小倉百人一首の翻刻テキスト

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百人一首絵抄 十六 中納言行平

百人一首繪抄   十六
此心はゆきひらいなばの守ににんじ
いなばのくにを知行してかの国へくだる
ときそのしる人むまのはなむけをせし
ときいつかへり給ふといへばまつ人あらば
やがてかえりこんとてかくよめりされ
どもわれをまつ人はあらじとそこ
しんにふまへたる歌なりいなばのやま
とはいなばのくにの山といふ事なり



中納言行平
立わかれ
いなばの
山の
峯におふる

松とし
きかは
今かえり
こむ

六十六番 前大僧正行尊

前大僧正行尊(さきのだいそうぜうぎやうぞん)
もろともに
あはれと
おもへ
山桜(やまさくら)
花(はな)より
ほかに
しる人もなし

   六十六番
右の心は大みねへ入りける時此山にある所の
草木まれ何まれ一ツとして見なれず心ぼそ
きに桜のさきたる本に立よりてよめりほかに
しる人もなしとはかゝるさびしき山中な
れば外にめづべきものはなく只桜ばかりは
いづかたも同じけれはしる
人にあふこゝちせらる
桜も又われより
外にしる人は
あるまじと也

六十二番 清少納言

【かるた画面】
夜(よ)を
こめて
鳥のそら
ねははかる
  とも
世(よ)に逢坂(あふさか)の
関は
ゆる
さじ
  清少納言(せいせうなごん)

【左頁:解説】
六十二番
右の心はもろこしのまうしやうくん【孟嘗君】といひし
人夜ふかく関をとほらんとてにはとり
のなくまねしけるに関守まことのとりのね
と思ひ夜明たりとて関をひらきてとほしぬ
此故事を引てよめる歌也今そのごとくには
とりのそらねをつくりはかりいつはりまことの関
をばとほる共世の中の男女のこひぢの関を
ば中〱よういにはこえがたしとのこゝろなり

五十九番 赤染衛門

            應需
             香蝶棲豊国画

  五十九番
歌の心はやすらはでとは
日くれたれどやがてもねも
せずこよひ来たらんとたのめたる人の
たしかにくべきとまちやすらひしに月は
はやかたむきて山のはに入りかゝりけれど
その人はきたらずこれほどならばまち
やすらはではやくねべきものを人のいつ
はりをまことゝおもひねもえせず待ふかし
て月を見て一夜あかせしくやしさよと云心也

 赤染(あかそめの)衛門(ゑもん)
やすらはで
 ねなまし
  ものを
小夜(さよ)
   ふけて
かたぶく
   までの
月をみし
   かな
             佐野喜

百人一首絵抄

【巻物題箋】
百人一首絵抄  三十七
【巻物本文 解説】
此心はいひかはせし人のもとへゆき
たるに その人のつれなくてあはず
して立わかれ かへるころ 有明の月
を見てうらめしく思ふさま也あふ
てのかえるさ也ともかゝるそらは
かなしかるべきにましてや つれなく
てかえりし つらさ これよりしてのち
〳〵までもわすれかね あかつきほど
物うきものはなきやうに思はるゝなり
【かるた上の句】
壬生忠峯
有明の
つれ
  なく
みえし
わかれより
【かるた下の句】
     ものは【四行目に】
あかつき
 はかり
  うき【一行目右下へ】
なし

八十壱番 道因法師

        香蝶棲
         豊国画
          佐野喜

 
  道因法師(どうゐんほうし)
思(おも)ひわひ
 さても
  命は
   ある

 き  もの
  に   を
 たへぬは
  なみたなりけり

  八十壱番
此心はおもひわびとは思ひきはまり〳〵
たるなりさりともとたのみたる人
はつれなくなりはてゝ今はせんかた
なくきはまりゆく思ひの心なりかやう
にてはいのちもきえうせぬべきをさ
てもいのちはつれなくてあるものを
かゝるものうきことにかんにんせぬ
ものはなみだなりけりとなり
 たへぬとはかんにん
     せぬことなり

百人一首絵抄 卅一 春道列樹

百人一首絵抄 卅一

此心はしがのやまごえにてよめるなり
山川の木のはをひまなくふきかけたる
が水のしがらみとなりながれおふせぬ
てい也かぜのかけたるしがらみは何もの
ぞと見ればながれもおふせぬもみぢ
にてありけり我ととひわれとこたへ
たる歌のさま也しがらみいふものは
人手して川にかくるものなり
しかるを風のかけたるといふ
ことばめづらしくとの事なり

春道列樹
山河に
かぜの
かけたる
しがらみは

ながれも
あへぬ
もみち成り
けり

四十ばん

   平(たいらの)兼盛(かねもり)
忍(しの)ぶれど
 色に
  出にけり
我恋(わがこひ)は
 ものや
  おもふと
人のとふまで

右の哥の心はわれはずいぶんとしの
ぶと思ひしに人のふしんして物をお
もふかととひけるにつけてそれほどよと
ほかにあらはれたる恋のもの
ふかき事よさてわが心も今
はしのびよはりたるよと心
の内にうちなげきて
いへるなりもつともせつ
なるこひぢにしてあは
れふかき哥なり

       一陽斎
        豊国画 

八十八番 式子内親王

  式子内親王(しよくしないしんわう)
玉(たま) のをよたへ
なはたえね
ながらへは
しのふることの
よわり
もそ



  八十八番
此心はしのびあまるおもひをおしかへし
おしかへし月日をふるにかくても命の
なからへなばしのぶ心のよはりはてつひに
はあらはれてうきめ【憂き目】おやかん【「おやかん」の語なし。「をやかん(を焼かん)」か。とすれば、苦しい思いに胸を焦がすという意になりますが。】それよりも
早く身のよはりて命のたへたるがまし
ぞとなり玉のをとは命のこと也たえ
なばたえねとはたえよさてと
うちふてたる【「うちふてる」=「うち」は接頭語。ひどく不平を起こしてやけになる。意地をはる。の意】ことばなり
なをよはりもぞするといふ
ことばおもしろし

  香蝶楼
   豊国画

百人一首絵抄 十一 参議篁

【巻物の題箋】
百人一首絵【繪】抄   十一

【本文】
此心はわだの原とうち出しところ
あはれふかし大かたの人だにも舟路
のたびは心ぼそくかなしかるべきに
いはんやるにんとなりてしらぬなみぢ
にこぎはなるゝ心ねことたへがたきさま
なりわだのはらとは海原の事にて
やそしまはしまのおほき事をいへり
船にかりよそへて人にはつげよといへる
こゝろそのかんせい尤ふかし

【画面のカルタ 上】
 参議篁
和田の
 はら
八十島
  かけて
漕いてぬと

【画面のカルタ 下】
人には  あま
       の
つげ   つり
 よ    ふね

【画面右下】
国【國】貞改
二代豊国画

百人一首絵抄 九 小野小町

百人一首絵抄 九【巻物題箋】
【巻物本文 解説】
此心は花のさきたらば はなに身を
なして人にもたづねらるべしと思ひ
しに わが身世にすめばことしげく
とやか〱と打まぎれてすぐしける
内に 春の長雨にはつ花の色
も見るまにうつりにけりなと打
なげきたる こゝろなり ながめとは
長雨と眺とをかねたる
       ことばなり
【かるた上の句】
小野小町
花の色は
うつりに
けりな
いた
 づらに
【かるた下の句】
我身
  世にふる
ながめ
 せしまに

百人一首絵抄 十四 河原左大臣

【巻物の題箋とその下部】
百人一首絵【繪】抄  十四     国【國】貞改二世
                   一陽斎豊国画

【本文】
此心はみちのくのしのぶもじすりといふ
二句はみだるといはんとての序也たれ
ゆへにかみだれそめたるぞたゞわが心は
きみゆゑにこそみだれたるなりといふ
心なりしのぶもじすりとはおうしう
しのぶのこほりのしのぶぐさを布に
すりつけてもやうにするをいふなり
またこれをすい【「り」とあるところ】衣【「摺り衣」=染め草の汁ですりつけて種々の模様を染め出した衣。】ともいふなり

【画面上のカルタ 上】
 河原左大臣
みちのく
  の
しのぶ
もじすり
 誰ゆへに

【画面上のカルタ 下】
みたれ
 そめにし
我ならなくに

五十五番 大納言公任

           佐野喜  香蝶棲
                 豊国画

 大納言(だいなごん)公任(きんたう)
瀧(たき)のおとは
 たえて
久しく
 なりぬれど
名(な)こそ
  ながれて
 なほきこえけれ

   五十五番
右の心はむかしさがの大かくちにたき
どのとて是ありけるを見てよめりさしも
いかめしくつくられたるたきどのもはや
むかしになりてあとふりつゝものさびしき
さまにてあるもひさしけれどその名ば
かりはなほ今の世につたへてよく人の
きゝしりてあるはよくよく名だかかりし
ところなりといへり名こそながれて
は名ののちの世につたはるをたき
のえんによりていひしなり

百人一首絵抄

【巻物の題箋】
百人一首絵【繪】抄  三十六

【本文】
此心は秋の野のくさ木にひしと
つゆをきわたしたる所をにはかみ【「に」とあるところ。】
あらきかぜのふきたつればその
つゆばら〳〵ととびちりてさながら
いとにてつらぬきとめぬる玉のみだ
れちることくにて見とることいふ心也
風のふきしきる事なりつらぬき
とめぬとは糸にて玉をつなぎ
とめたる事なり

【画面上のカルタ 上】
 文屋朝康
しら露
  に
かせの
吹しく
 秋の野は

【画面上のカルタ 下】
つらぬき
 とめぬ
玉そちり
   けり

【画面左下部】
国貞改二代目
  豊国画

四十二ばん 清原元輔

【右丁は墨の刷毛で消したようなので読みづらいのでパス】

【左丁】
  清原(きよはらの)元輔(もとすけ)
契(ちぎ)りきな
 かたみに袖( で)
をしぼりつゝ
 すゑ
   の
まつ山
  波(なみ)こさじ
     とは

【画面左下部】
香蝶棲
 豊国画

百人一首絵抄

【巻物の題箋】
百人一首絵【繪】抄  三十二

【本文】
此心は雨かぜにはなのちりおつるは
ぜひもなしされば日かげゆう〳〵
とのどかなるに花のちるはいかなる事
ぞといふ也春の日はのどかなるに花は
何とてしづかなる心なくしてかくいそが
はしげにちるぞと花にうらみをふか
くいひかけたる心也何とてはなの
しづかに心なくとはなをよみ
そえて見るべし

【画面上のカルタ 上】
 紀友則
久かたの
ひかり
のどけ
   き
春の日に

【画面上のカルタ 下】
しづ  ちる
 心なく ら
  花の  む

【画面左下部】
国【國】貞改二代目
     豊国【國】画

五十番 藤原義孝

【右丁】
  藤原(ふぢはらの)義孝(よしたか)
君(きみ)がため
 をしから
  ざりし
命さへ
 ながくも
  がなと
おもひける
   かな

【左丁】
   五十番
右の哥の心はひとたびあふことあらばつゆ
のいのちもをしからじ死すともおもひ
おくことなしなんど思ひしが君にあふて
たちわかれなごりをしさの
せつなるまゝに日ごろ
おもひし心はいつしかに
引かへて今はたゞ我
いのちのながかれ
かしいつまでもちぎ
りてといふ心になり
たりといへりもつとゝ【「もつとも」とあるところか。】
あはれふかき哥なり

【画面右下部】
一陽斎
  豊国【國】画

九十九番 後鳥羽院

  後鳥羽院(ごとばのいん)
人もおし
 ひとも
うらめ
   し
 あぢき
  なく
  世(よ)を
   思ふゆへに
  ものおもふ
      身(み)は

   九十九番
此心は王道をかろしめよこしまなる世にな
りゆく事をなけきおぼしめす也人
もをし人もうらめしとは世の中の人の心
さま〴〵にてをさまりかたき心也又たゞ
ひとりの上にてもよろしきと思ふ人にも
又あしき所の有心也
さればよき所はをしく
あしき所はうらめしをと
りあはせあぢき
なくとはよみ
給へる也

七十六番 法性寺入道前関白太政大臣

【右丁】
法性寺(ほせゐじの)入道(にうどう)前関白(さきのくわんはく)
  太政大臣(だしやうだいしん)
和田の原(はら)
こぎ出(いで)て見(み)れば
久(ひさ)かたの
雲(くも)ゐにまがふ
おきつしら浪(なみ)

【左丁】
   七十六番
此心はわだの原はうみのそうみゃう【総名】なり
はるかに舟をこぎ出てながむれはまことに
くもとなみひとつになりてはる〴〵と
見わたされたるなり久かたは
雲をいわんとのまくら
ことばなりまことにうみ
の果かぎりなきて
い【意】をよくけいき【景気】を
言いだしたる
よせいかぎりなし

【画面左下部】
香蝶棲
 豊国画

百人一首絵抄 四 山辺赤人

百人一首絵抄  四

此心はたごのうらのたぐひもなきを
ふねさし出してかえりみるにてうぼう
かぎりなくして心にもことばにもおよ
ばぬふじのたかねのゆきを見たるこゝろ
をおもひ入てぎんみすべしうみべの
おもしろき事をもたかねのたへなる事
をもことばにいたさずして只そのてい
ばかりをいひのべたるところもつとも
奇妙なり

山辺赤人

田子の
浦に
うち出て
見れば
白妙の

ふじの
たかねに
雪は
ふりつゝ

八十三番 藤原清輔朝臣

【右丁】
  八十三番
此心はあきらかなりしだい〳〵
にむかしをこひしく思ふほどに今の
ものうしと思ふじだいもこれより
のちには又こひしくてむかしかまし
にて有けるものをとしのばんずる
かとの心なり万みんのうへにある
 べきうたなりなにごとも
          すゑ〳〵 
  おとろへゆき
     むかしににぬといふ
       うらみなり

【左丁】
そ今(いま)は恋(こひ)しき
うしと見し世
 はれん
しの
また此比(このころ)や
なからへは
     朝臣   
藤原清輔(ふぢはらのきよすけの)

【画面左側】
一陽斎
  豊国【國】画
 

百番 順徳院

順徳院(じゆんとくいん)
百敷(もゝしき)や
 ふるき
軒端(のきば)
 の
しのぶにも
猶(なを)あまり
 あるむかし
  なりけり

  百番
此心は王道のすたれゆくをなげき
給ふ義なり末の世になれば昔を
しのぶはならひ也ましてや王道おと
ろへて君一身の御上ならず天下万
民の為なれば昔のよき世を忍ぶ
とするにもなをあまりある今
の世のうたてみよと也百敷は内
裡百官の座せきを云なり
しのぶとは昔をしたふことにて夫に
しのぶ草をそへ給へり

【画面左側】
一陽斎
  豊国【國】画

八十二番 皇太后宮太夫俊成

【右丁】
皇太后宮大夫(くわうだいこうぐうのたいふ)
        俊(しゅん)成
世(よ)の中よ
 みち
  こそ
なけれ
  おもひ入る
山の奥(おく)にも
鹿(しか)ぞなくなる

【左丁】
    八十二番
此心はいろ〳〵によのうき事どもを心に
思ひしめて今は何事もうき世はいらさる事
とおもひ入てふかき山のおくにもとこゝろざ
せば又山のおくにもしかのものがなしくう
ちなくこゑありそれをきゝては山の
おくにも世のうき事は有けり
とかくこのよの中よのが
れゆくべきみちこそ
なけれとう
ちなげくこゝろ
      なり

【画面右側】
香蝶棲
 豊国【國】画

六十三番 左京太夫道雅

【右丁】
  六十三番
哥の心は人とみつつうした
りしがろけんしてしのびあふ
こともならずなりし時よめる哥也
あふことはさておき一トことのものいひ
かはすこともかなはねば今は只こがれゐるばか
りにてひたすらに思ひせまり気も心
もたえなんとすかほど【斯程=これほど】のありさま
をせめて人だよりでなくおもふ人に
一ト目あふてわが口づからぢき〳〵につげ
しらすべきしかたもあれかしと也あはれふかし

【左丁】
  左京大夫(さきやうのだいぶ)道雅(みちまさ)
今(いま)はたゞ
 おもひたえ
  なん
とばか
 りを
人づてならで
 いふよしもがな

【画面右下】
一陽斎
 豊国【國】画

百人一首絵抄 廿一 素性法師

【巻物題箋】
百人一首絵【繪】抄  廿一

【本文】
此心はあり明の月を待いだしつると
いふ心にてたゞ一ト夜の義にあらず初
秋の比より今こんといひしばかりの
あだごとをさりともとまち〳〵てはや
長月のころとなり其人は来らず
して有明となる月をまちいだし
たりとあはれふかくよみなせり
此有明の月は廿日過きに出る月に
て長く待たるよしをことわれるなり

【絵札】
  素性法師(そせいほうし)
今(いま)
 こむ
   と
いひし
  ばかりに
  長月(ながつき)の

【字札】
有明(ありあけ)の
    月(つき)を
まち
  いづるかな

【画面右下】
国【國】貞改二代
  豊国【國】画

九十五番 前大僧正慈円

前大僧正(さきのだいそうぜう)
   慈円(ぢゑん)
おほけ
  なく
うきよの
民(たみ)に
 おほふ
   かな
我(わが)たつ
杣(そま)にすみぞめ
     のそで
  九十五番
此心はおほけなくはおよびなくをいふ心也
わがたつそまとはひえの山のこと也この山
にすみて世の中のたみをば一子のごとく
あはれみ袖をおほふべきほつけ【法華?】のぎやう
じやなれどもおよびなきわがことく
のものはたゞいたづらにこの山のある
じとなりてすむばかりなり
  とひたすらにおのれを
     かへりみてよみ
        たるうたなり




百人一首絵抄 十 蝉丸

蝉丸
これやこの
行も
かへるも
わかれては

しるも
しらぬも
あふさかの関
               國貞改二代
                一陽齊豊國画
百人一首繪抄
此心は万ぼう一によにきする【万法一如に帰する=物質的、精神的なあらゆるものの帰する(行き着くところ)は永遠不変の真理である意】事を
のぶるなり行くもかへるもしれるもの
しらざるものしばらくわかれてさま
よいしやう死【しょうじ(生死)】のせきをいでずしかれども
ほつしやうのみやこ【法性の都=浄土をいう。】へいたらんには此せき
をとをらではあひがたしと世の中を
かんじてよみけるならじ此人をもう
もくなりとおもへるはたがへり

                □佐野喜

百人一首絵抄

【巻物題箋】
百人一首絵【繪】抄  三

【本文】
此心はあしびきとは山といはんまくら
ことばなりなが〳〵しといはんとてした
りをのといへりしだりをとは山どりの
尾はなが〳〵したるものなればかぎり
なく長き夜をいはんとてなり秋の
夜のなが〳〵しきにはふたりねて
さへうかるべきにひとりはえねられ
         まじきとなり

【絵札】
  柿本人丸
あし
  ひき
   の
山どりの
   尾の
しだりをの

【字札】
なが〳〵し
   夜を
 ひとり
  かもねむ

【画面右側】
国【國】貞改
二代豊国【國】画

九十八番 正三位家隆

【右丁】
正三位家隆(せう さん み か りう)
かぜそよく
   ならの
小河の
夕暮(  ぐれ)
  は
みそきぞ
夏(なつ)のしるし
 なりける
【左丁】
   九十八番
此心はならの小川のめい所にてみな月ば
らいする川也風そよぐならとうへ物に
いひよせたる也すゞしかるべきてい也
みそぎとは六月みそかのはらひにて
けふはまだなつなれどそのすゞ
しさ且水へんのもやうちつと
も秋にことならず只此みな
月ばらいをするばかりがいまだ
 なつといふしるしなり
      けりといへり
【画面右下】
㊞一陽斎
㊞ 豊国【國】画  佐野喜

百人一首絵抄 廿七 中納言兼輔

【巻物題箋】
百人一首絵抄
【巻数】二十七
【本文】
此心はわきてながるゝいづみ川の
えん也いずみきといはんためにいづ
み川をいえりわがふかくあひ見し人
の今はたへはてゝその顔をもおぼえ
ぬばかりなるに思ひはなをもやまず
我のみ何ゆへかく水のわくごとく久し
くも見ぬ人の恋しくあるらん
われと我心をことはりたる也みかの
原いづみ川は山城の国の名所也
【絵札】
中納言兼輔
みかの原(はら)
わきて
なかるゝ
いづみ川

【取り札】
いづ【濁点ママ】み
きとてか
恋しかるらん

四十一ばん 壬生忠見

【右頁:かるた】
壬生(みぶの) 忠見(たゞみ)
こひすてふ
 我名(わがな)は
まだき
立(たち)に
 けり
人(ひと) しれ
  ずこそ
 おもひ
    そめしが【正しくは濁点なし】

【左頁:歌解説】
右の歌の心は やうやく きのふ
けふこそ 人に おもひよりたるに
ほどもなく はや うき名のたつ
ことよといへる 歌也 われ人にしられ
ざるやうに ひそかにかの人をおも
ひそめしが まだわが口へ出すや出
さぬに人ははやくしりてうきな
をたてられたりとなり こひすてふ
とはこひするといふと云事なり
まだきははやくといふ事なり

七十七番 崇徳院

                     佐野喜
 





崇徳院(しゆとくいん)
瀬(せ)をはやみ
  岩(いわ)に
 せか
 るゝ
瀧(たき)川の
われても末に
あハんとぞ
   おもふ
 七十七番
此心ははやきせのいわにくだけたるなみ
もわれては又あふてながるゝもの
なればわが恋もそのど〳〵一トたび中わ
れわかれたりともはじめむつまし
くちぎりかはせし君なればたが
ひにこゝろだにかわらずは又すゑ
にあはるゝじせつもあるべしと
いふ心あきらかなる御歌なり

香蝶楼 豊国画

五十一番 藤原実方朝臣

               香蝶樓
                 豊國画
                 渡 佐野喜

五十一番
哥の心はもえたつ
おもひをさしもぐさ
にたとへていへる也かく
とだにえやはいぶきの
とはわがむねにあまる
おもひはかやうぞと得いひ
やらねば人はいかでしら
んとわれひとりおもふ
こゝろのせつにやるかたなきよしをいへり
さしもしらじなとはさやうにあるべき
とは人はよもしるまじとなり


藤原実方朝臣(ふぢわらのさねかたあそん)
かくとだに
えやは
伊吹(いぶき)の
さしも草(ぐさ)
さしもしらじな
もゆる思ひを

七十弐番 祐子内親王家紀伊

祐子内親王家紀伊(ゆう し ない しん わう け きい)
おとにきく
たかしの
浜(はま)のあだ浪は
かけじや袖(そて)の
ぬれもこそすれ
   七十弐番
此心はたかしのはまとは世にかくれもなく
おと高くきこゑたりといふ心也あだなみとは
あたなる人といふ心なりかげじやとはさやう
にかくれもなき人にはちきりをかけまじ
きという義なりあだなる人にちきら
ばかならずものおもひにならんと
いふこゝろをそで
のぬれもこそ
すれと
いへるなり
           一陽斎
            豊国画
           ㊞佐野喜

小倉の山ふみ

《題:《割書:百人|一首》小倉の山ふみ 全》

をくらの山ふみの序
此百首はたかきみしかき世に
しらぬ人なく女わらはへもよく
おほくしりたるさるはたゝひたふ
るによみならひおほゆる世のなら
ひにてもてあそひものゝやうにな
りもて行つゝ哥の心はいかにとも
思ひたとらす又まれ〳〵其意を

しらまほしくおもふも常に物ま
なはぬ人は註釈なと見むもこと〳〵
しくはた心得かたきところもおほ
からんをこの元義ぬしの物せられ
たる小倉の山ふみは古今集の
遠鏡にならひてその心をかたは
らに書たれは見るにいとかやすく【「か易し」=容易である】
さとひ【里び】言にしあれは聞々かたき

ところ有へくもあらすわらはへなと
のもてあそひよみならはむにも
かたはらふとみられつゝおのつから
そのこゝろもきこえゆくへく又もの
よくまなひ哥よく見しらむ人
なりともよく其意をえて露た
かふ事なくよくうつされた
れは一たひよみあちはへなはえ

おもひすつ【思ひ捨つ】ましくかた〳〵たより
いとよきふみになむありけるこた
ひある人の桜に覚のせむとて
花もにほはぬおのかつたなきこと
のはを書そへてよとこふま
まにかくなむ

          本居春庭

百人一首
  後撰集秋 題しらず   天智天皇
秋の田のかりほの廬の苫をあらみ我衣では露にぬれつゝ
 ○秋ノ田ノ稲ヲ刈タリホシタリスルタメニ田ノハタニタテタ庵ハカリニ
  チヨツトフイタ物ナレバ其苫ガアラサニ我 ̄カ キルモノハ ヒツタリト
  露ニヌレタ此ヤウニ濡 ̄レ ナガラモ長ノ夜ヲ守リ明 ̄ス ハ詫
  シヒコトカナ
  万葉集巻一 題しらず   持統天皇
春過て夏きたるらし白妙の衣ほしたり天の香く山
 ○春ガスギテハヤ夏ガ来タ ソウナ(らし)アノカグ山ヘアレ白イ衣ヲホシタ

  拾遺集恋 題しらず   柿本人麿
足曳乃山鳥の尾のしだりをのなが〳〵し夜を独かもねむ
 ○上【四角囲い文字】ナガ〳〵シイ夜ヲ思フ人ニモアハズニ独寝ルコト カナ(か)マア(も)
  新古今集冬 題しらず   山邊赤人
田子の浦ゆうち出でてみれば 真白にぞ冨士の高ねに雪は降ける
 ○田子の浦 ヨリ(ゆ)ズツト出テミレバハヽア真ッ白ニ ̄サ富士ノタカネニ
  雪ガフツタ ワイ(ける)
  古今集秋 是貞のみこの家の歌合の哥   猿丸大夫
おく山に紅葉ふみわけなく鹿の声きく時ぞ秋はかなしき
 ○秋ハ惣体悲シイ時節ヂヤガ其秋ノ内デハ又ドウイフ時ガイツチ

  悲シイゾトイヘハ紅葉モモウ散テシマウタ奥山デ其チツタ紅葉
  ヲ鹿ガフミ分テアルイテ鳴声ヲキク時分ガ ̄サ秋ノウチデハイツチ悲イ
  時節ヂヤ ふみわけは鹿の踏わける也
  新古今集冬 題しらず   中納言家持
かさゝぎのわたせる橋におく霜の白きをみれは夜ぞ更にける
 ○ハヽアイカウ夜ガ ̄サ フケタワイアノカサヽギノ橋ノ上ニ
  真白ニ霜ノオイタヲミレバサ
  古今集羇旅 唐にて月をみてよみける 安倍仲麿
天の原ふりさけみれば春日なるみかさの山に出し月かも
 ○今カウ空ヲツヽト遥ニミワタセバアレ〳〵海ノ上ヘ月カ出タ

   アヽヽアノ月ハ故郷ノ三笠山ヘ出タ月デアラウ カイ(か)マア(も)
   古今集雑 題しらず   喜撰法師
わが庵は都のたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり
  ○ワガ廬室ハ京カラ辰巳ノ方遠カラヌ宇治山と云処ヂヤ外(ホカ)ノ人ハ
   此山ニ住デミテモ京ガ近イ故ヤツハリ世ノウイコトガアツテドウモ
   スマレヌ山ヂヤト云ヂヤガ拙僧ハコレ此通(しかぞ)リニ ̄サ年久シウ住デ居ル
   古今集春 題しらず   小野小町
花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに
  ○ヱエヽ花の色ハアレモウウツロウテシマウタワイナウ一度(いたつらに)モミズニサ
   フシハツレソフテヰル男ニツイテ心苦ナ事ガアツテ何 ̄ン ノトンヂヤクモナカツタ

   アヒダニ長雨ガフツタリナドシテツイ花ハアノヤウニマア
   世にふるとは男女のかたらひするをいふ也遠鏡にいへるが如し
   後撰集雑 逢坂の関に廬室をつくりて住侍り
        けるにゆきかふ人を見て
                  蝉丸
これやこの行くもかへるも別れてはしるもしらぬも逢坂の関
  ○イク人モ帰ル人モ知ル人モ知ラヌ人モ分カレテハ逢ヒ逢テハ分 ̄レ
   スルハ コレガカノ(これやこの)逢坂ノ関ヂヤカ
   古今集羇旅 隠岐の国にながされける時に舟に乗て出
         たつとて京なる人のもとに遣しける

                    参議篁
わたの原八十嶋かけてこぎ出ぬと人にはつげよ海士の釣船
  ○ユクサキハイクラトモナク段々ニアマタアル嶋々ヲ過テイクベキ海上ヘ
   今出船シタト云コトヲ故郷ノヒトニハシラシテクレイコレアノアチヘ帰テ
   イクアマノツリフネヨ
   古今集雑 五節の舞姫をみてよめる 僧正遍昭
天津風雲の通ひぢふきとちよをとめのすがたしばしとゞめむ
  ○アノ天女ノ舞ノスガタガキツウ面白イコトデ残リオホイニ空ヲフク風ヨ
   アノ天女ガ雲ノ中ヲ通(トヲリ)テ天ヘイヌル道ヲ吹トヂテイナレヌヤウニシテ
   クレイソシタラモウシバラク留メテオイテマソツトアノ舞ヲミヤウニ

   後撰集恋 つりどのゝみこにつかはしける
                  陽成院
つくばねの峯よりおつるみなの川恋ぞ積りて渕となりぬる
  ○ツクバ山ノ嶺カラ落ル僅ナ水ガツイ下(シモ)デハミナノ川と云
   深イ川トナルヤウナモノデ恋モ ̄サ ツモリ〳〵テハ渕ノヤウ
   ニフカウナルワイ
   古今集恋 題しらず   河原左大臣
みちのくのしのぶもぢすり誰故にみだれむと思ふ我ならなくに
  ○一二【四角囲い文字】誰故ニ外ヘ心ヲチラサウゾオマヘヨリ外ニ心ヲチラスワシヂヤ
   ナイゾヘ

   古今集春 仁和の帝みこにおはしましける時に人に
        わかな給ひける御哥   光孝天皇
君かため春の野に出て若菜つむわが衣でに雪はふりつゝ
  ○ソコモトヘ進ゼウト存シテ野へ出て此若菜ヲ摘ダガ殊ノ外
   寒イコトデ袖ヘ雪ガ降リカヽツテ扨々難成ヲ致シテ摘ダ若菜デゴザル
   古今集離別 題しらず   在原行平朝臣
立わかれいなばの山の峯におふるまつとしきかば今かへりこむ
  ○今此方ハ京ヲ立テ別レテ因幡ノ国ヘ下ルガ其国ノ因幡山
   ノ峯ニハエテアル松ノ谷ノ通 ̄リ ニソナタガ此方ヲ待ツト聞タナラ
   ヂキニ又カヘツテコウハサテ

   古今集秋 二條の后の春宮のみやす所と申ける時に
        御屏風に立田川に紅葉流れたるかたをかけりける
        を題にてよめる     在原業平朝臣
ちはやぶる神代もきかず立田川からくれなゐに水くゝるとは
  ○此立田川ヘシゲウ紅葉ノ流ルヽトコロヲミレバトント紅鹿子(ベニカノコ)紅シボリ
   トミヘルワイサテ〳〵奇妙ナコトカナ神代ニハサマ〳〵ノ奇妙ナコトガ
   アツタヂヤガ此ヤウニ川ノ水ヲ紅ノクヽリゾメニシタト云コトハ神代ニ
   モ一向キカヌコトチヤ《割書:千秋云くゝりぞめは令式なと|にもみへて纐纈といへる是なり》と遠鏡にみへたり
   古今集恋 寛平の御時后宮の歌合の御哥   藤原敏行朝臣
すみのえの岸による浪よるさへや夢の通路人めよくらむ

  ○昼ホンマニ通フ道デハ人目ヲハヾカルモ其ハズノコトヂヤガ 一二【四角囲い文字】夜
   夢ニ通フトミル道デマデ人目ヲ憚テヨケルヤウニミルノハドウシタコトヂヤヤラ
   新古今集雑 題しらず   伊勢
なにはがたみじかき芦のふしのまもあはて此世を過してよとや
  ○難波ノ浦ニ生ル芦ノ短イ節ノ間ホトモ逢ズニ此世ヲスゴ
   シテシマヘト云コトカサテモ〳〵ツレナイ人カナ
   後撰集恋 こと出来て後京極のみやす所に
        つかはしける    \t元良親王
わひぬれは今はた同し難波なるみをつくしても逢むとそ思ふ
  ○恋ニけさニ難成ヲ【このあたり意味不明】スレバ今テモ身ヲ亡シタモ同じコト

   ヂヤニ 三【四角囲い文字】身ヲ亡シテヾモ逢ハウト ̄サ思イマス
   古今集恋 題しらず   素性法師
今こむといひしばかりに長月の有明の月を待出つる哉
  ○オツヽケソレヘ参ラウト云テオコシタバツカリニ此九月ノ末ノ夜ノ
   長イニサテ待ホドニマツホドニオソイ有明ノ月ガハヤモウ出タワイ約束モセナンダ
   有明ノ月サヘ待チダシタニソレニサ待ツ人ハ扨モ〳〵コヌコト哉是ハマアドウシタコトゾ
   古今集秋 是貞親王の家の哥合の哥 文屋康秀
吹からに秋の草木のしをるればうべ山風をあらしといふらむ
  ○フクト其侭秋ノ草木ガアノヤウニシヲレヽバ尤(うべ)ナコトヂヤソレデ山ノ風ヲ
   アラシトハ云デアラウ

   古今集秋 是貞のみこの家の哥合によめる 大江千里
月みればちゞに物こそかなしけれ我身ひとつの秋にはあらねど
  ○月ヲミレバオレハイロ〳〵ト物ガ ̄サ悲シイワイオレヒトリノ秋デハナケレド
   古今集羇旅 朱雀院の奈良におはしましける時に
   手向山にてよめる   菅家
このたびはぬさもとりあへず手向山紅葉の錦神のまに〳〵
  ○此度ノ旅ハ御供ユヱヌサモえ【「得」え+打つ消し表現=よう…せぬ】用意致サナンダソレ故/神(五)ノ御心マ
   カセニト存ジテ即此山ノ紅葉ノ錦ヲソノマヽ手(三)向マスル
   後撰集恋 女のもとにつかはしける 三条右大臣
名にし負はゞ逢坂山のさねかづら人にしられでくるよしもがな

  ○名ニ負テヰル通リナラバ逢坂山ノサネカヅラヲクリヨセルヤ
   ウ人ノ知ラヌヤウニ思フ人ガ来ルヤウニシタイモノヂヤ
   拾遺集雑秋 亭子院大井川に御幸ありて行幸もあ
         りぬべき所なりとおほせ給ふに此よし奏
         せむとまうして   貞信公
をぐら山峯の紅葉ば心あらば今一度のみゆきまたなむ
  ○小倉山ノ峯ノ紅葉バヨ心ガアルナラハモ一度ノミユキヲチラズ
   ニマツテヰヨ
   新古今集恋 題しらず   中納言兼輔
みかの原わきて流るゝいづみ川いつみきとてか恋しかるらむ

  ○上【四角囲い文字】イツ見タトテカヤウニ恋シイコトヤラ
   古今集冬 冬の歌とてよめる   源宗于朝臣
山里は冬ぞさびしさまさりける人めも草もかれぬとおもへば
  ○山里ハイツデモサビシイガ冬ハ ̄サ ベツシテサビシサガマシタワイ人ノコヌコトヲ人目
   ガカレノト云ヂヤカ今マデハタマ〳〵ミエタ人目モカレル草モ枯 ̄レ タニヨツテサ
   かれぬとおもへばはたゞ枯ぬればといふに同し思に意なしと遠鏡ニ云リ
   古今集秋 白菊の花をよめる   凡河内躬恒
心あてにをらばやをらむ初霜のおきまどはせるしらぎくの花
  ○アノヤウニ初霜ガオイテ花ヤラ霜ヤラシレヌヤウニマガウテミエル白イ葉ノ花ハ
   タイガイスイリヤウデ折ラバヲリモセウカナカ〳〵ミワケラルヽコトデハナイ

   古今集恋 題しらず   壬生忠岑
有明のつれなくみえし別れより暁ばかりうきものはなし
  ○マヘカタ女ト暁ニ別レタ時ニ有明ノ月ヲミタレバシキリニアハレヲ催シテアヽヽアノ月
   ハ夜ノ明ルノモシラヌカホデアノヤウニジツトユルリトシテアルニオレハ夜カアケレハ帰ラネ
   バナラヌコトトテ残リ多イトコロヲ別レルコトカヤトミニシミ〳〵ト思ハレタガ其時カ
   ラシテヨニ暁ホドツイライ物ハナイヤウニ思フ
   古今集冬 大和の国にまかれりける時に雪のふりける
        を見てよめる   坂上是則
朝ぼらけ有明の月とみるまでによしのの里にふれる白雪
  ○カウ夜ノクワラリト明タ時ニミレバテウド有明ノ月ノ残ツタ朝ト

   ミヘルホドニ吉野ノ里ヘ雪ガフツタ
   古今集冬 志賀の山越にてよめる   春道列樹
\t山河に風のかけたるしがらみはながれもあへぬ紅葉なりけり
  ○山川ヘアレ風ガモテキテシガラミヲカケタトミエルノハエナガレモセズニトマツテアル
   紅葉ヂヤワイアレハ風ガ吹 ̄ツ テアマリシゲウ紅葉ガチツテセキカケ〳〵ナガレテ
   クルニヨツテサラ〳〵ト下ヘエ流レテハイカズニアノ通リニシガラミノヤウニヨドムヂヤ
   古今集春 桜の花のちるをよめる   紀友則
ひさかたのひかりのどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ
  ○日ノ光ノノドカナユルリトシタ春ノ日ヂヤニドウイフコトデ花は此ヤウニ
   サワ〳〵ト心ぜ【「ゼ」の誤記】ワシウチルコトヤラ

   古今集雑 題しらず   藤原興風
たれをかもしる人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに
  ○オレハ此ヤウニキツウ年ガヨツテ今デハモウ同シコロアイノ友モ子カラナイ
   ガ誰ヲマア相手ニセウゾ山ノ上ノ松ガ年久シイ物ナレドソレモ昔カラノ友
   デナケレバ相手ニハナラヌモウ松ヨリ外ニオレガクラヰ年ヘタ物ハトントナイ
   古今集春 はつせにまうづるごとにやどりける人の家に久しくや
        どらで程へて後にいたれりければかの家のあるじかくさだか
        になむやどりはあるといひ出して侍りければそこにたてりける
        梅の花をゝりてよめる   紀貫之
人はいさ(御)【「御」を「さ」に脇書】心もしらずふる里は花ぞむかしの香ににほひける

