学校教材発掘プロジェクト 1の翻刻テキスト

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豆腐百珍

【撮影ターゲット】

【表紙】

【整理ラベル  596.1 / Se17 】
【整理ラベル  青山 】

【見返し】
淮南清賞

【左丁】
豆腐百珍引
叔乳者穀粒之変也物之変化也造
物為之主焉人之異物自能変化雖
則自能変化必亦惟造物使然之矣
而変化不可窮也虯竜之見潜華卉
之栄枯世態与之消息人事与之反
覆復々然聚焉謋然散焉無物不変
無気不化蓋淮南術遥矣造法因循


【右丁】
至今夫碎々之粒一旦奪胎于磑換
骨于濾水湛雲蒸忽爾白瑩々然方
璧出矣不亦奇乎何氏所著一璧而
百珍云嗟食品之瑣尾僅々適人之
口腹然其所謂亨調之術変幻百出
模描万状何尽于此乎是謂之易牙
復出献可於淮南亦不誣耳我而調
之彼而和之伝以施之世則兪変兪

【左丁】
珍兪化兪奇変之又変化之又化者
耶非邪変化終不可窮也冊成而問
弘其首于余遂戯題一絶曰淮南遺
述百珍成飽食富翁潔腹生皆是澹
然堪味道腐儒甘得一斉名
天明改元辛丑嘉年平安曹鼎子九
 氏書于碧香亭中

【挿絵】

【右丁・田楽を調理している挿絵】


【左丁】
凡例
一 凡(すべ)て豆腐(とうふ)の調味(りやうり)百(ひやく)製を六 等(しな)に別(わか)ち記(しる)す 尋常品(じんじやうひん)
  通品(つうひん) 佳品(かひん) 奇品(きひん) 妙(みやう)品 絶(ぜつ)品なり
一 尋常品(じんじやうひん)は戸々(いゑ〳〵)に平日(つね〳〵)もてあつかひ調味(りやう)る所(ところ)のものを
  記(しる)し其間(そのうち)に粗(ほゞ)庖人家(りやうりのいゑ)の訣(くでん)あるを盡(こと〴〵)くしるす
一 通品は烹調(りやうりかた)さして訣(くでん)なし世(よ)の人(ひと)皆(みな)よくしる所(ところ)なれば
  調製(しやう)を記(しる)すにおよはず其名(そのな)而巳(ばかり)を出(いだ)すものなり
一 佳品(かひん)は風味(ふうみ)尋常品に頗(やゝ)すぐれ又(また)は形容(かたち)てぎれいなる
  等(など)といふの類(るい)をしるす
一 奇品(きひん)は一(ひと)きわことかわりて人々の意(き)のつかぬ所(ところ)を烹調(りやうり)

【右丁】
  する者(もの)を記(しる)す
一 妙品(みやうひん)は又 頗(やゝ)奇品に勝(まさ)るものなり奇品は形容(かたち)模様(もやう)は奇(き)な
  れとも美味(びみ)いまだ全(まつたく)妙(みやう)に至らぬところあるなり妙(みやう)品には
  形容美味 両(ふたつ)ながら備(そなは)るものをしるす
一 絶(ぜつ)品は復(また)妙(みやう)品より優(まさ)れるものなり奇品妙品は最(もつとも)美味(びみ)と
  いへども膏梁(むますぎる)に慊(きらひ)なきにあらす絶品は珍奇(めつらか)模様(もよう)にかゝ
  はらずひたすら淮南(とうふ)の真味(しんみ)を覚(しる)べき絶妙(ぜつみやう)の調和(てうみ)を
  しるす豆腐(とうふ)嗜好(すき)の人 是(これ)を味ふべし
一 田楽(でんがく)の切(きり)やう串(くし)にさしやうの訣(くてん)は木(き)の芽(め)でんがくの條下(ところ)
  にしるす凡(すべ)て田楽(でんがく)と名(な)づくるものは皆(みな)この訣(ほう)を用ゆべし

【左丁】
一 惣(すべ)て豆腐 縷切(ほそぎり)の製(しやう)は湯餅菽乳(うどんとうふ)の條下(ところ)に記(しる)す
一 ケンチヱン醋(す) 白醯(しらす) 或は山葵未醤(わさびみそ) 西洋醬(なんばんみそ) 等(など)の豆(とう)
  腐(ふ)調和(かげん)の料(かやく)は一條(ひとところ)に記(しる)して其他(そのよ)は略(りやく)す仮令(たとへ)ば引(ひき)ずり
  豆腐(とうふ)の條下(ところ)に山葵(わさび)みそを用(もちゆ)るを[八十二]茶(ちや)とうふの下(ところ)に見(みへ)た
  りとことわるが如(こと)し彼(あちら)を閲(み)て此(こちら)を照応(てらし)みあわすべし
一 調和(かげん)烹調(りやうり)の略(ほゞ)同(おな)じく類(にたる)のものは一 條(ところ)によせ記(しる)し其名(そのな)は
  品を別(わかた)んが為(ため)にそれ〳〵の科(しなわけ)に別(べつ)に出(いだ)す是(これ)品類(るい)の紛(まきらはし)き
  を分別(わかつ)なり尤(もつと)も一一(いち〳〵)其條下(そのところ)にことわる也
一 生豆油(きしやうゆ)とあるは水(みづ)まはし勺薬(かげん)せぬ其まゝの豆油(しやうゆ)なり
一 百 品(しな)の中(うち)形(かたち)の製(こしらへやう)あり調和(りやうり)あり烹調(にかげん)あり或はまた

【右丁】
  未醤(みそ)のもの豆油(しやうゆ)のもの油煠(あぶらあげ)もの紛々(まち〳〵)にして一一(いち〳〵)に
  其部(そのぶ)を区別(わけ)がたし観(み)る人 疎漏(そろ)をとがむることなかれ
一 ◓【注】このしるしあるは肉調(にくりやうり)なきは噄素(しやうじん)なり

一 其 製(せい)一家(いつか)の秘(ひ)にして世(よ)に伝(つた)へざるものは名(な)ばかりを
  続編(ぞくへん)に出(いだ)し百 珍(ちん)のかずをたし且(かつ)博物(はくぶつ)好事(かうず)の一ツに
  備(そな)ふ 紅(べに)豆腐或は 御膳物(ごぜんもの)の角(かく)おぼろの類(たぐひ)是(これ)也

【注 資料には黒丸の半円のかまぼこ型の記号が書かれているが、入力の便宜上◓とした】

【左丁】
豆腐百珍目録

   尋常品
[一]木の芽田楽(めでんがく)      [二]雉子(きじ)やきでんがく
[三]あらかね豆腐     [四]むすびとうふ 
[五]ハンペン菽乳(とうふ)     [六]高津湯(かうづゆ)どうふ 
[七]草(さう)の八杯(はちはい)豆腐    [八]草(さう)のケンチヱン 
[九]霰(あられ)とうふ       [十]雷霆荳腐(かみなりとうふ) 
[十一]再炙(ふたゝび)でんがく    [十二]凍(こゞり)とうふ  
[十三]はやこゞり豆腐   [十四]すり流(なが)しとうふ 

【一から百までの通し番号は四角い枠で囲まれた表記になっているが、入力の便宜上[ ]のカッコで表した】

【右丁】
[十五]おしとうふ     [十六]金沙菽乳(すなごとうふ)
[十七]ぷつかけ温飩(うどん)    [十八]しき味曽とうふ
[十九]ヒリヤウヅ     [二十]こくしやう
[廿一]ふは〳〵菽乳(とうふ)    [廿二]まつ重(かさ)ね
[廿三]梨子(なし)とうふ     [廿四]墨染(すみぞめ)とうふ
[廿五]よせとうふ     [廿六]鶏卵様(たまごとうふ)

   通品
[廿七]炙(やき)とうふ      [廿八]油煠(あげ)とうふ
[廿九]軟(おぼろ)とうふ      [三十]絹(きぬ)ごし豆腐

【左丁】
[卅一]油煠(あげ)でんがく    [卅二]ちくわとうふ 
[卅三]青菽乳(あをまめとうふ)       [卅四]やつこ荳腐(とうふ) 
[卅五]葛田楽(くづでんがく)       [卅六]赤(あか)みそのしき味曽とうふ

   佳品
[卅七]なじみ菽乳(とうふ)     [卅八]苞(つと)とうふ 
[卅九]今出川(いまでかわ)       [四十]一 種(しゆ)の黄檗(わうばく)とうふ
[四十一]青海(せいがい)とうふ    [四十二]浅茅(あさぢ)でんがく
[四十三]海膽(うに)でんがく   [四十四]雲(くも)かけ豆腐
[四十五]線麺(せんめん)とうふ    [四十六]稭(しべ)とうふ

【一から百までの通し番号は四角い枠で囲まれた表記になっているが、入力の便宜上 [ ] のカッコで表した】

【右丁】
[四十七]いもかけ     [四十八]碎(くだき)とうふ
[四十九]備後(びんご)豆腐     [五十]小竹(おさゝ)葉豆腐
[五十一]引ずりとうふ   [五十二]うづみとうふ
[五十三]釈迦(しやか)とうふ    [五十四]なでしことうふ
[五十五]沙金(しやきん)豆腐     [五十六]たゝき菽乳(とうふ)

   奇品
[五十七]しゞみもどき   [五十八]玲瓏(こほり)とうふ
[五十九]浄饌(しやうじん)の海膽(うに)でんがく[六十]繭(まゆ)でんがく
[六十一]蓑(みの)田楽      [六十二]六方焦着(ろくほうやきめ)とうふ

【左丁】
[六十三]茶(さ)れいとうふ   [六十四]糟(かす)ゐり菽乳(とうふ)
[六十五]賽香魚(あゆもどき)      [六十六]小倉(おぐら)とうふ
[六十七]縐紗(ちりめん)とうふ    [六十八]方(かく)ヒレウス
[六十九]焙(ほいろ)豆腐      [七十]鹿子菽乳(かのことうふ)
[七十一]うつし斗宇布(とうふ)   [七十二]冬至夜(とうや)とうふ
[七十三]味曽漬(みそづけ)      [七十四]とうふ麪(めん)
[七十五]藕根菽乳(はすとうふ)

   妙品
[七十六]光悦(くわうゑつ)とうふ    [七十七]真(しん)のケンチヱン

【一から百までの通し番号は四角い枠で囲まれた表記になっているが、入力の便宜上 [ ] のカッコで表した】

【右丁】
[七十八]交趾(かうち)でんかく   [七十九]阿漕(あこぎ)田楽
[八十]鶏卵(たまご)田楽      [八十一]真(しん)の八抔(はちはい)豆腐
[八十二]茶(ちゃ)とうふ     [八十三]石焼(いしやき)とうふ
[八十四]犂(からすき)やき      [八十五]炒(ゐり)とうふ
[八十六]煮(に)ぬき荳腐(とうふ)     [八十七]噄素(しやうじん)の煮(に)ぬきとうふ
[八十八]骨董乳(ごもくとうふ)      [八十九]空蝉(うつせみ)と卯不
[九十]苗鰕(ゑび)とうふ     [九十一]加須底羅乳(かすていらとうふ)
[九十二]別山焼(べつさんやき)       [九十三]包油煠菽乳(つゝみあげとうふ)
【左丁】
   絶品
[九十四]油煠(あけ)ながし    [九十五]辣料豆腐(からみとうふ)
[九十六]礫(つぶて)でむがく    [九十七]湯(ゆ)やつこ
[九十八]雪消飯(ゆきげめし)      [九十九]鞍馬(くらま)とうふ
[百]真(しん)のうどんとうふ

宋楊誠齋先生豆腐伝 豆腐異名
咏豆腐詩      豆腐集説

【左丁・文字なし】


【右丁】
豆腐百珍
       浪華 醒狂道人何必醇 輯

  尋常品

[一]木(き)の芽(め)田楽(でんがく) 温湯(うんたう)を大盤(おほはんぎり)に湛(たゝ)へ切るも串(くし)にさすも其
    湯の中にてする也やはらかなる豆腐にても危(あやう)くおつるなど
    のうれへなし湯よりひきあげすぐに火にかくる也○味曽(みそ)
    に木の目 勿論(もちろん)なり醴(あまさけ)のかた入れを二分どほりみそに
    すりまぜれば尤 佳(よし)也 多(おほ)く入れば甘(あま)すぎて却(かへつ)てよろしからず

【通し番号は四角い枠で囲まれた表記だが、入力の便宜上 [ ] のカッコで表した】

【右丁】
   近来田楽 爐(ひはち)の 新 製(せい)あり長さ二尺あまり濶(はゞ)二寸五七
【田楽爐の挿絵】
       分 深(ふか)さ二寸あまりの方(かく)の陶(やきもの)也 表(そと)へくすり
       かけやきたる也 底(そこ)は
       【底の形状の挿絵】かくの如く大さ六七
                 分の孔(あな)を数多(あまた)ほり
       木(き)の槽(ふね)に入子(いれこ)にし槽の深さ四五寸 趾(あし)はほか也
       中にとまりありて爐(ひばち)は上i壱寸ほどのところに
       かゝりあり炭火(すみひ)にて灰をおかず槽に水を
       入れて火気(くわき)を助(たすく)る也尤も爐槽ともに二く
       みこしらへをき水 温(あたゝま)れは冷(ひや)水にとりかへべし

【左丁】
   水あたゝかなれはかへつて火気を助けぬなり又爐槽
   ともに銅(あかゝね)にてこしらへたるもあり田楽を坐席(ざしき)にてや
   く客への馳走(ちそう)也其ときなどうちわにてあふぐことを
   せず火気さかんにして灰(はい)だつなどゝいふさわりなし
   ○江州 目川(めかわ)京北 今宮(いまみや)の沙田楽(すなてんかく)続編に出

[二]雉子(きじ)やき田楽 きつねいろにやき猪口(ちよく)に生(き)の煮(に)かへし
   醤油にすり柚(ゆ)をそへ出す也

[三]あらかね豆腐 よく水をしぼりつかみくづし油 気(け)を用

【右丁】
   ひず酒しほと醤油にて炒(ゐり)つけすり山椒うちこむ也

[四]むすびとうふ 細く切り醋(す)に浸(つけ)ていかやうにもむすぶへし
   よく結びて水へ入れ醋気(すけ)をさる也 調味(てうみ)このみしだひ

[五]ハンペン豆腐 ながいもをよくすり豆腐水をしぼりて
   等分(とうぶん)によくすりまぜまろくとりみの紙に包(つゝ)みて
   湯烹(ゆに)す○白玉とうふともいふ

[六]高津(かうづ)湯とうふ 絹(きぬ)ごしとうふを用い湯 烹(に)して熱(あつ)

【左丁】
    葛(くづ)あんかけ芥子(けし)おく○又南禅寺ともいふ
   ○大坂高津の庿(やしろ)の境内(けいたい)に湯(ゆ)とうふ家(や)三四 軒(けん)あり
   其 料(りやう)に用ゆる豆腐家(とうふや)門前に一軒あり和国(わこく)第一
   品の妙製(みやうせい)なり○京師に南禅寺とうふあり
   ○江戸 浅草(あさくさ)に華蔵院(けぞうゐん)とうふあり

[七]草(さう)の八 杯(はい)とうふ 太温飩(ふとうとん)にきり醤油に酒しほ
   の烹調(かげん)にてかくし葛つかひおろし蘿蔔(たいこん)おく
   ○真(しん)の八杯とうふは妙品[八十一]に出(いで)たり

[八]草(さう)のケンチヱン [七十七]真(しん)のケンチヱンの下に出たり

[九]霰(あられ)豆腐 よく水をおししぼり小 骰(さい)に切り笊籬(ゐかき)にて
   ふりまはし角(かと)をとりて油にてさつと煠(あけ)る也調味好み
   しだひ○少し大きなるを松露(しやうろ)とうふといふ

[十]雷(かみなり)とうふ 香油(ごまのあぶら)をゐりて豆腐をつかみ碎(くづ)して打(うち)
   入れ直(ぢき)に醤油をさし調和(かげん)し○葱白(ひともししろね)のざく〴〵
   おろし大根おろし山葵(わさび)うちこむ○又はすり山椒(さんしやう)も
   よし○南京とうふともいふ○又水気をよくしぼりて

   右の如くするを黄檗(わうばく)とうふともケンポロ豆腐とも
   いふ[四十]に出たる黄檗豆腐と製少しちがふなり
   一説なり又 隠元(いんげん)とうふともいふ
   ▲豆腐水をしぼりよくつかみくづし青菜(あをな)を微塵(みじん)に
   刻(きさ)みとうふと等分(とうぶん)にして油をよく煮(に)たゝせ先(まづ)とうふ
   を入れよくかきまわし次(つぎ)に青菜を入れ又よく攪(かきまは)し
   醤油にて味つくる也十 挺(てう)に油二合あまりの分量(ぶんりやう)也
   是を碎(くだ)きとうふといふ

[十一]再炙田楽(ふたゝびでんがく) [七十九]阿漕(あこぎ)でんがくの下(ところ)に出たり


[十二]凍(こゞり)とうふ 壱 挺(てう)を八ツほどに切り籃(かご)にならべ沸(にゑ)
   湯(ゆ)をかけそとへ出し極寒天(ごくかんてん)に一 夜(や)さらし翌日(あくるひ)また
   ゆにて烹(に)やはらげ浮(うき)あがるときとりあげ少し
   壓(おし)をかけをきまたかごにならべ幾日(いくひ)も大陽(ひ)にさら
   す也○瀹湯(ゆてゆ)に山梔子(くちなし)をわりて入るゝがよし後に虫(むし)は
   むをふせぐため也○夜半(よなか)よりのちにさらすがよし
   よひはよろしからず○又 高野(かうや)とうふともいふ
   ▲右の如くして寒天に一夜さらす而已(ばかり)にて翌日(あくるひ)に
   直(ぢき)に用るを速成凍(はやこゞり)といふ


[十三]速成凍(はやこゞり)豆腐 右に出たり

[十四]すり流(なが)し豆腐 よくすりて葛粉(くつのこ)を混(まぜ)てよくすり
   味曽(みそ)汁へすりながす也

[十五]おし豆腐 布に包(つゝ)み板(いた)を斜(なゝめ)にして並(なら)べのせつぶれぬ
   ほどの壓石(おもし)をかけよく水 気(け)をしぼり生(き)醤油酒しほ
   等分(とうぶん)にて煮染(にしめ)小口切にす

●[十六]金砂(すなご)とうふ よく水をしぼりよくすり鶏卵(たまご)のしろみ
   をつなぎに入れ板(いた)にのばし上へ煮ぬき鶏卵の黄(きみ)をはら
   りとまきて砂子(すなご)の如くしよくおさへ蒸(む)す小色紙(こしきし)に切る也

●[十七]ぷつかけ温飩(うどん)とうふ [百]真のうどん豆腐よりは太(ふと)く
   ひらめにきりてうどん豆腐の烹調(にかげん)にて湯をしぼりもり
   生(き)の煮かへし醤油を直(ぢき)にかけ花がつほおろし大根
   葱白(しろね)のざく〴〵辣茄(とうがらし)の末(こ)をく是 草(さう)のうどん豆腐也
   ▲真のうどん豆腐の如く切り奈良(なら)茶甌(ちやわん)へ入れ茶わん
   蒸(むし)にして葛あんにおろし山葵(わさび)をくを縐紗(ちりめん)とうふ

   といふ也

●[十八]しき味曽とうふ 茶わんよく温(あたゝめ)をき山葵(わさび)みその温(あたゝか)
   なるを下へしき花かつほをおき烹調(にかげん)よき軟(おぼろ)とうふを
   あみ杓子(しやくし)にてすくひもる也○山葵みそは[八十二]茶とう
   ふの下にみへたり

[十九]ヒリヤウヅ 豆腐水をしぼりよくすり葛(くづ)の粉(こ)つなぎに
   入れ加料(かやく)に皮牛蒡(かわごぼう)の針(はり)銀杏(ぎんあん)木耳(きくらげ)麻子(をのみ)又
   小 骰(さい)ものにはやき栗子(くり)か慈姑(くわい)か一 品(しな)入るへし○加料(かやく)を

   油にて炒(ゐり)つけ麻子は後(あと)に入れとうふに包(つゝ)み大小 宜(よろし)きに
   随(したが)ひ又油にて煠(あぐる)也又 麪粉(うとんのこ)ころもにかくる尤よし
   ○ゐり酒におろし山葵(わさび)或は白醋(しらす)に山葵(わさび)の針(はり)をくる又
   は田楽にして青味曽(あをみそ)に罌粟(けし)をふる○ヒレウヅ一名を
   豆腐 巻(けん)ともいふ
   ▲白醋は罌粟をゐりてよくすり豆腐を少(すこ)しすり入れ
   醋を入る也 甘(あま)きを好(この)むときは大白(たいはく)の沙糖(さとう)を入るべし
   又豆腐のかわりに葛(くず)粉を入るゝもよし
   ▲青みそはみそをよくすり青粉をすり混(まぜ)る也


●[二十]濃醤(こくしやう) 壱 挺(てう)四ッ切ほどにして壱碗へ壱切入花がつほの
   後(あと)入れなり初(はじめ)より入れ烹(に)るはよろしからず出(だ)しさま
   にすり山椒をき其上へつんほりと花かつほをくべし

●[廿一]ふは〳〵豆腐 雞卵(たまご)ととうふ等分(とうぶん)にまぜよくすり合せ
   ふは〳〵烹(に)にする也 胡椒(こせう)の末(こ)ふる○雞卵(たまご)のふは〳〵
   と風味(ふうみ)かわることなし倹約(けんやく)を行ふ人 専(もつは)ら用(もち)ゆべし

●[廿二]松重(まつかさ)ねとうふ 水前寺(すいぜんし)紫菜(のり)をしきすり豆腐を雞卵(たまごの)
   白(しろみ)つなぎに入れ紫菜(のり)のあつさ一 倍(ばい)にのべしき蒸(むし)てあぢ

【右丁】
   をつける也切かた好(この)みしだひ

[廿三]梨子(なし)とうふ 青 干菜(ほしな)を炙(あぶ)り細末(こ)にしてすり豆腐にか
   きまぜよきほどにとり布(ぬの)に裹(つゝ)み 瀹(ゆでる)也調味好み随(しだひ)也
   ▲昆布をよく炙(あぶ)り末(こ)にして右の製(せい)にするを墨染(すみぞめ)とうふと云

[廿四]墨染(すみぞめ)とうふ 右に出たり

[廿五]豆乳(よせとうふ) 軟(おぼろ)とうふよきほとにとりみの紙に包み 瀹(ゆに)する也
【左丁】
[廿六]鶏卵様(たまごとうふ) とうふをよく水をしぼり葛粉(くず)をつなぎに入れ
   よくすり少しかためにし胡蘿匐(にんじん)しんのなきよろしき
   をまるむきにしいかにもよく和(やわ)らかに烹(に)て右のすり豆腐
   にてまき包(つゝ)み又 竹(たけ)のかわにてまきくゝり瀹(ゆに)して小口切にす
   ○胡蘿匐のかわりに甘藷(さつまいも)を用ゆるもよし

  通品

[廿七]炙豆腐(やきとうふ)  [廿八]油煠(あげ)とうふ  [廿九]軟(おぼろ)とうふ 


【右丁】
[三十]絹(きぬ)ごし豆腐  [卅一]油煠田楽(あげでんがく)  [卅二]玳瑁環(ちくわとうふ)  

[卅三]青菽乳(あをまめとうふ)  [卅四]やつこ豆腐  [卅五]葛(くず)田楽《割書:祇園とうふ|なり》

[卅六]赤みそのしき味曽とうふ  

  佳品

[卅七]なじみ豆腐 上々の白味曽(しろみそ)よくすりて酒(さけ)にて中 稀(うす)に
   のべとうふをよきほとにきり一時あまり浸(つけ)をき其まゝ
【左丁】
   文武火《割書:つよからずよはからず|中ぐらいの火なり》にて烹(に)たつる也○葱白(しろね)のざく〳〵
   青 番椒(とうがらし)おろし大根をく○器物は抽みそ皿(さら)などよし

[卅八]苞(つと)とうふ とうふよく水をしぼり醴(あまさけ)をすりまぜて
   棒(ぼう)の如(ごと)くとりて竹簀(たけす)に巻(ま)き蒸(む)して小口切にす

[卅九]今出川(いまでがわ)とうふ 昆布(こんぶ)をしき鰹脯(かつほ)のだし汁(じる)と酒(さか)しほと
   にて烹(に)ぬく也中ほどより醤油さし烹調(かげん)しかくし
   葛をひき碗(わん)へよそひてみ胡桃(くるみ)の碎(くだ)きをふる也

【右丁】
[四十]一 種(しゆ)の黄檗(わうばく)とうふ 稀(うす)醤油と酒しほ合せよく沸(にへたゝ)せ
    別(ほか)の鍋(なべ)に油たつふりと沸(にへたゝ)せ豆腐を平骰(ひらおほさい)に切りて
    金(かね)の籠(あみかご)に入れ油へつけて二三べんふりまはし直(すぐ)に
    烹(に)醤油の鍋へ入れ烹調(かけんよくに)る也○一 説(せつ)に水をよくしぼ
    りて[十]雷(かみなり)とうふの如くするを亦(また)黄檗とうふといふ

[四十一]青海(せいがい)とうふ 絹(きぬ)ごしのすくひ豆腐を葛湯(くずゆ)にて烹(に)
    調(かげん)よくし○別(ほか)に生(き)の煮(に)かへし醤油をこしらへをき出(だ)し
    さまに碗中(わんちう)へさし醤油にして青海苔(あをのり)を焙(ほいろ)にかけ
    いかにもよく細末(さいまつ)しふるひにかけたるをぱつとをく也
【左丁】

[四十二]浅茅田楽(あさぢでんがく) 稀醤(うすしやうゆ)のつけ炙(やき)にして梅醤(むめみそ)をぬりて
    ゐりたる罌粟(けし)を密(ぴつしり)とかける也

●[四十三]海膽(うに)田楽 うにを酒にてよきかげんにとき用ゆ常(つね)
    の田楽の如し○対馬(つしま)と肥前(ひぜん)の平戸(ひらど)より産(いづ)るうに
    を最(もつとも)上品とす越前の藍川(あひかわ)はこれにつぐもの也

[四十四]雲かけ豆腐 よきほどに切て寒曝(かんさらし)の糯(もち)の粉(こ)に
    糝(まふ)し蒸(むし)て山葵味曽(わさびみそ)をかくる○山葵味曽の製(せい)は[八十二]

【右丁】
   茶とうふの下(ところ)に出たり

[四十五]線麪(せんめん)とうふ よくすり濾(こし)て鶏卵白(たまこのしろみ)つなぎに入れて
   みの紙を板の上にしき豆腐を割刀(はうてう)にてうすくむら
   なきやうにのべしき湯玉のたつ沸湯(にゑゆ)をかけとほす也
   さて水につけとり出(いだ)しいかにも細(ほそ)く切る也
   △右の製(せい)を鏊子(くわしなべ)にて転(ころば)し焼(やく)を稭(しべ)とうふといふ也

●[四十六]稭(しべ)とうふ 右の線麪の下に出たり

【左丁】
[四十七]薯蕷(いも)かけ豆腐 やまのいもをおろしよくすりをきか
   つほの出し汁醤油少ししほからめにしくら〳〵と
   沸(にえ)たゝせ大金匕(かなしやくし)にてすりいもをすくひ入れふうはりと
   ふくれあがるところをよそふ也○[百]真のうどんどうふ葛(くづ)
   湯にて烹調(にかげん)よきを湯をしぼりあたゝめたる小奈良(こなら)
   茶甌(ちやわん)へよそひ上へ右のいもの烹調(かけん)をよそふ也 二鍋(ふたなべ)ともに
   烹調(にかげん)のもち合(あひ)大事(たいじ)なり尤(もつとも)二人(ふたり)かゝるべし○胡椒の末(こ)
   ふる○青海苔(あをのり)の細末(さいまつ)ふるもつともよし

[四十八]碎(くだき)とうふ [十]雷(かみなり)とうふの下(ところ)に出たり

【右丁】
●[四十九]備後(びんご)とうふ あさく焼(やき)て酒ばかりにて烹(に)て出すとき
   醤油の調和(かげん)し花かつほに擦(おろ)し大根をく○これ草(そう)の
   織部(おりべ)とうふ也○織部とうふは続編(ぞくへん)に出す也

●[五十]小竹葉(おさゝ)とうふ 焼(やき)たての豆腐をつかみくづし醤
   油の和調(あんばい)し鶏卵著(たまごとぢ)にしてすり秦椒(さんしやう)ふる

[五十一]引ずりとうふ よきほどにきり葛湯(くづゆ)にて烹(に)てあみ杓
   子(し)にてすくひ器(うつわ)へよそひ○山葵(わさび)みそを少(すこ)しかたくして
【左丁】
   其うつわの蓋(ふた)にぬりつけて出すなりもししらぬ人は
   ふたをとりて豆腐ばかりなりと思(おも)ふなり手とりの
   一 興(けう)なるべしさてふたをかへしとうふをみそに引
   ずり食(しよく)する也味曽の稠稀(こきうすき)の和調(かげん)だいじなり
   ○山葵(わさび)みそは[八十二]茶(ちや)とうふの下(ところ)に見(み)へたり

[五十二]うづみ豆腐 あつ灰(はい)にうづむ者(もの)と同名異様(どうめいゐやう)なり
   [九十八]雪消飯(ゆきげめし)の下(ところ)に出たり

[五十三]釈迦(しやか)とうふ 中 骰(さい)にきり笟籬(いかき)にてふりまはして

   角(かど)とり葛(くづ)をあらりと米粒(こめつぶ)ほどに砕(くだ)き豆腐に
   纏(まぶ)しつけ其まゝ油にて煠(あぐ)るなり

[五十四]𧄒(なで)麦(しこ)とうふ 青味曽(あをみそ)かけ豆腐にして薯屑(しよこ)と辣(とう)
   茄(がらし)とをぱらりとをくなり
   ○薯屑(しよこ)の製(せい)はやまのいもをよく瀹(ゆに)してしばらく
   をき水 気(け)をさり銅篩(かなすいのふ)にてこしたるものなり
   ○辣(とう)茄(がらし)は心(しん)とたねをさりいかにも繊(ほそ)くはりに
   剉(きざ)むなり


[五十五]沙金(しやきん)とうふ 全(まる)油煠(あげ)にして一方(いつはう)をきりそぎ中(うち)を刳(くり)
   ぬき内(うち)へ鳬肉(かも) 紅魚(たいの)臠(きりみ) 木耳(きくらげ) 銀杏(きんあん)の加料(かやく)入
   雞卵(たまご)七分め入れくちを昆布(こんぶ)かかん瓢(ひやう)にてくゝり
   酒(さか)烹(に)にしてすり秦椒(さんせう)をく

[五十六]叩(たゝ)き豆腐 やき豆腐ふくさ味曽(みそ)七分三分の分量(ぶんりやう)にし
   て菜刀(ながたな)にてひとつによくたゝきよきほどにとり油(あぶら)にて
   さつと煠(あぐ)る也 調和(てうみ)好(この)みに随(したが)ふ

  奇品


[五十七]賽蜆(しゞみもどき) 豆腐を全(まる)ながら水気(みづけ)なしに文武火(つよからぬひ)にて烹(に)る水
   いづるを金匕(かなさじ)にてすくひさり又みづ出(いづ)ればすくひ幾次(いくたび)も
   して烹(に)かたまりぽろ〳〵とみしゞみの如(ごと)くになるを油にて
   さつと煠(あ)げみしゞみの調味(てうみ)の如く稀醤油(うすしやうゆ)にて烹(に)て青
   山椒(さんしやう)をおく也

[五十八]玲瓏(こほり)とうふ 干凝菜(かんてん)を煮(に)ぬき其 湯(ゆ)にて豆腐を烹(たき)
   しめさましつかふ調味(てうみ)このみ随(しだ)ひ



[五十九]浄饌(しやうじん)の海膽(うに)でんがく 麹(かうじ)豆林酒(みりんしゆ)醤油三品 等分(とうぶん)に
   合せ紅椒(とうがらし)の細末(こ)加(くわ)へ貯(たくは)へをきなれたるときよくするな
   り是(これ)を用(もち)ひ[四十三]うに田楽の製(しよう)の如くす

[六十]繭(まゆ)でんがく つきたての餈(もち)を花(はな)びらの如くいかにも薄(うす)く
   のばして少し炙(あぶり)田楽の秦椒味曽(さんしやうみそ)のつけやきにした
   るを右の餈(もち)にてくるりとつゝむなり

●[六十一]蓑(みの)でんがく 辣料(からみ)みあはせに味曽(みそ)へすりませ常(つね)の田楽
   の如くして花かつほのよくきれいにそろひたるを味曽の上へ

    密(ぴつしり)とかくる也

[六十二]六 方焦着(はうやきめ)とうふ 壱 挺(てう)四ツ切ぐらひの大きさにして角(かく)に
   きり四 方(はう)上下とも鏊子(くわしなべ)にて焼(やく)也 勿論(もちろん)水 気(け)をさり
   なべに油(あぶら)を少しひくべし調味(てうみ)このみしだひ也

[六十三]茶(さ)れい菽乳(とうふ) 大 平鍋(ひらなべ)の底(そこ)へ竹葉(さゝ)を密(ぴつしり)と布(しき)ならべ
   其上へ豆腐壱 挺(てう)五ツ切ぐらいにしたるを亦(また)ぴつしりと
   ならべ其上へふくさ味曽を厚(あつ)くしき又 竹葉(さゝ)を布(しき)
   とうふをしきみそをしきかくの如(ごと)く二 遍(へん)にても三


   べんにてもして半日(はんにち)あまり烹(に)る也○平茶甌(ひらちやわん)へよそひ
   すり秦椒(さんしやう)ふる又竹葉(さゝ)しきながらよそふもよろし
   ▲またふくさ味曽(みそ)にて終日(いちにち)烹(に)てみそをはらひ其のち
   いかやうとも調味(てうみ)すべきを草(さう)の茶(さ)れいとうふといふ

●[六十四]糟(かす)ゐり豆腐 とうふをよくすりて古酒にて解(やは)らげ
   加料(かやく)に味つけたるを入れ烹(に)る也○臠(きりみ)には盬紅魚(しほたい)か
   口鹽(くちしほ)の夻魚(たら)か白 海鰌(くじら)かを用ひ鳥肉(とり)には雁(かん)か鳬(かも)か
   見合(みあは)せに入れ焦栗子(やきぐり) 木耳(きくらげ) 油煠松露(あげしやうろ)等也

[六十五]賽香魚(あゆもどき) 豆腐を長くはしらに切りあさく油煠(あげ)て
   蓼醋(たでず)をかくるなり

[六十六]小倉(おぐら)とうふ 紫菜(あさくさのり)を豆腐によくすりまぜ板へのばし
   小 色紙(しきし)小たんざくに切り調和(てうみ)好みしだひにす

[六十七]縐紗(ちりめん)とうふ [十七]ぷつかけうどんの下(ところ)に出たり

[六十八]方(かく)ヒレウヅ うすき杉のさゝばこをこしらへ大小よろ
   しきにしたがひ[十九]ひれうすの加料(かやく)をしこみてさて


   湯だまのたつほどの沸湯(にへゆ)へはこながら底(そこ)ばかり浸(ひた)る
   ほどにつけよく蒸(む)す也とり出しよきほどにきりて
   香油(ごまのあぶら)にてさつと煠(あぐ)る也

[六十九]焙(ほいろ)とうふ [十五]おしどうふをせんにきりて稀(うす)あぢを
   つけしばらく板(いた)にひろげ乾(かはか)せ焙(ほいろ)にかける也

[七十]鹿子(かのこ)菽腐(とうふ) 水 気(け)をしぼりよくすりて煮(に)すごさぬよろし
   き烹調(にかげん)の小豆(あづき)をまぜ合せよきほどにとりて蒸(む)す也
   其上の調和は好(この)みに任(まか)すべし

【資料には黒丸の半円のかまぼこ型の記号が書かれているが、入力の便宜上●とした】
●[七十一]うつし 菽乳(とうふ) 紅魚(たい)の胾(おほきりみ)と大骰(おほさい)に切たる豆腐と 一鍋(いつしよ)に
    瀹(ゆに)し胾(きりみ)をのけとうふばかりに 老姜(しやうが)醤油かけすり
   柚(ゆ)をおく

[七十二] 冬(とう)至 夜(や)とうふ 壱 挺(てう) を 羅紋(ぬのめ)をさり四方(よはう)をきりおとし
    角(かく)を正(たゝし)くし復(また)角(かど)をとりて八 角(かく)にし  こぐちぎりに
   五六分にきり酒しほ豆油(しやうゆ)に 勺薬(かげん)し 烹(に)て汁をしぼり
    油麻(しろこま)白豆腐(しらとうふ)よくすり合(あはせ)かける也 勿論(もちろん)右(みぎ) の八 角(かく)に
   つくるときの屑(おとしくず)をすりて用(もちゆ)るなり○ 紫野(むらさきの)大徳寺(だいとくじ)


   の 冬夜(とうや)とうふは全(まる)やきの小口切を味曽(みそ)にてよく烹(に)て
   右の品をかける也 冬至(とうじ)の夕(よ)大徳寺(だいとくじ)一山 各院(てら〳〵)こと〳〵
   く此豆腐を烹(に)る節物(せつぶつ)なるよし

[七十三] 味曽漬(みそつけ)とうふ [十五]おしとうふをみの紙に包み味曽
   に一夜つけをくなり 和調(てうみ)好(この)みに 随(した)がふ

[七十四] 菽乳麪(とうふめん)  [十]かみなり豆腐の下(ところ)に出たる砕(くだき)豆腐の如
   くし 青菜(あをな)の 微塵(みじん)刻(きざみ)と豆腐と等分に油にて炒(ゐり)つけた
   るを水(みづ)を入れ烹(に)て○ 索麪(そうめん)を少(すこ)しこはめに瀹(ゆでゝ)よく洗(あら)ひ

   をきたるをうちこみ醤油の和調(かげん) する也

[七十五] 藕根(はす) とうふ  藕根(はすのね)を擦(おろ)し豆腐(とうふ)水をしぼりて等(とう)
    分(ぶん)に混(ま)ぜ合せよきほどにとりみの紙(かみ)に包(つゝ)み瀹(ゆに)して
   ○ 白味曽(しろみそ)に胡麻(こま)等分にすりまぜ沙糖(しろさとう)少(すこ)し 加(くわ)へ
    温(あたゝ)めたるをしきみそにして辣料(からみ)見あわせにをき右
   のはすとうふをよそふなり

  妙品



[七十六] 光悦(くわうゑつ)とうふ 酒を久しく 煮(に)て酒香(さかけ)なきほどにし豆腐
    羅皮(ぬのめ)をさり大田楽(おほでんがく)にし鹽(しほ)に和糝(まぶし)狐皮色(きつねいろ)に 炙(やき)右の酒
   へ入れ 烹に る也

[七十七] 真(しん)のケンチヱン 壱 梃(てう)を十二ほどに切油にてさつと煠(あ)げ
   壱つを二 片(へん)にわりて細(ほそ)くきり○ 栗子(くり) 皮牛蒡(かわごぼう)を針(はり)に
   きり○ 木耳(きくらげ) 麪筋(ふ) 細くきり○ 芹(せり)みぢんに刻(きさ)みもし
   芹なきときは青菜(あをな)を用ゆ○ 銀杏(きんあん)ふたつわりにし七 品(いろ)合(あはせ)
   て大約(おほよそ)壱升ばかりのかさに油一合あまりの分量(ぶんりやう)にて油よく
    沸(にたゝ)せ先(まづ)銀杏牛蒡芹を入れ炒(ゐり)つけ 次(つき)に木耳ふ豆腐

【右丁】
   くりを入 復(また)うちかへし〳〵して豆油(しやうゆ)にて味つけさまし置(をく)
   ○腐衣(ゆば)を水に浸(ひた)し板(いた)にひろけ七 品(いろ)の料(ぐ)をあつさ四五
   分まんべんにしきならべよく巻(まき)つけ干瓢(かんひやう)にてくゝり ○
   又 巻(まき)とめ口に葛粉(くずのこ)水にてかたく溲(こね)たるをぬりつくるも
   よし油にてよく煠(あ)げ七八分づゝに切る尤も豆腐は油にて
   三次(みたび)煠(あぐ)るなり○ケンチヱン醋(す)にて用ゆ
   ▲ ケンチヱン醋の方 上々の厳醋(きぶいす) 豆油(しやうゆ)と等分(とうふん)にして
   しぼり老姜(しやうが)おほく入れ絹(きぬ)ごしにして用ゆ
   ▲又一 製(せい)あり右六 品(いろ)の加料(かやく)を油にてゐりつけすり豆
   腐に糝(まぜ)て腐皮(ゆば)は油を用ひず生(なま)の腐皮に巻くゝりて

【左丁】
   醤油と酒しほにて味つくる也是 草(さう)のケンチヱンなり

[七十八]交趾(かうち)でんがく 常の如く串(くし)にさし香油(ごまのあふら)をひき辣茄(とうからし)
   味曽のつけやき也

[七十九] 阿漕(あこぎ)でんがく 豆腐をよきほどにきりさつと炙(やき)すぐに
   稀醤(うすしやうゆ)にて烹染(にしめ)汁 気(け)をきり香油(こまのあふら)にて煠(あ)げ復(また)味曽(みそ)
   をつけて田楽にして炙(やく)なりすり柚かける
   ▲油を用ひず醤油のつけ炙(やき)にして少し乾(かはか)し再(ふたゝ)び味曽
   をつけて炙(やく)也 炙調(やきかけん)だいじ也 両炙(りやうはう)ともやきすごすべから

【右丁】
    ずこれを再炙(ふたゝび)田楽といふ

●[八十]鶏卵(たまご)でんがく たまごを剖(わ)り豆油(しやうゆ)と酒しほ少し入れ
   醋(す)を最(もつとも)少し加へよく攪(かきま)ぜ田楽にぬり炙(やき)にするなり
   ふくれるを度(ほど)とす○罌粟(けし)と擦(おろし)山葵(わさび)をく

[八十一]真(しん)の八 杯(はい)とうふ きぬごしのすくひ豆腐を用ひ水(みず)六杯
   酒壱杯よく烹沸(にかへし)後(あと)に醤油壱杯入またよくにかへし
   とうふを入る烹調(にかげん)[九十七]湯やつこの如(ごと)し擦大根をく
【左丁】
●[八十二]茶豆乳(ちやとうふ) とうふ十/挺(てう)に上々の茶壱斤の分量(つもり)にて茶
   を煮いだし沸(にへたち)たる所(ところ)へとうのふ羅皮(ぬのめ)をさりて入れよく
   烹(に)て茶色に染(そま)るを別(べつ)に茶を烹(に)て出(で)ばなの所へ入れな
   をすべしさて茶をしぼり○煮(に)かへしの稀(うす)醤油 花鰹脯(はなかつほ)
   山葵(わさび)のはりをおく又山葵味曽よろし
   ▲山葵味曽の製(せい)はみそに油麻(しろごま)胡桃(くるみ)よくすり合せ
   をき用るとき擦(おろし)山葵入るゝ也
   ○又 胡椒(こしやう)みそもよし

[八十三]石焼(いしやき)とうふ もと石(いし)にてやくを略(りやく)して鏊子(くわしなべ)を用る也

【右丁】
   炭火(すみび)を武(つよく)し鏊子(なべ)に油を少(すこ)し入れよくぬりまはし
   但(たゝ)し油をひくといふよりは饒(おほ)くする也豆腐を壱寸 方(しはう)
   あつさ三分あまりに切てなべにちよとをけばおどりうご
   くをぢきに鶏卵匕(たまごすくひ)にてうちかへす也すぐに用いる也おろし
   蘿匐(だいこん)生豆油(きじややうゆ)にて用ゆ
   ▲青海苔(あをのり)を炙(あぶり)よく細末(さいまつ)し方盤(おしき)やうのものへひろげ
   油をよく沸(たゝ)せ少しづゝすくひ海苔(のり)の上へおとし転(ころば)し
   よく攪(かきま)ぜ文火(ぬるきひ)にしばらくかけ醤油にて味つけたるを
   右の豆腐につけて用るを炒(ゐり)とうふといふ
   ▲鏊子(くわしなべ)のかわりにいかにも古き犂(からすき)の鑱(さき)【挿絵】を用る是(これ)

【左丁】
   をからすき炒(やき)といふなり也

[八十四]犂(からすき)やき 右に出たり

[八十五]炒(ゐり)とうふ 同しく右 石焼(いしやき)の下(ところ)に出たり

●[八十六]煮熟(にぬき)とうふ 鰹脯(かつほ)のだし汁にて尤も炭火(すみびの)文武火(つよからぬひ)を
   用ひ終日(いちにち)あさよりくれまで煮(に)る豆腐すだつなり也

[八十七]噄素(しやうじん)のにぬき豆乳(とうふ) 右の煮調(にかげん)に同じく昆布(こんぶ)の

【右丁】
   達失汁(だしじる)に秦椒(さんしやう)を加へ終日 煮(に)る秦椒を加ふること決(くでん)也
   昆布をだす先(はじめ)より入るべし

●[八十八]骨董乳(ごもくとうふ)
   全(まる)ながら切目(きりめ)を十文字に入れきりはなさぬやうに半(なかば)
   までにすべし葛湯(くづゆ)にて全烹(まるに)にし盂(はち)【盆ヵ】へうつし○生(き)の煮沸(にかへ)し
   醤油をいけもりの如(ごと)く底(そこ)へ溜(た)めをき花がつほを其上へ
   壱 面(めん)にをき○広島(ひろしま)紫菜(のり)紅椒(とうからし)のざく〴〵葱白(しろね)のざく〴〵
   擦(おろ)し大根を又右の上へのせもりもち出て席上(ざしき)にて混(ごちやませ)に
   し小皿子(こさら)へもり出(いだ)す也○又夏月に豆腐醤油とも生(き)にて
   も右の如く調(とゝな)ふひつきやうやつこ豆腐の変調(かえりやうり)なり

【左丁】
●[八十九]空蝉(うつせみ)とうふ [五十七]賽蜆(しゞみもどき)の製(せい)の如くして猶々(なを〳〵)水をすくひ
   つくし熬(ゐり)つかせて腐滓(から)の如くになるを香油(ごまのあぶら)酒しほ醤
   油を入 雪花菜(から)を熬(ゐ)る烹調(かげん)よし雞卵(たまご)ともみ紅魚(だい)肉を
   入れ杓子(しやくし)にてよく煉(ね)る也○秦椒(さんしやう)麻子(松のみ)を入る○一にホロ
   カベとうふと名づく

[九十]苗鰕(ゑび)菽乳(とうふ) 生(なま)の苗鰕(ゑひざこ)を割刀(はうてう)にてたゝきよく細末(さいまつ)し
   雷盆(すりばち)にてするはあしく別(べつ)にとうふをよくすりて右のたゝ
   き苗鰕をよくまぜ合せ[十]雷(かみなり)とうふの加料(かやく)を入れて


【右丁】
    油(あふら)熬(ゐり)にして味つくる也◯苗鰕なき時莭(とき)ハ海鰕(いせゑび)を㵸(ゆで)
   てたゝき用ゆ

[九十一]加須底羅乳(かすていらとうふ) 上々の古酒を煮沸(にかへし)酒香(さかけ)なきほどにし豆
   腐を全(まる)ながらとくとひたるほど入れ文武火(つよからぬひ)にて烹(に)る一 旦(たん)は
   ふくれて大きになり又 始(はしめ)よりしまりて小(ちいさ)くなるを度(ほど)とす

[九十二]別山焼(べつさんやき) 温飯(うんはん)を手(て)にて少(すこ)しもむ是(これ)にて後(のち)に串(くし)にさす時(とき)
   くだけぬ也さて小さくつくね胡椒(こせう)味曽(みそ)に■(つゝ)み串にさし
   少し焼(やき)て温(あたゝ)めをきたる小奈良茶碗(こならちやわん)に二ツ入れ烹調(にかげん)よき

【左丁】
   うどん豆腐を羅匕(あみしやくし)にてすくひざぶりとかける也
   ◯別山は禅師(ぜんし)の名(な)なるよし
[九十三]包油煠(つゝみあげ) 大小このみ随(しだひ)に切り美濃紙(みのかみ)にて沙金袋(しゃきんふくろ)
   包みに【巾着の挿絵】つゝみ○板(いた)に乾(かはき)たる灰(はい)を厚(あつ)さ四五分に布(しき)
   其上へ乾たる布(ぬの)をしき又 紙(かみ)を一 遍(へん)しき其上へ包み
   たる豆腐をならべしばらくをき水気(みづけ)をさるなり水を
   しぼりすごせばかたまりてよろしからずさて包(つゝ)みながら
    香油(ごまのあぶら)にて煠(あ)げ紙をはらひ稀(うす)醤油かくし葛(くづ)にて烹(に)
   てすり山葵(わさび)をく◯又 雪白煠(ゆきしろあげ)ともいふ

【右丁】
  絶品

[九十四]油煠(あげ)ながし よきほどに切り香油(ごまのあふら)にて煠(あ)げあげ鍋(なべ)
   より直(すぐ)に水へうつし入れて油 気(け)を去り◯別(べつ)に葛(くづ)湯(ゆ)を
   くら〳〵沸(にゑ)たゝしをき油ぬき豆腐を入れ[九十七]湯やつこ
   の烹調(にかげん)にて山葵味曽かけ也○山葵(わさび)みそは[八十二]茶豆
   腐の下(ところ)に出(いで)たり

●[九十五]辣料(からみ)とうふ 鰹脯(かつほ)の達失(たし)汁 稀(うす)醤油にていかにも

【左丁】
   たつぷりと鍋(なべ)にたゝへ老姜(しやうが)を擦(おろ)しいかにも饒(おほ)く入れ
   終日(いちにち)烹(に)る也○凡(およ)そ豆腐壱 挺(てう)によく雋(こゑ)たる一トにぎり
   ほどの老姜(しやうか)十ヲあまりの分量(つもり)にすへし

[九十六]礫(つぶて)でんがく とうふを八分 方(よはう)あつさ四五分に切ひと串(くし)
   に三つづゝさし[二]雉子(きじ)やき田楽の如く狐皮色(きつねいろ)に
   灸(やき)串(くし)ぬきて其まゝ楽陶(らくやき)の蓋茶甌(ふたちやわん)に入れ芥子(からし)酢(す)みそ
   かけ罌粟(けし)ふる也

●[九十七]湯やつこ 八九分の大骰(おほさい)に切か又は拍子木(ひやうしき)豆腐とて五

【右丁】
   七分の方(かた)長(なが)さ壱寸二三分の大きさに切をき○葛湯(くづゆ)を
   至極(しごく)ゆだまのたつほど沸(にゑ)たゝし豆腐を壱人 分(まゑ)入れ蓋(ふた)
   をせず見(み)てゐて少(すこし)うごきいでゝまさにうきあがらんとす
   るところをすくひあげもる也 既(すで)にうきあがればはや烹調(かけん)
   よろしからず其あんばい端的(たんてき)にあり尤 器(うつわ)をあたゝめ
   おくべし○生(き)醤油を沸(にたゝ)し花がつほをうちこみ湯(ゆ)を
   少(すこ)しばかりさし又一へん沸(にたゝ)し絹(きぬ)ごしにして別(べつ)猪口(ちよく)に
   入れ葱白(しろね)のざく〳〵おろし蘿匐(だいこん)辣茄(とうがらし)の末(こ)入る
   ○京都(きようと)にて是をたゞ湯(ゆ)とうふといふ浪華(おほさか)にて湯
   やつこといふ菽乳(とうふ)の調和(てうわ)において最(もつとも)第(だい)一 品(ひん)たるべし

【左丁】
   ○古法は泔水(しろみづ)にて烹(に)るとあれども葛湯
にはしかす

[九十八]雪消飯(ゆきげめし) [百]うどん豆腐の如く切り[八十一]真(しん)の八 杯(はい)
   とうふの如く烹(に)て小寧楽(こなら)茶甌(ちやわん)を温(あたゝ)めをきたるに入
   れおろし大根をおき其上へ湯とり飯(めし)をよそひ出す
   也 風味(ふうみ)きゆるが如し是(これ)亦(また)清味(せいみ)第二 品(ひん)にくだらず
   ○湯とり飯(めし)は最(もつとも)精(しろつき)の飯(めし)をたき沸湯(にへゆ)へ入れ撩(かきまは)し
   笟籬(いかき)へあげ復(また)もとの釜(かま)へ入れ火気(くわき)のある竈(かまど)へ
    かけよく熟(うま)す也
   ▲[十八]しき未醤(みそ)菽乳(とうふ)の上へ右の湯とり飯(めし)をよそひ


【右丁】
   又は[四十九] 備後(びんご)とうふのうゑへよそひ或は木のめでんがく
   の上へよそふみなすべてうづみ豆腐といふ

[九十九] 鞍馬(くらま)とうふ 壱 挺(てう)ふたつ切ぐらいにして油にて煠(あ)げ
   皮(かわ)をむきとりてまろく造(つく)り瀹(ゆに)して梅醤(うめみそ)かけ罌粟(けし)
   にても胡麻(こま)にてもふる○又酒しほ稀醤油(うすしやゆ)にて烹(に)
   てすり秦椒(さんしやう)をくもよろし

●[百] 真(しんの)うどん豆腐(とうふ) 鍋(なべ)ふたつをならべ二ケなべとも湯(ゆ)を最(もつとも)よく
   湯玉(ゆたま)のつたほど沸(たぎら)しをき切たる豆腐を羅匕(あみしやくし)にて

【左丁】
   すくひ一方の鍋(なべ)へ羅匕(しやくし)なからつけひたしたるまてに
   て直(ぢき)にあたゝめをきたる器(うつわ)へよそひ今一方(? いつはう)のにゑ
   湯をそゝぎ入れ出(いた)す也 烹(に)るにおよばすして烹調(にかげん)最(もつとも)
   妙(めう)なり幾数十人(いくすじうにん)に供(もてな)すといふとも始終(しじう)烹調
   少(すこ)しもかわらず○汁は豆油(しやうゆ)壱升酒三合だし
   汁五合ひとつに煮(に)かへし別の中ちよくに入れ擦し
   大根 辣茄(とうからし)の末(こ)葱白(しろね)の微塵刻(みぢんきざ)み陳皮(ちんぴ)の細末(さいまつ)
   浅草紫菜(あさくさのり)を加料(かやく)に用ゆ○或は胡椒(こしやう)一 品(しな)にても
   ○切やうは凝菜(ところてん)のつき出(た)しさきの羅(あみ)を絹絲(きぬいと)にて
   造(こしら)へ温湯(うんたう)の中(なか)へむけてつき出(いた)すなり尤其つさ【きヵ】いだ

【右丁】
   す手(て)もとまで湯へつかるやうにすべし幾(いく)百人に
   供(もてな)すといふとも即時(そくじ)に切(きり)いだすべし
   ○うす刃(ば)にて刻(きり)【剉】いだすはまづよきほどにあら切(ぎり)をし
   左(ひだり)の方(はう)を左の掌(てのひら)にておさへ左の方より右(みぎ)の方へ
   むけてきりゆくなりよきほどにきりて左の掌と
   うす刃(ば)とにてそつとはさみうちかへして又 始(はじめ)の如く
   きりゆく切る中(うち)にひたものうす刃(ば)を水につけ〳〵
   してきりよゆく也是すべて荳腐(とうふ)をきるの術(しゆつ)なり
   一■【法】にうす刃(ば)に酢(す)を少しひくもよし


【左丁】

【右丁】
豆腐(とうふ)百珍(ひやく▢▢)続(▢▢) 編(▢ん) 全一冊 近日出来
  前編(ぜんへん)の百珍にもれたる豆腐の料理 調味(てうみ)愈(いよ〳〵)珎奇(めづらしき)を
  別に百品と又 附録(ふろく)三十 余(よ)品を輯(あつ)む前編と合(あは)せて
  二百三十 余品(よしな)あり

      江戸通本石町十軒店 山崎金兵衛
天明壬寅  平安堀川錦小路上町 西村市郎右衛門
夏五初吉     堀川六角下町 中川藤四郎
      大坂高麗橋一町目  藤屋善七


【左丁・白紙】

【裏表紙】

日光山志

【表紙】
【題箋】
日光山志  一

【見返し】
日光山志

【左丁】
余於今人所編録地理書。前導後
送。作之序引者。無慮十数。皆由人
之需。蓋以嘗所嗜之学。而其僕々
尓者。自招之耳。近日老憊脚不副
心。眼根亦襄。絶望於烟霞。輟業於
筆硯。朝夕念仏誦経。以懴宿𠎝

【見返しの折返 文字無し】

【左丁】
余於今人所編録地理書。前導後
送。作之序引者。無慮十数。皆由人
之需。蓋以嘗所嗜之学。而其僕々
尓者。自招之耳。近日老憊脚不副
心。眼根亦襄。絶望於烟霞。輟業於
筆硯。朝夕念仏誦経。以懴宿𠎝

【右丁】
耳。植田子夏又有日光山志之
撰。縁嚮叙其所著武蔵名所図
会亦属以媵後。其書不但探捜故
事。鳩聚旧聞。有新図。有奇説。縮
地転土。使世之未睹未聞者。一閲尽
其勝。於是習気再萌。魂動神飛。
【左丁】
因下一語曰。斯書専為不能往観
者作乎。抑為将往観者作乎。其不
能往観者。則曰善容須弥於芥子
中。其将往観者。則曰善導玲宝
處。杜工部云。人間長見画。老主
恨空聞。余有歳於此矣。夫日光之

【右丁】
為山。 国家至崇之場。巍々郁々。
美尽善尽。固非余輩不能往観
者所得而讃也。文政八年乙酉
十一月不軽居士松平定常撰
【落款二つ】
       河三亥書【落款】
【左丁】
東の山の道下野のくに玉くしけ
ふたらの山にまします神はいと
古き代より聞えたれともかけまくも
かしこき東てる大御神のしつまり
ましましゝより古のかたその宮居
のいつくしきはさらなりをのつからなる
足引の山のたゝすまひ谷川の水の
なかれ名たゝる瀧とものいきほひ

【右丁】
さへ神のみいつ【注①】に光そひつゝ世に
とゝろくを旅行ことの心にまかせ
さる身はいかてうつしゑにたに
おろかみまつらはやとあら玉のとし
月心のうちにねきわたり【注②】ぬるそかし
しか有しほとに八王子なるうへ田
孟縉役にてかの御山にしは〳〵
行かひつゝ五巻のふみを書あら
【左丁】
はし弘賢に一言をそへよとこふ
とりてみれは不軽居士の言のはに露
たかふことなくかのとし月ねかひし
ことくつほの石文ならねとのこるくま
なくかきつくせしかはよに有かたく
かしこくうれしくめてくつかへる【注③】
あまりにかくしるしつけぬるは
天保五年しも月七十七の翁幕府

【注① 御厳=「み」は接頭語。いつ(厳)を敬って言う語。御威光。】
【注② ねぎわたる=願い続ける】
【注③ 愛で覆る=大いに感嘆する。】

【右丁】
内史局直事源弘賢筆とりしは
翁の弟子西城歩卒直温なり
【左丁】
日 光 山 志
    凡 例
一 二荒山(にくわうざん)は勝道上人(しようだうしやうにん)基(もとゐ)を神護(じんご)の昔(むかし)に開(ひら)き慈眼大師(じげんだいし)これを元和(げんな)に
 中興(ちゆうこう)したまひて山川(さんせん)の奇観(きくわん)堂社(だうしや)の壮麗(さうれい)班固(はんこ)孫綽(そんたく)も筆(ふで)を投(とう)ずべく
 金岡(かなをか)雪舟(せつしう)も巧(たくみ)を失(しつ)すべし
 本邦(ほんはう)二百年来 文明(ぶんめい)の大化(たいくわ)四方に敷(しき)て文彩(ぶんさい)錦繍(きんしう)の君子(くんし)《振り仮名:彬〻|ひん〳〵》輩出(はいしゆつ)す
 天下 良史(りやうし)の才に乏(とも)しきにあらずといへども日光山(につくわうざん)は
 大神霊(だいしんれい)鎮座(ちんざ)の恐(おそ)れあるを以て惜哉(をしいかな)翰墨(かんぼく)の高手(かうしゆ)も敢(あへ)て筆(ふで)を揮(ふる)ふ
 ことを為(せ)ず是(これ)に依(より)て遥(はるか)に神秀(しんしう)を渇望(かつばう)する者(もの)も歩(ほ)を千里に進(すゝ)む
 るにあらざれば其(その)勝概(しようがい)を極(きは)むること能(あた)はず世(よ)以(もつ)て是(これ)を遺憾(ゐかん)とし
 日光誌(につくわうし)のなれるを俟(ま)つこと大旱(たいかん)の雲霓(うんげい)を望(のぞ)むが如(ごと)し爰(こゝ)におのれ
 究(きは)めて鳴呼(をこ)の謗(そしり)を免(まぬか)れ難(がた)く赫(かく)たる

【右丁】
 神威(しんゐ)實(じつ)に戦慄(せんりつ)するに堪(たへ)ずといへども日光志(につくわうし)の述作(じゆつさく)を志(こゝろざ)すことこゝに
 年(とし)あり其(その)微意(びい)偏(ひとへ)に光嶽(くわうがく)の輝耀(きえう)を添(そ)へ信者(しんじや)の希望(きばう)を満(み)てんと欲(ほつ)
 するにありて曽(かつ)て
 神譴(しんけん)の将(まさ)に身(み)に逼(せま)らんとすることをしらずたゞ悲(かな)しむべきは
 稟性(りんせい)魯鈍(ろどん)加(くは)ふるに獨学(どくがく)孤陋(ころう)を以(もつ)てす爾(しか)るに宿望(しゆくばう)至(いたつ)て大(おほい)にして才力(さいりよく)
 甚(はなはだ)微(び)なり豈(あに)勉(つと)めざるべけんやこゝを以て笈(おひ)を負(お)ひ杖(つゑ)を引(ひき)て二荒(にくわう)
 山(ざん)に往来(わうらい)すること已(すで)に数(す)十 度(ど)索搜(さくさう)倦(うむ)ことを忘(わす)れ神思(しんし)のまさに
 減(げん)ぜんとするをしらず彼(かれ)に問(と)ひ是(これ)に議(はか)りて終(つい)に其(その)梗概(かうがい)を裒輯(はうしふ)
 し積(つん)で数百紙(すひやくし)にいたる即(すなはち)分(わか)ちて五冊(ごさつ)となして日光山志(につくわうざんし)と題(だい)す惟(おも)
 ふに光嶽(くわうがく)の絶勝(ぜつしよう)竒跡(きせき)あにこの五巻(ごくわん)のみならんや今(いま)録(ろく)するはいは
 ゆる九牛(きう〴〵)の一毛(いちまう)のみなほ靈區(れいく)の極(きよく)を盡(つく)し事實(じじつ)の古今(ここん)を蒐羅(しうら)
 するに至(いたり)てはかさねて来哲(らいてつ)の纂集(さんしふ)を待(ま)つ
【左丁】
一 開山上人(かいさんしやうにん)の御傳(ごでん)性靈集(しやうりやうしふ)元亨釋書(げんかうしやくしよ)高僧傳(かうそうでん)等(とう)に出(い)づといへども各(おの〳〵)異同(いどう)
 無(な)きにあらず若(もし)悉(こと〴〵く)これを抄出(せうしゆつ)せば真偽(しんぎ)互(たかひ)に混濫(こんらん)して却(かへつ)て覧者(みるもの)
 の疑惑(ぎわく)を増(まさ)ん故(ゆゑ)に今(いま)たゞ其(その)正(たゞ)しきものを取(とり)て以(もつ)て集中(しふちゆう)に載(の)す
 姑(しばらく)高僧傳(かうそうでん)の如(ごと)き野山(やさん)の大師(だいし)と虎關(こくわん)の両端(りやうたん)に首鼠(しゆそ)してたゞ彼此(かれこれ)
 出没(しゆつぼつ)するのみまゝ又 其(その)説(せつ)おのれに出(いづ)るものは宗派(そうは)を誤(あやま)り或(あるひ)は
 諸説(しよせつ)に矛楯(むじゆん)して一も取(と)るべきなし豈(あに)文華(ぶんくわ)に泥(なづ)んて其(その)實(じつ)を毀(やぶ)ら
 んやこれその悉(こと〴〵く)抄出(せうしゆつ)せざる所以(ゆゑん)なり
一 事實(じじつ)の考證(かうしよう)に最(もつとも)尊信(そんしん)すべきものは日光山縁記(につくわうさんのえんぎ)同 列祖傳(れつそでん)瀧尾建(たきのをこん)
 立記(りふき)千部會日記(せんふゑのにつき)往古行事集(わうごぎやうじしふ)三月會縁記(さんぐわつゑのえんぎ)等(とう)なり然(しか)れども何(いづ)れも
 古来(こらい)より記家職(きかしよく)の秘記(ひき)とする書籍(しよじやく)にして一山(いつさん)の大衆(たいしゆ)といへども
 容易(ようい)にこれを見(み)ることを許(ゆる)さず俗衆(ぞくしゆ)にて是(これ)を歷覧(れきらん)せし人は烏丸(からすまるの)
 光廣卿(みつひろのきやう)一人のみおのれ庸俗(ようぞく)の身(み)にて争(いかでか)これを窺(うかゞ)ふことを得(え)ん

【右丁】
 況(いはんや)
 後水尾の上皇 宸翰(しんかん)の五軸(ごぢく)の如(ごと)きに至(いたり)ては凡俗(ぼんぞく)曽(かつ)て聞見(もんけん)を絶(ぜつ)す
 去(さ)れども又 大衆(たいしゆ)の中に吾(わが)好古(かうこ)の癖(へき)を怜(あはれ)む学匠(がくしやう)ありて毎時(まいじ)の款(くわん)
 語(ご)にまのあたり秘籍(ひじやく)の大意(たいい)及(および)古記(こき)の標目(へうもく)等(とう)曲(つぶさ)に是(これ)を説示(ときしめ)さる
 於戲(あゝ)これおのれが丹心(たんしん)を光嶽(くわうがく)の神靈(しんれい)冥(めい)に加護(かご)し給ふといふべし
 豈(あに)感激(かんげき)せざらんや抑(そも〳〵)又(また)一大快事(いちだいくわいじ)ならずやこれに依(より)て集中(しふちゆう)たとひ
 一小事蹟(いつせうじせき)といへども悉(こと〴〵く)皆(みな)《振り仮名:昭〻|せう〳〵》たる古記(こき)中(ちゆう)より流出(りうしゆつ)して更(さら)に胷(きよう)
 臆(おく)に任(まか)するものなしたゞ愚蒙(ぐもう)の悲(かな)しむべきはいはゆる聽(きけ)ども聞(きこ)
 えざれば或(あるひ)は至要(しいえう)の説話(せつわ)を聞(きゝ)違(たが)へしことも多(おほ)からん
一 世(よ)の諺(ことわざ)にいへり未(いまだ)日光(につくわう)を視(み)ずは結構(けつこう)の語(ご)を發(はつ)すべからずと嗚呼(あゝ)
 格言(かくげん)なる哉(かな)此(この)言(こと)おのれも又 曽(かつ)て言(こと)を設(まう)けて歎(たん)ずらく
 神廟(しんべう)の經営(けいえい)始(はじめ)て成(なり)てよりこのかた天下に堂社(だうしや)無(な)しと蓋(けだ)し堂社(たうしや)
【左丁】
 無(な)きにあらず日光(につくわう)の如(ごと)き堂社(だうしや)無(な)きをいふそも〳〵
 東照宮中の宏麗(くわうれい)なる尺寸(せきすん)も彫琢(てうたく)を竭(つく)さゞるところなく金玉(きんぎよく)瞳(ひとみ)を
 射(い)奇工(きこう)魂(たましひ)を銷(せう)す彼(かの)黄金界(わうごんかい)白銀界(びやくごんかい)紫微(しび)靈宮(れいきう)集(あつ)めてこゝに大成(たいせい)すと
 いふべしたとへ一 梁(りやう)一 楹(えい)の丹青(たんせい)を誌(しる)さんにもその殊裁(しゆさい)を委(くは)しう
 せば毛頴(もうえい)【「フデ」左ルビ】も堪(たへ)ずと辞(じ)し楮(ちよ)【「カミ」左ルビ】先生(せんせい)も憐(あはれみ)を請(こ)ふべし故(ゆゑ)に今たゞ金殿(きんでん)
 玉楼(ぎよくろう)の所在(しよざい)と壮觀(さうくわん)の大氐(たいてい)のみを録(ろく)して備(つぶさ)に其 結構(けつこう)をいはず
一 延年(えんねん)の東遊(あづまあそび)武射祭(むさまつり)鎮火祭(ひしづめのまつり)入峰禅頂(にふぶぜんぢやう)當床舞(たうとこまひ)強飯(ごうはん)等(とう)の如(ごと)き古来(こらい)より
 《振り仮名:夫〻|それ〳〵》の最秘(さいひ)とする事(こと)なれば容易(ようい)にこれを記(しる)すべきにあらず然(しか)れ
 ども世(よ)の口碑(こうひ)に存(そん)して恒(つね)に人の目撃(もくげき)するものなれば又 一向(いつかう)に
 これを録(ろく)せざることを得(え)ず故(ゆゑ)にたゞ其 件(くだり)を挙(あげ)て其(その)来由(らいゆ)を顕(あらは)に
 いはず蓋(けだし)啻(たゞ)に卒尓(そつじ)の罪(つみ)を懼(おそ)るゝのみにはあらず深秘(しんひ)の古實(こじつ)は
 得(え)て窺(うかゞ)ひ聞(き)くこと能(あた)はざるを以てなり歷覧(れきらん)の君子(くんし)請(こ)ふ靴(くつ)を隔(へだ)

【右丁】
 てゝ癢(かゆき)を掻(かく)といふこと勿(なか)れ
一《振り仮名:日光𦾔記|につくわうきうき》の式(しき)に據(よ)らば山菅橋(やますげのはし)を中央(ちゆうあう)に置(おき)て堂塔(だうたふ)名所(めいしよ)を四方に
 求(もと)め而(しかう)して后(のち)に剏建(へいけん)の事実(じじつ)行程(かうてい)の遠近(ゑんきん)を記(しる)すべし惟(おも)ふにこれ
 衆星(しゆうせい)の北辰(ほくしん)を環(めぐ)るに象(かたど)る欤(か)然(しか)るに若(もし)たゞ《振り仮名:𦾔式|きうしき》にのみ泥(なづ)まば恐(おそらく)は
 又 探勝(たんしよう)順覧(じゆんらん)の便(たより)を失(うしな)はんこゝを以て今 且(しばらく)世(よ)に行(おこな)はるゝ諸所(しよしよ)の名所(めいしよ)
 図繪(づゑ)に凖(じゆん)じてたゞ順路(じゆんろ)の次第(しだい)に依(より)て《振り仮名:夫〻|それ〳〵》の所在(しよざい)を誌(しる)すのみ甞(かつ)
 て事迹(じせき)の新古(しんこ)と堂塔(だうたふ)名所(めいしよ)の優降(いうがう)に抅(かゝ)はるにはあらず其(その)意(い)単(ひとへ)に
 日光(につくわう)叅拜(さんばい)の将道(しやうだう)をなさんと欲(ほつ)するにあり
一 凡(およそ)文字(もんじ)は畫(ゑ)に依(より)て真(しん)を顕(あらは)し画(ゑ)は文字(もんじ)に依(より)て真(しん)を添(そ)ふ若(もし)画(ゑ)有(あり)て
 字(じ)なきは其(その)事(こと)明(あきらか)ならず字(じ)有(あり)て畵(ゑ)無(な)きは其(その)真(しん)を觀(み)ることなし蓋(けだし)
 集中(しふちゆう)加(くは)ふるに画(ゑ)を以てする所以(ゆゑん)なり且(かつ)此(この)書(しよ)叙事(じよじ)多(おほ)くして画図(ぐわづ)尠(すくな)
 きものは何(なん)ぞ書目(しよもく)図繪(づゑ)と標(へう)せずして山志(さんし)と題(だい)する所以(ゆゑん)なり爰(こゝ)に
【左丁】
 おのれ最(もつとも)歡喜(くわんぎ)に堪(たへ)ざることはこの稿(かう)已(すで)に成(なり)て画(ゑ)を諸(しよ)名家(めいか)に請(こ)
 ひし時(とき)畵家(ぐわか)みな相(あひ)謂(いひ)て曰(いは)く日光山(につくわうざん)は海内(かいだい)無雙(ぶさう)の靈地(れいち)にして鳳(ほう)
 楼(ろう)龍閣(りようかく)の美(び)あり醴泉(れいせん)琪樹(きじゆ)の勝(しよう)あり都(すべ)て山川(さんせん)の幽邃(いうすゐ)なる水石(すゐせき)の
 竒絶(きぜつ)なる誰(たれ)かそれ寫出(しやしゆつ)し易(やす)からん若(もし)神助(しんじよ)を藉(か)るにあらざるより
 は争(いかで)か能(よ)く其(その)真(しん)を象出(しやうしゆつ)することを得(え)ん吾(われ)は齋戒(さいかい)して書(しよ)すべし
 吾(われ)は沐浴(もくよく)して筆(ふで)を取(とら)んと茲(こゝ)に於(おい)て諸(しよ)君子(くんし)みな信(しん)を凝(こら)し毫(がう)を揮(ふるひ)
 て各(おの〳〵)一世(いつせ)に畵才(ぐわさい)を罄(こと〴〵く)此(この)書(しよ)に奮發(ふんはつ)せり冝(うべ)なる哉(かな)摸冩(もしや)するところ《振り仮名:一〻|いち〳〵》
 真(しん)に逼(せま)らざるもの無(な)く一たび巻(まき)を披(ひら)けば紙上(しじやう)忽然(こつぜん)として神(しん)踊(をど)り
 鬼(き)舞(ま)ふ今この集(しふ)文辭(ぶんじ)太(はなはだ)拙(つたな)しといへども諸(しよ)大家(たいか)逼真(ひつしん)の玅画(みやうぐわ)以て長(とこしなへ)に
 愚(わ)が文辭(ぶんじ)の卑俗(ひぞく)を蔽(おほ)ふに餘(あま)りあり嗚呼(あゝ)これおのれ無涯(むがい)の大幸(たいかう)
 ならずや又 何(なん)ぞ獨(ひとり)節(せつ)を擊(うち)て怡(よろこ)ばざらんや
一 日光山(につくわうざん)は開闢(かいびやく)以来(いらい)千(せん)有餘(いうよ)載(さい)の《振り仮名:𦾔地|きうち》なればたとへ一丘(いちきう)一壑(いちがく)といへ

【右丁】
 ども悉(こと〴〵く)古迹(こせき)にあらざるものなし若(もし)それ津(しん)を問(と)ひ撟(けう)を問(と)はゞ徒(むな)
 しく紙数(しすう)を長(ちやう)じて煩蕪(はんぶ)の厭(いと)ふべきのみならず翻(かへり)てまた探勝(たんしよう)の
 便(たより)を失(しつ)せん是(これ)もとよりおのれが志(こゝろざし)にあらず今 此(この)書(しよ)はたゞ尋常(じんぢやう)の
 耳目(じもく)に觸(ふる)るものを挙(あげ)て以て編次(へんし)をなすのみ若(もし)好事(かうず)の君子(くんし)と覽(らん)
 古(こ)の雅客(がかく)とは笻(きよう)をひき山徒(さんと)に繹(たづ)ねて而(しかう)して后(のち)にその詳(つまびらか)なるを
 知(し)るべし

  天保癸巳初冬           植田孟縉識

【左丁】
日光山古圖
《題: 三幅對大懸物之縮圖》

【印 伊豆之舍】
【印 安藝國賀茂郡長濵浦田中 伊豆廼舎 券 章】

【図】
其一
【右丁】
外山
別所
瀧尾社
本宮
御供水
【左丁】
小玉堂
番神堂
別所
東山谷
佛岩谷
㴱砂王
神橋
開山堂

【図】
其二
【右丁】
中山谷
新宮
別所
星ノ宿
星ノ宮
【左丁】
法華堂
三重塔
三佛堂
行者堂
善女寺谷
鉢石町

【図】
其三
【右丁】
清瀧權現
清瀧寺
清滝村
【左丁】
風穴
中禅寺
上野島
歌ノ濵
清滝觀音別所
清滝觀音

等春

【右丁 白紙】

【左丁】
日 光 山 志 巻 之 一
     目録(もくろく)
 日光山總説(につくわうざんのそうせつ)   御山内略圖(おんさんないのりやくづ)      其一(そのいち) 其二(そのに) 其三(そのさん)
 御山内縮図(おんさんないのしゆくづ)   日光御領(につくわうごりやう)       町入口図(まちいりくちのづ)
 松原町(まつばらまち)      石屋町(いしやまち)        御幸町(ごかうまち)  
 龍蔵寺(りうざうじ)      神主山(かうのすやま)        稲荷町(いなりまち)
 下鉢石町(しもはついしまち)     中鉢石町(なかはついしまち)       上鉢石町(かみはついしまち)
 鉢石炊烟図(はついしのすゐえんのづ)《割書:八景(はつけい)|の内》  観音寺(くわんおんじ)        下馬(げば)
 星宮(ほしのみや)       勝道上人蛇橋(しようだうしやうにんじやきやう)を渡(わたり)給ふ図(づ)
○神橋(みはし)《割書:同図(おなじづ)》      假橋(かりばし)         高坐石(かうざいし)
 大谷川(だいやがは)      大谷秋月図(だいやのあきのつきのづ)《割書:八景(はつけい)|の内》    御番所(ごばんしよ)

【右丁】
 本宮権現(ほんぐうごんげん)《割書:同図(おなじくづ)》 《割書:本社拝殿(ほんしやはいでん) 四本龍寺(しほんりうじ) 如法經堂(によほふきやうだう) 末社(まつしや) 紫雲石(しうんせき)|笈掛石(おひかけいし) 三層塔(さんぞうのたふ) 三面大黒木像(さんめんのだいこくもくぞう) 鎌倉立神事(かまくらだちのじんじ)》
 石碑(せきひ)        硯石(すゞりいし)        禮拜石(らいはいいし)
 深砂王社(しんしやわうのやしろ)     長坂(ながさか)         盛長石塔(もりながのせきたふ)
 御殿跡地(ごでんあとのち)      御賄坂(おまかなひざか)       安養澤(あんやうざは)
 新町(しんまち)        新宮馬塲(しんぐうばゝ)      鐘撞堂(かねつきだう)
 座禅院跡(ざぜんゐんのあと)      《振り仮名:光明院𦾔迹|くわうみやうゐんのきうせき》    當山(たうざん) 御座主御歷代(おんざすのおんれきだい)
 道興准后逰宴図(だうこうじゆごういうえんのづ)   強飯(がうはん)        御棧鋪(おんさんしき)
 御本坊(ごほんばう)《割書:同畧図(おなじくりやくづ)》    新宮鳥居(しんぐうのとりゐ)      三佛堂(さんぶつだう)

【左丁】
日 光 山 志 巻 之 一
                   植 田 孟 縉 編 輯
日光山總説(につくわうざんそうせつ)
 下野國(しもつけのくに)は上古(じやうこ)の世(よ)には毛野國(けぬのくに)と號(がう)【注】し今(いま)の上野國(かうつけのくに)に隷(れい)して有(あり)けり
 《振り仮名:𦾔事紀|くじきの》國造本紀(こくさうほんき)を閲(えつ)するに瑞籬朝(みづかきのみかど)《割書:人皇十代崇神天皇》の皇子(みこ)豊城入(とよきいり)
 彦命(ひこのみこと)の皇孫(みまご)彦狹島命(ひこさじまのみこと)初(はじめ)て東方(とうばう)を平治(へいぢ)し玉ひ東山道(とうさんだう)十五國の地(ち)
 を以て封國(ほうこく)に賜(たま)ふと《割書:云| 〻》又(また)磯城瑞籬宮(しきのみづがきのみや)《割書:崇神天皇》の御子(みこ)にてう
 まご彦狹嶋命(ひこさじまのみこと)と聞(きこえ)しは纒向日代宮(まきむくのひしろのみや)《割書:人皇十二代景行天皇》の御世(みよ)五十
 五年きさらぎの初(はじめ)の五日に東山道(とうさんだう)十五國の都督(ととく)を賜(たま)はりしに
 程(ほど)なくかくれさせ玉ひしかば明(あく)る年の八月に其(その)御子(みこ)御諸別王(みもろわけのみこ)に
 みましが父(ちゝ)に賜(たま)はりし國(くに)なればいきて治(をさ)めよとの勅(ちよく)まし〳〵ければ

【「号+乕」は「號」と表記。以下同。】

【右丁】
 下(くだ)りおはしてあるべきことどもいとうるはしく治(をさ)め玉ひ民(たみ)くさ
 風(かぜ)におしなべて靡(なび)きあひけり其後(そののち)《振り仮名:國〻|くに〴〵》の夷賊(いぞく)等(ら)なほも叛(そむ)けるを
 軍(いくさ)を為て討(うち)従(したが)へ玉ひければ長(をさ)なるもの我(わ)が領(りやう)したりし所(ところ)を奉(たてまつ)
 りて御下知(おんげぢ)に随(したが)ひ東國(とうごく)のかたすべて穩(おだやか)になりて御子(みこ)のつぎ〳〵
 久敷(ひさしく)治(をさ)め玉ひけると《割書:云| 〻》是(これ)日本紀(にほんき)に見(み)えたり夫(それ)より《振り仮名:世〻|よゝ  》朝(みかど)の
 御世(みよ)を經(へ)て難波高津宮(なにはのたかつのみや)《割書:人皇十七代仁德天皇》の御世(みよ)に至(いた)り毛野國(けぬのくに)を
 裂(さき)て上下(かみしも)とし上毛野國(かみつけのくに)下毛野國(しもつけのくに)と名附(なつげ)玉ひ豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)の四世(よつきの)
 御孫(みまご)奈良別王(ならわけのみこ)を以て初(はじめ)て國造(くにのみやつこ)にぞ定(さだめ)玉ひければ是(これ)より下毛野(しもつけの)
 國(くに)といへる一國にはなりたれど 崇神(すじん)天皇の御世(みよ)より 仁德(にんとく)天
 皇の御世(みよ)に至(いた)り世(よ)のおくれたること凡(およそ)四百年 程(ほど)にもなりなんか國造(くにのみやつこ)
 奈良別王(ならわけのみこ)の廨府(かいふ)を開(ひら)き玉ひしは當郡(たうぐん)の國府(こくふ)なるべし一説(いつせつ)に都賀(つがの)
 郡(こほり)といへるは古(いにしへ)より𦾔(ふる)き塚(つか)の有(あり)けるよりもとは塚郡(つかのこほり)とも書(かき)しを

【左丁】
 和銅(わどう)の勅宣(ちよくせん)に國郡邑里(こくぐんいふり)の名(な)は嘉字(よきじ)を撰(えら)み二字に定(さだ)めよとの事
 より國(くに)の名(な)も毛字(けのじ)を省(はぶ)き上野國(かみつけのくに)下野國(しもつけのくに)とし郡(こほり)の名(な)も塚(つか)を轉(てん)じて
 都賀郡(つがのこほり)と改(あらた)めける由(よし)を傳(つた)へたり上毛(かみつけ)下毛(しもつけ)の両國(りやうこく)は豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)
 の皇孫(みすゑ)𦾔(ふる)くより此(この)両國(りやうこく)に止(とゞま)り裔孫(えいそん)永(なが)く郷人(さとびと)となり玉ひしかば
 其(その)子孫(しそん)國中(こくちゆう)に繁延(はんえん)し上毛野朝臣(かみつけのゝあそん)下毛野朝臣(しもつけのゝあそん)を称(しよう)するものを初(はじめ)
 とし其(その)餘(よ)壬生氏(みぶうぢ)等(とう)の始祖(しそ)なる事は姓氏録(しやうしろく)にも見えたり又(また)神名(しんみやう)
 帳(ちやう)に載(のせ)て二荒山(にくわうざん)の神社(じんじや)《割書:名神大》山(やま)の名(な)二荒(にくわう)を和訓(わくん)してふたあら
 やまと唱(とな)ふ其(その)二荒山(にくわうざん)と號(がう)する義(ぎ)の起(おこ)れる濫觴(らんじやう)は當山(たうざん)の《振り仮名:𦾔記|きうき》に
 載(のせ)たるを閲(えつ)するに上古(じやうこ)より中禅寺(ちゆうぜんじ)の東北(とうぼく)に當(あた)りて大坑穴(たいかうけつ)あり
 是(これ)を称(しよう)して羅刹崛(らせつくつ)と唱(とな)ふ此 大坑(おほあな)上古(じやうこ)より有(あり)といへども其(その)名(な)を名(な)
 附(づけ)玉ひし事は開祖上人(かいそしやうにん)の时(とき)といへり彼(かの)坑中(かうちゆう)より大風(たいふう)吹出(ふきいだ)して草(さう)
 木(もく)を倒(たふ)し民屋(みんおく)を破潰(はさい)し國中(こくちゆう)を吹荒(ふきあら)す事 春秋(はるあき)両度(りやうと)毎歳(まいさい)約(やく)したる

【図】
御山内總圖《割書:并》東西町

雲夢齊孟縉圖
【右丁】
小倉山
御茶亭
【左丁】
興雲律院
外山

【図】
其二
【右丁】
イナリ川
御別當
 大樂院
養源院
仏岩谷
惠乘院
華藏院
醫王院
藤本院
護光院
法門院
修学院
東山谷
敎城院
日増院
逰城院
禅智院
櫻本院
御別荘
本宮
南照院
安居院
唯心院
【左丁】
御奥ノ院
新宮
御宮
二王御門
御假殿
時ノ鐘
御殿跡
安養院
御本坊
表御門
淨土院
御旅所
観音院
実敎院
光樹院
中山谷
照尊院
星ノ宮
星ノ宿

【図】
其三
【右丁】
御別所
 竜光院
日光権現
御靈庿
大師堂山
御堂山
常行堂
法華堂
無量院
御役所
御藏
西御役宅
善女神谷
西谷
火ノ番屋宅
竜神
四軒町
袋町
南谷
下本町
下大工町
上大工町
板引町
御厩
【左丁】
クシラ村
寂光
荒沢
妙道院
八幡
蓮華石
カンマン淵
原町
タモ沢
上本町
淨光寺
向河原
慈雲寺
啼虫山

【地図】
御山内縮圖

【右丁 地図】

【左丁】
 が如(ごと)し衆庶(しゆうしよ)是(これ)を患(うれ)ふ其(その)後(ゝち)弘仁十一年 空海和尚(くうかいをしやう)登山(とうざん)せられし时(とき)
 彼(かの)崛(くつ)邊(へん)に於(おい)て辟除(へきぢよ)結界(けつかい)し玉ひ山(やま)を號(がう)して日光(につくわう)と改(あらた)められしより
 《振り仮名:年〻|ねん〳〵》の暴風(ばうふう)も止(やみ)國中(こくちゆう)の人民(じんみん)も初(はじめ)て安堵(あんど)の思(おも)ひを得(え)たり當山(たうざん)の
 社士(しやし)小野氏(をのうぢ)の中禅寺(ちゆうぜんじ)の社職(しやしよく)を兼務(けんむ)して毎歳(まいさい)二荒(にくわう)の巌崛(がんくつ)に到(いた)り
 春秋(しゆんじう)二季(にき)風(かぜ)しづめの秘法(ひほふ)空海和尚(くうかいをしやう)より相承(さうじよう)し小野氏(をのうぢ)の家秘(かひ)と
 して修(しゆ)せし事 彼(かの)家(いえ)の《振り仮名:𦾔記|きうき》に載(のせ)たる由(よし)なりされど天和 年中(ねんぢゆう)故(ゆゑ)有(あり)て
 其(その)家(いえ)断絶(だんぜつ)せしとぞ
 文明 年中(ねんぢゆう)聖護院宮准后(しやうごゐんのみやじゆごう)道興法親王(だうこうほふしんわうの)囬國雜記(くわいこくざつきに)云(いはく)日光山(につくわうざん)にのぼりて
 よめるまたむかしは二荒山(にくわうざん)といふとなん
  雲(くも)きりもおよばて高(たか)き山(やま)の端(は)にわけて照(てり)そふ日(ひ)の光(ひかり)哉
 又(また)和名鈔(わみやうせう)郷名(がうみやう)の條(でう)に下野國(しもつけのくに)都賀郡(つがのこほりの)内(うち)の郷名(がうみやう)に布多(ふた)と書(かき)たるは
 今 近里(きんり)に其(その)遺称(ゐしよう)も聞(きこ)えざれども若(もし)くは二荒山(にくわうざん)の邊(へん)なる山麓(さんろく)【「フモト」左ルビ】に

【右丁】
 有(あり)し地名(ちめい)にてもありしやらんといふ説(せつ)あり定(さだ)かならねど聞(きゝ)傳(つた)
 へし事ありしゆゑ聊(いさゝか)爰(こゝ)にしるせり
日光御領(につくわうごりやう)《割書:一万三千石》
 日光御料(につくわうごれう)の界限(かいげん)は東の方 宇都宮街道(うつのみやかいだう)大澤駅(おほさはのえき)まで日光(につくわう)より四里
 壬生街道(みぶかいだう)は文挾駅(ふばさみのえき)迠(まで)同五里西の方 足尾(あしを)迠(まで)同六里 久我村(くがむら)まで同
 七里 乾(いぬゐ)の方 栗山郷(くりやまのがう)迠(まで)同七里なり中禅寺(ちゆうぜんじ)の奥湯本(おくゆもと)へ至(いた)り上野國(かみつけのくに)
 境(さかひ)あれども人跡(じんせき)たえたる所(ところ)ゆゑ慥(たしか)には知(し)れるものなけれど日光(につくわう)入口(いりくち)
 より九里 許(ばかり)も有(ある)べし南の方 足尾(あしを)より北は會津領(あひづりやう)の山谷堺(さんこくさかひ)へ是(これ)も人(ひと)
 の至(いた)らぬ高山(かうざん)峻谷(しゆんこく)多(おほ)きゆゑ定(さだ)かに知(しり)がたけれど大抵(たいてい)八里 餘(よ)も有(ある)べし
 御山内(ごさんない)より江戸(えど)迠(まで) 御成道(おんなりみち)三十六里 許(ばかり)宇都宮(うつのみや)へ九里 那須(なす)大田(おほた)
 原(はら)へ拾壱里 高原峠(たかはらたうげ)へ八里 餘(よ)常州(ひたちの)水戸(みと)へ三十五里 越後國(ゑちごのくに)へ六拾
 里 當國(たうごく)小山(をやま)迠(まで)十六里同 壬生(みぶ)迠(まで)十一里 許(ばかり)同 栃木(とちぎ)迠(まで)十二里 餘(よ)上野(かうづけの)
【左丁】
 妙義山(みやうぎさん)迠(まで)廿七里同 厩橋(まえばし)へ足尾(あしを)より十二里同 沼田(ぬまた)迠(まで)十四里
松原町(まつばらまち) 日光(につくわう)入口(いりくち)の町(まち)にて木戸門(きどもん)を設(まう)く古(いにしへ)は此あたり松(まつ)ばらにて
 有(あり)しといふ
石屋町(いしやまち) 御幸町(ごかうまち) 傳(つた)へ聞(きく)此三町今 悉(こと〴〵く)町並(まちなみ)の軒(のき)をつらねたは寛永
 已来(いらい)の事なりといへり其(その)以前(いぜん)は御幸町(ごかうまち)をば新町(しんまち)と称(しよう)して御山内(ごさんないの)
 中山(なかやま)の地(ち)に在(あり)しといひ石屋町(いしやまち)松原町(まつばらまち)は御山内(ごさんない)こゝかしこ又(また)は
 御山外(ごさんぐわい)《振り仮名:所〻|しよ〳〵》山際(やまぎは)などに在(あり)し《振り仮名:家〻|いへ〳〵》なりしが寛永十七年 故(ゆゑ)ありて
 新町(しんまち)をば鉢石町(はついしまち)の下(しも)へ移(うつ)さる其(その)时(とき)淨土院(じやうどゐん)観音院(くわんおんゐん)実敎院(じつけうゐん)光樹院(くわうじゆゐん)
 の四ヶ院(ゐん)其(その)町跡(まちあと)を寺地(てらち)に賜(たま)はりて引移(ひきうつ)れり外(ほか)に山内外(さんないぐわい)《振り仮名:所〻|しよ〳〵》に散(さん)
 在(ざい)せし俗家(ぞくか)をば稲荷町(いなりまち)並(ならび)に松原(まつばら)へ移(いつ)さる其(その)頃(ころ)は都(すべ)て三町を新町(しんまち)
 と唱(とな)へしといへり
龍藏寺(りうざうじ) 石屋町(いしやまち)北側(きたがは)にあり瑞雲山(ずゐうんざん)と號(がう)【号+乕】す原町(はらまち)妙道院(みやうだうゐん)末寺(まつじ)内(ない)に観(くわん)

【図】
日光入口東町凡長十四五町許
花菱齊
   北雅筆

【右丁】
上鉢石町
観音寺
中鉢石町
下鉢石町
出町
多聞寺
コウウゾウ
イナリ

【左丁】
御幸町
石屋町
松原町
イナリ町
竜藏寺

【右丁】
 音堂(おんだう)あり當國(たうごく)三拾三 所(しよ)の内(うち)三拾二 番(ばん)の觀音(くわんおん)慈覚大師(じがくだいしの)作(さく)又 恵心(ゑしん)
 僧都(そうづ)の作(さく)なる辨才天(べんざいてん)を安置(あんち)す此 寺(てら)は古(いにしへ)畠山重忠(はたけやましげたゞ)の季子(きし)なるが
 出家(しゆつけ)し重慶阿闍梨(ぢうけいあじやり)といへる僧(そう)が庵(いほり)を結(むす)びし《振り仮名:𦾔跡|きうせき》なり重慶(ぢうけい)不慮(ふりよ)に
 害(がい)せられ暫(しばら)く断絶(だんぜつ)せしを年(とし)經(へ)て當山(たうざんの)座主(ざす)再営(さいえい)なりといふ東鑑(あづまかゞみに)云(いはく)
 建曆(けんりやく)三年九月十九日 日光山(につくわうざん)別當(へつたう)辨覚(べんがく)進(しんじて)_二使者(ししやを)_一申(まうして)云(いはく)故(こ)畠山(はなけやま)次郎 重(しげ)【注①】
 忠(たゞ)末子(ばつし)大夫(たいふ)阿闍梨(あじやり)重慶(ぢうけい)籠(こもり)_二居(ゐ)當山(たうざん)之(の)麓(ろく)根(こんに)_一聚(あつめ)_二牢人(らうにんを)_一又(また)祈禱(きたう)有(あり)_下碎(くだく)_二肝(かん)【注②】
 膽(たんを)_一事(こと)_上是(これ)企(くはだつる)_二謀叛(むほんを)_一之(の)條(でう)無(なき)_二異儀(いぎ)_一欤(か)之(の)由(よし)《割書:云| 〻》其(その)砌(みぎり)長沼(ながぬま)五郎 宗政(むねまさ)候(こうずる)_二當座(たうざに)_一之(の)
 間(あひだ)可(べき)_レ生(いけ)_二-虜(どる)重慶(ぢうけいを)_一之(の)趣(おもむき)被(らる)_二仰(おほせ)含(ふくめ)_一之《割書:云| 〻》宗政(むねまさ)即时(そくじ)に馬(うま)を馳(はせ)て重慶(ぢうけい)が首(くび)を
 斬(きり)て鎌倉(かまくら)へ持参(ぢさん)しければ幕下(ばつか)将軍(しやうぐん)の仰(おほせ)に畠山重忠(はたけやましけたゞ)は謀叛人(むほんにん)にあらず
 其 末子(ばつし)の出家(しゆつけ)なれば生虜(いけどり)来(きた)るべき旨(むね)を下知(げぢ)せしに誅戮(ちゆうりく)するに
 不及(およばず)よと大(おほい)に御気色(みけしき)に違(ちが)ひければ宗政(むねまさ)も無本意(ほいなき)事に思(おも)ひ侍所(さふらひどころ)に
 して頭人(とうにん)へ對(たい)し《振り仮名:種〻|しゆ〴〵》所存(しよぞん)の事ども放言(はうげん)して退去(たいきよ)せしといふ
【左丁】
神主山(かうのすやま) 土人(どじん)唱(とな)へを誤(あやまり)て鴻巣(こうのす)とも書(かき)或(あるひ)は鴻臺(こうのだい)などゝ謬(あやまり)傳(つた)へたり
 是(これ)は石屋町(いしやまち)邊(へん)の南に當(あた)れる高山(かうざん)登(のぼ)り凡(およそ)一里 許(ばかり)東南 数(す)十里を遠(ゑん)
 望(ばう)す此(この)邊(へん)都(すべ)て童山(どうざん)にして頂上(ちやうじやう)平坦(へいたん)十 間(けん)四方(しはう)程(ほど)なり
稲荷町(いなりまち) 一名(いちみやう)は出町(でまち)と唱(とな)ふもとは本宮(ほんぐう)社地(しやち)の東の方に町並(まちなみ)人家(じんか)
 在(あり)て又 御目付(おんめつけ)屋敷(やしき)火之番(ひのばん)屋敷(やしき)もありて鎭守(ちんじゆ)稲荷(いなり)の社(やしろ)あるゆゑ
 稲荷町と唱(とな)へ川(かわ)の名(な)も稲荷川(いなりがは)と號(がう)し今も本宮(ほんぐう)の東の方(かた)なる谷(たに)
 川(がは)をいふ此 谷川(たにがは)の水源(すゐげん)は瀧尾山(たきのをやま)より西北に七滝(なゝたき)といへる深山(しんざん)の
 幽谷(いうこく)より出(いづ)る寛文年中 不図(はからず)水源(すゐげん)の山(やま)崩(くづ)れ遽(にはか)に洪水(こうずゐ)激流(げきりう)し御目(おんめ)
 付(つけ)屋敷(やしき)火之番(ひのばん)屋敷(やしき)町屋(ちやうか)も稲荷町(いなりまち)萩垣町(はぎがきまち)など同时(どうじ)に流亡(りうばう)し溺死(できし)の
 もの三百人 餘(よ)なりとぞ其(その)後(ゝち)町家(ちやうか)を此(この)所(ところ)へうつされけるゆゑ出町(でまち)
 とも唱(とな)ふ石屋町(いしやまち)御幸町(ごかうまち)の東 裏(うら)より下鉢石町(しもはついしまち)の横町(よこちやう)迠(まで)に至(いた)る此(この)
横町(よこちやう)を乙女町(おとめまち)とも火(ひ)の番(ばん)横町(よこちやう)ともいへり神人(しんじん)等(ら)が住(ぢゆう)するゆゑ

【注① 「畠山」の振り仮名「はなけやま」はママ】
【注② 「籠」と「居」の間に竪点(合符)脱ヵ】

【図】
【右丁】
關陵寫【印 關陵】
【左丁】
鉢石町の炊烟

【右丁】
 なり火(ひ)の番(ばん)屋敷(やしき)も漂流(へうりう)の後(のち)に此(この)横町(よこちやう)へ移(うつ)さる元(もと)より一屋敷(ひとやしき)は
 入町(いりまち)に有(あり)て両所(りやうしよ)ともに防火(ばうくわ)の御備(おんそなへ)のために置(おか)れしかど寛政の
 初(はじめ)に所以(ゆゑ)ありて一組(ひとくみ)は御減(ごげん)じとなれり
下鉢石町(しもはついしまち) 中鉢石町(なかはついしまち) 御山内(ごさんない)の方(かた)を上(うえ)とし上中下(かみなかしも)と三町に分(わか)ち
 町並(まちなみ)長(なが)さ七町 許(ばかり)御幸町(ごかうまち)より續(つゞ)き此(この)三町は御傳馬(おてんま)駅次(うまつぎ)を勤(つと)む本陣(ほんぢん)
 の旅亭(りよてい)三四 宇(う)其(その)餘(よ)旅舎(りよしや)あり上鉢石坂下(かみはついしさかした)に傳馬(てんま)會所(くわいしよ)あり問屋(とひや)は
 杉江太左衛門(すぎえたざゑもん)とて其(その)事(こと)を司(つかさど)る中鉢石町家(なかはついしまちや)の裏(うら)に鉢(はち)に似(に)たる大(たい)
 石(せき)あるをもて町(まち)の名(な)に負(おは)せり
上鉢石町(かみはついしまち) 此(この)所(ところ)は両側(りやうかは)に當所(たうしよ)名産(めいさん)指物(さしもの)塗(ぬり)もの曲物(まげもの)膳椀(ぜんわん)食籠(じきろう)其(その)餘(よ)
 諸品(しよひん)を商(あきな)ふ《振り仮名:店〻|たな〴〵》軒(のき)を連(つら)ねてすめり
觀音寺(くわんおんじ) 鉢石山(はついしざん)と號(がう)【号+乕】す當山(たうざん)御直末(おぢきまつ)なり中鉢石町(なかはついしまち)の南の山際(やまぎは)にあり
 境内(けいだい)観音堂(くわんおんだう)本尊(ほんぞん)は弘法大師(こうぼふだいしの)作(さく)といふ此(この)寺(てら)は鉢石町(はついしまちの)方(かた)なる香花院(かうげゐん)【「ボダイシヨ」左ルビ】
【左丁】
 なり此(この)寺(てら)は徃古(わうこ)より在(あり)し寺(てら)なりといへり
下馬(げば) 上鉢石町(かみはついしまち)を出(で)はなれ四方(しはう)ひらけたる所(ところ)の左(ひだり)の山際(やまぎは)に下乗(げじよう)
 の石柱(せきちゆう)たてり土人(どじん)此(これ)所(ところ)を下馬(げば)と唱(とな)ふ向(むか)ふの方(かた)へ少(すこ)しくだれば
 神橋(みはし)并(ならびに)仮橋(かりばし)あり
星宮(ほしのみや) 下馬(げば)の南なる山麓(さんろく)【「フモト」左ルビ】杉(すぎ)の古樹社(こじゆしや)邊(へん)を圍繞(ゐねう)す此(この)宮(みや)小社(せうしや)なりと
 いへども日光(につくわう)緇素(しそ)大切(たいせつ)なる社頭(しやとう)なり其(その)来由(らいゆ)を爰(こゝ)に省略(しやうりやく)してしる
 さんには當山(たうざん)開祖上人(かいそしやうにん)いまだ御幼稚(ごえうち)にておはせしころ御童名(ごどうみやう)を
 藤糸丸(ふぢいとまろ)と称(しよう)し奉(たてまつ)れり天平十三癸丑 藤糸丸(ふぢいとまろ)七 歳(さい)の秋(あき)或(ある)夜(よ)明星天(みやうじやうてん)
 子(し)忽然(こつぜん)として降臨(ごうりん)まし〳〵親告(まのあたりつげ)て宣(のたま)はく二荒山(にくわうざん)は神代(じんだい)より以降(このかた)
 大己貴命(おほなむちのみこと)田心姫命(たごりひめのみこと)味耜高彦根命(あぢすきたかひとねのみこと)垂迹(すゐしやく)の靈地(れいち)にして三神(さんじん)とこし
 なへに彼(かの)山頂(さんちやう)にましませり爾(しか)るに汝(なんぢ)兼(かね)て三神(さんじん)と宿縁(しゆくえん)厚(あつ)うして
 頗(すこぶる)法器(ほふき)を備(そな)ふ速(すみやか)に大心(たいしん)を發(おこ)し彼(かの)山川(さんせん)を跋渉(ばつせふ)して三神(さんじん)に値遇(ちぐう)し

【右丁】
 奉(たてまつ)り勝地(しようち)を草創(さうさう)して遠(とほ)く末代(まつだい)の群生(ぐんしやう)を濟度(さいど)すべし我(われ)は是 虚空(こくう)
 蔵(ざう)の垂迹(すゐしやく)なり天(てん)に在(あり)ては大白星(たいはくせい)とあらはれ此(この)土(ど)に来下(らいげ)しては
 磐裂(いはさく)の荒神(くわうじん)たりと告説(つげをはり)て忽然(こつぜん)として見(み)え給(たま)はず藤糸(ふぢいと)奇異(きい)の
 思(おも)ひをなし是(これ)より信心(しんじん)膽(きも)に銘(めい)じ発心(ほつしん)常(つね)に怠(おこた)り給(たま)はず遂(つひ)に二
 十七 歳(さい)の春(はる)薙髪(ちはつ)授戒(じゆかい)して當山(たうざん)開基(かいき)の功業(こうげふ)を成(なし)給(たま)へり上人(しやうにん)曽(かつ)て
 四本龍寺(しほんりうじ)におはせし时(とき)徒㐧(とてい)の《振り仮名:人〻|ひと〴〵》に告(つげ)て宣(のたまは)く吾(わが)此(この)靈山(れいざん)を闢(ひら)き
 精舎(しやうしや)を建(たて)て天下(てんか)の為(ため)に帰依せらるゝこと単(ひとへ)に明星天子(みやうじやうてんし)の神勅(しんちよく)深(しん)
 砂大王(しやだいわう)の擁護(おうご)によれり汝(なんじ)等(ら)及(および)末代(まつだい)我(わ)が耳孫(じそん)たるものは常(つね)に此
 両神(りやうじん)を尊崇(そんそう)して必(かならず)神恩(しんおん)を忘失(ばうしつ)すべからずと因茲(これによりて)建立修行記(こんりふしゆぎやうきに)云(いはく)
 當(あたりて)_二河南涯(かはのなんがいに)_一有(あり)_レ山(やま)名(なづく)_二精進峰(しやうじんのみねと)_一崇(あがめて)_レ神(かみを)號(がうす)【号+乕】_二星御前(ほしのごせんと)_一《割書:云| 〻》又(また)云(いはく)河北涯(かはのほくがいに)崇(あがむ)_二㴱沙王(しんしやわうを)_一
 《割書:云| 〻》是(これ)に仍(よつ)て是(これ)を観(み)れば星宮(ほしのみや)は當山(たうざん)権輿(けんよ)の基(もとゐ)にして上人(しやうにん)の恩(おん)
 沢(たく)遠(とほ)く今に及(およぶ)も全(まつた)く二神(にじん)の冥助(みやうじよ)に出(いで)て恰(あたかも)比叡(ひえ)の山王(さんわう)赤山に齊(ひと)し
【左丁】
 小社(せうしや)といへども疎(おろそか)なるべけんや此(この)ゆゑに今(いま)猶(なほ)東西 町(まち)にて星宮(ほしのみや)
 并(ならび)に虚空蔵(こくうざう)を以(もつ)て總鎮守(そうちんじゆ)と崇(あが)め奉(たてまつ)れり
神橋(みはし) 神護景雲元年 勝道上人(しようだうしやうにん)跋渉(ばつせふ)のみぎり此(この)所(ところ)に来(きた)り給(たまひ)しに両(りやう)
 岸(がん)の絶崕(ぜつがい)高(たか)く聳(そびえ)漲水(ちやうすゐ)盤渦(はんくわ)して濟(わた)るべきやうなかりしかば道公(だうこう)
 輞然(まうぜん)として巌上(がんしやう)に跪(ひざまづ)き丹心(たんしん)をくだき神仏(しんぶつ)に祈誓(きせい)し暫(しばらく)念誦(ねんじゆ)し玉ひ
 けるに髣髴(はうふつ)として北崕(ほくがい)に深沙大王(しんしやだいわう)の尊容(そんよう)あらはれ御手(おんて)に持(もち)玉ふ
 青赤(せいしやく)の両蛇(りやうじや)を大河(だいが)に向(むかひ)て放(はなち)玉ふと見(み)る所(ところ)に忽(たちまち)飄然(へうぜん)として虹霓(こうげい)【雨+児】
 の山間(さんかん)に浮(うかべ)るに異(こと)ならず北岸(ほくがん)より南崕(なんがい)まで一條(いちでう)の長橋(しやうけう)を架(か)せり
 上人(しやうにん)奇異(きい)の思(おも)ひをなし深(ふか)く大権(たいごん)の冥助(みやうじよ)を歓喜(くわんぎ)まし〳〵信心(しんじん)身に
 徹(てつ)し玉ふといへどもいまだ凡慮(ぼんりよ)を免(のが)れ給(たま)はざれば大蛇(だいじや)の長橋(ちやうけう)を
 望(のぞ)みしばし躊躇(ちうちよ)し給ふ所(ところ)に又(また)不思議(ふしぎ)なる哉(かな)蛇橋(じやけう)の上(うへ)に忽(たちまち)数根(すこん)
 の山菅(やますげ)を生(しやう)じ山間(さんかん)に一路(いちろ)を新(あらた)に開(ひら)きたるにことならず上人(しやうにん)いよ〳〵

【図】
【右丁】
勝道上人(しようだうしやうにん)開闢(かいびやく)の時(とき)深沙大王(しんしやだいわう)の加護(かご)を
得(え)て蛇橋(じやばし)を渡(わた)り登山(とうざん)し玉ふ圖(づ)

【右丁】
 冥助(みやうじよ)の著(いちじろ)き事を感歎(かんたん)まし〳〵いつしか危(あやふ)き念慮(ねんりよ)も忘(わす)れ遂(つひ)に徒㐧(とてい)と
 ともに彼(かの)長橋(ちやうけう)を濟(わた)り給(たま)ひ北岸(ほくがん)に至(いたり)て遥(はるか)に後(うしろ)を顧(かへりみ)給へばあやしむ
 べし大王(だいわう)も二蛇(にじや)もかき消(け)す如(ごと)く見(み)えさせ給(たま)はずなりけるとぞ
 夫(それ)より此(この)橋(はし)を称(しよう)して山菅(やますげ)の蛇橋(じやばし)とは唱(とな)へけり又(また)大同 年間(ねんかん)帝京(ていきやう)に
 兵革(ひやうかく)の事(こと)起(おこり)て既(すで)に干戈(かんくわ)を揺(うごかす)に及(およ)び當山(たうざん)の御神(おんかみ)へ朝廷(てうてい)より懇祈(こんき)
 をこめられけるがほどなく天下(てんか)無為(ぶゐ)に帰(き)せしかば其(その)報應(はうおう)の為(ため)
 にとて日光權現(につくわうごんげん)の宮殿(きうでん)新(あらた)に御造替(おんつくりかへ)あり山菅橋(やますげのはし)も此(この)时(とき)はじめて
 大(おほい)なる橋(はし)となれりそれまでは上人(しやうにん)徒㐧(とてい)とともに蛇橋(じやばし)の跡(あと)へ僅(わづか)
 なる橋(はし)を架(か)し置(おき)給(たま)へるのみにて至(いたつ)て小橋(せうけう)なりけりとぞ山菅橋(やますげのはし)又(また)は
 山菅(やますげ)の蛇橋(じやばし)とも称(しよう)し玉(たま)ひしより遂(つひ)には通称(つうしよう)となりぬ今は專(もつぱら)神(み)
 橋(はし)と唱(とな)ふ枕草紙(まくらのさうし)の春曙抄(しゆんしよせう)に異本(いほん)を引(ひき)てやますけのはし一筋(ひとすぢ)わた
 したる棚橋(たなばし)と書(かけ)るはむかし僅(わづか)にわたしゝ小橋(せうけう)のさまを其(その)まゝに
【左丁】
 書(かき)たるものなるべし扨(さて)前條(ぜんでう)に出(いだし)し如(ごと)く大同三年 當國(たうごく)の國司(こくし)橘(たちばなの)
 利遠(としとほ)當山(たうざん)造営(ざうえい)の勅(ちよく)を稟(うけ)しとき麓(ふもと)にすめる神人(しんじん)にて工匠(こうしやう)を兼(かぬ)る
 山崎太夫(やまざきたいふ)といふものに下知(げぢ)して初(はじめ)て大橋(たいけう)を架(か)せしより諸人(しよにん)渡(わた)るに
 易(やす)き事(こと)を得(え)たりとぞ夫(それ)より十六年に一度(いちど)づゝ掛替(かけかへ)の命(めい)あり山崎(やまざき)
 太夫(たいふ)の子孫(しそん)《振り仮名:代〻|だい〳〵》其(その)事(こと)を勤(つと)む山崎太夫(やまざきたいふ)通名(つうみやう)長兵衞(ちやうびやうゑ)と號(がう)するゆゑ
 里俗(りぞく)常(つね)に呼(よん)で橋掛長兵衞(はしかけちやうびやうゑ)と字(あざな)せり
 廽國雜記(くわいこくざつきに)云(いはく)此(この)山(やま)にやますげの橋(はし)とて深秘(しんひ)の子細(しさい)ある橋(はし)はべり
 くはしくは縁記(えんぎ)に見え侍(はべ)る又(また)顕露(けんろ)にしるし侍(はべ)るべきことにあらず
   法(のり)の水(みづ)みなかみふかくたつねずはかけてもしらし山菅(やますげ)の橋(はし)
 《割書:万葉》むば玉の黒(くろ)かみ山(やま)のやま菅(すげ)にこさめ降(ふり)しきます〳〵ぞおもふ 人丸
 《割書:懐中》老(おい)の世(よ)に年(とし)をわたりてこほれなは常(つね)よかりける山菅(やますげ)の橋(はし)
 此(この)所(ところ)は 御遷座(ごせんざ)の事(こと)に仍(より)て荊棘(けいきよく)をはらひ《振り仮名:𡸴嵓|けんがん》を裂(さき)て直道(ちよくだう)を達(たつ)し

【右丁】
 橋(はし)を設(まう)け通路(つうろ)の便冝(びんぎ)とせられしより商家(しやうか)連住(れんぢゆう)して街坊(かいばう)修飾(しうしよく)せし
 事(こと)とぞ又(また)里老(りらう)が話(かた)れるを聞(きく)に上鉢石(かみはついし)坂(さか)うへはもと星宮(ほしのみや)の山上(さんしやう)
 より續(つゞ)きたる山(やま)なるを坂口(さかぐち)より下馬(げば)迠(まで)山(やま)の中腹(ちゆうふく)を悉(こと〴〵く)切(きり)平(たひら)げら
 れて中段(ちゆうだん)に造(つく)れる町並(まちなみ)なり今(いま)中鉢石(なかはついし)といへる所(ところ)の北 裏(うら)は町家(ちやうか)の
 際(きは)迠(まで)押寄(おしよせ)て大谷川(だいやがは)の水瀬(すゐらい)に有(あり)しゆゑ町幅(まちはゞ)至(いたつ)て狹(せば)し其(その)河瀬(かはせ)を山(さん)
 腹(ふく)を開(ひらき)し土石(どせき)を以(もつ)て填(うづめ)られ河瀬(かはせ)を小倉山(をぐらやま)の麓寄(ふもとより)へ疏鑿(しよさく)しける
 ゆゑ今は川瀬(かはせ)北岸(ほくがん)へ接附(せつふ)し中下鉢石(なかしもはついし)迠(まで)の北 裏通(うらとほ)り平坦(へいたん)の通路(つうろ)とは
 なれる由(よし)されどももとより河原(かはら)跡(あと)ゆゑ大石(たいせき)多(おほ)く路傍(ろはう)にまろべり
 此(この)御手傳(おんてつだひ)の成㓛(せいこう)は仙臺侯へ被(られ)_レ命(めいぜ)ける由(よし)其(その)㓛業(こうげふ)また少(すくな)からず
 古(いにしへ)より山内(さんない)へ通行(つうかう)せしは観音寺(くわんおんじ)前(まへ)より今(いま)は會所(くわいしよ)と號(がう)するあた
 りを過(すぎ)て河原(かはら)へ出(いで)て大谷川(だいやがは)を渉(わた)り本宮(ほんぐう)下(した)より山内(さんない)へ達(たつ)せし由(よし)
 今(いま)も鉢石町(はついしまち)うらに又蔵橋(またざうばし)夫(それ)より僅(わづか)下(くだ)れは所野橋(ところのばし)とて所㙒村(ところのむら)へ
【左丁】
 通行(つうかう)する土橋(どばし)あり其(その)下(した)に七里村(しちりむら)より小百村(こびやくむら)への通行橋(つうかうはし)あり是(これ)は
 湯西(ゆにし)又(また)は高原(たかはら)への道(みち)にて會津(あひづ)へも逗(いた)れり今市駅(いまいちのえき)は
 御打入(おんうちいり)の後(のち)に置(おか)れたる驛舎(えきしや)にてもとは七里村(しちりむら)にて大谷川(だいやがは)を渉(わた)り
 大渡(おほわたり)にして絹川(きぬかは)を踰(こえ)て宇都宮(うつのみや)へも達(たつ)せしといひ那須(なす)へ通(かよ)ふと
 會津(あひづ)へ行(ゆく)は古(いにしへ)も今(いま)も其(その)路(みち)同(おな)じ
 宗長紀行(そうちやうきかうに)云(いはく)《割書:永正六年|九月》此(この)八島(やしま)より各(おの〳〵)打(うち)つれかぬまといへる所(ところ)に
 綱房(つなふさ)《割書:壬生中務少輔|なり》が父(ちゝ)筑後守(ちくごのかみ)綱重(つなしげ)の館(たち)あり
  一宿(いつしゆく)してたちのいそぎのまに
       わかで見舞くろ髪山(かみやま)の秋(あき)の霜(しも)
 同(おなじ)紀行(きかうに)云(いはく)鹿沼(かぬま)より寺迠(てらまで)は五十里の道(みち)この頃(ごろ)の雨(あめ)に人馬(にんば)のゆき
 かよひ通(とほ)るべくもあらずおもひしに寺(てら)の坂本迠(さかもとまで)《振り仮名:所〻|しよ〳〵》より出来(いでく)る
 過分(くわぶん)なりしことなり坂本(さかもと)の人家(じんか)は数(かず)を分(わか)ず續(つゞき)て福地(ふくち)と見(み)ゆ爰(こゝ)より

【図】
【右丁】
可菴武清筆【印 可菴】
【左丁】
御神橋圖

【右丁】
 九曲折(つゞらをり)なる岩(いは)につたひてよぢ登(のぼ)れば寺(てら)のさま哀(あはれ)に松杉(しようさん)雲霧(うんむ)
 まじはり槇檜原(まきひはら)の峰(みね)幾重(いくへ)ともなし左右(さいう)の谷(たに)より大(おほい)なる川(かは)流(なが)れ
 出(いで)たり落合(おちあふ)處(ところ)の岩(いは)のさきより橋(はし)あり長(なが)さ四十丈にも餘(あま)りたらん
 中(なか)をそらして柱(はしら)も立(たて)ず見(み)えたり山菅橋(やますげのはし)と昔(むかし)よりいひ渡(わた)りたると
 なん此(この)山(やま)に小菅(こすげ)生(おふ)ると萬葉(まんえふ)にありゆゑある名(な)と見(み)えたり其(その)日(ひ)の
 入相(いりあひ)の程(ほど)に宿坊(しゆくばう)鏡泉坊(きやうせんばう)につきぬ頓(やが)て翌日(よくじつ)座禅院(ざぜんゐん)にて連歌(れんが)あり
   世(よ)は秋(あき)もときはかきはのみ山(やま)かな
 夜(よ)に入(いり)て果(はて)ぬ執筆(しゆひつ)は児(ちご)の十六七にやと覚(おぼ)ゆるにぞ一座(いちざ)終日(しゆうじつ)の
 興(きよう)も浅(あさ)からず侍(はべ)りし宮増源三(みやますげんざう)などいふ猿楽(さるがく)のぼり合(あわせ)て夜(よ)更(ふく)る
 まで盃(さかづき)数度(すど)に成(なり)てうたひ舞(まひ)などして意(こゝろ)面白(おもしろ)きさま誰(たれ)か千世(ちよ)も
 とおもはざりけん明(あく)る日(ひ)日光堂權現(につくわうだうごんげん)拜(はい)して滝尾(たきのを)といふ別所(べつしよ)あり瀧(たき)
 のもとに不動堂(ふどうだう)あり瀧(たき)のうへに楼門(ろうもん)有(あり)廽廊(くわいらう)有(あり)右(みぎ)に漲(みなぎ)り落(おち)たる河(かは)
【左丁】
 あり松ふく嵐(あらし)岩(い[は])うつ浪(なみ)何(いづ)れとわかちがたし寺(てら)より廿餘町の程(ほど)
 大石(たいせき)をたゝめるなべての寺(てら)の道石(みちいし)を敷(しき)て滑(なめら)かなり是(これ)より《振り仮名:谷〻|たに〴〵》
 を見下(みおろ)せば《振り仮名:院〻|ゐん〳〵》僧坊(そうばう)凡(およそ)五百 坊(ばう)にも餘(あま)りぬらん中禅寺(ちゆうぜんじ)とて四十
 里のうへに湖(みづうみ)有(あり)とかや《割書:云| 〻》上世(じやうせい)當國(たうごく)の国司(こくし)橘年遠(たちばなのとしとほ)が勅(ちよく)を奉(ほう)じ
 て板橋(いたばし)に造立(ざうりふ)せしは大同三年の事(こと)にて夫(それ)より星霜(せいさう)を經(ふ)ること
 凡(およそ)八百 有餘歳(いうよさい)にして
 大神祖君 御鎮座(おんちんざ)以後(いご)寛永六《割書:己| 巳》年 御修造(おんしゆざう)を加(くは)へ給(たま)ふ同十三《割書:丙| 子》年
 新規(しんき)に御造立(おんざうりふ)の結構(けつこう)は長(ながさ)拾四 間(けん)幅(はゞ)三 間(げん)左右前後(さいうぜんご)の欄干(らんかん)ともに
 總(そう)朱塗(しゆぬり)擬寶珠(ぎばうしゆ)滅金(めつき)其(その)餘(よ)手摺(てすり)かなもの皆(みな)同(おな)じ橋(はし)の裏板(うらいた)行桁(ゆきけた)は黒(くろ)
 塗(ぬり)両方(りやうはう)の入口(いりくち)に欄楯(らんじゆん)を設(まう)け金鎖(きんさ)して通行(つうかう)を禁(きん)じ給ふ両岸(りやうがん)に大石(たいせき)を
 削(けづり)て柱(はしら)となす万代(ばんだい)不易(ふえき)の石柱(せきちゆう)なり同年四月
 東照宮二十一囬(くわい)御忌(ぎよき)京都(きやうと)より御攝家門跡(ごせつけもんぜき)方(がた)其(その)餘(よ)月卿雲客(げつけいうんかく)下向(げかう)の

【右丁】
 时(とき)三條実條卿 下向(げかう)ありて
  山菅(やますげ)のかけて危(あやふ)き古橋(ふるはし)を石(いし)を柱(はしら)にわたる御代(みよ)かな
    神 橋           朝鮮國 涬溟齋
  偶入壺中一破顔■【去+易・朅ヵ】來橋上俯晴灣蒼龍倒飲千層浪玉蝀斜連
  兩岸山秋後客疑鐲渚過夜深人似月宮還閑看白鶴飛華表醉
  倚雲梯縹緲閒
                      龍 洲
  路絶盤渦束峽閒飛仙於此亦凋顔誰令烏鵲愁銀漢可異蛟蛇
  化艸菅陶素蟠桃通利濤衡山絶頂有躋攀由來禹𪔂驅鬼魅天
  下名區鬼得慳
 神橋(みはし)御渡初(おんわたりはじめ)御供養(おんくやう)の御導師(おんだうし)ともに天海老大僧正(てんかいらうだいそうじやう)なり此(この)度(たび)美麗(びれい)
 に御造立(おんざうりふ)有(あり)しゆゑ諸人(しよにん)の通行(つうかう)には假橋(かりばし)を其(その)侭(まゝ)に架(か)しおかれて
【左丁】
 常(つね)の徃来(わうらい)とせられ神橋(みはし)は
 将軍家 御登山(ごとうさん)の砌(みぎり)のみ渡御(とぎよ)なし給(たま)ふとぞ其(その)餘(よ)は每歳(まいさい)二月廿三日
 冬峰(ふゆみね)修行(しゆぎやう)の行人(ぎやうにん)水取(みづとり)に済(わた)り又(また)三月二日 早朝(さうてう)出峰(しゆつほう)にも済(わた)れり
假橋(かりはし) 神橋(みはし)より二十 間(けん)程(ほど)東の方(かた)に架(わた)す両岸(りやうがん)より材木(ざいもく)を組出(くみいだ)し柱(はしら)
 なく欄干(らんかん)附(つき)板橋(いたはし)長(ながさ)十四五 間(けん)幅(はゞ)二 間(けん)半(はん)餘(よ)牛馬(ぎうば)通行(つうかう)の患(うれひ)なし
高坐石(かうざせき) 《振り仮名:𦾔記|きうき》に載(のせ)たるは昔(むかし)此(この)所(ところ)に鼻突石(はなつきいし)《割書:神橋(みはし)より一 間(けん)余(よ)河(かは)|上(かみ)にありしといふ》讀誦石(どくじゆせき)と
 称(しよう)する石(いし)あり何(いづ)れも徃古(わうご)より謂(いは)れ有(ある)石(いし)なりしが貞享四年の洪(こう)
 水(ずゐ)の时(とき)三石(さんせき)ともに埋(うづみ)て見(み)えず其(その)後(ゝち)元祿十七年の洪水(こうずゐ)の後(のち)に此(この)
 高座石(かうざせき)のみ昔(むかし)の所(ところ)へ忽然(こつぜん)として顕(あらは)れ出(いで)たりといふ
大谷川(だいやがは) 水源(すゐげん)は中禅寺(ちゆうぜんじ)の湖水(こすゐ)より出(いで)て華厳瀧(けごんのたき)へ落(おち)来(きた)り大澤(だいたく)幽(いう)
 谷(こく)を經(へ)て流(ながる)るゆゑ大谷川(だいやかは)の名(な)あり水路(すゐろ)のかゝること五里ばかり
 上下(かみしも)の水流(すゐりう)の内(うち)には渉(わた)り安(やす)き所(ところ)もあれど至(いたつ)て冷水(れいすゐ)なりされども

【図】
【右丁】
大谷川秋月
【左丁】
華山登畫

【右丁】
 鱒(ます)鰥(やもめ)岩魚(いはな)などすめり水源(すゐげん)より七八里 東流(とうりう)して絹川(きぬがは)に灌漑(くわんき)す
御番所(おんばんしよ) 仮橋(かりばし)を渡(わた)りて向(むかふ)に有 御山内(おんさんない)御番所(おんばんしよ)此(この)地(ち)を合(あは)せて拾一ヶ所(しよ)
 あり 御宮(おんみや)二王御門(にわうごもん)下(した) 御宮内(おんみやうち)御手洗屋(みたらしやの)脇(わき) 御宮(おんみや)裏御門(うらごもん)
 三仏堂(さんぶつだうの)脇(わき) 佛岩(ほとけいは) 新宮社地(しんぐうしやち)後山(うしろやま) 御靈屋(ごれいや)二王御門(にわうごもん)下(した) 御堂山(みだうやま)
 瀧尾口(たきのをぐち) 下河原(しもがはら) 仮橋向(かりばしむかひ)
本宮權現(ほんぐうごんげん) 日光(につくわう)三社(さんしや)の内(うち)なり社地(しやち)仮橋(かりばし)の筋向(すぢむかふ)なる丘上(をかのうへ)に鎭坐(ちんざ)前(まへ)は
 大谷川(だいやがは)の流(ながれ)に對(たい)し東北の方(かた)は稲荷川(いなりがは)に接(せつ)す社木(しやぼく)杉(すぎ)の古樹社地(こじゆしやち)
 を繚繞(れうねう)せり御番所(ごばんしよ)の傍(かたはら)より石鴈木(いしがんぎ)を右へ登(のぼ)る中程(なかほど)の左の方(かた)に
 別所(べつしよ)の坊(ばう)あり又(また)石鴈木(いしがんぎ)道(みち)を廿五六 間(けん)登(のぼ)り石鳥居(いしのとりゐ)あり寛政年中
 迠(まで)は木鳥居(きどりゐ)なりしを同十二《割書:申》年 御修理(おんしゆり)の时(とき)に石(いし)に改(あらため)建(たて)らる此
 鳥居(とりゐ)の額(がく)は天明元年二月
 一品准三后宮公道法親王の御染筆(ごせんひつ)なり此(この)所(ところ)の隅(すみ)に古(いにしへ)鐘楼堂(しゆろうだう)の

【左丁】
 礎石(そせき)残(のこ)れり長禄三年の鋳(たう)なり古河御所成氏朝臣(こがごしよなりうぢあそん)の名(な)を彫(てう)す今(いま)は
 西町(にしまち)浄光寺(じやうくわうじ)境内(けいだい)へ移(うつ)さる
 本社(ほんしや)拜殿(はいでん) 銅葺(あかゞねぶき)總(そう)赤塗(あかぬり) 祭神(さいじん)阿遲志貴高彦子根神(あぢしきたかひここねのかみ)也(なり)
 此(この)神(かみ)は大己貴命(おほなむちのみこと)の御子(みこ)にて本地(ほんち)馬頭觀音(ばとうくわんおん)なり縁起略(えんぎりやくに)云(いはく)大同三年
 勝道上人(しようだうしやうにん)四本龍寺(しほんりうじ)を建立(こんりふ)の时(とき)本堂(ほんだう)の南に三社權現(さんじやごんげん)を勸請(くわんじやう)し給(たま)ふ
 上人(しやうにん)の遺㐧等(ゐていら)《振り仮名:替〻|かはる〴〵》輪番(りんばん)し膳供(ぜんぐ)を備(そな)へ法楽(はふらく)を捧(さゝ)げて朝三暮四(てうさんぼし)に
 奉(たてまつる)_レ祈(いのり)_二帝朝(ていてう)安泰(あんたい)國家(こくか)豊念(ほうねんを)_一《割書:云| 〻》《割書:重宝(ちようはう)に木板にて三社の本地仏(ほんちぶつ)を彫(ほり)たる|もの有承和十一年甲子正月日と刻(こく)す》
 四本龍寺(しほんりうじ) 宝形(はうぎやう)栃葺(とちぶき)素木(しらき)造(づくり)宝塔(はうたふ)の側(かたはら)にあり
 本尊(ほんぞん)千手觀音(せんじゆくわんおん)並 五大尊(ごだいそん)勝道上人(しようだうしやうにん)の木像(もくざう)をも安(あん)す縁起(えんぎに)云(いはく)天平神
 護二年丙午三月《割書:中略》奉_レ刻_二-彫千手觀音尊容_一紫雲靉靆石邉建_レ堂中
 央奉_レ安_二-置観音尊像_一《割書:中略》號_二 四本龍寺_一《割書:云| 〻》大同三年戊子告_二國司利
 遠_一奏_二 帝位_一再_二-興四本龍寺_一寺辺南造_二-立社壇_一勸_二-請権現_一《割書:云| 〻》また四本(しほん)

【右丁】
 龍寺(りうじ)と名附(なづく)る来由(らいゆ)は當山(たうざん)建立修行縁起(こんりふしゆぎやうえんぎ)に委(くはしく)出(いで)たれば略(りやく)す
 如法經堂(によほふきやうだう) 別所(べつしよ)に續(つゞ)き東の方(かた)二間(にけん)四面(しめん)三十 番神(ばんじん)勝道上人(しようだうしやうにん)の影(えい)
 像(ざう)を安(あん)す或(ある)記(きに)云(いはく)明德二年 本宮(ほんぐう)四本龍寺(しほんりうじ)並 末社(まつしや)等(とう)其(その)外(ほか)焼亡(せうばう)し又(また)
 大永二年二月四日にも囘禄(くわいろく)し永禄五年十一月五日にも焼失(せうしつ)し其(その)
 後(のち)に再建(さいこん)ありて 御鎭座(おんちんざ)以来(いらい)正保四年 公海大僧正(こうかいだいそうじやう)修理(しゆり)を加(くは)へ
 玉(たま)ひ寛文四年 御造営(ござうえい)あり其(その)後(ゝの)天和四年《割書:改元貞享元年》十二月廿日
 蓮華石町(れんげいしまち)より失火(しつくわ)し當社(たうしや)迠(まで)延焼(えんせう)す是(これ)を日光山(につくわうざん)大延焼(たいえんせう)と唱(とな)ふ此(この)
 时(とき)當社(たうしや)其(その)餘(よ)皆(みな)囬禄(くわいろく)せり同二《割書:丑》年
 公(おほやけ)より命(めい)ぜられ社頭(しやとう)御再建(ごさいこん)有(あり)しは今(いま)の宮社(きうしや)なり
 末社(まつしや) 鹿島祠(かしまのやしろ) 山王祠(さんわうのやしろ) 稲荷祠(いなりのやしろ) 採燈護广塲(さいとうごまば)
 紫雲石(しうんせき) 本社(ほんしや)の後(うしろ)に有(あり)平石(ひらいし)高(たかさ)三尺 許(ばかり)徑(わたり)四尺 程(ほど)
 笈掛石(おひかけいし) 拜殿(はいでん)の西の方(かた)に有(あり)立石(たていし)高(たかさ)三尺五寸 餘(よ)
【左丁】
 三層塔(さんそうのたふ) 銅葺(あかゞねぶき)本社(ほんしや)の後(うしろ)にあり傳(つた)へいふ此(この)三重塔(さんぢうのたふ)は古(いにしへ)実朝将軍(さねともしやうぐん)の
 御建立(ごこんりふ)最初(さいしよ)は今(いま)の御宮(おんみや)邊(へん)に在(あり)しを松平正綱はからひにて此(この)所(ところ)へ
 移(うつ)さるゝ處(ところ)貞享の災(わざはひ)に囬禄(くわいろく)し今(いま)の塔(たふ)は其(その)後(ゝち)再建(さいこん)のものなり
 三面大黒木像(さんめんだいこくのもくざう) 是(これ)は傳敎大師(でんげうだいし)叡山(えいざん)にて佛法(ぶつほふ)擁護(おうご)の為(ため)に安(あん)せし
 を當山(たうざん)にても摸(うつ)し別所(べつしよ)每(ごと)に此(この)像(ざう)を安置(あんち)するは夫(それ)がゆゑなり
 鎌倉立(かまくらだち)の神事(じんじ) 每歳(まいさい)正月二日 昼时(ひるどき)於(おいて)_二本宮(ほんぐうの)社前(しやぜんに)_一鎌倉立(かまくらだち)の神事(じんじ)と
 いふありて本宮(ほんぐう)の社司(しやし)宮仕(きうし)神人(しんじん)等(とう)集(あつま)り拜殿(はいでん)において太鼓(たいこ)を打(うち)
 夫(それ)より別所(べつしよ)へ聚(あつま)り饗應(きやうおう)の事(こと)終(をはり)て鎌倉(かまくら)へ可(べき)_レ赴(おもむく)もの両人(りやうにん)を定(さだ)め此(この)
 もの等(ら)へ餅(もち)五十 切(きり)懐帋(くわいし)三 帖(でう)鳥目(てうもく)二百 孔(こう)を渡(わた)す直(すぐ)に出立(しゆつたつ)の装(よそひ)を
 なし假橋(かりばし)を渡(わた)り下馬(げば)の邊(へん)迄(まで)も行(ゆき)て帰(かへ)り来(きた)る事なり
   是(これ)は徃昔(むかし)乱世(らんせい)の砌(みぎり)當山(たうぜん)を襲(おそ)ひ討(うた)んとせし时(とき)に争討(さうたう)勝利(しようり)を
   得(え)たる事(こと)の次第(しだい)を鎌倉(かまくら)へ注進(ちうしん)せしを嘉例(かれい)とする神事(じんじ)なる

【図】
【右丁】
本宮權現
別所
【左丁】
御番所
深砂王社

雲夢陳人寫【印】

【右丁】
   ゆゑ後世(こうせい)に至(いた)りても怠(おこた)らず聊(いさゝか)其(その)《振り仮名:𦾔儀|きうぎ》を行(おこな)ふ
石碑(せきひ) 本宮(ほんぐう)社地(しやち)下(した)徃来(わうらい)の傍(かたはら)に立(たて)り 御宮(おんみや)御造立(おんざうりふ)の砌(みぎり)宇都宮(うつのみや)街道(かいだう)
 壬生(みぶ)街道(かいだう)より御山内(おんさんない)長坂(ながさか)に至(いた)るまで杉列樹(すぎなみき)数万株(すまんちう)植附(うゑつけ)寄進(きしん)奉(たてまつ)
 る事(こと)を勒(ろく)せり其(その)銘(めい)左(さ)に記(しる)す
   自 下 野 國 日 光 山 山 菅 橋 至 同 國 都 賀 郡
   小 倉 村 同 國 河 内 郡 大 澤 村 同 國 同 郡 大
   桑 村 歷 二 十 餘 年 植 杉 於 道 之 左 右 并 山
   中 十 餘 里 以 奉 寄 進
 東照宮
  慶安元年戊子四月十七日 從四位下松右衛門大夫正綱
硯石(すゞりいし) 中山谷(なかやまだに)唯心院(ゆゐしんゐん)境内(けいだい)にあり此(この)寺地(じち)は徃昔(むかし)開山上人(かいさんしやうにん)のいまだ
 四本龍寺(しほんりうじ)へ移(うつ)り給(たま)はざりし以前(いぜん)爰(こゝ)に假(かり)の草庵(さうあん)を結(むす)び給(たま)ひし
【左丁】
 《振り仮名:𦾔跡|きうせき》なり其後(そのゝち)上人(しやうにん)御所持(ごしよじ)の硯(すゞり)を此石(このいし)の下(した)へ埋(うづ)められしゆゑ硯(すゞり)
 石(いし)とは名附(なづけ)し事と聞傳(きゝつた)ふ
禮拜石(れいはいせき) 此石(このいし)は上人(しやうにん)爰(こゝ)の草庵(さうあん)におはせし时(とき)紫雲石(しうんせき)の方(かた)に當(あた)りて
 觀音大士(くわんおんだいし)の出現(しゆつげん)し給ふを上人(しやうにん)此(この)石上(せきしやう)にて遥(はるか)に禮拜(れいはい)恭敬(くぎやう)し給(たま)ふ
 ゆゑ名附(なづ)くといへり偖(さて)上人(しやうにん)四本龍寺(しほんりうじ)へ移(うつ)り給(たま)ひし後(のち)に上人(しやうにん)の
 草庵(さうあん)の跡(あと)へ一(いつ)精舎(しやうしや)を開基(かいき)して上人(しやうにん)の上足(じやうそく)仁朝律師(にんてうりつし)住(すみ)給ひ始(はじめ)は
 岩本坊(いはもとばう)と称(しよう)し後(のち)又(また)橋本坊(はしもとばう)と改(あらため)られ竟(つひ)に仁朝律師(にんてうりつし)此所(このところ)にて示寂(じじやく)し
 玉(たま)ひしとぞその古庿跡(こべうせき)今(いま)現(げん)に唯心院(ゆゐしんゐん)境内(けいだい)にありといふ
深砂王社(しんしやわうのやしろ) 神橋(しんけう)守護神(しゆごじん)とす本地(ほんち)毘沙門(びしやもん)を安(あん)す長坂(ながさか)登(のぼ)り口(くち)に有(あ)り
 南向(みなみむき)栃葺(とちぶき)鳥居(とりゐ)に深砂王(しんしやわう)といへる扁額(へんがく)を掲(かゝ)く是(これ)は當山(たうざん)座主(ざす)の宮(みや)【平出】
 大明院宮一品准后公辨法親王の御筆(おんふで)なり社前(しやぜん)に石燈篭(いしどうろう)三基(さんき)爰(こゝ)
 の深砂王(しんしやわう)の本地(ほんち)毘沙門天(びしやもんてん)は徃昔(むかし)開祖上人(かいそしやうにん)手(てづから)刻(こく)し玉(たま)ふ靈像(れいざう)なり

【右丁】
長坂(ながさか) 深砂王(しんしやわう)の社前(しやぜん)より左へ登(のぼ)る坂路(はんろ)を云(いふ) 御宮(をんみや)御山内(ごさんない)への本道(ほんだう)
 なり道幅(みちはゞ)四 間(けん)許(ばかり)登(のぼ)ること一町 半(はん)程(ほど)も登(のぼ)り平坦(へいたん)の所(ところ)有(あ)り向(むかひ)の角(かど)は
 御本坊(ごほんばう)御構(おんかまへ)の築地(ついぢ)右の隅(すみ)は浄土院(じやうどゐん)左の隅(すみ)は観音院(くわんおんゐん)より相(あい)双(なら)び
 実敎院(じつけうゐん)光樹院(くわうじゆゐん)と御本坊(ごほんばう)の脇(わき)南 側(がは)にあり衆徒(しゆと)廿ヶ院(ゐん)の内(うち)なり此(この)
 邊(へん)を中山(なかやま)と唱(とな)ふ御本坊(ごほんばう)に随(したがひ)て平坦(へいたん)の地(ち)を打(をれ)廽(めぐ)れば左のかたは
 御殿跡地(ごてんあとのち)右の方(かた)は御本坊(ごほんばう)の表御門前(おもてごもんぜん)なる廣小路(ひろこうぢ)にて向(むかふ)を望(のぞめ)ば
 御宮(をんみや)の正面(しやうめん)にして遥(はるか)に石(いし)の御鳥居(おんとりゐ)見ゆる
盛長(もりなが)の石塔(せきたふ) 長坂(ながさか)の上(うえ)なる浄土院(じやうどゐん)境内(けいだい)に有(あり)藤(とう)九郎 盛長(もりなが)が塔(たふ)あり
 《振り仮名:𦾔|ふる》く土人(どじん)等(ら)がいひ傳(つた)ふ石塔(せきたふ)平石(ひらいし)にて正面(しやうめん)六字名號(ろくじのみやうがう)をしるし右の
 傍(かたはら)に俗名(ぞくみやう)安達氏(あだちうぢ)左の傍(かたはら)に藤九郎 盛長(もりなが)と銘(めい)ぜり當山(たうざん)の古記(こき)に三融(さんゆう)
 房(ばう)《割書:今(いま)の浄土院(じやうどゐん)|の地(ち)なり》寺(てら)の東に藤九郎 盛長(もりなが)が墓(はか)ありと記(しる)したるもあり又(また)
 《振り仮名:𦾔記|きうき》に盛長(もりなが)の塚木(つかぎ)延宝八年二月廿九日の烈風(れつふう)に倒(たふる)るよしを記(しるし)
【左丁】
 しも有(あり)ける由(よし)當时(たうじ)彦根 侯(こう)の家臣(かしん)に安達氏(あだちうぢ)なる末裔(ばつえい)今(いま)は小㙒田(をのだ)
 氏(うぢ)某(なにがし)といふ人(ひと)此(この)塔(たふ)へ每歳(まいさい)茶湯料(ちやたうれう)を備(そな)へ代参(だいさん)も来(きた)るよし近年(きんねん)松平
 樂翁 老侯(らうこう)の書(しよ)にて盛長堂(もりながだう)の文字(もんじ)の額(がく)もありといふ此(この)盛長(もりなが)は源(みなもとの)
 賴朝卿(よりともきやう)創業(さうげふ)の臣(しん)にて藤九郎 後(のち)に信濃守(しなのゝかみ)になり正治元年正月 右(う)
 大将家(だいしやうけ)逝(せい)し給ひければ薙髪(ちはつ)し蓮西(れんさい)と號(がう)し同二年 鎌倉(かまくら)甘繩(あまなは)の私(し)
 第(てい)にて歿(ぼつ)せり
御殿跡地(ごてんあとのち) 御本坊(ごほんばう)と相(あひ)向(むかひ)西の方
 最初(さいしよ) 御殿(ごてん)と御創建(ごさうこん)ありしは今(いま)の御本坊(ごほんばう)の地(ち)にて有(あり)き今(いま)又(また)【平出】
 御殿跡地(ごてんあとのち)といふ所(ところ)は古(いにしへ)より座禅院(ざぜんゐん)の寺地(てらち)なりしかど慶長十八年
 座禅院(ざぜんゐん)住持(ぢゆうぢ)異義(いぎ)の事(こと)有(あり)て退院(たいゐん)して廢跡(はいせき)となりしゆゑ寛永十八
 年 御本坊(ごほんばう)今(いま)の地(ち)へ再営(さいえい)と同时(どうじ)に座禅院(ざぜんゐん)の《振り仮名:舊跡|きうせき》へ御再建(ごさいこん)といふ
 貞享元年の大火(たいくわ)には 御殿(ごてん)消防(せうばう)して火災(くわさい)を遁(のが)れしが享保 年間(ねんかん)に

【図】
【右丁】
御車寄
御桟鋪

【左丁】
御本坊略圖

【右丁】
 御殿(ごてん)御取崩(おんとりくづし)となりしかば其(その)以来(いらい)
 將軍家 御参詣(ごさんけい)の砌(みぎり)は御本坊(ごほんばう)を以(もつ)て假(かり)の 柳営(りうえい)とせらる表御門(おもてごもん)跡(あと)通(つう)
 用御門(ようごもん)跡(あと)埋御門(うづみごもん)跡(あと)等(とう)大路(おほぢ)の通(とほり)にあり其(その)以来(いらい) 御宮(おんみや) 御靈屋(ごれいや)等(とう)
 御修復(ごしゆふく)の砌(みぎり)は 御殿跡地(ごてんあとのち)に御普請會所(ごふしんくわいしよ)細工小屋塲(さいくこやば)勤番所(きんばんしよ)等(とう)餘(あま)
 多(た)設(まう)けられて御用濟(ごようずみ)の後(のち)は又(また)御構内(おんかまへうち)へ入(いる)事(こと)を禁(きん)ぜらる
御賄坂(おまかなひざか) 御殿地(ごてんち)外(そと)を折廽(をりまは)し西町(にしまち)へ下(くだ)る石坂(いしざか)をいふ又(また)一名(いちみやう)は不動坂(ふどうざか)
 とも唱(とな)ふ此(この)坂下(さかした)に不動坊(ふどうばう)とて一坊(いちばう)の有(ある)ゆゑ名附(なづけ)しなり
安養澤(あんやうざは) 西谷(にしだに)より新宮(しんぐう)の方(かた)へ達(たつ)する澤道(さはみち)なり爰(こゝ)に龍光院(りうくわうゐん)の後(うしろ)の
 谷(たに)より沢水(さはみづ)流来(ながれきた)る古(いにしへ)より安養沢(あんやうざは)と號(がう)せし由(よし)然(しか)るに新宮(しんぐう)の別所(べつしよ)
 御取立(おんとりたて)の时(とき)此(この)所(ところ)に寺地(じち)御造立(ござうりふ)のころ地名(ちめい)を以(もつ)て安養院(あんやうゐん)と称(しよう)す
 る由(よし)坂(さか)の名(な)も安養坂(あんやうざか)と唱(とな)ふ
新道(しんみち) 御殿地(ごてんち)の北 脇(わき)なる平坦(へいたん)の大路(おほぢ)をいふ東西に達(たつ)し東は石(いし)の
【左丁】
 御鳥居(おんとりゐ)前(まへ)より西は常行堂(じやうぎやうだう)の方(かた)へ貫(つらぬ)き其(その)向(むかふ)遥(はるか)に見(み)ゆるは
 御靈屋(ごれいや)二王御門(にわうごもん)なり又(また)土人(どじん)等(ら)此(この)道(みち)を服道(ふくだう)とも唱(とな)ふ
新宮馬塲(しんぐうばゞ) 御宮(おんみや)仁王御門(にわうごもん)下(した)より新宮権現(しんぐうごんげん)鳥居(とりゐ)迄(まで)の道(みち)をいふ長(ながさ)二町
 許(ばかり)此(この)道(みち)北の方(かた)に相輪摚(さうりんたう)あり
鐘撞堂(かねつきだう) 鐘楼(しゆろう)は 御仮殿(おんかりでん)御構(おんかまへ)内(うち)にあり鐘撞寮(かねつきれう)は久善坊(きうぜんばう)圓音坊(ゑんおんばう)蓮(れん)
 蔵坊(ざうばう)とて鐘撞(かねつき)の承仕僧(しようしそう)三人にて三 軒(げん)物成(ものなり)配當(はいたう)も三人なり
 是(これ)は八十 坊(ばう)の数(かず)に入(いら)ず鐘(かね)は万治三年 鋳成(たうせい)又(また)文政七年 鋳成(たうせい)堂(だう)は
 四趾(しし)赤塗(あかぬり)橡葺(とちぶき)此(この)地(ち)の間(あひだ)にも小路(こうぢ)有(あり)て東西に達(たつ)す
座禅院跡(ざぜんゐんのあと) 前條(ぜんでう)に記(しるし)し如(ごと)く今(いま)の 御殿跡地(ごてんあとのち)は古(いにしへ)坐禅院(ざぜんゐん)の旧跡(きうせき)なり
 もとより此(この)院(ゐん)は一山(いつさん)の衆徒(しゆと)三十六 坊(ばう)の内(うち)なる一院(いちゐん)にして此(この)院(ゐん)の
 開祖(かいそ)は勝道尊師(しようだうそんし)の上足(じやうそく)の㐧子(でし)昌禅僧都(しやうぜんそうづ)より《振り仮名:世〻|よゝ  》の住職(ぢゆしよく)昌(しやうの)字(じ)を
 以(もつ)て諱(いみな)に称(しよう)せり然(しか)れども此(この)院(ゐん)は當山(たうざん)座主職(ざすしよく)の寺(てら)にあらず《振り仮名:代〻|だい〳〵》

【右丁】
 御留守権別當(おんるすごんべつたう)と称(しよう)せしといへり其(その)いはれは座主(ざす)光明院(くわうみやうゐん)は鎌倉(かまくら)に在(ざい)
 住(ぢゆう)せられけるゆゑ座禅院(ざぜんゐん)をして御留守権別當(おんるすごんべつたう)にて一山(いつさん)の法務(ほふむ)
 を執(しつ)せしが應永廿七年 座主(ざす)大僧正(だいそうじやう)慈玄(じげん)寺務(じむ)を退轉(たいてん)して光明院(くわうみやうゐん)
 の座主職(ざすしよく)断絶(だんぜつ)せし後(のち)は坐禅院(ざぜんゐん)昌瑜(しやうゆ)権別當(ごんべつたう)に任(にん)じ當山(たうざん)の政務(せいむ)を
 司(つかさどり)しかばおのづから座主職(ざすしよく)のやうにも思(おも)はれしとぞ然(しか)るに應永
 廿七年より慶長十八年 迄(まで)凡(およそ)百九十四年の間(あひだ)法務(ほふむ)を司(つかさど)りしが慶長
 十八年 座禅院(ざぜんゐん)昌尊(しやうそん)代(よ)に一山(いつさん)と異儀(いぎ)に及(および)しこと有(あり)て昌尊(しやうそん)退院(たいゐん)せ
 り此(この)砌(みぎり)駿(すん) 城(じやう)へ南光坊(なんくわうばう)天海師(てんかいし)を召(めさ)せられ日光山(につくわうざん)拜領(はいりやう)せられ同年
 登山(とうざん)し玉(たま)ひけれども光明院(くわうみやうゐん)の本坊(ほんばう)は破壊(はゑ)せしゆゑ坐禅院(ざぜんゐん)をして
 宿坊(しゆくばう)とし給(たま)ひ是(これ)より《振り仮名:追〻|おひ〳〵》當山(たうざん)悉(こと〴〵く)中興(ちゆうこう)し玉(たま)ふといふ此(この)餘(よ)は光明院(くわうみやうゐん)
 《振り仮名:𦾔跡|きうせき》の條(でう)に記(しる)せり
 文明年中 聖護院宮准后道興法親王(しやうごゐんのみやじゆごうだうこうほふしんわう)登山(とうざん)せられ座禅院(ざぜんゐん)へ滞畄(たいりう)あり
【左丁】
 き是(これ)より以前(いぜん)享禄三年十二月 鎌倉(かまくら)御所(ごしよ)成氏朝臣(なりうぢあそん)の御舎㐧(ごしやてい)なる
 勝長壽院殿(しようちやうじゆゐんどの)敵方(てきかた)より謀(はか)りけるが竊(ひそか)に鎌倉(かまくら)を出(いで)させ玉(たま)ひて日光(につくわう)
 山(ざん)へ御移(おんうつ)り有(あり)て敵(てき)と一味(いちみ)にて衆徒(しゆと)等(ら)を催(もよほ)さるといふこと大草紙(おほざうし)に
 見(み)えたり又(また)結城戦塲物語(ゆふきせんじやうものがたりに)云(いはく)永亨十年七月 鎌倉(かまくら)にて持氏朝臣(もちうぢあそん)御腹(おんはら)
 めされけるゆゑ二 男(なん)三 男(なん)春王殿(しゆんわうどの)安王殿(あんわうどの)とて二人 迄(まで)いますを乳(めの)
 母(と)の女房(にようばう)かしこく抱(いだ)き取(とり)てまぎれ出(いで)下野國(しもつけのくに)日光山(につくわうざん)へ落行(おちゆき)衆徒(しゆと)
 を頼(たの)み申(まうし)てふかく忍(しのば)せ申(まうし)しを結城(ゆふき)七郎 氏朝(うぢとも)此(この)由(よし)を傳(つた)へ聞(きゝ)て申(まうし)
 けるは抑(そも〳〵)我(われ)等(ら)が先祖(せんぞ)より右大将家(うだいしやうけ)に仕(つか)へ其後(そのゝち)も尊氏(たかうぢ)より此(この)かた
 東國源氏(とうごくげんじ)に従(したが)ひけり一旦(いつたん)頼(たの)み奉(たてまつ)る主君(しゆくん)なれば某(それがし)養育(やういく)申(まう)さんとて
 竊(ひそか)に結城(ゆふき)が城(しろ)へ日光山(につくわうざん)より迎(むか)へ奉(たてまつ)ると《割書:云| 〻》
《振り仮名:光明院𦾔迹|くわうみやうゐんきうせき》 今(いま) 御假殿(おんかりでん)の邊(へん)より鐘撞寮(かねつきれう)の南の方(かた)なる明地(あきち)邊(へん)迄(まで)
 上世(じやうせい)より當山(たうざん)座主職(ざすしよく)光明院(くわうみやうゐん)の境地(けいち)なる由(よし)抑(そも〳〵)當山(たうざん)開闢(かいびやく)の事(こと)は勝道(しようだう)

【右丁】
 上人(しやうにん)天平神護二年 當山(たうざん)を開闢(かいびやく)し翌年(よくねん)神護景雲元年《振り仮名:峰〻嶽〻|ほう〳〵がく〳〵》を
 開山(かいさん)し延曆三年 中禅寺(ちゆうぜんじ)を草創(さう〳〵)し大同三年 三社権現(さんじやごんげん)の社頭(しやとう)を創(さう)
 建(こん)し給ふ是(これ)を當山(たうざん)草創(さう〳〵)開闢(かいびやく)と稱(しよう)せり其後(そのゝち)弘仁十二年 弘法大師(こうぼふだいし)
 瀧尾山(たきのをさん)如體中宮社(によたいちゆうぐうのやしろ)を開建(かいこん)し又(また)其後(そのゝち)嘉祥元年 慈覚大師(じがくだいし)三佛堂(さんぶつだう)常(じやう)
 行堂(ぎやうだう)法華堂(ほつけだう)山王社(さんわうのやしろ)等(とう)を創建(さうこん)し玉(たま)ふといふ當山(たうざん)上古(じやうこ)の本院(ほんゐん)と稱(しよう)
 するは四本龍寺(しほんりうじ)の事(こと)を本院(ほんゐん)と唱(とな)へしといふ勝道上人(しようだうしやうにん)の最初(さいしよ)に住(すみ)玉(たま)
 ひしゆゑ斯(かく)も称(しよう)せしなり其後(そのゝち)は座主職(ざすしよく)を光明院(くわうみやうゐん)と称(しよう)せしは是(これ)
 又(また)本院(ほんゐん)の號(がう)なり弘仁八年 敎旻僧都(けうびんそうづ)初(はじめ)て當山(たうざん)座主職(ざすしよく) 宣旨(せんし)【平出】
 嵯峨帝より拜賜(はいし)せられてより以来(いらい)座主職(ざすしよく)連綿(れんめん)たりき又(また)光明院(くわうみやうゐん)
 の號(がう)は座主(ざす)廿三代 僧正(そうじやう)辨覚(べんがく)の时(とき)《割書:常陸國(ひたちのくに)大方五郎藤原 政家(まさいへ)六 男(なん)の将軍(しやうぐん)実朝(さねとも)|公の護持僧(ごぢそう)ゆゑ和田乱(わだらん)の时(とき)弁覚(べんがく)御所(ごしよ)へ参(まゐ)り》
 《割書:勲功(くんこう)をあらはし兄㐧(きやうだい)大方 氏(うぢ)の人も|武功(ぶこう)を顕(あらはし)たること東鑑(あづまかゞみ)に載(のせ)たり》仁治元年 別(べつ)に院宇(ゐんう)を建立(こんりふ)し光明院(くわうみやうゐん)の
 稱號(しようがう) 宣旨(せんし)を拜領(はいりやう)せり是(これ)光明院(くわうみやうゐん)座主号(ざすがう)の始(はじめ)なりといふ辨覚(べんがく)以来(いらい)
【左丁】
 親王家(しんわうけ)又(また)は鎌倉将軍家(かまくらしやうぐんけ)の一族(いちぞく)を以(もつ)て光明院(くわうみやうゐん)を継(つが)れ《振り仮名:各〻|おの〳〵》座主(ざす)【平出】
 宣下(せんげ)ありき又(また)執権(しつけん)北條 氏(うぢ)の帰依(きえ)に因(よつ)て鎌倉(かまくら)葛西谷(かさいがやつ)に地(ち)を賜(たま)ひ
 宿院(しゆくゐん)を構(かま)へ常(つね)に鎌倉(かまくら)在住(ざいぢゆう)せらる當山(たうざん)の法務(ほふむ)は座禅院(ざぜんゐん)執(しつ)せしこと
 前條(ぜんでう)に出(いだ)せり又(また)當山(たうざん)座主(ざす)尊家(そんけ)法印(はふいん)は鎌倉将軍(かまくらしやうぐん)宗尊親王(むねたかしんわう)の御帰(おんき)
 依僧(えそう)にて執権(しつけん)北條時頼(ほうでうときより)も帰依(きえ)淺(あさ)からず南御堂(みなみのみだう)を兼帯(けんたい)し御所(ごしよ)に
 於(おい)て秘法(ひほふ)を修(しゆ)せられし事(こと)《振り仮名:徃〻|わう〳〵》東鑑(あづまかゞみ)に出(いで)たり又(また)鎌倉年中行事(かまくらねんぢゆうぎやうじ)と
 いふものに日光山(につくわうざん)勝長壽院(しようちやうじゆゐん)の門主(もんしゆ)御所(ごしよ)へ御出(おんいで)の时(とき)は御叮嚀(ごていねい)の式法(しきほふ)
 なり鎌倉(かまくら)へ御出(おんいで)の節(せつ)は御畄守(おんるす)をば座禅院(ざぜんゐん)とて相應(さうおう)の人躰(にんたい)の僧(そう)山(さん)
 内(ない)の法務(ほふむ)を執(しつ)せりとありされば其頃(そのころ)日光山(につくわうざん)座主(ざす)門主(もんしゆ)を勝長壽(しようぢやうじゆ)
 院(ゐん)とも称(しよう)せしことと思(おも)はる又(また)南(みなみ)の御堂(みだう)とは大御堂(おほみだう)の事(こと)にて寺号(じがう)は
 勝長壽院(しようちやうじゆゐん)といへり然(しか)るに應永廿七年 座主(ざす)三十六代 大僧正(だいそうじやう)慈玄(じげん)《割書:一条(いちでう)|関白(かんばく)》
 《割書:左大臣 実經(さねつね)公|の九 男(なん)なり》寺務(じむ)秡退(ばつたい)してより光明院(くわうみやうゐん)座主職(ざすしよく)断絶(だんぜつ)し是(これ)より光明(くわうみやう)

【右丁】
 院(ゐん)は廢跡(はいせき)となれり
 御宮(おんみや)御鎮座(ごちんざ)以後(いご)元和七年 《振り仮名:光明院𦾔迹|くわうみやうゐんきうせき》へ御本坊(ごほんばう)御建造(ごこんざう)ありしかど
 又(また)寛永十八年に今(いま)の地(ち)へ御本坊(ごほんばう)御再建(ごさいこん)になりしといふ

【左丁】
日(につ) 光(くわう) 座(ざ) 主(す) 御 歷(れき) 代(だい)

  開(かい) 祖(そ) 勝 道 上 人

     上人(しやうにん)は開祖(かいそ)なれども座主職(ざすしよく)  宣旨(せんじ)なければ座主(ざす)とは
     唱(とな)へず開祖(かいそ)とのみ稱(しよう)す上人(しやうにん)の上足(じやうそく)道珍僧都(だうちんそうづ)は御嫡㐧(おんちやくてい)な
     れども是(これ)も又(また)座主職(ざすしよく)に任(にん)ぜず敎旻僧都(けうびんそうづ)始(はじめ)て座主(ざす)の【平出】
     宣下(せんげ)を拜賜(はいし)せられけるゆゑ當山(たうざん)の初祖(しよそ)と稱(しよう)す大僧正(だいそうしやう)慈(じ)
     玄座主(げんざす)にて座主職(ざすしよく)しばらく中絶(ちうぜつ)ゆゑ座禅院(ざぜんゐん)昌瑜(しやうゆ)より昌(しやう)
     尊(そん)迄(まで)はたゞ権別當(ごんべつたう)とのみ称(しよう)し玉(たま)へるよしなり

【右丁】
  初祖  敎旻       二祖  千如
  三祖  神善       四祖  昌禪
  五祖  尊蓮       六祖  明秀
  七祖  聖兼       八祖  頼肇
  九祖  慶眞       十祖  明覺
  十一祖 宗圓       十二祖 快舜
  十三祖 有尋       十四祖 良重
  十五祖 聖宣       十六祖 禪雲
【左丁】
  十七祖 隆宣       十八祖 觀纁
  十九祖 覺知       二十祖 靜覺
  廿一祖 文珍       廿二祖 辨覺
  廿三祖 性辨       廿四祖 尊家
  廿五祖 源惠       廿六祖 仁澄
  廿七祖 道潤       廿八祖 慈道㳒親王
  廿九祖 聖惠       三十祖 守惠
  卅一祖 二品仁惠㳒親王  卅二祖 聖如

【右丁】
  卅三祖  滿守    卅四祖  慈玄
  卅五祖  昌瑜    卅六祖  昌縱
  卅七祖  成潤    卅八祖  昌繼
  卅九祖  昌宣    四十祖  昌源
  四十一祖 昌顯    四十二祖 沙弥丸殿
  四十三祖 若王丸殿  四十四祖 昌膳
  四十五祖 昌歆    四十六祖 昌淳
  四十七祖 昌尊
【左丁】
 中興(ちゆうこう)
  慈 眼 大 師 《割書:諱天海》
     慶長十四年十二月任_二権僧正_一同十六年轉_レ権任_レ正同十八年
     當山(たうざん)住職(ぢゆうしよく)元和二年七月轉_レ正任_二大僧正_一寛永二十年十月二日
     於(おいて)_二東叡山(とうえいざんに)_一入寂(にふじやく)慶安元年四月十一日 諡(おくりなを)賜_二 慈眼大師_一
 御兼職(おんけんしよく)
  久遠壽院准三宮公海大僧正《割書:前大僧正 毘沙門堂(びしやもんだう)御門跡(ごもんぜき)也》
     花山院左大臣定凞公之 嫡孫(ちやくそん)左少将忠長朝臣之 息男(そくなん)後(のち)依(よつて)_二
     台命(たいめいに)_一 九條関白幸家公之 為(なる)_二猶子(いうしと)_一寛永二十年 御受職(おんじゆしよく)承應三
     甲午年 御辞職(おんじしよく)元禄八年乙亥十月十六日 示寂(じじやく)

【右丁】
 是(これ)より輪王寺の宮と奉(たてまつる)_レ稱(しようし)
  本照院一品宮守澄親王 《割書:初(はじめ)奉(たてまつる)_レ称(しようし)_二尊敬 親王(しんわうと)_一》
     後水尾院圓成法皇第二之 皇子(わうじ)尊母(そんぼ)東福門院 御養子(おんやうし)御実(おんじつ)
     母(ぼ)京極■(つぼね)承應三年 御受職(おんじゆしよく)延宝八庚申年五月十六日 薨去(こうきよ)
  解脫院一品宮天眞親王
     後西院之 皇子(わうじ)尊母(そんぼ)新大納言■(つぼね)延宝八年三月十四日 御受職(おんじゆしよく)
     元禄三庚午年三月朔日 薨去(こうきよ)
 大明院准三后一品公辨親王
     後西院之 皇子(わうじ)尊母(そんぼ)六條■(つぼね)元禄三年三月五日 御受職(おんじゆしよく)正徳

【左丁】
     五乙未年五月十二日 御辞職(おんじしよく)同六年四月十七日 於(おいて)_二山階(やましなの)毘(び)
     沙門堂(しやもんだうに)_一薨去(こうきよ)
  崇保院准三后一品公寬親王
     東山院之 皇子(わうじ)初(はじめ)圓満院 御門室(ごもんしつ)御相續(おんさうぞく)正徳三年輪王寺 御附(ごふ)
     㐧(てい)同五年五月十二日 御受職(おんじゆしよく)元文三戊午年三月十五日 薨去(こうきよ)
  隨自意院准三后一品公遵親王
     中御門院之 皇子(わうじ)元文三年三月 御受職(おんじゆしよく)宝歷二壬申年八月
     御辞職(おんじしよく)
  最上乘院准三后一品公啓親王

【■(つぼね)は「戸+句」局ヵ】

【右丁】
     櫻町院之 皇子(わうじ)実(じつ)は閑院宮太宰師典仁 親王(しんわうの)御連枝(ごれんし)也 初(はじめ)曼
     珠院 御門室(ごもんしつ)御相續(おんさうぞく)後(のち)輪王寺 御附㐧(ごふてい)宝歷二年八月廿三日
     御受職(おんじゆしよく)明和九壬辰年七月十三日 薨去(こうきよ)
  隨宜樂院准三后一品公遵親王
     安永改元壬辰年九月廿七日 依(よつて)_二 台命(たいめいに)_一御再職(おんさいしよく)御職務(おんしよくむ)九ヶ年
     同九子年三月 御辞職(おんじしよく)天明八戊申年三月廿五日 於(おいて)_二山階(やましな)毘(び)
     沙門堂(しやもんだうに)_一薨去(こうきよ)
  安樂心院准三后一品公延親王
     桃園院之 皇子(わうじ)実(じつ)は閑院宮太宰師典仁 親王(しんわうの)第(だい)四之 宮(みや)安永
     九年三月 御受職(おんじゆしよく)寛政三年七月三日 御辞職(おんじしよく)享和三癸亥年

【左丁】
     五月廿七日 於(おいて)_二京都(きようとに)_一薨去(こうきよ)
  歡喜心院准三后一品公澄親王
     後桃園院之 皇子(わうじ)実(じつ)は伏見宮兵部卿邦頼 親王(しんわう)之 第(だい)二之 宮(みや)也
     寛政三亥年七月三日 御受職(おんじゆしよく)文化六巳年十二月五日 御辞職(おんじしよく)
     文政十一子年八月七日 於(おいて)_二京都(きようとに)_一薨去(こうきよ)
  當御門主准三后一品舜仁親王
     仙洞御所之 皇子(わうじ)実(じつ)は有栖川織仁 親王(しんわう)之 御子(おんこ)文化六巳年
     十二月三日 御受職(おんじゆしよく)始(はじめ)御諱(おんいみな)光猷文政十一子年冬 従(より)_二
     仙洞御所_一以(もつて)_二  宸翰(しんかんを)_一賜(たまふ)_二御諱(おんいみな)
     舜仁 親王(しんわうを)_一

【右丁】
  同新宮一品公紹親王
     仙洞御所之 皇子(わうじ)実(じつ)は有栖川韶仁 親王(しんわう)之 御子(おんこ)文政十亥年
     六月十七日 御下関(おんげくわん)

