはしり)方立(ほうだて)土(ど)
台(だい)足堅(あしがため)梁(はり)短木(つかぎ)梁(はり)挟(はさみ)裏甲(うらこう)
垂木(たるき)品板(しないた)裏板(うらいた)淀(よと)広木舞(ひろこまひ)
野木廻(のごまひ)者(は)伐(きり)_二樹木(じゆぼくを)_一為(せ)_レ致(いたさ)_二杣取(そまどり)_一可(べき)
《割書: |レ》用(もちゆ)_レ之(これを)也 将又(はたまた)鉄物(かなもの)者(は)致(いたし)_二鳴肘(なりひちに)_一 八(はつ)
双(そう)鯖尾(さばのを)雲形(くもがた)逆輪(さかわ)根包(ねづゝみ)饅頭(まんぢう)
鉄物(がなもの)釻(くわん)【鐶ヵ】甲(こう)鋲(べう)樽(たる)之 口筋(くちすち)鉄物(がなもの)
海老錠(ゑひぢやう)釣鉄物(つりかなもの)釘隠(くぎかくし)等(とう)迄(まて)
鉄焼漆(てつのやきうるし)又者(または)銅煮(あかゞねに)黒目(くろめ)同(おなじく)箱樋(はこ[ママ]ひ)
受筒(うけつゝ)共(とも)緑青(ろくしやう)仕立(したて)品々(しな〴〵)恰好(かつこう)可(べし)_レ為(たる)_二
見合(みあわせ)_一也 且又(かつまた)礎居(いしずえ)柱口(はしらぐち)者 伊豆小(いづこ)
松原(まつばら)以(もつて)_二 上石(じやういしを)_一致(いたし)_二居切(すゑきり)_一石橋(いしばし)四半(しはん)石
砂利留(ざりどめ)駒寄(こまよせ)縁石周(へりいしまはり)石垣(いしがき)等(とう)者
上摺合(じやうすりあわせ)上 磨(みかき)小扣(こひかへ)致(いたし)尤(もつとも)水吸(みづすひ)赤(あか)
石(いしを)除(のぞき)隅々(すみ〴〵)可(べき)_レ為(せ)_二鉛鋳込(なまりいこま)_一者也(ものなり)
屋根(やね)者 檜皮葺(ひはだぶき)枌葺(そきぶき)杮(こけら)
葺(ぶき)之(の)所(ところ)者 葺足(ふきあし)任(まかせ)_二差図(さしず)_一隠(かくし)
小葉(こば)致(いたし)其外(そのほか)巻茅(まきがや)関萱付(せきかやつけ)
或(あるひ)者 檜葉(ひは)板土居葺(いたどゐぶき)桟瓦(さんかはら)松(まつ)
川(かわ)丸太葺(まるたふき)軒(のき)唐草(からくさ)巴(ともへ)鬼板(おにいた)
定紋附(ぢやうもんつけ)下棟(くだりむね)同様(どうやう)也 且(かつ)本家(ほんや)
者 銅板葺(あかゞねいたぶき)鎖■懸(こはぜがけ)可_二申付_一
下地(したぢ)者 瓦形(かわらがた)之 生海鼠(なまこ)木打(きうち)壁(かべ)
方(がた)左官(さくわん)上手(じやうづ) ̄ニ申附 木廻竹(こまひだけ)者
川辺(かわべ)内竹(うちたけ)弐 ̄ツ割(わり)又者 致(いたし)_二削木(けづりこ)
舞(まひに)_一 上細縄(じやうほそなわ)以(をもつて)壱 ̄ツ半差(はんさし) ̄ニ為(せ)_レ掻(かゝ)
尤(もつとも)入子壁(いれこかべ)之 場所(はしよ)も不_レ有_レ之
土(つち)者 隅田川(すみだがわ)品(しな)川 大仏前(たいぶつまへ)之
海土(うみつち)荒木田(あらきだ)土可_二用申_一也 上塗(うはぬり)
者 砂壁(すなずり)漆喰(しつくひ)泥(どろ)大津(おゝつ)土之内
可(べき)_レ任(まかす)_レ望(のぞみ)也 玄関(げんくわん)式台(しきだい)踏段(ふみだん)并 雰(きり)
除(よけ)之 庇(ひさし)立隠武者壁(たちがくれむしやべい)土台(どだい)居(すへ)
又者 堀立(ほりたて)独鈷控(とつこひかへ)枠扣(わくびかへ)何(いづれ)茂(も)
致(いたし)_二根搦(ねがらみ)_一火灯口附(くわとうぐちづけ)二重(にぢう)猿頭(さるがしら)
亦(また)者 櫛形(くしがた)又者 塀(へい)重門(ぢうもん)等 䂓矩(すみかね)
作法(さほう)之 通(とをり)可(べし)_レ相(あい)-_二建之(たつこれを)_一鑓(やり)之 間(ま)使(し)
者(しや)之 間(ま)広(ひろ)間 書院(しよいん)者 上段(しやうだん)付
入側(いれそは)立法式(たてほうしき)皆(みな)大工(だいう)可(べき)_レ有(ある)_二心得(こゝろえ)_一也
庇裏板(ひさしうらいた)者 黒部(くろべ)之 鶉杢(うづらもく)同 枌(そぎ)
板割(いたわり)木廻(こまひ)切目掾(きりめゑん)榑掾(くれゑん)白洲橋(しらすはし)
懸床(かけとこ)違棚(ちがひたな)落掛(おとしかけ)袋棚(ふくろたな)附書院(つけしよいん)
等(とう)者 品々(しな〳〵)好(このみ)可有_レ之也 奥(おく)
向(むき)者 居間(ゐま)寝間(ねま)二之間三之間 化(け)
粧(せう)之 間(ま)神檀(しんたん)仏間(ぶつま)鈴(すゞ)之 廊下(ろうか)納(なん)
戸(ど)呉服所(ごふくしよ)御清(おきよ)潔斎(けつさい)之 間(ま)湯(ゆ)
殿(どの)雪隠(せついん)長局(ながつほね)者 老女(らうちよ)中老(ちうらう)下(げ)
女(ちよ)又者(またもの)之 部屋々々(へや〴〵)迄(まで)建具(たてぐ)之事
遣戸(やりど)妻戸(つまど)折(をり)戸 杉(すぎ)戸 決入(さぐりばみ)
襖骨(ふすまほね)者 秋田杉(あきたすぎ)《割書:ニ|》而十 文字(もんじ)
力子(ちからこ)入引(いれひき)手板(ていた)入 縁(ふち)者 蝋色(らういろ)
春慶(しゆんけい)花塗(はなぬり)等(とう)尤(もつとも)定規(ぢやうぎ)増(まし)
椽(ふち)《割書:ニ|》申附 唐紙(からかみ)者上 西(にし)之 内(うち)紺(こん)
青(しゆう)金泥(きんでい)下々(した〴〵)者 宇田(うた)等(とう)可(べし)_二
相用(あいもちゆ)【一点脱ヵ】雨戸(あまど)者 惣体(そうたい)檜(ひのき)《割書:ニ|》而 上下(かみしも)
留(どめ)六本 桟(さん)車付(くるまづけ)《割書:ニ|》致(いたし)半障子(はんしやうじ)
腰(こし)障子 明(あかり)障子 内組子(うちのくみこ)ハ立(たて)
組(ぐみ)升(ます)組 菱(ひし)組 乱(みだれ)組 随(したがい)_二其建(そのたて)
所(どころ)_一而(て) 望(のぞみ)可_レ有_レ之也 畳(たゝみ)之 事(こと)床(とこ)
者九 通(とをり)十一十三五 通(とをり)迄(まで)
筋(すぢ)縫懸(ぬひかけ)縫表(ぬひおもて)者 備後(びんご)尾(を)之
道(みち)早島(はやじま)長髭(ながひげ)又者 備中表(びつちうおもて)
近江(あふみ)表 琉球(りうきう)府内(ふない)見合(みあわせ)可申也
縁(へり)者 高麗(かうらい)縁又者 紺麻(こんあさ)高宮(たかみや)
地縁(ぢべり)等(とう)也 舞台(ぶたい)楽屋(がくや)装束(しやうぞく)
規式(きしき)御帳台(みてうだい)対顔(たいがん)之 間(ま)客座(きやくざ)
敷(しき)休足(きうそく)家老(からう)用人(ようにん)番頭(ばんかしら)物頭(ものがしら)