  ○人ハトウヂヤヤラ心モカハラヌカカハツタカシラヌガナジミノトコワハ梅ノ花ガ ̄サ
   ワシガキタレバコレ此ヤウニ前カタノ通リノ匂ヒニ相カハラズニホフワイノ
   古今集夏 月の面白かりける夜暁かたによめる   清原深養父
なつの夜はまだ宵ながら明ぬるを雲のいづこに月やどるらむ
  ○アヽヨイ月デアツタニ夏ノ夜ノ短イコトハマダヨイノマヽデフケルマモナシニ
   ハヤ明タモノ此夜ノ短サデハ月ハ西ノ方ノ山マデイキツクマハアルマイガ
   アノ暁ノ雲ノドコラニトマツタコトヤラ
   後撰集秋 延喜の御時哥めしけれは   文屋朝康
白露に風のふきしく秋の野は貫きとめぬ玉ぞちりける
  ○秋ノ野ノ草ノ葉に白露ノ置ワタシタノヲ風ガ頻(しく) ̄リ ニフイテク

   レバヌキトメヌ玉ガサハラ〳〵トチルワイ
   大和物語 男のわすれじとよろづのことをかけて誓ひ
        けれどわすれにける後にいひやりける
                      右近
わすらるゝ身をばおもはずちかひてし人の命のをしくも有かな
  ○忘レラレタワガ身ハドウナラフトモカマハヌガワスレマイトチカフ
   タ男ノ命ガウセルデアラフソレガマア惜イコトカナ
   後撰集恋 人に遣しける   参議等
浅茅生の小野のしの原忍れどあまりてなどか人の恋しき
  ○一二【四角囲い文字】カクセドモカクシアマツテ人ガ恋シイ何トテ此ヤ

   ウニ恋シイコトゾイ
   拾遺集恋 天暦御時歌合   平兼盛
しのぶれど色に出にけりわが恋は物や思ふと人のとふまで
  ○ワシガカノ人ヲ恋シウ思フノハ随分カクスケレドソチハ物思ヒヲス
   ルカト人ノ問 ̄フ/ホド(まで)ニ顔ノ色ニ顕レタワイ
   拾遺集恋 天暦御時哥合   壬生忠見
恋すてふわが名はまだき立にけり人しれずこそ思ひそめしか
  ○恋ヲスルト云ワジ【ママ】ガ名ハマダ云出シモセヌサキニハヤ立タワイ
   人ニシラサズニ ̄サ思ヒソメタノニソレニマアドウシテ人ガ知タコトヤラ
   後拾遺集恋 心かはりける女に人にかはりて   清原元輔

ちぎりきなかたみに袖をしぼりつゝ末の松山浪こさじとは
  ○フタリガ互ニ涙ヲナガシテ袖ヲシボリ〳〵イツマデモ心ハカハルマイ
   若シ心ガカハツタラアノ高イ末ノ松山ヲ波ガ越ルデアラフドノヤウ
   ナコトガ有テモアノ高イ末ノ松山ヲ波ガ越ルト云コトハナイコトヂヤスリヤ
   互ニ心ノカワルト云時節ハトントナイナドヽハヨウモ〳〵約束(一)ハシタナア
   古今六帖雑思 はじめてあへるあした   権中納言敦忠
あひみての後の心にくらぶればむかしは物をおもはざりけり
  ○一度逢テカラ後ノ心ニアハヌサキノ物思ヒヲクラベテミレバ逢ハ
   ヌ昔ノ物思ヒハ物思ヒヲシタト云モノデハナカツタワイ逢テカラ
   カヘツテ思ヒガナ双倍ニモナツタ

   拾遺集恋 天暦御時歌合に   中納言朝忠
あふ事のたえてしなくば中々に人をも身をも恨ざらまし
  ○世ノ中ニ男女ノ逢ト云コトガトント ̄サ ナイ物ナラバカヘツテ人ヲ恨ム
   ト云コトモ我身ヲ恨ムト云コトモアルマイニ
   拾遺集恋 ものいひける女の後につれなくなりて更に
        あはず侍りければ   謙徳公
あはれともいふべき人はおもほえで身の徒になりぬべき哉
  ○我身ハ今恋死デモ誰モアハレトモ云テクレソウナ人ハ覚エ
   ネバイタヅラニ死ルハ悲シイコトカナ
   新古今集恋 題しらず   曽禰好忠

ゆらのとを渡る船人かぢをたえ行へもしらぬ恋の道かな
  ○上【四角囲い文字】ユクスヱナントナルコトヤラシラヌ命限 ̄リ ノ恋ノ道カナマア
   拾遺集秋 河原の院にて荒たる宿に秋来ると
        いふこゝろを人々よみ侍るに
                     恵慶法師
八重葎しげれる宿の淋しきに人こそ見えね秋はきにけり
  ○七重八重葎ガシゲツテサビシイ家ナレバ人コソコネサビシサノ
   添フ秋ハ来タワイ
   詞花集恋 冷泉院東宮と申ける時百首の哥
        奉りけるによめる   源重之

風をいたみ岩うつ波のおのれのみくだけて物を思ふ頃かな
  ○風ガツヨサニ岩ニ打ツケル波ノ砕ルヤウニサキノ人ハ気ヅヨ
   ウテコチバカリワレクダケテ物思ヒヲスルコトカナ
   詞花集恋 題しらず   大中臣能宣朝臣
御垣守衛士のたく火のよるはもえ昼はきえつゝ物をこそ思へ
  ○御門ニ衛士ノタク火ノヤウニ思ヒニ夜ルハムネガモエ昼ハ心
   モキエ入テ/ジヤウ(つゝ)ヂウ物ヲサ思ヒマス
   後拾遺集恋 女の許より帰て遣しける 藤原義孝
君がためをしからざりし命さへながくもがなと思ひける哉
  ○アハヌウチハオマヘノ為ニナラヲシウモナカツタ命サヘ今デハ

   タント長イキシテヰテイツマデモ逢タウ思フコトカナマア
   後拾遺集恋 女にはじめて遣しける 藤原實方
かくとだにえやはいぶきのさしも草さしもしらじなもゆる思ひを
  ○心ノホドヲカウトサヘエイハネバ三【四角囲い文字】コレホドニ思ヒガモユルトハエ
   シラシヤルマイ
   家集 女の許にまかり初て朝に遣しける 藤原道信朝臣
明ぬればくるゝものとはしりながら猶うらめしき朝ぼらけ哉
  ○夜ガアケレバマタクレル物ト云コトハヨウ知テヰナガラ/ヤツハリ(なほ)
   別レル朝ボラケハウラメシイコトカナ
   拾遺集恋 入道摂政《割書:兼家|公》まかりたりけるに門をおそく

        あけゝれば立わづらひぬといひいれて侍りければよみて
        いだしける   右大将道綱母
なげきつゝ独ぬる夜のあくるまはいかに久しき物とかはしる
  ○オマヘヲ少シノウチマタセタレバ其ヤウニ仰セラルヽガワタシガマタ毎
   夜ナキ〳〵独ネテヰル夜ノ明ルマデハドノヤウニ久シイ物ヂヤト思シカロゾ
   新古今集恋 中の関白通ひひそめ侍りける頃 儀同三司母
忘れじの行すゑまではかたければけふをかぎりの命ともがな
  ○イツマデモ忘レマイトノ約束ハタノモシイケレドモ其約束ノユクスヱマデハト
   ゲニクイ物ナレバ今其詞ノサメヌウチニワシガ命ハ今日限ニタエテシマヘバヨイ
   拾遺集雑 大覚寺に人々まかりたりけるにふるき

        滝を見てよみ侍りける   大納言公任
瀧のおとは絶て久しく成ぬれど名こそ流て猶聞こえけれ
  ○此瀧ノ落ルノガ絶テカラハモウ久ウナルケレド其谷ハサ今ノ世マデ
   ツタハツテ/ヤツハリ(なほ)人ガ皆ヨウ知テヰルワイ
   後拾遺集恋 こゝち例ならず侍りける頃人の許へ遣しける 和泉式部
あらざらむ此世のほかのおもひでに今一度の逢事もかな
  ○ワシハカヤウニ病気ユヱオツヽケ死ルデアラウガ死デカラメイドデノ思ヒ
   デニドウゾママ度逢フヤウニシタイコトカナ
   新古今集雑 はやくよりわらは友だちに侍る人の年頃へて
         行あひたるがほのかにて七月十日頃月にきほひて

         帰り侍りければ   紫式部
めぐりあひて見しやそれともわかぬまに雲がくれにしよはの月哉
  ○昔ノ友ダチニ久シブリデメグリ逢テミタノハソウデアツタカソウデ
   ナカツタカハツキリトワカラヌウチニ十日ノ月ノ夜ナカニ雲ニカクレタノト
   一緒ニ見失フテシモウタ残念ナコトカナ
   後拾遺集恋 かれ〴〵なる男のおぼつかなくなどいひたるけるに
         よめる   大貳三位
在馬山ゐなのさゝ原風ふけばいでそよ人を忘れやはする
  ○上【四角囲い文字】サアソレヨ其コトイノオマヘコソ忘レサツシヤレワシハ少モ忘レハ
   イタサヌ其ヤウニ約束シタ人ヲ忘レマセウカイ

   後拾遺集恋 中関白少将に侍りしときはらからなる人に
         物いひわたり侍りけりたのめてこざりける
         つとめて女にかはりてよめる 赤染衛門
やすらはでねなましものをさよ更てかたふく迄の月をみし哉
  ○カヤウニコヌト云コトヲ知タナラミアハセテ待テヰズニネタラ
   ヨカツタモノヲヂツトオキテヰテ夜ヲフカシテ月ノ入ルノ
   マデ見タコトカナ待タネバヨカツタニ
   金葉集雑 和泉式部保昌に具して丹後の国に侍り
        ける頃都に哥合のありけるに小式部内侍
        哥よみにとられて侍りけるを中納言定頼

        局のかたにまうで来て哥はいかゝせさせ給ふ
        丹後へは人遣しけむや使はまうでこずやいかに
        心もとなくおぼすらむなどたはふれて立けるを
        ひきとゞめてよめる   小式部内侍
大江山幾野の道の遠ければまだふみもみず天の橋立
  ○丹後ノ国ヘハ大江山ヤ幾ツモ野ヲコエテユク遠イ道ナレバ
   フミモマダキマセヌ まだふみもみずという詞に天の橋立もまだ踏(フミ)みぬ事を兼たり
   詞花集春 一条院の御時奈良の八重桜を人の奉り
        けるを其をり御前に侍りければ其花を題
        にて哥よめと仰ことありければ【字母は「婆」】

                       伊勢大輔
いにしへの奈良の都の八重桜けふ九重に匂ひぬるかな
  ○昔ノナラノ都ノ八重桜ノ花ガ今日ハ此九重ノ内裏ニ匂フコトカナ
   後拾遺集雑 大納言行成物語などし侍るに内の御物いみ
        にこもればとていそぎかへりてつとめて鳥の声に
        もよほされてといひおこせ侍りければ夜ふかゝり
        けるとりの声は函谷関のことにやといひ遣し
        たりけるを立かへりこれは逢坂の関に
        侍るとあればよめる   清少納言
夜をこめて鳥のそらねははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ

  ○夜ブカニ鶏ヲダマシテソラネヲナカセタコトハ昔カラノ函谷関ト云
   関所デハ有タコトデ其関ヲユルシテ通シタト云コトデゴサレトモソンナ
   コトシタトテ今男女ノ逢フ逢坂ノ関ハエユルシマスマイ
   後拾遺集恋 伊勢の斉宮わたりよりのぼりて侍りける人に忍び
         て通ひける事をおほやけもきこしめして守りめ
         などつけさせ給ひて忍びにも通はずなりにけれ
         ばよみ侍りける   左京大夫道雅
今はたゞおもひ絶なむとばかりを人づてならでいふよしもがな
  ○今ハモウ思ヒ切リマセウト云コトバカリタツタ一言人ヅテヾナシ
   ニドウゾスグニ云ヤウニシタイコトカナ

   千載集冬 宇治にまかりて侍りける頃よめる
                    権中納言定頼
朝ぼらけ宇治の河霧たえ〴〵に顕れわたる瀬々のあじろぎ
  ○夜ガクワラリト明ケタレハ宇治ノ川ニ一面ニ立ツテアル霧ガアソココヽ
   トギレガ出来テ其間カラ川ノ瀬々ニ立テアルアジロギガ段(わたる)々ト
   顕レテクルサテモ面白イケシキヤ
   後拾遺集恋 永承六年内裏哥合に   相模
うらみわびほさぬ袖だにある物を恋にくちなむ名こそ惜けれ
  ○恨ンデモ其カヒモナケレバキツウ難成ニ思テ渡ニ袖ノカハク隙
   モナウテ朽ルサヘアルノニ其上ニ此侭デ恋ニ朽テシマフ名ガサ

   イカニシテモヲシイワイ
   金葉集雑 大峯にておもひかけずさくらの花の咲たり
        けるを見てよめる   大僧正行尊
諸ともにあはれと思へ山ざくら花よりほかにしる人もなし
  ○山(三)ザクラヨソチモ互(一) ̄ヒ ニアヽハレイトシヤト思テクレイ此奥山ヘキテハ其
   方ヨリ外ニワシガチカヅキト云モノハナイワ【「ソ」か】レデワシハ其方ヲキ
   ツウアハレト思フワイ
   千載集雑 きさらぎはかり月のあかき夜二条院にて人々
        あまた居あかして物語などしけるに周防内侍
        よりふして枕をがなとしのびやかにいふをきゝて

        大納言忠家これを枕にとてかひなをみ
        すのしたよりさし入 ̄レ て侍りければよみ侍りける
                     周防内侍
春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなくたゝむ名こそ惜けれ
  ○春ノ夜ノ此短イ夢ノ間ホドノ手枕ヲシテ何ノカヒモナイコトニ
   ウキ名ノタネマスノハ ̄サ ヲシウゴザリマスワイナ
   後拾遺集雑 例ならずおはしまして位などさらむとおぼし召
         ける頃月のあかゝりけるを御覧じて 三条院
心にもあらでうき世にながらへば恋しかるべきよはの月哉
  ○今ハ此世ニヰルモ心ナラネドモシ心ノ外ニナガラヘテヰタナラバコヨヒ

   ノ月ノサヤカナ願バカリハ恋シウ思ヒ出スデゴザラフ扨モヨイ月カナ
   後拾遺集秋 永承四年内裏哥合に 能因法師
嵐ふくみ室の山の紅葉ばはたつたの川の錦なりけり
  ○ミムロ山ノ紅葉バヲアラシガフケバ麓ヨリ流ルヽ立田川ヘミナ
   チリコンデトント錦ヂヤワイ 《割書:師云此ウタ訳シガタシ|古哥ノ例ニタガヘリ》
   後拾遺集秋 題しらず   良暹法師
さびしさに宿を立出てながむればいづくも同じ秋の夕ぐれ
  ○アマリサビシサニ宿ヲ立出テナガメレバイヤモウ秋ノ夕暮ト云
   モノハドコモカモ同シサビシサヂヤ
   金葉集秋 師賢朝臣の梅津の山里に人々まかりて

        田家の秋風といへることをよめる
                   大納言経信
夕されば門田のいなば音づれて芦のまろ屋に秋風ぞ吹
  ○夕グレニナレバ風ガ前ナ田ノ稲ノ葉ニソヨ〳〵ト云テマヅ案内
   ヲシテソレカラ芦バカリデ作ツタ百姓ノ家ヘ ̄サ吹テクル物サビ
   シイケシキヂヤ
   金葉集恋 堀川院の御時艶書合によめる 祐子内親王家紀伊
音にきく高師の浜のあだ浪はかけじや袖のぬれもこそすれ
  ○音ニキコヘタ高師ノ浜ニタツアダ波ノヤウニ名高イアダ人(゛)ニ思ヒハ
   カケマスマイカノアダ浪ニヌレルヤウニ思ヒニ袖ガヌレルコトモアラウスリヤ

   何ノカヒモナイコトデゴザルワイナ
   後拾遺集春 内のおほいまうちきみの家に人々酒たうべ
         て哥よみけるにはるかに山のさくらを望といふ事を
         よめる   権中納言匡房
高砂のをのへの桜さきにけりとやまの霞たゝずもあらなむ
  ○遠イ山ノ峯ノ上ナ桜ガサイタワイドウゾアノコチラナ山〳〵ノ
   霞ハマアタヽズニアレカシ
   千載集恋 権中納言俊忠家に恋十首哥よみ
        ける時祈不逢恋といへる心を
                  源俊頼朝臣

うかりける人をはつせの山おろしよはげしかれとは祈らぬ物を
  ○ツレナカツタ人ヲドウゾナビカセウト思フテ初瀬ノ観音ニイノツタレバ
   カエツテ山オロシノ風ノヤウニハゲシウ成タ扨々ツライコトヂヤハゲシ
   ウナレトハイノリハセヌ物ヲキコエヌ観音ヂヤワイ
   千載集雑 僧都光覚維摩会の講師の請を度々
        もれにければ前太政大臣にうらみまをし
        けるをしめぢが原と侍りけれどまた其年
        ももれにければ遣しける 藤原基俊
契おきしさせもが露を命にてあはれことしの秋もいぬめり
  ○御約束申シ置タサシモ草ノ御詞ノ露ヲ命ニオモウテ頼

   ニシテヰマスルノニ今ニ何ノ御沙汰モナイハアヽハレ今年ノ秋モ
   亦ムナシウスギルヤウスニ思ハレマス
   詞花集雑 新院位におはしましゝ時海上遠望と
        いふ事をよませ給ひけるによめる
                   法性寺入道前関白太政大臣
わたの原こぎ出てみれば久かたの雲ゐにまがふおきつ白浪
  ○海上ヘ舟ヲツヽト漕出シテ向ヲハルカニミレハ三【四角囲い文字】雲ノ末ガ海ノ上ヘサ
   ガツテアルヤウデ其雲ト沖ノ白浪ガヒトツニマガフヤウニ見エル
   詞花集恋 題しらず   崇徳院
瀬をはやみ岩にせかるゝ瀧川のわれても末にあはむとぞ思ふ

  ○川ノ瀬ガ早サニ岩ニセカレテワレクダケテ流ルヽ滝川ノ水ノヤウニ
   ワリナウドウシテナリトモ末デハ是非ニ逢フトサ思フ
      又 滝川ノ水ノヤウニワレテ分レテモ末デハサ是非ニ逢フト思フ《割書:師云|コレモヨシ》
   金葉集冬 関路の千鳥といへる事をよめる 源兼昌
あはち嶋通ふ千鳥のなく声に幾夜ねざめぬすまの関守
  ○淡路嶋ヘナイテイク千鳥ノ声ニイク夜〳〵目ヲサマシタゾ
   スマノ関守ハ
   新古今集秋 崇徳院に百首の哥奉りけるに 左京大夫顕輔
秋風にたなびく雲の絶間よりもれ出る月の影のさやけさ
  ○タナビイテアル雲ノ秋風デトギレタ間カラモレテ出ル月影ノ

     アノマアサヤカナコトハイ
  千載集恋 百首の哥奉りける時恋の心をよめる
                 待賢門院堀川
長からむこゝろも知らず黒髪のみだれてけさは物をこそおもへ
 ◯末ナガフソフコトカソハヌコトカ男ノ心モシラネバ朝ノ黒髪ノ乱レタ
  ヤウニモヤ〳〵ト心ガ乱レテ今朝ハキツウ物思イヲサイタシマス
  千載集夏 暁聞く郭公といへる心をよみ侍りける
                 後徳大寺左大臣
ほとゝぎす啼つるかたをながむればたゞ有明のつきぞ残れる
 ◯今時鳥ガナイタユヱ其鳴タ方ヲナガメレハ時鳥ハカゲモ
  カタチモナウテタヾ有明ノ月バカリガサ残テアルドチヘトンデ
  イタコトヤラ
  千載集恋 題しらず      道因法師
おもひわびさても命はある物をうきにたへぬは涙なりけり
 ◯思ヒニサシツマツテ難儀シテモ ソレデモ(さても)命ハヤツハリコタヘテ死モセヌ
  モノヲ兎角人ノツレナイノニエコタヘズニ出ルモノハ涙ヂヤワイ
  千載集雑 述懐百首のうたよみ侍けるとき鹿の
       哥とてよめる    皇太后宮太夫俊成 
世の中に道こそなけれおもひいる山の奥にも鹿ぞなくなる
 ◯此ノウキ世ノ中ヨマアドコヘイテミテモウイコトヲノガレルトコロハ トントド
  コニモナイワイ 山ノ奥デハウイコトハアルマイト思テ山ヘ入テミレド山ノオクニ
  モヤツハリウイコトガアルカシテサ 鹿ガナクハアレ


   新古今集雑 題知らず         藤原清輔朝臣
なからへば又此頃やしのばれむうしとみし世ぞ今は恋しき
  ◯ツライ〳〵ト思フタ昔ノ世ガサ今デハナツカシイスリヤナガイキシテヰ
   タラバマタ後ニハ此ツライト思フ今ガマタナツカシウナルデアラフカイ
   千載集恋 恋の歌とてよめる       俊恵法師
夜もすがら物思ふ頃は明けやらぬねやのひまさへつれなかりけり
  ◯ツレナイ人イハレニ夜通シ物思ヒヲシテヰル頃ハ早ウ夜ガアケイデ
   〳〵トマチカネテミレドモ〳〵人バカリカね屋ノスキマサヘツレナウテナン
   ボウニモシラマヌワイ 
   千載集恋 月前の恋といふ心をよめる   西行法師
なげゝとて月やはものをおもはするかこちがほなる我涙かな
  ◯月ヲミレバトカクナミダガコボレルナゲゝト云テ月ガ物思ヒハサセル
   カ月ハ物思ヒヲサセルモノデハナイニソレニマア月カ物ヲ思ハセルヤウニ
   カコツケガマシウワシガナミダハコボレルコトカナ
   新古今集秋 五十首歌奉りし時      寂蓮法師
むら雨の露もまだひぬまきのはに霧たちのぼる秋の夕暮
  ◯ヒトシキリ村雨ガ降テ槙ノ葉ナドニ其露モマダカハカヌウチニハヤマ
   タ霧ガ立ノボルアゝ深山ノ秋ノ夕暮れハ格別サビシイコトヂヤ
   千載集恋 摂政右大臣の時家の寄合いに旅宿
   逢恋といへるこゝろをよめる

                     皇嘉門院別当
なには江の芦のかりねの一夜ゆゑみをつくしてや恋渡るべき
  ◯一アシノ【4文字は四角囲い文字】カリニチヨツトヒトヨネタバカリノチギリヂヤニ此ヤウニシテ
   シヌルマデ恋シタウテ月日ヲタテルコトカヤ
   新古今集恋 百首の歌の中に忍恋を 式子内親王
玉の緒よ絶なばたえねながらへば忍ぶる事のよわりもぞする
  ◯此命ヨマア絶ルナラバイツソタエテシマヘ長イキシテヰタラバシノビ
   カクスコトガヨワツテサアラハレルコトモアラウニ
   千載集恋 哥合し侍りける時恋の歌とてよめる 殷富門院大輔
見せばやなをじまの海士の袖だにも濡にぞ濡し色はかはらず

  ◯此ナミダニ色ノカハツタワタシガ袖ヲツレナイ人ニミセタイナア
   ヲシマノアマノ袖デサヘモヌレニヌレテモサ色ハカハラヌニ此ワシガ袖ハコレコ
   ノヤウニ色ガカハツタ
   新古今集秋 百首歌奉し時 後京極摂政前太政大臣
きり〴〵すなくや霜夜のさむしろにころもかたしき独かもねむ
  ◯キリ〳〵スガナイテ霜夜ノキツウサムイニムシロノ上ニキルモノヽ
   片一方ヲ敷テ今宵モ独リネヲスルコトカイマア
   千載集恋 寄石恋といへる意を 二条院讃岐
我袖はしほひにみえぬ沖の石の人こそしらねかわくまもなし
  ◯ツレナイ人ヲ思ヒマスル故ワタシカ袖ハ汐干ニモ出ヌ沖ノ底ニアル石

   ノヤウニ人コソシリマセネ涙ノカワクヒマト云ハゴザリマセヌ
   新勅撰集羈旅 題しらず      鎌倉右大臣【源実朝】
世の中は常にもがもな渚こぐあまのを船【「船」に濁点あり】の綱てかなしも
  ◯此世ノ中ハ常ヂウ【常住=いつも】死ナズニヰルモノナレバヨイ渚ヲコグアマノ綱手デ
   舟ヲヒイテイクアノケシキガサテ〳〵面白イコトヂヤハマアアマリ面白サ
   ニ命マデオシマレルヤウニ思ハレル
   新古今集秋  擣衣のこころを       参議雅経
みよし野の山の秋風さよふけてふる里寒く衣うつなり
  ◯古里ノ吉野ノ里ニヰテヨフケテ山ノ秋風ノサムイニアレ衣ヲウツワア
   ノオトヲキケバ別シテサムイ
   千載集雑   題知らず        前大僧正慈圓
おふけなくうき世の民におほふかなわが立杣に墨染の袖
  ◯此ヒヱノ山ニ住デヰテワガコノ墨染ノソデヲ浮世ノ多クノ人ニオホヒ
   テスクワウトスルヂヤガ是ハ屓気ナキコトデワガ身ニハ似アハヌコトカナ   
   新勅撰集雑 落花をよみ侍ける  入道前太政大臣【藤原公経】
花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆく物は我身なりけり
  ◯庭ノ花ノ嵐ニサソワレテチル其花ノ雪デハナウテ年〳〵ニフルビユク
   モノハワガミヂヤワイ
   新勅撰集恋 建保六年内裏歌合恋哥 権中納言定家
こぬ人をまつほの浦の夕なぎにやくやもしほのみもこがれつゝ

  ◯キモセヌ人ヲ毎夜〳〵ユフグレニナレバ待ノデ松帆ノ浦ノ夕方風ノ
   ナイ日ニヤク藻塩ノヤウニ身モ思ヒコガレテキツウクルシイワイ
   新勅撰集夏 寛喜元年女御入内の御屏風に  従二位家隆
風そよぐならのを川の夕暮はみそぎぞ夏のしるしなりける
  ◯風ノソヨ〳〵トナラノ葉ヲフク夕暮ニナラノヲ川ヘキテミレバキツウスヾシウ
   テトント秋ノヤウデ御祓ヲシテヰルバカリガサ夏ノシルシヂヤミソギハ
   六月晦日ニスル物ナレバサ
   続後撰集雑  題しらず         後鳥羽院
人もをし人もうらめしあぢきなく世を思ふ故に物おもふみは
  ◯セウコトモナイニガ〳〵シイ世ノ中ナレバオモフタトテ無益ナコト
   ヂヤニ世ノ中ノコトヲ思フ身ハ惜イ人モアリウラメシイニクイ人モアル
   アヽ口(クチ)オシイコトヂヤ
   続後撰集雑   題しらず       順徳院【前村上天皇】
百しきや古き軒端のしのぶにも猶あまりある昔なりけり
  ◯此禁裏ノ内モイカウフルビテノキバニシノブ艸【「艸」に濁点 】ガハエタコレニツケテ
   ムカシヲオモヒ忍ブニモ マダ(なほ)オモヒアマツテイフニモイハレヌコトヂヤワイ

百人一首小倉の山踏
  人つてはなほたど〳〵し小倉山
   ふみわけて見よ花ももみぢも
此書は。 吾(わが)鈴の屋うし【鈴屋大人】の著し給へる。古今集遠鏡といふ書に倣ひて。百人一首
の哥どもを。今の俗言に訳せるなり。抑【そもそも】古の百人一首といふものはあまねく世に。
弄ぶ書にしあれば。註さくしたる書どもゝ亦世にあまたあれど。そは遠鏡にもいへりしごとく
註釈といふ筋は。譬えば遥なる所の事どもをそ【指示・教示の助詞「そ(ぞ)だと思います。】所の人つてにかたるが如くに聞たるが如くえいかに委く【くわしく】
語りきかせたらむにも。まのあたり行てみるには。猶にるべくもあらず。さるを世の俗言に訳して。
味はへ云る時は。もはら其所に行て【「て」と「見」が一部重なっている】見るにひとしくて。こまかなるこゝろばへのたしかに侍らるゝ
事。此訳にしくものなし。されど【「杼」は万葉仮名で「ど」の音字】そは吾 ̄カ大人のごと。古の意言葉を。己が腹のうちの

物となしつる人のしわざにて。おぼろけの人の。かりにもものすべきわざには
あらぬを。己おふけなくまねびみつるも。もはら大人のさとしによりつく是は己が歌学に
のたすけにもなりなむと思ひよりけるになむ。さるをこたみ。或人の板にゑりてむ事をこ
ひけるに。いなみの里のいなみがたくて。かくは物しけるになむ
◯てにをはのと。ぞもじは訳すべき詞なし。がといふて聞ゆる所もあれど。殊に力を入れたる
ぞもじは。がとのみいひては事たらずよりて。今はサといふ詞を添へて訳す。こそは俗言にも
こそといふて聞ゆる所もあれど。またぞと同じ様【「格」では】に訳して聞ゆるところもあり。
◯んは。俗言にみなうと云。来ん。ゆかむ【右脇にレ?】を。コウ イカウといふ類なり。
◯らんの訳はくさ〴〵あり。デアラウ。カシラヌ。ヤラ。などゝうつす。此カシラヌ。のカもじ。
ヤラのヤ文字は。皆疑のヤカにて。らむと合せていふなり。
◯らしは。サウナと訳す。サウナはサマナルと云事なるを。音便にしかいへるなり。
◯哉は。俗言にもかなといへば俗言のまゝにてはうときが多ければ。詞をかへ。あるいは下上におき
かへなどして訳す。此詞は 歎息(ナゲキ)の詞にて。こゝろをふくめたる事多けれは。其詞をも加ふ
◯つゝはいひ続て上へかへらざるは。テと訳して。下に含たる意の詞を加ふ。
◯けりけるけれは皆ワイと訳す。語の切レざるなからにある。けりけるけれは。殊に訳さず。
◯なりなるなれは。皆ヂヤと訳す。ヂヤはであるのつゞまりてル
のはぶかりたるなり。東の国
などにてダと云と同し。又古里寒く衣搗也などのなりはヂヤと訳しては聞えず。是等は衣うつはアレト訳す様なり。
◯ぬ。ぬる。つ。つる。たり。たる。など。皆タと云 なりぬをナツタ。来つるを。キタと云がごとし
◯あはれを。アゝハレと訳す処多し。かく訳す故は。あはれはもと歎息く声にて。
アゝヨイ月ヤ。ハレ見事ナ花ヤ。などいふ。アゝとハレとを。つらねていふ詞なればなり。

◯枕ことば序など。歌の意にあづかれる事なきは。すてゝ訳さず。
◯万葉集なる哥をこゝかしこ。てふをはなとをかへて入れられたるは。すべて万葉集のまゝにて訳す。
◯此書の書るやう。訳語は皆片カナを用ふ。訳の傍に平がなして書るは。其歌の中の詞の。これ
にあたるといふ事をしめせるなり。数の文字は其句とにしたるなり。またかたへに筋をひきたる
は。歌のうちにはなき詞なるを。添えていへる所のしるしなり。【四角の中に数字】一二三などしるせるは。一の句
二の句三の句などの。訳をはぶける所をしめせる也。【四角の中に「上」】上とあるは上の句也。猶 つばら【詳しい】なる事
は。かの遠鏡に譲りて。こゝにはもらしつる事も多ければ。遠鏡を見てわきまへしるべし。
            伊勢国松坂のほとりなる垣花里人中津元義
     享和二年九月八日松蔭の屋の窓下に書をへつ

【左頁】

 享和三年癸亥三月発行
       伊勢津
         大森傳右衛門
       尾張名古屋
  弘所      風月孫助
       伊勢松阪
         柏屋兵助 

六十七番 周防内侍

周防内侍(ふはうのないし)
春(はる)の夜の
夢(ゆめ)はかり
なる
手枕(たまくら)に
かひなく
たゝん
名(な)こそ
をし
けれ

   六十七番
右の心は大内にてとのい申せしころ内侍
まくらもがなとたづねられしにある人かひな
をみすの内へ入れてこれをまくらにとあり
ければよめる春の夜のみじかくゆめのまだ
かりの手まくらをしていはれなくうき名の
たゝんはくちをしきわざなればその手はまくら
になしがたしといへり其かひなくと
かひなとをかねていへり


【印】佐野喜
香野楼
 豊國画

四十四ばん 中納言朝忠

【右丁】
  中納言朝忠(ちうなごんあさたゞ)
逢(あ)ふことの
 たえてし
なくは
 なか〳〵
   に
人をも
   身(み)をも
うらみ
 ざらまし
【左丁】
右の歌の心は世の中にこひし
き人にあふといふ事のなくは中〳〵
によろしからんと也但しあふことを
きらふにはあらずあへば又わかるゝ
かなしみあり又は中たゆることのあ
れば思ひもうらみもできるがうたて
ければ也なか〳〵といふ字に心をつ け((ママ))
べし此歌はあふてあはざるこひの
こゝろをよめり日ごろ心を
つくし来たりての事なり
【画面右下】
香蝶楼【樓】
 豊国【國】画
【画面左上短冊】
四十四ばん心

百人一首絵抄

【巻物題箋】
百人一首絵【繪】抄  三十四

【本文】
此心は人はいざとは人はしらずといふ
義也人はのはの字つよくあたる心
ありつらゆき初瀬の宿坊久しく
おとづれせざりし事をあるじ恨けるを
人はともかくもあれ此花ばかりは我
おろそかならざる心をしればこそむ
かしにかはらぬから匂ひてうらめる
いろはなしといへる也ふるさとゝいへるは
年頃【数年または長年の間】やどりつけたる宿坊をいう【「ふ」とあるところ。】

【絵札】
 紀貫之
人はいさ
心も
 しらず
故郷は

【字札】
花そ
 むかしの
香に匂ひ
   ける

【画面右下】
国【國】貞改二代目
   豊国【國】画

四十三ばん 中納言敦忠

左の歌の心は君をおもひそめ
てよりたゞひとすぢにあひ見まく
ほしとのみなげきつるに一夜あひ
てはわかれのあしたよりはあるひ
はおもふがまゝにあひがたくあるひは
その人の心かはりやせんなどゝもの
思ひの数ましてあはぬまへうた乃
くろうはものかずならぬやうにおも
はれあふてのちふかくなればなる
ほどものおもひのますていなり

  中納言敦忠(ちうなごんあつたゞ)
あひ見て
  乃
後(のち)
の心に
くらぶれば
むかしは
   ものを
 おもはざりけり

百人一首絵抄 壱 天智天皇

【巻物題箋】
百人一首絵【繪】抄  壹

【本文】
此御哥の心は此みかど仁心ふかくまし
〳〵て秋のかりいほのつゆしもにあれ
てまばらなるに入り御らんじてたみ
百せうのかんなんをさつし給ひわれ
はかしこくも一天のきみ【一天下(いちてんが=世の中全体。一国全体。)を治める君。天皇の異称。】なれどやはり
わが袖にもつゆかゝれりましてやかろき【身分の低い】
ものゝなりはひするにはいかほどのなんぎ
があらんとの御心なりかりほのいほと
はいねのかりほなど入るゝ小屋の事也

【絵札】
 天智天皇
秋の田の
 かりほの
庵の
  苫
 あらみ

【字札】
わが衣手は
 つゆに
 ぬれつゝ

【画面右下】
 国【國】貞改
二代豊国【國】画

寿賀多百人一首小倉錦

【中央近く】
寿賀多百人一首小倉錦  【整理番号】タ2 58

【左端】
寿賀多百人一首小倉錦

【右下整理番号】タ2 58
国文学研究資料館

【左端書名】
寿賀多百人一首小倉錦

【右頁】
頭書和歌注訳

寿賀多(すがた)百人(ひやくにん)一 首(しゆ)小倉錦(をぐらにしき)

          甘泉堂上梓

【左頁中】
 天智(てんぢ)天皇(てんわう)
秋(あき)の田(た)の
苅穂(かりほ)の
庵(いほ)の
苫(とま)をあらみ
我衣(わがころも)手(で)は
露(つゆ)にぬれつゝ

【左頁上】
此哥【歌】の心は秋の田に庵(いほり)た
つるころ秋のすへになりゆき
とまなども朽(くち)そんじて露(つゆ)を
ふせぐ便(たよ)りもなくて我(わが)そで
のぬるゝよし也 王道(わうだう)御じゆつ
くわい【述懐】の御哥にて定家(ていか)
百首の始(はじめ)にえらび入れられし
は民(たみ)をあはれみ給ふ御心を
尊(たつと)びて也かりほは仮(かり)の庵
也 万葉(まんよう)に借(かり)庵(ほ)と書り
御 説(せつ)と云々〇 季吟(きぎん)の
注(ちう)に曰 万乗(ばんでう)の主(あるじ)として
民をあはれみ給ふは聖主(せいしゆ)
賢王(けんわう)の事也と殊(こと)に田夫(でんぶ)の
わざをつぶさ
におほしめし
入れられしてい
なり 

【右頁中】
  持統天皇(ぢとうてんわう)
春過(はるすぎ)て夏(なつ)
来(き)にけらし
白妙(しろたへ)

衣(ころも)ほす
てふ
天(あま)

かぐ
山(やま)

【右頁上】
是は卯月朔日 衣(ころも)かへの御哥
也 春(はる)三月はかすみたる山のけふ
ははやはれて雲(くも)の白々とさな
がら夏衣(なつぎぬ)をもほしたるごとくに
見ゆること也むかし此山に天人
衣(ころも)をかけほしたることあるゆへ
かぐ山とはよめり新古今(しんこきん)には
夏の部(ぶ)の巻頭(くわんとう)に入れたりいせ
物がたりには露(つゆ)とこたへてさ【「き」の誤り? 印刷のせいか別刷で「き」を確認】へ
なましものをといふにつきて
あいじやうの部(ぶ)に入れ
たりいづれもよく見
て入れたり
〇 季注(きちう)に曰(いはく)たゞ夏
といはずして春(はる)
すぎて夏来(なつき)と
いへば首夏(しゆか)の次(し)
第(だい)あきらか也


【左頁中】
  柿本(かきのもとの)人麿(ひとまろ)
あし曳(びき)の
やま
どりの
をのしだり
尾(を)の
なが〳〵
し夜(よ)を
ひとりかもねん

【左頁上】
此哥の
心はあしびき
とは山を
いはんため
又山とり
の尾(を)はなが〴〵し
などいはんための
枕(まくら)ことば也 秋(あき)の夜(よ)の
なかきに二人りねてさへ
う【憂】かるべきにひとりはえこそね
られまじきと也 別(べつ)なる義(ぎ)など
はさらになし只(たゞ)あし引のとうち
出したるにより山どりのをのと
いひて長〳〵しよをといへるさま
かぎりなきふぜいもつとも丈(たけ)たかし
〇 季注(きちう)に曰たゞ長(なが)きよといふ
よりもなが〳〵しよといふにてひとり
ねのわびしさせんかたなくきこゆ

【右頁中】
  山辺赤人(やまべのあかひと)
田子(たご)のうらに
うち
出(いで)てみれば
白妙(しろたへ)の
冨士(ふじ)の高(たか)ねに
ゆきはふりつゝ

【右頁上】
此哥の心は
田子のうら
に舟(ふね)
さし
出て
かへりみる
に冨士(ふじ)の山
もはへ眺望(てうぼう)かぎりなくして
心ことばもおよばぬに高根に雪(ゆき)
さへ見たる心に思ひ入てぎんみす
べし余情(よせい)かぎりなしさればこそ
赤人をば古今(こきん)にも哥にあやしく
妙也といへり〇季注に曰田子の
うらに出てふじの高ねを見つ
るけしき言説(ごんせつ)におよぶ所ならねば
其ていばかりをいひて風致(ふうち)おのづ
からこもれりされば此哥の心を
ことわるも又 舌頭(せつとう)のおよぶ所あらず

