コレクション 2の翻刻テキスト

このテキストはみんなで翻刻で作成したものです.利用条件はCC BY-SAです.

撫育草

【撮影ターゲット】

【表紙 題箋】

《割書:童子|教訓》撫育草 上

【資料整理ラベル】
158.4
W33

日本近代教育史
  資料

【見返し】

【左丁】
撫育草序
吾 ̄カ友義-堂脇-坂先-生受 ̄ク_二学 ̄ヲ于我 ̄カ
石-門 ̄ニ_一起 ̄シテ_二大-慈-心 ̄ヲ_一欲 ̄ス_レ利_二-益 ̄セント人 ̄ヲ_一甞 ̄テ著 ̄シ_二
国-字 ̄ノ書数-編 ̄ヲ_一以 ̄テ_二滑-稽 ̄ヲ_一行 ̄ナフ_二訓-誨 ̄ヲ_一項(コノ)-
日(コロ)復 ̄タ着 ̄テ_二撫-育-草一-編 ̄ヲ_一以 ̄テ諭 ̄トス_二童-蒙 ̄ヲ_一
蓋 ̄シ人導 ̄クトキハ_二之 ̄ノ於幼-時 ̄ニ_一則 ̄チ易 ̄シテ_レ入而難 ̄シ

【右丁】
_レ変 ̄シ猶【シ=左ルビ】_下種 ̄ル_レ樹 ̄ヲ之法矯 ̄タムレハ_二之 ̄ヲ於小-時 ̄ニ_一則 ̄チ-
至 ̄テ_二合抱 ̄ニ_一而不 ̄ルカ_上_レ易 ̄ヲ也堵-庵手-島先生
甞 ̄テ有 ̄リ_二前-訓之作_一今此 ̄ノ著殆 ̄ント演(ノブル)_二其 ̄ノ
志 ̄ヲ_一者也非 ̄ス乎(ヤ)
享和三癸亥春 鎌田鵬撰
【左丁】
脇坂義堂述
《題:《割書:童子|教諭》撫育草(そだてくさ)》
此 草紙(さうし)はよく童(わらんべ)ををしへ撫育(そだて)孝弟(かうてい)の道(みち)を
しらしめ身(み)を修(おさ)め家(いえ)をとゝのへ子孫(しそん)長久(ちやうきう)にいたるの事を
知(し)るし又 日用(にちよう)の心得(こゝろへ)となるへき事(こと)急難(きうなん)急病(きんひやう)を救(すく)ふ
の術(しゆつ)を心(こゝろ)やすくをしへさとせり

       序
古語(こご)に子を教(おしゆ)るは幼稚(ようち)の時(とき)。妻(つま)を教(おしゆ)るは始(はじめ)て来(きた)
れる時(とき)にありと。よつておもふに凡(およそ)人の子をそだ
つるは。樹木(じゆぼく)を作(つく)るがごとく成(なる)べし。樹木(じゆぼく)を作(つく)るに
其木(そのき)の。いまだ弐尺にみたざるうちより。枝(ゑだ)をたれ
又は葉(は)をすかし抔(など)して。漸々(ぜん〳〵)に作付(つくりつけ)ぬれば。後々(のち〳〵)
数尺(すうしやく)の大木(たいぼく)となれるまでも。其枝(そのえだ)ぶり相替(あいかは)
らで。年(とし)ふるにしたがつて。いよ〳〵おもしろく愛(あひ)し
ぬべし。然(しか)るに作(つく)るべき時(とき)には。かまはで捨(すて)おき。
大木(たいぼく)となりて。ためんとし。かゞめむと欲(ほつ)すとも。
豈(あに)おもふまゝならんや。人も幼(いとけな)き時(とき)におしへ
ならはせずして。成人(せいじん)の後(のち)訓戒(きんかい)を加(くは)へんとするは大木(たいぼく)
を。ためんとするにひとしければ。幼稚(ようち)の時(とき)に道(みち)を
学(まな)ばし。あしき縁(ゑん)にふれさせず。よき事を見聞馴(みきくなれ)
さし給ふこそ。子をそだつるの肝要(かんよう)ならんかと。友(とも)
なる人にきける。教(おし)への数々(かず〳〵)を書集(かきあつめ)て。童子(わらんべ)
撫育草(そだてくさ)と題(だい)して。我子弟(わがしてい)のためにしるし伝る
時に寛政辰の初夏       義堂敬白

【右頁】
  家業家職大明神
人の世を渡るは皆全く名々の家業家職大明神の
御めぐみなれば難有く脇(わき)目なく太切に信心(しんじん)すべき事也
然るに世の人多くは此家職大明神を麁抹およそに
なす故に
其脇目          正直
ふるひま 家職大明神   堪忍
油断に
乗して
酒色遊興 奢(おごり)吝(やぶさか)名聞利欲諸勝屓事の悪歴外道が
さま〴〵見入れ終には身をも家おもほろぼし失(うしな)ふ也
慎むべし恐るべし
そも〳〵人の家職といふは主人たる者は家来を善に教へ
みちびき愛しあはれむが家業也親は子に慈愛あつく
よく教へそだつるが家職也兄は弟を愛し恵が家業也
【左頁】
夫は行儀正しくて妻をよく教るが家職也家来は主
人を太切にし忠をつくすが家業也子は身を捨てゝ
親を敬い安心さするが家職也妻夫に順ひおとなしく
少しもりんき偏執の心なく貞(てい)を守に【「る」の誤記か】が家業也
弟は兄は親也と真実心に敬ひて
よく順ふが家職也朋友は互に信を
以て交りあしき方へ心をよせずむつまじく
たすけあふのが家業也
士(さむらい)は士(し)たるの道(みち)をはげみ百性(ひゃくしやう)は百性たるの
農耕(のうこう)するが家職也
職人(しよくにん)は其(その)職分に出精し商人は其商ひに
油断(ゆだん」)なくせひをいだすが家業也
士農工商ともおの〳〵此家業家職大明神
を御太切に信心して脇目なければ家内
和合いたし子孫目出度栄々と長久に
世を渡るなれば人々ひとゑに
        ありがたく奉存てこの
家業家職大明神を只一図に御太切に

信心していかなる人がおもしろひ事や
亦むまひ事を申きたるとも
脇目ふらずに此神に一身をうち
まかせ一心不乱に
家業家職に
    日夜 勤(つとめ)て
     怠らざんば
いかなる貧者微運の者も
冨に至る事うたがひ
      あるべからず
此家業家職大明神を
    麁略にすれば

いかなる福者(ふくしや)高運(かううん)の者(もの)たりとも貧(ひん)に至(いた)る事(こと)目前(めのまへ)也 其(その)証拠(しるし)には
此(この)家職(かしよく)大明神(だいみやうじん)を一日 麁略(そりやく)にすれば一日だけの貧乏(ひんぼう)也一 月(つき)麁略(そりやく)にすれば
一 月(つき)だけの貧(ひん)をうくる也 一年(いちねん)麁抹(そまつ)にすれば一年だけの貧(ひん)来(きた)りて一 代(だい)の
身(み)をうしなふ也又一日 家職(かしよく)大明神(だいみやうじん)を大切(たいせつ)に勤(つと)むれば忽(たちまち)其一日の福分(ふくぶん)を
得(う)るにあらずや一月大切に信心(しんじん)してつとむれば其一月だけの福分をうる
事(こと)明(あきら)か也一年大切にすれば其一年(そのいちねん)の福分(ふくぶん)を得(う)る事うたがひなし
まして一 代(だい)大切(たいせつ)にして麁略(そりやく)なく信心(しんじん)を凝(こ)らし脇目(わきめ)なくつとめなば
大福(だいふく)を得(ゑ)て子孫(しそん)を保(やすん)じ安楽(あんらく)に世(よ)を渡(わた)るべし誠(まこと)に世(よ)に霊験(れいげん)
あらたなる神仏(かみほとけ)多(おほ)しといへども此(この)家職大明神(かしよくだいみやうじん)は取訳(とりわけ)利生(りしやう)あらたにして
大切にすれば忽(たちまち)大切にするほどの福分(ふくぶん)をたまはる事 速(すみや)か也又 麁略(そりやく)
にすれば麁略(そりやく)にするほど貧になる事 明白(めいはく)にて世におそろしき
生神(いきかみ)と申 奉(たてまつ)るは此(この)家職(かしよく)大明神の御事なればおそれ慎(つゝし)みて日々(にち〳〵)

【右頁】
怠(おこた)らず信心(しんじん)し大切(たいせつ)に家職(かしよく)すべし但(たゞ)し此御神(このおんかみ)を祭(まつ)り奉(たてまつ)るには
倹約質素(けんやくしつそ)の御造酒(をんみき)をさゝげ正直(しやうぢき)の御燈明(をとうみやう)をかゝげ奉(たてまつ)り堪忍辛(かんにんしん)
抱(ばう)の御鏡(をかゞみ)をそなへ家内(かない)和合(わがう)の御神楽(をんかぐら)をあげ我心(わがこゝろ)を清浄(しやうじやう)にして
日夜(にちや)怠(おこた)らず信心(しんじん)堅固(けんご)につとむる時(とき)は一代 貧苦困窮(ひんくこんきう)の大難(だいなん)をまぬ
かれ運(うん)をひらき富貴(ふうき)にいたる事(こと)速(すみやか)なれば幼稚(ようち)の時より此家職
大明神を信心(しんじん)し霊験(れいげん)あらたなる事をよく知(し)りて神(かみ)の御恩(ごをん)を
有難(ありがた)く思(をも)ふべし幼稚(ようち)の比(ころ)より此神の御恩(ごをん)を知(し)らずんば一代 身(み)を立(たつ)る
事(こと)成(なり)がたし今日 食事(しよくじ)をして身(み)をやしなふも衣服(いふく)きるも家(いゑ)にて住(すむ)も
手習(てなら)ひするも読物(よみもの)ならふも算用(さんよう)まなぶも諷(うた)ひ習(なら)ふも人を使(つかふ)も寝(ね)るも
起(をき)るも何(なに)もかも皆(みな)此(この)家職(かしよく)大明神の御恵(をんめぐみ)御蔭(をかげ)なれば忝(かたじけ)く思(おも)ひ奉(たてまつ)りて片時(へんし)も
此 神(かみ)の御 恩(をん)を忘(わす)れ麁抹(そまつ)にすれば身(み)をうしなふの大事としりて幼稚(ようち)の時(とき)
よりはげみ〳〵て家職(かしよく)を覚(おぼ)へ大切にして五倫(ごりん)全(まつた)ふ家(いゑ)和合(わがう)して子孫(しそん)永々(ゑい〳〵)栄(さかふ)べし
【左頁】
朱文公(しゆぶんこうの)曰(いはく)朱子(しゆし)名(なは)喜(き)字(あざなは)元晦(けんくはい)又(また)仲晦(ちうくはい)ト云(いふ)
      宋(そう)ノ代(よの)大儒(たいじゆ)也 文公(ぶんこう)ハオクリ名(な)也
《振り仮名:勿_レ謂|いふことなかれ》《振り仮名:今-日不_レ学|こんにちまなばずして》《振り仮名:有_二来-日_一勿_レ謂|らいじつありといふことなかれ》《振り仮名:今-年不_レ学|こんねんまなばすして》《振り仮名:有_二来|らいねん》
《振り仮名:年_一日-月逝-矣|ありとじつげつさんぬ》《振り仮名:歳-我不_レ延 鳴-呼 是-誰之-愆|としわれのびずあゝこれたれかあやまちぞや》
此文(このぶん)は朱子(しゆし)の人に学問(かくもん)せよと親切(しんせつ)に進(すゝ)め給ひし文也(ぶんなり)学(かく)に志者(こゝろさすもの)は速(すみやか)に道(みち)に
すゝみて一日(いちにち)も怠(おこた)るべからず今日(こんにち)は学(まな)ばずとも明日(みやうにち)より学(まな)ぶべしとおもひて今日を
怠(おこた)り行(ゆく)今年(こんねん)学(まな)ばずして来年(らいねん)より学(まな)ぶべしといふて怠(おこた)るうちに日月(じつげつ)は
早(はや)うつり行(ゆき)て歳(とし)ものびず歳(とし)もかへらず我(われ)もいたづらに年老(としおひ)てかなしく
悔(くや)めどもいたしかたなき也 是(これ)みな誰(たれ)があやまちなるぞや人の知(し)りし事(こと)ぞなく
己(おのれ)があすあり来年(らいねん)ありとおもひ怠(おこた)りし過(あやまち)ちなり今更(いまさら)悔(くゆ)ともかひなき
事なれば誰(たれ)も幼稚(ようち)のとき壮年(さうねん)の時(とき)に道(みち)を学(まな)びて今日を大事(だいじ)と怠(おこた)らず
はげむべしとおしへ給ふ御事(おんこと)也 幼壮(ようそう)の人(ひと)日々(ひゞ)にはげみ学(まな)びたまふべし
   〽あすといふものを心にさへずして今日を大事(たいし)と学べ世の人

【右頁】
抑(そ)れ此国(このくに)の手習(てなら)ふ業(わざ)は彼(かの)唐土(もろこし)の八 歳(さい)にして小 学(かく)に入(いる)といへる
事(こと)と略(ほゞ)相似(あひに)て大やう八っ九っの比(ころ)より師(し)につきて十 数(じう)歳(さい)迄(まで)【「数」の振り仮名脱】
の所作(しよさ)也 其(その)程(ほど)過(すぎ)ぬれば皆(みな)それ〳〵の家業(かぎやう)有(あ)りてつとめ
ざる事あたはざるか故(ゆへ)に其(その)余力(よりよく)すくなふしてたとひ幼少(ようせう)の
時(とき)習(なら)ひ得(ゑ)ざりし事(こと)を悔(くやみ)おもふといふ共 其心(そのこゝろ)がらにて再(ふたゝ)び
ならひ学(まな)ぶべき日(ひ)はあるまじ其上(そのうへ)親(おや)是(これ)を導(みちび)き師(し)是(これ)を
おしゆといへども其道(そのみち)を得(ゑ)ざるは是(これ)子(こ)の過(あやまち)なりと古賢(こけん)も
いましめ置(おき)給ひければ凡(およそ)子(こ)たるもの其(その)産業(さきやう)を勤(つと)むる事
あたはで空(むな)しく遊戯(ゆうげ)する間(あいだ)に油断(ゆだん)なく習(なら)ひ学(まな)べき事(こと)也
【左頁】
〽世の中に書くべき文字(もじ)はかゝずしてことをかく也 恥(はぢ)をかくなり
此哥(このうた)の通(とを)りにて我(われ)人共(ひととも)に幼(おさな)き時(とき)は手習(てなら)ひをきらひて後(のち)に不自由(ふじゆう)
にて事(こと)をかき恥(はぢ)をかく事(こと)は知(し)らず何(なに)になり共(とも)事(こと)をよせて手習(てなら)ふ事
を怠(おこた)りなん事(こと)を欲(ほつ)す父母(ふぼ)たる人は此(この)志(こゝろざ)しのたゆむをみてわざと
怒(いかり)て慈悲(じひ)の鞭(むち)をふりあげ給ふ幼稚(ようち)の心(こゝろ)にうらめしくおもひし
事(こと)も侍(はべ)りしが今(いま)に至(いた)りて臍(ほそ)を噛(かむ)といへどもかへらざる事(こと)なれば
幼稚(ようち)の人は一 日(にち)なりと速(すみや)かによき師(し)に随(したが)ひて手習(てならひ)をはげみ
ならひ読物(よみもの)を情出(せいだ)し十露盤(そろばん)を不怠(おこたらず)けいこし人のみちたり
おしへを聞(きく)べし是(これ)則(すなはち)幼年(ようねん)の時(とき)の親孝行(おやかうこう)にて成人(せいじん)の後(のち)
恥(はぢ)をもかゝす事(こと)をもかゝずして身(み)を脩(おさ)め家(いゑ)を斉(とゝな)ふの基(もと)
なれば幼(いときな)き時(とき)におこたらずまなぶべしはげむべし

【右頁上部】
文字(もんじ)の始(はじま)りは
唐土(もろこし)蒼頡(そうけつ)と云(いふ)
人 海辺(かいへん)に出(いで)て
釣(つり)を垂(たれ)て居(ゐ)
給ひしに空(そら)を
雁(かり)の飛行(とびゆく)体(てい)を
身て文字(もんじ)を
造(つく)り給ふと云(いふ)
又一 説(せつ)に
砂(すな)の上(うへ)の鳥(とり)の
足跡(あしあと)を見て
造(つく)り給ふとも云(いふ)
【右頁下部】
永(ゑい)字(じ)の八 法(はう)は唐土(もろこし)蔡邕(さいゆう)神人(しんじん)に得(え)し
筆道(ひつどう)の根元(こんげん)にて七十二 点(てん)の変法(へんはう)あり
和朝(わちやう)にては十六 点(てん)をゑらむなり
【「永」の字を大書して廻りに文字有り】
        咏
     側    磔
        永  努
      勒     趯
         策 掠

【左頁上部】
いろはは弘法(こうばう)大師(だいし)の作(つく)り始(はじ)め給ふと
いへり京(きやう)の一 字(じ)は護命(こめい)僧正(そうしやう)の書添(かきそへ)たまふ
といふ説(せつ)あれども信用(しんよう)しがたし往昔(むかし)唇舌(しんぜつ)
牙(げ)歯(し)喉(こう)の五音(ごいん)の五十 字(じ)をとり用(もち)ひて
生死(しやうじ)無常(むじやう)の心(こゝろ)を七文字(なゝもじ)の短歌(たんか)につくり
たるを一 字(じ)つゝはなし書(かき)ていろはと
号(がう)したるものと見えたり
〽色(いろ)はにほへどちりぬるをわが世
 たれぞつねならん
〽有異(うゐ)のおく山(やま)けふこえて
 あさき夢(ゆめ)みしゑひもせず
假名(かな)といふは正字(しやうじ)をやつしたる物(もの)なり
正字(しやうじ)を知(し)りてかく時(とき)はかな文字(もじ)よく
うつる物(もの)也 下(しも)に三 体(てい)をくはしく記(しる)す
【左頁下部右】
以呂波仁保辺土(いろはにほへと)知利奴留遠和加(ちりぬるをわか)
《割書: イ ロ ハ ニ ホ ヘ ト| 》 《割書: チ リ ヌ ル ヲ ワ カ|  》
与太礼曽川祢奈(よたれそつねな)良武宇為乃於久(らむうゐのおく )
《割書: ヨ タ レ ソ ツ ネ ナ| 》 《割書: ラ ム ウ ヰ ノ オ ク|  》
也末計不己江天(やまけふこえて)安左幾湯女美之(あさきゆめみし)
《割書: ヤ マ ケ フ コ エ テ| 》 《割書:ア サ キ ユ メ ミ シ| 》
恵比毛世寸(ゑひもせす)
《割書: エ ヒ モ セ ス| 》
唐 上大人。丘乙己。化三十。
土 七十土。尓小生。八九字
以 佳作仁。可知礼也。
呂 漢土(もろこし)にては童子(とうし)手習(てならひ)の始(はしめ)に是(これ)を習(なら)ひ
波 て後(のち)千字文(せんじもん)をまなぶといへり


【右頁】
小野道風朝臣の曰それ
書をよくする事は師
の心の外を求ず直に
執行して日をへて
       自ら
しる事あり始より
       伝へて
しるの法なし人その心に
誠心得て天地の間を
       知るに
知りがたからず
誠の外より
天地の間に
ひとし
 からぬ
ことなし
【左頁上部】
《題:孝》
《振り仮名:一-考|いつかう》《振り仮名:立_則|たつときはすねはち》
《振り仮名:万-善|ばんぜん》《振り仮名:従_レ之|これにしたがふ》
かしこきも聖(ひじり)も人の孝(かう)をのみ
万(よろづ)の道(みち)のもとこそ
        きけ
【左頁下部】
   孝(かう)の字解(じかい)
舜典(しゆんてん)にいへるは五刑(ごけい)の属(しよく)三千にして罪(つみ)
不孝(ふかう)より大(おい)なる物(もの)なしと孔子(こうし)宣(のたまひ)しなり
年(とし)五十にして父母(ふぼ)を慕(した)ふは舜(しゆん)なる
かと賛美(さんび)し給ふも実(げにも)也父母を敬(うやま)ふ者(もの)は
敢(あへ)て人(ひと)をにくまず父母を敬(うやま)ふものは敢(あへ)えて
人をあなどらずと一孝(いつかう)立(たつ)ときはよろづ
あしき事(こと)のあるべきや西(にし)より東(ひんがし)より北(きた)
より南(みんなみ)よりおもふて帰(き)ふくせざる事なし
と有声(うせい)の伝にいへり其 実(まこと)皆(みな)みづから吾(わ)が
一 念(ねん)の孝弟(かうてい)を充(みち)て其(その)至極(しごく)を極(きわ)めつくす
時(とき)は深(ふか)く神明(しんめい)に通(つう)じあきらかに四海(しかい)の
うちをてらすなり誠(まこと)なるかな孝(かう)は百(ひやく)の
おこなひの源(みなもと)といふ事(こと)宜(むべ)なり

【右頁上段】
  童(わらべ)教訓(きやうくん) 廿八首
人はたゞ幼(いと)きなきよりよき事を
 まなびて友(とも)をゑらぶにぞあり
父母(ちゝはゝ)に返事(へんじ)よくして行義(ぎやうぎ)よく
 手跡(しゆせき)そろばんはげめ読書(よみもの)
あさゆふに神(かみ)と仏(ほとけ)を礼拝(らいはい)し
 つぎにこゝろで父母を拝(おが)めよ
いつはりが万(よろづ)の悪(あく)のもとなれば
 かりにもうそはいはぬ物(もの)也
おゝ口(ぐち)と自慢(じまん)かげ口そしり口
 助言(じよごん)悪口(あくこう)さし手口(でぐち)すな
【左頁上段】
せぬがよし喧(けん)𠵅(くは)口論(こうろん)石(いし)つぶて
 角力(すまふ)あないちむさしわるじやれ
御師匠(おししやう)や父母(ふぼ)にいはれずこそ〳〵と
 かくす事(こと)ならかたくいたすな
殺生(せつしやう)はすぐに其身(そのみ)にむくふ也
 ものゝ命(いのち)をとるなわらんべ
きちがひやかたわな人を笑(わら)ふなよ
 わらふおろかを人(ひと)がわらふぞ
ゑんにふれ心(こゝろ)のうつるものなれば
 あしきたはむれせぬものぞかし
月々(つき〳〵)に灸(やいと)をすえよやいとすりや
 父母(ふぼ)はよろこび我(われ)は無事(ぶじ)也
【右項下段】
  丁稚(でつち)教訓(きやうくん) 廿八首
奉公(ほうこう)に来(き)た日の心いつまでも
 わすれず念(ねん)を入(い)れて事(つか)へよ
御主人(ごしゆじん)の仰(おほ)せのあらば早速(さつそく)に
 へんじよふして御用(ごよう)勤(つと)めよ
口上(こうじやう)を言違(いひちが)へなよ使(つかひ)には
 みちくさをせずひまを入(いれ)るな
けんくわすな角力(すまふ)もとるなよその子(こ)を
 せぶらかすなよ仕(し)かへしもすな
うそつかず影(かげ)ひなたなく目(め)だれみず
 ほねおしみせず身(み)をば働(はた)らけ
【左頁下段】
大口(おぐち)と女(おんな)おだてとませた事(こと)
 するをこれらが野良(のら)の始(はじめ)じや
勝(かち)まけをあらそふわざと川遊(かはあそ)び
 小銭(こぜに)あつかひかくし喰(くひ)すな
居眠(ゐねぶ)りてあたら夜(よ)ごとをすごさずに
 目(め)あきてはげめ手跡(しゆせき)そろばん
楽書(らくかき)や犬(いぬ)かみあわせ溝(みぞ)なぶり
 使(つかひ)わすれて物(もの)をおとすな
つかふどに物(もの)をばいふなおとなしく
 下女(げじよ)といさかい中(なか)わるうすな
御主人(ごしゆじん)の内(うち)の事(こと)をば外(ほか)へいて
 よしあしともにいふなかたるな

【右頁上段】
召使(めしつか)ふ者(もの)かは我(われ)を父母(ちゝはゝ)の
 あはれみ給ふごとくめぐめよ
召使(めしつか)ふ人(ひと)をばつらくよりきらひ
 ゑこひいき抔(など)せぬものぞかし
遅(おそ)く寝(ね)て早(はや)く起(をき)るの起(をき)ぐせを
 しつけならへよ一代(いちだい)のとく
只居(たゞい)せず稽古事(けいこごと)をば情出(せいだ)すが
 すぐに其身(そのみ)の薬(くすり)なりけり
麁相(そさう)ゆへけがあやまちの出来(でき)るぞと
 知(し)りてしづかに物事(ものごと)をなせ
童(わらんべ)の一芸(いちげい)なるぞ食物(しよくもつ)に
 いやしからぬと嘘(うそ)つかぬとは

【右頁下段】
傍輩(はうばい)は中(なか)むつまじく我(われ)よりも
 下(しも)なるものをあはれみてやれ
ひまあらば在所(ざいしよ)の父母(ふぼ)へ状(しやう)やりて
 無事(ぶじ)でつとめる事(こと)をしらせよ
我親(わがおや)の門(かど)は通(とを)ろと用(よう)なくば
 よらぬがよるにまさる奉公(ほうこう)
薮入(やぶいり)に行(ゆ)かば泊(とま)らずかへれすぐ
 永居(ながゐ)はとかくおそれ成(なる)べし
我(われ)ひとりつとめ働(はたら)け傍輩(はうばい)の
 あちらこちらとゆづりあはずに
食事(しよくじ)をばなす度(たび)ごとにあぢあふて
 みれば主人(しゆじん)のみな御恩(ごをん)なり
【左頁上段】
短気(たんき)ゆへ身(み)を亡(ほろぼ)すと謹(つゝし)んで
 かんしやく気随(きず)ひきまゝ起(おこ)すな
外(よそ)へ行(ゆく)時(とき)には父母(ふぼ)に行先(ゆくさき)と
 道筋(みちすじ)までも告(つげ)て行(ゆく)べし
おさなくと理非(りひ)をよく〳〵弁(わきま)へて
 無理(むり)やわやくはいはぬもの也
余(よ)の芸(げい)は知(し)らでもすむが知(し)らいでは
 すまぬ己(おの)が家業(かぎやう)とぞしれ
性根(しやうね)をば入(いれ)るがうへに性根をば
 いれて覚(おぼ)へよ己(おの)が職(しよく)ぶん
食物(しよくもつ)や衣類(いるい)好(この)みをすなよかし
 これがおこりのもとでこそあれ

【左頁下段】
やいとすえ食(しよく)をつゝしみ達者(たつしや)なが
 御主(をしゆ)へ忠義(ちうぎ)親(おや)へ孝行(こうかう)
はきそうじ礼義(れいぎ)配膳(はいぜん)なに事も
 じだらくにせずきよくとゝのへ
しんぼうとかんにんするが奉公(ほうこう)を
 よくも仕遂(しとぐ)る伝受(でんじゆ)なりけり
利口(りこう)ぶり言葉(ことば)多(おほ)きと片意地(かたいぢ)と
 短気(たんき)不律義(ふりちぎ)うそにてもすな
用事(ようじ)をばかいて芝居(しばい)を見るのみか
 もどつて主(しゆ)に嘘(うそ)と間似合(まにあへ)
正直(しやうぢき)と柔和(にうは)にすれば御主人(ごしゆじん)も
 傍輩中(はうばいぢう)もかあいがるなり

【右頁上段】
あやまちがあらばたちまちあらためて
 ことはりいへよ負(まけ)おしみすな
おさなくと男(おとこ)女(おんな)の行義(ぎやうき)をば
 正(たゞ)しくもせよこれが肝心(かんじん)
兄弟(きやうだい)は唯(たゞ)むつまじくしたしめよ
 是(これ)が父母へのすぐに孝行(かうこう)
おさなくと物(もの)のなさけをよく知りて
 人をあわれむ心(こゝろ)ふかゝれ
あだにのみ今日(けふ)をあそぶな
       ひまあらば
 おしへを書(かき)しかな文(ふみ)をよめ
【右頁下段】
商売(しやうばい)をよく覚(おぼ)へるが銀(かね)よりも
 宿(やど)へ這(はい)入るの元手(もとで)とぞしれ
出世(しゆつせ)をはせんと思(おも)はゞ身(み)をつめて
 よき事にのみ心うつせよ
手代(てだい)にはにくまりようふとも内證(ないしやう)の
 使はかたく理(ことは)りをいへ
何事(なにごと)を人(ひと)が頼(たの)もと御主人(ごしゆじん)に
 かくす事ならかたくいたすな
奉公(ほうこう)を大事(だいじ)とするが
         何よりも
 我(わが)親(おや)たちに孝行(かうこう)と知(し)れ
【左頁】
   筆(ふで)のはじまりの事
筆(ふで)は文殊(もんじゆ)菩薩(ぼさつ)の指(ゆび)をひやうせりといへり軸(ぢく)のたけ
四寸弐部といへり筆形(ひつぎやう)は爪(つめ)をかたどる上古(じやうこ)には木(き)を
けづりて文字(もんじ)を書(か)くゆへに入柎(しゆじゆ)とも入木(じゆぼく)とも木筆(ぼく▢▢)【ひつヵ】
ともいふなり

譬案抄(へきあんしやう)に曰 硯(すゞり)は文珠菩薩(もんじゆぼさつ)の眼(まなこ)に
かたどればかりにも硯(すゞり)のおもてに物など
かくべからず又 硯(すゞり)のすりためを海(うみ)と名付るは
文珠(もんじゆ)菩薩(ぼさつ)【𦬇は略字】の智恵(ちゑ)の眼(まなこ)の広(ひろ)きことを
海(うみ)にたとへたり
 古哥に
いつわりの名(な)をのみたてゝ
         あひみぬは
  硯(すゞり)のうへのちりや吹(ふき)けん
唐土(もろこし)にては望鳳珠(もうほうしゆ)又は鳳瓦硯(ほうぐはけん)
鳳字硯(ほうじけん)なとゞ【濁点の位置の誤記】いふ惣(そう)じて硯は風(かぜ)と
いふ形(なり)にきりたるがよしともいへり
【硯の中の文字】
よき人に只(ただ)すり
  入(い)りてしたしめよ
あしき友(とも)には
  くろくそまるな

【右頁上段】
  筆持やうの事
中指と人さしゆひとこの中に
さしはさみかしらゆひ【人差し指のこと】の
かたはらと大指【親指のこと】のはらと二所
にてをさへてとるべし
くすしゆびとこゆひと
二をよせて中の
ゆびの下にかさねて
ちからになすべし
【右頁下段】
十(しう)二(ふ)点(てん)画(くはく)筆(ひつ)法(はう)之図(のづ)
宝蓋(ほうがい) 聚水(じゆすい) 蟠龍(ばんりやう) 象笏(しやうしやく)
犀角(さいかく) 浮鵝(ふが) 鉄城(てつじやう) 懸珠(けんしゆ)
彎(らん)笋(とう) 獅口(しかう) 金刀(きんとう) 鳳翅(ほうよし?)
払(ほつ) 法(はう)
【右頁左下段】
長(なが)きを画(くは)と云(いひ)短(みしか)きを点(てん)と云(いふ)
此(この)筆(ひつ)法(はう)をよくならひ得(う)れば
万(よろづ)の文字(もんじ)を書(か)くに心(こゝろ)やすし
つとめてまなぶべし
【左頁上部】


【左頁下部】
五倫(ごりん)とは君臣(くんしん)父子(ふし)夫婦(ふうふ)兄弟(きやうだい)朋友(ほうゆう)の御五ッの道(みち)なり父子(ふし)の間(あいだ)は骨肉(こつにく)を
わけたる事(こと)なれば相(あい)したしむ理(り)あり君臣(くんしん)の間(あいだ)は他人(たにん)なれ共 君(きみ)は禄(ろく)をあたへて
養(やしな)ひ臣(しん)は身(み)をゆだねてつかふる事(こと)たかひに義(ぎ)を以(もつ)て交(まじは)る理(り)あり夫婦(ふうふ)は
なれやすきものなれば男女(なんによ)の礼義(れいぎ)を正(たゞ)しくわかつ理(り)あり兄弟(きやうだい)は兄(あに)を敬(うやま)ひ弟(おとゝ)を
あはれむ次第(しだい)あり朋友(ほうゆう)はつねにいひかはすことばたがはざるやうにまことを以(もつ)て交(まじは)る
理(り)あり人間(にんげん)の行(おこな)ふべき道(みち)天地(てんち)の間(あいだ)に此(この)五つの外(ほか)なし五倫(ごりん)の道(みち)をあきらかに
するを人の人たる道(みち)といふ也 此(この)五つの道(みち)たがひなば形(かたち)は人なり共(とも)心(こゝろ)は鳥(とり)獣(けだもの)と異(ことな)るべからず
  仁 他(た)をめぐみ我(われ)をわすれて物ごとに慈悲(じひ)ある人を仁(じん)としるべし
  義 へつらはず驕(おご)る事(こと)なくあらそはず欲(よく)をはなれて義理(ぎり)をあんぜよ
  礼 君(きみ)をあふぎ臣(しん)をおもひてかりそめもたかきいやしき礼義(れいぎ)みだすな
  智 何事(なにごと)もそのしな〳〵をしる人をひろくたづねて他(た)をなそしりそ
  信 心(こゝろ)いと直(なを)かるべしと祈(いのり)りつゝあしきをすてゝよきをともなへ

【右頁上部】
〇司馬温公
司馬(しば)温公(をんこう)は幼稚時より
学問(かくもん)を好み給ひ夜(よ)を以(もつ)て
昼(ひる)につぎて書(しよ)をよみ
給ふ暫(しはらく)寝(いね)給ふ時(とき)には
丸木(まるき)を以(もつ)て枕(まくら)として
臥(ふ)し給ふゆへに少し寝(ね)
入(い)り給ふとすぐに枕(まくら)転(ころび)
はしりておのづから目(め)
さむるなり目(め)さむれば
よろこび起(おき)出(いで)て又(また)書(しよ)を
見たまふ幼年(ようねん)より
かゝるあつき御 志(こゝろさ)しにて
ありけるゆへ終(つい)に高官(かうかん)に
【左頁上部】
すゝみ篤行(とくかう)の美名(びめい)を
千歳(さんざい)に残(のこ)し給ふ又(また)此(この)
丸木(まるき)の枕(まくら)を警枕(けいしん)と名(な)
づけて寝(ね)る間(ま)も慎(つゝしみ)を
ふかくし給ふと云

《振り仮名:司馬温公曰|しばおんこうのいはく》《振り仮名:積_レ金|こがねをつんで》以(もつて)
《振り仮名:遺_二子孫_一|しそんにのこす》子孫(しそん)《振り仮名:未_二必能_一|いまだかならずよく》
《振り仮名:_レ守_一|まもることあたはず》《振り仮名:積_レ書|しよをつんて》以(もつて)《振り仮名:遺_二子孫_一|しそんにのこす》子(し)
孫(そん)《振り仮名:未_二必能_一_レ読|いまだかならずよむことあたはず》《振り仮名:不_レ如_レ積_二|いんとくをめい》
《振り仮名:陰-徳於冥々之中_一|めいのうちにつむにはしかず》以(もつて)
《振り仮名:為_二子孫長久之計_一|しそんちやうきうのはかりことゝす》
【右頁下段】
《割書:児女|教諭》撫育草 全部二巻
〇 幼稚(ようち)の時(とき)より常(つね)に
御公儀様(ごこうぎさま)の御法度(ごはつと)之
御趣(おんおもむき)又(また)は町分(てうぶん)之作法(さほう)
【左頁下段】
は我家(わがいゑ)之 定(さだめ)などはとく
と合点(がてん)のまいり能(よく)候
様(やう)により〳〵に申 聞(きか)せ
教守(おしへまも)らせ可申候 幼稚(ようち)の
時(とき)より守(まも)らせなら
はしつけざれば成人(せいじん)の

【右頁上段】
此 語(ご)は温公(おんかう)の御 語(ことば)にて
金(こがね)をおほく積(つみ)かさねて
子孫(しそん)にのこしあたふる
とも子孫(しそん)よく其 富(とみ)を
守(まも)りたもつことあたはぬ
【右頁下段】
後守(のちまも)るにうとくおの
づから麁略(そりやく)に至(いた)る
ものに候へは父母(ふぼ)たる
人は此道理(このどうり)を能々(よく〳〵)
心得(こゝろえ)幼稚(ようち)の比(ころ)より
守(まも)りならはせ可申候事
【左頁】
〇神仏(かみほとけ)を尊(たつと)み朝(あさ)
夕(ゆふ)不怠(おこたらず)為致礼背拝(らいはいいたさせ)
可申候これも幼少(ようせう)之
比(ころ)よりおしへならは
せ癖(くせ)づかせ可申候事
〇 十二三才(じうにさんさい)之 比(ころ)

【右頁上段】
もの也又あまたの書籍(しよもつ)
をつみかせねて子孫(しそん)に
あたふるとも子孫(しそん)よく読(よみ)
て其(その)書物の義理(ぎり)意味(いみ)を
知(し)る事(こと)あたはぬものなり
しかれば金銀(きんぎん)や書物を
のこしてあたへんよりは
陰徳(いんとく)とて人にも知(し)らさぬ
名聞(みやうもん)をはなれきつたる
善事(よきこと)をなして冥々(めい〳〵)の
うちとておくふかき至誠(しせい)
のうちにつみおさめば子孫(しそん)
長(なが)かるべし我(われ)は此計(このはかりこと)を
せんとのたまひしなり
【左頁上段】
有(あり)がたき事(こと)にあらずや
是誠(これまこと)に真(しん)の学問(がくもん)なり
よく〳〵此語(このご)を翫味(ぐわんみ)す
べし
 閔子騫
閔子騫(ひんしけん)は孔夫子(こうふうし)の高弟(かうてい)
にして父母(ふぼ)によく孝(かう)を
つくし給へる人也 論語(ろんご)に
孔子も孝なるかな閔子騫
と賞し給へり閔子騫
幼稚(いとけなく)して母(はゝ)をうしなへり
よつて父(ちゝ)また後(のち)の妻(つま)を
求(もとめ)給へり此(この)妻二人の子
生しかば彼(かの)妻二人の我(わが)
【右頁下段】
までは手習(てならひ)読書(とくしよ)
算術(さんじゆつ)をよくおしへ
学(まなば)し十四五 才(さい)に
相成(あひなり)候はゞ我(わが)職分(しよくぶん)
家業(かぎやう)を情出(せいいだ)し
熟練(じゆくれん)致(いた)させ可申候
【左頁下段】
其余(そのよ)の芸能(げいのう)はおしへ
たるより存(ぞん)ぜぬ方(かた)
が大方(おゝかた)はよろしき
ものとうけたま
はり候 去(さり)ながら是(これ)は
其人(そのひと)之 分限(ぶんげん)身(み)がら

【右頁上段】
実(じつ)の子を愛(あい)しいつくし
みて継子(まゝこ)の閔子騫(びんしけん)を
悪(にく)みてとにかく父(ちゝ)へあし
くとりなしそしり閔子
騫にさま〴〵とつらく
あたりけれども少(すこ)しも
【右頁下段】
にもより候 事(こと)なれば
一概(いちがい)には申 難(がた)く候
得とも中(ちう)以下(いか)之
町人(てうにん)商人(あきんど)風情(ふぜい)は芸(げい)
能(のう)ありてほめらるゝ
方(かた)よりは無芸能(むげいのふ)にて
【左頁下段】
商売(しやうばい)一向(いちむき)の外(ほか)には
何(なに)も知(し)らぬ男(おとこ)なりと
そしらるゝ者(もの)が芸能(げいのう)
ありとほめらるゝ人
よりも多(おほ)くは先祖(せんぞ)の
家(いゑ)をよくたもち身体(しんだい)

【右頁上段】
うらむるけしきなく猶(なを)も
孝(かう)をつくし給ふ或(ある)さむき
冬(ふゆ)継母(まゝはゝ)我(わが)実(じつ)の二人の子
には綿(わた)をあつく入(い)れて衣(い)
服(ふく)を着(き)せ 閔子騫(びんしけん)には着(き)
物(もの)に綿を入れず蘆(あし)の穂(ほ)
をとりて綿として衣服
をこしらへ着せられければ
閔子騫 寒(さむ)き冬の事(こと)なれば
身(み)こゞえひえて身体(しんたい)
自由(じゆう)ならざるを父(ちゝ)見た
まふていきどふり給ふて
汝(なんぢ)何(なに)とてぶしやうをなし
て身(み)をうごかざるやとて
【左頁上段】
策(むち)を以(もつ)てうち給ひしかば
閔子騫(びんしけん)が着物(きもの)すこしく
破(や)れて芦(あし)の穂(ほ)あらはれ
ける此時(このとき)父 始(はじめ)て継母(まゝはゝ)が
悪心(あくしん)なる事を知(し)り給ふて
大(おゝ)ににいかりすぐさま
妻を追出(おいいだ)しさらんと
したまひしかば 閔子騫 父(ちゝ)が
袖(そで)にすがり涙(なみだ)をながし
声(こゑ)をはなつて申され
けるは父上(ちゝうへ)いきどふり
を止(やめ)て我(わが)申事を聞入(きゝい)
れ給へ今(いま)の母(はゝ)を出(いだ)して
又あらたに母(はゝ)をむかへ
【右頁下段】
持(もち)も上手(しやうず)にて繁栄(はんゑい)し
家職(かしよく)抜目(ぬけめ)なきもの
と十に八九は見来(みきた)り候
士農工商(しのうこうしやう)とも我職(わがしよく)
分(ぶん)にうとくして外(ぐはい)
芸(げい)に名(な)を得(ゑ)るは余(あま)り
【左頁下段】
おもしろき事(こと)共(とも)不存(ぞんせす)候
無録(むろく)之町人 抔之(などの)我(わが)
職分(しよくぶん)業体(ぎやうてい)にうとく
して芸能(げいのう)にさときは
好(この)ましからぬ事にて
多(おほ)くは我(わが)得手(ゑて)の芸(げい)

【右頁上段】
給はゞ我(われ)のみならず弟(おとゝ)二人
も継子(まゝこ)となりて三人 共(とも)
になんぎしてさむかるべし
又 今(いま)の母をかんにんし
こらゑ給はゞ我(われ)一人 寒(さむ)く
難義(なんぎ)するのみにて弟二人は
あたゝか成(なる)べし我(われ)はいか
やうにてもくるしかるまじ
けれども今(いま)の母(はは)を出(いた)し
給へば二人のおさなき弟(おとゝ)
こそかあゆくふびん也と
なく〳〵父(ちゝ)をいさめられ
ける実心(じつしん)孝心(かうしん)に継母(まゝはゝ)
も大に感心(かんしん)してなみだを
【左頁上段】
ながし是(これ)までの悪心(あくしん)を
真実心(しんじつしん)にひるがへし 閔子(びんし)
騫(けん)にわびことしともに
父(ちゝ)にわびければ父(ちゝ)は継母(まゝはゝ)
をにくしと思(おも)ひ給ひけれ
ども 閔子騫が実心(じつしん)に
感涙(かんるい)し妻(つま)を去(さ)る事(こと)を
ゆるされける継母(けいぼ)も此後(このゝち)は
閔子騫が徳(とく)を尊(たつと)み善(ぜん)に
和(くは)して我実(わがじつ)の子(こ)よりも
子騫(しけん)を真実(しんじつ)に愛(あひ)し
ければ子騫(しけん)はなを〳〵
父母(ふぼ)を敬(うやま)ひ孝(かう)をつくし
給ひしなり
【右頁下段】
能(のう)に専(もつは)ら心(こゝろ)を入(い)れて
をのづから家業(かぎやう)は麁(そ)
略(りやく)になり行(ゆく)ものにて
終(つい)には家(いゑ)をうしなひ
身(み)を破(やぶ)り先祖(せんぞ)の名(な)を
けがし子孫(しそん)を絶(だつ)の
【左頁下段】
基(もと)ひなれば先(まづ)芸(げい)
術(しゆつ)を学(まな)びならはす
事(こと)はあとへまわし
て商人(あきんど)形気(かたぎ)文(もん)
盲(まう)一図(いちづ)に我(わが)
家業(かぎやう)家職(かしよく)をよく〳〵

【右頁上段】
閔氏(びんし)《振り仮名: 有_二賢良_一|けんらうにあり》何曽(なんぞかつて)《振り仮名:怨_二晩娘_一|ばんらうをうらまん》【晩娘=継母をいう】
尊前(そんぜん)《振り仮名:留_レ母|はゝをとゞめて》《振り仮名:在三-子|いますさんし》《振り仮名:免_二風霜_一|ふうさうをまぬかる》
〇世(よ)の子(こ)たる人(ひと)此(この)閔子騫(びんしけん)の
御徳(おんとく)をしたひて孝行(かうこう)を
はげみ実心(じつしん)あつくは実(じつ)の
父母(ふぼ)はいふに及(およ)ばず継父(けいふ)
継母(けいぼ)もなんぞ心(こゝろ)をへだ
て給(たま)はんや人の我(われ)にあし
きは我(わが)真実(しんじつ)のたらぬ
ゆへなりと心得(こゝろゑ)て人(ひと)を
咎(とが)めず唯々(たゞ〳〵)我(われ)にかへり
みて父母に孝心(かうしん)人に実(じつ)
心(しん)をつくすべきものなり
【左頁上段】
〽まゝしくて母こそ
    母にあらざらめ
  子は子たる子の
     道を行べし
〽我がよきに人の
    あしきが
      あらばこそ
 人のあしきは
   我が悪き也
〽よしあしの人には
   あらで我にあり
 かたち直ふて
    影はまがらず
〽人にたゞ済ては
   なきにへだつると
  思ふ心ぞ垣と
     なりぬる
【右頁下段】
おしへこみ丹練(たんれん)
致(いた)させ可申候事
〇幼稚(ようち)のときより
賢人(よきひと)に近(ちか)よせ
学(まな)ばし度(たき)は学問(がくもん)
の道(みち)に候 学問(がくもん)と
【左頁下段】
申てむつかしき四(し)
角(かく)なる文字(もんじ)を
よく読(よみ)詩作文(しさくぶん)
章(しやう)を達者(たつしや)に
いたし博学多識(はくがくたしき)
になる事(こと)にて

【右頁上段】
  楊 香
《振り仮名:深-山|しんざんに》《振り仮名:逢_二白-額_一|はくかくにあへり》
《振り仮名:努-力|とりきして》《振り仮名:搏_二腥風_一|せいふうをうつ》
《振り仮名:父-子|ふし》俱(ともに)《振り仮名:無_レ恙|つゝがなし》
《振り仮名:脱_レ身|みをまぬかれたり》《振り仮名:飢-口中|きこうのうち》
【右頁下段】
はなく候 愚(われら)が申は
実(じつ)の学問(かくもん)にて
人(ひと)たるのみちを
ならひ忠信孝弟(ちうしんかうてい)
をはげみ親族(しんぞく)
一 門(もん)家内(かない)和合(わがう)し
【左頁】
我(わが)業体(ぎやうてい)を精出(せいだ)し
身(み)のほどを知(し)りて
我分限(わがぶんげん)の位(くらゐ)に
素(そ)し足(た)る事(こと)を
知(し)り驕(おご)らず吝(やぶさか)
ならずして家(いゑ)を

【右頁上段】
楊香(やうきやう)は魯国(ろこく)の人にて十五 才(さい)也
或日(あるひ)父(ちゝ)と共(とも)に山(やま)へ入りてあち
らこちらとあるき終(つい)に山(やま)
深(ふか)く入(いり)ける時(とき)にあらく猛(たけ)き
虎(とら)出来(いできた)りて眼(まなこ)すさまじく
爪(つめ)をときて向(むか)ふにたてり
楊香(やうきやう)此 虎(とら)がために我大切(わがたいせつ)
の父(ちゝ)をうしなはん事をおそ
れかなしみて我身(わがみ)をすて
父(ちゝ)をうしろにして前(まへ)にすゝん
で虎(とら)をおひはらはんといたし
ければ虎(とら)も大(おゝ)いにいかり
たけつてすでに取(と)り喰(くら)
はんとの勢(いきほ)ひ成(なり)ければ楊(やう)
【左頁上段】
香心のうちに天(てん)にいのりねか
はくは天(てん)我(わが)志(こゝろ[さ])しをあはれみ給ひ
て我命(わがいのち)を以(もつ)て父(ち[ゝ])にかへ父の命(いのち)を
たすけ給へとちかひて虎(とら)の
前(まへ)におそれなくすゝみよりて
いわく汝(なんぢ)人にあらねどよく聞(きゝ)
わけて父(ちゝ)の命(いのち)をたすけよ我(わが)
身(み)は汝(なんぢ)にあたふべしとすりより
ければ今迄(いままで)猛(たけ)くあれし虎(とら)
勢(いきほ)ひをうしなひ尾(を)をすへて
何国(いづく)ともなく逃(にげ)うせける爰(こゝ)に
おいて楊香(やうきやう)父子(ふし)身(み)を全(まつた)ふ
して帰(かへ)り給へりこれよりして
楊香(やうきやう)が美名(びめい)天下(てんか)にかくれなかりける
【右頁下段】
斉(とゝの)ひ脩(おさむる)るを申
事に候 是(これ)至(いたつ)ておも
き事(こと)に候へは幼(よう)
稚(ち)の時(とき)より善師(よきし)を
たのみ賢友(よきひと)に
近(ちか)よせおしへ善(みち)
【左頁下段】
導(ひき)にあづからせ可
申候事
〇 択(ゑら)ぶべきものは朋(ほう)
友(ゆう)に候 善友(ぜんゆう)にまじ
れば我(われ)知(し)らずして
自然(しぜん)とよき事を覚(おぼ)へ

【右頁上段】
〇世(よ)の子(こ)たる者(もの)は楊香(ようきやう)がごとく
父母(ふぼ)のためには命(いのち)をすてんとする
が常(つね)なるに命(いのち)の事(こと)は扨(さて)おいて
手足(てあし)を惜(お)しみ骨(ほね)をおしみて
我身(わがみ)を大事(だいじ)とすしかれば
実(じつ)に我身(わがみ)を大事にするかと
おもへば埒(らち)もなき酒色(しゆしよく)名利(みやうり)の
為(ため)には手足(てあし)も惜(お)しまず尻(しり)
もかろく身命(しんみやう)もなげうつ
にあらずや是(これ)はいかなる間(ま)
違(ちがひ)ぞやよく〳〵かんがへ見(み)
給ふべし此(この)間違(まちがひ)がわからざれば
身(み)を立(たつ)る事あたはぬ也よき人に
よりて道(みち)を学(まなび)て父母の心を安(やす)んじ給へ
【右頁下段】
悪友(あしきとも)を友(とも)とすれば
我(われ)知(し)らずしておのづから
あしき心(こゝろ)にうつり行(ゆく)
ものに候へば偏(ひとへ)に善(ぜん)
友(ゆう)をゑらび友(とも)と
いたさせ可申候事

【裏見返し】

【裏表紙】

【表紙 題箋】
《割書:童子|教訓》 撫育草 下

【上段】
五常(ごじやう)の歌(うた)
  他(た)を恵(めぐ)み我(われ)をわす
仁 れて物ごとに慈悲(じひ)ある
  人を仁(じん)としるべし
  へつらはずおごる事なく
義 あらそはず欲(よく)をはなれて
  義理(ぎり)をあんぜよ
  君(きみ)をあふぎ臣(しん)を思(おも)ひて
礼 かりそめもたかきいやしき
  礼義(れいぎ)みだすな
  何事(なにこと)も其(その)しな〴〵を
智 知(し)る人(ひと)をひろく尋(たづ)ねて
  他(た)をなそしりそ
  心(こゝろ)いと直(なを)かるべしと祈(いのり)
信 つゝあしきをすてゝ
  よきをともなへ
【下段】
撫育草(そだてくさ)下ノ巻
〇幼稚(ようち)の人(ひと)の病(びやう)
身(しん)になりて成人(せいじん)を
なす事(こと)あたはず又(また)
息才(そくさい)にて成人(せいじん)致(いた)し
たりとも不身持(ふみもち)

【右頁上段】
 呉   猛
呉猛(ごもう)は年(とし)八 才(さい)にして至(いたつ)て
孝行(かうこう)ふかき人なり元来(もとより)
家(いゑ)まづしくしてよろづ
心(こゝろ)にかなふ事(こと)なし夏(なつ)の
事にありけるが父(ちゝ)寐(いね)給ふに
蚊(か)多(おほ)くとまりてほしい
まゝに父(ちゝ)をさしけるを幼稚(ようちの)
心(こゝ)ろにおゝいにうれひけれ
ども貧家(ひんか)の事なれば
蚊帳(かや)とてもあらざれば
我(わか)衣(ころも)をぬぎて父(ちゝ)に着(き)せ
けれども蚊(か)なをも父(ちゝ)の
身(み)に近(ちか)づきければ呉猛(ごもう)我(われ)は
【左頁上段】
赤裸(あかはだか)になりて父(ちゝ)の傍(かたわら)に
居(ゐ)られければ蚊(か)あつまり
来(きた)りて呉猛(ごもう)が幼(いときな)き赤(は)
裸(だか)身(み)を喰(くい)て父(ちゝ)が方(かた)へ
行(ゆか)ざりければ呉猛(ごもう)大(おゝ)いに
よろこびて是(これ)より毎夜(まいや)
父(ちゝ)を我(われ)より先(さき)へ臥(ふ)さしめ
我(わが)衣(ころも)をぬぎて父(ちゝ)にきさ
しめ我(われ)ははだかにて其(その)
かたわらに臥(ふ)し給ふと蚊(か)
むらがりかゝりて呉猛(ごもう)を
さしくろふ幼稚(おさなき)の人の其(その)
苦痛(くつう)何(なに)にたとへん物(もの)も
なしされども呉猛(こもう)は是(これ)
【右頁下段】
放蕩(はうとう)にて身(み)を立(たつ)る
事(こと)あたはざるの輩(ともがら)
世(よ)にまゝある事に候
是(これ)多(おほ)くは親(おや)たる者(もの)
の撫育(そだて)あしきゆへ
なりとなげかれし
【左頁下段】
或(ある)翁(おきな)の候が尤(もつとも)なる
事(こと)と存(そんじ)候 其(その)訳(わけ)は
すべて親(おや)たる者(もの)は
我(わが)小児(こ)の愛(あい)におほ
れて美食(ひしよく)をなさしめ
又(また)は三度(さんど)の食事(しよくじ)の

【右頁上段】
をこらへしのび居(ゐ)て身(み)を
動(うごか)さば父(ちゝ)の方(かた)へ行(ゆか)ん事(こと)を
おそれられしとかや幼年(ようねん)
の身(み)として古今(ここん)稀(まれ)なる
孝心(かうしん)天(てん)に通(うつ)じ今(いま)に善行(せんこう)
世(よ)に知(し)る所(ところ)なり
【左頁上段】
夏夜(なつのよ)《振り仮名:無_二帷帳_一|いちやうなし》
蚊多(かおゝけれと)《振り仮名:不_二敢揮_一|あへてふるはす》
《振り仮名:恣_レ渠|かれほしひまゝ》膏血飽(かうけつあくまです)
《振り仮名:免_レ使_レ入_二親闈_一|しんゐにいらしむることをまぬかる》
【右頁下段】
外(ほか)に菓子(くはし)木(こ)の実(み)の
るいをあたへて脾(ひ)
肝(かん)の臓(ぞう)をやましめ又(また)
小児(せうに)のよろこぶをよし
として麁服(そふく)をかへて
和(やわ)らかなる美服(びふく)を
【左頁下段】
あたふるよりして
身体(からだ)おのづからゆる
み怠(おこた)りて様々(さま〴〵)の病(やまひ)
を生(しやう)じ十に七八は
成人(せいじん)する事(こと)あたは
さるを見 来(きた)り候よし

【右頁上段】
世(よ)の子(こ)たる人(ひと)此(この)呉猛(ごもう)の孝(かう)
心(しん)をよみて感涙(かんるい)し我身(わがみ)を
恥(はづ)べき事(こと)也 殊(こと)におの〳〵
方(かた)は父母(ちゝはゝ)先祖(せんぞ)の御蔭(おかげ)にて
蚊帳(かや)もあり火燵(こたつ)もあり
是(これ)のみにても親(おや)の御恩(ごをん)
を有難(ありがた)くおもひ奉(たてまつ)るべき
事也 其上(そのうへ)父母(ふぼ)は子(こ)たる物(もの)
を風寒暑湿(ふうかんしよしつ)にあてまじ
蚤蚊(のみか)にも喰(くは)せまじと我
身(み)をすてゝ子(こ)の息才(そくさい)無(ぶ)
事(じ)なるをのみ願(ねが)ひ給ふが
親(おや)の常(つね)也 呉猛(ごもう)がごとき
孝心(かうしん)は所詮(しよせん)およばずとも
【左頁上段】
せめては親(をや)の御志(おんこゝろざ)しに順(したか)
ひ不養生(ふようじやう)なく息才(そくさい)にて
父母(ふぼ)の仰(おゝせ)にもとらずんば
少(すこ)しは御恩(ごをん)を知(し)るのはし
ともいふべきか
〽子(こ)をおもふ親(をや)ほど
   親(おや)をおもひなば
  世(よ)にありがたき
   人といはれん
〽父母(ちゝはゝ)によく事(つか)ふ
   ればあめつちの
  神(かみ)もめくみは
   ふかきとぞし
         る
【右頁下段】
又(また)稀(まれ)に成人(せいじん)をなす
小児(せうに)ありとも幼年(ようねん)
より美食(びしよく)美服(ひふく)に
そだてなれ来(きた)りし
癖(くせ)がつきて成人(せいじん)の
後(のち)は猶(なを)以(もつ)て美食(びしよく)美(び)
【左頁下段】
服(ふく)を好(この)みおのづから
驕者(おごりもの)栄曜者(ゑようもの)となり
て身(み)を滅(めつ)し家(いゑ)を
うしなふ輩(ともがら)すくな
からず候 是(これ)みな親(おや)の
愛(あい)におぼれし撫育(ぶいく)の

【両頁上段 絵のみ】
【右頁下段】
あしきあやまりにて
何(なに)も知(し)らぬ幼稚(ようち)の者(もの)
に美食(びしよく)美服(びふく)の毒(どく)
をあたへて病(やまひ)を起(おこ)し
短命(たんめい)ならしむるは
愛(あい)して実(じつ)に愛(あい)せざ
【左頁下段】
るの不慈悲(ふじひ)のいたり
にてかなしき事(こと)に
あらずや又(また)無事(ぶじ)に
成人(せいじん)をいたせし所(ところ)が
前(まへ)にも申 如(ごと)く栄耀(ゑいよう)に
育(そだち)し癖(くせ)が常(つね)と成(なり)て

【右頁上段】
【四角く囲って】
  孟母
孟(もう)母は至(いたつ)て賢女(けんじよ)なり
母(はゝ)はじめ住(すみ)給ふ家(いゑ)墓(はか)に
ちかき故(ゆへ)孟子(もうし)幼年(ようねん)の
時(とき)なりければ葬(はうむ)るわざを
してたはむれ給ふ母(はゝ)是(これ)
を見て我子(わがこ)をおく所(ところ)にあ
らずとて家(いゑ)をかへて此度(このたび)は
市場(いちば)の辺(へん)に舎(いゑゐ)したまふ
孟子(もうし)又(また)たはむれに商人(あきんど)の
まねをし給ふ母(はゝ)是(これ)をみて
こゝも我子(わがこ)をおく所(ところ)に
あらずとて此度(このたび)は学問所(がくもんじよ)
のかたはらに舎(いゑ)をうつし
【左頁上段】
かへ給ひしかば孟子(もうし)また
たはむれに揖譲(いつじやう)進退(しんたい)し
他(た)を敬(うやま)ひ己(おのれ)を卑下(ひげ)し
礼義(れいぎ)を正(ただ)しくする事(こと)を
まねび給ふ母(はゝ)よろこびて
こゝにて我子(わがこ)をおくべき
所(ところ)也とて住所(ぢうしよ)を定(さだめ)給ふ
孟子(もうし)あるとき隣(となり)の家(いゑ)に
猪(いのこ)を殺(ころ)すを見て是(これ)は何(なに)に
すると母(はゝ)に尋(たづ)ね給ふ母(はゝ)
たはむれに汝(なんぢ)に食(しよく)せし
めんがため也と答(こた)へ給ひしが
跡(あと)にて思(おも)ひ給ふはたはむれ
にも我子(わがこ)をあざむくは
【右頁下段】
我(われ)知(し)らず驕(おごり)り至(いた)り
身(み)を損(そん)じ終(つい)に困窮(こんきう)
にいたらしむるも実(じつ)は
親(おや)の真実(しんじつ)子(こ)を愛(あい)する
の道(みち)を知(し)らざるの過(あやまち)
なれば誠(まこと)に子(こ)を愛(あい)
【左頁下段】
するの心(こゝろ)切(せつ)ならば幼年(ようねん)
の時(とき)よりかりにも美(び)
食(しよく)美服(びふく)其外(そのほか)おごり
かましき事(こと)にふれ馴(なれ)
させず随分(ずいぶん)質素(しつそ)に
そだて質素(しつそ)なる事(こと)を

【右頁上段】
是(これ)いつはりをおしゆる也と
悔(くや)み給ひてすくさま猪(いのこ)の
肉(にく)を買(かい)求(もと)めて食(しよく)なさし
め前(さき)の事(こと)いつはりならざる
事(こと)をしめし給ふ
孟子(もうし)学校(がくかう)に入(い)りて勤学(きんがく)
のいとまに母(はは)にまみへんこ
とをおもひて帰(かへ)りたまひ
しかば母(はゝ)孟子(もうし)に学問(がくもん)は
長(ちやう)じたるやと尋(たづ)ね給ふ
孟子(もうじ)前(さき)の如(こと)く也と答(こた)ふ
母(はゝ)其時(そのとき)みづから織(おり)て居(ゐ)給ふ
機(はた)のきぬを刀(かたな)をもつて
断(たち)きりてなんぢがいま
【左頁上段】
学問(がくもん)長(ちやう)ぜずして母(はゝ)が
家(いゑ)に帰(かへ)るはみづからが此(この)
織物(おりもの)を仕(し)とげずして
たちきるに同(おな)じといかり
なして示(しめ)し給ひしかば
孟子(もうし)恐(おそ)れいりて学校(がくこう)に
かへり日夜(にちや)勤学(きんがく)して大(たい)
儒(じゆ)大賢(たいけん)の徳(とく)を全(まつた)ふし
名(な)を天下(てんか)になし給ふ
世(よ)の子(こ)たる人は此(この)孟子(もうし)の
御(をん)孝心(かうしん)をまなびて親(おや)の
御(をん)おしへ御(をん)志(こゝろざ)しに順(したが)ひて
道(みち)にすゝみ身(み)を立(た)て名(な)を
なすべし又(また)世(よ)の親(おや)たる人(ひと)は
【右頁下段】
見ならはせて麁食(そしよく)
麁服(そふく)にて養育(よういく)いた
し候へば自然(しぜん)と身(み)は
無事(ぶじ)にて心(こゝろ)は質素(しつそ)に
なれならひて成人(せいじん)の
後(のち)よく物(もの)にたえやすく
【左頁下段】
して身(み)を立(たつ)るもの也
是(これ)童(わらんべ)を養育(よういく)するの
肝要(かんよう)歟(か)と存(そんじ)候 其上(そのうへ)
毎月(まいげつ)一度(いちど)づゝは灸治(きうぢ)
不怠(おこらず)致(いた)し遣(つかは)し可申事
〇 孝経(かうきやう)小学(せうかく)四書(ししよ)五経(ごきやう)

【右頁上段】
此(この)孟母(もうぼ)の実心(じつしん)深(ふか)き御心を
したひて我子(わかこ)の幼(いときな)きとき
より少(すこ)しもあしき縁(ゑん)にふれ
させずよき事(こと)を見聞(みきか)せ
ならひ馴(なれ)さしてかりにも
いつはりをかたらずおしへず
正直(しやうちき)になるやうにそだて
あぐるにて実(げに)に親(おや)たるの
慈愛(じあい)なるべし
〽人(ひと)は唯(たゝ)幼(いときな)きより誠(まこと)しく
  正(たゝ)しき道(みち)を見聞(みきゝす)ぞよき
〽童(わらんべ)のあしくそだつは
       友(とも)だちと
  たゝよる方(かた)のあしき故也
【右頁下段】
は申に不及(およばず)童(わらんべ)の常(つね)に
ひとりよみて合点(がてん)致(いた)し
よきおしへのかな文(ぶみ)又(また)は
忠信(ちうしん)孝子(かうし)の行状(ぎやうじやう)を
書(かきし)かな本(ほん)をあたへて
見せ置(をき)候へばおのづから
【左頁下段】
心(こゝろ)も正(たゞ)しく相(あひ)成(な)るもの
に候 縁(ゑん)にふれてうつり
行(ゆく)が人(ひと)の心(こゝろ)に候へば幼稚(ようち)の
時(とき)より少(すこ)しにてもよき
事(こと)の縁(ゑん)にふれさせ可申候
あしき縁(ゑん)にふれさせず

【右頁上段】
孟子曰(もうしのいはく)《振り仮名:以_レ力|ちからをもつて》《振り仮名:服_レ 人|ひとをふくする》者(ものは)
《振り仮名:非_二心-服_一|こゝろふくするにあらす》《振り仮名:以_レ徳|とくをもつて》《振り仮名:服_レ 人|ひとをふくする》者(ものは)
中心(ちうしん)《振り仮名:説-而|よろこんで》《振り仮名:誠-服|まことにふくす》也
是(これ)は孟子(もうし)の御語(おんことば)にて
力勢(ちからいきほ)ひを以(もつ)て人(ひと)を帰服(きぶく)
すれば人 其勢(そのいきほ)ひにおそ
れしたがふといへども実(じつ)
心(しん)よりきふくするにあら
ず又(また)心徳(しんとく)をもつてすれば
人(ひと)真実(しんじつ)にありがたく思(おも)ひ
て心(こゝろ)よりきぶくする也と
のたまへり
世(よ)の主(あるじ)たる人 親(おや)たる人 我(わか)
【左頁上段】
家来(けらい)や我子(わかこ)を帰(き)ぶくいた
させんとおもひたまはゞ
先(まづ)我身(わがみ)持(もち)をよくし真実(しんじつ)
に家来(けらい)するや子(こ)をば愛(あい)し
いつくしみよき道(みち)に至(いた)らしめ
むとおもひ給ふこゝろつよ
ければをのづから其(その)実心(じつしん)に
帰服(きふく)し主人(しゆじん)親(おや)を大切(たいせつ)大(だい)
事(じ)に敬(うやま)ひいたすものなり
又(また)勢(いきほ)ひ威光(ゐくはう)のみにてきび
敷(しく)するときはこわがりおそ
るといへども内心(ないしん)はきふく
せずしてうらむる物なれば
唯々(ただ〳〵)徳(とく)を以(もつ)てすへき事(こと)也
【右頁下段】
あしきたはむれあしき友(とも)
あしき本(ほん)抔(など)はかりにもかたく
見せ申まじく候事
〇 幼稚(ようち)の者(もの)を養育(そだつ)るは
威厳(きびしく)するがよろ敷(しき)と申
人の候これも一理(いり)ある尤(もつとも)の
【左頁下段】
事(こと)に候へ共(ども)やはり温和(やはらか)に
そだつる方(かた)にしくはなしと
存候 其故(そのゆへ)は童(わらんべ)は知(ち)にくらき
ものに候へば親(おや)たる人(ひと)あまり
厳(きびし)ければ恐(おそ)れ親(した)しまず
してよしあし共(とも)にかくし

【右頁上段】
殊(こと)に幼稚(ようち)のものを
おしへるには厳敷(きびしく)して
おそれこわからさぬやう
にし何事(なにごと)もよく〳〵合点(がてん)
の行(ゆく)やうにやはらかに申 聞(きか)せ
真実心(しんじつしん)からきぶくいたさせ
申べき事(こと)なりおさなき
ものゝ目(め)にもよしあしは
よくわかる物に候へはかり
にも無理(むり)おしはならぬもの
に候へば何(なに)を申 付(つけ)何(なに)をおし
ゆるにも道理(どうり)を以(もつ)てよく
のみこみ候やうに導(みちび)き候 事(こと)
幼(おさな)き者(もの)を教(おしゆ)るの肝要(かんよう)也
【右頁下段】
つゝみて唯(たゞ)こはがるのみにて
心服(しんふく)をせぬ者に候へばなに
事(ごと)も兎角(とかく)やはらかに申 聞(きか)
せよく呑込(のみこみ)心服(しんふく)いたし候 様(やう)に
随分(ずいぶん)温和(おんくは)にそだて上(あ)げ
申候が宜敷(よろしき)かと存候 譬(たと)へば
【左頁】
悪敷(あしき)事(こと)ある節(せつ)につよく
折檻(せつかん)を用(もち)ゆる方(かた)よりは
よき事ある節(せつ)に随(ずい)ぶん
ほめて遣(つか)はし候へば幼稚心(おさなごゝろ)に
よろこびて又(また)此後(こののち)もほめら
れん事をねがひて自(おのづか)ら

【右頁上】
【四角い囲みの中に】
   陸績
陸績(りくせき)は年(とし)六 才(さい)の時(とき)遠(ゑん)
述(じゆつ)といふ人(ひと)の所(ところ)行(ゆき)けるに
袁述(ゑんじゆつ)菓子(くはし)に橘(たちはな)を出(いた)せり
陸績(りうせき)是(これ)を三つ取(とり)て袖(そで)に
いれられしが帰(かへ)りさまに
袁述(ゑんじゆつ)といとまごひする
とてたもとよりおとし
ければ袁述 是(これ)を見て
おさなき人に似(に)あはぬ
ことなりと申されければ
陸績(りくせき)こたへて此(この)橘(たちばな)あまり
見事に候へば我(わが)食(しよく)せん
よりは母(はゝ)にあたへん事(こと)を
【左頁上】
おもひてなりと申され
けるに袁述(ゑんじゆつ)是(これ)を聞(きゝ)て
感心(かんしん)し年(とし)いまだ六 才(さい)に
してかゝる孝心(かうしん)の人を知(し)
らず古今(ここん)にまれなる孝(かう)
子(し)かなとほめられけるこれ
よりして孝(かう)の名(な)世上(よのなか)に
あらはれ万民(ばんみん)かんじけると也
孝悌(かうてい)皆(みな)天性(てんせい)
人間(にんげん)六歳児(ろくさいのじ)
袖中(しうちう)《振り仮名:懐_二緑橘|りよくきつをふところに》【一点脱】
《振り仮名:遺_レ母|はゝにのこして》《振り仮名:報_レ含_レ飴|たいをふくむことをほうず》
世(よ)の子たる人 此(この)陸績(りくせき)の
【右頁下】
よき事(こと)はげみよき事を
せんと思(おも)ふ心(こころ)から自然(しぜん)とよき
こと好(ずき)になり終(つい)には善(ぜん)
に至(いた)る物(もの)なり又(また)あしき事
ある時(とき)にのみ折檻(せつかん)を強(つよ)
く用(もち)ゆれば幼稚(おさな)心(ごころ)に
【左頁下】
心服(しんふく)はせずたゞ折檻(せつかん)のみ
を恐(おそ)れて又(また)あしき事(こと)ある
節(せつ)は其(その)悪敷(あしき)をふかくかくし
て知(し)らさぬやうになり行(ゆく)
物(もの)なりあしきをかく包(つゝみ)
習(なら)ふは是(これ)大悪(だいあく)に至(いた)るの

【右頁上】
六 才(さい)にして我(われ)橘(たちは)を食(しよく)
せんよりは母(はゝ)にすゝめんと
の孝心(かうしん)をきゝて恥(はづ)べき
事(こと)なり子(こ)たる人(ひと)は此(この)
孝心(こうしん)をまなびて他(た)に出(いづ)る
事(こと)あらば相応(さうおう)の手土産(てみやけ)
の品(しな)にてもとゝのへ帰(かへ)りて
親(おや)にすゝむべし手 土産(みやげ)は
わづかなれど親(いや)の心(こゝろ)を
よろこばしむるは大(おゝ)いなる
我身(わがみ)の徳(とく)にあらずや幼(おさな)
き人といへども此道理(このとうり)を
よく呑込(のみこみ)て外(ほか)より帰(かへ)る
ときにはなににても
【左頁上】
土産(みやけ)を持(もち)て帰(かへ)り父母(ふぼ)に
進(しん)ずべし幼年(ようねん)より
かよふの仕(し)くせになれな
らひぬればおのづから
何国(いづく)へまいりても親(おや)の
事(こと)をわすれぬものにて
自然(しぜん)と孝心(かうしん)ふかくなる
ものに候とかくよき事は
仕(し)づけくせ付(つけ)度(たき)物(もの)にて
実心(じつしん)よりは出(いて)ずとも陸(りく)
績(せき)がせめてまねを仕(し)習(なら)
ひて外(ほか)に行(ゆか)ば帰(かへ)りには何(なに)
なるともとゝのひ父母(ふぼ)に
すゝむべしよき事(こと)はまねに
【右頁下】
基(もと)にて終(つい)にいつはり
もの悪人(あくにん)とも成(なる)物(もの)なれば
兎角(とかく)真実心(しんじつしん)より合点(がてん)
させずして恐(おそ)れこはがらす
のみにてはよからぬ事(こと)と存候
随分(ずいぶん)温和(おんくは)に申 聞(きか)せ教(おし)へ
【左頁下】
そだつるが宜敷(よろしき)かと存候 乍去(さりながら)
左(さ)に記(しる)し候 分(ぶん)はゆるかせ和(やは)
らかにせず厳敷(きびしく)相(あひ)いまし
め堅(かた)く守(まも)らせ可申候
一うそいつはりをいひ父母(ふぼ)に
物(もの)をかくす事(こと)

【右頁上】
なるゝ時(とき)はすぐに本真(ほんま)事(ごと)と
なるもの也 又(また)あしき事(こと)は
まねにもせまじき物(もの)也
 まねをせよ主人(しゆじん)へ
   忠義(ちうぎ)親(おや)へ孝(かう)
  ひたものすれば本真(ほんま)
      とそなる
いつくしみまたは
    うやまひいろ〳〵と
 親(おや)にはつくせ人(ひと)の
        子(こ)のみち
【左頁上】
【四角い囲みのな中に】
  文伯母
公父(こうほ)文伯(ぶんはく)の母(はゝ)は賢女(けんじよ)なり
其子(そのこ)文伯(ぶんはく)の常(つね)に朋友(ほうゆう)と
堂(だう)にのぼるをひそかに
見られけるに其友(そのとも)とする
人々(ひと〴〵)みな文伯(ぶんはく)をうやまひ
かしづきてあるひは文伯(ぶんはく)が
太刀(たち)をもち或(あるひ)は沓(くつ)をな
をしなどしけるを母(はゝ)見
給ひて文伯(ぶんはく)をよびて
しかつていはく我(われ)聞(きく)古人(こしん)の
明君(めいくん)は国土(こくど)の人民(にんみん)我臣(わかしん)
下(か)なれども朕(われ)に順(したが)ふ
人(ひと)は善(ぜん)なしとて別(べつ)に
【右頁下】
一 父母(ふぼ)の仰(おゝ)せある時(とき)に不返事(ふへんじ)
いたし言(ことば)を返(かへ)しもとる事
一 祖父(ぢい)祖母(ばゞ)は申に不及(およはず)年長(としだけ)し
人(ひと)をかろしめあなどる事
一 気随(きず)ひ気侭(きまゝ)をなし假初(かりそめ)に
も短気(たんき)かんしやくを出(いだ)す事
一 我(わが)分限(ぶんげん)に不相応(ふさうおう)のよい物(もの)を
このみほしがる事
【左頁下】
一 召使(めしつか)ふ者(もの)になさけなく
無理(むり)わやくをいふ事
一むしけらを無益(むやく)にころし
けんくは口論(こうろん)を好(この)む事
一 何(なに)によらず己(おのれ)が我意(がい)を立(たて)ん
とする事
一 人(ひと)をあなどり我(われ)をかしこしとし
物(もの)に自慢(じまん)する事

【右頁上】
賢者(けんしや)をもとめて師(し)と
うやまひあがめたまひて
少(すこ)しも臣下(しんか)のごとくはあし
らいたまはざりしとこそ
今(いま)汝(なんぢ)が友(とも)とする人(ひと)はみな
汝(なんぢ)をうやまひしたがふ人(ひと)
なりかゝる輩(ともがら)と交(まじは)らば
何(なに)もかも我(われ)まさりたり
とおもひよろづにわれを
足(た)れりと心得(こゝろゑ)て日々(ひゞ)に
我慢(がまん)つのりて徳(とく)をうし
なふべしといましめ給ひし
かば文伯(ぶんはく)げにもと心付(こゝろつき)て
これより我(われ)にまされる
【左頁上】
人(ひと)を友(とも)として交(まじは)りければ
其(その)徳(とく)の正(たゞ)しく終(つい)にほまれ
を世(よ)にあらはしけるとなん
世(よ)の親(おや)たる人(ひと)は此(この)文伯(ぶんはく)が母(はゝ)
のごとく善友(ぜんやう)をゑらびて
子(こ)の友(とも)となすべしまた
子(こ)たる者(もの)は文伯(ぶんはく)が母(はゝ)の教(をしへ)に
したがふ事(こと)のすみやかなる
にならひてあしき友(とも)を
さりよき友(とも)に随(したが)ひて身(み)を
おさめ孝(かう)を立(たつ)べし
《振り仮名:無_レ友_二不_レ如_レ已者|おのれにしかざるものをともとする事なかれ》【一点脱】
過則(あやまつては)《振り仮名:勿_レ憚_レ改|あらたむることなかれ》
【右頁下】
一 男女(なんによ)の行儀(ぎやうぎ)をしらず大口(おゝぐち)をいふ事
一 家職(かしよく)をおしゆるに性根(しやうね)を
入(い)れず心(こゝろ)をうすく用(もちゆ)る事
一 手習(てならひ)読物(よみもの)算術(さんじゆつ)の稽古(けいこ)
に怠(おこた)り不精(ぶせい)なる事
一 火(ひ)なぶるをなし火(ひ)の元(もと)
をそまつにする事
此(この)十弐(じうに)ヶ条(でう)童(わらんべ)の心得(こゝろゑ)可守(まもるべき)
【左頁下】
之(の)大事(だいじ)に候へばかたく申 付(つけ)守(まも)らせ
可申候事
右之 外(ほか)幼稚(ようち)の者(もの)を撫育(ぶいく)する
の心得(こゝろゑ)あまた有(あり)といへ共(ども)愚老(ぐろう)
筆(ふで)を動(うご)かすに不調法(ぶちやうはう)なれば
其(その)大略(たいりやく)を書(しよ)して童(わらんべ)を
撫育(ぶいく)するの便(たよ)りともなれ
かしと拙(つたな)きを忘(わす)れて記(しる)し侍(はべ)る

【右丁 挿絵中の文字】
史記

【左頁 右側囲みの中】
小児(せうに)の急病(きうびやう)急難(きうなん)をすくひ治(ぢ)するの秘方(ひはう)を左(さ)に
記(しる)し侍(はべ)る見る人 心易(こゝろやす)く思(おも)ひて捨(すて)給はずと用(もち)ひ給はん事(こと)を希(こいねがふ)而已(のみ)
【左頁上】

病(やまひ)犬(いぬ)に咬(かま)れたるに早速(さつそく)杏仁(きやうにん)《割書:あんず|の種也》を赤(あかう)【上部枠外に】犬
なるほど炒(いり)てよく摺(すり)つぶし疵口(きずぐち)の大小に
随(したが)ひ銭(せに)ほどにも碁子(ごいし)ほどにもして味噌(みそ)
灸(やく)如(ごと)く灸(きう)すれば杏仁(きやうにん)の中へ血(ち)を吸込(すいこむ)也
此如(このごと)く幾度(いくたび)も取(とり)かへ血(ち)も止(や)み疵(きず)口に痛(いたみ)を
覚(おぼ)ゆる時(とき)止(やめ)てよし若(もし)疵(きず)口あさく血(ち)
出(いで)ずとも毒(どく)はい杏仁(きやうにん)の中へ吸込(すいこみ)て後(のち)の

《割書:患(うれい)なし|疵(きず)口》△《割書:是ほど|ならば》〇《割書:杏仁(きやうにん)の大サ|是程(これほど)にすべし》  《割書:其余(そのよ)は|これに|準(じゆん)ずべし》
但(たゞ)し廻(まわ)りをあつく中を少(すこ)し薄(うす)くして艾(よもぎ)を
沢山(たくさん)に置(おく)べし疵(きず)に湯水(ゆみづ)のつくことを忌(い)
むるか又杏仁(きやうにん)の拵(こしらへ)やうは湯(ゆ)に浸(ひた)し皮(かわ)を
【左頁下】
丹毒(はやくさ)療治(りやうぢ)【上記の文字四角く囲む】丹毒見立并療治方
夫(それ)丹毒(はやくさ)の病症(びやうしやう)はその相(さう)顔(かほ)にあらはる最初(さいしよ)に
左右(さゆう)の耳(みゝ)及(およ)び頬(ほう)の色(いろ)赤(あか)く又 赤黒(あかくろ)く成(なる)も
ありそれより咽喉(いんかう)へむけ其相(そのさう)顕(あら)はるゝなり
或(あるひ)は腹痛(ふくつう)するもあり或(あるひ)は正気(しやうき)を失(うしな)へる様(やう)
なるも有(あり)腹痛(ふくつう)するは腹(はら)かたくたとへば石(いし)の
ごとく又 腹(はら)やはらかにして腹(はら)に熱(ねつ)あるもあり
是(これ)は病(やまひ)の軽重(けいぢう)に寄(よ)るなり此病はにはかに
発病(ほつひやう)し甚(はなは)だ急(きう)也 尤(もつとも)余病(よびやう)に異(こと)にして
耳(みゝ)及(およ)び頬(ほう)の色(いろ)を見るを丹毒(はやくさ)第(だい)一の見立(みたて)と
する也よく〳〵心(こゝろ)を付(つく)べし右の相(さう)顕(あらは)れ丹毒(はやくさ)

【右頁上】
さりうちの肉(にく)を剉(きざみ)て炒(い)るべし
〇 疵(きず)口に風(かせ)のあたるを大いにいむべし
〇 韮(にら)を搗(つき)しぼり汁(しる)をとり一はいづゝ
七日め〳〵に飲(のみ)七々四十九日 迄(まで)に七 盃(はい)を
呑(のむ)ときは毒(どく)うちへ入(い)る事なし
〇 又(また)升麻(しやうま)葛根湯(かつこんとう)を飲(のむ)はなをよし
〇 犬(いぬ)に咬(かま)れし跡(あと)禁忌(とくいみ)
胡(こま) 麻仁(あさのみ) あづき あぶらけ類(るい) 里(さと)いも
さうめん ねぎのびる あさつき わけぎ ちもと
かりひる 生魚(なまうを) 川魚(かわうを)此 外(ほか)すべてくさき
にほいあるもの
右(みぎ)は百日(ひやくにち)があいだ急度(きつと)くふべからず
酒(さけ) 是は至(いたつ)て大毒(だいどく)なり一年いむべし
犬肉(いぬのにく)是は一 代(だい)くふべからず大にいむ
〇又 犬(いぬ)にかまれたるによきくすりは
【左頁上】
 大坂 堂嶋(どうじま)舟大工(ふなだいく)町 京(きやう)屋 宗吉殿(そうきちどの)
と申 方(かた)に売薬(ばいやく)に致(いた)され候よし此くすり
至(いたつ)て妙薬(みやうやく)の趣(おもむき)也 予(よ)が知音(ちいん)の者(もの)先年(せんねん)犬に
かまれ難義(なんぎ)の時(とき)に此 薬(くすり)を用(もちひ)てすぐさま
治(ぢ)し申候に付こゝに記(しる)し候なり
【罫線あり】
鼠(ねづみ)の咬(かまれ)たるに 猫(ねこ)のよたれ又(また)糞(ふん)を【枠外上部に】鼠
ぬり付(つけ)てよし
〇又かまきり虫(むし)のかげぼしを飯(めし)つぶ
にてねり付けてよし
〇 又(また)鮒(ふな)の生(なま)なる肉(にく)をすり付てよし
〇 又(また)梅(むめ)のたねを酢(す)にてすり付(つけ)てよし
△鼠(ねづみ)の小便(せうべん)目(め)に入(いり)たるに猫(ねこ)のよだれを
さし入(い)れてよし
【罫線あり】
猫(ねこ)の咬(かみ)たるに 薄(はつ)荷の汁(しる)をぬるべし【枠外上部に】猫
〇 犬(いぬ)の毛(け)をやき付(つけ)るもよし〇又犬の糞(ふん)をぬるもよし
【右頁下】
にてこれあらば左右(ささう)の腕(かひな)のうち臂(ひぢ)の折(をり)かゞみ
と肩(かた)との真中(まんなか)子(こ)どもなどの力(ちから)こぶといふ所(ところ)へ
とくと口(くち)をつけ強(つよ)く吸(すふ)なり是 療治(りやうぢ)の法(はう)なり
軽(かろ)きは血(ち)出(いづ)る重(おも)きは黒血(くろち)出(いづ)る二口三口ほどづゝ血(ち)出(いづ)る
なり血(ち)の出(で)やむを期(ご)とす尤(もつとも)外(ほか)の病(やまひ)はしらず丹毒(はやくさ)
に右の療治(りやうぢ)をなせば何(なに)ほど重(おも)き丹毒(はやくさ)にても
治(ぢ)する事 神妙(しんめう)なり十四経(じうしけい)手之(ての)太陰(たいいん)肺経之(はいけいの)
図(づ)にていふ時(とき)は雲門(うんもん)尺沢(しやくたく)のあい間(あいだ)侠白(けうはく)といふ図(づ)の
少(すこ)し内(うち)に当(あた)る也 嗚呼(あゝ)宜(むべ)なるかな此(この)術(じゆつ)の妙(めう)なる
事(こと)用(もち)ひて知(し)るべし但はやくさの時早速右の療治を
 なせばぢする事うたがひなししかれともかくべつりやうじておくれに成は
 すふてもち出ぬ事も有べしその時はかの所をひらばり【注①】かかみそり
 にて少しはね切りすふてみるべし
【罫線あり】
五疳(ごかん)には【上記文字を四角で囲む】おゝばこの根(ね)葉(は)実(み)ともに
くろやきにし味噌(みそ)に入(い)れまぜう鰻(うなぎ)のかば
やきにつけて用(もち)ゆ
【罫線あり】
舌(した)胎(しと)【注②】には【上記文字を四角で囲む】昆布(こんぶ)を黒焼(くろやき)にし紅粉(べに)

【注① 平針=外科治療に用いる平たく小さい刃物。両刃で先がとがっている。】
【注② 「舌しとぎ」のこと。】

【左頁下】
ときつけぬりてよし
【罫線あり】
疱瘡(ほうさう)には【上記文字を四角で囲む】あづき 黒豆(くろまめ)ゑんどうと
甘草(かんざう)少し加(くは)へ水(みづ)にて煮(に)て毎日■【「かん」ヵ】心に
此 汁(しる)をのみ豆(まめ)をくふ時(とき)は妙(みやう)にほうさうかろし
ほうさうはやる時(とき)に呑(のみ)おくべし至(いたつ)てかろし
【罫線あり】
夜(よ)なきするに【上記文字を四角で囲む】灯心草(とうしんさう)もぐさをやきて
灰(はい)をとり乳(ち)の上(うへ)に付(つけ)てのましむ
【罫線あり】
虫歯(むしば)には【上記文字を四角で囲む】昆布(こんぶ)とこんこんぶの塩(しほ)と烏賊(いか)
の甲(かう)此 三品(みしな)を等分(とうぶん)に黒(くろ)やきにいたし
付(つく)べし〇又しやうちうにて口(くち)すゝぎふくむ
もよし〇又 芹(せり)のしぼり汁(しる)を少し
耳(みゝ)へ入(い)れてよし
【罫線あり】
聤耳(みゝだれ)には【上記文字を四角で囲む】大根(だいこん)のしぼり汁(しる)をこより
のさきにつけて入れてよし〇又 熊(くま)のゐを
ときて入れてよし〇又せみのぬけからを

【右丁 上段】
銭(ぜに)咽(のど)につまりたるに ふのりをときて
のみてよし
○又 油(あぶら)と酢(す)を呑(のむ)もよし是(これ)は胸(むね)わるき
ゆへにつきかへすなり
【罫線あり】
諸(いろ〳〵の)魚(うを)の(に)毒解(あたりたる)には ふくべのたねを 【頭部欄外に】魚
干粉(ほしこ)にしてのむべし
○くちなしの実(み)をせんじのむべし
【罫線あり】
酒(さけ)にあたりたるには くずの花(はな)かなすびの 【頭部欄外に】酒
花(はな)かゆうがほの花(はな)かいづれにても干粉(ほしこ)にして
用(もち)ゆ○又 葛根(かつこん)もよし
【罫線あり】
菌(きのこ)の類(るい)にあたりたるには 桜木(さくらき)の皮(かわ)か 【頭部欄外に】菌
実(み)をせんじ用(もち)ゆ
△松(まつ)たけにあたりたるに鰑(するめ)をせんじ用(もち)ゆ
【罫線あり】
そばにあたりたるに あらめをせんじ 【頭部欄外に】そば
用(もち)ゆ○又かりやすをせんじ用(もちゆ)るもよし

【左丁 上段】
餅(もち)の咽(のど)につまりたるに 一番酢(いちばんす)を呑(のむ)べし 【頭部欄外に】もち
【罫線あり】
湯火傷(やけと)には 胡瓜(きうり)の絞(しぼ)り汁(しる)をつくべし 【頭部欄外に】やけと
○馬(むま)のあぶらをつけてよし
○にわとりのたまごをつけてよし
○さとうを水にときてつけてよし
【罫線あり】
簽(そげ)【注】刺(たち)たるに かまきり虫(むし)のはらわたを 【頭部欄外に】そげ
すり付てよし○又きうりの皮(かわ)をつけてよし
○又 蝿(はい)をつきたゞらかしつけてよし
【罫線あり】
うるしまけには 杉菜(すぎな)のしぼり汁(しる)を 【頭部欄外に】うるし
つくべし○又はすの葉(は)をせんじあらふ
○大むぎを粉(こ)にし水(みづ)にてぬりてよし
○又かつをぶしをせんじ用(もち)ゆ
【罫線あり】
のどに骨(ほね)たちたるに 人(ひと)の爪(つめ)をせんじ用(もち)ゆ 【頭部欄外に】のど
○南天(なんてん)の葉(は)をせんじ用(もち)ゆ

【注 字面からこの字と思われるが「そげ」という義は無し。】

【右丁 下段】
粉(こ)にしごまの油(あぶら)にてときて入れてよし
【罫線あり】
のどけれ痛(いたむ)には【上記文字を四角で囲む】梅干(むめぼし)の黒(くろ)やきを吹入(ふきいれ)てよし
○又くちなしの実(み)をせんじ用(もち)ひてよし
【罫線あり】
鼻血(はなぢ)には【上記文字を四角で囲む】山梔子(さんしし)のはを黒焼(くろやき)にして
鼻(はな)の中(なか)へ吹入(ふきい)るべし○又(また)胡椒(こしやう)の粉(こ)を
紙(かみ)につゝみて鼻(はな)のつめとするもよし
【罫線あり】
睡遺尿(ねしやうべん)には【上記文字を四角で囲む】燕(つばめ)の巣(す)の中(なか)のくさを
やきて粉(こ)にし水(みづ)にてのますべし
○あづきの葉(は)のしぼり汁(しる)をあたゝめのむべし
【罫線あり】
白禿(しらくも)には【上記文字を四角で囲む】鶏(とり)の卵(たまご)を蔴(ごま)あぶらにて
合(あわ)せ付てよし○蕪(かぶら)のくろやきをごまの
あぶらにて付てよし

【左丁 下段】
狐臭(わきが)には【上記文字を四角で囲む】墨(すみ)をすりてわきのしたに
ぬりて見るべし穴(あな)ある所(ところ)はかわかぬなり
其(その)かわかぬ所(ところ)へやいとすべし
○又 田(た)にしの殻(から)を粉(こ)にして付るもよし
【罫線あり】
喉痺(こうひ)には【上記文字を四角で囲む】酒(さけ)に塩(しほ)を入(い)れてくゝむ妙(みやう)也
○又みかんの黒(くろ)やきを粉(こ)にして吹入(ふきいれ)てよし
【罫線あり】
ひゞあかぎれには【上記文字を四角で囲む】苦練(くれん)《割書:せんだん|の実》を酒(さけ)にて
せんじ付(つけ)てよし
【罫線あり】
しもやけには【上記文字を四角で囲む】牡蛎(ぼれい)《割書:かき|がら》を粉(こ)にし
髪(かみ)のあぶらにてときて付(つく)べし
○里芋(さといも)土(つち)をあらはずやきて
粉(こ)にしかみのあぶらにてとき
て付(つけ)てよし
○なすびの木(き)をせんじ付(つく)るもよし

ゝ右丁 上段】
○からすの黒(くろ)やきを水(みづ)にてのむ
○ゑの木(き)のみを粉(こ)にして用(もち)ゆ
【罫線あり】
蜂(はち)のさしたるには たでのしぼり汁(しる)を【頭部欄外に】はち
つけてよし○塩(しほ)をぬるもよし
【罫線あり】
百虫(いろ〳〵のむし)耳(みゝ)に入(いり)たるに ごまの油(あぶら)をさすべし 【頭部欄外に】虫(いろ〳〵)
○又たでのしぼり汁(しる)を入(いれ)るもよし
【罫線あり】
百足(むかで)のさしたるには 其(その)むかでをすぐに 【頭部欄外に】むかて
ころし付(つけ)る妙(みやう)也○にわとりのくそを
水にてときて付てよし
【罫線あり】
蛇(べひ)【ママ】るいに咬(かまれ)たるには山中(さんちう)などならば 【頭部欄外に】へび
急(きう)に地(ぢ)を堀(ほり)かまれたる手(て)か足(あし)を其(その)
内(うち)へ入(いれ)上(うへ)より土(つち)をかけ堅(かたく)押付(おしつけ)其上(そのうへ)より
あつき小便(せうべん)をしそゝぎ疵(きず)口より毒(どく)
気(き)をもらして土(つち)をさり疵口【注】へ小便(せうべん)し

【注 字面は疵+口で一字のように見えるが該当する文字は見当たらないので、疵口として刻字する。】

【左丁 上段】
かけ後(のち)糞(ふん)をあつくぬり布(ぬの)か木綿(もめん)で
くゝり宿(やど)に帰(かへ)り冷酒(ひやさけ)にて糞(ふん)をあらひ
去(さり)雄黄(おわう)乾姜(かんきやう)を等分(とうぶん)に粉(こ)にし馬歯(すべり)
莧(ひゆ)の汁(しる)に調(とゝの)へ疵(きず)口ばかりあけ四辺(まはり)へ敷(しき)其(その)
上(うへ)を布類(ぬのるい)にてくゝり置(おく)べし呑薬(のみぐすり)には
紫莧(あかひゆ)の汁(しる)をとり一弐 盃(はい)のむべし升麻(しやうま)
葛根湯(かつこんとう)をのめば猶(なを)よし○又 貝母(ばいも)を粉(こ)
にし酒(さけ)にてゑふ迄(まで)呑(のむ)時(とき)しばらくして酒(さけ)
疵(きず)口より水(みづ)と成(なり)出(いづ)る水出やみて後(のち)貝母(ばいも)の
粉(こ)を付(つけ)てよし○又 蚯蚓(みゝづ)の首(くび)に白節(しらふし)ある所(ところ)
五六分 切(きり)すりたゝらかしさし口に付てよし
○又 田葉粉(たばこ)の葉(は)付てよし○又 黒豆(くろまめ)の葉(は)
塩(しほ)少(すこ)し加(くはへ)て付てよし○胡椒(こしやう)の粉(こ)酢(す)にて
とき付てよし○右 見合(みあわせ)て用(もち)ゆべし
○蛇(へび)にかまれたる人 河(かは)をわたるべからず水
にて手足(てあし)あらふべからず

【右丁 下段】
听逆(しやくり)には【上記文字を四角で囲む】柿(かき)のへたをせんじ用(もち)ゆ
○とうがらしの粉(こ)をうどんの粉(こ)にて
つゝみ丸(ぐわん)じのみてよし
【罫線あり】
中暑(ちうしよ)霍乱(くわくらん)の療治(りやうぢ)【上記文字を四角で囲む】
小児(せうに)の夏(なつ)に至(いた)りて俄(にはか)に目(め)をみつめ
気(き)を絶(ぜつ)し又は腹痛(ふくつう)しもだえ
くるしみ又は大(おゝ)いになきさけび腹(はら)
石のごとくにこわりはるの類(るい)ありこれ
大方(おゝかた)中暑(ちうしよ)か霍乱(くわくらん)にてそりや御医(おい)
者(しや)よ薬(くすり)針(はり)よといふ間(ま)に早(はや)息(いき)を引取(ひきとり)
死(し)する小児(せうに)多(おほ)しなげかはしきの
至(いた)り也 然(しか)るに是(これ)を治(ぢ)するの術(じゆつ)は
かねて常(つね)に小麦(こむき)のわらをたくわへ
置(おき)て右(みき)のやまひと見候はゝすぐに

【左丁 下段】
医師(いしや)よ薬(くすり)よといはずして小麦(こむぎ)の藁(わら)を
一寸ほどづゝにきざみ《割書:少にても麦 藁(わら)|多きがよろし》水を入て
釜(かま)にてせんじ出(だ)し其せんじ申候 湯(ゆ)を
手拭(てぬぐひ)やうのものにひたし病人(びやうにん)の腹(はら)臍(へそ)の
あたりをあたゝめ遣(つか)はしせんぐり〳〵
かへてはあたゝめあたゝめては仕(し)かへ〳〵して
あたゝめる時(とき)はたとひ気絶(きぜつ)したる病人(ひやうにん)
にても息(いき)をかへしたすかる事 奇妙(きみやう)也
此 病難(ひやうなん)をのがるゝ事 医薬(いやく)の功(こう)よりも
此術(このじゆつ)はなはだ功(こう)ある也《割書:予(よ)》も此術(このしゆつ)をもつて
難治(なんぢ)の小児(せうに)を三人 迄(まで)すくひ候また爰(こゝ)に
記(しる)し侍(はべ)り其 外(ほか)にも此 術(じゆつ)にて功(こう)を得(え)し
事(こと)多(おほ)くある也あまり〳〵心易(こゝろやす)き術(しゆつ)故(ゆへ)に
かろくあなどり給はずと此(この)病症(ひやうしやう)あらは
何角(なにか)なしにすみやかに此(この)奇方(きはう)を用(もち)ひ
給ふべし又 此(この)中暑(ちうしよ)や霍乱(くわくらん)に

【右丁】
川(かわ)へはまり水(みづ)に溺(おぼ)れ死(し)したるには口(くち)を開(ひら)
かし横(よこ)に箸(はし)一 本(ほん)くはへさして口(くち)より水(みづ)を吐(はか)す
べし扨(さて)きものをぬがし臍(へそ)へ灸(きう)すべし竹(たけ)の
くだにて両方(りやうはう)の耳(みゝ)を吹(ふく)べし○又(また)水(みづ)を出(いだ)さ
すには気丈(きじやう)なる人(ひと)をあふのきに臥(ふさ)し其上(そのう[へ])へ
溺(おぼれ)し人(ひと)をうつぶせにのせて気丈(きじやう)の人(ひと)をして
そろ〳〵とうごかすれば水(みづ)出(いづ)る
○又 皀莢(きうけう)【左ルビ:かはらふじ】を粉(こ)にして綿(わた)に包(つゝみ)肛門(こうもん)の
中(なか)にいるゝ女は前陰(まへと)と肛門(こうもん)とに入るゝしばらく
して水(みづ)出(いで)て活(いき)る
右溺(おぼれ)し人 気(き)のつきて後(のち)冬(ふゆ)は少(すこ)し
あたゝめ酒(さけ)を呑(のま)し夏(なつ)はめしの湯(ゆ)を
のますべし
【罫線あり】
此術(このしゆつ)みな〳〵小児(せうに)のみにあらず大人(たいじん)も用(もち)ひて
同(おな)じ功(こう)に候へばつねによく御 覚(おぼ)へ置(おき)被成候て
右の症(しよう)右の難(なん)候はゞすみやかに用(もち)ひ給ふへし

【同 下段】
似(に)たる丹毒(はやくさ)の症(しやう)もある物なれば小児(せうに)
かやうのやまひあり候はゞ前(まへ)に出(だ)し置(をき)申候
丹毒(はやくさ)のりやうぢも用(もち)ひ給ふべし右 両(りやう)
方(はう)とも用(もち)ひ見給ふべし中暑(ちうしよ)も丹毒(はやくさ)
も両方(りやうはう)共(とも)至(いたつ)て早(はや)き病(やまひ)にて医薬(いやく)を
用(もち)ゆるの間(あいた)なきことなれば此(この)病症(びやうしやう)
と見るならば早速(さつそく)に手(て)の力(ちから)こぶの所(ところ)を
吸(すい)ひてみて丹毒(はやくさ)のりやう治(ぢ)し
すぐに小麦(こむき)わらをせんじて腹(はら)を
あたゝめ両術(りやうじゆつ)ともに用(もち)ひ給ふべし
○小児(せうに)夏中(なつぢう)小麦藁(こむぎわら)のせんじ
汁(しる)にて常(つね)に行水(ぎやうずい)をいたさせ
臍(へそ)をあたゝめつかはし候へば
中暑(ちうしよ)霍乱(くわくらん)入(い)り申さず候あいだ
夏中(なつぢう)日々(にち〳〵)右 麦(むき)わらにて行水(きやうすい)
致(いた)させ申へき事(こと)なり

【左丁】
○韋賢(いけん)が伝(でん)に云 子(こ)に黄金(わうごん)満籯(まんゑい)を遺(のこ)さんよりは一 経(きやう)を
教(おし)へんにはしかじと又 景行録(けいかうろく)にも曰(いはく)世(よ)に百歳(ひやくさい)の人(ひと)
なし枉(まげ)て千 年(ねん)のはかり事(こと)をなす児孫(じそん)はおのつ
から児孫(じそん)の福(さいわい)有(あり)児孫(じそん)を把(とり)て馬牛(ばぎう)となす事なかれ
と《割書:云| 々》誠(まこと)に人の一 生(しやう)はわづかにみじかき間(あいた)なるに
猥(みだり)に金銀(きんぎん)銭(ぜに)米(こめ)をあるがうへにも積(つみ)たくはへ千万年(せんまんねん)
もつゞいて豊(ゆたか)なるやうとて子孫(しそん)にゆづりあたふれ
ども貧福(ひんふく)はおの〳〵天性(てんせい)の定(さだ)まりありて親(おや)富(とめ)る
とて子(こ)もまた富(とめ)るものにはあらず其上(そのうへ)富(とみ)をすれば
仁(じん)ならずとも侍(はべ)るが如(ごと)く彼(かの)そくばくの財宝(ざいほう)を積(つみ)

【右丁】
蓄(たくはゆ)る事(こと)は大やう道(みち)に背(そむ)かではあたはざる事(こと)に
なむ侍(はべ)れば其(その)散失(ちりうす)るに間(ま)のなき事(こと)はなを
浮(うか)へる雲(くも)のごとくにして頼(たの)みおもふべき事にはあらず
然(しか)れば唯(たゞ)子孫(しそん)をして速(すみやか)に師(し)に付(つけ)て聖人(せいじん)の教(おしへ)を学(まな)ば
しめ己(おのれ)を脩(をさ)め人(ひと)を治(をさ)むるの道(みち)を知(し)らしめたき事にや
苟(いやしく)も人として此(この)有(ある)を知(しり)て楽(たの)しむ時(とき)はたとひ其(その)天命(てんめい)
不幸(ふかう)にして身(み)の便(たより)あしく成(なり)ぬ共(とも)彼(かの)あかず貪(むさぼ)る人(ひと)の家(いゑ)に
千金(せんきん)を積(つみ)かさねたらんよりは其心(そのこゝろ)清(きよ)く一 簞(たん)の食(しひ)しばらく宜敷(よろしく)
とも彼(かの)あさましき人の大牢(たいらう)の美味(びみ)に日々(にち〳〵)に万銭(はんせん)を費(ついや)
すよりは其(その)たのしみはるかにまさりぬべき歟(か)

【左丁】
○つら〳〵世(よ)の人(ひと)の心(こゝろ)推(をし)はかるに大(おゝ)よそ人の人たる所以(ゆゑん)の道(みち)
を学(まな)ぶべき事(こと)とは誰々(たれ〳〵)も志(こゝろざし)なきにしはあらねど我(われ)人(ひと)共(とも)に
世(よ)をわたるわさに暇(いとま)なくとかくと黙止(もだし)居(ゐ)るうちに春秋(はるあき)を経(へ)て
年(とし)老行(おいゆき)てをのづから本意(ほんい)を遂(とげ)ずせめては我(われ)こそ斯(かく)人(ひと)
なみ〳〵ならざらめ其子(そのこ)は又(また)人にも人と呼(よば)しめたた【ママ】きと思(おも)
はざる親(おや)はあるべからずしかるにさ思(おも)ひながらも速(すみやか)に師(し)に付(つけ)て
教(おしへ)てんともせで徒(いたづら)にきのふと過(すぎ)けふと暮(くら)して遂(つい)に学(まな)ばす
べき日なく剰(あまつさ)へ慈愛(じあひ)におぼれていとけなきよりありたき
まゝに育(そだ)てなすゆへにやゝ年(とし)壮(さか)んに及(およ)ぶといへども親(おや)に
孝(かう)をすべき道(みち)をもしらねば常(つね)に不孝(ふかう)のみなるを以
我子(わがこ)ながらも歯(は)を喰(くい)しばりて憎(にく)みのゝしり他人(たにん)にも
触(ふれ)あるき果(はて)は聞(きく)もうとましき親子(おやこ)の縁(ゑん)を断(たつ)の類(たぐ[ひ])世(よ)に

【右丁】
幾等(いくら)も多(おほ)き事(こと)也 勿論(もちろん)其子(そのこ)の不孝(ふかう)なるは誠(まこと)に憎(にく)むべきの
至(いたり)なりといへども其(その)孝行(かうこう)にすべき筈(はづ)の道(みち)を学(まな)ばせ
教(をし)へざりしあやまちは是(これ)本(もと)として親(おや)にあり論語(ろんご)に教(をしへ)
さる民(たみ)を以(もつて)戦(たゝか)ふ是(これ)を棄(すつ)といふとのたまひしなれば親(おや)たる
人(ひと)は先(まつ)我身(わがみ)をあつく慎(つゝ)しみ子(こ)たるものゝ幼稚(ようち)の時(とき)より学(まな)ばし
道(みち)をおしゆる事(こと)是(これ)実(じつ)に親(おや)たるの職分(しよくぶん)慈愛(じあい)なり又(また)子(こ)たる
ものは父母(ふぼ)の御(おん)仰(おゝ)せにそむかす道(みち)をまなびて孝養(かうよう)をなす
べしよしあし 共(とも)我親(わがおや)に目(め)をつけず譬(たと)ひ父母(ふぼ)は我(われ)に
つらくし給ふ共 我(われ)は唯々(たゞ〳〵)子(こ)の道(みち)をつくし父母(ふぼ)に孝(かう)をなすが
我(わが)職分(しよくぶん)孝行(かうこう)なりと決定(けつぢやう)して少しも父母(ふぼ)の非(ひ)を見ずして
つかふべき事也 然(しか)るに世間(せけん)の子(こ)たる人にまゝ己(おのれ)が不孝(ふかう)不行状(ふぎやうでう)を
なして是(これ)は我(わか)幼(いとけな)き比(ころ)より父母(ふぼ)がよくおしへそだてざるの過(あやまち)也

【左丁】
抔(なと)と咎(とがめ)不 埒(らち)をのがれんと父母(ふぼ)をよからぬ事(こと)に申 抔(など)のやからは
誠(まこと)に鳥(とり)獣(けだもの)にもはるかまさりたる大悪人(だいあくにん)にて申もけがらわしく
言(こと)の葉(は)にかくるもおろか成(な)る事(こと)也 子(こ)たる者(もの)はかりにも父母(ふぼ)のよし
あしに目(め)をつけず我(わが)やく前(まへ)の孝行(かうこう)をはけみつくすべししかる
時(とき)はいのらずとても神(かみ)も仏(ほとけ)も守(まも)り給ひて家(いゑ)富(とみ)栄(さかへ)子孫(しそん)又々(また〳〵)
かくの如(こと)くに栄(さか)ふべし親(おや)たる人は我子(わがこ)の愛(あい)におぼれず何(なに)
とぞ〳〵善道(ぜんどう)へみちびかんと幼稚(ようち)の時(とき)よりよき師(し)に順(したが)はし
めよき友(とも)に交(まじは)らせよき事(こと)を見ならはせよき事(こと)を聞(きゝ)なら
はせて我子(わがこ)をよき人によく身(み)を脩(をさめ)さしよく家(いゑ)を
たもたせ給ふこそ先祖(せんそ)親(おや)人の大孝行(だいかうこう)にて子孫(しそん)
をいつくしむの大慈悲心(だいじひしん)といふべきものなり
                   脇坂義堂誌








【右丁】
 享和三稔亥春   以徳舎蔵板

         《割書: |同三条麩屋町東へ入》
   書林       吉田屋新兵衛
         《割書:同二条高倉南側》
   弘所       八文字屋仙次郎
         《割書:大坂心斎橋安堂寺町》
            秋田屋市兵衛
         《割書:同心斎橋南四丁目》
            吉文字屋市左衛門

【左丁】
教訓書目《割書:此本は儒仏神を尊み上を敬ひ下をあはれみ身を|治め子孫長久のおしへを女中子達も心得やすく|さとせしもの也御求 ̄メ御覧て被下候以上》
【罫線あり】
○養草 ○同二篇 ○教の小槌 ○福神教訓袋 ○我守り ○遊ひ哥
○要草 ○前訓 ○安楽問弁 ○もてあそび ○我杖 ○朝倉新話
○かねもうかるの伝受 ○安楽になる伝受 ○孝行になる伝受 ○万吉伝
○開運出世伝受 ○福相になる伝受 ○福来る神の伝受 ○留松伝
○売卜先生糖俵 ○同後篇 ○まのあたり ○雨(アメ)の晴 ̄レ間 ○あまやどり
○今計り ○夜話荘治 ○御代の恩 ○子守り哥 ○心得草 ○大和詩経
○御代の恩沢 ○民の繁栄 ○盲安杖 ○孝経童子訓 ○為人抄《割書:片カナ》
○おには外 ○廿三問答 ○大和西銘 ○むつまじ草 ○儀兵衛行状 ○松翁一人言
○女訓姿見 ○和論語 ○大学明徳記 ○春ひより ○かゞし草 ○明徳和賛
○ありべかゝり ○食事五思 ○五穀無尽蔵 ○目なし用心抄 ○何よりの事

【右丁】
○心相問答《割書:義堂夜話|第一篇目》 ○五用心慎草《割書:同第|二篇目》出世鯉《割書:同第|三篇目》
【二行分墨消し】
身体柱立 ○撫育草(ソダテクサ) ○道二[翁]道話 ○同二篇 ○同三篇 ○同四篇 ○勧孝見せばや
○都鄙【左ルビ:片カナ】問答 ○斉【斎】家論 ○あつめ草 ○同二篇 ○同三篇 ○同四篇
           ○同五篇 ○同六ヽ ○同七ヽ ○同八ヽ《割書:近刻》 ○同九《割書:同》
○俗字指南車《割書:児女日用の|文字 ̄ヲ記ス》 ○同十ヽ《割書:同》 ○同十一ヽ《割書:同》 ○同十二ヽ《割書:同》 ○同十三ヽ《割書:同》
○新実語教○同カナ付 ○同十四ヽ《割書:同》 ○同十五篇《割書:未刻》
○理学津梁 ○眠さまし画姿 ○工夫近道 ○一休法語 ○井蛙文談 ○身体直し
【三行分墨消し】
大黒散《割書:此薬は暑気(しよき)くわくらん食傷(しよくしやう)虫のかぶり腹一通りの妙|薬にて寒気のあたりひゑ一切に妙也殊に甲子の日に|用ひおけば一代無病也ト云 一ふく料十六穴》

【左丁 上段】
りうゐん散(さん)
此薬はりうゐんたん一切しやく
気むねのいたみ手足腰身の
しびれいたみに妙にして総【惣】て
りうゐんたんより生る万病に
きめうなり
△酒の二日ゑひすべて酒どくを
けす事妙也酒好の御方常に
用ひ給ふてりうゐんをひらき
治しよく気血をめぐらし長
命ならしむ△毒いみさしあいなし
 大包一匁四分 半包七分

【左丁 下段】
どくいみ
まつさし
あい
なし
【丸囲みの中】
○小児虫気たゐどく五かん【疳】たんき
きやうふう虫歯万病に妙也
○大人 ひじんをつよくし暑気あたり
 男女 くわくらん腹のいたみくだり
 一切胸のいたみつかへ虫のかぶり一切
  りびやう中風気絶めまい
   のぼせづゝう歯のいたみ
    口中一切によし
     酒毒舟馬かごのゑひ
      鳥獣の病に妙也

ほ           一服
  毎日食事の      代
て 跡にて弐三粒    卅六
  用ひくば一代脾    銅
ゐ 腎のうれゐなく第一歯をつよくし
  口中の病なく長命 ̄ニ至 ̄ル也
丸 △小児常に用て無病長寿也
 大人男女常に用て万病 ̄ヲ去 ̄ルコト妙也



《題:《割書:気|病》一切丸(いつさゐぐわん)》【「一切丸」の下の四行書き】
気より出 ̄ル万病を治 ̄ス事妙なり
らうがゐかんしやう産労(さんろう)たん気 肝積(かんしやく)
総【惣】て異病変病ぶら〳〵病 狂気(きちがい)乱心
長病に妙なり

△物覚(ものおぼへ)これをよくし気をひろくすること妙なり△子なき人常に用て能
子を生ず女消産する人常に用て安産也△男女共に目口引つり腰
ひざいたみ手足あしく物覚へなく気ぬけ言わからぬに妙也
△男女とも気のつかれ身の疲 ̄レ△らうがい△疾あせ△火動じんきよ△陰痿(ゐんい)
△てんかん△気絶△りびやうおこり△中風きやうふう△のぼせ立ぐらみ△食傷
胸痛腹痛一切毒虫毒獣物におどろく人に妙也△小児虫気五かん夜なき又
卒病に妙也△毒忌(とくいみ)なし△御医師方の御くすり用ひながら此薬用給ふて少しも
かまはずよろしく御座候         京二条高倉南側角
御薬料本包銀廿四匁小包三匁    本家  脇坂ほてゐ庵
大包金百疋中包弐朱一片にて御坐候    江戸は中橋南伝馬町二丁目東側

【裏表紙】

画本柳樽

【表紙】
【蔵書ラベル:東京府女子師範学校郷土室|品名|番号|数量】
【三段ラベル:911.45|EHO】


【題箭】絵本 【破れあり】 全

【左丁】

凡(およ)そ書画(しょぐわ)にいふ所(ところ)。真行草(しんぎやうさう)の三体(さんてい)
と。こは世間(せけん)の通称也(つうしようなり)。東坡(とうば)先生(せんせい)書(しよ)を論(ろん)
じて。真(しん)は立(たつ)が如(ごと)く。行(ぎやう)は歩(あゆむ)が如(ごと)く。草(さう)は走(はし)るが
如(ごと)し。能立(よくたち) 能歩(よくあゆま)ずして。奚(なんぞ)よく走(はし)らんやと。画(ぐわ)も
またしかり。然(しか)れどもまづ草体(さうてい)の簡易(かんい)【左ルビ:◦タヤスシ】をもて。

【右丁】
初学(しよがく)を教(をしゆ)るは平常(つね)也。こゝに於(おい)て人物(じんぶつ) 山水(さんすい)及(および)。
もろ〳〵の画(ぐわ)の草体(さうてい)を輯(あつ)め彫(ゑり)て。童蒙(どうまう)画(ゑ)を
弄(もてあそ)ぶの便(たより)となす。この小冊(せうさつ)を懐(ふところ)にせば。席上(せきしやう)
即座(そくざ)の規矩(きく)【左ルビ:◦テホン】ともなりて。心(こゝろ)を慰(なぐさ)むの一助(いちじよ)
              ならんかし
 壬寅       応需
  孟夏       松亭主人誌
【左丁】
面白(おもしろ)き風(かぜ)に
  ふりあり
    川柳(かわやなぎ)
【左下隅】
英泉画

【右丁】
唐人も
 みたがる雪(ゆき)の
 綿(わた)ぼうし
【右下】
佐野(さの)の雪(ゆき)
 その夜(よ)雨(あめ)だと
  大(おほ)さわぎ【注④】
【左下】
身(み)が大事(だいじ)
 さやを廻(まわつ)て
   国(くに)えゆき【注⑤】
【左丁】
生薪(なままき)の
 煙(けむ)も
  御製(ぎよせい)【注②】
   の
 うち
  にいり
【左側上下の順】
忠度(たゞのり)は
 木賃(きちん)
  も
出(だ)さず
 宿(やど)を
かり【注③】

名代(みやうだい)を
 取(とつ)た
   気(き)で寝(ね)る
   柳下恵(りうかけい)【注①】

【注①:中国、周代の魯の賢者。本名、展禽。字は季。柳下に住み、恵と諡されたことによる名。魯の大夫・裁判官となり、直道を守って君に仕えたことで知られる=コトバンク】
【注② この「御製」とは、仁徳天皇の「高き屋にのぼりて見ればけむり立つ 民のかまどはにぎはひにけり」の歌をさしていると思われる。】
【注③ 平忠度が都落ちのとちゅうに詠んだ「行(ゆき)くれて木(こ)の下かげをやどとせば花やこよひのあるじならまし」を受けた句だと思われる。】
【注④ 謡曲「鉢木」の佐野源左衛門尉常世の話で発端は雪が降ったことと関係することに由来? 又は 藤原定家の「駒とめて袖打ち払ふ影もなし佐野の渡りの雪の夕暮れ」のパロディ?】
【注⑤ 東海道の宮宿から桑名宿への道のりを、危険な「七里の渡し」(海路)を避けて、安全な「佐屋街道」(陸路)で「佐屋」へ廻り「三里の渡し」(川路)を使ったことを言う。似たものに、宗長の「もののふの矢橋の船は速けれど急がば回れ瀬田の長橋」があり】

【右丁】
稲妻(いなづま)は
 山(やま)を
  見せ
   たり
かくしたり
【右下】
僧正(そうじやう)の
  榎木(えのき)どうでも
 ほねがらみ  【注】
【左下】
床(とこ)の
  間(ま)の
 富士(ふじ)の裾野(すその)に
    福寿草(ふくじゆさう)
【左丁】
入聟(いりむこ)はひとかわ
 うちで
 はらを
   立(たち)
【左側上下の順】
下総(しもふさ)の
 じや〳〵馬(むま)
  かげが
  七(なゝ)つあり

提灯(てうちん)が
  きへて
 座頭(ざとう)に
  手(て)を
  ひかれ

【注 『徒然草』第四十五段のお話に基づいた句と思われる。ちなみに「ほねがらみ」とは「すっかりそこから抜け出せないこと。」】




【右丁上下の順】
おそめ
  しき居(ゐ)へ
   ひいて
     置(おき)

落頭(おちかしら)
 よみ込(こみ)
   で
 買(か)ふ
 大(おほ)
  一坐(いちざ)
【左丁】
土手(どて)を
 ゆく
いしやは
 上野(うへの)か
   浅草(あさくさ)か
【右下】
浮草(うきくさ)のやうに
  浪間(なみま)の
 都鳥(みやこどり)
【左へ】
虫篭(むしかこ)で
 西瓜(すいくわ)の
  種(たね)が
   鳴(ない)て
    居(ゐ)る


【右丁:右側から左側上下の順】
いつ見ても
 盧生(ろせい)が
   顔(かほ)は
 もへぎ
  なり  【注】

げつ
 そり
  と
 夏(なつ)
  やせを
   する
 咲(さく)や姫(ひめ)

朱(しゆ)で
  かいた
 キの字(じ) 【赤トンボのこと】
   とんで行(く)
  秋(あき)の空(そら)
【左丁:右側上下、左側中央の順】
子の寝顔(ねかほ)
  見(み)に入る
 母(はゝ)の門(かど)すゞみ

石垣(いしかき)へはい
 あがる亀(かめ)
  ぬきへもん

正直(しやうじき)の
  そばて
 息子(むすこ)を
  だまし
   て居(い)る

【注 唐の沈既済(しんきせい)の小説『沈中記』の故事の一つ、「邯鄲の枕」を受けた句。】




【右丁】
水道(すいだう)の穴(あな)へ
 御幣(ごへい)を
  大家(おほや) 立(たて)

身(み)は重(おも)し
 籠(つゞら)は軽(かろ)し
   下女(けちよ)さがり

【左丁】
見真似(みまね)
  して
 下女(けちよ)
浅草(あさくさ)を【浅草紙】
 口(くち)で
  とり
【右川柳下】
角兵(かくべ)衛
 獅子(しゝ)
ぜんたい
  無理(むり)な
   毛(け)をはやし
【左側中央】
木曽(きそ)の山(やま)
 いとの清水(しみつ)で
     谷(たに)を縫(ぬい)

【右丁 上下左側中央の順】
吹付(すいつけ)る
  うちに
 柳(やなぎ)は
松(まつ)に

 り

松(まつ)の年明(ねんあき)き
 荒神(くわうじん)
  さま
   に
   なり

くたびれ
  者(もの)
 わづかな
  掾(ゑん)に
 腰(こし)を掛(かけ)
【左丁】
名(な)も鼻(はな)も
  世上(せじやう)に
   高(たか)ひ
秋葉(あきは)
 山(さん)【秋葉三尺坊(天狗)】


花(はな)で誉(ほめ)られ
  葉(は)で憎(にく)まれる
    窓(まど)の梅(うめ)

【右丁 上下左下の順】
沖(おき)を
 ゆく
船(ふね)の
  重(おも)
 りに
一万(いちまん)
  度(ど)

三味(さみ)せんも
 鼓(つゞみ)も【注①】
  みへる
   野掛道(のがけみち)

客(きやく)ふん【注②】と言(いふ)
    うち
  柳(やなぎ)【注③】
   臼(うす)に
    なり【注④】

【注① 三味せんはぺんぺん草、鼓はたんぽぽ】
【注② 客分=内祝言だけはしたものの、年が若かったり、年回りが悪かったりという理由で、表向きは客としておく嫁。】
【注③ 女性の細い腰。柳腰。】
【注④ 「臼」は女性の腰回りの大きさのたとえ。女性の腰つきが男を知って大きくなること。】

【左丁】
元船(もとふね)の
 不(ふ)
  そく
   は
 女房(にようぼ)
  ない
   ばかり

前垂(まいだれ)を
 肩衣(かたきぬ)にして
  下女(げぢよ)は
    髪(かみ)

【右丁 右側から左側上下の順】
とぎ立(たつ)た
 月(つき)には
  虫(むし)が
 さびて鳴(なき)

初鰹(はつかつほ)そろ
  ばんの
    ない
 うち
  で
   買(かい)

後家(ごけ)の供
 如才(ぢよさい)のあるが
    供(とも)につき
【左丁 上中下の順】
干(ほす)は
 夏(なつ)
濡(ぬるゝ)ゝ【送り仮名の重複】
 は
秋(あき)
 の
御(ぎよ)
 製(せい)
なり

より蓮(はす)や
 より
  はす
 なぞと
  周茂叔(しうもしゆく)【注】

鯱(しやちほこ)は魚(うを)の
  仲間(なかま)の
   軽業師(かるわざし)

【注 宋代の学者。性甚だ蓮花を愛し、蓮は花の君子なるものと称し、之を山麓の濂渓に植ゑて楽しみたり=GadaiWiki】

【右丁 右上から左側へ順に】
七景(しちけい)に
 弁(べん)
  慶(けい)
 既(すでに)
  する
   ところ

御隠居(ごゐんきよ)
  は
 粉(こ)なやの後家(ごけ)を
     庭(には)へ呼(よび)

神主(かんぬし)は
 人(ひと)のあたまの
    蠅(はい)を追(お)ひ

【左丁 右側上下、左側の順】
富士(ふじ)
 筑波(つくは)
虹(にじ)天秤(てんびん)に
 引(ひつ)かける

隅田川(すみたかわ)【注】
 ありや
  なしやと
 ふつ(◦)て見(み)る 【「◦」については17コマ目注②を参照。】

尻(しり)の火(ひ)【蛍のことヵ】を
 あつめて
胸(むね)を
 あかるく
    し

【注 江戸時代の酒の銘柄の一つ。江戸、浅草並木町山屋半三郎(山半)から売り出した。隅田川の水を用いての醸造という。】

【右丁 右側から左側上下】
猫(ねこ)の目(め)を時計(とけい)に
 遣(つか)ふ村師匠(むらししやう)

生花(いけはな)を
 蟇(かへる)の
  やうな
身(み)
 ぶり
  で
   見(み) 【茶会の最後にお床(とこ)を「拝見」する時の姿。】

赤(あか)
 籏(はた)の
 おんりやう
  横(よこ)に
   這(は)ひ
  あるき【注】

【左丁 上から下へ】
礼帳(れいてう)に梅(うめ)の
  句(く)もある
   留守(るす)の庵(あん)

気(き)の長(なが)さ
  とう〳〵
   鯛(たい)を
    片身(かたみ)
     釣(つり)

上(か)み下(しも)は
   口上(くうじやう)【ママ=くわうじやうの「わ」ヌケヵ】までも
     折(おり)
      目(め)
       高(たか)

【注 ヘイケガニ 甲羅の模様が怒った人面に見え、瀨戸内海に生息する事から、壇ノ浦の戦いで敗れた平家の亡霊が乗り移ったとの伝説から名付けられた。平氏は赤旗、源氏は白旗】

【右丁 右側から左側上下】
いかして仕舞(しまへ)と
 もう者(しや)の
大(おほ)
喧(けん)
 / 𠵅(くわ)

猫(ねこ)でない
  証拠(しやうこ)に
 そばへ竹(たけ)を書(かき)【注】

青(あを)み
 には
 木賊(とくさ)
  の
  ほしゐ
   御吸物(おすいもの)
【看板らしき字】
薬種【左右のかな不明】
【左丁 右上下、左上の順】
ひやん
 きらひ
  やつと
   聞(きゝ)
    とる
 きぐすり
    や

三角(さんかく)の
  法(はう)で
 いびつと
  丸(まる)が
   出来(でき)

其根(そのね)
 から子(こ)の
   ふへるので
      布袋竹(ほていちく)

【注 虎を描くに、猫と間違えられない様に、虎に付き物の竹も描くというもの。下手な絵を揶揄するもの】

【右丁】
恋(こい)しきは
 親父(おやじ)の
  臑(すね)に
 母(はゝ)の
  臍(へそ)

水鳥(みつとり)も
 鳩(はと)も源氏(けんし)の肩(かた)を持(も)ち

【左丁 上下の順】
ばん
 町(てう)の
古(ふる)
 井戸(ゐど)
  で
 呼(よ)ぶ
  焼(やき)つぎや【注①】

びんづる【注②】の
 股(また)を
お妾(めかけ)
 やたら
  撫(なで)

【注① 有名な怪談話「番町皿屋敷」を踏まえた句。庭の古井戸に身を投げたお菊の幽霊が焼接ぎ屋を呼んでいるというもの。焼接ぎ屋とは欠けた陶器を釉(うわぐすり)で焼きつけて接(つ)ぐことを業とする人。また、その家。】
【注② 賓頭盧頗羅堕(びんづるはらだ)の略。釋迦の弟子。俗に、病人が自分の患部と同じその像の箇所をなでて病気の快復を祈願する。「なでぼとけ」とも言う。】

【右丁 右側上下左側中央の順】
田(た)の中(なか)
  に
 居(ゐ)れば
八朔(はつさく)
 苦労(くらう)なり【注④】

鉢巻(はちまき)を
 すると
  女房(にようぼう)
   帯(おび)を
    しめ

孝行(かう〳〵)のやうに水鳥(みつとり)
  なつみ居(ゐ)る
【左丁 右側上下左側中央の順】
水鶏(くひな)にも
 母(はゝ)は出(で)て
   みる
物(もの)あんじ

強(つよ)いふり
 俗(ぞく)が坊主(ぼうず)を
 きて【注①】
  あるき

空(から)つ(◦)【注②】
 手(て)で
宝(たから)あわ
  せに
 伍子胥(こししよ)【注③】
    勝(かち)

【注① 出家していない俗人が坊主合羽(江戸時代、オランダ人のカッパをまねて作った袖の無い雨合羽)を着ていること】
【注② 「◦」=空手(からて=手に何も持たないこと)を「からって」と促音にする意で付けたものと思われます。つまり現在の小さな「っ」を表わしているのでは。】
【注③ 中国、春秋時代の呉の臣の名。】
【注④ 八朔(旧暦八月一日)に吉原の遊女が白無垢で道中する習わしがあった。田の中では白無垢が泥で汚れて苦労するだろうとの意?】

【右丁 右側から左側上下】
猪(ゐのしゝ)の寝がへりに
  散(ち)る
 萩(はき)の
   露(つゆ)

古足袋(ふるたび)の
 指(ゆび)の出(で)る
   のが
  講(かう)
   頭(かしら)

初心(しよしん)
 ほど
高慢(こうまん)
 らしい
【左丁 右側から左側上下】
手拭(てぬくひ)を持(もち)あつ
 かつて安初会(やすしよくわい)

筆先(ふでさ)き
  で
 若紫(わかむらさき)を
  染(そめ)さげる【?】

傾城(けいせい)に
 鼻(はな)を あかせる
  嘘(うそ)つ(◦)つき


 

【右丁 右側から左側上下】
親(おや)のせに立(たゝ)
 せた鷹(たか)は鳶(とんび)の子

鼻(はな)を
  かむ
 のだに
 たいこは
   笑(わら)ひかけ

山(わ)
 葵(さび)
ちよん
 ぼり
大平(おほひら)の八(はち)まん座(ざ)

【左丁 上段、下段右左の順】
隹(ふるとり)
 は
下総(しもふさ)
公(きみ)は
 武蔵(むさし)
  なり

吹(ふき)がらの
 煙(けむ)りで
 狸(たぬき)さと
  られる

茂(も)
 林(りん)
  寺(じ)
   で
 毛有(けう)な茶釜(ちやかま)
     と
   大(おほ)さわぎ

【右丁 右から左へ】
おしどりの橋(はし)の
    掛(かけ)たは天(あま)の川(かわ)

筆(ふで) 捨(すて)た松(まつ)で
 筆(ふで)とる
   旅日記(たびにつき)

いゝ藪(やぶ)を
 もつて
  寝(ね)られぬ
 半夏前(はんげまへ)

【左丁貼紙上から下へ】
請求記号
911.45【下線】
受入番号
―――
東京学芸大学附属図書館
東京都小金井市貫井北町4-780
電話(国分寺0423-21) 1741(代)



【裏表紙】

料理通

【表紙 題箋】
《割書:江戸 |流行》料理通 《割書:初編》 全

八百
善料
理本
   抱一筆【落款】


旨甘芳馨之和煎熬
烹熟 ̄ノ之宜 ̄キ。皆所_下以 ̄ナリ熈(ヤシナ) ̄ヒ_二精
神 ̄ヲ_一通 ̄スル_中気血 ̄ヲ_上也。周官 ̄ニ載 ̄セ_二和

調之法 ̄ヲ_一。戴記 ̄ニ挙 ̄ク_二治㩮 ̄ノ之
義 ̄ヲ_一。古 ̄ヘ割烹 ̄ノ之制。其縝
密如 ̄シ_レ此 ̄ノ矣。割烹氏八百
善 ̄ハ所謂先 ̄ツ得 ̄ル_三我 ̄カ之所 ̄ヲ_二同 ̄ク
嗜 ̄ス_一者 ̄ナリ也。其技殊精 ̄ク。其法
尤 ̄モ密 ̄ナリ。是《割書:以》 ̄テ名喧 ̄シ_二于都下 ̄ニ_一。雖_二
巨璫大畹 ̄ノ之家 ̄ト_一其 ̄ノ庖厨 ̄ノ
食単皆期 ̄スト_二於八百善 ̄ニ_一云 ̄フ。

於_レ是又順_二春秋寒暄之
宜 ̄ニ_一以選 ̄ヒ_二和調 ̄ノ之法 ̄ヲ_一。逐 ̄テ_二水陸
時新 ̄ノ之物 ̄ヲ_一而考 ̄フ_二料理 ̄ノ之
制 ̄ヲ_一。廼裒 ̄メ_二其法製物件 ̄ヲ_一
以 ̄テ為 ̄リ_レ譜 ̄ニ。而供 ̄ス_二 四時 ̄ノ之食単 ̄ニ_一。
蓋擬 ̄ストナリ_二文昌之食憲巨源
之食譜 ̄ニ_一也。古人有_レ言曰。
嗜 ̄ム_レ肉 ̄ヲ者 ̄ハ対 ̄シテ_二屠門 ̄ニ_一而大 ̄ニ嚼 ̄スト。

観此譜者。豈不 ̄ンヤ_二大嚼 ̄シテ而
快 ̄セ_一_レ意 ̄ヲ耶。
  鵬斎老人撰

東都之大。閲閻闐噎。古称八百。今
余二千。凡飲食之粥於市者。五歩一
楼。十歩一閣。魚標河旆。絡繹相望。
日本堤北有八百善者。称都下第
一。公侯大人。命割烹競奇饌。美景
良辰。期賞心約楽事。於是。人々希

窺食次而不可見也。今歳著一冊以
公於世。古亦謂人莫不飲食也。鮮能
知味也者。善也其庶乎。
壬午春日  蜀山人【落款】

八百善は今の世の易牙にして此ぬしの
とゝのへたるあちはひはたれか口にもかなは
さることなしこたひ此一巻ものしていかに
まれおのかひと言をとこふおのれうけはりて
何ことをかいはんいてやよろつのわさけの
いにしへにまさりゆきたることいとおほかる
中にくひものほこりすることの今はかり
盛なることはあらし其盛なる時にして

此ぬしのうへにたつへきかしはてあるまし
けれはこのぬしのかく心をこめて物されたる
書をはたれも本としまなひてこそまこ
とのあちはひをはとゝのへ得へけれ此書よもし
もろこし人にことの心とききかせたらまし
かは味経ともや名つけなましとうちほゝゑま
れて山花しるす

経冬而不萎
採同於松柏
食之則益美
松柏不可食
 詩仏老人
 題【落款】

  文晁筆
   【落款】

【紙面右上】
蕙斎筆
【落款】

【紙面右上】
八百善亭

夫料理は高きも賤しきも宴をひらくの第一にして
月花の路これを愛ざるはなしあるが中に我
割烹家にひとゝなりて此是に心を委るにいまだ
其奥にわけ入かたしもとより燕雀の如くにして空しく
生涯を過すになんと日夜心を労せしにはからざりき
書肆の献立かいつけてよと乞れしに強ていなみがたく
されども此道に拙ければ鳴呼のわざならすやとわづかに
其ひとつふたつを挙て木に上し料理通と
題して好人の高覧に備ふるもいと恥かはしき事に
なむなんぞ此道を好める諸君子は大鵬の時を
もとめて其奇をえらひ給んかしといふは
文政五のとし季の春荏土日本堤の辺八百善しるす
【左丁】
   本膳(ほんぜん)鱠(なます)之(の)部(ぶ)
【春上半分】
   けんきんかん    けんばうふう     
    あさひぼら     うすつくりひらめ   
    たつくり極(ごく)せん  みる貝(かい)せん  
春(はる)  《割書:にんじん|大こん》しらが    しらがうど      
    海部(かいぶ)のり     岩(いわ)たけ
    くりしやうが    くりしやうが  
【春下半分】
   けん一夜(や)しほ   けん同
    うすつくり鯛(たい)   さより細(ほそ)つくり 
    せんあか貝(かい)    さきたら
    若(わか)しそ      めうがたけせん
    しらが黒(くろ)くわへ  生(なま)わかめせん
    ふくめしやうが   くりしやうが
【夏上半分】
   けんばうふう   けん同          
    鯵(あぢ)つくり身(み)   かれいうす作(つく)り身(み) 
夏(なつ)   白くらげ     紅(べに)くらげせん      
    はすいもせん   きくらげせん      
    いわたけ     たけのこ        
    はりくり      きぬかはせん 
【夏下半分】
   けん同      けん同
    すゞきやゑ作(つく)り  たいつくり身(み)
    まきたいらぎ   ほそつくりあゆ
    かいぶのり    しらが瓜(うり)
    めうがのこせん  しそせん
    わさび極(ごく)せん   たでせん

【秋上半分】
   けん葉ばうふう  けん
    たいかはつくり  紙塩(かみしほ)ます
    よまき瓜(うり)せん   きすさゝつくり
秋(あき)   もづく      しらがくり  
       そろへ   まつ葉(は)なす
    くりせん     しやうが
                せん
【秋下半分】 
   けん       けん
    こちうすつくり  あいなめつくり身(み)
    しらが      なま貝(かい)せん
      はす     しらが大こん
    寿のり      川たけ極(ごく)せん
    ふくめ      はり
      しやうが     しやうが
【冬上半分】
   けん       けん
    あさひひらめ   なよしつくり身(み) 
    いかせん     黒(くろ)くらげ 
冬(ふゆ)   しらが新(しん)うと  うどめ
    まき岩(いわ)たけ     たんざく
    あをのり     しらも
    くりしやうが   くり
              しやうが
【冬下半分】
   けん       けん
    しもふり鯛(たい)    生まなかつほ
    べにかぶら      かさねつくり
    松藻(まつも)のり     きんしゑび
    黒くはへせん   にんじん
    はり         極(ごく)せん
      わさび    じんばさう  
                うま煮(に)
             はりわさび
【左丁】
   同(おなじく)精進(しやうじん)膾之部(なますのぶ)
【春上半分】
   けんきんかん   けんばうふう
    しらがうど    向(むかふ)《割書:大こん|あげふ|しいたけ》《割書:ごま酢(す)|あへまぜ》      
    いわたけうま煮(に)  小川すいせん
    すいせんまき   うみそうめん
    くり       はりくり
      しやうが   ふくめしやうが
    わかしそ
【春下半分】
   けん同      けんきんかん
    向あへまぜ    しらが大こん    
    けんちんまき   かたばみ菜(な)
    もやしめうが   まきかき
    わかめせん    川たけせん
    くり       はり
      しやうが    しやうが
【夏上半分】
   けん       けん
    さゝ打(うち)きうり  おろし大こん
    さらしふ     はじきぶどう   
    しいたけ        たねぬき
夏     うま煮(に)   すいぜんじのり
    つくりかつほ   べにくずまき
    しそせん     せんきくらげ
    はりしやうが   ふくめしやうが
【夏下半分】
   けん       けん
    しめうり     そろへずいき
    二色(しき)ふ     天(てん)もんどう
    きんでん長せん  めうがせん
    そろへ      川たけせん
      かいわり   つくり
    ふくめ       きんぎよくたう
      しやうが 
                

【秋上半分】
   けん       けんからくさばうふう
    もやしずいき   おろし梨子(なし)
    にしきくずまき  きくらげ
秋   ぶしゆかんせん     小角 
    いわたけ     うり小角 
      長せん    こはくたう
    くり          小角 
     しやうが    くり
               小角
【秋下半分】
   けん       けん
    しのまき     しらが大こん
      水せん    かせいた
    きくみ          あられ
    かさねしそ    かきせん
    ぎんな      しいたけ
    くりせん       極(ごく)せん
    ふくめ      はりくり
      しやうが
【冬上半分】
    けん      うすかさね
     ゆもち     ぎせいとうふ
     しらが     よせ岩(いわ)たけ
       はす    ところしらが
冬    せいがいのり  さきばう 
     くろくわへ       ふう
         せん  はり
     はり       しやうが
      わさび
【冬下半分】
    けん      けん     
     かさね小川   向あへまぜ
       すいせん  べになし
     なまのり    きんぎかく
     小たんざく       たう
         うど  まきわかめ 
     きんしゆば   しろ
     はりくり     丑しまのり
【左丁】
    鱠(なます)掛(かけ)酢(す)
一 御(ご)膳(せ)酢(す) 一 三盃(さんばい)酢  一 蜜(み)柑(かん)酢(す)  一 柚(ゆ)ねり酢(す)
一ぶだう酢 一 九年母(くねんぼ)酢 一だい〳〵酢 一いりさけ酢
一たまご酢 一かき酢    一たで酢   一 芳野(よしの)酢
一けし酢  一 胡麻(ごま)酢  一ねり酒酢  一 青梅(あをうめ)酢
    本膳汁(しる)之(の)部((ぶ)
【春上半分】
  鯛(たい)けしつみ入 柳葉(やなぎは)つみ入 
春 よめ菜(な)    しのうど  
  松露(しようろ)     漬(つけ)しめじ  
【春下半分】
  米つみ入   松川かまぼこ
  ゑのきたけ  もやしねいも
  貝(かい)わり菜(な)  つぶ椎(しい)たけ
【夏上半分】
 五月汁
  うら白あんひ 海老(ゑび)つみ入 
  こくちごばう 小なすび  
夏 ふき     こま〳〵しそ 
  たけのこ 
  そらまめ
【夏下半分】
  あられあかゑ しのかまぼこ
  しのとうぐわ 小口ふき 
  早はつたけ  ほししめじ 

【秋上半分】
  火(ひ)とりはぜ   鳫(がん)つみ入
秋 つぶはつたけ   さゝがし午房(ごばう)
  ちさせん     つぶ松露(しようろ)
【秋下半分】
  さらさゑび    あられかまぼこ
  山しめじ     かはむきむかご
  かたばみ菊    小たんざく椎茸(しいたけ)
【冬上半分】
  きすつみ入    かきとうふ
冬 ふきのとう    丸松露(まるしようろ)
     煮(に)ぬき  生海苔(なまのり)
【冬下半分】
  焼白魚(やきしらうを)     火取(ひとり)たいらぎ
  ほし大こん    かゞみかぶ
  つぶしいたけ   はへた煮(に)

  同 精進(しやうじん)汁(しる)之部(のぶ)
【春上半分】
  つみ入とうふ   ひことうふ
春 わかめこま〳〵  つけしめじ
  しようろ     焼(やき)ねいも
【春下半分】
  松川とうふ    せんかとうふ
  さゝがしうど   ゑのきたけ
  つぶ椎(しい)たけ   こま〳〵菜(な)
【夏上半分】
  あげくずきり   あげつみ入
夏 さゝがし午(ご)ばう  小口ねいも
  つぶしいたけ   ほし松露(しようろ)
【夏下半分】
  黒(くろ)ごまみそ汁  竹輪(ちくわ)とうふ
  小口 茄子(なす)    小口ふき
  ■ひきしそ    小角しいたけ
【秋上半分】
  いもつみ入    新(しん)里(さと)いも
秋 小角とうぐわ   大なごんあづき
  はつたけ
【秋下半分】
  さいあげとうふ  あられかたくり
  むかご      しんきく
  丸しめじ     へぎしようろ
【冬上半分】
  ごいしおぼろ   いちごくわへ
冬    とうふ   小かぶ
  新(しん)のり
【冬下半分】
  百合(ゆり)つみ入    こほりとうふ
  生若布(なまわかめ)      ほし大こん小口
           三木(みき)ごばう

  同 坪(つぼ)之部(のぶ)
【春上半分】
  敷(しき)みそ     同
春 まき鯛      鳴門(なると)鯛(鯛(たい)
  ひしぎぎんあん  しのうど
  きくらげせん   つみいはたけ
【春下半分】
  同        同
  うす身(み)鯛(たい)    あはせ小だい
  そろへつくし   やきゆり
           川たけたんざく
【夏上半分】
  同        同
夏 角切 和煮(やはらかに)あはび まき海老(ゑび)
  茶わんなす    しのむきとうぐわ
  あをまめ     きくらげせん
【夏下半分】
  さんしようみそ敷 さんしようみそ
  きくたいらぎ   よせあか貝(かい)
  めうがのこ甘煮(うまに) はぢきいも
  はぢきまめ