諸士(しよし)之 詰所(つめしよ)用部屋(ようべや)役所(やくしよ)医療(いりやう)
方(がた)者 本道(ほんどう)外科(げくわ)薬種所(やくしゆところ)台(だい)
子(す)之 間(ま)学問所(がくもんじよ)茶道(さどう)之 居所(ゐどころ)
勘定(かんぢやう)右筆部屋(ゆうひつべや)等(とう)迄(まで)者 内(うち)
法(のり)造作(ぞうさく)張附下(はりつけした)二重 野板張(のいたばり)
天井(てんじやう)板 廻掾(まはりぶち)竿(さほ)縁 長押(なげし)鴫(しぎ)
居(ゐ)鴨居(かもゐ)薄物(うすもの)蘭間(らんま)竹(たけ)之 節(ふし)
等(とう)迄(まで)修理(しゅり)之 仕方(しかた)上下 差別(さべつ)
可_レ有_レ之 且又(かつまた)給人(きうにん)以上 目見(めみへ)以
下之 者共(ものども)任(まかせ)_二諸用談之(しよようだんの)節(せつに)_一為(ため)_二
通路(つうろの)【一】其(その)格式(かくしきに)応(おふじ)廊下(ろうか)之 伝(つたへ)
可(べし)_二相計(あいはからふ)_一勿論(もちろん)部屋(へや〴〵)々々 水取(みづとり)
口(くち)明(あけ) ̄ケ小庭(こには)之 地割(ぢわり)兼而(かねて)可(べき)_レ遂(とく)_二
吟味(ぎんみ)_一也 都而(すべて)上分(かみぶん)之 間(ま)者 床板(とこいた)
敷厚板(じきあつた) ̄ヲ 以(もつて)二 重(ぢう)三重 又者(または)
石灰(いしばい)籾糠(もみぬか)炭(すみ)等 可(べし)_レ入(いれ)燭台(しよくだい)
行灯(あんとう)部屋(へや)坊主(ほうづ)可(べき)_レ為(たる)_二支配(しはい)_一之
間 蝋燭(らうそく)火鉢(ひばち)等之 押入(おしいれ)可_レ拵(こしらへ)也
其外(そのほか)台所(だいところ)竈(かまど)長囲炉裏(ながいろり)
膳立(ぜんだて)之間 料理(りやうり)所 板流(いたながし)鮮(なま)
魚(さかな)干魚(ひうを)塩物(しほもの)乾物(かんふつ)等之 置(おき)
所(どころ)者 勝手(かつて)最寄(もより)能(よく)相(あい)-_二考(かんがへ)之(これを)_一
小使(こづかひ)部屋(べや)舂屋(つきや)味噌(みそ)醤油(せうゆ)酒(さけ)
酢(す)炭(すみ)薪(たきゞ)漬物(つけもの)等(とうとう)之 物置(ものおき)椀(わん)
家具(かぐ)瀬戸(せと)物 木具(きぐ)類(るい)諸道具(しよどうぐ)
可(べき)_レ為(たる)_二壱人一 役(やく)_一之間 代番(かはりばん)泊(とまり)番
之 居所(ゐどころ)可(べし)_レ相(あい)-_二建(たて)之(これを)_一将又(はたまた)厩(むまや)者
十五 疋立(ひきだち)二階家(にかいや)方形造(ほうきやうづくり)
軒高(のきたか)石口(いしぐち)より桁口(けたぐち)脇(わき)迄壱
丈(じやう)五 尺(しやく)位(ぐらゐ)本柱(ほんばしら)削立(けづりたて)籾(もみ)檜(ひのき)
檜葉栗(ひばぐり)之 内(うち) ̄ニ而 土台(どだい)居(ずえ)
致(いたし)出桁造(だしげたづくり)小屋(こや)道具(どうぐ)家根(やね)壁(かべ)
内(うち)造作(ぞうさく)尾引(をびき)何(いづれ)茂 可(べし)_レ准(じゆんず)_二本 家(けに) ̄ニ_一
繋柱(つなぎはしら)面隠(めんかくし)胴縄(どうなわ)懸(かけ)猿耳(さるみゝ)薬〆(やくわん)【左ルビ・ぬき】
文蛤(いたらがい)【左ルビ・ぶんこう】地 覆(ふく)雨押(あまおさへ)桟(さん)框(かまち)羽目板(はめいた)
絹懸(きぬがけ)鞍懸(くらかけ)尿壺(いばりつぼ)同 蓋(ふた)釻(くわん)
甲(こう)折釘(をりくぎ)彫物(ほりもの)等之 絵様(ゑやう)作法(さほう)
之 通(とをり)可(べし)_二相心得(あいこゝろえ)_一次(つぎに)別当(べつとう)舎人(とねりの)居(い)
所(どころ)飼焚所(かいたきじよ)馬 大豆(だいづ)秣(まぐさ)糠(ぬか)藁(わら)之
置(おき)所 無双(ぶそう)窓付(まどづけ) ̄ケ 馬医(ばい)之 詰所(つめしよ)
其外(そのほか)裾場(すそば)養療所(ようりやうじよ)外繋(とつなぎ)格(かつ)
合(かう)見 合(あわせ)可(べし)_レ相(あい)_一【二点誤ヵ】-建(たつ)之(これを)_一馬場馬(はばば)
見所(けんしよ)的場(まとば)地形(ぢぎやう)引 平均(ならし)浜(はま)
砂(すな)為(せ)【レ点脱ヵ】敷(しか)可_レ申 且(かつ)土蔵(どそう)者 宝蔵(ほうそう)
文 庫(こ)武器庫(ぶきくら)家具(かぐ)蔵 穀(ごく)
物蔵地 形(ぎやう)溝(かまへ)堀 致(いたし)捨杭(すてぐひ)
打込(うちこみ)捨土台(すてどだい)切込(きりこみ)砂利(ざり)入 真(しん)
棒(ぼう)土突(どうづき)捨(すて)石大 間知(まち)小間知
大 岸岩(がんぜき)隅々(すみ〴〵)柱(はしら)下 葛籠石(つゞらいし)
ニ而 居堅(すへかため)土台(どだい)者 檜(ひのき)檜葉(ひば)
栗(くり) ̄ニ而 苆懸(すさかけ)切天秤(きりてんびん)合掌(がつしやう)
地(ぢ)棟(むね)二階梁(にかいばり)裏板(うらいた)土居葺(どゐぶき)
等(とう)也(なり)且亦(かつまた)二 重(ぢう)三重 開扉(ひらきとびら)
窓廻(まどまはり)筋鉄(すぢがね)網台(あみだい)輪(わ)入(わいれ)_レ念(ねん)煙(けむり)
返(がへし)踏段(ふみだん)石実(いしざね)柱(はしら)桁(けた)甲(こう)釣合(つりあい)
能(よく)壁(かべ)者(は)木廻竹(こまひだけ)尺八竹(しやくはちだけ)上摺(うはずり)
縄(なわ)掻下(かきさげ)疣結(いぼゆひ)沓縄(くつなわ)下縄(さげなわ)等(とう)
者 伊予(いよ)宇和島(うはじま)上蕨縄(しやうわらひなは)掻(かき)
為(せ)_レ致(いたさ)荒打(あらうち)砂摺(すなずり)縄摺(なはずり)大直(おゝなをし)
小直 中塗(なかぬり)上塗(うわぬり)鉢巻(はちまき)蛇腹(ぢやばら)
塗(ぬり)雨返(あまがへし)塗出(ぬりだし)致(いたし)腰巻(こしまき)者 荒(あら)
木田土(きだづち)小砂利入(こさりいり)上石灰(うえいしばい)入 苦(にが)
塩(しほ)入 築立(つきたて)可_レ申候 此外(このほか)板下(いたじた)
見(み)外周(そとまはり)練塀(ねりべい)板(いた)塀 忍返(しのびかへし) ̄ニ
至迄(いたるまで)仕様(しやう)者 注文(ちうもん)書落(かきおとし)有_レ之
候共 可(べき)_レ致(いたす)筋(すぢ)者 品々(しな〴〵)以(もつて)_二其(その)心得(こゝろえを)_一
【右丁】
奉行人(ぶぎやうにん)棟梁(とうりやう)杖(つえ)之 者迄(ものまで)遂(とげ)_二相(そう)
談(だんを)_一可(べき)_レ致(いたす)_二修理(しゆり)_一者也 営作(ゑいさく)