【左頁中】
  猿丸太夫(さるまるたいふ)
奥山(おくやま)に
もみぢ
踏(ふみ)わけ
なく鹿(しか)の
こゑきくときぞ
秋(あき)はかなしき

【左頁上】
此哥の心
は秋(あき)ははじ
めよりあは
れなるものとは申せ
ども草(くさ)の花(はな)さき
みだれ露(つゆ)も月もおも
しろくよろづの虫(むし)のねもをかし
かるべし秋のすへになりてはその
けしきもつきはておち葉(ば)もの
すごきに鹿(しか)のつまこひかねて
なくじせつこそじつに秋はか
なしきと也おく山にといへる五
もじ又かんじん也 元(もと)の抄(せう)には
端(は)山のもみぢちりて次第(しだい)に
秋のいつの時かなしきといへは
しかのうちわびてなく時の
秋が至(いたつ)てかなしきといふ義也
とあり此秋は世間(せけん)の秋なり

【右頁中】
  中納言家持(ちうなごんやかもち)
鵲(かさゝぎ)のわたせる
はし

おく
霜(しも)の
しろきを
見(み)れば
夜(よ)ぞ
更(ふけ)にける

【右頁上】
此哥はらうゑい【朗詠】に月おち
からすなきて霜(しも)天にみつと
いへる詩(し)の心也 家持(やかもち)あん夜(や)に
あふて月もなくさへたる天に
むかひて吟(きん)じ思へる也霜天に
みちたるとて目前(もくぜん)にふりたる
にはあらず晴夜(せいや)の寒天(かんてん)さな
がら霜のみちたると見ゆる
てい也これは御 説(せつ)也かさゝぎはから
すのことにて七夕の夜(よ)からす
はねをならべて二(じ)
星(せい)をわたすこれを
かさゝぎの
はしと
いふ也

【左頁中】
  安倍仲麿(あべのなかまろ)
天(あま)の原(はら)
ふりさけ
見(み)れば
春(かす)
日(が)なる
みかさの山(やま)に
いでし月(つき)かも

【左頁上】
此哥はもろこし
にて月を見て
よめる也むかし
仲まろもろこ
しへまゐりてかへる時
わが国を思ひやり
又すみなれたる
旅居(たびゐ)のなごりも
思ひつゞけかの国のみな
とよりはれわたりたる月を
見て日の本(もと)のならのみやこ
なる三かさの山に出し月
と同(おな)じ心にうかみかのくに
此国のへだてなくたんてき【端的】の
思ひをなしあはれもふかく余(よ)
情(せい)かぎりなきてい也此とき
唐人(からびと)のおくりしといふはな
むけの詩(し)などもある也

【右頁中】
  喜撰法師(きせんほつし)
我庵(わがいほ)は
みやこ
のたつみ
しかぞすむ
世(よ)をうぢ山(やま)と
人(ひと)はいふなり

【右頁上】
此哥の心はきせんほつし都(みやこ)の
辰巳(たつみ)なる宇治(うぢ)山にいほりをし
めて住(すめ)るに人は世(よ)をうぢ山と
いへどもわれはたのしみてかくの
ごとく心よくすめると也みやこの
たつみとは方角(ほうがく)をことわる也
古今(こきん)の序(じよ)にはじめをはりた
しかならずといへるはよをうぢ
山と人はいへどもといふべきを
人はいふなりといへる所をさし
ていへり又秋の月を見るに
あかつきの雲(くも)にあへるが
ごとしとはいかにものこり
をしきといふ
心なる
べし


【左頁中】
  小野小町(をのゝこまち)
花(はな)の色(いろ)は
うづ【別刷は「つ」】りに
けりな
いたづらに
我身(わがみ)よに
ふる
ながめ
せしまに

【左頁上】
此哥はわか身の世(よ)にふる老い(おひ)
をかんじ花(はな)によそへて思ひをいひ
のへたり小町が古今にて第(たい)一
の歌とすかの集に後(のち)に入れた
る哥也此哥にうらおもての
説(せつ)あり表(おもて)は花のさきたらば
花に 身(み)をなさんと思ひしも世(よ)に
すめはことしけくてとやかくや
うちまぎれ過たる花也見ぬ
花なれうつりにけりなと察(さつ)し
ていふ也 裏(うら)の説(せつ)は身(み)のおと
ろへもわれとはしらぬものなり
只(たゝ)花のおとろへを見てわが
身もかくうつりてこそあら
めとおもひやる義(ぎ)也

【右頁中】
  蝉丸(せみまろ)
是(これ)や此(この)
ゆくも
かへる

別(わか)れては
しるも知(し)らぬも
あふさかの関(せき)

【右頁上】
此哥はゆくものかへるものしれ
るものしらざるものしばらく
わかれさまよひ生死(せうし)の関(せき)を
思ひては出すしかれども法性(ほつせう)
の都(みやこ)へいたらんには此関を思ひ
てはあひがたしと世の中をかんじて
よみけるならし後撰(ごせん)ことはがきに
あふさかの関に庵室(あんしつ)をつくり
て住(すみ)はへるにゆきかふ人を見てと
あり是や此とはあふ坂の関に
おちつく五もじ也 表(おもて)は旅客(りよかく)の往(わう)
来(らい)のさまにて裏(うら)は会者定離(えしやでうり)
の心也

【左頁中】
  参議(さんぎ)篁(たかむら)
和田(わだ)のはら
八十島(やそしま)
かけて
こぎ出(いで)ぬと
人(ひと)にはつげよ
あまのつり舟(ぶね)

【左頁上】
此哥 古今(こきん)
詞(ことば)書(かき)におきの
国へながされ
ける時舟にのり
て出立とて京
なるひとのもとに
つかはしけるとあり
心はまづわだの原(はら)といひいで
たるさまあはれふかきにやわだの
はらとは海原(うなばら)のことにて大かたの
人だに海路(うなぢ)【別刷は「うなち」】のたひにおもむく
べきはかなしかるべきにましてや是
は流人(るにん)となりおほくのしま〴〵
を経てしらぬ浪(なみ)ちをわたる
心ぼそさたとへがたくかへる
つり舟あまの心なきもの
に此ありさまをつけてよ
とわびたるかなしさいはんやうな

【右頁中】
  僧正遍昭(そうじやうへんぜう)
天津風(あまつかぜ)
くもの
かよひぢ
吹(ふき)とぢよ
をとめの姿(すがた)
しばしとゞめん

【右頁上】
此哥の心は空(そら)
ふく風のくものかよひぢ
ふきとちよしからば乙女
のすがたしばしとどめて見ん
とねがひたるさま也古今には
五 節(せち)のまひ姫(ひめ)を見てよめり
とあれば俗(ぞく)の時の名(な)宗貞(むねさだ)
とあるべきをこゝには定家わへん
ぜうとのせられたり此うた今の
まひ姫をむかしの天女に見立て
よめりされは舞(まひ)のなごりを
をしみて雲(くも)のかよひぢふきと
ぢよといへりしはしといひたるにて
とゞめえぬ心きこへたり是まひ
ひめに心をかくるにあらすまひ
のおもしろきによりてなり

【左頁中】
  陽成院(やうせいいん)
筑波(つくば)ねの
みねより
おつる
美(み)な
の川(がは)
恋(こひ)ぞつもりて
渕(ふち)と
なりぬる

【左頁上】
此哥の
心はいかなる
大 河(か)【別刷は「が」】も水上はわづが
なる苔(こけ)の下よりした
だりおちあつまりて
すへはそこしれぬ川となれり
恋(こひ)の上にても見そめたるおも
かげのほのかなりしも思ひつも
りぬればしのびがたき心となりぬる
よしのたとへ也つくば山みなの川
みな常陸(ひたち)の名所にて此川の
東(ひがし)はさくら川へおつるといへり此
水つくばねよりまさごの下を
くゞりてそれとも見へず一トわたり
にながれてすへは川となれり
此御哥は惣(そう)【総】じて序哥(じよか)也

【右頁中】
  河原左大臣(かはらのさだいじん)
陸奥(みちのく)の
しのぶ
もぢ
ずり
誰(たれ)ゆゑに
みだれ
そめにし
我(われ)ならなくに

【右頁上】
此哥の心はたれゆへにみだれそ
めしわが心は君(きみ)ゆへにこそみだ
れたれといへる義也おう州し
のぶのこほり【郡】より
出るころもの
あや【文=模様】のみだれたるにいひよそへ
しゆへしのぶといひあまりてみ
だれたりといへり古今 題(だい)しら
ずの内の哥にて上二句は
みたるゝといはんとての序(じよ)也古
今に【「か」に見えるが別刷で「に」を確認】はみだれんと思ふわれなら
なくにといへり又曰 奥(おう)
州(しう)しのぶのこほりにて
布(ぬの)にしのぶ草(くさ)を
すりつけてもやう
にするにそのもやう
みだれたるものゆへ
みたるゝといはん為
の序に用ひし也

【左頁中】
光孝天皇(くわうかうてんわう)
君(きみ)がため
春(はる)の野(の)に
いでゝ
わかな
つむ
我(わが)衣手(ころもで)に
雪(ゆき)はふりつゝ

【左頁上】
此哥は正月七日
七 種(しゆ)のわかな
を人に給ひ
ける時あそばし
給ふとなり心は
君(きみ)がため春(はる)の野(の)
にいでゝわかなつむに
余寒(よかん)はなはだしく雪(ゆき)の御(ぎよ)
衣(い)にかゝりかんなん【艱難】の時ながら
人のためをおぼしめす御心
入れありがたし此うた仁和(にんわ)のみ
かど親王(みこ)にておはしましける時に
人にわかな給ひける時の御哥と
あり仁和のみかどは光孝の
御こと也わかな給ふとは賀(が)をた
まふ義也此日わかなをふく【服】す
れば百びやうをのぞくこ【別刷による】といふ
事あればかくのごとくなし給ふ也

【右頁中】
  中納言行平(ちうなごんゆきひら)
立(たち)わかれ
いなばの
山(やま)の
峯(みね)に
おふる
まつとし
きかば
今(いま)かへりこん

【右頁上】
此哥は
行平みのゝ
国を知行(ちげう)して
かの国に下るほと【別刷は「ど」】
に友(とも)なる人うまの
はなむけにとて出たる
ときいつかへり給ふといへれば
かくよめりいなば山はみのゝ国
の名所也たちわかれいなばと
いひみねにおふる松としきかば
といひみな序哥(じよか)のてい也
又此 卿(けう)いなばの守なりしが任(にん)
はてゝ都へのぼる時思ふ人によ
みてつかはせし共いへり哥の心は
まつ人だにあらは【別刷は「ば」】今のま
にもかへりこんなれども待(まつ)
人はあらじとそこ心ンに
ふまへたる哥也

【左頁中】
  在原業平朝臣(ありはらのなりひらのあそん)
千早(ちはや)ふる
神代(かみよ)も
きか

たつた川
からくれなゐに
水(みづ)くゝるとは

【左頁上】
此哥ちはやふるとは神(かみ)と
いはん為の枕(まくら)ことば也たつた川
にもみぢのちりうかびたるて
いのおもしろさ神代(かみよ)には妙(たへ)
なることのみありといへばその
神代にもいまだきかずから
くれなゐのにしきに水を
くゝるとはといへるていさへ也
是はくゝり染(そめ)とて糸にて
くゝりていろ〳〵にそめなし
たる絹(きぬ)にたとへていへり又曰
詞(ことは)がきに二 条(でう)のきさきの
春宮(とうぐう)のみやす所と
申ける時にびやうぶに
たつた川にもみぢなが
れたるかたをかきたり
けるを題(だい)にてよめる
とあり

【右頁中】
  藤原敏行朝臣(ふぢはらのとしゆきあそん)
住(すみ)の江(え)の
きしに
よるなみ
よる
さへや
夢(ゆめ)のかよひぢ
人(ひと)めよぐらむ

【右頁上】
此哥の心は住(すみ)
の江のきしに
よる浪(なみ)はよる
さへやといはん
為の序(じよ)也よぐ
とはよくるといふこと也
夜(よる)ゆめのかよひぢ
には人めをよく【避く】べきにも
あらぬにそのゆめにさへ
心にしのぶならひとてなほ
人めをよくると見へて心のまゝ
にもならずさても〳〵となげき
たるてい也 高(たか)ききしにこそ浪の
うちたらばゆめもさむ【覚む】べきことなれ
是は南海(なんかい)也ことに住の江のきし
はあらき浪もよせぬ所なるにわが
ゆめぢのちぎりのさまたげと
なるはいかにといふ意(い)もふくめり

【左頁中】
  伊勢(いせ)
難波(なには)がた
みじかき
あしの
ふしの間(ま)も
あわで
此世(このよ)を
すぐしてよ
とや

【左頁上】
此哥の心はあしをいはんとてなに
はがたといひみじかきほどの節(ふし)の
間(ま)と人のぬる間わつかなるによ
せていひあはで此よをすごせと
やといふ此 世(よ)もあしのふしの間の
よをいひかけるたる也すこしのまもぬ
る夜(よ)なしにすぐせといふことかといへる也
なにはか【別刷は「か」】たとは大やうによくいひ出
したり五もじに君臣(くんしん)ありこれは
君(きみ)のかたの五もじ也又 恋(こひ)にはしめ
中をはりあり此哥はをはりの
心也ゆゑに心は今まで
つもりし思ひをかぞへ
あげたる也かやう
の哥をばおほよそに
見ては曲(きよく)【=面白味】
あるべか
らずと云々

【右頁中】
  元良親王(もとよししんわう)
わびぬれば
今(いま)はた
おなじ
なには
なる
身(み)をつく
しても
あはむ
とぞ思(おも)ふ

【右頁上】
此哥の心
今はたは今まさに
と心得(こゝろえ)べしみを
づくしは海(うみ)のふかき
しるしに立る 杭(くひ)也われもみを
づくしのこ【別刷は「ご」】とく朝夕思ひわび袖(そで)
をほすまのなくとも一トたびあひ
たらんには可(か)也此哥ことば書に
こといできてのちに京(けう)ごくの御(み)
やす所につかはしけるとあり是は
宇田(うだ)の御門(みかど)【別刷は「みかと」】の御時此みや
す所にちぎりてかよひけるがあら
はれてのちにつかはしたる哥也事
のいて【別刷は「で」】きてとはくぜつわざはひの
いできしことをいふ也又曰みを
つくしてもは身(み)をはたしてもと云(いふ)
義也それをみをづくしによせてい
へり命(いのち)にかけてあはんとなり

【左頁中】
  素性法師(そせいほうし)
今(いま)来(こ)んと
いひし
ばかりに
長月(ながつき)

ありあけの
月(つき)をまち出(で)
つるかな

【左頁上】
此哥の心は一ト夜(よ)の義(ぎ)にあら
ず初秋(はつあき)のころより今こんと云(いひ)
しばかりのあることをさりとも
とまち〳〵てはや長月のころに
至(いた)りありあけの月をまちいで
つるかなといへりあはれふかし此哥
有明(ありあけ)の月をまちでつるかなと云
を顕照(けんせう)【顕昭】は一トよのことゝいへり定家(ていか)
卿の心は又一つ也月のいくよをか
さねしと初秋のころよりはや秋
もくれ月もありあけになりたると
也是 他流(たりう)当(たう)流のけじめ也
又長月は
九月のこと也

【右頁中】
  文屋康秀(ぶんやのやすひで)
吹(ふく)からに
秋(あき)の
くさ
きの
しほるれば
むべ山風(やまかぜ)を
あらしといふらん

【右頁上】
此哥の心はあき風の吹(ふく)から
に草木(くさき)のしほれはてゆくに
したがひて思ふにげにも山風と
書(かき)てあらしとよむもじは此時
より思ひ合(あひ)たる也むべはげにも
也是はこれさだの親王(みこ)の家見(いへみ)
哥 合(あはせ)【是貞親王家歌合せ】の哥也とあり古今の
序(じよ)にことばたくみなるさかひに
いへり説々(せつ〳〵)の多(おほ)き哥也木ごとに
花ぞさきにけるを木へんに毎
の字(じ)をかくゆへ梅(うめ)の字の心
といひ山かむりに風をかきて
あらしの字の心といふ
説(せつ)
あり用ひがたし
只(たゞ)あらき
風と
心得て
よし

【左頁中】
  大江千里(おほえのちさと)
月見(つきみ)れば
ちゞに
もの
こそ
かなしけれ
我身(わがみ)ひとつの
秋(あき)にはあらねど

【左頁上】
此哥の心は月を見ればいろ〳〵
の事ども【「共」に濁点か】思われてかぎりなきかなし
さの身にまとひたるやうに思は
るゝ也ちゞとは千々の字(じ)にてかず〳〵
といふ義也わがみ一つはわれ〳〵一人
の秋にてはなけれどわれ一人りが
かなしきことのやうに思はるゝと也
又曰 日(ひ)は陽(やう)の気(き)
なればむかふに
心 和(くわ)する也月は陰(いん)の気なれ
はうちながむるに心もすみ
あはれも次第(しだい)にすゝむもの
なりさればちゞにもの
こそかなしけれと
かずかぎりも
なくあはれ
ふかきてい
なり

【右頁中】
  菅家(かんけ)
このたびは
ぬさも
とり
あへず
手向山(たむけやま)
もみぢのにしき
神(かみ)のまに〳〵

【右頁上】
此哥は菅(かん)
公(こう)手向山へ御(み)
幸(ゆき)の時 供奉(ぐぶ)にて
よみ給ひし也心は
此たびは御とも
の事なればぬさも
とりあへずよりて此
山にある所のもみぢのにしき
をそのまゝにぬさとしてたむ
け奉るとなりぬさとは神(かみ)に
さゝぐるへいはくのこと也神の
まに〳〵とは神の心にまかせ奉
るといふこと也詞書にしゆじやく
院(いん)【朱雀院】のならにおはしましける時
に手むけ山にてよみけると有
此たびは旅(たび)の字(じ)といふ義も
あり又 幣帛(へいはく)もむかしは
にしきをもつてせしと也

【左頁中】
  三條右大臣(さんでううだいじん)
名(な)にしおはゞ
あふさか
山(やま)の
さねかづら
人(ひと)にしられで
くるよしもがな

【左頁上】
此哥の心
はあふさか山の
あふといふ名に
おへるものならは
やくそくをたかへず【別刷は「す」】
してまことに来(く)るよし
もかなといへる也さねは
しんじつ【真実】のこと也さねかづらは蔦(つだ)
のるい也かづらといふよりくると
えんをとりたる也人にしられで
とは人にしられぬやうにしのびて
くるよしもがなとねがひたる也
詞(ことば)書に女のもとにつかはしけると
ありさてさねかづらは是を引
とるにしげみあるものなればいづく
よりくるとも見へぬもの也そのごと
くわが思ふ人も世にしられずし
て来(こ)よかしと也がなは願(ねがひ)の詞也

【右頁中】
  貞信公(ていしんこう)
小倉山(をぐらやま)
みねの
もみぢば
心(こゝろ)
あらば
今一(いまひと)たびの
行幸(みゆき)またなん

【右頁上】
此哥は詞(ことば)書にてていじ院(いん)【亭子院=宇多上皇】大井
川に御幸(みゆき)ありて行幸(みゆき)も
ありぬべき所也とおほせ給ふに
事のよしそう【奏】せんとて此哥を
よめりと云々さて心は此卿
供奉(ぐぶ)にて院(いん)のしかおほせら
れしかばとりあへず御ゆきはす
でにありをぐら山のもみぢ有
がたく思ふ心あらばとてもの事に
ちらずして今一トたび【別刷は「ひ」】の行幸(みゆき)
をまちつけよと也心なき
ものにむかひて心あら
ばといひたる皆(みな)わか【?】の
心ざしにて【?】ゆうなる
情(ぜう)也又 仙洞(せんとう)【=上皇】には
御幸とかき
天子(てんし)には行幸
と書例(かくれい)也


【左頁中】
  中納言兼輔(ちうなごんかねすけ)
みかの原(はら)
わきて
ながるゝ
いづみ川(がは)
いつみき
とてか
恋(こひ)しかるらん

【左頁上】
此哥の心は水のわく
ごとく人をこふる心の
かぎりはてなきを
たとへていはんとて
いづみ川いつみきとて
かとかさね詞(ことば)にいひ
ながしたる也いつのほど
に見きゝてかくこひし
とは水のわくごとくに
思ふらんとわれとわが
心をあやしみたる也みかの原
泉(いづみ)川みな山 城(しろ)の名所なり
新(しん)古今に題(だい)しらすとあり
哥の心はあふてあはざる恋(こひ)
と又いまだあはさるこひとの
両やう也又わきてながるゝは
いづみにえん有る字(じ)にていつみき
といはん為ぞ是も又 序(じよ)哥(か)也

【右頁中】
  源宗于朝臣(みなもとのむねゆきあそん)
山里(やまさと)は
冬(ふゆ)が
さびし

まさりける
人(ひと)めも草(くさ)も
かれぬとおもへば

【右頁上】
此哥の
心はおも
てのまゝ也
山里ながら
春秋(はるあき)は花(はな)
もみぢにたより
あるべきが冬はさう〳〵人めも
草(くさ)もかれぬといへること也さびし
さは山里のものといへども冬
は又とりわけさびしさもまさ
るといひ人め草(くさ)ともにかれたる
といふよせいかぎりなし人めのかる
るといふは人めの遠(とほ)ざかりたる也
詞書に冬の哥とてよめると
あり山は四 時(し)さびしきものなり
冬ぞのもじに心をつけ次に山里
はの文字(もじ)に心をつくべしと
三光院【三条西実枝】の御 説(せつ)なり

【左頁中】
  凡河内躬恒(おほしかうちのみつね)
心(こころ)あてに
折(をら)ば

をらん
初霜(はつしも)の
おきまどは
せる
しらぎくの花(はな)

【左頁上】
此哥の心はしら菊(きく)の花に
霜(しも)のおきわたしたるはいづれが
しもぞとまどひたる也心あて
に折んよりほかなしとよみた
り心あてはすいりやうのこと也
此哥しらぎくの花をよめ
るとありさてをらばやをら
んはかさね詞也をらばをりも
やせめといふこと也いづれもあら
ましごと也菊をも霜をも
ともにあいしたる哥也はつ
しもの初(はつ)の字に力(ちから)を
入れて見る哥也はつしも
をもいまだ見なら
はぬと也

【右頁中】
  壬生忠峯(みぶのたゞみね)
有明(ありあけ)の
つれなく
見(み)え

別(わか)れ
より
あかつき
ばかり
うきものはなし

【右頁上】
此哥の心は人のもとにかよひ
けれどもその人つれなくして
あはずほいなく【=不満に】かへるさまなり
有あけの月はつれなくのこ
りて夜(よ)はあけぬるにあはで
わかることのつらさ是ゟあか
つきほど世にうきものはなしと
ひとへに思ひ入りたりこれは
あふて実(じつ)なきこひ也 扶桑葉(ふそうよう)
林集(りんしふ)とて百 帖(でう)ばかりある
ものありさが天わう【嵯峨天皇】此かたの
うたをあつめたる本也
それにはあはずしてか
へる恋(こひ)とあり他流(たりう)に
てはあふてわかるゝ
こひ也心は両注(りやうちう)
ともにあきらか
なり

【左頁中】
  坂上是則(さかのうへのこれのり)
朝(あさ)ぼらけ
ありあけ
の月(つき)

見るま
でに
よし野(の)の
さとに
ふれるしら雪(ゆき)

【左頁上】
此哥の
心はあか
つきがた
みよしのゝ
山のくさ
木を見れば
有明の月かげのごとくしろ〴〵【別刷は「〳〵」】
とはつ雪(ゆき)のうすくふりたるて
い也名所の初雪の題(だい)にて心
はあきらかに見へたり此うた
やまとの国にまかれる時雪の
ふりけるを見てよめると有
さてあさぼらけは夜(よ)のあけ
行(ゆく)ころにて朝且朝朗明且いづ
れもあさぼらけとよむなり
〇季注に曰明方の月は影(かげ) う
すくしてさすがに明白(めいはく)ならねば
雪のうすくふりたるに見まが【別刷は「か」】ふもの也

【右頁中】
  春道列樹(はるみちのつらき)
山河(やまがわ)に
風(かぜ)の
かけ
たる
しがらみは
ながれもあへぬ
紅葉(もみぢ)なりけり

【右頁上】
此哥の心は山川に木の
葉(は)をおほく風のふき
かけたるがしが【別刷は「か」】らみと
なりてながれもあへぬ
てい也風のかけたる
しが【別刷は「か」】らみは何もの
ぞと見ればながれも
あへぬもみぢ也けり
と我(われ)【別刷はルビなし】ととひわれとこたへたる
哥のさま也風のかけたるが
めづ【別刷は「つ」】らし此うたしが【別刷は「か」】の山ごへにて
よめるとあり此五もじ万葉(まんよう)
に山から川とのことにいへる有その
時は河の字(じ)【別刷はルビなし】をすむ也是は只
河の字にごるべし又木のはの流(なが)
れてせかれたるをしがらみといへ
りあへぬは敢の字を書ながれ
もはてぬといふ義なり

【左頁中】
  紀友則(きのとものり)
久(ひさ)かたの
ひかり
のど
けき
春(はる)の日(ひ)に
しづ心(こゝろ)なく
はなのちるらん

【左頁上】
此哥の心は雨(あめ)風に花のちり
はべるは申事なしかぜもふかで
のどけかるにひとり花のしづ
かにもなくちることのうらめし
きといへる也かくのどけき日に
何事ぞ花はいそがはしくちる
といふにてちるらんのはね字(じ)
もきこへたる也詞書にさくらの
花のちるをよめるとあり
ある人 為家卿(ためいへけう)に此心は人の
心か花の心かとたづねしに
いづれにてもしるべしとこたへ
られしと也此哥花
ぞちりけるともある
べき所なるをちるらん
といへるにてれいらく
することをふかくをしむ
心とはなれり

【右頁中】
  藤原興風(ふじはらのおきかぜ)
誰(たれ)をか裳(も)
知(し)る
人(ひと)に
せむ
高砂(たかさご)の
まつもむかしの
友(とも)ならなくに
 
【右頁上】
此うたは題(だい)しら
ずの哥也心はわが身
としおいてのちはいにしへ
よりさま〴〵になれにし人のある
ひは此世にながらへたるもつゐ
とほざかりあるひはさきだち
てとゞまらぬもありいろ〳〵に
なりてたゞひとりのこりて今
は朋友(ほういう)の心しりたるもなきと
きとなれり只 高(たか)さごの松
こそいにしへより年(とし)尊きもの
なれと思ふに【別刷は「に」なし】是も又わがむかしの
友ならねばたれをかしる人に【別刷は「に」なし】し
て物語(ものかたり)けんとうちなげきしてい也

【左頁中】
  紀貫之(きのつらゆき)
人(ひと)はいざ
こころ

知(し)らず
ふるさとは
花(はな)ぞむかしの
香(か)に匂(にほ)ひける

【左頁上】
此哥の心は貫之はつせ【泊瀬】に
まふでぬるたびごとにやどりけ
る宿坊(しゆくぼう)にひさしくおとづれ
せざりければあるじうらみ
ける時そこに有あふ梅(うめ)【別刷はルビなし】の花
ををりてかくよめる也いざと
は不知(しらず)と書り人はいざわが
かはりなき心をもしらず
さやうにうらみらるれども
此梅の花ばかりはわが
まごゝろをよくしり
たると見へてむかし
にかはらずよき
にほいぞすなると
あるじのうらみを
うちかへして貫之
又うらみたる
哥なる
べし

【右頁中】
  清原深養父(きよはらのふかやぶ)
夏(なつ)の夜(よ)は
まだ
宵(よひ)な
がら
明(あけ)ぬるを
雲(くも)のいづこに
つきやどるらむ
 
【右頁上】
此哥の心は夏(なつ)の夜(よ)はあけや
すきものなるに月をめであは
れむころはいとゞよのみじかさ
まで宵(よひ)の間(ま)と思ふほどに
はやあけたるやうにおもはるゝ
に月は又くものいづこにやど
りておるやらんいまだゆくさき
まではえもゆかじといたく月
ををしめるてい也 詞(ことば)がきに
月のおもしろかりける夜
あかつきがたによめると
ありまことにゆうにあは
れなる哥也

【左頁中】
  文屋朝康(ぶんやのあさやす)
白露(しらつゆ)に
かぜの
ふき
しく
秋(あき)の野(の)は
つらぬきとめぬ
玉(たま)ぞちりける


【左頁上】
此哥の心は秋(あき)の野(の)のえも
いはれぬ千(ち)ぐさの花のうへに
おきたる露(つゆ)を風の吹(ふき)しきり
たればそのちりみだれたるさま
さながらつらぬきとめざる玉
のごとく也とよめりめであはれ
む心のたへにしてことのはの
ゆうにまことなるもの也此風
のふきしくはしきりにあらき
かぜといふ義也此哥はべつに
心なし当意(とうい)の風吹たるけい
き也つらぬきとめぬとは
玉は糸(いと)にてつらぬく
ものなればこれ

ぬき
みだし
たるかと
いふ心也

【右頁中】 
 右近(うこん)
忘(わす)らるゝ
身(み)をば
おもはず
誓(ちかひ)
てし
人(ひと)の命(いのち)の
をしくも
あるかな

【右頁上】
此哥の心はわすられはつる
わが身をはおもはずして
ちかいをうけてかはらしわす
れじといひし人のいのちの
神(かみ)のたゝりにて死(し)なんこそ
おしくかなしけれとよみた
る也又ある注(ちう)にたゞ人の
千々(ちゞ)【多数】のやしろを引きかけて【証人として】
もし心かはらばいのちもた
えなんとちかひたる人の心
へんじたる時によめり心は
あきらか也但(たゞ)しかくちぎ
れる人のかはりゆくをば
うらみずしてなほその
人の命(いのち)を
思ふ心尤も(もつとも)
あはれふかき
哥なるべし

【左頁中】
  参議等(さんぎひとし)
浅茅生(あさぢふ)の
をのゝ
しの
はら
忍(しの)ぶれど
あまりてなどか
人(ひと)のこひしき

【左頁上】
此哥の心はあさぢふはを
のをいはんためしのはらはし
のぶといはんため也かやうにしの
ぶとは思へどもいかでかあま
りてものを思ふよしの人めに
見へはべるならんと心ならぬ
思ひをいひのべたる也是も
序哥(じよか)也あさぢふの小野(をの)
は名所(めいしよ)にあらずさて
しのべども〳〵あま
りて人めにたつ
ほど何とて
かくは人のこひ
しきやらんと
一チづにわれ
をたし
なめ
たる心也

【右頁中】 
  平兼盛(たひらのかねもり)
忍(しの)ぶれど
いろに
出(いで)にけり
わが
恋(こひ)は
ものや思(おも)ふと
人(ひと)のとふまで

【右頁上】
此哥の心は人にしられじと
しのぶ〳〵とすれどもしのび
あまりてはやものおもひを
するやと人もとふほどにいろ
に出けりとおどろきてよめ
るなり是はてんとくの哥(うた)
合(あはせ)の哥也うたの義はあき
らか也心をまもること城郭(ぜうくわく)
のごとしといへりしかればずい
ぶんわれはかたくしのぶとおも
ひしを人のふしんするに
つきてさほどまでに思ひ
よはれるよと心にうちな
げきていへるさま尤あはれ
ふかし〇 季注(きちう)に曰いろにいで
にけりといふにてさてもい
ろにいでけるよとおどろ
くていにきこえたり

【左頁中】
 壬生忠見(みぶのたゞみ)
恋(こひ)すてふ
わが名(な)は
まだ

立(たち)にけり
人知(ひとし)れずこそ
思(おも)ひそめしが

【左頁上】
此哥の心はこひすといふわ
が名ははやくたちける事よ
人はよもしらじとしのびた
るに我(われ)おぼへずそのいろ
にも見へけるかと也 天徳(てんとく)の
哥合に前(まへ)の哥とつがひ
たる哥也こひすてふはこひ
すといふと云こと也まだきは
はやき也〇 祇注(ぎちう)におくの
哥はすこしまさりたるよしを
いへりまことにことばつかひ比(ひ)
るいなきもの也 詠哥(えいか)一體(いつたい)【別刷は「いつ」のルビなし】
には前の哥をほめたり
〇 季吟(きゝん)の曰おもひそめし
よりほどなくはや名の立
ける事かな人しれずおもひ
そめしかども思ひのふかきゆ
ゑにはやあらはれたる心 聞(きこ)【別刷はルビなし】ゆ

【右頁中】 
  清原元輔(きよはらのもとすけ)
契(ちぎり)きな
かたみに
袖(そで)を
しぼり
つゝ
末(すゑ)のまつ山(やま)
なみこさじとは

【右頁上】
此哥すゑの松山
は奥州(おうしう)の名所也
〇 君(きみ)をおきてあだし
心をわれもたばすへ
の松山なみもこえ
なんといふ本哥(ほんか)より
よみたる也かたみは
たがひのこと也此哥 本(ほん)
縁(えん)此山をなみのこへん
時わがちぎりはかはらん
といひしことありこと〴〵くみな
それにてよめり心はさても
あだにかくかはりやすきもの
をたがひに袖(そで)をしぼりつゝ
なみこさじとちぎりきな
とすこしはぢしむるやうに
いへる心也ちぎりきなはちぎ
りけりなといふをつめたる也

【左頁中】
  中納言敦忠(ちうなごんあつたゞ)
逢見(あひみ)ての
のちの
心(こゝろ)に
くら
ぶれば
昔(むかし)
はものを
おもはざりけり

【左頁上】
此哥の心は君(きみ)を思ひそめ
てよりたゞ一トすちにあひ見
まくほしとのみなけ【別刷は「げ」】きつる
が一ト夜(よ)あひてはわかれの
あしたよりあはぬむかし
とわかれてのちのうさを
くらぶればなか〳〵むかしはもの
をもおもはぬやうにおもはれ
猶(なほ)【別刷はルビなし】おもひのましたる心なり
又はしのぶといふ事のくはゝる
ほとにあはさりしさきは物(もの)
思ふまでもなかりしと也又
思ひのきさしてはかたちをも
見ずやと思ひおもかげを
みては詞(ことば)を通(つう)ぜんと思ひ
次第(しだい)に思ふことのつのりし也
此哥やすくきこえたれ
どもその心ふかき哥也

【右頁中】
  中納言朝忠(ちうなごんあさたゞ) 
逢(あ)ふ事(こと)の
絶(たゑ)てし
なくは
なか〳〵に
人(ひと)をも
身(み)をも
うらみざらまし

【右頁上】
此哥の心はあふといふことの世(よ)
の中(なか)にたへてなきものならば
なか〳〵によからんしからば人を
恨(うらめ)しく思ふこともなく身を
うらむることもなからんあひ見
ると云(いふ)ことのあるゆへにてこそもの
をも思へとあらぬるに心をよ
せておもひあまりたるつら
さをいひ出せり是(これ)はあふて
あはざるこひの心にてよめり
心をつくしきてのこと也世の
中にたへてさくらのなかりせは
人の心はといひたると同意(とうい)也
なか〳〵といふを只(たゞ)はいらぬ也
〇 季吟(きゞん)曰(いはく)【別刷は「いはく」のルビなし】一義はつかにもあは
ましき本位(ほんい)なるをかくかれ〳〵
になる思ひの切(せつ)なればなか〳〵始(はじめ)に
あふことのたへてなくば【別刷は濁点なし】恨(うらみ)もあらじと也

【左頁中】
 謙徳公(けんとくこう)
哀(あは)れとも
いふべき
人(ひと)は
おもほえで
身(み)のいたづらに
なりぬべきかな

【左頁上】
此哥の心はあはれともいふべ
き人はうつゝなくかはりはて
ぬればいふにたらすわきにも
人の知りてあはれむものゝある
べきともおもほへず只(たゞ)わが身(み)
のみいたづらになりはつべき
きてはくちをしき身のはて
かなとよめる哥也 詞書(ことばがき)に
ものいひける女の後(のち)につれ
なくなり侍(はべ)りてさらにあは
ず侍りければとあり此いふ
べき人はおもほえでとは
たがいの他(た)人をさしていへり
わが思ふあひてをばいかに
たらざる事なるべしまた
曰おもほえでは覚(おぼへ)ずし
て也身のいたづらにはわがみ
むなしく死(し)をいふ也

【右頁中】
  曽根好忠(そねのよしたゞ)
由良(ゆら)のとを
わたる
ふな
人(びと)
かぢをたえ
行衛(ゆくゑ)もしらぬ
恋(こひ)のみちかな

【右頁上】
此哥の心は
わがこひ
ぢのいひ
よるべき
たよりも
なけれとさながらに思ひ
すてられずつもりつもれる
思ひはゆくゑもしられず
ゆらのとをわたる船(ふな)人のかぢ
をたちたるがごとしとたとへて
いへる也 由良(ゆら)の門(と)は紀州(きしう)なり
玄旨(げんし)【幽斎玄旨=細川幽斎】の曰此ゆらのとはなみ
あらき所なるべし心は大海(たいかい)
をわたる舟(ふね)のかぢなからんは
たよりをうしなふへきことなり
そのふねのごとくわがこひぢの
たのむたよりなくゆくゑも
しらぬよしなり

【左頁中】
  惠慶法師(えけうほうし)
八重葎(やへむぐら)
しげれる
やどの
さびし
きに
人(ひと)こそ見(み)えね
秋(あき)は来(き)にけり

【左頁上】
此哥の
心はやへ
むぐらは
草(くさ)の名也
そのやへむぐら
のしげれる宿(やど)ながら
秋はかならずとひくれども人は
たへてきたらすと也むぐらの
やど【別刷は「と」】はすべて秋(あき)のもの也〇 宗祇(そうぎ)
曰心はあきらかにきこへはべれ
ど往古(わうこ)とほるのおとゞ【融大臣】のさかへも
夢(ゆめ)のやうにてむかしわすれぬ秋
のみかへる心をあはれとうちこと
わりたるさまたぐひなくやよく〳〵
かはらの院(いん)【源融の邸宅】のむかしを思ひつゞけて
此哥をば見侍るべきとぞ〇季注
むぐらのやどのさびしきに人こそとは
ざ【別刷はルビなし】らめあまつさへ秋きにけりと也

【右頁中】
  源重之(みなもとのしげゆき)
風(かぜ)をいたみ
岩(いは)うつ
なみの
おのれ
のみ
くだけてものを
思(おも)ふころかな
 
【右頁上】
此哥の
心は万(まん)
葉(よう)の
哥に
〇山ぶしの
こしにつけたる
ほらのかひおづ〳〵
として岩(いは)にあてゝ
くだけてものを思ふころ
かなといふ本哥(ほんか)をとれり
されば【別刷は濁点なし】つれなき人はいはほの
ごとくいくたびなみの思ひを
かくれども【「共」に濁点】ちり〴〵にくだくる也われ
つれなき人を見てこひせんとには
なけれどもおのづから物を思ふ
と也〇 季注(きちう)に曰一義おのれ
のみは世間(せけん)にわれはかり心 肝(きも)を
くだきてものおもふと也