【秋上部】
  すまし      あんかけ
秋  うづら      こもちくしこ
   さゝがし午房(ごばう)   きんかんにんじん
   さんしよう    丸しめじ
【秋下部】
  敷みそ       あはせきす
   うら白 初(はつ)たけ   茶きんくり
   ふゝきとうふ   せんしいたけ
【冬上部】
  上赤みそ     煮(に)こみ
冬  まき鯉(こい)      あか貝(かい)やはらか煮(に)
   とも子      やきくり
            ぎんあん
【冬下部】
  煮(に)ぬき      敷みそ
   梅田(うめた)ごばう    むしはた白
   かもみそかけ   しのうど
            つぶしようろ
  同精進(しやうしん)坪(つぼ)之部(のぶ)
【春上部】
  敷みそ      ちんひみそ
春  くりかん     めんとりかぶ
   よせぎんあん   大なごんあづき
   きくらげせん
【春下部】  
  敷みそ      同
   ゆりかん     かのこかん
   まきいはたけ   まきごばう
   やゑなりさたう入 きくらげせん
【夏上部】
  敷みそ      さんしようみそ
夏  角しらたま    あをまめとうふ   
   はぢきいも    めうが甘煮(うまに)
   川たけせん
【夏下部】
  くるみみそかけ  みそあん入
   むしなすび    くずまんぢう
   ねりかたくり   川たけたんざく
   つぶしいたけ   大こんしぼり汁
【秋上部】
  敷みそ      同      
秋  こしたかとうぐわ よせくり
   ぎんあん     ちようろき
   きくらげ小角   はつたけ
【秋下部】
  あんかけ     敷みそ
   たんごふ     ふゞきかん
   やきゆり     たんざくぎんあん
   生しいたけ    まひ茸(たけ)
   あをまめ
【冬上部】
  かけ上赤みそ   敷みそ
冬  茶(ちや)きんながいも めんとりかしやう
   大なごんあづき  まきぎんあん
            きくらげせん
【冬下部】
  同        上赤みそ煮(に)こみ
   むしくはへ    うめ田ごばう
   まきしいたけ   だこんにやく 
   しのうど     がんくひまめ

   四季(しき)香之物(かうのもの)
【右枠上部】
煮(に)さんしよう  しんたくあん   
まきなつけ   かうじつけなす
もりくち    みそつけうり
みそつけなす
はなしほ
【右枠下部】
いんろうつけ瓜(うり) おしうり
みそつけ大こん ならつけなす
ならつけうり  しん大こん
【左枠上部】
しんつけ花(はな)まる きうりしん漬(つけ)
みそつけきうり かぶみそつけ
かうじつけなす 日光(につくわう)たうがらし
【左枠下部】
しんつけなす  ほそね大こん
千枚(せんまい)つけしそ  京菜(きやうな)みそ漬(つけ)
まるつけうり  なた豆(まめ)粕(かす)つけ

    本膳(ほんぜん)平(ひら)之部(のぶ)
【春上部】
  鯛(たい)きり身(み)    松かさたい
  ゑびそうめん  子(こ)もちくしこ
春 このは松(まつ)たけ  さわらび
  みつ葉(は)     三木ながいも
  きんかんふ   生(なま)しいたけ
【春下部】
  こがね鯛(たい)    まき小たい
  かも      五 分(ぶ)せんたまご
    うとん   かさまつたけ
  わか菜(な)     ぢく菜(な)
          ちよふ麩(ふ)
【夏上部】
  すゞき切身(きりみ)   うのはな鯛(たい)
  さらさゑび   たまごそうめん
夏 みの松たけ   しいたけ極(ごく)せん
  この葉(は)麩(ふ)   たけのこ
  いとみつ葉(は)    うすうち
          せんいんげん
【夏下部】
  ゑださんしやう うすくず 
    しゆんかん ほしかれい
  にしきやきたい むしなす
  まきゑび    さつき
  たけのこ穂(ほ)     たけ
  さがらめ
  大うめぼしうまに
  かさねまつ
【秋上部】
  わかさたい   いけかも
  きすうどん   もなかかれい
秋 たばね     きぬた
   かいわり     ながいも
  生まつたけ   しいたけ
  新(しん)くわへ    はすいもせん
【秋下部】
  敷(しき)みそ     はなこち
  あはむし鯛(たい)   二 色(しき)しんじよ
  しんひろ    大しめじ
   まつたけ   このは麩(ふ)
          せんなすび
【冬上部】
  まきあまだい  かさねむし
  かも大身      はたしろ
冬 つけ新(しん)     きんこ
    まつたけ   たんざく
  かいこくわへ  もやし
  ぢくせり     みつ葉(は)
【冬下部】
  小かも     たらしんぢよ      
    子こもり  やきしらうを
  ひもかはゑび  うど長せん
  ゑのきたけ   大へぎ
  大こん      しようろ
    長せん   たんざく
  なまのり      こんぶ
  

   同 精進(しやうじん)平之部(ひらのぶ)
【春上部】
  いんろうゆば   けんちんふ
  みつ葉(は)      つみ菜(な)
春 きんかん麩(ふ)    しのゆば
  三木ながいも   生(なま)しいたけ
  まつたけ     まつ風(かぜ)くわへ
【春下部】
  たぐりゆば   ゆず 
  早(さ)わらひ     しよふすだれ
  この葉(は)      まきくわへ
   まつたけ    やきしようろ
           やゑなり
             もやし
【夏上部】
 しゆんかん     しまだゆば
  粟(あは)つと麩(ふ)     いとちりめんふ
  ぬのまき長いも  いといんげん
夏 かさね松たけ   まつたけ
  たけのこ穂(ほ)       せん
  わらび      こくち
  さんしやうの     ながいも
        め
【夏下部】
 うすくず     あげ
  おぼろ麩(ふ)     茶巾麩(ちやきんふ)
  たけのこ     なつな
     せん    新(しん)さと
  生しいたけ      いも
   たんざく
【秋上部】
  角(かく)ゆば     うすくず
  さきまつたけ   たんば麩(ふ)
秋 きぬた長(なが)いも   生まつたけ
  たばね       かさ大そぎ
   かいわり    せん
  もみぢ麩(ふ)      にんじん
【秋下部】
  あげゆば    すまし  
   まきとうふ   うつろ
  しんくわへ      とうふ
  まるしめじ    よまき
  つけ        いんげん
    わらび    つぶはつ
  かも麩(ふ)         たけ
【冬上部】
 こんぶ      すまし
  うづまきゆり   けんちん
  いちごくわへ    ひりやうず
冬 かさまつたけ   せり
  ふゆ菜(な)      しいたけ 
    せん        せん  
  たんざく
    うど
【冬下部】
 うすくず     あげ
  おぼろゆば    しあん麩(ふ)
  しようろ     つくばねゆば
     長せん   たけのこ
  にんじん        くわへ
     せん    もやし
             三つ葉(は)

   四季(しき)附込(つけこみ)二之 汁(しる)
【上部】
あかう        生たら
神馬草(じんばさう)        つくし
鱸(すゞき)背(せ)きり       はなこち
めうがの子せん     みるふさ
冨士(ふじ)み揚(あげ)       へきゆり
はい干(ほし)水ぜんじのり  ゑのきたけ
【下部】
背切小鯛(せきりこたい)       もうを       
じゅんさい      寿のり
石(いし)かれい       あいなめ
はつしも       葉(は)ばうふう
やきこんぶ      うめつみ入
づくし        たんざくうど
  此の外 時々(じゝ)見(み)はからひ

   《割書:魚類(ぎよるい)|精進(しやうしん)》四季(しき)猪口(ちよく)附込(つけこみ)
【上部】
梅(うめ)が香(か)       あられいか
           ちやうろぎ柚(ゆ)ねりあへ
まて         天門冬(てんもんとう)
くき菜(な)かうじあん    わさびあへ
【下部】
たいらぎ小角     つくし
しのうど木のめあへ  よめ菜
《割書:ゆり|めうが》梅(うめ)あへ 氷(こほ)りおろし
           肉(にく)つけ梅
  此の外 時々(じゝ)見(み)はからひ

   四季(しき)附込(つけこみ)茶碗類(ちやわんるい)
【上部】
鴨(かも)大身(み)        うづら
さわらび       ゑのきたけ
いんろうとうふ    うどたんざく
青(あを)さぎ        しぎそほろ
せんずいき      角とうぐわ
たまごむし     たいしんじよむし 
かもつくり身(み)     しらうを
くしこわぎり     ふくろかき
みつば        なまのり
ぎんなん       ゑのきたけ
このはまつたけ
【下部】
ばん         どじやうしんじよ
団扇茄子(だんせんなす)       さゝがしごばう
めうがせん      つけしめじ
すまし        あはゆき生(なま)がい
 ゑびけんちん    いんげんせん
 夕(ゆふ)がほせん     まひたけ  
 生しいたけ
うすくず水からし  すまし
 たまごとうふ    たんざく揚(あげ)たいらぎ
 はつたけ      つぶしいたけ
 はぢきまゆ     たけのこせんほし()

   四季(しき)精進(しやうじん)茶(ちや)わん類
【上部】
あんかけ      うすくず
 ごまとうふ     けしとうふ
 せんたけのこ    なまのり
 丸しようろ     ゑのきたけ
 せんかとうふ   山かけ
 はつたけ      むぎおぼろとうふ
           あをのり
ゆばはり      うすくず
 あげ水せん     しきし麩(ふ)
 ぎんあん      たんざく
 みつば          こんぶ
 くだこんにゃく
 しようろ
【下部】
あんかけ      わさびうすくず
 くるみとうふ    青豆(あを)とうふ 
 焼根(やきね)いも      《割書:にんじん|しいたけ》打(うち)まぜ
のりかけ      くるみみそかけ 
 そばおぼろとうふ  焼(やき)おぼろ
 せん大こん       とうふ
すまし       水からし
 あげしよふ麩(ふ)    たけのこ
 おかせり        くず煮(に)
 まつたけ 
   四季(しき)焼(やき)もの   時々見はからひ
   四季(しき)台引物(だいひきもの)
【上部】
たい大かまぼこ     けんひやきかまぼこ
うづら羽(は)をり      くるまゑび付(つけ)やき青(あを)くし
二色(にしき)まきかまぼこ    まきかりかね
しぎはもり       さらさゑび
なまがい貝煮(かいに)      あさひかまぼこ
ひやうしぎ切魚(きりうを)きみやき ふゞきたまご
【下部】
かすていらたまご
かまくらゑび
うら白まきこんぶ
けいかくむし
かさね川たけ
よせさより
   四季(しき)精進(しやうあん)台引(たいひき)
【上部】
ふゞきかん       うら白しいたけ
よせかき        きく煮(に)ゆず
こはくくるみ      大まき紅(べに)水せん
あさひいあさひいも   じねんじよ付(つけ)やき青(あを)くし
【下部】
まき塩(しほ)かま
ちどり味噌(みそ)
みなとあげ
二色道明寺(にしきだうめうじ)かん■巻(まき)

とぢうめ   きくこん布(ふ)  たつたかん
当座(たうざ)柚(ゆ)べし  よせみかん  大 粉(こ)ふきながいも
  《割書:盛(もり)くわし|引(ひき)くわし》時々(じゝ)に応(おう)すべし
   四季(しき)吸物(すひもの)附込(つけこみ)
【上段】
みそ         あかみそ
 あんかう       鯉(こい)しんじよ
 つぶさんしよう    とも子
            こさんしよう
ざうに仕たて     みそ
 うす身(み)たい      まききす
 つみ菜(な)        さわらび 
 いもの子 
【下段】
うどめ        ゑださんしよう
 重(かさね)小たい       子(こ)もち小鯛(こたい)
みそ         あかみそ  
 やきしらうを     はぜつみ入
 きくとうふ      かゞみ大こん
            つみいはたけ
            さんしよう
   四季(しき)精進(しやうじん)味噌(みそ)吸物(すひもの)
【上段】
白みそ        みそ
 いもつみ入      ねりかたくり
 ゑのきたけ      穂(ほ)わらび
 しゆんきく
 栗(くり)つみ入      みそ 
 たんざくうど     ちやきんとうふ
 つぶ生しいたけ    はつたけ
【下段】
 きんかん白たま    たんさくもろこし
 かたはみ菜      ちさの葉せん
 つぶ初たけ      丸しめじ
 ゆり白玉      みそ
 しようろ長せん    そばねり
 よめ菜(な)        若(わか)大こんうす打(うち)
   硯蓋(すゝりふた)蒲鉾(かまぼこ)之部(のぶ)
【上部】
鯛(たい)かまぼこ       鰹味噌(かつをみそ)かまぼこ
きすかまぼこ      鮭(さけ)かまぼこ
鱈(たら)かまぼこ       ひらめかまぼこ
雲丹(うに)かまぼこ      たまごきみかまぼこ
濃茶(こいちや)かまぼこ      あさひかまぼこ
【下部】
あま鯛(たい)かまぼこ
鰆(さはら)かまぼこ
生貝(なまかい)かまぼこ
いかかまぼこ
春山(しゆんさん)かまぼこ

   魚(うを)そうめん類(るい)
鯛(たい)そうめん  きすそうめん   海老(ゑび)そうめん
鴨(かも)そうめん  たまごそうめん  うづらそうめん
いかそうめん かりがねそうめん ひらめそうめん
右はのり筒(つゝ)に入候て湯(ゆ)たぎり候中へつき出し
申候いづれも身(み)かげんかまぼこのごとく
なり
   鉢肴類(はちさかなるい)
【上段】
《割書:いりとうふ|きんあん|きくらげ》入
けんちん鯛(たい)
 此たいせひらきほねぬき
 右の三しな入むす
ほねぬき
しなの鯛
 ひきぬきそばゑまし
 地大こん長せん
 《割書:やくみ|したじ》《割書:のりせん|ちんひ》《割書:しらがねぎ》
あま鯛(たい)二色焼(にしきやき)
 きやらごばう
 べにしやうが
卸身鱸(おろしみすゞき)蒲(かば)やき
 たけのこ穂(ほ)土佐(とさ)に
 べにしやうが
【中段】
大かれい
 右 同断(どうだん)
むぎたい
 右同断
卸身鯛(おろしみたい)二色やき
 若(わか)大こんとさ煮(に)
 煮(に)しやうが
卸鰆(おろしさはら)木のめ醤油焼(しやうゆやき)
 ぜんまいふくみに
 酢(す)とりしやうが
【下段】
《割書:ちんひみそ|さんしやうみそ|ふきみそ》
かしは鯛(たい)
 右之内いつれにても壱色御見斗■入
 せひらきほねぬきかしは葉(は)につゝむ
ほねぬき
 ゆき見(み)鰈(かれ)
 たまご白みちやせんにてあはたて
 かれいよいほどむしあがり候所へ
 かけ又むす也
おろし身 鯵(あぢ)
 唐煮(からに)なす
  たいほんほり
  いりたて
おろし身 鰈(かれ)
 じねんじよてん
 煮(に)さんしよう

【上段】
あいなめかはやき
 生松茸(なままつたけ)
【中段】
大あゆ
 たで酢(す)にても
 たでみそにても
【下段】
いとさより
きす土佐(とさ)やき
 うつろとうふ
 煮(に)とうがらし

   焙(ほう)ろく蒸(むし)
しほむし    しほむし      しほむし  
 しばさかな   小あま鯛(たい)      鮭(さけ)  
  かすこたい  ぎんあん      大葉(は)ゆり  
  くるまゑび  まつたけ      まつたけ
同       同  
 松かさ鰈(かれ)   くらかけたいらぎ  切重鰆(きりかさねさはら) 
  丸しようろ  さより       はじきいも
  手ながゑび  ふきのとう     くり
   此外時々(じゝ)見(み)はからひ

   会席(くわいせき)鱠之部(なますのぶ)
【春上中】
 あま酢(す)         あます
  たつくりせん      かき鯛(たい)
春(はる) つくり身(み)たい     つくし  
  わか大こん       いはたけうま煮(に)
  くりしやうが      わさび
【春下】
  さゝがしうど
  あらひひしこ
   たゝきみそあへ
  ふくめしやうが 
【夏上中】   
 あます酢あへ
  せごしあゆ       さよりつくり身(み) 
夏(なつ) きうりさゝうち     ずいきせん 
  きくらげ        けしぬたあへ
  ふくめしやうが     ふくめしやうが
【夏下】
 いりさけすあへ
  あぢ
  白うりたんざく
  めうがのこしらが
【秋上中】
 いりさけ酢       三はい酢(す) 
  かみしほ鯛うすつくり  よせあか貝(かい) 
秋(あき) じゆんさいまき葉(は)   水ぜんじのり
  せんわさび       くりしやうが
【秋下】
 あますあへ
  みる貝(かい)
  おろし大こん
  はじきぶどう
【冬上中】
 あはせ酢        あます
  ほそつくり身(み)きす   かさねたいらぎ 
冬(ふゆ) きくみ         川たけあられ
  きくらげせん      わさびせん 
  あられしやうが
【冬下】 
  あまたいつくり身(み) 
  もやしいものくき
  しいたけ極(ごく)せん
  きみぬたあへ

   同(おなじく)汁之部(しるのぶ)
【春上中段】
春  ふくろかき    さゝがしうど    
   わかめせん    やきしらうを  
【春下段】
   大へぎしようろ
   芝(しば)ゑびすりながし
【夏上中段】
夏  はぢきさといも  はなかつを 
   火取(ひとり)きすおろしみ  芋(いも)くきせん
【夏下段】
   小 茄子(なす)むきて
   鰹(かつほ)すりながし
【秋上中段】
秋  つぶはつたけ   水からし
   はぜすりながし   ふりしゞみ
             じゆんさい
【秋下段】
   ゑびけしつみ入
   おろしとうぐわ
【冬上中段】
冬  地(ぢ)大こんせん六本 鯛(たい)すり流()し
   花()かつを     ゑのきたけ
【冬下段】
   あんひ      
   もやしねいも小口

   同 椀盛(わんもり)之部(のぶ)
【春上中段】
   たら       せきり鯛(たい)
春  かきわらび    かさまつたけ
   しようろ     つくし
【春下段】
   ゑびしんじよ
   もやし三つ葉(は)
   火とりながいも
【夏上中段】
   すゞき      松かさ鯛
夏  はすいもせん   たけのこせん
   大しいたけせん  かさまつたけ
【夏下段】
   やはらかになまがい
   おぼろとうぐわ
   きんこ
   あをまめはじき
   うすくず
【秋上中段】
   うづらつみ入   たい
秋  さゝがしごばう  まひたけ
   丸しめじ     つみ菜
【秋下段】
   きすしんじよ
   はつたけ
【冬上中段】
   かもしんじよ   たいとうふ
冬  ふゆ菜(な)     煮(に)ぬきにんじん
            くずあん
            水からし
【冬下段】
   まきたい
   もやし三つば
   ゑのきたけ

   同 焼物(やきもの)之部(のぶ)
【春上中段】
春 卸身()むしかれい塩焼()  しらうを
  ふきのとう切合(きりあひ)      目さし
【春下段】
  わかあゆ
   たで酢敷(すしき)
【夏上中段】
夏 はつかつを生(なま)り節(ふし)   あゆなめ
  いんげん附(つけ)あはせ     かうじつけ
             煮(に)とうからし
【夏下段】
  一しほさば
  ねりしやうが
【秋上中段】
秋 一夜漬(いちやつけ)なまさけ    ほねぬき
   しろさけかけ     あゆ魚(ぎよ)でん
【秋下段】
  おろしみ
   ほしかれい
       甘煮(あまに)
【冬上中段】
冬 おろし身(み)       けんちん小鯛(こたい)
   あまたい       煮(に)とうからし
    一夜つけ
【冬下段】
  卸身(おろしみ)かれい
    とさやき
  とも子うま煮(に)

   同すまし吸物(すいもの)之部(のぶ)
【春上中段】
春 つる         うちきす
  わか菜(な)        つくし
【春下段】
  たいらぎ
  水ぜんじのり
【夏上中段】
夏 せぎりあぢ      みる貝(かい)こくち
  じゆんさい      みるふさ
【夏下段】
  おとしみそ
  ふりしゞみ
  水からし
【秋上中段】
秋 うち魚(うを)       さきまつたけ
  うどめ       しぼり汁(しる)
【秋下段】
  梅(うめ)つみ入
【冬上中段】
冬 ふくろかき     なまたら
  焼ふきのとう    やきこんぶ
【冬下段】
  ゆり
  さきゑび

   同 口取之部(くちとりのぶ)
【春上中段】
春 唐納豆(たうなつとう)      てりかつを
  からすみ     ふきのとう塩(しほ)やき
【春下段】
  長(なが)いも長せん
  きすせんべい
【夏上中段】
夏 むかご塩煮(しほに)    はつなす
  やきとり     しぎやき
【夏下段】
  ほいろ
   こほりこんにやく
   なま貝(かい)付やき
【秋上中段】
秋 火(ひ)とり熨斗(のし)    のし雲丹(うに)
  さくらの葉(は)塩(しほ)つけ やきはつたけ
【秋下段】
  うちくり
  てりかつを
【冬上中段】
冬 うまに      火とり蜜柑(みかん)
   ほしふどう   まきからすみ
   まつかぜきす 

   香之物部(かうのものゝぶ)
【春上中段】
春 新(しん)たくあん    もりくち
  はなまる     うどみそつけ
【春下段】
  なす
  わり大こん
    ぬかつけ
【夏上中段】
夏 きうり      はつなす
   むき干(ほし)      ぬかつけ
【夏下段】
  いんろうつけ
       うり
【秋上中段】
秋 菜(な)つけ      ぬかつけ大こん 
  丸うりみそ漬(つけ)   とうぐわみそ漬(つけ)
【秋下段】
  からしつけなす
  よまききうり
【冬上中段】
冬 あさつけ     大坂つけ
    大こん
【冬下段】
  かくあへ

   四季(しき)魚類(ぎよるい)硯蓋(すゞりふた)之部(のぶ)
【上部横書】七色    【上部横書】九色
鯛(たい)かまぼこ       小豆煮(あつきに)生貝(なまかい)       
なま貝(かい)やはらか煮(に)   うにかまぼこ
しのさより       二 色(しき)ゑび
うら白川たけ      まつかぜきす
黒(くろ)くわへきんとん    魚けんちんまき
柚(ゆず)うま煮        きぬた長(なが)いも
朝日(あさひ)ばうふう      かんろふき
            みかんうま煮(に)
            くわしこんぶ長せん
【上部横書】七色    【上部横書】五色
生貝(なまかい)わたかまぼこ    越後(ゑちご)かまぼこ    
あか貝やはらか煮(に)土佐煮(とさに) くるまゑびてり煮(に)
みの小くし魚       うづらやきとり青(あを)くし
うら白しいたけ     粉(こ)ふきくり
めんとり長いも     湯波(ゆば)でんぶ煮(に)
すいしやうこんぶ
うどめ三ばい酢漬(すつけ)
【上部横書】七色    【上部横書】五色
ぎうひくしこ      子(こ)もちくしこ 
鶏卵(けいらん)かまぼこ      しのくるまゑび木のめやき
はつたけうら白     けんひやきかまぼこ
鮎(あゆ)かたみおろし土佐焼(とさやき)  角(かく)むき白煮(しらに)長いも
砂子(すなこ)むし長いも     《割書:ぜんまい|紅(べに)しやうが》酢取(すとり)
しそまき黄(き)きく
こはくくるみ
【上部横書】五色    【上部横書】七色
巻(まき)いかうま煮(に)      雲丹(うに)焼鯛(やきたい)小くし
さらさゑび        たまり煮(に)なま貝(かい)
きすせんべい付やき    春山さより
紅(べに)むし蜜柑(みかん)       まきかまぼこ
ぎんあん甘煮(うまに)      よせかちくり
干(ほし)ぶとう甘煮      花柚(はなゆ)うま煮(に)
【右二品組】      わさびかすつけ
            

【上部横書】五色    【上部横書】七色
白うを目さし      よせいか
鴨(かも)かまぼこ       若(わか)あゆてりやき
二 色(しき)たまご       さゞゐやはらか煮(に)鯛ほんほりかけ     
白てり煮(に)ごばう     しぎほねぬきすり身詰(みつめ)てりに
みそ漬ふき       たけのこ土佐煮(とさに)
            小しいたけうま煮
            うこぎ味噌(みそ)つけ
【上部横書】五色    【上部横書】七色
かすていら       さんしやうやきのしさき  
とこふしてりに     鰹(かつほ)みそかまぼこ
さはら花(はな)かつほやき   わた煮(に)なま貝(かい)
きぬたうど       すゞき小くしてりやき
松露(しようろ)でんがく青(あを)くし   菊茄子(きくなす)うま煮(に)
            糸瓜(へちま)大こん巻(まき)
            角くわへてり煮(に)
【上部横書】九色    【上部横書】七色
山ぶきかまぼこ     しきみそかまぼこ
まきあはびてり煮(に)    いそまきさより
きすよしのやき     円月(ゑんげつ)川たけ
布目(ぬのめ)うづら       薄絹(うすきぬ)たいらぎ青菜焼
よせ白うを       竹紙(ちくし)こんふてり煮
つぶしいたけ定家(ていか)煮   あさ日うど  
から糸柚(いとゆ)        鹿子(かのこ)くり
よめな穂(ほ)そろへからし漬(つけ)
手まりうど
【上部横書】五色    【上部横書】五色
千鳥(ちとり)きす橘(たちはな)やき     きぬたゑび
鶏卵(けいらん)まきかまぼこ    ちやせん生貝(なまかい)つや煮(に)
やはらか煮(に)さゞゐみぞれ煮(に) 若鮎卸(わかあゆおろし)たてやき
長(なが)いもおぼろ煮     青煮(あをに)ふきとも葉(は)まき
薄霜(うすしも)きく        たけのこ極(ごく)せん
  但しほいろ          でんぶ煮

【上部横書】五色    【上部横書】七色
つくも煮(に)たまご     あけぼのかまぼこ
手綱(たつな)いか        くずやきなま貝(かい)
おぼろやき小たい    よせはつたけ
二色まきゆず      しなの巻(まき)おろし身(み)はぜ
三しほ漬(つけ)        まき皮(かは)ごばう
   さわらび     水ぜんじのりみそ漬(つけ)
   つくし      のし梅(うめ)氷(こほ)りもちかけ
   
   四季()精進()硯蓋()之部
【上部横書】七色    【上部横書】七色
めんとり長いも     角(かく)長いも
こはくはらみ      ゆずうま煮(に)
あさじみそ       あさひばうふう
しそまきはす      まつかぜくわへ
けんちんまき      ちとりみそ
蜜(み)かんうま煮(に)     湯波(ゆば)でんぶ煮(に)
きぬたうど       松露(しようろ)甘煮(うまに)
【上部横書】五色    【上部横書】七色
黒くわへきんとん    砂子(すなこ)むし長いも
きんしゆず       柚(ゆ)べし
よせかちくり      糸瓜巻(へちままき)大こんまき
うら白しいたけ     菊茄子(きくなす)
甘露(かんろ)ふき        うめあへ新(しん)しやうが
            こほりこんにやくほいろ
            紅(べに)水(すい)せんまき
【上部横書】七色    【上部横書】七色
粉(こ)ふき長いも      きぬた長いも
百合(ゆり)かん        かきわらびうま煮(に)
しいしやうこんぶ長せん たけのこからし煮
青煮(あをに)ふき        みそ漬(つけ)ばうふう
よせくず        生(なま)しいたけ木のめやき
松露(しようろ)でんがく青くし   もくめかん 
かす漬(つけ)わさび      ぎせいとうふ  

【上部横書】七色    【上部横書】七色
粉(こ)ふきくり       めんとりくわへうま煮(に)
青煮(あをに)ゆば        のし梅(うめ)
てんもんどうしそまき  黄(き)きく千まい漬(つけ)まき
ふゞきかん       ちやきんくり小くら入
しのゆば付やき     長せんほいろこんぶ
てり煮(に)ごばう      はつたけ塩(しほ)やき
うどめぶどう      寿のり味噌漬(みそつけ)
     ねりあへ
右 献立(こんたて)のおほむねをあげて其意(そのい)をしめすのみ且(かつ)その機(き)に
のぞみ変(へん)に応(おう)じ趣向(しゆかう)品々ありといへどもこゝに挙(あぐ)るにいとまあらず
 《割書:魚類|精進》江戸 卓袱(しつぽく)料理(れうり)《割書:四季附込》
   四季(しき)魚類(ぎよるい)大 菜(さい)之部
【上二段】
鯛片身おろし      かれい
竹のこあらせん       塩(しほ)むし
きくらげたんざく    鳥(とり)みそかけ
こぐちぎんあん     しの地(ぢ)
 いり玉子 夾(はさみ)        大こん
鯛の上 掛(かけ)
【下二段】
鱸(すゞき)切重         火取
  つけやき      鯰(なまづ)おろし身
みぢん冬瓜(とうぐわ)かけ     大梅田ごばう
やきとう        毛琉煮
   がらし       此 煮方(にかた)口伝
【上二段】
けんひ焼(やき)鯛       蒲焼(かばやき)
土佐煮(とさに)          さはら
 じねんじよよ     いり卯(う)の
まきかん           はな
  ひやう        煮山椒(にさんしよう)
【下二段】
魚けんちん       あはむし鯛
    まき      そばしたぢ
生しいたけ       おろし
  でんがく      もみぢ
              のり

【卓袱料理の場面】

【上二段】
やがら         ます
 かばやき        塩(しほ)やき
いり          松露(しようろ)
  とうふ         甘煮(うまに)
煮とう         煮さんしよう
  がらし
【下二段】
唐煮(からに)          あゆ
  茄子(なす)         土佐煮
松魚(かつを)          たけのこ
 かまぼこ          甘煮(うまに)
【上二段】
大 鮒(ふな)          玉子むし焼
 すゞめやき      はつ茸(たけ)
山椒(さんしやう)          さはら
 しやうゆ         小くし魚
            ぎんあん
【下二段】
雁(がん)大身         白髪(しらか)ねぎ
新 午房(ごばう)         あんかう
  甘煮(うまに)        とも身小角
            しのうど
              きも煮
   同小 菜(さい)之部
【上二段】
てつほうあへ      からしみそ敷
鯉(こい)作(つく)り身       さらし
新大こんたんざく      くじら
青とう         おし 
  がらし         茄子(なす)
【下二段】
塩(しほ)さけ         うづら
百合(ゆり)            のり
 ねりかけ       穂(ほ)しそ
             ほいろ
【上二段】
いづれも榧油揚(かやあぶらあげ)     ふた煮
 鯛 衣(ころも)かけ      くるまゑび
 山わらび       ゆず 
 銀ふらあけ      ぎんなん
    かき      きくらげ
            しん午房(ごばう)
【下二段】
火取          ちんひみそ敷
 しら魚(うを)        子もちくしこ
長ふき土佐煮      わりそら
より             まめ
  かつを       しのこんにやく 

【上二段】
やきかつを       まて貝(かい)      
 とろゝ敷       松露(しようろ)
わさび          白あへ
 しやうゆ
【下二段】
しぎ身         かたあん
  たゝき       ゑびつみ入
糸瓜(いとうり)利休煮(りきうに)       ちやきん百合(ゆり)
ちよろぎ        丸しめじ
            からしせん
【上二段】
九年 酢(す)        菊(きく)
さより銀皮        なま貝(かい)
新じゆんさい      ほいろ
あられ          きくの
 わさび            葉
【下二段】
小くし鯵(あぢ)       白みそ
 うにやき       焼からし
いんげん        はも背切(せきり)
 からし煮(に)       かゞみ大こん
            やくみ
             焼とうがらし
             さんしよう
             切ごま
   四季(しき)精進(しやうしん)大 菜(さい)之部
【上二段】
榧油(かやあぶら)あげ        うつろ
 いんげん         とうふ
 新はす        わらび
 さつまいも        甘煮(に)
【下二段】
ごま酢敷(すしき)        白みそ
まき水せん       あげ水せん
うどせん        ぎんあん
水せん寺のり      糸うりこぐち
はり          きくらげ
  わさび       くだこんにやく
【上二段】
木のめ         黒(くろ)ごまみそ
 ふき         ほとに
 しのゆば         なす
 竹の子 穂(ほ)       めうがの子
  五月 煮(に)          甘煮(うまに)
【下二段】
でんぶ煮(に)        白みそ
新のり         しやん麩(ふ)
つぶ初たけ       ゑのきたけ
きんかん麩(ふ)       火取じねんじよ
            ちんひ

   同小菜之部
【上二段】
みじんわさび      つくし
 生のり        しよう露(ろ)
 天門(てんもん)とう        からしあへ
    小角
 さらし麩(ふ)
【下二段】
白ごまふり       かたあん
 はりうど       こし高(たか)
 にんじん         たう瓜(ぐわ)
   あらせん     丸しめじ
 ほうれんさう     むしくわへ
      ぢく    わさび
 煮切しやうゆ
【上二段】
生(なま)松たけ        梅かん
 青柚(あをゆ)         穂(ほ)しそ
  ねりあへ      手まつ
 むかご         こんぶ
  塩いり
【下二段】
きんとん煮(に)       ちんひみそ
  そらまめ      大むしかぶ 
唐(とう)とうふ        生(なま)しいたけ
 きのめ
   やき

   極(ごく)秘伝(ひでん)之部
    魚(うを)せんべいの伝
一きすせんべいゑびせんべい其外 何魚(なにうを)にても魚(うを)片身(かたみ)おろし
 皮(かは)をさり上 葛(くず)を粉(こ)にして絹(きぬ)のすいのうにてふるひその
 葛(くず)の粉(こ)にてくるみ竹(たけ)の大へらにて能々(よく〳〵)たゝき薄(うす)くなり
 次第(しだい)よきほどの猪口(ちよく)にて丸身(まるみ)につくりじよたん【左ルビ=ホイロ】に入仕上る也
                  
    てり鰹(かつほ)の伝
一 極(ごく)上の鰹節(かつほふし)大なるをえらみ皮(かは)をさりしんを能々 切(き)れる
 鉋(かんな)にて削(けづ)りほいろへかけてその上 醤油(しやうゆ)付(つけ)ればべつ

 甲(かう)のごとくつや出る也
    焼塩(やきしほ)長せんの伝
一 長(なが)いもを極(ごく)せんにうち焼塩(やきしほ)をおろし右の長いも一本
 つゝわけて塩(しほ)にくるみじよたんに入て仕上る也
    火取(ひとり)蜜柑(みかん)の伝
一 蜜柑(みかん)を小口より薄(うす)くへぎ板(いた)にならべ一日 干(ほし)其上にて
 じよたんに入るゝ也
    木(こ)の葉(は)かれいほいろの伝
一かれいに一塩(ひとしほ)あて水(みづ)にてよく洗(あら)ひ苧立(をだて)にならべ一日
 干(ほし)それよりかなあみにて遠火(とほひ)にあぶりじよたんに入れ
 仕上る也
    紫蘇(しそ)千枚漬(せんまいつけ)ほいろの伝
一千枚つけのしそ一 枚(まい)つゝへがし水(みづ)にて能々(よく〳〵)洗(あら)ひまた
 一枚つゝひろげじよたんにて仕上る也
    やはらか煮()の伝
一 生貝(なまかい)赤貝(あかかい)栄螺(さゞゐ)とこふしの類(るい)大根(だいこん)にて能々(よく〳〵)たゝき
 其大根こくち切(きり)にして其中へ米(こ)ぬか少(すこ)しくはへ釜(かま)に
 入一日一 夜(や)たき火にて能々 煮(に)る也

     巻魚類(まきうをるい)の伝
一 巻鯛(まきたい)巻(まき)はた白(しろ)其外何魚にても片身(かたみ)おろしにて能々
 骨(ほね)をぬき上身(うはみ)をさり其皮(そのかは)を塩水(しほみづ)に漬(つけ)しばらく置(おき)
 引上(ひきあげ)て能水(よくみづ)をさりしんじよのあんばいの身(み)をつけて
 布(ぬの)にて巻(まき)蒸籠(せいろう)にてむす也 火(ひ)かげん口伝
    しんじよの伝
一 鴨(かも)鯛(たい)きすあまだいひらめの類 魚(うを)の上身かき鯛のごとく
 包丁(ほうてう)にて取(とり)摺鉢(すりはち)にて能々すり薯蕷(やまのいも)鶏卵(たまご)の白みを入
 水に鰹節(かつほふし)をかきて入 能浸(よくひた)し置(おき)其 水(みづ)だしにて身(み)を
 のばし甘(うま)みはみりん酒(しゆ)を煮(に)かへしてさまし塩(しほ)にてあん
 ばい致し茶碗(ちやわん)の蓋(ふた)にて形取(かたとり)こしらへ大 鍋(なべ)へ湯(ゆ)を沢(たく)
 山(さん)に入て仕上る也
一 鴨(かも)は身(み)を能々(よく〳〵)いたにてたゝき仕様(しやう)右 同断(とうだん)
    魚豆腐(うをとうふ)の伝
一 何魚(なにうを)にても仕様(しやう)前同断にしてわくを拵(こしら)へ布(ぬの)をしき
 能々 水(みづ)にてしめし右のわくに入てむす也火かげん口伝
    蛸(たこ)やはらか煮(に)の伝
一 蛸(たこ)を大根(だいこん)にて能々たゝき白豆(しろまめ)を入みりん酒(しゆ)壱ぱい

 醤油(しやうゆ)半分(はんぶん)水(みず)一盃(いつぱい)入 火(ひ)かげん火の上へわら灰(はい)をまき
 能々 煮(に)て煮上(にあが)る時(とき)に鍋(なべ)共に土間(どま)におろししばらく置(おく)也
    蒲(かま)ぼこの伝
一 鯛(たい)片身(かたみ)におろし上身をかきて取(とり)すり鉢(はち)にて能々
 すり玉子(たまご)の白み少(すこ)しに味淋酒(みりんしゆ)煮(に)かへしさまし入 塩(しほ)にて
 あんばいする也 何(いづ)れの魚にても仕様(しやう)同断(どうだん)尤(もつとも)鯛(たい)は小鯛
 よろし
    うつろ豆腐(とうふ)の伝
一 生豆腐(なまとうふ)小半丁 切(きり)て深(ふか)き石鉢類(いしはちるい)に入 水(みづ)にうかしかなあみに
 火(ひ)をのせ水中(すいちう)のとうふまはしながら四方(しはう)をやき其とうふを菓子(くわし)
 昆布(こんぶ)に包(つゝ)み細(ほそ)き縄(なは)にて巻(まき)大釜(かま)にて一日 能(よく)煮(に)ればかたち
 岩(いわ)のごとくになるを味淋(みりん)と醤油(しやうゆ)にて味(あぢ)を付(つけ)る也
    ぎせい豆腐(とうふ)の伝
一生のとうふ能々 煮抜(にぬき)くづしざるに上け水(みづ)を切(きり)て味(み)りんと醤(しやう)
 油(ゆ)にて味(あぢ)を付(つけ)また角鍋(かくなべ)へ胡麻(ごま)の油(あぶら)を引(ひき)右豆腐(とうふ)を入能々 煮(に)
 蓋(ふた)を入て石(いし)にておしをかけ一 夜(や)置(おき)て切(き)るべし
    《割書:うんどんとうふ|そうめんとうふ》の伝
一 豆腐(とうふ)を布(ぬの)に包(つゝみ)て能(よく)水(みづ)を切(きり)毛(け)すいのふにてこし葛(くず)の粉(こ)を入

 すり鉢(はち)にて能(よく)すりてみの紙(かみ)壱枚を四つに切さしみ包丁(ほうてう)にて
 能(よく)たいらに付(つけ)紙(かみ)壱 枚(まい)つゝ重(かさ)ね蒸籠(せいろう)にてむし上(あげ)しばらく水に漬(つけ)
 冷(ひや)し壱枚つゝ紙をへがしまたかさねて切るべし
    胡麻(ごま)豆腐(とうふ)の伝
一白ごまの皮(かは)をむきほどよくほうろくにていりすり鉢(はち)にて能々
 すりごま壱 升(せう)へ葛(くず)五合入水二升ほどをくはへて鍋(なべ)に入能々 煮(に)
 詰(つめ)て切溜(きりため)の蓋(ふた)へ布(ぬの)を敷(しき)流(なが)ししばらくさまして切也火かげん口伝
一 胡桃(くるみ)豆腐(とうふ)仕様(しやう)同断(どうだん) 一 枝豆(えだまめ)とうふ仕様同断
    てり煮(に)柚(ゆず)の伝
一 柚(ゆず)の皮(かは)むき其ゆずへ六つほど包丁目(ほうてうめ)を入能ゆでゝ水(みづ)に取(とり) 
 𥞨(  たね)と肉(み)を去(さり)能(よく)水(みづ)をしぼり味淋酒(みりんしゆ)にて又能々 煮(に)つめ氷(こほり)
 おろしを入しばらく又 煮(に)て焼塩(やきしほ)入 煮上(にあげ)る也
一 蜜柑(みかん)は仕様(しやう)同断(どうだん)にてみかんをこくち切にして煮(に)る也
一 金柑(きんかん)は仕様同断にて丸煮(まるに)也
    水晶(すいしやう)昆布(こんぶ)の伝
一 菓子(くわし)こんぶ能々ゆでこんぶ裏表(うらおもて)共 包丁(ほうてう)にてすき中の
 白き所をたんざくに切(きり)味淋(みりん)にて能々 煮(に)仕上(しあげ)きはにて焼塩(やきしほ)
 入あんばい付る也

    煮山椒(にさんしやう)の伝
一 朝倉山椒(あさくらさんしやう)のよきをえらみ取 鍋(なべ)にてゆで上 ̄ケあらき枝(ゑだ)を
 切(きり)笊(ざる)にて水を切(きり)味(み)りん酒(しゆ)にて能々 煮(に)焼塩(やきしほ)にて塩梅(あんばい)付(つけ)る也
    煮蕃椒(にとうがらし)の伝
一 蕃椒(とうがらし)のあとさきを切たねを抜(ぬき)ほうろくにていり鍋(なべ)にてゆで
 一日一 夜(や)水に漬(つけ)能々 水を切(きり)味淋酒(みりんしゆ)と焼塩(やきしほ)にて塩梅(あんばい)を
 付(つけ)るなり
    紅生姜(べにしやうが)の伝
一もやし生姜(しやうが)はゆたぎりたる中へ入 酢(す)と塩(しほ)と二 色(いろ)合(あはせ)て塩梅(あんばい)
 致し右の酢(す)の中へ入しばらく置(おけ)ば紅(べに)出る也又 新(しん)しやうがは
 もやし生姜(しやうが)より湯(ゆ)の中へしばらく入 仕様(しやう)同断(どうだん)

   料理(れうり)心得(こゝろえ)之部
    三 羹(かん)三 麺(めん)の事
一日本にては三 麺(めん)は専(もつは)ら用(もち)ゆれ共三 羹(かん)は中華(もろこし)の沙汰なり
 いかにとならば鼈羹(べつかん)はすつほんの羹(あつもの)也 羊羹(やうかん)はひつじの羹(あつもの)也
 牛羹(ぎうかん)とは牛(うし)の羹(あつもの)也 仍(よつ)て日本にては三 羹(かん)を菓子(かし)に直(なほ)して
 所謂(いはゆる)べつかんは小麦焼(こむぎやき)也 羊羹(やうかん)は皆(みな)知(し)る所也 牛羹(ぎうかん)は牛皮飴(ぎうひあめ)也
 三 麺(めん)は汁(しる)まんちううんめんちよくめん是(これ)を三 麺(めん)といふ也

    料理(りやうり)膳部(ぜんぶ)庖丁(ほうてう)三 職(しよく)心得(こゝろえ)之事
一 料理(りやうり)は食医(しよくい)にして肴核(かうがい)の薬(くすり)と毒(どく)とを能(よく)弁(わきま)へて献(こん)を
 立(たて)る事第一としるべし
一 膳部(ぜんぶ)人は古実(こじつ)を以て慶賀(けいが)の祭事(まつりこと)を初献(しよこん)より三 献(こん)九 献(こん)
 極意(ごくい)の十九 献(こん)に至(いた)る迄こと〴〵く修行(しゆぎやう)する事 肝要(かんやう)也
一 庖人(ほうじん)は箸(はし)庖丁(ほうてう)の達者(たつしや)を仕習(しなら)ひて後(のち)に花実(くわじつ)の切目(きりめ)正(たゞ)しく
 流行(りうかう)に随(したが)ひ我意(がい)を出さず其 好(この)む所に任(まか)すべし
    鱠(なます)の事
一 鱠(なます)は慶賀(けいが)の第一也上より下に至(いた)る迄 祝(いはい)日にはかて鱠(なます)と
 いふをあしらへ慶賀(けいが)をとゝのふ此かて鱠(なます)といふは鱠に作(つく)りたる魚(うを)へ
 時(とき)の青(あを)もの大根(だいこん)にんじんうどの類(るい)をきざみ魚の相手(あいて)に盛(もり)是(これ)を
 かて鱠(なます)といふ也 鱠(なます)の本式(ほんしき)は魚計(うをばかり)を作(つく)りて盛事(もること)也なますの
 ケンの意味(いみ)を知(し)らざれば慶賀第一の鱠(なます)とは知(し)れまじき也しやう
 進(じん)の酢(す)あへにケンを付(つけ)る事 甚(はなはだ)あやまり也と云伝ふ
    料理(りやうり)三真(さんしん)の事
一 料理(りやうり)に三真といふ事あり三真を覚(おぼ)へずして料理を
 出すべからず三 真(しん)を知らずして料理を誉(ほむ)むべからずと古人(こじん)の

    菓子(くわし)の心得の事
一 菓子(くわし)といふは砂糖(さたう)にて製(こしらへ)たるものにあらず菓子(くわし)はくだ物也
 四季(しき)の木実(このみ)草実(くさのみ)をいふ料理(りやうり)の終(をは)りに出す事は料理の
 厚味(かうみ)魚鳥(ぎよてう)を食(しよく)し食熱(しよくねつ)をさますため也料理にかゝはり
 たるにはあらず後(のち)に工夫(くふう)ありて作(つく)れる也 砂糖(さたう)は冷(れい)なる物なれば
 悪(あし)き物にあらず宜(よろし)しといへどもさりながら木(こ)の実(み)草(くさ)の実(み)を
 盛合(もりあはせ)出すが宜(よろ)し此 理(り)を捨(すつ)べからず茶請(ちやうけ)は砂糖(さたう)にて作(つく)り
 たる品(しな)宜(よろ)し茶(ちや)の味(あぢは)ひには宜(よろしき)もの第一也 仍(よつ)て茶菓子(ちやくわし)とは
 献立(こんたて)には書(かゝ)ず茶請(ちやうけ)と書事(かくこと)也
    水栗(みづくり)の事
一 重(おも)き慶賀(けいが)の振舞(まふるまひ)には茶請(ちやうけ)に水栗(みづくり)といふて生(なま)の栗(くり)を
 巴(ともへ)の形(かたち)にむきて茶請(ちやうけ)の盛合(もりあはせ)にする古実(こじつ)也これは巴(ともへ)の形(かたち)
 立波(たつなみ)の打合(うちあはせ)清正(せいしやう)の水形(すいぎやう)也三つ巴(ともへ)にむくは三 数(すう)也又 一説(いつせつ)に
 住吉(すみのえ)の上筒(うはつゝ)中筒(なかつゝ)底筒(そこつゝ)の三神也 是(これ)も清(きよ)き水に住(すむ)なれば
 むべ也いづれも清(きよ)き水此巴の形(かたち)の水栗(みづくり)にて口を清(きよ)め茶(ちや)を
 請(うけ)るといふ仍(よつ)て神前(しんぜん)の手水鉢(てうづはち)などにも三つ巴(ともへ)を付(つけ)ると見えたり
 茶事(ちやじ)の会席(くわいせき)には茶請(ちやうけ)に水栗(みづくり)を用(もち)ひず凡(およそ)茶事
 には中立をしてかこひへ入ときに手水(てうづ)を遣(つか)ひ席(せき)へ入る故(ゆゑ)に

 栗(くり)を付(つけ)るに及(およ)ばず茶人(ちやじん)は此 意味(いみ)を知(し)る事也 茶流(ちやりう)に
 又 栗鉢(くりはち)といふあり昔(むかし)は茶事(ちやじ)に用ひたる道具(たうぐ)と見えたり
 当時(たうじ)は其 沙汰(さた)を聞(きか)ざる也
    茶事(ちやじ)会席(くわいせき)の料理心得之事
一 茶事の会席(くわいせき)はかつて料理にあらず依(よつ)て庖丁(ほうてう)の
 花美(かび)を好(この)まず食(しよく)するものゝ味(あぢは)ひを本意(ほんい)とする故(ゆゑ)意(こゝろ)は
 料理の二字に叶(かな)ふて面白(おもしろ)き事 多(おほ)し然(しか)るに会席(くわいせき)といへば
 何か面白(おもしろ)き取合(とりあはせ)とのみ心得(こゝろえ)て食(しよく)するものゝ味(あぢは)ひを失(うしな)ふ
 道理(だうり)を知らず会席(くわいせき)は二 菜(さい)三 菜(さい)に限(かぎ)り数菜(すさい)ならねば
 塩梅(あんばい)の宜(よろし)きをえとす是(これ)を本意(ほんい)とすべし珍敷(めづらしき)取合の
 悪物好(わるものずき)はかならず無用也其いにしへやんごとなききみ利久(りきう)の
 亭(てい)へ御 立寄(たちよ)らせ給ひし時 利久(りきう)取敢(とりあへ)ず土器(かはらけ)にあらひ米(よね)を
 盛(もり)て茶(ちや)を奉(たてまつ)りし事ありとかや甚(はなはだ)感(かん)ある事なり
    膳部(ぜんぶ)の三 新(しん)の事
一 重(おも)き慶賀(けいが)などの振舞(ふるまひ)に膳部(ぜんぶ)の本二三の膳中(ぜんちう)に三 新(しん)と
 いふ秘事(ひじ)あり本膳(ほんぜん)に杉(すぎ)の木地(きぢ)の小角に香物(かうのもの)を盛(もり)二 ̄ノ膳(ぜん)に
 杉(すぎ)の木地の丸(まる)ものに敷味噌(しきみそ)を盛(もり)三 ̄ノ膳(ぜん)に杉(すぎ)の木地の地(ぢ)
 紙(かみ)にさしみを盛(も)る是を膳中(ぜんちう)の三 新(しん)といふ也

    魚(うを)のかい敷(しき)の事
一 生魚(なまさかな)のかいしきに青(あを)き物の葉(は)を敷(しく)事は昔(むかし)は柏(かしは)の葉(は)
 椎(しい)の葉(は)に盛(もり)て食(しよく)したるよし笥(け)に盛(もり)て喰(くひ)し事ははるか
 後(のち)の事也 柏伝記(はくでんき)と云(いふ)書(しよ)に料理(りやうり)人を柏人(はくじん)と呼(よび)魚板(まないた)を切(きり)
 扣(ひかへ)といふとかや例年(れいねん)正月二日には柏人(はくじん)楽(がく)に合(あは)して御 庖丁(ほうてう)
 初(はじ)めに鶴(つる)の御 庖丁(ほうてう)あるとかや世(よ)にこれを楽(がく)の御 庖丁(ほうてう)と
 いへるとなり又 古哥(こか)に
  家(いへ)にあらば笥(け)に盛(も)る飯(いひ)を草枕(くさまくら)旅(たび)にしあれば椎(しい)の葉(は)に盛
 と詠(よせ)せられしも椎柏(しいかしは)に盛(も)りし初(はじ)めをいへるなるべし
    土器(かはらけ)椀(わん)の差別(しやべつ)の事
一 清少納言(せいせうなごん)枕(まくら)の草紙(さうし)にも清(きよ)きもの土器(かはらけ)畳(たゝみ)にさす若(わか)木と
 書(かゝ)れし也 誠(まこと)に神仏(しんぶつ)に備(そなふ)るもの皆(みな)土器(かはらけ)也 夫(それ)を略(りやく)して大白の
 瀬戸物(せともの)と成(なり)又 略(りやく)して染付(そめつけ)の瀬戸(せと)ものと成 是(これ)を略(りやく)して鶴(つる)
 亀(かめ)の赤絵(あかゑ)のもやう椀(わん)と成る是を世(よ)に喰初椀(くひそめわん)といふ夫(それ)より
 黒無地椀(くろむぢわん)と成てより朱(しゆ)の椀(わん)と略(りやく)す金(きん)にて沃懸(いつかけ)抔(など)したるは
 饗応(きやうおう)料理(りやうり)慶賀(けいが)等に決(けつ)して用ざる事也 然(しか)るを沃懸(いつかけ)ある
 椀(わん)を最上(さいじやう)と思へる也其あやまりを能(よく)心得べしと古人の云(いひ)

    四方(しはう)三方(さんはう)之事
一四方三方共に敷角(しきかく)にして陰(いん)の形(かたち)也 足(あし)は丸(まろ)くして陽(やう)なり
 組(くみ)して地(ち)天(てん)泰(たい)と成るこれ陰中(いんちう)の陽(やう)也 易(ゑき)にて見れば
 正月の卦(け)に当(あた)る也 万物(ばんもつ)皆(みな)陰陽(いんやう)はなるゝ事なし能く
 勘考(かんかう)すべき也
    丸盆(まるぼん)角盆(かくぼん)居様(すへやう)の事
一 丸(まろ)き盆(ぼん)はとぢめを客(きやく)の前(まへ)へ居(すへ)る也 角(かく)の片木盆(へぎぼん)はとぢ
 めを客(きやく)の向(むか)ふへ居(すへ)る事 陰陽(いんやう)の道理(だうり)也
    膳部(ぜんぶ)の次第(しだい)の事
一 饗応(きやうおう)の御膳七五三五々三 等(とう)の次第(しだい)あれども古実(こじつ)
 伝法(でんはう)のみなればこれを略(りやく)す委(くはし)くは学(まな)びて知(しる)べき事也
    日本の料理(りやうり)庖丁(ほうてう)の発(おこ)りの事
一 山蔭(やまかげ)中納言(ちうなごん)四条(しでう)藤原(ふぢはら)の政朝(まさとも)卿(きやう)は日本 料理(りやうり)并(ならびに)庖丁(ほうてう)の
 祖(そ)也 何(いづ)れの慶賀(けいが)にも鯉魚(こい)を職掌(しよくしやう)する事を第一と祝(いは)ひ
 給ふ凡(およそ)魚(うを)として飛竜(ひりやう)と成(なる)によりて高貴(かうき)の祭(まつり)とする事
 鯉(こい)にかぎる也もとより鯉(こい)は中通りの鱗(うろこ)大小にかぎらず三十
 六枚を具足(ぐそく)せり是(これ)を工夫し給ひ鯉(こい)に三十六枚の庖丁(ほうてう)を
 作(つく)り給ふ彼卿(かのきやう)の清光(せいくわう)を尊(たつとみ)て世(よ)に四条流(しでうりう)と号(がう)すと也

【右丁】
料理通初篇終

【左丁】
《割書:文政|改正 》御江戸絵図  五枚継
万代御江戸絵図  二枚継
《割書:平仮名|両 点》千字文《割書:此書は訓点を校合して誤を正したれば|児童によましむるにいとよき千字文也》小本全
日本名所絵《割書:蕙斎縮| 真筆》 《割書:日本の名所をくはしくし地利等に至迄|こと〳〵く見やすく古今稀なる図也》 《割書:唐紙|一枚摺》

文政八《割書:乙 | 酉》年二月 尾州名古屋本町
             永楽屋東四郎
         江戸芝神明町
             岡田屋嘉七
     書肆  同中橋広小路町
             西宮弥兵衛 
         同芝神明町
             和泉屋市兵衛

【裏表紙 文字なし】

【表紙 題箋】
《割書:江戸 |流行》料理通 《割書:二編》 全

【右丁】
八百善著
料理通《割書:後|編》
   甘泉堂蔵

【左丁】

当-今聖 ̄ナル_二於味 ̄ニ_一者。天-下期 ̄ス_二於八-
百善 ̄ヲ_一。其擣_二 一-韲 ̄ヲ_一。匀(トヽノ) ̄フ_二 一-膾 ̄ヲ_一味侔 ̄シ_二

仙厨 ̄ニ_一。甞 ̄テ甄_二-別 ̄シテ四-時菜-単 ̄ノ之宜。
宰-割烹-飪之法 ̄ヲ_一。著 ̄ハス_二料-理-通
一-編 ̄ヲ_一。余 ̄レ為 ̄メニ序 ̄シテ而伝 ̄フ_レ之 ̄レヲ。殊 ̄トニ為_二割
烹-家_一所_レ推 ̄サ。售者盈_レ肆 ̄ニ。索 ̄ムル者如
《割書:|レ》林。版漸致_二刓裂 ̄ヲ_一。又裒 ̄テ_下古-今割-烹-
家菜-単 ̄ノ口訣。及自-家所 ̄ノ_二意造_一

者 ̄ヲ_上。続 ̄ヒテ成 ̄ス_二第二輯 ̄ヲ_一。膳-羞 ̄ノ之法。醤-
剤 ̄ノ之宜。較 ̄レハ_二前編 ̄ニ_一為 ̄ス_二最備 ̄レリト_一矣。訪 ̄フテ_二余 ̄カ
叡-北 ̄ノ村-居 ̄ヲ_一而乞 ̄フ_レ序 ̄ヲ。披-閲 ̄ノ間。喉鳴 ̄ル
吻-潤 ̄ヒ。口-角流_レ爽 ̄ヲ。如 ̄シ_下入 ̄テ_二 天-厨_一而咀 ̄ムカ_中禁-
臠 ̄ヲ_上成也於_レ是潑_二甕-醅 ̄ヲ_一。煮_二野蔌 ̄ヲ_一。連-
飲三盃。陶然 ̄トシテ煖_レ老 ̄ヲ。乃援 ̄ヒテ_レ筆書 ̄ス_二

於其首 ̄ニ_一

乙酉季春上巳之日
 七十四翁鵬斎老人興撰

【左丁】
先の年書肆甘泉堂主人ゟもとめにいなみ
かたく拙き献立の一書を桜木に鐫しが幸に
世に行れしとて頓に嗣編の需ありしも生活の
いとまなくて一歳ふたとせと過たりしに今年その
促しのしきりなれは我庖丁のかたに聞思ひ
出るまゝにかいしるしたれは似よりたるも多かれと
昨魚類の会席にして只其遺たるを拾ひ
もれたるを補ふのみにて遂に二編の稿なりぬ
原来此道の好人達の校合さへも経されは
杜撰麁漏は見ゆるし給へかし
           八百善しるす

北斎改           三代目
 為一筆【落款】         朝倉□分

【看板】
普請手広に仕候間御贔屓  八百屋
御光来偏に奉希上候    善四郎

八百善かやとは
  伊尹の
割烹家
 湯を
   もとむる
事はあら
   しな
 蜀山人

   抱一筆【落款】

【伊尹=殷の湯王の時代の宰相、料理人から出世】

         文晁筆【落款】

新味初来
上店時万
銭争買貴
珠機矣人
儔道鱸魚
美佳為鱸
魚典却衣
 詩仏老人【落款】

【右丁 画】
      溪斎筆【落款】

【左丁】
   座附(ざつき)四季(しき)味噌(みそ)吸物(すひもの)之(の)部(ぶ)

【春右上二段】
常(つね)みそ        上赤みそ
 小 鯛(だい)         鯉(こい)
  姿見(すがだみ)しんぢよ     いそぎり
 葛(くづ)しめぢ       同中ほね
 若布(わかめ)せん       花子
  芽(め)うど       しの大こん
             粉山椒(こさんしよう) 
【春右下二段】
田舎(いなか)みそ       さのみそ
 松皮鯛(まつかわだい)        青(あを)わた
 つく〴〵し       とうふ
 花菜(はなな)         葉付(はつき)大こん
  柚(ゆ)         ゑのきたけ
             割(わり)さん
              しよう
【春左上二段】
煮(に)こしみそ      三わりみそ 
 若鮎(わかあゆ)         子持細魚(こもちさより)
  やきがらし     独活(うど)
 枸杞(くこ)の葉(は)        たんざく
   べた煮(に)      水(すい)ぜんじ
 松露(しようろ)           海苔(のり) 
  むきおとし
 さんしよう
【春左下二段】 
並(なみ)みそ         南部(なんぶ)みそ
 木葉鰈(このはかれい)         星(ほし)かれい
  ほねぬき        うすぎぬ
 新(しん)そら豆(まめ)        菊(きく)のわかば
 ほし大こん       寒心寺粉(かんしんじこ)
  柚(ゆ)           小さん来


【夏右上二段】
中白みそ           佐野(さの)みそ
 うづら小鯛(こだい)         鯵(あぢ)
 いわたけ           片身(かたみ)おろし
   煮(に)ぬき         稲露(いなつゆ)
 葉(は)いも            かんざらし
  火(ひ)どり          紫蘇(しそ)
 青(あを)山しよう          べた煮(に)
【夏右下二段】
常(つね)みそ            三州(さんしう)みそ  
 鱝(あかゑい)             鰌(どぢやう)
  さきて            ほねぬき
 冬瓜(とうぐわ)            煮(に)ぬき
  めんとり           とうふ
 さんしよう          さゝがし午房(ごばう) 
                 山椒
【夏左上二段】
尾張(をはり)みそ           いなかみそ
 鱸(すゞき)              じやこ
  火どり皮(かわ)           つみ入れ
 葛(くず)              団扇(うちは)
  すいとん           茄子(なす)
 夕顔(ゆふがほ)             しそ
  せん             こま〴〵
【夏左下二段】
さのみそ           並(なみ)みそ
 牡丹(ぼたん)たいらぎ         つみ
 かゞみ芋(いも)            なまがひ
 いそがき           しん
 蔓菜(つるな)              さといも
  べた煮(に)           大なごん
                  さゝげ

【秋右上二段】
南部(なんぶ)みそ           仙台(せんだい)みそ
 鮎(あゆ)              金海鼠(きんこ)
  かた身おろし         もろこし
 まつば              かんざらし
   茄子(なす)           煮(に)ぬき
 ひもかわ             防風(ばうふう)
   葛(くず)きり
【秋右下二段】
田舎(いなか)みそ           常みそ
 一と塩鴨(しほかも)           薄身鯛(うすみだい) 
  さゝづくり         生椎茸(なましいたk)
 せん               四半
  蘿蔔(だいこん)            菠薐草(ほうれんさう)
 しめぢ茸(たけ)            ぢく
【秋左上二段】
三州みそ           をはりみそ 
 鯊(はぜ)              藻魚(もうを)
  かた身(み)おろし         皮引(かわひき)
 皮午房(かわごばう)            鏡(かがみ)
  たんざく           大根(だいこん)
 つぶ             鮟皮(あんぴ)
  しようろ
【秋左下二段】 
並みそ            いなかみそ
 芝蝦(しばゑび)            鮒(ふな)
  すりながし          やきがらし
 はつだけ           ひもかわ
    四半             むき
 みぢん            もやし
   豆腐(とうふ)            みつ葉(ば)


【冬右上二段】
常(つね)みそ            《割書:上 赤|並みそ》
 あわもり           鮟鱇(あんかう)
  鯛(たい)             同くろ皮(かわ)
 ゑのき            同きも
   たけ           地(ぢ)大こん
 糸海苔(いとのり)             うすぎぬ
                粉山椒(こさんしよう)
【冬右下二段】
佐野(さの)みそ           尾州(びしう)みそ 
 鱖魚(あこう)             魴鮄(ほう〴〵)
  いそぎり           皮(かわ)ひき
 早(さ)              あんぴ
  わらび            うら白
 きん〴〵           ふき
   豆腐(とうふ)            小口
【冬左上二段】
南部(なんぶ)みそ           煮(に)こしみそ
 やき白魚(しらうを)           もなか鱚(きす)
 おぼろ            藻(も)づく
   豆腐(とうふ)            煮(に)ぬき
 煮(に)             芽(め)
  海苔(のり)            独活(うど)
【冬左下二段】
並味噌(なみみそ)            三 割(わり)みそ
 はたじろ           袋蛎(ふくろかき)
  さん木           かたくり
 萵苣(ちさ)              ふわ〳〵
  べた煮(に)          火取(ひどり)
 つけ              根芋(ねいも)
  しめぢ茸(たけ)

   四季(しき)中皿(ちうさら)之部(のぶ)

【春右上二段】
 巻(まき)からすみ          さらし鮒(ふな)
 いと             しいたけ
   さより             四半
 蝶栗(てうぐり)             まき柿(かき)
  芳野酢(よしのす)            白胡麻酢(しろごます)
【春右下二段】
 ひらめ            一と塩(しほ)鱒(ます)
  重(かさ)ね小川           きり重(かさ)ね
 海(うみ)さうめん          わか大こん
 九年母(くねんぼ)いちご          たんざく
  あられ酢(す)          紫蘇(しそ)こま〳〵
                 三しほ酢    【春左上二段】
 若鮎(わかあゆ)             さらし鮫(さめ)
  かこみおろし        黒海月(くろくらげ)
 鞠独活(まりうど)            うこぎ
  蓼酢(たです)              溜(たまり)づけ
                 からしみそ酢
【春左下二段】
 鯔(なよし)うす            鯖(さば)きんがわ
   かさね           紙(かみ)しほ酢
 のびるのたま         煎(いり)卯(う)の
 うどわかば            はな 
  なんばん          青(あを)さん
    酢(す)みそ          しよう    


【夏右上二段】
 あらひ            かすこ鯛(だい)
   拳螺(さゞい)            かきおとし
 茗荷(めうが)の子           花(はな)ひじき
 すいぜんじ          山葵(わさび)
   のりせん           せん
 わさび酢(す)           御ぜん酢
【夏右下二段】
 こはだおろし身(み)        あぢ
  一と塩(しほ)おし          笹(さゝ)づくり
 みぢん大こん         しめうり
 防風(ぼうふう)小口           《割書:紫蘇(しそ)|たで》みぢん
  なま酢            生姜酢(しやうがす)
【夏左上二段】
 みるかいせん          鱝(あかゑい)しもふり 
 十六島(うつぷるい)                四半 
   海苔(のり)            しらたき
 わり皮(かわ)              こんにやく
   さゝげ           青(あを)とう
 あらひ               がらし
  みそ酢            ねりみそ酢
【夏左下二段】
 ひしこ紙塩(かみしほ)           すゞきさん木
 もみ胡瓜(きうり)            同いり皮(かわ)
 かさねしそ           山うど
  たんざく            たゝき
 時雨(しぐれ)              芥子(けし)
   みそ酢             酢

【秋右上二段】
 鱚(きす)さゝづくり          鮎(あゆ)卯(う)の花(はな)
 とりがい              すし
    四半           こはだ
 もづく              きみずし
 すりわさび           いり
 三 塩酢(しほす)               たで
【秋右下二段】
 さけ一としほ          きわだ□(まぐろ)【渋を魚扁に換えた字】
    さん木           さいかた
 同はらゝ子           よまき
 花(はな)かつほ              胡瓜(きうり)
  生酢(なます)             さらし大こん
                 煮(に)かへし
                  じやうゆ
【秋左上二段】
 細魚(さより)いと            たいらぎ
   づくり              せん
 ゑぼし             つみ
  あさり              木耳(きくらげ)
 ふりにん            かんな栗(くり)
    じん           たまご酢
 白ごま酢
【秋右下二段】
 さらし鯨(くじら)           平目(ひらめ)
 しらが              小川
   ねぎ            かき
 かぶらぼね            かつほ
 からし             海部(かいぶ) 
  みそ酢              のり
                 からし酢


【冬右上二段】
 かき             きぬ
   鯛(たい)              いか
 海鼠(この)             若(わか)
  わた             独活(うど)
                海苔(のり)
                  酢(す)
【冬右下二段】
 くわやき           串海鼠(くしこ)
    鴨(かも)           つく〳〵し
 煎(いり)              松露(しようろ)
  乾葉(ひば)             さいかた
 陳皮(ちんぴ)             しらあへ酢
【冬右上二段】
 ふくろ蛎(かき)           柚釜(ゆがま)
  酢(す)ぶり           海鼠(こ)
 生海苔(なまのり)             だゝみ
 みぢん            生姜(しやうが)
   生姜(しやうが)             酢(す)
【冬右下二段】
 生鱈(なまたら)一としほ         鮟鱇(あんかう)
 同くもわた           霜(しも)ふり
 ほいろみずにら        ぬのわた
 花(はな)かつほ             黒皮(くろかわ)
  煮(に)きりざけ         同きも 
   粉胡椒(ここしよう)           味噌酢(みそす)

   四季(しき)硯蓋(すゞりぶた)春(はる)之部(のぶ)
 七色       同上       同上
細魚(さより)      大製(たいせい)煮(に)あわび   ちどりくしこ
  女郎花(をみなへし)むし きみかまぼこ       かく煮(に)
春山かまぼこ   うづら羽(は)もりやき きんしたまご
更紗海老(さらさゑび)     しら魚(うほ)目(め)ざし  沖(おき)の石(いし)かまぼこ
くしがい     れんこん     しぐれ煮(に)蚫(あわび)
  煮(に)あわび    しそうづまき  百合羹(ゆりかん)
ながいも     かこひ柚子(ゆづ)      さん木
  やうかんまき     青煮(あをに)   河茸(かうたけ)極(ごく)せん
梅肉(うめにく)かん     芽(め)うど        つや煮(に)
よめ菜(な)からし漬(づけ)   白胡麻(しろごま)酢漬(すづけ) 糸(いと)みつば
  しのまき             からし漬(づけ)

 九色       五色       同上
若(わか)あゆ      あけぼの鴨(かも)    若鮎(あゆ)めざし
 いろつけ焼(やき)   布(ぬの)まき海老(ゑび)    けいかくむし
みのきせ鱚(きす)    当座(とうざ)田つくり   たいらぎ
車(くるま)ゑび      かさねこんぶ     卯(う)の花(はな)かけ
 きぬたまき   花柚(はなゆ)てり     かしう長せん
のしあわび        煮(に)       みそづけ
   つや煮(に)    五色      むらさきでんぶ
黒慈姑(くろくわゐ)      とこぶし粕煮(かすに)    同上
 きんとん煮  いぶぜかたみおろし  しのかまぼこ
から糸昆布(いとこんぶ)       味淋(みりん)づけ  よせ細魚(さより)うに
白魚(しらうを)のりまき   ほいろ           やき
さらしくるみ      手長(てなが)ゑび  照(てり)かつほ
    つやに  ふきかう     いなだ午房(ごばう)
うこぎ      河茸(かわたけ)うらじろ   蕗(ふき)とも葉(は)まき
  からしづけ
   同 夏(なつ)之部(のぶ)
 七色       同上       同上 
うち挙螺(さゞい)     鰆(さはら)銀皮(ぎんかわ)やき    かつほ皮付(かわつき)
  やわらか煮(に)  たいらぎ薯蕷(じよよ)むし    かまぼこ
かますざこ    あゆ土佐(とさ)やき   蚫(あわび)いりわた漬(づけ)
    めざし  二色(にしき)まき     きすほねぬき
宇治橋(うぢはし)たまご     かまぼこ     きぬたまき
くるま鰕(ゑび)     かじめ      みるかい
  夕顔(ゆふかほ)まき      長せん     千鳥(ちどり)やき
新午房(しんごばう)薄皮(うすかわ)    青煮(あをに)柚子(ゆず)    刀豆(なたまめ)
  あちやら漬(づけ)  にんじん       粉(こ)ふき煮(に)
粉(こ)ふき栗(くり)       こはく    もみ大こんぢく
松葉茄子(まつばなす)          煮(に)    花かつほかけ
  つや煮(に)             慈姑(くわゐ)長せん

 五色       同上       九色
大豆 煮(に)あわび  鱝(あかゑい)山椒(さんしやう)じやうゆ かしわ鯛(たい)
やまぶきくだき        やき 海胆(うに)やき烏賊(いか)
小あぢ土佐(とさ)やき  すゞき一しほ   赤貝(あかがい)やわらか煮(に)
甘露茄子(かんろなす)         さゝむし にあぢ
しの冬瓜(とうぐわ)     ひいか飯蛸(いゝだこ)もどき   きみずし
  うま煮(に)    芋莄(ずいき)      天門冬(てんもんどう)《割書:きぬた|  まき》
            白ごま酢漬(すづけ)    からし漬(づけ)
         より午房(ごばう)     じねん薯蕷(じよよ)

 五色       同上       柚(ゆ)みそでんがく
鯎(うぐひ)《割書:ほねきり|  やきがらし》  青豆(あをまめ)かまぼこ   こし高(たか)
 土佐煮(とさに)    たいらぎうに煮    かまぼこ
うち章魚(たこ)つや煮 鱚(きす)あられとうふ  椎茸(しいたけ)長せん
べんぜつにだい        むし ゐんげん豆
   なんぶやき しらがかもじ    けし醤(しやう)油づけ
千箱草(じんばさう)ふくみ煮  ぬのまき長芋(ながいも)
百合(ゆり)ねりかん 

   同 秋之部(あきのぶ)
 七色       同上        同上
魦(はぜ)大こんまき   鮭(さけ)きみまき    吹寄(ふきよせ)たまご
子もち烏賊(いか)        ずし   おち鮎(あゆ)《割書:片身(かたみ)| おろし》
うにかまぼこ   あわびやわらか煮   芳野(よしの)醤油やき
鴫(しぎ)羽もりやき    胡椒(こしよう)じやうゆやき車鰕(くるまゑび)
ゆき輪(わ)午房(ごばう)   麦(むぎ)わらかまぼこ    ゆばまき
ちくし昆布(こんぶ)    ふくめ鯛(たい)     うづらかまぼこ
   てり煮(に)      のりまき  烏羽玉(うばたま)栗(くり)
二葉菜(ふたばな)      つぶ初(はつ)だけ    芽独活(めうど)    
  味噌漬(みそづけ)     卯(う)のはなづけ    かく煮
         葡萄(ぶどう)つや煮(に)    芹(せり)
         細(ほそ)ゐんげん豆(まめ)    みそづけ
            たまり漬(づけ)

  五色      九色         五色
村雲(むらくも)たまご    青(あを)わたかすてら 水引 細魚(さより)
小鯛(こだい)青(あを)ぢくむし  のし蚫(あわび)てりやき かさねあわび
しらが車(くるま)ゑび   鯛(たい)皮付(かわつき)     のし海老(ゑび)
むかごうにやき    かまぼこ   銀杏(きんあん)長せん
丸(まる)やまかん    煮(に)ぬき玉子(たまこ)   かつらにんじん
 五色       さよりまき     けし醤油(じやうゆ)づけ
のし蒲鉾(かまぼこ)     しの午房(ごばう)      五色
  やきぬき     うにやき   うにせんべい
糸(いと)ざより     新(しん)くわゐ    鮒(ふな)かたみおろし
  きみやき      はく煮(に)    さんしようやき
子持(こもち)うづら    さき松茸(まつたけ)    吹寄(ふきよせ)かまぼこ
栗(くり)むき茶(ちや)        塩(しほ)むし  ほいろきんかん
  きんとん   はすの根ぶだう  氷室葛(ひむろくず)
かさねゆづ         酢煮(すに)
          さらさづけ
         菠薐草(ほうれんさう) 
          しのまきづけ
   同 冬(ふゆ)之部(のぶ)
 七色       同上      同上
中華(ちゆくわ)たまご    鯛(たい)でんぶ     方頭魚(あまだい)《割書:かたみ| おろし》
あるへいかまぼこ  しのさより     昆布(こんぶ)まき
蚫(あわび)小倉煮(をぐらに)     赤(あか)だい蒲鉾(かまぼこ)   くらかけあわび
さわらび細魚(さより)   あわせ鱚(きす)      花かつほかけ
こま慈姑(くわゐ)     巻(まき)いわたけ    碪(きぬた)かまぼこ
柚(ゆ)ねりかん    かつら生姜(しやうが)    味噌漬(みそづけ)玉子 
末広(すへひろ)かぶら      てり煮(に)    茄子(なす)砂糖煮(さたうに)
  味噌漬    菊美(きくみ)       豆皮(ゆば)でんぶ煮
          すがたづけ   姫小松(ひめこまつ)
                   あちやら漬(づけ)

 九色       五色       同上 
鯛(たい)の子(こ)蒲鉾(かまぼこ)   鯖(さば)百合(ゆり)ねりむし  鱧(はも)ほねきり
たゝみしらうを  たいらぎのりまき  卯(う)の花かけ
紅貝(べにかい)目(め)ざし    干鱈(ひだら)ふくみ煮   けいらん
じやこさんしよう ながいも道明寺(どうみやうじ)  鰕(ゑび)みそづけ
    醤油やき       むし   かまぼこ
烏慈姑(くろくわゐ)      さがら麩(ふ)旨煮(うまに)   ちくし昆(こん)布
 むきおとし    五色         つや煮(に)
なたまめ     まつかぜ鯛(たい)    長芋(ながいも)きんとん煮
  粉(こ)ふき煮(に)  海老(ゑび)けんちん    同上
鶏卵(けいらん)かゝ蒸(むし)         まき  ういらう蒲鉾(かまぼこ)
糸(いと)あらめ     から茸(たけ)うらじろ  公魚(わかさぎ)つけやき
京菜(きような)葉(は)まき    午房(ごばう)うずまき   小鴨(こかも)ごもくむし
  みそづけ   松露(しようろ)かゝ煮(に)   しの長(なが)いも火どり
                  植生姜(うへしやうが)
                    つや煮(に)
   四季(しき)鉢肴(はちさかな)之部(のぶ)

【春右上二段】
 鯛(たい)二色(にしき)やき   あいなめひらき
 長ひじき      醤油(しやうゆ)漬(つけ)やき
   ふくみ煮(に)  真砂子(まさご)
 二年子 大根(だいこん)     豆腐(とうふ)
  ともは煮   煮山椒(にさんしよう)
 紅(べに)しやうが
【春右下二段】
 星鰈(ほしかれい)らんぎり  鱒(ます)ほねぬき
   つや煮    すがたむし
 重黒菜(かさねあらめ)     竹筍穂(たけのこほ)
 とうたち菜(な)   生椎茸(なましいたけ)
   うま煮    葛(くづ)だまり
 せんしやうが   かつら山葵(わさび)
【春左上二段】
しゆんかんもり   はもほね切
 鯛(たい)しきし    細魚(さより)かばやき
  一塩やき   煎(いり)卯(う)の花(はな)
 椎茸(しいたけ)うらじろ  つみ蒟蒻(こんにやく)
 竹(たけ)のこ穂(ほ)    煮山椒(にさんしよう)
 かじめ長せん
 うすしたじ
  木の芽(め)
【春左下二段】
 鰡(なよし)木の芽(め)    二見鰈(ふたみかれい)
   でんがく   砂子(すなご)やき
 さらさゑび   鯖(さば)みりんづけ
 よせ午房(ごばう)    じねん薯蕷(じよよ)
 うこぎ       でんがく
  溜(たま)り漬(づけ)    きやらぶき
 ふくめ生姜(しやうが)   煮染(にしめ)生姜(しやうが)


【夏右上二段】
 鯵(あぢ)をしさば    鱸(すゞき)かばやき
   ひらき    いはしほねぬき
 干(ほし)ずいき         でんがく
  ふくみ煮(に)    若(わか)にんじん
 おし        けしじやうゆ漬
   豆腐(とうふ)     同とも葉(は)
 いり蓼(たで)        ほろあへ
          粉ふき
           山しよう
【夏右下二段】
 小鯛(こだい)すゞめ    鮎(あゆ)ひらき
    びらき    たで醤油(しやうゆ)やき
  青ぢくむし   鱝(あかゑひ)山しようみそ
 大 長(なが)いも      しようゆやき 
    白 煮(に)    いせ干瓢(かんひやう)
 揃(そろへ)ぜんまい      ふくみ煮
  ふくみ煮    煎(いり)ひじき
 しやうが     からかわ照煮(てりに)
    みそ
【夏左上二段】
 松笠(まつかさ)すゞき    菊(きく)たいらぎ
 みぞれ瓜(うり)      薄(うす)しほむし
 葛(くづ)すいとん    小鯛(こだい)
    きり     切かさねむし
 水ばり      湯引(ゆびき)糸瓜(いとうり)
猪口(ちよく) そばしたじ  防風(ばうふう)にぬき
   砂糖(さとう)じやうゆ 黒ごま
 とき        じやうゆ
  からし
【夏左下二段】
 もろあぢ     べにぜつ
  ほねぬき      小だい
 卯(う)のはな     青鱚(あをきす)
  酢(す)むし     したびらめ
 いかり      車(くるま)ゑび
  もみ大こん    芝煮(しばに)
 酢(す)どり      かさねあらめ
  しやうが    はつき山椒(さんしよう)

【秋右上二段】
 さわらつゝ切   比目魚(ひらめ)さん木  
  さつま醤油やき  きみ味淋(みりん)やき
 午房(ごばう)       かます一としほ
  ふくみ煮      かざぼし 
  うにやき    九日大こん
 更砂(さらさ)ずいき     しのむき
  白胡麻(しろごま)酢漬(すづけ)     うま煮
 紅(べに)しやうが    紅粉(べに)ふしかけ
          しやうがせん
【秋右下二段】
 鮭(さけ)あま酒 漬(づけ)    かけ鯛(だい)
 青(あを)きす      きんし
  たでまき      柚子(ゆづ)
 柚釜(ゆがま)       ぼんぼり
  ゆねりづめ   煮染(にしめ)
 すり生姜(しやうが)      しやうが
【秋左上二段】
 目あぢほね抜(ぬき)   子持鮎(こもちあゆ)
  豆腐(とうふ)       煮(に)びたし
   さいがたむし 四方(しはう)やき
 鰈(かれい)あはせむし     豆腐(とうふ)
 挽(ひき)ぬきそば    さき
 冬瓜(とうぐわ)せん       ぜんまい
しるつぎそば    ふさ山椒(さんしやう)    
     したじ
 もみぢおろし
【秋左下二段】
 鍬焼鴨(くはやきかも)      糸(いと)より
 中山(なかやま)        塩(しほ)みりんむし
  こんにやく   べんぜつ貝
 太煮(ふとに)         めざし
   ねぎ      てりやき
 やき       皮(かわ)午房(ごばう)
  とうがらし    甘酢(あます)づけ
          若芹(わかせり)
           みそ漬(づけ)
          氷山椒(こほりさんしよう)


【冬右上二段】
 大はまだい     大鮒(ふな)片身(かたみ)
   背(せ)ぎり       おろし
  一夜しほ      山椒(さんしよう)じやうゆ焼
 天王寺蕪(てんわうじかぶ)      薄衣(うすぎぬ)
    しぎやき     昆布(こんぶ)
 とも葉(は)       さゝがし 
  ほど煮(に)        大こん
 やき        あんぴ
  とうがらし      こま〳〵
【冬右下二段】
 小鯛(こだい)        丹後鰤(たんごぶり)
  わかさやき     ねりからし
 梅田(うめだ)午房(ごばう)          づけ
  胡麻煮(ごまに)      寒竹(かんちく)
 水菜(みづな)         たけのこ
  たまり漬(づけ)     からし和(あへ)
 もやし       菊柚(きくゆ)煮(に)
  しやうが
【冬左上二段】
 魴鮄(ほう〴〵)おろし     小鯛(こだい)ほね
     身(み)        ぬき 
  かばやき     きくらげ
 かしう芋(いも)         せん
  味噌煮(みそに)      銀杏(ぎんあん)小口
 防風(ばうふう)        もやしみつば
  醤油(しやうゆ)びたし    玉子けんちん
 氷(こほり)しやうが     たんざく
             ほし海苔(のり)
【冬左上二段】
 塩引鮭(しほひきさけ)       炮録(はうろく)
  味淋漬(みりんつけ)       むし
 孟宗竹(もうそうちく)       売蛎(からかき)
  うま煮(に)       柚子(ゆづ)
 豊後(ぶんご)梅(うめ)         味噌(みそ)
   すぬき
  こゝり煮
 笠松茸(かさまつたけ)
  生姜(しやうか)煮(に)

   茶碗物(ちやわんもの)之部(のぶ)

【春右上二段】
 塩鶴(しほつる)        蛎(かき)豆腐(とうふ)
 小さと       ゑのき 
   いも        たけ
 摘菜(つみな)        煮(に)海苔(のり)
【春右下二段】
 御膳(ごぜん)        鯨(くじら)やはらか
  ゆば            煮(に)
 早(さ)         生椎茸(なましいたけ)
  わらび         せん
 花(はな)         みつ
  かつを        葉(ば)
【春左上二段】
 のし蚫(あわび)       鴨(かも)ひりやう
  同わた豆腐(とうふ)         ず
 孟宗竹(もうそうちく)       漬(つけ)しめぢ
  うす〳〵        茸(たけ)
 葛(くづ)だまり      田芹(たぜり)   
   山葵(わさび)
【春左下二段】
 串海鼠(くしこ)       紐皮(ひもかわ)玉子
  長せん      ほし温飩(うどん)
 鯛(たい)とろゝ      とう
    かけ      たち菜(な) 
 いせのり      糸(いと)海苔(のり)


【夏右上二段】
 鯛(たい)皮付(かわつき)       鮎(あゆ)片身(かたみ)
   しんじよ      おろし
  火どり      新午房(しんごばう)
 葉附(はつき)大こん      小だゝき
 漬松露(つけしようろ)       やき
  柚(ゆ)         青とうがらし
            酢(す)おとし
【夏右下二段】
 田雞(ばん)        いけかりがね
 百夜煮(もゝよに)        一しほ
  豆腐(とうふ)       初茄子(はつなすび)
 いんげん      茗荷(めうが)
   せん       たけ
             小口
【夏左上二段】
 鶉(うづら)つみ入れ     蚫(あわび)やはらか煮(に)
 しんさといも       つみて
 ふりにん      おだまき
    じん        冬瓜(とうぐわ)
 しのこん      胡椒湯(こしようゆ)
   にやく    蓋(ふた)に
 薄(うす)くづ       柚(ゆ)かうみそ
  すりゆ
【夏左下二段】
 青(あを)さぎ       夏鴨(かる)
 露豆腐(つゆとうふ)       かた栗(くり)
 夕顔(ゆふがほ)          めん
   べた煮(に)     わり
  柚(ゆ)          かわ
            さゝげ

【秋右上二段】
 蚫(あわび)ひもかわ     朧(おぼろ)しん 
 九日大こん       じよ
   長せん     粒(つぶ)初(はつ)だけ
 同とも葉(は)      かくし葛(くづ)
   べた煮(に)     露(つゆ)
             わさび
【秋右下二段】
 さし鯖(さば)       小鴨(こかも)しん 
 火取(ひどり)           じよ
  昆布(こんぶ)       重菰(まひたけ)
 せんば       つみ菜(な)
   したじ      柚(ゆ)
【秋左上二段】
 笠松茸(かさまつたけ)       やき栗(ぐり)
 みぢん       摘(つみ)銀杏(ぎんあん)
   豆腐(とうふ)      きくらげ
 よせ         はやせり
   菜(な)       たまご
            かたふわ〳〵
           すりゆ
【秋左下二段】
 鯛(たい)ひりやう     鮭(さけ)さいがた
     ず     かつら
 しのむき        長芋(ながいも)
    茄子(なす)     微塵(みぢん)
蓋(ふた)に          はつたけ
 胡麻(ごま)味噌(みそ)


【冬右上二段】
 霰(あられ)鯛(だい)火(ひ)       鱖(あかう)一と
    どり         しほ 
 和島(わじま)         松露(しようろ)
  さうめん        むきおとし
 つみな        葉揃(はぞろへ)
  粉海苔(このり)        旱芹(みつば)
【冬右下二段】
 なま鱈(だら)        鱠残魚(しらうを)
 藻塩(もしほ)         ゑのき
  昆布(こんぶ)          たけ
 粉(こ)          短尺(たんざく)
  胡椒(こしよう)         独活(うど)
             のりあん
【冬左上二段】
 鍋(なべ)やき鴨(かも)       魚素麺(うをさうめん)
 太煮(ふとに)午房(ごばう)       生椎茸(なましいたけ)
 摘蒟蒻(つみこんにやく)         あられ
  毛琉煮(もうりうに)       小まつ
 粉(こ)さんしやう        菜(な)
            柚子(ゆづ)
【冬左下二段】
 鯨(くじら)せん        串海鼠(くしこ)
 とき           ふと煮
  鶏卵(たまご)        糸(いと)まき
 青葱(ねぎ)五分        とうふ
    ぎり      ふわ〳〵麩(ふ)
 もみのり       葛(くづ)だまり
            水がらし
   四季(しき)刺味(さしみ)皿(さら)之部(のぶ)

【春上二段】【絵=容器の絵】
 比目魚(ひらめ)        星鰈(ほしかれい)
  二色(にしき)づくり      薄(うす)かさね
 さらし鮒(ふな)       花(はな)みる貝(かい)
 細魚(さより)         鯖(さば)ぎんかわ
  いとづくり        四半
 千箱草(ちはこぐさ)        もぐさ
 かつら          紫蘇(しそ)
  にんじん      のびるの玉(たま)
猪口(ちよく)          ちゞれうど
  丸山酢(す)     【絵】辛子(からし)
同              みそ
  利休(りきう)みそ    【絵】わさび
               醤油(しやうゆ)
【春下二段】
 めぢか       しま鯵(あぢ) 
   かつを      うすづくり
  長手作(ながてづくり)     赤貝(あかがい)
 同          長せん
  箔付作(はくつきづくり)     鯛(たい)
 さらし        布目(ぬのめ)
   星鮫(ほしざめ)        小川
 おろし       碇防風(いかりばうふう)
   大こん     海薀(もずく)
 湯引(ゆびき)       【絵】からし 
   紫蘇(しそ)          みそ
【絵】煮(に)かへし  【絵】御ぜん
   じやうゆ         酢(す)
【絵】とうがらし
    すみそ      


【夏上二段】
 松魚(かつを)          しを
  大身(み)づくり       千鳥(ちどり) 
 同 銀皮(ぎんかわ)づくり        づくり
 同ほそづくり      あらひ
  まきかけ        ひしこ
 さらし         圧(おし)
   大こん        茄子(なす)
 しその葉(は)        胡瓜(きうり)
  さん木          もみ
【絵】煮(に)かへし     【絵】辛子(からし)
      ぢやうゆ         みそ
【絵】蓼(たで)        【絵】紫蘇(しそ)
     みそ            醤油(じやうゆ)
【夏下二段】
 あらひ         大 鯵(あぢ)
  すゞき         笹(さゝ)づくり
 鯛(たい)          さらし鯨(くじら)
  紅(べに)小川        白髪(しらが)
    まき         午房(ごばう)
 みぞれ         花(はな)ひじき
   越瓜(しろうり)       割皮(わりかわ)
 菜豆莢(いんげん)          さゝげ 
   せん       【絵】粉山椒(こさんしよう)
【絵】煎(いり)            みそ   
     ざけ     【絵】山葵(わさび)
【絵】わさび          じやう
     じやう            ゆ
        ゆ

【夏上二段】
 早(はや)           きわだ
  さわら         金鎗魚(まぐろ)
    紙塩(かみしほ)       水引(みづひき)
 ひらめ          細魚(さより)
   小川        雪花(せつくわ)
 萵苣(ちさ)            菜(さい)
  まき葉(は)        もみ
 さがら布(め)         菜菔(だいこん)
【絵】いり      【絵】ねぎ
     ざけ           みそ
【絵】生酢(きず)      【絵】土佐(とさ)
     わさび          じやうゆ
【夏下二段】
 あらひ         鰡魚(なよし)
    鯉(こい)         日の出づくり
 同           鱚(きす)
  いり皮(かわ)         笹作(さゝづくり)
 葛(くづ)           鳥貝(とりがい)
  索麺(さうめん)           四半
 河(かう)たけ          霜(しも)ふり
  極(ごく)せん        芽(め)うど
 余蒔(よまき)           薄(うす)うち 
  菜豆莢(いんげん)        よせわけぎ
【絵】いり      【絵】三塩(みしほ) 
      酒          ねり酢(ず)
【絵】砂糖(さとう)      【絵】粒(つぶ)
     蜜(みつ)           みそ酢(ず)


【冬上二段】
 比目魚(ひらめ)      かき鯛(たい) 
  黒(くろ)皮作(かわづくり)     鯉(こい)子つき
 ばかの        笹作(さゝづくり)
    ほ     さわら
 鯛(たい)四半        銀皮(ぎんかわ)
  酢(す)ぶり      霜降(しもふり)
 糸(いと)蓮根(れんこん)     毛打(けうち)若布(わかめ)
 からとり     しのうど
【絵】やくみ   莫笩海(ばくたいかい)
    じやう  【絵】ねり
       ゆ     玉子
【絵】焼蕗(やきふき)        ず
    味噌(みそ)酢(ず) 【絵】からし
             酢(す)みそ
【冬下二段】
 小 鯛(だい)       大 鮒(ふな)
  活(いけ)づくり    同やき
 まぐろ        かしら
  細(ほそ)づくり    鯛(たい)小川
 卯(う)の花(はな)       長せん
   かけ     鰯(いわし) 四半
 萍(うきくさ)防風(ばうふう)     紅皮(べにかわ)うど
 長(なが)羊栖菜(ひじき)      たんざく
 かぶらぼね    さきわけぎ
【絵】利休(りきう)    香橙(くねんぼ)
     みそ     いちご
【絵】水(みづ)    【絵】とうがらし
     とろゝ        みそ
         【絵】よしの
              酢(ず)
   丼物(どんぶりもの)之部(のぶ)

【春右上二段】
 布目(ぬのめ)       しらうを
  烏賊(いか)        玉子 衣(ころも)
 若(わか)款冬(ふき)       てんぷら
 銀杏(ぎんあん)       菊(きく)若葉(わかば)
  さわ〳〵煮(に)    ころもあげ
          大根(だいこん)おろし
          煮(に)かへし醤油(じやうゆ)
【春右下二段】
 へぎ螺(さゞい)      割まて貝(がい)
 新(しん)午房(ごばう)      つぶ
 笠(かさ)松茸(まつだけ)       松露(しようろ)
  土佐煮(とさに)     つく〴〵し
          ふき
           みそ和(あへ)
【春左上二段】
 はちく      若(わか)鮎(あゆ)
   笋(たけ)       やきがらし
 とこぶし     わらびの
   旨煮(うまに)        穂(ほ) 
 花(はな)       小(こ)煮物(にもの)
  かつを       塩梅(あんばい)
【春左下二段】
 みる貝(かい)      鯛(たい)しんじよ
 篠(しの)独活(うど)       さいがた
 てうろぎ     胡麻(ごま)
 木(き)の芽(め)       豆腐(とうふ)四半
  味噌(みそ)和(あへ)    紅葉(もみぢ)おろし
          のり醤油(じやうゆ)


【夏右上二段】
 赤貝(あかがい)         さき干鱈(ひだら)
  やわらか煮(に)     菓子(くわし)
 紅粉(べにこ)ぶし         昆布(こんぶ)
    かけ      碁石(ごいし) 
 さいかち         大豆(まめ)     
    の芽(め)      でんぶ
  切和(きりあへ)           煮(に)
【夏右下二段】
 小鯵(こあぢ)         なまがい
  あげだし       やわらか
 もぎり茄子(なす)          煮(に)
 糸(いと)うり        新(しん)
  揚出(あげだ)し        青芋(さといも)
 おろし菜菔(だいこん)      うま 
 煮(に)かへし醤油(じやうゆ)      煮(に)
【夏左上二段】
 鰕(ゑび)ひりやう      さき鱝(あかゑひ)
      す     しの
 おだまき         冬瓜(とうぐわ)
    豆腐(とうふ)      薄衣(うすぎぬ)
 薇(ぜんまい)五分切        蒟蒻(こんにやく)
 小煮物(こにもの)        旨煮(うまに)
  花かつを
【夏左下二段】
 煮梅(にうめ)         とりがい
 同ひしほ         細引(ほそひき)
    かけ      菜豆莢(いんげん)
 鯛(たい)          辛子(からし)
 ぼん           あへ
   ぼり

【秋右上二段】
 魦(はぜ)やき        蛤(はまぐり)時雨(しぐれ)
   がらし         煮(に)
 さゝがし       紫蘇(しそ)の
    大根(だいこん)         実(み)
 つみ          旨煮(うまに)
   褐腐(こんにやく)       新蓮根(しんれんこん)
  旨煮(うまに)         うま煮(に)
 花ぶし
【秋右下二段】
 串海鼠(くしこ)        章魚(たこ)
  小ぐち        やわらか煮(に)
 ふと煮(に)        自然薯(じねんじよ)
 にんじん       うま煮(に)
 下馬煮(げばに)        青(あを) 
 水 芥子(からし)         山椒(さんしよう)
【秋左上二段】
 江珧柱(たいらぎ)        ひいか
  山椒(さんしよう)じやうゆ焼   笠松茸(かさまつだけ)
 しのむき       柚子(ゆづ)
     茄子(なす)      小短尺(こたんじやく)
 玉子         さわ〳〵
   みそ焼          煮(に)
 つぶ青頭菌(はつだけ)
  やきたて
【秋左下二段】
 皮引(かわひき)         余蒔(よまき)
  藻魚(もうを)         いんげん
   すつぷん煮(に)    貝(かい)の 
 太煮葱(ふとにねぎ)         はしら
 焼番椒(やきとうがらし)        生(なま)
 河豚(ふぐ)          椎茸(しいたけ)
   もどき      からし和(あへ)


【冬右上二段】
 千鳥(ちどり)         蛎(かき)
  山椒(さんしやう)じやうゆ     時雨煮(しぐれに)
       やき   蕗(ふき)の
 黄独(かしゆう)           薹(とう)
   いも       うま
 柚味噌(ゆみそ)          煮(に)
   田楽(でんがく)
【冬右下二段】
 小鮒(こふな)         拳螺(さざい)
  煮浸(にびたし)         和煮(やわらかに)
 いてう        若(わか)
   菜菔(だいこん)        独活(うど)
 青板昆布(あをいたこんぶ)       山しよう
  ちく紙        味噌和(みそあへ)
 やき山椒(さんしよう)
【冬左上二段】
 鮟鱇(あんかう)         みるかい
  すつぽん         切交(きりまぜ)
    煮(に)      旱芹(みつば)
 粉(こ)           五分ぎり
  さん        筆頭菜(つく〴〵し)
   しよう      あつびたし
              すり柚(ゆ)
【冬左下二段】
 天王寺(てんわうじ)        飯(いひ)
   蕪菁(かぶら)        蛸(だこ)
 むし         仙台(せんだい)
   たて        大豆(まめ)
 鯉(こい)          旨(うま)
  味噌(みそ)         煮(に)
    かけ

   すまし吸物(ずひもの)之部(のぶ)

【春上二段】
 ひめ         うすぎぬ
   烏賊(いか)         藻魚(もうを)
 柚練(ゆねり)         火(ひ)どり
 つく          みづから
   ばね       梅(うめ)の花
【春下二段】
 鯛(たい)の眼(め)       塩鯖(しほさば)
 大 蛤(はまぐり)         かきみ
  ほいろ       葉附(はつき)
 みるふさ        大こん
 うしほ        ゑのき
              たけ
            酢(す)おとし

【夏上二段】
 手長(てなが)         糸(いと)
   鰕(ゑび)         海月(くらげ)
 蓴菜(じゆんさい)         葉(は)
  巻葉(まきは)         桜(さくら)の
 露(つゆ)             実(み)
  生姜(しやうが)
【夏下二段】
 牛尾魚(こち)        小米(こゞめ)
  うすぎり        しんじよ
 竹紙(ちくし)         浜名(はまな) 
  昆布(こんぶ)         納豆(なつたう)
 胡椒(こしよう)         よせ菜(な)
            やきみそ
              したぢ


【秋上二段】
 白髪(しらが)        のし梅(うめ)
  鶏魚(きす)       ほいろ
 海薀(もづく)          長芋(ながいも)
  青(あを)        葉付(はつき)
   柚(ゆ)        山葵(わさび)
【秋下二段】
 串海鼠(くしこ)       氷(こほり)
  小         海老(ゑび)
   たんざく    糸(いと)    
 菜菔(だいこん)         松茸(まつだけ)
  おろし      ふくろ
             柚子(ゆづ)

【冬上二段】
 糸(いと)         魴鮄(ほう〴〵)
  みる貝(かい)       薄(うす)ぎり
 水ぜん       みぞれ
   じ         茗荷(めうが)
  海苔(のり)       かもじ    
   四半        のり
【冬上二段】
 江珧柱(たいらぎ)       豆腐(とうふ)
 莫笩(ばくたい)          湯(ゆ)
   海(かい)       梅花(うめ)の
 蕗(ふき)の         つぼみ
   薹(とう)       仏手(ぶつじゆ)
 かき          柑(かん)
   葉(は)

   四季(しき)向皿(むかふさら)之部(のぶ)

【春右上二段】
酢(す)ざし醤油(じやうゆ)     薄(うす)みそ酢(ず) 
 かずのこ       鮒(ふな)さゝづくり
   たんざく     きぬ栗(くり)
 藻塩(もしほ)昆布(こんぶ)      葉(は)防風(ばうふう)
 さらし榧実(かや)     やきとう
 花かつを        がらし
【春右下二段】
ぬたあへ      三塩酢(みしほ)
 ひらめ       あらひ拳螺(さゞい)
  つくり身(み)     しらが
 湯引(ゆびき)          午房(ごばう)
  わけぎ      生若布(なまわかめ)
 さゝがし      紅防風(べにばうふう)
    うど
 輪番椒(わとうがらし)
【春左上二段】
利休(りきう)ぬた      三しほ酢()
 さらし       酢(す)ぶり
    ひしこ       蛎(かき)
 葉付(はつき)        摺芋(すりいも)
  大こん      青(あを)
 笹(さゝ)うち        海苔(のり)   
   茗荷(めうが)
 花(はな)かつを
【春左下二段】
芳野(よしの)酢       あはせ酢
 柳葉鱵魚(やなきばさより)      若鮎(わかあゆ) 
 すいぜんじ     つくばね
     のり    小米(ここめ)
 霰独活(あられうど)        大こん
 葉防風(はばうふう)       しらが
            しやうが


【夏右上二段】
白(しろ)胡麻(ごま)酢(す)       三しほ酢
 紙(かみ)しほ        むしり鰹(かつを)
 薄(うす)          おろし
  重(かさ)ね          越瓜(しろうり)
 花おち        つみ
   茄子(なす)        木茸(きくらげ)
【夏右下二段】
紫蘇(しそ)蓼(たで)酢       甘酢(あまず)
 鯵(あぢ)          へぎ
  背(せ)ごし        赤(あか)がい
 白(しろ)          銀杏(いてう)
   海月(くらげ)        大こん
 胡瓜(きうり)         もみぢのり
   極(ごく)せん      ふくめ
              しやうが
【夏左上二段】
山椒(さんしよう)酢(す)みそ      生酢(きず)
 さらし         もみ蚫(あわび)
    鱝(あかゑひ)       すいせんじ
 紅(べに)             海苔(のり)
  芋莄(ずいき)        山葵(わさび)
 はぢき          短尺(たんじゃく)
   大豆(まめ)
【夏左下二段】
三 塩酢(しほず)        合せ酢
 鱚(きす)さゝがし      鮎(あゆ)四半
 糸(いと)木茸(きくらげ)        揉(もみ)
 砕(くだ)き栗(くり)         蘿蔔(だいこん)
 防風(ばうふう)こま〴〵     花
  水あへ        かつを

【秋右上二段】
たで酢        罌粟(けし)酢
 比目魚(ひらめ)        鮒(ふな)笹(さゝ)づくり
   せん       芽(め)土当帰(うど)
 新(しん)蓮藕(はすのね)         あられ
 うすがさね      茶(ちや)くらげ
 つみ          こま〴〵
   石茸(いわたけ)
【秋右下二段】
利休(りきう)みそ酢      煮(に)かへし醤油(じやうゆ)酢
 青花魚(さば)        小ひらめ
  うす皮(かわ)          紙塩(かみしほ)
    づくり     貝(かい)の
 蓴菜(じゆんさい)          はしら
   の玉       よまき
 海薀(もづく)          いんげん
            あられ
【秋左上二段】
三しほ酢       丸山酢
 さきゑび       西施舌(みるくひ)
 微塵(みぢん)         かもうり
   菜菔(だいこん)       茅蕈(かうたけ)
 木茸(きくらげ)          極せん
  こま〴〵      糸(いと) 
 すり          生姜(しやうが)
   山葵(わさび)
【秋左下二段】
薄(うす)番椒(とうがらし)酢       いもねり酢
 うすぎぬ       鮭(さけ)
   さゞゐ       酢(す)ぶり
 皮(かわ)         烏帽子(えぼし)
  午房(ごばう)          貝(がい)
 かため        粉(こ)
   海苔(のり)        のり

鳴門【鈴木鳴門】


【冬右上二段】
煎酒酢(いりざけず)        とうがらし酢みそ
 小川鯛(だい)        掻鰡(かきぼら)
 より         冬葱(わけぎ)
  紫蘇(しそ)         五分
 しらが          ぎり
   うど       あられ
 蔊菜(わさび)            栗(ぐり)
【冬右下二段】
三しほ酢       同酢
 さらし        篠(しの)がき
   章魚(たこ)          鯛(だい)
 笹打(さゝうち)         海鼠(こ)
  蓮藕(はす)         だゝみ
 すり         酢(す)どり
   生姜(しやうが)        しやうが
【冬左上二段】
三 塩(しほ)酢        いり酒酢
 ふくろ        ひらめ
    蛎(かき)         作身(つくりみ)
  酢(す)ぶり       割(わり)つくし
 生(なま)          輪(わ)金柑(きんかん)
  海苔(のり)        葉(は)山葵(わさび)
 わさび
【冬左下二段】
辛子(からし)酢        三しほ酢
 鰈(かれい)つくり       当座(たうざ)
     身(み)       田作(たつくり)
 天門冬(てんもんどう)        みぢん大こん
  さゝうち      にんじん
 独活(うど)           こま〴〵
  むきおとし     いちご
              みかん
   四季(しき)汁(しる)之部(のぶ)

【春右上二段】
伊勢(いせ)味噌(みそ)       佐野(さの)みそ
 若(わか)          干(ほし)大こん
  独活(うど)        鶏児腸(よめな)
 きり         肥後(ひご)豆腐(どうふ)
   胡麻(ごま)
【春右下二段】
三州みそ       麦麹(むぎかうじ)みそ
 ふりしゞみ      火どり
 つく〴〵し        白魚(しらうを)
 やき         生(なま)若布(わかめ)
   辛子(からし)       やき
             陳皮(ちんぴ)
【春左上二段】
なみ味噌       いせみそ
 穂(ほ)          あさり 
  わらび        みぢん
 やき         蒲公英(たんぽゝ)    
  豆腐(どうふ)        焼(やき)
             ちんぴ
【春左下二段】
南部(なんぶ)みそ       田舎(いなか)みそ
 細魚(さより)かたみ      鮟皮(あんぴ)
    おろし      長ふき
 わか蕗(ふき)        ほし
 同とも          大根(たひこん)
    葉(は)


【夏右上二段】
尾張(をはり)みそ       田舎(いなか)みそ
 火取(ひどり)         おろし
   泥鰌(どぢやう)         冬瓜(とうぐわ)
 さゝがし       手長(てなが)
    午房(ごばう)        ゑび
 粉(こ)          むき
  山しよう       おとし
【夏右下二段】
佐野(さの)みそ       並(なみ)みそ
 まきは        丸むき
   蓴菜(じゆんさい)         茄子(なす)
 さと         紫蘇(しそ)
  いも         べた煮(に)
 とき         切胡麻(きりごま)
  がらし
【夏左上二段】
南部(なんぶ)みそ       いせみそ
 小菜(こな)         蔓菜(つるな)
  べた煮(に)        べたに
 花          鯛(たい)
  かつを        ぼんぼり
【夏左下二段】
いなりみそ      三州みそ
 山 独活(うど)       夕顔(ゆふかほ)
  さゝがし       せん
 同とも        花
    葉(は)        かつを
 水がらし

【秋右上二段】
常(つね)みそ        いせみそ
 浜名(はまな)納豆(なつとう)       芝(しば)ゑび
 みぢん         そぼろ
  とうふ       笠(かさ)
 よせ菜(な)         しめぢ茸(たけ)
  ときがらし     雪花(せつくわ)菜(さい)
【秋右下二段】
田舎(いなか)みそ       三河(みかは)みそ
 貝(かい)のはしら      萵苣(ちさ)の
  すりながし        葉(は)
 せん          べた煮
  蘿蔔(らふ)        露(つゆ)
             豆腐(とうふ)
【秋左上二段】
尾州(びしう)みそ       南部(なんぶ)みそ
 団扇(うちは)かぶら      こし
 さい形(がた)         豆腐(とうふ)
   しんじよ     つぶ
 粉(こ)           初(はつ)たけ
  海苔(のり)        すり柚(ゆ)
【秋左下二段】
いせみそ       なみ味噌(みそ)
 魦(はぜ)片身(かたみ)おろし    さと芋(いも)
  やきがらし       四半
 銀杏(いてう)        ふりにん
   大こん         じん
 やき         粒(つぶ)椎茸(しいたけ)
  とうがらし     きす
             すりながし


【冬右上二段】
さのみそ       並(なみ)みそ
 ふくろ        長蕪(ながかぶ)
    蠣(かき)        輪(わ)ぎり
 火どり        同ともは
  根(ね)          へた煮(に)
   芋(いも)        花
             かつを
【冬右下二段】
田舎(いなか)みそ       南部(なんぶ)みそ
 鱚(きす)          松川(まつかは)どうふ
  やき        孟宗竹(もうそうちく)
   がらし       薄(うす)小口
 小まつ        松露(しようろ)
    菜(な)        こぐち
【冬左上二段】
尾州(びしう)味噌(みそ)       佐野(さの)みそ      
 神馬(じんば)         篠(しの)つみ入れ
   草(さう)        粒椎(つぶしい)
 とき           たけ
  芥子(がらし)        菠薐草(ほうれんさう)
              ぢく
【冬左下二段】
なみみそ       伊勢(いせ)みそ
 紫芋(とうのいも)         むつの
  くし          花子(はなご)
    がた      四方(しはう)
 さき           やき
  ずいき        豆腐(とうふ)

   四季()椀盛()之部()

【春右上二段】
 鯛(たい)薄切(うすぎり)        蠣(かき)ふわ
  一夜 塩(しほ)         〳〵
 ゑのき        松露(しようろ)
    蕈(たけ)        むきおとし
 若菜(わかな)         品川(しなかは)
              海苔(のり)
【春右下二段】
 はたじろ       さらし
  はねぎり        鯨(くじら)
 生若布(なまわかめ)        かこひ
 もやし          茄子(なす)
  茗荷(めうが)たけ       くしがた
            めうがたけ
【春左上二段】
 白魚(しらうを)         皮引(かわひき)
 生椎茸(なましいたけ)         茂魚(もうを)
   せん       布袋(ほてい)
 ひかけ         しめぢ
 伊勢(いせ)のり          たけ
            旱芹(みつば)
             五分切
【春左下二段】
 鯛(たい)          小鴨(こかも)
  鰭肉(ひれにく)        生
 木の芽(め)         豆皮(ゆば)
 うしほ        田芹(たぜり)


【夏右上二段】
 松笠(まつかさ)         鰕(ゑび)
  すゞき        しんじよ
 茗荷(めうが)         漬(つけ)松露(しようろ)
  の子        薄葛(うすくず)
 煮(に)           ときがらし
  ぬき
【夏右下二段】
 さわら        大 鯵(あぢ)
  一しほ        背切(せぎり)
 竹紙(ちくし)         うちわ
  昆布(こんぶ)          茄子(なす)
 芽(め)          茗荷(めうが)
  独活(うど)         せん
【夏左上二段】
 生貝(なまがひ)         田鶏(ばん)
  やわらか煮(に)     生
 大 長芋(ながいも)         しいたけ
  火どり       さゝがし
 かくし葛(くづ)          午房(ごばう)
   柚(ゆ)
【夏左下二段】
 鱚(きす)          鱸(すゞき)かず 
  すくひ         やき
  しんじよ      いんげん
 巻葉(まきは)          たまり漬(づけ)
  蓴菜(じゆんさい)        焼(やき)ゆば
            煮(に)ざまし
             うすしたぢ

【秋右上二段】
 鯛(たい)はまきり      さし
   一しほ        鯖(さば)
 ひらうち       火取(ひどり)
    冬瓜(とうぐは)       昆布(こんぶ)
 しめぢ        せんば煮(に)
    蕈(たけ)        胡椒(こしよう)
【秋右下二段】
 鱚(きす)満月        鮎(あゆ)やき
  しんじよ       がらし
 つぶ         しのむき
  はつだけ         茄子(なす)
 薄葛(うすくづ)         まひたけ
  水がらし      小煮物(こにもの)
             薄(うす)したぢ
            すり柚(ゆ)
【秋左上二段】
 鮭(さけ)          海老(ゑび)
  みりん漬(づけ)       ひりやうず
 九日 大根(だいこん)       真砂子(まさご)
  さゝがし        豆腐(とうふ)
 笠(かさ)          さき
  しめぢ        松蕈(まつだけ)
    たけ
【秋左下二段】
 さわら        どらやき
  一しほ        しんじよ
 御膳(ごぜん)         生(なま)
  豆皮(ゆば)         香蕈(しいたけ)
 余(よ)まき        裂(さき)薇(ぜんまい)
  いんげん       柚(ゆ)
    せん


【冬右上二段】
 鴨(かも)          白魚(しらうを) 
  しんじよ       たんざく
 松露(しようろ)            うど
  むきおとし      笠(かさ)
 葉(は)ぞろへ         松だけ
   みつば       うすくづ
 あられゆ         山葵(わさび)
【冬右下二段】
 生鱈(なまだら)         火どり
 さき          ひらめ
  若布(わかめ)        大 椎茸(しいたけ)
 えのき          せん
   たけ       みつ葉(ば)
             五分切
【冬左上二段】
 皮引(かわひき)         背切(せぎり)
  魴鮄(はう〴〵)         鯛(だい)
   薄(うす)ぎり      みの
 揃(そろへ)もづく        松茸(まつだけ)
 撚(より)          そろへ
  長芋(ながいも)          旱芹(みつば)
【冬左下二段】
 雁(がん)菱喰(ひしくひ)        はたじろ
 さらし          薄(うす)ぎぬ        
   青葱(ねぎ)       ちくし
 肥後(ひご)          こんぶ
  豆腐(とうふ)        土筆(つく〴〵し)

   四季(しき)焼物(やきもの)之部(のぶ)

【春右上二段】
 丹後(たんご)鰤(ぶり)       白魚(しらうを)
  五島(ごとう)焼(やき)       めざし
 水(みづ)          雲丹(うに)
  生姜(しやうが)         やき
            蕗(ふき)の薹(とう)
             でんがく
【春右下二段】
 魴鮄(はう〴〵)         沖(おき)津(つ)鯛(だい)
  豆油(たまり)         片身(かたみ)
   やき         おろし
 たゝき         たまり
  新(しん)午房(ごばう)          焼(やき)
            新(しん)
             しやうが
【春左上二段】
 あいなめ       星鰈(ほしかれい)
  木の芽(め)        薄(うす)したぢ
   しやうゆ         煮
      やき     おろし
 じねん          大こん
   じよ        摺(すり)生姜(しやうが)
  でんがく
【春左下二段】
 鱧(はも)ほね切       鱒(ます)
 干(ほし)ずいき        味淋(みりん)漬(づけ)
   旨煮(うまに)       よめ菜(な)
 煮(に)山          ほろ
  しよう          あへ


【夏右上二段】
 鱸(すゞき)かば         鯛(たい) 背(せ)切  
   やき         しほ
 しのうど        みぢん大根(だいこん)
   甘酢煮(あまずに)        薄(うす)したぢ
 せん              煮(に)
   生姜(しやうが)        青山椒(あをさんしよう)
【夏右下二段】
 松魚(かつを)          鯵(あぢ)
  ぎんかわ        たで
  かばやき         やき
 亀甲(きつこう)          煎(いり)
  茄子(なす)          豆腐(とうふ)
【夏左上二段】
 海鰻鱺(あなご)         鱝(あかゑひ)
  かばやき         ぎよでん
 糸瓜(いとうり)          しきし
  でんがく         冬瓜(とうぐわ)
 やき           旨煮(うまに)
  山しよう
【夏左下二段】
 江珧柱(たいらぎ)         生貝(なまがい) 
   塩焼(しほやき)         粕漬(かすづけ)
 卯(う)の花(はな)         同
 煎(いり)            煎腸(いりわた)
  蓼(たで)          酢(す)どり
               しやうが

【秋右上二段】
 鮎(あゆ)           大 鮒(ふな)
  でんがく         すゞめやき
 篠(しの)           九日大こん
  にんじん          亀甲煮(きつこうに)
 けし          煮(に)
  じやうゆ焼(やき)       山しよう
【秋右下二段】
 鯖(さば)           鮭(さけ)
  ねりかうじ       醤油漬(しやうゆづけ)
     づけ      つぶ
 若(わか)            はつだけ
  しのぶ        煎(いり)
  ほろあへ        豆腐(とうふ)
【秋左上二段】
 鶉(うづら)           鶏卵(たまご)
  山椒(さんしよう)醤油(じやうゆ)        かたふわ〳〵
   付やき         杓子(しやくし)どり
 皮(かわ)午房(ごばう)         笠(かさ)まつ
 あちやら          だけ
     漬(づけ)       柚(ゆ)香(かう)
               やき
【秋左下二段】
 あわび         烏賊(いか)
  土佐煮(とさに)         布目切(ぬのめきり)
 零余子(むかご)          山しよう焼(やき)
  ねりみそ       かへり
  でんがく          蕗(ふき)
              旨煮(うまに)


【冬右上二段】
 梭魚(かます)         合鱚(あはせぎす)  
  風干(かざぼし)         ふくみ
 芽独活(めうど)          ぜんまい
 黒胡麻(くろごま)        つゑ
  みそ         しやうが
    煮(に)
【冬右下二段】
 さわら         はたじろ
  甘酒(あまざけ)          塩(しほ)むし
    漬(づけ)       天王寺(てんわうじ)
 かさね           蕪(かぶら)
   昆(こん)        ごまみそ
    布(ぶ)          かけ
【冬左上二段】
 蒸鰈(むしかれい)        糸(いと)より
  色付(いろつけ)やき       でんがく
 小松菜(こまつな)        むし
  べた煮(に)        長芋(ながいも)
 すり         胡麻塩(ごましほ)
   柚子(ゆず)         かけ
【冬左下二段】
 鯛(たい)          乾鰈(ほしかれ)
  味噌漬(みそづけ)        切かさね
 唐煮(とうに)         たゝき
  蜜柑(みかん)          午房(ごばう)
 氷(こほり)おろし       山椒(さんしよう)みそ
    かけ          しき

   四季(しき)香物(かうのもの)之部(のぶ)

【春右上二段】
 若大根(わかだいこん)        はだな大根(だいこん)
  当座漬(たうざづけ)         みそづけ
 古茄子(ふるなすび)        京菜(きやうな)
  甘醤油(あまじやうゆ)        黒胡麻塩(くろごましほ)
    づけ          づけ
【春右下二段】
 新(しん)たくあん      二年子大こん
  うすぎり       とも葉(は) 
 とうたち         大坂 漬(づけ)
     菜(な)      生姜(しやうが)
  辛子漬(からしづけ)        みそ焼(やき)
【春左上二段】
 百一(ひやくいち)茄子(なす)      胡瓜(きうり)
  かうじ        味噌漬(みそづけ)
    づけ      干(ほし)大こん
 水蘿蔔(もりぐちだいこん)         五分
  かく           ぎり
   あへ 
【春左下二段】
 茄子(なすび)         天王寺(てんわうじ)
  胡瓜(きうり)          蕪(かぶら)
 大根(だいこん)          みそ
  生姜(しやうが)          づけ
 古(ふる)づけ        辛子(からし)
  かくあへ        菜(な)


【夏右上二段】
 花落(はなおち)         もみ大こん
  茄子(なす)          塩(しほ)おし
 胡瓜(きうり)         小茄子(こなす)
  糠(ぬか)          当座(たうざ)
   づけ         みそ漬(づけ)
【夏右下二段】
 白瓜(しろうり)         蛇(じや)の目(め)
  印籠漬(いんらうづけ)         花丸(はなまる)
 種抜(たねぬき)         新(しん)
  日光(につくわう)         生姜(しやうか)
   とうがらし     ぬか
               づけ
【夏左上二段】
 小 茄子(なす)        丸づけ瓜(うり)
 はなまる        かみなり  
 めうがのこ          ぼし
 しその実(み)       青(あを)とう
  早(はや)みそ         がらし 
    づけ       ともは
              塩(しほ)おし
【夏左下二段】
 もぎり        越瓜(しろうり)らん
   茄子(なす)          ぎり
  からし       小なす小口
    づけ      しそ
 胡瓜(きうり)           こま〳〵
  醤油漬(しやうゆづけ)       たで
             塩(しほ)おし

【秋右上二段】
 ひなた        丸漬(まるつけ)うり
   茄子(なす)       茄子(なす)
 早菜(はやな)         生姜(しやうが)
  づ          うすぎり
   け        やたら漬
【秋右下二段】
 よまき        九日大こん
   胡瓜(きうり)        当座(たうざ)ぼし
  味噌漬(みそづけ)         ぬか漬(づけ)
 もりぐち       同とも葉(は)
  かくあへ        おし漬(づけ)
【秋左上二段】
 名残(なごり)         花(はな)まる
  茄子(なすび)          粕漬(かすづけ)
  三 割漬(わりづけ)       みそ
 くき          づけ
   菜(な)         しやうが
【秋左下二段】
 大根(だいこん)小口       午房(ごばう)
  きりぼし       みそづけ
 煮(に)かへし       干(ほし)大こん
  しやうゆ       ひしほ
 小梅(こうめ)づけ        しやうゆ
                づけ


【冬右上二段】
 小蕪(こかぶ)         浅漬(あさづけ) 
  早(はや)みそ        大こん
    づけ      新(しん)
 同とも         菜(な)
    葉(は)         漬(づけ)
  圧漬(おしづけ)
【冬右下二段】
 たくあん漬(づけ)      干(ほし)萊菔(だいこん)
  はさみ         五分切
    茄子(なす)         づけ
 味噌漬(みそづけ)          煎(いり)
  大こん           茎(ぐき)
【冬左上二段】
 かこひ        小松 菜(な)
  雷(かみなり)干瓜(ぼし)        づけ
 味淋(みりん)づけ       長蕪(ながかぶ)
 独活(うど)          ぬか
  みそ漬(づけ)          漬(づけ)
【冬左下二段】
 浅漬(あさづけ)         水(もづ)
  蘿蔔(だいこん)         菜(な)
  薄(うす)ぎり       芥子(からし)
 なんばん         づ
  じやうゆ漬(づけ)        け

   極(ごく)秘伝(ひでん)之部(のぶ)
    あわもり鯛(だい)
一 小鯛(こだい)を三枚におろして中骨(なかぼね)を毛抜(けぬき)にてよく
 ぬき薄塩(うすじほ)をあて水(みづ)を切(きり)たまごのしろみばかりを
 茶筌(ちやせん)にて沫(あわ)をたてゝ其(その)鯛(たい)のおろし身(み)へほど
 よくかけて蒸(むす)なり
    かき松魚(かつを)
一 極(ごく)上の古背(ふるせ)の節(ふし)を小刀(こがたな)にてよく掻(かい)て押板(おしいた)を
 してすいのうをふせて裏(うら)ごしにして薄刃(うすば)

 庖丁(はうてう)にてほどよくすくひ取(とり)三 枚(まい)ぐらひかさねて
 向(むか)ふへおく
    比目魚(ひらめ)小川(をがは)
一 小川(をがは)も右(みぎ)のかつをのやうにしてほど能(よき)板(いた)へのべて
 庖丁(はうてう)のうらにて布目(ぬのめ)をいれ美濃紙(みのかみ)をしき薄(うす)
 塩(じほ)をうちしばしの間(あひだ)をおいてあつき湯(ゆ)をかけて
 好(このみ)の形(かた)にしてつかふ
    鯖(さば)ぎん皮(かわ)
一 鯖(さば)を三 枚(まい)におろし薄(うす)じほをしてあま皮(かわ)をむき
 箔付(はくつき)銀皮(ぎんかわ)にして四半(しはん)に切(きり)用(もち)ゆる
    ちゞれ独活(うど)
一よきうどをゑらびうすくむきてなぞへに切(きり)て
 水に浸(ひた)せば一しほよくちゞれる
    長芋(ながいも)羊羹巻(やうかんまき)
一ながいもをうすくむき羊(やう)かんのよくつへたるを
 うすくあげ渦(うづ)にまいてその上を紙(かみ)にてまきこ
 よりでむすびよくむして小口(こぐち)よりきる 
    沖(おき)の石(いし)蒲鉾(かまぼこ)

一 猪口(ちよく)に美濃紙(みのかみ)をしき魚(うを)のすり身(み)を入(い)れ形(かたち)を
 製(こしらへ)ぬいて蒸(むし)摺身(すりみ)へ紅(べに)をよく合(あは)せて糊筒(のりづゝ)にて
 いとにぬきむした蒲(かま)ぼこへかけて又 蒸(むす)なり《割書:紅(べに)どめ|口伝》
    蓑(みの)きせ鱚(きす)
一 鱚(きす)をひらいて骨(ほね)をぬき照(てり)じやうゆをつけて遠火(とほび)
 にて焼(やき)さらし榧(かや)をせんにうちてみのにきせる
    紫(むらさき)でんぶ
一 紫蘇(しそ)の実(み)を旨煮(うまに)にして錦糸(きんし)豆皮(ゆば)と生姜(しやうが)に
 つやを入(い)れてあはせる
    天門冬(てんもんどう)きぬた巻(まき)
一 白(しろ)うりをうすくむき天門冬(てんもんどう)を笹打(さゝうち)にして
 きぬたのかたちにまき煮(に)きり味淋(みりん)の塩味(しほあぢ)にて
 芥子(からし)をときみの紙(かみ)をあて其(その)うへにながしかける
    中華(ちうくわ)鶏卵(たまご)
一 鯛(たい)の身をよく摺(すり)《割書:但(たゞし)何魚にも|かぎらず》たまごをいれてよく
 とき小杓子(こじやくし)にてすくひ薄鍋(うすなべ)にてほどよくやき
 編笠(あみがさ)の容(かたち)にあはせる
    衣(ころも)白魚(しらうを)

一まんぢうの上粉(うはこ)に玉子のしろみをさりきみ
 ばかりよりねりて白魚(しらうを)をくるみよろしきほど
 あはせて本 胡麻(ごま)のあぶらにてあげる
    鯛(たい)ぼんぼり
一 鯛(たい)の身(み)にほどよく塩(しほ)をあてゝ湯(ゆ)がきよくさらして
 ふきんにてしぼりゆせんにかけ茶筌(ちやせん)にてたてる
 なり一名(いちみやう)を福目鯛(ふくめだい)ともいふ
    ひも皮(かわ)鮑(あはび)
一 生貝(なまがい)のみゝふちを去(さ)り島(しま)を薄刃(うすば)にて長(なが)くむき
 粉葛(こくづ)を付(つけ)て竹(たけ)べらにてうちひもかわほどに
 切(きり)てゆでゝつかふ
    鯛(たい)とろゝ
一山の芋(いも)のよろしきをゑらびおろして擂盆(すりばち)
 にてよくすり鯛(たい)の身(み)蒲鉾(かまぼこ)のやうにすりいもと
 まぜて煮出(にだし)にてとき塩梅(あんばい)してゆせんにかけて
 ねるなり但(たゞし)芋(いも)のきれぬやうにすべし口伝
    白髪(しらが)鱚(ぎす)
一きすを三 枚(まい)におろして皮(かわ)をさり粉葛(こくづ)を付(つけ)て 

 竹(たけ)べらにてうち一と日あてゝほいろへかけ
 せんにうつ
    のし梅(うめ)
一 極(ごく)製(せい)の梅(うめ)びしほへときくづを入(い)れよく合せ
 かまぼこ板(いた)やうのものへつけて蒸(むし)てよろしく
 庖丁(はうてう)す
    どら焼(やき)しんじよ
一 鯛(たい)鱚(きす)の類(るい)は身(み)をすりて山の芋(いも)をおろしてすり
 まぜ煮出(にだし)にてとき塩味(しほあぢ)して小杓子(こしやくし)にて
 すくひやきなべにて焼(やく)なり
   但(たゞし)きんつばやきのかたちにする
    練(ねり)麹(かうじ)漬(づけ)
一 鯖(さば)を一と塩(しほ)して《割書:但(たゞし)何(なに)魚(うを)にも|かぎらず》ほねをさりてかうじへ
 塩(しほ)酒(さけ)を煮(に)きりて入(い)れねかしおきよくなれて
 から魚(うを)をつける
    唐(たう)煮(に)蜜柑(みかん)
一 みかんにほどよくやきめをつけてにがみをさり
 味淋(みりん)にてよきつやに煮(に)つめる

○すべてやわらか煮(に)ねり物(もの)等(とう)は前編(ぜんぺん)に尽(つく)したれば
 見合(みあはせ)給ふべし
○其外(そのほか)とりあはせ時々(じゞ)の見はからひはいふに及(およ)ばず
 庖丁(はうてう)の種(しな)によるべし

《割書:江戸|流行》料(れう)理(り)通(つう)《割書:三編一冊|嗣出》     
  
右の一冊は会席(くわいせき)精進(しやうじん)物(もの)の部(ぶ)にして四季(しき)の
部分(ぶわけ)は前編(ぜんぺん)にならひ唐(たう)料理(れうり)普茶(ふちや)の仕様(しやう)
までくはしくのせたり
【左丁】
     赤子筆【落款=鍬形】

眇?承祐在浙西饌客指
其盤筵曰今日南之鰌
鮮?北之牧?羊東之鰕魚西
之粟無不畢備可謂
富有小四海矣由是観
此八百善此書謂富有
三千大千世界可也
  詩仏老人書【落款=行印? 詩佛】

【右丁】
《割書:江戸|流行》料理通初編《割書:八百善主人著|》《割書:本膳会席取肴 卓袱(しつぽく)等製方極秘に至る迄|悉く記す并膳部の古実を知らしめんと洩さす挙ぐ》
同二編《割書:初編に洩たるを拾ひ四季をわかちあまたの献立を載す其外口受|口伝種々の製方を附したれば其製造易かるへし一覧せずは有べからず》
同三編《割書:精進料理の献立を集め四季をわかち種々の秘伝をあらはす|魚類なき所にても此書によりて料理する時は格別の饗応出来る也》
同四編《割書:これまで口伝といひつたへし事又はにはかの客に有合の品にて即に|料理の調ふことつばらに記したり         近刻》
料理早指南《割書:醍醐山人著| 全一冊》初編《割書:本膳会席取肴類献立并に|製方四季にわかちて委しく集む》
同二編《割書:一名|花船集》全一冊《割書:花見遊山雛祭見舞物等の重詰又は割籠|等の詰方并苗字飯こくせう物等の製方を記す》
同三編《割書:一名|山家衆》《割書:魚払底の時乾物|塩物等にて料理の|しかたをしるす》同四編《割書:一名|談合集》《割書:味噌汁すましやき物よせものゝ|かげんむかしより定りたる名目の|品々其仕かたをあらはす》
生花早指南《割書:初篇|二篇》《割書:諸流の極秘花の拵様四時の生方此書によりて学べば|其模様天地自然の道理に叶ひ花の出生其妙に至る》
【左丁】
書料理通後
八百善主人。聖於味者。揮匙調
羮。則味匹仙厨。操刀一割。則響合
節奏。使人口飽於天厨禁■【亠に臠】之珍。
心醉於烹飪調造之竒焉。余就主
人。獲窓課一編。執而觀之。則四時食
牌菜單。其法悉洩一家獨剏之秘。

猶坐聚水陸之選而縦其咀嚼矣。
披覧未終。吻燥渇急。連引巨觥。
陶然而記之。
壬午春二月
      楓所川村富穀
      陶齋呂省吾書 
【左丁】
《割書:文政|改正》御江戸絵図   五枚継
萬代御江戸絵図  二枚継
《割書:平假名|両 点》千字文《割書:此書は訓点を校合して誤を正したれば|児童によましむるにいとよき千字文也》小本全
日本名所絵《割書:蕙齋紹| 真筆》《割書:日本の名所をくはしくし地利等に至迄|こと〳〵く見やすく古今稀なる図也》《割書:唐紙|一枚摺》

 文政八《割書:乙| 酉》年二月   尾州名古屋本町
                 永楽屋東四郎
            江戸芝神明前
                 岡田屋嘉 七
     書肆     仝中橋広小路町
                 西 宮弥兵衛
            仝芝神明前
                 和泉屋市兵衛



  《割書:江戸|流行》料理通《割書:二編》      全
  《割書:江戸|流行》料理通《割書:二編》      全
  《割書:江戸|流行》料理通《割書:二編》      全

【裏表紙】

【題箋】
《割書:江戸|流行》料理通《割書:三編》   全

【左丁】
八百善著
精進料理通
   甘泉堂蔵
【左丁】
鳥獣介魚雖至美味不得蔬
菜不足以供食前方丈故深於
味者以被用蔬菜為妙况僧
家之徒以野八珍為常食者
乎八百善前著料理通二
編示蔬菜之可用今又著

【右丁】
精進料理通示食前方丈
可以供方丈食前焉如八百
善可謂先得真之口者也
戊子冬至後二日
   詩佛老人題【落款2】
【左丁】
一滴水耳龍得之為雲為霧為沛
雨為甘霖普潤寰宇其功果在水
耶在龍耶抑在龍與水耶若謂功
在水則均此一滴遇曝炙而速乾渇
人飲之不足以潤其舌謂功在龍則
置諸原野而尚不免熱砂旱土宛

【右丁】
転之苦謂功不在龍与水則二者相遇
胡得沛甘膏澤之功若此耶然乃水
不可思議龍亦不可思議焉割烹氏
八百善庖厨中龍耶一滴之水一掬之
塩配搭得宜特剏人間未曾有之食
單其煎熬調飪之制彫俎撥匙之
【左丁】
法為盛饌為瓊饈為淡饋浄飯無
時不精妙其技盛于都下名大喧伝于
遠邇矣世之巨鐺鼎食家以貪觜
為自負者雖口嚵於天厨禁臠腹
飽於綺席珍味未下匕箸人稱其制
造之法遠出于意表不可思議焉

【右丁】
頃其食譜第三編刻成應其請
而書焉
文政丙戌之冬
   琴臺山樵題【落款】
     憲齋幽人書【落款=文彭】
【左丁】
 山谷なる八百善かあるしの
 庖丁のうかちは一つとして
 人々の腹の的をはつるゝ事なし
菜を菜には喰はさぬ
梅の手際かな
       玄霜【落款】

南湖【落款=南湖】

  【蕪の絵】

【左丁】
山海の
 珍味や
  こゝに
 冬至梅
  憲齋幽人湧書於花掛
  已明楼上【落款=文彭】

【右丁】
南溟【落款=南溟】

 【絵】

【左丁】
料理通の初編を書肆の需に応してかい付
あたへしは八とせ過にし午のとしなりけり其後二篇
をも桜木に鐫たりしはいと嗚呼なりけるわさになんそを
また今年三編をもとめうなかすことしきりなれとももと
よりなりはひにいとまなけれはさらに筆を採るの閑暇ある
へうもあらさりしを漸々にして浅ましくも《割書:予》か禿筆を
走らしつ是を甘泉堂におくりやりてはつかに其せめを
ふせき四顧のあさけりを待事とはなりぬ
  于時つちのとのうしの春
     日本堤の辺三谷 八百善しるす

【右丁】

  【絵=三つ葉、蓮根、慈姑】

 溪齋【落款=溪齋】

【左丁】
月花(つきはな)もなくて酒(さけ)のむひとりかなと翁(おきな)の吟(ぎん)を考(かんがふ)れは閑静(かんせい)
質素(しつそ)に風流(ふうりう)を楽(たのしみ)ながらも酒(さけ)ならで愛(めで)たきものはあらずかし
然(さ)るを下戸(げこ)さへ喰(くひ)もの誇(ほこり)して今(いま)流行(りうかう)の会席(くわいせき)割烹(れうり)家(みせ)軒(のき)を
ならべて珍奇(ちんき)をいどむそが中に《割書:予(よ)》が朋友(ほうゆう)なる三谷(さんや)の八百善(やほぜん)亭(てい)
なるもの其(その)名(な)高く世(よ)に聞(きこ)えてつどひ給ふ賓客(まろうど)いと多(おほ)かりこゝを
もていぬるとし書肆(しよし)甘泉堂(かんせんだう)の主(あるじ)人 料理通(れうりつう)といへる一冊(いつさつ)を梓(あづさ)に
乞(こひ)鐫(え)りてあまねくもてはやせりとぞ有斯而(かくて)その巻(まき)のすゑを求(もとむ)る
者(もの)いと夥(さは)なりとて今茲(ことし)三篇(さんへん)を著(あらは)せると聞(きゝ)拙家(やつがれ)も一つ鍋(なべ)のものなる
喰気(くひけ)のいとなみさへすなればその巻(まき)のいとくちを嗚呼(をこ)がましくも解(とく)もの
ならし 文政うしのはつ春 花王田(さくらだ)の
             清水楼主人戯に誌す

【右丁】
 雄辰写【落款】

  【絵=つくし】

【左丁】
   精進座附(せうじんざつけ)味噌(みそ)吸物之部(すひもののぶ)
【春 上二段】
伊勢味噌(いせみそ)   常(つね)みそ
 芋(いも)      もろこし
  つみ入れ   すいとん
         榎(えのき) 茸(たけ)
 穂(ほ)           
  わらび    よめ菜(な)

【春 下二段】
佐野(さの)みそ   赤(あか)みそ
 結び白玉    どぜう
          すいとん
ほてい      さヽぼし
 しめぢ       牛(ご) 蒡(ぼう)
 独活芽(うどめ)    にさんしゆう

【夏 上二段】
白みそ    赤味噌(あかみそ)
 むすび    そば
  ぎうひ    挽茶練(ひきちやねり)
 鏡松露(かがみせうろ)   葉付大根(はつきだいこん)
 うどの      薄(うす)うち
  若葉(わかば)   紅(べに)さんしよう

【夏 下二段】
田舎(いなか)みそ    白/並生割(なみはんわり)
 葛(くず)       べつこう焼(やき)
  すいとん      新栗(しんくり)
  ちさの葉(は)  うちわ
           茄子(なす)
 粒椎茸(つぶしいたけ)    こさんしよう

【右丁】
【秋 上二段】
赤味噌(あかみそ)   並(なみ)みそ
 うどん麩(ふ)  火どり百合(ゆり)
 短冊(たんざく)    粒椎茸(つぶしいたけ)
   うど
 岩茸(いわたけ)    こさんしよう
  べた煮(に)

【秋 下二段】
南部(なんぶ)みそ   ゐなか味噌(みそ)
 巻長芋(まきながいも)  茶巾(ちやきん)
よまき     豆腐(とうふ)
 いんげん
  せん
       萵苣(ちさ)
こさんしよう  べた煮(に)

【冬 上二段】
並(なみ)みそ    赤みそ
 ちやきん   雪(ゆき) 菜(な)
  い も
粒(つぶ)しいたけ   氷(こおり)とうふ
若(わか)うど     さらし
 たんざく    うど芽(め)

【冬 下二段】
尾張(をわり)みそ   佐野(さの)みそ
 巻(まき)とうふ   《割書:もろこし| しんじよ》
 ぢく菜(な)    よめ菜(な)
 才形(さいがた)    えのき
  松露(せうろ)     たけ

【左丁】
本膳(ほんぜん)鱠(なます)之(の)部(ぶ)

【春 上二段】
こぜん酢(す)    いり酢
 白髪大根(しらがだいこん)    こはくてん
 すいせん巻(まき)   巻/岩茸(いはたけ)
 黒(くろ)くはゐせん  うみそうめん
 岩(いわ) 茸(たけ)     くりしゆうが
 水せんじ小角   しらが大根
けんきんかん   けんぼうふう

【春 下二段】
いり明(あけ)     みかん酢
 せんうど    しらがくり
 ち巻あは麩(ぶ)   うつふるいのり
 せいがいのり  かきいも
 花(はな) 栗(くり)    うどん麩(ふ)
 きんかん    くりしやうが
        けんからみぼうふう
【夏 上二段】
けし酢
 はぢきぶどう  ぶどう酢
 すいせんじのり  しらがうり
 そろへずいき   小川すいせん
 紅くず巻(まき)     松ものり
 かはたけせん   いはたけ
 はりしやうが   はりわさび
けん葉ぼうふう  同

【夏 下二段】
ごま酢      たで酢
 すいせん巻(まき)   しらがはす
 そろへ貝(かい)わり  しい茸うま煮
 せんきくらけ   まつばなす
 さらし麩     竹の子皮せん
 ふくめしやうが  たでせん
 芽(め)たて     つくり金玉糖(きんぎよくとう)
同        同

【秋 上二段】
丸山酢(まるやます)       三ばい酢
 ありのみせん    重(かさ)ねすいせん
 はちきぶどう    きんしゆば
 すいせん巻(まき)     こはくてん
 岩茸(いわたけ)せん      岩(いわ)たけせん
 よまきうり     はりぐり
  薄(うす)かヾみ    けんからみほうふう

【秋 下二段】
ねり酢       向(むかふ)あへまぜ
 もやしずいき     《割書:大こん|あげ麩》
 十六しまのり     《割書:しいたけ|かや小口切》
 きくみ       すいせん巻 
 けうちしそ     岩たけ 
 くりしやうが    よせぐり
けん        けん

【冬 上二段】
みかん酢      むかふあへまぜ
 二色葛巻(にしきくずまき)      金ぎよく
             とう
 紅(べに) 梨子(なし)
           品川(しながは)のり
 しらがうど     
 つみ岩たけ
 はりわさび     はりしやうが
けん        けん

【冬 下二段】
だいく酢      あへもの
 しらが大根(だいこん)     柚ねり小角
 海(うみ)そうめん     みぢん大こん
 岩(いわ)たけせん     はぢきぶどう
 沖(おき)の石薄(いしうす)      はりうど
    かさね    せんきくらげ
 はりしやうが    ひのりせん
             うはおき
けん


【左丁】
本膳(ほんぜん)汁(しる)之(の)部(ぶ)


【春 上二段】
松露(せうろ)        篠焼(しのやき)
 豆腐(とうふ)        豆腐(とうふ)
粒(つぶ)しい茸(たけ) 
若布(わかめ)        布袋(ほてい)
 せん        しめぢ

【春 下二段】
娵菜(よめな)        真砂子(まさご)
           豆腐(とうふ)
土筆(つくし)        若紫蘇(わかしそ)
松露(せうろ)        鏡(かゞみ)せうろ

【夏 上二段】
百合(ゆり)    
 つみ入れ     新(しん)さといも
小口 蕗(ふき)      さい形(がた)
           とうぐわん
団扇(うちわ)なす      きり
            胡麻(ごま)
【夏 下二段】
五月/汁(しる)もどき    いと瓜(うり)
 じねんじよ乱切(らんきり)   短冊(たんざく)
笋(たけのこ)小口切      さわ
ふき五分切      しめぢ
松川(まつかは)とうふ     おくれうど
こんにやくさい形(がた)   若葉(わかば)

【右丁】

【秋 上二段】
朧(おぼろ)       焼栗(やきくり)
 豆腐(とうふ)     若(わか)ふき
初(はつ)たけ     きほしの
 さい形(かた)     松露(せうろ)

【秋 下二段】
しの焼(やき)     新(しん)しめぢ
 とう腐(ふ)
 油(あぶら)あげ    小かぶ
さゝがし    皮(かは)
  牛蒡(ごぼう)     牛蒡(ごぼう)
こさんしようえ【口ヵ】

【冬 上二段】
すゑひろ    蕷(いも)
  かぶ     つみ入れ  
松露(せうろ)      和布(わかめ)
 とうふ     べた
品川のり      煮(に)

【冬 下二段】
竹輪(ちくわ)      うつろ
 焼(やき)とうふ    豆腐(とうふ)
若(わか)うど     粒(つぶ)しい茸(たけ)
 さゝうち
き       ぎん菜(な)
 しめぢ
【左丁】
本膳(ほんぜん)坪(つぼ)之(の)部(ぶ)

【春 上二段】
敷(しき)みそ     ちんぴ味噌(みそ)
 百合(ゆり)かん    茶巾(ちやきん)
 きくらげせん   長(なが)いも
 巻(まき)きんなん   大なごん
          あづき

【春 下二段】
しきみそ    同
 くりかん   《割書:くるみ| とうふ》
 まいたけ   《割書:八重(やへ)なり| もやし》
 なたまめ   《割書:茶(ちや)きん| くり》


【夏 上二段】
敷みそ     いとこ煮(に)
 しのむき    茶(ちや)きんいも
  とうぐわん  
 きくらげ    焼百合(やきゆり)
    せん
 はぢき     八重(やへ)なり
   まめ    

【夏 下二段】
山椒(さんしよ)みそかけ  花柚(はなゆ)みそ
 ごまとうふ   よせくはゐ
 生(なま)しいたけ   糸瓜(いとうり)
 めうが     よせ
  うま煮(に)     かうたけ

【右丁】
【秋 上二段】
こくせう    白/胡麻(ごま)しきみそ
 よせ      黒烏芋(くろくはゐ)
  ぎんなん    しのむき
 生(なま)椎(しい)たけ    巻(まき)かは茸(たけ)
 たんざく   
 がんくひ    押(おし)
   まめ     銀杏(ぎんなん)