用字(ようし)依(よつて)_レ無(なきに)_二際限(さいげん)_一略(りやくす)_レ之(これを)先(まづ)
有増(あらまし)書記(かきしるし)畢(おわんぬ)
番匠作事(ばんしやうさくじ)文章(ぶんしやう)終(おはり)
【左丁】
【横書】東都発行書林
本石町 十 軒 店 英 大 助
日本橋通一丁目 須原屋茂兵衛
同 二丁目 山城屋佐兵衛
芝 神 明 前 和泉屋市兵衛
同 岡田屋 嘉 七
馬 喰 町 二丁目 山 口 藤兵衛
通 油 町 藤岡屋慶次郎
日本橋 四 日 市 山城屋 政 吉
浅 草 福 井 町 山崎屋 清 七
両国橋 吉 川 町 山 田 佐 助
日本橋通三丁目 亀 屋文次郎
【裏表紙、文字なし】
【表紙】
【題簽】
《割書:新板|絵入》伊勢物語 《割書:上》
《割書:かうしやく付》
【表紙見返し】
伊勢物語叙由
此物語古人の説々おなしからす然共業平の自記と見え
たり其故は業平うゐかふりの朝より終焉の夕迄一生のことをしるし
其中二条の后にかよひ伊勢の斎宮にあひしこと是等は埋木の人
しれぬことを書顕はし又我身をかたいおきなと云哥のことはしら
さりけり又よむ哥のきたなけさよと卑下の詞是業平の自
記うたかひなきもの也其上朱雀院のぬりこめに業平自筆の
本有とかや就中此物語の中仁和の帝芹河行幸のことをしるし
旦行平の哥を載其外万葉集の哥を載たれは業平自
記と斗も決しかたししかれはもと業平自記有しに後又書
加へて作物語となしたる也是を以てあなかちに其作名をもと
めす只詞の花をもてあそふへしと定家卿意ふ尤殊勝の事也
業平誕生は人皇五十三代淳和天皇天長二年四月一日奈良の
京に生元服は五十四代仁明天皇承和七年三月十一日十六歳逝去
は五十七代陽成院元慶四年五月廿八日五十六歳也
┌─大江音人
├─在原行平
桓武天皇───平城天皇───阿保親王─┼─在原守平
├─在原仲平
業平母は伊豆内親王桓武天皇第八皇女 └─在原業平
【左丁】
《割書:昔ときりて男とよむべし。毎段かくのことし》
㊀ むかし。男うゐ((元服也)かうふりして。ならの京。かすがの里に しるよ((知行所なり)し
して。かりに(狩に行なり)いにけり。其さとに い((最)と な((媚)まめいたる女。はらか(兄弟也同胞 )らすみ
けり。此男((なりひら也)かいま((垣間見也 )見て け(・)り。おもほ((思の外也 )えずふるさとにいと はした(つきなくにあはぬ心也)
なくて有ければこゝち まどひに((あきれたる心也)けり。《振り仮名:男のきたりけるかりぎぬ|(いそきなる時かきやるべき物もなければ也》
のすそをきりて。哥をかきてやる。其男しのぶずりのかり衣をなん
きたりける
《割書:新古今》
春日のゝ わかむ((草の名也 )らさきのすり衣しのぶのみだれかぎりしられず
《割書:句を切へし》
となん。 おひつきて((なりひらを尋て也 )いひやりける。ついておもしろきことゞもや((取あへす古哥を取なをして返しにしたるとの伝者の詞也)。思ひけん
《割書:古今 河原大臣融公哥也》
みちのくのしのぶもぢずりたれゆへにみだれそめにし我ならなくに
《割書:古哥の心はわが心のみたれたるはそなた故にみたるゝ也今の心にはそなたの心の|みたれたるはわれ故にてはあるまし人たかへにて有へしと取なをしたるこゝろ也》
といふ哥の心ばへなり。むかし人は。かく いちはやき((逸早也きてんのはやき心也)みやびをなんしける
㊁ むかし。おとこ。有けり。ならの京ははなれ。此《振り仮名:京は人|(平安城なり》の家まださだ
まらざりける時に。《振り仮名:西の|(長岡也》京に女有けり。其女。世 ̄ノ人には まされ((かたち也 )りけり。
其人かたちより((かたちより心をいへり)は。心なんまさりたりける。ひとりの((ぬし有こと也 )みもあらざりけらし。
【右丁】
それをかの 《振り仮名:まめお|(なりひら也》とこ。《振り仮名:うちもの|(あひかたらひて也》がたらひて帰りきていかゞ思ひけん。
時は 《振り仮名:やよひ|(三月也》のついたち。雨そ ぼ(ヲ)ぶるにやりける
《割書:古今》おきもせずねもせで夜をあかしては春のものとてながめくらしつ
(三) 昔。おとこ。有けり。《振り仮名:けざう|(懸想也》 じ(ス)ける女のもとに。《振り仮名:ひじき|(鹿尾藻也》もといふ物をやるとやるとて
《振り仮名:思ひあらばむぐら|(思ひなき身にてあらは也》の宿(ヤド)にねもしなん《振り仮名:ひしき|(引しくなり》ものには袖をしつゝも
二条の后(キサキ)の。まだ《振り仮名:みかど|(淳和帝》にも。つかうまつり給はで。たゞ人(ウト)にておはしける。時のこと
(四) むかし。東(ヒンカシ)の五条に。《振り仮名:おほきさいの宮|(染殿后也清和の母后》。おはしましける。西のたいに《振り仮名:すむ人|(二条の后也》
有けり。それを《振り仮名:ほいにはあ|(思のまゝにはあらで也》らで。《振り仮名:心ざしふかゝり|(たかひに心さし斗ふかき也》ける人。行とふらひけるを。む月
の十日斗の程に。《振り仮名:外にかくれにけ|通ふ男有故女をかくしてあはせぬ也》り。有所は聞ど。人の行かよふべき所
にもあらざりければなを《振り仮名:うし|(物うし也》と思ひ《振り仮名:つゝなん|(程をへたる心也》有ける。《振り仮名:又の年|(あくるとし也》のむ月に
梅の花ざかりに。こぞをこひていきて。たちて《振り仮名:み。ゐてみ見れど。こぞに|(みはてにて也見るにはあらずたゝたちつゐつ也みれどもみ分かつ心也》
にるべくもあらず。うち《振り仮名:なきて|(かなしみて也》あばらなるいたじきに。月のかたふくまでに
をりて。こぞをおもひ出てよめる
【左丁】
《割書:古今》月やあらぬ春やむかしの春ならぬわふが身ひとつはもとの身にして
と よみ(ン)て夜のほの〴〵と明るに。なく〳〵かへりにけり
(五) 昔。男有けり。《振り仮名:東の五条わたり|ヒンカシ二条后の御所也》にいと忍びていきけり。《振り仮名:みそかなる|(ひそかにしのふてなれば也》
所なればかどよりもえいらで。わらはべのふみあけたる。つい ひ(ン)ちのくづれより
かよひけり。《振り仮名:人しげくもあら|(人のみるめしけくもあらねと也》ねど。たびかさなりけレ場。《振り仮名:あるじ|(染殿后也》聞つけて。
其かよひぢに。夜ごとに人をすへて。まもらせければ。いけどもえあはでか
へりけり。さてよめる
《割書:古今》《振り仮名:人しれぬ我かよひぢ|(わかため斗にすへたるせきなれは人のしらぬせき也》のせきもりはよひ〳〵ごとにうちもねなゝん
とよめりければ。《振り仮名:いといたう心やみけり。|(染殿后なりひらをあはれかりていたはらせ給ふ也》あるじ((染殿后也)ゆるしてがり。二条の
后に忍びて参りけるを。よのきこえありければ。せうと((あに御たち也)たちの