【左頁中】
  大中臣能宣朝臣(おほなかとみよしのふあそん)
御垣守衛士(みかきもりゑじ)
のたく
火(ひ)の
よるは
もえて
昼(ひる)はきえつゝ
物(もの)をこそおもへ

【左頁上】
此哥の心は
みかきもりとは大内
にてかゞ【別刷は濁点なし】り火をたくやく人也
衛士とはゑもんづかさ也この
ゑじがたく火も夜(よる)ばかりもへ
て思ひくるしきさま也ゑじの
たく火のやうによるはもへてと
字(じ)をくはへて心得べし
〇 玄旨(げんし)の曰 衛士(えじ)は左衛門(さへもん)の
下につかふ士(さむらひ)也左衛門は外衛(ぐわいゑい)の
みかきを守る也心はわれ人めを
よくるゆへにひるは火のきゆるやう
なれ共よるは又もゆると也
〇宗祇の曰ひるはもゆる
思ひをやすましたるさま也

【右頁中】 
  藤原義孝(ふぢはらのよしたか)
君(きみ)がため
をしから
ざりし
命(いのち)
さへ
ながくも
がなと
思(おも)ひけるかな

【右頁上】
此哥は後朝(こうてう)の哥也あはぬ
ほどはいのちにもかへてとおも
ひしに命(いのち)あればこそかくはあひ
たるなれ今はなほいのちをし
きよし也もつともあはれふか
かるべし心は大かたにあきらか
なれども思ひけるかなといへる
詞に見所あり人を思ふ心の
せつなるまゝにわが心のいつし
かながくもおもひ侍(はべ)ることもと
いふ所をよく見はべるへき
哥也とぞ此かなをばかへる
かなといふ也又ぬるかな
といふは過去(くわこ)のこゝろ
ありけるかなは当(たう)
意(い)の心也又ながくも
がなはながくもあれかし
なとねがふことば也

【左頁中】
  藤原実方朝臣(ふぢはらのさねかたあそん)
斯(かく)とだに
えやは
いぶき

さしもぐさ
さしも知(し)らじな
燃(もゆ)るおもひを

【左頁上】
此哥かくとたにえやはいぶ
きとはわが思ひかくとばかり
えも云出(いひいで)しえぬといふこと也
云(いふ)をいぶきといひかけたり又
いふきのさしもぐさは江州(ごうしう)いふ【別刷は「ぶ」】
き山に生(おふ)るよもぎのことなり
さしもといはんためにいへり
心はわがおもひさしもくさの
もゆるがごとくなるもかくとば
かりえいはぬゆへにその人は
さしもしらじなしらせたしと
ひたすらに思ひつゞくるよし也
〇 季注(きちう)おのが思ひに身を
こかしつゝといひ又
身をややく
らんといふ
哥によりて
よめるなり

【右頁中】
  藤原道信朝臣(ふぢはらのみちのぶあそん)
明(あけ)ぬれば
くるゝ
物(もの)とは
しり
ながら
なほ恨(うら)めしき
朝(あさ)ぼらけかな 

【右頁上】
此哥は後(のち)の
あしたの哥也
夜(よ)のあけては
又 暮(くれ)はべる
べきはしりたれ
ども人にあふて
わかれのつらさに夜の
はやくあけぬる此あさ
ほらけか【別刷は「が」】うらめしきと也
後拾遺(ごしうい)第十二 恋(こひ)詞書に
女のもとより雪のふり侍る
日かへりてつかはしけるとありて
哥二首ならびて入りける
〇かへるさの道やはかはる
かはらねどとくるにまどふ
けさのあはゆき今一 首(しゆ)は
此あけぬればの哥也しりな
がらといふにふかき心あるにや

【左頁中】
  右大将道綱母(うだいしやうみちつなのはゝ)
歎(なげ)きつゝ
ひとり
ぬるよの
明(あく)るまは
いかに久(ひさ)
しき
物(もの)とかは
しる

【左頁上】
此哥の心は此御もとへある
人かよはれしに門(かど)の戸(と)【別刷は「かど」「と」のルビなし】おそ
くあけしとてうらみられ
しかば【別刷は濁点なし】かくよみていだしける
そなたにはなれぬる人二人り
ありてこなたへはまれにこそ
かよひき給へさればわらはが【別刷は濁点なし】
まちわびてうちなげきつゝ
ひとりねのとこに夜(よ)【別刷はルビなし】のあく
るをまつ間(ま)【別刷はルビなし】の久(ひさ)しきをば
いかにかなしきと思ひ給ふ
や戸をあくるまのおそき
をだにうらみ給ふはおろか
にこそといへる也 後(ご)【別刷はルビなし】しうゐ
集(しふ)第十四 恋(こひの)四詞がきに
入道(にうどう)【別刷はルビなし】 摂政(せつせう)まかりたりける
に門をおそくあけければうら
みけるによみて出しけると有

【右頁中】 
  儀同三司母(ぎどうさんしのはゝ)
忘(わす)れじの
行末(ゆくすゑ)
までは
かたければ
けふを限(かぎ)り

命(いのち)
ともがな

【右頁上】
此哥の心はある人こなたへ
かよひけるにその心さだまり
がたく見ゆれば今かくうれ
しくちぎれるうちわがいの
ちもたへよかしあ【飽】かれて後(のち)く
ゆるともかひなしと也 新古今(しんこきん)【別刷はルビなし】
しふ恋の部【別刷はルビなし】の巻頭(くわんとう)にあり
詞書に中の関白(くわんばく)【藤原道隆】【別刷はルビなし】かよひ
そめはべるころと有 踏雪(たうせつ)【加藤磐斎】の
曰哥の心はたとへいくとせを
ふるともかはらじとはいふ共
世けんのありさま変(へん)じ
やすきならひなれば今わす
れじとは思ひ給ふべけれと
その心をゆくすゑまでた
もたん事はいと〳〵かたきもの
なれはわすられたる時々その
おもひをせんよりはと也

【左頁中】
  大納言公任(だいなごんきんたふ)
瀧(たき)の音(おと)は
たえて
久(ひさ)しく
なり
ぬれど
名(な)こそ流(なが)れて
なほ聞(きこ)えけれ

【左頁上】
此哥の心はむかし
さがの大学寺(だいがくじ)に瀧殿(たきどの)
とて瀧の侍(はべ)りけるを見に
まかりけるにその瀧ははや
たへはべりたれども名のみは
なほ高(たか)く世にもながれ
てきこへけると也 大学寺(だいがくじ)【別刷はルビなし】
もとは学問(がくもん)せし所也 後(のち)に
覚(かく)の字にあらたむると云々
〇季注にきゝつたふる人もなき
あとはおのづからあはれもとゞま
らずうづもれぬ名ののこるにて
むかしのしのばれぬる感(かん)
情(せう)をもよほすこと一トしほ
なるものなり

【右頁中】
  和泉式部(いづみしきぶ)
あらざらむ
この世(よ)の
外(ほか)のおもひ
でに
今(いま)ひと
たびの
あふこともがな
 
【右頁上】
此哥は式部(しきぶ)【別刷はルビなし】わづらひける
ときしる人のもとへよみて
おくりし也あらざらんは存(ぞん)【別刷はルビなし】
命(めい)おぼつかなき也此世の外(ほか)【別刷はルビなし】
とは来(らい)世(せ)【別刷は「せ」のルビなし】をいふおもひでは
たのしみぐさに思ひ出(いで)【別刷はルビなし】ること
也心はわらは今かくわづら
ひてとてもながらへはつべう
も思はれねばせめては此よ
のほかなるほとけの国へゆき
てをり〳〵思ひでゝたのしみ
ぐさとなさんために今一ト
たびあふこともあれかしなとね
がひたる也此の女 房(ぼう)【別刷はルビなし】いづみの守
道貞(みちさた)がつまとなるよつていづ
み式部といふ詞書にこゝち
例(れい)【別刷はルビなし】ならずはべりける時人の
もとにつかはしけると有

【左頁中】
  紫式部(むらさきしきぶ)
めぐりあひて
見しや
それとも
わかぬまに
雲(くも)がくれ
にし
夜半(よは)の
つきかな

【左頁上】
此哥の心はたびだちて
はる〴〵ありてかへりきたり
けるに道にて我(わが)【別刷はルビなし】見なれし
とものいまだそれとも見
もわかぬまに見うしなひし
をくもがくれせし月によそ
へよめる也 玄旨法印(げんしほういん)の
抄(せう)に曰人にあふてやがて
わかれたるさまさながら
ながむる月のにはかにくも
がくれせしごとくなり
とよめり人を
月にたとへて
いへることばづ
かひさらに
ぼんりよ【凡慮】の
およぶ所に
あらず

【右頁中】 
  大弐三位(だいにのさんみ)
有馬山(ありまやま)
ゐなの
さゝはら
風(かぜ)ふけば
いでそよ人(ひと)を
忘(わす)れやはする

【右頁上】
此うた
ことばがきに
かれ〴〵なる
男(おとこ)【別刷はルビなし】のおぼつか
なくなんといひ
たりけるによめるとあり
ありま山はいなのさゝはらを
いはんためのまくら詞なり
風ふけばはいでそよとい
はんためにいへり是 序哥(じよか)
也さて心はちぎりける男の
はやわれをばわすれつらん
などいひける時たとひそな
たはつれなくなれるともそれ
にならひていでやそれよと
はやくも人をわすれやは
するさるまことなきものには
あらじとこたへし哥也

【左頁中】
  赤染衛門(あかぞめゑもん)
やすらはで
寝(ね)なまし
ものを
さよ
ふけて
かたぶくまでの
月(つき)をみしかな

【左頁上】
此哥やすらふは心おちゐる
也さればやすらはではおち
ゐすして也さていひかはせ
し人のこよひ来(く)べしとやくし
たればわが心やすらひてかな
らず来(く)べしと心あてにして
やがて日のくれたれどいね
もやらで【別刷は「て」】今やきたると月を
ながめながらまてども〳〵
おとづれせずはや
夜はふけて月も
いたくかたふきけれ
どもその人はつ
ゐにきたらずか
ほどならばこゝろ
やすらはではやく
ねましものをと
後悔(こうくわい)してよめる也

【右頁中】
  小式部内侍(こしきぶのないし)
大江山(おほえやま)
生野(いくの)

みちの
とほけれは【別刷は「ば」】
まだふみも
見ず
あまの
はしだて
 
【右頁上】
此哥 小式部(こしきぶ)あはいづみ式部が
むすめ也大江山いく野(のゝ)みな
はしだての道也はしだては
丹後(たんご)の国に有まだふみも
見ずとはまだゆきて見ぬと
いふ義也又母のふみの義も
ふくめり此のころ母はわかれて
たんごの国にありしゆへ也是は
小しきぶが哥をよくよめる
は母がよみてつかはすなどゝ
うたがふ人ありて小しきぶが
袖(そで)をひかへ哥合も哥は
はやはし立より
きたれるやと云【以下本文不鮮明。別刷による】
ける時とりあへ
ず此哥を
よみし
と也

【左頁中】
  伊勢大輔(いせのおほすけ)
いにしへの
奈良(なら)の
みやこの
八重(やへ)
ざくら
けふ九重(こゝのへ)に
にほひぬるかな

【左頁上】
此哥は
一 条(でう)の
院(いん)の御
時にならの
八重桜(やへざくら)を人の来り
けるに此女ぼう御(み)まへに
はべりければその花を給はり
て哥よめとおほせられけれ
ばよめると云々さて心はふる
き都(みやこ)のさくら花のいろ香(か)
も今このみやこにまゐりて
は一トしほまさりて八重桜が
九重(こゝのへ)ににほひはべると賞(せう)
くわんしたる当座(とうざ)のことば
まことにめでたし内裡(だいり)を
九重(こゝのへ)【別刷はルビなし】といふにゆへさくらの色(いろ)
香(か)をかね又 今日此所(けふここ)の辺(へ)
といふ意(い)もふくみていへり

【右頁中】 
  清少納言(せいしようなごん)
夜(よ)をこめて
とりの
そら音(ね)は
はかるとも
世(よ)にあふ
さかの
関(せき)はゆるさじ

【右頁上】
此哥の心はある人かよひ来(き)
て夜(よ)ふかにかへらんとしける
ゆへいまだ関(せき)の戸をあけまじ
ければしづかにかへり給へととゞ
めし也とりのそらねとはむかし
もろこしにて孟嘗君(まうせうくん)といひし
人いくさにうちまけくわん
こく関(くわん)【函谷関】といふせきぢをとほらん
としけるに夜(よ)ふかくして関(せき)の戸を
明(あけ)ず臣下(しんか)のけいめいといふものよ
く鶏(にはとり)のまねしければ夜あけ
たりとて関をとほしぬそれは
ともあれ今此あふさかの関を
ばとりのまねしてたばかりたり共
なか〳〵に
とほす
まじきと


【左頁中】
  左京大夫通雅(うきやうだいぶみちまさ)
今(いま)はたゞ
おもひ
たえ
なんと
ばかりを
人(ひと)づてならで
いふよしもがな

【左頁上】
此哥の心はせつなる恋(こひ)なり
たま〳〵いひよることも人づて
ばかりにて心にまかせずた
とへ此まゝ恋(こひ)【別刷はルビなし】しぬるともせ
めてじき〳〵にあふて心のた
けもいひもせばうらみはあらじ
今はたゞ思ひつのりていのちも
たえはてなんとうちかこち
たる也詞書に伊勢斎(いせいつき)宮わ
たりよりまかりのぼ【別刷は「ほ」】りて侍り
ける人にしのびてかよひはべり
ける事をおほやけもきこしめし
てまもり女(め)なんどつけさせ
給ひてしのびにもかよはずなり
にければよみはべり
けると
あり

【右頁中】 
  権中納言定頼(ごんちうなごんさだより)
朝(あさ)ぼらけ
うぢの
川霧(かはぎり)
たえ〴〵に
あらはれわたる
瀬々(せぜ)の網代木(あじろぎ)

【右頁上】
此哥の心は題(だい)は川辺(かはべ)の
眺望(てうぼう)なりあさまだきに
うぢの川ぎりのたへ〴〵なる
ひまよりあじろ木のほの見(み)
へはべるがおもしろきと也 千載(せんざい)
しふ第六 冬(ふゆ)の部(ぶ)詞書に
宇治(うぢ)にまかりて侍りける
時によめるとあり人丸の
哥に〇ものゝふの八十(やそ)
うぢ川のあじろ木にいざ
よふなみのゆくへしら
ずもといふによりてよめり
あじろ木は川の瀬(せ)に
くゐをうちて魚(うを)を
とるしかけの木を
いふ也たへ〴〵は
霧(きり)の絶(たへ)つたへ
ずするをいふ也

【左頁中】
  相模(さがみ)
恨(うら)みわび
ほさぬ
袖(そで)だに
ある
ものを
恋(こひ)にくちなん
名(な)こそおしけれ

【左頁上】
此哥の心はうらみわびてなみ
だにかはかぬ袖(そで)のくつるさへ有る
に恋(こひ)ゆへにむなしく下さん名(な)
ををしみたる也〇 玄旨(げんし)の曰
こひにくちなん名こそをしけれ
とはもろ共にあひ思ふこひぢな
らば名にたゝんこともせめてなる
べきものをといふ心也〇季注に
曰 恨(うら)みわぶるはせつなるなら
ひなりわかるゝなみだの隙(ひま)【別刷はルビなし】なく
袖(そで)のくつるはことに思ひふかきを猶(なほ)【別刷はルビなし】
又名までもくちなんこといよ〳〵
身(み)にあまりたるなげきなるべし

【右頁中】 
  前大僧正行尊(さきのだいそうじやうぎやうぞん)
諸(もろ)ともに
あはれ

おもへ
山桜(やまざくら)
花(はな)よりほかに
しる人(ひと)もなし

【右頁上】
此うた
の心は
此 僧正(そうぜう)大みねへ
入りしとき此山の
ありさま人跡(じんせき)とて
はたへてなきのみならす【別刷は「ず」】
草木(さうもく)までも見なれず
心ぼそきに只(たゞ)さくらの
さきたるもとに立より此花
よりほかしるものはなきに花
も又われよりほかにめづる人
はあるまじさすれば花もわれ
ももろともにあはれと思ふより
ほかなしとよめるなりかゝる
やごとなき身にて此の深山(みやま)に
入りてめづらかにさくらの
はなを見ける時のさまを
よく〳〵思ひ入て見べき哥也

【左頁中】
  周防内侍(すはうのないし)
春(はる)の夜(よ)の
ゆめ
ばかり
なる
手枕(たまくら)に
かひなく
たゝん
名(な)こそ
をし
けれ

【左頁上】
此哥 詞(ことば)がきに二月ばかり
の月のあかき夜(よ)二でうの
院(いん)にて人々【表記は「〴〵」】あまた居(ゐ)あか
して侍りけるにすはうの内(ない)
侍(し)【別刷は「ないし」のルビなし】より臥(ふし)て枕(まくら)もがなと
しのびやかにいふをきゝて大
納言 忠家(たゞいへ)これをまくらに
とてかひなをみすの下より
入れて侍りければよみはべり
けるとあり心はみじかき春(はる)
の夜(よ)のゆめのまばかりの手(た)
まくらをしてそのかひもな
くいたづらにうき名のたゝんは
くちをしきわざ也ゆへにその手(て)
はまくらになしがたしこと也

【右頁中】 
  三條院(さんでうのゐん)
心(こゝろ)にも
あらで
うき
世(よ)に
ながらへば
恋(こひ)しかるべき
夜半(よは)の月(つき)かな

【右頁上】
此哥は御ふれいたゞなら
ざりし時御くらゐをゆづり玉
はんとおぼしめし御(み)【別刷はルビなし】心ならず
もしながらへさせ給はゞこの
秋の大内【=内裏】の月おぼしめし
出させ給ふべきといへる御哥
也〇季注に曰ほんいにもあら
でながらへば見なれし金殿(きんでん)
玉楼(ぎよくろう)の月のいかばかりこひし
かるべきと也よはの月かなと
あればとて月のみにかぎりて
みるべからずむかしをしの
び給ふ事
おほかる
べし

【左頁中】
  能因法師(のういんほうし)
嵐(あらし)ふく
三室(みむろ)の
山(やま)の
もみぢ
葉(ば)は
たつた
の川(かは)の
錦(にしき)なりけり

【左頁上】
此哥の心はみむろの
山のもみぢをあら
しのふきちらしたる
をあなかちに興(きやう)
なしと思ふべからず
おちたるもみぢは
見る〳〵たつた川の
にしきとなりてなほ
おもしろきと也此哥
かくれたる所なしたゞ時(じ)
節(せつ)の景気(けいき)と所のさまとを
思ひあはせて見はべるべしかく
あり〳〵とよみいだす事その
身の粉骨(ふんこつ)なり
〇季注に曰三室よりちり
おちて下はたつた川也あらしに
ちる三室の山のもみぢはすな
はちたつた川のにしきとなれり

【右頁中】
  良暹法師(りやうぜんほうし)
寂(さび)しさに
やどを
たち
出(いで)て
眺(ながむ)れば
いづこもおなじ
秋(あき)のゆふぐれ 

【右頁上】
此哥の心は秋
の夕ぐれのもの
さびしさ我(わが)やど
のみかと立いで
てながむれば
いづくも同(おな)【別刷はルビなし】じさま
也と人のうへまでもはかりしり
たるてい也 玄旨(げんし)の曰心は大か
た明らか也なほいづくもおなじ
といふに心あるべしわがやどのたへ
がたきまでさびしきと思ひわ
びていづくにもゆかばやとたち
いでゝうちながむればいづくも又
わが心の外(ほか)の事は侍らずと也
〇季注さびしさのやるかた
ありやと宿(やど)立いで【別刷は「て」】ゝも秋(あき)より
外のやどもなければはなはだ
かたき心見へたり

【左頁中】
  大納言経信(だいなごんつねのぶ)
夕(ゆふ)ざれば
門田(かどた)の
稲葉(いなば)
おとづれて
あしのまろ家(や)に
秋風(あきかぜ)ぞふく

【左頁上】
此哥の心はゆふべになれば秋
かぜのほのかにたちて門田の
稲(いな)【別刷はルビなし】ばをふきなびかしたるが秋
のいたるにしたがつてつよくおとづ
れあしの丸(まる)【別刷はルビなし】やにすさまじく夕べ
〳〵に吹(ふき)つける時のきたれるを
いひのべたり〇 玄旨(けんし)法印(ほういん)の
曰あしの丸やとはさながら
芦(あし)ばかりにて作(つく)れるを
いふ也その門(かど)田のいなば
に夕ぐれの秋かぜ
そよ〳〵とふくぞと
きゝもあへずやがて
あしのまろやにふき
きたるふぜ
いをもつ
ての心
なり

【右頁中】 【見開き頁の中心から右に向かって書かれている】
こそすれ
袖(そで)の濡(ぬれ)も
かけじや

あだなみ
濱(はま)の
しの
たか
音(おと)にきく
  祐子内親王家紀伊(ゆうしないしんわうけのきい)

【右頁上】
此哥の心はたかしのはま名
所也あだなみはあだなる人と
はおとにきくも名だかにといふ
によそへたる也そのあだなみを
かけたらばこなたの袖(そで)はぬれて
のみあらんされども一たんちぎ
りし人と思はゞあだなる人なり
ともさすがすてられまじき
ほどにはじめよりさやうの
人には否(いな)といふかへしの哥也
袖のぬるゝとはなみだの
こと也おとにきくと
いふよりぬれもこそ
すれまでみなおも
てはなみのえん也
心ことばかけたる
所なくよくいひ
あふせたるゝ哥也

【左頁中】
  前中納言匡房(さきのちうなごんまさふさ)
高(たか)さごの
尾上(おのへ)の
さくら
咲(さき)にけり
外山(とやま)の霞(かすみ)
たゝずも
あらなむ

【左頁上】
此哥の心たかさ
ごは名所又山の
そう名にて
高(こう)山也をのへは
山の半(はん)ふくなり
とやまは門山(とやま)
にて山の口もと也花の
さかぬほどの山もかず
みのみねにかゝりたるもおもし
ろし花さきては霞(かすみ)は無用(むよう)
のこと也山まへにはたゝずして
あらまほしといへり〇玄旨の
曰此のたかさごは山のそう名(めう)
也名所にあらす心はあきらか
にて正風体(せうふうてい)の哥也只詞づ
かひさはやかにたけ有る哥也
〇季涯に咲(さき)にけりといふにて新(あらた)
に桜(さくら)を見て興(けう)じたる心有

【右頁中】 
  源俊頼朝臣(みなもとのとしよりのあそん)
憂(う)かりける
人(ひと)の
はつ
をの
山(やま)おろし
はげしかれとは
いのらぬものを

【右頁上】
此哥の心はわが思ふ人にいかに
もしてあふよしもがなとはつせの
くわんおんへいのりけれどもなほ
そのひとのつれなきことあらしの
ごとくはげしくてそのかひなし
かくあれとていのりはせざる物(もの)
をといへる也詞書に権(ごん)中納言
俊忠(としたゞ)のいへにて恋(こひ)の哥十 首(しゆ)【別刷はルビなし】
よみ侍りける時いのれども
あはざ【別刷は濁点なし】 る恋といへる心をよめ
りとあり〇 定家(ていか)卿の近代秀(きんだいしう)
歌にも此哥を見れは心ふかく
よめり心にまかせまな
ぶともいひつゞけ
がたくまことに
およぶまじき
すがた也と
あり

【左頁中】
  藤原元俊(ふじわらのもととし)
契(ちぎり)りおきし
させもが
露(つゆ)を
命(いのち)にて
あはれことしの
秋(あき)もいぬめり

【左頁上】
此哥はある僧(そう)の基(もと)
俊(とし)をたのみてなら
のゆゐまゑの講師(かうし)を
のぞみけるにもれければ
もと俊いかゞと法性(ほうせう)
寺(じ)【別刷は「じ」のルビなし】 どのへうらみ申され
ければしめぢがはらと
こたへらるこれはたゞたのめ
しめちが原(はら)の哥の心也
しかるに又此秋ももれければ
もと俊させもが露(つゆ)を命(いのち)
はかなきことによせかなしや
又此秋も此まゝにてすぐる
ことよとうらみ申されたる
哥也ちぎりおきしはやくそく
しておきし也させもはさしも
ぐさの事也秋もいぬめりは
秋もかへりゆくべしといへる也

【右頁中】 
  法性寺入道前関白太政大臣(ほうしやうじのにうどうさきのくわんばくだいじやうだいじん)
和田(わだ)のはら
こぎ出(いで)【別刷はルビなし】 て
見(み)れば
ひさ
かたの
雲井(くもゐ)にまがふ
おきつしらなみ

【右頁上】
此哥の心はわだのはらは海(うみ)
の惣名(そうめう)也 海上(かいせう)はるかにふね
をこぎ出てなかむれば【別刷は「は」】まことに
雲井(くもゐ)と浪(なみ)と一つになりて
はる〴〵と見わたされたるなり
久かたはくもゐをいはん為の
枕詞(まくらことば)也 海(うみ)のかぎりなきてい
をよくけいきをうかべ【別刷は「へ」】ていひ出
したる哥也よせいかぎりなし
詞書に新院(しんいん)くらゐにをはし
ます時海上 遠望(えんぼう)
といふことをよま
せ給ひ
けるに
よめる
とあり

【左頁中】
  崇徳院(しゆとくゐん)
瀬(せ)をはやみ
岩(いは)に
せか
るゝ
瀧川(たきがわ)の
われても末(すゑ)に
逢(あは)んとぞ
おもふ

【左頁上】
此哥
の心は
はやき
たき川の瀬(せ)の
岩(いは)にせかれて左(さ)
右(いう)へわかれたる水も
その岩もとをすぐれば
又ふたたびあふもの也きみ
とはがこひ中もそのごとく
一たんへだてありて中のわれ
たりとも心だにかはらずは又
すゑにむつましくあふことのあら
んと思ふぞと也われてもはわり
なくといふにおなじ【別刷は「し」】
〇季注に曰岩にせかるゝと
いひてあはぬ心をのべわれても
といひてぜひあはんとおもふ
心をのへたり
海上

【右頁中】 
  源兼昌(みなもとのかねまさ)
淡路島(あはぢしま)
かよふ
ちどり

なく
声(こゑ)に
幾夜(いくよ)ねざめぬ
すまのせきもり

【右頁上】
此哥の心はさび【別刷は濁点なし】 しきすま
のうらに旅居(たびゐ)してねざめ
のちどりをきゝてたへが【別刷は濁点なし】 たかり
しにつけてかやうの所のせき
もり等(ら)【別刷はルビなし】 はいくよねざめして
ちどりのこゑをきゝてたへわ
びぬらんとわがたびゐのかりね
よりつねに住(すみ)【別刷はルビなし】 なれたるせき
もりのつらさを思ひやりたる
哥也すまのうらは源氏(げんじ)
ものがたりにも海士(あま)のいへ
だにもまれになんと
書(かけ)りわが一とよの
たびねさへかく
のごとくなる関(せき)
守(もり)の心は
さこそと也

【左頁中】
  左京大夫顯輔(さきやうのだいぶあきすけ)
秋(あき)かぜに
たなびく
雲(くも)の
たえ
まより
もれ出(いづ)る
月(つき)の
影(かげ)のさやけさ

【左頁上】
此哥の
心は秋風
の雲(くも)をふき
なひけててる月
のかくれたるがをり〳〵
そのくものひまより月かげ
のさしいでたるはせいてんの
けしきよりも一としほあき
らかなるやうに思はるゝと也
此うたおもしろき所なきやう
なれどもじつにさるものにて
ありのまゝにうちいだせし所
心ことばゆうにして又よせ
いもある哥なり

【右頁中】 
  待賢門院堀川(たいけんもんゐんのほりかは)
長(なが)からん
こゝろも
しらず
くろかみの
乱(みだ)れて
けさは
物(もの)をこそ
おもへ

【右頁上】
この哥はあふてのちのあし
たその人につかはしたるなり
ながゝらんとはくろかみのえ
んにてけさわかれて又いつ
をかまたんといふ事によそ
へてよみたる也くろかみと
いふよりみだれてものを思
ふといひたる也ながゝらんは
人の心をさしていひみだれ
てはわが心をさしていひみだれ
てはわが心なりさそながか
らん心もしらずとはゆく
すゑかけてちぎりしことも人
の心はかはりやすきならひ
なればすゑはいかゞあらんも
しらずけさのわかれのつらさ
を思ひみだれはべるかしといへ
る也〇季注に曰 今朝(けさ)の字(じ)
後朝(こうてう)の心あきらかなり

【左頁中】
  後徳大寺左大臣(ごとくだいしさだいじん)【別刷は「ごとくだいじ」】
ほとゝぎす
なきつる
かたを
なが
むれば
たゞ有明(ありあけ)の
月(つき)ぞ
のこれる

【左頁上】
此哥の心はほとゝ
ぎすをまつころいく
夜(よ)かつれなくすぎつるに
やうやくにして一とこゑを
ゆめかとばかりきゝもあへず
そのゆくべきかたのそらをな
がめしたへば【別刷はルビなし】 たゞありあけ
の月のみありてほとゝぎすは
はやかげもなしといへりほとゝ
ぎすの哥はたくみなるもの
多(おほ)かれども【共に濁点】 これは只 微細(びさい)にいは
ずしかも心をつくしたる所よ
せいかぎりなくこそ

【右頁中】
  道因法師(だういんほふし)
思(おも)ひわび
さても
命(いのち)は
ある
ものを
うきにたえぬは
涙(なみだ)なりけり 

【右頁上】
此哥の心は思ひわびとは
もの思ひのきはまり〳〵
たる時なりさりともと思ふ
人はつひにつれなくなりはて
てわれひとり思ひつめむねく
るしきことかぎりもなしそれにて
もなほ命(いのち)はつゝがなしながらへ
てだにあるならば又おもひをと
ぐる折(をり)もあるべしとわれはよく
あきらめても只ものうきに
つきてかんにんせぬものはなみだ
にてとゞめてもとゝまらずかく
こぼるゝことよといへり〇季注に
思ひわびさやうにて
だにも命は有をなみだ
のみうきにかんにんなら
ざるかと諫言(かんげん)したる
てい有か

【左頁中】
  皇太后宮大夫俊成(くわうたいこうぐうのたいふしゆんぜい)
世(よ)の中(なか)よ
みちこそ
なけ

思(おも)ひいる
山(やま)の奥(おく)にも
鹿(しか)ぞなくなる

【左頁上】
此哥の心は
うき世とて
のがるゝに道もなし
山のおくに引こもりて一たん
身をかくせばその所にもまた
かなしき鹿(しか)のこゑせりと世
をわびたるてい也玄旨(げんし)の曰
哥の心はいろ〳〵世のうき事
を思ひとりて今はと思ひ入る
山のおくに鹿のものかなしげ
にうちなくをきゝて山のおく
にも世のうき事はありけりと
思ひて世の中よのがるべき
みちこそなけれとうちなげく
心はあきらかにきこゆ

【右頁中】 
  藤原清輔朝臣(ふぢはらのきよすけあそん)
ながらへば
また
此(この)ご
ろや
しのば
れん
うしと見(み)し
世(よ)そ
今(いま)は恋(こひ)しき

【右頁上】
此哥の心は此すへながくなが
らへなばものうしと思ふけふ此
ごろの事も又やしのびはべ
らんうしかなしといひしすぎ
たし世を今はしたふにつけて
なほゆくすゑの事もおもひ
やらるゝぞと何事もすへ〴〵
おとろへゆきてむかしににぬ
といふうらみ也〇玄旨の
曰此哥の心は明(あき)らか也しだい〳〵
にむかしを思ふほどに今の
うしとおもふ時代(じだい)をも
是よりのちにはなほ
しのばんするかと万
人の心にくわんずる
哥ぞと也只世の中
の人はたのむまじきゆく
すへをたのむかつね也

【左頁中】
  俊惠法師(しゆんゑほふし)
夜(よ)もすがら
もの思(おも)ふ
ころは
明(あけ)やら

閨(ねや)のひまさへ
つれな
かりけり

【左頁上】
此哥の心はいもねられずし
て物思ふ夜(よ)はせめて夜のは
やくあけよかしと思へどなほ
あやにくにながくしてねやの
ひまさへつれなくてまてども
〳〵白(しら)まぬと也 宗祇(そうぎ)の曰ね
やのひまさへといへる詞めづ
らし思ひのせつなる所も見へ
侍(はべ)るにやうらむまじきものを
うらみなつかしかるまじきもの
をそのおもかげにする事
こひぢのならひ也ねやのひ
まさへとうちなげきたる所
をよく〳〵おもふべしと云々

【右頁中】
  西行法師(さいぎやうほふし)
歎(なげ)けとて
月(つき)やは
ものを
おもは
する
かこち顔(がほ)なる
我(わが)なみだかな
 
【右頁上】
此哥の心はおよそ人の
ものおもひをするはわれ
から也人のさすることにも
あらずひるはまぎ【(別刷は「き」)】 れて
くらしもすれど【(別刷は「と」)】 よる月に
むかひてはいよ〳〵心すみて
もの思ひのまさるを月の
おもはするやうにおぼえて
うらみがほになみださへ
こぼるゝ事よと也これわが
おろかなるをさすがに思ひ
さつしていへりやはといふ詞
に心をつくべしかこつは
所によりてこゝろ
かはれりこゝは
うらむ心
もつぱら
なり

【左頁中】
  寂蓮法師(ぢやくれんほふし)
村雨(むらさめ)の露(つゆ)も
まだ
ひね
槇(まき)の葉(は)

霧(きり)たち
のぼる
秋(あき)の夕(ゆふ)ぐれ

【左頁上】
此哥
の心は
まきなど
たつ山は
いかにもふるき山
又 深(み)山とこゝろえ
べし秋の夕ぐれには
えもいはれずおも
しろきにむらさめのひと
そゝぎしてまきの葉(は)の景(け)
色(しき)ばひたるその露(つゆ)もいま
だかはかぬほどに秋ぎりの
おこりてたちのぼりたるその
けいきいはんかたなしとよめる
なり哥はそのときその心に
なりて見 侍(はべ)らねばよせいけい
きほねじみ【(滋味?)】 がたしよく〳〵心
をもちひてあぢはうべし

【右頁中】 【(見開き頁の中心から右に向かって書かれている)】
べき
恋(こひ)わたる
してや
身(み)をつく
一夜(ひとよ)ゆゑ
かりねの
あしの
江(え)の
なには
  皇嘉門院別当(くわうかもんゐんのべつたう)

【右頁上】
此哥は旅宿(りよしゆく)にあふ恋(こひ)といふ
心をよめりまづなにはの旅
しゆくと見るべしその所の
名(な)におへるあしのかりねと
よそへて芦((あし)【(別刷はルビなし)】は節(ふし)あり一節(ひとよ)
といへるえんにて一ト夜といへり
みをづくし又これもなにはの
うらによみ侍る哥おほし
舟(ふね)のしるべのつなぎばしらを
みをづくしといへりそれを身(み)を
尽(つく)しによせたり一トよのかりの
なじみさへ思ひはせつ也まして
なれなつかしみたる
ちぎりはいつならんといへり
又はて〳〵はいかゞあるべき
といふ心も
あり

【左頁中】
  式子内親王(しよくしないしんわう)
玉(たま)の緒(を)よ絶(たえ)なば
たえねながら
へば
忍(しの)ぶる
ことの

はり





【左頁上】
此哥はしのぶ恋(こひ)の心也玉のを
は命(いのち)のこと也わが命たへば【(別刷は濁点なし)】たへよ
ながらへなば大かたしのぶ心の
よはりてはては人もしりあだ
なる名(な)をももらして人の為(ため)
わが為はかなきことになりなんと
あんじたる哥也玉のをといふより
たへなばたへねといひ今の思ひ
よりゆくすへを思ひやればなが
らふるほどあさましきことに
ならんと也〇季注に
たへなばたへねとは
絶(たへ)ばたへも
せよとなり
白露(しらつゆ)は消(け)なば
けなんといふがごとし
よはりもぞするはよはりも
しやうずるぞなり

【右頁中】 
 殷冨門院大輔(いんふもんゐんのたいふ)
見(み)せばやな
をじまの
あまの
袖(そで)だにも
ぬれにぞ
ぬれ

色(いろ)はかはらず

【右頁上】
此哥の心をじまは名所(めいしよ)なり
あまの袖(そで)はぬるゝがうへにぬるゝ
もの也それだにも色(いろ)のかはること
にはなきをわが袖はつれなき人
ゆへに血(ち)のなみだのかはくひま
なければくれなゐに色かはり
たりこれをその人に見せばや
な是を見ばよもやあはれと
思ふべからんとなり
〇季注にをじまの蜑(あま)の
そでほとにわが
袖(そで)【(別刷はルビなし)】はぬるゝのみかは
ふかきなげきの
なみだにて色さへ
かはれる思ひのせつ
なるほどを
しらせたき
とぞ

【左頁中】
  後京極摂政前太政大臣(ごきやうごくせつしやうさきのだいじやうだいじん)
きり〴〵す
なくや
霜(しも)
夜(よ)の
さむしろ

衣(ころも)かたしき
ひとりかもねむ

【左頁上】
此哥の心は霜夜(しもよ)のころ小(さ)
筵(むしろ)にころもかたしききり〴〵す
のとこのほとりになくこゑ
をきゝさびしくもあはれにも
かなしく思ひつゞけ此なげき
夜(よ)【(別刷はルビなし)】を此まゝにてひとりねをする
事かとせつに思ひわびたる心
ばへまことにその人になりて見はべ
らばゆうにあはれふかゝるべし
さむしろはせばき筵(むしろ)也
それをさむしろにいひ
かけたり
衣(ころも)【(別刷はルビなし)】かたしきは
おびひもと【(解)】かで
丸ねするなり
またきり〴〵すは
俗(ぞく)にいふこほ
ろぎの事也

【右頁中】
  二條院讃岐(にでうのゐんさぬき)
我袖(わがそで)は
しほひに
見(み)えぬ
沖(おき)の
石(いし)の
人(ひと)こそしらね
かはくまも
なし
 
【右頁上】
此哥の心はしほ干(ひ)の時に
もあらはれぬ海中(かいちう)の石(いし)のごと
くうき人ゆゑによるひると
なくなげきつゞけてわが袖(そで)の
かた時かはくひまなきもおもふ
人はしらでなほよそ〳〵しくす
ることよと也しほひに見へぬ
とよくたとへいだしたる所
たへ也しかも哥のさま
ものつよくしてあはれふかし
〇季注に曰人はしら
ねどもかはく間(ま)も
なしといふにはあら
ずかはくまもな
き思ひをいはでも
人はしるべきことなるに
つれなくてなほ
しらぬよし也