【秋 下二段】
あんかけ    柚(ゆ)ねりしきみそ
 天王子蕪(てんわうじかぶ)    うらしろ
          はつ茸(たけ)
 焼根(やきね)いも
        九日(くにち)
 新海苔(しんのり)     茄子(なす)

【冬 上二段】
煮(に)こみ     蕗(ふき)みそ
 胡麻(ごま)      茶(ちや)ぬき
  とうふ     とうふ
 笋(たけのこ)の穂(ほ)     煮(に)ぬき
          なた豆(まめ)   
 巻(まき)しいたけ   しめぢ茸(たけ)

【冬 下二段】
白みそこくせう しき味噌(みそ)
 焼(やき) くり    ふゞき羹(かん)
 くらま     巻銀杏(まきぎんなん)
  牛蒡(ごぼう)
 いんげん    粒松露(つぶせうろ)
    豆(まめ)

【左丁】
本膳(ほんぜん)平(ひら)之(の)部(ぶ)

【春】
巻烏芋(まきくはゐ)     島田豆皮(しまだゆば)    粟(あは)つと麩(ふ)
みの松茸(まつたけ)    いとみつば   ながいも
かきわらび   松露(せうろ)薄(うす)かゞみ  生香蕈(なましいたけ)
きんかん麩(ふ)   笋(たけのこ)薄(うす)かさね   松風(まつかぜ)くはゐ
もやし八重(やへ)なり めまき長(なが)いも  そばもやし

【夏】
長芋(ながいも)ひりやうず かさ松(まつ)たけ   かるめら烏芋(くわゐ)
もろこし薯(しよ)蕷(よ)麩(ふ) 伊達巻(だてまき)ゆば   ちやきん茄子(なす)
茶(ちや)せんくはゐ  烏芋(くわゐ)しんじよ  いと巻(まき)長(なが)いも
たばね貝(かい)わり  かぎぜんまひ  菜豆莢(いんげん)せん
大/椎茸(しいたけ)さい形(かた)  黒(くろ)ごま 麩(ふ)   しぼり豆皮(ゆば)

【右丁】
生(なま)まつ茸(たけ)    香蕈(しいたけ)      薯蕷麩(じよよふ)
しあん麩(ふ)      たんざく    ひもかは松露(せうろ)
百合(ゆり)しんじよ  りうきう      若(わか)みつ葉(ば)
じねん薯(じよ)        羹(かん)    穂(ほ)わらび
  さんぎ
若芹(わかせり)      かたばみ
            菜(な)    芽巻(めまき)長(なが)いも

【冬】
たばねしの豆皮(ゆば) うずまき     慈姑(くわゐ)しんじよ
長芋角切(ながいもかくきり)      百合(ゆり)    りうがん麩(ふ)
 《割書:但しやきめ付ケ》  えのき      竹(たけ)の子(こ)薄(うす)かゞみ
ぎん菜(な)        茸(たけ)     もしほ昆布(こんぶ)
生しいたけ   もやし       
羽衣麩(はごろもふ)       みつ葉(ば)   漬(つけ)はつ茸(たけ)

【左丁】
四季(しき)香物(かうのもの)之(の)部(ぶ)

【上二段】
菜(な)づけ     蕪(かぶ)みそ漬(づけ)
新(しん)たくあん   粕(かす)づけ大根(だいこん)
もり口     なら漬(づけ)瓜(うり)
煮山椒(にさんしよう)     花(はな)しほ
しそ巻(まき)     さんしよう
 とうがらし

よまき越瓜(しろうり)   押(おし)  瓜(うり)
 一《割書:ト》しほ
京菜(きやうな)      麹漬茄子(かうじづけなす)
 みそ漬(つけ)
塩(しほ)さんしよう  巻(まき)菜(な)づけ

【下二段】
味噌(みそ)づけ    ほそ根(ね)
  独活(うど)     大こん
新(しん)づけ     ならづけ
 大こん     花丸瓜(はなまるうり)
ならづけ瓜(うり)   千枚(せんまい)づけ
          紫蘇(しそ)

からし漬(つけ)    むき干(ほし)
   茄子(なす)     うり
味噌(みそ)づけ    新(しん)づけ
  いと瓜(うり)     茄子(なす)
西瓜(すいか)      刀豆(なたまめ)
  粕(かす)づけ    かすづけ

【右丁】

【上二段】
独活(うど)      しん漬(づけ)
 みそ漬(づけ)     大こん
ほそ根(ね)     巻千枚(まきせんまい)づけ
 大こん     紫蘇(しそ)
もみ大根    味噌(みそ)づけ
 一 ̄チ夜(や)づけ   生姜(せうが)

印籠(いんろう)      初茄子(はつなす)
 つけ     塩(しほ)
  瓜(うり)      おし
京菜(きゆうな)      奈良漬(ならづけ)
 みそ     胡(き)
  漬(つけ)      うり

【下二段】
奈良(なら)づけ    味噌漬(みそづけ)
 すいくわ    大こん
あさ漬(づけ)     ならづけ
 大根(だいこん)      胡瓜(きうり)
へちま     日光(につくわう)
 みそ漬(づけ)     とうからし

花丸(はなまる)      新(しん)たくあん
 一 ̄ト しほ
独活粕漬(うどかすつけ)    冬瓜(とうぐわ)
         みそ漬(づけ)    
みそづけ    麹(かうじ)づけ
 西瓜(すいくわ)       茄子(なす)

【左丁】
四季(しき)二(に)之(の)汁(しる)之(の)部(ぶ)

【上段】
土筆(つくし)
 焼百合(やきゆり)
たんざくうど

火どり
   豆皮(ゆば)
さゝうち
   根芋(ねいも)

しめぢ茸(たけ)
氷室(ひむろ)こんぶ
木の芽(め)

【中段】
初霜(はつしも)
 莫筏海(はくたいかい)

とろゝ昆布(こんふ)
かんないも
こせう

すいせんじ海苔(のり)
ゑのき茸(たけ)

【下段】
小玉(こたま)ゆり
青平昆布(あをひらこんぶ)
こせう

雪菜(ゆきな)
つくし

玉章(たまづさ)いも
いぶき茗荷(めうが)

【右丁】
 四季(しき)猪口(ちよく)之(の)部(ぶ)

【上段】
豊後梅(ぶんごうめ)
 梅(うめ)が香(か)
    あえ

ありのみ
河茸(かうたけ)
 青(あを)あえ

よめ菜(な)
つくし
榧(かや)のせん
 ひたしもの

【中段】
しの独活(うど)
干葡萄(ほしぶどう)
丁子(てうじ)みそあえ

煮梅(にうめ)
 とも
  あんかけ

菜豆莢(いんげん)
おきのいし
 からしあえ

【下段】
はぢき葡萄(ぶどう)
仏手(ぶしゆ)かん
みぢん大こん
 水あえ

木(こ)の葉(は)百合(ゆり)
天門冬(てんもんとう)
 木(き)の芽(め)あえ

ちよろぎ
茗荷(めうが)
 梅(うめ)あえ


【左丁】
 茶碗(ちやわん)物(もの)之(の)部(ぶ)

【春】
せんろ【かヵ】   御膳(ごぜん)    萌(もや)し豆(まめ)
  豆腐(とうふ)    豆皮(ゆば)
えのき   早(さ)     漬(つけ)しめぢ
  茸(たけ)    わらび  ほくろ茄子(なす)
伊勢(いせ)    生椎茸(なましいたけ)   うす葛(くず)
 海苔(のり)     せん   忍(しの)び山葵(わさび)

【夏】
胡麻豆腐(ごまどうふ)  青豆(あをまめ)とうふ 長芋(ながいも)ひりやうず
丸松露(まるせうろ)   粒(つぶ)はつ茸(たけ)  粒松茸(つぶまつたけ)
若菜豆莢(わかいんげん)  団扇茄子(うちはなす)  焼根芋(やきねいも)
   せん        さヽうち
のりあん  薄(うす)あん   
 つゆ山葵(わさび)  水からし すまし

【右丁】

【秋】
茶巾(ちやきん)      ちくりん    茶(ちや)ぬき
  栗(くり)       しんじよ    豆腐(とうふ)
はつ      うどん麩(ふ)    萌(もや)し
  茸(たけ)               まめ
きんかん    角松露(かくせうろ)     生(なま)
  麩(ふ)              しめぢ
あん      ごまあん    うす葛(くず)  
  かけ      すりわさび

【冬】
麦(むぎ)おぼろ    みの松茸(まつたけ)    漬初茸(つけはつたけ)
  豆腐(とうふ)    たぐり豆皮(ゆば)   しきし麩(ふ)
せん  
 ろうふ    独活(うど)さゝうち  ぢく菜(な)
うすあん    海苔(のり)したぢ   すまし

【左丁】
  四季(しき)台引(だいひき)之(の)部(ぶ)

【上二段】
牡丹(ぼたん)ゆず    龍田(たつた)かん    百合羹(ゆりかん) 
□こねり羹(かん)   木目長芋(もくめながいも)    千鳥(ちどり)みそ
木目(もくめ)かん    菊煮柚(きくにゆず)     よせ柿(がき)
寄銀杏(よせぎんなん)     みなとあげ   粉(こ)ふき長(なが)いも
紅(べに)水(すい)せん伊達巻(だてまき) 重(かさ)ね河茸(かうたけ)   梨子(なし)饅頭(まんぢう)
よせくるみ   宇治橋芋(うぢはしいも)    朝日(あさひ)いも
菊昆布(きくこんぶ)     よせ蜜柑(みかん)    沢辺(さはべ)ながし
若菜巻(わかなまき)     大巻(おほまき)すいせん  松風慈姑(まつかぜくわゐ)
        こはくくるみ

【右丁】
《割書:すまし》四季(しき)吸物(すいもの)之(の)部(ぶ)

【上二段】
松露(せうろ)    つくし 
若狭(わかさ)大こん 榎茸(えのきたけ)

焼(やき)しほ仕立(したて)  火(ひ)どり   
         百合(ゆり)
 海ふんのり
       すいせんじ
 かんな芋(いも)    海苔(のり)
          小角
真砂子(まさご)   こげ湯(ゆ)
 豆腐(とうふ)    莫筏海(はくたいかい)
つくばね   からし山葵(わさび)

【下二段】
 蓴菜(じゆんさい)    初茸(はつたけ)
 さんしよう うちはなす
 うど芽(め)  さんしよう 
 茶(ちや)せん   しめぢ
  独活(うど)      茸(たけ)
 みるふさ  茗荷(めうが)たけ
        せん
 葛白玉(くずしらたま) 焼(やき)つぶ味噌(みそ)
 生姜(せうが)   かつら芋(いも)
  しぼり汁(しる)
 はな柚(ゆ)  梅仁(ばいにん)

【左丁】

【上二段】
うす巻(まき)    蕗(ふき)の
   瓜(うり)    とう
すいせんじ  土筆(つくし)
   海苔(のり)  
きんかん   生(なま)
    麩(ふ)   香蕈(しいたけ)
芽(め) 紫(し)    みる
    蘇(そ)   ふさ
挽茶白玉(ひきちやしらたま)   柚もち
冷(ひや)し葛(くず)     さいがた
生姜(せうが)     桜(さくら)の実(み)
 しぼり汁(しる)   しほづけ
【下二段】
しら玉    むすび
   芋(いも)    豆腐(とうふ)
もみ     干(ひ)のり
  海苔(のり)     せん
葛(くず)      茶(ちや)きん
 たけ     豆皮(ゆば)
柚(ゆ)      
 の     
  花(はな)    芽独活(めうど)
ひき茶(ちや)    桜(さくら)の葉(は)
 すまし    みそづけ
焼(やき)      百合(ゆり)
  飯(いひ)     つみ入れ  

【右丁】

【上一段】
火(ひ)どり
 じねん
 薯(じよ)蕷(よ)
火(ひ)どり
 昆布(こんぶ)
火(ひ)どり
 丁子

あられ
  豆腐(とうふ)
桜(さくら)の
 はな

【中二段】
百合(ゆり)     南部霰(なんぶあられ)
 しんじよ    
すいせんじ  梅干(うめほし)せん
   のり
肉桂(にくけい)     玉わさび

しその穂(ほ)   みづから
巻葉蓴菜(まきはじゆんさい)    昆布(こんぶ)
こしよう     玉づさ
            芋(いも)

青(あを)むすび   羽子板(はごいた)
 昆布(こんぶ)     長(なが)いも
焼(やき)
 百合(ゆり)    つくばね

【下一段】
清水まい
のし梅(うめ)
かつら
 わさび

塩(しほ)したて
 はぢき
  蒲萄(ぶどう)
ふくろ
 豆皮(ゆば)
蘿蔔(だいこ)
 しぼり
    汁(しる)

【左丁】
四季(しき)硯(すゞり)蓋(ふた)之(の)部(ぶ)

【上段】
 九 色
烏(くろ)慈姑(くわい)きんとん
焼(やき)め付大長いも
甘露梅(かんろばい)
仏手(ぶしゆ)柑(かん)柚(ゆ)煮(に)
つけ焼(やき)重菰(まひたけ)
当座(とうざ)葉(は)つき大根(だいこん)
水(すい)しやう昆布(こんふ)
        長せん
紅(べに)水せん
粉(こ)ふき栗(くり)

【中段】
 同 上
松露(せうろ)旨煮(うまに)
味噌漬(みそづけ)ぼう風(ぶう)
百合羹(ゆりかん)
生椎茸(なましいたけ)木(き)のめ焼(やき)
しそまき連根(れんこん)
朝日芋(あさひいも)
天門冬(てんもんどう)しそ巻(まき)
こはくくるみ
《割書:つくし|さわらび》三しほ漬(づけ)

【下段】
 同 上
竹筍(たけのこ)からし煮(に)
松風(まつかぜ)慈姑(くわい)
氷室葛(ひむろくず)
うら白しい茸(たけ)
さんき独活(うど)しそ巻
梅(うめ)ひしほ長せん
しのまき柚子(ゆず)
雪(ゆき) 見紫蘇(みしそ)
柚(ゆ)ねり羹(かん)

 文晁筆【落款】

さほひめの
  くはる霞の
 としたまに
  のしと
   かいたる
    のへのさわらひ
      門樹園

【右丁】

【上段】
 九 色
筏牛蒡(いかだごぼう)
銭糸豆皮(きんしゆば)
寄(よせ)かち栗(ぐり)
かん露/蕗(ふき)
粉(こ)ふき長芋(ながいも)
千鳥味噌(ちとりみそ)
ぼうふう
 あちやら漬(づけ)
味噌(みそ)づけ
 すいせんじ海苔(のり)
挽茶(ひきちや)長(なが)せん

【中段】
 七 色
かるめら羹(かん)
重(かさ)ねあら布(め)
巣(す)ごもり烏芋(くわゐ)
甘露巻茄子(かんろまきなす)
蜜柑(みかん)ほいろ
鹿子百合(かのこゆり)
花柚(はなゆ)
  唐煮(とうに)

【下段】
 同 上
木目百合羹(もくめゆりかん)
白胡麻(しろごま)いわおこし
挽茶煮長芋(ひきちやにながいも)
花星枝(くわせいし)
紅梅葛(こうばいくず)
より牛蒡(ごほう)
かさね
  河茸(かうたけ)


【左丁】

【上段】
茶(ちや)きん栗(くり)
嬉(うれ)しの巻(まき)
きんかん唐煮(とうに)
めんとり長芋(ながいも)
金糸豆皮(きんしゆば)
水牛昆布(すいぎうこんぶ)
  長せん
初茸(はつたけ)木の芽(め)
  でんがく

【中段】
 同 上
土筆(つくし)ふくみ漬(づけ)
黒(くろ)くわゐ
  あちやらづけ
丸山羹(まるやまかん)
つぶしい茸(たけ)
   定家煮(ていかに)
花柚(はなゆ)うま煮(に)
木目羹(もくめかん)
砂(すな)ごし
  長芋(ながいも)

【下段】
 同 上
生栗(なまぐり)
 ひき茶うば玉
木(こ)の葉(は)柚子(ゆず)
   うま煮(に)
梨羊羹(なしようかん)
黄菊(ききく)かんろ巻(まき)
朝日防風(あさひぼうふう)
きんし豆皮(ゆば)
  てり煮(に)
烏慈姑(くろくわゐ)
 ちヾら煮(に)

【右丁】

【五色】
柚(ゆ)ねり羹(かん)     蜜柑(みかん)とう煮(に)    しぎ焼(やき)松露(せうろ)
                     青(おを)ぐし
生栗梅煮(いけくりうめに)     挽茶(ひきちや)長せん    巣(す)もごり
                      慈姑(くわい)  
仏手柑(ぶしゆかん)しそ巻(まき)   烏慈姑(くろくわい)      青頭菌(はつたけ)
          けし酢(す)づけ     山枡醤油(さんしようせうゆ)つけ焼(やき)
長芋(ながいも)砂子(すなご)むし   干(ほし)ぶどう
          わさび和(あへ)    貝(かい)わりみそ漬(づけ)
ゆかり紫/蘇(そ)    紅(べに)うば玉     番椒青煮(とうからしあをに)
            じねん薯(じよ)

小枕慈姑(こまくらくわゐ)     甘露茄子(かんろなす)     芽独活(めうど)
                   けし酢(す)あへ
さらさ胡桃(くるみ)    竹(たけ)の子(こ)慈姑(くわゐ)    天門冬青茶(てんもんとうあをちや)あへ
糸瓜(へちま)みそ焼(やき)    さくら麩(ぶ)ごま
            加賀煮(かがに)   きやら蕗(ふき)
かさね昆布(こんぶ)    塩(しほ)わらび     仏手柑旨煮(ぶしゆかんうまに)
            三しほ漬(づけ)
かさね松茸(まつたけ)    ほいろ昆布(こんぶ)    蒲萄(ぶどう)しぐれ煮(に)
  あちやらづけ

【左丁】
四季(しき)差味皿(さしみさら)之(の)部(ぶ)

【上二段】
 ゆこし葛(くず)ねり   三色葛(さんしきくず)きり
 しら瀧(たき)蒟蒻(こんにやく)    紅(べに)すいせん巻(まき)
 さき若和芽(わかめ)    薄(うす)かゞみ胡瓜(きうり)
 はりくり     つみいは茸(たけ)
 うつふるい海苔(のり)  しらが芋(いも)
猪口(ちよく)《割書:ちんぴみそ|いり酒わさび》  猪口《割書:からしみそ|煮かへしぜうゆ》

 日(ひ)の出(で)蒟蒻(こんにやく)    鯨豆腐(くじらとうふ)   
 金(きん)てんさい形(がた)   二色(にしき)すいせん巻(まき)
 八しま海苔(のり)    そろひ海薀(もづく)
           若(わか) わけぎ
 唐花防風(からはなぼうふう)     より独活(うど)
猪口《割書:焼(やき)とうがらしみそ|いり酒わさび》  猪口《割書:芥子(からし)みそ|わさびぜうゆ》
 


【下二段】
 金玉糖(きんぎよくとう)      ゆもち短冊(たんざく)
 瓜(うり)ひもかわ    はぢき葡萄(ぶどう)
 海(うみ)そうめん    みぢん大こん
 かつら独活(うど)    洒(さら)し独活芽(うどめ)
 きんし豆皮(ゆば)    品川/海苔(のり)
猪口《割書:花柚(はなゆ)みそ|わさびせうゆ》  猪口《割書:三しほ酢(す)|わさび》

 葛(くず)かつほ     唐豆腐(とうとうふ)        
 ぎんかは作り    作(つく)り かさね
 かき芋(いも)日(ひ)の出(で)   かんな生栗(なまくり)
 海(うみ)そうめん    黒烏芋(くろくわい)せん
 かつら連根(れんこん)    梨薄(なしうす)かさね
           ときいちご
猪口《割書:からし酢(す)みそ|さとうみつわさび》 猪口《割書:焼とうがらし|  すみそ》

【右丁】

【右半分上段】
 花蓮根(はなれんこん)
 たんざく独活(うど)
 花(はな)くずきり
 にしき麩(ふ)
 みなふさ
猪口 辛子(からし)酢味噌(すみそ)

【右半分中段】
 紅白(こうはく)すいせん巻(まき)
 生海苔(なまのり)
 青糸昆布(あをいとこんぶ)
 白(しろ)みしま海苔(のり)
 からくさ防風(ぼうふう)
猪口《割書:山葵醤油(わさびぜうゆ)|からしみそ》

【右半分下段】
 葛羹(くずかん)さしみ作(つく)り
 しらが独活(うど)
 海髪(おご)そろひ
 蓮芋(はすいも)せん
 六条
猪口 辛子(からし) 酢味噌(すみそ)

【左半分】
   四季(しき)丼物(どんぶりもの)之(の)部(ぶ)
 篠独活(しのうど)         竹筍(たけのこ)の穂(ほ)
  さい形(がた)松露(せうろ)        ちよろぎ
 さん木/松蕈(まつたけ)       仏手柑(ふしゆかん)
  木(き)の芽(め)あえ        辛子(からし)あえ

【左丁】

【右半分上段】
 丸むき零余子(むかご)
  しの蓮根(れんこん)
 独活芽(うどめ)
  胡麻(ごま)みそ和(あへ)

【右半分中段】
 碇防風(いかりほうふう)
 もづく
 ゆもちさい形(がた)
 みぢん菜菔(だいこん)
 はぢき葡萄(ぶどう)
  海苔酢敷(のりすしき)

【右半分下段】
 黄菊(ききく)
  はぢき葡萄(ぶどう)
 おろし蘿蔔(だいこん)
  酢醤油(すせうゆ)

【左半分】
   四季(しき)鉢(はち)肴(さかな)之(の)部(ぶ)
 自然薯(じねんじよ)蕷(よ)木(き)の芽(め)でんがく 大長芋(おほながいも)きんとん煮(に)
 けんちん巻(まき)       よせ椎茸(しいたけ)
 ぢく菜(な) 辛子(からし)づけ    蒲公英(たんぽ)きりあえ
 かしめ長(なが)せん      しの独活(うど)あちやらづけ
 ふせうが        青煮番椒(あをにとうがらし)

【右丁】

【上段】
海苔蒲焼(のりかばやき)
  慈姑(くわゐ)
五もく
  卯(う)の花(はな)
煮山枡(にさんしやう)

清水米(しみづまい)
  のり巻(まき)
ぼうふう
   あま酢(す)
かたばみ菜(な)
   ゆば巻(まき)
ぼたん煮(に)
   柚子(ゆず)
こふり
  生姜(せうが)

【中段】
大梅田牛蒡(おほうめだごぼう)
  紅(べに)ふくめ
揚(あげ)はす
   田楽(てんがく)
鶏児腸(よめな)みそ
    づけ
新生姜(しんせうが)

みなと蒲焼(かばやき)
べつかう根芋(ねいも)
   白(しろ)ごま酢(す)
唐煮(とうに)
  みりん
糸蕗青煮(いとふきあをに)
酢(す)づけせうが

【下段】
筏牛蒡(いかだごぼう)
糸早芹(いとみつば)からし漬(づけ)
大生栗(おヽいけくり)うば玉(たま)
長(なが)ひじき
かつら生姜(せうが)
    てり煮(に)

じねん薯(じよ)すなこし
伊達(だて)まき昆布(こんぶ)
菠薐草(はうれんさう)
  しの巻(まき)
重(かさ)ねあら布(め)
かす漬(づけ)わさび

【左丁】

【上段】
挽茶煮長芋(ひきちやにながいも)
結(むす)び海鹿(ひじき)
よせ茅蕈(かうたけ)
余(よ)まき菜豆莢(いんげん)
    青煮
味噌(みそ)やき
    生姜(せうが)

慈姑(くわゐ)けんちん
松露(せうろ)でんがく青串(あをくし)
皮牛蒡(かわごぼう)
 かさね旨煮(うまに)
そろひ狗脊(ぜんまい)
しのむき生姜(せうが)

【中段】
菊慈姑(きくくわゐ)
若(わか)大(だい)こん
 あちやら漬(づけ)
筏牛蒡(いかだごぼう)
うこぎ味噌漬(みそづけ)
短冊(たんざく)わさび
   照(て)り煮(に)

伊達(だて)まき
 松風(まつかぜ)くわゐ
しぼり豆皮(ゆば) 
  山椒(さんしよう)やき
新(しん)芋莄(ずいき)
  ふくめづけ
蕗(ふき)のとう味噌(みそ)
     づけ
氷(こふり)山椒(さんしよう) 

【下段】
茶巾芋(ちやきんいも)
もヽ【?】りし煮(に)茄子(なす)
菊(きく)の芽(め)
 あげ出し
裏白(うらしろ)大/椎茸(しいたけ)
日光番椒(につくわうとうからし)

さんぎかしう
  むきこむし
糸瓜(へちま)でんがく
うこぎ切(きり)あえ
たぐり豆皮(ゆば)
  山枡焼(さんしようやき)
うはみづ

【右丁】
おくれ茄子(なす)    伊達巻豆皮(だてまきゆば)
   かめのこ焼(やき)     さんしよう焼(やき)
 いりごぎやう      《割書:よめ菜(な)|きせん》切和(きりあへ)
生姜(せうが)味噌づけ   青(あを)とうがらし熟煮(つえに)
  四季(しき)会席(かいせき)精進(せうじん)向皿(むかふざら)之(の)部(ぶ)

海苔酢敷(のりすしき)     いり酒(さけ)      粒(つぶ)みそ利休(りきう)ぬた
 かき芋(いも)      水せんじ海苔(のり)   焼松茸(やきまつたけ)せん
 日光岩茸(につくわういはたけ)     海薀(もづく)
   べた煮(に)    茗荷(めうが)たけ     はぢき蒲萄(ぶどう)
かくしわさび    あおへ山葵(わさび)    唐草防風(からくさぼうふう)

【左丁】
けし酢(す)あえ    辛子酢(からしす)      胡麻酢(ごます)あえ
 白なま豆皮(ゆば)    きんかん麩(ふ)   
 すいせんじ海苔(のり)  しい茸(たけ)極(ごく)せん   摘(つみ)若和布(わかめ)
 蓴菜巻葉(じゆんさいまきは)     独活芽(うどめ)たんざく  さゝうち独活(うど)
 あられせうが   はり山葵(わさび)     天門冬(てんもんとう)せん
          榧実(かや)小口きり  

  四季(しき)汁(しる)之(の)部(ぶ)

南部味噌(なんぶみそ)     をはりみそ    芋(いも)すりながし
 へぎ松露(せうろ)     つくし      とろゝ汁(しる)
 よめ菜(な)      あられ豆腐(とうふ)    青海苔(あをのり)

から汁(しる)      赤みそ      赤みそ
 はつたけ     松露(せうろ)とうふ    白さゝげ
 余蒔(よまき)いんげん   おろし冬瓜(とうぐわ)   蕗(ふき)小口きり
          やへなり     よもぎたゝき

【右丁】
四季(しき)椀盛(わんもり)之(の)部(ぶ)

【上段】
土筆(つくし)
裂松茸(さきまつだけ)
萌(もやし)そば

鍵(かぎ)
 わらび
鏡菜菔(かヾみだいこん)
欵(ふ)冬(き)

【中段】
芋(いも)しんじよ
榧油揚(かやあぶらあげ)
みつば若葉(わかば)

重菰(まひたけ)
 もち鯨(くじら)
さゝがし牛蒡(ごぼう)

【下段】
火(ひ)どり
 長芋(ながいも)
生椎茸(なましいたけ)
うぐひす
    菜(な)

竹筍(たけのこ)薄(うす)うち
松露(せうろ)
萌(もやし)旱芹(みつは)

【左丁】
四季(しき)焼物(やきもの)之(の)部(ぶ)

【上段】
大長芋(おほながいも)
  つけ焼(やき)
蕗(ふき)の薹(とう)
 甘露煮(かんろに)

長海鹿(ながひじき)
 こま〴〵
初蕈(はつたけ)
 山枡焼(さんしやうやき)

【中段】
松茸(まつたけ)
 塩(しほ)やき
うこぎの
 きりあえ

いり卯(う)の花(はな)
糸瓜(へちま)でんがく
煮(に)さんしよう

【下段】
若茄子(わかなす)
 亀(かめ)のこ焼(やき)
青煮(あをに)
 とうがらし

ほいろ豆皮(ゆば)
蕗(ふき)のとう田楽(でんがく)
水引昆布(みづひきこんぶ)

【右丁】
  四季(しき)吸物(すひもの)之(の)部(ぶ)

【上段】
木(こ)の葉(は)百合(ゆり)
 焼(やき)め付ヶ
蓴菜(じゆんさい)
 胡椒(こしよう)

独活芽(うどめ)
あられ豆腐(とうふ)
生(なま)海苔(のり)

【中段】
海藤花(かいとうくわ)
はぢき
 蒲萄(ぶどう)

莫(ばく)
 筏(たい)
  海(かい)
忍(しの)び
  山(わ)
   葵(さび)

【下段】
水(すい)せんじ
 海苔(のり)
土筆(つくし)

みな
  ふさ
焼(やき)
 蕗(ふき)の
   薹(とう)

【左丁】
  四季(しき)漫物(ひたしもの)之(の)部(ぶ)

【上段】
菊(きく)の若葉(わかば)
牛蒡(ごぼう)の皮(かわ)

干蘿蔔(ほしだいこん)
若布(わかめ)
 煮切(にきり)せうゆ

漆(うるし)の芽(め)
 きりあえ
茘枝(れいし)の実(み)
 花(はな)あげ

【中段】
蒲公英(たんほ)
つくし
 くるみ醤油(せうゆ)

おろし大根(だいこん)
焼(やき)はつ茸(たけ)
山葵(わさび)せん

竹(たけ)のこさんぎ
新鞘(しんさや)そら豆(まめ)
 けし醤油(せうゆ)

【下段】
独活芽(うどめ)たんざく
芹(せり)の根(ね)
 柚子(ゆず)せうゆ

鶏児腸(よめな)
 つくし
焼松茸(やきまつたけ)
 煮切せうゆ

もやし根芋(ねいも)
たゝき牛蒡(ごぼう)
 ごま酢(す)せうゆ

【右丁】

卓袱料理大菜(しつほくれうりたいさい) 《割書:本膳のなます|平茶碗にて見合す》

【上三段】
ごま酢(す)しき  けんちん   のりかけ
 べつかう   竹筍(たけのこ)     生(なま)しい
 かいぶん   めうがの子(こ)    たけ
 紅すいせん  しの豆皮(ゆば)   粟麩(あはふ)
 しらがうど   うま    てんふ
 木耳(きくらげ)せん      煮(に)      煮(に)

 蒟蒻(こんにやく)    白みそ     蕗(ふき)の葉(は)
 がんもどき  龍眼(りうがん)       まき
 花柚子(はなゆず)     まつ茸(たけ)   むすび
  うま煮(に)   ぎんなん    揚(あげ)ゆば
 いり豆腐(とうふ)   つかみ     竹(たけ)のこ穂(ほ)
         こんにやく   うま
 煮番椒(にとうがらし)    茅茸(かうたけ)       煮(に)
         せん

【下一段】
八圭皿(はつけいさら) 九枚
六圭皿(ろくけいさら) 七枚
陶(とう)
 器(き)
塗物(ぬりもの)
 に
 より
数(かず)
きは
 まり
なし

【左丁】

卓子(しつほく) 小菜(しやうさい) 《割書:本膳のしたしもの|あへもの鉢肴にて見合す》

【上三段】
            胡麻(ごま)
 松露(せうろ)   天門冬(てんもんどう)    とう腐(ふ)
 生海苔(なまのり)  照(て)り煮(に)   油(あぶら)あげ
     初茸(はつたけ)    塩(しほ)やき
 揚麩(あげふ)   さんしよ  蕗(ふき)のとう
 あられ   味噌(みそ)   おろし
  生姜(せうが)  つけ焼    大(だい)こん
            みぢん
             わさび

 ちよろぎ たんざく  あんかけ
 揚榧実(あげかや)   独活(うど)    越瓜(しろうり)
 萌(もや)し   小角/栗(くり)    めんとり
               むき
  そば  防ふう   粒(つぶ)しい茸(たけ) 
 芥子(からし)   罌粟(けし)    黒(くろ)
  あえ   ふりかけ  くわゐ
      煮切せうゆ すり山葵(わさび)

【下一段】
割(れう)
烹家(りや)
 にて
用(もち)ゆる
 は
略式(りやくしき)
 なり
追而(おつて)
唐料(とうりやう)
理(り)の式(しき)は
普茶(ふちや)の
部(ぶ)にあらはすべし

【右丁】
此(この)三篇(さんへん)には普茶料理(ふちやれうり)の事(こと)をのすべきよしは既(すで)に前集(ぜんしう)に
しるしおきつ尓(しか)はあれど帋数(かみかず)こゝに限(かぎ)りあれば追而(おつて)次篇(しへん)にあらはすべし
   小菜(しやうさい)
生盛(いけもり)  漫物(ひたしもの) 揚物(あげもの)   香物(こうのもの)
和合物(あえもの) □菜 南京菜(なんきんさい)  華煮(はなに)
   大菜(たいさい)
唐揚(とうあげ)  味噌(みそ)  大碗(たいわん)  胡桃腐(ことうふ)
蜜煮(みつに)  村□  雲片菜(うんへんさい) 澄子(せうし)
  菓子(くわし)  飯茶(いひちや)

【左丁】
   製方伝書目録(こしらへかたでんしよもくろく)
水(すい)せん巻(まき)の伝(でん)  湊田楽(みなとでんがく)の伝(でん)  梅羊羹(うめようかん)の伝(でん)
金銀(きん〴〵)てんの伝(でん)   慈姑蒲焼(くわゐかばやき)の伝(でん)  巻(まき)けんちんの伝(でん)
葛松魚(くずかつほ)の伝(でん)   琥珀胡桃(こはくくるみ)しんじよの伝(でん) 青煮(あをに)の伝(でん)
芋饅頭(いもまんぢう)の伝(でん)   玉章長芋(たまづさながいも)の伝(でん)   巻独活(まきうど)の伝(でん)
挽茶(ひきちや)せんの伝(でん)   竹筍(たけのこ)くわゐの伝(でん)   定家煮(ていかに)の伝(でん)
胡麻塩(ごましほ)せんの伝(でん)  花星枝(くわせいし)の伝(でん)   蒲萄羹(ぶどうかん)の伝  
干海苔(ひのり)せんの伝(でん)   梨子羹(なしかん)の伝(でん)    巻蓮根(まきれんこん)の伝(でん)

【右丁】
子持海苔(こもちのり)の伝(でん)  柚子羊羹(ゆずようかん)の伝(でん)  思案麩(しあんぷ)の伝(でん)
鯨慈姑(くじらくわゐ)の伝(でん)   金糸牛蒡(きんしごぼう)の伝(でん)  菊豆腐(きくとうふ)の伝(でん)
松前巻(まつまへまき)の伝(でん)   芋(いも)しんじよの伝(でん) 雁賽(がんもどき)の伝(でん)
紅毛和(おらんだあへ)の伝(でん)   朝鮮煮(ちやうせんに)の伝(でん)   龍眼松茸(りうがんまつたけ)の伝(でん)
笋巻(たけのこまき)の伝(でん)    焼八杯(やきはちはい)の伝(でん)   琥珀豆腐(こはくとうふ)の伝(でん)
玉章豆腐(たまづさとうふ)の伝(でん)
     以上三十七/種(しゆ)

  目録終(もくろくをわり)

【左丁】
  拵方伝書(こしらえやうでんしよ)
  水(すい)せん巻(まき)
一 すいせん巻(まき)は素人料理(しらうとれうり)に甚拵(こしらへ)がたきもの也/手加減(てかげん)
  第一(だいいち)のことなれどもいく度(たび)もこしらへ見るときは自然(しぜん)と覚(おぼゆ)るもの
  なり多少(たせう)は分量(ぶんりやう)あるべしたとへば葛(くず)壱合の割(わり)にして
    一 葛(くず)壱合 一/砂糖蜜(さとうみつ)五勺 一/水(みず) 五勺也
  此(この)砂糖(さとう)廿五匁也/水(みづ)五勺(ごしやく)ほど入れせんじ蜜(みつ)と水とあは
  せて二合ほどなり
  紅色(あかいろ)は鍋(なべ)壱/枚(まい)に紅目方(べにめかた)三トほどとき紅(べに)の水(みづ)にて

【右丁】
  葛(くず)をとくなり
  黄色(きいろ)は山梔子(くちなし)を水につけおき右の黄水(きいろのみづ)にて分(ぶん)
  量(りやう)同断(どうだん)なり
  扨(さて)葛(くず)をよく鮮(とき)すいせん鍋(なべ)へ入れむらにならぬやうにかき
  まぜ厚(あつ)くならぬやうにして湯(ゆ)を煮(に)てて波(なみ)のたヽぬ
  やうに水せん鍋(なべ)を湯(ゆ)の上(うへ)へかざし一面(いちめん)に白(しろ)くなりたるとき
  なべを湯(ゆ)の中(なか)へ二三べんもくゞらすべし水色(みづいろ)になり鍋(なべ)の
  底(そこ)見ゆるやうになるべしそのとき布巾(ふきん)にて水気(みづけ)をとり
  巻(まき)ながら取(とり)なをす也大きく巻(まく)には幾枚(いくまい)もかさねかけて

【左丁】
  巻(まき)小口(こくち)より切(きる)べし
  砂糖蜜(さとうみつ)は氷砂糖(こふりさとう)五拾目へ水(みづ)壱合の割合(わりあひ)なり
    金(きん)てん銀(ぎん)てん
一 かんてんるいは水(みづ)たくさんに拵(こしら)へゆるきほど和(やはらか)にて自由(じゆう)に
  なるなり堅(かた)すぎれば折(をれ)るものなり三品(さんぼん)の砂糖(さとう)すこし
  入れべし角(かく)かんてん壱本(いつほん)には水(みづ)七/合(かう)ほどにてよし
    葛松魚(くずかつほ)
  葛(くず)かつほは先(まづ)極上(ごくじよう)の葛(くず)をこまかに摺(すり)小豆(あづき)の煮汁(にしる)にて
  かたくねり布巾(ふきん)の上(うへ)へ魚(うを)の片身(かたみ)おろしたるごとくにのべ血合(ちへ)の

【右丁】
 処(ところ)は小豆(あづき)の煮汁(にしる)へ丹(たん)を少(すこ)し入れてその上(うへ)へのべ蒸籠(せいろう)に入れて
 蒸(むし)あげる也/扨(さて)皮(かは)には銀(ぎん)の箔(はく)をおしうすく葛(くず)をすき皮作(かはつく)
 りにすべし尤(もつとも)竹(たけ)にて庖丁(はうてう)を拵(こしらへ)鋸(のこぎり)のごとく刃(は)をつけおき作(さし)
 身(み)に切(きり)つくるべしかいしきは四季(しき)もはからひ 酢味噌(すみそ)
 辛子(からし) 山葵醤油(わさびせうゆ)  砂糖蜜(さとうみつ)にて出(いだ)すなり
 かつを 比目魚(ひらめ) 各(おの〳〵)その好(この)みにまかせて拵(こしら)る也
   薯蕷饅頭(じよよまんぢう)
一 長芋(ながいも)を生(なま)にてよく摺(す)り手(て)のひらへのべあんを入れじよたん
  にかけてむしこしらゆるになり 

【左丁】

   挽茶長(ひきちやなが)せん
一 挽茶(ひきちや)をせんに製(こしらゆ)るには極上(ごくじやう)の長芋(ながいも)を長(なが)せんにうち塩湯(しほゆ)
  にてぬめりを取(とり)よく〳〵ぬめりのとれたる時(とき)一本(いつほん)づヽ挽茶(ひきちや)にくるみ
  一日(いちにち)日(ひ)にあてかはかしじよたんにかけて仕上(しあげ)る也/挽茶芋(ひきちやいも)の中(なか)迄 色付(いろつく)也
   胡麻塩(ごましほ)せん
一 胡麻塩(ごましほ)をよく切(きり)絹(きぬ)ふるひにてふるひ扨(さて)長芋(ながいも)のせんに
  うちたるにて右のひき茶(ちや)せんとおなじ拵方(こしらへかた)なり
        青海苔(あをのり)せん
   干海苔(ひのり)せん
        品川海苔(しなかはのり)せん

【右丁】
一 何(いづ)れもよく〳〵こまかにふるひ製方(こしらへかた)は右(みぎ)と同断(どうだん)じよたんにて仕上(しあげ)る也
     子持海苔(こもちのり)
一 極上(ごくじよう)の長芋(ながいも)をやはらかに湯煮(ゆで)皮(かは)をむきすいのふにて裏(うら)
  ごしになし三品(さんぼん)の白砂糖(しろさとう)と焼塩(やきしほ)にて味(あぢ)をつけ品川(しなかは)のり
  に薄(うす)くのべ一日(いちにち)干(ほし)思ふまゝに切(きり)じよたんにかけて仕(し)あげる也
     湊田楽(みなとでんがく)
一 豆腐(とうふ)を摺鉢(すりばち)にてよく〳〵すり毛(け)すいのふにて裏(うら)ごしに
  なし品川(しなかは)海苔(のり)にほどよくのべ三桝(さんしよう)醤油(せうゆ)にて付焼(つけやき)に
  するなり蒲焼(かばやき)にてもよし

【左丁】
     慈姑蒲焼(くわゐかばやき)
一 くわゐをよく摺(すり)おろしうどんの粉(こ)を少(すこ)し入れ浅草(あさくさ)
  海苔(のり)にのべ油(あぶら)にてあげ串(くし)をうち蒲(かば)やきに焼(やき)なり
     琥珀胡桃(こはくくるみ)
一 飯田(いひだ)くるみを極熱(ごくあつ)き湯(ゆ)に漬(つけ)しぶ皮(かは)を去(さ)りみりん酒(しゆ)
  と焼塩(やきしほ)を煮詰(につめ) 味(あぢ)をつけるなり
     玉章長芋(たまつさながいも)
一 長芋(ながいも)を短冊(たんざく)に切(きり)塩水(しほみず)に漬(つけ)て一 ̄チ夜(や)おくべし自由(じゆう)に結(むすば)るゝ
  なり扨(さて)いく度(たび)も水をかえ塩出(しほだ)しをして竹(たけ)のひごにてとめ

【右丁】
  せいろうにて蒸揚(むしあげ)るなり
     竹(たけ)のこ慈姑(くわゐ)
一 極上(ごくじよう)なる大くわゐを塩水(しほみづ)につけ置(おき)薄(うす)く菓(くだ)ものヽ皮(かは)をむく
  やうにむき芯(しん)の処(ところ)までむきで笋(たけのこ)の穂先(ほさき)のごとく巻(まき)のばし竹(たけ)の
  ひごにて巻止(まきとめ)を留(とめ)塩出(しほだ)しをして蒸籠(せいろう)にてむしそのまゝ味(あぢ)を
  つけ二つに割庖丁(わりほうてう)すべし
     花星枝(くわせいし)
一 梅(うめ)の枝(えだ)ぶりとき処(ところ)を二三寸に切(きり)莟(つぼみ)のある所(ところ)へ葛(くず)をとき
  紅(べに)にて色(いろ)をつけ三 ̄ン ぼんの砂糖(さとう)をすこし加(くは)へ紅白(こうはく)をまぜて

【左丁】
  枝(えだ)をまはしながら莟(つぼみ)へとめじよたんにて仕上(しあげ)る也
     梨子羹(なしかん)
一 極最上(ごくさいじよう)の梨(なし)のよき所をわさびおろしにておろし擂鉢(すりばち)
  にて能(よく)すり毛(け)すいのふにて裏(うら)ごしにしかんてんをよく和(やはらか)に煮(に)
  梨子(なし)とかんてんと合(あは)せ三 ̄ン ぼんの砂糖(さとう)と焼塩(やきしお)にて味(あぢ)をつけ
  よきほどの塗(ぬり)ものゝ筥(はこ)にながし冷(さめ)たる処(ところ)にていかにも庖丁(はうてう)すべし
     柚子羊羹(ゆずようかん)
  青柚子(あをゆず)の皮(かは)ばかりをむきおとし湯(ゆ)にて能(よく)やはらかに煮水(にみづ)を
  かえ三日ほど水にて洒(さら)しにがみを去(さ)り擂鉢(すりばち)にてよく摺(す)り

【会食の絵】

【右丁】
  すいのふにて越(こ)しかんてんを煮(に)鮮(とか)【解】してまぜ砂糖(さとう)と焼(やき)しほ
  にて味(あぢ)をつけ清(きよ)き塗(ぬり)もの箱(はこ)にながすべし
    梅羊羹(うめようかん)
一 豊後梅(ぶんごうめ)を水(みづ)にてあらひ能々(よく〳〵)湯煮(ゆに)をして二日ほど水(みづ)に
  さらし酢味(すみ)を去(さ)り種(たね)を抜(ぬき)て擂鉢(すりばち)にて能(よく)擂(すり)すいのふにて漉(こし)かんてん
  を微細(こまか)にたゝき味淋酒(みりんしゆ)にて遠火(とほひ)にて煮(に)鮮(とか)【解】しすいのふにて
  梅(うめ)の中(なか)へ漉(こし)こみ久助葛(きうすけくず)をとき梅(うめ)壱舛ほどならば葛(くず)五勺
  ほどとき三品(みしな)をあはせ浄(きよ)き筥(はこ)を流(なが)しさめて庖丁(ほうてう)すべし
  最(もつとも)煮(に)かた口伝(くでん)

【左丁】
    巻(まき)けんちん
一 豆腐(とうふ)をよく湯煮(ゆに)をして袋(ふくろ)に入れ水(みづ)をしぼりこまかにほぐし
  味(あぢ)をつけ銀杏(ぎんなん)小口(こぐち) 牛蒡(ごほう) 木耳(きくらげ) 麻(あさ)の実(み)の類(るい)を入 ̄レ
  煎豆腐(いりとうふ)に仕(し)あげ平豆皮(ひらゆば)の上(うへ)にのべ巻(まき)て美濃紙(みのかみ)に
  くるみせいろうにて蒸上(むしあげ)紙(かみ)をとりすて味(あぢ)をつけ小口より切(きる)べし
  最(もつとも)煮(に)かた口伝(くでん)
    青煮(あをに)
一 蕨(わらび)薇(ぜんまい)とも銅(あかゞね)を入(い)れて湯(ゆ)でる也/文銭(ぶんせん)にてもよし青色(あをいろ)其
  まゝ也二つわりにして味淋酒(みりんしゆ)ほどよく煮(に)かへし番椒(とうがらし)を入(いれ)

【右丁】
  よく煮(に)つめ金杓子(かねしやくし)に一ぱいほど酢(す)を入(い)れ漬(つけ)るなり何(なに)
  にても是をあちやら漬(づけ)といふなり
     巻独活(まきうど)
一 独活(うど)に味(あぢ)をつけ二寸くらゐに切(きり)千枚漬(せんまいつけ)の紫蘇(しそ)の葉(は)
  菠薐草(はうれんさう)の葉(は)などにて巻(まく)なり
     定家煮(ていかに)
一 焼酎(せうちう)と焼塩(やきしほ)にて味(あぢ)を付(つけ)煮(に)るを定家煮(ていかに)といふなり
     蒲萄羹(ぶどうかん)
一 ぶどうをはぢき種(たね)をとり能(よく)摺(すり)てぶどうの水(みづ)壱合ほど

【左丁】
ならば葛(くず)の粉(こ)八勺(はつしやく)ほど入れやき塩(しほ)にて塩(あん)排(ばい)し火(ひ)にかけ
よくねりあわせ筥(はこ)にながして水(みづ)に冷(ひや)しさめて後(のち)庖丁(ほうてう)すべし
     金糸牛房(きんしごぼう)
一 牛房(ごぼう)をいかにも細(ほそ)くうち洒(さら)して榧(かや)の油(あぶら)にて揚(あげ)るなり
     巻蓮根(まきれんこん)
一 蓮根(れんこん)の四方(しはう)を去(さ)り幾本(いくほん)も組(くみ)あはせ平干瓢(ひらかんひやう)にて巻(まき)な
  がら葛(くず)の粉(こ)をふりかけかたく巻(まき)しめ胡麻(ごま)の油(あぶら)にてあげ
  味淋(みりん)と醤油(せうゆ)にて味(あぢ)をつける也/牛房(ごぼう)にても同(おな)じことなり
     思案麩(しあんふ)

【右丁】
  生麩(なまふ)に山(やま)の芋(いも)豆腐(とうふ)をすり交(まぜ)丸(まる)めて湯煮(ゆに)をし
  さめて照(て)り醤油(せうゆ)にて塩梅(あんばい)すべし
     鯨(くじら)くわゐ
一 慈姑(くわゐ)をおろし能々(よく〳〵)摺(すり)昆布(こんぶ)を黒焼(くろやき)にしてすり交(まぜ)皮(かは)の
  厚(あつさ)さにのべその上(うへ)にすりたる慈姑(くわゐ)に粉(こ)くず少(すこ)し入れ鯨(くじら)の
  肉(にく)のごとくのべ薄(うす)く切(きり)胡麻(ごま)の油(あぶら)にてあげる也/団扇(うちは)茄子(なす)
  さゝがし牛蒡(ごばう)にて汁(しる)にすべし
     松前巻(まつまへまき)
一 烏芋(くわゐ)をすり饂飩(うどん)の粉(こ)少(すこ)し葛を入れ砂糖(さとう)にて味(あぢ)を付(つけ)

【左丁】
  青昆布(あおこんぶ)をひやう置(おき)水気(みづけ)をとりくわゐをのべ巻(まき)こみ甑(こしき)
  にて蒸(むし)小口(こくち)より切(きる)なり
     菊豆腐(きくとうふ)
一 豆腐(とうふ)を二寸/四方(しほう)ほどに角取(かくとり)半分(はんぶん)よりふかく庖丁(ほうてう)めを入れ又
  よき程(ほど)に角取(かくどり)湯(ゆ)に投(とう)ずれば菊(きく)の花(はな)のごとくになる手際(てぎわ)第一(だいゝち)也
     芋(いも)しんじよ
一 薯蕷(やまのいも)をすり豆腐(とうふ)を摺交(すりませ)極上(ごくじやう)の饂飩(うどん)の粉(こ)すこし
  入れ金杓子(かねしやくし)にてすくひ切(きり)湯煮(ゆに)をしてつかふ随分(ずいぶん)やはら
  かにふつくりと製(こしら)ゆべし

【右丁】
     雁賽(がんもどき)
一 蒟蒻(こんにやく)の極(ごく)最上(さいじよう)なるを庖丁(はうてう)ぶりを付(つけ)て小口切(こくちきり)にし
  塩(しほ)にていかにも能(よく)あらひもみさらして幾度(いくたび)も水(みづ)にて流(なが)し扨(さて)
  水気(みづけ)をとり葛粉(くずこ)へくるみ油(あぶら)にて揚(あけ)味(あぢ)を付(つけ)るなり
     紅毛和(おらんだあえ)
     朝鮮煮(ちやうせんに)
一 何(いづ)れも黒胡麻(くろごま)をすり流(なが)し榧(かや)のあぶらにて揚(あげ)たるもの
など煮(に)あぐるをいふなり
     龍眼松茸(りうがんまつたけ)

【左丁】
一 極小細(ごくちいさ)き松茸(まつたけ)の根(ね)もとを丸(まる)くむき生麩(なまふ)に一つづゝ包(くるみ)
  油(あぶら)にてあげ味(あぢ)を付(つけ)つかふなり
     筍巻(たけのこまき)
一 竹(たけ)のこ湯煮(ゆに)をして二つに割節(わりふし)をすき取(とり)味(あぢ)をつけ布(ふ)
  巾(きん)にて押平豆皮(おしひらゆば)の上(うへ)にならべ葛(くず)の粉(こ)をふりつなぎに
  して又その上(うへ)へ竹(たけ)のこをならべ葛(くず)をふり遣(や)り違(ちがへ)にならべかたく
  巻(まき)榧(かや)の油(あぶら)にて揚(あげ)小口(こくち)より切(きり)つかふ也
     焼八杯豆腐(やきはちはいとうふ)
一 豆腐(とうふ)をいかにも細(ほそ)く八はいにきり藁(わら)のうへに能(よく)水(みず)をきつて間(ま)

【右丁】
  ばらに並(なら)べ上(うへ)に又わらをおき火(ひ)をよく上下(うへした)へ廻(まは)るやうにかけ藁(わら)を
  焼(やく)也/藁(わら)灰(はい)のまゝすいのふに取(とり)いく度(たび)も水(みづ)をかへてよなげれば灰(はい)自然(しぜん)
  と取(と)れ八はい豆腐(とうふ)の四方(しほう)薄々(うす〳〵)と焼目(やきめ)付(つく)也是を塩(あん)ばいすべし
    琥珀豆腐(こはくとうふ)
一 豆腐(とうふ)をよく〳〵しぼりすり鉢(ばち)にてすり葛(くず)を入れ小(ちい)さく
  まるめ油(あぶら)にて揚(あげ)るなり
    玉章(たまつさ)とうふ
一 前(まへ)のごとく摺(すり)たる豆腐(とうふ)をみの紙(かみ)へのべ短冊(たんざく)に切(きり)いかやうにも思ふ
  まゝにむすび湯(ゆ)でて水(みづ)にとり水の中(なか)にて紙(かみ)をとるべし

【左丁】
  其外(そのほか)製方(こしらへかた)種類(しゆるい)おほく枚挙(まいきよ)するに遑(いとま)あらずなほ
  追々(おひ〳〵)拾遺(しうい)して嗣篇(しへん)に委(くは)しく記(しる)すべし
 献立(こんだて)の内(うち)に名目(めうもく)のみにては素人(しろうと)かたに鮮(げ)【解】しがたきもの
 まゝあり其(その)一つ二つを爰(こゝ)に録(しる)して弁用(べんよう)のたよりとす
  有(あり)の実(み) 《割書:梨(なし)子を| いふなり》    花丁子(はなてうじ)    《割書:拵方(こしらへかた)次の| 篇(へん)にあり》
  琉球羹(りうきうかん) 《割書:さつま芋の|よせものなり》    御所(ごしよ)すいせん  《割書:乾物店(かんぶつてん)に|  あり》
  吹雪羹(ふぶきかん) 《割書:こしらへ方| 次のへんにあり》   燕巣(えんす)      《割書:菜種(やくしゆ)なり|毒消(どくけし)につかふ》
  ひりやうず 同断     莫筏海(ばくたいかい)    右におなじ

【右丁】
沢辺(さはべ)流 《割書:拵かた|次のへんにあり》        花(はな)かずら 《割書:乾物店(かんぶつたな)に|  あり》
松風慈姑(まつかぜくわゐ)   同断  花昆布(はなこんぶ)    同断
海棠花(かいどうくわ) 《割書:遣(つか)ひかた|次のへんにあり》        かんらん 《割書:薬種(やくしゆ)にて| 毒(どく)けしなり》
ごもく卯(う)の花(はな) 同断
筏(いかだ)牛蒡    同断
沖(おき)の石(いし) 《割書:砂糖(さとう)づけも|   あり》        橘(きつ)ぴん《割書:乳柑子(くねんぼ)の|砂糖(さとう)つけなり》
鼈甲(べつかう) 《割書:さつま芋(いも)の|油(あぶら)にて揚(あげ)たる也》        海(かい)ふん 《割書:毒(どく)けしにつかふ|薬(やく)しゆなり》
べいしん 《割書:拵方次の|篇(へん)にあり》


【左丁】
料理(れうり)には種々(しゆ〴〵)の古実(こじつ)ある事(こと)にて伝授(でんじゆ)事(こと)おほし
素人(しろうと)料理(れうり)にあづかる事(こと)にはあらず原来(もとより)この小(しよう)
冊(さつ)は只(ただ)一興(いつきやう)の見合(みあはせ)なるのみなれば実(じつ)に児女童蒙(じぢよどうもう)
のまヽごとの一助(いちぢよ)にしてあへて事(こと)しり顔(がほ)にしるしあげて庖(れう)
丁人(りにん)の為にするものならねば杜撰(づさん)麁漏(そろう)をとがめ給ふにも
あたらず且(かつ)会席(くわいせき)といへども諸流(しよりう)の茶人(ちやじん)にたよりてしる
すにはあらず当時(たうじ)流行(りうかう)ぶりを専(もつはら)としてその拙(つたな)き
をいとふことなく割烹店(れうりや)のおもむきをのせたるものなり
猶(なほ)無遅滞(ちたいなく)篇(へん)を続(つい)で流行(りうかう)を著(あらは)し一笑(いつせう)に備(そなへ)んのみ

【右丁】
浅草なる八百屋なにかしか庖丁
に名たかき世にならふ人なし
さるは海にごりたるは網なから
山にごりたるは露なからもてゝ
【左丁】
よつの時のすゝりのふた春
秋のあつものゝたくひやう〳〵
さま〳〵なるすへて口伝あり
てあたし人にもらすことなし

【右丁】
こゝにもらしいふはるはよへの
春雨のすさみなりけり此
道にくはしき人はしるへからん
かし
          門樹園
【左丁 前コマ左丁に同じ】
よつの時のすゝりのふた春
秋のあつものゝたくひやう〳〵
さま〳〵なるすへて口伝あり
てあたし人にもらすことなし 

【右丁 前コマ右丁に同じ】
こゝにもらしいふはるはよへの
春雨のすさみなりけり此
道にくはしき人はしるへからん
かし
          門樹園
【左丁】
         尾州名古屋  
天保六《割書:乙| 未》年二月      永楽屋東四郎
         江戸中橋広小路町
              西 宮弥兵衛
    書林   同 芝神明前
              岡田屋嘉 七
         同所  
              和泉屋市兵衛

【裏表紙 文字なし】

善悪道中記

【撮影ターゲット】

善悪迷所図會 一冊

【右丁】
善悪道中記第二編
《割書:善(ぜん)|悪(あく)》迷所図絵(めいしよづゑ) 全
   頂恩堂販
【左丁】
曩(さき)に善悪道中記(ぜんあくだうちうき)と題(だい)して、人間(にんげん)一世(いつせ)の盛衰(せいすい)を旅中(りよちう)の趣(おもむき)になぞらへ戯(け)
作(さく)せしは。本(もとづく)ところは。宝暦(ほうれき)六 年(ねん)丙子年(ひのへねのとし)の印本(いんほん)。善悪道中独案内(ぜんあくだうちうひとりあんない)と題(だい)
せし。飛雄亭(ひいうてい)の著作(ちよさく)に拠(よれ)り《割書:豊芥了|听【所】蔵》こは世(よ)に大(おほい)に行(おこな)はれたりとて。
天明年中(てんめいねんぢう)。桃栗山人柿発斎(もゝくりさんじんかきはつさい)《割書:古人立川焉馬|初名》大通独案内(だいつうひとりあんない)と題(だいし)。青楼(せいろう)
通客(つうかく)の趣(おもむき)を述(のべ)て。本文(ほんもん)の小冊(せうさつ)に絵図(ゑづ)一枚(いちまい)を添(そえ)たり。其(その)体裁(ていさい)。飛雄亭(ひいうてい)の
作(さく)を摸擬(もぎ)す。夫(それ)より寛政年間(くわんせいのころ)山東京伝(さんとうきやうでん)。悟道独案内(ごだうひとりあんない)と題(だい)し。
或(あるひ)は善悪名所図会(ぜんあくめいしよづゑ)と号(なづけ)。基所(もとづくところ)宝暦(ほうれき)の。善悪独案内(ぜんあくひとりあんない)の趣(おもむき)に傚(なら)
へり。先哲(せんてつ)の妙案(めうあん)至(いた)れり尽(つく)せり。今将(いまはた)糟粕(そうはく)を䑜(なめ)て補綴(ほてつ)せしに。幸(さいはひ)
にして時好(じこう)に称(かな)ひ。販元(はんもと)不斗(はからず)利(り)を得(え)しとぞ。是(これ)よりして書肆(ふみや)は後集(こうへん)
の討求(もとめ)あり。然(さ)れども僕(やつかれ)素(もと)より戯作(けさく)を業(わざ)とせず。筆硯(ひつけん)煩多(はんた)の
故(ゆゑ)を以(も)て。去年(きよねん)再(ふたゝ)び稿(かう)を脱(だつ)せず。猶(なほ)後輯(こうしふ)の需(もとめ)頻(しきり)なれば許諾(うけひ)し

【右丁】
侭(まゝ)に棄(すつる)によしなく。己事(やむこと)を得(え)ず今歳(ことし)初春(はつはる)。新(あらた)に硯(すゞり)を発(ひらき)嗜好(すさめ)る故(ゆへ)に
拙(つたな)き筆(ふで)に稍(やや)責(せめ)を塞(ふたぎ)にき。従来(もとより)嬰児(こども)の為(ため)に。勧善懲悪(くわんぜんちやうあく)の一端(いつたん)とも
ならん欤(か)と。善悪迷所図会(ぜんあくめいしよづゑ)と題(だい)して。梓(あづさ)を嗣(つぐ)事(こと)とはなりぬ。前(せん)
編(へん)と俱(とも)に高評(かうひやう)を給(たまはら)ば。書肆(ふみや)の僥倖(さいはい)ならんといふ事(こと)を。爰(こゝ)も名(めい)
所(しよ)の古跡(こせき)と聞(きこ)えし。晋子(しんし)基角(きかく)が隣(となり)なる。荻生(おぎふ)の井戸(ゐど)の邊(ほとり)かに
すめる。

維時弘化二年
歳在乙巳春
稿成
同三年丙午春発兌
江戸(えど)楓川(もみぢがは)の市隠(しいん)
一筆庵主人戯誌 【丸い落款印 左右を白文と朱文に彫り分け】弌筆

道中二ヘン  一
【左丁上部】
凡(およそ)人間(にんげん)一生(いつしやう)の栄枯(ゑいこ)得失(とくしつ)貧福(ひんふく)は旅(たび)の
趣(おもむき)に彷彿(さもに)たり母(はゝ)の胎内(たいない)をかしまだちして
より父(ちち)の恩(おん)の高(たか)き山(やま)に登(のぼ)り母(はは)の
恩(おん)の深(ふか)き海(うみ)を渉(わた)り善悪(ぜんあく)道中(とうちう)道(みち)
連(づれ)によりて途中(とちう)にして身(み)を過(あやま)つ正(しやう)
直(ぢき)正路(しやうろ)を往(ゆく)ものは終(つひ)に安楽(あんらく)の都(みやこ)
に至(いた)る男女(なんによ)共(とも)に十九/里(り)二十五里の難(なん)
所(じよ)を越(こ)え三十三/里(り)四十二里四十里の
老(おい)の坂道(さかみち)にかゝり五十一の峠(とうげ)を越(こへ)て
爰(こゝ)に定宿(ぢやうやど)の泊(とまり)をもとめ六十一/里(り)に
小休(こやすみ)して古来(こらい)稀(まれ)なる七十/里(り)八十八
里に賀(が)を祝(しゆく)し百/里(り)を経(へ)て長寿(ちやうじゆ)の
絶頂(ぜつてう)に至(いた)る只(ただ)足(たる)ことを知(し)るものは路(ろ)
用(よう)の乏(とぼ)しきを思(おも)はず奢(おごる)ものは冨(とみ)に飽(あか)ずして
終(つひ)に困窮(こんきう)の境(さかい)に惑(まど)ふよく貧富(ひんふ)の際(さかい)を悟(さと)りて善悪(ぜんあく)の
道(みち)に迷(まよ)はず天命(てんめい)を楽(たのし)むときは本然(ほんぜん)の人(ひと)となる▲
▲ゆめ〳〵
横道(よこみち)に
いるべ
からず
【左丁下部】
〽前編(ぜんへん)の道中(どうちう)で大概(たひかい)
みち筋(すじ)はしれ
ました
是(これ)からは
迷所(めいしよ)を
くわしく
ごらうじ
まし

〽善悪(ぜんあく)の二筋(ふたす)【フリガナの「じ」部分虫食いで欠落しているように見える】
みちで
大(おほ)きに
ひまどり
よこ道さき道
ぬけ道に
   かゝりて
大(おほ)そんをした
        とかく
たび人がまよふと
     見へる

【右丁】
【太枠内】
悟(ご)道(だう)迷(めい)所(しよ)
【細枠内】
翌(あす)日(か)河(がは)
【本文】
住者(ゆくもの)は昼夜(ちうや)を
   すてず
それ如此(かくのごとき)かと
聖人(せいじん)の確言(くわくげん)
    あり
昨日(きのふ)の渕(ふち)は
 瀬(せ)とかはる
あすか川(がは)の流(なが)れ
 たえずして
   しかも
 もとの水(みず)にあらず
千変(せんべん)万化(ばんくわ)星霜(せいさう)
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 二
【左丁】
移(うつ)ればかはる
 浮世(うきよ)の道中(どうちう)に
  油断(ゆだん)なく
迷所(めいしよ)古跡(こせき)を
    たづね
旅人(たびゝと)よく
道(みち)を
悟(さとり)て
本(ほん)
街(かい)
 道(だう)を
  守(まも)り
   ゆくへし

【右丁上部枠外、横書、太線で囲みあり】
悟(ご)道(だう)迷(めい)所(しよ)之(の)全(ぜん)図(づ)
【右丁上部円枠内、上下逆さまに表記】
皆(みな)身(み)
【右丁図内】
宝(たから)の山(やま)
安楽(あんらく)
長寿(ちやうじゆ)
福禄道(ふくろくどう)【囲み線あり】
和合(わがう)
惻隠(そくいん)
富貴(ふうき)
中銭道(なかせんだう)【囲み線あり】
子孫(しそん)
繁栄(はんえい)
陰徳(いんとく)
知足(たることをしる)
生財(せいさい)
陽報(やうほう)
慈悲(じひ)
人道(にんだう)【囲み線あり】
堪忍(かんにん)
正直(しやうぢき)
正路(しやうろ)
天命(てんめい)
立身(りつしん)
出世(しゆつせ)
公道(こうだう)【囲み線あり】
義理(ぎり)
分(ぶん)を守(まもる)
経済道(けいさいだう)【囲み線あり】
質素(しつそ)
倹約(けんやく)
奢省(おごりをはふく)
質朴(しつぼく)
貧乏(びんぼう)の
さかいにまどはず
悟道(ごだう)【囲み線あり】
独慎知(ひとりつゝしみをしる)
知命(ちめい)
知恵(ちゑ)の
  海(うみ)
三教道(さんけうだう)【囲み線あり】
道徳(だうどく)
神儒仏(しんじゆぶつ)【横書き】
徳行(とくけう)
悟気乃(ごきない)
人情(にんじやう)
【右丁右下部丸枠内、左に傾きあり】似止(にし)シメス
【右丁枠外下部】
道中二ヘン 三


【本文右丁】
○国郡(こくぐん)の図(づ)に倣(なら)ひし
悟道迷所(ごだうめいしよ)は善悪(ぜんあく)に従(したがつ)て
考(かんがへ)あるべし人物(じんぶつ)に上中下の
三段(さんだん)あり教(をしへ)により迷所(めいしよ)に一生(いつしやう)を
過(あやまつ)もの多(おほ)し是(これ)をまような国(こく)と
 いふ正路(しやうろ)に趣(おもむ)くものは足(たる)ことを
           しつて
【本文左丁】
安楽国(あんらくこく)にいたり長寿(ちやうじゆ)
 をたもつべし是(これ)を
  さとるへし国(こく)といふ
    ○此(この)図(づ)方角(はうがく)を
      しるときは
       みなみに
        きたの
       よろこび
          あり
        似止(にし)は止(とゞまる)を
         似(しやす)の文字(もじ)
         丕加此(ひがし)は
         丕(おほい)に此(こゝ)に加(くは)はるの
          こぢつけと
          見るべし
【左丁図内】
女島(をんなじま)
歓楽(くわんらく)
色(いろ)の道(みち)
密通(みつつう)
気随(きずい)
不義(ふぎ)
好臭皆道(こうしうかいだう)【囲み線あり】
我侭(わがまま)
不人情迷所(ふにんじやうめいしよ)
妻皆道(さいかいだう)【囲み線あり】
山(やま)の神(かみ)
 祠(ほこら)
栄曜(ゑよう)
 栄花(ゑいぐわ)
困窮(こんきう)
後悔道(こうくわいだう)【囲み線あり】
跡(あと)の祭(まつり)
欠落(かけおち)
逢愁皆道(おうしうかい? う)【?部は「だ」ヵ】【囲み線あり】
散財(さんざい)【横書き】
火災(くわさい)
不幸(ふかう)
短命(たんめい)
病難(びやうなん)
不孝(ふかう)
大山(おほやま)
 師(し)
欲(よく)の
 海(うみ)
無理(むり)
非道(ひだう)
算要道(さんえうだう)【囲み線あり】
利欲(りよく)
吝嗇(りんしよく)
強欲(がうよく)
無体(むたい)
懶堕(なまけもの)
煩悩(ぼんのう)【横書き)
哀傷(あいしやう)
離縁(りえん)
大酒(たいしゆ)
喜怒皆道(きどかいだう)【囲み線あり】
口論(こうろん)
仁義(じんぎ)
 礼智(れいち)
  信(しん)
五常道(ごじやうだう)【囲み線あり】
忠孝(ちうかう)
貞節(ていせつ)
【左丁左端中部丸枠内、右に横倒しになった形】
丕加此(ひがし)
【左丁下部丸枠内、右に傾きあり】
喜多(きた)

【右丁上部図内】
喜(よろこ)びきはまる
   ときは
悲(かなし)みを生(しやう)ず
満(みつ)れば欠(かく)る
 天理(てんり)あり
たゞ
 足(たる)ことを
知(し)るには
 しかず
ひまゆく駒(こま)【囲み線あり】
くわういんの箭嶽(やたけ)【囲み線あり】
○せきもりなし
光陰(くわういん)の関(せき)【囲み線あり】
【右丁下部】
悟喜乃(ごきない) 《割書:さとればよろこび|おほいなりといふ》
問皆道(とうかいだう) 《割書:なに事もみなしらぬ道は|とひてしるべしことなり》
唐桟胴(たうさんどう) 《割書:たうさんぞろひでおごりは|そこいたりでよろしからず》
算要道(さんえうだう) 《割書:さんようの道は日用の|ことゆへたしなむべし》
難皆働(なんかいどう) 《割書:なんかい道はきどあいらくの|みなよの中のはたらく内|にありといへり》
参隠同(さんいんどう) 《割書:いんとくをいふかくしてすれば|おのづからかくれてむくふとしるべし》
妻戒道(さいかいだう) 《割書:さいかいだうはにようぼを|いましめの道といふ事なり》
福禄道(ふくろくだう) 《割書:ふくをたもちふうきといふは|ひんふくともにあるをいふ》
 外(ほか)に一統(いつたう)録(ろく)輯(しふ)余集(よしふ)
この本画(ほんゑ)になきくに昼三(ちうさん)が国むだ
 傾城(けいせい)と遊女(いうぢよ)うたひめ色(いろ)ばなし
 芝居(しばゐ)さし合(あい)これは画(ゑ)になし
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 四
【左丁】
国恩山(こくおんざん)豊稔(ほうねんの)人舎(じんじや)《割書:神社|なり》福禄道(ふくろくだう)第一(だいゝち)の名勝(めいせう)なり当国(たうごく)は風俗(ふうぞく)素(そ)
 撲(ぼく)淳厚(じゆんかう)にして奢麗(しやれい)を好(このま)ず稼穡(かしよく)を力(つとめ)尚古(しやうこ)の風(ふう)を失(うしな)はず五風十雨(こふうじうう)
 和平(わへい)にして五穀(ごこく)成熟(みのり)人民(たみ)富饒(ふねう)にして四海(しかい)波(なみ)静(しづか)に常(つね)に鳳凰(ほうわう)
 舞(まひ)麒麟(きりん)遊(あそ)びて松(まつ)は常盤(ときは)の色(いろ)を更(かへ)ず梅(うめ)に紫蘭(しらん)の香(かうば)しきを熏(くん)ず
 竹(たけ)は節操(せつさう)の程(ほど)よきを諭(さと)し亀鶴(きくわく)群遊(ぐんいう)して万歳(ばんぜい)をとなへ愛度限(めでたきかぎり)
 を知(し)るべからず抑(そも〳〵)この地(ち)は人世(じんせい)第一(だいゝち)の所(ところ)にて万物(ばんもつ)育生(いくせい)の山(やま)には日月(じつげつ)の神(かみ)
 鎮座(ちんざ)まし〳〵忠恕(ちうぢよ)の海(うみ)深(ふか)くして聖賢(せいけん)の道(みち)を渉(わた)りては往来(ゆきゝ)の貴賤(きせん)
 詣(けい)して普(あまね)く神徳(しんとく)を仰(おほ)ぐ故(かるが)ゆへに本然(ほんぜん)の道筋(みちすじ)正直(しやうじき)正路(しやうろ)にして
 曲(まが)れる道(みち)ある事(こと)なし孟子(まうし)の性善(せいせん)なれば悪道(あくだう)に入(いら)ざる教(をしへ)をなせよと
 言(いひ)しも荀子(じゆんし)の性悪(せいあく)なれば善(せん)に入(いる)べき教(をしへ)をなすべしと諭(さと)し

【右丁】
 たるも此(この)神(かみ)の御山(みやま)には自然(しぜん)質朴(しつぼく)にして五常(ごじやう)の道(みち)を守りて少(すこ)しも邪(よこしま)の
 道(みち)に至(いた)らず足事(たること)を知(し)り身(み)の分限(ぶんげん)を弁(わきま)へ皆(みな)独(ひとり)を慎(つゝし)むことを知(し)る世人(せじん)この
 社(やしろ)に丹誠(たんせい)を凝(こら)して祈誓(きせい)し身(み)の行(おこな)ひを全(まつた)うするものに哀憐(あいれん)納受(なうじゆ)
 垂(たれ)給はずといふことなし謹(つゝしん)で尊神(そんしん)の徳風(とくふう)を守(まもる)ことを知(しら)しむる霊社(れいしや)也
実母山(じつぼさん)平産全事(へいさんぜんじ)《割書:事(じ)は寺(じ)の字違(じちがひ)の|こぢつけ也としるべし》和合(わがふ)の道筋(みちすじ)にあり抑(そも〳〵)当産(たうさん)は
 女房(にようばう)大事(だいじ)草創(さう〳〵)の地(ち)にして懐胎(くわいたい)十月(とつき)養生(やうじやう)手当(てあて)厳重(げんぢう)の場所(ばしよ)なれば
 臨産(りんざん)に至(いた)り出入(でいり)の取揚(とりあげ)老婆(ばゝ)介抱(かいはう)深切(しんせつ)にして当(あた)る臨月(りんげつ)安産(あんざん)まし
 まし産声(うぶごゑ)高(たか)く爰(ここ)に出現(しゆつげん)ある所(ところ)の赤子(せきし)早(はや)めを呑(のみ)だ《割書:弥陀(みだ)|なり》本地(ほんち)男子(なんし)
 家督(かとく)相続(さうぞく)のため降誕(がうたん)まします人倫(じんりん)栄続(ゑいぞく)の如来(によらい)也(なり)始(はじめ)は性善(せいせん)の身(み)
 だ《割書:一身(み)だは|弥陀(みだ)也》とまうし奉(たてまつ)り本然(ほんぜん)如来(によらい)教諭(けうゆ)なし給ふ亦(また)ある時(とき)は悪魔(あくま)の為(ため)
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 五
【左丁】
 に放蕩(はうたう)不懶(ぶらい)の姿(すがた)を現(げん)じ家(いへ)の興廃(こうはい)幼児(えうじ)の中(うち)に定(さだめ)難(がた)し然(さ)れども
 手習(てならひ)学問(がくもん)諸芸(しよげい)密法(みつほふ)修行(しゆぎやう)の星霜(せいさう)累(かさな)り成長(せいてう)あり両親(りやうしん)菩薩(ぼさつ)
 の慈愛(じあい)深(ふか)く身分(みぶん)相応(さうおう)にあまやかし養育(やういく)あつて終(つひ)に五尺(ごしやく)の体(からだ)を安置(あんち)
 し給ふ赤子(せきし)の身(み)だ《割書:弥陀(みだ)|なり》則(すなはち)是(これ)也 当時(たうじ)にある所(ところ)の宝物(はうもつ)多(おほ)し

  昔噺(むかしばなし)の絵巻物(ゑまきもの)《割書:むかし〳〵あつた土佐(とさ)の又平(またへい)筆(ふで)| 桃太郎(もゝたらう)一代記(いちだいき) 花咲(はなさき)老爺(ぢゝ)伝記(でんき) 舌切雀(したきりすゞめ) 狸汁(たぬきじる)兎(うさぎ)手柄(てがら)|                        はなし》
   猿蟹(さるかに)合戦(かつせん) 鼠(ねずみ)の嫁入(よめいり) 狐(きつね)のよめ入(いり) 其外(そのほか)一代記(いちだいき)といふ名将(めいしやう)勇士(ゆうし)の画伝(ぐわでん)多(おほ)し
  於乳母(おうば)の日傘(ひがらかさ)《割書:錦絵(にしきゑ)にて|はりたり》 手(て)の裏(うち)の玉(たま)《割書:蝶(てふ)よ花(はな)よの模様(もやう)あり女児(むすめ)は|箱入(はこいり)にして深窓(しんさう)にあり》
  手遊(てあそ)びの張籠(はりかご)《割書:種類(しゆるい)|おびたゝし》 苦労(くらう)苦患(くげん)之(の)像(ぞう)《割書:下品(げぼん)両親(りやうしん)養育(やういく)の御作(おんさく)|一統(いつたう)丹誠(たんせい)といひつたふ》
  恩愛(おんあい)親王(しんわう)
  心必(しんひつ)の短冊(たんざく)
【左丁左下部、四角枠内】
はへばたてたてばあゆめと子(こ)をおもふ
わが身(み)につもる老(おい)をわすれて    古歌

  

【右丁】
子故(こゆへの)の迷所(めいしよ)【囲み線あり】
【右丁上部】
ほうさうとうげはしか山をこえ
ざればあんしんならぬけしき也
こゝにきやうふうといふかぜ
ふきむし汁出るはなの下
あかくなりてなきむし山
見ゆるなみだのあめ
ふることおびたゝし
【右丁図内】
疱瘡(ほうさう)峠(とうげ)【囲み線あり】
痳疹(はしか)山(やま)【囲み線あり】
なきむし山【囲み線あり】
ひゐ居(きよ)谷(たに)【囲み線あり】【脾胃虚=消化機能の低下した状態のこと。】
食(く)ひ杉(すぎ)【囲み線あり】
○名ぶつきおう丸
 くまのゐ八ツめうなぎ
  あかがへるさんせう
          うを
孫(まご)のめん堂(どう)【囲み線あり】
としより
   みる
○まごのめんどうをみる
ばゝアそんじやあいに
おぼれやくにたゝずの
みだありおんを
わすれてなんにも
 ならずまごをかはふ
  よりいねをかへといふ
  そのねだん三百やすし
それ宮(みや)【囲み線あり】
○それ
 みやは
けがでも
 させるなと
     いふ
こもりどうの
  をしへなり
ひへまきの田【囲み線あり】
いまどやきのとう【囲み線あり】
なまり天神(てんしん)【囲み線あり】
はこにはの跡(あと)【囲み線あり】

○どうはどのと
いふ事也くるはの
かふろのことば
      なり
子(こ)もり堂(どう)【囲み線あり】

○このへんの田(た)
      に
 いたづらだ
  こまつ田
    おほし
金魚(きんぎよ)船(ふね)のみたらし【囲み線あり】
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 六
【左丁上部】
子をみること
おやにしかず
おやほど子の
めんどうを見る
ものなしわきより
見ればそのてまへ
がつていふばかりなし
他(ひと)の子のあしきを
てほんにしてよきを
       いはず
 子ゆへのめい所だい一の
       ふうけいなり

○やけのゝきじよるの
      つるおほし

○三ツ子のたましひ
  百までといふこと
 あればをしへが
  かんじんなり
そくゐんじあいは
 ふじんのじん【注】
      なり

【注 婦人の仁=目前の小さな同情にひかれて、大局を見失うこと。】

○これより
 おししやう山(さん)へ
    ゆくみち
      あり
【左丁図内】
すなを峠(とうげ)【囲み線あり】
おとなしの滝(たき)【囲み線あり】
あつゝの関(せき)【囲み線あり】
乳母(おんば)山(さん)【囲み線あり】
○わん
 はく寺は
ふたおやの
しさうぼさつを
   あんちす
○きまゝの
 もみぢの
   めいしよ
於坊(おばう)さんわんはく寺【囲み線あり】
わが侭(まゝ)坂(さか)【囲み線あり】
○めい
ぶつ
あか
だんご
○この山
 どようまつ之まへ
まいつき二日に
きうの
 けふり
   たつ
 むびやう
    の
 れうぢ
   ば
  なり
○ねん
ねこと
  いふ
ねこ
おほし
ほし井(ゐ)【囲み線あり】
○めいぶつ
 白雪(はくせつ)かうあり
  ひい〳〵がら〳〵
  かざくるま
   てあそび
     なり
○ひと〴〵の
このみちに
まよひふびんに
あまへておしへず
山にころばしおくは
わろきみちなり
 かわゆいこは
     ぼうで
     そだてよ
       とは
     よき
    をしへなり
子(こ)ゆへのやみ路(ぢ)【囲み線あり】

【右丁】
泰平(たいへい)山(さん)安楽(あんらく)の身哉(みや)《割書:身哉(みや)は|宮(みや)なり》五常(ごじやう)の道(みち)より聖賢(せいけん)の道(みち)に入(い)り公道(こうだう)
 人道(にんだう)の本街道(ほんかいだう)より至(いた)るこゝに居付(いつき)在(まし)ます御神(おんかみ)は四方(しはう)一丁(いつてう)の角(かど)
 地面(ぢめん)有徳(うとく)天神(てんじん)と申《割書:天神(てんじん)は|転人(てんじん)也》奉(たてまつ)る惣領(そうれう)子息(しそく)人(じん)とて御兄弟(おんはらから)おほく
 ましませ共 皆(みな)夫(それ)〳〵に嫁(とつぎ)給ひ惣領(そうれう)の上(かみ)なるゆへに家督(かとく)相続(さうぞく)なさしめ
 給ふ性質(うまれつき)柔和(にうわ)正直(しやうじき)にして忠孝(ちうかう)の道(みち)を守(まも)り仮(かり)にも奢(おごり)を顧(かへり)み給はず
 質素(しつそ)倹約(けんやく)を旨(むね)とし上(かみ)たるを敬(うやま)ひ下(しも)を憐(あはれ)み慈悲(じひ)の心(こゝろ)深(ふか)く堪忍(かんにん)第一(だいゝち)
 にして主(つかさ)どる所(ところ)の勤(つとめ)に怠(おこたり)なく子孫(しそん)長久(ちやうきう)の繁栄(はんゑい)を守護(しゆご)なし給ふ
 親族(しんぞく)の末社(まつしや)には慈愛(じあい)を垂(たれ)給ひ眷属(けんぞく)を恵(めぐ)み財宝(ざいはう)を施(ほどこ)し給ふ
 故(ゆへ)に天理(てんり)に協(かなひ)給ふ人徳(じんとく)厚(あつ)き礼者(れいしゃ)《割書:霊社(れいしゃ)|なり》なり
夫婦石(めをといし) 夫婦石(めをといし)は泰平(たいへい)山(ざん)の麓(ふもと)にあり相(あひ)伝(つたへ)ていふ昔(ふかし)こゝに夫婦(ふうふ)の
【右丁枠外左下部】道中二ヘン 七
【左丁】
 農民(ひやくしやう)あり常(つね)に足事(たること)を知(しつ)て奢(おこり)の心(こゝろ)露(つゆ)ばかりもなく夫(おつと)は妻(つま)をあはれみ
 妻(つま)は夫(おつと)を敬(うやま)ひかしづき互(たがひ)に助(たすけ)て耕作(かうさく)の勤(つとめ)怠(おこた)らず三男(さんなん)二女をまうけ
 その養育(やういく)孟母(まうぼ)の趣(おもむ)きありければ其子(そのこ)みな篤実(とくじつ)質朴(しつぼく)にして考(かう)
 行(かう)に事(つかへ)ければ国守(こくしゆ)より褒美(はうび)を給(たまは)り親(おや)は春(はる)は種(たね)を蒔(まき)晴雨(せいう)
 をいとはず田(た)を耕(たがや)し丹誠(たんせい)に暇(いとま)なく夏(なつ)の炎(えん)暑を凌(しのぎ)て豊作(ほうさく)を
 楽(たのし)み夕顔(ゆふがほ)棚(だな)の下(した)涼(すゞみ)男(をとこ)はてゝら【ててら=下帯・ふんどし】妻(め)は二布(ふたの)【二布=腰巻】して麁食(そしよく)をよろこび
 是(これ)を我(われ)天(てん)より授(さつけ)給ふ富貴(ふうき)とのみ歓楽(たのしみ)ければその風儀(ふうぎ)隣村(りんそん)に
 なびき皆(みな)醇厚(じゆんかう)になれたま〳〵驕慢(きやうまん)の心(こゝろ)あるものは足(あし)を止(とゞ)
 めずこの故(ゆへ)に夫婦(ふうふ)の形勢(かたち)を石(いし)に彫(えり)て古跡(こせき)を残(のこ)せしとぞ
高運(かううん)山(ざん) 三教(さんけう)道(だう)より福禄(ふくろく)道(だう)へ至(いた)り宝(たから)の山(やま)へ行道(ゆくみち)なり平人(へいにん)常(つね)に

【右丁】
安楽(あんらく)の宮(みや)【囲み線あり】
【右丁上部】
忠恕の海
 なみかぜなく
ゆきわたりて
  おだやかなり
○めいぶつ
 めで鯛(たひ)
 よろこぶ
【右丁図内】
不老(ふらう)不死(ふし)【囲み線あり】
孝心(かうしん)の社(やしろ)【囲み線あり】
ふくの神社(かみやしろ)【囲み線あり】
○見あげた
    山に
二おやを
 孝心(かうしん)にまつる

一こく
 一じやう
しろ
 あと
みゆる
むつまし木(き)【囲み線あり】
○かないに多し
○ゆ鷹(たか)といふ
  とり あり
かたいしん台(だい)【囲み線あり】
分家(ふんけ)の社(やしろ)【囲み線あり】
忠義(ちうぎ)堂(どう)【囲み線あり】
このへんに
おほく白鼠(しろねずみ)
    すむ
めでたき【囲み線あり】
身(み)の垣(かき)【囲み線あり】
○門前(もんぜん)に
松杉(まつすぎ)をうゑて
 長久(ちやうきう)を
  いのる

一家(いつけ)一門(いちもん)【囲み線あり】

○このやしろは
  しらかべつくりの
 むねをならべ
  つねにれいぎ
     たゞしく
  さんけいに
    よこみちなく
     まつすぐなる
      みち一筋(ひとすじ)
         あり

○この宮(みや)に
 一のとりえ
    あり
とり居(ゐ)は
取依(とりえ)の
 こじ
  つけ
   なり
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 八
【左丁上部】
鶴舞
 千年樹
亀遊
 万代池

○養老(やうらう)の滝(たき)は
  宝(たから)の山(やま)にあり
 ふくろくだう
   よりいたる
【左丁図内】
ゐん居(きよ)山(さん)【囲み線あり】
ほん社(しや)【囲み線あり】
和合(わかう)神(じん)【囲み線あり】
先祖(せんぞの)霊社(みたま)【囲み線あり】
文字(もじ)しゝほさつ【囲み線あり】
無事(ふじ)の玉垣(たまがき)【囲み線あり】
そくいん【囲み線あり】
あんおんどう【囲み線あり】
○そく
 いんの
こゝろ
 なきは
人にあらずと
いふところ
    なり

○かなつちで
  たゝいて
 わたる
  いしばし
    あり

○この大木しよにんの
  たちよるべきかげあり
 たちよらはおほ木の
       かげといふ
         これ
          なり
しひふか木(き)【囲み線あり】

○このへん
しろ水の
ながれ
たへず

【右丁】
 趣(おもむ)く所(ところ)にして天運(てんうん)循環(じゆんくわん)といふ道(みち)より至(いた)れば本街道(ほんかいだう)にて登(のぼれ)ば下(くだ)る道(みち)
 あり諺(ことわざ)に果報(くわほう)は寝(ね)て待(まて)といへども果報(くわほう)とは果報(めぐるむくひ)といふ事(こと)にて陰徳(いんとく)を施(ほど)
 こさねば陽報(やうはう)ある事なし運(うん)は天(てん)にあり牡丹餅(ぼたもち)は棚(たな)にありと
 いへども棚(たな)へ揚(あげ)る人(ひと)がなければ自然(しせん)に牡丹餅(ぼたもち)のあるべきやうなし此(この)
 高運(かううん)山(さん)には善悪(ぜんあく)ともに不慮(おもはず)至(いた)るものあり贔屓(ひゝき)の影(かげ)に道(みち)あり
 言葉(ことば)の花盛(はなさかり)なれば追従(ついしやう)賄賂(まいない)の姦智(かんち)によりて諂(へつらひ)内欲(ないよく)の私(わたくし)に
 爰(こゝ)に至(いた)るは遂(つひ)に其身(そのみ)を斃(ほろぼす)の訛(あやまり)となるされども人(ひと)はこれを
 羨(うらや)むお結構(けつこう)といふ鳥(とり)あり何(なに)にても抓(つかむ)といふ又(また)主(しゆう)のため
 親(おや)の為(ため)子孫(しそん)の為(ため)に登(のほ)る事(こと)もあり煩悩(ぼんのう)の雲(くも)に掩(おほ)はれ只(たゞ)
 宝(たから)の山(やま)に入(いら)んと欲心(よくしん)に道(みち)を忘(わす)るゝ迷所(めいしよ)なり天命(てんめい)を楽(たのしむ)
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 九
【左丁】
 ものは斯(かゝ)る危(あやふ)き道(みち)におもむかず満(みつ)れば欠(かく)る患(うれへ)眼前(がんぜん)にあるべ
 き所(ところ)なり昔(むかし)毎内(まいない)といふ人(ひと)欲心(よくしん)深(ふか)く物(もの)を食(くふ)も不食(くはず)に溜(ため)たる
 金(かね)を路用(ろよう)となし宝(たから)の山(やま)に至(いた)らんことを思(おも)ひ立(たち)て道(みち)の難所(なんじよ)を厭(いとは)ず
 一人の婦人(ふじん)を案内(あんない)に頼(たの)み懸河(けんか)といふ川(かは)をわたり既(すで)にして宝(たから)の山(やま)
 の半腹(はんふく)に至(いた)りしとき俄(にはか)に徳風(とくふう)起(おこり)て吹帰(ふきかへ)され先達(せんだつ)の婦人(ふじん)も
 見失(みうしな)ひすご〳〵帰(かへり)来(きた)りしとぞ是(これ)を諺(ことわざ)に宝(たから)の山(やま)に入(いり)ながら手(て)を
 空(むなしく)して帰(かへ)るといふ五郎(ごらう)時致(ときむね)祐経(すけつね)に対面(たいめん)のとき是(これ)を罵(ののし)りいふ
 言葉(ことば)となれりよしや朝比奈(あさひな)こゝに居合(ゐあは)せずとも道(みち)にあらず
 して横道(よこみち)よりこの山(やま)に登(のぼ)ることはお つ(◦)こてへろ【へろ=辺ろ。ほとり】ト聖賢(せいけん)のいましめ
 給ひし迷所(めいしよ)の高山(かうざん)なり

【右丁】
世渡(よわたり)の迷所(めいしよ)【囲み線あり】
【右丁上部】
かううんざんは
おもはずのぼる
こともありつねに
こゝろがけても
 のぼりかねる
   なんじよ
    なり

のぼり
 つめれば
 くだるみち
    あり
 うつかりすると
  ふみはづして【左丁上部へ続く】

【右丁図内】
高運(かううん)山(さん)【囲み線あり】

その身(み)の花盛(はなさかり)【囲み線あり】
○その身のはなざかりはかううんざんに
   ありさかりのうちにみのなる
     あとのくふうなければ
           かれきとなるべし
家(いへ)の面木(めんぼく)【囲み線あり】
○おもはぬ
 ときにはな
  ひらく
   うんの木(き)
     なり
 はなさきて
  みはうゑへ
   なりあがる
       と
      いふ
   みやう
    もんの
    うち
      に
     あり
増長(そうちやう)谷(たに)【囲み線あり】
○ぞうちやうだにはかううんざん
 しゆつせのたきとりつしん寺の
   したにありこゝにおちれば
      もとのもくあみだ
      みちに
       いたる
      道あり

しろ
みづを
 ながす
出世(しゆつせ)の滝(たき)【囲み線あり】
立身(りつしん)事(じ)【囲み線あり】
○ひゐ木と
いふ木
 おほき
 ところ
  なり
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 十
【左丁上部】
 おちる山みち
     なり
こゝろをもちひて
  ゆだんすべからず
【右丁図内】
みかけた山(やま)【囲み線あり】
○みかけた山は
 つねにのぼるべき
 たよりをまつときは
    みちづれも
      あるべし
細(ほそ)もとでの蔦葛(つたかつら)【囲み線あり】
一 足(そく)とび岩(いわ)【囲み線あり】
○てばなし一そく
とびよりかねのつるをとらへんと
 するときはあぶないといふ
  ばかりみな人はたかみで
       けんぶつなり
金(かね)の蔓(つる)【囲み線あり】
○かねのつるに
   とりつけば
   なんじよも
    のぼるべき
    たよりと
      なる
家業(かげふ)者(じや)越(こへ)【囲み線あり】
○かげふじやごへは
やぶさかてのいり
 ようかゝりて
ぬけみちひけ道に
 くるしむなんじよ
  なれどもまつくろく
    なつてみちを
        かせげば
       かねのつるに
         とりつく
        ところ
          なり
世渡(よわたり)の橋(はし)【囲み線あり】
○こけの
 ほそ道に
   かゝる
  りつしん
    じへ
  ゆけば
 しゆつせの
   たきに
  おもむくべし
かせ木(き)【囲み線あり】
○かせ木(き)は一山(いつさん)のまへにあるゆへに
  かせ木いつさんまへ【注】といふ

【いつさんまへ=一三昧。一つのことに集中すること】

【右丁】
不経済(ふけいざい)散財(さんざい)寺(じ) 《割書:事(じ)に|用ゆ》算用(さんよう)道(だう)の抜道(ぬけみち)にあり
  本尊(ほんぞん)借銭檀(しやくせんだん)寝者迦(ねじやか)如来(によらい) モウ呉無(くれぬ)損者(そんじや)一統(いつたう)散例(さんれい)の御作(おんさく)
   身代(しんだい)質堂(しちどう)伽藍堂(がらんどう) 《割書:食哉(くふや)不食(くはず)なんと上人(しやうにん)再建(さいこん)|空腹(ひだる)ひ甚五郎(ぢんごらう)造立(ぞうりう)》
   焼呑陀(やけのみだ)如来(によらい)の尊像(そんぞう) つまらん国(こく)より伝来(でんらい)
   左(ひだ)り前(まへ)の身陀(みだ)如来(によらい) 《割書:嘘付(うそつき)弥次郎(やじらう)梵天(ぼんでん)国(こく)にて寄付(きふ)いくらかりが在(あつ)ても|平気(へいき)平左(へいざ)ヱ(へ)門(もん)万八(まんはち)にてとりあはずかうじ町(まち)の井戸(ゐど)より出現(しゆつげん)》
 当寺(たうじ)は平気(へいき)にして見(み)かけた山(やま)もなく貧乏神(びんぼうがみ)の社(やしろ)を頭(あたま)の上(うへ)に
 祀(まつ)りて祭礼(さいれい)盆暮(ぼんくれ)二季(にき)にあり後悔(こうくわい)道(だう)惣(そう)鎮守(ちんじゆ)とす是(これ)を後(あと)の祀(まつり)と云
 本堂(ほんどう)は根接(ねつぎ)前(まへ)にて土蔵(どぞう)大破(たいは)に及(およ)びさいこん自力(じりき)に及(およ)びがたく
 親類(しんるい)一同(いちどう)持寄(もちより)掛捨(かけずて)無尽(むじん)の寄進(きしん)あれども身代(しんだい)の大穴(おおあな)ふさぎ
 かね焼石(やけいし)の水(みづ)忽(たちまち)かはき元(もと)の木阿弥(もくあみ)陀仏(だぶつ)こゝに出現(しゆつげん)あり係(かゝ)
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 十一
【左丁】
 らん亭(てい)に僅(わづか)の縁(えん)に腰(こし)をかけても世間(せけん)は鬼門(きもん)八方(はつはう)ふさがり山門(さんもん)
 の工面(くめん)も出来(でき)ず是非(ぜひ)なく分山(ぶんさん)に至(いた)り借銭(しやくせん)の淵(ふち)に落(おち)て浮(うか)む
 瀬(せ)なし貧乏(びんぼう)性人(しやうにん)則(すなはち)これなり 雑物(ざふもつ)僅(わづか)次(つぎ)にしるす
   略(りやく)縁起(えんぎ) 諸人(しよにん)けちりんの為(ため)しるす
 抑(そも〳〵)当山(たうざん)の開基(かいき)は律儀(りちぎ)一編(いつへん)性人(しやうにん)子孫(しそん)の為(ため)に数年(すねん)難行(なんぎやう)苦(く)
 行(ぎやう)して幾(いく)ばくの辛苦(しんく)を凌(しの)ぎ鼠色(ねずみいろ)のふんどしも手拭(てぬぐひ)を今朝(けさ)
 となし古(ふる)布子(ぬのこ)の衣(ころも)などまとひ無益(むだ)の銭(ぜに)を遣(つか)はず生涯(しやうがい)絹(きぬ)を
 肌身(はだみ)に付(つけ)ず稼(かせぎ)溜(ため)身上(しんしやう)の山(やま)未塵(みぢん)積(つも)りて忽(たちまち)間口(まぐち)七間半(しちけんはん)の本(ほん)
 堂(どう)を造立(ざうりう)し給ふ夫(それ)より諸堂(しよどう)宝蔵(ほうざう)を建立(こんりう)ありて一代(いちだい)にして
 金(かね)の番人(ばんにん)となり給ひ地面(ぢめん)三(さん)が庄(せう)の大地(たいち)を造立(ざうりう)し給ふその

【右丁】
 息子(むすこ)放蕩(どら)和尚(をしやう)《割書:おしやうはどらを|しやうなり》栄花(ゑいぐわ)に育(そだち)て奢(おごり)に超過(てうくわ)し
 金銀(きん〴〵)は湧物(わきもの)と思(おも)ひ湯水(ゆみづ)のごとく遣(つか)ひ果(はた)して身上(しんしやう)に始(はじめ)は僅(わづか)の
 穴(あな)をあけけるに利(り)に利といふ悪魔(あくま)累(かさな)りて大穴(おほあな)となる爰(こゝ)に於(おい)て
 身代(しんだい)の山道(やまみち)難所(なんじよ)多(おほ)く下(くだ)り坂(さか)に趣(おもむ)き為事(すること)なすこと鶍(いすか)の
 嘴(はし)と齟齬(くひちがひ)多(おほ)く或(ある)ひは山(やま)に掛(かゝ)り火災(くわさい)に係(かゝ)り律義(りちぎ)一遍(いつへん)
 性人(しやうにん)数年(すねん)の辛苦(しんく)こゝに於(おい)て空(むなし)く烏有(ういう)となるそれより放蕩(どうらく)
 和尚(をしやう)は隠居(いんきよ)和尚(をしやう)となり女房(にようばう)大師(だいし)事務(じむ)を預(あづか)り長(おさ)を振(ふり)
 古参(こさん)の家来(けらい)を追出(おひだ)し新(あらた)に経済(けいざい)の守法(しゆほふ)を更(かへ)恣(ほしい)まゝに我(が)
 意(い)に募(つの)り万(よろづ)に蔑(ないがしろ)多(おほ)くさかしきに従(したがひ)て親類(しんるい)世間(せけん)の突合(つきあひ)
 に追倒(おひたふ)され番頭(ばんとう)再勤(さいきん)後見(こうけん)和尚(をしやう)孫(まご)の浮気(うはき)上人(しやうにん)三世(さんぜ)に至(いた)る
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 十二
【左丁】
 牝鶏(ひんけい)の朝(あした)するは家(いへ)の索(つくる)所(ところ)と宜(むべ)なるかな女房(にようばう)大師(だいし)公道(こうどう)を弁(わきま)へず
 人情(にんじやう)の非理(ひり)を押(おし)て万事(ばんじ)後悔(こうくわい)道(どう)に至(いた)ることのみ多(おほ)かりければ些(すこし)
 の間(ま)に借金(しやくきん)に首(くび)も廻(まは)らず融通(ゆづう)止(とま)りて親々(おや〳〵)堂(どう)證(しやう)考正(かうしやう)の
 相談(さうだん)相手(あいて)一個(ひとり)もあらず此(この)とき急(きう)に壁(かべ)に馬(うま)を乗掛(のりかけ)たる無(ない)といふ
 兵(つはもの)出(で)ても救(すくふ)べき手段(てだて)なし龍陽魚(ごまめ)の歯(は)ぎしり負吝(まけをしみ)も百計(ひやくけい)
 とゝに尽果(つきはて)て只(ただ)あはれむべきは浮気(うはき)性人(しやうにん)独(ひとり)貧乏鬮(びんぼうくじ)を背負(しよひ)
 こみて無間(むけん)の鐘(かね)も搗(つく)便(たよ)りなく異見(いけん)の種(たね)も聞(きく)によしなし
 左(ひだ)り前(まへ)の尊像(そんぞう)梵天(ぼんてん)国(こく)へ帆(ほ)を懸(かけ)て亡命(かけおち)の身陀(みだ)となり給ふ
 是(これ)を諺(ことわざ)に親(おや)は挊(かせぎ)子(こ)は楽(らく)をする孫(まご)乞食(こじき)すると言 満(みつれ)ば欠(かく)る
 盛衰(せいすい)栄枯(ゑいこ)の理(ことはり)天命(てんめい)に協(かなは)ざれば此如(かくのごと)し分(ぶん)を量(はかり)足(たる)ことを

【右丁右上部から】
不経済(ふけいざい)散財(さんざい)事(じ)之(の)雑物(ざふもつ)【囲み線あり】
樽(たる)が大事(だいじ)【囲み線あり】
○月(つき)雪(ゆき)花(はな)の
  ながめは
   おろか
何(なん)につけても
 酒〳〵と呑(のむ)ことに
工面(くめん)めんぺきの尊像(そんぞう)なり
  樽(たる)が損者(そんじや)といふ小買(こがひ)が
         徳(とく)なり
さけ【樽が大事の図内、樽に書かれている】
無多(むた)如来(によらい)の尊像(そんぞう)【囲み線あり】
○宵(よひ)ごしの銭金(ぜにかね)はもたぬことを
  ちかひて殻(から)【読ヵ】さし【注1】の百度(ひやくど)まいりを
            よろこび給ふ
【無多如来の図、尊像の台座部分右に倒した形】
弘化二年■
現金諸色之通
■■月■■
○樽(たる)が大事(だいじ)の尊像(そんぞう)は毎日(まいにち)大酒盛(おほさかもり)を
  してんわう寺(じ)二日ゑひもちこしむかひ酒(さけ)のみだ
   肴(さかな)らうそくの費(ついえ)をいとはずよたんぼう【注4】と也
   酔(よつ)たうちの大気(たいき)【注2】むだづかひにあとさきの勘(かん)
   定(ぢやう)考(かんがへ)もなくはてはけんくわ口論(こうろん)にかゝりて
   家業(かげふ)をやすみ面目(めんぼく)を失(うし)なへども恥(はぢ)とも
   おもはず頭痛(づつう)はちまきのくすりざんまい
   のみなほしのぐてんどろたぼう【注5】となり費(ついえ)
   だい一の尊像(そんぞう)なり吐血(とけつ)酒(しゆ)どく内(ない)そんの
    わざはひはこれよりいだす
○奢(おごり)判官(はんぐわん)の守(まもり)本尊(ほぞん)身(み)のほどを弁(わきま)へずゑよう
 ゑいぐわにみることきくこと人のする事はうら
 やましく一寸(いつすん)さきはやみだによらいあればあり
 きりのむかふみず女ぼう大しの御さくにて
 物(もの)まへあてなしの借金(しやくきん)引当(ひきあて)間違(まちがひ)借(かり)ては
 かへさぬかうじ町(まち)の井戸(ゐど)【注3】より出現(しゆつげん)ある
   むだによらい南(な)むさんぼうかしても
              かりてもなむ
                あみだぶつ
淫乱(いんらん)性人(しやうにん)の於文箱(おふみばこ)【囲み線あり】
【右丁枠外左下部】
道中二編 十三
【左丁右から】
証拠印(しやうこいん)の真蹟(しんせき)【囲み線あり】
証拠印(しやうこいん)のしんせきは書(かき)いれの有無(うむ)金子(きんす)借用(しやくよう)
證文(しやうもん)なり年月(としつき)つもりて利(り)に利のかさみつひに
 かきいれをとられ人手(ひとで)にわたすたしかな證拠(しやうこ)の
 印(いん)あるしんせきなり借金(しやくきん)は身代(しんだい)のらうがいやみ
 にてだん〳〵にくのへるはてはほねがらみとなり
 どうしやうかうしやうのしゆだんつきるやりくり
 なんじうのしゆせきなりゆづうによりては
         なくてならぬけいざいの
            しやうこいんなり
【証拠印の真蹟図内】
  借用申金子■■【事ヵ】
一金 三(?)百両也 ■■■■■
右【以降判読できず】

○身(み)から出(で)たさび刀(がたな)はみぬけの方剣(はうけん)と
いふ奢(おごり)家(け)の重宝(ちやうはう)也 出(いで)てふたゝびもとの
 さやへおさまらずすべてものごとさしつまり
   たるとき壁(かべ)へ馬(うま)をのりかけ敵(てき)を
 見て矢(や)をはぐごとき思慮(しりよ)なければ
   善悪(ぜんあく)ともにわざはひのつるぎに
    かゝりて身(み)のさびと
           なるといへり
○いんらん性人(しやうにん)の御ふみと申はもとより
  身(み)ぶん不相応(ふさうおう)の妾宅(せふたく)をしつらへ
 女(をんな)ぐるひにおのれがすきの道(みち)へは金銀(きん〴〵)を
 つかひすて口には田川や平清の【田川・平清=どちらも料理屋の名前】の美味
をくひあき身(み)には流行(りうかう)のそこいたり【注6】を
 かざり僭上(せんしやう)【注7】につのりて身(み)のつとめに
おこたり病(やまひ)をしやうじておんせん湯治(たうじ)に
           遊山(ゆさん)をことゝすかぎりなき
           さんざいをたのしみなじみの女(をんな)
           よりのお文(ふみ)さまとたつとぶ
          ふけいざいのひとつなり
身(み)から出(で)た錆刀(さびがたな)【囲み線あり】

【注1 からさし=空緡。銭をとめる為の結び目のない銭さし】
【注2 大気=度量がおおきいこと。気が大きくなること】
【注3 こうじ町の井戸=深いもののたとえとして使われる表現。麹町は高台で井戸が深かったことから】
【注4 よたんぼう=ようたんぼう(酔うたん坊)の変化した語。酒に酔っている人。酔っ払い。】
【注5 ぐでん泥田棒=「ぐでん」は酒に酔って正体のないさま。「泥田棒」は「泥田を棒で打つ」の略でめちゃくちゃな振る舞いをすることなので、酔ってめちゃくちゃをすること。】
【注6 底至り=外観は粗末だが、内実或は人目につかぬ所は手がこんで立派なこと。】
【注7 身分を越えて奢りたかぶること。】

【右丁】
不取締(ふとりしまり)のなげ鎗(やり)【囲み線あり】
○不取締(ふとりしまり)なげ鎗(やり)は鼻毛(はなげ)山(やま)延太郎(のびたらう)所持(しよじ)なしたりといひつたふ
 牝鶏(ひんけい)の昃(あした)【晨の誤】するは家(いへ)のつきる所(ところ)なり女(をんな)大将(たいしやう)と世(よ)によばれたる
 かまど将軍(しやうぐん)物事(ものごと)行成(ゆきなり)と朝夕(あさゆふ)の合戦(かつせん)に用(もち)ひ高名(かうみやう)してその家(いへ)
 滅亡(めつぼう)に及(およ)びたる家内(かない)第一(だいいち)の不調法(ふてうほふ)なり

三損(さんぞん)の身(み)だ【囲み線あり】
○三損(さんぞん)の身(み)だ如来(によらい)は○大酒(たいしゆ)の身(み)だ○突合(つきあい)の身(み)だ○やけの身(み)だ
   いづれも大損(だいそん)にして難登(なんと)放隆(はうりう)事(じ)の什物(じうもの)なりしを生得(しやうとく)
                    大酒(たいしゆ)筆(ふで)をくわへて
                     終(つひ)によい〳〵よいと
                       ほめ給ひ
                          し
                     散損(さんぞん)の身だと
                        申すは
                       これなり
性得(しやうとく)大酒(たいしゆ)の筆(ふで)【囲み線あり】
【三損の身だ図内、掛け軸のしつらえの図柄として】
王緑
老松
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 十四
【左丁右上部】
親(おや)乃 撥(ばち)【囲み線あり】
○孝行(かう〳〵)をしたいじぶんにおやは
 なしとかうくわいすれば
  おやのばちを
 しるべし
金(かね)乃 撥(ばち)【囲み線あり】
○とんでおごりをしらず
 つかひはたしてめがさめれば
  身はしやみせんのどうも
   じやうがないといふとき
     はじめてしれる
       かねのばちなり
【親乃撥・金乃撥図内】
不孝
不知足
【左丁右下部】
○おやのばちはどらをうつに用ゆかたちは
  すりこ木(ぎ)のごとく不孝(ふかう)の文字(もじ)あり
○金(かね)のばちは身上([し]んしやう)左(ひだ)り前(まへ)となり
   身(み)をひくとき用ゆこれを
 左身変(さみへん)のばちあたりといふみな
  道楽(どうらく)寺(じ)の什物(じうもつ)にて散財(さんざい)の
            名物(めいぶつ)なり
【左丁左上部】
分散(ぶんさん)二足(にそく)三門(さんもんの)額(がく)【囲み線あり】
【分散二足三門額図内】
馬鹿遅変報
■【臨ヵ】所当極欲
多文盲愁傷
【左丁左下部】
○この額(がく)は身上(しんしやう)破滅(はめつ)にいたり家財(かざい)のこらず
 見たをし【注①】に売(うり)しろ【注②】なすきものをつぶしの直段(ねだん)に
 して台所(だいどころ)道具(だうぐ)の宸筆(しんひつ)といひ伝ふ
五百(ごひやく)薬鑵(やくわん) 杓子(しやくし)如来(によらい) 寄喰(よりく)ふ物(もの) 手桶(ておけ)のみだ
 あぶりこ【注③】のはそんかなあみだぶつ火箸(ひばし)の頭(かしら)も
  ちん〳〵からといふ土瓶(どびん)さうづの作(さく)いまどやき
 ほうろくのかたはれねつからふめぬをねをよみかへ
  といふなんじうのがく也○文字(もんじ)はばかのろひへん
ほふりんしよとうごくよくだもんもうしうしやうとあり
【注① 極めて安く見積もること。又「見倒屋」の略で、品物を極めて安く評価して買い取るのを職業とする人。】
【注② 売って金銭に換える品物。】
【注③ あぶりこ=餅などを焼くときに使う鉄製の網】









【右丁】
  知(しつ)て奢(おごる)心(こころ)なき者(もの)は斯(かゝ)る患(うれ)ひ子孫(しそん)にもあらず斯(かく)て親類(しんるい)證人(しやうにん)
 位牌所(ゐはいじよ)断絶(だんぜつ)せんことを悲(かなし)み九尺(くしやく)二間(にけん)の裏店(うらだな)を一宇(いちう)再興(さいこう)し
 給ひ不経済(ふけいざい)散財(さんざい)事(じ)と号(がう)す後悔(こうくわい)堂(どう)第一(だいいち)の名所(めいしよ)なり
南無山(なむさん)仕損(しそん)事(じ) この山(やま)のはづれにあり本金(もとで)は損者(そんじや)を安置(あんち)す
 仕損(しそん)事(じ)は借銭(しやくせん)の渕(ふち)にあり奢(おごる)平気(へいき)の一文(いちもん)なし身代(しんだひ)落城(らくじやう)の
 古跡(こせき)にてやしまだんの裏店(うらだな)に引籠(ひきこも)り米櫃(こめびつ)の底(そこ)を見(み)くづと
 なり平気(へいき)の一文(いちもん)おんりやう借(かり)とないて諸人(しよにん)をなやませけるを平(へい)
 気借(きがり)といふ《割書:またへいき|蟹(かに)ともいへり【注】》伯母(をば)山(さん)の御内證(おんないしやう)よし常(つね)家名(かめい)堅(かた)いか無(む)だするな
 吝(しはん)ぼうあかん弁慶(べんけい)などいふつはもの救(すく)ひのため質(しち)の谷(たに)さかおどしに
 合力(かふりよく)して帳(ちやう)をけし今度限(こんどかぎり)と戦(たゝか)給ひ平気借(へいきがり)のおんりやうたゝり
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 十五
【左丁】
 なくなりしといふ
貪婪(どんらん)山(ざん)強欲(がうよく)持(じ) 中銭道(なかせんだう)より入(い)る算要道(さんえうだう)の迷所(めいしよ)なり
 本地(ほんち)銭程(ぜにほど)光(ひかる)闇陀(やみだ)如来(によらい) 黄金佛(わうごんぶつ) 吝嗇(りんしよく)利欲(りよく)和尚(をせう)開基(かいき)
  非義(ひぎ)非道(ひだう)妙応(めうおうの)像(ざう) 《割書:爪(つめ)にともす火(ひ)をうしろにせおひ右(みぎ)のおん手(て)にじやけんの|つるぎをもち左(ひだ)りに人(ひと)の金(かね)でしばるのなはをもち給ふ》
  思想(しさう)菩薩(ぼさつ) 《割書:利(り)に利を積(つみ)て次第(しだい)に殖(ふえ)実(じつ)子よりも可愛(かわい)くおもふ掛(かゝ)り|子(こ)となづけたる高利(かうり)天(てん)より授(さつか)り給ふ金銀(きんぎん)大事(だいじ)の御 作(さく)なり》
  十一面(じふいちめん)観是恩(くわんぜおん) 《割書:親類(しんるい)縁者(えんじや)出入(でいり)するも無心(むしん)いはれまじと十面(じうめん)顔(かほ)をなせども|その上(うへ)に一面(いちめん)かねとともにふやして十一 面(めん)を作(つく)り給ふ古主(こしゆう)の落(おち)|ぶれたるをも見(み)ぬふりをするゆゑくわんぜおんと言ておんしらず|といふ》
 この貪婪(どんらん)山(ざん)強欲(がうよく)持(じ)は木食(もくじき)吝嗇(りんしょく)大和尚(だいをせう)の開基(かいき)にして年季(ねんき)奉(ほう)
 公(こう)の中迚(うちとて)も地道(ぢみち)のまだるき事(こと)を悟(さとり)主恩山(しゆお[か?]んざん)を潜(ひそか)に下山(げさん)なし僅(わづか)の元手(もとで)に
 山(やま)を登(のぼ)り金(かね)の蔓(つる)に取付(とりつき)て当山(たうざん)を開(ひら)き給ふ私欲(くすね)太郎(たらう)有金(ありかね)常(つね)

【注 へいき蟹=平家蟹。甲羅の背面に人面様の突起があり、瀬戸内海に多く生息することから、海に沈んだ平家の怨霊が変化したという伝説がある】

【右丁】
 に尊敬(そんけう)なし給ひ身勝手(みかつて)田(だ)欲張(よくばつ)田(た)の持領(じれう)を寄付(きふ)なし給ふ境内(けいだい)は
 三角(さんかく)にして事(こと)を角(かく)恥(はじ)を角(かく)義理(きり)を角(かく)この角をはづさず身(み)に垣(かき)を
 結(ゆ)ひ世間(せけん)しらずの堂塔(だうたふ)伽蘭(がらん)厳重(げんぢやう)なり
 抑(そも〳〵)当山(たうざん)は算要(さんえう)道(だう)第一(だいゝち)の迷所(めいしよ)にして其地(そのち)は太(ふと)つ(◦)原(ぱら)の広(ひろ)き行(ゆき)
 止(どま)りあり殺風景(さつふうけい)好(よく)。慾(よく)の海(うみ)深(ふか)く面(つら)の川(かは)厚(あつ)く流(なが)れ不理屈(ふりくつ)と
 いへる巌屈(がんくつ)ありその広大(くわうだい)なる限(かぎ)りをしらず金(かね)のなる木(き)四方(しはう)に繁(しげ)
 茂(り)世(よ)の中(なか)を見る事(こと)を知(し)らずこの金(かね)のなる木(き)といへるは握(にぎ)り桐(きり)の気(き)。
 情無(なさけなし)の気(き)。貰(もらへ)ば貰(もら)ひ桐(きり)。返(かへ)さぬ気(き)。必多栗(ひつたくり)。気(き)むづかし木(き)。属(たぐひ)すべて
 種々(さま〴〵)の気(き)生茂(おひしげ)り。慾(よく)に頂(いたゞき)を知(し)る事なし。爰(ここ)に慾(よく)の熊鷹(くまたか)といふ鳥(とり)
 ありて。抓(つかみ)たる物(もの)を離(はな)さず。掛鳥(かけとり)は慈悲(じひ)情(なさけ)のなき声(こゑ)高(たか)く無体(むたい)に
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 十六
【左丁】
 さへづり推鳥(おしどり)は向(むか)ふ水(みづ)に飛(とび)歩行(あり)く抓(つかみ)鳥(どり)は濡手(ぬれて)で粟(あわ)を喰(くら)
 ふことを悦(よろこ)び取鷹(とつたか)見鷹(みたか)といふ鳥(とり)多(おほ)し是(これ)より不人情(ふにんじやう)武佐(むさ)
 堀(ぼり)溜(ため)高の城跡(しろあと)取(とつ)た切通(きりどほ)し義理(ぎり)不知(しらず)見不知 我意(がい)の
 嶽(たけ)に闇雲(やみくも)絶(たえ)ず掩(おほ)ひ無理(むり)非道(ひだう)を行(ゆけ)ば荒添(あらそひ)の石(いし)《割書:遺志(ゐし)|なり》
 横瀬(よこせ)戻瀬(もどせ)返瀬(かへせ)の柵(しがら)み慾(よく)の川(かは)に在(あ)り爰(こゝ)に従来(もとより)其筈(そのはづ)の
 弁転(べんてん)を安(あん)置す分(ふん)厘(りん)毛(もう)弗(ほつ)【注】の小判(こばん)の端(はし)を渡(わた)り守銭奴(しゆせんぬ)有(う)
 財(ざい)の餓鬼(がき)堂(だう)あり儒家(しゆか)で守銭奴(しゆせんぬ)仏家(ぶつか)にて有財(うざいの)餓鬼(がき)と
 いふは倶(とも)に金(かね)の番人(ばんにん)なり一名(いちみやう)慳貪卑悋(しわんぼう)といふ貪婪(どんらん)山(さん)の奥(おく)
 の院(ゐん)是なり文盲(もんまう)愚昧(ぐまい)のものは是(これ)を倹約(けんやく)の末法(まつほふ)と心得(こゝろえ)吝(をし)
 嗇(み)欲(ほし)がりて金(かね)を溜(ため)るを富貴(ふうき)分限(ぶげん)と思(おも)ふは大(おほ)いなる誤(あやまり)なり

【注 分・厘・毛・弗=いずれも貨幣の単位】

【右丁】
利慾(りよく)の迷所(めいしよ)【囲み線あり】
【右丁上部】
○みやう
  もんに
 このんで
  いるときは
  山みちにかゝる
 とくのもんを
   こえざれば
 まことの
  みやうもんの
   みちには
    いりがたし
 高(かう)うん
  ざんの
  うしろ
    なり
○此所みやうもん
  りよくのまへ
【右丁図内】
名門(みやうもん)【囲み線あり】
名(な)をうる木(き)【囲み線あり】
徳(とく)をうる木(き)【囲み線あり】
偽(にせ)賢人(けんじんの)社(やしろ)【囲み線あり】
よくの川【囲み線あり】
○めいぶつ
 ほしい
 をしい
  あり
かねの鶴(つる)【囲み線あり】
○かねの
 つる
 いくらも
   あれ
    ども
   めつた
     には
    つか
     まらず
【右丁下部】
○よくの川その
   かぎりをしらず
○このなかせんだうと
  いふりよくのみち
 すぢは日ゝにゆか
  ねばならぬ
    道すじにて
  よのたび人
   このかいとうに
     くるしむ
      なんじよ
        なり
○やりくり
○くりまはし
○さんだん
○はう【注】を
   かく
すべてよの
  たび人の
 さま〴〵の
  ふてう
   ありて
  このみち
   すじを
    ゆく
     なり
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 十七
【左丁上部】
○こがねはな
    さき
ふくじゆ
   さう
多(おほ)し
○かね
  かけ松
○ぜに
  かけ松
   あり
○よのたび
    人
 りよくの
  みちに
   かゝりて
 よろこび
   かなしみ
 かんなんしんくの
   くるしみ
      あり
【左丁図内】
黄金(こかね)の山(やま)【囲み線あり】
古銭(こせん)場(じやう)【囲み線あり】
利慾(りよく)の道(みち)【囲み線あり】
むけんの鐘(かね)【囲み線あり】
ぜに塔(たふ)【囲み線あり】
金(かね)がか滝(たき)【囲み線あり】
○わがくびの
  おちるもしらず
 めのくらむましよなり
中銭(なかせん)道(たう)【囲み線あり】
かねが淵(ふち)【囲み線あり】
○この池(いけ)に
   ぜにかめ多(おほ)く
  きんせん花(くわ)
     はなさく

【注 はう=法又は報ヵ】

【右丁】
 倹約(けんやく)は人道(にんだう)第一(だいゝち)の嗜(たしなむ)べき行(おこな)ひにして費(ついへ)を省(はぶ)き奢(おごり)を謹(つゝし)み倹約(つゞましやか)に
 節(ほど)よく金銀(きん〴〵)を貯(たくは)へ散(ちら)すことを惜(をし)まず施(ほどこ)し取(とる)べきを取(とつ)て無益(むえき)の
 費(ついへ)を厭(いと)ふ是(これ)を倹約(けんやく)といふ吝嗇(りんしょく)はその裏(うら)なり財(さい)を貪(むさぼ)りとりて
 散(ちら)すことを悋(をし)む長(なが)き浮世(うきよ)に短(みじか)き命(いのち)を以(もつ)て甘味物(うまいもの)の味(あぢ)をしらず
 見(み)べきを見ず行(ゆく)べきに往(ゆか)ず一生(いつしやう)金(かね)の番人(ばんにん)となり生(せい)を貪(むさぼ)り死(し)して
 他人(ひと)の為(ため)になる文盲(もんもう)愚痴(ぐち)の至(いた)りなり来世(らいせ)は吝虫(しわむし)と生(うま)れ赤螺(あかにし)
 と生を更(かへ)亦(また)人(ひと)に食(くは)るゝなるべし阿房(ばか)の塚(つか)に茗荷(みやうが)を生(しやう)じ彼(かれ)は塚(つか)
 に生姜(しやうが)を生(しやう)せんされども我(わが)好む所(ところ)ありてこの山(やま)より好臭(こうしう)皆道(かいだう)へ
 の抜道(ぬけみち)少(すこ)しあり好臭(こうしう)皆道(かいだう)は美人(びじん)多(おほ)し末(すゑ)にくわしく誌(しる)す是(これ)より
 十六 利勘堂(りかんだう)あり貸(かす)のは損者(そんじや)殖(ふやさ)ずと減(へら)さぬやうにといふ誓(ちかひ)を
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 十八
【左丁】
 以(もつ)て建立(こんりう)し給ふ所(ところ)なり爰(こゝ)に安置(あんち)し給ふ非道(ひたう)菩薩(ほさつ)は赤子(あかご)の腕(うで)
 をねぢり人(ひと)の難義(なんぎ)をふり顧(かへり)ても見ず慈悲(じひ)の心(こゝろ)は露(つゆ)ばかりもなき
 身程家(みほどけ)也(なり)相伝(あひつたへ)て言(いふ)貸(かす)のは損者(そんじや)常(つね)に説(とき)給ふに凡(およそ)世(よ)にあるもの
 貧乏(ひんほう)にして金(かね)なき者(もの)生(いき)たる甲斐(かひ)はなしといふ金(かね)を多(おほ)く持(もち)たる者(もの)は
 人(ひと)も敬(うやま)ひ馬鹿(ばか)も利口(りこう)に見(み)へ文盲(もんもう)も知者(ちしや)となる金(かね)のわらじを
 はくも金銭(きんせん)意(こゝろ)に想(おも)ふこと金(かね)の徳(とく)を以(もつ)て整(とゝの)はずといふことなし只(たゞ)
 寿命(じゆみやう)と病(やまひ)のみ金(かね)でも及(およ)ばず夫(それ)金(かね)の妙(めう)なる事 無理(むり)をいへども
 道理(だうり)金(かね)の為(ため)に引込(ひきこみ)足(あし)なくして行(ゆき)翼(つばさ)なくして飛(とふ)金(かね)で人(ひと)の面(つら)を
 撃(うて)ども腹立(はらたつ)ものなく却(かへつ)てお手(て)の痛(いたみ)を尋(たづ)ぬ子(こ)は育(そだつ)るに費(ついへ)係(かゝ)
 り漸(やうやく)成人(せいしん)なせども日々(ひゞ)衣食(いしよく)の費(ついへ)あり金(かね)は證文(しやうもん)一員(ひとひら)を取(とつ)て

【右丁】
 手ばなすは危(あやふ)きに似(に)たれども昼夜(ちうや)利分(りぶん)を稼(かせい)で殖(ふや)せども衣(い)
 食(しよく)の煩(わづら)ひなし実子(しつし)よりも妻(つま)よりも金(かね)に代(かは)るものはあらず嗚呼(あゝ)
 可愛(かあゆき)かな尊(たうと)き哉(かな)と孔方(こうはう)大事(だいし)も説(とき)給ふ不働(ふはたらき)の貧窮(びんぼうにん)は清(せい)
 貧(ひん)を楽(たのし)むるぞと負(まけ)をしみより銭金(せにかね)を欲(ほ)しがらずとも吝(をしむ)時(とき)は
 事(こと)に臨(のぞ)みて恥(はぢ)をかゝず十(じう)の字(じ)の下(しも)を左(ひだ)りへ押枉(おしまげ)七(しち)となすにも
 種(たね)がなければ誰(たれ)とて金(かね)を貸(かす)ものあらん是(これ)我(わが)常(つね)に説(とく)ところ飯(めし)
 時(とき)も後(おく)れて空腹(ひもじく)なりし時(とき)喰(くへ)ば菜(さい)もいらずしてそのうへ熟(うま)し
 奢(おご)りをはぶきて名利(みやうり)を考(かんが)へ落(おち)たるを拾(ひろ)ひ他(ひと)の捨(すて)たるを取(とつ)ても
 元手(もとで)なしに世(よ)を渡(わた)る捨(すて)る紙(かみ)に助(たすか)る紙屑(かみくづ)ひろひあり金(かね)の中(なか)
 にありながら。金銭(きんせん)に見限(みかき)られ貧乏(びんぼう)するこそいたましき縁(えん)なき
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 十九
【左丁】
 衆生(しゆじやう)は度(ど)し難(がた)し我(わが)宗門(しうもん)に入(いる)ときは金(かね)は湧出(わきいで)自由自在(じゆうじざい)懶惰(なまけ)て
 金(かね)を欲(ほし)がる癖者(くせもの)は人間(にんげん)の屑(くづ)久助印(きうすけじるし)上(うへ)なしの痴漢(ばかもの)なりと
 愚者(ぐしや)の一徳(いつとく)説得(ときえ)て妙(めう)なる説法(せつほふ)怠(おこた)り給はねば爰(こゝ)に歩行(あゆみ)を
 運(はこ)び十六 利勘(りかん)の参詣(さんけい)絶(たゆ)る暇(ひま)なく信心(しん〴〵)に怠(おこた)るものは
 働(はたら)きなしと賤(いや)しめられて利益(りやく)必(かならず)薄(うす)しといふ
大山(おほやま)不当(ふたう)妙応(めうおう) 吝嗇(りんしよく)の山(やま)つゞき太原(ふとつはら)の皆身(みなみ)の方(かた)にあり
 当山(たうざん)は利欲(りよく)大師(だいし)の開基(かいき)にして新田(しんでん)開発(かいほつ)の功(こう)成就(じやうじゆ)より当(たう)
 山(ざん)建立(こんりう)なる証拠印(しやうこいん)一派(いつは)山普師(やまふし)身元(みもと)金證(きんしやう)法印(ほふいん)支配所(しはいしよ)
 なり本地(ほんち)不当(ふたう)妙応(めうおう)の尊像(そんぞう)は骨折(ほねをら)ずに金(かね)を儲(まうけ)給ふ霊(れい)
 験(げん)あらたなり真言(しんごん)には〽《割書:もうけるさんだんだアまんざらそんなら見きろ|かなア そりやこそうんならあたつたア》常(つね)

【右丁】
 に千米(せんまい)を多(おほ)く貯(たくは)へ高下(かうげ)の価(あたへ)を以(もつ)て袁玄道(ゑんげんだう)に近(ちか)き所(ところ)ありて奸(かん)
 智(ち)に更(たけ)たる損像(そんざう)なり本地(ほんち)尻喰(しりくらひ)観音(くわんおん)前(まへ)には欲(よく)の海(うみ)深(ふか)く帆(ほ)を
 係(かけ)る船(ふね)を繋(つなぎ)おき後(うしろ)に山々(やま〳〵)多(おほ)く難所(なんじよ)多(おほ)し利欲(りよく)の迷所(めいしよ)なり
 その道筋(みちすじ)へは追従(ついしやう)軽薄(けいはく)のため莫大(ばくたい)の進物(しんもつ)を送(おく)り媚諂(こびへつら)ひ
 一足飛(いつそくとび)の岩(いわ)あり此道(このみち)彼道(かのみち)の屈曲(くつきよく)を厭(いと)はず金(かね)の蔓(つる)に取付(とりつき)
 山(やま)に登(のぼ)るものは巧言令色(こうげんれいしよく)を以(もつ)て表(おもて)に美麗(びれい)を飾(かざ)り裏(うら)に
 火(ひ)の車(くるま)の苦患(くげん)あり髪剃(かみそり)の刃(は)をわたり薄氷(うすこほり)を踏(ふむ)難行(なんぎやう)苦行(くぎやう)
 艱苦(くわんく)を経(へ)て山(やま)に当(あた)る修験者(すげんじや)は常(つね)に螺(ほら)を吹(ふき)嘘八百(うそはつひやく)の法(ほふ)を
 行(おこな)ふ是(これ)を法(ほふ)に係(かけ)るといふこの山(やま)に三杉四杉(みすぎよすぎ)の七本杉(しちほんすぎ)あり
 金主(きんしゆ)転倒(ころばし)といふ橋(はし)あり山子(やまし)玄関(げんくわん)の跡(あと)前(まへ)広(ひろ)く奥(おく)ゆき
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 二十
【左丁】
 狭(せま)し立派(りつぱ)をつくしたり法物(ほふもつ)多(おほ)し○弁口(べんこう)震(ふるひ)の玉(たま)《割書:蘇秦(そしん)張義(ちやうぎ)|より伝来(でんらい)》○
 語詫(ごたく)の獏(ばく)○大面(おほづら)の仮面(めん)《割書:西(にし)の国(くに)糠俵(ぬかだはら)百万石(ひやくまんごく)の領主(れうしゆ)より寄附(きふ)|文盲(もんまう)にして人(ひと)を見下(みくだ)すときもちゆ》○偽物(いかもの)
 作(つくり)の御太刀(おんたち)○妙殿子(めうでんす)筆(ふで)狼(おほかみ)の衣(ころも)着(き)て狐(きつね)を馬(うま)に乗(のせ)たる絵巻物(ゑまきもの)
 其外(そのほか)あまたあり 山(やま)の奥(おく)行止(ゆきどま)りに七面堂(しちめんだう)あり総(すべて)る【総而(すべて)ヵ】鼻(はな)の下(した)
 喰(く)ふ殿(でん)建立(こんりう)なり護摩堂(ごまだう)に修法(しゆほふ)に用(もち)ひし薄情(はくじやう)一本(いつほん)あり
 ごまの灰(はい)にて作(つく)りたる前立(まへだち)もありといふ
算要(さんえう)道(だう)金銀(きん〴〵)都会(とくわい)の湊(みなと)
 この所(ところ)は四民(しみん)とも経済(けいざい)第一(だいいち)の繁花(はんくわ)の地(ち)にて町数(まちかず)殊(こと)に多(おほ)し
 五節句(ごせつく)二季(にき)は別(べつ)して群集(くんじゆ)なす大福(だいふく)町(ちやう)元町(もとちやう)金銀(きん〴〵)出入(でいり)町(ちやう)仕(し)
 入(いれ)町(ちやう)小遣(こづかひ)町(ちやう)そのほか大家(たいか)小家(せうか)小商人(こあきんど)ともに種(さま)ゝ(〴〵)の町(ちやう)あり入口(いりくち)

【右丁】
身台(しんだい)の迷所(めいしよ)【囲み線あり】
○だんな
  さん
 あさね
よあそ
 びに
ひまを
 つぶし
ゆだん
 あれば
この
めいしよ
   に
 いたる
だんな山【囲み線あり】
しんだいじ【囲み線あり】
○をか目(め)八もく山より
  かたい〳〵といふ
岩山(いはやま)のしんだいじを
 のぞいてみれば
  おもひのほかの
   あなもあり
 からくりにてたてたる
  ふしんにて
    なんじよも
      あるなり
浮雲(ふうん)【囲み線あり】
○このへんには
 ふうんと
 いふくも
   きり
つねに
  めを
くらまし
ゆくさきの
みへぬ
 ところ也
くだる
 さかは
めの
 まへに
   あり
○しんだいじのあな大きくあきては
  むまることはなはだむづかしき
          あなゝり
しんたいじの穴(あな)【囲み線あり】
○めいぶつしがなく
  なるこ瓜(うり)あり
     みをうり
    子(こ)をうりもあり
     よわたる
       たつきに
     からまりて
      みはなり
       さがると
          いふ
ふみこたへ滝(たき)【囲み線あり】
○このたき
  しんぼうの
  いわ山にあり
   こゝの石に三年の
    くぎやうすればみかへす
         山にいたる
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 廿一
【左丁】
○喜怒(きど)かいだうはよろこびいかると
 かくもじなり人げん一しやうの間
たかきもいやしきもこの道(みち)すじに
 いでぬはなしさつたとうげたん木は
  そん木ありまたなつよしのしげりたる
         ぬまありうれしのもりに
          よろこびからすなき
                おもはず
                 さいはひありて
                   あんしんの
                       いたつて
                     なんじよ
                      なり
居堺(ゐさかい)【囲み線あり】
たん木
 そん木【たん木と合わせた囲み線あり】
うれし井【囲み線あり】
うれしの
   もり【うれしのもり、囲み線あり】
たのし木【囲み線あり】
費(ついへ)の多(おほ)木(き)【囲み線あり】
○あきんどうのくだりさか道にかゝれば
  けらいけんぞくこゝろそろはずわれ〳〵と
 なりて道すじぶつさう也おほかみもの
  山〳〵にすみうりだめ【注】をかすめる
   ごまのはいありちやうあいを
    くらますおひはぎいでゝ
     かけだをれはいえおほ
       木にゆくさきの
        みちみへず
         そんのゆく
         ことおほし
下(くだ)り坂(さか)みち【囲み線あり】
○このさかみちへ
  かゝりてはあとへも
 さきへもゆかれぬ
    なんじよなり

【注 売溜め=売上金を溜めること。またそのお金。】


【右丁】
 に十露盤(そろばん)橋(はし)有(あり)桁(けた)を渡(わた)り一割(いちわり)二割(にわり)の利徳(りとく)を以(もつ)て割掛(わりかけ)たる小判(こばん)の橋(はし)
 なり傍(かたはら)に塵功木(ぢんこうき)あり此所(このところ)締縊(しめくゝり)悪(あし)き町並(まちなみ)あれば諸所(しよ〳〵)抜(ぬけ)みち
 多(おほ)し○若(わかい)時(とき)の放蕩(どうらく)に遣(つか)つた借金(しやくきん)の古疵(ふるきず)に年賦(ねんふ)月賦(つきふ)の
 引道(ひけみち)多(おほ)し○息子(むすこ)の夜泊(よどまりの)尻(しり)を拭(ぬぐ)ひ番頭(ばんとう)若者(わかいもの)の私慾金(くすねがね)
 丁稚(でつち)の買喰(かひぐひ)に抜道(ぬけみち)あり○亭主(ていしゆ)酒(さけ)を呑(のめ)ば女房(にようばう)の寝酒(ねざけ)
 お合(あい)お相手(あいて)で呑(のみ)ならひ終(つひ)に一升(いつしやう)二升(にしやう)の日酒(ひざけ)酔(よへ)ば万端(ばんたん)
 なげやり台所(だいどころ)の炭(すみ)薪(まき)味噌(みそ)塩(しほ)にまで費(ついへ)多(おほ)く身上(しんしやう)の抜(ぬけ)
 道(みち)となる女房(にようばう)は器量(きりやう)望(のぞみ)で貰(もら)はれ何一(なにひと)つ取得(とりえ)もなく横(よこ)の
 ものを竪(たて)にもせず奢(おごり)日々(ひゞ)増長(ぞうちやう)して見(み)るもの欲(ほし)がり人(ひと)を羨(うらやみ)
 仕立(したて)ものは足袋(たび)の繕(つくろ)ひまで人(ひと)にたのむ費(ついへ)多(おほ)く里(さと)の困窮(こんきう)
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 廿二
【左丁】
 に引道(ひけみち)多(おほ)き身上(しんしやう)の抜道(ぬけみち)なり隠居(いんきよ)の佛(ほとけ)さんまい賽銭(さいせん)寄(き)
 進(しん)の後生(ごしやう)願(ねが)ひ臍(へそ)くり金(かね)で間(ま)に合(あは)ず本家(ほんけ)の痛(いた)みとなる
 抜道(ぬけみち)なり
好臭(こうしう)皆働(かいどう)色(いろ)の道(みち) 此所(このところ)は人間(にんげん)第一(だいいち)の迷所(めいしよ)多(おほ)し前編(ぜんへん)にくわし
 恋(こひ)の山路(やまぢ)高低(たかびく)あるゆゑに高いも低(ひく)いも色(いろ)の道(みち)といふ恋(こい)の渕(ふち)あり
 清水(せいすい)稀(まれ)にして泥水(どろみづ)多(おほ)し爰(こゝ)に首丈(くびたけ)はまれば浮(うか)む瀬(せ)なく一命(いちめい)
 をもあやまつと言 恋(こひ)の棧梯(かけはし)には金銀(きん〴〵)人柱(ひとはしら)を用(もち)ゆ恋(こひ)の闇路(やみぢ)
 に迷(まよ)へば行先(ゆくさき)は見へす逆(のぼ)せあがりて人の異見(いけん)も耳(みゝ)に入(いら)ず思(し)
 案(あん)の外(ほか)の道筋(みちすじ)なり
 ○比翼鳥(ひよくのとり)○連理枝(れんりのえた)○結(むすぶ)の神(かみ)の社(やしろ)あり月老神(むすぶのかみ)と言《割書:○くわしくは前へんの|道中記にあり》

【右丁】
逢身(あふみ)八契(はつけい)【囲み線あり】色(いろ)の道(みち)好臭(こうしう)皆道(かいどう)にある名所(めいしよ)なり
○やくそくをしたに
こぬゆへいろ〳〵おも
ひすごしをして
のぼせあがり
とんときち
がひじみたと
いふこゝろ
    なり
不逢狂乱《割書:おもふ人にあはぬゆへ|ものぐるひのけしき也》【囲み線あり】
○人はひまで
  ゐるはわろし
 ちよつとした
  事が
   しやくに
    さはり
 あつくなりて
  ぐちをこぼす
    ひまでゐる
     ゆへのこと
         なり
隙(ひま)の口説(くせつ)《割書:ひざをならべていふことが|ないとぐちをいふけしき也》【囲み線あり】
見会(みゑ)の番頭(ばんとう)《割書:出ばんのときりつはな|なりでゆさんにでるけしき》【囲み線あり】
○たまさかのゆさんゆへ
  こしらへたいるいを
たのしみにして
きて出たところは
 みゑも
   よく
 ゆさん
   とも
 なるべし
○ともだちと
  やくそくして
 こゝでおちあふ
 つもりなれば
  よんで
   もらう
○たのまれて
  よびにゆくを
  合(あは)せるきはんと
        いふ
合(あは)せる気半(きはん)《割書:よびだしてあひたいと|たのむゆへよんでやる|     けしき也》【囲み線あり】
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 廿三
【左丁】
○あんまりこゝろやすだてがすぎれば
  かうもしさうもないものあゝも
        しさうもないものと
          いひぶ□【んヵ】
             ふえて
            あいそか
            つきた
              と
           いふこと
             なり
意趣(いしゆ)山(やま)の飽(あき)の盡(つき)《割書:あいそつかしにさま|〴〵といひぶん山ほど|ありあきていやになりし|        けしき》【囲み線あり】
○ものごとになれぬ
  ものゆへ
 きばかりもむ
  ことおほし
せいてはことを
  しそんずる
 むまれつきの
   せはしないと
     いふこと
        なり
下手の憋性《割書:せわしくせきこんで|しそこなふけしき》【囲み線あり】
○あめにもゆきにもいと
  はずにやくそくを
        たがへぬは
     しんじつの
        こゝろ
          なり
傘(しろき)【?】の夜(よる)の歩行(あゆみ)《割書:ゆくさきでのみすこし|おそくかへるはけしき|     よろしからず》【囲み線あり】
○ひとりつく〳〵よのなかの
  あぢきなきをかんがへ
   ゑりにかほ
      さしいれて
 ものおもはしき
        を
 らくがんとも
   いふべき
 こぢつけ
    ならん
片々(かた〳〵)の落顔(らくがん)《割書:かた〳〵はこゝにはゐず|ひとりじゆつくわいの|    けしきなり》【囲み線あり】

【右丁】
青楼(せいろう)全盛(せんせい)の桜見(はなみが)岡(をか) 二品(にほん)堤(つゝみ)の中央(ちうわう)逢門(あふもん)の中(うち)にあり
 有頂(うてう)天神(てんじんの)社(やしろ) 《割書:便(たよ)りを待(まつ)王(わう)つかつた穴(あな)を埋(うめ)王(わう)いづれも桜丸(さくらまる)に
|自腹(じはら)をきりしあとなり祭礼(さいれい)紋日(もんひ)もの日にあり》
 通(かよ)ふ神(かみ) 《割書:通(つう)も不 通(つう)も生気木(なまぎゝ)も老若(らうにやく)男女(なんによ)おしなへてこの神(かみ)の利益(りやく)□【にヵ】|あづからずといふ事なし客人(きやくじん)大明神(たいめうじん)とあはせまつる》
太夫(たいふの)松(まつ) 緑(みどり)といへる頃(ころ)より苦海(くがい)の中(うち)に育(そだち)太夫(たいふ)の松(まつ)に至(いた)るこれを
 大心木(おほしんき)といふ子(こ)を捨(すて)る藪(やぶ)につゞき嘘(うそ)の川(かは)の水上(みなかみ)流(なが)れの身(み)にして客(きやく)を
 止(とゞ)むる柵(しがらみ)あれども真実(しんじつ)の水(みづ)泡(あわ)と消(きえ)客(きやく)に偽(いつわり)多(おほ)き世(よ)となりては
 手鳥(てとり)空鳴鳥(そらなきとり)の手 管(くだ)に及(およ)ばず泣(ない)て嬉(うれ)しき宵(よひ)もあり笑(わら)ふて
 愁気(つらき)後朝(きぬ〴〵)もまたの逢瀬(あふせ)は風(かぜ)次第(しだい)と繋(つなぎ)かねたる捨(すて)小舟 爰(こゝ)
 に便船(びんせん)する傾城(けいせい)傾国(けいこく)といふ放蕩(ほうたう)者(もの)ありて嘘(うそ)の川(かは)に堕落(おつこち)
 身代(しんだい)を硯蓋(すゝりぶた)の蓮根(れんこん)よりも多(おほ)く穴(あな)をあけ大平(おほひら)の焼麸(やきふ)の如(こと)く
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 廿四
【左丁】
 迦蘭胴(からんどう)となして勘堂(かんだう)の別当(べつたう)真裸(まつはだか)宗好院(そうこうゐん)となる是(これ)国(くに)を傾(かたふ)け
 城(しろ)を傾(かたふ)け家(いへ)を傾(かたふ)け身(み)を失(うしな)ふ男(をとこ)に傾城(けいせい)の名(な)はありといふ遊女(いうちよ)
 の客(きやく)に媚(こび)て愛(あい)をもとむるは渡世(とせい)にゆだんなきものなり
山(やま)の神(かみ)の祠(ほこら) 妻皆(さいかい)同(どう)嫉妬(やきもち)坂(ざか)の真中(まんなか)にあり口八丁(くちはつちやう)手八丁(てはつちやう)にもありと
 いふ相伝(あいつたへて)曰(いふ)加家阿(かゝあ)左衛門(さゑもんの)情(じやう)女房(にようぼ)於乱(おらん)といふもの七去(しちき[よ])兼備(けんび)にして
 女大将(をんなたいしやう)と呼(よ)び竈(かまど)将軍(しやうぐん)と申 我儘(わがまゝ)気儘(きまゝ)の豪傑(がうけつ)にして思(おも)ひ邪嶋(よこしま)
 に身(み)の城(しろ)を構(かま)へ朝寝(あさね)正好(しやうすき)昼成(ひるなり)奇験界(きげんかい)の湊(みなと)に出張(でばり)て尻癖(しりくせ)
 悪(あ[し])き我(わか)軍配(ぐんばい)を弁(わきま)へず日酒(ひざけ)大酒(おほざけ)にあるないの舌戦(ぜつせん)絶(た)へず癇(かん)
 癪(しやく)向腹(むかはら)に剣(けん)の峯(みね)を見(み)せ付(つけ)不理屈(ふりくつ)に柄(ゑ)をすげ口鉾(くちほこ)となし
 亭主(ていしゆ)を小児(せうに)のごとくに扱(あつか)ひ軍兵(ぐんひやう)を指揮(しき)して差出口(さしでぐち)をきゝ