まもらせ給ひけるとぞ
(六) むかし。おとこ有けり。女の《振り仮名:えうまじかりける|(えがたき也二条后たゝ人にてまします也》を。年をへて
《振り仮名:よばひ|いひかよふ也》わたりけるを。《振り仮名:からうじて|(心をつくしてなり》ぬすみ出て。いとくらきに きけり((行けり也)。
【右丁】
《振り仮名:あくた川|(禁中のあくた川》といふかはを《振り仮名:ゐていきけ|(将と書ひきあてつれて行也》れば。草のうへにをきたりけるつゆを。かれ
は何ぞとなん男にとひける。行さき《振り仮名:おほく。|(とをく》夜もふけにければ。《振り仮名:鬼有所|をつてのかゝるをか》
《振り仮名:とも|示してなり》しらで。《振り仮名:神さへ|(かみなり也》いと《振り仮名:いみじ|(こと〳〵しく也》うなり。あめも《振り仮名:いたうふ|(はなはたしく也》りければ。 《振り仮名:あばら|(人なき家也》なる
《振り仮名:くら|(座の字也》に。女をばおくにをし入て。《振り仮名:男弓やなぐ|(なりひらの用心也》ゐをおひて。とぐちにをり。はや
夜もあけなんと思ひ《振り仮名:つゝゐたり|(あかしかねたる也》けるに。《振り仮名:鬼はや一くち|(をつかけて女を取かへすをいへり》にくひてげり。あなや((女のさけひた)
といひ(るをと也)けれど。神なるさはぎにえきかざりけり。やう〳〵夜もあけ行に見
れば。《振り仮名:ゐてこし女|(つれてきたる女也》もなし。あしずり((踏跎と書)をして なけども((かなしめとも)かひなし
《割書:新古今》しら玉かなにぞと人のとひし時露とこたへてきえなましものを
これは((作者の詞也)二条の后の。いとこ((染殿后也)の女御の御もとに。つかうまつるやうにて。ゐ給へり
けるを。かたちのいと《振り仮名:めでたくおはし|(うるはしくほめたる詞也》ければ。ぬすみておひて出たりけるを。御
せうと。(あに也)《振り仮名:ほり川のお|(昭宣公二条后の兄也》とヾ。《振り仮名:太郎くにつね|(昭宣公の兄也》の大なごん。まだ《振り仮名:げらう|(殿上人の時也》にて。内へ((参内也)
まいり給ふに。いみじうなく人有を聞付て。とゝめて取かへし給ふてげり。それをかく
鬼とはいふなりけり。まだいとわかうて。后の(二条后)《振り仮名:たヾにおはしける|(いまだ御入内もなくて也》時となり
【左丁】
(七) むかし。おとこ有けり。京に有わびて。あづまにいきけるに。いせを
はりのあはひのうみづらを行に。なみのいとしろくたつを見て
《割書:後撰》いとゞしく過行かたの恋しきにうらやましくもかへるなみかな
と。なんよめりける
(八) むかし。男有けり。京や。すみうかりけん。あづまのかたに行て。
すみ所もとむとて。友とする人。ひとりふたりして行けり。しな
のゝくに。あさまのだけに。けふりのたつを見て
《割書:新古今》しなのなるあさまのだけに立けふり をち((遠近)こち人の見《振り仮名:やはとが|(やすめ字也》めぬ
(九) 昔。おとこ有けり。其男。《振り仮名:身をえう|(述懐の心有て也》なきものに思ひなして。京には
あらじ。あづまのかたに。すむべき国もとめにとて行けり。もとより友と
する人。ひとりふたりしていきけり。道しれる人もなくて。まどひいきけり。
みかはの国。八はしといふ所にいたりぬ。そこを八はしといひけるは。水行川
のくもでなれば。橋を八わたせるによりてなん。八橋といひける。其さはのほ
【右丁】
とりの木のかげにをりゐて。かれいひくひけり。其沢にかきつばた。いとおも
しろくさきたり。それを見てある人のいはく。かきつばたといふ五もじを。
句のか((おりくのてい也)みにすへて。たびの心をよめといひければよめる
《割書:古今》か(カ)から衣き(キ)つゝなれにしつ(ツ)ましあればは(ハ)る〳〵きぬるた(タ)びをしぞ思ふ
とよめりければ。みな人かれいひのうへに。なみだおとしてほとびにけり。
ゆき〳〵てするがの国にいたりぬ。うつの山にいたりて。わがいらんとする
道は。いと くらうほ(爰山のしげりて之)そきに。つたかえではしげり。物心ぼそく。すゞろ((心ならす也)なるめを
見ることゝ思ふに。すきや((修行者也)うじうやあひたり。かゝる道((修行者の付也)は。いか。でかいますると((そらへおはしましたるそ也)
いふを見れば 見し人((みしれる人也)なりけり。京に 其人の((たれともなし)御(ヲン)もとにとてふみかきて つく((ことつくる也)
《割書:新古今》するがなるうつの山べのうつゝにもゆめにも人にあはぬなりけり
ふじの山を見れば。さ月のつごもりに。雪いとしろうふれり
《割書:新古今》時しらぬ山はふじのねいつといつとてかかのこまだらにゆきのふるらん
其山を。こゝにたとたとへば。ひえの山を 廿ばか((二十ほと也)りかさねあげたらん程して。
【左丁】
なりは しほじ((先師未詳也)りのやうになん有けり。なをゆき〳〵て((伊豆さかみを過て)。むさしの国と。しもつ ふ(ウ) さ
の国との中に。いとおほきなる川有。それをすみだ川といふ。其かはのほとり
にむれゐて思ひやれば。かぎりなくとをくもきにけるかなと/わび(思ひわふか也)あへ
るに。わたしもりはやふねにのれ。日もくれ/ぬと(をかぬ也)いふに。のりてわたらんと
するに。みな人物わびしくて。京に/思ふ人な(ふりがな)きにしもあらず。さる折し
【右丁】
思ひける。此むこがねによ((なりひらの恐へききりやう也) ̄ンみておこせたりける。住所なん。いるまの郡。みよしのゝ里成ける
みよしのゝたのむのかりもひたふるに君が方にぞよるとなくなる
むこがね((なりひら也 )【注】かへし
わがゝたによるとなくなるみよしのゝたのむかりをいつかわすれん
と。なん。人の国に て(・)も。なを かゝる((好色のこと也)ことなん。やまざりける
(十一) むかし。男。あづまへ行けるに。友達共に道よりいひおこせける
《割書:拾遺》
わするなよほどはくもゐになりぬともそら行月のめぐりあふまで
(十二) 昔。男有けり。人のむすめをぬすみて。むさしのに ゐてゆ((つれて行也)く程に。
ぬす人なりければ。国のかみにからめられにけり。女をばくさむらの中に
をきてにげにけり。みちく((道くる人也)る人。此野はぬす人 《振り仮名:あ ̄ン|(有なり》なりとて。火つけんとす。女わびて
《割書:古今》
《振り仮名:むさし野はけ|古今にはかすかのと入たり》ふはなやきそわかくさのつまもこもれり我もこもれり
と。よみけるをきゝて。女をは とりてとも((女をぐしてかへる也)にゐていにけり
(十三) 昔。むさしなる《振り仮名:男。|(なりひら也》京なる女のもとに。きこゆればはづかし。聞えねばくる
【左丁】
しとかきて。上がきに。武蔵鐙と書て。をこせて後。《振り仮名:音もせず成に|(なりひらをとつれせぬ也》ければ。京より女