【左頁中】
  鎌倉右大臣(かまくらのうだいじん)
世(よ)の中(なか)は
つね
にも
がもな
渚(なぎさ)こぐ
あまの小舟(をぶね)の
つなで悲(かな)しも

【左頁上】
此哥の
心はたゞ
世の中を
つねになして
見侍らま
ほしきものなり
うき世はとにかくに
蜑(あま)のをぶねにうち
はゆるつなでのあとも
なきがごとくはかなきことのみ也
いとかなしきことにこそといへり
あまをぶねのつなぎとめぬが
ごとくをしき人の命(いのち)もつなぎ
とめることのかたかるわが世のは
かなきを目のまへにたとへた
る哥なりつねにもがもなはかは
らずしてあれかしな也かなしも
はかなしくもあるかな也

【右頁中】 
  参議雅経(さんぎまさつね)
三芳野(みよしの)の
やまの
秋風(あきかぜ)
さよ
ふけて
ふるさと
さむく
衣(ころも)うつなり

【右頁上】
此うたの心は所は三よしのゝ
山ほとりにて風ものさび
しくふきわたる夜(よ)のいたく
ふけぬるころまで耳(みゝ)をそ
ばだてゝきけば秋のあは
れのせつなるに殊(こと)にはるか
なる村里(むらさと)にころもうつきぬ
たのこゑしてひとへにひとりね
のさむきをさへひえあかし
たるてい也きり〴〵すなくや
しも夜の哥の心に
思ひめぐらして見
侍(はべ)るべしこともなき
やうなれども
あはれふかし
ふるさとは
ものさびたる
賤(しづ)が里(さと)をいふ也

【左頁中】
  前大僧正慈圓(さきのだいそうじやうぢゑん)
おほけなく
うき
世(よ)の
民(たみ)に
おほふかな
わか立杣(たつそま)に
すみ染(ぞめ)の袖(そで)

【左頁上】
此哥の心はおほけなくは
およびがたしといふことばなり
わがたつそまとはひゑい山ン
をいふさてわれ此山の座主(ざす)
となりては世の中の民を子(こ)の
ごとくあわれみ袖(そで)をおほふて
護持(ごぢ)すべき行者(けうじや)なれども
およびなきわがごときものは
只いたづらに此山のあるじ
となりて住(すむ)ばかり也とひた
すらにおのれをかへりみて
よみたる哥なり

【右頁中】 
  入道前太政大臣(にふだうさきのだいしやうだいじん)
花(はな)さそふ
あらしの
庭(には)の
雪(ゆき)なら

ふり行(ゆく)ものは
我身(わがみ)なりけり

【右頁上】
此哥の心は花はあらしの
さそひちらしても雪(ゆき)と見
て庭(にわ)をもはらはで又せう
くわんする所も侍(はべ)れどわが
身に老(おい)のいたれるはすべき
やうもなくあさましきことに
こそといへる心にてふりゆく
ものはわが身(み)なりけりと
よめりゆきならでといふ
よりふりゆくものはといひ
たる所まことに妙(たへ)にあはれ
ふかきなり

【左頁中】
  権中納言定家(ごんちうなごんさだいへ)【(「定家」に「ていか」の左ルビあり)】
来(こ)ぬ人(ひと)を
まつほ

浦(うら)の
夕(ゆふ)なぎに
やくやもしほの
身(み)もこがれつゝ

【左頁上】
此哥の心は松穂(まつほ)のうら名
所なり来(こ)ぬ人を待(まつ)といひ
かけ夕なぎだとまつころを
いひのべたりさてやくやもし
ほと松ほのうらのものを
そのまゝにもちひ身もこが
るゝとわがまつ思ひのせつ
なるを夕なげに塩(しほ)やくに
たとへたるなり夕なぎは風
も凪(なげ)てふかずしづかなる夕
がたなり此 卿(けう)あまたの哥
ありつらんなれどわけて
此百 首(しゆ)に
のせられ
たり


【右頁中】
  正三位家隆(しやうさんみいへたか)【左ルビ「かりう」】
風(かぜ)そよぐ
 ならの
小川(をがは)
  の
  夕(ゆふ)ぐれは
みそぎぞ夏(なつ)の
 しるしなりける

【右頁上】
此歌
の心は
ならの小川
めい所にて
水無月(みなつき)はらひ
する川なり風そよぐ
ならとうえものに
いひよせたりすゞしかる
べきてい也みそぎとはみな月
つごもりのはらひにてけふは
まだなつなれどそのすゞし
さ目水(めすい)へんのもやうちつとも
秋にことならず只此みな月
ばらひするばかりがいまだ
夏(なつ)といふしるしにてありけり
といへる也 夏越(かごし)のはらひははや
く秋にうつし侍らんといふ 祀(まつり)
なりよくかなへてよめり

【左頁中】
  後鳥羽院(ごとばのゐん)
人(ひと)もをし
 ひとも
恨(うら)めし
あぢ
 き
  なく
世(よ)をおもふゆゑに
  物(もの)おもふ身(み)は

【左頁上】
此歌の心は人もをしとは
世の中の 民(たみ)をいたわりおぼ
しめす也しかれども御心の
まゝによの中をさまらずし
て 王道(わうたう)すたれたる 時代(じだい)とて
たみの 為(ため)おぼしめすにつけて
又人もうらめしく御心(みこゝろ)【別刷は「みこゝろ」のルビなし】をなや
まし給へると也是によりて
あぢきなく世を思ふゆ へ((ママ))に
もの思ふとあそばしたり
かたじけなき御心なり
されどもその 徳沢(とくたく)の
いたらざる所ある
事は 堯舜(げうしゆん)も
それなほやめり
となんぜひもなき
ことならず

【右頁中】
順徳院(じゆんとくいん)
百敷(もゝしぎ)や
ふるき
軒端(のきば)

しのぶにも
なほあまりある
昔(むかし)なりけり

一【右頁上】
此哥の心は百敷(もゝしぎ)とは内裡(だいり)
百官(ひやくくわん)の座席(ざせき)也ふるき軒(のき)
ばとはふりたる大内ののきばに
て王道(わうだう)のおとろへたるをなげき
思しめす意(い)をふくめりのきば
といふよりしのぶとあそばしたり
しのぶは草(くさ)の名(な)にてのきばに
生(お)ふるもの也それをむかしをしの
ぶによせての給ヘりしのびても
しのびてもなほしのばるゝむかし
そとむかし王道の盛(さかり)なりし御世(みよ)
をしたはせ給ふ也◯季注にしの
ぶといふ詞たへしのぶかくれしのぶ
恋(こひ)しのぶなどみな心かはり侍る
こゝのしのぶはむかしをしたへる也

【左頁上】
月の出潮のさし引きを知る事
  【(日)】  【(潮)】【(説明)】 【(時刻)】       【(説明)】 【(時刻)
一 日 十六日  大  よる  ひる 六ツ四部【(分?)】 夜   ひる 九ツ四部
二 日 十七日     みつ  〃  六ツ八部     ひき  〃  九ツ八部
三 日 十八日  中 【(満潮)】 〃  五ツ二部     そこ  〃  八ツ二部
四 日 十九日         〃  五ツ六部     る時  〃  八ツ六部
五 日 廿 日         〃  四  ツ    【(干潮)】〃  七  ツ
六 日 廿一日         〃  四ツ四部         〃  七ツ四部
七 日 廿二日  小      〃  四ツ八部         〃  七ツ八部
八 日 廿三日         〃  九ツ二部         〃  六ツ二部
九 日 廿四日         〃  九ツ六部         〃  六ツ六部
         長        
十 日 廿五日         〃  八  ツ         〃  五  ツ
十一日 廿六日         〃  八ツ四部         〃  五ツ四部
十二日 廿七日         〃  八ツ八部         〃  五ツ八部
十三日 廿八日         〃  七ツ二部         〃  四ツ二部
十四日 廿九日  大      〃  七ツ六部         〃  四ツ六部
十五日 三十日  大      〃  六  ツ         〃  九  ツ

【左頁下】
この表の読み方がわかりませんので どなたかご教示くださいませ】
 【(生年(月)に対応する木火土金水の五行を用いた男女の相性占いらしい)】
男女相性の事 末吉 男土女火
吉 男土女火 男水女金 男土女金
大吉男火女土 男火女木 男金女水
大吉男金女火 男木女水 男水女木 
凶 男金女土 男水女土 男火女水
大凶男水女土 男火女金 男土女水
大凶男金女木 男水女火 男火女火
半吉男木女木 男木女金 男火女木
半吉男土女土 男水女水 男土女木

【左頁後半】
頭書和歌注訳     善次郎事
画   工     渓斎英泉 【印】

       芝神明前三島町        
江戸書肆  甘泉堂  和泉屋市兵衛版 



裏表紙【翻刻対象の文字なし】

七十四番 源俊頼朝臣

【右丁】
源俊頼朝臣(みなもと の とし より あそん)
うかりける
人を初瀬(はつ せ)の
山おろし
はげし
かれとは
いのらぬ
  ものを
【左丁】
   七十四番
此心は初瀬は山中にて嵐はけし
き所也惣しての心にうかりける人
をはげしかれとはいのらぬをと
なりはつせの山おろしは川の枕詞也
いのれども〳〵人の心ははげし
ければたゞはげしかれとはい
のらぬものをといへり定家卿
近代葉歌にも心ふか
くまことにおよぶ
まじきすがた
なりと云々
【画面右下】
㊞佐野喜
【画面左下】
一陽斎
 豊国【國】画

七十八番 源兼昌

 源(みなもとの) 兼昌(かねまさ)
あわぢ島(しま)
 かよふ
千鳥(ちどり)
  の
鳴(な)く声(こへ)に
いく夜ね覚ぬ
須磨(すま)の関(せき) もり

  七十八番
此心はさびしきすまのうらにたびねして
ねざめのちどりを聞てさむくたえがた
かりしにつけてかやうの所のせきもりとな
りてはいくよちどりのこゑにねざめ
してたえわびぬらんわがたまさか
のたびねさへ物うきにつねに
すみいるせきもりはいかば
かりつらからんと
いふ心なり

百人一首絵抄 六 中納言家持

【巻物題箋】
百人一首絵【繪】抄  六

【本文】
此心はらうえいに月おち【没すること】からすなき
てしも天にみつといへる詩の心也
かさゝぎとはからすの事なり七夕
のお【逢】ふときからすはをならべて
はしになるをうじやく【烏鵲】こうよう【紅葉】の
はしといふおく霜といふもふりたる
霜にはあらずさへたる冬の夜の空
さながら霜のみちたるやうなる
ていをいふなり

【絵札】
 中納言家持
鵲のわた
  せる
はしに
 をく霜の

【字札】
しろきを
 みれば
夜ぞ
 更にける

【画面右下】
国【國】貞改二代
 一陽斎豊国【國】画

百人一首絵抄 五 猿丸太夫

【巻物題箋】
百人一首絵【繪】抄  五

【本文】
此心はあきは初秋よりあはれなる
ほどゝは申せども草花ちりみだれ
つゆも月もおもしろかるべし
秋のすゑになりてそのけしきも
つきておちばものすごき山をくに
しかのつまこひかねてもみぢふみ
わけなくじせつこそあはれ
ものかなしきのいたりなりと
いふこゝろなり

【絵札】
 猿丸大夫
奥山に
もみぢ
ふみわけ
なく鹿の

【字札】
聲きく
 ときぞ
 秋は
  かなしき

【画面左下】
国【國】貞改
二代豊国【國】画

百人一首絵抄 廿四 菅家

百人一首絵抄  廾四

此心はたむけ山へ御幸のとき
ぐぶにてよみ給ひし歌也此たび
は御ともの事なればぬさもとりあへ
ぬゆゑありあふもみぢのにしきを
とりあへずそのまゝにたむけける
となりぬさとは神にさゝぐるへい
はく也神のまに〳〵とは神の心に
まかせ奉るといふ事也これ此神の
好みたまふものなればといふ
こゝろにてかくいえり

菅家(かんけ)
このたびは
幣(ぬさ)も
とりあへず
手向山(たむけやま)

紅葉(もみぢ)の
にしき
神(かみ)のまに〳〵

九十番 殷富門院大輔

【右丁】
  殷冨門院大輔(いんふもんいんのたいふ)
見せはやな
をしまの
   海士(あま)の
ぬれ
にそ 袖だ
ぬれ  にも

色(いろ)は
かは



【左丁】
   九十番
此心はをじまはおう州【奥州】の名所なり
あまの袖はめかり【和布刈=わかめを刈り取ること。】しほくみにいとま
なければほすひまもなし此故に
いつもぬれてかはかねとも色のかはる
程にはなしわがそではたえぬな
みだもほしあへずぬれたる上
になを色のかはれるよとなり
是ちのなみだをながしける
といふ心也かゝるありさまをつら
き人に見せばやなとよめる也

【画面左側】
歌川
 豊国【國】画

百人一首絵抄 十五 光孝天皇

【巻物題箋】
百人一首絵【繒】抄 十五
【本文】
此心は正月七日〳〵に七くさのわかなを
人に給ひけるときあそばし給ふとなり
いまだ御くらゐにつかせ給はでしん王
にておはしましけるとき君がため春
の野にいでゝわかなつむにはよかん【余寒】は
なはだしく雪の御衣【おんぞ】にかゝりかんなんに
おほしめしながら人のためなればとの
御心入ありがたくきみがためとは上み
一人より下もばんみんの事なり
【絵札】
 光孝天皇
君がため
 春の
  野に
いでゝ
 わか菜つむ
【字札】
我衣手に
  雪は
 ふりつゝ
【画面右下】
国貞【國】改
二代豊国【國】画

百人一首絵抄 廿六 貞信公

百人一首絵抄  廾六

此心は亭子院大井川に御幸あり
て小ぐら山のもみぢさかりなれば
みかどのみゆきもあるべきある所と仰
られしときよまれし歌也小ぐら山
のもみぢも心があらば今一チど御幸
あるをまちて夫までちらずしてあれ
よかしと也心なきものにむかひて心
あらばといひし事皆和歌のすが
たにして名人ならではいひ
がたきことばなり

貞信公(ていしんこう)
小倉山(をぐらやま)
みねの
紅葉(もみぢ)ば
心あらば

今(いま)ひとたびの
行幸(みゆき)またなん

九拾壱番 後京極摂政前太政大臣

【右丁】
後京極摂政(ごきやうごくせつせう)
  前太政大臣(さきのだいぜうたいじん)
きり〳〵す
なくや
霜夜(しもよ)の
 さむしろに
衣(ころも)かたしきひとり
 かもねむ
【左丁】
  九拾壱番
此心は霜夜のさむしろにひとりねてきり
ぎりすのとこのほとりになくこゑをきゝ
よもすがらさびしくもかなしくもあはれにも
思ひつゞけて長き夜をあかしたる心ばへまことに其
人になりて見ばゆうにあはれなるべしきり〳〵す
はこほろぎのことなりさむしろはせばきむ
しろにて夜のさむしといふをかね
ていへりころもかたしきとは
おびをもとかず丸ね
        すること
           なり
【画面右下】
香蝶楼【樓】
 豊国【國】画

六十番 小式部内侍

大江山(おほえやま)
いくのゝ
道(みち)のとほければ
まだふみも見ず
天のはしだて
小式部内侍(こしきぶのないし)

六十番
右の哥の心は大江山いくのみなはしだての
みちなりはしだては丹この国にありまだ
ふみも見ずとはまだゆきて見ぬといふ義也
又母のふみの義もふくめり此ころ母のい
づみしきぶは別れて丹後の国にありしゆ
ゑ也これは此小しきぶが哥をよくよめる
は母がよみてつかはすなどゝうたがふ人ありし
かば當意に此名哥をよみけるとなり

百人一首絵抄 卅 坂上是則

【絵札】
 坂上是則
朝ぼらけ
有明の
月と
見るまでに
【字札】
よし野のさとに
ふれる
しら雪
【右下】
国貞改二代目
  豊國画
  佐野喜
【左上】
百人
此心は雪のふりたるを見てよめる也
あさぼらけ夜のあけゆくじぶんを
いふそらには有明の月もなきに
此みよしのゝさとにはかけのごとく
しろく見ゆるをあり明の月かと
見れば月にはあらで白雪のふり
たるゆへに野山のさう木いろも
かはらぬほどなれば月かと見たる
こゝろなり

小倉抄

小倉抄

【ラベル:中院|VI|I77】

百人一首
  定家卿小倉山荘に色紙にをされたり也
右百首は京極黄門小倉山荘色紙和歌也それを世に百人一首と
号する也是を書をろしたは新古今集の撰定家卿の心に叶はす
その故は歌道は古より世を治め民をみちひく教誡の端たりしか
らは実を根本にして花を枝葉にすへき事なるを此集は偏に
花を本として実を忘れたるにより本意をおほさぬなるへし黄門
乃心あらはれかたき事を口おしく思ひ給ふ故に古今百人の歌を
撰し我山荘に書をかるゝ物也此撰の躰は実をむねとして花
を聊かねたる也其後後堀河院御時勅を承て新勅撰を撰せ
らるゝ彼集の心此百首と相同かるへし十分の内実は六七分
花は三四分たるへきにや古今集は花実相対の集也とそ後
撰は実過分すとかや拾遺は相過兼たり由をそ御院申されし能 〻
其一集〳〵の建立をみて時代の風をさとるへき事也彼新古今
をは隠岐国にをいて上皇あらためなをさせ給し事御心にも御後
悔の事伝へしされは黄門の心はあきらかなる物也抑此百首の人

数のうち世にいかめしく思ふものそかれ又させる作者ともみえぬも入
侍り不審の事にや但定家卿の心世人の思ふにかはれるなるへし又古今
の歌読婁をしらすはへれは世に聞たる人もるへき事疑なしそれ
は世の人の心にゆつりてさしをかれ侍れはしゐておとすにはあらさる
へしさて世にそれとも思はぬを入らるゝは其人の名誉あらはるゝ間か
尤ありかたき心とそ申へらん此百首黄門の在世には人あまねく
しらさりけるそれは世人の恨も有へし又主の心に涯分と思ふ哥
ならぬも入へけれはかたく隠密せゝるゝにや為家卿の代に人あ
まねく知事にはなれりとそ当時は彼色紙のうち少々世に残
て侍る也此哥は家に口伝する事にて談義にする事は侍らさり
けれと大かたのをもむきはかりは談る事になれりしゐては伝受
有へき事也此内或は譜代あるは哥のめてたきあるは徳ある人の哥
入れらるゝ也百首は二条家の骨目也此哥をもつて俊成定
家の心をもさくり知へき事とそ師説侍し

          天智天皇
     秋の田の
       是は王道御述懐の御哥也九州におはします時世をゝそれ給て
       苅萱の関をたて往来の人を名のらせてとをし給ふ事あり天子
       の御身にて御用心ノ事あるは王道もはや時過るにやと思召御心
       也
       時過たるかりほの庵にて覚悟すへしとそ猶可尋之此哥は
       上代の風也上古は心たによく思ひ入れは巨細になき多かるへし
       能々余情なるを思ふへき計とそ  山陵・・・といひて
倚庐のこと也 みさゝき也諒闇といひて天下穢する事也/倚呂(イリョ)これもり也
苫(トマ)也     あん内前也天智御父王へはなれまいらせられ/て(き可)篷(トマ)にふし
        壌(ツチクレ)を枕にするといひて天子も親に離れ給てはいた/之(し)きを
       三寸さけて仮に苫を■【葺の異体字【=艹口」月】】て御座也其内にての御涙は秋
       の田の末つかたは庵と荒はてゝ其ひまかる露のもりて袖のぬ
       るゝやうなるとの御哥也只御愁膓の哥也不吉なる哥と巻頭に
       をかれたるはいかゝとの事也
          持統・・

新古夏巻頭
 春過て
   河やしろしのにをりはへほす衣いかにほせはか七日ひさらん
   川社は河にひらいりなといたしてをきたるやう也
   二月既去三月巳来 杜子美【杜甫】か句也此句の心に似たる哥也
   衣さらせり天のかく山と万葉にもよみたる哥をとりたると也
   天ノ香来山天女ノ香モ来ル程高キ山也更衣ノ哥也
  引哥
   大井川かはらぬゐせきをのれさへ夏きにけりと衣ほす也定家
   何も春過て夏きにけりは不及云事なれとも衣ほすてふ天のかく
   山にて聞たる哥也天のかく山の衆の衣をほしたるは春か過て夏か
   来たるそといふ心也
   天照大神天磐戸へ御籠の折に天のかく山の榊をきられさし
   たる故に闇の躰に成たるもてりかゝやきたると也然者電衆なとに
   天のかく山もきかとみへぬかきかとかく山のみへたるはまた過たること也
   衣をぬきたれはこそきかと山かみへたるらんと也白妙の衣をぬき
   て山のみへたるは春か過て夏か来れはこそとの心也
      人丸 天智天皇の時代の人也


 足引の
   限もなく長心也人丸の哥は心を本にして景気自然に至たる人
   人也独歩古今の問と思(は)れたる人也山鳥は山と隔てぬる物也
   尾のかけを合て雌雄か交るを一向思ふ人なくは独ねんか山鳥
   なれは独さてねんかと歎したる也  山鳥のをろのはつおと云は遠
   国から山鳥をまいらせたれともいかにもなかぬ程に鏡をみせたれは
   鳴たると也此哥は夫婦ひとつに居ぬ時の哥也独ある時は山鳥の
   おのなかき夜を独ねんするかとの心也
      赤人 霊武天皇時代の人也宿禰氏也
新古今
 田子の浦に
   万葉に詞書ありて也長哥にある時しくそとは四時也
   万葉山部宿祢赤人望不尽山歌一首并短歌
    天(アメ)地(ツチ)之(ノ)分(ワカレシ)時(トキ)従(ユ)神(カミ)左(サ)備(ビ)乎(テ)高(タカク)尊(カシコキタフトキ)駿河(スルカ)有(ナル)布(フ)士(ジ)能(ノ)高(タカ)嶺(ネ)乎(ヲ)
    天原(アマノハラ)振(フリ)放(サケ)見(ミレ)者(ハ)度(ワタル)日(ヒ)之(ノ)陰(カケ)毛(モ)隠(カクロ)比(ヒ)照(テル)月(ツキ)乃(ノ)光(ヒカリ)毛(モ)不見(ミヘズ)白雲(シラクモ)母(モ)
    伊(イ)去(ユキ)波(ハ)伐(ハ)加(カ)利(リ)時(トキ)自(シ)久(ク)曽(ゾ)雪(ユキ)者(ハ)落(フリ)家(ケ)留(ル)語(カタリ)告(ツキ)言(イヒ)継(ツキ)将往(ユカン)不(フ)
    尽(ジノ)高(タカ)嶺(ネ)者(ハ)

   反歌
   田(タ)児(コ)之(ノ)浦(ウラ)従(ニ)打(ウチ)出(イテ)而(ヽ)見者(ミレハ)真白衣(シロタヘノ)【朱書きで「マシロニゾ」の振り仮名もあり】不(フ)尽(シ)能(ノ)高(タカ)嶺(ネ)尓(ニ)雪(ユキ)波(ハ)零(フリ)家(ケ)留(ル)
   白妙ヲ真白衣(マシロナル)ト万葉ニハアルソ今ナラハ漕出トアルヘキカ打出ト云タルハ
   妙也宗
祇か浦ノ景気山ノ景気何トモイハスシテ妙ナルト云タルソ手ヲ付
   ヌ所ニ千言万語自然ニソナハレリ三躰詩ニ千里鸎啼緑映紅ノ
   此句法也古今ノ序ニ赤人ノ哥ニアヤシク妙ナリケリト見る心也
   つゝト云ニ含蓄シテミヨキハ処ハ田子ソレサヘアランニ冨士ノ高根ソレサヘア
   ランニ四時不変ノ雪ハ也
   田子ノ浦ニ打出テミレハマシロニソ冨士ノ高根ニ雪ハ降ケル
   此哥ヲ取タル也冨士ノ雪ノ躰ヲ田子ノ浦カラ見タル躰也
     猿丸大夫 元慶ノ年号ノ頃ノ人也 近江ノ田上ニ旧跡今ニアリト云也
古今
 おく山に
   是は紅葉を鹿の踏分て鳴を聞は秋か末に成たるとおもひて
   秋か一入名残おしく悲しきそと也
   龍田山梢まはらに成まゝにふかくも鹿のそよくなるかな 俊恵
   此心は梢かまはらさに鹿かこゝかしこゆるきて【寛いでの意ヵ】鳴との心也
     中納言/家持(ヤカモチ) 大伴宿祢旅人子也
新古
 鵲の
   鵲か羽を橋にわたして七夕をわたしたる事もあれとも是は
   さやうにてはなし只霜か天に満たる躰也暁起て空をみれは
   くらき夜に空か白く冴たるを霜のをきたるやうなるを云霜
   満天の心也
   鵲のわたせる橋の霜のうへをよはにふみわけことさらにこそ
   泉大将定国右のおほいとのゝ酒に酔ていたれは此ふけたるに
   いかゝととひ給へはそこにて此哥をよみしと也おほいとのゝことかと也
   七夕の鳥鵲の橋にてはなし只空の事也順徳院は雲のかけ
   はしとの給へり夜ふけて満天の霜に散事たる躰也暁満青
   山■又横陰気勝則凝ゐ為霜ト云たる冬も深くなる寒夜
   の寝覚からなる所也月落鳥啼の心也
     安倍仲丸 《割書:安倍は氏也大いこもりの王子トモ云又舟守の子トモ云是は|舟コク者ニテハナシ舟守ト云人也名字也晴明か先祖也天文道学也》
          《割書:タル者也安陪ハ星のセイ也|》
   なかまろもろこしへ物ならいしにつかいされけるか帰朝の時めいしう【明州】と云
   所にて唐の人別を惜みける時月をみてよめる

 あまの原
   唐明刕にての哥也天文道ト云ハ司天台トテ天地ノ変ヲ司
   トル官也
   ふりさけみれはトハひつさけてみれは也明州の月も又春日山
   にてみたるも月は同し月にて侍るそと也フリサケはふりあふい
   てみる也頭をめくらしてみるは非説也当流は振放(フリサケ)トモ云放はホシヰ
   マヽトモヨム也天地ヲ手裡ニ入テ也只はフリサケミレハトハいはれす三笠
   山と云は神国といはんため也
      喜撰/法(ホウ)師 是ハ哥ノ式ヲ作タル者也宇治ニ住也三室戸也

 わかいほは
   世をうき山と人はいへとも我は住つけたる心かさやうにもなき程に誰も
   住つかねはさやうにもあるべし【此四字左に見消「:」】あれ/に(と)【「に」左に見消「:」】も住つけはたくいなきそと也云なり
   の心はいへともと云心也いへともいはん事をきこへぬやうに云也とよみ
   たるによりて古今の序にも貫之か書たるは秋の雲(月)【「雲」左に見消「:」】の暁の雲に
   あへるかことしと書たる也
      小野小町 出羽郡司小野ノヨシサネカ女(ムスメ)也出羽ノ国ノツカサ也

   花の色は
 此哥面は花をみん〳〵と云て由断したる間に雨にちりてえみぬと云心也
 又我身の年よりたるを我姿なれとも一日〳〵となかめたる間に年も寄
 たると云心也古今第一ノ哥ト云也に文字四アレ共耳ニ立ヌ也此哥一二の句簡要也
                  蝉丸
   これやこの
 会者定離の心也逢者はハナレ生ル者は死スル心也相坂に居たる人ナルニ依
 テ逢坂ノ関ハ知モしらぬも行帰か其躰は只会者定離の躰そと也
 是ニハわかれてはトアリ後撰ニハ別つゝトアリ別ては知もしらぬもとつゝくへき
 也是や此ト云タルハ相坂関ヲ治定シテ也万法一に帰スル心アリ宝鑰ニ云
 生々々々暗_二生始_一死々々々暗_二死終_一云ヲ引ク来々人不知行に人不知ト云ヲモ引
                  参議篁
   わたの原
 和田の原は海也八十嶋はあなかちに八と云心はなけれともいかほとも嶋〳〵のある
 躰也八重要なとゝ云心也嶋〳〵の多キ所ヲ漕舟と也釣舟ならてはさすらへ
 の道すからをみる物もなき程に如此あるそと人につけよとの躰也此篁隠

岐国へ流人たる子細ハある時書をかくとて無悪善と書たると也嵯峨天
皇をそしりての事也ムアクゼント書てさがなくはよからんとよむこれによりて
御覧しとがめられて流罪云々 仁明の時流サレシ也三ノ咎ニ依テ也一ニハ無
悪善二ニハ遣唐使ニサゝレシ時一合舩二号舩ニのらんトテさゝはりと成しと云
三ニハさしたる事にてもなし    俊成ハ姿と云詞と云哀ナル歌ト有
しと也行平のわくらはに問人あらハの心也ソレニハ又違フ歟ト也古今ニ羇旅
ニ入ル也行平ノ歌ハ雑ニ入也
                僧正遍昭
   天津かせ
此歌ハ五節の舞姫をみての歌也昔天武天皇の御時芳野にて天人
あまくたりて五度袖を返して舞たるによりて袖振山と云也《割書:芳野ニ|アリ》
それをまねひて今に禁中に五節の舞アリ五度袖を返して舞《割書:シ|故也》
しはしといひたるにてとゝめ跡の事を聞へき也天津風のつの字ハ
ヤスメ字也
なまえもなき歌ハ遍昭歌ニハこれら計といひつたへたり 乙女ニ
貧着シタル
ト見ルハ悪シ昔ノ天人ソト見テシタフ也
                   陽成院
    つくはねの
常陸国の名所の筑波山ノ水ハそろ〳〵と落ると也泯江始濫觴入楚乃無底是ニたとへてよめり /推(すい)子内親王を恋給ての御
歌也
筑波根の嶺から落る水のやうなそろ〳〵と侍れともつもりてハ淵
《割書:と|なる》
やうにあるそとの御歌也   八雲御抄ニハ名所にてハ無と也又名所ニ入也
衆ノ惣名也 ミナノ川名所也 ミナノ川ヲ少し身ニカレリそと思ひ初しか
次第〳〵ニふかく成也 院の御心に殊勝也一善ヲ 蓄(タクワフレハ)天下ノ善トナリ一悪
ヲナセハ天下ノ憂トナリ微ヲ慎カ簡要也微ヲ慎ムハ皆君子ノシワサ也
                   河原左大臣
  ミちのくの
陸奥スル摺也忍ヲ紋ニ付タル摺ハ乱タル限モ知レヌ様ニ也 我ならなく
ニハそなた故と也そなた故に心か乱るゝを誰故そと思へハそなた故に
と也奥州信夫郡ニスル也乱ルトイハン為也伊語ニテハ我ナラトキル也
春日野ト云タル返事ニハ少々ニテハ成ましき也誰か斗にてか有らんこな
たの事にてハ有ましき也よその人故にてあらんと也古今ニテハ三句つゝく也
            光孝天皇

   君かため
是ハ臣下へトモ云又仁明天皇へノ事共云為其若菜ヲ摘ルヽハ雪ノ頻ニフルヲ
モ思召分ヌソトノ事也光孝天皇五十三マテ御代ヲ知給ハス 其以前ノ御哥也
仁和のみかとみこにおまし〳〵ける時に人にわかな給ける御哥仁和ハ則 光
孝時康ノ御事也 五十五代仁明天皇第三御子在位三年也凢歌に有心
躰無心躰ノ二アル物也 無心所君アリソレハワロキ也 此哥有心躰也心の残ル
ヲイヘリ詞のたらぬを云哥トハ別也 能分別スヘキ也民ノ上ヲ思召タル王道
ノ肝心也ト云衹注ニ雪ハ若ノ方君ヲ思し偏ニ若キ計ヲ堪凌ク由也にて是モ
打ムキテハ只ウチ也光孝ハ五十三ニテ位ニ即給ヘリ殊ニ当代陽成院ハ継躰
ノ君ニモアラヌヲ我天下保ツヘキ計ヲイソカルヽ御心もましまさて其身親王
にての御時いかにも宝秨長久ヲト思給ヘル殊勝ノ義也君モ長久ニ民モ豊
ニト也惣別若菜計ハ人日ニ菜羹ヲ供スル計寛平延㐂ノ頃ヨリ麗ク
公計ニナレルニヤ其例可引勘心ハ所ハいつくそ春ノ野此ハいつそ餘寒ノ
雪中摘人ハ誰カアラウソ親王程ノ人ノヤン事ナキ也カヤウニオリ立
給ハ何故ソ君カ為也人日ニ菜羹ヲ服スレハ其人除万病邪気ト云
七種の羹ヲ供スル物也
     
          中納言行平  母阿保親王   
  たちわかれ
此因幡山ハ美濃国と宗祇註ニアリ又称若院は因幡国トイヘリ いな  
はの山にて都にまつとしきかははやくかへらんニとの心也 俊成の餘ニくさり
過たると也とかへりこんにて《割書:蘇生か|そ制し》たるやう也トソ
いなはの山ハ因州ト
濃州トノ両義也心はとてもまつ人は有ましき也 風躰ノヨキ計入タル也
   
          在原業平朝臣
  千はやふる
是ハ屏風ノ絵ヲよめる哥也伊豫ニ委ハ究タリ磐舟をとはせたる様の
事も神代ニハ有しかかやうに紅葉のちり敷たる河水は紅をくゝるやうナル
事ヲバ不見及不聞及と云心也紅葉のなかれてとまる湊には紅ふかき波
ヤたつらんの心也同時素性の哥也神代ニハ有もやしけん桜花 けふのかさし
におれるためしは此哥の心もかよひたること也二条后ノ東宮ニテノ時屏風
ノ躰ヲよみ給哥也紅葉トモ木葉トモイハス奇特也神代ニコソ神変
もあれと也立田川ヲ唐紅ナラハ何テあらんこと也

         藤原敏行朝臣 冨士丸子








   住のえの
昼コソ人目ヲ憚ル共夜ハ夢ニ成共自由ニ逢スシテ人目ヲよくるハ住江の岸ニ
浪か打テみるやうなるよとの哥也恋ノ哥也あら海荒磯ハ夢モさはかす
は道理也住江は南海なるにそれさへ目モアハヌ也さへやテ力ヲ入テ見ヘシ

                伊勢
   難波かた 
芦ノ節ハ短キ物也てよとやハ逢すして過せとのそなたの心中かと也
此夢の世中ヲさへあはすしてすくすはそなたの心かと也 五文字ニ
君臣あり此哥ハ君の姿のノ五文字也頭ニ置五文字多き物也眼ヲ
昼間の様ニ入ル如ク也元来からを云タル心也みしかき芦のトハいさゝかなり
                              共ト云也

                元良親王
   侘ぬれは
難波のみをつくしにたとへて也只身を尽しても一たひ逢たきと思ふと云
心也 コレヨリフテタル心也 京極御息所への密通あらはれての哥也今から絶
たり共前の名か皆ニハ成りましき也前ニ立名は清メラレヌ物也澪標ハ難波ノ諑
也今ハタ【右横に「将」と傍記】也 迷言躰ノ哥也ワヒヌレハツネハユヽシキ七夕モ

                素性法師
   今こんと
今こん〳〵と云程ニ誠かと思ひて月の始ヨリ月ノ末マテ待程ニをのつから有明
ノ頃に成まて待ゆへ有明の月ヲ待取たるそと也冷泉家ニハ只一夜の在明
によまるゝ也二条家ニハ只春夏を待くらして又有明まて待たる也
月末までの事也
                文屋康秀
   吹くからに
夏はきかと草木かあるか秋に成て枯るハ尤山風をあらしといふかと也
草木の葉もしほれて落たるハけにも荒キ風吹たる程ニト云心也吹
からのからは則也本集ニハ野へとあるを直されてかくいれり嵐の事は秋か本
也羇中嵐ト云形に慈鎮と定家とは如何有へきとあるに後京極殿モ
雅にあそはしたる也山風字をわりたるは他流也木ごとにを梅と云類也
木の柴もあれは風に力ある者也吹からにはふけは則也宜哉山風ハアラ〳〵シキ物也
                大江千里
   月見れは

千々は数々也我身計ノ秋にてハナケレ共身にとりては独事の様ニ悲しき秋ソト也
感時花濺涙惜【右横に 恨 と併記あり 】別鳥驚心【杜甫春望ヨリ十字】 就中腸断是秋天 平等ノ差別
差別ノ平等といへは我身《割書:ヲ|に》とれは誰も〳〵独〳〵と云心也 五文字に精を入
て見よと也月ニハ思ひノ出来物也月ハ陰気ノ性【右に併記】精ナレハ也春男秋女といへとも
秋は男女ともに物思ふ也 一身の秋のやう也只物思へとなれる秋のうへ也ト云
たることく也裏の説カ生死ノ一身〳〵ノ如く也鴨長明かナカムレハチヾニ物し【or ダッシュか。13や 26コマ目に類似線有】
よくとれり 月をみて心緒万端思ひアリ【心緒万端書両紙  伝えたい思いは無限にあるのに、書いた手紙は二枚だけだ。。。 白居易】
                       菅家
  此たひは
宇多御門南都春日御幸の時御供ニテの哥也此度は供奉にてあれは
幣帛もとらす手向ぬそ紅葉を則幣ノ代ニ手向ル ソト也神のまに〳〵
は随意と書てまに〳〵とよむ也万葉ニアリ手向山モ奈良也幣帛と
書て手向とよむ也
                       三条右大臣
  名にしおはゝ
名にしおはゝとは名ニ如此アル程ニト云心也相坂山ニコソ有ラント也さねかつらは
いかなる藪原ニモはひかゝりてあれ共人のしらぬやうにしてくるよしも
かなとの心也 名にしおはゝかよくあたる名にしおはゝ也さねはぬる事也
あすもさね二人の心新勅撰の一集の名か此哥一首の躰也 て【右横に併記○清 】ト
ヨムを沙汰アリ
                       貞信公
  小倉山
宇多御門大井川御幸の時ノ哥也紅葉ちらすして今一たひの御【右に 行】幸ヲまて
かしと也宇多御卿行幸もあらん所也との給し故也 所は小倉山なる
行幸をまつ事もなけれは也紅葉は行幸まては過分也御幸をちらて
まてと也定家の本意也行幸も御幸も
あらん事ニテナケレトモ也
                       中納言兼輔
  みかの原
みかの原は名所也みかの原ニわきてなかるゝ泉川トいひていつみきとイハン
枕詞也いつみきとはいつみたれはかやうに恋しきそとの事也泉トハ又涌
と云心也いつみのわくやうに心に恋しく思ふはいつ見たる故そと也
泉川いつみきとナフツテ【左に「如下」】読つくれは作【左に「如下」】た【它ヵ】る也後拾遺なとは此躰多也