【左丁】
 新和歌集(しんわかしふ)に日光山(につくわうざん)にて神祇(じんぎ)の歌(うた)よみ侍(はべ)りける中(なか)に
  皇(すべらき)の治(をさま)る御代(みよ)をおもふにも國常立(くにとこたち)のすゑぞはるけき    権律師譙【謙】忠
  しるらめや豊葦原(とよあしはら)のあしかひの開(ひら)けてなれる国(くに)つ神(かみ)とは   同
  世(よ)を照(てら)す日(ひ)の光(ひかり)こそ長閑(のどか)なれ神(かみ)の名(な)におふ山のかひより 同
   日光山(につくわうざん)にて又(また)如浄明鏡悉見諸色像(によじやうみやうきやうしつけんしよしきざう)の心(こゝろ)を
  曇(くもり)なきおなじ鏡(かゞみ)にみる人のおもひ〳〵の影(かげ)ぞかはける    同
 廽国雜記(くわいこくざつきに)云(いはく)又(また)本坊(ほんばう)座禅院(ざぜんゐん)に帰(かへ)りつき侍(はべ)りてさま〴〵逰覧(いうらん)ありある
 夜(よ)时雨(しぐれ)をきゝて
  こえゆかんをのへの雲も先立て山めぐりする初时雨(はつしぐれ)哉
 軒(のき)ちかく瀧(たき)おち侍(はべ)りさながらねざめの时雨(しぐれ)に聞(きゝ)まがひ侍(はべ)りければ
  山水のおとをねざめの时雨(しぐれ)にて老(おい)のなみだはいつはりもなし
 ある夜(よ)月(つき)いとおもしろかりけるに別當(べつたう)座禅院(ざぜんゐん)法印(はふいん)昌源(しやうげん)方(かた)よりよみて

座禪院(ざぜんゐん)にて
道興法親王(たうこうほふしんわう)
遊宴(いうえん)の圖(づ)

相覧【印】

【右丁】
 たまひける
  さてもなほおもはぬ袖(そで)のかりねゆゑこよひや都(みやこ)月(つき)の山里(やまざと)
 とりあへず返(かへ)し
  ことの葉(は)のひかりをそへて見(み)る月(つき)によしや都(みやこ)の秋(あき)もしのばし
 一山(いつさん)の老弱(らうにやく)酒宴(しゆえん)を興行(こうぎやう)して児(ちご)わらは数輩(すはい)集(あつま)りて色(いろ)〻(〳〵)曲(きよく)をつくし
 侍(はべ)りき宴席(えんせき)終(をはり)て藤乙丸(ふぢおとまろ)といへる少人(せうじん)休所(きうしよ)へ礼(れい)に来(きた)りてしばらく
 物語(ものがたり)し侍(はべ)りて帰(かへ)り侍(はべ)りけるが次(つぎ)の日(ひ)いひつかはしける
  おとにそといひしもさそなあひみての心つくしを誰(たれ)かしらまし
 藤乙丸(ふじおとまろ)かへし
  あひ見しはゆめかとばかりたどれるをうつにかへすことの葉(は)のすゑ
 ある夜(よ)又(また)かのちごおとづれ侍(はべ)りてあまりに月(つき)のおもしろさにさそ
 はれ侍(はべ)るよし申(まうし)てしばし物語(ものがたり)し侍(はべ)りけるに一首(いつしゆ)よみ侍(はべ)るべき

【左丁】
 よししひて所望(しよまう)しければとりあへず
  月(つき)見(み)つゝおもひ出(いで)なばもろともにむなしき空(そら)や形見(かたみ)ならまし
 なごりもけふあすばかりにて侍(はべ)ればふけゆくをもしらずあそび
 けるに五更(ごかう)の鐘(かね)すでにつげ渡(わた)りければかへりて長門(ながと)の竪者(じゆしや)して
 申(まうし)おこせける歌(うた)
  いかにせん又(また)頼(たの)みある身(み)なりとも秋(あき)のわかれはおろかならめや
 かへし
  わかれぢの露(つゆ)ともきえん时(とき)しもあれ秋(あき)やは人にさのみなけきて
 そへてつかはしける歌(うた)
  わすれめや一夜(ひとよ)の夢(ゆめ)のかりまくら人こそかりにおもひなすとも
強飯(がうはん) 當山(たうざん)御吉例(おんきちれい)の強飯(がうはん)なり世(よ)に日光責(につくわうぜめ)と称(しよう)し所(しよ)〻(〳〵)の別所(べつしよ)に日光(につくわう)
 責(ぜめ)の道具(だうぐ)を数品(すひん)掛(かけ)ならべ置(おけ)り捻(ねぢ)り棒(ばう)或(あるひ)は大(おほい)なる烟管(きせる)等(とう)を設(まう)く

【右丁】
 むかし瀧尾(たきのを)へ地蔵(ぢざう)変(へん)じ来(きた)り索麪(さうめん)を乞(こひ)けるゆゑ地蔵(ぢざう)を責(せめ)しより
 始(はじま)れりともいふ當山(たうざん)強飯(がうはん)の事(こと)は古実(こじつ)の法式(ほふしき)とすることなりといふ
 仍(よつ)て高貴(かうき)の御方(おんかた)へも強飯(がうはん)の式(しき)をまゐらすることにて御料理(おんれうり)一通(ひととほ)り
 相済(あひすみ)し折(おり)を見合(みあはせ)て強飯(がうはん)の式(しき)をおこなふ先(まづ)螺(ほら)を吹立(ふきたて)物(もの)すごき形(あり)
 勢(さま)なり夫(それ)より式(しき)を始(はじ)め唐銅(からかね)の鉢(はち)へ飯(めし)の高盛(たかもり)を持出(もちいづ)ることなり例(れい)
 年(ねん)正月 御本坊(ごほんばう)にて下(くだ)さるゝ事(こと)と聞(き)けりまた大楽院(だいらくゐん)にて歳晩(さいばん)
 御餅練(おんもちねり)の節(せつ)此式(このしき)を行(おこなは)る當山(たうざん)古実(こじつ)の式(しき)ゆゑ委(くはしく)は略(りやく)せり
御棧鋪(おんさんじき) 御本坊(ごほんばう)表御門(おもてごもん)に相並(あひなら)ぶ寛文三年迄は
 御参詣(おんさんけい)の砌(みぎり)は 御殿(ごてん)表御門(おもてごもんの)脇(わき)石垣(いしかき)の上(うへ)に
 将軍家の御棧鋪(おんさんじき)有(あり)て御祭禮(おんさいれい)を 御拜覧(おんはいらん)ありけるが元禄四未年
 五月 御殿(ごてん)御取拂(おんとりはらひ)以後(いご)は
 御参詣(おんさんけい)の節(せつ)御本坊(ごほんはう)を假(かり)の 柳営(りうえい)とせられしゆゑ御本坊(ごほんばう)御棧鋪(おんさんじき)

【左丁】
 にして
 将軍家 御拜覧(おんはいらん)あり依(よつ)て【平出】
 御門主の御棧鋪(おんさんしき)をば浄土院(じやうどゐん)の境内(けいだい)に新建(しんこん)の御棧鋪(おんさんじき)を設(まう)けられ
 御拜覧(おんはいらん)といふ例年(れいねん)四月九月の御祭礼(おんさいれい)には御本坊(ごほんばう)御棧鋪(おんさんじき)にて【平出】
 将軍家 御名代(ごみやうだい)として高家衆(かうけしゆ)壱人 登山(とうざん)此(この)折節(をりふし)は【平出】
 御門主の御方(おんかた)と御同席(ごどうせき)にて神輿(しんよ)を拜(はい)し給ふといふ
御本坊(ごほんばう) 表御門(おもてごもん)は 御殿地(ごてんち)に相對(あひたい)す裏御門(うらごもん)は東谷(ひがしだに)の方(かた)に在(あり)慈眼(じげん)
 大師(だいし)慶長十八年 蒙(かうふり)_二 台命(たいめいを)_一當山(たうざん)に住(ぢゆう)せられ中興(ちゆうこう)の祖(そ)とはなられ
 元和三年 御遷座(ごせんざ)の砌(みぎり)座禅院(ざぜんゐん)へ 入御(じふぎよ)と記(しる)せるものあれば大師(だいし)
 も座禅院(ざぜんゐん)の《振り仮名:𦾔院|きうゐん》に住(すみ)玉ひ 御鎮座(ごちんざ)後(ご)元和七年 光明院(くわうみやうゐん)の《振り仮名:舊迹|きうせき》へ
 御本坊(ごほんばう)再建(さいこん)の後(のち)また寛永十八年 今(いま)の地(ち)へ 御移(おんうつ)し有(あり)しことは
 前條(ぜんでう)に記(しる)せり光明院(くわうみやうゐん)は上古(じやうこ)より本院(ほんゐん)のことゆゑ御本坊(ごほんばう)を今(いま)の地(ち)へ

【右丁】
 移(うつ)されし後(のち)も明歷 以前(いぜん)迄(まで)は《振り仮名:舊號|きうがう》光明院(くわうみやうゐん)の号(がう)を用(もち)ひ玉ひし由(よし)又(また)
 輪王寺(りんわうじ)の尊號(そんがう)は明歷元年【平出】
 本照院(ほんせうゐんの)宮(みや)守澄 法親王(はふしんわう)御上京(ごじやうきやう)の砌(みぎり)十一月廿六日を以(もつ)て【平出】
 後水尾 上皇(じやうくわう) 院宣(ゐんぜん)を拜賜(はいし)し給ひしより此(この)尊号(そんがう)を稱(しよう)し奉(たてまつ)ること
 なり寛永 年間(ねんかん)御本坊(ごほんばう)向(むき)御造立(ござうりふ)せられける时(とき)大師(だいし)の御自筆(おんじひつ)を以(もつ)て
 御本坊(ごほんばう)御作事(おんさくじ)向(むき)を図(づ)せられ或(あるひ)は朱(しゆ)を以(もつ)て添書(そへかき)加(くは)へ玉(たま)ひしものを
 おのれ先(さき)に御大工(おんだいく)棟梁(とうりやう)甲羅(かふら)筑前(ちくぜん)が家(いへ)に秘蔵(ひさう)するを見(み)たり當山(たうざん)と
 東叡山(とうえいざん)と両所(りやうしよ)の図(づ)あり彼(かの)甲羅(かふら)が棟梁(とうりやう)し造畢(ざうひつ)せし功(こう)を賞(しやう)せられ
 三社(さんしや)の詫宣(たくせん)を自筆(じひつ)にものせられ其餘(そのよ)くさ〴〵賜(たま)ひし数品(すひん)彼家(かのいへ)に
 蔵(ざう)すれば其頃(そのころ)造畢(ざうひつ)せしはしられたり其时(そのとき)の御作事(おんさくじ)向(むき)御書院(おんしよゐん)等(とう)の
 繪(ゑ)は狩野探幽法印(かのたんいうはふいん)或(あるひ)は主馬(しゆめ)直信(なほのぶ)等(ら)が図(づ)せしもの顕然(げんぜん)たり中(なか)にも
 直信(なほのぶ)が真向(まむき)の雁(かり)とて世(よ)に称(しよう)するもの有(あり)貞享元年十二月廿日の

【左丁】
 大延焼(たいえんせう)に御本坊(ごほんばう)向(むき)は皆(みな)焼亡(せうばう)し御客殿(おんきやくでん)御書院(おんしよゐん)向(むき)は同二年 上野御隠(うへのごいん)
 殿(でん)を御曳移(おんひきうつし)有(あり)て御再興(ごさいこう)ありし事(こと)なりといふ
 将軍家 御登山(ごとうざん)の砌(みぎり)は御本坊(ごほんばう)を假(かり)の 柳営(りうえい)に設(まう)け玉ふ其时(そのとき)は【平出】
 御門主の御方(おんかた)東山(ひがしやま)桜本院(さくらもとゐん)を御旅舘(ごりよくわん)に設(まうけ)給ひ【平出】
 将軍家 御在山中(ございざんちう)は彼院(かのゐん)へ移(うつ)らせ給ふといふ【平出】
 御門主 御方(おんかた)定格(ぢやうかく)として御登山(ごとうざん)の事(こと)は四月十五日 御着山(ごちやくざん)にて五月
 廿一日 御發輿(ごはつよ)九月十日 御着山(ごちやくさん)にて同月廿一日 御發輿(ごはつよ)十二月廿九日
 御着山(ごちやくさん)にて翌年(よくねん)正月廿一日 御發輿(ごはつよ)例年(れいねん)斯(かく)の如(ごと)し
新宮鳥居(しんぐうとりゐ) 三佛堂(さんぶつだう)の前(まへ)にあり東 向(むき) 御宮(おんみや)二王御門(にわうごもん)下(した)より西の方(かた)
 正面(しやうめん)なり新宮馬場(しんぐうばゞ)といへるは此道(このみち)なり鳥居(とりゐ)の額字(がくじ)は 正一位(しやういちゐ)勲一等(くんいつとう)
 日光大権現(につくわうだいごんげん)と二行(にぎやう)に當山(たうざん)御座主(おんざす)【平出】
 一品公寬親王の御筆(おんふで)なりもとは此(この)鳥居(とりゐ)も木(き)にて造(つく)りしが寛政の

【右丁】
 度(ど)の御修理(おんしゆり)の砌(みぎり)唐銅(からかね)に造立(ざうりふ)し高(たかさ)凡(およそ)二丈二尺 許(ばかり)柱廽(はしらめぐ)り六尺五寸
 笠木(かさぎ)に巴(ともえ)の紋(もん)を附(つ)く
三佛堂(さんぶつだう) 新宮(しんぐう)鳥居(とりゐ)の北の方(かた)にあり徃古(わうご)金堂(こんだう)と稱(しよう)するは是(これ)なり山内(さんない)
 にての大堂(たいだう)銅葺(あかゞねぶき)赤塗(あかぬり)正面(しやうめん)十八 間(けん)横間(よこま)十四五 間(けん)日光三社(につくわうさんじや)の本地仏(ほんちぶつ)
 堂(だう)千手観音(せんじゆくわんおん)は新宮(しんぐう)の本地(ほんち)なり馬頭観音(ばとうくわんおん)は本宮(ほんぐう)の本地(ほんち)各(おの〳〵)座像(ざざう)八尺
 五寸 阿弥陀(あみだ)は瀧尾(たきのを)の本地(ほんち)長(たけ)九尺五寸 許(ばかり)是(これ)は慈覚大師(じがくだいし)當山(たうざん)に登(のぼ)り
 寺院(じゐん)建立(こんりふ)の砌(みぎり)此(この)尊像(そんざう)を雕造(てうざう)し玉(たま)ふものなり此(この)堂内(だうない)乾(いぬゐ)の隅(すみ)に勝(しよう)
 道上人(だうしやうにん)の木像(もくざう)を安置(あんち)し艮(うしとら)の方(かた)には軍荼梨明王(ぐんだりみやうわう)の木像(もくざう)をも安(あん)す


日 光 山 志 巻 之 一《割書: 終》

【右丁 前コマと同】

【左丁 左上に折返】

【裏表紙】

【表紙】
【題箋】
日光山志  二

【右丁 白紙】

【左丁】
日 光 山 志 巻 之 二
       目録(もくろく)
 新宮権現(しんぐうごんげん)《割書:同図(おなじくづ)| 》 《割書:拜殿(はいでん) 唐銅燈籠(からかねとうろう)《割書:同図(おなじくづ)》 末社(まつしや) 慈覚堂(じがくだう) 金剛堂(こんがうだう) 山王社(さんわうのやしろ) 阿弥陀堂(あみだだう)|十八王寺社(じふはちわうじのやしろ) 大黒天堂(だいこくてんだう) 御供所(ごくうしよ) 宝物品(はうもつしな)〻(〳〵) 神輿(しんよ)かなもの 例祭(れいさい)》
 田村丸参詣圖(たむらまるさんけいのづ)  御神位(おんしんゐ)     延年舞(えんねんのまひ)
 十神事(じふしんのこと)     敎旻座主墳墓(けうびんざすのふんぽ)  佛岩(ほとけいは)
 開山堂(かいさんだう)《割書:同図(おなじくづ)》   勝道上人墓(しようだうしやうにんのはか)  產宮(さんのみや)
 手掛石(てかけいし)     飯盛杉(いひもりすぎ)     御神馬碑(おんじんめのひ)
 栃御門(とちのごもん)     下乗石柱(げしようのいしのはしら)   唐銅地蔵(からかねのぢざう)
 山王社(さんわうのやしろ)    不動堂(ふどうだう)     牛王橋(ごわうばし)
 瀧尾瀑布(たきのをのたき)    別所(べつしよ)      弘法大師女躰中宮額(こうぼふだいしによたいちゆうぐうのがく)
 石鳥居(いしのとりゐ)     瀧尾社図(たきのをのやしろのづ)   影向石(やうがうせき)

【右丁】
 瀧尾靈神影向圖(たきのをのれいじんやうがうのづ)  經筒(きやうづゝ)《割書:同図(おなじくづ)》   鐘楼(しゆろう)
 二王樓門(にわうろうもん)     拜殿(はいでん)     中門(ちゆうもん)
 本社(ほんしや)       禮拜石(らいはいいし)    千手堂(せんじゆだう)
 本地堂(ほんぢだう)      根本堂(こんほんだう)    子種石(こだねいし)
 酒泉(さけのいづみ)       三十番神堂(さんじふばんじんだう)  三本椙(さんぼんすぎ)
 /碑(ひの)石(いし)       鎮火祭(ひしづめのまつり)    無念橋(むねんばし)
 妙覚橋(めうかくばし)      等覚橋(とうがくばし)    多宝鐡塔(たはうてつたふ)《割書:同図(おなじくづ)》
 寶物(はうもつ)       筋違橋(すぢかひばし)    行者堂(ぎやうじやだう)
 薬師靈水(やくしのれいすゐ)     地蔵磐(ぢざういは)    慈恵大師堂(じゑだいしだう)《割書:一名(いちみやう)|天狗堂(てんぐだう)》
 常行堂(じやうぎやうだう)      法華堂(ほつけだう)    桜馬塲(さくらのばゝ)
○御靈廟(おんれいびやう) 《割書:二王御門(にわうおんもん) 御燈籠(おんとうろう) 二天御門(にてんおんもん) 夜叉御門(やしやおんもん) 御鐘皷二楼(おんかねつゞみのにろう) 御唐門(おんからもん)|御拜殿(おんはいでん) 御本殿(おんほんでん) 皇嘉御門(くわうかおんもん) 御奥院(おんおくのゐん) 空烟墓(くうえんのはか) 梶氏墓(かぢうぢのはか)》
 慈眼大師庿(じげんだいしのべう)《割書:同図(おなじくづ)》  文珠堂(もんじゆだう)    御供所(おんくうじよ)

【左丁】
 求聞持堂(ぐもんぢだう)     阿弥陀堂(あみだだう)   御座主御庿(おんざすのおんべう)
 功德水(くどくすゐ)      鐘楼(しゆろう)     經蔵(きやうざう)
 御拜殿(おんはいでん)《割書:石燈籠(いしどうろう)》    御庿前(おんべうぜん)    御宝塔(おんはうたふ)
 両大師略傳(りやうだいしりやくでん)    入峰禅頂(にふぶぜんぢやう)   大千度(だいせんど)
 鳴子(なるこ)       古峯原石原隼人(こぶがはらいしはらはいと)《割書:同図(おなじくづ)》
 床神事(とこのじんじ)

【右丁 白紙】

【左丁】
日 光 山 志 巻 之 二
                 植 田 孟 縉 編 輯

新宮權現拜殿(しんぐうごんげんはいでん) 三佛堂(さんぶつだう)と相双(あひなら)ぶ銅葺(あかゞねぶき)赤塗(あかぬり)四方縁(しはうえん)大床舞臺造(おほゆかぶたいづく)り四(し)
 方揚蔀(はうあげじとみ)六間に七間 許(ばかり)
 本社 南向(みなみむき)八棟造(やつむねづく)り五間四方 銅葺(あかゞねぶき)総赤塗(そうあかぬり)正面(しやうめん)三扉(みとびら)黒塗(くろぬり)向拜(かうはい)に
 正躰(しやうたい)の額(がく)を掲(かゝ)ぐまた梁間(りやうかん)に金色(こんじき)の鰐口(わにくち)三ッ掲(かゝ)ぐ高欄(かうらん)彫物(ほりもの)彩色(さいしき)濱(はま)
 縁(えん)三方へ折廻(をりまは)し格天井階(がうてんじやうかい)黒塗(くろぬり)前(まへ)に唐門(からもん)あり銅葺(あかゞねぶき)此門(このもん)より瑞籬(たまがき)
 本社(ほんしや)の後迄(うしろまで)折廻(をりまは)し是(これ)も銅葺(あかゞねぶき)凡(およそ)拾五間に拾八間 許(ばかり)唐門(からもん)外(そと)の左右(さいう)に
 石燈籠(いしどうろう)数基(すき)唐銅大燈籠(からかねおほとうろう)は鹿沼(かぬま)權三郞 入道(にふだう)が納(をさむ)るものなり末社(まつしや)
 の堂宇(だうう)は構外(かまへそと)にあり本社(ほんしや)祭神(さいじん)は大己貴命(おほなむちのみこと)なり本地(ほんち)千手観音(せんじゆくわんおん)例(れい)
 祭(さい)三月朔日二日なり延年(えんねん)の舞(まひ)とて古式(こしき)執行(しゆぎやう)せり神輿(しんよ)本社(ほんしや)迄 渡(と)

【図】
【右丁】
三佛堂
番所
新宮
【左丁】
龍光院
御靈屋
法花堂
常行堂

河西愛貴【印 湖子】

【右丁】
 御別所(ぎよべつしよ)は安養院(あんやうゐん)又 御宮(おんみや)の社家(しやけ)六人の内(うち)にして一﨟(いちらふ)なるもの社(しや)
 務(む)を司(つかさど)ることなり
 抑(そも〳〵)當社(たうしや)日光三社權現(につくわうさんじやごんげん)は普門示現(ふもんじげん)の神境(しんきやう)佛乗(ぶつじよう)相應(さうおう)の㚑塲(れいぢやう)なるに
 仍(より)て神護景雲のむかし勝道上人(しようだうしやうにん)深(ふか)く観音(くわんおん)の妙智力(みやうちりき)を仰(あふ)ぎ遠(とほ)く
 無人(ぶにん)の境(さかい)に入(いり)て遂(つひ)に黒髪山(くろかみやま)の巔(いたゞき)に登(のぼ)り給(たま)ふ时(とき)地主(ぢしゆ)神明(しんめい)忽然(こつぜん)と
 して現(あらは)れ玉ひて倶(とも)に人法(にんほふ)を擁護(おうご)すべし神勅(しんちよく)を蒙(かうふ)り玉ふ地主(ぢしゆ)
 神明(しんめい)と申奉(まをしたてまつ)るは男體權現(なんたいごんげん)大己貴命(おほなむちのみこと)女體中宮(によたいちゆうぐう)田心姫命(たごりびめのみこと)本宮權現(ほんぐうごんげん)
 は味耜高彦根命(あぢすきたかひこねのみこと)にてまします本地(ほんち)は千手(せんじゆ)弥陀(みだ)馬頭(ばとう)應用(おうよう)大黒(だいこく)辨(べん)
 天(てん)毘沙門(びしやもん)の福智德(ふくちとく)三天(さんてん)の權化(ごんげ)なり是(これ)を日光三社權現(につくわうさんじやごんげん)と申奉る
 十方(じつはう)諸國土(しよこくど)無利(むり)不現身(むげんしん)慈眼視(じげんじ)衆生(しゆしやう)福寿海(ふくじゆかい)無量(むりやう)の金言(きんげん)信心(しん〴〵)掲(かつ)【渇】仰(がう)
 の輩(ともがら)願望(ぐわんまう)速(すみやか)に満足(まんぞく)すること響(ひゞき)の聲(こゑ)に應(おう)ずるが如(ごと)し其後(そのゝち)弘仁年
 中 弘法大師(こうぼふだいし)登山(とうざん)して專(もつはら)三密(さんみつ)五智(ごち)の秘法(ひほふ)を弘(ひろ)めまた嘉祥年中 慈(じ)

【左丁】
 覺大師(がくたいし)陟(のぼ)り給ひ双(ならべ)て遮那(しやな)止觀(しくわん)の両業(りやうげふ)を弘(ひろ)め給(たま)ふ其(その)砌(みぎり)當社(たうしや)を再(さい)
 営(えい)し玉ひけり當山(たうさん)の古縁起(こえんぎ)には三神(さんじん)始(はじめ)て勸請(くわんじやう)の事は開山上人(かいさんしやうにん)
 四本龍寺(しほんりうじ)にすみ玉ひし时(とき)精舎(しやうじや)の東南に初(はじめ)て勸請(くわんじやう)し玉へり其後(そのゝち)
 遷宮(せんぐう)の事ありしに仍(より)て御神(おんかみ)たび〳〵すさみ給(たま)ひし事 旧記(きうき)に見え
 たり最初(さいしよ)上人(しやうにん)三神(さんじん)の靈像(れいざう)を安置(あんち)の社地(しやち)は大河(だいが)に接(せつ)せし丘地(きうち)【「ヲカ」左ルビ】に
 して时(とき)〻(〴〵)洪水(こうすゐ)逆浪(げきらう)し社頭(しやとう)終(つひ)には危(あやふ)からん事を思惟(しゆゐ)し玉ひ御(ご)
 遺㐧(ゐてい)道珍(だうちん)敎旻(けうひん)千如(せんによ)等(ら)と相議(あひぎ)して天長年中 社殿(しやでん)を小玉殿(せうぎよくでん)の東に
 移(うつ)し給へり其後(そのゝち)二十 餘年(よねん)を經(へ)て嘉祥三年 座主(ざす)昌禅(しやうぜん)輪下(りんげ)の尊鎮(そんちん)
 法輪(ほふりん)等(ら)と議(ぎ)せられ法華(ほつけ)常行(じやうぎやう)の二堂(にだう)の後(うしろ)は東西 中院(ちゆうゐん)の中央(ちゆうあう)に當(あた)
 りて勝地(しようち)此所(このところ)に過(すぐ)べからずとて即(すなはち)遷宮(せんぐう)し奉り給ふといへり《割書:其(その)|頃(この)》
 《割書:法華(ほつけ)常行(じやうぎやう)の二堂(にだう)の後(うしろ)とあるは今(いま)の仏岩(ほとけいは)也|社地(しやち)は今(いま)の御宮内(おんみやうち)鐘楼(しゆろう)の邊(へん)に當(あた)れり》此时(このとき)始(はじめ)て四本龍寺(しほんりうじ)の旧社(きうしや)を本宮(ほんぐう)
 と称(しよう)し遷宮(せんくう)の社頭(しやとう)を新宮(しんぐう)と号(がう)し奉るといふ又(また)其後(そのゝち)は十五 代(だい)の

【右丁】
 座主(ざす)光智坊(くわうちばう)聖宣(しやうせん)の时仁平三《割書:癸| 酉》年秋八月なり其後(そのゝち)又(また)五十年を
 歷(へ)て承元四《割書:庚| 午》年 座主(ざす)真智坊(しんちばう)法橋(ほつけう)隆宣(りうせん)再(ふたゝび)昔(むかし)の勝地(しようち)常行堂(しやうぎやうだう)の後(うしろ)へ
 遷(うつ)し奉る是(これ)を神威(しんゐ)穏(おだやか)ならざる度毎(たびこと)に所(しよ)〻(〳〵)へ遷(うつ)し奉る今度(こんど)は此(この)
 所(ところ)を不易(ふえき)な社地(しやち)と定(さだ)め永(なが)く神威(しんゐ)を鎮(しづ)め奉らんとて大衆(たいしゆ)相議(あいき)し
 て法華(ほつけ)八講(はつかう)等(とう)其 外(ほか)種(しゆ)〻(〴〵)の法施(ほつせ)を奉(たてまつ)り崇敬(そうけい)嚴(おごそか)なりしかど猶(なほ)神鑑(しんかん)
 に愜(かなは)ざる事や有(あり)けん頻(しきり)に荒(すさみ)玉ふ事 息(やま)ざりければ山徒(さんと)悉(こと〴〵く)恐怖(きようふ)し
 て暫(しばらく)遷宮(せんぐう)の事もやみ思(おもは)ざる年月を過(すぐ)しけるが时(とき)至(いた)りて二十二
 代の座主(ざす)但馬法印(たぢまほふいん)辨覺(べんがく)新(あらた)に光明院(くわうみやうゐん)の座主号(ざすがう)を賜(たまは)り将軍家の
 《割書:實朝公》御帰依(ごきえ)殊(こと)に厚(あつ)かりければ再(ふたゝび)遷宮(せんぐう)修営(しゆえい)の事を鎌倉(かまくら)に請(こひ)て
 建保三《割書:乙| 亥》年 金堂(おんだう)の西(にし)に新(あらた)に社地(しやち)を卜(ぼく)して神殿(しんでん)を造立(ざうりふ)し奉ら
 る《割書:今の拜殿(はいでん)の|地(ち)なり》此地(このち)は実(じつ)に不易(ふえき)の勝地(しようち)なるにや是(これ)より荒(すさみ)給ふ事も息(やみ)
 て神慮(しんりよ)おだやかに鎮(しづま)り給へり建保三《割書:乙| 亥》年より今(いま)に至(いた)るまで

【左丁】
 凡六百二拾 餘年(よねん)に及(およ)びぬ抑(そも〳〵)此(この)大權現(だいごんげん)は日光(につくわう)地主(ぢしゆ)の靈神(れいじん)にして
 天下(てんか)の治乱(ちらん)この冥應(みやうおう)に係(かゝ)らざることなく海内(かいだい)の吉凶(きつきよう)もまた此
 神の玄鑑(げんかん)に管(あづか)らずといふことなし実(じつ)に靈験(れいげん)の著(いちじる)き事 徃古(わうご)より
 挙(あけ)てかぞへがたし今は一二を記(しる)して神德(しんとく)を憲章(けんしやう)せば人王五十
 二代
 嵯峨天皇の御宇(ぎよう)大同年間 尚侍正(ないしのかみ)薬子(くすりこ)藤原仲成(ふぢはらのなかなり)等(ら)の叛臣(はんしん)【平出】
 太上皇を賺(すか)し奉り御謀反(ごむほん)を勸(すゝ)め奉り軍旅(ぐんりよ)を東関(とうくわん)に揚(あげ)て天下を
 謀(はか)らんとす此事 早(はや)く 朝廷(てうてい)へ聞(きこ)えければ急(いそ)ぎ三関(さんくわん)を塞(ふせ)ぐべしと群(ぐん)
 議(ぎ)有て坂上田村麿(さかのうへのたむらまる)を追討使(つゐたうし)に撰(えらは)れ仲成(なかなり)等(ら)を追伐(つゐばつ)せらる此时 當(たう)
 社(しや)へ 勅使(ちよくし)を差下(さしくだ)され朝敵(てうてき)退治(たいぢ)の懇祈(こんき)をこめられけるに神驗(しんげん)著(いちじる)
 く遂(つひ)に謀臣(ぼうしん)仲成(なかなり)等(ら)誅(ちゆう)に伏(ふく)し【平出】
 上皇も御落飾(ごらくしよく)ましまししかばこゝに於(おい)て動乱(とうらん)悉(こと〴〵く)静(しづ)まり四海(しかい)安(あん)

【右丁】
 寧(ねい)に帰(き)せり【平出】
 帝(みかど)はるかに當山(たうさん)の神験(しんげん)を叡感(えいかん)まし〳〵勅使(ちよくし)下向(げかう)有て日光大權現(につくわうだいごんけん)へ
 正一位(しやういちゐ)勲一等(くんいつとう)の位階(ゐかい)を授(さづけ)賜(たま)ふ其後また北國(ほつこく)の夷賊(いぞく)蜂起(ほうき)せしとき
 坂上田村麿(さかのうへのたむらまる)重(かさね)て節刀(せつとう)を賜(たまは)り發向(はつかう)の砌(みぎり)田村将軍(たむらしやうぐん)みづから當社(たうしや)へ
 朝敵(てうてき)退治(たいぢ)の願書(ぐわんしよ)をこめられ出陣(しゆつぢん)せられしに夷賊(いぞく)悉(こと〴〵く)神助(しんじよ)に仍(より)て
 平治(へいぢ)せしかば田村将軍(たむらしやうぐん)大いに神德(しんとく)を仰(あふ)ぎ鞍馬(あんば)弓箭(きうせん)甲冑(かつちう)等(とう)を
 權現(ごんけん)の社頭(しやとう)に獻(けん)じ神德(しんとく)を感謝(かんしや)し奉り帰洛(きらく)の上(うへ)此旨(このむね)具(つぶさ) 奏聞(そうもん)を
 遂(とげ)られしかば 朝廷(てうてい)倍(ます)〻(〳〵)當社(たうしや)の神德(しんとく)を叡感(えいかん)ありて武蔵(むさし)相模(さかみ)常(ひた)
 陸(ち)上總(かづさ)下総(しもふさ)五箇國(ごかこく)の貢物(みつぎもの)年〻三分一 宛(づゝ)永代(えいたい)日光山(につくわうざん)へ寄(よせ)らるべ
 き旨(むね) 勅詔(ちよくぜう)有(あり)しといへりまた【平出】
 高倉院の御宇(ぎよう)元歷元年二月 右兵衛佐(うひやうゑのすけ)源頼朝卿(みなもとのよりともきやう)平氏(へいし)討罪(ちうばつ)の事(こと)を
 當社(たうしや)へ祈請(きしやう)し玉ひしに遂(つひ)に幾(いく)ほどもなくして平族(へいぞく)を西海(さいかい)に追(つゐ)

【左丁】
 討(とう)し源氏(げんし)一統(いつとう)の世(よ)と成(なり)賸(あまつさへ)日本國(につほんごく)総追捕使(そうつゐふし)に任(にん)ぜられ日本国中
 を掌握(しやうあく)せられ國郡(こくぐん)に守護(しゆご)を置(お)き荘園(しやうゑん)には地頭(ぢとう)を補(ふ)し日本國中
 爰(こゝ)において始(はじめ)て武家(ぶけ)の世(よ)となりしかば全(まつたく)日光(につくわう)の神助(しんじよ)に依(よ)れり
 とて下野國(しもつけのくに)の内 久野(くの)大井(おほゐ)の両郷(りやうがう)を大權現(だいごんげん)の燈油料(とうゆれう)に寄(よせ)玉ひ都(すべ)
 て一 國(こく)の地頭(ぢとう)《割書:兼》御家人(ごけにん)等(とう)を日光(いつくわう)の所役(しよやく)に充(あて)給ふとあり文治五
 年 奥州(あうしう)の泰衡(やすひら)征伐(せいはつ)の砌(みぎり)もまた御願(ごぐわん)を當社(たうしや)に籠(こめ)られけるに程(ほど)な
 く討平(うちたひら)げ給ひ頼朝卿(よりともきやう)尊敬(そんきやう)浅(あさ)からず神贄(かむにへ)を備(そな)へ御剱(きよけん)を奉納(ほうなふ)せら
 れ其上 肥前(ひぜんの)〻(ぜん)司(じ)知行(ともゆき)を御使(おんつかひ)として那須庄(なすしやう)の内 五箇郷(ごかがう)を以(もつ)て毎(まい)
 歳(さい)神贄(かむにへ)の狩料所(かりれうしよ)に充(あて)玉ひ又 森田(もりた)日向(ひなた)の両郷(りやうがう)をして永代日御供(えいたいひごく)
 料(れう)に寄(よせ)玉ひまた法華三昧料(ほつけさんまいれう)として當國(たうこく)寒河郡(さむがはこほり)にて免田(めんでん)十五町
 を寄附(きふ)せらる建曆三年五月 和田乱(わだらん)の时日光山 別當(べつたう)辨覚(べんがく)御所(ごしよ)の
 御味方(おんみかた)に参(まゐ)りしに依(より)て御感(ぎよかん)の上意(しやうい)を蒙(かうふ)り其賞(そのしやう)として九州(きうしう)筑紫(つくし)

【図】
田村麿奥州凱旋
の砌新宮社頭へ叅拜

相覧【印】

【右丁】
 にて土黒(つちぐろ)の荘(しやう)を賜(たま)ふ其後【平出】
 龜山院の文永年間【平出】
 後宇多院の弘安年間 蒙古(もうこ)の異賊(いぞく)本邦(ほんはう)を襲(おそ)はんとせし时両度と
 もに日光 座主(ざす)勅命(ちよくめい)を被(かうふ)り大衆(たいしゆ)とゝもに當社(たうしや)の神殿(しんでん)に於(おい)て夷賊(いぞく)
 降伏(ごうふく)の祈祷(きたう)丹誠(たんせい)を抽(ぬきんで)られけるに一七日 結願(けちぐわん)のあした社擅(しやだん)【壇】三度
 震動(しんどう)して忽然(こつぜん)と一筋(ひとすぢ)の神鏑(かむかぶら)西に向ひて飛鳴(ひめい)し其 去所(さるところ)をしらず
 爾(しか)して後(のち)ほどなく異國(いこく)の軍舩(ぐんせん)悉(こと〳〵く)飄没(へうぼつ)せし由(よし)當社(たうしや)の旧記(きうき)に載(のせ)た
 りといふ世(よ)〻(ゝ)の朝敵(てうてき)滅亡(めつばう)の竒瑞(きずゐ)のみならず靈驗(れいげん)感應(かんおう)は万人の
 懇祈(こんき)に應ずること恰(あたか)も響(ひゞき)の聲(こゑ)に随(したが)ふが如(こと)し仍(より)て徃昔(むかし)より近國(きんごく)
 の諸矦(しよこう)結城(ゆふき)小山(をやま)宇都宮(うつのみや)那須(なす)等(とう)を初(はじ)め大權現(だいごんげん)の冥助(めうじよ)を仰(あふ)がざる
 はなし时(とき)〻(〴〵)奉納(ほうなふ)の太刀(たち)曼陀羅(まんだら)種(しゆ)〻(〴〵)宝物(はうもつ)と成(なり)て現存(げんぞん)す徃昔(むかし)鎌倉(かまくら)
 より时(じ)〻(ゝ)修造(しゆざう)せられし年月等も具(つぶさ)に旧記(きうき)に見えたるよし也鎌(かま)

【左丁】
 倉(くら)も元弘正慶 以来(いらい)は一旦(いつたん)亡國(ばうこく)となり貞和觀應の頃は足利(あしかゞ)公方
 家 鎌倉(かまくら)に御所(ごしよ)を構(かま)へすみ給ひけれども戦國(せんごく)の餘弊にて國(くに)〻(〳〵)保(はう)
 保(はう)合戦(かつせん)たえざれはいつしか社頭(しやとう)修造(しゆざう)の事も怠(おこた)り動(やゝ)もすれば神領(しんりやう)
 の田畠(たはた)山林(さんりん)も侵掠(しんりやう)せられ殆(ほとんど)満山(まんざん)衰廃(すゐはい)せり爾(しか)のみならず織田氏(おたうぢ)
 豊臣氏(とよとみうぢ)の為(ため)に佛寺(ぶつじ)を破却(はきやく)せられ神領(しんりやう)をも悉(こと〳〵ぐ)削(けづ)られけるよし此
 时に至て猶(なほ)又(また)一山(いつさん)廃頽(はいたい)し神護景雲以来 連綿(れんめん)たる法燈(はふとう)も既(すで)に消(せう)
 滅(めつ)すべかりしに天運(てんうん)循環(じゆんくわん)し慈眼大師(じげんたいし)當山(たうざん)を中興(ちゆうこう)し給ひ【平出】
 大神祖君の神廟(しんべう)始(はじめ)て鎮(しづま)りましますに及(およ)び絶(たえ)たるを継(つき)すたれたる
 を興(おこ)させ給ひ元和五年 新(あらた)に當社(たうしや)を再建(さいこん)まし〳〵唐門(からもん)拜殿(はいでん)御饌殿(みけどの)
 等(とう)に至(いた)る迄 悉(こと〳〵く)御修造(おんしゆざう)あり御願主(おんぐわんしゆ)は即(すなはち)【平出】
 大相國家《割書:台德公》なり又正保二年 重(かさね)て御修営(おんしゆえい)あり 御三代将軍【闕字】
 左大臣家《割書:大猷公》御願主(おんぐわんしゆ)なり此砌(このみぎり)社地(しやち)五間余北の 山際(やまぎは)へ引れたり

【右丁】
 夫より三度目の御造替(おんざうたい)の时(とき)本社(ほんしや)拜殿(はいでん)倶(とも)にまた山際(やまぎは)へ引(ひき)て修造(しゆざう)
 せらる夫(それ)までの本社(ほんしや)は即(すなはち)今(いま)の拜殿(はいでん)の地(ち)なりといふ
 新宮社前(しんくうしやぜんの)唐銅大燈籠(からかねのおほどうろう) 總高(そうたかさ)六尺 許(ばかり)丸柱(ぐわんちゆう)に銘(めい)あり
    奉 冶 鑄
    新 宮 御 宝 前   御 燈 爐 一 基
    右 志 者 爲 二 世 悉 地 成 就 圓 滿 也
      利 益 普 及 群 類 《割書:矣》
        正 應 五 年 《割書:壬| 辰》 三 月 一日
      願 主 鹿 沼 權 三 郞 入 道 教 阿
                  清 原 氏 女 《割書:敬|白》
          大 工 常 陸 國 三 村 六 郎 守 季

【左丁】
【灯籠の図】

【右丁】
 續日本後紀云承和三年十二月授下野國従五位上
 勲四等二荒神社正五位下
 同八年四月奉授下野國正五位下勲四等二荒神正
 五位上
 同十五年八月廿八日授從四位下
 文德實錄云天安元年十一月在下野國勲四等二荒
 神充封戸一烟
 三代實錄云貞觀元年正月廿七日授下野國從三位
 勲四等二荒神社正三位
 同七年十二月廿一日授從二位《割書:云| 云》
 同十一年二月廿八日授正二位《割書:云| 云》

【左丁】
 神寶(じんはう) 瀬昇太刀(せのぼりのたち)《割書:鞘皮巻(さやかはまき)》一腰 ねゝ切丸(きりまる)《割書:鞘皮巻(さやかはまき)》一腰
  枝珊瑚樹(えださんごじゆ)一本 琵琶(びは)《割書:銘玉簾(めいたますだれ)》一面 水晶宝塔(すゐしやうのはうたふ)一基
  小山氏鎧(をやまうぢのよろひ)《割書:金小札(きんこざね)》一領 柏太刀(かしはたち) 三振
 末社(まつしや)  金剛堂(こんがうだう)  慈覺堂(じがくだう)《割書:護广堂(ごまだう)なり慈覚大師(じがくだいし)の像(ざう)|不動堂(ふどうだう)卅 番神(ばんじん)を安置(あんち)す》  毘沙門堂(びしやもんだう)
  山王社(さんわうのやしろ)  阿弥陀堂(あみだだう)  大黒天堂(だいこくてんだう)  十八王子社(じふはちわうじのやしろ)《割書:此 余(よ)は略(りやく)す》
 例祭(れいさい) 三月朔日二日なり年(とし)に依(より)て町(まち)〻(〳〵)より邌物(ねりもの)或(あるひ)は狂言(きやうげん)附祭(つけまつり)
 等(とう)を出(いだ)せるもあり其时は二月廿七八日 頃(ころ)より邌物(ねりもの)等(とう)おもひ〳〵
 の戯藝(ぎげい)を施(ほどこ)し音曲(おんぎよく)を交(まじ)へ乱舞(らんぶ)さま〴〵の態(わざ)をつくし三月朔日まで
 町(まち)〻(〳〵)を引渡(ひきわた)し二日 未明(みめい)に新宮(しんぐう)拜殿(はいでん)の前(まへ)にて毎町(まいちやう)ねりものを引(ひき)
 来(きた)り替(かはる)〻(〴〵)其 藝(げい)をつくす鉢石町(はついしまち)の方(かた)よりは毎歳(まいさい)恒例(ごうれい)として奴(やつこ)を
 出(いだ)せり鉢石町(はついしまち)稲荷町(いなりまち)などの若(わか)きものゝ役(やく)とし青奴(あをやつこ)赤奴(あかやつこ)と二行(にぎやう)に
 立(たち)て装(よそほひ)をなし面躰(めんてい)手足(てあし)服色(ふくしよく)ともに其色(そのいろ)を分(わか)てり偖(さて)神輿(しんよ)瀧尾(たきのを)へ

【右丁】
 渡御(とぎよ)は二月廿八日の未(ひつじ)の刻(こく)にて還御(くわんぎよ)は三月朔日の午(うま)の刻(こく)なり
 其 砌(みぎり)神人(しん〴〵)供奉(ぐぶ)し神輿(じんよ)を拜殿(はいでん)へすゑ奉り翌(よく)二日 神輿(じんよ)本宮(ほんぐう)へ渡御(とぎよ)
 供奉(ぐぶ)の行列(ぎやうれつ)数(かず)を知(し)らず行装(ぎやうさう)を尽(つく)し本宮(ほんぐう)の社頭(しやとう)にて古例(これい)の祭儀(さいぎ)
 をはり無程(ほどなく)神輿(じんよ)を旋(めぐら)す
 新宮神輿䤭(しんぐうしんよかなもの)の銘(めい)
  銅細工比氣彦左衛門尉行久 沙弥正道 沙弥乗蓮
  野州小山大正持宝寺 願主佛蔵坊能應
  康應元《割書:己| 巳》八月日
延年舞(えんねんのまひ) 此 踏舞(たふぶ)の事を當山(たうざん)の旧記(きうき)に載(のせ)たるは古実(こじつ)の来由(らいゆ)にて聞(きゝ)
 傳(つた)ふるに古(いにしへ)慈覚大師(じかくだいし)異邦(いはう)より将来(しやうらい)し給ふ秘曲(ひきよく)の舞(まひ)なるを嘉祥
 年中 當山(たうざん)の大衆(たいしゆ)へ傳(つた)へ玉ひて摩多羅神(またらじん)の神事(じんじ)の秘舞(ひふ)とし其 以(い)
 来(らい)毎歳(まいさい)臘月(らふげつ)晦日(みそか)の夜(よ)より正月七日の朝(あさ)迄 常行堂(じやうぎやうだう)にて修正會(しゆしやうゑ)と

【左丁】
 称(しよう)する奥秘(あうひ)の法儀(ほふぎ)を修行(しゆぎやう)の砌(みぎり)日(ひ)〻(ゞ)延年舞(えんねんのまひ)を奏(そう)し天下泰平(てんかたいへい)の
 法楽(ほふらく)に備(そな)へ奉らるゝ事といへり中興(ちゆうこう)座主(ざす)辨覚大僧正(べんがくだいそうじやう)の时 大衆(たいしゆ)
 と議(ぎ)せられ始(はじめ)て三月二日の神事(じんじ)に移(うつ)されたるものとぞ徃昔(むかし)は
 叡山(えいざん)にても慈覚大師(じがくだいし)傳来(でんらい)し給ふ舞(まひ)なるゆゑ每年(まいねん)修正會(しゆしやうゑ)に此 舞(まひ)
 を奏(そう)せられしよし今(いま)は叡山(えいざん)にはたえて當山(たうざん)にのみ傳(つた)へ千古(せんこ)の
 星霜(せいさう)を經(へ)て修(しゆ)せらるゝ秘曲(ひきよく)の舞(まひ)なりといふ又四月十七日 御神(おんじん)
 祭(さい)の砌(みぎり)も新宮(しんぐう)の社前(しやぜん)にて此(この)踏舞(たふぶ)終(をは)りて後(のち)御神事(おんじんじ)を始(はじめ)らるゝ事也
教旻座主墳墓(けうびんざすのふんぼ)
 御宮(おんみや)別所(べつしよ)大樂院(だいらくゐん)境内(けいだい)庫裡(くり)の邊(へん)に塚(つか)あり徃古(わうご)より傳(つた)へて敎旻座(けうびんざ)
 主(す)の墓(はか)なりとて不浄(ふじやう)を禁(きん)じ崇敬(そうきやう)せり此あたり近(ちか)き所(ところ)に勝道上(しようだうしやう)
 人(にん)の墓(はか)あり徃古(わうこ)より小笹原(をざゝはら)の地(ち)にて有(あり)し事なるべし勝道上人(しようだうしやうにん)
 十㐧子(じふでし)の中(なか)にも敎旻(けうひん)と道珍(だうちん)は上足(じやうそく)の㐧子(でし)にてありけり道尊者(だうそんじや)

【右丁】
 の補𢏋洛山(ふだらくせん)へ跋涉(ばつせふ)の时(とき)も此 両㐧子(りやうでし)相随(あひしたが)ひ俗姓(そくしやう)に附(つき)て上人(しやうにん)と敎(けう)
 旻(びん)は徒㐧(とてい)なるよし也 仍(よつ)て勝道上人(しようだうしやうにん)は開祖(かいそ)にて敎旻(けうびん)は當山(たうざん)の始(し)
 祖(そ)と称(しよう)し㐧一世の座主職(ざすしよく)なり神社考(じんじやかう)に宇都宮公綱(うつのみやきんつな)といふは敎(けう)
 旻座主(びんざす)十八代の孫(まご)なる由(よし)を載(のせ)たれども據(よりどころ)とする所(ところ)なし勝道(しようだう)も
 敎旻(けうびん)も大中臣姓(おほなかとみのせい)にて宇都宮(うつのみや)の家(いへ)は藤氏(とうし)より出(いで)て粟田口関白道(あはだぐちくわんばくみち)
 兼公(かねこう)四代の孫(そん)宗圓座主(そうゑんざす)より出(いで)て家(いへ)をおこしし宗綱(むねつな)より公綱(きんつね)【ママ】迄(まで)
 は凡(およそ)九代にも及(およ)べり是(これ)は系圖(けいづ)に見(み)えたる所(ところ)なり神社考(じんじやかう)の説(せつ)も
 誤(あやま)れるなるべし
佛岩(ほとけいは) 東谷(ひがしだに)より續(つゞ)き寺院(じゐん)坊舎(ばうしや)あり佛岩(ほとけいは)といふは山際(やまぎは)に佛像(ぶつざう)に似(に)
 たる岩(いは)三四 相並(あひなら)びしが古(いにしへ)山崩(やまくづれ)して徃古(わうご)の佛岩(ほとけいは)もうせけるよし也
 されども旧(ふる)くより地(ち)の名(な)となせり是(これ)より瀧尾(たきのを)への本道(ほんだう)にて社(しや)
 頭(とう)へ至(いた)る迄(まで)は凡(およそ)八町ばかり平坦(へいたん)にして漸(やう)〻(〳〵)登(のぼ)り社頭(しやとう)まで敷(しき)

【左丁】
 石(いし)つゞけり
開山堂(かいさんだう) 地蔵堂(ぢざうだう)とも唱(とな)ふ六間 四面(しめん)赤塗(あかぬり)間(ま)ごとに窓(まど)有(あり)て四面(しめん)に扉(とびら)
 あり宝形造(はうぎやうづくり)東向(ひがしむき)本尊(ほんぞん)地蔵木座像(ぢざうもくざざう)五尺 許(ばかり)運慶作(うんけいのさく)なり堂内(だうない)に開先(かいせん)
 院(ゐん)といふ額(がく)を掲(かゝ)ぐこれは
 御座主宮(おんざすのみや)公道法親王の御筆(おんふで)なり石土間(いしどま)須弥壇(しゆみだん)厨子入(づしいり)勝道上人(しようだうしやう)
 の(にん)【ママ】影像(えいざう)を安(あん)し左右(さいう)に十㐧子(じふでし)の像(ざう)をも置(お)けり上人(しやうにん)は地蔵薩埵(ぢざうさつた)の
 再誕(さいたん)なるゆゑ地蔵(ぢざう)を安置(あんち)すといふ此 所(ところ)は上人(しやうにん)荼毘(だび)の地(ち)なり
 釋書云。釋勝道。姓若田氏。野之下州。芳賀郡人。早出塵
 累。鑚仰勝業。州有補陀落山。峰巒峻峙。振古未有陟躋
 者。道。以神護景雲元年四月。企跋涉。路險。雪㴱。雲霧晦
 暝。不能登。止山腹。凡經三七日而還。天應元年。孟夏又
 興先志。亦屈而退。延曆之始。季春之月。發大誓致勤修。

【図】
【右丁】
開山堂

二世
  柳川重信冩

白山社
疱瘡神

山王

開山堂

【左丁】
徒弟 ̄ノ庿

開山上人庿

産 ̄ノ宮

陰陽石

【右丁】
 且曰。者囘不到山頂。亦不至菩提。漸達于頂。衆峰環峙。
 四湖碧㴱。竒花異木。殆非人境。道。堅誓所遂悅目喜心。
 乃結蝸舎於西南隅。修懴又三七日。道。雖究山區。未盡
 湖曲。三年之夏。造小舡。浮東湖。西南北湖。備極游蕩。就
 其勝處。建伽藍。曰神宮寺。居四載。道。行與靈境並傳。
 桓武帝聞之。勅任上野講師。又於都賀郡。創蕐嚴精舎。
 大同二年。州界大旱。剌【刺】史令道祈雨。道。上補陀落山行
 法雩。甘雨速降。百穀皆登。《割書:云| 云》
勝道上人墓(しようだうしやうにんのはか) 此 邊(へん)を称(しよう)して離布畏所(りふゐしよ)と唱(とな)ふ荼毘(だび)の地(ち)なるゆゑに
 や五輪塔(ごりんのたふ)高(たか)さ三尺 許(ばかり)石玉垣(いしのたまがき)九尺に一間 程(ほど)また山際(やまぎは)に石像(せきざう)の六(ろく)
 天部(てんぶ)の損(そん)じたるあり是(これ)は墳墓(ふんぼ)に安(あん)せしが損(そん)ぜしゆゑ山際(やまぎは)へ移(うつ)し
 たるものなるにや

【左丁】  白山社(はくさんのやしろ) 天神社(てんじんのやしろ) 經塔(きやうたふ) 十王堂(じふわうだう) 陰陽石(いんやうせき)
産宮(さんのみや) 開山堂(かいさんだう)の南にあり東 向(むき)六尺 社向拜附(やしろかうはいつき)赤塗(あかぬり)黒扉(くろとびら)滅金(めつき)かな
 もの高欄(かうらん)大床造(おほゆかづくり)鰐口(わにぐち)を掲(かゝ)ぐ石玉垣(いしのたまかき)を廻(めぐ)らし社前(しやせん)に鳥居(とりゐ)あり里(り)
 俗(ぞく)傳(つた)へいふ姙娠(にんしん)の女子(ぢよし)安産(あんざん)を祈(いの)るに将棊(しやうぎ)のこまの形(かた)を作(つく)り中(なか)
 に香車(きやうしや)と書(かき)て社壇(しやだん)に納(をさ)むれば平誕(へいたん)すること妙(みやう)なりとて数多(あまた)納(をさ)め
 置(おき)たりこれもいつの頃(ころ)よりの俗習(そくしふ)にか香車(きやうしや)は向(むか)ふ事 速(すみや)かなる
 の謂(いは)れならん又 此社(このやしろ)の南寄(みなみより)今(いま)は柵矢來(さくやらい)を廻(めぐ)らし大楽院(たいらくゐん)のうしろ
 迄(まで)蒼茫(さうばう)たる地(ち)あり是(これ)は 御遷座(ごせんざ)前迄(まへまで)一山(いつさん)其餘(そのよ)の葬地(さうち)にて有(あり)し
 といふ古(いにしへ)此 邊(へん)に釈迦堂(しやかだう)并 徃生院(わうしやうゐん)とて在(あり)しを六供所(ろくぐしよ)と称(しよう)せし小(せう)
 庵(あん)の旧跡(きうせき)といふ此事実(このじじつ)は妙道院(みやうだうゐん)と浄光寺(じやうくわうじ)の條(でう)を合(あは)せ見(み)るべし
手掛石(てかけいし) 稲荷川寄(いなりかはより)にある大石(たいせき)をいふ
飯盛杉(いひもりすぎ) 此杉(このすぎ)は至(いたつ)て古木(こぼく)なり枝葉(えだは)皆(みな)地(ち)に垂(たり)たり遥(はるか)に望見(のぞみみ)る时(とき)は

【右丁】
 其(その)形㔟(ぎやうせい)飯(いひ)を盛(もり)たるが如(ごと)く見(み)ゆるより名附(なづけ)たり
御神馬碑(おんじんめのひ) 是(これ)は慶長五《割書:庚| 子》年 濃州(のうしう)関(せき)ヶ(が)原(はら)御陣(ごぢん)の时(とき)此(この)駿蹄(しゆんてい)に被(られ)_レ為(せ)
 召(めさ)御勝利(おんしようり)ありし御馬(おんうま)ゆゑ元和丙辰年  薨御(こうぎよ)の翌年(よくねん)當山(たうざん)へ放(はな)ち
 給(たま)ふといふ碑石(ひせき)瀧尾路(たきのをみち)の傍(かたはら)に有(あり)
   御神馬之碑 《割書:高(たかさ)四尺五寸 幅(はゞ)一尺二寸余 厚(あつさ)七寸五分 臺石(だいせき)三 級(きふ)|碑文(ひぶん) 五 行(ぎやう)の上(うへ)御神馬(おんじんめ)の三大字(さんたいじ)有(あり)》
 慶長庚子歳御關原之御陣馭於此馬所擊於凶徒矣
 元和丙𫝕 大𣗳薨御明年放馬於此山歷於十有四
 歳寛永庚午歳斃於槽櫪之間于嗟這馬也駿足千里
 初沛艾後欵段非於其性令習而然乎所謂不立厩於
 寺厩於屠蒼犺猶守墟白澤復望門或人聞於馬之來
 由延寶六戊午歳𣗳碑於塚欲其名跡久不没也㸔者
 其致思焉 此碑(このひ)は梶氏(かぢうぢ)の造立(ざうりふ)せられしものなり

【左丁】
栃御門(とちのおんもん) 此所(このところ)は瀧尾総門(たきのをそうもん)なり素木造(しらきづくり)佛岩(ほとけいは)より㔫の方(かた)は 御宮(おんみや)奥(おく)の
 院(ゐん)山(やま)の懸崕(けんがい)高(たか)さ十丈 許(ばかり)瀧尾口(たきのをぐち)御番所(おんばんしよ)の邊(へん)へ續(つゞ)き右の方(かた)は稲荷(いなり)
 川(かは)の流(ながれ)あり老杉(らうさん)雑木(ざふぼく)路(みち)を掩(おほ)ひ社頭(しやとう)に至(いた)る迄(まで)幽邃(いうすゐ)にして日色(につしよく)を
 見(み)ず盛夏(せいか)の时(とき)といふとも此境(このさかひ)へ入(い)れば凄凉(せいりやう)たるゆゑおのづから炎(えん)
 暑(しよ)をわする此神境(このしんきやう)は當山(たうざん)第一の靈地(れいち)なり
下乗石柱(げじやうのいしのはしら) 路傍(ろはう)の㔫に建(たて)り
唐銅地蔵尊(からかねぢざうそん) 長(たけ)三尺 許(ばかり)座像(ざざう)路傍(ろはう)の右にあり
山王社(さんわうのやしろ) 向拜造(かうばいづくり)前(まへ)に鳥居(とりゐ)あり
不動堂(ふどうだう) 本尊(ほんぞん)二尺 許(ばかり)二童子(にどうじ)ともに運慶作(うんけいのさく)これより石階(せきかい)五六十 級(きふ)
 を登(のぼ)る坂中(さかなか)に燒不動(やけふどう)といへる石像(せきざう)一尺五寸 許(ばかり)なるあり其餘(そのよ)三笠赤(みかさあか)
 倉(くら)の石小祠(いしせうし)あり又(また)坂下(さかした)に五重(ごぢゆう)の石塔(せきたふ)《割書:并》熊野社(くまのゝやしろ)なども有(あり)
牛王橋(ごわうばし) 瀧(たき)の下流(かりう)へ架(か)せし石橋(いしばし)をいふ

【右丁】
瀧尾瀑布(たきのをのたき) 白糸瀧(しらいとのたき)とも唱(とな)ふ不動堂(ふどうだう)の後背(うしろ)にて岩上(がんしやう)より凡(およそ)二丈
 餘(よ)飛流(ひりう)する形勢(ぎやうせい)数流(すりう)に分(わか)れ素糸(しらいと)を散流(さんりう)するにことならず此瀧(このたき)
 を索麪瀧(さうめんのたき)といふは誤(あやまり)なり索麪瀧(さうめんのたき)は含満(かんまん)の南にあり爰(こゝ)の山谷(さんこく)を素(さう)
 麪谿(めんだに)といふ由(よし)ものに見(み)えたり
 囘國雑記云(くわいこくざつきにいはく)瀧尾(たきのを)と申(まうし)侍(はべ)るは無双(ぶさう)の靈神(れいじん)にてまし〳〵ける飛流(ひりう)の
 姿(すがた)目(め)をおどろかし侍(はべ)りき
  世(よ)〻(ゝ)を經(へ)て結(むす)ぶちぎりの末(すゑ)なれやこの瀧(たき)の尾(を)のたきのしらいと
別所(べつしよ) 石階(せきかい)数級(すきふ)を登(のぼ)り右の方(かた)にあり例(れい)の日光責(につくわうぜめ)の道具(だうぐ)をかけ双(なら)ぶ
 爰(こゝ)の別所(べつしよ)は衆徒中(しゆとのうち)にて五年 替(がは)りに兼持(けんぢ)す 御宮(おんみや)の社家(しよけ)二﨟(じらふ)な
 るもの社務(しやむ)を司(つかさど)る扨(さて)日光責(につくわうぜめ)といふは此(この)別所(べつしよ)より濫觴(らんしやう)せし事
 ともいひ傳(つた)ふ里諺(りげん)にいつの頃(ころ)にや地蔵(ぢざう)人間(にんげん)に変(へん)じ來(きた)りて索麪(さうめん)
 を乞(こひ)けるを責(せめ)しより始(はじま)れりといふ或(あるひ)は貉(むじな)いぶしなどいふ事もあり

【左丁】
 別所(べつしよ)の座敷(ざしき)に常人(じやうじん)を入(いれ)ざる間(ま)もあり又(また)は額(がく)の間(ま)といふもあり
 是(これ)は弘法大師(こうぼふだいし)書(かき)玉(たま)ひし女體中宮(によたいちゆうぐう)の古額(こがく)有(ある)ゆゑにや今(いま)楼門(ろうもん)に掲(かゞけ)
 たるは古額(こがく)を摸(うつし)たるものなりとぞ宝物(はうもつ)に古面(こめん)多(おほ)く其中(そのなか)に深秘(しんひ)
 として見(み)る事をゆるさゞる面(めん)あり
 抑(そも〳〵)瀧尾(たきのを)は弘仁十一年七月廿六日 弘法大師(こうぼふだいし)始(はじめ)て當山(たうざん)に下着(げちやく)し
 玉ひ先(まづ)四本龍寺(しほんりうじ)の室(しつ)に入(いり)給(たま)ひ上人(しやうにん)の遺㐧(ゐてい)敎旻(けうひん)道珍(だうちん)等(とう)其餘(そのよ)の徒(と)
 を伴(ともな)ひ瀧尾(たきのを)に到(いたり)給ふに瀧(たき)有(あり)て乱糸(らんし)に似(に)たりとて是(これ)より白糸(しらいと)の
 名(な)起(おこ)れりとぞ嶺(みね)を龜山(かめやま)と名附(なづけ)給ふ其形(そのかたち)の伏龜(ふくき)に似(に)たるを以(もつ)て
 なり空海和尚(くうかいをしやう)境地(きやうち)の靈區(れいく)なるを感(かん)じ玉ひ大杉(たいさん)のもとに庵(いほり)を結(むす)
 び壇(だん)を設(まうけ)て仏眼金輪法(ぶつげんこんりんほふ)を修(しゆ)し給(たま)ふ事(こと)一七 日夜(にちや)地中(ちちゆう)より一白玉(ひとつのはくぎよく)
 出現(しゆつげん)す是(これ)則(すなはち)天補星(てんほせい)なりとて祀(まつ)り給ひ小玉殿(せうぎよくでん)と称(しよう)する是(これ)なり又(また)
 も勤行(ごんぎやう)せられしに天(てん)より一白玉(ひとつのはくぎよく)降(くだ)りて水上(すゐしやう)に浮(うか)び我(われ)は妙見星(みやうけんせい)

【図】
瀧尾靈神影向之圖

椿年【印】

【右丁】
 なり公(こう)が請(こひ)に仍(より)て今(いま)來下(らいげ)せり此所(このところ)は我(わ)が住所(ぢゆうしよ)にあらず此嶺(このみね)に
 女躰(によたい)の靈神(れいじん)いませり此地(このち)に祝(いは)ひ奉るべし我(われ)をして中禅寺(ちゆうぜんじ)に安(あん)
 住(ぢゆう)せしめば末代(まつだい)迄(まで)人法(にんほふ)を守護(しゆご)せしむべしと話(かた)り畢(をはり)て見(み)えず依(よつ)
 て中禅寺(ちゅうぜんし)に崇(あが)め奉(たてまつ)らるまた尊星(そんせい)の告(つげ)によりて修法(しゆほふ)し靈神(れいじん)の影(やう)
 向(がう)を請(こひ)給ふに忽(たちまち)靈神(れいじん)化現(けげん)し玉(たま)ふ其(その)貌(かたち)天女(てんによ)の如(ごと)く端正(たんせい)美麗(びれい)金冠(きんくわん)
 瓔珞(やうらく)を以(もつ)て荘嚴(しやうごん)に飾(かざ)り其身(そのみ)扈従(こしよう)の侍女(じぢよ)前後(ぜんご)を圍繞(ゐねう)し僮僕(どうぼく)左右(さいう)
 に充満(じゆうまん)し異香(いきやう)紛紜(ふんうん)として靈神(れいじん)出現(しゆつげん)の尊容(そんよう)を拜(はい)し心願(しんぐわん)満足(まんぞく)す即(すなはち)
 崛上(くつしやう)に社殿(しやでん)を造立(ざうりふ)して勸請(くわんじやう)し奉り手(しゆ)_二-書(しよ)題額(だいがくを)_一し女體中宮(によたいちゆうぐう)と《割書:云| 云》
 道珍(だうちん)に室(しつ)を附与(ふよ)し是(これ)より道珍(だうちん)を以(もつ)て瀧尾上人(たきのをしやうにん)の元祖(ぐわんそ)とす
石鳥居(いしのとりゐ) 楼門(ろうもん)の外(そと)廿 間(けん)許(ばかり)を隔(へだ)つ此(この)鳥居(とりゐ)は梶氏(かぢうぢ)建立(こんりふ)なり
影向石(やうがういし) 別所(べつしよ)の西の方(かた)にあり上世(じやうせい)女躰神(によたいじん)影向(やうがう)を弘法大師(こうぼふだいし)の拜(はい)し
 給(たま)ひし石(いし)なり三尺に四尺 許(ばかり)なる石(いし)なり

【左丁】
經筒(きやうづゝ) 此(この)銅器(どうき)は文政六年九月 別所(べつしよ)の西の方(かた)に影向石(やうがういし)あり夫(それ)より
 楼門(ろうもん)の道(みち)へ出(いづ)る傍(かたはら)の石(いし)の下(した)より出現(しゆつげん)すといへり徃古(わうご)は今(いま)の別(べつ)
 所(しよ)の邊(へん)に社頭(しやとう)有(あり)しが稲荷川(いなりかは)度(たび)〻(〳〵)の洪水(こうずゐ)に山根(さんこん)を崩(くづ)しけるゆゑ
 正保二《割書:丙| 戌》年 毘沙門堂(ひしやもんだう)公海大僧正(こうかいだいそうじやう)御願主(ごぐわんしゆ)にて社頭(しやとう)造替(つくりかへ)の砌(みぎり)徃(わう)
 古(こ)の別所(べつしよ)の地(ち)へ社頭(しやとう)を引移(ひきうつ)し玉ひ旧社(きうしや)の跡(あと)へ別所(べつしよ)を曳(ひか)れたり
 といふ
【経筒の図と説明】
          長六寸余
     外筒(そとつゝ) 三寸三分【右90度回転】
    銅筒(あかゞねづゝ)此中(このうち)に又(また)經筒(きやうづゝ)を納(をさ)めたり其(その)經筒(きやうづゝ)に銘(めい)あり是(これ)は
    外筒(そとづゝ)なり無銘(むめい)此蓋(このふだ)に丸鏡(まろかゞみ)をもて掩(おほひ)しもの也(なり)別所(べつしよ)に
    置(おき)たる内(うち)何(なに)ものか其鏡(そのかゞみ)を奪(うば)ひしといふ

【右丁】
    内(うち)の經筒(きやうづゝ)銅(あかゞね)に滅金(めつき)し銘文(めいぶん)彫附(ほりつけ)たり中(なか)の經文(きやうもん)紙(かみ)は
    絮(わた)の如(ごと)く文字(もんじ)知(し)れず
【経筒の図と説明】
     破【右90度回転】   一寸五分【同上】
        長三寸四分
 銘文
     下野國宇都宮住覺源
   羅刹女且那■■法印奉納
   大乗妙典六十六部内
    三十番神法政禪門
    大永五年今月吉日
    此(この)經筒(きやうづゝ)は外筒(そとづゝ)なし銅滅金(あかゞねめつき)前(まへ)の經筒(きやうづゝ)と製作(せいさく)同(おな)じ彫附(ほりつけ)
    たる文字(もんじ)よみがたし

【左丁】
【経筒の図と説明】
           三寸
                一寸五分【右90度回転】
  銘文
     下総刕北イトト王久菊
    羅刹女且那下総國沓懸庄
     松本民部少輔宗善
    奉納大乗妙典六十六部内
    三十番神大永雪月吉日
鐘撞堂(かねつきだう) 石鳥居(いしのとりゐ)の右にあり四趾(しし)鐘(かね)は正保四年の鋳成(たうせい)なり
二王樓門(にわうろうもん) 銅葺(あかゝねぶき)赤塗(あかぬり)彩色(さいしき)彫物(ほりもの)あり二 間(けん)に三 間(げん)許(ばかり)表(おもて)に左輔(さほ)右弼(いうひつ)裏(うら)
 に風雷(ふうらい)の二天(にてん)を安(あん)す楼上(ろうしやう)の檐下(えんか)に弘法大師(こうぼふだいし)の手書(しゆしよ)女體中宮(によたいちゆうぐう)の
 額(がく)有(あり)写(うつし)は次(つぎ)に出(いだ)せり

【右丁】
拜殿(はいでん) 銅葺(あがゝねぶき)三 間(げん)に四 間(けん)黒漆(こくしつ)上蔀(うはしとみ)外(そと)赤塗(あかぬり)縁側(えんがは)高欄(かうらん)附(つき)なり
中門(ちゆうもん) 素木造(しらきづくり)板葺(いたぶき)左右(さいう)石玉垣(いしのたまがき)矢來(やらい)の内(うち)に矢篠(やしの)を栽(うゑ)たり
本社(ほんしや) 巽向(たつみむき)銅葺(あかゞねぶき)二 間(けん)に三 間(げん)大床造(おほゆかつくり)三扉(さんひ)黒塗(くろぬり)滅金䤭(めつきかざり)正躰(しやうたひ)の額(がく)三 面(めん)
 鰐口(わにぐち)三ッ掲(かゝ)ぐ玉垣(たまがき)の内(うち)は丸小石(まるきこいし)を敷(しき)たり総赤塗(そうあかぬり)向拜造(かうはいつくり)彩色(さいしき)彫物(ほりもの)
 高欄(かうらん)二 重(ぢゆう)垂木(たるき)方(はう)七八 間(けん)許(ばかり)
 祭神(さいじん) 《割書:田心姫命(たごりひめのみこと)の垂迹(すゐしやく)本地(ほんぢ)阿弥陀佛(あみだぶつ)鎮座(ぢんざ)は人皇五十二代|嵯峨天皇の御願所(ごぐわんしよ)にて御造立(ござうりふ)といふ》
禮拜(らいはいいし) 本社(ほんしや)の前(まへ)中門(ちゆうもん)の内(うち)にあり長(ながさ)三尺 餘(よ)横(よこ)二尺六寸 許(ばかり)の平石(ひらいし)
 廻(めぐ)りに手摺(てすり)矢來(やらい)を設(まう)く土俗(どぞく)いふ一名(いちみやう)は助石(たすけいし)とて日光責(につくわうぜめ)にて気絶(きぜつ)
 せしもの此石(このいし)の上(うへ)へ荷(にな)ひ來(きた)り置(おく)时(とき)は忽(たちまち)蘇生(そせい)すといへり俗諺(ぞくげん)なれ
 ば用(もち)ひがたし
千手堂(せんじゆだう) 本社(ほんしや)の西(にし)に有(あり)橡葺(とちぶき)宝形造(はうぎやうづくり)二 間(けん)四 面(めん)黒漆(こくしつ)本尊(ほんぞん)木座像(もくざざう)六尺
 許(ばかり)開祖上人(かいそしやうにん)の作(さく)堂(だう)の基立(きりふ)は但馬法印(たぢまほふいん)覚海阿闍梨(がくかいあじやり)創建(さうこん)也(なり)といふ

【左丁】
本地堂(ほんぢだう) 本社(ほんしや)より西の方(かた)二 間(けん)四 面(めん)赤塗(あかぬり)橡葺(とちぶき)弥陀(みだ)觀音(くわんおん)勢至(せいし)の三 尊(ぞん)
 を安(あん)す惠心僧都(ゑしんそうづ)の作(さく)なり
根本堂(こんほんだう) 本社(ほんしや)の西にあり根本(こんほん)日満(にちまん)の本地(ほんぢ)とて弘法大師(こうぼふだいし)大日如來(だいにちによらい)
 を手刻(じゆこく)して日満權現(にちまんごんげん)と崇(あか)め給(たま)ふといふ
子種石(こだねいし) 子種大權現(こだねだいごんげん)と唱(とな)ふ本社(ほんしや)より西の方(かた)前(まへ)に鳥居(とりゐ)あり石(いし)の大(おほき)さ
 六尺に七尺 程(ほど)苔(こけ)むして廻(めぐ)り凡(およそ)二 間(けん)許(ばかり)も有(ある)べし石玉垣(いしのたまかき)にて廻(めぐ)り
 を圍(かこ)めり子(こ)なきもの此石(このいし)に祈(いの)れば必(かなら)ず効驗(かうげん)ありとぞ
酒(さけ)の泉(いづみ) 本名(ほんみやう)は㓛徳池(くどくち)なり池中(ちちゆう)に辨天(べんてん)の石小祠(いしのほこら)を安(あん)し徃古(わうこ)泉塔(せんたふ)
 ともいへる由(よし)徑(わたり)六七尺なる小渠(こみぞ)なり九尺に一 間(けん)許(ばかり)なる埒垣(らちがき)を廻(めぐ)
 らす或説(あるせつ)に古(いにしへ)此(この)池中(ちちゆう)より酒(さけ)涌出(わきいで)たるより名附(なづく)ともいふ
三拾番神堂(さんじふばんじんのだう) 四尺 社(やしろ)赤塗(あかぬり)鉄塔(てつたふ)の並(ならび)にあり
三本杉(さんぼんすぎ) 奥(おく)の院(ゐん)神木(しんぼく)なり本社(ほんしや)より後(うしろ)に當(あた)り玉垣(たまがき)を廻(めぐ)らしたること

【図】
【右丁】
樓門ノ額
弘法大師筆

女【右90度回転】

【左丁】
體【右90度回転】

【図】
【右丁】
中【右90度回転】

【左丁】
宮【右90度回転】

【図】
【右丁】
瀧尾權現社

酒ノ池

子種石

別所

【左丁】
行者堂

御番所

【右丁】
 七 間(けん)程(ほど)入口(いりくち)は辰巳(たつみ)向(むき)にて前(まへ)に鳥居(おりゐ)あり玉垣(たまがき)の内(うち)に障(さは)り三百(さんぎやく)と号(がう)
 する石碑(せきひ)あり石燈籠(いしどうろう)一基(いつき)此所(このところ)は瀧尾權現(たきのをごんげん)出現(しゆつげん)し給(たま)ひし地(ち)也といふ
碑石(ひのいし) 瀧尾權現(たきのをごんげん)の靈異(れいい)なる事(こと)を銘(めい)ぜし碑(ひ)なり又(また)苔(こけ)むしたる長(ながさ)三
 尺 程(ほど)の石(いし)あり障利三百大荒神(さはりさんびやくだいくわうじん)と唱(とな)ふ其(その)大略(たいりやく)は寬文七年四月【平出】
 大猷公十七 周(しう) 御忌(ぎよき)の砌(みぎり)法華(ほつけ)万部會(まんぶゑ)御執行(おんしぎやう)台徒(たいと)群叅(ぐんさん)山門(さんもん)の鶏頭(けいとう)
 院(ゐん)三舜法印(さんしゆんほふいん)の奴僕(ぬぼく)瀧尾(たきのを)に來(きた)りて三本杉(さんぼんすぎ)を見(み)て大(おほい)に輕慢(きやうまん)し嘲笑(あざけりわらひ)
 ていふ兼(かね)て聞(きゝ)しよりも高大(かうだい)ならず中(なか)なる杉(すぎ)は殊(こと)におとれり
 などいひて不敬(ふけい)せしかば其言(そのこと)いまだをはらざるに後背(うしろ)より悪(お)
 寒(かん)して心身(しん〴〵)悩乱(なうらん)せしゆゑ舎(いへ)に帰(かへり)ければ偏(ひとへ)に狂人(きやうじん)の如(ごと)く譫語(せんご)し
 て止(やま)ず或(あるひ)はいふ神(かみ)來(きたり)て我(われ)を睨(にらみ)玉ふことおそろしとて奮(ふる)ひわなゝき
 けるゆゑ同輩等(どうはいら)是則(これすなはち)㚑神(れいじん)の祟(たゝ[り])蒙(かうふり)けることをしりて台山(たいざん)の静(じやう)
 光院(くわうゐん)覚深法印(がくしんほふいん)に祈讓(きじやう)を願(ねが)ひければ深師(しんし)加持(かじ)誦咒(しゆじゆ)讀經(どきやう)する事(こと)五

【左丁】
 日に及(および)て漸(やうやく)威靈(ゐれい)退去(たいきよ)しける其时(そのとき)深師(しんし)竒状(きじやう)神語(しんご)を蒙(かうふ)りし事実(じしつ)を
 輯録(しふろく)せしことども言辞(ごんじ)甚(はなはだ)詳(つまびらか)なるがゆゑ靈詫(れいたく)の一 竒事(きじ)【平出】
 天聽(てんちやう)に達(たつ)し靈詫記(れいたくき)一 巻(くわん)を奏(そう)し奉(たてまつ)れることあり宝永三年六月 水(すゐ)
 府(ふ)の舘塾(くわんじゆく)なる森尚論が編諸(へんしよ)して雕(ゑり)たる碑(ひ)なり其(その)銘文(めいぶん)は爰(こゝ)に略(りやく)す
鎭火祭(ひしづめのまつり) 御宮(おんみや)の社家(しやけ)二﨟(にらふ)の持(もち)として當社(たうしや)の事(こと)を司(つかさど)り毎歳(まいさい)正月朔
 旦 未明(みめい)より 御宮(おんみや)御儀式(おんぎしき)有(ある)ゆゑ 御宮(おんみや)より宿所(しゆくしよ)へ帰(かへ)り夫(それ)より當(たう)
 社(しや)拜礼(はいれい)に來(きた)るゆゑ必(かならず)黄昏(たそがれ)過(すぎ)なり然(しか)るに先年(せんねん)貉(むじな)社家(しやけ)に化(ばけ)て來(きた)り
 饗應(きやうおう)に逢(あひ)けるゆゑ其以來(そのいらい)は実(じつ)の社家(しやけ)來(きた)るとも青松葉(あをまつば)を以(もつ)て爝(いぶ)す
 といへり是(これ)を貉(むじな)いぶしと名附(なづけ)し由(よし)里俗(りぞく)の諺(ことわざ)にいひ傳(つた)ふ
無念橋(むねんばし) 三本杉(さんぼんすぎ)へ至(いた)る橋(はし)をいふ
妙覺橋(みやうがくばし) 子種石(こだねいし)の方(かた)へ通(かよ)ふ橋(はし)なり
等覚橋(とうがくばし) 右(みぎ)同所(とうしよ)より下向道(げかうみち)の橋(はし)なり各(おの〳〵)石(いし)の小橋(こばし)

【右丁】
多寶銕塔(たはうてつたふ) 本社(ほんしや)の左の方(かた)にあり堂(だう)一 間(けん)四 面(めん)内(うち)に銕塔(てつたふ)を置(おく)塔内(たふない)に
 銅像(どうざう)の普䝨(ふげん)を安(あん)す其扉(そのとびら)黒漆(こくしつ)銘文(めいぶん)並 圖(づ)は次(つき)に出(いだ)せり
    寶物(はうもつ)
 佛舎利(ぶつしやり)一 粒(りふ)宝塔(はうたふ)に入(いる)   弘法大師書(こうぼふだいしのしよ)六字名號(ろくじのみやうがう)一 幅(ふく)
 大錫杖(おほしやくぢやう)一 本(ほん) 建久三年三月十五日 筑紫(つくし)阿弥陀上人(あみだしやうにん)寄納(きなふ)
 瀧尾建立記(たきのをこんりふのき)一 軸(ぢく) 勝道上人(しようだうしやうにん)遺弟(ゐてい)道珍僧都書(だうちんそうづのしよ)
 石剣(せきけん)《割書:金襴袋入(きんらんのふくろいり)》一 振(ふり)   太刀(たち)  三 振(ふり)
 般若面(はんにやのめん) 天正十二年四月 大島丹後守宗久(おほしまたんごのかみむねひさ)寄納(きなふ)
 定順作面(ぢやうじゆんのさくのめん) 永禄三年 清原德春(きよはらののりはる)寄納(きなふ)
 阿弥陀經(あみだきやう)  一 巻(くわん)《割書:百 廿 行》 伏見帝 御宸筆(ごしんひつ)
 化城踰品(けじやうゆほん)  一 巻(くわん)《割書:三百卅七行》 後伏見帝 御宸筆(ごしんひつ)
 不輕品(ふきやうほん)   一 巻(くわん)《割書:百卅八行》  後醍醐帝 御宸筆(ごしんひつ)

【左丁】
 御手筪(おんてばこ)  安貞二年 平朝臣助永(たいらのあそんすけなが)寄納(きなふ)
 尺鶴之面(しやくくわくのめん) 右(みぎ)御手筪(おんてばこ)の内(うち)にあり
 翁面(おきなのめん)   右同(みぎにおなじ)
 右剱左剱不動尊(うけんさけんのふどうそん) 二 幅(ふく)  弘法大師筆(こうぼふだいしのふで)
 般若心經(はんにやしんぎやう)  草書(さうしよ)    右(みぎ)同筆(どうひつ)
 不動尊(ふどうそん)  木立像(もくりふざう)二尺 許(ばかり) 右(みぎ)同作(どうさく)
 毘沙門天(びしやもんてん) 右同(みぎにおなじ)     右(みぎ)同作(どうさく)
 三尊阿弥陀(さんぞんのあみだ)        惠心僧都作(ゑしんそうづのさく)
   此餘(このよ)宝物(はうもつ)数多(あまた)なれど枚挙(まいきよ)するに遑(いとま)あらず
筋違橋(すぢかひばし) 此所(このところ)は境地(けいち)の限(かぎり)にて是(これ)より下向道(げかうみち)なり此橋(このはし)は御用水路(おんようすゐぢ)
 にて茲(こゝ)より瀧尾入口(たきのをいりくち)ゆゑ大小便(だいせうべん)其余(そのよ)不浄(ふじやう)を禁(きん)ず南の方(かた)へ石雁木(いしがんぎ)
 を登(のぼ)れば行者堂(ぎやうじやだう)の前(まへ)なり此(この)行者堂(ぎやうじやだう)邊(へん)の山(やま)より白糸瀧(しらいとのたき)の上(うへ)なる

【図】
【右丁】
鐵塔髙一丈許

【左丁】
鐵塔ノ脇ニ銘アリ

【銘文】
奉新造
    文明二天
瀧尾山

鐵 塔  《割書:庚|寅》三月十二日
光明院  大工宇都
法印昌宣 宮住人
     大和太郎
願主

文月坊 宗弘

【右丁】
 嶺(みね)を古(いにしへ)より阿弥陀(あみだ)が峰(みね)と号(がう)すといふ
行者堂(ぎやうじやだう) 此堂(このだう)の邊(へん)より年(ねん)〻(〳〵)峰修行(みねしゆぎやう)の禅頂(ぜんぢやう)する道(みち)の始(はじめ)なり路(みち)より
 も東の方(かた)に御番所(おんばんしよ)あり是(これ)は 御宮(おんみや)奥院(おくのゐん)御山續(おんやまつゞ)きなれば其(その)警衞(けいゑい)
 の為(ため)に置(おけ)る行者堂(ぎやうじやだう)本尊(ほんぞん)役小角(えんのせうかく)并 前鬼後鬼(ぜんきごき)の像(ざう)運慶作(うんけいのさく)なり是(これ)よ
 り南の方(かた)へ石雁木(いしがんき)数(す)百 歩(ほ)を下(くだ)りて靈水(れいすゐ)有(あり)
藥師靈水(やくしのれいすゐ) 石坂路(いしさかみち)の山際(やまきは)に水盤(すゐばん)を置(おき)て中(うち)に清水(せいすゐ)を湛(たゝ)へたり眼疾(がんしつ)
 を患(うれ)るもの此(この)靈水(れいすゐ)を眼(め)に灑(そゝ)ぐ时(とき)は効驗(かうげん)ありといふ夫(それ)より少(すこし)坂(はん)
 路(ろ)を行(ゆき)て道(みち)の中(なか)に堂(だう)あり堂内(だうない)を三尺 通(とほ)り徃來(わうらい)とし右に壇(だん)を設(まうけ)
 て薬師(やくし)を安(あん)す左に縁(えん)を張(はり)て籠(こも)り所(どころ)とす尊像(そんざう)は開祖上人(かいそしやうにん)の作(さく)に
 て靈験(れいげん)の尊像(そんざう)なりといふ
地蔵岩(ぢざういは) 瀧尾下向道(たきのをげかうみち)を出(いで)て龍光院(りうくわうゐん)表門前(おもてもんぜん)より新宮(しんぐう)の方(かた)へ坂路(はんろ)を
 下(くだ)る左の方(かた)にて 御靈屋(ごれいや)御外構(おんそとがまへ)高石垣(たかいしがき)の際(きは)に有(あり)是(これ)は鼻祖(びそ)道公(だうこう)

【左丁】
 神護景雲元年四月 二荒(にくわう)の絶頂(ぜつちやう)に攀跡(はんせい)を企(くはだて)て此所(このところ)に來(きた)り給ふに
 岩上(がんしやう)に尊影(そんやう)現(げん)し給ひ上人(しやうにん)を慰諭し給ふ所(ところ)とて或(あるひ)は地蔵影向石(ぢざうやうがういし)
 とも称(しよう)し此岩(このいは)の側(かたはら)に地蔵石(ぢざういし)と銘(めい)ずる碑石(ひせき)を建(たて)たり然(しか)るに延宝
 年中 阿部空烟(あべくうえん)の墳墓(ふんぼ)を御外圍(おんそとがまへ)の内(うち)へ造立(ざうりふ)し此(この)地蔵岩(ぢざういは)の南に當(あた)り
 程近(ほどちか)きゆゑ阿部家(あべけ)より石座像(いしざざう)の三尺 程(ほど)なる地蔵(ぢざう)を造(つく)り此(この)石上(せきしやう)
 に安置(あんち)す仍(よつ)て土人等(どじんら)称(しよう)して空烟地蔵(くうえんぢざう)と唱(とな)ふ亦(また)彼家(かのいへ)より常夜燈(じやうやとう)
 の石燈爐(いしどうろ)を傍(かたはら)に造立(ざうりふ)す
慈惠大師堂(じゑだいしのだう) 新宮社地(しんぐうしやち)の後山(うしろやま)の上(うへ)にあり傳(つた)へ聞(きく)寛永十七《割書:庚| 辰》年
 天海大僧正(てんかいだいそうじやう)
 御當家(ごたうけ)若君(わかぎみ)御誕生(おんたんじやう)の御祈願(おんきぐわん)として大僧正(たいそうじやう)手(て)づから縄(なは)を曳(ひき)て當(たう)
 堂(だう)御建立(おんこんりふ)なり南 向(むき)《割書:二 間(けん)に|三 間(けん)》堂内(だうない)を三 分(ぶん)になして中(なか)の間(ま)正面(しやうめん)一丈四 方(はう)
 北の方(かた)に須弥壇(しゆみだん)を設(まうく)大師(だいし)の真影(しんえい)を安(あん)す《割書:石像(せきざう)なり木(もく)|食(じき)端唱作(たんしやうのさく)》東の間(ま)七尺 通(どほり)

【右丁】
 須弥壇(しゆみだん)を構(かま)へ正面(しやうめん)の羽目板(はめいた)に將軍地蔵茾(しやうぐんぢざうぼさつ)【𦬇】を圖画(づぐわ)し西の間(ま)おなじく
 壇(だん)を構(かま)へて正面(しやうめん)に大天狗(たいてんぐ)左に役行者(えんのぎやうじや)右の方に牛若丸(うしわかまる)西の羽目(はめ)
 には八天狗(はつてんぐ)東の羽目(はめ)には大師(だいし)の真容(しんよう)并 二童子(にどうじ)《割書:左|右》各(おの〳〵)繪所(えどころ)了琢法(れうたくほつ)
 橋(けう)の筆(ふで)なり本堂(ほんだう)の南四 間余(けんよ)去(さり)て前殿(ぜんでん)を設(まう)く《割書:三間 ̄に|四間》大僧正(だいそうじやう)天海(てんかい)御篭(おんこもり)
 所(どころ)とす于时寛永十八年七月 下旬(げじゆん)の頃(ころ)より【平出】
 若君(わかぎみ)御誕生(おんたんじやう)の御祈請(おんきしやう)として本堂(ほんだう)中央(ちゆうあう)に行法壇(ぎやうほふだん)を建(たて)て大僧正(だいそうじやう)慈(じ)
 恵供御執行(ゑくおんしゆぎやう)同 左右(さいう)に壇(だん)を設(まうけ)て當山(たうざん)の衆徒(しゆと)并 東叡山(とうえいざん)より供奉(ぐぶ)の
 徒(と)各(おの〳〵)代(かは)る〴〵慈恵供執行(じゑぐしゆぎやう)あり本堂(ほんだう)前殿(ぜんでん)の両間中際(りやうまちゆうさい)を柴燈壇(さいとうだん)とし
 て一 坊(ばう)八十 口(く)護广修行(ごましゆぎやう)山伏(やまぶし)法螺貝(ほらがひ)の聲(こゑ)密供(みつく)養皿(けべい)の響(ひゞ)き三上(さんしやう)山(さん)
 下(か)に通徹(つうてつ)す大僧正(だいそうじやう)は新宮(しんぐう)并【平出】
 東照宮の御祠中(おんしちゆう)に詣(けい)し抽(ぬきんで)_二懇丹(こんたん)精誠(せい〳〵を)_一給(たま)ふ御祈祷中(おんきたうちゆう) 上使(じやうし)として
 中根氏(なかねうぢ)登山(とうざん)同八月三日【平出】

【左丁】
 若君(わかぎみ)御誕生(おんたんじやう)御祝(おんいはひ)の 上使(じやうし)宮崎氏(みやざきうぢ)登山(とうざん)せらる御祈祷中(おんきたうちゆう)種(しゆ)〻(〴〵)靈感(れいかん)
 の竒瑞(きずゐ)有(あり)し事は大師御傳記(だいしのごでんき)等(とう)に詳(つまひらか)なり其後(そのゝち)拜殿(はいでん)は相除(あひのぞ)かれ今(いま)
 本堂(ほんだう)のみ此(この)堂内(だうない)に天狗(てんぐ)の繪像(ゑざう)有(ある)ゆゑ或(あるひ)は天狗堂(てんぐだう)と唱(とな)ふ此堂(このだう)の
 地(ち)は 御宮續(おんみやつゞき)の山上(さんしやう)ゆゑ平常(つね)のもの参詣(さんけい)なりがたし
常行堂(じやうぎやうだう) 御靈屋(ごれいや)二王御門前(にわうごもんぜん)南の方(かた)に常行(じやうぎやう)法華(ほつけ)の二堂(にだう)相双(あひなら)び東の
 方(かた)なるは常行堂(じやうぎやうだう)西の方(かた)なるは法華堂(ほつけだう)なり銅葺(あかゞねぶき)二 重垂木(ぢゆうたるき)赤塗(あかぬり)欄(らん)
 間(ま)彫物(ほりもの)彩色(さいしき)十 間(けん)に五 間(けん)此(この)両堂(りやうだう)のあひだを山上(さんしやう)へ登(のぼ)れば慈眼堂(じげんだう)へ
 至(いた)るまた両堂(りやうだう)より通行(つうかう)すべき設(まうけ)に歩廊(ほらう)を渡(わた)せり堂内(だうない)本尊(ほんぞん)は宝(はう)
 冠(くわん)の阿弥陀(あみだ)左右(さいう)に四菩薩(しぼさつ)また後(うしろ)の方(かた)に摩多羅神(またらじん)を安(あん)す此堂(このだう)は
 嘉祥年中 慈覚大師(じがくだいし)始(はじめ)て登山(とうざん)せられ叡山(えいざん)に摸(も)して両堂(りやうだう)剏建(さうけん)し
 玉ひ此时 天台一派(てんだいいつは)を興(おこ)され顕密(げんみつ)繁盛(はんせい)となり大師(だいし)山門(さんもん)より随従(ずゐじやう)
 せし僧侶(そうちよ)十 余(よ)輩(はい)を残(のこ)し留(とゞ)められ又(また)久住(きうぢゆう)の徒(と)を合(あは)せて三十六 人(にん)

【右丁】
 の内(うち)廿四 人(にん)は法華三昧(ほつけさんまい)の行儀(ぎやうぎ)を修(しゆ)す又(また)十二 人(にん)は常行三昧(じやうきやうさんまい)の法(ほふ)
 儀(ぎ)を受(うけ)て無(なく)_二怠慢(たいまん)_一修行(しゆきやう)せしゆゑ鎌倉(かまくら)右大將家(うだいしやうけ)御信仰(おんしんかう)有(あり)て右(みぎ)常行(じやうぎやう)
 三昧(さんまい)修行(しゆぎやう)の燈油料(とうゆれう)として文治二年九月 同國(どうこく)寒河郡(さむかはごほり)にて十五 町(ちやう)
 の地(ち)を御寄附(おんきふ)有(あり)し事 東鑑(あづまかゞみ)に見(み)えたりまた右府(うふ)実朝公(さねともこう)も御信仰(おんしんかう)
 有(あり)て両將軍家(りやうしやうぐんけ)より水晶(すゐしやう)の御念珠(おんねんじゆ)などをも此(この)堂内(だうない)へ納(をさめ)給ふ由(よし)され
 ば旧(ふる)くより頼朝堂(よりともだう)とも別称(ばつしよう)せしとぞ然(しか)るに元和三年四月【平出】
 東照宮 神霊(しんれい)御遷座(ごせんざ)ゆゑ宮殿(きうでん)御営造(おんえいざう)の地形(ぢぎやう)を曳(ひき)給(たま)ふ时(とき)に二王御門(にわうごおもん)
 前(ぜん)の大杉(おほすぎ)の下(した)より一 箇(か)の銅器(どうき)を堀得(ほりえ)たり大僧正(たいそうじやう)へ奉(たてまつ)りければ
 奇異(きい)の想(おも)ひをなし給(たま)ひ蓋(ふた)を取(とり)て中(なか)を見(み)給ふに瑠璃壷(るりのつぼ)あり是(これ)頼(より)
 朝卿(ともきやう)の御骨(おんこつ)なるべし古記(こき)に其由(そのよし)を録(ろく)せりとて即(すなはち) 御宮(おんみや)別當(べつたう)元(ぐわん)
 祖(そ)大楽院(だいらくゐん)行恵法印(ぎやうゑほふいん)へ預置(あづけおき)給ふ其後(そのゝち)二 世(せ)恵海法印(ゑかいほふいん)の时(とき)毘沙門堂(びしやもんだう)公(こう)
 海僧正(かいそうじやう)の命(めい)に仍(より)て彼(かの)瑠璃壷(るりのつぼ)を銕(てつ)の宝塔(はうたふ)に造籠(つくりこめ)て常行三昧堂(じやうぎやうさんまいだう)に

【左丁】
 納(をさめ)給ふといふ
法華堂(ほつけだう) 常行堂(じやうぎやうだう)の西に双(なら)べり大間(おほま)五 間(けん)に四 間(けん)許(ばかり)起立(きりふ)并 造営(ざうえ[い])の事
 は前(まへ)に同(おな)じ本尊(ほんぞん)普䝨(ふげん)𦬇(ぼさつ)並 鬼子母神(きしもじん)十羅刹(じふらせつ)三十 番神(ばんじん)後堂(うしろのだう)に傳教(でんぎやう)
 大師(だいし)の影像(えいざう)右(みぎ)大師(だいし)書写(しよしや)の妙典(みやうてん)一 部(ぶ)納(をさめ)有(あり)といふ
御靈屋(おんれいや)
 御三代將軍家の御廟(おんべう)なり慶安四年四月廿日
 御薨逝(おんこうせい)依(よつて)_二 御遺命(おんゐめいに)_一 御靈柩(おんれいきゆう)當山(たうざん)へ入御(じゆぎよ)し給(たま)ふ 御尊諡(おんそんし)奉(たてまつる)_レ称(しようし)_二
 大猷院殿 ̄と_一御別當所(おんべつたうしよ)は龍光院(りうくわうゐん)二王御門(にわうごもん)より西北にあり
 二王御門(にわうごもん)《割書:東 向(むき)》御手洗屋(みたらしや)《割書:二王御門内(にわうごもんのうち)|右の方(かた)》御燈爐(おんとうろ)《割書:唐銅(からかね)と石(いし)と|数(す)百 基(き)》御宝庫(おんはうこ)《割書:二王御門(にわうごもん)|左の方》
 二天御門(にてんごもん)《割書:御額(おんがく)は|後光明帝の宸翰(しんかん)》夜叉御門(やしやごもん)《割書:二天御門(にてんごもん)より|上(うへ)にあり》鐘楼(しゆろう)皷楼(ころう)《割書:二天御門内(にてんごもんのうち)夜叉御門外(やしやごもんのそと)|左右にあり》
 御唐門(おんからもん)《割書:瑞籬(たまがき)四邊(しへん)に|押廻(おしめぐ)らす》
 御本殿(おんほんでん) 御拜殿(おんはいでん) 皇嘉御門(くわうかごもん)《割書:御奥院口(おんおくのゐんくち)の|御門(ごもん)なり》 御奥院(おんおくのゐん)《割書:御本殿(おんほんでん)より西の方(かた)|なる山上(さんしやう)をいふ》

【右丁】
 阿部空烟墓碑(あべのくうえんのぼひ)《割書:二王御門内(にわうごもんのうち)御手洗屋(みたらしや)の北の方(かた)石(いし)の御玉垣外(おんたまがきのそと)又 其外(そのほか)に柵貫(しがらみぬき)|御矢來(おんやらい)有(あり)て御内構(おんうちがまへ)と御外構(おんそとかまへ)との間(あひだ)にあり》
 是(これ)は従四位下(じゆしゐのげ)行侍従(きやうじじゆう)兼(けん)豊後守(ぶんごのかみ)阿部朝臣忠秋(あべのあそんたゞあき)の墓(はか)なり播磨守(はりまのかみ)正(まさ)
 勝(かつ)の二男(じなん)左馬助正吉(さまのすけまさよし)の息男(そくなん)なり慶長十五年の頃(ころ)若年(じやくねん)の时(とき)より【平出】
 若君(わかぎみ)に附(つけ)させられ後(のち)に豊後守忠秋(ぶんごのかみたゞあき)と申(まう)せりいとけなきより夙(し[ゆ]く)
 夜(や)恪勤(かくごん)懈(おこた)らず元和九年十二月 叙爵(しよじやく)し御(おん)一 字(じ)拜領(はいりやう)し寛永元年正
 月 父(ちゝ)が遺領(ゐりやう)と我(わが)所領(しよりやう)と合(あは)せ賜(たま)ふ同二年二月 御加恩(おんかおん)の地(ち)を賜(たま)ふ
 同三年 又(また)所領(しよりやう)を賜(たま)ふ同十四年正月 下野國(しもつけのくに)壬生城(みぶのしろ)を賜(たま)ひ同十六
 年正月 武蔵國(むさしのくに)悪城(おしのしろ)に移(うつ)る慶安二年九月五日【平出】
 大納言家 西城(せいじやう)に移(うつ)らせ給(たま)ひ忠秋を宿老職(しゆくらうしよく)に補(ふ)せらる同八年八
 月 侍従(じじゆう)に任(にん)ず寬文三年二月 所領(しよりやう)を加(くは)へ賜(たま)ふ同十一年五月廿五日
 致仕(ちし)し延宝三年五月三日 逝(せい)せり法諡(ほふし)透玄院天國空烟大居士(とうげんゐんてんこくくうえんだいこじ)位(ゐ)

【左丁】
 牌(はい)龍光院(りうくわうゐん)に納(をさ)む碑(ひ)に空烟(くうえん)の二 字(じ)のみ彫附(ほりつけ)たり近年(きんねん)此塔(このたふ)に石(いし)に
 て覆(おほ)ひを造(つく)り上(うへ)に屋根(やね)の形(かた)あり総高(そうたかさ)三尺 許(ばかり)四 方(はう)は一尺四五寸
 宛(つゝ)前(まへ)の正面(しやうめん)を窓(まど)の如(ごと)く彫(ほり)すかし二 字(じ)の見ゆるやうに造(つく)れり致(ち)
 仕(し)せし时(とき)より【平出】
 將軍家へ兼(かね)て奉(たてまつり)_二願置(ねがひおき)_一けるゆゑ嫡子(ちやくし)并 家臣等(かしんとう)に命(めい)じ我(われ)没(ぼつ)せしな
 らば軀(むくろ)を 御靈屋(おんれいや)近邊(ちかきへん)に捨(すて)よと遺言(ゆゐごん)せし由(よし)仍(よつ)て御構(おんかまへ)ちかき所(ところ)に
 埋葬(まいさう)せらる此人(このひと)の碑石(ひせき)は二王御門内構(にわうごもんのうちかまへ)の邊(へん)にありまた梶氏(かぢうぢ)の
 墳墓(ふんぼ)は御奥院(おんおくのゐん)近(ちか)き御堂山(みだうやま)に有(あり)各(おの〳〵)前後(ぜんご)にて御本殿(おんほんてん)へ向(むか)ふ猶(なほ)泉下(せんか)に
 ても奉仕(ほうし)すべき宿願(しゆくぐわん)なりといふ
 梶氏墳墓(かぢうぢのふんぼ) 御堂山(みだうやま)にあり【平出】
 従四位下(じゆしゐのげ)左兵衞督(さひやうゑのかみ)源朝臣定良(みなもとのあそんさだよし)の墓(はか)なり此人(このひと)は【平出】
 大猷公へ奉仕(ほうし)し莫大(ばくたい)の御恩顧(ごおんこ)を蒙(かうふ)り 御薨逝(おんこうせい)の砌(みぎり)殉死(じゆんし)をも可(へき)_レ遂(とぐ)

【右丁】
 を猶(なを)思惟(しゆゐ)を廻(めぐ)らし 御廟前(おんべうぜん)に生涯(しやうがい)奉仕(ほうし)し御厚恩(ごこうおん)に報(むくい)奉(たてまつ)らん事
 を奉(たてまつり)_レ願(ねがひ)御(おん)ゆるしを蒙(かうふ)り居(きよ)を當山(たうざん)へ移(うつ)し朝暮(てうぼ) 御廟前(おんべうぜん)へ出仕(しゆつし)し
 て給事(きふじ)奉(たてまつ)れる事 御在世(おんざいせ)に奉仕(ほうし)するが如(ごと)く生涯(しやうがい)孤獨(こどく)にして子(し)
 孫(そん)の後栄(こうえい)をおもはず 御廟(おんべう)近(ちか)き邊(へん)に墓(はか)を設(まう)けん事を奉(たてまつり)_二願置(ねかひおき)_一元
 禄十一年五月十四日 歳(とし)八拾七にて卒(そつ)す終焉(しゆうえん)の後(のち)家(いへ)絶(たえ)ぬることは
 是(これ)終身(じゆうしん)の志願(しぐわん)なりとぞ墳墓(ふんぼ)今(いま)奥院(おくのゐん)近(ちか)き御堂山(みだうやま)にあり行状(ぎやうじやう)希代(きたい)
 の絶倫(せつりん)なり偖(さて)此人 存命(ぞんめい)の頃(ころ)不圖(ふと)近習(きんじゆ)のものに話(かた)りけるは江戸(えど)
 にして阿部空烟(あべくうえん)も歿(ぼつ)せしならんといひけれども近習(きんじゆ)のもの何(なに)を
 主人(しゆじん)語(かた)らるゝことゝおもひしに両三日を經(へ)て空烟(くうえん)の柩(ひつ)を荷(にな)ひ來(きた)れ
 りといふ誠(まこと)に名誉(めいよ)の人(ひと)〻(〴〵)なれば斯(かゝ)る奇異(きい)なる事(こと)ども有(あり)しなるべし
 此事(このこと)も彼(かの)近臣(きんしん)の子孫等(しそんとう)今(いま)日光(につくわう)に住(ぢゆう)し先祖(せんぞ)よりの傳説(でんせつ)を得(え)たり
 とて語(かた)れるを聞(きけ)り石塔上(せきたふのうへ)に梵點(ぼんてん)一 字(じ)其下(そのした)に従四位下(じゆしゐのげ)梶氏左(かぢうぢさ)

【左丁】
 兵衛佐(ひやうゑのすけ)源朝臣定良(みなもとのあそんさだよし)照光院(せうくわんゐん)月嶺圓心大居士(ぐわつれいゑんしんだいこじ)と真中(まなか)に𠜇(こく)し右の方(かた)
 に元禄十一《割書:戊| 寅》とあり左の方(かた)に五月中十四日と鐫(せん)す蓮座石下(れんざいしのした)二
 段(だん)の臺石(だいせき)あり廬(いほり)四柱(よつばしら)丸彫(まるぼり)板葺(いたふき)にて庿前(べうぜん)に石香爐(いしのかうろ)花瓶(くわへい)水盥(すゐくわん)石燈(いしどう)
 籠(ろう)墓碑(ぼひ)の廻(めぐ)りは石玉垣(いしのたまがき)あり四 邊(へん)に柵(さく)を廻(めぐ)らし木戸門(きどもん)あり柵内(さくのうち)
 に石楠花(しやくなんげ)松(まつ)杉(すぎ)槙(まき)の大樹(たいじゆ)有(あり)碑記(ひのき)は墓石(ぼせき)の左の方(かた)にあり此人(このひと)の行(ぎやう)
 状傳(じやうのでん)あれども長文(ちやうぶん)ゆゑ悉(こと〴〵く)は略(りやく)す
 左兵衛督梶君之碑
         從五位下守大學頭林衡撰
 故從四位下。左兵衛督梶君者。長島城主。織部正菅
 沼氏臣同𫞀。某之子。爲亞父梶君某所養。而冐其姓。
 其仕當寛永正保之間。以忠誠慤謹。彌於一時。
 大猷大君。使其常侍左右。雖在後庭中冓。亦必從焉。

【右丁】
 大君猒代。遺 命葬于野州二荒山。君扈從 靈柩
 遂留家焉。自是四十七年。每且拜 廟。不以祁寒暑
 雨廢云。君諱定良。晩號左入居士。初爲亞父之義子。
 既而亞父生親子。乃譲爲嗣。有 㫖特賜俸米二百
 苞。爲小從人寛永中累增俸至六百石。擢小納戸。
 嚴有大君時。叙從五位下。增俸至千石。 常憲大君
 時。進從四位下。又增禄至二千石。 両朝眷注之渥
 ▢恩賚荐臻。時 召抵 廷中。而君堅持宿志。以終
 身焉。君在野州。鷄鳴初起。澡浴戒潔。辨色詣 廟。獨
 坐殿前。俯仰齋慄。儼如事存。方冬春之交。立干凍風
 寒雪之中。輒至於體僵口。噤不已。年八十五。稍衰。始
 用轎來還。然入 廟門。未嘗杖焉。君恒言。身被 君

【左丁】
 恩。銘骨。浹髓。雖老矣而日侍于 廟。是可以償素志
 耳。言終欷歔。以元禄十一年。五月十四日。病卒于野
 州之第。距其生慶長十七年。享壽八十又七。葬之
 大猷大君塋域之後。蓋成其志也。水戸義公。爲文祭
 之云。曾聞孝子廬親墓者。未覩忠臣廬君墓者。乃今
 於居士乎見之。君幼而慧。七歳能騎。十一能鉉。十七
 講兵法。其決意辭。爲後於亞父。年纔十九焉。比長不
 喜聲色。不求温飽。奉巳極儉朴。而至購良亏駿馬。則
 不惜千金。恬于勢利譙卑。自牧爵至四位。不以自崇
 每與 朝士立。輒避下位。禄至二千石。不以自封。而
 振救施與。乃以爲樂。寛文之水患。貞享之火殃。請賑
 濟於 官。野州之民賴以全活者居多。君畢生不娶。

【右丁】
 遂絶繼嗣。其意謂一委質爲臣。臨緩急而顧家累非
 夫也。雖曰非中道。而其所以報 國之意。則有足多
 焉者。嗚呼四十七年之久。而詣拜 廟殿者未嘗有
 一日怠焉。自非忠之盡而誠之至。孰能如是乎。小野
 良久者。嘗得事君。而其曾孫良純。今列 朝士。官于
 野州。獨悲君墓無碑記。而謀伐石劖銘。遙屬筆于余。
 今也距其卒巳百年矣。而得良純而始傳。是君雖無
 後。而猶有後也。良純之此舉。不亦善乎。余樂爲之叙。
 以係銘辭曰
 間氣所鍾。百夫之特。維誠維忠。克敬臣軄。出處終始
 一厥德。生事死事咸不忒。懋哉駿功允足。勒輦貞珉
 表兆。域石雖泐。而名弗泐。英魄靈爽罔終極。長在乎

【左丁】
 荒山之側。
  寬政九年歳次丁巳五月
                  杉浦吉統書
                  小野良純建

慈眼堂(じげんだう) 慈眼大師(じげんだいし)の御庿(おんべう)なり徃古(わうご)より此邊(このへん)の山(やま)を称(しよう)して大黒山(だいこくやま)
 と唱(とな)へし由(よし)御別所(おんべつしよ)は無量院(むりやうゐん)とて山麓(さんろく)にあり法華(ほつけ)常行(じやうぎやう)の二堂(にだう)の
 間(あひだ)に歩廊(ほらう)の梯(はし)を設(まうけ)たる其下(そのした)を逕(わた)りて山路(さんろ)の石雁木(いしがんぎ)を凡(およそ)一 町(ちやう)
 半(はん)程(ほど)登(のぼ)り左(ひだり)の方(かた)に宝庫(はうこ)あり石階(せきかい)の邊(へん)に大(おほい)なる唐銅(からかね)の燈籠(とうろう)一 基(き)
 あり無銘(むめい)また右へ折(をれ)て石階(せきかい)三 間(げん)程(ほど)もあらんを登(のぼ)れば入口(いりくち)の門(もん)
 有(あり)左右(さいう)圍垣(かこひかき)を廻(めぐ)らし拜殿(はいでん)迄 凡(およそ)十三 間(げん)ばかり
文殊堂(もんじゆだう) 入口(いりくち)の門(もん)より西南にあり是(これ)は慈眼大師(じげんだいし)の本地堂(ほんちだう)なり辰(たつ)

【図】
【右丁】
河西湖子圖
  【印】

慈眼大師御庿

御宝塔
拜殿
功德水
經蔵
鐘楼
法華堂

【左丁】
御門主御庿
本地堂
お御供所
求聞持堂
常行堂

【右丁】
 卯(う)【ママ】向(むき)三 間(げん)に四 間(けん)総揚蔀(そうあげしとみ)赤塗(あかぬり)二 重(ぢゆう)垂木(たるき)向拜(かうばい)縁側附(えんがはつき)前扉(まへとびら)黒塗(くろぬり)左右(さいう)
 ともに揚蔀(あげしとみ)銅葺(あかゞねぶき)
御供所(おんくうしよ) 本地堂(ほんちだう)に相接(さうせつ)す向(むき)は同前(まへにおなじ)二 間(けん)に七 間(けん)素木造(しらきづくり)縁側附(えんがはつき)板葺(いたぶき)
求聞持堂(ぐもんぢだう) 本尊(ほんぞん)虚空蔵(こくうざう)なり御供所(おんくうじよ)の南にあり
阿弥陀堂(あみだだう) 石像(せきざう)の三尊(さんぞん)を安(あん)す門(もん)を入(いり)て㔫の方(かた)にあり
御座主宮御廟(おんざすのみやおんべう) 阿弥陀堂(あみだだう)の脇(わき)より石階(せきかい)を西の方(かた)へ登(のぼ)り御門(ごもん)を入(いり)
 て右の方(かた)に礼拜所(れいはいじよ)有(あり)て其(その)三方(さんばう)石垣(いしがき)を高(たか)く築揚(つきあげ)たる上(うへ)に三方(さんばう)へ
 折廻(をりまは)し御宝塔(おんはうたふ)九 基(き)たてり
㓛德水(くどくすゐ) 御手洗井(みたらしのゐ)なり常(つね)に井桁(ゐげた)に覆(おほ)ひし汲事(くむこと)を禁(きん)ず上屋(うはや)あり四
 趾(し)拜殿(はいでん)へ登(のぼ)る一 段下(だんした)の左の方(かた)にあり井桁(ゐげた)の傍(かたはら)に石像(せきざう)二尺 許(ばかり)なる
 水神(すゐじん)の立像(りふざう)なるを安(あん)す
鐘楼(しゆろう) 門(もん)を入(いり)て右の方(かた)四柱(よはしら)丸木造(まろきづくり)凡(およそ)丈四 方(はう)橡葺(とちぶき)黒塗(くろぬり)

【左丁】
 慈眼大師鐘銘《割書:并序》
 日光山台教中興天海尊者慈眼大師之靈廟者由
 征夷大將軍從一位左相府源朝臣家光公之鈞命而
 所建營也額兹梵室曰顯正院矣弟子公海欲謝師德
 鎔鑄蕐鯨以備晨昏之驚覺焉伏冀天下清寧庻民安
 泰佛典廣敷群靈均益云爾銘曰
 日光靈崛 勝景偉々 山川幽谷 殆摸月氏 三佛並塔
 衆神列簃 巍々金殿 堂々畫榱 中興祖庿 德海無涯
 摧邪顯正 以之名師 金鑄犍地 掛在高櫪 搖動一擊
 聲利甚丕 遐益三界 通覺四維 折伏魔外 彈破鬼魑
 罽膩消劍 唐主脫罹 君臣如意 國家平夷 佛乗弘揚
 永々福禧

【右丁】
 旹慶安元年《割書:戊| 子》卯月二日 日光山貫長兼東叡山二世毘沙門堂公海造

經藏(ぎやうざう) 鐘楼(しゆろう)と相並(あひならび)銅葺(あかゞねふき)朱塗(しゆぬり)二 間(けん)に三 間(げん)向拜(かうはい)縁側附(えんがはつき)扉(とびら)黒塗(くろぬり)西 向(むき)一切(いつさい)
 經(きやう)内外典籍(ないげてんせき)を安(あん)す
地主神社(ぢしゆのじんじや) 正一位稲荷社(しやういちゐいなりのやしろ)なり 拜殿(はいてん)より北の方(かた)にあり
拜殿(はいでん) 向拜附(かうはいつき)八棟造(やつむねづくり)巳午向(みうまむき)銅葺(あかゞねぶき)総赤塗(そうあかぬり)二 重垂木(じゆうたるき)五 間(けん)に三 間(げん)前後(ぜんご)
 の扉(とびら)黒塗(くろぬり)鰐口(わにぐち)を掲(かゝ)ぐ廻(めぐ)り縁側(えんがは)階段(かいだん)五 級(きふ)四 方(はう)揚蔀(あげしとみ)内(うち)は皆(みな)簾(すだれ)を掛(かけ)
 たり丸柱(まろばしら)朱塗(しゆぬり)上外(うえそと)の長押(なげし)上通(うはとほ)り金襴巻(きんらんまき)組(くみ)もの総彩色(そうさいしき)所(しよ)〻(〳〵)に丸(まろ)
 の内(うち)に二ッ引(びき)の紋(もん)有(あり)是(これ)は大師(だいし)の定紋(ぢやうもん)なる由(よし)三浦黨(みうらたう)より出(いで)られた
 れば左(さ)も有(ある)べし此(この)拜殿(はいでん)の地形(ちぎやう)方(はう)拾 間(けん)余(よ)庭中(ていちゆう)の四 邊(へん)皆(みな)栗石(くりいし)を敷(しき)
 石玉垣(いしのたまがき)あり石階(せきかい)六七 級(きふ)上(うへ)より拜殿前(はいでんまへ)迄(まで)敷石(しきいし)十四五 間(けん)あり毎歳(まいさい)
 十月朔日は御逮夜(おんたいや)論議(ろんぎ)あり二日は御正當日(おんしやうたうにち)にて一山(いつさん)に総出仕(そうしゆつし)

【左丁】
 法華八講(ほつけはつかう)を修行(しゆぎやう)せらる
 石燈籠(いしとうろう) 門(もん)より拜殿(はいでん)へ至(いた)る迄(まで)敷石(しきいし)の㔫右(さいう)にあり
 紀州(きしう)君 水府(すゐふ)君皆二 基(き)宛(づゝ)左右(さいう)に相對(あひたい)す其次(そのつぎ)は酒井忠勝(さかゐたゞかつ)奉納(ほうなふ)是(これ)
 も二 基(き)相對(あひたい)す其次(そのつぎ)は藤堂高次(とうだうたかつぐ)同(おなじく)大学頭(だいかくのかみ)一 基(き)宛(づゝ)其次(そのつぎ)は松平正綱(まつだいらまさつな)
 奉納(ほうなふ)一 基(き)右の方(かた)にあり又(また)左の方(かた)には秋元冨朝(あきたとみとも)【ママ】太田資宗(おほたすけむね)各(おの〳〵)一 基(き)
 宛(づゝ)年号(ねんがう)は正保元年 同(おなじく)二年の銘(めい)なり
御廟前(おんべうぜん) 石(いし)にて彫工(てうく)せし前卓(まへづくゑ)四ッ足(あし)高(たかさ)四尺 許(ばかり)長(ながさ)三尺 幅(はゞ)一尺左右に
 高(たかさ)三尺 許(ばかり)の花瓶(くわひん)あり是(これ)も皆(みな)石(いし)にて造(つく)る卓上(たくしやう)に香爐獅子(かうろしし)を安(あん)す
 是等(これら)も皆(みな)石(いし)にて造(つく)れり外(そと)は石燈爐(いしどうろ)二 基(き)あり
御寶塔(おんはうたふ) 御影石(みかげいし)高(たかさ)凡(およそ)九尺 許(ばかり)宝塔(はうたふ)の廻(めぐ)りに六天部(ろくてんぶ)の石像(せきざう)各(おの〳〵)四尺五
 六寸 許(ばかり)なるを安(あん)す梵天(ぼんでん)帝釈(たいしやく)持國(ぢこく)廣目(くわうもく)増長(ぞうちやう)多門(たもん)【聞】の立像(りふざう)なり其(その)四
 方(はう)石(いし)の玉垣(たまがき)の下(した)は四 邊(へん)石(いし)の高 築地(ついぢ)高(たかさ)四尺 程(ほど)の上(うへ)に石玉垣(いしのたまがき)有(あり)て

【右丁】
 庿前(べうぜん)へ入口(いりくち)なしこれ人(ひと)の登(のぼ)る事(こと)を禁(きん)ずる為(ため)に經営(けいえい)せられしもの也(なり)
両大師(りやうだいし) 慈恵大師(じゑだいし)慈眼大師(じげんだいし)是(これ)を名附(なづけ)て両大師(りやうだいし)と称(しよう)す當山(たうざん)にても
 両大師(りやうだいし)の尊像(そんざう)山内(さんない)の寺院(じゐん)龍光院(りうくわうゐん)を除(のぞ)きて其他(そのた)二十五 院(ゐん)を月(つき)〻(〳〵)
 迁座(せんざ)し玉ひ正月に至(いた)れば御本坊(ごほんばう)へ迁座(せんざ)と定(さだめ)たり東叡山(とうえいざん)にては是(これ)も
 月(つき)〻(〳〵)坊舎(ばうしや)を巡行(じゆんぎやう)し十月は御本坊(ごほんばう)へ迁座(せんざ)し給ふ慈恵大師(じゑだいし)は諱(いみな)は
 良源(りやうげん)俗姓(ぞくせい)は木津氏(きづうぢ)近江國(あふみのくに)浅井郡(あさゐのこほり)の産(さん)なり延喜十二《割書:壬| 申》年九月
 三日 出誕(しゆつたん)永觀三《割書:丙| 戌》年正月三日 示寂(じじやく)し給ふ仍(よつ)て諡(おくりな)を元三大師(ぐわんさんだいし)
 と賜(たま)ふといふ
入峰禅頂(にふぶぜんぢやう) 是(これ)は當山(たうざん)僧徒(そうと)古(いにしへ)よりの古実(こじつ)として秘(ひ)する處(ところ)の行法(ぎやうぼふ)な
 れば具(つぶさ)にいはんは中(なか)〻(〳〵)に罪(つみ)おほきわざなるべしまして愚(おろか)なる筆(ふで)
 にておろ〳〵聞(き)けるところのみを記(しる)さんはいとをこなる業(わざ)なりさは
 あれど更(さら)に誌(しる)さずして止(やま)んもまた日光山志(につくわうざんし)の本意(ほい)にあらざれば

【左丁】
 今(いま)おぼろげに聞(きゝ)ける處を撮略(さつりやく)して其謂(そのいはれ)をしるさんには開山上(かいさんしやう)
 人(にん)當山(たうざん)を闢(ひら)かせ給ふ时(とき)初(はじめ)は出流山(いづるさん)より分入(わけいり)給(たま)ひ徒㐧(とてい)とゝもに
 多(おほ)くの山嶽(さんがく)を攀(よぢ)あまたの𡸴(けん)岨(そ)を陟(のぼ)りかの阿私仙(あしせん)に仕(つか)へし大王(だいわう)
 の求法(ぐほふ)雪山大士(せつさんだいし)の苦行(くぎやう)を集(あつめ)て師弟(してい)朝暮(てうぼ)の勤行(ごんぎやう)となし玉ひ難行(なんきやう)
 日(ひ)を積(つみ)艱苦(かんく)年(とし)を累(かさね)からうじて當山(たうざん)開基(かいき)の㓛業(こうげふ)を終(をへ)玉(たま)へり其後(そのゝち)
 上人(しやうにん)の没後(もつご)十 餘(よ)輩(はい)の徒㐧等(とていら)遥(はるか)に師(し)の創業(さうげふ)を追想(つゐさう)しまた上人(しやうにん)曽(かつ)
 て山川(さんせん)跋涉(ばつせふ)の砌(みぎり)諸所(しよしよ)に於(おい)てまのあたり影響(やうきやう)の佛神(ぶつしん)を各處(かくしよ)に勸(くわん)
 請(じやう)し置(おき)給へる事(こと)を相(あひ)ともに恋慕(れんぼ)渇仰(かつがう)し打(うち)つどひて互(たがひ)に相語(あひかた)らひ
 今(いま)より師(し)の苦行(くぎやう)の迹(あと)をふみ師(し)の勸請(くわんじやう)し給ひし佛神へ年(ねん)〻(〳〵)無上(むしやう)
 の法施(ほふせ)を奉(たてまつ)らば報恩謝德(はうおんしやとく)の営(いとな)みこれに過(すぐ)べからず天長地久(てんちやうちきう)の祈(いの)り
 上求(じやうぐ)下化(げくわ)の修行(しゆぎやう)を末代(まつだい)の法孫(ほふそん)に傳(つた)へんもまた此(この)大行(たいぎやう)に報(こゆ)べからず
 とおの〳〵大心(たいしん)決定(けつぢやう)して夫(それ)より入峰(にふぶ)の修行(しゆぎやう)を年(ねん)〻(〳〵)いとなむことゝは

【右丁】
 なりぬとぞ実(げ)にや嚴冬(げんとう)のあしたも深雪(しんせつ)に錫(しやく)を飛(とば)して紅蓮大紅(ぐれんだいぐ)
 蓮(れん)の寒苦(かんく)に堪(たへ)或(あるひ)は食(しよく)を巖谷(がんこく)に断(たち)ては餓鬼(がき)の困苦(こんく)をおもひ又(また)は
 峻(しゆん)𡸴(けん)に匍匐(ほふく)して畜生(ちくしやう)の悩(なう)を忍(しの)ぶ其外(そのほか)行中(ぎやうちゆう)種(しゆ)〻(〴〵)の艱難(かんなん)は筆(ふで)に尽(つく)す
 べきにあらず是(これ)に仍(よつ)て古(いにしへ)よりこれを十界(じつかい)の修行(しゆぎやう)と名附(なづく)とかや
 三峰(さんはう)の順逆(じゆんぎやく)五禅頂(ごぜんぢやう)の次㐧(しだい)入峰(にふぶ)出峯(しゆつほう)の日取等(ひどりとう)いづれも深秘(しんひ)なる
 事(こと)にしてすべて練行(れんぎやう)勤修(ごんしゆ)かず〳〵の作法(さほふ)は世(よ)に有難(ありがた)き事(こと)なる由(よし)
 此(この)大行(たいぎやう)十㐧子(じふでし)在世(ざいせ)のむかしより遠(とほ)く今(いま)に至(いた)るまで一とせも間(かん)
 断(だん)なきは開山上人(かいさんしやうにん)の遺徳(ゐとく)実(じつ)に仰(あふ)ぐべく尊(たふと)むべき事(こと)ならずやされ
 ども秘密(ひみつ)なる修行(しゆぎやう)にして在俗(ざいぞく)の身(み)には詳(つまびらか)に其(その)来由(らいゆ)を聞(きく)ことだ
 に難(かた)ければ委(くは)しく爰(こゝ)に載(のす)べきにあらず
大千度(だいせんど) 此(この)修行(しゆぎやう)はむかし開山上人(かいさんしやうにん)峰(ほう)〻(〳〵)岳(がく)〻(〳〵)を跋渉(ばつせふ)し玉ひし时(とき)佛神(ぶつじん)
 の影向(やうがう)を感得(かんとく)したまひける所(しよ)〻(〳〵)へ社頭(しやとう)を営(いとな)み置(おか)れしを後(のち)また當(たう)

【左丁】
 山内(さんない)に悉(こと〴〵く)勸請(くわんじやう)せらる其(その)大小(たいせう)の諸社(しよしや)を日毎(ひごと)に遶拜(ねうはい)し讀經(どくきやう)法楽(ほふらく)等(とう)
 を勤行(ごんぎやう)せらるゝ事(こと)とぞされば其(その)途中(とちう)にして知人(しるひと)に値(あふ)といへども
 言(こと)をも通(つう)せずして順堂(じゆんだう)す仍(よつ)て世俗(せぞく)は其(その)秘密(ひみつ)の作法(さほふ)をしらねば
 無言(むごん)の修行(しゆぎやう)なるべしなどいへり又(また)此(この)修行(しゆぎやう)の日次(ひなみ)は正月より五
 月 迄(まで)又(また)五月より九月 迄(まで)又(また)九月より翌(よく)正月 迄(まで)すべて五ヶ月を以(もつ)て
 開結(かいけつ)として施主(せしゆ)の祈念(きねん)を修(しゆ)する事なりと聞(きけ)り
鳴子符(なるこのまもり) 行人(ぎやうにん)山路(さんろ)に至(いた)り或(あるひ)は道(みち)を失(うしな)ひ又(また)は三魅(さんみ)の仕業(しわざ)にて雲霧(うんむ)
 をおこし前路(ぜんろ)を遮(さへぎ)り其余(そのよ)さま〴〵の障碍(しやうげ)をなさんとする时(とき)此符(このふ)
 をまきちらせば忽(たちまち)に前路(せんろ)を求(もとむ)ることなりといふ出峰(しゆつほう)の时(とき)は童男(どうなん)
 童女(どうによ)の乞(こ)ふにまかせて蒔散(まきちら)して与(あた)ふ其符(そのふ)の模様(もやう)は種(しゆ)〻(〴〵)の形(かたち)を
 圖(づ)したるを板木(はんぎ)にて摺(すり)たるものなり是(これ)を魔除(まよけ)の守(まもり)ともいふ
古峰原(こぶがはら)の石原隼人(いしはらはやと) 日光御領(につくわうごりやう)の内(うち)大葦郷(おほあしのがう)地名(ちめい)古峰原(こぶがはら)といへる所(ところ)に住(ぢゆう)す

【図】
古峰原
隼人主水居地

等春【印】

【右丁】
 日光(につくわう)より七 里(り)西南の方(かた)なり氏(うじ)を石原(いしはら)と称(しよう)す傳(つた)へいふ先祖(せんぞ)は役(えんの)
 小角(せうかく)に仕(つか)へし妙童鬼(みやうどうき)か子孫(しそん)なる由(よし)旧(ふる)くより此所(このところ)に住(ぢゆう)し當山内(たうさんない)
 の行者(ぎやうじや)彼家(かのいへ)へ行(ゆき)て一 宿(しゆく)し夫(それ)より入峰(にふぶ)する事(こと)なり種(しゆ)〻(〴〵)俗説(ぞくせつ)を傳(つた)ふ
 れども慥(たしか)なる事(こと)はしらず近年(きんねん)家(いへ)を分(わかち)て主水(もんど)と称(しよう)するも同所(どうしよ)に
 すめり
床(とこ)の神事(じんじ) 毎歳(まいさい)正月二日の夜(よ)暮(くれ)六 时(どき)過(すぎ)より修(しゆ)する神事(じんじ)なり【平出】
 御宮(おんみや)并 新宮(しんぐう)本宮(ほんぐう)瀧尾(たきのを)寂光(じやくくわう)中禅寺(ちゆうぜんじ)等(とう)の別所(べつしよ)にて同日(どうじつ)同夜(どうや)夫(それ)〻(〳〵)に
 修(しゆ)せり此(この)神事(じんじ)は火爐祭(くわろまつり)なる由(よし)
 正月二日 夜(よ)大楽院(だいらくゐん)下御供所(しもごくうしよ)にて採燈護摩修法(さいとうごましゆほふ)終(をは)り机上(きしやう)に錫杖(しやくぢやう)
 中啓(ちゆうけい)を置(おき)是(これ)を持(もち)て替(かはる)〻(〳〵)舞(まひ)うたふ《割書:頌歌(しようか)あり》舞(まひ)終(をは)りてごばん〳〵と呼(よ)ぶ
 时(とき)に俗人(ぞくしん)種(しゆ)〻(〴〵)の貌(かたち)をなし或(あるひ)は面(めん)を被(かぶ)り出(いで)て躍(をど)り終(をはり)て出席(しゆつせき)の
 人(ひと)〻(〴〵)へ御神酒(おんしんしゆ)を賜(たま)ひ夫(それ)より大楽院(だいらくゐん)の大茶(おほちや)の間(ま)へ出席(しゆつせき)一 同(どう)へ銅(あかゞね)

【左丁】
 碗(わん)にぜんざい餅(もち)を盛(もり)て銘(めい)〻(〳〵)へ出(いだ)す一 儀(ぎ)終(をは)り夫(それ)より給仕(きふじ)を替(かへ)て参(まゐ)
 らすべき㫖(むね)を申て又(また)夫(それ)より俗人(ぞくじん)出(いで)て躍(をとり)ながら御餅(おんもち)を強(しふ)るなり
 是(これ)もまた終(をは)れば木鉢(きばち)の大(おほい)なる物(もの)の内(うち)へくさ〳〵の雑物(ざふもつ)或(あるひ)は手逰(てあそび)
 の張子(はりこ)其外(そのほか)野菜(やさい)もの菓子(くわし)など餘多(あまた)或(あるひ)は御備餅(おんそなへもち)等(とう)も多分(たぶん)なり其(その)
 内(うち)へ金子(きんす)なども入(いれ)てしれぬやうにして是(これ)を蒔(まき)ちらすよしどつと
 一 同(どう)に走(はし)り出(いで)て各(おの〳〵)争(あらそ)ひ拾(ひろ)ひて退散(たいさん)す是(これ)にて御神事(おんじんじ)をはり出席(しゆつせき)
 の御役人衆(おんやくにんしゆ)へは書院(しよゐん)にて御料理(おんれうり)出(いづ)るといふ


日 光 山 志 巻 之 二《割書: 終》

【裏見返し】

【裏表紙】

【表紙】
【題箋】
日光山志  三

【見返し】

【左丁】
日 光 山 志 巻 之 三
      目録(もくろく)
 御山内寺院坊舍(おんさんないじゐんばうしや)  学頭(がくとう)      修学院表門圖(しゆがくゐんのおもてもんのづ)
 衆徒二十箇院(しゆとにじつかゐん)   御畄主居(おんるすゐ)    別所四箇院(べつしよしかゐん)
 八十坊舍(はちじふばうしや)     御奉行屋鋪(おんぶぎやううあしき)   火之番屋鋪(ひのばんやしき)
 青龍権現(せいりうごんげん)     西町(にしまち)      兄弟契(きやうだいちぎり)《割書:同宴逰圖(おなじくえんいうのづ)》
 浄光寺(じやうくわうじ)《割書:鐘銘(かねのめい)》    古額(こがく)《割書:弘法大師(こうぼふだいし)|真蹟(しんせき)》   向河原(むかふがはら)
 慈雲寺(じうんじ)     ○憾(かん)𤚥(まんが)淵(ふち)     含満驟雨図(がんまんのむらさめのづ)《割書:八景(はつけい)|の内》
 靈庇閣(れいひかく)      納骨塔(なふこつたふ)      通行橋(つうかうばし)
 鳴虫山(なきむしやま)      鳴虫紅葉図(なきむしのもみぢのづ)《割書:八景(はつけい)|の内》  松立山(まつたてやま)
 索麪瀧図(さうめんのたきのづ)     日光八景(につくわうはつけい)    妙道院(みやうだうゐん)

【右丁】
 釋迦堂(しやかだう)    石燈籠(いしどうろう)        殉死墓碑(じゆんしのぼひ)
 諸家墓碑(しよけのぼひ)   犬牽地蔵(いぬひきぢざう)       禁断石(きんだんいし)
 七瀧(なゝたき)《割書:同図(おなじくづ)》   如宝山蔓延松(によはうざんのはひまつ)《割書:同図(おなじくづ)》   飛銚子(とびちやうし)
 二子山(ふたごやま)    不動岩(ふどういは)《割書:同図(おなじくづ)》      摺子岩(するすいは)
 凍岩(こほりいは)     同冰(おなじくこほり)をうがつ図(づ)  外山(とやま)《割書:同図(おなじくづ)》
 興雲律院(こううんりつゐん)《割書:同図(おなじくづ)》  萩垣面(はぎがきめん)       御茶亭(おんさてい)
 漆園(うるしぞの)     小倉山(をぐらやま)        小倉春曉図(をぐらのしゆんきやうのづ)《割書:八景(はつけい)|の内》
 霧降瀧(きりふりのたき)《割書:同図(おなじくづ)》  生岡大日堂(いくおかのだいにちだう)《割書:同図(おなじくづ)》   尾立岩(をたでいは)
 山王社(さんわうのやしろ)    久次良村(くじらむら)      糠塚(ぬかづか)
 池石(いけいし)     蓮蕐石(れんげいし)        大日堂(だいにちだう)《割書:同図(おなじくづ)》
 寂光(じやくくわう)     常念佛堂(じやうねんぶつだう)      求聞持堂跡(ぐもんぢだうのあと)
 寂光寺(じやくくわうじ)    石鳥居(いしのとりゐ)        三十番神堂(さんじふばんじんだう)

【左丁】
 不動堂(ふどうだう)    拜殿(はいでん)         寂光権現(じやくくわうごんげん)
 釘念佛縁起(くぎねんぶつのえんぎ)  寂光瀧(じやくくわうのたき)       同伊藤長胤詩(おなじくいとうちやういんのし)
 羽黒瀧(はぐろのたき)    裏見瀧(うらみのたき)《割書:同図(おなじくづ)》      清瀧村(きよたきむら)《割書:同図(おなじくづ)》
 清瀧権現(きよたきごんげん)   清滝寺(せいりうじ)        清瀧観音堂(きよたきくわんおんだう)《割書:並別所(ならびにべつしよ)》
 足尾道(あしをみち)    馬返村(うまがへしむら)《割書:同図(おなじくづ)》      前二荒山(まへにくわうざん)《割書:并風穴(ならびにかざあな)》
 深澤茶屋(みさはのちやや)   地蔵堂(ぢざうだう)        劔峯(けんのみね)
 方等瀧(はうどうのたき)《割書:同図(おなじくづ)》  般若滝(はんにやのたき)《割書:同図(おなじくづ)》      中茶屋(なかのちやや)
 不動堂(ふどうだう)    大平(おほだひら)







 

【右丁 白紙】

【左丁】
日 光 山 志 巻 之 三
                 植 田 孟 縉 編 輯

御山内寺院坊舍(おんさんないじゐんばうしや) 一 山(さん)の学頭(がくとう)一 院(ゐん)衆徒(しゆと)廿ヶ院(ゐん)別所(べつしよ)四ヶ院(ゐん)外(ほか)に一 院(ゐん)
 都合(つがふ)廿六 院(ゐん)是(これ)を一 山(さん)の大衆(たいしゆ)と唱(とな)ふ外(ほか)に一 坊(ばう)八十 坊(ばう)あり
学頭(がくとう) 修学院(しゆがくゐん)と号(がう)す佛岩谷(ほとけいはだに)あり此寺(このてら)の表門(おもてもん)は徃古(わうご) 御殿(ごでん)の御門(ごもん)
 なりとぞ元禄四未年五月 御取置(おんとりおき)に相成(あひなり)其後(そのゝち)享保 年中(ねんちゆう)御門(ごもん)を修(しゅ)
 学院(がくゐん)へ賜(たま)ふといふ室町家(むろまちけ)の作営(さくえい)を移(うつ)され御經営(ごけいえい)ありし御門(ごもん)ゆゑ
 世(よ)に稀(まれ)なる匠作(しやうさく)なり土人等(どじんら)穪(しよう)して二階御門(にかいごもん)と唱(とな)ふ
衆徒二十院(しゆとにじつかゐん) 東山谷(ひがしやまだに)佛岩谷(ほとけいはだに)中山(なかやま)にあり
 南照院(なんせうゐん) 安居院(あんごゐん) 日増院(にちぞうゐん) 遊城院(いうじやうゐん) 敎城院(けうじやうゐん) 櫻本院(さくらもとゐん) 禅智院(ぜんちゐん)
 唯心院(ゆゐしんゐん) 藤本院(ふぢもとゐん) 醫王院(いわうゐん) 護光院(ごくわうゐん) 《割書:以上 東山谷(ひがしやまだに)》 養源院(やうげんゐん) 花蔵院(けざうゐん)

【右丁】
【図】
修學院表門

【左丁】
 恵乘院(ゑじようゐん) 法門院(ほふもんゐん) 《割書:以上 仏岩谷(ほとけいはだに)》 照尊院(せうぞんゐん) 浄土院(じやうどゐん) 觀音院(くわんおんゐん) 実敎院(じつけうゐん)
 光樹院(くわうじゆゐん) 《割書:以上 中山(なかやま)》
御畄守居(おんるすゐ) 是(これ)は衆徒(しゆと)の内(うち)より一 院(ゐん)兼職(けんしよく)とす法務(ほふむ)の階級(かいきふ)又(また)は老若(らうにやく)の
 事(こと)にもよらず其器(そのき)に當(あた)れるを撰(えら)び衆徒(しゆと)の内(うち)より擢(ぬきんで)らるゝ職(しよく)なり
 御門主(ごもんしゆ)御家臣(ごかしん)並 社家(しやけ)伶人(れいじん)以下(いげ)神人(しんじん)に至(いた)まで御畄守居(おんるすゐ)の指揮(しき)
 なり
別所四(べつしよし)ヶ(か)院(ゐん) 大楽院(だいらくゐん)《割書:仏岩谷(ほとけいはだに)》 龍光院(りうくわうゐん)《割書:中山(なかやま)|御㚑屋(おんれいや)の北 寄(より)》 安養院(あんやうゐん)《割書:中山新宮別所(なかやましんぐうべつしよ)》
 無量院(むりやうゐん)《割書:中山大師堂別所(なかやまだいしだうべつしよ)》
八拾坊舍(はちじふばうしや) 妙月坊(みやうぐわつばう) 妙金坊(みやうきんばう) 真鏡坊(しんきやうばう) 日城坊(にちじやうばう) 本龍坊(ほんりうばう) 光栄坊(くわうえいばう)
 悦蔵坊(えつざうばう) 城秀坊(じやうしうばう) 杉本坊(すごもとばう) 鏡泉坊(きやうせんばう) 大光坊(たいくわうばう) 祐南房(いうなんばう) 永觀坊(やうくわんばう)
 実勝坊(じつしようばう) 能觀坊(のうくわんばう) 道福坊(だうふくばう) 《割書:以上 東山谷(ひがしやまだに)》 正住坊(しやうぢゆうばう) 祐源坊(いうげんばう) 圓乘坊(ゑんじようぼう)
 觀妙坊(くわんみやうばう) 尭心坊(げうしんばう) 鏡徳坊(きやうとくばう) 正定坊(しやうぢやうばう) 妙力坊(みやうりきばう) 通乘坊(つうじようばう) 大月坊(だいぐわつばう)

【右丁】
 龍觀坊(りうくわんばう) 常觀坊(じやうくわんばう) 龍圓坊(りうゑんばう) 浄久坊(じやうきうばう) 林敎坊(りんけうばう) 妙日坊(みやうにちばう) 《割書:以上 仏岩谷(ほとけいはだに)》
 勝泉坊(しようせんばう) 本月坊(ほんぐわつばう) 圓觀坊(ゑんくわんばう) 城了坊(じやうりやうばう) 城空坊(じやうくうばう) 通順坊(つうじゆんばう) 光蔵坊(くわうざうばう)
 通勝坊(つうしようばう) 忍性坊(にんしやうばう) 仲音坊(ちゆうおんばう) 常音坊(じやうおんばう) 行実坊(ぎやうじつばう) 醍醐坊(だいごばう) 守光坊(しゆくわうばう)
 城祐坊(じやういうばう) 妙珍坊(みやうちんばう) 《割書:以上 南谷(みなみだに)》 不動坊(ふどうばう) 智觀坊(ちくわんばう) 碩善坊(せきぜんばう) 圓祐坊(ゑんいうばう)
 桜正坊(あうしやうばう) 敎觀坊(けうくわんばう) 深妙坊(しんみやうばう) 定福坊(ちやうふくばう) 正圓坊(しやうゑんばう) 慶住房(きやうぢゆうばう) 正範坊(しやうはんばう)
 觀徳坊(くわんとくばう) 唯敎坊(ゆゐけうばう) 什光坊(じふくわうばう) 永南房(やうなんばう) 圓泉坊(ゑんせんばう) 《割書:以上 西山谷(にしやまだに)》 大林坊(たいりんばう)
 光禅坊(くわうぜんばう) 禅敎坊(ぜんけうばう) 順敎坊(じゆんけうばう) 実蔵坊(じつざうばう) 文月坊(ぶんぐわつばう) 理宣坊(りせんばう) 蓮勝坊(れんしようばう)
 敎光坊(けうくわうばう) 妙圓坊(みやうゑんばう) 深敎坊(しんけうばう) 金蔵坊(こんざうばう) 正覚坊(しやうかくばう) 桜秀坊(あうしうばう) 林守坊(りんしゆばう)
 道龍坊(だうりうばう) 《割書:以上 善女神谷(ぜんによしんだに)》
御奉行屋敷(おんぶぎやうやしき) 此(この)門前(もんぜん)の路(みち)は 御殿地(ごてんち)後(うしろ)御賄坂(おんまかないさか)より西の方(かた)四軒町(しけんちやう)
 原町(はらまち)蓮華石町(れんげいしまち)へ達(たつ)し御山内筋(おんさんないすぢ)より中禅寺(ちゆうぜんじ)或(あるひ)は寂光(じやくくわう)荒沢(あらさは)又(また)は足尾(あしを)
 邊(へん)への徃來(わうらい)なり

【左丁】
火之番屋敷(ひのばんやしき) 組頭屋鋪(くみがしらやしき)と相對(あひたい)す是(これ)は御山内(おんさんない)火防(ひふせぎ)の御備(おんそな)へとして
 爰(こゝ)と下鉢石(しもはついし)に有(あり)て二ヶ所(しよ)に勤番(きんばん)し慶安五年六月より八王子(はちわうじ)千人(せんにん)
 組(ぐみ)へ 命(めい)ぜられ頭(かしら)両人 両組(りやうくみ)同心(どうしん)在勤(ざいきん)せしかど是(これ)も寛政の初(はじめ)に
 鉢石(はついし)一ヶ所(しよ)を廢(はい)せられ爰(こゝ)の一ヶ所(しよ)となれり夫(それ)よりは千人頭(せんにんがしら)壱人 組(くみ)
 頭(がしら)五人 同心(どうしん)四十人 外(ほか)に歩人(ぶにん)有(あり)て御山内(おんさんない)を警衛(けいゑい)しもとは五十日
 交替(かうたい)なるを今(いま)は半年(はんねん)在勤(ざいきん)となれり
青龍權現(せいりうごんげん) 龍神社(りうじんのやしろ)とも唱(とな)ふもとは火之番屋敷(ひのばんやしき)邊(へん)に社頭(しやとう)在(あり)て大(おほい)なる
 池水(ちすゐ)も有(あり)し由(よし)奉行屋敷(ぶきやうやしきの)邊(へん)より坊中(ばうちゆう)のあたりを善女神谷(ぜんによじんだに)と號(がう)し
 けるも此社(このやしろ)のあるゆゑなり 御鎮座(ごちんざ)以來(いらい)は其(その)池水(ちすゐ)を填(うめ)て火(ひ)之
 番屋敷(ばんやしき)とせられ其(その)ほとり四軒町(しけんちやう)も伶人屋敷(れいじんやしき)又(また)は山口氏(やまぐちうぢ)が手代等(てだいら)
 住居(ぢゆうきよ)の地(ち)に渡(わた)りける頃(ころ)龍神社(りうじんのやしろ)も今(いま)の山際(やまぎは)に移(うつし)し由(よし)偖(さて)此(この)神社(じんじや)は
 弘法大師(こうぼふだいし)入唐(につたう)し天台山(てんだいさん)の青龍寺(せいりうじ)に寓(ぐう)する时(とき)其寺(そのてら)の鎮守神(ちんじゆのかみ)に祈(き)

【右丁】
 願(ぐわん)し仏法(ぶつほふ)東漸(とうせん)の事(こと)を祈(いの)り帰朝(きてう)の砌(みぎり)仏法(ふつぼふ)守護神(しゆごじん)なりとて醍醐(だいご)に
 社(やしろ)を勸請(くわんじやう)し青龍權現(せいりうごんげん)と崇(あが)め祀(まつ)れるの始(はじめ)なり當山(たうざん)も弘仁年中 空(くう)
 海和尚(かいをしやう)登山(とうざん)し瀧尾(たきのを)寂光(じやくくわう)の社頭(しやとう)を勸請(くわんしやう)し古義(こぎ)真言(しんごん)の顕密(げんみつ)をも傳(つた)へ
 られしゆゑ其(その)派下(はか)の僧等(そうとう)仏法(ぶつほふ)擁護(おうご)のため醍醐(だいご)より勸請(くわんじやう)せし神(じん)
 社(じや)なりといふ
西町(にしまち) 或(あるひ)は入町(いりまち)とも唱(とな)ふ御山内(おんさんない)の西にある町(まち)〻(〳〵)なり 四軒町(しけんちやう)
 原町(はらまち) 袋町(ふくろまち) 本町(ほんまち)《割書:上中下》 大工町(だいくちやう)《割書:上中下》 板挽町(いたひきまち) 此(この)町(まち)〻(〳〵)縦横(じゆうわう)に
 區(く)を分(わか)ち肆店(してん)両側(りやうかは)に軒(のき)を並(ならべ)て連住(れんぢゆう)す
兄㐧契(きやうだいちぎり) 東は松原町(まつばらまち)より西町(にしまち)に至(いた)る迄(まで)町家(ちやうか)其餘(そのよ)の者(もの)も三月 上巳(じやうし)の
 頃(ころ)よりして若菜摘(わかなつみ)を初(はじめ)として或(あるひ)は花見(はなみ)とも名附(なづけ)たがひに親(したしき)もの
 を誘引(いういん)し山林(さんりん)原㙒(げんや)の花(はな)を尋(たづね)て花筵(はなむしろ)などつらね酒色(しゆしよく)を携(たづさ)へ三絃(さんげん)を
 鳴(な)らし皷躁(こさう)してうたひ舞(まひ)逰興(いうきよう)することを土風(とふう)のならはしとし是(これ)を

【左丁】
 名附(なづけ)て兄㐧(きやうだい)ちぎりと唱(とな)ふ四月八日を終(をはり)とす
浄光寺(じやうくわうじ) 板挽町(いたひきまち)にあり還源山(くわんげんさん)妙覚院(みやうかくゐん)と号(がう)す此寺(このてら)もとは仏岩(ほとけいは)にあり
 浄光寺(じやうくわうじ)徃古(わうご)浄光防(じやうくわうばう)と号(がう)し上世(じやうせい)當山(たうざん)の本院(ほんゐん)座主(ざす)光明院(くわうみやうゐん)の供僧(ぐそう)の
 其一(そのひとつ)なりしが徃古(わうご)應永年中 光明院(くわうみやうゐん)断絶(だんぜつ)の後(のち)善女神谷(ぜんによじんだに)へ移(うつ)すと
 いふ又(また)徃生院(わうじやうゐん)といふはもと仏岩(ほとけいは)地蔵堂(ぢさうだう)の邊(へん)に在(あり)て摠山(そうざん)の墓所(ぼしよ)に
 て空海師(くうかいし)の妙覚門(みやうがくもん)の額(がく)を掲(かゝげ)たり然(しか)るに此地(このち)は一 山(さん)の鬼門(きもん)に當(あた)る
 ゆゑに衆議(しゆぎ)して善女神谷(ぜんによじんだに)へ移(うつ)す其後(そのゝち)又(また)寛永十七年十月 徃生院(わうじやうゐん)
 并 六供僧(ろくぐそう)の坊(ばう)ともに綿内村(わたうちむら)の西《割書:今(いま)の地(ち)》へ移(うつ)すといふこと《振り仮名:𦾔記|きうき》に見(み)え
 たる由(よし)徃生院(わうじやうゐん)の《振り仮名:𦾔跡|きうせき》は今(いま)浄光寺(じやうくわうじ)の弥陀堂(みだだう)にて六供(ろくぐ)浄光坊(じやうくわうばう)の跡(あと)は
 正(たゞ)しく浄光寺(じやうくわうじ)なりされば徃生院(わうじやうゐん)と浄光坊(じやうくわうばう)今(いま)は合(がつ)して浄光寺(じやうくわうじ)と
 稱(しよう)するにや古(いにしへ)浄光坊(じやうくわうばう)は六供(ろくぐ)の一(ひとつ)にしてありしゆゑ其(その)遺名(ゐめい)のこりて
 今(いま)も土人等(どじんら)浄光寺(じやうくわうじ)のことを六供(ろくぐ)と称(しよう)せり偖(さて)古(いにしへ)より傳(つた)はりし光明院(くわうみやうゐん)

【図】
兄弟契
の逰宴

德誼画

【右丁】
 本尊(ほんぞん)弥陀(みだ)を万治二年五月 賊(ぞく)の為(ため)に奪(うば)はれたりといふ西町中(にしまちぢゆう)の香(かう)【「ボ」左ルビ】
 華院(げゐん)【「ダイシヨ」左ルビ】とす境内(けいだい)に古(いにしへ)の當山(たうざん)座主(ざす)の墓碑(ぼひ)あり
 卅四世昌継逆修文安《割書:乙| 丑》二○六月廿四日入滅
 卅五世法印昌宣逆修延德四年八月十三日入滅
 權少僧都昌源《割書:年月不見》法印昌顕大永三年六月廿六日
 權大僧都法印昌淳庿塔慶長十二《割書:丁| 未》伍月五日
鐘銘(かねのめい) 鐘口(しようく)徑(わたり)二尺 許(ばかり)此鐘(このかね)はもと本宮(ほんぐう)の鐘(かね)なること銘文(めいぶん)にあり文明
   二年 本宮(ほんぐう)より此所(このところ)へ施入(せにふ)の由(よし)再刻(さいこく)の銘(めい)あり
 奉鑄 日光山本宮推鐘 一口
 右增三所權現威光為成二世各願也
 一打鐘聲當願衆生斷三界苦頓證菩提
 諸賢聖衆同入道場願諸惡趣俱時離苦

【左丁】
 當將軍源朝臣成氏公
 御留守權大僧都法印座禪院昌継
 惣政所西本坊昌宣
  旦那古戸道光 氏吉
 本願權律師源觀等穀弘継
 大工大和權守浦部春久
  于時長禄三年《割書:乙| 卯》十二月九日《割書:敬|白》
 奉施入
 往生院鐘
 右志者為天長地久御願
 圓滿殊者父母覺靈成等
 正覺頓證菩提別者者有縁無縁

【図】
【右丁】
弘法大師眞蹟

妙 覺

【左丁】

【右丁】
 自他法界平等利益故自本宮
 申下新寄進處如件
  于時文明二天《割書:庚|刁》二月十五日
  願主 東圓坊權律師昌源
古額(こがく) 弘法大師(こうぼふだいしの)真蹟(しんせきの)冩(うつし)浄光寺(じやうくわうじ)什物(じふもつ)古(いにしへ)徃生院(わうじやうゐん)の額(がく)なりといふ長(ながさ)一尺
 八寸五分 横(よこ)一尺四寸 廽(めぐ)り雲龍(うんりよう)高彫(たかぼり)是(これ)は外縁(そとぶち)なり又(また)其内(そのうち)に縁(ふち)有(あり)て
 梵字(ぼんじ)九ッ有(あり)紺青(こんじやう)妙覚門(みやうがくもん)の三 字(じ)金色(こんじき)なり文字(もんじ)の写(うつし)前(まへ)に出(いだ)せり
向河原(むかふがはら) 大工町(だいくまち)板挽町(いたひきまち)の方(かた)より大谷川(だいやがは)の橋(はし)を越(こえ)て向(むかふ)に有(ある)町家(まちや)ゆゑ
 斯(かく)唱(とな)ふ両側(りやうかは)に廿 戸(こ)許(ばかり)夫(それ)より含満(がんまん)の大門路(だいもんみち)へ達(たつ)す爰(こゝ)より鳴虫山(なきむしやま)
 を廻(めぐ)り瀧河原(たきがはら)邊(へん)への通行路(つうかうみち)にて牛馬(ぎうば)の通路(つうろ)あり
慈雲寺(じうんじ) 伽羅陀山(きやらださん)と号(がう)す堂(だう)三 間(げん)四 方(はう)本尊(ほんぞん)弥陀(みだ)地蔵(ぢざう)慈眼大師(じげんだいし)の像(ざう)を
 安(あん)す境内(けいだい)凡(およそ)三四町 中興開山(ちゆうこうかいさん)は慈眼大師(じげんだいし)の高㐧(かうてい)なる最敎院(さいけうゐん)晃海(くわうかい)

【左丁】
 僧正(そうじやう)なり此邊(このへん)よりすべて含満(じんまん)【ママ】と唱(とな)ふ此所(このところ)は山内(さんない)衆徒(しゆと)年中行司(ねんぢゆうぎやうじ)
 の持(もち)とす
憾(がん)𤚥(まんが)淵(ふち) 慈雲寺(じうんじ)より西北に當(あた)り川向(かはむか)ふの水涯(すゐがい)に絶壁(ぜつへき)の如(ごと)くなる
 巨巌(こがん)水際(すゐさい)より峙立(ぢりふ)し削(けづり)なすにことならず其(その)奇状(きじやう)なる形㔟(ぎやうせい)鬼工(きこう)の
 如(ごと)し巌上(かんしやう)に不動(ふどう)の石像(せきざう)を安(あん)す巌下(かんか)は碧水(へきすゐ)盤渦(はんくわ)【「ウヅマキ」左ルビ】して潭底(たんてい)はかり
 知(しり)がたし怪岩(くわいがん)横(よこ)九尺 許(ばかり)竪(たて)七八尺なる平面(へいめん)に憾(かん)𤚥(まん)の梵字(ぼんじ)あり讀(よみ)が
 たし
靈庇閣(れいひかく) 憾(がん)𤚥(まんが)淵(ふち)のこなたなる川端(かははた)一 面(めん)の嵓石(がんせき)なる所(ところ)に護广壇(ごまだん)を
 建(たて)て幽遠(いうゑん)の絶景(ぜつけい)なり丸木柱(まろきはしら)の四阿屋(あづまや)を造(つく)れり此境(このさかひ)は晃海僧正(くわうかいそうじやう)
 草創(さう〳〵)にて北 岸(がん)に七尺 餘(よ)の不動(ふどう)の石像(せきざう)は晃海(くわうかい)の造立(さうりふ)にて潭岩(たんがん)の
 憾(がん)𤚥(まん)の梵字(ぼんじ)は僧正(そうじやう)山順(さんじゆん)の書(しよ)也(なり)此(この)山順(さんじゆん)は贈大僧正(ぞうだいそうじやう)生順(しやうじゆん)の㐧子(でし)當(たう)
 山(ざん)養源院(やうげんゐん)の三 世(せ)なり護广堂(ごまだう)も同时(どうじ)に建立(こんりふ)し一七 日(にち)護广供(ごまく)百 座(ざ)

【図】
【右丁】
含滿驟雨

【左丁】
㚑庇閣

【図】
【右丁】
含満骨塔

【左丁】
等春【院】印

【右丁】
 晃海僧正(くわうかいそうじやう)開闢(かいびやく)し一 山(ざん)も僧衆(そうしゆ)修行(しゆぎやう)せしこと《振り仮名:𦾔記|きうき》に見(み)ゆる處(ところ)といへり
 西南の高(たか)き所(ところ)に石弥陀(いしのみだ)の座像(ざざう)各(おの〳〵)三尺 許(ばかり)なる列(れつ)し造(つく)れるもの数(す)
 百 体(たい)此邊(このへん)より川岸(かはぎし)を傳(つた)ひ凡(およそ)壱町 程(ほど)も嶮岩(けんがん)を陟(のぼ)り行(ゆけ)ば川岸(かはぎし)に骨(こつ)
 塔(たふ)あり
納骨塔(なふこつたふ) 礎石(そせき)大(おほき)さ四五 疊敷(でふしき)もあらん石(いし)へ穴(あな)を穿(うがち)て納骨(なふこつ)すべき為(ため)に
 造(つく)れり其上(そのうへ)へ碑銘石(ひのめいのいし)を建(たて)たり銘文(めいぶん)は林羅山子(はやしらざんし)の撰(せん)なり
    憾𤚥淵納骨堂碑         羅山林道春撰
 日光山中有淵潭。世稱不動明王來現處也。故採其種字。號憾𤚥淵
 誠是勝地靈區也。先是。
 東照宮背後深奥之處有骨堂。慈眼大師。為畏神威毀除之已而。大
 師遺敎曰。我没後宜再建此堂。未暇相攸漸歷數歲。方今。
 尊敬法親王。有可以營堂於憾𤚥淵幽處之旨。且大師之衆徒等。為

【左丁】
 過去萬靈自已菩提。彫石地藏若干軀。造立淵畔。淵畔有巨石。方八
 尺許。鑿開之。以納新舊之骨。乃立碑於此石上。以記其所由。願以此
 功德。骨化為水精乎。為珠玉乎。與不動地藏分其骨乎。抽果與佛舍
 利相共同乎。骨已如此。則其羣靈。或上天。或成佛。以可證之乎。
 法親王繼大師之志。受大師之緖。以為此舉。以納萬骨不亦宜乎。若
 夫葬枯骨則聖主之德也。掩骼埋胔則孟春之政令也。是非非余之
 談。聊併言。
  明歷《割書:戊| 戌》年七月吉日
通行橋(つうかうばし) 向河原橋(むかふがはらはし)とも唱(とな)ふ大谷川(だいやがは)に架(か)す長(ながさ)十六七 間(けん)板橋(いたばし)なり板挽町(いたひきまち)
 大工町(だいくちやう)邊(へん)より向河原町(むかふがはらまち)へ達(たつ)す牛馬(ぎうば)も通路(つうろ)せり
鳴蟲山(なきむしやま) 向河原(むかふがはら)と含満(がんまん)の後(うしろ)に當(あた)り高山(かうざん)東西へ亘(わた)り此邊(このへん)にての高山(かうざん)
 なり本名(ほんみやう)は大懴法嶽(たいせんぼふがたけ)と称(しよう)し又(また)小懴法嶽(せうせんぼふがたけ)とて此山(このやま)の後(うしろ)にあり其餘(そのよ)

【図】
【右丁】
湛粛【印】【印】

鳴ムシ山

二宮山

【左丁】

松立山

鳴蟲紅葉

【右丁】
 名(な)を称(しよう)する山(やま)多(おほ)し或(あるひ)は杵立山(きねたてやま)月見山(つきみやま)など皆(みな)冬峰行者(ふゆみねぎやうじや)修法(しゆほふ)を行(おこな)ふ
 所(ところ)なり又(また)は星宿(ほしのやど)も此峰(このみね)の續(つゞ)き相好灘(さうかうなぎ)宝形灘(はうぎやうなぎ)とも称(しよう)する所(ところ)もあり
 此山(このやま)は紅葉(もみぢ)の勝景(しようけい)あるをもて當所(たうしよ)の八 景(けい)の内(うち)にも入(いれ)られたり
 偖(さて)古木(こぼく)の欝翠(うつすゐ)するにもあらず雜樹(ざふじゆ)の柴山(しばやま)なれど时(とき)〻(〴〵)雲霧(うんむ)を起(おこ)し
 此山(このやま)に雲(くも)生(しやう)ずる时(とき)は果(はた)して雨(あめ)をふらするより名附(なづけ)たるよし必(かならず)
 しも虫(むし)の鳴(なく)といふにはあらず虫(むし)は原㙒(げんや)にすだくものゆゑ高山(かうざん)を
 指(さし)てなきむしといへるは至(いたつ)て鄙(ひ)なる俗言(ぞくげん)に嬰児(えいじ)の動(やゝ)もすれば啼(なき)
 出(いだ)すを鄙語(ひご)になきむしと呼(よぶ)ことあり此山(このやま)にも一日の内(うち)に幾度(いくど)も
 雲(くも)を生(しやう)じ雨降(あめふる)こと时(とき)〻(〴〵)なるゆゑ雨(あめ)を涙(なみだ)に譬(たと)へまたなきむしの啼(なき)
 出(いだし)しと土人等(どじんら)が雨降(あめふる)ことをにくみて放言(はうげん)せしを竟(つひ)には山(やま)の名(な)に
 負(おは)せたるなり
松立山(まつたてやま) 是(これ)は冬嶺行人(ふゆみねぎやうにん)此山(このやま)へ毎歳(まいさい)松(まつ)を植立(うゑたつ)るを御杵松(おんきねまつ)といふ又

【左丁】
 一 名(みやう)螺立山(ほらたてやま)ともいふ年(ねん)〻(〳〵)二月廿八日 行人(ぎやうにん)此所(このところ)にて螺(ほら)を吹立(ふきたつ)ること
 あり然(しか)して御松(おんまつ)三 本(ぼん)を植立(うゑたつ)る是(これ)天下泰平(てんかたいへい)の修法(しゆほふ)なりとて種(しゆ)〻(〴〵)
 傳秘(でんひ)有(ある)事と聞(きけ)り偖(さて)行人(ぎやうにん)の螺(ほら)を聞(きゝ)て衆徒(しゆと)藤本院(ふぢもとゐん)にて古(いにしへ)より傳來(でんらい)の
 修法(しゆほふ)とて細(ほそ)き青竹(あをたけ)長(ながさ)八九尺 上(うへ)に扇(あふぎ)三 本(ぼん)を開(ひら)きたるさまに丸(まろ)く
 結(ゆ)ひ附(つけ)其扇(そのあふぎ)の結付(ゆひつけ)たる所(ところ)より白苧(しろを)を長(なが)く垂(たら)せり是(これ)を石(いし)の御鳥(おんとり)
 居前(ゐまへ)の清水(せいすゐ)流(ながる)る所(ところ)へ三 本(ぼん)づゝ溝(みぞ)の両側(りやうかは)へ立(たつ)るなり古(いにしへ)より町家(ちやうか)の者(もの)
 藤本院(ふぢもとゐん)へ扇(あふぎ)と竹(たけ)と苧(を)を納(おさむ)る事(こと)なりしかど其(それ)町家(ちやうか)断絶(だんぜつ)せしゆゑ今(いま)は
 鉢石町(はついしまち)の小間物(こまもの)商人(あきびと)の頭(かしら)なることの役(やく)として出(いで)せり依(よつ)て三月朔日
 の未明(みめい)に松立山(まつたてやま)にて其松(そのまつ)を焼(やく)ともいへり徃古(わうご)は御松塲(おんまつば)は相好灘(さうかうなぎ)と
 今(いま)の松塲(まつば)の間(あひだ)の峰(みね)なり故(ゆゑ)有(あり)て中古(ちゆうこ)より今(いま)の山上(さんしやう)へ移(うつ)すといふ
日光八景(につくわうのはつけい)
 小倉春曉(をぐらのしゆんけう) 鉢石炊烟(はついしのすゐえん) 含満驟雨(がんまんのしうう) 寂光瀑布(じやくくわうのはくふ) 大谷秋月(だいやのしうけつ)

【右丁】
 鳴虫紅楓(なきむしのこうふう) 山菅夕照(やますげのせきせう) 黒髪晴雪(くろかみのせいせつ)
     小 倉 春 曉    大 明 院 宮 公 辨 法 親 王
 小 倉 山 色 似 皇 州 不 嶮 不 夷 沿 水 流 花 氣 氤
 氳 天 未 曙 紅 霞 一 片 入 雙 眸
     鉢 石 炊 烟         《割書:朝鮮國聘使副使》 任 守 幹
 山 下 孤 村 遠 炊 烟 一 抹 靑 隨 風 濃 更 淡 樹 色
 晩 冥 〻
     含 滿 驟 雨         《割書:同   從事官》 李 邦 彦
 深 潭 徹 底 淸 潭 上 蒼 巖 古 下 有 老 龍 潜 時 〻
 作 雷 雨
     寂 光 瀑 布         《割書:同   正 使》 趙 泰 億
 炎 天 樓 閣 欲 生 寒 千 尺 飛 流 落 翠 巒 時 有 遊

【左丁】
 入 來 入 洞 錯 疑 雷 雨 門 林 端
     大 谷 秋 月               右 同 人
 山 前 秋 水 浸 山 平 涵 潯 冰 輸 徹 底 明 聞 說 高
 僧 常 管 領 心 將 此 境
     鳴 虫 紅 楓               任 守 幹
 仙 山 秋 色 晩 琪 樹 尚 靑 葱 獨 有 楓 林 冷 迎 霜
 葉 盡 紅
     神 橋 夕 照               李 邦 玄
 墮 草 傳 神 蹟 靈 源 路 不 迷 畫 橋 留 返 照 紅 影
 落 前 溪
     黒 髪 晴 雪         《割書:同來聘製述官 》 李   礥
 路 絶 懸 崖 不 可 緣 雪 花 寒 逼 斗 牛 躔 兹 山 亦