むさしあぶみさすがにかけてたのむにはとはぬもつらしとふもうるさし
とあるを見てなん。たえがたきこゝちしける
とへばいふとはねばうらむ((とへばうるさしといふとはねはつらしとうらむる也)むさしあぶみ《振り仮名:かゝる折にや人はしぬら|(かゝる折にはしぬるよりほかせんかたなしこと也》ん
(十四) むかし。男。みちの国に。《振り仮名:すゞろに行|(心ならす也右にも後?す》いたりにけり。そこなる女。京の人は
めづらかにやおぼえけん。《振り仮名:せちに思|(しんせつに思ふ也》へる心なんありける。さてかの女
《割書:万葉》
なか〳〵にこひにしなずはくわごにぞなるべかりける玉のをばかり
うたさへぞ。ひなびたりけ((いやしくゐなかめきたる也)る。さすがにあはれとやおもひけん。いきて
ねにけり。夜ふかく出にければ女
よもあけば きつ((狐也 )にはめなで くだ((家鶏也)かけのまだきになきて せなを((夫のこと也)やりつる
と。いへるに。おとこ京へなんまかるとて
くりはらのあねはの松の人ならば都のつとにいざといはまし
と。いへりければ。よろこぼひておもひ((男われを思ひけりといひて女のよろこびし也)けらしとぞいひをりける
【注 むこがね=婿の候補者。】
【右丁】
(十五) むかし。みちのくにゝて。なでうことなき((さしたることもなき人也)人の めに((つま也)かよひけるに。
あやしう((なりひらの思ふ心也 ) 《振り仮名:さやうにて有べき|(みだりがはしくあたなる女とはみへぬ也》女ともあらず見えければ
しのぶ山忍びてかよふみちもがな人の心のおくも見るべく
女かぎりなく めでたしと((あはれに思へる也)思へど。さるさがなきえびす((みだりなる女也となりひらに心を見られて也)心を見ては。いかゞはせん は(助字也)
(十六) 昔。きの有つねといふ人ありけり。みよのみかどに((淳和 仁明 文徳の三代也)つかふまつりて。時に
あひけれど。のちは世かはりときうつりにければ。よのつ((よに有人也)ねの人のごと(ことく也)もあらず。人((あり)
がらは(つねが心さま也)心うつくしう。あてはか((よきこと也)なることをこのみて。こと人にもにず。まづしく
へても((くらしても)。なを むかしよかりし((をとろへても心いやしからぬ也)時の心ながら。よのつねのこと((世わたるいとなみもしらす也)もしらず。年ごろ
あひなれたる め((妻也)。やう〳〵 とこはなれ((夫とわかれて行也)て。つゐにあまになりて。あねのさき
だちてなりたる所へゆくを。男((有つね也)まことに むつましきこと((ねんごろにもなかりし也)こそなかりけれ。今はと((いまさら也)
ゆくを(といひて行也)。いとあはれと思ひけれど。まづしければするわざもなかりけり。思ひわびて。
ねんころにあひかたらひける 友達((なりひら也)のもとに。《振り仮名:かう〳〵今はとて|(有つねかなりひらへいひやる文の詞也》まかるを。なに
ことも いさゝかなることも((すこしの物もえとらせすしてやるとの心也)えせで。つかはすことくかきて。おくに
【左丁】
手をおりてあひ見しことをかぞふればとをといひつゝ よつは((四十年か間也)へにけり
かの 友だち((なりひら也)是を見て。いとあはれと思ひて。よるの物迄をくりてよめる
としだにもとをとてよつは(有つねか夫婦のなしみをなりひらとふらひてよめる也)へにけるをいくたび君をたのみきぬらん
かくいひやりたりければ
これや(有つねか哥也)この あまのはご((なりひらの衣をほめていへり)ろも むべ((尤也)しこそ君が みけ((御衣也)しと奉りけれ
よろこびにたえでまた
秋やくる露やまがふと思ふまであるは なみだふる((よろこひのなみた也)にぞ有ける
(十七) としごろをとづれざりける 人(なりひら也)の。さくらのさかりに見に来りければ あるじ((あるしの女也)
《割書:古今》あだなりと名にこそたてれさくら花としにまれなる人も待けり
《割書:なりひら女をあだ人といはれ又さくらもあたにちるもの也されと|まれにも人のをとづれくるはさくらはあだにあらずとなり》
かへし
《割書:古今》けふこずはあすは雪とぞふりなましきえずは有とも花とみましや
(十八) むかし。《振り仮名:なま心有|(有このみの女也》女有けり。《振り仮名:おとこちかう有|(なりひらそのとなりにすみけるか》けり。女うたよむ
人なれば。《振り仮名:心見んとて|(なりひらの心を引みんとて也》。きくの 《振り仮名:花のうつろへる|(白き菊のあかくみたる也》をおりて。男のもとへやる
【右丁】
くれなゐににほふはいづらしらぎくのえだもとをゝにふるかともみゆ
おとこ((なりひら也)しらずよみによみける((とりあはすかたの心しらぬかほによむ也) 《割書:たはむこと也菊もたはむと見ゆるになりひらは|いろなくこなたへたはまぬといへるなり》
くれなゐににほふがうへのしらぎくは《振り仮名:おりける人の袖かとも見ゆ |(女にあてかへしてそなたのうつろひやすき心のやうみゆると也》
(十九) むかし。おとこ。《振り仮名:みやづかへしける女|(わかみやつかへせし染殿の女御のかたに也》のかたに。こだちなりける((召つかはるゝ女ばら也)
人を《振り仮名:あひしりた|(たかひに心かよはす也》りける。ほどもなく《振り仮名:かれにけり|(かれ〳〵になる也》。おなじ所なれば
女の《振り仮名:めには見ゆる|(つねにめにはあはれる也》ものから。《振り仮名:男はある物か|(なりひらはみぬかほ也》ともおもひたらず。女
《割書:古今》あまぐものよそにも人のなりゆくかさすがにめには見ゆる物から
と。よめりければ。おとこかへし
《割書:古今》あまぐものよそにのみしてふることはわが入《振り仮名:山の風はやみなり |《割書:(よそに心の有人にはちかつきかたしといふ| うたの心なり》》
と。よめりけるは。《振り仮名:またお|(外の男也》とこある人となんいひける
(二十) むかし。おとこやまとにある女を。《振り仮名:よばひ|しのひて也》あひにけり。扨ほど
へて。《振り仮名:みやづかへする人なり|(なりひらきんちうにつかふる人なれば也》ければ。《振り仮名:かへ|(帰来也》りくる道に。やよひ《振り仮名:ばか|(比也 》りに
《振り仮名:かえでのも|(わかばの色これ也》みぢの。いとおもしろきをおりて。女のもとに道よりいひやる
【左丁】
君がためたをれるえだは春ながらかくこそ秋のもみぢしにけり
とて。やりたりければ。返事は京にきつきてなん。もてきたりける
いつのまにうつろふ色のつきぬらん君が里には春なかるらし
(二十一) むかし。男。女いと《振り仮名:かし|(かたく也》こく《振り仮名:思ひかは|(思ひあひて也》して《振り仮名:こと心|(ふた心也》なかりけり。《振り仮名:さるを|(しかるを也》