此哥ニハ勝たる也泉川ハ山城也柞森ノ下也新古今ニハ初恋部ニ入なり
又ノ義ニハ未逢恋ナルへキト也そと逢見タル人中絶タルニ人こそあれ我ハ
思やマヌ也昔のみ【左に 如下】さる事ハ昔のヤウニ遠サカル也我忘レヌハいつのならはしそ
逢みぬナラハ年月ヲへたるニハいつみてカヤウニアレハ我忘レヌソト也心に不審
                             シカケタル也
                     源宗于朝臣  
   山さとは
是は秋程さびしき物ハナケレ共山里ノ草木モ枯レハ冬ハ猶さひしさ秋ニマサ
レリト云心也寒天後是人の往還モをのつから絶はてたる程ニ人めも草
木も枯タルト云心大切也 まさりけるニテ秋ノさひしき心は治定シタリ秋ハ
紅葉ヲモ翫トイヘトモ冬ハ慰ム方ナキ心也山里ハノ五文字専要也四時ニ勝
タル冬景ノさひしさ也
                     凡河内躬恒
   心あてに
重語也心アテハ霜か菊かとを思ひ定テ心あて也霜と見て成共おらん白
菊ノ無類ニ霜ハ菊に色を加へ菊ハ霜ニ匂ヲ加へタル躰也菊ト霜トヲ
並へ賞【右に楚】スル躰也  霜霜の降テ菊を枯シタレハ何ヲ菊共知ヌ程ニ心アテ
におらんトノ事也 権夕院ナトハおらはやおらんトハ折たらは折ははつすまし
き程ニ心あてニ霜か降かくす共行ておらんと云也是もキコエタリ
                     壬生忠岑
   あり明の
不逢帰恋ト云題の哥也逢テ帰ランさへ暁ノ別ハ悲しからんニまして不
逢してむなしくかへらん暁ハ別メ【合字?】悲しき程ニ兎角暁程憂物ハ無
ト云心也 ふかき夜の別といひて真木の戸の明ぬにかへる身とはしられし
此哥の心也 顕昭【歌人】かみたるは逢て帰たると云たれ共只定家は不逢
して帰るノ心に叶たると也 此有明一夜ト云義又イク夜モト両義也有明ハ
久しく有物ナレハ強面ト也もし一夜ノ暁ホト【ヲを見せ消ち】世ニ憂物ハナキ也古今ニいつれか勝レ
タルそと後鳥羽院ヨリ御尋ノ時定家モ家隆モ此哥ヲ申サレシト也 
                     坂上是則
   朝ほらけ
吉野の道ニテの眺望也薄雪の降タルハ只有明の月のヤウナルそと也
《割書:為家|さらて》たにそれかとまかふ――   曙とは草木の色もみえわかぬ時分也
其後を朝ほらけと云也 源氏ニモ月ハ有明にて光おさまれる物から影

さやかにみえて中〳〵おかしき曙也是も此哥ノ心也さやかにみえしも明方
は光うすくナレハおかしき影なると也
                    春道列樹   
   山川に
是は早川なれとも風にちる紅葉のしからみかけてをけはそれにせかれて水
もなかれあへぬと也山川《割書:と|を》清(スミ)て云はわろし《割書:チハヤフル神ノイカキ 秋風ニアヘス散ヌル|から錦秋ノカタミ 何モ秋ニ取アヘス散トノ事也》
山風の一村〳〵葉を吹て行躰也上ノ句テ見はてゝ下句テ紅葉ト定ル也
一説ニ山•川ニト句ヲ切テ見ル説アリ入ほか也【「容認できず」的意ヵ】されとも山の景ト川の景トヲ
見ヘキ也川ノ流ヲ木葉ノしからみにてせきかへすヤウ也
                    紀友則
   久かたの
是は春の日は風もふかすのとけきにしつ心ナク花ノちるはいかゝとの事也 花や
【次の行「是。。。ミルベシ」は朱筆にての書込み】
是程ニ長閑ナルニ花ハ何トテシツ心ナク散ソト也下ノ句ニ《割書:コトカ|ナセニ
》ト云心ヲ持テミルベシ
散らんと云説アレ共疑フハ悪キ也只目前ノ躰ナレハ也 変約恋秋の霜《割書:かけたる|ごとし》
此哥のはねやう右に同シ 秋霜トハ釼ヲ云也 季札カ釼ノ古事也釼ヲ
所望セシニ陣へ行砌ナレハ今ハ工遣スマシ皈【=帰】タラハヤラント云タレハ其間ニ所望セシ
人死タリサレ共一度約束ノ事ナレハ彼ノ塚ノ木ニ釼ヲ掛タリシ事也
                    藤原興風
   誰をかも
高砂トハ高キ山ヲモイヘ共是ハ播磨ノ高砂也友トスル人モナキ程ニ松ヲト思
ヘトモそれも事久しき程ニ友トハ成マシキ也 《割書:寂蓮》高砂の松もむかしに―― 
又右ノ心興風カ身上ノ事也老テ友モ知音モナク成タレハ也松ハ久敷友トイハン
トスレハ是も又人間にてなけれは真実ノ友ニテハなき也世間皆此分也
                    紀貫之
   人はいさ
是は貫之初瀬へ参る時坊をかへて侍れは懇にあるといへども心の中は知ね
ハ花ハ只昔ノ香ヲ匂ふ【他動】かあるしの心はいかゝと也
                    清原深養父
   夏の夜は
夏の夜はよひかと思へははや明る程に月はさて雲のいつくにやとるそと云
心也聞えたる躰也      誠によひのやうなるやかて明る物也をさへていひ
たる新儀也況や月に向たらは短からん也 雲のいつこと云たるか西日也月
の匂ひになる也

              文屋朝康
  白露に
露ニ風ノ吹シケハ元つなきとめす散躰也風なきニさへ也風はつよく露は
ふかくなりまとまらぬ也つらぬきとむる物あり共風は心をとめよと也
古今ニモ義なしと云哥に心をとむる物そ
              右近
  忘らるゝ
千々の社ヲ引カケテナト誓タルヤウナル事也是ハ我忘るゝ事ハさてをきてちか
ことをして契タルニ誓言の上をたかへタルハ却而其人ノ命カ思ハレテ惜キソト云心也
かやうに云中ニモ命たにあらは又逢事もあらんニト云哥也 源氏にも千々の社モ
くちなれ給ぬらんと云心也
              参議等
  浅ちふの
篠原にをく露ハ何と忍はんとスレ共見ユル物なるニよりて只我恋もその如
につゝむとすれ共目ニモあまりてみゆるそと也 我心に忍ふと知たらはなと心に
あまりては恋しきそ也 なとかのかの字に心を付て見へし
定家卿なをさりのをのゝ浅ち――  なとか人の恋しきを本歌にしてヨメル也
              平兼盛
  忍ふれと
涯分我は忍ふと思ひシカ物ヲ思かと人のとひしにおとろきてさては物を思ふと
みえたるよと驚たる也 物や思ふと人の目ニ立タルヨト忍むねに刃をかけたる也
              忍の字心《割書:ムねに|》刃《割書:ヤイバス|》 堪忍ノ心也
              
              壬生忠見
  恋すてふ
天徳哥合ニ前哥ニつかひたる也人知ず忍ひたると思ひしかはやく我名のたつ
やうは人かはや知たるかと也つゝむとすれと隠なくみゆる物そと也
後撰より拾遺にはよき哥あり 哥合のつかひに入たる也同つかひに是かすくれタル 
也ちとも色にはみえぬか世には沙汰する名か立也またきははやく也我心より
もるゝことは有ましきか也 思ひそめしか こそに一ツかの字有也一ツハかの字ヲ
                         をかぬ也
              清原元輔
  ちきりきな
《割書:右【古か】|》君をゝきてあたし心を我もたは末の松山波もこえなん 男女によみたる
哥也此哥は夫婦かはるましき―【左に「如下」】 たとへかはるとも松の梢を波の《割書:こす|事》

は有ましき物也然はある朝とく二人出テ海の躰なかむれは松は此方ニあり海は
松よりむかひにありされは松の梢をこす様にみえたるにその時男あれをみよ
はや梢を波かこすほとにかはらんそといひてかはりたる時の哥也かたみトハ互に也
互にいかほとかためたれは末松山波こさんとはしらす浪のこえんまてといひしを
悔しく思ふ躰也程なくかはりたるを云躰也  心かはりたる女にとあり
松山には中の松主の松といふかある也山といはねとも也かはりたる人はとるにてなし
人のあたなるを知つゝ我契たる心か曲事也我をせめたる詞也
                  権中納言敦忠
  あひみての
是は逢てからは猶恋しさが満さる程ニ昔ハ一度ト思ひシハ思ふうちにてもなく侍
しと也又は忍ふといひてヲヤ〳〵とスル程ニ昔あはす侍し時は物ヲ思ふにてもなし
と云心也    思ひのきさしては興をみんと思てかけをみては詞(コトハ)を通はさんと
思ふ詞を通しては一夜と思一夜通しては我領ニせんと思又逢初ては人目名ヲ
つゝむ此か思也我胸中をあらはしてみせん用に恋の哥をは多く入ル物也哥ノ本
意は恋か本也胸のあくたを取出ん用也世間も如此也世俗の欲には
いたゝきのなきと云心也
                  中納言朝忠
  あふことの
逢ふ會恋の題也 一度逢ての哥と也中〳〵一度もあはすは人をも身
をもうらむましきに中〳〵逢初しは恨と成たるそと也
東ノ常縁か云たるは一且の事に心得ル無曲也うはつらにてみんはおしきト也
世中ニたへて桜のなかりせはと云たると同意也中〳〵ニト云事はたゝはいかぬ也
五文字ニハ一向よまぬ也自然にみるへき也
                  兼徳公
  あはれとも
そなたには忘られて又人にもとはれねは身の徒に成て居る也そなた故に人も
表といはねは只身は徒に成そと也向ノツラキ人ヲハ云マシキ也公界ノ人ノ事也
相思中ならはこそあらめさあらは身は。。。し ヌヘキ也
                  曾根好忠
  ゆらのとを
紀伊国一段あらき迫門也楫を絶テ舟を浪にまかせて置たる様ニ我恋は頼
方ナキト也 殷高宗傳説 ̄ニ若渉_二巨/海(川)_一以_レ汝為_二舟楫【一点脱ヵ】―傳説ヲ大切ニ思フ心《割書:聞エ|タリ》

                 恵慶法師    
   八重むくら
河原院にて荒タル宿ニ秋来ルト云心ヲ人ニヨミケル時ノ哥也 とふ人もなき、、、
此心也 人ハ茂レル宿へハ問モこねとも秋は尋テ来ルソト也 融公ノ跡ヲ思ひての哥也
人ノみえぬ事ニテハなくて秋さへ来るよと也 人はみえねと秋は来るとみたるハ浅き云也
                 源重之
   風をいたみ
つれなき人を岩になして浪を我にたとへたり何といひよれ共岩に波のうつ様ニ
ヨリテハ帰ルト也風ニハ猶岩ニ波ノ荒也又岩を人にたとへ浪を我身にたとふるは荒ト
云心モアリをのれのミト云ヲ我からト云ニ立入みるへき也風をいたみに又心をつけよ
世に思といふ者あれは也
                 大中臣能宣朝臣
   みかきもり
御垣也禁中の御垣のキハニテ【右に「節会ニ」並記あり】焼火也右衛門左衛門か役にして焼也衛士ハ衛門
と云心也士ハ男トよむ字也衛門ノ男ト云心也その火は夜節会ニたけはその火の如
ク夜はもえ昼は消つゝもゆる思ひそと也  私云節会ニ不可限事也 不行有ヘキ事也
                 藤原義孝
   君がため
後朝恋也 是は君がためならは命はおしく思はね共逢初てからは今一度あはん
と思ふ心に命もなかくほしきと也前はおしまぬ命を今は又逢事も如何あはんとおし《割書:む|躰也》
一たひ逢ならは命はおしましと思ひしか逢てからよくぼり【「欲ぼる」より】出来たると也 君かため
といひたるかちとふり【「古り」】たるといへともそれにて簡要なれと也
                 藤原実方朝臣
   かくとたに
さしもしらしなといはんための序哥也えやはいふきといふにえもいはぬと云心あり
弓ニイタメル鳥ハ曲木ニ驚ト云心也怨セルモノハ其吟かなしむ也
えやはいふきのはえいふましきと也又伊吹山にさしも草ありそれによそへて也
如此思へ共え云ましきもゆる思の程をも心一にてくらすとの心也もぐさは火
をつくる物なるによりて如此也   行成卿ノ冠ヲ禁中ニテ此実方打落シタル人
也惣別心の異ナル人也其故ニ流サレタルト也  此哥は恋ノ哥也
                 藤原道信朝臣
   明ぬれば

女ノもとにゆく 如此ノこと書也 明れは又暮る物トハしれとも先朝タカ【夕方カ】うらめしきと也
今朝夜の明たるやうに又くるゝものと有ましけれ共先明るかうらめしきと也
夜をへたてたまさかの事にてはなき也夕顔ノ巻ニあやしうひるまのへたてもつらう
といひたる同心也【右に「哥」カ】かへるさの道やハ•••••••三代ノ宗匠ノ哥モ玉葉風ニ入レハ其躰ニ成也
                 右大将道綱母
   歎つゝ


《割書:拾遺 兼家公|》入道摂政まかりけるに門を ヽそく明けれハ立わつらひてといひ侍りけるに 是は
門を明る間さへ立ちわつらふと侍しか歎きつヽ独ぬる夜の明るまはいかに久しき心の
うちとおほしめすそとの述懐哥也 よひから独ねたるはいかほと久しきか門を
明る間さへその分にいひ給ふにと也
                 儀同三司母
   忘れしの
中関白道隆かよひそめ侍し時とこと書ニアリ是は人の行末まて忘るましき
事はかたき程ニ只忘られぬさきにけふを限の命ともかなとの事也忘れぬさきに命を失たきとの事也
                 大納言公任
   瀧の音は
大覚寺に人〳〵まかりたる時にふるき瀧をみてよめる是は瀧のふりたるなから人は只
名を思へとの心也名は末代との心也《割書:人ハ一生ハ何をしてもわたるへきか名は万代に|わたるそと也》

行【右に「哥」と記す 『行く末を 思へばかなし 津の国の 長柄の橋も 名は残りけり』 源俊頼】末を思ふもかなしつの国。。。此哥によくかよひたると也  孔子ノ時西豹(セイハウ)
ト云者何ニテ成共名ヲ取タキト云シ者也悪キコトヲシテナリ共名ヲ残シタキト云シ也
                 和泉式部《割書:イ越前守能近(ヨシチカ)女又権中納言泰平女|又大江雅輔(マサチカ)女》
   あらさらん
心ち例ならす侍し頃と詞書ニアリ 和泉守橘道定【右に「貞」併記】の妻ニ成たるニヨリテ和泉
式部ト云也 例ナラネハ命モ知ぬ程ニ此世ノ外ノ思出ニ今一度逢タキトノ心也
                 紫式部
  新古
   めくりあひて
詞ニわらはより友たちニ侍し人の七月十日頃月にきほひてかへり侍りけれは
きほひてはあらそひて也そと友たちに逢て別たるはさなから雲にかくるゝ月の
やう【ゆく?一行目参照】なると也雲隠ト云詞哥ニハなよみそと也めくり逢てみたるをそれかそれにて
はなきかと思ふまに又別たる程に雲かくれにし月にたとへたり
                 大弐三位

   ありま山
かれ〳〵なる男のおほつかなくなんといへるによめる   いてそよとは我をなとかめ
そと云心也ありま山の笹原を風のそよ〳〵と吹やうに不断人を忘れぬそとの
心也いてそよもいてと云心也 心をうこかいて云詞と也いはんやうもなき詞
風吹はと云たるか用に立と也人かおとろかすともおとろくましきと也
            赤染衛門《割書:赤染は姓也赤染時モチ女|栄花物語作者也》
   やすらはて
中関白少将に侍りける時はらからなる人にかよひて物いひわたり侍けるたのめて《割書:こ|さり》     
けれはつとめて女にかはりて  猶豫と云はもの物を思案したる事也やすらはて
とは猶豫せすしてと云心也思案せすしてねんする物をと也来んかと待し故かたふくまての
月をみしに只ゝ思案せすしてねん物をと也
                小式部内侍
    和泉式部丹後国に侍りける時都に歌合の有けるに小式部内侍歌よみ
    侍りけるを中納言定頼つほねのかたにまうて来て歌はいかゝせさせ給らん
    丹後へは人つかはしけんや使はまうてこすや心もとなくおほすらんなと
    たはふれて立けるを引とゝめてよめる

   大江やま
惣別小式部はよき歌をよめとも人か皆母和泉式部か代によむと疑しを腹を
立て中納言を引とめてよみて侍しにさては此程のも一作りといひて人の奇
特かりたると也使はこぬかと問しにまた文さへみすとよみたる也
文に《割書:はしとよそへ|たる奇特也》                          伊勢大輔
   いにしへのなら
一条院の御時ならの八重桜を人のたてまつりけるをおまへに侍けれは其花を
給りて歌よめと仰られけれはよめる お前に侍けれりとは伊勢大輔か事也
いにしへのならの都の八重桜かけふ又九重に都へ参りて匂ふそと也八重と
いひて又九重と云詞奇特也 《割書:又宗祇は八重桜九重とあたりて見へ■すと云一段|とそこに詞を入し也》
                清少納言  枕草子を書人 
   よをこめて
はかるはたばかる也 大納言行成物語して内の御物忌にこもれるとていそき帰
てつとめて鳥の聲にもよほされてといひけれはよふかゝりけん鳥の聲は函谷
の関の事にやといひつかはしけれは是は相阪の関といへりけれはつかはしける 此歌は
行成卿に対してよみかけたる也清少納言は女也 孟嘗君かはかりことをして

函谷関ヲとをりたる心也 とても鳥よりさきに帰りたると仰られたるにも人はあ
はぬとは云ましきゆるすましきそとの事也はかるともとは計事也相坂の関ヲこ越
る斗をはゆるすましき也 伊語世【こう読めるが意味不明】に逢事かたきと云も事外と云は非也 源氏に
いつれかきへねならんたゝはかられ給へかしとあり夜をこめての五文字中ありゆる
さしの志文字ゆるされましきとなけくじ也 為家のふかき夜の別といひて真木
の戸の明ぬにかへる身とはしられし 是は我思ひありて帰るをは人しらす明ぬさきに
別てかへるかといはんとなけく也 
                 左京大夫道雅
   今はたゝ
伊勢斎宮わたりよりのほりて侍ける人に忍ひてかよひけるをおほやけ
にきこしめしてまもりめなとつけてけれは忍ひにもかよはす成にけれはよみ
侍ける 是はおほやけの御沙汰に成たるほどにまうはやあひ侍らん事も
なるましき程に此分と云事をせめて人伝ならて直に子細を今一度申入
たきとの心也     又或説には宗祇説也 三条皇女前斎院に
道雅の宮通露顕して消息たヱての歌と也 私此事正説也
                 権中納言定頼
   朝ほらけ
人丸武士の八十うち川の――  是は人の氏か多といはんとての八十也網代木
は魚をとる物也聞えたる躰也河へにたえ〳〵あらはれたる躰也網代の眺望
也晴間の稀なる躰たえ〳〵にあらはれつかくれつする躰也師説に
人丸の
武士の八十うちをふまへての歌と也 ほの〳〵とあかしの浦の歌
におとらぬ也世間の
躰也其理をしれと云心何かとるへき事もなくすつへき事もなき也
                 相模 《割書:相模守大江公 資(すけ)女 又公資妻にし|か侍従と云し人 入道一品宮 女房》
   うらみわび
此歌は片思なれば袖とほさぬさえ悲しきに又名まて朽はてさせん
は弥おし
きと云心也奇特なる詞也 源氏ににくからぬ人ゆへにはぬれぎぬもきま
ほしきといひたるはひとしい人との事也袖こそくちんと思ひしに
それはまたあるに
名は朽はてんと也相思はぬと云事は歌の面にはみえぬと云か恨侘にて聞えたり
                 大僧正行尊 
   もろともに 
大峰にて思ひかけす桜の咲たりけるをみてよめる 花をも我ならてみる物も 
なし又我も花ならては友とする者なき程にもろ友を衣と思へとの事也

             周防内侍  
   春のよの
二月はかりに月のあかきよ二条院にて人々物語などし侍けるに周防内侍枕
もかなといふを聞て大納言忠家これを枕にとてかひなをみすの下よりさし入
侍ければよめる 只春のよのみしかき間の夢はかりに曲なき名をなかさんはかひ
なきと也大納言返し契ありて春のよふかき――
             三条院
    例ならすおはしましける比月のあかゝりけるを御らんして
よま《割書:せ給|ける》
   こゝろにもあらて
心にもあらては御位をさられたらは御命なからへて侍とも禁中の月は恋しく
おほしめさんするそとの歌也 又此比也の心也下の心は万々歳と
おほしめしゝを
思ひすて給なり思ひすて給雲井の月もなからへは恋しくもあらんと也
             能因法師 《割書:天地の機に通したる|作者也》
   あらし吹 
上古の正風躰【伝統的作風】は是等也末代に正風と計意得てはあまり歌は力なくなる也
三室の山の紅葉をみて立田川を思ひやりたる一嵐のはけしくふけるを
みて紅葉は惜けれとも龍田川の錦を思ひゆるす也龍田川にてみたると云
時は水上の嵐は此立田川に錦をしかん用也後撰にはいはせの山か近きと
あり古今には三室とあり
             良暹法師 住大原 《割書:思ひやる心さへこそさひしけれ|大原山の杜の夕暮》
   さひしさに
みえたる躰也嵐吹みむろの山のもみち葉はの歌の心によみたると也 定家卿
秋にたゝなかめすてゝも―― 此心もかよひたると也さひしさに宿を出てみ
れはいつくもおなしきさひしさの秋にてあるそとの歌也 さひしさに住かへ 
てみはやと思へはいつくも同し秋そと也  世上也身を定かぬるかわろき
事也さひしさの心を知たりの事也 三界唯一心也眼を入て世出世【世間と出世間】にかよ
はしてみるへき也
             大納言経信 此経信は人丸かといひ《割書:し|人也》
   夕されは
田家秋風と云題也 夕/去(サレ)とかく也  只門田の稲葉の風かやかて芦の
丸屋に吹たると也夕され冬されといへは/は(ワ)とならてはせかね共されのとあるは
慈鎮和尚夕されのあはれをたれかとはさらん柴のあみ戸の庭のまつか風

門田の稲葉のそよめくはあしの丸屋の秋風になりと一也 師説に昼は寝寞
たる芦の丸屋也夕に成たれは風の吹く人の音信るやう也と云
                 祐子内親王家紀伊
   音にきく
俊忠卿人しれぬ思ひありその・・・此哥の返し也あたなる人とたかく聞たる
ほとにそのやうなるあた人の浪はかけましき袖のぬるゝほとにと也かけしや
はかけましき中〳〵あたなる人は思ひの種そと也
                 権中納言匡房
   高砂の
眺望の桜と云題也けふよりは霞なたちそ桜が咲たる程にと也霞たち侍ら
は桜をかくすへきと也此哥は判の詞に足つまたてたる哥とかきたると云々
おちつかぬ心かと也   能因か哥よりは文かあると也
                 源俊頼朝臣
     祈(イノレトモ)不逢
   うかりける
逢やうにと色〳〵祈リタレハ結句はツレナクはけしく成たるはいかにと泊瀬に
恨たる躰也定家卿哥妙の作意と称歎し給しと也 忍ル恋と俊成
のもあり住吉の物語より初瀬に恋を祈る也 定家の心ふかくて詞を心に任せ
たる哥と也 年もへぬいのる契ははつせ山の類也
                 藤原基俊
   契をきし
僧都光覚維广会の講師を遂し人の父 講師事天台は永宣旨南都
は藤氏の私の下知也 基俊は俊成の師也 新撰朗詠は此人の撰也
千載ニ から国にしつみし人もわかことく三代まてあはぬなけきをそせし
是は卞和【べんか=人名】璧の古事そ   文帝好 ̄ハ_レ文 ̄ヲ臣好 ̄ム_レ武 ̄ヲ景帝好 ̄ハ_レ美 ̄ヲ臣皃醜 ̄シ陛
下好_レ少 ̄ク臣已老 ̄タリ是以三代不遇也
させもか露 よもきの露也  僧都光覚維广会の講師の請を申ける
をたひ〳〵もれ侍けれは法性寺入道前関白太政大臣にうらみ申けるをしめちか
原のと侍ける又のとしももれにけれはよみてつかはしける 十月十日の事也
十月十日ははや秋も皆に成たるほとにことしの秋も又講師の請にもれ
たる事あはれなるよと也維广会十月十日ヨリ十六日まて也
      《割書:此第 宇治左府頼長公ハ詩哥ハ優立ノ|道国ヲ治ル用ニハ不立トテ終ニ不称云々》法性寺入道前関白太政大臣
   わたの原

海上眺望の歌也辺頭上皆ほとり也上ノ字は海路ノ心アリ祇説【宗祇説ノ意ヵ】眺望
ノ哥ハ景気にてはてたる物也 春水舩如座天上ト云名ハ我也是はうち
からみたる也 漕出てみれはニ力入たる也今朝出たる事も不見行さきも云え
ぬ也秋の長天ト共ニ一色也ト云たるト同し わたの原ハ海也みえたる躰也
舟を漕出テみれは白波か雲にまかふ躰たゝ眺望也
                  崇徳院
   せをはやみ
早き瀬の岩にせかれて落るやうに我思ひもせきあくれはわれて末にあふ様
に我もあはんと也 われてはわりなくして也 又ノ義ニハ別てもとみるへき也岩ニ
せかるゝかわりなくして也又別てはいくすちに成ても也我なからはかなき心ト身をせめたる哥也
                  源兼昌
   あはちしま
関路千鳥と云題也須磨の浦ニ旅ねヲシテ度々千鳥の鳴を聞て旅は只サヘ
ね覚かちなるに所はすまにて海士の家たにまれになんと源氏にもかける所
なれはわか一夜さへあるに関守はさこそとあはれみたる也此ぬはをはんぬ《割書:にても|なし》又ふのぬにても中〳〵なき也    也足云此心ハいく夜ねさめぬらんと云義《割書:なる|へし》
                  左京大夫顕輔
   秋風に
是を只いつもの月とみれは曲ナシ雲ノ絶間カラ見レハ一かと【一廉】心かさてト驚キ
テ面白ク一段ト影もサヤカナルヤウナルト也悪キ事アレハ善事ヲ思知心ソト也
新シク光ノアル所也 上句か詮也春の句えは雲も霞ニうつもれ又陶淵明【三字見消 右に東坡也】か
夏雲【○の横に多が付記】多_二奇 ̄峯_一ト云 冬は猶かはる也 秋は八月・・・ 雲か乱るゝ物也うき〳〵
と浮立たる雲かおほき者也 源氏に雲かくれたる月の俄にさし出たる
と書たるニ同し雲ナキ晴天ヨリモ光アリ 月 ̄ハ在_二浮雲 ̄ノ浅 ̄キ処_一 ̄ニ明 ̄ナリ【左に朱で「ハ」「アリテ」「ウンニ」「アサキトコロアキラカナリ」――返点変更ヵ】ト同心也《割書:■|■■》
《割書:小路名ヲツクハ一段賞翫ナリ仙洞ニテハ|上臈分ヲ衆チ■■■■■》
                  待賢門院堀河
   なかからん
後朝恋也本集ニハ恋ノ歌と計【ばかり】あり千載にては後朝也集をみる法に
題に准する也 心はなかく契り末まてとをらんもしらね共けさは只心も乱て
物を思ふそとの心也 我心のはかなき也人のなをさりことせんもしらすしてわか
あやまりの有そめしか曲事也なかヽらんは人の心乱てはわか心也
                  後徳大寺左大臣【左に、「コ トク ダイジ ト■ツクル也」】【下に】惣別ハ天子ノヲ後(コ)ヲ|音【?】ニ云ソ》

  時鳥
暁聞郭公と云題也待〳〵ていく夜もつれなくて過しか只一声なきたる
跡をしたひて出てみれは只有明の月はかり残りて郭公は跡もなき也
■■■一声は夢ニまきれし時鳥遠さかるねをさたかにそ聞《割書:是も名残を|云たる哥也》
残月満_二屋樑 ̄ニ_一猶疑 ̄フ見_二顔色_一 李白ヲ杜子美【=杜甫】夢ニ見て名残【=形見】を作タル詩也【「夢李白」(字句異同有り)】
               道因法師
  思ひわひ
さても〳〵命はつれなき物也人の憂ニモまけす涙は落なり【落るかヵ】 命はさてつれなく
人のうきにもかつそと也涙はまけてこほるゝか命はなからへてあれはかつそと也
逍遥【=逍遥院】 我身より外の物なる涙かな 心をしらはなとこほるらん
               皇太后宮大夫俊成
  世の中よ
是は只うき世かいとはしさに山の奥へ引【右横に「コモラント思へ共ナルヘシ」】こもれ共又山の奥にも物侘しく
鹿かなけはそこも隠家に定めかねて兎角世中をのかれてゆかんみちは
なきそと也塵中にゐてもはうき世にゐる事也とかく思ひ入へキ山の奥《割書:モナシ|ト也》
               藤原清輔朝臣
  なからへは
次第〳〵に昔を忍ふほとに今のうきと思ふ時代をも又是より後には忍
はんするかとの心也 万人の心ニ観せん哥也一栄一落ト頼ム物也所詮行
末とてもたのみなしと也下句にて答タル也いひつめたる哥なれ共余情ある也
【本首説明の上部欄外に、以下の注あり】
此引■■■■是書ニス
唐太宗時奉
倫カ天下ハ二度
立直スマシキト
云タルヲ魏徴
カイヤ天下ハ
二度治ラント
云テ遂ニ治ル也
恨魏徴奉倫
不相並ぶコトヲ
               俊恵法師
  よもすから
物思ふ頃の明かたき也人こそあらめ閨のひまさへ明かたくつれなき也いかにし
たる事そと也是は物思ふ頃の物なるそと也 人はツレナキ程ニ待身テもなしされ
は打とけてねられもせす仍閨ノヒマモツレナキ也  須万【須磨】の巻につらからぬ物なく
なんといへり  頃と云字にていく夜も〳〵といひたる心か知レタリ さへの字感アリ
   月前恋         西行法師
  なけヽとて
月の我に物を思へとの事ニテモナキニ月に対して涙ヲ落スハ月をかこち
かほなると我なからは【恥】つる也 対月明莫思往事損君顔色減君年 【白居易「贈内」語順異同有り】
楽天か送内詩也 よくかよひたる歌と也 人の心持也人の本心たに不動はかや
うにみるましき也 外よりは不来者也 月ニは只の物さへかなしき【左に見消「:」】きにと云也

                寂蓮法師
   むら雨の
いかにも深山の躰也霧の立のほる躰は村雨の露もまたひぬ霧ののほる躰
面白との心也 一義ニ槇の葉ニ時雨ふり其跡ニ露をき又其跡に霧か立
のほりたるといひたる也東ノ常縁は深山ノ一段奥に心ヲなしてミヨトと云シト也晴レ
はつり残テふらんトテハ又のほる也手のつかぬ哥也雨ニ露をよむは今は非也
雫也是も雫ナレ共露ノ如ク也
                皇嘉門院別当《割書:別当は女別当也|其御所ニテ物ヲ司トル人也》
   難波江の
是は身を盡しても又逢たきと也難波ニ澪標と云物始リタリ旅宿ニテ一
夜ノ契忘カタキ様也 《割書:トマルヘキ身ニテモナシ同行セン人ニテモナケレハト云心也|》
                式子内親王
   玉のをよ
命なからへは忍ふ事もよはりて名のたたんほとにそのさきにたへよと玉のをに
いひかけたる也こらへ(堪ゑ)【「こらへ」の各字左に見消「:」】性ノアル時命絶ヨト也 難逢恋は命を軽んする也
忍恋は同心にあらはとよむ物也世を憚て互に心はかはしなから也
もやせんとよまん哥也もそすると治定したるか一段也玉ノ緒《割書:コヽコニテハ|命也》
                殷富門院大輔
   みせはやな
海士の袖はいつもぬれてあれとも色はかはらぬか我袖は紅涙に色もかはりたる程
にそ此を人にみせたきと也人とはむかひをさして也 をしま二にわたる時は
清カヨキ也【注】海士の袖はめくり塩くみぬるる物也され共色ニハそめぬか我袖ハ涙
の紅にて色かわりたると也四ノ句にてきる哥也たにと云にて恋の哥になる事
多き也 涙の紅の計は舜ノ后娥皇女英より起ル也 大和物語ニモアリ伊語【 コマ20にも】
にいまのおきなまさにしなんや
                後京極摂政前太政大臣
   きり〳〵す
霜夜のさ筵に衣かたしき独ねんかと也蛬の鳴霜夜の侘しき折から
をよひたる也 新古ニハ秋ニ入立ニ非ス 天然ノ宝玉也古語テ天然也新涼
ノ時分ノそゝろさむきさへあらんニ蛩ノ声ニサテ独ねんかと也毛詩ニ九月ニ
蟋蟀入_二我床下_一トアリ人丸の山鳥のおのしたり尾と云ニおとるましきと也
                二条院讃岐
【注: 小嶋とはかり云時は嶋を濁る。松嶋や小嶋と二にわたる時は嶋を二なから清てよむ也。(幽斎抄)】

   わか袖は
寄石恋也之来寄恋大半ノ物也縁多く成たかる物也沖の石よしいた
つらに人のしらぬ心をよく尋ね出したり沖の中にある石はかはくまもな
き物なれはそのやうに我恋はあるかと也 尾呂(びりよ)ト云石大海ノ水ヲ呑
又吐出スニヨリテ海水増減なきと唐ノ引斗【「知識の抽斗(ひきだし)」的な意味での用法ヵ】ニアリ此心ニカヨフ歌也
                 鎌倉右大臣
   世中は
世中の躰は只渚ヲ漕舟ノ如シト云心也常ニモ等也漕行舟ノ跡なき様ニ世中ノ
躰も常ナキニタトヘタリ只漕行舟ノ江のことしト也世中を何にたとへん――
みちのくのうらこく舟――ニ是を取テ心ハ漕行舟をとり詞ハ綱手かなし
もをとる旅中ニ入無常ニテハなし常ナキ事ヲ観スル時ノ哥ナレハ無常ニ入ヘキ也
綱手漕之【?】無常を観したる也旅のゆから思ひ出たる也又しかも景気をおしむ
心あり洗こく綱手ハ入とり引とるいはて不時也是作例也
                 参議雅経
   みよしのの
別ノ事ナシ奈良ヲ故郷ニなしての事也みよしのの山の秋風か更たるニよりて
故郷さむく衣をうつと也 古今故郷さむく成まさる也の雪の哥を秋になしたる也
あたらしき也衣うつ声ニテ夜寒をもよほす也
                 前大僧正慈鎮【慈円の諡号】
   おほけなく
おほけなくは不及と也うき世天下の人に我は墨染の袖をきせてをくと也
一切衆生の祈を毎日すれは墨染の袖をおほふそと也それは不及事なれ共
と也わかたつ杣に冥加あらせ給への心也護持ノ二間ノ夜居せらるる事也
天下太平聖朝ノ御祈は不及中万民快楽を祈る也戒徳も到らすし
ておほけなきと也され共山にすめはそと也我たつ杣は叡山也墨染の袖
を住かたを両【?】にみるはわろし
                 入道前太政大臣
   花さそふ
庭にあらしの雪のやうに花のふるをみてその雪ならて我身に(も)【左に見消の「:」】たたふり
行かとの心也別の義なし 散はてたる花はいたつら物になる也といへとも
年〻歳〻花相似歳〻年〻人不同ノ心也人は紅顔にもならぬ物也
又こん春も花はさく也




                   権中納言定家
  来ぬ人を
こぬ人ヲまつは浦ノ塩ヲヤク様ニ身モこかるゝと也まつほ名所也まつほのうらト
いひ出しタルニよりてしほ以下奇特也夕なきハいかにも静なる躰也
万葉ニ長哥アリそれを以てよめり 思い出の折たく柴のと云哥のやう也
こぬ人をまつほト云タガヨキ也もしほのの文字に其様(ソノヤウ)にといふ心にをく所
おほしこゝも其様(ソノヤウ)也夕なきととれる妙也煙の深キ心ヲとれりもしほやく
やうに身もこかれつゝ也此哥心あるへし
                   従二位家隆
  風そよく
寛喜三【詞書きには寛喜元年とあり】年女御入内の屏風によめり 風のそよく楢の葉を秋そと思
へは御祓をするにて夏と知たる也 夕みそきするならの小川。。。。。。
此哥ニテヨメリ ならの小川みそきをしつけたる所也 風のそよくなら
の葉のあたりまことに然へし
                   後鳥羽院 
  人もおし
人をおしきとおほしめす故に物をおほしめすほとに又人もうらめしきたゝ
その故ハ世をおほしめす故そと也 漢高祖ノ流涙切_二/丁公_一 噛
牙封_二雍歯_一 此事ヲヒケリ此住紛にノ間略しや■
如此高祖の云テ
侍るそれも何故ソナレハ世ノ為ヲ思フ子細也如此し【?】時ハ人もおし人も
うらめしの哥よく心かよひて面白との事也 平家の裏タルかはりナシハ
武士の勲功ニほこる間一世ノ間此御心アリ忠ある者ハおしく一人の上にも有
へしとり所ある者ニキズモアリ  此院顕徳院と申奉る仁治三年
ニ後鳥羽院ニ改められ侍り
                   順徳院
  百敷や
天下を治られたきかいかにも人の心とは濁ほとに兎角昔は忍ひても〳〵
あまりかあるそと也ふるき軒はの忍ふといひかけたるは昔をいはんとの
作意也
唐太宗以三鏡天下を治るといひし也 銅鏡(アカゝね)【左に「トウキヤウ」】 人鏡(ニンキヤウ)古鏡 昔の事よき
事を手本ニするか古鏡 人鏡ハ人のよき事を似する也太宗の臣下魏徴
と云者死タル時一鏡を失ト太宗の云レシ也ソレヲ万似せラレタル故ニ
一ノ鏡ト也魏徴ハ
        唐ノ代ヲ治メタル者ナリ

  《割書:写本云| 本云》
   元亀三年二月十七日

   文禄五 閏七 廿ニ【右に「巳刻」】書写了一昨■立筆昨日不書也 此間此百首
   ノ抄三部書写了本伯卿所持也  《割書:小町歌以前先に【?】立筆了|》
   也足子■㊞

九十四番 参議雅経

【右丁】
参議雅経(さんぎまさつね)【經】
見(み)よしのゝ
山(やま)の秋風(あきかぜ)
小夜(さよ)
 更(ふけ)て
ふるさと
 さむく
衣(ころも)うつなり

【左丁】
    九十四番
此心は所はみよしのゝ山の秋風にさよふくる
ころまでみゝをそばだでゝきけば秋のあは
れのせつなるにことにふるさとにころもうつ
なるきぬたのこゑしてひとへ
にひとりねのさむきをたへ
かねてあかしたるていなり
きり〴〵すなくやしもよの
歌のこゝろにおもひめ
ぐらして見はべ
るべしあはれ
  ふかし

【画面右下】
㊞㊞香蝶楼【樓】
   豊国【國】画

九十二番

【右丁】
二条(にでうの)【條】院讃岐( いんさぬき)
我袖(わかそで)は
 しほひに
見(み)へぬ沖(おき)の
  石(いし)の人(ひと)こそ
 しらね
かはく
 まも
  なし
【左丁】
   九十二番
此心はしほひの時だにあらはれぬ海中の石
のごとくうき人ゆへ【ゑ誤カ】わが袖の夜るひるか
はく時なくなげきつゞくるをわが思ふ
人はしらぬと也しほひに見えぬとよく
たとへいだしたるところきめう【奇妙】なり
しかもうたのさまものつよくして
あはれふかし人こそしらねとは
わかおもふ人はしらねども
      といふこゝろなり
【画面右下】
㊞佐野喜
【画面左下】
一陽斎
 豊国【國】画