【右丁】
 作 瓊 瑶 窟 積 縞 休 誇 富 士 巓
妙道院(みやうだうゐん) 《割書:寺地(じち)の辺(へん)今(いま)は原町(はらまち)と唱(とな)ふれども古名(こめい)此邊(このへん)田母沢(たもざは)と号(がう)せり》
 時號(じがう)は佛龍寺(ぶつりうじ)と号(がう)し寛永五年 天海大僧正(てんかいだいそうじやう)仏岩谷(ほとけいはだに)へ建立(こんりふ)し給(たま)ふ
 今(いま)境内(けいだい)にある釈迦堂(しやかだう)は昔(むかし)より中山(なかやま)に有(あり)しを元和七年 中山(なかやま)より佛(ほとけ)
 岩谷(いはだに)へ移(うつ)し給ひ其後(そのゝち)寛永十七年 今(いま)の地(ち)へ妙道院(みやうだうゐん)とともに移(うつ)し玉(たま)ふ
 といふ其砌(そのみぎり)より一 山(さん)の香花院(かうげゐん)【「ボダイシヨ」左ルビ】と定(さだ)めらる寺領(じりやう)貮百 石(せき)を附(ふ)せられ
 末寺(まつじ)二拾四ヶ寺(じ)あり本尊(ほんぞん)は阿弥陀(あみだ)を安(あん)す
釋迦堂(しやかだう)南 向(むき)五 間(けん)四 面(めん)赤塗(あかぬり)寺(てら)の西の方(かた)にあり本尊(ほんぞん)阿弥陀(あみだ)脇士(けふし)文珠(もんじゆ)
 普䝨(ふげん)木座像(もくざざう)外(ほか)に三尊(さんぞん)の阿弥陀(あみだ)是(これ)は恵心(ゑしん)の作(さく)といふ堂内(だうない)右の方(かた)に
 慈眼大師(じげんだいし)の像(ざう)あり是(これ)は大師(だいし)現存(げんぞん)の肖像(せうざう)とて安置(あんち)し勝道上人(しようだうしやうにん)の
 位牌(ゐはい)を安(あん)す
石燈籠(いしどうろう) 二 基(き)釈迦堂(しやかだう)の前(まへ)にあり一は加藤左馬助(かとうさまのすけ)と𠜇(こく)す又(また)一は石川(いしかは)

【左丁】
 主殿頭(とのものかみ)奉納(ほうなふ)と銘(めい)あり
 慈眼大師(じげんだいし)は寛永廿年十月二日 東叡山(とうえいざん)にて入寂(にふじやく)したまひ同六日
 靈棺(れいくわん)を出し同十日 當山(たうざん)座禅院(ざぜんゐん)へ入(いり)玉ひ同日 黄昏(くわうこん)奉(たてまつり)_レ迁(うつし)妙道院(みやうだうゐん)の
 釈迦堂(しやかだう)に安(あん)し一七日の間(あひだ)法事(ほふじ)有(あり)曼荼羅供(まんだらく)其餘(そのよ)修法(しゆほふ)畢(をはり)同十七日 全身(ぜんしん)
 を大黒山(だいこくさん)の石窟(せきくつ)に奉(たてまつる)_二収歛(しゆうかんし)_一《割書:云| 〻》
撞鐘(つきがね) 慶安二年霜月 鋳成(たうせい)銘文(めいぶん)左に出(いだ)す
 日光山妙道院
 釋迦堂慈眼大師尊前息苦鐘一口
 右當堂者慈眼大師草創而
 東照宮兩部合躰之靈場也《割書:云| 云》下略
   願主當住持三代顯密職位竪者法印天翁欽誌
殉死墓碑銘(じゆんしのぼひのめい) 五 基(き)釋迦堂(しやかだう)の西にあり都合(つがふ)三 側(かは)にて此(この)五 基(き)は一の側(かは)也

【図】
【右丁】
素麪瀧

【左丁】
等春【印】

【右丁】
 玄性院心隱宗卜大居士   堀田加賀守朝臣正盛
 芳松院全巖淨心大居士   阿部對馬守阿部朝臣重次
 理明院光德徹宗大居士   内田信濃守藤原正信
 靜心院一無了性大居士   三枝土佐守源守惠
 眞證院理哲玄勇居士    奥山茂左衛門藤原安重
   以上(いじやう)五 基(き)の背面(はいめん)に慶安四年四月廿日とあり皆(みな)同(おなじ)
諸家墓碑銘(しよけぼひのめい) 十一 基(き)二の側(かは)
 高林院俊庵宗德居士(慶安元年六月廿二日         )    松平右衛門大夫源正綱
 白林院直指宗心居士(寛永二年正月十七日         )    成瀬隼人正藤原正成
 正信院安譽道輝大居士(承應元年四月              )   竹越山城守源正信
 釋性順居士(慶長十五年七月十三日)        高木主水正源清秀
 正等院道宗圓雪居士(年月日無              )    天野彦右衛門藤原忠重

【左丁】
 源盛院道立心圓居士(寛永七年四月十七日         )    中山備前守丹治信吉
 現龍院輝宗道翁居士(寛永五年九月十七日         )    稻葉佐渡守越智正成
 清庵源光大居士(寛永十五年正月朔日島原打死 )      板倉内膳正《割書:實名不載》
 心空道喜居士(元和庚申四月九日    )       渡邊半藏源守綱
 光照院釋道清居士(慶安元年十月朔日        )     渡邊半藏源重綱
 了華院道宗居士(永應二年五月朔日      )      諏訪部惣右衛門藤原定吉
   是(これ)より次(つぎ)は三に側(かは)なり碑(ひ)七 基(き)
 寒松院權大僧都法印衜賢高山(寛永七年十月五日                  )
              從四位侍從伊賀少將藤原高虎
 從四位行侍從兼伊賀守源朝臣勝重源英居士
              從四位下侍從周防守重宗建
 宝地院前拾遺穩譽泰翁覺玄大居士(寛永廿一年七月十日                    )

【右丁】
              土井大炊頭源朝臣利勝
 大性院月桂宗識居士(寛永四年十一月十四日        )    酒井備後守源忠利
 空印寺傑傳長英大居士(寛文二年七月十六日           )   若狹少將兼讃岐守源朝臣忠勝
 大雄院永井月丹居士(寛永二年十二月廿九日        )    永井右近大夫大江直勝
 從四位下信州大守大江姓永井氏(寛文八年九月十一日                   )■【崐ヵ】山居士《割書:姓名なし|按るに永井尚政の碑なるべし》
 右の石塔(せきたふ)釈迦堂(しやかたう)の西の方(かた)に二 行(ぎやう)に立(たて)ならべり
犬牽地蔵尊(いぬひきぢざうそん) 《割書:原町(はらまち)妙道院(みやうだうゐん)表門(おもてもん)の双び道際(みちのきは)に小堂(せうだう)あり相並(あひならび)て堂(だう)の小庵(せうあん)もあり》
 縁起(えんぎ)の略云(りやくにいはく)當堂(たう〴〵)の地(ち)は徃昔(わうじやく)勝道上人(しようだうしやうにん)當山(たうさん)開闢(かいびやく)の砌(みぎり)男躰山(なんたいざん)へ登(のぼ)
 らせ玉ふ时(とき)此(この)田母沢(たもさは)の流(なが)れ険(けは)しく暫(しはらく)此所(このところ)に徘徊(はいくわい)し玉ひ浅瀬(あさせ)を尋(たづね)
 玉ふに忽然(こつぜん)と地蔵尊(ぢさうそん)現(げん)じ給ひ上人(しやうにん)慰諭(いゆ)し向(むか)ふまで渡(わた)り玉ふ
 因兹(これによりて)大同年中 此澤(このさは)の両岸(りやうがん)に石地蔵尊(いしのぢざうそん)を建立(こんりふ)し玉ひ追(おひ)〻(〳〵)本堂(ほんだう)并
 寮(れう)坊(ばう)ともに建立(こんりふ)有(あり)て香花(かうげ)燈明(とうみやう)をかゝげて日夜(にちや)勤行(ごんぎやう)懈(おこた)らざりき《割書:貞|享》

【左丁】
 《割書:の火災(くわさい)に罹(かゝ)り其後(そのゝち)正徳年中 再建(さいこん)に附(つき)今(いま)の本尊(ほんぞん)を|移(うつ)し奉(たてまつ)る昔(むかし)の本尊(ほんぞん)は後堂(こうだう)に安置(あんち)したてまつるなり》其後(そのゝち)某氏(なにがしうぢ)を本願(ほんぐわん)として中禅(ちゆうぜん)
 寺(じ)に立(たゝ)せ給ふ延命地蔵尊(えんめいぢさうそん)を當堂内(たうだうない)へ移(うつ)し奉(たてまつ)るとなん従來(じゆうらい)彼山(かのやま)
 道路(だうろ)険難(けんなん)にして老弱(らうにやく)の輩(ともがら)歩(ほ)をはこぶことかたく殊(こと)に結界(けつかい)清浄(しやう〴〵)の
 道塲(だうぢやう)にて女人(によにん)登(のぼ)ること叶(かな)はされば一切衆生(いつさいしゆじやう)結緣(けちえん)の為(ため)に此地(このち)に下(くだ)し
 奉(たてまつ)る也 蓋(けだし)此(この)尊像(そんざう)は勝道上人(しようだうしやうにん)御作(おんさく)にて昔(むかし)は中禅寺(ちゆうぜんじ)湯本(ゆもと)に立(たち)給ふ
 犬牽地蔵尊(いぬひきぢさうそん)と申(まうす)は是(これ)也 中(なか)むかし當國(たうごく)都賀郡(つがのこほり)板橋(いたばし)の城主(じやうしゆ)板橋将(いたばししやう)
 監(げん)といへる人(ひと)あり其心(そのこゝろ)豪強(かうきやう)にして更(さら)に佛神(ぶつしん)を敬(けい)せず常(つね)に殺生(せつしやう)を
 好(この)み山野(さんや)に逰猟(いうれふ)す或时(あるとき)人数(にんじゆ)を従(したが)へて中禅寺(ちゆうぜんじ)の湯本(ゆもと)なる兎島(うさぎじま)の
 邊(へん)に狩(かり)し湖岸(こがん)に筵(むしろ)して酒興(しゆきよう)に乗(じよう)じ此(この)湯本(ゆもと)の地蔵(ぢざう)は勝道上人(しようだうしやうにん)の作(さく)
 にして世(よ)に靈仏(れいぶつ)なりといひ傳(つた)ふしからば其(その)奇特(きどく)有(ある)べし我(われ)幸(さいはひ)に狩(かり)
 塲(ば)の用(よう)に牽來(ひききた)りたる一 匹(ひき)の犬(いぬ)あり此犬(このいぬ)と地蔵(ぢざう)とを首際(くびぎは)一(ひと)ッにゆひ
 合(あは)せ此(この)湖水(こすゐ)へ投入(なげいれ)なば勝負(しようぶ)いづれにかあらん若(もし)㚑仏(ねいぶつ[ママ])ならば地蔵(ぢざう)
 

【右丁】
 こそ勝(まさ)るらめ犬(いぬ)に負(まく)る地蔵(ぢざう)ならば靈仏(れいぶつ)とても其話(そのはなし)なし是(これ)を試(こゝろみ)て
 殽(かう)【「サカナ」左ルビ】し見物(けんぶつ)せん疾(とく)〻(〳〵)と命(めい)じければ従者(しゆうしや)ども忽(たちまち)に堂上(たうしやう)より尊像(そんざう)を
 出(いだ)し彼犬(かのいぬ)に結(ゆ)ひ合(あは)せ湖水(こすゐ)の中(なか)へ投入(なげいれ)けり犬(いぬ)は人騒(ひとさわき)に驚(おとろ)き其侭(そのまゝ)
 首(くび)を揚(あげ)て湖水面(こすゐおもて)へ四五町ばかり引行(ひきゆき)けり将監(しやうげん)并 従者(じゆうしや)もろとも手(て)を
 打(うち)て笑(わら)ひあれ地蔵(ぢざう)こそ犬(いぬ)に引(ひかる)るはと一度(いちど)に聲(こゑ)を揚(あげ)て笑(わら)ひければ
 不思議(ふしぎ)や此(この)尊像(そんざう)忽(たちまち)水中(すゐちう)にて起直(おきなほ)らせ給ひ犬(いぬ)を引(ひき)て元(もと)の岸(きし)へ牽來(ひききた)
 らせ給ひけり将監(しやうけん)立出(たちいで)て又(また)湖中(こちゆう)へ突出(つきいだ)さんとせし處(ところ)に俄(にはか)に四(し)
 方(はう)に雲霧(うんむ)おこり目先(めさき)もわかず将監(しやうげん)を始(はじめ)従者(じゆうしや)とも五 躰(たい)すくみて
 動(うご)くことを得(え)ず血(ち)を吐(はき)或(あるひ)は悶絶(もんぜつ)しけり折節(をりふし)其邊(そのへん)に樵夫(せうふ)ども居(ゐ)た
 りしが此体(このてい)を見(み)て畏怖(ゐふ)【「オソレ」左ルビ】し急(いそ)ぎ中禅寺(ちゆうぜんじ)の別所(べつしよ)へ告(つけ)ければ居合(ゐあは)せ
 たる僧侶(そうりよ)走(はし)り來(きた)りて先(まづ)尊像(そんざう)を湖水(こすゐ)より取揚(とりあげ)彼犬(かのいぬ)をとき放(はな)せば
 犬(いぬ)はすぐさま斃(たふれ)けり偖(さて)僧侶等(そうりよら)讀經(どくきやう)法楽(ほふらく)し罪(つみ)を謝(しや)しければ暫(しばらく)有(あり)て

【左丁】
 雲霧(うんむ)も晴(はれ)て将監(しやうげん)并 従者(じゆうしや)ども五 躰(たい)動(うご)きて漸(やうやく)起揚(おきあが)り実(じつ)に夢(ゆめ)の覚(さめ)たる
 こゝちにて罪過(さいくわ)を懴悔(さんげ)し地(ち)に伏(ふし)て此山(このやま)にて重(かさ)ねて殺生(せつしやう)をすへじと
 誓約(せいやく)してぞ帰(かへ)りけるとなん是(これ)より此(この)尊像(そんざう)を犬牽地蔵尊(いぬひきぢざうそん)と申(まうし)けり
 夫(それ)より星霜(せいさう)を經(へ)て元禄年中 篠原秀貞(しのはらひてさだ)といへるもの信心(しんじん)の願主(ぐわんしゆ)とし
 中禅寺(ちゆうぜんじ)湯本(ゆもと)より湯守等(ゆもりら)の信施(しんし)を加(くわ)へ當堂(たうだう)へ移(うつし)奉(たてまつ)れり誠(まこと)に靈験(れいげん)
 無双(ぶさう)の尊像(そんさう)なり委(くは)しくは縁起(えんぎ)に見(み)ゆ
禁断石(きんだんのいし) 土人(どじん)呼(よん)て禁断石(きんだんのいし)といひ或(あるひ)は殺生石(せつしやうせき)とも唱(とな)ふ皆(みな)略語(りやくご)して呼(よび)
 けることなり実(じつ)は殺生禁断(せつしやうきんだん)の堺(さかひ)の碑(ひ)なり瀧尾(たきのを)並 御堂山(みだうやま)より乾(いぬゐ)に
 當(あた)り廿町 後山(うしろのやま)に建(たて)り是(これ)より外(ほか)は殺生(せつしやう)苦(くる)しからぬゆゑ此碑(このひ)より
 十町 程(ほど)山上(さんしやう)は猟師(れふし)猪鹿(ちよろく)を狩(かり)或(あるひ)は鳥屋(とや)と唱(とな)へ隠(かく)れ居(ゐ)て秋(あき)は山中(さんちゆう)より
 出(いづ)る鳥(とり)を捕(と)るに木(き)の枝(えだ)を聚置(あつめおき)たるあたりへ黐(もち)をぬり鳥(とり)の休(やす)まん
 とするものを捕(とる)ことにて春(はる)も四月 頃(ごろ)より山中(さんちゆう)へ入(いる)时(とき)も又(また)捕(とる)こと世渡(よわたり)と

【図】
【右丁】
七瀧

靑厓【印 靑厓】

【左丁】
赤ナギ山

イナリ川

【右丁】
 せり其所(そのところ)を鳥屋(とや)と唱(とな)ふ扨(さて)此(この)禁断石(きんだんのいし)の邊(へん)は僧侶(そうりよ)山修行(やましゆぎやう)する禅頂(ぜんぢやう)
 道(みち)なり兹(こゝ)を西北の方(かた)へ小笹山(をざゝやま)を登(のぼ)り詰(つむ)ると七瀧(なゝたき)の飛流(ひりう)する所(ところ)を
 近(ちか)く望(のぞ)めり
七瀧(なゝたき) 此(この)七滝(なゝたき)は稲荷川(いなりかは)の水源(すいげん)なりされども河(かは)に随(したがひ)て行(ゆけ)ば巨嵓(こがん)多(おほ)く
 荊棘(けいきよく)道(みち)を塞(ふさ)ぎ深山(しんざん)峻谷(しゆんこく)にて瀧(たき)の邊(ほとり)へ至(いた)りがたく深(ふか)く谷間(こくかん)へ分入(わけいる)
 ほど却(かへり)て瀧(たき)の所在(しよざい)を失(うしな)ふゆゑ殺生石(せつしやうせき)の道(みち)を登(のぼ)れば其邊(そのへん)皆(みな)童山(どうざん)
 にて小笹原(をざゝはら)の山路(さんろ)を一里半 程(ほど)登(のぼ)り四 方(はう)開(ひら)け東の方(かた)十里を遠望(ゑんばう)す
 爰(こゝ)は女貌山(によばうさん)の續(つゞ)き登(のぼ)り詰(つめ)て下(した)を望(のぞ)み見(み)れば鑿削(ほりけづ)れる如(ごと)き絶壁(ぜつへき)
 なり爰(こゝ)にて北の方に七滝(なゝたき)あり瀑(たき)七ヶ所(しよ)より落來(おちきた)る水㔟(すゐせい)凡(およそ)十丈 或(あるひ)は
 十四五丈 許(ばかり)もやありなんとは見(み)ゆれども其下(そのした)は水烟(すゐえん)濛(もう)〻(〳〵)として測(はかる)
 べからず須臾(しゆゆ)に雲霧(うんむ)盤渦(うづまき)出(いだ)して見(み)る中(うち)に滝(たき)は又(また)見(み)えずなれり
 此邊(このへん)は容易(ようい)に至(いた)るべき境(さかひ)にあらず然(しか)るに寛文年中 霖雨(りんう)の頃(ころ)俄(にはか)に

【左丁】
 洪水(こうずゐ)し激浪(げきらう)山(やま)の如(ごと)く稲荷川(いなりがは)へ落(おと)し來(きた)れるゆゑ人家(じんか)数宇(すう)流亡(りうばう)し
 溺死(できし)のものも数多(あまた)なりし由(よし)其後(そのゝち)は河原地(かはらち)となりけり土俗等(どぞくら)の云(いひ)
 傳(つた)へて先年(せんねん)山(やま)くづれて七瀧(なゝたき)の現(げん)したりと思(おも)ふは妄誕(まうたん)の説(せつ)にて
 當山(たうさん)古縁起等(こえんきとう)に載(のせ)て徃古(わうご)より七滝(なゝたき)現在(げんざい)し今(いま)に至(いた)る迄(まで)禅頂行者(ぜんぢやうぎやうじや)
 の拜所(はいしよ)なる由(よし)を聞(きけ)り
如宝山(によはうざん)の蔓延松(はひまつ) 姫小松(ひめこまつ)と称(しよう)する五葉(ごえふ)なり山中(さんちゆう)に多(おほ)く生(しやう)ず是(これ)は
 如宝山(によはうざん)の北 裏(うら)にあり山上(さんしやう)より凡(およそ)八町ばかりが間(あひだ)はひ續(つゞ)き南へ三
 谷(たに)を越(こ)え北へは七谷(なゝたに)を蔓延(まんえん)し根株(こんちゆう)の在所(ありどころ)しられず一 本(ほん)のもと
 すゑにて斯(かく)もはひ亘(わた)れるゆゑ実(じつ)に名木(めいぼく)といふべし峰修行(みねしゆぎやう)する
 行人(ぎやうにん)此松(このまつ)の枝上(ししやう)を渡(わた)り禅頂(ぜんぢやう)する道(みち)なり未曽有(みぞう)の長松(ちやうしよう)なり此邊(このへん)
 常人(じやうじん)の徃見(ゆきみ)るべき所(ところ)ならねど修行(しゆぎやう)せし僧侶(そうりよ)も話(かた)り又(また)は採薬(さいやく)を
 業(げふ)とするもの等(ら)常(つね)に話(かた)り傳(つたふ)る處(ところ)なり

【図】
如寶山の靈松

【右丁】
飛銚子(とびてうし) 此(この)器物(きぶつ)は男躰(なんたい)女貌(によばう)其外(そのほか)高山(かうさん)に在所(ありどころ)定(さだま)らず年(ねん)〻(〳〵)峰修行(みねしゆぎやう)の
 行人(ぎやうにん)も此器(このき)を二三年 見(み)ざることありといふ形(かたち)はちひさき鉄(てつ)の銚子(てうし)
 に似(に)て蓋(ふた)もなきものなる由(よし)是(これ)は山鬼(さんき)の好(このみ)て翫(もてあそび)とするものなり
 といふ
二子山(ふたごやま) 八雲御抄(やくもみせう)藻塩草(もしほぐさ)ともに下㙒(しもつけ)とあり或(あるひ)はいふ下㙒(しもつけ)の山(やま)にては
 有(ある)べけれど當所(たうしよ)の山(やま)にてはあらずともいへりされども古(ふる)くより
 當所(たうしよ)に二子山(ふたごやま)の名(な)有(あり)て土人(どじん)も傳(つた)へいひて寂光(じやくくわう)荒沢(あらさは)の山續(やまつゞき)に二子(ふたご)
 と称(しよう)する山(やま)ありとはいへども目(め)に立(たて)る山(やま)にもあらずおのれ考(かんがふ)るに
 男躰山(なんたいさん)如宝山(によはうさん)の間(あひだ)に大真子(おほまなご)小真子(こまなご)とて二(ふたつ)の山(やま)二荒(にくわう)の間(あひだ)に屹立(きつりふ)せり
 真(しん)の子(こ)なるべきが相並(あひなら)びたれば是(これ)なん當所(たうしよ)の二子(ふたご)なること知(しる)
 ければ慥(たしか)に是(これ)を二子山(ふたごやま)とこそおもほゆれ
   下㙒(しもつけ)に罷(まか)りける女(をんな)に形見(かたみ)にそへて遣(つかは)しける

【左丁】
 《割書:後撰 |別》二子山(ふたごやま)ともにこえねど増鏡(ますかゞみ)そこなるかげを尋(たづね)てぞやる   《割書: よみ人しらず| 六帖に人丸》
 《割書:六帖 |》下㙒(しもつけ)や二子(ふたご)の山(やま)のふた心(こゝろ)ありける人(ひと)をたのみけるかな   喜撰法師
 《割書:家|集  》長(なが)きよに君(きみ)と二子(ふたご)の山(やま)のねはあくともしらぬ朝霧(あさぎり)ぞたつ  信 明
 《割書:名|寄  》つはりせし二子(ふたご)の山(やま)のはゝそ原(はら)よにうみ過(すぎ)て消(きえ)ぬべきかな 後 頼
 《割書:同  》旅人(たびびと)は鏡(かゞみ)とやみん玉(たま)くしげ二子(ふたご)の山(やま)にいづる月(つき)かげ    同
不動岩(ふどういは) 稲荷川(いなりかは)の北 岸(がん)なる山麓(さんろく)にあり其(その)形㔟(ぎやうせい)の似(に)たるゆゑ名附(なづく)る
 なり高(たかさ)三丈 許(ばかり)あり
摺子岩(するすいは) 是(これ)も前(まへ)の續(つゞ)きにあり田舎(ゐなか)にて稲穀(たうこく)の籾(もみ)を摺(すり)わくる臼(うす)を
 摺子(するす)と唱(とな)ふ是(これ)も其形(そのかたち)の似(に)たるより名附(なづ)く大(おほき)さ二 間(けん)四 方(はう)許(ばかり)高(たかさ)六
 間 程(ほど)あり
凍岩(こほりいは) 是(これ)も前(まへ)と同所(どうしよ)岩(いは)の凍(こほり)に似(に)たるにあらず六月の炎天(えんてん)にも此(この)
 所(ところ)の岩穴(がんけつ)に氷(こほり)あるゆゑ名附(なづけ)たり一 面(めん)の岩石(がんぜき)陰地(いんち)にして巨岩(こがん)いく

【図】
【左丁】
スルスイハ

不動岩

■【西ヵ】山【印】

【図】
【右丁】
凍岩にて冰を
うがつ圖

【左丁】
■齊■【韶ヵ】【印】

【右丁】
 つも重(かさな)り窟(くつ)の如(こど)【ママ】く漸(ぜん)〻(〳〵)に深(ふか)く澗水(かんすゐ)其(その)岩間(がんかん)へ流入(ながれいり)て凍(こほり)たるもの也
 炎暑(えんしよ)の砌(みぎり)爰(こゝ)より氷(こほり)を取來(とりきた)りて賞翫(しやうくわん)す
外山(とやま) 稲荷川(いなりがは)を踰(こえ)て艮(うしとら)の方(かた)に直立(ちよくりふ)すること二町 許(ばかり)の孤山(こさん)なり半腹(はんふく)
 より上(うへ)は悉(こと〴〵く)嶮巌(けんがん)ゆゑ鎖(くさり)を捫(とり)て登(のぼ)る所(ところ)あり頂上(ちやうじやう)に毘沙門堂(びしやもんだう)並に
 篭屋(こもりや)あり皆(みな)岩(いは)の挟間(はざま)に造(つく)る山上(さんしやう)は尖頭(せんとう)にして堂(だう)の廽(めぐ)りに松(まつ)樅(もみ)
 数根(すこん)岩間(がんかん)に生(お)ひ茂(しげ)り東の方を望(のぞ)めば壬生(みぶ)宇都宮(うつのみや)邊(へん)まで遥天(えうてん)に
 見(み)ゆ正月三日を縁日(えんにち)とて諸人(しよにん)参詣(さんけい)あり此地(このち)は
 将軍家 御参詣(おんさんけい)の砌(みぎり)は御圍塲(おんかこひば)にて遠望臺(ゑんばうだい)也(なり)
興雲律院(  うんりつゐん) 外山(とやま)の麓(ふもと)にあり天台律(てんだいりつ)なり享保 年中(ねんちゆう) 御座主(おんざす)
 崇保院宮准三后一品公寛法親王 御開基(おんかいき)開山(かいさん)玄門和尚(げんもんをしやう)境内(けいだい)杉樹(さんじゆ)
 陰森(いんしん)とし幽邃(いうすゐ)にして遥(はるか)に楼門(ろうもん)有(あり)聞薫閣(もんくんかく)の額(がく)を掲(かゝ)ぐ  座主(ざす)の
 宮(みや)の御染筆(おんせんひつ)一切經蔵(いつさいきやうざう)あり兹(こゝ)にも覚宝蔵(がくはうざう)の額(がく)あり是(これ)は

【左丁】
 公啓法親王の御筆(おんふで)佛殿(ぶつでん)に威光殿(ゐくわうでん)の額(がく)を掲(かゝ)ぐ
 准后法親王の御染筆(おんせんひつ)なり
萩垣面(はぎがきめん) 此地(このち)はもと稲荷川邊(いなりがはへん)に在(あり)て萩垣町(はぎがきまち)といひしが寛文年中の
 洪水(こうずゐ)に流失(りうしつ)し其後(そのゝち)同町の畑地面(はたぢめん)に住(ぢゆう)するゆゑ今(いま)は萩垣面(はぎがきめん)と唱(とな)ふ
 然(しか)るを土人等(どじんら)附會(ふくわい)の説(せつ)をまうけ面(めん)といふを誤(あやま)り傳(つた)へて半(なかば)缺(かけ)たる
 古(ふる)き面(めん)一つ天(てん)より降(ふり)たりしゆゑ半(はん)かけ面(めん)と地名(ちめい)せりといひて
 俗説(ぞくせつ)を傳へり 御神領村(おんしんりやうむら)名寄(なよせ)に外山村(とやまむら)と出(いで)たるは此地(このち)なるべし
御茶亭(おんさてい) 萩垣面(はぎがきめん)より東の方 御門主(ごもんしゆ)の御方(おんかた)の御別荘(ごべつさう)なり春(はる)は小(を)
 倉(ぐら)の春霞(しゆんか)を賞(しやう)し秋(あき)は連山(れんざん)の紅葉(こうえふ)を望(のぞ)み佳景(かけい)の地(ち)なり京極黄門(きやうごくくわうもん)
 の小倉(をぐら)の山荘(さんしやう)に擬(ぎ)して設(まうけ)給ふにや
漆園(うるしぞの) 是(これ)は小倉山(をぐらやま)の續(つゞ)き鳴沢川(なるさはがは)といふを越(こえ)て其上(そのうへ)なる原㙒(げんや)の地(ち)
 なる邊(へん)をいふ漆(うるし)を植付(うゑつけ)られしかど原㙒(げんや)の續(つゞ)きゆゑ年(ねん)〻(〳〵)㙒火(のび)の

【図】
外山

【図】
興雲律院

【右丁】
 為(ため)に多(おほ)く枯(かれ)うせたり
小倉山(をぐらやま) 御茶亭(おんさてい)より東に續(つゞ)き高からぬ山にして峰(みね)に松樹(しようじゆ)数根(すこん)つら
 なれり御茶屋(おんちやや)の四 邊(へん)も松樹(しようじゆ)さかえ芝(しば)生(お)ひ茂(しげ)れり
霧降瀧(きりふりのたき) 小倉山(をぐらやま)の麓(ふもと)を通り北の山合(やまあひ)を或(あるひ)は登(のぼ)り或は下り凡(およそ)一里
 餘(よ)を經(へ)て山頭(さんとう)に至り夫より瀧(たき)のもとへ坂路(はんろ)一町 餘(よ)下りて落來(おちく)る
 瀑布(たき)を望(のぞむ)に高(たかさ)五六拾間も有べき山上(さんしやう)より飛流(ひりう)する水沫(すゐまつ)数級(すきう)の岩(がん)
 石(せき)に當(あた)りくだけ散(さん)ずること烟雾(えんむ)の如(ごと)しゆゑに雾降(きりふり)の名(な)起(おこ)れりさて
 近(ちか)き頃(ころ)
 将軍家 御参(おんまゐ)りもあらせられける砌(みぎり)は此(この)瀑布(たき)をも 御遊覧(おんいうらん)な
 させらるゝことのあらんかとのはからひにて瀑布(たき)のあたりに有
 あふ樹木(じゆもく)悉(こと〴〵く)伐(きり)はらひければ山上(さんしやう)より数級(すきふ)の飛流(ひりう)望(のぞみ)つくせり其
 図(づ)を次に出す

【左丁】
生岡大日堂(いくをかのだいにちだう) 街道(かいだう)七里村(しちりむら)の西の方(かた)の路傍(ろはう)に小阪(こざか)ありて生岡大日(いくをかのだいにち)
 道(みち)と銘(めい)ぜし碑石(ひせき)あり其所(そのところ)より左へ折(をれ)て阪路(はんろ)を登(のぼ)れば丘陵(きうりよう)の地(ち)
 なり爰(こゝ)は上野村(うはのむら)の地(ち)にて大日堂(だいにちだう)の辺(へん)は生岡(いくをか)と唱(とな)ふる村(むら)の小名(こな)
 なるべし仍(よつ)て里人等(りじんら)上(うは)のゝ大日(だいにち)とも又(また)は生岡(いくをか)の大日(だいにち)とも唱(とな)ふ
 此所(このところ)に大日(だいにち)の堂地(だうち)悉(こと〴〵く)古木(こぼく)の杉森(すぎもり)にて堂地入口(だうちいりくち)左の方(かた)に列樹(なみき)七
 八 本(ほん)皆(みな)大(おほき)さ丈餘(ぢやうよ)なり右の方(かた)に桜(さくら)の古木(こぼく)並(なら)び立(たて)り是(これ)より大日堂(だいにちだう)へ
 向(むか)ひ六七 間(けん)堂(だう)は向拜附(かうばいつき)三 間(けん)四 面(めん)程(ほど)此(この)本尊(ほんぞん)は弘法大師(こうぼふだいし)の作(さく)といふ
 堂(だう)の後(うしろ)に接(せつ)して老杉樹(らうさんじゆ)の大(おほい)なるもの七 株(ちゅう)有(あり)二三 株(ちゆう)は殊(こと)に大樹(たいじゆ)
 にして凡(およそ)丈八九尺も周廽(しうくわい)あるべし枝葉(しえふ)地(ち)に垂(たれ)たるさまは屈曲(くつきよく)
 して老松(らうしよう)に似(に)たり堂地(だうち)の前(まへ)は平坦(へいたん)なる畠地(はたち)なり隣邑(りんいふ)の野口(のぐち)の
 山王森(さんわうのもり)の邊(へん)まで陸田(りくでん)つゞけり傳(つた)へ聞(きく)むかしは爰(こゝ)の大日(だいにち)并に山王(さんわうの)
 社(やしろ)も繁昌(はんじやう)の地(ち)にして別當所(べつたうしよ)其餘(そのよ)坊舍(ばうしや)など数宇(すう)ありしといひ傳(つた)ふ

【図】
【右丁】
小倉春曉

【左丁】
峡山寫【印 峡山】

【図】
【右丁】
霧降瀧

【左丁】
交山亀大機真宰冩【印 交山】

【図】
【右丁】
生岡大日堂
 野口山王森

大日堂

七里村

【左丁】
社司

山王社

■■圖

【右丁】
 れば其頃(そのころ)寺院(じゐん)坊舍(ばうしや)等(とう)のありし《振り仮名:𦾔迹|きうせき》にてありしならん又(また)云(いはく)大日堂(だいにちだう)
 開建(かいこん)の事(こと)は弘仁十一年 弘法大師(こうぼふだいし)二荒山(にくわうざん)へ初(はじめ)て躋攀(せいはん)し玉(たま)ふ砌(みぎり)
 爰(こゝ)は二荒(にくわう)の山麓(さんろく)なれば先(まづ)此所(このところ)に錫(しやく)を停(とゞめ)給ひ大日如來(だいにちによらい)の尊像(そんざう)を
 /𠜇(こく)せられ草庵(さうあん)を営(いとな)み安(あん)して暫(しばらく)此所(このところ)にて法(ほふ)を修(しゆ)せられしかば其(その)
 後(のち)に至(いた)り堂宇(だうう)荘厳(しやうごん)に営造(えいざう)し別當所(べつたうしよ)などもありしとかや然(しか)るに
 今(いま)は大日堂(だいにちだう)の存(そん)するのみされども古木(こぼく)繁茂(はんも)せし有(あり)さま旧跡(きうせき)なる
 事(こと)は知(し)られたり今(いま)に正月八日は法會(ほふゑ)とて日光山内(につくわうさんない)より堂衆(だうしゆ)出(しゆつ)
 仕(し)して法會(ほふゑ)を修(しゆ)せらる此日(このひ)道俗(だうぞく)参詣(さんけい)して群(ぐん)をなす古(いにしへ)の故実(こじつ)なり
 とておはじきの案内(あんない)と号(がう)する事(こと)有(あり)て村(むら)の民庶等(みんしよとう)寄合(よりあひ)芋(いも)の湯煑(ゆに)
 せしものを竹串(たけぐし)に貫(つらぬ)きたるを出仕(しゆつし)の堂衆(だうしゆ)の饗應(きやうおう)となす事(こと)なり
 其(その)いはれ知(し)られず又(また)十月にも山内(さんない)より僧徒(そうと)三人 下向(げかう)有(あり)て法事(ほふじ)
 を執行(しゆぎやう)す金堂(こんだう)の承仕(しようし)壱人 先達(さきだち)て來(きた)り法事(ほふじ)の散蕐(さんげ)を盛(もる)といふ正月

【左丁】
 十月ともに此地(このち)の役(やく)として衆僧(しゆそう)往反(わうへん)の傳馬(てんま)を勤(つと)むといへりまた
 村名(むらな)を七里(しちり)と名附(なづけ)し事は御山内(おんさんない)神橋辺(みはしへん)より坂東道(ばんどうみち)七里(しちり)なるゆゑ
 称(しよう)する由(よし)里俗(りぞく)の古(ふる)き傳(つた)へなり
尾立石(をたていし) 大日堂(だいにちだう)の乾(いぬゐ)の方(かた)八九町も上(うへ)にあり昔(むかし)太郎明神(たらうみやうじん)大蛇(だいじや)と化(け)し
 玉(たま)ひ北嶺(ほくれい)より飛來(とびきたり)給ひ生岡山(いくをかやま)の頂(いたゞき)にて尾(を)を立(たて)て夫(それ)より宇都宮(うつのみや)
 の丸山(まるやま)へ飛行(とびゆき)給ふといふは爰(こゝ)の磐岩(はんがん)なりと里人(りじん)の俗説(ぞくせつ)に傳(つた)ふ
山王社(さんわうのやしろ) 是(これ)は野口村(のぐちむら)の地(ぢ)七里村(しちむら)に隣(とな)り生岡山(いくをかやま)に相接(さうせつ)す大日堂(だいにちだう)より
 東の方(かた)にて峰(みね)を分(わかち)たり本地(ほんち)十一面觀音(じふいちめんくわんおん)なり傳(つた)へ聞(きく)嘉祥元年
 慈覚大師(じかくだいし)の草創(さう〳〵)にて山王(さんわう)を勸請(くわんじやう)し給ふといひ每年(まいねん)十月十一日
 大日堂(だいにちだう)の法會(ほふゑ)終(をはり)て此(この)神前(しんぜん)にて法華(ほつけ)八 講(かう)執行(しゆぎやう)ありしが故(ゆゑ)有(あり)て中(ちう)
 古(こ)は御山内(おんさんない)より僧衆(そうしゆ)三人 出仕(しゆつし)せられ三 問(もん)一 荅(たふ)の論議(ろんぎ)あり是(これ)も
 承應年中より僧衆(そうしゆ)の出仕(しゆつし)も絶(たえ)て一 坊(ばう)堂衆(だうしゆ)は今(いま)も出仕(しゆつし)を勤(つとむ)といふ

【右丁】
 往古(わうご)は山王(さんわう)の社僧(しやそう)二十一 坊舍(ばうしや)有(あり)て社頭(しやとう)の南の地(ち)を㸃(てん)じて寺(てら)を建(こん)
 立(りふ)し社役(しややく)を勤(つと)め又(また)大日堂(だいにちだう)をも兼持(けんぢ)しけるゆゑ此地(このち)繁栄(はんえい)し日光(につくわう)
 同宗(どうしう)の事(こと)なれば支配(しはい)せしかど別揆(べつき)を立(たて)んと欲(ほつ)し下知(げぢ)に應(おう)ぜざる
 ゆゑ山内(さんない)より押寄(おしよせ)て坊舍(ばうしや)以下(いげ)悉(こと〴〵く)破却(はきやく)しけるといへり夫(それ)ゆゑ大日(だいにち)
 堂(だう)の法事(ほふじ)山王(さんわう)の社役(しややく)も日光山(につくわうざん)にて修(しゆ)し來(きた)れる事(こと)とぞ聞(きこ)えける
久次良村(くじらむら) 古(いにしへ)は久自良(くじら)と書(かき)し由(よし)爰(こゝ)は蓮蕐石村(れんげいしむら)より東北にて御堂(みだう)
 山(やま)より西に當(あた)り又(また)西北は寂光(じやくくわう)の山林(さんりん)入口(いりぐち)迄(まで)西より南へは荒澤(あらさは)の
 嶮山(けんざん)續(つゞ)き東西 凡(およそ)拾四五町南北も又(また)七八町の内(うち)を久次良村(くじらむら)と唱(とな)へ
 北 寄(より)の山際(やまぎは)に 御宮(おんみや)の社家衆(しやけしゆ)四 人(にん)住(ぢゆう)し其餘(そのよ)村民等(そんみんら)すめり皆(みな)山(やま)
 の麓(ふもと)に散住(さんぢう)す北より南へ少(すこ)しく漸下(せんげ)すれども大抵(たいてい)開(ひら)け耰(たねかす)べき
 地(ち)あり偖(さて)久次良(くじら)といへるは日光権現(につくわうごんげん)に附(つき)て謂(いは)れ有(ある)地(ち)なりとも聞(きこ)ゆ
 往古(わうご)神社(じんじや)を宇都宮(うつのみや)へ移(うつ)し奉(たてまつ)るゆゑ彼土(かのど)に外久次良(とくじら)といふ地名(ちめい)

【左丁】
 をも移(うつ)し外(と)は外山(とやま)などの外(と)にして爰(こゝ)の地(ち)は《振り仮名:𦾔地|きうち》なれば外(ほか)へ移(うつし)し
 義(ぎ)にぞ有(あり)ける夫(それ)ゆゑ外久自良(とくじら)とも書(かき)しを是(これ)も後世(こうせい)は轉略(てんりやく)し今(いま)は
 德次良(とくじらう)と書替(かきかへ)しゆゑ人(ひと)の名(な)になれり此説(このせつ)も正(たゞ)しき據(よりどころ)なけれど
 おのれ𦾔(ふる)く聞傳(きゝつた)へたる事(こと)の有(あり)し侭(まゝ)に愚按(ぐあん)を附(ふ)せり
糠塚(ぬかづか) 此塚(このつか)は蓮花石(れんげいし)の先(さき)なる大日堂(だいにちだう)の南にして大谷川(だいやがは)を隔(へだて)たり
 里人(りじん)糠塚(ぬかづか)と唱(とな)ふ何(なに)に寄(より)て築(つき)たるものにや曽(かつ)て其(その)來由(らいゆ)を失(うしな)ふ近(きん)
 來(らい)冢上(ちようしやう)に稲荷(いなり)の小祠(せうし)を祀(まつ)るといひ又(また)其邊(そのへん)に石(いし)を聚(あつめ)て多(おほ)く積置(つみおき)
 たるもあり其謂(そのいはれ)知(し)らず
池石(いけいし) 兹(こゝ)は寂光道(じやくくわうみち)の傍(かたはら)石(いし)の大(おほき)さ五六 尋(ひろ)高(たかさ)六尺 許(ばかり)上(うへ)は滑(なめら)にして凹(なかくぼ)の
 所(ところ)三尺に四尺 程(ほど)深(ふか)さ一尺 餘(よ)或(あるひ)は号(がう)して生石(いきいし)といふ旱(ひでり)する时(とき)も渇(かつ)
 せず
蓮蕐石(れんげいし) 原町(はらまち)を通(とほ)りすぎて田母澤(たもざは)といへる沢(さは)を越(こえ)て左右(さいう)に民戸(みんこ)連(れん)

【図】
大日堂

山本■■圖

【右丁】
 住(ぢゆう)する所(ところ)を蓮蕐石村(れんげいしむ[ら])といふ其(その)村名(むらな)のおこれる所(ところ)は往來(わうらい)の左側(ひだりがは)に
 蓮蕐石(れんげいし)と稱(しよう)する石(いし)あり謂(いはれ)ある石(いし)ゆゑ地(ち)の名(な)に唱(とな)ふ
大日堂(だいにちだう) 前(まへ)の蓮蕐石(れんげいし)を逕(すぎ)て二町 餘(よ)行(ゆけ)ば左の方(かた)へ下(くだ)る坂路(はんろ)を行(ゆき)小堂(せうだう)
 あり石像(せきざう)の大日如來(だいにちによらい)を安(あん)し傍(かたはら)に一 宇(う)の寮(れう)あり南に向(むか)ふ庭前(ていざん)に
 清潔(せいけつ)なる池(いけ)あり冷泉(れいせん)地中(ちちゆう)より涌出(ゆしゆつ)し下底(かてい)皆(みな)砂石(しやせき)にて池(いけ)の廣(ひろ)さ五
 六 間(けん)四 方(はう)古木(こぼく)栄(さか)えて枝(えだ)を四邊(しへん)に垂(た)る
寂光(じやくくわう) 久次良村(くじらむら)の西の方(かた)にて徃來(わうらい)する所(ところ)は前(まへ)に出(いだし)し平原(へいげん)の地(ち)を
 逕(すぎ)てゆけり境内(けいだい)へ至(いた)る大門路(だいもんみち)の入口(いりくち)に古木(こぼく)の大杉(おほすぎ)相對(あひたい)す夫(それ)より
 杉(すぎ)の並木(なみき)を五六町 行(ゆけ)ば境内(けいだい)なり
常念佛堂(じやうねんぶつだう) 本尊(ほんぞん)三聖(さんせい)阿弥陀(あみだ)は恵心僧都(ゑしんそうづ)の作(さく)なり此堂(このだう)より釘念仏(くぎねんぶつ)
 の札(ふだ)を出(いだ)す此事(このこと)は覚源上人(がくげんしやうにん)の開基(かいき)にて縁起(えんぎ)にくはし又(また)此堂(このだう)の
 前(まへ)に釘念仏(くぎねんぶつ)を修(しゆ)したる札(ふだ)を納(おさむ)るもの石(いし)にて凾(かん)の如(ごと)く造(つく)れり

【左丁】
求聞持堂跡(ぐもんぢだうのあと) 本尊(ほんぞん)虚空蔵𦬇(こくうざうぼさつ)慈覚大師(じがくだいし)の作(さく)といふ此堂(このだう)の額(がく)は【平出】
 准三后公辨法親王の御筆(おんふで)なる四大寺(しだいじ)なり是(これ)は徃古(わうこ)此堂(このだう)在(あり)しが廃(はい)
 せしゆゑ元禄六年 大棟梁(おほとうりやう)甲良(かふら)宗賀 再建(さいこん)施入(せにふ)して同年 御染筆(おんせんひつ)の
 額(がく)を掲(かゞげ)させられたり此堂(このだう)もとより御修理(おんしゆり)の内(うち)にあらざるゆゑ
 また破壊(はゑ)せしにや今(いま)御額(おんがく)は別所(べつしよ)に置(お)けり《振り仮名:𦾔地|きうち》礎地(そち)のみ存(そん)せり
寂光寺(じやくくわうじ) 開基(かいき)弘法大師(こうぼふだいし)寺(てら)は東 寄(より)にあり
石鳥居(いしのとりゐ) 此(この)額字(がくじ)【平出】
 准三后公遵法親王の御真翰(おんしんかん)なり小篆(せうてん)にて真鍮滅金(しんちゆうめつき)に高(たか)くおき
 たり
三拾番神堂(さんじふはんじんのだう) 鳥居(とりゐ)の内(うち)石階(せきかい)の下(しも)にあり
不動堂(ふどうだう) 此堂(このだう)は弘仁十一年 弘法大師(こうぼふだいし)始(はじめ)て建立(こんりふ)し自作(じさく)の不動尊(ふどうそん)を
 安置(あんち)し玉ひ寂光寺(じやくくわうじ)と名附(なづけ)たる由(よし)當山(たうざん)の古縁起(こえんぎ)に載(のせ)たれば古(いにしへ)此(この)

【図】
寂光

靄厓【印】

【右丁】
 堂(だう)を以(もつ)て寂光權現(じやくくわうごんげん)の別所(べつしよ)となして《振り仮名:𦾔跡|きうせき》なり
拜殿(はいでん) 鳥居(とりゐ)の邊(へん)より石階(せきかい)曲折(きよくせつ)せしを二町 許(ばかり)登(のぼ)れり赤塗(あかぬり)橡葺(とちぶき)二 間(けん)
 半(はん)三 間(げん)此(この)拜殿(はいでん)迄(まで)登(のぼ)る石階(せきかい)の初(はじめ)に三笠(みかさ)赤倉(あかくら)の両(りやう)小祠(せうし)あり
寂光權現(じやくくわうごんげん) 本社(ほんしや)七尺 許(ばかり)大床造(おほゆかづくり)二 重垂木(ぢゆうたるき)銅瓦(あかゞねかはら)赤塗(あかぬり)高欄(かうらん)楹上(えいしやう)彫物(ほりもの)彩(さい)
 色(しき)祭神(さいじん)下照姫命(したてるひめのみこと)本地(ほんち)辨財天(べんざいてん)弘法大師(こうぼふだいし)勸請(くわんじやう)なり
 宝物(はうもつ) 十二の手箱(てばこ)《割書:内(うち)に小貝入(こがひいりの)莳繪(まきゑ)|二寸に三寸 許(ばかり)》 小相口(こあひくち)白鞘(しらさや)《割書:信国 作(さく)》 白味(しろみ)の鏡(かゞみ)一 面(めん)
 《割書:外(ほか)に五六 靣(めん)》 梭(をさ)一 本(ほん)《割書:長(ながさ)尺 許(ばかり)|織(おり)もの道具(だうぐ)品(しな)〻(〳〵)》 紅猪口(べにちよく)《割書:歯黒(はぐろ)道具(だうぐ)|眉刷(まゆはけ)の筆(ふで)》 曲玉(まがたま)二三 箇(か)《割書:梨子地(なしぢ)|香合(かうがふ)に入(いる)》
 法蕐經(ほけきやう)数巻(すくわん)《割書:筆者(ひつしや)不知(しらず)》 弥陀經(みだきやう)一 軸(ぢく)《割書:桜町院 御宸筆(おんしんひつ)|紺帋(こんし)金泥(こんでい)》 錫杖(しやくぢやう)一 本(ほん)《割書:長(ながさ)六尺 許(ばかり)箱入(はこいり)柄(つか)に赤木|五本作忠秋と添書(そへがき)有(あり)》
 御衣装(おんいしやう)一 重(かさね)《割書:御門主(ごもんしゆ)御奉納(おんほうなふ)|唐綾摸様(からあやもやう)》 釘念仏縁起(くぎねんぶつのえんぎ)《割書:御門主(ごもんしゆ)御筆(おんふで)》
釘念佛縁起(くぎねんぶつのえんぎ) 《割書:元禄年中 御門主(ごもんしゆ)御染筆(おんせんひつ)巻中(くわんちゆう)所(しよ)〻(〳〵)図画(づぐわ)は狩㙒常信 筆(ふで)》
 粤(こゝ)に下野國(しもつけのくに)日光山(につくわうざん)の別所(べつしよ)寂光寺(じやくくわうじ)覚源上人(がくげんしやうにん)西方(さいはう)に志(こゝろざし)深(ふか)く念仏(ねんぶつ)朝(てう)
 夕(せき)懈(おこた)らず勤(つとめ)侍(はべ)りしに或时(あるとき)こゝち安(やす)からずして俄(にはか)に息(いき)絶(たえ)ぬ側(かたはら)に侍(はべ)

【左丁】
 りし輩(ともがら)驚(おどろ)きけれど畄(とゞ)むべきもなく荼毘(だび)の儀(ぎ)営(いとな)まんとするに上人(しやうにん)
 の肌膚(きふ)猶(なほ)温(あたゝか)にして生(いけ)るが如(ごと)くなれば㙒辺(のべ)の送(おくり)も見合(みあはせ)一七日の夜(よ)
 過(すぎ)ぬ斯(かく)て人(ひと)〻(〳〵)怪(あやし)む處(ところ)に上人(しやうにん)忽(たちまち)蘓生(そせい)し此頃(このころ)の形状(ぎやうじやう)を語(かた)る我(われ)閻王(えんわう)
 宮(きう)に至(いた)るに大王(だいわう)我(われ)に告(つげ)て宣(のたま)ふは汝(なんぢ)今(いま)兹(こゝ)に來(きた)るべきにあらずされ
 とも娑婆(しやば)の群生(ぐんしやう)邪見(じやけん)のもの地獄(ぢごく)に落(おつ)るもの多(おほ)し汝(なんぢ)に地獄(ぢごく)のすが
 たを見(み)せ衆生(しゆじやう)を救(すく)はせん為(ため)なり則(すなはち)大王(だいわう)の敎(をしへ)に随(したが)ひ地獄(ぢごく)を廽(めぐ)り
 ける大地獄(だいぢごく)百三十六 其餘(そのよ)地獄(ぢごく)の数(かず)を知(し)らず苦(くるし)みを受(うく)るものを
 見(み)るに悲(かな)しみ歎(なげ)くに堪(たへ)ず閻王(えんわう)宣(のたま)はく凡夫(ぼんぶ)貪欲心(とんよくしん)にして悪(あく)を作(つく)る
 こと限(かぎり)なければ死(し)して後(のち)四十九日の間(あひだ)四十九の釘(くぎ)をうたる罪(ざい)
 業(ごふ)の深浅(しんせん)に應(おう)し釘(くぎ)の長短(ちやうたん)あり六寸八寸 或(あるひ)は壱尺六寸なり頭(かしら)に
 三ッ左右(さいう)の肩(かた)に二ッ両手(りやうて)に六ッ腹(はら)に二十 腋(わき)に十四 足(あし)の左右(さいう)に
 四ッ合(あは)せて四十九なり此釘(このくぎ)を打(うたる)る时(とき)苦(くるし)み叫(さけ)ぶ聲(こゑ)上(かみ)は有頂天(うちやうてん)に

■■箇是

寂光瀑布
峰尖松暗白雲
迷雪瀑半巖懸
欲低料識山僧
長對看不知霑
却黒迦黎

【右丁】
原蔵伊藤長胤拝書
【印 原藏父】【印 慥々齋】

此(この)寂光瀑布(じやくくわうのたき)の詩(し)は
准三后公辨法親王 御上京(おんじやうきやう)の砌(みぎり)人〻に被命(めいぜられ)日光八景(につくわうはつけい)の詩(し)を
賦(ふ)さしめ給ひし時(とき)に長胤(ちやういん)も賦(ふ)しゝ事 奉(たてまつり)し草稿(さうかう)の自筆(じひつ)なるを
ゆゑ有(あり)て《割書:予》得(え)たりよりて摸(も)して爰(こゝ)に出(いだ)す

【左丁】
 響(ひゞ)き下(しも)は阿鼻(あび)底(てい)に聞(きこ)ゆ閻王(えんわう)深(ふか)く憐(あはれ)みても自業自得(じごふじとく)の報(むくい)なれば
 此苦(このく)を除(のぞ)くこと叶(かなひ)がたく娑婆(しやば)に於(おい)て仏(ほとけ)を供(くう)じ僧(そう)に布施(ふせ)する功徳(くどく)に
 依(より)て其(その)苦(くる)しみ漸(やうやく)減(げん)ずといへども卅三年 過(すぎ)ざれば此釘(このくぎ)抜(ぬく)ることなし
 汝(なんじ)毎月しやうがうを修(しゆ)せしものなれば速(すみやか)に本國(ほんごく)へ帰(かへ)り迷盲(めいまう)の
 衆生(しゆじやう)を敎化(けうけ)し四十九 万遍(まんべん)の念仏(ねんぶつ)をつとむべし此(この)念仏(ねんぶつ)の業(げふ)満(みち)ぬ
 れば其(その)苦(くる)しみを免(まのか)るべし人(ひと)〻(〴〵)死(し)して七〻日(にち)過(すぐ)る日(ひ)白(しろ)き餅(もち)を四
 十九 備(そな)ふるは四十九のふし〴〵に打(うたる)る釘(くぎ)を轉(てん)じ此餅(このもち)に打(いた)しめん
 となり又(また)四十九の卒都婆(そとは)を建(たつ)るも此釘(このくぎ)を轉(てん)じ仏躰(ぶつたい)ともなさん
 功徳(くどく)也 假令(たとへ)亡魂(ばうこん)悪趣(あくしゆ)に墮(おつ)とも追福作善(つゐふくさぜん)の功(こう)に依(より)て四十九の釘(くぎ)の
 苦(く)を除(のぞ)き都卒(とそつ)の内院(ないゐん)に至(いた)るべし況(いはんや)いけるうち此札(このふだ)を受(うけ)てみづ
 から四十九 万遍(まんべん)の念仏(ねんぶつ)を修(しゆ)する輩(ともがら)は往生(わうじやう)疑(うたが)ひなしとて札(ふだ)一 枚(まい)を
 授(さづ)くと覚(おぼえ)て夢(ゆめ)の覚(さめ)たるこゝちすと上人(しやうにん)具(つぶさ)に語(かた)れり斯(かく)て上人(しやうにん)手(て)を

【右丁】
 開(ひら)き見(み)れば五輪(ごりん)に四十九の釘穴(くぎあな)有(ある)札(ふだ)あり誠(まこと)に難有(ありがたき)事(こと)どもなれば
 見(みる)もの聞(きく)もの奇異(きい)の思(おも)ひをなし邪見(じやけん)の輩(ともがら)忽(たちまち)に信心(しんじん)深(ふか)く成(なり)て此(この)
 札(ふだ)を乞受(こひうけ)て念仏(ねんぶつ)修行(しゆぎやう)せんと願(ねが)へば上人(しやうにん)閻王(えんわう)の授(さづ)け給ひし札(ふだ)を写(うつ)し
 梓(あづさ)に𠜇(きざ)み廣(ひろ)く施(ほどこ)せり叔世(しゆくせ)末代(まつだい)といふとも蒐(かゝ)る不思議(ふしぎ)の有事(あること)放逸(はういつ)
 無慙(むざん)なるものゝ敎(をしへ)なれど浅(あさ)からず覚(おぼ)えけると《割書:云| 云》
  文明十三《割書:辛》丑年六月 㐧子(でし)沙門(しやもん)謹識(つゝしんでしるす)日光山(につくわうさん)寂光寺(じやくくわうじ)上人(しやうにん)
寂光瀧(じやくくわうのたき) 一 名(みやう)布引滝(ぬのびきのたき)と号(がう)す高(たかさ)五六丈 餘(よ)二三 級(きふ)に飛流(ひりう)す水幅(みづはゞ)五六尺
 此邊(このへん)一 面(めん)の嵓石(がんぜき)續(つゞ)き流(なが)れ瀧(だき)ゆゑ瀧(たき)のもとに渕潭(ゑんたん)なし坂落(さかおと)しに
 岩(いは)つらを奔流(ほんりう)す
羽黒瀧(はぐろのたき) 布引滝(ぬのびきのたき)より遥(はるか)に北 寄(より)にあり遠(とほ)く望(のぞむ)ゆゑ定(さだ)かならねど是(これ)も
 水幅(みづはゞ)四五尺 許(ばかり)高低(かうてい)は知(しる)べからず羽黒山(はぐろやま)と称(しよう)する深山(しんざん)の麓(ふもと)より
 流(なが)れ來(きた)れるゆゑ名附(なづけ)たり

【左丁】
  遊寂光寺觀瀑
 偶尋古跡■【宀+尗】光寺瀑布穿石流不停百尺天然長帶白一條界破茂松
 靑奔泉餘馬似噴玉飛沫濺花如建瓶試掬餘波閑漱口旅愁洗了自
 清冷
  寛文癸卯三年四月中旬       春齋林子題
裏見瀧(うらみがたき) 荒澤滝(あらさはのたき)ともいへり久次良(くじら)の大日堂(だいにちだう)より少(すこ)しく行(ゆき)て右の方(かた)に
 牓示(はうじ)あり此所より山路(さんろ)の嶮(けん)を凌(しのぎ)て西北へ廿町 許(ばかり)ゆきて荒澤(あらさは)の山(さん)
 上(しやう)に至(いた)る夫より路(みち)を左に取(とり)て尖岩(せんがん)を陟(わた)り右の方(かた)なる山崕(さんがん)を見(み)
 れば危石(きせき)忽(たちまち)に落(おつ)るが如き岩下(がんか)を越(こえ)て滝(たき)の傍(ほとり)に至(いた)る兹(こゝ)に荒沢不(あらさはふ)
 動(どう)の石像(せきざう)有(あり)て脇(わき)に篭堂(こもりだう)あり此所(このところ)は瀧(たき)の横手(よこて)ゆゑ正面(しやうめん)を望(のぞむ)には
 滝(たき)の裏(うら)を潜(くゞ)り行(ゆき)て向(むかふ)の方(かた)へ廽(めぐ)り見ることなり偖(さて)其(その)滝口(たきぐち)は盤岩(はんがん)凡(およそ)一
 間(けん)餘(よ)差(さし)出たる上より瀑水(はくすゐ)激流(げきりう)して水幅(みづはゞ)六七尺 其(その)岩石(がんせき)の差出(さしいで)たる

【図】
閑林勝錬

裏見が瀧

【右丁】
 下(した)は道幅(みちはゞ)四尺 許(ばかり)高(たか)さ六七尺あれば滝(たき)の裏(うら)を潜(くゞ)り透(とほ)るに患(うれ)ひなし
 誠(まこと)に希代(きたい)の飛瀑(ひはく)なり係(かゝ)る名勝(めいしよう)なる瀑(はく)水を八 景(けい)の内に入ざりしは
 うらみといふ唱(とな)へを嫌(きら)はれたる欤(か)
清瀧村(きよたきむら) 神橋邊(みはしのへん)より一里 許(ばかり)兹(こゝ)の入口(いりくち)の字(あざな)を鳥居原(とりゐはら)といへりむかし
 清滝権現(きよたきごんげん)の鳥居(とりゐ)有し跡(あと)ならん中禅寺(ちゆうぜんんじ)並に足尾邊(あしをへん)への往來(わうらい)なり
 民戸(みんこ)三十 宇(う)散在(さんざい)し陸田(りくでん)もあり
清滝權現(きよたきごんげん) 村内(そんない)徃來(わうらい)の脇(わき)にあり此(この)社頭(しやとう)は徃古(わうご)よりの鎮座(ちんざ)にして
 其(その)最初(さいしよ)を繹(たづぬ)るに  天武天皇の大宝年中 役小角(えんのせうかく)と雲遍上人(うんへんしやう  )二人
 大鷲山(だいじゆせん)の清滝(きよたき)に至(いた)るに瀧上(ろうしやう)に雲(くも)起(おこ)り雷鳴(らいめい)し雨(あめ)車軸(しやじく)を流(なが)し進(すゝ)み
 兼(かね)たるゆゑ二人 秘咒(ひじゆ)密言(みつごん)を以(もつ)て祈穰(きしやう)すれば又(また)忽(たちまち)に天(てん)晴(はれ)たり其(その)
 所に大杉(おほすぎ)有(あり)其上(そのうへ)に天狗(てんぐ)の酋長等(いうちやうら)数万(すまん)の眷属(けんぞく)をひきゐ現(げん)し出(いで)て
 二人に告(つげ)て云(いはく)我等(われら)二千年 前(まへ)㚑山(りやうぜん)にて佛(ほとけ)の附属(ふぞく)をうけ大魔王(だいまわう)と

【左丁】
 なり此山(このやま)を領(りやう)し群生(ぐんしやう)を利益(りやく)すといひ説(をはり)て見(み)えず因兹(これによりて)二人 杉樹(すぎのき)を
 号(がう)して清滝四所明神(きよたきししよみやうじん)と崇(あが)め扨又(さてまた)滝(たき)の邊(へん)に千手大士(せんじゆだいし)を安置(あんち)し其(その)
 地(ち)を鎮(しづ)むと《割書:云| 云》後世(こうせい)仏法擁護(ぶつほふおうご)の靈區(れいく)となれりとあれば弘法大師(こうぼふだいし)
 此神(このかみ)を祀(まつ)り鎮護(ちんご)せしめ又(また)清滝寺(せいろうじ)を建立(こんりふ)すと《割書:云| 云》此(この)ゆゑに密宗(みつしう)の
 靈地(れいち)に清滝權現(きよたきごんげん)を祀(まつ)り山内(さんない)の鎮守(ちんじゆ)とすることなり古杉樹(こさんじゆ)茂(しげ)り峻(しゆん)
 岩(がん)数(す)十 丈(ぢやう)聳(そびえ)たる所(ところ)に瀧(たき)あり是(これ)を清滝(きよたき)と號(がう)せり
清瀧寺(せいろうし) 勝福山(しやうふくざん)金剛成就院(こんがうじやうじゆゐん)と號(がう)す往古(わうご)真言(しんごん)の道塲(だうぢやう)なり徃古(わうご)弘法(こうぼふ)
 大師(だいし)開基(かいき)し其後(そのゝち)慈覚大師(じがくだいし)登山(とうざん)の頃(ころ)一 山(さん)の僧徒(そうと)皆(みな)台家(たいか)の法流(ほふりう)と
 なる此寺(このてら)も其时(そのとき)より宗派(しうは)を改(あらた)めし由(よし)もとより一 山(さん)の香蕐院(かうげゐん)【「ボダイシヨ」左ルビ】なり
 寛永五年 慈眼大師(じげんだいし)妙道院(みやうだうゐん)を創建(さうこん)ありしより清瀧寺(せいろうじ)の法水(ほふすゐ)を移(うつ)
 され灌室(くわんしつ)を定(さだ)め給ふこと《振り仮名:𦾔記|きうき》にしるせる由(よし)妙道院(みやうだうゐん)の兼帯所(けんたいしよ)なり
清滝観音堂(きよたきくわんおんだう)並 別當所(べつたうしよ) 長興山(ちやうこうざん)福聚院(ふくじゆゐん)圓通寺(ゑんつうじ)と號(がう)す観音堂(くわんおんだう)に相双(あひなら)

【図】
【右丁】
清瀧村
 淸滝觀音堂
 同權現社

清滝権現

清滝寺

清滝村

【左丁】
別所

清滝観音

【右丁】
 べり観音(くわんおん)六 間(けん)四 面(めん)向拜造(かうはいづくり)抑(そも〳〵)本尊(ほんぞん)觀音(くわんおん)は勝道上人(しようだうしやうにん)中禅寺(ちゆうぜんじ)の千手(せんじゆ)
 観音(くわんおん)を《振り仮名:調𠜇|てうこく》し玉ひし其余(そのあまり)を以(もつ)て作(つく)り玉ひし千手大士(せんじゆだいし)なりといふ
 中禅寺(ちゆうぜんじ)の観音(くわんおん)は坂東(ばんどう)十八 番(ばん)の札所(ふだしよ)なれど女人禁制(によにんきんせい)の山なるゆゑ
 前立(まへだち)として兹(こゝ)に安置(あんち)し女順礼(をんなじゆんれい)は此(この)清滝(きよたき)の観音堂(くわんおんだう)へ札(ふだ)を納(をさ)めさする
 為(ため)なりといふ一 説(せつ)に弘法大師(こうぼふだいし)清瀧権現(きよたきごんげん)を開基(かいき)し玉ふ时(とき)鷲山(じゆぜん)の瀧(たき)
 の上(うへ)に千手大士(せんじゆだいし)を安置(あんち)せし謂(いはれ)を以(もつ)て此地(このち)も夫(それ)に摸(も)し清瀧権現(きよたきごんげん)を
 祀(まつ)り千手大士(せんじゆだいし)も其时(そのとき)建立(こんりふ)し玉(たま)ふとも聞傳(きゝつた)ふ
足尾道(あしをみち) 清瀧村(きよたきむら)を少(すこ)しく行(ゆき)て中禅寺道(ちゆうぜんじみち)は右へ折(をれ)てゆき足尾路(あしをみち)は左の
 方(かた)へ向(むか)ふ其先(そのさき)に細尾(ほそを)といへる小村(せうそん)あり上州筋(じやうしうすぢ)より順礼(じゆんれい)其餘(そのよ)の旅人(りよじん)
 妙義(みやうぎ)榛名(はるな)を經(へ)て足尾(あしを)へ掛(かゝ)り當山(たうざん)へ來(き)たるもの山路(さんろ)行暮(ゆきくれ)たる时(とき)
 旅人(りよじん)をとまらする家(いへ)あり是(これ)より足尾峠(あしをたうげ)の嶮路(けんろ)二里を踰(こゆ)る
馬返村(うまがへしむら) 細尾村(ほそをむら)の内(うち)なる小名(こな)なり此邊(このへん)は余程(よほど)深山(しんざん)へ入(いり)たる所(ところ)にて

【左丁】
 地形(ちぎやう)至(いたつ)て狹隘(せまくふさがり)一 村(そん)とはいへども民戸(みんこ)纔(わづか)に八九 宇(う)住(ぢゆう)せり畑打(はたうち)する
 地(ち)も少(すくな)く大石(たいせき)怪岩(くわいがん)の《振り仮名:間〻|あひだ〳〵》を畠地(はたち)として耕耘(たがやしくさぎり)をなせり男女(なんによ)皆(みな)山(やま)
 稼(かせぎ)を世業(せげふ)とし女(をんな)も短褐(たんかつ)をまとひ周旋(しうせん)する形㔟(ぎやうせい)は頗(すこぶる)男女(なんによ)をも辨(わきま)へ
 がたしされども是(これ)は去(さ)りし世(よ)のことにて二三十 年前(ねんまへ)とは今(いま)はかはり
 家作等(かさくとう)も能(よく)て徃來(わうらい)に軒(のき)をつらねて茶店(さてん)三四 宇(う)在(あ)り酒食(しゆしよく)など商(あきな)ふ
 に旅人(りよじん)の口腹(こうふく)を養(やしな)ふに足(た)れり風俗(ふうぞく)人物等(じんぶつとう)も山中(さんちゆう)とはいへど鄙㙒(ひや)
 の朴訥(ぼくとつ)にもあらず
前二荒山(まへにくわうざん)並 風穴(かざあな) 馬返(うまがへし)より河原道(かはらみち)を四五町 餘(よ)行(ゆき)て徃來(わうらい)の右に當(あた)り
 嶮嵓(けんがん)数(す)十 丈(ぢやう)なる絶壁(ぜつへき)二 山(さん)相(あひ)ならぶ男躰(なんたい)女貌(によばう)の小(ちひさ)き山(やま)ゆゑ前二荒(まへにくわう)
 とも小二荒(せうにくわう)ともいふにや偖(さて)其(その)嶮崕(けんがい)に洞窟(どうくつ)あり人蹊(じんけい)の至(いた)るべき所(ところ)に
 あらず遥(はるか)に麓(ふもと)より其窟(そのくつ)の廣狹(くわうけう)を謀(はか)るに竪(たて)一 丈(ちやう)許(ばかり)幅(はゞ)六七尺 程(ほど)にぞ
 見(み)ゆる其(その)深淺(しんせん)知(しら)れず此穴(このあな)より風(かぜ)を出(いだ)し或(あるひ)は雷獣(らいじう)とて雲(くも)に乗(じよう)し

【図】
【右丁】
二世
 柳川重信

【左丁】
馬返村
男體山一ノ鳥居

【図】
【右丁】
風穴

【左丁】
前二荒山 中禅寺道

■【雲】峰 【印 雲峯】

【右丁】棧
 雷(いかづち)と同(おなじ)く虗空(こくう)を飛行(ひぎやう)する畜(けだもの)のすめる穴(あな)ゆゑ雷神穴(らいじんけつ)ともいふと
 なんされば世(よ)にいふ日光雷(につくわうかみなり)のすむ所(ところ)なるべし又(また)云(いはく)むかし此穴(このあな)を
 司(つかさど)る神職(しんしよく)有(あり)しが今(いま)は絶(たえ)て其(その)子孫(しそん) 御宮(おんみや)の伶人(れいじん)となれりと聞(きけ)り
 仍(よつ)て考(かんがふ)るに古縁起(こえんぎ)にいふ當山(たうざん)に岩窟(がんくつ)有(あり)て春秋(しゆんしう)二 度(ど)宛(づゝ)大風(たいふう)吹出(ふきいだ)し
 荒(あれ)けるゆゑ庶民(しよみん)難義(なんぎ)せしかば弘法大師(こうぼふだいし)登山(とうざん)せられ其穴(そのあな)を辟除(へきぢよ)
 結界(けつかい)し玉ふとあるは此窟(このくつ)の事(こと)なるべし夫(それ)に付(つき)て山(やま)の二荒(にくわう)の説(せつ)は
 前篇(ぜんへん)に出(いだ)せり
深澤(みさは)の茶屋(ちやや) 馬返(うまがへし)より漸(ぜん)〻(〳〵)登(のぼ)り來(く)る河原路(かはらみち)に棧道(さんだう)或(あるひ)は急流(きふりう)に架(か)
 せし危橋(きけう)を逕(わた)りて山路(さんろ)を躋(のぼ)らんとする所(ところ)ゆゑ茶店(さてん)を設(まう)く是(これ)も
 四月 頃(ごろ)より八月 时分(じぶん)迄(まで)兹(こゝ)に來(きた)り住(すみ)て参詣(さんけい)する道俗(だうぞく)休所(やすみどころ)とし茶(ちや)
 菓(くわ)の麁(そ)なるものを商(あきな)ふ山路(さんろ)は嶮(けん)なりといへども肩輿(けんよ)にても登(のぼ)り
 又(また)牛馬(ぎうば)を禁(きん)ずるゆゑ中禅寺(ちゆうぜんじ)別所(べつしよ)或(あるひ)は湯元(ゆもと)への飯米(はんまい)其外(そのほか)雜品(ざつひん)を

【左丁】
 日(ひ)〻(ゞ)皆(みな)脊負(せお)ひ登(のぼ)れり
地蔵堂(ぢざうだう) 是(これ)も深澤(みさは)の地蔵堂(ぢざうだう)と唱(とな)ふ此所(このところ)は殺生禁断(せつしやうきんだん)女人牛馬結界(によにんぎうばけつかい)の
 堺(きやう)とす土俗(とぞく)呼(よん)で深澤(みさは)の女人堂(によにんだう)とも稱(しよう)せり爰(こゝ)を中禅寺(ちゆうぜんじ)の東門(とうもん)と
 名附(なづけ)玉(たま)ひし事(こと)縁起(えんぎ)に見(み)え禅那波羅密(ぜんなはらみつ)と称(しよう)する由(よし)
劔(けん)の峰(みね) 此所(このところ)は中禅寺道(ちゆうぜんじみち)第(だい)一の險難(けんなん)危急(ききふ)の道(みち)にて通路(つうろ)たえんと
 するが如(ごと)き所(ところ)ゆゑ棧道(さんだう)を設(まう)けて通路(つうろ)の便(たより)とせり刄(やいば)の上(うへ)を渡(わた)るの
 あやふきに譬(たとへ)て斯(かく)は呼(よび)けり
方等瀧(はうどうのたき) 此邊(このへん)深谷(しんこく)にて峻山(しゆんさん)万重(ばんちよう)ならび聳(そびえ)たる北の方(かた)なる深蹊(しんけい)より
 瀑布(はくふ)飛流(ひりう)す遠望(ゑんばう)するに瀧幅(たきはゞ)三尺 許(ばかり)高(たか)さ四五丈 程(ほど)なり
般若滝(はんにやのたき) 是(これ)も同所(どうしよ)にて坤(ひづしさる)の山谷(さんこく)より落來(おちく)る瀧幅(たきはゞ)八九尺 高(たか)さ三四丈
 許(ばかり)水㔟(すゐせい)は方等瀧(はうとうのたき)より大(おほき)にまされり此(この)二 瀧(ろう)の名(な)とする謂(いはれ)はなほ
 蕐厳滝(けごんのたき)の條(でう)に記(しる)せり

【図】
【左丁】
丙申冬
十月
椿山弼

 【印 平弼】

方等瀑布
般若瀑布

【右丁】
中(なか)の茶屋(ちやや) 深澤(みさは)より上(うへ)は阪路(はんろ)急(きふ)にして登(のぼ)りがたきゆゑ休所(やすみどころ)を設(まう)く
不動堂(ふどうだう) 古記(こき)にいふ開祖上人(かいそしやうにん)敎旻(けうびん)道珍(だうちん)等(ら)に命(めい)じて堂宇(だうう)造立(ざうりふ)せら
 れて不動尊(ふどうそん)を安置(あんち)し給ふといふ兹(こゝ)より大平(おほだいら)といふ所(ところ)を經(へ)て中禅(ちゆうぜん)
 寺(じ)のかまえなり又(また)一 説(せつ)には弘仁十一年 弘法大師(こうぼふだいし)登山(とうざん)の时(とき)真済(しんさい)
 阿闍梨(あじやり)同(おなじ)く登山(とうざん)し江尻(えじり)に蕐厳寺(けごんじ)を建(たて)て不動尊(ふどうそん)を安(あん)せしと有(ある)は
 兹(こゝ)なりともいへり
大平(おほだいら) 此邊(このへん)より中禅寺構(ちゆうぜんじかまへ)に至(いた)る迄(まで)は大抵(たいてい)平坦(へいたん)にて路傍(ろばう)には熊笹(くまざゝ)
 のみ多(おほ)く其餘(そのよ)の古木(こぼく)は碧翠(へきすゐ)を重(かさ)ねて常(つね)に日色(につしよく)を見(み)ず雲霧(うんむ)深(ふか)き
 所(ところ)ゆゑ樹(き)〻(ゞ)の梢(こずゑ)に藻草(もぐさ)の如(ごと)く薄青(うすあを)く葉(は)もなき莖(くき)ばかりなるが
 三四尺あまり古木(こぼく)に纒(まと)ひて垂(たる)るもの殊(こと)に多(おほ)し是(これ)はいづちの深(しん)
 山(ざん)にも生(おふ)るものなり其名(そのな)をサルヲガセと唱(とな)ふ
日 光 山 志 巻 之 三《割書: 終》

【裏表紙】

【表紙】
【題箋】
日光山志  四

【右丁 白紙】

【左丁】
日 光 山 志 巻 之 四
     目(もく) 録(ろく)
 蕐嚴瀧(けごんのたき)《割書:同圖(おなじくづ)》    岩燕圖(いはつばめのづ)      冠木門(かぶきもん)
 巫女石(みこいし)      牛石(うしいし)       男躰山禅頂小屋(なんたいざんぜんぢやうのこや)
 中禅寺別所(ちゆうぜんじのべつしよ)    什物古磬(じふもつこけい)《割書:同圖(おなじくづ)》   不断火(ふだんひ)
 古鐘銘(こしようのめい)      中禅寺古棟札写(ちゆうぜんじこむなふだのうつし) 走大黒影像(はしりだいこくのえいざう)
 大鳥居(おほとりゐ)       護摩堂(ごまだう)     鐘楼(しゆろう)
 三層塔(さんそうのたふ)      採燈護摩所(さいとうごましよ)    古釜(ふるがま)
 中禅寺境地(ちゆうぜんじけいち)《割書:并(ならびに)》湖水圖(こすゐのづ)         三社權現本社(さんじやごんげんのほんしや)
 拜殿(はいでん)       本地觀音堂(ほんちくわんおんだう)《割書:妙見堂(みやうけんだう) 根本堂(こんほんだう) 戒壇堂(かいだんだう)|摩伽羅天堂(まきやらてんだう) 山王社(さんわうのやしろ)》
 唐銅鳥居(からかねのとりゐ)     石燈籠(いしどうろう)      木戸門(きどもん)

【右丁】
 舩禅頂(ふなぜんぢやう)        草花数種(くさばなすしゆ)      古碑銘(こひのめい)
 弘法大師記文(こうぼふだいしのきのぶん)     中禅寺私記(ちゆうぜんじのしき)     武射祭(むしやまつり)
 慈悲心鳥圖(じひしんてうのづ)      娑羅樹(しやらじゆ)       男躰山(なんたいざん)《割書:並古哥(ならびにこか)》
 勝道上人三神影向(しやうだうしやうにんさんじんのいやうがう)を拝(はい)し給(たま)ふ圖(づ)    男躰晴雪(なんたいのせいせつ)《割書:八景(はつけい)|の内(うち)》
 如宝山圖(によはうざんのづ)       南湖(なんこ)        南岸橋(なんがんけう)
 哥濱(うたのはま)         寺崎(てらがさき)        石楠花圖(しやくなげのづ)
 日輪寺旧跡(にちりんじのきうせき)      上野嶋(かうづけじま)       千手崎(せんじゆがさき)
 千手原(せんじゆがはら)        千手砂利(せんじゆのじやり)      菖蒲沼(あやめがぬま)
 赤岩(あかいは)         瑠璃壷(るりがつぼ)       龍頭瀧(りうづのたき)《割書:同圖(おなじくづ)》其二(そのに)
 地獄茶屋(ぢこくのちやや)       木叉寺旧跡(もくさうじのきうせき)     顕釋坊渕(げんしやくばうのふち)
 鉢山(はちやま)         鉢石(はちいし)        四條寺旧跡(しでうじのきうせき)
 法蕐密嚴寺旧跡(ほつけみつごんじのきうせき)    轉法輪寺旧跡(てんほふりんじのきうせき)    般若寺旧跡(はんにやじのきうせき)

【左丁】
 梵字岩(ぼんじいは)        若松崎(わかまつのさき)       老松崎(おいまつのさき)
 標芽原(しめぢがはら)《割書:並古哥(ならびにこか)》      戦塲原説(せんぢやうがはらのせつ)     赤沼原圖(あかぬまがはらのづ)  其二(そのに)
 白鶴(はくくわく)         野端湖(のばたのうみ)       西湖(せいこ)
 蓼湖(たでのうみ)         狩籠湖(かりごめのうみ)       魔湖(まのうみ)
 佛湖(ほとけのうみ)         絹沼(きぬぬま)        湯湖(ゆうみ)
 中禅寺温泉(ちゆうぜんじのおんせん)《割書:同圖(おなじくづ)|八湯(はつたう)》    湯平(ゆのたひら)        金精峠(こんせいたうげ)
 前白根山(まへしらねやま)       奥白根山(おくしらねやま)       白根山圖(しらねやまのづ)
 肉蓯蓉圖(にくじやうようのづ)       白根葵圖(しらねあふひのづ)       栗山郷(くりやまのがう)《割書:十村(じつそん)》
 同深谷岩茸取圖(おなじくしんこくいはたけとりのづ)   所(しよ)〻(〳〵)温泉(のおんせん)《割書:板室(いたむろ) 塩原(しほばら) 福和田(ふくわだ) 荒井(あらゐ)|瀧(たき) 川俣(かはまた) 湯西(ゆにし) 日光沢(につくわうざわ)》
 足尾峠(あしをたうげ)        足尾郷(あしをのがう)《割書:同圖(おなじくづ)|十四村(じふしそん)》      銅山濫觴(どうざんのらんじやう)
 足尾山中銅(あしをのさんちゆうあかゞね)と砂石(しやせき)を沙汰(さた)する圖(づ)      山中銅堀圖(さんちゆうあかゞねほりのづ)
 不動沢(ふどうさは)        銀山(ぎんざん)         庚申山圖(かうしんやまのづ)

【注 「標芽原」は「標茅原」の誤記ヵ。以降」、ママ】

【右丁】
 日光諸所名産(につくわうしよ〳〵のめいざん)《割書:金石(きんせき) 飛禽(ひきん) 魚虫(ぎよちゆう) 薬品(やくひん) 草木(さうもく)|走獸(さうじう) 飲食類(いんしよくのるゐ) 細工物(さいくもの)》

【左丁】
日 光 山 志 巻 之 四
                 植 田 孟 縉 編 輯

蕐嚴瀧(けごんのたき) 此(この)飛瀑(たき)は中禅寺湖水(ちゆうぜんじのこすゐ)より落來(おちく)る水路(すゐろ)凢(およそ)七八町 流(なが)れて瀧(たき)
 口(ぐち)に至(いた)る其(その)水路(すゐろ)も又(また)一 派(ぱ)の河(かは)の如(ごと)く幅(はゞ)十 間(けん)餘(よ)或(あるひ)は七八 間(けん)の所(ところ)
 もあり偖(さて)南湖(なんこ)より四五町 流(なが)れ來(きた)りて板橋(いたばし)を架(か)せり是(これ)を南岸橋(なんがんけう)
 と唱(とな)ふ長(ながさ)十 間(けん)許(ばかり)この橋(はし)は歌濱(うたのはま)への通路(つうろ)なり又(また)は足尾(あしを)へ掛(かゝ)り上州(じやうしう)
 筋(すぢ)より詣(まうづ)るもの足尾峠(あしをたうげ)の頂上(ちやうじやう)より岐路(きろ)を逕(すぐ)ること凢(おおよそ)二 里(り)許(ばかり)の𡸴(けん)
 を凌(しのぎ)て爰(こゝ)へ來(きた)るまた本道(ほんだう)を經(へ)て中禅寺(ちゆうぜんじ)へ詣(まうづ)るものは大平(おほたひら)の道脇(みちわき)
 に左へ折(をれ)て行(ゆく)べき平坦(へいたん)の小路(せうろ)あり凢(およそ)五六町 餘(よ)をたどりゆきて此(この)
 飛瀑(たき)の邊(へん)に至(いた)る是(これ)は大谷川(だいやかは)の水源(すゐげん)なり高(たかさ)七十五丈といふ此瀑(このたき)は
 東関㐧一(とうくわんだいいち)の瀑(たき)にして瀧口(たきぐち)幅(はゞ)二 間(けん)餘(よ)瀧下(たきした)は人蹤(じんしよう)のかよふ所(ところ)にあら

【図】
【右丁】
蕐嚴瀑布圖
     文晁寫【印】

【左丁】
華嚴瀧

【右丁】
 さるゆゑ瀧(たき)を眺望(てうばう)すべき所(ところ)なく瀧邊(ろうへん)より二三十 間(けん)程(ぼと)も東 寄(より)に
 懸崕(けんがい)に差出(さしいで)たる危岩(きがん)あり藤蘿(とうら)を捫(とり)て其磐(そのいは)の上(うへ)へ下(くだ)り藤蘿(とうら)を力(ちから)
 にし持(もち)て頭(かしら)を延(のべ)ながら飛流(ひりう)する水㔟(すゐせい)を覘見(のぞきみ)るばかり直下(ちよくか)する
 激㔟(げきせい)遥(はるか)に下(くだ)る水烟(すゐえん)雲霧(うんむ)盤渦(ばんくわ)として分(わか)ちがたし華嚴瀧(けごんのたき)と名附(なづく)るは
 縁起(えんぎ)にいふ此山中有瀑則湖水流泒青巒髙嵸紅日早照清瀧近遠岩
 上繁花芬々恰如㴠錦似嚴瀧因名華嚴瀑《割書:云| 云》此(この)蕐嚴瀑(けごんのたき)あるゆゑ
 又(また)深沢(みさは)に方等瀧(はうとうのたき)般若瀧(はんにやのたき)の名(な)も起(おる)れる欤
冠木門(かぶきもん) 中禅寺(ちゆうぜんじ)境内(けいだい)入口(いりくち)なり此門(このもん)の名(な)を合門(がふかど)とも称(しよう)すといふ
巫女石(みこいし) 華嚴瀧(けごんのたき)へ行所(ゆくところ)の路傍(ろばう)にあり其(その)かたち巫女(ふぢよ)の立(たち)たる貌(かたち)なり石(いし)
 と化(け)したるいはれは巫女(ふじよ)は神(かみ)に仕(つか)ふるものなれど當山(たうざん)は牛馬(ぎうば)女人(によにん)
 禁断(きんだん)の地(ち)へ登(のぼ)りけるゆゑ神罸(しんばつ)を蒙(かうふ)り忽(たちまち)に立(たち)すくみて石(いし)と成(なり)しと云傳(いひつた)ふ
牛石(うしいし) 冠木門(かぶきもん)に至(いた)る路傍(ろはう)にあり牛(うし)の卧(ふし)たる貌(かたち)に似(に)たり七尺五六寸

【左丁】
 に六尺 許(ばかり)脊(せ)の高(たか)き所(ところ)三尺 程(ほど)是(これ)も巫女石(みこいし)の如(ごと)く牛馬(ぎうば)を禁(きん)ずる山(さん)
 上(しやう)へ牽來(ひききた)れるが忽(たちまち)に四足(しそく)すくみて石(いし)となれる由(よし)鼻(はな)と覚(おぼ)しき穴(あな)
 有(ある)所(ところ)へ藤(ふぢ)もて繋(つなぎ)たる趣(おもむき)になせり
男躰山禅頂小屋(なんたいざんぜんぢやうのこや) 毎年(まいねん)七月朔日より同七日 朝迄(あさまで)禅頂(ぜんぢやう)する行人(ぎやうにん)数(す)
 千(せん)登山(とうざん)し此(この)小屋(こや)に篭(こも)り居(ゐ)て種(しゆ)〻(〴〵)行法(ぎやうぼふ)を修(しゆ)して中禅寺上人(ちゆうぜんじしやうにん)とて
 衆徒(しゆと)の内(うち)より年番(ねんばん)に當(あた)れる僧(そう)先達(せんだつ)し七日の早朝(さうてう)より登山(とうさん)す尤(もつとも)
 七月朔日 此所迄(このところまで)登(のぼ)れる以前(いぜん)四十八日 別火(べつくわ)し垢離(こり)をとり日(ひ)〻(ゞ)行(きやう)
 する事(こと)終(をはり)て此所(このところ)へ登(のぼ)ることなり朔日より七日 迄(まで)御賄(おんまかなひ)は【平出】
 御門主 御方(おんかた)より下(くだ)さるといふ小屋(こや)数(かず)凢(およそ)二十 棟(むね)餘(よ)區別(くべつ)し番附(ばんづけ)にし
 て五拾 番迄(ばんまで)有(あり)て湖水(こすゐ)の邊(へん)より鳥居(とりゐ)の前後(ぜんご)或(あるひ)は別所(べつしよ)の傍(かたはら)其餘(そのよ)所(しよ)〻(〳〵)
 に散在(さんさい)せり
中禅寺別所(ちゆうぜんしのべつしよ) 三重塔(さんぢゆうのたふ)の東 寄(より)にあり弘法大師(こうぼふだいし)の記文(きぶん)を考(かんがふ)るに勝道上人(しようだうしやうにん)

【図】
【右丁】
岩燕(いはつばめ)
 蕐嚴瀑(けごんのたき)の峻谷(しゆんこく)に巣(すく)ひ常(つね)に谿間(たにま)を
 囘翔(くわいしやう)す常(つね)の燕(つばめ)より殊(こと)に大(おほい)にして尾(を)
 二(ふた)ッにさけず尾先(をさき)に針(はり)の如(こと)きものあり
【左丁】
無事菴主君夏冩

【右丁】
 延暦七年四月 登山(とうざん)せられ蝸庵(くわあん)を湖水(こすゐ)の北涯(ほくがい)に移(うつ)すとあるは其时(そのとき)上人(しやうにん)
 基(もとゐ)を開(ひらか)れ又(また)補陀洛山(ふだらくせん)神宮寺(じんくうじ)と號(がう)せし一 宇(う)の跡(あと)なりといふ其比(そのころ)より中(ちゆう)
 禅寺(せんじ)の称号(しようがう)は起(おこ)れりといふ建_二神宮精舍_一號_二 中禪寺【一点脱ヵ】と《割書:云| 〻》古(ふる)くより一 山(さん)の
 上人職(しやうにんしよく)のもの常(つね)に年限(ねんげん)有(あり)て山篭(さんろう)して寺務(じむ)を司(つかさど)りしかど寛永二年いは
 れ有(あり)て是(これ)より御本院(ごほんゐん)の御持(おんもち)となれる由(よし)今(いま)も一 山(さん)衆徒(しゆと)の内(うち)摂行(せつぎやう)し常(つね)
 には一 坊(ばう)壱人 御本坊(ごほんばう)の御家來(ごけらい)壱人 宛(づゝ)住番(ぢゆうばん)し外(ほか)に下部(しもべ)一 両人 住(すめ)り又(また)
 一 坊(はう)の内(うち)より濱役(はまやく)といふは七年 替(がはり)に勤(つとむ)る由(よし)又(また)御宮(おんみや)の社家(しやけ)是(これ)も年﨟(ねんらふ)の
 次序(しじよ)を以て三社權現(さんしやごんげん)の社務(しやむ)を司(つかさど)るといふ
不断火(ふだんひ) 當別所(たうべつしよ)にては開闢(かいひやく)已來(いらい)火(ひ)を絶(たや)すことなく庫裡(くり)の大居爐裏(おほゐろり)の
 中(なか)へ大材(たいざい)をふすべ置(おき)冬夏(とうか)絶(たやさ)ざるゆゑ土人(どじん)いふ神代(じんたい)よりの火(ひ)なりと
 いへり日光山内(につくわうさんない)を初(はじ)め町(まち)〻(〳〵)の家(いへ)へも最初(さいしよ)爰(こゝ)の火(ひ)を得(え)て各(おの〳〵)が家(いへ)にも
 絶(たえ)ざるやうに取計(とりはから)ふ土風(とふう)なりといふ

【左丁】
【図】
中禅寺別所什物(ちゆうぜんじべつしよじふもつ)
  磬(けい)の圖(づ)

【磬表面】
  光明真言ノ
  文アリ
■【キリーク(梵字)】

【磬裏面】
   奉施入
  男躰權現
 建保五年《割書:丁|刁》
金剛佛子
淨智房
 献宣生年
  六十三
  大工藤原
   兼則





















【右丁】
古鍾(こしよう)の銘(めい)
 此(この)古鍾(こしよう)は文化八年丙丁の災(わざはい)に罹(かゝ)りけるゆゑ翌(よく)九年 奉(ほうじて)_レ命(めいを)新鍾(しんしよう)
 を鎔(よう)する时(とき)此(この)故銘(こめい)を載(のせ)て前大僧正凌雲沙門尚詮と銘(めい)ぜり其(その)銘(めい)
 文(ぶん)兹(こゝ)に略(りやく)す
日光山權現御宝前 奉施入鑄金一口事
 右志者爲左衛門尉藤原政綱北方藤原氏《割書:并》所生
 愛子等御息災延命恒受快樂心中所念决定成就
 也
  建保亖年
      丙子三月廿二日
    願主左衛門尉藤原政綱
          當上人覺音房

【左丁】
中禅寺古棟札冩(ちゆうぜんじこむなふだのうつし)
    人王八十四代      藤原國綱妻子
    順德天皇御宇      影綱入道妻子
      奉建立一間二面御殿一宇
     征夷大將軍      宗綱入道妻子
     源實朝公御代     親綱入道妻子
                藤原有房妻子
      建保五年《割書:丁| 丑》四月十八日
      同 六年《割書:戊| 寅》七月十九日  鎮守之地頭
       結縁衆㔫衛門尉藤原朝政 【以上9行矩形で囲む】
 古棟札(こむなふだ)保延久壽永歴文治建久 等(とう)夫(それ)より後(のち)も造営(ざうえい)の毎事(まいじ)数多(あまた)な
 るゆゑ悉(こと〴〵く)も記(しる)しがたく仍(よつ)て略す

【右丁】
  中禅寺走大黒影像(ちゆうぜんじはしりだいこくのえいざう)
【図】
走大黒影像(はしりだいこくのえいざう) 此(この)靈像(れいざう)の來由(らいゆ)を尋(たづぬ)るに徃昔(むかし)城蕐坊(じやうげばう)と称(しよう)する衆徒(しゆと)中(ちゆう)
 禅寺(ぜんじ)の上人(しやうにん)たりし时(とき)毎歳(まいさい)秋(あき)に至(いた)り何方(いづこ)よりとも知(し)れず一 疋(ひき)の
 鼠(ねずみ)粟(あは)稗(ひえ)の穂(ほ)をくはへ來(き)て別所(べつしよ)に献(けん)ずかゝる人境(じんきやう)遠(とほ)き山中(さんちゆう)に粟(あは)稗(ひえ)
 の有(ある)べき事(こと)なしと上人(しやうにん)不思議(ふしぎ)に思(おも)はれ彼鼠(かのねずみ)の足(あし)に糸(いと)を付(つけ)て其(その)
 跡(あと)を慕(した)ひ山(やま)の麓(ふもと)に至(いた)りければ人家(じんか)ありけり依(より)て其地(そのち)を中禅寺(ちゆうぜんじ)

【左丁】
 の社領(しやりやう)とす足(あし)に糸(いと)を付(つけ)て見出(みいだ)したる所(ところ)ゆゑ夫(それ)より足尾郷(あしをのがう)とは
 名附(なづけ)しとかや上人(しやうにん)則(すなはち)奇異(きい)の思(おもひ)をなし是(これ)を崇(あがめ)て大黒天(だいこくてん)とは祀(いは)【祝ヵ】ひ
 奉(たてまつ)りけり大黒天(だいこくてん)は十二 支(し)の子(ね)を主(つかさど)り給ふ故(ゆゑ)なりとぞ亦(また)不思議(ふしぎ)
 なる事には彼鼠(かのねずみ)の形相(ぎやうさう)自然(しぜん)に化(け)して大黒天(だいこくてん)の尊容(そんよう)を現(げん)せり其(その)
 像(かたち)走(はしり)給ふのかたち有(あり)とて时(とき)の上人(しやうにん)これを波之利大黒天(はしりだいこくてん)と称号(しようがう)し
 奉(たてまつ)り崇信(そうしん)するものへ印施(いんし)せられけるに其(その)竒瑞(きずゐ)ある事 揚(あげ)てかぞふべか
 らず走(はし)るといふは速(すみやか)に趨(はしる)の義理(ぎり)にして亦(また)假字(かな)に波之利(はしり)と書(かく)事(こと)は
 別(べつ)に秘密(ひみつ)の事(こと)ありとぞされば海上(かいしやう)にて舩(ふね)の速(すみやか)に走(はしり)て暴風(ばうふう)にも
 曽(かつ)て水難(すゐなん)に遇(あは)ざる謂(いはれ)を以(もつ)て舩中(せんちゆう)の守護神(しゆごじん)ともなせりすべて一 切(さい)
 の道(みち)に於(おい)て信心(しん〴〵)の感應(かんおう)暫(しばらく)も間断(かんだん)なく士農工商(しのうこうしやう)ともに其(その)所願(しよぐわん)の
 成就(じやうじゆ)する事 走(はしり)ゆくにことならず故(ゆゑ)に福徳(ふくとく)守護(しゆご)の神(かみ)と申すなり
 また此(この)尊像(そんざう)五大願(ごだいぐわん)と称(しよう)する事あり一には貧窮(ひんきう)の衆生(しゆしやう)には福徳(ふくとく)を

【右丁】
 与(あた)へ二には疾病(しつびやう)の衆生(しゆじやう)には療薬(れうやく)を与(あた)へ三には造悪(ざうあく)の衆生(しゆじやう)には善心(ぜんしん)
 を与(あた)へ四には短命(たんめい)の衆生(しゆじやう)には延寿(えんじゆ)を与(あた)へ五には愚癡(ぐち)の衆生(しゆじゃう)には智恵(ちゑ)
 を与(あた)へ給(たま)はんとの誓願(せいぐわん)なりとぞ
 /𢌞(くわい)國雜記(こくざつきに)云(いはく)此山(このやま)のうへ三十 里(り)に中禅寺(ちゆうぜんじ)とて權現(ごんげん)まもけり登山(とうざん)
 して通夜(つや)し侍(はべ)る今宵(こよい)はことに十三 夜(や)にて月(つき)もいづくにすぐれ侍(はべ)り
 き渺漫(べうまん)たる湖水(こすゐ)侍(はべ)り歌(うた)の濱(はま)といへる所(ところ)に紅葉(もみぢ)色(いろ)をあらそひて月(つき)
 に映(えい)じ侍(はべ)れば舟(ふね)にのりて
  敷しまのうたの濱邊(はまべ)に舟(ふね)よせて紅葉(もみぢ)をかざし月(つき)を見るかな
 翌日(よくじつ)中禅寺(ちゆうぜんじ)をたちいでける道(みち)にかつちりしける紅葉(もみぢ)の朝霜(あさしも)のひまに
 みえければ先達(せんだち)しける衆徒(しゆと)長門(ながと)の竪者(じゆしや)といへるものにいひきかせ侍(はべ)りける
  山(やま)ふかき谷(たに)のあさしもふみわけてわがそめいだす下紅葉(したもみぢ)かな
 かくしつゝ下山(げさん)し侍(はべ)りけるに黒髪山(くろかみやま)の麓(ふもと)を過(すぎ)侍(はべ)るとてわれ人(ひと)いひすてともし侍(はべり)けるに

【左丁】
  ふりにける身(み)をこそよそにいとふとも黒(くろ)かみ山(やま)も雪(ゆき)をまつらん
 おなじ山(やま)のふもとにて迎(むかへ)とて馬(うま)どもの有(あり)けるを見て
  日(ひ)かず經(へ)てのる駒(こま)の毛(け)もかはるなり黒髪山(くろかみやま)の岩(いは)のかけ道(みち)
大鳥居(おほとりゐ) 唐銅(からかね)湖水端(こすゐのはた)に建(たて)り兹(こゝ)より石階(せきかい)を登(のぼ)り平路(へいろ)よりまた石階(せきかい)
 二ヶ所(しよ)を上(のぼ)りて觀音堂(くわんおんだう)に至(いた)るの正面(しやうめん)なり
護摩堂(ごまだう) 三 間(げん)四 面(めん)石階(せきかい)を登(のぼ)り觀音堂(くわんおんだう)の前(まへ)
鐘楼(しゆろう) 二間に三 間(げん)鐘(かね)は古(ふる)きもの囘録(くわいろく)に及(およ)び今(いま)の鐘(かね)は文化年中 鋳造(たうざう)
三層塔(さんぞうのたふ) 赤塗(あかぬり)三 間(けん)四 方(はう)五智如來(ごちによらい)を安(あん)す右の方(かた)にあり
採燈護摩堂(さいとうこまだう) 鐘楼(しゆろう)より東の方(かた)爰(こゝ)の後(うしろ)より一 階(かい)高(たか)く築地(ついぢ)あり
古釜(ふるがま) 二 口(く)護摩堂(ごまだう)の脇(わき)にあり徑(わたり)三尺五六寸 銘(めい)有(あり)一は貞和二《割書:丙| 戌》年
 二月 聖記(しやうき)阿弥陀佛(あみたぶつ)奉施入中禅寺一は應永卅三年の銘(めい)其餘(そのよ)讀(よみ)がたし
 底(そこ)朽(くち)て所(ところ)〻(〴〵)損(そん)ぜり此釜(このかま)は少(すこ)し大形(たいぎやう)なり

【図】
【右丁】
中禪寺境地《割書:並》湖水圖

牛石

登山口

不動堂

ミコ石

千手ガハマ

【左丁】
寺ガサキ

ケゴンノ滝

ウタノハマ

コウツケシマ

䔍敬圖

【右丁】
三社權現本社(さんじやごんげんのほんしや) 銅葺(あかゞねぶき)緫赤塗(そうあかぬり)南 向(むき)二 間(けん)に三 間(げん)大床造(おほゆかづくり)箱棟(はこむね)滅金(めつき)かな
 物(もの)高欄(かうらん)彫物(ほりもの)彩色(さいしき)正面(しやうめん)三扉(さんひ)黒塗(くろぬり)鰐口(わにぐち)三ッ掲(かゝ)ぐ瑞籬(たまがき)四 邊(へん)を折廻(をりまわ)し是(これ)
 も赤塗(あかぬり)正面(しやうめん)と東の方(かた)に門(もん)あり此(この)内庭(うちには)に玉石(ぎよくせき)を敷(しけ)り勝道上人(しようだうしやうにん)弘
 任七年 敎旻(けうひん)道珍(だうちん)等(ら)を伴(ともな)ひ登山(とうざん)し給ひける时(とき)に男躰山(なんたいさん)の頂上(ちやうじやう)に
 て三神(さんじん)の影向(やうがう)を拜(はい)し玉ひ下山(げさん)の时(とき)麓(ふもと)に社殿(しやでん)を造立(ざうりふ)し給ふとある
 は當社(たうしや)のことなり是則(これすなはち)三社(さんじや)鎮座(ちんざ)の草創(さう〳〵)といふ
  《割書:元禄四年四月廿七日 當山(たうざん) 座主宮公辨法親王 始(はじめ)て登山(とうざん)し給ひける时(とき)神前(しんぜん)にて|御法楽(おんほふらく)並に詩(し)を詠(えい)し玉ひて御奉納(おんほうなふ)と《割書:云| 〻》》
 中禪千載祠一拜覺靈竒積雪三冬色開花四月枝
 湖光連碧落日影泛澄漪留意人𡩲外促歸聊賦詩
拜殿(はいでん) 銅葺(あかゞねふき)惣赤塗(そうあかぬり)四 方(はう)掾(えん)【縁椽ヵ】有(あり)五 間(けん)に六 間(けん)地蔵尊(ぢざうそん)を安(あん)す
本地観音堂(ほんちくわんおんだう) 拝殿(はいでん)より西の方(かた)銅瓦(あかゞねがはら)赤塗(あかぬり)本尊(ほんぞん)千手大士(せんじゆだいし)立木(りふぼく)の像(ざう)一
 丈六尺 素木(しらき)勝道上人(しようだうしやうにん)の作(さく)堂内(だうない)の左右(さいう)は四天王(してんわう)の像(ざう)を安(あん)す坂東(ばんどう)

【左丁】
 十八 番(ばん)の札所(ふだしよ)なり
 觀音(くわんおん)の詠歌(えいか)なりとて扁額(へんがく)に題(だい)して向拜(かうはい)に掲(かゝ)ぐ 坂東順礼記(ばんどうじゆんれいき)といふものに出(いで)たる由(よし)
  中禅寺(ちゆうぜんじ)登(のぼ)りてをがむみづうみの哥(うた)のはまぢに立(たつ)はしら波(なみ)
  補陀洛(ふだらく)やのぼりて拝(をが)む湖(みづうみ)のきしに立木(たちき)のちかひ久(ひさ)しき
 末社(まつしや) 妙見堂(みやうけんだう)《割書:向拝附(かうはいつき)大床造(おほゆかづくり)|拝殿(はいでん)あり》 根本堂(こんほんだう)《割書:本尊(ほんぞん)虚空蔵(こくうざう)を安(あん)す| 》
    戒壇堂(かいだんだう)《割書:本尊(ほんぞん)受戒(じゆかい)の|三聖(さんせい)を安(あん)す》 摩伽羅天堂(まきやらてんのだう) 山王社(さんわうのやしろ)
 傳(つた)へいふ此山(このやま)を補陀洛山(ふだらくせん)と名附(なづけ)られし事は徃昔(むかし)開祖上人(かいそしやうにん)當山(たうざん)
 草創(さう〳〵)多年(たねん)の間(あひだ)屡(しば〳〵)觀音(くわんおん)の霊験(れいげん)を被(かうふ)り給ひ殊(こと)に延暦三年 登山(とうざん)し
 給ひ西湖(さいこ)の南岸(なんがん)に於(おい)て大士(だいし)の影響(やうきやう)を感見(かんけん)まし〳〵てみづから其(その)
 尊容(そんよう)を手刻(しゆこく)して安置(あんち)し給ひかつ上人(しやうにん)倩(つら〳〵)思惟(しゆゐ)し給ふに二荒(にくわう)各處(かくしよ)
 の山中(さんちゆう)にして觀音薩埵(くわんおんさつた)の種(しゆ)〻(〴〵)の竒瑞(きずゐ)を示(しめ)し給ふこと是(これ)たゞ吾(わが)信(しん)
 力(りき)のみにあらず當山(たうざん)は必(かならず)大士(だいし)有縁(うえん)の㚑境(れいきやう)なるべしと悟(さと)らせ

【右丁】
 玉ひ大士(だいし)のすみ給ふ南海(なんかい)の補陀洛山(ふだらくせん)を此所(このところ)に標顯(へうけん)して即(すなはち)當山(たうざん)
 を補陀洛山(ふだらくせん)と名附(なづけ)給(たま)へるよし
唐銅鳥居(からかねのとりゐ) 男躰山(なんたいざん)登(のぼ)り口(くち)にあり男躰山大權現(なんたいざんだいごんげん)と行書(ぎやうしよ)に當山(たうざん)【平出】
 座主宮(ざすのみや)の御真蹟(おんしんせき)なる額(がく)を掲(かゝげ)たり
石燈籠(いしとうろう) 二 基(き)鳥居(とりゐ)の内(うち)にあり
木戸門(きどもん) 七月七日 禅頂(ぜんぢやう)する者(もの)是(これ)より登(のぼ)る常(つね)に鎖閇(さへい)せり浄土口(じやうとぐち)と称(とな)ふ
舩禅頂(ふねぜんぢやう) 是(これ)は六月朔日に開闢(かいびやく)して同月十一日より十九日 迄(まで)定舩講中(ぢやうせんこうぢゆう)
 の者(もの)連日(れんじつ)漕出(こぎいだ)し廵拜(じゆんはい)するなり是(これ)を舩禅頂(ふねぜんぢやう)といふ又(また)七月 中(ぢゆう)迄 願(ねが)ふ
 ものあれば舩(ふね)を出(いだ)す名附(なづけ)て是(これ)を補陀洛舩(ふだらくせん)と唱(とな)ふる由(よし)男躰山禅(なんたいさんぜん)
 頂(ちやう)するものも別(べつ)に勤行(ごんぎやう)して山禅頂(やまぜんぢやう)と両方(りやうはう)兼(かね)て禅頂(ぜんぢやう)するものも
 有(あり)一 様(やう)ならず
古碑銘(こひのめい) 性霊集(しやうりやうしふ)に載(のせ)たる弘法大師(こうぼふだいし)の記文(きぶん)の銘(めい)なり唐銅鳥居(からかねのとりゐ)のも

【左丁】
 とにあり勝道上人(しようだうしやうにん)神護景雲元年より跋渉(ばつせふ)を企(くわだて)給ひ漸(ぜん)〻(〳〵)延暦の
 初(はじめ)に至(いた)り登臨(とうりん)を極(きは)めたる銘文(めいぶん)弘法大師(こうぼふだいし)書記(しよき)し給ふ古碑(こひ)此所(このところ)に
 有(あり)しが破潰(はたい)して文字(もんじ)見ゆる所(ところ)なきに仍(よつ)て當山(たうざん)座主宮(ざすにみや)【平出】
 准三后公辨法親王 御再興(おんさいこう)【平出】
 准后の御撰文(おんせんぶん)もあり是(これ)を不朽(ふきう)に傳(つた)へ玉はん事を尊慮(そんりよ)有(あり)て銅(あかゞね)にて
 箱(はこ)を造(つく)り石碑(せきひ)の上(うへ)に被(かうふ)らすむるゆゑ原文(げんぶん)は見(み)えねど其(その)銅(あかゞね)の箱(はこ)
 に細字(さいじ)に雕附(ゑりつけ)たり此碑(このひ)は唐銅鳥居(からかねとりゐ)の前(まへ)に建(たて)り銘文(めいふん)次(つぎ)に出(いだ)せり
 當山(たうざん)座主宮(ざすのみや)【平出】
 公辨法親王 古碑銘(こひのめい)御再興(おんさいこう)の御撰文(おんせんぶん)
  重建勝道上人補陀洛山碑記
 人籍靈境以進道境因勝人而彰名如補陀山亦徵
 哉勝道上人創窮其頂精練㓛成弘法大師揮天縱

【右丁】
 才文之詳矣於是世人昭々知其爲名山也其文則
 載性靈集傳到于今而其碑則歷年遼邈掃也不存
 嗚呼廢而不興非人情也近者余鼎樹貞珉刋其文
 焉庻乎使臨者讀雄文以審靈境知靈境誠爲進道
 之縁矣然則此舉豈曰無所係乎世有髙談浄心蔑
 視山水者不亦謬哉因題碑隂聊紀歳月云
  寶永二年歳次乙酉春三月
   前天台座主一品公辨親王識
沙門勝道歷山水瑩玄珠碑《割書:並》序
 蘓巓鷲嶽異人所都達水龍坎靈物斯在所以異人
 卜宅所以靈物化産豈徒然乎請試論之夫境隨心
 變心垢則境濁心逐境移境閑則心朗心境冥會道

【左丁】
 德玄存至如能寂常居以利見妙祥鎮住以接引提
 山垂迹孤岸津梁並皆靡不依仁山託智水臺境瑩
 磨俯應機水者也有沙門勝道者下野芳賀人也俗
 姓若田氏神邈救蟻之齡清惜囊之齒桎枷四民之
 生事調飢三諦之滅業厭聚落之轟々仰林泉之皓
 然奥有同州補陀洛山葱嶺挿銀漢白峰衝碧落磤
 雷腹而鼉吼翔鳳足而羊角魑魅罕通人蹊也絶借
 問振古未有攀躋者法師顧義成而興歎仰勇猛以
 䇿意遂以去神護景雲元年四月上旬跋上雪㴱巖
 峻雲霧雷迷不能上也還住半腹三七日而却還又
 天應元年四月上旬更事攀陟亦上不得也二年三
 月中奉爲諸神祗冩經圖佛裂裳裹足弃命殉道繈

【図】
【右丁】
姫石楠花(ひめさくなぎ)

岩千鳥(いはちどり)
 花(はな)はうす紅(べに)にて
 春(はる)咲出(さきいづ)る

【左丁】
圖(づ)に出(いだ)せし草花(さうくわ)は皆(みな)深山(しんざん)に生(しやう)ずるなり
此むこ菜(な)といふは深山(しんさん)に生(しやう)ぜす里(さと)ちかき
山際(やまきは)又(また)は溪間(たにま)に自然(しねん)に生(しやう)ず土人(どじん)取(とり)て食(しよく)
用(よう)となせり味(あぢは)ひ輕(かろ)きものなり

婿菜(むこな)

■【絳ヵ】雪学【印 學士印】

【右丁】
 負經像至于山麓讀經禮佛一七日夜竪發願曰若
 使神明有知願察我心我所圖冩經及像等當至山
 頂爲神供養以崇神威饒群生福仰願善神加威毒
 龍巻霧山魅前導助果我願我若不到山頂亦不到
 菩提如是發願訖跨白雪皚々攀緑葉之璀璨脚踏
 一半身疲力竭憇息信宿終見其頂怳惚々々似夢
 似窹不因乘査忽入雲漢不嘗妙藥得見神窟一喜
 一悲心魂難持山之爲狀也東西龍臥彌望無極南
 北虎踞棲息有興指妙髙以爲儔引輪鐵而作帶笑
 衡岱之猶卑哂崐香之又劣日出先明月來晩入不
 假天眼萬里目前何更乘鵠白雲足下千般錦華無
 機常織百種靈物誰人陶冶北望則有湖約許一百

【左丁】
 頃東西狹南北長西顧亦有一小湖合有二十餘頃
 眄坤更有一大湖羃許一千餘町東西不濶南北長
 遠四面髙岑倒影水中百種異莊木石自在銀雪敷
 地金華發枝池鏡無私萬色誰逃山水相映乍看絶
 膓瞻佇未飽風雪趂人我結蝸庵干其坤角住之禮
 懴勤經三七日已遂其願便歸故居去延曆三年三
 月下旬更上經五箇日至彼南湖邊四月上旬造得
 一小船長二丈廣三尺卽與二三子棹湖游覽遍眺
 四壁神麗夥多東看西看汎濫自逸日暮興餘强託
 南洲其洲則去陸三十丈餘諸洲之中美華冨焉復
 更游西湖去東湖十五里許又覽北湖去南湖三十
 許里並雖盡美摠不如南其南湖則碧水澄鏡深不

【図】
【右丁】
栂櫻(つかざくら) 《割書: |季春(きしゆん)より》
《割書:初夏(しよか)に至(いた)り花(はな)咲(さく)其花(そのはな)|桜(さくら)の花(はな)の小なるもの葉(は)は|栂(とが)の如く小細なるゆゑに|名附(なつけ)たり木(き)にもあらず|また草(くさ)にもあらず葉(は)は|常盤(ときは)なり》

【左丁】
岩澤㵼(いはをもだか)
 《割書:常盤草(ときはくさ)なり|石間(せきかん)の苔(こけ)の中(なか)に生(しやう)ず》

丙申小春
椿山人晝【畫ヵ】
  【印 平弼】

【右丁】
 可側千年松柏臨水而傾緑葢百圍檜杉竦巖而搆
 紺樓五彩之花一株而雜色六時之鳥同響而異觜
 白鶴舞汀紺𠒎戯水振翼如鈴吐音玉響松風懸琴
 抵浪調鼓五音争奏天韻八德澹々自貯霧帳雲幕
 時々難陀之羃䍥星燈雷炬數々普香之把束見池
 中圓月知普賢之鏡智仰空裡惠日覺遍智之在我
 託此勝地聊建伽藍名神宮寺住此修道荏苒四祀
 七年四月更移住北涯四望無㝵沙塲可愛異華之
 色難名驚目竒香之臭叵尋悦意靈仙不知何去神
 人髣髴如存忿歳精之無記惜王矦之不遊思餓虎
 而不遇訪子喬而適去觀華蔵於心海念實相於眉
 山薀蘿遮寒蔭葉避暑喫菜喫水樂在其中乍彳乍
 
【左丁】
 干出塵外九臯鶴聲易達于天去延曆中 柏原天
 皇聞之便任上野國講師利他有時虗心逐物又建
 立華嚴精舎於都賀郡城山就此往彼利物弘道去
 大同二年國有陽九州司令法師祈雨則上補陀洛
 山祈禱應時甘雨霶霈百穀豊登所有佛業不能縷
 說咨日車難駐人間易變從心忽至四蛇虗羸攝誘
 是務能事畢矣前下野伊博士公與法師善秩滿入
 京于時法師歎勝境之無記要屬文於余茟伊公與
 余故固辭不免課虗抽毫乃爲銘曰
 鷄黄裂地粹氣昇天蟾烏運轉萬類跰闐山海錯峙
 幽明殊阡俗波生滅真水道先一塵搆嶽一滴㴱湖
 埃㳙委聚畵飭神都嶺岑不梯鸑鷟無圖皚々雪嶺

【図】
【右丁】
恒吉椿彰
   【印 椿彰】
何亭寫【印 可亭】

岩鏡(いはかゞみ)
初夏(しよか)に花(はな)咲(さく)
圖(づ)の如(ごと)し紅(こう)
色(しよく)なり岩間(いはま)
に生(しやう)ず

岩蓬(いはよもぎ)
 或(あるひ)は
  岩菊(いはきく)とも称(しよう)す

【左丁】
苦桃(にがもゝ)
花(はな)は初夏(しよか)に咲(さく)桃(もゝ)の花(はな)の如(ごと)く薄紅(うすべに)
常盤草(ときはくさ)なり実(み)を結(むす)ぶ青木(あをき)の実(み)
より小(せう)なり八月 頃(ころ)熟(じゆく)す此 実(み)熟(じゆく)せし
を丹頂(たんちやう)好(この)むゆゑ延齢(えんれい)の菓(このみ)なりと
称(しよう)す冨士山(ふじさん)にて濱梨子(はまなし)と云(いふ)ものに
            相(あひ)似(に)たり

此実(このみ)赤色(あかいろ)
   なり

芳馨
 【印 芳馨】

雪割草(ゆきわりさう)
 桜草(さくらさう)の至(いたつ)て小なる
 ものなり

丙申十月上浣
琴音寫生【印 琴 音】

【右丁】
 曷矚誰廬沙門勝道竹操松柯仰之正覺誦之達磨
 歸依觀音禮拜釋迦殉道斗藪𥄂入嵯峨龍跳絶巘
 鳳擧經過神明威護歷覽山河山色峥嶸水色泓澄
 綺華灼々異鳥嚶々地籟天籟如筑如筝異人乍浴
 音樂時鳴一覽消憂百煩自休人間莫比天上寧儔
 孫興擲茟郭詞豈周咄哉同志何不優遊弘仁之年
 敦牂之月月次壯朔三十之癸酉也人之相知不必
 在對面久話意通則傾蓋之遇也余與道公生年不
 相見幸因伊博士公聞其情素之雅致兼𫎇請洛山
 之記余不才當仁不敢辭讓輒抽拙詞並書絹素上
 詞翰俱弱㴱恐玄之猶白寄以瓦礫表其情至百年
 之下莫忘相憶耳

【左丁】
         西岳沙門遍照金剛題
 右性靈集所載也
中禪寺私記
 日光山滿願寺者穪德天皇御宇神護景雲年中當
 國芳賀郡人沙門勝道勤求佛道攀躋靈窟爲鎮護
 國家爲利益衆生勸請於神祗造冩佛經始卜斯山
 新起道塲其山中央有嶽其髙不知幾千仭其嶽半
 腹有大伽藍号中禪寺安置丈六千手觀音像其傍
 建立靈祠奉崇權現又妙法蓮華經一千部并大般
 若經六百軸併納之箱底安之堂中每歳四月二十
 二三日両朝之間有修大會前日講般若經次日講
 法華經奉辨備三十三杯御膳奉供觀自在尊辨僃

【右丁】
 百八十杯御膳奉供權現王子件會住僧等守次第
 勤行之巳爲規摸敢不失墜爾後碩學相續勤求講
 匠嚴重之儀不遑具記自兹寺至于山頂二百四十
 町者結界地也五種相分四神具足其前頭有大湖
 揚五色浪如八功德池湖之南涯有別所穪歌濵彌
 勒大士妙吉祥天靈驗之塲也湖坤有一梵宮號日
 輪寺安置不動降三世軍荼利大威德金剛夜叉等
 尊像葢是本願勝道上人修練之砌也其前有小嶋
 彼上人止住此島禮拜之次奉祈聖朝柏原天皇遥
 聞此事㴱成叡感令補上野講師仍号上野嶋湖西
 岸有十六丈千手觀音石像曰千手﨑弘法大師手
 書山門題額補陀洛山發心檀門其門六宇葢是宛

【左丁】
 六度也化導無限遍被遐迩之郷功德不孤必有隣
 旁及幽顯境上自天子以至於庻民壹是孰不欽仰
 誰不歸依哉其地之爲体神嶽蔣々送千嶺髙峙靈
 湖渺々冩四瞑而遥𢌞凡厥峻極之狀勝絶之美具
 于弘法大師御作勝道歷山水碑文序今之實録粗
 擧大槩而巳于時保延七年夷則初三日吏部侍郎
 藤原敦光爲貽方來揚確記云
武射祭(むしやまつり) 毎年(まいねん)正月四日 武射祭(むしやまつり)の神事(じんじ)として御宮(おんみや)の社家(しやけ)一人 爰(こ々)の
 社務(しやむ)を兼掌(けんしやう)するもの登山(とうざん)し古実(こじつ)の武射(むしや)の祭儀(さいぎ)とて湖水(こすゐ)の邊(へん)に
 て其式(そのしき)を行(おこな)ふ日光町方(につくわうまちかた)又(また)は近村(きんそん)の者(もの)ども登山(とうざん)し鏑(かぶら)を放(はな)ちける
 时(とき)参詣(さんけい)の老若(らうにやく)一同(いちどう)に聲(こゑ)を發(はつ)す是(これ)上古(しやうご)よりの祭儀(さいぎ)なりといふ
慈悲心鳥(じひしんてう) 此鳥(このとり)當山(たうざん)にて別(べつ)に名(な)あることを聞(きか)ず唯(たゞ)其(その)喚呼(くわんこ)するを

【図】
【右丁】
沙羅樹(さらじゆ)
 慈悲心鳥(じひしんてう)

【左丁】
  慈悲心鳥
神山靈鳥自呼名薄夜層
巒陰籟生鸚鵡久休宮裡
語頻迦巳脫㲉中聲珠林
開䖏■【啣ヵ】花去瑶闕過時向
月鳴樹色㴱々看不見天
風吹度梵王城
     紫溟驤

石阪■【彛ヵ】教冩【印 源■[𢑴ヵ]教印】

【右丁】
 以(もつ)て名(な)に称(しよう)するにて仏法僧鳥(ぶつほふそうてう)と名附(なづく)るが如(ごと)き欤 初夏(しよか)の頃(ころ)よく
 聲(こゑ)を發(はつ)せり此(この)山中(さんちゆう)にかぎらず荒沢(あらさは)寂光(じやくくわう)又は栗山邊(くりやまへん)にも多(おほ)く栖(すめ)
 る由(よし)时(とき)として御山内(おんさんない)へも𢌞(くわい)翔(しやう)し來(きた)り鳴(なく)ことあり人家(じんか)多(おほ)き所(ところ)へは來(きた)る
 こと稀(まれ)なり足(あし)の前後(ぜんご)二 本(ほん)宛(づゝ)にわかれたり羽色等(はいろとう)圖(づ)の如しかたちは
 鵯(ひえとり)程(ほど)の鳥(とり)なりおのれ先(さき)に榛名山(はるなさん)へゆきて社家(しやけ)の家(いへ)に舎(やど)りしにあ
 るじが話(かた)れるに當山(たんざん)に三宝鳥(さんばうてう)戒行鳥(かいぎやうてう)などすめり三宝鳥(さんばうてう)は鳴(なく)こと
 稀(まれ)なり戒行鳥(かいぎやうてう)は夜(よ)更(ふけ)てなけりといひしかど春(はる)はやく行(ゆき)しゆゑ
 鳴(なか)ず其(その)戒行鳥(かいぎやうてう)といへるは慈悲心鳥(じひしんてう)なりと舎(いへ)のあるじが話(かた)れり
娑羅樹(さらじゆ) 或(あるひ)は娑羅双樹(さらさうじゆ)とも唱(とな)へ常(つね)に夏椿(なつつばき)といへり四五月 比(ごろ)花(はな)さく
 ゆゑにやされども椿(つばき)とは大(おほい)に異(こと)なり山中(さんちゆう)に多(おほ)く生(しやう)ぜり
男體山(なんたいさん) 二荒山(にくわうさん)補陀洛山(ふだらくせん)黒髪山(くろかみやま)黒上山(くろかみやま)日光山(につくわうさん)男躰山(なんたいさん)などゝ號(がう)せ
 り二荒(にくわう)を轉(てん)ぜし説(せつ)は前巻(ぜんくわん)にも弁(べん)じたれば兹(こゝ)に畧(りやく)すまた黒髪山(くろかみやま)

【左丁】
 と唱(とな)へしことは万葉集(まんえふしふ)にも見(み)えて古(ふる)き唱(とな)へにてぞ有(あり)ける古老(こらう)が
 話(かた)れるはかゝる高山(かうざん)にて積雪(しやくせつ)深(ふか)けれど麓(ふもと)より巔(いただき)に至(いた)る迄(まで)松(まつ)樅(もみ)檜(ひ)栂(とが)
 等(とう)の古木(こぼく)積翠(しやくすゐ)朦朧(もうろう)として真黒(まくろ)に見(み)ゆるより名附(なづけ)たる謂(いはれ)とぞ話(かた)りし
 或説(あるせつ)に上古(しやうこ)の御世(おんよ)には此國(このくに)の名(な)を毛國(けのくに)と名附(なづく)毛(け)といふ时(とき)は成(じやう)
 熟(じゆく)の意(こゝろ)なり田畠(たはた)に耰(たねがし)して生(しやう)ぜしものを作毛(さくまう)と唱(とな)へ成熟(じやうじゆく)せさる
 地(ち)を不毛(ふまう)の地(ち)と呼(よぶ)か如(ごと)し當國(たうごく)も神代(じんだい)より高山(かうざん)に樹木(じゆもく)の成立(せいりふ)し
 けるより國(くに)の名(な)も是(これ)より起(おこ)れるにや又(また)毛(け)とは草木稲蔬(さうもくたうしよ)の生熟(せいじゆく)
 する謂(いはれ)をもて黒髪山(くろかみやま)とは称(しよう)するならんといふ此説(このせつ)の如(ごと)きも其(その)
 理(り)當(あた)れるに似(に)たり又(また)男躰山(なんたいざん)の名(な)より大真子(おほまなご)小真子(こまなご)の二子(じし)の称(しよう)
 をも生出(しやうしゆつ)せしなり扨(さて)麓(ふもと)禅頂口(ぜんぢやうぐち)より登(のぼ)ること凢(およそ)三里の直道(ちよくだう)なり絶(ぜつ)
 巔(てん)に三社(さんじや)を祀(まつ)れり頂上(ちやうじやう)の廣(ひろ)さ南北拾町 許(ばかり)東西三町ほど登道(のぼりみち)𡸴(けん)
 嵓(がん)にて道(みち)絶(たえ)たる危(あやふ)き所(ところ)もなく躋躡(せいでふ)する事 易(やす)し仍(よつ)て古木(こぼく)の欝(うつ)■(すゐ)

【図】

【左丁】
相覧【印】

【右丁】
 四时(しいし)枝葉(しえふ)を栄(さか)え石楠花(しやくなんげ)二尺より三四尺 廻(まは)り或(あるひ)は躑躅(つゝじ)の拱抱(きようはう)すべ
 き大木(たいぼく)数多(あまた)有(あり)て林(はやし)をなせり絶頂(ぜつちやう)に至(いたり)ては四邊(しへん)の神秀(しんしう)なることは
 言葉(ことば)に述(のべ)がたし巔(いたゞき)に神社(じんじや)を祀(まつ)り玉ふは勝道上人(しようだうしやうにん)神護景雲元年
 四月 初(はじめ)て跋渉(ばつせふ)を企(くはだて)て半路(はんろ)にして雷鳴(らいめい)し路(みち)に迷(まよひ)て登(のぼ)ることを得(え)ず
 夫(それ)より十五年を經(へ)て天應元年四月 又(また)企(くはだて)て登(のぼ)らんとすれども果(はた)
 さず同二年三月 經(きやう)を写(しや)し仏(ほとけ)を圖(づ)し山麓(さんろく)に至(いたり)て一七日 讀經(どきやう)し神(しん)
 明(めい)に誓(ちか)ひ山頂(さんちやう)に至(いた)ることを得(え)ば經巻(きやうくわん)仏像(ぶつざう)を絶頂(ぜつちやう)に置(おき)て天地(てんち)の神(しん)
 明(めい)の為(ため)に供養(くやう)し神威(しんゐ)を崇(あが)め奉らんと祈念(きねん)し誓(ちか)ひ漸(やうやく)三 度目(どめ)に登(とう)
 臨(りん)を極(きはむ)と《割書:云| 云》此时(このとき)上人(しやうにん)神祠(しんし)を祀(まつ)り玉ふは天地(てんち)の神明(しんめい)を祀(まつ)り給ふ
 なり其後(そのゝち)弘仁七年 登山(とうざん)の时(とき)に三神(さんじん)の影向(やうがう)を拝(はい)し玉ひて祀(まつ)りける
 は是(これ)日光三社權現(につくわうさんじやごんげん)の鎮(しづま)りましますの始(はじめ)也 對面石(たいめんせき)とて山上(さんしやう)に一 石(せき)
 あり弘仁七年 影向(やうがう)を拝(はい)し給ふ石(いし)なりといへり此餘(このよ)記(き)するに遑(いとま)あら

【左丁】
 ず禅頂(ぜんぢやう)して其(その)神秀(しんしう)なるを知(しる)べし
 《割書:万葉|十一》うば玉(たま)の黒髪山(くろかみやま)の山菅(やますげ)にこさめ降(ふり)しきます〳〵ぞ思(おも)ふ 人丸
 《割書:續古|今》うば玉(たま)の黒髪山(くろかみやま)を朝(あさ)越(こえ)て木(こ)の下露(したつゆ)にぬれにけるかな 同
 《割書:新後|拾遺》身(み)のうへにかゝらんことを遠(とほ)からぬ黒髪山(くろかみやま)にふれるしら雪(ゆき) 従三位頼政
 《割書:堀川|百首》旅人(たびゞと)の真菅(ますげ)の笠(かさ)や朽(くち)ぬらん黒(くろ)かみ山(やま)の五月雨(さみだれ)のころ 公実朝臣
 《割書:同 》うば玉(たま)の黒髪山(くろかみやま)に雪(ゆき)ふれば谷(たに)も埋(うもる)るものにぞ有(あり)ける 俊頼朝臣
   うば玉の黒髪山(くろかみやま)の頂(いたゞき)に雪(ゆき)も積(つも)らばすら髪(が)とや見む 隆源
 《割書:夫木》ながむ〳〵散(ちり)なんことを君(きみ)もとへ黒(くろ)かみ山(やま)に花(はな)咲(さき)にけり 西行法師
 《割書:寛永十三年二十一 囘(くわい) 御忌(ぎよき) 勅會(ちよくゑ)にて公卿(くぎやう)門跡(もんぜき)登山(とうざん)此时(このとき)阿野宰相藤原公業卿 夘(う)|月(づき)の初(はじめ)に登山(とうざん)ありて》
   山菅(やますげ)の橋(はし)よりみれば名(な)にも似(に)ず黒(くろ)かみ山(やま)に残(のこ)るしら雪(ゆき)
 《割書:慶安元年三十三 囘(くわい) 御忌(ぎよき) 勅會(ちよくゑ)にて公卿(くぎやう)門跡(もんぜき)登山(とうざん)此时三條宰相藤原実教卿|夘月(うづき)の初(はじめ)に登山(とうざん)ありて》
   时(とき)しらぬたぐいか是(これ)も夏(なつ)かけて黒髪山(くろかみやま)にふれる白雪(しらゆき)

【図】
【右丁】
湛齋冩

【左丁】
如宝山

小マナ子

【図】
【右丁】
大マナゴ

男體山

【左丁】
男躰の晴雪

【右丁】
南湖(なんこ) 中禅寺(ちゆうぜんじ)の湖水(こすゐ)と唱(とな)ふるものなり㐧一の大湖(たいこ)にして凢(およそ)東西三里
 餘(よ)南北 凢(およそ)一里 餘(よ)又(また)八功徳池(はつくどくち)と名附(なづく)ることは縁起(えんぎ)にみえたり凢(およそ)山腹(さんふく)
 山趾(さんし)に四拾八 湖(こ)有(あり)となん聞(きけ)るされど其(その)在所(さいしよ)も定(さだ)かに知(し)れるもの
 なし大師(だいし)の記文(きぶん)に載(のせ)たるが如(ごと)く眄坤更有一大湖羃計一千餘町
 《割書:云| 云》清潔(せいけつ)なる冷水(れいすゐ)ゆゑ鱗蟲(りんちゆう)も生(しやう)せず一 㸃(てん)の塵芥(ぢんかい)もなく常(つね)に白波(はくは)
 汀濱(ていひん)に湛(たゝ)へ旱年(かんねん)又(また)は霖雨(りんう)にも不耗(へらず)不溢(あふれず)そのかみ神護景雲元年
 勝道上人(しようだうしやうにん)㳺覧(いうらん)せられしより今(いま)も猶(なほ)現然(げんぜん)として竒觀(きくわん)なる大湖(たいこ)といふべし
南岸橋(なんがんきやう) 蕐嚴滝(けごんのたき)落口(おちくち)より上(うへ)にあり湖水(こすゐ)の流(ながれ)瀧口(たきぐち)へ至(いた)る水路(すゐろ)に板橋(いたばし)
 を架(か)す花供行人(けくうぎやうにん)歌濱(うたのはま)より是(これ)を渡(わた)りて別所(べつしよ)へ來(く)る通路(つうろ)とすまたは
 足尾(あしを)より峠(たうげ)へ掛(かゝ)り嶺上(れいしやう)に中禅寺道(ちゆうぜんじみち)へ別(わか)る岐路(きろ)あり夫(それ)より山路(さんろ)の
 険(けん)を經(へ)て中禅寺(ちゆうぜんじ)へ詣(まうづ)るもの徃來(わうらい)せり
歌濱(うたのはま) 湖水(こすゐ)の南 岸(がん)なり上世(じやうせい)勝道尊師(しようだうそんし)兹(こゝ)の汀濱(ていひん)を㳺覧(いうらん)し修行(しゆぎやう)せら

【左丁】
 れし时(とき)天人(てんにん)下(くだ)りて歌詠(かえい)讃嘆(さんたん)せしといへり依(より)て夫(それ)より此所(このところ)を歌濱(うたのはま)
 と称(しよう)する由(よし)其(その)旧跡(きうせき)今(いま)花供行者(けくうぎやうじや)の篭(こも)る所(ところ)を宿(やど)と称(しよう)するあり是(これ)其(その)
 旧跡(きうせき)なりといへり
寺﨑(てらがさき) 南 岸(がん)にて歌濱(うたのはま)より西の方(かた)此地(このち)は勝道師(しようだうし)の開建(かいけん)にあらず慈覚(じがく)
 大師(だいし)の草創(さう〳〵)といへり嘉祥元年四月 此地(このち)に到(いた)り給ひ薬師堂(やくしだう)を創建(さうこん)
 し給ひ手(しゆ)𠜇(こく)の本尊(ほんぞん)を安(あん)し其堂(そのだう)の中心(ちゆうしん)に薬壷(やくこ)を埋(うづみ)給ひ薬師寺(やくしじ)と
 称号(しようがう)す此(この)薬壷(やくこ)といふは天竺(てんぢく)の耆婆醫王(ぎはいわう)より一行和尚(いぢぎやうをしやう)へ相傳(さうでん)の薬壷(やくこ)
 なる由(よし)此事(このこと)は當山(たうざん)の古記(こき)なる宸翰(しんかん)の五 軸(ぢく)の文(ぶん)に出(いで)たることを聞(きけ)り
 南 岸(がん)より八町 程(ほど)築(つ)き出(いだし)し如(ごと)き小山(こやま)の出﨑(でさき)に薬師堂(やくしだう)あるゆゑ寺(てらが)
 /﨑(さき)薬師寺(やくしじ)と称(しよう)する所(ところ)なり
《振り仮名:日輪寺𦾔迹|にちりんじのきうせき》 勝道上人(しようだうしやうにん)歌濱(うたのはま)にしばし草庵(さうあん)を結(むすび)給ふ时(とき)或夜(あるよ)の夢(ゆめ)に
 大日輪(だいにちりん)の内(うち)に五大尊(ごだいそん)の出現(しゆつげん)を拝(はい)し給ひしゆゑ五大尊(ごだいそん)を𠜇(こく)して此(この)

【図】
石楠花(しやくなけ)


【右丁】
 所(ところ)に草創(さう〳〵)せられ日輪寺(にちりんじ)と名附(なづけ)給ひし由(よし)兹(こゝ)も南 岸(がん)なり
上野島(かうづけしま) 此地(このち)は中禅寺(ちゆうぜんじ)別所(べつしよ)の邊(へん)の湖岸(こがん)より望(のぞ)むに湖中(こちゆう)に浮(うか)み出(いで)
 たる如(ごと)く見(み)ゆる島(しま)なり竒石(きせき)珍木(ちんぼく)多(おほ)しといふ勝道上人(しようだうしやうにん)の遺骨(ゆゐこつ)を納(をさめ)し
 碑石(ひせき)あり其(その)うしろに慈眼大師(じげんだいし)の遺骨(ゆゐこつ)を納(をさめ)し塔(たふ)あり仍(よつ)て此邊(このへん)舩禅(ふなぜん)
 頂(ぢやう)の拝所(はいしよ)なり
千手﨑(せんじゆがさき) 此地(このち)は中禅寺(ちゆうぜんじ)より西 寄(より)の湖岸(こがん)なり傳(つた)へいふ勝道上人(しようだうしやうにん)延暦
 三年四月廿日 湖上(こしやう)にして金色(こんじき)の千光眼(せんくわうがん)の影向(やうがう)を拝(はい)し給ひしゆゑ
 爰(こゝ)に千手大士(せんじゆだいし)を創建(さうこん)し玉ひ補陀洛山(ふだらくせん)千手院(せんじゆゐん)と名附(なづけ)給ふといふ其後(そのゝち)
 弘法大師(こうぼふだいし)登山(とうざん)の时(とき)此地(このち)に來(きた)り千光眼(せんくわうがん)を礼拝(らいはい)して補陀洛山(ふだらくせん)発心(ほつしん)
 檀門(だんもん)といふ額(がく)を書(かき)給ひ堂宇(だうう)に掲(かゝげ)たるをいつの頃(ころ)にか㙒火(のび)に罹(かゝ)り
 焦土(せうど)と成(なり)しを文政二年の春(はる)一山(いつさん)の法門院(ほふもんゐん)上人職(しやうにんしよく)なりし时(とき)に発願(ほつぐわん)
 に依(より)て補陀洛山(ふだらくせん)発心檀門(ほつしんだんもん)の額字(かくじ)當(たう)

【左丁】
 御門主公猷大王 御筆(おんふで)を染(そめ)させ給ふといふ
千手原(せんじゆがはら) 是(これ)は千手﨑(せんじゆがさき)より續(つゞ)き赤沼原(あかぬがはら)の南西によれり廣(ひろ)さ凢(およそ)一里
 半 餘(よ)も有(あり)ける由(よし)兹(こゝ)は徃反(わうへん)する處(ところ)にあらねば知(し)れるものすくなし
 千手(せんじゆ)かんひと称(しよう)する草花(さうくわ)の名産(めいさん)を生(しやう)ず
千手砂利(せんじゆのしやり) 是(これ)は千手﨑(せんじゆがさき)の出﨑(でさき)にあり真白(ましろ)にて舎利石(しやりせき)の如(ごと)し或(あるひ)は
 千手石(せんじゆせき)とも唱(とな)ふ 千手清水(せんじゆのしみづ) 千手堂(せんじゆだう)の後山(うしろやま)より流出(ながれいづ)る清水(しみづ)なり
菖蒲沼(あやめがぬま) 南 湖(こ)の北 寄(より)の入江(いりえ)をいふ爰(こゝ)の北 涯(がい)に殺生禁断(せつしやうきんだん)の碑(ひ)あり
 是(これ)より北西南を境(さかひ)とす
赤岩(あかいは) 南 湖(こ)の北 涯(がい)にあり 白岩(しろいは) 南 湖(こ)西 寄(より)の湖岸(こがん)にあり
瑠璃壷(るりがつぼ) 菖蒲沼(あやめがぬま)の邊(へん)より北の山中(さんちゆう)に洞窟(どうくつ)あり縁起(えんぎ)にいふ勝道上人(しようだうしやうにん)
 の遺骨(ゆゐこつ)を此(この)窟中(くつちゆう)に納(をさ)むとあり
龍頭滝(りうづかたき) 是(これ)は湯瀧(ゆのたき)の下流(かりう)なり路傍(ろばう)より望見(のそみみ)る时(とき)は水㔟(すゐせい)おのづから

【図】
【右丁】
齢七十二
画狂老
人卍筆

【左丁】
龍頭滝其一

【図】
【右丁】
應需画
狂老人
卍冩■【意ヵ】

【左丁】
其二

【右丁】
 龍頭(りうづ)の如(ごと)し故(ゆゑ)に名附(なづけ)たり秋(あき)來(く)れば紅葉(もみぢ)の好所(かうしよ)なるゆゑ別名(べつみやう)を
 紅葉瀑(もみぢのたき)とも唱(とな)ふ此瀧(このたき)は南 湖(こ)に落入(おちいる)迄(まで)に数(す)ヶ所(しよ)に瀧(たき)有(あり)て絶景(ぜつけい)な
 る事(こと)筆紙(ひつし)に尽(つく)しがたし其(その)大概(たいがい)を略圖(りやくづ)して前(まへ)に出(いだ)せり
地獄茶屋(ぢごくのちやや) 中禅寺(ちゆうぜんじ)別所(べつしよ)の邊(へん)より湖水(こすゐ)に随(したが)ひ凢(およそ)一里 餘(よ)ゆきて徃來(わうらい)
 橋(ばし)を踰(こえ)て其上(そのうへ)にあり名附(なづく)る處(ところ)は此(この)茶屋(ちやや)より東に當(あた)り男躰山(なんたいさん)の
 麓(ふもと)に洞穴(どうけつ)有(あり)て窟底(くつてい)の深(ふか)さ知(しられ)ざるゆゑ土人(とじん)地獄穴(ぢごくあな)と呼(よび)けり其(その)あた
 り近(ちか)きゆゑ竟(つひ)に地獄(ぢごく)の茶屋(ちやや)と唱(とな)ふ爰(こゝ)は湯元(ゆもと)迄 程遠(ほどとほ)ければ旅人(りよじん)
 中休(なかやすみ)の為(ため)に設(まう)く
木叉寺旧跡(もくさうじのきうせき) 是(これ)も湯元(ゆもと)徃來橋(わうらいばし)の東の山腹(さんふく)にあり弘法大師(こうぼふだいし)開基(かいき)とは
 傳(つた)ふれども今(いま)は故地(こち)のみ其名(そのな)を傳(つた)ふ
顯釋坊淵(げんしやくばうのふち) 湖水(こすゐ)東の入江(いりえ)をいふ徃古(わうこ)此僧(このそう)が入水(じゆすゐ)の所(ところ)なり年(ねん)〻(〳〵)七月
 濵禅頂(はまぜんぢやう)の时(とき)笹(さゝ)つとの㚑供(れいく)とて弥陀經(みだきやう)を括(くゝ)り付(つけ)て湖中(こちゆう)へ投(とう)じ上人(しやうにん)

【左丁】
 囘向(ゑかう)すれば忽(たちまち)弥陀經(みだきやう)を水底(すゐてい)へ引込(ひきこむ)が如(ごと)くして沈(しづ)む禅頂(ぜんぢやう)する道(だう)
 俗(ぞく)竒異(きい)の想(おもひ)をなせり
鉢山(はちやま) 丸(まろ)き山(やま)なり湖水(こすゐ)の北にて男躰(なんたい)の南に連(つらな)る
鉢石(はちいし) 湖中(こちゆう)にあり鉢(はち)やまの邊(へん)に有(ある)ゆゑ名附(なづ)く
四條寺旧跡(しでうじのきうせき) 鉢山(はちやま)より前(まへ)にて湖水(こすゐ)の邊(へん)弘法大師(こうぼふだいし)建立(こんりふ)此(この)旧跡(きうせき)を元(もと)
 戒壇所(かいだんしよ)と号(がう)す
法蕐密嚴寺旧跡(ほつけみつごんじのきうせき) 鉢山(はちやま)の上(うへ)なり真済阿闍梨(しんさいあじやり)建立(こんりふ)
轉法輪寺旧跡(てんほふりんじのきうせき) 鉢山(はちやま)の麓(ふもと)教旻(きやうびん)建立(こんりふ)
般若寺旧跡(はんにやじのきうせき) 西湖(さいこ)の岸(きし)にあり弘法大師(こうぼふだいし)の建立(こんりふ)なり
梵字磐(ぼんじいは) 般若寺(はんにやじ)の前(まへ)湖水(こすゐ)の内(うち)にあり弘法大師(こうぼふだいし)梵字(ぼんじ)を㸃(てん)じ給ふ
若松﨑(わかまつのさき) 老松﨑(おいまつのさき) 日輪寺旧跡(にちりんじきうせき)の邊(へん)と般若寺跡(はんにやじのあと)の邊(へん)をいふ
標芽原(しめぢかはら) 或(あるひ)は戦塲原(せんぢやうがはら)又(また)は赤沼原(あかぬまがはら)など唱(とな)ふれども標芽原(しめぢがはら)の異称(いしよう)にて

【図】
【右丁】
竹谷寫【印 竹谷】

【左丁】
赤沼ヶ原

【右丁】
 別(べつ)に其地(そのち)有(ある)にあらず赤沼(あかぬま)と唱(とな)ふる本説(ほんせつ)は此野(このの)の中(なか)に清水(せいすゐ)湧出(ゆ[う]しゆつ)
 の㚑沼(れいせう)あり開祖上人(かいそしやうにん)閼伽(あか)の水(みづ)を汲(くみ)給ひし謂(いはれ)を以(もつ)て後世(こうせい)これを
 閼伽沼原(あかぬまがはら)といふまた赤沼(あかぬま)とも書(かく)は神戦(しんせん)有(あり)し时(とき)血(ち)ながれて赤(あか)かりし
 といふ説(せつ)よりいへり亦(また)戦塲原(せんぢやうがはら)の名(な)もこれより起(おこ)りしとぞ此(この)原野(げんや)
 は中禅寺(ちゆうぜんじ)別所(べつしよ)の邊(へん)を去(さり)て湯元(ゆもと)入口(いりくち)迄(まで)三里の行程(かうてい)なり又(また)云(いはく)標芽(しめぢが)
 原(はら)を或(あるひ)は忠女治原(しめぢがはら)と書(かけ)り
 《割書:新古|今》猶(なほ)たのめしめぢか原(はら)のさし艾(もぐさ)我(われ)世中(よのなか)にあらんかぎりは 《割書:此哥は清水|觀音の御哥|ともいふ》
 《割書:新千|載》いかなれば標芽原(しめぢがはら)の冬草(ふゆくさ)のさしも無(なく)ては枯果(かれはて)にけむ 《割書:よみ人しらす》
 《割書:六帖》下野(しもつけ)や標芽(しめち)がはらのさし艾(もぐさ)おのが思(おも)ひに身(み)をや燒(やく)らむ 《割書:同》
 《割書:新六》草(くさ)たちししめぢか原(はら)は霜枯(しもがれ)て身(み)は有増(あらまし)の頼(たのみ)だになし 《割書:衣笠内大臣》
 《割書:夫木》たのめこし標芽原(しめぢがはら)の下蕨(したわらび)下(した)にもえても年(とし)へにしかな 《割書:俊成卿》
 《割書:同 》下野(しもつけ)やしめぢか原(はら)の草(くさ)がくれさしもはなにしもゆるおもひぞ 《割書:光俊朝臣》

【左丁】
 中禅寺(ちゆうぜんじ)別所(べつしよ)の邊(へん)より湯元(ゆもと)迄(まで)三里といふ湖水(こすゐ)の際(きは)に随(したが)ひ一里 許(ばかり)
 も行(ゆき)て菖蒲沼(あやめがぬま)などいへる所(ところ)は湖水(こすゐ)の末(すゑ)にてあやめ草(ぐさ)多(おほ)く生茂(しやうも)せし
 ゆゑ名附(なつげ)たり夫(それ)より木立(こだち)を通(とほ)り赤沼原(あかぬまがはら)を逕(すぐ)ること二里 許(ばかり)にして
 湯元(ゆもと)に至(いた)るすべて渺茫(べうばう)たる平原(へいげん)或(あるひ)は芝生(しばふ)の地(ち)多(おほ)く数品(すひん)の艸花(さうくわ)
 あり春(はる)も気(き)𠊱(こう)おくれ四五月 頃(ごろ)に至(いた)り漸(やうやく)春(はる)の時気(じき)を得(え)て数(す)百 種(しゆ)
 の花(はな)一 时(じ)に開(ひら)き爛漫(らんまん)として花氊(くわせん)をつらねたるが如(ごと)しゆゑに一 名(みやう)
 を御花畑(おんはなばたけ)とも唱(とな)へり
 戦塲原(せんぢやうがはら)の説(せつ)
 上古(しやうこ)神(かみ)いくさ有(あり)し所(ところ)ともいひまた遥(はるか)に後(のち)の世(よ)に至(いた)りても鎌倉(かまくら)
 御所(ごしよ)満兼朝臣(みつかねあそん)下野(しもつけ)の小山(をやま)退治(たいぢ)せらる是(これ)は永徳元年の事(こと)にて小(を)
 山右馬頭義政(やまうまのかみよしまさ)其子(そのこ)若犬丸(わかいぬまる)南朝(なんてう)へ心(こゝろ)を通(つう)じ鎌倉(かまくら)の下知(けぢ)を叛(そむ)きける
 ゆゑ右兵衛督殿(うひやうゑのかみどの)出馬(しゆつば)せらる此时(このとき)常陸(ひたち)の小田讃岐守入道(をださぬきのかみにふだう)父子(ふし)御先(おんさき)

【図】
【右丁】
其二

【左丁】
白根山

【右丁】
 手(て)に参(まゐ)り忠功(ちゆうこう)を顕(あらは)し小山(をやま)が城(しろ)〻(〴〵)攻落(せめおと)さる然(しか)るに嘉慶二年五月
 十三日 古河(こが)の住人(ぢゆうにん)野田右馬助(のだうまのすけ)囚人(めしうと)壱 人(にん)を搦(からめ)て鎌倉(かまくら)へ参(まゐ)らす此(この)
 もの白状(はくじやう)申(まうし)けるは小田入道直高(をだにふだうなをたか)父子(ふし)小山若犬丸(をやまわかいぬまろ)と同意(どうい)し若犬(わかいぬ)
 丸(まろ)を隠(かく)し置(おけ)る由(よし)を申(まう)す小田父子(をだふし)先年(せんねん)忠功(ちゆうこう)を尽(つく)せる人(ひと)なり何(なに)の
 恨(うらみ)有(あり)て歒(てき)に同意(どうい)致(いた)しけるやと疑(うたがひ)ながら同(おなじ)き六月十三日 小田(をだ)が
 子(こ)二 人(にん)召預(めしあづけ)七月十九日 管領(くわんれい)上杉中務大輔朝宗(うへすぎなかつかさのたいふともむね)を大将(たいしやう)として小(を)
 田(だ)が城(しろ)を攻(せめ)ければ小田直高(をだなほたか)並 子息(しそく)二人 家老(からう)信田某等(しだなにがしら)城(しろ)を落去(らくきよ)
 野刕(やしう)男躰山(なんたいざん)へ楯篭(たてこも)る此所(このところ)は高山(かうざん)にて力責(ちからぜめ)にも難落(おとしがたく)同(おなじ)き十一月
 廿四日より相戦(あひたゝか)ひけるといへども勝負(しようぶ)も分(わか)たず依(よつ)て鎌倉殿(かまくらどの)より
 謀(はかりごと)を以(もつ)て海老名備中守(えびなびつちゆうのかみ)を御使(おんつかひ)として免許(めんきょ)可被成(なさるべく)間(あひだ)出城(しゆつじやう)すべき
 由(よし)被仰遣(おほせつかはされ)けるゆゑ翌(よく) 康慶元年五月 小田(をだ)并 子息(しそく)孫四郎(まごしらう)を被召出(めしいだされ)
 嫡子(ちやくし)太郎(たらう)をば那須越後守(なすゑちごのかみ)へ預(あづけ)給ひ同(おなじ)き廿七日 曉天(けうてん)に又(また)鎌倉㔟(かまくらぜい)

【左丁】
 攻(せめ)よす依(よつ)て小田(をだ)が家臣等(かしんら)百 餘人(よにん)討死(うちじに)し城(しろ)に火(ひ)を懸(かけ)て残(のこ)る者(もの)ど
 も没落(ぼつらく)せりといふ事(こと)大草紙(おほざうし)に載(のせ)たり此砌(このみぎり)小山(をやま)が家(いへ)は亡(ほろび)けり徃(わう)
 昔(じやく)治承 年中(ねんぢゆう)より右大将家に仕(つかへ)し小山左衛門尉朝政(をやまさゑもんのじようともまさ)兄㐧(きやうだい)三 人(にん)各(おの〳〵)
 武威(ぶゐ)を輝(かゞやか)し鎌倉公方家(かまくらくばうけ)の世(よ)に至(いた)りても関東(くわんとう)の七屋形(なゝやかた)と称(しよう)せる
 内(うち)なりしが一 时(じ)に滅(めつ)し又(また)小田直高(をだなほたか)が家(いへ)は宇都宮(うつのみや)の元祖(ぐわんそ)座主三(ざすのさむ)
 郎宗綱(らうむねつな)より出(いで)て是(これ)も連綿(れんめん)として常陸(ひたち)に住(ぢゆう)し七屋形(なゝやかた)の内(うち)なる名(めい)
 家(け)なれど此时(このとき)にぞ亡(ほろび)ける偖(さて)野刕(やしう)男躰山(なんたいざん)とあるに今(いま)も山中(さんちゆう)に幕(まく)
 張(ばり)楢弓(ならゆみ)張楢(はりなら)などいふもあるはさるゆゑある事ならん猶(なほ)後(のち)の考(かんがへ)に
 備(そな)ふ
白鶴(はくくわく) 土人(どじん)三社權現(さんじやごんげん)の神鳥(しんてう)なりと号(がう)すむかしより一番(ひとつがひ)のみ此原(このはら)
 にすみけり雛(ひな)を養(やしな)ひけれどいづちへか翶翔(くわうしやう)し去(さり)て丹頂(たんちやう)の番(つがひ)ば
 かり爰(こゝ)にすめり四五十年 前迄(まへまで)は原㙒(げんや)の中(うち)に逰(あそ)び居(ゐ)たるを湯元(ゆもと)へ

【右丁】
 徃反(わうへん)する旅人(りよじん)にも驚(おどろか)ず夫(それ)ゆゑ近(ちか)く見(み)たるものも有(あり)しかど近來(きんらい)は
 見るものなき由(よし)さきに神庿(しんべう)の伶官(れいくわん)迦山(かざん)といへるが話(かた)れるはおのれ
 若(わかき)より白鶴(はくくわく)を見(み)んとて年毎(としごと)に春(はる)より秋(あき)迄の内(うち)一 度宛(どづゝ)中禅寺(ちゆうせんじ)よ
 り湯元(ゆもと)へかけてゆきゝせしに明和の末(すゑ)安永の始(はじめ)の年(とし)にも原㙒(げんや)の中(なか)
 にあたり蒹葭(けんか)のたけ五六尺もや有(あり)なん上(うへ)より其頭(そのかしら)を出(いだ)し居(ゐ)たる
 をも見(み)けり夫(それ)より後(のち)年毎(としごと)に此㙒(このの)を逕(すぐ)れども近(ちか)きころは絶(たえ)て其(その)
 俤(おもかげ)だにも見(み)ざるは近世(きんせい)人(ひと)の心(こゝろ)もあしく靈鳥(れいてう)のみえざれば在所(ざいしよ)
 を尋(たづね)んとて蒹葭(けんか)を分入(わけいり)扖(さがし)などせしゆゑ神鳥(しんてう)もおそれて遠(とほ)く蒹(けん)
 葭(か)の中(なか)へかくれける事(こと)ならんと話(かた)れり
野端湖(のばたのうみ) 男躰山(なんたいざん)の西にあり廣(ひろ)さ凢(およそ)十町に一里 許(ばかり)なり湖水(こすゐ)の廣狹(くわうさ)
 をいふは皆(みな)二十五町を一里と定(さだ)めし方量(はうりやう)と知(しる)べし下(しも)同(おな)じ
西湖(さいこ) 千手﨑(せんじゆがさき)より西にあるゆゑ名(な)とす或(あるひ)は薊(あざみ)たひらの湖(うみ)ともいふ

【左丁】
 凢(およそ)一里に二拾町 許(ばかり)起文(きぶん)に西顧亦有_二 一小湖_一合_レ有_二 二十餘頃_一と《割書:云| 〻》
蓼湖(たでのうみ) 男躰山(なんたいざん)より乾(いぬゐ)に當(あた)る蓼草(たでくさ)多(おほ)きゆゑ名附(なづく)廣(ひろ)さ二十町 許(ばかり)
狩篭湖(かりごめのうみ) 男躰山(なんたいざん)の後(うしろ)の方(かた)太郎嶽(たらうがたけ)の麓(ふもと)にあり一 説(せつ)に上世(じやうせい)山中(さんちゆう)に人(ひと)
 を害(がい)する毒龍(どくりう)すみけるゆゑ靈神(れいじん)此所(このところ)に狩篭(かりこめ)給ひしゆゑ名附(なづく)といふ
 余所(よそ)の高山(かうざん)㚑地(れいち)にも此名(このな)あり
魔湖(まのうみ) 是(これ)は奥白根(おくしらね)と前白根(まへしらね)との間(あひだ)にあり四邊(しへん)水際(みづぎは)より深(ふか)き事(こと)は
 数尋(すひろ)にて此湖(このうみ)の端(はた)へ畏(おそ)れて近附(ちかづ)くものなし夫(それ)ゆゑ魔湖(まのうみ)と名(な)
 附(づく)る欤 廣(ひろ)き湖(うみ)にはあらぬ由(よし)
佛湖(ほとけのうみ) 是(これ)は前(まへ)の魔湖(まのうみ)と相對(あひたい)してあり廣(ひろ)さ三四町四 方(はう)も有る(ある)べし仏(ぶつ)
 砂利(しやり)を出(いだ)す湖(うみ)の形(かたち)は山越(やまこし)の弥陀(みだ)の尊容(そんよう)なりとて名附(なづけ)たる由(よし)猶(なほ)
 委(くはしく)は白根山(しらねさん)の條(でう)に出(いだ)せり
絹沼(きぬぬま) 兹(こゝ)は御神領(おんしんりやう)の内(うち)なれども塩谷郡(しほやのこほり)栗山郷(くりやまのがう)の山奥(やまおく)ゆゑ行(ゆき)て湖(こ)

【右丁】
 水(すゐ)を見(み)たるもの稀(まれ)なり御山内(おんさんない)より栗山郷(くりやまのがう)迄(まで)六里の山路(さんろ)にて又(また)
 栗山郷(くりやまのがう)の内(うち)湯西(ゆにし)又(また)河俣(かはまた)などいふ所(ところ)より此(この)絹沼(きぬぬま)迄(まで)山路(さんろ)六里といふ
 合(あはせ)て拾二里の山路(さんろ)殊(こと)に人境(にんきやう)の絶(たえ)たる所(ところ)ゆゑ逰覧(いうらん)するものなし
 唯(たゞ)古(いにしへ)より傳(つたふ)る所(ところ)を話(かた)れるのみされども男躰山(なんたいざん)太郎嶽(たらうがたけ)又(また)は奥白根(おくしらね)
 山(さん)等(とう)の絶頂(ぜつぢやう)より遥(はるか)に見(み)ゆ方位(はうゐ)は男躰山(なんたいさん)の北 裏(うら)に當(あた)れり廣(ひろ)さ凢
 一里四 方(はう)程(ほど)大師(だいし)の起文(きぶんに)云(いはく)北望則有_レ湖約許一百頃東西狹南北長《割書:云| 云》
 又云覽_二北湖_一去_二南湖_一 三十許里《割書:云| 云》其(その)沼湖(せうこ)の清潔(せいけつ)にして㚑草(れいさう)珍木(ちんぼく)湖(こ)
 岸(がん)に連(つらな)り松檜(しようくわい)枝(えだ)を垂(たり)沼底(せうてい)も深(ふか)からず砂石(しやせき)皆(みな)五彩(ごさい)の色(いろ)にて清水(せいすゐ)
 おのづから五色(ごしき)に見(み)ゆとぞ錦(にしき)の蕐(はな)さきたる景色(けしき)にて機(はた)を織(おり)たる
 が如(ごと)く四季(しき)の花(はな)常(つね)に絶(たえ)ず偏(ひとへ)に仙人境(せんにんかい)ともいふべく樹木(じゆもく)皆(みな)岩上(がんしやう)
 に屈蟠(くつはん)して曲折(きよくせつ)自然(しぜん)の景色(けいしよく)なりと仍(よつ)て錦沼(にしきぬま)と称(しよう)せしが今(いま)は絹(きぬ)
 沼(ぬま)と号(がう)す水末(すゐまつ)三 方(ばう)へ流(なが)れ落(おち)會津(あひづ)へも至(いた)りまた一 流(りう)は上野(かうつけ)の山(さん)

【左丁】
 中(ちゆう)へ流入(ながれいり)て利根川(とねがは)の水源(すゐげん)なりともいふむかしより水路(すゐろ)をたれも見
 定(さた)めたるものもなし當國(たうごく)を流(なが)れて常陸(ひたち)下総(しもふさ)へ流(なが)れ入(いる)を絹川(きぬがは)と
 称(しよう)するをば人(ひと)の知(し)れる処(ところ)なり亦(また)此(この)沼湖(せうこ)上世(じやうせい)には一 湖(こ)にて有(あり)し
 由(よし)なれどもいつの頃(ころ)よりにや分裂(ぶんれつ)して十二 湖(こ)となり下流(かりう)は次(し)
 㐧(だい)〻〻(〳〵  )に會流(くわいりう)して絹川(きぬがは)となれり
湯湖(ゆのうみ) 是(これ)は湯元(ゆもと)にあり廣(ひろ)さ凢(およそ)拾四五町に二十町 許(ばかり)
中禅寺温泉(ちゆうぜんじのおんせん) 八湯(はつたう) 中禅寺(ちゆうぜんじ)別所(べつしよ)より西北に當(あた)り赤沼原(あかぬまがはら)を逕(すぎ)湯(ゆ)
 元(もと)迄三里 日光神橋(につくわうみはし)より六里あり春(はる)も風雪(ふうせつ)寒威(かんゐ)はげしく三月 末(すゑ)
 迄も餘寒(よかん)有(ある)ゆゑ四月八日を初(はじめ)として登山(とうざん)し各(おの〳〵)湯室(たうしつ)を開(ひら)き初(はじ)む
 れども白根嶽(しらねがたけ)はまた残雪(ざんせつ)多(おほ)く五月 末(すゑ)より六月に至(いた)らざれば浴(よく)
 するものも少(すくな)し九月には前山(せんざん)に雪(ゆき)降(ふる)ゆゑ九月八日を終(をは)りとして
 湯室(たうしつ)をとぢて麓(ふもと)へ下(くだ)る日光町方(につくわうまちかた)のもの持(もち)とす湯室(たうしつ)を開(ひら)き日(ひ)〻(ゞ)

【図】
【右丁】
中禪
寺山
奥温
泉塲
之圖

ユノタキ

【左丁】
温泉湖

武州不退林憲【印】

【右丁】
 日光町(につくわうまち)より米穀(べいこく)園蔬(ゑんそ)を初(はじ)め其餘(そのよ)の諸品(しよひん)を脊負(せお)ひ送(おく)れり
 河原湯(かはらのゆ)《割書:甚热(じんねつ)なり湖水(こすゐ)湛(たゝふ)る时(とき)は|热(あつ)し乾(かわ)く时(とき)はぬるし》    藥師湯(やくしのゆ)《割書:㐧(だい)一 眼病(がんびやう)によし》
 姥湯(うばのゆ)《割書:黒(こく)苦味(くみ)》           瀧湯(たきのゆ)《割書:甚冷(じんれい)なり》
 中湯(なかのゆ)《割書:热(ねつ)なり》           笹湯(ささのゆ)《割書:寒暑(かんしよ)の濕(しつ)をはらふ》
 御所湯(ごしよのゆ)《割書:㐧(だい)一 金瘡(きんさう)に妙(みやう)なり》     荒湯(あらゆ)《割書:热湯(ねつたう)なり》
 自在湯(じざいゆ)《割書:平清(へいせい)なり洪水(こうずゐ)の时(とき)遣(つか)ひ水(みづ)不自由(ふじゆう)なる时(とき)|此湯(このゆ)にて飯(めし)を炊(た)きても匂(にひ)ひなし》
湯平(ゆのたひら) 温泉(おんせん)の浴室(よくしつ)九 軒(けん)あり毎年(まいねん)始(はじまり)と終(をはり)とすることは前(まへ)に記(しる)
 せり此 温泉(おんせん)を開闢(かいびやく)せし年代(ねんだい)しらず九 軒(けん)の屋作(やづく)り各(おの〳〵)間廣(まびろ)に
 構(かま)へたり地形(ちぎやう)は大抵(たいてい)平坦(へいたん)にして三四町 程(ぼと)も有べけれど東 寄(より)
 の山際(やまぎは)より温液(おんえき)生(しやう)ずるゆゑ皆(みな)東の山寄(やまより)に連住(れんぢゆう)せり西北の方に
 平坦(へいたん)續(つゞ)けども少(すこ)しく低(ひき)く古(いにしへ)は爰等(こゝら)も一 面(めん)の湯湖(たうこ)にて有し事なら
 ん今(いま)も蒹葭(けんか)のみ生(お)ひ茂(しげ)れり扨(さて)此所(このところ)より上刕(じやうしう)沼田領(ぬまたりやう)への間道(かんだう)あり