《振り仮名:いか成ことかあ|男にはおほくなきことなるへし》りけん。いさゝかなる事に付 ̄ケて。世の中をうしと思ひて。
出ていなんと思ひて。かゝるうたをなんよ ̄ンみて。物に書付 ̄ケける
いてゝいなば心かるしといひやせん世の有さまを人はしらねば
と。よみをきて。出ていにけり。此女かく書をきたるを。《振り仮名:けしう|(あやしけに也》《振り仮名:心をくへき事も覚え|(何のかたみかとも心覚えぬこと也》
ぬを。何によりてか。《振り仮名:かゝらんと|(かくは有らんと也》いといたうなきて。いつかたにもとめゆかんと。
かどに出て。《振り仮名:とみかうみ見けれと|とかく見けれと也見は休字のてには也》。いづこをはかりとも覚えざりければ。かへり入て
思ふかひなき世なりけり年月をあだにちぎりて我やすまひし
といひてながめをり
人はいさ思ひやすらん玉かづらおもかげにのみいとゞ見えつつ【「る」では】
【右丁】
此女いと久しく有て。《振り仮名:ねんじわびてに|(のちにかんにんしかねたる也》やありけん。いひをこせたる
今はとてわするゝくさのたねをだに人の心にまかせずもがな
かへし
わすれぐさうふとだにきくものならば思ひけりとはしりもしなまし
また〳〵ありしより《振り仮名:けにいひかはし|勝の字也むかしよりまさりて也》て。おとこ
忘るらんと思ふ心のうたがひにありしより《振り仮名:けに物ぞかな|(みのしすみてよむべし》しき
かへし
なかぞらに立ゐるくものあともなく身のはかなくも成にけるかな
とはいひけれど。《振り仮名:をのがよゝになりけれ|(りべつしてをのかよゝになりければ也》ば。うとくなりにけり
(廿二) むかし。《振り仮名:はかなくて|(何のふしもなくて也》たえにける中。猶や忘れざりけん。女のもとより
うきながら人をばえしも忘れねばかつうらみつゝなをぞこひしき
といへりければ。《振り仮名:さればよといひ|(されは其ことよといひて也》ておとこ
あひ見ては心ひとつをかはしまの水のながれてたえじとぞ思ふ
【左丁】
《振り仮名:とはいひけれど。|哥にはゆくすゑのやうにいひけれと也》其夜《振り仮名:いにけ|いきにけり也》り。いにしへゆくさきのことどもなどいひて
秋の夜のちよを一よになぞらへてやちよ《振り仮名:しね|(助字也》ばやあく時のあらん
かへし
秋のよのちよを一よになせりともことばのこりて鳥やなきなん
いにしへよりも。あはれにてなんかよひける
(廿三) むかし。ゐなかわたらひしける人の子ども。井のもとに出てあそ
びけるを。おとなになりにければ。《振り仮名:男も|(なりひら也》《振り仮名:女もはぢ|(有つねいもと也》かはして有ければ。男
は此女をこそえめと思ふ。女は此おとこをと思ひつゝ。《振り仮名:おやのあはすれ|(こと男にあはせんとすれ共也》
どもきかでなん有ける。扨《振り仮名:となり|(なりひら也》の男のもとより。かくなん
つゝゐづゝ【ママ】にゐづゝに《振り仮名:かけしま|(かげくらへし也》ろがたけ過にけらしないも見ざるまに
かへし
くらべこしふりわけがみもかた過ぬ君ならずしてたれか《振り仮名:あぐへき |《割書:(男女のかみをゆひそめ|(てふうふのやくそくとす》》
などいひ〳〵て。つゐに《振り仮名:ほい|(本意也》のごとくあひにけり。扨としごろふる程に。女
【右丁】
おやなくたよりなく成まゝに。もろ共にいふかひなくて《振り仮名:あらんやはとて|あらんやはとて有けるか又かうちの国た》
《振り仮名:かうちの国たかやすの|かやすに男行かよふ所いてきにける也》こほりにいきかよふ所出きにけりさりけれと
此もとの女。あしと思へるけしきもなくて。出しやりければ。男こと心有
て。かゝるにやあらんと。思ひうたがひて。せんざいの中(ナカ)にかくれゐて。
かうちへいぬるかほにて見れば。此女いとよう《振り仮名:けさうじて|身をつくろふて也》。うちながめて
《割書:古今》風ふけばおきつしらなみたつた山よはにや君がひとりこゆらん
とよみけるを聞て。かぎりなくかなしと思ひて《振り仮名:かうちへもいかず|(なりひらかなしく思ひてなり》成に
けり。まれ〳〵かのたかやすにきて見れば。はじめこそ心にくゝも
《振り仮名:つくりけれ|(かたちをつくる也》。今はうちとけて。手づから《振り仮名:いゐがひ|(めしもるかひ》とりて。けごのうつは物に
もりけるを見て。《振り仮名:心うがりて|(男見かきる也》。いかず成にけり。さりければ《振り仮名:かの女|(高安の女》。大和の方を見やりて
《割書:新古今》君があたり見つゝをゝらんいこま山くもなかくしそ雨はふるとも
といひて。見いだすに。《振り仮名:からうして|(やう〳〵として也 》。《振り仮名:やまと人|(なりひら也》こんといへり。よろこびてま
つに。たび〳〵すぎぬれば
【左丁】
君こんといひし夜ごとに過ぬればたのまぬものゝこひつゝぞふる
といひけれど。《振り仮名:おとこすまずな|(なりひら高やすへゆかぬ也》りにけり
(廿四) 昔。男。かたゐなかにすみけり。男みやづかへしにとて。わかれおし
みて行にけるまゝに。みとせこざりければ。待わびたりけるに。《振り仮名:いと念|(又外の男也》
比にいひける人に。こよひあはんとちぎりたりけるに。《振り仮名:此おとこ|(なりひら也》きたり
けり。此戸あけ給へとたゝきけれど。あけで哥をなんよみて。出したりける
あら玉のとしのみとせをまちわびてたゞこよひこそにゐ枕すれ
と。いひ出したりければ
あづさゆみまゆみつきゆみとしをへて我せし《振り仮名:かごと|(如ク云也》《振り仮名:うるは|(忠の字也》しみせよ
と。いひて。いなんとしければ女
あづさゆみひけどひかねどむかしより心は君によりにしものを
といひけれど。男かへりにけり。女いとかなしくて。《振り仮名:しりに|(うしろにたて也》立てをひゆけど。
えをひつかで。しみつの有所にふしにけり。そこ成ける岩に。《振り仮名:をよひ|(小ゆび也》のちして書付ける
【右丁】
あひ思はでかれぬる人をとゞめかね我身は今ぞきえはてぬめる
と。かきて。そこに《振り仮名:いたづら|(むなしくなる也》になりにけり
(廿五) 昔。男有けり。あはじともいはざりける女の。さすが成けるがもとに。いひやりける
《割書:古今》秋のゝにさゝわけしあさの袖よりもあはでぬるよぞひちまさりける
いろごのみなる女かへし
《割書:古今》見るめなきわが身を《振り仮名:うらと|(うらめし也》しらねばや《振り仮名:かれなで|(かれ〳〵ならで也》あまのあしたゆくくる
(廿六) 昔。男。五条わたり成ける《振り仮名:女を|二条后也》《振り仮名:えゝす成に|(わかものとせさる也》けることゝ。《振り仮名:詫たりける人の返事に|(とふらひける人と也是染殿の后との説有》
《割書:新古今》《振り仮名:おもほえず袖にみなとのさはぐかなもろこしぶね|思ひかけもなくわひとふらひ給ふうれしなる事にから舟のみなとによるほとそてにさはくといへる也》のよりしばかりに