六十四番 権中納言定頼

権中納言定頼(ごんちうなごんさだより)

朝(あさ)ぼらけ
宇治(うぢ)の
川 霧(きり)
たえ
〴〵に
あらはれわたる
瀬々(せゞ)のあじろ木

六十四番
右の心はうぢは山ふかきあたりにて川上
のきりもはれがたきところなりあさぼら
けのをかしき折ふしながめやりたるに霧
もやうやくにはれけりたえ〴〵になりて川
の瀬ごとにたてたるあじろ木のしだいにあ
らはれわたるけしきえもいわれぬといふ心
なりあじろ木とは川のせにくゐをうち
て魚をとるしかけの木をいへるなり

五十四番 儀同三司母

【右丁上段】
五十四番
歌の心は関
白道たか【隆】かよひ
そめ侍りける比【頃】
よめると云々なほ
人の心はすゑもたの
みがたければ一夜
わりなく契りける
を此世の思ひ出に
してけふを限りに
命もきえう
せてくれよかしといへり
【右丁下段】
尤せつにあはれふ
かく又やさしき歌也
ことばのつがひ【番ひ】歌の心ね
まことによくいひつくしたり
【左丁】
儀同三司母(ぎどうさんしのはゝ)
わすれじの
 行末までは
  かたければ
今日(けふ)を
 かぎりの
命(いのち)とも
 がな
【画面右下】
一陽斎
  豊国【國】画

五十二番 藤原道信朝臣

【右丁】
 五十二番
歌の心は夜の
あけぬればおきい
でゝゆかしき人にわか
れてかへるそのつらさも
またほどなく日のくるれ
ばしのびてもこらるゝなり
われもそれとはしりながらわかるゝ
ときのわびしさにのちの事は
おもひもやらずたゞ此あさぼらけが
うらめしと也世の中のならひ後はさも
あらめ先当【當】坐を悲しむ心おもしろき歌也
【左丁】
  藤原道信朝臣(ふぢはらのみちのぶあそん)
明(あけ)ぬれば
 くるゝもの
   とは
しり
 ながら
猶(なほ)うら
 めしき
朝(あさ)ぼらけ
  かな
【右下】
一陽斎
 豊国【國】画

九十六番 入道前太政大臣

【右丁】
入道前(にう どう さき の)
  太政大臣(    だい ぜう だい じん)
花(はな)さそふ
あらし
  の
庭(には)の
ゆき
  なら
    で
ふりゆくもの
      は
我身(わが み)
 なりけり
【左丁】
    九十六番
此心はちりはてたるはなの雪はいた
づらなるもの也はや時すぎて人のいか
にと見し花も雪とちはてしはあ
はれむ人もなくなれりこれを
身てわが身もたのみあるみよな
れどもとしおひ【い誤カ】ぬればあるかひ
なくなれるなど打なげきて庭
上の落花をゆきといひそへて
ふりゆくものはわが身なりけり
    とよまれしなり
【画面右下】
㊞香蝶楼【樓】
  豊国【國】画

百人一首絵抄 十八 藤原敏行朝臣

【巻物 題箋】
百人一首絵抄  十八
此心は住の江のきしによる
なみといふ二句はよるさへといはん
ための序也目のさめてあるとき
こそしのぶる中は人めをよくるき
づかひも有てさはる事あるは悲しき
にせめてゆめの中には心やすく
あはんとおも思ふ事なるにゆめに
さへ人めあるにやじゆうに
あはれぬとかなしめるこゝろ也

【絵札】
藤原敏行朝臣(ふぢはらのとしゆきあそん)
住(すみ)の江(え)
  の
岸(きし)による浪(なみ)
よるさへや

【字札】
夢(ゆめ)の
 かよひぢ
人(ひと)め
  よくらん

【画面右下】
国【國】貞改二代
  豊国【國】画
 




八十五番 西行法師

西行法師(さいぎやうほうし)
な気(げ)ゝ
とて
月(つき)やは
ものを
おもはする
かこちかほ
     なる
   我なみたかな
   八十五番

此心はおよそ物思ひをするはみなわれからなり
人のたのみたる事にあらずひるはまきれも
してくらせどもよる月などながむれば一と
しほにてなみださへこぼるゝをさながら月
の物思はするやうにおほゆたることはなけ
れど我心のおろかなるより月にかこつ
けてなみださへ出ることよと
ひたすらおのれを
かへりみたる
うたなり

五十三番 右大将道綱母

【右丁】
  しる
   かは
 ものと
   久(ひさ)しき
いかに
  明(あく)るまは
ぬる夜(よ)の
 ひとり
なげきつゝ
  右大将道綱母(うだいせうみちつなのはゝ)
【左丁】
    五十三番
右の心は詞書に入道摂政まかりたりける
に門をおそく明ければ立わづらひぬといひ
入て侍りければよみて
出しけると云々なげき
つゝと云五もじ甚深【はなはだふかし】の
詞也門を明るまをさへ
待わびて立わづらふと
侍るがましてやまち
わびてなげきつゝひとり
ねて夜をあかすまは
いかばかり久しき物とか
おぼしめすぞと也
【画面右下】
香蝶楼【樓】
 豊国【國】画

八十七番 皇嘉門院別当

【右丁】
皇嘉(くはうか)
 門 院(いん)
    別当(べつとう)【當】
難波江(なにはえ)の
芦(あし)のかり
 ねの一夜(ひとよ)
みを   ゆゑ
つくしてや
恋わたるへき

【左丁】
   八十七番
此心はあしのかりねの一ト【「よ」にあたる文字無し】 と云て身をつくしてや
くして【約(約束)して】やといへる皆なに  るものどもをとり
どもをとりいでゝ心ことばを    尤おもしろし【下側の言葉の続き加減が分からない】
尤おもしろしこれはなには
あたりへたびねの心ある
哥也さらでだにたびは
あはれもふかゝるべきを
思ひもよらぬ人と契り
けるなごりの
かなしさをふ
かく思ひわ
びて読か
惣じて此
風情思ひ
入□【「る」か】べし

【画面左側】
一陽斎
 豊国【國】画

百人一首絵抄 卅三 藤原興風

【右上】
百人一首繪抄 丗三
此心はわれすでに年おひてなれ
むつましき友もなく割れこゝろを
しれる人もなくなりはては飛躍たりたゞ
高さごの松ばかりはひさしきものなれ
バとおもへどこれもはなしあいてには
ならぬひとやうのものなれば友にて
はなし今はたれをかわがしる人に
せんと我としおひたるをふかく
なげきたるうたなり
【絵札】
藤原興風
誰をかも
しる人に
せん
高砂の
【字札】
枩も
むかし

友なら
なくに
【絵右下】
國貞改二代
 豊國画
【絵左下】
佐野喜 


百人一首絵抄

【巻物題箋】
百人一首絵【繒】抄
【本文】
此心はみかきもりは内裏の御門内を
まもるやく也衛士は左右の衛門の下に
つかはるゝものなり扨みかきもりの
ゑじがたく火の夜はもえてひるは
きえぬるごとく我も人をこひわびて
夜はもえたつごとくにおもひひるは
きえいるばかりにものおもひせらるゝ
となりまことによるひるとなくせつなる
物おもひのさまなり
【絵札】
大中臣能宣朝臣
御垣守
 衛士
   の
たく
 火の
  夜はもえて
【字札】
昼は
 きえつゝ
 物をこそ
    思へ
【画面右下】
国【國】貞改
二代豊国【國】画

七十三番 前中納言匡房

【右丁】
前中納言匡房(さきの ちう な ごん まさ ふさ)
高砂(たか さこ)のおのへ
の桜(さくら)
さきに
  けり
外(と)山の
  かすみ
たゝすも
 あらなむ
【左丁】
   七十三番
此心は高砂外山のといふはちねきはあらず正風
体のやてきにこと葉づかひさはやかにたけある
歌也但し能因のあらしふく三室の
歌よりはすこしいろえたるぶ有
また高砂といひ出したる事高山
をさしていふ也花の咲たるをさだ
かにみんために外山にかすみな
せそとは云也是を山をのぞ
むと云心にかなへりこれ抔
いろえたる所といふべきか

【画面右下】
㊞佐野喜
【画面左下】
一陽斎
豊国画○

百人一首絵抄 廿三 大江千里

【巻物題箋】
百人一首絵【繪】抄  廿三

【本文】
此心は月は陰気のものなれば
うちながむるにも心すみあはれ
もすゝむもの也されば月見れば
ちゞに物こそかなしけれとなり
ちゞはかずかぎりのなき事なり
下の句は秋は是天下万民の秋
にてはべるにわが身ひとりの上の
やうにおぼゆる心にて我身ひとつ
の秋にはあらねどといへり

【絵札】
  大江千里(おほえのちさと)
月(つき)見(み)れば
ちぢに
ものこそ
悲(かな)しけれ

【字札】
わが身
 ひとつの
秋(あき)には
 あらねど

【画面右下】
国【國】貞改二代
 豊国【國】画



百人一首絵抄

百人一首絵抄 三十五

此心は夏の夜のみじかくて物とりあへ
ず程なくなることをよめりまだよひ
なりと思ふまにはや夜のあけぬれば
いまだ入給ふまじ中ぞらにのこりて
あらん見るにそれさへみへねばつきは
いづかたにおはすらんといふ心也なつの夜
のみじかきはつねなれど月をながむる
おりからはわけてみじかくおほゆるはづ
なり

清原深養父
夏の夜は
まだ宵
なから
明ぬるを

雲のいづこに
月やとる
らむ

八十九番 待賢門院堀川

【右丁】
待賢(たいけん)
  門院(もんいん)
   堀(ほり)川
なか
からむ
こゝろも
   しらず
黒髪の
   みたれて
今朝はものを
 こそおもへ
【左丁】
   八十九番
此心は人にあふてのちのあしたその
人につかはしたる歌也ながゝらんとは
くろかみのえんにけさ別れて又いつ
をかまたんといふ事によそへてよみ
たる也くろかみといふより
みだれて物を思ふと
言ひたるえんにて
又あふ時のまち久し
きに思ひみだるゝと
いふこゝろなり
【画面左下】
香蝶楼【樓】
 豊国【國】画

五十八番 大弐三位

【右丁】
有馬山(ありまやま)
 ゐなの
さゝはら
  風吹(かぜふけ)ば
いでそよ
   人を
わすれ
やはする
大弐三位
【左丁】
   五十八番
右の心はありま山はゐなのさゝはらを
いはん為のまくらことばにて皆津のくに
の名所なりちぎりける男のしのびける
ころいまだわれをわすれずやなどいひけれ
ばたとへ御身はつれなくなれるともそれに
ならひてはやく人をわするゝやうなるふじつ
なるものにてはなしとこたへし歌也
この人はむら
さきしきぶ
のむすめ
なり

【画面右下】
一陽斎
  豊国【國】画参

八十番 後徳大寺左大臣

【右丁】
後徳大寺左大臣(ごとくたいじさたいしん)
ほとゝきす
啼(なき)つる
 かたを
なかむ
  れは
たゝ
  有明の
月(つき)そのこれる
【左丁上段】
    八十番
此心はこのころいくよも〳〵も((ママ))まちけるに
さしもつれなくて打すぎつるほとゝきす
のめつらしくたゞひとこゑなきけるをゆ
めともわかずきゝけるにもはや二こゑともな
かでゆくへなくなれるをそことしたひてなが
むれは只有明の月のみほのかにのこり
てほとゝきすはみへずまことにのこりおし
くしやう
くわん【賞翫】
あさ
【左丁左下】
からざる
心也
【画面右下】
香蝶楼【樓】
 豊国【國】画

三十八ばん 右近

【画面右上】
三十八ばん
【右丁】
左の歌の心はわすらるゝわが
身のことはぜひもなしなげきて
も打すぎよかし命をかけ
てちかひ事をたてながら我を
かくわすれたらば神のちかひ
ゆゑに命たゆべしわか身より
それがいとをしと男の我をわすれ
しことをばうらみずしてなほ其人
を思ふ心尤【もっとも】あわれふかし恋の歌の本
意也と三光院殿【三条西実枝】もおほせられし也
【左丁】
  右近(うこん)
わすら
  るゝ
 身をば
おもは
  ず
ちかひてし
人の命(いのち)の
 をしくも
あるかな
【画面右下】
㊞佐野喜
【画面左下】
一陽斎
  豊国【國】画

百人一首絵抄 十九 伊勢

【画面中央上】
百人一首絵抄 十九

此心は思ひそめしより此かた
人にもゑんをもとめことばをも
つくし心をもくだきあるはたの
めてすぐしあるは又かげもはなれ
ずして年月をかさぬればさても
いかゞせんなど思ひあまりたるうへ
に打なげきてよみたる歌なり
なにはがたとはあしといはんため也
みじかきあしのふしのまとははへ出て
まだ一つかねのあしのふし〴〵の間也
【画面左上】
   伊勢(いせ)
難波(なには)がた
みじかき
芦(あし)の
ふしの
 まも
【画面右】
あはで
   此世(このよ)を
すぐして
  よとや
【画面右下】
国貞改二代
 豊国【國】画○
    ㊞佐野喜

百人一首絵抄 廿八 源宗于朝臣

百人一首絵抄 二十八

此心は冬になれば都さへいつよりは
さびしくなれりいはんや 山ざとは
四季ともにさびしきもの也 その山
ざとへ冬きたらば人めもくさも
かれはてゝいかばかりかさみしかるらん
と思ひやりたる也 人めとは人けといふ
がごとし 人けのたえたるをかるゝと
いふなりせ【「せ」に見えないのですが、「せ」とすれば字母は?】は 人けもくさもかれ
ぬとおもへばといえり

源宗于朝臣
山里は
冬そ
淋しさ
まさりける

人めも草も
かれぬと
おもへば

四十五ばん 謙徳公

【右丁】
  謙徳公(けんとくこう)
あはれとも
 いふべき
人は
 おも
  ほえで
身(み)のいた
   づらに
なりぬべきかな
【左丁】
右の歌の心はあはれともいふべき人
とは世の侘人をさしていふ也君は
われをわすれはてぬれば我はひた
すらにこひわびてつひにはこがれ
しすべき也されどもこれをあはれと
いふべき人は一人もあるべきとはおぼえ
ずとなげきたる也おもほえでとは
おぼえずしてといふこと也身のいたづら
には身のはかなくなるをいふなり
【画面右下】
香蝶楼【樓】
 豊国【國】画
【画面左上短冊】
四十五ばん

六十一番 伊勢大輔

伊勢(いせの) 大輔(たいふ)
いにしへの
 ならの
みやこの
八重
 さくら
けふ九重(ここのへ)に
 にほひ
  ぬるかな

  六十一番
右の心は一条の院の御時にならの八重
桜を人の奉りけるを御前に侍りければ其
花を給はりて歌よめと仰られければよめる
と云々さればふるき都の桜花の色音も
今のみやこに参りては一 ̄ト しほまさりて八
重桜が九重に匂ふとしやうくわんしたる
当座の詞まことにめでたし内裡
を九重といふ故さく
らのいろ音とかね
てこゝにいへり

九十七番 権中納言定家

権中納言定家(こん ちう な ごん てい か)
来(こ)ぬ
人を
まつほの
浦(うら)の
ゆふなきに
やくやもしをの
身もこかれつゝ
   九十七番
此心はこぬ人をまつほのうらとはただ一日
の間の事にはあるべからす日ごろへて
まつと云心にや夕なぎといへるはなみ風
もなきゆふべなり扨夕なぎに塩
やくけぶりもたちそふるをわ
がおもひのもゆるさませつなる
によそへて身もこかれつゝと
いへりまたつゝととまることば
一日の事にあらずれん〳〵
おもひのせつなるをいふなり

五十六番 和泉式部

【右丁】
和泉式部(いづみしきぶ)
あらざらん
 この世(よ)の
外(ほか)の思ひ
  出(で)に
今(いま)ひと
  たびの
逢事(あふこと)も
  がな
【左丁】
   五十六番
右の歌のこゝろはこゝちれいならず
はべりけるところよみて人につかはしける也
あらざらん此世のほかとは身まかりて
のちの世といふがごとしいのちをもろ
ともにとおもふ人をばうちおきてわが身
ひとりさきだちなばのこりおほさかぎ
りもあるまじのちの世のおもひ出
にはしなぬうちにいまひとたびあふ
よしもあれかしなといへりおもひでと
はのちに思ひいだしてたのしみにせんと也

【画面右下】
一陽斎
  豊国【國】画

七十番 良暹法師

【右丁】
  良暹法師(りやうぜんほうし)
さびしさに
  宿(やど)をたち
いで【て脱カ】ながむ
 れは
いづくも
 おなじ
秋(あき)【秌】のゆふくれ

【左丁】
    七十番
此こゝろは大かたあきらかなり猶いづく
もおなじといふに心あるべしわがやどの
あまりにさびしくたへかだ【ママ】きと思ひわびて
いづくへもゆきてなぐさまばやとたちいでゝ
うちなかむればいづかたも又わが心の外なる
事はあらじさびし
さもほかにはなく我
こゝろのうちにこそ
はあるべけれとうち
あんじたるこゝろ
      なり

【画面右下】
香蝶楼【樓】
 豊国【國】画

九十三番 鎌倉右大臣

鎌(かま)倉(くらの)右大臣(う だい しん)
世(よ)の中(なか)は常(つね)にも
がもな
なぎさ
ごく
あまの
小舟(お ふね)のつなで
かなしも

     九十三番
此心はとかく世の中はつねになして見まほし
きもの也ただなぎさこぐあまのをぶねの
あともなきこどくにはかなきことをなげ
きてつらねたる歌也つなでかなしも
とはをしき命もつなぎとめずし
てと云心にて目のまへに我世の
はかなきをたとへたるなり
すべて此歌は海べのよき
けしきを見て
いくたびも来て見
まほしさに長いき
したき心にてよめり

香蝶楼
豊国画
【印】濱
【印】庄笠
【印】佐野喜【佐野屋喜兵衛?】


百人一首絵抄

百人一首絵抄 二
此心は卯月朔日ころもがへの御歌也
春すぎ夏にもなればよも山の霞
などみな立さんじやまのあらはに
見ゆるをしろたへのころもほすとは
いふなり山も人と同じくころもを
ぬぎてほしたるといふ心也むかし此山へ
天人くだりて衣をかけほしたりし
ゆゑあまのかぐやまとはよめり天の
かぐ山はやまとの国十市のこほり
にありといふなり
 持統天皇
春過て
夏来に
けらし
白妙
 の
衣ほす
  てふ
あまの
 かく山

中院通知和歌書法

通知卿御書法
 百人一首

【右丁 左下部】
《割書:男|爵》住友吉左衛門寄贈

【左丁 右端欄外】
巻頭九十九三或九九十三或ハ三行七字に書是を略してかきたるを

【左帝 頭部欄外】
ちらしと
いふ也
色紙は
すへて十
分に書
滿へき事

沓は次
第下り
に書へし
揃ふへき
事にあ
らす

【本文】
      天智天皇
秋の田のかりほの
いほの苫をあらみ我
ころも手は露にぬ
れつゝ

【本文右肩 角朱印】
京都帝国大学図書

【右丁 頭部欄外】
三行
五字
飛鳥井
の巻以


【右丁 本文】
  持統天皇
春過てなつ来に
けらししろたへの
衣ほすてふあま
のかくやま

【左丁 右端欄外】
立石 一字のさかりを立石といふ二字さかりを木立といふ

【左丁 本文】
  柿本人麿
足曳の山鳥の
 おのしたりお
       の
  なか〳〵し夜
        を
    ひとりかもね
          む

【右丁 頭部欄外】
木立

【右丁 本文】
   山辺赤人
田籠浦に
 うちいてゝみれは
       白妙の 
  ふしの高根に
      雪は降つゝ

【左丁 右端欄外】
二三のちらし

【左丁 本文】
   猿丸大夫   
おく山     こゑ   
  に      きく  
 紅葉       時そ
  ふみ分け   秋は
 なく鹿      かな
    の      しき 

【右丁 頭部欄外】
立花
のちら


【右丁 本文】
        中納言家持
しろき
  を      鵲の
 みれは      わたせる
  夜そ        橋に
   更
  にける      をく霜の

【左丁 右欄外】
五字三行

【左丁 本文】
   安倍仲丸
天原ふりさけ
みれは春日なる
 三笠   出し
   の   月
  山に    かも

【右丁 頭部欄外】
七字三行

【右丁 本文】
    喜撰法師
我庵は   たつみ
 みやこ   しかそ
    の     住
   世をうち山と
    人はいふなり

【左丁 右欄外】
立石のやつし【似せて作ること。】

【左丁 本文】
    小野小町
花の色は
 うつりにけりな
  いたつらに
   我身よにふる
    なかめせしまに

【右丁 頭部欄外】
木立
のやつ


【右丁 本文】
     蝉丸
   しるもしらぬも
     あふさかの関
これやこの
  ゆくも帰るも
    わかれては

【左丁 右欄外】
立石のやつし  

【左丁 本文】
   参議篁
和田のはら八十
  島かけて漕
   いてぬと
  人にはつけよ
    あまの釣舟

【右丁 頭部欄外】
四字
六字

【右丁 本文】
     僧正遍昭
天津かせ
 雲のかよひち
    吹きとちよ
 をとめの
  すかたしはし
      とゝめむ

【左丁 右欄外】
短尺ちらし

【左丁 本文】
    陽成院
つくはねのみね
よりおつる
   みなの川
こひそつもりて渕
となりける

【右丁 頭部欄外】
木立
の名
ちらし

【右丁 本文】
   みたれそめ
     にし我なら
       なくに
河原左大臣
 みちのくの
  しのふもちすり
    たれゆへに

【左丁 右欄外】
四行二四字の間ちらし

【左丁 本文】
光孝天皇
       我ころも
君かため
         手に
春の野
       雪は降
にいてゝ
         つゝ
わかなつむ

【右丁 頭部欄外】
木立
のや
つし

【右丁 本文】
   中納言行平
立別いなは
  の山の峯
におふる松
   とし聞は今
かへり来む

【左丁 右欄外】
名ちらしの曲水

【左丁 本文】
在原     竜(龍)田河
 業平     から紅
  朝臣      に
   千早振
水くゝ  神代も
 ると
   は   きかす

【右丁 頭部欄外】
四行
二字
の名
ちらし

かた
【右丁 本文】
藤 すみのえの岸
原 による波夜さへ
敏       や
行       ゆ
朝 めのかよひ路
臣 人めよくらむ

【左丁 右欄外】
落丁のちらし

【左丁 本文】
   伊勢
難波かた   あはて
 みしかき   此世を

芦の     過して
 ふしの    よと
   まも      や

【右丁 頭部欄外】
四五四
くたりの
名ちらし

【右丁 本文】
元良親王
   わひぬれは今
   はたおなし
なにはなる
   身をつくし
   てもあはむ
とそ思ふ

【左丁 右欄外】
名ちらしの瀧水

【左丁 本文】
まち    長月の
 いて     有明の
          月を
   素性法師
つる  今こむと
     いひし
 かな    斗【ばかり】に

【右丁 頭部欄外】
二字三
行の名
ちらし

【右丁 本文】
 吹からに秋の草
      木の
文屋
 しほるれはむへ山
       風を
康秀
 あらしといふ覧

【左丁 右欄外】
五行五字の名ちらし

【左丁 本文】
大江千里月みれは
 千々に
    もの
こそかなしけれわか
  身ひと
     つの
 秋にはあらねと

【右丁 頭部欄外】
二三四
五六七
の名ち
らし

【右丁 本文】
  この度は
    ぬさもとりあへす
菅家       手向山
    もみちの錦
   神のまに〳〵

【左丁 右欄外】
高山のちらし

【左丁 本文】
      三條右大臣 
      名にしおはゝ
あふさか山のさね
かつら人にしら
      れてくる
      よしもかな

【右丁 頭部欄外】
洞庭
のちら


【右丁 本文】
をくらやまみねの
紅葉ゝこゝろ
あらは   貞信公
いまひとたひ
のみゆきまたなむ

【左丁 右欄外】
四五一二の名ちらし

【左丁 本文】
中納言兼輔
       こひ
みかの原     し
わきてな
     かるゝ 泉
かる
      河いつみ
 覧
      きとてか

【右丁 頭部欄外】
名ちらし
乃木立

【右丁 本文】
山里は冬そ     源
 さひしさ     宗
まさりける     于
 人めも草     朝
もかれぬと思へは  臣  

【左丁 右欄外】
名ちらしの名とめ

【左丁 本文】
凡         志
  こゝろあてに
河         良
  おらはやおらん
内         菊
  初しもの
躬         能
  をきまとはせる
恒         花

【右丁 頭部欄外】
飛雁【鴈】
の名
ちらし

【右丁 本文】
有明     壬
  の     生
 つれな
    く    忠
   みへし    岑
      別
物    より暁
 は      は
  な    かりう
   し      き

【左丁 右欄外】
曲水のちらし

【左丁 本文】
坂上    ほら  の月
 是則    けあ
  あさ       と
        り明  見

るま   野々   る白
 てに   里に   ゆ
  よし   ふれ   き  

【右丁 頭部欄外】
いかたや
つしの
名ちら


【右丁 本文】
春 道 列 樹 山
河 見はなかれ 良
   もあへぬ
尓       閑
  もみちな
風   りけり 志
能 賀 氣 多 類

【左丁 右欄外】
四行三字の名とめちらし

【左丁 本文】
      紀友則
久かたの光
のとけき春
の日にしつ
心なく花の
      地留覧

【右丁 頭部欄外】
六行三
三のち
らし

【右丁 本文】
藤原     高
 興風       松も
           むかし
              の
たれを    砂
  かも      友な
 知人に       らなく
   せむ  能      に

【左丁 右欄外】
六字四行の名ちらし

【左丁 本文】
 人はいさ心も
   しらす故郷は
紀貫之
 花そむかしの
   香に匂ひける

【右丁 頭部欄外】
散立の
ちらし

【右丁 本文】
清原深養父夏
 の夜はまたよひ
なからあけぬるを
 くものいつこに
 月やとるらむ

【左丁 右欄外】
二字六行のちらし

【左丁 本文】
  文屋   白露
  朝康   尓風
の吹  秋の  つらぬ
しく  のは  きと
  免努   知梨
  珠曽   家類

【右丁 頭部欄外】
四行一
二の名
ちらし

【右丁 本文】

  わすらるゝ身を
近       て
は おもはす誓
        し

   ひ
    のいのちの
   と    か 
   おしくも有
        な

【左丁 右欄外】
三字二行のちらし是も名ちらしの内

【左丁 本文】
  参議等
浅茅生のをのゝ
  しの原
  忍ふれ
とあまりてなとか人の
   恋しき

【右丁 頭部欄外】
四一三
の名
ちらし

【右丁 本文】
平兼盛   物や
   志    お
のふれと   もふと
   色
に出にけ    ひとの
   里
わかこひ     問まて
   半

【左丁 右欄外】
六行四字六字の名ちらし

【左丁 本文】
壬生忠見
     我名はまたき
恋すてふ
     人しれすこそ
立にけり
     思ひそめしか

【右丁 頭部欄外】
四字五
字の山
ちらし

【右丁 本文】
     清原元輔
    契りきな
  かたみに
袖をしほ
 りつゝ末の
  松やま浪
    こさしとは

【左丁 右欄外】
一二三の切ちらし

【左丁 本文】
      見  もお
 にくら      
      帝   もは
  ふれは 
      能
    
權 中 納 言 敦 忠 逢

      後
 さり       むかし
      濃
 けり       はもの
      心

【右丁 頭部欄外】
五行五六
七の名
ちらし

【右丁 本文】
中納言朝忠
   人をも身をも
あふ事の絶て
   うらみさらまし
しなくは中〳〵に

【左丁 右欄外】
上下一二の名ちらし

【左丁 本文】
   
謙  あはれとも 
       いふ 遍
徳  へき人
     はお   起
公  もほえて
      身の  哉
   いたつらに
       成ぬ

【右丁 頭部欄外】
舟の名
ちらし

【右丁 本文】
      梶をたえ
   ゆらの渡を
       行ゑも
曽祢好忠
       しらぬ恋
   わたる舟人
      の道哉

【左丁 右欄外】
蔀の名ちらし
  
【左丁 本文】
八重 葎しけ
れるやと 恵
のさひし 慶
きに人こ 法
そみえね 師
秋は来にけり

【右丁 頭部欄外】
三行二
字の
名ちらし

【右丁 本文】
源  風をいたみ岩
        うつ
重  波のをのれのみ
        くた
之   けて物を思ふ
        比哉

【左丁 右欄外】
六七三の台【臺】ちらし

【左丁 本文】
       ひるは
       消つゝ
大中臣能宣朝臣
御垣守衛士の
焼火の夜はもえ
       物をこ
       そ思へ

【右丁 頭部欄外】
四行上下
一字の
ちらし

【右丁 本文】
   かためおしから
 君         遍
   さりし命さ 
  
藤原義孝

   かくもかなと
 那         な
   おもひけるか

【左丁 頭部欄外】
二行の
立石

【左丁 本文】
藤原実方朝臣か
くとたにえやはいふ
  きのさしも草
  さしもしら
    しなもゆる
    おもひを

【右丁 頭部欄外】
五行五
六の名
ちらし

【右丁 本文】
    明ぬれは暮
藤原
    るものとはし

道信  りなからなを

    うらめしき朝
朝臣
    ほらけかな

【左丁 頭部欄外】
小笹の
名ちら
し 

【左丁 本文】
    ひとり
久      ぬる 右近
 敷         大将
物と    夜の  道綱
 かは    明る  母な
し    間は   けき
 る    いかに
           つゝ

【右丁 頭部欄外】
四五六の
台【臺】ちらし

【右丁 本文】
     儀司【「同」とあるところ。】三司母
     忘れしの
行末まては
かたけれは
     今日を限りの
     命ともかな

【左丁 頭部欄外】
三行対【對】
の名ち
らし

【左丁 本文】
大納言公任
瀧の音は絶て久敷
成ぬれと
    名こそ
なかれてなをきこ
    えけれ

【右丁 頭部欄外】
三行一字
の名ち
らし

【右丁 本文】
和泉式部あらさら
       む

此世の外の思出に今一
        度

のあふ事もか
      な

【左丁 右欄外】
瀧水の名散のやつし

【左丁 本文】
   雲かくれ   夜半の
      にし   月
            かな
紫式部めぐり
 あひてみしやそれ
  ともわかぬまに

【右丁 頭部欄外】
五行
五字
のち
らし

【右丁 本文】
     大弐【貮】三位
 や   
     有馬山ゐな
 は
     のさゝ原
風ふけは
       す
いてそよ人
       る
をわすれ

【左丁 右欄外】
むら雲の名ちらし

【左丁 本文】
小夜    赤染
 更て     衛門
かたふく  やすら
  まての   はて
月を     ねなまし
 見し       物を
   哉

【右丁 頭部欄外】
古道
のち
らし

【右丁 本文】
大江山いく野の
みす    道の
  天の
  小式部内侍
はし
 たて   とを
  けれはまたふみも

【左丁 右欄外】
いかたちらし台【臺】やつし

【左丁 本文】
      伊勢大輔
にほひ   いにしへのな
      らのみやこの
 ぬる  
  哉   八重さくら
      けふこゝのへに

【右丁 頭部欄外】
野菊
の名
ちら


【右丁 本文】
夜をこめて
   とりの
     関はゆるさし
そらねは
   はかる
     清少納言
 とも世に
    逢坂の

【左丁 右欄外】
万葉書

【左丁 本文】
左京大夫道雅
今半唯於毛飛
絶奈無登計越
人傳南良天伊
婦与志裳賀南

【右丁 頭部欄外】
木立
のや
つし

【右丁 本文】
    權中納言定頼
朝ほらけ
    宇治の河霧
たえ〳〵に
    あらはれ渡る
    瀬々の網代木

【左丁 右欄外】
五行一字の名ちらし

【左丁 本文】
相模恨わひほさ ぬ
 袖たに
  ある物を
   恋にくち
なむ名こそおしけ れ

【右丁 頭部欄外】
いかた
ちらし
のやつ


【右丁 本文】
   大僧正行尊
もろともにあはれと
おもへ山さくらはな
よりほかにしる
   人もなく

【左丁 右欄外】
四行二字の名ちらし

【左丁 本文】
周防   たまくらに
 内侍
     かひなくたゝ
春の
 夜の  む名こそ
夢計
     おしけれ
 なる

【右丁 頭部欄外】
一二三の
露ちら


【右丁 本文】
     三條院
は         夜半
 恋し  心にも    の
     あらて
 かる  うき世   月か
  へき になからへ   な 

【左丁 右欄外】
立石のやつし

【左丁 本文】
能固【「因」とあるところ。】法師
  あらし吹みむろ
 の山の紅葉ゝは
    たつたの川の
   にしき
     なりけり

【右丁 頭部欄外】
九行一二
四五六の
名ちら


【右丁 本文】
良暹法師さひ
 しさにやと
  をたちい
   てゝ
    な
   かむ
  れはいつこ
 もおなしあき
の ゆ ふ く れ

【左丁 右欄外】
二行三字のちらし

【左丁 本文】
ゆふされは門田の稲葉
       音つ【「れ」が脱落か】て
  大納言経信
あしの丸やに秋風  
     そふく

【右丁 頭部欄外】
筏ちら


【右丁 本文】
祐子内親王家紀伊
をとにきくたか
  しの濱のあた
  浪はかけし
   や袖のぬれ
    もこそすれ

【左丁 右欄外】
おなしく

【左丁 本文】
高砂の尾上の桜開【さき】
にけり外山の霞たゝ
  すもあらなん
  權中納言匡房

【右丁 頭部欄外】
艶書
のちら
しの
やつし

【右丁 本文】
源俊頼朝臣  けし
うかりける   かれ
          とは
 いのら
  ぬ物   人を初瀬の
    を  山おろしよは

【左丁 右欄外】
三四の名ちらし

【左丁 本文】
契り置し
  させもか露
       を
 命にて   藤原基俊
あはれことし
  の秋もいぬめ
        り

【右丁 頭部欄外】
四五二字
のちら


【右丁 本文】
   法性寺入道
    前関白太政
        大臣
和田の原こきいてゝ
みれはひさかたの
   雲ゐにま
     かふおきつ
         白波

【左丁 右欄外】
筏ちらしのやつし

【左丁 本文】
崇徳院
瀬をはやみ岩に
せかるゝたき河の
われてもすゑ
にあはむと
そ思ふ

【右丁 頭部欄外】
三字の
千鳥の
ちらし

【右丁 本文】
淡路島   千鳥の
 かよふ   鳴声【聲】に
源   兼   昌
 いく夜   すまの
  寝覚ぬ   せき守

【左丁 右欄外】
二行の名ちらし

【左丁 本文】
秋風にたなひく雲の
絶間より
    もれ出る月の
影のさやけさ左京大夫顕輔

【右丁 頭部欄外】
見やき
の名ち
らし

【右丁 本文】
  待賢門院
みたれて  堀河
    なかゝらむ
今朝は     心も
袖を   しらす
  こそ    黒
   おも   かみ
     へ    の

【左丁 右欄外】
台【臺】ちらしのやつし

【左丁 本文】
     たゝ有明の
     月そ残れる
後徳大寺左大臣
    時鳥なきつる
   かたをなかむれは

【右丁 頭部欄外】
三行六
字のち
らし

【右丁 本文】
道因法師思ひわひ
さ   て   も
命はあるものをうき
に   た   へ
ぬはなみたなりけり

【左丁 右欄外】
遣水の名ちらし

【左丁 本文】
山の    世中よ
 おく
  にも   道こそ
 皇太后宮大夫俊成
鹿そ    なけれ
 なく
  なる   思ひ入

【右丁 頭部欄外】
深山
ちら


【右丁 本文】
藤原清輔朝臣なか
  らへは又この比や
     しのはれむ
  うしとみし
 世そ今は悲しき

【左丁 右欄外】
水草のちらし

【左丁 本文】
夜も    やらぬ  かり
 すから    ねや
   物     の けり

思ふ    隙さへ  俊恵
 ころは   つれ
   明       法師
         な

【右丁 頭部欄外】
四五一
二のち
らし

【右丁 本文】
西行法師     和
    なけ   か
けとて月
    やは   涕
 
ものを思は    か
    する
かこちかほ    な
    なる

【左丁 右欄外】
四五字二三のおはなちらし

【左丁 本文】
のほる    寂蓮法師
   むらさめの
あきの   露もまた
   ひぬまきの
ゆふ暮   葉に霧立

【右丁 頭部欄外】
四行上下
一二の
ちらし

【右丁 本文】
   皇嘉門院別当【當】
て   難波    渡
や     江の
    芦の    る
こ    かり   へ
ひ   ねの
      一夜  き
   ゆへ身をつくし

【左丁 右欄外】
木立の三字のちらし

【左丁 本文】
   式子内親王
玉の緒よ絶     そ
  なはたえね   す
なからへは忍ふる  る
   事のよはりも

【右丁 頭部欄外】
一二三の
をさゝの
ちらし

【右丁 本文】
も    殷冨  か
 ぬ        は
  れ  門院
大輔   にそ  はやな
      ぬれ
見勢       小島の
     海士の
 ら   袖たに し色
  す        は 

【左丁 右欄外】
いかた散しのやつし

【左丁 本文】
 後京極摂政前太政大臣
     きり〳〵すな
     くや霜よの
さむしろに
ころもかたしき
  ひとりかもねむ
 

【右丁 頭部欄外】
いかた散
しのや
つし

【右丁 本文】
二条院讃岐
我袖はしほひに
  みえぬ
  沖の石の
     人こそしらね
     かはくまもなし

【左丁 右欄外】
桜木のちらし

【左丁 本文】
    鎌倉右大臣
世中はつねにも
  かもな渚漕
    蜑の小
    船の綱手
    かなしも

【右丁 頭部欄外】
二行四
字の
名ち
らし

【右丁 本文】
 参議
 雅経
三芳野の山の秋かせさ
夜更てふる郷さむく
      衣擣【うつ】
      奈理

【左丁 右欄外】
六行二三四のちらし

【左丁 本文】
前大僧正  おほけ
  慈円    なく
うき世の  おほふ
  民に    かな
わかたつ  すみ染
   杣に   の袖

【右丁 頭部欄外】
筏ちらし
のやつし

【右丁 本文】
花さそふ
あらしの庭の雪ならて
   入道前太政大臣
ふり ゆく 物は我身
なりけり

【左丁 右欄外】
おなしく

【左丁 本文】
    權中納言定家
    来ぬ人をまつ
ほのうらのゆうなき
にやくやもし
    ほの身もこ
    かれ つ々(ママ)