【左丁】
 其(その)山路(さんろ)のことは次(つき)にしるせり
金精峠(こんせいたうげ) 湯平(ゆのたひら)より西北の間に金精沢(こんせいざは)と唱(とな)ふる渓間(けいかん)に徑(こみち)有(あり)其(その)険隘(けんあい)
 の路([み]ち)を傳(つた)ひ行事一里半の餘(よ)を經(へ)て峠に至(いた)る金精の社(やしろ)迄は一里なり
 夫(それ)よりまた半里を登(のぼ)りて峠なり金精權現(こんせいごんげん)と称(しよう)する小祠あり祭(さい)
 神しられず徃古(わうご)何ものゝ納たるにや銅(あかゝね)に滅金(めつき)せし男根をもて神
 躰(たい)とせり中古(ちゆうこ)また自然(じねん)に男女交合(なんによかうがふ)の形(かたち)に出來たる古木の根株(こんちゆう)
 を納(をさ)めたり諸願(しよぐわん)を祈(いの)るに驗(しるし)ありといひ傳(つた)ふ此社は湯亭(たうてい)のものゝ
 持とせり扨(さて)此峠(このたうげ)の古名(こめい)は樾(こむら)峠なり和名抄に木枝相交下陰(もくしあひましはるかいん)を樾(こむら)
 といふと《割書:云| 〻》されば五音相通しけるよりしていつしかきむら峠
 と轉誤(てんご)せるなり兹(こゝ)の山(さん)中に肉蓯蓉(にくしゆうよう)多(おほ)く生ず其くさむらの名をも
 きむら茸(たけ)と呼(よべ)り此蕈(このくさびら)は薬品(やくひん)にして能(よく)腎經(じんけい)を補助(ほじよ)するものなれば
 とて何ものか兹に陽物(やうぶつ)を祀(まつ)りて金精(こんせい)と称し古名(こみやう)の樾(こむら)を轉じて

【右丁】
【図】
肉蓯蓉(にくしゆうやう)《割書:初夏(しよか)のすゑに生(しやう)じ其色(そのいろ)白(しろ)く上(うへ)に|花(はな)のごとく開(ひら)きたるものは赤(あか)し》

湖孑【印】

花(はな)
 べにとび白(しろ)ふくりんしん黄(き)

うす黄色(きいろ)

くきうす赤(あか)
筋(すぢ)濃(こい)あか

爪(つめ)黄(き)
 さき赤



【左丁】
 きむらと唱(となふ)るより今は又(また)轉誤(てんご)してきむらのむの音(おん)をまに替(かへ)て
 鄙劣(ひれつ)の唱(とな)へを詈(のゝし)ること笑(わら)ふべきにあらずやされども五 音(おん)に通(つう)
 用(よう)する事より起(おこ)れり又(また)此峠(このたうげ)は上野(かうづけ)下㙒(しもつけ)の國界(こくかい)に接(せつ)して兹(こゝ)より
 西の方(かた)へ下る迄四里 許(ばかり)の𡸴(けん)路(ろ)を踰(こえ)て上刕(じやうしう)沼田(ぬまだ)に近(ちか)き小川村(をがはむら)と
 いふに至(いた)る人境(しんきやう)をはなれたる山道(さんだう)なり夫(それ)より越後(ゑちご)へもゆけりと
 いへり常(つね)に人の通行(つうかう)なし
前白根山(まへしらねさん) 湯平(ゆのたひら)より乾(いぬゐ)に當(あた)る又(また)白根沢(しらねざは)といふ所は湯平(ゆのひら)の西の方に
 て此沢(このさは)より登口(のぼりくち)あり西に連(つらな)る山岳(さんがく)は是(これ)も白根山(しらねさん)の亘(わた)り出たる
 峰巒(ほうらん)なり前白根(まへしらね)も頂上(ちやうじやう)迄凢三里 許(ばかり)六月に至(いた)る迄 谷(たに)〻(〴〵)凍雪(とうせつ)所(しよ)〻(〳〵)
 消(きえ)やらず湯屋(ゆや)より居(ゐ)ながら盛夏(せいか)の时(とき)も猶(なほ)白雪(はくせつ)を望(のぞ)めり登山(とうざん)す
 るには其(その)皚(がい)〻(〳〵)たるを陟(わた)り行(ゆく)こと或(あるひ)は十町 又(また)五町も躋攀(せいはん)し尖岩(せんがん)
 を𨂻(こえ)て漸(ぜん)〻(〳〵)登(のぼ)りて前白根山(まへしらねさん)の頂上(ちやうじやう)に至(いた)る又(また)奥白根山(おくしらねさん)は突兀(とつこつ)とし

【図】
【右丁】
白根山

魔海

奥白根山

佛海

前白根山

【図】
【右丁】
白根葵(しらねあふひ)

【左丁】
椿山人寫
生【印 平弼】

【右丁】
 西(にし)に特立(とくりふ)し皆石山にて樹木(じゆもく)更(さら)に生ぜず前白根(まへしらね)の頂上(ちやうじやう)より昇降(しようごう)
 して登(のぼ)ることまた一里なり実(じつ)に㚑山(れいざん)にして岩間(がんかん)《振り仮名:所〻|しよ〳〵》に苦桃(にがもゝ)と称(しよう)す
 るものゝみ一面に生(お)ひ茂(しげ)り春(はる)花咲(はなさき)夏月(かげつ)実(み)を結(むす)べり大(おほき)さ豆(まめ)より少(ちひさ)く
 色(いろ)赤(あか)く熟(じゆく)せり丹頂(たんちやう)是(これ)を好(このみ)て熟(じゆく)せし頃(ころ)むれ來(きた)りて其実(そのみ)をはめり
 此(この)ゆゑをもて苦桃(にがもゝ)は鶴(つる)の好(このめ)る菓(くだもの)なれば延齢(えんれい)を保(たも)つべき薬品(やくひん)な
 りといふ絶頂(ぜつちやう)に日光權現(につくわうごんげん)を祀(まつ)れる社(やしろ)あり兹(こゝ)にては白根權現(しらねごんげん)と崇(あが)む
 社(やしろ)は唐銅(からかね)にて造(つく)れり承應元年 奉納(ほうなふ)の銘(めい)有(あり)此(この)山巔(さんてん)燒出(せうしゆつ)せしは慶
 安二年のことなるに震動(しんどう)日(ひ)を經(へ)て不止(やまず)當山(たうざん)【平出】
 御座主(おんざす)命(めい)じ玉ひ新宮拝殿(しんぐうはいでん)にて八講(はつこう)御修行(おんしゆぎやう)或(あるひ)は妙典(みやうてん)を誦(じゆ)せさせ
 給ひける其时(そのとき)絶頂(ぜつちやう)燒破(やけやぶ)れ赤沼原(あかぬまがはらの)邊(へん)へ燒灰(やけはひ)二三尺 餘(よ)積(つも)り上刕(じやうしう)又は
 會津領(あひづりやう)へも降(ふり)ける由(よし)燒破(やけやぶ)れし所(ところ)二町 許(ばかり)の岩穴(いはあな)となり深(ふか)さ何(なん)十 丈(ぢやう)
 といふことをしらず徃昔(わうじやく)より勸請(くわんじやう)ありし石宮(いしのみや)も此时(このとき)窟中(くつちゆう)へ䧟(おちい)り

【左丁】
 けるゆゑ唐銅(からかね)に造(つく)りて奉納(ほうなふ)すといふさて此嶽(このたけ)は上野(かうつけ)下野(しもつけ)の國界(こくかい)
 にして上刕(じやうしう)の方(かた)なる八分目(はちぶんめ)と覚(おぼ)しき所(ところ)に社(やしろ)あり爰(こゝ)は上㙒國(かうづけのくに)の
 地(ち)にして彼土(かのど)にては荒山權現(あらやまごんげん)と崇(あが)め祀(まつ)り生土神(うぶすなのかみ)とし毎年(まいねん)養蠶(やうさん)
 を專(もつは)らとするゆゑ繭(まゆ)より取(とり)たる新糸(しんいと)を家(いへ)ごとに携(たづさ)へ詣(まうで)て各(おの〳〵)社(やしろ)よ
 り注連(しめ)を曳(ひき)たる如(ごと)く結(むす)び合(あは)せて麓(ふもと)迄(まで)つなぎ附(つけ)たること其数(そのかず)多(おほ)け
 れば何(なに)ともしられず遠(とほ)くより望(のぞむ)时(とき)は布(ぬの)など引(ひき)はへたるやうにぞ
 見えける祭神(さいじん)は是(これ)も當所(たうしよ)の鎮神(ちんじん)と同躰(どうたい)にて社号(しやがう)のかはれるのみ
 とぞ聞(きけ)るさすれば峻嶽(しゆんがく)を東西にわかち東のかたより絶頂(ぜつちやう)迄(まで)は
 當國(たうごく)の地(ち)にして山(やま)の八分目(はちぶんめ)より西のかたは彼國(かのくに)の地(ち)なる由(よし)此(この)
 山岳(さんがく)をもて両国(りやうごく)の堺(さかひ)とすとぞ扨(さて)巔(いたゞき)は高(たか)きゆゑ常(つね)に雲霧(うんむ)掩(おほ)ひ北
 風(ふう)勁(つよ)ければ銅社(どうしや)の廻(めぐ)りを巨岩(こがん)を聚(あつめ)てたゝみ揚(あげ)たるゆゑ岩室(いはむろ)の
 内(うち)に社(やしろ)を造(つく)りし如(ごと)くに思(おもは)る四 方(はう)八 面(めん)望(のぞ)み尽(つく)せり土人(どじん)いふ白根嶽(しらねがたけ)は

【右丁】
 男躰山(なんたいさん)の奥院(おくのゐん)なりともいへり山(やま)の中腹(ちゆうふく)は悉(こと〴〵く)積翠(しゆくすゐ)を重(かさ)ね樅(もみ)栂(とが)多(おほ)く
 樹蔭(じゆいん)の邊(へん)に名產(めいさん)と称(しよう)する白根人参(しらねにんじん)或(あるひ)は白根葵(しらねあふひ)白根蘭(しらねらん)等(とう)其餘(そのよ)の
 異草(いさう)珍木(ちんぼく)多(おほ)く薬品(やくひん)とするもの黄連(わうれん)を初(はじめ)とし枚挙(まいきよ)しがたし霊岳(れいがく)
 ゆゑ容易(ようい)に登臨(とうりん)することをゆるさず傳(つた)へいふ此嶽(このたけ)に麝香(じやかう)といへる
 畜(けだもの)すみける由(よし)其形(そのかたち)を見ることはなけれど禅頂(ぜんぢやう)せしもの折(をり)ふし其(その)
 糞(ふん)なりとて拾(ひろ)ひ得(え)て帰(かへ)れり砂麝香(すなじやかう)などいへるものより殊(こと)に其(その)香(かう)
 気(き)まされり実(じつ)に彼畜(かのけだもの)の糞(ふん)なるにや其形(そのかたち)を見まほしきなり阿弥(あみ)
 陀湖(たがうみ)は前白根(まへしらね)と奥白根(おくしらね)の間(あいだ)にあり
栗山郷(くりやまのがう) 十ヶ村(そん)塩谷郡(しほやのこほり)なり 西川(にしかは) 日向(ひなた) 湯西川(ゆにしがは) 土呂部(とろべ)
 黒部(くろべ) 上栗山(かみくりやま) 下栗山(しもくりやま) 野門(のかど) 川俣(かはまた) 川治(かははる)等の村(むら)〻(〳〵)也 御山内(おんさんない)
 邊(へん)より北の方(かた)如宝山(によはうざん)の北 裏(うら)に當(あた)り如宝(によはう)と男躰(なんたい)の間(あひだ)なる幽谷(いうこく)を
 經(へ)て冨士見峠(ふじみたうげ)といふ峻山(しゆんざん)を踰(けん)【こえヵ】て行(ゆけ)る村居(そんきよ)の開(ひら)けたる年时(ねんじ)も知(しる)

【左丁】
 べからす至(いたつ)て山中(さん や)の村居(そんきよ)なれば畠地(はたち)とても僅(わづか)に岩石(がんぜき)の間(あひだ)を穿(うがち)
 て作(つく)れるゆゑ登実(とうじつ)するもの少(すくな)く夫食(ぶじき)一 年(ねん)の貯(たくはへ)なく男女(なんによ)ともに
 山中(さんちゆう)へ入て動揺(どうえう)し男(をとこ)は鳥獣(てうじう)を猟(かり)し或(あるひ)は喰(くら)ひ或(あるひ)は販(ひさ)ぎ其餘(そのよ)幽谷(いうこく)尖(せん)
 峰(ほう)を渉(わた)り岩茸(いはたけ)など採(とる)もあり木(き)を伐(きり)て板(いた)に挽(ひき)て日光(につくわう)へ出(いだ)すも山(さん)
 路(ろ)狹(せば)き棧道(さんだう)多(おほ)きゆゑ三四尺に切(きり)て脊負(せお)ひ出(いだ)し或(あるひ)は駄(だ)するも痩(やせ)
 たる牝馬(ひんば)ゆゑ𡸴(けん)路(ろ)﨑嶇(きく)として行易(ゆきやす)からず皆(みな)稲穀(たうこく)にかへて帰(かへ)る
 冬(ふゆ)は家(いへ)に居(ゐ)て木鉢(きばち)木(き)𪭜(じやく)子(し)木履(ぼくり)等(とう)を作(つく)るもあり近來(きんらい)栗山桶(くりやまをけ)とて
 曲物造(まげものづくり)の器(き)を出(いだ)す是(これ)は谷川(たにがは)の水(みづ)を汲取(くみとる)桶(をけ)なりといふ児女(じぢよ)も短褐(たんかつ)
 をまとひ山(やま)へ入(いり)て妻木(つまぎ)をとり时(とき)に随(したがひ)て橡実(とちのみ)栗子(くりのみ)多(おほ)ければ是(これ)を
 拾(ひろひ)て食物(しよくもつ)の設(まうけ)とす又(また)栗山(くりやま)の長(をさ)なるものは項(うなじ)を不剃(そらず)傳(つた)へいふ古(いにしへ)
 平家(へいけ)の餘類(よるゐ)の此(この)山中(さんちゆう)へ隠(かく)れし所(ところ)なり氏(うぢ)は小松(こまつ)を称(しよう)する由(よし)されども
 家蔵(かざう)とする古文書(こもんしよ)古器(こき)などもなければ其(その)來由(らいゆ)も定(さだ)かならず

【図】
【右丁】
栗山深谷岩茸取

椿山外史
  【印】

【右丁】
《振り仮名:所〻|しよ〳〵》温液(おんえき)
 板室(いたむろ)《割書:日光(につくわう)より東北 行程(かうてい)十三里|中風(ちゆうふう)の類によし》     塩原(しほばら)《割書:塩湯(しほのゆ)といふ日光(につくわう)より東北 行(かう)|程(てい)十一里 濕(しつ)ひぜんによし》
 福和田(ふくわだ)《割書:右に同(おなし)》          荒井(あらゐ)《割書:右に同(おなし)》
 滝(たき)《割書:滝(たき)村にあり日光(につくわう)より東の方|行程(かうてい)五里 主治(しゆぢ)前(まへ)に同(おなじ)》      川俣(かはまた)《割書:栗山郷(くりやまがう)女貌山(によはうざん)の北に當(あた)る|行程(かうてい)九里 婦人(ふじん)一 切(さい)によし》
 湯西(ゆにし)《割書:是(これ)も栗山(くりやま)の内(うち)湯(ゆ)四ヶ所(しよ)|あり主治(しゆぢ)効能(こうのう)色(いろ)〻(〳〵)》      日光澤(につくわうさは)《割書:栗山(くりやま)の内にて三里 山奥(やまおく)に|あり主治(しゆぢ)大抵(たいてい)前(まへ)に同(おなじ)》
足尾峠(あしをたうげ) 昇降(しようごう)一里 宛(づゝ)なり日光(につくわう)の方へは東北に下(くだ)りて細尾村(ほそをむら)へ出(いづ)る
 夫(それ)より清滝村(きよたきうら)を逕(すぎ)て日光山内(につくわうさんない)へ至る行程(かうてい)二里 餘(よ)峠(たうげ)の絶頂(ぜつちやう)に茶店(さてん)
 一 宇(う)常(つね)にすめり坤(ひつじさる)の方(かた)へ下(くだ)れば渡瀬(わたらせ)とて足尾郷(あしをのがう)新梨子村(しんなしむら)に属(ぞく)せし
 山村(さんそん)あり爰(こゝ)の谷奥(たにおく)中禅寺(ちゆうせんじ)の湖水(こすゐ)の南の方なる谿間(けいかん)より涌出(ゆしゆつ)せ
 る谷川(たにがわ)渡瀬(わたらせ)の邊(へん)より流出(ながれいづ)るゆゑ南 流(りう)して利根川(とねがは)へ灌漑(くわんがい)する迄
 渡瀬川(わたらせがは)と称(しよう)するいはれなり峠(たうげ)の下にて此川を踰(こえ)て足尾村(あしをむら)迄(まで)二里
 峠(たうげ)よりは三里なり又 峠(たうげ)より峰續(みねつゞき)に乾(いぬゐ)へ達(たつ)する道(みち)は足尾(あしを)近在(きんざい)より

【左丁】
 中禅寺(ちゆうざんじ)又は湯(ゆ)元へ徃反(わうへん)する道(みち)ゆゑ峠(たうげ)より一里 半(はん)許(ばかり)にて湖水(こすゐ)の
 南岸橋(なんがんけう)を渡(わた)りて中禅寺(ちゆうざんじ)別所(べつしよ)の邊(へん)へ至(いた)る又 其(その)南岸(なんがん)を傳(つた)ひ行(ゆけ)ば赤(あか)
 沼原(ぬまがはら)へ出(いで)て湯元(ゆもと)迄(まて)至(いた)る道(みち)ありといふ先年(せんねん)利姦(りかん)を巧(たく)むもの有(あり)て中(ちゆう)
 禅寺(ぜんじ)の湯(ゆ)へ婦人(ふじん)を浴(ゆあみ)せさせんことを謀(はか)り御許容(ごきよよう)あらば温泉(おんせん)も繁(はん)
 栄(えい)すべし其(その)路次(ろじ)は上刕筋(じやうしうすじ)より足尾峠(あしをたうげ)へ掛(かゝ)り此 道(みち)を湯元(ゆもと)へ徃來(わうらい)
 せば女人(によにん)牛馬(ぎうば)禁制(きんぜい)の中禅寺(ちゆうぜんじ)へ出(いで)ず日光町筋(につくわうまちすじ)よりも清瀧(きよたき)細尾(ほそを)へ
 掛(かゝ)り足尾峠(あしをたうげ)より此 道(みち)を行时(ゆくとき)は馬返村(うまがへしむら)へも出(いで)ず湯元(ゆもと)へ至(いた)るとて
 其道(そのみち)を《振り仮名:内〻|ない〳〵》切開(きりひら)き利姦(りかん)を運(めぐら)しけれども湖水(こすゐ)の南岸(なんがん)を花供行人(けぐうぎやうにん)
 の勤行(ごんぎやう)する所(ところ)にて歌濱(うたのはま)を初(はじ)め《振り仮名:年〻|ねん〳〵》禅頂(ぜんぢやう)行法(ぎやうぼふ)する宿(やど)もあれば絶(たえ)
 てならざる事(こと)なりとて御(おん)ゆるしなくて事やみしといふさも有(ある)べきことなり
足尾郷(あしをのがう) 日光山内(につくわうさんない)より西(にし)に當(あた)り行程(かうてい)六里 御神領(おんしんりやう)と唱(とな)ふ同國(どうごく)阿蘇(あその)
 郡(こほり)に属(ぞく)す足尾(あしを)十四ヶ村(そん)を上下(じやうげ)に分(わか)つ古(いにしへ)は新梨子(しんなし)赤沢(あかざは)の二 村(そん)を足尾(あしを)

【図】
【右丁】
一鳳

【左丁】
銅堀(あかゞねほり)の妻子等(さいしら)太布(ふとぬの)にて
拵(こしらへ)たる猿子袴(さるこばかま)といふものを
はき銅(あかゞね)と石(いし)とを沙汰(さた)する圖(づ)

【図】
【右丁】
足尾郷畧圖

銅山

【左丁】
銅山

銅山

銅山

不動澤

ツヽラ石

【右丁】
 千 軒(げん)の戸数(こすう)と唱(とな)へ銅山(ごうざん)銀山(ぎんざん)の潤益(じゆんえき)あるに依(より)て諸國(しよこく)より來集(らいしふ)し
 て繁栄(はんえい)せしが延享寛延の末(すゑ)より漸(ぜん)〻(〳〵)衰(おとろへ)て今は家数(かすう)も三百 戸(こ)許(ばかり)
 村居(そんきよ)は山谷(さんこく)の地(ち)ゆゑ山麓(さんろく)に村民(そんみん)家居(いへゐ)せり二 條(でう)の路(みち)は南北へ達(たつ)
 する道なり廣狹(くわうさ)東西三里南北一里 許(ばかり)其十四ヶ村(そん)といふは 間藤(まふぢ)
 赤倉(あかくら) 久蔵(きうざう) 松木(まつぎ) 仁田元(にたもと) 高原木(たかはらぎ) 神子内(みこうち)以上の村(むら)〻(〳〵)を上分(かみぶん)の村(むら)と
 唱(とな)ふ 掛水(かけみづ) 赤沢(あかざは) 新梨子(しんなし) 中居(なかゐ) 遠下(とほした) 原(はら) 唐風呂(からふろ)以上の村(むら)〻(〳〵)を下(しも)
 分(ぶん)の村(むら)と唱(とな)ふ此 所(ところ)より銅(あかゞね)を出(いだ)せる駅次(うまつぎ)あり上刕へ二里
銅山濫觴(どうざんのらんしやう) 古(いにしへ)坑数(かうす)百 竅(けう)あり此 銅山(どうざん)の地形(ちぎやう)は足尾郷中(あしをがうちゆう)の真中(まなか)にある
 山にて足尾(あしを)の四 境(きやう)凢(およそ)五六里も有(ある)べし其(その)銅山(どうざん)周(しう)𢌞(くわい)凢(およそ)三里十八町
 に亘(わた)り銅山(どうざん)は岩石(がんせき)にて山頂(さんちやう)に樹木(じゆもく)生(しやう)ぜす銅山(どうざん)堀初(ほりはじめ)たるは慶長
 十五年の事(こと)にて備前國(びぜんのくに)のもの此 地(ち)へ來(きた)り銅山(どうざん)なることを見定(みさだ)め其(その)
 頃(ころ)座禅院(ざぜんゐん)の領所(りやうしよ)なるゆゑ其(その)下知(げぢ)を得(え)て堀初(ほりはじめ)けるに沢山(たくさん)に銅(あかゞね)を

【左丁】
 堀得(ほりえ)て問吹銅(とひぶきあかゞね)を公廳(こうちやう)へ奉(たてまつり)し頃(ころ)【平出】
 御三代將軍家 初(はじめ)て御袴(おんはかま)召(め)させ給ふ御恐悦(おんきようえつ)の折(をり)からゆゑ吉事(きちじ)な
 る銅山(どうざん)との事(こと)にて夫(それ)より御用山(ごようざん)となり貢賦(こうふ)の事(こと)は日光(につくわう)の支配(しはい)
 なれど銅山(どうざん)は御代官(おんだいくわん)の指揮(しき)となり替(かはる)〻(〴〵)支配(しはい)し享保 年中(ねんぢゆう)拝借(はいしやく)御(おん)
 下金(さげきん)等(とう)莫大(ばくたい)のこと度(たび)〻(〳〵)なり又(また)元文の初(はじめ)に御用銅(ごようとう)の外(ほか)に鋳銭座(たうせんざ)被(られ)
 仰付(おほせつけ)暫(しばらく)鋳銭(たうせん)吹立(ふきたて)ける由(よし)銭(ぜに)の裏(うら)に足(あし)の字(じ)をすゑしは爰(こゝ)にて鋳造(たうざう)
 せしものなり其(その)以來(いらい)は御下金(おんさげきん)相止(あひやみ)賃吹(ちんぶき)に成(なり)夫(それ)より銅山(どうざん)衰微(すいび)し
 鋳銭座(たうせんざ)も御免(ごめん)を願(ねが)ひ殆(ほとんど)困窮(こんきう)に及(およ)ぶといふされども今(いま)も銅(あかゞね)賃吹(ちんぶき)御代(おんだい)
 官掛(くわんがゝ)りにて陣屋(ぢんや)有(あり)て手代(てだい)在住(ざいぢゆう)することはもとの如(ごと)し當所(たうしよ)銅山(どうざん)を
 見立(みたて)し備前(びぜん)のもの大(おほい)に貨殖(くわしよく)し國(くに)へ帰(かへ)らんとせし时(とき)此所(このところ)の新梨(しんな)
 子村(しむら)の浄土宗(じやうどしう)にて大圓寺(だいゑんじ)といへる境内(けいだい)へ石碑(せきひ)造立(ざうりふ)し開闢(かいびやく)の來由(らいゆ)
 を銘(めい)じ置(おき)けるが今(いま)は無住(むぢゆう)ゆゑ寺(てら)も荒蕪(くわうふ)し石碑(せきひ)も又(また)剥落(はくらく)し文字(もんじ)

【図】
【右丁】
山中銅穴圖

【左丁】
湖孑【印】

【図】
足尾村不動澤

【右丁】
 知(し)れざる由(よし)當时(たうじ)も陣屋(ぢんや)の側(かたはら)に銅吹分小屋(あかゞねふきわけごや)四五 戸(こ)相双(あひなら)べり
銀山(ぎんざん) 足尾町(あしをまち)より西(にし)にあたり二里 餘(よ)地形(ぢぎやう)四五町 程(ほど)なる塲所(ばしよ)なり
 銀山(ぎんざん)は日光(につくわう)【平出】
 御門主 御持山(おんもちやま)となれり運上(うんじやう)を奉(たてまつ)り村民(そんみん)稼(かせぎ)の山(やま)なりしかど今(いま)は
 銀(ぎん)出(いで)ざるゆゑ吹方(ふきかた)を休(やすみ)て此所(このところ)に司(つかさど)るものを命(めい)じ置(おけ)り
庚申山(かうしんざん) 是(これ)は町方(まちかた)より西北 行程(かうてい)三里 許(ばかり)此山(このやま)は自然(しぜん)なる竒石(きせき)種(しゆ)〻(〴〵)
 天造(てんざう)の如(ごと)くなる形勝(ぎやうしよう)をなせり近(ちか)き比(ころ)より山中(さんちゆう)の竒觀(きくわん)なる圖(づ)を
 摸刻(もこく)し逰覧(いうらん)するものあれば土人等(どじんら)誘引(いういん)せり或(あるひ)はいふ此(この)山中(さんちゆう)に
 白猿(はくゑん)一頭(いつとう)すめるゆゑ庚申山(かうしんざん)とも唱(とな)へ又(また)は猿(さる)の浄土(じやうど)とも称(しよう)すといふ
日光諸處(につくわうしよ〳〵)の名産(めいさん)
 銅(あかゞね)《割書:足尾(あしを)より出(いだ)す》 銀(ぎん)《割書:上(うへ)に同(おなじ)》 熊膽(くまのい) 熊皮(くまのかは)《割書:是(これ)も足尾邊(あしをへん)より出(いだ)す》
 蝋石(らふせき)《割書:日光蝋石(につくわうらふせき)とて印章(いんしやう)其餘(そのよ)細工(さいく)ものに造(つく)る石(いし)は足尾山中(あしをさんちゆう)より|出す今(いま)は上品(じやうひん)の石(いし)堀(ほり)つくし白(しろ)き石(いし)のみ多(おほ)し》

【左丁】
  飛禽(ひきん)
 慈悲心鳥(じひしんてう)《割書:當山(たうざん)の㚑鳥(れいてう)とす中禅寺(ちゆうぜんじ)又(また)は栗山邊(くりやまへん)にすめり御山内(おんさんない)へも|翶翔(かうしやう)し來(きた)りて鳴(なけ)り其(その)喚呼(くわんこ)の聲(こゑ)を以(もつ)て鳥(とり)の名(な)とせり》
 駒鳥(こまどり)《割書:岩山(いはやま)にすめる|を佳(か)とす》 山鴿(やまばと) 山鶏(さんけい) 山鴫(やましぎ) 岩燕(いはつばめ) 鷦鷯(さゝぎ)《割書:山谷(さんこく)にすめるもの|其聲(そのこゑ)至(いたつ)て高(たか)し》
 鼯鼡(むさゝび) 《割書:飛鳥(ひてう)にあらねど能(よく)飛行(ひぎやう)|するものゆゑ此部(このぶ)に出(いだ)す》
  魚蟲(ぎよちゆう)
 鱞(やまめ) 鱒(ます) 岩魚(いはな)《割書:大谷川(だいやがは)其餘(そのよ)|谷川(たにがは)に生(しやう)ず》 山生魚(さんしやうのうを)《割書:是(これ)は所(しよ)〻(〳〵)の山中(さんちゆう)谷川(たにがは)に生(しやう)す|四 趾(し)あり五 疳(かん)を治(ぢ)するもの也》
  藥品(やくひん)
 黄連(わうれん) 直根人参(ちよくこんにんじん) 日光人参(につくわうにんしん)《割書:御種人参(おんたねにんじん)の事(こと)也 山村(さんそん)瘠地(せきち)多(おほ)きゆゑ神領(しんりやう)の内(うち)多(おほ)く作(つく)れり|必(かならず)其(その)利潤(りじゆん)あり此餘(このよ)薬草(やくさう)多(おほ)けれど悉(こと〳〵く)しるさず》
  草木(さうもく)
 白根葵(しらねあふひ) 白根蘭(しらねらん) 白根人参(しらねにんじん)《割書:各(おの〳〵)白根山(しらねさん)|に生(しやう)ず》 雪割草(ゆきわりさう) 苦桃(にがもゝ) 岩千鳥(いはちどり)
 岩鏡(いはかゞみ) 猩(しやう)〻(〴〵)頭(がしら) 栂桜(とがさくら)《割書:是(これ)も皆(みな)山中(さんちゆう)|に生(しやう)ず》 日光蘭(につくわうらん)《割書:是(これ)は春蘭(しゆんらん)|の事なり》
 千手(せんじゆ)がんひ《割書:湖水(こすゐ)のほとり千手(せんじゆが)|原(はら)に生(しやう)ず名品(めいひん)とす》 蓼湖(たでのうみ)の蓼(たで) 石楠花(しやくなんげ) 躑躅(つゝじ)《割書:男躰山(なんたいざん)に|大木(たいぼく)多(おほ)し》

【図】
【右丁】
庚申山

ヒラ岩

カマ石

胎内クヾリ

二王石

奥院

タイ石

二王石

【左丁】
宝蔵石

ヒキタシ石

石橋

石橋

ヤグラ石

一ノ門

ウラミ滝

ツリガネ石

二ノ門

モンジ石

トウロ石

【右丁】
 熊谷草(くまがえさう) 敦盛草(あつもりさう)《割書:さくら草(さう)に似(に)たるものなり両種(りやうしゆ)を一 所(しよ)に栽(うゝ)る时(とき)は果(はた)して|敦盛草(あつもりさう)は絶(たゆ)るより熊谷(くまがえ)敦盛(あつもり)と名附(なづけ)たるものなり》
 緋桜(ひざくら)《割書:其色(そのいろ)紅(くれなゐ)なり男躰(なんたい)|山上(さんしやう)にあり》 白檜(しらひ) 唐松(からまつ) 姫小松(ひめこまつ) 虎(とら)の尾(を) 松(まつ)はた《割書:其(その)枝葉(えだは)樅(もみ)に似(に)たり|曲(まげ)ものに作(つく)る》
 沙羅樹(さらじゆ)《割書:夏椿(なつつばき)といへり中禅寺(ちゆうぜんじ)|山中(さんちゆう)に多(おほ)し》
  走獣(そうじう)
 熊(くま) 羚羊(れいやう) 狼(おほかみ) 猪(しゝ) 鹿(しか) 猿(さる) 貉(むじな) 貍(たぬき)
  飲食類(いんしよくのるゐ)
 岩茸(いはたけ) 獅子茸(しゝたけ) 椎茸(しひたけ) 松茸(まつだけ) 栗子(くりのみ) 胡鬼子(こぎのみ) 漬蕃椒(つけたうがらし)
 湯婆(ゆば)《割書:五 色(しき)ゆば巻(まき)ゆば|名産(めいさん)とす》 鳥(とり)の醢(しゝびしほ) 平索麪(ひらざうめん) 婿菜(むこな) 陟(かは)𨤲(のり)
  細工物(さいくもの)
 春慶塗(しゆんけいぬり) 指物細工(さしものざいく) 曲物類(まげものるゐ) 挽物(ひきもの) 栗山(くりやま)𪭜(じやく)子(し) 木鉢(きばち) 曲桶(まげをけ)

日 光 山 志 巻 之 四《割書: 終》

【裏表紙】

【表紙】
【題箋】
日光山志  五

【右丁 白紙】

【左丁】
日 光 山 志 巻 之 五
      目録(もくろく)
 御鎮座記(おんちんざのき)     御宮略圖(おんみやりやくづ)     石御鳥居(いしのおんとりゐ)
 巨石御燈爐(きよせきのおんとうろ)《割書:並銘(ならびにめい)》  同(おなじく)       五層宝塔(ごそうのはうたふ)
 御番所(おんばんしよ)      滑海藻石(あらめいし)     阿房丸石(あはうまろのいし)
 二王御門(にわうごもん)     三神庫(さんしんこ)      同梁上彫物白象図(おなじくはりうへほりものびやくざうのづ)
 御厩(おんうまや)       金松(きんしよう)𣗳(じゆ)      御番所(おんばんしよ)
 御手洗水盤(みたらしすゐばん)    唐銅御鳥居(からかねのおんとりゐ)    輪蔵(りんざう)
 諸家獻備御燈爐(しよけけんびのおんとうろ)  朝鮮國獻備洪鐘図(てうせんこくけんびのこうしようのづ) 日光山鐘銘(につくわうざんのかねのめい)《割書:并序(ならびにじよ)》
 朝鮮国獻備燈臺穗屋図(てうせんこくけんびのとうだいほやのづ)         阿蘭陀獻備燈臺図(おらんだけんびのとうだいのづ)
 琉球獻備燈臺図(りうきうけんびのとうだいのづ)  鐘樓(しゆろう)       皷楼(ころう)

【右丁】
 御本地堂(おんほんぢだう)       陽明御門(やうめいおんもん)     同御天井昇降二龍図(おなじくてんぢやうしようごうにりようのづ)
 御唐門(おんからもん)        唐銅御燈爐(からかねのおんとうろ)    御瑞籬(おんみづがき)
 御拜殿(おんはいでん)        御石間(おんいしのま)      御本殿(おんほんでん)
 御廽廊(おんくわいらう)        坂下御門(さかしたおんもん)     上御供所(かみおんくうしよ)
 八房梅(やつぶさのうめ)        銅御藏(あかゞねのおんくら)     御神輿舎(おんしんよしや)
 御護摩堂(おんごまだう)       御神樂堂(おんかぐらだう)     御門主御登社御門(ごもんしゆおんとうしやおんもん)
 東通用御門(ひがしつうようおんもん)      社家(しやけ)《割書:並(ならびに)》一坊神人等休息所(いちばうしんじんとうきうそくしよ)
 埋御門(うづみおんもん)        大杉(おほすぎ)𣗳(のき)      相輪樘(さうりんたう)《割書:同図(おなじくづ)》
 御神號御位階(おんしんがうおんゐかい)     御遷座(おんせんざ)      御宮號(おんきうがう)
 例幣使(れいへいし)        将軍家御参詣次第(しやうぐんけおんさんけいのしたい) 羅山集略(らざんしふのりやく)
 法蕐八講記(ほつけはつこうのき)      御旅所(おんたびしよ)      東遊(あづまあそび)《割書:同舞樂図(おなじくぶがくのづ)》《割書:其二(そのに)》
 同碑銘(おなじくひのめい)        御假殿(おんかりでん)      唐銅御鳥居(からかねのおんとりゐ)

【左丁】
 御門(ごもん)         御拜殿(おんはいでん)      御本殿(おんほんでん)
 御湯立釜(おんゆだてかま)《割書:同図(おなじくづ)》     時鐘(ときのかね)       唐銅御宝塔(からかねのおんはうたふ)
 社家伶人以下神人員数(しやけれいじんいげしんじんのゐんじゆ) 御神㕝每歳御執行次第(おんじんじまいとしおんしゆぎやうのしだい)
 奉幣使式(ほうへいしのしき)       御宵成神事(おんよひなりのじんじ)    延年舞(えんねんのまひ)
 御神迎御榊(おんしんかうのおんさかき)     渡(と) 御還(ぎよくわん) 御音樂(ぎよのおんがく) 御神事御行列次第(おんじんじおんぎやうれつのしだい)
 田樂法師圖(でんがくほうしのづ)

【右丁 白紙】

【左丁】
日 光 山 志 巻 之 五
                 植 田 孟 縉 編 輯
御鎮座之記(おんちんざのき) 《割書:烏丸大納言藤原光廣卿》
 抑(そも〳〵)元和三の年  尊躰(そんたい)を日光山(につくわうざん)へうつし奉(たてまつ)らるゝ事は大織冠(たいしよくくわん)を
 摂津國(つのくに)阿威山(あゐやま)より多武峰(たふのみね)に定惠和尚(ぢやうゑをしやう)のわたし申(まう)されけるためし
 なりこれ御(おん)ぞうのいやつぎにおはします故(ゆゑ)なるべし天(あま)てる御神(おほんがみ)
 も後(のち)にぞ倭姫命(やまとびめのみこと)五十鈴(いすゞ)の川上(かはかみ)には鎮座(ちんざ)有(あり)ける男山(をとこやま)の御(おほん)をば行(ぎやう)
 敎(けう)宇佐宮(うさのみや)よりかの和尚(をしやう)の三の衣(ころも)にやどらせ給(たま)ふ此(この)たびはことの
 やう御現存(おんげんぞん)の时(とき)よりくはしく大僧正(だいそうじやう)天海(てんかい)に御神約(おんしんやく)ありてかく
 まのあたり道(みち)びかれおはしますをばさぞうれしとや見そなは
 すらんいにしへ今(いま)さることわり逰めたがふまじくなんしかはあれ

【右丁】
 どおよそ人(びと)は此所(このところ)をさへはなれおはしますをいかでしたひ奉(たてまつ)
 らざらむもことわりなり僧正(そうじやう)も水(みづ)がきの久(ひさ)しくなれむつび給ふ
 御名残(おんなごり)つかのまおぼし忘(わす)れず二月(きさらぎ)の佛(ほとけ)の御(おん)わかれとてもさか
 しき尊者(そんじや)かなしまずやはこれまたまことの道(みち)にたがふべきにも
 あらずさて神躰(しんたい)は金輿(きんよ)に奉(たてまつ)る大僧正(だいそうじやう)は御(おん)さきにぞおはす次(つぎ)に
 山門(さんもん)の碩学(せきがく)東関(とうくわん)の学者(がくしや)ありけるかぎりまゐりあつまる巍(ぎ)〻(ゝ)蜀(しよく)
 錦(きん)をつゞり呉綾(ごりよう)をきるめをかゞやかし耳(みゝ)をおどろかさずといふ
 事なし  御所(ごしよ)の御名代(おんみやうだい)には土井大炊頭利勝(どゐおほゐのかみとしかつ)松平右衛門佐正久(まつだひらゑもんのすけまさひさ)
 板倉内膳正重昌(いたくらないぜんのしやうしげまさ)秋元但馬守泰朝(あきもとたぢまのかみやすとも)等(とう)也(なり)騎馬(きば)の行粧(ぎやうさう)唐鞍(からくら)うつし馬副(うまぞひ)
 布衣(ふい)のさふらひ雜色(ざつしき)ざまにいたるまでおの〳〵きらをつくさせ
 たり御旅所(おんたびしよ)はこなたかなたあたらしくつくりいとなまれしもあり
 道(みち)は江尻(えじり)より清見(きよみ)をとほらせ給(たま)ふにむかひに三保(みほ)の松原(まつばら)あを

【左丁】
 やかに見わたされてゆく〳〵と久能(くのう)はへだゝりぬれば霞(かすみ)ぞ春(はる)はと
 涙(なみだ)はとゞまらねど神輿(しんよ)は折(をり)〻(〳〵)とゞまる浪(なみ)の関守(せきもり)せきもとゞむるか
 松原(まつばら)のまつとかおもふ興津川(おきつがは)のおほうなばらにながれ入(いる)を見
 ては四河入海(しかにふかい)同一鹹味(どういちかんみ)とも自然流入(じねんるにふ)薩婆若海(さつばにやくかい)と觀(くわん)じたまふ田子(たごの)
 浦(うら)に打出(うちいづ)れば濵(はま)づたひに塩(しほ)焼(やく)烟(けふり)一(ひと)むすびして雲(くも)とやなり霞(かすみ)とや
 なびくらん風(かぜ)はなぎわたりて舟(ふね)ども浪(なみ)にうかべりかゝる折(をり)にも
 かけぬ日(ひ)はなしとおもほす今日(けふ)の御とまりは富士山(ふじさん)の麓(ふもと)善徳(ぜんとく)
 寺(じ)なり初(はじめ)にちる桜(さくら)あれば咲(さく)もあり是(これ)すなはち常住(じやうぢゆう)の理(ことわり)なるぞや
 先(まづ)そやの御法事(おんほふじ)みやうがうのかゝ気ふたきまでくゆりみちて花(はな)は
 つくまにぞちりまがふ梵音(ぼんおん)は迦陵頻伽(かりようびんが)の聲(こゑ)はづかしくむつの
 輪(りん)のひゞきは六道(ろくだう)の衆生(しゆじやう)もげに苦(くるしみ)をまぬかれぬべくぞきこゆる
 大衆(だいしゆ)の囬向(ゑかう)ありがたく涙(なみだ)もせきあへぬぞかし御 布施(ふせ)しな〴〵ひき

【右丁】
 わたさるゝもいかめしくや後夜(ごや)の御法事(おんほふじ)には人(ひと)しづまりて三月
 十五 夜(や)なれば有明(ありあけ)の月(つき)のひかりえん也 僧正(そうじやう)おぼしけるはあれ
 ましかんさりまし佛(ほとけ)も現生現滅(げんじやうげんめつ)のよそほひをしめし給(たあ)ふはさしも
 御めぐみのあまりなれば示司(じし)凡夫(ぼんぶ)のかりの御 名残(なごり)をおもふには
 墨(すみ)の袖(そで)もかくばかりになん西行法師(さいぎやうほふし)の風(かぜ)になびくと吟(ぎん)し小㙒(をの)の
 しげかぜが山(やま)たちはなれ行雲(ゆくくも)とながめしもことわりとはおもへば
 かなし
  立(たち)おもふ霞(かすみ)にあまる冨士(ふじ)のねにおもひをかはす山桜(やまざくら)かな
 歌(うた)は吾國(わがくに)の陀羅尼(だらに)とかや
 十六日にはよしはらといふ所(ところ)を過(すぎ)て浮島原(うきしまがはら)をとほりおはしますに
 荻(をぎ)の焼原(やけはら)のいつしかともえわたりけるをみ給(たま)ひて春風(しゆんふう)吹(ふきて)又(また)生(しやうず)
 とぞ口(くち)すさび給(たま)ひける野徑(やけい)茫(ばう)〻(〳〵)としてさかひをしらず頭(かうべ)をめ

【左丁】
 ぐらせば汀水(ていすゐ)漾(やう)〻(〳〵)としてかぎりあることなしかくて三島(みしま)につか
 せ玉ふ供奉(くぶ)の行列(ぎやうれつ)きのふにかはらず六十 餘国(よこく)の人(ひと)〻(〴〵)われさきにと
 つどひたるべし菅笠(すげがさ)をぬきて額(ひたひ)に手(て)をあて神輿(しんよ)を拝(をが)み奉(たてまつ)らぬ
 人(ひと)なし此(この)明神(みやうじん)は大通智勝佛(だいつうちしようぶつ)の御すゐ跡(しやく)となん申(まう)せば十劫坐道(じふごふざだう)
 塲(ぢやう)佛法不現前(ぶつほふふげんぜん)と誦(じゆ)して法味(ほふみ)をまゐらせらる
 東照大權現はかたじけなくも薬師(やくし)ほとけの御化現(おんけげん)なりとぞさる
 により照于東方(せううとうばう)万八千土(まんはつせんど)のことわりもつくりあはせたりけりかの
 御山(おんやま)にひかりをうつさせおはします物(もの)よと其(その)ころ世中(よのなか)にいひ
 のゝしりにきいざよふ月(つき)はすこしかけたりけれど御法事(おんほふじ)はよ
 べにことをそへられたり又(また)の日(ひ)も此所(このところ)におはしますことを道(みち)にし
 あれば人(ひと)〻(〴〵)のつかれをおぼすも神(かみ)の御心(みこゝろ)をくみてなるべし明(あく)
 れば箱根(はこね)をよぢのほり給(たま)ふにえもいはず山頭(さんとう)水色(すゐしよく)うすく煙(けふり)を

【右丁】
 こめたりやう〳〵春(はる)も暮(くれ)ゆけば菫(すみれ)など露(つゆ)しげくさき紫(むらさき)のゆかりを
 かけたるも有る(ある)べしと思(おも)ふに又(また)袖(そで)ぬれぬからうじて小田原(をだはら)に
 つかせ給(たま)ふ御法事(おんほふじ)やむごとなくぞ聞(きこ)えける
 十九日も昨日(きのふ)にかはらず
 廿日 小餘綾(こよろぎ)の磯(いそ)をとほり玉ふに蒼海(さうかい)はるかに見渡(みわた)されて巖(いはほ)に
 かゝる浪(なみ)は雪(ゆき)かとまがひ渚(なぎさ)になびく雲(くも)は花(はな)かとのみぞ見(み)えける
 磯(いそ)あさりするあま少女(をとめ)も玉だれのをがめをむなしくしてこの
 神輿(しんよ)をぞ拝(をが)み奉(たてまつ)るさて中原(なかはら)の御殿(ごてん)につかせ給(たま)ふ御法事(おんほふじ)いとゞ
 つき〴〵これは六所宮(ろくしよのみや)あたり近(ちか)き所(ところ)それは一 国(こく)の揔社(そうしや)とぞうけ
 たまはる
 東照大權現は西より南よりこしの白根(しらね)のゆきいたらぬ御(おん)ひかり
 やはあらん

【左丁】
 廿一日 府中(ふちゆう)の御殿(ごてん)に着(つか)せおはしますあくる日もおなじ所(ところ)にて
 さま〴〵御法會(おんほふゑ)たふとき事どもあり
 廿三日は山(やま)の端(は)しらぬむさし野(の)にわけいらせ給(たま)ふ草(くさ)より出(いづ)るは
 月(つき)のみかはあのねさす日(ひ)もおなじ萱生(かやふ)よりかげのどかに霞(かすみ)に
 もるゝ春(はる)もながめえもいはず友(とも)におくれてかへる鴈(かり)のつばさもの
 あはれなりければ僧正(そうじやう)
  おもほえずうすみの袖(そで)をぬらしけり行(ゆく)もかへるも鴈(かり)の泪(なみだ)に
 掘(ほり)かねの井(ゐ)は右にみてとほる決定知近水心(けつぢやうちごんすゐこゝろ)【注】にうかぶべしけふは
 仙波大堂(せんばだいだう)にとゞまらせ給(たま)ひておなじき廿六日までおはします
 この所(ところ)はむかし仙保仙人(せんはうせんにん)開闢(かいびやく)し慈覚大師(じがくだいし)中興(ちゆうこう)ありてそのゝち
 尊海僧正(そんかいそうじやう)又(また)おこし給(たま)ふ 勅額(ちよくがく)数代(すだい)の聖跡(せいせき)などもありかゝる靈地(れいち)
 なればこれにて論題(ろんだい)をいだされけるは一生入妙覚(いつしやうにふみやうがく)となん問荅(もんだふ)重(ぢゆう)

【注 「決定知水必近」ヵ】

【右丁】
 難(なん)善(ぜん)つくし美(び)つくせり御證義(おんしようぎ)はもとより大僧正(だいそうじやう)ことさらに明智(めいち)
 巨海(こかい)をてらし辨舌(べんせつ)懸河(けんか)をながせり即故初後不二(そくこしよごふじ)と判(はん)ぜられたれ
 ばことわり成(なり)し数(かず)かぎりなき御功徳(おんくどく)にもあるかな法席(ほふせき)すぎて
 河越城主(かはごえのじやうしゆ)酒井備後神(さかゐびんごのかみ)さゝげものにあしおほくつみあげられたるは
 山(やま)もさらにうごき出(いで)たるやうにみえたりこの城中(じやうちゆう)は名(な)におふ
 みよしのゝ里(さと)なりけり在五羽林(ざいごうりん)のいつかわすれんとよみし所(ところ)
 天満天神(てんまんてんじん)鎮守(ちんじゆ)なれば花(はな)の絶間(たえま)に松などもみえたりむさし㙒(の)の
 鴈(かり)やしたひきにけんおなじつらに二 聲(こゑ)三 聲(こゑ)おとづれければ
  かへるさを鴈(かり)やたどりてみよし㙒(の)の花(はな)に心(こゝろ)のよると鳴(なく)らん
 供奉(ぐぶ)の中(うち)にたのむの風(かぜ)に花(はな)のさそはるゝをみて
  春風(はるかぜ)を袖(そで)におほはぬもろ人(びと)のうらみたぐへよみよしのゝ花(はな)
 あまたもらしつあくる日(ひ)はたてばやしを御中(おんなか)やどりにて佐㙒(さの)に

【左丁】
 つかせ給ふしもつけといへど舩橋(ふなばし)もやかけぬらんはらひみがける
 玉鉾(たまぼこ)のゆきかふ袖(そで)に春(はる)も今(いま)はの藤(ふぢ)山(やま)ぶきつゝじなど折(をり)かざしぬ
 廿九日になれば佐野(さの)を一里ばかりゆきて輿(こし)くぼといふ所(ところ)なり慈覚(じがく)
 大師(だいし)生湯(うぶゆ)あみ玉ふゆゑとかや岩舟地蔵薩埵(いはふねぢざうさつた)左にたらせ玉ふかく
 れなき魔所(ましよ)にぞありける神輿(しんよ)と申したふときかまの相(さう)おはする
 僧正(そうじやう)の釼索印(けんさくいん)など物(もの)し給(たま)ひあまたの御警固(おんけいご)といひなにのつゝ
 がらあらん上中下(かみなかしも)ことなくにとみだをとほりとちぎといふ所(ところ)を
 過(すぎ)てぞ音(おと)にきく室(むろ)の八島(やしま)はみえけるさるは名高(なだか)き所(ところ)にて俊成(しゆんぜい)定家(ていか)
 の両卿(りやうきやう)も秀歌(しうか)をや詠(えい)じにしさてかの御名残(おんなごり)にはむねのけふりも
 空(そら)せばきこゝちしてなみだは水(みづ)よりもながれぬかくて鹿沼(かぬま)につ
 かせ玉ふけふ一日たらで春(はる)もくれはてにけるよなどいひて御法事(おんほふじ)
 例(れい)のやうにあり聴聞(ちやうもん)の後(のち)こよひはおの〳〵やよひのかぎりをしまん

【右丁】
 とかたらひあひつゝ涙(なみだ)そゝぐ春(はる)のさかづきめぐりゆけばあか
 つきのかねに打(うち)おどろかされぬ
 夘月(うづき)一日(ついたち)にもなれば蝉(せみ)の羽衣(はごろも)に立(たち)かへんも花(はな)のかたみたゞならず
 うつりゆく光陰(くわういん)こそ矢(や)よりもはやけれなどいひつゝこれにおなじ
 三日までおはす如在(によざい)の礼奠(らいてん)御法事(おんほふじ)むつ〳〵の时(とき)おこたらずなほ
 きやうざくなり
 四日に日光山(につくわうざん)座禅院(ざせんゐん)につかせ奉(たてまつ)りたまふこのほど大僧正(だいそうじやう)扈従(こしゆう)
 の人(ひと)〻(〴〵)にあまねくしめしきかせ給ふやうそれ神(かみ)は混沌(こんとん)のはじめを
 まもるゆゑに生死(しやうし)のふたつの相(さう)をとり給(たま)はず六塵(ろくじん)の境(さかひ)にまじ
 はるはしばらく和光(わくわう)の御結縁(おんけちえん)なりしかのみにあらずかけまくも
 おほやけよりかしこき神號(しんがう)をさづけまゐらせられ又(また)なきひとつ
 の位(くらゐ)にあがめ拝(はい)せさせ給(たま)ふよろこびのうへのよろこびにあらずや

【左丁】
 御門(みかど)より初(はじ)めて  御家運(ごかうん)は久(ひさ)かたのあめ長(なが)くあらかねのつち
 久(ひさ)しく擁護(おうご)しいまさんこといちじるしとこの时(とき)おの〳〵ゑみさか
 えて万歳(ばんぜい)をぞよばられけるそれが中(なか)に
  東(あづま)より照(てら)さん世(よ)〻(ゝ)の日(ひ)の光(ひかり)山(やま)をうごかぬためしにはして
 いづれもおなし心(こゝろ)ばへなればおほくしるすに筆(ふで)いとまあらず
 かくて佛(ほとけ)誕生日(たんじやうのひ)に御廟塔(おんべうたふ)に御定座(おんぢやうざ)ありさて十六日に新造(しんざう)の
 みやしろに遷(せん) 御(ぎよ)なし奉(たてまつ)らんと議定(ぎぢやう)ありけるとぞ
石御鳥居(いしのおんとりゐ) 總髙(そうたかさ)二丈七尺六寸五分 柱石(ちゆうせき)差渡(さしわた)し三尺五寸 柱根入(はしらねいり)凡(およそ)
 二尺五寸 地輪石(ぢりんせき)八尺四方
 東照大権兼現と彫(ほり)たる文字(もんじ)置揚(おきあげ)總唐銅(そうからかね)の御額(おんがく)を掲(かゝ)ぐ
 後水尾院の御宸翰(おんしんかん)なり是(これ)は黒田筑前守長政(くろだちくぜんのかみながまさ)獻備(けんび)の御鳥居(おんとりゐ)にして
 柱(はしら)に銘文(めいぶん)をしるす其銘(そのめい)は次(つぎ)に出(いだ)せり此(この)石御鳥居(いしのおんとりゐ)前(まへ)に二三 間(げん)隔(へだて)て

【図】
御宮中總圖

【右丁】
 左右(さいう)に甃(しう)【「イシダヽミ」左ルビ】し高(たかさ)五尺 程(ほど)幅(はゞ)二間 程(ほど)長(ながさ)四間 許(ばかり)切石(きりいし)にて畳(たゝ)み揚(あげ)たる上に
 杉(すぎ)の古木(こぼく)双(なら)び生(おひ)たり左右(さいう)の間(ま)は一 面(めん)に敷石(しきいし)して二間半 許(ばかり)是(これ)より
 御鳥居下(おんとりゐした)を經(へ)て二王御門前(にわうごもんまへ)石階(せきかい)のもと迄(まで)石敷(いししき)續(つゞ)けり凡(およそ)二拾間
 餘(よ)御鳥居(おんとりゐ)は南 向(むき) 兹(こゝ)より中山道(なかやまどほり)までは少(すこ)しく漸下(せんげ)せし大路(おほぢ)にて
 長(ながさ)二町 許(ばかり)大路(おほぢ)の東 側(がは)は御本坊(ごほんばう)表御門通(おもてごもんどほ)り西の方(かた)は 御殿跡地(ごてんあとち)
 の御構(おんかまへ)なり里俗等(りぞくら)此邊(このへん)を稱(しよう)して御見透(おんみとほ)しと唱(とな)ふ
巨石御燈爐(きよせきのおんとうろ)  二基
 二王御門(にわうごもん)石階(せきかい)の下(した)左右(さいう)に建(たて)り凡(およそ)髙(たかさ)一丈 許(ばかり)御影石(みかげいし)にて春日形(かすががた)に
 造(つく)れる大燈爐(おほとうろ)なり酒井讃岐守忠勝(さかゐさぬきのかみたゞかつ)献備(けんび)柱(はしら)に銘文(めいぶん)を彫(ほり)たり其銘(そのめい)
 次(つぎ)に出(いだ)す
石御鳥居之銘(いしのおんとりゐのめい)
 奉寄進日光山

【左丁】
 東照大權現御寶前石鳥居者於筑前國削鉅石造大柱而運之
 南海以達于 當山者也
  元和四年戊午四月十七日 黑田筑前守藤原長政
仁王御門下大燈爐之銘(にわうごもんしたおほとうろのめい)
 今兹有 鈞命彫刻鉅石改造靈塔以垂不朽於是臣亦表寸丹
 聊祝不盡
  寬永十八年九月十七日
   若狹國主從四位下侍從酒井讃岐守源朝臣忠勝
石大燈爐(いしのおほとうろ)  二 基(き)
 石御鳥居内(いしのおんとりゐのうち)にあり高(たかさ)六尺 許(ばかり)元和四年四月十七日 有馬中務大輔(ありまなかつかさのたいふ)
 忠頼(たゞより)造献(ざうけん)の銘(めい)あり
五重御寶塔(ごぢゆうのおんはうたふ) 石御鳥居(いしのおんとりゐ)と二王御門(にわうごもん)の間(あひだ)にて西の方(かた)にあり塔内(たふない)三間

【右丁】
 四 方(はう)本尊(ほんぞん)五智如来(ごちによらい)并 須弥(しゆみ)の四天(してん)其餘(そのよ)諸尊(しよそん)を安置(あんち)す是(これ)は慶安三年
 小濵侍従(をはまじじゆう)酒井忠勝朝臣(さかゐたゞかつあそん)造献(ざうけん)せり總髙(そうたかさ)拾七間二尺 柱(はしら)金襴巻(きんらんまき)二 手先(てさき)
 揔彩色(そうさいしき)外(ほか)承塵(じようぢん)の上通(うへとほ)りは十二 支(し)を彫(ほり)たり二 重垂木(ぢゆうたるき)銅葺(あかゞねぶき)四 方(はう)黒塗(くろぬり)
 扉(とびら)に葵御紋(あふひのごもん)あり外通(そとどほ)り赤塗(あかぬり)廽(めぐ)り八間四 方(はう)程(ほど)鉾石(ほこいし)の玉垣(たまがき)を構(かまへ)たり
御番所(おんばんしよ) 二王御門(にわうごもん)の下(した)にあり日光組頭支配(につくわうくみがしらしはい)の同心(どうしん)見張(みはり)を勤(つと)む此(この)
 所(ところ)より右の方(かた)へ折廻(をりまは)し拾五六間 程(ほど)行(ゆき)て御番所(おんばんしよ)あり是(これ)は御裏御門(おんうらごもん)の
 見張(みはり)なり其前(そのまへ)の石坂(いしざか)をくだれば大樂院(だいらくゐん)表門(おもてもん)前(まへ)なり又(また)二王御門(にわうごもん)の
 東の方(かた)に杉(さん)𣗳(じゆ)蔭蔚(いんゐ)とせし所(ところ)は御假殿(おんかりでん)の御構(おんかまへ)なり
滑海藻石(あらめいし) 二王御門(にわうごもん)石垣(いしがき)高(たかさ)一丈五六尺 其(その)築石(つきいし)の中(うち)なる巨石(きよせき)を名(な)
 附(づ)く小口(こぐち)の見ゆる所(ところ)横(よこ)一丈四五尺 高(たかさ)一丈 許(ばかり)
阿房丸石(あはうまろのいし) 是(これ)も右 同所(どうしよ)右の方(かた)番所(ばんしよ)の後(うしろ)にあり大石(たいせき)高(たかさ)一丈五尺 程(ほど)横(よこ)
 三間四尺 許(ばかり)此(この)両方(りやうはう)の石垣(いしがき)の内(うち)へ畳込(たゝみこみ)たるものなり巨石(きよせき)の名(な)を

【左丁】
 諸國(しよこく)より詣(まうづ)るものへ宮(みや)めぐりを導(みちび)く里俗等(りぞくら)其(その)大(おほい)なるを称(しよう)して
 演説(えんぜつ)する處(ところ)なり其謂(そのいはれ)は定(さだ)かならず
二王御門(にわうごもん) 石御鳥居(いしのおんとりゐ)正面(しやうめん)四間に二間半 朱塗(しゆぬり)銅葺(あかゞねぶき)檐口(のきぐち)箱棟(はこむね)滅金(めつき)御紋(ごもん)
 あり右弼(うひつ)那羅延金剛(ならえんこんがう)左輔(さほ)密迹金剛(みつしやくこんがう)長(たけ)一丈 餘(よ)朱塗(しゆぬり)運慶作(うんけいのさく)總丸柱(そうまろばしら)の
 上(うへ)は金襴巻(きんらんまき)彩色(さいしき)内(うち)羽目(はめ)ともに朱塗(しゆぬり)垂木(たるき)黒塗(くろぬり)表裏(へうり)左右(さいう)の間(あひだ)は格画(がうぐわ)
 天井(てんじやう)内柱(うちはしら)上(うへ)は菊(きく)の篭彫(かごぼり)外柱(そとはしら)上(うへ)は金龍(きんりよう)に雲形(くもがた)の彫(ほり)あり冠木(かぶき)上(うへ)中央(ちゆうあう)
 に金御紋附(きんごもんつき)左右(さいう)は竹(たけ)に虎(とら)の彫(ほり)御門扉(ごもんとびら)朱塗(しゆぬり)御門(ごもん)内裏(うちうら)に金色(こんじき)の狛犬(こまいぬ)
 二 頭(とう)蹲踞(そんきよ)す各(おの〳〵)三尺 許(ばかり)御門(ごもん)より左右(さいう)銅葺(あかゞねぶき)に赤塗(あかぬり)せし屏垣(へいがき)を折廻(をりまは)し
 東の方(かた)は裏御門迄(うらごもんまで)に至(いた)り西の方(かた)は相輪樘(さうりんたう)の邊(へん)に至(いた)る凡(およそ)長(ながさ)五六
 拾間 偖(さて)二王御門(にわうごもん)より内(うち)は角(かく)なる石(いし)を敷詰(しきつめ)幅(はゞ)一丈 餘(よ)長(ながさ)は陽明御門(やうめいごもん)
 下迄(したまで)数(す)百 歩(ほ)の間(あひだ)三 曲(きよく)に折(をれ)て其(その)左右(さいう)は一 面(めん)に丸小石(まろこいし)を敷詰(しきつめ)たり
 此(この)御門(ごもん)外左右(そとさいう)に古大樹(こたいじゆ)の杉(すぎ)十 根(こん)ばかりあり徃古(わうご)よりの杉(すぎ)なり

【図】
【右丁】
一の神庫(しんこ)破風下(はふした)梁上(うつばりうへ)に有(あり)
右は鼡色(ねずみいろ)左は白象(はくざう)大(おほき)さ
凡(およそ)五尺 許(ばかり)高彫(たかぼり)彩(さい)
色(しき)なり

【右丁】
 といふ
三神庫(さんしんこ) 三 棟(むね)亞脊造(あぜづく)り二王御門(にわうごもん)を入(いり)て右の方(かた)に相双(あひなら)ぶともに總(そう)
 朱塗(しゆぬり)銅葺(あかゞねぶき)滅金(めつき)御紋(ごもん)其餘(そのよ)かなもの皆(みな)滅金(めつき)花鳥草木(くわてうさうもく)の極彩色(ごくざいしき)柱上(はしらうへ)は
 金襴巻(きんらんまき)一 庫(こ)毎(ごと)に三 扉(ひ)前(まへ)に椽側(えんがは)並に階(かい)を設(まう)く一の御神庫(おんしんこ)外(そと)長押(なげし)
 上(うへ)破風下(はふした)に鼡色(ねづみいろ)と白色(しろいろ)との大象(だいざう)を彩色(さいしき)に図(づ)せり恰(あたかも)生(いき)たるが如(ごと)し
 大(おほき)さ五尺ばかり是(これ)は探幽法印(たんいうほふいん)の下繪(したゑ)なりといひ傳(つた)ふ
御厩(おんうまや) 二王御門(にわうごもん)を入(いり)て左の方(かた)にあり三間に五間半 素木造(しらきづくり)銅葺(あかゞねぶき)金(きん)
 滅金(めつき)御紋(ごもん)外(ほか)に揔(そう)かなもの滅金(めつき)長押上(なげしうへ)其餘(そのよ)所(しよ)〻(〳〵)極彩色(ごくざいしき)猿(さる)に花実(くわじつ)
 の摸様(もやう)内(うち)に駒繫(こまつなぎ)有(あり)て前(まへ)に木(き)にて組揚(くみあげ)たる臺(だい)の上(うへ)に飼桶(かひをけ)あり唐(から)
 銅(かね)の鋳貫(いぬき)深(ふか)さ一尺 餘(よ)横(よこ)一尺五寸 許(ばかり)長(ながさ)二尺 程(ほど)厚(あつさ)七八分なるに滅金(めつき)の
 御紋(ごもん)を附(つけ)たり傍(かたはら)に馬官(ばくわん)の席(せき)あり高床(たかゆか)に高麗縁(かうらいべり)の疂(たゝみ)を敷(しき)一 方(はう)に
 は簾(すだれ)を掲(かゞ)ぐ

【左丁】
金松(きんしよう)𣗳(じゆ) 御厩(おんうまや)の傍(かたはら)にあり実(じつ)は本槙(ほんまき)と穪(しよう)するものなり石玉垣(いしのたまがき)の内(うち)に
 あり是(これ)は弘法大師(こうぼふだいし)高野山(かうやさん)より移(うつ)されし種(たね)なりといふ周廽(しうくわい)一丈 餘(よ)
 枝葉(しえふ)垂(たり)て茂生(もしやう)せり
御番所(おんばんしよ) 御厩(おんうまや)に相双(あひなら)ぶ銅葺(あかゞねぶき)揔赤塗(そうあかぬり)日光組頭支配(につくわうくみがしらしはい)の同心(どうしん)勤番(きんばん)す里(り)
 人等(じんら)此(この)御番所(おんばんしよ)を赤番所(あかばんしよ)と唱(とな)ふ二間に三間なり
御手洗水盤(みたらしすゐばん) 御番所(おんばんしよ)の西の方(かた)にあり御手水屋(おてうづや)とも唱(とな)ふ水盤石(すゐばんせき)長(ながさ)
 八尺五寸 幅(はゞ)四尺 許(ばかり)高(たかさ)三尺五寸 程(ほど)なる御影石(みかげいし)にて造(つく)れり盤底(はんてい)よ
 り常(つね)に涌出(ゆしゆつ)するやうに設(まう)け自然(しぜん)に水盤(すゐばん)の四 方(はう)より流出(りうしゆつ)せり是(これ)は
 鍋島家(なげしまけ)の寄進(きしん)し奉(たてまつ)るものなり覆屋(ふくや)は二間に三間半 許(ばかり)これも又(また)柱(はしら)は
 御影石(みかげいし)凡(およそ)七寸 角(かく)程(ほど)の柱(はしら)に造(つく)り其(その)石柱(せきちゆう)を四 方(はう)の一 隅(ぐう)に三 本(ぼん)宛(づゝ)建(たて)た
 れば都合(つがふ)十二 本(ほん)の石柱(せきちゆう)なり桁(けた)貫(ぬき)ともに御影石(みかげいし)にて稲妻形(いなづまがた)の彫(ほり)
 あり屋根(やね)唐破風造(からはふづく)り楹(つかばしら)鼻(はな)破風板(はふいた)屋棟(やむね)等(とう)滅金(めつき)かなもの唐草摸様(からくさもやう)

【右丁】
 軒先(のきさき)に金御紋(きんごもん)を附(つく)天井(てんじやう)極彩色(ごくざいしき)飛龍(ひりょう)の彫垂木(ほりたるき)黒塗(くろぬり)なり石柱(せきちゆう)の礎(そ)
 石際(せきぎは)にも桁際(けたぎは)にも滅金(めつき)かなものにて褱(つゝみ)たり水盤石(すゐばんせき)の後(うしろ)の方(かた)に
 銘文(めいぶん)有(あり)
 奉寄進御手水鉢石鍋島信濃守肥前侍從藤原勝茂元和四年
 四月十七日《割書:云| 云》
唐銅御鳥居(からかねのおんとりゐ) 御手水屋(おんてうづや)の前(まへ)に建(たて)り御額(おんがく)なし笠木(かさぎ)に金御紋(きんごもん)五ッあり
 高(たかさ)凡(およそ)二丈 許(ばかり)
輪蔵(りんざう) 御手水屋(おんてうづや)より北の方(かた)堂(どう)五間半四 面(めん)二 重屋根(ぢゆうやね)銅葺(あかゞねぶき)中央(ちゆうあう)輪蔵(りんざう)
 一 切經(さいきやう)を納(をさめ)奉(たてまつ)り前(まへ)に傳大士(ふだいし)左右(さいう)に普成(ふせい)普建(ふけん)の木像(もくざう)あり宝形造(はうぎやうづくり)
 堂内(だうない)石敷(いししき)にて四 方(はう)に扉(とびら)あり後(うしろ)の方(かた)左右共(さいうとも)一間 通(どほ)り揚床(あげゆか)疂敷(たゝみしく)
諸家獻備御燈爐(しよこくけんびのおんとうろ) 總数(そうかず)百十八 基(き)内(うち)《割書:唐銅(からかね)十五 基(き)鉄(てつ)二 基(き)石(いし)百一 基(き)|年号(ねんがう)姓名(せいめい)等(とう)略之(これをりやくす)》
朝鮮國獻備洪鐘(てうせんこくけんびのこうしよう) 龍頭(りうづ)の下(した)に一 竅(けう)あり里俗(りぞく)虫喰鐘(むしくひがね)と唱(とな)ふ覆屋(ふくや)四 趾(し)

【左丁】
 銅(あかゞね)の巻柱(まきばしら)また四 方(はう)の楹先(つかばしらさき)に滅金(めつき)せし象頭(ざうづ)を造(つく)る燈燭(とうしよく)の覆屋(ふくや)も
 造工(ざうこう)相同(あひおな)じ
【図】
河湖孑圖【印】

【右丁】
  日光山鐘銘《割書:并》序
 日光道塲為
 東照大權現設也 大權現有無量功德合有無量崇奉
 結搆之雄世未曾有繼述之孝益彰先烈我 王聞而歡
 喜為鑄法鐘以補靈山三寶之供仍 命《割書:臣》植叙而銘之
 銘曰
  丕顯英烈肇闡靈眞玄都式廓寶鐘斯陳叅修勝
  緣資薦冥福鯨音獅吼昏覺魔伏非器之重唯孝
  之則龍天是謨鴻祚偕極
  崇禎壬午十月   朝鮮國禮曹叅判李植撰
               行司直呉竣書

【左丁】
【図】
朝鮮國獻備燈臺穗屋(てうせんこくけんびのとうだいほや)

湖孑河西愛貴圖
   【印】【印】

【右丁】
 取放(とりはな)し正面(しやうめん)に見(み)る圖(づ)
  前図(せんづ)穂屋(ほや)揔黄銅造(そうくわうどうつくり)《割書:但(たゞし)網(あみ)は銕(てつ)なり覆屋(ふくや)は洪鐘(こうしよう)の覆屋(ふくや)と同(おな)し》
  上(うへ)の紈附(くわんつき)より下(した)礎際(いしずゑぎは)迄(まで)髙(たかさ)一丈二尺 許(ばかり)九角造(くかくづくり)此(この)穂屋(ほや)の内(うち)に
  燈燭(とうしよく)あり真中(まなか)の銅柱(どうちゆう)へ上段(じやうだん)の枝釭(しこう)九ッ下段(げだん)の枝釭(しこう)も九ッ廽(めぐ)りへ
  附(つけ)たり其(その)枝釭(しこう)の製作(せいさく)は図(づ)の如(ごと)し
【図】

【左丁】
 前(まへ)に同断(どうだん)
  阿蘭陀獻備燈臺(おらんだけんびのとうだい)
   枝釭(しこう)一 段(だん)に十 釭(こう)宛(づゝ)三 段(だん)に都合(つがふ)三十 釭(こう)を図の如(ごと)く
   廽(めぐ)りに附(つけ)たり上(うへ)の紈附(くわんつき)より下(した)石際(いしぎは)迄(まで)揔高(そうたかさ)九尺 許(ばかり)
【図】
銘文(めいぶん)アリ

臺石(だいいし)
高(たかさ)一尺五寸 程(ほど)

 琉球獻備燈臺(りうきうけんびのとうだい) 唐銅造(からかねつくり)上(うへ)に釭(こう)一 其下(そのした)三 段(だん)に釭(こう)三十一 釭(こう)《割書:但(たゞし)一 段(だん)に十 釭(こう)宛(づゝ)》
【図】
螭足(りそく)六ッ

【左丁】
鐘樓(しゆろう) 朝鮮鐘(てうせんのかね)の東にあり揔高(そうたかさ)凡(およそ)二丈五六尺 土臺石際(どだいいしのきは)三間四 方(はう)程(ほど)垂(たる)
 木先(きさき)皆(みな)龍頭(りうづ)彩色(さいしき)かなもの滅金(めつき)なり
皷樓(ころう) 朝鮮釣燭(てうせんのこうしよく)の西にあり造工(ざうこう)鐘楼(しゆろう)と同(おなじ)
御本地堂(ごほんちだう) 皷楼(ころう)の西に有(あり)大間造(おほまづくり)五間に十間 許(ばかり)銅葺(あかゞねぶき)東 向(むき)にて向拜(かうばい)
 四間に七間 鰐口(わにぐち)を掲(かゝ)ぐ前(まへ)三 扉(ひ)御内陣(おんないぢん)四間に七間 許(ばかり)向拜(かうばい)虹梁(こうりやう)の
 上(うへ)に虎(とら)の彫物(ほりもの)あり柱(はしら)金襴巻(きんらんまき)長押上(なげしうへ)も同(おなじ)く地紋(ぢもん)彩色(さいしき)金銀(きん〴〵)を鏤(ちりばめ)たり
 二 重垂木(ぢゆうたるき)黒塗(くろぬり)滅金(めつき)かなもの有(あり)御内陣(おんないぢん)天井(てんじやう)には長(たけ)八間の蟠龍(ばんりよう)墨(すみ)
 画(ゑ)なり狩野永真安信(かのえいしんやすのぶ)の筆(ふで)なり堂内(だうない)に安置(あんち)奉(たてまつ)れる尊像(そんざう)は三州(さんしう)峰(みね)の
 薬師(やうし)を摸(も)し給(たま)ふといふ左右(さいう)日光(につくわう)月光(ぐわつくわう)十二 神将(じんしやう)四天王(してんわう)愛染明王(あいぜんみやうわう)千(せん)
 手觀音(じゆくわんおん)如意輪觀音(によいりんくわんおん)を安置(あんち)し給(たま)ふとぞ
陽明御門(やうめいごもん) 午未 向(むき)垂木割(たるきわり)間数(まかず)ゆゑ慥(たしか)には知(しり)がたし大概(たいがい)四間に二間
 余(よ)といふ三 手先造(てさきづくり)四 方(はう)唐破風(からはふ)銅葺(あかゞねぶき)四 方(はう)の軒口(のきぐち)に金鈴(きんれい)の大(おほい)なるを

【右丁】
 掲(かゞけ)たり二 重垂木(ぢゆうだるき)の下(した)手先(てさき)金龍(きんりよう)と白龍(はくりよう)を組出(くみいだ)し其間(そのま)每(ごと)に素木(しらぎ)の
 獅子(しゝ)数頭(すとう)あり桁(けた)も木地(きぢ)皆(みな)牡丹(ぼたん)唐草(からくさ)の彫(ほり)あり柱(はしら)十二本みな槻(けやき)の
 白木(しらき)の丸柱(まろばしら)唐木色附(からきいろつけ)に仕立(したて)地紋(ぢもん)綾菱(あやびし)の中(うち)に圓窓(ゑんそう)を置(おき)て其内(そのうち)に
 鳥獣草花(てうじうさうくわ)の雕(ほり)あり前破風(まへはふ)は金龍(きんりよう)の丸彫(まろぼり)有(あり)て御額(おんがく)は【平出】
 後水尾院 降位(こうゐ)の後(のち)の御宸翰(おんしんかん)なりといふ
 御神號(おんしんがう)の文字(もんじ)は金(きん)にて其外(そのほか)は紺青(こんじやう)を以(もつ)て埋(うめ)たてたり髙欄(かうらん)手摺(てすり)
 黒塗(くろぬり)滅金(めつき)かなもの又 髙欄(かうらん)の間(あひだ)は唐子逰(からこあそび)の丸彫(まろほり)揚(あげ)上下(じやうげ)の軒通(のきどほ)り
 三尺 間每(まごと)に金龍(きんりやう)の彫(ほり)一 本(ほん)宛(づゝ)冠木上通(かぶきうへどほ)りには人物(じんぶつ)又(また)は鳥獣(てうじう)等(とう)の彫(ほり)
 物(もの)あり或(あるひ)は琴碁書画(きんぎしよぐわ)人物(じんぶつ)には周公旦(しうこうたん)孔子(こうし)顏囬(ぐわんくわい)盧敖(ろがう)費張房(ひちやうばう)琴髙(きんかう)
 稽康(けいかう)阮籍(げんせき)豊干(ほうかん)王子猷(わうしいう)虎溪三笑(こけいのさんせう)四友(しいう)九哲(きうてつ)等(とう)なり表(おもて)の左右(さいう)には極(ごく)
 彩色(ざいしき)の随身(ずゐじん)あり裏(うら)の方(かた)には東に青色(せいしよく)の風神(ふうじん)西に朱色(しゆしよく)の雷神(らいじん)あり
 又(また)内外(ないぐわい)の御門(ごもん)天井(てんじやう)のふた間(ま)に昇降(しようごう)の二 龍(りよう)墨画(すみゑ)是(これ)は狩野探幽守(かのたんいうもり)

【左丁】
 信(のぶ)の筆(ふで)なり御修理(おんしゆり)の砌(みぎり)も曽(かつ)て手(て)を不入(いれず)古(いにしへ)の侭(まゝ)なり左右(さいう)の袖塀(そでべい)に
 白木彫(しらきぼり)なる獅子(しゝ)一 間(ま)に二 匹(ひき)宛(づゝ)二 間(ま)にあり其下(そのした)の通(とほ)りに白波(しらなみ)の彫(ほり)
 左右(さいう)ともに同(おな)じ裏(うら)の左右(さいう)は金獅子(きんじゝ)二 匹(ひき)宛(づゝ)御門(ごもん)の高軒(たかのき)の四 隅(ぐう)に
 金鈴(きんれい)をかゝぐ偖(さて)此(この)御門(ごもん)よりしては守信(もりのぶ)安信(やすのぶ)両人(りやうにん)の下繪(したゑ)にて巧手(かうしゆ)なる
 剞劂(きけつ)が雕(ほり)たるものゆゑに世上(せじやう)に絶(たえ)てなき彫物(ほりもの)なり悉(こと〴〵く)枚挙(まいきよ)する
 事を得(え)ず殊(こと)にまたくはしく知(しる)べきにもあらねば御唐門(おんからもん)より内(うち)は
 おそれ多(おほ)き事のみなれば唯(たゞ)荒増(あらまし)を記(き)せり其餘(そのよ)は凖(しゆん)じて知(しる)べし
御唐門(おんからもん) 陽明御門(やうめいごもん)より正面(しやうめん)なり四 方棟唐破風造(はうむねからはふづくり)正面(しやうめん)の破風上(はふうへ)の
 屋棟(やむね)に唐銅(からかね)にて造(つく)れるものを里俗等(りぞくら)恙(つゝが)といへる虫(むし)なりと唱(とな)ふ其(その)
 形(かたち)四 趾(し)ありて虎(とら)に似(に)たるさまなり長(ながさ)四尺 許(ばかり)鎖(くさり)にて繫(つなぎ)たり又(また)東
 西の棟上(むねうへ)に龍(りよう)二ッ是(これ)も唐銅(からかね)にて長(ながさ)四尺 餘(よ)有(ある)べし御門(ごもん)は唐木造(からきづくり)正(しやう)
 面(めん)の両柱(りやうはしら)には昇降(しようごう)の二 龍(りよう)に梅竹(ばいちく)を添彫(そへぼり)し皆(みな)木地(きぢ)の高彫(たかぼり)なり虹(こう)

【右丁】
陽明御門(やうめいごもん)御天井(おてんじやう)昇降(しようごう)の二 龍(りよう)
昇龍(しようりよう)は外(そと)の方(かた)にあり降龍(こうりよう)は内(うち)の
方(かた)にあり墨画(すみゑ)墨隈(すみぐま)なり

【図】

【右丁】
 梁(りやう)には素木(しらき)龍(りよう)の彫(ほり)もの正面(しやうめん)に虎(とら)一 匹(ひき)の丸彫(まるぼり)あり御柱(おんはしら)白木地(しらきぢ)唐(から)
 木色附(きいろつけ)總地紋(そうぢもん)は丸龍(ぐわんりよう)丸獅子(ぐわんしゝ)御柱根(おんちゆうこん)は赤銅巻(しやくどうまき)色繪(いろゑ)かなもの御柱(おんはしら)
 上(うへ)の方(かた)にも滅金(めつき)かなもの正面(しやうめん)冠木上(かぶきうへ)は孔子(こうし)十 哲(てつ)の彫(ほり)向(むか)ふ破風(はふ)は
 鳳凰(ほうわう)欄間(らんま)には巣父許由(さうふきよいう)或(あるひ)は七 賢(けん)七 福人(ふくじん)等(とう)を彫(ほり)たり滅金(めつき)かな物(もの)
 魶子地(たふしぢ)彫附(ほりつけ)天井(てんじやう)素木地(しらきぢ)に天人(てんにん)を彫(ほり)たり両扉(りやうとびら)唐木(からき)にて菊(きく)牡丹(ぼたん)梅(うめ)
 等(とう)の彫(ほり)なり其餘(そのよ)細密(さいみつ)なる彫工(てうこう)筆(ふで)に尽(つく)しがたし
唐銅御燈爐(からかねのおんとうろ) 一 基(き)御唐門外(おんからもんそと)の東の方(かた)にあり是(これ)は謂(いはれ)ある御寄進(おんきしん)な
 るものといひ無銘(むめい)なれば其傳(そのつた)へをしらす
御瑞籬(おんたまがき) 御唐門(おんからもん)の左右(さいう)より御本殿(おんほんでん)御拜殿(おんはいでん)を折廽(をりまは)し銅葺(あかゞねぶき)地紋(ぢもん)彫透(ほりすか)
 し欄間(らんま)には草木花鳥(さうもくくわてう)の浮彫(うきぼり)彩色(さいしき)なり
御拜殿(おんはいでん) 御唐門(おんからもん)より内(うち)は庸人(ようじん)の具(つぶさ)に拜覧(はいらん)すべき所(ところ)ならねば知(しり)が
 たし階下(かいか)にて拝(をが)み奉(たてまつ)る折(をり)から其(その)荘厳(しやうごん)なる事十が一もこゝろに諳(あん)し

【左丁】
 がたく適(たま〳〵)つたへ聞(きけ)るも御深秘(おんしんひ)なれば大概(たいがい)を誌(しる)せり御拜殿(おんはいでん)御正(おんしやう)
 面(めん)およそ拾一二間 許(ばかり)横間(よこま)四五間 程(ほど)なり向拜下(かうばいした)迄(まで)御唐門(おんからもん)内(うち)石敷(いししき)なり
 衆庻(しゆしよ)此(この)御石鋪(おんいししき)の所(ところ)にて拝(をが)み奉(たてまつ)ることなり偖(さて)御石鋪(おんいししき)の向(むかふ)は御階段(おんかいだん)
 なり五 級(きふ)一 面(めん)に滅金(めつき)かなものにて張詰(はりつめ)たり上(うへ)に御鰐口(おんわにぐち)三ッ掲(かゝげ)り皆(みな)
 金色(こんじき)なり御濵椽(おんはまえん)并 髙欄(かうらん)ともに黒(くろ)■(ろ)【蝋】色(いろ)にて御内(おんうち)の御柱(おんはしら)向(むき)は揔金(そうきん)
 だみ外(そと)なる御長押(おんなげし)うへは素木(しらき)鳳凰(ほうわう)の高彫(たかほり)金彩色(きんざいしき)御唐戸(おんからど)黒(くろ)■(ろ)【蝋】色(いろ)
 金(きん)の唐草(からくさ)蒔繪(まきゑ)正面(しやうめん)の御本間(おんほんま)御天井(おんてんじやう)折揚(をりあげ)二 重(ぢゆう)の格天井(がうてんじやう)其内(そのうち)へ岩(いは)
 紺青(こんじやう)にて丸龍(ぐわんりよう)の彩色(さいしき)其形(そのかたち)皆(みな)異(こと)なり御内(おんうち)承塵上(じようぢんうへ)に三十六 歌仙(かせん)の
 御額(おんがく)を掲(かゝげ)玉ふ和歌(わか)は【平出】
 後水尾院の御宸翰(おんしんかん)なり画(ゑ)は土佐将監(とさのしやうげん)が筆(ふで)といふ東西の御襖戸(おんふすまど)
 東は金泥地(きんでいぢ)にして竹(たけ)に麒麟(きりん)の彩色(さいしき)西の方(かた)は獅子(しゝ)の繪(ゑ)なり探幽(たんいう)
 の筆(ふで)なりといふ御拜殿(おんはいでん)の東の御間(おんま)を御聴聞所(おんちやうもんしよ)と唱(とな)へ【平出】

【右丁】
 将軍家 御座(ござ)の間(ま)と称(しよう)す御天井(おんてんじやう)天蓋(てんがい)折揚造(をりあげつく)り真中(まなか)に伽羅木(きやらぼく)にて
 葵(あふひ)の御紋(ごもん)一ッを造(つく)れれり御間(おんま)の堺(さかひ)には御簾(ぎよれん)を垂(たれ)たり又(また)御間(おんま)の東
 の羽目(はめ)に桐(きり)に鳳凰(ほうわう)を紫檀(したん)黒檀(こくたん)たがやさん等(とう)の寄木(よせき)の細工(さいく)目(め)を
 驚(おどろか)したる妙手(みやうしゆ)を尽(つく)せり又(また)西の御間(おんま)は【平出】
 御門主 御方(おんかた)の御休息所(おんきうそくじよ)と唱(とな)ふ御天井(おんてんじやう)の真中(まなか)に天人(てんにん)の彫物(ほりもの)西の
 御羽目(おんはめ)は鷲(わし)に松柏(しようはく)唐木(からき)よせの彫工(てうく)なり御拜殿(おんはいでん)と御石(おんいし)の間(ま)の取(とり)
 合(あはせ)の御柱(おんはしら)は堆朱(ついしゆ)の巻柱(まきはしら)と称(しよう)するもの四 本(ほん)ありと聞(きけ)り此餘(このよ)結搆(けつこう)
 なる事 悉(こと〳〵く)枚挙(まいきよ)することを得(え)ず
御石(おんいし)の間(ま) 御拜殿(おんはいでん)と御本殿(ごほんでん)のあひだの御間(おんま)をいふ紅縁(べにべり)の御畳(おんたゝみ)を敷(しく)
 御疂下(おんたゝみした)は石敷(いししき)なりといふ此邊(このへん)より其(その)結搆(けつこう)なる事はしるさず
御本殿(おんほんでん) 御石(おんいし)の間(ま)より續(つゞ)けり御本殿(ごほんでん)内(うち)に御幣殿(おんへいでん)亦(また)夫(それ)より御内陣(ごないぢん)
 又(また)御内(ごない)〻(〳〵)陣(ぢん) 御宮殿(おんきうでん)ありといふおそれ多(おほ)ければ略(りやく)す御拝殿(おんはいでん)御本(ごほん)

【左丁】
 殿(でん)の御屋根(おんやね)銅葺(あかゞねぶき)棟木(むなぎ)に金御紋(きんごもん)所(ところ)〻(〴〵)にあり御破風(おんはふ)は鳳凰(ほうわう)の彫物(ほりもの)
 御本殿(ごほんでん)の御棟木(おんむなぎ)に風木(かざき)勝男木(かつをぎ)あり
御廽廊(おんくわいらう) 陽明(やうめい)御門 續(つゞ)き左右(さいう)二間 宛(づゝ)は黒塗(くろぬり)それより先(さき)は赤塗(あかぬり)なり
 揔銅葺(そうあかゞねぶき)東の御廽廊(おんくわいらう)拾五六間目より大樂院(だいらくゐん)續(つゞ)きの廊下(らうか)へゆき夫(それ)
 より前(まへ)の方にて北へ折(をれ)て僅(わづか)に行(ゆけ)ば御門ありまた夫(それ)より二三ッ折(をれ)て
 殊(こと)に長(なが)しすべて間数(けんすう)は定(さだ)かに知(しり)がたし又 陽明(やうめい)御門より左の御廽(おんくわい)
 廊(らう)は西へ七八間 過(すぎ)て北へ續(つゞ)く事 長(なが)く高御石垣(たかおんいしがき)の際(きは)にて止(とゞま)れり
坂下御門(さかしたごもん) 此御門は西 向(むき)なり素木造(しらきづくり)柱(はしら)に彫物(ほりもの)あり格天井(がうてんじやう)牡丹(ぼたん)と
 菊(きく)の折枝(をりえだ)極彩色(ごくざいしき)高彫(たかぼり)垂木(たるき)黒塗(くろぬり)地紋(ぢもん)金(きん)の紋唐草(もんがらくさ)滅金(めつき)御門附(ごもんつき)なり
 此御門は御奥院(おんおくのゐん)口の御門なり
上御供所(かみおんくうしよ) 東の御廽廊(おんくわいらう)續(つゞ)きに御唐戸口(おんからどぐち)あり
八房(やつぶさ)の梅(うめ) 銅御倉(あかゞねおんくら)の北の方にあり古木(こぼく)なり來由(らいゆ)を傳(つた)へず

【右丁】
銅御倉(あかゞねのおんくら) 東の御廽廊(おんくわいらう)に接(せつ)す外(そと)の廽(めぐ)りは揔銅(そうあかゞね)にて褱(つゝみ)たる御倉(おんくら)ゆゑ
 に名附(なづけ)たり御寶物(おんはうもつ)数品(すひん)納置(をさめおか)るゝ所(ところ)なり
御神輿舍(おんしんよしや) 陽明(やうめい)御門の西の方にあり銅葺(あかゞねぶき)黒塗(くろぬり)前後(ぜんご)に御唐戸(おんからど)有(あり)て
 御天井(おんてんじやう)に天人(てんにん)の絵(ゑ)あり
御護摩堂(おんごまだう) 御神輿堂(おんしんよだう)より艮(うしとら)の方によれり本尊(ほんぞん)五大尊(ごだいそん)十二天を安(あん)
 せり正五九の中旬(ちゆうじゆん)護摩修法(ごましゆほふ)あり銅葺(あかゞねぶき)向拜附(かうはいつき)階段(かいだん)有 正面(しやうめん)の奥(おく)の
 方は黒塗(くろぬり)前(まへ)なる一 間(ま)は緑青塗(ろくしやうぬり)中蔀(なかしとみ)外通(そととほ)り長押上(なげしうへ)草花鳥(さうくわてう)の彫(ほり)摸(も)
 やうあり
御神樂堂(おんかくらだう) 陽明御門(やうめいごもん)の東にあり御拝殿(おんはいでん)へ向(むか)ふ銅葺(あかゞねぶき)黒塗(くろぬり)前椽側(まへえんがは)階(かい)
 段(だん)あり
御門主御登社(ごもんしゆおんとうしや)御門 銅御倉(あかゞねのおんくら)の前(まへ)にあり【平出】
 御門主 御方(おんかた) 御宮(おんみや)へ参(まゐ)らせ玉ふ时は御 裏(うら)御門より此御門へ被(いら)

【左丁】
 為入(せらるゝ)事なり
東通用御門(ひがしつうようごもん) 御宮内(おんみやうち)へ東の方よりの入口なり御裏門(おんうらもん)とも称(しよう)せり
 御宮内(おんみやうち)へ出勤(しゆつきん)する面(めん)〻(〳〵)此所(このところ)より出入(しゆつにふ)す社家等(しやけとう)の休息所(きうそくしよ)の邊(へん)に
 有ゆゑ字(あざな)して社家(しやけ)御門とも唱(とな)ふ
社家(しやけ)并 一坊神人等休息所(いちばうしんじんとうきうそくしよ) 前(まへ)にいふ御門を入て右に接(せつ)して御長(おんなが)
 屋あり
埋御門(うづみごもん) 二王(にわう)御門より相輪樘(さうりんたう)までの御塀垣(おんへいがき)の下より通用口(つうようぐち)新宮(しんぐう)
 馬塲(ばゝ)の方(かた)にあり
大杉樹(おほすぎのき) 陽明御門下(やうめいごもんした)御皷楼(おんころう)の邊(へん)に大杉(おほすぎ)三四 株(ちゆう)圍(めぐり)凡(およそ)一丈 餘(よ)の杉(すぎ)なり
 古老(こらう)の話(かたり)けるに此(この)大杉(おほすぎ)を古(いにしへ)より軍荼利杉(ぐんだりすぎ)と唱(とな)へし由(よし)されば徃古(わうご)
 此邊(このへん)に軍荼利明王(ぐんだりみやうわう)の堂(だう)ありし事にぞあらん此外にも二王御門(にわうごもん)
 邊(へん)又は御經蔵(おんきやうざう)御手水屋(おんてうづや)の邊(へん)にも古杉(ふるすぎ)あり

【図】
相輪樘

【右丁】
相輪樘(さうりんたう) 御宮(おんみや)御築地(おんついぢ)外(そと)の山腹(さんふく)にて新宮(しんぐう)馬塲(ばゝ)の方(かた)に有(あり)是(これ)は古(いにしへ)傳敎(でんげう)
 大師(だいし)叡山(えいざん)を初(はじめ)とし日本(につほん)六ヶ所(しよ)に建(たて)給ふといふ
  安東(あんとう)   上野(かうつけ)   上野國(かうつけのくに)綠野郡(みとのゝこほり)にあり
  安南(あんなん)   豊前(ぶぜん)   豊前國(ぶぜんのくに)宇佐郡(うさのこほり)にあり
  安西(あんさい)   筑前(ちくぜん)   在所(ざいしよ)不審(つまびらかならず)
  安北(あんぼく)   下野(しもつけ)   下野國(しもつけのくに)都賀郡(つがのこほり)にあり
  安中(あんちゆう)   山城(やましろ)   叡山西塔院(えいざんさいたふゐん)にあり
  安摠(あんそう)   近江(あふみ)   同(おなじく) 東塔院(とうたふゐん)にあり
 慈眼大師(じげんだいし)叡山(えいざん)に比(ひ)して傳敎大師(でんげうだいし)の銘文(めいぶん)を摸冩(もしや)して建立(こんりふ)し給(たま)ふ
 始(はじめ)は奥院(おくのゐん)の山(やま)へ寛永廿年七月 建(たて)給ひしが其後(そのゝち)慶安三年 今(いま)の地(ち)へ
 御建直(おんたてなほ)しになれりといふ揔高(そうたかさ)地盤石(ちばんせき)より七間二尺 外(ほか)に根入(ねいり)二尺
 四寸 元口(もとくち)差渡(さしわたし)三尺一寸 基石(きせき)大(おほき)さ八尺四 方(はう)八 角(かく)座石(ざせき)二丈一尺七寸

【左丁】
 廽(めぐ)り控柱(ひかへばしら)髙(たかさ)一丈七尺八寸 元口(もとぐち)丸差渡(まろさしわたし)一尺八寸五分 金瓔珞(きんやうらく)のかな
 もの二十四 連(れん)金鈴(きんれい)二十四あり滅金(めつき)かなもの下(した)に葵御紋(あふひごもん)金(きん)にて
 置(お)けり敷石(しきいし)の圍内(かこひうち)五間四 方(はう)許(ばかり)其(その)真中(まなか)に輪樘(りんたう)の銅柱(とうちゆう)を建(たて)たり控(ひかへ)
 是(これ)も銅柱(どうちゆう)にて頭(かしら)に凝(ぎ)【擬】宝珠(ばうしゆ)あり樘(たう)の図(づ)は右に出(いだし)し如(ごと)くなり
御神號御位階(おんしんがうおんゐかい) 元和三年丁巳二月廿一日  勅(ちよく)して【平出】
 東照大權現と授(さづけ)奉(たてまつ)らる同年三月九日  正一位を贈(おくり)奉(たてまつ)らる
御遷座(おんせんざ) 元和三年三月十五日 日光山(につくわうざん)へ御遷座(おんせんざ)の事にて同日 久能(くのう)
 山(ざん)より【平出】
 御神靈(おんしんれい)を供奉(ぐぶ)し四月四日に日光山(につくわうざん)座禅院(ざぜんゐん)へ入(じゆ) 御(ぎよ)奉(たてまつ)れる迄(まで)の
 事は上(かみ)にあげたる光廣卿(みつひろきやう)のしるし給ふ記(き)にくはしければ兹(こゝ)に
 略(りやく)す同月八日に【平出】
 御神靈(おんしんれい)を御庿塔(おんべうたふ)に歛(をさめ)【斂】奉(たてまつ)り同十四日【平出】

【右丁】
 御神(ぎよしん)を御假殿(おんかりでん)へ移(うつ)す  宣命使(せんみやうし)阿野宰相実顕卿(あのゝさいしやうさねあきのきやう)同十六日【平出】
 御神(ぎよしん)を御正殿(おんしやうでん)へ移(うつ)し奉(たてまつ)る  宣命使(せんみやうし)中御門宰相宣衡卿(なかのみかどのさいしやうのぶひらのきやう)【平出】
 奉幣使(ほうへいし)清閑寺宰相共房卿(せいかんじのさいしやうともふさのきやう)同日【平出】
 将軍家 日光山(につくわうざん)着(ちやく) 御(ぎよ)し給(たま)ふ 御門跡 方(がた)並 卿相雲客(けいしやううんかく)登山(とうざん)同十七日【平出】
 御本殿(ごほんでん)にて御法會(おんほふゑ)御修行(おんしゆぎやう)導師(だうし)天海大僧正(てんかいだいそうじやう)咒願(じゆぐわん)正覚院權僧正(しやうがくゐんごんそうじやう)證(しよう)
 誠(じやう)【平出】
 梶井二品最胤親王 御布施(おんふせ)被物禄(ひもつろく)以下(いげ)勝(あげ)て計(かぞ)ふべからず
御宮號(おんきうがう) 正保二《割書:乙| 酉》年十一月三日 勅(ちよく)して 宮號(きうがう)を贈(おくり)玉ふ是(これ)は【平出】
 新帝(しんてい)御即位(おんそくゐ)【平出】
 大權現の神助(しんじよ)に因(よつ)てなりと《割書:云| 云》同十七日  勅使(ちよくし)今出川大納言(いまでがはだいなごん)
 經秀卿(つねひでのきやう)日光山(につくわうざん)へ登(のぼ)り御神前(おんしんぜん)に於(おい)て  宣命(せんみやう)を讀(よみ)給(たま)ふ
例幣使(れいへいし) 正保四年三月十三日 奉幣使(ほうへいし)下向(げかう)有(あり)て  宣命(せんみやう)を讀(よみ)玉

【左丁】
 ひし式(しき)ありしを始(はじめ)とし是(これ)より例(れい)となり毎年(まいねん) 奉幣使(ほうへいし)下向(げかう)有(あり)て
 中山道(なかせんだう)を踰(こえ)給ひ四月十五日 日光山(につくわうざん)へ下着(げちやく)翌(よく)十六日の朝 奉幣(ほうへい)
 なり當山(たうざん)浄土院(じやうどゐん)を宿坊(しゆくばう)とせらる十六日 拂暁(ふつけう)に浄土院(じやうどゐん)より手輿(てごし)
 に乗(じよう)し石(いし)の御鳥居前(おんとりゐまへ)にて下乗(げじよう)随身(ずゐじん)の数(かず)は家(いへ)〻(〳〵)に仍(より)て差(しな)ある欤(か)【平出】
 御唐櫃(おんからひつ)は仕丁等(しちやうら)に舁(かゝ)せ先(さき)に進(すゝ)み御宮門(おんきうもん)を入(いる)  勅使(ちよくし)は御鳥居(おんとりゐ)
 のもとより史生(ししやう)衛士(ゑじ)并 雜掌等(ざつしやうとう)を従(したが)へ雁鼻沓(がんびくつ)にて陽明御門(やうめいごもん)まで
 歩(ほ)せられ此(この)御門(ごもん)より裾(きよ)をくだし御唐門(おんからもん)を入(いり)御拜殿(おんはいでん)の階(かい)を昇(のぼ)り
 御拜殿(おんはいでん)中央(ちゆうあう)にして 奉幣(ほうへい)の式(しき)ありて  宣命(せんみやう)をよみ畢(をはり)て同日 昼(ひる)
 时(どき)日光山(につくわうざん)を發(はつ)せられて宇都宮通(うつのみやどほ)りを千住(せんじゆ)へ出(いで)て浅草觀音境内(あさくさくわんおんのけいだい)
 を小休(こやすみ)とせられ江戸(えど)を逕(すぎ)東海道(とうかいだう)を上(のぼ)り給(たま)ふといふ
将軍家御叅詣子第(しやうぐんけおんさんけいのしだい)
 ○元和八《割書:壬| 戌》年七周(しう)  御忌(ぎよき)【平出】

【右丁】
 台德公四月十三日 江戸(えど)  御發駕(おんほつが)十六日 日光(につくわう)着(ちやく)  御(ぎよ)十七日
 御宮(おんみや)  御叅詣(おんさんけい)十八日 中禅寺(ちゆうぜんじ)  御登山(おんとうざん)廿二日 江戸(えど)還(くわん)【闕字】
 御(ぎよ)
 ○寛永五《割書:戊| 辰》年十三 周(しう)  御忌(ぎよき)
  台德公四月十三日 江戸(えど)  御發駕(おんほつが)十六日 日光(につくわう)着(ちやく)  御(ぎよ)十七日
  御宮(おんみや)  御叅詣(おんさんけい)廿一日 江戸(えど)還(くわん)  御(ぎよ)
 ○右同年同月廿二日
  大猷公《割書:于时大納言也》為(して)_二日光(につくわう)  御叅(おんまゐりを)_一江戸(えど)  御發駕(おんほつが)廿五日 日(につ)
  光(くわう)着(ちやく)  御(ぎよ)廿六日  御宮(おんみや)  御叅詣(おんさんけい)廿八日 日光(につくわう)  御發(おんほつ)
  駕(が)五月朔日 江戸(えど)還(くわん)  御(ぎよ)
 ○同六《割書:己| 巳》年
  台德公九月十三日 江戸(えど)  御發駕(おんほつが)十七日  御宮(おんみや)  御叅(おんさん)

【左丁】
  詣(けい)是(これ)は依(よりて)_二御疱瘡(おんはうさう)御立願(おんりふぐわんに)_一也(なり)
 ○同九《割書:壬| 申》年十七 周(しう)  御忌(ぎよき)
  大猷公四月十三日 江戸(えど)  御發駕(おんほつが)十六日 渡(と)  御(ぎよ)今市如来(いまいちによらい)
  寺(じを)被(さだめ)_レ為(させ)_レ定(らる)_二  御旅舘(おんりよくわんと)_一翌(よく)十七日 如来寺(によらいじ)に一日  御逗畄(おんとうりう)従是(これによりて)
  為(して)_二 御名代(おんみやうだいと)_一彦根少将直孝(ひこねのせうしやうなほたか)登(のぼり)_二日光山(につくわうざんに)_一  御宮(おんみや)叅拜(さんはい)翌(よく)十八日【闕字】
  幕府(ばくふ)今市(いまいち)  御發輿(おんほつよ)廿一日 江戸(えど)還(くわん)  御(ぎよ)
   是(これ)は今年正月廿四日 大相國家 薨(こう) 御(ぎよ)依(よりて)_レ為(たるに)_二御忌服(おんきぶく)_一雖(いへども)_レ不(ずと)_レ及(およば)_二
   御登山(おんとうざんに)_一態(わざ)〻(〳〵)被(らるゝ)_レ為(せ) _レ成(なら)事は御尊崇(おんそんそう)厚(あつき)故(ゆゑ)也(なり)《割書:云| 云》
 ○同十一《割書:甲| 戌》年
  大猷公四月 日光(につくわう)  御叅詣(おんさんけい)
   但(たゞし)  御發駕(おんほつが)並 還(くわん)  御(ぎよ)日限(にちげん)不詳(つまびらかならす)
 ○同十三《割書:丙| 子》年 御宮(おんみや)御造替(おんざうたい)為(して)_二御供養(おんくやうと)_一【平出】

【右丁】
  大猷公四月十三日 江戸(えど)  御發駕(おんほつが)十七日 新建之(しんこんの) 御宮(おんみや)【平出】
  御叅詣(おんさんけい)廿一日 江戸(えど)還(くわん)  御(ぎよ)
 ○同十七《割書:庚| 辰》年廿五 周(しう)  御忌(ぎよき)
  大猷公四月十三日 江戸(えど)  御發駕(おんほつが)十七日 御宮(おんみや)  御叅詣(おんさんけい)
  廿一日 江戸(えど)還(くわん)  御(ぎよ)
 ○同十九《割書:壬| 午》年 依(よりて)_二 御宮(おんみや)奥院(おくのゐん)御宝塔(おんはうたふ)御造替(おんざうたいに)_一為(して)_二御供養(おんくやうと)_一【平出】
  大猷公四月十三日 江戸(えど)  御發輿(おんほつよ)十七日 御宮(おんみや)  御叅詣(おんさんけい)
  廿一日 江戸(えど)還(くわん)  御(ぎよ)
 ○慶安元《割書:戊| 子》年三十三 周(しう)  御忌(ぎよき)
  大猷公四月十三日 江戸(えど)  御發駕(おんほつが)大御法會(だいおんほふゑ)御修行(おんしゆぎやう)十三日より
  御法會(おんほふゑ)始(はじまり)廿二三日 御結願(おんけちぐわん)廿四五 両日(りやうじつ)法蕐曼荼羅供(ほつけまんだらく)廿六日 於(おいて)_二【闕字】
  御宮内(おんきうないに)_一神事能(じんじのう)御興行(おんこうぎやう)廿七日  御發駕(おんほつが)前後(ぜんご)十四五日之 間(あひだ)日(につ)

【左丁】
  光(くわう)  御逗畄(おんとうりう)晦日 江戸(えど)還(くわん)  御(ぎよ)
 ○同二《割書:己| 丑》年
  厳有公《割書:于时大納言也》為(して)_二日光(につくわう)  御叅詣(おんさんけいと)_一 四月十三日 江戸(えど)【闕字】
  御發駕(おんほつが)十七日 御宮(おんみや)  御叅詣(おんさんけい)廿一日 江戸(えど)還(くわん)  御(ぎよ)
 ○寛文三《割書:癸| 卯》年
  厳有公四月十三日 江戸(えど)  御發駕(おんほつが)十七日 御宮(おんみや)  御叅詣(おんさんけい)
  廿一日 江戸(えど)還(くわん)  御(ぎよ)
 ○享保十三《割書:戊| 申》年
  有德公四月十三日 江戸(えど)  御發駕(おんほつが)十六日 日光(につくわう)  御着山(おんちやくざん)十
  七日 御宮(おんみや)  御叅詣(おんさんけい)廿一日 江戸(えど)還(くわん)  御(ぎよ)
 ○安永五《割書:丙| 申》年百五十 周(しう)  御忌(ぎよき)
  後明公四月十三日 江戸(えど)  御發駕(おんほつが)十六日  御着山(おんちやくざん)十七日

【右丁】
  御宮(おんみや)  御叅詣(おんさんけい)廿一日 江戸(えど)還(くわん)  御(ぎよ)
 ○羅山集云。寬永五年戊辰夏。四月十三日 大相國發江戸。十六日。
  登日光山。當皇考神君十三囬忌也。先是。尾張亞相義直卿。紀伊亞
  相頼宣卿。水戸黄門頼房卿。預來會。與詔使俱拜謁。十七日。 靈輿
  神。遊于山菅橋邊頓宮。山王摩多羅二輿從行。 大相國。座假閣而
  見之。十八日。詣靈廟塔。廿一日。還於江戸。 三卿從之。廿五日 大
  樹《割書:家 光|公》又入山。厥明詣閟宮。翌日復詣謁神宮。廿八日。 大樹出日
  光。五月朔。還於江戸。 又云寛永十三年初夏。改作日光宮宇。今兹
  季春。 幕下以聞 朝廷。從之。於是。公卿殿上人。應佳招。以季春中
  浣而發京師。右大臣藤原朝臣敎平公《割書:鷹|司》。前内大臣藤原朝臣實條
  公《割書:西 三|条》權大納言藤原資勝卿《割書:日|ノ》。權大納言藤原光廣卿《割書:烏|丸》。新大納
  言藤原季繼卿《割書:四|辻》。新大納言藤原兼賢卿《割書:廣|橋》。權中納言藤原業光卿

【左丁】
  《割書:柳|原》。中納言藤原永慶《割書:高|倉》。中納言藤原雅宣卿《割書:ア ス|カ ヰ》。中納言藤原光賢
  《割書:光 廣|ノ 息》。中納言藤原經敦《割書:大 炊|御 門》。前中納言藤原氏成《割書:ミ ナ|セ》。十三年。四月
  乙亥朔。越甲申。《割書:十|日》夜奉遷 神靈於新殿。詔使。藤光廣。兼賢。永慶。雅
  宣。俊定卿。束帶著座。隆量朝臣。奉行事。預命奥平美作守忠昌。秋元
  但馬守泰朝。及那須郡士等。警蹕之丙戌《割書:十 二|日》詔使。藤公景卿。奉幣
  使。資勝卿。納劔馬使。藤原康胤卿。讀宣使祝詞。 大上皇使。藤光廣卿。
  奉劔。 皇大后使。藤兼賢卿。獻鏡二面。是日。 幕下詣增上寺。拜【平出】
  台德院殿之靈牌。將赴日光山之故也。丁亥《割書:十 三|日》 台斾旣出。戊子
  《割書:十 四|日》。入古河城。己丑《割書:十 五|日》著宇都宮。庚寅《割書:十 六|日》。出宇都宮。路經大澤。
  阿部對馬守。獻午炊。晩次于今市。㸃如來寺為御館。尾張義直卿。紀
  伊頼宣卿。自大桑村。到今市。拜謁。辛卯。早陟山。入御館。搆假于道左
  石墻上。以爲 幕下御座。道右爲僧徒假閣。甲午。 台輿發軔于今

【右丁】
  市。路歴鹿沼。晩入壬生城。乙未到于古河城。晩入于岩築城。丙申還
  著江戸。戊戌詣増上寺。告于 皇考也。
法華八講記(ほつけはつこうのき)     冷泉為景
 よろこびやすきはじめのそれの月(つき)それの日(ひ)
 東照大権現三十三 回(くわい)の神忌(しんき)にあたれりとかや天(あめ)が下(した)ゆすりて
 ひゞきのゝしるされば日光(につくわう)の宮(みや)にて八講(はこう)おこなはるべき【平出】
 のりありて前摂政殿下(さきのせつしやうでんか)をはじめ奉(たてまつ)りおもと人(びと)のかぎりあかち
 つかはすさは等持院贈左相府(とうぢゐんぞうさしやうふ)追薦(つゐせん)のためしならし 院(ゐん)の御製(ぎよせい)は
 かの毘沙門堂大納言(びしやもんだうのたいなごん)の古(こ)富【?】いおぼしめし給(たま)ひて霜(しも)のたて露(つゆ)の
 ぬきはたばりひろくおりなせるにしきの御心(みこゝろ)くまなくかきあら
 はしぬるぬひものゝ御(おん)くちたくみにめぐりてたまきのはしなき
 がごとし是(これ)や若蘭(にやくらん)が手玉(てだま)もゆらにおりはへけむことの葉(は)もいか

【左丁】
 でとめもあやに見(み)はやし奉(たてまつ)らずやはやつがれも人(ひと)なみ〳〵に其(その)
 かずにつらなりて木曽(きそ)の麻衣(あさぎぬ)はる〴〵とおもひたち侍(はべる)も騏尾(きび)の
 さばへの千里(せんり)をかけるこゝちすべしやおほ海(うみ)に舟(ふね)わたしし山(やま)に
 かけはししてゆくての道(みち)たど〳〵しからずたゞしき命(いのち)をつたふる
 馬屋路(うまやぢ)の鈴(すゞ)の声(こゑ)もさながら花(はな)をもりがほなるに其(その)名残(なごり)もあはれ
 しられて都(みやこ)をたち出(いで)て侍(はべ)りしは過(すぎ)し弥生(やよひ)の廿日あまり一日の日(ひ)
 ならんかしそれより此(この)夘月(うづき)三日になんやうやくうば玉(たま)のくろかみ
 山(やま)にいたりつきぬその道(みち)こゝらの名所(めいしよ)をすぎてくちすさめる
 からやまとのことの葉(は)くた〳〵しければもらしつすべて此山(このやま)はもと
 満願権現(まんぐわんごんげん)の地(ち)にして補陀洛山(ふだらくせん)と名付(なづく)およそ勝道上人(しようだうしやうにん)のぼること
 三たびにしてはじめて寺(てら)をいとなめりよりて神宮精舎(しんぐうしやうしや)とす
 あるひは又(また)圓仁師(ゑんにんし)の建立(こんりふ)せりともいへりとかや委(くはしく)は師錬(しれん)の書(しよ)に

【右丁】
 見(み)えたりそのほか弘仁 年中(ねんぢゆう)上人(しやうにん)徒㐧(とてい)のしるせる補陀洛山記(ふだらくせんのき)いと
 こまやかなりいはんや又(また)瀧尾(たきのを)寂光(じやくくわう)は道珎(だうちん)尊鎮(そんちん)が筆(ふで)をのこし満願(まんぐわん)
 中禅(ちゆうぜん)の両寺(りやうじ)は尊蓮(そんれん)敦光(あつみつ)がその記(き)つくれるをやしかのみにあらずかし
 この縁起(えんぎ)にかける満願權現(かんぐわんごんげん)の因位(いんゐ)を見(み)れば有宇 中将(ちゆうじやう)朝日姫(あさひひめ)の
 こと何(なに)くれとあげてしるすにいとまあらずそのゝち元歷文治の
 ころに至(いた)りて右大将(うだいしやう)頼朝(よりとも)燈明料(とうみやうれう)を寄附(きふ)せるよし東鑑(あづまかゞみ)に見(み)え侍(はべ)
 りしやらんかやうの事かぞへばゆびもそこなはれぬべしそれは
 さることにて今(いま)見(み)る所(ところ)のさまゆゝしくつくりならべたるみあらか
 いときよらに塵(ちり)もすゑじとみがきなせる玉(たま)の御(み)はしけざやか
 にてあけの高殿(たかどの)紫(むらさき)の軒端(のきば)みつばよつばにものせし驪山宮(りさんきう)もかば
 かりやはとふりさけ見(み)るもいとまばゆしまづさし入(いる)山口(やまぐち)しろく
 わたせる山(やま)すげのはし長(なが)くよこたはりていまもはひもこよふ

【左丁】
 龍(たつ)のむかしおもほゆかたはらにそびゆる松(まつ)杉(すぎ)生(おひ)しげりて千尋(ちひろ)の
 梢(こずゑ)雲(くも)をさそふげにものふりたる所(ところ)のさま幾世(いくよ)を經(へ)てかかく神(かみ)
 さびけんいとあやしそれより石(いは)みち高(たか)くのぼりて《振り仮名:石の鳥居|いし  とりゐ 》に
 いたる此額(このがく)は 本院(ほんゐん)いまだ御位(みくらゐ)におはしましける时(とき)の宸筆(しんひつ)と
 かや猶(なほ)よぢのぼりて二王門(にわうもん)にいたりぬかねの鳥居(とりゐ)にいれば東(ひがし)に
 三の御蔵(みくら)有(あり)やがてこゝを衆僧(しゆそう)集會(しうくわい)の所(ところ)とす西(にし)に御經蔵(おんきやうざう)有(あり)これを
 諸家(しよけ)のすだく所(ところ)として上達部(かんだちめ)の座(ざ)をかまふこのあひだに彩旙(さいはん)を
 たて地鋪(ちしき)をしきて導師(だうし)をむかふるよそほひせり又(また)《振り仮名:石の階|いし  かい》をのぼ
 りて西(にし)に本地堂(ほんちだう)有(あり)東(ひがし)の左右(さいう)に鍾皷(しようこ)の楼(ろう)あり其外(そのほか)朝鮮国(てうせんこく)より奉(たてまつ)
 れる蕐鯨(くわげい)いとおほきやかに上(かみ)にきざめる李植(りしよく)が銘(めい)あざやかなり
 ひゞき豊嶺(ほうれい)の霜(しも)をしのぎてあした夕(ゆふべ)のねふりをいましむ今(いま)是(これ)を
 つきて諸卿(しよきやう)集会(しふくわい)の鐘(かね)とす前(まへ)にすゑたる燈籠(とうろ)は琉球国(りうきうこく)より奉(たてまつ)れり

【右丁】
 となん曼荼羅供(まんだらく)おこなはるゝ时(とき)にこゝに樂屋(がくや)をかまへらる是(これ)を過(すぎ)て
 陽明門(やうめいもん)に入(いり)ぬ此額(このがく)は 院(ゐん)の御門(みかど)おりゐさせ給(たまひ)てかゝしめ給(たま)へり
 となんこゝより《振り仮名:人〻|ひと〴〵》裾(きよ)をくだし侍(はべ)るそのめぐりはみな廽廊(くわいらう)なり
 此廊(このらう)を左右(さいう)の樂屋(がくや)とす瑞籬(みづかき)の中央(ちゆうあう)にあたりて舞臺(ぶたい)をたつそれ
 よりやゝ拝殿(はいでん)にのぼるすべてかうやうの事 羅友(らいう)といふとももたして
 しるすにいとまあらじやがて十三日より御法事(おんほふじ)はじまる其日(そのひ)の
 證義(しようぎ)は妙法院宮(みやうほふゐんのみや)とぞ殿下(でんか)をはじめて着座(ちやくざ)の公卿(くぎやう)それ〳〵とのぼり
 すゝむ堂童子(だうどうじ)四人 簀子(すのこ)の座(ざ)にわかちつく季雅朝臣(すゑまさあそん)は音樂(おんがく)の行(ぎやう)
 事(じ)にて伶人(れいじん)をひきゐ衆會(しゆうくわい)の所(ところ)にむかふかへりのぼりてかの座(ざ)の上(うへ)に
 つく一曲( きよく)は階(はし)の前(まへ)にて近光廣有(ちかみつひろあり)これをかなづ衆僧(しゆそう)座(ざ)につきをは
 りて階(はし)をくだり退出(たいしゆつ)し侍(はべ)る夕座(せきざ)の舞樂(ぶがく)は賀殿(がでん)古鳥蘇(ことりそ)太平楽(たいへいらく)長(ちやう)
 保樂(はうらく)陵王(りようわう)納蘇利(なそり)なりとかやむべも八の音(ね)よくとゝのほりてとも

【左丁】
 がらをうばふことなからん事(こと)を思(おも)ふかのもゝのけ物(もの)まひけんほ
 どこそなからめをさまれる世(よ)の聲(こゑ)はこれにもしか〳〵きこゆらん
 かしいでやおのが家(いへ)の名(な)にあかれたるいづみの水(みづ)はたえて久(ひさ)しく
 なりにたるをいにし年(とし)の夏草(なつくさ)の露(つゆ)おもひかけぬ【平出】
 今上(こんじやう)の仰(おほせ)ごとありて和歌(わか)のうらなみふたゝびむかしにたちかへり
 つゝかゝるいみじき御法(みのり)の場(には)に立(たち)まじり侍(はべ)ることさはおほろげの
 えにしにもあらじひとへに世(よ)をおもふ【平出】
 《振り仮名:大𣗳|たいじゆ》のひろき御(み)めぐみはげに筑波山(つくばやま)のかげにもまさりてあふ
 ればいやたかゝるべしそのかみわがたらちね《振り仮名:藤■|とうせう》【粛ヵ】はさしも【平出】
 大權現(だいごんげん)の御(み)うつくしみふかくはる〳〵こととひかはし給(たま)へることにや
 文禄の二年ばかり江府(ごうふ)にまかりたりしにも貞観政要(ぢやうぐわんせいえう)といふ文(ふみ)
 よましめてきこしめしけりとなん行状(ぎやうじやう)に見ゆめりさるべきをり

【右丁】
 にやみづからとり出てくだしたまへりし近思録(きんしろく)靖節集(せいせつしふ)など
 ひつにかくしながき宝(たから)となすものあらかう身(み)をてらす《振り仮名:玉の光|たま ひかり》
 とならはれけんも卞氏(べんし)がむかしおぼえてありがたくいふかし
 十七日は【平出】
 大權現(だいごんげん)の祭礼(さいれい)とておの〳〵みまくいきのゝしる《振り仮名:石の鳥居|いし とりゐ》のかた
 はらをしつらひて諸家(しよけ)見物(けんぶつ)の所(ところ)とす毘沙門堂(びしやもんだう)大僧正(だいそうじやう)公海(こうかい)人(ひと)あ
 またぐして打過(うちすぐ)るより始(はじめ)て榊木(さかき)兵士(えいし)など何(なに)くれとものゝふの
 具(ぐ)をもたる人(ひと)いくらといふ数(かず)しらずあゆみつゞくそのゝち神輿(しんよ)
 三社(  じや)さきなるは【平出】
 大權現(だいごんげん)中(なか)は山王(さんわう)あとなるは摩多羅心(またらしん)とかや社司(しやし)神人(しんじん)いづれも
 つきくしきよそほひなりあくれば十八日 法蕐(ほつけ)第五巻(たい  まき)にあたれり空(そら)
 いと晴(はれ)てさし出(いづ)る《振り仮名:日の光|ひ  ひか》りも《振り仮名:山の名|やま  な 》をあらはしがほなりけふは

【左丁】
 《振り仮名:人〻|ひと〳〵》染装束(そめしやうぞく)にことそぎてその《振り仮名:色〻|いろ〳〵》花(はな)やかに見(み)ゆる【平出】
 将軍家も神樂所(かぐらどころ)におはしまして大行道(だいぎやうだう)見(み)玉ふあまたの人数(にんじゆ)にて
 こうじ給(たま)はんほどもいかめしとて雲客(うんかく)は列(れつ)に立(たち)侍(はべ)らず行道(ぎやうだう)をは
 りて諸卿(しよきやう)拝殿(はいでん)の座(ざ)にかへるとき着座(ちやくざ)し給(たま)ふつゞきて尾張大納言(をはりだいなごん)
 紀伊大納言(きいだいなごん)水戸中納言(みとちゆうなごん)越後少将(ゑちごのせうしやう)南(みなみ)の座(ざ)につけりそのほか一門(  もん)
 執権(しつけん)の《振り仮名:人〻|ひと〳〵》いづれも皆(みな)簀子(すのこ)に候(こう)ぜらる今出川前大納言(いまでがはさきのだいなごん)座(ざ)を立(たち)
 て御簾(ぎよれん)を巻(まく)衆僧(しゆそう)諸卿(しよきやう)ともに平伏(へいふく)そのゝち論議(ろんぎ)はじまる當議(たうぎ)は【平出】
 尊敬法親王(そんけうほふしんわう)ことし御十五(おん    )にならせたまふ御聲(おんこゑ)いとたふとく言(こと)
 葉(ば)の《振り仮名:流〻|ながれ〳〵》てとゞこほるかたなくおはしますおほよそ人(びと)の涙(なみだ)は
 いふにもたらず【平出】
 柳営(りうえい)の御袖(おんそて)もしとゝにものしたまへりとなん十九日 合行曼荼羅供(がふぎやうまんだらく)【平出】
 《振り仮名:大𣗳|たいじゆ》以下(いげ)の御着座(おんちやくざ)きのふの如(ごと)しけふの導師(だうし)は毘沙門堂(びしやもんだう)大僧正(だいそうじやう)

【右丁】
 とかや雅樂寮(うたれう)獅子(しゝ)菩薩(ぼさつ)伶人(れいじん)をひきゐて幄屋(あくおく)にむかふおのれは
 樂屋(がくや)の座(ざ)につきて居(ゐ)ながら舞樂(ぶがく)の目録(もくろく)をわたすこれは本地堂(ほんちだう)
 の簀子(すのこ)所(ところ)せければこゝに座(ざ)をかまふるなるべし桃李花(たうりくわ)登天樂(とうてんらく)
 拔頭(ばつとう)還城樂(げんじやうらく)あるひは小蝶(こてふ)の袖(そで)に香(か)をめぐらし或(あるひ)は迦陵頻(かりようびん)のつ
 ばさに雲(くも)をひるがへす物(もの)の音(ね)空(そら)にひゞきあひてさながら琴(こと)の
 爪音(つまおと)も引(ひき)そふこゝちす廿一日は 三摩耶戒(さんまやかい)の灌頂(くわんぢやう)神前(しんぜん)にておこな
 はる御敎授(おんけうじゆ)は【平出】
 尭然法親王(けうぜんほふしんわう)なり御受者(おんじゆしや)【平出】
 尊敬法親王(そんきやうほふしんわう)大阿闍梨(だいあじやり)は毘沙門堂大僧正(びしやもんだうだいそうじやう)とぞ聞(きこ)ゆる舞樂(ぶがく)は採桒(さいさう)
 老(らう)薪靺鞨(しんまかち)泔州(かんしう)林歌(りんか)打毬樂(だぎうらく)狛狎(こまいぬ)也 結願(けちぐわん)の日(ひ)の證義(しようぎ)は公海大僧正(こうかいだいそうじやう)
 なり法事(ほふじ)をはりて緇素(しそ)おの〳〵奉幣(ほうへい)のよしきこゆれど殿下(でんか)はい
 かゞおはしけんその日(ひ)はしたまはであくる日(ひ)なんぬさ奉(たてまつ)り玉ふ

【左丁】
 おのれもいたはること有(あり)て此(この)ついでにつかうまつる廿四五日 法蕐(ほつけ)
 万部經(まんぶきやう)讀誦(どくじゆ)の僧(そう)五千二百口(    く)となん廿六日は神事(じんじ)の御能(おんのう)有(あり)とかや
 觀世(くわんぜ)金春(こんはる)などゝいふ猿樂(さるがく)の名伎(めいき)数(かず)を尽(つく)して來(きた)りつどふ笛(ふえ)皷(つゞみ)の音(おと)
 空(そら)にひゞきて是(これ)もさながら行雲(かううん)をとゞむるたぐひといへばさら
 なりかくくさ〴〵の大法會(だいほふゑ)もゆゑなくおこなはれしかばみな人(ひと)
 よろこぶ事かぎりなし【平出】
 《振り仮名:大𣗳|たいじゆ》の御(み)けしきもなほざりならずとぞつたへうけ給(たま)はるたま〳〵
 一日二日のいとまある折(をり)からを得(え)て名有所(なあるところ)見(み)ざらんも残(のこり)おほ
 ければしれる人(ひと)ひとりふたりいざなひつゝ瀧尾(たきのを)寂光(じやくくわう)などかり
 ゆきて《振り仮名:所〻|ところ〴〵》みめぐるそのくさ〳〵しきことはれいのもらしつたゞ此(この)
 たびのよそひかたばかりかいつけて都(みやこ)のつとにいざといはましや
  山(やま)もけふ名(な)にはかくれず出(いづ)る日(ひ)のひかりを花(はな)とちらす御法(にのり)に

【右丁】
  たかてらすひかりをこゝにやはらげて神(かみ)の宮居(みやゐ)はちりもくもらず
  ふたあらやその山姫(やまひめ)のあさひ子(こ)がおもかげのこす峰(みね)のしら雪(ゆき)
  むかしきて雲井(くもゐ)の龍(たつ)も今(いま)やまた人(ひと)に見(み)えける山(やま)すげの橋(はし)
  いく千世(ちよ)をふるかは㙒(の)べの数(かず)そへてみもとの杉(すぎ)に又(また)もあひ見(み)ん
  にぎはへる煙(けふり)やこゝに立(たち)まさる民(たみ)のかまどをむろのやしまに
  めもはるに見渡(みわた)すはては夏草(なつくさ)のなすのゝ原(はら)は空(そら)もひとつに
  九重(こゝのへ)やとの井におなじ濵(はま)の名(な)のくろどにやどる雲(くも)のうへ人(びと)
  いかに又(また)くろきすぢなき黒髪(くろかみ)のやまより落(おつ)る瀧(たき)の尾(を)の水(みづ)
  かしこしれあふぐも高(たか)き松風(まつかぜ)に人(ひと)の国(くに)までなびく草(くさ)はは
   慶安元年四月廿九日
御旅所(おんたびしよ) 長坂(ながさか)を登(のぼ)り右の方(かた)なる地(ち)をいふ中山通(なかやまどほ)りなり御旅所(おんたびしよ)とて
 別(べつ)に御宮殿(おんきうでん)を設(まうけ)給ふにあらず此(この)御旅所(おんたびしよ)と称(しよう)するは山王(さんわう)の社(やしろ)なり

【左丁】
 其(その)本社(ほんしや)へ神輿(しんよ)三輿( よ)をすゑ奉(たてまつ)るなり山王社(さんわうのやしろ)《割書:大間(おふま)》三間に二間 程(ほど)向(かう)
 拜附(はいつき)朱塗(しゆぬり)上蔀(あげしとみ)も朱塗(しゆぬり)なり橡葺(とちぶき)前(まへ)に拜殿(はいでん)あり四間に五間 許(ばかり)丹塗(たんぬり)
 橡葺(とちぶき)前後(ぜんご)に扉(とびら)あり上蔀(あげしとみ)有(あり)黒塗(くろぬり)大床造(おほゆかづくり)御神事(おんじんじ)の砌(みぎり)供御(ぐご)の式(しき)あり
 御供所(おんくうじよ)も有(あり)て此殿(このでん)へ歩廊(ほらう)を亘(わた)す東逰(あづまあそび)舞樂(ぶがく)を奏(そう)する所(ところ)は拝殿(はいでん)と
 本社(ほんしや)の間(あひだ)の石敷(いししき)の所(ところ)にて舞樂(ぶがく)を奏(そう)する事なりまた山王社(さんわうのやしろ)の北
 寄(より)に東逰(あづまあそび)の石碑(せきひ)あり
東逰(あづまあそび) 御祭儀(おんさいぎ)の節(せつ)御旅所(おんたびしよ)にて奏(そう)する舞曲(ぶきよく)なり伶人(れいじん)の内(うち)七人にて
 脩(しう)せり其内(そのうち)舞人(まひびと)四人は紅紗(こうしや)の袍(はう)に下襲(したがさね)藤色(ふじいろ)表袴(うへのはかま)は白(しろ)精好(せいこう)に青(あを)
 摺(ずり)の摸様(もやう)下袴(したばかま)は緋(ひの)精好(せいがう)の大口(おほくち)陪従(べいじゆう)の三人は紫(むらさき)の紗袍(しやはう)に蝋虎(らつこ)【猟虎】を
 縫(ぬひ)たる蠻衣(ばんえ)下襲(したがさね)は玉虫色(たまむしいろ)紫(むらさき)の刺貫(さしぬき)右の七人ともに騎馬(きば)にて【平出】
 神輿(しんよ)に供奉(ぐぶ)し御旅所(おんたびしよ)に至(いた)る入(じゆ) 御(ぎよ)の節(せつ)伶人(れいじん)御安座樂(おんあんざらく)とて拔頭(ばつとう)
 を奏(そう)す御三品立(おんさんぼんだち)の御膳(ごぜん)を奉(たてまつ)る是(これ)を上(あが)り御膳(ごぜん)と唱(とな)へ此时(このとき)十天樂(じつてんらく)を

【図】
御拜殿

御本殿

相覧【印】

【右丁】
 奏(そう)し奉(たてまつ)るそれより東逰(あずまあそび)を歌舞(かぶ)す陪従(べいじゆう)の内(うち)一人は神樂歌(かぐらうた)を唱(とな)へ外(ほか)
 二人は篳篥(ひちりき)と高䴡笛(こまぶえ)を役(やく)す舞曲(ぶきよく)終(をは)りて御膳(ごぜん)をすべすを下御膳(さがりごぜん)
 と称(しよう)してまた此时(このとき)伶人(れいじん)羅陵王(らりようわう)を奏(そう)する事(こと)とかや
 續拾遺(しよくしふゐに)云(いはく)式部大輔(しきぶのたいふ)資業(すけなり)が伊豫守(いよのかみ)に侍(はべ)る时(とき)彼国(かのくに)の三島明神(みしまみやうじん)に東(あづま)
 逰(あそび)して奉(たてまつ)りけるをよめる能因法師(のういんほふし)
  宇と濵(はま)に天(あま)の羽衣(はごろも)むかしきてふりけん袖(そで)やけふのはふり子(こ)
 とよめるも爰(こゝ)の御脩祭(おんしうさい)のごとき結搆(けつこう)にこそあらざらめども社前(しやぜん)
 に奉(たてまつ)れる舞(まひ)ならん當御山(たうおんやま)の御神事(おんじんじ)は綾羅錦繍(りようらきんしう)の装(よそほい)し荘厳(しやうごん)なる
 御脩祭(おんしうさい)はかけまくもかしこき【平出】
 御神徳(おんしんとく)の久(ひさ)かたのあめとひとしくめでたくも又(また)たぐひなき御事(おんこと)
 にぞありける。
東逰碑銘(あづまあそびのひのめい) 《割書:碑石(ひのいし)長(ながさ)六尺五寸 許(ばかり)幅(はゞ)一尺五寸 厚(あつさ)八九寸|基石(きせき)共(ともに)摠高(そうたかさ)凡(およそ)一丈 余(よ)》

【左丁】
  日光山歲脩
 東照宮祭禮京師伶人來奏東遊神樂其後廢絶
  久不奏焉《割書:吾》
 一品大王欲復其儀寶永三年秋請于
 大將軍綱吉公
 大將軍速允其請召伶人攝津守多久富伯耆守
  狛近家豊前守狛近任木工權頭狛近業左近
  將監狛永貞傳其曲于日光伶人四年四月料
  給三百俵以充其費自此每歲四月九月脩祭
  之日必奏以為常《割書:保孝》受
 大王之命謹記其由以勒于石
  寶永五年戊子四月 内藤内藏權頭從五位下藤原朝臣保孝謹書

【図】
華山渡邉登

東遊舞樂の圖

【右丁】
 御假殿(おんかりでん) 御宮(おんみや)二王門(にわうもん)の東の方(かた)《振り仮名:杉𣗳|さんじゆ》陰森(いんしん)とし幽邃(いうすゐ)なる所(ところ)に御矢來(おんやらい)
 御門(ごもん)あり此所(このところ)は 御宮(おんみや)御修復中(おんしゆふくちゆう)爰(こゝ)へ下遷宮(げせんぐう)なし奉(たてまつ)る其餘(そのよ)は每(まい)
 歳(さい)十一月十五日 御社前(おんしやぜん)にて御湯立(おんゆだて)あり其事(そのこと)は次(つぎ)に出(いだ)せり
唐銅御鳥居(からかねのおんとりゐ) 南向(  むき)御鳥居前(おんとりゐまへ)に石燈籠(いしどうろう)左右(さいう)に建(たて)り
御門(ごもん) 南向(  むき)此(この)御門(ごもん)より御瑞籬(おんたまがき)を廽(めぐ)らせり揔赤塗(そうあかぬり)
御拜殿(おんはいでん) 五間に二間 許(ばかり)向拜附(こうはいつき)御鰐口(おんわにぐち)三ッ三扉( ひ)夫(それ)より御石間(おんいしのま)有(あり)
御本殿(おんほんでん) 凡 三間四方程(      はうほど)御縁(おんえん)押廽(おしまは)し高欄脇(かうらんわき)障子(しやうじ)あり左右(さいう)ともに一間
 宛(づゝ)揚蔀(あげしとみ)御屋根(おんやね)銅葺(あかゞねぶき)金御紋附千木(きんごもんつきちぎ)あり揔赤塗(そうあかぬり)滅金(めつき)かなもの彫物(ほりもの)
 彩色(さいしき)御柱(おんはしら)は金襴巻(きんらんまき)三扉( ひ)黒塗(くろぬり)階段(かいだん)も同塗(おなしぬり)
御湯立釜(おんゆだてのかま) 三基( き)御鳥居(おんとりゐ)に向(むか)ひ左の方(かた)にあり東の御釜(おんかま)には巴(ともゑ)の御紋(ごもん)
 有(あり)中(なか)の御釜(おんかま)には葵(あふひ)の御紋附(ごもんつき)西の御釜(おんかま)は茗荷(みやうが)の御紋(ごもん)皆(みな)金紋(きんもん)なり
 紐(ちゆう)には獅子(しゝ)を附(つけ)たり例年(れいねん)十一月十五日 御湯立(おんゆだて)の神事(じんじ)あり天下泰(てんかたい)

【左丁】
 平(へい)國家安穩(こくかあんおん)の御祈(おんいのり)あり神樂舞(かぐらまひ)有(あり)て御桟敷(おんさんしき)御仮(おんかり)ものにて出來(しゆつらい)し
 御奉行(おんぶぎやう)《振り仮名:出𫝶|しゆつざ》御桟敷(おんさんじき)にて是(これ)を鑒(かん)し給(たま)ふ御別當(おんべつたう)大樂院(だいらくゐん)を初(はじめ)一山(  さん)の
 衆徒(しゆと)其餘(そのよ)出席(しゆつせき)なり神樂(かぐら)男(をとこ)二人 神人(しんじん)三人 湯立(ゆだて)男(をとこ)一人 出勤(しゆつきん)御釜(おんかま)は
 寛永年中 御鑄製(おんたうせい)の両箇(りやうか)破裂(はれつ)に依(より)て享保廿年《振り仮名:𦾔録|きうろく》に従(したが)ひ新製(しんせい)改(かい)
 鑄(たう)し玉ふ御銘文(おんめいぶん)あり
《振り仮名:時の鐘|とき  かね》 御假殿(おんかりでん)の前(まへ)にて南寄(  より)堂(だう)四趾( し)赤塗(あかぬり)橡葺(とちぶき)鐘撞寮(かねつきれう)の承仕(しようし)三軒(  けん)の
 事初(ことはしめ)に記(き)せしゆゑ兹(こゝ)に略(りやく)す
唐銅御宝塔(からかねのおんはうたふ) 一基( き)御假殿(おんかりでん)の左の方(かた)にあり南向(  むき)石玉垣(いしのたまがき)を廽(めぐ)らしたり
 是(これ)は文化九年十二月晦日 大樂院(だいらくゐん)より失火(しつくわ)して銅御倉(あかゞねのおんくら)御焼亾(おんせうばう)の
 砌(みぎり)御法器(おんはうき)の灰燼(くわいじん)を爰(こゝ)に填(うづめ)て御供養(おんくやう)ありし御宝塔(おんはうたふ)なりといふ
社家伶人以下(しやけれいじんいげ)の貟数(ゐんじゆ)
 社家衆(しやけしゆ)六人 古島氏(ふるしまうぢ) 猿橋氏(さるはしうぢ) 齋藤氏(さいとううぢ) 江端氏(えばたうぢ)

【図】
御假殿
御湯立
之圖

相覧【印】

【右丁】
        古橋氏(ふるはしうぢ) 中麿氏(なかまろうぢ)
 伶人(れいじん)《割書:二拾人》 宮仕(きうし)《割書:十人》 神人(しんじん)《割書:七拾六人》 巫女(ふしよ)《割書:八人|或(あるひ)は八乙女(やおとめ)とも唱(とな)ふ》
御神事每歳御執行次第(おんじんじまいさいおんしゆぎやうのしだい)
 四月十五日 朝例(あされい) 幣使(へいし)御着(おんちやく)每歳(まいさい)當山(たうざん)浄土院(じやうどゐん)を宿坊(しゆくばう)とせらる【平出】
 御門主 御方(おんかた)は同十二日 東叡山(とうえいざん)御發駕(おんほつが)にて同十五日 夕(ゆうべ)御着山(おんちやくざん)の
 事は恒例(ごうれい)なり御祭禮(おんさいれい)  御名代(おんみやうだい)高家衆(かうけしゆ)一人 宛(づゝ)毎年(まいねん)登山(とうざん)有(あり)て同
 十六日 御幸町(こがうまち)本陣(ほんぢん)入江某(いりえなにがし)が許(もと)に御着(おんちやく)御祭禮(おんさいれい)御奉行(おんぶぎやう)として大名(だいみやう)
 衆(しゆ)両家(りやうけ)同十六日 朝(あさ)鉢石町(はついしまち)本陣(ほんぢん)二軒(  けん)へ参着(さんちやく)但(たゞし)九月の御祭禮(おんさいれい)は御神(おんじん)
 事(じ)供奉(ぐぶ)の式(しき)も半減(はんげん)の御定(おんさだめ)にして御祭禮(おんさいれい)御奉行衆(おんぶぎやうしゆ)も一人に【平出】
 命(めい)し玉ふといふ
《振り仮名:奉幣使の式|ほうへいし  しき》
 毎年(まいねん)四月十六日《振り仮名:明六ッ时|あけ    どき》宿坊(しゆくばう)浄土院(じやうどゐん)より手輿(てごし)に乗(じよう)し仕丁(じちやう)是(これ)を舁(かく)

【左丁】
 随身(ずゐじん)左右(さいう)に扈従(こじゆう)し《振り仮名:石の御鳥居前|いし おんとりゐまへ》にて下乗(げじよう)し雁鼻沓(がんびぐつ)にて歩行(ほかう)せ
 られ陽明御門内(やうめいごもんのうち)東の御廽廊(おんくわいらう)待合所(まちあひしよ)へ参入(さんにふ)せられ啓(けいし)_二案内(あんないを)_一 御宮(おんみや)へ
 登(のぼり)給(たま)ふ従是前(これよりまえ)拂暁(ふつけう)に浄土院(じやうどゐん)より衞士(ゑじ)史生(ししやう)等(ら)装束(しやうぞく)し雜掌(ざつしやう)狩衣(かりぎぬ)を
 着(き)て御唐櫃(おんからひつ)三棹(  さを)仕丁(じちやう)に舁(かゝ)せ 幣使(へいし)より先達(さきだち)て 御宮内(おんきうない)に参入(さんにふ)し
 幣使(へいし) 御宮門(おんきうもん)に登(のぼり)給ふを待得(まちえ)て衞士(ゑじ)史生(ししよう)等(ら)御唐櫃(おんからひつ)を御拜殿(おんはいでん)へ
 すゑ奉(たてまつ)り又(また)階下(かいか)へくだる夫(それ)より雜掌(ざつしやう)捧(さゝげ)_二御位記(おんゐきを)_一畢(をはり)て階(かい)をくだる【平出】
 奉幣使(ほうへいし)御唐門(おんからもん)より裾(きよ)を曳(ひき)て階上(かいしやう)へ進(すゝ)み玉ひ御拜殿(おんはいでん)中央(ちゆうあう)にて奉(ほう)
 幣(へい)の式(しき)ありて  宣命(せんみやう)をよみ終(をは)り退去(たいきよ)待合所(まちあひしよ)へ参(まゐ)られ又(また)案内(あんない)
 有(あり)て階(かい)を昇(のぼ)りみづからの参拝(さんはい)をも修(しゆ)し奉幣(ほうへい)の式(しき)終(をは)りければ【平出】
 御宮門(おんきうもん)を出(いで)給ひ御鳥居前(おんとりゐまえ)より乗輿(じようよ)し 御靈屋(おんれいや)へ登(のぼ)られ御拝禮(おんはいれい)
 畢(をは)り浄土院(じやうどゐん)へ帰館(きくわん)装束(しやうぞく)を改(あらため)られ御本坊(おんほんばう)へ至(いた)り給(たま)ふ【平出】
 御門主 御方(おんかた)御對顏(おんたいがん)の上(うへ)御饗應(おんきやうおう)の事 終(をわり)て宿坊(しゆくばう)浄土院(じやうどゐん)へ還入(くわんにふ)し玉ひ

【右丁】
 無程(ほどなく)即日(そくじつ)浄土院(じやうどゐん)を發駕(ほつが)今市(いまいち)より宇都宮通(うつのみやどほ)りを千住(せんぢゆ)へ至(いた)り江戸(えど)を
 透過(とほりすぎ)て東海道(とうかいだう)を京都(きやうと)へ登(のぼり)給ふ《割書:下向(げかう)は中山道(なかせんだう)を通行(つうかう)せられ碓氷嶺(うすひのみね)を踰(こえ)給ひ上㙒(かうづけの)|国(くに)新田郡(につたのこほり)より下野国(しもつけのくに)梁田(やなだ)へ出(いで)て同国(どうこく)佐㙒(さの)杤木(とちぎ)を》
 《割書:經(へ)て日光山(につくわうざん)へ赴(おもふ)き給ふ此(この)道(みち)|筋(すぢ)を例(れい) 幣使街道(へいしかいだう)と唱(とな)ふ》
《振り仮名:御宵成の神事|おんよひなり  じんじ 》
 四月十六日 夕(ゆふ)七ッ时【平出】
 御門主 御方(おんかた)御登(おんとう) 社(しや)《振り仮名:被_レ為_レ成|なさせられ》御下(おんくだ)りありて【平出】
 東照 三社(  しや)の御神輿(おんしんよ) 御宮(おんみや)より新宮(しんぐう)《割書:日光權現(につくわうごんげん)》拜殿(はいでん)へ渡(と) 御(ぎよ)し給(たま)ふ
 社家(しやけ)伶人(れいじん)等(ら)行装(ぎうさう)を刷(かいつくろ)ひ其餘(そのよ)御神事(おんしんじ)に与(あづか)るもの御祭禮(おんさいれい)の具(ぐ)を整(とゝのへ)
 神輿(しんよ)を供奉(ぐぶ)し日光御奉行(につくわうおんぶぎやう)両組頭衆(りやうくみがしらしゆ)を初(はじめ)とし其外(そのほか)諸役人(しよやくにん)厳重(げんぢゆう)に
 警衞(けいゑい)し神輿(しんよ)を渡(わた)し奉(たてまつ)る是(これ)を称(しよう)して御宵成(おんよひなり)の神事(じんじ)と號(がう)す翌(よく)十
 七日は此(この)拝殿(はいでん)より御旅所(おんたびしよ)へ渡(わた)らせ給ふ
  《割書:還(くわん) 御(ぎよ)には神輿(しんよ)直(すぐ)に御宮内(おんきうない)へ還(くわん) 入(にふ)なさせ給ふ神輿(しんよ)還(くわん) 御(ぎよ)のうへ三神輿(  しんよ)を神輿舎(しんよしや)へ納(をさ)|め奉(たてまつ)る时(とき)伶人等(れいじんら)舍前(しやぜん)にて太平楽(たいへいらく)を奏(そう)す》

【左丁】
延年舞(えんねんのまひ) 《割書:此舞(このまひ)は每年(まいねん)三月二日 新宮(しんぐう)祭礼(さいれい)にも行(おこな)はるゝ式(しき)と相同(あひおな)し》
 每歳(まいさい)四月十七日 御祭禮(おんさいれい)の前(まへ)に行(おこな)はるゝ事なり此(この)三御神輿(  おんしんよ)は新(しん)
 宮(ぐう)拜殿(はいでん)に前夜(ぜんや)より御座(おんざ)なり僧衆(そうしゆ)二人これは
一山(  さん)の衆徒(しゆと)の内(うち)附(ふ)
 㐧(てい)の両僧(りやうそう)修(しゆ)する事にて古実(こじつ)の事ありと聞(きこ)ゆ抑(そも〳〵)此舞(このまひ)は天下泰平(てんかたいへい)
 國土豊饒(こくどぶねう)の秘密(ひみつ)の舞(まひ)なりといふ慈覚大師(じかくだいし)入唐(につたう)の砌(みぎり)傳來(でんらい)せられし
 天下泰平(てんかたいへい)の舞(まひ)なりとも傳(つた)ふさて御祭禮(おんさいれい)御當日(おんたうじつ)の朝(あさ)《振り仮名:五ッ时頃|    どきごろ》前(まへ)に
 いへる僧衆(そうしゆ)両人頭(りやうにんかしら)を白の五條袈裟(ごでうのけさ)を以(もつ)て褱(つゝ)み緋純子地(ひどんすぢ)に牡丹唐(ぼたんから)
 草(くさ)の直垂(ひたゝれ)を着(ちやく)し白の大口袴(おほくちはかま)をはき短刀(たんとう)柄(つか)を巻(まか)ざる鮫(さめ)に放(はな)し目(め)
 貫(ぬき)し又(また)鍔(つば)もなく梨子地塗(なしぢぬり)の鞘(さや)なるをうしろに挿(はさ)み真紅(しんく)の打紐(うちひも)
 にて結(むす)び鼻高沓(びかうぐつ)をはき御本坊(おんほんばう)より両僧(りやうそう)相双(あひならび)練出(ねりいだ)す外(ほか)に僧侶(そうりよ)相(あひ)
 従(したが)ひ白張着(しらはりき)の仕丁(じちやう)数十人(す  )供奉(ぐぶ)し其次(そのつぎ)に【平出】
 御門主 御方(おんかた)御輿(おんこし)にて同(おな)じく出(いで)させ給(たま)ひ石(いし)の御鳥居(おんとりゐ)を入(い)らせ玉ひ

【右丁】
 新道通(しんみちとほ)り新宮(しんぐう)拜殿前(はいでんまへ)に至(いた)らせ神輿前(しんよまへ)にて御修法(おんしゆほふ)をはり其邊(そのへん)に
 御輿(おんこし)を駐(とゞめ)給ひ監臨(かんりん)し玉ふ三佛堂前(さんぶつだうまへ)南の方(かた)に敷舞臺(しきぐたい)を搆(かまへ)し所(ところ)に
 て両僧(りやうそう)《振り仮名:替〻|かはる〴〵》舞(ま)ひ中頃(なかごろ)より一人は黒(くろ)き立烏帽子(たてゑぼし)をかぶり又(また)舞(まひ)を
 かなづ衆僧(しゆそう)は舞臺(ぶたい)の後(うしろ)にて舞頌(ぶしよう)を唱(とな)ふ《割書:三月二日には此(この)舞臺(ぶたい)の正面(しやうめん)へ御神馬(おんしんめ)|一匹(  ひき)牽來(ひきき)て廣庭(ひろには)に立(たて)り四月 御祭(おんさい)》
 《割書:礼(れい)には此(この)|事(こと)なし》御祭禮(おんさいれい)御奉行(おんぶぎやう)其餘(そのよ)蹲踞(そんきよ)せり無程(ほどなく)舞(まひ)終(をは)り【平出】
 御門主御方の御輿(おんこし)を旋(めぐら)し玉ひ舞衆(まひしゆ)其餘(そのよ)の僧(そう)も同(おな)じく御跡(おんあと)に随(したが)ひ
 御本坊(おんほんばう)へ帰(かへ)られ少(すこ)しく有(あり)て四ッ鐘(かね)を撞(つ)けば間(ま)もなく御神事(おんじんじ)始(はじま)れり
《振り仮名:御神迎の御榊|おんしんかう  おんさかき》
 普通(ふつう)の神祭(しんさい)には榊(さかき)とて神事(じんじ)の先(さき)に曳渡(ひきわたす)ことなれど當山(たうざん)御神事(おんじんじ)には
 それと異(こと)なり四ッ鐘(かね)をつくとひとしく御旅所(おんたびしよ)のかたより白張着(はくちやうき)
 のもの凡(およそ)三百人 許(ばかり)警固(けいご)麻上下(あさ    )百五拾人一度( ど)に同音(どうおん)を揚(あげ)て御桟(おんさん)
 敷前(じきまへ)を石(いし)の御鳥居(おんとりゐ)内へ曳來る爾(しか)して御神事(おんじんじ)の供奉(ぐぶ)を操出(くりいだ)せり

【左丁】
 此(この)ゆゑに御神迎(おんしんかう)の真賢木(さかき)と唱(とな)ふ他(た)の神事(じんじ)にもちふる榊(さかき)といへる
 ものは冬木(ふゆき)にて《振り仮名:椎𣗳|しひのき》に似(に)て小葉(せうえふ)なるものをいふ當御神祭(たうおんしんさい)の榊(さかき)
 は夏木(なつき)にて幹(みき)枝葉(しえふ)ともに《振り仮名:娑羅𣗳|さらじゆ》の如(ごと)し當所(たうしよ)の俗語(ぞくご)にサルナメ
 と称(しよう)せり是(これ)は久自良村(くじらむら)の役(やく)として每歳(まいさい)両度宛(りやうどづゝ)彼地(かのち)の山林(さんりん)小名(こな)
 エヅラといふ所(ところ)より堀出(ほりいだ)せる事(こと)なり又(また)榊(さかき)をば普通(ふつう)の神事(じんじ)にも
 真先(まさき)に曳渡(ひきわた)すといふ謂(いはれ)にて真賢木(まさかき)といふ由(よし)を傳(つた)ふれど是(これ)は俗(ぞく)
 説(せつ)にや賢木(けんぼく)といふ字(じ)は古事記(こじき)または日本紀(にほんき)にも出(いで)たり万葉(まんえふ)には
 《振り仮名:神𣗳|しんじゆ》と書(かけ)るを後世(こうせい)に至(いた)り神木(しんぼく)とかきてこれは神事(じんじ)に用(もち)ふる木(き)
 なりとて後(のち)また二字( じ)を相双(あひならべ)て一字( じ)に作(つく)り竟(つひ)に榊(さかき)といふ字(じ)を用(もちふ)
 ることとぞ
《振り仮名:渡御還御の音樂|とぎよくわんぎよ  おんがく》
 渡(と)  御(ぎよ)には慶雲樂(けいうんらく) 還(くわん)  御(ぎよ)には還城樂(くわんじやうらく)を奏(そう)せりといふ

【右丁】
御神事御行列(おんじんじおんぎやうれつ)
兵士鉾持(へいしほこもち)  兵士(へいし)百人 警固(けいご)二人 宛(づゝ)熨目(のしめ)麻上下(あさがみしも)にて先(さき)に立事(たつこと)は
 下(しも)皆(みな)同(おなじ)警固(けいご)二行( ぎやう)に前頭(ぜんとう)に進(すゝ)み歩行(ほかう)す其跡(そのあと)より兵士(へいし)五拾人づゝ
 二行( ぎやう)に歩行(ほかう)す鳥兠(とりかぶと)を被(かぶ)り麻地(あさぢ)の袍(はう)鳶色(とびいろ)と花色(はないろ)と五拾人 宛(づゝ)相交(あひまじ)り
 袍(はう)に鳳凰(はうわう)を白(しろ)く染(そめ)ぬけり淺黄(あさぎ)に波(なみ)の摸様(もやう)ある奴袴(さしぬきのはかま)を着(き)各(おの〳〵)手(て)に
 鉾(ほこ)を携(たづさへ)たり鉾(ほこ)柄(つか)ともに長(ながさ)八尺 許(ばかり)柄(つか)は黒臘(くろろ)【蝋ヵ】色(いろ)かなもの揔滅金(そうめつき)太(た)
 刀打(ちうち)の邊(へん)に小旛(こばた)の如(ごと)きものを附(つけ)たり両面(りやうめん)に仕立(したて)片面(かためん)萠黃(もえぎ)片面(かためん)は
 赤地(あかぢ)の錦(にしき)紐附(ひもつけ)の邊(へん)に巴(ともゑ)の紋(もん)を滅金(めつき)かなものにて附(つけ)たり長(ながさ)一尺
 許(ばかり)幅(はゞ)六寸 程(ほど)にて先(さき)を剱頭(けんがしら)にし紋(もん)のもとより三流( ながれ)に裂(さき)たり其剱(そのけん)
 先(さき)並に紐附(ひもつけ)かなもの皆(みな)滅金(めつき)なり
職士鉾持(しよくしほこもち)  神人(しんじん)壹人
 鳥兠(とりかぶと)猿田彦命(さるだびこのみことの)赤面(あかめん)を被(かぶ)り萠黃地(もえぎぢ)の錦(にしき)に地紋(ぢもん)有(ある)袍(はう)を着(ちやく)し紺玉虫(こんたまむし)

【左丁】
 色(いろ)にて白(しろ)く雀形(すゞめがた)の摸様(もやう)を織出(おりいだし)し奴袴(さしぬきのはかま)にて糸鞋(しかい)をはけり
獅子(しゝ)  二頭( かしら) 一頭( かしら)は神人(しんじん)三人 宛(づゝ)都合(つがふ)六人なり
 二頭( かしら)ともに金色(こんじき)一頭( かしら)には唐織(からおり)にて煤竹色(すゝたけいろ)の地(ぢ)に黒(くろ)く虎斑(とらふ)の文(もん)
 あり一頭( かしら)は青地色(あをぢいろ)に唐草(からくさ)の如(ごと)き摸様(もやう)各(おの〳〵)織文(おりもん)なり普通(ふつう)の獅子(しゝ)と
 號(がう)するものは繪(ゑ)又(また)は彫物(ほりもの)などにもすべて垂耳(たれみゝ)なる図(づ)なり當山(たうざん)の
 御神事(おんじんじ)の獅子(しゝ)は立耳(たてみゝ)にして斑文(はんもん)ある織物(おりおの)を被(かぶ)るゆゑ世俗(せぞく)は虎(とら)の
 頭(かしら)なるべしといへり獅子(しゝ)の生獣(しやうじう)をば和漢(わかん)ともに現(げん)に見(み)たるもの
 なきゆゑ古(いにしへ)より獅子(しゝ)といへばみな垂耳(たれみゝ)長毛(ちやうまう)なるものとおもへり
 普通(ふつう)の神事(じんじ)に獅子(しゝ)を出(いだ)すことゆゑ當山(たうざん)にても獅子(しゝ)とは称(しよう)すれども
 獅子(しゝ)にあらず虎(とら)なるべし能(よく)其形(そのかたち)を拝(はい)して知(し)るべきものなり
笛(ふえ)  神人(しんじん)壱人 黄袍(きのはう)烏帽子(ゑぼし)
田樂法師(でんかくほうし)  宮仕(きうし)一人

【図】
【右丁】
田樂法師

【左丁】
◼◼画
【印】【印】

【右丁】
 金色(こんじき)の立烏帽子(たてゑぼし)赤地(あかぢ)金襴(きんらん)の袍(はう)奴袴(さしぬきのはかま)は茶色(ちやいろ)の綾織(あやおり)拍板(はくはん)を襟(えり)にか
 けて糸鞋(しかい)をはけり【平出】
 御法會(おんほふゑ)の砌(みぎり)は京都(きやうと)より田樂法師(てんがくほうし)数軰(すはい)くだり御行列(おんぎやうれつ)に供奉(ぐぶ)し
 御旅所(おんたびしよ)にて舞曲(ぶきよく)なせり先年(せんねん)より京都田樂法師(きやうとでんがくほうし)の内(うち)一人 當山(たうざん)に
 畄(とゞ)めさせ玉ひ千万歳(せんまんざい)とかやいへるものゝ子孫(しそん)を常(つね)には宮仕(きうし)に被(られ)
 仰付(おほせつけ) 御宮(おんみや)へ勤(つと)め両度(りやうど)の御神事(おんしんじ)の时(とき)には田樂法師(でんがくほうし)の役(やく)にて供(ぐ)
 奉(ぶ)せり此黨(このたう)京都(きやうど)にすめるもの其(その)称号(しようがう)千壽万歳(せんじゆまんざい)又(また)十万歳(じふまんざい)百万歳(ひやくまんざい)
 《振り仮名:万〻歳|まん〳〵ざい》などゝ名乗(なのる)といへり
大拍子(おほびやうし)  神人(しんじん)壱人 黄袍(きのはう)烏帽子(ゑぼし)
神樂男(かぐらをとこ)  神人(しんじん)五人 服色(ふくしよく)上(かみ)に同(おな)じ
八乙女(やおとめ)  八人 立花摸様(たちばなのもやう)の服(ふく)を着(ちやく)し千早(ちはや)を襲(おそ)ひ練(ねり)なる白帽子(しろばうし)を
 被(かぶ)る

【左丁】
三綱僧(さんかうそう)  一人 騎馬(きば)素袍着(すはうき)一人 白張(はくちやう)四人 相随(あひしたが)ふ
 緋(ひ)の袍(はう)裳(も)赤地(あかぢの)錦(にしき)の五條袈裟(ごでうのけさ)淺黄地(あさぎぢ)《振り仮名:八ッ藤|    ふぢ》の紋(もん)ある指貫(さしぬき)を着(ちやく)す里(り)
 俗等(ぞくら)是(これ)を一时僧正( ときそうじやう)と唱(とな)ふ一坊中( ばうちゆう)より勤(つと)む
社家(しやけ)  騎馬(きば)四人 四位(しゐ)の束帯(そくたい)なり
 一騎( き)へ素袍着(すはうちやく)一人 宛(づゝ)白張(はくちやう)四人 宛(づゝ)都合(つがふ)二拾人 相随(あひしたが)ふ
御神馬柄拶持(おんじんめひしやくもち)  御厩(おんうまや)の舎人(とねり)一人 白張(はくちやう)
御神馬(おんじんめ)  三匹(  ひき)
 口附(くちつき)二人 宛(づゝ)各(おの〳〵)白張(はくちやう)都合(つがふ)六人 沓持(くつもち)一人 外(ほか)に一人 宛(づゝ)三人 皆(みな)白張(はくちやう)着(き)
 合(あはせ)て九人
御厩別當(おんうまやべつたう)  一人 布衣(ほい) 麻上下(あさがみしも)侍(さふひ)一人 白張(はくちやう)二人 相随(あひしたが)ふ
御鐡炮(おんてつはう)  五拾挺(   ちやう)
 二拾五人 宛(づゝ)二行( ぎやう)警固(けいご)両人(りやうにん)前頭(ぜんとう)に進(すゝ)む《振り仮名:猩〻|しやう〴〵》緋袋入(ひふくろいり)染火縄(そめひなは)附持人(つきもちびと)

【右丁】
 帯刀(たいたう)法被(はつぴ)《振り仮名:花色𥿻|はないろきぬ》紋所(もんどころ)輪宝(りんばう)無地(むぢ)の股引(もゝひき)
御弓(おんゆみ)  五拾張(   ちやう)
 二拾五人 宛(づゝ)二行( ぎやう)警固(けいご)同断(どうだん)黒塗(くろぬり)空穂(うつぼ)附持人(つきもちびと)法被(はつぴ)上(かみ)に同(おなじ)
御鎗(おんやり)  五拾筋(    すぢ)
 二拾五人 宛(づゝ)二行( ぎやう)警固(けいご)同断(どうだん)御素鎗(おんすやり)鞘(さや)赤塗(あかぬり)持人(もちびと)花色(はないろ)法被(はつぴ)白(しろ)の子持(こもち)
 筋(すじ)あり
鎧着(よろひき)  百人
 五拾人 宛(づゝ)二行( ぎやう)其餘(そのよ)同断(どうだん)紅糸威(あかいとおどし)大袖(おほそで)佩楯(はいだて)兠(かぶと)皆(みな)金色(こんじき)なり太刀(たち)を佩(はき)
 裁附(たちつけ)紺白(こんしろ)の横島(よこじま)あり
童児(どうじ)  十二人六人 宛(づゝ)二行( ぎやう)警固(けいご)二人 同断(どうだん)
 花瓔珞(はなえうらく)に十二支(  し)を附(つけ)たるものを頭(かしら)にいたゞき精好(せいがう)地(ぢ)赤色(あかいろ)の袍(はう)
 金(きん)にて摸様(もやう)あり白地(しろぢ)にすり金(きん)の紋(もん)附(つき)たる大口(おほくち)をはけり

【左丁】
末社神(まつしやじん)  掛面(かけめん)
 五拾人二拾五人 宛(づゝ)二行( ぎやう)警固(けいご)同断(どうだん)《振り仮名:猩〻|しやう〴〵》緋(ひ)の角頭巾(つのづきん)同物(どうぶつ)なる袖(そで)なし
 羽織下(ばおりした)に紺地(こんぢ)に白(しろ)く鱗形(うろこがた)附(つけ)たる裁附(たちつけ)をはき《振り仮名:種〻|しゆ〴〵》異形(いぎやう)なる面(めん)を
 被(かぶ)り各(おの〳〵 )兵仗(ひやうぢやう)を携(たづさ)ふ長(ながさ)六尺 許(ばかり)黒臘色塗(くろろいろぬり)上下(うえした)に滅金(めつき)かなものあり
御翳(おんえい)  四本(  ほん) 持人(もちびと)神人(しん〴〵)四人 二行( ぎやう)
 軍配團扇(ぐんばいうちは)の大(おほい)なるものなり長(ながさ)八尺 許(ばかり)青貝塗(あをがひぬり)柄(つか)かなもの滅金(めつき)翳(えい)
 の地(ぢ)赤(あか)地紋紗(ぢもんしや)にて張(はり)其中(そのなか)に金御紋(きんのごもん)を両面(りやうめん)に附(つけ)たり
御太刀負社家(おんたちおひしやけ)  一人 騎馬(きば)四位束帯(しゐのそくたい)《振り仮名:社家一﨟|しやけの  らう》勤之(これをつとむ)
 御太刀(おんたち)を赤地大和錦(あかぢのやまとにしき)の御袋(おんふくろ)に入(いれ)真紅(しんく)の紐(ひも)にて奉(たてまつり)_二背負(せおひ)_一素袍着(すはうき)一人
 白張(はくちやう)四人 相随(あひしたが)ふ
御旗負社家(おんはたおひしやけ)  一人 騎馬(きば)四位束帯(しゐのそくたい)《振り仮名:社家二﨟|しやけ  らふ》勤之(これをつとむ)
 御旗(おんはた)是(これ)も赤地錦(あかぢのにしき)の御袋(おんふくろ)に入(いれ)真紅(しんく)の紐(ひも)にて奉(たてまつり)_二背負(せおひ)_一素袍着(すはうき)一人 白(はく)

【右丁】
 張(ちやう)四人 相随(あひしたが)ふ
齊御鉾(いみのおんほこ)  三本(  ぼん)警固(けいご)二人 前頭(ぜんとう)に進事(すゝむこと)前(まへ)に同(おな)じ
 此(この)三本(  ほん)を三種(  しゆ)の神器(じんき)の御鉾(おんほこ)と称(しよう)す第一(だい  )の御鉾(おんほこ)を宝剱(はうけん)と奉称(しようしたてまつる)其(その)
 次(つぎ)は日輪(にちりん)其次(そのつぎ)は月輪(ぐわちりん)の御鉾(おんほこ)と称(しよう)せり御旗(おんはた)吹流(ふきなが)し龍門(りうもん)絹御紋(きぬごもん)を
 一ッ附(つく)其外(そのほか)は巴(ともゑ)又(また)は茗荷(みやうが)九曜(くえう)等(とう)《振り仮名:色〻|いろ〳〵》の紋(もん)を一流( ながれ)に五ッ宛(づゝ)附(つけ)たり
 御紋(ごもん)ばかり五ッ附(つけ)たるも有(あり)染色(そめいろ)五色(ごしき)其外(そのほか)《振り仮名:種〻|しゆ〴〵》の染色(そめいろ)にて御紋(ごもん)を
 白(しろ)く染貫(そめぬき)たり柄(つか)は黒臘色塗(くろろいろぬり)にしてちらし莳繪(まきゑ)あり同塗(おなじぬり)の篗臺(わくだい)
 へ建(たて)て四人にて《振り仮名:替〻|かはる〴〵》是(これ)を舁(かく)紅(くれなゐ)の大綱(おほづな)を御鉾(おんほこ)の柄上(つかのうへ)に附(つけ)たるを
 一人これを引張(ひきはり)持(もつ)皆(みな)白張着(はくちやうき)都合(つがふ)五人 宛(づゝ)三本(  ぼん)にて拾五人 御鉾(おんほこ)の
 高(たかさ)凡(およそ)一丈二尺 許(ばかり)揔黒臘色(そうくろろいろ)滅金(めつき)かなものあり
祭御鉾(まつりのおんほこ)  八本(  ほん) 白張(はくちやう)五人 宛(づゝ)都合(つがふ)四拾人
 此(この)八本(  ほん)の御鉾(おんほこ)のもとに滅金(めつき)にて松(まつ)紅葉(もみぢ)又(また)は草花(さうくわ)などを造(つく)りたり