(廿七) むかし。男。女のもとに一夜いきて又もいかず成にければ。女の手
あらう所に。《振り仮名:ぬきすを |(たらゐの上に置すたれ也》うち《振り仮名:やりて。|うちのけたる也》たらひのかげに《振り仮名:見えけるを。|(女のかけの見えける也》みづから
わればかり物思ふ人は又もあらじと思へば水の下にも有けり
と。よむを。こざりける《振り仮名:おとこ|(なりひら也》たちきゝて
みなくちに我や見ゆらんかはづさへ水の下にてもろこゑになく
【左丁】
(廿八) むかし色このみなりける女。出ていにければ
などてかく《振り仮名:あふご|(枴【朸】也》《振り仮名:かたみに|(水くむかこ也》成ぬらん水もらさじとむすびしものを
(廿九) 昔。《振り仮名:春宮|(陽成院也》の《振り仮名:女御 |二条の后也》の御 ̄ン かたの。《振り仮名:花の賀に |四十より十年めことのいはひ也春を花の賀秋をもみちの賀》《振り仮名:召あづけられたりけるに|(なりひらを召れて御賀のことにあつかりし也》
花にあかぬなげきはいつもせしかどもけふのこよひににる時はなし
(三十) むかし。おとこ。《振り仮名:はづかなりける|( わつかにあひかたらふ女也》女のもとに
あふことは《振り仮名:玉のを|(しはしのこと》ばかりおもほえでつらき心のながく見ゆらん
(三十一) むかし。宮の内にて。あるごだちのつぼねのまへを《振り仮名:わたりけるに。|(なりひらの過行れし也》
何のあだにか思ひけん。よしやくさばよ。ならんさが見んといふ。男
つみもなき人を《振り仮名:うけへば|(のろふこと也》わすれぐさをのがうえにぞおふといふなる
《振り仮名:と。いふを。ねたむをんなもありけり|(かくいひかはすをなをゆへや有らんとてかたはらにねたむ女も有しと也》
(丗二) むかし。ものいひける女に。としごろありて
《割書:古今》いにしへのしづのをだまきくりかへしむかしを今になすよしもがな
と。いへりけれど《振り仮名:なにともおもはずや|(女は何共思はすや有けんと也》ありけん
【注】「拐」には「かどわかす。たぶらかす。」の意もあり。
【右丁】
(丗三) むかし。おとこ。津の国むばらのこほりにかよひける。女此たひ
《振り仮名:いきては又は|(なりひら此たひ都へいきては也》こじと《振り仮名:思へる|(女か思ふ也》けしきなれば。おとこ
《割書:万葉》あしべよりみちくるしほのいやましに君に心をおもひますかな
かへし
こもり江に思ふ心をいかでかはふねさすさほのさしてしるべき
《振り仮名:ゐなか ̄ウ人のことにて|ゐなか人のうたには子細なくよみしと評していふ也》は。よしやあしや
(丗四) むかし。おとこ。つれなかりける人のもとに
いへばえにいはねばむねにさはがれて心ひとつになげくころかな
《振り仮名:おもなくて|(つれなくて也》いへるなるべし
(丗五) むかし。《振り仮名:心にも|(思ひの外也》あらでたえたる人のもとに
玉のをゝあはをによりてむすべればたえてのゝちもあはんとそ思ふ
(丗六) 昔。わすれぬるな ̄ンめりと《振り仮名:とひごとし|(うたかひてとふ也》ける女のもとに
《割書:万葉》たにせばみみねまではへる玉かづらたえんと人にわがおもはなくに
【左丁】
(丗七) むかし。おとこ。色ごのみ成ける女にあへりけり。《振り仮名:うしろめたく|(心もとなき義也》や思ひけん
我ならでしたひもとくなあさがほのゆふかげまたぬ花にはありとも
かへし
ふたりしてむすびし紐をひとりしてあひ見るまではとかじとぞ思ふ
(丗八) 昔きの有つね《振り仮名:がりいきたる|(有つねかもと也》にありきてをそくきにけるに。よみてやりける
君により思ひならひぬ世の中の人はこれをやこひといふらん
かへし
ならはねば世の人ごとになにをかもこひとはいふととひしわれしも
(丗九) 昔。《振り仮名:西院|《割書:(淳和帝|サイヰ》》のみかどゝ申みかどおはしましけり。其みかどのみこ《振り仮名:たかい|(崇子内親王也》
こと申す《振り仮名:いまそかり|(おはします也在の字也》ける。其《振り仮名:みこうせ給ひ|承和十五年五月十五日薨》て。御は《振り仮名:ふ|ウム》りの夜。其
《振り仮名:宮のと|(たかいこの宮也》なり成ける《振り仮名:男御|(なりひら也》はふり見んとて。女 車(〃 )にあひのりて出たり
けり。《振り仮名:久しうゐて出奉らず。|なこりをおしみて御棺を久しく出しかね奉る也》うち《振り仮名:なきてやみぬべかり|(あはれをかけてかへらんとせし也》ける間に。《振り仮名:あめの|(あめの下に》
《振り仮名:したの|かくれなき也》色ごのみ。源のいたるといふ人。是も《振り仮名:物見るに|(はうふりをみる也》。《振り仮名:此車を女車|(なりひらのくるまを也》と見て。より
【右丁】
きてとかく《振り仮名:なまめく|(けた[さヵ]うする也》間に。かのいたる。ほたるを取て。《振り仮名:女の車に入たり|(女のかほをやみんとて也》けるを。
車成ける《振り仮名:人|(女也》。此《振り仮名:蛍|ほたる》の火にや見ゆらん。ともしけちなんずるとて。のれる《振り仮名:男のよ|(なりひら也》める
出ていなばかぎり成べきともしけちとしへぬるかとなくこゑをきけ
かのいたる。かへし
いとあはれなくぞ聞ゆるともしけちきゆる物とも我はしらずな
《振り仮名:あめの下の色好の哥にて|(やことなきうれひの所にて大きなる色このみのわさと也》は《振り仮名:猶そ有ける|(ほめあけたる也》。《振り仮名:いたるはしたがふがおほぢ也 |此詞不尤源のしたがふははるかに後の人也こゝにかけること道理明らかならず》《振り仮名:みこのほいなし|(みこのためにはほいなき哥也》
(四十)昔。《振り仮名:わかき|(なりひら也》男。《振り仮名:げしうは|(いやしからぬ也》あらぬ女を思ひけり。さがしらするおや有て。
《振り仮名:思ひもぞつくとて|(女のなりひらに思ひやつかんとて也》。此女をほかへをひやらんとす。さこそいへまだをひやらず。
《振り仮名:人の子なれ|(なりひらをいふ也》ば。まだ心いきほひなかりければ。とゝむるいきほひなし女も《振り仮名:いや |(わかきを云》
しければ。《振り仮名:すまふちからなし|おひやりをいなともうらみぬ也》。さる間に。《振り仮名:思ひはいや|(なりひらの思ひ也》まさりにまさる。俄に此女《振り仮名:をゝひ|(をひ出す也》
うつ。《振り仮名:男ちのなみ|(せつになけくてい也》だをながせども。とゞむるよしなし。《振り仮名:ゐて出ていぬ|(女を親かひきゐて出す也》。《振り仮名:男なく|(なりひら也》〳〵よめる
出ていなばたれかわかれのかたからん有しにまさるけふはかなしも
と。よみて(ン)《振り仮名:たえ入にけり。|なりひらたへ入しゝたる也》《振り仮名:おやあ|(女のおや也》はてにけり。なを思ひてこそいひしが。《振り仮名:いと |たへ入給ふ》