【右丁】
 明達(さかしき)まゝに角(つの)を直(なほ)して牛(うし)を殺(ころ)すといふ人の善悪(ぜんあく)を詈(のゝし)り
 他(ひと)を嫉(そね)み羨(うらや)み日々(ひゞ)足(たる)事(こと)を不知(しらず)万事(ばんじ)不足(ふそく)を言(いひ)て驕漫(おごり)を
 事(こと)とす人(ひと)この神(かみ)の託宣(たくせん)に背(そむけ)ば忽(たちま)ち罰(はぢ)を蒙(かうむ)るあらたか
 なる故(ゆへ)に山(やま)の神(かみ)といふまたひきずりの神(かみ)ともいふ
内儀(ないぎ)清浄(しやう〴〵)の屋代(やしろ) 妻皆道(さいかいだう)に在(あ)りこの於神様(おかみさま)は家事(かじ)倹約(つゞまやか)
 にして慎(つゝし)み深(ふか)く夫(おつと)を天(てん)の如(ごと)く敬(うやま)ひ常(つね)に口数(くちかず)を少(すくな)く諸芸(しよげい)に
 渉(わた)り給へども面(かほ)にも顕(あらは)さず別(べつ)して縫針(ぬひはり)の業(わざ)を得(え)給ふ子孫(しそん)
 の為(ため)に子(こ)の養育(やういく)等閑(なほざり)なく教(をしへ)かた厳(おごそか)なるゆへにその子(こ)篤実(とくしつ)
 にして老(おい)て後(のち)孝養(かうやう)を請(うけ)給ふ内儀(ないぎ)善神(ぜんじん)と申す清浄(しやう〴〵)の
 屋代(やしろ)にて家内安全(かないあんぜん)を守(まも)り給ふと云(いふ)

【左丁】
逢愁街道(あふしうかいだう)は後悔道(こうくわいだう)の続(つゞ)きなり常(つね)に旅人(たびゝと)偶然(うつかり)とこの道筋(みちすじ)に
 係(かゝ)る迷所(めいしよ)なり身(み)を知(し)る者(もの)は爰(こゝ)に行事(ゆくこと)を独(ひと)り慎(つゝし)む難所(なんしよ)なり
 逢愁街道(あふしうかいだう)は幸不幸(かうふかう)の人(ひと)禍福(くわふく)ともに迅風(はやてかぜ)の如(ごと)く登(のぼ)り坂道(さかみち)忽(たちま)
 ち下(くだ)り坂(さか)となる有為転変(うゐてんべん)の道筋(みちすじ)にていつも大船(おほぶね)に乗(のつ)た気(き)で
 居(ゐ)るときは後悔道(こうくわいだう)に至(いた)る所(ところ)なり倒転先(ころばんさき)の杖(つえ)をつかず先(さき)に
 立(たつ)道連(みちづれ)もなしといふ
南無三方荒神(なむさんばうくわうじん)の社(や[し]ろ) この社(やしろ)に百日(ひやくにち)の説法(せつほふ)ありしを放屁(はうひ)一 ̄ツ で種(たね)なしと
 なす其時(そのとき)尻(しり)をすぼめたる旧跡(きうせき)なり◦跡(あと)の祭(まつり)あれども何事(なにごと)も
 間(ま)にあはず皆(みな)後悔道(こうくわいだう)にあり
勘堂(かんだう)難渋(なんじふ)さんしよの一(いち)北儘(きたまゝ)上(うは)ばい千手観音(せんじゆくわんおん) 虱紐(しらみひも)の守(まもり)あり

【右丁】
 詠哥(ゑいか) 父(ちゝ)のすね母(はゝ)の乳(ちゝ)こそ恋(こひ)しけれ遊(あそ)んで喰(くら)ふ事(こと)のならねば
鼻欠地蔵堂(はなかけぢぞうだう) 若時(わかいとき)の身持(みもち)放蕩(はうたう)瘡毒(さうどく)のため鼻欠(はなかけ)の尊像(そんぞう)となる
愚転堂(ぐでんだう) 夜前大酒(やぜんたいしゆ)に浮(うか)れ散財(さんざい)金入(かねいれ)をはたき米(こめ)がないに差(さし)
 支(つかへ)たる頭痛(づつう)鉢巻(はちまき)よせばよかつたといふ後悔道(こうくわいだう)の迷所(めいしよ)
 此辺(このへん)すべて宵越(よひごし)の金銭(きんせん)を貯(たくは)へず元日(ぐわんじつ)に大晦日(おほみそか)を思(おも)はず毎月(まいつき)
 晦日(みそか)にいたり店賃(たなちん)の才覚(さいかく)につまる風俗(ふうぞく)にして臍(ほぞ)を噛事(かむこと)定(ぢやう)
 例(れい)なり〽あすありと思(おも)ふ心(こゝろ)の山桜(やまざくら)夜(よる)は嵐(あらし)の吹(ふか)ぬものかは ̄ト いふ
 古哥(こか)を手前考(てまへかん)【手前勘とあるところ】に注(ちゆう)を付(つけ)一寸先(いつすんさき)は闇雲峠(やみくもたうげ)向(むか)ふ水(みづ)に世(よ)を渡(わた)り
 儘(まゝ)よ儘(まゝ)の川(かは)の流(ながれ)光陰(くわういん)の矢(や)よりも迅(はや)く往成(ゆきなり)三方(さんばう)の峯(みね)にひま
 ゆく駒(こま)を乗掛(のりかけ)後悔(こうくわい)こゝに至(いた)つて詮(ぜん)なき悪風(あくふう)なり児童(こどもしゆ)謹(つゝしん)で

【左丁】
 この道(みち)に入(いり)給ふな
苔野一心事(こけのいつしんじ) こけの細道(ほそみち)にあり野暮天神(やぼてんじん)を遷(うつ)し祀(まつ)る食(くは)ず貧(ひん)
 楽寺(らくじ)境内(けいだい)つゝ〳〵一(いつ)ぱいの宮居(みやゐ)なり我(わが)いへ楽(らく)の釜(かま)が淵(ふち)は古(ふる)
 川(かは)の水(みづ)たえず流(なが)れ苦労(くらう)もなき道(みち)すじ気楽(きらく)にして福禄(ふくろく)
 道(だう)安楽(あんらく)の道(みち)すじなりねんりき岩(いは)あり
道楽事(だうらくじ)五重(ごぢう)の宝塔(はうたふ) 無分別性人(むふんべつしやうにん)造立(ざうりふ)
 出世(しゆつせ)の道(みち)に至(いた)る事(こと)あたはず寧(いつそ)浮世(うきよ)を夢(ゆめ)にして呑(のみ)倒(たをれ)あれば
 あり桐(きり)の木(き)を以(もつ)て造(つく)り年中(ねんぢう)質屋(しちや)の奉公(はうこう)ばかりして《振り仮名:上ケ下ケ|あげさげ》
 世話(せわ)しき放蕩(はうたう)なり自(みづか)ら嘆(たん)じて云(いふ)一升入(いつしやういり)瓢(ふくべ)は一升(いつしやう)入(いる)蝿取(はいとり)
 蜘蛛(ぐも)に袋蜘蛛(ふくろぐも)挊(かせ[い])でも追付(おひつく)貧乏(びんぼう)あれば気儘(きまゝ)に暮(くら)すが

【右丁】
 一生(いつしやう)の得(とく)なりと擬(ゑせ)賢人(けんじん)の心(こゝろ)にいへども内心(ないしん)は金銭(きんせん)が抓(つかみ)つく
 ほど欲(ほ)しく高味(うまいもの)は喰(くは)ず嫌(ぎら)ひ不勝手(ふかつて)ゆへの出(で)ぎらひは是(これ)も
 損者(そんじや)の伝法(でんほふ)にて性事(しようこと)なしの負(まけ)をしみ搭々(たふ〳〵)仕舞(しまひ)が至極(しごく)の
 体想(ていさう)火(ひ)の車(くるま)の苦患(くげん)あり随徳寺(ずいとくじ)へ至(いた)る脇道(わきみち)もありと云
借(かりる)ゲ大名人(だいめいじん) 此神(このかみ)は地蔵(ぢざう)菩薩(ぼさつ)の如(ごと)き顔(かほ)にて口説(くどき)つ頼(たの)みつ
 借(かり)るが最期(さいご)返(かへ)さぬ木(き)真平(まつひら)誤(あや)まつた居(ゐ)なり 大名神(たいみやうじん)
 不居(ゐず)言元(ごんげん)と留守(るす)をつかふ催促(さいそく)の言(いひ)わけに詰(つま)りて切金(きれがね)の
 返済(へんさい)忽地(たちまち)以前(いぜん)の地蔵(ぢざう)に引替(ひきかえ)焰魔大王(ゑんまだいわう)の如(ごと)くたゞ
 とられるやうに思(おも)ふ身体(しんたい)なり
厄介(やつかい)の峰(みね) 親分山(おやぶんさん)店請印(たなうけいん)借(かり)ぬは損者(そんじや)亡命(かけおち)の旧地(きうち)逃(にげ)るが

【左丁】
 一(いち)の谷(たに)あかん弁慶(べんけい)それがよし経(つね)逆落(さかおと)し掛取越(かけとりごえ)といふ
 借金(しやくきん)引請(ひきうけ)雑物(ざふもつ)の百貫(ひやくくわん)の形(かた)に編笠(あみがさ)一葢(いつかい)○一ツ竈(へつつひ)
 ○猫(ねこ)の椀(わん)蚫貝(あわびかひ)にやんまみだ仏(ぶつ)の名号(みやうがう)◦古畳(ふるたゝみ)四畳(よぢやう)のけさ【左に:今朝】
 等(とう)なり
金沢山(かねたくさん)福禄延寿隠(ふくろくゑんじゆいん) 当山(たうざん)は正直(しやうぢき)正路(しやうろ)の真直(まつすぐ)なる
 道(みち)にて宝(たから)の山(やま)安楽(あんらく)の都(みやこ)といふ四方(しはう)金銀(きん〴〵)の岩山(いはやま)にて堅(かた)
 い身代(しんだい)と云(いは)るゝ霊場(れいぢやう)也 白壁造(しらかべづく)り棟(むね)をならべ黄金(わうごん)のうなる
 声(こゑ)高(たか)く聞(きこ)えて目出滝(めでたき)には出世鯉(しゆつせごい)つねに昇(のぼ)り笑(わら)ふ
 門(かど)には福(ふく)をむかへて波風(なみかぜ)たゝぬ初春(はつはる)を万(ばん)〳〵歳(ぜい)と
 祝(しゆく)す霊山(れいざん)なり

【右丁】
倩(つら〳〵)おもん見(み)ても何程(なにほど)考(かんが)へても光陰(くわういん)の箭(や)隙行(ひまゆく)駒(こま)の早(はや)き
こと言(いは)ずと知(し)れた事なれば嫁(よめ)が姑(しうと)になり息子(むすこ)親父(おやぢ)となるは
一瞬(またゝく)間(ひま)にて千里(せんり)の旅(たび)も帰(かへ)るときあり人間(にんげん)一生(いつしやう)の道中(だうちう)は皈(かへる)
日(ひ)なし若(わか)くして足(あし)の達者(たつしや)な時(とき)善(よき)道(みち)づれに案内(あんない)を求(もと)め
迷所(めいしよ)の横道(よこみち)へ這入(はいら)ず正路(しやうろ)の道(みち)を真直(まつすぐ)に宝(たから)の山(やま)安楽(あんらく)の
都(みやこ)にいたるべしゆめ小児輩(こどもしゆ)怠(おこた)り給ふな
 ◦是(これ)にもれたる迷所(めいしよ)は三(さん)べんにくわしくしるしつゞいて
  出板(しゆつはん)いたし候

        《割書:東|都》一筆菴英泉画作【落款 横書き】弌筆【▢で囲む】

【左丁】
《割書:御|免》 御高札写  《割書:半紙本|中 本》  全一冊
【縦線あり】
主従日用条目《割書:付《割書:リ》火ノ用慎》 《割書:四民日用の心得を狂文にてしるしたれば》
民家日用条目   各一 《割書:童蒙にも諭し安く教訓専一の事を|以て忠恕を爾す毎家に貯へて有益と言べし》
【縦線あり】
《割書: |溪斎英泉翁筆》       《割書: |此策【草の誤ヵ】子は名将勇士の勲功を並て輯録》
 絵本英勇鑑   全二 《割書:して初めに画図をいだせり治世に乱を忘|ざる勧懲の一端共なるべき画本なり》
【縦線あり】
《割書: |哥川国直筆》        《割書: |古今諸書に出たる英勇豪傑を画き》
 絵本武者袋   全一 《割書:其傍に略伝をしるしたればことの|年月時日を弁へ且童蒙の伽草紙に可也》
【縦線あり】
《割書:諸職|必用》紋切形《割書:溪斎英泉輯録 全》 《割書:此冊子は画道独学ひの事諸家の定|紋割方地紋の書やう或は切方縮て|諸職坐右に貯置て重宝のことを誌り》
【縦線あり】
百人一首女訓抄《割書:山田常典大人挍》全一冊《割書:此本は色紙短冊の認方を弁へ|且歌の意味くはしくしるしたれば|童女子のたよりとなる画本なり》

【右丁】
   《割書: |一筆菴主人偽作》
《割書:人間一生|独案内》善悪道中記 全 《割書:此草子は人一生の貧福栄枯得失の|事を道中の趣になぞらへ滑稽を旨と|なし児女童蒙の教訓となるべきことを認り》
   《割書:溪斎英泉画》
【縦線あり】
《割書: |善悪道中記第二編》
同 迷所図会  全 《割書:前編に倣ひ名所図会の体裁を以て|なりみを尽したれば腹を抱ゆる洒落本也|されども勧善懲悪の意味を失ふ事なし》
【縦線あり】
《割書:善悪道中記第三編》
同 迷所一覧  全 《割書:二編に嗣で其もれたるを補綴し名産|奇物に託して世間人情の趣を滑稽に|しるして以て教訓の一端をなせり》
 《割書:一勇斎国芳画》
【縦線あり】
同 四編五編《割書:追々近刻》 《割書:此編は草木虫魚鳥獣に比して世の中に|普通の情態をおかしく串戯を以て|教訓の一助となるべきやうにしるせし戯作也》
【縦線あり】
《割書: |前北斎卍老人筆》
 卍翁 叢画 全一冊 《割書:老先生九十年長寿にして今猶壮年の|人も及ばす独学一家の妙筆更に衰へす|実に伝神開午にして目出度画手本也》
【縦線あり】
《割書:早|割》十露盤稽古鑑《割書:折本|一冊》 《割書:此本は是迄有来る所の塵功【ママ】記と|ちがひ童蒙にも解し安きやう|早割を以てしるせし重宝なる本なり》

【左丁】
《割書:相|撲》改正金剛伝《割書:立川焉馬作|歌川豊国画》全二冊《割書:此草子は近来の力士重立|たるをあげ最初より名前|替りたるを委敷撰し本也》
【縦線あり】
《割書:相|撲》関取名勝図会《割書:右同作|右同画》全一冊《割書:此草子は近世の相撲名乗を|国々の名所古跡にひやうし|おもしろき画本なり》
【縦線あり】
《割書:力競|表裏》相撲取組図会《割書:右同作|右同画》全一冊《割書:此冊子は往昔の力士相撲横綱|免許之初めより今に至るまで|撰み四十八手の諸画に顕せし本也》
【縦線あり】
実語教童子教余師 全一冊 《割書:此本は本文の二教を悉く|ひらがなにて注を入童蒙にも|解し安きやう撰し本なり》
【縦線あり】
《割書:諸職往来|御江戸方角》 各一冊 《割書:諸職往来江戸方角の本世にあるといへども|誤り字ありて即座に迷ふ事あり此書は|御家流にて大字に認たれは御手本に相成宜本也》
【縦線あり】
 嘉永二己酉年正月再刻 銀座四町目
    東都書肆 頂恩堂 本屋又助寿梓







【裏表紙】

小児必用養育草

【表紙】
【題箋 不明】

【右頁】
小兒必用記
京師書店芸香堂壽梓

【頭部欄外の蔵書印】 東京学芸大学蔵書

【左頁】

曾-太-天-草者何 ̄ソ。書 ̄ノ-名也。曷-為 ̄ノ書 ̄ソ。所_三-以
養_二-育 ̄スル小兒 ̄ヲ_一之-書也。著 ̄ス_レ之 ̄ヲ者 ̄ハ-誰 ̄ソ。著 ̄ス_レ之 ̄ヲ者 ̄ハ。
我 ̄カ 牛-山先-生也。 先-生自_二弱-冠_一。
潜_二心 ̄ヲ仁-術 ̄ニ_一。而造 ̄ル_二其閫-奥 ̄ニ_一。嘗 ̄テ事_二于
中津侯 ̄ニ_一。有 ̄リ_レ年矣。今-也。觧 ̄キ_レ綬来 ̄テ寓 ̄シ_二于

【蔵書印】後藤文
     庫之印

【右頁】
京 ̄ニ_一。為 ̄ニ_レ 人 ̄ノ治 ̄シ_レ病 ̄ヲ。名振 ̄フ_二輦-下 ̄ニ_一。其所_二編-録 ̄スル_一。
書凡 ̄ソ若-干。咸有 ̄ルコト_レ功_二猶斯 ̄ノ-民 ̄ニ_一大矣。嚮 ̄ニ
在 ̄テ_二豐-州 ̄ニ_一。着 ̄ル_二婦-人古-登布-幾-草 ̄ヲ_一。行 ̄ル_二
于世_一。又-且欲 ̄ス_レ編 ̄ト_二老-人也-之奈-比草 ̄ヲ_一。是 ̄レ
随 ̄テ_一其-俗 ̄ニ_一。而為 ̄ス_二之 ̄レカ治 ̄ヲ_一喜-也。古-昔扁-鵲。
過 ̄テ_二邯-鄲 ̄ヲ_一。聞_レ貴 ̄フコトヲ_二婦-人 ̄ヲ_一。即 ̄チ為 ̄ル_二帯-下 ̄ノ毉 ̄ト_一。
【左頁】
過 ̄テ_二洛-陽 ̄ヲ【一点脱ヵ】。聞_三周-人愛 ̄ルヲ_二老-人_一。即為_二耳-目-
痺 ̄ノ醫 ̄ト_一。来 ̄テ入_二咸-陽 ̄ニ_一。聞_三秦-人愛 ̄ルヲ_二小-兒 ̄ヲ_一。
即為_二小-兒醫_一。 先-生其 ̄レ若-人之
流-亜 ̄ナル喜-歟。寶-永戊-子。京-師-火 ̄アリ。其
蔵-版 ̄ノ曽-太-天-草。亦燒-亡 ̄ス焉。頃 ̄ロ書-
肆某-氏。請 ̄フ_レ刊 ̄コトヲ_レ之 ̄ヲ。盖 ̄シ古-聖使 ̄ルトキハ_三慈-幼 ̄ヲシテ

【右頁】
備 ̄ヘ_二 六-養-中之一 ̄ニ_一。則 ̄チ此-書不_レ可 ̄ラ_二 一-日 ̄モ
無 ̄シハアル_一也。既-而 先-生。為_二之 ̄レカ増-補 ̄ヲ_一。加 ̄ヘ_二之 ̄レカ
藥-方 ̄ヲ_一。壽 ̄シテ_二諸梓-棗 ̄ニ_一。以 ̄テ乘 ̄ルト_二不-朽 ̄ニ_一云。
正德甲午春三月越中富山毉生
杏三折謹識 【印】【印】

【左頁】
小兒養育草序
いにしへの聖人(せいじん)民(たみ)に六くさの養(やしなひ)を教(おし)へ給ふに
慈幼(じよう)をもてそのひとつに定(さだ)め給へは世人(くにたみ)しら
すんばあらしされは中華(もろこし)の書(ふみ)にも乳母(にうほ)をえら
ふより裘帛(きうはく)を服(き)せざるの教(おしへ)ははべれと愚(おろか)
なるひとはたゞなをさりにのみきゝすぐしあるはその
愛著(あいぢやく)にひかれて姑息(こそく)をつとめ兒(ちご)をして病を生ぜ
しむ漸(やうや)く長(ひとゝ)なりても懦弱(だじやく)にしてその徳(とく)を破る
仰(あを)ひて父母につかふまつることあたはず俯(ふ)して

【右頁】
妻子(さいし)を養(やしな)ふことをえすその不慈不孝(ふじふかう)たる憐(あはれ)ま
ざらんや予《割書:|か》家弟(かてい)貞庵(ていあん)啓益(けいゑき)は幼(よう)より毉(い)を學(まなん)で
おこたりやまず巻(まき)を京師(きやうし)に負(お)ひ友(とも)を東武(とうぶ)に
もとめて終(つい)にその道(みち)の功(こう)なりぬ中ころ
中津侯(なかつこう)小笠原君(おかさはらくん)につかへて侍毉(じい)となれり
いまは辞(じ)して平安城(へいあんじやう)にあそび市にかくれて
みつから牛山翁(ぎうざんおう)とよぶ吐納(となう)のいとま世人(くにたみ)の慈幼(じよう)
におろそかなることを患(うれ)ひそのことをかんなにかきて
小兒養育草(せうにそだてぐさ)となづけ婦人愚夫(ふじんぐふ)のもてあそ

【左頁】
ひくさともせよとて故國(ここく)なる家族(かそく)にしめす僕(やつかれ)
この書をよむに初生よりの養育(やういく)と痘疹(いもはしか)のことお
よび十 嵗(さい)までの教誨(おしへ)をつまびらかにしるせりこ
のこゝろおもへらく古人(こしん)小兒(せうに)を芽兒(げじ)といひまた
㜛蘂嬌花(なんずいけうげ)といひて草木(くさき)の初(はじめ)て萌出(もえいて)花(はな)の初(はじ)
めてほころぶるにたとへはべれはそだてざら
めやよつてその名(な)にとれり啓益さきに婦(ふ)
人(じん)壽草(ことぶきぐさ)といふ書(ふみ)をあらはして世(よ)におこなはる
これにつぐにこの書なくんばあるべからすいかん

【右頁】
ぞ家族(かそく)のみにしてやぶさかにせん梓(あつさ)にちり
はめて世(よ)とともにもてあそばゝ育草(そだてくさ)はび
こりて裔(ひこばへ)のひこ孫(まご)瓜(おほうり)瓞(こうり)のつるのむま子(ご)
を見ん事(わざ)終(おは)るときあらんやとてそのことを
つゐてゝおくるものならし【注】
元禄十六癸未歳仲秋日
   筑前(ちくぜん)植木(うえきの)逸民(いつみん)香月(かつき)五平(ごへい)子(し)秀房(ひてふさ)書
              【印】

【注 ならし=断定の助動詞「なり」に推量の助動詞「らし」の付いた「なるらし」の変化したもの。「~であるらしい」の意。近世の文語用法として推量の意味を失い「なり」の断定をやわらげた表現として用いる。】


【左頁】
小兒(せうに)必用(ひつよう)養育(そだて)草(くさ)巻一 

     目録(もくろく)
㊀ 小兒(ちご)養育(よういく)の緫論(そうろん)
㊁ 誕生(たんじやう)の説(せつ)
㊂ 児子(ちご)生(むま)れて即時(そくじ)に用(もちゆ)る薬剤(やくざい)の説(せつ)
㊃ 児子(ちご)取擧様(とりあげやう)の説(せつ)
㊄ 臍帯(ほそのを)を断(たつ)の説
㊅ 産湯(うぶゆ)の説(せつ)《割書:付たり|》常(つね)に浴(ゆあみ)するの説(せつ)


【右頁】
㊆ 乳付(ちつけ)の説(せつ)《割書:付たり|》乳母(にうぼ)をめのとゝいひ摩(ま)〻(ゝ)と
  いふの説(せつ)
㊇ 生(むま)れ子(ご)に乳(ち)を飲(のま)しむるの説
㊈ 乳母(めのと)を撰(えら)ぶの説(せつ)
㊉ 乳母の病(やまひ)によりて児子(ちご)やまひを生(しやう)ずるの説(せつ)
  《割書:付たり|》乳汁(にうじう)出(いで)ざる時用る薬剤(やくざい)の説
十一【丸でかこむ】小児(せうに)衣類(いるい)の説
十二【丸でかこむ】産衣(うぶぎぬ)の説(せつ)《割書:付たり|》振袖(ふりそで)の説

【左頁】
小児(せうに)必用(ひつやう)養育草(そたてぐさ)巻一
         牛山翁(ぎうさんおう) 香月(かつき)啓益(けいえき)  纂(さんす)【「あつむ」左ルビ】

  ㊀小兒(ちご)養育(よういく)の緫論(そうろん)
◯凢(およそ)人の親(おや)の子を愛(あい)する事や天理(てんり)の自然(しぜん)にしてあえ
てあてゝする事にしもあらず上(うえ)はかしこくも天子(てんし)皇后(くはうごう)
より下(しも)はあやしの賤(しづ)の男(お)賤(しづ)の女(め)にいたるまでひとつに
みな替る事なし人は天地(てんち)の正(たゞし)き氣(き)をうけて天を戴(いたゞ)き
地(ち)を𨂻(ふん)て天地人(てんちじん)の三 才(さい)と稱(せう)ぜられ萬(よろづ)の物(もの)の霊(みたま)の長(おさ)な
ればもとよりつらなり天地の横(よこ)さまなる氣(き)をうけて頭(かしら)は
横(よこ)にむかひ足(あし)は横(よこ)にあゆみ生(むま)れ出(いで)て月日を經(へ)るの後(のち)は

【右頁】
相(あい)さり相 別(わかれ)れてその親子(おやこ)といふ事をだにしらぬ鳥(とり)獣(けだもの)
すらみなひとつ心なるにや夜(よる)の鶴(つる)の巣(す)になき【注①】 臥(ふす)猪(ゐ)【注②】の
おそろしきもかるも【注③】のうちに子をひたす【注④】これその子の生(おひ)
先(さき)を見其子をおほし立て老(おい)の後(のち)を養(やしなは)れんとにもあら
ずたゝわりなき恩愛(おんあい)のなす所しかる事を期(ご)せずして
しかるものなりまひて人の親(おや)として其子(そのこ)をいつくしま
ざるべけんやいにしへの聖人(せいじん)慈幼(じよう)をもて六養(むつのやしなひ)のひとつと
し給ふ故(ゆへ)ある事にぞ生(せい)〻(〳〵)子(し)の説(せつ)に十(とをの)男子(なんし)を治(ぢ)すると
も一婦人(ひとりのふじん)を治(ぢ)しがたく十婦人(とおのふじん)を治するとも一小児(ひとりのせうに)を治(ぢ)し
がたしとありて小児(せうに)の療治(りやうぢ)は大人(たいじん)よりもむつかしき
業(わざ)に定置(さためおき)たる事なりいはんや世の人 醫(い)の道理(だうり)をし

【注① 白居易(字は楽天)の『新楽府』にある詩の「第三第四弦冷冷、夜鶴憶子籠中鳴」による。巣ごもりして鳴く鶴の声は子を思って鳴くというところから、子を思う親の愛情をたとえていう。】
【注② 寝ている猪。】
【注③ かるも=枯草。猪が枯草などを集めて作った寝床を「臥す猪の床」といわれる。】

【参考 歌論書『八雲御抄』 巻第六 用意部 (寂蓮法師がいひけるは、「歌の様にいみじきものなし。ゐのしゝなどといふ恐ろしき物も、『ふすゐのとこ』などいひつればやさしきなり。」といふ。) 『徒然草』第十四段に、(おそろしき猪のししも「ふす猪の床」と言へば、やさしくなりぬ。)】

【注④ 「ひだす」とも。養い育てる。】


【左頁】
らねば児子(ちご)を養育(やういく)する業(わざ)にくらくやゝもすれは生育(せいいく)【「そだち」左ルビ】
しかだし【しがたしヵ】あはれむべき事なり《割書:啓益|》つねにひとつのたとへ
をあげて養育の道にうとき人をさとすいま木を植(うゆ)る
を見よ分寸(ぶんすん)の苗(なへ)を植(うへ)てその木 尺(しやく)にあまるまでの時(とき)を
よく培(つちか)ひ水(みづ)そゝぎ虫蟻(むしあり)などのわざはひなきやうにし
てその芽(め)をおらぬやうに心を付て二三尺までもそだ
てぬれば其後は大抵(たいてい)にしても其木かならず合抱(だきまはす)ほどの
大木(たいぼく)となる一寸の時より二三尺までの内をよくそだて
ざるときは合抱(だきまはす)ほどの木となる㔟(いきおひ)ありとても幹(から)ほそく枝(ゑだ)や
せて何(なに)の用(よう)にも立ちがたしあまつさへ二三尺をまたず
して枯落(こらく)するがごとしされは百尺(ひやくしやく)の松も一寸の時を


【右頁】
よくやしなひ得(ゑ)て千年(せんねん)の青(あを)き操(みさほ)をあらはし七尺の
人も壱尺の時をよくそだて得(ゑ)て百年の壽(ことぶき)をたも
つ事をしるべきなり
  ㊁誕生(たんじやう)の説(せつ)
◯父母(ふぼ)和合(わがう)してその両精(りやうせい)子宮(こぶくろ)に入る一月は珠露(しゆろ)のごとし
とて其 形(かたち)たゞ一圓水(いちゑんすい)の露(つゆ)の玉(たま)に似(に)たり萬(よろづ)の木実(このみ)の
初(はしめ)てむすぶ時もその内みな水なるがごとし二月は桃花(もゝのはな)
のごとしとてすこしく其形(そのかたち)をあらはすまづ臍帯(ほそのお)胞(ゑ) 
衣(な)よりできはしめ漸(ぜん)〻(〴〵)に其かたち成就(じやうじゆ)して児(ちご)その胞(ゑ)
衣(な)を頭(かしら)にいたゞくこれ萬の 種(たなつ)【助詞「つ」の重複】つ物を植(うゆ)るにその芽(め)を
出す時は土中(どちう)より 孚甲(ふかう)をいたゞきて二葉(ふたば)生出(おひいづ)るなり

【左頁】
孚甲(ふかう)とは種(たな)つ物の上の殻(から)をいふそのごとく児子(ちご)生(むま)れ下
れは袍衣(ゑな)はしばらく母(はゝ)の胎内(たいない)に残(のこ)り半時(はんじ)一時(ひととき)の内にすな
はち下るなりその時 臍帯(ほそのお)を断(たち)て後(のち)は種つ物の 孚甲の
ごとく人の胞衣も臍帯も無用(むよう)の物となる也此胞衣は
父母(ふぼ)の一點(いつてん)の両精(りやうせい)珠露(しゆろ)のごときといふ時より一圓相(いちえんざう)【注】
の外(ほか)をつゝむ衣(ころも)なり道家(だうけ)にこれを混沌衣(こんとんゑ)と名付(なづく)るを
もてそのことはりをしるべし千金論(せんきんろん)に胎内(たいない)の児(ちご)のかた
ちを載す一月は珠露(しゆろ)のごとく二月は桃(もゝ)花のごとく三
月にして男女のかたちわかる四月にそのかたち全(まつた)くそ
なはる五月に五藏(ござう)生(しやう)じ六月に六 府(ふ)成就(じやうじゆ)す七月に關(くはん)
竅(けう)通(つう)ず《割書:關竅(くはんけう)とは關節(くはんせつ)九竅(きうけう)の事也關節とは形(かたち)のつがひ手足(てあし)の|伸(のび)屈(かゞみ)する所をさしていふ九竅とは目(め)二つ耳(みゝ)二つ鼻(はな)二つ口一つ》

【注 一圓相 禅における書画のひとつで、図形の丸を一筆で描いたもの。】

【右頁】
《割書:前後(ぜんご)の二つの穴を|合て九竅といふ》八月に其 魂(たましゐ)あそぶ九月には三度其身を轉(てん)
ずる也十月には氣(き)をうけたると云へりすてに十月の日数(ひかず)
みつる時は児子(ちご)夢(ゆめ)の覚(さめ)るかごとくにして子宮(こふくろ)をおし
わかち道をもとめて生(むま)れ出(いづ)るなりこれを分娩(ふんめん)の時
といふ分娩(ぶんめん)とは和訓(わくん)さねばなれとよみて木實(このみ)の熟(じゆく)し
て肉(にく)と核(さね)とわかれはなるゝかことく又は瓜(うり)の熟(じゆく)しておの
づから蔕(ほぞ)の落(おつ)るごとく母(はゝ)の胎内(たいない)をはなれて生(むま)れ下
るなり
◯児子(ちご)母の胎内(たいない)を出て生るゝ時その口のうちに穢毒(ゑどく)を
ふくむ穢毒(ゑどく)とは胎内のけがれたる悪汁(あしきしる)をいふ児子の啼聲(なきごへ)
にしたがひ口中にふくむ所のけがれたる物 咽(のんど)にいれば腹(はら)の

【左頁】
うちにかくれ後(のち)には萬の病(やまひ)となるなり生れ下るとそのそのまゝ
輭(やはらか)なる絹(きぬ)を指(ゆび)にまきて口中にふくむ所のけがれたる悪(あしき)
汁(しる)をぬぐひ去(さる)べしかくのごとくすれは胎毒(たいどく)の病(やまひ)なしと
保嬰撮要(ほうゑいさつよう)【注】といふ書(ふみ)に見えたり
◯王隱君(わうゐんくん)の説(せつ)に児子生れ下りて啼声(なきごゑ)を待(また)ずして
まづ甘草(かんざう)の汁(しる)に絹(きぬ)をひたし指(ゆひ)をつゝみて舌(した)の下の
けがれたる悪汁(あくじう)を拭(ぬぐひ)ひ【重複ヵ】去(さる)べし胎毒の病を生(せう)ぜすとい
へり此 法(はう)をなせば児子生れざるまへに甘草(かんざう)をきざみ
五分ほど布(ぬの)の薬袋(くすりぶくろ)に入てたくはへ児子生るゝとそのまゝ
此薬袋を𤍽(あつ)湯(ゆ)にひたし汁(しる)を出(いだ)して上(かみ)にいふ所のご
とく口中をぬぐふへしかくのごとくする事 我(わか)日本(ひのもと)に

【注 薛鎧の『保嬰撮要』全二十巻 1556年】

【右頁】
てはいにしへいまに傳(つた)はらずたゞ産婦(さんふ)にのみ氣(きづかい)をして
児子(ちご)は収婆(しうは)《割書:和俗に子とりといひ|子ぞへばゝといふ》に打まかせて置(おく)によりて
ひたすらに啼(なき)て口中の穢(けがれ)たる悪汁(あくじう)を咽(のんど)にのみ入る故
に多くは胎毒(たいどく)の病をまぬかれず《割書:啓益|》常(つね)にこゝろみに
中花(もろこし)のごとく児子生れ下るとそのまゝ口中を拭(ぬぐ)ふ法(はう)を
用るに甚(はなはだ)益(ゑき)多(おほ)しこれを日本の風俗(ふうぞく)になさしめんと
おもひ産婦(さんふ)ある家(いへ)にいたればかならず此事をしめす
心あらん人は予(よ)が志(こゝろざし)をつぎて世間(せけん)におしひろめ給へ
◯博愛心鑑(はくあいしんかん)といふ書(ふみ)に児子母の胎内にある時は母とその
氣を同しくしその呼吸(こきう)をともにして眼(まなこ)を開き口を
ひらくの事なしいかんぞ胎内の穢れたる悪汁を飲(のむ)事

【左頁】
あらんやと見えたり誠(まこと)にさあるべき事なりしかれども児子(ちご)
すでに分娩(ぶんめん)して道をもとめ子宮(こぶくろ)をわかち出る時に
いたりてははや口をひらくの理(り)あり生れ下る時にして
は猶更(なをさら)その穢毒(ゑどく)をふくみ飲(のむ)べきなりいまこゝろみに口中
を拭(ぬぐ)ふにかならず穢(けが)れたる悪汁(あくしう)多し又生れ下ていま
だ乳(ち)をのまぬさきに大便(だいべん)に穢毒を通ずるを見れば
胎内の穢毒をふくむといふ古人(こじん)の説(せつ)疑(うたが)ふべからざるべし
  ㊂児子生れて即時(そくじ)に用る薬剤(やくざい)の説(せつ)
◯児子生れ下るとそのまゝ黄連(わうれん)の法(はう)を用べし黄連《割書:二分》
甘草(かんざう)《割書:二分|五厘》絹(きぬ)につゝみ或(あるひ)は乳頭(ちまめ)の状(かたち)のやうにこしらへ
熱湯(あつゆ)にひたしこれを用ればその穢毒を吐出(はきいだ)すなり

【右頁】
かくのことくせざればそのけがれたる毒氣(どくき)胸腹(むねはら)の間(あいだ)にとゞ
まり月日を経(へ)るにしたがひ驚風(きやうふう)の病となり或は惣身(そうみ)に
瘡(かさ)癤(ねぶと)を生し多くは頭面(かしらおもて)に瘡(かさ)出来て寒(かん)熱(ねつ)をなす
これを胎毒といふと集驗方(しうけんはう)といふ書(ふみ)に載(のせ)たり和俗(わぞく)胎毒(たいどく)
ふき出て頭に瘡を生し冑(かぶと)を戴(いたゞ)きたるやうなるもの
をくさといふなり
◯日本の國風(こくふう)にて児子生れ下るとそのまゝ蜜薬(みつぐすり)と云
法を用るなり俗(ぞく)にあまものといふその法 款冬(くはんどう)の根(ね)少ば
かり打くだき其草少ばかりを入れ或は蜂蜜(はちみつ)少ばかり
をくはへて絹(きぬ)につゝみ或は乳頭(ちまめ)の状(かたち)のごとくこしらへ児子
の口中にそゝき入るなり此事 中花(もろこし)の書(ふみ)に見へずといへ

【左頁】
どもしきりにこゝろみて驗(しるし)多し都鄙(とひ)【「みやこいなか」左ルビ】ともにする事な
りいづれの代より仕初(しそ)めたるにや《割書:啓益|》按ずるに 款冬(くはんどう)の根(ね)は
味(あぢはひ)苦(にか)しこれを用て口中 腹中(ふくちう)のけがれたる毒氣(とつき?)を吐(はき)出
す事 中花(もろこし)より傳(つた)へ來(き)たる黄連(わうれん)の法よりもその驗(しるし)はる
かにまされり以上の法に用る甘草(かんぞう)は生(なま)を用べし火にてあ
ぶるへからず款冬を倭俗(わぞく)やまぶきと心得たる者多しあ
やまりなり朗詠集(らうゑいしう)に款冬誤綻暮春風(くわんどうあやまつてぼしゆんのかせにほころぶ)といふ清慎公(せいしんこう)
の詩(し)よりあやまり來たるなるにや款冬を本草に考(かんがふ)るに
やまぶきにあらず其 圖(づ)も其 論(ろん)も平生(へいぜい)食(しよく)する所の蕗(ふき)の
事なり
◯児子(ちご)生れ下りて用る法に牛黄(ごわう)の法 硃蜜(しゆみつ)の法など 

【右頁】
いひて中花の書(ふみ)に多くのせ侍れと 本邦(ほんほう)にては其 益(ゑき)少(すくな)
したゞ黄連(わうれん)の法と蜜薬(みつぐすり)とを用てよろし其外 本邦
の小児醫師(せうにいし)その家(いへ)〻の秘(ひ)方の五香湯(ごかうたう)とて初生(しよせい)に用る
薬(やく)方あり多くは藿香(くはつかう)木香(もつかう)丁香(ちやうかう)沈香などの入たる薬剤(やくざい)
にて病なき小児に益なし用ずして可(か)なりしきりに黄
連の法又は蜜薬とを用てけかれたる物を吐(はき)出さすべし吐(はき)つ
くして後は甘草少はかり用てよし
  ㊃児子 取擧様(とりあげやう)の説(せつ)
◯児子(ちご)生れ下る時其 啼聲(なきごゑ)を待(また)ずして甘草のひた
し汁(しる)に絹(きぬ)をつけて指(ゆび)をつゝみ児子の口中をぬぐひ又は蜜
薬黄連の法などを用ひ収婆(しうは)【「ばゝ」左ルビ】に命(めい)じてまづ臍蔕(ほそのお)を

【左頁】
断(たち)て産湯(うぶゆ)をなして取擧(とりあぐ)る事これ 本邦(ほんほう)の俗習(ぞくしう)な
り産湯をなす所 戸障子(としやうじ)をさし或は屏風(べうぶ)を引まはし
て風のいらぬやうにしつらひて浴(ゆあみ)すべきなり
◯難産(なんざん)の時は多(おほ)く母(はゝ)にのみ心を付て児子の事におよば
す取擧(とりあぐ)る事おそければ冬月(ふゆのつき)は寒気(かんき)におかされ生子こゞ
へて死(し)するに至(いた)る事多し此時はまづ臍蔕(ほぞのを)を断(たつ)べから
ずすみやかに絮(わた)をあぶりあたゝめ児子をつゝみて懐(ふところ)に
抱(いだ)き胞衣(ゑな)を火にてあたゝめ大きなる紙燭(しそく)をとりて臍(ほそ)
蔕(のお)の上を往來(わうらい)して焼切(やききる)べしかくのごとくすれば暖(あたゝか)なる
気児子の腹(はら)のうちに通(つう)じてしばらくの間に元気(げんき)甦(よみがへり)て
生(いき)出るなり尤 浴(ゆあみ)する事をいむなりと保嬰撮要(ほうゑいさつよう)【注】に見え

【注「保嬰撮要」 1556年に出版された小児医学書 薛鎧著、薛己注釈】

【右頁】
たり此 紙燭(しそく)をなさは紙縷(かうより)を大きにひねりかたからぬ様に
して胡麻(ごま)の油(あぶら)にひたし紙燭にして用べき也 赤水玄(せきすいげん)
珠(しゆ)の説(せつ)には紙燭にて焼切児子の元気 甦(よみがへり)て後に米(こめの)
醋(す)を熱(あつ)くして臍蔕(ほそのを)の焼(やき)目を洗(あらふ)べし是 秘方(ひはう)なりと
見えたり《割書:啓益|》常(つね)に此事をこゝろみて驗(しるし)をとりたる事
多し 
  ㊄臍蔕(ほそのお)を断(たつ)の説(せつ)
◯臍蔕を断の法 竹篦(たけべら)を用へし鐡(てつ)の刃物(はもの)を用へからず
輭(やはらか)なる絹にて臍蔕をつゝみ或は單(ひとへ)の絹(きぬ)にまきて歯(は)に
て噛断(かみたつ)べし長(なが)からしむる事なかれ短(みじか)くすべからず生子の
足掌(あなうら)《割書:足の裏(うら)|をいふ也》の長(ながさ)にくらべて断べし長(なが)ければ外(ほか)より

【左頁】
風を引やすし短(みじか)ければ内臓府(うちざうふ)を破(やぶ)る臍蔕の内に
蟲(むし)を生(しやう)ずる事まゝこれあり速(すみやか)に拂去(はらひさる)べししからざ
れば腹(はら)に入て病となると王隠君(わうゐんくん)の説にみえたり
◯本邦の風習(ふうしう)にて収婆(とりあけばゝ)まづ浴(ゆあみ)せざる前(さき)に生れ子の足(あな)
掌(うら)の寸にくらべ又は己(おのれ)が季指(こゆび)の長にくらべて臍蔕を
断(たつ)なり《割書:啓益|》按(あん)ずるに臍蔕(ほそのを)を断の法右にいふ所のごとく
寸法(すんほう)を定(さだ)めて断べき所を紙縷(かうより)にてきびしく結(ゆひ)て竹篦(たけへら)
にて切断(きりたつ)べし扨臍蔕を断たる跡(あと)を輭(やはら)かなる絹にても又は
杉原(すぎはら)の紙をよく揉(もみ)て成共【注】二重(ふたへ)ほどつゝみ糸(いと)を以きびし
くまきて産湯(うぶゆ)をなすへしかくのごとくせざれは水湿(すいしつ)の
氣臍蔕の断目より入りて病を生する事多し

【注 なりとも=断定の助動詞「なり」に接続助詞「とも」の付いたもの。この語は中世末・近世に多用されるが近代には衰える。多くの場合、「~でも…でも」、どちらにもこだわらない意。何なりとも。】

【右頁  産婆が生まれたての児子の産湯を使っている図】
【左頁  出産後の産婦と児子の産湯を見守る召使いの図】

【右頁】
王宇泰(わううたい)の説には児子浴せざる前に臍蔕を断ことなかれ
必臍蔕の断目より水 湿(しつ)の氣入て臍風臍瘡(さいふうさいそう)といふ
病を生すると戒(いまし)められたり然共本邦の風俗のごと
く臍蔕を断て後浴せんとおもはゝ前にいふごとく能つゝみ
まきて産湯をなす時は其 害(がい)なし
◯産後(さんご)胞衣(ゑな)下らざる事或は半日或は一両日を経て後下
る事あり大抵(たいてい)産ありて一時の前後に下るを吉とす
二時とも下る事なければ生子しきりに啼(なき)ていよ〳〵母の
気をやぶり目まひ心あしきにいたる此時はまづ収婆(とりあげばゝ)に
命(めい)じて早く臍蔕をたちて取擧(とりあぐ)べし寒暑(かんしよ)の時は
なおさら生子いたむものなりもし臍蔕をたつ事

【左頁】
をそければ生子の氣母の腹(はら)に通(つう)じて胞衣(ゑな)も下りか
ぬるものなり
◯臍蔕(ほそのお)をたちて其たちめに艾灸(やいと)【「かいきう」左ルビ】二三 壮(さう)ほどすれば
その児子かならず無病にしてすくやかなりとてめ此す
る人あり都の人はかつてせぬ事なり筑紫(つくし)の人 東(あづま)の
人はまゝ此事をなす《割書:啓益|》さきにつくしに住(すみ)ける時まの
あたり此法をなす者を見るに多くはその児子無病なり親
の心にまかせて此法をなすべし児子などたび〳〵うし
なひたる人などには此法をすゝめてなすべき事なり
◯収婆(とりあげばゝ)臍蔕をたつ時物に心得たる老女(らうぢよ)を付 添(そへ)て置べ
し収婆の性おほくはひすかしく【理にはずれている。ねじけている。いすかし。】利慾(りよく)ふかし胞衣(ゑな)を盗(ぬすみ)

【右頁】
て薬肆(くすりや)に賣事あり俗説(ぞくせつ)に胞衣(ゑな)を取たる児子はそ
だちがたくそだてどもかならず寿命(じゆめう)短(みじか)しなど云へり
心得へし
◯胞衣(ゑな)を納るの法は胞衣を水にてあらひ杉の曲(まげ)物を白
くだみ【注1】て鶴亀松竹をゑがきて其内にをさめ吉(よき)方
角をえらび人の踏(ふま)ぬ所の土中にふかく納むべきなり千(せん)
金論(きんろん)には胞衣を納るには新(あたらし)き瓶(かめ)の内に納て青き帛(きぬ) 
にて口をつゝみ其上を磚(かはら)にておほひ三日の後吉日吉方
をえらび陽(よう)に向ひて高所の地に埋(うつ)む事三尺にすべし
と見えたり拾芥(しうがい)抄【注2】に胞衣を納る吉日正月は亥(い)子(ね)二月は
丑(うし)寅(とら)三月は巳(み)午(むま)四月は卯(う)酉(とり)五月は亥(い)酉(とり)六月は寅(とら)卯(う)七月

【注1 だ・む「彩む」 他四=いろどる】
【注2 『拾芥抄』「しゅうがいしょう」は、中世日本にて出された類書「百科事典」。全3巻。元は『拾芥略要抄』とも呼ばれ、『略要抄』とも略されていた。】

【左頁】
は午(むま)未(ひつじ)八月は未(ひつじ)申(さる)九月は巳(み)亥(い)十月は寅(とら)申(さる)十一月は午(むま)未(ひつじ)
十二月は申(さる)酉(とり)是等(これら)の月に納むべし又忌日あり正二月は
申(さる)酉(とり)三四月は午(むま)戌(いぬ)五六月は申(さる)子(ね)七八月は寅(とら)戌(いぬ)九十月は
子 辰(たつ)十一十二月は寅(とら)午(むま)春は甲子(きのへね)夏は丙午(ひのへむま)秋は庚申(かのへさる)冬は
壬亥(みつのへい)又 申辰(きのへたつ)乙巳(きのとのみ)丙午(ひのへむま)丁未(ひのとのひつじ)戊申(つちのへさる)此等の日納むべからずと
のせたり
  ㊅産湯(うぶゆ)の説(せつ)《割書:付たり|》常(つね)に浴(ゆあみ)するの説
◯生れ子を洗(あらふ)ふ湯(ゆ)を和俗(わぞく)産湯(うぶゆ)といふ其水は新汲水(しんきうすい)とて
井よりあらたに汲たる水又は東流水(とうりうすい)とて西より東へ流た
る川水を汲(くみ)て湯に沸(わか)し熱(あつ)からずぬるからずよきほどに
むめあはせて児子を洗ふべし

【右頁】
◯王隠君(わうゐんくん)の説に生れ子を洗(あら)ふ湯には猪膽汁(ちよたんじう)少ばかり
いれて浴すべし瘡(かさ)癤(ねぶと)を生する事なしと云へり猪膽
汁とはぶたのきものしるなり和俗 猪(ちよ)の字をあやまりて
ゐのしゝと心得たる者多しゐのしゝは本草に野猪(やちよ)と
のせたり猪とばかりはぶたの事なり生々子の説には生
子をあらふには五木(ごもく)の湯を用へし五木とは桑(くは)槐(ゑんじゆ)楡(にれ)桃(もゝ)
柳をいふなりと云へり《割書:啓益|》按(あん)ずるに此事 本邦(ほんほう)にて
はいにしへより今にいたつてせざるわざなり然れ共を【近ヵ】
日の風俗なま物じりとやらんにて中花(もろこし)にてする事と
いへはその善悪をも考(かんがへ)ずみだりになすものあり児子
いま母の胎内(たいない)を出ていまだ日のめ風のめをも見ぬ時なれ

【左頁】
ば薬湯の氣にたゝ【えヵ】ずかへつて病を生ずる者多し
常(つね)の湯を用(もちゐ)て洗ふべし薬湯を用事なかれ十餘ケ
日を経て後は薬湯にて洗ひたるもよし
◯生々子(せい〳〵し)の説に初めて生れたる児子を洗ふ■【事ヵ】第三日に
浴する事は俗禮(ぞくれい)の定りたる所なれ共生子 虚弱(きよじやく)にして
病あらは日数にかゝはらず十餘日をまちて後 浴(ゆあみ)すべしと
云へり然れは中花(もろこし)にては生れ下て必第三日めをまちて
洗ふ事定りたる俗礼と見えたり 本邦近来の風俗
は生れ下るとそのまゝ取擧(とりあげ)て浴するなり拾芥(しうがい)抄を考
ふるに初生(しよせい)の小児 沐浴(もくよく)の吉日を載(の)す丑(うし)卯(う)酉(とり)乙未(きのとのひつし)丙【「ひのへ」左るび】
午(むま)丁酉(ひのとのとり)或は寅(とら)申(さる)此等(これら)の日をえらび東流水(とうりうすい)を汲て用

【右頁】
と見えたりこれによりて見れば 本邦も古来(こらい)は生れ
下るとそのまゝ浴すると斗もいふべからずされ共萬
の事時のよろしきにしたがひたるがよきなれはと時の風俗
によりて生れ下るとそのまゝ取挙(とりあげ)て洗ひたるがよき
なり其内に或は生子 虚弱(きよじやく)にして生れ下ると種々の
病ある類の児子は生(せい)〻(〳〵)子(し)の説にしたがひ児子の実する
をまち病 愈(いへ)て後 浴(ゆあみ)すべきなり
◯魯伯子(ろはくし)の説に初て生れたる児子を洗ふにはかならず
その背(せなか)を護(まもる)べしといへり背(せなか)は五藏の神(しん)のやどる所
なれば護るべしとなり今時の収婆(とりあけばゝ)はその理をさとさ
ずみだりにおのれが脛(はぎ)の上に児子を引のせてあら〳〵敷


【左頁】
手を以 背(せなか)にあたり甚しきものは湯腹(ゆはら)をもむなどと云て
盥(たらひ)のうちにて児子の腹(はら)をもみ背を押(お)す類(たくひ)ありは
なはだあしき事なり此事 始(はしめ)て洗(あら)ふ時のみにあらず平(へい)
生(ぜい)洗ふ時にも心を付べき事なり昔(むかし)仁宗皇帝(じんそうくわうてい)と申
奉る賢王(けんわう)は罪(つみ)ある者を杖(つへ)にてうつに背をうつ事なか
れと命(めい)じ給ふ罪(ざい)人とても臓神(ざうしん)をやぶる事をいたまし
め給ふにそ然れは初めて生れたる児子のいまた骨(ほね)も
かたちもかたまらぬものなれは随分(ずいぶん)やはらかに殊(こと)に背を
守(まも)りて洗うべき事なり
◯初生(しよせい)の児子を洗ふには随分手早く取廻(とりまは)したるがよ
きなり久しく浴する事なかれ夏冬の時はことさら外(くはう)【注】

【注 振り仮名は「くはう」とあるが、次コマに続く文字の熟語から「外邪」で振り仮名は「ぐわいじや」とあるところ。「う」は「い」の誤記だと思われる。意味は外部にある邪悪、害毒。またこれによってひき起こされる病気、災害。】

【右頁】
邪(じや)おかしやすきなり中花(もろこし)にては十日に一へん宛(づゝ)洗ふ
なり 本邦の風俗は二日三日に一へんあらひ又は毎日(まいにち)
洗へば児子の元氣(けんき)もれ皮層(ひふ)薄(うす)くなりて風を引やす
し十日とあらはねは児子は熱(ねつ)のつよきものにて瘡(かさ)
癤(ねぶと)を生ず大形(おほかた)は二日三日めにあらひてよし常(つね)に児子
に浴する時 股(もゝ)の付 根(ね)又は脇(わき)の下などを念(ねん)を入て洗ふ
べきなり
◯證治準縄(せうぢじゆんじやう)に児子を洗ひてのち米粉(こめのこ)をすりぬり或は
牡蠣粉(ぼれいのこ)をすりぬるべしと見えたり《割書:啓益|》按(あん)ずるに米粉
を用れば小児(せうに)によりて肌(はだ)に虫(むし)を生し虱(しらみ)を生ずる事
あり牡蠣粉(ぼれいのこ)或は葛粉(くずのこ)又は天花粉(てんくわふん)をすりぬりたるがよ

【左頁】
しかくのごとくすれは夏は痤疿(あせぼ)を生せずいづれも皆粉
を随分(ずいふん)細(こま)かにしてぬるべし児子は皮膚(ひふ)の理(きめ)こまやか
にやはらかなれば麁末(そまつ)なる粉をすりぬればかへつて
其あたりたる所かぶれて瘡(かさ)となるものなり又児子に
よりて腮(あぎと)の下又は股(もゝ)の付もと脇(わき)の下たゞれて 汁(しる)を
出すあり上(かみ)にいふ所のごとく浴させて天花粉牡蠣の
粉の類をすりぬり或は碾茶(ひきちや)をすりぬるもよきなり
  ㊆乳付(ちつけ)の説(せつ)《割書:付たり|》乳母(にうぼ)をめのとゝいひ摩(ま)〻(ゝ)といふの説
◯生れ子取擧て後 古(ふる)き衣類(いるい)又はふるき綿(わた)を襁褓(むつき)
としてつゝみまくべしいま児子 胎内(たいない)のあたたかなる所よ
り出て風日(ふうじつ)を見れば夏の時といへども衣類にまきて

【右頁】
人の懐(ふところ)に抱(いだ)くべし扨 一族(いちぞく)の中にても又は隣家(りんか)にても
家人にても子を多く産(うみ)て子孫(しそん)盤昌(はんじやう)したる女中の
乳(ち)のあるをえらび其 懐(くわい)中に抱(いた)かしめて乳をのませ
そむべしこれを乳(ち)付きの人といふなり是 本邦の風
俗なり
◯日本紀(にほんき)を按(あん)ずるに他姫婦(あだしをみな)を用(もちひ)て乳を以 皇子(みこ)を養(ひたし)
まつるこれ世中に乳母(ちをも)をとりて児(ちご)を養(ひたす)の縁(ことのもと)なりと
見えたり《割書:啓益|》按するに他姫婦(あたしをみな)とは玉依姫(たまよりひめ)をさして申奉る
皇子(みこ)とは鵜羽葺不合尊(うのはふきあわせずのみこと)の御事すなはち海神(うみのかみ)の御 女(むすめ)
豐玉姫(とよたまひめ)の産(むま)せ給う所なり其時 豐玉姫(とよたまひめ)の御 妹(いもうと)玉依姫
姊(あね)の君(きみ)に替(かは)りて皇子(みこ)に乳(ち)を養(ひた)し給ふ此故に世中に

【左頁】
乳母(ちをも)をめのとゝいふ事の因縁(ゐんゑん)なりめのとゝは母の弟といふ
義(ぎ)也然れは遠(とを)き神代(かみよ)より乳付(ちつけ)の人を用ひたる事にし
てわが國(くに)の旧(ふる)き風俗なるにや
◯東鑑(あづまかゝみ)に武衞(ぶゑい)《割書:源頼朝(みなもとのよりとも)卿|をいふなり》御 誕生(たんじやう)の初(はしめ)御 乳付(ちつけ)の青女(あをおんな)をめさる
摩(ま)〻(ゝ)と号(がう)すと見えたり《割書:啓益|》按ずるに今時も乳母(めのと)を摩
々といふ都(みやこ)にてはいはず関東(くわんとう)又は築紫(つくし)の方にてはいふ
事なり頼朝卿(よりともきやう)の摩(ま)〻(ゝ)より云始たるにや摩(ま)はなづる
と訓(くん)ずれは其児子をなでさすりて育(そだつ)るを以 摩(ま)〻(ゝ)と
いふにや又小児の食(しよく)を都鄙(とひ)共にまゝといふ乳は小児の
食なればまゝといふなるべし
  ㊇生れ子に乳(ち)を飲(のま)しむるの説

【右頁】
◯初生(しよせい)の小児(せうに)に乳を吸(のま)しむる事生れ下てより六時
ばかり過て後 乳付(ちつけ)の人の乳を飲(のま)しむべし其まへはたゞ
蜜薬(みつくすり)又は黄蓮(わうれん)甘草(かんさう)などの汁(しる)を吸しめてけがれたる
物を吐出(はきいた)させてよし生々子の説に初生の小児に乳
を飲しむる事 早(はや)けれは胎毒をこらして変(へん)じて萬の
病となると云へり
◯千金方(せんきんはう)【注】に初生の児子(ちご)に乳を早く飲しむる事な
かれ半日又は一日ばかり過て後飲しむへし早けれは養(やしな)
ひがたしと見えたり《割書:啓益|》按ずるに凢(およそ)母の子を産(う)む事
是 天理(てんり)の自然(しぜん)なれば母の乳汁(にうじう)出る時をまちて飲し
むる事自然の道理(たうり)なるべし 本邦にてもその國の

【左頁】
風俗によりて母の乳出ざるうちは蜜薬などを吸し
めて他人の乳を飲しめざる所あり母の乳にて養(やう)
育(いく)せんとおもはゞしきりに乳房(ちぶさ)をもみやはらげて
三四 歳(さい)ばかりの女子(おんなのこ)に吸(すは)しめ又は生子にも吸しむれは
二三日を待ずして或は半日又は十時ばかりのうちに産(さん)
婦(ふ)の乳出るものなりそれより直(すぐ)に母の乳を飲しめて
育(そだ)つべきなり昔(むかし)源(みなもと)の義経(よしつね)奥州落(おうしうおち)の時 北陸道(ほくろくたう)にさ
まよひ給ひ【日】し頃 亀破坂(かめわりざか)といふ深山(みやま)にて御䑓所(みだいところ)産(さん)し
給ふに乳付の女乳母などゝいふもなかりけれ共其子そ
だちて奥州(おうしう)へ着(つき)給ひ【日】たるためしあればよその乳
を用ずして母の乳を以そだつ事なるべし然れば位(くらゐ)

【注「千金方」「せんきんほう」 孫思邈「そんしぼう」著 唐代652年、原本は30巻。人名は千金より重いという意味の書名をつけた医学書。千金要方とも言う。医学総論、本草、製薬、婦人科、小児科、内科、外科、外毒、備急、養生、脈診、鍼灸、導引などを網羅している。】

【右頁】
高(たか)くやんごとなき御 方(かた)さま家(いへ)富(とみ)財(ざい)たれる人たり共
産母(さんぼ)病(やまひ)なく乳汁(にうじう)も潤沢(じゆんたく)ならば母の乳を飲(のま)しめて養(やしな)
ふ事天理の自然(しぜん)をおこなふの事なるへし聖人(せいじん)の
教(をしへ)にも凢(およそ)子を産(さん)しては諸母(しよぼ)と可(か)なるものを撰(えら)んで
子を養育(やういく)すべしと見えたり諸母とは衆妾(しうせう)の事なり
と注せり日本にては御局(おつぼね)女房(にうほう)達(たち)などの事にして乳
母の事をいはず可(か)なる者とは人柄(ひとがら)のよきをいふなりこれ
によれば中花(もろこし)もいにしへは母の乳を以 養育(やういく)せし事を
しるへしと時の人もし此理をさとして母の乳を以養
育せまくおもはゞ物 静(しづか)にして人 柄(から)よき女の四十ばかり
なるを撰(えら)び乳母(にうぼ)のごとく其児子を抱(いだ)かしめてなじみ

【左頁】
したしましめて母は乳はかりを飲しむべしかくのごとく
すれは三年め四年めにその次〻の子を出生して母も
病なくしてよろし然るに産婦(さんふ)もすくやかに乳も
潤沢(じゆんたく)なる者乳母を召(めし)つかひ其乳を飲しめてしゐて
母の乳を断(たつ)ときは血脈(けつみやく)【「脉」は「脈」の俗字】さかんにして大形(おほかた)毎年(まいねん)懐妊(くわいにん)を
なし其身もはからざるの苦(くる)しみをうけ多産(たさん)の上(うへ)
にては終(つゐ)に死(し)するに至(いた)るもの多しその上生るゝ子も
虚弱(きよじやく)にして病多しいはんや家(いへ)貧(まづ)しく財(ざい)とぼしき
人は猶更(なをさら)母の乳を飲しめて養育(やういく)すべき事なり
然れ共今時の人は多くは懐胎(くはいにん)の中其 身持(みもち)あしき故
産(さん)するの時 元気(げんき)よはく其 血(ち)多く脱(もぬ)く或は難産(なんさん)の

【右頁】
婦人(ふじん)は血気(けつき)ともに不足(ふそく)するによりて乳汁も出がたし
ケ(か)様(やう)なる婦人其乳の出るをまちて飲(のま)しめんとせは児子(ちご)
をして餓死(うへし)すべしかくのごときの婦人は乳母(めのと)を撰(えら)
びて召(めし)つかひ児子を養育すべきなり一槩(いちがい)に心得(こゝろへ)
べからず
  ㊈乳母(めのと)を撰(えら)ぶの説
◯除春甫(しよしゆんぼ)の説に乳母を撰ふ事いたつて大切(たいせつ)なり其
乳を飲て盛長(せいちやう)し漸(やうや)く染(そむ)事久しければ乳母の生質(むまれつき)
心根(こころね)までも皆よく似(に)るものなりいはんや血気の薄(うす)き
厚(あつき)きをやこれを木(き)を接(つぐ)にたとふといへり誠(まこと)にことは
りにや接木(つぎき)の䑓木(だいき)かしくれは接穂(つきほ)も痩(やせ)るなり䑓(だい)

【左頁】
木 肥盛(ひせい)なれば接穂もよく盛長する事なりとしるべし
◯乳母を撰(えら)ぶ事◯第一 病者(ひやうじや)にして色(いろ)青白(あをしろ)く皮膚(ひふ)
も形體(けいたい)も憔悴(しやうすい)【「かじけ」左ルビ】したる女◯第二 狐臭(わきが)ある女◯第三代々
癩瘡(らいさう)ある家(いへ)の女◯第四 身中(しんぢう)瘡疥(さうかい)ある女《割書:瘡疥とはひぜん|がさこせがさかゆ》
《割書:がりの|の類》◯第五 揚梅瘡(ようばいさう)ある女◯第六𤹪(せむ)瘻(し)【注】の女◯第七 癭(こ)
瘤(ぶ)ある女◯第八 癲癇(てんかん)の病(やまひ)ある女◯第九 音聲(こへ)の濁(にごり)たる
女◯第十 髪(かみ)の毛(け)のすくなき女◯第十一 耳聾(つんぼ)の女◯第
十二 兎缺(いぐち)の女◯第十三 齄鼻(ざくろばな)の女◯第十四 吃(どもり)の女◯第十
五 痘痕(いものあと)ある女其外 五體不具(ごたいふぐ)の女《割書:俗にいふかたは |ものゝ事也》是等(これら)の類(たぐひ)の
女を乳母とすべからすと諸(もろ〳〵)の醫書(いしよ)に載(のせ)たり
◯司馬温公(しばおんこう)の説に乳母をえらぶ事かろ〳〵しくすべからず

【注 「𤹪」は「痀」に同じで、「痀」の義は「せむし」。音はどちらも「ク」。故に「𤹪」も「せむし」の意味になります。「瘻」は音が複数ある中、義「こぶ」に叶った音は「ル」です「𤹪瘻」は「せむし」の意で問題ないと思います。ちなみに「傴」は音「ウ」で義は「かがむ・せむし」です。】






【右頁】
乳母よからざれば家(いへ)の法をやぶるのみにあらず養(やしな)ふ所の
児子をしてなす所の業(わざ)こと〴〵く乳母に似(に)るなりつゝ
しむへしと云へり 日本にても乳母を撰(えら)ぶ事をろ
そかにせずよく尋(たずね)問(とは)せて其(その)見掛(みかけ)よく乳汁(にうじう)も潤沢(じゆんたく)なる
女を撰みて乳母とすといへ共乳母は多くは賎家(いやしきいへ)より
出る者にして其 性(しやう)ひすかしく【注①】ねたまし心 奢(おごり)て怒安(いかりやす)
しその上 大切(たいせつ)なる児子をそだつる事をゆだねをく事
なれば父母(ふぼ)も殊更(ことさら)要(よう)ある者におもひ大形の我まゝはゆる
しをくによりてはひたふる【注②】奢([お]ごり)出来(でき)て家の法(ほう)を乱(みだす)に
いたる能(よく)々心得べきなり
◯王肯堂(わうこうだう)の説に乳母(めのと)は氣血(けつき)共に盛(さか)んにして乳汁(にうじう)潤(じゆん)

【注①「ひすかしく」はシク活用の形容詞「ひすかし」の連用形のこと。むつかしいの意】【ひねくれている意では】
【注②「ひたふる」ただ一つの方向に強く片寄るさま。もっぱらそのことに集中するさま。いちず。ひたすら。の意】

【左頁】
沢(たく)にして其 生質(むまれつき)よき者をえらふべし乳母は常(つね)に飲食(いんしよく)
を慎(つゝし)み色慾(しきよく)をおもふべからず房事(ぼうじ)をなすべからす乳母の
気血(きけつ)乳汁(にうじう)と化(くは)するなれは一切(いつさい)の事 慎(つゝし)み守(まも)るべきなりと
云へり《割書:啓益|》おもふに 日本にても冨貴(ふつき)の家(いへ)には乳母をえ
らぶ事 法(ほう)のごとく其(その)つゝしみも法のごとく守らしめて児
子を養育(やういく)する事なり然れ共その内或は其理にくらき
事多しいかんとなれば乳母は多く卑賎(ひせん)【「いやしき」左ルビ】なる者にして
己(をのれ)が家に在(あり)て作法(さはう)行儀といふ事もなく衣類(いるい)も薄(うす)く
平生(へいぜい)の食(しよく)物も麁菜(そさい)ばかりを喰(くひ)萬とぼしく在(あり)つる者
俄(にはか)に徳(とく)つきて衣類は絹絮(きぬわた)に冨(とみ)て厚(あつ)く重(かさ)ね着(き)るに
より其乳汁 熱(ねつ)を生じかへつて児子に害(がい)をなす又 食(しよく)

【右頁】
事(じ)には旨(むま)【㫖】き物 魚(うを)鳥(とり)の類(たぐひ)をすゝめ猶更(なほさら)道理(だうり)にくらき人
は乳汁(にうじう)は食(しよく)事によるなり乳母をして飽満(あきみつ)るやうに
せざれは乳(ち)も出(いづ)る事なしとて昼夜(ちうや)六七度も食はしむ
乳母はつねに喰馴(くひなれ)ぬ美物(びもつ)なれは口にかなひて喰過(くひすご)し脾(ひ)
胃(ゐ)に充塞(みちふさかり)て脹満(ちやうまん)の病となり或はあやしき病となり死(し)
するに至(いた)る者多し又その家によりて乳母(めのと)の致(いた)しも馴(なれ)
ぬ行儀作法(ぎやうきさはう)を教(をし)へ平生(へいぜい)の居(ゐ)ずまゐもとしてあれかく
してあれこと葉もいやしくて悪(あし)きなどいひて乳母
の家に在る時かつて見も聞(きゝ)も馴(なれ)ぬ業(わさ)をならはしむる
により乳母の気(き)鬱(うつ)し滞(とゞこほ)りて乳脉(にうみやく)通(つう)せずをのづから
乳(ち)も出ぬもの多(おほ)し又其家により此 理(り)ある事を聞おぼ

【左頁】
【乳母が座敷でお方様をはじめとする家の女性達に取り巻かれ,児子に授乳している図】

【右頁】
え乳母は気つまりては乳も出ぬものなりとかく乳母は
我まゝにはたらかせたるがよきとゆるせば和俗(わぞく)の諺(ことはさ)にいふ
がごとく舩頭(せんどう)馬方(むまかた)御乳母人(おちのひと)といふごとく我(わが)まゝ過て奢(おごり)
やすく甚しきものは隣家(りんか)の小者(こもの)部(べ)屋をかけ廻(まは)り婬乱(いんらん)
放逸(ほういつ)にして家の法を乱(みだ)し児子をもおろそかにとりあ
つかひて不慮(ふりよ)に怪我(けが)をさせ疵付(きずつく)る事 多(おほ)くその上児子も
乳母の事を贔屓(ひいき)して多くは乳母の性(しやう)に馴(なれ)て我まゝ
者に成事あり乳母は能(よく)〻撰(えらぶ)へき事也
◯蠡海集(れいかいしう)に乳汁(にうじう)の色(いろ)【ク+也】は白し白(しろ)きは金(かね)の色【ク+也】金(かね)は肺(はい)の蔵(ぞう)
の主(つかさど)る所 肺(ばい)は人の元氣(げんき)を主(つかさど)る乳汁は生育(せいいく)の 氣(き)の根(ね)
ざす所 氣(き)をしき賦(くば)る始(はじめ)なれは其色(そのいろ)【ク+也】白しと見えたり然

【左頁】
れは乳汁(にうじう)の色(いろ)【ク+也】は白きを貴(たつと)ぶなり乳母をえらぶ時其 乳(ち)
をしぼらせて其色【ク+也】を見るべし色【ク+也】黄にして濁(にご)る類(たぐひ)の乳
ならは必用事なかれ能〻心得へき事なり
◯千金方の説に乳母 健(すくやか)なる者は乳の出来(いてくる)る【語尾の重複】事多く其
㔟(いきおひ)猛(たけ)くこれを揉(もめ)ば必 飛走(とひはし)るものありこれを按(もみ)てその
㔟をへらして後 児子(ちご)に飲(のま)しむべしつねに乳母(めのと)児子(ちご)に
乳を飲しむる度毎(たびこと)にまづ按(もみ)て上乳(うはち)をさりて用べしこれ
を宿熱乳(しゆくねつにう)と名付(なづけ)て小児に毒(どく)をなすと見えたり
◯乳母(めのと)の飲食(いんしよく)すなはち乳汁(にうしう)と通(つう)ず児子(ちこ)其乳を飲は
たち所に感應(かんおう)するなり詳(つまびらか)に左(ひだり)にしるす
 ◯乳母 熱(ねつ)を食(しよく)すれば乳汁 熱(ねつ)す寒(かん)を食(しよく)すれは乳汁 寒(かん)

【右頁】
ず夏(なつ)の時 熱(ねつ)したる乳を飲(のめ)は小児 吐逆(ときやく)をなす冬(ふゆ)の時
寒(かん)じたる乳を飲ば咳嗽(しはぶき)を生し痢病(りびやう)を患(うれ)ふる也
◯乳母(めのと)怒(いか)りて乳(ち)を飲しむれは小児上氣して驚風(きやうふう)
癲癇(てんかん)の病をなす
◯乳母 酒(さけ)に醉(ゑい)て乳をのましむれば児をして腹痛(はらいたむ)
◯懐妊(くはいにん)の乳を飲しむれは小児 痩(やせ)て色 黄(き)ばみ腹(はら)大きに
脚(あし)痿(なへ)しむ名付(なつけ)て魃(ばつ)病【注①】といふなり和俗(わぞく)をとみづはり
といふ也
◯乳母風にあたりて乳を飲しむれは児をして腹張(はらはり)
吐逆(ときやく)せしむ
◯乳母 夜露(よつゆ)にあたりて乳を飲(のま)しむれは嘔吐(あうとを)なさしむ

【注①「魃病」俗ニ云、ヲトミヅハリナリ、小兒、母ノ懷姙シテイル乳ヲノミテ、瘧利ノ如ク病ナリ、又魃ハ小鬼ナリ、姙婦惡神ノ氣ニヲカサレ、小兒、其乳ヲノミテ病ナリ 古事類苑 第25巻1513頁】

【左頁】
◯乳母食するとそのまゝ乳をあたゆれは色【ク+也】黄(き)ばみ疳(かん)
の虫を生し口臭(くちくさき)事をなす也
◯乳母 汗(あせ)してすなはち乳を飲しむれは疳の虫を生ずる也
◯乳母 温麪(しつめん)【「あつめん」ヵ】《割書:うんどん切麦|そばきりの類》を食して乳を飲しむれは亀(き)
胸亀背(きやうきはい)の病をなす和俗いふ所のせむしの事也
◯乳母 酸鹹(すくしはゝゆき)食物(しよくもつ)或(あるひ)は炙(あぶり)たる肉(にく)の類(たぐひ)を食して乳をあ
たゆれは渇(かわき)の病を生する也
◯乳母酒に酔(ゑい)風に中(あたり)て臥(ふし)し醒(さめ)て後乳を飲しむ
れは児をして音聲(こへ)を失(うしな)はしむる也
◯乳母 咳嗽(しはぶき)のある時乳をのましむれは児をして驚風(きやうふう)【注②】
喘痰(ぜんたん)の病をなす也乳母 薬(くすり)をのみてはやく愈(いや)すべし

【注②「驚風」漢方で、小児の脳脊髄膜炎および脳脊髄膜炎様の症状。脳水腫や癲癇も指したらしい。急驚風「陽癇」と慢驚「陰癇」とがある。】

【右頁】
 ◯乳母(めのと)或は悲(かな)しみ喜(よろこび)いまだ定(さたま)らずして乳をのまし
 むれば涎(よだれ)を生し 咳嗽(しはぶき)をなす也
 ◯乳母 房事(ばうじ)をなして乳を飲しむれば児(ちご)をして
 痩憔(やせかじけ)て脚(あし)弱(よはく)く【くの重複ヵ】行事 遅(おそ)からしむる也
右は乳母の身のつゝしむ所の事なり此いましめをおか
す事となかれ以上の説(せつ)聖濟経(せいざいきやう)に載(のせ)たり
◯小児 大(おほ)ひに笑(わら)ひて即時(そくじ)に乳をのめは驚風(きやうふう)癲癇(てんかん)の
病(やまひ)を生(しやう)ず大きに哭(なき)て乳をのめば吐瀉(としや)をなす大に飢(うへ)て
乳をのめは腹痛(ふくつう)をなす大に飽(あき)て乳をのめは氣(き)とぼ
しき事をなす大に驚(おどろき)て乳をのめは吐逆(ときやく)腹痛(ふくつう)をな
す啼事(なくこと)いまだ定らずして即時(そくし)に乳をのめは児(ちご)をし

【左頁】
て癭瘤(こぶ)を生するなり右は小児の身(み)の上(うへ)のつつしむ
所の教(をしへ)なり以上の説(せつ)古今(こゝん)醫統幼科準縄(いとうようくはじゆんぜう)等に見えたり
◯千金方に乳母児子を抱(いだき)て臥(ふす)ときは己(おの)が臂(ひぢ)を枕(まくら)と
して児の頭(かしら)と乳(ち)の頭(かしら)とたいらかにして乳をのましめ
て寝(いね)さすべし小児 眠(ねふり)來(きた)り乳母(めのと)も眠(ねふり)来らばすなは
ちその乳をうばひ去(さる)べし眠(ねふる)時は小児もおぼえす乳(ち)を
飲過(のみすご)し乳母もあたへ過して哯吐(けんと)の病を生すと見え
たり哯吐(けんと)とは和俗(はぞく)のいふ乳をあます事也《割書:啓益|》おもふ
に乳母も小児も眠来る時乳をはなつ事をしらずして
乳房(ちぶさ)にて児(ちご)の口 鼻(はな)をおほひ児の息(いき)をとゞめて死(し)に
至(いたる)る類(たぐひ)多し乳母のつゝしむ所は小児を抱(いだ)きて臥(ふす)時に

【右頁】
あり乳母によりて大ひに寝(ね)て児をして己(おの)が身にて
しき殺(ころ)す類(たぐひ)の事 多(おほ)したとひ殺(ころす)にいたらざれとも
手足(てあし)をしてかたわになさしむる事まゝおほき事也
能々心を付へき事なり
  ㊉乳母(めのと)の病(やまひ)によりて児子病を生(しやう)ずるの説(せつ)《割書:付たり|》
   乳汁(にうじう)出(いで)ざる時用る薬剤(やくざい)の説
◯生(せい)々(〳〵)子(し)の説に乳母は常(つね)に飲食(いんしよく)を慎(つつし)むへし乳母の
飲食すなはち乳汁となる辛(からき)物 辣(たゝがらき)物 味(あぢわい)の厚(あつき)物 熱(ねつ)つ
よき物 肉食(にくしよく)油氣(あぶらけ)酒(さけ)の類(たぐひ)をいむべしこれを犯(おか)せば乳母
の脾胃(ひゐ)に熱生ず其 乳(ち)を飲(のめ)は児子(ちご)をして病を生し
頭(かしら)面(おもて)に瘡(かさ)を生ずるなりと見えたり和俗(わぞく)これを乳越(ちこし)

【左頁】
といふ也 惣(そう)じて乳母に熱あらばいづれの病にてもはやく
上手の醫師(いし)を頼(たのみ)【「み」の重複】て療治(りやうぢ)すべし乳母に飲しむる薬(やく)
剤(ざい)には甘草(かんざう)を少しく用て多(おほ)からしむる事なかれ甘草
をおほく入れは脾胃(ひゐ)の氣(き)塞(ふさが)りて乳汁(にうじう)に妨(さまたげ)ありと
古来(こらい)より 本邦(ほんほう)に云傳(いひつたふ)る事なり本草を考(かんが)ふに甘
草の乳汁に妨ありといふ事を載(のせ)ずしかれ共多くこゝろ
みてたがはす心得へき事なり
◯乳母(めのと)故(ゆへ)なきに乳(ち)出(いづ)る事すくなく漸(やう)〻(〳〵)にうすくなる事
あり乳母かならず此事をかくすものなり折ふしごとに
乳(ち)をしぼらせて見るべし乳(ち)うすくして出(いで)かぬる時は
はやく驚(おどろき)【「き」の重複】上手の醫師(いし)を頼(たのみ)て薬(くすり)を用べし和俗(わぞく)は乳

【右頁】
母に薬(くすり)を服(ふく)すればかならず乳にさまたげ有とおぼえたる
者 多(おほ)しことに乳などの出(いで)さるに薬を用事を嫌(きら)ふやま
ひある時薬を服せずんはその病いかにして愈(いゆ)べき病 愈(いへ)ず
んばいよ〳〵乳母 気(き)苦(くる)しみて乳の出る時有べからず和俗
の諺(ことわざ)にいへるごとく御乳(おちの)人の乳のあがりたるとて物の用に
たらぬたとへなるべし上(かみ)にいふ所のごとくすくなき乳を
のますれば児子 食(しよく)にとぼしきゆへ痩(やせ)つかれて病を生
ずるなり能々心得べきことなり
◯乳汁(にうじう)出(いで)ざる時に鯉魚(こいのうを)を味噌(みそ)汁にて煑(に)て食(しよく)すればよ
く出るものなり和俗 常(つね)にする事なり本草には
鯉(こい)魚 一頭(ひとかしら)焼(やき)細末(さいまつ)して一銭(いつせん)酒(さけ)にて用と見えたり鯉を

【左頁】
丸ながらそのまゝ黒焼(くろやき)にして用へし酒をのまぬ乳母は
食のとり湯(ゆ)にて用たるがよきなり
◯乳汁出さるに露蜂房(ろぼうぼう)を黒焼(くろやき)にしてめしのとりゆ又は
酒にても用てよし露蜂房(ろほう〴〵)とは深山(みやま)の木の梢(こずゑ)にかけたる
蜂(はち)の巣(す)の雨露(あめつゆ)にさらされしをいふなり本草(ほんざう)を考(かんがふ)るに
乳癰(にうよう)を治する事ありて乳汁(にうじう)を通(つう)ずるの事なしと
いへ共つねに用て其 驗(しるし)多(おほ)し用て妨(さまたげ)なし
◯乳(ち)出ざるには玉露散(きよくろさん)といふに加減(かげん)して用たるがよき也
加減玉露散(かけんぎよくろさん) 当帰(とうき) 白芍藥(びやくしやくやく) 桔梗(きゝやう) 川芎(せんきう) 白茯苓(ひやくぶくりやう)
天花粉(てんくはふん) 木通(も[く]つう)【注】 穿山甲(せんさんかう) 右八味 各(おの〳〵)等分(とうぶん)にして一服を
壱匁三分にして常(つね)のことくにせんじ用ゆべし乳母(めのと)の虚(きよ)

【注 振り仮名は「もつう」に見えますが、「もくつう」のことです。植物「あけび」の漢名。また、アケビの木部。消炎、利尿、通経、催乳の効がある。漢方生薬の一つ。】

【右頁】
實(じつ)寒熱(かんねつ)を問(と)はず此 薬(くすり)を用て験(しるし)をとる事多し然共乳の出
ざるにも其 病症(びやうしやう)品(しな)多き事なれば上手の醫師(いし)を頼(たの)みて薬(くすり)を用ゆべきなり
  十一【丸でかこむ】小児 衣類(いるい)の説(せつ)
◯千金偏に生れ子男ならば父(ちゝ)のふるき衣類(いるい)を用ひ女
子ならば母(はゝ)の古(ふる)き衣類を用てあらためてこしらへ直し
児子(ちご)に着(きす)べし或は年老(としおひ)たる人のふるき衣類をあら
ため作りて着せしむれは児をして命(いのち)長(なが)からしむ
新(あたらしき)なる衣類 絮(わた)の類(たぐひ)を用る事なかれ衣(ころも)を厚(あつく)く【く重複】きせて
熱(ねつ)せしむる事なかれ皮膚(ひふ)をやぶり面(おもて)に瘡(かさ)を生し或
は驚風(きやうふう)の病を生ずるなりと見えたり
◯小児の衣類は絹の類を用へからす礼(らい)記に童子(どうし)に裘(きう)

【左頁】
帛(はく)をきせず又 帛(きぬ)の襦袴(しゆこ)せずと見えたり裘(きう)とは皮(かは)に
てこしらへたるきる物なり日本にてはなき事也帛とは
きぬの事也 襦(しゆ)とは短(みじかき)衣(ころも)なりと註して和俗(わぞく)のいふ襦半(じゆばん)
肌着(はだぎ)などの類(たぐひ)なり袴とは肌(はだ)の下ばかまの事也 晦庵(くはいあん)の
朱子(しゆし)の註(ちう)に帛は大に温(あたゝか)にして陰氣(いんき)をやぶる小児(ちご)は
純陽(しゆんやう)のものとてもつはら陽氣(やうき)さかんなるものなれは
裘帛(きうはく)を着(き)せしめて熱(ねつ)をつゝむ事なかれ其上 幼(おさな)き
時より奢(おごり)の事をふせぐの教(をしへ)なり布(ぬの)を心して帛(きぬ)を
用る事なかれ富貴(ふうき)の家といふ共 綾(あや)羅(うすもの)錦(にしき)絨(けおり)を用事
なかれと見えたり
◯《割書:啓益|》按ずるに小児の衣類(いるい)夏(なつ)の時は勿論(もちろん)也 父母(ふぼ)の古(ふる)き

【右頁】
衫(かたびら)を用べし冬(ふゆ)の時とても衫(かたびら)に綿(わた)を入て着(き)せしむべし
和俗(わぞく)これを布子(ぬのこ)といふ也 日本に綿(わた)の種(たね)を栽(うへ)し事は
桓武天皇(くはんむてんわう)延暦(えんりやく)十八年に天竺(てんじく)崑崙(こんろん)の人 舩(ふね)に漂浪(ただよひ)て
三河(みかは)の国(くに)に着(つ)く此人 綿(わた)實(たね)を持(もち)て來(きた)りて栽初(うへそめ)しより
日本國にひろまりけると類聚國史(るいじゆこくし)百九十九巻に載(のせ)たり
中頃の事にや世 乱(みだれ)て綿種(わたたね)を栽る事を失(うしな)ひて後は布に
わたを入て着けり近來(きんらい)文禄年中(ぶんろくねんぢう)の頃又 中花(もろこし)より伝(つた)へ來
り日本國中なべて綿種(わただね)を植(う)へ木綿(もめん)を織(おり)出して布(ぬの)に絮(わた)
を入れて着る事やみぬされどふるきをわすれずいまも木(も)
綿(めん)着物(きるもの)を布子(ぬのこ)といひ綿(わた)をは唐綿(とうはた)といふにや惣(そう)じて小児
の衣類こまかなる木綿を着せしむるもよし糸(いと)ぶと

【左頁】
き紬(つむき)もよしいづれもみな脇(わき)あけにして着せしむべきなり
或(あるい)は冬(ふゆの)月の生れ子或は元氣(げんき)虚弱(きよじやく)なる小児は多くは寒氣(かんき)
に堪(たへ)がたしふるき絹(きぬ)を用るもよし木綿(もめん)の類は小児に
よりて虱(しらみ)を生ずる者ありすべて小児の襁褓(むつき)尻當(しりあて)の
類は布にても木綿にてもよし尻當をしきりに取 替(かへ)て
大小 便(べん)の湿(しつ)にあたりしめざるべししめりたる襁褓(むつき)の類 腰尻(こししり)の
あたりにをく事久しけれはかならず肛門(こうもん)に瘡(かさ)を生しその汁(しる)
のつく所 皆(みな)瘡(かさ)となりて乳母(めのと)も其瘡をうつり家内(けない)にう
つり蜂起(ほうき)するものなり能々心を付べき事なり
◯小児に衣類を着せ替(かゆ)る時は戸障子(とせうじ)をさしまはし
帳(てう)【「とはり」左ルビ】をおろして火を燃し温(あたゝか)ならしめて着せ替(かへ)べしと
ころ

【右頁】
千金論に見えたり
◯王隠君(わうゐんくん)の説に小児(せうに)に着せしむる衣類(いるい)冬の時にても火に
てあぶるべからす熱(ねつ)つよくして皮膚(ひふ)をやぶるといえり衣(ころも)を
かへんとせはあらかじめ小児の衣類をして人の膚(はだへ)につけて温(あたゝ)め
をき着せしむべし夏の時とても衣を冷(ひや)して着すべからすいはんや
冬の時 冷(ひや)したる衣類を着せしむる事なかれ能々心を付べき事也
◯千金論(せんきんろん)に小児時あつて怒啼(いかりなく)事しきりならばかなら
す衣の中に針(はり)ありとさとりて衣をあらたむへしと
見えたり日本にてもまゝ多き事なり或は衣類に半風(しらみ)
生じ或は蟻(あり)のたぐひのさす虫の衣のうちに入たる時も
怒啼(いかりなく)事 多(おほ)しとにかくケ様の時は衣を改(あらため)め【活用語尾の重複】て着せかへ

【左頁】
させてよきなり
◯小児の衣類日に曬(さら)して日のある内に取納(とりおさ)むべし
夜露にあたらしむる事なかれよつゆにあたりたる衣類
を着せしむれはその湿(しつ)にあたりて病を生する也 玄中(げんちう)
記といふ書には姑獲鳥(こくはくてう)といふ鳥あり毛をきては飛(ひ)
鳥(てう)となり毛を脱(ぬぎ)ては女人となる胸の前に両の乳有
此鳥は懐妊(くはいにん)の婦人(ふじん)産(さん)する事をえすして死する者化
して此鳥となる此もの人の子をとりて養(やしな)ひて己(おのれ)が
子とす小児のある家に夜に入て衣を曬(さらす)へからす此鳥
夜あそひて小児の衣に血(ち)をしるしにつけてたゝり
をなすによりて此衣類を児子にきすれば驚風癲癇(??ふうてんかん)【注】

【注 ??部は「きやう」ヵ】

【右頁】
のやまひを生し又は疳氣(かんけ)の病を生ずこれを無辜疳(むこかん)
と名付と見えたり和俗此鳥をうぶめ鳥といふなり
  十二【丸でかこむ】産衣(うぶきぬ)の説(せつ)《割書:付たり|》振袖(ふりそで)の説
◯日本のふうぞくにて子を出生すれは親族(しんぞく)又は隣家(りんか)或
はしたしき友どちの方よりその祝義として新(あら)たに
衣服(いふく)をこしらへ亀鶴松竹をそめ入或は金銀の箔(はく)をも
てちりばめて産衣(うふきぬ)と名づけて酒肴をとりそへて送
る事なり此事 古来(こらい)よりの俗禮(ぞくれい)なり《割書:啓益|》按(あん)ずるに
此うぶ衣(きぬ)を其まゝ生子に着せしむる事なかれ誕生日(たんじやうにち)
を過て後直に着せしむへし其内は上(うへ)に打かけて着
せ初(そむ)べきなり聖恵論(せいけいろん)といふ書(ふみ)にも小児は 𤍽(ねつ)つよけれは

【左頁】
一朞(いつき)を過(すき)て後(のち)新(あらた)なる衣類綿(いるいわた)を着(き)せしむべしと見えたり
一朞(いつき)とは去年(こぞ)生(むま)れたる月日(つきひ)より今年(ことし)に相(あひ)あたる月(つき)日
をいふ和俗のいふ所の誕生日(たんじやうにち)なり
◯小笠原家諸礼(おがさはらけしよれい)の書(しよ)に婦人(ふじん)懐妊(くわいにん)して五月めに帯(おび)
する礼(れい)ありこれをいはた帯(おび)といふ生絹(すゝしのきぬ)の長(なが)さ八尺ある
おびこれを四つにたゝみてその夫(おつと)女房(にうばう)の右(みぎ)の袖(そで)より
わたす女房(にうばう)請取(うけとり)てむすぶ也これは只(たゞ)当座(とうざ)の祝義(しうぎ)まで
にて別(べつ)のきぬにても木綿(もめん)にても帯(おび)する事也 扨(さて)此すゞ
しの帯は誕生(たんじやう)ありて後(のち)練(ねり)て肩(かた)にかにとりを付て
色(いろ)はうすあさぎたるべしおなじく裏(うら)にも此きぬを白(しろ)く
してつけて生子にきするなりこれは産衣(うぶぎぬ)にてはなし

【右頁】
と見えたり運歩集(うんほしう)にかにとりとは龜鳥(かめとり)をいふ五音(ごゐん)通ず
る故(ゆへ)なりと見えたり鸖龜(つるかめ)を付る事は齡(よはひ)の久(ひさ)しきに
とるなり和俗(はぞく)多(おほ)くはかにとりといふ事をしらずしてかに
鳥とはかにとり草(くさ)といふものありなどゝいひてあやし
く名もしれぬ草などをそめ付る類(たくひ)多(おほ)し甚(はなはだ)しき
者は蟹(かに)と鳥(とり)とを付るもありわらふべき事なり講説(かうせつ)
には生れ子に新(あらた)なる衣類(ゐるい)を着せしむべからざるのことの
もとなりと傳(つた)え侍(はべ)るなり中花(もろこし)日本(にほん)共(とも)に昔(むかし)より小児には
あらたなる衣類を着する事をいましめたる意(こゝろ)をさとる
べきなり
◯日本の風俗(ふうぞく)にて生子に着する衣類に紐(ひも)をつけて

【左頁】
二三歳まではゆるりとむすびてをく事なりこれも
小児は𤍽(ねつ)つよきものなればねつをつゝみこめまじき
との事たるべし三四 歳(さい)にいたりて長(おとな)のごとく帯(おび)をさ
する事なり
◯日本の風俗にして小児の衣服(いふく)男女(なんによ)共(とも)に十五六

までは脇(わき)の下をぬいさして着せこれをわきあけと
いひ又は振(ふり)そでといふ《割書:啓益|》おもふに皇太子(くわうたいし)親王(しんわう)以下(いげ)
も御幼稚(ごようち)の間(あいだ)は缺腋(けつてき)とて脇(わき)あけの御袍(おんうへのきぬ)を召(め)さ
せ給ふよし此 意(こゝろ)はいとけなき中(うち)はかけはしりの便(たより)に
よきためなりと傳(つた)へ侍(はべ)る此等(これら)の事によりて見れば
いとけなき者に脇あけを着するは屈伸(くつしん)【「のびかゞみ」左ルビ】《割書:のびかゞみの|事をいふ》

【右頁】
かけはしりの便(たより)なるにや又小児は日の升(のぼ)るがごとく月の
まとかならんとするかごとく阳氣(ようき)さかんにして𤍽つよき故(ゆへ)
に両(りやう)の腋(はき)をぬいさして其𤍽をもらさしむる意(こゝろ)なるにや
然るに此 理(り)をさとさぬ人 小児(せうに)の衣服(いふく)わきあけは風(かぜ)を引
やすしとて袖(そで)を短(みじか)くぬいつめて襦半(じゆばん)と名付(なつけ)或は阿蘭(おらん)
陀肌着(だはだき)などゝいひて肌(はだ)に着(き)せしむこれ𤍽氣(ねつき)をつゝみこめて
もらさずはなはだ悪(あし)き事なり又 今時(いまどき)の婦人(ふじん)愚父(ぐふ)はふり袖
はたゞその風流(ふうりう)のみにして見かけの艶(ゑん)なるためとばかりおも
ひて年たくるまでふり袖を着せしむ多くはその袖をはな
はた長くして着するにより小児必かけ走(はしり)に足(あし)を袖にふみいれ
て蹶(つまづ)きこけて疵(きず)つくる多し笑(わら)ふべき事なり  終

【背表紙】

【表紙】
【図書票】
493,98
Ka 87
日本近代教育史
 資 料

【題箋】
□【小】児必用□【記】

【左頁】
小兒(せうに)必用(ひつよう)養育(そだて)草(くさ)巻二
    目録(もくろく)
㊀ 生子(むまれご)養育(やういく)の説(せつ)
㊁ 生子 産髪(うぶかみ)を剃(そる)の説《割書:付たり|》宮叅(みやまいり)の説(せつ)
㊂ 小児 髪(かみ)を剃(そり)髪をはやす次第《割書:付たり|》髪置(かみをき)の事
㊃ 小児 飲食(いんしよく)の説《割書:付たり|》喰初(くいそめ)の説
㊄ 小児の脈(みやく)の説(せつ)
㊅ 非常(ひじやう)の生子の説
㊆ 小児 諸病(しよびやう)の説

【左頁】
小兒(せうに)必用(ひつよう)養育(そだて)草(ぐさ)巻二
        牛山翁(ぎうざんおう) 香月(かつき)啓益(けいゑき)
纂(さんす)【「あつむ」左ルビ】
  ㊀生子(むまれご)養育(やういく)の説(せつ)
◯保嬰論(ほうゑいろん)に子を養育(そだつる)に十種(といろ)の法(はう)あり第一には背(せなか)を暖(あたゝか)に
せよ二つに腹(はら)を暖(あたゝか)にせよ三つに足(あし)を暖にせよ四つには頭(かしら)
を涼(すゞ)しくせよ五つには胸(むね)を涼(すゞ)しくせよ六つには小児(せうに)の驚(おどろ)
きおそるゝかたちの類(たぐひ)を見する事なかれ七つにはいまだ見
しらぬ人を見せしむる事なかれ八つには啼(なく)事さだまらず
して乳(ち)を飲(のま)しむる事なかれ九つには輕粉(けいふん)朱砂(しゆしや)の類(たくひ)の石薬(せきやく)
を飲(のま)しむる事なかれ十には浴(ゆあみ)する事たび〳〵すべからずと見えたり

【右頁】
◯巣元方(さうげんはう)の説(せつ)に初生(しよせい)の小児は皮膚(ひふ)いまだ堅(かた)からず衣(ころも)を厚(あつ)
く重(かさ)ねて温(あたゝ)むべからす温(あたゝむ)れば汗(あせ)出(いで)やすし汗(あせ)出れは皮膚(ひふ)弱(よは)く
成(なり)て風を引やすきなり常(つね)に衣(ころも)を薄(うすく)すべし背(せなか)を冷(ひや)す
事なかれ衣(ころも)を薄(うす)くする事は初秋(はつあき)よりならはしむべし漸(ぜん)〻(〳〵)に
寒(さふ)くなるによりて初秋(はつあき)より薄(うす)く仕馴(しなれ)て次第〳〵に厚(あつ)くして冬(ふゆ)にい
たれは俄(にはか)に寒(さむ)きにいたらずして寒(かん)に馴(なれ)てよく堪(たゆ)るなりと
いえり心得べき事なり
◯生(せい)〻(〳〵)子(し)の説(せつ)に児子(ちご)生(むま)れて三五日の間(あいだ)は帯(おび)紐(ひも)の類(たぐひ)を以
束(つか)ね縛(しば)りて臥(ふさ)しむへし頭(かしら)を竪(たて)にして抱(いだ)き出る事なか
れと見えたり《割書:啓益|》おもふに初生(しよせい)の児子(ちご)を絹(きぬ)にまきて帯紐(おひひも)
にて束(つか)ねしばりて置(をく)事は胎内(たいない)にある時母のいはた帯(おび)に

【左頁】
てしめくゝりてある事なれば生出てもその事にならはし
めてくゝりて置(おく)く【送り仮名の重複】べきなり乳母(めのと)にても又は年老(としおひ)たる女にて
も児子を横(よこ)さまに抱(いだ)かせ足(あし)をゆたかに頭(かしら)の方(かた)を少(すこ)し高(たか)く
して懐(ふところ)のうちに臥(ふさ)しむへし十餘(じうよ)ケ(か)日を経(へ)て後(のち)には床(とこ)に
臥(ふさ)しめてよきなり床(とこ)に臥(ふさ)しむる時は木綿(もめん)の蒲團(ふとん)をし
きて頭(かしら)のかたを少し高く枕(まくら)かげんをよくして屏風(べうぶ)
をひきまはし枕(まくら)もとより風(かぜ)のいらざるやうにしつらひ夜(よ)る
は燈火(ともしび)をてらして臥(ふさ)しむへし衣類(いるい)も寒(かん)𤍽(ねつ)の時にした
かひあつさうすさをはかりてきせしむべきなり児子(ちご)の顔(かほ)
に衣類(いるい)を覆(おほ)ふべからず富貴(ふうき)の家(いへ)とても純帳緬帳(どんちやうめんちやう)など
をたれてそのなかに臥(ふさ)しむべからす夏(なつ)は昼(ひる)も蚊帳(かちやう)を釣(つり)て

【右頁】
蝿(はい)におかされぬやうにすべし乳母(めのと)は平生(へいせい)脇(わき)に添臥(そひぶし)して
あるべし児(ちご)をたゞひとり臥(ふさ)しむる事なかれ乳母(めのと)は寝(ね)ても
さめても児の事のみをおもひおもふてその半に心をゆだ
ねとゝむべきなり
◯保嬰論(ほうゑいろん)に小児の安(やす)からん事をおもはゞ三分(さんぶん)の飢(うへ)と寒(かん)と
を帯(おぶ)べしと見えたり徐春甫(じよしゆんほ)の説(せつ)には三分(さんぶん)の飢(うへ)と一分の寒(かん)
とをもとむべしと云(い)へり三分のうへ一分の寒とは十(とを)の物にし
て三つほとは食(しよく)をひかへ十の内にしてひとつほとは衣類(いるい)を
うすくせよとの事なり
◯巣元方(さうげんはう)の説(せつ)に天氣(てんき)和暖(くはだん)なる時分(じぶん)は乳母(めのと)児(ちこ)を抱(いだ)きて
風(かぜ)にふかせ日にあたらしむべし小児 其手(そのて)を動(うごか)し物を見し

【左頁】
る時は日のあたる所にて遊(あそ)び戯(たはふ)れさすべしかくのごとく
すれば氣血(きけつ)つよく肌(はだへ)も肉(にく)も硬(かた)くきびしくなりて風を
ひかず寒(かん)にあたる事なしといへり富貴(ふうき)の家(いへ)その児(ちご)を愛(あい)
し過(すご)し純帳緬帳(どんちやうめんちやう)のうちに衣服(いふく)をあつくかさねて風の
氣(け)日(ひ)の目(め)にもあはせぬやうにそだてたる児(ちこ)はその色(いろ)も黄(き)
ばみしらけ皮膚(ひふ)もうすくして風をひきやすしたとへは
日陰(ひかげ)に生(おひ)たる草(くさ)のごとく軟(やわらか)に弱(よはく)して風の氣(け)日(ひ)のめ
などにあへばもろくしほれやすきがごときをしるべし
◯萬全論(まんぜんろん)に田舎(いなか)のいやしき人の小児をそだつるに病(やまひ)と
いふ事なしこれをたとふるに深山(みやま)或(あるひ)は廣(ひろ)き野原(のばら)に生(おひ)
たる木(き)はたやすく合抱(だきまはす)ほどの大木(たいぼく)となり或(あるひ)は珍(めづら)ら【送り仮名の重複】しき果(このみ)【「くだもの」左ルビ】

【右頁】
のなる木又はあやしき花のつく類(たぐひ)の木の人の愛(あい)し重寳(てうほう)
とするはこれにつちかひ水そゝぎ養(やしな)ひを加(くはゆ)れ共 秀(ひいで)茂(しげる)事
なくたやすく果(このみ)もみのらす花もさく事なくあまつさへ
枯(かるゝ)にいたるがことしと見えたり然(しか)れば小児(ちご)をそだつる事は
たゞ野山(のやま)の草木(くさき)のごとく風の氣日のめにあたらしめて吹(ふき)
すかすやうにすればよく盛長(せいちやう)するなるべしさはいへども風の
烈(はげし)【冽洌ヵ】き所日のつよく照時(てるとき)にあつる事なかれ天氣(てんき)やはらぎあ
たゝかなる時とても久しく日陽(ひなた)に置(おく)べからず大人(たいじん)さへひさ
しく日向(ひなた)の氣(き)にあたればその氣にうたれてはかならず
頭痛(づつう)を発(はつ)するなりいはんや児子(ちご)その氣にたえんやひさ
しく日向誇(ひなたぼこり)をなすべからず

【左頁】
○保嬰論(ほうゑいろん)に児子(ちご)生(むま)れて六十日の頃 目(め)の瞠(ひとみ)さだまる故(ゆへ)に
よく物を見しりよく笑(わら)らひ人を見識(みしる)なり此時 見馴(みなれ)ぬ人
に見せ抱(いだ)かせする事なかれもし抱(いだ)かせ見せすれは必(かならず)おび
ゑて驚風(きやうふう)の病を生ずるなりこれを客忤(かくご)と名付と見え
たり殊に児によりて人見ずをする生れつきありケ(か)
やうなる児子には猶更外より来たる客人(きやくじん)なとに逢(あは)し
むる事なかれ
○千金論(せんきんろん)に小児 漸(やうや)く人を見知り物を見しる时 神(しん)■(びやう)【廟ヵ】
《割書:堂寺社頭(どうてらしやとう)|などをいふ也》のほとり塚(つか)のあたりに携(たづさ)へ行(ゆく)べからずと云へりすべ
て児子を愛(あい)するとて異形(いぎやう)のものをそろしきものな
どにて愛しすかす事なかれ或(あるひ)は神佛(かみほとけ)の前(まへ)へつれ行

【右頁】
てあやしきかたちの鬼神(きしん)を見する事なかれ猿(さる)つかひ
傀儡子(てづしまはし)【注】の類(たぐひ)のおそろしき人形(にんぎやう)など見する事なかれ
あやしきかたちの鳥獣(とりけだもの)の類又はかたはものゝ乞食(こつじき)など見
苦(ぐる)しきものを見する事なかれ或(あるひ)は高(たか)き所に抱(いだ)きあ
げふかき井(い)のもとにのぞませふかきふちにむかひ流(なが)るゝ
川を見せ牛(うし)馬(むま)犬(いぬ)猫(ねこ)などを見せててづからいらはせ
牛馬の息(いき)にあたらせなどする事 甚(はなはだ)あしき事なり下
ざまの者は此理(このり)をしらず児をすかし愛(あい)するとて己(おのれ)が肩(かた)
に抱(いだ)きのせ高聲(たかごへ)をあげて笑(わら)ら【送り仮名の重複】ひのゝしりなどして児
を驚(おどろか)して病を生ずる事 多(おほ)し此事 乳母(めのと)にもかたはら
につきそふ人にも云(いひ)きかすべき事なり能〻心得べき事也

【注 「てずし(手呪師)」=てくぐつ(手傀儡)=手で人形をあやつること。】

【左頁】
◯千金論(せんきんろん)に夏(なつ)の時にいたらは赤(あか)き絹(きぬ)にて袋(ふくろ)をぬいて
杏仁(きやうにん)《割書:あんずのさねの|うちのみをいふ》七つ両方の尖(とがり)と皮(かは)とをさりて袋(ふくろ)の内(うち)に入
て児の衣(ころも)の領(ゑり)になり共 帯(おび)になり共くゝりつけて置(おく)べし
児(ちこ)雷(かみなり)の聲(こへ)を聞(きゝ)てもかつて驚(おどろく)事なしと見へたり日(に)
本(ほん)にても常(つね)にする事なりむかし築(つく)【筑】紫(し)太宰府(だざいふ)に
菅丞相(かんせうじやう)の流(なが)され給(たま)ひし時 御寵愛(ごてうあい)の梅(むめ)都(みやこ)の御 庭(には)に残(のこ)し
をき給ひしに御詠哥(ごゑいか)を感(かん)じて此 梅(むめ)一夜(ひとよ)のうちに築(つく)【筑】紫(し)
に飛來(とびきた)るよし云傳(いひつた)ふいまも社頭(しやとう)に一株(ひとかぶ)の梅に瑞籬(みつがき)を
して飛梅(とびむめ)となづけて神木(しんぼく)とす社僧(しやそう)検校坊(けんぎやうばう)といふ家(いへ)に
秘方(ひはう)を傳(つた)ふると云(いひ)て此 飛梅(とひむめ)の核(さね)をとりて封(ふう)じ梅守(むめのまもり)と
なづけて雷(かみなり)の災(わざはひ)をさくる守(まもり)とて諸國(しよこく)へもてはやすあり

【右頁】
天神(てんじん)は雷(かみなり)となり給ふよしの俗説(ぞくせつ)あればこれに附会(ふくわい)する
にや是梅の核(さね)杏(あんず)の核(さね)いづれも大形(おほかた)その類同しきをもて
かく傳(つた)へ來(きた)るにや此梅の守(まもり)も児(ちご)におびさせてよろしかるべ
きなりすべて小児は心氣(しんき)うすく物におびえやすければ
雷などの時は乳母(めのと)の懐(ふところ)にしかと抱(いだ)きて驚(おとろ)かせぬやうにすべ
きなりかくいへば物に心えぬ愚(おろか)なる人はあまりに児を愛(あい)し
すごし少ばかりの雷の時もはや驚きて蚊帳(かちやう)を釣(つり)戸棚(とだな)
長持(なかもち)のうちにかくすやうにするによりていよ〳〵児におそ
ろしみをつけてそれをならつて性(せい)となりて長(おとな)となり
ても少の雷にも色(いろ)を青(あお)くし少の電(いなびかり)にも肝(きも)をひやし
て夏(なつ)の時 天(そら)くもりては人前(にんぜん)には出(いづ)る事ならぬ類の者(もの)多(おほ)し
【左頁】
糾(きう)〻(〳〵)たる武夫(ぶふ)の家(いへ)の小児(ちご)などをかくそだてなす事は
さて〳〵おろかなる事なるへし能〻心得べき事なり
○わが日本は神國(しんこく)にして神(かみ)をうやまひたつとふを風(ふう)【「なら」左ルビ】
習(しう)【「わし」左ルビ】とすれは小児(ちこ)の時は氏神(うぢがみ)産神(うふすな)又はその外にも神の
守(まもり)とて封(ふう)じたる札(ふだ)やうの物を衣帯(ころもおび)にくゝりつけて置(をく)
事なりかくのごとくすれば邪気(じやき)悪魔(あくま)をさくといふ
児は心氣(しんき)薄(うす)くよはければ邪気もをかしやすきものなり
外(ほか)よりなす事にして害(がい)のなき事なればすべき事なり
然れ共 愚(をろか)なる人は此事をたゞ㐧一の事とおもひ巫(かんなぎ)をめ
しあつめなどして児(ちこ)を見せ又は児の前にて祈祷(きとう)な
どをさするによりて鈴(すゞ)の聲(こへ)錫杖(しやくじやう)の音(おと)などに驚(おどろき)き児

【右頁】
をして病(やまひ)を生(せう)ずる事 多(おほ)し財(ざい)を費(ついや)すのみにあらず
其害(そのがい)多き事なり能〻心得べきなり
◯小児(ちご)をふさしむる時は枕(まくら)の上に銘(めい)ある釼(つるぎ)又は古(ふる)き鏡(か[ゝ]み)
などを置(をく)べきなりよく邪氣(じやき)悪魔(あくま)をさくるなり銘釼(めいけん)
古鏡(こきやう)の邪氣(じやき)悪魔(あくま)をさる事 中花(もろこし)の書(ふみ)にもさま〴〵そ
の奇特(きどく)をのする事多し 本邦(ほんほう)にてもまのあたり見聞(みきく)
事にしてたがはず児をふさしむる間(ま)には弓矢(ゆみや)を置(をく)べきな
り是亦(これまた)邪氣(じやき)鬼魅(きみ)の類(たぐひ)をさくる事なり
◯千金論(せんきんろん)に小児生れて二百四十日に骨筋(ほねすぢ)みな成就(じやうじゆ)す母(はゝ)
つねに児をして匍匐(ほふく)する事をおしゆべし一周(いつしう)の後しきり
に行歩(ぎやうぶ)する事を教(をし)ゆべしつねに土(つち)と水(みづ)とを愛(あい)させてそ

【左頁】
だつべきなりと云へり匍匐(ほふく)とははらばひする事なり一(いつ)
周(しう)とは誕生日(たんしやうにち)をいふ貴(たつとき)も賤(いやしき)も児(ちこ)をそだつる事 上(かみ)にいふ
所のごとくすれは其益(そのえき)甚(はなはだ)多(おほ)し心得べき事なり
  ㊁生子(むまれこ)産髪(うぶがみ)を剃(そる)の説(せつ)《割書:付たり|》宮參(みやまいり)の説
◯集驗方(しうけんはう)に初生(しよせい)の児 初(はじ)めて髪(かみ)を剃(そる)事はかならず日を撰(えら)
ぶに及ばずすなはち満月(まんげつ)《割書:生れて三十日|めにあたるをいふ》の日これを剃(そる)事 風俗(ふうぞく)
の尚(たつと)ふ所なり産婦(さんふ)満月の日まては産房(さんばう)を出(いづ)る事なし此
日にいたりて小児と共に産房(うふや)を出べしかくのごとくする事
は胎髪(たいはつ)の穢(けがれ)《割書:按ずるに胎髪(たいはつ)の穢(けがれ)とは母の胎内に在(あり)し時より|生したる髪(かみ)なれはけがらはしとて剃(そり)て捨(すつる)をいふなり》又は産母(さんぼ)
の穢 竈(かまど)の神に觸(ふれ)る事あれば小児(ちご)をして必 祟(たゝり)をなす
事ありそれ故(ゆへ)に此日小児の髪(かみ)を剃(そり)て産母(さんぼ)の穢(けかれ)の日数(ひかず)

【右頁】
もみちて出る事 俗礼(ぞくれい)なりと見えたり 本邦(ほんほう)の風俗(ふうぞく)も
またかくのごとし或(あるひ)は和俗(わぞく)七日めに胎髪(たいはつ)を剃(そる)人もあり
よろしからぬ事也 大抵(たいてい)三十日めに胎髪を剃て産婦
血心(ちこゝろ)もなく健(すくやか)なる時はみづから抱(いだ)きて親族(しんぞく)にも見せ
しめ打よりて祝(いはふ)べき事なり
◯集驗方(しうけんはう)に生れ子はじめて髪(かみ)をそる時は暖(あたゝか)なるところにて
かぜをさけて剃(そる)べきなり剃て後 杏仁(きやうにん)《割書:あんずのさねの|うちのみなり》三つ皮(かは)
と尖(とがり)とをさり研(すり)くだき薄荷葉(はつかのは)三枚を入てすり合て胡(こ)
麻(ま)の油(あぶら)少ばかり入て頭(かしら)にぬれば風を引事なく又 頭(かしら)に
瘡(かさ)を生(せう)ずる事なしひとり初(はしめ)て剃時のみにあらず剃 度(たび)
ごとに此 法(はう)を用(もちゆ)べしと見えたり 本邦にては剃て後に

【左頁】
酒(さけ)をぬり又は天花粉(てんくはふん)をぬり又は胡麻(ごま)の油にてときて
ぬるもありいづれもよし
◯本邦の俗禮(ぞくれい)にて生子 男(おとこ)なれは三十二日 女子(によし)なれば三
十三日にあたる日を宮參(みやまいり)の日と定(さだ)め氏神又は産神(うふすな)に
詣(まう)でしむる事なり此事いづれの代(よ)より仕初(しそめ)たるやらん
いまだ考(かんが)えず宮參をなさば必 遠(とを)き神社(じんじや)に詣(まう)ずる事なかれ
近所(きんじよ)の産神に詣(まうで)しむべし乳母(めのと)の懐(ふところ)に能(よく)いだかしめていか
にも静(しづか)に籃輿(かご)をかゝせ高聲(たかごえ)なる事をいましめ風邪(ふうじや)に
あたらぬやうにして詣しむへし多くは児宮參の日より風
をひきあるひは乘物(のりもの)にふられて病(やまひ)を生(せう)ずる事あり能〻
心を付へき事なり

【右頁】
  ㊂小児(ちご)髪(かみ)を剃(そり)髪(かみ)をはやす次第(しだい)《割書:付たり|》髪置(かみをき)の事
◯本邦(ほんほう)の俗禮(そくれい)にして小児男女共に四五歳まては髪を
そる事なり毎月(まいつき)四五 度(ど)あてそりたるがよきなり小児(ちご)は
𤍽(ねつ)つよきものゆへ半月(はんげつ)と髪をそらねは頭(かしら)に瘡(かさ)を生(せう)ずる類
多し又小児三四歳といふ霜月に髪置(かみをき)といふ祝義(しうぎ)あり又は
髪(かみ)そぎといふ小笠原家(をがさはらけ)諸礼(しよれい)の書(ふみ)に男女(なんによ)共(とも)に三四歳になる
霜月十五日か亦は其月に入て吉日をえらび髪をきの
祝義あるべしと見えたり講説(かうぜつ)には小児 胎髪(たいはつ)をそりてその
後三四歳といふ夏(なつ)の比までは毎月四五 度(ど)宛(あて)髪をそりて
三四歳の初秋(はつあき)より髪をはやすべし霜月に入て吉日を
えらびて髪置の祝義あるなり男子(なんし)の髪置は左(ひだり)の鬢(びん)よ

【左頁】
り初(はじ)め女子(によし)の髪置(かみをき)は右(みぎ)の鬢(ひん)より初(はじ)むるなり男子(なんし)ならば
一族(いちぞく)の中(うち)にておとなしき人の役(やく)なり女子(によし)ならば一 族(ぞく)の中に
て是も又おとなしき女中(ぢよちう)の子を多(おほ)くもちて盤昌(はんじやう)したる
人の役(やく)なりと傳(つた)ふるなり作法(さはう)故実(こじつ)ありこゝに畧(りやく)す
  ㊃小児 飲食(いんしよく)の説(せつ)《割書:付たり|》喰初(くいぞめ)の説
◯錢仲陽(せんちうやう)の説(せつ)に小児生れて半年(はんねん)の後 陳米(ふるごめ)の粥面(じゆくめん)を
時(とき)〻(〴〵)児子に飲(のま)しむべし《割書:按(あん)ずるに粥面とは|かゆのうはずみの事也》十月を過て後 漸(ぜん)〻(〳〵)
に稠粥(てうじゆく)《割書:按ずるに稠粥とは|かたがゆの事也》を煑(に)たゞらかして食(しよく)せしむべし
かくのごとくすれば脾胃(ひゐ)の氣(き)をたすけて自然(しぜん)と養(やしな)ひ
やすく病(やまひ)もなし必 生冷(さんれい)の物《割書:按ずるに火にて煑(に)|ざる食(しよく)をいふ也》油膩(ゆに)《割書:按ずる|にあぶら》
《割書:あげの類又はあぶら|こき料理をいふ也》甜物(あまきもの)魚(うを)鳥(とり)を食(しよく)せしむる事なかれひとり

【右頁】
【喰初の図】

【左頁】
【身分の高い家の児子が乳母に抱かれて駕籠で移動している図 周囲には一般人の家族の様子が対比的に描かれている】

【右頁】
小児のみにあらず乳母(めのと)にも此 類(るい)の食物(しよくもつ)をあたゆへからず
富貴(ふうき)の家(いへ)はその児を愛(あい)する事 甚(はなはだ)しくて二三 歳(さい)まで
も乳味(にうみ)ばかりを飲(のま)しめて飲食(いんしよく)をたえてあたへざる類
多しかくのごとくなれは其児の脾胃(ひゐ)窄(すぼ)く虚弱(きよじやく)にして
病(やまひ)多(おほ)しといへり 日本にてもその子を愛(あい)し過(すご)して二三
歳(さい)まではかつて食事をあたへず乳(ち)ばかりをのましめて
そだつる家(いへ)多し又はなまものじり【注】の人は佛経(ぶつきやう)に母(はゝ)の
乳味(にうみ)百八拾石を以 養(やしな)ふと説(とき)給(たま)ひ又 行基菩薩(ぎやうぎぼさつ)の御詠哥(ごゑいか)にも
 百(もゝ)くさに八十(やそ)くさそへて給(たま)ひてし
  乳房(ちふさ)のむくひいまぞわれする
とありて生れ落(おつ)るとそのまゝ乳(ち)を飲(のみ)そめて六 歳(さい)まで【注 「なまものじり」=いいかげんの知識しかないのに物知り顔をすること】

【左頁】
毎年(まいねん)乳味(にうみ)三十石 宛(あて)にして三六百八拾石を飲盡(のみつく)すこと
はりなどいひて六歳の比(ころ)まで乳(ち)をあたふる類(たぐひ)の人在り
《割書:啓益|》按(あん)ずるに此等(これら)の事よろしからぬ説(せつ)なり小児に
食をあたへそむる事は半年の後又は十月ばかりの比
生子に歯(は)のはゆる時をまちて食をあたふる時と定(さだ)む
べしこれ天理(てんり)の自然(しぜん)なり歯(は)のはゆるは食をくわんため
なる事をしるへし二歳半の比までは乳を多くのませ食
をすくなくあたへよ三歳より四歳までは食を多く乳を
すくなくあたへたるがよきなり五歳よりは乳をのまする
事あるへからず或(あるひ)は歯(は)いまだはへざるにしひて食をあた
ゑ或は半年の後又は誕生日(たんぜうにち)の前後(ぜんこ)まで食をして

【右頁】
乳(ち)よりも多(おほ)くあたへなどすれは児子(ちご)は脾胃(ひゐ)窄(すぼ)く脆(もろ)き
故(ゆへ)にその穀氣(こくき)【注】にたえずして必 病者(ひやうじや)となるなり
いま貧家(ひんか)に乳母(めのと)をも召(めし)つかふ事かなはず實母(じつぼ)病者(ひやうじや)
にして乳(ち)すくなきものやむ事をえずして粥面(かゆのうはずみ)など
にてそだつる児(ちご)はかならず病者(ひやうじや)となるなりこれを以しるべ
きなり又 按(あん)ずるに世間(せけん)實母(じつほ)の乳にて子を育(そだつ)る人を見
るに必三年め四年めにその次(つぎ)〻(〳〵)の子を㜳妊(くはいにん)するなり㜳妊
して月のかさなるにしたがひ乳出る事なししかれば小児
に食(しよく)をあたへそむるは其 歯(は)のはへ出る時をまちて其後(そのご)
とさだめ乳を飲(のま)する事をやむる時は實母の㜳妊して
乳の出ぬ時をその期(ご)とすべき事也これ天理(てんり)の自然(しぜん)なる
【注 「穀氣」=水穀の精気。水穀の気ともいう。脾により飲食物から運化された栄養物質】

【左頁】
べきなり
◯小笠原家諸礼(おかさわらけしよれい)の書(しよ)に小児生れて百二十日めに相 当(あた)
る日は善悪(ぜんあく)をえらはず喰初(くひそめ)あるべきなり食(しよく)を喰(くい)初さ
する事男子ならは男の役(やく)女子(によし)は女の役(やく)なりいづれも一族(いちぞく)
の中にて子孫繁栄(しそんはんゑい)の人をえらぶへしと見えたり其
作法(さはう)膳部(ぜんぶ)等(とう)故実(こじつ)次第ある事なりこゝに畧(りやく)す
  ㊄小児(せうに)の脉(みやく)の説
◯生(せい)〻(〳〵)子(し)の説に生子百日の後 周歳(しうさい)《割書:誕生日(たんぜうにち)を|いふなり》の比までは
その顖門(しんもん)を觀(み)て其 病(やまひ)をしり其 吉凶(きつきやう)を定(さだむ)へしと云へり
顖門とは和訓(わくん)おどりとよみて児の頭(かしら)の真中(まんなか)に縫合(ぬひあはせ)の
ごとく溝(みぞ)たちて動(うご)きおどる所をいふなり人のかたちは父(ふ)

【右頁】
母両精(ぼりやうせい)の陰陽(いんよう)左右合一(さゆうがういつ)の道理(だうり)を以物を二つ打あはせた
るがごとく背(せなか)は督脉(とくみやく)とて一筋(ひとすぢ)とをり腹(はら)は任脉(にんみやく)とて一筋と
をりたる脉(みやく)あり鼻(はな)の下の人中(にんちう)といふ溝(みぞ)も皆 合(あわせ)めとし
るべし和俗(わぞく)人の形(かたち)を佛(ほとけ)作(つく)りて合せたるがごとしといふ
実(まこと)にさる事なりいま佛工(ぶつこう)の佛(ほとけ)を作(つく)るを見るに真中(まんなか)ずみ
をして二つにして合せたるものなり此 顖門(しんもん)の所を心を付
て見るべし此所くぼみをちいりて坑(あな)をなす者 或(あるひ)は高く腫(はれ)
起(おこ)る者又はその所の合め両方へひらき真中に溝(みぞ)の立たる
小児は病ありと心得べし惣(そう)じて児子は顖門の所両方の
合目とくとあひて溝の見えぬやうにて動(うご)きおどる事
すくなきを無病(むびやう)の児と心得べきなり

【左頁】
◯薛鎧(せつかい)の説(せつ)に小児一歳 以前(いぜん)は虎口(こかう)の三關(さんくわん)を見て其 
病をみるべし一歳 已後(いご)五歳までは医師(いし)の大指(おほゆび)ひとつ
を以其上中下 三部(さんぶ)を診(こゝろむ)べきなりと云へり虎口(こかう)の三關
とは小児の左右(さう)の手の食指(ひとさしゆび)の内の三節(みふし)の間をいふ此
三節の間に種(しゆ)〻(ゞ)の紋(もん)をあらはすを見て其病をしる
事なり三關の圖(づ)を㔫(さ)【「ひだり」左ルビ】にしるす
【三關の圖 上段に手の母指球の上に「虎口」、食指の上に 命、氣、風の三文字がある】
【図の下段に食指の文字の説明文】
風關(ふうくわん)といふは下の第一 節(ふし)の間
氣關(きくわん)といふは中の第二 節(ふし)の間
命關(めいくわん)といふは上の第三 節(ふし)の間
これを虎口(こ[か]う)の三關(さんくわん)といふ
なり

【右頁】
【以下八つの符号に関しての説明】
【符号一】如此 紋(もん)の形(かたち)を魚刺(ぎよし)といひて魚(うお)の尾(を)ひれのごとく
  あるときは驚風(きやうふう)痰(たん)𤍽(ねつ)の病(やまい)を生ずと心得べし
【符号二】如此の形を懸針(けんしん)といひて針(はり)をかけたるごとくある時
 には傷風(しやうふう)泄泻(せつしゃ)積(しやく)𤍽(ねつ)の病を生ずるなり
【符号三】如此 水字(みづのじ)の形(かたち)のごときは食積(しよくしやく) 咳嗽(がいそう)驚疳(きやうかん)の病を生
 ずるなり
【符号四】如此 乙(おつ)の字(じ)の形(かたち)のごときは肝(かん)病 驚風(きやうふう)の病を生ず
 るなり
【符号五】如此 蟲(むし)の形(かたち)のごときは疳蟲(かんちう)大腸(たいちやう)の穢積(ゑしやく)の病を
 生ずる也
【符号六】如此 環(くはん)の形をあらはす時は疳積(かんしやく)吐逆(ときやく)の病を生ずる也

【左頁】
【符号七】如此の乱(みだれ)たる紋(もん)をあらはすは蟲氣(むしけ)としるべし
【符号八】如此 珠(たま)の形をあらはすは死証(ししやう)としるべし
◯全幼心鑑(ぜんようしんかん)に虎口の三關(さんくはん)男(おとこ)は㔫(ひだり)女は右(みぎ)の手(て)の食指(ひとさしゆび)の
三節下を風關(ふうくはん)として寅(とら)の位(くらい)に應(おう)じ中を気關(きくはん)として
卯(う)の位に應(おう)じ上を命關(めいくはん)として辰(たつ)の位に應ず其 紋(もん)
の色 紫(むらさき)なるは𤍽(ねつ)としるべし紅(くれなひ)なるものは寒(かん)としるべし青(あをき)
は驚風(きやうふう)白(しろき)は疳(かん)の虫(むし)黒(くろき)は中悪(ちうあく)《割書:中悪とは邪氣(じやき)悪氣(あくき)|にあたりたるをいふ》黄(き)なるは
脾(ひ)の病(やまひ)としるべし右(みぎ)の紋(もん)風關(ふうくはん)にあらはるゝをその病
軽(かろ)しとしるべし気關(きくはん)にあらはるゝはその病重し命關(めいくはん)
にあらはるゝものは多(おほ)くは治(ぢ)しがたしとしるべし
◯王隠君(わうゐんくん)の説に小児(せうに)の眉間(みけん)に青筋(あをきすぢ)をあらはすものは

【右頁】
多(おほ)くは病を生ずるなりと云へり如此なるものは多くは脾(ひ)
胃(ゐ)の病 或(あるひ)は虫氣(むしけ)としりてはやく驚(おどろ)き療治(りやうぢ)すべき事也
◯全嬰方(せんゑいはう)に児(ちご)の左(ひだり)の頬(ほう)の色 赤(あかき)は肝(かん)の臓(そう)【蔵ヵ】の風(ふう)𤍽(ねつ)なり
青黒(あをくろき)者は驚風(きやうふう)腹痛(ふくつう)をなすすこしあかきは潮(てう)𤍽(ねつ)をなす
と見えたり潮(てう)𤍽(ねつ)とは時(とき)を定(さだ)めて𤍽(ねつ)の來(きた)るをいふなり潮(うしを)の
満(みちつ)る事時の定(さだま)りたるかごとくなれはなり
◯又いはく右の頬(ほう)色(いろ)赤(あかき)は身(しん)𤍽(ねつ)す 少(すこし)く赤は潮(てう)𤍽(ねつ)をなし
或(あるひ)は大小便(だいせうべん)通(つう)ぜず氣喘(きぜん)咳嗽(がいそう)をなす色(いろ)青白(あをしろき)は咳嗽(がいそう)悪心(あくしん)
《割書:あくしんとはむねの心持(こゝろもち)あしきを|いふおしんとよむはあやまり也》をなす色 青(あをき)は風(かぜ)肺(はい)の蔵(ざう)に入て咳(がい)
嗽(そう)する事なり青黒(あをくろき)は驚風(きやうふう)腹痛(ふくつう)をなす也と見えたり
◯又いはく額上(かくじやう)《割書:ひたひのうへ|をいふ也》の色赤は風(ふう)𤍽(ねつ)心煩(しんはん)驚悸(きやうぎ)の病を

【左頁】
なす青黒は中に邪(じや)あり驚風(きやうふう)腹痛(ふくつう)をなす黄色(きいろ)にして
皮(かは)乾(かはく)は盗汗(とうかん)をなすなりと見えたり
◯又いはく鼻(はな)の上の色(いろ)赤者(あかきもの)は身(しん)𤍽(ねつ)飲食(いんしよく)をおもはず黄色(きいろ)なる
者へ【はヵ】小便(せうべん)通(つう)ぜず鼻(はな)の穴(あな)燥(かは)く者は衂血(じゆつけつ)をなす白(しろ)色なる者
は泄瀉(せつしや)をなし飲食(いんしよく)化(くは)せずと見えたり 
◯又いはく顎(がい)《割書:おとがひの|事をいふ》の下赤色あるものは膀胱(ばうくはう)に熱ありて
小便通せすと見えたり
◯衛生寳鑑(ゑせいほうかん)に脣(くちひる)常(つね)に紅(くれなひ)なるものは病なし唇(くちひる)燥(かはく)者は
脾胃(ひゐ)に𤍽(ねつ)あり唇(くちひる)白者は虚証(きよせう)としるへし唇紫(むらさき)なる
者は内に𤍽(ねつ)ありて外寒(ほかかん)にあたるなり唇 黒(くろき)者は𤍽(ねつ)つ
よく悪証(あくしやう)なりと見えたり

【右頁】
◯又いはく人中(にんちう)《割書:はなの下の真中(まんなか)|のみぞをいふ》黒(くろ)き者は腹痛(ふくつう)をなし疳蟲(かんちう)
うごく人中に一點(いつてん)つゝ所(ところ)〻(〳〵)に黒(くろき)をあらはすは吐逆(ときやく)痢病(りびやう)と
しるべしと見えたり
◯又いはく鼻(はな)の色(いろ)紫(むらさき)なる者は乳食(にうしよく)にやぶられて驚風
発(おこ)るとしるへし黒き者は死症(ししやう)としるべしと見えたり
◯又いはく両(りやう)の眉(まゆ)紅(くれなひ)なるは夜啼(よなき)風(ふう)𤍽(ねつ)としるべしと見えたり
◯又いはく両の眼(まなこ)黒く睛(ひとみ)黄(き)なるは傷寒(しやうかん)白睛(びやくせい)黄なるは
湿(しつ)𤍽(ねつ)積聚(しやくじゆ)としるべし睛 赤(あかき)者は心(しん)𤍽(ねつ)なり少赤い心(しん)の虚(きよ)
𤍽(ねつ)青(あをき)者は肝(かん)に𤍽ありとしるべしと見えたり
◯又いはく目に彩光(さいくはう)なく《割書:彩光とは眼(まなこ)の中の|いき〳〵としたる光(ひかり)を云》瞳(ひとみ)人【はヵ】ど?【みヵ】みしらけ眼(まなこ)
珠(だま)に赤膜(もうまく)【あかまくヵ】《割書:あかきから|物をいふ》あり此から物 筋(すぢ)のごとくにして瞳(ひとみ)を

【左頁】
つらぬく影の者其病甚きときはみな悪証(あくしやう)にして死証(ししやう)
としるべしと見えたり
◯又いはく児の舌(した)を見るに舌(した)乾(かわき)舌 白(しろく)舌 黒(くろく)舌 燥(かはき)舌 黄(き)に
舌(した)赤腫(あかくはれ)共(とも)に病(やまひ)ありとしるべし多くは大便(だいべん)通(つう)じがたし
舌 少(すこし)く焦黄(こがれき)に舌 裂(さけ)或は舌上 芒(のき)のごとくになり舌上
白胎(びやくたい)とて白もの出来(てき)《割書:和俗したしと|ぎといふ》舌(した)血(ち)を出(いだ)し舌上(したのうへ)に瘡(かさ)
を生する類もみな病ありとしるべし以上の舌の病はみな
𤍽の強(つよ)くして陽毒(ようどく)の症(しやう)なりとしるべし舌上(したうえ)の方(かた)へま
き上るは驚風(きやうふう)の病としるべし又は泄瀉(せつしや)痢病(りびやう)となる舌
黒(くろき)者は𤍽(ねつ)のつよきなりされども舌に潤い(うるほ)ひあるは𤍽に
あらず虚証(きよしやう)としるべし舌 黒(くろく)して潤(うるほ)ふものは多くは死証(ししやう)

【右頁】
としるへしと見えたり
  ㊅非常(ひじやう)の生子(むまれご)の説(せつ)
◯《割書:啓益|》按(あん)ずるにいにしへ天地(てんち)の開初(ひらけはじめ)し時は其(その)氣候(きこう)もする
どにして其 氣(き)をうけたる人なれば其かたちもあやしく
すさまじく夜叉(やしや)のごとき類おほかりけるにや中花(もろこし)の神農(しんのう)
氏(し)は牛首人面(ぎうしゆにんめん)とて頭(かしら)に角(つの)のありけるとかやわが日本
にても猿田彦(さるだひこ)の神などゝいひけるも鼻高(はなたか)くあやしき
顔(かほ)なりけるとぞ傳(つた)へ侍(はべ)る老子(らうし)は母(はゝ)の胎内(たいない)に在(あり)ける事八十
一 歳(さい)にして白髪(しらが)にて生れ給ふよし馬呈徳(ばていとく)が子も母の
胎(たい)にある事八歳にして生れたりたゞ髪(かみ)の長(ながき)事 尺餘(しやくよ)生
てよく物云たると五雜俎(ござつそ)に見えたり 本邦(ほんほう)反正天皇(はんしやうてんわう)は

【左頁】
生れ給(たま)ひたる時 骨(ほね)のごとくなる歯(は)三つはへ給へは三歯(みつば)
別(わけ)の尊(みこと)と申奉る清寧天皇(せいねいてんわう)は生れ給ひて御 髪(かみ)白く
長(なが)かりければ白髪(しらが)の皇子(わうじ)と申奉る武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)は生れ
落(おち)て物をいひはいありき歯(は)生(おひ)たりと申傳へ侍る此等(これら)の
類今の世にもまゝ多き事なりしかれ共 鬼子(おにご)といひて
ひねり殺(ころ)し水に流(なが)す者あり是 道理(だうり)にくらき故なり
天地造化(てんちざうくは)の変(へん)なればケ(か)様(やう)なる事いくらもあるべき事と
心得て育(そだて)をくべきなり此子 長生(ちやうせい)の後いかやうなる名(めい)
人(じん)にか成ぬべきはかりがたし又七ヶ月八ヶ月にて生れ
其形もはなはだ弱(よは)くちいさくてそたつべき共見えぬ
生れ子を月たらずの児子(ちご)とて殺(ころ)す類多し魏畧(きりやく)に

【右頁】
姜人(きやうひと)【羌人ヵ】は孕(はら)む事六ヶ月にして産(さん)するよし博物志(はくぶつし)に
僚人(れうひと)は孕む事七ヶ月にて産すと見えたり時珍(しちん)の説(せつ)に
七ヶ月の子八ヶ月の子 共(とも)に生育(せいいく)するなりその内七ヶ月
の子は猶更(なをさら)よくそだつなり七は陽数(ようすう)にしてよく変(へん)ずれ
はなりと見えたり必そだつべき事なり或(あるい)は又生子に之も
いへぬ不具(ふぐ)なる者あり盛長(せいちやう)して後も人前(にんぜん)にも出(いだ)し
がたき類の児は親(おや)の心にまかすべきなり
◯生れ子の手足(てあし)の指(ゆび)に駢拇(へんぼ)とて指(ゆび)の六つある者あり
生れたる時にそのまま切たつ時は血(ち)多(おほ)く出て死(し)に至(いた)る類
多し必三四歳の時分上手の外科(けくわ)に頼(たのみ)て切たつへし
少 跡(あと)の付までにて見苦(みぐるし)きにいたらずいまだ物の心もわ

【左頁】
かぬ時に切たるがよきなり十五六歳にもいたればその
見 苦(ぐるし)き事をおもひて切とらんとすれ共 指(ゆび)もふとくな
りてかへつて切にくきなり能〻心得へき事なり
◯生れ子 惣身(そうみ)に皮(かは)なくして倶(とも)に紅(くれなひ)の肉(にく)ばかりなるもの
ありこれ脾胃(ひゐ)の氣(き)不足(ふそく)なる故なり早米粉(わせごめのこ)を細(こまか)に
してうちつくれはすなはち皮(かは)生(せう)ずるなり皮生ずるをまち
てやむべしと王隠君(わうゐんくん)の説(せつ)に見えたり此事 本邦(ほんほう)にても
まゝ多き事なり此 術(じゆつ)をなしてよくなりたる事まの
あたり見しことなり此粉はずいぶん細(こまか)にしてよきなり
◯生れ子 惣身(そうみ)魚泡(ぎよはう)《割書:按ずるに魚泡(ぎよはう)とは魚の|腸(はらわた)の水ぶくれをいふ也》のごとく皮(かは)すきと
をりて水晶(すいしやう)のごとくなるありこれを砕(くだけ)は流(ながれ)もれて水を

【右頁】
出し瘡(かさ)となるものあり蜜陀僧(みつだそう)の末(まつ)をすりぬれば必
愈(いゆる)なりと薛鎧(せつがい)の説(せつ)に見えたり
◯生れ子に穀道(こくだう)《割書:按ずるに穀(こく)道とは|大便(だいべん)通(つう)ずる穴(あな)をいふ也》の穴(あな)なき者あり大便(たいべん)
通(つう)ぜざるによりて急(きう)に死(し)するにいたる速(すみやか)に金銀(きん〴〵)の
簪(かんざし)の類(るい)をもて其穴の所を刺穿(さしうがつ)べし或は簪(かんざし)を焼(やき)
針(ばり)にして刺穿(さしうがつ)もよきなり必ふかくさす事なかれ其
後 蜜導(みつだう)を以ひたと肚門(こうもん)にひねり入れい【はヵ】かならす大便(だいべん)通(つう)
じて穴(あな)ひろくなると王隠君(わうゐんくん)の説に見えたり是 亦(また)
本邦(ほんほう)にてもまゝ多き事なり《割書:啓益|》ひとりの小児此 症(せう)
あるを治(ぢ)するに銀(ぎん)の簪をやきて刺(さし)うがちて其あとに
鉛(なまり)を針(はり)のごとくにこしらへてひたと穿(うがち)ければ其穴

【左頁】
漸(ぜん)〻(〴〵)に廣(ひろ)くなりて大便通して長 生(せい)せしなり鉛(なまり)の性(しやう)
はよく肉(にく)に入るの能(のう)あるを以の故(ゆへ)なり烏銃(てつほう)【鳥の誤】の玉を鉛にて
するも人の肉にいらしめんとの事なり蜜導(みつだう)とは蜂蜜(はちみつ)
を重湯(ゆせん)にてひたとねりて飴(あめ)のやうにして手に胡麻(ごま)の
油をつけてもみて長(なが)くして肚門(こうもん)にさすなり
  ㊆小児(せうに)諸病(しよびやう)の説《割書:上|》
◯《割書:啓益|》按ずるに小児はたゞ大小 便(べん)の事を常(つね)に心を付
て見るべし大小便つねによく通(つう)じて襁褓(むつき)尻(しり)あての
類をとりかゆる事しきりなるほどある小児は病なし
と心得べし少にても大小便 滞(とどこほ)る時は病ありとしるべし
小児初て生れて黒き大便を通(つう)ずるなりこれを蟹(かに)

【右頁】
糞(こゝ)といひ又 蟹(かに)ばこといふ此 黒(くろき)大 便(べん)沢山(たくさん)に通(つう)じたる小
児は無病(むびやう)なるものなりこれを蟹糞(かにこゝ)と名付(なづく)る事
は豊玉姫(とよたまひめ)彦波㶑武鸕鷀羽葺不合尊(ひこなきさたけうがやふきあはせずのみこと)を生給ふ時 海(うみ)
の神(かみ)の御 娘(むすめ)なれば御産房(おんうぶや)海(うみ)の濱(ほとり)なりけれは蟹(かに)來り
て皇子(みこ)の御 大便(だいべん)を喰(くひ)けるによりて掃守(かんもり)の連(むらじ)の遠(とを)つ
祖(をや)天忍人命(あまのをしひとのみこと)つかへ奉りて箒(はうき)を作(つく)りて蟹(かに)を拂(はら)ひ退(のけ)給
ふゆへに鋪役(しきもの)をつかさどり掃除(そうぢ)の事を職(しよく)として蟹守(かにもり)
と号(がう)す今世(いまのよ)の掃守(かもん)といふは蟹守(かにもり)の云替(いひかへ)なりと古語(こご)
拾遺(しうい)に見えたり又大便をこゝといふはこゝとは数(かず)多(おゝ)しとか
きてこゝらとよみて物の多き事をいふ大便は穢(けがら)はしき
もの多(おほ)く下るを以名付たるなり又大便をはこといふは

【左頁】
いにしへはさしたる箱(はこ)に大便をうけて取(とり)たるによりて
はこといふなり今時も曲物(わげもの)にてこしらへたるを丸(まる)といふの
類におなじ
◯李梴(りぜん)の説に小児の病多くは胎毒(たいどく)或は乳食(にうしよく)の致(いた)す所
なり外よりの風邪(ふうじや)寒邪(かんじや)の病は十にして一二なりと見えたり
《割書:啓益|》おもふに今時の小児は母の胎内(たいない)にある時其母 身持(みもち)あし
く厚味(こうみ)をたしみ色慾(しきよく)をおもひ房事(ばうじ)を犯(おか)すにより胎中(たいちう)
に𤍽(ねつ)毒(どく)多(おほ)き故其 氣(き)にあたり其上 小児(ちご)生れんとする時 子(こ)
宮(ふくろ)をわかち道をもとめて出るにはや其口あればのみ食(くら)
ふ心あり胎内の穢毒(けがれたるとく)を含(ふく)み又は生れ下る道路(たうろ)にて穢(けかれ)
たる物を飲(のみ)已(すで)に生れ下ていまだ取舉(とりあげ)ぬうちにまづその