【左丁】
 御吹流(おんふきなが)し御紋(ごもん)或(あるひ)は染色(そめいろ)其餘(そのよ)の製作(せいさく)前(まへ)に辨(べん)せり
御太皷(おんたいこ)  白張着(はくちやうき)三人にて荷(にな)ふ揔金色(そうこんじき)極彩色(ごくさいしき)摸様(もやう)あり 
御鉦皷(おんしやうこ)  白張着(はくちやうき)一人
御枕木(おんまくらぎ)  二基( き) 白張(はくちやう)二人 宛(づゝ)二行( ぎやう)都合(つがふ)四人
猿面着小童(さるのめんきせうどう)  三拾人 是(これ)を作(つく)り猿(さる)とも唱(とな)ふ
本猿牽(ほんさるひき)  四人 二行( ぎやう)
 黒(くろ)の剱烏帽子(けんゑぼし)《振り仮名:猩〻|しやう〴〵》緋(ひ)の陣羽織(ぢんばおり)無反(そりなし)の太刀(たち)を帯(たい)せり
宮仕(きうし)  十人 二行( ぎやう) 黄絹(ききぬ)のかさね衣(きぬ)白絹(しろきぬ)の奴袴(さしぬきのはかま)
神人(しんじん)  六拾人 二行( ぎやう)黄麻(きあさ)の袍(はう)烏帽子(ゑぼし)白木綿(しろもめん)の奴袴(さしぬきのはかま)
東逰舞樂舞人(あづまあそびぶかくのまひびと)  七人 騎馬(きば)素袍着(すはうき)一人 宛(づゝ)白張(はくちやう)四人 宛(づゝ)都合(つがふ)凡(およそ)三拾
 五人 相随(あひしたが)ふ装束等(しやうぞくとう)の事(こと)は前(まへ)にいへるが如(ごと)し
伶人(れいじん)  二拾人 二行( ぎやう)白張着(はくちやうき)二拾人 相随(あひしたが)ふ

【右丁】
 鳥兠(とりかぶと)半臂(はんぴ)下襲(したがさね)赤色(あかいろ)大口袴(おほくちのはかま)浅黄(あさぎ)糸鞋(しかい)をはき歩行(ほかう)す伶人(れいじん)の一﨟(  らふ)眞(ま)
 先(さき)に進(すゝ)み鷄婁(けいろう)といへる金(きん)だみの丸(まろ)くて太皷(たいこ)の如(ごと)くなるものを紅(くれなゐ)の
 紐(ひお)にて襟(えり)に掛(かけ)右の手(て)に棒(ばち)を持(もち)てうつ又(また)左の手(て)に是(これ)も金(きん)だみの
 振(ふり)つゞみとて小(ちひさ)きつゞみに重(かさ)ねたる如(ごと)きものを振(ふり)ならす二﨟(  らふ)は
 太皷(たいこ)を打(うつ)又(また)末席(ばつせき)なるものは鉦皷(しやうこ)をうつ其餘(そのよ)の伶人(れいじん)各(おの〳〵)三管( くわん)を吹(ふく)
 荷(にな)ひ太皷(たいこ)荷(にな)ひ鉦皷(しやうこ)白張着(はくちやうき)二人 宛(づゝ)にて荷(にな)ひ都合(つがふ)四人なり
御鷹匠(おんたかじやう)  拾人 二行( ぎやう)
 烏帽子(ゑぼし)狩衣(かりぎぬ)太刀(たち)を佩(はき)手(て)に御鷹(おんたか)の作(つく)りものをすゑたり
御金幣(おんきんのへい)  持人(もちびと)神人(しんじん)一人 黄袍(きのはう)白奴袴(しろさしぬきのはかま)
御祭禮奉行(おんさいれいぶぎやう)  二人 二行( ぎやう)
 赤色(あかいろ)衣冠(いくわん)宿坊(しゆくばう)の院代(ゐんだい)相随(あひしたが)ふ素絹(そけん)輪袈裟(わけさ)
日光奉行支配組頭(につくわうぶぎやうしはいくみがしら)  二人 二行( ぎやう)

【左丁】
 素袍(すはう)侍烏帽子(さふらひゑぼし)下知僧(げぢそう)二人 素絹(そけん)五條(ごでう)着用(ちやくよう)
日光奉行支配吟味役(につくわうぶぎやうしはいぎんみやく) 其餘(そのよ)諸役人(しよやくにん)熨斗目(のしめ)麻上下(あさがみしも)にて供奉(ぐぶ)す
鹿沼社家(かぬましやけ)  三人  木幡社家(こはたしやけ)  一人 烏帽子(ゑぼし)狩衣(かりぎぬ)各(おの〳〵)二行( ぎゃう)に列(れつ)す
素袍着(すはうき)  五拾人  麻上下着(あさがみしもき)  五拾人二拾五人 宛(づゝ)二行( ぎやう)
御本社御神輿(ごほんしやおんしんよ)  白張着(はくちやうき)百人 奉舁(かきたてまつる)
 御神輿(おんしんよ)金梨子地(きんなしぢ)金御紋(きんごもん)ちらし錦(にしき)の御戸帳(おんとちやう)御(おん)かなもの金色(こんじき)なり
 四方(  はう)に御鏡(おんかゞみ)を掛(かけ)玉ふこと数多(あきた)【ママ】なり御上屋(おんうはや)の上(うへ)に金(きん)の鳳凰(はうわう)有(あり)其外(そのほか)
 小鳥(ことり)《振り仮名:数十羽|す は》又(また)神輿(しんよ)の左右(さいう)の下(した)の方(かた)に金滅金(きんめつき)の御衝立(おんついたて)あり竪(たて)一
 尺 程(ほど)横(よこ)一尺七八寸 許(ばかり)地紋(ぢもん)虎(とら)の高莳繪(たかまきゑ)なり其餘(そのよ)の結搆(けつこう)なる事は
 准(じゆん)じて知(しる)べし雨天(うてん)の时(とき)は《振り仮名:猩〻|しやう〴〵》緋(ひ)の御雨覆(おんあまおほひ)を奉懸(かけたてまつる)事は三輿( よ)とも
 に相同(あひおなじ)
熨斗目麻上下着(のしめあさがみしもき)  五人 宛(づゝ)二行( ぎやう)

【右丁】
御太皷(おんたいこ)  白張着(はくちやうき)三人にて荷(にな)ふ  御鉦皷(おんしやうこ)  白張着(はくちやうき)一人
御枕木(おんまくらき)  二基( き) 白張(はくちやう)二人 宛(づゝ)都合(つがふ)四人
御金幣(おんきんのへい)  持人(もちびと)神人(しんじん)一人 黄袍(きのはう)白奴袴(しろさしぬきのはかま) 素袍着(すはうき)  二拾人 二行( ぎやう)
御左(おんひだり)の神輿(しんよ)  白張着(はくちやうき)五拾人 奉舁(かきたてまつる)
 神輿(しんよ)金梨子地(きんなしぢ)錦(にしき)の戸帳(とちやう)御紋(ごもん)巴(ともゑ)の金紋(きんもん)ちらし上屋(うはや)の上(うへ)に金(きん)の鳳凰(はうわう)
 一羽( は)外(ほか)に小鳥(ことり)前(まへ)に同(おな)じ其餘(そのよ)大概(たいがい)相同(あひおな)じ神輿(しんよ)の下(した)の方(かた)に金滅金(きんめつき)
 の衝立(ついたて)左右(さいう)に有(あり)て猿(さる)の莳繪摸様(まきゑもやう)これも御本社(ごほんしや)の御飾(おんかざり)と同(おな)し
熨斗目麻上下着(のしめあさがみしもき)  二拾人 二行( ぎやう)
御太皷(おんたいこ)  白張着(はくちやうき)三人  御鉦皷(おんしやうこ)  白張着(はくちやうき)一人
御枕木(おんまくらぎ)  二基( き) 白張(はくちやう)二人 宛(づゝ)都合(つがふ)四人
御金幣(おんきんのへい)  持人(もちびと)神人(しんじん)一人 黄袍(きのはう)白奴袴(しろのさしぬきのはかま) 素袍着(すはうき)  二拾人 二行( ぎやう)
御右(おんみぎ)の神輿(しんよ)  白張着(はくちやうき)五拾人 奉舁(かきたてまつる)

【左丁】
 神輿(しんよ)金梨子地(きんなしぢ)錦(にしき)の戸帳(とちやう)上屋(うはや)のうへに金(きん)の宝珠(はうじゆ)あり其外(そのほか)に小鳥(ことり)
 すべて金色(こんじき)《振り仮名:丸の内|まろ  うち》に向(むか)ひ茗荷(みやうが)の金御紋(きんごもん)ちらし其餘(そのよ)前(まへ)とおなじ
 神輿(しんよ)の左右(さいう)の下(した)の方(かた)に朱塗(しゆぬり)の鳥居(とりゐ)あり
熨斗目麻上下着(のしめあさがみしもき)  二拾人 二行( ぎやう)
大千度行者(だいせんどのぎやうじや)    二拾人 二行( ぎやう)
日光山伏(につくわうやまぶし)     三拾人 二行( ぎやう) 無髪(むはつ)白(しろ)ふさ袈裟(けさ)篠掛(すゞかけ)裁附(たちつけ)
里山伏(さとやまぶし)      二拾人 二行( ぎやう) 有髪(うはつ)兠巾(ときん)篠掛(すゞかけ)裁附(たちつけ)装束(しやうぞく)白地(しろぢ)に紺(こん)
 にて鱗形(うろこがた)上下(じやうげ)ともに一面(  めん)に染附(そめつけ)たり袈裟(けさ)は前(まへ)と同(おな)じ

                         石槗真國
                         櫻井東 謹校
                         勝田閑齋
日 光 山 志 巻 之 五《割書: 大 尾》

【右丁】
 官許天保七年丙申九月
   同 八年丁酉正月𠜇成
         《割書:江戸浅草新寺町  》和泉屋庄次郎
         《割書:同 横山町三丁目 》和泉屋金右衛門
         《割書:同 両國吉川町  》山 田 佐 助
         《割書:同 神田鍜治町  》北島 順四郎
    發行   《割書:同 芝神明前   》岡田屋嘉 七
         《割書:同 中橋廣小路町 》西宮 彌兵衛
         《割書:同 日本橋通二町目》小林 新兵衛
    書林   《割書:同    所   》山城屋佐兵衛
         《割書:同 本石町十軒店 》英  大 助
         《割書:同 日本橋通壹町目》須原屋茂兵衛
         《割書:同 日本橋通四町目》須原屋佐 助
         《割書:同 浅草茅町二町目》須原屋伊 八



【右丁 】

【左丁 前コマに同じ】
【折返に文字有り】

【裏表紙】

四季漬物塩嘉言

【表紙】
【右下隅に三段ラベル:596.5|O17】
【三段ラベル下にラベル:青山】
四季漬物塩嘉言

【右丁左上隅に請求記号:596.5|O17】
【左丁右上隅に蔵書印:東京学芸大学図書】
【左丁右下隅に蔵書印:蔵書|小池?】
【左丁下辺に資料ID:18303604】

塩貯豉漬之製造。起_下于南北之世。
祟_二奉釈教_一。天下之人。不_レ好_二鮮食肉
茹_一之時 ̄ニ_上。旧非_下膏粱之家。儲_二待瓊
羞_一之所_中預備_上。今則不_レ然。山海之品
類。四方之殖産。不_レ論_二菓蓏食菜_一。永

為_二不_レ可_レ廃之常物 ̄ト_一矣。加旃(シカノミナラス)口之所_レ嗜
腹之所_レ適。美饌豊膳 ̄モ必以_レ此行 ̄フ。
調理之法。加減極多 ̄シ。小田喜主人能
以_レ精_二其製造_一。欲_レ使 ̄ント_下 天下之人 ̄ヲシテ。依_レ法
施_レ巧。其可_レ剛可_レ柔可_レ新可_レ旧可 ̄キコト_二
硬軟生熟_一。斟_二酌緊要_一。毫 ̄モ無_中遺
違_上所_下以 ̄テ不_レ惜_二其秘_一有_中斯編之著_上
也。余一 ̄タヒ読_レ之知_二其用_レ意之深_一矣。遂
應_二其索_一。以書_二巻端_一。于時丁酉之
秋九月。琴台老人題
      【印】【印】
      半僲容書【印】【印】

僕(やつがれ)若(わか)かりしより料(れう)理(り)てふ事を業(わざ)として。四(し)季(き)をり〳〵の
漬(つけ)物(もの)はたやさず貯(たくわへ)て。自(みづか)ら誇(ほこり)つ人(ひと)にも贈(おくり)たりしに。後(のち)はいつと
なく漬(つけ)物(もの)をのみ鬻(ひさく)やうには成(なり)たるなり。さるからになり物(もの)野(や)菜(さい)
の類(るい)。何(なに)くれとなく漬(つけ)てたくわへもたずといふ事なし。今(いま)又/常(つね)の
漬(つけ)物(もの)は皆(みな)家(いへ)毎(ごと)に知(しる)ところなるを。こと〴〵しう並(なら)べいはんも
おこがましき事(こと)ながら。秋(あき)雨(さめ)の夜(よ)ばなしを傍(かたはら)に人
ありて記(しる)したれば。猶(なを)あやまりたるも多(おほ)かるべし。其(その)罪(つみ)はゆるし
給へといふ  八百治に代りて 好食外史
漬物塩嘉言序
料(れう)理(り)本(ほん)膳(ぜん)の手(て)厚(あつ)き。二(に)汁(じう)三(さん)汁(じう)を椀(わん)に盛(もり)。五(ご)菜(さい)
七(しち)菜(さい)の器(うつわ)を並(なら)ぶるとも。香(かう)の物(もの)なき時(とき)は立(りつ)派(ば)な
行(ぎやう)列(れつ)に押(おさへ)なく。お座(ざ)敷(しき)狂(きやう)言(げん)に祝(しう)儀(ぎ)をつけざるが
如(ごと)し。京(かみ)摂(がた)には家(や)建(だち)造(ざう)作(さく)をさしてつけものと
いふ。関(くわん)東(とう)につけものと呼(よぶ)は。香(かう)の物(もの)の事(こと)にして。
漬(つけ)ると唱(とな)へ押(おす)といふ。つけるといふは戯場(しばゐ)の禁(きん)
句(く)。おすといふのは吉(よし)原(はら)なまり。人(じん)品(びん)威(ゐ)光(くわう)ある

者(もの)を圧(おし)のきくと称(しよう)する事(こと)。且又/一(いち)夜(や)づけ等(たう)の名(めう)
目(もく)は。此(この)物(もの)より出(いで)たる詞(ことば)なるべし。凡/香(かう)の物(もの)は食(しよく)類(るい)
日(にち)用(よう)の第(だい)一(ゝち)。千(せん)門(もん)萬(ばん)戸(こ)暫(しばらく)も欠(かく)べからず。皆(みな)家(いへ)毎(ごと)に有(ある)こと
ながら。其(その)仕(し)法(ほう)に依(より)て差(しや)別(べつ)あり。殊(こと)更(さら)風(ふう)味(み)よきこそ
肝(かん)要(よう)なれ。茲(こゝ)に刻(きざ)める一(いち)巻(くわん)は世(よ)に漬(つけ)物(もの)の秘(ひ)事(じ)口(く)訣(けつ)。
香(かう)の物(もの)の六(りく)韜(とう)三(さん)略(りやく)。塩(しほ)の分(ぶん)量(りやう)囲(かこ)い方(かた)。是(これ)等(ら)の法(ほう)を
用(もち)ひ給へと。手(て)前(まえ)味(み)噌(そ)なる端(はし)書(がき)を。漬(つけ)物(もの)の問(とい)丸(まる)小
田原屋の茶(ちや)室(しつ)において筆(ふで)を採(とる)。 花笠文京
一 漬(つけ)物(もの)の仕(し)様(やう)は国々(くに〴〵)所々(ところ〴〵)によりてかわりありといへども
  皆(みな)大(だい)同(どう)小(せう)異(い)にして家々(いへ〳〵)に仕(し)来(きたり)たる分(ぶん)量(りやう)もあれば只(たゞ)
  其(その)あらましをあぐるのみ
一 凡(およそ)漬(つけ)方(かた)に秘(ひ)事(じ)口(く)伝(でん)もなけれど売(うり)物(もの)に為(する)と素人(しろうと)
  の手(て)に蓄(たくわ)ふるとは各(おの〳〵)差(さ)別(べつ)ありて同(おな)じ品(しな)とても
  漬(つけ)塩(あん)梅(ばい)の時(じ)節(せつ)に遅(ち)速(そく)あり度々(たび〳〵)手(て)がけざれば
  加(か)減(げん)の段(だん)は計(はかり)がたし
一 香(かう)の物(もの)は貴(き)賎(せん)一(いち)日(にち)も放(はな)るべからすいかなる料(れう)理(り)に
  珍(ちん)味(み)佳(か)肴(かう)ありとも此(この)一(ひと)品(しな)しばらくも欠(かき)がたし

  年(ねん)中(ぢう)心(こゝろ)がけて蓄(たくわ)え置(おく)べきなり
一 漬(つけ)物(もの)の風(ふう)味(み)よきは其(その)家(いへ)の吉(きつ)祥(じよう)にて人(ひと)の望(のそ)む処(ところ)
  なりされど諺(ことわざ)にも香(かう)の物(もの)の味(あぢ)よきは内(ない)室(しつ)の
  まつりごとしまりよしとてうらやむこと世(よ)の常(つね)
  なり
一 料理(れうり)に用(もち)ゆる所(ところ)の味(み)噌(そ)漬(づけ)粕(あす)づけの類(るい)数(かず)多(おほ)けれ
  ども事(こと)遠(とを)きものは省(はぶ)けり
一 其(その)外(ほか)菓(くだもの)の砂(さ)糖(とう)漬(づけ)魚(ぎよ)類(るい)の塩(しほ)漬(づけ)は嗣(つい)で後(こう)編(へん)に
  あらわすべし
四(し)季(き)漬(つけ)物(もの)塩(しほ)嘉(か)言(げん)目(もく)次(じ)
 澤(たく)庵(あん)漬(づけ)    三(さん)年(ねん)澤(たく)庵(あん)   同/百(ひやく)一(いち)漬
 刻(きざみ)漬     大(おほ)坂(さか)切(きり)漬   浅(あさ)漬
 大坂/浅(あさ)漬   菜(な)漬     京(きやう)糸(いと)菜(な)漬
 糠(ぬか)味(み)噌(そ)漬   大(だい)根(こん)味(み)噌(そ)漬  奈(な)良(ら)漬/瓜(うり)
 生(せう)姜(が)味噌漬  日(につ)光(くわう)漬    梅(うめ)干(ぼし)漬
 青(あを)梅(うめ)漬    千(せん)枚(まい)漬    午(ご)房(ぼう)味噌漬
 印(いん)籠(ろう)漬    渦(うづ)巻(まき)漬    達磨(だるま)漬
 捨(すて)小(を)舟(ぶね)    雷(かみなり)干(ぼし)瓜(うり)    茄子(なすび)塩(しほ)圧(おし)漬

 紫(し)蘇(そ)漬      梅(ばい)花(くわ)漬    桜(さくら)漬
 菊(きく)漬       塩(しほ)山(さん)椒(しよ)    辛(から)皮(かわ)
 刀(なた)豆(まめ)粕漬     守(もり)口(ぐち)粕(かす)漬   独活(うど)味(み)噌(そ)漬
 冬(とう)瓜(ぐわ)味噌漬    花(はな)丸(まる)糟漬   西瓜(すいくわ)粕漬
 初(はつ)夢(ゆめ)漬      鼈(べつ)甲(かう)漬    麹(かうじ)漬
 百(ひやく)味(み)加(か)薬(やく)漬    巻(まき)漬     阿(あ)茶(ちや)蘭(ら)漬
 菜豆(いんげん)青(あを)漬     蕗(ふき)水(みづ)漬    漬(つけ)蕨(わらび)
 山葵(わさび)粕漬     辣(らつ)蕎(きやう)三(さん)杯(ばい)漬  三(みつ)葉(ば)溜(たまり)漬
 小大根/三(さん)盃(ばい)漬   土筆(つくし)粕漬   家(や)多(た)良(ら)漬
 精舎(てら)納(なつ)豆(とう)漬    枝(えだ)豆(まめ)塩(しほ)漬(づけ)   塩(しほ)松(まつ)茸(たけ)
 漬(つけ)昆(こん)布(ぶ)      糸瓜(へちま)粕漬   胡蘿蔔(にんじん)味噌漬
 十六さゝげ粕漬  天(てん)王(わう)寺(じ)蕪(かぶら)   梨(なし)糟(かす)漬(づけ)
 柿(かき)粕漬      柚(ゆづ)青(あお)漬(づけ)    金(きん)柑(かん)塩(しほ)押(おし)
 筍(たけのこ)塩漬
    通計六拾四品 目次終

漬(つけ)物(もの)早(はや)指(し)南(なん) 《割書:二編  全一冊| 魚類の部| 近刻嗣出》

大坂天満の
 石田氏なる
大根屋と
  いへる
     人
本願寺
  より
御改革
   の
 役を
蒙り
  し
   時

御改革
 石田のおもみ
  よくきゝて
 大根屋こそ
  かうのものなれ

 浪花
  春迺屋不美人

      文川筆【関文川、詳しくは編集履歴へ】


上方にては漬(つけ)物(もの)の
押(おし)石(いし)とて図(づ)の
如(ごと)く別(べつ)に拵(こしら)へ
おくなり


生(なま)物(もの)を粕(かす)に漬(つけ)るには桶(おけ)に
二(に)重(ぢう)底(そこ)をこしらへあなを
あけて下(した)に糠(ぬか)を入れ置(おき)
水(みず)をとるなり

四(し)季(き)漬(つけ)物(もの)塩(しほ)嘉(か)言(げん)
       江戸 小田原屋主人著

   澤(たく)庵(あん)漬(づけ)《割書:俗(ぞく)にいふ澤(たく)庵(あん)和(お)尚(せう)の漬/始(はじめ)し物といひまた|禅(ぜん)師(し)の墓(はか)石(いし)丸(まる)き石なればつけ物の押(おし)石の》
   《割書:ごとくなる故(ゆへ)に然(しか)名つけしともいふ又/一(いつ)説(せつ)には蓄(たくわへ)漬の転(てん)|ぜしともいふ何(なに)はともあれ人(にん)間(げん)日(にち)用(よう)の経(けい)済(ざい)の品にして|万(ばん)戸(こ)一日も欠(かく)べからざる香(こう)の物の第(だい)一(いち)なり》
大(だい)根(こん)の性(せう)よきをゑらび土(つち)を洗(あら)ひ日あたり能(よき)処(ところ)へ
乾(ほし)場(ば)をしつらひ十四五日/乃至(ないし)廿日/編(あみ)て日にかわかし
夜(や)分(ぶん)霜(しも)げぬやうに手(て)当(あて)して干(ほし)て小(こ)皺(じわ)の出(で)来(き)

【右丁】
たるほどをを見て漬(つけ)るなり桶(おけ)は四斗(しと)樽(だる)の酒(さけ)の明立(あけたて)は
殊更(ことさら)よし又/古(ふる)き四斗樽をつかはゞ米などを入れて
底(そこ)の間にはさまりゐるは甚(はなはだ)あしく米粒(こめつぶ)あれば酸味を
生(しやう)ずる物なり心付(こゝろつく)べき事なり小糠(こぬか)もよくふるひ
小米のまじらぬやうにすべし《割書:因(ちなみ)にいふ古き樽はしめしたりとも|塩水はもるものなり用心あるべし》
一樽の分量(ぶんりやう)は糠(ぬか)塩(しほ)合(あわ)せて一斗大根の大小によつて差
別(べつ)あり凡(およそ)大根五六十本又は七八十本/或(あるひ)は百本小糠七升
塩三升塩糠共によくもみ合せ桶の底の方へは大根の
ふときをまわし一段(いちだん)〳〵に糠をふりて漬るなり随分
【左丁】
圧(おし)の強(つよ)きをよしとす水の一杯(いつぱい)にあがるを度とする
なり夫(それ)より押石(おしいし)を少(すこ)しゆるめ塩水(しほみづ)のこぼれぬやう
にしてたくわふ《割書:是は冬より漬(つけ)てあくる春(はる)正月口をあけるのなり|かくするは二三月頃までにつかひきる仕法(しはふ)なり又》
《割書:麴(かうじ)一/枚(まい)を入るもあれどそれにもおよばぬことなり押石/上方(かみがた)にては丸石(まるいし)は|用ひずつけものゝおしにつかふ石は石屋にてこしらへて売(うる)なり【押石の図】大小共かくの》
《割書:ごとく手かけをつけおきいくつかさねつむ|ともあぶなげなしいたつてべんりよし》又四五月/後(ご)夏(なつ)の土用(どよう)越(ごし)
には糠(ぬか)六升塩四升五升五升と等分(とうぶん)にするもあり
糠を減(げん)じ塩がちにすればいつまでも味(あぢ)のかわることなし
   同三年/沢庵(たくあん)《割書:又五七年漬|》
年(とし)久(ひさ)しくたくわへ置(おく)には糠(ぬか)は右の分量(ふんりやう)に准(じゆん)じて三年

【右丁】
ならば糠(ぬか)を減(げん)じて塩(しほ)の方二升/余(あまり)も増(ま)し五七年ならば
四升/斗(ばか)りも増(ま)すなり一ヶ年にあてれば塩(しほ)七八合ほど余分(よぶん)に
すべし大根も並(なみ)より五六日ばかり乾(かわ)き過(すぎ)たるやうに
ほして漬(つけ)るなり是(これ)とても水の十分にあがりたるとき
一端(いつたん)圧(おし)をゆるめて大根に塩水(しほみづ)を吸(すわ)して又/元(もと)のごとくに
押(おし)をかけるなり沢山(たくさん)に漬(つけ)る時(とき)は桶(おけ)を三ッ位(ぐらゐ)積重(つみかさね)るも
よし
   因(ちなみ)にいふ多年(たねん)たくわふ桶(おけ)には塩(しほ)の分量(ぶんりやう)年月(ねんげつ)を
   一々(いち〳〵)樽(たる)に書付(かきつけ)置(おく)べきなり年月(としつき)すぐれば見
【左丁】
   わけがたきものなり
   沢庵(たくあん)百一漬(ひやくいちづけ)
秋(あき)茄子(なすび)を塩圧(しほおし)にして蓄置(たくわへおき)春(はる)はやく口をあける
沢庵漬(たくあんづけ)の大根の間(あいだ)に右の塩押(しほおし)茄子(なすび)を挟(はさ)みつける
なり《割書:塩押茄子のつけ|やう末に出せり》一桶(ひとおけ)に常(つね)より塩五合も減(げん)じて
よし茄子の塩/出(いづ)る故(ゆへ)なり大根の風味(ふうみ)も至(いたつ)て加減(かげん)
よく茄子(なすび)にも大根の甘(あま)み移(うつ)りて味(あじわ)ひよし春(はる)の香(こう)の
物になすびはことさら珍(めづら)しく客(きやく)遣(づか)ひにも成(なる)べき
なり是(これ)を百一漬(ひやくいちづけ)といふ

   きざみ漬(づけ)
澤(たく)庵(あん)大(だい)根(こん)の茎(くき)を干(ひ)葉(ば)にして多(おほ)くたくわへおきて
惣(さう)菜(ざい)に遣ひ汁(しる)の実(み)にすへし右の茎の中よりやはら
かき若(わか)かぶをゑりおきてよく洗(あら)ひ小一寸/位(ぐらゐ)に刻(きざ)みて
大根を短(たん)冊(ざく)にうちて茎(くき)と等(とう)分(ぶん)にまぜて醤(せう)油(ゆ)樽(だる)
一(いつ)杯(ぱい)ならば塩(しほ)一升/斗(ばか)り入て能(よく)もみ手(て)比(ごろ)なる押(おし)石(いし)を
かけて漬(つけ)るなり十余日/過(すぎ)てざつと洗(あら)ひ醤油をかけて
当(とう)座(ざ)喰(ぐひ)にすべしなま漬は無用なりすこしつき
すぎたる方がよろし
   大(おほ)阪(さか)切(きり)漬(づけ)《割書:上方にてはくもじといふ又くきともいへり|》
大(だい)根(こん)と蕪(かぶら)と等(とう)分(ぶん)に葉(は)茎(くき)ともにきざみ込(こみ)て醤(せう)油(ゆ)樽(だる)
ならば塩(しほ)五合を入て能(よく)もみ合(あは)せ強(つよ)く押(おし)て漬(つけ)るなり
十余日を経(へ)てざつと洗(あら)ひかたくしぼりて香(かう)の物(もの)鉢(ばち)へ
入(いれ)置(おき)菜(さい)箸(ばし)にて自(じ)分(ぶん)の喰(くう)ほど手(て)塩(しほ)皿(ざら)へとりて別(べつ)に
ちいさき片(かた)口(くち)の器(うつわ)へ醤(せう)油(ゆ)を出し置(おき)銘々(めい〳〵)にかけて喰(くう)なり
是(これ)醤(せう)油(ゆ)をかけすごしても捨(すた)らぬやうに利(り)勘(かん)なる工(く)夫(ふう)
なり上(かみ)方(がた)にては専(もつぱ)らすることなり歯(は)ぎれよくいたつて
淡(たん)薄(ぱく)なる風(ふう)味(み)なり

   浅漬(あさづけ)
ふとき大根をえらみ能(よく)洗(あ)らひて水気(みづけ)をかわかし酒樽(さかだる)の
あきたてへ漬(つけ)るをよしとす大根五十本 花麹(はなかうじ)一枚 塩(しほ)一升
麹(かうじ)と塩(しほ)をよくもみ合(あは)せ一段(いちだん)〳〵にふりて其間(そのあいだ)毎(ごと)に新藁(しんわら)を
十五六本づゝ敷(しく)なり上(うへ)のかわに塩(しほ)斗(ばかり)二 掴(つかみ)ほどまき押(おし)
蓋(ぶた)をして強(つよ)き圧(おし)にて漬(つけ)るなり水十分にあがりて
廿日 斗(ばかり)にて漬(つき)かげんなり風味(ふうみ)よき所十余日の内(うち)
なり日(ひ)を経(ふ)れば酸味(すみ)の出(いづ)る物(もの)なり早(はや)く遣(つか)ひきるがよし
《割書:二丁目の茶屋にてつけるをことさら風味よしとす一樽二樽をも一日の内に|得意(とくい)方へ音物(いんもつ)にするなり久しくたくわへがたき品なればなり新わらを挟(はさ)み》
《割書:つけるは色の|よきためなり》
   大坂 浅漬(あさづけ)
細(ほそ)き大根を洗(あら)ひ葉(は)をさらず茎(くき)共に四斗樽(しとだる)ならば塩(しほ)
一升斗りを加(くわ)へ圧(おし)をつよくして漬(つけ)るなり水よくあがりて廿日
ばかりを経(へ)て出(だ)して遣(つか)ふ是とても刻(きざ)みて醤油(せうゆ)かけて
喰(く)ふ当座(とうざ)の雑用(ざうよう)なり
   菜漬(なづけ)
つけ菜(な)をよく洗(あら)ひかぶを切(きり)すて庖丁目(はうちやうめ)をいれて漬(つけ)る
なり桶(おけ)の大小 菜(な)の多少(たせう)によりて塩(しほ)加減(かげん)見斗(みはから)ふべし

   文川筆【コマ9と23にもあり】

過し頃
 浪花に
  ありける時
茶粥に
 みもじといふ事を
       花笠文京

にごりえの
   なにはなしとも
        朝茶かゆ
 ゆがみ
   もじにて
 たうべ
   たりける

【右丁】
菜(な)は余(あま)り圧(おし)がつよすぎれば葉(は)の色(いろ)赤(あか)くなる物(もの)なり
   京(きやう)糸菜漬(いとなづけ)
関東(くわんとう)には少(すくな)けれど近来(ちかごろ)京の水菜(みづな)の種(たね)を植(うへ)て所々に
あり一株(ひとかぶ)にて百茎(ひやくくき)余(あま)りありかぶの根(ね)を切(きり)庖丁目(はうちやうめ)を
多(おほ)くいれて土(つち)を洗(あら)ひ甘塩(あましほ)にてつけるがよし水あがり
てもあくといふもの少(すこし)もなし上品(じやうひん)なる物(もの)なり奈良漬(ならづけ)
味噌漬(みそづけ)の香(かう)の物(もの)に附(つけ)合(あわ)す
   糠味噌漬(ぬかみそづけ) 《割書:又/酴醿漬(どぶづけ)ともいふ》
万家(ばんか)ぬかみそ漬(づけ)のあらざる所(ところ)もなけれど世俗(せぞく)には取遣(とりやり)
【左丁】
せぬ物のやうにいひならはせしかどとるにも足(たら)ぬ事共
なり又/新(あらた)には急(きう)に出来(でき)がたき物のやうに思(おも)ふやからも
あれば心得(こゝろえ)の為(ため)に爰(こゝ)にしるす糠(ぬか)一斗/塩(しほ)五升 右/糠(ぬか)の
小米(こごめ)をよくふるひ取(とり)て塩(しほ)五升に水(みづ)五升を鍋(なべ)にて煮(に)かへし
《割書:寒(かん)の水なれば|ひとしほよし》一/夜(や)さまし置(おき)糠(ぬか)にまぜて桶(おけ)へつけるなり
《割書:せうゆ樽ならば此 分量(ぶんりやう)|にて見はからひあるべし》あらたに拵(こしらへ)たる当座(とうざ)には毎日(まいにち)たび〳〵
手を入れて掻(かき)廻(まわ)すへし故(ふる)き沢庵(たくあん)大根を四五本/糠(ぬか)の
まゝいれ生(なま)大根又/茎(くき)でも時(とき)の有合(ありあい)もの茄子(なすび)瓜(うり)のたぐひ
何(なに)にかぎらず漬(つけ)るたびごとに塩(しほ)すこしづゝ入てかきまわすこと

【右丁】
肝要(かんよう)なりかくして十余日を経(ふ)れば糠(ぬか)よくなれて故(ふる)き
糠味噌(ぬかみそ)に異(こと)なることなし又なれたる糠みそを少(すこし)にても
種(たね)にいるれば尤(もっとも)もはやく新糠(しんぬか)の匂(にほ)ひうせるもの也ことさら
新(あたら)しきうちはかんさまししたみ酒(ざけ)醤油(せうゆ)のおりなどあらば
いれてかきまわすべし味噌漬(みそづけ)のみそ又 粕漬(かすづけ)のかすなど
むざと捨(すて)ずして万事(ばんじ)心がけて捨(すた)【ママ】らぬやうにぬかづけの
中へいれべし三十日ならずして年久(としひさ)しくたしなみたる
ぬかみそにかわる事なし時々(とき〳〵)の物(もの)をつけて其(その)あちわひを
こゝろむべし
【左丁】
   大根 味噌漬(みそづけ)
甘塩(あましほ)にして漬(つけ)たる沢庵(たくあん)大根を能洗(よくあら)ひ水気(みづけ)を布巾(ふきん)
にて拭(ぬぐ)ひとり二時斗(ふたときばか)り陰干(かげぼし)にしてたまりがちなる
味噌(みそ)につけるなり一年(いちねん)立(たち)て又 洗(あら)ひ別(べつ)のみそに漬(つけ)
おけば何年(なんねん)立(たち)ても其(その)味(あじわ)ひかわることなし常々(つね〴〵)遣(つか)ふ
小出(こだ)しの味噌桶(みそおけ)の底(そこ)に入置(いれおき)もよし
   奈良漬瓜(ならづけうり)
夏土用(なつどよう)の中(うち)の極上物(ごくじやうもの)の白瓜(しろうり)を吟味(きんみ)して二ッに割(わり)て
中実(なかご)を深(ふか)くとり瓜(うり)の肉(にく)にきずのつかぬやう取扱(とりあつか)ひ

【右丁】
中(なか)へ塩(しほ)を詰(つめ)て天日(てんぴ)にほすこと二時(ふたとき)斗(ばか)り塩水(しほみづ)をこぼし
とくとさまして上/粕(かす)に喰加減(くひかげん)の塩(しほ)をあはせ置(おき)粕(かす)壱貫匁に
大瓜(おほうり)二ッをあをのけにして桶(おけ)を底(そこ)には糠(ぬか)に塩(しほ)少々(せう〳〵)まぜて桶(おけ)の
大小に従(したが)ひて厚(あつ)さ三寸/位(ぐらい)にしき中底(なかぞこ)の板(いた)に穴(あな)をあけ
水気(みづけ)の下(した)へ落(おち)るやうにして瓜(うり)をならべては粕(かす)をつめ瓜(うり)と
うりと当(あた)りあはぬやうになしてほどよき圧(おし)をかくれば
中底(なかぞこ)の糠(ぬか)に水気(みづけ)を吸(すひ)とりて瓜(うり)のつきやう大にはやし
又 茄子(なすび)は甘塩(あまじほ)に塩/押(おし)して能(よく)圧(おし)のきゝたる時(とき)に一日/天日(てんぴ)に
干(ほし)さまして後(のち)右の塩(しほ)かげんの粕(かす)に漬置(つけおき)かろく押(おし)をかけて
【左丁】
一年 立(たち)て又 粕(かす)をとりかへ元(もと)の如(ごと)くに漬直(つけなお)すこと瓜(うり)茄子(なすび)
共に三年を経(へ)て程(ほど)とす
   生姜味噌漬(しやうがみそづけ)
秋(あき)の季(すえ)実入(みいり)よき生姜(せうが)の葉(は)を切(きり)茎(くき)を少(すこし)つけて置(おき)土(つち)を洗(あら)ひ
生姜壱貫目に塩(しほ)五合斗り塩(しほ)押(おし)にして水十分にあがり
たる時/天気(てんき)よき日を待(まち)て一日(いちにち)天日(てんぴ)にほして味噌(みそ)に粕(かす)を
一割(いちわり)まぜて右の生姜(しやうが)を漬(つけ)るなり百日にしてつくもの
なりかるき押(おし)をおくべし
   種抜蕃椒日光漬(たねぬきとうからしにつくわうづけ)

【右丁】
赤(あか)とうがらしと縮緬(ちりめん)紫蘇(しそ)の葉(は)共に塩押(しほおし)にして一日
ほして蕃椒(とうがらし)を立(たて)にわり種(たね)をぬき細(ほそ)く切(きつ)て紫蘇(しそ)の葉(は)を
のばして巻(まき)少し(すこし)ばかり塩(しほ)をふりて押(おし)をかけ廿日ばかり漬(つけ)て
後(のち)水(みづ)をしぼり天日(てんぴ)にかわかして壺(つぼ)に蓄(たくわ)ふ
   梅干漬(うめぼしづけ)
梅(うめ)の実(み)の能(よく)いりたるを一時(いつとき)斗(ばか)り水(みづ)に浸(ひた)して洗(あら)ひ梅一斗に
塩三升/紫蘇(しそ)の葉(は)多少(たせう)見斗(みはから)ひにて漬(つけ)るなりはじめは
押(おし)をかるくして梅(うめ)に塩(しほ)のしみたるに従(したが)ひ段々(だん〳〵)押(おし)をつよく
かけるなり十四五日又は廿日を経(へ)て日和(ひより)よき日を見定(みさだ)め
【左丁】
簀(す)へあげて日に干(ほす)なり当座(とうざ)喰(ぐひ)には一日か二日ほして
器(うつわ)にたくわふ年(とし)久(ひさ)しくかこひおくには一日ほしては夜は
梅酸に漬(つけ)置(おき)又/翌日(よくじつ)ほすなりかくすること三日にして夫(それ)
より四五日ほしあげてからびるほとになりて壺(つぼ)に入べし
たとへ十年廿年に及ぶとも味(あぢわひ)かわると【ことヵ】なし梅干(うめぼし)の艶(つや)も
よく風味(ふうみ)格別(かくべつ)なり
   右の梅酸(うめず)に大根を花(はな)に切(きり)又は薄(うす)くきざみて生姜(じやうが)
   など一所に漬(つけ)るはよく人のすることなり上方(かみがた)にては
   蓮根(れんこん)生姜(しやうが)を多(おほ)くつけて座禅豆(ざぜんまめ)のかやくにも

【右丁】
   赤い蓮根(れんこん)を用ひ鮓(すし)を漬(つける)にはせび【ぜひヵ】紅生姜(べにしやうが)を遣ふ
   こと常(つね)の事なり
   此(この)梅酸(うめず)にしそのしぼり汁(しる)を入て徳利(とくり)にたくわふべし
   料理(れうり)にはをり〳〵入用の物なり
   青梅漬(あをうめづけ)
青梅(あをうめ)の若(わか)きうちにとりて一夜(いちや)水(みづ)に浸(ひた)し置(おき)《割書:是は苦(にが)みを|とるためなり》
翌日(よくじつ)水をきりて青梅一斗に塩二升をいれてかろく押(おし)て
漬るなり水あかりたらば其水をこぼしすてざつと洗(あら)ひて
水気(みづけ)をかわかし又すこしふり塩をして漬るなり先(せん)の
【左丁】
水にてはにがみあり其(その)苦味(にかみ)をさりてたくわふべし
   ついでにいふ甘露梅(かんろばい)を製(せい)するには右の青梅(あをうめ)の
   苦水(にがみづ)を去(さり)て砂糖蜜(さとうみつ)に漬置(つけおき)紫蘇(しそ)の葉(は)に包(つゝ)みて
   白砂糖(しろさとう)をふりて軽(かる)く押(おし)をかけるなり
   千枚漬(せんまいづけ)
紫蘇(しそ)の葉(は)を一枚(いちまい)づゝ能(よく)洗(あら)ひ百枚二百枚/段々(だん〳〵)と重(かさ)ねて
麻糸(あさいと)にてとぢざつと湯(ゆ)をくゞらせて板(いた)にはさみて水気(みづけ)を
とくとしぼり味噌桶(みそおけ)の底(そこ)に並(なら)べて竹(たけ)をわりて動(うご)かぬ様(やう)に
おさへおくなりみその溜(たまり)自然(しぜん)としみわたりて日(ひ)あらずして

【右丁】
つくなり
   牛蒡(ごばう)味噌漬
牛蒡(ごばう)の本末(もとすへ)を去(さり)中(なか)の所(ところ)斗(ばか)り六七寸に切(きり)是(これ)もざつと
湯(ゆ)をくゞらせ味噌(みそ)に漬(つけ)るなり是は沢庵(たくあん)大根のみそ
づけと一所に桶(おけ)の下の方に漬おくべし一年/余(よ)も経(へ)ざれば
漬(つき)かぬるものなり三年五年とふるくなる程(ほど)殊更(ことさら)よし
   印篭漬(いんらうづけ)
醤瓜(まるづけ)の跡先(あとさき)を切(きり)中実(なかご)をくりぬき其中(そのなか)に歩穂蓼(ほたで)紫蘇(しそ)
の葉(は)若生姜(わかしやうが)青蕃椒(あをとうからし)等(とう)をおしいれ甘塩(あましほ)加減(かげん)にして
【左丁】
圧(おし)強(つよ)て漬(つけ)るなり六七日/立(たて)ば喰比(くひごろ)なり瓜(うり)へとうがらしの
からみ移(うつ)りて至極(しごく)よし輪切(わぎり)にしたる所/印篭(いんらう)に似(に)たる
ゆへ名(な)づくるものか又云(またいふ)胡瓜(きうり)もかくの如(ごと)くするもよし
歯切(はぎれ)ありてまるづけ瓜(うり)におとらず
   渦巻漬(うづまきづけ)
胡瓜(きうり)の季(すえ)の比(ころ)とうがらしを沢山(たくさん)に入(いれ)て甘塩(あましほ)に圧(おし)をかけて
漬置(つけおき)水十分にあがりたる時(とき)二ッにはわらず立(たて)に庖丁目(はうちやうめ)を
入れて中実(なかご)をすき取(とり)一日/天日(てんぴ)にほして能(よく)さまし置(おき)
片(かた)はじよりしつかりと巻(まき)竹(たけ)の皮(かわ)をさきて解(と)けぬやうに

【右丁】
まきしめ糠(ぬか)五升に塩(しほ)一升を合(あは)せ沢庵漬(たくあんづけ)のごとく
つけこみしつかりと押(おし)をかけて漬(つけ)るなり十五日ほど
たてばよし糠(ぬか)を洗(あら)ひ結(ゆわ)ひめをときて木口(こぐち)より切(きる)に
【渦巻の図】の如し味(あぢ)辛(から)く甘(あま)くして歯(は)ぎれよし
   達摩漬(だるまづけ)
まるづけ瓜(うり)の季(すえ)なりを二ッにわり中実(なかご)をとり甘塩(あましほ)に
して押漬(おしづけ)にする瓜(うり)の形(なり)【瓜の図二個】手遊(てあそ)びの達摩(だるま)に似(に)
たる故(ゆへ)に呼(よぶ)ものか皮(かわ)こわくして中(うち)に禅味(ぜんみ)を甘(あま)んずる
かそもさん
【左丁】
   捨小舟(すてをぶね)
越瓜(しろうり)を二ッに割(わり)中実(なかご)を能(よ)く取(とり)て塩(しほ)を盛(もり)て日にほし
あげ水をこぼさずしてほしつける六七日もほしてからび
たる時(とき)に重(かさ)ねて壺(つぼ)やうな器(うつわ)にたくわふべし冬(ふゆ)の中(うち)
より春(はる)へかけて味淋(みりん)に浸(ひた)しおき珍客(ちんきゃく)にもてなすに妙(めう)
なり当座喰(とうざぐひ)には一日/干(ほし)て程(ほど)とす誰(たれ)やらが
 夕立(ゆふだち)や干瓜(ほしうり)の身(み)を捨小舟(すてをぶね)
といふ句(く)によりて名(な)づけしとぞ
   雷干(かみなりぼし)瓜

【右丁】
  文川筆
【挿絵】
【左丁】
瓜むいて
  雷ぼしを
    するからに      夕立や
かけたる時は          干瓜の
  稲妻のなり          身を
 江英楼              捨小舟
   如泉            作者不知

【右丁】
まるづけ瓜(うり)の中実(なかご)をぬき永(なが)くむきて一夜(いちや)塩押(しほおし)して
翌日(よくじつ)日にほすなり其座(そのざ)にむきて塩(しほ)をふりて干事(ほすこと)も
あれどそれは当座(とうざ)喰(ぐひ)の料(れう)なり一夜(いちや)おしてほせば
ちぎれもせず永(なが)くつながりて瓜(うり)一ッが一筋(ひとすぢ)になりて
能(よく)干(ほし)あげて一筋づゝ結(むす)びおくべし久(ひさ)しく囲(かこ)ひ置(おく)には
白瓜(しろうり)を上品(じやうひん)とす丸(まる)づけよりは皮(かわ)もやわらかく漬(つか)り
やうもはやし
   茄子(なすび)塩圧漬(しほおしづけ)
茄子(なすび)色(いろ)よくつけんと思(おも)はゞ塩(しほ)に川(かわ)の砂(すな)をまぜて漬(つく)れば
【左丁】
艶(つや)よくつくものなり又/明礬(みやうばん)をすこし入れてもよし
皆(みな)当座(とうざ)喰(ぐひ)の料(れう)なり久(ひさ)しくかこひ置(おく)には塩(しほ)沢山(たくさん)入(いれ)て
圧(おし)を強(つよ)くかくれば永(なが)くもつ物なり又/沢庵漬(たくあんづけ)の中(なか)へ
つけ込(こむ)茄子(なすび)は一度(いちど)塩押(しほおし)してよく水(みづ)をあけたる時(とき)塩水(しほみづ)を
こぼし捨(すて)て一日(いちにち)ほしてふたゝび塩(しほ)をして圧(おし)を強(つよ)くかけて
あげたる二度めの水をこぼさぬやうにしてたくわへ置時(おくとき)は
いつまでも持つ(もつ)なり此(この)塩押(しほおし)茄子(なす)を百一漬(ひやくいちづけ)につけるなり
   紫蘇漬(しそづけ)
しその実(み)余(あま)り実(み)がいりすぎれば取(とり)あつかふうちに実(み)が

【右丁】
こぼれて台(うてな)ばかりになる物(もの)なればすこし前(まへ)かたに取(とる)
べし扨(さて)しその穂(ほ)をはさみて後(のち)塩水(しほみづ)を拵(こしら)へとくと洗(あら)ふ
べしちいさき実(み)の中(うち)に至(いたつ)てこまかき虫(むし)ありて心(こゝろ)わるき
物なり塩水(しほみづ)にて洗(あら)へば彼虫(かのむし)去(さり)て清(きよ)し其上(そのうへ)にてたゞの
水(みづ)にて洗(あら)ひよく水(みづ)をきりてより漬込(つけこむ)べし《割書:ちりめんしそは|匂(にほ)ひよけれ共》
《割書:実べた〳〵としてかたちよろしからず|青(あを)しその実はそのまゝなれども匂ひなし》
   梅花漬(ばいくわづけ)
梅干(うめぼし)の実(たね)をさり肉(にく)ばかりすきとりすきとりて擂鉢(すりばち)にてとくと
擂(すり)て平(ひら)たき器(うつわ)にのべ梅花(ばいくわ)の台(うてな)をみじかく切(きり)て梅肉(ばいにく)に
【左丁】
指(さし)ならべ蓋(ふた)をして目張(めはり)してたくわふべしいつまでも
薫(かほり)うせる事なし
   桜漬(さくらづけ)
さくら中開(ちうかい)の枝(ゑだ)を切(きり)花(はな)ばかりつみて塩(しほ)三升に水(みづ)三升を
入れて煎(せん)じ一夜(いちや)さまして花とひた〳〵に漬(つけ)て軽(かる)く押(おし)を
かける近来(ちかごろ)は所々より出(いづ)れど隅田川(すみだがわ)の桜(さくら)を名物(めいぶつ)とす
   菊漬(きくづけ)
黄菊(きぎく)の花ばかり摘取(つみとり)て是(これ)も煮(に)ざまし塩(しほ)にて漬(つけ)
押(おし)てたくわふ塩出(しほだし)して菊味(きくみ)にするに生(なま)の菊(きく)にかわる

【右丁】
事なし香(にほひ)ふかし
   塩山椒(しほさんしよう)
山椒(さんしよ)の実(み)ばかり取(とり)て少(すこ)しばかり塩(しほ)をふりて押(おし)をかけ
塩水(しほみづ)あがりたらば四五日たちて其(その)水(みづ)をしぼり捨(すて)て
ほしてたくわふべし
   唐皮(からかわ)
山椒(さんしよ)の木(き)の若(わか)き枝(ゑた)を切(きり)水(みづ)にしばらく浸(ひた)し置(おき)て
木(き)と皮(かわ)の放(はなれ)る比(ころ)きざみて塩水(しほみづ)に漬(つけ)てかこひ遣(つか)ふ時(とき)に
塩(しほ)出(だ)して庖丁(はうちやう)す
【左丁】
   刀豆(なたまめ)粕漬(かすづけ)
なたまめは生(なま)にてしばらく湯(ゆ)に浸(ひた)し置(おき)塩(しほ)を少(すこ)し
ばかりふりて十日/余(あま)り押(おし)て水にて洗(あら)ひ半日(はんにち)ばかり
干(ほし)て粕(かす)に漬(つけ)るなり一年/余(よ)もたゝねばつきかぬる物
なり
   守口大根(もりぐちだいこん)粕漬(かすづけ)
是(これ)も大根に湯(ゆ)をくぐらせ一日(いちにち)ひにかわかし粕(かす)に塩(しほ)を少(すこ)し
まぜて漬(つけ)てかるく押(おし)をおく《割書:守口大根とはだなと干(ほし)大根にする|もの各/別種(べつしゆ)なり混(こん)ずべからず》
   独活(うど)味噌漬(みそづけ)

【右丁】
山(やま)うどを二三日/蔭干(かげぼし)にしてぐな〳〵するやふにして
三年/味噌(みそ)につける百日(ひやくにち)ばかりにて風味(ふうみ)よし
   冬瓜(とうぐわ)味噌漬(みそづけ)
冬瓜(とうぐわ)を皮(かわ)ともにたち中実(なかみ)を深(ふか)くすきとりて一塩(ひとしほ)して
なるく押(おし)をかけて一夜(いちや)水(みづ)をとり布巾(ふきん)にて水気(みづけ)を
拭(ぬぐ)ひ皮(かわ)をむきて直に味噌(みそ)に漬(つけ)るなり味噌に水/溜(たま)り
たらば又みそをとりかへて外(ほか)のみそに漬るかくすること
二三/度(ど)におよべば水も出なくなるを度(ど)とするなりさすれば
いつまでたくわへおくとも味(あぢわひ)かわる事なしみ水の出る中(うち)ゆだん
【左丁】
すべからず又/金冬瓜(きんとうぐわ)といふ一種(いつしゆ)もかくして漬(つけ)おけども
度々(たび〳〵)手(て)がけざれば久(ひさ)しくは蓄(たくわへ)がたし
   花丸瓜(はなまるうり)粕漬(かすづけ)
花まる瓜(うり)は生(なま)にて直(すぐ)に粕(かす)に漬(つけ)るなりすべて生(なま)のまゝ粕(かす)に
漬(つけ)る物(もの)には二重底(ひぢうぞこ)に桶(おけ)を拵(こしら)へ下(した)に糠(ぬか)をいれ水をおとす
やうにせぬときは粕(かす)のかわるものなり糸瓜(いとうり)なども右の通
にして粕(かす)につけるなり
   西瓜(すいくわ)粕漬(かすづけ)
西瓜(すいくわ)の花落(はなおち)若(わか)きうちに取(とり)て丸(まる)のまゝ粕につけるなり

【右丁】
是(これ)も花丸漬(はなまるづけ)の仕法(しはふ)にしてつけるなり紀州(きしう)若山(わかやま)より出(いづ)
るを名物(めいぶつ)とす
   初夢漬(はつゆめづけ)
花落茄子(はなおちなすび)の蔕(へた)を切(きり)まわして甘(あま)く塩押(しほおし)にして芥子(からし)を
かき醤油(せうゆ)にてゆるめ少(すこ)し白砂糖(しろさとう)を入て塩梅(あんばい)して茄子(なすび)を
漬(つけ)るなり日数(ひかず)多(おほ)くは持(もち)がたき品なり
   鼈甲漬(べつかうづけ)
糠味噌漬(ぬかみそづけ)の故(ふる)き茄子(なすび)を丸(まる)にて塩出(しほぎ)してよくしぼりて
庖丁(ほうちやう)し味淋酒(みりんしゆ)を沢山(たくさん)にかけて浸(ひた)しおくこと三十日ばかり
【左丁】
茄子(なすび)すきとをるほどひやけて奈良漬(ならづけ)の茄子(なすび)にまさること
とをし
   麴漬(かうじづけ)
醴麹(あまざけかうじ)三/枚(まい)に味淋酒(みりんしゆ)一升をかけてねかし置(おき)干瓜(ほしうり)に塩押(しほおし)
茄子(なすび)干(ほし)大根などを刻(きざみ)こみ紫蘇(しそ)の実(み)生姜(せうが)とうがらしをも
すこしづゝくわへ能(よく)つきたる時(とき)に賞翫(しようくわん)すべしこれ漬物(つけもの)の
醍醐味(だいごみ)ともいふべし
   百味加薬漬(ひやくみかやくづけ)
生姜(せうが)茗荷(めうが)茸(たけ)蓼(たで)紫蘇(しそ)青柚(あをゆ)山椒(さんしよ)大小の蕃椒(とうがらし)右の類(るい)

【右丁】
何品(なにしな)にかぎらず塩押(しほおし)にしてたくわふべし生(なま)の品(しな)あり
あわぬ時(とき)はちよつと塩出(しほだ)して間(ま)にあはせる事まゝ多(おほ)し
料理(れうり)意(こゝろ)ある者(もの)は必(かなら)ずたしなむべき事なり俗(ぞく)にゑの実(み)
とうがらしといふまるきをも漬込(つけこむ)べし
   巻漬(まきづけ)
ふとき大根(だいこん)木口(こぐち)より薄(うす)くはやしよく干(ほし)てたくわへ置(おき)
塩蓼(しほたで)生姜(せうが)をほそ引(びき)きり〳〵とまき輪(わ)とうがらしを帯(おび)
にして三杯酸(さんばいず)に漬(つけ)おく
   阿茶蘭漬(あちやらづけ)
【左丁】
ほし大根を一寸/斗(ばか)りに切立(きりたて)に四(よ)ッ割(わり)にきざみづから
昆布(こぶ)生姜(せうが)茗荷(めうが)の子塩押(こしほおし)茄子(なすび)つと麩小梅干(ぶこうめぼし)等(とう)を
加(くわ)へて酒醤油(さけせうゆ)にて酸(す)は梅(うめ)の酸(す)を用(もち)ひて当座漬(とうざづけ)に
つける尤きくらげとうがらしを入(いれ)べし又/蓮根(はすのね)独活(うど)
新牛房(しんごぼう)時々(とき〳〵)の品(しな)を加(くわ)へるも可(か)なり
   菜豆青漬(いんげんあをづけ)
夏(なつ)の土用(どよう)中(ちう)に隠元(いんげん)さゝげをとりて豆腐(とうふ)のからの水(みづ)
気(け)をよく絞(しぼ)りとり塩(しほ)と等分(とうぶん)にまぜて右(みぎ)のゐんげんを
押漬(おしづけ)につけて動(うこか)さずして蓄(たくわ)ふ冬(ふゆ)のうちより春(はる)へかけて

【右丁】
塩出(しほだ)して銅鍋(からかねなべ)にて湯(ゆ)でれば其色(そのいろ)生(なま)のことさのみ
風味(ふうみ)もかわる事なし
   蕗水漬(ふきみづづけ)
水蕗(みずふき)生(なま)にて皮(かわ)をむき葉(は)斗(ばか)りを擂鉢(すりばち)に入/塩(しほ)にてもみ
青(あを)き汁(しる)をとり蕗(ふき)は塩(しほ)にて漬(つけ)こみ右(みぎ)葉(は)の青汁(あをしる)を入て
押(おし)を置(おく)なり遣(つか)ふ節(せつ)塩出(しほだし)して煮物(にもの)に入るれば生(なま)のふきに
異(こと)ならず
   漬蕨(つけわらび)
わらびの和(やわら)かき所ばかりをゑらみて塩(しほ)に灰(はい)を合(あは)せて漬(つけ)る
【左丁】
なり遣(つか)ふ四五日前よりよびあくを入て水に浸し
おき熱(にへ)湯をかけて庖丁す
   山葵(わさび)粕漬(かすづけ)
わさびを短冊(たんざく)にうちて塩にて押(おし)翌日(よくじつ)水(みづ)を切りて
粕につけ壺(つぼ)に詰て目ばりをしてたくわふ
   薤三杯漬(らつきやうさんばいづけ)
らつきやう一斗/塩(しほ)二升/生姜(せうが)の葉(は)大分入れて塩
おしにして圧(おし)をかけて水十分にあがり三十日ほど
立(たち)て其水をこぼししばらく水をかわかして砂糖(さとう)

【右丁】
蜜(みつ)に漬(つけ)る是(これ)も三十日すればよし右の酸味(すみ)は持(もち)
まへの酸味(すみ)なれど若(もし)酸味(すみ)薄(うす)き時は酸(す)少々(せう〳〵)入るもよし
   三(み)ッ(つ)葉(ば)溜漬(たまりづけ)
みつばせりの白(しろ)き所ばかりそろへて竹(たけ)の皮(かわ)をほそく
さきてゆわひ根(ね)と葉(は)を去(さり)水気(みづけ)をとくとかわかして
味噌(みそ)の溜(たまり)をすいのうにてこして其中(そのなか)へつけるなり
二夜(にや)ばかりにて漬(つき)加減(かげん)なり
   葉附(はつき)小大根(こだいこん)三杯漬(さんばいづけ)
小(こ)だいこん尤ちいさきを拵(そろ)へ茎(くき)一寸ばかり残(のこ)しおき葉(は)
【左丁】
先(さき)をきり一時(いつとき)ほど日にあてゝ直(すぐ)に三杯醋(さんはいす)に漬るなり
是(これ)を吉原(よしはら)の放言(ほうげん)には洗(あら)ひ髪(がみ)といふ
   土筆(つぐし)粕漬(かすづけ)
つくしの穂(ほ)ばかりをとり能(よく)洗(あら)ひ水(みづ)を切(きり)て直(すぐ)に粕(かす)に
つける遣(つか)ふ時(とき)粕(かす)をあらひ花(はな)がつほなどかけて猪口(ちよく)に
遣ふ風味(ふうみ)至(いたつ)てよし
    家多良(やたら)漬(づけ)
ひしほの塩(しほ)をからめにつくりおき瓜(うり)茄子(なすび)とうがらし
などを刻(きざ)み込(こみ)漬(つけ)るなり沢庵(たくあん)大根の味(あぢ)少(すこ)しかわり

【右丁】
たるにても苦(くる)しからず段(だん)々(〳〵)切(きつ)てつけ込(こむ)也/紫蘇(しそ)の
実(み)生姜(せうが)もよし瓜(うり)茄子(なすび)甘塩(あましほ)に押(おし)て水をきりて
漬(つけ)るはことさらよし
   精舎納豆漬(てらなつとうづけ)
納豆(なつとう)には瓜(うり)茄子(なすび)丸(まる)にて一塩(ひとしほ)押(おし)て水気(みづけ)をとりて
漬込(つけこむ)がよし一日ほしてつければ味(あじわひ)格別(かくべつ)なれど急(きう)には
つきがたし是(これ)とても生姜(せうが)とうがらし辛皮(からかわ)など入るも
あれば時(とき)の宜(よろ)しきに従(したが)ふべし
   枝豆塩漬(えだまめしほづけ)
【左丁】
ゑだ豆(まめ)のさやの青(あを)きをゑらびもぎて湯をくゞらせ
中塩(ちゅしほ)にして焼明礬(やきめうばん)を少(すこ)し加(くわ)へかるく押(おし)をしてたくはへ置(おき)
遣(つか)ふ時(とき)一夜(いちや)塩出(しほだし)してゆでればさやも青(あを)くして生(なま)の枝豆(ゑだまめ)の
ごとし
   塩松茸(しほまつだけ)
尋常(よのつね)の塩松茸(しほまつだけ)は塩水にてゆでさまして其(その)塩水(しほみづ)にて
樽詰(たるづめ)にするゆへ匂(にほ)ひもなく味(あぢ)もなし珍客(ちんきやく)をもてなすには
是(これ)に異(こと)なり松茸のかさのつぼみばかりを撰(えら)み蒸籠(せいろう)に
入れ青松葉(あをまつば)をたきてむしとくとさまし松脂(まつやに)を細末(さいまつ)にして

【右丁】
六十匁塩二升にまぜて松茸(まつだけ)壱貫目余を漬置(つけおく)なり
常(つね)の如(ごと)く塩出して遣(つか)ふに風味(ふうみ)も殊更(ことさら)よく匂(にほ)ひも生(なま)に
かわることなし又/初(はつ)だけ松露(しようろ)もかくのごとくして漬置(つけおけ)ば風味よし
   漬(つけ)昆布(こんぶ)
松前(まつまへ)昆布(こんぶ)を撰(ゑら)び一夜(いちや)水にひたし置(おき)よく砂(すな)を洗(あら)ひ日に
乾(かわか)して溜(たまり)がちなる味噌(みど)に漬(つけ)るなり又/粕(かす)につけるも
同(おな)じ事なり昆布(こんぶ)の両方(りやうはう)のふちをたち切正味(きりしやうみ)の所
ばかり手比(てごろ)に庖丁(はうてう)して重(かさ)ねてつけるなり
   糸瓜(へちま)糟漬(かすづけ)
【左丁】
糸瓜(へちま)の花(はな)落(おち)二寸/位(くらゐ)の所をとり粕(かす)に食加減【振り仮名:くひかげんヵ】の塩を
まぜて漬(つけ)るなり尤(もつとも)押蓋(おしぶた)しつかりとして水あがり
たらば桶(おけ)をかしげてこぼすべし是(これ)へちまの塩水なり
水気(みずけ)なきやうにして蓄(たくわ)ふべし又/余蒔(よまき)胡瓜(きうり)もかくの
ごとくし
如(ごと)くして漬置(つけおく)べし
    胡蘿蔔(にんじん) 味噌漬(みそづけ)
にんじんのあとさきを切(きり)五六日/風(かぜ)のすく所へ置(おき)甘塩(あまじほ)に
して漬(つけ)るなり三四十日たちて一日/日(ひ)にほしてみそに
つけ更(かへ)るなり又/粕漬(かすづけ)にするには塩(しほ)をからめにして

【右丁】
漬るなり
   十六さゝげ粕漬(かすづけ)
さゝげの余(あま)りの実(み)のいりすぎぬうちにとりて生(なま)のまゝ
粕(かす)に漬るなり眉児豆(ふじまめ)などは殊更(ことさら)さやばかりの内に
漬込(つけこむ)なり上(うへ)に水出(みずいで)たらばしたみとるべし
   天王寺蕪(てんわうじかぶら)
蕪(かぶ)の茎(くき)一寸/斗(ばか)り附(つけ)て甘塩(あまじほ)に押(おし)つよくかけて漬置(つけおき)
さて天気(てんき)よき日(ひ)一日かはかして味噌(みそ)にも漬粕(つけかす)にも漬
かへるなり何(いづ)れ百日/余(よ)も経(へ)ざれは漬(つき)がたし
【左丁】
   梨糟漬(なしかすづけ)
あはゆきの無疵(むきず)なるをゑらび梨(なし)と梨(なし)とあたり合(あは)ぬ
やうに粕(かす)沢山(たくさん)にして漬るなり
   柿粕漬(かきかすづけ)
はちやといへる細長(ほそなが)き柿(かき)の青(あを)きうちにとりて粕(かす)に
つけるなり自然(しぜん)と渋(しぶ)ぬけて甘(あま)からず甚(はなはだ)よき風味(ふうみ)
なり会席(くわいせき)の香(かう)の物(もの)に附合(つけあは)す
   柚青漬(ゆあをづけ)
柚(ゆず)の実(み)のいらざる青(あを)きうちにとりてかんてんをながして

【右丁】
灰(はい)のあくを附(つけ)てきなこ団子(だんご)のごとくしてつぼに
入れめばりをしてたくわふべし遣(つか)ふ時(とき)ぬるま湯(ゆ)にて
あらひおとせばにほひもうぜずいろもかはらずもぎ
たてのごとし
   金柑(きんかん)塩漬(しほづけ)
金柑(きんかん)余(あま)り熟(じゆく)さぬうち水と塩(しほ)と等分(とうぶん)にせんじ
一夜(いちや)さまして器(うつわ)に入きんかんとぴた〳〵にしてかぜの
いらぬやう目(め)ばりをしてかこふべし遣(つか)ふ毎(ごと)にうは水(みづ)を
こぼしてひた〳〵にしてべしいつまでももつもの
【左丁】
なり
   筍(たけのこ) 塩漬(しほづけ)
竹(たけ)の子(こ)の皮(かわ)をむきて沢庵(たくあん)大根のごとく一かわづゝ並(なら)
べて塩(しほ)をふりて中塩(ちうじほ)にしてかろき押(をし)をかけて漬(つけ)る
なり尤(もつとも)とうがらしを少(すこ)し入(いれおく)置べし
   通計六拾卯四条
四季(しき)漬物(つけもの)早指南(はやしなん)初編(しよへん)《割書:終|》

【挟み物 : 大黒天の図(別紙・一枚刷り)】

【コマ35に同じ】

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萬(ばん)家(か)日(にち)用(よう)総(さう)菜(ざい)俎(まないた) 《割書:好食外史著|折本一冊出来》
此書は世(よ)に流(る)布(ふ)の料(れう)理(り)の献(こん)立(だて)にはあらず。千(せん)門(もん)万(ばん)戸(こ)日用の総(さう)菜(ざい)のみを
四(し)季(き)にわかちて数多(あまた)をあげたり。されば月(つき)待(まち)日まちの折(をり)からも有(あり)合(あい)の品(しな)を
用ひて間(ま)にあわせ万(ばん)事(じ)費(ついへ)なき仕(し)法(はふ)を専(もつぱら)とする工(く)夫(ふう)の事(こと)どもなり
不(ふ)時(じの)珍(ちん)客(きやく)即(そく)席(せき)包(はう)丁(ちやう) 《割書:同作|折本合刻》
田舎(いなか)山(やま)里(さと)は勿(もち)論(ろん)都(と)会(かい)もはし〴〵料(れう)理(り)屋(や)なき所にて俄(にわか)の客(きやく)来(らい)の節(せつ)。この書(しよ)に
よつておもひつかば手かろくちよつと出(で)来(き)る品(しな)々(〴〵)を多(おほ)くあつめたり。
されば常(つね)々(〴〵)手(て)なれぬ人にても包(はう)丁(ちやう)とつて仕(し)安(やす)からしむる事(こと)のみなり
《割書:江戸|流行》料(れう)理(り)通(つう) 《割書:八百善主人著|初編より四編まで出板|同五編 近刻嗣出》
【刊記】
天保七年丙申春
       江戸日本橋通二丁目
           小林新兵衛
       同芝明神前
           岡田屋嘉七
  書肆   同馬喰町二丁目
           西村與八
       同横山町二丁目
           大坂屋秀八
       同芝明神前三島町
           和泉屋市兵衛

【コマ38に同じ】

【裏表紙】

新板なぞなぞ合

【撮影ターゲット】

【表紙】
永島
福太郎
しん編輯

新 板(ばん)
なぞ〴〵合(あはせ)  加々
        吉
       壹 版

新ぱん なぞ〳〵 合
 永しま 福太郎 作
     青盛どう はん

     【蔵書印 : 東京学芸大学蔵書】



【見たままの改行ではなく読みやすいよう一枠内を一行にして入力し、縦三枠分をひとつのなぞかけとしてまとめています。】

まけくじとかけて     
 ねごにかんふくろととく 
  心はだん〴〵あとじさり
【負け公事 : 訴訟に負ける事ヵ】
【猫に紙袋 : 童謡の山寺の和尚さんに出てくる毬の代わりに袋に入れて蹴られた猫の事ヵ】

日と月が一処に出るとかけて
 けいあん太平記ととく 
  心はちうやのさはぎ
【慶安太平記 : 由井正雪の乱を扱った歌舞伎や講談ヵ】
【由井正雪の乱の首謀者の一人の丸橋忠弥と昼夜がかけてあるヵ】

原告のつよいさいばんとかけて
 九州のさはぎととく
  心は四こくがあぶない
【九州の騒ぎ : 明治六年の西南戦争ヵ】
【裁判の被告(江戸の発音では しこく?)と九州の動乱が四国に飛び火することがかけてあるヵ】

目のつぶれたはかりととく 【かけて の間違いヵ】
 女郎の夫婦やくそくととく
  心は あてにはならない 
【目のつぶれた : 目盛りがすり減って読めない棹秤ヵ】


【見たままの改行ではなく読みやすいよう一枠内を一行にして入力し、縦三枠分をなぞかけひとつとしてまとめています。】


おゐしきのもちとかけて
 しら藤源太ととく 
  色をとる
【居敷き : 尻のこと。おいしきのもちで尻もちのことヵ】
【白藤源太 : 歌舞伎などに登場する伝説の力士】
【力士が色をとる、で黒星の事ヵ】

大通りのみちとかけて
 三味せんととく
  心は三すじにわかる 
【昔と違って大通りの道が三車線に別れているということヵ】

諸方のはし〴〵とかけて
 松浦小夜ひめととく 
  心は石となる
【松浦小夜姫 : 悲しみのあまり石になった佐賀の伝承】
【今までの木橋が明治になって石橋に代わってきたことヵ】

としを経たいたちととく 【かけて の間違いヵ】
 しめだいこのおとととく
  心はてんとなる  
【長生きのイタチが貂という妖怪に成ることと〆太鼓がテンと鳴る事をかけている】

こしぬけのぎやうずいとかけてヵ
 ざしきてじなととく
  心はすわつてつかう
【座敷手品 : 座敷で座ってする手妻ヵ。西洋の立ってする手品とくらべているヵ】

すばらしいべつぴんとかけて
 たいわんせいばつとかけて 【とく の間違いヵ】
  みなしたがへる
【台湾征伐 : 明治四年の征台の役ヵ】

のらくらものとかけて
 あさぶととく
  心はきがしれぬ
【麻布で気が知れない : 六本木という地名はあるがそれらしい木が見当たらないという慣用句】

谷合のさくらとかけて
 おかめのめんととく
  心ははながひくい  【花と鼻】


なすばかりのまつもどきとかけて 
 いさみのかみのけとゝく
  心は あぶらげがない
【松擬 : 茄子を細かく切り油を加えて煮た料理ヵ】
【勇み : 任侠の人たちヵ。鬢付け油を使わず髪の毛をまとめることが多かったらしい】

かうもりとかけて
 ぐはすとうのくち火さしととく 【ガス灯】
  心は日ぐれからいでる

海うんばしの五かいととく 【かけて の間違いヵ】
 大ゆきしはすととく 
  心は 菜(な)がたかい
【海運橋の五階 : 海運橋横の明治六年開業の第一国立銀行。変則的な五階建ての和洋折衷建築】
【立派な高層建築で名が高いと、大雪の師走で菜の値段が高いをかけている】

むしつのかきぞめとかけて 
 てんぼうのしつかきととく
  心は かきたくてもかけぬ
【むしつ : 無筆、文字の読み書きができないひと】
【てんぼう : 手ん棒、けがなどで手や指がないひと】
【しつかき:湿掻、疥癬(かいせん)のできている人。また、梅毒を病んでいる人(日本国語大辞典)】

あそび人とかけて
 ふうりんととく
  ねんぢうぶら〳〵してゐる

むかしばなしとかけて
 ゆみはまととく 【破魔弓ヵ】
  心はぢゞいばゞあがつきもの
【ゆみはま:弓破魔、「はまゆみ(破魔弓)」に同じ(日本国語大辞典)】

いんらんのだうらくむすめ【淫乱の道楽娘】とかけて
 つみのふかいゆうれいととく
  心はぢごく【地獄 : 遊郭、売春宿の別称】へおつる

あいそづかし【愛想尽かし】とかけて
 洋ふくととく
  心は そでない【袖にする : つれなくする、より転じて「つれない扱いを受ける」の意】

ぐはすとうとかけて 【ガス灯】
 日雇ひ人足ととく
  心はくうき【喰う気、ヵ】のはたらき

人力車の欠声とかけて 
 官員のめかけととく
  心はごんさい〳〵  
【人力車の欠声 : 車夫のごっさい(ごめんなさい)という威勢の良い掛け声】
【めかけ : 明治初期頃は本妻に対して権妻と言っていた】

すご六とかけて
 軍の惣大将ととく
  さいがなくてはできぬ  
【双六の賽子と戦で大将の持つ采配をかけてある】

やぶれたからかさとかけて
 手のある【手練手管に優れた】女郎ととく
  させそうでもさせぬ


雷神と風神のかけ合とかけて
 きのきかない居候ととく
  ふうらいごろつき

はりこのだるまととく 【かけて の間違いヵ】
 いざりととく
  しりにつちがつく
【いざり : 足の不自由な人】

わんぱくむすめとかけて
 べんけいの七ツ道具
  一生のしよいもの

よい〳〵のかるわざとかけて 
 井戸のはたのちやわんととく
  おちそうであぶない
【よいよい : 手足の麻痺した人】

きれぶみとかけて 
 玉手ばこととく
  あけてくやしい
【きれぶみ : 切れ文・縁切りの文】

小ぐらのしきしとかけて 
 源平藤橘【げんぺいとうきつ : 日本の名流氏族、源氏・平氏・藤原氏・橘氏をまとめた言い方】ととく
  心は名家より出る
【小ぐらのしきし : 小倉百人一首の書かれた色紙ヵ】

ふうふとかけて
 あんどんととく
  よるになるとともす【共寝する、の意】

しはい人【しわいひと : けちん坊】とかけて
 とうがらしととく
  心はからくてくへぬ
【せちがらくずる賢いので油断ならない】

いけのさうじとかけて
 うれるあきうどみせととく 
  心はもをかります   
【池の掃除で藻を刈る・売れる商人店は儲かる】


きつねをむまへのせたとかけて
 やみのよのてつぽうととく
  心は なんだかくうでわからぬ
【狐を馬に乗せたよう : 動揺して落ち着きがない事。いいかげんで信用できないこと】

たまてばことかけて
 ふくまのでんととく 【伏魔殿ヵ】
  心はあけてはわるい

むらさきじゆすのおびとかけて 
 ひあたりのゆきととく
  心はそらどけがする
【むらさきじゆすのおび : 繻子の帯。空解け(自然にほどける)しやすい】

びんぼう人の■【福ヵ物ヵ】の節句とかけて
 やみのからすととく
  心はこゐばかり  
【鯉のぼりと鳴き声ヵ】【「乞い」と「鯉」の掛詞?】

くすりのにんじんとかけて  
 はしのうへのこま下駄ととく
  心はから〳〵わたる
【くすりのにんじん : 唐渡の朝鮮人参ヵ】

きのぬけた人とかけて
 あぶらのすくないあんどんととく
  心はぼんやりしている

上るりのしうたんばとかけて  【浄瑠璃の愁嘆場】
 きゝのいゝわさびととく
  心はなみだがこほれる


しんとみざのしんきやうげんとかけて 
 名人のうらないととく
   心はきつとあたる
【新富座 : 江戸時代の森田座が明治初期に新富町へ移転して作った劇場】

いゝべつかうとかけて  
 まけしやうぎととく  
  心はふがない    
【良いべっ甲に斑がない・負け将棋の駒に歩がない】

ざんぎりのひなさまとかけて
 きりやうのいゝいなかむすめととく
  ひなにはめつらしいものだ  
【髷を落とした断髪の雛・田舎の鄙】

十五夜の月見ととく  【かけて の間違いヵ】
 あさきのきのじととく
  あきのまんなか
【あきの真ん中なので、あさきの「き」でなく「さ」の字と解くが本来だが、書き手が間違っている模様】

ゆでたまごとかけて
 御居間のみすととく
  心はなかにきみがある
【卵の黄身・御簾の奥にいる高貴な君】

しくじつた人とかけて
 つかまつたかめのこととく
  心はくびをちゞめる

下女のしゆつせととく  【かけて の間違いヵ】
 てんぐととく
  心ははなかたかひ

火のないこたつとかけて
 とりのけむじんととく
  心はあたりてがすくない
【とりのけむじん : 取除無尽・江戸時代にはやった無尽講。くじに当たって金をもらった人は退会するが、賭博に近いものだったらしい】

やましとかけて
 法印ととく 
  心は ほらをふく
【山師がほら話をする・法印(山伏)がほら貝を吹く】

みちならぬかねとかけて
 大かぜにころもととく
  心は身につかぬ
【道ならぬ金 : まっとうでない手段で手に入れた金ヵ】

はりこのつりがねとかけて
 山ぶきの実(み)ととく
  心はならない
【音が鳴らない・実が生らない】

しりおしのあるそしようととく  【かけて の間違いヵ】
 おてらのぢゆうしよくととく
  小しようが尻おしをする
【尻押しのある訴訟 : 後ろ盾のある訴訟ヵ】


まじりのやぶとかけて
 とりあつめたきものととく
  心は木竹そろはぬ
【木や竹が入り混じって生えている・着丈が揃わない】

のらくらぼうづとかけて
 おうしのうぐいすととく
  心はほけきようもてきぬ
【おうしのうぐいす : 王子の鶯ヵ。名所の鶯谷の鶯のようにうまく鳴けないということか?】
【おうしのうぐいす : 唖の鶯ヵ。日本国語大辞典では「おうし」は「おし(唖)」に同じとあり】

七ふくじんのすごろくとかけて
 こんれいのばんととく
  心はめでたくします

おしのかるいかうのものとかけて
 しめつたほくちととく
  心はめつたにつかぬ
【かうのもの : 香の物・つけもの】
【ほくち : 火口・火打石などで起こした火を移す燃えやすい素材】

ふじのうしろとかけて
 おびのむすびめととく
  心はかひのくち
【甲斐の国の入り口・貝の口結び】

あづまのもりとかけて
 太平記の南てうととく
  心はくすの木がしんぼく
【あづまのもり : 吾嬬の森、同地の吾嬬権現社に日本武尊が地面にさした箸が成長したと伝わるクスノキが存在する、江戸名所図会の「吾嬬森・吾嬬権現・連理樟」にも記載あり】
【太平記の南てう : 南朝に仕えた臣僕の楠木正成】

やぶれたかざだまとかけて
 さみだれととく
  なか〳〵あがらぬ
【かざだま : 風船ヵ】

せかれたきやくとかけて
 四月の一足とびととく
  あはせない
【せかれたきやく : 遊女と会うことを禁止された客ヵ】
【四月の一足飛び : 四月があっという間に過ぎて暑くなり袷を着る間がなかった意味ヵ】

あきの野山とかけて
 いやひぬきの引出しととく
  おちばあつまる
【いやひぬきの引出し : 居合抜きの引き出しヵ。刀の手入れ道具が入っている? 欠けた刃が取ってある?】

びんぼうぐらしとかけて
 おれたすりこ木ととく
  心はまわしにくい

ばくらう市とかけて
 すきなものゝちそうととく
  心はうまかった〳〵
【牛馬の売買をする馬喰市で馬買った・食事のもてなしが旨かった】

ふぐじるとかけて
 ちかめのひく揚弓とかけて 【とく の間違いヵ】
  心はとき〴〵あたる
【ちかめ : 近眼】
【揚弓 : ようきゅう。小さい弓で的当てする遊戯】

くじよはひ人のむじんとかけて
 とうふやととく
  心はからをとる
【むじん : 無尽講。複数人が一定の掛金を持ち寄り、抽選等で順番にまとまった掛金をうけとる庶民金融】
【空クジを取る・おからを取る】

かごしませんさうのにしきゑとかけて
 わたりものゝ小鳥ととく
  心はめづらしがつてかう
【かごしませんさうのにしきえ : 西南戦争の錦絵ヵ】
【わたりもの : 渡り物、舶来のことヵ。】
【珍しがって 錦絵を買う・小鳥を飼う】

おゝかみとかけて
 のりのきゝすぎたきものととく
  心はきたらこはからふ
【狼が来たら怖い・糊のきつい着物は着たら強い】

みじかい道中すご六とかけて
 なつのあめととく
  ふりだすかと思へばぢきに上る


江戸まへのうなぎやとかけて
 女郎のあしととく
  心はたびかない
【ウナギ屋のたびがないは旅ウナギでない・遊女は足袋を履かない習慣なので足袋がない】
【日本国語大辞典によれば、旅ウナギは江戸前に対して他の地方から仕入れてきたウナギのことで、味が悪く二級品とされた】

きつねのおならとかけて
 しやうじんののしととく 【精進の熨斗】
  心はこんぶう
【一般的な熨斗はアワビだが、精進の熨斗なので昆布だ、の意】

ふじの下りくちとかけて
 おぼこのしゆつせととく
  心はすばしり
【ふじの下りくち : 富士山の東側の登山口の須走】
【おぼこの出世 : 出世魚ボラの呼び名のひとつ。オボコ→スバシリ→イナ→ボラ】

かけひとかけて 【掛樋】
 ひさうのうゑ木ととく 【秘蔵の植木ヵ】
  心はみづをかける

ばかのいろきちがいとかけて
 大工さんととく
  いろ〳〵にきどる
【木取り : 用材として材木を切ること。特に、丸太から角材をつくること】

口さきのうまいげいしやとかけて
 なまゑひととく
  心はころびそうに見へてもやうゐにころばぬ
【なまゑひ : 生酔い。酔っ払いのこと】

上手なしやうぎ【将棋】とかけて
 どく【毒】ととく
  きゝめがはやくわかる
【効き目=駒の有効性を熟知しているので最短の詰手がわかる、の意】

せつたとかけて
 はしととく
  心は下に川がある
【せつた : 雪駄。草履の裏に皮が貼ってある】

さけのないとくりとかけて 【酒のない徳利】
 はりこのすゞととく   【張り子の鈴】
  ふつてもおとがせぬ

矢口の戦死とかけて
 てじなのまくらととく
  心はふなぞこに穴をあける
【矢口の戦死 : 太平記より。南朝側の武将の新田義興(義貞次男)が多摩川の矢口の渡を渡る時、底に穴をあけた船に乗せられ沈みかけるなか、両岸からは矢を射かけられ陸に戻れず戦死する。】
【江戸時代の箱枕は、挿絵のように下の土台の箱の部分の底面に丸みを持たせた船底型が多かったらしい。手品のタネを仕込むために底に細工したという意味ヵ】

はやいたけのことかけて
 二十四かうの一人ととく
  心はもうそう
【二十四孝 : 孝行をした二十四人をまとめた中国の書物。】
【孟宗が母の為に真冬の雪の中たけのこを探した逸話から孟宗竹の名が付いているので、なぞかけとしてどうなのか?】

糸目の切た凧とかけて
 かぢをうしなつた舟ととく
  どこへ行かわからない


【左ページ・白紙】

【裏表紙】

【手書き書込み・必用】

【整理ラベル・ 807.9 / NAG / 日本近代教育史資料】

伊勢物語

【横書】
TKGK-00053
書名  新板繪入伊勢物語2巻
刊   2冊
所蔵者 東京学芸大学附属図書館
函号  913.32/ISO
撮影  国際マイクロ写真工業社
令和2年度
国文学研究資料

【本文書は三条西家旧蔵本(日本古典文学大系『竹取物語 伊勢物語 大和物語』岩波書店、昭和32年第1刷に掲載)とほぼ同じである。】
【この〖新板繪入伊勢物語〗は、「文字遣い」、「濁音の付け方」、「段落の取り方」等々で三条西家旧蔵本を底本とするとは思われず。】

【表紙 題箋】
《割書:新板|絵入》伊勢物語 上

【資料整理ラベル】
913.32
 ISO
日本近代教育史
  資料

【頭部欄外の附箋】
三ノ一

【右丁上段】
伊勢物語(いせものかたり)の作者(さくしや)古来(こらい)より
まち〳〵説(せつ)ありといへとも畢(ひつ)
竟(きやう)する所はなり平(ひら)みつからわ
が身(み)のうへの事をつくり給ふ双(さう)
紙(うし)【ママ】なりその上(うへ)に伊勢(いせ)といふ
女房(によばう)さま〳〵の事を書(かき)そへて
作(つく)り物語(ものかたり)となして宇 多(だ)の院(ゐん)
の后宮(こうくう)七 条后(てうのきさき)温子(おんし)へ奉りし
双紙(さうし)也よつて伊勢物語と云
  業平(なりひら)の伝記(でんき)
業平(なりひら)は平城(へいせい)天皇(てんわう)の御 孫(まご)阿(あ)
保(はう)親王(しんわう)の五 男(なん)也 母(はゝ)は伊登(いとう)内(ない)
親王(しんわう)と云 桓武(くはんむ)天皇(てんわう)の御むす

【左丁上段】
め也 業平(なりひら)誕生(たんじやう)は淳和(じゆんわ)天皇(てんわう)の
天長(てんちやう)二年八月七日に生(うま)れ
元慶(げけい)四年五月廿八日に五十
六さいにて卒(そつ)し給ふ
  伊勢(いせ)の御(こ)の伝記(てんき)
伊勢は右大臣(うだいじん)内麿(うちまろ)の末孫(はつそん)【ママ】前(さき)
大和守(やまとのかみ)従(じゆ)五 位(ゐ)上(じやう)藤原(ふぢはら)継蔭(つぐかけ)の
むすめ也七 条(でう)の后(きさき)に宮(みや)つかへの
女房(によはう)也 宇多院(うだのゐん)のてうあひを得
て行明(ゆきあきら)親王をうめり よつて
伊勢 御息所(みやすところ)とも伊勢の女御(によご)
           共いふ

【右丁下段】
春日野の
 若むら
   さきの
 すり衣
忍ふの
 みたれ
かきり
しら
 れ
  ず

【左手下段】
  むかし男
   うゐ
   かう
    ふり


     して
   ならの
    京
 かすかの
   里に
  しるよし
    して
   狩に
    いに
      けり

    伊勢物かたりよみくせ
▲初段ことゝ。もや思ひけんとよみきるべしむかし〝人とにごるへし▲二段そをふると読(よむ)へし
▲三段たゞ人たゞうとゝ読べしよみておよんでと読べし▲九段す行者と読へし御おゝん
とよむべししもつふさしもつうさと読べし▲十一段あなりあんなりとはねて読
べし▲十六段あてはか一説にばかともよめどもはかとすみたるよしよろこび
にたへてゝの字にごるへし▲廿一段ありしよりけに勝の字也けとすみて読べし▲廿三段つゝ
ゐづの井つゝと濁(にごる)へしけさうしてのしの字 濁(にごる)へしけこのうつはものけごとにごるべし▲廿四段あけて
と読べしわかせしかこと両説有かことゝにごるはあしきと也かことゝ読べし▼廿八段あふこ
かたみとにこるべし▲卅段ならんさかみんさがととにごるべし悪の字なり▲卅四段いへばえにはえにとよむへし
▲卅九段御はふりおゝんはうりと読べし▲四十げしうと読べしさかしらするさがと読説あ
しゝたゞさかしらを云人有也讒の字なり猶おもひこそいゝしか此かのじすむべしいひしかと
よみきりていとかくしもと読べし▲四十三ほとゝぎすながなくとかの字にこるべし▲四十四
段いゑどうじとにこるへし▲四十五なつのひくらしなかむれば日くらしとすむべしにごるは
あしゝ▲四十六あめれあんめれとはねてよむべし

【左丁】
㊀むかし男。うゐかうふりして。ならの京。かすかの里にしるよし
して。かりにいにけり。其さとに。いとなまめいたる女。はらからすみ
けり。此男かいま見てけりおもほえす。古里(ふるさと)に。いとはしたなくて
有ければ。こゝちまどひにけり。男のきたりける。かりきぬのすそを
切(きり)て。哥(うた)を書(かき)てやる。其男。しのぶずりの。かりぎぬをなん。きたりける
《割書:新古今》かすがのゝ若紫(わかむらさき)のすりころもしのぶのみだれかぎりしられず
と。なんおひ付て。いひやりける。ついでおもしろきことゞもや。おもひけん
《割書:古今》みちのくのしのぶもぢずりたれゆへにみだれそめにしわれならなくに
といふ哥の心ばへなり。むかし人は。かくいちはやきみやびをな
んしける
㊁むかし。男。有けり。ならの京ははなれ。此京は。人の家まださだ
まらざりける時に。西の京に女有けり。其女。世人にはまされりける。
其人。かたちよりは。心なんまさりたりける。ひとりのみもあらざりけらし。
それをかのまめ男。うち物かたらひて。かへりきて。いかゞおもひけん

【右丁】
時はやよひつのいたち。あめそぼぶるにやりける
《割書:古今》おきもせずねもせでよるをあかしては春の物とて詠(ながめ)くらしつ
㊂むかし。男。有けり。けさうじける。女の許(もと)に。ひじきもといふ物をやるとて
 おもひあらばむぐらの宿にねもしなんひじき物には袖(そて)をしつゝも
二条の后(きさき)の。まだみかどにも。つかうまつり給はで。たゞ人にてをはしける。時の事也
㊃昔。ひんがしの五条に。おほきさいのみや。おはしましける。西のたいにす
む人有けり。それをほいにはあらで。心ざしふかゝりける人。行とふらひける
をむ月の十日ばかりの程に。外にかくれにける。有所はきけど。人の行か
よふべき所にも。あらざりければ。なをうしと。思ひつゝなん有ける。又の年
のむ月に。梅の花ざかりに。こぞをこひて。いきて立て見。ゐて見。みれど
。こぞににるべくもあらず。うちなきて。あばらなるいたじきに。月のかたふく
までふせりて。こそをおもひ出てよめる
《割書:古今》月やあらぬ春やむかしの春ならぬわか身ひとつはもとの身にして

【左丁 挿絵】

【右丁】
とよみで。夜のほの〳〵とあくるに。なく〳〵かへりにけり
㊄むかし。男有けり。ひんがしの五条わたりに。いとしのびていきけり。
みそかなる所なれば。かどよりもえいらで。わらはべのふみあけたる。ついぢの
くづれより。かよひけり。人しげくもあらねど。たびかさなりければ。あるじ
きゝ付て。其かよひぢに。夜(よ)ごとに人をすへて。まもらせければ。いけど
もえあはて。かへりけり。さてよめる
《割書:古今》人しれぬわがかよひぢのせきもりはよひ〳〵ごとにうちもねなゝん
と。よめりければ。いといたう。心やみけり。あるじゆるしてげり。二条の后(きさき)に。
忍(しの)びてまいりけるを。よの聞へ有ければ。せうと達(たち)のまもらせ給ひけるとぞ
㊅むかし。男有けり。女のえうまじかりけるを。年(とし)をへて。よばひわたりける
を。からうじて。ぬすみ出て。いとくらきにきけり。あくた川といふかわを
ゐて。いきければ。草(くさ)のうへにをきたりけるつゆを。かれは何ぞとなん。
男にとひける。行さきおほく。夜もふけにければ。鬼(をに)有所ともしらで。神

【左丁】
さへいといみじう成。あめもいとうふりければ。あはらなるくらに。女をばおく
にをし入て。男弓やなぐひ【胡籙】をおいて【負いて】。とぐちにをり。はや夜(よ)もあけなん
と思ひつゝ。ゐたりけるに。鬼(をに)はや一くちに。くひてげり。あなやといひ
けれど。神なるさはぎに。えきかざりけり。やう〳〵夜もあけ行にみれば
ゐでこし女もなし。あしずりをして。なけどもかひなし
《割書:新古今》しら玉かなにぞと人のとひし時つゆとこたへてきえなまじ物を
これは二条の后(きさき)の。いとこの女御の。御もとにつかうまつるやうにて。ゐ給
へりけるを。かたちのいとめでたくおわしければ。ぬすみておひて出たり
けるを。御せうどほり川のおとゞ。太郎くにつねの大 納(な)ごん。まだげらう
にて。内へまいり給に。いみじうなく人有を聞付て。とゝめて取かへ
したまふてげり。それをかくおにとはいふなりけり。まだいとわ
かうてきさきのたゝにおわじける時となり
㊆むかし。をとこ有けり。京に有わひて。あづまにいきけるに。いせ

【右丁】
おはりのあわひの。うみづらを行に。なみのいとしろくたつを見て
《割書:後撰》いとゞしく過行(すきゆく)かたの恋しきにうら山しくもかへるなみかな
となんよめりける
㊇むかし。おとこ有けり。京やすみうかりけん。あつまのかたに行て。
すみ所もとむとて。友(とも)とする人。ひとりふたりして行けり。し
なのゝくに。あさまのだけにけふりのたつをみて
《割書:新古今》しなのなるあさまのだけに立けふりおちこち人のみやはとがめぬ
㊈昔。男有けり。其男。身をようなき物に思ひなして。京にはあら
じ。あつまのかたに。すむべき国もとめにとて行けり。もとより友と
する人。ひとりふたりしていきけり。道しれる人もなくて。まとひいき
けり。三かはの国。八はしといふ所にいたりぬ。そこを八橋といひけるは。水行
川のくもでなれば。橋を八わたせるによりてなん。八橋といひける。其さはの
ほとりの。木のかげにおりゐてかれいひくいけり。其 沢(さは)に。かきつばたいとおも

【左丁 挿絵】

【右丁】
しろくさきたり。それを見てある人のいわく。かきつばたといふ五もしを。句(く)
のかみにすへて。たひの心をよめと。いひければよめる
《割書:古今》から衣(ころも)きつゝなれにしつましあれははる〳〵きぬるたびをしぞ思ふ
と。よめりければ。みな人かれいゝのうへに涙(なみた)をとしてほとびにけり。行〳〵
て。するがの国にいたりぬ。うつの山にいたりて。わがいらんとする道は。いと
くらふ。ほそきにつたかえではしげり。物心ほそく。すゝろなるめを見る
事とおもふに。すぎやうじや【修行者】あひたり。かゝるみちは。いかでかいまするといふ
をみれは。見し人成けり。京に其人の御もとにとて。ふみかきてつく
《割書:新古今》するがなるうつの山べのうつゝにもゆめにも人にあはぬなりけり
ふしの山をみれば。さ月のつごもりに。雪いとしろうふれり
《割書:同》時(とき)しらぬ山はふじのねいつとてかかのこまたらにゆきのふるらん
其山は。こゝにたとへば。ひえの山を廿ばかりかさねあけたらん程して。なりは
しほじりのやうになん有ける。なを行〳〵て。むさしの国と。しもふさの国

【左丁】
との中に。いとおほきなる川有。それをすみだ川といふ。其かわのほとりに
。むれゐて思ひやれば。かぎりなくとをくもきにけるかなと。わひあへ
るに。わたしもり。はやふねにのれ。日もくれぬといふに。のりてわた
らんとするに。みな人物わびしくて。京に思ふ人なきにしもあらず。さる
折しも。しろき鳥の。はしとあしとあかき。しぎの大さなる。水のうへに。
あそびつゝうをゝくふ。京にはみへぬとりなれば。みな人みしらず。わたし
もりにとひければ。是なんみやこ鳥とと【ママ】いふをきゝて
《割書:古今》名にしおはゞいさことゝはん都鳥わが思ふ人はありやなしやと
と。よめりければ。ふねこぞりてなきにけり
㊉昔。男。むさしの国まで。まどひありきけり。扨其国にある女を。よ
ばひけり。ちゝはこと人【注①】にあはせんといゝけるを。母なんあて【注②】成人に心付たり
ける。父はなを人【注③】にて。母なん藤原成ける。扨なんあて成人にと思ひける。此
むこがね【注④】によみておこせたりける。住所【住む所】なんいるまの郡。みよしのゝ里成ける

【注① 異人=別の人。ほかの人。】
【注② 身分が高いこと。】
【注③ 直人=平凡な家柄の人。】
【注④ 婿の候補者】

【右丁】
  みよしのゝたのむのかりもひたふるに君が方にそよるとなくなる
むこかねかへし
  わかかたによるとなくなるみよしのゝたのむのかりをいつかわすれん
と。なん人の国にても。なをかゝる事なん。やまざりける
十一【丸で囲む】むかし。男。あづまへ行けるに友達(ともだち)共(とも)に。道よりいひをこせける
《割書:拾遺》わするなよ程はくもゐに成ぬともそら行月のめぐりあふまで
十二【丸で囲む】昔。男。ありけり。人のむすめをぬすみて。むさしのにゐてゆく程に
ぬす人成ければ。国のかみにからめられにけり。女をば草村(くさむら)の中にを
きて。にげにけり。道くる人。此野はぬす人あなりとて。火(ひ)つけんとす女わびて
《割書:古今》むさし野はけふはなやきそ若草(わかくさ)のつまもこもれり我もこもれり
と。よみけるをきゝて。女をばとりてどもにゐでいにけり
十三【丸で囲む】昔。むさし成男。京なる女の許(もと)に。きこゆればはづかし。聞えねばくるしと
書(かき)て。上(うは)かきに武蔵鐙(むさしあぶみ)と書(かき)ておこせて後(のち)。音(をと)もせず成にければ。京より女
  むさしあぶみさすがにかけて頼(たの)むにはとはぬもつらしとふもうるさし

【左丁 挿絵】

【右丁】
と。あるを見てなん。たえがたきこゝちしける
  とへばいふとはねばうらむむさしあぶみかゝるをりにや人はしぬらん
十四【丸で囲む】むかし。男。みちの国に。すゞろに行いたりにけり。そこなる女。京の人
は。めづらかにやおぼへけん。せちに思へる心なんありける。さてかの女
《割書:万葉》中〳〵にこひにしなずばくわこにぞ成へかりける玉のをばかり
うたさへぞひなびたりける。さすがにあはれとやおもひけん。いきてねに
けり。夜ふかく出にければ女
  よもあけばきつにはめなてくだかけのまだきに鳴てせなをやりつる
と。いへるに。をとこ京へなんまかるとて
  くりはらのあねはの松の人ならば都のつとにいざといわまし
と。いへりければ。よろこぼひて思ひけらしとぞ。いひをりける
十五【丸で囲む】むかし。みちの国にて。なでふことなき人のめに。かよひけるに。あやしう
さやうにて。あるべき女ともあらず。みへければ

【左丁】
  しのぶ山しのびてかよふみちもがな人の心のをくもみるべく
女かぎりなくめでたしと思へど。さるさがなきゑびす心をみては。いかゝはせん。は
十六【丸で囲む】むかし。きの有つねといふ人有けり。みよのみかどにつかふまつりて。
時にあひけれど。後(のち)は世かはり。時(とき)うつりにければ。よのつねの人のごとくも
あらず。人がらは心うつくしう。あてはかなる事をこのみて。こと人にも
にず。まづしくへても。なをむかしよかりし時の心ながら。よのつね
の事もしらず。年ころあひなれたるめ。やう〳〵とこはなれて。つゐに
あまに成て。あねのさきだちて。成たる所へ行(ゆく)を。男まことにむつまじき事
こそなかりけれ。今はと行を。いとあはれと思ひけれど。まづしければ
するわざもなかりけり。思び【ママ】わびてねん比に。あひかたらひける
友達(ともたち)の許(もと)に。かう〳〵今はとてまがるを。何事もいさゝかなる事も
えせで。つかはすことゝかきて。おくに
  手(て)を折(おり)てあひみし事をかぞふれば十(とを)といゝつゝよつはへにけり

【右丁】
かの友たち是を見て。いとあはれと思ひて。夜。の物迄おくりてよめる
  年たにも十(とを)とてよつはへにけるをいくたび君をたのみきぬらん
かくいひやりたりければ
  これやこのあまのはごろもむべしこそ君がみけし【御衣】と奉りけれ
よろこびにたえでまた
  秋やくる露(つゆ)やまがふと思ふまであるはなみだのふるにそ有ける
十七【丸で囲む】年比(としころ)おとづれざりける人の桜(さくら)のさかりに見に来りけれはあるじ
《割書:古今》あたなりと名にこそたてれ桜花 年(とし)にまれなる人も待(まち)けり
かへし
  けふこずはあすは雪とぞふりなましきえすは有とも花とみましや
十八【丸で囲む】むかし。なま心ある女有けり。男ちかう有けり。女うたよむ人
なれは。心みんとて。菊(きく)の花のうつろへるを折(おり)て。男のもとへやる
  くれなゐにほふはいづら白きくの枝(えた)もとをゝにふるかともみゆ
おとこ。しらずよみによみける

【左丁 挿絵】

【右丁】
  くれないににほふがうへの白菊(しらきく)はおりける人の袖かともみゆ
十九【丸で囲む】むかし。をとこ。みやづかへしける女のかたに。ごだち【御達】成ける人を。あ
ひしりたりける。ほどもなくかれにけり。をなじ所なれば。女のめには
見ゆる物から。男はある物かともおもひたらず。女
《割書:古今》あま雲(ぐも)のよそにも人のなり行かさすがにめにはみゆる物から
と。よめりければをとこかへし
《割書:同》あまぐものよそにのみしてふる事はわが入山のかぜはやみなり
と。よめりけるを。またをとこある人となんいひける
二十【丸で囲む】むかし。男。やまとにある女を見て。よばひあひにけり扨 程(ほど)へてみや
づかへする人成ければ。かへりくる道に。やよひばかりにかえでの。もみぢ
の。いとをもしろきを折(おり)て。女のもとに道(みち)よりいひやる
  君がためたをれる枝(えた)は春なかく【ママ】かくこそ秋(あき)のもみちしにけり
とてやりたりければへんじは京にきつきてなん。もてきたりける

【左丁】
  いつのまにうつろふ色のつきぬらん君が里には春なかるらじ【ママ】
廿一【丸で囲む】むかし。男。女いとかしこく思ひかはして。こと心なかりけり。さるをいか成
ことかありけん。いさゝか成事に付て。世の中をうしとおもひて。出て
いなんと思ひて。かゝるうたをなんよみて物に書付ける
  出ていなば心かるしといひやせん世の有さまを人はしらねば
とよみをきて。出ていにけり。此女かく書をきたるをけしう心をくへ
き事共覚えぬを。何によりてかかゝらんと。いといたふなきて。いづかたに
もとめゆかんと。かどにいでゝ。と見。かうみ。みけれど。いづこをはかりとも
おぼえざりければ。かへり入て
  思ふかひなき世なりけりとし月をあだにちぎりて我やすまひし
といひてながめをり
  人はいさ思ひやすらん玉かづらおもかげにのみいとゞ見えつゝ
此女いと久しく有て念じわびてにやありけん。いひをこせたる

【右丁】
  今はとてわするゝ草のたねをだに人の心にまかせずもがな
かへし
  わすれ草うぶとだにきく物ならは思ひけりとはしりもしなまし
また〳〵。ありしよりげにいひかはして。をとこ
《割書:新古今》わするらんと思ふ心のうたがひにありしよりげに物ぞかなしき
かへし
《割書:同》なかぞらに立ゐる雲のあともなく身のはかなくも成にける哉
とはいひけれど。をのが世々に成ければ。うとく成にけり
廿二【丸で囲む】昔。はかなくてたえにける中。猶やわすれざりけん。女のもとより
《割書:新古今》うきながら人をばえしもわすれねばかつうらみつゝなをそ恋しき
と。いへりければ。されはよといひておとこ
  あひみては心ひとつを川島のみづのながれてたへじとそおもふ
とは。いひけれど。其夜いにけり。いにしへゆくさきの事共などいひて
  秋の夜のちよを一よになずらへてやちよしねばやあく時のあらん
かへし
  秋のよのちよを一よになせりともことばのこりて鳥やなくなん

【左丁 挿絵】

【右丁】
いにしへよりも。あはれにてなんかよひける
廿三【丸で囲む】むかし。ゐなかわたらひしける人【注①】の子ども井のもとに出てあそひ
けるをおとなに成にけれは男女もはぢかはして有ければ。男は此女
をこそえめと思ふ女は此おとこをと思ひつゝ。おやのあはすれどもき
かでなん有ける。扨となりの男のもとよりかくなん
  つゝゐづゝ井筒にかけしまろがたけ過(すき)にけらしないもみさるまに
かへし
  くらへこしふりわけがみもかた過ぬ君ならずしてたれかあぐべき
など。いひ〳〵て。つゐにほいのごとくあひにけり。扨としころふる程に。女おや
なくたよりなく成まゝに。もろともにいふかひなくてあらんやはとてかうち
の国たかやすのこほりに。いきかよふ所出きにけり。さりけれど
此もとの女あしと思へるけしきもなくて出しやりければ。男こと心有
て。かゝるにやあらんと思ひうたがひて。せんざいの中にかくれゐてかう
ちへいぬるがほにてみれば。女いとようけさうじて。うちながめて

【左丁】
《割書:古今》風ふけばおきつしらなみたつた山よはにや君がひとりこゆらん
と。よみけるを聞て。かぎりなくかなしと思ひて。かうちへもいかず成
にけり。まれ〳〵にかのたかやすにきてみれば。はじめこそ心にくゝもつ
くりけれ。今はうちとけて。手づからいゐがひ【注②】取て。けご【注③】のうつは物にもり
けるをみて。心うかりていかず成にけり。さりけれは。かの女 大和(やまと)の方を見やりて
《割書:新古今》君があたり見つゝおくらんいこま山くもなかくしそあめはふるとも
と。いひて見いだすにからうじて。やまと人こんといへり。よろこびて
まつにたび〳〵すぎぬれば
《割書:古今》君こんといひし夜ごとに過ぬればたのまぬ物のこひつゝぞふる
と。いひけれど。をとこすまずなりにけり
廿四【丸で囲む】昔。男。かたゐ中にすみけり。男みやづかへしにとて。わかれをしみて
行にけるまゝに。みとせこざりければ。待(まち)わびたりけるに。いと念比(ねんごろ)にいひ
ける人に。こよひあはんとちぎりたりけるに。此をとこきたりけり此 戸(と)

【注① 田舎渡らひしける人=地方めぐりをするやく役人】
【注② しゃもじ】
【注③ 笥籠=飯を盛る器。】

【右丁】
あけ給へとたゝきけれど。あけで哥をなんよみて。出したりける
  あら玉(たま)の年(とし)のみとせをまちわひてたゞこよひこそにゐまくらすれ
と。いひいだしたりければ
  あづさゆみまゆみつきゆみ年をへて我(わが)せしかごとうるはしみ【注①】せよ
と。いひていなんとしければ女
  あづさゆみひけどひかねどむかしよりこゝろは君によりにし物を
と。いひければ。男かへりにけり。女いとかなしくて。しりに立て【注②】をひ
行(ゆけ)とえおひつかで。し水の有所にふしにけり。そこ成ける岩(いわ)におよひ【注③】のち【血】して書付(かきつけ)ける
  あひ思はでかれぬる人をとゞめかね我身はいまぞきへはてぬめる
と。かきてそこにいたづらになりにけり
廿五【丸で囲む】昔男有けり。あわしともいはざりける。女のさすが成けるがもとに。いひやりける
《割書:古今》秋の野にさゝわけし朝(あさ)の袖(そで)よりもあわでぬる夜ぞひぢまさりける
いろごのみなる女かへし

【注① 立派だと褒める】
【注② 後ろについて。】
【注③ および=指】

【左丁 挿絵ゝ】

【右丁】
《割書:古今》見るめなきわが身をうらとしらねばやかれなであまのあしたゆくくる
廿六【丸で囲む】昔。男。五条わたり成ける女を。えゝず成にける事と詫(わひ)たりける人の返事に
《割書:新古今》おもほへず袖(そて)にみなとのさはぐかなもろこしふねのよりしばかりに
廿七【丸で囲む】むかし。男女のもとに。一夜(ひとよ)いきて。又もいかいかず成にければ。女の手あらふ所
に。ぬきす【注】をうちやりて。たらいのかげに見えけるをみづから
  わればかり物おもふ人は又もあらじとおもへば水の下(した)にも有けり
と。よむをこさりける。をとこたちきゝて
  みなくちに我(われ)やみゆらんかはづさへ水のしたにてもろこゑになく
廿八【丸で囲む】むかし。色(いろ)ごのみ成ける女。出ていにければ
  などてかくあふこかたみに成にけん水もらさしとむすひし物を
廿九【丸で囲む】昔 春宮(とうくう)の女御の御かたの花の賀に召(めし)あづけられたりけるに
  花にあかぬなけきはいつもせしかどもけふのこよひににる時(とき)はなし
三十【丸で囲む】むかし。おとこ。はつかなりける。女のもとに

【左丁】
  あふ事は玉のをばかりおもほえでつらき心のながくみゆらん
卅一【丸で囲む】むかし。宮(みや)の内にてある。ごたちのつぼねのまへをわたりけるに。何
のあたにか思ひけん。よしや草葉(くさば)よならん。さがみんといふ男
  つみもなき人をうけへばわすれぐさおのがうへにぞおふといふなる
と。いふをねたむ女もありけり
卅二【丸で囲む】むかし。物いひける女に。としごろありて
  いにしへのしつのをだまきくりかへしむかしを今になすよしもかな
と。いへりけれど。なにともおもわずやありけん
卅三【丸で囲む】むかし。をとこ。つの国。むばらのこほりにかよひける女此たびい
きては。又はご【ママ】じとおもへるけしきなれば。をとこ
《割書:万葉》あしべよりみちくるしほのいやましに君に心をおもひますかな
かへし
  こもりゑに思ふ心をいかでかはふねさすさほのさしてしるべき
ゐ中人のことにては。よしや。あしや。

【注 貫簀=竹で編んだ簀。手洗いの水が自分にかからないようにする道具。】

【右丁】
卅四【丸で囲む】むかし。をとこ。つれなかりける人のもとに
  いへばえにいはねばむねにさはがれて心ひとつになげくころかな
おもなくて。いへるなるべし
卅五【丸で囲む】むかし。心にもあらで。たへたる人のもとに
  玉のをゝ。あはを【注】によりてむすべれば。たへてのゝちもあはんとそおもふ
卅六【丸で囲む】昔。わすれぬるなめりと。とひごとしける。女のもとに
《割書:万葉》たにせばみみねまではへる玉かづらたへんと人にわがおもはなくに
卅七【丸で囲む】むかし。男。色このみ成ける。女にあへりけり。
うしろめたくや思ひけん
  我ならでしたひもとくな朝皃(あさがほ)のゆふかげまたぬ花はありとも
かへし
  ふたりしてむすびしひぼをひとりしてあひみるまではとかじとぞ思ふ
卅八【丸で囲む】昔。きの有つねがりいきたるに。ありきておそく
きにけるによみてやりける
  君により思ひならひぬ世の中の人はこれをやこひといふらん
かへし
  ならはねは世の人ごとになにをかもこひとはいふととひしわれしも

【注 あわを(沫緒)=ほどけやすいようによった緒。】

【左丁 挿絵】

【右丁】
卅九【丸で囲む】昔。西院のみかどゝ申す。みかどおわしましけり其みかどのみこ。たか
いこと申す。いまぞかりける。其みこうせ給ひて。御はふりの夜。其 宮(みや)のと
なり成ける男。御はふりみんとて。女 車(くるま)にあひのりて出たり。久しう
ゐて出奉らず。うちなきてやみぬべかりける間にあめのしたの色このみ。
源(みなもと)のいたるといふ人。是も物見るに。此車を女車と見てよりきて。とかく
なまめく間に。かのいたるほたるを取て女の車に入たりけるを。車成ける
人。此 蛍(ほたる)の火にやみゆらんと。ともしけちなんするとて。のれる男のよめる
  出ていなばかぎり成べきともしけち年へぬるかとなく声(こゑ)をきけ
かのいたるかへし
  いとあはれなくぞ聞ゆるともしけちきゆる物とも我はしらずな
あめの下(した)の色好(いろこのみ)の哥にては。猶そ有けるいたるはしたがふがおほぢ也。みこのほいなし
四十【丸で囲む】昔。わかき男。げしうはあらぬ女を思ひけり。さかしらするおや有てお
もひもぞつくとて。此女を外(ほか)へをひやらんとす。さこそいへまたおひやらす人の子
なれば。まだ心いきほひなかりければ。とゞむるいきほひなし。女もいやしければ。す

【左丁】
まふ力(ちから)なし。さる間に思ひはいやまさりにまさる。俄(にはか)に此女をおひうつ男ちの
涙(なみだ)をながせども。とゞむるよしなし。ゐて出ていぬ男なく〳〵よめる
  出ていなばたれかわかれのかたからん有しにまさるけふはかなしも
と。よみてたへ入にけり。おやあはてにけり。なを思ひてこそいひしが。いとかく
しもあらし。と思ふに。しんじちにたへ入にければ。まどひて願たてけり。
けふの入相ばかりにたへ入て。又の日のいぬの時ばかりになん。からうじていき
出たりける。昔の若人はさるすける物思ひをなんしけり。今の翁(おきな)まさにしなんや
四十一【丸で囲む】むかし。女はらからふたり有けり。ひとりはいやしき男の。まづしき。一人は
あてなる男もたりけり。いやしき男もたる。しはすの晦日に。うへのきぬをあらひ
て手づからはりけり。心さしはいたしけれど。さるいやしきわざもならはざり
けれは。うへのきぬのかたをはりやりてけり。せんかたもも【ママ】なくて。たゞなきに
なきけり。是をかのあてなるをとこ聞て。いと心くるしかりければ。いときよ
らなるろうさう【注】の。うへのきぬを見出てやるとて

【注 ろくさん(緑衫)の音便形。六位が着る緑色の袍。】

《割書:古今》むらさきの色こき時はめもはるに野なる草木(くさき)ぞわかれざりける
むさし野のこゝろなるべし
四十二【丸で囲む】昔。男。色ごのみとしる〳〵。女をあひいへりける。されどにくゝ。はたあら
ざりけり。しば〳〵いきけれど。猶いとうしろめたく。さりとていかで。はたえ
有まじかりけり。猶はたえあざらりける中成けれは。二日三日 計(はかり)さはる事有て。ゑいかてかくなん
  出てこしあとだにいまだかはらじをたがかよひぢといまはなるらん
ものうたがはしさによめるなりけり
四十三【丸で囲む】昔。かやのみこと申すみこ。おはしましけり。其みこ。女をおぼしめして
いとかしこく。めぐみつかふ給ひけるを。人なまめきて有けるを。我のみとお
もひけるを。又人きゝ付てふみやる。ほとゝぎすのかたをかきて
  ほとゝぎす。ながなく里(さと)のあまた有は。なをうとまれぬ思ふ物から
と。いへり。この女けしきをとりて
  名のみたつ。しでの田をさはけさぞなくいほりあまたとうとまれぬれは

【右丁】
時はさ月になんありける。おとこかへし
  いほりおほきしでの田をさはなをたのむわがすむ里に声(こゑ)したへずば
四十四【丸で囲む】昔。あがたへ行人に。馬(むま)のはなむけせんとて。よびてうとき人にしあらざりければ
家(いへ)どうじ盃(さかつき)さゝせて。女のさうそくがつ【ママ】けんとす。あるしの男 哥(うた)読(よん)で物こしにゆひ付さす
  出て行君がためにとぬぎつれば我さへもなく成ぬべきかな
此哥は。有か中にをもしろければ。心とゞめてよまず。はらにあぢはひて
四十五【丸で囲む】昔男有けり。人の娘(むすめ)のかしづく。いかで此男に物いはむと思ひけり。打出ん事
かたくや有けん。ものやみに成てしぬべき時に。かくこそ思ひしがといゝける
を。おや聞付て。なく〳〵つげたりければ。まどひ来りけれど。しにければつ
れ〳〵とこもりをりけり。時はみな月の晦日いとあつき比(ころ)ほひによひは
あそびをりて。夜ふけて。やゝすゞしき風 吹(ふき)けり。蛍(ほたる)たかうとびあかる。此男見ふせりて
《割書:後撰》行(ゆく)ほたる雲のうへまていぬべくはあき風ふくとかりにつげこせ
  くれがたき夏(なつ)の日ぐらしながむればそのことゝなく物ぞかなしき

【左丁】
四十六【丸で囲む】昔男。いとうるはしき友有けり。かた時さらずあひ思ひけるを。人の国へ
いきけるを。いとあはれと思ひて。わかれにけり。月日へてをこせたるふみ
に。あさましくえたいめんせで。月日のへにける事。わずれやし給ひに
けんと。いたく思ひわぴ【ママ】てなんはんべる。世の中の人の心はめがるれば。わすれ
ぬべぎ【ママ】物にこそあめれと。いへりければ。よみでやる
  めがるともおもほへなくにわすらるゝ時しなければをもかげにたつ
四十七【丸で囲む】むかし。おとこ。ねんごろにいかでと思ふ女ありけり。されど此おとこ
を。あだなりときゝて。つれなさのみまさりつゝ。いへる
《割書:古今》大ぬさのひくてあまたに成ぬれば思へとえこそたのまざりけれ
かへしおとこ
《割書:古今》大ぬさと名(な)にこそたてれながれてもつゐによるせはあるてふ物を
四十八【丸で囲む】昔男有けり馬のはなむけせんとて。人を待けるに。こざりければ
《割書:古今》いまそしるくるしき物と人またんさとをはかれずとふべかりける
                    上ノ終【四角で囲む】

【裏表紙】

【表紙 題箋】
《割書:新板|絵入》伊勢[物語 下]

【頭部欄外の附箋】
三ノ二
【左丁】
【本文】
   伊勢物かたりよみくせ
▲四十九段いとおかしげとにごるへしうらわかみ此かの字すむべし
▲五十段あだくらべとにこるへし かたと(ヽヽヽ)と読(よも)べしたかいの心也かたみ(ヽヽヽ)とよむは
顔見の事也▲五十五段えうまじう終にわがてにいるましきを云也
ようとよむはあしゝ▲五十八段みやはらとにごるべしすだくと読べしおち
ぼ田づらとにこるべしゆかましとすむべし▲六十段しそうの官人とすむ
べし官人とよみきりてさてめにてとつゝくべし妻とかく也さらす(ヽヽヽ)ばさ
あらすばなり▲六十三段さぶらうと読べし御男をゝんをのこと
よむべし▲六十五段まかてまかんてとよむ也▲六十九段そこにご
させけりとにごるべし▲七十七段めはたかいなからとにごるべし
▲七十八段山しなのせんしのみことよむべし▲八十一段たいじきと
にこるべし▲八十二段やまとうだとにごるへし大和宇だ也その木
のもとこのもとゝよむべしのたまうければとにごるべしかへす〳〵ずうじたまふかへす〳〵とすむべしみねもたひらたひらと読へし▲八十五段
ことだつとにこるべしこほすがごとふりてとにごるべし▲八十七段よみけるそ
このと読べしいざこの山とにこるべしゐなか人はいなかうとゝよむべし
▲九十三段あふな〳〵あうな〳〵と読べし▲九十五段なとしてなんと
してとよむべし▲九十七段おほいまうちきみとにごるへし▲百一[
段]ま
らうとさねとにごるべし▲百八段風ふけばとはにとよむべし
▲百九段こひんとか見しとすむべし▲百十一段とふらふやう
にてとむらふとよむべしさるとにげなくとにごるへし

【左丁】
四十九【丸で囲む】むかし男。いもふとのいとおかしけ成けるを見をりて
  うらわかみねよげに見ゆる若草(わかくさ)を人のむすばんことをしそ思ふ
ときこへけり。かへし
  はつ草(くさ)のなとめづらしきことのはぞうらなく物をおもひけるかな
五十【丸で囲む】むかし男。ありけり。うらむる人をうらみて
  鳥(とり)の子(こ)を十(とを)づつ十(とを)はかさぬとも思はぬ人をおもふものかは
といへりければ
  あさつゆはきえ残りても有ぬべしたれか此世をたのみはつべき
またをとこ
  ふく風にこぞの桜(さくら)はちらずともあなたのみがた人のこゝろは
又女かへし
  行水(ゆくみつ)にかず書(かく)よりもはかなきは思はぬ人を思ふなりけり
またおとこ

【右丁】
  行水(ゆくみつ)と過(すぐ)るよはひと散(ちる)花といづれまててふことを聞らん
あだくらべ。かたみにしける男女の。しのびありきしける事成べし
五十一【丸で囲む】むかし男人のせんざいにきくうへけるに
  うへしうへは秋なき時やさかざらん花こそちらめねさへかれめや
五十二【丸で囲む】昔男有けり。人の許(もと)より。かざりちまきおこせたりける。返事(へんじ)に
  あやめかり君はぬまにぞまどひける我は野に出てかるぞわひしき
とて。きじをなんやりける
五十三【丸で囲む】昔男。あひがたき女に逢(あふ)て。物語なとする程にとりのなきければ
  いかでかは鳥のなくらん人しれずおもふこゝろはまだ夜ふかきに
五十四【丸で囲む】むかしをとこ。つれなかりける女に。いひやりける
  行やらぬゆめぢをたとるたもとにはあまつそらなる露(つゆ)やをくらん
五十五【丸で囲む】むかし男。思ひかけたる女のえうまじう成てのよに
  おもはずはありもすらめどことのはの折ふしごとにたのまるゝかな

【左丁 挿絵】

【右丁】
五十六【丸で囲む】むかし男。ふして思ひ。をきておもひ。思ひあまりて
  わが袖(そて)は草(くさ)の庵(いほり)にあらねどもくるればつゆのやどりなりけり
五十七【丸で囲む】昔男。人しれね物おもひけり。つれなき人のもとに
  恋わびぬあまのかるもにやどるてふ我から身をもくだきつるかな
五十八【丸で囲む】むかし心つきて。色(いろ)ごのみなる男。長岡(ながをか)といふ所に家つくりてをり
けり。そこのとなり成ける。みやばらに。こともなき女どものゐ中成
ければ。田からんとて。此男の有を見て。いみしのすきものゝしわさや
とて。あつまりて入りきければ。此男。にげてをくにかくれにければ女
  あれにけりあはれいく世の宿なれや住(すみ)けん人のをとつれもせぬ
といひて。此みやにあつまりきゐて有ければ。此おとこ
  むぐら生てあれたる宿のうれたきはかりにも鬼のすたく成けり
とてなん出したりける。此女ともほひろはんといゝければ
  うちにわひてをちぼひろふと聞ませば我も田つらにゆかまし物を

【左丁】
五十九【丸で囲む】昔男。京をいかゞ思ひけんひんがし山に住むと思ひ入て
  すみわひぬ今はかぎりと山ざとに身をかくすへき宿もとめてん
かくて。物いたくやみて。しに入たりければ。面(おも)に水そゝきなとしていき出て
《割書:古今上さう》我うへにつゆそおくなるあまの川とわたるふねのかいのしづくか
となんいひていき出たりける
六十【丸で囲む】むかしおとこ。有けり。宮(みや)つかへいそがはしく。心もまめならざりける
程の家どうし。まめに思はんといふ人につきて。人の国へいにけり此おとこうさ
のつかひにて。いきけるに。ある国のしそうの官人(くわんにん)の。めにてなん有と聞
て。女あるじにかはらけとらせよ。さらすはのましといひければかはらけ
取て出したりけるに。さかな成けるたち花をとりて
  さ月まつ花たち花のかをかげばむかしの人の袖のかぞする
と。いひけるにぞ。思ひ出てあまに成て山に入てぞ有ける
六十一【丸で囲む】むかし男つくしまでいきたりけるに。これはいろこのむといふずきも

【右丁】
のと。すだれのうちなる人の。いひけるをきゝて
《割書:拾遺》そめ川をわたらん人のいかでかはいろになるてふことのなからん
女かへし
《割書:後撰》名にしおはゞあだにそ有べきたはれ島(しま)なみのぬれ衣(きぬ)きるといふ也
六十二【丸で囲む】むかし。年ごろをとづれざりける女。心かしこくやあらざりけん。はか
なき人のことに付て。人の国なりける人に。つかはれて。もと見し人の
まへに出きて。物くわせなどしけり。よさり此有つる人給へとあるしに
いひければ。おこせたりけり。男われをしらずやとて
  いにしへのにほひはいづらさくら花こけるからともなりにけるかな
といふを。いとはつかしと思ひて。いらへもせでゐたるを。などいらへもせぬと
いへは。なみだのこほるゝにめも見えず。物もいわれずといふ
  これやこのわれにあふみをのかれつゝ年月ふれとまさりがほなき
といひて。きぬぬきてとらせけれど。捨(すて)てにけにけりいづちいぬらん共しらず

【左丁 挿絵】

【右丁】
六十三【丸で囲む】むかし。世。心つける女。いかで心なさけあらん男にあひえてしがなと
思へど。いひ出んもたよりなさに。誠(まこと)ならんゆめかたりをす子三人を
よびてかたりけり。ふたりの子はなさけなくいらへてやみぬ。三郎成ける
子なん。よき御男ぞゐてこんとあはするに此女けしきいとよしこと人
はいとなさけなし。いかで此さいご中将にあはせてしかなと思ふ心有
狩(かり)しありきけるにいきあひて。道にて馬のくちを取て。かう〳〵なん
思ふといひければ。あはれがりてきてねにけり。扨のち男見えざりけ
れば。女男のいゑにいきて。かいま見けるを。男ほのかに見て
  もゝとせに一とせたらぬつくもがみ【注】われをこふらしおもかげにみゆ
とて。出たつけしきを見て。むばらからたちにかゝりて。家(いへ)にきてうち
ふせり。男かの女のせしやうに忍(しの)びて。たてりてみれば。女なげきてぬ【寝】とて
《割書:上句古今》さむしろに衣(ころも)かたしきこよひもや恋しき人にあはてのみねん
と。よみけるを。男あわれと思ひて。其夜ねにけり。世の中の例(れい)として思

【左丁】
ふをば思ひ。思はぬをは思はぬ物を。此人は。思ふをも。思はぬをも。けぢめ見せぬ心なん有ける
六十四【丸で囲む】むかし男。女みそかにかたらふわざもせざりければ。いつく成けんあやしさによめる
  ふく風に我身をなさば玉すだれひまもとめつゝ入べき物を
かへし
  とりとめぬ風には有とも玉すだれたがゆるさばか隙(ひま)もとむべき
六十五【丸で囲む】昔。おほやけおぼして。つかふ給ふ女の。いろゆるされたる有けり。お
ほみやすん所とて。いますかりける。いとこ成けり。殿上(てんじやう)にさふらひける。あ
り原(わら)成ける男の。まだいとわかゝりけるを此女あひしりたりけり。男
女がた【注①】ゆるされたりければ。女のある所にきて。むかひをりければ女いとかた
はなり。身もほろびなん。かくなせそといひければ
《割書:新古今》思ふにはしのぶることぞまけにける逢にしかへはさもあらばあれ
と。いひて。ざうし【曹司 注②】におり給へれば。例(れい)の此みざうしには。人のみるをもしら
で。のほりゐければ。此女思ひわひて。さとへゆく。されば何のよき事と
思ひて。いきかよひければ。みな人聞てわらひけり。つとめてとのもづか

【注① 女方=女房の詰所である台盤所。】
【注② 宮中や貴族の邸内にある女官・官人などの宿所・部屋。】

【右丁】
さのみるに。くつは取てをくになげ入てのぼりぬかくかたはにしつゝ有わ
たるに。身もいたづらに成ぬべければつゐにほろびぬべしとて。此男いかに
せん。わがかゝる心やめ給へと。仏神(ふつじん)にも申けれど。いやまさりにのみ覚(おほ)えつゝ
猶わりなくこひしうのみおぼへければ。をんやうしかんなきよびてこひ
せしといふ。はらへのぐしてなんいきける。はらへけるまゝに。いとゞかなし
き事 数(かす)まさりて。有しよりげにこひしくのみをほへければ
  こひせしとみたらし川にせしみそき神はうけずも成にけるかな
と。いひてなんいにける
此みかどは。かほかたちよくをはしまして。仏(ほとけ)の御名を。御心に入て。御
こゑはいとたうとくて申給ふをきゝて。女はいとふなきけり。かゝる
君につかうまつらで。すぐせつたなくかなしき事。此男にほだされてとて
なんなきける。かゝるほどに。みかど聞しめし付て。此男をばながしつか
はしてければ。此女のいとこの宮す所。女をはまる【ママ】てさせて蔵にこめてしほり給ふけれは蔵
         こもりてなく

【左丁 挿絵】

【右丁】
  あまのかるもにすむ虫(むし)のわれからとねをこそなかめ世をばうらみじ
と。なきをれば。此男は人の国より。夜ことにきつゝ。ふへをいとおもしろくふ
きて。こゑはおかしうてぞあはれにうたひける。かゝれば此女はくらにこ
もりながら。それにぞあなるとはきけど。あひみるべきにもあらでなん有ける
  さりともと思ふらんこそかなしけれあるにもあらぬ身をしらずして
と。思ひをり。男は女しあはねばかくし。ありきつゝ。人の国にありきて。かくうたふ
《割書:古今無作者》いたづらに行てはきぬる物ゆへに見まくほしさにいざなわれつゝ
水のをの御 時(とき)成べし。大みやすん所もそめ殿の后(きさき)也。五条のきさきとも
六十六【丸で囲む】むかし男。つの国にしる所有けるに。あにおとゝ友(とも)だちひきゐてな
にはのかたにいきけり。なぎさをみれば。ふねどものあるを見て
《割書:後撰》なには津(つ)をけさこそみつのうらごとに是や此世をうみわたるふね
これをあはれがりて。人々かへりにけり
六十七【丸で囲む】むかし。男せうえう【逍遥】しに。思ふどちかいつらねて【連れだって】。いづみの国へきさらぎ

【左丁】
はかりにいきけり。かうちの国いこま山をみれば。くもりみ。はれみ立。ゐる
くもやまず。あさよりくもりて。ひるはれたり。雪(ゆき)いとしろう。木のす
へにふりたり。それをみて。かの行(ゆく)人の中に。たゞひとりよみける
  きのふけふ雲(くも)の立まひかくろふは花のはやしをうしと成けり
六十八【丸で囲む】むかし男。いづみの国へいきけり。住(すみ)よしのこほり。住吉の里。住吉の
はまを行に。いとおもしろければをりゐつゝ行。ある人住吉の浜とよめといふ
  かりなきて菊(きく)の花さく秋はあれど春のうみへに住よしのはま
と。よめりければ。みな人々よまず成にけり
六十九【丸で囲む】昔。男有けり。其男。いせの国にかりのつかひにいきけるにかのいせの
さいくう成ける人のおや。つねのつかひよりは。此人よくいたはれといひやれり
ければ。おやの子成ければ。いとねん比(ころ)にいたわりけり。あしたにはかり
に出したてゝやり。ゆふさりはかへりつゝ。そこにご【ママ】させけり。かくてねん
ころにいたつき【注①】けり。二日といふ夜。男われて【注②】あわんといふ女もはたいとあは

【注① 世話をする。】
【注② 無理に。】



【右丁】
しともおもへら【注①】ず。されど人めしげければ。えあはず。つかひざね【注②】とある人な
れば。とをくもやどさず。女のねやもちかく有ければ。女人をしつめて【注③】
ねひとつ【注④】ばかりに。男のもとに来りけり。男はたねられざりければ。
と【外】のかたを見いだしてふせるに月のおぼろ成に。ちいさきわらはをさき
に立て。人たてり。男いとうれしくて。わがねる所にゐて入て。ねひとつ
より。うし三つまて有に。まだ何事もかたらはぬに。かへりにけり。男い
とかなしくて。ねす成にけり。つとめていぶかしけれど。我人をやるへき
にしあらねば。いと心許なくて待(まち)をれば。明(あけ)はなれてしはし有に女の許(もと)より詞(ことは)なくて
  君やこしわれや行けんおもほえずゆめかうつゝかねてかさめてか
おとこ。いといたうなきて
《割書:古今》かきくらす心のやみにまどひにきゆめうつゝとはこよひさだめよ
と。よみてやりてかりに出ぬ。野にありけど。心はそらにて。こよひだに
人しづめて。いととくあはんと思ふにくにのかみ。いつきのみやのかみかけ

【注① おもへり(面へり)=「おもいあり」の約。〖ラ変〗顔つきをしている。】
【注② 使実=使いの中の主だった人。正使。】
【注③ 寝静まらせて。】
【注④ 子一ツ=子の刻は午後十一時から午前一時頃までの約二時間。一刻を四分して一ツから四ツまである。子一ツは大体午前零時頃。】

【左丁 挿絵】


【右丁】
たる【注①】かりのつかひ有と聞て。夜ひとよ酒(さけ)のみしければ。もはらあひこ
ともえせで。あけばおはりの国へ立なんとすれば。男も人しれ
ず。ちのなみだをながせど。えあはず。夜やう〳〵あけなんとする
程に。女 方(かた)より出す。盃(さかつき)のさらに。哥(うた)を書(かき)て出したり。取てみれば
  かち人【注②】のわたれとぬれぬえにしあれは
と書てすへはなし。其盃のさらに。つゐ松のすみ【注③】して。哥のすへを書つぐ
  またあふさかのせきはこへなん
とて。あくればおはりの国へこへにけり。さいくうは水のをの御時。もん
とく天わうの御むすめ。これたかのいもふと
七十【丸で囲む】むかし男。かりのつかひよりかへりきけるに。おほよどのわたり
にやとりて。いつきのみやのわらはべにいひかけゝる
《割書:新古今》みるめかる方やいつこぞさほさして我におしへよあまの釣舟(つりふね)
七十一【丸で囲む】むかし男。いせのさいくうに。内の御つかひとてまいりければ。かの宮(みや)

【注① 兼ねている。】
【注② 徒歩人=歩いて行人。】
【注③ たいまつの燃え残りの炭。】

【左丁】
に。すきこといひける。女わたくしごとにて
《割書:上句拾遺》ちはやふる神のいがきもこへぬべし大みや人の見まくほしさに
おとこ
  こひしくばきても見よかしちはやふる神のいさむる道ならなくに
七十二【丸で囲む】昔男。いせの国成ける。女まだえあはで。隣(となり)の国へいくとて。いみしう恨けれは女
《割書:新古今》大よどの松はつらくもあらなくにうらみてのみもかへるなみかな
七十三【丸で囲む】昔。そこには有と聞ど。せうそこをたにいふべくもあらぬ。女のあたりを思ひける
《割書:万葉》めにはみて手にはとられぬ月の内のかつらのことき君にぞ有ける
七十四【丸で囲む】むかしおとこ。女をいたううらみて
  いはねふみかさなる山にあらねどもあはぬ日おほくこひわたるかな
七十五【丸で囲む】むかし男。いせの国に。ゐていきてあはんといひければ女
  大よどのはまにおふてふみるからに心はなぎぬかたらはねども
と。いひて。ましてつれなかりけれはをとこ
  袖ぬれてあまのかりほすわたつ海(うみ)のみるを逢(あふ)にてやまんとやする

【右丁】

  岩まより生るみるめしつれなくはしほひ塩(しほ)みちかひもかひも有なん
又男
  なみだにぞぬれつゝしほる世の人のつらき心はそてのしづくか
よにあふことかたき女になん
七十六【丸で囲む】むかし。二条のきさきの。また春宮(とうぐう)のみやすん所と申ける時。
うぢ神にまふで給けるに。このゑつかさにさふらひけるおきな。人
々のろく給わるついでに。御車より給はりて。よみて奉りける
《割書:古今をゝはら》大原やをしほの山もけふこそは神代(かみよ)のことも思ひいつらめ
とて。心にもかなしとや思ひけん。いかゞおもひけんしらすかし
七十七【丸で囲む】むかし。田村(たむら)のみかどゝ申みかどおわしましけり。其時の女御。た
かきこと申。みまぞかり【注①】けり。それうせ給ひてあんしやうじにて。みわざ【注②】
しけり人々さゝけ物奉りけり。奉りあつめたる物。ちさゝけ【注③】ばかり有。
そこはく【注④】のさゝげ物を。木の枝(えた)につけてたうのまへに立たれは山もさ
らにたうのまへに。うこき出たるやうになんみへける。それを右大将(うたいしやう)にいま

【注① みまそがり=いらっしゃる】
【注② 法要、仏事を尊んでいう語。】
【注③ 千捧げ=平安時代、捧げものを数えるのに用いる。物の枝につけた一組の捧げものをひとささげという。】
【注④ そこばく=たくさん】

【左丁】
そかり【注⑤】ける。ふぢはらのつね行と申。いまそかりて。かうのをはるほどに。
哥よむ人々をめしあつめて。けふのみわざをだいにて。春の心ばへある哥
奉らせ給ふ。右の馬(むま)のかみ成けるおきな。目はたがひ【注⑥】なからよみける
  山のみなうつりてけふにあふ事は春のわかれをとふと成べし
と。よみたりけるを。今みればよくもあらざりけり。そのかみ【注⑦】は是や増(まさ)りけん哀(あはれ)がりけり
七十八【丸で囲む】むかし。たかきこと申女”御。をわしましけり。うせ給ひて七々日の
みわざ。安祥寺(あんじやうし)にてしけり。右大将(うだいしやう)ふぢはらのつねゆきといふ人いま
そが【濁点の打ち間違い】りけり。其みわざにまふで給ひて。かへさに【注⑧】山しなのぜんじのみこ
おわします。其山しなのみやに。たきをとし水はせらせなどして。
をもしろくつくられたるに。まうで給ひて。としごろよそにはつかふ
まつれど。ちかくはいまだつかふまつらず。こよひはこゝにさふらはんと
申給。みこよろこひ給ふて。夜のをましのまうけさせ給ふ。さるに
かの大将。出てたばかり【注⑨】給ふやう。みやつかへのはじめに。たゞなをやは有へ

【注⑤ いまそがり=いますがり=みまそがり=みますがり=「ある」、「いる」、「おる」の尊敬語。いらっしゃる。】
【注⑥ 見間違い】
【注⑦ その当座。】
【注⑧ 帰りがけに】
【注⑨ 相談する。】

【右丁】
き。三条のおほみゆきせし時。きの国ちさとのはまに有ける。いと
おもしろきいし奉れりき。おほみゆきのゝち奉れりしかば。ある人のみ
ざうし【御曹司】のまへのみぞ【溝】にすへたりしを。しま【注①】このみたまふ君なり。此
石を奉らんとの給ひて。みずいしん【御随身】とねり【舎人】して。取につかはす。いく
ばくもなくてもてきぬ。此石きゝしよりはみるはまされり。是を
たゞに奉らば。すゞろ【注②】成へじ【ママ】とて。人々に哥よませ給ふ。右の馬のかみ成ける
人をなん。あをきこけをきざみて。まきゑ【蒔絵】の方に。此哥を付て奉りける
  あかねとも岩(いわ)にぞかふるいろみへぬ心をみせんよしのなければ
となんよめりける
七十九【丸で囲む】むかし。うぢの中にみこ生れ給へりけり。御うぶ屋に人々うた
よみけり。御おほぢがたなりける。おきなのよめる
わが門にちひろ有かげをうへつれば夏(なつ)ふゆたれかかくれざるべき
これはさだかずのみこ。ときの人。中将の子となんいひけるあにの

【注① 泉水のある庭。】
【注② 何ということもなくつまらない。】

【左丁 挿絵】

【右丁】
中なごんゆきひらのむすめのはらなり
八十【丸で囲む】昔。おとろへたる家に。ふしの花うへたる人有けり。やよひのつごもり
に。其日あめそぼぶ【ママ】るに人のもとへをりて。奉らずとてよめる
《割書:古今》ぬれつゝぞしゐて折つる年の内に春はいくかもあらじとおもへば
八十一【丸で囲む】むかし。左のおほいまうち君。【注①】いまぞかりけり。かも川のほとりに。
六条わたりに。家をいとおもしろくつくりて住(すみ)給ひけり。かみな月の
晦日がた。菊(きく)の花うつろひ。さかり成に。もみぢのちくさにみゆるをり。
みこたちをはしまさせて。夜一よ酒のみしあそびて。夜あけもて
行ほどに。此殿のおもしろきをほむる哥よむ。そこに有けるかたいおき
な【注②】いたじきのしたにはいありきて。人にみなよませはてゝ。よみける
  しほがまにいつかきにけんあさなぎにつりするふねはこゝによらなん
と。なんよみけるは。みち【陸奥】の国にいきたりけるに。あやしくおもしろき所々
おほかりけり。わがみかど【注③】六十よこくの中に塩(しほ)かまといふ所ににたる所な

【注① 「オホキマヘツキミ」の転。大臣。】
【注② かたゐ翁=乞食じじい。人を卑しめて呼んだ語。】
【注③ 本朝】

【左丁】
かりけり。さればなんかの翁(おきな)さらにこゝをめてゝ。塩釜(しほかま)にいつかきにけんよめりける
八十二【丸で囲む】昔。これたかのみこと申。みこをわしましけり。山ざきのあなたに。み
なせといふ所に宮有けり。年ことの桜の花ざかりには。其 宮(みや)へなんをは
しましける。其時右の馬の守成ける人を。常にゐてをわしましけり。時よへて
久しく成にければ其人の名わすれにけり。かりはねん比にもせで酒をの
み。のみつゝ。やまとうたにかゝれりけり今かりするかたのゝなぎさの家。
その院の桜。ことにをもしろし。其木のもとにおりゐて。えだを折てか
ざしにさして。上中下(かみなかしも)皆(みな)哥よみけり。馬のかみ成ける人のよめる
《割書:古今》世[の]中にたえて桜のなかりせは春の心はのどけからまし
となん。よみたりける又人のうた
  ちればこそいとゝ桜はめてたけれうき世に何かひさしかるべき
とて。其木のもとは立てかへるに。日くれに成ぬ。御供なる人。酒をも
たせて野より出きたり。此酒をのみてん【注④】とて。よき所をもとめ行に。

【注④ 飲んでしまおう。】

【右丁】
天(あま)の川といふ所にいたりぬ。みこに馬のかみおほみきまいる。みこのの給ひ
ける。かたのをかりて。あまの川のほとりにいたるをだいにて。哥よみ
てさかつきさせとのたまひければ。かの馬のかみよみて奉りける
《割書:古今》かりくらし七夕づめ【注①】にやどからん天(あま)の川原にわれはきにける【ママ】
みこうたをかへす〳〵す【誦】し給ひて。返しゑ【ママ】し給はすきの有つね
御ともにつかうまつれり。それか返し
《割書:古今》一とせに一たひきます君まてばやとかす人もあらじとぞ思ふ
帰りてみやにいらせ給ひぬ。夜ふくるまて酒のみ物語して。主のみこゑ
ひて入給ひなんとす十一日の月もかくれなんとすれば。かの馬のかみのよめる
《割書:古今》あかなくにまたきも月のかくるゝか山のはにげていらすもあらなん
みこにかはり奉りて。きの有つね
  をしなへてみねもたひらに成なゝん山のはなくは月もいらじを
八十三【丸で囲む】昔。みなせにかよひ給ひし。これたかのみこ。例(れい)のかりしにおわし

【注① 七夕伝説の織女星の異名。】

【左丁】
ますともに。馬のかみなるをきな。つかうまつれり。日比(ひころ)へて。宮にかへり
給ふけり。御おくりしていなんと思ふに。おほみき給ひ。ろく【禄】給はんとて
つかはさりけり。此むまのかみ心もとながりて
  まくらとて草引むすぶ事もせし秋の夜とだにたのまれなくに
とよみける。時はやよひのつごもり成けり。みこおほとのこもらで。【注②】あかし
給ひてげり。かくしつゝまふでつかうまつりけるを。思ひの外に御くし
をろし給ふてげり。む月におがみ奉らんとて。をのにまうでたるに。ひえ
の山のふもとなれば。雪(ゆき)いとたかし。しゐてみむろ【注③】にまふでゝ。おがみた
てまつるに。つれ〳〵といと物かなしくてをはしましければ。やゝ久(ひさ)しくさふら
ひて。いにしへの事なと思ひ出て聞へけり。扨もさふらひてしがなと
思へど。大やけ【公】事ども有ければ。えさふらはで夕(ゆふ)ぐれにかへるとて
《割書:古今》わすれては夢(ゆめ)かとぞ思ふおもひきや雪ふみわけて君をみんとは
とてなん。なく〳〵きにける

【注② 寝所にお入りにならずに。】
【注③ 御室=貴人の住居。特に、僧房・庵室をいう。】







【右丁】
八十四【丸で囲む】むかし。男有けり身(み)はいやしながら。母(はゝ)なん宮成ける。其母なが岡(をか)と
いふ所に住(すみ)給ひけり。子(こ)は京にみやづかへしけれど。まふつとしけれ
ど。しば〳〵えまうでず。ひとつ子にさへ有ければ。いとかなしうしたまひけり。
さるにしはす計(ばかり)に。とみの事とて御文有を。ときてみればうた有
《割書:古今》をひぬれはさらぬわかれの有といへばいよ〳〵見まくほしき君かな
かの子いたううちなきてよめる
《割書:同 》世の中にさらにわかれのなくもがな千代(ちよ)もといのる人の子のため
八十五【丸で囲む】昔男有けり。わらはよりつかふまつりける。君御ぐしをろし給ふてけ
り。む月にはかならずまふでけり。大やけの宮づかへしければつねにはゑ
まふです。されどもとの心うしなはでまふでけるになん有ける。昔
つかふまつりし人そく成。ぜんしなるあまた参りあつまりて。む月なれば事
たつとておほみき給ひける。雪こぼすがごとふりて。ひねもすにやます
。みな人ゑひて。雪にふりこめられたりといふを。だいにてうたありけり

【左丁 挿絵】

【右丁】
《割書:古今》思へども身をしわけねばめかれせぬ雪のつもるぞわが心なる
と。よめりけれよめりければ。みこいといたう哀(あはれ)がり給ふて。御ぞぬぎて給へりけり
八十六【丸で囲む】昔。いと若き男。若き女をあひいへりけり。をの〳〵親(をや)有ければ。つゝみていゝ
さしてやみにけり。年比(としごろ)へて女の許(もと)に。猶心ざし果(はた)さんとや思ひけん。男哥をよみやりける
《割書:新古今》今まてにわすれぬ人は世にもあらじをのがさま〳〵年のへぬれは
とて。やみにけり。男も女もあひはなれぬ宮(みや)づかへになん出にける
八十七【丸で囲む】昔男。つの国むばらの郡(こほり)あし屋の里(さと)に。しるよしゝていきて住けり昔の哥に
《割書:新古今》あしの屋のなだのしほやきいとまなみつげのおぐしもさゝずきにけり
とよみける。そこの里(さと)をよみける。こゝをなんあしやのなたとはいひける
。此男。なま宮づかへしければ。それを便(たより)にて。えうのすけどもあつまり。
きにけり。此男このかみも。えうのかみ成けり。其家のまへの海(うみ)の辺(ほとり)に
あそびありきて。いざ此山のかみに有といふ。ぬの引のたき見にのぼらんと
いひて。のぼりてみるに。其たき物よりことなり。長(なか)さ廿 丈(しやう)ひろさ五丈ば

【左丁】
かりなるいしのおもてに。白きぬにいわをつゝめらんやうになん有ける。さる
滝【瀧】のうへに。わらふだ【注】の大さしてさし出たる石有。その石(いし)のうへのはしり
かゝる水は。小かうじくりの大さにて。こぼれをつ。そこなる人にみな
たきのうたよますかのえうのかみまづよむ
《割書:新古今》わが世をばけふかあすかとまつかひの涙(なみだ)のたきといづれたかけん
あるじつぎによむ
  ぬきみたる人こそ有らし白玉(しらたま)のまなくもちるか袖のせばきに
と。よめりければ。かたへの人わらふ事にや有けん。此うたにめでゝやみにけり。
帰りくる道とをくてうせにし。くないきやうもちよしか家のまへくるに
日くれぬやどりの方をみやれば。あまのいざり火おほくみゆるに。かの主(あるじ)の男哥よむ
《割書:新古今》はるゝ夜の星(ほし)か河辺のほたるかも我すむかたのあまのたくひか
と。よみて家にかへりきぬ其夜南の風 吹(ふき)て。波(なみ)いとたかしつとめて其家
のめの子共出て。うきみる【浮海松】の波によせられ□【「た」ヵ】る。ひろいて家の内にもてきぬ

【注 藁を縄にない、渦に巻いて平たく組んだ敷物。わらざ。】

【右丁】
女方より。其みるをたかつきにもりて。かしはをおほひて出したる。かしはにかけり
  わだつうみのかさしにさすといはふもゝ君がためにはをしまざりけり
ゐなか人の歌にてはあまれりやたらすや
八十八【丸で囲む】昔いとわかきにはあらぬ。是かれ友達(ともたち)共あつまりて。月を見てそれが中にひとり
《割書:古今》大かたは月をもめてし是ぞこのつもれば人のをひとなる物
八十九【丸で囲む】昔。いやしからぬ男。我よりはまさりたる人を思ひかけてとしへける
  人しれすわれ恋しなばあぢきなくいつれの神になき名おゝせん
九十【丸で囲む】むかし。つれなき人を。いかでと思ひわたりければ。あわれとやおもひ
けん。さらはあす物ごしにてもといへりけるを。かぎりなくうれしく。
又うたがはしかりければ。おもしろがりける。さくらにつけて
  さくら花けふこそかくも匂ふらめあなたのみかたあすのよのこと
といふこゝろばへもあるべし
九十一【丸で囲む】むかし月日の行をさへなげく男三月のつごもりかたに

【左丁】
《割書:後撰》おしめども春のかぎりのけふの日のゆふくれにさへ成にけるかな
九十二【丸で囲む】むかし。恋しさにきつゝ【来つゝ】かへれど。女にせうそこをたにえせでよめる
  あしへこぐたななし小ふね【注①】いくそたび【注②】行かへるらんしる人もなみ
九十三【丸で囲む】昔男。身はいやしくて。いとに【似】なき人を思ひかけたりけり。すこしたのみ
ぬべきさまにや有けん。ふして思ひ。をきて思ひ。おもひわびてよめる
  あふな〳〵【注③】思ひはすへしなぞへなく【注④】たかきいやしきくるしかりけり
むかしも。かゝることは世のことはりにやありけん
九十四【丸で囲む】昔男ありけり。いかゞ有けん。其男すまず成にけり。後(のち)におとこ有
けれと。子ある中成ければ。こまかにこそあらねど。時々物いひお
こせけり。女がたにゑかく人なりければかきにやれりけるを。今の男
の物すとて。ひとひふたひをこせざりけり。かの男。いとつらく。をのが聞ゆ
る事をば。今まて給はねば。ことはりと思へど。なを人をはうらみつべき物
になん有けるとて。ろうじて【注⑤】よみてやれりける。時は秋になん有ける

【注① たななしおぶね(棚無小舟)=棚板すなわち舷側板を設けない小舟。近世では、一枚棚すなわち三枚板作りの典型的な和船の小舟をいう。】
【注② 幾そ度=どれくらいの回数。何度も。何回。】
【注③ それぞれの分に応じて。】
【注④ 他と同等に扱えないさま。また、他と比べようもないさま。】
【注⑤ 弄ず=あざける。からかう。ひやかす。なぶる。】

【右丁】
  秋のよは春日わするゝ物なれやかすみにきりやちへ【千重】まさるらん
となん。よめりける。女かへし
  ちゝ【千々】の秋ひとつのはる春にむかはめやもみぢも花もともにこそちれ
九十五【丸で囲む】昔。二条の后(きさき)に。つかうまつる男有けり。女のつかうまつるを。つねに見
かはして【注①】よばひわたりけり。いかで物ごしにたいめんして。おほつかなく思ひつめ
たる事すこしはるかさん【注②】といひければ女いと忍て物ごしに逢(あひ)にけり物語なとして
おとこ
  ひこほしにこひはまさりぬあまの川へだつるせきをいまはやめてよ
このうたにめてゝあひにけり
九十六【丸で囲む】むかし。おとこありけり。女をとかくいふ事。月日へにけり。いわ
木にしあらねば。心くるしとや思ひけん。やう〳〵あはれとおもひける。
其ころみな月のもちはかり成けれは。女身にかさ【瘡】ひとつふたつ出
きにけり。女いひをこせたる。今はなにの心もなし。身にかさもひ
とつふたつ出たり。時もいとあつし。すこしあきかせふきたちなんとき。

【注① 見交わす=(男女が)相い逢う。】
【注② 晴るかさん=「はるかす」の未然形+意志・希望の助動詞「む」。晴らそう。】

【左丁 挿絵】

【右丁】
かならすあはんといへりけり。秋まつころほひに。こゝかしこより。其人
のもとへいなんずなりとて。くせち【注①】出きにけり。さりければ。此女のせうと【兄】
。にはかにむかへにきたりたり【ママ】。されば此女。かえでのはつもみぢをひろ
はせて。うたをよみて。かき付ておこせたり
  あきかけていひしながらもあらなくに木葉(このは)ふりしく江に社(こそ)有けれは
とかきをきて。かしこより人をこせば。これをやれとていぬ。扨やがてのち
つゐにけふまでしらず。よくてやあらんあしくてやあらん。いにし所も
しらず。かの男はあまのさか手をうちてなん。のろひおるなるむくつ
けき事。人ののろひ事はおふ物にやあらん。おわぬ物にやあらんいま
こそは見めとぞいふなる
九十七【丸で囲む】むかし。ほり川のおほいまうち君【大臣】と申。いまぞかりけり。四十の
賀。九条の家にてせられける日。中将(ちうじやう)成けるをきな
《割書:古今》桜(さくら)花ちりかひくもれ老らくのこんといふなる道まがふかに

【注① くぜち(口舌)=文句】

【左丁】
九十八【丸で囲む】むかし。おほきおほひまうち君【太政大臣】と聞ゆる。おわしけり。つかふまつる
男。長月(なかつき)ばかりに。桜のつくり枝(えた)に。きじを付て奉るとて
《割書:古今》わがたのむ君かためにと折(をる)花(はな)は時(とき)しもわかぬ物にぞ有ける
と。よみて奉りたりければ。いとかしこくをかしがりたまひて。つかい
にろくたまへりけり
九十九【丸で囲む】昔。うこんのばゞのひをり【注②】の日。むかいに立たりける車(くるま)に女のか
ほの。下すたれよりほのかに見えければ。中将(ちうじやう)成ける男よみてやりける
《割書:古今》見すもあらず見もせぬ人のこひしくばあやなくけふやながめくらさん
かへし
  しるしらぬ何(なに)かあやなく【注③】わきて【注④】いわん思ひのみこそしるべ成けれ
のちは。たれとしりにけり
百【丸で囲む】むかしおとこ。後涼殿のはざまをわたりければ。あるやんごとなき
人の御つぼねより。わすれぐさを。しのぶぐさとやいふとて。いださせ

【注② 日折り=平安時代、五月五日に左近衛の舎人(とねり)が、翌六日に右近衛の舎人が、馬場で競馬・騎射(うまゆみ)の真手番(まてつがひ)をしたこと。手番(てつがひ)=射手を左右に一人ずつつがわせて競わせること。予行の荒手番と正式の真手番がある。】
【注③ わけもなく。】
【注④ 区別して。】

【右丁】有
たまへりければたまはりて
  わすれ草おふるのべとは見るらめとこはしのぶなるのちもたのまん
百一【丸で囲む】むかし。左兵衛督(さひやうへのすけ)【「かみ」の誤記】なりける。ありはらゆきひらといふ有けり。其
人の家に。よき酒(さけ)有と聞て。うへに有ける左中(さちう)べんふぢはらのまさ
ちかといふをなん。まらうとさね【注①】にて。其日はあるしまうけしたり
ける。なさけある人にて。かめに花をさせり。其花の中に。あやしき
ふじの花有けり。花のしなひ【注②】三尺六寸ばかりなん有ける。それを
だいにてよむ。よみはてがたに。あるじのはらからなる。あるしし給ふ
と聞て来りければ。とらへてよませける。もとよりうたの事はしらざ
りければ。すまひ【注③】けれど。しゐてよませければかくなん
  さく花のしたにかくるゝ人おほみ有しにまさるふじのかげかも
なと。かくしもよむといひければ。おほきおとゞ【太政大臣】のゑいぐわのさかり
にみまそかり【注④】て。ふぢうぢのことにさかゆるを思ひてよめるとなん

【注① まらうどざね=正客】
【注② 垂れた花房。】
【注③ 断る。】
【注④ いらっしゃる。】

【左丁】
いひける。みな人そしらず成にけり
百二【丸で囲む】昔。男有けり。哥はよまざりけれど。世[の]中を思ひしりたりけり。あ
てなる【注⑤】女の。あまに成て。世の中を思ひうんじて。【注⑥】京にもあらすはる
かなる山 里(さと)に住(すみ)けり。もとしぞく【注⑦】成ければ。よみてやりける
  そむくとて雲(くも)にはのらぬ物なれと世のうきことぞよそに成てふ
となん。いひやりけり。さいくうのみやなり
百三【丸で囲む】むかし男有けり。いとまめに。じちよう【注⑧】にてあだ【注⑨】成心なかりけり
ふかくさのみかどになんつかうまつりける。心あやまりやしたりけんみこ
たちのつかひ給ひける。人をあひいへりけりさて
《割書:古今》ねぬる夜のゆめをはかなみまどろめばいやはかなにも成まさるかな
となん。よみてやりける。さる哥のきたなげさよ
百四【丸で囲む】昔ことなる事なくて。あまになれる人有けり。かほやつしたれど。
物やゆかしかりけん。かものまつり見に出たりけるを。哥よみてやる

【注⑤ 身分が高い。】
【注⑥ いやになって。「うんじ」は「倦みし(為)」の転。】
【注⑦ 親族。シンゾクの「ン」を表記しなかった形。】
【注⑧ 実用=まじめ。実直。】
【注⑨ 不誠実で浮気っぽいさま。】

【右丁】
世をうみのあまとし人をみるからにめくばせよともたのまるゝかな
これは。さいくうの物見給ひける。くるまにかくきこへたりければ。みさ
して【注①】かへりたまひにけりとなん
百五【丸で囲む】むかし男。かくてはしぬべしといひやりたりければ。女
  しらつゆはけ【消】なばけ【消】なゝんきへずとて玉にぬくべき人もあらじを
といへりければいとなめし【注②】と思ひけれど心ざしはいやまさりけり
百六【丸で囲む】昔男。みこたちのせうえう【逍遥】し給ふ所に。詣(もふて)てたつた川の辺(ほとり)にて
《割書:古今》ちわ【ママ」】やふる神代(かみよ)もきかずたつた川からくれなゐに水くゞるとは
百七【丸で囲む】昔。あてなる男有けり。其男のもとなりける人を。内記(ないき)にあり
ける。ふじはらのとしゆきといふ人よばひけり。されどまたわかければ
。文もをさ〳〵しからす。詞(ことは)もいひしらす。いはんや哥はよまさりければ。かの
あるし成人案を書(かき)て。かゝせやりけり。めてまどひける。扨男のよめる
《割書:古今》つれ〳〵のながめにまさる涙(なみた)川 袖(そて)のみひちてあふよしもなし

【注① 見物途中で。】
【注② 無礼である。】

【左丁 挿絵】

かへし。れいのをとこ。女にかわりて
《割書:古今》あさみこそ袖はひつらめなみだ川身さへながると聞はたのまん
と。いへりければ。男いといたうめでゝ。今までまきて。ふばこに入て。ありと
なんいふなる男。ふみをこせたり。えて後(のち)の事成けり。あめのふりぬ
べきになん。見わづらひ侍る。身さいわひあらば。此あめはふらしといへり
ければ。れいのをとこ。女にかはりて。よみてやらす
《割書:古今》かず〳〵に思ひ思はずとひかたみ身をしる雨(あめ)はふりぞまされる
と。よみてやれりければ。みのも。かさも。取あへで。しとゝにぬれてまどひきにけり
百八【丸で囲む】むかし女。人のこゝろをうらみて
  風ふけばとばになみこすいわなれやわか衣(ころも)でのかはくときなき
と。つねのことくさにいひけるを。聞(きゝ)をひ【注①】ける。おとこ
  よひごとに蛙(かわつ)のあま[た]なく田には水こそまされあめはふらねど
百九【丸で囲む】むかし男ともだちの人を。うしなへるがもとにやりける。

【注① 「聞き負ひ」=自分のこととして聞く。】

【左丁】
《割書:古今》花よりも人こそあたに成にけりいづれをさきにこひんとか見し
百十【丸で囲む】むかし男。みそかに【注②】かよふ女有けり。それがもとより。こよひゆめ
になん見へ給ひつると。いへりければ。をとこ
  思ひあまり出にし玉【魂】の有ならん夜ふかくみへば玉むすび【注③】せよ
百十一【丸で囲む】昔男。やんごとなき女のもとに。なく成にけるを。とふらふやうにて。いひやりける
  いにしへは有もやしけん今ぞしるまた見ぬ人をこふるものとは
かへし
  下ひものしるしとするもとけなくにかたるかごとは恋すそ有べき
またかへし
《割書:後選【ママ】》こひしとはさらにもいわじ下紐(したひも)のとけんを人はそれとしらなん
百十二【丸で囲む】むかし男。念比(ねんごろ)にいひちぎりける。女のことざまに【注④】成にければ
《割書:同》すまのあまのしほやくけふり風をいたみ思はぬ方にたな引にけり
百十三【丸で囲む】むかしをとこ。やもめにていて
  ながからぬいのちの程(ほと)にわするゝはいかにみしかき心なるらん

【注② ひそかに。】
【注③ 身から浮かれ出た魂を結び止めるまじない。】
【注④ 「ことざまになる」の形で、他の男に心を移した、或は別の男と結婚するの意。】

【右丁】
百十四【丸で囲む】むかし仁和のみかと。【注①】せり川に行幸し給ひける時。今はさる事なれ
なく思ひけれど。もとつきにける事なれば。おほたか【大鷹】のたかかひ【鷹飼】にて
さふらはせ給ひける。すりかりぎぬ【摺狩衣】のたもとにかきつけける
  おきなさび【注②】人なとかめそかりころもけふばかりとぞ田鶴(たつ)もなく成
おほやけの御けしきあしかりけり。をのがよはひを思ひけれと。わかゝら
ぬ人はきゝをひけりとや
百十五【丸で囲む】むかし。みちの国にて男女すみけり。男 都(みやこ)へいなんといふ。此女い
とかなしうて。むまのはなむけをだにせんとて。おきのゐて【注③】みやこし
まといふ所にて。さけのませてよめる
《割書:古今》おきのゐて身をやくよりもかなしきはみやこ島べのわかれ成けり
百十六【丸で囲む】むかし男。すゞろにみちの国迄まどひいにけり。京に思ふ人にいゝやる
《割書:拾遺》なみまよりみゆる小島のはまひさし【注④】久しく成ぬ君にあひみて
なに事も。みなよくなりにけりとなん。いひやりける

【注① 光孝天皇。仁和は在位中の年号。】
【注② 老人らしくふるまう。】
【注③ 語義未詳。】
【注④ 浜庇。「浜楸(浜辺のひさき)」を伊勢物語で読み誤ったためにできた歌語という。多く「久し」を導く序として使われる。浜辺の家のひさし。】

【左丁】
百十七【丸で囲む】むかし。みかとすみよしに行幸し給ひけり
《割書:古今》われ見ても久しく成ぬ住吉(すみよし)のきしのひめ松いくよへぬらん
御神げきやう【注⑤】したまひて
《割書:新古今》むつまじと君はしらなみみづかきの久しき代よりいはひそめてき
百十八【丸で囲む】昔男。久しく音(をと)もせで。わするゝ心もなく。まいりこんといへりければ
《割書:古今》玉かづらはふ木あまたに成ぬればたへぬ心のうれしげもなし
百十九【丸で囲む】むかし。女のあだなる【注⑥】男のかたみとて。をきたる物ともをみて
《割書:古今》かたみこそ今はあだなれこれなくばわするゝ時もあらまし物を
百廿【丸で囲む】むかしおとこ。女のまた世へずとをほへたるが。人の御もとにし
のひて。ものきこゑてのち。ほどへて
  あふみなるつくまのまつりとくせなんつれなき人のなべのかずみん
百廿一【丸で囲む】むかしおとこ。梅(むめ)つぼよりあめにぬれて。人のまかりいづるをみて
  うぐひすの花をぬふてふかさもがなぬるめる【注⑦】人にきせてかへさん

【注⑤ げぎょう(現形)=「ゲンギヤウ」の撥音「ン」を表記しない形。神仏など霊的なものが姿を現す事。】
【注⑥ 浮気な。】
【注⑦ 「濡る」終止形+推量の助動詞「めり」の連体形。濡れて行くだろう】

【右丁】
《割書:かへし》うぐひすの花をぬふてふかさはいなおもひを付よほしてかへさん
百廿二【丸で囲む】むかしをとこ。ちぎれる事あやまれる人に
《割書:新古今》山しろのいでの玉水手にむすびたのみしかひもなき世成けり
と。いひやれどいらへもせず
百廿三【丸で囲む】むかし男有けり。ふかくさにすみける女をやう〳〵あきがたに
やをもひけん。かゝるうたをよみけり
《割書:古今》としをへてすみこしさとを出ていなばいとゞふかくさ野とや成なん
《割書:同 》野とならばうづらと成て鳴(なき)をらんかりにだにに【ママ】やは君はこざらん
と。よめりけるにめでゝ。ゆかんと思ふ心なく成にけり
百廿四【丸で囲む】むかし男。いかなりけることを思ひけるをりにかよめる
  おもふ事いわでぞたゞにやみぬべきわれとひとしき人しなければ
百廿五【丸で囲む】むかしをとこ。わづらひてこゝちしぬべくをぼへければ
  つゐに行(ゆく)道(みち)とはかねてきゝしかどきのふけふとは思はざりけり
【左丁】
近(きん)-代(だい)以(もつて)_二狩(かりの)-使(つかいの)-事(ことを)_一為(する)_レ端(はしと)之(の)本(ほん)出(いて)-来(きたり)末(まつ)代(だい)之(の)人(ひと)今(こん)
案(あん)也(なり)更(さらに)不(す)_レ可(へから)_レ用(もちゆ)_レ之(これを)此(この)物(もの)語(かたり)古(こ)-人(しん)之(の)説(せつ)々(〳〵)不(ず)_レ同(をなしから)或(あるひは)
云(いひ)_二在(さい)中(ちう)将(じやう)之(の)自(し)書(しよと)_一或(あるひは)称(しやうし)_二伊(い)勢(せが)筆(ひつ)作(さくと)_一畢(をはんぬ)被(かれ)【彼】此(これ)
有(あり)_二書(かき)落(をとす)事(こと)等(たう)_一 上(しやう)古(こ)之(の)人(ひと)強(あなかち)不(す)_レ可(べから)_レ尋(たづね)_二其(その)作(さく)者(しやを)【一点脱ヵ】只(たゝ)
可(べき)_レ翫(もてあそふ)_二詞(し)花(くわ)言(げん)葉(ようを)【一点脱ヵ】而已(のみ)
戸(こ)部(ほう)尚(しやう)書(しよ)在判
宝永弐年
孟春吉祥日
御幸町通二条上 ̄ル二町目【蔵書印】
 磯田太良兵衛【落款】波
【左上】
牽牛(けんきう)
七夕
 凡河内躬恒(おふしかうちのみつね)
年(とし)ごとにあふとは
  すれど七夕(たなはた)の
 ぬる夜(よ)のかずぞ
  すくなかりける
 能因法師(のうゐんほうし)
秋の夜を あり
 ながき  ける
  物とは
影(かげ)  ほしあひの
 見ぬ人のいふにぞ
 民部卿為藤(みんぶきやうためふち)
天の川その
   みなかみは
あふ きはむとも
  せははても
 をもふとそあらし
 中務卿親王(なかつかさきやうしんわう)
たなばたの恋や
 つもりて天(あま)の川
まれなる中の
  ふちと成らん