【左丁】
《振り仮名:かくしもあらじと思|迄はあらしと思ひしにとめいわくする也》ふにしんじちにたえ入にければ。まどひて願たて
けり。けふの入相ばかりにたえ入て。又の日のいぬの時ばかりになん。《振り仮名:からう |(しんらうして也》
じていき出たりける。昔の《振り仮名:わか人|(なりひら也》は。《振り仮名:さるすけるもの思ひ|さやうに好色ふかき思ひをせしと也》をなんしける。
《振り仮名:今のおきな。まさにしなんや |(昔はわかくてもかくたへ入するほと好色ふかし今時の人は年いたりて好色すともしぬるほとには思はしと也》
(四十一)むかし。女《振り仮名:はらからふ|(兄弟也共にも住す》たり有けり。ひとりはいやしき男のまつしき。一人は
あて成男もたりけり。いやしき男《振り仮名:もた|女の事也》る。しはすの晦日に。うへのきぬをあらひて
手づからはりけり。心ざしは《振り仮名:いたしけ|(心になれと也》れど。さるいやしきわざもならは
ざりければ。うへのきぬの《振り仮名:かた|(肩を也》を。はり《振り仮名:やりてげ|(やふりてけり也》り。せんかたもなく
て。たゞなきになきけり。是をかのあてなる《振り仮名:おとこ|(なりひら也》聞て。いと心
ぐるしかりければ。いと《振り仮名:きよらなる|(清の字也あたらしき也》《振り仮名:ろうさうのうへ|(緑衫と書六位の袍みどり色也》のきぬを。見出てやるとて
《割書:古今》《振り仮名:むらさきの色こき時はめもはるに野なる|(紫を女にたとへ其ゆかりなれはともに哀れと思ふことわかつまにかゝりてわかちなきと也》草木ぞわかれざりける
《振り仮名:むさし野のこゝろなへし |(古今に紫のもとゆへにむさしのゝといへる此うたを本哥にして読ると云作者の詞也》
(四十二) 昔。男。色ごのみと《振り仮名:しる〳〵|(しりなから也》。女を《振り仮名:あひいへり|(あひかたらひよる也》ける。されど《振り仮名:にくゝはた|(にくゝはまた思はぬ也》あらざり
【右丁】
けり。《振り仮名:しは〳〵いき|とたへもなしさい〳〵ゆきけれど也》けれど《振り仮名:猶いとうしろめだくさりとて|なをさらに女の心たのもしけもなくてうたかはしくは思へと也》《振り仮名:いかではたえ|(ゆかてもまたゑあらさる也》有まじ
かりけり。《振り仮名:猶はたえあらざりける中|(われといさめてゆかしと思ふて心ひかれてすてかたき也》なりければ。二日《振り仮名:三|ミ》日斗さはること有て。えいかで
かくなん
《割書:新古今》出てこしあとだにいまだかはらじをたがかよひぢと今はなるらん
ものうたがはしさによめるなりけり
(四十三)昔。《振り仮名:かやのみこと|桓武帝第七皇子》申みこ。おはしましけり。其みこ《振り仮名:女をおほしめして|(恋にはあらすたゝあはれみ給ふ也》
いと《振り仮名:かしこく|(かたしけなく也》めぐみつかふ給ひけるを。《振り仮名:人なまめきて|(なりひら思ひかくる也》有けるを。我のみと
おもひけるを。《振り仮名:又人きゝ付てふみ|(またかよふ人有ことなりひら聞付て也》やる。ほとゝきすの《振り仮名:かたをかきて|(ゑにかきたるにや》
ほとゝぎすながなくさとのあまたあればなをうとまれぬ思ふ物から
といへりこの女《振り仮名:かなしきを|(きけんをとりて也》とりて
名のみたつしでのたをさはけさそ鳴いほりあまたとうとまれぬれ
時はさ月になんありける。おとこかへし
いほりおほきしでのたをさはなを頼む我《振り仮名:住里にこゑしたえ|(われさへすてすはなをたのむと也》ずは
(四十四) 昔。《振り仮名:あがた|田舎也》へ《振り仮名:行人|(有つね也》に。《振り仮名:馬のはな|(かどでのいはひ也》むけせんとて。よびて。うとき人にしあらざり
【左丁】
ければ。《振り仮名:いへどうじ|(わかつま也》盃させて。女の《振り仮名:さうそくかづけんとす。|(裳から衣なるべし》《振り仮名:かづけんと|(やらんとする也》す。あるじの男。《振り仮名:哥読て。|(うたよむ也》もの こし(腰也)にゆひ
付さす
出て行君がためにとぬぎつれば我さへ《振り仮名:もなく成ぬべき哉|《割書:(裳を喪(モ)によめり喪はわざはひひのこゝろ也|わざはひなきといふ心なり》》
此哥は有が中におもしろければ心《振り仮名:とゞめてよます。|なりひらよみて女によまする也》《振り仮名:はらにあぢはひて|ふかくあちはひきんみしてよみしと也》
(四十五) 昔。男。有けり。人のむすめの《振り仮名:かしづく。|(親のいつきかしづく也》《振り仮名:いかで此|(いかゝして也》男に物いはんと思ひけり。《振り仮名:打出|(詞にいひ出》
《振り仮名:んこと|(んと也》かたくや有けん物やみに成て。しぬべき時に。かくこそ思ひしかといひけるを。
おや聞付て《振り仮名:なく〳〵つげ|(なりひらにつけしらする也》たりければ。《振り仮名:まとひ来り|(なりひらいそぎ来れる也》けれど。《振り仮名:しに|(女か》ければ。
《振り仮名:つれ〴〵とこもり|(病故に死たる女なれはいみにこもりゐる也》をりけり。時は《振り仮名:みな|(六月也》月の晦日いとあつきころほひに。
よひはあそひおりて。夜ふけてやゝすゞしき風吹けり。蛍たかうとびあがる。此
《振り仮名:おとこ|(なりひら也》見ふせりて
《割書:後撰》ゆく蛍雲のうへまでいぬべくは秋風ふくとかりにつけこせ
くれがたき夏の日ぐらしながむればそのことゝなく物ぞかなしき
(四十六) 昔。男。いとうるはしき友有けり。かた時さらずあひ思ひけるを。人の
国へいきけるを。いと《振り仮名:あはれ|(かなしく也》と思ひてわかれにけり。《振り仮名:月日|(ゐなかより》へてをこせたる
【右丁】
ふみに。あさましくえたいめんせで。月日のへにけること。わすれやし
給ひにけんと。いたく思ひわびてなんはんべる。世の中の人の心は。め((はな)
《振り仮名:がるれ|れゐること也》ばわすれぬべきものにこそあ ̄ン めれといへりければ。よ ̄ン みでやる
めがるともおもほえなくにわするゝ時しなければおもかげにたつ
(四十七) むかし。おとこ。ねんごろに《振り仮名:いかでど思ふ|(ゆきてあはんと思ふ也》女ありけり。されど此おとこを。
あだなりときゝて。つれなきのみまさりつゝいへる
《割書:古今》大ぬさのひくてあまたに成ぬれば思へどえこそたのまざりけれ
返しおとこ
《割書:古今》大ぬさと名にこそたてれながれてもつゐによるせは有てふものを
(四十八) 昔。男。有けり。《振り仮名:馬の|(右に注す》【注】はなむけせんとて。人を待けるに。こざりければ
《割書:古今》今ぞしるくるしきものと人またんさとをばかれずとふべかりける
伊勢物語上終
【注 前コマ四十四段の所で、「馬のはなむけ」の注を記載している事をさす。】
【裏表紙】