【右頁】
穢(けがれ)をのむによりて日を経(へ)て種(しゆ)〻(ゞ)の病となるしかれは小児
の病はかならず胎毒(たいどく)を第一とすべきなり又小児うまれ下り
取挙(とりあげ)て後ははや己(おのれ)が拳(こぶし)を口に入て吸(すは)んとし已(すで)に乳(ち)を
のましむればその乳(ち)をさぐりもとむるの心あり日を経(へ)
月をかさぬるにしたがひては乳を吸(すひ)物(もの)をくらふ事をのみ
おもひてたゝ別(べつ)のおもひなくその上 傍(かたはら)の者もその愛箸(あいじやく)
にひかれて乳をあたへ過(すご)し食(しよく)をくはせ過すによりてその
病多くは乳癖(にうへき)《割書:按するに乳癖(にうへき)とは小児乳をのみ過|して腹(はら)に滞(とゞこを)りてつかへふさがる病を云》と食滞(しよくたい)とより
起(おこ)る事なり外より來る風寒暑湿などの病は傍(そば)より心
をつけて其氣にあたらぬやうにふせぎまもる事なれば
外よりの病を第二とする事なりと心得べきなり

【左頁】
◯《振り仮名:胎𤍽|たいねつ》懸癕(けんよう)といふ病あり小児生れ下ると其まゝ死(し)に
至(いた)るなり急(きう)に生れ子の口のうちを見るへし咽(のんど)の會厭(ゑゑん)《割書:按ずる|會厭》
《割書:とは咽(のんど)の奥(おく)のひこと|いふものをいふなり》の所或は腭(あきと)の上に白泡(はくはう)《割書:按ずるに白泡とは和俗いふ |所の水ぼとて粟粒(あはつぶ)のごとき》
《割書:をいふ》ありて粟粒(あはつぶ)のごとし指(ゆび)を以 摘破(つみやぶれ)れば血(ち)出(いづ)るなり其
血(ち)を拭去(ぬぐひさる)べしかくのごとくすれは啼聲(なきごへ)出て甦(よみがへ)るなり其 白(はく)
泡(はう)より出る所の血を咽(のんど)の中にいらぬやうにすべしあやま
つて咽にいれは必 死(し)する也と王隠君(わうゐんくん)の説(せつ)に見えたり
甘豆湯(かんづたう)を用たるがよきなり甘草(かんざう)黒豆(くろまめ)竹葉(たけのは)燈心(とうしん)各(おの〳〵)
等分(とうぶん)これを甘豆湯(かんつたう)と名付(なづく)る也 本邦(ほんほう)にもまれにある
病なり惣(そう)じて小児(ちご)生(むま)れ下るとそのまゝ先いかなる生れ付
いかなる病かあると心を付べき事なり多(おほ)くは母にのみ心を





【右丁】
いれて生子に心をよせぬ類多し能々心得へき事なり
○小児しきりに呵欠(あくび)出る事あらばこれ病のきさすとしる
べしと王隠君(わうゐんくん)の説に見えたり《振り仮名:ケ様|かやう》なる時は早(はや)く驚(おどろき)療(りやう)
治(ぢ)すべきなり多(おほ)くは乳のみ子は吐乳(とにう)をなす又は熱(ねつ)ある
なり其時は二陳湯(にちんたう)を用へし 白茯苓(びやくぶくりやう) 陳皮(ちんひ) 半夏(はんげ)
《割書:各(をの〳〵)等(とう)|分(ぶん)》 甘草(かんざう)《割書:少許(すこしばかり)》これを二陳湯(にちんたう)といふ也此方に黄連(わうれん)少
加(くは)へて生姜(しやうが)を少(すこし)いれて煎(せん)じ用べし又は小児 医師(いし)の家(か)
伝(でん)の五香湯(こかうたう)といふあり用てよし已(すで)に三四 歳(さい)にいたり
て食滞(しよくたい)の気味(きみ)にて呵欠(あくび)する時は右の二陳湯に麦芽(ばくげ)
神曲(しんきく)砂仁(しやにん)を加(くは)へて用てよし風邪(ふうじや)のごとくにて熱ありて
呵欠するには二陳湯に黄芩(わうこん)葛根(かつこん)紫蘇(ちそ)を加へて用てよし

【挿絵のみ】

【右丁】
吐乳(とにう)するには二陳湯に黄連(わうれん)連翹(れんぎやう)を加(くは)へて用べし総じ
て小児の病ありて薬(くすり)を用るにはいづれの方にも連翹(れんぎやう) 山(さん)
査子(ざし)を少加へて用る事 大秘密(だいひみつ)の妙(めう)なりその理(り)いたつ
てふかししるしが多し口伝(くでん)心授(しんじゆ)すべき事なり《割書:予》が門(もん)に
あそぶものならでは伝(つた)えがたし
○小児生れて六七日の後 陰嚢(いんのう)しゞまりて腹(はら)のうちにおさ
まり入る者ありこれは寒冷(かんれい)の気にあたりてかくのごとし熱(ねつ)
湯(とう)に手巾(てぬぐひ)をひたして腹(はら)と陰嚢(いんのう)とをしきりに温(あたゝ)むべし
かくのごとくすれは愈(いゆ)るなりと王隠君(わういんくん)の説に見えたり
此 症(せう)には五香湯(ごかうたう)よろし藿香(くはつかう) 木香(もつかう) 沈香(ぢんかう) 丁香(ちやうかう) 白芷(びやくし)
香(かう) 右 等分(とうぶん)にして用べし寒(かん)つよくは肉桂(につけい)を加えて白芷を

【左丁】
去たるがよきなり
○小児生れて一両月の内に臍(ほぞ)突出(わきいて)【ママ】て腫(はれ)其 色(いろ)赤(あか)く
痛(いた)む病あり臍突(さいとつ)といふなり庸医(ようい)《割書:下手(へた)医師(いし)|をいふなり》は大切(たいせつ)な
る事といふをしらずたゞ臍風(さいふう)などゝいひて臍帯(ほそのを)のた
ちめより風などの入たるごとくおもひて軽々(かろ〴〵)しく心得 治(ぢ)
をあやまる事多しと生々子(せい〳〵し)の説に見えたり早(はや)く驚(おどろ)
き上手の医師(いし)をたのみて療治(りやうぢ)すべきなり此 症(せう)を治(ぢ)
するには赤小豆(しやくせうづ) 豆鼓(づし) 天南星(てんなんせう) 白斂(びやくれん)《割書:各一|匁》右 細末(さいまつ)し
て毎(つね)に五分を用て芭蕉(ばせう)の葉茎(はくき)をすり砕(くだ)きて其 汁(しる)
をとりて此 粉薬(こぐすり)をねりて臍(ほぞ)の四方(しはう)につくる事一日に
一両度すれは小便に白き物を通して平愈(へいゆ)するなり

【右丁】
《割書:啓益》つねにこゝろみて験(しるし)をとる事 多(おほ)し又 小児(ちご)により
て此 症(せう)とはちがひて五六歳までも臍(ほぞ)の突出(つきいて)たる者
ありこれは其色もつく事なく痛(いたみ)もなくたゞ臍(ほぞ)の出た
る計(ばかり)にて何の煩(わづらい)もなき者なり療治(りやうぢ)する事なかれ
七八歳にいたれば多くはひとりへりて常(つね)のごとくなる
なり見 苦(ぐるし)くおもひてはやくへらさんとおもはゞ夏(なつ)の時
にその児(ちご)袒(はだか)になりて遊(あそ)ぶ時おもひがけなきによくねら
ひて杖(つへ)のさきを円(まどか)か【衍ヵ】にしてきぬにてよくつゝみてその
杖のさきにて臍突(さいとつ)のうへをつく時はかならず一両月の
うちにその臍突へるものなり是また築紫(つくし)の方(かた)の
野人(やじん)の一術(いちじゆつ)なり小児のおもひがけなき時をつくによ

【左丁】
りて築紫(つくし)の方にては此事を瞽者(めくら)にさする事なり
瞽者(めくら)はつくべきとも小児おもはぬ所をつく故(ゆへ)なるべし
○臍風(さいふう)の症(せう)は臍帯(ほそのお)を断(たち)たるその断 目(め)より水湿(すいしつ)の気(き)
入又は風邪(ふうじや)いりて臍(ほそ)腫(はれ)腹(はら)脹(はり)口 撮(つま)みて啼(なく)事多く乳(ち)
を飲(のむ)事あたはざるなり防風散(ばうふうさん)を用たるがよきなり防(ぼう)
風(ふう) 羌活(きやうくはつ) 白芷(びやくし) 当帰(とうき) 黄茋(わうぎ) 甘草(かんざう) 《割書:各等|分》右 細末(さいまつ)し
て少許(すこしばかり)づゝ灯心の煎湯(せんとう)にて用べきなりこれを防風(はうふう)
散(さん)と名付(なづく)るなり臍風(さいふう)の病 経絡(けいらく)に入れは多くは変じて
癇症(かんせう)となる又 臍(ほそ)の辺(へん)青黒(あをくろく)して口 撮(つま)みて開(ひら)かざる
を臍風(さいふう)撮口(さつこう)といひて治(ぢ)しがたし爪甲(つめのかう)黒(くろき)者は死症(しせう)と
しるへきなり

【右丁】
○初生の小児 眼(まなこ)閉(とぢ)て開(ひらか)ざる者ありこれ産母(さんぼ)熱物(ねつぶつ)を
食(く)らふ事 多(おほ)きによつて致(いた)す所なり熊胆(くまのい)少ばかり湯(ゆ)に
てとき眼(まなこ)の上(うへ)をあらふべし一日に七八度あらへは多くはひゝ
く也もし三日と開(ひらか)ざる時は生地黄湯(しやうぢわうたう)を用べし生地黄(しやうぢわう)
赤芍薬(しやくしやくやく) 川芎(せんきう) 当帰(とうき) 爪蔞根(くはろうこん)《割書:各等|分》甘草(かんざう)《割書:少計》
右 細末(さいまつ)して灯心(とうしん)の煎湯(せんとう)にて少(すこし)許用へし除春甫(しよしゆんほ)【徐とあるところ】の
説に見えたり《割書:啓益》つねに此方を用て験(しるし)をとる事多し
○小児しきりに舌(した)をすこしあらはしては又 納(おさめ)するを
弄舌(ろうぜつ)の症(しやう)と名付(なづく)と薛鎧(せつがい)の説(せつ)に見えたり是病のき
ざすと心得て早(はや)く驚(おどろ)き上手の医師(いし)に見せて療治(りやうぢ)
すべきなり保嬰全書(ほうゑいせんしよ)に弄舌(ろうぜつ)は脾(ひ)の蔵(ざう)に熱(ねつ)あるなり

【左丁】
瀉黄散(しやわうさん)によろし 藿香葉(くはつかうよう) 山梔子(さんしし)《割書:各二|分》軟石膏(なんせきかう)
防風(ばうふう) 甘草(かんざう)《割書:各一|分》右 調合(てうがう)して水はかりにて煎(せん)じて
用べきなり
○小児 夜啼(よなき)の症(せう)は初(はじ)めて生れたる月の内に夜啼する
はよき事なり胎毒(たいどく)の気(き)かならず散(さん)ずる故なりと王(わう)
隠君(ゐんくん)の説に見えたり夜啼(よなき)は多くは薬(くすり)を用におよはず
呪法(ましなひ)にて治(ち)する事多しそれゆへに諸(もろ〳〵)の方書(はうしよ)にさし
立たる薬方(やくはう)なし灯心(とうしん)を焼(やき)て灰(はい)として母の乳(ち)の上に
つけて小児をしてこれを吮(すは)しむべし又 朱砂(しゆしや)を蜜(みつ)にて
ときて児のねゐりたるひまに口に流(なが)し入れてよし朱(しゆ)
砂(しや)をすりて甲寅(きのへとら)といふ二字(にじ)を書て枕(まくら)の上の壁(かべ)に貼(のりづけ)に

【右丁】
すれば必 啼(なき)やむなり昔(むかし)平(たいら)の忠盛(たゞもり)朝臣(あそん)白河院(しらかはいん)より祇(ぎ)
遠(おん)女御(によご)といふ女房(にうぼう)を給(たま)り【ママ】て生(うみ)たる子 夜啼(よなき)する事しき
りなるよしを白河院 聞召(きこしめし)て御製(ぎよせい)に
 夜なきすとたゝもりたてよ末の世に
  きよくさかふる事もこそあれ
とあそはして給りけれはその児(ちご)啼(なき)やみけりとなり
それゆへ此子を清盛(きよもり)と名付(なづけ)けるとぞいまも此 哥(うた)を
枕上(まくらかみ)の壁(かべ)にのりづけにすれば夜啼をやむるなりそ
の外 種々(しゆゞ)の呪法(まじなひ)あり外よりなす事なれは害(がい)のな
き事なればいかやうなる事をもなすへし
○初生(しよせい)の小児(ちご)大小 便通(べんつう)せず腹(はら)脹満(ちやうまん)して死するに至(いた)る

【左丁】
ものあり婦人(ふじん)をして熱湯(あつゆ)にて口漱(うかひ)をさせて生子の
胸(むね)の真中(まんなか)背(せなか)の真中(まんなか)臍(ほぞ)の下 手心(てのはら)足心(あしのはら)右の七所を其 色(いろ)
紅(くれなひ)になるほど吸(すひ)温(あたゝむ)ればすなはち大小便 通(つう)じて腹(はら)の脹(はり)よく
なるなりと王隠君(わうゐんくん)の説に見えたり《割書:啓益》此事をたび
〳〵こゝろみて験(しるし)を取たる事なり
○小児は大小便つねによく通(つう)ずる時は病(やまひ)なしと嬰幼論(ゑいようろん)
に見えたり小児の腹(はら)の間はいたつて短(みしか)き故(ゆへ)乳(ち)にてもふ
さがり安(やす)しまいて食(しよく)は滞(とゞこほり)安きなり大小便に化(くは)する
時はめぐりて病なし大小便 通(つう)じかぬる時は病としり
て療治(りやうぢ)をなすべきなり
○初生の小児五六日にいたりて大小便通せさる事あり

【右丁】
葱(ひともじ)の白根(しろね)二三寸ほときりて搗爛(つきたゞらか)して乳(ち)をしぼりて
盞(さかづき)に入れ葱(ひともじ)の汁(しる)を加(くはへ)て生子の口にそゝきいれ其上
にて乳を吮(すは)しむれは必(かならず)よく通(つう)ずるなりと嬰幼論(ゑいようろん)に見え
たり《割書:啓益》常(つね)に大小便通ぜず又乳をあます小児を治(ぢ)す
るに葱の白根(しろね)二寸ばかりに切て乳をしぼりて盞(さかづき)に入れ
重湯(ゆせん)にてあたゝめ此葱の白根をひたす事十 度(ど)ばかり
して小児にのましむれは共(とも)に験(しるし)をとる事多し是 秘(ひ)
蔵(さう)の事なり
○小児二三歳の比 別(べつ)に病といふ事もなく口より大便(たいべん)
を出(いだ)す症(せう)あり此事 奇怪(きくわい)なる症(せう)にして世に希(まれ)なる病
なり元禄の初年(しよねん)に京都(きやうと)五条(ごでう)あたりに此病を患(うれ)ふる児(ちこ)

【左丁】
ありけり種々(しゆゞ)【注】の医薬(いやく)をあたへ神(かみ)に仏(ほとけ)に祈(いの)る其 父母(ふぼ)たる
者 手足(てあし)を置(をく)に所なしその姨(おば)なる人もとはある大名(たいめう)に
宮(みや)づかへせしが年老(としおひ)ていまは南都(なんと)にあり或時京への
ぼり此事を見て涙(なんだ)を流(なが)し申けるはわれ若(わか)き時 草(さう)
紙(し)をよみけるに此事ありと覚(おぼ)えたり葱の白根(しろね)を
煎(せん)じてあたへて見よと云ければ父母 悦(よろこ)びいそき葱
の白根を煎し一日一夜に五六度 宛(あて)用る事二七日に
して大便の口より出る事やみて一月の後に怪(あや)し
き虫(むし)の蛇(へひ)のごとくなるを下して再(ふたゝ)び発(おこ)る事なかり
しと其 隣家(りんか)の隠士(いんじ)城氏(じやううじ)某(それがし)予(よ)に語(かた)りけるにより
てその草紙(そうし)はいかなる書(ふみ)に侍(はべ)るやと問(と)ひけれ共(ども)其 名(な)を

【注 振り仮名を「しゆ〴〵」としないで「しゆゞ」としている。この表記は62コマ1行目にも見える。】

【右丁】
覚(おぼ)え侍らずと答(こたへ)しなり此人 言(こと)を食(はむ)者にあらず其後
《割書:啓益》暇(いとま)の日 法苑珠林(はうおんじゆりん)を考(かんかふ)る事ありしに此病にひ
としき事を載(のせ)たり法苑珠林百十巻 賞罰(しやうばつ)の篇(へん)に
阿育王経(あいくわうきやう)にいはく阿育王(あいくわう)の病 口中(こうちう)臭(くさ)き事 糞(ふん)のご
とく身中(しんちう)の毛孔(けあな)より糞汁(ふんじう)流出(ながれいで)て臭(くさき)事 限(かきり)なし阿(あ)
育王(いくわう)の后(きさき)帝失羅(ていしつら)国中(こくちう)に触(ふれ)をなして王(わう)の病(やまひ)に似(に)たる
者あらば召連(めしつれ)て来るべしと在けれはひとりの小児王の
病にひとしき者ありて来れり此児の腹(はら)を割(さき)てみれは
怪(あや)しき形(かたち)の虫(むし)ありて動(うご)き走(はし)る医師(いし)に仰(おほ)せてさま
〴〵の毒薬(どくやく)を以せめけれども此虫ひるむ事なし葱(ひともじ)の
白根(しろね)の煎汁(せんじしる)をそゝぎかけたれは忽(たちまち)死(し)にけり則(すなわち)葱の

【左丁】
白根の煎汁を阿育王(あいくわう)にすゝめ奉りけれはあやしき
形(かたち)の虫大便より通(つう)じて其病 愈(いへ)たりと見えたり《振り仮名:ケ様|かやう》
なる事も世(よ)にあること事なれは医師(いし)たらん者は見聞(けんぶん)に
広(ひろ)ければ其 益(ゑき)多(おほ)き事なりいま城氏(しやううぢ)の物かたりにひとし
ければこゝにしるし侍りぬ



小児必用養育草巻二終

【裏表紙】

【表紙 題箋】
《題:□□必用記 《割書:三|□》》

【資料整理ラベル ➀】
493.98
 Ka87

【資料整理ラベル ② 横書き】
日本近代教育史
 資料

【右丁 文字無し 鎧を着装した武士の絵の落書あり】

【左丁】
小児(せうに)必用(ひつよう)養育草(そだてくさ)巻三
          牛山翁(ぎうさんおう)  香月啓益(かつきけいゑき) 纂(さんす)【左ルビ:あつむ】

  ㊀小児(せうに)諸病(しよびやう)の説《割書:下》
○小児の病(やまひ)大小となく多くは吐乳(とにう)より起(おこ)ると保嬰論(ほうゑいろん)に
見えたり小児 乳(ち)をあます事あらば病のきざすと
心得て早(はや)く驚き療治(りやうぢ)すべきなり 二陳湯(にちんたう)に加減(かげん)
して用べきなり 連翹(れんぎやう) 砂仁(しやにん)を加(くは)へて用たるがよき也
総【惣】じて吐乳(とにう)の症(しやう)に寒熱(かんねつ)虚実(きよじつ)をとはず連翹を用
ときは其 験(しるし)多し秘(ひ)すべき事なり
○孫対微(そんたいび)の説に小児の鵞口瘡(がこうさう)といふ病は口中(こうちう)皆 白(しろ)く

【蔵書印】
後藤文
庫之印

【右丁】
して鵞(か)の口中(こうちう)のごとしこれ胃中(いちう)の熱毒(ねつどく)なりと云
へり和俗(はぞく)【注】雪口(ゆきくち)といひ又は舌(した)しとぎといふなり昆布(こんぶ)を
黒焼(くろやき)にして細(こま)かにして鳥(とり)の羽(は)につけて舌(した)の上(うへ)口中
をはけばその黒焼につきて白き物皆とれて愈(いゆ)るな
り少し舌にしむ気味(きみ)あれば小児 啼(なき)てつけさせぬ
類(たぐひ)ありしゐてつくべき也かならず治(ぢ)する事なり鵞(か)
口瘡(こうさう)を治(ぢ)するに黄連(わうれん)を細末(さいまつ)して蜜(みつ)にてときて付(つく)
れは験(しるし)多し鵞口瘡にて小児 乳(ち)を吮(すふ)事あたはざる
に加減(かげん)清胃散(せいゐさん)を用べし黄芩(わうこん) 黄連(わうれん) 升麻(しやうま)
石膏(せきかう) 連翹(れんぎやう) 辰砂(しんしや) 黄柏(わうばく) 生甘草(しやうかんざう) 《割書:各等|分》 右 細末(さいまつ)
してさゆにてもよし煎薬(せんやく)にしてもよし

【左丁】
○生々子(せい〳〵し)の説に上腭(うはあご)腫(はれ)て舌の下に肉(にく)出来ものあり
重舌(ぢうぜつ)と名付(なつく)と見えたり和俗(わぞく)に小舌(こじた)といふ早く驚(をどろ)き
療治(れうぢ)すべき事なり頷(をとがひ)の下の真中(まんなか)に廉泉(れんせん)の穴(けつ)といふ
所あり此所に灸(きう)する事四五 壮(さう)ほどなれば小舌しゞまり
て愈(いゆ)るなり秘蔵(ひさう)の事なり重舌(ぢうぜつ)の症(しやう)に 当帰連(たうきれん)
翹湯(きやうたう)を用べし 当帰尾(たうきび) 連翹(れんぎやう) 白芷(びやくし) 《割書:各等|分》
大黄(たいわう) 甘草(かんざう) 《割書:各半|分》 右その小児の大小によりて服(ふく)を
かげんして水ばかりにて煎(せん)じ用ゆべし其 験(しるし)多し
○嬰童百問(ゑいどうひやくもん)に木舌(もくぜつ)の病は心脾(しんひ)の積熱(しやくねつ)のなす所なり
其症 舌(した)腫(はれ)て漸々(ぜん〳〵)に脹大(ちやうだい)にして口中に満塞(みちふさがる)なり重(ぢう)
舌(ぜつ)木舌(もくぜつ)共(とも)に煎薬(せんやく)は当帰(たうき) 連翹湯(れんぎやうたう)を用べし蒲黄(ほわう)の

【注 16行目に和俗(わぞく)とあり。おそらく原文は「ワぞく」と振られていたのでは。】




【右丁】
末(まつ)を香色(かういろ)にいりて蜜(みつ)にてときて舌(した)にぬるへし又 黄(わう)
栢(ばく)の粉(こ)を蜜(みつ)にときてぬるもよきなり
○走馬疳(そうはかん)とは口に瘡(かさ)生して血を出(いだ)し口中 臭(くさ)く歯(は)
齦爛(ぎしたゞ)れ歯(は)黒く歯悉く脱落(ぬけおち)頷(をとがひ)に穴(あな)を生(しやう)して死(し)する
に至るなりと王隠君(わうゐんくん)の説に見えたり和俗(わぞく)歯(は)くせといひ
又その死(し)すみやかなるによりて早(はや)くせといふ此 症(しやう)は
火急(くはきう)の事なれは小児口中 臭(くさ)き事あらば早(はや)く驚(おどろ)
き上手の医師(いし)に頼(たの)みて療治(りやうぢ)すべし走馬牙疳(そうばげかん)を治
するに清胃升麻湯(せいいしやうまたう)によろし 升麻(しやうま) 川芎(せんきう)
半夏(はんげ) 白芍薬(びやくしやくやく) 《割書:各等|分》 葛根(かつこん) 黄連(わうれん) 生甘草(しやうかんさう) 防風(はうふう)
白芷(びやくし) 白朮(びやくじゆつ) 軟石膏(なんせきかう) 《割書:各半|分》 右の薬(くすり)調合(てうがう)して

【左丁】
水煎(すいせん)し用ゆべし外には 黄栢(わうばく) 蒲黄(ほわう) 捂棓子(ごはいし)
枯礬(こばん) 《割書:各等|分》 細末(さいまつ)して先 米泔汁(こめのどきしる)【ママ】を湯(ゆ)に沸(わか)して
口中をあらい口漱(うがひ)させて此 粉薬(こくすり)を患(うれ)ふる所にすり
ぬるべし其験すみやかなり
○銭仲陽(せんちうよう)の説に驚風(きやうふう)の病は小児の元気(げんき)弱(よは)く神魂(しんこん)
いまだ定(さだ)まらざる故(ゆへ)あやしき形(かたち)の物をみせ或(あるひ)は厲(はげし)
き響(ひゞき)のある器(うつは)などの鳴(なる)声(こへ)を聞て心神(しん〴〵)を驚(をどろか)し
躁(さは)ぎおびえて眼(まなこ)を見つめ手足(てあし)を動(うごか)し搐搦(ちくでき)《割書:搐搦と|は手足》
《割書:をひくつかす|をいふ》し痰沫(たんあは)を吐(はき)て死(し)にいたる病の勢(いきほひ)の火急(くはきう)
なる事を急驚風(きうきやうふう)と名付(なづけ)病のゆるやかなるを慢驚風(まんきやうふう)
といふなりと云へり小児の病は外よりの風にても内よ

【右丁】
りの食滞(しよくたい)にても多くは驚風(きやうふう)に変(へん)ずるなり此の病のき
ざしあらは早く驚(をどろ)き上手の医師(いし)にたのみて療(りやう)
治(ぢ)すべし油断(ゆだん)して治(ぢ)せざれば癖(くせ)になりて五日七
日にひたとおこりて年(とし)長(ちやう)じて後は癲癇(てんかん)の病(やまひ)と成
て廃人(すゝろびと)になる者なれば小児の病のうちにては此病を
第一の重(おもき)病としるべきなり
○驚風 始(はじめ)ておこり眼(まなこ)を見つめ又は上竄天弔(しやうさんてんてう)とて眼
を上の方につりあげ火急(くはきう)なる時は牛黄清心円(ごわうせいしんゑん)万病(まんびやう)
解毒丹(げどくたん)紫金錠(しきんぢやう)玉枢丹(ぎよくすうたん)など云薬又は奇応丸(きおうぐわん)奇効(きかう)
丸(ぐわん)命蘇丸(めいそぐわん)至宝丹(しほうたん)なとゝ云薬の類(たぐひ)の龍脳(りうのう)麝香(じやかう)な
どの多(おほ)く入葉をきざみて水にて成共さゆにて成共

【左丁】
又はしやうがの汁(しる)をさしたる湯(ゆ)にて成共用ゆべし
かくのごとくして元気(げんき)甦(よみがへ)り痰(たん)退(しりぞき)て後 煎薬(せんやく)を用
べきなり上にいふ所の名方(めいはう)は医師の家に伝(つた)へ来り
或は薬肆(くすりや)又は今時は売薬(うりくすり)所に調合(てうがう)してあればそれ
を求(もと)め畜(たくは)へをき用意(ようい)すべししげき故にこゝにしるさ
ず扨甦りて後には二陳湯(にちんたう)《割書:此方前にしるす|かんがふべし》に釣藤鉤黄(てうとうこうわう)
連(れん)を加(くは)へて用べし
○急驚風(きうきやうふう)を治するに金棗化痰丸(きんそうけたんぐわん)といふ名方(めいはう)あり
天麻(てんま)《割書:七匁》 南星(なんしやう) 半夏(はんげ) 《割書:各二|匁》 白附子(びやくぶし) 全蝎(ぜんかつ)《割書:各一|匁》
硃砂(しゆしや) 硼砂(ほうしや) 雄黄(おわう) 枳実(きじつ)《割書:各一匁|五分》 珍珠(ちんじゆ) 《割書:五分》
麝香(じやかう) 《割書:三分》 槐角(くわいかく) 《割書:七匁》 連翹(れんぎやう) 釣藤鉤(てうとうこう) 《割書:各三|匁》 山査子(さんざし)《割書:五匁》

【右丁】
右 細末(さいまつ)して大なる棗(なつめ)の熟(じゆく)して金(こがね)の色(いろ)のごとく
なるを三十三 枚(まい)をとりて核(さね)を去(さり)て其 中(なか)に巴豆(はづ)
を一粒(ひとつぶ)ツヽいれて三十三枚皆かくのごとくして麦(こむぎ)
麪(のこ)を水にてこねて棗(なつめ)をつゝみ紙に五重(いつへ)ほどつゝみ
水にひたしてあつ灰(はい)にいけて煨(うい)【「わい」の誤ヵ】して扨その棗(なつめ)
の中の巴豆(はづ)を去て棗の肉(にく)を竹篦(たけべら)にてこそげとり
て右の細末(さいまつ)の薬をねりかたき時は米糊(こめののり)少を加(くは)へて
丸(ぐわん)ず丸薬(ぐわんやく)の重(おもさ)二分にして金箔(きんばく)を衣(ころも)にかけて
一歳(いつさい)には一丸(いちぐわん)二歳には二丸と年(とし)の数(かず)に応(おう)じてさゆにて
用又 生姜湯(しやうがゆ)にて用てよし甚(はなはだし)き時は薄荷(はつか)の煎湯(せんしゆ)
にて用もよし此方は諸(もろ〳〵)の医書(いしよ)にのせたりされ共此

【左丁】
方は除春甫(じよしゆんほ)【徐とあるところ】の方を本として加減(かげん)して予(よ)が家(いへ)古(こ)
来(らい)より伝(つた)へ来る名方にして大秘蔵(だいひさう)の事なれ共其
験(しるし)多き方(はう)なれは世のため人のためにもやとこゝにし
るし侍りぬ
○急驚風(きうきやうふう)は多くは大便(だいべん)を下して利(り)を得る事多し
備急丹(びきうたん)などゝ云下し薬を用る事もあり急驚風
にて危(あやうき)に至らは霊妙丸(れいめうぐわん)にて下すへし 南星(なんしやう) 半夏(はんげ)
《割書:各四|匁》巴豆(はづ) 《割書:殻(から)【売は殻の略字】を去(さり)て酒(さけ)にて煮(に)て|乾(かは[か])して五匁》 全蝎(ぜんかつ) 《割書:三匁》 辰砂 《割書:三匁半分は|薬(くすりの)中に入》
《割書:半分は衣と|すべし》 姜蚕(きやうざん) 《割書:各八|分》 大黄(たいわう) 《割書:二匁》 軽粉(けいふん) 《割書:五分》
右細末して水糊(みづのり)にて丸ず黍(きび)の大にして三丸を用ゆべし
或(あるひ)は蜜(みつ)にてねりて用るも有此 霊妙丸(れいめうぐわん)の方 諸書(しよ々)にのせ

【右丁】
たり万病(まんびやう)回春(くはいしゆん)には此丸薬を金銀湯(きん〴〵たう)にて用るとあり
其外の書にも此等(これら)の薬(くすり)を金銀湯にて用るとある事
はあやまりなり金銀(きん〴〵)薄荷湯(はつかたう)の事なり河澄(かちやう)の説(せつ)
に金銀薄荷とは即(すなわち)金銭薄荷(きんせんはつか)是也今 家園(かゑん)の
薄荷の葉(は)円(まろく)して小(ちいさき)もの其 形(かたち)金銀 銭(せん)に似(に)たるの
義なりと侍れはみな薄荷の煎湯(せんたう)にて用る事な
り此事をしらぬ人は金銀をせんじたる汁(しる)にて用るあ
り此説 除春甫(しよしゆんほ)【徐とあるところ】の古今医統(ここんいとう)につまびらかなり能々心
得へき事なり
○急驚風(きうきやうふう)愈(いへ)て後 調理(てうり)には六君子湯(りつくんしたう) 人参(にんじん) 白朮(ひやくじゆつ)
白茯苓(びやくふくりやう) 陳皮(ちんひ) 半夏(はんげ) 《割書:各等|分》 甘草(かんざう) 《割書:少(すこし)許》 これを六君(りつくん)


【左丁】
子湯(したう)といふなり此人参には朝鮮(てうせん)人参ならは三厘(さんりん)加べし
朝鮮 鬚(ひげ)人参ならば五厘(ごりん)ほど加ふべし生姜(しやうが)棗(なつめ)をいれて
煎(せん)じ用べし近来(きんらい)京都(きやうと)の医者(いしや)いつの比よりやらん薬に
棗(なつめ)を入る事をせずそれゆへ今時の医師の薬の書付
に棗をいるゝといふ事をせず病家(びやうか)にも棗をいるゝ事を
しらず習(なら)つてさつせざる故に甚(はなはだ)しきものは棗をいる
る事は当世には嫌(きら)ふなどいひていれさせぬ医もあり
これ薬に棗をいるゝの理(ことわり)をしらぬ故なり生姜(しやうが)は味(あぢはひ)辛(から)く
して発散(はつさん)し諸(もろ〳〵)の薬毒(やくどく)を解(げ)し水毒(すいとく)を解(げ)する以多
くは生姜のいらぬ薬とてもなきなり棗は味(あぢはひ)甘(あまく)して
脾胃(ひゐ)を補(おぎな)ひ百薬(ひやくやく)を調和(てうくは)するの功能(こうのう)ありこゝを以 生姜(しやうが)

【右丁】
と棗(なつめ)とを服薬(ふくやく)のうちにかならずくはゆる事なり古書(こしよ)
に入来りたるをいまわたくしにむつかしなどおもひてかく
する事はさて〳〵あらき事共なり《割書:予(よ)》つねに用るに棗
をきざみて薬箱(くすりばこ)に入 畜(たくはへ)て調合(てうがう)の時かならず加(くは)へてあ
たゆるなり今時の病家(びやうか)に棗(なつめ)を入よなといへばあやしき
事のやうにおもふ者多し《割書:予(よ)》が門(もん)にあそぶ者かならず此(これ)
等(ら)の麤工(そかう)にならふ事なかれ此 六君子湯(りつくんしたう)に木香(もつかう)砂仁(しやにん)
釣藤鉤(てうとうこう)山査子(さんざし)を加(くは)へて驚風(きやうふう)の調理(てうり)の薬に用べき也
○慢驚風(まんきやうふう)の症(しやう)は或(あるひ)は急驚風(きうきやうふう)の症(しやう)危(あやうき)に逢(あふ)てみだり
に涼薬(りやうやく)を用ひ過(すご)し或は下す事 甚(はなはだ)しくして伝変(てんべん)し
或は吐逆(ときやく)吐乳(とにう)やまず泄瀉(せつしや)痢病(りびやう)久しくいへずして臓府(さうふ)

【左丁】
虚(きよ)し或は風邪(ふうじや)腸胃(ちやうい)にいつて大便(だいへん)おぼえず下りると
する類(たくひ)かならず慢驚風(まんきやうふう)に変(へん)ずるなり其症(そのしやう)日夜(にちや)盗汗(とうかん)
出て睡(ねふる)る事を好(この)み咽(のんど)渇(かはき)四肢(しいし)《割書:手足(てあし)の|四つをいふ》浮腫(ふしゆ)【左ルビ:うそはれ】大小便 秘結(ひけつ)
し或は口臭(くちくさ)く走馬牙疳(そうばげかん)となり目を経(へ)ては癲癇(てんかん)に
変(へん)じて終(つい)に死(し)するにいたるなり其中 脾胃(ひい)虚寒(きよかん)し
て泄痢(せつり)するものは治(ぢ)しがたしとしるべし理中湯(りちうたう)を用
ゆべし 白朮(ひやくじゆつ)《割書:五分》 人参(にんじん)《割書:二分》 甘草(かんざう)《割書:壱分》 乾姜《割書:二分》
右 剤
右 剤(さい)となしなにもいれず水にて煎(せん)じ服(ふく)すべし汗(あせ)あら
は黄茋(わうき)をかへてよし大便 不禁(ふきん)《割書:不禁とは大便ひたと通じ|て其 数(かず)をおぼえぬをいふ》
ならは山薬(さんやく)蓮肉(れんにく)扁豆(へんづ)陳皮(ちんひ)白茯苓(ひやくぶくりやう)を加(くは)ふべし虚(きよ)
寒(かん)して泄痢(せつり)をなさば附子(ぶし)をかへて用べし附子(ぶし)理中(りちう)

【右丁】
湯(たう)と名付る也 益智(やくち)肉桂(につけい)粱(あは)米(こめ)を加へて用るもよし総(そう)
じて慢驚(まんきよう)は多くは他病(たひやう)より変(へん)じ来るものなれは補(ほ)
薬(やく)によろし四君子湯(しくんしたう) 人参(にんじん) 白朮(びやくじゆつ) 白茯苓(びやくふくりやう)《割書:各等|分》
甘草(かんざう)《割書:少許(すこしばかり)》生姜(しやうが)棗(なつめ)を加(くは)えて用ゆべし陳皮(ちんひ)を加えたる
を異香散(いかうさん)と名付く六君子湯(りつくんしたう)に加減(かげん)して用ゆべし
又は銭氏(せんし)の七味白朮散(しちみひやくじゆつさん)を用べし 葛根(かつこん)《割書:五分》 藿香(くはつかう)《割書:一|分》
人参(にんじん)《割書:二分或は|一分》白朮(びやくじゆつ)《割書:二分》白茯苓(びやくぶくりやう)《割書:二分》木香(もつかう)《割書:七リン》甘草(かんざう)《割書:五リン》
右 剤(ざい)として何もいれずに煎(せん)じて用ゆべし藿香(くわつかう)を
去(さり)て陳皮(ちんひ)砂仁(しやにん)を加えて用るときは甚(はなはだ)験(しるし)あり
○慢驚風(まんきやうふう)を治(ぢ)するに神薬(しんやく)といへる方(はう)あり 人参(にんじん) 黄茋(わうぎ)
白芍薬(びやくしやくやく)《割書:各等|分》甘草(かんざう)《割書:少計》 右剤として何もいれずに

【左丁】
煎(せん)じて用其験神のごとしと万病回春(まんびやうくわいしゆん)に見えたり
此方多く験ある方なり
○王隠君(わうゐんくん)の説に五疳(ごかん)の病とは五蔵(ござう)に生ずる積癖(しやくへき)
也其 色(いろ)青く黄(き)ばみ其 形(かたち)甚(はなはだ)瘦(やせ)て腹(はら)多くは脹大(ちやうだい)なり
初生(しよせい)より二十 歳(さい)までを疳(かん)といひ二十歳 已後(いご)を癆(らう)
瘵(さい)といふと云へり《割書:啓益》按(あん)ずるに疳疾(かんしつ)の症(しやう)五蔵の分(ぶん)
ありといへども多くは脾胃(ひゐ)の病に属(ぞく)する也 乳母(めのと)の身
持(もち)あしく甘肥(かんひ)の物《割書:甘肥とは甘き物 味(あぢはい)|厚(あつ)き物をいふなり》を過食(くはしよく)し或は酒に
醉(ゑい)食に飽(あき)て小児に其 乳(ち)をあたゆるによりて児(ちご)の
脾胃(ひゐ)に鬱(うつ)し熱(ねつ)を生して吐乳(とにう)をなす又□小児は甘(あまき)【「き」衍ヵ】
き物を好(この)むその上しばらく小児の啼(なく)をやめんとては

【右丁】
ひたすら甘(あま)き物をすゝむるによりて是又 脾胃(ひゐ)に鬱(うつ)
滞(たい)し湿熱(しつねつ)を生(しやう)じてその湿熱(しつねつ)によりて腹中(ふくちう)に
あやしき虫(むし)を生ずるなりこれを疳虫(かんちう)といふなり又
小児 吐乳(とにう)久しくやまず或は泄瀉(せつしや)久しくやまず或は
汗(あせ)久(ひさ)しくやまず或は瘧(おこり)久しくおちす或は喉嗽(しはぶき)久しく
やまず頭瘡(かしらのかさ)久しく愈(いへ)ずかくのごときの病(やまひ)久しき
ときは津液(しんゑき)かはき脾胃虚(ひゐきよ)損(そん)じて疳疾(かんしつ)をなす事
なり此病 始(はじめ)てきざす時は萑目(とりめ)【ママ 隹の誤ヵ】の症(しやう)となり漸々(ぜん〴〵)に
眼(まなこ)あしく色(いろ)黄(き)ばみ青(あを)く青 筋(すぢ)をあらはし形(かたち)痩(やせ)てそ
の腹(はら)ひとり脹大(ちやうだい)にして蜘(くも)のごとく臍(ほぞ)突(つき)出る者は死症(ししやう)
なり此病小児 毎(ごと)に多きか少(すくな)きかなき者はなし其 療治(りやうぢ)

【左丁】
多くは虫を化(くは)し下して利(り)を得る事あり 本邦(ほんほう)の
医家(いけ)にも俗家(ぞくか)にも五疳(ごかん)の妙薬(めうやく)多し虫気(むしけ)の病な
れは同気(どうき)相 求(もと)むるの理(ことわり)にや其薬多くは虫(むし)の類(たぐい)を用る
なり蜈蚣(むかで)鱔鰻(やつめうなぎ)赤蝦蟆(あかがいる)柳虫(やなぎむし)桑虫(くはのむし)恒山(くさぎ)虫(むし)山蚕(やまゝゆ)【蠶は旧字】桑螵蛸(おほぢのふぐり)
の類を用て黒焼(くろやき)にして用て利(り)を得る事多し又疳の
虫気に鰻鱺魚(うなぎ)をやきて鍋墨(なべすみ)を細末(さいまつ)してつけて食(くら)
はすれは疳虫(かんちう)を殺(ころ)し黄(き)ばみ痩(やせ)たるを治(ぢ)するなり万葉集(まんようしう)
の哥(うた)に
 石麻呂(いしまろ)にわれものもうす夏(なつ)やせに
  よきといふなるうなきとりめせ
とよみてわか 日本にても古来(こらい)より伝(つた)へ来りて

【両丁挿絵 文字無し】

【右丁】
験(しるし)を取たるにや注夏病(なつやせのやまひ)も疳気(かんけ)の其ひとつの病なれ
はなり
○五疳(ごかん)の症(しやう)に用る丸薬(ぐわんやく)さま〴〵あり左(ひだり)にしるす
四味肥児丸(しみひにぐわん) 黄連(わうれん) 蕪夷仁(ぶいにん) 神曲(しんきく) 麦芽(ばくげ) 《割書:各等|分》
右細末して水糊(みづのり)にて丸(ぐわん)じて用ゆべし毎服(まいふく)一二十丸
その小児の大小によりて用ゆへし陳皮(ちんひ)川楝子(せんれんし)を加(くは)へて
六味肥児丸(ろくみひにぐわん)と名(な)づけて共(とも)に疳虫(かんちう)の症(しやう)を治(ぢ)するの妙(いう)【「めう」ヵ】
薬(やく)也
○加味肥児丸(かみひにぐわん) 胡黄連(こわうれん) 木香(もくかう) 檳榔(ひんらう) 黄連(わうれん)
山稜(さんりやう) 莪朮(がじゆつ) 青皮(せうひ) 陳皮(ちんひ) 神曲(しんきく) 香附子(かうぶし)
麦芽(ばくげ) 蘆薈(ろくはい) 史君子(し[く]んし) 右 細末(さいまつ)して丸ずる法(はう)常(つね)の

【左丁】
ごとく丸数小児の大小をはかりてあたふべきなり諸(もろ〳〵)の
疳疾(かんしつ)身(み)黄(きはみ)痩(やせ)肚(わきはら)腹(はら)脹(ほて)大(おほい)にして痞(ひ)【左ルビ:つかへ】満(まん)泄瀉(せつしや)する類(たくひ)に
用て験(しるし)多し
○本邦(ほんほう)の医家(いけ)に伝(つた)ふる所の保童円(ほうどうゑん)といふ妙方(めうはう)あり此
方 中花(もろこし)より来る所の諸(もろ〳〵)の医書(いしよ)を考(かんがふ)るにのする事なし
たま〳〵保童円の名義(みやうぎ)あれ共此方とは各別(かくべつ)なりこれ
 本邦にて往古(いにしへ)の名医(めいい)のくみたる方ならんや筑紫(つくし)
の方(かた)の人の説(せつ)には南蛮人(なんばんじん)より伝(つた)ふるといふなり多くは
其薬方の中に乾海参(かんかいしん)《割書:和俗(はぞく)いふ所の|いりこの事也》狼毒(らうどく)《割書:和俗いふ所の|まはりの事也》などの
入たる方にして小児の疳気(かんけ)に用て奇妙(きめう)に験ある方な
り其家〳〵に秘(ひ)する所の妙方(めうはう)なればたやすくこゝにしる

【右丁】
しが多し其人にあらずんば伝へがたき事なり
○小児に癖積(へきしやく)の症(しやう)とて腹(はら)のかたわらに塊(くわい)【左ルビ:かたまり】ありて横た
わり寒熱(かんねつ)を生(しやう)ずる病あり瘧(おこり)などにもまぎるゝなり
或はこれを虫瘧(むしおこり)又はかたかひなど和俗(はぞく)に名付(なづく)るなり浄(じやう)
腑湯(ふたう)を用てよし
柴胡(さいこ) 白茯苓(ひやくぶくりやう) 猪苓(ちよれい) 山稜(さんりやう) 莪朮(かじゆつ) 山査子(さんざし)
沢瀉(たくしや) 《割書:各一|分》 黄芩(わうこん) 白朮(びやくしゆつ) 半夏(はんげ) 人参(にんじん) 《割書:各八|厘》 胡黄連(こわうれん)
甘草(かんざう) 《割書:各三|リン》 右 剤(ざい)として生姜(しやうが)大 棗(なつめ)を加(くは)へて煎(せん)じ
用べし疳疾(かんしつ)癖疾(へきしつ)の類(たぐひ)此方を用ときは其 験(しるし)神(しん)の
ごとし
○癆疳(らうかん)の病とて潮熱(てうねつ)を生し五心(ごしん)《割書:五心とは胸(むね)と両の手の|裏(うら)両の足(あし)のうら共に》

【左丁】
《割書:五心と|いふ也》煩熱(はんねつ)して盗汗(とうかん)《割書:盗汗とは寝汗(ねあせ)の事なり人の寝いりたる|内におほえず出る汗をいふなり》
喉嗽(しはぶき)し形(かたち)憔悴(しやうすい)するものあり多くは治(ぢ)せず此 症(しやう)あらは
はやく驚(おどろ)き上手の医師(いし)に頼(たの)みて療治(りやうぢ)すべきなり
○疳(かん)の虫(むし)によりて萑目(とりめ)【ママ 隹の誤ヵ】の症となる者あり保童円を
用てよし或は鰻鱺魚(うなぎ)の腸(わた)を醬油(しやうゆ)にていりて喰(くら)ひ
鯛(たい)の子のなし物をくひ赤毛(あかけ)の犬(いぬ)の肝(きも)をくひてよきなり
○疳の虫気(むしけ)によりて或(あるひ)は土(つち)を喰(くら)ひ或は土器(かはらけ)を食ひ或
は炭(すみ)なと喰(くら)ふ類(たぐひ)の症あり此類もみな腹中(ふくちう)の虫(むし)のわ
ざなり保童円を用て其 験(しるし)多し又 清胃養脾湯(せいゐやうひたう)
を用てよし 黄芩(わうこん) 陳皮(ちんひ) 白朮(びやくじゆつ) 白茯苓(びやくふくりやう) 甘草(かんざう)
軟石膏(なんせきかう)【輭は軟の正字】《割書:各等|分》 右 剤(ざい)として水にて煎(せん)じ用へし其験

【右丁】
神のごとし
○保嬰論(ほうゑいろん)に小児(せうに)涎(よだれ)を流(なが)す事しきりにして頤(おとがひ)の間(あいだ)
を漬(ひた)し赤(あか)く爛(たゞ)るゝ者ありこれを解頤(けい)【左ルビ:かいい】の病となづ
く脾胃(ひゐ)の気(き)弱(よは)き故(ゆへ)なりと見えたり又 鼻(はな)の下赤く
爛るゝ者ありこれも脾胃よわく肺気(はいき)の不 足(そく)したる
小児なりとしるへし黄連(わうれん)黄柏(わうばく)葛粉(かつふん)を細末(さいまつ)して寒(かん)
の水又は雪水(ゆきみづ)を畜(たくは)へ置てときて付へし右の粉薬(こぐすり)
を其まゝ付てもよし
○銭仲陽(せんちうやう)の説(せつ)に胎毒(たいどく)の症(しやう)は熱毒(ねつどく)鬱(うつ)して瘡(かさ)を生(しやう)ず
るなりと云へり熱は多くは頭(かしら)にあつまるを以其瘡あたま
に生し又は面(おもて)に生する也其瘡 大抵(たいてい)愈(いへ)て頭や手足(てあし)

【左丁】
にあつまりて一所にありていへかぬるを和俗(わぞく)よ
りといふ也其より久しくいへざれは膿汁(うみしる)出て後
其 跡(あと)ほつれくゞりて見ゆるを癤(せつ)といふ和俗これを
はすねといふ其跡 蓮根(はすのね)の切(きり)たる口に似(に)たるを以いふな
り 本邦 小児医師(せうにいし)其 家々(いへ〳〵)にくせ下しといふ妙方(めうはう)
あるなり才覚(さいかく)して用べきなり多くは下して利(り)を得
る事なりさりながら虚弱(きよじやく)なる小児は下す事なかれ
此 胎毒(たいとく)を治(ぢ)するにも浄腑湯(じやうふたう)を用べきなり千金論(せんきんろん)
にも小児は熱(ねつ)つよくして殊(こと)に胎毒の気(き)多(おほ)し病の
きざす事あらば必下す薬を用べしと見えたり
○王隠君(わうゐんくん)の説(せつ)に小児 丹毒(たんどく)の症は頭(かしら)面(おもて)胸(むね)背(せなか)或は手足(てあし)

【右丁】
あなたこなた赤く腫(はれ)て所をさだめず其熱 焼(やく)がごとく
其 痛(いたみ)甚(はなはだ)しこれ熱毒(ねつとく)なりと云へり和俗(はぞく)【注】これをあかく
さといひはしりぐさといふ葱(ひともじ)をすり爛(たゞらか)して付れは
いゆるなり又 赤小豆(しやくせうづ)の粉(こ)を雞子清(けいしせい)《割書:にはとりのたまごの|しろみをいふ也》にて
ときて付てよし浄腑湯(しやうふたう)を用てよし此病のきざし
あらば早く驚(おどろ)き上手の医師(いし)に頼(たのみ)て療治(りやうぢ)すへし此病も
し腹(はら)にせめ入て腹(はら)脹(はり)陰嚢(ふぐり)にせめ入て傷(やぶ)るゝがことくな
る者は必 死(し)するなり犀角(さいかく)消毒(せうどく)飲(いん)を用へし 荊芥穂(けいかいすい)
防風(ばうふう) 黄芩(わうこん) 牛房子(ごぼうし) 《割書:各等|分》 犀角(さいかく) 甘草(かんざう) 《割書:各半|分》
右 剤(ざい)として水煎(すいせん)し服(ふく)してよきなり《割書:犀角なきときは升麻(しやうま)|を代(かへ)用てよし》
○小児は熱毒(ねつどく)さかんなるを以 疥癬(かいせん)の類の瘡(かさ)を生ずる事

【注 本来は「わぞく」とあるところを「は(ハ)ぞく」とあり。82コマ23行目にも「は(ハ)ぞく」とあり、「わ」の誤としたきところだが判断に苦しむ。】

【左丁】
多し和俗ひぜんかさといふ升麻(しやうま)葛根湯(かつこんたう)に加減(かげん)して
用べし 升麻(しやうま) 葛根(かつこん) 白芍薬(びやくしやくやく) 《割書:各等|分》 甘草(かんさう) 《割書:少(すこし)許》
右剤として水煎(すいせん)し服(ふく)してよし連翹(れんぎやう) 黄芩(わうこん) 山梔(さんし)
子(し)荊芥(けいかい)を加(くはへ)て用たるがよきなり総(そう)じて小児の胎毒(たいどく)
の類 疥癬(かいせん)の類外よりつけ薬(くすり)又はすり薬などゝいふ
ものを以 愈(いや)す事なかれ必その瘡毒(さうどく)内に入て臓腑(ざうふ)を
せめて息(いき)だはしく成て呼吸(こきう)せまりて死(し)するなり或は遍身(へんしん)
浮腫(ふしゆ)【左ルビ:うそばれ】して大事(だいじ)の病となるなり
○嬰幼論(ゑいようろん)に亀胸亀背(ききようきはい)の症(しやう)はその病根(びやうこん)おなじ亀背(きはい)は
亀(かめ)の背(せなか)のごとく腰(こし)より上かゞまり頸(くび)すはりて短(みじか)く亀(かめ)
のごとくあるをいふ亀胸(ききよう)も又 胸(むね)しきりに高(たか)くさし出て

【右丁】
亀(かめ)の形(かたち)に似(に)たり此病多くは疳虫(かんちう)のなす所なり又 初生(しよせい)
の時に背(せなか)を冷(ひや)し或はいまだ尻骨(しりほね)のかたまらぬさきに
しゐてすはりならはしむれば必此 病(やまひ)を生ずるなりと
見えたり此病のきざしあらば早く驚(おとろ)き上手の医師(いし)
を頼て療治(りやうぢ)すべし治(ぢ)する事 遅(おそ)ければ傴瘻(おうる)《割書:和俗いふ所|のせむしの》
《割書:事也》となりて生れつかぬ片輪者(かたはもの)となるなり《割書:啓益》おもふ
に此病を和俗(わぞく)せむしといふにて心を付てみるべし疳(かん)
虫(ちう)のなす所なれば肥児丸(ひにぐわん)磨積円(ましやくゑん)保童円(ほうどうゑん)浄腑湯(じやうふたう)に加(か)
減(げん)して用て其 効(しるし)多し 本邦(ほんほう)の小児医師(せうにいし)多く
此病は腎気(じんき)の不足(ふそく)と云て六味(ろくみ)八味(はちみ)の地黄丸(ぢわうぐわん)を用る
人もあり是もまた一術(いちしゆつ)なれ共小児は熱(ねつ)つよく脾胃(ひい)

【左丁】
もろくすぼし地黄などの類のおもき薬(くすり)を好(このま)ぬ者なれば
其 益(ゑき)少し能々心得べき事なり
○銭仲陽(せんちうやう)の説(せつ)に小児の鶴膝(くわくしつ)の病は足脚(あしはぎ)弱(よは)く痩(やせ)て細(ほそ)
く鶴(つる)の膝(ひざ)に似(に)たるを以 名付(なづく)るなり是生れつきて腎気(じんき)
よわき小児 或(あるひ)は風湿(ふうしつ)にあたりて此 症(しやう)に変(へん)ずるなりと
云へり小児大人 共(とも)に此病は大病(たいびやう)の後(のち)多くは痢病(りびやう)の後
傷寒(しやうかん)熱病(ねつびやう)の後 脚(はき)よはく行歩(ぎやうぶ)にこけやすくあらは此
症のきざすと心得て早く驚(おどろ)き上手の医師(いし)に逢(あい)て
療治を頼(たの)むべき事なり油断(ゆだん)して多くは生れつかぬ片(かた)
輪(は)者になるあり大防風湯(たいばうふうたう)を用てよし
人参(にんじん) 黄茋(わうぎ) 当帰(たうき) 川芎(せんきう) 熟地黄(じゆくぢわう) 白芍薬(びやくしやくやく) 《割書:各等|分》

【右丁】
防風(ばうふう) 羌活(きやうくわつ) 牛膝(ごしつ) 附子(ぶし) 《割書:各半|分》 甘草(かんざう) 《割書:少(すこし)許》
右 剤(ざい)として生姜(しやうが)棗(なつめ)を加(くは)へて煎(せん)じ服(ふく)すべし鶴膝(くわくしつ)
風(ふう)に此方を用る事は世医(せい)のつねにしる所なり此方
にても愈(いへ)ざれは脹介賓(ちやうかいひん)の右帰丸(うきぐわん)左帰丸(さきぐわん)などいふ丸薬
などを用ひそれにても効(しるし)なければ廃人(すゝろびと)となれ共すべき
わざなしとて治(ち)をやむる類(たくひ)ありあはれむへき事なり
《割書:啓益》さきに豊前(ぶぜん)に仕(つかへ)し比 豊後国(ぶんごのくに)日田(ひた)といふ所に手(て)
嶋(しま)何某(なにかし)とて富家(ふうか)あり此 児(に)十 歳(さい)の時に痢病(りびやう)を患(うれ)ひ
愈(いへ)て後 脚(はぎ)膝(ひざ)弱(よは)くこけやすき事有けるを一年ほど
も打 捨(すて)置ければひたすら行歩(ぎやうふ)成がたくして漸々(ぜん〳〵)に
足(あし)細くなりて鶴膝(くわくしつ)にいたる豊前(ぶぜん)豊後(ふんご)筑前(ちくぜん)肥前(ひぜん)の

【左丁】
諸医(しよい)に治療(ちりやう)を頼み薬方(やくはう)を乞(こひ)けり多くはみな大防風湯(たいばうふうたう)
を主方(しゆはう)とすそれにても愈(いゆ)る事なきによりて京都へ
上り難波(なには)に至りて世に鳴(なり)わたる名医(めいい)たちに治(ぢ)をもと
めて半年ほども治しけれどそのしるしなし薬方を
請(こひ)もとむれは多くは大防風湯(たいはうふうたう)六味八味の地黄丸(ぢわうぐわん)脹介(ちやうかい)
賓(ひん)の右帰丸(うきぐわん)左帰丸(さきぐわん)の外 更(さら)に主方(しゆはう)をあたふる医(い)な
し豊後(ぶんご)に帰(かへ)りて其薬方を修合(しゆかう)して用といへども
漸々(ぜん〳〵)に足(あし)弱(よは)く行歩成がたくあまつさへ小便(せうべん)不禁(ふきん)の
症(しやう)をそへたりその比《割書:予》が邦君(ほうくん)東武(とうぶ)に近仕(きんし)し給ふ
比にして四年あまり東武に居(ゐ)給(たま)日(ひ)て豊前(ふぜん)に帰り給
わず《割書:予》もまた東武に在りけり元禄(けんろく)癸酉(みづのとのとり)の年たま〳〵

【右丁】
豊前に帰(かへ)るを聞(きゝ)て此 児(に)を中津(なかつ)につれ来りて予(よ)
に治(ぢ)をもとむその比此児はや十四 歳(さい)になりけれど八
九歳ばかりの子ほどに見えて頸(くび)短(みしか)く背骨(せぼね)さし出て
両足(りやうそく)と共(とも)に鶴(つる)の足(あし)のごとくやせて背(せなか)の十七八の椎(ずい)の所
にて座(ざ)するほどに見えて後(うしろ)に坐録(ざろく)やうの物を置(をき)ても
たれかゝりてのみありけり両の足を伸(のば)す事かなはず左(ひだり)
の足を下になし右の足を上になして打ちがへての
み座(ざ)しけりこゝろみにその足(あし)をとりて左右(さう)へ引わけ
てその間(あいだ)に枕(まくら)やうの物をはさみて置(をく)にしばらくは左(さ)
右(う)へ足わかれてあれ共少の間(ま)に左右の足ふるひ出て
はさみたる枕やうの物 誰(たれ)いらふ共なきに中にをどる

【左丁】
やうに成て飛出(とびいて)又 始(はしめ)のごとく左を下に右を上にな
して打ちがへてねぢれたるやうになるみづから
廃人(はいじん)【左ルビ:すゝろひと】ならん事をうれひて《割書:予》にむかひて涙(なみだ)をながす
《割書:予》膝を診(しん)し形(かたち)を見て此病 治(ぢ)すへししかれ共一両年
を経ずんは治すべからずいま一両年を経て此児十五六
歳に成て精気(せいき)つのりて声(こへ)の替(かは)る時に至らば全(まつた)く
愈(いゆ)べしその間 薬(くすり)を用ば少づゝ快(こゝちよ)くなるべしといひて一
方をあたふ 人参(にんじん) 白朮(びやくじゆつ) 当帰(たうき) 川芎(せんきう) 白芍薬(びやくしやくやく)
黄茋(わうぎ) 熟地黄(しゆくぢわう) 山茱萸(さんしゆゆ) 山薬(さんやく) 白茯苓(びやくぶくりやう) 鹿(ろく)
角膠(かくきやう) 亀板(きはん) 《割書:各二|十匁》 熟附子(じゆくぶし) 肉桂(につけい) 蒼茸子(そうにし) 海(かい)
桐皮(とうび) 木瓜(もくくは) 薏苡仁(よくいにん) 牛膝(ごしつ) 虎脛骨(こけいこつ) 穿山甲(せんさんこう)

【右丁】
防風(はうふう) 《割書:各十|匁》 川烏頭(せんうづ) 釣藤鉤(てうとうかう) 《割書:各八|匁》
右 細末(さいまつ)して米糊(こめのり)にて丸(ぐわん)し梧桐子(ごとうし)《割書:胡椒(こせう)の粒(つぶ)ほと|をいふなり》の大
にして爰に五十丸づゝさゆにて一日一夜に五六度用る
事半年にして小便(せうべん)不禁(ふきん)やみて足の左右(さう)にかさな
る事やみ足のかゞみ伸(のひ)て物にとりつき人にたすけ
られて歩行(ほこう)をなす一年の後そのかたちひきのぶるや
うに盛長(せいちやう)し頸(くび)短(みじかく)背(せなか)にて座(ざ)するやうの事こと〴〵く
いへて常(つね)の人となりぬ二年の後 長門(ながと)の国 俵(たはら)山と
いふ温泉(おんせん)につかる三七にしていよ〳〵快(こゝろよく)なりて
全(せん)人となりたるなり此薬かくのごときの病(やまひ)を治(ぢ)
する事は虎脛骨(こけいこつ)穿山甲(せんさんこう)の力(ちから)なるべし虎(とら)の千里(せんり)

【左丁】
をかける脛(はぎ)の骨(ほね)にて病者(びやうじや)の足(あし)をたすけ穿山甲(せんさんこう)の
山をうがち岩(いは)を起(おこ)すの力(ちから)を以 経絡(けいらく)のめぐらざるをめ
ぐらして補薬(ほやく)を足(あし)にいたらしむ海桐皮(かいとうひ)蒼耳子(そうにし)防風(ばうふう)
を用て風湿(ふうしつ)をさり牛膝(こしつ)薏苡仁(よくいにん)を用て薬(くすり)の下行(げがう)
をみちびき木瓜(もくくは)を用て筋(すぢ)をやはらげ熟附子(じゆくぶし)川(せん)烏 頭(つ)
肉桂(につけい)を用ひて補薬(ほやく)をみちびき経絡(けいらく)をあたゝむその
余(よ)の薬みな気血(きけつ)を補(おぎな)ふの剤(さい)なりその後或は痛風(つうふう)
の後足 痛(いたん)で行歩(ぎやうぶ)叶(かな)はす或は産後(さんご)脱血(だつけつ)して足たゝ
ず或は癩病(らいびやう)揚梅瘡(やうばいさう)の類しきりに寒薬(かんやく)を服(ふく)して気(き)
血(けつ)枯(かれ)て足たゝぬ類の症(しやう)に此方をのましむるに験(しるし)あら
ずといふ事なし秘蔵(ひさう)の事なれ共世のため人のため

【右丁】
にこゝにしるす見る者ゆるかせにする事なかれ
○保嬰論(ほうゑいろん)に小児(せうに)の顖門(しんもん)《割書:顖門とは頭(かしら)の真中(まんなか)の|ぬい合の所和儀おどりと云》のぬいあはせ
両方へひらきわかれて一筋 皮(かは)の下に溝(みぞ)の立て見ゆる
を解顱(けろ)【左ルビ:かいろ】と名付是 腎気(じんき)不足(ふそく)の小児にして虚弱(きよじやく)
なる生れ付と心得へし顖門うごく事しきりなるも
神気(しんき)の不 足(そく)としるべしと見えたり共に六味丸(ろくみぐわん)を用て
よし
○小児(せうに)の遺尿(いねう)は腎(じん)の気(き)膀胱(はうくわう)の気(き)共に虚弱(きよしやく)なる故(ゆへ)
也と除春甫(じよしゆんほ)【徐とあるところ】の説に見えたり腎(じん)の蔵(ざう)虚寒(きよかん)し膀胱に
風冷(ふうれい)の気(き)乗(じやう)ずる時は必 遺尿(いねう)すこれを尿床(ねうしやう)といふ
と王隠君(わうゐんくん)の説に見えたり小児一二歳の比 何(なに)の心も

【左丁 挿絵のみ】

【右丁】
なくて遺尿(いねう)するあり乳母(めのと)心を付てそのおりふしを見
合(あわせ)てひたとつげて小便(せうべん)をなさしむべし児(ちご)物の心を
しるにしたかひその時〳〵をつぐるものなりかくのごとく
せざる児(ちご)は一二歳の時の事くせと成て六七歳まで
も床(とこ)をけがすものあり又病によりて遺尿(いねう)する
ものあり雞腸散(けいちやうさん)を用たるがよきなり
雞腸(けいちやう)《割書:按するに雞(にはとり)の腸(わた)なり|くろやきにして》 牡蛎(ぼれい) 白茯苓(びやくぶくりやう) 肉桂(にくけい)
桑螵蛸(そうへうせう)《割書:和語おゝぢの|ふぐりといふ》 竜骨(りやうこつ) 《割書:各等|分》 右 細末(さいまつ)してさゆにて
少許(すこしばかり)用たるよし又十一の椎(ずい)又十四の椎(ずい)腰眼(ようがん)《割書:和俗のいふ|いのめなり》
の穴(けつ)を灸(きう)して其 験(しるし)多し六味丸八味丸の類を用
て愈(いゆる)もあるなり

【左丁】
○王隠君(わうゐんくん)の説に初生の小児 陰嚢(いんのう)【左ルビ:ふぐり】偏腫(かた〳〵はれ)て大なる者
あり痛(いたみ)なき時は治(ぢ)すへからずをのつから愈(いゆ)るものなり
と見えたり今時もまゝ多き事なり療治(りやうぢ)すべからず
○王隠君の説に小児(せうに)歩行(ほかう)する事おそく髪(かみ)はゆる
事をそきは共(とも)に気血(きけつ)の不 足(そく)してみたざる故(ゆへ)也と
云へり六味丸に牛膝(ごしつ)木瓜(もくくは)薏苡仁(よくいにん)五加皮(ごかひ)を加へて
用てよし
○王隠君の説に小児 語(かたる)事をそきは心気(しんき)弱(よは)き故也
と云へり菖蒲丸(しやうふぐわん)によろし 石菖蒲(せきしやうふ) 人参(にんじん)
川芎(せんきう) 当皈(たうき) 乳香(にうかう) 硃砂(しゆしや) 遠志(おんじ)
右細末して黍粒(きびつぶ)の大に丸(ぐわん)じて十丸つゝさゆにて用てよし

【右丁】
王隠君(わうゐんくん)の説に歯(は)のはゆる事 遅(おそき)は腎(じん)の不足(ふそく)なり
といへり丹渓(たんけい)の芎黄散(きうわうさん)によろし 熟地黄(じゆくぢわう) 川芎(せんきう)
当皈(たうき) 白芍(びやくしやく) 甘草(かんざう) 《割書:各二銭》 右 細末(さいまつ)して歯(は)
牙(げ)にすりぬるべしまた食(めし)のとり湯(ゆ)にて少(すこし)許づゝ服(ふく)
したるがよきなり
○小児 停耳(ていに)の症(しやう)とて耳(みゝ)より膿(うみ)を出して痛(いたみ)甚(はなはだ)し
きものあり和俗(わそく)耳(みゝ)だれといふ此症は多くは脾胃(ひゐ)の
気(き)滞(とゞこほ)るによりてなり藿香正気散(くわつかうしやうきさん)を用てよし
外より付 薬(ぐすり)など多く医書(いしよ)にものせたれ共 験(しるし)すくなき
ものなり五倍子(ごばいし)を黒焼(くろやき)にして胡麻(ごま)の油(あぶら)にてときて
耳(みゝ)の内に入たるがよき也

【左丁】
王隠君(わうゐんくん)の説に小児に八蒸十変(はちじやうしつへん)といふ事あり生れ
て三十二日に一変(いつへん)とて熱(ねつ)少出て乳(ち)をあまし大便(だいへん)
青(あを)く煩(わづら)はしきなりかくのごとく一蒸一変(いちじやういつへん)にあふごと
に小児 手足(てあし)を動(うこか)し物を見るにも智恵(ちゑ)つく事なり
前(まへ)のごとく三十二日六十四日とかそへて五百十二日に
変蒸(へんじやう)の事をはりて物をいひよく食(しよく)するなりと云
へり和俗(わぞく)これを智恵熱(ちゑぼとほり)といふあながちに三十二日め
にはかきらず少の事は薬を用るに及(をよ)はず生れつき盛(さか)
んなる小児は変蒸(へんじやう)のきざしあれ共外に見えず又
小児によりてその折からは必 熱(ねつ)さし出(いで)て煩(わづらは)しきも
ありされ共一両日過れは熱さむるものなり治(ぢ)せすし

【右丁】
てくるしからず日を経(へ)ても後まて熱(ねつ)つよくして
煩(わづらは)しき時は病と心得て療治(りやうぢ)すべき事なり
○小児の諸病(しよびやう)大人(たいじん)に替(かは)る事なし上にいふ所の病は
みな小児にかぎりたるばかりをあげてしるすなり大人
とおなし類(たぐひ)の病はそれ〳〵の医書(いしよ)の病門(びやうもん)を見合て
療治(りやうぢ)すべきなりされ共その内に小児に用て利ある薬
を左(ひだり)にしるして急(きう)にそなふるなり
○小児の風をひきたるには惺惺散(せいさん)によろし 人参(にんじん)
白朮(びやくじゆつ) 白茯苓(びやくぶくりやう) 桔梗(ききやう) 括蔞根(くはつろこん) 細辛(さいしん) 薄荷(はつか) 《割書:各等|分》
甘草(かんざう) 《割書:少許(すこし)》 右 水煎(すいせん)して服(ふく)すべし咽(のんと)痛(いたみ)咽 乾(かはく)とき
は葛根(かつこん)をくわへ熱(ねつ)甚(はなはだし)き時は黄芩(わうこん)を加(くは)へ痘瘡(とうさう)の序病(じよびやう)

【左丁】
とも見わけがたき時は連翹(れんきやう)升麻(しやうま)葛根(かつこん)を加(くは)へよ嘔吐(おうと)
泄瀉(せつしや)吐乳(とにう)などあらば半夏(はんげ)陳皮(ちんひ)連翹(れんぎやう)を加(くは)へよ此時は
括蔞根(くわつろうこん)を去(さる)べし小児の風気(ふうき)のやうならばかならず
此薬を用べし
○小児 熱(ねつ)ありて風(かぜ)共 食滞(しよくたい)共見 分(わけ)がたき時は加減(かけん)
正気散(しやうきさん)によろし 藿香(くわつかう) 白朮(びやくじゆつ) 厚朴(こうぼく) 陳皮(ちんひ) 白(びやく)
茯苓(ふくりやう) 大腹皮(たいふくひ) 桔梗(ききやう) 白芷(びやくし) 《割書:各等|分》 甘草(かんさう)《割書:少許》 黄芩(わうこん)
右 一剤(いちざい)として生姜(しやうが)を加へて水煎(すいせん)し服(ふく)すべし吐乳(とにう)す
る者 嘔吐(おうと)するものには白芷(びやくし)を去(さり)て砂仁(しやにん)を加へてよし
○小児 脾胃(ひゐ)の気(き)よはく泄瀉(せつしや)をなしやすく或はやゝも
すれは吐乳(とにう)をなし顔色(かほいろ)黄(きば)み額(ひたい)に青筋(あをすぢ)をあらはす類(たぐい)

【右丁】
には銭氏(せんし)の七味(しちみ)白朮散(ひやくしゆつさん)を用てよし藿香(くわつかう)を去(さり)て
陳皮(ちんひ)砂仁(しやにん)白扁豆(はくへんづ)を加(くは)へて用たるがよきなり
○小児 泄瀉(せつしや)して腹(はら)痛(いたみ)痢病(りびやう)とならんとするには東垣(とうゑん)
の茯苓湯(ぶくりやうたう)を用べし 生黄芩(しやうわうこん) 当皈(たうき) 肉桂(にくけい) 猪苓(ちよれい)
沢瀉(たくしや) 白茯苓(びやくぶくりやう) 芍薬(しやくやく) 白朮(びやくじゆつ) 《割書:各等|分》 升麻(せうま) 柴胡(さいこ)
甘草(かんざう) 《割書:各半|分》 右 剤(さい)として生姜(しやうが)棗(なつめ)を加(くは)へてせんし
用べし其 効(こう)神のごとし
○小児 脾胃(ひゐ)虚弱(きよじやく)にして腹(はら)下りやすく腹(はら)の痛(いたみ)もな
く不 食(しよく)して痩(やする)ものには参苓白朮散(しんりやうひやくじゆつさん)を用てよし
人参(にんじん) 白朮(びやくじゆつ) 白茯苓(びやくぶくりやう) 山薬(さんやく) 白扁豆(はくへんづ) 蓮肉(れんにく) 桔梗(きゝやう)
砂仁(しやにん) 薏苡仁(よくいにん) 《割書:各等|分》 甘草(かんざう)《割書:半分》 右剤として生姜棗

【左丁】
を加へて用べし腹の下りつよくは薏苡仁(よくいにん)を去て用
べし腹のいたみあらは木香(もつかう)少加へて用へし粉薬(こくすり)にし
て食(めし)のとり湯(ゆ)にて用たるもよし
○小児 夏(なつ)の時 乳母(めのと)油断(ゆだん)してねびへをさせて風邪(ふうじや)の
ごとくにて熱少さし出て咳嗽(しはぶき)などするには六君子湯(りつくんしたう)
《割書:此方まへにしるす|かんがふへし》に羌活(きやうくわつ)乾姜(かんきやう)を加へて用たるがよき也
○生々子(せい〳〵し)の説に小児の病はすべて脾胃(ひゐ)にありかな
らず脾(ひ)の兪(ゆ)《割書:十一の椎(ずい)|をいふ也》を灸してよしと云へり和俗(わそく)
は春秋にかならず灸する事なり多くは身柱(しんちう)《割書:和俗ちり|けといふ》
又は九の椎(ずい)と十一の椎(ずい)とをすぢかへて灸するなり
和俗すぢかひといふ男(おとこ)は左(ひだり)を十一にし女(おんな)は右(みき)を十一にす

【右丁】
又十一の椎(ずい)の両方を灸するもあり《割書:和俗 中折(なかおり)といふ十一|の椎は廿一椎の真中》
《割書:なれは|也》され共 故(ゆへ)なきに小児に二歳までは灸する事
なかれと王隠君(わうゐんくん)の説(せつ)にもあれは二歳のうちは見合
すべきなり三歳の春より灸したるがよきなり
五疳(ごかん)の病ある小児 癖積(へきしやく)【左ルビ:つかへ】ある小児には天枢(てんすう)《割書:臍の両脇|ひらくこと》
《割書:をの〳〵一寸五分|の所をいふ》又は中脘(ちうくわん)《割書:むねの下の鳩尾(きうび)の骨(ほね)と|臍の上との真中をいふ也》の穴(けつ)を灸
してよし京都(きやうと)近年(きんねん)の風俗(ふうぞく)に腹(はら)に灸すれは息(いき)短(みじか)
くなるなど云て灸せぬ類の者多し道理にくらき
人の申事なり腹(はら)に灸(きう)して悪(あし)き事ならはいにしへの
医聖(いせい)なんぞ腹に灸穴(きうけつ)を定(さだ)むべしその上京都にて
も五十已上の人は多く腹に灸の跡(あと)あるなりたゞ

【左丁】
近来(きんらい)の俗説(ぞくせつ)なり病ある小児にはかならず腹に灸す
べきなり小児の艾炷(やいと)は雀(すゞめ)の糞(ふん)ほどにして十壮(じつさう)
より二十 壮(さう)なでにてやむべきなりと孫真人(そんしんじん)の説に
見えたり小児の病薬を服(ふく)してもその験(しるし)すくなき
ときはかならず右にいふと所の灸穴(きうけつ)その外にも上手
の医師(いし)に相談(さうだん)してよき穴をたづねて灸すべ
き事なり大抵(たいてい)無病(むびやう)なる小児にも二月八月にかな
らず身柱(ちりけ)十一の兪(ゆ)は灸すべき也病を生ずる事
なし能々可心得事也

【裏表紙】

【表紙 題箋ここに注記を書きます】
《割書:増補|ゑ入》小児必用記《割書:四》

【資料整理ラベル】
493.98
Ka87

日本近代教育史
  資料

【右丁 文字無し】
【整理番号】
19602489
【蔵書印 読み取り不能】

【左丁】
小児必用(せうにひつよう)養育草(そだてくさ)巻四

   目録(もくろく)

㊀ 中花(もろこし)我国(わかくに)共に痘瘡(いも)初(はじ)めて流行(りうかう)するの説(せつ)
㊁ 痘瘡(いも)の病(やまひ)に神明(しんめい)あるの説
㊂ 痘瘡の病の説
㊃ 痘瘡の病人(びやうにん)居所(おりどころ)しつらひやうの説
㊄ 痘瘡に禁物(きんもつ)の説
㊅ 痘瘡の病に禁忌(きんき)の食物(しよくもつ)の説

【蔵書印】
後藤文
庫之印

【右丁】
㊆ 痘瘡(いも)始終(しじう)の日数(ひかす)の説(せつ)
㊇ 痘瘡の序病(じよびやう)をしるの説《割書:付たり》紅紙燭(べにしそく)の事
㊈ 痘瘡 始(はじめ)て出(いづ)る所の善悪(ぜんあく)の説
㊉ 痘瘡の形色(けいしよく)の善悪の説(せつ)
(十一)【注】痘瘡 生死(しやうじ)を決(けつ)する日期(にちご)の説
(十二) 痘瘡 発熱(ほつねつ)の時節(じせつ)善悪(ぜんあく)の説
(十三) 痘瘡 放標(はうへう)の時節善悪の説
(十四) 痘瘡 起脹(きちやう)の時節善悪の説
(十五) 痘瘡 貫膿(くわんのう)の時節善悪の説

【十一から()で括る】

【左丁】
小児必用(せうにひつよう)養育草(そだてくさ)巻四
       牛山翁(ぎうさんおう) 香月啓益(かつきけいゑき)

  ㊀中花(もろこし)我国(わかくに)共に痘瘡(いも)初(はじ)めて流行(りうかう)するの説(せつ)
○痘診心印(とうしんしんいん)といふ書(しよ)に痘瘡(いも)は東漢(とうかん)の建武(けんむ)年中(ねんちう)に
南陽(なんやう)といふ所をうちしたがへし時の虜人(とらわれひと)此 瘡(かさ)を煩(わづら)ひ
伝(つた)へて中花(もろこし)に流布(るふ)する故に虜瘡(ろさう)と名付るよし見え
たり本草綱目(ほんさうかうもく)の説には唐の高祖(かうそ)の時 永徽(ゑいき)年中に
此 瘡(かさ)西域(せいいき)《割書:天竺(てんぢく)の|事をいふ》より中国に伝へ来ると見えたり二説
おなしからず《割書:啓益》按ずるにいにしへ黄帝(くはうてい)扁鵲(へんじやく)の書に
此病をのせず多くは後漢(ごかん)の末(すへ)唐(とう)の初めよりあまねく

【右丁】
天下に時行(はやる)と心得べきなり
○此 痘瘡(いも)日本にては聖武天皇(しやうむてんわう)の御宇(ぎよう)に築紫(つくし)の
人 悪風(あくふう)に船(ふね)をはなたれ新羅(しんら)の国にいたる其 船中(せんちう)の人
此所より伝(つた)へ来りて諸国(しよこく)にあまねく流布(るふ)せしな
りと続古事談(しよくこじだん)といふ書に見えたりその比此病の
療治(りやうぢ)をする事をしらざるゆへに大臣(だいじん)公卿(くぎやう)高貴(かうき)の
人 達(たち)多く此病にて失(うせ)給りける事 本邦(ほんほう)の正史(せいし)に
のせたり
   ㊁痘瘡(いも) の 病(やまひ)に 神明(しんめい) あるの説
○朝鮮(てうせん)の人 南秋江(なんしうかう)があらはす所の鬼神論(きしんろん)に痘瘡(いも)
の病一度ありて後身を終(おは)るまて二度 煩(わづら)ふ事なし

【左丁】
或人(あるひと)おもへらく世の俗説(ぞくせつ)に痘瘡(いも)の神は聡明(そうめい)無欲(むよく)
の神なるを以二度いたる事なしと誠(まこと)に鬼神あ
りや南秋江(なんしゆうかう)がいはくこれすなはち神明にあらず小児
はじめて生る時かならす穢(けがれ)れ【衍】たる悪汁(あくじう)を飲(のむ)事あり
て腹内(ふくない)にかゝる事多く時行(じかう)の疫風(ゑきふう)の温熱(うんねん)【「うんねつ」の誤】の気
外よりさそひぬれば臓腑(ざうふ)にかくれたる所の穢(けが)れ内
より相応(あいおう)じて此病を致(いた)すその悪汁を飲(のむ)事二度
せずそれ故に其病も二度 発(はつ)する事なしなんぞ
鬼神の過(とが)ならんや順(じゆん)なる証(しやう)は薬を用ざれ共 治(ぢ)す
逆(ぎやく)なる症(しやう)は薬を用ひ薬 餌(ぐい)をなすへしその備(そなへ)医家(いか)
につまびらかなり今の世の人此病は鬼神の病となし

【右丁】
薬を施(ほどこ)す事なく居(ゐ)ながら死(し)をまつ類(たぐひ)の者多し
これ愚(おろか)なる事なりと云へりしかれば他国(ひとのくに)にても痘(いも)の
神といふ事を云けるにやわが日本の風俗(ふうぞく)ことさら
神明(しんめい)をたつとぶ国なれば其家痘を煩(わづら)ふ者あれば
神の棚(たな)とて新(あらた)にこしらへ御酒(みき)倶物(ぐもつ)等(とう)をそなへ祭(まつ)る
事なり外よりなす事さして病者(びやうじや)に害(かい)をなす事
ならねばいヶ様にも国の風俗にしたかふべきなり
○今時の神道者(しんたうじや)は痘瘡(いも)の神(かみ)は住吉大明神(すみよしたいみやうじん)を祭(まつ)る
べしといへり住吉の神は三韓(さんかん)《割書:三韓とは新羅(しんら)百済(はくさい)|高麗(かうらい)をいふなり》降伏(がうぶく)の
神なり痘(いも)は新羅(しんら)の国より来れる病なれは此神を祭
りて病 魔(ま)の邪気(じやき)に勝(かつ)べき事なりとぞ好事(こうず)の

【左丁】
者の説なるにや
  ㊂痘瘡(いも)の病(やまひ)の説(せつ)
○孫朋来(そんほうらい)の説に痘瘡(いも)の病(やまひ)は胎毒(たいどく)と時行(じかう)の熱邪(ねつじや)
との致(いた)す所なり此二つの者の外にあらずいかんとなれ
ば小児(ちご)母の胎内にある時 淫火(いんくは)【滛は淫の誤字】の熱毒(ねつどく)をうけ又は生れ
落とそのまゝその穢(けがれ)たる悪汁を飲(のむ)によりてその毒(どく)腹(はら)
の内にかくるこれを胎毒といふ然るにいま天地の五運(ごうん)
六(りつ)気の変(へん)にあたりて疫癘(ゑきれい)の邪熱(しやねつ)の気 流行(るかう)して
その胎毒の気をさそふ故に内の熱毒外の邪気に
催(もよを)されて此病を生ずるなり此病一度出て其毒こ
と〴〵くつくる故に人の一生にたゞ一度ならでは煩ふ

【右丁】
事なし又此病 一国(いつこく)一郡(いちぐん)一邑(ひとむら)なべてわず煩(わづら)ひ或は家に
かふ所の鶏(にはとり)犬(いぬ)猫(ねこ)の類(たぐひ)まで其毒に染(そみ)伝へて此病を
生し或(あるひ)は此病 流布(るふ)する時は深山(しんざん)幽谷(ゆうこく)に隠(かく)れのがれ
その邪毒(じやどく)をさくれば多くはまぬがるゝ事なりしかれば
此 痘瘡(いも)は一般(いつはん)の時行(じかう)の疫癘(ゑきれい)の毒によらすんばある
べからずといへり古今(ここん)の名医(めいい)痘瘡(とうさう)の議論(ぎろん)まち〳〵な
れど此 孫朋来(そんほうらい)の説にしかず此論を以 至極(しごく)の道理と
しるべきなり
  ㊃痘瘡(いも)の病人(びやうにん)居所(おりどころ)しつらひやうの説
○痘瘡(いも)すでに一点(いつてん)あらはるゝ時にいたらばまづ一間(ひとま)な
る所をいかにも奇麗(きれい)に掃除(さうじ)して屏風(べうぶ)をひきまは

【左丁】
し乳香(にうかう)といふ薬を香をたくごとくに少つゝくべて
穢(けが)れ不浄(ふじやう)をさけ冬(ふゆ)の月には純帳(どんちやう)或は紙(し)帳の類(るい)を
たれて其外には炭(すみ)火を置(をき)て寒邪(かんじや)をふせぐべし
夏の月は蚊帳(かちやう)をたれて蝿(はい)や蚊(か)なんどの痘瘡(いも)の上に
とまる事を禁(きん)ずべきなり屏風(べうぶ)衣桁(いかう)に赤き衣類(いるい)をか
かそのちごにも赤き衣類を着(き)せしめ看(かん)病人もみ
な赤き衣類を着るへし痘(いも)の色(いろ)は赤(あか)きを好(よし)とす
る故なるべしすべてその間に穢れたる臭(か)をいむべし
毎朝(まいてう)汐(しほ)水をそゝぎ注連縄(しめなは)をひきて不浄(ふじやう)をさく
べきなり
  ㊄痘瘡(いも)に禁物(きんもつ)の説

【右丁】
○出家(しゆつけ)比丘尼(びくに)祢宜(ねぎ)山伏(やまぶし)覡(かんなき)の類(たくひ)の人に見する事なかれ
祈祷(きたう)などする事あり共病者に見せずしてなす
べきなり
○生人(せいじん)往来(わうらい)をいむとは見 馴(なれ)ぬ人の往来(ゆきゝ)するをいふ
なり熟(じゆく)し馴(なれ)ずしてなま見しりといふ心なり又
一説に生れ子の類新 産(さん)の婦人(ふじん)をもいふとあれは二
ツながらいみたるがよきなり
○孝服(かうふく)の人をいむとは親の服忌(ぶくき)ある人をいふなり
○月水ある女をいむはいたつて不浄なれはなり
○酒に醉(ゑい)てその息酒 気(け)あつてくさき人
○葱(ひともじ)韭(にら)の類の臭(くさ)き物をくひたる人いはんや五辛(ごしん)の

【左丁】
類 家内(けない)に入ること事なかれ《割書:五辛とは葱の類の臭きをいふ仏(ふつ)|家(け)道家(たうけ)の二説あり本草綱目(ほんさうかうもく)蒜(さん)》
《割書:の条下(てうか)を|考へし》
○瘡毒(さうどく)を煩(わづら)ふ人その外にても腫物(しゆもつ)にて膿血(うみち)を出(いだ)す
類の人
○いかりのゝしり声(こへ)高(たか)く喧嘩(けんくは)口論(こうろん)する人
○腋気(ゑきき)ある人わきがの事也又 狐臭(こしう)といふ
○息(いき)のくさき人 総(そう)【惣】じて身持(みもち)不浄(ふじやう)にしてくさき人
○遠路(ゑんろ)をありき又は力(ちから)わざなどして骨(ほね)を折て
汗(あせ)くさき人
○房事(ばうじ)をなしたる人
○硫黄(いわう)の臭(か)

【右丁】
○麝香(じやかう)竜脳(りうのう)その外 香具(かうぐ)かけ香(がう)の類(たぐひ)
○油(あぶら)あげする臭(か)
○あやまつて髪毛(かみけ)をやく臭(か)
○蝋燭(らうそく)紙燭(しそく)など吹消(ふきけし)たる臭(か)総【惣】してその一間(ひとま)に蝋(らう)
燭(そく)ともすべからす紙燭(しそく)にて蚊(か)をやくべからす
○魚(うを)鳥(とり)をやき又は煮(に)る臭(か)をいむあやまつて魚(うを)の
骨(ほね)やく臭(か)
○溝(みぞ)をさらへ圊(かはや)を掃除(さうし)して糞(ふん)のけがれたる臭(か)
○病者(びやうじや)に対(たい)して櫛(くし)けづるべからす
○病者に対して癢(かゆ)き所かくべからす
○病者に対して舞(まひ)謡(うた)ふ事なかれ

【左丁】
○病者の居間(ゐま)并に庭(には)を掃除(さうじ)する事なかれ
○病者の居所に犬(いぬ)猫(ねこ)の類 鳥類(てうるい)畜類(ちくるい)を入る事なかれ
  ㊅痘瘡(いも)の病に禁忌(きんき)の食物(しよくもつ)の説
○一切(いつさい)無塩(ぶゑん)の魚類(ぎよるい)   ○諸(もろ〳〵)の鳥類(てうるい)
○豆腐(とうふ)         ○茶(ちや)
○酒(さけ)          ○餅(もち)
○饅頭(まんぢう)         ○麪類(めんるい)
○南蛮菓子(なんばんくはし)       ○蜜(みつ)餳(あめ)砂糖(さたう)の類(るい)
○総(そう)【惣】じて甜(あまき)物の類 ○柿(かき)棗(なつめ)杏(あんず)梅(むめ)桃(もゝ)李(すも[ゝ])楊梅(やまもゝ)の類
○油(あぶら)あげの類      ○肉食(にくしよく)の類
○鱗(うろこ)なき魚(うを)      ○茸(たけ)の類

【右丁】
○臭(くさ)き類(るい)の野菜(やさい)   ○甜瓜(まくは)西瓜(すいくは)の類(るい)
総(そう)【惣】じての食物(しよくもつ)一々に頼(たのみ)たる医師(いし)にたづねと
ひて食せしむべきなり
  ㊆痘瘡(いも)始終(はしめおはり)の日数(ひかず)の説(せつ)
○熱蒸(ねつじやう)とて三日あり和俗(わぞく)ほとをりといひ又は序(じよ)
病(びやう)といふなり
○放標(はうへう)とて三日あり和俗出そろひといふなり
○起脹(きちやう)とて三日あり和俗水うみといふなり
○貫膿(くわんのう)とて三日あり和俗山あげといふなり
○収靨(しうゑん)とて三日あり和俗かせといふなり
かくのことく三日つゝにて十五日を経(へ)て後 落痂(らくか)とて瘡(かさ)

【左丁】
のふた落(おち)て愈(いゆ)るを順症(しゆんしやう)といひて薬を服(ふく)するにも
及ばす又夫よりも軽(かろ)き症は首尾(しゆび)十二日にてかせて愈(いゆ)
るもあり逆(ぎやく)なる症(しやう)は何かと変(へん)ずる事多くして二十
《振り仮名:余ケ|よか》日三十日あたりもかゝりて愈(いゆる)もあり或は死す
るに至るあり以上の説 痘疹心印(とうしんしんいん)博愛心鑑(はくあいしんかん)保赤全書(ほうせきぜんしよ)
痘疹全書(とうしんぜんしよ)等(とう)に詳(つまひらか)なり
  ㊇痘瘡(いも)の序病(じよびやう)をしるの説《割書:付たり》紅紙燭(べにしそく)の事
○痘瘡(いも)の序病(じよびやう)は熱(ねつ)甚(はなはだ)しく傷寒(しやうかん)熱病(ねつびやう)にまが
ふもの也こゝろみに耳(みゝ)を見るべし耳(みゝ)のの後(うしろ)に紅(くれない)の細(ほそ)き
筋(すぢ)をあらはし両(りやう)の耳 共(とも)に冷(ひゆ)るものなり総身(そうみ)手足(てあし)
共に熱(ねつ)甚(はなはだ)しといへども男は左(ひだり)女は右(みぎ)の手の中指(たか〳〵ゆび)ひとつ

【右丁】
冷(ひゆ)るを以 痘瘡(いも)の病としるべしと保嬰論(ほうゑいろん)に見えたり
○痘瘡(いも)序病(じよびやう)の時より皮膚(ひふ)のうちに其 勢(いきほひ)きざす事
なりこれを天日(てんじつ)の光(ひかり)にて見てはみゆる事なし病者の
居所(おりどころ)をくらくして紙燭(しそく)をともしてその光にてすか
して見れば皮膚(ひふ)のうちにむら〳〵として瘡(かさ)の勢(いきほひ)
見ゆる物なりその紙燭(しそく)の紙(かみ)は学書(がくしよ)の竹紙(ちくし)《割書:学書の竹|紙とは古き》
《割書:唐紙(とうし)の書物|をいふ也》を以こしらへ小指(こゆび)の大さにして胡麻(ごま)の油(あぶら)
にひたし火の上を二三度わたしてともしても油の
落(おち)ぬやうにして見るべしと保嬰論(ほうゑいろん)に見えたり
本邦(ほんほう)にてもかくのごとくする事なり近来(きんらい)は燕脂紙燭(べにしそく)
とて紙燭(しそく)に燕脂(べに)をぬり其上を油(あぶら)にひたして用る

【左丁】
なり赤きは陽(よう)の色(いろ)にして痘瘡(いも)の好色(よきいろ)なればかく
するなるべしその上 紙燭(しそく)に光(ひかり)ありて能見ゆる事なり
  ㊈痘瘡(いも)初(はしめ)て出る所の善悪(ぜんあく)の説
○痘瘡は陽毒(ようどく)の病(やまひ)なれば陽(よう)にしたがつてまづ面部(めんぶ)
にあらはるゝものなり陽明(ようめい)は胃(ゐ)と大腸(だいちやう)とに属(ぞく)して気(き)
血(けつ)ともに多き経(けい)なれば口(くち)と鼻(はな)との両傍(りやうはう)人中(にんちう)の上下 顋(あぎと)【注】
耳(みゝ)年寿(ねんじゆ) 《割書:年寿とは|鼻柱(はなばしら)をいふ》の間に先 出現(いであらはるゝ)ものは吉也 天庭(てんてい)印(いん)
堂(どう)暁星(けうせい)とて面(おもて)の真中(まんなか)眉(まゆ)の上より髪(かみ)の生際(はへぎは)までの
間に痘(いも)の出る事多きは悪候(あくこう)也 頭(かしら)は諸陽(しよよう)の聚会(しゆくわい)す
る処(ところ)両の額(ひたい)は五蔵(ござう)精華(せいくは)の処 咽(いん)《割書:咽(いん)ののんどゝいふはうしろのかた|の穴(あな)にて飲物(のみもの)食(くい)物の通(つう)ずる所》
《割書:なり》は水穀(すいこく)の道路(だうろ)の処 喉(こう)《割書:喉ののんどゝいふは前の穴にてのどぶえに|して気(き)の通(つう)ずる所なり》

【注 資料の字面「𦝰」は「病む」という義なので、文意からは振り仮名の「あぎと」が妥当で「腮」の誤記だと思われる。然れども「腮」は「顋」の俗字ですので、「顋」と刻字。】

【両丁 挿絵のみ】

【右丁】
は肺脘(はいくわん)呼吸(こきう)の往来(わうらい)するの処 胸(むね)腹(はら)は諸(もろ〳〵の)陽気(ようき)を受(うくる)の
処これを五所の要害(ようがい)といひて此所に痘(いも)の出る事多
きは悪症(あくしやう)也此所に出る事 稀(まれ)なるは吉(よき)也 惟(ひとり)四肢(しいし)《割書:手足|をいふ》
多しといへ共 妨(さまたげ)なきなりと保嬰論(ほうゑいろん)保赤全書(ほうせきぜんしよ)等(とう)の
書に見えたり
  ㊉痘瘡(いも)の形色(けいしよく)の善悪(せんあく)の説
○痘瘡の形色(かたちいろ)四時にしたがつて善悪をあらはすといへ共
概(おほむね)これをいへば四時にかゝはらす痘の色 紅(くれなゐ)にして黄(き)な
る色を面部(めんぶ)にあらはす者は吉也又 紅(くれなゐ)にして白を帯(おび)
眼中(がんちう)精神(せいしん)あつて症必両の臉(ほうさき)上に三つ四つほど出て
大小ひとしからず痘の色 光沢(くわうたく)にして根(ね)紅活(こうくわつ)なる

【左丁】
ものは薬を服(ふく)せずといへ共をのづから愈(いゆ)る事也と保
嬰論保赤全書等の書に見えたり
○痘の形(かたち)は尖(とがり)円(まとか)にして大きに起脹(きちやう)の時にいたつて大(だい)
豆(づ)を見るやうにして手にてその上をなづるにさら〳〵
として膿(うみ)をいつはいに持(もち)たるを最上吉(さいじやうきち)の痘(いも)といふ薬(くすり)を
服(ふく)せずしても愈(いゆ)るなり瘡皮(かさかは)厚(あつ)く硬(かたく)して皮(かは)平(たいら)
かに又は瘡(かさ)の形(かたち)凹(なかくぼ)にして其中に針(はり)にてつきたるほどの
穴(あな)ありて黒色(くろいろ)を少(すこし)にてもあらはすを悪(あし)き痘(いも)と心得
べきなり痘(いも)の形(かたち)は起発(きはつ)して心よく見ゆれ共その色
光(ひかり)沢(うるわし)からずその痘根(いものね)紅活(こうくわつ)ならざるは必九日め十一日目
ほどにして変症(へんしやう)出て悪くなるなりと保嬰論(ほうゑいろん)に見え

【右丁】
たり紅活(こうくわつ)とは其色紅にしていき〳〵としてひかりうる
はしきをいふなり
○痘(いも)の形(かたち)平にして痘(いも)の色(いろ)と肉(にく)とわからず散漫(さんまん)し
て分明(ふんみやう)ならざる者は悪症(あくしやう)なり痘の色 淡白(たんはく)なりとも
痘(いも)の根(ね)に紅(くれない)の線(いとすぢ)のやうに円(まろ)く引まはして地(ち)の肉(にく)と
痘とわかれて見ゆるは元気しまりて毒気(どくき)の散走(さんそう)
する勢(いきほひ)なりこゝを以 吉兆(よきしるし)としるべしと保赤全書(ほうせきぜんしよ)に
見えたり
○痘瘡(いも)出初(いてそめ)て六日のまへはもつはら根窠(こんくは)を見るへし
《割書:根窠(こんくは)とは痘の形 一粒(ひとつぶ)づゝ根(ね)ざし|ありて肉(にく)とわかれたるをいふ》若(もし)根窠(こんくは)なければ貫膿(くわんのう)《割書:うみを|もつ事也》
をなさず六日以後は専(もつはら)膿色(うみいろ)を見よ若(もし)膿色(うみいろ)なければ

【左丁】
かならず収靨(しうゑん)《割書:かせの|事をいふ》しがたふして変(へん)じて悪病なる
なりと保嬰論に見えたり
  (十一)痘瘡(いも) 生死(しやうし)を決(けつ)する日期(にちご)の説
○保赤全書(ほうせきぜんしよ)に痘(いも)出て一日を初(はじめ)として六日九日にいたる
時かならず変(へん)ずるもの也又十一日め十四日めにあたる時かな
らず変(へん)ずるものなりと見えたりこれ死生(ししやう)を決定(けつぢやう)する
の日限(にちげん)としるべし
○王節斉(わうせつさい)の説に痘瘡(とうさう)重(おも)き症 虚寒(きよかん)に属(ぞく)する者はそ
の毒(どく)少くして気血(きけつ)不足(ふそく)する故(ゆへ)に貫膿(くわんのう)《割書:和俗山|あげといふ》成就(じやうじゆ)す
る事なくしてかならず九日の後 変(へん)じて死(し)する也
或は十数日をのべて死する也 実熱(じつねつ)に属(ぞく)する者 毒(どく)

【右丁】
盛(さかん)にしてこと〴〵く出る事なくして六日に至つて
かへつて内臓腑(うちざうぶ)を攻(せめ)て死する也又三日にして死
する者あり此症は熱毒(ねつどく)甚(はなはだ)盛(さかん)にして洩(もるゝ)事なくして
臓腑(ざうふ)傷(しやう)をうくる故にその死する事すみやかなりと
云へり如此の逆証(ぎやくしやう)は十にして八九は死するなり早く
心を付て療治(りやうぢ)すれば十にしてひとりふたりも生る事
ありよく〳〵心得べき事なり
  (十二)痘瘡(いも) 発熱(ほつねつ)の時節(じせつ)善悪(ぜんあく)の説(せつ)
○痘瘡 初発(しよほつ)の熱(ねつ)はいかにも和(やはらか)にして煖(あたゝか)に或は熱し
或は退(しりぞ)き病者(ひやうじや)の気(き)爽(さはやか)にして食事(しよくじ)常(つね)のごとく大
便 調(とゝのほ)りて色(いろ)黄(き)に小便すみて他(た)の症なく二三日

【左丁】
熱ありて痘(いも)少くあらはるゝを順症(じゆんしやう)と名付て薬を用るに
およばざる也
○初(はじ)めて熱(ねつ)する時しきりに驚(おどろ)き手足を搐溺(ちくでき)《割書:手足をびく|つかするをいふ》
する者はかならす内の毒気(どくき)外へ出るなり多くは痘瘡(いも)
軽(かろ)きもの也 総(そう)【惣】じて序病(じよびやう)につよく煩(わづ[ら])ふものはかならず
軽きものなり
○初(はじ)めて熱する時 吐逆(ときやく)をなししきりに唾(つばき)をはく証(しやう)あり
又 大便(だいべん)一両日の間に二三度ほど下りてそののち留るも
のあり此二つの症は痘毒(とうどく)内より外に出るなりいづれも
吉事也あわてゝ薬を用て吐(と)をとめ瀉(しや)をとむる事なか
れしかいへど大便数十度も下り吐逆(ときやく)もきびしく

【右丁】
して其病 甚(はなはだ)しき時は上手 医師(いし)に頼(たの)みて療治(りやうぢ)をな
すへきなり一概(いちがい)に心得べからず
○初めて熱(ねつ)する時 寒(かん)を悪(にく)み熱(ねつ)壮(さかん)なる者 頭痛(づゝう)咳嗽(かいそう)鼻(はな)に
清涕(せいてい)を流(なが)し感冒(かんばう)傷寒(しやうかん)の類(たぐい)に似(に)て疑(うたが)はしき証には
参蘇飲(じんそいん)加減(かげん)升麻葛根湯(しやうまかつこんたう)敗毒散(はいどくさん)類を見合て用
べきなり此等(これら)の薬方(やくはう)を用て汗(あせ)を発(はつ)すれは痘瘡(いも)なれば
一二日の間にばらりと出るなりたとひ痘瘡(いも)にあらずし
て風寒(ふうかん)の外邪(ぐわいじや)なれば汗(あせ)出て邪気(じやき)散(さん)じて其病を
のづから愈るなり
○加減(かげん)参蘇飲(じんそいん)の方(はう) 人参(にんじん) 《割書:元気 実(じつ)する者は弦(つる)人参を用べし|元気 虚弱(きよじやく)なる者は朝鮮(てうせん)人参を》
《割書:用べ|し》 紫蘇葉(しそよう) 川芎(せんきう) 桔梗(ききやう) 前胡(ぜんこ) 陳皮(ちんひ) 半夏(はんげ)

【左丁】
葛根(かつこん) 《割書:各等|分》 白茯苓(びやくふくりやう) 山査肉(さんざにく) 牛房子(ごほうし) 《割書:各半|分》 甘草(かんざう)《割書:少》
右 一剤(いちさい)にして生姜(しやうが)を加へて煎(せん)じて用ゆべし
○加味(かみ)升麻葛根湯(しやうまかつこんたう)の方(はう) 葛根(かつこん) 升麻(しやうま) 赤芍(しやくやく)
桔梗(きゝやう) 防風(ばうふう) 紫蘇葉(しそよう) 川芎(せんきう) 山査肉(さんざにく) 《割書:各等|分》
牛房子(ごばうし) 甘草(かんさう) 《割書:半分》 右 生姜(しやうが)を加(くは)えて水煎(すいせん)し服(ふく)す
○加減(かげん)敗毒散(はいどくさん)の方 柴胡(さいこ) 《割書:鎌倉(かまくら)柴胡|を用べし》 人参(にんじん) 前胡(ぜんご)
枳殻(きこく) 羌活(きやうくわつ) 独活(どくくわつ) 防風(ばうふう) 荊芥(けいがい) 川芎(せんきう) 白(びやく)
茯苓(ぶくりやう) 山査肉(さんざにく) 《割書:各等|分》 桔梗(きゝやう) 甘草(かんさう) 《割書:各半|分》
右一剤として生姜を加へて水煎して用へきなり此
三方は久吾聶(きうごじやう)の加減(かけん)の妙方(めうはう)なり
○初めて熱(ねつ)出る時 腹(はら)痛(いたむ)者あり多くは飲食(い[ん]しよく)の滞(とゞこほ)り

【右丁】
なり銭氏(せんし)白朮散(ひやくじゆつさん)《割書:巻の一に|出る考べし》に香附子(かうふし) 砂仁(しやにん) 陳皮(ちんひ)を加え
て用へしそのしるし神のごとし吐逆(ときく)する者にもよ
し連翹(れんきやう)を加へし
○初めて熱(ねつ)出(いづ)る時 腰痛(ようつう)しきりに甚(はなはだ)しき者は加減(かげん)敗(はい)
毒散(どくさん)に連翹(れんきやう) 黄芩(わうこん) 細辛(さいしん)を加(くは)えて用へし其しるし
神のごとし
○初熱の時 腰痛(ようつう)しきりに甚(はなはだ)しく杖(つえ)にてうたるゝがごと
き者は悪証なり多くは死するなり
○初めて熱する時 頭(かしら)面(おもて)ばかり火(ひ)にて焼(やく)かごとく其上
燕脂(べに)をさしたるごとくなる者は悪証なり多くはすくは
さるなり

【左丁】
○初めて熱出る時 紙燭(しそく)をてらして見るに皮膚(ひふ)のうち
に所々 紅(くれなひ)の色かたまりて動(うごか)ざる者は必悪症に変(へん)する也
○初めて熱出る時その熱甚しく手を焼(やく)かごとく眼中(がんちう)
紅にして口(くち)唇(くちひる)紫(むらさき)色 黒(くろ)色をあらはし皮膚(ひふ)さけ破(やぶ)
るゝがごとき者は悪し多くは変証(へんしやう)出て死する也
○初めて熱出る時 鼻(はな)目(め)口(くち)耳(みゝ)より血(ち)を出し大小便に
鮮(あざやか)なる血を下す者は悪症也多くはすくはず
○初めて熱出る時 胸(むね)高(たか)く突出(つきいづ)る者は痘(いも)の毒(どく)深(ふか)し変(へん)
じて悪証となりて多くはすくはず
○初めて熱出る時よりそのまゝ眼(まなこ)閉(とち)塞(ふさが)る者は悪症なり
《割書:和俗 眼(まなこ)を閉(とづる)者を窓(まと)をおろすといふなり出そろひて|後 地(ぢ)腫(はれ)つよくして眼閉はよし初より眼閉るは悪し》多くは変(へん)じ

【右丁】
てすくはす
○初めて熱出る時 舌(した)の頭(かしら)紫色(むらさきいろ)黒色(くろいろ)をあらはし或は口
臭(くさ)く口中(こうちう)黒色なるは悪し
○初めて熱出る時 声(こへ)出る事なく鴉声(からすのこへ)のごとくなる
者は悪し
○初めて熱する時 蛔虫(くわいちう)とて蚯蚓(みゝず)のごとくにして白き虫(むし)
を吐(は)き大便に下すものあり悪症なりとしるべし
○熱発するとそのまゝ痘(いも)出或は半か一日の間に痘(いも)あら
はるゝものはかならず悪症に変(へん)ずるものなり以上の諸説
保嬰論(ほうゑいろん)保赤全書(ほうせきぜんしよ)痘疹全書(とうしんせんしよ)等の書に見えたり
○初めて熱する時その熱甚しく二三日を経(へ)ても痘(いも)出る

【左丁】
事なくしきりに腰痛 煩悶(はんもん)して痰喘(たんぜん)短気(たんき)なる者は
これ痘毒(とうどく)深重(しんぢう)にして出かぬるなり清解散(せいげさん)を用べし
防風(ばうふう) 荊芥(けいがい) 蝉脱(せんぜい)【注】 桔梗(きゝやう) 川芎(せんきう) 前胡(ぜんご)
葛根(かつこん) 升麻(しやうま) 酒炒黄連(しゆさうのわうれん) 酒炒 黄芩(わうごん) 紫草(しさう)
木通(もくつう) 牛房子(ごばうし) 連翹(れんぎやう) 山査子肉(さんさしにく) 《割書:各等|分》 甘草(かんざう)《割書:少》
右 剤(ざい)として生姜(しやうが)一片(ひとへぎ)を加へて煎(せん)じ用べしその毒(どく)
を発(はつ)して痘瘡(とうさう)出て苦悩(くるしみなやめ)どもその験(しるし)神(しん)のごとし
○発熱三日 痘(いも)出んとして出る事なく驚搐(きやうちく)をなし
物狂(ものぐるはしく)して躁(さはが)しきもの脈(みやく)浮大(ふだい)にして虚(きよ)する者これ
気血(きけつ)虚弱(きよじやく)にして痘毒(とうどく)を外へ発(はつ)し送(おく)る事あたはざる
なり温中益気湯(うんちうゑききたう)を用てよし 人参(にんじん) 白朮(びやくじゆつ) 黄茋(わうぎ)

【注 字面の振り仮名としては「せんだつ」とある所だが、蝉脱は蝉蛻(せんぜい)と同義(蝉の抜け殻)であるところから「せんぜい」と振ったものと思われる。】

【右丁】
当皈(たうき) 白茯苓(ひやくふくりやう) 川芎(せんきう) 《割書:各等|分》 白芷(びやくし) 防風(はうふう) 木香(もくかう)
肉桂(につけい) 山査子(さんざし) 甘草(かんざう) 《割書:各半|分》
右 剤(ざい)として生姜(しやうが)棗(なつめ)を加(くはへ)て煎(せん)じ用て気血(きけつ)を温(うん)
補(ほ)すればその痘(いも)発(はつ)し出て快(こゝろよき)に至るなり痘瘡(いも)出か
ぬるに二症ありひとつは実(じつ)に属(ぞく)す清解散(せいげさん)によろし
ひとつは虚(きよ)に属(ぞく)す温中益気湯(うんちうゑききたう)によろし此間をよく
見わけて療治(りやうぢ)すべし二方共に活幼心法(くわつようしんはう)に出たり常(つね)に
用て効(しるし)を取事多し
  (十三)痘瘡(いも)放標(はうへう)の時節(じせつ)善悪(せんあく)の説
○痘病(とうひやう)発熱(ほつねつ)の時いかにも和(やはら)かに緩(ゆる)くその熱さしたり
覚(さめ)たりして二三日を経(へ)ての夜四日目の朝(あさ)より痘(いも)あら

【左丁】
はれ初て熱も退(しりぞ)き顔(かほ)口(くち)鼻(はな)顋(あぎと)【腮は俗字】耳(みゝ)手足(てあし)の間に大小
相ましはりばらりと出て其色上白く其 根(ね)紅(くれなゐ)にして
瘡(かさ)にひかりありて痘(いも)の赤(あかみ)と肉(にく)の白(しろ)みとをのづからわ
かれ明(あきらか)にして手にてさぐれは手にあたる所かたくさはる
を最上(さいしやう)の好(よき)痘瘡(いも)としるべきなり
○痘初めて出る事二三度に総身(そうみ)に出そろひ三日の後
手足(てあし)の心(はら)に出る事二つ三つ出るを好(よき)痘瘡(いも)としるべし
或は痘瘡に似(に)たる症(しやう)ありて出来たる瘡(かさ)も豆(まめ)のごとく
あれ共 真(まこと)の痘瘡(いも)ならねば手 足(あし)の心(はら)に出(で)ぬものなり
何ほど軽(かろ)き痘瘡にても手足の心(はら)に出ぬといふ事は
なきものなり能々心得べき事也

【右丁】
痘初て出る時 蚤(のみ)の喰(くい)たる跡(あと)のごとく二日 目(め)より
大さ粟粒(あはつぶ)のごとく三日目より赤小豆(あづき)のごとく次第
〳〵に大になりて豆のごとくになりてその色すき
わたりて玉のごとく紅(くれなひ)の糸(いと)を以 根(ね)をまはしたるやう
にして大小便 常(つね)のごとく飲食(いんしよく)常(つね)のごとくなるを順(じゆん)
症(しやう)といひて薬を服(ふく)するに及ばぬるなり以上の諸説
保嬰論(ほうゑいろん)保赤全書(ほうせきぜんしよ)等(とう)に見えたり
○放標(はうへう)の悪証といふは発熱(ほつねつ)ありて半日一日の間(あいた)に
痘(いも)出る第一の悪症(あくしやう)なり二日の後出るこれに次べし発
熱あるとそのまゝ痘(いも)出る者は九死一生としるべし
○痘出て熱一へんさし出又痘出る事一へんする者

【左丁】
は悪し
○痘始て出る事 蚕種(かいこのたね)のごとくなるものは悪し
○痘出てその色しらけ肉(にく)の色(いろ)と同(おなじ)き者は悪し
○痘出て全く起脹(きちやう)せず焼湯瘡(やけど)のかたちのごとくな
るは悪し
○痘出るかとおもへばかくれかくるゝかとおもへば又あらはるゝ
者は悪し
○痘出てその皮(かは)うすく破(やぶ)れやすく汁(しる)出る者は悪症也
○痘出て後も腰痛(こしいたむ)事 甚(はなはだし)く口(くち)臭(くさ)く息(いき)あらく短気(たんき)
なる者は悪症なり
○痘出そろひて後も熱いまだ退(しりぞく)事なく譫言(そゞろこと)をなし

【右丁】
鬼神(きしん)を見るかごとく好(この)んて冷水(ひやみづ)を飲(のむ)者は悪症なり
○痘(いも)出そろひて後 瘡(かさ)の頭(かしら)こがれくろくなりてうるほひ
なき者は血分(けつぶん)に熱(ねつ)甚(はなはだし)きゆへなり悪症に変(へん)じてすくはず
○痘出て其 色(いろ)紫黒(しこく)にしてかはき枯(かるゝ)者九死一生もな
し大悪症としるへし
○痘出て紫色(むらさきいろ)にしてすきとをりこれをやぶれは黒(くろ)き
血(ち)を出すものは悪し
○痘出て瘡(かさ)の頂(いたゞき)陥(おちくぼ)りて凹(なかくぼ)に其中 針(はり)にてさしたる
跡(あと)のごとく黒(くろ)き所をあらはすは大悪症なり《割書:和俗(わぞく)楊櫨(うつぎ)の|実(み)といふ也》
○痘でそろひて其色 赤(あか)からず皮(かは)薄(うす)くしてこれにさわ
れば其 瘡(かさ)破(やぶれ)やすきものは此人気分の虚(きよ)する也六七日

【左丁 挿絵のみ】

【右丁】
の後かならす痒(かゆ)がり出て悪証に変ずるものなりこの
症は大料(だいりやう)の人参(にんじん)を用ざれば貫膿(くはんのう)する事なくして
変(へん)じて悪症となりて死するなりあらかじめ補剤(ほざい)
を用へきなり
○痘瘡(いも)の出所 目(め)と鼻(はな)との間(あいた)人中(にんちう)《割書:鼻(はな)の下の|みぞをいふ》山根(さんこん)《割書:鼻ばしら|をいふ也》
或は額(ひたひ)顴骨(つらぼね)鼻(はな)口(くち)耳(みゝ)眼(まなこ)の上(うへ)頸(くひ)咽(のんど)吭(のどぶへ)胸(むね)腹(はら)これらの所に
沢山(たくさん)に出るを嫌(ぎら)ふ事なりたゞ手足(てあし)は多きといへ共 妨(さまたげ)な
きなり総(そう)【惣】じて痘(いも)の勢(いきほひ)つよくして其かたち豆のごとく
痘(いも)と肉(にく)との間をわかちたるを地界(ちかい)をわかつといひて出
る事 沢山(たくさん)なりといへ共 害(かい)する事なし痘瘡の勢よは
ければすくなしといへとも害をなすなりさはいへと沢山に

【左丁】
出たる痘瘡に軽(かろ)きといふは希(まれ)なる事なり放標(はうへう)の時
より地腫(ぢばれ)つよく眼(まなこ)腫(はれ)ふさがるもの也《割書:和俗これをまとを|おろすといふなり》軽き
痘瘡は眼ふさがるにいたらざるなりかくのごとき痘瘡
は薬を服するに及ばぬ事なるへし以上の説は古今医統(ここんいとう)
幼科準縄(ようくはじゆんじやう)等(とう)の書にのせたり
○痘瘡出そろひたる時は調元化毒湯(てうけんくはどくたう)を用て見合すべし
順症(じゆんしやう)逆症(きやくしやう)共に験(しるし)あるなり 生黄茋(しやうわうぎ) 人参(にんじん) 白芍(びやくしやく)
薬(やく) 当帰(たうき) 牛房子(ごばうし) 連翹(れんぎやう) 酒黄芩(しゆわうこん) 酒黄連(しゆわうれん)
防風(ばうふう) 荊芥(けいかい) 桔梗(きゝやう) 木通(もくつう) 紫草(しさう) 生地黄(しやうちわう) 山(さん)
査子(ざし) 《割書:各等|分》  紅花(こうくは) 蝉退(ぜんたい) 甘草(かんざう) 《割書:各半|分》 右 一剤(いちざい)と
して生姜(しやうが)を加(くは)へて煎(せん)じ服(ふく)すべし其 効(しるし)神のごとし

【右丁】
  (十四)痘瘡 起脹(きちやう)の時節(じせつ)善悪(せんあく)の説
○起脹三日の時まへに出たるはまつおこり後に出たるは
をくれて起(おこ)り痘(いも)の根(ね)肥満(こへみち)て光(ひかり)あり顔(かほ)目(め)少 腫(はれ)あり
次第〳〵に起り出て其期(そのご)にいたりて貫膿(くわんのう)《割書:やまあげ|をいふ》して
飲食(いんしよく)常(つね)のごとく大小便常のごとくなるを順症(しゆんしやう)とて療(りやう)
治(ち)を加(くは)ふるに及ばざる事なり
○起脹の悪症とは遍身(へんしん)《割書:一身中(いつしんぢう)|をいふ》みな起脹すといへとも頭(かしら)
面(おもて)起脹せざるは大凶事(だいけうじ)なりとしるべし
○痘(いも)の色 紫黒色(しこくしよく)にして起脹せざるは悪症なり
○痘起脹せずして黯黒(づゞみくろく)して陥(おちくぼ)り悶乱(もんらん)《割書:むねもだへ|の事をいふ》し
て安(やす)からず神気 昏(くら)きは悪症なり

【左丁】
○起脹の時 吐逆(ときやく)してやまず大便下り小便に血(ち)を下
す者は悪症なり
○起脹の時痘の色白く灰色(はいいろ)なるは悪症なり
○起脹の時小児日夜 啼(なく)事やまず胸悶(むねもたへ)して譫言(そゞろごと)
をいひ鬼神(きしん)を見るかごとく成ものは悪証也以上の諸説
千金方(せんきんはう)医林集要(いりんしうよう)保赤全書(ほうせきせんしよ)等(とう)に見えたり
○起脹の時 痘(いも)の色 紫(むらさき)に或は焦(こかれ)黒色(くろいろ)にして悪症き
ざす時は九味神効湯(くみしんこうたう)によろし 人参(にんじん) 黄茋(わうき) 牛房(ごはう)
子(し) 前胡(ぜんこ) 生地黄(しやうちわう) 紫草(しさう) 白芍(ひやくしやく) 《割書:各等|分》 紅花(こうくは)
甘草(かんさう) 《割書:半分》 右剤として水煎(すいせん)し服(ふく)すその効(しるし)神のごとし
○痘起脹の時 風寒(ふうかん)の気(き)にあたり鼻(はな)に清涕(せいてい)を流(なが)し

【右丁】
咳嗽(がいそう)しきりに風を悪(にく)み自汗(しかん)し身 戦慓(せんりつ)《割書:ふるひわなゝく|事をいふ也》
し痘(いも)の色(いろ)惨白(さんはく)《割書:色あしく白(しら)け|たるをいふ也》なる者は中和湯(ちうくはたう)を用べ
し 人参(にんじん) 黄茋(わうぎ) 厚朴(こうほく) 白芷(びやくし) 川芎(せんきう) 当帰(たうき)
桔梗(ききやう) 防風(ばうふう) 《割書:各等|分》 肉桂(につけい) 藿香(くはつかう) 甘草(かんざう) 《割書:各半|分》
右 剤(ざい)として生姜(しやうが)棗(なつめ)を加(くは)へて煎服(せんふく)す糯米(たべい)《割書:もちごめ|の事也》
を加えて妙なり
○痘起脹の時 邪穢(じや▢)《割書:外よりふれおかす|けがれの事をいふ》にふれて其痘出
かね又は出て後起脹する事なき者には平和湯(へいわたう)を用へし
人参(にんじん) 当皈(たうき) 桔梗(きゝやう) 白朮(ひやくじゆつ) 紫蘇(しそ) 黄茋(わうぎ) 《割書:各等|分》
防風(はうふう) 白芍(ひやくしやく) 甘草(かんさう) 肉桂(につけい) 沈香(ちんかう) 檀香(だんかう) 乳香(にうかう)
藿香(くはつかう) 右剤として生姜(しやうが)を加(くは)えて水煎(すいせん)して用へし

【左丁】
外には蒼朮(さうじゆつ)棗(なつめ)沈香(ぢんかう)檀香(だんかう)乳香(にうかう)の類(たぐひ)を焼(たき)てその邪
気(き)を去(さる)べき也
  (十五)痘瘡(いも)貫膿(くわんのう)の時節(じせつ)善悪(ぜんあく)の説
○痘瘡出て初てより七日に至りてを貫膿(くわんのう)の時といふ
なり其 形(かたち)円満(ゑんまん)にして光沢(くわうたく)ありて緑水(りよくすい)のごとく漸(やうや)く
にして蒼蠟(さうらう)の色となり玉蜀黍(なんばんきび)の形(かたち)のごとく手にて
摩(なづ)ればその皮(かは)堅(かた)く飲食(ゐんしよく)つねのごとく大小便 常(つね)のご
とくなる者を順症(じゆんしやう)とて薬(くすり)を服(ふく)するに及(およ)はざるなり
○貫膿(くわんのう)の時の悪症といふは痘出て七日に至りても膿(うみ)
を持(もつ)事すくなく痘(いも)の頂(いたゞき)陥(おちくぼ)み貫膿せざるは悪し
○貫膿の時痘の色しらけ灰色(はいいろ)にして中陥りて痒(かゆ)

【右丁】
き者は九死一生なり急(きう)に大料(だいりよう)《割書:大ふくを|いふ也》の人参を用ざれ
は救(すく)ふ事なし総(そう)【惣】じて痘瘡 貫膿(くわんのう)の時節は人参を
用たるがよき也此 意(こゝろ)は元気(げんき)を表分(ひやうぶん)にはこび出すを
以内はかならず虚弱(きよじやく)になるものなれはなり能々心得
へき事なり
○貫膿の時節手にてなづるに皮(かは)軟(やはらか)にして皺(しば)む者は悪し
○貫膿の時節にいたりても痘の色 紅(くれなゐ)なる者は血実(けつじつ)
熱毒(ねつどく)の症なり必 紫(むらさき)色に変(へん)じ後には黒色になりて
死するなり
○貫膿の時にいたりて総【惣】身はいづれもよく膿(うみ)をもつと
いへ共ひとり天庭(てんてい)《割書:天庭とは眉(まゆ)の上の|額の真中をいふ也》の所貫膿せざるは

【左丁】
悪症なり必変して死にいたるなり
○貫膿の時痘瘡よくはり起りて見ゆれ共其中水
多くして膿(うみ)すくなく痘(いも)の勢(いきほひ)脹起(ちやうき)に似(に)たる者は極めて
悪症なりこれを庸医(ようい)は大形(おほかた)よき勢の痘と心得て
油断(ゆだん)して多くは変して死するにいたる能々心得へき
事なり
○貫膿の時節 面目(めんもく)の腫(はれ)早くしりぞき瘡(かさ)陥(おちくぼ)り膿(うみ)
少きものは悪し総【惣】じて痘の病人の顔(かほ)の地(ぢ)腫(はれ)はや
く減(へる)事は悪証なり痂(ふた)落(おち)て後までも地腫ありて漸(ぜん)
々(〳〵)に減(へる)ものを吉(よし)とす
○貫膿の時しきりに痘瘡(いも)痛(いたみ)を発(はつ)し堪(たえ)がたきものは

【右丁】
悪症也 貫膿(くわんのう)の時は痘瘡(とうさう)しきりに脹起(ちやうき)によりて
すこしは痛(いたみ)出るものなりされ共きびしく痛(いたみ)て堪(たえ)
かたきほどなるは悪症としるべし
○貫膿の時 痘(いも)の色(いろ)紫黒(しこく)に変(へん)し煤(すゝ)のごとくなるは
死証なり急に筋余(つめ)《割書:平日人の手の爪(つめ)を切る時|あつめたくはへをくへき也》壱匁五分に
ても弐匁にても一服(いつふく)として常(つね)の薬をせんするごとく
にして用れは其色 即時(そくじ)によくなるものなり《割書:啓益》し
きりに試(こゝろみ)てしるしを得たるなり此方 築紫(つくし)の野人(やじん)
の伝(てん)なり
○貫膿の時しきりにその痘(いも)痒(かゆ)きものは悪証なり虚(きよ)
証(しやう)としるへし総(そう)【惣】じて貫膿の時節は虚実(きよじつ)をとはず

【左丁】
多くは針にてつくごとくにして痒(かゆ)きものなれば小
児必あやまつて搔破(かきやぶ)るにいたるなり起脹の時より
手に手巾(ておひ)をさして爪(つめ)の痘(いも)にあたらぬやうにすべし
痘(いも)を摩(なて)搔(かく)には兔(うさぎ)の手を用べきなり 本邦(ほんほう)の俗(ぞく)
多くは畜(たくは)へをく事なり
○貫膿の時より心を付て眼(まなこ)のうち鼻(はな)のうちなど
を念(ねん)を入て見るべし此所に多く出来る時は眼つぶれ
鼻ふさがりて生(むま)れつかぬ片輪(かたは)者になる多し能々
心得へきなり
○貫膿の時痘の色 紅紫(くれなひむらさき)にして乾(かは)き枯(かれ)て焦(こがれ)黒(くろき)に
変(へん)ずる者は毒(どく)さかんにして血(ち)凝(こる)なり必 膿(うみ)をなさずして

【右丁】
悪証となる也 急(きう)に清毒活血湯(せいとくくわつけつたう)を用べし
紫草(しさう) 当帰(たうき) 前胡(ぜんこ) 牛房(こほう) 木通(もくつう) 生地黄(しやうぢわう)
生白芍(しやうひやくしやく) 連翹(れんぎやう) 桔梗(きゝやう) 酒黄芩(しゆわうこん) 酒黄連(しゆわうれん) 山査(さんさ)
人参(にんじん) 生黄茋(しやうわうぎ) 《割書:各等|分》 甘草(かんざう)《割書:半分》 右 剤(さい)として
生姜(しやうが)一片(ひとへぎ)加(くは)えて水煎(すいせん)し服(ふく)すそのしるし神のごとし
○貫膿の時痘の色 淡白(たんはく)にしてと尖(とかり)円(まど)かならず膿(うみ)をな
さゞる者は虚証(きよしやう)なり急に参帰(さんき) 鹿茸湯(ろくしやうたう)を用へし
鹿茸(ろくじやう) 黄茋(わうぎ) 当皈(たうき) 人参(にんじん) 《割書:各等|分》 甘草(かんさう)《割書:少許》
右 剤(ざい)として生姜(しやうが)一片(ひとへき)龍眼肉(りようがんにく)三箇(みつ)入て煎(せん)じ服(ふく)す
その痘 紅活(こうくはつ)を転(てん)じて貫膿(くわんのう)する事なり虚弱(きよじやく)なる
症には寒戦(かんせん)《割書:寒気(さむけ)だちて身|ぶるひするをいふ》咬牙(かうげ)《割書:歯(は)がみを|する事也》をあらはす也

【左丁】
此方によつて肉桂(にくけい)附子(ぶし)を加(くは)へし泄瀉(せつしや)《割書:腹(はら)の下る|をいふ也》する
ものには当皈(たうき)をさりて白朮(びやくじゆつ)白芍薬(びやくしやくやく)砂仁(しやにん)白茯苓(ひやくぶくりやう) 白(はく)
扁豆(へんづ)木香(もくかう)丁子(てうじ)肉桂(にくけい)を加へて用べし
○貫膿にかゝる初より虚実(きよしつ)寒熱(かんねつ)をとはず多くは千金(せんきん)
内托散(ないたくさん)を用へし 人参(にんじん) 当皈(たうき) 黄茋(わうぎ) 白芍(びやくしやく)
川芎(せんきう) 肉桂(にくけい) 山査子(さんさし) 木香(もくかう) 防風(はうふう) 白芷(びやくし) 厚朴(こうほく)
《割書:各等|分》 甘草(かんさう) 《割書:少許》 右剤として生姜一片を加へて
煎じ服すべしそのしるし神のごとし一方に桔梗(きゝやう)
紫草(しさう)を加ふ尤よし
○貫膿の時 虚(きよ)に属(ぞく)する者は膿(うみ)をなすにいたらずし
て種々(しゆ〱)の悪症(あくしやう)に変(へん)ずる者なりあるひは痒(かゆ[き])事しき

【右丁】
りにして堪(たえ)がたく寒戦(かんせん)咬牙(かうげ)する者は多く死証
なり急に保元湯(ほうげんたう)を用べし 黄茋(わうぎ)《割書:大》 人参(にんじん)《割書:中》
甘草《割書:少許》 右 剤(ざい)として生姜(しやうが)棗(なつめ)を加えて煎(せん)じ服(ふく)
すべし肉桂(につけい)を加へて人参(にんじん)黄茋(わうき)の力(ちから)をたすけてよし
川芎(せんきう)白朮(びやくじゆつ)肉桂(につけい)を加(くは)へて大保元湯(だいほうげんたう)と名(な)づく此方は
総(そう)【惣】じて痘瘡(いも)の悪証(あくしやう)に変(へん)ずる者に用て其しるし
神のごとし
○貫膿の時 虚(きよ)甚(はなはだ)しくして身(み)涼(ひへ)て汗(あせ)出(いづ)る事やまず
煩悶(はんもん)し或は寒戦(かんせん)咬牙(かうげ)する者に帰茋湯(ききたう)を用べし
当皈(たうき) 黄茋(わうぎ) 《割書:各等|分》酸棗仁(さんさうにん)《割書:半分》 右 剤(ざい)として水煎(すいせん)
し服すへし

【左丁】
貫膿の時虚に属(ぞく)する者多くは痒(かゆき)を発(はつ)し飲食(いんしよく)
減少(げんせう)して次第に気(き)乏(とぼし)き者には補中益気湯(ほちうゑききたう)によ
ろし 人参(にんじん) 黄茋(わうぎ) 白朮(びやくじゆつ) 《割書:各等|分《割書:上》》 当皈(たうき) 陳皮(ちんひ)
《割書:各中》 升麻(しやうま) 柴胡(さいこ) 甘草(かんざう) 《割書:各少|許《割書:下》》 右 剤(さい)として生(しやう)
姜(が)棗(なつめ)を入て煎(せん)じ用べし○寒戦(かんせん)咬牙(かうげ)する者に
は肉桂(につけい)附子(ふし)を加べし○泄瀉(せつしや)せば白茯苓(ひやくふくりやう)扁豆(へんづ)砂仁(しやにん)
蓮肉(れんにく)を加(くは)ふべし○痰(たん)あらは白茯苓(びやくふくりやう)半夏(はんげ)貝母(はいも)を加ふ
べし○小便 通(つう)ぜざるには茯苓(ぶくりやう)車前子(しやぜんし)沢瀉(たくしや)を加ふへし
○甚 痒(かゆ)きには防風(ばうふう)荊芥(けいかい)連翹(れんぎやう)を加ふへし○此方を用
るに連翹(れんきやう)山査子(さんざし)を加て妙(めう)有

【裏表紙】

【表紙 題箋】
《題:《割書:増補|ゑ入》小児必用記《割書:五》》

【資料整理ラベル】
493.98
 Ka87

日本近代教育史
 資料

【右丁 白紙】
【蔵書印】東京学芸大学蔵書
【整理番号】19602490

【左丁】
小児必用養育草(せうにひつようそだてくさ)巻五

   目録(もくろく)

㊀ 痘瘡(いも)収靨(しうゑん)の時節(じせつ)善悪(ぜんあく)の説(せつ)
㊁ 痘瘡収靨の後 米泔水(こめのとぎしる)の湯(ゆ)にて浴(ゆあみ)するの説
㊂ 痘瘡 落痂(らくか)の時節善悪の説
㊃ あらかじめ痘(いも)の毒(どく)を解(げ)するの説
㊄ 麻疹(はじか)の説(せつ)
㊅ 水痘(みづいも)の説

【蔵書印】
後藤文
庫之印

【右丁 白紙】

【左丁】
小児必用養育草(せうにひつようそだてくさ)巻五
         牛山翁(ぎうさんおう) 香月啓益(かつきけいゑき)  纂(さんす)【左ルビ:あつむ】

  ㊀痘瘡(いも)収靨(しうゑん)の時節(じせつ)善悪(せんあく)の説(せつ)
○痘瘡(いも)十日を経(へ)て血(ち)尽(つき)毒(どく)解(とけ)て其 膿(うみ)漸々(せん〳〵)乾(かは)き葡(ぶ)
萄(どう)の色(いろ)のごとくなりて口(くち)鼻(はな)の両傍(りやうはう)あるひは頭(かしら)面(おもて)よ
りかせはじめて胸(むね)腹(はら)にいたり手足(てあし)に及ひてかくのご
とく上より下に次第〳〵に収靨(かせ)もてゆき身も軽(かろ)く
気色(きしよく)快(こゝろよ)く飲食(ゐんしよく)つねのごとく大小 便(べん)常(つね)のことくなる
を順症(しゆんしやう)といひて薬(くすり)を服(ふく)するに及はぬ事也
○収靨(かせ)の時 痘瘡(いも)の潤(うるをひ)ひく事なくかせかぬるを流漿(りうしやう)と

【右丁】
名つくこれ皮膚(ひふ)の気(き)弱(よは)きゆへなり急(きう)に保元湯(ほうげんたう)《割書:薬|方》
《割書:前に|しるす》を大料(だいりやう)にして用べししからざれば痒(かゆ)きに変(へん)じ
て救(すく)はざるにいたるすべて痘(いも)は大形(おほかた)仕取(しとり)たるとおもへ
共十日過のかせくちに必 変(へん)じて悪症(あくしやう)出(いづ)るものなり
八日九日のあいだによく飲食(いんしよく)をつゝしみ風(かせ)にあたら
ぬやうにすべしその時分は病家(ひやうか)もつかれ看病(かんびやう)人も
多くは眠(ねふ)りてゆだん出来るものなり年(とし)老(おひ)たる女
の物に馴(なれ)て性(しやう)静(しづか)なるを付そへて瘡(かさ)の色(いろ)病(やまひ)のしな
夜な〳〵の苦(くるし)みを医師(いし)にかたらしむべし小児はとに
かく飲食(いんしよく)のつゝしみあしき故(ゆへ)にその害(かい)多し乳飲(ちのみ)
子(こ)は乳母(めのと)の食物(しよくもつ)をつゝしませ色欲(しきよく)の念(ねん)をおこさぬ

【左丁】
やうに怒(いかり)をなさしめぬやうにすべし多くは乳母(めのと)のつゝ
しみあしきゆへにその害(かい)児(ちご)におよぶなり十四五
歳の病者(びやうじや)よりは飲食(いんしよく)と色欲(しきよく)とに心をつくべし
いケほど軽(かろ)き痘(いも)なれ共此二ツをつゝしまぬ時はかな
らず変(へん)じて死(し)にいたるなり能々心得べき也
○総【惣】身いまだかせざるうちにまつ口 唇(くちびる)腐爛(くちたゞれ)て白く
舌(した)まで白くなる者は悪証なり
○収靨(かせ)の時にいたつて飲食まつたくすゝまず口 唇(くちびる)
つねに物を喰(くら)ふがことくしきりに動(うごき)てとゞまらざる
者は九死一生なり
○総【惣】身の痘瘡(いも)収靨(かせ)にいたらず汁(しる)膿(うみ)出て総【惣】身たゞれ

【右丁】
臭(くさ)き事 近(ちか)づくべからざるやうなる者は悪症なり収(か)
靨(せ)の時に膿汁(うみしる)出て爛(たゞるゝ)者は衣類(いるい)とりつきて離(はなれ)がた
きによりて絹(きぬ)の衣類(いるい)は悪し痘(いも)多く出たるものは起脹(きちやう)
の時分よりやはらかなる布(ぬの)のかたびらを袷(あはせ)にして
着(き)せしむべしそのうへに絹の衣類を重ね着せし
むべきなり
○収靨(かせ)の時 熱(ねつ)甚(はなはだし)くして譫言(そゞろごと)をいふ者は悪証なり
○収靨の時 寒(さむ)け出て振(ふる)ひ慄(わなゝ)き牙(きは)を咬(かみ)眼(まなこ)ふさがり
足(あし)冷(ひゆ)るものは九死一生なり大料(おほぶく)の参附湯(じんふたう)又は保元(ほうげん)
湯(たう)益気湯(ゑききたう)などの類(たくい)見合て用べきなり
○収靨の時総【惣】身 痒(かゆ)く掻破(かきやぶ)れは膿(うみ)水(みつ)出る事なく皮(かは)捲(まき)

【左丁】
て豆(まめ)の皮(かは)のごとくなる者は悪し総【惣】して痘瘡は始(し)【左ルビ:はじめ】
中終(ちうじう)【左ルビ:なか おはり】共に痒(かゆき)は虚証(きよしやう)なれば悪しく変(へん)ずる事と心得へ
きなり万の瘡(かさ)腫物(しゆもつ)の類 痛(いた)む者を実証(じつしやう)としり痒
き者を虚証(きよしやう)と心得べきなり
○総【惣】身の痘収靨にいたれ共そのうち数粒(すりう)かせざるもの
ありこれ九死一生としるべし以上の諸説 千金方(せんきんはう)保嬰(ほうゑい)
論(ろん)保赤全書(ほうせきせんしよ)古今医統(ここんいとう)証治準縄(しやうぢじゆんじやう)等の書(しよ)に見えたり
○収靨の時或は忽然(こつぜん)として腹痛(ふくつう)しその痛(いたみ)中脘(ちうくわん)に
ある者に食滞(しよくたい)をめぐす薬を用てもその痛(いたみ)やむ事な
くしきりに痛(いた)む者はこれ瘀血(おけつ)の痛なり消毒散血湯(しやうどくさんけつたう)
を用べし 牛房子(ごはうし) 生白芍薬(しやうびやくしやくやく) 桃仁(とうにん) 乳香(にうかう)

【右丁】
没薬(もつやく) 《割書:各等|分》 紅花(こうくは) 大黄(だいわう) 《割書:各半|分》 右 剤(ざい)として水煎
して服すへし一服(いつふく)にしてその痛(いたみ)退(しりぞ)くなりかならず
数貼(すてう)服(ふく)すべからず瘀血(おけつ)さんじて痛やむときは用べからす
○収靨(かせ)の時外 潰(つひゑ)て痘(いも)より膿汁(うみしる)を出し爛(たゞるゝ)者を水靨(すいゑん)
と名づく新(あらた)なる瓦(かはら)を細末(さいまつ)にして絹切(きぬぎれ)か布切(ぬのきれ)かにつゝみ
てふるひかけてかはかすべしと久吾聶(きうごじやう)の説に見えたり
和 俗(ぞく)は土器(かはらけ)を粉(こ)にしてふりかけ米(こめ)の粉(こ)をふりてとり
あつかふなりいづれもよきなり
  ㊁痘瘡(いも)収靨(かせ)の後 米泔水(こめのとぎしる)の湯(ゆ)にて浴(ゆあみ)するの説
○わが 日本の風俗(ふうぞく)にて痘瘡(いも)収靨(かせ)ていまだ痂(ふた)おちざる
前(まへ)に米泔水(こめのとぎしる)に酒(さけ)少ばかりを加(くは)え或は鼠(ねすみ)の糞(ふん)二ツばかり

【左】
入て沸湯となしてその湯にて痘を洗(あら)ひ沐浴(もくよく)すれは
痘よくかせて病者(びやうしや)こゝろよきにいたるなりこれを酒湯(さかゆ)
といふ酒湯(さかゆ)をかけて後その病者の居所(おりどころ)を掃除(さうぢ)し
痘の神の棚(たな)なども仕舞(しまい)て親族(しんぞく)打よりて祝(いは)ふ事
これ俗礼(ぞくれい)なり《割書:啓益》あまねく中花(もろこし)の書(ふみ)を考(かんがふ)るに米(こめの)
泔水(ときしる)にて洗(あら)ふ事を見ず京師(きやうし)東武(とうふ)の宿儒(しゆくじゆ)老医(らうい)に
尋(たづ)ねとふに其 出所(しゆつしよ)をしる者なしいつれの時何者の
仕初(しそめ)たる事にや天和(てんわ)壬戌(みつのえいぬ)の年 朝鮮人(てうせんしん)来聘(らいへい)せし時
朝鮮国の医師(いし)鄭東里(ていとうり)に此事を筆談(ひつだん)せしに朝鮮
国にては痘(いも)の色 紫黒(しこく)或は漿(せう)ひく事なく愈(いゆ)る事 遅(おそき)
き類を薬湯(くすりゆ)にて洗(あら)ふ事あれども善悪共に洗ひ又は

【両丁 挿絵のみ】

【右丁】
米泔水にて洗ふ事はなしと答へ侍りぬ然れは中花(もろこし)も
朝鮮(てうせん)も我国(わかくに)のごとく俗礼(ぞくれい)となして善悪(せんあく)共に湯(ゆ)を
掛(かく)る事はなきにや 本邦(ほんほう)にては収靨(かせ)の後 米泔水(こめのとぎしる)にて
浴(ゆあみ)せざれは痘瘡(いも)膿(うみ)かへりて悪しき事多し湯の掛時
にはやしおそしありたやすき痘瘡は十一日十二日ぶ
りにいたりて頭(かしら)面(おもて)胸(むね)腹(はら)かせたる時を見合 手巾(てぬぐひ)を湯
にひたししぼりて痘の上を押つけて温(あたゝめ)たるがよき
なり和 俗(そく)これを一番湯といふ中一日ありて二番湯
を掛べし其時は盥(たらい)のうちに入れて洗(あら)ふべきなり何ほ
ど軽(かろ)き痘瘡(いも)なり共久しく洗ふ事なかれ虚弱(きよじやく)なる
小児或は痘瘡多く出たる者は一番湯はまづ祝儀(しうぎ)ばかりに

【左丁】
掛そめて二番湯の時とくと洗ふべきなり痘の後は
元気(けんき)虚(きよ)し皮膚(ひふ)うすき事なれば行水(ぎやうずい)する事久し
けれは元気つかれ或は風をひきやすく変(へん)じて悪証
となるものなり湯を掛るの前に上手の医師 功者(こうしや)
の人に相談(さうだん)してよき時分を見あはせて湯をな
すべきなり多くは湯の掛時あしき故に変証(へんしやう)出来(いでき)
て死する者あり可心得事也
○痘瘡に掛る湯のこしらへやう米をかしたる汁
を用るに一番とぎははへてその汁を捨(すて)て二番とぎ
汁壱斗に酒五合を入て沸湯(にへゆ)となして洗ふべし
熱(あつ)からず冷(つめた)からず能ほどにして沐浴(もくよく)すべきなり

【右丁】
鼠(ねすみの)糞(ふん)を入る者もあれ共鼠糞は毒(とく)あれは人によ
りてかへつて瘡痕(かさあと)たゞるゝ者あり用さるがよ
きなり
○痘瘡 軽(かろ)きものは十一日より十五日まての間見合て
湯を掛べきなり重(おも)きものは廿日より三十日の間に
なすべきなりかならず日数(ひかず)にかゝわるべからすそのよき
時分を見合 老医(らうい)にとひて指図(さしづ)をうくべきなり
○魏直(ぎちよく)が博愛心鑑(はくあいしんかん)に里中(りちう)に痘瘡(いも)流行(りうかう)せし時 或家(あるいへ)
の前(まへ)に痘瘡多く出て目(め)も鼻(はな)もわからず喘息(ぜんそく)短(たん)
気(き)にして死(し)をまつやうなる児(ちご)を抱(いだ)きたる老婆(らうは)【左ルビ:うば】
ありけるにその明(あく)る日またその家のまへを通(とを)りけるに