【45コマ目と同】
【左頁左下の折返に手書き文字有り】

【裏表紙】

日本山海名産図会

【撮影ターゲット】
日本山海名産図絵

□□□【山海名】産図会

【左丁】
山海名産図会序
中古人士之於物産 也(○)率本
於本 草(○)而山産海 錯(○)認而無
遺漏 者(○)自向観水稲若水松
怡顔島彭水之 徒(○)才輩実不
匱 焉(○)余夙預其 流(○)于今既費
数十年之苦 心(○)見人之所未

【右丁】
見(○)弁人之所未/弁(○)実為索隠
探奇之甚/焉(○)曽/聞(○)稲氏若水
著採薬独/断(○)示平生所深致
意/也(○)然終為愇中禁秘/耶(○)抑
或蔵諸名山奥区/耶(○)竟不伝
人/間(○)亦可惜/也(○)余不勝慕/藺(○)
因窃擬其/意(○)著書数/巻(○)号曰
【左丁】
名物独/断(○)愈勤愈/詳(○)猶泉源
衰【衮ヵ】々出而不休/焉(○)故其名物
品類之無/窮(○)亦随四序/節(○)蔵
蓄之/宜(○)具造醸之/法(○)然及藁
甫脱/也(○)徳【値ヵ】家多/難(○)災厄兼/到(○)
幾流離塗/炭(○)在今固為一憾
事/矣(○)間者書肆/某(○)携一部画

【右丁】
冊(○)殷勤徴序/文(○)題曰山海名
産図/会(○)取而繙/之(○)輒挙吾
東方各従其地/産(○)奇種異/味(○)
而特名/者(○)一一見之/図(○)乃至
其製作之始末事実之証/拠(○)
則後加附釈(○)雖婦児/輩(○)使道
知/之(○)頗以有酬余之始願/者(○)
【左丁】
尽亦成於亡友蔀関月/手(○)於
是乎不可以不/序(○)因備述所
甞(○)論弁之本意而及此書縁
起如/此(○)嗟乎雖芥珀磁/鉄(○)其
理皆出于自/然(○)不可得而強
也(○)天地間産類千万以弁博
為/要(○)否則自百薬/物(○)而至瑣

【右丁】
瑣食 品(○)不免謬採 焉(○)況於君
子発天地之韞 匱(○)与天下共
者 乎(○)
寛政戊午臘月上浣
         木邨孔恭識
           【印】 【印】

【左丁】
日本(につほん)山海(さんかい)名産(めいさん)図会(づえ)巻之壱
   ○目録
  摂州(せつしう)伊丹(いたみ)酒造(さけつくり)

             藍江【印】

【右丁】
酒(さか)
楽(ほかひの)【注①】
歌(うた)

【注① さかほかひ(酒寿・酒祝)」=酒宴をしていわうこと】

【左丁】
此(この)御酒(みき)を醸(かみ)けん人は。其(その)鼓(つゞみ)
臼(うす)に立(たて)て。うたひつゝ醸(かみ)けれ
かも。舞(まひ)つゝ醸(かみ)けれかも。
この御酒(みき)のみきの。あやに
転楽(うたたの)し【注②】 サヽ

 是(これ)は応神天皇(わうしんてんわう)角鹿(つのか)より
 還幸(くわんかう)の時(とき)神功皇后(しんくうくわうこう)酒(さけ)
 を醸(かも)し待(はへり)【侍】ていはひ奉(たてまつ)
 り哥うたはせ給(たま)ふに
 武内(たけうち)宿祢(すくね)天皇に代(かはり)奉り
 答(こた)へ申/歌(うた)なり是(これ)を酒楽(さかほかひ)
 の歌(うた)といひて後世(こうせい)大嘗(たいしやう)
 会の米(こめ)舂(つ)くにもうたふと也
    右古事記【注③】

【注② たいへん楽しい。】
【注③ 『古事記』中巻に記載。】

【右丁】
 ○造醸(さけつくり)
酒(さけ)は是(これ)必(かならす)聖作(せいさく)なるべし。其(その)濫觴(はじまり)は宋(そうの)竇革(とくかく)が酒譜(しゆふ)に論(ろん)してさだか
ならず。日本(にほん)にては酒(さけ)の古訓(こくん)をキといふ是(これ)則(すなはち)食饌(け)と云(いふ)儀(ぎ)なり。ケは
気(き)なり。《割書:字音(じおん)をもつて和訓(わくん)とすること|例(れい)あり器(き)をケといふがごとし》神(かみ)に供(くう)し。君(きみ)に献(たて)まつるをば尊(たつと)みて
御酒(みき)といふ。又(また)黒酒(くろき)白酒(しろき)といふは清酒(せいしゆ)濁酒(だくしゆ)の事(こと)といへり○サケといふ
訓儀(くんぎ)は。てサケの略(りやく)にて。サは助字(じよじ)ケは則(すなはち)キの通音(つうおん)なり。又/一名(いちめう)ミワ
とも云。是(これ)は酒(さけ)を造(つく)るを醸(かみ)すといへば。カを略(りやく)して味(み)の字(じ)に冠(かんむ)らせ。
古歌(こか)に。味酒(うまさけ)の三輪(みわ)。又(また)三室(みむろ)といふ枕言(まくらことば)なりと冠辞考(くわんじかう)にはいへり。され
ども。味酒(うまさけ)の三輪(みわ)。味酒(うまさけ)の三室(みむろ)。味酒(うまさけ)の神南備(かみなみ)山(やま)。とのみよみて外(ほか)に
用(もち)ひてよみたる例(れい)なし。神南備(かみなみ)。三室(みむろ)とも是(これ)三輪山(みわやま)の別名(へつめう)にて他(た)
にはあらず。是(これ)によりておもふに。万葉(まんよう)の味酒(うまさけ)神南備(かみなみ)とよみしを
本哥(ほんか)として。三輪(みわ)三室(みむろ)ともに。神(かみ)の在(います)山(やま)なれば神(かみ)といふこゝろ
【左丁】
を通(つう)じて詠(よみ)たるなるべし。《割書:ちはやふる神(かみ)と云(いう)をちはやふる加茂(かも)|ちはやふる人(うち)とよみたる例(れい)の如し》これによ
りて三輪の神(かみ)松(まつ)の尾(お)の神(かみ)をもつて酒(さけ)の始祖神(しそしん)とするにもその
故(ゆへ)なきにしもあらず。又(また)日本記(にほんき)崇神天皇(すしんてんわう)八年。高橋(たかはし)邑人(さとひと)。活日(いくひ)を
もつて大神(おほかみ)の掌酒(さかひと)とし。同十二月/天王(てんわう)。大田田根子(おほたたねこ)をもつて。倭(やまと)大(おほ)
国魂(くにたま)の神(かみ)を祭(まつ)らしむ。云々 大国魂(おほくにたま)は大物主(おほものぬし)と謂(いひ)て。三輪(みわ)の神(かみ)なり。
されば爰(こゝ)に掌酒(さかひと)をさだめて神(かみ)を祭(まつ)りはじめ給(たま)ひしと見(みへ)えたり。
《割書:今(いま)酒造家(しゆそうか)に帘(さかはた)にかえて杉(すき)をは|招牌(かんはん)とするはかた〴〵其(その)縁(えん)なるへし》又(また)此後(こののち)大鷦鷯(おほさゝき)の御代(みよ)に。韓国(からくに)より参来(まうき)し。
兄曽保利(えそほり)。弟曽保利(おとそほり)は酒(さけ)を造(つくる)の才(さへ)ありとて。麻呂(まろ)を賜(たま)ひて酒看(さかみい)
良子(いらつこ)と号(かう)し。山鹿(やまか)ひめを給(たま)ひて酒看郎女(さかみいらつめ)とす。酒看(さかみ)酒部(さかべ)の姓(せい)是(これ)ゟ(れ)【より】
始(はじま)る是(これ)より造酒(さうしゆ)の法(はう)精細(せいさい)と成(なり)て今/天下(てんか)日本(にほん)の酒(さけ)に及(およ)ぶ物(もの)なし。是(これ)穀(こく)
気(き)最上(さいしやう)の御国(みくに)なればなり。それが中(なか)に。摂州(せつしう)伊丹(いたみ)に醸(かも)するもの尤(もつとも)醇(じゆん)
雄(ゆう)なりとて。普(あまね)く舟車(しうしや)に載(のせ)て台命(たいめい)にも応(おう)ぜり。依(よつ)て御免(こめん)の焼印(やきいん)
を許(ゆる)さる。今も遠国(ゑんこく)にては諸白(もろはく)をさして伊丹(いたみ)とのみ称(せう)し呼(よべ)へり。

【右丁】
伊(い)
丹(たみ)
酒(しゆ)
造(さう)


米(こめ)あらひ
   の図(づ)

【右丁】
 されば伊丹(いたみ)は日本(にほん)上酒(じやうしゆ)の始(はじめ)とも云(いう)べし。是(これ)又/古来(こまい)【こらい】久(ひさ)しきことにあらず。
 元(もと)は文録(ぶんろく)【禄】。慶長(けいちやう)の頃(ころ)より起(おこつ)て。江府(かうふ)に売(うり)始(はじめ)しは伊丹(いたみ)隣郷(りんごう)鴻池(かうのいけ)村(むら)。山(やま)
 中氏(なかうぢ)の人(ひと)なり。其(その)起(おこ)る時(とき)は纔(わづか)五斗一石を醸(かも)して担(にな)ひ売(うり)とし。或は二拾
 石三十石にも及(およ)びし時(とき)は。近国(きんこく)にだに売(うり)あまりけるによりて。馬(むま)に屓(おは)【負?】ふ
 せてはる〴〵江府(かうふ)に鬻(ひさ)き。不図(はからず)も多(おゝ)くの利(り)を得(ゑ)て。其(その)価(あたひ)を又馬に
 乗(の)せて帰(かへ)りしに。江府(こうふ)ます〳〵繁昌(はんじやう)に随(したが)ひ。石高(こくたか)も限(かき)りなくなり。
 富(とみ)巨万(きよはん)をなせり継(ついで)起(おこ)る者(もの)猪名寺(いなてら)屋。舛(ます)屋と云て是(これ)は伊丹(いたみ)に居住(きよじう)す。船(ふな)
 積(つみ)運送(うんそう)のことは池田(いけた)満願寺屋(まんぐわんじや)を始(はじ)めとす。うち継(つい)で醸家(さかや)多(お[ゝ])くなりて。
 今(いま)は伊丹(いたみ)。池田(いけだ)。其外(そのほか)同国(とうこく)。西宮(にしのみや)。兵庫(ひやうこ)。灘(なだ)。今津(いまず)などに造(つく)り出(いだ)せる物(もの)また
 佳品(かひん)なり。其余(そのよ)他国(たこく)に於(おひ)て所(ところ)〳〵( 〳〵 )其(その)名(な)を獲(え)たるもの多(おゝ)しといへとも。
 各(おの〳〵)水土(すいと)の一癖(いつへき)。家法(かはう)の手練(しゆれん)にて。百味(ひやくみ)人面(にんめん)のごとく。又/殫(つく)し述(のふ)べからず。又
 酒(さけ)を絞(しぼ)りて清酒(せいしゆ)とせしは。纔(わづか)百三十年/以来(このかた)にて。其(その)前(まへ)は唯(たゞ)飯籮(いかき)を以
 漉(こし)たるのみなり。抑(そも〳〵)当世(とうせい)醸(かも)する酒(さけ)は。新酒(しんしゆ)。《割書:秋(あき)彼岸(ひがん)ころより|つくり初(そめ)る》間酒(あいしゆ)。《割書:新|酒》
【左丁】
 《割書:寒前酒の|間に作る》寒前酒(かんまへさけ)。○寒酒(かんしゆ)。《割書:すへて日数も後程多く|あたひも次第に高し》等(とう)なり。就中(なかんつく)新酒(しんしゆ)は
 別(べつ)して伊丹(いたみ)を名物(めいぶつ)として。其(その)香芬(かうふん)弥(いよ〳〵)妙(めう)なり。是(これ)は秋八月/彼岸(ひがん)の頃(ころ)。
 吉日を撰(ゑら)み定(さだ)めて其四日前に麹米(こうしこめ)を洗初(あらひそめ)る。《割書:但し近年は九月節寒露|前後よりはしむ》
酒母(さけかうじ)《割書:むかしは麦(むき)にて造(つく)りたる物(もの)ゆへ文字(もんし)麹につくる中華(ちうくわ)の|製(せい)は甚(はなは)たむつかしけれども日本の法(はう)は便(べん)なり》
 彼岸(ひかん)頃(ころ)。■(もと)【酉+胎・酛ヵ】入(いれ)定日(じやうじつ)四日/前(まへ)の朝(あさ)に米(こめ)を洗(あら)ひて水(みづ)に漬(ひた)すこと一日。翌日(よくじつ)蒸(む)して
 飯(めし)となして筵(むしろ)にあげ。柄械(えかひ)にて拌匀(かきませなら)し。人肌(ひとはだ)となるを候(うかゞ)ひて不残(のこらす)槽(とこ)
 に移(うつ)し。《割書:とことは飯(めし)いれ|の箱(はこ)なり》筵(むしろ)をもつて覆(おゝひ)土室(むろ)のうちにおくこと凡(およそ)半日。午
 の刻(こく)ばかりに塊(かたまり)を摧(くたき)其時(そのとき)糵(もやし)を加(くは)ふ事(こと)凡(およそ)一石に二合ばかりなり。其(その)夜(よ)
 八ツ時分に槽(とこ)より取出(とりいだ)し。麹盆(かうじふた)の真中(まんなか)へつんぼりと盛(もり)て。拾枚(じうまい)宛(つゝ)かさね
 置(おき)。明(あく)る日のうちに一度(いちと)翻(かへ)して。晩景(はんかた)を待(まち)て盆(ふた)一はいに拌均(かきなら)し。又/盆(ふた)を
 角(すみ)とりにかさねおけば其(その)夜(よ)七ツ時には黄色(わうしよく)白色(はくしよく)の麹(かうじ)と成(な)る
麹糵(もやし)
 かならず古米(こまひ)を用(もち)ゆ。蒸(む)して飯(めし)とし。一升に欅灰(けやきはい)二合許を合せ。

【左丁】




麹(かうじ)
 醸(つくり)







 筵(むしろ)幾重(いくへ)にも包(つゝみ)て。室(むろ)の棚(たな)へあげをく事十日/許(はかり)にして。毛醭(け)を生(せう)
 ずるをみて。是(これ)を麹盆(かうじぶた)の真中(まんなか)へつんほりと盛(も)りて後(のち)盆(ふた)一はいに
 掻(かき)ならすこと二/度(と)許(はかり)にして成(な)るなり
醸酒(さけの)■(もと)【酉+胎】《割書:米五斗を一■【酉+胎】といふ一ツ仕逈(しまい)といふは一日一元づゝ斤付(かたづけ)|行(ゆく)をいふなり其/余(よ)倍々(はい〳〵)は酒造家(さかや)の分限(ぶんげん)に応(おう)ず》
 定(しやう)日三日/前(まへ)に米(こめ)を出(いた)し。翌朝(よくてう)洗(あ)らひて漬(ひた)し置(お)き。翌朝(よくてう)飯(めし)に蒸(むし)
 て筵(むしろ)へあげてよく冷(ひや)し。半切(はんきり)八/枚(まひ)に配(わか)ち入(い)るゝ《割書:寒酒(かんしゆ)なれば|六枚なり》米(こめ)五斗に麹(かうじ)
 壱斗七升水四斗八升を加(くは)ふ《割書:増減(さうけん)家々(いえ〳〵)|の法(はう)あり》半日ばかりに水の引(ひく)を期(こ)として。
 手をもつてかきまはす。是(これ)を手元(てもと)と云(いふ)。夜(よ)に入(いり)て械(かひ)にて摧(くだ)く。是(これ)をやま
 おろしといふ。それより昼夜(ちうや)一時に一度/宛(づゝ)拌(かき)まはす《割書:是(これ)を仕(し)|ごとゝいふ》三日を経(へ)て
 二石入の桶(おけ)へ不残(のこさず)集(あつ)め収(おさ)め。三日を経(ふ)れば泡(あわ)を盛上(もりあぐ)る。是(これ)をあがりとも
 吹切(ふききり)とも云なり《割書:此(この)機(き)を候(うかゞ)ふこと丹練(たんれん)の妙(めう)|ありてこゝを大事とす》これを復(また)。■(もと)【酉+胎】をろしの半切二
 枚にわけて。二石入の桶(おけ)ともに三ツとなし。二時ありて筵(むしろ)につゝみ。凡(およそ)六時
 許には其内(そのうち)自然(しぜん)の温気(うんき)を生(せう)ずる《割書:寒酒(かんしゆ)はあたゝめ桶(おけ)に湯(ゆ)を入ても|ろみの中(なか)へきし入るゝ》を候(うかゞ)ひて
【左丁】
 械(かい)をもつて拌(かき)冷(さます)こと二三日の間(あいた)。是(これ)又一時/拌(かき)なり是まてを■(もと)【酉+胎】と云(いふ)
酘(そへ)《割書:右■(もと)【酉+胎】の上へ米麹(こめこうし)水をそへかけるを|いふなり。是をかけ米又/味(あぢ)ともいふ》
 右の■(もと)【酉+胎】を不残(のこらす)三尺/桶(おけ)へ集(あつめ)収(おさ)め。其上(そのうえ)へ白米八斗六升五合の蒸飯(むしはん)。白米二
 斗六升五合の麹(かうじ)に。水七斗二升を加(くわ)ふ。是(これ)を一(ひと)■(もと)【酉+胎】といふなり。同(おなし)く昼夜(ちうや)一時
 拌(かき)にして三日目を中(なか)といふ。此時(このとき)是(これ)を三尺/桶(おけ)二本にわけて其(その)上(うへ)へ
 白米一石七斗二升五合の蒸飯(むしはん)。白米五斗二升五合の麹(かうじ)に水一石二斗
 八升を加(くわ)へて一時/拌(かき)にして。翌日(よくじつ)此(この)半(なかば)をわけて桶(おけ)二本とす。是(これ)を大頒(おほわけ)と云(いう)。
 なり。同く一時拌にして。翌日又白米三石四斗四升の蒸飯(むしはん)。白米一石六斗
 の麹(かうじ)に水一石九斗二升を加(くわ)ふ《割書:八升入ぼんぶりといふ|桶にて二十五/杯(はい)なり》是(これ)を仕逈(しまい)といふ。都合(つがう)
 米(こめ)麹(かうじ)とも八石五斗水四石四斗となる。是より二三日四日を経(へ)て。氲気(うんき)を
 生(せう)ずるを待(まつ)て。又/拌(かき)そむる程(ほど)を候伺(うかがふ)に。其機(そのき)発(はつ)の時(とき)あるを
 以て大事(たいし)とす。又一時拌として次第に冷(さま)し。冷(さ)め終(おは)るに至(いたり)て
 は一日二度拌ともなる時を酒の成熟(せいじゆく)とはするなり。是(これ)を三尺/桶(おけ)

【酉+胎は酛ヵ】

【右丁】

 三
【左丁】
■(もと)【酉+胎】
 お
  ろ
   し

【右丁】
 四本となして。凡八九日/経(へ)てあげ桶にてあげて。袋へ入れ醡(ふね)に満(みた)し
 むる事。三百余より五百/迄(まで)を度(と)とし。男柱(おとこはしら)に数(かず)〳〵( 〳〵 )の石をかけて
 次第に絞(しぼ)り。出(いづ)る所(ところ)清酒(せいしゆ)なり。是を七寸といふ澄(すま)しの大桶(おほおけ)に入て。四五
 日を経(へ)て其名をあらおり。又あらばしりと云。是を四斗/樽(たる)につめて
 出(いだ)すに。七斗五升を一駄(いちだ)として樽(たる)二ツになり。凡十一二/駄(だ)となれり○
 右の法(はう)は伊丹/郷中(がうちう)一/家(か)の法(はう)をあらはす而已(のみ)なり。此(この)余(よ)は家々(いえ〳〵)の秘(ひ)
 事(じ)ありて石数(こくすう)分量(ふんりやう)等(とう)各(おの〳〵)大同少異(たいとうしやうい)あり。尤(もつとも)百年/以前(いぜん)は八石/位(くらい)より八
 石四五斗の仕込(しこみ)にて。四五十年/前(まえ)は精米八石八斗を極上とす。今極上と
 云は九石余十石にも及へり。右今/変遷(へんせん)是又/云(いゝ)つくしがたし○すまし
 灰(はい)を加(くわ)ふることは。下米酒(けまいしゆ)。薄酒(はくしゆ)或(あるひ)は醟酒(そんじさけ)の時(とき)にて上酒に用(もち)ゆることは
 なし○間酒(あいしゆ)は米の増方(ましかた)むかしは新酒(しんしゆ)同前(とうせん)に三斗増なれども。いつの
 比(ころ)よりか一/■(もと)【酉+胎】の酘(そえ)。五升/増(まし)。中の味(み)一斗増。仕逈(しまい)の増壱斗五升増とするを
 隹【佳ヵ】方(かはう)とす。寒前。寒酒。共に是に准(じゆん)ずべし。間酒(あいしゆ)はもと入 ̄レ より四十余日。寒
【左丁】
 前は七十余日。寒酒(かんしゆ)八九十日にして酒をあくるなり。尤(もつとも)年の寒暖(かんたん)に
 よりて増減(そうけん)駆引(かけひき)日/数(かず)の考(かんがへ)あること専用(せんよう)なりとぞ○但(たゞ)し昔(むかし)は新(しん)
 酒の前にボタイといふ製(せい)ありてこれを新酒とも云(いひ)けり。今に山家(やまか)
 は此製/而已(のみ)なり。大坂などゝてもむかしは上酒は賎民(せんみん)の飲物(のみもの)にあら
 ず。たま〳〵嗜(たし)むものは。其家にかのボタイ酒(しゆ)を醸(かも)せしことにあり
 しを。今治世二百年に及(およ)んて纔(わづか)其/日限(ひかきり)に暮(くら)す者(もの)とても。飽(あく)まで
 飲楽(いんらく)して陋巷(ろうこう)に手(て)を撃(う)ち万歳(はんせい)を唱(とのふ)。今其時にあひぬる有難(ありがた)
 さをおもはずんばあるべからす
米(こめ)
 ■(もと)【酉+胎】米(まい)は地逈(ちまは)りの古米(こまい)。加賀(かが)。姫路(ひめぢ)。淡路(あわぢ)。等(とう)を用(もち)ゆ。酘米(そへまい)は北国(ほつこく)古米。第
 一にて秋田(あきた)。加賀(かが)。等(とう)をよしとす。寒前(かんまへ)よりの元(もと)は。高槻(たかつき)。納米(なやまい)。淀(よと)。山方(やまかた)の
 新穀(しんこく)を用(もち)ゆ

【右丁】




酘(そへ)
【左丁】
中(なか)


大(おほ)
 頒(わけ)

【右丁】
舂杵(うすつき)
 ■(もと)【酉+胎】米(まい)は一人一日に四(よ)臼(うす)《割書:一臼(ひとうす)一斗三|升五合位》酘米(そへまい)は一日五/臼(うす)。上酒(じやうしゆ)は四/臼(うす)。極(きはめ)て精細(せいさい)
 ならしむ。尤(もつとも)古杵(ふるきね)を忌(い)みて是(これ)を継(つ)くに尾張(おはり)の五葉(ごよう)の木を用ゆ。
 木口(こくち)窪(くぼ)くなれば米(こめ)大(おほ)きに損(そん)ず故(ゆへ)に。臼(うす)逈(まは)【廻】りの者(もの)時(とき)〳〵( 〳〵 )に是を候伺(うかかふ)也。
 尾張(おはり)の木質(きしつ)和(やは)らかなるをよしとす
洗浄米(こめあらい)
 初(はじ)めに井(ゐ)の経水(ねみづ)を汲涸(くみから)し新水(しんすい)となし。一毫(いちがう)の滓穢(おり)も去(さ)りて極(ごく)〳〵( 〳〵 )
 潔(いさき)よくす。半切(はんぎり)一つに三人がゝりにて水(みつ)を更(かゆ)ること四十/遍(へん)。寒酒は五十遍に及(およ)ふ。
家言(かけん)
 ○杜氏(とうじ)《割書:○酒工(しゆこう)の長(てう)なり。またおやちとも云。周(しう)の時(とき)に杜氏(とうぢ)の人(ひと)ありて其(その)後葉(こうよう)杜康(とかう)といふ| 者(もの)。よく酒(さけ)を醸(かも)するをもつて名(な)を得(え)たり。故(ゆへ)に擬(なそら)えて号(なづ)く》
 ○衣紋(ゑもん)《割書:○麹工(かうじく)の長(てう)なり。花(はな)を作(つく)るの意(こゝろ)をとるといへり。一説(いつせつ)には中華(ちうくわ)に麹(かうじ)をつくるは| 架下(たなのした)に起臥(きくわ)して暫(しばら)くも安眠(あんみん)なさゞること七日/室口(むろのくち)に衛(まも)るの意(こゝろ)にて衛門(えもん)と云(いう)か》
醸具(さかだうぐ)
【左丁】
 半切(はんきり)二百/枚(まい)余(よ)《割書:各(おの〳〵)一ツ仕逈(しまい)|に充(あて)る》○■(もと)【酉+胎】おろし桶(おけ)二十本余○三尺桶三本余○から
 臼(うす)十七八/棹(さほ)○麹盆(かうしふた)四百枚余○甑(こしき)はかならず薩摩杉(さつますき)のまさ目(め)を用(もちゆ)
 木理(きめ)より息(いき)の洩(も)るゝをよしとす。其余(そのよ)の桶(おけ)は板目(いため)を用(もち)ゆ○袋(ふくろ)は十二石の
 醡(ふね)に三百八十/位(くらい)○薪(たきゞ)入用(いりよう)は一■(もと)【酉+胎】にて百三十貫目余なり
製灰(はいのせひ)
 豊後灰(ぶんごはい)壱斗に本石灰四升五合入れ。よくもみぬき。壺(つぼ)へ入れ。さて。はじめ
 ふるひたる灰粕(はいかす)にて。たれ水(みづ)をこしらへ。すまし灰のしめりにもちゆ。
 尤(もつとも)口伝(くてん)あり
なをし灰(はい)
 本石灰壱斗に豊後灰(ふんごはい)四升。鍋(なべ)にていりてしめりを加(くわ)へ用(もち)ゆ
 ○囲酒(かこひさけ)に火をいるゝは入梅(つゆ)の前(まへ)をよしとす
味醂酎(みりんちう)

【右丁】
其五

もろ
 みを
  拌(かく)


袋(ふくろ)
 いれて
  醡(ふね)に
   積(つむ)
【左丁】
酒(さけ)
 あ
  け



 ま
  し
   の
   図(づ)

【右丁】
 焼酎(しやうちう)十石に糯白米(もちこめ)九石弐斗。米麹(こめかうし)弐石八斗を桶(おけ)壱本に醸(かも)す。
 翌(よく)日/械(かい)を加(くわ)え。四日目五日目と七度/斗(ばかり)拌(か)きて。春なれば廿五日
 程(ほと)を期(ご)とすなり。昔(むかし)は七日目に拌(かき)たるなり○本直(ほんなを)しは焼酎(しやうちう)十石に
 糯白米(もちこめ)弐斗八升。米麹(こめかうじ)壱石弐斗にて醸法(つくりかた)味醂(みりん)のごとし
醸酢(すつくり)
 黒米(くろごめ)弐斗。一夜水に漬(ひた)して。蒸飯(むしはん)を和熱(くわねつ)の侭(まゝ)甑(こしき)より造(つく)り桶(おけ)へ移(うつ)し。
 麹(かうじ)六斗。水壱石を投(とう)じ。蓋(ふた)して息(いき)の洩(も)れざるやうに筵(むしろ)薦(こも)にて桶(おけ)を
 つゝみ纏(まとひ)。七日を経(へ)て蓋(ふた)をひらき拌(か)きて。又(また)元(もと)のごとく蓋(ふた)して。七日目こと
 に七八度/宛(づゝ)拌(かき)て。六七十日の成熟(せいしゆく)を候(うかゞ)ひて後(のち)酒(さけ)を絞(しぼ)るに同し《割書:酢(す)は|食用(しよくよう)》
 《割書:の費用(ひくよう)はすくなし。紅粉(へに)。昆布(こんふ)。染色(そめいろ)。|などに用(もち)ゆること至(いたつ)て夥(おびたゝ)し》是又/水土(すいと)。家法(かはう)の品(しな)多(おゝ)く。中(なか)にも和州(わしう)小
 川/紀(き)の国(くに)の粉川(こかわ)。兵庫(ひやうご)北風(きたかぜ)。豊後(ぶんご)船井(ふなゐ)。相州(さうしう)。駿州(すんしう)。の物(もの)など名産す
 くなからず
【左丁】
   袋洗(ふくろあらひ)○新酒(しんしゆ)成就(しやうしゆ)の後(のち)。猪名川(いなかわ)の流(なかれ)に袋(ふくろ)を濯(あら)ふ其頃(ぞのころ)を待(まち)て。
    近郷(きんごう)の賎民(せんみん)此(この)洗瀝(しる)を乞(こ)えり。其(その)味(あぢ)うすき醴(あまさけ)のごとし。是又
    佗(た)に異(こと)なり。俳人(はいじん)鬼貫(おにつら)
      賎の女や袋あらひの水の汁
   愛宕祭(あたこまつり)○七月二十四日/愛宕火(あたこひ)とて伊丹本町/通(とを)りに
    燈(ひ)を照(て)らし。好事(こうす)の作(つく)り物(もの)なと営(いとな)みて天満(てんま)天神(てんしん)の川祓(かわはらへ)【拔は誤記ヵ】に
    もおさ〳〵おとることなし。此日(このひ)酒家(さかや)の蔵立(くらたて)等(とう)の大(おほひ)なるを見(み)ん
    とて四方(しはう)より群集(くんじゆ)す。是(これ)を題(たい)して宗因(そうゐん)
      ても燈に酔りいたみの大燈篭
    酒屋(さかや)の雇人(ようしん)。此日(このひ)より百日の期(こ)を定(さた)めて抱(かゝ)へさだむるの日に
    して。丹波(たんば)。丹後(たんご)。困人(きうしん)多(おゝ)く幅奏(ふくそう)すなり

【右丁】
《割書:伊丹(いたみ)筵(むしろ)|包(つゝみ)の印(しるし)》【「花」】【「花」「一」】【「七曜」】【「小」「梅」】【「三つ山」】【「山」「口」】
【「宝珠」】【「戈?」】【「一ノ一」】【「三」】【「一山」】【「壱」】【「天」】
【「上竹」】【「竹」】【「剣菱」】【「太」】【「大三」】【「米」】【「重」】
【「三文字」】【「三ツ鱗」】《割書:余略|》
《割書:池田(いけだ)薦(こも)|包(つゝみ)の印(しるし)》【「小判印」】【「山山印」】【「山三ツ印」】【「一鱗印」】【「李白」】 余略

【裏表紙】

【表紙題箋】
山海名産図会

【右下の資料整理ラベル】
602.1
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【前コマに同じ表紙】
山海名産図会

【表紙左下の附箋 右から】
山海名産《割書:図|会》

【左丁】
日本(につほん)山海(さんかい)名産(めいさん)図会(づゑ)巻之二

  ○目録

○豊島石(てしまいし)     ○御影石(みかけいし)

○竜山石(たつやまいし)     ○砥(と) 砺(いし)

○芝(さいはいたけ)     ○日向香蕈(ひむかしいたけ)

○熊野石耳(くまのいはたけ)

○同 蜂蜜(はちみつ) 《割書:蜜蝋(みつらう) 会津蝋(あいづらう)》

【右丁】
○山椒魚(さんせううを)     ○吉野葛(よしのくず)

○山(あか) 蛤(かへる)    ○鷹峯(たかがみね)蘡薁虫(ゑびづるのむし)

○鷹(たか) 羅(あみ)    ○ 鳧(かも) 羅(あみ)

○豫州(よしう)峯越鳧(をこしのかも) 《割書:摂州(せつしう)霞羅(かすみあみ) 無雙返(むさうかへし)|》

○捕(くまを) 熊(とる) 《割書:墮(お)弩(し)|取膽(きもをとる)》 《割書:洞中熊(ほらのくま)|試真偽(しんきをこゝろむ)》 《割書:以斧撃(おのをもつてうつ)|製偽膽(にせをせいす)》
【左丁】
石品(いしのしな)
 石(いし)は山骨(やまのほね)なり物理論(ふつりろんに)云(いふ)土精(どせい)石(いし)となる石(いし)は気(き)の核(たね)なり気(き)の石(いし)を
 生(せう)ずるは人(ひと)の筋絡(きんらく)爪牙(さうげ)のごとし云々されども其(その)石質(せきしつ)におゐては万国(ばんこく)万山(ばんさん)
 の物(もの)悉(こと〴〵)く等(ひとし)からず是(これ)風土(ふうと)の変更(へんかう)なれば即(すなはち)気(き)をもつて生(せう)ずることし
 かり又 草木(そうもく)魚介(ぎよかい)皆(みな)よく化(くわ)して石(いし)となれり本草(ほんざう)に松化石(せうくわせき)宋書(さうしよ)に柏(はく)
 化石(くわせき)稗史(ひし)に竹化石(ちくくわせき)あり代酔編(たいすいへん)に陽泉(やうせん)夫余山(ふよさん)の北(きた)にある清流(せいりう)数十歩(すじつぼ)
 草木(そうもく)を涵(しつめ)て皆(みな)化(くわ)して石(いし)となる又イタリヤの内(うち)の一国(いつこく)に一(いち)異泉(いせん)あり何(いつれ)
 の物(もの)といふことなく其中(そのうち)に墜(おつ)れば半月(はんげつ)にして便(すなは)ち石皮(せきひ)を生(せう)じ其物(そのもの)を裹(つゝむ)【裏は誤記】
 又(また)欧(わう)𨗴(らつ)巴(ば)の西国(にしくに)に一湖(いつこ)有(あ)り木(き)を内(うち)に挿(さしは)さんで土(つち)に入(い)る一叚(いちたん)【段とあるところ】化(くわ)して鉄(てつ)と
 なる水中(すいちう)は一叚(いちたん)【段とあるところ】化(くわ)して石(いし)となるといへり本朝(ほんてう)又(また)かゝる所(ところ)多(おゝ)く凡(およそ)寒国(かんこく)の
 海浜(かいひん)湖涯(こがひ)いずれもしかりすべて器物(きぶつ)等(とう)の化石(くわせき)も其所(そのところ)になると知(し)る
 べし又(また)石(いし)に鞭(むち)うちて雨(あめ)を降(ふら)し雨(あめ)をやむる陰陽石(いんやうせき)ありて日本(につほん)にても宝(ほう)

【右丁】
 亀(き)七年/仁和(にんな)元年/及(およひ)東鑑(あつまかゞみ)等(とう)にも其例(そのれい)見(み)えたり江州(かうしう)石山(いしやま)は本草(ほんざう)に
 いへる陽起石(やうきせき)にて天下(てんか)の奇巌(きかん)たり又/日本記(にほんき)雄略(ゆうりやく)の皇女(こうによ)伊勢(いせ)斎宮(さいくう)
 にたゝせ給(たま)ひしに邪陰(しやいん)の御(おん)うたがひによりて皇女(くわうによ)の腹中(ふくちう)を開(ひら)かせ給(たま)ひしに
 物(もの)ありて水(みづ)のごとし水中(すいちう)に石(いし)ありといふことみゆ是(これ)医書(いしよ)に云(いう)石瘕(せつか)なるべし然(しかれ)ば
 物(もの)の凝(こり)なること理(り)においては一なり品類(ひんるい)におゐては鍾乳石(しやうにうせき)慈石(じしやく)礜石(よせき)滑石(くわつせき)
 礬石(はんせき)消石(せうせき)方解石(はうかいせき)寒水石(かんすいせき)浮石(かるいし)其余(そのよ)の奇石(きせき)怪石(くわいせき)動物(どうぶつ)などは曩(さき)に
 近江(あふみ)の人(ひと)の輯作(しうさく)せる雲根志(うんこんし)に尽(つき)ぬれば悉(こと〴〵)く弁するに及(およ)ばす
 ○イシといふ和訓(わくん)ハシといふが本語(ほんご)にてシマリ/シツ(沈)ム俗(ぞく)にシツカリなどのごとく物(もの)の凝(こ)り
 定(さたま)りたるの意(い)なり○イハとは石歯(いは)なり盤(いは)の字(じ)を書(かき)ならへりかならず大石(たいせき)にて
 歯牙(はきば)のごとく健利(するとき)の意(い)なり○イハホとは巌(かん)の字(じ)に充(あ)てゝ詩経(しきやう)維石巌々(これいしがん〴〵)と
 いひておなじく尖利(するとく)立(たち)たる意(い)なり万葉(まんよう)には石穂(いはほ)とかきて秀出(ほいづ)るの儀(ぎ)
 なり又いはほろともいへりかた〴〵転(てん)して惣(すべ)てをいしともいはともいはほとも通(つう)
 じていへり○日本(にほん)にして器用(きよう)に造(つく)る物(もの)すくなからず就中(なかんづく)五畿内(こきない)西国(さいこく)に産(さんす)るが
【左丁】
 うちに御影石(みかけいし)立山石(たつやまいし)豊島石(てしまいし)等(とう)は材用(さいよう)に施(ほどこ)し人用(にんよう)に益(ゑき)して翫(くわん)
 物(ぶつ)にあらず故(ゆへ)に其(その)三四(さんし)箇條(かでう)を下(しも)に挙(あげ)て其余(そのよ)を略(りやく)す○和泉石(いつみいし)は色(いろ)必(かならす)
 青(あお)く石理(いしめ)精(こまか)にして牌文(ひもん)等(とう)を刻(こく)す又(また)阿州(あしう)より近年(きんねん)出(いだ)すもの是(これ)に類(るい)
 す其石(そのいし)ねぶ川(かわ)に似(に)て色(いろ)緑(みどり)に石形(いしのかたち)片(ゝぎ)たるがごとし石質(せきしつ)は硬(かた)からず又(また)城州(しやうしう)
 にては鞍馬石(くらまいし)加茂川石(かもがはいし)清閑寺石(せいがんじいし)等(とう)是(これ)を庭中(ていちう)の飛石(とひいし)捨石(すていし)に置(おき)て
 水(みつ)を保(たも)たせ濡色(ぬれいろ)を賞(せう)し凡(すべ)て貴人(きにん)茶客(さかく)の翫物(くわんもつ)に備(そな)ふ
    ○豊島石(てしまいし)
 大坂(おほさか)より五十里/讃州(さんしう)小豆島(せうどしま)の辺(へん)にて廻環(めぐり)三里の島山(しまやま)なり家(いへ)の浦(うら)かろう
 と村(むら)こう村(むら)の三村(さんそん)あり家(いへ)の浦(うら)は家数(いへかず)三百/軒(けん)斗(ばかり)かろうと村(むら)こう村は各(おの〳〵)百七八
 十/軒(けん)ばかり中(なか)にもかろうとより出(いづ)る物(もの)は少(すこし)硬(かた)くして鳥井(とりゐ)土居(とゐ)の類(るい)是(これ)を
 以(もつ)て造製(さうせい)すさて此山(このやま)は他山(たのやま)にことかはり□【てヵ】山(やま)の表(おもて)より打切(うちきり)堀取(ほりとる)にはあらず
 唯(たゝ)山(やま)に穴(あな)して金山(かなやま)の坑場(しきくち)に似(に)たり洞口(とうこう)を開(ひら)きて奥深(おくふか)く堀入(ほりい)り敷口(しきくち)を縦横(しうわう)に

【右丁】
讃州(さんしう)豊(て)
島石(しまいし)

【左丁】
同/豊(て)
島(しま)
細工(さいく)
所(しよ)

【右丁】
 切抜(きりぬ)き十町廿町の道(みち)をなす。採工(げざい)松明(たいまつ)を照(てら)しぬれば穴中(けつちう)真黒(まつくろ)にして石共
 土とも分(わか)ちがたく。採工(げさい)も常(つね)の人色(にんしよく)とは異(こと)なり。かく堀入(ほりいる)ことを如何(いかん)となれば。
 元(もと)此石(このいし)には皮(かわ)ありて至(いたつ)て硬(かた)し。是(これ)今(いま)ねぶ川(かは)と号(なづけ)て出(いだ)す物(もの)にて《割書:本ねぶ川|は伊予(いよ)也》矢を
 入(いれ)破取(わりとる)にまかせず。たゞ幾重(いくへ)にも片(へ)ぎわるのみなり。流布(るふ)の豊島石(てしまいし)は其
 石の実(み)なり。故(かるがゆへ)に皮(かわ)を除(よけ)て堀入る事しかり。中(なか)にも家(いへ)の浦(うら)には敷穴(しきあな)七ツ有(あり)。
 されども一山(いつさん)を越(こ)えて帰(かへ)る所(ところ)なれば器物(きぶつ)の大抵(たいてい)を山中(さんちう)に製(せい)して担(になひ)出(いだ)せり
 水(ゐ)【井ヵ】筒(つゝ)。水走(みつはしり)。火爐(くはろ)。一ツ竃(へつい)などの類(るい)にて。格別(かくべつ)大(おほい)なる物はなし。かう村は漁村(ぎよそん)なれ
 ども石もかろうとの南(みなみ)より堀出(ほりいだ)す。石工(せきこう)は山下に群居(くんきよ)す。但(たゞ)し讃州(さんしう)の山(やま)は悉(こと〴〵)く
 此石のみにて。弥谷(いやたに)善通寺(せんつうじ)大師(だいし)の岩窟(いわや)も此石にて造(つく)れり
 ○石理(いしめ)は 磊落(いしくず)のあつまり凝(こり)たるがごとし。浮石(かるいし)に似(に)て石理(いしめ)麤(あらき)なり。故(ゆへに)水盥(みづたらひ)
 などに製(せい)しては。水(みつ)漏(も)りて保(たもつ)ことなし。されども火に触(ふれ)ては損壊(そんくわい)せず。下野(しもつけ)宇(う)
 都宮(つのみや)に出(いた)せるもの此石(このいし)に似て。少(すこ)しは美(び)なり。浮石(かるいし)は海中(かいちう)の沫(あは)の化(け)したる
 物(もの)にて伊予(いよ)。薩摩(さつま)。紀州(きしう)。相模(さがみ)に産(さん)すされば此山(このやま)も海中(かいちう)の島山(しまやま)なれば開(かい)
【左丁】
 闢(ひやく)以後(いご)汐(しほ)の凝(こり)たる物(もの)ともうたがはれ侍(はへ)る塩飽(しあく)の名(な)も若(もし)は塩泡の転(てん)じ
 たるにか○塩飽石(しあくいし)は御留山(おとめやま)となりて今(いま)夫(それ)と号(なづ)くる物(もの)は多(おゝ)く貝附(かいつき)を賞(さう)す
 是(これ)其辺(そのへん)の礒石(いそいし)にて石理(いしめ)粋米(こゞめ)のごとくにて質(しやう)は硬(かた)く飛石(とひいし)水鉢(みづはち)捨石(すていし)等(とう)に
 用(もちひ)て早(はや)く苔(こけ)の生(お)ふるを詮(せん)とす礒石(いそいし)は波(なみ)に穿(うが)たれて■(ゆがみ)【礧ヵ】砢(くほみ)異形(いぎやう)を珎重(ちんてう)す
   ○御影石(みかげいし)
 摂州(せつしう)武庫(むこ)。菟原(むはら)の二郡(にくん)の山谷(さんこく)より出(いだ)せり。山下(ふもと)の海浜(かいひん)御影村(みかけむら)に石工(いしや)ありて。
 是(これ)を器物(きふつ)にも製(せい)して。積出(つみいだ)す故(ゆへ)に御影石(みかげいし)とはいへり。御影山の名(な)は城州(じやうしう)加茂(かも)
 あふひ採(と)る山(やま)にして。此国(このくに)に山名(さんめい)あるにあらず。たゞ村中(そんちう)に御影(みかけ)の松(まつ)有(あり)て
 読(しよく)【ママ】古今集(こきんしう)に基俊卿(もととしきやう)の古詠(こゑい)あり。元(もと)此山(このやま)は海浜(かいひん)にて往昔(むかし)は牛車(うしくるま)などに負ふ
 することはなかりしに。今は海渚(かいしよ)次第(しだい)に侵埋(うもれ)て山(やま)に遠(とを)ざかり。石も山口(やまくち)の物(もの)は
 取尽(とりつき)ぬれば。今は奥深(おくふか)く採(と)りて廿丁も上(かみ)の住(すみ)よし村より牛車(うしくるま)を以(もつ)て継(つい)て
 御影村(みかけむら)へ出(いだ)せり。有馬(ありま)街道(かいどう)生瀬川原(なませかわら)などの石(いし)も此(この)奥山(おくやま)とはなれり。此上/品(ひん)の

【右丁】
摂州(せつしう)
御影石(みかげいし)

【右丁】
 石といふは至(いたつ)て色白(いろしろ)く黒文(くろふ)なし。是は昔(むかし)に出(いで)て今は鮮(すく)なし。されども其(その)費(ひ)
 用(よう)をだに厭(いと)はずして。高嶽(かうかく)深谷(しんこく)に入(いつ)ては。得(え)ざるへきにあらずといへども。運送車(うんそうしや)
 力(りき)の便(たより)なき所(ところ)のみ多(おゝ)し
 ○石質(いしのしやう)  文理(いしめ)は京(きやう)白川(しらかは)石に似(に)て。至(いたつ)て硬(かた)し故(かるがゆへ)に器物(きぶつ)に制(せい)するに微細(ひさい)の稜(か)
 尖(と)も手練(しゆれん)に応(おう)ず。白川は酒落(ほろ〳〵)して工(たくみ)に任(まか)せず。石工大なる物(もの)に至(いたつ)ては。難波(なには)
 天王寺の鳥井(とりゐ)などをはしめ城廓(しやうくはく)。石槨(せきくはく)。仏像(ふつぞう)。墓牌(ぼひ)。築垣(ついかき)に造(つく)り啄磨(たくま)し
 ては皮膚(ひふ)のごとし。是(これ)万代(ばんたい)不易(ふへき)の器材(きさい)。天下の至宝(しほう)なり
 ○品数(ひんすう)       直塊(のつら)は。大鉢(おほはち)。中鉢(ちうはち)。小鉢(こはち)。《割書:鉢(はち)とは手水鉢(てうずはち)に用(もちゆ)るにより本語(ほんご)とはす|れども柱礎(はしらいし)溝石(みそいし)なとをはしめその用多し》
 頭無(づなし)は大(おほき)さ大抵(たいてい)一尺五六寸にして。其上(そのうえ)の物(もの)を一ツ石と号(なづ)く。又六人といふは
 一/荷(か)に六宛(むつづゝ)担(になふ)の名(な)なり。栗石(くりいし)は小石にして。大雨(たいう)の時(とき)には山谷(さんこく)に転(ころ)び落(おつ)る
 物(もの)ゆへ石に稜(かど)なし是(これ)は鉢前(はちまへ)蒔石(まきいし)等(とう)に用(もち)ゆ《割書:石(いし)をくりといふこと。応神記(わうじんき)の哥に見へたり。また|万葉集(まんようしう)に奥津(おきつ)はくりともよみて山陰道(さんいんどう)の俗(そく)》
 《割書:言(ご)なりともいへり。大小|にかゝはらずいふとぞ》
 割石(はりいし)は大割(おほわり)中割(ちうわり)小割(こわり)延條(のべ)《割書:長(なか)く切(きり)たる|石なり》蓋石(ふたいし)《割書:大抵(たいてい)長二尺斗/幅(はゞ)|一尺一二寸/厚(あつさ)三四寸》いづれも築垣(ついがき)
【左丁】
 橋台(はしたい)石橋(いしばし)庭砌(ていれき)土居(とゐ)など其(その)用(よう)多(おゝし)又(また)石橋(いしばし)に架(かく)る物(もの)別(べつ)に河州(かしう)より出(いたす)
 石(いし)も有(ある)なり○切取(きりとる)には矢穴(やあな)を堀(ほり)て矢(や)を入(い)れなげ石(いし)をもつてひゞきの入(いり)たるを
 手鉾(てこ)を以(もつ)て離取(はなしとる)を打附割(うちつけわり)といふ又(また)横(よこ)一文字(いちもんじ)に割(わる)をすくい割(わり)とはいふなり
    ○龍山石(たつやまいし)
 播州(はんしう)に産(さん)して一山(いつさん)一塊(いつくわひ)の石(いし)なる故(かゆへ)に樹木(じゆもく)すくなし。往(ところ)〳〵( 〳〵 )此石山/多(おゝ)けれども。運(うん)
 送(さう)の便(たより)よき所(ところ)を切出(きりいだ)して。今(いま)は掘採(ほりとる)やうになれども。運送(うんさう)不便(ふべん)の山(やま)はいたづら
 に存(そん)して切入(きりい)る事(こと)なし。石(いし)の宝殿(ほうでん)は即(すなはち)。立山石(たつやまいし)にして。其辺(そのへん)を便所(へんしよ)として専(もつはら)
 切出(きりいだ)し採法(さいはう)すべてかはることなし。故(ゆえ)に図(づ)も略(りやく)せり。色(いろ)は五綵(ごさい)を混(こん)ず。切(きり)て形(かたち)を
 成(な)す事。皆(みな)方條(ながて)にのみあり。溝渠(みそ)。河水(かは)の涯岸(きし)。或(あるひは)界壁(さいめ)の敷石(しきいし)。敷居(しきい)の土居(とゐ)
 庭砌(ていれき)等(とう)の用(よう)に抵(あ)てゝ。他(た)の器物(きぶつ)に製(せい)することなし。大(おほき)さは三四尺より七八尺にも
 及(およ)び方(はう)五寸に六寸の物(もの)を。五六といひ。五寸に七寸を。五七といひて。尚(なを)大(おほい)なる品(ひん)
 数(すう)あり《割書:麓(ふもと)の塩市村(しほいちむら)に石工(せつく)あり南(みなみ)の尾崎(おさき)に龍(たつ)が端(はな)といひて|龍頭(たつかしら)に似(に)たる石(いし)あり故(ゆへ)に龍山(たつやま)といふ》

【右丁】


砥石(といし)
山(やま)



【右丁】
    ○砥礪(といし)《割書:精(こまか)なるものを砥(し)といひ|粗(あら)きものを礪(れい)といふ》
 諺(ことはさ)に砥(と)は王城(わうじやう)五里を離(はな)れす。帝都(ていと)に随(したが)ひて。産(さん)すと云(いふ)も。空(そら)ことにもあらす
 かし。昔(むかし)和州(わしう)春日山(かすがやま)の奥(おく)より。出(いだ)せし白色(はくしよく)の物(もの)は刀剣(かたな)の磨石(あわせと)なりしが。今(いま)は
 掘(ほる)ことなく其(その)跡(あと)のみ残(のこ)れり。今は城州(じやうしう)嵯峨(さが)辺(へん)鳴瀧(なるたき)高尾(たかを)に出(いだ)す物(もの)。天下の上(じやう)
 品(ひん)尤(もつとも)他(た)に類(たぐ)ひ鮮(すくな)し。是(これ)山城(やましろ)丹波(たんば)の境原山(さかいはらやま)に産(さん)して。内曇(うちくもり)又/浅黄(あさき)ともいふ。又丹
 波の白谷(しれ)にも出(いだせ)り是等ともに刀剣(かたな)の磨石(あわせと)或(あるひは)剃刀(かみそり)其余(そのよ)大工(たいこう)小工(せうこう)皆(みな)是(これ)を用(もち)ゆ。
 又/上州(じやうしう)戸沢砥(とさはと)は。水(みつ)を用(もち)ひずして磨(とく)べき上/品(ひん)にて。参河(みかわ)名倉砥(なくらと)は淡白色(たんはくしよく)に
 班(またら)【斑】あり。越前砥(ゑちぜん[と])は俗(そく)に常慶寺(じやうけんじ)と唱(とな)ふるもの。内曇(うちくもり)には劣(おと)れり以上/磨石(あはせと)の品(しな)
 にして本草(ほんざう)是(これ)を越砥(ゑつし)と云(いふ)《割書:いつれも。石に皮(かは)あり。山より出(いだ)す時(とき)は。四方に|長(なが)く切(きり)りて馬(むま)に四本/宛(づゝ)。負(お)ふ寸を。規矩(きく)とす》
 ○青砥(あおと)は平尾(ひらを)杣田(そまた)南村(みなむら)門前(もんせん)中村(なかむら)井手黒(いでのくろ)湯船(ゆふね)等(とう)なり中(なか)にも
 南村(みなむら)門前(もんせん)は京(きよう)より七里ばかり東北(ひかしきた)にありて周廻(まはり)七里の山(やま)なり丹波(たんば)に猪倉(いのくら)佐伯(さいき)芦(あし)
 野山(のやま)扇谷(あふきたに)長谷(なかたに)大渕(おほぶち)岩谷(いわたに)宮川(みやかわ)其外(そのほか)品数(ひんすう)多(おゝし)肥前(ひぜん)に天草(あまくさ)予(よ)
【左丁】
 州(しう)に白(しろ)赤(あか)等(とう)すべてを中砥(なかと)とも云(いう)尤(もつとも)各(おの〳〵)美悪(びあく)の品級(ひんきう)尽(こと〳〵)く弁(べん)ず
 るに遑(いとま)あらず右/磨石(あわせと)中砥(なかと)ともに皆(みな)山(やま)の土石に接(まじは)る物(もの)なれば山(やま)
 口(くち)に坑場(しきあな)を穿(うかち)深(ふか)く堀入(ほりいり)て所(ところ)々(〳〵)に窓(まど)をひらき栄螺(さゞゐ)の燈(ともし)を携(たづさ)へて
 石苗(いしのつる)を逐(お)ひ全(まつた)く金山(きんさん)の礦(まぶ)を採(と)るに等(ひと)し石(いし)尽(つき)ぬればかの榰(つか)架
 木(き)を取捨(とりすて)て其(その)山(やま)を崩(くず)せり故(ゆへ)に常(つね)も穴中(あなのなか)崩(くず)るべきやうに見へて
 恐(おそ)ろしく其(その)職工(しよくこう)にあらざる者(もの)は窺(うか)がふて身(み)の毛(け)を立(た)てり○石質(せきしつ)
 によりて其/工用(こうよう)に充(あつ)るものは下(しも)に別記(へつき)す中(なか)にも鏡磨(かゞみとぎ)又(また)塗物(ぬりもの)の節(ふし)
 磨(みが)くには対馬(つしま)の虫喰砥(むしくひと)なり是(これ)水(みづ)に入(い)りては破割物(わるゝもの)なれば刀磨(かたなとぎ)には用(もちひ)
 ざれども銀細工(ぎんさいく)の模鎔(いかた)には適用(てきよう)とす但(たゞ)し網(あみ)の鎮金(いは)などを鋳(い)る鎔(かた)には伊(い)
 予(よ)の白/砥(と)を用ゆ此白砥は又一/奇品(きひん)にして谷中(こくちう)に散集(ちりあつま)りし石屑(こつぱ)久敷(ひさしく)
 すればともに和合【「とちつき」左ルビ】し再(ふた)たび一顆塊(ひとかたまり)の全石(せんせき)となるなり故(ゆへ)に偶(たま〳〵)木(こ)の葉(は)を
 挿(さしはさん)て和合し奇石(きせき)の木(こ)の葉(は)石(いし)となるもの多(おゝ)くは此(この)山(やま)に得(う)る所(ところ)なり
 ○礪石(あらと)    肥前(ひぜん)の唐津(からつ)紋口(もんくち)紀州(きしう)茅(かや)が中(なか)神子(みこ)が浜(はま)或(あるひ)は予州(よしう)に

【右丁】
 出(いだ)すものは石理(いしめ)稍(やゝ)精(くわ)し是等(これら)皆(みな)堀取(ほりとる)にはあらず一塊(いつくわい)を山下(やました)へ切落(きりおとし)
 それを幾千(いくせん)挺(てう)の数(かず)にも頒(わかち)て出(いだ)す
 ○工用(こうよう)は   刀剣(かたな)鍜治(かぢ)【鍛】に台口(たいくち)磨工(ときや)に青茅(あをかや) 白馬(しろむま) 茶神子(ちやみこ) 天(あま)
 草(くさ) 伊予(いよ) 又(また)浄慶寺(じやうけんじ)等(とう)次第(しだい)に精(くわしき)を経(へ)て猪倉(ゐのくら)内曇(うちくもり)に合(あわせ)て
 後(のち)上引(うわひき)をもつて青雲(せいうん)の光艶(つや)を出(いた)す《割書:上引(うはひき)とは内曇(うちくも)りの石屑(こつぱ)なり但(たゝ)し|鳴瀧(なるたき)の地地艶(ちつや)【地1字衍ヵ】ともいひて猪倉(いのくら)の前(まへ)に》
 《割書:用(もち)ゆることあり是(これ)を|カキともいふ》○剃刀(かみそり)は 荒磨(あらとき)を唐津(からつ) 白馬(しろむま) 青神子(あをみこ) 茶(ちや)
 神子(みこ) 天草(あまくさ)に抵(あて)て鳴瀧(なるたき)高尾(たかを)等(とう)に合(あわ)せ用(も)ちゆ○庖丁(はうてう)はたばこ
 庖丁(はうてう)は台口(たいくち)中砥(なかとき)平尾(ひらを)杣田(そまた)等(とう)に磨(とぎ)て磨石(あわす)には及(およ)ばず又/薄刃(うすば)菜刀(ながたな)の
 類(るい)は荒磨(あらとぎ)は台口(たいくち) 白馬(しろうま) 青神子(あをみこ) 茶神子(ちやみこ) 白伊予(しろいよ)上(う)は引(ひき)にて色(いろ)
 付(つけ)とす○銭(せに)は唐津(からつ) 神子浜(みこがはま)に磨(と)ぎて予州(よしう)の赤(あか)にて鎈(みが)けり
 ○大工(だいく)《割書:并|》箱細工(はこさいく)指物(さしもの)等(とう)は門前(もんせん) 平尾(ひらを) 杣田(そまた)の青砥(あをと)にかけて鳴瀧(なるたき) 高(たか)
 尾(を)等(とう)に磨(あは)す○料理庖丁(りやうりはうてう)は山城(やましろ)の青(あを)○小刀(こかたな)は南村(みなむら)○竹細工(たけさいく)は天草(あまくさ)
 ○針(はり)毛抜(けぬき)は荒磨(あらとぎ)を土佐(とさ)にて予州(よしう)白赤(しろあか)に鎈(みが)く○形彫(かたほり)は予州(よしう)の白(しろ)
【左丁】
 ○紙裁(かみたち)は杣田/大抵(たいてい)かくのごとし凡(およそ)工用(こうよう)とする所/硬(かた)き物(もの)は柔和(やわらか)なるに
 抵(あ)て柔軟(やわらか)なるは硬(かた)きに磨(とく)とはいへどもたゞ金質(きんしつ)石質(せきしつ)相(あい)和(くわ)する自然(しぜん)
 ありて一概(いちがい)には定(さだ)めがたし
芝菌品(たけのしな)
 地(ち)に生(おふ)るを菌(きん)又/蕈(じん)といふ木に生(おふ)るを䓴(せん)と云/菌(きん)は和名鈔(わめうせう)タケ䓴(せん)を
 キノミヽと訓(よめ)り菌(きん)に数種(すしゆ)あり木菌(もくきん)《割書:キクラ|ゲノ類》土菌(ときん)《割書:ツチヨリ|生スル類》石菌(せききん)《割書:イハ|タケ》
 《割書:ノ|ルイ》等(とう)にして品数(ひんすう)甚(はなはだ)多(おゝ)し是(これ)宋人(そうひと)陳仁玉(ちんしんぎよく)菌譜(きんふ)を著(あらは)して甚(はなはた)詳(つまひら)か
 なり本草(ほんさう)に云/凡(およそ)菌(きん)六七月の間(あいた)湿熱(しつねつ)蒸(む)して山中(さんちう)に生(せう)ずる者(もの)甘(あまく)
 滑(なめら)かにして食(くらふ)べし云々しかれとも菌譜(きんふ)本草(ほんさう)に載(の)するもの本朝(ほんてう)に
 在(ある)所(ところ)多くは同(おな)しからずして悉(こと〳〵)くは弁(べん)じがたし○是(これ)を俗(ぞく)にクサヒラ
 とはいへども和名抄(わめうせう)にては菜蔬(さいそ)をクサビラといへり中国(ちうこく)及(および)九州(きうしう)の方(はう)
 言(げん)にはなはといふ尾張(おはり)辺(へん)にはみゝと云(いう)

【右丁】
   ○芝(さいはいたけ)《割書:俗(そく)に霊芝(れいし)といふ一名 科名草(くわめいさう) 不死草(ふしさう)|福草(ふくさう)◦和訓(わくん)ヌカトデタケ◦サキクサ》
 本草(ほんざう)に五色芝(ごしきだけ)といふ仙薬(せんやく)なり商山(せうさん)の四皓(しこう)芝(し)を採(とり)茹(くらふ)てより群仙(ぐんせん)の服(ふく)
 食(しよく)とす又(また)五色(こしき)の外(ほか)に紫芝(しし)あり以上(いじやう)六芝(ろくし)に分(わかつ)中(なか)にも紫芝(しし)は多(おゝ)し地(ち) 
 上(しやう)に生(せう)じて沙石中(しやせきちう)或(あるひ)は松樹下(せうしゆか)などに一度(ひとたび)生(せう)ずれば幾年(いくねん)も同所(どうしよ)に
 生(せう)ず初生(しよせい)黄色(きいろ)にて日を経(へ)て赤色(あかいろ)を帯(お)び長(ちやう)して紫(むらさき)褐(ちや)色(いろ)茎(くき)黒(くろふ)
 して光沢(かうたく)あり笠(かさ)の裏(うら)きれず滑(なめら)かなり味(あちは)ひ五色(ごしき)に五/味(み)を備(そなふ)是(これ)一(いつ)
 歳(さい)に三/度(たひ)花(はな)さくの瑞草(ずいさう)にて日本(にほん)延喜式(ゑんきしき)にも祥瑞(しやうすい)の部(ぶ)に見(み)たり
 瑞命礼(すいめいれい)に王者(わうしや)仁慈(じんじ)なれば芝草(しさう)生(せう)ずといふは是(これ)なり○其形(そのかたち)
 一本(ひともと)離(はな)れて生(おふ)るあり又/叢(むらか)り生(せう)ずるもあり又一/茎(けい)に重(かさな)り生(せう)して
 マヒタケのごとき物(もの)あり又/茎(くき)枝(えだ)を生(せう)して傘(かさ)あるもあり又かさなく
 茎(くき)のみ生(せう)して長(たけ)三/尺(じやく)ばかりに枝(えた)を生(せう)し鹿(しか)の角(つの)のごときもあり是(これ)鹿(ろく)
 角芝(かくし)といふ奇品(きひん)にして先年(せんねん)伊勢(いせ)の山中(さんちう)に出(いだ)す凡(すへ)て芝(し)の品類(ひんるい)六
【左丁】
 百種(ひやくしゆ)斗(ばかり)尚(なを)奇品(きひん)の物(もの)本草綱目(ほんざうかうもく)に委(くわ)し○丹波(たんば)にては首途(かどて)を祝(いわ)ひて是(これ)
 を饋(おく)る伊勢(いせ)にて万年(まんねん)たけといひて正月の辛盤(ほうらい)に飾(かざ)り江戸(ゑと)にはネコジ
 ヤクシといひ仙台(せんだい)にてはマゴシヤクシといひて痘瘡(ほうそう)を掻(か)くなり
胡孫眼(さるのこしかけ) 是(これ)芝(たけ)の種類(しゆるい)也/木(き)に生(せう)じて茎(くき)なし大(おほ)なるもの四五尺にも及(およ)ぶ也
     ○香蕈(しいたけ) 《割書:○一名 香菰(かうこ) 香菌(かうきん) 処蕈(しよじん)|》
 日向(ひうが)の産(さん)を上品(じやうひん)とす多(おゝ)くは熊野(くまの)辺(へん)にも出(いだ)せり椎(しい)の木に生(せう)ずるを
 本條(ほんじやう)とす但(たゞ)し自然生(しねんせい)のものは少(すくな)し故(ゆへ)に是(これ)を造([つ]く)るに椎(しい)の木を伐(きつ)て雨(あめ)
 に朽(く)たし米泔(しろみつ)を沃(そゝ)ぎて薦(こも)を覆(おほ)ひ日を経(へ)て生(せう)ず又/櫧(かし)の木を伐(きり)て
 作(つく)るもあり採(とり)て日に乾(かわか)さず炙(あぶ)り乾(かわ)かす故(ゆへ)に香気(かうき)全(まつた)し又/生乾(きほ)しとは
 木に生(おひ)ながら乾(かわか)したるものにて香味(かうみ)甚(はなはだ)隹(か)【佳ヵ】美(び)なり是(これ)を漢名(かんめう)家(か)
 蕈(しん)といふ形(かたち)松蕈(まつたけ)のごとく茎(くき)正中(まんなか)に着(つ)くものを真(しん)とす又/漢(かん)に雷(らい)

【右丁】
 菌(きん)といふ物(もの)あり疑(うた)がふらくは作(つく)り蕈(たけ)の類(るい)なるべし通雅(つうがに)云椿榆構/抔(なと)
 を斧(おの)をもつてうち釿(き)り其(その)皮(かわ)を久(ひさしく)雨(あめ)に爛(たゞら)かし米潘(こめのしる)を沃(そゝ)ぎ雷(らい)の音(おと)
 を聞(き)けは蕈(たけ)を生(せう)ず若(もし)雷(らい)鳴(なら)ざる時(とき)は大斧(おほおの)をもつて是(これ)を撃(う)てば
 忽(たちまち)蕈(たけ)を生(せう)ずと云(いへ)り是(これ)香蕈(しいたけ)を作(つく)る法(はう)のごとし今(いま)和州(わしう)吉野(よしの)又/伊勢(いせ)山
 などに作(つくり)出(いだ)せるもの日向(ひうが)には勝(まさ)れり其(その)法(はう)は扶移(しで)の樹(き)を多(おゝく)伐(きり)て一所(ひとゝころ)
 にあつめ少(すこ)し土(つち)に埋(うづ)め垣(かき)を結(ゆい)まはして風(かぜ)を厭(いとひ)其(その)まゝ晴雨(せいう)に暴(さら)すこ
 と凡(およそ)一年斗/程(ほど)よく腐爛(ふらん)したるを候(うか)がひてかの斧(おの)をもち撃(うち)て目(め)を
 入置(いれを)くのみにて米泔(しろみず)を沃(そゝ)ぐこともなしされども其(その)始(はじめ)て生(おゝ)ふるはすくな
 く大抵(たいてい)三年の後(のち)を十分(じうぶん)の盛(さか)りとしそれより毎年(まいねん)に生(おゝ)ふるのすく
 なければ又/斧(おの)を入(い)れつゝ年を重(かさ)ぬなり春(はる)夏(なつ)秋(あき)と出(い)て冬(ふゆ)はなし其(その)
 内(うち)春の物(もの)を上品(じやうひん)として春香(はるこ)と称(せう)す夏(なつ)は傘(かさ)薄(うす)く味(あぢ)も劣(おと)れり又/別(べつ)
 に雪香(ゆきこ)と云(いゝ)て絶品(せつひん)の物(もの)は縁(ふち)も厚(あつ)く形勢(きやうせい)も全(まつたく)備(そな)へり是(これ)は春香(はるこ)の内(うち)
 より撰(えり)出(いだ)せるものにて裏(うら)なども潔白(けつはく)なるを称(せう)せり
【左丁】
    ○石耳(いわたけ)《割書:一名 石芝(せきし)|》
 熊野(くまの)天狗峯(てんぐがみね)の絶頂(せつてう)に大巌(おほいわ)あり其上(そのうえ)に多(おゝ)く生(せう)ず皆(みな)山石上(さんせきじやう)の
 嶮(けはしき)にあり夏月(かげつ)火熱(くはねつ)の時(とき)は甚(はなはだ)小(せう)にして松蒳(まつのこけ)のごとし面(おもて)黒色(くろいろ)裏(うら)青(あを)
 色(いろ)形(かたち)木耳(きくらけ)に似(に)て茎(くき)なし黒(くろ)き所(ところ)岩(いわ)につきて生(せう)ず是(これ)を採(とる)には梯(はしこ)
 をかけ縄(なは)にすがり或(あるひ)は畚(ふご)に乗(の)りて木(き)の枝(えた)より釣(つり)下(さか)りなどの所為(しよい)は図(つ)
 のごとしよそめのおそろしさには似(に)す猿(さる)の木(こ)づたふよりもやすし
 鶯(うくひす)の子(こ)もかくのごとくして採(と)るといへり今又/吉野(よしの)より出(いづ)るものを
 上品(しやうひん)とす

 附記
  此(この)余(よ)蕈(たけ)の品(しな)甚(はなはだ)多(おゝ)し○松蕈(まつたけ)は山州(さんしう)の産(さん)をよしとす大凡(およそ)牝松(めまつ)
  にあらざれは生(せう)ぜす故(ゆへ)に西国(さいこく)には牡松(おまつ)多(おゝ)き故(ゆへ)松蕈(まつたけ)は少(すく)なくして茯(ぶく)

【右丁】



 熊野(くまの)

   石苴(いわたけ)【茸】



【右丁】
  苓(りやう)多(おゝ)し京畿(けいき)は牝松(めまつ)多(おゝ)きがゆへに蕈(たけ)多(おゝ)くして茯苓(ぶくりやう)少(すく)なし○金(きん)
  菌(たけ)は冬春の間(あいだ)に生(せう)じて松蕈(まつたけ)に似(に)て小(せう)なり○玉蕈(しめぢ)○布引蕈(ぬのひきたけ)
  ○初蕈(はつたけ)裏(うら)は緑青(ろくせう)のごとし尾張辺(おはりへん)にてはあをはちといふ○滑蕈(なめたけ)西(さい)
  国(こく)にては水たゝきといふて冬(ふゆ)生(せう)ず○天花蕈(ひらたけ)高野(かうや)より多(おゝ)く出(いだ)し
  諸木(しよぼく)ともに生(せう)ず○舞蕈(まいたけ)ひらたけに似(に)て一茎(いつけい)に多(おゝ)く重(かさな)り生(せう)ず
  針(はり)のごとし小(せう)にして尖(さき)は紫(むらさき)なり○木耳(きくらげ)は樹皮(きのかわ)に附(つき)て生(せう)し初生(しよせい)
  は淡黄色(うすきいろ)に赤色(あかいろ)を帯(おび)たり採(とり)て乾(かわ)かせば黒色(くろいろ)に変(へん)ず日本(にほん)にて
  接骨木(にはとこのき)に生(せう)ずるを上品(じやうひん)とす○桑蕈(くわたけ)は二/種(しゆ)ありてかたきは桑(くわ)の
  樹(き)の胡孫眼(さるのこしかけ)なり軟(やわやか)なるは食用(しよくやう)の木耳(きくらげ)なり此余(このよ)槐(えんじゆ)楡(にれ)柳(やなぎ)楊(う)
  櫨(つき)なとに皆(みな)蕈(たけ)を生(せう)ず○杉蕈(すきたけ)は杉(すき)の切株(きりかぶ)に生(せう)じひらたけに似(に)
  て深山(しんさん)に多(おゝ)し○葛花菜(くずたけ)葛(くず)の精花(せいくわ)にして紅蕈(へにたけ)も此(この)種類(しゆるい)なり
  是(これ)に一種(いつしゆ)春(はる)生(せう)ずるものを鶯菌(うくひすたけ)又さゝたけといひ丹波(たんば)にて赤蕈(あかたけ)
  南都(なんと)にて仕丁(してう)たけ等(とう)の名(な)あり○ 雚菌(おきたけ)は蘆(あし)萩(はき)の中(なか)にせう
【左丁】
  ずる玉蕈(しめし)なり九月/頃(ころ)にあり○蜀挌(いのこくたけ)はハリタケ共(とも)云(い)う常(つね)の針蕈(はりたけ)
  には異(こと)なり本條(ほんてう)は傘(かさ)を張(は)りて生(せう)しかさの裏(うら)に針(はり)有(あり)色(いろ)白(しろく)味(あぢ)
  苦(にが)し○地耳(うしのかはたけ)は陰地(いんち)丘陵(きうれう)の樹根(きのね)に多(おゝ)く生(せう)ず脚(あし)短(みぢか)く多(おゝく)重(かさなり)生(せう)ず
  面(おもて)黒(くろ)く茶褐色(ちゃいろ)の毛(け)あり裏(うら)白(しろ)くして刻(きれ)なし皮蕈(かわたけ)は色(いろ)黒(くろく)して此(これ)
  同種(どうしゆ)なり黒皮(くろかは)たけも是(これ)に同(おな)し○蕈類(たけるい)大抵(たいてい)右(みぎ)のごとし此(この)余(よ)毒(どく)有(あり)て
  食用(しよくよう)にせざるもの多(おゝ)しあるひは竹蓐(すゝめのたまこ)竹林中(ちくりんちう)に生(せう)し土菌(どもくたけ)はキツネノ
  カラカサともいひて是(これ)にも鬼蓋(きかい)地岑(ちしん)鬼茟(きひつ)の種類あり
   ○蜂蜜(はちみつ)《割書:一名|》百花精(ひやくくわせい) 百花蕊(ひやくくわずい)
 ○凡(およそ)蜜(みつ)を醸(かも)する所(ところ)諸国(しよこく)皆(みな)有(あり)中(なか)にも紀州(きしう)熊野(くまの)を第一(たいいち)とす芸州(けいしう)
 是(これ)に亜(つ)ぐ其外(そのほか)勢州(せいしう)尾(び)州/土(と)州/石(せき)州/筑前(ちくぜん)伊予(いよ)丹波(たんば)丹後(たんご)出雲(いづも)など
 に昔(むかし)より出(いだ)せり又(また)舶来(はくらい)の蜜(みつ)あり下品(げひん)なり是(これ)は砂糖(さとう)又/白砂糖(しろさとう)にて
 製(せい)す是(これ)を試(こゝろみ)るに和産(わさん)の物(もの)は煎(せん)ずれば蜂(はち)おのづから聚(あつま)り舶来(はくらい)

【左丁】


 熊野(くまの)
 蜂蜜(はちみつ)

【右丁】
 の物(もの)は聚(あつま)ることなく此(これ)をもつて知(し)る○蜜(みつ)は夏月(なつ)蜂脾(はちのす)の中(うち)に
 貯(たくは)へて己(おの)々(〳〵)冬籠(ふゆこもり)りの食物(しよくもつ)とせんがためなり一種(いつしゆ)人家(しんか)に自然(しぜん)に
 脾(す)を結(むす)ひ其中(そのなか)に貯(たく)はふ物(もの)を山蜜(やまみつ)といふ又(また)大樹(たいじゆ)の洞中(たうちう)に脾(す)を結(むす)ひ
 貯(たく)はふを木蜜(きみつ)といふ以上(いじやう)熊野(くまの)にては山蜜といひて上品(じやうひん)とす又/巌(いわ)
 石(ほ)間中(のうち)に貯(たく)はふ物(もの)を石蜜(せきみつ)と云(いう)又/家(いへ)に養(かう)て採(と)る蜜(みつ)は毎年(まひねん)脾(す)を
 采(と)り去(さ)る故(ゆへ)に気味(きみ)薄(うす)く是(これ)を家蜜(かみつ)といふ脾(す)を炎天(えんてん)に乾(かわ)かし下(した)に
 器(うつは)を承(う)けて解(と)け流(なが)るゝ物(もの)をたれ蜜(みつ)といひて上品(じやうひん)なり漢名(かんめう)生蜜(せうみつ)《割書:一(いつ)|法(はう)》
 《割書:槽(ふね)に入(い)れて火(ひ)を以(もつ)て焚(た)きて取(とる)なり但し|火気(くわき)の文武(ふんふう)毫厘(かうり)の間(あいた)を候(うかゞふ)こと大事(たいじ)あり》又/脾(す)を取(と)り潰(ついや)し蜂(はち)の子(こ)ともに研(すり)
 水(みづ)を入(い)れ煎(せん)じて絞(しほ)り採(とる)を絞(しぼ)りといふ《割書:漢名|熟蜜》凡(およそ)蜜(みつ)に定(さだま)る色(いろ)なし皆(みな)方(はう)
 角(かく)の花(はな)の性(せい)によりて数色(すしよく)に変(へん)ず
 ○畜家蜂(いへにやしのふはち) 《割書:漢名 花賊(くはそく) 蜜宦(みつくはん) 王腰奴(わうようと) 花媒(くははい)|》
 家(いへ)に畜(やしな)はんと欲(ほつ)すれば先(まつ)桶(おけ)にても箱(はこ)にても作(つく)り其中(そのなか)に酒(さけ)砂糖水(さとうみづ)な
 どを沃(そゝ)き蓋(ふた)に孔(あな)を多(おゝ)くあけて大樹(たいしゆ)の洞中(とうちう)に結(むす)びし巣(す)の傍(かたはら)に
【左丁】
 置(おけ)ば蜂(はち)おのづから其中(そのなか)へ移(うつ)るを持帰(もちかへ)りて蓋(ふた)を更(あら)ためて
 簷端(のき)或(あるひ)は牗下(まと)に懸置(かけおく)なり此(この)箱桶(はこおけ)の大(おほ)きさに規矩(きく)ありされ
 ども諸州(しよしう)等(ひと)しからず先(まつ)九州(きうしう)辺(へん)一家(いつか)の法(はう)を聞(き)くに箱(はこ)なれば
 九寸四方/竪(たて)弐尺九寸にして是(これ)を竪(たて)に掛(かく)るなり或(あるひは)斜横(なゝめよこ)と畜家(やしなふいへ)
 の考(かんがへ)あり其(その)箱(はこ)の材(き)は香(か)のある物(もの)を忌みてかならず松(まつ)の古/木(ぼく)を
 用(もち)ひ是(これ)又(また)鋸(のこぎり)のみにて銫(かんな)に削(けづ)ることを忌(い)む板(いた)の厚(あつ)さ四歩斗/両方(りやうはう)の
 耳(みゝ)を随分(ずいぶん)かたく造(つく)りつよく縄(なは)をかけざれば後(のち)には甚(はなはた)重(おもく)なりてお
 のづから落(おち)損(そん)ずることあり戸(と)は上下(うえした)二枚にして下(した)の戸(と)の上に壱歩
 八/厘(りん)横(よこ)四寸斗の隙穴(ひまあな)を開(ひら)きて蜂(はち)の出入(ていり)の口(くち)とす若(もし)一二/厘(りん)も広(ひろ)く開(あく)
 れば山蜂(やまはち)抔(なと)隙(ひま)より窺(うかがひ)て大(おほ)きに蜜蜂(みつはち)を擾乱(せうらんす)又大王の出(いづる)にも此(この)穴(あな)よりして凡(およそ)
 小(ちいさ)き物(もの)也/箱(はこ)の数(かず)は家毎(いへごと)に三四を限(かぎ)りて其余(そのよ)は隣家(りんか)の軒(のき)を往(ところ)々(〳〵)借(かり)て畜(やしなふ)
 ○造脾(すをつくる)   尋常(よのつね)の房(す)の鐘(つりかね)の如(こと)き物(もの)にあらず穴(あな)も下(した)に向(むか)ふ
 ことなく只(たゞ)箱(はこ)一(いつ)はゐに造(つく)り穴(あな)は横(よこ)に向(むか)ふて人家(じんか)の鳩(はと)の家(いへ)の如(こと)し先(まづ)

【右丁】
 箱(はこ)の内(うち)の上(うへ)より半月(はんげつ)のごとき物(もの)を造(つく)りはじめ継(つい)で下(した)一はひ両脇(りやうわき)共(とも)
 に盈(みた)しむ其(その)厚(あつさ)凡(およそ)壱寸八歩/或(あるひは)二寸/斗(はかり)両面(りやうめん)より六角(ろくかく)の孔(あな)数多(あまた)を
 開(ひら)き柘榴(ざくろ)の膜(まく)に似(に)て孔(あな)深(ふかさ)八九歩/是(かく)のごとき物(もの)を幾重(いくえ)も製(つく)りて其(その)脾(す)と
 脾(す)との間(あいた)纔(わつか)人(ひと)の指(ゆひ)の通(とを)る程(ほと)宛(つゝ)の隙(ひま)あり蜂(はち)其(その)隙(ひま)に入(いる)には下(した)より潜(くゝる)なり
 全体(せんたい)脾(す)を下(した)迄(まで)は盈(みた)さずあればなり脾(す)の形(かたち)或(あるひ)は正面(せうめん)或は横(よこ)斜(なゝめ)などに
 て大抵(たいてい)同(おな)し其(その)孔(あな)には子を生(う)み又(また)蜜(みつ)を貯(たくは)へ又 子(こ)の食物(しよくもつ)の花(はな)を貯(たく)はふ又(また)
 子/成育(せいいく)して飛(とん)で出入(ていり)するに及(およ)べば其(その)跡(あと)の孔(あな)へも亦(また)蜜(みつ)を貯(たく)はふ凡(およそ)蜜(みつ)
 はじめは甚(はなはた)淡(あは)しき露(つゆ)なり吐積(はきつ)んで日(ひ)を経(へ)れば甘芳(かんはう)日毎(ひごと)に進(すゝむ)こと
 実(まこと)に人の酒(さけ)を醸(かも)するに等(ひと)し既(すで)に露孔(つゆあな)に盈(みつ)る時(とき)は其(その)表(おもて)を閉(とぢ)て一(いつ)
 滴(てき)一気(いつき)を洩(もら)すことなし蜂(はち)の数(かず)多(おゝ)ければ気味(きみ)も厚(あつ)し
 ○蜂(はち)は 小(せう)なり大(おほ)きさ五歩(ごぶ)許(ばかり)マルハチに似(に)て黄(き)に黒色(こくしよく)を帯(おぶ)多(おゝく)
 群(あつまり)て花(はな)をとる物(もの)は巣(す)を造(つくら)ず巣(す)を造(つくる)ものは花(はな)を採(と)らず時(とき)々(〳〵)入替(いりかわ)
 りて其(その)役(やく)をあらたむ夫(それ)が中(なか)に蜂王(だいわう)といひて大(おほ)きなる蜂(はち)一(ひとつ)つあり
【左丁】
 其(その)王(わう)の居所(いところ)は黒蜂(くろはち)の巣(す)の下(した)に一台(いつたい)をかまふ是(これ)を台(うてな)といふその
 王(わう)の子(こ)は世(よ)々(〳〵)継(つき)て王(わう)となりて元(もと)より花(はな)を採(と)ることなく毎日(まいにち)群蜂輪(くんほうかわり)
 値(はん)に花(はな)を採(と)りて王(わう)に供(くう)す是(これ)一桶(ひとおけ)に一个(ひとつ)のみなるに子(こ)を産(う)むこと
 雌雄(しゆう)ある物(もの)に同(おな)し道理(とうり)においては希異(きい)なり群蜂(ぐんはう)是(これ)に従侍(じうじ)【ママ】する
 こと実(まこと)に玉体(ぎよくたい)に向(むかふ)がごとし又(また)黒蜂(くろはち)十/斗(ばかり)ありて是(これ)を細工人(さいくにん)と呼(よ)ぶ孔口(あなくち)
 を守(まも)りて衆蜂(しうはう)の出入(ていり)を検(あらた)め若(もし)花(はな)を持(も)たずして孔(あな)に入(い)らんとするもの
 あれば其(その)懈怠(けだい)を責(せめ)て敢(あへ)て入(い)ることを許(ゆる)さず若(もし)再三(さいさん)に怠(おこた)る者(もの)は遂(つゐ)に
 螫殺(さしころ)して軍令(くんれい)を行(おこ)なふに異(こと)ならず凡(およそ)家(いへ)にあるも野(の)にあるも儀(ぎ)に
 おゐては同(おな)じ
 ○ 頒脾(すわかれ)  大王(たいわう)の子(こ)成育(せいいく)に至(いた)れば飛(と)んで孔(あな)を出(いづ)るに群蜂(ぐんはう)半(なかば)従(した)
 がふて恰(あたか)も天子(てんし)の行幸(みゆき)のごとく擁衛(ようゑい)甚(はなはた)厳重(げんぢう)なり其(その)飛(とび)行(ゆく)こと大抵(たいてい)五(ご)
 間(けん)より十間(じつけん)の程(ほど)にして木(き)の枝(えだ)に取附(とりつけ)は其(その)脊(せ)其(その)腹(はら)に重(かさな)り留(とゞま)りて枝(えだ)ゟ(より)
 垂(たれ)たるごとく一団(いちだん)に凝(こり)集(あつま)り大王(たいわう)其中(そのなか)に核(たね)のごとく裹(つゝ)【裏は誤記】まる畜人(やしなふひと)是を逐(おふ)て

【右丁】
 袋(ふくろ)を群蜂(くんはう)の下(した)に承(う)けて羽箒(ははばき)を以(もつ)て枝(えだ)の下を掃(はく)がごとくに切落(きりおと)せば一/団(だん)の
 まゝにて其(その)袋中(たいちう)へおつる其(その)音(おと)至(いたつ)て重(おも)きがごとし《割書:今世(いまよ)此/袋(ふくろ)を籠(かご)にて作(つく)りて|衆蜂(しゆはう)の気(き)を洩(もら)さしむさなく》
 《割書:ては蜂(はち)死(しす)ること|多(おゝ)し》是(これ)を用意(ようゐ)の箱(はこ)に移(うつ)し畜(やし)なふを脾(す)わかれといふて人の分家
 するに等(ひと)し若(もし)其(その)一団(いつだん)の袋(ふくろ)へ落(おつ)るに早(はや)く飛放(とびはな)る者(もの)ありて大王(たいわう)の従行(じうぎやう)
 に洩(も)れて其(その)至(いた)る所(ところ)を知(し)らず又(また)原(もと)の巣(す)へ飛帰(とびかへ)る時(とき)は衆蜂(しうはう)敢(あへ)て孔(あな)に
 入(い)ることを不許(ゆるさず)争(あらそ)ひ起(おこり)て是(これ)を螫殺(さしころ)し其(その)不忠(ふちう)を正(たゞ)すに似(に)たり見(み)る
 人(ひと)慙愧(さんき)して歎涙(かんるい)を流(なが)せり又八ツさはぎとて昼(ひる)八ツ時(とき)には衆蜂(しうはう)不残(のこさす)
 桶(おけ)の外(そと)に顕(あら)はれて稍(やゝ)羽根(はね)を鳴(なら)すことあり三月/頃(ころ)蜂(はち)の分散(ぶんさん)する時(とき)彼(かの)
 王(わう)一群(いちぐん)ごとの中(なか)に必(かならず)一ツあり巣中(すちう)に王(わう)三ツある時(とき)は群飛(ぐんひ)も三(みつ)にわかる
 其時(そのとき)畜(やし)なふ人/水(みず)沃(そゝ)ぎて其(その)翅(つばさ)を湿(うるほ)せば蜂(はち)外(ほか)へ分散(ぶんさん)せず皆(もと)元(もと)の器(き)
 中(ちう)へ還(かへ)る故(ゆへ)に年(とし)々(〳〵)畜(やし)なふといへり
 ○割脾(すをきりて)取蜜(みつをとる)  是(これ)を採(と)るには蕎麦(そば)の花(はな)の凋(しぼ)む時(とき)を十/分(ぶん)甘芳(かんはう)
 の成熟(せいじゆく)とす採(と)らんと欲(ほつ)する時(とき)は先(まづ)蓋(ふた)をホト〳〵叩(たゝ)けば蜂(はち)皆(みな)脾(す)の後(うしろ)
【左丁】
 に移(うつる)其時(そのとき)巣(す)の三分の二を切採(きりとり)三分が一を残(のこ)せば再(ふたゝひ)其(その)巣(す)を補(おきなひ)原(もと)のごとしかく採(とる)こと
 幾度(いくたび)といふことなし冬(ふゆ)に至(いたれ)ば脾(す)ともに煎(せん)じて熟蜜(しほりみつ)とす○一種(いつしゆ)土蜂(つちはち)と云(いう)て大(おゝき)さ五分/斗(ばかり)
 土を深(ふか)く穿(うかち)其中(そのなか)に脾(す)を結(むす)ぶ是(これ)にも蜜(みつ)あり南部(なんぶ)是(これ)をデツチスガリといふ但(たゞ)し
  スガリは蜂(はち)の古訓(こくん)なり古今集(こきんしう)離別(りべつ)に       〽すがるなく秋(あき)の
 萩原(はきはら)あさたちてたび行(ゆく)人(ひと)をいつとかまたん         又(また)深山(みやま)
 崖石上(かいせきじやう)に自然(しせん)のもの数歳(すさい)を経(へ)て已(すてに)熟(じゅく)する物(もの)あれば土人(としん)長(なか)き竿(さほ)
 をもつて刺(さし)て蜜(みつ)を流(なが)し採(と)る或(あるひ)は年(とし)を経(へ)ざるものも板縁(よちのほり)取(と)れり凡(およそ)
  箱(はこ)に畜(やし)なふもの絞(しぼ)り蜜(みつ)ともに二十/斤(きん)《割書:百六十|目一斤》蜜蝋(みつらう)二斤を得(う)るなり
 此二/斤(きん)のあたひを以(もつ)て桶箱(おけはこ)修造(しゆざう)の費用(ひよう)に抵(あてゝ)足(た)れりとす
  ○蜜蝋(みつらう) 一名 黄蜡(わうさく)
 是(これ)黄蝋(わうらう)といふ物(もの)にて即(すなはち)蜂(はち)の脾(す)なり其(その)脾(す)を絞(しぼ)りたる滓(かす)なり蜜(みつ)より
 蝋(らう)を取(と)るには生蜜(たれみつ)を采(とり)たる後(のち)の蜂(はち)の巣(す)を鍋(なべ)に入れ水(みづ)にて煎(せん)じ

【右丁】
 沸(わき)たる時(とき)別(べつ)の器(うつは)に冷水(れいすい)を盛(も)りて其上(そのうえ)に籃(いかき)を置(お)きかの煎(せん)じたる
 を移(うつ)せば滓(かす)は籃(いかき)に留(とどま)りて蝋(らう)は下(した)の器(うつは)の水面(すいめん)に浮(う)かふ夫を又(また)陶器(やきものゝうつは)
 に入(い)れて重湯(ゆせん)とすれば自然(しぜん)に結(むす)びて蝋(らう)となるなり又(また)熟蜜(しほりみつ)をとる
 時(とき)鍋(なべ)にて沸(わか)せば蜜(みつ)は上(うへ)に浮(うか)び蝋(らう)は中(ちう)に在(あり)脚(あし)は底(そこ)にあり是(これ)を采(と)り冷(ひや)
 しても自然(しせん)に黄蝋(わうらう)に結(むす)ぶ
  ○会津蝋(あいづらう)
 本草(ほんざう)虫白蝋(ちうはくらう)といひて奥州(おうしう)会津(あいづ)に採(と)る蝋(らう)なり是(これ)はイボクラヒ
 といふ虫(むし)を畜(やし)なふて水蝋樹(いぼた)といふ木(き)の上(うへ)に放(はな)せば自然(しせん)に枝(えだ)の間(あいだ)に
 蝋(らう)を生(せう)して至(いたつ)て色(いろ)白(しろ)く其(その)虫(むし)は奥州(おほしう)にのみありて他国(たこく)になし故(ゆへ)に
 形(かたち)を詳(つまび)らかにせず今(いま)他国(たこく)に白蝋(はくらう)といふものは漆(うるし)の樹(き)などの蝋(らう)を暴(さら)
 したる白色(しろいろ)なりまた薬店(やくてん)にて外療(くわいりやう)に用(もち)ゆる白蝋(はくらう)といふも蜜(みつ)
 蝋(らう)の暴(さら)したるにて是(これ)又(また)真(しん)にあらず水蝋樹(いほた)といふ木(き)は処(しよ)々(〳〵)に多(おゝ)し
【左丁】
 葉(は)は忍冬(にんどう)に似(に)て小(せう)なり夏(なつ)は枝(えだ)の末(すへ)ことに小白花(せうはくくわ)を開(ひ)らき花(はな)の
 後(のち)実(み)を生(せう)ず熟(じゆく)して色(いろ)黒(くろ)く鼠(ねづみ)の屎(くそ)のごとし冬(ふゆ)は葉(は)おつる 又/此(この)
 蝋(らう)を刀剣(とうけん)に塗(ぬ)れは久しくして鏽(さび)を生(せう)ぜず又/疣(いぼ)に貼(つく)れば自(おのづ)から
 落(おつる)故(ゆへ)にイホオトシの名(な)あり今(いま)蝋屋(らうや)に售(う)る会津蝋(あいづらう)といふ物(もの)真偽(しんき)お
 ぼつかなし
   ○ 鯢(さんしやういを)
 渓澗水(たにみづ)に生(せう)ず牛尾魚(こち)に似(に)て口(くち)大(おほひ)なり茶褐色(ちやいろ)にして甲(せ)に班文(またら)
 あり能(よ)く水(みづ)を離(はな)れて陸地(りくぢ)を行(ゆ)く大(おほい)なるものは三/尺(じやく)斗(ばかり)甚(はなはだ)山椒(さんせう)
 の気(き)あり又(また)椒樹(さんせうのき)に上(のぼ)り樹(き)の皮(かわ)を採(と)り食(くらふ)此(この)魚(うを)畜(やしな)[ひ]おけは夜(よる)啼(なき)て小(せう)
 児(に)の声(こへ)のごとく性(せい)至(いたつ)て強(つよ)き物(もの)にて常(つね)に小池(せんすい)に畜(やしな)ひ用(もち)ゆべき時(とき)其(その)
 半身(はんしん)を截断(たちきり)其(その)半(なかは)を復(また)小池(せんすい)へ放(はな)ちおけば自(おの)づから肉(にく)を生(せう)じ元(もと)の
 全身(ぜんしん)となる故(ゆへ)に作州(さくしう)の方言(はうけん)にハンサキといふ又(また)其(その)去(さり)たる皮(かは)も久(ひさ)しく

【右丁】

山椒魚(さんせううを)

【右丁】
 して尚(なを)動(うごく)なりといへり○別(へつ)に一種(いつしゆ)箱根(はこね)の山椒魚(さんしやううを)といふものあり小(ちいさき)
 魚(うを)なり越後(ゑちご)にてセングハンウヲといふ其(その)形(かたち)水蜥蜴(いもり)に似(に)て腹(はら)も赤(あか)し
 故(ゆへ)にアカハラともいふ乾物(かんぶつ)として出(いだ)し小児(せうに)の疳虫(かんむし)を治(ぢ)す物理小(ふつりせう)
 識(しき)に閩高(みんかう)の源(もと)に黒魚(こくきよ)ありとは是(これ)なり今(いま)相州(さうしう)信州(しんしう)軽井沢(かるいさわ)和田(わだ)の
 辺(ほとり)より出(いづ)る物(もの)もかのいもりのごとき物(もの)にて夜(よ)る滝(たき)の左右(さゆう)の岩(いわ)を攀上(よちのほる)
 なり土人(どしん)是(これ)を採(と)るに木綿袋(もめんふくろ)にて玉網(たまあみ)のごときものゝ底(そこ)を巾着(きんちやく)の
 口(くち)のごとくにして松明(たいまつ)を照(てら)して魚(うを)の上(のぼ)るを候(うかゞ)ひ袋(ふくろ)をさし附(つけ)て自(おのつ)から
 入(い)るを取(と)りて袋(ふくろ)の尻(しり)を解(と)き壺(つぼ)へ納(おさ)む又(また)丹波(たんば)但馬(たじま)土佐(とさ)よりも出(いた)せ
 り○本草(ほんさう)に一種(いつしゆ)䱱魚(ていきよ)といふものおなじく山椒魚(さんせううを)ともいへども是(これ)は
 人魚(にんぎよ)なり河中(かちう)及(およ)び湖水(こすい)に生(せう)す形(かたち)鮧魚(なまず)に似(に)て翅(つばさ)長(なが)く手足(てあし)のご
 とし又(また)時珎(ぢちん)の稽神録(けいしんろく)に載(の)する所(ところ)の物(もの)は華考(くわかう)の海人魚(うみにんぎよ)なり
 紅毛人(おらんだじん)此(この)海人魚(うみにんぎよ)の骨(ほね)持来(もちきた)りて蛮名(ばんめう)ヘイシムルト云/甚(はなはだ)偽(にせ)もの
 多(おほ)し
【左丁】
   ○葛(くず)  葛穀(かつこく) 《割書:一名》 鹿豆(ろくとう)
 蔓草(つるくさ)なり根(ね)を食(くらふ)是(これ)を葛根(かつこん)といふ粉(こ)とするを葛粉(かつふん)といふ吉野(よしの)より 
 出(いだ)すもの上品(じやうひん)とす今(いま)は紀州(きしう)に六郎大夫といふを賞(せう)すもつとも
 隹味(かみ)【佳】なり是(これ)全(まつた)く他物(たぶつ)を加(く)わへざるゆへなるべし草(くさ)は山野(さんや)とも自然生(しぜんせい)
 多(おゝ)し中華(ちうくわ)には家園(には)に種(う)えて家葛(かかつ)と云(いう)野生(やせい)のものを野葛(やかつ)といふ
 日本(にほん)にては家園(には)に栽(う)ゆることなし葉(は)は遍豆(いんけまめ)に似(に)て三葉(さんよう)一所に着(つき)
 て三尖(みつかど)小豆(あづき)の葉(は)のごときもあり茎(くき)葉(は)とも毛茸(け)ありて七月ころ
 紫赤(むらさき)の花(はな)を開(ひら)きて紫藤花(ふぢのはな)のごとし穂(ほ)を成(な)して下(した)に垂(た)れる長(たけ)
 三寸斗/莢(さや)を結(むすび)て是(これ)又/毛(け)あり冬月根(ふゆね)を堀(ほ)りて石盤(せきばん)にて打(うち)■(くだ)【揤ヵ】
 き汁(しる)を去(さ)り金杵(かなきね)にてよく舂(つき)細屑末(こまかきこ)となして水飛(すいひ)数度(すど)に飽(あ)か
 しめ盆(ぼん)に盛(も)りて日(ひ)に暴(さら)し桶(おけ)に納(おさ)めて出(いだ)す《割書:和方書是を|水粉といふ》○葛根(かつこん)は
 薬肆(くすりや)に生乾(きほし)暴乾(さらし)の二/品(しな)あり○蔓(つる)は水(みつ)に浸(ひた)し皮(かわ)を去(さ)り編連(あみつら)

【右丁】

 吉(よし)
  野(の)
   葛(くず)


【右丁】
 ねて器(うつは)とし是(これ)を葛簏(ふちこり)といひて水口(みなくち)に製(せい)するもの是なり葛篭(つゞら)
 は蔓(つる)をつらねたるの名(な)なり○葛布(くづぬの)は蔓(つる)を煮(に)て苧【荢】のごとく裂(さき)
 紡績(うみつむぎ)て織(をる)なり詩経(しきやう)に絺綌(ちげき)と云は絺(ち)は細糸(ほそきいと)綌(げき)は太(ふと)き糸(いと)にて古(いにしへ)
 中華(ちうくわ)に織(をる)もの今の越後縮(ゑちこちゝみ)のごときもありと見(み)たへり【ママ】○クスと云
 は細屑(くづ)の儀(ぎ)にて水粉(すいふん)につきての名(な)にして草(くさ)の本名(ほんめう)は葛(ふぢ)なり
 フヂは即(すなはち)鞭(ぶち)なり古製(こせい)是(これ)をもつて鞭(むち)とす故(ゆへ)に号(なつけ)て喪服(もふく)を葛(ふぢ)
 衣(ころも)といふは葛布(くずぬの)なればなり
  これ蔓(つる)葉(は)根(ね)花(はな)皮(かは)ともに民用(みんよう)に益(ゑき)あり故(ゆへ)に遠村(ゑんそん)の民(たみ)は親属(しんぞく)手(て)を
  携(たづさ)へ山居(さんきよ)して堀食(ほりくら)ひ高(たか)く生(お)ひて粉(こ)なき時(とき)は山下(さんか)に出(いで)てこれを
  紡績(はうせき)す皆(みな)人(ひと)に益(ゑき)し救(すく)ふ事(こと)五穀(ここく)に亞(つ)げり○蕨根(はらびのね)も亦(また)是(これ)に亞(つ)きて
  同(おな)しく水粉(すいふん)とす其品(そのしな)は賤(いや)しけれども人(ひと)の飢(うへ)を救(すく)ふにおゐてはその
  功用(こうよう)変(かわ)ることなし伯夷(はくゐ)叔斉(しゆくせい)が首陽(しゆよう)の山居(さんきよ)も此(これ)によりて生(せい)を保(たも)てり
  《割書:偽物(きぶつ)は生麩(せうふ)をくわへて制(せい)し|味(あぢ)甚(はなはだ)隹(か)ならす【佳】》
【左丁】
 ○此余(このよ)葛粉(かつふん)の功用(こうよう)甚(はなはだ)多(おゝ)し或(あるひ)は餅(もち)又/水麺(すいとん)に制(せい)し白粉(おしろい)に和(くわ)し
  糊(のり)に適(てき)し料理(りやうり)の調味(てうみ)なとさま〴〵人に益(ゑき)す
 ○或(ある)書(しよ)云(いわく)葛(くづ)よく毒(どく)を除(のぞ)くといへども其(その)根(ね)土(つち)に入(い)ること五六寸/以上(いじやう)を葛(かつ)
  ■(たん)【脰ヵ】といひてこれ頸(がふ)なりこれを腹(ふく)【服の誤ヵ】すれば人に吐(と)せしむ
   ○山蛤(あかかへる)
 山城(やましろ)嵯峨(さが)又は丹波(たんば)播州(ばんしう)小夜(さよ)の山より多(おゝ)く出(いだ)す摂津(せつつ)神崎(かんさき)の辺(へん)にも出(いだ)せ
 ども其(その)性(せい)宜(よろ)しからず凡/笹原(さゝはら)茅原(ちはら)のくまにありて是(これ)をとるには小(ちいさ)き網(あみ)にて伏(ふせ)
 又/唐網(とうあみ)のごとくなる物(もの)の竜頭(りうづ)を両手(りやうて)に挟(はさ)みこまを廻(まは)すごとくひねりて打(うて)は
 網(あみ)きりゝとまはりて三尺四方/許(ばかり)に広(ひろ)がるなりかくし得(え)て膓(はらはた)を抜(ぬ)き乾物(かんぶつ)
 として出(いだ)す其(その)色(いろ)桃色(もゝいろ)繻子(じゆす)のごとし手足(てあし)甚(はなはだ)長(なが)く目(め)は扇(あふぎ)の要(かなめ)に似(に)たり但(たゞ)し今
 市中(しちう)に售(う)るもの偽物(ぎぶつ)多(おゝ)し○本草(ほんさう)綱目(かうも[く])に山蛤(さんかう)は蝦蟆(かま)より大(おゝ)きく色(いろ)黄(き)也
 とありて日本(につぽん)の物(もの)には符合(ふがう)せず国(くに)を異(こと)にするのゆへもある欤/大和本草(やまとほんさう)

【右丁】

 山蛤(あかかへる)

【右丁】

 鷹(たか)が
   峯(みね)
 蘡(えび)
  薁(つるの)
   虫(むし)

【右丁】
 に長明(ちやうめい)無名抄(むみやうしやう)を引(ひき)て井堤(いて)の蛙(かわづ)是(これ)なり晩(くれ)に鳴(な)きて常(つね)のかわずに変(かわ)れり
 色(いろ)黒(くろ)き様(やう)にて大(おほ)きにもあらず□□【とい】ふて山蛤(さんかう)に充(あて)たるはおぼつかなし
    ○蘡薁虫(ゑひつるのむし)《割書:木(き)の一名/野葡萄(のぶとう)|》
 山城国(やましろのくに)鷹(たか)が峯(みね)に出(いづ)る物(もの)上品(じやうひん)とす蔓(つる)葉(は)花(はな)実(み)ともに葡萄(ぶどう)に異(こと)なることなし
 詩経(しきやう)六月/薁(いく)を食(くらふ)とは是(これ)なり春月/萌芽(め)を出(いだ)して三月/黄白(わうはく)の小花穂(せうくわほ)をな
 す七八月/実(み)を結(むす)ぶ小(せう)にして円(まろ)く色(いろ)薄紫(うすむらさき)其(その)茎(くき)吹(ふい)て気(き)出(い)づ汁(しる)は通草(あけひ)の
 ごとし蔓(つる)に往(ところ)々(〳〵)盈(ふく)れたる所(ところ)ありて真菰(まこも)の根(ね)に似(に)たり其中(そのなか)に白(しろ)き虫(むし)あり
 是(これ)小児(せうに)の疳(かん)を治(ぢ)する薬(くすり)なりとて枝(ゑだ)とも切(きり)て市(いち)に售(う)る然(しか)るに此(この)茎中(けいちう)に
 虫(むし)あること和漢(わかん)の書(しよ)に於(おゐ)て見(み)ることなし柳(やなき)の虫(むし)常山(くさぎ)のむしもともに疳(かん)
 薬(くすり)とはすれども尚(なを)勝(まさ)れりとは云(い)へり南都(なんと)に真(しん)の葡萄(ふとう)なし此(この)実(み)を採(とり)て核(たね)を
 去(さ)り煎熬(せんかう)【「いり」左ルビ】して膏(あぶら)のごとし食用(しよくよう)とす又/葉(は)の背(せ)に毛(け)あり乾(ほ)してよく揉(もめ)ば
 艾綿(もぐさ)のごとし是(これ)にて附贅(いぼ)を治(ぢ)す故(ゆへ)にイホおとしの名あり中華(から)には酒(さけ)に
【左丁】
 醸(かも)し葡萄(ぶどう)の美酒(びしゆ)欝金香(うつきんこう)と唐詩(とうし)に見(み)へたるは是(これ)なり
  《割書:和名(わみやう)ヱヒツルとは久(ひさ)しく誤(あやま)り来(きた)れりヱヒツルは葡萄(ぶどう)のことにて蘡薁(ゑびつる)|イヌヱヒ又ブトウといへりされとも古しへより混していひしなるへし》
田臘品(かりのしな)
   ○鷹(たか)
 甲斐(かい)山中(やまなか) 日向(ひむか) 丹後(たんこ) 伊予(いよ)等(とう)に捕(と)るもの皆(みな)小鷹(こたか)にして大鷹(おほたか)は 奧(おう)
 州(しう)黒川(くろかわ) 上黒川(かみくろかは) 大沢(おほさは) 富沢(とみさわ) 油田(あぶらた) 年遣(とつかい) 大爪(おほつめ) 矢俣(やまた)等(とう)にて
 捕(とる)なりしのぶ郡(こほり)にて捕(とる)者(もの)凡(すべ)てしのぶ鷹(たか)とはいへり白鷹(おほたか)は朝鮮(てうせん)より来(きた)りて
 鶴(つる)雁(かん)を撃(う)つ者(もの)是(これ)なり鷹(たか)を養(か)ふ事(こと)は朝鮮(てうせん)を原(もと)として鷹鶻方(たかこつはう)と云(いふ)書(しよ)
 あり故(ゆへ)に本朝(ほんてう)仁徳天皇(にんとくてんわう)の御宇(きよう)依網屯倉(よさみみやけ)の阿珥古(あひこ)鷹(たか)を献(けん)せしに其名(そのな)さへ知(しり)
 給(たま)はざりけるを百済(はくさい)の皇子(わうし)酒君(さけのきみ)是は朝鮮(てうせん)にて倶知(くち)と云(いふ)鳥(とり)なりとて韋(おしかは)緡/小鈴(こすゞ)
 を着(つけ)て得馴(ならしえ)て百舌野(もすの)遊猟(ゆうれう)に多(おゝ)□【く】雉子(きし)を捕(と)る故(ゆへ)に時人(ときひと)其(その)養鷹(たかかひ)せし処(ところ)を
 号(なつけ)て鷹甘邑(たかいのやう)と云(いふ)て今(いま)の住吉郡(すみよしこほり)鷹合村(たかあいむら)是(これ)なりされば我国(わかくに)に養(やしな)ひ始(はじめ)し

【右丁】


 張切羅(はりきりあみ)を
 もつて
   鷹(たか)を捕(とる)

【右丁】
 事(こと)朝鮮(てうせん)の法(はう)を伝(つた)へたりと見へたり○捕養(とりか)ふ者(もの)は凡(すへて)巣中(すちう)に獲(ゑ)て養(やしな)ひ馴(な)れ
 しむ其中(そのなか)に伊予国(いよのくに)小山田(おやまた)には羅(あみ)して捕(と)れり此(この)山(やま)は土佐(とさ)阿波(あは)三/国(ごく)に跨(またがり)たる
 大山(たいさん)なりされば鷹(たか)は高山(かうさん)を目(め)がけてわたり来(きた)るものなれば必(かならす)此(この)山(やま)に在(あ)り
 凡七八月の間/柚(ゆ)の実(み)の色付(いろつき)かゝる折(おり)を渡(わた)り来(く)るの期(ご)とす
 ○羅(あみ)ははり切羅(きりあみ)といひて目(め)の広(ひろさ)一寸或二寸すが糸(いと)にても苧(お)にても作(つく)る竪(たて)
 三四尺/横(よこ)二/間(けん)許(ばかり)なるを張(は)りて其(その)下(した)に提灯羅(てうちんあみ)とて長三尺ばかり周経(わたり)一尺
 斗のもめん糸(いと)の羅(あみ)に鵯(ひよとり)を入(い)れ杭(くひ)に結(ゆ)ひ付又/其(その)傍(かたはら)に木(き)にて作(つく)りたる蛇(へび)の形(なり)の
 よく似(に)たるを竹(たけ)の筒(つゝ)に入れて糸(いと)をながく付(つけ)て夜中(やちう)より仕(い)かけ置(お)き早天(さうてん)に鷹(たか)木(こ)
 末(すへ)を出(いで)て求食(あさる)を見(み)かけしかきの内(うち)より蛇(へび)の糸(いと)を引(ひき)て鵯(ひよとり)のかたを目(め)かけ動(うご)かせ
 は恐(おそ)れて騒立(さわたつ)を見(み)て鷹(たか)是(これ)を捕(とら)んと飛下(とひおり)て羅(あみ)にかゝる両方(りやうはう)に着(つけ)たる竹(たけ)の釣(ち)に
 漆(うるし)をぬりて能(よ)く走(はし)る様(やう)にしかけし物(もの)にて鷹(たか)触(ふる)れば自(おのづから)縮(しゞまり)寄(より)て鷹(たか)の纏(まと)はる
 るを捕(とら)ふなり此(この)羅(あみ)を張(は)るに窮所(きうしよ)ありて是又/庸易(ようい)のわざにはあらずといへり其(その)
 猟師(りやうし)皆(みな)惣髪(そうはつ)にして男女(なんによ)分(わか)ちかたし冬(ふゆ)も麻(あさ)を重(かさね)て着(ちやく)せり○此(こゝ)に捕(と)る鷹(たか)多(おゝく)
【左丁】
 は鷂(はいたか)又ハシタカともいひて兒鷂(このり)の雌(めん)【䳄】なり逸物(いちもつ)は鴨(かも)鷺(さぎ)をとり白鷹(おほたか)に似(にて)小也
 其(その)班(ふ)色(いろ)々(〳〵)有(あり)○かく捕(と)り獲(え)て後(のち)山足緒(やまあしを)山大緒(やまおほを)を差(さす)なり何(いづ)れも苧(お)【荢は誤】を以(もつ)て作(つく)る
 尤(もつとも)足(あし)にあたる処(ところ)は揉皮(もみかわ)を用(もち)ひ旋(もとをり)は竹(たけ)の管(くだ)又は鹿(しか)の角(つの)にて制(つく)る小鷹(こたか)は紙(かみ)に
 て尾羽(おは)をはり樊籠(ふせご)に入(ゐ)れて里(さと)に售(ひさ)く○他国(たこく)又/奥州(おうしう)の大鷹(おほたか)は巣鷹(すたか)と云(いひ)て
 巣(す)より捕(とらふ)あり其(その)法(はう)未詳(つまひらかならず)○餌(え)は餌板(えいた)に入(いれ)て差入(さしいれ)飼(かふ)○大鷹(おほたか)は尾袋(おふくろ)羽袋(はふくろ)を
 和(やは)らかなる布(ぬの)にて尾羽(おは)の筋(すし)に一処(ひとゝころ)縫付(ぬいつけ)る其(その)寸法(すんはう)尾羽(おは)の大小に随(した)がふ
 ○以捕時(とるときによりて)異名(なをことにす)
 赤毛《割書:一名/網掛(あかけ) 初種(はつくさ) 黄鷹(わかたか)|是(これ)夏(なつ)の子(こ)を秋(あき)捕(とり)たるを云也》巣鷹(すたか)《割書:巣(す)にあるを|捕(とり)たるなり》巣廻(すまはり)《割書:五六月/巣立(すたち)たる|を捕(とり)たるなり》野曝(のされ)鷹《割書:山曝(やまされ)木曝(こされ)とも|云十月十一月に》
 《割書:捕(とり)たる|なり》里落鷹(さとおちたか)《割書:十二月に取(と)る|物(もの)の名(な)なり》新玉鷹(あらたまたか)《割書:正月に|捕(とり)たる也》佐保姫(さほひめ)鴘(かへり)《割書:|乙女(おとめ)鷹 小山鴘(こやまかへり)|とも云二三月に取(とり)たる也》鴘(かへり)《割書:山野(さんや)にて毛(け)をかへたるを云(いふ)片(かた)かへりとは|一 度(ど)かへたるを云(いふ)二度かへたるを諸(もろ)かへりと云》
 ○鷹懐(たかをなつける)
 獲(ゑ)たるまゝなるを打(うち)おろしといふ是(これ)に人肌(ひとはだ)の湯(ゆ)を以て尾(お)羽(は)觜(はし)の廻(まは)り餌(え)じみなど
 を能(よ)く洗(あ)らひ觜(はし)爪(つめ)を切(き)り足緒(あしを)をさして夜据(よすへ)をするなり夜据(よすへ)とは打(うち)おろしの稍(やゝ)
 人に馴(なれ)たるを視候(うかゞひ)夜(よる)塒(とや)を開(ひら)き燈(ともしび)を用(もち)ひず手に据(すへ)て山野(さんや)を徘徊(はいくわい)し夜(よ)を経(へる)に

【右丁】
 ついて燈(ともしひ)を幽(かすか)に見(み)せ又(また)夜(よ)をかさねて次第(しだい)にちかくす是(これ)は若(もし)始(はじ)めに火(ひ)の光(ひかり)
 に驚(おどろ)かせては終(つい)に癖(くせ)となりて後(のち)に水に濡(ぬ)れたる羽(は)を焚火(たきひ)に乾(かわかす)こと成(なり)がたき故(ゆえ)也
 其外(そのほか)数多(あまた)害(かい)ありさて夜据(よすへ)積(つも)りて鷹(たか)熟(くつろ)ぎ手(て)ふるひ身(み)せゝりなどして
 和(やわ)らぎたるを見(み)て朝据(あさすへ)をするなり是(これ)は未明(みめい)より次第(しだい)に朝(あさ)を重(かさ)ねて後(のち)には白(はく)
 昼(ちう)に野(の)にも出(いた)せり其時(そのとき)肉(にく)よくなり野鳥(のとり)を見(み)て目(め)かくる心(こゝろ)を察(さつ)しかねて貯(たくはへ)し
 小鳥(ことり)を見(み)せて手廻(てまは)りにて是を捕(と)らせり但(たゝ)し其(その)小鳥(ことり)の觜(はし)をきりあるひは
 括(くゝる)也是は鷹(たか)を啄(ついば)み声(こへ)を立(たて)させさるが為(ため)なり若(もし)声(こへ)立(たて)などして鷹(たか)おどろけば
 終(つい)に癖(くせ)となるを厭(いと)へばなり是(これ)を腰丸(こしまる)觜(はし)をまろばすとは云(い)へり此(この)鳥(とり)よく取得(とりえ)たる
 時(とき)は暖血(ぬくち)《割書:肉の|こと也》を少(すこ)し飼(か)ひて多(おほ)くは飼(か)はず多(おほ)く飼(か)へは肉(にく)ふとりて悪(あし)し尚(なを)生育(せ◾️いく)に
 心(こゝろ)を附(つけ)て肥(こへ)る痩(やせ)る又は羽振(はふり)顔貌(かんほう)などの善悪(せんあく)或(あるい)は大鷹(おほたか)は眸(ひとみ)の小(ちい)さくなるを肉(にく)の
 よきとし小鷹(こたか)はこれに反(はん)し又(また)屎(うち)の色(いろ)をも考(かんが)へ能(よ)く調(とゝな)はせて《割書:是(これ)を肉(にく)をこし|らへるといふ也》飛流(とびなかし)
 の活鳥(いけとり)を飼(か)ふ《割書:飛流(とびなが)しとは鳥(とり)の目(め)を縫(ぬ)ひ野(の)に出(いで)て高(たか)く飛(とび)はせて|鷹(たか)に羽合(はあわせ)するなり目(め)をぬふは高(たか)く一筋(ひとすし)に飛(とば)さん為(ため)也》是(これ)を手際(てきは)よく取(と)れは夫(それ)より
 山野(さんや)に出(いで)て取飼(とりか)ふなり
【左丁】
 ○巣鷹(すたか)は巣(す)より取(と)りて籠(かご)のうちに艾葉(もくさ)兎(うさぎ)の皮(かわ)を敷(し)きて小鳥(ことり)を
 細(こま)かに切(き)りてあたへ少(すこ)しも水(みづ)を交(まじ)へず○初生(しよせい)をのり毛(け)綿毛(わたげ)共云又
 村毛(むらけ)つばな毛(け)と生育(せいいく)の次第(しだい)あり尾(を)の生(ふ)を以(もつ)て成長(せいちやう)の期(ご)として
 一生(ひとふ)二生(ふたふ)を見(み)するといふなり三生(みふ)に及(およ)べば籠中(こちう)に架(ほこ)をさすなり
 初(はしめ)より籠(かご)に蚊帳(かや)をたれて蚊(か)の螫(さす)を厭(いと)ふ又/雄(お)を兄鷹(せう)といひ雌(め)を弟(た)
 鷹(い)【注】といひて是(これ)をわかつには軽重(けいぢう)をもつてす軽(かろ)きを兄(せう)とし重(おも)きを弟(たい)
 とす又/尾羽(おは)延(の)び揃(そろ)ひかたまりたる後(のち)は足緒(あしを)をさして五日ばかり架(ほこ)
 につなぎ静(しづ)かに据(すへ)て三日ばかり浅湯(ぬるゆ)を浴(あび)するふに若(もし)浴(あび)ざればふ
 りかけて度(と)を重(かさ)ぬ縮(しゞま)りたる羽(は)を伸(のば)し尚(なを)前法(せんはう)のごとく活鳥(いけとり)をまろ
 はして後(のち)には常(つね)のごとし
 ○鷹品(たかのしな)大概(たいがい)
 角鷹(おほたか)《割書:蒼鷹 黄|鷹ともいふ》波廝妙(はしたへ)《割書:弟(たい)とも兄(けい)とも|見知(みしり)がたきを云》鶻(はやぶさ)《割書:雄(お)なり|形小也》隼(ほ)《割書:雌(め)なり形(なり)大(おほひ)なり|仕(つ)かふに用(これを)_レ之(もちゆ)》鷂(はいたか)《割書:雌(め)|也》
 兄鷹(このり)《割書:鷂(はいたか)の|雄(お)也》萑鷂(つみ)《割書:鵰【𪄄は俗字】とも書(かき)て品(しな)多し黒- 木葉- 通- 熊-|北山- いづれも同品なり府をもつて別かつ》萑鳶(ゑつさい)《割書:つみより|小なり》鶆(さし)

【注 雄の鷹を「しょう」と言い、雌の鷹を「だい」と言う。】

【右丁】
 鳩(ば)《割書:赤治鳥(あかさしば) 青- 底-|下- 裳濃(すそご)-》○鷲(わし)《割書:全体(せんたい)黒し年(とし)を経て白(しろ)き府(ふ)種(しゆ)々(〳〵)に変(へん)ず哥に毛(け)は黒(くろ)|く眼は青く觜(はし)青く脛(あし)に毛(け)あるを鷲(わし)としるべし》
 鵰(くまたか)《割書:全体(せんたい)黒(くろ)く尾(を)の府(ふ)年を経(へ)て様(さま)〴〵に変す哥に觜(はし)黒(くろ)く|青ばし青く足青く脛に毛あるをくまたかとしれ》其外(そのほか)品類(ひんるい)多(おゝ)し○任鳥(つふり)
 《割書:まくそつかみ|くそつかみ》惰鳥(よたか)も種類(しゆるい)なり
  大和本草云/鷹鶻方(ようこつはう)を案(あんず)るに鷹(たか)の類(るい)三種(さんしゆ)あり鶻(はやぶさ)鷹(たか)鷲(わし)なり今(いま)案(あん)ずるに
  白鷹(おほたか)鷂(はいたか)角鷹(くまたか)は鷹(たか)なり○隼(はやぶさ)鶆鳩(さしは)は鶻(こつ)なり○鷲(わし)鳶(とび)等(とう)は鷲(わし)なり鷹鶻(ようこつ)の二/類(るい)
  は教(おしへ)て鳥(とり)を取(とら)しむ鷲(わし)の類(たぐ)ひは教(お)しへて鳥(とり)を取(とら)しめず又/諸鳥(しよてう)は雄(お)大(おほひ)なり唯(たゞ)鷹(たか)は
  雌(めん)大(おほい)なり此事(このこと)中華(ちうくわ)の書(しよ)にも見(みへ)たり尚(なを)詳(つまひらか)なることは原本(げんぽん)によりて見(みる)べし此(こゝ)に略(りやく)す
    ○ 鳧(かも)
 ○ 鳧(かも)は摂州(せつしう)大坂/近辺(きんへん)に捕(と)るもの甚(はなはた)美味(ひみ)なり北中島(きたなかしま)を上品(じやうひん)とす河内(かわち)
 其(その)次(つぎ)なり是(これ)を捕(と)るに他国(たこく)にては鴨羅(かもあみ)といへども津(つ)の国(くに)にてはシキデンとて
 横幅(よこはゞ)五六間に竪(たて)一間斗の細(ほそ)き糸(いと)の羅(あみ)を左右(さいう)竹(たけ)に付(つけ)て立(たつ)る又三間/程(ほど)
 づゝ隔(へだ)てゝ三/重(ぢう)四/重(ぢう)に張(は)るなり是(これ)を霞(かすみ)共云○又一/法(はう)に池(いけ)の辺(ほとり)にては竹(たけ)に
【左丁】
 黐(もち)を塗(ぬ)り横(よこ)に多(おほ)くさし置(おけ)ば鳧(かも)渚(みぎは)の芹(せり)など求食(あさる)とて竹の下(した)を潜(くゝ)る
 に触(ふ)れて黐(もち)にかゝる是(これ)をハゴと云(いふ)○又/一法(いつはう)に水中(すいちう)に有(あ)る鳥(とり)をとる
 には流(なが)し黐(もち)とて藁蘂(わらしべ)に黐(もち)を塗(ぬ)り川上(かわかみ)より流(なが)しかけ翅(つばさ)にまとはせ
 て捕(とら)ふ○又/一法(いつはう)に高縄(たかなわ)と云(いふ)有(あり)是(これ)は池(いけ)沼(ぬま)水田(すいでん)の鳥(とり)を捕(と)るが為(ため)なり先(ま)づ
 黐(もち)を寒(かん)に凍(こほ)らざるが為(ため)油(あぶら)を加(くわ)えて是(これ)を一度(いちど)煮(に)て荢(お)【苧】に塗(ぬ)り轤(わく)に
 巻(まき)取(と)りさて両岸(りやうきし)に篠竹(しのたけ)の細(ほそ)きを長さ一間(いつけん)斗(ばかり)なるを間(あいだ)一間/半(はん)に
 一本(いつほん)宛(づゝ)立並(たてな)らべ右の糸を纏(まと)ひ張(は)る事(こと)図(づ)のごとし一方(いつはう)に向(むか)ひたる一本
 づゝの竹は尖(かと)の切(きり)かけの筈(はづ)に油(あぶら)を塗(ぬ)り糸の端(はし)をかけ置(お)き鳥(とり)のか
 かるに付(つき)て筈(はづ)はづれて纏(まと)はるゝを捕(とら)ふ是を棚(たな)が落(おち)るといふ東西(とうざい)の風(かぜ)に
 は南北(なんぼく)に延(ひ)き南北の風には東西にひき必(かならず)風に向(むか)ふて飛来(とびきた)るを待(まつ)なり
 又/鴨(かも)群飛(ぐんひ)して糸(いと)の皆(みな)落(おち)るを惣(そう)まくりと云(いふ)猟師(りやうし)は水足袋(みづたび)とて韋(かわ)にて
 作(つく)りたる沓(くつ)をはき又下(またした)になんばと云(いふ)物(もの)を副差(そへは)きて沼(ぬま)ふけ田の泥上(でいじゃう)を
 行(ゆく)に便利(べんり)とす又/鳥(とり)の朝(あさ)下(おり)しと宵(よひ)に下(お)りしとは水(みづ)の濁(にご)りを以(もつ)て知(し)り又

【右丁】


高縄(たかなは)
  をもつて
 鳧(かも)を捕(とる)

【右丁】
 足跡(あしあと)について其(その)夜(よ)来(く)る来(きたら)ざるを考(かん)がへ旦(あす)来(きた)るべき時刻(じこく)など察(さつ)するに
 一(ひとつ)もあたらずといふことなし
 ○雁(がん)を捕(と)るにも此(この)高縄(たかなわ)を用(もち)ゆとは云(いへ)ども雁(がん)は鴨(かも)より智(ち)さとくて元(もと)より
 夜(よる)も目(め)の見(み)ゆるもの故(ゆへ)に飼の多(おゝ)きには下(お)りず土砂(どしや)乱(みだれ)たる地(ち)には下(くだ)らず或(あるひは)
 番(つが)ひ鳥(とり)の其(その)辺(へん)を廻(めぐ)り一声(ひとこへ)鳴(なひ)て飛(と)ぶ時(とき)は群鳥(くんてう)随(したかつ)て去(さ)るたま〳〵高縄(たかなわ)
 の辺(ほとり)に下(くだ)れば猟師(りやうし)竹(たけ)を以(もつ)て急(きう)に是(これ)を追(お)へば驚(おとろ)きて縄(なは)にかゝること十(ぢう)
 に一度(いちど)なり○又/一法(いつはう)無双(むさう)がへしといふあり是(これ)摂州(せつしう)島下郡(しまもとこほり)鳥飼(とりかい)にて
 鳧(かも)を捕(と)る法(はう)なり昔(むかし)はおふてんと高縄(たかなわ)を用(もち)ひたれども近年(きんねん)尾州(ひしう)の猟師(りやうし)
 に習(なら)ひてかへし網(あみ)を用(もち)ゆ是(これ)便利(べんり)の術(しゆつ)なり大抵(たいてい)六間に幅(はゞ)二間/許(はかり)の網(あみ)
 に二拾間斗の綱(つな)を付(つけ)て水(みつ)の干潟(ひかた)或(あるひ)は砂地(すなち)に短(みじか)き杭(くひ)を二所(ふたところ)打(うち)網(あみ)の裾(すそ)
 の方(かた)を結(むす)び留(とゞ)め上の端(はし)には竹(たけ)を付け其(その)竹(たけ)をすぢかひに両方(りやうはう)へ開(ひら)き元(もと)打(うち)
 たる杭(くひ)に結(むす)び付(つけ)よくかへるやうにしかけ羅(あみ)竹(たけ)縄(なは)とも砂(すな)の中(うち)によくかくし
 其(その)前(まへ)をすこし掘(ほ)りて窪(くぼ)め穀(こめ)稗(ひへ)などを蒔(ま)きて鳥(とり)の群(むれ)るを待(まち)て遠(とほ)く
【左丁】
 ひかへたる網(あみ)を二人がゝりにひきかへせば鳥(とり)のうへに覆(おゝ)ひて一つも洩(もら)すことなく
 一挙(いつきよ)数十羽(すじつは)を獲(う)るなり是(これ)を羽を打(うち)ちがひにねぢて堤(つゝみ)などに放(はなつ)に飛(とぶ)こと
 あたわず是(これ)を羽(は)がひじめといふ雁(がん)を取(と)るにも是(これ)を用(もち)ゆされども砂(すな)の埋(うづみ)やう餌(ゑ)のま
 きやうありて未練(みれん)の者(もの)は取獲(とりえ)がたし  ○ 鳧(かも)は山沢(さんたく)海辺(かいへん)湖中(こちう)にありて
 人家(しんか)に畜(か)はず中華(ちうくわ)緑頭(りよくとう)を上品(しやうひん)とす日本/是(これ)を真鳧(まかも)といふ故(ゆへ)に万葉集(まんようしう)
 青(あを)きによせてよめり又(また)尾尖(をさき)は是に次(つぎ)て小ガモといふ古名タカヘなり黒鴨(くろかも)
 ◯赤頭(あかかしら)◯ヒトリ◯ヨシフク◯島フク ■■(かいつぶり)【鸊鷉】◯シハヲシ◯秋紗(あいさ)◯トウ長◯ミコアイ◯ハシ
 ヒロ◯冠鳧(あじかも)《割書:アシとも|云なり》◯尾長(をなが)此外(このほか)種類(しゆるい)多(おゝし)緑頭(あをくひ)小鳧(こがも)アヂハ味(あぢ)よし其余(そのよ)はよからず
     ◯峯越鴨(おごしのかも)《割書:鴨の字はアヒロなり故に一名水鴨といふ|カモは鳧を正字とす今俗にしたかふ》
 是(これ)予州(よしう)の山(やま)に捕(と)る法術(はうじゆつ)なり八九月の朝夕(あさゆう)鳧(かも)の群(む)れて峯(みね)を越(こへ)るに
 茅草(ちくさ)も翅(つばさ)に摺(す)り切(き)れ高(たか)く生る事なきに人/其(その)草(くさ)の陰(かけ)に周廻(まはり)深(ふか)さ
 共(とも)に三尺/斗(はかり)に穿(うが)ちたる穴(あな)に隠(かく)れ羅(あみ)を扇(あふぎ)の形(かたち)に作(つく)り其(その)要(かなめ)の所(ところ)に

【左丁】


予州(よしう)峯(お)
越(こし)鳧(かも)

【左丁】


摂州(せつしう)
 霞羅(かすみあみ)

【右丁】

 津国(つのくに)無(む)
 雙(そう)返(かへし)
  鳧羅(かもあみ)

【右丁】
 長(なが)き竹(たけ)の抦(へ)を付て穴(あな)の上(うえ)ちかく飛(とひ)来(きた)るをふせ捕(とる)に是も羅(あみ)の縮(ちゞまり)
 鳥(とり)に纏(まと)はるゝを捕(とらふ)尤(もつとも)手練(しゆれん)の者(もの)ならでは易(やすく)獲(へ)がたし《割書:但(たゞ)し峯(みね)は両方(りやうはう)に|田(た)のある所をよし》
 《割書:とす朝夕(あさゆう)ともに闇(くら)き夜(よ)を専(もつぱ)らとす|網をなつけて坂網(さかあみ)といふ》
    捕熊(くまをとる) 《割書:熊(くま)の一名/子路(しろ)|》
 熊(くま)は必(かならす)大樹(たいじゆ)の洞中(ほらのうち)に住(す)みてよく眠(ねむ)る物(もの)なれば丸木(まるき)を藤(ふぢ)かづらにて格(かう)
 子(し)のごとく結(ゆひ)たるを以(もつ)て洞口(とうこう)を閉塞(へいそく)【「ふさき」左ルビ】しさて木(き)の枝(えた)を切(きり)て其(その)洞中(とうちう)へ多(おゝ)く
 入(い)るれば熊(くま)其(その)枝(えた)を引(ひき)入れして洞中(とうちう)を埋(うつみ)終におのれと洞口(とうこう)にあらはるを待(まち)
 て美濃(みの)の国(くに)にては竹鎗(たけやり)因幡(いなば)に鎗(やり)肥後(ひご)には鉄炮(てつほう)北国(ほつこく)にてはなたきといへ
 る薙刀(なきなた)のごとき物(もの)にて或(あるひ)は切(きり)或は突(つき)ころす何(いつ)れも月(つき)の輪(わ)の少(すこし)上(うえ)を急所(きうしよ)
 とす又/石見国(いはみのくに)の山中(さんちう)には昔(むかし)多(おゝ)く炭焼(すみやき)し古穴(ふるあな)に住(す)めり是(これ)を捕(とる)に鎗(やり)鉄炮(てつほう)
 にて頓(すみやる)にうちては膽(きも)甚(はなはだ)小(ちい)さしとて飽(あく)まて苦(くる)しめ憤怒(いから)せて打(うち)取(とる)
 なり○又(また)一法(いつぽう)には落(おと)しにて捕(と)るなり是(これ)を予州(よしう)にて天井釣(てんじやうつり)と云(いふ)《割書:又ヲソ|とも云》
【左丁】
 阿州(あしう)におすといふ《割書:ヲスはヲシ|にて古語(こご)也》其(その)様(さま)図(づ)にて知(し)るべし長(なが)さ二/間(けん)余(よ)の竹筏(いかだ)のごと
 き下(した)に鹿(しか)の肉(にく)を火(ひ)に燻(ふす)べたるを餌(え)とす又/柏(かしは)の実(み)シヤ〳〵キ実(み)なども蒔(まく)也
 上(うへ)には大石(おほいし)二十/荷(か)ばかり置(お)く《割書:又阿/州(しう)にて七十五/荷(か)|置(お)くといふなり》ものなれば落(おつ)る
 時(とき)の音(おと)雷(らい)のごとし落(おち)て尚(なを)下(した)より機(おし)を動(うご)かすこと三日ばかり其(その)止(やむ)
 時(とき)を見(み)て石(いし)を除(のぞ)き機(おし)をあぐれば熊(くま)は立(たち)ながら足(あし)は土中(どちう)に一尺/許(ばか)り
 跡(ふみ)入(いり)て死(し)することみなしかり○又(また)一法(いつはう)に陥(おと)し穴(あな)あれども機(おし)の制(せい)に似(にた)り
 中(なか)にも飛弾(ひたち)【騨・「ち」は衍ヵ】加賀(かゞ)越(こし)の国(くに)には大身鎗(おほみやり)を以(もつ)て追廻(おひまは)しても捕(と)れり逃(にぐ)る
 ことの甚(はなはだ)しければ帰(かへ)せと一声(ひとこへ)をあくれば熊(くま)立(たち)かへりて人(ひと)にむかふ此時(このとき)
 又(また)月(つき)の輪(わ)といふ一声(ひとこへ)に恐(おそ)るゝ体(てい)あるに忽(たちま)ちつけいりて突(つき)留(とゞ)めりこれ
 猟師(りやうし)の剛勇(かうゆう)且(かつ)手練(しゆれん)早業(はやわざ)にあらざれば却(かへつ)て危(あやう)きことも多(おゝ)し
 ○又/一法(いつはう)に駿州(すんしう)府中(ふちう)に捕(とる)には熊(くま)の窠穴(すあな)の左右(さゆう)に両人(りやうにん)大(おほひ)なる斧(おの)を振挙(ふりあげ)
 持(もち)て待(ま)ちか【うヵ】け外(ほか)に一両人(いちりやうにん)の人(ひと)して樹(き)の枝(えだ)ながらをもつて窠穴(すあな)の中(うち)
 を突(つき)探(さ)ぐれば熊(くま)其(その)樹(き)を窠中(すちう)へひきいれんと手(て)をかけて引(ひく)に横(よこ)たは

【左丁】


■(おし)【堕ヵ】弩(にて)
捕(とる)_二熊(くまを)_一

【右丁】

 捕(とる)_二洞(とう)
  中(ちうの)熊(くまを)_一

【右丁】

 以(もつて)_レ斧(おのを)
 撃(うつ)_二熊(くまの)
 手(てを)_一

【右丁】
 りて任(まか)せされば尚(なを)枝(ゑだ)の爰(こゝ)かしこに手(て)をかくるをうかゞひてかの両(りやう)
 方(はう)より斧(おの)にて両手(りやうて)を打落(うちをと)す熊(くま)は手(て)に力(ちから)多(おゝ)き物(もの)なれば是(これ)に勢(いきほひ)
 つきて終(つひ)に獲(ゑら)るかくて膽(きも)を取(と)り皮(かわ)を出(いだ)すこと奥州(おうしう)に多(おゝ)し津軽(つかる)にては
 脚(あし)の肉(にく)を食(くら)ふて貴人(きにん)の膳(ぜん)にも是(これ)を加(くわ)ふ○熊(くま)常(つね)に食(しよく)とするものは
 山蟻(やまあり)笋(たけのこ)ズカニ凡(およそ)木(こ)の実(み)は甘(あま)きを好(この)めり獣肉(じうにく)も喰(くら)はぬにあらず
 蝦夷(ゑそ)には人(ひと)の乳(ちゝ)にて養(やしな)ひ置(おく)とも云(い)へり
 ○取膽(ゐをとる)
 熊膽(くまのゐ)は加賀(かが)を上品(じやうひん)とす越後(ゑちご)越中(ゑつちう)出羽(ては)に出(いつ)る物(もの)これに亜(つ)ぐ其(その)余(よ)四国(しこく)因(いな)
 幡(ば)肥後(ひご)信濃(しなの)美濃(みの)紀州(きしう)其(その)外(ほか)所(しよ)々(〳〵)よりも出(いた)す松前(まつまへ)蝦夷(ゑぞ)に出(いた)す物(もの)下(げ)
 品(ひん)多(おゝ)しされども加賀(かが)必(かなら)す上/品(ひん)にもあらず松前(まつまへ)かならず下品(けひん)にもあら
 ず其(その)性(しやう)其(その)時節(ぢせつ)其(その)屠者(あはくもの)の手練(しゆれん)工拙(こうせつ)にも有(あり)て一概(いちがい)には論(ろん)じがたし
 加賀(かが)に上品(じやうひん)とするもの三種(さんしゆ)黒様(くろて)豆粉様(まめのこで)琥珀様(こはくで)是(これ)なり中(なか)にも
 琥珀様(こはくで)尤(もつ)とも勝(まさ)れり是(これ)は夏膽(なつのゐ)冬膽(ふゆのゐ)といひ取(と)る時節(ぢせつ)によりて名(な)
【左丁】
 を異(こと)にす夏(なつ)の物(もの)は皮(かは)厚(あつ)く膽汁(たんじう)少(すくな)し下品(げひん)とす八月以/後(ご)を冬膽(ふゆのい)とす
 是(これ)皮(かわ)薄(うす)く膽汁(たんじう)満(み)てり上品(じやうひん)とすされども琥珀様(こはくで)は夏膽(なつのゐ)なれども冬(ふゆ)の
 膽(ゐ)に勝(まさ)る黄赤色(わうしやくしよく)にて透明(すきとほ)り黒様(くろで)はさにあらず黒色(こくしよく)光(ひかり)あるは是(これ)世(よ)に多(おゝ)し
 ○試真偽法(にせをこゝろみるはう)
 和漢(わかん)ともに偽物(ぎふつ)多(おゝ)きものと見(み)へて本草綱目(ほんさうかうもく)にも試法(こゝろみのはう)を載(のせ)たり膽(ゐ)を
 米粒(こめつふ)許(ばかり)水面(すいめん)に黙(てん)【點の誤ヵ】ずるに塵(ちり)を避(さけ)て運転(うんてん)【「きり〳〵まはり」左ルビ】し一道(ひとすぢ)に水底(すいてい)へ線(いと)のごとくに
 引(ひく)物(もの)を真(しん)なりと云て按(あん)ずるに是(これ)古質(こしつ)の法(はう)にして未(いまた)つくさぬに似(に)
 たり凡(すべ)て獣(けもの)の膽(きも)何(いつれ)の物(もの)たりとも水面(すいめん)に運転(めくる)こと熊膽(くまのい)に限(かきる)べからず或(あるひ)は
 獣肉(しうにく)を屠(ほふ)り或(あるひ)は煮熬(しやがう)などせし家(いへ)の煤(すゝ)を是(これ)亦(また)水面(すいめん)に運転(うんてん)すること
 試(こゝろ)みてしれりされども素人業(しろとわざ)に試(こゝろ)みるには此(この)方(はう)の外(ほか)なし若(もし)止(やむ)ことを不(ゑ)
 得(ず)水(みづ)に黙(てん)【同前】して水底(すいてい)に線(いと)を引(ひく)を試(こゝろ)みるならば運転(めくること)飛(とふ)がことく疾(はや)く其(その)
 線(いと)至(いたつ)て細(ほそ)くして尤(もつとも)疾勢(するとき)物(もの)をよしとす運転(めくること)遅(おそ)き物(もの)又(また)舒(しつか)にめぐ
 りて止(とゞ)まる物(もの)は皆(みな)よろしからず又/運転(めくること)速(はや)きといへとも盡(こと〴〵)く消(きへ)ざる物(もの)も

【右丁】
 佳(よ)からず不佳物(よからさるもの)はおのずから勢(いきほ)ひ砕(くだ)け線(いと)進疾(すみやか)ならず又(また)粉(こ)のごとき
 物(もの)の落(おち)るも下品(けひん)とすべし又/水底(すいてい)にて黄赤色(わうしやくしよく)なるは上品(じやうひん)にて褐色(ちやいろ)な
 るは極(きは)めて偽物(ぎぶつ)なり作業者(くろうとぶん)は香味(かうみ)の有無(うむ)を以(もつ)て分別(ふんへつ)すおよそ
 真物(しんぶつ)にして其(その)上品(じやうひん)なる物(もの)は舌上(ぜつしやう)にありて俄(にはか)に農(こ)【濃】き苦味(くみ)をあらはす
 彼(かの)苦甘(くかん)口(くち)に入(いり)て粘(むちや)つかず苦味(くみ)侵潤(しだひ)に増(まさ)り口中(こうちう)分然(ふんぜん)【「さつはり」左ルビ】として清潔(きよし)たゞ
 苦味(くみ)のみある物(もの)は偽物(ぎぶつ)なり苦甘(くみ)【くかんヵ】の物(もの)を良(よし)とすまた羶臭(なまくさき)香味(かうみ)の物(もの)
 は良(よか)らずといへども是(これ)は肉(にく)に養(やしな)はれし熊(くま)の性(せい)にして必(かならず)偽物(ぎぶつ)とも定(さだ)め
 がたし其(その)中(うち)初(はしめ)甘(あま)く後(のち)苦(にがき)物(もの)は劣(おと)れり又 焦気(こけくさき)物は良品(りやうひん)なり是(この)試(し)
 法(はう)教(おし)へて教(おしゆ)べからず必(かならず)年来(ねんらい)の練妙(れんめう)たりとも真偽(しんぎ)は弁(へん)じやすく
 して美悪(ひあく)は弁(べん)じがたし
 ○制偽膽法(にせをせいするほう)
 黄柏(わうばく) 山梔子(さんしし) 毛黄蓮(けわうれん)の三/味(み)を極(ごく)細末(さいまつ)とし山梔子(さんしし)を少(すこ)し熬(いり)て
 其(その)香(か)を除(のぞ)き三味(さんみ)合(あは)せて水(みづ)を和(くは)して煎(せん)し誥(つ)【詰の誤ヵ】むれば黒色(こくしよく)光澤(ひかり)乾(かはき)て
【左丁】
 真物(しんふつ)のごとし是(これ)を裹(つゝ)むに美濃紙(みのかみ)二/枚(まい)を合(あは)せ水仙花(すいせんくわ)の根の汁(しる)をひき
 て乾(かは)かせば裹(つゝみ)て物(もの)を洩(も)らすことなし包(つゝ)みて絞(しぼ)り板(いた)に挟(はさ)みて陰乾(かけぼし)とす
 れは紙(かみ)の皺(しわ)又/薬汁(やくじう)の潤(うるほひ)入(し)みて実(じつ)の膽皮(たんひ)のごとし尤(もつとも)冬月(ふゆ)に製(せひ)す
 れば暑中(なつ)に至(いた)りて爛潤(たゞれ)やすし故(かるがゆへ)に必(かならず)夏日(なつのひ)に製(せい)す是(これ)は備後(びんこ)辺(へん)の製(せい)
 にして他国(たこく)も大抵(たいてい)かくのごとし他方(たはう)悉(こと〴〵)くは知(しり)がたし○又(また)俗説(ぞくせつ)にはこねり
 柿(かき)といふ物(もの)味(あじ)苦(にが)し是(これ)を古傘(ふるかさ)の紙(かみ)につゝむもありと云(い)へり 或(あるひ)は真(しん)の膽(たん)
 皮(ひ)に偽物(ぎぶつ)を納(い)れし物(もの)もまゝありて是(これ)大(おほひ)に人を惑(まど)はすの甚(はなはだ)しき也

  附記
 熊(くま)は黒(くろ)き物(もの)故(ゆへ)にクマといふとは云(い)へどもさだかには定(さだ)めがたし是(これ)全(まつた)く
 朝鮮(てうせん)の方言(はうげん)なるべし熊川(くまかは)をコモガイといふは即(すなはち)クマカハの転(てん)したるなり
 今(いま)も朝鮮(てうせん)の俗(ぞく)熊(くま)をコムといへり【印 川音】

【裏表紙】

【表紙】

  □【山】海名産図会

【左丁】
日本山海名産図会(につほんさんかいめいさんづゑ)巻之三
   ◯目録
◯伊勢鰒(いせあはひ)《割書:長鮑(のし)|真珠(しんじゆ)》  ◯伊勢海蝦(いせゑび)
◯丹後鰤(たんごぶり)《割書:追網(おいあみ) 立網(たてあみ) 《割書:附》他国鰤(たこくぶり)|》
◯平戸鮪(ひらとしひ)《割書:冬網(ふゆあみ)|》  ◯讃州鰆(さんしうさはら)《割書:流網(なかしあみ)|》
◯若狭鯛(わかさたい)《割書:同 鰈(かれ) 《割書:并》 塩蔵風乾(しほほし) 《割書:附》 他国鯛(たこくたい)|》
◯讃州榎股振網(さんしうゑまたふりあみ)《割書: 同 五智網(ごちあみ)|》

【右丁】
◯能登鯖(のとさば)《割書: 同 他州釣舟(たこくつりふね)|》
◯広島牡蠣(ひろしまかき)《割書: 同 畜養法(やしないはう) 種類(しゆるい)|》

【左丁】
漁捕品(すなとりのひん)

   ◯鰒(あわび)《割書:《振り仮名:長鮑制|のし 》 《割書:附》 真珠(しんしゆ)|或云あはひは石決明を本字とす鰒はトコフシナリ》

 伊勢国(いせのくに) 和具浦(わくうら) 御座浦(おましうら) 大野浦(おほのうら)の三所に鰒(あわひ)を取(と)り二見(ふたみ)の浦(うら)
北(きた)塔世(とうせ)と云(いふ)所(ところ)にて鮑(のし)を制(せい)すなり鰒(あはひ)を取(とる)には必(かならす)女海人(おんなあま)を以(もつ)て
す《割書:是(これ)女(おんな)は能(よ)く久(ひさ)しく呼吸(いき)を|止(や)めてたもてるが故なり》船(ふね)にて沖(おき)ふかく出(いづ)るにかならず親属(しんぞく)
を具(ぐ)して船(ふね)を盪(や)らせ縄(なは)を引(ひか)せなどす海(うみ)に入(いる)には腰(こし)に小(ちいさ)き蒲(かま)
簀(す)を附(つけ)て鰒(あわひ)三四ッを納(い)れ又(また)大(おほい)なるを得(ゑ)ては二ッ許(ばかり)にしても泛(うか)め
り浅(あさ)き所(ところ)にては竿(さほ)を入るゝに附(つけ)て泛(うか)む是(これ)を友竿(ともさほ)といふ深(ふか)き所(ところ)
にては腰(こし)に縄(なは)を附(つけ)て泛(うかま)んとする時(とき)是(これ)を動(うごか)し示(しめ)せば船(ふね)より引(ひき)
あぐるなり若(わか)き者(もの)は五尋(いつひろ)卅以上は十尋(とひろ)十五尋を際限(かぎり)とす皆(みな)
逆(さかさま)に入(いつ)て立游(たちおよ)ぎし海底(かいてい)の岩(いわ)に着(つき)たるをおこし篦(へら)【箟は誤】をもつて不意(ふい)

【右丁】
  伊(い)
  勢(せ)
  鰒(あわび)

【右丁】
 に乗(じやう)じてはなち取(と)り蒲簀(かます)に納(おさ)むその間 息(いき)をとゞむること暫(さん)
 時(じ)尤(もつとも)朝(あさ)な夕(ゆう)なに馴(なれ)たるわざなりとはいへども出(いで)て息(いき)を吹(ふ)くに其(その)声(こへ)
 遠(とを)くも響(ひゞ)き聞(きこ)えて実(まこと)に悲(かな)し
     附記
  ○海底(かいてい)に入(いつ)て鰒(あわび)をとること日本記(にほんき)允恭天皇(いんきやうてんわう)十四年 天皇(てんわう)淡路(あはぢ)
  の島(しま)に猟(かり)し給(たま)ふに獣類(しうるい)甚(はなはだ)多(おほ)しといへとも終日(しうじつ)一(ひと)ッの獣(けもの)を得(う)ることなし
  是(これ)に因(よつ)て是(これ)を卜(うらな)はしめ給(たま)ふに忽(たちまち)神霊(しんれい)の告(つげ)あり曰(いわく)此(この)赤石(あかし)の海底(かいてい)に
  真珠(しんじゆ)あり其(その)珠(たま)をもつて我(われ)を祠(まつ)らば悉(こと〴〵)く獣(けもの)を獲(ゑ)さすべしときゝて
  更(さら)に所々の《振り仮名:白水郎|あま 》を集(あつ)めて海底(かいてい)を探(さぐ)らしむ其そこに至ること
  あたわず時(とき)に《振り仮名:阿波の国|あ わ  くに》長邑(なかむら)の海人(あま)男挟礒(おさし)【男狭礒】といふ者(もの)腰(こし)に縄(なは)を附(つけ)て踊(おどり)
  入(い)り差項(しはらく)【頃ヵ】ありて出(いで)て曰(いわ)く海底(かいてい)に大鰒(おほあわび)ありて其(その)所(ところ)に光(ひかり)を放(はな)つ殆(ほとん)ど
  神(かみ)の請(こう)所(ところ)其(その)鰒(あわび)の腹中(ふくちう)にあるべしと人(ひと)の議定(ぎじやう)によりて再(ふたゝ)び探(かづ)き入(いり)
  てかの大鰒(おほあわび)を抱(いだ)き浪上(らうしやう)に泛(うか)み頓(にはか)にして息(いき)絶(たへ)たり案(あん)のごとく真珠(しんしゆ)棑(もゝ)【桃ヵ】
【左丁】
  の子(こ)の如(こと)き物(もの)を腹中(ふくちう)に得(え)たり人々 男狭礒(おさし)が死(し)を悲(あは)れみ葬(ほうむ)りて墓(はか)を
  筑(きつ)き尚(なを)今(いま)も存(そん)せりとぞ此時(このとき)海(うみ)の深(ふか)さは六十 尋(ひろ)にして殊(こと)に男海人(おとこあま)
  の業(わざ)なれば其(その)労(らう)おもひやられ侍(はべ)る後世(こうせい)是(これ)を摸擬(もぎ)して箱崎(はこざき)の
  玉(たま)とりとて謡曲(うたひ)に著作(ちよさく)せしは此(この)故事(ごじ)なるべし
  《割書:○鰒は凡 介中(かいぢう)の長(てう)なり古(いにし)へより是を美賞(びしやう)す大なる物 径(めぐ)り尺余小なるもの二三寸水中に|あれは貝の外(そと)に半出て転運(てんうん)して以て跋歩(はしる)【跋渉ヵ】》
 ○五幾内(ごきない)の俗(ぞく)是(これ)をアマ貝(かい)といふは海人(あま)の取(とる)ものなればなるべしアハビ
 といふは偏(かた〳〵)に着(つき)て合(あは)ざる貝(かい)なれば合(あは)ぬ実(み)といふ儀(ぎ)なるべし万葉(まんよう)
 十一に〽伊勢の海士(あま)のあさなゆふなにかづくてふあはびのかひの
 かたおもひにして同七に〽︎伊勢の海(うみ)のあまの島津(しまつ)に鰒玉(あわびたま)と
 りて後(のち)もか恋(こひ)のしけゝん又十七に着石玉(あわび)ともかけり○雄貝(おかい)
 は狭(せま)く長(なが)し雌貝(めかい)は円(まる)く短(みぢか)く肉(にく)多(おほ)し但(たゞ)し九孔(きうこう)七孔(しちこう)のもの甚(はなはだ)稀(まれ)也
   ○制長鮑(のしをせいす)《割書:俗(そく)に熨斗(のし)の字(じ)をかくは誤(あやまり)なり熨斗(のし)は女工(によこう)の具(く)衣裳(いしやう)を熨(の)し|伸(の)すの器にて火(ひ)のしのことなり》
 先(まつ)貝(かひ)の大小に随(したが)ひ剥(むく)べき数葉(かす)を量(はか)り横(よこ)より数(かず)〳〵に剥(むき)かけ置(おき)て

【右丁】
 薄(うす)き刃(はもの)にて薄(うす)〳〵と剥口(むきくち)より廻(まは)し切(き)る事(こと)図(づ)のごとし豊後(ぶんご)豊島(てしま)薦(ござ)
 に敷(し)き並(な)らべて乾(ほす)が故(ゆへ)に各(おの〳〵)筵目(むしろめ)を帯(おび)たり本末(もとすへ)あるは束(つか)ぬるか為(ため)
 なりさて是(これ)をノシといふは昔(むかし)は打鰒(うちあわひ)とて打栗(うちくり)のごとく打延(うちのば)し裁(たち)
 截(きり)などせし故(ゆへ)にノシといひ又(また)干(ほし)あはひとも云(い)へり
 ○又(また)干鮑(ほしあわひ)《振り仮名:打あわび|うち      》ともに往昔(むかし)の食類(しよくるい)なり又 薄鮑(うすあはび)とも云へり江次(こうし)
 第(たい)忌火御飯(いむひのごはん)の御菜(おんさい)四種(ししゆ)薄鮑(うすあはび)干(ひ)鯛(だい)鰯(いわし)鯵(あじ)とも見(み)へたり今(いま)寿賀(じゆが)の
 席(せき)に手掛(てかけ)或(あるひ)はかざりのしなどゝして用(もち)ゆることは足利将軍(あしかゞしやうぐん)義満(よしみつ)
 の下知(けぢ)として《振り仮名:今川左京太夫氏頼|いまかわさきやう    うじより》《振り仮名:小笠原兵庫助長秀|おかさはらひやうごのすけながひで》伊勢武(いせむ)
 蔵守満忠(さしのかみみつたゞ)等(とう)に一天下(いつてんか)の武家(ぶけ)を十一 位(ゐ)に分(わか)ち御 一族(いちぞく)大名(たいみやう)守護(しゆご)
 外様(とさま)評定(ひやうじやう)等(とう)の諸礼(しよれい)に附(つけ)て行(おこな)はせらるより起(おこ)る事(こと)《振り仮名:三義一統|  きいつとう》に見(み)
 えたり往昔(むかし)は天智帝(てんちてい)の大掌会(たいしやうゑ)に干鮑(ほしあわひ)の御饌(みけ)あり延喜式(ゑんきしき)諸祭(しよさい)
 の神供(しんくう)にも悉(こと〴〵)く加(くは)へらる第一 伊勢国(いせのくに)は本朝(ほんてう)の神都(しんと)にして鎮座(ちんざ)尤(もつとも)
 多(おゝ)し故(ゆへ)に伊勢(いせ)に制(せい)する所謂(ゆえん)又は飾物(かざりもの)にはあらずして食類(しよくるい)たること
【左丁】
 もしるべし尚(なを)鎌倉(かまくら)の代(よ)前後(せんご)までも常(つね)に用(もちい)て専(もつはら)食類(しよくるい)とせし其(その)証(しやう)は
 平治物語(へいぢものかたり)頼朝(よりとも)遠流(をんる)の条(てう)に
  ○左殿(すけどの)は《振り仮名:あふみの国|        くに》建部明神(たけべみやうしん)の御前(おんまへ)に通夜(つや)して行路(かうろ)の祈(いのり)をも申さ
  んと留(とゞま)り給(たま)ひける夜(よ)人(ひと)しづまりて御供(おんとも)の盛安(もりやす)申けるは都(みやこ)にて御(ご)
  出家(しゆつけ)の事 然(しか)るべからさるよし申候ひしは不思儀(ふしぎ)の霊夢(れいむ)を蒙(かうむ)りたり
  し故(ゆへ)なり君(きみ)御浄衣(ごしやうゑ)にて八幡(はちまん)へ御参(おんまいり)候て大床(おほゆか)に座(ざ)す盛安(もりやす)御供(おんとも)にて
  あまたの石畳(いしだゝみ)の上(うへ)に伺公(しかう)したりしに十二三 許(はかり)の童子(どうじ)の弓箭(きうせん)を抱(いだ)
  きて大床(おほゆか)に立(たゝ)せ給(たま)ひ義朝(よしとも)が弓(ゆみ)箙(やなぐひ)召(めし)て参(まい)り候と申されしかば御宝(ごほう)
  殿(てん)の内(うち)よりけたかき《振り仮名:御声|  こへ》にてふかく納(おさ)めおけ終(つい)には頼朝(よりとも)に給(たま)は
  んずるぞ是(これ)頼朝(よりとも)に喰(く)はせよと仰(おゝせ)らるれば天童(てんどう)物(もの)を持(もち)て御前にお
  かせ給(たま)ふに何(なに)やらんと見(み)奉(たてまつ)れば打鮑(うちあわび)といふ物(もの)なり《割書:中略|》それたべよと
  仰(おゝせ)らるかぞへて御覧(こらん)ぜしかば六十六本ありかの《振り仮名:のし鮑|   あわび》を両方(りやうはう)の
  手(て)におしにぎりてふとき処(ところ)を三口まいりちいさき処(ところ)を盛安(もりやす)にな

【右丁】
  けさせ給(たま)ひしを懐中(くわいちう)すると存(そん)し候ひしはと云々《割書:下略|》
 此(この)文義(ぶんき)味(あじは)ふべし又今 西国(さいこく)の方(かた)より《振り仮名:烏賊のし|いか  》《振り仮名:海老のし|ゑび  》或(あるひ)は生海鼠(なまこ)
 のしなど出(いだ)せり至(いたつ)て薄(うす)く剥(むき)て其(その)様(さま)浄潔(きよら)にして且(かつ)興(けう)あり
 ○毎年(まいねん)六月朔日志州 国崎村(くにさきむら)より両大神宮(りやうだいしんぐう)へ長鰒(なかのし)を献(けん)ず故(ゆへ)に其(その)地(ち)を
 ノシサキ共(とも)云(い)へり又サヽヱサキ共(とも)云(い)へり今 栄螺(さゝゐ)にて作(つく)る事(こと)なし是(これ)延喜(ゑんき)
 式(しき)に御厨鰒(みくりのし)と見(み)へたり又毎年正月 東武(とうぶ)へ《振り仮名:献上|けん  》の料は長三尺余巾一寸余
 其余数品あり
   ○真珠《割書:漢名 李蔵珍|》
 是はアコヤ貝(かい)の珠(たま)なり即(すなはち)伊勢(いせ)にて取(と)りて伊勢真珠(いせしんじゆ)と云(いゝ)て上品(じやうひん)とし
 尾州(ひしう)を下品(げひん)とす肥前(ひぜん)大村(おほむら)より出(いだ)すは上品(じやうひん)とはすれども薬肆(くすりや)の交易(かうえき)に
 はあづからずアコヤ貝(かい)は一名 袖貝(そてかい)といひて形(かたち)袖(そで)に似(に)たり和歌浦(わかのうら)にて胡蝶貝(こてうかい)
 と云 大(おほ)きさ一寸五分二寸ばかり灰色(はいいろ)にて微黒(びこく)を帯(おび)たるもあるなり内(うち)白(しろ)
 色にして青(あを)み有 光(ひかり)ありて厚(あつ)し然(しか)れども貝毎(かいごと)にあるにあらず珠(たま)は伊
【左丁】
 勢(せ)の物(もの)形(かたち)円(まる)く微(すこし)青(あを)みを帯(お)ぶ又 円(まろ)からず長(なが)うして緑色(みどりいろ)を帯(お)ぶ
 るもの石決明(あはび)の珠(たま)なり薬肆(くすりや)に是(これ)を貝(かひ)の珠(たま)と云 尾張(をはり)は形(かたち)正円(まろ)か
 らず色(いろ)鈍(ど)みて光耀(ひかり)なく尤(もつとも)小(せう)なり是(これ)は蛤(はまぐり)蜆(しゞみ)淡菜(いかひ)等(とう)の珠(たま)なり
      形(かたち)かくのごとく【アコヤ貝の図】
     附記
  或云あこやといへるは所(ところ)の名(な)にして《振り仮名:尾張の国|おはり  くに》知多郡(ちたこほり)にあり又
  奥州(おうしう)にも同名(どうめう)あり又 新猿楽記(しんさるがつき)には阿久夜玉(あくやたま)と見(み)ゆ万葉集(まんようしう)の
  鰒玉(あわひたま)を六 帖(てう)にあこや玉(たま)と点(てん)せり又 近頃(ちかごろ)波間(なみま)かしはと云(いふ)貝(かひ)より
  多(おゝ)く取得(とりゑ)るともいへり貽貝(いかい)の珠(たま)は前(まへ)に云(いふ)尾張真珠(おはりしんじゆ)なり又 西行山(さいぎやうさん)
  家集(かしう)の哥(うた)に
   あこやとるいかひのからを積置(つみおき)て宝(たから)の跡(あと)を見する也けり
  右(みぎ)の条々(てう〳〵)を見(み)るにあこやを尾張(おはり)の所名(しよめう)とせば真(しん)の真珠(しんじゆ)は尾張(おはり)
  なるべきを今(いま)伊勢(いせ)にて此(この)貝(かひ)をとりて名(な)はあこやと称(せう)するものは

【左丁】

 長(の)
 鮑(しを)
 制(せいす)

【右丁】
  昔(むかし)尾張(おはり)に多き貝(かひ)の今(いま)伊勢(いせ)にのみ有(あ)るとは見(み)へたりしかのみ
  ならず六帖 鰒玉(あわびたま)西行哥(さいぎやううた)の貽貝(いかい)もともにあこやといひしはむかし
  あこやにいろ〳〵の貝(かひ)より多(おゝ)くの珠(たま)をとりし故(ゆへ)に混(こん)じて総称(さうしやう)
  をあこやとはいひしなるべし
    ○海鰕(ゑび) 《割書:漢名 蝦魁(かくわい) 釈名 紅鰕(こうか) エビは総名(そうめう)なり種類(しゆるい)凡(およそ)卅 余種(よしゆ)其中(そのなか)に漢|名 龍鰕(りうか)といふは海鰕(うみへひ)なり》
 俗称(そくしやう)伊勢海鰕(いせゑび)と云 是(これ)伊勢(いせ)より京師(けいし)へ送(おく)る故(ゆへ)に云(いふ)なり又(また)鎌倉(かまくら)より
 江戸(ゑど)に送(おく)る故(ゆへ)に江戸(ゑど)にては鎌倉鰕(かまくらゑび)と云(いう)又 志摩(しま)より尾張(おはり)へ送(おく)る
 故(ゆへ)に尾張(おはり)にては志摩鰕(しまゑび)と云(いふ)又 伊勢鰕(いせゑび)の中(なか)に五色(ごしき)なる物(もの)有(あり)甚(はなはだ)奇(き)
 品(ひん)なり鬚(ひけ)白(しろ)く背(せ)は碧(あをく)重(かさね)のところの幅輪(ふくりん)《振り仮名:緑色|みどり 》其他(そのた)黄(き)赤(あか)黒(くろ)相雑(あひまじる)
 ○漁網(あみ)は大抵(たいてい)七十尋(    ひろ)深(ふか)さ二間(  けん)斗(ばかり)但(たゞ)し礒(いそ)の広(ひろ)さ岩間(いわま)の広狭(ひろせま)に
 も随(したが)ひて大小(だいせう)あり向(むかう)と左右(さゆう)と三方(  ばう)の目(め)はあらし向(むか)ふの深(ふか)さ十五尋(    ひろ)
【左丁】
 許(はかり)の目(め)は細(ほそ)くして是(これ)を袋(ふくろ)といふアバ《割書:泛子(うけ)也|桶(をけ)を用》重石(いは)《割書:ヤ》《割書:陶瓶|を用ゆ》大抵(たいてい)鯛網(たいあみ)
 に似(に)たり《振り仮名:日暮|  くれ》にこれを張(は)りて翌朝(よくてう)曳(ひ)くに鰕(ゑび)悉(こと〴〵)く網(あみ)の目(め)をさして
 かゝる是(これ)は後(しりへ)に逃(にく)る物(もの)なれは尾(お)の方(かた)よりさせり又(また)網(あみ)の外(そと)よりもかゝる也
 ○鰕(ゑび)の膓(わたは)脳(なう)に属(ぞく)して其(その)子(こ)腹(はら)の外(そと)に在(あ)り眼(まなこ)紫黒(しこく)にして前(まへ)に黄(き)
 なる所(ところ)あり突出(とひいて)て疣子(いぼ)のごとし口(くち)に鬚(ひげ)四つあり二つの鬚(ひげ)は長(なが)さ一
 二尺 手足(てあし)は節(ふし)ありて蘆(あし)の筍(たけのこ)のごとし殻(かは)は悉(こと〳〵)く硬(かた)き甲(よろい)のごとし
 好(よく)飛(とん)で踊(おど)る是(これ)海中(かいちう)の蚤(のみ)なり蚤(のみ)亦(また)惣身(そうしん)鰕(ゑび)におなじ
 ○エビの訓義(くんき)は柄鬚(えび)なり柄(え)は枝(ゑだ)なり胞(ゑ)といひ江(え)と云(いふ)も人(ひと)の枝海(えたうみ)の
 枝なり蝦夷(ゑそ)をエヒシといふは是(これ)毛人島(けひとしま)なるになそらへ正月 辛盤(ほうらい)に用
 ゆるは海老(ゑび)の文字(もし)を祝(しゆく)したるなるべし
    ○鰤(ぶり)