【右丁 頭部欄外】
流水の
ちらし

【右丁 本文】
夕くれは   しるし
 みそきそ
   夏の
    従二位家隆
風そよく
 ならの   成    
  を河の   ける

【左丁 右欄外】
木立のちらし

【左丁 本文】
     後鳥羽院
人もおしひともうら
    めしあちき
なく世をおもふゆへに
   ものおもふ身は

【右丁 頭部欄外】
五行六
七のち
らし

【右丁 本文】
順徳院もゝしき
やふるきのき場
のしのふにも
なをあまりある
むかしなりけり

【裏表紙につき文字無し】

四十九番 源重之

【右丁】 
  源重之(みなもとのしげゆき)
かぜを
 いたみ
岩(いは)うつ
  なみの
おのれのみ
 くだけて
ものを
  おもふころ哉

【左丁】
   四十九番
右の心は万葉集の哥に山伏のこしにつけ
たるほらのかひを岩にあてゝくだけてものを
思ふころかなといふを本哥にとりて
よめり我恋は風のいたくふきて
岩をうつ波のごとく
いひよれども君は
岩ほ【高く大きな岩】のごとくつれ
なくて只我のみひ
とり波のごとく心を
くだきかやうにもの
思ひのせらるゝこと
よとわびたる哥也

【画面右側】
香蝶棲
 豊国【國】画

百人一首絵抄 廿二 文屋康秀

【巻物題箋】
百人一首絵【繒】抄 廿二

【本文】
此歌の心は秋風のつよくふく
からにくさ木のしほれかれゆく
につけてげにも山風と書て
あらしとよむ文字は此ときよと
思ひあはせてよみたる歌なり
むべとはげにもといふ心なり
又山風はあらきものなればあらし
といふなり故に此うたには
荒らしと嵐とをかねてよめり

【絵札】
  文屋康秀(ふん や の やす ひで)
吹(ふく)からに
秋(あき)の
草木(くさ き)の
しほるれば

【字札】
むべ山かぜ
     を
あらしと
  いふらん

【画面右下】
  国【國】貞改
一陽斎豊国【國】画
   ㊞佐野喜慈父

百人一首絵抄 七 安陪仲麿

【巻物題箋】
百人一首絵【繪】抄  七

【本文】
此心は仲まろもろこしへつかひにまかりて
わがくにをおもひやりすみなれたるたび
ゐ【旅居=旅のすまい。】のなごり思ひつゞけはれわたりたる
月を見てわが国のならの京なる三笠
の山に出し月とおなじこゝろにうらみ
かのくにこの国のへだてなくたんてき【端的】
のおもひをなしあはれもふかくよせい【「よじょう(余情)」に同じ。「せい」は「情」の漢音】
かぎりなきてい(体)なり

【絵札】
 阿陪【「倍」か】仲麿
あまの 
 はら
ふりさけ
見れば
 春日なる

【字札】
三笠の
 山にいてし
  月かも

【画面左側】
 国【國】貞改
二代目豊国【國】画

六十九番 能因法師

【右丁】
  能因法師(のうゐんほうし)
あらし吹(ふく)
 みむろの
山の
  紅葉(もみぢ)
  ばは
たつたの川の
 にしき成(なり)けり

【本文】
  六十九番
のうゐんはそくみやう【俗名】をながよし【「ながやす(永愷)」とあるところ。】といへ
り出家してこそへの入道とがうす【号す=称す】哥道
にめいよありけり天の川なはしろ水に
せきくだせあまくだります神ならは
かみといふ哥にて雨をふらせたり其外
白川の関の哥なからの橋板の
ことなどかず〳〵古抄にのせ
たることおほし今この
かたのこゝろはあり〳〵と聞
えてあれはしる
     さず

【画面右側】
香蝶棲
 豊国【國】画

百人一首絵抄 十三 陽成院

【巻物題箋】
百人一首絵【繪】抄  十三

【本文】
此心はほのかに思ひそめし事のふかき
おもひとなり行をつくばの山の峯
のうへよりおつるこけのしづくがはじ
めはかすかなれどもぜん〳〵に【漸々に=徐々に】つもり
てみなの川のふちとなるがごとし
といえるたとへなり此川のすゑは
さくら川へおつるとなりつくばねの
みなの川はひたちの国の名所なり

【絵札】
 陽成院
筑波根の
峯より
おつる
みなの川

【字札】
恋そ
 つもりて
ふちと成ぬる

【画面右側】
国【國】貞改二代目
 一陽斎豊国画

百人一首絵抄

【巻物題箋】
百人一首絵【繪】抄  十二

【本文】
此心は五せつのまひを見て詠る
うたなりそのまひ姫をいにしへの
天女によみなしたりまひひめに心
をかけたるにはあらず只まひの
おもしろきに空ふく風くもの通ひ
ぢをふきとぢよしからばお【「を」とあるところ。】とめも今
しばしとゞまるべしとの心なりまひ
のはやくはてたるがあまりになごり
をしければかくよみたる
          なるべし

【絵札】
  僧正遍昭
天津風
 雲の
かよひ路
 吹とぢよ

【字札】
乙女  しばし
 の   とゞ
すがた   めむ

【画面右下】
国【國】貞改二代
一陽斎豊国【國】画

三十九ばん 参議等

【右丁】
  参議等(さんぎひとし)
あさぢふの
 をのゝ
しの
 はら
忍(しの)ぶれど
 あまりて
などか人の
 こひしき

【左丁】
右の心はあさぢふはをのといはん
爲しのはらはしのぶといはんため
なりかやうにしのぶとはすれども
おもひあまりていつしかに人め
にもたつほとなり何ゆゑにか
かくまでに人のこひしきやらん
といふ心にてまことに思ひふか
き意をのべたりなどかといへる
かの字に心をつけて見るべし
しのぶとは人めをつゝむことなり

【画面左下】
一陽斎
 豊国【國】画

六十八番

【右丁】
  三條院(さんでうのゐん)
心にも
  あらで
うき
  世(よ)に
ながらへ
   ば
こひしかるべき
夜半(よは)の月かな

【左丁】
  六十八番
此心は御こゝちれいならずをはしまして御
位をさらんとせさせ給ひけるころ月の
あかりけるを御らんじてよませ給ひけると也
御なう【「御悩」=天皇・貴人などの御病気。】ゆゑに御位をさらんとおぼしめす
にもし御命もながらへさせ給はゞ此禁中
のたゞいまの月いかばかりこひしくも
おぼしめしいだされんとなりまことに
あはれふかき御うたならずや

【画面右下】
香蝶棲
 豊国【國】画

四十六ばん 曽祢好忠

【右丁】
 道かな
こひの
 しらぬ
ゆくへも
  たえ
かぢを
 ふな人
  わたる
遊(ゆ)らのとを
  曽祢好忠(そねのよしただ)

【左丁】
右の哥の心は大海をわたらんに
かぢなからんにはまことにたよりを
うしなひてせんかたなかるべしわがこひも
そのごとくいひよるへきたよりもなく
さりとて又わすられずあとへも先
へもゆかれず思ひまよふ心也かぢを
たえとはたよりをうしなひたること也
ゆくへもしらぬとはとほうに
くれたるこゝろなり

【画面左側】
香蝶棲
 豊国【國】画

百人一首絵抄 八 喜撰法師

【巻物題箋】
百人一首絵【繪】抄  八

【本文】
此はみやこのたつみとは方角のこと
なりしかぞとはかくのごとくぞにて我
はこゝにかくのごとくぞすみえたるといふ
ことなり世をうぢやまとはまよへる人
はこゝをものうきところといふなれ
ども身をおさめ心をやすくすれば
世をうしともおもはずわれはよくすみ
おさめたりといふこゝろなり

【絵札】
 喜撰法師
わか庵は
みやこ
   の
たつみ
しかそすむ

【字札】
世をうぢ
  やまと
人は
 いふなり

【画面右下部】
 国【國】貞改
二代目豊国【國】画

八十四番 俊恵法師

【右丁】
  俊恵法師(しゆんゑほうし)
夜もすから
 もの思(おも)ふ
ころは
 明やら
   て
閨(ねや)【原文の振り仮名は「ひま」となっている。】のひま
 さへつれな
  かりけり

【左丁】
  八十四番
此心はもの思ふころは夜もねられすせめて
夜のはやくあけよとおもふにそれさへまた
あやふくにながくおぼへつねにははやく戸し
よふ【「やう」とあるところ。】じ【障子】のすきましろ〴〵【夜が次第に明けてゆくさまを表わす語。しらじら。】とみへて夜のあくる
そのすきまさへわれにはつれなくてけ
ふにかぎりてまだしろ〴〵とあけやらぬ
となりまことにもの思ひのせつなる
心あきらかなりねやのひま
  とは戸しやうじの
     すきまのことなり

【画面右側】
一陽斎
  豊国【國】画

百人一首絵抄

【巻物題箋】
百人一首  廿五

【本文】
此心はあふさか山は名だかきやま
なるゆゑになにしおはゞあふさか山
といへる也此五もじはあふさか山さね
かづらよりくるといふえんをばとり
たる也此かつらはしけきところに
はゆるものにて其つるをとりて引
とるにいづくよりくるものとも見
えずわが思ふ人もそのごとく世の
人にしられずして来れかし
といふこゝろなり

【絵札】
  三條右大臣(さんじやうのうだいじん)
名(な)にし
 おはゞ
逢坂山(あふさかやま)の
さねかつら

【字札】
人(ひと)に
  しられで
来(く)るよしも
     がな

【画面左下】
国【國】貞改二代
  豊国【國】画

錦百人一首あつま織

【題箋】
錦百人一首    全

錦百人一種あつま織全

難波津あさかやまは手ならふ人の
はしめならし【であるらし】こゝに京極黄門の
小くら山荘色紙のうたはものいひ
ならふうなひ子【「うなゐ子=髪をうなゐにした子供」とあるところ】のすさひにもまたは
手習ふ人のはしめにもなし侍りて
みな人の口にありといふへしある日

青山堂と号して書をひさく人
この色紙歌の書を袖にし来りて
画の上にわか猨山先生の筆を
もとむ予もまた心をうつし絵の
誠すくなしとはいかにいはんとめて
侍るよりゆきてわか先生に乞へハ
先生さらに紫のゆるし色なる

かほはせならてひたすらいなひ
の【稲日野】ゝゐなとのえ侍りけれは口をつく
みのあちきなくもて帰りぬれと
青山堂しきりにわひもとめて
やまされは如何はせんこしにはやくのとし
先生竹の葉【酒の異称】のなさけに酔ふし
なから水くきの跡さきもたと〳〵し

【右丁】
けれとあまた侍りけるを反古ともの
うちより見出て予か家にもてきぬ
さま〳〵の古るうたとも侍りけるを
とうてゝ見れは幸ひにこの百首も
ましれゝはひとつふたつえり出し
けるまゝにいつとなく十つゝ十になりぬ
是をこの画の上に冠しめはいかゝ

【左丁】
あらんといへは青山堂よろこひに堪す
しかはあれとわか先生のうけひか
さるをこゝろにまかせて
あたへんもこゝろさしあさきに
似たれとも深く人のもとむるを
しゐて心つよくもいらえかたくて 
みたりにこれをゆるしはへるなり

【右丁】
その事をしるして序と
なし侍るもつみさり所なく
 安永三のとしはつ春
   さやま門人
     わたなへひろし識

【左丁】
  自序
百人一首の人物形容は世々の画工其
おもむきを画【畫】せるを今はた今様のいま
めかし心成に写【寫】してよと書林青山
堂の需【もとめ】に応【應】して秋の田のかりそめに
毫を採りてよりもゝしきの百にはみちる
哥の神と衣冠の正しからす地紋のたし
かならさるは絵【繪】そら事の中のそら

【右丁】
ことの浮世絵なりと見ゆるし給へかし
されば始に六歌仙のさゝれ事を□【「画」か。この字、『大漢和辞典』にも無し。「かきそえて」の意。】そえて
いとくちを解き児女子の眼をよろこばし
そへるもてあそひものとは南【なむ】しらぬ
やすく永き【安永】き【「のえ」を補って読むと良い。】たつのとし【甲辰の歳】
春待月勝川春なお李林寒路【「露」とあるところか。】之下書

【左丁】
僧正遍昭はうたの
さまは得たれとも
まことすくなし
たとへはゑに
かけるをうな
を見ていた
つらに心を
 うこかすか
  ことし【如し】
朝みとり【浅緑色…「糸」にかかる枕詞】
 いとより
 かけて
白露を
玉にも
 ぬける
はるの 
 柳か

【右丁】
ありはらのなり
ひらは其こゝろ
あまりてこと葉
たらすしほめる
花の色なくて
 にほひ
  残れるか
  ことし
月やあらぬ
春やむかし
    の
はるならぬ
 わか身
ひとつは
 もとの
 身にし
    て

【左丁】
文屋の康秀は
ことははたくみ
     にて
そのさま身に
 そはすいはゝ
あき人の
 よき衣
きたらんか
 ことし

吹からに
  秋の
草木の
しほる
  れは
むへ山かせを
 あらしと
   いふらむ

【右丁】
宇治山の
 僧きせん
   は
こと葉
 かすか
にして
 はしめ
をはり
 たしか
ならす
いはゝ秋の
月を見るに
あかつきの
雲に
 あへるか
ことし

わかいほは
 みやこの
たつみしかそ
    すむ
よをうち山と
 人はいふなり

【左丁】
をのゝ小町はいにしへの
 そとをり姫の
      流あり
あはれなるやうにて
 つよからす
いはゝよき
  をうなの
なやめる所
あるににたり
つよからぬは
をうなの
 うたなれは
  なるへし
色見えて
 うつろふ
   もの
     は
世の中の
  人の
   こゝろの
  花にそ
   ありける

【右頁】
大伴の黒主はその
さまいやしく
いはゝたき木
おへる山人の
花のかけに
やすめるか
ことし

かゝみ山
いさたち
よりえ
見てゆかん
としへぬる
身はおひや
しぬると

【左頁】
  天智天皇
秋の田のかりほのいほ
の苫をあらみわか
ころもては露い
ぬれつゝ

     持統天皇
春過てなつ
 来にけらし
     白妙の
衣ほすてふ
   あまのかく山

足曳の山鳥の
尾のしたり
    おの【「お」の左に赤い点を打ち、「を」と修正あり】
なか〳〵し
    よを
ひとり
かも
ねん
 柿本人麿

【右頁】
山邊赤人
田子の浦
 にうち
  出てみれば
    白妙の
ふしの
 たかねに
  雪は
ふり
 つつ
【左頁】
おく山に紅葉ふみ
わけなくしかの
こゑきく時そ
秋はかな
 しき
  猿丸大夫

【右丁】
中納言家持
かさゝきのわた
せる橋におく
霜のしろきを
みれは夜そ更
にける

【左丁】
      かも
天原ふり   
 さけみれは
  かすかなる

 みかさの山

  にいて
   し
    月
  安倍仲麿

【右丁】
 喜撰法師
我いほはみやこの
 たつみ
  しかそ
    すむ
 よをうちやまと
  人は
   いふなり

【左丁】
小野
 小町

花の色はうつりにけり
          な
いたつらに
わか身よにふるなかめせ
しまに

【右丁】
  蝉 丸
 これやこ
  のゆく
しる
  も も
しら
     帰る
 ぬも    も
あふさか  わかれ
    の   て
   関     は 

【左丁】
和田のはら八十嶋
      かけて
漕出ぬと
 人には
けよ つ
あまの
 つり
   舟
 参議篁

【右丁】
 僧正遍昭
天津かせ
 雲の
   かよひ
路吹とちよ
   をとめ
      の
すかたし
  はしとゝめむ

【左丁 頭部欄外に◯印、作者名に傍線が朱書き。】
筑波ねの
みねより
 陽成院

おつる
  みなの
   川

恋そつもり
     て
 渕となり
     ぬる

【右丁 頭部欄外に◯印、作者名の上に棒線が朱書き。】
みちのくのしのふ にし
もちすり誰ゆへ【「ゑ」とあるところ。】 われ
にみたれそめ  なら
         なく
           に

河原
 左大臣

【左丁】
君かため春
 の野に
   出て
若菜
 摘わか
 ころも

手に
  雪は
 ふり
  つゝ
光孝
 天皇

【右丁】
たち
 わかれ
  いなはの
山の
 みね
   に
  おふる
    中納言
  まつと 行平
いま  し
 帰  き
  こむ  かは【「そ」に見える。】

【左丁】
 在原業平朝臣

ちはやふる
神代もきか
す龍田川

 からくれなゐ
 に水くゝる
 とは

【右丁】
藤原敏行朝臣
すみの江の岸
     に
 よるなみ
  よるさへや
 夢のかよひち人
  めよくらむ

【左丁】
伊勢難波
 かたみしかき

  芦【蘆】の
    ふし
     のまも
あはてこの世を
  すくして
     よとや

【右丁 頭部欄外に◯印、作者名に傍線が朱書き。】
元良親王

侘ぬれは
  いまはた
 おなし
   難波なる
身をつくしても
 あはむとそ思

【左丁】
素性法師

いまこむといひし
       はかりに
    なか月の
 有明の月を
   まち出
    つるかな

【右丁】
 文屋康秀
     む
  いふら
 と
あらし
   を
山かせ」
   むへ
  るれは
 草木のし ほ(を)【「ほ」の横に「を」と朱書き。】
吹からに秋の

【左丁】
  大江千里
月みれは千々に
       物
こそかなし
    けれ
わか身
 ひとつ
    の
秋には
 あらねと

【右丁】
菅家

このたひ
 はぬさも
   とり
    あへす
    手向山
 もみちのにしき
   神のまに
      〳〵

【左丁 頭部欄外に◯印、作者名に傍線を朱書き。】
名にし かつら しら
      人  れ    も
 おはゝ  に   て    かな
   逢坂      くるよし
山の
 さね

三條右大臣

【右丁】
貞信公

             いま
をくらやまみねの      ひと  
       もみち葉    たひ
 御幸また    こゝろ     の
    なむ     あらは

【左丁】
    いつみ
みかの  きとて
 はら    か
  わき
   て
なかるゝ
 いつみ
    川
     中納言
こひし    兼輔
 かるらん

【右丁】
   源宗于朝臣
山さとは
   冬そ
 さひしさ
  まさり
    ける
人めも草も
 かれぬと
   おもへは

【左丁】
 きくの
   花
を(お)【「を」の横に「お」と朱書き。】き
  まと
 はせる
しら

こゝろあてに
 お(を)【「お」の横に「を」と朱書き。】らはや お(を)【上に同じ。】らむ初霜
                                の
 凡河内躬恒

【右丁】
   みえし
    わかれ
      より

 はかり
   うき
   壬生忠岑
ものは 有明の
   な  つれ
    し  なく

【左丁】
  ふれる
 しら
   雪
よし野ゝ
 さとに

あさほらけ 坂上
   有明の 是
月とみる    則
  まてに

【右丁】
山川にかせのかけたる
     しからみは

なかれも
 あへぬ
 もみち
なり
 けり
春道列樹

【左丁】
ひさかたの
  ひかりのとけき

 春の日に
 しつ
  こゝろな
      く
 花のちるら
      ん
     紀友則

【右丁】
藤原   なくに
 興風
とも
 な
 ら

たれ
 をかも
しる
人にせむ高砂
      の
むかし まつ
  の   も

【左丁】
     ける
   にほひ
  香に

   はなそむかしの
    故郷の(は)【「の」の横に「は(ハ)」と朱書き。】
  しらす
   こゝろも
 人はいさ
紀貫之

【右丁】
なつの夜はまたよひ
なから明ぬるを雲の
いつこに月やとるらむ
清原 
 深
  養
   父
【左丁】
文屋朝康しら露
に風の吹
   しく
あきのゝは

つらぬきとめ ぬ(の)【「ぬ」の横に「の」と朱書き。】玉そ
  ちりける

【右丁 頭部欄外に◯印、作者名に傍線が朱書き。】
     いのちの
      惜くも
右近     ある
 わすら    かな
    るゝ
  身をは
   思はす
  ちかひて
   し
    人の

【左丁 頭部欄外に◯印、作者名に傍線が朱書き。】
 参議等
あさ茅生の
 をのゝしの原
しのふれと
 あまりて

なとか
人の
こひ
 しき

【右丁】
 平兼盛

しのふれと色
      に
  出にけり
    我恋は
ものやおもふと人の  
     問【小丸が真下に、その横に「ふ」と送り仮名を、それぞれ朱書き。】まて

【左丁】
恋すてふ
 我名は
またき
立に
けり
人しれ  壬生
  すこそ 忠見
 思ひそ【「そ」の左下に朱で「め(免)」と記入。】

しか

【右丁】
 清原元輔
なみこ

さし
 とは 

契きな形見に
 袖をし  
    ほりつゝ
  すゑのまつ山

【左丁 頭部欄外に◯印、作者名に傍線が朱書き。】
 權中納言淳忠

逢見て
 のゝちの
   こゝろに

くらふれは
 むかしは
 ものをおもは
    さりけり

【右丁 頭部欄外に◯印、作者名に傍線が朱書き。】
中納言朝忠

あふ事の
  絶てし
 なくは中〳〵に人
 をも身をも  恨
  さらまし

【左丁 頭部欄外に◯印、作者名に傍線が朱書き。】
謙徳公あはれともいふ
へき人はおもほえて
  身のいたつらに
    なりぬへ
    きかな

【右丁 頭部欄外に◯印、作者名に傍線が朱書き。】
 恋のみち
    かな

由良の
 とをわた
  る舟人
    かちを
たえ     曽祢
 行ゑ【「へ」とあるところ。】も
  しら    好忠
    ぬ

【左丁】
八重葎しけれる
 宿のさひしきに

 人こそ
  みえね
 あきは来に
     けり
 恵慶法師

【右丁】
 風をいたみ
 岩うつなみ
      源
の を(お)【「を」の横に「お」と朱書き。】のれの
      重
みくたけて
      之
 物をおもふ
 ころかな

【左丁】
見かきもり
    衛士
の焼火のよるは
   もえて
      ひる
        は
きえ
 つゝ
  ものを  おもへ
    こそ
 大中臣能宣朝臣

【右丁 頭部欄外に◯印、作者名に傍線を朱書き。】
 君かため惜から
  さりし
   いのちさへ

     藤
なかくも  原
 かなと
  思ひ  義
   ける  孝
    かな

【左丁】
かくとたに
 えやは
  いふきの
 さし
  もくさ
さしも
 しら
  しな
もゆるおもひを
 藤原実方朝臣

【右丁 頭部欄外に◯印、作者名に傍線を朱書き。】
 朝
  ほらけ
   かな

明ぬれは
 暮る
 ものとは

 り  なから
なを【「ほ」とあるところ。】
 うらめ
  し 
  き 藤原道信朝臣

【左丁 頭部欄外に◯印、作者名に傍線を朱書き。】
なけきつゝ
 ひとり
明る ぬる
 まは よの
右大将道綱母
如何に
  ひさしきもの
とかはしる

【右丁 頭部欄外に◯印、作者名に朱で棒線。】
儀同三司母
  かな     は
 とも   かたけれ
いのち まては
     すゑ
    ゆく
忘しの
 けふ
  をかきり
      の

【左丁】
大納言公任瀧の
   音は
 たえて
ひさしく
 なり
ぬれ
  と
名こそなかれて
 な を(ほ)【「を」の横に「ほ」と朱書き。】
   きこ へ(え)【「へ」の横に「え」と朱書き。】けれ

【右丁】
    おもひ
和泉   てに
 式部  いまひと
  あら
たひ さ
 の らむ
   この世
あふ 
  事   の
 もかな  外の

【左丁】
   夜半の月
め     かな
 くり

 逢ひて

 見
 しや
 それとも
雲  わかぬまに
かく
 れ 紫式部
にし

【右丁】
 大弐【貮】三位
   はする
わすれや
 人を
  そよ
いて
 さゝ原風ふけは
有馬山い(ゐ)【「い」の横に「ゐ」と朱書き。】なの

【左丁】
やすらはてね【字母が「祢」だと思われるが偏が変。】なまし
 ものを小夜
   更て
まての
月を
   かたふく
見し
 かな赤染衛門

【右丁】
大江やまいくのゝ
 みちの
  と を(ほ)【「を」の横に「ほ」と朱書き。】
けれ
  は
 また
文もみす 小式部
  あまの  内侍
はしたて

【左丁】
   ぬるかな
   ににほひ
   けふ九重

の八重さくら
ならの都
いにしへの
伊勢大輔

【右丁】
 清少納言

夜をこ
 めて
  とりの
   空ねは
     はかる
よに さかの とも
 あふ 関は   ゆる
          さし

【左丁 頭部欄外に◯印、作者名に傍線を朱書き。】
 はかりを
     人伝【傳】ならて
   いふよしも
     かな

 はたゝ
おもひ
 たへ【「え」とあるところ。】
   なむ
と左京大夫道雅

【右丁】
權中納言定頼
  あさほらけ
 宇治の
   川霧
たえ〳〵に
 あら
   はれ
 わたる
  瀬ゝの
あしろ木

【左丁】
相模恨わひほさぬ袖
 たにあるものを

こひ
  に
 くちなむ
   名こそ
    お(を)【「お」の横に「を」と朱書き】しけれ

【右丁】
もろともに
 あはれとおもへ山桜はな
  より外にしる人もなし

大僧正行尊

【左丁】
     はかり
かひ     なる
 なく
  たゝむ 手枕
        に

     名こそ
周防    お(を)【「お」の横に「を」と朱書き。】し
 内侍    け
        れ
春のよのゆめ   

【右丁】
三條
  院
心にも
 あらて
  浮世に
   なからへは
こひしかるへき
月   夜半の
 かな

【左丁】
能因
 法師

あら
 し吹
  御室の もみち葉は
    山の  たつたの
にしき      か わ(は)【「わ」の横に「は」と朱書き。】の
  成
   けり

【右丁】
良暹
 法師
の 
 ゆふ
   暮
さひし
  さに宿をたち
出て  
  詠れはいつくも
     おなし秋

【左丁】
 大納言経信
秋風そふく
 まろやに
  あしの
      て
稲葉を(お)【「を」の横に「お」と朱書き。】とつれ
ゆうされは門田の

【右丁 頭部欄外に◯印、作者の役職名に傍線が朱で記入。】
音にきく
 たかしの
  浜【濱】の
   あた
    なみは
 かけしや
  袖のぬれも
    こそすれ
祐子内親王家紀伊

【左丁】
高砂の尾上のさくら
さきにけりとやま
のかすみたゝすも
あらなん

權中納言
   匡房

【右丁】
源俊頼
  朝臣

 うかりける
     人をはつせの
いのらぬ     山颪
  もの  はけし
    を   かれとは 

【左丁】
あはれことしの秋
 もいぬめり

 藤原基俊

契を(お)【「を」の横に「お」と朱がき】きしさせもか
     露をいのち
         にて

【右丁】
法性寺入道前関白
     太政大臣

 和田の原
  漕出て
    みれは
し  ひさかたの
 ら  雲井に
  波  まかふおきつ

【左丁】
崇徳院
 御製

瀬をはやみ
 いはに
  せかるゝ
滝川の
 われても
末に
 あはむ
  とそ
 おもふ

【右丁】
源兼昌  須磨之
      関守
 淡路
   島
 通布

 鳥
  農
 鳴
  声【聲】 覚
   耳     奴
  幾夜寝

【左丁 頭部欄外に◯印、作者の役職名に傍線が朱で記入されている。】
     もれ
      いつる
なひく さ   月
     や   の 
 雲の   け  影
  たへま  さ  の
    より
左京大夫
    顕輔
  あき風にた
【「たへま」の「へ」は「え」とあるところ。】

【右丁 頭部欄外に◯印、作者名に傍線を朱書き。】
 待賢門院堀川
 なかゝらむ
    心も
  しらす
   黒髪の
みたれてけさは
     ものを
    こそおもへ

【左丁】
後徳大寺左大臣
 ほとゝきす啼つる
 かたを

なかむ
 れは
    そ
たゝ   のこ
 有    れる
 明の月

【右丁 頭部欄外に◯印、作者名に傍線を、朱で書き込みあり。】 
おもひ侘さ なみた成
てもいのちは  けり

 あるものを

  うきに
   たえ【「へ」とあるところ。】ぬは
  道因法師

【左丁】
おもひいる   鹿
  山の
   おくにも そ
皇太后宮    鳴
 大夫俊成
        な
世中に(よ)【「よ」は朱書き】道
     こそ る
  なけれ

【右丁】
藤原清輔
   朝臣

なからへはまたこのころや
しのはれむうしと
 みしよそ今は
     恋しき

【左丁】
      つれな
  ねやの  かり
   ひま   けり
夜も  さへ
 すから
   もの
あけ  思ふ
 や   ころ
 らぬ【「で」とあるところ。】は
   俊恵法師

【右丁】
   かこち
      かほな
歎け       る
 とて     わか
   西行
月やは 法師
 ものを
おも
  はす
    る
なみた
  かな

【左丁】
村雨の露もまたひぬ
まきの葉に霧たち
寂蓮法師   のほる

秋の
 ゆふ
  くれ

【右丁 頭部欄外に朱で◯印、作者名に朱で棒線がひいてあり。】
難波江の
 あしの
かり
 ねの
ひとよゆへ【「ゑ」とあるところ。】
      皇嘉
身をつくし
       門院
  てや恋
        別
  わたるへき  当【當】

【左丁】
 式子内親王
玉の緒よたえなは
  たえねなからへは
  
しのふる
  事の
よ は(わ)【「ハ」の横に朱で「わ(王)」と記入あり。】りもそ
     する

【右丁】
   見せ
    はや
小島の   な
 あまの
  袖たに
     も
 ぬれ
  にそ
 ぬれし
色は  殷冨門院
 かはらす   大輔

【左丁】
きり〳〵す啼や
 しも夜の
 衣  さむしろ
  かた    に
   し
  きひとり
    かも
    ねん
後京極摂政前太政大臣

【右丁】
我恋【「袖」とあるところ。】はしほひに
 みえぬ
沖の
 石
  の
人 
 こそ
しらね  まも
   かは【「ハ」の横に朱で「ワ」と記入あり。】く  なし
二條院讃岐

【左丁】
世中はつねに
     もかもな
なきさこく
 海士の小ふね
鎌倉
 右大臣
 の
  つな
    手
  かなしも

【右丁】
   ふるさと寒く
     ころも
      うつ
三芳野    なり
 の山の
   秋かせ
 さよふけ
     て
   参議雅経

【左丁】
前大僧正
  慈円【圓】
おほけ 
   なく
うき世の
    民
におほふ
    かな
   わかたつ
すみそめの  杣に
     袖

【右丁】
花さそふ  入道前
あらしの庭の  太政大臣

 ならで
ふり
 ゆく
ものは
我身
 なり
  けり

【左丁】
こぬ人をまつほの浦
のゆふなき
  に
 權中納言
    定家
焼や藻塩の
    身
 もこかれつゝ

【右丁】
のゆふ暮は  従二位
 みそきそ    家隆
    夏の
 しるし
   成ける

風そよく
ならのを川

【左丁】 
人も お(を)【「お」の横に朱で「を」と記入あり。】し
  ひとも
 うらめし
  あちき
    なく
後鳥羽院
 世をおもふ
   ゆへに
ものおもふ
  身は

【右丁】
 順徳院
もゝしきや
 ふるき軒
  端の
   忍ふ
    にも
   猶あ
    まり
なり   ある
 けり  むかし

【左丁】
 書図【圖】  李(武陽)林勝川祐助藤春章
 彫刻        (同)   井上新七郎

安永四乙未孟春【旾】
      書林
         同小石川伝【傳】通院前
                雁金屋義助

 彩色摺墨摺 両品出来 

【両丁 文字記入なし】

【裏表紙 型押しにて】
  図【圖】 蔵
帝    書
  国【國】 館 

百人一首絵抄 二十 元良親王

【巻物の題箋】
百人一首絵【繪】抄  二十

【本文】
此哥の心は宇多の帝のおん時
かのみやす所にしのびて通ひける
にあらはれて後によみてつかはしたる
哥也わびぬればとはよろづの思ひの
つもりてやるかたなきをいふ也されば此
事あらはれたる二人ははじめも今も名
の立たる事同じければもはや身を
つくしてもあはんと思ふ也といへり
身をつくしてもとは身をはたし
てもといふ事なり

【絵札】
  元良親王(もとよししんわう)
わびぬれば
今(いま)
 はた
おなじ
  難波(なには)
   なる

【字札】
身を
 つくし
   ても
逢(あは)んとぞ思ふ

【画面右下】
国【國】貞改二代
  豊国【國】画

五十七番 紫式部

【右丁】
 五十七番
哥の心は月の
夜みちにて
をさなき時
のともだちに
ゆきあひしによくは
見わかねどもたしかにその人ならん
ことばをかはさんかとおもふうちにはや
ゆきすぎて見うしなひぬそののこりおほ
きことさながらさえたる月のにはかにくも
がくれしてむなしきそらをながめやるごど【「と」とあるところ。濁点は余分】く也と
そのともだちを月によそへてよめるなり

【左丁】
  紫式部(むらさきしきぶ)
めぐりあひて
 見しやそれ
 ともわかぬ
   まに
雲(くも)がくれ
   にし
夜半(よは)の
 月かな

【画面右側】
香蝶棲
 豊国【國】画

七十壱番 大納言経信

【右丁】
  大納言(だいなごん)経信(つねのぶ)
夕(ゆふ)されば
  門田(かどた)の
稲葉(いなば)
 おとつれて
芦(あし)のまろ
    やに
秋(あき)【穐】風そふく

【左丁】
  七十壱番
此心は田家の秋風と云事をよめり夕
ざればのもじはをはりの七もじまで句ごとに
わたる所也その心まことにしゆせう也あしの丸
やとはあしはかりにてふきたるしづ【賤】
がいほり【身分の低い者の粗末な庵】を云其いほりのまへの門田の
いなばに夕くれのあきかぜそよ〳〵
とふくとみれば聞もあへずやがて
あしのまろやにおとづるゝふぜい
を持こころなり

【画面左側】
一陽斎
 豊国【國】画

百人一首絵抄 廿九 凡河内躬恒

【巻物題箋】
百人一首絵【繪】抄  廿九

【本文】
此心はしらぎくの花を見てよめるなり
をらばやおらんとは一【いち】づに折たき心也
初しもなればいまだうす〳〵として
外の花には見ゆれども白ぎくには
見へず花も霜も白きゆゑふりされ
どもまづわがこのむしらぎくには霜
おかしと見てそれを心あてにいざや
折べし〳〵さりながらこれしもの
われをまどはするなりといふ心にて
かくよみたるなり

【絵札】
 凡河内躬恒
心あてに
をらはや
 お【「を」とあるところ。】らん
 初霜の

【字札】
おきまどは
    せる
 白きくの
     花

【画面右下】
 国【國】貞改
二代豊国【國】画

四十八ばん 恵慶法師

【右丁】
  恵慶(ゑけう)法師(ほうし)
八重葎(むぐら)
 しげ
  れる
屋どの
 さびしきに
人こそ
   見えね
秋は来にけり

【左丁】
右の哥の心はやへむぐらは草の名
なり其くさはびこりとぢていとさび
しきわがやどをばたづぬる人もなく
何もきたるものはあるまじとおもひしに
はたして人は見えねども只さひし
き秋のみは来たりて木のはおち
草かれていとゞさびしくなりたり
となりまことにさびしくたへがた
きさま目に見ることくの哥なり

【画面左側】
香蝶棲
 豊国【國】画

七十五番 藤原基俊

【右丁】
  藤原(ふぢはらの)基俊(もととし)
契りおきし
 させも
  か露(つゆ)
あわ  を
 れ   命(いのち)
 ことし  にて
   の
  秋(あき)もいぬめり

【左丁】
   七十五番
此心はある僧のもととしをたのみてならのゆ
いまへのかうし【維摩会の講師=奈良の山階寺(興福寺)で陰暦十月十日から藤原鎌足の忌日である十六日まで行われた、維摩経を講ずる法会の講師。講師を勤めることは僧綱(そうごう)となるための重要な関門となった。】をのぞみけるにもれければもととし【基俊】
いかゞとほうせうじどの【法性寺殿=藤原忠通】へうらみ申されければ
しめじがはら【標茅原=なほ頼め 標茅が原 の させも草・・】とこたへらる是は只たの
めの哥のこゝろ也又此秋ももれければもと
としさせもがつゆをいのちはか
なきよにまたことしも
もれたりとうらみ申
たるなりさせもとは
さしもくさのこと也

【画面左側】
一陽斎
 豊国【國】画

百人一首絵抄 十七 在原業平朝臣

百人一首繪抄   十七
此歌の心は秋のくれ又神無月
ばかりにたつた川にもみぢの
ちりしきたるに水のその下を
ながるゝはからくれなゐの水を
くぐるやう也無体のきやうある
さまは神代にはいろいろのきめう【奇妙】
なる事はありけるよしなれどもかゝる
事はきゝ及ばずと也ちはやふるとは
神といはんとてのまくらことばなり

【右下】
国貞改二代
 豊國画

【絵札】
在原業平朝臣(ありはらのなりひらあそん)
千早振(ちはやふる)
神代(かみよ)も
きかず
龍田川(たつたがは)

【字札】
からくれ
なゐに
水くぐるとは

六十五番 相模

【右丁】
  六十五番
哥の心はたのみがたき人を我心
のはかなくもうちたのみてちぎり
そめやう〳〵うとくなる程にうらみ
わびておつるなみだにそでぬれてほすひまも
なしそれさへあるに其むやく【無益。「やく」は「益」の呉音。役に立たない。むだ。】のこひゆゑに
そしりをうけてわが名のくちはてん
こそくちをしけれすゑをとげるこひぢ
ならばそれをもいとふまじけれどゝいへる
なりその心まことにせつなる哥也けり

【左丁】
  相模(さがみ)
うらみわび
 ほさぬ
   袖(そで)だに
あるものを
 こひにくち
なん名こそ
 をしけれ

【画面左側】
一陽斎
 豊国【國】画

八十六番 寂蓮法師

寂蓮法師(しやくれんほうし)

村雨(むらさめ)の【邨雨の】
露(つゆ)もまた
ひぬ槙(まき)の
葉に
きり
たち
のほる
あきの夕暮(ゆふくれ)

八十六番
此心はうち見たるてい深山居住の所をよく
心に思ひしめて見るべし槙は深山に有物
なりあきの夕べにむらさめの打そゝぎてさ
らさらとまきのはのしめりたるをりふし
もきりのたちのぼるさまをよく〳〵おもふべし
まことにおもしろくもさびしくも又あはれに
も心ふかき歌也又此外にも此法師のうたに
 さひしさはそのいろとしも
  なかりけりまき立
   山の秋のゆふ暮とよみたる
              あり

香蝶楼
豊国画
【印】
【印】
【印】佐野喜

七十九番 左京太夫顕輔

【右丁】
左京(さきやうの)大夫(たいふ)
     顕輔(あきすけ)
秋風(あきかぜ)に
たな
 ひく
  雲(くも)の
絶(たへ)
 まより
もれ出(いづ)る月(つき)の
 影のさやけさ

【左丁】 
  七十九番
此心は秋かせのくもをところ〳〵ふき
はらしたるより月のかげのさし出
たるはせい天のけしきより一【ひと】しほ
あきらかにおもはるゝと也さして
おもしろき事もなきやう
なれともありのまゝに
よみいてたるところよせい【「余情」に同じ。「せい」は「情」の漢音。言外にただよう豊かな情趣。】
ありておもしろき哥也

【画面左側】
一陽斎
 豊国【國】画