【左丁】
きのふの小児その痘よく収靨(かせ)て右の危(あやう)き証すき
と本 復(ぶく)する勢(いきほひ)あり魏直(ぎちよく)あやしくおもひてその
故(ゆへ)をとへば老婆(らうは)のいはく水楊(すいやう)の枝葉(ゑたは)五斤(ごきん)大釜に
て煎(せん)じて浴(ゆあみ)させたればかく清快(せいくはい)なりと答(こた)へける
を聞て魏直此 伝(でん)をえてしきりに痘瘡の危(あやうき)証
を洗ふに験(しるし)をとる事多しと見えたり《割書:啓益》按ずるに
水楊(すいやう)は和名(わめう)川柳(かはやなぎ)といひ又は丸 葉(ば)柳(やなぎ)といふ本草(ほんさう)を考(かんがふ)る
に此ものよく瘡毒(さうどく)の熱(ねつ)をさるの功能(こうのう)あり米泔水(こめのとぎしる)
にてあらひても痘瘡かせかぬる時は水楊(すいやう)の煎湯(せんたう)に
て洗(あら)ふべきなりつねにこゝろみて験(しるし)をとるなり
  ㊂痘瘡(いも)落痂(らくか)の時節(しせつ)善悪(せんあく)の説(せつ)

【右丁】
○痘瘡(いも)収靨(かせ)て後その痂(ふた)厚(あつく)して落(おつ)る事おそく肉(にく)を
離(はな)れて粘(ねはら)ざるを吉とす痂(ふた)落(おち)てその瘢痕(はんごん)《割書:かさあとの|事をいふ》
紅(くれない)にして凸(なかだか)凹(なかくぼ)なく食事つねのごとく大小便 常(つね)のごと
くなるものを順症(じゆんしやう)とて薬を服するに及ばさるなり
○みづから痘(いも)の痂(ふた)をとりて食(しよく)するもの多し此症
は吉事にして他症(たしやう)あれ共 死(し)する事なし
○痘(いも)すでに深(ふか)く陥(おちくぼ)る者あり蜜(みつ)を水にてときてぬれ
は離(はな)れ落(おつ)るなり又は蜜【密とあるところ】陀僧をつけてもよし
○痘の痂落てその瘢痕(かさあと)白くして雪(ゆき)のごとくなるは
虚証なり補中益気湯(ほちうゑききたう)に川芎(せんきう)酒芍薬(しゆしやくやく)連翹(れんぎやう)を加(くは)え
て用べし

【左丁】
○痂(ふた)落(おち)て後口中 臭(くさ)く脣(くちひる)乾(かは)くものは悪症なり
○痂落て後寒熱(かんねつ)往来(わうらい)し胸(むね)腹(はら)手足(てあし)頭(かしら)面(おもて)倶(とも)に熱(ねつ)し
大便(たいべん)秘結(ひけつ)し小便 赤(あか)く渋(しぶる)者は余毒(よどく)さかんなるなりその
余毒を解(げ)すべし大連翹飲(だいれんきやういん)を用べし 連翹(れんきやう) 牛房子(ごぼうし)
当皈(たうき) 赤芍(しやくしやく) 防風(ばうふう) 《割書:各等|分》 木通(もくつう) 車前子(しやぜんし) 荊芥(けいかい)
酒黄芩(しゆわうこん) 酒炒山梔子(しゆそうのさんしし) 滑石(くわつせき) 甘草(かんざう) 蝉退(ぜんたい)
《割書:各半|分》 右 剤(ざい)として生姜(しやうが)を加へて煎(せん)じ服(ふく)すべしその
しるし神のことし
○痂落て後 寒熱(かんねつ)ありて手足を動(うごか)し牙(きば)を咬(かみ)眼(まなこ)い
まだとぢて開(ひら)かざる者は九死一生なり保元湯(ほうげんたう)によろ
し眼に梨(なし)の汁(しる)をぬり又は枳椇(しぐ)の汁をぬるべし枳椇(しぐ)

【右丁】
は和名(わみやう)けんほのなしといふなり
○痂(ふた)落(おつ)るといへ共 瘢痕(かさあと)なを黯黒(ずみくろく)或は凹(なかくぼ)凸(なかだか)なる者は悪症
なり乳香(にうかう)の末(まつ)をすりぬりてよし
○痂落て後 両目(りやうめ)ひらく事なく日の光(ひかり)をにくみ或は
暗(くら)き所にてもひらかざる者は眼(まなこ)のうちに瘡(かさ)ありとしる
べし早く驚(おどろ)きて上手の目医師(めいし)に見せて療治(りやうぢ)すべ
きなり痘(いも)目(め)の内に出たるには雀(すゞめ)の立糞(たちふん)を乳汁(ちのしる)に
すりて目にいれたるがよき也
○痂落て後 唇(くちひる)口あるひは歯齦(はぐき)又は鼻(はな)の孔(あな)に瘡(かさ)あり
て膿(うみ)出て臭(くさ)きは痘(いも)の余毒(よどく)なり打 捨(すて)て療治(りやうぢ)せざ
れは鼻(はな)崩(くづ)れ頬(ほう)破(やぶ)れて死(し)するなり大連翹飲(だいれんぎやういん)《割書:薬方|前に》

【左丁】
《割書:出る|なり》を用べしそのしるし神のごとし
○痂落て後 総(そう)【惣】身(み)の瘢痕(かさあと)痒(かゆ)き事しきりなるは悪し
多くは虚証(きよしやう)なり保元湯(ほうげんたう)を用べし
○痂落て後 総【惣】身の瘢痕みな風癮(かざぼろせ)のごとくになる
証あり蜆子貝(しゞみがい)の煮汁(にしる)にて洗(あら)へはたちまち愈(いゆ)る也
○痂落て手の曲池(きよくち)《割書:臂(ひぢ)のかゞみ|たる所をいふ》足(あし)の膕中(こくちう)《割書:膝の内のひき|かゞみをいふなり》
腋下(わきのした)その外 身(み)の節々(ふし〴〵)に痘(いも)の毒(どく)滞(とゞこほ)りて癰(よう)のごとくな
りて後には骨(ほね)のうちに腐(くち)入て多骨疽(たこつそ)附骨疽(ふこつそ)な
どのやうに骨(ほね)くちて瘡口(かさぐち)より出て一生涯(いつしやうがい)平愈(へいゆ)せず
手足(てあし)に滞(とゞこほ)る者は手足 挙(あぐ)る事あたはずこれを和俗(わぞく)
痘(いも)の余(よ)【疒+邕】(り)といふなり早く驚(おどろ)きて十宣内托散(じうぜんないたくさん)或は

【右丁】
補中益気湯(ほちうゑききたう)に連翹(れんきやう)酒黄芩(しゆわうこん)山梔子(さんしゝ)防風(ばうふう)を加へて用
べしその効(しるし)多し外には米泔水(こめのとぎしる)を炭火(すみび)にて煉(ねり)て黄(あめ)
牛(うし)の糞(ふん)を黒焼(くろやき)にして細末(さいまつ)してこれにまぜてつく
ればその瘡(かさ)愈(いゆ)るなりこれ築紫(つくし)の野人(やじん)の伝(でん)なり《割書:啓益》
つねにこゝろみてしるしをとるなり
○痂(ふた)落(おち)て後 膿(うみ)出て皮膚(ひふ)弱(よは)く瘢痕(かさあと)より汁(しる)出ある
ひは瘢痕(かさあと)魚(うを)の腸(はらわた)の水ぶくれのかたちのごとくなるに
黄牛(あめうし)の糞(ふん)を陰乾(かけぼし)にして細末(さいまつ)してつくればたち
まち愈(いゆ)るなりこれ秘蔵(ひさう)の事なり
○痘瘡(いも)愈(いへ)て後小児をして園中(そのゝうち)又は庭(には)に出て土座(とざ)
にて遊(あそ)ばしむべからす四五十日 過(すぎ)てもかならず変証(へんしやう)出て

【左丁】
急(きう)に死(し)するものなりこれを築紫(つくし)のかたにては螻蛄風(けらかぜ)
に逢(あふ)といふなり痘瘡(いも)の後四五十日も螻蛄(けら)を見る事
をいむなり此事 中花(もろこし)の書(ふみ)におゐて見ず又は京都(きやうと)東(とう)
武(ふ)などにてはかつて人のいはぬ事なれ共 築紫(つくし)の方(かた)
にてはまゝ多き事なり痘後(いもののち)は皮膚(ひふ)うすき故に土(ど)
気(き)などにふれをかさるゝ事悪きなるべしかならず螻(け)
蛄風(らかぜ)のみにあらず蚯蚓(みゝず)蛇(へび)百足(むかで)の類の悪虫(あくちう)をもさけ
いみたるがよろしかるべき也
○痘瘡の後 軽(かろ)きものは五十日 重(おも)きものは七十五日或
は百日のうち保養(ほうよう)慎(つゝし)むべし乳飲子(ちのみご)は乳母(めのと)のつゝし
みをろそかにすべからず三四歳よりは飲食(いんしよく)の慎(つし)み

【右丁】
第一なり魚(うを)鳥(とり)の肉(にく)油(あぶら)あげの類その外 膩(あふらこき)物の類食
すべからす外は風寒(ふうかん)暑湿(しよしつ)の気(き)をさくべきなり十歳
以上の児(ちご)は読書(とくしよ)手習(てならゐ)の類しゐて懃(つとめ)しむる事なかれ
謡(うたひ)乱舞(らんふ)をなす事なかれ遠路(ゑんろ)を歩行(ほかう)すべからず十四
五歳の後よりは第一 色欲(しきよく)の事をいましむべきなり
かくのごとくする事百日なれは痘後(とうこ)の病(やまひ)といふ事
なし能々心得べき事なり
  ㊃あらかじめ痘(いも)の毒(どく)を解(げ)するの説
○諸(もろ〳〵)の医書(いしよ)に預(あらかじめ)《割書:あらかしめとは|前かどの事也》痘(いも)の毒を解(げ)する薬方(やくはう)を
のする事多し 本邦(ほんほう)にても医家(いか)にも家伝(かでん)と称(せう)
し秘方(ひはう)と号(がう)して種々(しゆ〴〵)の薬(くすり)あり用んとおもはゞ

【左丁】
上手の医師(いし)に相談(さうだん)してその指図(さしづ)をうけてなすべき
なり倭漢(わかん)ともに薬をせんじて其汁にて浴(ゆあみ)する事
あり是は外よりなす事にして害(かい)のなき事なれば
よきといふ事は幾度(いくたび)もなすべき事なり
○あらかじめ痘(いも)の毒(とく)を解(げ)するに雄鼠(おとこねずみ)を生(いき)なからとら
へて殺(ころ)し手足の肉(にく)をとりて煮(に)又は焼(やき)て用べし
児(ちご)をしてしらしむる事なかれと保赤全書(ほうせきぜんしよ)に見えたり
 本邦(ほんほう)にても多くする事なり小鳥(ことり)など焼(やき)たるやうに
して児よくくふものなり用て害(かい)のなき事なれば
用べきなり此事をなさは中位の鼠(ねずみ)を用べし大に
して年 経(へ)たる鼠は毒(どく)あるなり用る事なかれ

【右丁】
○兔(と)血丸(けつぐわん)といふ妙方あり十二月八日に兔(うさぎ)をとりて午(むま)
の時をうかゞつて刺(さし)て血(ち)を取(とり)て蕎麦麪(そばのこ)に和(くは)し
雄黄(おわう)【「ゆうお(わ)う」のこと。】少ばかり加(くは)へ乾(かはく)をまつて菉豆(りよくづ)の大さに丸(ぐわん)して
小児の年の数(かず)に応(おう)じて用るなり保寿堂(ほうじゆどう)の方と
本草綱目(ほんざうかうもく)に載(のせ)たり 本邦(ほんほう)にては国守(こくしゆ)領守(りやうしゆ)ならでは
此方を調合(てうがう)しがたし此方を調合(てうかう)するに口伝(くでん)あり医(い)
書(しよ)にいふ所のごとく兔(うさぎ)の血(ち)に蕎麦麪(そはのこ)を入て丸ずる
とばかり心得ては手につきねばりてまろめかたし兔
の血をとりて磁器(やきものはち)に入て二時ばかり過る時は上は水に
なりて血は下に凝(こり)てかたまるなりその時上の水を
したみて捨て凝(こり)たる血の中に蕎麦麪(そはのこ)をかきまぜ

【左丁】
てつき合せ雄黄(おわう)少ばかりいれ又は家伝(かでん)によりて辰(しん)
砂(しや)少 碾茶(ひきちや)少 加(くはふ)もありかくのごとくせざれは丸(ぐわん)じにくゝ
してしかもその薬性(やくしやう)もうすくして験(しるし)なきなり《割書:予(よ)》さき
に仕(つか)へし比(ころ) 君命(くんめい)によりて此 方(はう)を調合(てうがう)する事 度々(たび〳〵)
にしてよく調合(てうがう)の工夫(くふう)を得(ゑ)たるなり扨此薬を痘瘡(いも)
流行(りうかう)する時にいたれは国中(こくちう)に頒(わかち)たうびけるその民(たみ)を
恵(めぐ)み給ふ御こゝろざし有難(ありがた)き事にぞ侍る
○趙侍郎(てうじらう)が方に苦楝子(くれんし)をとりて多少にかゝはらず煎(せん)
湯(たう)にして小児に浴(ゆあみ)すれば痘瘡(いも)をうれへずたとひうれ
ふれども数(かず)すくなく出て軽(かろ)きなりと見えたり苦楝子(くれんし)
は和俗(わぞく)いふ所のせんたんの木の実(み)の事なり

【右丁】
○ 兔(うさぎ)の肉(にく)を煮(に)て食(しよく)する時はあらかじめ痘毒(いものどく)を解(げ)
するの妙(めう)ありと本草綱目(ほんざうかうもく)にのせたり
○活幼心法(くわつようしんほう)の説に痘(いも)の毒(どく)は胚胎(はらごもり)の時より稟受(うけうけ)て五
臓六腑に潜(ひそま)【僭は誤】り伏(かく)れて声(おと)もなく臭(か)もなきの毒(どく)に
して数年(すねん)の後たま〳〵天地の気運(きうん)の邪気(じやき)にさそ
はれて出る病なればあらかじめ防(ふせ)ぎ解(げ)するといふの
理(ことはり)なし予(よ)か婦(ふ)男女(なんによ)の子十人を産(さん)すいづれも痘(いも)を
やめりこゝろみにあらかじめ痘の毒を解する薬(くすり)を
用たる者六人ありみなその痘かへつて重し薬を
用ざる者四人あり皆その痘いたつて軽(かろ)かりきこれ
をもつて見れは痘毒(とうとく)の軽重(けつぢう)は胚胎(はらごもり)の内より定(さだま)

【左丁】
りたる事なりとしるべしあらかじめ解するの薬
みな脾胃(ひゐ)をやぶる剤にして損(そん)あつて益(ゑき)なしと
見えたり聶尚恒(しやうしやうごう)の此 論(ろん)議に至極(しごく)の理(ことはり)なり 本邦
にても富貴(ふうき)の家は隣(となり)の国里に痘瘡(いも)はやるといへば
あらかじめ防(ふせぐ)といひて種々の薬を用なり古人の語(ご)
にも薬を服(ふく)せざる中 医(い)を得るとあれは用ざるには
しかじ
○外よりなす事は何事にても苦(くる)しかるまじき事
とはいへどそれさへ又その品によるべきなり元禄の
初年(しよねん)に築紫(つくし)日向(ひうが)の国のかたほとりにあやしき巫(かんなぎ)あ
りて神の乗移(のりうつ)り給ふといひて希有(けう)なることを

【右丁】
いひ出して後には神の告(つげ)なりといひて痘疹(いも)を軽(かろ)
くする香水(かうすい)ありとて諸人にあたふる愚夫(ぐふ)愚(ぐ)婦の輩
此香水をうけて小児に浴するの湯(ゆ)のうちに入てわかし
て洗(あら)ふ甚(はなはだ)しきものは此香水をのましむ此香水をの
みあらひなどすればかならず二三日がほと発熱(ほとほり)
ありて身中に細(こまか)なる瘡(かさ)出来なりその時これ神の
なす所のまじなひ痘(いも)よと云て誠(まこと)の痘瘡のごと
くとりあつかひて後は米泔水(こめのとぎしる)などかけてひしめきあ
えりける事ありしにかくのごとくしたる児(ちご)も痘をま
ぬかれずその上重き痘(いも)まゝ多かりき後によくきけば
漆(うるし)の煎(せん)じ汁を水にまぜて香水と名付 九国二島(くこくにとう)

【左丁 挿絵のみ】

【右丁】
にわかちつかはして人をまどはすなり此 漆(うるし)の毒に
あたりて小児によりてはその瘡(かさ)そのまゝ愈(いゆ)る事なく
して疵(きず)つくに至る者多ししかれは外よりなす事は
妨(さまたげ)なしとばかりも云へからず能々心得べき事なり
  ㊄麻疹(はしか)の説(せつ)
○陳文宿(ちんみんしゆく)【注】の説に痘 疹(はじか)の二証(にしやう)共に胎毒(たいどく)のなす所にし
て痘はその毒(とく)五臓(ござう)より発(おこり)てその瘡(かさ)大にして豆の
ごとし麻疹(はじか)はその毒六腑におこりてその瘡(かさ)小にして
麻(あさ)の実のごとし発熱(ほとをり)の時 傷寒(しやうかん)に似てはげしく
たゞ咳嗽(しはぶき)しきりにして声(こへ)啞(かれ)て出ず咽(のんど)腫(はれ)痛(いたみ)口 乾(かは)
き咽(のんど)喝(かつ)して渇水を飲事かぎりなし発熱(ほとをり)一両日

【左丁】
にして身体(しんたい)皮(かは)の中にすき間なく出て蚊(か)の喰(くひ)た
る跡(あと)のごとく或は粟粒(あはつぶ)のごとく出て後 熱(ねつ)退(しりぞ)き半
日一日或は一日半日二日にして疹子(はじか)収(おさま)るものは順症(じゆんしやう)に
して薬(くすり)を服(ふく)するに及はさるなりと見えたり
○疹子(はじか)発熱(ほとをり)の時まづ升麻(しやうま)葛根湯(かつこんたう)《割書:その薬方痘瘡の|所にのす考べし》
に加減(かげん)して用てよし熱(ねつ)つよくは黄芩(わうこん)黄連(わうれん)羌活(きやうくわつ)
防風(ばうふう)を加(くは)えてよし総(そう)【惣】身(み)汗(あせ)出るものはその毒(どく)汗(あせ)にした
がつて出やすし咳嗽(しはぶき)甚(はなはだし)きものは参蘇飲(じんそゐん)《割書:薬方痘瘡|の所にのす》
《割書:考ふ|へし》に黄芩(わうこん)桑白皮(さうはくひ)を加てよし咽(のんど)痛(いたむ)ものには葛(かつ)
根(こん)桔梗(きゝやう)を倍(ばい)し黄芩(わうこん)連翹(れんぎやう)を加へてよし
○疹子(はじか)発熱(ほとを[り])の時外は風寒(ふうかん)にあたり内は生物(なまもの)冷物(ひへもの)の類(るい)

【注 144コマでは「ちんぶんしゆく」と仮名を振っている。】



【右丁】
を食する事なかれ内外(ないけ)共に熱(ねつ)つよきものなればかなら
ず病人外より冷(ひゆ)る事を好(この)み内よりは生物(なまもの)冷(ひゆる)物を食(しよく)
するを好(この)むによりて此 禁(きん)をおかして内外(ないげ)より冷(ひへ)て疹
子出る事なくして悪証(あくしやう)に変(へん)ずるものなりたゞ衣(ころも)被(ふすま)
を厚(あつ)くして汗(あせ)を出すべし
○疹子(はじか)発熱(ほとをり)の時 咽(のんど)腫(はれ)痛(いたみ)て飲食(いんしよく)入事なくつをのむ
もならざるものありはなはだ急証(きうしやう)なりあはてゝ咽(のんど)に針(はり)
する事なかれ疹子の火毒(くはどく)甚 盛(さかん)なる故(ゆへ)なり急(きう)に黄(わう)
連(れん)黄芩(わうこん)桔梗(きゝやう)石膏(せきかう)黄柏(わうばく)【栢は俗字】甘草(かんざう)《割書:各等|分》 右 剤(ざい)として
水煎(すいせん)して服(ふく)すべし或は寒(かん)の水又は臘雪(しわすのゆき)を畜(たくは)へ置
てその水にて煎(せん)じ用るときはそのしるし神(しん)のごとし

【左丁】
これ大秘方(だいひはう)なり火急(くはきう)なる症なれは上手の医師(いし)を頼(たの)
みて治(ぢ)すべきなり
○疹子 発熱(ほとをり)の時多くは口(くち)乾(かはき)き【「き」衍】咽(のんと)喝(かつ)するによつてほ
しゐまゝに冷水(れいすい)をのみ或は梨子(なし)蜜柑(みつかん)熟柿(しゆくし)などを
食ふ事多くしてかならす疹(はしか)収(おさま)りて後 痢病(りびやう)に 変(へん)ず
るものあり疹子は軽(かろ)けれと跡(あと)の痢病(りびやう)にて死(し)する類の
ものあり何ほど喝(かつ)すとも湯(ゆ)をあたへて冷水(ちやみづ)生物(なまもの)をあ
たふる事なかれつゝしむべき事なり
○疹子出る時 腹痛(ふくつう)泄瀉(せつしや)し或は自利(じり)とて大便おぼえず
して通(つう)ずるものあり或は赤白(しやくびやく)の痢病(りびやう)をかぬるもの
ありこれみな悪証なりはやく驚(おとろ)き上手の医師(いし)を

【右丁】
たのみて療治(りやうぢ)すべし升麻(しやうま)葛根湯(かつこんたう)に当皈(たうき)川芎(せんきう)
防風(ばうふう)黄芩(わうこん)黄連(わうれん)桔梗(きゝやう)粳米(かうべい)を加(くは)へて用て其 効(しるし)神
のごとし
○疹子(はじか)出る時多くは吐逆(ときやく)をなすものなり小児は哯吐(けんと)《割書:乳|を》
《割書:あます|事なり》をなすなり疹子出つくす時はおのづから吐もやむ
ものなり疹出つくしても吐逆(ときやく)やまぬものは悪証なり
早く驚(おどろ)き上手の医師(いし)に逢(あい)て療治(りやうぢ)を頼(たの)むべきなり
此症を治(ぢ)するには升麻(しやうま)葛根湯(かつこんたう)に二陳湯(にちんたう)を合(がう)して
服(ふく)すべししるしあるなり連翹(れんきやう)を加(くはふ)るを妙([め]う)とす
○疹子出て六時ばかりにして収(おさま)り或は一日一夜なるは
軽(かろ)し二日はその次なり三四日も収(おさま)ま【「ま」衍】らぬときは大 悪症(あくしやう)

【左丁】
なり早く驚き上手の医師を頼て療治すべき事也
多くは元気(けんき)の虚(きよ)するなり升麻(しやうま)葛根湯(かつこんたう)に六君子湯(りつくんしたう)
を合(がつ)し当皈(たうき)黄茋(わうぎ)を加(くは)へて用てその効(しるし)をとる事
多し
○疹出て其 色(いろ)紅(くれなひ)なるは吉なり紫(むらさき)黒色(くろいろ)は九死一生
としるべし
○疹子の証これを痘(いも)にたくらぶれははなはだ軽(かろ)きに
似(に)たり然れ共 保養(ほうやう)あしければその禍(わざはひ)たちどころに
いたる痘(いも)は日数(ひかす)を経(へ)て後に変(へん)じ疹子(はじか)は一両日の中
に急(きう)に変(へん)ずるものなればかならず油断(ゆだん)すべからずたゞ
外より風寒(ふうかん)にあたる事を禁(きん)ずべし内は飲食(いんしよく)を

【右丁】
つゝしむべきなり軽(かろ)きものは四十九日をまちて禁忌(きんき)
を捨(すつ)べし重(おも)きものは七十五日又は百日をまつべし
何も痘の禁忌(きんき)とおなじくすべきなり
○世間(せけん)に痘(いも)疹(はしか)の流行(りうかう)する時小児に灸(きう)する事なかれ自(し)
然(ぜん)灸(きう)をしたり共 愈(いへ)ぐすりをつけてはやくいやす
べきなり小児 瘡(かさ)癤(ねぶと)の類出来る事あらばこれも
はやく愈(いや)すべきなり瘡(かさ)癤(ねぶと)灸瘡(きうかさ)など愈(いへ)ざるう
ちに痘疹をすればその所に熱毒(ねつどく)の滞(とゞこほ)りてかな
らず痘(よ)【疒+邕】(り)となるものなり以上の諸説 保嬰論(ほうゑいろん)保(ほう)
赤全書(せきぜんしよ)痘疹全書(とうしんせんしよ)等(とう)に見えたり
  ㊅水痘(すいとう)の説(せつ)

【左丁】
○陳文宿(ちんぶんしゆく)の説に水痘(みづいも)の証は総(そう)【惣】身(み)発熱(ほとをり)二三日をまたず
して痘(いも)出るなり或は咳嗽(しはぶき)し面(おもて)赤(あか)く眼(まなこ)のひかり水の
ごとく痘とおなじからず出る事やすく収(おさま)る事もや
すし始終(しじう)五六日にして其 瘡(かさ)水 膿(うみ)ばかりにして収(おさま)ま【「ま」衍】
るなりといえり 本邦(ほんほう)の人これをみづいもといひ又は
所によりてへないもといふ療治(りやうち)禁忌(きんき)の事 痘疹(とうしん)に
替(かは)る事なし
○痘瘡(とうさう)は人の一生涯(いつしやうがい)にたゞ一度するものなり麻疹(はしか)水(みづ)
痘(いも)の類(たぐひ)は人によりて両三度もするものあり痘瘡
は五臓(こざう)の中よりおこり麻疹(はしか)水痘(みついも)は六腑(ろつふ)よりおこる
事をしりてその軽重(けいぢう)【左ルビ:かろしおもし】を分別(ふんべつ)すべき事なり

【右丁】
○麻疹(はしか)水痘(みついも)共に収靨(かせ)て後 痘(いも)を洗(あら)ふごとく米泔水(こめのとぎしる)
をわかして浴(ゆあみ)すべきなり湯のこしらへやうかけやう
痘に替る事なし湯をかけて後 風寒(ふうかん)をさけて保養(ほうよう)
すべきなり

【左丁 手書きメモのみ】
十二月吉日
   ■■
    ■■■
    ■■■

【裏表紙】

【表紙 題箋文字無し】
【資料整理ラベル】
493.98
 Ka87

日本近代教育史
  資料

【右丁 手書きの松の絵】
【蔵書印】
東京学芸大学蔵書

【左丁】
小児必用養育草(せうにひつようそだてくさ)巻六

    目録(もくろく)

 ㊀ 小児物を見知(みし)る時よりの教(をしへ)の説(せつ)
 ㊁ 和俗(わぞく)児子(ちご)に拍手(てうち)【柏は誤】振頭(かぶり)を教(おしゆ)るの説
 ㊂ 男女(なんによ)の小児(せうに)物をくひ物をいふ時の教の説
 ㊃ 和俗児子に破魔弓(はまゆみ)羽子(はね)紙鳶(いかのぼり)竹馬(たけむま)殿事(とのごと)炊(まゝ)
   事(ごと)の戯(たはむれ)をなさしむるの説
 ㊄ 男女の小児に教誨(きやうくはい)の説

【蔵書印】
後藤文
庫之印

【右丁 白紙】

【左丁】
小児必用養育草(せうにひつようそだてくさ)巻六
        牛山翁(ぎうさんおう) 香月啓益(かつきけいゑき) 纂(さんす)【左ルビ:あつむ】

  ㊀小児(せうに)物を見知る時よりの教(をしへ)の説
○王隠君(わうゐんくん)の説に小児生れて六十日の後 瞳(ひとみ)人 定(さだ)ま
るなり是より人を見識(みしり)て語(かた)るかごとく笑(わら)ふ事を
しる其時 愛(あい)をなすとて高声(たかごへ)を出し肩(かた)にのせ高く
挙(あぐ)れは児(ちご)しゐて笑(わら)ひよろこぶといへども必病を生
し是より児子人を罵(のり)怒(いかり)などする事を好(この)み不礼(ぶれい)
のきざし出るものなり慎(つゝし)むべき事なりと云へり児
子笑ひかたるがことくなる時は乳母(めのと)又はかたはらなる人

【右丁】
折ふしごとに児に対(たい)して此方(こなた)よりも物がたりする
やうに愛(あい)をなせば児もよく打わらひてその人のまね
をしてかたるがごとくするものなりかくしなるれはもの
いふ事はやく人みずをせずして客忤(かくご)の病を発(はつ)す
る事なし
○千金論(せんきんろん)に児生れて二百四十日に堂骨(とうこつ)定(さだ)まる此
時にいたつて座(ざ)する事 葡匐(ほふく)《割書:はらばひ|するをいふ》する事を教(おしゆ)べし
三百六十日にいたつては乳母の類(たぐひ)たすけて歩行(ほかう)
する事を教(おそ)へしむべきなりと見えたり 本邦(ほんほう)の人
もかくのごとくする事なり漸(やうや)く児(ちこ)立んとする時は
乳母の類たすけてたち〳〵といひてたつ事を教(をし)

【左丁】
へ漸く歩行(ほかう)せんとする時はあゆみ〳〵といひて歩行
する事を教べし富貴(ふうき)の家(いへ)はたゞその児を愛(あい)し
すごして抱(いだ)きてのみあるによりて多くはたつ事
もおそく歩行する事もおそきもの也能々可心得也
  ㊁和俗(わぞく)児(ちご)に拍手(てうち)【柏は誤】振頭(かぶり)を教(おしゆ)るの説
○和俗(わぞく)児子物を見識(みしり)手(て)を動(うごか)す時にいたれは乳母の類
まづ教るに拍手(てうち)といふ事をなさしむるなりわが
日本の古礼(これい)に貴(たつと)き人を拝(はい)する時 拍手(かしはで)といひて両の
手を合てうつ事あり 持統天皇(ぢとうてんわう)御位(おゝんくらゐ)に即(つか)せ給ふ
正月に公卿(くきやう)百官(ひやくくはん)列座(れつざ)して迊(めぐり)拝(おが)み奉りて手をう
つて礼すると日本紀(にほんぎ)に見えたり周礼(しゆらい)といふ中花(もろこし)の

【右丁】
書(ふみ)にも九拝(きうはい)のそのひとつに振動(しんとう)とある註(ちう)に振動とは
今(いま)倭人(わじん)《割書:日本人|をいふ》の拝礼(はいれい)に両手を合てうつがごとし
と見えたりしかれば 日本はいにしへより伝(つた)へ来る礼法(れいはう)な
り今の世たゞくだりていにしへの事をとりうしなひ
てしるものなく神道者(しんたうじや)の類 神(かみ)を拝(はい)する時に拍手(かしはで)
とて両手を合てうつ事を用るなり都(と)【左ルビ:みやこ】鄙(ひ)【左ルビ:ひな】共に商(あき)
人(びと)交易(かうゑき)の時たがひに手をうつ事も相済(あいすみ)たるといふ
礼法のしるしなるにや小児にまづ拍手(てうち)を教(をしゆる)事は
礼を教の初(はしめ)にしてふるき遺法(ゐはう)なるべし振頭(かぶり)はい
やといふ事を教(をしゆ)るなり礼(れい)の字(じ)の和訓(わくん)をいやとよむ
なれは是又 礼儀(れいぎ)を教るの事なり人として礼なくんは

【左丁】
畜類(ちくるい)もおなじ事なるべし詩経(しきやう)にも鼠(ねずみ)を相(み)れは体(すがた)
あり人として礼(れい)なくんばなんぞはやく死(し)せざると
見えたり
  ㊂男女(なんによ)の小児(せうに)物をくひ物をいふ時の教(おしへ)の説
○礼記(らいき)の内則(だいそく)に児よく食(しよく)を喰(くら)ふ時は右の手を用る
事を教(おしゆ)べしと見えたり又 礼(れい)は食(しよく)にはじまるとあれ
ばいとけなき時より食を喰(くら)ふ時の作法(さはう)を教る事第
一なり小児は食にあひては飽期(あくご)をしらす乳母(めのと)の類(たぐひ)心
得てすゝむへし児子 啼(なく)事あれはしばらくその啼(なき)を
やめんとては甘(あま)きものゝ類をあたへて悦(よろこ)ばしむればその
児食を見てはかならず啼(なく)事多しこれを姑息(こそく)と

【右丁】
いふ姑息(こそく)とはしばらくやむるとよみて児子(ちご)の啼(なく)事
や機嫌(きげん)のそんじたるをしばらく甘(あま)きものなどあたへ
てやむる事なり一説(いつせつ)に姑(こ)は老女(らうぢよ)にてうばとよみ
息(そく)はやしなふとよめばうばそだてといふ事なり共いへり
児子(ちご)に食をあたふる時物かげ人の見ぬ所など又は
下々と一所にてかりにも食(しよく)せしむべからす父母(ふぼ)の前
にて食(しよく)しならはすべしいとけなき時より物かげに
て食しなるれば食にむかへばかならずよろこびいかりひ
としからぬものなり能々可心得事也
○王隠君(わうゐんくん)のいとけなき時 好(この)んて飴(あめ)を嗜(たし)まれけるに
或時(あるとき)飴(あめ)のうちに蚯蚓(みゝず)ありて頭(かしら)をひきて出るを見て

【左丁】
これより飴をくふ事なかりきひとゝなりて始(はしめ)て母(はゝ)
のたくみてかくし給へる事をしりぬ此事なくんばひ
たすら喰(くひ)て疳虫(かんのむし)を生し病をおこし又は死にいたる
へきにありかたき母の恩恵(おんけい)なりと保嬰論(ほうゑいろん)に見えたり
 日本にてもかくのごときの事多けれは父母(ふほ)乳母(めのと)とも
に心をつけて食をあたへ食する時に作法(さはう)よく教(おしゆ)る
事第一とすべき事なり児子によりて左(ひだり)の手のきゝ
たる生れつきもありかならす箸(はし)を左(ひだり)の手にてとるも
のなり是もいとけなき時よりしゐて右にとる事を
教れはよのわざはみな左(ひだり)を用れ共 箸(はし)計(ばかり)は右にとる
ものなり是もそのまゝおけは長(おとな)になりても右にとる

【右丁】
事 叶(かな)はぬ類(たぐひ)の者多したゞ児子は我(わが)まゝならぬやうに
教(おし)ゆれば邪気(じやき)のなきものにしてひたふるならつて
性(せい)となりて不作法(ぶさはう)なる事なきものなり能々可心得
事也
○礼記(らいき)の内則(だいそく)に児子よく物をいへは男(おとこ)は唯(い)し女(おんな)は愈(ゆ)す
と見えたり男子(おのこゞ)の返事(へんじ)はすみやかにしてはつきりと
いひならはせ女子のこたへはゆるやかにしてやはらかにい
ひならはするの事なり
  ㊃和俗(わぞく)児子(ちご)に破魔弓(はまゆみ)羽子(はね)紙鳶(いかのぼり)竹馬(たけむま)殿事(とのごと)炊(まゝ)
   事(ごと)の戯(たはむれ)をなさしむるの説
○毎年(まいねん)正月に四民(しみん)共に男子(おとこのこ)には破魔弓(はまゆみ)をもてあそ

【左丁】
ばしめて弓(ゆみ)射(い)る事をしらしむるなりわが 日本(にほん)の国風(こくふう)
は武(ぶ)を専(もつはら)とする事なれは治(おさま)れる世にも武(ぶ)を忘(わすれ)れ【衍】ざる
意(こゝろ)なるべし 日本(にほん)をさして中花(もろこし)より東夷(とうい)といふも
夷(い)の字(じ)は大(だい)に从(なら)【ママ 注】び弓(ゆみ)に从(なら)ぶといひて大弓(おほゆみ)と書なれは
 日本の弓ほど大なる弓はなくしてその国風(こくふう)武(ぶ)を
たつとぶ事をしるべしいま児子をして破魔弓(はまゆみ)を
持(もち)てかけ廻(まは)りかけ走(はし)らしむれば熱(ねつ)ももれ病(やまひ)なく歩(ほ)
行(かう)健(すくやか)ならしむるの意(こゝろ)なるべし
○続博物志(ぞくはくぶつし)といふ書に春(はる)の時に紙鳶(しゑん)を作りて風にふ
かせ小児の戯(たはふ)れとなさしむる事は児をして空(そら)にむ
かひて気(き)をはき風にふかれて熱(ねつ)をもらさしめん

【注 从は従の本字にして「ならぶ」の義なし】

【右丁】
との意なりと見えたり紙鳶(しゑん)とは 日本いふ所のいか
のぼりの事なり 本邦(ほんほう)にても多く児に此 戯(たはむれ)をな
さしむる事なり此比の俗(ぞく)はその意(こゝろ)をさとさず奢(おごり)を
のみ好(この)み紙鳶(いかのぼり)を作(つく)るにその大さ五六尺はかりにして
金銀(きん〴〵)をちりばめ糸(いと)を長くつけて健(すくやか)なる男に挙(あけ)
させてたゞ人の目(め)をよろこばしむる事のみにして
財(ざい)を費(ついや)すのみにあらず其 益(ゑき)なし紙鳶(いかのぼり)の戯(たはふれ)をな
さしめんとおもはゞそのかたちをちいさく作り小児(せうに)
みづから風にむかひて吹(ふき)あげさせ空(そら)を見て気を
はき熱(ねつ)をもらしかけ廻(まは)りて歩行(ほかう)をのづから健(すくやか)に
なる事をしるべし能々可心得事也

【左丁】
○毎年(まいねん)正月に女子は欒華子(むくれんじ)【ママ】に羽(はね)をつけて板(いた)にて
つかしむるなりこれをこきの子と名(な)づくなりこきの
こといふ木の実(み)の形(かたち)に似(に)たるをもていふなりこきのこ
といふもの叡山(ゑいさん)にあり他所(たしよ)にて見ぬものなりその
実(み)山梔子(くちなし)の形(かたち)のことくにして山梔子よりは実の尖(とがり)
のさき長くして粒(つぶ)は円(まろ)くあればそのまゝ欒華(むくれん)
子(じ)に鳥(とり)の羽(は)をつけたるごとく見ゆる世諺問答(せいげんもんだう)
にはおさなきものゝ蚊(か)にくはれぬまじなひ事なりと
いえり《割書:啓益》按するにさにはあらじ小児は熱(ねつ)のつよ
きものなれは此 戯(たはふれ)をなさしめて風にふかれ空(そら)に
むかひて気(き)をはかしめて熱をもらさんとの事なるべし

【両丁 挿絵のみ】

【右丁】
いつれの代よりしはじめたる事にや男の子の紙鳶(いかのほり)
を挙(あぐ)るの意(こゝろ)とおなしかるべきなり倭学(わがく)に達(たつ)したる
人にたつぬべきなり
○男の児(ちご)五六歳の比(ころ)同し年比の類打よりて殿(との)
事(ごと)馬事(むまごと)などゝいふ事をなして或は竹馬(たけむま)に鞭(むち)うつ
の戯(たはむ)れみな武(ぶ)をならわしめ歩行(ほかう)を健(すくやか)にするの事
なりいづれも乳母(めのと)或はつきしたがふ所の者共心に
かけて小児 怪我(けが)をせぬやうに遊(あそ)び戯(たはふ)れしむべきなり
○女(め)の童(わらは)二三歳よりは炊事(まゝごと)といふ戯れをなすこれ
土座(どさ)に筵(むしろ)をしきておなじ歳比(としころ)の小児あつまりて
食(いゝ)炊(かし)くまねをする事なりいたつて鄙賤(ひせん)なる事

【左丁】
なれ共 銭英(せんゑい)の説(せつ)に小児は土と水とを常(つね)にもてあそ
ばしむればその熱(ねつ)鬱(うつ)の気(き)散(さん)じて病(やまひ)なしと見えたれ
は和俗(わぞく)此戯をなさしむる事は此意なるにや又食は人
を養(やしな)ふ根本(こんぼん)にして女は内を治(おさ)むる事をつかさどる故
にかく飯(いゝ)炊(かしく)まねをなさしむる事なるべし
  ㊄男女(なんによ)の小児(せうに)に教誨(きやうくはい)の説
○児子は見聞(みきゝ)馴(なれ)ふるゝ所にしたがつてその見まねを
するものなりそれ故(ゆへ)に孟子(もうし)の母(はゝ)は三度(みたび)隣(となり)をかへ給へり
始(はじめ)の居所(おりところ)墓(はか)のほとりに近(ちか)し孟軻(もうか)のいとけなき時
の戯れにみな人を葬(ほうむ)り死人(しにん)を土に埋(うづ)むるまねを
し給ひけり御母これ子を置(をく)所にあらずとてその後

【右丁】
市街(いちまち)に居(をり)給へば衒賈(けんか)とて物を商(あきな)ひ或はふり売(うり)を
するまねをのみ戯(たはふれ)とし給えり御母これまた子を置所
にあらずとて此 度(たび)は学宮(がくきう)とて学問(がくもん)する人をあつめて
教(をしゆ)る所の隣(となり)に居(をり)給へは孟軻(もうか)の戯(たはふ)れ事に儒者(じゆしや)の神(しん)
を祭(まつ)る真似(まね)をなし或は礼儀(れいぎ)をなすかたちのまねを
し給えり御母これを見給ひてこれ子をおく所なりと
て遂(つい)に此所に住(すみ)給ひけり是いとけなき子を教(をしゆ)る第
一の事なり
○孟子のいとけなき時 東隣(ひがしとなり)の家(いへ)に猪(ぶた)を殺(ころ)すは何にか
はするとたづね給へは御母きゝ給ひて戯れに汝(なんぢ)にあ
たえんとの事なりとの給ひけるが已(すで)に後悔(こうくはい)し給るい

【左丁】
とけなき子をあざむくは偽(いつはり)を教るの事なりとて市(いち)に
て猪肉(ぶたのにく)を買(かひ)て孟軻(もうか)にあたへ給へるなりケ様にそだ
てたまへるによりてひとゝなりて大賢(たいけん)亜聖(あせい)の徳(とく)
となり給へるなり
○司馬光(しばくわう)公(こう)五六歳の時 胡桃(くるみ)を弄(もてあそ)び給ふ光公の姉(あね)
あり胡桃(くるみ)の皮(かは)をさらんとし給へ共去事なし姉その
座(ざ)を立給ひたる跡(あと)にて一婢(ひとりのこしもと)をよびこれを去せら
る湯(ゆ)につけてその皮(かは)をさる姉(あね)来りて胡桃(くるみ)の皮は
誰(たれ)かさると問ひ給へは光公みづからその皮を脱去(もぬきさる)と
こたへ給ふ父(ちゝ)これを聞(きゝ)給ひて光公を訶(しかり)て小子(せうし)なん
ぞ偽(いつわり)をいふやと戒(いまし)め給えり此事いとけなき時の耳(みゝ)に

【右丁】
とゞまりそれより妄語(もうご)する事なかりしとなり
○礼記(らいき)内則(だいそく)に児子六歳にしては数(かず)と方(かた)の名(な)とを
教(をし)ゆべしと見えたり数(かず)とは一十百千 万(まん)億(おく)といふの数な
り方(かた)とは東西南北(とうざいなんぼく)の方角(はうがく)を教(をし)ゆべきなり七歳の時
よりは男童(おのわらは)女(め)の童おなじむしろに座(ざ)せしめず同じ
器(うつは)にて食(しよく)せしめず男女(なんによ)別(べつ)にある事を教るなり 日本(にほん)
にても大名(たいみやう)髙家(かうけ)の奥方(おくがた)へその付々(つき〴〵)の役(やく)人の子共(こども)を六
歳までは男童(おのわらは)をも鍵(じやう)の口の内に出入をゆるすなれ
ども七歳の正月よりはかたく禁(きん)じていれざる作(さ)
法(はう)なり是 中花(もろこし)の礼(れい)にかなひたる事なるべし
○礼記(らいき)の内則(だいそく)に八歳にして門戸(もんこ)を出入(いでいり)する時又は

【左丁】
座席(ざせき)につき飲食(ゐんしよく)する時かならず年(とし)の長したる
人よりおくれてすべきなり始(はしめ)て譲(ゆづり)を教(おし)ゆとて何
事にてもまづそなたへと長者(ちやうじや)にゆづるべきなり
○礼記(らいき)の内則(だいそく)に九歳にしては日をかぞふる事を教(おし)ゆ
と見えたり日を数(かぞ)ゆるとはあるひは朔日(ついたち)十五日又は十干(じつかん)
十二 支(し)の名を教る事なるへし十干(じつかん)とは甲(きのへ)乙(きのと)丙(ひのへ)丁(ひのと)
戊(つちのへ)己(つちのと)庚(かのへ)辛(かのと)壬(みづのへ)癸(みづのと)をいふ俗(ぞく)にゑとゝいふなり十二支(しうにし)と
は子(ね)丑(うし)寅(とら)卯(う)辰(たつ)巳(み)午(むま)未(ひつじ)申(さる)酉(とり)戌(いぬ)亥(い)をいふ俗(ぞく)にひよ
みといふなり小学(せうがく)の注(ちう)には上にいふ所の六歳より九
までは男女(なんによ)の童(わらは)をかねていふと見えたり
○中花(もろこし)の聖人(せいじん)八歳よりは小学(せうがく)に入るとあれは男子(なんし)

【右丁】
は手 習(ならひ)読書(とくしよ)其外立 居(ゐ)ふるまひ言語(ごんご)の正しき事
行儀作法(ぎやうきさはう)を教(おしへ)しむべきなり女子も手習又は哥書(かしよ)
などよませ女工(じよこう)《割書:ぬい者おり物おをうみわたを|つむぎくみ物などの事なり》をおしへしむべき
なり男女(なんによ)の童(わらは)共(とも)に八歳の時よりは諸芸(しよげい)をならはし
むべし士農工商(しのうこうしやう)富貴(ふうき)貧賤(ひんせん)にしたがひその家々(いへ〳〵)の
業(わざ)ある事なればほど〳〵に教ゆべき事なり
○礼記(らいき)の内則(たいそく)に十四歳にしては出(いで)て外傅(ぐわいふ)に就(つき)外(ほか)に
宿(しゆく)し書計(しよけい)を学(まな)び朝夕(てうせき)幼儀(ようぎ)を学(まな)ぶへしと見えたり
外傅(ぐはいふ)とは家塾(かしゆく)の師(し)と注せり家塾とは和俗(わぞく)の云
所の手 習(ならひ)寺(てら)手習 師匠(ししやう)なり書(しよ)とは物書(ものかく)事なり
計(けい)とは算用(さんよう)の事なり幼儀(ようぎ)とはいとけなきものゝ長 者(じや)

【左丁】
につかへ父母(ふぼ)につかふまつるの儀にして立居(たちゐ)ふるまひ
行儀作法(ぎやうぎさはう)を教べきなり
○児子十歳の比よりつねによき師(し)をえらびてつけ
したがへて万(よろづ)の事をならはしむへし生(むまれ)つきて聡明(そうめい)
智恵(ちゑ)をそなへたる人も教(おしへ)ざれは愚昧(ぐまい)の人にひとし
礼記にも玉琢(たまみがゝ)ざれは器(うつは)とならず人(ひと)学(まな)びざれは智(ち)な
しと見えたり古(ふる)き哥(うた)にも
 植てみよ花のそたゝぬ里もなし
  心からこそ身はいやしけれ
とよみ古聖(こせい)のことばにも養(やしな)ひ体(たい)をうつすとあり
和俗の諺(ことわざ)にも氏(うぢ)よりそだちといへは人の人たる事は

【右丁】
教ゆるとおしへざるとによるなりことに教は先(まづ)入(いる)の
言(こと)を主(しゆ)とすと見えていとけなき耳(みゝ)によく聞(きゝ)おぼ
えたる事 一生涯(いつしやうがい)の徳義(とくぎ)となるものなればよき師(し)よ
き友(とも)をえらびて教(をしへ)しむべき事なり狸(たぬき)の竹(たけ)の輪(わ)を
くゞり猿(さる)の船(ふね)に棹(さほ)さし舞(まい)おどる類(たぐひ)みな教(をしへ)にしたが
ふなれは人なるを以 獣(けたもの)にだもしかざるべけんや
○手習(てならひ)の事 肝要(かんよう)なり手習の時 万事(ばんじ)作法(さはう)あしけれ
は一 代(だい)の所作(しよさ)みな不道(ぶだう)なり子細(しさい)は諸道(しよたう)を導(みちび)くことは
書(しよ)を以もとゝするの事なればなり
○手習 勤(つとめ)候事は朝(あさ)十返(しつへん)昼(ひる)三十返 晩(ばん)十返ならふべし
手本ひとつを十五日とさだめて五日に一へんつゝ清書(きよがき)

【左丁】
をなして三度めの清書(きよかき)を諳書(そらがき)にすべし《割書:諳書(あんしよ)とは中に|おほくて書事也》
和俗 近来(きんらい)童(わらは)をして手習師(てならひし)匠(しやう)にまかせて手習を
さする事なればその勤方(つとめかた)はその師匠(ししやう)の教(おしへ)にまかすべ
きなり又ちかき比は女(め)の童(わらは)をも七八歳より十二三歳
までは手習所につかはすなりこれはなはだ悪しき
風俗(ふうぞく)なり七歳よりは男子(なんし)と女子(によし)と席(せき)を同(おな)じく
すべからずとこそ古聖(こせい)のいましめ給ふにかく外へつか
わして男(お)の童(わらは)とひとつにまじはる事あるべからす元(もと)
より手習師匠もその事をさとりて男の童と
女の童とは間所を隔(へだて)て教(おしゆ)るといへ共その所せばけれ
ばひたすら男の童のなす所を見馴(みなれ)をのづとなれ

【右丁】
うつりてあしきなり富家(ふうか)はもとよりさらなり貧(まづ)し
き人も心得べき事なり女の童はとにかくに内にをき
て外に出すべからす物書事も大かたに文(ふみ)のやりとり
さへ間(ま)のわたるほとならばしゐてよく書(かく)にも及(およぶ)まじ
き事なるべし
○朝(あした)には早(はや)く起(おき)て楊枝(やうじ)をもて口中(こうちう)をみがき手あらひ
口すゝぎ髪(かみ)をゆひ手水(てうづ)をつかひて卓(しよく)に向(むか)ふべし
○手習仕上りてのち筆のよごれたるをは双紙(さうし)にてぬぐひ
いケ(か)にも奇麗(きれい)にして筆(ふで)をも硯(すゞり)をも水(みづ)入をも押板(おしいた)
の上(うへ)にそれ〳〵あるべき所に置(をき)て押板(おしいた)を直(なを)し手水(てうづ)を
つかひ手(て)顔(かほ)に墨(すみ)の付たるやと鏡(かゞみ)を見て鬢(びん)をなを

【左丁】
させ扨そのゝちはいケ様なる遊(あそ)びをもなし諸芸(しよげい)をつと
むべきなり
○手習の時 不行儀(ふぎやうぎ)にして筆(ふで)三対(さんつい)六つをは六(む)所にな
げ捨(すて)水入をく所に墨(すみ)を置(をき)墨をおく所に水入をうつ
ぶけておき顔(かほ)や手に墨の付(つき)たるをもしらす丸腰(まるごし)
ながらかけ出し草履(そうり)を片々(かた〳〵)どちはき走(はし)りめぐる
ごとくにそだちたる童(わらんべ)は長(おとな)になりて奉公(はうこう)に出て
も主(しう)の目(め)をしのびぶ作法(さはう)なる事のみ多く種々(しゆ〴〵)の
外言(としごと)を云ひ我(わが)あやまりを傍輩(はうばい)にぬり科(とが)ひとつに
虚言(きよげん)を数八百(すはつひやく)もつくりてのがれんとするものなりこ
れみな手習の時に足を踏(ふみ)出したる事 僻(くせ)となりてかく

【右丁】
のごとしよく〳〵手習の時の作法(さはう)をつゝしむべき事也
○ 読書(とくしよ)の事第一なり四書(ししよ)五経(ごきやう)小学(せうがく)近思録(きんしろく)等(とう)の書は
勿論(もちろん)よむべきなり其外 詩文(しぶん)の類(たぐひ)をも素読(そよみ)すべし
その品々(しな〴〵)は師伝(しでん)にまかすべし又その家(いへ)がら富貴(ふうき)貧(ひん)
賤(せん)にしたがひその童(わらんべ)の愚鈍(ぐどん)聡明(そうめい)にしたがふべし
○ 謡(うたひ)をならはしむべきなり謡(うたひ)は 日 本(ほん)の俗楽(ぞくがく)といひ
ながら小哥(こうた)浄瑠璃(じやうるり)の類の鄭声(ていせい)とは各別(かくべつ)にして
都(みやこ)鄙(ひな)共(とも)に符節(ふせつ)を合(あはせ)せたるがごとくにして相 替(かは)る事
なく古今(ここん)不易(ふゑき)の音楽(おんがく)なればしらぬはかたくななるべし
され共ひとへにかたぶきたるは猿楽(さるがく)にひとしく此 芸(げい)
によりては士(さむらい)は種々(しゆ〴〵)の難題(なんだい)を得 主君(しゆくん)へも不足(ふそく)をいひ

【左丁】
傍輩(はうばい)とも云分(いひぶん)を仕出(しいた)し身の大事にもおよびあたら
重代(ちうだい)の知行(ちぎやう)にもはなるゝ類多し商(あきびと)は此 芸(げい)を好(この)み
しゐてつとむればその家職(かしよく)をわすれ家(いへ)貧(まづしく)なり
て後には此 芸(げい)を云立(いひたて)にして猿楽(さるがく)の中に落(おつ)る類に
いたる器用(きよう)なりといへば親(おや)はその子の愛着(あいじやく)にひかれて世
になき者とおもひ人も誉(ほめ)などすればおぼえす此事を
好(この)み過(すぐ)る事なり此 芸(けい)に器用(きよう)たりともすき好むとも
大かたにしてやむべき事なり
○諸礼(しよれい)習(ならふ)べき事なり小笠原家(おがさはらけ)などにては八歳の時分
より素礼(すれい)百返(ひやくへん)と定(さだ)めて毎日ならはしむる事なり躾形(しつけがた)

【右丁】
立 廻(まは)りよく畳(たゝみ)ざはり膝(ひさ)まはし進退(しんたい)度(と)にかなへば脇(わき)
ざしの鞘(さや)も物にあたらず敷居越(しきゐこし)に心をつけ畳の縁(へり)
をふまぬ事など自然(しぜん)となれて長(おとな)になりて人前に
出ても立居ふるまひしとやかにして武士(ぶし)たらんもの
は他国(たこく)へ使者(ししや)へゆき又は他所(たしよ)より来る使者(ししや)をとりつぎ
ても使者(ししや)奏者(そうしや)の役(やく)共によろしきなり是を中花(もろこし)の
人さへ四 方(はう)に使(つかひ)して君命(くんめい)を恥(はづか)しめすといひてよき事
にしたれはいはんや 日本は武(ぶ)をもつはらとして物ごと
に立派(りつは)をいふ所なれは幼(いとけな)き人の急務(きうむ)たるへし
○茶礼(ちやれい)は 本邦(ほんほう)の俗礼(ぞくれい)ながら上下もてあそぶ事な
れは一座 一通(ひととを)りは習(ならふ)べき事なり十歳にもいたらは師(し)を

【左丁 挿絵のみ】

【右丁】
もとめて習(なら)はしむへきなり
○盤上(はんしやう)といふものは博奕(ばくゑき)の類にしてさして習(なら)ふべき
事にしもあらねど 本邦(ほんほう)の俗(ぞく)多く好(この)む所にして賓(ひん)
客(かく)をもうけ或(あるひ)は客(きやく)にまねかれたる時その事あるに石(いし)の
生死(いきしに)をも見分(みわけ)がたく駒(こ[ま])のきゝ道(みち)をもしらぬはむげに拙(つたな)
き事なれはしりたるがよきなり最明寺(さいみやうじ)殿(どの)のうたに
 盤上(はんしやう)をさのみにすくはうつけもの
  人のゑしやくにおりふしはよし
又おなじ哥に
 基(ご)象戯(しやうぎ)にまけても笑(わら)ふ人ぞよき
  まけばらたつる顔(かほ)は見苦(みぐる)し

【左丁】
とよみ給へば勝負(しやうぶ)をつのり又は脇(わき)より助言(じよごん)など
いふべからす盤上(ばんしやう)の助言(じよごん)により人をせかせて不 慮(りよ)に
云ぶんになりて打はたすに及ふ事などもあり殊に
双六(すごろく)は猶更(なをさら)好むべからす総【惣】じて盤上はしりてこのまぬ
をよしとするなり謡(うたひ)茶礼(ちやれい)盤上はいとけなき時に
習はねは年たけては習ひがたきものなり前髪(まへがみ)をも取
たる男(おとこ)の口うつしに謡(うたい)をならひ四つめごろし駒のきゝを
いふ事も恥(はづか)【耻は俗字】しき事におもひて一生涯(いつしやうがい)此事をしらず
その座(ざ)にいたれはよほどよき人物(じんぶつ)に見ゆる男(おとこ)の一(ひと)ちゞ
みになりたるもおかしき事なれは此 芸(げい)は殊更(ことさら)いとけ
なき時に少にてもならひておくべき事なり能々心得

【右丁】
べき事也
○射(しや)《割書:弓いる|事をいふ》御(ぎよ)《割書:馬のる|事をいふ》の道 兵術(ひやうじゆつ)の諸芸(しよげい)は武家(ぶけ)の当務(たうむ)な
れはその品々(しな〴〵)をあげていふに及はす習はしむへく熟(しゆく)すべし
猶更(なをさら)武士(ぶし)のいとけなき時よりならふへきは刀(かたな)脇指(わきざし)の抜(ぬき)
形(かた)なるべし何(なに)ほど心やたけにおもふとも刀(かたな)抜(ぬく)わざをしら
ずんは何の用に立んや刀さしの刀ぬかずと俗(ぞく)の諺(ことはざ)に云
なり
○算用(さんよう)の事十歳ともならは習べきなり今時不満物じ
りの武士(ぶし)などは算用(さんよう)とは商売家(しやうばいか)の業(わざ)にして武士(ぶし)たら
んものゝすべき事にしもあらすなどいふ類多し是 僻(ひが)
事(こと)也むかし北条(ほうでう)の氏康(うぢやす)のいとけなき時 父(ちゝ)の氏綱(うぢつな)老功(らうこう)

【左丁】
の臣を召集(めしあつめ)て氏康(うちやす)已(すで)に十歳におよぶ何事の芸(げい)を
かならはしめんとの給へは大道寺(だいだうじ)といふ老功(らうこう)の臣(しん)申され
けるは算用(さんよう)をまづ御ならはせあるべしと云けれは近習(きんじう)
の若侍(わかざむらい)ども目(め)ひき鼻(はな)ひき笑(わらい)けるを氏綱(うぢつな)見給ひて何
を笑ふぞ大道寺が云所尤至極なり兵書(ひやうしよ)に兵(へい)を出す
には日に千金を費(ついや)すと説(と)き又は兵食(へいしよく)の多寡(たか)を算(さん)
すと見えたれは人に将(しやう)たらん者は算用をしらずしては
軍旅(ぐんりよ)の事 調(とゝのひ)がたかるへし大道寺此事をよく勘弁(かんべん)して
申たるなり吻(くちはきの)【ママ】黄(き)なる者のしる事にあらずとて氏康(うぢやす)の
芸(げい)の習(なら)ひはじめに算用(さんよう)をならはせられたると古老(こらう)の
物がたりに伝(つた)へるるその上 天文地理(てんもんちり)の学問(かくもん)をなし千







【右丁】
歳の日至(にちじ)日月の蝕(しよく)などゝ云事もみな算用を以しる
事なり士農工商(しのうこうしやう)共(とも)に算用(さんよう)をしらずして何事か成就(じやうじゆ)
すべき入る事をかぞへ出る事をはからざる者はかならず
家(いへ)を失(うしな)ふものなりしかはいへどいとけなき子の十露盤(そろばん)
はやく人の前にて算用 金銀(きん〴〵)利徳(りとく)売買(ばいばい)の事をいふは
見 苦(ぐる)しき事なり何事をならふとても内外の差別(しやべつ)ある
事なれば算用の事などは人前に押(おし)出して習(なら)ふ事
にしもあらず中花(もろこし)の聖人(せいじん)も十 歳(さい)にして書計(しよけい)を学(まな)
ぶとありて物書(ものかく)と算用とをならべて云応給へはゆる
かせにせんやされ共聖人の算用をおもてにし給ふ事
もなく氏康(うぢやす)諸芸(しよげい)の初(はじめ)に算用を習ひ給へど算用者

【左丁】
といふ事も算用だての事を云給ふ事も北条五代記に
も見えず一切の芸能(げいのう)はしりてしらぬといふ事ありそ
の芸をかくして入用の時取出すべきなり
○上にいふ所のごとき事を父母(ふぼ)心をつけてよく教(おしへ)入れは
長(おとな)になりてよきものになるなり武士(ぶし)は奉公に出て
も立身(りつしん)しその外の商農工(しやうのうこう)家(か)もみなほど〳〵に身
を立道を行ひ家(いへ)を起(おこ)し名をあげて父母をあらは
して孝道(かうだう)にかなふ事なり能々教べき事なり
○世間の父母その子の愛着(あいじやく)にひかれてわが子は何事
もよきとばかりおほえて誉(ほめ)そやし姑息(こそく)をもてそ
だつる類の者多しかく姑息(こそく)をもてぞだちたる児は

【右丁】
地下(ぢけ)がゝりの風(ふう)とて極(きは)めて悪(あ)しき風俗(ふうぞく)となるなり
○地下(ぢげ)がゝりの風とは十歳の比より仮(かり)にもよき人に
付会(つきあい)善(よき)事を聞事を嫌(きら)ひ下ざまの小者 部屋(べや)にか
け込(こみ)小草履取(こざうりとり)をともなひかくれんぼうに鬼(おに)むさ
しはさみ象戯(しやうぎ)むめおりは浄瑠璃(じやうろり)本を引ひろげ
句切(くぎり)もあしく読(よみ)なして長田(おさだ)が聟(むこ)鎌田(かまだ)兵衛とある
所をおさ誰(たが)聟(むこ)か又兵衛とよみおぼえなましゐに
武士(ぶし)の子とて軍(いくさ)物語は好(このめ)ども記録(きろく)の端(はし)をもよまざ
れは金平(きんひら)は弁慶(べんけい)が弟 和田(わだ)の義盛(よしもり)の若ひ時 伊勢(いせ)の国
鈴鹿(すゞか)山で強盗(がうたう)をめされければこそ伊勢の三郎とも申
す頼政(よりまさ)の鵺(ぬえ)を射(い)られたは尼(あま)が崎(さき)での事なり兵庫(ひやうご)の

【左丁】
かみとぞ申けるとあれはなどゝいふ咄(はなし)のとりもつかぬ
事を跡先(あとさき)にかたりなし物をいへども片言(かたこと)ばかりに
て官(くわん)の宰相殿(さいしやうどの)をさんせうどのといひ形部(ぎやうぶ)をべう
ぶととなへ人の煩(わづらい)のくはくらんをはくらんといひ脈(みやく)のう
つをはにやくがうつといふ人のしかるをひかるといひ物の
すみをはすまといふよき人 聞(きゝ)てすまとはいはぬひかる
とはいはぬものなりしかるといひすみといへと教(おしゆ)れは
重(かさ)ねて謡(うたひ)をおしゆる時 光源氏(ひかるげんじ)をしかる源氏(げんじ)といひ
すまの浦(うら)かけてといふ所をすみの浦(うら)かけてとうたふ
それをしかればすまといへはすみといへとすみといへは
すまといへとしかる何共せんかたなきなどゝちいさき

【右丁】
子の申すこれ地下(ぢけ)がゝりの風俗なりケ(か)様(やう)にそだち
たる童(わらんべ)は傍若無人(ばうじやくぶじん)のふるまひをなす者なりこれ
とてもよく教(おしへ)入れはよき者になるそのまゝおけばす
ね者になりて物の用にたゝぬ者なり是みなその科(とが)
は父母の愛着(あいじやく)にひかれてたゞ姑息(こそく)をつとむるのなす
所なりされは聖人(せいじん)も人その子の悪(あし)き事をしる事なく
その苗(なへ)の碩(おゝひ)なる事をしる事なしと戒(いまし)め給へり人の
父母(ふぼ)たる者つねに此語(こ)を膺(むね)につけておもひおもふて
その子を教べき事なりその教の品々(しな〴〵)は聖賢(せいけん)の諸書(しよしよ)
に詳(つまびらか)なりいま爰(こゝ)にしるす所は万分(まんぶん)がひとつにして婦(ふ)
人(じん)愚夫(ぐふ)の見るに便(たより)するものならし

【左丁】
正徳第四《割書:甲| 午》歳五月吉日

      《割書:京寺町押小路下《割書:ル》町》
        野田治兵衛

 書肆     秋田屋甚兵衛 梓
      《割書:江戸日本橋南一町目》
        梅村弥右衛門
      《割書:大坂心斎橋筋》
        秋田屋市兵衛 行

【裏表紙】

魚類精進/早見献立帳

【撮影ターゲット】

【表紙】
【右下図書票】
596。1
To68
青山
【左端書名の題箋】
《割書:魚類r|精進》早見献立集

【右頁 見返し 赤色】
早見
献立
帳 《割書:初篇|》
【左頁】
料理てふことを書たる
ふみ其世にくさ〳〵あわれと
其一わたりに書しるし
てもふみきたにわかち
とき折のまけにそなへ
したゆみまたたくひ
なくそ覚ゆかくいはんは

【右頁】
おこかましけれとこは向猶
たのみたしか雪によりて
からは物せし故に南竹
さて文の名に早見の
文字からふらせしも
吉礼かゆゑにこそ
  東籬亭主人誌

【左頁】
客(きやく)主(あるじ)并 諸役方(しよやくかた)座席(ざせき)の図(づ)

【上段】
座敷(ざしき)奉行(ふぎやう)は
次(つぎ)の間(ま)に座(ざ)して
坐敷(ざしき)のもやふを
伺(うかゞ)ひ飯汁(はんじう)のもり
かへ引(ひき)もの酒肴(しゆかう)等
遅速(ちそく)なきやう
配膳人(はいぜんにん)に下知(げぢ)

初中後(しよちうご)心(こゝろ)を
くばるべし

座敷方(ざしきかた)

【下段】
配(はい)せん人は起居(たちゐ)もの
しづかにしてこれまた
座(ざ)しきのやうす一々
座敷(さしき)奉行(ぶぎやう)に達(たつ)して
その下知(げぢ)をうくべし

配膳人(はいぜんにん)

【右頁  図では主が離れて客に対座している】
主(あるじ)は末座(ばつざ)に
客座(きやくさ)に対(たい)し
て座(ざ)し初中(しよちう)
後(ご)のあいさつ等
心(こゝろ)を配(くば)り
少(すこ)しも
ゆだんあるべ
   からず
    
   主座(あるしのざ)

【左頁  図では左から 上客と二客が床の間を背にして座す】
【二名の配膳人が上客と二客にそれぞれ 引もの、二の膳をすえている】

  二客
       二之膳すへ様
 上客
         引もの
          すへ様

【右頁】
【台所 竈の前の煮方の図】
煮方(にかた)

四季(しき)寒暖(かんだん)
にしたがひ夫(それ)々(〳〵)の
かげんは煮方(にかた)の
巧拙(こうせつ)にありいか程(ほど)
山海(さんかい)の珍味(ちんみ)を尽(つく)
すともかげんあしきは
ふちそうといふべし

【左頁】
【台所 調理をする料理方 包丁で野菜の皮を剥いている】
料理方

家(いへ)々(〳〵)の流義
ありて等(ひと)しくは
いふべからずされど
あまり巧(たくみ)なれは
しぜんの美(び)
味(み)をうしなふ
事あり
心すへし

【右丁】
【図は 献方が饗応全般の指図をしている】
献方(こんかた)
献方(こんかた)は饗応(きやうわう)の惣奉行(さうぶぎやう)にして
しばらくも其席(そのさ)を退(しりぞ)く事なく
居(ゐ)ながら座敷(ざしき)のもやうをかんがへ
料理(れうり)煮方(にかた)の怠(おこた)りを正(たゞ)し
給史(きうし)配膳(はいせん)に卒忽(そこつ)なからしむ
其事(そのこと)に馴(なれ)ざる人の勤(つと)め得(う)
べきにあらずかし

【左丁】
《割書:魚類|精進》早見(はやみ)献立帳(こんだてちやう)
   凡例(はんれい)
一 夫(それ)貴人(きにん)高位(かうゐ)の御館(みたち)には庖丁(はうちう)
 料理(れうり)の家元(いへもと)ありて御慶賀(ごけいが)の
 軽重(けいぢう)により五々三七五三 或(あるひ)は
 高盛(たかもり)平盛(ひらもり)等 夫(それ)々(〳〵)古例(これい)法式(はふしき)皆(みな)
 家元(いへもと)の秘伝(ひでん)にして素人(しろうと)の倣得(ならう)る
 事(こと)にあらず此(この)早見(はやみ)献立帳(こんだててう)は
 畢竟(ひつきやう)民間(みんかん)の遊宴(ゆうゑん)または仏事(ふつじ)

【右丁】
 なんどに素人(しろうと)の手料理(てれうり)集(あつ)めたる
 ところなれば識者(ものしりびと)その式法(しきはふ)なき
 を咎(とが)むる事なかれ
一 寒中(くはんちう)二汁(にじう)七 菜(さい)の献立(こんだて)をしる
 すといへども㊄㊂の印(しるし)を付て五
 菜(さい)三菜をわかつ五の印(しるし)のみを
 集(あつ)むるときは一汁(いちじう)五菜(ごさい)となる
 三菜(さんさい)もこれに順(じゆん)じてしるべし
一 四季(しき)十二 段(だん)にわかつて其 献立(こんだて)を
 なすといへども年(とし)々(〳〵)の寒暖(かんだん)に

【左丁】
 よりて河海(かかい)の鱗(うろくず)はもとより山野(さんや)の
 菓菜(くはさい)にいたるまで生熟(せいじゆく)の遅速(ちそく)
 あり故(かるがゆへ)に月(つき)々(〳〵)わくるといへども前後(せんご)
 を見合(みあは)せ用捨(やうしや)あるべし尤(もつとも)その
 地(ち)の陰陽(いんよう)にしたがひ産(さん)ぶつに又
 ふ同(どう)ありあるひは同し品(しな)にても至(いたつ)て
 賞翫(しやうくはん)する処もあり又 却(かへつ)て馳走(ちさう)
 にならざるもあり他邦(たはう)に至(いたり)ては其所(そのところ)
 の風土(ふうと)にならひて作略(さりやく)あるべし

【右丁】
  目録
〇正月   《割書:魚類二組|精進一組》  〇初丁ヨリ
〇二月   同《割書:二組|一組》  〇五丁ヨリ
〇三月   同上   〇八丁ヨリ
〇春三月  同《割書:三組|二組》  〇十一丁ヨリ
〇四月   同《割書:二組|一組》  〇十六丁ヨリ
〇五月   同上   〇十九丁ヨリ
〇六月   同上   〇廿二丁ヨリ
〇夏三月  同三組ツヽ〇廿五丁ヨリ
〇七月   同《割書:二組|一組》  〇三十一丁ヨリ
【左丁】
〇八月   同上   〇三十五丁ヨリ
〇九月   同上   〇三十九丁ヨリ
〇秋三月  同《割書:二組|三組》  〇四十三丁ヨリ
〇十月   同《割書:二組|二組》  〇四十八丁ヨリ
〇十一月  同上   〇五十二丁ヨリ
〇十二月  同    〇六十丁ヨリ
〇冬三月  同    〇六十丁ヨリ
〇台引重引      〇七十丁ヨリ
〇料理心得      〇八十三丁ヨリ
   已上

【右丁】
二汁(にじゆう)七菜(しちさい)椀数(わんかす)の事(こと)並 書方(かきかた)
【上段】
 献立
生盛(いけもり)  汁(しる)
坪皿(つほざら)  飯(めし)
 香(かう)の物(もの)
 二(に)の膳(ぜん)
刺味(さしみ)  二ノ汁(しる)
  《割書:ちよく付》
 引テ
大猪口(ちよく)
平皿(ひらざら)  吸物(すひもの)
茶碗(ちやわん)
     くはし
  已上

【下段】
 上(うえ)の献立(こんだて)は二汁(にじゆう)
 香(かう)七さいといふ香(かう)と
 いふは香(かう)のものをも
 菜(さい)かずに入(い)るゆゑ也
 本七菜(ほんしちさい)といふときは
 杉焼(すぎやき)あるひは中皿(ちうざら)など
 香(かう)のものをかずに入(いれ)る
 七菜(しちさい)をいふ五菜三さ
 いもこれに同じ
◯今(いま)の世(よ)には坪皿(つほざら)は
 不流行(ふりうかう)なれども本(ほん)
 料理(れうり)には必(かな)らず用ゆ
 る事なり三さい五
 さいにはくはしわんにしても
 引べし
【左丁】
一汁(いちじゆう)本五菜(ほんごさい)《割書:本文に㊄本文の|印(しるし)を合す》一汁(いちじゆう)三菜(さんさい)《割書:同く㊂の|印(しるし)を合す》
【上段】
  献立
㊄刺味(さしみ)  汁(しる)
    飯(めし)
  香のもの
 引テ
㊄大猪口(ちよく)
㊄平皿(ひら)
㊄菓子(くはし)椀(わん)《割書:平皿をふ用|ときはくはし椀|にしてそへ出す》
㊄茶碗(ちやわん)
      吸物
    くはし
     已上
【下段】
  献立
    汁(しる)
 ㊂ 猪口(ちよく)
     飯(めし)
  かうのもの
  引テ
㊂ 平皿(ひら)
㊂くはし 椀(わん)《割書:坪(つぼ)皿を用ひる|ときはくはし椀|なし》
     吸物
    くはし
     已上






【右丁】
 正月 魚類(きよるい)《割書: 二汁(にしう)香(かう)七 菜(さい)|㊄一汁(いちしう)本五 菜(さい)|㊂一汁本三 菜(さい)》


 生盛(いけもり)《割書:煮(に)かへし酢(す)| あかゞいせん| いかのせん| う ど| さばしそのみ付| あさつき》 汁(しる)《割書:ふくさ| 角(かく)しんぜう| つぶしいたけ| 菜(な)こま〳〵》


《割書:㊄|㊂》坪皿(つぼざら)《割書:こくしやう| 鱧(こい)【はもヵ】焼(やき)め付| 麩(ふ)| ぎんなん》  飯(めし)
《割書:平皿にも|》香ノ物(かうのもの)

   二 
㊄刺味(さしみ)《割書:鯛(たい)へぎ作(つく)り|かぶら骨(ほね)|はうふう| わさび 》《割書:二ノ|》汁 《割書:すまし|むすひ鱚(きすご)|いとみつば》
   小ちよく いり酒(さけ)

  引(ひい)テ(て)

【左丁】
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく)《割書:くるま海老(ゑび)|つく〳〵し| ねぎみそ》   吸物(すひもの)《割書:うしほ| あわ雪|  たまご| ふきのとう》

《割書:㊄|㊂》平皿(ひらざら)《割書:せんば| かもみたゝき| せうろ| ほだわら》

㊄茶碗(ちやわん)《割書:敷(しき)みそ| 蒸(むし)がき| 岩たけ| せり|  せうが》   くはし
    
   已上

◯生(なま)さばをつくりてしその実(み)つけたるなり
◯かものみばかりをたゝきまるめたるなり
◯鯛を三まいにおろし肉(み)ばかりをみそに一
 夜つけたるなり 
◯煮(に)かへし酢(す)は酢(す)壱升 酒(さけ)四合 塩(しほ)壱合右
 一所に煮(に)かへし能(よく)さまして用ゆ何(なに)肴(さかな)を漬(つけ)
 るにも右の調合よろし
◯あわ雪(ゆき)玉子はたまこのしろみ計(はかり)を茶筅(ちやせん)
 にてふり立(たて)よきほどづゝわんに入てよし

【右丁】

 同 魚類(ぎよるい)  《割書: 弐汁《割書:香》七菜| 一汁《割書:本》五菜| 一汁 三菜》

 鱠(なます)《割書:生す| たい| 紅くらげ| うとしらが》  汁(しる)《割書:すまし| うす塩鴨(しほかも)| 松露(せうろ)| なづ菜》

㊄坪(つぼ)《割書:こくしやう| あんこう| 肝(きも)かわ| すり山椒(さんせう)》 飯(めし)
 《割書:本皿にも》  香物(かうの)もの
  
   二
《割書:㊄|㊂》差味(さしみ)《割書: 鯉(こい)細作(ほそつく)り|  子付| うみそうめん| 岩(いは)たけ|  わさひ》 汁(しる)《割書:うしほ| 鯛(たい)| 青(あを)こんぶ|  こしやう》
   小ちよく いり酒
 引テ
㊄大猪口(おほちよく)《割書:黒(くろ)ごまずみそ| 車(くるま)ゑび| ふき》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿(ひらざら)《割書:串海鼠(くしく)|さき松たけ|゜よせたまご| うすくづ|  すりせうが》  吸物(すひもの) 《割書:すまし| しら魚|  ゆ》

《割書:㊂|㊄》茶碗《割書:鱧(はも)|うど|さんせうみそ| し□き》   菓子(くはし)

 台引(だいひき)《割書:゜小板(こいた)かまぼこ| さけ》

  已上

〇こいほそづくりはふななますに同し
〇よせたまごはまづたまごをわりてきみばかり
 すくひとり へつにきみばかりときしろみの
 かたわきへながし入てむすべし 《割書:但し》両方
 とも せうゆう少しくはふべし むしあかりたる
 のちよろしきほとすくひておかいれ
〇/小板(こいた)かまぼこはすりみをうすき杉いたへうつし
 やくべしじきにやけるものなり但いたの寸法
 はいりやうにもきるべし

【右丁】
 同/精進(しやうじん)     《割書:弐汁《割書:香》七菜|一汁《割書:本》五菜|一汁  三菜》

 生盛(いけもり)《割書:けし酢(す)| しらがうど| れんこん| しゝたけ| ぼうふう|  せうが》   汁(しる) 《割書:白みそ| つみ入/豆腐(とうふ)| 新わかめ》 

㊄坪(つぼ)《割書:゜なごやみそ|  こくしやう| いりこ麩(ふ)| やきぐり| ぎんなん|  さんしやう| 香(かう)のもの》   飯(めし)

   二
さし躬(み)《割書:くずきり|糸ごんにやく|あげ|きんかんぶ》   汁(しる)《割書:すまし| つけ松茸(まつたけ)| ゆきのり》
  小猪口いり酒
   引テ
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく)《割書:しき梅(ばい)にく|゜しらが人じん| すいせん》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平(ひら)皿《割書:せんじ| あげゆは| もうさう| 大じいたけ|すひ口ゆ》   吸物(すひもの)《割書:すまし| じゆんさい|  小うめぼし》

《割書:㊄|㊂》茶碗(ちやわん)《割書:あんかけ|゜丸ゆりね| あさ草のり|    むし》   菓子(くはし)
 台引(だいびき)《割書:ぎをんぼう|  でんがく| ひじき》

    已上

〇しらか人じんはまつうはをとり一寸はかりにきり
 たつにうまくきさみ又たつにほそくこときざみ
 水かへおろしあけてさつとゆにすべし
〇丸ゆりねをよく むし上けあさくさのりを火
 とりこまかくもみてゆりねのうへゝうけく
 ずあんをかくる
〇なごやこしやうはみそをさけにてとき
 こぶ出しにてかげんすべし《割書:但し》白みそすこし
まぜてよし

【右丁】
 同 精進(しやうじん)   同断

 生盛(いけもり)《割書:三はいず| あはむし|  いはたけ| う と| れんこん|》   汁(しる) 《割書:白みそ| 松露(せうろ)| 白ぶんどう》

㊄坪(つぼ)《割書:しき|  こせうみそ|゜松前(まつまえ)|  どうふ| まるむき|  うど》   飯(めし)
    香(かう)の物(もの)   

   二
㊄差味(さしみ)《割書:紅(べに)ようかん|まつな|衣かけ| くるみ|平(ひら)あらめ| うみそうめん》   汁(しる)《割書:すまし| すいぜんじ|  のり| ぎんなん》
  小猪口(ちよく)《割書:いり酒| わさひ》
  引テ

【左丁】
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく)《割書:あげ麩(ふ)|せり| 白あへ|゜ふりはじかみ》   吸物(すひもの)《割書:あかみそ| つき|  ゆりね》

《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:せんは| 小倉ゆば| しいたけ| やきめいも》   台引(だいひき)

《割書:㊄|㊂》茶碗(ちやわん)《割書:あんかけ|太(ふとヵ)ぜんまい| やきぐり|せうか》

    已上

〇松まへどうふはとうふをよくすりこんぶをこま
 かくきりて とうふにまぜふきんの上へあつさ
 六七分ほとにのばして むすべし《割書:但し》もすそく
 こんぶをいれるもよし
〇小ぐらゆばはゆばにするに あつきのたき
 たるを入てむすべし《割書:但し》くずをこし入
〇ふりはじかみは弐部ばかりのあられにきり
 てちよくへもりてのちばら〳〵とふ□かく【ふりかくヵ】
 べし

【右丁】
            二汁  七菜
 二月 魚類(ぎよるい)     一汁 五菜
            一汁 三菜

 生盛(いけもり)《割書:生す|さより| 糸つぐり| しうが| うと| 岩(いは)たけ| くりせうが》   汁(しる)《割書:ふくさ| いせゑび|  小口きり| 青のり| わりざんせう》

《割書:㊄|㊂》坪(つほ)《割書:こくしやう| たいらき| きくらげ| ぎんなん|  干ざんせう》   飯(めし)
          香物(かうのもの)
   二
㊄差味(さしみ)《割書:゜霜(しも)ふり鯛(たい)| 見る貝(がい)|゜わさびの| くき| わりて》   汁(しる)《割書:すまし| しほ鳫(がん)| ゑのき|   たけ|  すひ口ゆ》
  小ちよく いりざけ

   引而
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく)《割書:鯉(二はいくず)|よめな》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:せんは| しほ引鮭(さけ)| 葉(は)つき|   かふら| 大やきぐり》
            吸物(すひもの)《割書:□ すまし【うすすましヵ】| むき|  はまぐり| つく〳〵し| こせう》
㊄焼切(やきもの)《割書:かけしる|大石かれい》

 台引(だいひき)《割書:焼鯛(やきだい)|  きりみ
|とうからし|  醤ゆ色付》   くわし

    已上

〇/霜(しも)ふりたいはたいをいかやうにもつくりべつに
 たまこをにぬきしろみばかりをよく
 すりてうなすいのうにのせゆひにてすれ
 ばこまかくおつるををつくりたるたいにつく
 るなり
〇わさびのしくを一寸ばかりにきりたつに
 ふたつにわりてすにしばらく付おけは
 うすあかくなる
〇ちよくのこいは平(ひら)づくりよし

【右丁】
 同 /魚類(きよるい)   同上

 膾(なます)《割書:三はいず| たい《割書: ひら作| にして| 切かさね》| 黒(くろ)ぐわゐ| うと》    汁(しる)《割書:ふくさ| 鮎(あゆ)| やき麩(ふ)》

《割書:㊄|㊂》坪(つほ)《割書:ねりみそ| 生貝(なまがい)|  やはらか煮(に)| いはたけ|  さんせうのこ》    飯(めし)
          香物(かうのもの)

   二
㊄刺味(さしみ)《割書:゜鯉(こい)戸川作(とがはつく)り| 久(く)ねんぽ|   わさび》  汁(しる)《割書:すまし|鳫(がん)|しらか| ねぎ》
    小ちよく いり酒

 引而
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく)《割書:にくあへ| きんこ| つくし| ほしがふら》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:せんば| 鯛(たい) | 牛(ご)ぼう小口切| しはたけ|めうと》
            吸物(すひもの)《割書:しほしたて| しんぢよ| うめぼし》
 焼切(やきもの)《割書:゜小鯛(こだい)| しほがま|  やき》
            くはし
 台引(だいひき) 車(くるま)ゑび 

    已上

〇鯉戸川つくりは三まいにおろしさる身を
 また何まいにもてぎはしだいにへぎ鯉の子
 をさつと 湯煮しよくひやし へぎたるみの
 うらおもてへつけて くる〳〵とまきて木口
 よりうすくきるなりうづまきのやうになる
 なり《割書:但し》切口へ子のつかざるやうにすべし
〇しほがま焼はしほに水すこしいれなべの
 そこにしきて其うへゝ小鯛をならべ■
 たくなり  

【右丁】
  同  精進(せうじん)      《割書:二汁 七菜|一汁 五菜|一汁 三菜 》

  盛分(もりわけ)《割書:ためいりざけ| くすそうめん| かいふんのり| ぎんなん|  ころもかけ| 紅やうかん| 川 たけ》  汁(しる) 《割書:ふき| ちよろぎ| つぶしいたけ| 菜こま〴〵》

㊄ 坪(つぼ)《割書:こくしやう| つと麩(ふ)| しゝたけ| たきぐり| わりざんせう》    飯(めし)
         香物

   二
《割書:㊄ |㊂》猪口(ちよく) 《割書:しほに|長いも|いはたけ|紅せうが》     汁(しる)《割書:すまし| たんぽゝ| めうと》

   引而

《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:せんば| よせゆば|゜しらがいも| つけ松たけ| すひ口ゆ》   長皿(ながざら)《割書:花あげ| こんぶ|黒ぐはゐ》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》 茶碗(ちやわん)《割書:うすくずに| 松露(せうろ)|  たくさん| むきくるみ|わさび》
            吸物(すひもの) 《割書:すまし| わらひ| やきのり|すりせうが》
 台引(たいひき)《割書:゜小ぐら|   はす|わかめ》

 重引(ぢうびき)《割書:くろごまみそ| あふみ|   かぶら》
   
   已上

〇小ぐらばすはあづきをかはのきれぬやうにたき
 はすをなまにておろしうどんこさとうを
 いれ あづきとまぜまるめ むすなり《割書:但し》
 さほものにしてきりてよく〇くはしわん
 ちやわんのぐにもつかひてよし
〇しらがいもはしらがわんじんとは同しくたてに
 こまくきり又うすくきりてみつへおろし
 ゆ□しておか入

【右丁】
  三月  魚類( きよるい)《割書:二汁《割書:香》七菜|一汁 五菜|一汁 三菜 》     

 生盛(いけもり)《割書:生す| かれい| 赤貝| しらか|  大根|  せうが》     汁(しる)《割書:ふくさ| 焼らいき| つぶしいたけ| よめ 菜》

《割書:㊄|㊂》坪(つほ) 《割書:せんば| た い| 竹のこ| いとこんぶ》   飯(めし)
       香物(かうのもの)

  二
㊄ 刺味(さしみ)  《割書:ゑびさき身| か き| うぐひすな》  汁(しる)《割書:うしほ煮(に)| すゞき|  脊ぎり| つくし|  きのめ》
   小ちよく生みそ

 引テ
《割書:㊄|㊂》 猪口(ちよく)《割書:もり分(わけ)| 数(かす)のこ|  しらあへ| いか|  きのめあへ》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:玉子とぢ| 小 鳥| 生(なま)がい| わらび| くわゐ| はなゆ》
           吸物(すひもの)《割書:すまし| まながつほ|  はりわさび》
 焼物(やきもの) 大/鯵(あぢ)
     《割書:かけしほ|よりせうが》

 台引(たいびき)《割書:しほ煮|車ゑび|かまぼこ》
           くはし 

   已上

〇さきゑびはかはをさりて いかにもほそく
 身をさきて なかきはむしりて太てい
 壱寸四五部ばかりとすべし
〇いけもりのかれいはかはをひき みをそぎ
 いとつくりよし
〇小鳥はなにゝにても わたをよくとり ほねとも
 たゝきにしてよし又ものにより やき
 とりにしてもよし

【右丁】
   同  魚類(ぎよるい)  同
 
 酒浸(さけびたし)《割書:しほ引|  さけ|はま塩|  たい|一夜塩|  あわび|はなゆ》   汁(しる) 《割書:ふくさ| むき蛤(はまぐり)| □□》
           飯(めし)
   香物(かうのもの)

   二
《割書:㊄》刺味(さしみ)《割書: 鯉(こい)いとつ作(つく)り| 木うり| わさひ》 汁《割書:うしほ|゜あわ雪| はんぺい| わりぶき| めうと》
   小ちよく いり酒

 引而
《割書:㊄|㊂》大猪口(おほちよく)《割書:゜酢赤貝(すあかゞい)| せうがせん| おろし大こん| しぼりしる》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:くすゞ?より|゜うなき| 生しいたけ| もやし》  吸物(すひもの)《割書:すまし| みる貝(がい)| く □【くこヵ】》 

《割書:㊄|㊂》茶碗(ちやわん)《割書:こくしやう|゜よせゑび| 岩たけ》
          くはし
 くはし椀(わん)《割書:せんば| あんこう| 塩なすび》

   已上

〇あわ雪はんへいはすりみ玉子のしろみをたくさん
 に入てさけしほ少し入水にてゆるめよく〳〵すりて
 茶せんにてふりたてあわになるをすくひて煮る
〇すあか貝は かはをはなしよくあらひそのまゝすに
 つけおく事 凡半日すをたび〳〵かゆべしそのゝち
 心まかせにきるべし
〇うなきは一へんしやうゆにて付やきにすへし
〇ゑびのかしらかはとりいづくも庖丁のむねにて
 たゝきよせ又よきほとにきりてゆにすべし

【右丁】
   同 精進(せうじん)《割書: 二汁 七菜| 一汁 五菜| 一汁 三菜》

 生盛(いけもり) 《割書:しらが長(なが)いも|いと山ぶき|  ゆ ば|あげふせん|芽(め)じそ| はりせうが》  汁(しる) 《割書:ふくさ|゜うすやき| どうふ| 皮(かは)ごほう| 菜の茎(くき)》

㊂坪(つぼ) 《割書:まるむき| う ど| □り麩【きり麩ヵ】|はりせうが》飯(めし)
     香もの

   二
㊄差味(さしみ) 《割書:はないも|塩煮(しほに)ばす|゜あわむし|  岩たけ》    汁(しる) 《割書:すまし| すいせんじのり| きんなん| めうがた□》
    小ちよく《割書:うるし|すみそ》

  引而
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく) 《割書:たけのこ| いりだし|おろし| じやうゆ》

【左丁】
㊄茶碗(ちやわん)《割書:うすくず|゜つとぶき| そうめん| 松露(せうろ)》
            吸(すひ)もの 《割書:すまし| つけすめじ| あさくさのり》
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら) 《割書:せんば| けんちん|  ゆば| しいたけ》
            台引(だいびき)
 中皿(ちうざら) 《割書:へぎ| 山のいも|こせう醤油|  いろ付》

    已上

〇うすやきはとうふをしほりよくすりてうとんこ
 すこし入むしうすくときりて玉子なべにて
 両めんにやきめをつくる
〇あはむしはいはたけをよくあらひよくあぢを
 つけ あはをまぜ竹のかはにのせむすべし
〇つとふきはふきをよきかけんにきりほそく
 わりて両はしをずいきにしくゝりわらづとの
 やうにしてなかへうめほしを入にごみ

【右丁】
 春(はる)三(み)ヶ月(つき)献立(こんだて)《割書:魚類(きよるい)》 同

㊂生盛(いけもり) 《割書:弐はいず| いせゑひ| 小あいせごし| う と| 川ちさ| みしま》  汁(しる) 《割書:赤貝(あかがひ)|根いも》

㊄坪(つぼ) 《割書:ねりみそ| あんこう| すり|  さんせう| すいせんじ|  たんさく》    飯(めし)
       香物(かうのもの)

    二
㊄差味(さしみ) 《割書:鯉(こい)ほそ作(づくり)|海さうめん| こうたけ》   汁(しる) 《割書:あかみそ|むすび| き□》
    小ちよく いり酒

   引テ
 杉箱(すきばこ)《割書:゜すぎ色紙(しきし)| ほしかぶら| 松 露| きのめしきみそ》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら) 《割書:せんば| 鯛| まうさう| 太(ふと)ひじき》   
            吸物(すひもの) 《割書:すまし| こ ち| なめたけ》
《割書:㊄|㊂》茶碗(ちやわん)《割書:あんかけいも|゜いり鴨| 長いも| く り| しいたけ| きくらげ|せうが》    中皿(ちゆうざら) 《割書:はも| ほねきり|はじかみ》

 台引(たいびき) 《割書:さはら| 色つけ|わかめ》

    已上

〇いりうとは゜かもをほねつきにて一寸四方ほど
 にきりてごまのあぶらにていりかやくを入
 みつさけ醤油にて煮てしるけなきやう
 にしてへつにくずを引ていだすせうが
 長いも生にて入べし
〇すゞきのしきしはすゝきを四方につくりて
 むし其うへゝたまごのきみをかけてむす
 なり

【右丁】
  同  魚類(きよるい)  同

 生盛(いけもり)《割書:二はいす| ぼら| いか細(ほそ)ぎり| めうが小口切| ほどきかつのこ》   汁(しる)《割書:ふくさ| しほ鴨(かも)| せり》

㊄坪(つぼ)《割書:せんば| きんこ| 小鳥たゝき| ゆ り| きくらげ| 結ふき》     飯(めし)
      香物(かうのもの)

   二
㊄さしみ 《割書:鮒(ふな)|うど|めじそ》   汁《割書:すまし| つく〳〵し| たまごしめ》
    小ちよく いり酒

  引テ
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく) 《割書:あか貝(がい)|ちよろぎ| 梅にくあへ》

【左丁】
㊄茶碗(ちやわん)《割書:あんかけ|゜はも| かやくしんぜう| くはん草》
           吸(すひ)物 《割書:へぎ貝(がい)|初なすび》
㊂菓子碗(くはしわん) 《割書:たい|岩たけ|きのめしきみそ》

《割書:㊄|㊂》平皿(ひらざら)《割書:せんば| いせゑび| まつだけ| まつな》

    已上

〇はもをよくおろしすりてかやくはくるみ
 こほうのさゝがき きくらけなとをいれ
 すぎばこに入てむしさめてのち□き
 ほどにきりにごみ
〇ほどきかずのこはしんかずのこをよく〳〵水に
 つけおきすりはちに入てつくべくさて
 はなれたる子を又よくあらひ水につけお
 きもりしなにつまみ入てよく
 □たし塩もみすべし

【右丁】
  同  魚類(きよるい)  同

 生盛(いけもり)《割書:生ず| 鯉(こい)| しらが大こん| 岩たけ》  汁(しる)《割書:赤ざし| 鮒(ふな)| 干さんせう》

《割書:㊄|㊂》坪(つぼ)《割書:こくしやう| 和煮蛸(やわらかにたこ)| さや|  そら豆》   飯(めし)
 《割書:平皿にも》
     二  香物
㊄指味(さしみ)《割書:゜生さば| 玉ねきニ付| しろくらげ| 海そうめん》   汁(しる)《割書:うしほ| た い|きの□》
 
    引テ
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく) 《割書:おろし大こん|なまこ》

【左丁】
㊄茶碗(ちやわん)《割書:せんば| たゝき小鳥(ことり)| 松露(せうろ)| かいわりな》
           吸物(すいもの)《割書:゜鱒(ます)くづく|  しきし| わらび》
《割書:㊄|㊂》くはし椀《割書:さかじたて| 赤貝(あかゝひ)| ふくら煮|う□》

 台引(たいひき) 《割書:い か|かまぼこ》

    已上

〇たまごをにぬきよしきみばかりをすいの
 うにてすりたるをさばのつくりみにつくる
 なり
〇ますをおろしくずをすこし入しきし
 がたにきりて玉子なべにてやきめをつけ
 おかいれ
〇たこのやはらかにはたこをよく〳〵水あら
 ひしてたいこんにてこぐちよりいかにも
 ていねいにたゝきてにごむべし

【右丁】
  同   精進(せうじん)   同

  生盛(いけもり)《割書:きす| 紅ずいせん| きんかん麩| 赤大根しらか| か き|  青み》  汁(しる)《割書:白みそ| つらゝうどん| つふじいたけ| □くし【つくしヵ】》

《割書:㊄|㊂》 坪(つぼ)《割書:せんは|゜皮(かは)ごほう| くずたゝき| つけ松茸|》    飯(めし)
 《割書:平皿も》 ぎんなん

      香物
    二  

㊄ 指身(さしみ)  《割書:しらも|木うり|つくし衣かけ|天もんどう|角切や□かん》  汁(しる) 《割書:よりまきうと|ほうれん草》
    ちよく いりさけ

  引テ
《割書:㊄|㊂》 猪口(ちよく)《割書:゜くるみかけ| れんこん| 豆くわゐ|  青あへ》  

【左丁】
《割書:㊄|㊂》 茶碗(ちやわん) 《割書:黄檗(わうばく)| ゆば|わらび》     吸(すひ)もの なめ 竹

 中皿(ちうざら)《割書:たけのも|青こぶ巻(まき)》
            くはし
 台引(だいびき)

   已上

〇くるみかけはくるみをこまかきさいに切
 て青あへをもり立てのちはらりとまき
 かける
〇よりまきうとは平打にしちくに巻き水に入
〇牛蒡くずたゝきはこぼうをゆにしてかはを
 むきすこしてたゝき葛をときつけて又
 煮るべし
〇黄はくゆはゆばやへあつらゆべし

【右丁】
  同   精進(せうじん)   同

 生盛(いけもり)《割書:゜かんひやう| のりまき| ちりめんぶ》     汁(しる) 《割書:ふくさ|ねいも|あつき|からし》

《割書:㊄》 坪(つほ)《割書:せんば| うづまき麩(ふ)|たけのこ|しいたけ|》      飯(めし)
      香物

    二

㊄ さしみ  《割書: いとこんにやく| み る|゜花(はな)がた人参(にんじん)| 小松たけ|  かさね切》  汁(しる) 《割書:つけ|しめし》
    小ちよく いり酒
  引テ
《割書:㊄|㊂》大 猪口(ちよく) 《割書:せんうど|まめくはゐ|木くらげ》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》 茶碗(ちやわん)《割書:さかしたて| 蓮こん| しきしぶ| 木さゝけ|さんせう》      吸(すひ)もの 《割書:ゆりね|□□□【せうろヵ】》

《割書:㊄|㊂》くはし椀(わん)《割書:いりだし| なすび|すりゆ|おろし》     くはし
 
 台引(だいびき) 《割書:奥に| しるす》

    已上

〇のりまきはかんひやうあじをつけよく汁け
 をしほりとりしいたけ青みいとゆばなど
 いれてまきずしのごとくまくべし
〇人じんをなに花にもむき小口きりにして
 ごまのあぶらにてあげる
〇なすびをこぐちきりにし四方をおとして
 しきしがたにきるべしさてごまのあぶら
 をよはくにているべしよくあげるほど
 よし

【右丁】
  四月   魚類(きよるい)  《割書:二汁《割書:香》七菜|一汁 五菜|一汁 三菜》

  生盛(いけもり) 《割書:生ず| すゝき| 岩たけ| し そ|  くり》       汁(しる)《割書:ふくさ| やきあゆ| 根 いも| 青山せう》

㊄ 坪(つぼ)  《割書:うすくずだまり| 小鳥あんへい| ゆりね》     飯(めし)
  《割書:平にも》    香のもの

    二

㊄ さしみ  《割書:鰡(ぼら)細作り|むしりゑひ|おし瓜| わさび》    汁(しる)  《割書:すまし| ふぐ干皮(ひかは)| うちわなすび》

    猪口 いりさけ

《割書:㊄|㊂》茶碗(ちやわん)《割書:みそに| はも|  てんふら| こばう|  さかき》

【左丁】
引而
㊂猪口(ちよく)《割書:うにあへ| 生(なま)ぶし| めうが》     吸物(すひもの)《割書:うしほ| むすび| きす□| みる》

《割書:㊄|㊂》春寒(しゆんかん)《割書:たい|赤がひ|竹のこ|わらひ|うめ干》       くはし

 焼物(やきもの)《割書:ます|あんかけ》

    已上

〇はもをほねきりにしうすせうゆにて一
 へん付やきにしこまのあふらにてさつと
 あげてよし
〇むしりゑひはさつとゆにしてむしりてよし
 又生にてむしりてもよし
〇小鳥あんへいはみたゝきをよくすりて
 くすをいれてむすべし
〇うちわなすびは小なすひをたつにじくとも
 きるべしかたちうちわのごときをいふ

【右丁】
  同  魚類(きよるい)  同

 山吹(やまぶき)膾(なます)《割書:生ず|た い| こし玉子|  くるみ|しぶ皮つき|  く り|し そ》     汁(しる)《割書:ふくさ| さゞゐ| わりぶき》
      香(かう)のもの    飯(めし)

    二

㊄刺身( さしみ)  《割書:鰹(かつほ)|きうり|じねんじよ|  せうゆ》      汁(しる) 《割書:すまし| 塩くじら|  たんさく| めうが》

  引テ
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく)《割書: い か| きんなん| ひじき|白あへ》
              吸物(すひもの)《割書:しほしたて| 五位(ごい)さぎ|  たゝきな》
《割書:㊄|㊂》平皿(ひらさら)《割書:はも| くずたゝき|ふのやき|  たまご|岩(いは)たけ|  はなゆ》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》茶碗(ちやわん)《割書:すゞき|丸なすび|新ごばう|  せん》

 焼物(やきもの)《割書:す煮| やき鮎(あゆ)》       くはし

 重引(ちうびき) 蛸(やはら煮)

   已上

〇こし玉子はにぬきにして黄みはかりを
 すいのふにてすりつくり身にくるむ
〇じねんじよをすりてしやうゆにてとき
 たるなり
〇はものくすたゝきははものほねきりに
 くすのこをかけてきりめへうすばのむね
 にてたゝきこめにごむべし
〇やはらかにのたこは十三丁のうらにくはし
 見合すべし

【右丁】
  同   精進(せうじん)   同

 生盛(いけもり)《割書:青す| 白髪(しらが)大根| 木茸(きくらげ)せん| きうり》  汁(しる)《割書:白みそ| うみそうめん| きんなん|からし》

㊄刺味(さしみ) 《割書:くずきり|くるみとけ|ならづけ瓜|わさひ》  飯(めし)
    猪口 いり酒
      香物
    二
《割書:㊄|㊂》 大猪口(ちよく)《割書:きくらけ|ちよろき|おろし大こん》  汁(しる)《割書:すまし| てんふら| かきこん|   にやく| さゝがき|    牛蒡| みつは|   ゆ》

  引テ
《割書:㊄|㊂》平皿(ひらさら)《割書:せんば| いはゆば| きんしな| しいたけ|さんせう》

【左丁】
㊄しゆんかん《割書:ちりめんぶ|たけのこ|しいたけ|さうらめ?|長いも》   吸物(すいもの) 《割書:つらゝいも| めうど》
  《割書:にさまし| ともいふ》

《割書:㊄|㊂》茶(ちや)碗 《割書:よせくわゐ|あんかけ| せうか》
            くはし
 中(ちう)ざら《割書:れんこん|とうからし| にとやき?》

    已上

〇ならつけのうりはしほ出してぼそきりにす
 べし
〇かきこんにやくはさつとあぢをつけこぐちより
 つめにてかきごまのあぶらにてあげる
〇じゆんかんはにさまし也夏のれうりなり
 しせついまださむきときはさまさずして
 くはしわんにもりてよし
〇よせぐはゐはくはゐをおろしくずのこさとう
 すこしくはへいかやうにもかたちをしてむすべし

【右丁】
  五月   魚類(きよるい)  《割書:二汁 七菜|一汁 五菜|一汁 三菜》

 生盛(いけもり)《割書:きず| 鯛たい| 白くらげ| 白とり| 岩たけ|葉付青うめ》     汁(しる)《割書:ふくさ| 焼もろこ?| 丸むき| うど》

㊄ 坪(つほ) 《割書:こくしやう| ほら切身|  やきめ付| 木茸》     飯(めし)
     香のもの

   二
㊄ さし味(み) 《割書:すゝき| なけ作り?|み る》   汁(しる) 《割書:すまし| 青/鷺(さぎ)| 早松(さまつ)たけ|  ゆ》
    小ちよく 《割書:蓼|すみそ》

引テ

《割書:㊂|㊄》猪口(ちよくヵ)《割書:い か|青さゝけ|さんせう|  醤ゆ》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら) 《割書:せんば| た い| たけのこ| み る》   吸物(すひもの)《割書:薄すまし| はも| じゆんさい》

《割書:㊄|㊂》茶碗(ちやわん) 《割書:やはらか煮|蛸|めうかの子》
           くはし
 焼物(やきもの) 《割書:鯛(たい)| みそづけ|玉子|かやく| 蝋やき》

    已上

〇ぼらのきりみにやきめをつけてのちこ
 くしやうにする也木くらげはいたす前
 に入てよし
〇やはらか煮のたこは十三丁にくはし見
 合すべし
〇たいみそづけはいちやまへよりみそにつけ
 おきよくやきてのちたまこをとき
 くるみあるひはごまおのみ?とをかきませ
 かけてやくべし

【右丁】
  同  魚類(ぎよるい)  同

 生盛(いけもり) 《割書:なまあじ|しぶぐり|た で| し そ|青とうがらし》   汁(しる)《割書:ふくさ| すゝき|  焼目付|  ほたはら》

《割書:㊄|㊂》平皿(ひらざら)《割書:くずかけ| ぼたんゑひ| 川たけ| 花たまご》   飯(めし)
     香物

    二
㊄さし味(み) 《割書:あらひ鯉(こい)|岩たけ|》   汁(しる)《割書:すまし| むすびせいご| 青こんぶ|こしやう》
     小ちょく いり酒わさび

    引テ
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく)《割書:あられ酒| さし鯖(さば)|  むしりて|   蓼(たて)》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》煮冷(にさまし) 《割書:細(ほそ)かまぼこ|にざらゐ?|大しいたけ》    吸物(すひもの)《割書:しらがねき| あひる》

㊄茶碗(ちやわん)《割書:さわら| あんかけ| おとし|  せうが》
             くはし
 台引(だいびき)《割書:さんせうみそ| ひばり| す□き》

    已上

〇さしさばは生さばにしほをあてつよきお■し
 をかけて一夜おきてつかふべし又くまのさば
 ならはしほをするにおよはずおもしはつよく
 かけおくべし
〇細かまぼこは前にもいへるごとくすりみをすぎ
 いたにうすく付てやき小ぐちよりほそく切る
 べし
〇すゝきはうす〳〵とつゝぎりにしてやきめを
 つけてにごむべし

【右丁】
  同   精進(せうじん)   同

 生盛(いけもり)《割書: しほつけ瓜(うり)|  かは計刻み| かんてん| けんちん| 干たいこん|青うめ》  汁(しる)《割書:ふくさ| 小いも|  白あづき|めうど》

《割書:㊄|㊂》 平(ひら)《割書:せんは| 松まへ|  こぼう| やきぐり| 大しいたけ|ゆ》    飯(めし)
    香のもの

    二
㊄ さしみ 《割書:ぐずきり|岩たけ|上ケくるみ|わさび》  汁(しる) 《割書:とゝろ|青のり》
    ちよく いり酒

  引テ
《割書:㊄|㊂》 ちよく《割書:きんざんじみそあへ| ちよろき| 新にんじん》

【左丁】
㊄煮冷(にさまし) 《割書:よせゆば|大しいたけ|つけわらび|わぎりゆ》 
          吸(すひ)もの《割書:うすすまし| むすひ|  長いも| めうがたけ》
《割書:㊄|㊂》 茶碗(ちやわん) 《割書:ちくはくわゐ|しめし|ちよろぎ|ゆばしめわさび》

    已上

〇くずきりはくす壱合に水弐がうにてよく
 ときけずいのうにてこし少しあつき紙にて
 筒をまきたてしりをくゝり上よりくしをながし
 こみ上のかたもくゝり湯煮し水へおろし
 かみをとる也色はべにくちなしあをはな等
 水にてとき其水にてくずをとくべし
 ゆばじめはゆばやにてゆはしるをもとめ
 こふだしにかげんしてまぜはちにいれてむし
 かな杓子にてすくひいれる

【右丁】
  六月   魚類(きよるい) 《割書:二汁 七菜|一汁  五菜|一汁 三菜》
㊄水膾(みつなます)《割書:ひや水ため| 生(なま)がい| さより| おし瓜| わさひ汁
》   汁(しる)《割書:ふくさ| こ ち| み る》

㊄坪(つぼ)《割書:うすごまみそ| 火(ひ)どり赤ゑい| 丸むき|   なすび|  わり山せう》  飯(めし)

       香物(かうのもの)

   二   
《割書:㊄|㊂》大猪口(ちよく)《割書:さくらに| たこ|うめすつけ| めうがのこ|  小口きり》  汁(しる)《割書:うしほ煮| はな小鯛(こだい)| まつな|  め□□》

    引テ
《割書:㊄|㊂》大平(おほびら)《割書:むし|さはら| きんこ| 青まめ| 葛(くず)かけ|  すりせうが》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》茶碗(ちやわん)《割書:うすすまし| すりみ入| 和らかふ| おとしゆ》
          吸物(すひもの)《割書:すまし| みそづけ| うつら| めうが》
 中皿《割書:鮎(あゆ)| 当座ずし|たで》

    已上

〇なますは取合のしな〴〵を塩酢にて暫く
 いためませおき青かやのつとにつゝみ井戸に
 さけ置ぜんを出すとき皿にもりひや水を
 ためいたす也
〇花小たいはかしらをとり尾はつけて三まいにおろし
 ほねをとりかはをうちにして尾を立てたた竹ぐし
 にまき置にうしほ煮のし■ちにてにる
 わんへうつすとき竹ぐしぬきとる
 

【右丁】
  同  魚類(きよるい)  同

青(あを)ぬた 《割書:生(なま) 貝(がひ)|  小角| わたあへ|くり| 新とうがらし》   汁(しる)《割書:ふくさ| 白玉ごばう| やきゆは|  青のり》
     香物(かうのもの)     飯(めし)

    二
㊄刺味(さしみ) 《割書:子付鯛(こつきだひ)|しほわかめ|  わさび》    汁(しる) 《割書:冷(ひや)すまし| 花(はな)ゑび|大しいたけ|大こん| しほり汁》
    小猪口 いりざけ

    引テ

《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく) 《割書:つばす|白うり|きのめず》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら) 《割書:はも|さゝがき|ごぼう|榎たけ|  ゆ》    吸物(すひもの)《割書:すまし| あひる|  う□》
㊄茶碗(ちやわん)《割書:あんかけ| 赤ゑい| 枝(えだ)まめ|  からし》
            くはし
《割書:㊄|㊂》くはし碗《割書:さんしやうみそ| せぎり|  こ い|煮こゝり》

    已上

〇白玉ごばうはごばうをさつととゆにして
 水へおろしうへのかはをよくさり中の真を庖
 丁めいれ次に丸かたにぬきその中へすり
 みをよくつめゆにをしこくちきりにする
 なり
〇花ゑびはかはをさりみをきりはなれぬやう
 に包丁目入てにごむ
〇夏のにこゞりはくずをときいれて□□
 すべし

【右丁】
  同  精進(せうじん)  同

㊄あへまぜ《割書:くるみず| おしうり| 木くらげ| しほにはす| あげふ| めうかのこ》   汁(しる)
             飯(めし)
       香物(かうのもの)

   二

㊄坪(つぼ)《割書:山しやうみそしき| ながいも| 岩(いは)たけ| 白さゝげ》     汁(しる) 《割書:むすび| どうふ| あさくさのり》

《割書:㊄|㊂》大ちよく《割書:いりだし| 小なすひ
 くろまめ| 大こん|  おろし| かけ醤油》

  引テ

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら) 《割書:養老(やうらう)ぶ|しいたけ|めうが》
             吸(すひ)もの《割書:すまし| 水せんじ| しらも》
《割書:㊄|㊂》茶碗(ちやわん)《割書:くす煮(に)| よせぐはゐ| やきぐり| 青うどん?》
             くはし
 中皿(ちうさら) 《割書:白さとう|ぼたんゆり|うめほし》

    已上

〇むすびどうふはとうふをくずしよくすり
 ふきんうへにのへてにへゆに入すぐに水に
 おろし水のなかにてむすふべし
〇よせくはゐはくはゐをわさびおろしにておろし
 くずをいれてかたちいかやうにもなして
 むすべし
〇くるみずはくるみをすこしいりて
 わさびおろしにておろしすにてとく
 べし
 

【右丁】
  夏(なつ) 三月(みつき) 魚類(ぎよるい)《割書:二汁《割書:本》七菜|一汁  五菜|一汁  三菜》

㊄生盛(いけもり)《割書:生ず| あらひ鯛(だい)| うど|  しらが| 小しそ》   汁(しる)《割書:ふくさ| 赤(あか)がひ| 竹わ|  とうふ》

㊄坪(つぼ) 《割書:すゞき|大しいたけ|丸むき| かもうり》    飯(めし)
《割書:五さいには| 手皿にすべし》   香もの

    二
 さし味(み) 《割書:藻(も)うを|夕かほ|わさび
》   汁(しる) 《割書:すまし| は も| まつな》
    ちよく いりさけ

《割書:㊄|㊂》大猪口(ちよく)《割書:゜あはび| れんこん| わたあへ》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》茶碗(ちやわん) 《割書:花(はな)ゑび|岩(いは)たけ|おろしみそ》
            吸物(すひもの)《割書:すまし|うづらくき|干ざんせう》
《割書:㊄|㊂》菓子椀(くはしわん)《割書:さ ぎ|こぼう| せにぎり》
            くはし
 中皿(ちうざら) 《割書:きんこ|なすび》

    已上

〇わたあへは生貝をくるりをとりうすぜうゆ
 にてさつと味をつけ小角いとつくり心まかせ
 にきりさてわたは酒しほぜうゆにてよく
 たきすりばちにてすり袋をとりて
 あへうなり
〇ごぼうのぜにぎりはゆにして小かたなに
 てしんのすきたる処を小ぐちよりくり
 ぬきうす〳〵と小口ぎりなり

【右丁】
  同  魚類(きよるい)  同

 生盛(いけもり)《割書:生ず| あらひがれ| 白うり| みしま| 色のり》   汁(しる)《割書:すまし| さ ぎ| うど|  さゝがき》

㊄坪(つぼ)《割書:こくしやう| すゞき| 早松(さまつ)たけ| なすび》    飯(めし)
      香もの
㊄さし味(み)《割書:むしりだい| 岩たけ|  しそ》    汁(しる)《割書:ふくさ| せとがき| じんゆんさい》
    小ぢよく《割書:いりざけ》
    
    引て

《割書:㊄|㊂》大猪口(ちよく) 《割書:きんこ| はものかは|  白やき| ゆりね|  わさびみそ》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》くはし椀(わん)《割書:゜たまご|   わり煮(に)| なめたけ| わりざんせう》
            吸(すひ)もの《割書:すまし| 鳥すりみ| むすひこぶ》
《割書:㊄|㊂》茶碗(ちやわん)《割書:くずたまり| むすび|  きすご| しんぜう□【しんぜうがヵ】| きんかんぶ》
            くはし
 中皿(ちうざら)《割書:゜はも| うすやき| ゆびし》

    已上

〇たまこわり煮ははなかつほたくさんにうき
 たまこを□り右にかつほを入醤油ほどよく
 かろんしてよくかきまぜそのまゝなへに
 入て遠火にてたき火のとふりたる時
 かなじやくしにてすくひおかいれ
〇うにやきはうにを水すこしくはへさかしほ
 にてよくときほねきりにかけていたすべし
〇はものかはしらやきにして小口よりこまかく
 きざみてよし《割書:但し》みりんしゆに暫くつけ置べし

【右丁】
  同   魚類(ぎよるい) 《割書:二汁《割書:香》 七菜|一汁《割書:本》 五菜|一汁《割書:本》 三菜》

 生盛(いけもり)《割書:生(き)ず| すゞき|  ほそづくり| 平(ひら)あらめ》 汁(しる)《割書:ふくさ| 赤貝(あかがい)| ちらし|  ねぎ》

㊄坪(つぼ)《割書:しきくずあん| しんぜう| きくらげ| やきぐり》  飯(めし)
《割書:五さいわん| くはしわん》
       香物
   二
㊄差味(さしみ) 《割書:あらひ|鯉|うと》  汁(しる)《割書:すまし|゜花ゑひ| すいぜんじ》
  小ちよく《割書:いりさけ》

    引テ

【左丁】
《割書:㊄|㊂》大猪口(ちよく)《割書:゜きんざんじあへ| きんこ| ぎんなん》
         吸物(すひもの)《割書:赤だし》 ふな
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:せんば| しほ鶴(つる)|牛蒡(ごばう)| さゝかぎ|わりさんせう》

《割書:㊄|㊂》茶碗(ちやわん)《割書:みそに|生(なま)がひ|白うり| そほろ|  わさび》
 《割書:くはし椀も》

    已上

〇花ゑびはかわをとりか■ら【かしらヵ】をはなし生肉
 をきれはなれぬやうに庖丁を入てさつ
 と湯煮して■
〇きんざんじみそあへは水にてもこんぶだし
 にてもすこしゆるめさとうすこしい入べし
〇生がいは小角よろし白うりそほちぎり
 またはたつ四ツきりにして小口きりにすり
 もよしみそにこせうさんしやうまたは
 さとうみそもよし

【右丁】
  同  精進(しやうじん)  同

 生盛(いけもり)《割書:ごまず| 大こん| しいたけ| あげふ| く り| 青 と?》   汁(しる)《割書:ふき| かも瓜| ときからし》

㊄坪(つほ)《割書:くずあんかけ| ゆ ば| さまつ| そらまめ|》    飯(めし)
《割書:五さいには| くはしわん》 香物(こうのもの)

    二
㊄さし味(み)《割書:水(すい)せん| しらか|  さうめん| ぶしゆかん| けんちん| まつな》  汁(しる)《割書:すまし| いもまき| せうろ》
    小ちよく いりざけ

   引而

【左丁】
《割書:㊄|㊂》大猪ちよく《割書:しきしらす|゜角にうめ| たけのこ|  そぼろ|  まき》
           吸物(すひもの)《割書:すまし| なめたけ| ゆ》
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:せんば| かやく麩| 新牛蒡》

《割書:㊄|㊂》茶椀(ちやわん)《割書:うすくず| あげいも| いとこんにゃく| いはたけ》

    已上

〇しらすはとうふをしぼり白ごまこけぬやうにいり
 とうふとすりまぜすにてのばしすいのうにてこし
 白ざとうすこし入へし
〇かく煮うめは煮うめのにくばかりをこしかんてん
 に水すこし入たきとけたるところ右の梅肉を
 入重箱かふか皿に入ひやしさめたる時切べし
〇あげいもはつくねいもをよくすりくずのこをいれ
 よきほどにまるめごまのあぶらにてあけて
 にごみ

【右丁】
  同   精進(しやうじん)  《割書:二汁《割書:本》七菜|一汁  五菜|一汁  三菜》
 生盛(いけもり)《割書:くるみず| うみ|  さとうあん| あげふ| いはたけ》     汁(しる)《割書:すまし|゜むすび| とうふ| じゆんさい》

㊄ 坪(つぼ) 《割書:こくしやう|玉子ゆば|しいたけ|みどりぶき》     飯(めし)

     香のもの
   二
㊄ さしみ 《割書:゜ぜにきり| 牛蒡| ひじき| いとうり》   汁(しる) 《割書:赤みそ| かいわりな》
    小ちよく 《割書:いりざけ|わさび》

   引テ
《割書:㊂|㊄》大猪口(ちよく)《割書:にくあへ| れんこん| きんなん| めうが》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら) 《割書:せんば| かせゆば| さまつ| 小なすび》
       吸物(すひもの)《割書:゜わり| ゆりね| みる|せうが》
《割書:㊄|㊂》茶碗(ちやわん) 《割書:しきみそ| かもうり| 新さつまいも| むき豆》

《割書:㊄|㊂》くはし椀《割書:くずに| 小いも| きくらげ| きくらげ| ごばう》

    已上

〇むすひどうふは六月の献立にくはし
〇ぜにぎりごばうは三月の献立にくはし
〇わりゆりねはちいさきを二ツぎりにしても
 よし又へぎてもよし
〇小なすびはくしめをいれてよしまたはへた
 をんこしてたつにきりがさねもよし
〇さつまいもは小角にしてよし
〇小いもはかくにうわをむきてよし

【右丁】
  同  精進(しやうじん)  同

㊄さし味(み) 《割書:うみ| さうめん|やうかん|もやし|  ぶんどう|いはたけ|きんかんぶ|わさひ|  いりさけ》  汁(しる)《割書:白みそ| ふと|  もずく| からし》

 坪(つぼ)《割書:こくしやう| きのめみそ|  ごまどうふ|  ごばう》     飯(めし)
     香のもの
    二
《割書:㊄|㊂》大ちよく《割書:ちよろぎ|ぎおんぼう| おろし|  大こんあへ》  汁(しる)《割書:すまし| 水せんじ| 玉あ■れ| はりせうが》

   引而
㊄平皿(ひら)《割書:せんば| よせゆば| きんしな| しいたけ》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》くはし椀(わん) 《割書:かもうり|ちりめんぶ|しきみそ》
            吸(すひ)もの《割書:さゆじたて| さくらのり| さとうづけ|  せうが》
《割書:㊄|㊂》茶碗(ちやわん)《割書:くずあんかけ| 小いも| つけ松たけ| わさび》

 小皿(こざら) 《割書:おろし大こん|かるめら|  どうふ》

    已上
〇かるめらはとうふ一てうを四ツにきりごまの
 あぶらにてあげぐるり?のかはをきりて又
 うすぜうゆにてたきからみ大こんおろしかけ
 いだす
〇さくらのりかんぶつやにあり水によくつけ
 そのまゝおか入せうがもそのまゝいれる
〇大ちよくはちよろきぎおんほうをもりおき
 ぜんいだすとき大こんおろしせうゆをかけて
 いたすべし

【右丁】
  七月  魚類(きよるい)  同

 生盛(いけもり)《割書:二はいす| 小ばも| う と| 木くらげ》    汁(しる)《割書:ふくさ| みしゞみ| ちくわ》

㊄坪(つほ) 《割書:こくしやう| 生貝(なまがい)| むかご| ひざんしやう》   飯(めし)

      香物
    二
㊄さしみ《割書:あらひ|すずき| 平づくり|めうかのせん》   汁(しる)《割書:すまし| こ ち| じゆんさい》
    小ちよく《割書:□□し| すみそ》

 引テ
《割書:㊄|㊂》ちよく 《割書:干だら|黒くらげ| おろし大こん》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら) 《割書:せんば| むすび刀魚(たちうを)|早松たけ|  ゆ》
            吸物(すひもの)《割書:すまし| いりがき| こせう》
《割書:㊄|㊂》茶碗(ちやわん)《割書:くずあんかけ| あめのうを| 青のりかけ》

 小皿(こさら)《割書:生干(なまび)| 大あゆ》

    已上

〇すゞきを大平づくりにしてくみたてその水
 をかけよくしぼりもる
〇むすびたちうをは三まいにおろし小ぼね
 をよくぬきたつに二ツ三ツにきりて
 きすごのやうにむすふべし
〇こくしやうの生かい小角よくひらつくり
 もよし
〇干たらはよくもみさばきてよし

【右丁】
  同  魚類(ぎよるい)  同

㊂和物(あへもの)《割書:もりわけ|゜蛸黒ごまあへ| みしみ?|  青あへ| 松たけ|  しらあへ》  汁(しる)《割書:ふくさ| すり身| ねいも》

 坪(つぼ)《割書:こくしやう| むすひ瓜| 鯛| 岩たけ》    飯(めし)
     香物

    二
㊄刺味(さしみ) 《割書:さきゑび|色しらも| わさび》   汁(しる) 《割書:うすすまし| よせ麩| 輪柚》
    小猪口 いりさけ

 引テ
㊄水和(みづあへ)《割書:煮かへし酢| い か| さ■せん| れんこん| たてしそこま〳〵》

【左丁】

《割書:㊄|㊂》平皿ひら)《割書:鴫(しぎ)骨(ほね)ともたゝき| ほそかまぼこ| 焼とうふ|  たんさく| なたまめ|   めうと》
            吸物(すひもの)《割書: 赤だし|  こ い》
《割書:㊄|㊂》菓子椀(くはしわん) 《割書:へき生貝(なまがひ)| 木くらけ| 玉子とぢ|   こせう》
             くはし
㊄茶碗(ちわやわん) あんへい

    已上

〇たこくろあへはたこを水とさけとにてよく和らかに
 煮て醤油(しやうゆ)少し加へ煮てつぶ〳〵切にして黒ごま
 にせうゆ少し入酒/酢(す)くはへ酢めあるほとにしてよく
 すりこしてあへる
〇よせふは生ふ一升にすりみを五合ばかりたまこ五ツ
 山のいもおろして少し入酒しほ少し加へよくすり合せ
 格好はいかやうともなしさつと湯煮しおか入
〇/焼(やき)どうふたんざくはとうふを五りんほどの厚みに
 きり鍋にてさつとやき しきしたんざく心まかせに切

【右丁】
  同  精進(しやうじん)  同

 合交(あへまぜ)《割書:こめずあへ| ずいき| えた豆|  すり込| くりせうが| しそ》  汁(しる)《割書:白みそ| わりねいも| からし》

 坪(つほ)《割書:すまし| さらしめ| きんかんぶ| うめぼし|  わさび》   飯(めし)
      香物
    
    二
㊄刺味(さしみ)《割書:けんちん|生しいたけ|もやし| し そ|しらがうと》  汁(しる)《割書:うすすまし|おとしいも| ときのり|  こせう》
   ちよく《割書:からし| すみそ》

引テ
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく) 《割書:ゐんげん豆| ほそく切|くるみ摺て| せうゆさんせう》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:せんば| 大巻ゆは| はつ茸| ぼ□んゆりね|  ゆ》
          吸物(すひもの)《割書:すまし| ちよろぎ| もすく?》
《割書:㊄|㊂》茶碗(ちやわん)《割書:ひらふ| いり出し| うめ酒かけ》
          くはし
㊄くはし椀《割書:あんかけ| かもうり| 新くわゐ》

    已上

〇ひら麩さつとごまあぶらにてあげて
 うめざけはにうめをときさとうすこし
 くはへさ□【さけヵ】入よくかきたてぬのにてこして
 かけいだすべし
〇おとしいもは山のいもをよくすりはしにて
 よくかきたてはしさきにてすこしづゝ
 はさみきりておかいれにすべし
〇いんげん豆のわかきをよくゆで小口よりほそくと
 きざみ くるみをさつといりて つきくだきよく
 あへて さんせう しやうゆをかくべし

【右丁】
  同  精進(しやうじん)  同

 生盛(いけもり)《割書:しらが| 大こん|とかさのり?| 大とくじふ》   汁(しる)《割書:ふくさ| はつたけ| うすやき|  どうふ| はつき|  かふら》

㊄坪(つぼ)《割書:よせ| ぎんなん| しらいと》    飯(めし)

     香物

    二
㊄さし味(み)《割書:うみ| ざうめん| 紅なし| ししも?| からたけ| 新■じ□》  汁(しる)《割書:すまし| もそく| せうが》
     ちよく いり酒
  引テ

《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく)《割書:からしす|ふとぜんまひ》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿《割書:せんば|゜雪ごばう| しいたけ|  千まい大根》
           吸物(すひもの)《割書:すまし|゜へぎいも| み る》
《割書:㊄|㊂》茶椀(ちやわん)《割書:おろしわさび| ごまどうふ| しめし| う と》

㊄くはし椀(わん)《割書:くずに| うどん| 玉子ゆば| やきくり》

    已上

〇雪ごばうはごぼうをよくにてくずをとき
 ごばうをこかし其まゝさつと湯煮して
 よきじぶんににごにごみ
〇へぎいもは山のいもをうす〳〵ときりて
 其まゝなまにておかいれ
〇うすやきどうふはとうふをうす〳〵ときり
 たまごなへにてやきめを付へし《割書:但し》
 はしめに水をたらしおくべし

【右丁】
 八月   魚類(ぎよるい) 《割書:二汁《割書:香》七さい|一汁  五さい|一汁  三さい》

 生盛(いけもり)《割書: 生(きい)ず| さより|さゝがき|  大こん| しぶぐり| はせうが| ほうづき》     汁(しる)《割書:ふくさ| 竹輪(ちくわ)| かまぼこ| 小かぶら》
           飯(めし)

     香物

   二
㊄ 刺味(さしみ) 《割書:゜葛引(くずひき)たい|   ひら作り|さから和布|久年母(くねんほ)| わさび》
     《割書:ちよくいり酒》
           汁(しる) 《割書:すまし| ば□| いてう|  大こん| しほ|  竹のこせん| めうと》
㊄坪(つぼ)《割書:こくしやう| あめのうを| まるむき|  うど| わりざんせう》

【左丁】
 引テ
《割書:㊂|㊄》猪口(ちよく)《割書:うすにごり|  ざけ| からすみ》
           吸物(すひもの)《割書:すまし| むき蛤| 青こんぶ|  大たんざく》
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら) 《割書:鰒(ふぐ)ほし皮|うどん| はんへい|はつたけ|  ゆ》
           くはし
《割書:㊄|㊂》くはし碗(わん)《割書:鯛(たい)|  ながいも|ごまみそ|  かけ》

    已上

〇くず引鯛はさしみに作るやうにしてくずのこ
 によくくるみさつとゆをくゞらせ水につけ
 つくるなり
〇うどん半へいはすりみに山のいもをおろして
 またよくすりまぜめしのとりゆをまぜて又
 よくませしほすこし加へ湯煮しうんどん
 のごとくきるなり《割書:但し》かたきはあしされど
 やはらすぎればきりめみだるゝいかにもふつくり
 としてとうふの少しかたきほどにすべし 

【右丁】
  同  魚類(ぎよるい)  同

 ぬた和(あへ) 《割書:鯛(たい)うすみ|もみ大根|たゝみくり| 青とうがらし》  汁(しる)《割書:三年みそ| ゑい| ねいも》

     香物      飯(めし)

    二

㊄刺味(さしみ)《割書:生さば|くらげ|まつな》       汁(しる)《割書:□すま□【すましヵ】| へきがい| こしやう》
      ちよく いり酒

 引テ

《割書:㊄|㊂》大猪口(ちよく)《割書:ます| 当座ずし| たての■【たてのほヵ】》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:せんば| は も| 手長ゑび| 岩たけ| じゆんさい| むかこ|  めうと》
             吸物(すいもの)《割書:うしほ煮|  月見たまご|  しそ|   □【実ヵ】》
《割書:㊄|㊂》茶椀(ちやわん)《割書:すまし| た い| 青こぶ| うめほし》

㊄くはし椀(わん)《割書:くずかけ| あんへい|  わさび》

    已上

〇つきみたまごはずいふん新らしき玉子を
 あかゝね しやくしへうけそのまゝにへゆの上へ
 ひたし しやしやくしの ゆへはいらぬやうにして
 かたまるまて手にもちて煮あげるなり
 まはり白く中黄色に 出来るなり
 もみ大こんはうす〳〵たんさくにきさみ なま
 すのごとくすにてもむべし
〇たゝみくりはきりがさねの事なり

【右丁】
  同   精進(しやうじん)  《割書:二汁《割書:本》七さい|一汁  五さい|一汁  三さい》
 膾(なます)《割書:いり酒したし| 大こん| ぶどう| 青なし|  たんざく| 木くらけ| 針せうか|  けんきんかん?》     汁(しる)《割書:ふくさ| やきくはゐ| 春きく|  めう□》

㊄ 坪(つぼ) 《割書:うすくす煮| 焼くり| ゆりね| 小梅ぼし| わりざんせう》       飯(めし)
     香物

   二
㊄ 茶碗(ちやわん) 《割書:衣(きぬ)かづき|  いも| こせう|  みそ|   かけ》      汁(しる) 《割書:すまし| さき| まつたけ| 青かいのり》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく) 《割書:ひしほ|青とううがらし|  わぎり》   中皿(ちゆうさら)《割書:一口(ひとくち)なすび|  いり出し| 四ツにさきて|  けし》

引テ
《割書:㊄|㊂》平(ひら)《割書:せんば| よせゆば| しほわらび| ちぎりふ| さつとあげ|  ゆ》      吸物(すひもの)《割書: 榎(えのき)たけ|  しそ》

《割書:㊄|㊂》菓子椀(くはしわん)《割書:くすに| 冬うり| しめし| 長いも|  むすびて》

    已上

〇長いもをうすくきりしほ水につけておきて
 やはらかくなりたるときいかやうにもむすぶ
 べしむすびたるのち 水につけておけば
 もどるなり
〇一くちなすびはつたともにさつとあぶらにて
 あげへたにきりめを いれて四ツにてぎは
 よくさきてけしふりかけ 出すべし
 《割書:但し》あげたるときうすぜうゆにてあぢ
 付べし


【右丁】
  同  精進(しやうじん)  同

 生(いけ)もり《割書:しらす|゜赤大根| しらが|゜いちごくわゐ| やうかん》 汁(しる)《割書:なれみそ| 丸むき|  かぶら| つふ|  しいたけ| 青のり》

 坪(つぼ)《割書:ひきちや| みそしき| しらいとがた|  長いも| 小まつたけ》    飯

    二
㊄指味(さしみ) 《割書:さうめん|いはたけ|すいせん|》   汁(しる)《割書:すまし| 水せんし| うれしの?》
    小ちよく いり酒

引テ
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく)《割書:ごまぜうゆ| ぜんまい|  小うめほし》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:せんば|□るめら【かるめらヵ】|  どうふ| しいたけ| もうそう|  めうど》
           吸物(すひもの)《割書:すまし|せうろ| 雪のり》
《割書:㊄|㊂》くはし椀《割書:あづき煮(に)| 牛蒡(こはう)|  さとう》
           中皿(ちうざら)《割書:あかみそかけ| し□んじよ【しねんじよヵ】》
㊄茶碗(ちやわん)《割書:あんかけ| かもうり| やきぐり|  わさひ》

    已上

〇赤大根かは もきざみ水につけおきもりつける
 まへ すにしばらくつけおくべしいろよく出る
〇いちごくわゐはくわゐをおろしいちご ほどづゝ
 まるめさんとさつとあぶらにてあぐべし
〇かるめらは丸あげどうふをかはをとりうす
 せうゆにてあぢをつけおかいれ
〇ごぼう あづき煮はごほうをよくたき 外に
 あづきのこしあんにみそすこし入さとうも
 いれてたきおきごぼうにかけて出す

【右丁】
  九月  魚類(きよるい)  同

 生盛(いけもり)《割書:いり酢| 鯛(たい)| しほ煮(に)蓮(ばす)| よめな|  わさひ》   汁(しる)《割書:ふくさ| もうを| こま〴〵な》

 坪皿(つぼ)《割書:すまし| は す| くづし|  とうふ| すりゆ》    飯(めし)
      香物

    二
㊄さし味(み)《割書: むき蛤(はまくり)| 川ちさ》   汁(しる)《割書:□□□【うしほヵ】| 鯛| 青こぶ》
    ちよく《割書:とうがらし| すみそ》

  引テ
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく)《割書: うつほ|  たゝき|かや小口切》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:せんは| か も| 松たけ|  ゆ》
            吸物(すひもの)《割書:すまし| きす| 水せんじ》
《割書:㊄|㊂》菓子椀(くはしわん)《割書:すまし| くずしき| は も| 大こん| 春きく》

㊄茶碗(ちやわん)《割書:鮭(さけ)| あんかけ| すりめうが》

    已上

〇くづしどうふはすりみをすりまぜてよし
 くずすこし 入べし
〇くずたゝきはもはほねきり つねのことくに
 して くずのこをほねきりにかけ はう
 てうのむねにて たゝきこむべしかくなし
 てにこみてよし
〇さけはこぶ出しにて ゆ煮しあんかけ
 にすべし

【右丁】
  同  魚類(きよるい)  同

 深皿(ふかざら)《割書:煮(に)かへしす| 金たら|  いわし| 小なすび| 一夜つげ》   汁(しる)《割書:すまし| うき| 五ぶせり》

㊄坪皿(つぼ)《割書:せんば| さ け| 大はまぐり| 初たけ|  ゆ》   飯(めし)
     香物

    二
㊄刺味(さしみ) 《割書:はも| 細つくり|ひらたけ》  汁(しる)《割書:すまし|雁|うちは| なすび|めうが》
     小ちょく 三はい□

 引テ
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく) 《割書:たつくり|木きくらげ| しらあへ》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》茶碗(ちやわん)《割書:山吹(やまぶき)どうふ| 角きり|さんせう|  みそかけ》 
           吸物(すひもの)《割書:すまし| 小鳥| たゝき|さゝがき| 牛ばう》
《割書:㊄|㊂》くはし椀(わん) 《割書:さゞゐ| わた煮| こせう》

 中皿(ちうざら) 《割書:焼(やき)あひ|ゆびし》

    已上

〇山ぶきどうふは とうふをいかやうにもきり
 くしにさし焼ながら たまごの黄味に
 すこし せうゆをまぜとうふにぬりつけ〳〵
 やくなり
〇さゝゐのわたをときてしやうゆかけんして
 そのまゝにる也
〇いわしはすこしほたしすべしも金たら
 なきときは生いわしにすこししほすべし

【右丁】
  同  精進(しやうじん)  同

 水和(みつあへ)《割書:早いりざけ| にんじんのせん| れんこん| なしたんざく| みかん|  めうが》 汁(しる)《割書:ふくさ| ゆりね| あづき| お□□し


 坪皿(つぼ)《割書:こせうしきみそ| からゆいも| ぎんなん| くろかは》 飯(めし)
      香物

    二
㊄刺味(さしみ) 《割書:衣かけ| しいたけ|湯引冬瓜| わり和布》  汁(しる)《割書:すまし| 松たけ》
  小ちよく《割書:からし| みそ》

引テ
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく)《割書:くるみしやうゆ| 焼なすび》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:せんば| いとこんにやく|  さつと上ケ| みつば| せうろ》
           吸物(すひもの)《割書:すまし| ぶとう| つきぐり| こせう》

㊄茶碗(ちやわん)《割書:あんかけ| ごまとうふ| 長いも| すりせうか》
            
《割書:㊄|㊂》くは碗《割書:あづき煮|牛蒡(ごぼう)》    くはし

    已上

〇あづき煮牛蒡は八月の部にくはし
〇ぶとうはかはをむきておか入にすべし
〇さきなすびはへたのところに大?小にとり
 さゝづきほどきりかけをなしおきまつ
 やきにし膳いだす前に引さきて其まゝ
 もりつくべし
〇すいものゝふどうはかはをむきへぎくりとも
 おかいれにすへし

【右丁】
  同  精進(しやうじん)  同
 生盛(いけもり)《割書:しらす| かいふんのり| びしゆかん| れんこん》 汁(しる)《割書:白みそ| かもうり| しいたけ| □□し》

 坪(つぼ)《割書:こくしやう| まつ前麩| 牛蒡| 岩たけ》   飯(めし)
      香物

    二
㊄さしみ《割書:すいせん|けんちん|かうたけ|  わさび》 汁(しる)《割書:すまし|ふと| もそく|  せうか》
  小ちよく《割書:いりさけ》

引テ
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく)《割書:にくあへ| ゆりね|小まつたけ》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:せんば| ゆは| あわむし|    くり| ひらたけ|  こせう》
          吸物(すひもの)《割書:すまし| せうろ|  わさび》
《割書:㊄|㊂》くはし碗《割書:くすに| 平うとん| しいたけ| 青み》

㊄茶碗(ちやわん)むし《割書:かぶらむし| あんかけ| しめし| てうろき| きくらげ| あげふ| くわゐ


    已上

〇まつまへ麩はこふをまぜたる ふなり
〇あさむしのくりはくりのかはとりてくず の
 ときたるにつけ あわをこかしてむすべし
 おか入
〇かぶらむしはかやくを入うへゝかぶらのかろ
 しをたくさんに入てむしくずあんを
 かけいだす《割書:但し》くずあんすこしからめ
 にすべし

【右丁】
  秋三月/魚類(ぎよるい) 同

 生盛(いけもり)《割書:生す| た い| 木うり| 岩たけ》      汁(しる)《割書:ふくさ| つまみ|  はも| 五ぶぜり》

 坪皿(つぼ)《割書:□くしやう【こくしやうヵ】| いせゑび| しめじ| ぎんなん》飯(めし)

      香物

    二
㊄差味(さしみ)《割書:しほ引| さけ|まつな》      汁(しる)《割書:すまし| た い| もうそう》
   小ちよく《割書:いりさけ》
 引テ
《割書:㊄|㊂》猪口《割書:青あへ| とりかひ| 大こん》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:せんば| あめのうを| 大じいたけ| せ り》
            吸物(すひもの)《割書:すまし| へきがい| せうがのせん》
㊄茶碗(ちやわん)《割書:あんかけ| きんこ| はつたけ》
            くはし
《割書:㊄|㊂》くはし椀《割書:うすくず引| 鱧(はも)| 平うとん》

    已上

〇つまみはもははもをよくすりくすのこさけ
 すこしくはへて ゆびさきにて つまみに
 こむへし
〇いせゑひは かはをさり小口きりにして
 小口にすこし庖丁めを たつよこに 入て
 にるべし
 また たゝきにして くずにてよせたるも
 よし

【右丁】
  同 魚類(ぎよるい) 同

 生盛(いけもり)《割書:生す| くまのさば| いはたけ| 大こんおろし》   汁(しる)《割書:赤たし| こ い| 干ざんせう》

㊄坪(つぼ)皿《割書:くず煮| 魴《割書:まな|がつお》| 雪子|  しいたけ》    飯(めし)

     香物

    二
㊄さし味(み)《割書:むすび| きすご| 大こん| 木くらけ》    汁(しる)《割書:すまし| さゞゐ| なめたけ》
    ちよく《割書:いりざけ| わさひ》

 引テ
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく)《割書:もろみあへ| きんこ| かぶら角切》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》茶碗(ちやわん)《割書:しきみそ| 鯛やきめ付| 松露(せうろ)》
             吸(すひ)もの《割書:せにきり| は も| みる》
《割書:㊄|㊂》くはし椀(わん)《割書:せんば| はも|  すりみ| しめし》
             くはし
 中皿(ちうざら) 焼まつたけ
    
    已上

〇せにぎりはほそきはもをまるきりにう
 すくつくうぃたるをいふ
〇やきめ付は 鯛のきりみをさつと 湯煮し
 やきめを付べし
〇ちよくのかふうは 小角きりにしてよし
 きんこ 小口ぎりよし
〇くはしわん すりみは つまみはもになしても
 よし

【右丁】
  同 精進(しやうじん) 同

 生盛(いけもり)《割書:生す| しらが大こん| しいたけ| せんべいふ| くりめうど》   汁(しる)《割書:ふくさ| かもうり| 竹わとうふ| からし》

《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:せんば| 大玉ご|  ゆば| しめじ| 青こぶ》     飯(めし)
     香物

㊄刺味(さしみ) 《割書:けんちん|岩たけ|水せん》   汁(しる)《割書:赤みそ| つまみ菜| とうが□【とうがらしヵ】》
    ちょく《割書:いり酒》

 引テ
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく)《割書:白あへ| れんこん| さゝぎ》

【左丁】
㊄茶碗(ちやわん)《割書:くす煮| 青そば| 長いも| やきくり》
            吸もの《割書:すまし| しめし| 又は| なめたけ|  にても》
㊄中皿(ちうざら)《割書:さけに| かうたけ| はじかみ》
            くはし
《割書:㊄|㊂》くはし椀(わん)《割書:こせうみそしき| かぼちや| にしきぶ| いはたけ》

    已上

〇青そばはそはやにてあつらへすいのふに入て
 あつゆをかけおか入にすべし
〇長いもはせいろうにてむしかはをさり
 くず煮かげんしてよきしふんに に
 こむべし かくべつによし
〇かぼちや もよきほどにきりて さかしほ
 をよくにかへして せうゆかげんしあぢ
 をつくべし

【右丁】
 同  精進(しやうじん)   同

  生盛(いけもり)《割書:こゆず| しうろ|  ごばう| いはたけ| 小角ふ》   汁(しる)《割書:白みそ| むかご| 小うふな| あさくさのり》

㊄ 坪(つぼ)《割書:うすくず| はんへい麩(ふ)| しめじ| 青さゝげ》   飯(めし)

    香もの

    二
㊄ さし味み 《割書:おろし| 大こん| あげふ| うみ|  さうめん》 汁(しる)《割書:すまし| むすび| とうふ| せり|  □し》
   小ちよく《割書:いりさけ》
 引テ
《割書:㊄|㊂》 猪口(ちよく)《割書:紅さとう| にうめ》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》 茶碗(ちやわん)《割書:青みそしき| 牛蒡|  あわむし| 長いも| 梅干ふ》
           吸物《割書:ゑちごみそ| せうろ》

《割書:㊄|㊂》菓子碗(くはしわん)《割書:うすくずに| 小ひりうず| まつたけ| かもうり|  わさひ》
          くはし
 中皿(ちうざら)《割書:いとうり| でんがく》

    已上

〇いとうりふたつにわり でんがくにすべし
 《割書:但し》とうからしみそなり
〇べにさとうはゆきじろさとうにべにをと
 きてそむべし
〇小ひれうずは とうふをよくすり くるみつまみ
 かやをいれ つまみてごまの あぶらにて
 あぐべし
〇かもうりは うとんのごとく ほそきりにす
 べし