【左丁】


 海(ゑ)
  鰕(ひ)
 網(あみ)

【右丁】
 丹後(たんご)与謝(よさ)の海(うみ)に捕(と)るもの《振り仮名:上品|  ひん》とす是(これ)は此(この)海門(かいもん)にイネと云(いふ)所(ところ)ありて
 《振り仮名:椎の木|しい  き》甚(はなはだ)多(おゝ)し其実(そのみ)海(うみ)に入(いり)て魚(うを)の飼(ゑ)とす故(ゆへ)に美味(びみ)なりといへり○北(きた)に
 《振り仮名:天の橋立|あま  はしだて》南(みなみ)に宮津(みやつ)西(にし)は喜瀬戸(きせと)是(これ)与謝(よさ)の入海(いりうみ)なり魚(うを)常(つね)に此(こゝ)に遊(あそび)
 長(ちやう)ずるに及(およ)んで出(いで)んとする時(とき)を窺(うかゞ)ひ追網(おひあみ)を以(もちて)これを捕(と)る
 ○追網(おひあみ)は目(め)大抵(たいてい)一尺五六寸なるを縄(なわ)にて作(つく)り入海(いりうみ)の口(くち)に張(はる)るなり尚(なを)数(す)
 十 艘(そう)の船(ふね)を並(な)らべ■(ふなばた)【舟+世】を扣(たゝ)き魚(うを)を追入(おいい)れ又目八寸 許(はかり)の縄網(なはあみ)を《振り仮名:二重|  ぢう》に
 おろして魚(うを)の洩(も)るゝを防(ふせ)ぎ又目三四寸 許(ばかり)の苧(お)の網(あみ)を《振り仮名:三重|  ぢう》におろ
 しさて初(はじ)めの網(あみ)を左右(さゆう)より轆轤(ろくろ)にて引(ひき)あげ《振り仮名:三重|  ぢう》の苧網(おあみ)は手操(てぐり)に
 ひきて袋(ふくろ)礒(いそ)近(ちか)くよれば魚(うを)踊群(おどりむ)るゝを大(おほひ)なる打鎰(うちかき)にかけて礒(いそ)の砂上へ
 投(なげ)あぐるなり泛子(うけ)は皆(みな)桶(おけ)を用(もち)ひ重石(いわ)は縄(なわ)の方(かた)焼物(やきもの)苧(お)の方(かた)は鉄(てつ)にて
 作(つく)り《振り仮名:土樋| ひ》のことく連綿(れんめん)す
 ○先(まづ)膓(はらはた)を抜(ぬ)きて塩(しほ)を施(ほど)こし六 石(こく)許(ばかり)の大桶(おほおけ)に漬(つけ)て其上(そのうへ)に塩俵(しほたはら)をお
 ほひ石(いし)を置(お)きておすなり○又 一法(いつはう)塩(しほ)を腹中(ふくちう)に満(みた)しめ土中(とちう)に
【左丁】
 埋(うつ)み筵(むしろ)を伏(ふ)せて水気(すいき)を去(さ)り取出(とりいだ)して再(ふたゝ)び塩(しほ)を施(ほど)こし薦(こも)に裹(つゝ)
 みても出(いだ)せり市場(いちば)は宮津(みやつ)にありて是(これ)より網場(あみば)の海上(かいしやう)に迎(むか)へて積(つみ)
 帰(かへ)るなり
 ○他国(たこく)の鰤網(ぶりあみ) 凡(およそ)手段(しゆだん)かはることなしいづれも沖網(おきあみ)にて竪網(たてあみ)は
 細物(ほそもの)にて深(ふか)さ七尋(  ひろ)より十四五尋(      ひろ)許(ばかり)尚(なを)海(うみ)の浅深(せんしん)にも任(まか)す網(あみ)の目(め)は
 冬より正月下旬(     じゆん)までを七寸 許(ばかり)とし二三月よりは五六寸を用(もち)ゆ漁(ぎよ)
 船(せん)一艘(  さう)に乗人(のりて)五人也四人は網(あみ)を操(くり)あげ一人は艪(ろ)を取(と)る泛子(うけ)は桶(おけ)に
 て重石(いわ)は砥石(といし)のことし網(あみ)を置(お)くには湖中(こちう)の《振り仮名:魚簄|ゑり》のことくに引(ひき)
 廻(まは)し魚(うを)の後(しり)へに退(しりぞ)くを防(ふせぐ)也かくて海(うみ)近(ちか)き山(やま)に遠眼鏡(とほめかね)を構(かま)へ魚(うほ)
 の集(あつま)るを伺(うかゞ)ひ集(あつま)るときは海浪(かいらう)光耀(ひかり)ありて水(みつ)一段(  だん)高(たか)く見(み)へ魚(うを)一
 尾(び)踊(おど)る時(とき)はかならず千尾(せんひ)なりと察(さつ)し麾(ざい)を振(ふり)て船(ふね)に示(しめ)す是(これ)を
 辻見(つしみ)又 《振り仮名:村ぎんみ|むら      》又 魚見(うをみ)とも云 海上(かいしやう)に待(まち)うけし《振り仮名:二艘|  そう》の船(ふね)ありて
 其(その)麾(さい)の進退(しんたい)左右(さゆう)に随(したが)ひ二方に別れて網(あみ)をおろしつゝ漕廻(こきま)はる

【左丁】



 鰤(ふり)
 追(おい)
 網(あみ)

【文字無し】

【右丁】
 事《振り仮名:二里| り》許(ばかり)にも及(およ)べりひきあぐるには轆轤(ろくろ)手操(てくり)なと国(くに)〴〵の方術(てたて)
 大同小異(たいとうせうい)にして略(ほゞ)相(あい)似(に)たり
 ○或云 鰤(ふり)は連行(つらなりゆき)て東北(とうほく)の大浪(たいらう)を経(へ)て西南(せいなん)の海(うみ)を繞(めぐ)り丹後(たん  )の海(かい)
 上(しやう)に至(いた)る比(ころ)に魚(うを)肥(こへ)脂(あぶら)多(お)く味(あぢ)甚(はなはた)甘美(かんひ)なり故(ゆへ)に名産(めいさん)とすと云
 ○鰤(ふり)は日本の俗字(ぞくじ)なり本草綱目(ほんざうかうもく)に魚師(ぎよし)といへるは老魚(らうぎよ)又 大魚(たいきよ)の
 惣称(さうしやう)なれば其(その)形(かたち)を不釈(とかず)或(あるひ)は云 海魚(かいぎよ)の事(こと)に於(おい)て中華(ちうくわ)に釈(と)く取(ところ)【所ヵ】
 皆(みな)甚(はなはた)粗(そ)【「あらし」左ルビ】なり是(これ)は大国(たいこく)にして海(うみ)に遠(とほ)きが故(ゆへ)に其物(そのもの)得(え)て見(み)る事(こと)
 難(かた)ければ唯(たゞ)伝聞(てんもん)の端(はし)をのみ記(しる)せしこと多(おゝ)しされども日本にて鰤(ぶり)の
 字(し)を制(つくり)しは即(すなはち)魚師(ぎよし)を二合(  かう)して大(おほひ)に老(おひ)たるの義(き)に充(あて)たるに似(に)たり
 又ブリといふ訓(くん)も老魚(らうきよ)の意(ゐ)を以(もつ)て年(とし)経(ふ)りたるのフリによりて
 フリの魚(うを)といふを濁音(たくおん)に云(いゝ)習(なら)はせたるなるべし○小(せう)なるをワカナコ
 ツバス イナダ メジロ フクラキ ハマチ 九州(きうしう)にては大魚(おほうを)とも称(せう)
 するがゆへに年始(ねんし)の祝詞(しうし)に■(かな)【脋ヵ】へる物(もの)ならし
【左丁】
    ◯鮪(しび) 《割書:大なるを王鮪   中なるを叔鮪《割書:俗にメク|ロト云》|小なるを《振り仮名:鮥子|めしろ》といへり東国にてはまくろと云》
 筑前(ちくせん)宗像(むなかた)讃州(さんしう)平戸(ひらど)五島(ごとう)に網(あみ)する事(こと)夥(おびたゝ)し中(なか)にも平戸(ひらと)岩清(いわし)
 水(みつ)の物(もの)を上品(じやうひん)とす凡八月 彼岸(ひがん)より取(とり)はじめて十月までのものを
 ひれながといふ十月より冬(ふゆ)の土用(どよう)までに取(と)るを黒(くろ)といひて是(これ)大(おほひ)也
 冬の土用より春の土用までに取(と)るをはたらといひて纔(わつか)一尺二三寸
 許(ばかり)なる小魚にて是(これ)黒鮪(くろしび)の去年子(  こ)なり皆(みな)肉(にく)は鰹(かつを)に似(に)て色(いろ)は
 甚(はなはた)赤(あか)し味(あぢ)は鰹に不逮(およばず)凡一 網(あみ)に獲(う)る物(もの)多(おほ)き時(とき)は五七万にも及(およ)べり
 ○是(これ)をハツノミと云は市中(しちう)に家(いへ)として一尾( び)を買(かふ)者(もの)なけれは肉(にく)を割(きり)て
 秤(はかり)にかけて大小 其(その)需(もとめ)に応(おふ)ず故(ゆへ)に他国(たこく)にも大魚(おほうお)の身切と呼(よば)はる
 又(また)是(これ)をハツと名付(なつく)る事(こと)は昔(むかし)此(この)肉(にく)を賞(せう)して纔(はづか)に取(とり)そめしをまつ
 馳(はせ)て募(つの)るに人(ひと)其(その)先鋒(せんほう)を争(あらそ)ひて求(もとむ)る事今 東武(とうぶ)に初鰹(はつかつを)の
 遅速(ちそく)を論(ろん)ずるかごとし此(こゝ)を以(も)て初網(はつあみ)の先馳(はしり)をハツとはいひけり

【左丁】



 鰤(ふり)
 立(たて)
 網(あみ)

【右丁】
 後世(こうせい)此(この)味(あぢ)の美癖(びへき)【「ムマスキ」左ルビ】を悪(にく)んて終(つい)にふるされ賤物(せんぶつ)に陥(おちい)りて饗膳(きやうぜん)
 の庖厨(はうちう)に加(くは)ふることなしされども今(いま)も賤夫(せんふ)の為(ため)には八珍(はつちん)の一ツに
 擬(なすらへ)てさらに珍賞す《割書:○此魚の小なるを干(ほし)て干鰹(かつをふし)のにせもの|ともするなり》
  《割書:万葉集|》
   鮪つくとあまのともせるいさり火のほには出なん我下思ひを
 ○礼記月令(らいきぐわつれい)に季春(きしゆん)天子(てんし)鮪(しひ)を寝廟(しんびやう)に薦(すゝ)むとあれども鮪の字(じ)に
 論(ろん)ありて今(いま)のハツとは定(さだ)めがたし尚(なを)下(しも)に弁(べん)す
 ○網(あみ)は目八寸 許(ばかり)にして大抵(たいてい)二十町 許(ばかり)細(ほそ)き縄(なは)にて制(せい)す底(そこ)ありて
 其(その)形(かたち)箕(み)のごとし尻(しり)に袋(ふくろ)あり縄(なは)は大指(おほゆび)よりふとくして常(つね)に海(かい)
 底(てい)に沈(しづ)め置(お)き網(あみ)の両端(りやうはし)に船(ふね)二艘(  そう)宛(ずゝ)付(つけ)て魚(うを)の群輻(あつまる)を待(まつ)なり若(もし)
 集(あつま)る事(こと)の遅(おそ)き時は二 ̄タ月(つき)乃至(ないし)三月(  つき)とても網(あみ)を守(まも)りて徒(いたづら)に過(すご)せ
 り是亦(これまた)山頂(さんてう)に魚見(うをみ)の櫓(やくら)ありて其内(そのうち)より伺候(うかゝ)ひ魚(うを)の群集(くんじう)何万(なんまん)
 何千(なんぜん)の数(かす)をも見さだめ麾(ざい)を打振(うちふ)りてかまいろ〳〵と呼(よば)はる
 《割書:カマイロとは|構(かま)へよとの転(てん)也》其時(そのとき)ダンベイといふ小船(こぶね)三艘(  さう)出(イダス)一艘に三人 宛(づゝ)腰簑(こしみの)襗(たすき)【襷】
【左丁】
 鉢巻(はちまき)にて飛(とぶ)がごとくに漕(こき)よせ網(あみ)の底(そこ)に手を掛(かけ)て引事(ひくこと)過半(くわはん)に
 及(およ)べば又(また)山頂(さんてう)より麾(さい)を振(ふ)るにつひて数多(あまた)のダンベイ打(うち)よせて
 惣(さう)かゝりにひきあげ網(あみ)舟(ふね)近(ちか)くせまれば魚(うを)浮騰(ふとう)して湧(わく)がごとし
 漁子(きよし)熊手(くまで)鳶口(とひくち)のごとき物(もの)にて魚(うを)の頭(かしら)に打付(うちつく)れば弥(いよ〳〵)驂(さは)ぎたておのず
 から船中(せんちう)に踊(おど)り入(ゐ)れり入尽(いりつ)きぬれば網(あみ)は又(また)元(もと)のごとくに沈(しづ)め置(おき)て
 船(ふね)のみ漕退(こぎしりそく)也 尻(しり)に付(つき)たる袋(ふくろ)には鰯(いわし)二艘(  そう)ばかりも満(みち)ぬれども他魚(たぎよ)
 には目(め)をかくることなし是(これ)は久(ひさ)しく沈没(ちんほつ)せる網(あみ)なれば苔(こけ)むし
 たるを我(わが)巣(す)のごとくになして居(お)れりとぞ尚(なを)図(づ)に照(て)らして見(み)る
 べし
 ○又(また)一法(いつはう)に釣(つ)りても捕(と)るなり是(これ)若州(わかさ)の術(じゆつ)にて其(その)針(はり)三寸ばかり
 苧縄(おなわ)長 百間(ひやくけん)針口(はりくち)より一間(いつけん)程(ほと)は又 苧(お)にて巻(ま)く也 是(これ)を鼠尾(ねづみお)といふ飼(ゑ)は
 鰹(かつを)の腸(はらはた)を用(もち)ゆ糸(いと)は桶(おけ)へたぐりて竿(さほ)に付(つく)ることなし
 ○此(この)魚(うを)頭(かしら)大(おほひ)にして嘴(くちばし)尖(とが)り鼻(はな)長(なが)く口 頤(おとがひ)の下(した)にあり頬(ほ)腮(あぎと)鉄兜(てつとう)のこ

【右丁】
 鮪(しび)
 冬(ふゆ)
 網(あみ)

【右丁】
 とく頬(はう)の下(した)に青斑(あをまたら)あり死後(しご)眼(まなこ)に血(ち)を出(いだ)す脊(せ)に刺(はりのことき)鬣(たてがみ)あり鱗(うろこ)なし 
 蒼黒(あをくろ)にして肚(はら)白(しろ)く雲母(きらゝ)の如(こと)し尾(お)に岐(また)有(あり)硬(かたく)して上(かみ)大(おほい)に下(しも)小(せう)なり大(おほひ)
 なるもの一二丈(   じやう)小(せう)なる者(もの)七八尺 肉(にく)肥(こへ)て厚(あつ)く此(この)魚(うを)頭(かしら)に力(ちから)あり頭(かしら)陸(くが)に
 向(むか)ひ尾(お)海(うみ)に向(むか)ふ時(とき)は懸(かけ)てこれを採(と)り易(やす)し是(これ)尾(お)に力らなき故(ゆへ)なり
 煖(あたゝか)に乗(じやう)じて浮(うか)び日を見て眩(めくるめき)来(きたり)ける時(とき)は群(ぐん)をなせり漁人(きよじん)これを捕(とり)
 て脂油(あぶら)を采(と)り或(あるひ)は脯(ほしし)に作(つく)る
 ○鮪の字(じ)をシビに充(あつ)ること其義(そのき)本草(ほんざう)又 字書(じしよ)の釈義(しやくぎ)に適(かな)はずされ
 ども和名抄(わめうしやう)は閩書(みんしよ)によりて魚の大小の名(な)をも異(こと)にすること其故(そのゆへ)な
 きにしもあらざるべし又 日本記(にほんき)武烈記(ぶれつき)真鳥大臣(まとりだいしん)の男(こ)の名(な)鮪(しび)と云(いふ)に
 自注(じちう)慈寐とも訓(くん)せり元(もと)より中華(ちうくわ)に海物(かいふつ)を釈(と)く事(こと)甚(はなはだ)粗(そ)成(な)ること既(すで)に
 云(いふ)がごとし故(ゆへ)に姑(しばら)く鮪(しび)に随(したがふ)て可(か)なりともいはんシビの訓義(くんき)未詳(つまびらかならす)
     ○鰆(さはら)
【左丁】
 讃州(さんしう)に流(なが)し網(あみ)にて捕(とらふ)五月 以後(いご)十月 以前(いぜん)に多(おほ)し大(おほい)なるもの長(ながさ)六七尺
 にも及(およ)ふ漁子(きよし)魚(うほ)の集(あつま)りたるを見(み)て数十艘(す   そう)を連(つら)ねて魚(うほ)の後(しり)より
 漕(こぎ)まはり追(お)ふことの甚(はなはだ)しければ魚(うほ)漸(やうやく)労(つか)れ馮虚(ひやうきよ)として酔(ゑふ)がごとし其(その)
 時(とき)先(さき)に進(すゝ)みたる舟(ふね)より石(いし)を投(な)けていよ〳〵驚(おどろ)かし引(ひき)かへして逃(にげ)ん
 とするの期(とき)を見(み)さだめ網(あみ)をおろして一尾( び)も洩(も[ら])すことなし是(これ)を大(おほ)
 網(あみ)又しぼるとも云(いふ)なりさて網(あみ)をたくり攩網(たまあみ)にてすくひ取(と)るなり
 ○鰆(さはら)の字(し)亦(また)国俗(こくぞく)の制(せい)なり尤(もつとも)字書(じしよ)に春魚とあれども纔(わづか)に二三歩(  ふ)
 計(ばかり)の微魚(ひきよ)にてさらに充(あつ)べからず大和本草(やまとほんざう)馬鮫魚(さはら)に充(あて)たり曰 魚(うほ)大(だい)
 なれども腹(はら)小(せう)に狭(せは)し故(ゆへ)に狭腹(さはら)と号(なつ)くサは狭少(さしう)なり閩書(みんしよ)曰 青班色【「アホマダライロ」左ルビ】
 無鱗【「ウロコナシ」左ルビ】有歯【「ハアリ」左ルビ】其(その)小者(ちいさきもの)謂_二青箭【「サゴシ」左ルビ】_一云々○此子(このこ)甚(はなはた)大(おほい)なり是(これ)を乾(ほ)し
 たるをカラスミといへり即(すなはち)乾(から)し子(み)と云 但(たゞ)し鰡(ほら)の子(こ)の乾子(からしみ)は是に勝(まさ)る
     ○若狭鰈(わかさかれ)

【右丁】
 鰆(さはら)
 流(ながし)
 網(あみ)

【右丁】
 若(わか)
 狭(さ)
 鰈(かれ)
 網(あみ)

【右丁】
 海岸(かいかん)より卅里ばかり沖(おき)にて捕(と)るなり其(その)所(ところ)を鰈場(かれは)といひて
 若狭(わかさ)越前(ゑちぜん)敦賀(つるが)三国(さんごく)の漁人(きよじん)ども手操網(てくりあみ)を用(もち)ゆ海(うみ)の深(ふか)さ大抵(たいてい)
 五十 尋(ひろ)鰈(かれ)は其(その)底(そこ)に住(す)みて水上(すいしやう)に浮(うか)む事(こと)稀(まれ)なり漁人(きよじん)卅石斗
 の船(ふね)に十二三人 舟(ふね)の左右(さいう)にわかれ帆(ほ)を横(よこ)にかけ其(その)力(ちから)を借(か)り
 て網(あみ)を引(ひ)けりアバは水上(すいしやう)に浮(う)きイハは底(そこ)に落(おち)て網(あみ)を広(ひろ)め
 るなり外(ほか)に子細(しさい)なし網中(もうちう)に混(まじ)り獲(う)る物(もの)蟹(かに)多(おゝ)くして尤(もつとも)大(おほひ)也
 ○塩蔵風乾(しをぼし) 是(これ)をむし鰈(かれ)と云(いふ)は塩蒸(しほむし)なり火気(くわき)に触(ふ)れし
 物(もの)にはあらず先(まつ)取得(とりゑ)し鮮物(まゝ)を一夜(いちや)塩水(しほみつ)に浸(ひた)し半熟(はんじゆく)し又(また)
 砂上(しやじやう)に置(お)き藁(わら)薦(こも)を覆(おほ)ひ温湿(うんしつ)の気(き)にて蒸(む)して後(のち)二枚(  まい)づゝ
 尾(お)を糸(いと)に繋(つな)ぎ少(すこ)し乾(かわ)かし一日の止宿(ししゆく)も忌(い)みて即日(そくじつ)京師(けいし)に
 出(いだ)す其(その)時節(じせつ)に於(おい)ては日毎(ひごと)隔日(かくじつ)の往還(わうくわん)とはなれり淡乾(しほほし)の品(しな)
 多(おゝ)しとはいへども是(これ)天下(てんか)の出類(しゆつるい)雲上(うんしやう)の珍美(ちんみ)と云(いふ)べし
     ○同 小鯛(こだい)
【左丁】
 是(これ)延縄(はへなは)を以(もつ)て釣(つ)るなり又せ縄(なは)とも云 縄(なは)の大(おほ)さ一据(  にきり)【握ヵ】許(ばかり)長(なか)さ一里(いちり)
 許(はかり)是(これ)に一尺 許(はかり)の《振り仮名:■糸|おいと》【苧ヵ】に針(はり)を附(つ)け一尋(ひとひろ)〳〵を隔(へだ)てゝ縄(なわ)に列(つら)
 ね附(つけ)て両端(りやうたん)に樽(たる)の泛子(うけ)を括(くゝ)り差頃(しはらく)ありてかの泛子(うけ)を目当(めあて)に
 引(ひき)あぐるに百糸(ひやくし)百尾(ひやくび)を得(ゑ)て一も空(むな)しき物(もの)なし飼(ゑ)は鯵(あち)鯖(さは)鰕(ゑび)等(とう)
 なり同(おな)しく淡乾(しほゝし)とするに其(その)味(あちはひ)亦(また)鰈(かれ)に勝(まさ)る○鱈(たら)を取(とる)にも
 此(この)法(はう)を用(もち)ゆ也ところにてはまころ小鯛(こたい)と云(いふ)
     ○他州鯛網(だこくのたいあみ)
 畿内(きたい)以(もつて)佳品(かひん)とする物(もの)明石鯛(あかしたい)淡路鯛(あはちたい)なりされとも讃州(さんしう)榎股(ゑまた)に
 捕(と)る事(こと)夥(おびたゝ)し是等(これら)皆(みな)手操網(てくりあみ)を用(もち)ゆ海中(かいちう)巌石(かんせき)多(おゝ)き所にて
 はブリといふものにて追(おふ)て便所(べんしよ)に湊(あつ)むブリとは薄板(うすいた)に糸(いと)をつけ
 長(なが)き縄(なわ)に多(おゝ)く列(つ)らね付(つ)け網(あみ)を置(お)くが如(ごと)くひき廻(まは)すればブリ
 は水中(すいちう)に運転(うんてん)して《振り仮名:木の葉|こ ま》の散乱(さんらん)するが如(ごと)きなれば魚 是(これ)に
 襲(おそ)はれ瞿々(く )として中流(ちうりう)に《振り仮名:湛浮|ただよ》ひブリの中真(ちうしん)に集(あつま)るなり此(この)




【右丁】
 若狭(わかさ)
 蒸鰈(むしかれを)
 制(せいす)

【右丁】
《割書:| 讃州榎股》
 《振り仮名:鯛𢸍|たいふり》【振ヵ】
 網之(あみの)
 次第(したい)

【右丁】
 鯛(たい)
 五(こ)
 智(ち)
 網(あみ)

【右丁】
 縄(なは)の一方(  はう)に三艘(  ぞう)の船(ふね)を両端(りやうたん)に繋(つな)く初(はしめ)二艘(  そう)は乗人(のりて)三人にて
 二人は縄(なは)を引(ひ)き一人は樫(かし)の棒(ほう)或 槌(つち)を以(もつ)て鼓(うつ)て魚(うを)の分散(ふんさん)を
 防(ふせ)ぐ此(この)三艘(  そう)の一ッをかつら船(ふね)といひ二を中船(なかふね)と云(い)ひ先(さき)に
 進(すゝ)むを網船(あみふね)といふ網船(あみふね)は乗人(のりて)八人にて一人は麾(さい)を打振(うちふ)り七
 人は艪(ろ)を採(と)る又(また)一艘(  そう)ブリ縄(なは)の真中(まんなか)の外(ほか)に在(あり)て縄(なは)の沈(しづ)まざる
 が為(ため)又 縄(なは)を付副(つけそへ)て是(これ)をひかへ乗人(のりて)三人の内一人は縄(なは)を採(と)り
 一人は艪(ろ)を採(と)り一人は麾(さい)を振(ふ)りて能(よき)程(ほど)を示(しめ)せば先(さき)に進(すゝ)み
 し二艘(  そう)の網船(あみふね)ブリ縄(なは)の左(ひだり)の方より麾(さい)を振(ふ)りて櫓(ろ)を押切(おしきり)り
 ひかへ舟(ふね)の方へ漕(こぎ)よすればひかへ舟(ふね)はブリ縄(なは)の中(なか)をさして漕(こ)ぎ
 入(い)る網舟(あみふね)は縄(なは)の左右(さいう)へ分(わか)れて向(むか)ひ合(あわ)せひかへ縄(なは)のあたりより
 ブリ縄(なは)にもたせかけて網(あみ)をブリの外面(そとも)へすべらせおろし弥(いよ〳〵)
 双方(さうはう)より曳(ひ)けば是(これ)を見(み)て初(はじめ)両端(りやうたん)の二艘(  そう)縄(なは)を解放(ときはな)せばひか
 え舟(ふね)の中(なか)へ是(これ)を手(た)ぐりあげる跡(あと)は網(あみ)のみ漕(こぎ)よせ〳〵終(つい)に
【左丁】
 網舟(あみふね)二艘(  そう)の港板(みよし)を遺(やり)【遣の誤】ちがへて打(うち)よせ引(ひき)しぼるに魚(うを)亦(また)涌(わく)が
 ごとく踊(おど)りあがり網(あみ)を潜(かつ)きて頭(かしら)を出(いだ)しかしこに尾(お)を震(ふる)ひ
 《振り仮名:閃〳〵|せん 〳〵 》として電光(てんかう)に異(こと)ならず漁子(あま)是(これ)を攩網(たまあみ)をもつて小取(ことり)
 船(ふね)へ窼(す)【罺ヵ】ひうつす小取船(ことりふね) 乗人(のりて)三人 皆(みな)艪(ろ)を採(とり)て礒(いそ)の方(かた)へ漕(こひ)で
 よするなりかくして捕(と)るをごち網(あみ)と云(いふ)
  右フリ縄(なは)の長凡三百二十 尋(ひろ)大網(  あみ)は十五 尋(ひろ)深(ふか)さ中(なか)にて八 尋(ひろ)其
  次(つき)四 尋(ひろ)其次(そのつぎ)三 尋(ひろ)なり上品(じやうひん)の■(お)【苧ヵ】の至(いたつ)て細(ほそ)きを以(もつ)て目(め)は指(ゆび)七ッ
  さしなりアバあり泛子(うけ)なし重石(いわ)は竹の輪(わ)を作(つく)り其中(そのなか)へ石(いし)を
  加(くわ)へ糸(いと)にて結(ゆ)ひ付(つけ)て鼓(つゞみ)のしらべのごとく尤(もつとも)網(あみ)を一畳(  じやう)二畳(  じやう)と
  いひて何畳(なんしやう)も継合(つきあわ)せて広(ひろ)くす其(その)結(むすひ)繋(つな)ぐの早業(はやわさ)一瞬(  [し]ゆん)をも
  待(ま)たず一畳(  じやう)とは幅(はゞ)四間(  けん)に下垂(おろし)十間(  けん)許(ばかり)なり
   ○蛇骨(しやこつ)と号(なづく)る物(もの)同国(とうこく)白浜(しらはま)に多(おゝ)し故(ゆへ)にまゝ此(この)ごち網(あみ)に混(こん)じ
   入(い)りて得(え)ること多(おゝ)し

【右丁】
 ○比目魚(ひもくぎよ)と云(いふ)は鰈(かれ)の惣名(そうめう)なり本草(ほんそう)釈名(しやくめう)鞋底魚(けいていぎよ)と云はウシ
 ノシタ又クツゾコと云(いう)て種類(しゆるい)なり鰈(かれ)の字(じ)これに適(かな)へり若狭(わかさ)蒸(むし)
 鰈(かれ)のことは大和本草(やまとほんさう)に悉(くわ)しくいへり東国(とうこく)にてはヒラメと云
 ○鯛(たい)は本草(ほんぞう)に栽(の)【載ヵ】せす是(これ)亦(また)大和本草(やまとほんさう)に悉(くは)し故(ゆへ)に略(りやく)す鯛(たい)の字(じ)此(この)
 魚(うを)に充(あて)てつたへしこと久しけれとも是(これ)棘鬣魚(きよくれうぎよ)を正字(しやうし)とす神代(しんたい)
 巻(まき)に赤目(あかめ)と云(いう)又(また)延喜式(ゑんきしき)に平魚(へいきよ)と書(かき)しはタヒラの意(ゐ)なり中(なか)
 にも若狭鯛(わかさたい)はハナヲレ又レンコといひて身(み)小(せう)にして薄(うす)し色(いろ)淡黄(たんくわう)
 にして是(これ)一種(いつしゆ)なりハナヲレの義(き)未詳(つまびらかならず)他国(たこく)の方言(はうげん)にヘイケ又
 ヒウダヒといふもともに平魚(へいぎよ)の転(てん)なるべし万葉(まんよう)九 長哥(なかうた)
  水(みづ)の江(ゑ)の浦島(うらしま)が子(こ)が堅魚(かつを)つり鯛(たい)つりかねて七日まて《割書:下略|》虫丸
   ○鯖
 丹波但馬(たんばたしま)紀州熊野(きしうくまの)より出(いだ)す其(その)ほか能登(のと)を名品(めいひん)とす釣捕(つりと)る法(はう)
【左丁】
 何国(いつく)も異(こと)なることなし春(しゆん)夏(か)秋(しう)の夜(よ)の空(そら)曇(くも)り湖水立上(しほのほ)り海上(かいしゆう)
 霞(かすみ)たるを鯖日和(さばひより)と称(せう)して漁船(きよせん)数百艘(すひやくそう)打並(うちなら)ぶこと一里( り)許(はかり)又(また)一里 
 許(はかり)を隔(へた)て並(なら)ぶこと前(まへ)のごとし船(ふね)ごとに二ツの篝(かゞり)を照(て)らし万火(はんくわ)《振り仮名:𤆞々|こつ〳〵》 
 として天(てん)を焦(こが)す漁子(あま)十尋(とひろ)許(ばかり)の糸(いと)を■(お)【苧ヵ】にて巻(ま)き琴(こと)の緒(お)のごと
 き物(もの)に五文目(ごもんめ)位(くらい)の鉛(なまり)の重玉(おまりたま)を付(つけ)鰯(いわし)鰕(ゑび)などを飼(ゑ)とし竿(さほ)に付(つけ)る
 ことなし又(また)但馬(たじま)の国(くに)にては釣針(つりはり)もなく只(たゞ)松明(たいまつ)を振立(ふりたて)其(その)影(かげ)波浪(はらう)
 を穿(うがつ)がごときに魚(うほ)隨(したがつ)て踊(おど)りておのれと船中(せんちう)に入(い)れり是(これ)又(また)
 一(いつ)奇術(きじゆつ)なり船(ふね)は常(つね)の漁船(ぎよせん)に少(すこ)し大(おほき)にして縁(ふち)低(ひく)し越前(ゑちぜん)尚(なを)大也
 ○鯖(さば)の字(じ)和名抄(わめうせう)にアヲサバと訓(くん)ず本草(ほんざう)に青魚(せいきよ)又 鯖(さば)とあるは
 カドといひてニシンのことなり其(その)子(こ)をカズノコ又カトノコと云(いう)
 サハの正字(しやうじ)未詳(つまひらかならす)○サハといふ義(ぎ)は大和本草(やまとほんざう)に此(この)魚(うほ)牙(は)小(しやう)也
 故(ゆへ)に狭歯(さは)と云(いふ)狭(さ)は小(しやう)也云々 東雅(とうが) ̄に云(いふ)古語(こご)に物(もの)の多(おゝ)く聚(あつま)りたる
 をサバと云へば若(もし)其儀( ぎ)にもやと云々いづれか是(ぜ)なりとも知(しら)ず

【右丁】
 鯖(さば)
 鉤(つり)
 舟(ふね)

【右丁】
   ○牡蠣(かき)《割書:一名 石花|》
 畿内(きない)に食(しよく)する物(もの)皆(みな)芸州(げいしゆう)広島(ひろしま)の産(さん)なり尤(もつとも)名品(めいひん)とす播州(ばんしう)紀州(きしう)泉(せん)
 州(しう)等(とう)に出(いだ)すものは大(おほひ)にして自然生(しぜんせい)なり味(あち)佳(か)ならず又(また)武州(ふしう)参州(さんしう)
 尾州(びしう)にも出(いだ)せり広島(ひろしま)に畜養(やしない)て大坂に售(う)る物(もの)皆(みな)三年物(    もの)なり故(ゆへに)
 其(その)味(あち)過不久(くはふきう)の論(ろん)なし畜(やしな)ふ所(ところ)は草津(くさつ)示保浦(にほうら) たんな ゑは ひ
 うな おふこ 等(とう)の《振り仮名:五六ヶ所|      しよ》なり積(つ)みて大坂浜々(    はま〳〵)に繋(つな)ぐ数(す)
 艘(そう)の中(なか)に草津(くさつ)尓浦(にほ)より出(いづ)る者十か七八にして其(その)畜養(ちくやう)する
 事(こと)至(いたつ)て多(おほ)し大坂に泊(とま)ること例歳(れいさい)十月より正月の末(すへ)に至(いたり)て帰帆(きはん)す
 ○畜養(ちくやう) 畜所(やしなふところ)各(おの〳〵)城下(じやうか)より一里 或(あるひ)は三里にも沖(おき)に及(およ)べり干潮(ひしほ)
 の時(とき)潟(かた)の砂上(しやじやう)に大竹(おほたけ)を以(もつ)て垣(かき)を結(ゆ)ひ列(つら)ぬること凡(およそ)一里許(   はかり)号(なづけ)てひ
 びと云(いふ)高(たかさ)一丈余(  よ)長 一丁許(   ばかり)を一口(  くち)と定(さだ)め分限(ぶんげん)に任(まか)せて其(その)数(かず)幾(いく)
 口(くち)も畜(やしな)へり垣(かき)の形(かたは)への字(し)の如(ごと)く作(つく)り三尺余(  よ)の隙(ひま)を所々(ところ〳〵)に明(あけ)て
【左丁】
 魚(うを)其間に聚(あつまる)を捕(とる)也ひゞは潮(しほ)の来(きた)る毎(こと)に小(ちいさ)き牡蠣(かき)又 海苔(のり)の付(つき)て
 残(のこ)るを二月より十月までの間(あいた)は時々(とき〳〵)是(これ)を備中鍬(ひつちうくわ)にて掻落(かきおと)し
 又 五間(  けん)或(あるい)は十間(  けん)四方 許(ばかり)高(たかさ)一丈 許(ばかり)の同(おな)しく竹垣(たけかき)にて結廻(ゆひまは)した
 る籞(いけす)の如(ごと)き物(もの)の内(うち)の砂中(しやちう)一尺 許(ばかり)堀(ほ)り埋(うづ)み畜(やしな)ふこと三年にし
 て成熟(せいじゆく)とす海苔(のり)は広島海苔(ひろしまのり)とて賞(せう)し色(いろ)〳〵の貝(かい)もとりて
 中(なか)にもあさり貝(かい)多(おゝ)し
 ○ 蚌蛤(ばうがう)の類(るい)皆(みな)胎生(たいせい)【「コヲウミ」左ルビ】卵生(らんせい)【「タマゴウミ」左ルビ】なり此物(このもの)にして惟(ひとり)化生(くはせい)の自然物(しせんぶつ)なり
 石(いし)に付(つき)て動(うご)くことなければ雌雄(めを)の道(みち)なし皆(みな)牡(を)なりとするが故(ゆへ)
 に牡蠣(ぼれい)と云(いふ)蠣(れい)とは其(その)貝(かい)の粗大(そたい)なるを云(いう)石(いし)に付(つき)て磈礧(かさなり)つらなりて
 房(す)のごときを呼(よ)んで蠣房(れいぼう)といふ初(はじ)め生(しやう)ずるときは唯一(たゞ)拳石(こふしのいし)のごとき
 が四面(しめん)漸(やうや)く長(ちよう)じて一二丈(   じやう)に至(いた)る物(もの)も有(ある)なり一房毎(いちぼうごと)に内(うち)に肉(にく)一塊(いつくわい)
 あり大房(たいぼう)の肉(にく)は馬蹄(ばてい)のごとし小(ちいさ)きは人(ひと)の指面(ゆび)のごとし潮(しほ)来(く)れば
 諸房(しよはう)皆(みな)口(くち)を開(ひら)き小蟲(こむし)の入(い)るあれば合(あわ)せて腹(はら)に充(みつ)ると云(い)へり

【左丁】

 広島(ひろしま)
 牡蠣(かき)
 畜養(ちくよう)
 之(の)法(はう)

【右丁】
 又(また)曰 礒(いそ)にありて石(いし)に付(つき)て多(おゝ)く重(かさな)り山(やま)のごとくなるを蠔山(かうさん)と云(いふ)
 離(はな)れて小(せう)なるを梅花蠣(ばいくわれい)と云(いふ)広島(ひろしま)の物(もの)是(これ)なり筑前(ちくぜん)にて是(これ)をウ
 チ貝(かい)といふは内海(うちうみ)の礒(いそ)に在(あ)るによりてなり又(また)オキ貝(かい)コロビ貝(かい)と云(いふ)
 石(いし)に付(つ)かず離(はな)れて大(おほい)なるを云(い)へり○又ナミマカシハと云(いふ)あり海(かい)
 浜(ひん)に多(おほ)し形(かたち)円(ゑん)にして薄(うす)く小(せう)なり外(そと)は赤(あか)ふして小刺(はり)あり尤(もつとも)美(び)
 なり好事(こうず)の者(もの)は多(おゝ)く貯(たくは)へて玩覧(くわんらん)に備(そな)ふ是(これ)韓保昇(かんほうしやう)が説(と)く所(ところ)
 《振り仮名:■蠣|ふれい》是(これ)なり歌書(かしよ)にスマカシハといふは蠣売(かきがら)【壳ヵ】の事(こと)なり又(また)仙人(せんにん)と
 云(いふ)あり其(その)殻(から)に付(つ)く刺(はり)幅(はゞ)広(ひろ)きを云(いふ)又(また)刺(はり)の長(なが)く一寸 許(ばかり)に多(おゝ)く
 附(つ)く物(もの)を海菊(うみきく)と云(いふ)又むら雲(くも)のごとく刺(はり)なきものもありその
 色(いろ)数種(すしゆ)あり《割書:右 本草(ほんざう)《割書:并》諸房(しよはう)の説(せつ)を採(とる)る|》
 ○カキといふ訓(くん)はカケの転(てん)じたるなるべし古歌(こか)に
 みよしのゝ岩(いわ)のかけ道(みち)ふみならし とよめるはいま
 俗(ぞく)に岳(がけ)と云(いふ)に同して云(いゝ)初(そめ)しにや物(もの)の闕(かけ)たると云(いふ)も
【左丁】
 其(その)意(い)にてともに方円(はうゑん)の全(まつた)からざる義(ぎ)なり
 ○此(この)殻(から)をやきて灰(はい)となし壁(かべ)を塗(ぬ)ること本草(ほんざう)に見(み)へたり
 ○大和本草(やまとほんざう)に高山(かうさん)の大石(たいせき)に蠣殻(かきから)の付(つき)たるを論(ろん)して挙(あげ)たりこれ
 又 本草(ほんさう)に云(いふ)所(ところ)にして午山(こさん)【注】老人(らうじん)の討論(とうろん)ありいずれを是(ぜ)なりと
 も知(し)らざれば此(こゝ)に略(りやく)すされども天地(てんち)一元(  げん)の寿数(しゆすう)改変(かいへん)の時(とき)に付(つき)
 たる殻(から)なりと云(いふ)もあまり迂遠(うゑん)なる説(せつ)也




日本山海名産図会巻之三 終

【◼は「虫+膚」ヵ】
【「香月牛山」ヵ】

【文字無し】

【裏表紙】

【表紙】
【題簽 剥落】

【左丁】
日本山海名産図会(につほんさんかいめいさんつゑ)巻之四
   ○目録
 ○土佐堅魚(とさかつを)《割書:熊野|》    ○讃州海鼠(さんしうなまこ)《割書:贅海鼠(いりこ)|海鼠腸(このわた)》
 ○越前海膽(ゑちぜんうに)      ○西宮白魚(にしのみやしろうを)《割書:桑名(くわな)《割書:附|》 麺條魚(どろめ)|氷魚(ひを)》
 ○桑名焼蛤(くわなやきはまぐり)《割書:時雨蛤(しくれはまぐり)|》  ○加茂川鮴(かもかはごり)《割書:加賀浅野川(かがあさのかは)|》
 ○豫州大洲石伏(よしうおほずいしふし)    ○神道川鱒(しんたうかはのます)
 ○諏訪湖八目鰻(すはのうみやつめうなき)《割書:赤魚(あかうを)|》  ○明石章魚(あかしたこ)《割書:長浜(なかはま)|》

【右丁】
 ○滑川大梢魚(なめりかはおほたこ)   ○高砂望潮魚(たかさごいひたこ)
 ○河鹿(かしか)《割書:八脊(やせ) 鼓瀧(つゞみのたき) 井堤(いで) 《割書:附|》  魚(うを)の品類(ひんるい)|》

【左丁】
  ○堅魚(かつを)
 土佐(とさ)阿波(あは)紀州(きしう)伊予(いよ)駿河(するか)伊豆(いづ)相模(さかみ)安房(あわ)上総(かづさ)陸奥(むつ)薩摩(さつま)此外(このほか)諸(しよ)
 州(しう)に採(と)るなり四五月のころは陽(やう)に向(むか)ひて東南(とうなん)の海(うみ)に群集(くんじゆ)して
 浮泳(ふゑい)す故(ゆへ)に相模(さかみ)土佐(とさ)紀州(きしう)にあり殊(こと)に鎌倉(かまくら)熊野(くまの)に多(おゝ)く就中(なかんづく)土(と)
 佐(さ)薩州(さつま)を名産(めいさん)として味(あち)厚(あつ)く肉(にく)肥(こへ)乾魚(かつを)の上品(しやうひん)とす生食(なまにしよく)しては
 美癖【「むますきる」左ルビ】なり阿波(あは)伊勢(いせ)これに亜(つ)く駿河(するか)伊豆(いづ)相模(さがみ)武蔵(むさし)は味(あち)浅(あさく)肉(にく)脆(かろ)く
 生食(せいしよく)には上(じやう)とし乾魚(かつを)にして味(あぢ)薄(うす)し安房(あは)上総(かつさ)奥州(おうしう)は是(これ)に亜(つぐ)
 ○魚品(きよひん)は 縷鰹(すぢかつを) 横輪鰹(よこわかつを) 餅鰹(もちかつを) 宇津和鰹(うつわかつを) 《振り仮名:ヒラ鰹|   かつを》
 等(とう)にて中(なか)にも縷鰹(すぢかつを)を真物(しんぶつ)として次(つぎ)に横輪(よこわ)なり此(この)二種(  しゆ)を以(もつ)て
 乾魚(ふし)に製す東国(とうこく)にて小なるをメジカといふ
 ○漁捕(きよほ)は 網(あみ)は稀(まれ)にして釣(つり)多(おゝ)し尤(もつとも)其(その)時節(じせつ)を撰(ゑら)はずしてつ
 ねに沖(おき)に出(いつ)れども三月の初(はじめ)より中旬(ちうじゆん)まてを初鰹(はつかつを)として専(もつはら)生(せい)

【左丁】

 土州(としう)
  鰹(かつを)
   釣(つり)

【右丁】
 食(しよく)す五月までを春節(はるふし)として上品(じやうひん)の乾魚(かつを)とす八月までを秋(あき)
 節(ふし)という飼(ゑ)は鰯(いわし)の生餌(なまえ)を用(もち)ゆる故(ゆへ)に先(まつ)鰯網(いわしあみ)を引(ひ)く事(こと)も常(つね)也
 鰯(いわし)二坪許(ふたつぼばかり)の餌籠(ゑご)に入(い)れて汐潮水(しほみづ)に浸(ひた)し是(これ)を又(また)三石許(さんこくばかり)の桶(おけ)
 に潮水(しほみつ)をたゝへて移(うつ)し入れ十四五石許(       ばかり)の釣舟(つりふね)に乗(の)せて一人
 長柄(ながえ)の杓(しやく)を以(もつ)て其汐(そのしほ)を汲出(くみいた)せは一人は傍(かたはら)より又(また)汐(しほ)を汲入(くみいれ)て 
 いれかへ〳〵て魚(うを)の生(せい)を保(たも)たしむ釣人(つりて)は一艘(  さう)に十二人 釣(つり)さほ
 長 一間半(  けんはん)糸の長(なが)さ一間許(いつけんばかり)ともに常(つね)の物(もの)よりは太(ふと)し針(はり)の尖(とがり)にか
 ゑりなし舟(ふね)に竹簀(たけす)筵(むしろ)等(とう)の波除(なみよけ)ありさて釣(つり)をはじむるに先(まつ)生(いき)
 たる鰯(いわし)を多(おゝ)く水上(すいしやう)に放(はな)てば鰹(かつを)これに附(つき)て踊(おど)り集(あつま)る其中(そのなか)へ
 針(はり)に鰯(いわし)を尾(お)よりさし群集(くんじゆ)の中(なか)へ投(なく)れば乍(たちまち)喰附(くひつき)て暫(しばら)くも猶(ゆう)
 予(よ)のひまなくひきあげ〳〵一顧(いつこ)に数十尾(すしつび)を獲(う)ること堂(たう)に数(かす)
 矢(や)を発(はな)つがごとし○又(また)一法(いつはう)に水(みつ)浅(あさ)きところに自然(しせん)魚(うを)の集(あつまる)を
 みれは鯨(くじら)の牙(きば)或(あるひ)は犢牛(めうし)の角(つの)の空中(うつほのなか)へ針(はり)を通(とを)し餌(ゑ)なくしても
【左丁】
 釣(つる)なり是(これ)をかけると云(いふ)《割書:牛角(きうかく)を用ることは水に入ておのづから|光(ひか)りありていわしの群(むれ)にもまかへり》○又 魚(うを)を
 集(あつめ)んと欲(ほつ)する時(とき)はおなじく牛角(きうかく)に鶏(にはとり)の羽(は)を加(くわ)へ水上(すいしやう)に振(ふ)り
 動(うご)かせば光耀(くわうよう)尚(なを)鰯(いわし)の大群(  ぐん)に似(に)たり此余(このよ)天秤釣(てんひんつり)などの法(はう)なと
 あれども皆(みな)是(これ)里人(さとひと)の手(て)すさひにして漁人(あま)の所業(しわさ)にはあらす
 ○又(また)釣(つり)に乗(じやう)ずる時(とき)若(もし)遠(とほ)く餌(ゑ)を遂(おほ)ふて鰹(かつを)の群(むれ)来(く)る時(とき)にあへは
 自(おのつから)船中(せんちう)に飛入(とびい)りて其勢(そのいきおひ)なか〳〵人力(しんりき)の防(ふせ)ぐ所(ところ)にあらず
 至(いつたつ)て多(おゝ)き時(とき)は殆(ほとんど)舟(ふね)を圧沈(しつま)す故(ゆへ)に遥(はるか)に是(これ)を窺(うかゞ)ひて急(いそ)き
 船(ふね)を漕(こ)き退(の)けて其(その)過(すぐ)るを待(まつ)なり
 ○行厨蒸乾制鯫鮑(りやうりしてむしほしかつをにつくる) 釣舟(つりふね)を渚(なぎさ)によせて魚(うを)を砂上(すなのうへ)に拗(ほ)り【注】
 上(あく)れば水郷(すいきやう)の男女老少(なんによらうせう)を分(わか)たず皆(みな)桶(おけ)又 板(いた)一枚(  まい)庖丁(ほうてう)を持(もち)て
 呼(よば)ひ集(あつま)り桶(おけ)の上(うへ)に板(いた)を渡(わた)して俎(まないた)とし先(まつ)魚(うを)の頭(かしら)を切(きり)腹(はら)を抜(ぬ)き
 骨(ほね)を除(のぞ)き二枚(  まい)におろしたるを又二ッに切(き)りて一尾( び)を四片(  へん)とな
 すなり骨(ほね)腸(はらはた)は桶(おけ)の中(うち)へ落(おと)し入(い)れて是(これ)を雇人(やとひど)各々(めい〳〵)の得(ゑ)ものと

【注 「拗」は「抛」ヵ】

【右丁

 海人(かいしん)釣(つり)
 舟(ふねを)迎(むかへ)て
 鰹魚(かつを)を
【左丁】
  汀(みきは)に
   屠(ほふ)る


 鰹(かつ)
 魚(を)
 釣(つりはりの)
 図(づ)


 此外(このほか)釣針(つりはり)多(おゝ)くあれども
 たいていかくのごとし雄牛(おうし)
 の角(つの)を用(もち)ゆ

 角(つの)の中(うち)へ鶏(にはとり)の首毛(くびげ)を
 込(こ)め針(はり)を付(つけ)用(もち)ゆ外(ほか)に
 てんひん針(はり)も有(あ)り

【左丁】
 行厨(かうちう)に
 鰹魚(かつを)を
 屠(ほふ)る

【右丁】
 して別(へつ)に賃(ちん)を請(うけ)ず其 腸(わた)を塩(しほ)に漬(つけ)酒盗(しゆとう)として売(う)るを徳用(とくよう)と
 するなり○又(また)所(ところ)によりて行厨(りやうりば)を一里 許(ばかり)他所(たしよ)に構(かま)へ大俎板(おほまないた)を置(おき)
 て両人(りやうにん)向(むか)ひあわせ頭(かしら)を切(き)り尾(お)を携(たつさ)へて下(さ)げ切(きり)とす手練(しゆれん)甚(はなは)だ
 早(はや)く熊野(くまの)辺(へん)皆(みな)然(しか)り
 ○かくて形様(かたち)と能程(よきほど)に造(つく)り籠(かご)にならべ幾重(いくゑ)もかさねて大釜(おほかま)
 の沸湯(にへゆ)に蒸(む)して下(した)の籠(かご)より次第(しだい)に取出(とりいだ)し水(みつ)に冷(ひや)し又(また)小骨(こほね)
 を去(さ)りよく洗浄(あら)ひ又(また)長五尺 許(ばかり)の底(そこ)は竹簀(たけす)の蒸籠(むしかご)にならべ
 大抵(たいてい)三十日 許(ばかり)乾(ほ)し暴(さら)し鮫(さめ)をもつて又(また)削作(けつりつく)り縄(なわ)にて磨(みが)くを
 成就(しやうしゆ)とす背節(せふし)を上とし腹節(はらふし)を次(つぎ)とす背(せ)は上へ反(そ)り腹(はら)は直(すく)し
 贋(にせ)ものは鮪(しび)を用(もち)ひて甚(はなはだ)腥(なまくさ)し《割書:乾(かわ)かすにあめふれば藁火(わらひ)をもつて|篭(かご)の下より水気(すいき)を去(さ)るなり冷(ひや)すに》
 《割書:水(みつ)を撰(ゑら)めり故(ゆへ)に土佐(とさ)には清水(しみづ)といふ|所(ところ)の名水(めいすい)を用(もちゆ)る故(ゆへ)に名産(めいさん)の第一とす》
  ○或(あるひは)云(いう)腹節(はらふし)の味(あぢ)劣(おと)るにはあらざれども武家(ぶけ)の音物(ゐんもつ)とするに腹節(はらぶし)
   の名(な)をいみて用(もち)ひられざるゆへなり
【左丁】
 ○鰹(かつを)の字(し)日本(にほん)の俗字(そくじ)なり是(これ)は延喜式(えんきしき)和名抄(わめうせう)等(とう)に堅魚(かつを)と
 あるを二合(にがう)して制(つく)りたるなり又カツヲの訓義(くんぎ)は東雅(たうが)に䰴魚(こつぎよ)
 と云 字音(じおん)の転(てん)なりとはいへども是(これ)信(しん)じがたし或云カツヲは堅(かた)き
 魚(うを)の転(てん)にして即(すなはち)乾魚(かつを)の事(こと)なるをそれに通(つう)じて生物(せいぶつ)の名(な)に
 も呼(よ)びならひたるなり ○又(また)東医宝鑑(とういほうかん)に松魚(せうぎよ)を此魚(このうを)に充(あて)
 たり此書(このしよ)は朝鮮(ちやうせん)の医宦(いくわん)許俊(きよしゆん)の撰(せん)なるに近来(きんらい)又(また)朝鮮(ちやうせん)の聘(へい)
 使(し)に尋(たつね)れば松魚(せうぎよ)は此(こゝ)に云(いう)鮭(さけ)のことといへり尤(もつとも)肉(にく)赤(あかく)して松(まつ)の節(ふし)のことし
 又(また)後(のち)に来(きた)る聘使(へいし)に尋(たつぬ)るに古固魚(こゝきよ)の文字(もじ)を此(こゝ)の堅魚(かつを)に充(あて)たり
 されど是(これ)も近俗(きんぞく)の呼所(よふところ)とは見(み)へたり前(まえ)に云(いう)䰴魚(こつぎよ)は此(こゝ)に云(いう)マナ
 カツヲにして一名 鯧(しやう)又 魚游(きよいう)と云と云く是(これ)舜水(しゆんすい)のいへるにおなし
 くしてマナカツヲを魴(はう)とかくは誤(あやま)りなるべし云云
 ○乾魚(かつを)は本邦(ほんはう)日用(にちよう)の物(もの)にして五味(ごみ)の偏(へん)を調和(てうくわ)し物(もの)を塩梅(あんばい)する
 の主(しゆ)なり元(もと)よりカツヲの名(な)もふるし万葉集《割書:長哥|》水の江の浦


【左丁】
 蒸(む)して
 乾魚(かつを)に
 制(せい)す




【左丁】
 乾魚(かつを)を
 磨(みがき)て
 納(おさ)む



  ○/陶器(やきもの)
/諸刕(しよしう)/數品(すひん)/有中(あるなか)にも/肥前國(ひぜんのくに)/伊萬里(いまり)/焼(やき)と/云(いふ)を/本朝(ほんてう)/第一(たいいち)とす/此窯山(このかまやま)/凡(およそ)
十八ケ/所(しよ)を/上塲(じやうば)とす
 ○/大河内山(おゝかはちやま) ○/三河内山(みかわちやま) ○/和泉山(いづみやま) ○/上幸平(かんかうひら) ○/本幸平(ほんかうひら)
 ○/大樽(おゝたる)   ○/中樽(なかたる)    ○/白川(しらかわ)  ○/稈古塲(ひへこば)   ○/赤繪町(あかゑまち)
 ○/中野原(なかのはら)  ○/岩屋(いわや)   ○/長原(ながはら)  ○/南河原(みなみかはら)《割書:上下|二所》
 ○/外尾(ほかを)    ○/黒牟田(くろむた)  ○/廣瀬(ひろせ)  ○/一(いち)の/瀬(せ) ○/應法山(わうはうやま)
/等(とう)にて/此内(このうち)/大河内(おゝかわち)は/鍋島(なへしま)の/御用山(こようやま)/三河内(みかわち)は/平戸(ひらど)の/御用山(こようやま)にし
て/他(た)に/貨賣(くわばい)する/事(こと)を/禁(きん)ず/伊萬里(いまり)は/商人(あきひと)の/幅湊(ふくそう)せる/津(つ)にて/焼(やき)
/造(つく)るの/塲(ば)にはあらず/凡(およそ)/松浦(まつら)/郡(こほり)/有田(ありだ)のうちにして/其内(そのうち)/中尾(なかを)三ッの/股(また)
/稈古塲(ひへこば)は/同國(どうこく)の/領(りやう)ちがひ又/廣瀬(ひろせ)などは/靑磁物(せいじもの)/多(おゝ)くして/上品(じやうひん)なし
/都合(つがう)二十四五/所(しよ)にはなれとも十八ヶ所は泉山の/脇(わき)にありて/是土(これつち)の/出(いづ)る山也

国郡全図

【横書】
TKGK-00017
書名  国郡全図
刊   一冊
所蔵者 東京学芸大学附属図書館
函号  290.381/ICH
撮影  国際
マイクロ写真工業社
令和2年度
国文学研究資料館

【註=15コマ右丁の後に入るべき「郡名目録上巻」の初ページが欠落している。】

【題箋】
国郡全図  上下

青生東渓谿翁著
国郡全図
張府  書賈東壁堂発兌

       【蔵書印】

国郡全図序
昔在我
神皇順天受命建国経野
乃就地利以処人民
列聖継典彊壌曰広遂分
海内為五畿七道定官置

職大布政教相土物産著
之図籍民部掌之是以貪
吏不得行奸兇民無有争
訟仁民之政至矣及梟将
更出兵燹屡起所謂図籍
遂亡
先王之迹逾遠而旧建之
名亦変実可惜也方今声
教曰興文運復昌博洽之
士継踵故作地図者亦多
然唯載列国而未及郡邑
尾張青生元宣慨其未備

博採旧聞旁求古図研究
訂正数年乃成題曰国郡
全図披而観之則五畿七
道山川之大小都邑之広
狭田畝之多寡里程之遠
近不出戸牖而可知也今
玆季秋因友人河村生請
余序余雖未識其人而善
其学之篤為書之以与云
享和三季秋九月
式部権大輔兼文章博士
菅原長親【文章博士】【菅原長親】

国郡全図序 【印】
方輿之学不_レ明則於経世之務
或闕古人既已論_レ之而輿地図
之行_二于今_一吾未_レ見_下得_二其全_一者_上也
独長久保赤水曽著_二路程図_一而
遠近之程晰矣伊能忠敬揣_二-測

海湾_一而経緯之度詳矣然而尚
未果為_レ得_二其全者_一也余有_レ憾_二於
此_一久矣甞以窃念渉_二-猟古今全
史_一 一一鈎_二-稽之_一而書海茫茫苦
無_二涯際_一又念踏_二-遍七道九域_一名
名目_二-験之_一而国有_二厲禁_一不_レ許_下逾_二
境界_一而漫游_上是進退皆不_レ得_レ酬_二
吾志_一於_レ是乎慨然自奮吾足迹
之所_レ不_レ及使_二弟子_一代探或謀_二之
於四方稽古之彦或証_二之于紀
伝百家之誌_一参伍錯綜汎捜旁
尋必得_二名実精確_一而後已而尚

猶未_レ慊_二於懐_一也一日尾人青生
氏携_二其所_レ著国郡全図者_一執_二贄
於吾門_一曰聞先生深_二于方輿之
学_一不_レ知亦有_レ所_レ教乎余乃展而
観_レ之無_レ論其州郡与_二山川_一至_二城
邑寺観之細_一網羅捆載一目瞭
然余昔日所_レ憾者一旦咸得_レ償
矣豈非_二大快事_一哉嗚呼青生氏
可_レ謂吾門畏友_一吾敢厚顔為_二子
師_一哉因又挙_二余平生所_一_レ得以相
語且曰若里程之精経緯之細
則有_二余所_レ撰輿地大成在_一焉亦

可_下与_二子之斯書_一駢考_上也
箸雍困敦黄鐘日
   鴻濛 内田観斎識
    【落款 内田恭■(堂ヵ)思敬 観斎】

国郡全図序
経界既 ̄ニ正(○)則可_二以分_レ田 ̄ヲ制_レ禄(○) ̄ヲ民部省 ̄ノ
御図 牒(○) ̄ハ蓋我経界 也(○)此書已 ̄ニ亡(○) ̄ヒテ其省
倀 倀(○)然 ̄レトモ源能州之籍 ̄ニ有_二国郡 部(○)_一雖_レ非_二
図記 ̄ニ_一類 也(○)延喜 ̄ニ有_二神名 式(○)_一雖_レ非_二方志 ̄ニ_一
亦類 也(○)世 ̄ニ伝_二建久 暦(○) ̄ヲ_一巻首 ̄ニ載_二小輿 地(○) ̄ヲ_一
蓋中世所謂指-図者 也(○)自 ̄リ_二慶元 来(○) ̄タ四

海文 明(○)人皆能絶 ̄シ_二 地 紀(○) ̄ニ_一国 ̄ニ有_二府 志(○)_一家 ̄ニ
有_二 地名 考(○)_一於_レ是有_二長翁赤水 ̄ノ路程図_一
出 焉(○)事之為 ̄ル_レ精(○)在_二 上古 ̄ニ_一無_レ之(○)聞_二之 ̄ヲ翁 ̄ノ
言 ̄ニ_一曰吾書 更(へ) ̄ハ_二 十改 刻(○) ̄ヲ_一則可 ̄ト_三以無 ̄ル_二大過_一
矣(○)而 ̄ルニ未_レ及_レ 三 ̄ヒニ而翁 歿(○)継 ̄テ有_二秦 ̄ノ檍麻呂 ̄ノ
東方十国図_一焉(○)麻呂健 足(○)日《割書:々ニ|》行 ̄コト六七
十 里(○)躬自経_二-渉 ̄シテ其地 ̄ヲ_一窮_レ之(○)可_レ謂_二精之
又精 ̄ナル者(○) ̄ト_一然僅僅十国授梓未_レ半(○) ̄ナラ麻呂 ̄モ
亦 逝(○)豈不_二大遺憾 ̄ナラ_一乎(○)無_レ憾 ̄ニ者 ̄ハ其唯青
君東溪之書 乎(○)麻呂 ̄ハ止《割書:々|》十 国(○)翁 ̄ハ無_二郡
県(○)_一此書兼 ̄テ而有_レ之(○)山川城邑分界関
津之 大(○)無_レ不備 載(○) ̄セ_一陵墓原隰旧蹤寺
観之 細(○)無_レ不_二悉 記(○) ̄セ_一書以_レ全 ̄ヲ名(○) ̄ツケ不_二亦宜_一
乎(○)君 曰(○)非_二敢然 ̄ルニ_一也(○)桑滄変 換(○)地名沿

革(○)茫茫淆 淆(○)難_レ可 ̄キコト_二単窮 ̄マ_一故 ̄ニ吾 ̄ハ唯創_二-垂 ̄シテ
之(○) ̄ヲ_一欲_レ使_二後人継而全 ̄クセ_一_レ之 ̄ヲ也(○)曰然 ̄ハ則(○)翁 ̄ハ
期_二諸 ̄ヲ己(○) ̄ニ_一君 ̄ハ托《割書:スル也|》_二諸 ̄ヲ人 ̄ニ_一期_レ己 ̄ニ者 狭(○) ̄ク托_レ 人 ̄ニ者
博(○) ̄シ他日司土氏必有 ̄ン_レ所_二来 ̄リ取_一哉(○)或謂
_レ余 曰(○)甞観_二大石良雄 ̄カ書(○) ̄ヲ_一非_下独以_二其人 ̄ヲ_一
而已_上也(○)字亦遒 勁(○)印 ̄ニ有_二富士山陰是
故郷 ̄ノ七 字(○)_一不_レ知_二何謂 ̄ヒナルヲ也(○)問 ̄フニ_二之 ̄ヲ於 人(○) ̄ニ_一 人
亦不_レ識 ̄ラ也昨読 ̄メハ_二此書 ̄ヲ山下 ̄ニ有_二大石 寺(○)_一
敢正_二諸 ̄ヲ吾 子(○) ̄ニ_一余歎 曰(○)此事雖_レ小(○)《割書:也ト|》可_二以
喩 ̄フ_一_レ大 ̄ヲ
文政戊子仲秋
    尾張 秦鼎撰
       【落款 秦鼎 士鉉】
          杉山延書【落款】

自序
輿地図学之説極博、言多失_二荒唐_一、水戸赤水氏眆 ̄メテ
著 ̄ス_二日本路程全図 ̄ヲ_一、郡国 ̄ノ広狭、城邑 ̄ノ配置、悉《割書:々ク|》皆詳審、
然 ̄トモ一幅之帖、山川邑里、百載_二 一二_一、非_二官-道 ̄ノ所_一_レ由、則
多 ̄シ_レ所_レ不_レ載、至_三於一覧尽_二形勢_一、則可矣、施_下之尋_二繹 ̄シ道
路_一、包_二-絡 ̄スル山川_一者_上則未可矣、如其配_二之 ̄カ山川 ̄ヲ_一列_二之 ̄カ邑-
里_一、次_二序 ̄セハ道之所_一_レ由、輿地之於_レ図、可_レ謂_二博大_一矣、余有
_レ志_二於此挙_一久 ̄シ矣、今以_二 一国_一、収_二于一紙_一、至 ̄テハ_二於大国_一、則
及 ̄フ_二 三紙四紙 ̄ニ_一亦有_レ之、以_レ邑付_レ郡、以_レ郡付_レ国以_二 七十
五紙_一、収_二 六十六国 ̄ヲ_一、輯 ̄テ為_二 一巻_一、山川邑里、道路所_レ由、
天下 ̄ノ曲折、可_二坐 ̄ニシテ而知_一矣、若夫郡国 ̄ノ増減、歴代 ̄ノ沿革、

浩繁冗雑、不_レ勝_二詳挙 ̄ニ_一、姑 ̄ラク拠 ̄リ_二延喜式倭名類聚等書 ̄ニ_一、
条 ̄ス_二 一二 ̄ノ郡名 ̄ヲ於凡例下 ̄ニ、可_レ謂郡国 ̄ノ面目、於_レ此始具
矣、先師乾堂先生甞出_二-示尾張全図一幅 ̄ヲ_一曰、此図、
山川邑里、不_レ爽_二毫釐 ̄ヲ_一、梓 ̄シテ而伝_二之於不朽 ̄ニ_二、是吾志也、
余謂挙 ̄ルハ_二 一国之全 ̄ヲ_一不 ̄ト_レ若 ̄カ_下具_二各国之微 ̄ヲ_一為 ̄ルニ_上_レ愈 ̄レリト也、想 ̄フニ各
国 ̄モ亦必有_二全図_一、於_レ是遍 ̄ク捜遠 ̄ク求、曠年弥久、自_二 五畿
逮 ̄フ_二 二洲 ̄ニ_一、地図粗具、然 ̄トモ疎密相間 ̄ハリ、配列錯午 ̄スル者不_レ少
矣、志在_下考_二之 ̄ヲ方志 ̄ニ_一、証 ̄スルニ_中之国人 ̄ニ_上然研究渉_レ久恐 ̄クハ年命 ̄ノ
之不_二吾与_一也、縦 ̄ヒ得 ̄ルトモ_下経_二-歴 ̄シ天下山川城邑尋_中繹 ̄スルコト道路 ̄ノ
所_上_レ由疲駑之力不_レ勝_二重遠 ̄ニ_一矣、悉不能及詳審、遽 ̄カニ命_二
剞劂氏 ̄ニ_一、標 ̄シテ曰_二国郡全図_一、後来博該 ̄ノ君子、各国有識
之人、就加_二補正 ̄ヲ_一、豈啻老夫之幸 ̄ノミナラス抑亦天下之微益
 文政戊子
       尾張  東谿青生元宣識
            【東谿】【元宣】

凡例
 此図毎国方円曲直ノ形状ハ赤水先生日本路程全図ニ
 傚テ写シヌサレトモ其国ノ大小広狭ヲ論セス一紙ノ面ニ載セツ全国
 大幅ノ折畳紙ニテ展玩ニ力ヲ費シ又ヲリメ摩滅シテ看カタシ今此
 図ハ几上一覧ノ便利ニシテ文字剥落ノ患ナキヲ旨トス但シ陸奥
 出羽薩摩等ノ如キハ次ヘ送リ二三葉ニ及フ各合紋ヲ以テ印トス

○海陸ミチノリ長短ハ略シテ載セス○郡名ノ古今ノ違ハ目録ニ記ス
○村名ハ略字或ハ片カナヲ用ヒ総テ村ノ字ヲ省ク一字ノ村名ト雖モ
 亦然リ《割書:中村下村|ノ類ナリ》極メテ細密ノ処ハ図モ字モ及ヒ難キ処アリ
○黒筋ハ郡界朱筋ハ街道駅路■城廓■陣屋■黄ハ駅
 或宿並■村名庄号■神社■仏閣堂廟■浅黄ハ海河
 川谷○池水■滝■島々■青ハ峯嶺山岳●湊或船着舟
 渡シ▲陵或ハ名所旧跡■関路■古墟○朱ハ温泉火井
 ■新田ノ印ナリ
広大ノ海宇、繁多ノ郡里、固ヨリ此小図ノ、悉皆詳明スヘキ所ニアラサレ
ハ其誤脱疎漏、極メテ可_レ多唯博物ノ君子玩閲ノツイテ其闕ヲ補ヒ
タマハラハ年月ヲ積テ全備トナラン鄙心ノ深ク希フ事ニコソ

【註=このコマ右丁の後に入るべき「郡名目録上巻」の初ページが欠落している。】

【左丁】
《割書:|》   甲斐国 四郡  《割書:山梨(ヤマナシ)  八代(ヤツシロ)  巨麻(コマ)  都留(ツル)|》
《割書:古八郡|》 相模国 九郡  《割書:足柄上(アシカラノカミ) 足柄下(アシカラノシタ) 余綾(ヨロキ)  大住(オホスミ)  愛甲(アユカハ)|高座(タカクラ)  鎌倉(カマクラ)  御浦(ミウラ)  津久》
           《割書:今加津久郡|》
《割書:古二十一|郡》武蔵国 二十二郡《割書:久良(クラキ)  都筑(ツツキ)  多麻(タマ)  橘樹(タチハナ)  荏原(ヱハラ)|豊島(トシマ)  足立(アタチ)  新座(ニヒクラ)  入間(イルマ)  高麗(コマ)》
           《割書:比企(ヒキ)  横見(ヨコミ)  埼玉(サイタマ)  大里(オホサト)  男衾(ヲフスマ)|幡羅(ハラ)  榛沢(ハンサワ)  那珂(ナカ)  児玉(コタマ)  賀美(カミ)》
           《割書:秩父(チヽフ)  葛餝()  今加葛餝郡|》
   安房国 四郡  《割書:平郡(ヘクリ)  安房(アハ)  朝夷(アサヒナ)  長狭(ナカサ)|》 
《割書:古十一郡|》上総国 九郡  《割書:市原(イチハラ)  武射(ムサ)  埴生(ハニフ)  望陀(マウタ)  周淮(スエ)|天羽(アマハ)  夷灊(イシミ)  長柄(ナカラ)  山辺(ヤマノヘ)》
           《割書:旧有海上()畔蒜()二郡今減之|》
   下総国 十一郡 《割書:千葉(チハ)  印旛(インハ)  匝瑳(サフサ)  相馬(サウマ)  結城(ユウキ)|猿島(サシマ)  海上(ウナカミ)  香取(カトリ)  埴生(ハニフ)  豊田(トヨタ)》
           《割書:葛餝(カトシカ)|》

   常陸国 十一郡 《割書:新治(ニヒハリ) 真壁(マカヘ) 筑波(ツクハ) 河内(カフチ)信太(シヽタ)|茨城(ムハラキ) 行方(ナメカタ) 鹿島(カシマ) 那珂(ナカ) 久慈(クシ)》
           《割書:多珂(タカ)|》
○東山道    八箇国
   近江国 十二郡 《割書:滋賀(シカ) 栗本(クルモト) 野洲(ヤス) 蒲生(カマフ) 神崎(カンサキ)|愛智(エチ) 犬上(イヌカミ) 坂田(サカタ) 浅井(アサヰ) 伊香(イカコ)》 
           《割書:高島(タカシマ) 甲賀(カフカ)|》
《割書:古十八郡|》美濃国 二十一郡《割書:多芸(タキ) 石津(イシツ) 不破(フハ) 安八(アハチ) 池田(イケタ)|大野(オホノ) 本巣(モトス) 蓆田(ムシロタ) 厚見(アツミ) 各務(カヽミ)》
           《割書:山県(ヤマカタ) 武芸(ムケ) 郡上(クンシヤウ) 賀茂(カモ) 可児(カニ)|土岐(トキ) 恵奈(ヱナ) 方県(カタカタ) 海西 葉栗》
           《割書:中島 今加海西葉栗中島三郡|》
《割書:古三郡|》  飛騨国 四郡  《割書:大野(オホノ) 荒城(アラキ) 益田(マシタ) 大原|今加 大原郡》
   信濃国 十郡  《割書:伊那(イナ) 諏訪(スハ) 筑摩(ツカマ) 安曇(アツミ) 更級(サラシナ)|埴科(ハニシナ) 水内(ミノチ) 高井(タカヰ) 小県(チイサカタ) 佐久(サク)》
   上野国 十四郡 《割書:碓氷(ウスヒ) 片岡(カタヲカ) 甘楽(カムラ) 多胡(タコ) 緑野(ミトノ)|那波(ナハ) 群馬(クンマ) 吾妻(アカツマ) 利根(トネ) 勢多(セタ)》
           《割書:佐位(サヰ) 新田(ニツタ) 山田(ヤマタ) 邑楽(オハラキ)|》
   下野国 九郡  《割書:足利(アシカヽ) 梁田(ヤナタ) 安蘇(アソ) 都賀(トカ) 寒川(サムカハ)|那須(ナス) 河内(カフチ) 塩屋(シホノヤ) 芳賀(ハカ)》
《割書:古三十五|郡》陸奥国 五十一郡《割書:白川(シラカハ) 黒川(クロカハ) 磐瀬(イハセ) 宮城(ミヤキ) 会津(アヒツ)|耶麻(ヤマ) 安積(アサカ) 安達(アタチ) 柴田(シハタ) 刈田(カツタ)》
           《割書:遠田(トホタ) 名取(ナトリ) 信夫(シノフ) 菊多(キクタ) 標葉(シハ)|阿曽沼(アソヌマ) 行方(ナメカタ) 磐井(イハヰ) 和賀(ワカ) 稗継(ヒヘツキ)》
           《割書:亘理(ワタリ) 玉造(タマツクリ) 賀美(カミ) 志太(シタ) 栗原(クリハラ)|江刺(エサシ) 胆沢(イサハ) 登米(トヨメ) 牡鹿(ヲシカ) 鹿角(カツノ)》
           《割書:階上(ハシカミ) 津軽(ツカル) 宇多(ウタ) 伊具(イク) 本吉(モトヨシ)|石川(イシカハ) 大沼(オホヌマ) 斯波(シハ) 磐前(イハサキ) 磐城(イハキ)》
           《割書:伊達(タテ) 閉伊(ヘイ) 桃生(モムノフ) 気仙(ケセン) 楢葉)|田村 磐手 二戸 三戸 九戸》                   
           《割書:北郡 旧有色麻長岡新田小田四|郡今省之而加楢葉旧村磐手二戸》
           《割書:三戸九戸北郡七郡又河内大名門|郡載金原星河高野稲我七郡界未》
           《割書:考延喜式有三十五郡無大沼郡和|名鈔為三十六郡也》
《割書:古十一郡|》出羽国 十二郡 《割書:最上(モカミ) 村山(ムラヤマ) 置賜(オイタマ) 雄勝(ヲカチ) 平鹿(ヒラカ)|山本(ヤマモト) 飽海(アクミ) 豊島(トヨシマ) 田河(タカハ) 秋田(アイタ)》
  

           《割書:檜原 由利  今増檜原由利二郡|旧有出羽(イテハ)郡今省之豊島一曰河辺(カハノヘ)》
   ○北陸道    七箇国
   若狭国 三郡  《割書:遠敷(ヲニフ) 大飯(オホイタ) 三方(ミカタ)|》
《割書:古六郡|》 越前国 十郡  《割書:敦賀(ツルカ) 丹生(ニフ) 今立(イマタチ) 足羽(アスハ) 大野(オホノ)|坂井(サカノヰ) 南条 今北 吉田 坂北》
           《割書:今加 南条今北吉田坂北四郡旧有|黒田池上榊田三郡今省之 界未考》
   加賀国 四郡  《割書:江沼(エヌマ) 能美(ノウミ) 加賀(カカ) 石川(イシカハ)|》
   能登国 四郡  《割書:羽咋(ハクヒ) 能登(ノト) 鳳至(フヽシ) 珠洲(スヽ)|能登一曰鹿島》
   越中国 四郡  《割書:砺波(トナミ) 射水(イミツ) 婦負(ネヒ) 新川(ニイカハ)|》
《割書:古七郡|》 越後国 八郡  《割書:頚城(クビキ) 古志(コシ) 三島(ミシマ) 魚沼(イヲノ) 蒲原(カンハラ)|沼垂(ヌタリ) 岩船(イハフネ) 苅羽 今加苅羽郡》
   佐渡国 三郡  《割書:羽茂(ハモチ) 雑太(サハタ) 賀茂(カモ)|》

【左丁】

【印】
五畿収 帝甸七道
列藩翰便覧里程全
山河盈几案
    鳳文【落款二個】

総図
【図は翻刻しない=以下同】

山城国

大和国

河内国

和泉国

摂津国

伊賀国

伊勢国

志摩国

尾張国

参河国

遠江国

駿河国

伊豆国

甲斐国

相摸国

武蔵国

安房国

上総国

下総国

常陸国

近江国

美濃国

飛騨国

信濃国

上野国

下野国

陸奥国

【陸奥国】

【陸奥国】

【陸奥国】

出羽国

【出羽国】

若狭国

越前国

加賀国

能登国

越中国

越後国

【越後国】

佐渡国

【白紙】

郡名目録下巻    
   ○山陰道    八箇国
   丹波国 六郡  《割書:桑田(クハタ) 船井(フナヰ) 多紀(タキ) 氷上(ヒカミ) 天田(アマタ)|何鹿(イカルカ)》
   丹後国 五郡  《割書:加佐(カサ) 与謝(ヨサ) 丹波(タンハ) 竹野(タケノ) 熊野(クマノ)|丹波一曰中郡》
   但馬国 八郡  《割書:朝来(アサコ) 養父(ヤフ) 出石(イツシ) 気多(ケタ) 城崎(キノサキ)|美含(ミクミ) 二方(フタカタ) 七美(シツミ)》
《割書:古七郡|》 因幡国 八郡  《割書:法美(ハウミ) 八上(ヤカミ) 智頭(チツ) 邑美(オフミ) 高草(タカクサ)|気多(ケタ) 八東 岩井》
           《割書:旧有 巨濃(コノ)郡今省之而加八東岩井|二郡》
   伯耆国 六郡  《割書:河村(カハムラ) 久米(クメ) 八橋(ヤハシ) 汗入(アセイリ) 会見(アフミ)|日野(ヒノ)》
   出雲国 十郡  《割書:意宇(オウ) 能義(ノキ) 島根(シマネ) 秋鹿(アイカ) 楯縫(タテヌヒ)|出雲(イツモ) 神門(カント) 飯石(イヒシ) 仁多(ニイタ) 大原(オホハラ)》 
   石見国 六郡  《割書:安濃(アノ) 邇摩(ニマ) 那賀(ナカ) 邑知(オホチ) 鹿足(カノアシ)|美濃(ミノ)》
   隠岐国 四郡  《割書:知夫(チフリ) 海部(アマ) 周吉(スキ) 隠地(ヲムチ)|》

   ○山陽道    八箇国
《割書:古十二郡|》播磨国 十六郡 《割書:明石(アカシ) 賀古(カコ) 三木(ミナキ) 赤穂(アカホ) 佐用(サヨ)|多可(タカ) 揖西(イヒホノニシ) 揖 東(ノヒカシ) 餝(シカマノ)西 餝(  ノ)東》
           《割書:神(カンサキノ)西 神(  ノ)東 賀(カモノ)西 賀(  ノ)東 印南(イナミ)|宍粟(シサハ) 今揖保餝磨神崎賀茂各分東西》   《割書:古七郡|》 美作国 十郡  《割書:英多(アイタ) 勝南(カツタノミナミ) 勝 北(ノキタ) 苫田(トマタノ)西 苫田(   ノ)東|久米(クメノ)北 久米(  ノ)南 大庭(オホムハ) 真島(マシマ) 吉野(ヨシノ)》
           《割書:今久米勝田各分南北加吉野郡|》
《割書:古八郡|》 備前国 九郡  《割書:和気(ワケ) 磐梨(イハナシ) 邑久(オホク) 赤坂(アカサカ) 上道(カムミチ)|上東(カムミチノヒカシ) 御野(ミノ) 津高(ツタカ) 児島(コシマ)》
           《割書:今増上東郡|》 
《割書:古九郡|》 備中国 十郡  《割書:都宇(ツウ) 窪屋(クホヤ) 賀夜(カヤ) 下道(シモツミチ) 浅口(アサクチ)|小田(ヲタ) 後月(シツキ) 哲多(テタ) 英賀(アカ) 上房》
           《割書:今加上房郡|》  
   備後国 十四郡 《割書:安那(ヤスナ) 深津(フカツ) 神石(カメシ) 奴可(ヌカ) 沼隈(ヌマクマ)|品治(ホムチ) 葦田(アシタ) 甲奴(カフノ) 三上(ミカミ) 恵蘇(ヱソ)》 
           《割書:御調(ミツキ) 世羅(セラ) 三谿(ミタニ) 三次(ミツキ)|》 
   安芸国 八郡  《割書:山県(ヤマカタ) 佐(サヘキノ)西 佐(  ノ)東 安北(アキノキタ) 安南(  ノミナミ)|高田(タカタ) 賀茂(カモ) 沙田(マスタ)》
           《割書:今佐伯安芸各分東西南北旧有 沼(ヌ)|田(タ)高宮(タカミヤ)二郡今省之又沙田一曰豊田》
   周防国 六郡  《割書:大島(オホシマ) 熊毛(クマケ) 玖珂(クカ) 都濃(ツノ) 佐波(サハ)|吉敷(ヨシキ)》
《割書:古六郡|》 長門国 八郡  《割書:厚西(アツサノニシ) 厚(  ノ)東 豊(トヨラノ)西 豊(  ノ)東 大津(オホツ)|美祢(ミネ) 阿武(アム) 豊田》 
           《割書:今厚狭豊浦各分東西旧有 見島(ミシマ)郡|今省之而加豊田郡》
   ○南海道    六箇国
   紀伊国 七郡  《割書:伊都(イト) 那賀(ナカ) 名草(ナクサ) 海部(アマ) 在田(アリタ)|日高(ヒタカ) 牟婁(ムロ)》
   淡路国 二郡  《割書:津名(ツナ) 三原(ミハラ)|》
《割書:古九郡|》 阿波国 十一郡 《割書:阿波(アハ) 美馬(ミマ) 三好(ミヨシ) 麻殖(ヲヱ) 名東(ナノヒカシ)|名西(ナノニシ) 勝浦(カツラ) 那賀(ナカ) 板(イタノヽ)東 板(  ノ)西》 
           《割書:海部 今増海部郡而分板野東西|》
《割書:古十一郡|》讃岐国 十二郡 《割書:大内(オホチ) 寒川(サムカハ) 三木(ミキ) 山田(ヤマタ) 香東(カヽハノヒカシ)|香西(  ノニシ) 那珂(ナカ) 阿野(アヤ) 三野(ミノ) 多度(タト)》 

           《割書:刈田(カリタ) 鵜足(ウタリ) 今分香川東西|》
   伊予国 十四郡 《割書:宇摩(ウマ) 新居(ニヒヰ) 周敷(スフ) 桑村(クハムラ) 越智(ヲチ)|野間(ノマ) 風早(カサハヤ) 和気(ワケ) 温泉(ユ) 久米(クメ)》
           《割書:浮穴(ウキアナ) 伊予(イヨ)喜多(キタ) 宇和(ウワ)|》
   土佐国 七郡  《割書:安芸(アキ) 香美(カヽミ) 長岡(ナカヲカ) 土佐(トサ) 吾川(アカハ)|高岡(タカヲカ) 幡多(ハタ)》 
   ○西海道    九箇国
   筑前国 十五郡 《割書:怡土(イト) 志摩(シマ) 早良(サハラ) 那珂(ナカ) 蓆田(ムシロタ)|糟屋(カスヤ) 宗像(ムナカタ) 鞍手(クラテ) 嘉麻(カマ) 穂波(ホナミ)》
           《割書:上座(カミツアサクラ) 下座(シモツアサクラ) 御笠(ミカサ) 遠賀(ヲカ) 夜須(ヤス)|》
   筑後国 十郡  《割書:御原(ミハラ) 生葉(イクハ) 竹野(タケノ) 山本(ヤマモト) 御井(ミヰ)|三瀦(ミムマ) 上妻(カムツマ) 下妻(シモツマ) 山門(ヤマト) 三毛(ミケ)》
   豊前国 八郡  《割書:田河(タカハ) 企救(キク) 京都(ミヤコ) 仲津(ナカツ) 築城(ツイキ)|上毛(カミツケ) 下毛(シモツケ) 宇佐(ウサ)》
   豊後国 八郡  《割書:日高(ヒタカ) 球珠(クス) 直入(ナホイリ) 大野(ヲホノ) 海部(アマヘ)|大分(オホイタ) 速身(ハヤミ) 国崎(クニサキ)》
   肥前国 十一郡 《割書:基肄(キイ) 養父(ヤフ) 三根(ミネ) 神崎(カンサキ) 佐嘉(サカ)|小城(ヲキ) 松浦(マツラ) 杵島(キシマ) 藤津(フシツ) 彼杵(ソノキ)》
           《割書:高来|》
《割書:古十四郡|》肥後国 十六郡 《割書:玉名(タマナ) 山鹿(ヤマカ) 菊池(クヽチ) 阿蘇(アソ) 合志(カハシ)|山本(ヤマモト) 飽田(アイタ) 詫麻(タクマ) 益城(マシキ) 宇土(ウト)》
           《割書:八代(ヤツシロ) 天草(アマクサ) 葦北(アシキタ) 球磨(クマ) 米良|五家 今加米良五家二郡》
   日向国 五郡  《割書:臼杵(ウスキ) 児湯(コユ) 那珂(ナカ) 宮崎(ミヤサキ) 諸県(モロカタ)|》
   大隅国 八郡  《割書:菱刈(ヒシカリ) 桑原(クハハラ) 噌唹(ソオ) 大隅(オホスミ) 姶羅(アヒラ)|肝属(キモツキ) 馭謨(コム) 熊毛(クマケ)》
   薩摩国 十三郡 《割書:高城(タカキ) 薩摩(サツマ) 甑島(コシキシマ) 日置(ヒオキ) 伊作(イサク)|阿多(アタ) 河辺(カハノヘ) 頴娃(ヱイ) 揖宿(イフスキ) 給黎(キヒレ)》
           《割書:谿山(タニヤマ) 出水(イツミ) 鹿児島(カコシマ)|式無阿多一郡》
   ○二島     六十六州之外
   壱岐島 二郡  《割書:壱岐(ユキ) 石田(イシタ)|》 
   対馬島 二郡  《割書:上県(カンツアカタ) 下県(シモツアカタ)|》
   

丹波国

丹後国

但馬国

因幡国

伯耆国

出雲国

石見国

隠岐国

播磨国

美作国

備前国

備中国

備後国

安芸国

周防国

長門国

紀伊国

淡路国

阿波国

讃岐国

伊予国

土佐国

筑前国

筑後国

豊前国

豊後国

肥前国

肥後国

日向国

大隅国

薩摩国

【薩摩国】

壱岐島

対馬島

 題国郡全図跋尾
五畿七道各有全国、道轄七八国、或至十余国、一而
一国之図、各方一二丈、展閲不甚便、今青生翁縮而
為二冊、以便捜披、校正積年、補訂愈精、翁之用
心、可謂勤矣、余少有志於四方而不果、足跡所渉、纔
及十州而已、今観此図、国郡大小、境界所接、一覧
将了、使人検究不倦、拠余所渉論之、不能無少
差錯、然而不失其大概、由是観之、雖東山西海南
北諸州可推知也、覧者慎而摘小差而廃全本矣、
  文政十一年戊子長玉日
   尾張    編修吏史奥田叔建識

【右丁】
    【落款 鶯谷■■ 奥田叔建】

【左丁】
天保八酉年十月
         大坂心斎橋筋北久太郎町
             河内屋喜兵衛
         同 心斎橋筋安土町南江入
             河内屋和 助
  発行     京都寺町通松原下ル
             勝村治右衛門
  書肆     江戸日本橋通壱丁目
             須原屋茂兵衛
         同 通四丁目
             須原屋佐 助
         尾州名古屋本町通七丁目
             永楽屋東四郎

【裏表紙 管理ラベル】

匠家絵様集

【横書】
TKGK-00030
書名   絵様集
刊   2冊
所蔵者 東京学芸大学附属図書館
函号   521.5/Ko92
撮影  国際マイクロ写真工業社
令和2年度
国文学研究資料館

【題箋】
《割書:秘|伝》匠家絵様集  乾

【右丁】
東都 官匠 広丹晨父著
《割書:秘|伝》 匠家絵様集  完
《割書:予|》家往年より匠家の書を刻御手数品なり猶漏た
るを拾ひ輯めなは人の一助とも成なんと 官匠広丹氏に乞
求め此絵様集を得て梓にえりぬ此書によりて巧をなし
なんに▢【はヵ】誠に一道の規矩準縄ならん而已 千鐘房梓【朱印】
【左丁】
絵様集
匠家絵様を稽古せんと思ふも其絵様【上下二ヶ所朱印】
の集めたるなけれは試み書ん心ありて
も本なきに患ふ故に見しにまかせ
て書しをあつめて一巻となし絵様
集と名つく家〳〵の人は其師家〳〵に
法ありまた片田舎の人の如きはその所

【右丁】
はかりにて京都江戸等をも隙なくて多
く通ふして見されは其家〳〵の割を用
ひ又板引にも大概木割はあり此巻は
絵様の勢ひと風儀とを専に書ものなり
と知るへし絵様の小く書たるは其勢ひ
しりかたきゆへに大きくかくなり皆類により
て大きく書に及はさるは小さきまゝに置也
【左丁】
数年絵様を学ぶ人に授に其一統を得る也
言葉をそへす其機によらさる遅速あるへし
心を用ひて修練せは外に求さるへし此道の
名家大家の法によりて書を臨模せるもの也

      鹿皮翁【黒印】

【右丁 文字無し】

【左丁】
絵様集
   武陵  匠広丹  選
   桃塢  匠伝房 
           閲校
   竹坡  匠守世

【右丁 文字無し】

【左丁】
絵様股(ゑようまた)

【右丁】
唐はふ鬼板
【左丁】
ゑよう股

【右丁】
      ゑよう股
板ひちき
【左丁文字なし】

【右丁文字なし】
【左丁】
わかは

【右丁】
此花のわか葉に彫やうははなと花袋と
茎(くき)は中にしのをたてゝほり葉はへりにきめ
彫りいたし候尤しの二ツたつる心なり中は大や
けんなり花はしゝ置にもするなり金箔を入
また■【彩の誤記ヵ】色にいたせは見事成るものなり
【左丁】
わかは

【右丁】
わたはな
【左丁文字なし】

【文字なし】

【右丁】
中ツミ
【左丁】
おき紋
 花輪(くわりん)

【右丁絵】
【左丁】
持おくり     はふこしり【注】

【注 破風鐺(はふこじり)】

【文字なし】

【右丁】
外定
【左丁】
むくりはふけんきよ   からはふ鬼板

【右丁】
おにいた二
【左丁】
外定
虹梁(こうりやう)下端のゆゑん形

【右丁】
わたはな
      外定
【左丁】
【回転後絵の下と左上】
外定形とはかり
見るへからす変す
れは品々に用へし
一やうと思ふへからす

外定

【両丁文字なし】

【右丁 右から左】
むかしふう
       おにいた
鬼板
        右
     上よりかくうづ
【左丁】
蟇股一様
      外定は
      此内に彫り
      物をいたす
      ためなり

【右丁文字なし】
【左丁】
ゑよう板

【右丁 左一回転】
若葉
    眉【横向き】
【左丁】
  わかは

用ひ所により
用ひやうにて
みな不用(な)
すつるは
大匠の機に
あら□□のみ
いやしき心なる
へし

【右丁】
ひしきはな【横向き】
【左丁】
絵様は是に極るに
あらす其人の好む所
によりて変化自由なる
を巧(たくみ)とすあしきとて
一ツ偏(へん)にすつれば
達る事なしそのあし
きと思ふを直せは則
好く恰好すへし

【右丁文字なし】
【左丁】
絵様股

【右丁】
      おにいた
板ひじき
【左丁】
わたはな

【右丁】
わたはな
【左丁】
たな

【右丁下部横書き】
壱尺壱寸六分
【左上】
鬼板
【左丁ラベル】
請求記号
521.5    受入番号
Ko92    114774

東京学芸大学附属図書館
 東京都小金井市貫井北町4-780
 電話(国分寺0423-21)1741(代)

【裏表紙】

【表紙 題箋】
《割書:秘|伝》 匠家絵様集  坤

【資料整理ラベル】
部類 【空白】
部冊 1 2
番号6

521.5
Ko92

【右丁文字なし】
【左丁
けんきよ

【図の中央部】
置紋

【頭部蔵書印】
東京府
尋常師
範学校
蔵書印
【下部蔵書印】
東京学
芸大
学図書

【右丁回転】
何になりとも用ゆへし用ゆるは
見る人の機量なり
【左丁】

【右丁】
七分
【横向き】
柱弐寸五分
【左丁横向き】
絵様端

【右丁】
たはさみ【横向き】【注①】
【図中に】
ホリイ ダシ
【左丁】
外定   むくりはふ【注②】けん魚【注③】

【注① 日本建築で、水平な床と勾配のある木との合する部分のおさまりをよくするために取り付ける板。】
【注② 起破風=屋根の破風の上部が凸曲線をなすもの。】
【注③ 懸魚=屋根の破風板につけ、棟木や桁(けた)の木口を隠す飾り。】

【右丁】
わたはな
      はな
【左丁】
わかば三

【右丁】
すかし絵様
【左丁】
手挟

【右丁】
鼻(はな)
【左丁】
拳端(こふしはな)【注】

【注 建築で、中世以降柱貫(はしらぬき)又は頭貫(かしらぬき)と言って柱の上部を横に貫く材などの先端が柱の向こう側(外側)に突き出るようになり、その部分に彫刻などを施したもの。その形によって象鼻(ぞうばな)邈鼻(ばくばな)拳鼻(こぶしばな)などと呼ばれる。ちなみに右丁は象鼻に見えますね。】

【右丁文字なし】
【左丁】
透絵様(すかしゑよう)
【下部横向き部分上から下】
鳶(とび)尾【逆さ書 「と」の字面は「与」】
木尻(こしり)
槫風(はふ)

【右丁】
脇けんきよ   板ひらき
【左丁文字なし】

【両丁文字なし】

【右丁】
若葉(わかば)
【左丁文字なし】

【右丁】
虹梁下端絵様
【左丁】
うのけとふし

【右丁】
こふしはな
【左丁文字なし】

【両丁文字なし】

【両丁文字なし】

【右丁】
【図の中に】
外定
【左丁】
絵様板

【右丁】
虹梁端二
【左丁 文字横向き】
外定

正応二年所画至宝暦丙
子四百六十九年

【右丁】
臂木端(ひぢきはな)二
【左丁】
絵様ひれ

【右丁文字なし】
【左丁 文字横向き】
外定

【右丁文字なし】
【左丁】
根ひじき

【右丁 文字横向き】
ゑよういた
【左丁】
鬼板
       此まゆなし

ふみはたかりたると
思ふへからす取付て
見れは見らるゝなり

【右丁】
つほ形
【絵の中】
カタウツ
トヒウツ
ホリエ
【左丁】
墨斗(すみつほ)《割書:◦| 》又準

すみつほの年号
仕手の名ほりやう
【囲み内】
寛文辛丑
工利矩作
【下部絵の中】
ゐのめ

【右丁】

   長 七寸弐分 此外しのき
   巾 壱寸六分
【左丁】

【右丁 文字無し】
【左丁】
一絵様の体要の弁へなく猥に書故に絵
 様本意をうしなふなり
一文字にも蕭(しゆく)とて筆勢のみならす其
 静地を正しくする事なるにわきまへ
 なくかくゆへに全き体を失ふ也
一名家大家は家に伝ありて昔今のさかい
 なし先常法を知りて或は略し或は

【右丁】
 繁く致す事も其好にまかす事有家
 の法によれは必定かくましき所もあり
 今伝授秘伝といふは多くは理と法との
 故を弁へすして理を伝とし法を伝とせ
 さるは庸(よう)工の業なり理は人々そなへたれ
 は不学してもよし法は伝なからんや匠
 家一統の法ありて伝有如し此故を知る
【左丁】
 はまた一 級(きう)の伝なり名家大家は伝の本
 とする所あり其本を弁るは広大にて尋常
 はつしさるへし一統の弁へあれは成就なり
 又志あらはその本源をも可尋也

【右丁】
 宝暦九年
   己卯正月穀旦

    江戸日本橋南壱町目
   書林   須原屋茂兵衛蔵板【印】

【裏表紙】

御成敗式目絵抄

【撮影用表紙「御成敗式目絵抄」】

【新表紙裏、ラベル】

【見返し】

【右丁、文字無し】

【左丁、画面下半分、評定所で式目を読み上げる図】
御成敗式目繪鈔序
それ唐朝(たうちう)仁宗(にんそう)皇帝(くわうてい)勧学(くわんがく)の文(もん)を
綴(つゝる)は五 常(しやう)を守(まも)りて悪心(あくしん)を可(へき)_レ退(ひく)の教(をしへ)
吾朝(わがてう)の聖徳太子(しやうとくたいし)十七ケ 條(てう)の憲(けん)
法(ほう)を置(をき)給ふは邪意(しやゐ)なからしめん掟(をきて)なり
されは此式目は後堀川院(こほりかはのいん)貞永(ていゑい)の比(ころ)
鎌倉 平(たいらの)尼公(にこう)政子(まさこ)頼経(よりつね)を守立(もりたて)任(にんする)_二
将軍(しやうくんに)【一点脱ヵ】其時北條 泰時(やすとき)を始(はしめ)執職(しつしよく)十三人
普(あまねく)和漢(わかん)両朝(りやうてう)上古(せうこ)の政徳(せいとく)を糺明(たゝしあきら)め
末代(まつたい)不易(ふゑき)の條目(てうもく)を定(さため)給ふ書(しよ)也
故(かるかゆへ)に神国の法則(ほうそく)を以 巻頭(くわんどう)に神社(じんじや)を
置(をき)巻末(くわんばつ)に神文(しんもん)を加(くわふ)誠(まこと)に田野(てんや)の
鄙夫(ひふ)も不(す)_レ可(べから)_レ有(ある)_レ不(すんは)_レ学(まなば)よつて童形(とうぎやう)も
さとしやすく読(よみ)安からしめんと両点(りやうてん)且又(かつまた)
其心を繪形(ゑかたち)にあらわしひろむる物ならし

【右丁】
【上段】
神社(じんじや) 神のやしろ也
修理(しゆり) 社のはそんなり
祭祀(さいし) 二字共にまつる也
【神輿供奉行列の図】
神事(じんじ)
恒例(こうれい) いにしへよりおこない
   きたるといふ事
陵夷(れうい) おとろへすたると
   いふぎ也
如在(ちよさい) いますことしとよみて
   神の有ごとくと也

【下段】
【以下、各列は「右ルビ」「漢文」「左ルビ」の順とする】
こ せい ばひ しき もく
御成敗式目
をん なり やぶり こころむ め

べき しゆ りし じん じやを もつはらにす さい じを こと
一可_下修_二-理神-社_一専_中祭祀_上事
か おさめ ことわり かみ やしろ せん はるまつり あきまつり し

みき かみ は よつて ひと の うやまふに まし ゐを ひと は よつて かみ の とくに そふ
右神者依_二 人之敬_一増_レ威人者依_二神之徳_一添
う じん しや ゑ にん し けい ぞう おどす しん もの ゐ たましい し さいわい てん

うんを しかれは すなはち ごう れい の さい じ ず いたさ れう いを ぢよ ざい の
_レ運然則恒例之祭祀不_レ致_二陵夷_一如在之
はこぶ ねん そく つね ためし 【し】 まつる まつり ふ し あや ゑびす ことく います これ

れい でん なかれ せしむる事 たい まん よつて これに をいて くわん とう ご ぶんの
禮奠莫_レ令_二怠慢_一因_レ玆於_二関東御分
いや たてまつる まく れい をこたり あなどり ゐん し を せき ひがし をん わけ

くに 〳〵 ならひに しやう ゑん は ぢ とう かん ぬし ら をの〳〵 ぞんじ その おもむきを
國々并庄園【一点抜ヵ】者地頭神主等各存其趣
こく 〳〵 へい さと その もの つち かしら かみ つかさ とう かく ながらへ き しゆ

【左丁】
【上段】
礼奠(れいでん) 神前にそなへるうつは物
怠慢(たいまん) かみをうやまふ事
   をこたらさる事
有封(うふ) 御供田知の有や
   しろの事
小破(せうは) すこしのはそん
   也
言上(ごんじやう) 上へうつたゆる事
【寺院参詣の図】
寺塔(ぢたう)
修造(しゆざう) 寺つくるなり
勤行(こんぎやう) 法事(ほうじ)つとむる也

【下段】
べき いたす せい ぜいを なり かねて また いたつて う ふの やしろに は まかせ たい 〴〵の
可_レ致_二精誠_一也兼又到_二有封社_一者任_二代々
か し くわし まこと や けん ゆふ とう あり とぢ しや もの にん よ よ

ふに せう は の とき かつ くわへ しゆ りを もし および たい はに ごん じやう
符_一小破之時且加_二修理_一若及_二大破_一言_二-上
さと ちいさし われ し じ だん か をぎない ことはり じゃく ぎう をゝ やふれ ことは あげ

し さいを したがつて その さ うに べし あり その さ た いへり
子細_一随_二其左右_一可_レ有_二其沙汰_一矣
こ こまか ずい ご ひだり みぎ か ゆふ き える ゆる

 べき しゆ ざうし じ とうを ごん ぎやう ぶつ じ とうを こと
一可_下修_二-造寺塔_一勤_中【竪点脱ヵ】行佛事等_上事
 か をさめ つくる てら ほとき つとめ をこない ほとけ こと ひとし し

みき じ しゃ いへども ことなりと すう きやう これ をなじ よつて しゆ ざう の こう ごう
右寺社雖_レ異崇敬惟同仍修造之功恒
う てら やしろ けい ゐ あがめ うやまふ い どう き をさめ つくる つくす つね

れい の つとめ よろしく じゆん せん てうに なかれ まねく こう かん たゞし ほしいまゝ むさほり
例之勤宜_レ准_二先條_一莫_レ招_二後勘_一但恣貪_二寺
いつも し ごん へし」き なぞらへ まつ ゑだ はく てう のち かんかふる たん じ どん てら

【右丁】
【上段】
唯先条(ゆいせんてう)  まへのとをりといふ
     事也
後勘(こうかん)   のちあらためての事
改易(かいゑき)   やくを召上る事也
右大将(うたいしやう)  よりとも公の事也
大番(おゝはん)   将軍の代はんを
     つとむるやく
催促(さいそく)   もよほす事
謀叛(むほん)   天下国家をくつ
     がへす事
殺害(せつがい)   人をころす事
山 賊(ぞく)海賊 うみぬす人また山
     にいるぬす人
【上段に座す将軍の図】
右大将家(うたいしやうけ)
分補(ぶんほ)   わかまゝにわかつ事
庄保(しやうほ)   むらさとの事
地利(ちり)   つくり物のりとく
     也
所帯(しよたい)   今とるちぎやう
     の事
【下段】
やうを をいて ざらん つとめ その やくを の ともがらは はやく べし せしむ かい ゑき かの しよく いへり
用_一於_下不_レ勤_二其役_一之輩_上者早可_レ令_レ改-_二易彼職_一矣
もちゆ お ふ きん こ ゑん これ はい もの さう か れい あらたり やすし ひ つかさ

 しよ こくの しゆ ご にん ぶ ぎやうの こと
一諸國守護人奉行事
 もろ〳〵の くに まもり まもる ひと たてまつる をこなふ

みぎ う たい しやう けの をん とき ところ る さため をか は おゝ ばん さい そく
右右大将家御時所_レ被_二定置_一者大番催促
ゆふ みぎり おゝい まさす いえ きよ し しよ ひ てう き しや たい つがい もよふし うながす

むほん せつ がい にん《割書:つけたり よ うち かう どう|さん ぞく かい ぞく》とうの こと なり しかるに いたつて きん ねんに
謀叛殺害人《割書:付夜討強盗|山賊海賊》等事也而至_二近年_一
たばかり そむく ころし ころす ひと    ひとし じ や て たう ちかし とし

ぶん ぼし だい くわん を ぐん かうに あて おほす く じ を しやう ほに あらず
分_二-補代官於郡郷_一宛_二課公事於庄保_一非_二
わけ をぎなふ かわり つかさ をいて こほり さと つゝ くわ こう こと   さと たもつ ひ

こく しに て さまたげ こく むを あらすして ぢ たうに むさぼり ぢ りを しよ きやうの くわだて
国司_一而妨_二国務_一非_二 地頭_一貪_二 地利_一所行之企
くに つかさ しかる はう くに つとめ ひ つち かしら むさほる つちの とく ところ をこなふ き
【左丁】
【上段】
下司(げし) 在所下やく人也
庄官(せうくわん) 庄やの事今
   名主ともいふ也
領家(れうけ) 御くら入ちきやう
自餘(じよ) よの事をくわへ
   ての事
非法(ひほう) みちにあらさるむ
    りの事
顕然(けんぜん) あらわるゝ事
【争いの図】
むほん
穏便(をんびん) あくをあらためす
   にをく事
没収(もつしゆ) けつしよの事
重犯(ちうぼん) かさねてあくじ
   する事
実否(しつふ) まこといつわりか
   の事
【下段】
はなはだ もつて ぶ たう なり そも〳〵 いへとも たりと ぢう たいの ご け にん なくんば た【「う」抜ヵ】
甚以無道也抑雖_レ為_二重代御家人_一無_二當
ぢん い なし みち や よく い ため かさね よ をん いへ びと む あたる

じ の しよ たい ば ず あたは かり もよふすに かねて また しよ 〳〵の げ じ しやう
時之所帯_一者不_レ能_二馳催_一兼又所々下司庄
とき ゆく ところ をび もの ふ のふ ち さい けん ゆふ ところ 〳〵 した つかさ さと

くわん い げ かつて その な を ご け にんに たい かん こく し りやう けの
官以下假_二其名於御家人_一對_二-捍国司領家
つかさ もつて した け き みやう   をん いへの ひと つい ひきし くに づかさ いたゝく か

げ ぢ うん 〳〵 ことき しかる の ともがら べき つとむ しゆ ご しよ やくを の よし たとひ
下知_一云々如_レ然之輩可_レ勤_二守護諸役_一之由縦
した しつ    によ ねん これ はい か きん まもり まもる ところ ゑん し ゆい け

いへども のそみ まうすと いつ さい す へかる くわふ もよふしを はやく まかせ たいしやう けの をん ときの
雖_二望申_一 一切不_レ可_レ加_レ催早任_二大将家御時
すい のぞみ しん ひとつ きり ふ か か さい さう にん たい しやう いへ ぎよ し

れい をゝばんやく ならひに む ほん せつがい の ほか べし せしむ ちやう じ
例_一大番役幷謀叛殺害之外可_レ令_レ停_二-止
いつも だい つがい ゑん へい たはかり そむく ころし ころす し ぐわい か れい とゞめ とむ

【右丁】
【上段】
理不尽(りふじん)  たうりなくむり
      なる事
姧謀(かんぼう)   かたくなゝるしを
      き
注進(ちうしん)   上へ申あぐる事
裁断(さいたん)   何事もとくとさ
      はきわくる事
違犯(いぼん)    上の云つけをそ
      むく
犯科人(ほんくわにん)  つみをもき人
【裁許を下す図】
罪科
対捍(たいかん)   上の下知にそむく
      人也
停事(てうじ)   とゝめとゝむる也
愁鬱(しううつ)   うれへいきと
      をる也

【下段】
しゆごの さたを もし そむき この しきもくを あいましへ じよの ことを
守護之沙汰_一若背_二此式目_一相-_二交自餘事_一
まもり まもる ゆく これ これ しやく はい し こゝろみ め さう こう みつから あまり し

は あるひは より こくし れうけの そせうに あるひは ついて ぢとう どみん
者或依_二国司領家之訴訟_一或就_二 地頭土民
もの わく い くに つかさ さと いへ の うつたへ うつたへ わく しゆ つち がしら つち たみ

の しううつに ひほうの いたり たらは けんぜん ば られ あらため しよたいの
之愁鬱【一】非法之至_一為_二顕然_一者被_レ改_二所帯之
ゆく うれへ そふ あらす のり し とう い あらわれ しかる もの ひ かい ところ をひる し

しよく べき ほす をんひんの ともからに なり また いたつて たいくわんに べし さたむ いちにんを なり
職_一可_レ補_二穏便之輩_一也又至【二】代官【一】可_レ定_二 一人_一也
つかさ か をぎなふ をたやか たより ゆく はい や ゆふ とう よ つかさ か てい ひとつ ひと

 をなしく しゆごにん ず まうさ ことの よしを もつしゆ ざいくわの あとを こと
一同守護人不_レ申_二事由_一没-_二収罪科跡_一事
 とう もまり まもる ひと ふ しん し ゆふ やふり とる つみ とか せき し

みぎ ちうほんの ともから いで きたる ときは すへからく まうす しさい したかつて さ
右重犯之輩出来時者須_下_レ申_二子細_一随_中左
う かさねて をかす これ はい しゆつ らい し しや べし」す しん こ こまか ずい ひだり

【左丁】
【上段】
【農村図】田畠
不決(ずけつせ)  さためぬなり
【町屋図】
在家(さいけ)

【下段】
うにの ところ ず けつせ じつふを す たゞさ きやうぢうを ほしいまま せう ざい
右_上之處不【レ】決【二】実否【一】不【レ】糺【二】輕重【一】恣称_二罪
みき ゆへ しよ ふ さだむる まこと いなや ふ きう かろし をもし し ね つみ

くわのあとゝ わたくしに せしむ もつしゆ の でう り ふしんの さた はなはだ
科之跡_一私令_二没収_一之條理不盡之沙汰甚
とか ゆく せき し れい とり おさむ これ ゑだ ことわり す つくす し これ まもる しん

じゆふの かんぼうなり はやく ちうしん その むねを よろしく せしむ かうむる
自由之姧謀也早注-_二進其旨_一宜_レ令_レ蒙_二
みづから よし ゆく かたくなし たばかり や さう しるし しんす き べし」き れい もう

さいだん なを もつて ゐぼん ば へし らる しよせ ざいくわに つぎ ぼんくわ
裁断【一】猶以違犯者可被_レ處_二罪科_一次犯科
たち ことはり ゆふ い たかふ をかす もの か ひ ところ つみ とが じ をかす とが

にんの てんばく さいけ さいし じざいの こと をいて ちうくわの ともからに
人田畠在家妻子資財事於_二重科之輩_一
ひと た はたけ あり いへ つま こ たすけ たから じ を かさね とか これ はい

は いへども めしわたすと しゆご ところに いたる でんたく さいし ざうぐに は
者雖【レ】召【-二】渡守護所【一】至_二田宅妻子雑具_一者
もの い てう ど まもり まもる しよ たう た いへ つま こ ましら つふさ もの

【右丁】
【上段】
資財(じざい) 道具の事也
雑具(さうぐ) いろ〳〵道具也
所當(しよたう) ねんくを田に匪【區ヵ】
   あてる也
抑留(よくりう) をさへとゝむる也
結解(けつけ) さんやうの事
勘定(かんでう) ねんくのかすを
   あわせる也
【米上納の図】
年貢
弁償(へんしやう) たらぬをわきまへ
   つくろふ也
弁済(へんさい) わきまへすます
   なり
難渋(なんしう) ねんくをしふり
   なんぎする也
【下段】
ず をよば つけ わたすに かねて また どう るいのこと たとい いへとも のすと はく じやう なくん
不_レ及_二付渡_一兼亦同類事縦雖_レ載_二白状_一無_二
ふ ぎう ふ ど けん やく おなじ たくい   だん すい だい しろ かみ む

ざい もつ は さらに あらず さ た の かぎりに
財物_一者更非_二沙汰之限_一
たから もの しや かう ひ すな ひろし   げん

   しよ こくの ち とう せしむる よく りう ねん ぐ しよ たうを
一諸国地頭令【レ】抑_二-留年貢所當_一事
   もろ〳〵の くに つち がしら せしむ そも〳〵 とゞめ とし そなへ ところ あたり

みき よく りうする ねん ぐ の よし あら ほん しよ の そ せう は すなはち とげ
右抑_二-留年貢_一之由有_二本所之訴詔_一者即遂_二
う そも〳〵 とゞめ とし みつぎ し ゆふ ゆふ もと ところ   うつたへ たつたゆる そく つい

けつ げ べし うく かん ちやうを ほん ようの でう もし なくん ところ のかるゝ ば まかせ
結解_一可_レ請_二勘定_一犯用之條若無_レ所_レ遁者任【二点脫ヵ】
むすひ とく か しやう つもり さため をかし もちゆ ゑだ〳〵 にやく む しよ とん もの にん

ゐん じゆに べし べん しやうす たゞし をいて たるに せう ぶん は さつ そく へし いたす さ
員数_一可_二弁償【一レ】之但於_二【レ】為【二】少分_一者早速可_レ致_二沙
かす かず か わきまへ つくのふ の たゝし をいて い すこしの わけ もの はやく 〳〵 か ち まもる

【左丁】
【上段】
関東(くわんとう)  かまくらの事
御 口入(こうにう)  御とりつきの
      事
国衙(こくか)   こくしの居る
      所也
庄園(しやうゑん) こくし地頭のかま
      わぬ所
【初宮詣りの図】
神社(しんしや)
進止(しんし)   はからふ事
叙用(しよよう)   人のとりなしを
      もちゆる事
挙状(きよせう)   そせうのおもむき
      を上へ申事
勲功(かんこう)   てがらをして功の
      ある也
賞(しやう)    上よりかん状ほう
      ひの事
【下段】
たを いたりて くわぶんに は さんがねんちうに へき へんさいす なり なを そむ
汰_一至【二】過分【一】者三箇年中可_二弁済_一也猶背_二
ひろく たう すき わけ もの みつ こり とし うち か わきまへ ひとし や ゆう はい

この むねを せしめ なんしう は へき らる あらため しよしよくを なり
此旨_一令_二難渋_一者可_レ被_レ改_二所職_一也
し しい れい かたし しぶる もの よし ひ かい ところ つかさ

 こくし れうけの せいばい さる およば くわんとう ごこうにうに
一国司領家成敗不_レ及_二関東御口入_一事
 くに つかさ いくまやり いへ なり やぶる ふ ぎう せき ひがし をん くち いれ

みき こくが しやうゑん じんじや ぶつじ して ほん しよの しんじ をいて さ
右国衙庄園神社佛寺為_二本所進止_一於_二沙
う くに ひす さと その かみ やしろ ほとけ てら ため もと ところ すゝむ とゝめ お ひろ

たし きたらんに は いまさら ず およば ごこうにうに もし いへとも ありと まうす むね あへて す
汰来【一】者今更不【レ】及_二御口入_一若雖_レ有_二申旨_一敢不
まもる きたる しや こん ふけ ふ ぎう をん くちいれ にやく すい う しん ゆい かん ふ

あたは しよやうに つぎに ず たいせ ほんしよの きよしやうを いたす をつそ こと しよ
_レ能_二叙用_一次不_レ帯_二本所挙状_一致_二越訴_一事諸
のふ あまり もちゆる じ ふ をび もと ところ あくる かたち し こす うつたへ じ もろ〳〵

【右丁】
【上段】
【褒賞の図】
感状(かんしやう)

官仕(くわんし)  奉公すること也
労(ろう)   つとめくらうする事
称(しやう)   なづけいふ事也
裁許(さいきよ)  くじをきく事
安堵(あんど)   所をちう事
     をいふ
濫訴(らんそ)  らちのなき
     そせう
給人(きうにん)  ちきやう取の事
本主(ほんしゆ)  こんほんの知行
     ぬし
不能(すあたは)  ならぬといふ事也
禁制(きんせい)  いましめとゝむ
     をきて也
擬(き)    たくみはかる事
棄置(きち)   すてをく事
【下段】
こくの しやうゑん ならびに しんしや ぶつじれう もつて ほんしよ きよしやうを へき へ
国庄園幷神社仏寺領以_二本所挙状_一可_レ經_二
くに さと その へい かみ やしろ ほとけ てら つかさ もと ところ あぐる かたち か きやう

そせうを の ところ す たいせ そのしやうを は すでに そむく どうりに か
訴訟【一】之處不_レ帯_二其状_一者既背【二】道理【一】欤
うつたへ うつたふ し しよ ふ をび ご かたち もの げん はい みち ことわり あやし

じこん いご ず およば せいばいに
自今以後不【レ】及【二】成敗【一】
より いま もつて のち ふ きう なり やぶる

 うたいしやうけ このかた だい〳〵 しやうぐん ならびに にいとのゝ をんとき ところの
一右大将家以後代々将軍幷二位殿御時所_二
 みぎ おゝ まさに いへ もつて のち よよ つかさ いくさ へい ふたつ くらゐ てん ご じ しよ

 あてたまふ しよれうとう よつて ほんしゆ そせうに らるゝや  かいふ いなやのこと
 宛給【一】所領等依【二】本主訴訟【一】被【二】改補【一】否事
 つゝ きう ところ うけとる ひとし ゑ もとぬし うつたへ ひ あらため おきなふ ひ

みき あるひは つのり くんこうのしやうに あるいは より くわんしの らうに はいれうの こと
右或募【二】勲功之賞【一】或依【二】官仕之労【一】拝領之事
う わく けん つとめ はたらく もてなし わく い つかさ つかまつる つかれ いたゝき もらふ し し

【左丁】
【上段】
【裁許の図】
濫訴(らんそ)
不実(ふじつ)  まことなくいつわりをいふ
所帯證文(しよたいせうもん)わかもちてゐるせう
     もん也
帯(たいす)   すこしはせうもん
     をもつ事也
御下文(みくだしふみ) 上より給はるおり
     かみなり
年序(ねんじよ)  としのついてよむ
     ねんけつの事
年月(ねんけつ)  右におなし
歳月(せいけつ)  おなじことはり
【下段】
あらす なきに ゆいしよ しかるに せいじ せんぞの ほんれうと をいては かうむらんに さいきよに は
非【レ】無【二】由緒【一】而称【二】先祖之本領【一】於【レ】蒙【二】裁許【一】者
ひ む よし ちよ じ ほぐ さき はじめ これ もつ お まう たつ ゆるす もの

いちにん たとひ いへとも ひらく きゑつの まゆを はうばい さだめて かたからん なし あんとの おもひを
一人縦雖【レ】開【二】喜悦之眉【一】傍輩定難【レ】成【二】安堵之思【一】
ひとつ ひと たん すい かい よろこび よろこふ これ び そは ともから てい なん なり やす つら これ し

か らんその ともから べし らる てうじ たゝし とうしの きうにん ある ざいくわ の
欤濫訴之輩可【レ】被【二】停止【一】但當時給人有【二】罪科【一】之
もし あゆ うつたへ これ はい か ひ とゝめ とゝむ たん あたる とき たまはり ひと ゆう つみ とが し

とき ほんしゆ まもり その ついで くわだてん そせうを こと ざる あたは きんせいに か つぎに
時本主守【二】其次【一】企【二】訴訟【一】事不【レ】能【二】禁制【一】欤次
し もと ぬし かみ き し き うつたへ うつたへ し ふ のう ■■  し

だい〳〵 ごせいばい おわりて のち きする もうし みたさんと こと よつて なきに その り らる
代々御成敗畢後擬【二】申乱【一】事依【レ】無【二】其理【一】被【二】
よよ をん なり やぶる ひつ こ きす しん らん し  ことわり ひ


き ぢ の ともがら へて せい けつを の のち くわたて そせうを の でう ぞんぢの むね
棄置【一】之輩歴【二】歳月【一】之後企【二】訴訟【一】之條存知之旨
すて をく し はい れき とし つき し ご き うつたへ ゑだ なから しる し

【右丁】
【上段】
改替(かいたい)   あらためかゆる
掠給(かすめたまふ)  かみをいつわりて
      ちきやうの事
【下知の図】
下文
彼状(かのしやう)   かすめ給はる御下し
      ふみ
兼日(けんじつ)   かねてさたむる日
      とり
刃傷(にんしやう)   やいはをもつて人を
      ころす
諍論(しやうろん)   あらそひろんする事
遊宴(ゆふゑん)    酒もりあそびの事
酔狂(すいきやう)   酒にゑいてのあくし
流罪(るざい)    なかしものゝ事
父祖(ふそ)    ちゝまたは
      おほぢ也
【下段】
ざいくわ す かろから じこん いご す かへりみ だい〳〵の せいばいを みだりに いたす めん
罪科不【レ】輕自今以後不_レ顧_二代々御成敗_一猥致_二面
つみ とか ふ けい みつから いま もつて のち ふ いわく よ かはり をん なり やふる くわひ し おもて

〳〵の らんそ は すへからく もつて ふしつの しさいを られ かきのせ しよたいの しやうもんに
々之濫訴_一者須_下以_二不実之子細_一被_レ書-_中載所帯之證文_上
おもて ゆく あゆ うつたへ しゆ「へし い す まこと し こ こまやか しよ たい ところ をひ つゝまやか

 いへとも たいすと をんくたしふみを す せしめ ちぎやう ふる ねんしよを しよれうのこと
一雖【レ】帯【二】御下文【一】不【レ】令【二】知行【一】經【二】年序【一】所領事
 すい をび をん げ ぶん ふ れい しる おこなふ けい とし ついて ところ とる し

みぎ たう ちきやうの のち すぎ にじつ か ねんを まかせ うだいしやうけの
右當知行之後過【二】廿箇年【一】者任【二】右大将家之
う まさに しる おこないし ご くわ はたち こり とし は にん みき おゝ まさ いへ し

れいに す ろんぜ りひを ず あたは かいたいに て まうし ちきやうの よしを まうし かすめ
例【一】不_レ論_二理非_一不【レ】能【二】改替【一】而申【二】知行之由【一】申【-二】掠
いつれ ふ あらそふ ことわり あらす ふ のふ あらため かへる しかるに しん しる おこない ゆふ しん れう

たまはる おんくたしふみを ともから いへとも たいすを かの しやうを す およば しよやうに
給御下文【一】輩雖【レ】帯【二】彼状【一】不【レ】及【二】叙用【一】
きう をん げ ぶん はい すい をび ひ かたち ふ きう おさめ もちゆ
【左丁】
【上段】
【斬り合いの図】
刃傷(にんじやう)
宿意(しゆくい)  ない〳〵ゐしゆ
     をふくむ事
所職(しよしよく)  人のつかさやく也
役知(やくち)   是も同前
在状(さいしやう)  まへ〳〵ゟかきりの
     あるをいふ
縁座(ゑんざ)   ゑんへんにつれて
     おなしつみに
おこなわることをいふ也
妻女(さいぢよ)  人の女房なり
【下段】
 むほんにんの こと
一謀叛人事
 たゝり そむく ひと じ

みき しきもくの おもむき けんしつ かたし さため か かつ まかせ せんれいに かつは よつて ときの
右式目之趣兼日難定欤且任_二先例_一且依_二時
う おきて め し しゆ かねて ひ なん てい だな にん さき いつも だん ゑ じ

ぎに へし らる おこなはる これを
儀_一可被行之
のり か ひ ぎやう ゆく

 せつがい にんしやう さいくわの こと
一殺害忍【ママ】傷罪科事
 ころし むなし やいは やぶる つみ とが
             ふしの とが ゑたかいに
            付父子咎相互
            らるる かけ いなやのこと
            被懸否事

みぎ あるいは より とうざの しやうろんに あるいは よつて ゆふゑんの すいきやう ふ
右或依當座之諍論或依遊宴之酔狂不
う わく これ あたる をる これ きは あらそひ いく あに あそひ さかもり くれは きちがい す

りよの ほか もし をかさ せつがいをば その み れ おこなは しさいに ならひ らる
慮之外若犯殺害者其身被行死罪幷被
こゝろ ぐわい にやく ぼん ころし むなし ご しん ひ ぎやう □ つみ  ひ

【右丁】
【上段】
【宴会の図】
遊宴(ゆふゑん)
悪口(あくこう)  ことはのざうごん
     なり
【山賊の図】
山賊(さんぞく)
【下段】
しよ る ざいに いふとも らる もつしゆせ しよたいを そのちゝ そのこども あいましはら は
處_二流罪_一雖_レ被_レ没_二収所帯_一其父其子不_二相交_一者
ところ なかす つみ すい つふし かさひ ところ をび こ ふ こ ね ふ さう かう

たかいに すべから かく これを つきに にんじやうの とかの こと おなしく へし じゆんず これ つき あるいは こ
互不可懸之次刃傷科事同可_レ准_レ之次或子
ふ ふ か けん し じ やいば やぶる くわ じ とう か なそらふ じ わく われ

あるいは まこ をいて せつがいせんに ふその かたき ふそ たとい いへとも すと あいしらすと
或孫於_レ殺_二害父祖之敵_一父祖縦雖不_二相知_一
わく そん を ころし ころす ちゝ おほぢ てき ちゝ をぢ たん すい そう ち

べし らる しよせ その つみ ために さんせんか ふその いきとをりを たちまち とくる しゆくいを
可被處其罪為_レ散_二父祖之憤_一忽遂_二宿意_一
か ひ ところ こ さい ゐ ちらさん ちゝ をち ふん こつ つい やと こゝろ

の ゆへ なり つぎに その こ もし ほつし うはわんと ひとの しよしよくを もしは ため とる ひとの
之故也次其子若欲奪人之所職若為取人
し こ や じ き し にやく よく たつ にん し ところ つかさどる にやく い しゆ にん

の ざいほうを いへとも くわたつと せつかいを その ちゝ さる しら これを よし ざいじやう ふんみやう
之財寶雖企殺害其父不知之由在状分明
これ たから たから すい き ころし ころす ご ふ ふ ち の ゆふ あり かたち わけ あきらか

【左丁】
【上段】
【海賊の図】
海賊(かいぞく)
闘殺(とうせつ)  たゝかいころす也
問注(もんちう)  くしをきくとい
     じやうなり
       【後墨筆「日本 安村 江原仲左衛門」】
敵人(てきじん)  あくこうする
     人也
【喧嘩の図】
打擲(てうちやく)
【下段】
は ず べから しよす ゑんさに
者不_レ可_レ處_二縁座_一
もの す か ところ より まします

 よつて をつとの ざいくわに さいちよの しよれう らるゝ もつしゆせや いなやのこと
一依夫罪科妻女所領被没収否事
 い ふ つみ とが つま をんな ところ とり ひ つふし おさむ ふ

みき をいて むほん せつかい ならひに さんそく かいそく ようち かうとうとうの ちうくわは べき
右於謀叛殺害幷山賊海賊夜討強盗等重科者可
う お はかり事 そむく ころし ころす へい やま ぬすびと うみ ぬすみ よる とう つよき ぬすひと ら おもき とか か

かく をつとの とがを たゝし より たうざの こうろんに もし およばゝ にんじやう せつがいに ば すへから かく これを
懸夫咎也但依_二當座之口論_一若及_二刃傷殺害_一者不可懸_レ之
けん ふ き たん ゑ あたる まします くち あらそい にやく きう やいは やふる ころし ころす ふ よし けん の

 あつこうの とがの こと
一悪口咎事
 にくみ くち くわ

みぎ とうせつの もとい をこる より あつこう その おもきは られ しよせ るさいに その
右闘殺之基起自悪口其重者被處流罪其
う たゝかい ころす これ き じ にくし くち き ちう しや ひ ところ ながす つみ きく

【右丁】
【上段】
殴人(うつひとを)  人をうちたゝく
     事也
雪恥(すゝくはちを)  是はそのかみ越(えつ)
の王勾践(こうせき)呉王(こわう)にとら
はれこくやの内にて
呉王(こわう)のゆばりをなめ
られたり其厚志をかんし
てゆつて越の国にかへり
給ふ時會稽山の
雪にて口をすゝぎ
其後呉王をほろぼし
給へり夫より此の語あり
【獄にある図】
【雪で口を漱ぐ図】
勾践(こうせき)
【下段】
かろきは へき らる めしこめ なり もんぢうの とき はくば あくこうを すなはち へし らる つけ
輕者可_レ被_二召籠_一也問註之時吐_二悪口_一則可_レ被_レ付_二
けい しや へし ひ とう らう なり とい しるす これ し と あくき くち ことさんは か ひ ふ

ろんしよ  てきじんに また ろんしよの こと なし その り は へし らる もつしつ
論所_一於_二敵人_一又論所之叓無其理者可_レ被_レ没_二収_一
ありそふ ところを かたのひと ゆふ あらそい ところ し む く ことわり しや なし ひ とり おさめ

たの しよれうを もし なくんは しよたいは へし しよす るざいに なり
他所領若無所帯者可處流罪也
ひと ところ つかさ じやく む ところ をひ しや か ところ なかす つみ

 うつ ひとを とがの こと
一殴人咎事      【後墨筆「江原徳三郎」】
 ひ じん くわ じ

みき らるゝ ちやうちやくせの ともから ため すゝがん その はちを さためて あらわさん がいしんを か うつ
右被打擲之輩為雪其恥定露害心欤殴
ゆふ ひ うつ たゝく はい い ゆき き ち てい つゆ ころす こゝろ  ひつ

ひとの とが はなはだ もつて ず かろから よつて をいて さふらいに は べし らる もつしゆ しよれうを なくんは
人之科甚以不輕仍於侍者可被没収所領無
にん くわ ちん い ふ けい き お し しや よし ひ とり おさむ ところ つかさどる む

【左丁】
【上段】
害心(がいしん)  人をころさんと
     たくむ也
郎従(らうじう)  けらいの事也
召進(めししんず)  つみ有人をとらへ
     て上へあくる也
陳申(ちんじ)   いつわりを申也
実犯(しつぼん)   しつはたいくわんひい
     きの事
露顕(ろけん)   つみあらはるゝ也
【罪人引立ての図】
召進(めししんす)
違背(いはい)   そむくことなり
率法(そつぼう)  むかしよりの
     はつとをさしていふ
法度(はつと)   同事也
所行(しよきよう)  わがなす所の
     しよさ
【下段】
しよたいば べし しよす るさいに いたつて らうじう いげには へき せしめ めしきんず そのみを
所帯者可處流罪至又郎従以下者可令召禁其身也
ところ をひ もの よし ところ ながす つみ とう すなわち したかふ もつて した か れい てう きん ご しん

 だいくわんの 【墨消し】 かくるや しゆじん いなやのこと
一代官罪過懸主人否事
 かわる つかさ ざいくわ 【墨消し】 ぬし ひと ふ

みぎ たいくわんの ともがら ある せつがい いけの ちうくわの とき くたんの しゆしん めし
右代官之輩有_二殺害以下重科_一之時件主人召_二
う たい つかさ し はい ゆふ ころし ころす もつて した おもき とが これ し けん ぬし ひと しう

しんぜは その みを しゆしんに すべからす かく とがを たゝし ため たすけん たいくわんを なき とが
進其身_一主人不_レ可_レ懸_レ科但為_レ扶_二代官_一無_レ咎
すゝむ ご しん ぬし ひと ふ よし けん くわ たん い ふ かわる つかさ む くわ

のよし しゆじん ちんしまうすの ところ じつぼん ろけんせば かたく のかれ その つみを
之由主人陳_レ申_レ之處実犯露顕者難_レ遁_二其罪_一
これ ゆ ぬし ひと いつわり まうすの しよ まこと をかす つゆ あらはる なん とん き ざい

よつて べし らる もつしゆせ しよれう いたつて かの だいくわんに は べき らる めし きんぜ なり
仍可_レ被_三没収_二所領_一至_二彼代官_一者可_レ被_二_レ召禁_一也
き よし ひ つふし をさむ ところ つかさ とう ひ かわり つかさ もの よし ひ てう きん や

【右丁】
【上段】
加之(しかのみならす) これのみにあらす
     となり
解状(けじやう)   目安のことをいふ
六波羅  むかし都にて
     平の清もり
たて給ふていひし也
両六はらとてさかん成し
【評定の図】
六 波羅(はら)
参決(さんけつ)   上より参れと有に
     さつそく参を云
張行(てうぎやう)  はりをこなふ也
謀書(ほうしよ)   たばかりに也
     手かた也

【下段】
かねては また たいくわん あるいわ よくりうし ほんしよの ねんぐを あるひは いはい せん
兼又代官或抑_二留本所之年貢_一或違_二背先
けん ゆふ かわる つかさ わく そも〳〵 とゝむ もと ところ □ とし みつき わく ちかい そむく さき

れいの そつほうをは いへとも たりと だいくわんの しよぎやう しゆじん へき かへ その
例之率法_一者雖_レ為_二代官之所行_一主人【懸脱】可_レ遂_二其
いつも これ にはかの のり もの ゆい い かわり つかさ ゆく ところ おこなふ ぬし ひと よし けん き

とかを なり しかのみならず だいくわん もし よつて ほんしよの そせうに もし ついて そにんの
過_一也加之代官若依_二本所之訴訟_一若就_二訴人之
くさ や くたふ これ かわり つかさ じやく い もく ところ ゆく うつたへ じやく てん うつたへ にん し

けじやうに より くわんとう れ めふ これを より ろくはら さるゝ もよほの とき ず とげ
解状従関東_一被召之自_二 六波羅_一被_レ催之時不_レ遂_二
とく かたち じゆ せき ひかし ひ てう の し むつ なみ うすもの ひ さいし し ふ つい

さんけつを なほ せしめば てうぎやうは おなじく また べし る めさ しゆじんの しよ
参決_一猶令_二張行_一者同又可被召主人之所
まいり あらわす ゆ れい はり おこなふ どう ゆふ か ひ てう ぬし ひと し ところ

たい たゞし したかつて ことのていに べし あり きやうぢう か
帯_一但随_レ事躰可有_レ_二輕重_一欤
をび たん ずい し たい か ゆう かろし おもし

【左丁】
【上段】
遠流(をんる)  とをき嶋になか
    すことなり
【流罪の図】
凡下(ほんげ)  下々いやしき
    ものゝ事
火印(くわいん)  おもてにやきこて
    あつる事
執筆(しゆひつ)  ほうしよかきたる
    もの也
披見(ひけん)  ひらき見る事
先條(せんでう)  まへ〳〵よりのはう
    の事
■【言偏+比】繆(ひびやう) あやまりたるか
    きものゝ事
謀畧(ぼうりやく)  はかりたくみ事
【下段】
 ほうしよ ざいくわの こと
一謀書罪科事
 たはかり かき つみ とが し

みぎ をいて さふらひには へし らる もつしゆせ しよれう もし なくんは しよたい べし らる しよせ
右於_二侍者可_レ被_二没収_一所領若無所帯者可被處
う を し しや か ひ つふし おさめ ところ つかさ じやく む ところ をひ もの よし ひ ところ

をんるに ぼんけの ともからに べし る たゝ くわ ゐんを その おもてに なり
遠流也凡下輩者可被捺火印於其面也
とをく なかす をよそ した はい もの か ひ ない ひ しるし お ご めん や

しゆひつの もの また よ とうざい つぎに もつて ろんじんの しよたいの しやうもんを
執筆者又与同罪次以論人所帯之證文
とり ふで しや ゆふ くみ おなじ つみ じ い あらそふ ひと ところ をひ し すまし ふみ

たる ぼうしよの よし おほく もつて せうず これを ひけんの ところ もし たり ぼうしよ
為謀書之由多以称之披見之處若為謀書
い たはかりがき これ ゆ た い となへ の ひらく みる し しよ にやく い たばかりがき

ば もつとも まかせ せんでうに へし あり その とが また なくん もんしよの ひびやう ば
者尤任先條可有其科又無文書之批謬者
もの ゆふ にん さき ゑだ か ゆふ ご とか む ふみ かき し ころ あやまり もの

【右丁】
【上段】
無力(ちからなし)  くわせんいたす事
     ならさる也
追放(ついはう)   をいはらふ事
     なり
【追放の図】
ついはう人
承久(せうきう)   人王八十四代す■■
     御時のねんかう
兵乱(ひやうらん)  いくさの事
【下段】
おふせて ぼうりやくの ともがらに へし らる つけ じんしや ぶつじの しゆりに たゝし いたつて
仰_二謀略之輩_一可_レ被付_二神社仏寺之修理_一但至
かう はかり事 あや し はい か ひ ふ かみ やしろ ほとけ てら し つくろふ ことはり たん とう

なき ちからの ともがらには へし らる ついはう その みを
無_レ力之輩_一者可被_レ追_二放_一其身也
む りよく し はい しや か ひ をい はらふ こ しん

 しやうきう ひやうらんの とき もつしゆちの こと
一承久兵乱時没収地事
 うけたまはり ひさし つはもの みたれ じ つふし おさめ つち

みき いたす きやうがた かつせんを の よし よつて きこしめし およぶ らるゝ もつしゆ しよ
右致_二京方合戦_一之由依聞召及_一被_レ没_二収所
う し みやこ はう あわせ たゝかい これ ゆ ゑ をん てう ぎう ひ つぶし おさめ ところ

たいの ともがら なき その とが の むね しやうこ ふんめう ば あてたまひ その
帯_一之輩無_二其過_一之旨證據分明者宛_二給其
をび し はい む ご くわ ゆく し しるし より わけ あきらか もの つゞ きう ご

かわり を とう きうにんに へし かへしたまふ ほんしゆに これ すなはち をいて とう きうにんに
替於當給人可_レ返_二給本主_一也是則當給人
かい をいて あたり たまはる ひと へんきう もと ぬしや せ そく あたり たまはり ひと

【左丁】
【上段】
【合戦の図】
當給人(たうきうにん) いまとる所の知
     行とり也
誅(ちう)   とがによつて人を
     ころす事也
違期(いご)   ときにたかふと
     いふ心也
寛宥(くわんゆふ)  ゆるすといふ事也
所領(しよれう)   わかとる所の
     ちぎやう也
【下段】
は ある くんこう ほうこうの ゆへ なり つきに くわんとう ぐおんの ともからの なかに
者有勲功奉公之故也次関東御恩輩之中
もの ゆふ つくす はたらき たてまつる きみ  じ せき ひがし おん めくむ はい し ちう

まじはる きやうがたの かつせんに こと さいくわ ことに おもし よつて すなはち れ ちうせ そのみを
交_二京方之合戦_一事罪科殊重仍即被誅_二其身_一
かう みやこ はう し あわせ たゝかひ つみ とが しゆ ちう き そく ひ ころす ご しん

れ もつしゆせら しよ たいを をわんぬ しかして よつて しぜんの うんに のがれ きたる の やから きん
被没収所帯畢而依自然之運遁来之族近
ひ つふし おさめ ところ をひ ひつ て い みづから しかる これ はこふ とん らい ぞく ちかし

ねん きこしめし およば ば こと すでに いごの うへ もつとも ついて くわんゆうの ぎに
年聞召及者縡已違期之上尤就_二寛宥_一儀
とし もん てう ぎう さい い ちかふ とき かみ ゆふ てん ひろく なだむ のり

さいて しよれうの うちを べし らる もつしゆせ ごぶん いちを たゝし ごけにんの ほか けし
割_二所領内可_レ被_レ没_二収五分一_一 但御家人之外下司
わり ところ つかさ ない か ひ くつし とる いつゝ わけ ひとつ たゝ おん いへ ひと くわい した づかさ

せうくわんの ともがら きやうがたの とが たとい いへとも ろけんすと いまさら ざる
庄官之輩京方之咎縦雖露顕今更不
さとの つかさ ばい けい はう くわ たん すい つゆ あらわる こん かう ふ

【右丁】
【上段】
下司(けし)   したやくにん
儀定(ぎでう)   さたしわたす事
行(おこなふ)
【評議の図】
異儀(いぎ)   かわりたる事也
宛給(あてたまふ)  かみよりはいりやう
     せし事
非分(ひぶん)   むりなる事
領主(れうしゆ)  そのちきやうぬし
相傳(さうてん)  つたはりきたる事
     なり
當時(とうじ)   いまのときをいふ
往代(わうだい)  いにしへすぎ
     さりたる事
濫望(らんまふ)  わけもなき
     のそみ事
【下段】
あたは あらため さたに の よし きよねん られ きちやうせ をわんぬ ていれば す およべは ゐぎに
_レ能_二改沙汰_一之由去年被_二儀定_一畢者不_レ及_二異儀_一
よし かい ひろし はゞ し ゆ さる とし のり さため ひつ しや ふ きう ことなり のり

つぎに もつて をなし もつしゆの ちを せうし ほんれうしゆを うつたへ まうす こと とうちきやうの にん よつて
次以同没収之地称本領主訴申事當知行之人依_二
し い とう つふし おさむ つち となへ もと つかさ ぬし そ じ あたる しる をこない ひと ゑ

あるに その とが もつしゆ これを あてたまふ くんこうの ともから をわんぬ しかるに かの とき ちぎやうの
_レ有_二其過_一没_二収之_一宛_二給勲功之輩_一畢而彼時知行
う ご すき つぶれ とる ゑん きう はらたき つくす ひつ て ひ じ しれり をこない

ものは ひぶんの れうしゆ なり まかせ そうでんの たうりに へき かへし たまふ これ よし うつたへ
者非分之領主也任_二相傳之道理_一可_レ返_二給之_一由訴申
しや あらす わけ つかさ ぬし にん あい つたわる みち ことはり か へん きう ゆ そ しん

の たくい おほく あり その きこへ すでに ついて かの ときの ちぎやうに あまねく られ もつしゆ
之類多有_二其聞_一既就_二彼時知行_一普被_二没収_一
これ るい た う こ もん けん くん ひ し しる をこない ふ ひ つふれ とる

をわんぬ なんぞ さしをき とうじの れうしゆを へき たづね わうだい ゆいしよを や じ
畢何閣當時領主可尋往代之由緒欤自
ひつ いつれ かく あたる し つかさ ぬし へし しん むかしの よ よし □ かな より

【左丁】
【上段】
志孝(しかう)   わかこころのなに
      ほとはかう〳〵を
つくすをいふ
同時合戦  是は官軍を
      きんりへめし
給ふせつの義なりすな
はちるさいをとり奉り
てるけいし給ふなり
【合戦の図】
合戦(かつせん)
【下段】
こん いご へし てうじは らんもうを いへり
今以後可停止濫望矣
いま もつて のち か とゞめ とゞむ みたり のぞみ

 おなじき ときの かつせん ざいくわ ふし かくべつの こと
一同時合戦罪科父子各別事
 とうじ あわせ たゝかふ つみ とか ちゝこ をの〳〵 わける

みぎ ちゝは いへども ましはりと きやうがたに その こ こうし くわんとうに こは いへとも ましわると きやう
右父者雖_レ交_二京方_一其子候_二関東_一子者雖_レ交_二京
ゆふ ふ しや はん かう みやこ はう きし そうろふ せき ひがし し しや はい かう けい

かたに その ちゝ こうする くわんとうにの ともから しやうばつ すてに ことなり ざいくわ なんぞ
方_一其父候_二関東_一之輩賞罰已異罪科何
はう き ふ そうろふ せき ひがし はい つくろふ つみ い ゐ つみ とが いづれ

ひとしからん また さいこくの ぢうにんら いへとも たりと ちゝ いへども たりと こ いちにん まいらは きやうがたに
混又西国住人等雖_レ為_レ父雖_レ為_レ子一人参_二京方_一
ひたす ゆふ にし くに すむ ひと とう すい ため ふ ゆふ ゐ こ ひとつ ひと さん みやこ はう

ば ちうこくの ふし すべから のかる その とがを いへとも すと どうだうせ よつて
者住国之父子不_レ可_レ遁_二其咎_一雖_レ不_二同道_一依
しや すむ くにの ちゝ こ ふ か とん こ くわ すい ふ おなじ みち ゑ

【右丁】
【上段】
宛給(あてたまはる)
勲功(くんかう)の
 輩
【褒賞の図】
候(こうす)    はせまいる也
賞罰(しやうばつ)   ちうあるものに
      をんしやう也
異(ことんなり)    ちがふことなり
混(ひとし)    さうはうをなし
      といふ心
住人(ぢうにん)   さいこくにすむ
      ひと也
京方 馳参(はせまいる) へつはうなし
      しよめんのとをり
【下段】
せしむるに たうしん なり たゞし かうてい【見せ消ち墨筆「ゆく」】 さかい はるかに いんしん がたきに つうじ ともに すん しん
_レ令_二同心_一也但行程境遥音信難_レ通共不_レ知_二
れい をなし こころ たん ゆく ほと けい やう をとづれ なん つう く ふ ち

しさいをは たがいに がたし られ しよせ さいくわに か
子細_一者互難被處罪過欤
こ こまか き なん ひ ところ つみ すぎ

 ゆづり あたへて しよれうを によしに のち よつて ありに ふわの ぎ その おや くい
一譲_二与所領於女子_一後依_レ有_二不和之儀_一其親悔
 じやうよ ところ とか をんな ご うしろ ゑ う ふ やわらか のり き したしき くやみ

 かへす や いなやの こと
 返哉否之事
 へん かな ふ

みき なんによの かう いへとも ことなり ふほの をん これ をなじ ほうけの ろん
右男女之号雖_レ異父母之恩惟同法家之論
みき おとこ をんな なつけ されば い ちゝ はゝ めぐみ たう どう のり いへ の たぐい

いへども あり まうす むね によしは すなはち たのみ さる くいかへさしの ぶんを すべから はゞかり
雖有申旨女子則資不悔返之文不可憚
すくし ゆう しん し をんなご のり ことく ふ くわい へん し ふみ ふ か たん
【左丁】【上段】
京方(きやうかたに)馳参(わせまいる)
【乗船の図】
行程(かうてい)   道の程とをき
      事也
音信(いんしん)   をとつれのことを
      いふ也
不和(ふわ)    とくとやわらが
      さる事
父母(ふほの)恩(おん)
【子供を慈しむ父母の図】
【下段】
ふかうの ざいごうを ふぼは また さつして をよばん ことを てきたいの ろんに ざる べから ゆづる
不孝之罪業父母又察_レ及_二敵對之論_一不_レ可_レ譲_二
す したかふ し つみ わざ ちゝ はゝ ゆふ みる ぎう そむき つい あらそい ふ か じやう

しよれう を によしに か しんし ぎぜつの をこり なり すで けう れい い
所領於女子_一欤親子義絶之起也既教令違
ところ いうさ をんなこ をや ね よし たへたり き や き おしへ せしむ たがい

ほんの もといなり によし もし あり けうはいの ぎ ば ふぼ よろしく まかす しん
犯之基也女子若有向背之儀者父母宜_レ任_二進
をかす き や をんなこ にやく う むかい そむく し のり しや ちゝ はゝ へしき にん すゝむ

たいの こころに よつて これに によしは ために まつたふ ゆづりしやうを つくし し こう
退之意_一依_レ之女子者為全_二譲状_一竭_二志【ママ、忠】孝
しりそく し ゐ ゑ の をんなこ い ぜん じやう かたち ゑつ こゝろさし したがふ

の せつを ふぼは ため ほとこさんか ぶ いくを ひとしう し あいの をもひを もの か
之節_一父母者為施撫育均慈愛之恩者欤
し ふし ちゝ はゝ もの い せ なで はぐくみ ならす めくみ をしむ く しや 

 ず ろんぜ しんそを らるゝ けんやうせ ともがら いはひ する ほんしゆの しそんを
一不論親疎被眷養輩違背本主子孫事
 ふ あらそふ したしき うとし ひ なじむ やしなふ はい たがい そむく もと ぬし こ まご

【右丁】
【上段】
悔返(くいかへす)   とりかへす也
号(がう)     男女の名をいふ也
父母恩(ふほのをん)   男女とかはれとも
      をなし事也
法家(ほうけ)    はつとのことをしる
      人也
罪業(さいごう)   つみのわざをいふ也
敵對(てきたい)   ちゝに手むかい也
義絶(きぜつ)    中たがいの事也
教令(けうれい)   をやのおしへ也
違犯(いほん)    ならいをもちいぬ也
向背(けうばい)   はしめもちいて
      のちそむく也
敵對(てきたい)
【刀で斬りかかる図】
【下段】
みぎ たのむ ひとを の ともから られ しんあいせば ことし しそくの ず しからは また ことし
右資人之輩被親愛者如子息不膳然者又如
う けん じん はい したしく なじむ もの によ こ いき ふ ねん ものゆふ ぢよ

らうしうの か こゝに かの ともから しむる いたさ ちうきんの とき ほんしゆ かんだん
郎従欤爰彼輩令致忠勤之時本主感歎
すなはち したかふ いところ ひ はい れい し たゝ つとむ じ もと ぬし かざる なけく


その こころざしを の あまり あるいは わたし あて ふみ あるいは あたふ ゆつりしやうを の ところ せうす わ
其志之餘或渡宛文或与譲状之處称和
き し ゆへ よ わく と つゝ もん まどふ よ したり かたち これ しよ ほぐ やわらか

よのものを たいろん ほんしゆの しそんと のてう けつかうの おもむき はなはだ
与之物對論本主子孫之條結構之趣甚
あたふ し ぶつ ついす あらそふ もと ぬし こ まご し ゑだ むすび かまゆる しゆ ちん

ず べから しかり きうびの ときは かつ ぞんじ しそくの ぎ かつは いたす
不可然求媚之時者且存子息之儀且致
ふ か ねん もとむ みめ これ じ しや だん なからへ こ いき これ のり だん し

らうじうの れいを けうはいの のちは あるひは かり たにんの がうを あるひは
郎従之礼向背之後者或假他人之号或
すなはち したがふ ゆく らい むかふ そむく これ うしろ しや わく たん よの ひと な まどふ
【左丁】
【上段】
撫育(ぶいく)  なてそたつるの
     事也
進退(しんたい)  すゝみしりそく
慈愛(しかう)
【子に慈愛のまなざしを送る父の図、背後の屏風に「むさしのの原」】
眷養(けんよう)  はこくみやしなふ
忠勤(ちうきん)  まことをつくす事
感歎(かんたん)  かんしてよろこふ也
譲状(ゆすりしやう)
【譲状を前に譲与する図】
【下段】
なし てき たいの おもひを たちまち わすれ せんじんの をんこを いはいせ ほんしゆの し
成_二敵對之思_一忽忘_二先人之恩顧_一違_二背本主之子
しやう あた むかい し こつ はう さき ひと はくくみ かへりみ ちがひ そむく もと ぬし こ

そんをば をいて うる ゆづり もの しよれうは へし らる つけ ほんしゆの しそんに
孫_一者於得_レ譲之所領者可_レ被_レ付_二本主之子孫_一矣
まご もの を とく しやう ところ つかさ か ひ ふ もと ぬし こ まご

 えて ゆづりせうを のち その こ さきたつて ふぼに せしむる しきよ あとの こと
一得_二譲状_一後其子先_二于父母_一令_二死去_一跡事
 とく しよう かたち うしろ こ こ せん ちゝ はゝ れい しぬる さる せき

みぎ そのこ いふとも せしむと けんそん いたつて せしむる くいかへさは あらん なんの さまたけや いわんや
右其子雖令見存至令悔返者有何妨哉况
ゆふ ご し たう れい みる ながらへ たう れい くわい へんしや う いつれ ばう きやう

しそん しきよの のつは たゞ べし まかす ふその こころ
子孫死去之後者只可父祖之意也
こ まご しする さる これ ご しや しい か にん ちゝ をゝぢ ゐ

さいせう ゑて をつとの ゆつりを られ りべつせ のち れうち かの しよれうを いなや こと
一妻妾得夫譲被離別後領知彼所領否事
 つま めかけ とく ふ しやう ひ はなれ わかれ うしろ つかさ しる ひ ところ つかさ ふ

【右丁】
【上段】
見存(けんそん)
【濡縁に座して庭木を眺める男の図】
妻妾(さいせう)   さいはつませうは
      めかけ也
離別(りべつ)    はなれわかるゝ也
領知(れうち)    つまのちきやう
      なり
【夫の横に座して妾の姿に袖を濡らす妻の図】
妻妾(さいせう)
【下段】
みぎ その め よつて ありに ぢうくわ おいて らるゝ きゑん は たとい いふとも ありと わうしつの
右其妻依有重科於被弃捐者縦雖有往日之
う こ つま ゑ う おもき とか お ひ すて はなさる たん ゆい ゆふ ゆく ひ

けいじやう がたし ちぎやう せんふの しよれうを また かの め ありて こう なく とが
契状難知行前夫之所領彼妻功無科
ちきり かたち なん しる をこない まへの をつと ところ とる ゆふ ひ つま う つくす む くわ

もてなし あたらしきを すては ふるきは ところ ゆづる の しよれう す あたは くいかへすに
賞_レ新弃_レ旧者所_レ譲之所領不_レ能_二悔還_一
しやう しん すて ふるき ところ しやう これ ところ とる ふ のふ くやみ かへる

 ふぼの しよれう はいふんの とき いへとも あらずと ぎせつに さる ゆづりあたへ せいしんの しそく
一父母所領配分之時雖非_二義絶_一不_レ譲_二与成人子息_一事
 ちゝ はゝ ところ つかさ くはり わけ し すい ひ よし たへ ふ しよう よ なり 

みき その をや もつて せいじんの こを せしむ すいきよの あいだ はけまし きんこうの 
右其親以成人之子令吹挙之間励勤厚之
う こ したしき い なる ひとの し れい ふき あぐる あいだ れい つとめ あつく これ

おもひを つむ らうこうを の ところ あるひは つき けいぼの さんげんに あるひは より
思積労功之處或就継母之讒言或依
ゑ しやく つかれ くは しよ わく けい つき はゝ さかしら ことい ゑ

【左丁】
【上段】
弃捐(きゑん)   すてはなるゝを
     いふ
契状(けいしやう)  かねく【て】やくそくの
     かきつけ也
賞新(あたらしきをもて)  わかきをもちゆ
     事
弃旧(すてふるき)  年よりたるを
     すつる事
【推薦状上申の図】
吹挙(すいきよ)
配分(はいぶん)   くはりわける
     わさ
吹挙(すいきよ)   下ゟ上へおし
     あくる
勤厚(きんかう)   あつくつとむる
労功(らうこう)   くろうかんなん
     する也
讒言(さんけん)   そしりあしく
     いふ
庶子(そし)   けいほなとの子也
【下段】
そしの せうあいに その こ いふとも すと られ ぎ
せつせ たちまち もれて かの
庶子之称【鍾】愛其子雖_レ不_レ被_二義絶_一忽漏_二彼
しよ こ これ となへ なづけ き し すい よし たへ くつ ろ ひ

しよふんに たくさいの てう ひきよの いたり なり よる さいて いま ところ たつ の
所分侘際【傺】之條非據之至也仍割_二今所_レ立之
ところ わくる わひ あいだ これ ゑだ あらす よるところ とう や き さく こん ところ つたう

ちやくし ふんを もつて ごぶ いちを へし あてたまふ むそくの あにに たゞし いふとも
嫡子分_一以_二 五分一_一可宛_二給無足之兄_一也但雖
てき こ わけ い いつゝ わけ ひとつ か ゑん きう なし あし これ けい や たゞし すい

たり せうぶん をいて はからい あてんに は ず ろんぜ ちやくそを よろしく より しやう
_レ為_二少分_一於_二計宛_一者不_レ論_二嫡庶_一宜_レ依_二證
ゐ すこし わけ お けい づゝ もの ふ あらそひ てき すへ き ゑ しるし

せきに そも〳〵 いへとも たる ちやくし なく させる ほうこう また をいて ふ
跡_一抑雖_レ為_二嫡子_一無_二指奉公_一又於_二不
あと よく すい ため てき こ む ゆひ たてまつる きみ お す

こうの ともがらに は あらず さたの かきりに
孝之輩_一者非_二沙汰之限_一
したがは はい しや ひ ひろく ひろし げん

【右丁】
【上段】
継母(けいほ)讒言(さんけん)
【父に讒言する継母を窺う継子の図】
侘際(たくさい)   なにともしかたな
      き事也
非據(ひきよ)    わけなき事也
無足(むそく)   とり物なきを
      いふ也
當世(とうせい)   いまときす也
不易(ふゑき)    かわらすといふ
      事也
【下段】
 によにん やうしの こと
一女人養子事
 をんな ひと やしない こと

みぎ ことく ほうゐの は いへとも ずと ゆるさ これを うたいしやうけの をんとき このかた
右如_二法意_一者雖不許之右大将家御時以来
う によ のり こゝろ もの すい ふ もとの みき おゝ まさ いへ きよ し もつて きたる

いたつて とうせいに なく そのこ これ によにんら ゆづりあたふ しよれうを やう
至_二當世_一無_二其子_一之女人等譲-_二与所領於養
たう あたる よに む ご し をんなひと とう しやう
よ ところ つかさとる やしない

しに こと ふえきの ほう すべから あけて かそふ しかのみならす とひの れい せん
子_一事不易之法不可勝計加之都鄙之例先
こ じ す かはら これ のり ふ か しやう と し みやこ いなか いつも さき

じやう これ をほし ひやうぎの ところ もつとも たれり しんように
蹤惟多評議之處尤足信用欤
あと ゆい た はかり とらす しよ ゆふ そく のふる もちゆ

 ゆつりゑて をつとの しよれうを ごけ せしむる かいか
一譲得夫所領後家令_二改嫁_一事
 しやう とく ふ ところ つかさとる のちの いへ れい あらため とつく

【左丁】
【上段】
都 みやこ
【商家が連なる図】
鄙 ひ
  いなか也
【農作業の図】
【下段】
みぎ たる ごけの ともがら ゆづりゑは をつとの しよれうをば すべからく なけうち たじを
右為_二後家_一之輩譲_二得夫所領者須抛_二他事_一
ゆふ ため のち いへ はい しやう とく ふ ところ とる もの す てい よの こと

とふらい をつとの ごせを ところに そむく しきもくを こと あらす むに に その とが か しかるに
訪_二夫之後世_一處背_二式目_一事非_レ無_二其咎_一欤而
ばう ふ のち よ しよ はい こゝろみ め じ ひ む ご くわ て

たちまち わすれ ていしんを せしめ かいか は もつて ところ ゑの れうち べし あてたまふ 
忽忘貞心令_二改嫁_一者以_二所_レ得之領地_一可_レ宛_二給
こつ ばう さた こゝろ れい あらため とつか しや い ところ とく をる つち か ゑん きう

ばうふの しそくに もし また なくん しそく ば べし ある へつの をんはからい
亡夫之子息若又無_二子息_一者可_レ有別御計
ほろぶ をつと こ いき しやく ゆふ む こ やすむ もの か う わかれ ご けい

 くわんとう ごけにん もつ けつけへ うんかくを なし むこくんと
一関東御家人以_二月卿雲客_一為_二聟君_一
 せき ひがし をん いへ ひと い つき さと くも きやく い に きみ

 よつて ゆづる しよれうを くじの あし げんせうすの こと
 依_レ譲_二所領_一公事足減少事
 い しやう ところ つかさ こう こと そく へり すくなし

【右丁】
【上段】
改家(かいか)   をつとしゝて又
     よの所へよめ入也
貞心(ていしん)  たゝしき心也
亡夫(はうふ)   しゝたるをつと也
月卿雲客(けつけいうんかく)
【禁裏に集う公卿の図】
聟君(むこくん)  くけをむこに
     とる也
減少(けんせう)  へりすくなく成を
     いふ
分際(ふんざい)  かきりある也
存日(そんしつ)  いきてある也
優恕(ゆうちよ)  ゆたかなり
【下段】
みぎ をいて しよれうに は ゆづり かの によしに いへども せしむ かくべつ いたつて ぐじに は
右於_二所領_一者譲_二彼女子_一雖令格別_二至公事_一者
う お ところ とる しやう ひ をんな こ すい れい をの〳〵 わかれ とう こう こと

したがい その ふんげんに へき らる はぶき あて なり しんふ ぞんじつ たとい なし
随_二其分限_一可_レ被_二省宛_一也親父存日縦成_二
ずい ご わけ かぎり か ひ かへりみ ゑん や をや ちゝ なからへ ひ たん なり

ゆうちよの ぎ いふとも ずと あておふせ せいきよの のちは もつとも へし
優恕之儀_一雖_レ不_二宛課_一逝去之後者尤可
やさし をもんはかる のり すい ふ ゑん くわ ゆき さる のち しや ゆふ か

せしむ さいきん もし つのり けんゐに ず きんじ は ながく べし らる
_レ令_二催勤_一若募_二権威_一不_二勤仕_一者可_レ被_二
れい もよふし つとむ にやく けん かり をどす ふ つとめ つかまつる なかく か ひ

じたいせ くたんの しよれう か をよそ いへとも たり くわんとう ぎこうの
辞退件所領欤凡雖_レ為_二関東祗候之
ことし しりそへ けん ところ とる  をよそ すい ため せき ひかし たゝ さふらふ

にようばう あへて なかれ なたむこと てんちう へいきんの くしを この
女房敢勿_レ泥_二殿中平均之公事_一此
をんな ふさ かん もの でい との なかに へい きん こう こと し

【左丁】
【上段】
死去(しきよ)
【葬儀のため僧侶を迎え入れる遺族】
関東(かんとう)祗候(しこう)の女房
【将軍に仕える女房】
【下段】
うへ なを せしめ なんじう ば す べから ちぎやうす しよれう
上猶令_二難渋_一者不_レ可知_二行所領_一
じやう ゆ れい かたし しふる ふ か しる をこなふ ところ しる

 ゆづり しよれう を しそくに たまはる あんどの をん くだしふみを のち
一譲_二所領於子息_一給_二安堵御下文_一後
 しやう ところ つかさ おいて こ いき きう やすく をちつく こ げ ぶん ご

 くいかへし その れうを ゆづる あたふる たの しそくに
 悔返其所領譲_二与他子息_一事
 くやみ くわん ご とる しやう よ ひとの こ いき

みぎ べき まかす ふぼの こゝろに の よし つぶさに もつて のせ せんてうに をわんぬ よつて
右可_レ任_二父母之意_一之由具以載_二先條_一畢仍
ゆふ か にん ちゝ はゝ これ い し ゆふ く い さい まつ ゑだ ひつ □

ついて せんはんの ゆづりに いへども たまふと あんどの をんくだしふみを その をや くいかへしすを
就_二先判之譲_一雖_レ給_二安堵御下文_一其親悔返之
てん まづ かたち これ しやう すい きう やすし つち み げ ぶん き しん くやむ くわん

をいて ゆづるに たの しそくには まかせ こうはんの ゆつり へし ある こせいばい
於_二譲他子息_一者任_二後判之譲_一可_レ有_二御成敗_一
お しやう ひと こ いき しや にん のち しるし じやう か ゆふ をん なる やぶる

【右丁】
【上段】
時宜(じぎ)    ときのよろしき事
虚言(きよごん)    うそつく事を
      いふ
文籍(もんじやく)
【漢籍を前に蘊蓄を垂れる僧侶の図】
讒訴(さんそ)    人をあしくいふ事
官途(くわんと)    官位の事
参差(さんし)    たかいにくいちがふ
      ことにて侍ゟ出
不慮(りよ)    しあんをせすに
      する事也
緩怠(くわんたい)   何事もゆる〳〵と
いたしたる事とも也
庭中(ていちう)    公事をその
      にわへまかり出
ちきにきく事也
【下段】
 み しよぶんの あとの こと
一未處分跡事
 いまだ ところ わけ せき

みぎ かつは したがい ほうかうの せんしん かつ たゞし きりやうの かんふを
右且随_二奉公之浅深_一且糺_二器量之堪否_一
う たん ずい たてまつる きみ あさく ふかし たん きう うつは はかり したかへ いな

をの〳〵 まかせて じきに へし らる わかち あて
各任時宜可_レ被_二分宛_一
かく にん とき よろし か ひ ぶん つゝ

 かまへ きよごんを いたす ざんそ こと
一構_二虚言_一致_二讒訴_一事
 かう おほそら ことば し さがしら うつたへ

みぎ やわらげ おもてを たくみし ことばを かすめ きみを そんし ひとを たぐい もんじやく ところ のする
右和_レ面巧_レ言掠_レ君損_レ 人之属文籍所_レ載
う わ めん こう げん りやう くん やふる にん これ ぞく ふみ あやまる しよ さい

その □□は はなはだ おもし ため よの ため ひとの ず へからすは ある いましめ ため のそまん しよれうを
其罪甚重為_レ世為_レ 人不_レ可_二不誡_一為_レ望_二所領_一
こ さい らん ぢう い せ ゐ にん ふ か ふ かい ゐ ほう ところ とる

【左丁】
【上段】
奉行人(ふきやうにん)
【領地の農耕地を見廻る役人の図】
庭中(ていちう)
【「お白州」の様子】
【下段】
くはたては ざんそを は もつて さんしやの しよれうを べし あてたまふ たにんに なくん
企_二讒訴_一者以_二讒者之所領_一可_レ宛-_二給他人_一無_二
き さかしら うつたへ しや い さがしら もの これ ところ れう よし つゝ きう よつて ひと む

しよたい は へし しよす をんるに また ために ふさがる くわんどを かま さんげんを
所帯_一者可_レ處_二遠流_一又為_レ塞_二官途_一構_一讒言_一
ところ をび しや か ところ とをく なかし ゆふ ため さく つかさ みち かう さかしら こと

ば なかく すへから めしつかはる かの ざんにんを
者永不_レ可_レ召-_二仕彼讒人_一
もの ゑい ふ か てう し ひ さかしら びと

 さしをいて ほんぶぎやうにんを ついて べつにんに くわたつる そせうを こと
一閣_二本奉行人_一付_二別人_一企_二訴訟_一事
 かく もと たてまつる をこない ひと 付 わかれ ひと き うつたへ うつたふ じ

みき さしをいて ほんぶぎやうにんを さらに ついて へつにんに ない〳〵 くわたつる そせうを の あいだ
右閣_二本奉行人_一更付_二別人_一内々企_二訴訟_一之間
ゆふ かく もと たてまつる をこなふ ひと かう ふ わかれ びと うち〳〵 き うつたへ うつたふ これ ま

さんしの さた ふりよに いてきたる か よつて をいて そにんに は しばらく
参差之沙汰不慮出来欤仍於_二訴人_一者暫
まいる さし これ ひろく ひろし おもんばかる いて らい  き お うつたへ ひと さん