【右丁】
 同   精進(しやうじん)   同

  生盛(いけもり)《割書:しらす| かぼちやせん| あげふ| しいたけせん》   汁(しる)《割書:ふくさ| じゆんさい| 小いも|  おちこ| からし》

㊄ 坪(つぼ)《割書:うすくず| ぜんまい|   ゆば| かしらいも| きくらげ》   飯(めし)
    かうのもの

    二
㊄ さし味(み) 《割書: すいせん| れんこん| 大こん》  汁(しる)《割書:すまし| しめし| 青□□【青こぶヵ】》
   小ちよく《割書:三ばいす》

 引テ
《割書:㊄|㊂》 猪口(ちよく)《割書:きんさんしあへ| 小角くり| いと木くらけ》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》 茶碗(ちやわん)《割書:さけしたて| もろこしぶ| ひらたけ| おろしわさび》
           吸物(すひもの)《割書:すまし| へぎゆりね| にうめぼし》
《割書:㊄|㊂》くわし碗《割書:うすくずかけ| 青うどん| かもうり| やきぐり》
           くはし
 中皿(ちうざら)《割書:さんせうみそ| 牛蒡| でんがく》

    已上

〇ぜんまいゆば は ぜんまいをまき いれたる 也
 ゆばやへあつらへべし
〇小かく ぐりは くりのしぶかはをとり 小かくに切
 さつとゆにし木くらげを ほそ〴〵ときざ
 みて ともにあへてよし
〇中ぶとの ごぼう三本 または五本ほどなら
 べ くしにさしてやくべし
〇くはしわんのかもうり はべつによくあぢを
 つけておか入

【右丁】
 十月   魚類(ぎよるい)   同
  生盛(いけもり)《割書:゜さけ| うすみ細切| たんざく|    大こん| くりせう□| きんかん》  汁(しる)《割書:ふくさ| 赤 貝| よめな》

㊄ 坪皿(つぼ)《割書:みそ煮(に)| 小はなゑひ| きくらげ| 白さゝげ|  わりざんせう》  飯(めし)
     香のもの

    二
㊄ 刺味(さしみ) 《割書: いか細作り| さより細作り|  わさび|  □□□さけ|【ほそくつりさけヵ】》汁(しる)《割書:うしほ| 鯛| ふきの□□【ふきのとうヵ】》
引テ

《割書:㊄|㊂》 猪口(ちよく)《割書:てんぶあへ| 鯛| 紅せうが》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》 平皿(ひら)《割書:せんば| 鳫| さゝがき| 牛蒡| せうろ》
           吸物(すひもの)《割書:くすこ| 白うを》
《割書:㊄|㊂》茶碗(ちやわん)《割書:あんかけ| 鱧| 新漬松茸》
           くはし
 中皿(ちうざら) 《割書:うなぎ|長いも| 焼て小口切》

    已上

〇でんぶあへ は たいをつくりおとしを其まゝ
 でんぶにてあへるなり べにせうがは 切かさ
 ねよし
〇はなゑびは前に同し
〇さけのうすみばかり ほねをよくとりて ほそ
 ぎりにすべし
〇さしみ いかもさよりも同しほそつくりにして
 もりわけいだすべし
〇茶わんはもゝ松たけも一緒にむすべし
  

【右丁】
  同  魚類(ぎよるい)  同

 生盛(いけもり)《割書:ます| 鯛(たい)| くしこ?| しらが大こん》   汁(しる)《割書:ふくさ| かき| ねぎ|  しろ根》

      香物    飯(めし)
 
     二
㊄坪(つぼ) 《割書:わさびみそかけ| 白うを|  むして|紅たまご|てうろき》
           汁(しる)《割書:すまし| へぎ貝》
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく)《割書:湯引鰹(ゆびきのかつほ)| おろし大こん| すせうゆかけ》

 引テ
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:せんば| 鴨(かも)| なめたけ| 葉付かぶら》


【左丁】
㊄茶碗(ちやわん) 《割書:鯛(たい)てんふら|かけぜうゆ|とうがらし》
             吸物(すひもの)《割書:すまし|□ むすひ| きすご|  のり》
《割書:㊄|㊂》菓子椀(くはしわん)《割書:せんば| あま鯛(だい)| 青こふ》
             くはし
 中皿(ちうざら)《割書:むし| きじ| さきて| あんかけ》

    已上

〇紅たまご は せうゑんじといふゑのぐにべに
 少しまぜ たまごを にぬきにしてそめべし
 そめあげて たつに ふたつにわり四ツわりにも
 して もり 合すべし
〇てんふらは 切身とうどんこ又はくずのこに
 まぶして ごまのあぶらにてあくべし
〇きしは肉をよくむしてよきほとに引
 さきて□づ【くづヵ】あんをかけてよし

【右丁】
  同   精進(しやうじん)  《割書:二汁《割書:本》七菜|一汁  五菜|一汁  三菜》

㊄盛分(もりわけ)《割書:こまず| しらが大こん| みしまのり| 岩たけ| 紅すいせん| くりせうが》   汁(しる)《割書:ふくさ| 竹わどうふ| せうろ| 青のり》
    香のもの   飯(めし)

   二
《割書:㊄|㊂》 坪(つぼ) 《割書:あんかけ| あふみ|  かぶら|   むして|  やきくり》
           汁(しる)《割書:すまし| 鼠(ねずみ)たけ》

《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく)《割書: 梨子(なし)| 蓮こん|黒ごま| みそあへ》

引テ

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:せんば| よせゆば| 大くわゐ| せり|  ゆ》
           吸物(すひもの)《割書:すまし| すいせんじ|にうめほし》
㊄茶碗(ちやわん)《割書:さけじたて| まるあげ|  とうふ| 大こんおろし》
           くはし
 中皿(ちうさら) 《割書:むし芋(いも)|わかめ》

    已上

〇まるあげ どうふを四ツきりにしてさか
 しほにてよく〳〵 たきしめせうゆさして
 かげんし大こんおろしさつとふりのせて い
 だすべし
〇もりわけは ぐをいづれももりわけてのちこま
 ずをながし入べし
〇大ぐはゐまるむきあるひは にしきにして
 よし

【右丁】
  同   精進(しやうじん)  《割書:二汁《割書:本》七菜|一汁  五菜|一汁  三菜》

㊄生盛(いけもり)《割書:生す| いはたけ|  けんちん|しらが|  大こん| 紅すいせん》   汁(しる)《割書:ふくさ| はすいも| くろごま|    あん》

《割書:㊄|㊂》 坪(つぼ) 《割書:くづあんかけ| 新つけ| まつたけ| かぶら》   飯(めし)

    香物

《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく)《割書:白あへ| れこん|新ぎんなん》   汁(しる)《割書:すまし| もうさう|  竹のこ|  うすまき》

 引テ 

《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:せんば| まつまへ|   ふ| くだ|  ごばう| ふき大こん》

【左丁】
㊄茶碗(ちやわん)《割書:ひきちやみそしき| ごまどうふ| 長いも| く り》
          吸物(すひもの)《割書:すまし| なめたけ| せうがせん》
《割書:㊄|㊂》菓子椀(くはしわん)《割書:さとうずけ| かもうり|  大角切| 小うめほし》
          くはし
 中皿(ちうざら)《割書:からしすみそ| くろかは| □しも》

    已上

〇いはたけを ひらゆばにてまきあげる 《割書:但し》
 いはたけあぢをつけ置べし
〇ふき大こんは弐寸ばかりにきりて もとをのこし
 たつに こまくきざみ又よこにしてきざみ
 水に付おき にごみ
〇かもうりあら付置 梅干し小うめぼし水に付おき
 さとうを水を入よく にへしくずをときて
 あんにしかけいたすべし

【右丁】
  霜月  魚類(ぎよるい)  同

 膾(なます)《割書:二はいす| 生海鼠(いかこ)| 大こんおろし| きんかん》    汁(しる)《割書:くふさ| 火(ひ)どり鯛(たい)|  きりみ| わきり|  大こん》

 坪(つぼ)《割書:あんかけ| むし蛎(がき)| からし》     飯(めし)
     香物

    二
㊄差味(さしみ)《割書:なんばず| 赤 貝| ひじき| せ り》     汁(しる)《割書:すまし| まてがい| 浅くさのり》

 引テ
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく) 《割書:たまごみそあへ|しらうを》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:せんば| 生がい細作り| よせ 麩| しいたけ》
            吸物(すひもの)《割書:すまし| 川ざこ|  干榎のたけ?》
《割書:㊄|㊂》くはし椀(わん)《割書:くずかけ|浜やき鯛(だい)》
            くはし
㊄茶碗(ちやわん)《割書:玉子とぢ| 鴨(かも)| さはら| 木くらけ》

    已上

〇火取鯛は切みをくしにさしやきめを付て
 しるに入煮上ケさしこみ
〇よせふは ふに魚のすりみを入て にる也
〇はまやき たいは ほうろくに塩を入その
 上に青葉をしきてきりみをのせ ふたを
 してひ火にかくべし
〇茶わん たまことぢ 又はやきぐり くわゐを
 入て茶わんむしもよし

【右丁】
  同   魚類(ぎよるい)  《割書:二汁《割書:香》七菜|一汁  五菜|一汁  三菜》

《割書:㊄|㊂》大猪口(ちよく)《割書:いり酒ため|生だら平作|くらげ|わさひ| 花かつほかけ》   汁(しる)《割書:うすなつとう汁| 竹輪(ちくわ)かまぼこ| こま〳〵菜》

 小皿(こざら)《割書:とうがらし|ちんひ|わりねぎ|からし》    飯(めし)
    香のもの

   二
㊄差味(さしみ) 《割書:鮒(ふな)|岩たけ》    汁(しる)《割書:しほじたて| いりかき| 五部ぜり》
    ちよく 生ず

引而
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:うすくず| 鳥| みそたゝき| ぎんなん| 木くらげ|  わらひ》

【左丁】
㊄茶碗(ちやわん)《割書:しきみそ| このしろ|  せだし| 大かぶら》

《割書:㊄|㊂》くはし椀(わん)《割書:せんば| 鴨| なめたけ| てうろき》

           吸物(すいもの)《割書:すまし| あまだい| つく〳〵し》

    已上

〇鳥みそたゝきは小鳥たゝきに 白みそをたゝ
 きませ大きくまるめ にごみ
〇このしろかぶらともに むすべしみそは
 こせうまたはとうがらしみそさんせう
 みそよし
〇茶わんをくはしわんにふりかへて茶わん
 むしにしてもよし
〇あまだい は すべてうろこをふき小角に
 きるべし

【右丁】
  同   精進(しやうじん)   同

盛分(いけもり)《割書:いりざけ?| いはたけ| けんちん| たんざく|  大こん》  汁(しる)《割書:くろまめ| ちくはいも| 白あづき|おとしからし?》

㊄ 坪(つぼ)《割書:丸ゆば|さがら麩| さつとあぶら|    上ケ|山せう| みそかけ》 飯(めし)

       香物
    二
㊄ さし味(み)  《割書:根(ね)いも|青こぶ|木うり》  汁(しる)《割書:すまし|つく〳〵し|  せり》
    ちよく 二はい□【二はいずヵ】

□テ【引テヵ】

《割書:㊄|㊂》 猪口(ちよく)《割書:□たし【ひたしヵ】| ふきのとう| 木口かや》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:せんば| しあん麩| やきぐり| しいたけ》
          吸物(すいもの)《割書:平(ひら)たけ| せうがせん》
《割書:㊄|㊂》 茶碗(ちやわん)《割書:くず煮| 松露(せうろ)| くるみかけ| せうが》
 
 焼(やき)もの《割書:長 芋| いろ付|  柚みそ》

    已上

〇ちくは いもは 長いもかはをむきさつとゆに
 し こぐちぎりにし 真中を小がたなにて
 くりぬくべし
〇しあんぶはふ壱升にとうふ小半丁少し
 山のいもおとしてしほすこし入よくすり
 まぜゆにしてもちゆべし
〇せうろをくずにてよく煮て くるみを火
 どり 小ざいにきざみふりかけ せうがとの
 せいだすべし

【右丁】
  同  精進(しやうじん)  同

㊄指味(さしみ) 《割書:しらかうど|あげふ|天もん冬》   汁(しる)《割書:ふくさ| むかご| わかめ》

 坪(つほ)皿《割書:白あづきいとこに| しらいと|   いも| しめどうふ| くわゐ》  飯(めし)
     香之物

    二
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく)《割書:にくあへ| ぎんなん| かうたけ| かんひやう》    汁(しる)《割書:赤みそ|かいわりな》

引テ
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら) 《割書:せんば|よせゆば|しいたけ|かいふのり》

【左丁】
㊄茶碗((ちやわん)《割書:とうふじめ| ひらたけ| にしきぶ| ゆりね| やきくり| 木くらけ》

㊄くはし椀《割書:うすくず| 小ぐらばす| かはごぼう| 糸こんにやく》

     吸もの《割書:すまし| もうそう| 小にうめ》

    已上

〇しめどうふは とうふを 五ツほどにきりて
 かみに ひとつ〳〵つゝみ はいの中へ入おくべし
〇小ぐらばすはれんこんをすりおろして
 うどんのこを入れ よきほどにまるめて
 むすべし
〇しらいと いもは長いもをまるむきにし
 小がたなにて しんこのかたにきざを いれ
 たるなり


【右丁】
  十二月 魚類(きよるい)  同

 生盛(いけもり)《割書:□にず【うにずヵ】| ほ ら| くらげ| 大こん》汁(しる)《割書:かぶら|おろし汁| かき| 五部ぜり》

㊄坪(つほ)《割書:こくしやう| もうを|  皮引| 背きり| わりざんせう》    飯(めし)
     香物

   二
㊄差味(さしみ)《割書:さ け|゜さばきゑび| う と》    汁(しる)《割書:うすしほ| たら切み| 若和布|  こせう》
    ちよく いり酒
引テ

【左丁】
《割書:㊄|㊂》大猪口(ちよく)《割書: い か| からたけ| 青あへ》
          吸物(すひもの)《割書:すまし| □も|  つく〳〵し》
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:うす粕煮(かすに)| 雁| さきねぎ| 木くらげ》

《割書:㊄|㊂》菓子椀(くはしわん)《割書:せんば| 鯛(たい)| はなごばう| 松 ろ》

    已上

〇さばきゑびは ゆにしかはを さりみはかり
 壱寸ばかりにきり又それをこまかく引
 さくべし
〇うすかすには さけのかすを 水にてときだし
 か■んしてたくべし
〇うにずはきすにすこしさけをませてとく
 べし

【右丁】
  同   魚類(ぎよるい)  《割書:二汁《割書:本》七菜|一汁  五菜|一汁  三菜》

 角皿(かくざら)《割書:なまこ|生海鼠|  小たゝみ| わさひ|生す》    汁(しる) 《割書:小鳥(ことり)| たゝき|干柴(ひば)》

㊄差味(さしみ)《割書:生だい|生うつほ》     飯(めし)
  小ちょく《割書:おろし|  せうゆ》
    香物

   二
 貝焼(かいやき) 《割書:鰆(さはら)|生 貝|たまこ|小くわいゐ|□り【せりヵ】》汁(しる)《割書:うしほに| しらうを| 松 露| めうと》

《割書:㊄|㊂》ちよく 《割書:ひしこ漬(つけ)|あさつき》

【左丁】
引而
《割書:㊄|㊂》平皿(ひら)《割書:せんば| こち火取|  つゝ切| ひらたけ|    青み》
            吸物(すひもの) 《割書:むすび|きす》
《割書:㊄|㊂》くはし椀(わん)《割書:ふろふき| 大こん| 鴨みそかけ| とうがらし》

㊄茶碗(ちやわん)《割書:さけ煮| 丹後/鰤(ぶり)| 鋪かつほ》

    已上

〇かもみそはかもの身を ちいさくきりさけにて
 よく 煮あげすこし煎付ほどにして 冷しみそ
 并うほのすりみすこし くはへすりませる也たゞし
 かたき は あしくよきほど に みつだし汁にて
 のばし また煮返してかけるなり
 一大こんもかつほの水出しに みつ半ぶんほ
 ど まぜてよくにるべし
〇なまこはきりかさねにして 生すをかけて
 いたすべし

【右丁】
  同 精進(しやうじん) 同

㊄あたゝめ《割書:けし酢あへ| 大こん| 椎たけ| ゑだ柿| くりせうろ| 金かん|  むきかけ》  汁(しる)《割書:うすなつたう| 榎(えのき)たけ| ざく〳〵とうふ| こま〳〵な》

 中皿(ちうざら)《割書:粉とうからし|からし|しほりねき》   飯(めし)
     香物

    二
《割書:㊄|㊂》坪(つぼ)《割書:みそ煮(に)| 小くらふ?|くわゐ| 木くらげ| くるみ色》    汁(しる)《割書:すまし| さんぎとうふ|  あ□□あげ【あふらあげヵ】| 大 こん|  いてう》

引テ
《割書:㊄|㊂》猪口(ちよく)《割書:煮(に)うめ|こほり|  おろし》

【左丁】
㊄茶碗(ちやわん)《割書:うすくず| むすひ|  ゆば| ぢく牛蒡| せうろ》

《割書:㊄|㊂》くはし椀《割書:せんば| いとこんにやく| やきぐり| うめぼし》
        吸物(すひもの)《割書:すまし| もうそう|  たけの子| 青こんぶ》

        くはし
    已上

〇なまび氷どうふ あす客なさんとおもふ前
 のよる とうふを五ツ六ツにきりて にへゆに入
 て にやしめすきかごに わらをすこししき
 そのうへに ならべものほし のさきまた は
 高く竹を たてゝそのさきへ引あげ おく
 べし□【寒ヵ】夜にはよく こほるものなり
 《割書:但し》こほるほどの寒夜なればしめとうふ
 にしてよし しめどうふは とうふを三ツ
 四ツにきり かみにつゝみ はいにうづむべし

【右丁】
  同  精進(しやうじん)  同

㊂生盛(いけもり)《割書:しらす| つく〳〵し| 上けふ| 大こん| く り|  せうが》   汁(しる)《割書:白みそ| せうろ| はつきかぶら| からし》

㊄坪(つぼ)《割書:さんせうみそに| まつまへ|  どうふ| をはらぎ|    牛蒡》   飯(めし)
   二
㊄さし味(み) 《割書:はすいも|くずきり|いはたけ》  汁(しる)《割書:すまし| 小□めほし【うめほしヵ】| 青こんぶ》
    ちよく いりさけ

 引テ
㊄猪口(ちよく)《割書:青みそ| くろまめ| ゆりね》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》茶碗(ちやわん)《割書:くずに| 平うどん| 丸むきかふら| やきぐり》

《割書:㊄|㊂》くはし椀《割書:せんば| つかみ| ひりやうす| つけまつたけ| おしくわへ》

     吸物(すひもの)《割書:すまし| 初わらひ|せうがせん》

  くはし

    已上

〇まつまへどうふはこふを入たるとうふなり
〇小原にごほうは こほう を ほそくわりて
 たはねたるなり
〇つかみやりやうすは つねのひりやうのごとく
 かやくをかやくを入て 手にてつかみそのまゝ あけ
 たるなり
〇おしくはへはよく かけんしてたき 上け
 ふきんに つゝみおしつぶし おか入

【右丁】
  同  精進(しやうじん)  同

㊂生盛(いけもり)《割書:三はいず| すいせん| いはたけ| みる》    汁(しる)《割書:白みそ| 小かふら| あづき|  からし》

㊄坪(つぼ)《割書:うすくず| しきしふ|   五まい| せうろ》    飯(めし)
     香のもの
   二
㊄刺味(さしみ)《割書:きをんばう|青こんぶ|きくらげ| くり》    汁(しる)《割書:すまし| たぬき|  しる》
     ちよく 《割書:いりさけ》

引テ
㊄大猪口(ちよく)《割書:□みそあへ| つく〳〵し| からたけ》

【左丁】
《割書:㊄|㊂》茶碗(ちやわん)《割書:とうふじめ| ひらたけ| やきくり| ふ| ゆりね》

《割書:㊄|㊂》くはし椀《割書:せんば| つけ竹子| よせゆは| しいたけ》

    吸(すひ)もの 《割書:すまし| なめたけ》
  くはし

    已上

〇たねきじには こんにやく つめにてかきごまの
 あぶらにてさつと あげすまし
 《割書:但し》五ぶせりちらし
〇しきしぶ ふやへあつらへいろがはりにすべし
〇大ちょくつく〳〵しよくゆで あく出しすべし
 もしつく〳〵しすくなくて さひしけれはきん
 なんを 入れ三いろにしてよし
〇つけ竹のこよく〳〵しほだしすべし

【右丁 文字無し】
【左丁】
  四季(しき)
    台引(だひびき)
【上段】 

 小板(こいた)かまぼこ
 せ んだい子籠(ここもり)鮭(さけ)

 生貝(なまがい)いろ付/煮(に)    
 やき小とり       
                 
 鯛(たい)きりみ      
 《割書:とうがらしぜうゆ|      いろ付》
 鯛(たい)きりみ
   《割書:うすづけ》
 火取わかめ

精進
 山の芋(いも)
  《割書:こせう醤ゆ》
  つけやき
【下段】
 海老(ゑび)
 ますいろ付

 ひばり
  《割書:さんせう醤油|    付やき》
   

 ますいごいろ付
  《割書:いり付牛蒡》
   


 きをんぼう
  《割書:とうがらしみそ》
    付やき

【右丁】
【上段】
 夏
  ぼたん海老(ゑび)
  《割書:生貝さんせう|    みそ|   でんかく》

 蛸(たこ)やはらか煮(に)
 たいらき
   しほやき

 烏賊(いか)
  色付焼

 ます
  うすつけ

精進
 長ゆば
 《割書:とうがらし》
   いろ付

 さゝぎ
  むすびて
   てんふら
【下段】
 焼(やき)あゆ
  すいり

 せいご色付
 塩引(しほひき)鮭(さけ)おき合

 あぢ塩(しほ)やき
  たで す

 鴫(しぎ)
  いろ付焼(つけやき)


 かぼちや
 とうからしみそ
   でんかく


 浅(あさ)くさのり
 《割書:うす醤ゆ|  かさね付焼》

【左丁】
【上段】

 いせ海老(えび)
 ふきみそ
  でんがく

 さはら
  いろ付焼

 鮭(さけ)
  《割書:あんかけ|すりせうが》

 鮎(あゆ)
  《割書:さんせうみそ|でんがく》

精進
  ひらたけ
   《割書:とうがらしみそ|  でんがく》

 ふさ大こん
  てんふら
  紅じほかけ
【下段】
 いな《割書:かしら|おとして》
  さんせうみそ
   でんがく

 車(くるま)ゑひ
  からすみ

 花(はな)ゑび
  しほやき

 ひらめ
  ごまぜうゆ
    いろ付


 小なすび
  でんがく


 浅(あさ)くさのり
  ころもかけ
    てんふら

  

【右丁】
【上段】

 山鳥(やまとり)
  ふきみそ
   でんがく

 むすびさより
  塩(しほ)ふり焼

 うなぎ
  てんふら
   やきしほ

 小(こ)ごな
  すゞめやき

精進
  ゆりね
   ころもかけ


 から巻(まき)すし
  はじかみ
【下段】
 甘(あま)だい
  みそじやうゆ
    付やき

 鮎(あゆ)かすつけ
  ふき煮ざんせう

 きすご
  しほいり

 赤(あか)ゑい
  山せうみそ
   でんがく


 牛蒡(ごぼう)
  ふきみそ
   でんがく


 じねんじよ
  しほむし
 さとう


【左丁】
  《割書:四季》重引《割書:花 小皿引》
【上段】

 鰆(さはら)
  あんかけ
   せうが
 
 生貝(なまがい)
  くす煮(に)

 むきみ大蛤(おほはまぐり)
  ふきみそ
      煮

精進
  近江かぶら
   くずひき

同 糸(いと)ごんにやく
       くす煮
   あさくさのり
     

【下段】
 鱧(はも)すり身
 たまごむし

 あんこう
  しほなすひ
   みそ煮

 鱒(ます)
  ゆきこ椎茸 
   くす煮


 れんこん
  みそ煮
 こせう

同 くずかけ
  おしくわゐ
   からし

【右丁】
【上段】

 床ぶし
 和らか煮
   こせう

 はもせにぎり
 じゆんさい
   くず煮

 赤(あか)ゑい
  さんせうみそ煮

 ゑびはん平
  くす煮

精進
 たけの子
  いりだし
 大こんおろし


 角(かく)九年母(くねんほ)
  あんかけ
 せうろおろし

【下段】
 鯉(こい)せぎり
  山椒みそ
    にこごり
 
 しんせう
  くす煮
  ふりねぎ

 ゑび
  くそく煮
  わりざんせう

 いりこ
  小いも
   みそ煮


 なすひ
   でんかく


 くだ牛蒡(ごはう)
  あさくさ
     のり

【左丁】
【上段】

 鰹(かつほ)くづし 
  五分ねき
   くす引

 やはら半平(はんへい)
  柚のせん
  くづかけ

 塩鴨(しほかも)
  さゝかき牛蒡(ごほう)
   
 うなぎ
  たまごとぢ

精進
  ねいも
   くす煮
   からし

 しいたけ
  からむし
   きくらけ

【下段】
 へぎ生貝(なまかい)
  たまごとぢ
    こせう

 さゞい
  わた煮(に)
    こせう

 焼目(やきめ)いか
  うすくす煮
  こせう

 はまぐり
  はもじめ

 かもうり
  さとうかけ

 きんなん
  木くらけ
   くずひき

【右丁】
【上段】

 山とり
ふきみそ
  かけ

 白(しろ)うを
  なまこむし
   あんかけ

 小鮒(こぶな)
  青こんふ巻

 いゝだこ
  いりつけ

精進
 ちやせん松たけ
  しんくはゐ
  うすくず引

 しんかぶら
 ごまあん
  かけ
【下段】
 むし雉子(きじ)
  《割書:さきて》あんかけ
 《割書:からし》

 口(くち)じほたら
  もやしうと
   うすくすに

 玉子(たまこ)
  そうめん
   くずかけ

 こち
  すつほん煮
  ふりねぎ

 むしなじ
  あんかけ
 せうがはり

 せうろ
 からみ大こん
  くずひき
【左丁】
【上段】

 ゆしめじ
  かけ醤ゆ
   すりゆ


 長(なが)いも
  さとうあかみそ


 塩(しほ)やき
  とうふ
  たですかけ


 かもうり
  うどん切
   くずにわさび


 うどんふ
  くずひき
  おろし大こん
【下段】

 むしにうめ
  左白(さとう)かけ


 青み大こん
 太(ふと)牛蒡(ごはう)
  せうが みそ


 小/柚(ゆ)がま


 大せうろ
 からみ大根
  くず引


 すくひゆば
  くずあんかけ

   已上

【右丁】
   料理(れうり)の心得(こゝろへ)
一/料理(れうり)は塩梅(あんばい)はもちろん取合(とりあひ)盛(もり)
 方(かた)心得(こころへ)第一也/先(まつ)取合(とりあひ)は青(あを)黄(き)
 赤(あか)白黒(しろくろ)を専(もつはら)とす又/
盛方(もりかた)は
 円(まうろく)方(かく)長(なが)短(みじかき)を考へ山水(さんすい)をかたどる
 心得あるべし何程(いかほど)厚味(こうみ)佳品(かひん)なり
 とも取合(とりあひ)盛方(もりかた)のあしきは不(ふ)馳走(ちさう)
 のうひと心得(こゝろえ)べし
一/加減(かげん)第一也/尤(もつとも)辛口(からくち)ありあま口あり
 て数人(すうにん)の一々(いち〳〵)口(くち)に合う(あふ)やうにとては
【左丁】
 出来(でき)ざるものなりしかれどもその
 鰹(かつほ)出(だ)し昆布(こんぶ)出(だ)しにかきらず第一に
 出(だ)しのかけんを至極(しごく)叮寧(ていねい)になし置(おけ)
 ばたとへ客(きやく)の口(くち)によりてかげんは少(すこ)し
 かなはずとも塩梅(【あんばいヵ】)によりてうまく
 覚(おぼ)へ数人(すにん)の口(くち)にかなふものなり
 たとへ加減(かけん)はよくともうまからぬは
 塩梅(あんばい)のたらざる也されは塩梅は
 原(もと)にして加減(かけん)は後(のち)と心得べし
 大方(おほかた)の人/塩梅(あんばい)も加減(かげ
ん)もひとつ


 事とおもふは大(おほひ)なる誤(あやまり)なり
一/初(はつ)ものを馳走(ちさう)とあなしも覚(おぼ)ゆれ
 は客人(きやくしん)も馳走(ちさう)とすしかれども
 初(はつ)ものは何(なに)によらず至極(しごく)ぎんみ
 なされば用(もち)ひがたし外(べつ)して木(き)の
 子(こ)類(るい)は猶更(なおさら)なりたとへ早(さ)松茸(まつたけ)
 たり共(とも)その折(をり)の季候(きこう)によりて
 用捨(ようしや)あるべし尤(もつとも)河海(かかい)の初ものは
 よく山陸(さんろく)の初(はつ)ものはあしく海鱗(かいりん)
 の初(はつ)ものは膏(あぶら)うすく軽(かる)くして
【左丁】
 風味(ふうみ)各別(かくへつ)美(び)なり菓菜(このみな)ははし
 りは自然(しぜん)あぐ脂(やに)つよきとしるべし
一/遠来(ゑんらい)のち珍物(ちんぶつ)を求得(もとめう)れば唯(ただ)夫(それ)
 のみを馳走(ちさう)と心得(こころえ)他(ほか)の魚菜(きよさい)に
 心(こゝろ)を用(もち)ひざるは大(おほい)に興(けう)のさむるもの
 なり又(また)当時(とうじ)会席(かいせき)料理(れうり)などし
 て唯(ただ)異(こと)やうなる取合(とりあひ)を美(よし)として
 殊(こと)に盛合(もりあはせ)いたつてわつかにて三箸(みはし)
 に足(た)らず其上(そのうへ)厚味(こうみ)なるものは
 滞食(もるゝ?)などいひて一菜(いつさひ)もうまき
 








【右丁】
 ものあらねは客(きやく)へ対(たい)して失(しつ)
 礼(れい)とおもふべし真(しん)の会席(くはいせき)ならば
 格別(かくべつ)たなき馳走(ちそう)には必(かな)らずしも
 用(もち)【ゆヵ】り事(こと)なかれ或(あか)宗色(そうせう)の雑(さつ)
 話(わ)に何(なに)ほど風雅(ふうが)なる面白(おもしろ)き取(とり)
 合(あひ)料理(れうり)にても厚味(かうみ)一菜(いつさい)なくては
 茶(ちや)もうまく飲(の)めずといはれしが
 茶道(さどう)に於(おゐ)てもかくのごとく況(いはん)や
 饗饌(けうせん)に於(おゐて)を也
一/料理(れうり)煮方(にかた)に四季(しき)の心得あり
【左丁】
 先(まづ)春(はる)冬(ふゆ)はいかにもふつさりと見ゆる
 やうに庖丁(はうてう)の心得(こころえ)あるべく夏(なつ)秋(あき)は
 すんがりと見ゆるやうに為(なす)べしされば
 とて淋(さび)しく少(すく)なきはあしくたとへば
 魚菜(きよさい)とも平目(ひらめ)にすれば盛(もり)かた
 賑(にき)やかなり竪目(たてめ)なれば清冷(すんがり)と
 見ゆる爰(こゝ)を以(もつ)て考(かんが)ふべし強(あなが)ち
 竪目(たてめ)平目(ひらめ)と一概(いちがい)にいふにはあらじ
 煮方(にたか)加減(かけん)熱(あつ)きかけんの物(もの)は至(し)
 極(こく)暖(あたゝ)かにし冷(ひやゝか)なるものはひやゝか






【右丁】
 なるべし必(かなら)ず夏日(かじつ)なりとも煮(に)
 物(もの)さめたるは甚(【はなはヵ】)だ不馳走になる
 なり冬(ふゆ)の日(ひ)もこれに准(じゆん)すべし
一/器(うつ)物(□【ものヵ】)いつもより清浄(しやうじ)なるへし異様(ことやう)
 なる品(しな)は用ゆべからずこゝに一話(ひとつのはなし)
 あり或(ある)豪家(がうか)の商人(あきんど)兼(かね)而(て)珍器(ちんき)
 をこのめるゝが出入(ていり)之(の)道具屋(どうぐや)ある
 とき長(ながさ)四尺ばかり巾(はゝ)壱尺六七寸
 もある広蓋(ひろふた)のごとき器(うつわ)の中央(ちうわう)の
 左右(さゆう)に銀(ぎん)の環(くはん)を打(うつ)たりいかなる器(き)
【左丁】
 ともしれずといへども惣(そう)梨子自地(なしぢ)に
 して蓋(ふた)の内(うち)高蒔絵(たかまきゑ)の結構(けつこう)
 環(くはん)ならびに座(ざ)なんど誠(まこと)に手(て)を
 尽(つく)したる器物(きぶつ)なれば求(もと)めおきて
 珍客(ちんきやく)あらは用ゆべしと秘蔵(ひざう)せしが
 原(もと)より諸侯(しよこう)がたに館入(たちいり)する家な
 りしがいかなる折(をり)にや去(さ)る諸侯(しよこう)方(がた)
 此方(このかた)いらせ給ふ折(をり)からすはや此時(このとき)
 こそと此/器(うつわ)を大硯(おほすゞり)ぶたとし組肴(くみさかな)
 山のことく積重(つみかさ)ねて御前(ごぜん)へ出(いだ)せしに



【右丁】
 その立派(りつは)なる事(こと)目(め)を驚(おと■■)【おどろかヵ】せり
 高主(あるじ)も心中(しんちう)にかゝる器物(きふつ)は諸侯(しよこう)
 方(がた)たりとも持(もた)せ給ふまじ定めて
 褒詞(ほうし)を下(くだ)さるべしと伺(うかゝ)ひゐして
 大守(たいしゆ)も御覧(ごらん)付くれしが何(なん)の御(ご)
 沙汰(さた)もなく却(かへつ)て此/器(うつわ)に盛(もり)たる
 魚類(さかな)には手(て)を付(つけ)られすやがて
 近臣(きんしん)に命(あい)【めいヵ】じ下座(げざ)の方(かた)へ押(おし)やう
 せ給ひ何(■■?)となく不興(ふきやう)の体(てい)に見之
  ければ高主(あるじ)も大に案(あん)に相違(さうゐ)し
【左丁】
 其(その)うへ御(ご)不興(ふけう)に驚(おどろ)近臣(きんしん)を
 密(ひそか)に招(まね)き其(その)所以(ゆゑ)を問(と)ふに近臣(きんしん)を
 其故をしらざれば大守(との)に高主(あるじ)の
 心配(しんはい)を言上(ごんじやう)せしかば大守/微笑(びせう)し
 給ひ高主(あるじ)の心得(こゝろえ)に申/聞(きか)すべし
 鷹(たか)を飾るに鉾(ほこ)かざりといふ式(しき)あり
 鉾(ほこ)を横(よこ)たへ其/中央(ちうわう)に鷹(たか)をすへ
 その鷹(たか)の左右(さゆうの)鉾(ほこ)より緒(お)を下(さ)げ
 此(この)器物(きぶつ)の環(すはん)にかけて鷹(たか)の真下(ました)に
 釣(つる)なりこれ鷹(たか)の糞(ふん)をうくる器物(きぶつ)

【右丁】
 にして不浄(ふじやう)の品なり故(よう?)に取除(とりの)け
 させしと宣(のたま)ひしとなり又/予(よ)が知(ちつ)
 己(つき)の医師(ゐし)なにがし唐(とう)書画(しよぐは)は勿論(もちろん)
 唐(とう)器を愛(あい)せしが道具屋/唐製(とうせい)
 の古(ふる)き壷(つほ)を持来(もちきた)りしが此(この)医(ゐ)一目
 見るより手(て)にも取(とら)ずして復(かへ)したり
 其(その)のち病家(ひやうか)に数寄者(すきしや)ありて茶(ちや)
 事(じ)にて招(まね)かれ行くに飾(かざ)り付(つけ)たる
 水指(みづさし)以前(いぜん)に見たりし壷(つぼ)によく似(に)た
 りしゆゑ其/出処(しゆつしよ)を尋(たづ)ねしに此
【左丁】
 頃(ごろ)道具屋より求(もと)めしよしにていと
 驕(ほこり)りに答(こた)へしかばさすがに不浄(ふじやう)の
 器(うつは)ともいひかね俄(にはか)に腹痛(ふくつう)のよし
 いつはり茶(ちや)を喫(きつ)せず帰(かへ)りしと語(かた)
 られたり此(この)陶(つぼ)器は唾器(だき)とて唐(もろ)
 土(こし)にて病者(びやうしや)の嘔吐(おうと)をうくる器(き)な
 りとぞこれらは異(こと)やうなる器(き)
 をこのむがゆゑ却(かへつ)て恥辱(ちじよく)を
受(うく)る
 ことそがし
一/飯(はん)はこれ又(また)心(こころ)をもちゆべきの

【右丁】
 第(たい)一なり何(いか)ほどの馳走(ちそう)たりとも
 飯(はん)の加減(かげん)あしきときは馳走(ちさう)と
 ならず別(べつ)して冬(ふゆ)の日(ひ)には熱飯(あつはん)
 一種(いつしゆ)の馳走(ちそう)と心得(こゝろう)べしたとへ
 三汁(さんじう)十一/菜(さい)の饗応(きやうおう)なりとも
 第一/飯(めし)第二/本汁(ほんしる)第三/平(ひら)皿等
 此三種/別(べつ)して心を用(もち)ゆべし三/種(しゆ)
 よろしけれはおのづから料理(れうり)すゝむ
 ものなり
一/素人(しろうと)は庖丁(ほうてう)盛方(もりかた)などはじめは
【左丁】
 いかにも心(こころ)楽(たの)しく丁嚀(ていねい)なれとも
 切刻(きりきさ)み数多(あまた)になれば自然(しせん)退屈(たいくつ)
 して疎略(そりやく)になるものなり兎(と)
 角(かく)初中後(しよちうご)とも同(おな)し手際(てぎは)肝要(かんよう)也
 扨又/惣(さう)じて魚鳥(きよてう)山野(さんや)の産物(さんぶつ)等
 水(みづ)あらひ丁寧(ていねい)にすべしたとへ一遍(へん)
 にてよきも二/度(と)三/度(と)づゝあらうべし
 家具(かぐ)鉢皿(はちさら)のたくひも同し
一/精進(しやうじん)料理(れうり)取(とり)わけ塩梅(あんばい)加減(かげん)
 心得(こゝろう)べし魚類(きよるい)はたとへすこし

【右丁】
 かげんあしくとも魚鳥膏(うをとりのあぢ)にて
 物(もの)まぎれすれども精進(しやうじん)には昆布(こんぶ)
 干瓢(かんひやう)の出(だ)しばかりなれば猶(なほ)さら
 念(ねん)を入(いる)べき事なり
一/膳椀(ぜんわん)鉢皿(はちさら)其外/器物(きぶつ)ふき拭(□□)【ぬくヵ】ひ
 心(こゝろ)を付(つく)べし膳立(ぜんだて)早(はや)く做(なし)おき
 其まゝ出(いだ)すときは膳椀(ぜんわん)に埃(ほこり)つ
 もりあるひは香物(かうのもの)干(ひ)からひ□
 甚(はなはだ)不馳走(ふちさう)なりよつて膳(ぜん)を
 いたすときは一ツ(ひとつ)〳〵あらたむべし
【左丁】
 又/箸(はし)に心(こゝろ)を付(つけ)壱本々々よく
 あらため打べし其外いさゝかの
 事(こと)にても内外(うちと)の召(めし)つかひ又は
 料理人(れうりにん)に任(まか)せおき自然(しぜん)不行届(ふゆきとゞき)
 あらんときは高主(ていしゆ)一人に帰(き)して
 のがまゝ所なし
右の条々(でう〳〵)は皆(みな)古人(こじん)の戒(いまし)めおかなく
処(ところ)なれはゆるかせにな思給ひそ
此外(このほか)高主(あるじ)席上(せきしやう)の気(き)くはり配(はい)
膳(ぜん)の心得(こころえ)あるひは客(きやく)入/来(で)退(いり)出

【右丁】
の送迎(おくりむかへ)又/玄関(げんくはん)さき書院(しよいん)庭先(にはさき)
等(とう)の設(まふけ)に昼夜(ちうや)の心得(こゝえ)等(など)さま〴〵
あれど献立(こんだて)にかゝはらざる事
なればこゝにもらしぬ

   編者 東籬亭主人誌

【左丁】
文字無し

【裏表紙】

拳独稽古

TKGKー00036
書名  拳独稽古
刊   一冊
所蔵者 東京学芸大学附属図書館
函号  798/SAN
撮影  国際マイクロ写真工業社
令和2年度
国文学研究資料館

【題箋】
拳独稽古   完

神武一 ̄ビ掃_二-除 ̄シテ海東 ̄ヲ_一而四民楽 ̄ムコト
_レ業 ̄ヲ二_二-百-年于_一_レ茲 ̄ニ芻蕘 ̄ノ者 ̄モ往 ̄キ焉雉
兎 ̄ノ者 ̄モ往 ̄ク焉可_レ_二謂昌平之祥徴 ̄ト_一
哉近 ̄コロ拳戯大 ̄ニ行 ̄ル_二于世 ̄ニ_一雖 ̄モ_二偏地之野
老絶郷之頑夫 ̄ト_一行余能 ̄ク嗜 ̄ム_レ技 ̄ヲ焉
其為 ̄タル_レ戯也有_二射義授壺 ̄ノ之遺風_一

余絵事吟詠之暇 ̄マ与_二同遊山桜主
人_一相謀 ̄テ撰 ̄テ_二小冊子 ̄ヲ_一而授 ̄ケテ_二書肆 ̄ニ_一以為 ̄スモ_二
童蒙 ̄ノ之階梯 ̄ト_一亦彼 ̄ノ備 ̄フル_二皇矣
赫々之 ̄ノ余楽 ̄ニ_一而已
      揺舟撰【落款二】
【左丁】

物の流行する事かわり屏風の如く竹返しの掌(てのひら)
のごとし、其 掌(てのひら)にちなみある指戦(しせん)の遊を考るに、唐(もろこし)
に拇戦(ぼせん)といゝ酒令(しゆれい)といふ、五雑組(ござつそ)に精枚(せいばい)と見えたるも
うたかうらくは此事にや、ちんぷんかんはさておひて、抑(そも〳〵)
拳の戯(たわむれ)は大尽舞(だいじんまひ)にあらねども、かのよし原に名も
高き卍楼(まんじや)玉菊風流に錦を以て手を粧(よそふ)是拳
錦(まはし)の権輿(はじめ)也、扨中興の名人は車応(しやをう)といえる崎陽(ながさき)

人江戸に来りておしひろむ、二十余年の今に至て、
流行四里四方に行わたり、うくつ童(わらべ)より鳩つかむ叟(おきな)
まで、あるは八里半(やきいも)の薩摩(さつま)拳(けん)、または杖つく握(にぎ)り手にも、
指の工夫手のかわりに心をつくす、まして此道に遊べる輩(ともがら)
番付に肩をいからせ褌(まはし)に風流をつくす、されは双が岡の
法師も今の世に居なは、拳うたぬ男(おのこ)は玉の盃に底(そこ)なき
こゝちとかき、楽天(らくてん)といふ叟(おやぢ)も遥望人家(はるかにじんかを見る)拳(けんあれば)便入(すなはちいる)不論貴(きせんと)
賤与親疎(しんそとをろんせず)、などゝつくるなるべし、こゝに山水と称せる
一つらあり、始はわづかの下露にて、木の葉の股(また)をくゞり盃(さかづき)
浮(うか)める斗なりしも、今や末流(まつりう)大に広がりてやゝ呑(どん)
舟(しう)の魚(うを)をも生(せう)ぜんとす、其ひとむれの名に縁(えん)ある、山
桜 漣々(れん〳〵)なるもの、此流行につけこみて拳道初学
の階梯(かいてい)にもと、今古(きんこ)名たゝる大人(うし)達(たち)の茶話(ちやのみばなし)を集て、
独(ひとり)稽古(まなひ)と号(なづけ)たり、例(いつも)の朝寐(あさね)の眼(め)をこすりて、ろく〳〵
中をはくりかえさねど、えより漣(ぬし)々の筆力(ひつりよく)は、先刻(せんこく)承(せう)
知(ち)の事なれは先妙〳〵とうむるるならん、しからは一寸 開巻(かいくはん)

にうけ合 証文(せうもん)、かいつけてよとすゝめにまかせ、此 独(ひとり)学(まなび)と
申す本、随分(づいぶん)慥(たしか)なるものに御さ候間、野拙(わたくし)御うけに罷立、
初学の御方々に御覧に入候処実正也、宗派(しうは)はみな〳〵山水達、
見通(みとを)し白折(しらおり)等(とう)のあしき拳に無御坐候、為後日とかくの
如し
  文政十三
   とらの初春    桜斎寄山二
              【落款二個】
【左丁】
拳独稽古
     目録
一拳呼声の事      一しやくりて打拳の事
一初心稽古の事     一手を向ふへ打拳の事
一打様心得の事     一向ふへ打又手前へ打拳の事
一相手に向ひ心得の事  一間悪敷拳の事
一地打の事       一打にくき拳の事
一六ヶ敷拳の事     一出物の打戻の事
一引手早き拳の事    一早戻の事
一引付て打拳の事    一押戻の事
一持廻る拳の事     一取上拳の事
一下ヶて打拳の事    一大坂拳の事 
一源平拳の事      一片拳の事

拳独稽古      《割書:山桜漣々|逸軒揺舟》著
            
   初心拳打為に心得の事
一 先拳(けん)を打ならはんとおもはゝよひこゑをよくおほえ
 図(づ)のこときもの初めは一本たてをきむゆうを出し
 一ッとよひ一ッを出しりやんとよひ二ッ出しさんとよひ
 三ッ出しすうとよひ四ッ出しごうとよひ五ッ出し
 りうとよひとり習ふへし
〇かくの如く五本迄段々たてをき
 打習ふて後又あとへ段々かへし
 打習ふへし五本たて置しを
 四ッ出しくわいと取三ッ出しちゑと
 とるへし余はじゆんじ知へし
〇又其後はいろ〳〵とゆひのじゆんになら
 ざるやうにちらして打へし
 いつ迄もじゆんに覚ゆるときはのほり手
 くだり手といふくせとなる也故に一本たて
 置或は四本たて置ちらして打習ふへし
【左丁上段】
かくのことく
にぎりしを
むてといふ

図(づ)のことくだして一けんとよひりやんと
よひさんとよひすうとよひごうと
よひあいてのゆひをよひてとるなり
あいてじぶんのゆひをよぶときは
あいこにしてかちまけなし
又りうとよひちゑとよひはまと
よひくわいとよふ是ひけんなり 
【左丁下段】
図の如くだして一けんとよぶは相手の
むてを出したる時とる也相手いちを
だしたる時りやんとよひてとりりやんを
だしたる時さんとよひてとりさんをだ
したる時すうとよひてとりすうを
だしたる時ごうとよひごうのときりうととる也
おなしこゑのときはかちまけなし
又りうより上のこゑをよふときは
ひけんなり

【右丁上段】
図(づ)のことくだしてりやんとよぶはあいての
むてをとる也さんとよひすうとよひごう
とよひりうとよひちゑとよひてとる
なり
又ぱまとよひくわいとよぶはこれひけん
なり
【右丁下段】
図の如くだしてさんとよひてとるは
あいてのむてをとる也
又すうとよひこうとよひりうとよひ
ちゑとよひぱまとよひてとる也
又二ッとよひくわいとよべはひけん也
【左丁上段】
図(づ)のことくだしてあいてのむてをだし
たるときすうとよひてとるなり
又ごうよひりうとよひちゑと
よひぱまとよひくわいとよひとる
なり
又一けんとよひりやんとよひ
さんとよぶはひけん也
【左丁下段】
図のことくだしてあいてのむてをごうと
とるなり
又りうとよひちゑとよひぱまとよひ
くわいとよひてとる也
一けんとよひりやんとよひさんとよひすう
とよぶはひけん也

【右丁上段】
図(づ)の如くだしたるときは
一けんとよひたるかたかち
なり
外(ほか)のこゑよひたる
かたまけ也
双方(そうほう)一けんとよ
けんとよぶとき
これあひけんなり
【右丁下段】
図のことくだし
たるときりやんと
よひたるかたか
ちなり
外の声を
よぶかた
まけ也

そうほう
りやんとよぶ
あひけん也
【左丁上段】
図(づ)の如くだし
たるときさんと
よひたるかたかち
なり
ほかのこゑよひ
たるかたまけ
なり
そうほうさん
とよぶこれあ
ひけんなり
【左丁下段】
図(づ)の如くだしたる
ときりうとよひ
たるかたかちなり
ほかのこゑよひたる
かたまけなり
そうほうりうと
よぶあひけんなり

【右丁上段】
図のことくだし
たるときぱま
とよひたるかた
かちなり
ほかのこへよひたる
かたまけなり
そうほうぱま
とよぶあへけん
なり
【右丁下段】
図のことくだし
たるときごう
とよひたるかた
かちなり
ほかのこゑよひ
たるかたまけ
なり
そうほうごうと
よぶときはあひ
けんなり
【左丁上段】
図(づ)のことくだし
たるときすう
とよひたるかた
かち也
ほかのこゑよひ
たるかたまけ
なり
そうほう
すうとよぶ
あひけんなり
【左丁上段】
図のことくだしたる
ときちゑゝとよひ
たるかたかちなり
ほかのこゑよひ
たるかたまけ
なり
そうほうちゑ
とよぶあひけん
なり

【上段】
図のことくだしたる
ときくわいとよひ
たるかたかちなり
ほかのこへよぶかた
まけなり
そうほうくわい
とよぶあひけん
なり
【下段】
懐中拳木
美袋の図

  拳(けん)呼声(よびこへ)之事
一の事(こと)《割書:いゝ|いつけん|ひとつ》 四の事《割書:すむゆ|すう|よつゝ》
 △たに△たにこう今は不呼
二の事《割書:りやん|りやんこう|ふたつ》 五の事《割書:ごう|ごうさい|おう|うゝ|いつゝ》
         △むめ今は不呼
三の事《割書:さん|さんこう|みつゝ》 六の事《割書:りう|りうさい|むつゝ》
         △ろま今は不呼

七の事《割書:ちゑゝ|ちゑさい|なゝつ》    十の事《割書:とうらい|とい》
 △ちゑま今は不呼 此 呼声(よひこへ)今はよはす
八の事《割書:ぱま|やつゝ》    握(にぎり)の事《割書:むて|むゆう|なし》
          此呼声今はよはす
九の事《割書:くわい|こゝのつ》
 △きう今は呼す
【左丁】
  拳(けん)打様(うちやう)心得(こゝろへ)の事
一 拳(けん)呼声(よひこゑ)おなしこゑにてとることわるし
 こゑをいろ〳〵とかへてとるへし
一 第一(たいいち)向(むかう)の手(て)なにからなにを出(だ)すとおほへ
 たとへむかふの手(て)いゝ りやん すうとかよふ
 ときは初(はしめ)には いゝを二ッだし さんと取(とり)
 りやんを二ッ出(だ)しすうと取又四ッを

 三ッ出(だ)しちゑと取へしまたいぜ以前(いせん)の
 とをり いゝ りやん すうとかよふと
 きは此度(このたび)は いゝを一ッ出(だ)しりやんと
 取(とり)また二ッを三ッ出し五(ごう)と取(とり)又
 四ッを五ッ出しくわいと取(とる)へし
一むゆうより十来(とうらい)まではこゑ十一 品(しな)あ
 れども手数(てかず)むゆうより五ッまでの
 声(こゑ)手数(てかず)むゆうにても一ッにても皆(みな)六(ろく)
 こゑにてとれゝは都合(つかう)てかず三拾六手
 に替(かへ)いつれも声(こへ)色々(いろ〳〵)に替取へし
一五ッの指(ゆひ)のこらす替(かへ)る事 悪(わる)し最(さい)
 初(しよ)は いゝ さん ごうと出(だ)し又二度(にど)め
 には ごう いゝ さんと出し又三度め
 にはさん いゝ ごうと出(だ)すへし    

 右(みぎ)いつれも指声(ゆひこへ)ともに替(かへ)へし
一 拳(けん)相手(あいて)にむかひしとき心(こゝろ)寛々(ゆる〳〵)として
 こゑ大小(だいしやう)のなきやうに手の出しかたは
 雨(あま)だれ拍子(ひやうし)にて打へし尤五拳 詰(つめ)
 の時は手前に四拳取あと一拳の時は
 きひしくつめてうつへし
一たとへは向(むかう)二つ出(だ)し五つと云(いゝ)又 此方(こなた)より
 三つ出し五つと云(いふ)双方(さうほう)相声(あいこ)なり又向
 より二つ出し五つと云 時(とき)手前(てまへ)より一つ
 出し三つと云(いふ)か又四つ出しりうといふ
 て取(とる)へし
  余は是にじゆんじ知へし
一 手(て)の出(だ)しかたは五つを出しまた一つを
 出(だ)し又は四つを出し又 無手(むて)を出(だ)し

 声(こへ)いろ〳〵替取(かへとる)へし是(これ)を大手小手(おほてこて)
 といふて人の気(き)のつかぬ手なり
一 拳(けん)は三具足(みつぐそく)といふてこゝろと手と
 口(くち)と揃(そろ)はねばなりかたし此所(このところ)をよく
 思案(しあん)して打(うつ)へし
一拳は酒席(しゆせき)のたはむれといへども他(ひと)の
 見分(けんぶん)よろしきやう心(こゝろ)得へし相手(あいて)に
 向(むか)ひうちかゝる時(とき)左(ひたり)の手を直(すく)にあけて
 うちかゝる人ありかくする時は一本(いつほん)も取(と)
 らざるとき見ぐるしまた失礼(しつれい)なり
 つゝしむへし一本とりてより左(ひたり)の手
 を上け四本とり払(はら)ふて膝(ひざ)に置へし
一相手にむかひ打合時(うちあふとき)心得(こゝろへ)の事
 相手に向ひ打ときはよく心(こゝろ)をしづめ

 気(き)をおとしつけ一心(いつしん)を拳によせて
 他(た)のことをおもはす随分(すいふん)慥(たしか)にして打(うつ)
 へし只(たゝ)向(むかふ)ふをとりひしぐやうの心持(こゝろもち)第(たい)
 一なりすこしにても臆(をく)する気味(きみ)あれは
 其気(そのき)につれて負(まけ)るものなり丈夫(じやうぶ)に
 きをもちて打ときは其気に乗(しやう)して
 かちあるへし
一拳をならふるは声(こへ)の調子(てうし)をよくさた
 め自身(じしん)の意(こゝろ)にも応(わう)じよき調子は
 爰(こゝ)といふところを常(つね)〳〵考(かんかへ)覚(おほ)へて
 うつへし
一 初手合(しよてあい)と拳うつときはまづ大手(おほて)を出(だ)し
 てうかゝひ後(のち)に小手(こて)大手(おほて)小手なぞ色
 いろ交(まじ)へうつへし

一てうの指(ゆひ)をは半(はん)の指(ゆひ)をあはせとり半
 の指をはてうのゆひを以てとり又大手
 は小手にてとり小手をは大手にてとる
 こと綺麗(きれい)にてよし
△五ッの指(ゆひ)を握(にぎ)りて出(いた)し相手(あいて)の指(ゆひ)をさす
 声(こゑ)は
 一(いつけん) 二(りやん) 三(さん) 四(すう) 五(ごう) 此五ッこゑまでを差(さし)て
 いふべし
△指一本(ゆひいつぼん)出(だ)して云声(いふこゑ)の事
  いつけん といふは向(むかふ)の 無(なし)を取声(とるこへ)なり
  りやん  といふは向の 一ッを取声なり
  さん   ヽ      二ッを取声なり
  すう   ヽ      三ッを取声なり

  ごう   といふは向の 四ッを取声なり
  りう   ヽ      五ッを取声なり
 右は一の声数(こへかず)と知(し)るべし
△指二本(ゆひにほん)出(いだ)し云声(いふこへ)之事
  りやん  といふは向の 無(むて)を取声(とるこへ)なり
  さん   ヽ      一ッをヽ
  すう   ヽ      二ッをヽ
  ごう   ヽ      三ッをヽ
  りう   ヽ      四ッをヽ
  ちゑゝ  ヽ      五ッをヽ
 右は二ッの声数(こへかず)と知(し)るべし
△指三本(ゆひさんぼん)出(いだ)し云声(いふこへ)之事
  さん   といふは向の 無(なし)を取声(とるこへ)なり

  すう   といふは向の 一ッを取声(とるこへ)なり
  ごう   ヽ      二ッをヽ
  りう   ヽ      三ッをヽ
  ちゑゝ  ヽ      四ッをヽ
  ぱま   ヽ      五ッをヽ
 右は三ッの声数と知るべし
△指(ゆひ)四本出し云(いふ)声(こゑ)之事
  すう   といふは向の 無シを取声(とるこへ)なり
  ごう   ヽ      一ッをヽ
  りう   ヽ      二ッをヽ
  ちゑゝ  ヽ      三ッをヽ
  ぱま   ヽ      四ッをヽ
  くわい  ヽ      五ッをヽ
 右は四ッの声数(こへかず)と知るべし   

△ 指(ゆひ)五本(ごほん)出(いだ)し云声(いふこへ)之事
  ごう   といふは向の 無(なし)を取声(とるこへ)なり
  りう   ヽ      一ッをヽ
  ちゑゝ  ヽ      二ッをヽ
  ぱま   ヽ      三ッをヽ
  くわい  ヽ      四ッをヽ
  とうらい ヽ      五ッをヽ
  今とうらいの呼声不用(よひこへもちいず)
 右は五ッの声(こゑ)数と知(し)るべし
 右のごとく一より五ッまてたがひにおなしこゑを
 いふときは則 合声(あいこ)とて勝負(しやうぶ)なきなり
 打習(うちならひ)の間(あいだ)には是をよくこ心にとめて相互(あひたかひ)に
 うちあひ見るべしもつとも先の指数(ゆひかず)のよけ
 ひにかよひ出(い)づるものを考(かん)がへ其所(そこ)を取(とり)にゆく
 ことを専要(せんよう)とするなり

△地打(ぢうち)稽古(けいこ)之事(のこと) 十本をけんぎ
         一 組(くみ)といふ
            地打には拳木(けんぎ)と
            いふて図(づ)の如(こと)きか
 【拳木の図】    づとりをこしらへ
            をきこれにて
            数(かづ)をとりて相互(あいたかひ)に
            うちあひ見るへし
△向五本(むかふごほん) 手前(てまへ) 五本ある時是を五分(ごぶ)といふ
△向四本 手前 六本ある時是を四六といふ
△向三本 手前 七本ある時是を七三といふ
△向二本 手前 八本ある時是を二八といふ
△向一本 手前 九本ある時是を一九といふ
△拾本とも皆(みな)とりたる時是を丸(まる)といふなり
一 京都(きやうと)堺(さかい)江戸(ゑど)にてはみな五拳(ごけん)の折詰(をりつめ)と
 いふて指(ゆひ)を合(あは)すたひ〳〵にをりこみ四(し)
 本(ほん)をりてはらひといふてゆひをみな払(はらひ)
 五本めの拳(けん)一本合せかちとなるなり

【右丁】
【暖簾】
西方山連
【人物】
桜 竹 可 洲 鬼 湖

【左丁】
【掲示】
へ勝檔斎
へ勝笙月

取組【二人毎に括り】
桜斎
鬼笑
升溪
鳥善
胡蝶
揺舟
可笑
湖月

【人物】
都 笙 桜 一

一つき出し一ッあはすを勝(かち)とするはこれ
 薩摩拳(さつまけん)といふなり
一拳は興(けう)をもやうすものなれは勝(かつ)
 ことはかり手柄(てから)とするにもあらす唯(たゝ)
 ゆひのよくわかりとかく綺麗(きれい)にうち
 なしてすなほなるを専一(せんいち)とすたとへ
 うちたりとてきたなく比(ひ)きやうなるは
 はなはた見苦(みくる)しくまた恥(はち)あることなり
 扨(さて)拳(けん)にてかけろくろくなどすへて勝負(しやうぶ)
 かましき事(こと)はけつして為(す)ましかけ
 なとをして打時(うつとき)は自然(しせん)とみくるしき
 ゆひいではなはた見にくき物(もの)なり
一 六箇鋪(むつかしき)拳打(けんをうつ)に心得(こゝろへ)之事
 上手(しやうず)の拳は出(で)る指(ゆひ)あざやかにして言語(ことば)

 さはやかにきこへ自然(しぜん)とこゑの調子(てうし)
 もよく手前(てまへ)にも打にこゝろせかれ
 すしてはなはだうちこゝろよきもの
 なりこれは実(じつ)に上手(じやうず)至極(しごく)の拳と
 いふへし
一 引手(ひきて)早(はや)く指(ゆひ)分(わかり)かたき拳
  この拳ずいぶん高(たか)く上よりうち下(くだ)し
  て打(う)つへし
一 引付(ひきつけ)て打(うつ)拳(けん)
  此拳は手前(てまへ)よりひかえて打(うち)中(なか)ほとにて
  てうしをきはめてこゑのくるはさるやうに
  してうつへしこゑをくるはすは悪(わる)るし
一 指(ゆひ)あざやかなれとも手(て)を何方(あち)此方(こち)と
 持廻(もちまは)る拳
  此拳ははなはたあしき拳なりこれ等(ら)
  のけんをうつときは只(たゝ)先(さき)のてうしに付(つき)あ 

  はずしてずいぶんつよくむかふへ打(うち)こみ
  てうち合(あ)ふときはきはめて勝(かち)をとる
  へし
一 別而(へつして)人(ひと)よりさげて打拳(うつけん)
  此拳は手(て)まへの手(て)をひかへて打(うつ)がよし
一 打颪(うちおろし)をしやくりて声(こへ)の跡(あと)より出(で)る拳(けん)
  此拳はなはだあしき拳なりこれを
  うつにはつねよりはすこしこゑも手(て)も
  むかふよりさきへ出(だ)すやうの気持(きもち)にて
  打(う)つかよし
一 別而(べつして)手(て)を向(むかふ)ふへ打込拳(うちこむけん)
  此等(これら)の拳を打(うつ)ときは只(たゝ)むかふの手の
  下へ此方(こなた)より打込(うちこん)てよし
一 向(むかふ)へ打(うち)また手前(てまへ)にて打(うち)色々(いろ〳〵)と打(うつ)拳
  これらの拳も此方(このはう)のてうしをきはめて
  打がよし

一 間(ま)悪敷(あしく)至(いたつ)而 早(はや)き拳(けん)
  是等(これら)の拳をうつにはずいふん上より
  打おろし大場(おほば)に打べし
一 調子(てうし)能(よく)見得(みえ)て打(うつ)に甚(はなはた)心(こゝろ)あしき拳
  これらの拳をうつ時(とき)はむかふへこゝろを
  かけず只(たゝ)このはうのてうしをさため
  て何分(なにふん)向(むか)ふにかまはず打べし
一 出物(てもの)の打戻(うちもとり)之事
  たとへば。さんなれは。さん。ごうなれ
  ば。ごう打(うち)出しの手よりほかの手
  にうつりまたもとの。さんをいだし
  ごうなれはごうへもどるを出(て)ものゝ
  うちもとりといふなり
一 早戻(はやもとり)之事(のこと) 
  たとへばりやん。すうのかよひの
      二   四    

  くせある手(て)なれば。すう。りやんと
  すぐにもとへ戻(もど)るをいふなり
一 押戻(をしもど)りの事
  押手(をして)に声(こへ)をかえる替(かえ)ぬはその人々(ひと〳〵)
  の心得(こゝろへ)にあれどもまづいつけんより
  さんへかよふくせのある手なればさん
  のゆひにて二三 度(ど)もをしてまた元(もと)の
  いつけんへもどる是(これ)を押(をし)もとりと
  いふなり
一 長崎(ながさき)にて見渡(みはたし)といひ浪華(おほさか)にて
 かんやくといひ又すくひと云(いふ)此拳
 にむかふとき心得(こゝろへ)の事
  此拳こゝろにもたれ至(いたつ)て打にくし是(これ)
  を打には先(さき)の手をすこしもこゝろに
  かけず心つよくつか〳〵と先(さき)の咽口(のと)の

  あたり胸元(むなもと)まて手前(てまへ)の手をつき
  つけて打なり其間(そのあいだ)にこゑの出入(でいり)
  懸引(かけひき)は銘々(めい〳〵)の工夫(くふう)にあり余(よ)は
  よく〳〵考(かん)かへて打へし
○取上拳(とりあげけん)の事
  此拳は十拳打なれは十けん打と定(さた)め
  人数(にんず)たとへは五人なれは四人と十けんつゝ
  うつなりかくして銘々(めい〳〵)四十拳打と
  なる不残(のこらす)うちをはりて点数(てんかす)を〆て
  てん数 多(おゝ)きを順(じゆん)に天地人外何番
  として甲乙(かうをつ)つくなり
○大坂(おゝさか)拳の事
  此拳は呼声(よひこへ)なし只(たゝ)ゆひ斗(はかり)出(だ)して先(さき)の
  ゆひ此方のゆひと出して見(み)たとへは先にて握(にき)り
  出せしとき此方にて一本出したるは一本のかたかち也
  先にて一本出し此方にて二本出したるは二本のかた勝(かち)也
  かくの如(こと)く一本ましをかちとす余(よ)のゆひかづとなれは
  かちまけなし先にて五本出せし時(とき)は無手(むて)にて取なり
      余はしゆんじ知へし

○大坂(おゝさか)にてはをりはねといふて初(しよ)けん
 一本(いつほん)此方(このはう)にてとりまた先にて一本とり
 二本めまた此方にてとりたるとき先(さき)
 にて二本めをとれは此方にて二本めの
 とりたるゆひはねるなり互(たかひ)にかく
 して二本め三本めとつゝけてとり
 たるかたかちとするなり
一 片(かた)拳の事
 此拳は相手(あいて)にはしめ出(だ)すかと聞(きゝ)相手(あいて)
 初(はし)め出すときは此方(このはう)たゝ声計(こゑばかり)よひて
 さきのゆひにこゑのあへはとるあは
 ざるときはかちまけなしまたその
 次(つぎ)は此方(このはう)よりゆひ出す先にてこゑは
 かりよひて手 出(だ)さすこゑのゆひにあへ
 はとるなりかく幾度(いくど)も一ッかはりに

 だして四けんとりてはらひ五けんめ
 一本をかちとする也 尤呼声ごうまて也
○源平拳(げんへいけん)の事
 此拳は先(まつ)百拳 打(うち)なれは百拳打と
 定(さた)め置(をき)人数(にんず)十人なれは左右(さゆう)に五人
 つゝ順(じゆん)を立置(たてをき)下手(したて)と下手と合(あは)せて
 けん木三本つゝうたせ二本とりたる
 方(かた)残(のこ)り居(ゐ)て向がはの段々(だん〳〵)上の強(つよ)き人と
 合(あは)せかたすまた此方(このはう)にてまけれは
 先(さき)の順(じゆん)の人出てうつかくして百拳
 となるとき源方(けんかた)のてん数(かず)いくほん
 有 平(へい)かたの点(てん)かずいくほんあると
 惣数(そうかず)〆(しめ)ててんの多(おゝ)きを側(かは)のかち
 とする也又 側(かは)〳〵(〳〵)にて天地人外(てんちじんがい)何番と

 点数多きをさきにして段〳〵
 甲乙つくつくなり
【左丁】
 山水連拳名家
  湖月   竹溪   都(○)門
  可笑   竹淵   野一
  雪善(○)  斜流(○)   佐之八
       一酔   笙(少年  )月
  桜斎(○)   西山   雷斧
       森風     山(○)桜漣々
  胡蝶(○)   士口     逸軒揺舟
  鬼笑   掬斎
       陸林 《割書:此外名家かそへあぐるにいとま|あらす山水連の番付にくはし》

今指戦の流行する事老子孔子のかたき
をいはすころり寐のむつくり起よりしたみ酒に
酔たをれる迄五ゥ〳〵と拳のたえ間なし
ところを書肆の求めにまかせきたりとふんてを
寅の春上手のはなしを其儘にいつはりかな
き証文仍しりへに如件
           山桜漣々

 山桜漣々      機拳堂湖月交合
 逸軒揺舟 著    喜多川豊春 画
    

【裏表紙 文字なし】

古今相撲大全

【表紙】
【題箋 文字不明】

【両丁 白紙】

【右丁 白紙】
【左丁】

古-今相撲大-全書-成焉太平逸民開_レ巻
拊_レ掌曰予也小-少 ̄ノ時有_レ客遺_二 一-戯具遽 ̄ニ
取見_レ之摺-畳繭紙聯-剪為 ̄シ_二鼎形_一折 ̄テ如_二 人
字_一乃細 ̄ニ睹【覩は古字】_レ之則塗-鴉 ̄シテ_二其 ̄ノ首_一而為_レ髻綵-飾 ̄シテ_二
其-腰 ̄ヲ_一以為_レ㡓後各紀 ̄ス_二其字号 ̄ヲ_一宛然両-人

【欠損部は国文学研究資料館の別本によって補完。 https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100375764/6?ln=en】

【右丁】
将_二相撲_一之貌也其戯法装_二之席上_一戯者 ̄モ
亦相-対 ̄シテ曲-折傴-僂尖_二其口嘴_一気-息徐々
一斉 ̄ニ吹-起来則忽-爾如_レ有_レ神而飄々揚
々盤-旋欹-斜暫-時争-競而仆得_二其上正_一而
者以為 ̄シテ_レ羸而呼号也予於_レ是始-知有_二相
撲之戯_一兵既長後得_レ睹_二【覩は古字】真相撲場_一便驚

【左丁】
嘆其壮‐観哉而其景-気容-態 ̄モ亦大非_二彼
演-劇之比 ̄ニ_一耳於_レ是予意愈嚮-往兵大-氐
人之於_レ技也苟有_二志-尚_一者必得_二其髣-髴 ̄ヲ_一
而遂 ̄ニ能精-思而力行弗_レ懈則罕_レ有_二不_レ大
成者_一也而唯於_二此技_一也苟 ̄モ非_レ有_二峻骨豊
腴魁偉豪強之資_一而亦能得_二其手-法_一者


【欠損部は国文学研究資料館の別本によって補完。 https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100375764/7?ln=en】

【右丁】
其誰敢_レ之耶可_レ謂乎限-兵之道哉今-也
既-老尚-且一閲_二此書 ̄ヲ_一則十二分的快-活
神-気粲-々亦唯従-前嚮往之意哉因叙 ̄スル
以_二此言_一而謂予嚮往至_レ今不哀云爾
宝暦癸未春三月太平逸民題

【右丁の欠損部は国文学研究資料館の別本によって補完。 https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100375764/8?ln=en】

【左丁】
相撲大全後序
夫 ̄レ相-撲者 托(ー) ̄シメ_二其 ̄ノ力 ̄ヲ於身-體 ̄ニ_一発 ̄ク_二其術 ̄テヲ於 土畫(ドヘウ) ̄ニ_一者-
也人-之在 ̄ル_レ世 ̄ニ不 ̄シテ_レ能 ̄ハ_レ無 ̄コト_レ戯 ̄レ強-弱難 ̄ク_レ敵(ハリアヒ)優-劣相 ̄ヒ-争 ̄フ力
生 ̄シ_二於 質(ムマレツキニ)_一術 ̄テ成 ̄リ_二於習 ̄フニ_一勝 ̄ツ-者 ̄ハ其 ̄ノ-心勧 ̄ヒ負 ̄ル-者 ̄ハ其 ̄ノ顔悲 ̄シ
可 ̄ク_二以 ̄テ相捻(ネヂアフ)_一可 ̄ク_二以 ̄テ相投(ナゲアフ)_一陰(クモラシ)_二 天-地 ̄ヲ_一激(リキマヒ)_二鬼神 ̄ヲ_一競(キソハシムル)_二 人-間 ̄ヲ_一莫 ̄シ
_レ宜 ̄キハ_二於相-撲 ̄ヨリ_一相-撲 ̄ニ有 ̄リ_二 三-義_一 一 ̄ニ曰 ̄ク勝 ̄チ二 ̄ニ曰 ̄ク持(ワレ)三 ̄ニ曰 ̄ク負 ̄ケ
若 ̄シ夫 ̄レ猫 ̄ノ児(コ) ̄ノ之 嬉(ザレ)_二席上(ザシキ) ̄ニ犬 ̄ノ子 ̄ノ之 戯(アガク)_二牀下(ヱンノシタ) ̄ニ_一雖 ̄トモ_レ無 ̄ト_二定-
法_一為 ̄ス_二相-撲 ̄ヲ_一物-皆 ̄ナ有 ̄リ_レ之自-然 ̄ノ之理-也然 ̄シテ而神-代

【左丁の欠損部は国文学研究資料館の別本によって補完。 https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100375764/137?ln=en】

【右丁】
貌 ̄チ-也頗 ̄ル有 ̄テ_二膂力_一而形 ̄チ甚 ̄タ長 ̄シ如_三【長怪子(ミコシニウダウ) ̄ノ之立 ̄ツガ_二面(ハナ) ̄ノ】
前(サキ) ̄ニ_一也此 ̄ノ外氏-姓流 ̄レ聞 ̄ユル者 ̄ノ不_レ可_二勝 ̄テ数 ̄フ_一其 ̄ノ大-底皆【推 ̄シテ】
_レ類 ̄ヲ可 ̄キ_レ知 ̄ル也 予(ー)眼 ̄コ眊 ̄ク_二勝-負 ̄ノ之間 ̄ニ_一徒《割書:〱》 ̄ニ窃 ̄ム_二解(コト) ̄シク者 ̄ノ之【名 ̄ヲ_一】
適《割書:〱》遇 ̄ヒ_二相-撲大-全 ̄ノ成 ̄ニ_一以 ̄テ楽 ̄ム_二此 ̄ノ道 ̄ノ之再-昌 ̄ヲ_一嗟(ア)呼宮
居既 ̄ニ没 ̄スレトモ相-撲不_レ在 ̄ラ_レ斯 ̄ニ哉

于時宝暦十三年歳次癸未春 菫花亭主人題

【別本参照 https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100375764/139?ln=ja】

【左丁】

往昔すまひの勝負に争をなせし時に行事
 雪はおらん竹は折れしとつもるまに
  かせふ吹はらふしのゝめのそら
といへる古哥を引もちゐて左右をなためける
とそとみにかしこき才なりし誠や我師木村政茂【も】
幼なきより此道に妙を得あまねく諸所に其【名を】
施しいとまある徒然には年比心かけ【侍りし故こと】

【別本参照 https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100375764/8?ln=ja】

【右丁】
ともを書しるし置れけるか末の露もとの雫【の】
世のことわりには【盈々ヵ】ついに懐をとけす埋れ有し【に】
予なを近きころ見おほへあるは聞つたへたる事
なと補ひ置しをしたしき書肆の求にいなみ
かたくいさや桜木にちりはめ給へとしかいふ

 未春陽  木村政勝

【左丁】
  凡例
一 此書(このしよ)。元三巻。今中下を分て五巻とす。其上巻は。和漢(わかん)相撲(すまふの)
 濫觴(はじまり)および。上古(しやうこ)相撲節(すまふのせちへ)。部領使(ことりつかひ)の事を記し。中巻古
 今珍らしき相撲(すまふ)。古書に散見(さんけん)するものを集(あつ)む。下巻は
 当時(たうじ)勧進(くはんじん)相撲の古実(こじつ)。《割書:予》が相伝(さうでん)及(および)。古老(こらう)の聞伝(きゝつた)へし事を記(しる)す
一 古今(ここんの)勇力(ゆうりき)。或(あるい)は戦場(せんじやう)におよんで。種々力業(しゆ〴〵のちからわさ)の事 多(おほ)しといへども
 相撲(すまふ)にあらざれば。今 是(これ)をのせず。又 戦場(せんじやう)にある【らヵ】ずし て【。力】
 くらべの事相撲に近きもの有。例(れい)せば鎮西(ちんぜい)八郎 為朝(ためとも)。【琉球(りうきう)に】
 渡(わた)り。異国(ゐこく)人と力を競(くらべ)。朝比奈義秀(あさひなよしひで)。【曽我時致(そがときむね)と】力を【くらべ】

【別本参照 https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100375764/9?ln=ja】

【右丁】
 しの類。少(すくな)からず。他日(たじつ)後編(こうへん)を撰(ゑらん)で。是【を全】備(ぜんび)すべし
一 曩(さき)に。相撲(すまふ)図式(づしき)四十八手といふもの印板にあり。世に行(おこな)はるゝ
 事(こと)久(ひさ)し。其図する所を見るに。画師(くわし)のあやまり少からす
 《割書:予》が相伝(さうでん)に依(よつ)て。今(いま)悉(こと〴〵)く是をあらたむ
一 諸国(しよこく)相撲(すまふ)名寄(なよせ)之部は。古今 繁多(はんた)にして。遺漏(ゐろう)多からん
 依(よつ)て後編(こうへん)の全備(ぜんび)を待のみ

               木村卯之助政勝識

【左丁】
古今相撲大全
 引用書目
史記    前漢書   説文    晋書
唐韻    五音集韻  漢武故事  広韻
韻会    増韻    洪武正韻  字彙
事物紀原  三才図会  忠義水滸伝 東国通鑑
正字通   康煕字典  法華経科註 修行本義【経】
修行本行経 旧事紀   日本書紀  続日本【紀】
日本後紀  続日本後紀 文徳実録  三代【実録】
類聚国史  風土記   延喜式   【江家次第】

【右丁】
西宮次第  本朝相撲記 雲図抄    新撰姓氏録
江記    公事根元  和名類聚抄  万葉集
二十一代集 夫木集   年中行事歌合 源氏物語
枕草子   詞林採葉  拾芥抄    世継物語
古今著聞集 今昔物語  宇治拾遺   続古事談
東鏡    源平盛衰記 春日古記   平家物語
曽我物語  曽我記   太平記    北条九代記
信長記   織田真記  蒲生軍記   大友家記
畠山記   諸家興廃記 庭訓往来   捔力秘要抄
  通計六十八部

【左丁】
  相撲字義并角抵
[相撲]晋書 ̄ニ云相撲(相)《割書:ハ》唐韻 ̄ニ息良切韻会 ̄ニ思将 ̄ノ切 ̄シ音
襄正韻 ̄ニ交-相也

【右丁】
古今相撲大全(ここんすまふだいぜん)巻之上
   目録
一 漢土角觝濫觴(かんどかくていのらんしやう)
  附り《割書:朝鮮国角抵(てうせんごくのかくてい)|天竺国相撲(てんぢくこくのさうぼく)》
一 本朝捔力紀原(ほんてうすまふのはじまり)
一 相撲節会(すまふのせちゑ)并 部領使時候(ことりづかひのじこう)
一 童相撲古例(わらはずまふのこれい)

【左丁】
古今相撲大全(ここんすまふだいぜん)巻之上
            木村清九郎 撰

            《割書:七ツ森折右衛門|源氏山住右衛門》 校
            《割書:山ノ井門兵衛|小松山音右衛門》 訂
  漢土角觝濫觴(かんどかくていのらんしやう) 附《割書:朝鮮国角抵(てうせんごくのかくてい)|天竺国相撲(てんぢくこくのさうぼく)》
夫(それ)角觝(かくてい)は。もろこし六 国(こく)のときに始る。史記に秦の二世 皇帝(くはうてい)

甘泉宮(かんせんきう)に有て。角觝をなさしめ。たのしめりと有。注に
戦国(せんごく)のとき。ます〳〵武(ぶ)を講(かう)す。戯楽(きらく)となして相誇(あいほこ)り。其力(そのちから)を
角(たゝかは)しめて相觝闘(あいたゝかは)しむ。両々 相当(あいあた)るなりといへり。其後 漢武帝(かんのぶてい)
甚(はなはだ)これを好(この)めりと。漢武故事(かんぶこじ)に出たり。蓋(けだし)牛(うし)の角(つの)ある。面(めん)を
かづき勝負(しやうぶ)を為(な)す。今(いま)のすまふと同じからずといへども。是
すまふの始にして。後世(こうせい)さかんに行(おこな)はれ侍る。事物紀原(じぶつきげん)に見へたり。
又三才 図会(づゑ)に角觝(かくてい)の図を出せり。宋朝(そうてう)にて相撲(すまふ)の有しこと
忠義水滸伝(ちうぎすいこでん)に見へたり


出 ̄ル_二 三才図会 ̄ニ_一

  角觝
   之図

【欠損部は別本参照 https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100375764/13?ln=en】

【右丁 挿絵】
 出_二忠義
    水
     滸
      伝 ̄ニ_一

       相撲之図

【左丁】
又 朝鮮国(てうせんごく)にても忠敬(ちうけい)王のとき《割書:元順帝(けんしゆんてい)至正(しせい)|三年にあたる》癸酉二月 本闕(ほんけつ)に
幸(かう)して。角觝(かくてい)のたはふれを観(み)ると。東国通鑑(とうごくつがん)に出たれば。
朝鮮(てうせん)にても行(おこな)はれて盛(さか)んなりし事と見へたり。又 天竺(てんぢく)に
ては。釈迦牟尼仏(しやかむにぶつ)。因位(ゐんゐ)のとき。悉達太子(しつだたいし)にておはせしが。浄飯王(じやうほんわう)
の御 弟(おとゝ)。白飯王(びやくぼんわう)といひしに。提婆達多(だいばだつた)とて太子あり。彼(かの)升男伴(しやうなんばん)
摩耶大臣(まやだいじん)の御 娘(むすめ)耶輸多羅女(やしゆだらによ)を論(ろん)じ給ひて。色々(いろ〳〵)の業(わざ)をなし
或(あるい)は腕押(うでおし)。相撲(すまふ)なんどを取(とり)給ふ。いつの比より有し事にや。法華(ほつけ)
安楽品(あんらくほん)に諸(もろもろの)有(あり)_二凶戯(けうき)_一。相扨(さうしや)。相撲(さうぼく)。及(および)那羅(なら)等 種々(しゆ〴〵)変化之戯(へんくはのたはふれ)と有
又 委(くわしく)は修行本紀経(しゆぎやうほんぎきやう)。本行経(ほんぎやうきやう)にも見へたれば。仏在世(ぶつざいせ)に既(すで)に

【別本参照 https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100375764/14?ln=en】

【右丁】
有しと見へたり
  本朝捔力紀原(ほんてうすまふのはじまり)
日本 捔力(すまふ)の始(はじめ)は。神代(しんだい)に。建御雷神(たけみなづちのかみ)。御名方神(たけみなかたのかみ)。力競(ちからくらへ)の事。旧事(くじ)
紀(き)に出たり。是を始とや申べし。人代(にんだい)に至り。人皇十一代 垂仁(すいにん)天皇
七年七月大和国 当麻蹶速(たへまのけはや)。出雲国 野見宿祢(のみのすくね)といふ勇士(ゆうし)あり
此両人を召て力(ちから)をくらべさせ給ふ。委(くわしく)は中巻に見へたり。此 番(つがひ)の勝(しやう)
負(ぶ)を以て。本朝(ほんてう)捔力(すまふ)の紀原(はじまり)とす。今宝暦十三癸未年迄。凡
千七百九十二年に成る。此 野見宿祢(のみのすくね)を今。泉州(せんしう)石津(いしづ)の大社の
末社にいはひこめ。大野見宿祢命と崇(あかめ)。当社より出る神影(しんゑい)を

【左丁】
  野見宿祢像《割書:并》略伝
野-見宿-祢 ̄ハ天 ̄ノ穂日 ̄ノ命十-二-世 ̄ノ孫可-美乾-飯-振 ̄ノ命 ̄ノ後而
雲-州 ̄ノ人也垂-仁 ̄ノ朝與_二當-麻 ̄ノ蹶-速_一
捔-力 ̄シ勝_レ之 ̄ニ領 ̄メ_二腰-折-田 ̄ヲ_一而臣 ̄トシ_二事 ̄ヘリ
皇-庭 ̄ニ_一造 ̄リ_二垣-輪 ̄ヲ_一而
止 ̄メ_二殉-死 ̄ヲ_一垂 ̄レ_二慈-愛 ̄ヲ
於千-歳 ̄ニ_一布 ̄ク_二仁政 ̄ヲ
於萬-年 ̄ニ_一
朝賞賜以 ̄ス_二土-師 ̄ノ宿祢 ̄ノ姓 ̄ヲ_一苗-裔栄-顕徳-音
今猶 ̄シ_二 一-日 ̄ノ_一嗚-呼可 ̄キ_レ尊 ̄フ哉
本-邦 ̄ノ捔-力実 ̄ニ権-_二輿 ̄ス宿祢 ̄ニ_一焉

【別本参照 https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100375764/15?ln=en】


今(いま)相撲道に入ものは。かならず尊祭なり。又出雲国大社の末社
にもこれを祭れり。又此宿祢の末孫とて。いま今肥後国に現(げん)
在(ざい)して。相撲行事を為(な)す。猶下巻に見へたり
  相撲節会(すまふせちゑ)《割書:并》 部領使時候(ことりづかいひのじこう)
往古(わうご)禁裏(きんり)相撲節会(すまふのせちゑ)は。毎年二三月の比。大将以下 陣座(ぢんのざ)に
おゐて。部領使(ことりづかひ)の事を定らる。関白(くわんばく)。大将(だいしやう)。随身(ずいじん)。陣官(ぢんくわん)。賭弓(のりゆみ)矢(や)
数(かず)の者等使として。諸国(しよこく)七道に遣(つかは)さる。人皇四十五代 聖武天皇(せうむてんわう)
御宇(ぎよう)。神亀三年七月廿八日。初て諸国の相撲人を召(め)す。是を
部領使(ことりづかひ)といふ。万葉集(まんようしう)および。詞林採葉(しりんさいよう)等に出たり。ことり

使の別をおしみけるを見て
                    大伴家持
《割書:万葉集》
 ますら男かゆき取おいて出て行は別をおしみなげきけんつま
                    女房
《割書:年中行事歌合》
 かたわきてことり使のいそぎしはけふの抜手のためと成けり

これらを証(しやう)とすべし。六月廿日 限(かぎり)に。諸国の相撲(すまひ)人を召の
ぼせ給ひ。七月十六七日の間に。召仰(めしおらせ)といへることありて。近衛(こんゑ)
府(ふ)へ仰渡され。大将下知し給ふ。上卿陣(しやうけいぢん)に仰す。此日相撲 召合(めしあはせ)
をきこし召べきよし。上卿 外座(げざ)につき。官人(くわんにん)におほせて膝突(ひざつき)を
敷しめ。外記(げき)をせしめ。次将を召す。左右の次将ともに膝突

を召す。人皇六十六代。一条院
御宇。寛弘(くはんこう)六年には。大納言
行成(かうせい)卿。同七年には大納言 公任(きんとう)
卿。是を仰す。若(もし)左四位。右五
位参入せば一々是を召仰す。
故にかく号(がう)す。又 内取(うちどり)《割書:今云|地取》と
いへることあり。是は毎年七月
《割書:大の月廿六日|小の月廿八日》仁寿殿(じじゆでん)にてまふけ
させ給ふ。御物忌(おんものいみ)等あらせらる

れば。清涼殿(せいりやうでん)にて行はせ給ふ。
是 習礼(しうれい)なり。御殿中御まふけ
のことは。雲図抄(うんづしやう)に委く出た
り。尤長橋の内 黄縁(きべり)の帖(たゝみ)を二
行に引。相撲人の座とす。宰(さい)
相(しやう)中将(ちうじやう)候(こう)し給ひ。殿上の下(げ)
臈(らう)の少将壱人 相副(あひそひ)。次に本府(ほんふ)
の官人壱人結番を。文刺(ふんかう)に挿(はさん)
で前へ。官人 束帯(そくたい)弓箭(きうせん)を

内取相撲長之図



内取相撲人之図


相撲節会庭上図

帯。次に左の相撲人 犢鼻褌(とくびこん)の上に。狩衣(かりきぬ)を着し/剱(ひの)をさし。相
撲三十人。次第に行列。左方は狩衣の上に帯を付。右方は狩衣の上
に帯を着(つけ)ず。狩衣の前をはさみて。長橋(ながはし)の内に候(こう)す。次将并に
府官人/後(うしろ)にあり。相撲長(すまふおさ)《割書:今云|頭取》三人。冠(かふり)。緌(おいかけ)。褐衣(かつゑ)。布帯(ぬのおび)。白半臀(しろきはつひ)。下(した)
襲(がさね)。白布袴(しろきぬのばかま)。糸鞋(いとわらぢ)。尻鞘(しりざや)《割書:左丸尻鞘|右魚形》
懸緒(かけを)《割書:左緋|右緋》纐纈(こうけつ)。かくのごとくの
装束(しやうぞく)にて出立。仕丁二人/水桶(みずおけ)
《割書:今云|力水》を舁(かき)後にあり。而後相撲
人次第に進(すゝみ)出て。庭中(ていちう)に

/列立(ならびたつ)《割書:今云|土俵入》次に左右を合さ
ず。左方右方とも方屋同
士取らせらる。先/方手(かたて)《割書:今云|方屋》の
最手(ほて)《割書:今云|大関》助手(すけて)《割書:今云|関脇》と是を取。
又最手と腋手(わきて)《割書:助手|一名》と取。夫
より次第に十五番終る。右方は左方に同じ合て三十番なり。終
日大将/勝(かち)たる相撲人の。交名の上に。爪(つめ)を以てしるさせらる。《割書:今云|勝負付》
名ありと順倭名抄に見へたり。左右/番(つがひ)をして勝負見る
役を/立合(たゝあはせ)《割書:今云|行司》と云。出立の装束(しやうぞく)は相撲/長(おさ)に同じ。又/召合(めしあはせ)といへるは

召合相撲人之図
 左
 右

七月《割書:大の月廿八日廿九日|小の月廿七日廿八日》也則/紫宸殿(ししんでん)
におゐて催さる。然るに一/説召合(せつめしあはせ)は
八月なりといへども源氏物語/椎本巻(しいがもとのまき)
に。すまひなどおほやけごとども
まぎれ侍るころ過てさふらはへ
などあれば。七月なる事明ら
かなり。拾芥抄(しうがいしやう)にのする所の八
月といへるは。希(まれ)なる例(れい)なるべし。
御殿中の御儀式は。江次第に委

く見へ侍れば爰に略す。先/主(との)
殿寮(もれう)より南庭(なんてい)を掃除(さうぢ)せしめ。
左右衛門(さうのゑもん)に仰て。長楽門(ちやうらくもん)永安(ゑいあん)
門(もん)に砂を蒔(まか)せしむ。東西の腋(わき)に
斑慢(はんまん)を引/廻(まは)して。左右の相撲人
の候所(こうしよ)とす。《割書:今云|角力溜》大将御宿所に
おゐて相撲/手番(てつがひ)の事を定ら
る。次将/奏(そう)文を進(すゝむ)る。大将/披見(ひけん)
し次将/彼奏(かのそう)を。文杖(ぶんじやう)にさし

【挿絵】
召合相撲之図




召合立合の図


【右丁】
はさむで。笏(しやく)を搢(さしはさみ)これを取。大将殿を昇り。御 簾中(れんちう)にひざ
まづきて。笏をぬき内侍に付て座に復(かへり)給ふ。次に御前より
左の次将を召。右の奏を給ふ。番(つがひ)を改(あらため)て是を進ぜしむ。委は
西宮次第(せいきうしだい)に見へたり。次に相撲/長(おさ)左右各弐人。装束は退紅(たいかうの)
袍(ほう)。白下襲(しろきしたがさね)。白布袴(しろきぬのばかま)。無絵尻鞘(ゑなしのしりざや)にて。円座(ゑんざ)をとつて。幕(まく)の前(まへ)
二/許丈(きよじやう)に置。三府将(さんふのしゃう)。佐(すけ)。座に着(つく)次に。立合(たゝあはせ)進出(すゝみいで)。籌刺(かずざし)の府生(ふしゃう)
弓箭(きうせん)を帯(たい)し座につく。先/矢(や)一筋(ひとすじ)立(たて)。次に一/番(つがい)左方先出。
葵花(あふひのはな)を着(つく)剱衣(けんゑ)を取て。北の円座(ゑんざ)に置(おき)進(すゝみ)。南殿の桜の
下(もと)に立。次に右方/瓠花(ゆうがほのはな)を着次の番は負方先進む。此例左

【左丁】
右ともに同じ。貞観(でうぐわん)以前左方を帝王(ていわう)の方と定らるれども。
元慶(げんけい)以来(いらい)。只(たゞ)正理に任せ給ふ
《割書:題林愚抄》                 顕広
 ゆふかほにあふひの花のさしあひていつれか色のかてんとすらん
番(つがい)この勝負はやく決(けつ)せざれば。承明門(しやうめいもん)の方に追下され。次
の番を供(くう)ず。及免(きうめん)して障を申相撲せしめざるもの。初の負
方進べき。持(もち)《割書:今云|われ》者右是を進る。最手は先番の勝負に
よらず。左方先進む若髪みだれ。又は犢鼻褌(とくびこん)など解(とく)る時
は。相撲長(すまふおさ)桜樹の下に。趍到(はしりいたり)て是をつくらう。此相撲長の号
も古き名目にて哥に

【別本参照 https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100375764/21?ln=en】

【右丁】
題林愚抄                    親隆
 さしかねてなけまふよりも相撲長のひさこ花とるけいろ
                       まつ見よ
或は敵方(あいて)のすまひ理なき時。又/趍進(はしりすゝみ)て是を取離(とりはな)す。敵方
の相撲長また来て是を遮(さへぎ)る。勝負分明ならざるものは。上卿(しやうけい)
仰を奉(うけ)て。左右の次将を階下の東西に召て。各(おの〳〵)所見(しよけん)を申。
其とき勝方/歓呼(くはんこ)諠譁(けんくわ)す。次将/単衣(ひとへ)を脱て是を給ふ。左将は
日華門(じつくはもん)を渡らずといへども。要須(やうす)の人勝ときは。是を走る。勝方
立合舞ふ。負方には。立合。/籌刺(かずさし)等を改替(あらためかゆ)。勝方又笑ふ。されば
清少納言の枕草紙(まくらざうし)にも。むとくなるものすまひのまけてゐる

【左丁】
うしろ手とかゝれたり。右方の擬近(ぎきん)の奏下らざる時。府補(ふほ)の
近衛を称て直(たゞち)に進者追返して負とす。勝方/葵(あふひ)花/瓠(ゆふがほ)花。
并に剣衣等肖物を称。次の番を具せしむ。葵瓠の花木落
ときは。勝方といへとも風吹て階下(かいか)に入ば是をとらず吹入たる
時は。相撲長一人すゝみて是を取。最手(ほて)前番(せんばん)の相撲によらず
華を付く。並に剣衣(けんい)を執(とり)て出。壱弐番の間/内豎王卿(ないじゆわうきやう)及(およひ)
出居(でゐ)に衝重(ついがさね)を賜(たま)ふ。下﨟(げらう)の少将/瓶子(へいじ)を取て相従(あいしたが)ふ。大臣よ
り次第に勧盃(さかづきをすゝめ)て退下る。而後三四番の間に御膳(おもの)を供(くう)す
《割書:今云|中入》十七番/畢(おはつ)て。日暮ければ。数をきはめず。是をやめらる。

【右丁】
三府/出居(でゐ)退て上卿本座にかへり給ふ。勝方/乱声(らんしやう)す。又/翌日(よくじつ)
抜手(ぬきで)と称し。前日の召合の内を抜(ぬき)出して。相撲を仰て行
はせられける故にかく号(がう)す。此/抜出(ぬきで)は旱魃(かんばつ)等の年に行はせ【左丁に続く】
【罫線あり】
   /犢鼻褌圖(トクビコンノヅ)
史記 ̄ニ云司-馬相-如著 ̄ク_二犢鼻褌 ̄ヲ_一韋-昭 ̄ナ【ノの誤ヵ】曰今 ̄ノ三-尺 ̄ノ-布作 ̄ヲ_レ之形 ̄チ如 ̄ナル_二牛 ̄ノ鼻 ̄ノ_一者也
方-言注 ̄ニ云袴 ̄ニシテ而無_レ ̄キヲ跨謂_二之 ̄ヲ褌 ̄ト_一
須和名抄曰褌スマシノモノ一 ̄ニ云チイサキモノ
本朝相撲人の犢鼻褌者左方右方とも
本府より布を賜り是を以て造る前後
四幅なり異朝の犢鼻褌とは号同ふして
製異なり今図する所の物は我朝の製作也 長凡一尺九寸余

【左丁】
らるゝにより右方の相撲人の狩衣に。瓠の花を着ざること例
なり。相撲終れば。右方/振捊一節(しんぶいつせつ)。次に左右/舞楽(ぶがく)左方は散手(さんしゆ)。
還城楽(げんじやうらく)敷手(しきて)。大曲(たいきよく)に至れば。多く蘇合香(そがうこう)を奏(そう)す。右方は
帰徳(きとく)。狛犬(こまいぬ)。吉干(きつかん)。大曲にいたれば。多く新鳥蘇(しんとりそ)を奏(そう)す。かくの
ごとく舞楽(ぶかく)なども行はせ給ふ事也。其外馬場殿。建礼門(けんれいもん)。綾綺(りやうき)
殿(でん)又は朝集堂(てうしうだう)にて相撲御覧の事六国史等に見へたり。或は
神泉苑(しんぜんゑん)。豊楽殿(ぶらくでん)にて御覧あらせられし。其式延喜式等に
くわし。本朝相撲御覧の始は。人皇四十一代。持統天皇(ぢとうてんわう)の九
年に始(はじま)る。いにしへは雲の上にてもてはやされしことなり

人皇五十九代。/宇多(うだ)天皇と/有原業平(ありはらのなりひら)とすまふの戯をな
したまひ。帝御負ありて。高欄やぶれたること。世継物語
に出たり。しかるに/相撲節会(すまふせつゑ)の事。安元年中以来/絶(たへ)て其
名のみのこれり。口おしき事也と古記に見ゆ

  /童相撲古例(わらはすまふのこれい)
/童相撲(わらはすまふ)は。人皇五十六代/清和(せいわ)天皇貞観三年。六月廿八日。
/前殿(せんでん)に/御(ぎよ)して。わらはずまふを/叡覧(ゑいらん)有しこと。三代/実録(じつろく)
に見たり。是を始として。其後さかんに行はれし事共。/国史(こくし)
/旧記(きうき)に/詳(つまびらか)なり。又人皇六十代/醍醐(だいこ)天皇御宇。/延長(ゑんちやう)六年。閏七

月六日中の六條院にて童相撲廿番はてゝ。舞を/奏(そう)す。右
方は/蘇合香(そがうかう)。左方は/新鳥蘇(しんとりそ)。次に新作の。/胡蝶楽(こてうのがく)を奏し
けり。其曲/笛(ふへ)は/忠房朝臣(たゞふさあそん)。舞は式部卿親王舞ひたまひけり。
舞終りて/船吉実(ふねのよしざね)。/萬楽(まんがく)を/供(きやう)じけり。次に/羅陵王(らりやうわう)。/駒形(こまがた)を
奏す。式部卿親王に/纏頭(かずけもの)ありけること。古今著聞集に見たり。
近世/勧進(くわんじん)になりても。諸所に子供相撲の有ことは。其始/朝庭(てうてい)
の/余風(よふう)ならんか


古今相撲大全巻之上終









/古今相撲大全(ここんすまふだいぜん)巻の中未
  目録
一/野見宿祢当麻蹶速(のみのすくねたへまのけはや)相撲の事
一/紀名虎伴善雄(きのなとらとものよしを)相撲の事
一/多田満仲橘敏延(ただのまんぢうたちばなのとしのぶ)相撲の事
一/宗平時弘(むねひらとしひろ)相撲并宗平/伊勢田世(いせたよ)相撲の事
一/勝岡重茂(かつおかしげもち)相撲并勝岡/常正(つねまさ)相撲の事
一/久光恒世(ひさみつつねよ)相撲の事
一/真髪成村(まがみのなりむら)大力の/学士(がくし)にあふ事

「一/成村恒世(なりむらつねと)相撲の事
一/日田永季出雲鬼童(ひだのながすへいづもおにわらは)相撲の事
一/中納言伊実腹抉(ちうなごんこれざねはらくじり)と相撲の事
一/小熊伊成弘光(こぐまこれなりひろみつ)と相撲の事
一/佐伯氏長相撲節(さへきうぢながすまふのせつ)に/上洛(しやうらく)の事
一/大井光遠(おほゐみつとを)が事

一/古今相撲大全(ここんすまふたいぜん)巻之中本
  一/野見宿祢当麻蹶速相撲(のみのすくねたへまけはやすまふ)の事
人皇十一代/垂仁天皇(すいにんてんわう)の七年。七月大和国。/当麻邑(たへまむら)に/蹶速(けはや)と
て。たけたかくいさめる者あり。ちからつよくして/角(つの)をり。
/鈎(かぎ)をひきのべなんどして。/常(つね)に人に向ふてのゝしりけるは。日
本国をあまねくたづねもとめば。わがごときの/大力(だいりき)あらんや。
あはれいかなる/強力(がうりき)ものにもあふて。/生死(いきしに)をかまはず。力を
くらべたきとねがふ。此ことみかとに/奏聞(そうもん)するもの有しかば
/帝(みかど)もろ〳〵の/公卿等(くぎやうら)にみことのりして/当麻(たへま)/蹶速(けはや)は/天(あめ)



がしたの/力人(ちからびと)なり。かれに向ひて/勝負(しやうぶ)をきはむるもの有ん
やとのたまふ。ある公卿すゝみ出て出雲の国にいさめる人有。/野(の)
/見宿祢(みすくね)とまうす。此/者(もの)を/召(めし)て蹶速とちからをくらべさせ
給へと/奏聞(そうもん)す。/帝倭直(みかどやまとのあたい)の/祖(とをつおや)。/長尾市(ながをち)をつかはして/野見宿祢(のものすくね)
をよび給ふ。宿祢召にしたがふて都にのぼる。すなはち宿祢と
蹶速とすまふを取らせ給ふ。二人相向ひてたち。おの〳〵足を
あけてふみければ。蹶速/脇骨(かたはらぼね)を/蹶(け)おられ。/腰(こし)をふみひし
がれて。たちまちに/空(むな)しくなる。見分人宿祢が/強力(がうりき)をぞ
/感(かん)じける。/天皇御感(みかどぎよかん)まし〳〵て/当麻蹶速(たへまのけはや)が/所領(しよれう)をこと〳〵

く野見宿祢にくだし給はり。これを/腰折田(こしおれだ)といふ。宿祢は都
にとゞまりつかへ奉ると。/日本(にほん)書記に見へたり。宿祢はすなは
ち/管丞相(かんしやう〴〵)の/御先祖(ごせんぞ)なり。
  
  /紀名虎伴善雄(きのなとらとものよしを)と相撲の事
人皇五十五代/文徳(もんとく)天皇は。/皇子(みこ)あまたおはします。中に
も/惟喬親王(これたかしんわう)。/惟仁親王(これひとしんわう)を。わきていつくしみまします。/惟喬(これたか)
は第一の皇子。/惟仁(これひと)は第四の皇子なり。天皇いづれに御/位(くらゐ)を
ゆづらせ給はんとも。おぼし召わかつかたなかりしうちに。/御嫡子(ごちやくし)
なれば。惟喬へとぞ御心よせありける。惟喬と申は御母は従四




/位下(ゐのげ)。/左兵衛佐名虎(さひやうへのすけなとら)がむすめ。/紀静子(きのしつこ)なり。/惟仁(これひと)とまうすは御
母は。/太政大臣良房公(だいじやうだいじんよしふさこう)の御むすめ。/藤原(ふぢわら)の/明子(あきこ)なり《割書:後に/染殿(そめどの)|の/妃(きさき)と云》一の
宮の御ことは。紀名虎とりたて奉らんとて。/帝運(ていうん)のしかる
べきことにて。第一の皇子にうまれさせおはしませり。御
位は此きみにこそと。しきりに/内奏(ないそう)まうしけり。四の宮の御
ことは。良房公とりたて奉るとて。一宮は/落胤腹(らくいんばら)名虎が
娘うみまいらせたり。四の宮は/執柄家(しつへいけ)のむすめ/妃(きさき)たちの/皇子(わうじ)
なり。/子細(しさい)にやおよばせ給ふべきと/内奏(ないそう)せられけり。此ことま
ことに/難題(なんだい)にて/公卿(くぎやう)せんぎあり。/勝負(しやうぶ)について。御位を決

めらるべしとて。はじめには/八幡(やはた)にて/臨時(りんじ)の/祭(まつり)をなし。十
/番(ばん)の/競馬(けいば)あり。四/番(ばん)は一の宮につき。六番は四の宮につけり
此うへは/惟仁(これひと)御位につき給ふべかりしを。天皇なを御心あは
ずおぼし召ければ。後には大内にして/相撲(すまふ)の/節会(せちゑ)をおこなはれ
/勝負(しやうぶ)を/御覧(ごらん)有て御ゆづりあるべしとの儀なりければ。惟喬
の御方には/外祖(ぐはいそ)左兵衛佐名虎参りけり今年三十四ふとくたかく
七尺ばかりのおとこ。六十人がちからありし聞ゆ。惟仁の御方には
/少将伴善雄(しやうしょうとものよしを)といふ/小男(こおとこ)。/行年(とし)二十一。なべてのちから人と聞ゆ
れども。名虎に/敵対(てきたい)すべきものにあらずされ共。/果報(くはほう)



従四位下左兵衛紀名虎

維喬 維仁
 御位定 捔力

少将大伴善雄

 南殿庭上

/冥加(みやうが)は四の宮の/御運(ごうん)に/任(まか)せ奉ると/不敵(ふてき)に申/請(うけ)てぞ参
りける。かた〴〵御/祈(いのり)の/師(し)あり。一の宮の御方には/東寺(とうじ)の/柿本(かきのもと)の
/紀僧正真済(きそうじやうしんざい)なり。四の宮の御方には/延暦寺(ゑんりやくじ)の/恵亮和尚忠仁(ゑりやうくはしやうちうじん)
/公良房(こうよしふさ)と。ふかく/師壇(しだん)のちぎりを/結(むす)び給ひけるによつて。かたらひ
つけられたり。/恵亮(ゑりやう)は/西塔宝憧院(さいとうほうどういん)に/壇(だん)をかまへて。/大威徳(だいいとく)の
/法(ほう)を/修(しゆ)せられけり。/真済(しんぜい)は東寺に/壇(だん)を立て/隆三世(ごうさんぜ)の法を/行(おこな)
はる。かくて其日になりしかば/名虎(なとら)と/善雄(よしを)と出合たり。/堂上階(とうじやうかい)
/下(げ)目をすまして是を見。/門内門外足(もんないもんぐはいあし)をつまだてゝこれを
望む。名虎はもとより大/力(りき)なれば。うでのちから/筋(すし)ふとく。もゝ

のむらじゝあつく。かたのわたりほねのつらなり。あたかも/力士(りきし)
の/像(そう)に/似(に)たり。/手合(てあひ)するとひとしく。/善雄(よしを)が/腕(うで)くび/取(とつ)て引よせ
目よりたかくさしあげ。ゑい声いだして/投(なげ)たりける。/見物(けんぶつ)の上
下ありや。/惟仁(これひと)の御方/負(まけ)たりとおもふ程に。一/丈(じやう)あまりなげられ
ながらくるりとかへりて立たりける。見る人あつとぞ/感(かん)し
ける。またよせ合せて。ときうつりけるまでせり合たり。名虎も
松のたてるがごとくにうこかざりけるを。善雄は/藤(ふぢ)のまとふ
ごとく取付て。/内(うち)がらみ。/外(そと)がらみ。大わたりがけ。小わたり/懸(かけ)
/弓手(ゆんで)に/廻(まは)し。/馬手(めて)に廻し。/逆手(さかて)にいり。さま〴〵にこそもみ


たりけれ。これや此。/品治北男(ほんじのきたを)。/丹治是平(たんぢのこれひら)。/佐伯希雄(さはきのまれを)/紀勝岡(きのかつおか)
/近江薑(あふみのはじかみ)。/伊賀枯丸(いがのかれまる)と聞へし。/供御白丁(ぐこはくてう)も。いらでか是にはまさる
べきと見る人/興(けう)をぞましたりける。/勝負(しやうぶ)はいまだしれ
ねども/元来(ぐはんらい)力まさりなれば。名虎かちぬと見へければ。一の宮
の御方よりは。東寺へ/使(つかい)を立る。/良房公(よしふさこう)の方よりは四の宮の御
かたすでにあやうく見へ候と。使を/山門(さんもん)に立らる事おひつき
〳〵に/櫛(くし)のはをひくがごとし。/和尚(くはしやう)是を聞て。こは心くるしき
事かな。此ときふかくを/我山(わがやま)にのこさんこと。口おしかるべし四の宮
位につきたまはんとは。/命(いのち)いきて何かはせんとて。/念力(ねんりき)をぬきん

てつゝ/爐壇(ろだん)に置たる/剱(けん)を以て。みづからかうべをつきやぶり。/脳(なふ)をくだ
き/芥子(けし)にいれ。/香(かう)のけふりにもやしぐして/帰命頂礼大聖大威(きみやうちやうらいだいしやうだいい)
/徳明王(とくみやうわう)。ねがはくば/善雄(よしを)にちからをつけたまひ。/勝(かつ)ことを/即時(そきじ)に/得(ゑ)
せしめた給へと。/黒煙(くろけむり)を立て。あせをながしもみにもふでいのら
れける。/生仏(しやうぶつ)もとよりへだてなく/信力本尊(しんりきほんぞん)に/通(つう)じければ/大(だい)
/威徳(いとく)の/乗(のり)給へる。/水牛爐壇(すいぎうろだん)を三/度(ど)めぐり/声(こゑ)をあげてそ取
たりける。/其声大内(そのこゑおゝうち)にひゞきければ/善雄(よしを)に/力(ちから)ぞ付にける。
名虎は此声を聞けるより。力おちて/心茫然(こゝぼうぜん)となりける時。
善雄名虎をわきにはさんで。/南庭(なんてい)を三めぐりして。ゑいと


いふて/投(なげ)れば。名虎/大地(だいち)にうち付られ。/血(ち)を/吐(はい)ておきあ
がらず。/官人等(くはんにんら)はしりより/大内(おゝうち)より担き出して。/家(いゑ)にかへし
たりければ。三日あつて/死(し)にけり。/名虎相撲(なとらすまふ)に/負(まけ)しかは。/惟仁(これひと)
/位(くらい)につかせ給ふ。/清和天皇(せいわてんわう)と申せしは。此/皇子(みこ)の御事なり。是より
して/山門(さんもん)いさゝかの事にも/恵亮(ゑりやう)なつぎをくだけば。二帝/位(くらい)に
つき給へりと/伝(つか)へたり。/委(くはしく)は/平家物語(へいけものがたり)及び。/盛衰記(せいすいき)。/太平記(たいへいき)にも
出て/粗異同(すじいどう)あり/爰(こゝ)に/略(リヤク)す

  /多田満仲橘敏延(ただのまんぢうたちばなのとしのぶ)相撲の事
人皇六十三代/冷泉院(れいぜんいん)の御宇に。/西宮左大臣殿(にしのみやさだいじんどの)。天子の/御弟(おんせうど)。
/染殿式部卿宮(そめどのゝしきぶきやうのみや)を/御位(みくらい)につけ奉らんとて/中務丞橘敏延僧(なかづかさのぜうたちばなのとしのぶそう)
/連茂(れんも)。/多田満仲(ただのまんぢう)。/藤原千晴(ふぢはらのちはる)など/寄合(よりあひ)て。式部卿宮を取奉り
て東国へ趣き。軍兵を/起(おこさ)んと。/右近馬場(うこんのばゞ)にて。夜々評儀しけ
るが。/或(ある)とき/西宮殿(にしのみやどの)にて/敏延(としのぶ)と/満仲(まんぢう)と相撲を取けるに。満仲
/力劣(ちからおとり)にて/格子(かうし)に/投(なげ)付られ。顔を/打欠(うちかき)たり。満仲安からず思ひ
/腰刀(こしがたな)を/抜(ぬい)て敏延を/突(つか)んとしける。敏延/高欄(かうらん)の/根木(ほうきそ)を/引放(ひきはなち)
て/近付(ちかづけ)ば/頭(けうべ)を/打破(うちやぶ)らんとて。立/跨(はたかり)て有ければ。満仲力およば
ず。さて/止(やみ)ぬ。時の人あゝ/源氏(げんじ)の/名折(なおれ)たりと云ければ。敏延を/失(うしなは)
んとて。/返忠(かへりちう)したりけるとぞ源平盛衰記に出たり








  /宗平時弘(むねひらとしひろ)相撲付宗平/伊勢田世(いせたよ)相撲の事
人皇六十六代/一條院御宇(いちてういんのぎよう)に。/駿河国(するがのくに)の/私市(きさいち)の宗平といふ
すまふ。/儀同三司(ぎどうさんし)。/藤原伊周公(ふぢはらのこれちかこう)の御かたに参りたり。/時弘(ときひろ)といふ
相撲。伊周公の御弟/師(そつ)の/隆家(たかいえ)卿のかたに参りて。時弘しきり
に宗平と相撲をのぞみける。/若負(もしまく)るものならば/首(くび)を切ら
れん。時弘/負(まけ)は時弘が首を切んなど申ける。/或(ある)とき伊周公のや
かたにて。立合けるが。宗平手あひするとひとしく。時弘を取
て地に/投(なげ)ふせければ。時弘しばらくうごき得ざりけり。隆家や
すからずやおぼしけん。/落涙(らくるい)し給ひけるとかや。伊周公やがて

/宗平(むねひら)に/褒美(ほうび)し給ひけり。時弘いかつて立出るとて門の
/関(くはん)の/木(き)を引おりける。此時弘も其比ならびなき/強力(がうりき)なりし
かど宗平には及ばざりけり。其比宗平はならびなき取てにて
いく程もなく/左(ひたり)の/脇(わき)に立にけり《割書:左のわきとは|左方の関脇也》又同じかたの相撲
に。三河国の/伊勢田世(いせたよ)といふものあり。たけたかく/骨(ほね)ふとく/力(ちから)き
はめてつよし。/最手(ほて)に立て《割書:最手は別|との関也》久しくなりけるが。宗平
と相撲を取けるに。田世/負(まけ)しかば。宗平最手に立て田世は
脇にぞくだりける。其比左右の相撲に宗平におよぶものなかり
けるとぞ。/古今著聞集(ここんちよもんしう)にでたり。又/太秦広隆寺(うづまさくはうりうじ)の/南大門(なんだいもん)







の西/力士(りきし)は。すまふ/人(ひと)宗平に/似(に)たりと/続古事談(しよくこじだん)に出たり

  /勝岡重茂(かつおかしげもち)相撲并勝岡/常正(つねまさ)相撲の事
人皇六十八代後一條院の御宇相撲の/節(せち)に/勝岡(かつおか)といふ相撲
と/重茂(しげもち)といふ相撲合せけるに。重茂か/尻(しり)を木にすらせけ
るを。常世といふすまふ見て。只今大事出来ぬといひけるに
/果(はた)して重茂。木をふみて勝岡にかゝりければ。勝岡まろびに
けり。/小野宮実資公(おのゝみやさねすけこう)は勝岡が/負(まけ)たるをいかり給ひ。/隋身(ずいじん)をめ
して人をはらはせられける程に。/冠(かふり)をうちおとさるゝものも
有けるとなり。おなじとき左の方の相撲おめ〳〵まけけるを

小野宮殿あざけり給ふよし聞へければ。左方の輩夜のまに
勝岡負べきよしの祈をせさせけり。其あくる日勝岡と常
正とあはせけるに。常正勝岡を取て火たきべになげ付たり
/後(のち)のたびには/勝負(しやうぶ)を/決(けつ)せず此とき/公保常時(きんゃすつねとき)なと聞ゆる相
撲共是は/奇異(きゐ)の事なり。かくばかりの相撲声を出して勝負せ
ざりし事。いまだ/聞(きか)ずいかさま子細あらんと/評伴(ひやうばん)しけり。古今著聞集。江次第に見へたり

  /久光恒世(ひさみつつねよ)相撲の事
              常世ノ常江次第作常
後/一條院(いちでうのいん)の御宇相撲の/節(せち)に。/久光(ひさみつ)といふ相撲。つめをながくし




て/相手(あいて)をかきけるに。/海恒世(うみのつねよ)にあはせられければ。久光恒世
が/顔(かほ)を一両度かきけるを。恒世ものゝ数ともせず。久光がかし
らをむねにてせめて。ひしぎつけ奉るに。久光たちまち/絶(たへ)
入けり。久光やう〳〵心つきて。今より後かゝるふるまひをせし
といひて。/近(ちか)づかざりけり。/左大将(さだいしやう)しきりに今度勝負をい
たすべきよしをいはれけれども。/承引(せういん)せざりければ。/禁獄(きんごく)すべし
といはれけるに。久光禁獄にあふとも/命(いのち)はうすべからず。
恒世に近付ては。命有べからずといひて。ふたゝびすまふを取
ざりける。古今著聞集に出たり


   /真髪成村大力(まがみのなりむらだいりき)の/学士(がくし)にあふ事
後一條院の御宇/陸奥国(むつのくに)に/真髪成村(まかみのなりむら)といふ相撲あり。真髪
為村が父にて/経則(つねのり)か/祖父(そふ)なり。此成村/若(わか)かりしとき。国々の
相撲と共に/上洛(しやうらく)して。相撲の節を/待(まち)けるが。いざやかた〴〵出
て次涼ゞまんとて/朱雀門(しゆしやくもん)にゆきけるが。それより大学のひがし
の門をすぎて。南の方へゆかんとする時。大学衆どもあまた
東の門にすゞ見/居(い)けるが。相撲どもを/通(とを)さじと立ふさがりけ
れば。さすがにゆづりても通り/得(ゑ)ず。/朱雀門(しやしゆくもん)にかへりけり。そこに
て成村いふやう。大学の者共何のゆへに/我等(われら)をばとをさぬや








中務丞橘敏延

左大臣
 高明公
           冷泉院御宇
             於西宮殿
            橘敏延
            多田満仲
              両人相撲


    多田満仲

らん。中にもたけひくき男の。かんふりうへのきぬ/他(ひと)よりは。よ
ろしきが。すぐれて通さじとのゝしりて。立ふさがること
つらにくし。いざ各もようしあつめて。明日かの所を通るべし
/定(さだめ)て大学の衆けふのやうにせいすべし。其時おとなふまゝに
けちらして通るべしとて相撲の中にすぐれて。ちから
つよく/足(あし)きゝてたかくいさめる/若(わか)ものをゑらびて。かの
せいする学士が/顔(かほ)をけられよといへば。此すまふ我等にまか
せ給へといひおのが家〳〵にそかへりける。かくてあくる日は/屈(くつ)
/強(つよ)のすまふあまたすぐりうちむれて。大学の東之門に

あゆみかゝり。大学の衆もかねて心得てや/居(い)けん。/前(まへ)
の日よりはおほく出て。とをさじとぞせいしける。其中にも
成村がいひし学士さきにすゝみ大路に立はたかり通さじ
とおもふけしきなり。成村さればよくおもひて。顔けよといひ
し相撲に。きつと目くばせすれば。かのすまふつよくよつて
はたとける。学士も心得たるものにや有けん。うつふきて/蹴(け)は
ずさせ相撲が/足(あし)のあがりたるをつかんで中にさしあげ。二
三だんばかり/投(なげ)ければ身くだけてたへ入たり。学士これをば
うちすてゝ。成村にはしりかゝる。成村かなはじと取てかへし



にげけるを。のがさじとおひければ。/朱雀門(しゅしやくもん)の方へはしり。わき
之門へ入て。/式部省(しきぶしやう)の/築地(ついぢ)をこえんとするを。学士とびかゝりて
成村が足のきびすを/沓(くつ)ながらひしと取。成村ひきはなち
て築地をこしけるに。取たる所/沓(くつ)と共に/刀(かたな)にて/切(きり)たるやうに。
ひきちぎりたり成村築地の内に立て足を見れば。きびす
きれ/血(ち)はしりて。さらにとゞまらねども。あまりのおそろし
さに。はう〳〵/宿所(しゆくしよ)へそ/逃(にげ)かへりける。/投(なげ)られたる相撲は/死(しに)
入たりければ。/板(いた)にのせてもちかへりけり。此/強力(げうりき)の学士いづ
れぞと。たづねられけれども。ついに其人しれざりける。

/宇治拾遺(うぢしうゐ)に見へたり

  /成村恒世(なりむらつねよ)相撲の事
後一條帝の御宇。相撲の節ありて/抜出(ぬきで)の日/左方(さほう)の/最手(ほて)
/真髪成村(まがみのなりむら)。右方の/最手海恒世(ほてうみのつねよ)をめしあはせらる。成村は/陸(む)
/奥(つ)の相撲なり。たけ高く力つよし。恒世は/丹後(たんご)のすまふなり、
たけは成村よりはひきかはしかとも/力(ちから)はおとらず。すぐれたる
/上手(じやうず)なり。成村/頭(づ)を恒世がむねにつけて。つよくおしくるを恒
世引よせてのけさまになぐれば。成村うしろにたふれ恒世其上
にぞころびける。二人ともに身をつよくうちたるにや。しばしは


おきあがらざりけるが。成村ははう〳〵/起(おき)あがり。相撲部屋へ入けり
衣/襖(はかま)きて。人に手をひかれてかへりけり。恒世は
をき/得(ゑ)ずしてふしければ。右の方の相撲どもよつてかき
あげて。/弓場殿(ゆばどの)の方へ持ゆき。/殿上人(てんじやうびと)の/居(ゐ)たる所に/置(おき)たりける。
各々よつて恒世に成村はいかゞありつるぞと問へば。/只牛(たゞうし)の
ごとしとばかりこたへける。それより相撲殿へつれゆけば。各々
/衣服(ゐふく)金銀をあたへられければ。かたはらに山のごとくにつみあげ
たり。恒世はいとくるしげに此/賜物(たまもの)を見もやらずして居たる
を其国につれ下るに。/播磨(はりま)の国にてむなしくなる。成村
に/胸背(むねせふ)をさしおられけりとぞ聞えし

  /日田永季出雲鬼童(ひだのながすへいづもおにわらは)相撲の事
人皇七十一代/後三條院(ごさんでういん)の御宇に/豊後国日田郡(ぶんごのくにひだこほり)に/日田鬼(ひたおに)太夫
/大蔵永季(おほくらながすゑ)といふものあり。/先祖(せんぞ)をきはめるに。/神武天皇(じんむてんわう)の御宇に
/善憧鬼(ぜんとうき)といふ人/紀州大蔵谷(きしうおほくらたに)といふ所より/鬼武(おにたけ)。/武内(たけうち)。/武下(たけした)。以下
の/家人(けにん)をぐし豊後国日田郡にくだり/戸山(とやま)といふ所に/住(ぢう)す。大
蔵谷より出たるゆへに/子孫(しそん)大蔵を以て/姓(せい)とす。其/未葉(まつよう)に/妙(めう)
/憧鬼(どうき)といふものあり。/後(のち)に/日田鬼蔵(ひだのおにくら)太夫/永弘(ながひろ)とあらたむ。/強力無(かうりきむ)
/双(そう)なり。/背(せ)に一尺二寸の/毛生(けはへ)たり白鳳(はくほう)年中の人なり。夫より/数代(すうだい)


を/経(へ)て/永季(ながすへ)にいたれり。永季其/生(うま)れつき。たゞにあらす
長八尺にあまり力のかぎりはしる人なし。/強力(かうりき)のほまれ/都鄙(とひ)に
かくれなかりしかば。/延久(ゑんきう)三年。十六才にて相撲の/節会(せちゑ)に召れて
上洛す。此とき/出雲(いつもの)国に/希代(きだい)の/力者(りきしや)あり。/畿内(きない)より/関八州(くはんはつし)四国
中国に/廻(めく)りて相撲を取に。/片手(かたて)におよぶものなしと。/風聞(ふうぶん)
あるによりて。是も召れて上洛すへく聞へける。是によつて永
季伊勢大神宮に/祈願(きぐはん)し。/神馬(じんめ)七疋を奉る。かくて上洛の時
/筑前太宰府(ちくぜんだざいふ)に/至(き)るに。ひとりの/童女(どうにょ)にゆきあふ。童女永季
にむかつて/汝(なんぢ)此度/禁裏(きんり)におゐて。/古今絶倫(ここんぜつりん)の大力にあふべし。

其たけ/常(つね)の人よりはひきく。/惣身鉄(そうしんてつ)にしてちから/無量(むりやう)なり。
これにかたん事人力におよびかたしといへども。/勝利(しやうり)を/得(う)へる子
細あり。其故はかの/童(わらは)が母。日本第一の/力者(りきしや)をうましめたまへと
/諸神(しよじん)に/祈(いの)り/懐妊(くはいにん)の始より/鉄砂(てつすな)をくらふ故。うまるゝ子強力なり。
されども母。/炎熱(えんねつ)にくるしみひとつの/甜瓜(まくわ)をくらいしかば。童が
/頭(こうへ)のうへにとゞまつて。方三寸の/肉(にく)となれり。相撲の/節(せち)にのぞん
で/乾(いぬい)の方をうかゞうべし。われ/汝(なんじ)に/方便(ほうへん)を/示(しめす)べしと。いひ/終(おはり)て
とびさりぬ。永季此/奇特(きとく)を/感(かん)じ。天満宮にまうでて/無二(むに)の
/丹誠(たんぜい)をぬきんで/奉幣(ほうへい)し。今度の相撲に/勝利(しやうり)を/得(ゑ)せしめ


給はゞ。日田郡のうち/大肥(たいひ)の/壮(しやう)を/寄進(きしん)し。其地に老松明神を
/勧請(くはんしやう)し奉らんと祈願して上洛し相撲の節にいたりて。かの
童にぞ立合ける。永季は/鉄胴(てつどう)の/鎧(よろひ)の。こて/草(くさ)ずりをちぎり
すて。/胴(どう)ばかりを/着(ちやく)し八寸におよぶ大竹をにぎりひしいで/帯(おび)
とし。其うへに/衣服(ゐふく)をかさねたり。かの童は/髪(かみ)をながしみだし
/単物(ひとへもの)を/着(ちやく)し。ちいさき/帯(おび)をゆるくむすびて立出たり。/面色(めんしょく)
/黒(くろ)きことうるしのごとく。眼まろくひかりて/星(ほし)のごとく/双方(そうほう)
よせ合せつゝ手合するに。/肌(はだ)は/鉄(てつ)にひとしく。かたくすべりて
手にたまらず。永季以前の/告(つげ)をおもひて/乾(いぬい)の方をうかがふに

/宰府(たいふ)にてまみへし。/童女雲中(どうにようんちう)にあらはれ。永季に目を見
合せ。/額(ひたい)をおさへてさとしめたり。永季やがてこぶしをもつて
童が/頭上(づしやう)を/丁(てう)どうつに。はたして/肉身(にくしん)なりしかば。やぶれて/血(ち)さつ
と/出(いづ)る。さしもの童もながるゝ/血(ち)にまなこくらみたゞよふを永季
取て引よせ。目よりたかくさしあげ。一ふりふりて/曳(ゑい)といふて/投(なげ)
しかば。かしら/手足(てあし)ちぎれて四方にちりたるける。かゝりしかば
日本第一の/大力(だいりき)と/勅免(ちよくめん)の/綸旨(りんし)を給はり。日田郡を一/円(ゑん)に/宛行(あておこな)
はれて/帰国(きこく)し。立願のごとく。/大肥庄(だいひのしやう)を天満宮に/寄進(きしん)し老松
明神を/勧請(くはんじやう)す。又/高城(たかしろ)といふ所に/自(みづから)がかたちをつくり。童が手


を/肩(かた)にのせ。それをふまへたる/体(てい)にし。/毘沙門(びしやもん)と名付て/安(あん)
/置(ち)し。其地に寺をたてゝ/永福伝寺(ゑいふくでんじ)と/号(ごう)しける。其後相撲
の節会に三度出。人皇七十三代堀川院の御宇に/寛治(くはんぢ)五年より長治元年迄七度以上十ヶ度の相撲に一度も負ず。名を日本
にかゝやかせり。此永季或は/枝(きのまた)に大石をはさみ。大石のうへに
同じごとくなり石をかさねをく。日田がかさね石とよぶ小家の
大さにひとし。又あるとき/領内(れうない)に永季をそむくもの有しかば。
おし寄て門をやぶり/扉(とびら)を以て。百人ばかりうちころしたる事
もあり。長治元年七月十八日。永季四十九歳にて/大肥庄薄村(だいひのしやうすゝきむら)

におゐて/卒去(そつきよ)す。後に其所に寺をたて/明量寺(めいじやうじ)と名ずく。永
季より。/季平(すへひら)。/髙家(たかいゑ)。/永平(ながひら)。/永宗(ながむね)。/永秀(ながひで)。/永隆(ながたか)。/永俊(ながとし)。/永綱(ながつな)。/永信(ながのぶ)。
/永基(ながもと)。/永資(ながすけ)。/永貞(ながさだ)。/長俊(ながとし)。/倫永(のりなが)。/永息(ながやす)。/永英(ながひで)。七郎丸参て/相続(さうぞく)なし
て。七郎丸早世し。/摘家(ちやくか)は/断絶(だんぜつ)し/鹿流(そりう)今に日田にのこれり。
/家(いゑ)の/紋(もん)四足の/州浜(すはま)なり。是/先祖(せんぞ)永季が。かゞみたるかたちを
/表(ひやう)するといひ伝へたり

  
  /中納言伊実腹抉(ちうなごんこれざねはらくじり)と相撲の事
中納言伊実と申す/公卿(くぎやう)おはしけり。/学問(がくもん)を/好(この)み給はず。つねに
相撲/競馬(けいば)をこのまれけり。/御父伊通公(おんちゝこれみちこう)とゞめ給ひしかどやみ


給はず。其比ひとりの相撲あり。/極(きはめ)て/強力(げうりき)にてすぐれたる上手
なり。此相撲が/得(ゑ)たるには。相手の/腹(はら)にかしらを入てかならず/袂(くじり)
まろがしければ。/腹袂(はらくじり)とぞよびけり。伊通公腹袂をひそかに/呼(よび)
よせて。我子の中納言相撲をこのむがにくきに。くじりまろば
かせたらば。ほうびをとらすべしと。仰ふくめられて後。中納言
に/足下(そつか)相撲をこのめるに。腹くじりと/勝負(しやうぶ)すべし。/勝(かち)たらば
我とゞむる事有べからず。/負(まけ)たらんにおゐては。ながく相撲を/止(やむ)
べしと有ければ。中納言かしこまり候とて立向ひ。腹くじりが
好むまゝに身をまかせられければ。悦てくじり入にけり。其後

中納言/腹袂(はらくじり)かよつつぢを取。力にまかせてひかれければ。かし
らもおるゝばかりにおほへうつぶしにたふれけり。伊通公は興さ
めて立給ひければ腹くじりは其座より/逃(にげ)うせけり。それよりし
て相撲のせいしなかりけり。古今著聞集に出たり。

  /小熊伊成弘光(こぐまこれなりひろみつ)と相撲の事
人皇八十二代/鳥羽院(とばのいん)の御宇に。/帥大納言長実卿(そつのたいなごんながざねきやう)のもとへ尾張国
の者に小熊/権頭伊遠(ごんおかみこれとを)といふ相撲。其子/伊成(これなり)を/具(ぐ)して参り
ければ。酒をいだしてすゝめらるゝ所に弘光といふ相撲又きたり
けるを。/召(めし)くはへてさかずきたび〳〵めぐりて後。弘光/酔狂(すいきやう)のあ


まりに。/長実(ながざね)卿に向ひて。むかしの相撲は勝負について/昇進(しやうしん)をも
仕りしかば。/朋輩(ほうばい)口をふさぎ。/世(よ)の人これをゆるしき。近代はせい
など大きになり候へば。左右なく/最手(ほて)をも給はり/脇(わき)にも/立(たち)候也。
いさみなき世にて候と申す。伊遠此こと/葉(は)を聞とかめ少し
居なをり。是はひとへに伊成が事を申たる候なり。/不肖(ふしやう)の身/今(こん)度
最手のわきをゆるされぬ。まことに申さるゝ所のがれがたし。/但(たゞし)
すこしこゝろみられんやといへば。弘光うちわらひて。たゞ道理
のおす所をいふばかりなり。こゝろみられんはさいわいなりとて。
左の手をいたしてこひけるを伊成かしこまりて父か/景色(けしき)を

伺ひしかば。/伊遠弘(これとをひろ)光かやうに申すうへは。こゝろみ候へといふ時
伊成弘光が出せる手をひしとにぎる。弘光引ぬかんとしけれ
ども。うごかざりければ。たはぶれにもてなして。かやうの手合は
さのみこそ候へ勝負これによるべきにあらず。いて一さしつ
かまつらんといひて。ふたつの袖をひきちがへ/袴(はかま)のくゝり高く
かゞげて庭に出てこれへ下り候へ〳〵といふ伊成も庭におり
てぞ向ひけり。/形体勇力金剛力士(ぎやうたいゆうりきこんがうりきし)のあらはれたるかとあやまりた
る。弘光もまた/敵対(てきたい)にはぢず見へにけり。/亭主(ていしゆ)を始め諸人
目をおどろかし。ざくめきて見る所に伊成すゝみよりて弘



光が手を取て。/前(まへ)につよく引ければ。うつぶしにまろびたり。
弘光立あがり只今はあやまちなりとて。又すゝむを同じ
ごとくに手を取てうしろさまにはねければ。のけさまにどうとた
ふれ。しばし有て/起(おき)あがり/烏帽子(ゑぼし)のおちたるを取ておしいれ
/師(そつ)の前にひさまづき/涙(なみた)をはら〳〵とながして。君の/見参(げんさん)に入候はん
もけふはかりに候とてはしり出もとゞり切て。法師にぞ成にけ
る。又あるとき父伊遠伊成かちからをこゝろみばやとてぬりご
めの中にてくみあひたり。/勝負(しやうぶ)はいづれと見へざれども板敷
のなるおと。おびたゞしく。/雷(らい)のおちたるやうにぞきこへける。又

此/権頭(ごんのかみ)伊遠。/若(わか)きとき京に出て。宮つかへせし折節。馬の足
を折し事有。今是を畧す。古今著聞集に見ゆ

  /佐伯氏長相撲節(さへきうぢながすまふのせつ)に/上洛(しやうらく)の事
越前国に。佐伯氏長といふ大力の者ありしが。/禁裏(きんり)へ相撲に召
れてのぼりけるとき近江国/高嶋郡(たかしまごをり)の石橋を過侍りけるに。
いと/清(きよ)げなる女。川の水を/汲(くみ)てみづからいたゞき行。氏長見て心うご
き此女が/腕(うで)の下へ手をさしやりたるに。女うちえみて氏長が手を
/脇(わき)にてはさみけるが久しくなれどもはなたざりしほどに
引ぬかんとすれどもかなはず。打おどろきておめ〳〵と女に



したがひ行に。女家に入ていかなる人ぞと問ふに。しか〳〵のよし
をかたる。女のいふ、今の程にては心もとなし。其/期(ご)いまだ日数有ば
しばらくとゞまり給へといふにしたがひとゞまりければ。其夜より
こはき/飯(めし)をこしらへ。女/自握(みずからにぎり)てくはするに/喰(くひ)わられざりしが
日を/経(へ)てやう〳〵/喰(くひ)わられけり/夫(それ)より/次第(しだい)にうるはしく喰けるまゝ。
今は/子細(しさい)あらじとてのぼせけるに。/果(はた)して/晴(はれ)の相撲に/勝(かち)て高名しけり。
/偏(ひとへ)に此女の/力(ちから)成けり。此女はおほゐ子といふ/勇力(ゆうりき)のおんなにてぞあ
れける。あるとき村の人田に水をまかするころ。水を/論(ろん)し
てとかくあらそひおほい子が田にはあて付ざりける時おほい子

夜にかくれて面のひろさ六七尺ばかりなる石の四方なるをもち
来り。/彼(かの)水口に/置(おき)てければ。水おもふやうにせかれて。おほい子が。
田うるほひにけり。村人見て大きにおどろき石を引のけんとす
るに百人してもかなはず。いかゝせんとて。村の人おほい子にわ
びをこふてければ。此上はとて其/侭(まゝ)石を引のけり。夫より
後はながく/水論(すいろん)する事やみにけり。/件(くだん)の石大井子が水口石とて。今
に伝るとなん。古今著聞集に見へたり

  /大井光遠(おほゐのみつとを)が事
/甲斐国(かひのくに)のすまふ。大井光遠といふもの有。ちからつよく。手きたへ


ならぶものなかりけり。光遠にいもうとあり。みめことがらけはひ
もよく。すがたたをやかなりしが。ちからは光遠を二人ばかり。あ
はせたるほどにて。大きなる/鹿(しか)の/角(つの)を。ひざにあてゝ。ちいさき
木を折やうに折けり。あるとき人を/害(がい)したる男きたりて。
かのいもとを人/質(じち)にとりぬと。つげきたりけるに。光遠打
わらひて。我がいもとをば/薩摩(さつま)の氏長ばかりぞ/質(しち)には。と
らめ。其外にはおぼへぬものをとて。すこしもさはがざりけ
り。いもとはしちにとられながら。かの男が刀もつたる手をひ
ひだりの手にてとゞめ。右の手にては。かたはらはらに矢の/箆(の)の。あら作

したるが二三十ばかりあるをとりて。手ずさみにゆびにて/板敷(いたしき)
にあてて。にしなに/朽木(くちき)のやうにくだくるを見てぬす人おそ
れて。女をはなちつゝ。/逸(いち)あしをいだしてにげさりけり


古今相撲大全巻の中本終




【右丁白紙】

【左丁】
古今相撲大全(ここんすまふだいぜん)巻之中《割書:末》
   目録
一/河津祐泰(かはづすけやす)俣野景久(またのかげひさ)相撲の事
一/畠山重忠(はたけやましげたゞ)長居(ながゐ)と相撲の事
一/和田常盛(わだのつねもり)朝比奈義秀(あさひなよしひで)相撲の事
一/賀茂能久(かもよしひさ)天竺冠者(てんぢくくはんじや)相撲の事
一/畑時能(はたときよし)相撲の事
一/妻鹿長宗(めがながむね)相撲の事
一/山中幸盛(やまなかゆきもり)相撲の事

【右丁】
一/矢部刑部允(やべぎやうぶのぜう)相撲の事
一/原大隅守(はらおゝすみのかみ)相撲の事
一/蒲生氏郷(かまふうぢさと)相撲の事
一/織田信長公(おだのぶながこう)相撲御覧の事
一/豊臣秀次公(とよとみひでつぐこう)相撲御覧の事

【左丁】
古今相撲大全(ここんすまふだいぜん)巻之中《割書:末》
  河津祐泰(かはづすけやす)俣野景久(またのかげひさ)相撲の事
安元二年十二月。伊豆。相模両国の者(もの)ども。おの〳〵奥野(おくの)の狩(かり)
して。柏峠(かしはとうげ)にのぼり。酒宴(しゆゑん)をまふけ。興(けう)に乗(ぜう)し。大なる石を持(もち)
などして。力(ちから)をくらべなぐさみしが。海老名源八秀定(ゑびなげんはちひでさだ)申やう。某(それがし)が若(わか)
ざかりには。狩漁(かりすなどり)の帰(かへ)りには。かならず相撲を取。或はちから挍(くらべ)など
をこそ興(けう)としつれ。今も若(わか)きかた〴〵は争(いかで)かくるしく□□□【候べき】。
各(おの〳〵)取給はゞ。源三(げんざう)膝(ひざ)ふるふとも。出(いで)て行事(ぎやうじ)をせんといひけれ□□【ば。老(らう)】
若(にやく)酒狂(しゆきやう)してしかるべしと同(どう)じける。其とき實平(さねひら)。滝口殿(たきぐち[どの])

と。/藍沢殿(あいざはどの)相比(あいころ)にあるべし。出て始(はじめ)給へかしと云れければ。/経(つね)
俊(とし)聞(きゝ)て。東国に於て。力(ちから)有ん人は御出候へ。但(たゞし)藍沢(あいざは)殿の御(お)□【相(あい)】
手(て)には餘(あま)りてこそ存られ候ぞ。御望に於ては一番取候べき
かと云。重治(しがはる)聞て。伊豆(いづ)相模(さがみ)の人々にちから強(つよ)き人はなきか。出て
あの広言(くわうげん)を止(やめ)よ。力(ちから)を自慢(じまん)するは。凡卑(ぼんひ)の者(もの)の事なり。只(たゞ)侍(さふらひ)は戦場(せんじやう)
に進(すゝみ)て。敵(てき)を射捕(ゐとる)に。敢(あへ)て力の有無(うむ)にはよらず。憚(はゞかり)なきちから
の自慢(じまん)聞にくしといひければ。滝口(たきぐち)聞て実(げに)〳〵のたまふごとく。
十郎殿と組(くん)で首(くび)を取か取るゝか。只(たゞ)力業(ちからわざ)の勝負(しやうぶ)に於(おゐ)ては。誰(たれ)
にかおとり候はんや。藍沢殿と相撲こそ望なれとて。直垂(ひたゝれ)を脱(ぬぎ)て
躍(おどり)出ける間。重治(しげはる)見てこらへず。腕(うで)のつゞかん程(ほど)は命こそ涯(かぎり)
なれ。海老名殿あはせ給へといひながら。つと出んとしければ。季貞(すへさだ)
押(おし)とゞめて相撲はたゞ少人(しやうじん)より取り上りたるこそ面白(おもしろく)く候へ。先
藍沢七郎殿と。滝口四郎殿。年比(としごろ)も相似(あいに)たれば出て始たまへ。
海老名行事仕らんとて合せければ。重真(しげざね)。家俊(いゑとし)。たがひに屡々(しば〳〵)
せり合けるが。重真つゐに負(まけ)にけり。其とき舎兄(しやけう)六郎/重光(しげみつ)
つと出。家俊(いゑとし)を突倒(つきたを)して入らんとする所を。経俊(つねとし)躍(おどり)出。重光
を片手(かたて)にたらずなげける間。重光が舎兄/重治(しげはる)。弟(おとゝ)二人をなげ
られ。やすからずおもひ。袴(はかま)の紐(ひも)解(とく)間(ま)おそしと引切て。走出(はしりいて)

近(ちか)〳〵とより。拳(こぶし)をつよく握(にぎつ)て。滝口(たきぐち)が鬢(びん)のはづれを。したゝ【かに】
擲(うち)ける程に。経俊(つねとし)も左右の拳(こぶし)を握。負(まけ)じ劣(おと)らじと捻(ねじ)あ【ひ】
ければ中〳〵相撲とは見へざりける。其後藍沢/下手(したて)に入て。終(つい)に滝口(たきぐち)に【勝】
てげり。此上はいか程/負(まけ)ても不苦(くるしからず)とて。相手を嫌(きら)はず取ける程に。究竟(くつけう)の
者(もの)共/続(つゞけ)て五番/勝(かち)ける所に。/八木下(やぎした)五郎。藍沢を始/続(つゞけ)さまに六番勝。/本(ほん)間五郎
資俊(すけとし)。八木下をはじめて九番打て入らんとする所に。俣野五郎
景久(かげひさ)出て。本間を始て其名をよばるゝ力量(りきりやう)の人つゞけて
十番勝ければ。出て取らんといふ人なし。景久いひけるはに。【相】
撲は止(やみ)て候か。相手に嫌(きら)ひはなきぞ。誰(たれ)にてもおはせよ。我と

おもふ人々は出られ候へやと髙声に罵(のゝし)【訇ヵ】りける間駿河の国
の住人高橋中六家成小兵ながらつと出て取付ければ是を
始て若手の者すゝみ出て俣野に息をも継せず負れば
出おれは入立替入かはり十人ばかり出けれども俣野は聞ゆる
大力(だいりき)の名人(めいじん)なればつゞけさまに廿一人/投(なげ)たりける。其時/土肥(とひの)
二郎/扇(あふぎ)をひらき。景久(かげひさ)をあふひであつはれ俣野殿は聞し
よりも上手(じやうず)かな。實平十五年以前ならば。出て取候べき物
をと。戯言(たはふれ)ければ。景久聞て御としのよられ候とても。何かは
くるしく候べきぞ御出候へ一番取候はんといひける間。土肥は

伊豆相模両国
  諸大名柏峠角力

河津三郎
   祐泰

脵野五郎
    景久

兎角(とかく)の返答(へんとう)にもおよばず。伊豆。相模の人々此/恥辱(ちじょく)は。伊東
三浦にこそ留りたれと。囁(さゝやき)て誰(たれ)か彼(かれ)かといふにもあらず。
河津三郎こそとつぶやきしかども。祐泰(すけやす)は智仁勇(ちじんゆう)の徳
ありとて。伊東よりは重(おも)んじ敬ひける間。諸人/心(こゝろ)には思ひながら
出て取れといふものなし。河津氏/景色(けしき)を悟(さとり)て。土肥にさゝや
きけるは。今日の御酒宴(ごしゅゑん)は興(けう)に乗(ぜう)じ。老若(らうにやく)の隔(へだて)なく候はば。祐(すけ)
泰(やす)も出て一番取候はんか。空しく帰(かへ)るべきも。又/無戯(むげ)にや
候べき御指図あれかしといひければ。實平(さねひら)聞て今俣野が
詞(ことば)の笑止(しやうし)さにこそいふらん。若此上に河津/負(まけ)ば大なる恥辱(ちじよく)

なれとおもひければ。兎角(とかく)の返答(へんとう)にもおよばず。只/赤面(せきめん)し
てぞ見えたりける。伊東(いとう)是(これ)を聞て神妙(しんひやう)に申つるしかる。
たとへ負ても恥ならぬぞ。出て。俣野殿と御相手に罷なれ
といはれければ。河津かしこまり候とて。直垂(ひたゝれ)を脱捨(ぬぎすて)。小袖一つの
上を。手綱(たづな)二筋(ふたすじ)田字に廻して強(つよ)く縮(しめ)。俣野殿の御/手柄(てがら)
申も中〳〵餘(あまり)あり。河津が御相手に出ること不足に候はんずれ
ども。少は仕候べしとて出ければ。景久聞て出向ひ。相【撲を】
取に相手の名を呼(よぶ)ことやあるべきされども相手に/嫌(きらひ)【はなし。】
只(たゞ)天(あめ)が下におゐて力(ちから)のすぐれて強(つよ)からん人は御出候へとい【ふ】

てぞ出たりける。河津近〳〵と寄て。俣野がちからをはからん
が為に一/推(をし)しておもひけるは。兼々聞しには/似(に)ぬものか
今日/多(おほ)くの人の/負(まけ)たるは。酒に/酔(ゑひ)たる故なるべし。されども此男
は八箇国に名を/呼(よば)れ。一年/都(みやこ)におゐて取けれ共。彼に勝
たるものなしとて。相撲/無双(ぶそう)の名を得たる者なれば/容易(たやすく)は
/投(なげ)がたしと思ひ。二三度もゑいや〳〵と/推(をし)合けるが。河津なをも
其手をはなたず。向へつよく/推(をし)ければ。各/並居(なみゐ)たる衆中へ
つら押入。/膝(ひざ)を/突(つか)せて入にける。俣野は只も入らず。/爰成木(こゝなるき)の
/根(ね)に/踢(つまづい)てこそ。/不覚(ふかく)の/負(まけ)をしたるに。今一番取らんといひ

ければ/兄(あに)の景親走出て/傍(あたり)を見/廻(まは)し。/実々(けに〳〵)是に木の根有
俣野かまことの負にあらず。/真中(まんなか)にて/尋常(じんじやう)に/勝負(しやうぶ)した
まへ河津負といひければ。伊東是を聞て。いや〳〵河津も/膝(ひざ)が
少しながれて見へ候ぞ。只時の/興(けう)なれば。/互(たかい)の/意恨(いこん)も有べから
ず。今一番取て負よといはれける間。河津辞するにも及
ばすして出たりければ。俣野は手相もせずして。向さまに
や当ん。/横(よこ)さまにや。/繋倒(かけなじ)べきと。つと/寄(よる)所を。河津は前後
相撲は。是が初めなれば何の手もなく俣野か上帯むづとつかん
で前へひき寄。/妻手(めて)へ廻て。目より高く。差揚ければ俣野



足(あし)を/差延(さしのべ)。河津か/股(もゝ)に/纏(からみ)けるを。河津事ともせず一/反(そり)して
尚高〳〵と差揚。しばし/保(たもち)て。片手を/放(はなち)真中に進て/横(よこ)さ
まにぞ/投(なげ)たりければ。俣野早々/起(おき)上り相撲の取やうこそ多
に。なんぞや/御辺(ごへん)の/片手業(かたてわざ)はといひければ河津打笑ひされば
こそ/最前(さいぜん)も勝たる相撲を/論(ろん)し給ひける程に。此度は真中
におゐて。/然(しか)も片手投に仕たるか。/未(いまた)御負ならずや/実(げに)〳〵木の
根のなきにこそ。右は仰つらめ只その勝負を人々御覧候へつ
るかと云ければ。/列座(れつさ)の面々一度に/咄(どつ)と笑ひける 下略 曽我
物語に出たり

  /畠山重忠(はたけやましげたゞ)長居(ながゐ)と相撲の事
/鎌倉(かまくら)の源頼朝卿の/御館(みたち)へ。東八ヶ国に/双(ならひ)なき。大力/長居(ながゐ)といふ
相撲来ていはく当時に長居に手向ひいたすべき人おぼへさふらはず。畠山庄司次郎ばかりぞ心にくい。それとてもたや
すくはいかでかはたらかし候はんと。詞をはなちて云るは。頼朝聞し召てねたましくおほしける折ふし重忠きたりたり。
白き/水干(すいかん)に/葛(くず)ばかま。黄なる衣を/着(き)たるける侍所に大名
小名。ひしと居ならびたり中をわけて座上に居たる。大将/尚(なを)
ちかく。それへ〳〵と有けれども。かしこまりてさふらひけり



其とき頼朝卿物語し給ひてそも〳〵足下に所望の事
誰を申さんとおもふが宣て/不詳(ふしやう)に候はん。為にやまんも/忍(しの)び
がたしとおもひわづらひたりと/宣(のたまひ)ければ。重忠ちと/居(い)な
をりて。君の御大事。何にて候とも。いかで子細を申候はんと云
たるに。大将/入輿(じゆけう)し給ひて。その庭に長居めが参りて。東八ヶ
国にならびなしと。/自称(じしやう)して。/貴殿(きでん)と手あひを望みする
間。ねたましく覚ゆれば。頼朝なりとも出てこゝろみんや
とおもへとも。とりわき重忠をのぞみ申ぞこゝろみ給へと
のたまへば。重忠/存外(ぞんぐはい)げにおもひて。かしこまりていふ事なし

大将さればこそ。これは我ながらも非愛の事にて候。但わが所
望此事に有とのたまうとき、重忠閑所に行て。くゝりすへ。/鳥(ゑ)
/帽子(ぼし)かけて出にけり。長居は庭の床にしりかけて居けるが。
つと立て/犢鼻(ふどし)つきてねり出たる形勢。/金剛力士(こんがうりきし)のあらはれ
たるかと見へければ。畠山もいかゞぞとおぼへける。さてよせ合
せたるけるに。長居畠山がこくひをつよくうつて/袴(はかま)の/前(まへ)ごし
をとらんとしけるを。畠山長居が左右の肩をひしとおさへて。
ちかづけず。しばらく/程(ほど)へければ/梶原景時(かぢはらかげとき)いまはことがら御覧
さふらひぬ。さやうにてやおかせさうらはんと申ければ頼朝いか


で此まゝはあるべき。勝負有べしとのたまひける。言葉のしゝ
より畠山長居を/尻居(しりゐ)におしすへければ。罷りいりてあしをふみ
そらしければ。人々立よりおしかゞめてかきだしける。重忠
座にかへりつゝ。一言もいはずして出にけり。長居はそれより
/肩(かた)のほねくだけて。かたわものになりて。相撲とる事もなか
りけり

   /和田常盛(わだのつねもり)朝比奈義秀(あさひなよしひで)相撲の事
正治二年九月二日源頼家卿/小壺(こつぼ)の海辺をめぐりたまふとき
/小坂(こさか)太郎。/長江(ながゑ)四郎等。/御駄餉(おんたしやう)をます〳〵笠懸あり。/結城(ゆふき)七郎
/朝光(あさみつ)。小笠原/阿波(あはの)弥太郎。/海野(うんの)小太郎/幸氏(ゆきうぢ)市川四郎/義胤(よしたね)
和田兵衛/常盛(つねもり)。其/射手(いて)なり。次に海上に船をよそほひ。/盃酒(はいしゆ)
をたてまつる。然るに朝比奈三郎義秀/水練(すいれん)のきこへあり。此
ついでをもつて。/其芸(そのげい)をあらはすべきよしを仰らる。義秀
辞し申ことあたはず。船よりおり海上にうかひ。数十度およきて。
なみの/底(そこ)に入。しばらく見へず。諸人あやしみをなす所に。
生たる/鮫(さめ)三/唯(とう)をひつさげ。御ふねの前にうかひあがる。/満座(まんざ)の
ともがら/感(かん)ぜずといふ事なし。頼家卿/御感(ぎよかん)のあまりに。め
す所の御/馬(むま)を。義秀に下したまふ。此馬は/奥州(おうしう)一の名馬なり

/大江広元朝臣(おゝゑひろもとあそん)献じたり。義秀が兄/常盛(つねもり)をはじめ。諸人
こひのぞむといへども。たまはらざりしに。今日義秀にたま
はりぬ。是を見て義秀か兄和田兵衛常盛すゝみ出て申
けるは。それがし/水練(すゐれん)は義秀に及ずばとも相撲におゐては
/長兄(ちやうけい)のしるし候べし。ねがはくは御馬を兄弟のなかにをかれ。
すまふを御覧あつて。其勝負について。くださるべしといふ。
頼家卿/興(けう)に入たまひ。御舟をきしにつけたまひ。小坂太郎か前
の庭にて。是をあはせたり。二人ともに/衣装(いしゃう)ぬぎてたち
向ふ。其/体力士(ていりきし)にことならず取あふこと。たび〳〵なり。ふむ所

の地/震動(しんどう)するがごとし。まことに/希代(きだい)の見物なり。しかれ共
義秀/力(ちから)まさりなれば。常盛あやうく見へたり。/江間(ゑま)小四郎。
あまりに感じて座をたち。両人の。/間(あいだ)を立へたてらる。その時
常盛はだかながら。くだんの馬にひたとのり。/鞭(むち)をあげてにげ行
たり。義秀はなはだ/後悔(こうくはい)す。見るものわらはずといふ事なし   
  
   /賀茂能久(かもよしひさ)天竺冠者(てんぢくくはんじや)相撲の事
人皇八十二代/後鳥羽院(ごとばのゐん)の御宇に。伊豫国/大寺(おうてら)の/嶋(しま)といふ所に。
天竺冠者といふ/希代(きだい)の/幻術者(げんじゅつしや)。/大力(だいりき)の聞へ有ければ。其比都に
加茂の/神主能久(かふぬしよしひさ)相撲の聞へあり。是にあはせられけるに。能久

天笠冠者を取て。池の面へ 七八尺ばかりなげすてけると
なり

  /畑時能(はたときよし)相撲の事
/新田義貞(につたよしさだ)の/家臣(かしん)。/畑(はた)六郎左衛門時能は。武蔵国の住人にて。無
双の/強力(げうりき)なり。/腕(うで)の/力(ちから)すぢふとくして。/股(もゝ)のむら/肉(にく)あつければ/彼(かの)
/薩摩(さつま)の/氏長(うぢなが)も。かくやとおぼへておびたゞし。歳十六の時より
このみて相撲を取けるに。/板東(ばんどう)八ヶ国にさらに/勝(かつ)ものなかり
けり


  /妻鹿長宗(めがながむね)相撲の事
妻鹿孫三郎長宗は。/薩摩(さつま)の/氏長(うぢなが)が末にて。ちから人にすぐ
れ。/器量(きりやう)人にこへたり。生年十二の春の比より/好(このん)ですまふを
取けるに。日本六十余州の中に/終(つい)に/片手(かたて)にかゝるものなし

  山中/幸盛(ゆきもり)すまふをこのむ事
山中/鹿之介幸盛(しかのすけゆきもり)は/尼子義久(あまごよしひさ)の十/勇士(ゆうし)の/隋(ずい)一なり。幸盛が
母かつて子なきことをなげきて。/毘沙門天(びしやもんでん)に/祈(いのり)てふたりの/男(なん)
/子(し)をうむ。兄を甚太郎といひ弟を甚次郎といふ。何れもおと
らぬ/勇士(ゆうし)なりしが。甚太郎は早世し甚次郎は鹿之介と名
をあらたむ/殊更(ことさら)幸盛は。出雲国/鰐淵山(わにびちやま)のふもと。/武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)


がそだちたるやしきにて生る。一月過てあゆみ。二月にて
食し。七月にしてよくはしる。十三四歳よりしてこのみて
すまふを取けるに。国中におゐて終に/勝(かつ)ものなし。是によつて
/今弁慶(いまべんけい)とよびならはす。其長七尺六寸ちからはかりがたし。/弓(ゆみ)は
五人/張(ばり)に十八/束(そく)をひく。二十六歳までに。五十六度/鎗(やり)を合せ
たりといひ伝へたり

  /矢部刑部允(やべぎやうぶのぜう)相撲の事
豊後国大友/義鎮(よししげ)入道宗麟の次男/親家(ちかいゑ)の郎等に。矢部
刑部允といふものあり。/力(ちから)万人にすぐれ/武芸(ぶげい)の/奥旨(おうし)をきはめ

たる聞へありしか。子細有て豊後を立のき。肥前の国に
行て。/龍造寺隆信(りうさうじたかのぶ)に/仕(つか)ふ。隆信の/次男江上(じなんゑがみ)又四郎/家種(いゑたね)は。九州
/無双(ぶさう)の大力と聞ゆ。つねに四尺八寸の/刀(かたな)。二尺六寸の/脇(わき)さしをよこ
たへ。三間柄の/鎗(やり)を/柄(ゑ)ともに。/鉄(てつ)にてうちのべたり/棒(ぼう)は/樫(かし)の木
を。八角にけつらせ/筋金(すじがね)をふせ数十の/肬(いほ)をうへて。いくさにのぞ
む/毎(ごと)に/敵(てき)をうつこと/数(かず)をしらず。常に相撲をこのみ。国中の
大力どもを/集(あつめ)て相撲を取らせける。刑部允もあはれ
家種と。手合したくおもふ/折節(おりふし)。家種も矢部が力を■。よび
出て相撲取られけるに。何れもおとらぬ大力なれば/互(たかい)

に/負(まけ)じともみ合取。わかれては取。やすみては取。終日くみ合
けれども。終に勝負はなかりけり。刑部允後に肥前を出て。
伊豫にいたり。/西園寺公広(さいおんじきんひろ)公に仕ふ。あるとき/領内医王寺(れうないゐれうじ)にあ
そびしに。/住僧(ぢうそう)出てちからもちを望みしかば。刑部允。八尺餘りの
五/輪(りん)を/地輪(ぢりん)共にかゝへ/庭上(ていじやう)を二三返/持(もち)めぐりもとの所にすへ
たり。其後宇和郡にて大きなるいはほの上に/大盤石(だいはんじやく)をかさ
ねおきたり。其より後此石をうごかす程の人なければ。今
の世までものこりしとかや

  /原大隅勇力(はらおゝすみゆうりき)すまふの事
豊後国大友/宗麟(そうりん)の/家臣(かしん)に。原大隅守といふ人。九州にかくれな
き大/剛力(げうりき)の勇士なりしが。或とき肥後国/戸口(とのくち)といふ所迄。/南蛮(なんばん)
/国(こく)より/発貢(いしびや)五百挺渡りしに。一挺を十六人にて持つれ。大友
家の居城。豊後/丹生嶋(にふじま)の広庭にこと〳〵くならべおきたりしを。
宗麟大隅守を招き。此石火矢を汝一人して/持(もち)見よとあれ
ば/畏(かしこまり)て候とて。つと立て/筒先(つゝさき)より/起(おこ)し。かろ〳〵と/肩(かた)にのせ
/広庭(ひろには)の中を二三/辺(へん)持て廻り。本の所におろし置。宗麟大
におどろき/尚(なを)もちからを見たまはん為。大なる/自然石(しぜんせき)の/手水(てふづ)
/鉢(ばち)の有けるを。此石のすへやう我心にかなはず/汝直(なんぢなを)すべきやと


あれば。右承り候と又つと立て。十分にたゝへたる水を少しも
こぼれざるやうに。/居直(すへなを)したりしかば入道大にかんじたまへり。又
或とき都より/雷(いかづち)。/稲妻(いなづま)。/大嵐(おゝあらし)。/辻風(つじかぜ)といふ相撲取ども。下向し
豊後/府内(ふない)に於て/勧進(くはんじん)相撲を/興行(こうぎやう)せしに。彼等四人に/勝者(かつもの)
なし。其よりして。同国/臼杵(うすき)へ来りしに。其比大隅守も臼杵の宿
所に居たりしに。彼/雷(いかづち)といふ関相撲。其外大/力量(りきりやう)の者ども七八人
或人をたのみ。大隅守か/力業(ちからわざ)を望みけり。大隅守もきやつ/等(ら)が
望むがやさきに。一手取ばやとおもひけるが。先此ものどもを
少しおびやかさんとおもひ。宿所に/招(まね)きよせて。彼者共に

向ひ。扨〳〵おもひ寄て/能(よく)も来られつわもの哉。少し細工に
/仕(し)かりたり。/暫(しばら)くそれに待たまへといひ/捨(すて)。大なる麻の角を/数多(あまた)
取よせ。ひし〳〵とつまみ/砕(くだ)き。/盥(たらい)の水に/投(なげ)入て。其後彼者共
と/種々(しゆ〴〵)の/雑談(そうだん)におよぶ。/雷(いかづち)以下の者共は。是をば少しも見ぬかほ
にて。大隅殿の御勇力はかねて承りおよび候。御力量のほどを
そく御見せ候へといふ。いかでか聞は及ばざるべき。去ながら力の
程を見せ申さんといへば此者共悦び。しからば相撲を一手仕ん
と望む。大隅守聞て/我幼少(われようしやう)より。/兵術(へいじゆつ)はぐくみたれども。相撲に於
ては/知(し)らず。各々おしへられよといふけるに/既(すで)に身ごしらへをし

たりしが。其内に家人にいひ付。大竹壱本庭へ持出させたるり。
雷是を見て。是は何の用にかと/不審(ふしん)をなし居る所に。大隅守
立出て。本よりも/某(それがし)ハ。是相撲の始なり。/片屋(かたや)といふものを先
作て見べしとて。彼大竹を一/節(ふし)づゝ末よりつまみひしぎ
/頓(やが)て/引裂(ひきさい)て本末を一ツにねぢ合。/輪(わ)を作り此輪を
かぎり外へ足を/踏(むみ)出しなば。負なるべしと定れば。雷。稲妻。大
嵐。辻風。以下の者共大におどろき/舌(した)を/鳴(な)らし取申にも及
ばず/早我々(はやわれ〳〵)が負にて候。此四人の者共は。諸国を/修行(しきやう)仕。国々の
大力共を/試(こゝろ)みし申候へども。かゝる御力量はいまだ見たること候

はずとて。終に相撲は取ず。原心より/希(こ)に/打笑(うちわら)ひ。其より/盃(さかずき)を出し
一献を始めしかば。以来は/是非(ぜひ)とも/御懇意(ごこんゐ)に預り候はんとて
拝謝してぞかへりける。大友家記に出たり

  /蒲生氏郷(かまふうぢさと)相撲の事
奥州/会津(あいづ)の/領主(れうしう)蒲生/飛驒守氏郷(ひだのかみうぢさと)の/家人(げにん)に。西村左馬之助
とて。大男の強力相撲の上手にてありける。子細あつて去
ぬる比勘当せられしが。ゆるされて帰参しけり。氏郷みづからの
/力(ちから)にまさりたるをばしりながら。かれが心を見んとやおもはれ
けん。帰参の/翌日(よくじつ)。左馬助を/呼(よび)て我と相撲を取べしとて



座中にて取られしに。西村おもひけるは。/勝(かち)たらば御こゝろに
やそむかん。/負(まけ)たれば/軽薄者(けいはくもの)とやおぼしめさん。いかゞせんと思ひ
しが。いや〳〵/侍(さふらひ)のならひ見かぎられては/恥(はぢ)なりとおもひ/精(せい)を
出してくみあひ。/終(つひ)に氏郷に勝にけり。氏郷/無念(むねん)なりと一番と
らんとて。ちから/足(あし)をふまれしかば。/近習(きんじゆ)の者共あはれ左馬介
負よよし。此度負ずは/手討(てうち)にやせられんと。おの〳〵手にあせ
をにぎりけり。西村また/思案(しあん)しけるは。今度負たらばいよ〳〵/軽(けい)
/薄(はく)になるべし。手討にならんは/是非(ぜひ)なしと今度も西村勝にけり。
其とき氏郷ゑみをふくみ給ひ。/汝(なんぢ)がちからは我よりすぐれたり

とて/加増(かぞう)の地を出されける。是左馬介が/直(すく)なる心を/感(かん)ぜ
られし故也。此とき相撲に/負(まけ)たりましかば。ながく見おとさる
べきに。負ざりしこそ。武士道の/本意(ほんい)なれ

  /織田信長公(おだのぶながこう)相撲御覧の事
/元亀(げんき)元年二月廿五日。信長。/岐阜(ぎふ)を御立有て翌日江州の/常(じやう)
/楽(らく)寺につかせ給ふ。御/遊(ゆう)の/興(かう)を/催(もよう)されんとて。/暫(しばら)く爰に/逗(とう)
/留(りう)有て。国中の相撲取共を召あつめ。相撲をぞ始られける。
皆/勝(すぐ)れたる/上手(じやうず)にてはあり。今日を/晴(はれ)と取程に。/鴨(かも)の入/頸(くび)。みづ
車。そり。/捻(ひねり)。なげなんどいふ手を。我おとらじと取しかば。何の


道にても。すぐれぬれば。/奇異(きい)にこそ覚ゆれとて。/興(けう)ぜさせ
給ふ。見物の/老若(らうにやく)も目をすましけり。/白寺(はくさいじ)の/廉(しか)。/小廉(こしか)。/長光(ながみつ)。
/宮居目眼(みやゐげん)左衛門。/深(ふか)尾又次郎。/河原寺大進(かはらでらだいさくいん)。/鯰江(なまづゑ)又二郎。/青地(あをぢ)与右衛門
などいふ者共は。たぐひすくなき上手にて。取勝りかり。此時は
行司は/木瀬蔵春庵(きのせぞうしゆんあん)なり。鯰江。青地弐人は/召出(めしだ)され。/熨斗付(のしつき)
の/刀(かたな)。/脇差(わきざし)を下し給はり。すなはち召つかはるへきとて相具せ
らる。深尾又次郎は時服を/賜(たま)ふといへり。信長記に出たり

  /豊臣秀次(とよとみひでつぐ)公相撲御覧の事
関白豊臣秀次公。相撲見物すべき間。其用意いたすべき由
のたまひければ相撲奉行丹後守を召て申付諸方を
ふれける程に。洛中洛外。/淀(よど)。/鳥羽(とば)。/桂(かつら)。/嵯峨(さが)。/鞍馬(くらま)。/白川(しらかは)。/山科(やましな)。ざい々
/辺(へん)より。我も〳〵と/集(あつま)りける。秀次公の取手共百人ばかり出て。
東のかたやにひかゆれば。西には寄の相撲二三百人ならび居けり
/既(すで)に日くれて。月山の/端(は)に出ければ。秀次公の御前の/幕(まく)をし
ぼりあげ。らうそくあまたたてさせ大名小名。右のかたに/祠候(しこう)
せらる。とかくと/時刻(じこく)うつりて後。相撲すでに始りぬ。関白殿
の相撲共。何も名を得し取手なり。寄相撲もよのつねなら
ぬもの共なれば。三十番もすぎけれども。取わけにぞみへたり



ける。実に関白殿の相撲のうちにて。昼夜。ふせいし。関がね。
/井関(ゐせき)。/岩根(いはね)などいふ上手どもゞ一番二番づゞとつて入にけり。中
にも。岩根は/防(せき)なるが。よき相手がなとおもへる/体(てい)にて立出たり。
行司/誰(たれ)にても/望(のぞ)みのかたあらば出たまへと。ふれけるに。こゝに
/西岡(にしのおか)の住人に/突舂(つきうす)といふ相撲有。かくれなき上手なれども。
しかるべき相手なき故/宵(よい)より一番もとらざりしを。かた
はらの者共出て。関をとられと次ゝめける。行司聞て/急(いそ)ぎ
出られさうらへ。/遅参(ちさん)は御前への恐れ有やといひければ/畏(かしこまり)候とて
立出けり。/長(たけ)はわづかに四尺ばかりなれども/脇(わき)の大さは六

尺ばかりもあらんと見ゆ。左右の/腕(うで)はつねの人の/太股(ふともゝ)にまさ
りたり。年二十四五にて。つら大きに。まなこすさまじかりけ
るが。白布を三重に/廻(まは)してつよくしめたり。岩根之介はたけ六
尺ゆたかにして。ほねふとく肉あつく。二重をつくり/損(そん)ぜしご
とく也/茜(あかね)のした帯。二重に廻して引しめたり。秀次公いそぎ
あはせよとのたまへは。行司やがて取らせける。一方はたけ髙く。
一方はひきかりければ。そこばくにちがひて見ゆ。岩根おもひ
けるは。したての相撲なれば。うちにいれじと立廻る。
つき/舂(うす)は下手に入て。そつてみんとあひしらふ。/互(たがい)に/劣(おと)らぬ


上手なれば。くんづはなれつ。かけつ。はついつ。手をくだき半時
ばかりねぢ合ける。いかゞしけん。つき/臼(うす)つつと入て。岩根を
場中にて/反(そり)たりける。秀次公御覧して。扨も取たり心の
きゝたる相撲かなと/感(かん)じ給へば。御前/伺公(しこう)のめん〳〵もあつと
かんじあはれける。/暫(しばら)く/双方(そうほう)いきをつぎて。又合するに今
度は岩根之介つき臼を/懸投(かけなげ)る。おひ投る。二つの内を取べし
と立まはれば。つき臼は/長(たけ)なければ/反(そり)を望んではづしける。
しばらく有て。岩根之介。つき臼がそぐひを引よせて。かけ
投にせんとしけるを搗臼。岩根が/馬手(めて)のもとをとつて。/曳(ゑい)と
おしあげ。つと入てかしらにて一/間(けん)ばかり。かたやにおしこみ
とまる所を。引かづきて。おなじやうに/反(そり)にけり。秀次公大に
/笑(わら)はせ給ひ。/各々(おの〳〵)ざゞめきわたりけり

古今相撲大全巻之中未終

【右丁白紙】

【左丁】
古今相撲大全(ここんすまふだいぜん)巻之下《割書:本》
   目録
一/神事捔力来由(じんじずまふのらいゆ)
一/御前角力作法(ごぜんずまふのさほう)
一/角觗場舊地考(すまふばきうちのかんがへ)
一/勧進相撲開基(くはんじんすまふかいき)
一/土俵員数故実(どひやうゐんじゆのこじつ)
一/四本柱相当(しほんばしらのさうとう)
一/水引幕張様(みづひきまくのはりやう)

【右丁】
一/幣帛両儀(へいはくのりやうぎ)
一/力水清淨(ちからみづのしやう〴〵)并/化粧紙近例(けしやうがみのきんれい)
一/頭取家業(とうどりかぎやう)
一/前行事格式(まへぎやうじのかくしき)
一/行司伝来(ぎやうじのでんらい)并/古今行司姓名(ここんぎやうじのせいめい)
    附《割書:り》装束団扇風流(しやうぞくうちわのふうりう)

【左丁】
古今相撲大全(ここんすまふだいぜん)巻之下《割書:本》
   /神事捔力来由(じんじずまふのらいゆ)
神社(じんじや)の前(まへ)にて相撲(すまふ)を取(とる)事多し。又/小祠(ほこら)の両脇(りやうわき)にある板(いた)を。俗(ぞく)
に相撲/板(いた)といふ。表(おもて)には舞楽(ぶがく)。裏(うら)に相撲を画(ゑが)くを例(れい)とせり。今
南都(なんと)春日若宮(かすがわかみや)の祭礼(さいれい)。毎年十一月廿七日の夜。御旅所(おたびしよ)の神(しん)
前(ぜん)にて。十番の相撲。并に相撲番(すまふつがひ)の舞楽(ぶがく)あり。是則いにしへ
朝庭(てうてい)相撲の節(せち)の違意(いゐ)なり。其体(そのてい)先(まづ)神前(しんぜん)に。御幣(ごへい)二本。素襖(そおふ)
着(き)二人。二行に進(すゝ)み。支證(ししやう)《割書:今云相撲|行司也》とて。冠(かふり)。細桜(ほそゑい)。老懸(おいかけ)。褐衣(かつゑ)にて
弓を持。矢を負(おい)。四人神前の四/隅(ぐう)に立。相撲役人/放髪(はなちがみ)にて。数(かず)

【右丁】
指(ざし)とて。紙をさし裸(はだか)にて。太刀かたげ左右方出。太刀を下に置。
数指(かずざし)を取神前へ投(なげ)。相撲を取《割書:但儀式|斗也》太刀かたげ退(しりぞ)き。神前へ
向ひ座す。専当(せんだう)後(うしろ)より褒美布(ほうびぬの)を肩(かた)に打かゝる也。右十番の
相撲おはりて。相撲番の舞楽(ぶがく)あり《割書:抜頭(ばとう)|落蹲(らくそん)》を奏(そう)す。上古より今に
至るまで執行(しゆぎやう)せらる。委は春日古記に出たり。又/後鳥羽院(ごとばのゐんの)御
宇。文治(ぶんぢ)五年四月。鎌倉(かまくら)鶴岡(つるがおか)八幡宮/祭(まつり)に。相撲十五番あり。又/建久(けんきう)
三年八月十四日。鶴岳放生会(つるかをかほうじやうゑ)に回廊(くはいらう)の外庭(そとには)におゐて。相撲を
執行せらる。則/源頼朝卿(みなもとのよりともきやう)の命(めい)により。因幡前司(ゐなばのぜんじ)沙汰(さた)せられ。藤判(とうはん)
官代(ぐはんだい)を奉行(ぶぎやう)とし。八番の相撲あり。同六年二月十三日。鶴岳/臨時(りんじの)
【左丁】
祭ありて。相撲等/結構(けつこう)の儀あり。同年九月九日鶴岳神事に
すまふ十番ありと。東鑑(あつまかゞみ)に載(のせ)られたり。又山城国にも。賀茂八(かもや)
幡(はた)。松尾(まつのを)等にもあり。賀茂は今に毎年九月九日にあり。松尾八
月朔日にあり。八幡は足利時代(あしかゞじだい)に絶(たへ)たり。又隣国/住吉(すみよし)にも毎年九
月十三日に相撲と云あり。いにしへより今に至るまで相続して執
行あり。其餘(そのよ)諸国(しよこく)に神事ずまふ数多(あまた)行(おこな)はれ侍れど。式は正(たゞ)し
からず。故に爰(こゝ)に畧(りやく)す
   御前角力作法(ごぜんずまふのさほう)
御前相撲の作法(さほう)は。元来(ぐはんらい)武家よりの事にて。先御/書院前(しよゐんさき)

【右丁】
などの平地に。陣幕(ぢんまく)を打たせられ。左右に相撲奉行とて。御家中
の侍衆(さふらひしゆ)左右に一人/宛(づゝ)。/上下(かミしも)を/着(ぢやく)し。幕(まく)の内に。円座(ゑんざ)を敷(しき)。硯箱(すゞりばこ)
をひかへ。一番〳〵の勝負(しやうぶ)を筆記(ひつき)せらる。次に水桶一つ宛。是又左右に
置。土俵(どひやう)の外に足軽(あしがる)やうの人/座(ざ)して。代/役(やく)を奉仕(ぶじ)す。土俵は平地
に半(なかば)埋(うづ)みふせ。四本柱水引幕などは。御家により花美風流(くはびふうりう)の御
物好(ものずき)にまかせらる。土俵の外。三方に下座/筵(むしろ)を敷(しか)せらる。主人(しゆじん)云(いう)
御書院(ごしよゐん)へ出(いで)させ給ふと。程(ほど)なく行司(ぎやうじ)美服(びふく)をかざり。上下(かみしも)を着(ちやく)し。股(もゝ)
立(だち)取房付(とりふさつき)の唐団(とううちわ)をもち。正面の下座筵に。中腰(ちうごし)になり平伏(へいふく)
す。此/団扇(だんせん)の房捌(ふささばき)。行司の習(なら)ひある事にて口伝(くでん)多し。扨左
【左丁】
方の角力取(すまふとり)一人宛。下座筵の上にて。手をつき平伏す。尤
左の手はながくのばして深く。是御前ずまうに限(かぎ)りての平伏の
仕様也。此禮すみて二字口(にじくち)より土俵の内に入。殿の正面にむかひ。
仮令(たとへ)ば前(まへ)三人。後五人。其次七人と。次第に列(れつ)し。中腰に成り
足の大指(おほゆび)をにぎり。平伏して居る。時に正面の下座筵に居る
行司より。シツといふを合図に。頭(かしら)をさげて手拍子壱つ打。力足(ちからあし)
の三つ拍子(びやうし)を踏(む)む。而後/溜(たま)りへ入る。右方の作法(さほう)是に同じ。扨す
まふ初る前に頭取(かしらどり)下知して。彼(かの)水の役人に通ず。時に水桶
にかしづき居る役人平伏/仕(し)ながら。出かけの角力取の名乗(なのり)を

【右丁】
云(いひ)あげる。次に相手もなのりあぐる。第一の角力取又初のごとく。
下座筵の上にて平伏し。而後二字口へ出。左右中腰にて烏(からす)
飛(とび)をし。手合をなし取むすぶ。行司此勝負を見/極(きはめ)て勝(かち)の方へ
団(うちわ)をあげる。第二のすまふは。はじめ負(まけ)たる方より出かける是/故(こ)
実(じつ)なり。それよりの次第是に同じ。双方の人数(にんじゆ)のこらず取/終(おはれ)
ば中にも力量(りきりやう)すぐれ。殊に手なども上手(じやうず)なる角力取を。殿(との)より
御見出しありて。誰々(たれ〳〵)三人。又誰々を五人勝負取らすべき様
御/乞(こい)ありけることあり。是を三人/懸(がゝ)り。五人懸りといふ。三番。五番
をつゞけて合す。一人して三番にても五番にても勝(かち)つゞけ
【左丁】
れば。此とき殿より御/褒美(ほうび)出る《割書:何成共御家の格式に|寄り相応の御品を賜ル》頂戴(ちやうだい)して
膝退(しつたい)す。かくのごとくの格式(かくしき)にて。勧進(くはんじん)ずまふなど〳〵/違(ちがひ)甚(はなはだ)厳重(げんぢう)
にして花やかなる見物事也。其外さま〳〵御/家例(かれい)の儀式(ぎしき)等これ
あるといへども。中〳〵筆に書取がたければ。此余は爰(こゝ)に洩(も)らす
   角觗場舊地考(すまふばきうちのかんがへ)
洛北(らくほく)紫野(むらさきの)。今宮御旅所(いまみやおたびしよ)の東/古池(ふるきいけ)の辺(ほとり)に亀宮(かめのみや)と号(がう)し小祠(ほこら)
あり世人是を紀名虎(きのなとら)とも。又大/伴善雄(ともよしを)の霊(れい)を祭(まつ)るなりとも
いふ。則/此辺(このへん)往古(わうご)すまふ取たる旧地(きうち)なりといへり。是(これ)甚(はなはだ)非(ひ)なり。往
古。大内裏(たいだいり)両京の古図(こづ)を以て考(かんかふ)れば。大に相違(さうゐ)せり。按(あん)ずるに

此/小祠(ほこら)は惟喬親王(これたかしんわう)の霊(れい)を祭たるなり。山州(さんしう)風土記(ふどき)に見えたり。捔力(すまふ)
ありし同時代の因縁(ゐんゑん)より。後世(こうせい)あやまつて云伝えたるとさつせら
る。此小祠の辺に土の小髙き所。則(すなはち)右の土俵の跡(あと)なりといへど拾芥
抄にのせたる地理(ちり)の圖(づ)にても明らかなば。其/証拠(しやうこ)おぼつかなし。
後のかんがへを待のみ
     勧進相撲開基(くはんじんずまふのかいき)
 勧進相撲(くはんじんずまふ)の開基(かいき)を尋(たづぬ)るに。山城国。愛宕郡(おたぎのこをり)田中村(たなかむら)。干菜山(かんさいざん)
光福寺(くはうふくじ)《割書:世俗 ̄ニ云 ̄フ_二|干菜寺(ほしなでら)_一》開山(かいさん)より四代目。宗円和尚(そうゑんおしやう)といへる住僧(ぢうそう)。当山(たうさん)の
鎮守(ちんじゆ)。八幡宮(はちまんくう)再建(さいこん)に付。人皇百十一代。後光明院(ごくはうめうゐんの)御宇。寛永(くはんゑい)廿一

申年十一月《割書:十二月 ̄ニ正保|元年と改元》に。御/願(ねがひ)申上られ。御赦免(ごしやめん)に付。翌(よく)正保二
酉年六月。下鴨会式(しもがもゑしき)《割書:今云|糺凉》の内。十日の間/興行(こうぎやう)ありし。是勧進相撲
の始なり。今宝暦十三未年迄。百十九年に及ぶ。其後凡四十年余。
中絶(ちうぜつ)ありしに。元禄二己【巳】年。山城国/伏見(ふしみ)又/淀(よど)にて。勧進相撲あり。
しかれども京にて有し程(ほど)の事にては侍らず。人皇百十四代。
東山院御宇。元禄十二卯年。洛東(らくとう)岡崎村(おかさきむら)。洛西(らくさい)吉祥院村(きちじやうゐんむら)などにて
も興行あり。又同年に西/朱雀村(しゆしやくむら)にても有しこと諸書に見えたり。
翌元禄十三辰年。又光福寺八幡宮/大破(たいは)に付。五代目の住僧/正慶和(しやうけいお)
尚(しやう)。古例(これい)を引。勧進ずまふ御願申上られ。御免の上。此度は新田村(しんでんむら)

赤宮(あかのみや)《割書:稲荷大明神|勧請の所》の辺にて。晴天(せいてん)七日が間興行有し。是世に名
髙き髙野川原のすまふといへる是なり今に土俵/跡(あと)とて残り
あり。勧進ずまふ初りて二度目の/旧地(きうち)なり。今宝暦十三年未迄
六十三年に成る。其後人皇百十五代。中御門院御宇。正徳五未年
十一月に。又/寺内(じない)破損(はそん)に付。光福寺六代目の住僧。順栄和尚(じゆんゑいおしやう)先年
の例(れい)を以御願申上られ。御免あつて。翌正徳六申年に真葛原(まくずはら)に
おゐて。晴天十日が間有。今宝暦十三未年迄。四十八年に成る。
是より己來勧進相撲相続して。近年は二条川原にて興
行あり年を追て繁栄(はんゑい)す

江戸/勧進(くはんしん)ずまふの始は。人皇百十代明正院御宇。寛永元子のとし。
明石志賀之助といへるもの。初て寄(よせ)相撲と号(なづけ)。四ツ谷塩町におゐ
て。晴天(せいてん)六日興行いたせしか。最初(さいしよ)なり。今宝暦十三未年まて。百
三十九年に及ぶ。其後/故(ゆへ)あつて三十七年/中絶(ちうぜつ)し人皇百十一代。
後西院御宇。寛文元丑年すまふ年寄申合。御願申上。御赦免
有しより相続す。今年迄百三年に成る
大坂勧進ずまふの始は。人皇百十四代。東山院御宇。元禄五申年に
袋屋伊右衛門といへるもの御願申上。初而南堀江高木屋橋筋立
花通にて興行せしが最初なり。其時の場所は四十間四方にて。

大坂相撲土俵入図

入口も四所なりし。今宝暦十三未年迄。七十二年におよふ。二
度目大山次郎右衛門。興行せし後中絶し。人皇百十五代。中御門院
御宇享保八卯年。大山次郎右衛門《割書:二代目|大山弟》御願申上。もみ鬮(くじ)と成
たり。今におゐて。毎年十二月廿日に鬮を取。翌年(よくねん)のすまふを定
ること近例(きんれい)なり。今年迄四十一年に成る
右三ヶ條の外諸国に勧進ずまふ。年〳〵興行ありて。年紀の
考(かんがへ)あれど後編(こうへん)に残し筆をさしをく
   土俵員数故実(どひやうゐんじゆのこじつ)
土俵(どひやう)を圓(まる)く居るは。大極(たいきよく)を象(かたど)る。四方に四方を合せ。内外にて

三十二俵なり。内土俵十六俵の内。左方に二俵。右方に二俵。合て
四俵のける。左右は両義にて。左方を湯とし右方を法となす。
二俵/宛(づゝ)のけて。一道を作る。今是を二字口(ふじぐち)といふ阿吽(あうん)の二ツより出る
といへり左にあらず。古へ角力すでに始んとせしに。俄(にわか)に大雨の
ふり土俵の中へ水たまりし故。すまふを猶予(ゆうよ)せしとき。左右の土
俵一ツ宛のけ水をながせしにより水流しといふ。しかれ共その
名目今しる人まれなり。内土俵四俵のけて残り十二俵を
十二/支(し)にかどたり。外土俵四俵のけて残り十二俵を十二月に標(へう)
す。近例は内土俵ばかりをのけ。外土俵二俵宛はのけず。内土俵

の二俵宛は左右《割書:今は|東西》の関の腰懸(こしかけ)とす。是も近来は右の余風(よふう)も
すたれて水桶のせとす。世人土俵の数は定らずといへど左
にあらず。甚(はなはだ)故実(こじつ)あることなり。委は秘要抄(ひようしやう)に出たり
   四本柱相当(しほんばしらのさうたう)
四本柱は四季(しき)に標(へう)す。東は春にて其色青色。西は秋にて
白色。南は夏にて赤色。北は冬にて黒色なれば。其色〳〵の絹(きぬ)
をもつて巻(まく)を差別(しやべつ)とす。御前ずまふの風流なる物好より。つい
に一様の色絹(いろぎぬ)にて。巻様に成たり
   水引幕張様(みづひきまくのはりやう)

四本柱の上(うへ)に。水引幕を張(は)る。是も甚(はなはだ)習ひある事なり。北方は
陰にて。水徳をつかさどる。水の縁により北より張て。北に張
納る。幕の地絹(ぢぎぬ)染色。あるは模様等などの事は古今共に風流にまかす
   幣帛両儀(へいはくのりやうぎ)
中に立る幣帛(へいはく)は土の色を標(へう)し。黄色を用ゆるを故実(こじつ)と
す。則高野川原にて興行の時節(じせつ)までかくのごとくの黄(き)なる
幣を用ひたるに。其已来神道によつて。白幣に成たり今なをかくのごとし
   力水清浄(ちからみつのしやう〴〵) 并 化粧紙近例(けしやうがみのきんれい)
相撲/場(ば)にて。桶(おけ)に水を堪(たゝへ)【湛】置(おき)。力者にあたふ故に。今俗に力水と

称(しやう)す。往古(わうご)朝庭(てうてい)にて。すまふ行はせ給ふ初より。水桶は左右
にあり。仕丁(じてう)是を司(つかさど)る。委は旧記に見えたり。勧進相撲に成り
ては。早天(さうてん)より新敷(あたらしき)水桶(みづおけ)に。清浄(しやう〴〵)成る水を汲(く[み])入。左右に一つ宛
合て二桶。内土俵の中央に居置。上に幣帛(へいはく)を立。前に神酒(みき)
洗米(せんまい)を供(くう)じ。四本柱に注連縄(しめなは)を張(はり)。土俵入前に注連を取(とり)。二つ
の水桶を左右《割書:今云|東西》に分。終日(しうじつ)すまふ取にあたふ。角力取/咽(ゐん)
中(ちう)を潤(うるほ)す。此事古より今に至るまで同様なり。今化粧水と
いふ。又/化粧紙(けしやうがみ)の事。国史(こくし)及(およ)び已来の古記に見え侍らず。また
いづれの御時にはじまりけるにや。化粧紙と号し。正面の四

本柱の左右の柱に釣置(つりおく)。すまふ取是をつかひ用ゆ。是は全(まつたく)勧
進に成りて後。初りしと推(すい)せらる。猶/後(のち)の考(かんがへ)をまつて筆
をさしおく
   頭取家業(とうどりかげう)
頭取(とうどり)は往古(わうご)禁庭(きんてい)にて。相撲番(すまふつがひ)行(おこな)はせ給ふとき。相撲長(すまふおさ)と称(しやう)
するもの是なり。初て勧進(くはんじん)に興行せし時より頭取(とうどり)と号(ごう)
す。是はすまふ取中間にても。老分の職(しよく)にて老分といへども。
若かつ【りヵ】し時は。国々にて名を発(はつ)し。生得(しやうとく)力量(りきりやう)諸人に
すぐれ
手取もまた至て上手と賞(しやう)せられ。心も正直(せいちよく)にて。餘人(よじん)の

およはさる。三徳(さんとく)を兼(かね)たるもの頭取と成る。是自分より称
せず。仲間(なかま)にて其職(そのしよく)に備(そなは)り。然(しか)るべき人体(しんたい)なる人々をかく
号(ごう)す。相撲興行の間はいふに及ばず。角力取仲間の理非(りひ)を正(たゞ)し。
年中万事の所務(しよむ)を。此頭取より下知する也。則当時の頭取
姓名左に記す
  江戸之分
雷 権太夫    伊勢海五太夫   花籠与市  
武蔵川初右衛門  木村瀬平     玉の井村右衛門
竜田川清八    音羽山与右衛門  錣山喜平次

入間川五右衛門  九重武治右衛門  前嶋甚八
尾上甚五郎    若松 平次    井筒伴五郎
間垣伴七     玉垣額之助    白玉由右衛門
春日山鹿右衛門  九重武七     木村喜太郎
竜田川清五郎   出来山岸右衛門  田子浦源蔵
桐山権平     嶺嶋浦右衛門   立山宇右衛門
濱風宇右衛門   鳴戸沖右衛門   左野山条助
   大坂之分
前嶋森右衛門   陣幕長兵衛    大嶋庄兵衛

早摺 又七     鏡山左兵衛    間瀬垣武兵衛
雷 藤九郎     岩船 門平
嶋ケ崎一平     藤綱市右衛門
  京都之分
有知山八八     浮船羽右衛門   岩ケ端宗平
三輪山吉郎右衛門  鞍馬山 鬼市   松ケ崎平蔵
篠竹定七      七ッ森折右衛門  山之井門兵衛
源氏山住右衛門
   前行事格式(まへぎやうじのかくしき)

前(まへ)行事といへるもの。往古(わうご)内裏(だいり)にてすまふ行はせ給ふ時に。
相当(さうとう)せる称号(しやうがう)のもの。古書(こしよ)に見え侍らず。其/故(ゆへ)は相撲(すまひ)人の
姓名(せいめい)は前(まへ)に書認(かきしたゝめ)。次将大将に捧(さゝげ)大将より簾中(れんちう)の内侍に付
て奏(そう)す。以下も是に准(じゆん)し。番組/悉(こと〴〵く)ひかへさせ御覧ある。
爰におゐて左右のすまふを合す前に番(つがひ)の号(な)をふれあぐ
ることにおよばす。近世勧進相撲になりては。番組前に極ら
ず。よつて行事の前(まへ)役人をこしらへ。左右《割書:今ハ|東西》の角力(すまふ)人の
名乗をふれながす。勝負/決(けつ)する前の行ひは。万事此職より
つとむる故に前行事と号(がう)す。近年は俗(ぞく)にふれといふ。行

司は勝負の是非(ぜひ)を見/分(わく)るばかりの役(やく)にて役がらおもき
ゆへ其餘はつとめず。或はすまふ人へ贔屓(ひいき)之方より花な【ど】
出るときも。此の前行事よみあけ披露(ひろう)する也。此の役がらの人
近年は装束(しやうぞく)も美服(びふく)をかざらず。故に本名を知たる人も稀(まれ)
なるやうに成たり
  行司伝来(ぎやうじでんらい)《割書:并》装束団扇風流(しやうぞくうちわのふうりう)《割書:附》古今行司姓名(ここんぎやうじのせいめい)
往古(わうご)朝庭(てうてい)に相撲行はせられける時は。立合(たちあはせ)と号(がう)し。地下(ぢげ)の官人(くはんにん)是を
つとむ。江次第に詳(つまびらか)也。行司は相撲道(すまふどう)におゐて。式法故実(しきほうのこじつ)はいふに及ばず
相撲の事一/通(とをり)。委明らめたる上ならでは。中〳〵此職/勤(つとま)りがたし。甚

重(おも)き役(やく)也中古勧進と成ても勿論(もちろん)也。行司が見極(にきはめ)たる勝負に
角力人より争論(さうろん)に及ぶことにあらざる也。然るに近来(きんらい)段々此道
の故実共(こしつども)用ゆる人/稀(まれ)なるやうに成て。行事が上(あげ)たる団(うちは)をさゝへ侍
など。いと騒(さう)〴〵敷(しき)有様也。双方(さうほう)旧儀(きうぎ)を改(あらため)見ば是非(ぜひ)分明(ふんめい)なるべし。
古代行事の装束は。侍烏帽子(さふらひゑぼし)を戴(いたゞ)き。素襖(すをふ)を着(ちやく)し。露(つゆ)を結(むすび)て
たすきとし。揮(ざい)を持て相撲を合せしもの也。中古風流になり烏帽子を取(とり)
茶筌髪(ちやせんがみ)にして。素襖と陣羽織(ぢんばをり)に替(か)へ裁付(たちつけ)をはき。揮(ざい)を唐団(とううちわ)に換(かへ)たり。
此出立/漸(やうやく)久しかりしに。享保年中より又装束/転(てん)して着(き)ながし小袖の上に
上下を着し。股立(もゝだち)を取て出立右の風流より今の変化(へんくは)に心を付べき也

  古今行司姓名(ここんぎやうじのせいめい)

吉田追風  上古野見宿祢末孫今に代々子孫相続して
      肥後国熊本に住す此道におゐて由緒正しき家
      筋にて代々行司家にて名髙しいにしへ相撲節
      会のとき禁庭より賜りし団扇も此家にありと
      いひつたふ此高弟数多有之といへども今これを略
      す何れも式の字を名乗事故実あり

木瀬蔵春庵 織田信長公御内にて御前ずまふのとき勤し人也
      今子孫絶たり

  右人之分
吉川兵庫    木村茂太夫   川嶋林右衛門

木村喜左衛門  木村喜平次   木村庄之助
西川宇右衛門  岩井団右衛門  岩井団之助
吉岡甚弥    尾上嘉兵衛   吉川治左衛門
吉川八之助   新葉利左衛門  新葉相馬
木村十六之助  新葉音右衛門  小柳佐右衛門
青柳吉兵衛   青柳伊平次   尾上十兵衛
岩井佐平次   木村六太夫   木村善兵衛
木村丸平    木村茂末    吉岡磯五郎
尺子一学    木村清九郎   木村辰之助

木村源次郎   木村源四郎   長瀬越後
木村徳三郎   木村奇之助   木村九郎三郎
漣 定右衛門  木村伝次郎   一字一学
吉村小作    吉岡戸右衛門  岩井嘉七
岩井友右衛門

  当時之分
肥州吉田氏門弟
江戸 木村庄之助  但由緒ある家筋也
江戸     江戸     明石
 松風瀬平   木村但馬   木村茂跡

大坂     大坂     大坂
 木村正蔵   木村門九郎  木村勝之助
紀州     大坂     大坂
 尺子伊三郎  村瀬平次郎  岩井庄次郎
京都     京都     京都
 木村卯之助  木村善太郎  木村政八
京都     京都     丹州
 早友定之助  岩井腕之助  木村嘉平次
江州     江州     江州
 木村嘉平   木村辰之丞  木村与太夫

古今相撲大全巻之下《割書:本》終

   古今相撲人姓名凡例(ここんすまふびとせいめいのはんれい)
一古今相撲人/部類(ぶるい)は。年歴(ねんれき)久しければ上古(しやうこ)。中古(ちうこ)。近世(きんせ)。当時(たうじ)と分(わか)ち
 次第す。先人皇十一代/垂仁(すいにん)天皇御宇に番(つがひ)せし野見宿祢(つ[のヵ]みのすくね)当广蹴(たへまのけ)
 速(はや)を始として。人皇八十二代/後鳥羽院(ごとばのゐん)御宇迄を上古として。人皇百六
代/後奈良陰(ごならのゐん)御宇。雷。稲妻を初 ̄メ。出羽の念数関(ねずがせき)迄を中古とす。此分は
 古記(こき)に見へたる分を考(かんがへ)て次第す
一世に名高き白山新三郎より。近世とわかち。諸国御かゝへの分は。其地名を性
 名の奥に附す。同/苗(めう)の人。二所。三所に書記しあれど。名/異(こと)なるは。二代。三
 代と知るべし。又同苗同名の人々所々に書記せしは。初 ̄メ御かゝへとかはりたる
などあり。内/至(いたつ)て高名成人は両方へ書記す。たとへば。谷風梶之介など是なり

 余(よ)は是にて知るべし其外御かゝへにて無之分は次第を混雑(こんざつ)して
 一所に部類す
一近世の内古人たりといへども。至て/肥大(ひだい)なる人々は。大男の部と立/背長(せたけ)
 の寸尺をこと〴〵く書記し。中にも名髙き石槌嶋之助《割書:白山新三郎事》
 丸山権太左衛門右両人は手足の形(かた)を図す
一古人の内すぐれて上手(じやうず)と称(しやう)せし分は。名人の部と立大男の次に次第す
一当時の分は国々を分 ̄ケ師弟(してい)を連綿(れんめん)す。但/出生(しゆつしやう)詳(つまびらか)なれど前後に師分有。
 あれとも分(わけ)がたきは。師の性名は略して茲(こゝ)にのせず
一出生何国にても御かゝへと成たるは。其主人公の国号となす
一師弟/未考分(いまだかんがへさるぶん)は。出生の地名を記し。所々に部類す  以上

古今相撲大全(ここんすまふだいぜん)巻之下《割書:末》
    目録
一/相撲人名目(すまふびとのめうもく)《割書:并》古今角力人姓名(ここんすまふびとのせいめい)
   附 関(せき) 関脇(せきわき) 小結(こむすび) 前頭(まへがしら)
一/四十八手分別(しじうはつてのふんべつ)《割書:并》画圖(ゑづ)
一/新手部類(しんてのぶるい)
一/地取式禮(ぢどりのしきれい)
一/褒美起(ほうびのおこり)
   附 弓(ゆみ) 弦(つる) 扇子(あふぎの)配当(はいとう)







古今相撲大全(ここんすまふだいぜん)巻之下《割書:末》
  相撲人名目(すまふびとのめうもく)《割書:附 関 関脇 小結 前頭|并 古今角力人姓名》
元来(ぐはんらい)相撲は。なぐさみものにてはなし。既(すで)にもつて人皇五十四
代。仁明(にんめう)天皇。天長十年五月丁酉。武力もつとも此中に有。国々
を捜求(さがしもとめ)。力量(りきりやう)すぐれたる者を貢(たてまつれ)よと勅(みことのり)ありし事など。類聚(るいじゆ)
国史(こくし)等に出たり。すまふの起(おこ)りは。武道の体術(たいじゆつ)より出たるものなり。
されば玄恵法印(げんゑほうゐん)の庭訓往来(ていきんわうらい)にも。武芸(ぶげい)相撲の族(やから)と書つゞけ
られたり。まさか戦場組打(せんじやうくみうち)の時の用に立るものなれば。武士(ぶし)た
る人心/懸(がけ)なくては叶はぬ業(わざ)なりと。軍学者流(ぐんがくしやりう)の説(せつ)。もゝ武術(ぶじゆつ)

の事なれば。今におゐて江戸にては。頭取はいふにおよばず角力(すまふ)
人(びと)悉(こと〴〵く)帯刀(たいとう)する也。是にても古をおもふべし。角力人の貫首(くはんじゆ)
たるものを関と称す。此名甚古きことなり。往古/禁庭(きんてい)に
て相撲の節会/行(おこな)はせ給ふ後。防人(さきもり)となつて諸国へ下りて。関
所を堅固(けんご)に守る役を奉仕(ぶじ)す。故に号す。此事江次第。詞林采
葉抄等に委く見へたり。又防人の詠哥など。万葉集に数多(あまた)
出侍り。関脇是に次たる号なり。小結は役ずまふ取の小口の結な
れば。ゆへにかくいふ。それより以下を前頭(まへがしら)といふ。此/称号(しやうがう)のもの大
勢あり。此部に列するものを。俗に幕(まく)の内(うち)といふ。幕の外(そと)を通称(つうしやう)。前(まへ)

といふにより。其頭たる。取人(とりし)なればかく号(ごう)す。前の上座に居る
を中といふ。是前頭と前の中といといへることなり。上古(しやうこ)朝廷(てうてい)にて
行はせ給ふときは。関関脇小結とも二人/宛(づゝ)是(これ)を撰(えらび)たまふ。勧進(くはんじん)
相撲になりても。二人宛ありしなり。干菜寺(ほしなでら)にて興行の有
し。二度目迄かくのごとし。則左に姓名を書/顕(あらは)す

寄方             勧進方  
  東方            西方
大関 《割書:筑前》金碇仁      大関 《割書:讃州》相引森右衛門
大関 《割書:江戸》御用木無次太夫  大関 《割書:因幡》両國梶之助

関脇 《割書:大坂》大山次郎右衛門  関脇 《割書:讃州》一ッ松半太夫
関脇 《割書:肥前》郭雷助三郎    関脇 《割書:同 》岩橋源太夫
小結 《割書:江戸》錦 龍田右衛門  小結 《割書:同 》松山佐五右衛門
小結 《割書:尼崎》唐竹茂次之丞   小結 《割書:同 》今川三太左衛門
前頭 《割書:大阪》片男浪室右衛門  前頭 《割書:同 》御手洗有右衛門
    下略
これ元禄十三庚辰年六月九日。糺(たゞす)の森(もり)の東。高野(たかの)川原
赤宮(あかのみや)にてのすまふ組なり。此時節迄かくのごとくなりしに。
三度目正徳六年《割書:七月に享保|元年と改元》丙申六月のときは。此/故実(こじつ)を略し

て。関関脇小結ともに一人宛に成たり。其以前二人宛の
とき。表裏になぞらへ。第一を関といひ。第二に列するを裏関(うらぜき)
と称(しやう)じ有る。立派(たては)は古今相違すれど。此裏関の称号は。今
にも此道/熟達(じゆくたつ)の人々は聞つたへられける。漸/号(な)のみ残りて。
事は行はれず成にき。又/角前髪(すみまへがみ)の角力取。櫛(くし)をさすこと
元禄年中に盛(さかん)成りし。両国/梶(かぢ)之助に始る。力量諸人に勝(すぐれ)
たる生得にて。ある夕ぐれすまふ果(はて)より。新田(しんでん)村の農家(のうか)へ
御用木無次右衛門。両国梶之助。両人/咄(はな)しに行けるとき。亭主(ていしゆ)
湯(ゆ)が湧(わき)たるほどに入たまへとて。馳走(ちそう)にかねて。大きなる居(すへ)

風呂をしつらひ置て入る。御用木も諸人に勝(まされ)たる大男に
て侍れど。たやすく居風呂へ入にける。折節(おりふし)一乗寺(いちじやうじ)村より。
戻(もど)りたりし牛(うし)来る。門口に仕つらひたる風呂にて。牛の通
る邪厂(じやま)に成るにより。牛飼(うしかい)のけてくれられよといふ時に。御用
木/俄(にわか)にあがらんとしけるを。側(そば)に有あふ両國。いざのけて
やらんと。御用木が入たる居風呂共に脇(わき)へのけける。彼(かの)牛を追(おひ)
来りし百姓。かれは人間/業(わざ)にてはあるまじと。大に恐(おそ)れ足(あし)
早(ばや)に逃(にげ)かへりけるとなん。誠に大力いふばかりなし。此両國が櫛
をさしたるより。角力取の内。前髪(まへがみ)あるもの。多く櫛をさす

ことはやりて。其後は鬼勝象之助が二枚櫛をさし初たり。昔は
犢鼻褌(とくびこん)とて。布にて下帯をかくす。はかまを着(ちやく)したり。依(よつて)
風流も尽(つく)さず。勧進(くわんじん)になつては犢鼻褌まとふことならず
犢鼻褌は朝庭(てうてい)の相撲のとき。此官の大将より是を賜(たまは)る。よつ
て犢鼻褌を用ゆることあたはず。故に織紋(おりもん)。縫模様(ぬいもやう)の風流
を物好(ものずき)仕初(しそめ)たり。此事正徳中に初り。享保年中大に流行(りうかう)しける。
其比武門の御歴々に。至て相撲を好ませ給ひ。諸国の大力上手等
数多(あまた)御/抱(かゝへ)有て。角力取の望にまかせ。勧進ずまふにも暫(しばらく)の御暇(おんいとま)
給はり御構もなく出し給ふ。其御抱の角力人。彼殿(かのとの)より拝領(はいれう)の下

帯を花やかに結び立出けるより。他(ほか)の角力人も。是におとらじと伊達(だて)
を専(もつはら)にしける。此時の御抱の角力取の拝領のまはしを。世に紀州(きしう)まはしと
称ける。其ゆへは金銀(きん〴〵)にあかし御/物数寄(ものずき)有て。織(を)らせられける故。花美(くはび)眼(め)を
驚(おどろか)す見事さ。言語(ごんご)にのべかたし。是より次第に我/劣(おと)らじと風流を尽(つくす)るに
成たり。誠に土俵(どひやう)入の時。打/揃(そろ)ひ出/並(なら)びたる景色(けしき)。筆に書取がたし。然共/粧(よそほ)
ひは自由(しゆう)に成へけれど叶はさることは。生得(しやうとく)の人品(じんぴん)也。御用木両国の後も。大力の
人。又至て肥大(ひだい)なる角力取/少(すくな)からず。依(よつ)而/姓名(せいめい)と背長(せたけ)の寸尺を書しるし
て。古人(こじん)をしらす。其外古人の名号記分は悉(こと〳〵く)其姓名を部類(ぶるい)して
左にしらしむる。出生(しゆつせう)は姓名の上に本名を書しるす

  古今大力相撲姓名
 上古
垂仁帝朝  当麻蹴速    野見宿禰《割書:日本記》
天武帝朝  大隅隼人    阿多隼人
淳和帝朝  紀茂世     大神惟明《割書:天長九年七|月廿六日記》
文徳帝朝  紀名虎     伴 善雄
一條帝朝  私市宗平《割書:駿河人》 時弘
      伊勢田世《割書: |已上著聞集》 
         
後一條帝朝 勝罡      重茂

       恒正        公保
       常時        久光
       海常世《割書:丹後人》    真髪茂村《割書:陸奥人》
後三條帝朝  日田永季《割書:豊後人鬼太夫大蔵姓古今大力》
鳥羽帝朝   小熊伊遠《割書:尾張人権取》  伊成《割書:伊達子》
  時代不知 弘光《割書: |已上著聞集》
       佐伯氏長《割書:越前人 相撲節上洛 見著聞集》
       大井光遠《割書:甲斐人 右 同   見宇治拾遺》 
       長居

       服袂《割書: |已上著聞集》
       奈良藤次      荒次郎
       鶴次郎       藤塚目
       大武五郎      白河黒法師
       佐賀良江六     傔仗太郎
       通司三郎      小熊紀太
       鬼王        荒瀬五郎
       紀六        王鶴
       小中太       千年王《割書: |已上恵温》

右の姓名は。上古相撲の節に召れし人々。古書に散見(さんけん)す
るものを載(のす)る。猶/遺漏(ゐろう)多からんのみ
   中古
  雷        稲妻
  大嵐       辻風《割書: |已上大友家記及興廃記》 
  白洲寺の鹿    小鹿
  宮居眼左衛門   深尾又次郎
  河原寺大進    鯰江(なまずえ)又次郎
  青地与右衛門《割書: |已上信長記及実録》   

  井関       岩根
  伏石       立石
  関金       搗臼《割書: |已上諸家興廃記》
  立山《割書:北国人》    倶梨伽羅(くりから) 同上
  荒磯《割書:同上》     長浜《割書:同上》
  黒船《割書:筑紫転多人》   文字ヶ関《割書:同上》
  松島《割書:陸奥人》     白河《割書:同上》
  大木戸《割書:同上》    二所ヶ関《割書:同上》
  念数(ねずが)関《割書:出羽人|已上家記》

 近世
石槌嶋之(白山新三郎無名)助   相引森右衛門  鏡山沖野右衛門 矢嶋沖右衛門
鬼勝象之助   荒磯浦之助   荒砂長太夫   八角楯之助
北国官太夫   白浪灘之助   楯ヶ崎浪之助  熊ヶ嶽岩右衛門
仙ヶ崎亀左衛門 小相引森之助  若竹孫太郎   若ノ浦藤七
牧尾曾涑之助《割書:已上紀州》  
三国鷲右衛門  御手洗有右衛門 薄霞峯之助   立山利太夫
大碇灘右衛門  小柳龍左衛門  今川三太左衛門 巴 九太夫
湊川虎之助   谷風若之助   大杉三太夫   山森竹右衛門
《割書:同_レ 上》
火之車鉄右衛門 間垣伊太夫   大橋川右衛門  鉄風空右衛門
《割書:左戸沢衆》

御用木雲右衛門 八角楯右衛門  七角戦右衛門  出船山宗平
朝の雷勘三郎  小夜衣更右衛門 玉嶋逢太平   鳴門是非右衛門
小平善右衛門  兎角是非内   錦龍田左衛門 《割書:右九州平戸衆》

荒鷲勝右衛門  八重垣妻右衛門 岩船門平    七角長之助
竹林三平   《割書:右浅田衆》

鎌倉一学    五十嵐半太夫  大竹弥五太夫  大灘浪右衛門
才槌友右衛門  釘貫拾兵衛   黒岩権兵衛   浦嶋林左衛門
絹笠染之助   土部山金六  《割書:右丸亀衆》
平石七太夫   岡山十太夫  《割書:同_レ 上》

雷電源五太夫 磯の上矢志右衛門 山獅子戸平   生田川森之助
雷門太夫   八ツ橋百度平   鷲の森の万平  立テ川七郎平
竹熊弥太八  八重垣和田之助  花車磋磯之助  石ケ浜銅蔵
掛橋木曽之助 湊伝右衛門    荒浪四五右衛門 幻竹右衛門
浮船羽右衛門《割書:右勢州津》 

龍門滝之助  浪ノ音於右衛門 瀧音長太夫《割書:右伊予衆》

山獅子戸平   大木戸団右衛門 磐石政右衛門  小唐竹十右衛門
詰石茂右衛門  唐糸元右衛門  杉の森長右衛門 嵐山清左衛門
十文字五右衛門 石車定右衛門  放駒嘉右衛門  八ツ鏡与治右衛門
馬 面(メン)嘉助    立浪磯右衛門《割書:右土岐衆》

両國一太左衛門 荒瀧音右衛門 簑嶋十太左衛門 石山門左衛門
福田川勝右衛門 大熊荒右衛門 十七八十平   大林熊右衛門
岩出山谷右衛門 鉄壁羽右衛門 湊風沖右衛門  峰石曾和右衛門
大碇浪右衛門  丸岡瀬平  《割書:同_レ 上》

大井川棹右衛門 衣笠又九郎 玉川出右衛門 小倉山嘉惣平
岩船梶右衛門  小柳市郎次 白露玉之助  白玉万之助
《割書:右笹山衆》

雷藤九郎   筧龍右衛門  立山郷左衛門 大岩竹右衛門
白山幸右衛門 錦戸銀右衛門《割書:右同_レ 上 中古》  

鳫幕善太夫 巻の尾喜伝 松尾山市太夫 箕嶋龍太夫

石の上甚八 廉糸若之助 両國善太郎 右広島衆

山嵐嶽右衛門 大岩十太左衛門 平石七太夫 岩ケ根喜太夫
雷藤九郎 錦帯又五郎 雄岐吉太夫 鈴鹿山万三郎
山ノ井錑右衛門 雷電源八 八十嶋吉平 戸田川浜右衛門
川船浜右衛門 鳴神八八 岩倉磯五郎 塩釜迎之助
早雲槌之助 浪ノ音万平 鳴門浪右衛門 右明石衆

山分熊右衛門 八ッ岩磯之丞 虎ノ尾和田之助礼机茂木右衛門
高瓦山市太夫 右因州衆
放石喜伝次 稲妻村右衛門 鈴鹿山七平 玉の井七五郎

大嵐九太夫 元碇鉄兵衛 小男鹿定八 生駒山紋太夫
御手洗小平次 大築音右衛門 明石和田之助 光山林平
大井川瀬太右衛門 白藤団平 荒馬岩之助 右小浜衆

大鏡志賀右衛門 坂茂木城右衛門 秋津嶋浪右衛門鬼切友五郎
荒鷲羽太夫松浦川勝右衛門老松曾根右衛門 いかり猪勇右衛門
白藤宅平 右九州鹿島

林音右衛門 空ッ船由良之助 唐橋瀬田之助 八重車志ゞ之助
唐糸勇右衛門 浮嶋宇五郎 湊由良右衛門 唐獅子太郎助
右九州イサハイ衆

大江山幾右衛門 峯石可右衛門 小天狗嘉藤次 閂折右衛門
右蓮池衆

錣山磯右衛門 武蔵野磯之助 谷風梶之助 熊山幸右衛門
沖ノ船九太夫 片男波長之助 轟音右衛門 大筒七郎太輔
山ノ井八八 山風幸八 揚石源八 三上山十右衛門
湊由郎右衛門 中川宋八 十六夜実七 小倉山紋次郎
走船三七 小笹喜八 笧円六 湊千鳥丹平
玉川流平 大江山戸右衛門 無神月林八 植 勇八
おのうえ
尾上山只右衛門 早川五郎次 時雨寒平 因幡山平太夫
河菌田藤八 桜川五太夫 朝日山源七 右越前衆
総角紋太輔 外ケ浜音右衛門 今碇藤五郎 乱杭浪右衛門

小唐竹磯右衛門 放山林平 右大村衆

荒浪弾右衛門 村雨五太夫 立山利兵衛 大尾竹左衛門
鎌倉一学 大山次郎右衛門 日暮時右衛門 若狭川熊右衛門
右巻ノ衆

鷲峯空右衛門 汐風濱右衛門 峯石外平 浅香山谷蔵
花筏梶右衛門 春日山鹿右衛門 水車濱右衛門 立浪若之助
花車十五郎 右津軽衆

谷風梶之助 相引浦之助 楯ケ崎浪之助 秋津嶋浪右衛門
絹嶋瀧之助 大筒七郎太夫 松山綾之助 碇山加茂之助
松尾埼丹平 八栗山谷之助 鷲端岩蔵 幹 鉄蔵 


入船林右衛門 矢嶋団右衛門 打波三太夫 高嶋十太輔
浜松浪左衛門 八重嶋半右衛門 廿山品右衛門 三国利介
右高松衆
外ケ浜団之丞 甲山刀平 右水野衆

綾川五郎次 満月銀六 右渋谷衆

土蜘塚右衛門 二所ケ関軍之丞 蛇石門右衛門 文字摺石平
角田川若右衛門 浦車矢右衛門 今蜘塚之丞 吹返谷右衛門
右南部衆

両國才蔵 金碇仁太輔 両國梶之助 坂田六角
浅川三太夫 大橋丹平 一松半太夫 浮舟岩之助

黒岩権平 唐崎平十郎 振分ケ玉之助 白波長左衛門
黒舟佐平 立石何右衛門 泉川藤蔵 小鴈森平
音羽山今之助 唐糸門右衛門 白藤次郎八 花筏源太郎
大嶋治郎兵衛 住ケ江仁太夫 八汐伊兵衛 生田川森右衛門
岩浪嘉平治 久米川三太夫 相引森右衛門 甲山権太左衛門
大筑紫灘右衛門 小乱難波之助 松山佐五右衛門高松栗右衛門
小分銅重六 すわのへ善六 唐竹鉄之丞 荒川弾蔵
松風瀬平 花菊瀧之助 鏡山今右衛門 小乱又五郎
乱竿宗兵衛 鈴鹿山一角 横田川三之丞 一本杉安左衛門
羽綱紋太夫 花杉源太夫 御舟山宇太夫 たが袖長五郎
大原宅平 玉の井安之助 玉の井松之助 谷風市郎右衛門
出來山丹五平 朝の雷嶋之丞 因幡山仁太夫 金碇庄太夫


近ケ浦沖右衛門 水尾木善七 荒獅子九太夫 神楽三太輔
前戸門太夫 出来嶋文太夫 小車吉兵衛 桜川九兵衛
漣源五郎 築嶋金右衛門 朝日山与太夫  釣鐘半太夫
大橋三太輔 窟林左衛門 細石佐賀右衛門 花劔太右衛門
布引八十八 石筒和田右衛門 築羽山峯右衛門秋津嶋浪右衛門
鬼切友五郎 夕嵐織之助 峯石万右衛門 岩倉善五郎
両国森右衛門 荒鷲羽太夫 白藤宅平 天津風時之助
時之声織右衛門 石山善次 秀之山幸右衛門 村藤森右衛門
山科長太夫 沖之船輯右衛門 鷲尾嶋右衛門 反橋住右衛門
御所車金之丞 沖石今助 八方嶋磯右衛門 荒岡弾平
浮嶋伊太夫 嶋ケ崎一平次 龍田川瀬左衛門 大嶋定右衛門
若山岩右衛門  豊島  八十嶋  讃岐

小難波長五郎 十八又五郎 名草山喜太夫 今出川勘三郎
浜風沖右衛門 呉服沖之助 佐野川    峯石
角山  音羽山和田右衛門 夕嵐時之助 離嶋浦右衛門
磯森  乙女川   光山   大谷
小細名  三扇  岩城山   岩角 五太夫
八峯七之助 荒馬音之助 立川一良平 鷲ケ峯太平次
荒磯  物見山団蔵 獅子蔵峯右衛門 招沢関岡右衛門
大渡門右衛門 八ッ岩磯之丞 浅尾山仙太夫 浅尾山善七
隅ケ崎増右衛門 文字関谷右衛門 常盤山小平次両國熊右衛門
御所嶋浦右衛門 魚虎浪右衛門 山姿森右衛門大鳴門浜右衛門
鮱ノ山浦右衛門 三條関梶右衛門 鹿ケ嶽源平 二名嶋瀧右衛門
一文字六之助 白藤新平

  大男之部
鬼勝象之助  七尺三寸  山嵐嶽右衛門 六尺六寸七分
白山新三郎事
石槌嶋之助 六尺四寸三分 御用木無次右衛門 六尺四寸五分
大碇灘右衛門 六尺四寸三分 両国市太左衛門 六尺四寸
丸山権太左衛門 六尺三寸七分 両国森右衛門 六尺三寸七分
管谷勘四郎  六尺三寸弐分 大矢嶋新右衛門 六尺三寸
巻尾曽津之助 六尺弐寸七分 箕嶋十太左衛門 六尺弐寸七分
窟林左衛門 六尺壱寸五分 細石嵯峨右衛門 六尺壱寸五分
北国官太夫 六尺弐寸七分 楯ケ崎浪之助 六尺弐寸五分
吉野川団右衛門 六尺弐寸五分

   古キ名人之部
鏡山沖右衛門 錣山磯右衛門 松山佐五五右衛門錦龍田右衛門
紅井浦之助 錦帯小兵衛 生田川森之助 十五夜弾平
大橋弾平 窟 笹之助 大木戸団右衛門 朝の雷勘三郎
掛橋木曽之助 小乱難波之助 揚石源八 小唐竹十右衛門
稲妻村右衛門 明石志賀之助 破鏡十五左衛門

当時之分
筑後 秋津嶋浪右衛門弟子
    呉服織右衛門 唐崎松之助 名取川信四郎
     右三人■ニなりし時三人前髪といひて世人大ニ賞す
    阿蘇嶽桐右衛門 大嶋徳右衛門 大瀧森右衛門
    筑波根峯右衛門 玉簾加賀之助 山の井雲平
    箕嶋伊右衛門  阿蘇谷新之丞


築後 呉服織右衛門弟子

   御所浦平太夫  壇之浦灘右衛門  揚石利八

築後 御所車淀右衛門弟子 磐井川一八

肥後 竹嶋甚四郎弟子 荒瀧五太夫 

    冨野灘右衛門 雪見山堅太夫  平塚山仁太夫
    不知火光右衛門 大空団右衛門 錺間津平太夫

薩州 荒砂浜右衛門 勘木源五郎 大石辰五郎
   浮舟与市 /出水(いつミ)川  花火野

  長崎     備中       備前
   玉の井与惣次 鉄ケ嶽岩右衛門   荒井川桶右衛門

         村右衛門子
出雲 不破関金吾  稲妻村之助 雷電為五郎
   熊山谷右衛門

  兵庫       兵庫      兵庫
   渡り山光右衛門  立山桐右衛門  川崎団四郎

  備前       池田        堺
   日下山林右衛門  伊奈川次郎吉   今川玉右衛門
  堺
   荒鹿金四郎

大阪 古林川峯之助【後日書き加へ?】
大阪 藤嶋森右衛門弟子
   神楽太市 若松岩之助 富士嵐大蔵
   種ケ嶋吉平 三熊山沢右衛門

  淀川伊之助是は大阪関取也所は南
     弟子になりこがこい【二行後日書き加へ?】
大阪 雷藤九郎弟子
    藤九郎子
     雷冨右衛門 八ケ峰七之助 山吹兵之助


      浪除庄八
大阪 熊ケ関松兵衛
大様 陣幕長兵衛弟子 名取山繁右衛門

大様 獅子蔵峯右衛門弟子 嵐山雛五郎
    荒峯七之助  雁又戦八

  大阪
   竹縄半右衛門
  大阪       大阪
   鳴瀧兵七     七御崎八百右衛門

京 小松山音右衛門弟子    預り
   夕嵐庄太夫 七ツ尾久蔵  小塩山五太夫

京 楯ケ崎岡之丞弟子
   荒鷲孫八 相生峯之右衛門

京 御崎山峯五郎弟子 岩浪和助

京 四ッ車大八弟子
   朝日山森右衛門 岩戸山門右衛門
  南部
   花霞林右衛門

京 七ッ森折右衛門弟子 四明ケ嶽源次

江戸 春日山鹿右衛門弟子
    源氏山住右衛門 鈴鹿山太右衛門 浜風今右衛門
    武蔵野和田右衛門 八ッ橋清太夫 錦山段右衛門
    御崎山峯五郎 八光山橋五郎 戸根川亀右衛門

    白石清五郎 伊勢海五太夫  楯ケ崎岡之丞

谷風こいつ手しらず大野川になげられた【後日書き加へ?】

江戸 玉垣頬之助弟子
    大童子峯右衛門 戸田川鷲之助 友綱了助
    蟷戸嶋善太夫

江戸 伊勢海五太夫弟子
    関ノ戸重蔵 玉水定八 白川志賀右衛門
    七ツ池

江戸 桐山権平弟子
    獅子嶽谷右衛門 沖石峯右衛門 錦嶋三太夫

江戸 武蔵川初右衛門弟子 越ノ海福松

江戸 大橋三太左衛門弟子 磯碇平太左衛門

江戸 捻鉄能登右衛門弟子 押ヲ川巻右衛門

江戸 塩風浜右衛門弟子
    郡山三太左衛門 月見山鉄右衛門

 江戸 源氏瀧皆右衛門 今碇  大崎
    高浜  三国山  七瀬川五三郎
    布ケ瀧軍八 亀ケ崎金平 柏戸
    鎧嶋 蝦夷嶋団右衛門 荒浜政五郎
    羽黒山  井出里貫蔵  錦戸万五郎
    御所車平太夫

江戸 鳴門仲右衛門弟子
    四ツ車大八 出羽崎浦之助

南部  黒雲雷八 玉川浪之丞 蛇嶋五郎八
    七湊磯右衛門

秋田  志賀瀧浦右衛門 鳴瀧時右衛門 秋之浦佐太夫

右の外/数多(あまた)あるべけらど/後編(こうへん)に/残(のこ)し/爰(こゝ)に/略(りやく)す

   四十八手/分別(ぶんべつ)并/画圖(えづ)
夫すまふの手ハ。/古法(こほう)四手なり。此一手より。/投(なげ)。/懸(かけ)。/捻(ひねり)。/超(そり)の十二手
/宛編(づゝあミ)出し。四十八手と定む。一説に上古のすまふハ手なし。力を
もつて勝負を/決(けつ)すといへり。しかれども相撲を/解(げ)する
ものを/捜求(さがしもとめ)て達れと/仁明帝勅(にんめうていミことのり)有し事。続日本後記に
見へ侍れバ。/往古(わうこ)より手ハありたると見へたり。古今おこふ所
の四十八手ハ/則左(すなハちさ)に/画圖(えづ)をあらハして/童蒙(どうもう)の/便(たより)とす

【右頁上段】
かものいれくび
 双方同じくみやうにてくだけば
 磯のなみまくらとん法がへし
 水車きnきぬかづき等にも
            なる
 猪名川
 千田川

【右頁下段】
むかふずき
 四十八手は勿論手くだき
 手さばきさま〴〵に
        わかる
 くびがいたい

【左頁上段】
さかてなげ
 おひなげ こでなげ たすきなげ等と
             同じやうに
              なるもの也

【左頁下段】
すくひなげ
 残れば まきおとし
       こしひねりの手になる


【右頁上段】
ぎやくなげ
 くだけば本手なげにもなれど
  かくのごとく逆身になりたればかく
             なげる也

【右頁下段】
なげ
 是を本手なげといふ 
   見事なるもの也又
    よりなげともいふ
     
【左頁上段】
つまどり
 こつまどりとは別也

あしがぬける
  かんにん

【左頁下段】
さまた
 此手は何れの時にか有けん唐土より
 大さまたといふ者日本に来り数多の
 相撲を取けるが此大さまた手合すると
 ひとしく右の手にて多くの人をなげ
 ころせしより此手はじまる

 しかるに鎮西十郎朝長といふものあり
 生年十八才にて此大さまたにかちけると
             いひつたふ









【右頁上段】
ためだし
 すがりとも云はづみによりかいなひねり
 おひなげ さかてなげ等にもなる

【右頁下段】
たぐり
 のこれば内がけ外がけ切かへし
              さま〴〵あり
【左頁上段】
見ところずめ
 此手になれば残られず

【左頁下段】
けかへし
 是は四てけかへし残ればやぐら
    又内よりけかへせばけたぐりともなる

【右頁上段】
かいなひねり
 此手になれば残られず

【右頁下段】
うちかけ
 残ればさばおりこしひねり

【左頁上段】
かたずかし
 かたずかしの残りしをたゝきつめたる
               圖なり

【左頁下段】
だし
 此圖はうはてだし也此手のこれば
  つりはなげなまづの水ばなれつかみやがら
                 等にもなり

【右頁上段】
そくびおとし
 然れば内ばうき 外ばうきなど
  いふことあり伝なれば
  これを略す

【右頁下段】
ひきまはし
 ひきまはしの手などはづれしは
  びんまはし或はかたてくり
   もろてぐりくさずりづめなどになり

【左頁上段】
かはづがけ
 世人云つたふる名髙き手也しかれども河津が
 仕初し様におもへる人多し左にあらず
 /俣野(またの)とすまふせしに河津は/無双(ぶそう)の大力にて
 俣野をさしあげける時俣野河津にかけし故に
 かはづかけといふまた野が手也委は古記につまびらか也
 古老曰此手は上古より有て/蛙(かはづ)がけといふ然るに
 河津俣野すまふのとき此て出来りし故に
   /混雑(こんざつ)せりといへりよつて両伝を用ゆ

【左頁下段】
しゆもくぞり
 此の類にてんかうぞりしゆもくぞりなり寄くり等有











【右頁上段】
屋がら
 此手なげのうち也本手に見せかけ
 やがらになつてなげるゆへにかくいふ
  但ゆんでやがらめてやがらといへり両派有

【右頁下】
もち出し
 此手は大力ならでは持出されずといへり
 土俵がはりといふ事あれど手取ならでは
           足の入かへなりがたし
【左頁上段】
ひざこまはし
 此圖はなげの残り方をかくいふ

【左頁下段】
 とびちがひ
此手は元ほぐれより出てまれなる手也
 ゆきあひ  しばひき もぢりがけ等になる
             残ればはね出し

【右頁上段】
こしくぢき
 四手もどき 胴ひねり  つりあげ
 引あげ等の
 残よりで出る手也

【右頁下段】
大わたし
 此圖はのこらぬ手なりのこればしかけの方
 あやうし つり出し しやもくなげ やがら
       やぐらさま〴〵となる

【左頁上段】
しぎのはがへし
 鴨の入くび しやもくぞり
かいなぞり 其外しな〳〵手わかる也

【左頁下段】
まがひつき出し
 まがひに十二通あり

【右頁上段】
つきけかへし
 是よりたぐり付出

【右頁下段】
そとがけ
 てうどがけ のぼりがけ あをり
 此類かけやう同じやうなれどそなへにより
 かけの手わける残ればしきこまたになる
 入くみたる手なりのこれば相手より
 かはづがけになる

【左頁上段】
きぬかづき
 此体になれば残らず

【左頁下段】
てふのがけ
 残れば引まはし 是よりかけなげ 
 もたれなげ わたしがけ 此手不分明にて
 勝負つかざらんとき土俵ぎはにて
    竹馬となる勝負見分ヶがたし

【右頁上段】
つきやぐら
  しのびぞり むそうどまりなど
    此手のうちにあり

【右頁下段】
たすきぞり
 此あをりは中古名人の取し圖をあらはす
 取かけよりの次第は書取がたし本手あをりの
 圖にはあらずかんがへて見給ふべし

【左頁上段】
うはてずらし
 のこればゑんこうのつたひあしからす飛
 入ちがひ或はたゝきよせ

【左頁下段】
しきこまた
 さるの一とびより此手になる又は
  土俵まはしおひおひさはき

【右頁上段】
そとむそふ
 かせを入れて残れば引まはし
  かけてもたれば負龍といふ手になる

【右頁下段】
よつがひ
 防手によつてさま〳〵になる

【左頁上段】
そくびなげ
   残れば
    さるすべりと
     いふ手になる

【左頁下段】
はりまなげ
     哥にうちよする磯辺の岩は
/波離間投(はりまなげ)  つれなくておのれくたくる
               沖つしら浪

【右頁上段】
かけなげ
 残ればはねなげといへる手あり

【右頁下段】
おひなげ
   前後に手なし

【左頁上段】
のぼりかけ
  かけられし方上手ならばかけしもの
            勝負あやうし

【左頁下段】
やぐら
 今圖する所は本手やぐら也
  うは手よりつりあげるをいふ
       此手残ればゑんずり
         持出しにもなる


【右頁上段】
したてやぐら
  是は逆やぐらなり尤さしうでの
   得手により左右あり内むそう
         又は出しになる

【右頁下段】
うちむそう
 残れば内こまた外こまた
         引まはし等になる

【左頁上段】
登あし
 手くだき手ささばきのうちに
            あまたあり

【左頁下段】
くぢきだをし
 ひしぎ出しつきおとし等
  少のたがひにて名目わかる

 /捔力秘要抄 (すまふひようしやう)四十八手名目附/紛(まがひ)十二手
    /投(なげ)十二
/負投(おひなげ) /繋投(かけなげ) /居投(ゐなげ) /寄投(よりなげ) /波離間投(はりまなげ) /胸投(むねなげ) /拮投(ハねなげ) 
/腕投(うでなげ) /飛投(とびなげ) /扔投(ひきなげ) /手抄投(たすきなげ) /腹投(はらなげ) /四手崩(よつでくづし)
   /繋(かけ)十二
/内繋(うちがけ) /外繋(そとがけ) /狩度繋(てうどかけ) /登繋(のぼりがけ) /足折繋(あをりがけ) /繋跽(かけてのこれバ) /敷小蹗(しきこまた)
/脇抜(わきぬけ) /拮繋(ハねかけ) /渡繋(わたしがけ) 手掏倒(てくミだをし) /得智後繋(ゑちごがけ) /一方繋(いつほうかけ)
   /捻(ひねり)十二
/頭捻(づにねり) /䟯捻(けひねり) /腕捻(かいなひねり) /四手捻(よつでひねり) /鬢廻(びんまハし) /跠腰(いごし) /〇腰(いしごし)【右の〇印は足偏に基】

/行下力草(いきのしたちからぐさ) /䠅捻(子やしびねり) /櫢拝(つまどり) /小櫢拝(こづまとり) /得智後捻(ゑちごひねり)
   /䇍(そり)十二
/中䇍(ちうぞり) /飛反(とびぞり) /捻䇍(ひねりぞり) /厭生反(ゑんしやうぞり) /朽木反(くちきぞり) /入替䇍(いれかへぞり)
/䟚慕攱(じぼうし) /一寸䇍(いちすんぞり) /繋反(かけぞり) /拙反(つたへぞり) /顛顆䇍(てんろうぞり) /撞木反(しゆもくぞり)
   十二之/紛(まがい)
/鴨入首(かもいれくび) /向附(むかふづき)/逆附(さかづき) /鴫羽返(しぎのはがへし) /絹繭(きぬがつぎ) /悔(とんほうがへし) /水車(ミづぐるま)
/〇大意(つみのおふごころ)【上記〇印は常偏に鳥】 /繋前後(かけのまへうしろ) /磯并枕(いそのなミまくら) /立眼(たちがん) /居眼(ゐがん) /猿一飛(さるのひととび)
/夢枕(ゆめまくら)

  新手部類(しんてぶるい)
新手は古法四十八手より。後人(こうじん)又/工夫(くふう)仕出して。手捌(てさばき)八十二
手。手砕(てくだき)八十六手。合て百六十八手あり。則左に新手の名目(めうもく)
を部類(ぶるい)して悉(こと〳〵く)記す。此新手の内に又手の名目あり。是は行
事方に秘(ひ)することなればこゝに畧す
  手捌(てさばき)八十二
無想(むさう) ■投(つりなけ) ■投(うつほなげ) 脇抜(わくぬけ) 出(だし) 肩坪(かたぞらし) 三蹗(さまた) 小蹗(こまた)
錣投(しころなげ) 鷲羽落(わしのはおとし) 擣■(つかみあげ) 弓手返(ゆんでがへし) 袖返(そでがへし) 馬手草摺返(めてくさどりがへし)
逆手䟯返(さかてけかへし) ■投(すくいなげ) 捁出(はねたし) 持込(もちこみ) 挟込(くらこみ) 合掌捻(がつしやうびねり) 扔廻(ひきまはし)

相引■(あいびきまはし) 請■(うけおとし) 磯打浪(いそうつなみ) 打返(うちかへし) 前引片男浪(まへひくがかたをなみ) 打倒(うたせ)
腰並請䇍(こしのなみうけぞり) 膝反(ひざぞり) ■䇍(ひしぎぞり) 五輪砕(ごりんくだき) ■捻(ぎやくびねり) 扔捨(ひきすて) 躊䟯(たぐりけ) 
突落(つきおとし) 扤■(うつてくじき) 挫出(ひしどだし) 四手腹投(よつではらなげ) 内無(うちむそう) 前附■投(まへづきつりなげ) 
胴捻(どうひねり) 四手䟯返(よつでけかへし) ■落(まもおとし) ■(わたしとあし) 揇投(からみなげ) ■撒■(もつてつまどり) 逆手投(さかてなげ)
弓手■(ゆんでやがら) 馬手■(めてやがら) 矯出(ためだし) 袖摺(そですり) ■繋(たすきがけ) ■(たぐりてあし) 大■(おほわたし)
前附䟯返(まへづきけかへし) ■出(うわてだし) ■替(まきかへ) 膝■(ひざをし) 帰■(かきまはし) 前附捻(まへづきひねり) ■落(おいおとし)
備崩(そなへくづし) 合当(さぐりあて) 大腰(おほこし) 小腰(こごし) 一体一生一捁(いちたいいつしやうひとッバね) ■拮(こしノバね) 打臥(うちふせ)
五論崩(ごりんくづし) 捧投(もろてなげ) 拝■拙出(かたてぐみつてぇだし) ■䟯返(うわてけかへし) 踢(たりかへし) ■倒(くじきだをし) 相投(あひなげ) 頸投(くびなげ) 
四肢一足横■(ししのいつそくよこなぐり) 扔■殻(ひきまはしあし) ■出( くみだし) 請■(うけたぐり) 両矯出(りやうたくりだし) 扔■(ひこおぐり)

/手合見競勝負初(てあひミくらべしゃうぶのしよ) /四肢歯噛(しゝのはがミ) /喉輪趁(のどわづめ) /拮請身(はねのうけミ)
/勣体(しかけのたい) /懸橇(かけのほぐれ) /虚実体(きよじつのたい) /拏崩(とりでくづし) /三所趁(ミところづめ) /呼吸入身(こきういりミ)
/焱口(ゑんこうぞり) /下手飛反(したてとびぞり) /口(とびちがい) /四手初(よつではじまり) /毅(とほし) /励䠅(かゝりはやし) /捺()  /牛弾(うしびき)
/底円(そこゑん) /拄〇(とめぞり) /逃身(にげミ) /分身(わけミ) /草摺矯(すさずりだめ) /不生夫見離(なまミのミずばなれ)
/声抱〇(こゑのだきのぼり) /抄込(ぬけこミ)/草押挫反(くさおしひしくぞり) /内〇(うちぼうき) /外〇(そとぼうき) /手抄〇落(たすきおいおとし)
/刻逝〇(こゝさるまハし) /逝〇(さるわがへし) /附込(つけこミ) /待請(まちうけ) /外足(とあし)/〇(ひわうそく) /旗折悔(はたおりかへし)
/帰乗足(きしやうのそく) /下手〇(したてかゝり) /〇廻(ときまハり) /〇〇出(かんとうつりだし) /踱(わたりそく) /〇〇(のこりとゆる) /悶体(もたれのたい)
/丸違〇(わちがひぞり) /肩〇(かたおくり) /()/〇〇(しのびづり) /越〇(こしいれかへぞく) /趕渡(しりわたし) /総角趁(あげまたづめ) /腰拙(こそつたへ)

/裾返(すそがへし) /〇〇(けんほうかりれあし) /〇跳(しのびはこび) /腰車(こしぐるま) /踈(うきそく) /蹻(たかぞり) /〇返(こしかへし) /無相〇(むそうとおり)
/不見離(ミずばなれ) /擢〇(ぬきあげこあし) /折入足(おるいれあし) /横挟(よこやはづ) /拙足(つたへそく) /拝挟(かたてはさミ) /蹼挟(もつてハぐし) /腰返(こしがへし)
/四肢入身(しゝのいりミ) /辯横投(たすきよこなげ)/〇扱(といさばき) /行合(ゆきあひ) /芝引(しばひき) /扔落(ひきおとし) /〇〇(たぐりけ) /跟(のこり) 
/勤見腰(つきミごし) /四肢惣〇(しゝのそうまくり) /〇趁(をハつり) /閻〇(ゑんつり) /趁〇(つめこめし) /抱〇(かゝづり) /頑抱〇(かびかゝへづり)
/草〇趁(くさぞりづめ) /褌〇(こんのふ)
    /地取式体(ぢどりのしきたい)
上古  /朝庭(てうてい)にてすまふを行ハせ給ふ時に/内取(うちどり)といへることあり
其式/旧記(きうき)に/詳(つまびらか)なり其/餘風伝(よふうつた)ハりて/勧進(くハんじん)相撲になりても初ル



の前日にすまふの儀式を行ふ。是を地取といふ。先行司出。穢をし
て清め。神拝を成し。土俵の上を祭る此礼故実有畧之扨土俵
入すミて勧進三方より一人と寄方より一人出て双方相撲
を合す《割書:無言にて|是を勤む》一番ハ勧進方一番ハ/寄方(よりかた)と勝をわくる此日
行司団扇をもたず。右側に寄り幣を用ゆ。又左右《割書:今ハ|東西と云》の
/桟敷(さじき)一軒宛/注連(しめ)縄を/張(は)り/清菰(すがごも)を敷神の桟敷とす。行司
此所にかしづき居て。相撲取一人/宛(づゝ)に/黄色(わうしゃく)の/幣(へい)を/頂戴(てうだい)さ
せ。土俵へ出す左右とも儀式これに同じ。此日ハ一式神事なり。
二番合すすまふを/俗(ぞく)に/神(かミ)相撲といふ。是手向なり。本式の儀。

式ハ至てむつかしきことにて近来ハ次第に畧式をもち
ゆるやうに成たり
  /褒美起(ほうびのおこり)附/弓弦(ゆミつる)/扇子(あふぎ)/配当(はいとう)
勝相撲に弓を渡す起りを尋るに元亀元年二月廿五日織
田信長公。江州堂楽寺におゐて。国中の角力取を召あつ
め給ひ。勝負を御覧有けるに。宮居眼右衛門といへる者につく
相手なかるけれバ御/褒美(ほうび)に御/秘蔵(ひぞう)の/重藤(しげどう)弓を賜りける
是/濫觴(はじめ)なり。此御弓ハ山城国伏見住嶋田喜内といふ古今無
の/上手(じやうず)と/賞(しやう)せられし名人の/製作(せいさく)なる其以後眼右衛門相


撲取事梓し申けるときに信長公/不審(ふしん)し給ひいか
故にやと御/尋(たづね)有しに。相撲ハはなれものにて/強(つよ)きものものが
/勝(かつ)にあらず弱キものが/負(まけ)るに/定(さだまり)たる事ならねバ御持弓を
取/損(そん)じ。/若敵(もしあいて)に御大将の弓を渡してハ高名むなしく成
べしと/答(こた)へけれバ信長公かれが志を/感(かん)じ給ひ。/角力(すまふ)取/節(せつ)
御褒美に御持弓/遣(つかハ)さることを/止(とゞま)り給ひ其以来御ほうび
にハ餘のものを下し置給ふとなん。勧進相撲の十日目の結ひ
に勝たる関に弓を渡す事。此余/風(ふう)なりとぞ。役ずまふ三番な
るに。関ばかりにほうびを渡し。其以下/本意(ほい)なしとて。近来ハ

関に弓。関脇に/弦(つる)。小結に扇子を渡す。此弓渡しのこと/元来(ぐハんらい)
/武門(ぶもん)より/起(おこ)りし/故(ゆへ)。/請取渡(うけとりわたし)に。/故実作法(こじつさほう)有て。関直に請取らね
バ。方屋のうち。/故実(こじつ)の案内をよく知りたる者出て。此弓を請取也。
此弓ハ四本柱の内出掛の正面の/乾(ゐぬい)の柱に結付置しを。近代出掛
の柱に結付をく。其外十日目にハさま〴〵/故実古例(こじつこれい)の/儀式作法(ぎしきさほう)
等/数多(あまた)なれど。近来次第に行ハれす成たれバ。当時の用の
ミを書しるす。此余の事ハなを/後(のち)の/考(かんがへ)にあづけ/後編(こうへん)に残す

古今相撲大全巻之下未終









古今相撲大全巻之下本附禄
   当時頭取
   江戸之分
雷 権太夫   錣山喜平次   伊勢海五太夫
鳴戸仲右衛門  入間川五右衛門 浜風今右衛門
武蔵川初右衛門 玉垣額之助   春日山鹿右衛門

   大阪近年頭取
塙石善兵衛   鷲峯太平治   藤綱市右衛門
鉄山佐兵衛   大嶌庄兵衛   間瀬垣茂兵衛

嶋ケ崎一平   荒石丈右衛門   草摺文七
雷藤五郎    岩ケ浜清兵衛   

    大阪当時之分

岩船門平    陣幕長兵衛    御所桜七之助
竹縄半右衛門  湊又七      虎ケ嶽源兵衛
朝日山森右衛門 若狭山宅右衛門  美保関梶右衛門
小野川才助   藤嶋森右衛門  

    京都之分 享保年中ゟ元文之頃迄
大森伝之助   桜川九兵衛    浮船扨右衛門

白川仁太夫   玉笹安太左衛門  桂川善兵衛
神楽長太郎   山之井門兵衛   千賀浦沖右衛門
松風七左衛門  錦 藤吉     白玉又兵衛
松風瀬平    木村善太夫

    京都近年頭取
船岡権右衛門  三輪山吉郎兵衛  丸嶋長右衛門
泉川庄五郎   名取川浦右衛門  源氏山住右衛門
岩ケ端宗兵衛  八橋羽右衛門   玉川八十八
近ケ浦磯右衛門 有知山八八    花霞林右衛門

若狭山宅右衛門 大坂住居

   京都当時之分
七ッ森事      二代目
 和歌浦折右衛門   浮船羽右衛門   鞍馬山鬼市
                   二代目
 小松山音右衛門   松ケ崎平蔵    丸嶋長右衛門
                   二代目
 篠竹定七      白葛大吉     山之狩門兵衛
 若山熊右衛門    飛熊藤吉     草摺岩之助

   行司部附録
    京都当時之分
 岩井弁蔵    岩井腕松    木村喜太郎

二代目
 木村□之助   木村熊之助   木村藤助

    大坂近年之分
岩井嘉七    木村門九郎    木村正蔵
岩井庄五

    大坂当時之分
岩井□之助    岩井又七    木村庄次郎
岩井嘉七

     江戸当時之分
木村庄之助    式守伊之助   木村左司禁

式守秀五郎   式守仲五郎




古今相撲大全巻之下未附録
   大男之部附録
里見山丈右衛門   六尺五寸
波戸崎岸右衛門   六尺二寸
釈迦嶽雲右衛門   七尺一寸六分
 此人雲州森の産にて明和明和九辰の年三ケ津
 大相撲の関取にて其名高く鬼勝象之助此かた
 かゝる大男無之よし古今無双非類なき関取
 なり

  当時相撲人名寄
九州 雲見山堅太夫  湊川松之助   荒瀧五太夫
   伊吹山丈助   大山源太左衛門 八ヶ峯
薩州 出水川貞右衛門 二十山弥太夫  三国山宗右衛門
   巻ノ戸金右衛門
出雲 釈迦嶽雲右衛門 鶴渡甚太夫

大阪 置塩川巻右衛門 江戸ケ崎小三郎 千田川吉五郎
   岩角太四郎   猪名川政右衛門 若狭川平八  
   浅香山伝太夫  平石伝左衛門  高崎市丈十郎
   飛鳥川弥太郎  藤戸吉太夫   龍ケ洞源次郎
   節ケ嶋藤次郎  陣幕文蔵    白糸半太夫
   初嶋捨松    打浪宗五郎   波戸ケ崎岸右衛門
   唐崎茂三

京  小松山音右衛門弟子
    一ツ松久太夫  茶摺岩之助

京  浮船羽右衛門弟子
    於鹿山善蔵 勢州

江戸         二代      京
   友綱了助    玉垣額之助   越の海勇蔵
  京
   盤井川逸八   佐渡嶽沢右衛門 柏戸村右衛門
  二代
   戸田川鷲之助  外ケ濱浪右衛門 荒飛里右衛門

   今碇嘉蔵    山分辰之助   志賀浦勘太夫
   奥海伊八    須磨浦三太夫  八雲山弥藤次
   甲山力蔵    里見山丈右衛門 大江嶋森右衛門
   秀の山武四郎  境川波右衛門  谷川圓太夫
   繋馬丈右衛門  八ケ嶋団右衛門 鷲尾山林右衛門
   伊豫嶽与市   追手風幸右衛門 盤石勘太夫
   福田川磯右衛門 錦鳥三太夫   冨士根鉄五良
   岩戸川金太郎  大位川辰右衛門 生田野栄蔵
   和田津海善兵衛 永浜木曽八   大渡要蔵
           

   名前川平蔵   峯松杢之助   三宝山清蔵
   竹隈文蔵    若狭川定右衛門 君ケ濱団之助
   枇杷海近八   岩手山庄太夫  松ケ崎岩右衛門
   登名瀬川亀之助 荒馬馬五良   礼獅子三之助
   峨々谷鶴之助  月見山利八   立浪彦七
   浦風与八

南部 石見潟丈右衛門 入佐山巻右衛門 唐糸織右衛門
   箱川定平    生駒山峯右衛門 緑り山三蔵

   籬嶋団蔵    千年山龍右衛門 巻絹五良次
   荒濱市右衛門  伊勢路山善八  四ケ谷熊右衛門
   立石林右衛門  男女川音右衛門
               小頭 花霞林右衛門

明和九壬辰年六月仙台於躑躅岡勧進相撲番附
  本方 南部衆十四人 本方ハ勧進本也
 大関 南部 石見潟丈右衛門
 関脇 同  唐糸織右衛門

  小結 同 生駒山峯右衛門
  前頭 同 籬嶋団蔵
  同  同 巻絹五郎治
  同  同 伊勢路善八
  同  同 立石林右衛門
  同  同 入佐山巻右衛門
  同  同 絹川定平
  同  同 緑り山三蔵
  同  同 千年山龍右衛門

  同  同 荒濱市右衛門
  同  同 四ケ谷熊右衛門
  同  同 男女川音右衛門
   行司  長濱源助
    名乗上ケ 圓蔵

  小頭   花霞林右衛門
右ハ勧進本の相撲附なり寄方ハ仙台衆江戸衆
多ク候得共今茲に畧す

 初日六月朔日
   岩見潟  達ケ関
  此すまふ七分斗達ケ関負に相見へ候へとも中程
  より左右へ分て頭取の預りに被成候
二日め
     達ケ関  岩見潟
三日め  東方南部衆寄方仙台衆江戸衆のこらす
     組合有之
     唐糸   達ケ関
     石見潟  君ケ濱

     石見潟  大鳴戸
     立テ石  達ケ関
     石見潟  達ケ関
石見潟に達ケ関与四郎三番まけ被申候ニ付此相撲
四日限に相定候其後大男七人にて有之よし

 本吉郡きせ氣仙沼 卯内 廿二歳  六尺七分
            六十六貫目の錠を差上る
 同郡赤生津村   三太 廿歳   六尺一寸五分
            米俵弐表を手まりにつく
 登米郡田尻村      十八歳  六尺二寸五分
            米五俵をさし上る      

江刺郡平山村  喜八  十八歳  六尺二寸五分
 宮城郡利夫府村 徳六  十八歳  六尺五寸
 渡波十嶋    五良八 廿三歳  六尺三寸
           六十貫目の錠をさし上る


相撲大全後編すまふたぜんこうへん  版行追附出来
右の書は前扁みに残したる事を記し其外三ケ津大勝負附等を
顕し古今面白き手などを附して出す

安永二癸己年五月改正増補附録
         江戸大伝馬町三丁目
 武江書林         鱗形屋孫兵衛

         大坂心斎橋南江四丁目
 浪花書肆         吉文字屋市兵衛

         京冨小路通二條下ル町
 皇都           大和屋善七
                      合
         京五状条通小橋西江入町
 書房            長浜屋九郎右衛門
                       版
         京麩屋町通誓願時下ル町
              八文字屋八左衛門

【横書】

受入番号 
 198118

請求記号
 788・1
 ki39

東京学芸大学付属図書館
 東京都小金井市貫井北町4-780
  電話 (国分寺0423ー21)1741(代)

源氏物語

【撮影ターゲット】

【表紙】
【題簽】
桐つほ はゝ木々 一

【見返し・白紙】

【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36 GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-1】


【左ページ・挿絵内】

【源氏香図】桐つほ

     【源氏香図】箒木

 きりつほ
此巻は光源氏の御母かう   【更衣】
衣の御つほねをきりつほ   【御局】
といへる詞をもちて名付
たる也此巻の中にけんし   【源氏 誕生】

たん生より十二才の御事
まて見へたり此君の御きさ
きはあふひの上也源氏十三四五 【葵の上】
歳御事此まきのすへに    【巻の末に】
あり次のはゝきゝは十六

才の御事見へたり此時の
御みかとゑんぎのせいたい  【御帝延喜の聖代】
なり又一名きりつほと
は御てんの名ともいへり   【御殿】
みかとの御うたに

いときなき
  はつもと
 ち ゆひに
  きる なかき
    心は よを
  むすひこめつや

【いときなき はつもとゆひに なかきよを ちきる心は むすひこめつや】

 はゝ木々
此巻は歌の詞をとりて
名付たる也源氏十六才の
時いよの介かつまにうつせみと
申女有源氏忍はせ給ひ

しにうつせみつれなくあひ
たてまつらすその時けんし
やり給ふ歌に〽はゝきゝの
心もしらてその原の道に
あやなくまとひぬるかな此

はゝ木々といへるはみのとしな 【美濃と信濃の】
のゝ国のさかいにその原ふせ  【国の境に園原】
やといふ所に有木也遠く見   【伏屋という所】
れは帚をてたるやうにて
近くみれは木もなしうつせみ

になそらへてあるなしの
たとへ也此まきの名なれ
とも此五十四帖におよほす
名也うつせみ
    かへしに

かすならぬ   はゝ
  ふせやに   木々
あるにも おふるなの
  あらて   うさに
   きゆる

【かすならぬ ふせやにおふる なのうさに あるにもあらて きゆるはゝ木々】

【裏表紙】

【表紙】
【打線】
うつ蝉 夕顔 二

【見返し・白紙】
【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36 GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-2】


【左ページ・挿絵内】

   【源氏香図・注】 夕かほ

【源氏香図】 空蝉

【注 図柄が異なるヵ】

 うつせみ
此巻は歌を名とせり
はゝきゝの末の事をかき
つゝけたり源氏十六才の
夏のころうつせみの君に

ふかく心をかけたまひうつ
せみのまゝ子にのきはの  【軒端の荻】
荻といふありある時碁を
うちしまひたるのち
荻とならひねたる所へ

源氏しのひ給ふおとをきゝ
うつせみはきたるきぬを
ぬきすてかくれぬ源氏はそ
のきぬをとりてかへりて
よみ給ふうたに

うつせみの 人から
 身をかへて   の
   ける  なつ
木の     かし
 もとに    き
  なを   かな
 
【うつせみの 身をかへてける 木のもとに なを人からの なつかしきかな】

 夕かほ
此巻は歌の詞を名とせり
源氏十六才の夏より十月
まての事をしるす源氏六
条のみやす所のもとへかよひ  【六条御息所】

給ふ時五条あたりのしつか   【賤家】
家に白く花のさけるを
なん何の花そととひ給へは
内より歌を書て奉る
〽心あてにそれかとそ見る

白つゆのひかりそへたる夕
かほの花此心はおしあて
に源氏の君とすいりやう
したるといふ心なり
 源氏の御うたに

よりて
  こそ  花の
   それ  夕
    かとも かほ
ほの   見め
 〳〵   たそ
  みゆる  かれに

【よりてこそ それかとも見め たそかれに ほの〳〵みゆる 花の夕かほ】

【裏表紙】

【表紙】
【題簽】
若紫 末つむ花 三

【見返し・白紙】
【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36 GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-3】


【左ページ・挿絵内】

【源氏香図】 若紫

   【源氏香図】 末摘花

 若むらさき
此巻は歌の詞を名とせり
源氏十七才の三月より冬
まての事見へたり藤つほの
めい子に紫の上と申女子有

源氏秋は物さひしく思召て
藤つほのゆかりなるゆへむかへ
やしなひ給ひしと也若紫と
つゝきたる詞はなし此紫の
上の事を此巻にはしめて

かき給ふとなり
    御うたに


手につみて   野辺
 いつしかも   の
    みむ  若
むらさきの    くさ
   ねに
    かよひける

【手につみて いつしかもみむ むらさきの ねにかよひける 野辺の若くさ】

 末つむ花
此巻は歌と詞をもつて
名とせり源氏十七才の二月
より明る年の春まての事
あり末つむ花と申はひたち

の宮の御むすめにてめはな
あかき病ありべにの花は
末よりさき末よりつむに
よりこれをたとへて末つむ
花といへるなり源氏思召やう

は何とてかやうにかたちあし
き人にあひなれけんとこう
くはいのひとりによみ給ふ
   御うたに


なつかしき色とも
なしになにゝこの
末つむ花を
   そでに
     ふれけむ

【裏表紙】

【表紙】
【題簽】
紅葉賀 花のゑん 四

【見返し・白紙】
【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36 GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-4】


【左ページ・挿絵内】

【源氏香図・注】 紅葉賀

   【源氏香図】 花のゑん

【図柄が異なる・この図は「薄雲」・「薄雲」が載る十巻は欠巻】

 もみぢ賀
此巻は詞を名とせり源氏
十七才の十月より十八才の
七月まての事見へたり仁明
天皇の嘉祥二年三月に

天皇四十にならせ給ひて
賀あり十月なれは紅葉
をもてなしもみちの賀
これなり紅葉の木のもと
にてれい人のまひその外  【伶人の舞ヵ】

いろ〳〵のまひあり源氏
はせいがいはといふきよく
をまひ給ふ源氏の
   御うたに


物おもふに  しり
  たちまふ  きや
   へくも
    あらぬ身の
 心   袖うち
      ふり
       し

【物おもふに たちまふへくも あらぬ身の 袖うちふりし 心しりきや】

 花のゑん
此巻は詞をもつて名とせり
此巻は南殿の桜のゑんなり
則花のゑん也もろこしには
花といふは牡丹日本にては

さくら也此巻は紅葉賀の
次の年の春まての事なり
源氏十九才宰相中将正三
位なり古来花のゑんとは
さくらをもてあそふ事を

いひならはし侍ると也
     御うたに


        風も
 ふけ   はらに
こそ  小さゝが
   わかんまに
  露のやとりを
いつれそと

【いつれそと 露のやとりを わかんまに 小さゝがはらに 風もこそふけ】

【裏表紙】

【表紙】

葵 榊 五

【右ページ・白紙】
【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36 GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-5】



【左ページ・挿絵内】

【源氏香図】 葵

   【源氏香図】 榊

 あふひ
此巻は歌をもつて名とせり
源氏廿一才より廿二才まて
の事見へたり源氏の北のか
たあふひ上といふ也かもの  【葵上】

まつりを見に出給ふに車
のたて所をあらそひ六条の
みやす所の御車をうちそんし
これよりかものまつりの車
あらそひといふ也みやす所

うらみにおもひ同年
八月にあふひの上をとり
ころし給ふ也源氏の
     御うたに


はかりなき
  千ひろのそこの
    みるふさの
おひ
 ゆくすゑは
   我のみそ見ん

 さかき          【榊 一般的には 賢木 】
此巻は歌と詞とをもつて
名とせり源氏廿二歳の
九月より廿四才の夏まて
の事見へたり六条のみ

やす所の御むすめさいくう  【斎宮】
となりていせへくたり給ふに 【伊勢へ下り給う】
付みやす所も共に野々宮
にて物いみし給ふを源氏   【物忌み】
なこりおしみてのゝ宮まて

まいり給ふ時みやすところ
の御歌の心は三輪の古歌
に引合せける心也此巻一名
は松かうら嶋ともいへり   【松が浦島】
     御うたに

神かきはしるしの
 杉もなきものを
いかにまかえて   【ワ行の「ゐ」は誤記ヵ】
   おれる
     榊そ

【裏表紙】

【表紙】

花ちる里 須磨 六

【右ページ・白紙】
【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36 GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-6】



【左ページ・挿絵内】

【源氏香図】 花ちる里

   【源氏香図】 須磨

 花ちる里
此巻は歌をもつて名とせり
源氏廿四才の五月の事也
榊の巻の末と同し夏の
事也花ちる里はきりつほの

みかとの女御れいけいてん  【麗景殿の女御】
の御いもうとむかし源氏
のあい給ひし御方也御歌
の心は此人ならてむかしの
事かたりあふへき人なしと


ほとゝきすの立花のかをなつ
かしくきてなくと同し事也
とたとへたる歌也此君此巻に
はしめて出たるゆへ花ちる里
といふなり御うたに

たち花の   とふ
 香をなつ
  かしみ
   ほとゝぎす
    花ちる里を
     たづねてそ

 すま
此巻は歌の詞を名とせり
源氏廿四才の秋より廿五
才の春まての事あり
源氏御とかめにあひ給ひ  【咎め】

此浦へうつり給ふゆへすまの
巻といへる也此まきは仁義
五常朋友のなからひまて
こと〳〵くこもる也此もの
語のさま妙なり此巻


は源氏壱部のかん文なり
六条のみやすところより
おくり給ふ
   御歌に


うきめかる  もしほ
 伊勢をの  たる
あまを     てふ
 おもひ   須磨の
  やれ    浦
        にて

【裏表紙】

【表紙】

明石 身をつくし 七

【右ページ・白紙】

【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36 GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-7】




【左ページ・挿絵内】

【源氏香図】 あかし

     【源氏香図】 澪標

 あかし
此巻は歌と詞を名とせり
源氏廿六才の三月より
廿七才の秋都へかへり給ふ事
まてあり源氏すまより

あかしへうつり給ひ入道のむ
すめあかしの上にあひなれ
給ふによりあかしの巻と
いふなり此歌のこゝろは
源氏みやこのかたをこひ


しく思召てよみ給ふ
歌なり源氏の
   御うたに



秋の夜の    見
 つきけの   む
  こまよ
   わかこふる
    雲井を
      かけれ
時の
 まも

 みをつくし
此巻は歌をもつて名と
せり源氏廿七才明石より
帰京廿八才の十一月まて
の事有廿七才は明石の

巻の末と同し事なり
源氏帰京の御悦ひにすみ  【住吉大社】
吉にまうて給ふ折ふし
あかしの上にまいりあひよみ
給ふ御歌に 〽身をつくし

こふるしるしにこゝまても
めくりあひけるゑにはふ
かしなあかしの上かへし
の御うたに


かすならて
  なにはの
     ことも
かひ
 なきに
  なに身をつくし
  おもひそめけん

【白紙ページ】

【裏表紙】

【表紙】

蓬生 関屋 八

【右ページ・白紙】

【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36 GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-8】




【左ページ・挿絵内】

【源氏香図】 よもきふ

     【源氏香図】 せきや

 よもきふ
此巻は歌にも詞にもつゝき
たる語はなしよもきとは
いはれぬによりて蓬生と
いふ也生の字は付字也かやう

に字を付ていふ事此もの
かたりのならひ也源氏廿四才
の四月の事也此時花ちる
里へおはすとて末つむ花
のゐ給ふ所あれはてゝにわ


によもぎしげりてつゆ
ふかゝりけるをうちはら
はせて入給ふとて源氏の
御うたに


たづね   ふかき
 ても    よもき
われこそ      が
とはめ     もとの
 道も      心を
  なく

 せきや
此巻は詞をもつて名とす
せきやより里をはづれ
出たるとあるによりて也
源氏廿八才の九月の事也

石山へまうて給ふ折ふし
うつせみの君にせき山にて
あひ給ひしかは弟の小君
がまいりたるに忍ひて御文
あり歌に 〽わくらはに

ゆきあふみぢとたのみし
もなをかひなしやしほ
ならぬうみ
  うつせみの
    かへしに

あふ坂のせきや
いかなるせきなれは
しけきなけきの
中をわくらん


【裏表紙】

【表紙】

絵合 松風  九


【右ページ・白紙】

【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36 GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-9】



【左ページ・挿絵内】

【源氏香図】 絵合

     【源氏香図】 松風



 ゑあわせ
此巻は詞をもつて名とす
此時のみかとは源氏のまう
け給ふ藤つほの御子也絵合
とつゝきたるはなきにや

左右の御絵なとありみ
かとゑをこのませ給ふに
よりゑあわせといふ事也
源氏三十才のとき三月に
ゑあわせ有源氏須磨にて


かきおき給ひし御絵を
むらさきの上にはしめ
て見せ給ふと也源氏の
      御歌に


うきめ    なみた
  みし      か
   そのおり
過   よりも
 にし  けふは
  かたに   また
    かへる

 松かせ
此巻は歌と詞にて名と
せる也源氏卅才の秋の事
有源氏あかしにてあひ
給ひし入道のむすめ姫

君をうみ給ひて三とせに 【三年】
なりたりけるを京にのほり
給へと仰つかはされけれはあか
しの上御母君共に大井川
のあたりにしるへあれは家


つくりしてすみ給ふ時
ことをしらへ給ふに松風
のひゝきにあひたれはあ
ま君のうたに


身をかへて
  ひとりかへれる
ふるさとに聞しに
 にたる
   松風そふく

【裏表紙】

【表紙】

乙女 玉かつら  十一

【右ページ・白紙】

【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36 GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-10】



【左ページ・挿絵内】

【源氏香図】 乙女

     【源氏香図】 玉かつら

 乙女
此巻は歌と詞をもつて
名とせり源氏卅二の四月
より卅四の十月まて見へ
たり此乙女といふ事は

五節の舞姫也五せつとは
むかし清見はらのてん王
ことをたんし給ふ時雲
の中に天女のすかたあら
はれ御ことのしらへに合 【御琴の調べに】



せうたひ袖を五たひひる
かへす也これをうつして
毎年十一月にまひ姫五
人出してまはせらるゝ事
なり源氏の御うたに

    ふるきよの
     とも
乙女子か  よはひ
 神さひ   へぬ
  ぬらし   れは
   あまつそて

 玉かつら
此巻は歌をもつて名と
せり六条院卅五才の三月
より十二月まての事有
玉かつらとは夕かほの上

の御子也四才の時つくしへ  【筑紫へ下り】
くたり廿三の年京へ登り
給ふ夕かほの上に合せ給へ
とはつせにきくはんをか   【初瀬に祈願をかけ】
け給へは夕かほのめしつかひ


の右近といふ人に行あひ給ひ
右近源氏へ申てむかへ奉り
ぬ後にひげぐろの北のかた
になりて玉かつらの内侍
と申せし也御うたに

恋わたる
  身はそれなれと
玉かつらいかなるすちを

 きぬらむ

【裏表紙】

【表紙】

初音 小蝶  十二

【右ページ・白紙】

【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36 GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-11】



【左ページ・挿絵内】

【源氏香図】 はつね

     【源氏香図】 こてふ

 はつね
此巻は歌と詞をもつて
名とす源氏卅六才の
正月の事也此はつねと
いふはあかしの上の姫君を

紫の上の御子になして
おはしましけるが久しく
たいめんなきゆへこひしく
思召て何とそたいめんな
く共せめて御返事のはつ


ねをきゝたきとて正月
朔日にかの方へあかしの上
より御文まいらせ給ふ時の
   御うたに


年月をまつに
ひかれてふる人わ
けふ鶯の
  はつね
    きかせよ


 こてふ
此巻は歌と詞をもつて
名とす源氏卅六才の三
四月の事見へたり詞には
てふとはかりあつて小てふ

とつゝきたる詞はなしあん
するにみやす所の御娘に秋
このむ中宮とて有中宮は
秋をこそ待給ふらめ秋待
むしといふ心はさためて春


のこてふをうとく見給ふら
んよつてこてふと出たる
もの歟
   歌に


花そのゝ
  こてふをさへや
した草に秋まつ
 むしは
  うとく見るらん


【裏表紙】

【表紙】

蛍 とこなつ  十三

【右ページ・白紙】

【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36 GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-12】



【左ページ・挿絵内】

【源氏香図】 蛍

     【源氏香図】 とこなつ

 ほたる
此巻は歌と詞をもつて
名とす源氏卅六才の五月
の事也源氏玉かつらをむかへ
給ひ御かたちうつくしきを

兵部卿に見せ申さんとて
ほたるをあつめほたる火の
ひかりに付て見せ給ひけれ
は兵部卿の御歌に〽なくこゑ
もきこへぬ虫の思ひたに人

のけつにはきゆる物かは此
兵部卿と申は源氏の御おい
子也玉かつらの
    かへしに


声はせて  なる
 身をのみ  らめ
   こかす
ほたる
  こそいふより
   まさるおもひ

  とこなつ 
此巻は歌と詞をもつて
名とす源氏卅六才の夏
の事也詞にはなてしこと
有一物二名也玉かつらの

すませ給ふ西のたいといふ  【西の対】
所の庭になてしこいろ〳〵
さきみたれたるに夕かほの事
を思召出し給ひてよみ給ふ
歌也なてしこは子といふ心也

玉かつらは子也夕かほは母頭
の中将の事をあらはしたら
ばかならすたつね給ふへし
との御事歟
   うたに

なてしこの
 とこなつかしき
色を見ば
 もとのかきねを
   人や尋む

【白紙】

【裏表紙】

【表紙】


かゝり火 野分  十四

【右ページ・白紙】

【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36 GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-13】




【左ページ・挿絵内】

【源氏香図】 かゝり火

     【源氏香図】 野分


  かゝり火
此巻は哥と詞をもつて
名とす源氏卅六才の秋の
初の事見へたり源氏玉かつ
らの君を御子にしてもて

なし給ふといへ共まことの
御子ならねは夕かほの御かは
りにと思召して御ことを
まくらにそひふし給へり
かゝり火は立やうなれ共


きゆるもの也源氏我か思
ひの火はきゆる時もなき
といふ御心にてよみ給ふ
    御うたに


かゝり火に
 たちそふ
  恋のけふり
世には   こそ
  たへせぬ
   ほのほ成らん


  野分
此巻は詞をもつて名とす
源氏卅六才の八月の事也
此巻の野分といふ事は巻
の詞に野分例の年より

もおとろ〳〵しくなと
あるをもつて名とす秋の
大風をも野分といふ也
源氏の御子夕きりの大将
御いとこ雲井のかりと申


姫君に御心をかけ給ひてか
やうに野分の風さはかしき
にもわするゝまもなしとの
御心にてよみ給ふ
    御うたに


風さはき
   むら雲まよふ
夕べにも
   わするゝ
     まなく
わすら
  れぬ君


【白紙】

【裏表紙】

【表紙】
御幸 藤はかま 十五

【右ページ・白紙】

【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36 GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-14】




【左ページ・挿絵内】

【源氏香図】 御幸

     【源氏香図】 藤ばかま

 みゆき
此巻は歌をもつて名とす
源氏卅六の十二月より卅七の
二月まての事也此行幸は大
原野の行幸也天子のをぎ
やうがう院のをごかうといふ
しかれともいつれもみゆきと
よむへし出御なるさき〳〵
さいわいあるによりいふなり
みかとせん例を思召御かり

のみゆき也かゝるめてたき
行幸なりとて源氏の
御うたに

をしほ山
 みゆきつも  跡や
   れる   なから
松はらに      ん
 けふはかりなる

  藤はかま
此巻は歌と詞を名とす源氏
卅七の八月九月の事あり詞
にはらにと有らんなれとも
かならすはぬる字をにと書

也玉かつらの内侍西のたいに
おはしける比らにの花おも
しろきをみすのつまより
さしいれてよみ給ふ歌也これ
藤はかまの事歟藤はかま

は草也ふぢ衣はふくの内
の御衣也よみ合せの心に
よみ給へり
   御うたに


同し野ゝつゆにや
ぬるるふぢはかま
あはれはかけよ
   かごと
     はかりも

【白紙】

【裏表紙】

【表紙】
真木柱 梅かえ 十六

【右ページ・白紙】

【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36 GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-15】




【左ページ・挿絵内】

【源氏香図】 真木柱

     【源氏香図】 梅かえ

  まきはしら
此巻は歌をもつて名とす
源氏卅七才の十月より
卅八の秋まての事有まき
はしらといふはひげぐろの北

のかたものゝけつきてさとへかへ
り給はん時御むすめ十二三
におはせしか歌を書てまき
のはしらにはさみ置給ふ
これによつてまきはしらの

君といへる也今宿をはな
れゆく共すみなれしはし
らよわれをわするなと
の心にてよめる
     うたに


今はとて
  宿かれぬ
なれ   とも
 きつる
    まきの
我を   はしらよ
  わするな

  梅かえ
此巻は詞をもつて名とす
源氏卅九才の正二月の事也
源氏の君たきものあわせし
給ふ事有梅かへいふは弁の少

将ひやうしをとり梅かへを
うたひ給ふ梅かへとは催馬楽
をうたへる事也又せんさいゐん
源氏にしたかひ給はぬ御かた
ゆへ梅のかれ枝には匂ひとま

るまし君の御うつしある
そてにはふかくとまるへし
とひけしてよみ給ふ
御うたに

  袖に   ねと
 らむ  とまら
うつ  枝に
   にし    めや
  ちり    しま
花のかは  あさく

【左ページは中段、上段、下段の順に左上から右下へ読む】

【裏表紙】

【表紙】

【右ページ・白紙】
【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36 GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-16】

【左ページ・挿絵内】

【源氏香図】 藤のうら葉

     【源氏香図】 若な上

 藤のうら葉
此巻は詞をもつて名とす
源氏卅九の三月より十二月
まての事見へたり雲井のかり
の姫君を源氏の御子夕霧
思ひ染給ひけれともちゝ
のあせち大なこんゆるし
給はすさてしもあらはゆる
し給はんものとも思召給ひ
藤の花さかりに中将との

をよひ給ひて御さかつきの
うへにて口すさひ給ふ
    御うたに
【左ページ】
春日さす
ふぢのうら
ばのうらとけて
  君しおもはゝ
  われもたのまん

 若な上
此巻は哥詞をもつて名とす
源氏卅九の春よりかけり
女三の宮裳着の事有四十
戈の賀の事《割書:幷|》明石中宮の

くわいにんの事四十一戈の三月
中宮御さんの事以上三ヶ年の
事有三月廿三日子の日に玉
かつらの内侍御子たちを引
つれ源氏の院の御方へまいり

御年を悦ひ給ふ御うたに
〽若ばさす野への小松を引つ
れてもとの岩根をいのるけふ哉
とよみ給ふ又若なまつり給ふ共
あり又源氏の御うたに

小松はら
  すゑの
    よはひに
ひかれてや
 野べの若なも
  としを【注】つむへき

【この「を」は筆者の書き癖です。108コマ3行目、109コマ2行目などに見られます。】

【裏表紙】

【表紙】

わかな下 柏木 十八

【右ページ・白紙】
【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-17】



【左ページ・挿絵内】

【源氏香図】 わかな下

     【源氏香図】 柏木

 若な下
此巻は詞をもつて名とす
此巻は上下に分てれとも若
なを本とする一つ事也下は
朱萑院の御賀也源氏四十

一の三月より四十七の末に
いたれり然共四十二より五まて
此四ヶ年の事此物語に見へ
す源氏の北の方女三の宮の
かはせ給ふねこのつなにて

御みす上りそのひまより柏
木のゑもんかいまみへ小侍従と云
女房を頼ちきりをむすひ給ひ
柏木よりやり給ふ御文源氏
見付給ふ事あり御哥に

夕やみは道たと〳〵
し月まちて
かへれ我せこ
そのまにもみむ

 かしは木
此巻は哥と詞とをもつて
名とす源氏四十八の正月より
秋の末までの事有此年に
/薫(かほる)たんじやうし侍る柏木の

ゑもん女三の宮の事ゆへ病
となり今をかきりとなり
身はつゆけふりとなりぬ共
宮におもひのあさからす
まうしうのふかき事を

小侍従をよひみやへ歌
をかきてまいらせらる
  御うたに

   なをや残らん
  たへぬおもひの
今はとて
  もえんけふりも
   むすほゝれ

【裏表紙】

【表紙】

夕きり 御法 廿

【右ページ・白紙】
【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-18】



【左ページ・挿絵内】

【源氏香図】 夕きり

     【源氏香図】 御法

 夕きり
此巻は哥をもつて名とす
源氏五十才鈴虫は八月十五
夜まて也此巻は鈴虫の末
より十二月まてかけり夕

きりの大将おちはの宮のか
たへ尋まいり此宮に心をかけ
帰ることをわすれてよめる
御哥に 〽︎山里のあわれを
そふる夕きりにたち出んかた

もなきこゝ地しておちはの
宮御かへし 〽︎山かつのまかき
をこめて立きりも心そら成
人はとゝめすことはにはたゝ
きりと計あり

      して
山さとの
  あはれをそふる
夕霧に立出んかたも
    なきこゝち

 御法
此巻は哥をもつて名とす
源氏五十一才の春より秋ま
ての事有紫の上御わつらひ
のため千部の法花経くやう

たきゝのぎやうどうなと有
たきゝのきやうだうとは行
基菩薩の御哥僧たちと
なへ花おけをおひて御法事
さま〳〵有紫の上かきり

ちかきと思召花ちる里の
御方へ御哥ありほとなくむ
らさきの上此秋うせさせ
給ふ   御哥に

たえぬべき御法
なからそたのまるゝ
世々にとむ
すふ中の契を

【裏表紙】

【表紙】

幻 匂みや

【右ページ・白紙】
【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-19】



【左ページ・挿絵内】
【源氏香図】 幻

     【源氏香図】 匂宮

 まほろし
此巻は哥を名とす源氏五十
二才の正月より十二月まて
しるせり源氏紫の上の事忘
かたき心を月日にそへて次第〳〵

にあらはし侍る源氏も紫上
の事をおもひてついにかくれさせ
給ふを雲かくれといへり幻とは
幻術(ケンシユツ)するをいふ幻術とは
へんけしてこくうにひぎやうする

事をいふ唐の玄宗皇帝の使
道士幻術をもつて楊貴妃【妑は誤】のこん
はくを求し事有源氏鳫の
とふをみてかの道士か事を
思ひてよめる御うたに

大ぞらをかよふ
   まほろし
ゆめにだに
   見えこぬ玉の
 ゆくゑ
    たつねよ

 匂宮
此巻と幻の間に雲隠の巻
名計有て詞はなし源氏かくれ
給ふ事なれは心あり此巻は詞を
もつて名とす匂宮は匂兵部卿

共又薫大将共いへり柏木ゑ
もん女三の宮にかよひて出来
給ひし御子也幻の巻にては
五才也今年十四才にて元服
の事有六才より十三まての

事雲かくれの中にゆつりたる
也惣して宿木まての年記雑
乱せり此五十四帖皆亦有亦空
門の心也好色の道も終には仏道
に帰するなかたち也と天台

の法文にてかけりかほるは
源氏四十八の年子となし
給ふかほるの
     御歌に

    しらぬ我身そ
   めもはても
  いかにしてはし
 たれにとはまし
おほつかな

【左丁 白紙】

【裏表紙】

【表紙】

かう梅 竹川 廿二

【右ページ・白紙】
【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-20】



【左ページ・挿絵内】

【源氏香図】 紅梅

     【源氏香図】 竹川

 かう梅
此巻は詞をもつて名とす
のきちかき紅梅とあり此
巻は柏木の御おとゝ子にあ
せち大納言とて代にさかへ

給へり此北のかたはひけくろの
御むすめほたる兵部卿の宮
に参り給ひしか宮かくれ給ひ
し後大納言の北の方になり
給ふ蛍兵部卿の姫君一 ̄ト かた

おはしける此御庭にうつくし
き紅梅有まゝ父あせち
大納言此梅の枝を折て匂兵
部卿のもとへ文書て奉り
給ふ御うたに

心ありて風の匂はす
そのゝ梅にまつ
鶯のとはすや
あるへき

 竹川
此巻は哥と詞をもつて名とす
かほるの大将十四計と書て
次の年の正月より七月ま
て書て又次の年の事有此

巻にかほる四位侍従十四五
計といへり十四の二月に侍従
に任せらる又中納言は廿二の
年也ひけくろうせ給ふ後玉
かつらかほるをむこにと思召

かほるの御かたち姫君にあわ
せはやと思召折から姫君方
へかほるよりの御うたに

竹川の
 はしうち
  いてしひとふしに
ふかき心のそこは
しりきや

【裏表紙】

【表紙】

はし姫 椎本 廿三

【右ページ・白紙】
【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-21】



【左ページ・挿絵内】

【源氏香図】 橋姫

     【源氏香図】 椎本

 はし姫
此巻は歌をもつて名とす
宇治といふ事/菟道(ウヂ)あり
応神天皇の皇子/大鷦鷯(ヲヽサヾキ)
/命(みこと)と申をさしおき弟の

菟道を春宮に立給ふ兄の
大さゞきは父御定なれは
弟即位あれとて誰彼に引
籠給ふ弟菟道は兄に位に
付給へとて宇治へ引退き給ひ

久敷生て天下を煩はさしとて
然【態の誤ヵ】とかくれ給ふ是宇治の宮共
又一名うはそく共いふ以而大さゞ
き終に位に付給ふを仁徳天皇
と申也此時かほるの御うたに

はし姫の心をくみ
てたかせさすさほ
のしつくに袖そ
   ぬれぬる

 しゐか本
此巻は歌をもつて名とす
橋姫の次の年也かほる宰相
に成給ひて四年め也薫廿二
の春より廿三の夏まての

事也かほるは宇治の宮へ参り給へ
は宮悦てなからん跡の事なと
かす〳〵申置給へはかほるもか
はらぬ心さしをとの給へは宮の
御かたに 〽︎われならて【注】草の

【注 「われなくて」とあるところ。】

廬はあれぬ共此一ことはかれ
しとそ思ふ其後宮は念仏
せんとてしつか成山寺に籠つい
にむなしく成給ふかほるはあれ
たる跡を御らんしてかなしく

思召てよみ給ふ
    御うたに
〽︎たちよらむかけとたのみ
ししゐか本むなしき
とこになりにけるかな

【裏表紙】

【表紙】

総角 さわらひ 廿四

【右ページ・白紙】
【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-22】



【左ページ・挿絵内】

【源氏香図】 総角

     【源氏香図】 早蕨

 あけまき
此巻は歌と詞ともつてもつて名とす
かほる廿三の秋より冬まて
の事也あけまきといふは車に
糸にて組かけるをもいふ又童

のかみをからわけにゆひたる
をもいふ也宇治の宮に姫君有
宮の御仏事をいとなみ給ふに
かほるも参り名号のいと引
みたりてむすひあけたるを見

てよめる哥也名号の糸とは
名香糸と書て香机の四角
にかけたる糸也則あけまき
也かほるの
      御うたに

あけまきに
  なかき契を
   むすひこめ
おなしところに
   よりもあはなん

 さわらひ
此巻は哥と詞を持つて名と
すかほる廿四才の春の事也
宇治の宮うせさせ給ふ時ま
てもたのみに思召ひじり

のばうあり中の姫君あね
君におくれ給ひたゝひとり
おはしけるにかのひしりわら
ひつく〳〵しなとかこに入
奉るとて哥に 〽︎君にとて

あまたの春をつみしかと
つねをわすれぬはつわらひ
なり姫君の御かへし

この春は    さ
 たれにか    わら
   見せん    ひ
     なき人の
峯      かたみに
 の      つめる

【裏表紙】

【表紙】

やとり木 東屋 廿五

【右ページ・白紙】
【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-23】



【左ページ・挿絵内】

【源氏香図】 宿木

     【源氏香図】 東屋

 やとり木
此巻は哥をもつて名とす薫
廿四の事有宇治のあね君
うせ給ひて後かほる大将なけ
き忘給はす中の君は匂宮の

北の方に成京におはしませは
宇治のやとりあれはてん事な
けきかの北の方と仰合寺に
なし給ふ此時弁の君といひし人
姫君にわかれ給ひ尼に成て

有しを此寺もりになし給ふ有
時おはしてよみ給ふ哥也やとり木
とは木のほやといふ物也桑の木
生し又楓の木なと生す是宿る
木也つたの類を宿木といふは誤也

やとり木と   いかに
 おもひ    さひ
いですは    し
此もとの    から
たひねも    まし

 東屋
此巻は哥と詞をもつて名と
す薫廿五の八九月の事有
東やとは/四阿(アツマヤ)四方へあまたり
のおつるやうにしたる屋也ひた

ちのかみといへる人有先はゝの
子五六人有中にうき舟の姫
君を左近の少将といひし人
のそみけれとひたちのまゝ娘
ゆへなかたちたへけれははゝ君

めのと二人共になけき姫君を
宇治の中の君にあつけ三
条のあたりに小家有忍は
せ置けりかほる其所へおはし
ける時よめる御うたに

さしとむるむく
らやしけきあつ
ま屋のあまりほと
ふるあまそゝき
       かな

【裏表紙】

【表紙】

浮舟 かけろふ 廿六

【右ページ・白紙】
【蔵書印・東京学芸大学図書】
【鉛筆で書き込みあり・913.36GEN】
【鉛筆で書き込みあり・10911789-24】



【左ページ・挿絵内】

【源氏香図】 浮舟

     【源氏香図】 蜻蛉

 うき舟
此巻は哥をもつて名とす薫
二六才の正月より三月まて
の事有匂宮はうき舟にあひ
給ひし事忘給はすかほるはう

き舟の君と京にすませ
はやと三条ちかき所に家作
らせ給へり匂宮の心に思召は
かほるがうき舟をかくし置たる
とてたつねきゝてかほるににせ

て夜には入来り此たひはしつか
成所にてちきらんと舟にて
出給ひしれる所の家にてか
たらひ給ふ
    御うたに
立花の小島の
  色はかはらじを
此うき舟ぞ
行衛しられぬ

 かけろふ
此巻は歌と詞をもつて名とす
薫廿六才也うき舟はかす〳〵
のもの思ひよりゆくへしれすう
せ給ふ宇治には匂宮あまりなけ
きにしつみうき舟の召つかひ
侍■といふ女房を浮舟のかた
みと思ひつかひ給ふ或夕くれにかけ
ろふのとひちかふをみてよめる
■也かけろふとは蜉蝣蜻蛉(フユウセイレイ)

陽焔(ヤウヱン) 有此巻は蜉蝣を
いふ也あしたに生し夕■に
しすとういふはかなきたとへ也
  御うたに

ありとみて
 手にはとられす
みれは又行衛も
 しらすきえし
   かけろふ

【裏表紙】

末広扇

【撮影ターゲット】

【表紙 題箋】
《題:《割書:絵|本》太平末広扇(たいへいすへひろあふぎ)》

【資料整理ラベル 上】






門 物
部 来
  往

【同 下 横書き上段から】
第4函のA
番号 14
冊数 1
寄贈 記念購入
購入

913.57
 E35
青山

【右丁】
工藤すけつね
おぢかわつの
三郎を
うら
  むる
こと
ありて
赤沢(あかさわ)山の
かりばにて
おふみ
やわたに
申付かわづを
遠矢(とうや)に射(ゐ)
させしむ其とき
かわづか子
【左丁】
一まんはこ王(わう)とて二人
有けるをいとけ
なきゆへ
其はゝ子
ともをつれて
そがのすけのふへ
再嫁(さいか)しけるよつて
兄弟はそかを
なのり兄(あに)を十郎
弟(おとゝ)を五郎とて父(ちゝ)の
かたきをうたんと
いとけなきころ
より日夜(にちや)心を
くだきける

【右丁】
五郎は工藤を
ねらふよしてきの
きこへをはゞかり
箱根(はこね)に
のぼし出家(しゆけ)
すべきようはゝの
おゝせそむきかたく
別(へつ)たうの
もとに月日を
おくりけるある時
工藤 登山(とうさん)
しけるを五郎
見るよりすでに
飛びかゝらん
【左丁】
けしきに
見へければ
べつとうおとろき
さま〴〵と
せいして
のちすけつね
下山(げさん)をまちて
五郎か心(こゝろ)ねを
ふびんにおもひ
あまたの僧(そう)を
あつめ
工藤を調伏(てうぶく)の
いのりをなし給へは
其きとくありける也

【右丁】
兄十郎は
五郎をはこねの
へつとうに□うけ
下山(げさんヵ)しけんぶく
させける時べつとう
伊豆(いづ)ごんげんの
太刀(たち)を五郎に
□へていとまを
給はりける
それよりはゝの
もとに□れて
かんどうの
わびを
なしける
【左丁】
はゝも
こゝろざしを
かんし

五郎が
かんとうを
ゆるし兄弟
    に
小(こ)そでを給はり
かたき打(うち)の門出(かとで)を
いわゐ給ひける

【右丁】
其ころ和田(わだ)の
よしもり一もん
とざまの
人々を
あつめ
大いその
しゆくにて
酒(しゆ)ゑんをはしめ
      ける
是(これ)をわだ酒(さか)もりと
いゝつたへたり此時
十郎は盃(さかつき)ろんにて
事におよぶよし
五郎はやどにありて
これをきゝはだせ馬に
【左丁】
むち
うちて
はせ行
けるあさ
   ひな
三郎
五郎か
くさずりに
とり
 つき
ついに

きり
けると
かや

【右丁】
そかの兄弟は
ふじのかりばに
しのび入
おやのかたき
工藤をうち
とりけるに
兄十郎は
新田(につた)に
出合(てあい)
うち死(しに)す
五郎は大に
はたらき
よりともはぢい
伊藤(いとう)入道の
【左丁】
かたきなれば
一たち
うらみんと
よりともの
ごしよに
きり入けるこゝに
ごしよのわらは
五郎丸 女(おんな)のすがた
            に
やつし五郎を
くみとめ
けるを大ぜい
おりあいついに
よりともの
ごぜんにひきける也

【右丁】
そか兄弟
うち死(し)の
のち神(かみ)に
いわゐて
兄弟の宮(みや)
とてふし
   の
すそのに
やしろをたて
四季(しき)おり〳〵の
まつり
たへず
ねがひある人々(ひと〳〵)
此やしろに
まふて
【左丁】
其ことをいのるに
れいげん
あらたなること
あけてかぞへ
がたしそれ
人間(にんけん)
しばらく


わすれ
ましき
孝行(かう〳〵)の
  道(みち)□

【右丁:前コマ左丁裏側】
【左丁:裏表紙】

【裏表紙】