【右丁】
【上段】
偏顧(へんは)   かたよりて人のひい
     きするをいふ此通
【片方の従者を贔屓する主人の図】
芳恩(はうをん)  をんとくのあつき
     事
憲法(けんほう)  あきらかなる事
政道(せいたう)  はつとのたゝしき
     をいふ
強縁(かうゑん)  つよきゑんこ也
権門(けんもん)  物事もんへの身
     又はかみたる人
得利(とくり)  りじゆんしたる事
濫吹(らんすい)  みたりがはしきを
          いふ
追却(ついきやく)  つしはうとおなし
     をいはらふ也
【下段】
べし らる よく さいきよを いたつて とりまうす ひとに は へし ある ごきんせい ぶ
可_レ被_レ抑_二裁許_一至執申人者可_レ有_二御禁制_一奉
か ひ そも〳〵 たつ もと たう しゆ しん しや よし ゆふ をん いましめ とゞむ たてまつる

ぎやうにん もし せしめ くわんたい むなしく へ にじうかにちを ば をいて でいちうに へし まうす これを
行人若令_二緩怠_一空經_二廿ケ日_一者於_二庭中_一可_レ申之
おこなふ ひと にやく れい ゆるく をこたる そら きやう  ひ  には ちう か しん の

  とぐる もんぢうを ともがら す あい また ごせいばいを とりしんする けんもん しよしやうを 
こと
一遂_二問註_一輩不_レ相_二待御成敗_一執_二進権門書状_一事
 つい とふ しるす はい ふ さう たい をん なり やふる しゆ すゝむ こん かど かき かたち

みぎ あづかり さいきよに ものは よろこび かうゑんの ちからを らる きぢせ ものは うれふ けん
右預_二裁許_一者悦_二強縁之力_一被_二棄置_一者愁_二権
う よ たち もと ゑつ つよし ふち りよく ひ すて をく もの しう はかり

もんの ゐを こゝに とくりの かたうどは しきりに せうし ふちの はうをんを
門之威_一爰得理之方人者頻稱_二扶持之芳恩_一
かど これ をとす くわん ゑ ことはり はう じん ひん となへ たすけ もつ よし めぐみ

むりの かたうどは ひそかに そねみ けんほうの さいだんを けかす せいたうを
無理之方人者竊猜_二憲法之裁断_一黷_二政道_一
なき ことはり はう ひと かう せい のり のり きる ことはり りよく まさ みち

【左丁】
【上段】
収(しゆ)
公(こう)
【収公された場面の図】
収公(しゆこう)   きみにおさむ
     とかけりあくに
よつて三分一取上らるゝなり
悪黨(あくとう)   これはぬす人のるい
     にあらずたゞ
人のきらふことをのみなし
て人をいたむるあふれもの
をいふ
風聞(ふうぶん)   これはたしかには
     きかすほのかに
ささあるをきく事也
断罪(たんざい)   きつととかに
     をとす事也
炳誡(へいかい)   あきらかにせんき
     する也
【下段】
もとにして これに よる じこん いご たしかに へき てうじす なり あるひは つき 
職而斯由自今以後慥可_二停止_一也或付_二
しよくに かく ゆ より いま もつて のち ひろ か とゝめ とゝむ や わく ふ

ふぎやうにんに あるひは をいて ていちうに へし せしめ まうさ これを
奉行人_一或於庭中可_レ令_レ申_レ之
たてまつる をこなふ ひと まとふ お には なか よし れい しん の

 よつて なきに だうり さる かうむり さいきよを ともから たる ぶぎやうにん へんはたる よし うつたへまうす こと
一依_レ無_二道理_一不_レ蒙_二裁許_一輩為奉行人偏頗由訴申事
 い む みち ことはり ふ まう たち もと はい い たてまつる おこなふ ひと ひとへ かたよる そ しん

みき よつて なきに その り さる あづかる さいきよに の ともから たる ぶぎようにん へんは
右依_レ無_二其理_一不_レ関_二裁許_一之輩為_二奉行人偏頗_一
う ゑ む と ことはり かい たち もと これ はい い たてまつる をこなふ ひと ひとへ かた〳〵

のよし かまへまうすの でう はなはだ もつて らんすい なり じこん いご かまへいたし ふ
之由構申之條太以濫吹也自今以後構-_二出不
ゆく ゆ かう しん これ ゑだ ふとく い みたり ふく や みづから いま もつて のち かう しゆつ す

じつを くはだて らんそを は へし らる しゆこう しよれう さんぶ いち か なくし しよたい ば
実_一企_二濫訴_一者可_レ被_レ収-_二公所領三分一_一無_二所帯_一者
まこと き あゆ うつたへ しや か ら をさめ きみ ところ つかさ みつ わけ ひとつ む ところ をび

【右丁】
【上段】
悪黨者(あくたうもの)
【無頼の徒が乱暴をはたらく図】
在国(ざいこく)   くにもとにゐるを
      いふなり
狼藉(らうせき)    おゝかめしくとかく
      心はおゝかめといふ
けだものは草をしきて
ふすそのくさ四方にさんらんし
てみたれちりぬことをたとへ
てらうせきといふとあり
縁邊凶賊(ゑんへんけうぞく) くにさかひに
      あるすいふん
あしきとうそくともをけう
ぞくといへり
賊徒(ぞくと)    ぬす人の類いといふ
      事也
【下段】
へし らる ついきやく もし また ぶぎやうにん あらば その あやまりは ながく すべから らる めしつか
可_レ被_二追却_一若又奉行人有_二其誤_一者永不_レ可_レ被_二召仕_一
か ひ をい しりそけ にやく ゆふ ほう ゆく ひと ゆふ き ご しや ゑい ふ よし ひ てう じ
 
 かくしをく とうぞく あくとうを しよれうないに こと
一隠置盗賊悪黨於所領内事
 ゐん ち ぬすみ やから あく るいそく をいて ところ とる うち

みぎ くたんの ともから いへども あるを ふうぶん よつて ざるに ろけんせ す あたは だんざいに
右件輩雖_レ有_二風聞_一依_レ不_二露顕_一不_レ能_二断罪_一
う けん はい すい ゆふ かせ きく い ふ つゆ あらわる ふ のう ことわり つみ

す くわへ へいかいを しかるに くにうどら さしまうす これを ところに めしのぼすの ときは その
不加炳誡而国人等差-_二申之_一所召上之時者其
ふ か いましめ いましむ て こく しん とう つかへ しん の しよ てう じやう これ じ しや き

くに ぶい なり ざいこくの ときは その くに らうぜき なりとうん〳〵 よつて をいて
国無為也在国之時者其国狼藉也云々仍於_二
こく なし ため や ある くに これ し しや ご こく おほかみ たる や いふ〳〵 き お

ゑんへんの けうぞくは ついて せうぜきに へし めしきんず また ちとうら いたつて
縁邊之凶賊_一者付_二證跡_一可_二召禁_一又地頭等至
ふち あたり し いたつら ぬすひと しや ふ かたち あと か てう いましめ ゆふ つち かしら とう し

【左丁】
【上段】
嫌疑(けんぎ)   きらいうたかはしき
     といふ事
落居(らつきよ)  をちつくことしつ
     かになる事を云
不日(ふしつ)   日かすをかけすと
     申き事
抱惜(かゝへをしむ) あくにんをかゝふ
     事
強竊(かうせつ)  あくぬす人の事
放火(ほうくわ)  火つけなり
狼藉(らうせき)
【刀を振り回して暴れる男の図】
鎌倉(かまくら)に召置とは閉(へい)門の
事か地頭代とはかわりに
目付なとをつけはしその
国のしをきをなす事
なりと云々
【下段】
かくし をくに ぞくと をは へき たる どうざい なり まづ ついて けんぎの おもむきに めし
隠置賊徒者可_レ為_二同罪_一也先就_二嫌疑之趣_一召_二
ゐん ち ぬすひと いたつら もの か い おなじ つみ せん てん きらふ うたがい しゆ てう

をき ぢとうを かまくらに かの くに ざる らつきよせ の あいだ は ず べから たまふ みの
置地頭於鎌倉彼国不_二落居_一之間者不_レ可_レ給_二身
ち つち かしら お けん さう ひ こく ふ をち つる これ まゝ しや ふ よし きう しん

いとまを つきに らるゝ てうじ しゆごし にうふを ところ〳〵の こと をなじく あくとうら
暇_一次被_レ停-_二止守護使入部_一所々事同悪黨等
か じ ひ とゝめ とゞむ まもり まもる いる さと〳〵 じ おなじ にくし やから ひとし

いできたるの ときは ふじつに へき めしわたす しゆごしよに なり もし をいて かゝゑおしまんには
出来之時者不日可召-_二渡守護所_一也若於_二抱惜_一者
しゆつ らい これ より す にち か てう と まもる まもり ところ や じやく お はう しやく

かつ せしめ にうふ しゆごしを かつ べき らる かい ふ ちとうだいを もし また
且令_レ入-_二部守護使_一且可_レ被_レ改-_二補自地頭代_一也若又
たん れい いれ さと かみ もる つかい か ひ かい をぎなふ つち かしら しやく ゆふ

すんは あらため たいくわんを は られ もつしゆせ ぢとうしよくを へし らる いれ しゆごを
不_レ改_二代官_一者被_レ没-_二収地頭職_一可_レ被_レ入_二守護_一
ふ かい よ つかさ もの ひ つふし おさむ つち かしら つかさ か ひ にう かみ まもり

【右丁】
【上段】
放火(はうくわ)
【放火犯を捕える捕り方の図】
密懐(みつくわい)
【忍び会う男女の図】
猶豫(ゆうよ)   かれこれとうたかい
     しあんする也
【下段】
 がうせつ にとう さいくわの こと つけたり はうくわにんの こと
一強竊二盗罪科事  付放火人事
 つよし ひそか ふたつ ぬすみ つみ とが じ  はなつ ひ ひと

みぎ すでに あり だんさいの せんれい なんぞ およばん ゆふよにの しんぎに
右既有_二改罪之先例_一何及_二猶豫之新義_一
う かい う ことはり つみ これ さき いつも いづれ ぎう なを あらかしめ あたらし よし

や つぎに はうくわにんの こと じゆんきよして とうぞく よろしく せしむ きんあつ
哉次放火人事准-_二據盗賊_一宜_レ令_二禁遏_一
かな じ はなす ひ ひと し なそらへ よんところ ぬすみ ぬすひと ぎ れい いましめ つくす

 みつくわひする たにんの めを さいくわの こと
一密-_二懐他人妻_一罪科事
 かくし いたく よそ ひと つま つみ とが

みき ず ろんぜ かうかん わかんを くわいほう ひとの めを の ともから れ めさ しよれう
右不論強姧和姧懐抱人妻之輩被_レ召_二所領
ゆふ ふ あらそい つよし かたなし やはらか かたな いたく かゝへ にん さい し はい ひ てう ところ とる

はんぶんを へし らる やめ しゆしを なくんば しよたい ば べし しよす をんるに をんなの しよ
半分可被罷出仕無所帯者可處遠流也女所
なかば わけ か ひ まかり いて つかまつる む ところ をび しや か ところ とをき なかす や め ところ

【左丁】
【上段】
新儀(しんぎ)   あたらしくするぎ
     をいふ
准據(じゆんこ)  それ〳〵になそゝつ
     て也
禁遏(きんあつ)  いましおきての事也
密懐(みつくわい)  ひそかにことをなす
     まをとこ也
強姧(こうかん)  女かてんせず
和姧(わかん)   女かてんする也
剃除(ていちよ)  そりをとす也
捕女(とらふをんなを)
【道行く女をナンパする男の図】
【下段】
れう をなしく へし る めさ これを なくんは しよれうは また へし らる はいるせ なり つきに をいて どうろの つじに
領同可_レ被_レ召_レ之無所領者又可_レ被_二配流_一也次於_二道路辻_一
れい どう か ひ てう の む ところ つかさ ゆふ か ひ くはる なかす や じ お みち みち ほう

とらゆる をんなを こと をいて こけにんに は ひやくかにちの あいだ べし やむ しゆつしを いたつては らう
捕_レ女事於_二御家人_一者百ケ日之間可_レ止_二出仕_二至_二郎
ほ をんな じ お をん いへ ひと もの もゝ ころ ひ これ ま よし し いて つかまつる とう すなはち

じう いげには まかせ うたいしようけの をんときの れいに べし ていぢよ かた〳〵の
従以下者任_二右大将家御時之例_一可_レ剃-_二除片方之
したかふ もつて した にん みぎ おゝい まさに いへ こ じ ゆく いつも か そる のぞく へん はう これ

ひんばつを なり たゝし をいて ほうしの ざいくわに は あたつて その ときに へし らる しんしやくせ
鬢髮_一也但於_二法師罪科_一者當_二其時_一可_レ被_二斟酌_一
もとゞり かみげ や たん お のり もかく つみ とか しや とう こ じ か ひ はかる くみ

 いへども たまふ とどの めしふみを さる さんしやうせ とがの こと
一雖_レ給_二度々召文_一不_二参上_一科之事
 すい きう たび〳〵 てう ぶん す まいる かみ くわ し

みぎ ついて そぜうに つかはし めしぶみを およんで さんがとに ず さんけつせば そにん あり
右就_二訴状_一遣_二召文_一及_二 三ケ度_一不_二参決_一者訴人有_二
う てん うつたへ かたち けん てう ぶん ぎう みつ こか たび ふ まいり すむ もの うつたへ ひと

【右丁】【上段】
所従(しよちう)   わが内にてめし
      つかふもの也
馬(むま)
【馬の図】
牛(うし)
【牛の図】
糺返(きうへん)   たゝしかへす也
相論(さうろん)   両方より
      あらそふ也
往昔(むかし)   すぎさりたる
      さかい
新儀案(しんきあん)  あたらしくた
      くみたる也
古文書(こもんしよ)  ふるきかこ
      もの也
【下段】
り は ちきに べし らる さいきよせ そじん なく り ば また へし たまふ たにんに たゝし いたつて しよちう むま
理者直可_レ被_二裁許_一訴人無_レ理者又可_レ給_二他人_一也但至_二所従馬
ことはり しや なをし か ひ たち もと うつたへ びと む ことはり ゆふ よし きう ひと にん たん きつ ところ したかふ は

うし ならひに さうもつ とうに は まかせ いんじゆに られ きうへんせ べし らる つけ ぢしやの しゆりに なり
牛幷雜物等者任員数被_二糺返_一可_レ被_レ付_二寺社修理_一也
ぎう へい ませ ふつ ら にん かす かず ひ たゝし かへさ か ひ ふ てら やしろ おさめ なす

 あらためて ふるき さかひを いたす さうろんを こと
一改_二舊境_一致_二相論_一事
 かい きう けい し あい あらそふ

みき あるいは こへ わうじやくの さかいを かまへ しんぎの あんどを さまたげ これを あるいは かすめ きんねんの
右或越_二往昔之境_一構_二新儀案_一妨_一之或掠_二近年之
う わく ゑつ むかし これ けい かう あたらし のり つくろふ はう の まとふ けい ちかき とし

れいを さゝけ ふるき もんしよを ろんす これを いへとも ずと あつかり さいきよに なき させる そん か ゆへ
例捧_二古文書_一論_レ之雖不_レ預_二裁許_一無_二指損_一之故
いつも ほう こ ふみ しるす あらそい ゆく すい ふ よ たちめ ゆるす む し やふれ これ こ

まうあくの ともから やゝもすれは くわだつ ほうそを せいはいの ところ あらず なきに その わつらい じ
猛悪輩動企_二謀訴_一成敗之處非_レ無_二其煩_一自
たけき あくき はい とう き はばかり うつたへ なり やぶる ゆく しよ ひ む こ ほん みづから

【左丁】
【上段】
境(さかい)相論(さうろん)
【境界線を挟んで罵り合う双方の人々】
猛悪(まうあく)   はけしくあし
     きとかむその
にんのごとくこぶんあたをする也
謀訴(ばうそ)   はかりことをなし
     たくみてそせう
をいたすいたつらと也
実検(しつけん)   さかいを見せに
     やる人也いまの
世にはたゝけんしともいふ
糺明(きうめい)   たゞしあきらむる也
傍官(はうくわん)  はうばいの事也
一向(いつかう)   ひとむきの仕度
     なり
【下段】
こんいこ つかはし じつけんしを きうめいし ほんせきを たる ひ この そせうは あいはからい こへ さかいを ろん
今以後遣_二実検使_一糺-_二明本跡_一為_二非據訴訟_一者相-_二計越_レ境成_レ論
いま もつて のち けん まこと みる つかい たゝし あきらめ もと あと い あらす よる うつたへ さう けい ゑつ けい なる あらそい

ふんげんを さきわかち そにん れうち の うちを へき らる つけ ろんにん の かたに なり
分限割-_二分訴人領地_一之内可_レ被付_二論人之方_一也
わけ かきり わる ぶん うつたへ ひと れい つち これ ない か ひ ふ あらそふ ひと じ はう

 くわんとう こけにん まうし きやうとに のぞみとる はうくわん しよれう うはつかさを こと
一 関東御家人申_二京都_一望-_二捕傍官所領上司_一事
 せき ひがし をん いへ ひと しん けい みやこ はう ふ そは つかさ ところ とる かみ し

みぎ うたいしやうけの をんとき いつかふ られ てうじせ をはんぬ しかるに きんねん この かた くわだて じ
右右大将家御時一向被_二停止_一畢而近年以降企_二自
う ゆふ おゝい まさ いへ こ じ いつ むかふ ひ とゝめ とゝむ ひつ て ちかき とし もつて くたり き より

ゆふ の のぞみを あらす たゝ そむくに きんせいを
 せしむる およば けんくわに か じこん いご
由之望_一非_三啻背_二禁制_一令_レ覃_二喧嘩_一欤自今以後
よし これ ばう ひ てい はい いましめ いましむ れい たん かまひすし やかまし みづから こん もつて のち

をいて いたす らんまうを の ともがらに は へき るめさ しよれう いつ しよを なり
於致_二濫望_一之輩者可_レ被_レ召_二所領一所_一也
お し みだり のぞみ し はい しや か ひ てう ところ れい ひと ところ

【右丁】
【上段】
喧嘩(けんくわ)
【男三人ずつが睨み合う図】
村(むら)
【馬上の男が供と共に村の木戸口へ到る図】
【下段】
 せうぢとう をうはう しよれうない みやうしゆ しよくを
一惣地頭押-_二妨所領内名主職_一事
 つかさ つち かしら おし さまたけ ところ れい うち な ぬし つかさ

みぎ たまはる そうれうを の ひと せうし しよれうの うちに かすめ れう つく べつの むらを こと しよきやうの くはたて
右給_二惣領_一之人称_二所領内_一掠-_二領各別村_一叓所行之企
う きう つかさ れい し ひと となへ ところ つかさ ない けい れい をの〳〵 わかれ そん し ところ をこなふ き

がたし のがれ ざいくわ こゝに たまはりて へつの みくたしふみを いへとも たりと みやうしゆ しよく さうぢとう
難_レ遁_二罪科_一爰給_二別御下文_一雖_レ為_二名主職_一惣地頭
なん とん つみ とが ゑん きう わかれ をん げ をん すい い な あるし つかさ すべて つち かみ

もし うかゞい わうじやくの ひまを ある かぎり さたの ほか たくみ ひほう いたさ らんはうを ば
若伺_二尫弱之隙_一有_レ限_二沙汰_一之外巧_二非法_一致_二濫妨_一者
にやく にん まかる よはし これ げき ゆふ けん ひろく ひろしの くわい こう あらす のり し みたり さまたけ しや

へし たまふ へつなふの をんくだしふみを めいしゆに なり めいしゆ また よせ ことを さ
可_レ給_二別納之御下文_一於名主也名主又寄_二事於左
か きう わかる おさめ これ み した もん お みやう ぬし や な あるし ゆふ き じ お ひたり

うに す かへりみ せんれいを いはいせば ぢとうを ば へき らる あらため めいしゆ しよくを なり
右_一不_レ顧_二先例_一違-_二背地頭_一者可_レ被_レ改_二名主職_一也
みぎ ふ くわん まつ いつも たかふ そむく つち かしら しや よし ひ かい な ぬし つかさ や

【左丁】
【上段】
尫弱(わうしやく)   むかふによわめの
      有をいふ
【対峙する二人の図 間の若者が持つのは各々の訴状か】
公平(くひやう)   私の少もなき
      事なり
僧徒
【駕籠の主に付き従う人々の中の僧侶】
【下段】
 くわんしやく しよまふの ともがら まうしうくる くわんとう ごいつかうを こと
一官爵所望輩申-_二請関東御一行_一事
 つかさ すゝむ ところ のそみ はい しん しやう せき ひかし をん ひとつ をこなふ

みき るゝ めさ せいこうを の とき るゝ しるし もうさ しよまふにんを ば すでに これ ぐひやう なり
右被_レ召_二成功_一之時被_レ注-_二申所望人_一者既是公平也
う ひ てう なる つくす これ じ ひ ちうしん ところ のそみ ひと もの がい ぜ こう たいらか や

よつて あらす さたの かぎりに ために しやうしんの まうす きよしやうを こと す ろんぜ きせんを
仍非_二沙汰之限_一為_二昇進_一申_二挙状_一事不_レ論_二貴賤_一
い ひ ひろく まもる し げん い のほり すゝむ しん あくる かたち じ ふ あらそは たうとく いやし

いつかうに べし ちやうじせ これを たゝし まうす しゆれうを けんひいじを の ともがら をいて たんに り
一向可_二停止之_一但申_二受領検非違使_一之輩於為_二理
ひたすら か とゝめ やむの たん しん うくる れい みる あらす たがふ つかい これ ばい お ため ことわり

うん は いへども あらすと をん きよしやうに たゞ ある ごめんの よし か さる おゝせくだ か かねて
運_一者雖_レ非_二御挙状_一只有_二御免_一之由可_レ被_二仰下_一欤兼
はこぶ もの すい ひ こ あくる ふみ き う をん ゆるし これ ゆふ か ひ かう げ  けん

また しんちよの ともがら きんねん めぐり きたり よくせ てうをんに ばあらす せいの かぎりに
又新除之輩近年廻来浴_二朝恩_一者非_二制限_一
ゆふ あたらし よけい これ はい ちかき とし くわい らい すゝく あした めぐみ しや ひ とゝむ けん

【右丁】
【上段】
受領(じゆれう)   □【當?】の守也とかくはす□【ゝ】
     むる也
朝恩(てうをん)   てんしの御をんと也
宿老(しゆくろう)
【供を従えた宿老に頭を下げる家臣】
ゑばつ
【衣鉢を整えて出家に臨む若者の図】
【下段】
 かまくらぢうの そうと ほしいまゝに あらそふ くわんゐを こと
一鎌倉中僧徒恣諍_二官位_一事
 もん そう うち よすて いたづら じ しやう つかさ くらい

みき よつて かういに みたる らうしをの ゆへ みたりに もとめ じゆうの しやうじんを いよ〳〵 そふ そう
右依_二綱位_一乱_二臈次_一之故猥求_二自由之昇進_一弥添僧
う い つな くらい らん らう つぎ こ くわひ ぎう みづから よし これ のほり すゝむ や てん よすて

かうの いんじゆを いへとも たりと しゆくらう ゆふちの かうそう る ■たき せうねん む
綱之員数雖_レ為_二宿老有智高僧_一被_レ越_二少年無
つな これ かず かず すい い やど としより ある ものしり たかき よすてひと ひ ゑつ すこし とし なき

さいの こうはいに すなはち これ かつうは かたふけ ゑはつの たすけを かつは そむける けうげうの
才之後輩_一艮【即】是且傾_二衣鉢之資_一且乖_二経教之
かしこし これ のち ともから うしとら ぜ たん けい ころも たい し すけ たん ばう たてよこ をしへ これ

きに もの なり じこん いご ず かうむり めんきよ しやうじんの ともがら たん じしや
儀_一者也自今以後不_レ蒙_二免許_一昇進之輩為_二寺社
のり しや や より いま もつて のち ふ まう ゆるし ゆるす のほり すゝむ これ はい い てら やしろ

ぐそう ば べし る ていはいせ かの しよく なり いふとも たりと おん きゑの そう をなし もつて
供僧_一者可_レ被_レ停-_二廃彼職_一也雖_レ為_二御帰依之僧_一同以
とも よすて もの か ひ とゝめ すて ひ つかさ や すい ため ご かへり よる し よすて とう い

【左丁】
【上段】
奴(ぬ)   下おとこをいふ
婢(ひ)   下女の事をいふ
奴(ぬ)
【掃き清める下男の図】
婢(ひ)
【井戸周りで洗い物をする下女の図】
逃脱(てうだつ)  にげぬける也
仁政(じんせい)  じひある事
未済(みさい)  みしんと同し
     ねんぐとゝこほり
押領(をうれう)  かすめとる事
【下段】
べし らる ちやうじせ これを この ほか ぼんりよは ひとへに をゝせて こめんの ひとに よろしく ある ふかんの いましめ
可_レ被_二停止_一之此外禅侶偏仰_二頻眄之人宜_レ有_二諷諫之誡_一
か ひ とゝむ やむの かく ぐわい さとる やつ へん かう かへりみる みやる にん き う よみ いさめ かい

 ぬび さうにんの こと
一奴婢雑人事
 やつご いやしき ましる ひと し

みぎ まかせ うだいしやうけの をんときの れいに なくその さた すぎ じうかねんを ば 
右任_二右大将家御時之例_一無_二其沙汰_一過_二拾箇年_一者
ゆふ にん みき おゝい まさ いへ ご じ これ いつも む ご ひろく まもる くわ じう つゝ とし しや

す ろんぜ りひを ず およば あらため さたに つきに ぬび しよせいの なんによの 事 ごとく
不_レ論_二理非_一不_レ及_二改沙汰_一次奴婢所生之男女事如_二
ふ あらそは ことはり あらす ふ きう かい ひろく まもる じ やつこ いやし ところ むまれ し おとこ をんな し によ

ほういの は いへども ありと しさい まかせ をなし をんときの れいに をとこは つけ ふに をんなは べし つけ はゝに
法意者雖有子細任_二同御時之例_一男者付_レ父女可_レ付_レ母也
のり こゝろ しや すい う こ こまか にん どう こ じ これ いつも なん しや ふ ふ にや か ふ ぼ

 ひゃくしやう てうさんの とき せうじ てうきと せしめ そんばう こと
一百姓逃散時稱_二逃毀_一令_二損亡_一事
 もゝ うぢ にけ ちる し となへ にけ そこなふ れい そこない ほふ

【右丁】
【上段】
百姓逃散
【村から逃げる百姓の図】
労功(ろうこう)
【労いを受ける家臣の図】
私曲(しきよく)   物ことわたくし
      なることをいふ
て人をそこなふ事也
【下段】
みぎ しよこくの ぢうみん てうだつの とき その れうしゆら せうし てうぎと よくりうし
右諸国住民逃脱之時其領主等称_二逃毀_一抑-_二留
う もろ〳〵 くに すむ たみ にけ のがる これ し ご つかさ ぬし とう となへ にけ そこなふと そも〳〵 とめ

さいしを うはい とる しさいを しよきやうの くはだて はなはた しんせいならす もし られん めしれつせ
妻子_一奪-_二取資財_一所行之企甚仁政若被召決
つま こを たつ しゆ たすけ たから ところ をこなふ これ き ぢん ひと まつりこと にやく ひ てう とぐる

の ところ あらば ねんぐ しよたうの みさい ば べし いたす その あたい すん しからば
之處有_二年貢所當未済_一者可_レ致_二其價_一不_レ然者
ゆへ しよ ゆふ とし みつぎ ところ あたる いまた すます もの か し こ しやう ふ ねん しや

はやく へし らる きうへんせ そんもつを たゝし をいて きよりうに は よろしく まかせ たみの こころに なり
早可_レ被_レ糺-_二返損物_一但於_二去留_一者宜_レ任_二民意_一也
さう か ひ たゞし かへ そこなふ もの たん お さり とゞむる は き にん みん い や

 せうじて たう ちぎやうと かすめたまはり たにんの しよれうを むさぼり とる しよしゆつものを こと
一稱_二當知行掠-_二給他人所領_一貪-_二取所出物_一事
 となう あたる しる をこない けい きう ひと ひと ところ れい どん しゆ ところ いて もの

みき かまへ むしつを かすめ れうしを しきもくの ところ をす かたし のかれ ざいくわに より をいて
右構_二無実_一掠領事式目所_レ推難_レ脱_二罪科_一仍於_二
ゆふ かう なし み けい つかさ こと わくる め しよ すい なん たつ つみ とか き お

【左丁】
【上段】
未段(みだん)   いまたことはらす
     とちのこと也
競望(けいもう)   きそひのそむ
     こと也
労功(らうこう)   しんらうすると
     いふこと也
所犯(しよぼん)   をかすところと
     かけりつみを
なすをさしていふ
罪状(さいしやう)   さいくわのことを
しるしたる事也
未定(みてう)    さためすと也
所為(しよい)    しわざなり
虎口(ここう)
【虎に立ち向かう二人の男、一人は弓をひき、一人は薙刀を振るう、異国の男達ヵ】
【下段】
をうれう ものは はやく へし せしむ きうへん いたつて しよれうに は へき らる もつしゆせ なり なくんは しよれう ば
横領者_一早可_レ令_二糺返_一至所領者可_レ被_二没収_一也無_二所領_一者
おし れい しや さう か れい たゝし かへし とう ところ れい しや か ひ つぶし とる や む ところ つかさ もの

へし らる しよせ をんるに つぎに もつて とうちぎやうの しよれうを なく させる ついで まうし たまはる あんどの
可_レ被_レ處_二遠流_一次以_二當知行所領_一無_二指次申給_二安堵
よし ひ ところ とをく なかす じ い まさに しる てたて ところ れい む さし じ しん きう やすし つち

をんくだしぶみを こと もし もつて その ついでを はしめて いたす しきよくを か じこん いご へし らる ちやうじせ
御下文_一事若以_二其次_一始致_二私曲_一欤自今以後可_レ被_二停止_一
み げ ぶん じ じやく い ご なみ じ し わたくし まかる より いま もつて のち か ひ とゝめ やむ

 はうばいの ざいくわ みたん いぜん きやうほうする かの しよたいを こと
一傍輩罪科未断以前競-_二望彼所帯_一事
 そは ともから つみ しな いまた ことはり もつて まへ くらべ のそみ ひ ところ をび

みぎ つむ らうこうを の ともがら くわたつる しよまうを は つねの ならい なり しかるに ある しよぼんの よし
右積_二労功_一之輩企_二所望_一者常習也有所犯之由
う しやく つかれ つくす これ はい き ところ のそむ もの じやう しゆ や て う ところ をかす ゆ

せしむる ふうぶんの とき ざいじやう みぢやうの ところ ため のそまる くたんの しよれう ほつする まうし しつめんと
令_二風聞_一之時罪状未定之処為_レ望_二件所領_一欲_二申沈_一
れい かせ きく これ じ つみ かたち いまだ さたまる し しよ い まふ けん ところ れい よく しん ぢん

【右丁】
【上段】
蜂起(ほうき)   はちなどの払
     とることく一とき
おこるをいへり
披露(ひろう)   ひろきあらわるゝ
     也
糺決(きうけつ)   たゝしあきらむ
犯否(はんふ)   をかすかおかさぬか
鬱憤(うつふん)   心のうちこめて
     いかる事也
渕底(ゑんてい)   そこまてしる方也
禁断(きんだん)   いましめことわる也
得替(とくたい)   かわりめの事也
前司(せんし)   まへのつかさと
      いふ事
私物(しもつ)   わたくし事也
重科(ちうくわ)
【斬首されんとする罪人の図】
【下段】
その ひとを の でうしよ いの むね あへて あらす しやうぎに ついて かの まうしでうに あら その さ
其人之條所為旨敢非_二正儀_一就_二彼申状_一有_二其沙
こ じん ゑだ ところ なす しい かん ひ まさ のり てん ひ しん かたち う ご すな

た ば ここうの ざんげん ほうき さる べから たゆ か たとひ つかい いへとも たりと
汰_一者虎口之讒言蜂起不_レ可_レ絶欤縦使雖_レ為_二
ひろく しや とら くち これ よはる いふ はち をこる ふ か ぜつ  しかし し はい い

りうんの そせう され られ しよやうせ けんじつの きやうもうを
理運之訴訟不_レ被_二叙用_一兼日之競望
ことはり はこふ これ うつたへ うつたふ ふ ひ しよ もちゆ かね び し くらべ のそみ

 さいくわの よし ひらうの とき す され たゞしけつせ かいたいの しよしよくを こと
一罪科之由披露時不_レ被_二糺決_一改-_二替所職_一事
 つみ とが これ ゆ ひらく つゆ し ふ ひ きう けつ あらため かわる ところ つかさ

みぎ なく きう けつ の ぎ あり ごせいばい は す ろんせ ほんふを さだめて
右無_二糺決之儀_一有_二御成敗_一者不_レ論_二犯否_一定
う む たゝし あらため のり う をん なる やふる もの ふ あらそは おかし いなや てい

のこさん うつふんを か ていれば はやく きはめ ゑんていを へし らる きんだん
貼鬱憤欤者早究渕底可被禁断
たい そ いきとをる もの さう きう ふち そこ か ひ いましめ ことわり

【左丁】
【上段】
不知行(ふちぎやう)   ちぎやうせさる所
      なりとてその證
文をそへてたのひとのかたへ
つげてやる事
寄附(きふ)    ひとのかたへつけ
      わたしてその人
その知行をあんとを
する事なり
追却(ついきやく)   人よりのちに
      知行せさる所
の事物を他へつかはし
たるふとゝきゆへついはう也
寺社(ぢしやの)修理(しゆり)
【境内で造営する大工達の図】
【下段】
 しよれう とくたいの とき せんし しんし さたの こと
一所領得替時前司新司沙汰事
 ところ とる ゑたり かわる より まへ つかさ あらた つかさ ひろし まもる

みぎ をいて しよたう ねんぐに は へし たる しんしの せいばい いたつて しもつ
右於_二所當年貢_一者可_レ為_二新司之成敗_一至_二私物
う お ところ あたる とし みつぎ しや か い あたらしき つかさ し なり やふる とう わたくし もの

ざうぐ ならびに しよじう むま うし とうに は しんし ず およば よくりうに いはんや らる あたへ
雜具幷所従馬牛等者新司不_レ及_二抑留_一况令_レ与_二
ませ つぶさ へい ところ したがふ ば ぎう ひとし もの あたらし つかさ ふ きう そも〳〵 とゞむ こう れい よ

ちじよくを  せんしに ば へき らる しよせ べつの くわたいを なり たゞし
恥辱於前司_一者可_レ被_レ處_二別過怠_一也但
はぢ かたじけなし おいて まへの つかさ しや か ひ ところ わかれ すき おこたり や たん

よりて ぢうくわに られ もつしゆ ば あらず さたの かぎりに
依_二重科_一被_二没収_一者非_二沙汰之限_一
ゑ おもき とが ひ つふし とる もの ひ すな もる し けん

 もつて ふちきやう しよれうの もんしよを きふする たにんに  
一以不知行所領文書寄_二附他人_一事 付
 い す しる をこない ところ つかさ ふみ かき よせ つけ ひとの ひと こと

【文末付けたり割書き部分】
もつて めいしゆしよくの ふれす ほんしよ
付以_二名主職_一不_レ觸_二本所_一

 きしん けんもん こと
 寄-_二進権門_一事

【右丁】
【上段】
賣買(はい〳〵)   はいはゆきて
      うるはいはいな
がらものをうる事也うり
かいにその知行をさし
てかくいふ也
相傳(さうてん)私領(しれう) 是はわが
      せんそより
たい〳〵あいつたへてもち
きたるところのしよれう
なり私領とはまたわか
一家のはたらきをもつて
かそうにとるところなり
又別の御をんとはやくれう
なとの事これはうりかい
むやうもの也
沽却(こきやく)
【天秤棒をかついだり、背負子をかついだりする売り人の図】
【下段】
みぎ じこんいご をいて きふの ともがらに は へし らる ついきやくせ その みをなり
右自今以後於_二寄附之輩_一可被追-_二却其身_一也
ゆふ より いま もつて のち お よせ つけ し はい しや か ひ をい かへりて ご しんを

いたつて うけとる ひとに は へし らる ぢしやの しゆりに つぎに もつて めいしゆしよくを す □
至_二請取人_一者可被_二寺社修理_一次以_二名主職_一不_レ令_二
たう しやう しゆ にん しや か ひ てら やしろ つくろふ ことはり じ い な ぬし つかさ ふ れい

しら ほんしゆへ きふする けんもんに こと しせん あり これ ごとき かくの やから は めし
知本所_一寄-_二附権門_一事自然有_レ之如_レ然之族者召_二
ち もと ところ よせ つけ けん もん し みつから しかり う の によ ねん そく もの てう

めいしゆしよくを へし らる つけ ぢとう なき ぢとうの ところ は べし らる つけ ほんしよ
名主職_一可_レ被_レ付_二 地頭_一無_二 地頭_一所者可_レ被_レ付_二本所_一
な ぬし つかさ へし ひ ふ つち かしら む つち かしら しよ しや か ひ ふ もとの ところ

 ばい〴〵の しよれうの こと
一賣買所領事
 かう かひ ところ つかさとる

みき もつて さうでんの しれうを ようやうの とき せしめ こきやくは さだまれる ほう なり しかるに
右以_二相傳之私領_一要用之時令_二沽却_一者定法也而
う い あい つたへ これ わたくし れい かなめ もちゆ し し もの うり かへりて もの てい のり や て

【左丁】
【上段】
所行(しよきやう)   そのうりかいする
      ことをいふとなり
制符(せいふ)    きんせいをきて
      をさしていふこと
ばなり此はつとをそむく
ものあらばうり人かい人
ともにつみなり
證文(しやうもん)   しやうこのかき物
      てかたなとの事也
理非(りひ)    とうりとむり
      とをいふ也
顕然(けんせん)   あらわるゝ事也
對決(たいけつ)   りやうたがいに
      あらそこをわけ
てきく事也
證文(しやうもん)
【評定の場で證文を読み上げる図】
【下段】
あるひは つのり くんこうに あるいは よつて きんらうに あづかる へつの こをんに ともがら
或募_二勲功_一或依_二勤労_一預_二別御恩_一輩
わく けん はけむ はたらき まとふ ゑ つとめ つかれ よ わくる をん めぐむ はい

ほしいまゝに せしめ ばい〴〵の でう しよぎやうの むね あらす なきに その とが じ
恣令_二賣買_一之条所行之旨非_上無_二其科_一自
し れい うり かい これ ゑだ ところ ゆく し い ひ む ご くわ より

こんいご たしかに へし らる てうしせ なり もし また そむき せいふを せしめは こきやく
今以後慥可_レ被_二停止_一也若又背_二制符_一令_二沽却_一
いま もつて のち そう か ひ とゝめ やむ や じやく ゆふ はい かぎり くばる れい うる あし

ば いひ うりひとゝ いゝ かふひとゝ ともに もつて へし らる しよせ ざいくわに
者云_二賣人_一云_二買人_一共以可_レ被_レ處_二罪科_一
もの くん ばい にん いはゝ ばい しん 〳〵 い か ひ ところ つみ とか

 りやうほうの せうもん りひ けんせんの とき ぎすか とげんと たいけつを こと
一両方證文理非顕然時擬_レ遂_二對決_一事
 ふたつ かた たゝしき ふみ ことはり あらず あらわれ しかる し ものいゝ つい むかふ さたむる

みぎ かの この しやうもん りひ げんがくの とき いへとも す とげ たいけつを
右彼此證文理非懸隔之時雖_レ不遂_二對決_一
う ひ し たゝしき ふみ ことはり あらず かたる へたて し じ すい ふ つい むかふ さたむ

【右丁】
【上段】
天(てん)
【天にある太陽と月の図】
懸隔(けんかく)
此けんかくには
地の圖をあらわ
す事あやまれ
りされともけん
の元につうじて
けんこんのけんか
しかればそのけんは
乾(けん)これいぬい
といふ字なる
にとつて天の
字のこゝろ也
懸隔(けんかく)の違(たかい)をあらわす
隔(かく)に地
をさす事
地は天と
さる事
とをし
かるが
ゆへに
大きに
へたて
るの
ことはり
なれは
なり
地(ち)
【海上の船に対する陸地の図】
【下段】
ちきに へき ある せいばい か
直可_レ有_二成敗_一欤
なをし は ゆふ なり やふる

 らうせきの とき ず しら しさいを いでむかふ その にわに ともがらの こと
一狼藉時不_レ知_二子細_一出-_二向其庭_一輩事
 おほかめ ふだ じ ふ ち こ こまか しゆつ かふ ご てい はい

みき をいて どうい よりきの とがに は ず およば しさいに いたつて その きやうぢうに は かねて
右於_二同意与力之科_一者不_レ及_二子細_一至_二其軽重_一者兼
う お おなじ こゝろ くみ ちから これ くわ もの ふ きう こ こまか とう こ かろし おもし しや けん

がたし さだめ しきでうを もつとも べき よる じきに か ために きかん じつふを ず しら
難_レ定_二式條_一尤可_レ依_二時宜_一欤為_レ聞_二実否_一不_レ知_二
なん てい こゝろみ ゑた ゆふ よし ゑ とき よろしき い もん まこと いなや ふ ち

しさいを いでむかは その にはに ば ず およば ざいくわに
子細_一出-_二向其庭_一者不_レ及_二罪科_一
こ こまか しゆつ かふ ご てい しや ふ ぎう つみ とかに

 たいし もんじやう みげうしよを いたす らうぜきを こと
一帯問状御教書致_二狼藉_一事
 をび とい ふみ をん をしへ かき し おゝかめ ふた し

【左丁】
【上段】
其庭(そのには)   そのばの事也
同意(どうい)   こゝろを合せて
     との事也
与力(よりき)   ちからを合せて
     くみする事也
式條(しきでう)  のりはつとの事
     たゝし此條目を
さしていふこともあり
問状(もんしやう)御教書(みげうしよ)  そせう人の
申ことにつきてそのあい
てのかたへへんたうを申
付そのうへにて申事を
とる是をもん状といふ
みげう書はそのくじの
さいき【よ脱】の次第をかき付
わたす事
定例(てうれい)  さたまりたるつね
     のれうほうをいふ
姧濫(かんらん)  かたましくみたる
     なり
僻事(ひがこと)  とうりにあらざる
     むりをあらそい
いふ事也
評定(ひやうじやう) よりあいことをひやう
     きしてさたむる也
決断(けつだん)  りかりひかひと
     りひとりにわけ
あらわすことのわかち也

【下段】
みぎ ついて そじやうに さるゝ くだ もんじやうを は でうれい なり しかるを もんじやう
右就訴状被下問状者定例也而問状
ゆふ てん うつたへ ふみ ひ げ とい かたち しや さたまる いつも や て とふ かたち

いたす らうぜきを こと かんらんの くはだて がたく のがれ ざいくわ
致_二狼藉_一事姧濫之企難_レ遁_二罪科_一
し おゝかめ ふだ し ねたむ みだり ゆく き なん とん つみ とが

ところ まうす たり けんぜんの ひがこと ば たまふ もんじやうを こと
所_レ申為_二顕然之僻事_一者給_二問状_一事
しよ しん い あらわれ しかり これ へき じ もの きう とふ かたち し

いつさいに べし らる ちやうじ
一切可_レ被_二停止_一
ひとつ きり か ひ とゞめ やむ

  きしやう
  起請
  おこす うけ

   ごひやうでうの あいだ りひ けつだんの こと
   御評定間理非決断事
   をん はかり さため けん ことはり あらす さたむ ことはり

【右丁】
【上段】
決断(けつだん)
【裁許を申渡す図】
起請(きせう)   これはゑこひいき
     いたすましきと
たかいのしんふくをあらわし
もしさための申あわせ
たがいなば此かみ〳〵のはつ
にてたちところにそのわけ
あいしりとうりをあらわし
わたくしなからんためにかき
しことなり
愚暗(ぐあん)   くちむちにてり
     はつになきこと
ひげのことはなり
了簡(れうけん)  ところをずいぶん
     よくかんかへわき
まふる也
旨趣(しいしゆ)  こころのおもむき
相違(さうい)   あいちかふこと也
【下段】
みぎ ぐあんの み よつて れうけんの ざるに およば もし しいしゆ
右愚暗之身依_二了簡_一之不_レ及若旨趣
ゆふ をろか くらし これ しん ゑ さとる さとる ゆく ふ きう じやく むね おもむき

さういの こと さらに あらす こゝろの ところに まがる その ほか あるひは して ひとの
相違事更非_二心之所_一_レ曲其外或為_二 人之
あい ちかい じ ふけ ひ しん これ しよ きよく ご ぐわい わく い にん

かたうど なから しり とうりの むねを せうし まうし りの よしを また なして
方人_一乍_レ知_二道理之旨_一称-_二申無理之由_一又為_二
はう にん たちまち ち みち まさに これ うけとふ となへ しん なし ことはり し ゆ ゆふ なす

ひきよの ことを かうじ ありと しやうぜきの ために さらん あらはさ ひとの たんを なから
非據事_一号_レ有_二證跡_一為_レ不_レ顕_二 人之短_一乍
あらす よんどころ わさ なづく ゆふ たゝす あと なす ふ けん しん の みちかし たちまち

しめ しら しさいを つきて ぜんあくに ざる もうさ もの いと と じ さうゐし
_レ令_レ知_二子細_一付_二善悪_一不申者意与_レ事相違
れい ち こ こまか ふ よし あし ふ しん しや こゝろ あたふ こと あい ちがふ

ごにちの ひびやう いできらんか をよそ ひやうでうの あいだ をいて り
後日之誹繆出来欤凡評定之間於_二理
のちの ひ これ あやまり あやまる しゆつ らい ほん たゝす さため これ けん お ことわり

ひに は ず べから ある しんそ ず べから ある かうを たゞ どうり
非_一者不_レ可_レ有_二親疎_一不_レ可_レ有_二好悪_一只道理
あらず もの ふ か う したしき うとき ふ か ゆふ よし あし たん みち ことはり

【左丁】
【上段】
人之短(ひとのたん) たんさいとてはち
     あらざるやうにいわん
とはちへさいかくなきと也
親疎(しんそ)   したしくうとき
     といふことはり評
定の義はりひにをいて
わたくしなくこれはむつまし
きぞうときそとへだて
なくをほやけにすべしと也
親疎(しんそ)
【親しく語らう二人と、疎遠な一人の図】
梵天(ほんでん)  しんせんのてう上
     にすみたまふかみ
の居所
四大天王      東方ぢこくてん
          南方ぞうちやう天
さいはうにくわうもくでん
北方にたもんでんなり
【下段】
の ところ をす しんぢうの そんじ ず はゞかり はうばいを ず おそれ けん
之処推心中之存知不_レ憚_二傍輩_一不_レ恐_二権
これ しよ すい こゝろ うち ゆく ながらへ しる ふ たん かたはら ともがら ふ けう かりに

もんを べき いだす ことばを なり ごせいばいの こと せつに これを でう〴〵 たとい いふとも 
門_一可_レ出_レ詞也御成敗之事切_レ之條々縦雖
かど か しゆつ し や をん なる やぶる これ じ きる の ゑだ たん すい

ずと たかは だうりに いちどうの けんほう なり あやまつて いふとも るゝ をこなは ひ
_レ不_レ違_二道理_一一同之憲法也誤雖_レ被_レ行_二非
ふ い みち ことはり ひとつ おなし これ のり のり や き ご すい ひ ぎやう あらす

きよに いちどうの をちど なり じこん いご あいむかい そにん に
據_一 一同之越度也自今以後相-_二向訴人幷
よるところ ひとつ おなじ これ ゑつ たび や みづから いま もつて うしろ さう かう うつたへ ひと へい

その ゑんじやに じしんの もの いふとも そんすと だうりを はうばいの うち
其縁者_一自身者雖存_二道理_一傍輩之中
ご ふち もの より み しや すい ながらふ みち まさに はい ともがら ゆく なか

もつて そのひとの せつを いたす いらんを の よし あり その きこへ ば をのれ あらす
以_二其人之説_一致_二違乱_一之由有_二其聞_一者己【已】非
い ご にん し とく ち ちがふ みだれ これ ゆ う ご ぶん しや い ひ

いちみの ぎに ほとんど のこさん しよにんの あさけりを もの か かねて また よつて なきに
一味之儀殆胎_二諸人之嘲_一者欤兼又依_レ無_二
ひとつ あぢわい し のり たい はい もろ〳〵 ひと てう しや  けんゆふ い む

【右丁】
【上段】
伊豆(いづ)
はこ

【それぞれの旅人の図】
【下段】
たうり ひやうでうの にわに るゝ きちせうの ともから をつその とき
道理評定之庭被_二棄置_一之輩越訴之時
みちの ことはり はかり さだむ これ てい ひ すて をく し はい こす うつたへ これ じ

ひやうでうしゆの うちに られ かきあたへ いつかうを ば じよの はかりこと みな
評定衆之中被_レ書-_二與一行_一者自餘之計皆
はかり さたむ もろ〳〵 これ ちう ひ しよ よ ひとつ おこない しや みつから ほか けい かい

ぶたうの よし ひとり にん るゝに ぞんせ これを か でう〴〵 しさい ことく かくの
無道之由獨似_レ被_レ存_レ之欤條々子細如此
なし みち これ ゆ どく し ひ ながらへ の ゑだ し こまか によ この

もし いふとも たりと いちじ ぞんじ きよくせつを せしめ たがは ば
若雖_レ為-_二 一事_一存_二曲折_一令_レ違者
じやく すい い ひとつ こと ながらへ まかる をり れい い もの

ぼんでん たいしやく しだい てんわう さう につほんごく ちう ろくぢう
梵天帝釋四大天王惣日本國中六拾
きよき そら みかど とく よつ おゝい あま きみ つかさ ひの もと くに うち むつ ひろふ

よしう だいせうの じんき ことに いづ はこね りやうしよ ごんげん
餘州大小神祇殊伊豆箱根兩所権現
あまり くに おゝき ちいさし てんのかみ ちのかみ しゆ これ まめ たう こん ふたつ ところ かりに あらわる

みしま だいみやうじん はちまん だいほさつ てんまん だいじざい
三嶋大明神八幡大菩薩天満大自在
みつ とう ふとく あきらめ みたま やつ はた おゝい あまねく すくふ おゝそら みつる おゝし みつから ある

【左丁】
【上段】
後堀川院(こほりかはのいん)
【後堀河院に上奏する者の図】
【下段】
てんじん ふるい けんぞく しんばつ めうばつ をの〳〵 へき
天神部類眷属神罰冥罰各可_二
あま がみ つかさ たぐい かしづく たとい みたま つみする くらさ つみ かく よし

まかり かうむる もの なり よつて きしやう ことし くだんの
罷蒙_一者也仍起請如件
やむ もう しや や せう をこす うけ によ けん

  ていゑい ぐわんねん 
  貞永元年七月十日

   さいとうひやうへ    しやみ   しやうゑん
   斉藤兵衛        沙弥     浄圓
  つきふじつわものまもる いさごいよ〳〵 きよきまどか

   さとうみんぶの たゆふ
   佐藤民部太夫
   すけ ふじ たみ つかさ おゝい それ

       さがみのだいぜうふしわらのなりとき
       相模大掾藤原業時
   さう うつす おゝ たくわん とう げん ぎう じ

   おゝた みんぶの たゆふ
   太田民部太夫
   おゝの でん たみ つかさ おゝ すけ

       けんはんのせう みよしの やすつら
       玄蕃允三善康連
    くろし つかい さくわん みつ ぜん かう れん

   ごとう さどの ぜんじ
   後藤佐渡前司
   のち ふじ たすけ わたす まへの つかさ

  さへもんの せうじやう ふじわらの あそん もとつな
       左衛門少尉藤原朝臣基綱
  ひだり まもる かど すこし やから とう もと あした とみ き かう

【右丁】
【上段】
貞永(ていゑい)  人王八十五代
後堀川のいんの御宇
の年号(ねんがう)なり此としより
宝永五子のとしまでに
四百七十七年になりる也
【正月の挨拶、門飾りの図】
【落書き「まつをたてめれたいよ」】
【下段】
  さとう みんぶの たゆふ
  佐藤民部太夫
  にかいだう みんぶの たゆう トモ
  二階堂民部太夫

           しやみ       ぎやうねん
           沙弥        行燃
           いさこ いよ〳〵  ゆく しかり

  やの つしまの ぜんじ
  矢野對馬前司
  やの けき たゆふ トモ

           さんゐ みよしの あそん ともしげ
           散位三善朝臣倫重
  ちらし くらい さん せん さう しん りん ひとへ

  まちの   かがの かみ みよしの あそん やすとし
  町野    加賀守三善朝臣康俊
  てう や  くわへ よろこふ まもる みつ あかなし
        あさとみかうしゆん

  をきの にうだう
  隠岐入道
  にかいどう をきの にうだう トモ
  二階堂隠岐入道トモ

        しやみ      きやうさい
        沙弥       行西
        すな や     おこなふ にし

  なかでう
  中條
  ちう ゑだ

    さきの ではのかみ ふしわらの あそん いへなが
        前出羽守藤原朝臣家長
まへいつる はひ しゆ とう もと てう しん や てう

  みうら
  三浦
  さん ほ

    さきの するがのかみ たいらの あそん よしむら
        前駿河守平朝臣義村
 まへ しゆん かわ まもる へい あさ しん ぎ そん

  せつつのかみ
  摂津守
  すくふ むら まもる《割書:名字(みやうじ)|なし》

    せつつのかみ なかわらの あそん もろかず
        摂津守中原朝臣師員
  すくい むら しゆ うち もし てう しん し いん

【左丁】
【上段】
【正月風景―年始、遊び、萬歳の図】

【下段】
  ほうでう
  北條
  きた ゑだ

    むさしのかみ たいらの あそん やすとき
        武蔵守平朝臣泰時
 たけし くら まもる ひら てう しん うや〳〵し じ

  ほうでう
  北條
  きた ゑだ

    さがみのかみ たいらの あそん ときふさ
        相模守平朝臣時房
  あい うつす しゆ へい あさ とみ より〳〵 ふさ

この しよは すなはち ばんだい ふえきの ほう なり かるがゆへに くわへ せいけ
此書迺萬代不易之法也故加_二清家
かく かきもの まに〳〵 よろつ よ す かわら これ のり や こ か きよし いへ

の てんを もつて かさねて ちりばむ しよ しに けだし して ためと かの ぐもうの
之點_一以重鋟_二諸梓_一矣蓋為_二俾夫愚蒙
し もく い ちう まん もろ〳〵 あづさ いへり ふた ため いやし それ をろか かうむる

ともがら やすからしめんと よみ なり いやしくも やすき よみ ときんば つうず りに すみやかに つうずる
輩_一易讀也苟易讀則通_レ理速通
はい ゑき とく や まことに かわる とく すなはち とをる ことわり そく とをす

りに ときは をかす ほうを もの やゝ すくなし あに あらず しだうに せう ほに
理則犯_レ法者稍少豈非_二師道少補_一
ことはり のり ぼん のり もの けづる せう き ひ もろ〳〵 みち すこし をこない

や そも〳〵 さとに あり せんせい そんゆうの ふうし て じしゆ
乎抑郷有_二先生村有夫子_一而時習
か よく ごう う さき むまれ むら ある かの ひと て ときに ならふ

【右丁】
【上段】
【清家の点を施す公家の図】
清家點(せいかのてん)
清家の秘点とは
日本の有職は
堂上にありて
堂上の点は地下
よみてんとのちかい
秘したるよみ
あり地かは
これをしらす
【下段】
の がく ひびに あらたなり よ むしろ せん これを や はくかの
之学日々新予寧為之哉博雅
これ まなぶ にち じつ しん われ ねい ため の かな ひろく まさ

くんし こいねがわくは りう さつせん ことを
君子庶幾諒察焉
きみ こ そ き さとり みる いつくんぞ

  じゆ しいか かう たいし けん さん はかせ をつぎの すくね これはる
  従四位下行大史兼算博士小槻宿祢伊治
  したかふ よつの くらい した おこなふ おゝ つかさ かね かそへ ひろき さふらい せう つけ やど もと い ち

當(たう)式目の類書(るいしよ)繁多(はんた)なりといへども日々に新(あらたにする)にするの
断(ことわり)は湯盤(たうはん)の銘文(めいもん)なればそれにたよりて粗(ほゞ)其(その)闕(けつ)
略(りやく)を補(をきない)出す物なりし寔(まことに)寸志を顕(あらたに)す穴賢(あなかしこ)

    武江書林 大傳馬三町目鱗形屋
正徳三癸巳五月吉日 林鶴堂 山野孫兵衛新板

【裏表紙、文字無し】

東海道往来

【表紙】
【資料整理ラベル 横書き】
日本近代教育史
  資料
291.09
To28

【上段横書にて】
金澤八景歌
【中段】
  洲崎(すさきの)晴嵐(せいらん)
にきはへるすさきの里の朝けふり
はるゝ嵐にたてる市人

  小泉(こいつみの)夜雨(よるのあめ)
かちまくらとまもる雨に袖かけて
なみたふる江のむかしをそ思ふ

  称名(せうめうの)晩鐘(ばんりやう)
はるけしな山の名におふかね沢の
霧よりもるゝ入あひのかね

  野島(のじまの)夕照(せきしやう)
夕日さす野島の浦にほすあみの
めならふ里もあまの家〻
【下段】
  瀬戸(せとの)秋月(あきのつき)
よるなみの瀬戸の秋風小夜更て
千里の沖にすめる月影

  乙艫(おつともの)帰帆(きはん)
沖つ舟ほのかにみしもとるかちの
をともの浦にかへる夕なみ

  平潟(ひらかたの)【𭲧】落雁(らくがん)
跡とむる真砂にもしの数そへて
しほの干潟に落る雁かね

  内川(うちかわの)暮雪(ほせつ)
木かけなく松はうもれてくるゝとも
いさ白雪のみなと江の空

【左頁】
【上段】
東海道名取
名物駄賃増

日本橋《割書:二|里》《割書:本 百二十六文|から 七十九文|人 六十一文》

橋より大木戸まて兩側
町名所名功すくなからす
大木戸より品川入口まて
高な八十八丁にしてかワ也

品川 《割書:二|里|半》 《割書:百四十七文|九十五文|七十三文》

右に海安【晏】寺もみち□【あ?】り
名物 海苔 芝さか□【な?】
鈴の森 大森 和中□□四軒
かまだ 麥わら細工品〻
六郷 舟わたしなら茶

川崎 《割書:二|里|半》 《割書:百四十七文|九十五文|七十三文》

左に大師河原の跡あり

【下段】
東海道(とうかいどう)往来(おうらい)
都(ミやこ)路は五十(いそじ)餘(あま)りに
みつの宿(やど)時(とき)得(ゑ)て
咲(さく)や江戸のはな










【上段】
つるみ橋よねまんぢう
なま麥 子やす

かな川 《割書:一里|九丁》 《割書:六十四文|四十二文|三十三文》

本覚寺より黒薬□る
しミづ山此■より名
を取る○人穴といふ穴
二ツあり○追わけあり

程がや 《割書:二里|九丁》 《割書:百四十文|九十文|六十九文》

ごんだ坂○しなの坂
武州相州さかい木
右に大山道○左に鎌?倉道

戸塚 《割書:□【空白か】里|三十丁》 《割書:百十六文|七十五文|五十七文》

八まん町 あふ坂 白土坂
はら宿 左に玉なハ【玉縄】見ゆ
右に遊行寺 道場坂
【左頁上段】
藤沢 《割書:三|里|半》 《割書:二百十一文|百三十五文|百五文》

左江のしま道○三州あり
白はた明神○大山道
高すな左小松はら也
なんごの茶や○馬入川

平塚 《割書:卄|六|丁》 《割書:四十四文|三十文|二十三文》

花水はし 高らい寺山
もろこしが原 けはい坂
右にそうがやしきあと

大磯 《割書:四|里》 《割書:二百六十文|百七十文|百三十文》

しきたつ沢○□いそ
切通し 切られ地蔵有
塩見橋此右に二宮村
藤巻寺あり○梅沢
あつま社○右に大山道

【右頁下段】
浪静(なミしつか?)なる品(しな)川や
頓(やが)てこゑ来(く)る
河崎(かハさき)の軒端(のきば)並(ならふ)る
神奈(かな)川ははや
【左頁下段】
程谷(ほとがや)のほともなく
暮(くれ)や戸塚(とつか)に宿(やと)る
らん紫(むらさき)匂(にほ)ふ藤沢(ふしさハ)の
野(の)も瀬(せ)につゝく



【上段】

【右頁】
右に曽我中村あり
かうづ【国府津】足がら越の道
酒匂かちわたり一色

小田原 《割書:四り|八丁》 《割書:六百廿一文|四百十四文|三百十一文》

右に城あり○ういらう
たゝき梅漬てうちん
左にあたミ道三枚橋
まんちう○?湯元ひき物
右に七隠?泉道 長興【𪥌】山
早雲寺かしの木さるすへり
てうし口?城見ず○はた
右に権現道湖水のはた

箱根 《割書:三リ|二十|八丁》 《割書:六百二十四文|四百十六文|三百十二文》

御関所○さんセう魚
ちうは?ら有○かぶと石
山中城跡○さゝワらに一杯
の墓右ににら山城跡
玉浪?見ゆる○つかはら
左に伊豆の田畑見ゆる
【左頁】
三島 《割書:一里|半》 《割書:九十五文|六十三文|四十八文》

右に三嶋明神社あり
千貫樋○伊豆相模○城
三しま暦出?○きせ川

沼津 《割書:一里|半》 《割書:八十八文|五十七文|四十四文》

江尻へ?七リの舟あり○ぬき
凡葱?□子出る○三まいはし
の城跡○千本の松はら

原 《割書:三里|六丁》 《割書:百七十四文|百十三文|八十四文》

右に興【𪥌】国寺の城跡あり
うき嶋○原○かしは原
かごゆき○大野新てん【新田】
冨士山の正面なり

吉原 《割書:ニ里|三十丁》 《割書:二百四文|百廿九文|百文》

右に善徳寺道酢の名物
右に冨士大宮口へ道あり

【下段】

【右頁】
平塚(ひらつか)も元(もと)の【濃】哀(あハれ)に
大磯(おほいそ)か蛙(かハづ)鳴(なく)なる小(を)
田原(だハら)ハ箱根(はこね)を越(こへ)て
伊豆之(いつの)海(うミ)三嶌(みしま)の
【左頁】
里(さと)の神楽(かぐら)きや宿(やど)ハ
沼津(ぬまづ)の菰(まこも)くさ
さらても原(はら)の露(つゆ)
はらふふしの?【農?】根(ね)


【上段】
【右頁】
本市場名物白酒
右方厚原に曽我社有
名所に位得石塔有
冨士川○岩渕栗こ餅
右に身延道○中の郷?

蒲原 《割書:三|十|丁》 《割書:六十二文|四十二文|三十一文》

ゆいまて家つヾきなり
左ハ塩はまなり
ひるさハ【蛭沢】川○かんざハ【神沢】川
【絵】

【左頁】
油井 《割書:二リ|十六|丁》 《割書:二百十三文|百三十八文|百七文》

此磯?辺おきつの辺まて
田子の浦○ゆい川かち
くミすあワびさじい名物
さつた【薩埵】山おきつか?り同川
此右の奥崖?くい?茶□【出?】る

興【𪥌】津 《割書:□【一?】リ|九丁》 《割書:六十一文|四十二文|三十文》

淸見寺□□ミか関の跡
□う薬?え?は○つりとの浜?
細井松原○三保松原見ゆ

江尻 《割書:二リ|廿七|丁》 《割書:百五十六文|百四文|七十五文》

左に湊?□【迄?】久能道有
三保松原へ□迄?□【の?】舟一里
左に草なぎ社道あり
右に大内くハんをん山あり

府中 《割書:一|里|半》 《割書:百十一文|六十九文|五十四文》

【下段】
【右頁】
近(ちか)き吉原(よしハら)と友(とも)ニ
語(かた)らん蒲原(かんバら)や
休(やす)らふ油井(ゆゐ)の宿(やど)
なるをおもひ興(をき)【𪥌】
【左頁】
津(つ)に燒(やく)しほの
後(のち)は江尻(ゑじり)のあさ
ほらけ【朝ぼらけ】けふは
駿河(するが)の國府(こくふ)を

【上段】
御城右方也■■■
浅間社ありしつはた
篭?さいく万【よろず?】さし物合羽
二丁町ハ遊女?町なり左
みろく【弥勒】あべ川かち【徒?】○仝餅?【あべ川餅?】
右に凩の森【木枯森】手ごし【手越】

鞠子 《割書:二リ|九丁》 《割書:二百四文|百二十一文|百二文》

■んつれとろゝ汁 名物
丸?子はしより右へ六丁行
柴屋寺あり吐月峯
二つの山つたの細道ハ左
じ□へし又?釜のは?左有
十だんご○■ににしだ■し

岡部 《割書:一里|二十|九丁》 《割書:百十五文|七十一文|五十五文》

朝いな川【朝比奈川?】○左にかりやと町
八まん朝いな岡部【阝】の氏神
八まん橋左方田中への
御成道並松あり鬼島
水?もり?あぶミがかち
くハんをん山
【左頁】
藤枝 《割書:二里|九丁》 《割書:百六十五文|百九文|七十九文》

左へ田中城迠二十六丁
川原町に蕨?餅あり
右にゑ?ほし岩見山?瀬?戸川
染飯○二けんや三けんや
嶋田がふ?ち かゞミが池

島田 《割書:一|里》 《割書:百六十一文|百四文|七十五文》

大井大明神右に有水神
大井川改?■のさかい也

【下段】
【右頁】
行(ゆく)暮(?れ)に数(かす)ある
鞠子(まりこ)とはわたる
岡部(おかべ)の蔦(つた)のミ地
千(ち)と勢のまつは
【左頁】
藤枝(ふしえた)とよしや
嶋田(しまだ)の大井(おほゐ)川(がは)
ワたるおもひは
金谷(かなや)とて照(てら)す

金谷 《割書:一リ|二十|九丁》 《割書:百九十二文|百二十六文|九十二文》

日坂を松山坂道へ上りて
すハ【諏訪?】の原?城跡左布川?の原
七リつヽく○菊川矢のね
茶飯あめの■○さよの中山
右の山ハあハがだけむとんの事?
長久寺の山見ゆる?あめ

日坂 《割書:一リ|二十|九丁》 《割書:百二十六文|七十九文|六十一文》

しふや?権現跡のさし行山有?
めくじら山おくじワ山わらびもち
左にニくほねの池?ニとのまヽ
明神かね川なりたき

掛川 《割書:二リ|十六|丁》 《割書:百四十五文|九十一文|七十一文》

右方山?城あり左?布
下坂かち居○秋葉道
左方高天神城跡有
さい田村ぬひもやう千拭?
白■二軒○なぐり■
ござ○松?星□金■ら?いなり
【左頁】
袋井 《割書:一|里|半》 《割書:九十一文|五十九文|四十六文》

右半道にかすい■惣禄也
右熊野社山門有右の石?
十一■に足金孔雀居
五?■山ミかの坂大くぼ

見附 《割書:四り|八丁》 《割書:三百六文|百九十五文|百五十一文》

そば切惣社かも川はし
右に池田へ近道馬不通
国分寺中泉大セしらん
左に■須加道長■や
から草湯谷か旧跡有
近道の脇に一言坂有
天龍川二筋?水まセハ
子安へまハる○中の町
右に本坂越六社明神
御神の■神主蒲あら
味方か原ハ右二股の内?五リ脇

濱松 《割書:二里|二十|八丁》 《割書:百六十一文|百七文|七十九文》

【下段】
【右頁】
光(ひか)りは日坂(につさか)に
賑(にぎハ)ふ里(さと)の掛川(かけがハ)と
かけて袋(ふくろ)井
吹(ふく)かせ登(のぼ)る
【左頁】
見付(ミつけ)之(の)八幡(ヤハた)とは
濱松枝(はままつがえ)の年久(としひさ)し
時雨(しぐれ)しころも
舞坂(まひざか)を遠近(おちこち)過(すぐ)る

【上段】
【右頁】
右に城有城下に五社
諏方【諏訪】兩社あり五社ゟ
北に犀かがけ○長き蓮池

舞坂 《割書:海|上|一|里》 《割書:かりきる| 二百七十五文|のり合| わり附》

荒井 《割書:一里一|二十|六丁》 《割書:百六文|六十五文|五十文》

御畨所舟つきなり
左方濱名の橋跡あり
右方天神山高し山
まかす?寺大福寺納豆出?
元しらすか○しほ見坂
舟めあて常灯明右

白すか 《割書:一|里|半》 《割書:八十七文|五十九文|四十三文》

ばけ物塚○田原山見ゆる
立岩山に鏡石あり
二川まて家なし松並
【左頁】

二河 《割書:一|里|半》 《割書:百十四文|七十一文|五十四文》

左岩やくワんをんミち
右たいまつ峠京吉
□むれ○左二連木の城跡
右に石巻山○夕暮里

吉田 《割書:二里|半|四丁》 《割書:百五十一文|百一文|七十四文》

右に坂○よし田ほくち
天王六月神事大■火
吉田はし長百二十間
直?うこう敷○■のうかは原
右一堀?城跡左佐脇?の
城跡○いなハ村ゟ御宝出る

御油 《割書:十|六|丁》 《割書:三十文|二十一文|十六文》

左に高山あり竹の
庄左庄明神山といふ
城跡赤坂なハて弁天

【下段】
【右頁】
荒(あら)井/之(の)磯袖(いそそで)に
波(なミ)こす白須賀(しらすか)も
本(もと)より名(な)のミ
二河(ふたがは)や浦(うら)ふく
【左頁】
風(かぜ)の吉田(よしだ)しそ
思(おも)ひ知(し)られし
御油(ミゆ)の里(さと)舞(と■)にし
はれも赤坂(あかさか)の

【上段】
赤坂 《割書:二リ|九丁》 《割書:百三十九文|八十八文|六十六文》

宮地山地そ?は?頓宮
左長沢城跡宝龍寺
山中は■なハ苧?あミ?
左山中忠包?城跡有

藤川 《割書:一|里|半》 《割書:百二十一文|七十六文|五十九文》

左西尾道左方?竹?山
此へん山〻?雲母出る
北方養良【老?】道あづき坂
大平村れいし【霊芝?】多し

岡崎 《割書:三リ|三十|丁》 《割書:二百三十文|百五十文|百十六文》

三リワ?きに松平郷有
左に坂有町五十四丁
矢はぎのはし二百八間
上なり御前龍十王寺
【左頁】
右に名古屋道○大八須
左にころも道○野池
八橋への道あり來迎寺

池鯉鮒 《割書:二リ|三十|丁》 《割書:百六十四文|百十一文|七十九文》

松林下?四月ゟ五月上馬市
ちりふ明神○今宮?名酒
あの六月朔日■■出つ
桶はさま○今川義元墓
あり杦しづか■■橋

鳴海 《割書:一リ|二十|六丁》 《割書:九十文|五十九文|四十六文》


鳴海明神七丁行て奥
間目■○三崎夜間里
笠寺○■へ山■○原田

宮  《割書:海上|七理》 《割書:■■三十五文|■■四人■》

祢大ま社○あつた社右也
名?こや?道○佐養道有?
さんだ【裁断】ばしあつた大鳥居
■めあての養良?明有?
うは【姥】堂土し?のやしろ
雷のヽ宮白鳥のやしろ
【下段】
【右頁】
野田(のだ)にやまつる【祀る】
藤川(ふぢかハ)を岡崎(をかさき)の
宿(やど)いかならん結(むす)ふ
池鯉鮒(ちりふ)の仮(かり)之(の)夢(ゆめ)
【左頁】
覚(さむ)る波間(なみま)の鳴海(なるミ)
潟(がた)たゝ爰許(こヽもと)に
熱田(あつた)のミや八十氏(やそうち)
ワたす桒名(くはな)うミ




桒名 《割書:三里|八丁》 《割書:百九十五文一百二十八文|九十五文》

左に城有駱?あ■に切明
蛤白魚▫町屋川【現・員弁川】土橋
御■留田ハ邨てまくり
朝明日永口屋川はづ川
かいぞ川【海蔵川?】あか?し川土屋

四日市 《割書:二リ|十?|七丁》 《割書:百六十四文|百九文|七十九文》

にはへ十丁宮迠海上十里
濱田古城右○神戸へ三里
万金丹迠?方左方し?
右にかまかたけ○うねめ町
杖突坂まんぢう左に
山辺村○小岡○八まん山

石薬師 《割書:廿|七|丁》 《割書:四十四文|三十文|二十三文》

薬師堂蒲籠相社
うなき師?左に上野■■
いけずき出所○鳥宮川
庄野川鈴鹿川の流也
【左頁】
【絵】


庄野 《割書:二|里》 《割書:百二十四文|八十一文|六十二文》

俵燈采?○くミかはり
森下富田▫いつミ川
小田かいゼん寺■合橋
左に神戸白子ミち

亀山 《割書:一|里|半》 《割書:九十一文|五十九文|四十六文》
【下段】
【右頁】
道(ミち)の行(ゆく)衛(ゑ)は
四日市(よつかいち)誓(ちか)ひも
かたき石薬師(いしやくし)庄(セう)
野(の)の宿(やと)り是(これ)そとよ
【左頁】
齢(よハ)ひ久(ひさ)しき龜(かめ)
山(やま)と留(とむ)る人(ひと)なき
関(セき)ならし賤(しづ)か屋並(なら)ふ
坂下(さかのした)誰(たけ)土山(つちやま)に



右に坂有出口に坂有
野村のんこの茶屋
大こう寺なハ手【大岡寺畷】十八丁
舘大神宮左セき川
右にはぐろ【羽黒】山左に京ゟ
参宮道山田迠十四リ半

関 《割書:一|里|半》 《割書:百五十一文|九十一文|七十三文》

昔の鈴鹿の関の跡也
山坂多し○かぶと【加太】越
関火なは【縄】○筆すて山
新茶や藤のちや屋
くつかけ○すし○ところ

坂下 《割書:二|里|半》 《割書:二百九十文|百八十九文|百四十六文》

坂迠の内左にすヽか川
峠茶や▫田村大明神
ミよと?り坂勢州?の境
高はり山山中○あめ有
鮎有かに【蟹】が坂右とう?有
五世一本松田村川○弦?引
【左頁】
圡山 《割書:二里|半十|四丁》 《割書:百六十四文|百九文|七十九文》

田村川といふ名酒○松尾川
めんるひ○抑?久平名代也
あま酒○左■大明神社
そり【反】野○大野やき鳥有
布引山若王寺○左土手?
いな川し?有○岩かミ山

水口 《割書:三里|半|九丁》 《割書:百九十文|百二十二文|九十一文》

左に坂つヾら二里きセる【煙管】
右に大岡寺道天神八まん
天王○いつミなワ手○白ぎくと
いふ名酒よこた【横田】川○二本杉
桜川名酒なつミ【夏見】村○■太

石部 《割書:三|里》 《割書:百八十一文|百十八文|九十文》

よし彦よし姫明神有
六地蔵よ右に三上山見ゆ
梅木村和中さん【散】もぐ?さ
左に川つら【川辺】の池○目川に
茶めし○小女?良の社有
【下段】
【右頁】
座(ざ)をしめん群(むれ)たる
露(つゆ)茂(も)水口(みなくち)に濁(にごり)ぬ
す衛(ゑ)の石部(いしべ)かな
野邊(のべ)はひとりの
【左頁】
草津(くさつ)ワけ実(げに)も
まもりの大津(おほつ)とは
華(はな)のにしきの
九重(こヽのへ)にこゝろ






草津 《割書:三里|四十|丁》 《割書:二百二十一文|百四十二文|百十文》

くさつ川右に中仙道へ行
右矢ばセにハ道二十五丁
竹の根むち○月のわ池
うばかもち【姥が餅】○瀬田のはし
左に岩山道○あハつ【粟津】の原
右に坂有義仲寺はセを【芭蕉】塚?
石場坂本道○松もと

大津 《割書:三|里》 《割書:二百二十四文|百四十五文|百十一文》

関明神はし里井の水
池のかハ舛大津恵?算盤
あふ坂山○追分○四の宮
山しな左■■山へ
御びやう野【御廟野】○やぶの下
けあげ日の岡青れんいん
粟田口○しら川はし
ちをんいん左きをん道
かハら○三条大はし

 寄居菴
【下段】
うきたつ都(ミヤこ)そと
君(きミ)の壽(ことぶ)き
 いわいたり
     気梨
     かしこ

【裏表紙。文字なし】

竹取物語

【横書】
TKGK-00052
書名  たけとり物語
刊   1冊
所蔵者 東京学芸大学附属図書館
函号  913.31/Y53
撮影  国際マイクロ写真工業社
令和2年度
国文学研究資料館

【表紙 題箋】
《割書:絵|入》竹とり物語

【右下のラベル】
部類 国語
部冊 【消去】
番号 【同右】
【同】
913・31
Y53

【中央上部のラベル】
部類 番号 函数 架数
国  九七
【同】
      31
   11 A
部類 部冊 番号

絵入上下
竹取物語
浪花 やなきはら壱兵衛梓
【蔵書印】東京学芸大学図書
【左丁】
我子たゝしやまふのひまもとめて此竹とり
のこゝろえかたきふし〳〵をめやすきやう
にしてんといふをいかにをこかましきこと
しいてゝ人々のそしりをすかのねのなかき
よにのこすらんなといひしろふほとに玉くし
けふたゝひのかうかへもえせて身はつひに
よもつまうとゝなりぬかつ入江のぬしは
はやうよりのしたしきうからにていける日
の契りたかへしととかくしあつかひ給へ
るは其はしのことはにつはらなるへし
【蔵書印】東京府師範学校之印
【蔵書印】東京府尋常師範学校蔵書印

【右丁】
さるをふみあきなふをのこの何事をおも
ひけむこれさくら木にゑりてよもやまに
つたへんとせちにもとむるをさゝかにのいかて
せるふるまひなとたゆたふにはた頼
氏の此ふみのはしめにことそへてんなと
きこへ給ふるはかはむしのさせるひかことにも
あらさらんかしとおもふはおんなのしれ〳〵
しさにこまのかほまとにくるとかいふめる
にやあらむ
【左丁】
  たけとり物語
いまはむかしたけとりのおきなといふもの有
けり野山にましりてたけをとりつゝよろつの
事につかひけり名をはさる【ママ】きのみやつこと
なんいひける其竹の中にもとひかる竹なん
一すちありけりあやしかりてよりて見るに
つゝの中ひかりたりそれを見れは三すんはかり
なる人いとうつくしうてゐたりおきな云やう
われ朝こと夕ことに見るたけの中におはする
にてしりぬ子になり給ふへき人なめりとて
手にうち入て家へもちてきぬめの女にあつ

けてやしなはすうつくしき事かきりなし
いとおさなけれははこに入てやしなふ竹とり
のおきな竹とるに此子を見つけてのちにたけ
取にふしをへたてゝよことにこかねある竹をみ
つくる事かさなりぬかくておくなやう〳〵
ゆたかになりゆく此ちこやしなふほとにすく
〳〵とおほきになりまさる三月はかりになる
程によきほとなる人になりぬれはかみあけな
とさうしてかみあけさせきちやうの内よりも
出さすいつきかしつきやしなふ程に此ちこの
かたかたちのけそうなる事世になく屋の内は
くらきところなくひかりみちたりおきなこゝ
ちあしくくるしき時も此子をみれはくるし
き事もやみぬはらたゝしき事もなくなく
さみけりおきなたけをとる事ひさしくなり
さかへにけり此子いとおほきに成ぬれは名を
みむろといんへのあきたをよひてつけさすあ
きたなよ竹のかくやひめと付侍る此程三日う
ちあけあそふよろつのあそひをそしけるお
とこはうけきらはすよひつとへていとかしこ
くあそふ世界のをのこあてなるもいやしき
もいりてこのかくやひめをえてしかな見てし

かなとをとにきゝめてゝまとふそのあたりの
かきにも家のとにもをる人たにたはやすく
見るましきものをよるはやすきいもねすやみ
の夜にもこゝかしこよりのそきかひま見まと
ひあへりさるときよりなんよはひとはいひける
人の物ともせぬ所にまとひありけともなにの
しるしあるへくも見えす家の人共に物をたに
いはんとていひかくれともことゝもせすあた
りをはなれぬ君達夜をあかし日をくらす人お
ほかりけるをろかなるひとはようなきありき
はよしなかりけりとてこすなりにけり其中

になをいひけるはいろこのみといはるゝ人五
人思ひやむときなくよるひるきたりけりその
名一人はいしつくりの御子一人はくらもちの
御子一人は右大臣あへのみむらし大納言一人
は大伴のみゆき中納言一人はいそのかみのもろ
たか【*】此人々なりけり世中におほかる人をたに
すこしもかたちよしときゝては見まほしうす
る人たちなりけれはかくやひめを見まほしう
て物もくはす思ひつゝかの家に行てたゝすみ
ありきけれ共かひ有へくもあらす文をかきて
やれとも返事もせすわひうたなとかきてつ

【字母が可の「か」とした。第二九コマでは「まろたか」に読める。】

かはすれ共かひなしと思へとも霜月極月の
ふりこほりみな月のてりはたゝくにもさはら
すきたり此人々あるときは竹とりをよひ出し
てむすめを我にたへとふしおかみ手をすりの
給へ をのかなさぬ子なれは心にもしたかえ
すとなんいはく月日ををくるかゝれは此人々
家にかへて物を思ひいのりをしくはんを立
おもひやむへくもあらすさり共つゐに男あは
せさらむやはと思ひてたのみをかけたりあな
かちに心さしを見えありくこれを見つけてお
きなかくやひめにいふやう御身はほとけへんけの
人と申なからこれ程おほきさまてやしなひ
奉る心さしをろかならすおきなの申さん事
きゝ給ひてんやといへはかくやひめ何事をか
のたまはんことは承らさらむへんけの物にて
侍けん身ともしらすおやとこそおもひ奉れと
いふおきなうれしくもの給ふものかなといふお
きな年七十にあまりぬけふともあすともし
らす此世の人は男は女にあふ事をす女は男
にあふことをす其後なん門ひろくもなり
侍るいかてかさる事なくてはおはせんかく
やひめのいはくなんてうさる事かし侍らん

といへはへんけの人といふとも女の身もち
給へりおきなのあらんかきりはかうてもい
ませかしこの人々の年月をへてかうのみい
ましつゝのたまふ事を思ひ定めてひとり〳〵
にあひ給へやといへはかくやひめいはく能も
あらぬかたちをふかき心もしらてあた心つき
なはのちくやしき事も有へきをとおもふ
はかりなり世のかしこき人なりともふかき心
さしをしらてはあひかたしとなんおもふといふ
おきないはく思ひのことくもの給ふかなそも
〳〵いかやうなるこゝろさしあらん人にか
あはんとおほすかはかり心さしをろかならぬ人
人にことあめれかくやひめのいはくかはかりの
ふかきをか見んといはんいさゝかの事なり
人の心さしひとしかんなりいかてか中にを
とりまさりはしらん五人の中にゆかしきも
のを見せ給へらんに御心さしまさりたりとて
つかうまつらんとそのおはすらん人々に申
給へといふよき事なりとうけつ日くるゝほ
とれいのあつまりぬ人々あるひはふえをふき
或は歌をうたひ或はしやうかをしあるひはう
そをふきあふきをならしなとするにおきな出て

いはくかたしけなくきたなけ成ところに年
月をへてものし給ふ事ありかたくかしこま
ると申おきなの命けふあすともしらぬをか
くの給ふ君達にもよく思ひさためてつかうま
つれと申もことはりなりいつれもをとりまさ
りおはしまさねは御心さしの程は見ゆへし
つかうまつらん事はそれになんつたむへき
といへはこれ能事也人のうらみもあるまし
といふ五人の人とも能事なりといへはおきな
いりていふかくやひめ石つくりの御子には仏
の御石のはちといふ物ありそれを取て給へと
いふくらもちの御子には東の海にほうらいと
云山あるなりそれにしろかねをねとしこかね
をくきとし白き玉をみとしてたてる木あり
それ一えたおりてたまはらんといふ今ひとり
にはもろこしに有火ねすみのうはきぬを給へ
大伴の大納言にはたつのくひに五色にひかる
玉ありそれを取てたまへいそのかみの中納言
にはつはくらめのもたるこやすの貝取て給へ
といふおきなかたき事にこそあなれ此国に
有ものにもあらすかくかたき事をはいかに申
さんといふかくやひめなにかたからんといへ

はおきなともあれかくもあれ申さんとて
出てかくなん聞ゆるやうに見給へといへは御(み)
子(こ)たち上達部(かんたちめ)きゝてをいらかにあたりより
たになありきそとやはのたはぬと云てうん
してみなかへりぬなを此女見ては世にあるまし
き心ちのしけれはてんちくに有物ももてこ
ぬ物かはと思ひめくらしていしつくりの御子は
こゝろのしたく有人にて天ちくに二つとなき
はちを百千万里のほといきたりともいかてか
取へきとおもひてかくやひめのもとにはけふ
なん天ちくへ石のはちとりにまかるときかせ
て三年はかり大和の国とをちのこほりにある
山寺にひんするのまへなるはちのひたくろに
すみつきたるをとりてにしきのふくろに入て
つくり花のえたにつけてかくやひめの家に
もてきて見せけれはかくやひめあやしかりて
みれははちの中に文ありひろけて見れは
うみ山のみちに心をつくしはてないしのはち
の涙なかれけ【ママ】かくやひめひかりや有と見るに
ほたるはかりのひかりたになし
  をくつゆのひかりをたにもやとさまし
   をくらの山にてなにもとめけん

とて返し出すはちを門に捨て此歌の返しをす
  しら山にあへはひかりのうするかと
   はちをすてゝもたのまるゝかな
とよみて入たりかくやひめ返しもせすなりぬ
みゝにもきゝ入さりけれはいひかゝつらひて
帰りぬ彼はちをすてゝ又いひけるよりそおも
なき事をははちをすつるとは云けるくらも
ちの御子は心たはかり有人にておほやけには
つくしの国にゆあみにまからんとていとま
申てかくやひめの家には玉のえたとりになん
まかるといはせてくたり給ふにつかうまつる
へき人々みな難波まて御をくりしける御子い
としのひてとの給はせて人もあまたゐておは
しまさすちかうつかうまつるかきりして出給ひ
御をくりの人々見奉りをくりて帰りぬおはし
ましぬと人には見え給ひて三日はかり有てこ
き給ぬかねてことみな仰たりけれは其時一つ
のたからなりけるうちたくみ六人をめし取て
たはやすく人よりくましき家をつくりてかま
とを三へにし籠てたくら【ママ】を入給ひつゝ御子も
同所にこもり給ひてしらせ給ひたる限十六そ
をかみにくとをあけて玉のえたをつくり給

かくやひめの給ふ様にたかはすつくり出つい
とかしこくたはかりてなにはにみそかにもて
出ぬ舟にのりて帰りきにけりと殿につけやり
ていといたくくるしかりたる様して居給へり
むかへに人おほく参たり玉のえたをは長ひつに
入て物おほひて持て参るいつか聞けんくらも
ちの御子はうとんてゑの花持てのほり給へり
とのゝしりけりこれをかくやひめきゝて我は
此御子にまけぬへしとむねつふれておもひ
けりかゝる程に門をたゝきてくらもちの御子
おはしたりとつく旅の御姿なからおはしたりと

いへはあひ奉る御子の給はく命を捨て彼玉
のえき持てきたるとてかくひめに見せ奉り
給へといへはおきな持ていりたり此たまの枝
にふみそつけたりける
  いたつらに身はなしつとも玉のえを
   たをしてさらにかへらさらまし
是をも哀とも見てをるに竹取のおきなはしり
入ていはく此御子に申給ひしほうらいの玉
のえたを一つの所をあやまたすもておはしま
せり何を持てとかく申へき旅の御姿なからわ
か御家へもより給はすしておはしましたり

はや此御子にあひかうまつり給へといふに
物もいはすつらつえをつきていみしくなけか
しけに思ひたり此御子今さへな何かといふへから
すと云まゝにえんにはひのほり給ぬおきな理
に思ふ此国に見えぬ玉の枝なり此度はいかて
かいなひ申さん人様もよき人におはすなとい
ひゐたりかくやひめの云様おやの給ふ事を
ひたふるにいなひ申さんことのいとおしさに取
かたき物をかくあさましくもて来る事をね
たく思ひおきなはね屋のうちしつらひなとす
おきな御子に申様いかなる所にか此木は候ひ
けんあやしくうるはしくめてたき物にもと
申御子こたへてのたまはくさおとゝしの二月
の十日ころに難波より舟にのりて海中に出
てゆかん方もしらす覚えしかと思ふ事なら
て世中にいき何かてせんと思ひしかはたゝ
むなしき風にまかせてありく命しなはいかゝ
はせん生てあらん限かくありきてほうらいと
云らん山にあふやと海にこきたゝよひありき
て我国の内をはなれてありき罷しに有時は
浪あれつゝうみのそこにも入ぬへく有時には
風につけてしらぬ国に吹よせられて鬼のやう

なる物出来てころさんとしき有時にはこしかた
行すゑもしらてうみにまきれんとし有時には
かてつきて草のねをくひものとし有時いはん
かたなくむくつけけなるものゝきてくひかく
らんとしき有時はうみのかいを取て命をつく
旅のそらにたすけ給ふへき人もなき所に色々
の病をして行方空も覚えす舟の行にまかせ
てうみにたゝよひて五百日と云たつのこく計
にうみの中にわつかに山見ゆ舟の内をなんせ
めて見るうみのうへにたゝよへる山いとおほき
にてあり其山のさま高くうるはし是やわか
もとむる山ならむと思ひてさすかにおそろし
く覚えて山のめくりをさしめくらして二三
日計見ありくに天人のよそほひたる女山の
中より出きてしろかねのかなまるを持て水をく
みありく是を見て舟よりおりてこの山の名を
何とか申ととふ女こたへて云これはほうらいの
山なりとこたふ是を聞にうれしき事限なし
此女かくのたまふは誰そととふ我名ははうかん
るりと云てふと山の中に入ぬその山を見るに
さらに上るへき様なし其山のそはひらをめく
れは世中になき華の木共たてり金しろかね

るり色の水山より流出たるそれには色々の玉
の橋渡せり其あたりにてりかゝやく木共立り
其中に此取て持てまうてきたりしはいとわろ
かりしか共の給ひしにたかいましかはとこの
花を折てまうて来る也山はかきりなく面白し
世にたとふへきにあらさりしかと此えたを折
てしかは更に心もとなくて船にのりておひ風
吹て四百余日になんまうてきにし大願力にや
難波よりきのふ南都にまうてきつる更に塩に
ぬれたる衣たにぬきかへなてなん立まうてき
つるとの給へはおきな聞て打なけきてよめる
  くれ竹の世々のたけとり野山にも
   さやはわひしきふしをのみ見し
是を御子聞てこゝらの日ころ思ひにひ侍つる
心はけふなんおちゐめるとのたまひて返し
  わかたもとけふかはけれはわひしさの
   千草のかすもわすられぬへし
との給ひかゝる程に男共六人つらねて庭に
出来一人の男ふはさみ文をはさみて申くも
むつかさのたくにあやへのうちまろ申さく玉
の木をつくりつかふまつりし事こ国をたち
て千余日に力をつくしたる事すくなからす然

にろくいまた給はらす是を給てわろきけこに
給せんと云てさゝけたる竹取のおきな此たく
みらか申事は何事そとかたふきおり御子は
われにもあらぬけしきにてきもきえゐ給へり
是をかくやひめきゝて此奉る文をとれと云て
みれは文に申けるやう御子の君千日いやしき
たくみらともろとも同所にかくれゐ給ひて
かしこき玉のえたをつくらせ給ひてつかさも
たまはらむと仰給ひき是を此頃あんするに
御つかひとおはしますへきかくやひめのえう
し給ふへきなりけりと承て此宮より給はら
むと申て給へきなりといふをきゝてかくやひめ
くるゝまゝに思ひはひつる心地わらひさかへ
ておきなをよひとりて云やう誠ほうらいの木
かとこそおもひつれかくあさましきそらこと
にて有けれははや返し給へといへはおきなこた
ふさたかにつくらせたる物と聞つれはかへさんこ
といとやすしとうなつきをりかくやひめの
心ゆきはてゝありつるうたの返し
  まことかと聞て見つれはことのはを
   かされる玉のえたにそありける
といひて玉のえたも返しつ竹取のおきなさは

かりかたらひつるかさすかにおほえてねふり
をり御子はたつもはしたゐるもかしたにて居
給へり日の暮ぬれはすへり出給ひぬ彼うれへ
せしたくみをはかくやひめよひすへてうれし
き人ともなりといひてろくいとおほくとらせ
給ふたくみらいみしくよろこひて思ひつる様
にもあるかなと云て帰る道にてくらもちの御
子ちのなかるゝ迄調させ給ふろくえしかひも
なく皆とり捨させ給ひてけれはにけうせにけ
りかくて此御子一しやうのはち是に過るはあら
し女を得すなりぬのみにあらす天下の人の
おもはん事のはつかしき事との給ひてたゝ一所
ふかき山へいり給ぬ宮つかささふらふ人々
皆手をわかちてもとめ奉れ共御死にもやし
給ひけん得見つけ奉らす成ぬ御子の御供にか
くし給はんとて年頃見え給はさりける也是を
なん玉さかるとは云はしめける左大臣あへの
みむらしはたからゆたかに家ひろき人にて
おはしける其年きたりけるもろこし舟のわ
うけいと云人のもとに文を書て火ねすみのか
はといふなる物かひてをこせよとてつかうまつる
人の中に心たしかなるをえらひて小屋のふさ

もりと云人をつけてつかはすもていたり彼うら
にをるわうけいに金をとらすわうけいふみを
ひろけて見て返事かく火ねすみのかはころも
此国になき物也をとにはきけ共いまたみぬ物
なり世に有物ならは此国にももてまうてきな
ましいとかたきあきなひ也然共もし天ちくに
玉さかにもて渡りなは若長者のあたりにとふ
らひもとめんになき物ならは使にそへて金を
は返し奉らんといへりかのもろこしふねきけ
り小屋のふさもりまうてきてまうのほると云
事を聞てあゆみとうする馬をもちてはしら
せんかへさせ給ふ時に馬にのりてつくしより只
七日にまうて来る文を見るに云火ねすみのか
は衣からうして人を出してもて奉る今の世
にも昔の世にも此かははたはやすくなきものな
りけりむかしかしこき天ちくのひしり此国に
もて渡りて侍りける西の山寺にありときゝ及
ておほやけに申てからうしてかい取て奉る
あたひの金すくなしとこくし使に申しかは
わうけいか物くはへてかひたり今こかね五十両
給るへし舟の帰らんに付てたひをくれもし
かねたまはぬ物ならは彼衣のしち返したへと

いへる事を見て何おほすいまかね少にこそ
あなれうれしくしておこせるかなとてもろ
こしのかたにむかひてふしおかみ給ふ此かは
きぬ入たるはこをみれはくさ〳〵のうるはし
きるりをいろえてつくれりかはきぬを見れは
こんじやうの色るりけのすゑにはこかねの光
しさゝやきたりたからと見えうるはしき事
並へき物なし火にやけぬ事よりもけうら
なる事限なしうへかくやひめこのもしかり給
ふにこそ有けれとのたまひてあかしことて
はこに入給ひてものゝえたにつけて御身の

けさういといたくしてやりてとまりなんもの
そとおほしてうたよみくはへてもちていまし
たりそのうたは
  かきりなき思ひにやけぬかはころも
   たもとかはきてけふこそはきめ
といへり家の門にもていたりてたてり竹取出
きてとり入てかくやひめに見すかくやひめの
かは衣を見て云うるはしきかはなめりわきて
誠のかはならん共しらす竹取こたへていはく
ともあれかくもあれ先しやうし入奉らん世中
に見えぬかはきぬのさまなれは是をと思ひ給

ひね人ないたくわひさせ給ひ奉らせ給ふそと
云てよひすへたてまつれりかくよひすへて此
度はかならすあはんと女の心にも思ひをり此
おきなはかくやひめのやもめなるをなけかしけ
れはよき人にあはせんと思ひはかれとせちに
いなといふ事なれはえしひぬは理也かくやひめ
おきなに云此かは衣は火にやかんにやけすは
こそまことならめと思ひて人のいふ事にもま
けめ世になき物なれはそれをまことゝうたか
ひなく思はんとの給ふ猶是をやきて心みんと
云おきなそれさもいはれたりと云て大臣にかく
なん申といふ大臣こたへて云此かははもろ
こしにもなかりけるをからうしてもとめたつ
ね得たる也なにのうたかひあらんさは申とも
はややきてみ給へといへは火の中に打くへ
てやかせ給ふにめら〳〵とやけぬされはこそ
こと物のかはなりけりといふ大臣是を見給ひ
てかほは草のはの色にて居給へりかくやひめは
あなうれしとよろこひてゐたりかのよみ給ひ
ける歌の返しはこに入て返す
  名残なくもゆとしりせはかはころも
   思ひのほかにをきて見ましを

とありけるされは帰りいましにけり世の人々
あへの大臣火ねすみのかは衣をもていまして
かくやひめに住給ふとなこゝにやいますなと
とふある人の云かはは火にくへてやきたりし
かはめら〳〵とやけにしかはかくやひめあひ給
はすといひけれは是を聞てそとけなきものを
はあへなしと云ける大伴のみゆきの大納言は
我家にありとある人をあつめてのたまはくた
つのくひに五色のひかりある玉あなりそれを
取て奉りたらん人にはねかはん事をかなへん
とのたまふをのこ共仰の事を承て申さく
仰の事はいともたうとし但この玉たはやす
く得とらしをいはんやたつのくひの玉はいかゝ
ととらんと申あへり大納言の給ふ天のつかひと
いはんものは命をすてゝもをのか君のおほせ
事をはかなへんとこそ思へけれ此国なき
てんちくもろこしの物にもあらす此国の海山
よりたつはをりのほる物也いかに思ひてか汝
等かたき物と申へきをのこ共申様さらは
いかゝはせんかたき物成共仰事にしたかひても
とめにまからんと申に大納言見わらひてなん
ちらか君の使と名をなかしつ君の仰事をは

いかゝはそむくへきとの給ふたつのくひの玉
とりにとて出したて給ふ此人々の道のかてく
ひものに殿の内のけ【ママ】ぬわたせになとある限取
出してつかはす此人々とも帰るまていもゐを
して我はをらん此玉とりえては家に帰りくな
との給はせたりをの〳〵仰承て罷りぬ龍の首
のたま取得すは帰りくなとの給へはいつちも
〳〵あしのむきたらんかたへいなんすかゝるす
き事をし給ふ事とそしりあへり給はせたる
物をの〳〵わけつゝ取或はをのか家にこもり
居或はをのかゆかまほしき所へいぬ親君と
申共かくつきなき事をおほせ給ふ事とこ
とゆかぬ物ゆへ大納言をそしりあひたりかくや
ひめすへんにはれいやうにはみにくしとのた
まひてうるはしき家をつくり給ひてうるしを
ぬりまき絵して返し給ひて屋の上にはいと
をそめて色々ふかせてうち〳〵のしつらひに
はいふへくもあらぬあやをり物にゑをかきて
まことはりたりもとのめともはかくやひめを
かならすあはんまうけしてひとり明しくらし
給ひつかはしゝ人はよるひるまちたまふに
年こゆるまてをともせす心もとなかりていと

しのひてたゝとねり二人めしつきとしてやつれ
たまひて難波の辺におはしましてとひ給ふ
事は大伴の大納言の人や舟にのりてたつ
ころしてそかくひのたまとね【ママ】るとや聞ととは
するに舟人こたへていはくあやしき事かなと
わらひてさるわさする船もなしとこたふるに
をちなき事する舟人にもあるかなえしらて
かくいふとおほしてわか弓の力はたつあらはふ
といころしてくひの玉はとりてんをそくく
るやつはらをまたしとの給ひて舟に乗て海
ことにありき給ふにいと遠くてつくしの方の
海にこき出給ぬいかゝしけんはやき風吹世界
くらかりて舟をふきもてありくいつれの方共
しらす舟を海中にまかり入ぬへくふきまはし
て波は船にうちかけつゝまき入神は落かゝる様
にひらめきかゝるに大納言はまとひてまたか
かるわひしきめ見すいかならんとするそとの給
ふかち取こたへて申こゝら舟に乗て罷ありくに
またかゝるわひしきめを見すみ舟うみのそこに
いらすは神おちかゝりぬへしもしさいはひに
神のたすけあらは南海にふかれおはしぬへし
うたて有主のみもとにつかうまつりてすゝろ

なるしにをすへかめるかな梶取なく大納言
是を聞ての給はくふねに乗てはかちとりの
申事をこそ高き山とたのめなとかくたのもし
けなく申そとあをへとをつきての給ふかち取
こたへて申神ならねは何わさをかつかうまつ
らん風ふき波はけしけれ共神さへいたゝきに
おちかゝるやうなるは龍をころさんともとめ給
え【ママ】へはある也はやてもりうのふかする也はや神
に祈り給へと云能事なりとてかち取の御神
きこしめせ音なく心をさなくたつをころさん
と思ひけり今よりのちは毛一すちをたにうこ
かし奉らしとよことをはなちて立ゐなく〳〵
よはひ給ふ事千度計申給ふけにやあらんや
う〳〵神やみぬ少ひかりて風は猶はやく吹
梶取のいはく是は龍のしわさにこそ有けれ此
ふく風はよき方の風なりあしき方の風にはあら
す能かたに趣てふくなりといへ共大納言は是を
聞入給はす三四日ふきてふき返しよせたり
はまをみれははりまのあかしのはまなりけり
大納言南海のはまにふきよせられたるにやあ
らんとおもひていきつきふし給へり舟にある
をのことも国につけたれ共国のつかさまうて

とふらふにも得おきかり給はて船そこに
ふし給へり松原にさむしろしきておろし奉る
其時にそ南海にあらさりけりと思ひてからう
しておきあかり給へるを見れは風いとおもき
人にてはらいとふくれこなたかなたの目には
すもゝを二つけたる様也是を見奉りてそ国の
つかさもほうゑみたる国に仰給てたこしつく
らせ給ひてやう〳〵になはれて家に入給ひ
ぬるをいりてかきゝけんつかはしゝをのこ共
参りて申様たつの首の玉をえとらさりしか
は南殿へも得参らさりし玉の取かたかりし事を
しり給へれはなんかんたうあらしとて参つる
と申大納言おき居てのたまはくなんちらよ
くもてこす成ぬ龍はなる神のるいにこそあ
りけれそれか玉をとらんとてそこらの人々の
かいせられんとしけりましてたつをとらへた
らましかは又こともなく我はかいせられなま
しよくとらへす成にけりかくやひめてふおほ
盗人のやつか人をころさんとするなりけり家
のあたりたに今はとをらし男共もなあり
きそとて家に少のこりたりける物共はたつの
玉をとらぬ者共にたひつ是を聞てはなれ給

【右丁】
ひしもとの上はかたはらいたくわらひ給ふい
とをふかせつくりし屋はとひからすのすにみ
なくひもていにけり世界の人の云ひけるは大伴
の大納言はたつのくひの玉取ておはしたる
いなさもあらす御まなこ二にすもゝのやうな
る玉をそそへていましたるといひけれはあな
たへかたといひけるよりも世にあはぬ事をは
あなたへかたとはいひはしめける
  たけとり物語上終

【左丁】
  たけとり物語下
中納言いそのかみのまろたかの家につかは
るゝをのことものもとにつはくらめのすくひ
たらはつけよとの給ふを承りてなにの用にか
あらんと申こたへての給ふやうつはくらめの
もたるこやす貝をとらんれうなりとのたもふ
をのこともこたへて申つはくらめをあまたこ
ろして見るたにもはらになきものなりたゝ
し子うむ時なんいかてかいたすらんと申
人たに見れはうせぬと申又人の申やう
おほいつかさのいひかしく屋のむねにつくの

あなことにつはくらめはすをくひ侍るそれに
まめならんをのこともをひて罷りてあくらを
ゆひあけてうかゝはせんにそこらのつはくらめ
子うまさらむやは扨こそとらしめたまはめと
申中納言よろこひ給ひておかしき事にも
有かなもつともえしらさりけりけう有事申
たりとの給ひてまめなるをのことも廿人はかり
つかはしてあなゝひにあけすへられたり殿よ
り使ひまなく給はせてこやすのかひとりたる
かとむかはせ給ふつはくらめもひとのあまた
のほり居たるにおちてすにものほりこすかゝる

よしの返しを申けれは聞給ひていかゝすへき
とおほしわつらふに彼つかさの官人くらつ丸
と申おきな申やうこやす貝とらんとおほしめ
さはたはかり申さんとて御前にまいりたれは
中納言ひたひをあはせてむかひ給へりくらつ
まろか申やうこのつはくらめこやす貝はあし
くたはかりてとらせ給ふなりさてはえとらせ
給はしあななひにおとろ〳〵しく廿人上りて
侍れはあれてよりまうてこす也せさせたまふ
へきやうは此あなゝひをこほちて人みなしり
そきてまめならん人一人をあしたにのせすへ

てつなをかまへて鳥の子うまん間につなを
つりあけさせてふとこやすかひをとらせ給ひ
なはよかるへきと申中納言のたまふやうい
とよき事なりとてあなゝひをこほし人みな
帰りまうてきぬ中納言くらつ丸にのたまは
くつはくらめはいかなる時にか子をうむとし
りて人をはあくへきとのたまふくらつ丸申様
つはくらめ子うまんとする時は尾をさゝけて
七度めくりてなんうみおとすめる扨七度めく
らんおりひきあけてそのおりこやすかひはと
らせ給へと申中納言よろこひ給て万の人
にもしらせ給はてみそかにつかさにいまして
をのこ共の中にましりてよるをひるになして
とらしめ給ふくらつ丸かく申をいといたくよ
ろこひてのたまふこゝにつかはるゝ人にも
なきにねかひをかなふる事のうれしさとの
給ひて御そぬきてかけつけ給ふつ【ママ】さらによさり
此つかさにまうてことの給ふてかはしつ
日暮ぬれは彼つかさにおはして見給ふに誠つ
はくらめすつくれりくらつまろ申やうおう
けてめくるあらこに人をのほせてつりあけさ
せてつはくらめのすに手を指入させてさくる

に物もなしと申に中納言あしくさくれは
なき也とはらたちてたれはかりおほえんにと
て我のほりてさくらんとの給ひてこにのりて
つられ上りてうかゝひ給へるにつはくらめお
をさけていたくめくるにあはせて手をさゝけ
てさくり給ふに手にひらめる物さはる時に我
物にきりたり今はおろしてよおきなしえたり
との給ひてあつまりてとくおろさんとてつな
をひき過してつなたゆる則にやしまのかなへ
の上にのけさまにおち給へり人々あさまし
かりてよりてかゝへ奉れり御目はしらめにて
ふし給へり人々水をすくひ入奉るからうして
いき出給へるに又かなへの上より手とり足取
してさけおろし奉るからうして御こゝちは
いかゝおほさるゝととへはいきの下にて物は
少覚ゆれとこしなんうと【ママ】かれぬされとこやす
貝をふとにきりもたれはうれしくおほゆる也
まつしそくしてこゝのかいかほ見んと御くしも
たけて御手をひろけ給へるにつはくらめのま
りをけるふるくそをにきり給へるなりけりそ
れを見給ひてあなかひなのわさやとのたまひ
けるよりそ思ふにたかふ事をはかひなしと

云けるかひにもあらすと見給ひけるに御心ち
もたかひてからひつのふたに入られ給ふへく
もあらす御腰はおれにけり中納言はいくいけ【*】
たるわさしてやむことを人にきかせしとし
給ひけれとそれをやまひにていとよはくなり
給ひにけりかひをえとらすなりにけるよりも
人のきゝわらはん事を日にそへておもひ給ひ
けれはたゝにやみしぬるよりも人きゝはつか
しく覚え給ふなりけりこれをかくやひめ
聞てとふらひにやる歌
  年をへて波立よらぬすみの江の
   まつかひなしときくはまことか
とあるをよみてきかすいとよはき心にかしら
もたけて人にかみをもたせてくるしき心ちに
からうしてかき給ふ
  かひはかくありける物をわひはてゝ
   しぬるいのちをすくひやはせぬ
と書はつるたえ入給ひぬ是を聞てかくやひめ
少あはれとおほしけりそれよりなん少うれし
き事をはかひありとは云ける扨かくやひめ
かたちの世に似すめてたき事をみかときこ
しめして内侍なかとみのふさこにの給うおほく

【日本古典文学大系『竹取物語』岩波書店・昭和三十二年では「わらはげ」に校訂】

の人の身をいたつらになしてあはさるかくや
ひめはいかはかりの女そとまかりて見てまい
れとの給ふふさこ承てまかれりたけとりの家
に畏てしやうじいれてあへり女に内侍の給ひ
仰事にかくやひめのうちいうにおはすなり能
見てまいるへきよしの給はせつるになん参り
つるといへはさらはかく申侍らんといひて入
ぬかくやひめにはやかの御使にたいめんし給
へといへはかくやひめよきかたちにもあらすい
かてか見ゆへきといへはうたてものたまふかな
御門の御使をはいかてかをろかにせんといへは
かくやひめのこたふるやう御門のめしてのた
まはん事かしこし共おもはすといひてさらに
見ゆへくもあらすむめる子のやうにあれと
いと心はつかしけにをろそかなるやうにいひ
けれは心のまゝにもえせめすないしのもとに
帰り出て口おしくこのおさなきものはこはく
侍る者にてたいめんすましきと申ないしか
ならす見奉りてまいれと仰こと有つる物を見
奉らてはいかてか帰り参らん国王の仰事を
まさに世に住給はん人の承たまはてありなん
やいはれぬことなし給ひそとことははちしく

云けれは是をきゝてましてかくやひめ聞へく
もあらす国王の仰事をそむかははやころし
給てよかしと云此内侍帰り参て此由をそうす
御門きこしめしておほくの人ころしてける心
そかしとのたまひてやみにけれと猶おほしお
はしましてこの女のたはかりにやまけんとお
ほして仰給ふ汝か持て侍るかくやひめ奉れ
かほかたちよしときこしめて御つかひたひ
しかとかひなく見えす成にけりかくたひ〳〵
しくやはならはすへきと仰らるゝおきな畏て
御返事申やう此めのわらははたへて宮仕
つかうまつるへくもあらす侍をもてわつらひ
侍さり共罷ておほせ給はんとそうす是を聞召
て仰給ふなとかおきなのおほしたてたらん物
を心にまかせさらむ此女もし奉りたるゝも
のならはおきなにかうふりをなとかたはせさ
らんおきなよろこひて家に帰てかくやひめに
かたらふやうかくなん御門の仰給へるなをや
はつかうまつりたまはぬといへはかくやひめこ
たへて云もはらさやうのみやつかへつかうま
つらしとおもふをしゐてつかうまつらせたま
はゝきえうせなんすみつかさかうふり仕てし

ぬはかり也おきないらふる様なし給ひそかう
ふりもわか子を見奉らては何にかせんさは有
共なとか宮つかへをし給はさらん死給ふへき
やうや有へきといふなをそらことかとつかま
つらせてしなすやあると見たまへあまたの人
の心さしをろかならさりしをむなしくなして
しこそあれきのふけふみかとののたまはん事
につかん人きゝやさしといへはおきなこたへ
て云天下の事はと有ともかゝりとも御命の
あやうきこそおほきなるさはりなれは猶つか
うまつるましき事を参りて申さんとて

参りて申やう仰の事のかしこさにはわらは
をまいらせんとてつかうまつれは宮つかへに
出したておはしぬへしと申みやつこ丸か手に
うませたる子にてもあらすむかし山にて見付
たるかゝれは心はせも世の人に似す侍ると
そうせさす御門おほせ給はくみやつこまろか
家は山もとちかく也御かりみゆきしたまはん
様にて見てんやとのたまはすみやつこまろか
申様いと能事也何か心もなくて侍らんにふ
とみゆきして御覧せられなんとそうすれは
御門俄に日を定て御かりに出給ふてかくや姫の

家に入給ふて見給に光みちてけうらにてゐた
る人有是ならんとおほしてにけて入袖をとら
へ給へはおもてをふたきて候へとはしめよく御
らんしされはたくひなくめてたく覚えさせ
給ひてゆるさしとすとてゐておはしまさんと
するにかくやひめこたへてそうすををのか身は
此国に生て侍らはこそつかひ給はめいとゐて
おはしまし難くや侍らんとそうす御門なとか
さあらむなをゐておはしまさんとて御こしを
よせ給ふに此かくやひめきとかけに成ぬはか
なくくちおしとおほしてけにたゝ人にはあら
さりけることおほしてさらは御ともにはゐてい
かしもとの御かたちとなり給ひねそれを見て
たにかえりなんと仰らるれはかくやひめもとの
かたちに成ぬ御門猶めてたくおほしめさるゝ
事せきとめかたしかく見せつる宮つこ丸を
よろこひ給ふさて仕まつる百くはん人々ある
しいかめしうつかうまかるみかとかくやひめ
をとゝめて帰給はん事をあかす口おしくおほ
しけれと玉しゐをとゝめたる心ちしてなんかへ
らせ給ひける御こしに奉て後にかくや姫に
  帰るさのみゆき物うくおもほえて

   そむきてとまるかくやひめゆへ
御返事
  むくらはふ下にも年はへぬる身の
   なにかは玉のうてなをも見ん
これを御門御らんしていかゝ帰り給はんそら
もなくおほさる御心は更にたち帰るへくもお
ほされさりけれとさりとて夜を明し給ふへき
にあらねはかへらせ給ひぬつねにつかうまつる
人を見給ふにかくやひめのかたはらによるへ
くたにあらさりけりこと人よりはけうらなり
とおほしける人のかれにおほし合すれは人にも
あらすかくや姫のみ御心にかゝてたゝひとり
過し給ふよしなく御かた〳〵にも渡り給はす
かくやひめの御もとにそ御文をかきてかよは
させ給ふ御かへりさすかににくからすきこえか
はした給ひて面白く木草に付けても御歌をよみ
てつかはすかやうにて御心をたかひになく
さめ給ふ程に三年はかり有て春の初よりかく
や姫月のおもしろう出たるを見てつねよりも
物思ひたる様也有人の月かほ見るはいむ事と
せいしけれ共ともすれは人まにも月を見ては
いみしけくなき給ふ七月十五日の月に出ゐて

せちに物思へるけしき也ちかくつかはるゝ人
人竹取のおきなにつけて云かくやひめれいも
月をあはれかり給へ共此頃となりてはたゝ事
にも侍らさめりいみしくおほしなけく事有
へしよく〳〵身奉らせ給へといふをきゝてか
くやひめに云様なんてう心ちすれはかくもの
を思とひたる様にて月を見給ふそうましき世に
と云かくやひめ見れはせけん心ほそく哀に
侍るなてう物をかなけき侍るへきと云かくや
ひめの有所にいたりて見れは猶物思へるけし
きなり是を見て有仏何事思ひ給ふそおほす
らん事何ことそといへは思ふ事もなし物
なん心ほそくおほゆるといへはおきな月な見
給ふそ是を見給へは物おほすけしきは有そと
いへはいかて月をみてはあらんとて猶月出れ
は出居つゝなけき思へり夕やみには物思はぬ
けしき也月の程に也ぬれはなを時々は打なけ
きなきなとす是をつかふものともなを物おほす
事有へしとさゝやけと親をはしめて何事とも
しらす八月十五日はかりの月に出居てかくや
ひめいといたくなき給ふ人目も今はつゝみ給
はすなき給ふ是を見て親共も何事そととひさ

はくかくや姫なく〳〵云先々も申さんと思ひ
しかともかならす心まとはし給はんものそと
思ひて今迄過し侍りつる也さのみやはとて打
出侍りぬるそをのか身は此国の人にもあらす
つきの都の人也それをなんむかしのちきり有
けるによりなん此世界にはまうてきたりける
今はかへるへきに成にけれは此月の十五日に
彼もとの国よりむかへに人々まうてこんすさら
す罷ぬへけれはおほしなけかんかかなしき事
を此春より思ひなけき侍るなりといひていみ
しくなくをおきなこはなてう事をの給ふ
そ竹の中より見つけきこえたりしかとなたね
の大きさをおはせしをわかたけたちならふま
てやしなひ奉りたるわか子をなん何人かむかへ聞
えんまさにゆるさんやと云て我こそしなめと
てなきのゝしる事いとたへかたけ也かくやひめ
云月の都の人にて父母ありかた時の間とてか
の国よりまうてこしかともかく此国にはあま
たの年をへぬるになん有ける彼国の父母の
事も覚えすこゝにはかく久敷あそひきこえ
てならひ奉れりいみしからん心地もせすかな
しくのみあるされとをのか心ならす罷りなんと

するといひてもろともにいみしうなくつかは
るゝ人も年頃ならひて立わかれなん事を心
はへなとあてやかにうつくしかりつることをみ
ならひてこひしからん事のたへかたくゆ水のま
れす同し心になけかしかりけりこの事を御
門きこしめして竹取か家に御使つかはさせ給ふ
御使に竹取出あひてなく事限なし此事をな
けくにひけもしろくこしもかゝまり目もたゝ
れにけりおきな今年は五十はかりなりけれ
とも物思ひにはかたときになん老になりにけ
りとみゆつかひおほせ事とておきなに云
いと心くるしく物思ふ成は誠にかと仰たまふ
竹取なく〳〵申此十五日になん月の都より
かくや姫のむかへにまうてくなるたうとくとは
せ給ふ此十五日には人々給はりて月の都の人
まうてこはとらへさせんと申御使帰り参りて
おきなの有様申てそうしつる事共申を聞
召ての給ふ一目見給ひし御心にたに忘れ給
はぬに明暮見なれたるかくやひめをやりてい
かゝ思ふへきかの十五日つかさ〳〵におほせて
ちよくし少将高野のおほくにと云人をさして
六ゑのつかさ合て二千人の人を竹取か家に

つかはす家に罷てつゐ地の上に千人屋の上に
千人家の人々おほかりけるに合てあけるひま
もなくまもらす此まもる人々も弓矢をたいし
ておもやの内には女ともはんにおりて守らす
女ぬりこめの内にかくや姫をいたかへており
おきなもぬりこめの戸さしてとくちにおり
おきなの云かはかり守る所に天の人にもまけ
むやといひて屋のうへにおる人々にいはく露も
物そらにかけらはふといころし給へまもり人
人の云かはかりしてまもる所にかはり一た
にあらはまついころして外にさらさんと

おもひ侍るといふおきなこれをきゝてたのもし
かりおり是をきゝてかくやひめはさしこめて
まもりたゝかふへきしたくみをしたり共あの国
の人を得たゝかはぬなり弓矢していられし
かくさしこめて有共彼国の人々はみなあきな
むとす相たゝかはんとす共彼国の人きなは
たけき心つかう人もよもあらしおきなの云様
御むかへにこん人をは長きつめしてまなこを
つかみつふさんさかゝみをとりてかなくりお
とさんさかしりをかきいてゝこゝらのおほやけ
人に見せてはちを見せんとはらたちおるかく

や姫いはくこはたかになのたまひそ屋の上に
おる人共のきくにいとまさなしいますかりつる
心さしともを思ひもしらて罷なんする事の
口おしう侍りけりなかきちきりのなかりけれは
程なく死ぬへきなめりと思ひかなしく侍る也
親達のかへりみをいさゝかたにつかうまつらて
まからん道もやすくも有ましきに日頃も出ゐ
てことし計のいとまを申つれとさらにゆる
されぬによりてなんかく思ひなけき侍る御心
をのみまとはしてさりなん事のかなしくたへ
かたく侍也かの都の人はいとけうらにおひをせ
すなん思ふ事もなく侍るなりさる所へまか
らんするもいみしく侍らす老おとろへ給へる
さまを見奉らさらむ事こひしからめといひて
おきなむねいたき事なし給ふそうるはしきす
かたしたる使にもさはらしとねたみおりかゝる
程によひ打過てねのこく計に家のあたりひる
のあかさにもすきてひかりたりもち月のあか
さを十あはせたる計にて有人の毛のあなさへ
見ゆる程なり大空より人雲にのりておりき
て土より五尺はかりあかりたる程にたちつらね
たり内外なる人の心とも物におそはるゝやう

にて相たゝかはん心もなかりけりからうして
思ひおこして弓矢をとりたてんとすれ共手に
力もなくなりてなへかゝりたる中に心さかし
きものねんしていんとすれ共ほかさまへいき
けれはあれもたゝかはて心地たゝしれにしれて
まもりあへりたてる人共はさうそくのきよら
なる事物にも似すとふ車一くしたりらかいさ
したり其中に王とおほしき人宮つこまろ
家にまうてこといふにたけく思ひつるみやつこ
まろも物にゑひたるこゝちしてうつふしにふ
せりいはく汝おさなき人いさゝか成くとくを
おきなつくりけるによりて汝かたすけにとて
かた時の程とてくたしゝをそこらの年頃そこ
らのこかね給ひて身をかへたるかことくなり
にけりかくやひめはつみをつくり給へりけれ
はかくいやしきをのれかもとにしはしおはし
つるなりつみのかきりはてぬれはかくむかふ
るおきなはなきなけくあたはぬ事也はや返
し奉れといふおきなこたへて申かくやひめ
をやしなひたてまつる事廿余年に成ぬか
た時との給ふにあやしく成侍りぬ又こと所に
かくや姫と申人そおはしますらむと云こゝに

おはするかくやひめはおもき病をし給へはえ
出おはしますましと申せは其返事はなくて
屋の上にとふ車をよせていさかくやひめきた
なき所にいかてか久敷おはせんといひたてこめ
たる所の戸則たゝあきにあきぬかうし共も
人はなくしてあきぬ女いたきてゐたるかくや
姫とに出ぬえとゝむましけれはたゝさしあふ
きてなきおり竹とり心まとひてなきふせる所
によりてかくや姫いふこゝにも心にもあらて
かくまかるにのほらむをたに見をくり給へと
いへとも何しにかなしきに見をくり奉らん我
をいかにせよとてすてゝはのほり給ふそくして
ゐておはせねとなきてふせれは御心まとひぬ
文を書置てまからんこひしからん折々取出
て見給へとて打なきて書ことは此国に生れ
ぬるとならはなけかせ奉らぬほとまて侍らて
過わかれぬる事返す〳〵ほゐなくこそ覚侍れ
ぬきをく衣をかたみと見給へ月の出たらん夜
は見をこせ給へ見捨奉りてまかるそらよりも
落ぬへき心ちすると書をく天人の中にもたせ
たるはこ有あまの羽衣いれり又あるは不死の
くすり入りひとりの天人云つほなる御くすり

奉れきたなき所の物きこしめしたれは御心地
あしからん物そとてもてよりたれはいさゝか
なめ給ひて少かたみとてぬき置ころもにつゝ
まんとすれはある天人つゝませす御そをとり
出してきせんとすその時にかくやひめしはし
まてといひきぬきせつるは心ことに成なり
といふもの一こといひ置へき事ありけりと云
て文かく天人をそしと心もとなかり給ひかく
や姫物しらぬ事なのたまひそとていみしくし
つかにおほやけ御文奉り給ふあはてぬさま
なりかくあまたの人を給ひてとゝめさせ給へと
ゆるさぬむかへまうてきてとりいて罷ぬれは
口おしくかなしき事宮仕つかうまつらす
なりぬるもかくわつらはしき身にて侍れは
心得すおほしめされつらめとも心つよく承は
らすなりにし事なめけなるものに思召とゝ
められぬるなん心にとまり侍りぬとて
  今はとてあまの羽ころもきるおりそ
   君をころもとおもひいてたる
とてつほのくすりそへて頭中将をよひよませ
奉らす中将に天人とりてつたふ中将とり
つれはふとあまの羽ころも打きせ承りつれは

をきなをいとをしかなしとおほしつる事も
うせぬ此きぬきつる人は物思ひなくなりに
けれは車にのりて百人はかり天人くして上
りぬ其後おきな女ちのなみたをなかしてまと
へとかひなしあの書をきし文をよみきかせ
けれと何せんにか命もおしからんたかため
何事もようもなしとてくすりもくはすやか
ておきもあからてやみふせり中将人々ひき
くじ【ママ】て帰りまいりてかくや姫を得たゝかひと
どめす成ぬるをこま〳〵とそうすくすりのつ
ほに御文そへて参らすひろけて御覧して
いとあはれからせ給ひて物もきこしめさす
御あそひなともなかりけりだいじん上達部(かんたちめ)を
め 【し闕ヵ】ていつれの山か天にちかきとゝはせ給ふ
にある人そうすするかの国にあるなる山なん
此都もちかく天もちかく侍るとそうすこれを
きかせたまひて
  あふこともなみたにうかふ我身には
   しなぬくすりも何にかはせん
かの奉る不死のくすりに文つほくして御使に
給はすちよくしには月のいはかさといふ人
を召てするかの国にあなる山のいたゝきにもて

【右丁】
つくへき由仰給ふみねにてすへきやうをしへ
させ給ふ御文ふしのくすりのつほならへて火
をつけてもやすへきよし仰給ふそのよし承て
兵者もあまたくして山へのほりけるよりなん
其山をふしの山とは名付ける其けふりいま
た雲の中へたちのほるとそいひつたへたる

             茨城多左衛門尉板
【左丁】
天明四年甲辰夏四月
    江戸日本橋三丁目
          前川六左衛門
    京都六角通御幸町日へ入
 書林       小川多左衛門
    大阪南久太郎町心齋橋筋
          柳原 喜 兵 衛

【裏表紙右下折返】
■■【七文ヵ】■■
七■【計ヵ】 【朱丸印】「キ北畠」

【裏表紙 文字無し】

鼎左秘録

【横書】
TKGK-00130
書名  鼎左秘録并附録
刊   1冊
所蔵者 東京学芸大学附属図書館
函号  596.1/Ko43
撮影  国際マイクロ写真工業社
令和2年度
国文学研究資料館

【題箋】
《題:鼎左秘録》

【右丁】
国華山人著
【仕切り線】
鼎左秘録《割書:幷|附録》
【仕切り線】
帝都書肆 尚書同梓

【左丁】

今般余か述る所の鼎左秘録なるものは余か弱冠の
とき家父の命を奉し四方に漫遊せしとき西州の
異人長氏なるものより伝る所の青物砂糖漬の伝書
にして風流喫茶の客座右一日も欠へからさる
珍書なり此書一本を懐中すれは後園に有合
松のみとりあるひは小池に生したる蓮の根なと
ほりとりてやかて砂糖をもて製すれは咄嗟の間


【右丁】
天上の醍醐味も指顧の間に調すへきなるされは雪
月の窓春花の下にて故旧相対し煙を吸ひ炒
豆をかみて時事を談するときにあたりて酒茗と
三分鼎峙すれは則これ昇平の一大楽事に
あらすやと云爾
        たにはの国亀の山かけに住る
 嘉永五年春          国華陳人題

【左丁 文字無し】

【右丁 文字無し】
【左丁】
鼎左秘録
   目 録
青物(あおもの)砂糖漬(さとうづけ)の法(はふ)   初丁
 生姜(しやうが)  二丁    天門冬(てんもんどう) 二丁
 松(まつ)の緑(みどり) 同    仏手柑(ふしゆかん)  三丁
 金柑(きんかん)  三丁    茄子(なすび)  四丁
 蓮根(れんこん)  四丁    笋(たけのこ)  同
 黄瓜(きうり)  同     朝瓜(あさうり)  同
 冬瓜(かもうり)  同     西瓜(すいくは)  同

【右丁】
 牛蒡(ごばう)    五丁  人参(にんじん)  同
 百合根(ゆりね)   同   空豆(そらまめ)  同
 麦門冬(はくもんどう)   同   独活(うど)  同
 茗荷(めうが) ̄の子(こ)  同   豆腐(とうふ)  同
 椎茸(しゐたけ)    同

附録目次
 煉羊羹(ねりようかん)の方 六丁   朧羊羹(おほろようかん)の方  同
 餡(あん)の方   七丁   同 方 同
【左丁】
 カステイラ 八丁   中華饅頭(ちうくはまんちう)  九丁
 薯預饅頭(じよよまんぢう)  九丁   葛饅頭(くずまんぢう)  十丁
 洲浜糕(すはまかう)   十丁   《割書:米の粉の法|煎し砂糖》  十四丁
 求肥糕(ぎうひかう)   同    益寿糕(えきじゆかう)  十一丁
 白雪糕(はくせつかう)   十二   養命糕(やうめいかう)  十三
 落雁糕(らくがんかう)   十四   求肥飴(きうひあめ)  十四
 金絲飴(きんしあめ)   十五   同 二番(にばん)  十五
 水菓子(みつぐはし)花餅(はなもち) 十六   若菜餅(わかなもち)  十七
 柘榴餅(ざくろもち)   十七   山椒餅(さんせうもち)  十八

【右丁】
南蛮餅(なんはんもち) 十八     小倉野(おぐらの)  十八
真盛豆(しんせいまめ) 十九     味噌松風(みそまつかぜ) 十九
砂糖蜜(さとうみつ) 廿      あげまき 廿
寒晒粉(かんさらしのこ)製方(せいはう) 廿六  炒米(いりこめ)   廿六
蓮玉子法(はすたまごのはふ) 廿七    鮒淀川煮(ふなよどがはに) 廿七
諸魚類骨(しよぎよるいほね)とも和(やは)らかに煮る法 廿七
肴(さかな)を寒水(かんすい)に漬(つけ)る法     廿七
煮(に)ぬき玉子の法         廿七
風流(ふうりう)すひもの  廿八   又方 同
【左丁】
辛螺(さゞい)の実(み)ぬきやう       廿八
同 つほ焼(やき)の法        廿九
長命酒(ちやうめいしゆ)            卅
山(やま)の芋(いも)結(むす)ひ法         同
山葵(わさび)なき時(とき)早速(さつそく)わさひ造(つく)る法 同
湯(ゆ)香煎(がうせん)の方          同
漬(つけ)雪花菜(きらず)の法         卅六
柚青(ゆのあを)づけの法         同
手製胡麻(しゆせいごま)の油(あぶら)の法       同

【右丁】
  松茸(まつたけ)のたくはへの法        卅七
  柿(かき)のたくはへの法         同
  辛味大根(からみたいこん)のなき時(とき)からくする法   同
  餅(もち)にかびの出(いで)さる法        同
  酢(す)に白衣(かひ)の生(しやう)せざる法      同
  弁当重箱(へんたうちうはこ)に煮(に)たる物(もの)入て移香(うつりが)せぬ法《割書:幷》損(そん)ぜぬ法 三十八
  夏日(なつのひ)酢(す)又 梅酢漬(うめすづけ)にかびを出さぬ法  卅八
  酒(さけ)もちの悪(あし)き陶(とくり)をよくもたす法  同
  胡椒(こせう)を粉(こ)にする法         卅九
【左丁】
○諸雑門
  水上(みつのうへ)に墨(すみ)にて文字(もし)を書(か)く法       卅九
  白紙(しらかみ)を火(ひ)に炙(あぶ)りて文字(もし)をあらはす法   四十
  白紙に火(ひ)をつけ文字(もじ)ほりぬきになる法   同
  白紙を水(みづ)につけ白(しろ)き文字(もじ)あらはるゝ法   同
  煎(せん)じたる茶(ちや) 茶碗(ちやわん)の中にて水(みづ)と分(わか)る法   同
  竹筒(たけのつゝ)に蛍(ほたる)を入れ外(そと)へ光(ひかり)を出す法     同
  豆腐(とうふ)に絵(ゑ)にても字(もじ)にても書(かき)て落(おち)ざる法  同
  歩行(ほこう)するとき股(もゝ)ずれを治する法      同

【右丁】
  草花(さうくは)より紅粉(べに)をとる法         四十五
  貝類(かいるい)象牙(さうげ)角(つの)るい生付(うまれつき)の様(やう)に画(ゑ)を顕(あら)はす法 同
  光沢布(くわうたくふ)の法                 同
  即席焼印(そくせきやきゐん)の法              四十六
  丸竹(まるたけ)の節(ふし)をぬく術            四十七
  虱紐(しらみひも)の方                同
  懐中(くはいちう)らうそくの法            同
  花(はな)の露(つゆ)製方               同
  天井(てんせう)の絵(ゑ)を写(うつ)し取(と)る法         四十八
【左丁】
  蓮根(れんこん)をかたくする法           四十八
  絹布(けんふ)にどうさを引(ひか)ずして文字(もじ)ちらぬ法  同
  銅道具(あかゝねだうぐ)垢(あか)つきよごれを落(おと)す法      同
  割(われ)たる道具(だうぐ)つぎやう           四十九
  遠路(ゑんろ)を歩行(あるき)て足(あし)いたまざる法      同
  足(あし)にまめ出来(でき)ざる妙法          同
  終夜(よもすから)寝(ね)ずして眠(ねぶ)らざる法        同
  磁石(ししやく)の説                同
  薫物(たきもの)の方  又方  又方《割書:梅花と|いふ》      五十

【右丁】
  薫物(たきもの)を調和(てうくは)する蜜(みつ)の方          五十一
  花生竹(はないけたけ)の切る法              五十二
  朱(しゆ)を以て水銀(みつかね)を製(せい)する法         同
  辰砂(しんしや)を以て水銀を製(せい)する法         五十三
  朱(しゆ)から又は古朱器(こしゆき)を以(もつ)て水銀(みつかね)を製(せい)する法 同
  ■■(きし)乙(おつ)の符(ふ)の説             五十四

    目 次 《割書:了》
【左丁】
鼎左秘録
       山陰   国華山人述【落款】
   ○青物砂糖漬之法(あをものさとうづけのはふ)
一 凡(およそ)青物砂糖漬(あをものさとうつけ)の法(はふ)は先(まづ)漬(つけ)んと思(おも)ふ青物(あをもの)を随意(すいい)にきり
  刻(きざ)みあるひは細(ほそ)くきり或(あるひ)は輪切(わぎり)など其 物(もの)に応(わう)じて夫々(それ〳〵)に
 切刻(きりきざ)みて是(これ)をよく〳〵湯煮(ゆに)するなり
  此煮湯するに少(すこ)しづゝ煮(に)かげんもあるものなれども大抵(たいてい)のものは
  煮(に)へ過たるをよしとす
 右のことく湯煮(ゆに)したるものをいかきにとりあげ大抵(たいてい)に水気(みつけ)
 をしぼり鍋(なべ)に入其 青(あを)ものゝかさほど白砂糖(しろざとう)を入れ水を

【右丁】
 五六 滴(しづく)ほど入れよくかきまぜ武火(つよきひ)にて漸々(せん〴〵)に煮(に)つめるなり
 煮(に)る間(あひだ)は暫時(しはらく)も手を止(とゝ)めず攪(かきま)せ居(ゐ)るなり段々(たん〴〵)煮へ
 つまりたるを見て其(その)砂糖(さとう)をつふし試(こゝろみ)るによくねばり糸(いと)
 を引やうになりさ【たヵ】るところ是(これ)砂糖十分に煮(に)え熟(しゆく)し
 たるなり其時 鍋(なべ)のそこにたまりある水気(みづけ)を別(べつ)の器(うつわ)へ
 したみつくし其上(そのうへ)また別(べつ)に砂糖を多分(たぶん)に投(とう)し入れ
 後(のち)は文火(とろ〳〵び)にてそろ〳〵と煮(に)るなり水気(みづけ)さつはり乾(かは)きて
 から〳〵となる位(くらゐ)になりたるを度(ど)として別器(へつのうつは)へ取(とり)入れ
 三盆白(さんほんじろ)の砂糖をふりかけよくまぶし貯(たくは)へ置(おく)なり
【左丁】
 一切(いつさい)の青物(あをもの)つけやうみな斯(かく)のごとくすり【るヵ】なり
  右のことく砂とうにて煮上(にあげ)ケたるものを世上(せしやう)の方言(はうけん)にさとう
  づけと称(せう)する也是は右やうに煮(に)あげたることをしらすして
  いふことばなり
○生姜(しやうが) 随分(すいぶん)大なる生姜をゑらみうすく輪(わ)ぎり或は
 はすかひに切(きり)てよく〳〵湯煮(ゆに)し取(とり)あげ清水(せいすい)一 升(しやう)の中へ
 上品(じやうひん)の石灰(いしはい)弐 合(かう)入れかきまぜ此水に二日二 夜(よ)ひたし
 置とり上ケふたゝひ清水(せいすい)にてよく〳〵あらひ流(ながし)にしてその
 上 前法(せんはふ)のごとく砂糖(さとう)にて煮(に)るなり
  凡 辛味(からみ)のあるものは皆(みな)かくの如くすべし

【右丁】
天門冬(てんもんとう)《割書:生》 よく蒸(む)し皮(かは)をさり心(しん)をぬきさる也よく蒸(む)さり
 たるときは皮(かは)よくむけるものなりさてよく蒸(む)さりたるを竪(たつ)
 にわりて中の心(しん)をぬきさり是を再(ふたゝ)びよく湯煮(ゆに)してさて
 早稲藁(わせわら)の灰汁(あく)一升の中へ枯礬細末(こはんさいまつ)壱両入れよく
 かきまぜ此 水(みづ)に三日ひたし取(とり)あげ清水にてあらひ流(なが)し
 にして其上 前法(せんはふ)のごとく砂糖(さとう)にて煮(に)つめるなり
  凡 苦味(にがみ)のあるものゝ煮法(にやう)みなかくのことし
  右 枯礬(こはん)のかはりに畢撥(ひはつ)にてもよしとする也
松(まつ)のみどり 《割書:但し》春の末(すゑ)松のしんに立(たち)たる物をとり用ゆべし
【左丁】
 よく湯煮(ゆに)して清水(みつ)一升の中へ石決明細末(あわびのさいまつ)拾匁
 石灰(いしはい)弐合かきまぜ此水に二昼二夜(ふつかふたよ)ひたしおきとり
 出して清水(みつ)にて流(なか)しあらひにして其うへ前法(せんはふ)のごとく
 砂糖(さとう)にて煮(に)つめるなり
  凡しぶみあるもの煮法(にやう)みなかくの如(ごと)くすべし
仏手柑(ぶしゆかん) 《割書:だい〳〵の若(わか)きものを輪切(わぎり)にして|是を仏手柑と号(こう)して漬るなり》これをうすく
 輪(わ)ぎりにしてよく〳〵湯煮(ゆに)し煮法(にやう)松のみどりの如くすべし
金柑(きんかん) 小刀(こかたな)にて所々(ところ〴〵)へ少しつゝ切目(きりめ)を入れよく〳〵
 湯煮(ゆに)して其上 前法(ぜんはふ)の如く砂糖(さとう)にて煮(に)つめるなり

【右丁】
茄子(なすび) 《割書:いたつて小さなるものを|とりもちゆべし》小刀(こかなた)にて所々(しよ〳〵)へ切目(きりめ)を入れ
 よく〳〵湯煮(ゆに)して其上(そのうへ)前法(ぜんはふ)の如く砂糖(さとう)にて煮詰る也
  凡 丸(まる)なるもの或(あるひ)は大なる物 都(すべ)て小刀にて切目(きりめ)を入煮也
蓮根(れんこん) うすく輪(わ)ぎりあるひははすかひにきるなり
竹(たけ)の子(こ) 輪(わ)ぎり
黄瓜(きうり) 至(いたつ)てわかきものを輪(わ)ぎりにきるなり
朝瓜(あさうり) 皮(かは)をむき去(さ)り角(かど)にふとくきるなり
冬瓜(かもうり) 皮(かは)をむき去りほそく角(かく)にきるなり
西瓜(すいくは) 皮をむき去りほそく角にきるなり
【左丁】
牛房(ごばう) 皮をむき去りうすくはすにきるなり
人参(にんじん) うすくたんざくに切るなり
ゆり根(ね) 土(つち)をよく去り黒(くろ)きはだをさるべし
そら豆(まめ) 至(いたつ)て大粒(おほつぶ)をゑらぶべし兼(かね)て水にひたし置(おく)
麦門冬(はくもんどう) 其まゝよく洗(あら)ふ
うど
茗荷(めうが)ノ(の)子(こ)
  右十三 種(しゆ)何(いづ)れもよく〳〵湯煮(ゆに)して前法(ぜんはふ)のごとく
  砂糖(さとう)にて煮(に)つめるなり

【右丁】
豆腐(とうふ) 厚(あつ)さ三四分くらゐに切り壱ツ〳〵紙(かミ)につゝみて
 木灰(きはい)の中へ半時(はんとき)ばかり埋(うづ)みおき取出(とりだ)しよろしき
 位(くらい)にきり前法(せんはふ)のごとく砂糖(さとう)にて煮(に)つめるなり
椎茸(しいたけ) 随意(こゝろまゝ)にほそく切り水にてあらひよくしほり前
 法のごとく砂糖にて煮(に)つめるなり
  椎茸(しいたけ)と豆腐(とうふ)との二品は湯煮(ゆに)するに及はず
  右之外/一切(いつさい)のもの湯煮せざるものなしとしるべし
【左丁】
鼎左秘録附録
            国華山人述
   ○煉羊羹(ねりようかん)の方
  白小豆(しろあつき)   壱 合《割書:こしあんに製し置》
  雪白砂糖(ゆきしろざたう)  八拾匁
  氷砂糖(こほりざとう)   弐拾匁
  白(しろ)かんてん 四寸五分《割書:是は別器にて水煮|しておくなり》
  水(みづ)     壱合
 右五味合せて文武火(つよからずぬるからぬ)にてゆる〳〵とにるなり

【右丁】
 大抵(たいてい)長日(ながきひ)なれば一時半/短日(たんじつ)なれば二時半ばかり煮(にる)也
 鍋(なへ)の内(うち)にて竹(たけ)の箸(はし)にて文字(もんじ)を書(か)き試(こゝろみ)るに其文字きへ
 ざるやうになりたるときを度(と)として火を徹(てつ)【撤】しうるし
 塗(ぬり)の箱(はこ)にながし込(こむ)なり其まゝ冷(ひや)し置き一夜(いちや)を経(へ)
 て十分にしまる也是を極上々(こくしやう〳〵)の煉羊羹(ねりようかん)と称する也
 又/下品(けひん)の羊羹は氷(こほり)砂糖を用ひず又さとうをも減(へらす)へし
   ○朧羊羹(おほろようかん)の方
 白大角豆(しろさゝけ)をよく煮て味噌(みそ)こしを水につけ角豆(さゝげ)をすれば
 肉(にく)は下へ落(を)ち皮(かは)は上にとまるなり右の肉をいさせその上
【左丁】
 澄(すみ)をさり布袋(ぬのふくろ)に入れ水気を絞(しほ)りさりほろ〳〵となる
 《割書:是をこし粉といふさとうを|くはへてあんといふ》此上へ引飯(ひきいひ)を三分ばかり交(ま)せ合せ
 砂糖多くくはへとろりとまぜて蒸籠(せいろう)に布(ぬの)をしきよく
 蒸(む)し冷(ひや)しいかやうにも切り用ゆるなり
  ○餡(あん)の方
  赤小豆(あづき)  一合《割書:こしあんにして置》
  白砂糖(しろさとう)  八拾匁
  水    一合
  金糸飴(きんしあめ)  少《割書:是は幾日(いつか)へてもあんのかはりざる為也|此仕やう奥(おく)にあり》

【右丁】
 右四品/微火(ぬるきひ)にて誠(まこと)にゆる〳〵とたき箆(へら)にてすくひ上るに
 ばた〳〵として落(おつ)るくらゐになるまで煮(に)つめるなり
  ○又方
 赤小豆(あつき)をよく煮(に)て擂盆(すりばち)にてよくすり随分(ずいぶん)細(こまか)になる迄
 すりて篩(ふるひ)にて漉(こ)し淪(い)させおき生木綿(きもめん)か布(ぬの)かに少しづゝ
 入れかたく絞(しぼ)るなり
   此しぼり粉  百目
   白砂糖    百目
   水      五拾匁
【左丁】
  是は何(いか)ほどにても右の割合(わりあひ)をもつて用ゆる也
 右/砂糖垢(さとうあか)の去(さ)りやうはよき山(やま)のいもの皮(かは)をさりて少(すこ)し
 ばかり砂糖(さとう)へおろし入れよくかきまぜ水(みづ)を入せんじにへ立
 たるとき暫(しば)し休(やす)ませれば砂糖のあか残(のこ)らずかたまりて
 上(うへ)に浮(うく)なり其とき細(あみ)【網】杓子(じやくし)にてすくひ去(さ)れば速(すみや)かになる
 なり布(ぬの)にて漉(こ)し右のさとうを煎(せん)じつめ塩(しほ)を合せ右の
 しぼり粉(こ)を入れ又よき堅(かた)さに煉(ね)りつめて鉢(はち)にいれ貯
 へ置なりこれ餡(あん)の極(ごく)上々のこしらへなり
   ○カステイラの方

  鶏卵(たまご)   壱ツ
  砂糖(さとう)   拾匁
  温飩粉(うどんこ)  拾匁
 右三品/鉢(はち)にてよく〳〵すりまぜおき鍋(なべ)のうちに厚紙(あつがみ)を
 しき其中(そのなか)へどろりと流(なが)しこみ蓋(ふた)をして蓋(ふた)の上に
 は至(いたつ)て強(つよ)き火をのせ置(おき)下(した)の火はいたつてよわくして
 焼(やく)なり下火はあれども無(な)きがごとくぬるき火(ひ)にて焼(やく)
 べし焼(やき)かげんを見るに藁(わら)すべを一/筋(すち)鍋(なべ)の中へ
 通(とを)し試(こゝろ)むべし火よく廻(まは)りたる時(とき)はすべにねばりつかず
【左丁】
 火いまだ不足(ふそく)なれば蘂(しべ)にねばり付としるべし
 ○カステイラ鍋(なへ)と称(しやう)するものあり赤銅(あかゞね)にて角(かく)につくりたるもの
  なり大小いろ〳〵ある也/若(もし)此/鍋(なべ)なきときは一/通(とを)りの赤(あか)がねの
  うすなべにて行燈(あんとう)の火ざらを覆(おほひ)に用ひてもよし
   ○中華饅頭(ちうくはまんぢう)
  鶏卵(たまこ)大    一ツ
  雪白砂糖(ゆきしろざとう)   拾匁
  うどんの粉(こ)  拾匁
 右三品カステイラの方(はう)の通り能々(よく〳〵)すり交(ま)ぜたる処へ

【右丁】
 水を入(い)れゆるくどろりとなるうやうに煉(ねり)まぜ赤(あか)がねの皿(さら)の
 上へながし/焼(やき)にして餡(あん)をつゝむなりあんの仕(し)やう前にしるす
   ○薯蕷饅頭(じよよまんぢう)
  宇陀山(うたやま)の芋(いも)  百目
  粳米(くるこめ)の粉(こ)   二合【うるこめヵ】
  白砂糖     百目
 右三/味(み)すりばちにてよく〳〵すり手をぬらし丸(まる)め餡(あん)を包(つゝ)み
 布(ぬの)を水にしめし蒸籠(せいろう)にしきそれへ並(なら)べむせはふうわりと
 浮上(うきあが)るなりねばりさる時(とき)をみてあげる也 餡(あん)をつゝむとき随(すい)
【左丁】
 分(ふん)手(て)がつく形(かたち)よきやう包(つゝ)むべし餡(あん)は前に出す
   ○葛饅頭(くずまんぢう)の法
 上さらし葛(くす)の粉(こ)を葛餅(くすもち)のごとく少(すこ)しかたくねりて箸(はし)にて能(よき)
 ほどに切り又葛の粉(こ)の細(こま)かなるをとり粉(こ)にして右の葛餅
 を平(ひら)たくし赤小豆(あつき)のよく煮(に)たる丸つぶに砂糖(さとう)をまぶし
 是を包(つゝ)み形(かたち)を饅頭(まんぢう)のごとくなし蒸籠(せいろう)にて蒸(む)し出す也
   ○洲浜糕(すはまかう)
  豆(まめ)の粉(こ)  一升
  汁飴(しるあめ)    百目

【右丁】
  白砂糖     百五十目
  青 粉     見斗
 右は先(まづ)しる飴を銅鍋(あかゞねなべ)にてよく煮(に)てよくとけたるとき其
 まゝ豆(まめ)の粉(こ)を入れよくかきまぜ其うへゝ砂糖を入(いれ)よくかき
 まぜ又/青粉(あをこ)を見はからひに入れよく〳〵かきまぜ十分に
 煉(ね)り合(あは)し細長(ほそなが)く棒(ばう)のごとくに煉(ね)り上三本の竹(たけ)をもつて
 はさみ洲浜(すはま)のかたちに仕上(しあぐ)るなり
   ○求肥糕(ぎうひかう)
  糯(うる)の粉《割書:寒さらし》 一 合《割書:水にてこねむし置》
【左丁 文字無し】

【右丁】
   白砂糖      六十目《割書:別に煮て蜜になし置也》
   水       一合五勺
   汁飴(しるあめ)       少し
 右四味/文火(とろ〳〵び)にてゆる〳〵と煮(に)るなり長日(なかきひ)なれば一時半
 ほと短日(たんじつ)なれば二時半ほど手を止(とゞ)めず攪(かきま)せ煮(に)る也
 右よく煮(に)たるものを別(へつ)の器(うつは)に大極上々のとり粉(こ)をしき置
 其上へとろりと流(なが)し込(こむ)なり一夜を経(ふ)れば自然(しぜん)と出来上(てきあが)る也
   ○益寿糕(えきじゆとう)
   糯(うる)の粉(こ)《割書:寒さらし|》 一合
【左丁】
   白砂糖      六十目《割書:別に煮て蜜にして置也》
   汁飴(しるあめ)       五十目
   桂辛(けいしん)       三分
   胡椒(こしやう)       三分
   清水(みづ)       一合五勺
 右六味よく交(ま)ぜ合せ文火(とろ〳〵び)にてゆる〳〵手(て)をやめず攪(かきま)ぜ
 にるなり長日(てうじつ)なれば一時半/短日(たんじつ)なれば二時半ばかり
 煮(に)つめるなり
 右の通よく煮(に)たるものを別(へつ)の器(うつわ)にとり粉(こ)をしき置(お)き其


【右丁】
 上にとろりと流(なか)し込(こむ)なり一夜を経(ふ)れば自然と出来上る也
   ○白雪糕(はくせつこう)
   粉(こ)      百 目《割書:粉のこしらへやう落雁糖(らくかんとう)にあり》
   砂糖(さとう)     八十目
   煎(せん)じ砂糖   弐十目《割書:煎(せん)じさとうのこしらへは求肥糖(きうひとう)に有》
 右三品よくませ合し蒸籠(せいろう)にてむす也
 ○蒸籠(せいろう)の法は 餅(もち)をむすごとくして内へわくをこ□□【しら】へ
  其中へ布巾(ふきん)をしきて其上へ右のませ合したる白雪(はくせつ)
  糕(こう)を入るなり尤(もつとも)よくおし付て蒸(むす)なり蒸かげんは湯(ゆ)
【左丁】
 気/通(とを)るか通らぬか程にむしてよき也
   ○養命糖(やうめいとう)
   糯(うる)の粉《割書:寒さらし|》 五 合
   葛(くず)の粉     五十目
   太白砂糖    五百目《割書:別にあかをさり置》
   清  水    百 目
 右四味/攪(かきま)ぜよくとき炭火(すみび)にて煉(ねり)つめ中ほどにて
   しる飴(あめ)     三百八十目入てまた煉りつめ
 大概(たいかい)仕上(しあげ)ケのとき

【右丁】
  菱実(ひしのみ)      十五匁
  蓮肉(れんにく)      十五匁
  薏苡仁(よくいにん)     弐拾匁
  山薬(さんやく)      廿五匁
 右四味/極細末(こくさいまつ)にしてまぶし入また煉(ね)り合(あは)せ求肥糕(ぎうひかう)の
 ごとく別器(へつき)へとり粉(こ)をしき置(おき)其上へとろりとうつしよく冷(さま)し
 五六日も過(すき)て右の粉を布(ぬの)にてふきとり砂糖(さとう)ふりかけよき
 ほどに切(きり)て風引(かせひか)ぬやうに箱(はこ)に入おけばいつまでもたもち
 得(う)るなり
【左丁】
   ○落雁糕(らくかんかう)
  粉(こ)       百目
  砂糖(さとう)      八十目
 右/煎(せん)し砂糖弐十匁入よく交(ま)せ合せよく〳〵もみて
 色々(いろ〳〵)の形(かた)に盛(もる)なり尤(もつとも)色(いろ)は何(なに)なりとも好(このみ)にまかせて
 染(そむ)るなり
 ○右の粉(こ)の仕(し)やうは上々/餅米(もちごめ)壱粒ツヽ択(ゑら)みてこは飯(めし)に
  むしよく干上(ひあが)り壱/粒(りう)ヅヽはなれしを鍋(なべ)にて白くいり
  臼(うす)にて挽(ひき)羽二重(はふたへ)にてふるひて用ゆるなり

【右丁】
   ○求肥飴(きうひあめ)
  米(こめ)の(の)粉(こ)     壱升
  水        壱升
 右よく煉(ね)り合(あは)し鍋(なべ)へ入れ炭火(すみび)にて半日(はんにち)ばかり煮(に)て其所(そこ)へ
  煎砂糖(せんしさとう)一升弐合入れよく煉(ね)りて水に入つき立(たて)
 の餅(もち)のやうに和(わは)らかになりたる時(とき)別器(へつき)にとり粉(こ)をしき
 その内(うち)へとろりと流(なが)し込(こみ)よく冷(ひや)し色々に切り用ゆ
 ○米(こめ)の粉(こ)の法 上々/餅米(もちこめ)の極白(こくはく)を水の清(す)むまで
  あらひよく乾(かはか)し臼(うす)にてひき羽二重(はふたへ)にてふるひ用ゆる也
【左丁】
  ○煎(せん)じ砂糖(さとう)の方 上々/太白(たいはく)砂糖壱貫目水壱升入
  煎し上に渦(うづ)出(いで)しを捨(すて)て白(しろ)き渦出たるをも取すて
  絹(きぬ)にて漉(こ)し又/鍋(なべ)へ入れて壱升を七合に煎(せん)じ詰(つめ)る也
   ○金絲飴(きんしあめ)
  餅米(もちごめ)《割書:極上白 |》   一斗
  麦(むぎ)もやし    八合 《割書:うすにて細末にひく|》
  湯(ゆ)       一斗五升《割書:ゆのわきかけんは|手引かけん》
 先(まづ)餅米を蒸(む)し冷(ひへ)ざる内に麦(むぎ)もやしと一緒(いつしょ)に合し
 湯の中にてかきまぜ桶(をけ)を藁(わら)むしろにてよく包(つゝ)み此中へ

【右丁】
 入れ蓋(ふた)を能(よく)し三時ぼと【ママ】ねさせおくなり但(たゞし)加減(かげん)は手にて
 にぎりしぼり試(こゝろみ)るに水ぬけて跡(あと)の餅米(もちごめ)のからはら〳〵と乾(かは)
 くを度(ど)とさだめ其まゝ布(ぬの)の袋(ふくろ)に入しぼり暫(しばら)く又休せ置也
 此とき枯礬(こはん)弐匁入るなり右/粕(かす)をさりし水を砂(すな)こしにする也
 其/漉(こ)したる水を釜(かま)に入て煮(に)つめるなり但/煮加減(にかげん)は貝(かい)
 杓子(しやくし)にて汲(くみ)て薄紙(うすがみ)のごとくになりて残(のこ)る位(くらゐ)を煮(に)かけんと
 定(さだ)むる也其時/急(きう)に火を徹(てつ)【撤】し別器(へつき)に移(うつ)し入/冷(ひや)し貯(たくはへ)
 置(おく)なり
   ○同二番
【左丁】
 一番の粕(かす)に水(みづ)をひた〳〵に入半ときばかりねさし袋(ふくろ)に入れ
 再(ふたゝ)ひ絞(しぼ)り煮(に)つめるなり夏(なつ)は水/冬(ふゆ)は人はだの湯なり
   ○水菓子花餅(みつくはしはなもち)
  葛(くず)の粉(こ)   壱升
  温飩(うどん)の粉(こ)  三合
 右弐品よく交(ま)せ合し紅色(へにいろ)には紅(へに)を入れ青色(あをいろ)にはひき
 茶(ちゃ)を入れ黄色(きひろ)には山梔子(くちなし)の汁(しる)を入れかたくこね花形(はながた)
 色々に作(つく)りよく〳〵蒸(むら)し冷(ひや)し物(もの)の鉢(はち)に水を入つけて出す《割書:但|》小皿(こさら)
 何にても極上(こくじやう)の白砂糖を入/其上(そのうへ)へ細杓子(あみしやくし)にてすくひ盛(もる)るべし

【右丁】
   ○若菜餅(わかなもち)の法
  蜀黍(とうきび)の粉(こ)  壱升
  蕨(わらび)の粉    弐合
  白砂糖    拾匁
 右三品よくこねよく〳〵蒸(む)しよきほどにちぎりて青苔(あをのり)
 を火(ひ)どり細(こまか)にして篩(ふるひ)にかけよくふりかけてもちゆ
   ○柘榴餅(ざくろもち)の法
 是(これ)は大納言小豆(だいなごんあずき)をつぶれさるやうによく煮(に)ておき又/仙台(せんだい)
 糒(ほしい)をさつと蒸(む)して冷(ひや)し粉(こ)一合にさとう弐十匁入/小豆(まめ)と
【左丁】
 交(ま)せ合し又/寒(かん)ざらしの餅米(こちこめ)の粉(こ)を水にて堅(かた)くこねうどん
 の粉をとり粉(こ)にして平(ひら)ため右の餡(あん)を包(つゝ)みさて布(ぬの)に一ッづゝ
 つゝみ口を結(むす)び蒸(む)して布(ぬの)をとる也もしこれに色(いろ)を付るには
 蒸(むさ)ざる已前(まへ)に紅(べに)又は山梔子(くちなし)にて色どるべし
   ○山椒餅(さんしやうもち)の法
  糯米(もちごめ)の粉《割書:寒さらし|》壱合
  焼味噌(やきみそ)    《割書:くるみほとよく焼也》
  白砂糖     廿匁
  山椒(さんせう)の粉   弐分

【右丁】
  肉桂(につけい)の粉  三分
  罌粟子(けし)   五勺
 右六味よくこね合(あは)せ布(ぬの)にて包(つゝ)み蒸(むし)て蜀黍(とうきひ)の粉(こ)を衣(ころも)に掛る也
   ○南蛮餅(なんばんもち)の法
 先(まづ)上々の餅米(もちごめ)をよく蒸(む)し置(おき)むき胡桃(くるみ)を粉(こ)にして搗(つき)
 まぜ砂糖をよきほど入て少(ちい)さくちぎり丸(まる)くして青緑(おをゑん)
 豆(とう)をよく煮(に)て汁飴(しるあめ)にて右の餅(もち)をまふし緑豆(ゑんどう)を付て出す也
   ○小倉野(をくらの)の法
  赤小豆(あづき)    五合
【左丁】
  太白砂糖   五百目
 右は先(まづ)小豆(あづき)をよく水煮(みづだき)して十分 熟(じゆく)したる所へ砂糖(さとう)を入れ
 ふたゝひ煮つめるなり尤(もつとも)水は初(はじめ)より漸々(ぜん〳〵)かはくと入(い)れるなり砂糖
 を入れてのちは文武火(よきかげんひ)にてそろ〳〵と煮(に)る也よく煮(に)へ熟(じゆく)し
 たるを見て火を徹(てつ)【撤】しよく冷定(ひえきり)するを待て餡(あん)を包(つゝ)むなり
 此あんは前(まへ)に出(いだ)せる求肥糕(きうひかう)の餡(あん)をもちゆべし
   ○真盛豆(しんせいまめ)の法
  黒豆(くろまめ)  炒(いる)
  白砂糖(しろざとう)

【右丁】
  温飩(うとん)の粉
 右三品まつ白砂糖(しろざとう)に水/少(すこ)し入/攪(かきま)せよく煮(に)どろ〳〵と
 なりたる所へ炒(いり)たる黒豆(くろまめ)を入よくかきまぜ其上うどんの粉に
 ゆぶく銅(あかね)の平鍋(ひらなべ)にてそろ〳〵と微火(とをび)にていりあけよく乾(かは)き
 たるとき又砂糖/汁(しる)につけて取(とり)あげうどん粉をまぶし
 再(ふたゝ)ひ鍋(なへ)に入(いれ)炒(い)りあげる斯(かく)すること凡五六/度(と)にて成熟(よくじゆく)す
   ○味噌松風(みそまつかせ)
  粳米(うるごめ)の粉    壱升
  糯米(もちごめ)の粉    四合
【左丁】
  白砂糖     五百目
  山椒(さんせう)の粉    弐十目
  味噌(みそ)のたまり  百目
 右五味たんごの堅(かた)さにこね合(あは)せ布(ぬの)を水にしたし大(たい)がいに
 しぼり麺棒(めんほう)にてよきほとに延(のは)し焼鍋(やきなべ)にうつし火(ひ)ぶたの
 囲(くる)りに火をならべ焼(やく)也/尤(もつとも)上(うへ)の火(ひ)ばかり也よきほどに色付(いろづき)たら
 ば上を下へかへして又/焼(やく)なり出来上(できあが)りたるときは蓋(ふた)のある
 器(うつわ)に入おけばむさりてかげんよくなる也
   ○砂糖蜜(さとうみつ)の拵(こしらへ)への法

【右丁】
  太白(たいはく)砂糖   壱貫目
  山のいも《割書:皮をさり|おろす》弐百匁
 右よくませ合せ水四百五拾目をだん〳〵少(すこ)しづゝ入火に懸(かけ)る也
 砂糖にえたちたらば火を引しばしねさせおけば垢(あか)の分(ぶん)堅(かたま)りて
 上にうき上る其とき金(かね)の細杓子(あみしやくし)にてすくひとり又一たきすれ
 ば垢(あか)のこらず上へうく也其/垢(あか)を取尽(とりつく)し布(ぬの)にて漉(こ)し壺(つぼ)に
 貯(たくは)へおくなり○氷(こほり)砂糖のみつも右/同断(とうだん)にしてよし
   ○あげまきの法
  糯米(もちこめ)の粉《割書:寒さらし|》壱合
【左丁】
  白砂糖     三十目
 右二品よくこね合(あは)し白角豆(しろさゝけ)のこし粉(こ)に赤小豆(あつき)をよく
 煮(に)て丸粒(まるつふ)にて入/砂糖水(さとうみづ)にてこね丸(まる)め右にて包(つゝ)み棹(さを)にし竹(たけ)の皮(かは)
 に巻(まき)て蒸(む)し冷(ひや)して切り用(もち)ゆるなり
   ○寒晒(かんざらし)の粉(こ)の製法(せいはふ)
 糯米(もちこめ)粳米(うるごめ)とも極(こく)上々の白米(はくまい)を炊(かしき)して七日つけ置也
 《割書:但|》二日に一/度(ど)つゝ水(みづ)をかへる七日/経(へ)て石臼(いしうす)にて挽(ひき)かすを漉(こ)し
 去(さ)り又/桶(をけ)へ入二日ばかり淪(い)させ水をさり麹(かうじ)ぶたに紙を
 敷上(しきあ)げて干(ほし)かため置なり幾年(いくねん)経(へ)ても虫(むし)づる事なし

【右丁】
   ○炒米(いりごめ)の製法(せいはふ)
 上々白米 新米(しんまい)なれば一日一夜(いちにちいちや)水に浸(ひた)し置(おき)取上いかきへ
 入/水気(すいき)をよくたらし文武火(すみび)にて炒(いる)なり右/炒(い)りたりたるをその
 まゝ熱(あつ)きうちに黒砂糖(くろさとう)醤油(しやうゆ)すこし入/撹(かきま)ぜよく〳〵
 まぶし蓋(ふた)をして少しも気(き)のぬけざるやうに覆(おほ)ひ置(おけ)は暫(ざん)
 時(じ)の間(ま)にはら〳〵と乾(かは)き上りて誠(まこと)に絶妙(せつめう)の好味(こうみ)となる也
 尤(もつとも)黒豆は別段(へつたん)に炒(い)り置て一所(いつしよ)に撹(かきま)ぜ入れるなりこれも
 あつき内(うち)に一所に入るべきなり
   ○蓮玉子(はすたまご)の法
【左丁】
 竹の箸(はし)の先(さき)を尖(とが)らして蓮(はす)の巣(す)の中(なか)の糸(いと)をよくとり
 鶏卵(たまご)にうどんの粉(こ)に醤油(せうゆ)すこし和(くは)しよく〳〵交(ま)せ合(あは)し右の
 蓮(はす)の巣(す)の中へながし込(こむ)なりさて鍋(なべ)に湯(ゆ)をたぎらしこれを
 湯煮(ゆに)し煮(に)へかたまりたる時/輪(わ)ぎり又ははすかひに切(き)り用ゆる也
   ○鮒淀川煮(ふなよどがはに)の法
 鮒(ふな)弐三寸より五六寸/位(くらゐ)まての魚を凡(およそ)長日なれば二/時(とき)斗
 短日ならば三時ばかり酒(さけ)に浸(ひた)し置なり尤/鱗(うろこ)はその□□【まゝヵ】
 腸(はらわた)は泥砂(どろすな)をよく去(さ)るべし右のごとく酒にひたしたるものを酒水
 おの〳〵等分(とうぶん)にして文武火(すみひ)にて半日(はんにち)ばかり煮て其上/醤油(せうゆ)を

【右丁】
 少し入れ又酢(す)を少々入てまた文武火にて寛(ゆる)々半日ばかり
 煮るなり前後(せんこ)凡一日ばかり煮るなり《割書:但し|》右の酢を入ること
 誠(まこと)に極秘事(こくひじ)なり左すれば其/骨(ほね)すこしも歯(は)にこたへず
 真(まこと)に麩(ふ)を喫(くふ)と同やうになるなり
   ○肴(さかな)を寒水(かんすい)に漬(つけ)る塩加減(しほかげん)の法
 魚(うを)鳥(とり)菜(な)菓(くだもの)何にても寒水(かんすい)につけ置とき其/塩(しほ)かげん
 等一なり其方(そのはう)は鶏卵(たまこ)を壱つ其寒水の中(うち)へ入るに底(そこ)に
 沈(しづ)むものなり其/側(かたはら)より塩を漸々(せん〳〵)に入れは加減(かけん)よくなり
 たるとき其/卵(たまご)おのづから浮(うき)あがるものなり是(これ)を度(と)とし塩を
【左丁】
 とゞめ其水に漬(つけ)おくなり精進(せうしん)の物は一両年も保(たも)つべし
 魚鳥(うをとり)の類は月を経(へ)るくらゐは保つなり
   ○諸魚類(しよきよるい)骨(ほね)まで和(やは)らかに煮る法
  山楂子(さんさし)   壱味
 右十/粒(りう)はかり魚(うを)を煮(に)る鍋(なべ)へ入/一所(いつしよ)に煮るときはいかやうの
 魚(うを)にても和(やは)らかになる事妙なり又此山楂子は魚毒(きよどく)を
 解(け)す功能(こうのう)あり
   ○煮〆(にぬき)鶏卵(たまこ)の心得
 たまこを煮(に)ぬきするに黄身(きみ)一方へ片(かた)よりて見くるしまづ

【右丁】
 湯に塩(しほ)を少し入よく〳〵わかし玉子(たまこ)を入/手(て)を止(や)めず玉子を廻(まは)すべし
   ○風流(ふうりう)の吸物(すひもの)の法
 飯(めし)の焦(こげ)に山椒(さんせう)の粉(こ)す少しふりかけ焦ざる方をは又あぶりて
 いかやうにも切(きり)て極上の煎(せん)じ茶に入て出すなり尤/焼(やき)しほ
 少しふりかけるなり
   ○同   又方
 竜眼肉(れうがんにく) 弐三粒/蓼(たで)の穂(ほ)すこし加(くは)え薄醤油(うすしやうゆ)の加/減(げん)も
 よくして出すこれ又/風流(ふうりう)の雅味(がみ)あるものなり
   ○栄螺(さゝゐ)生にて身のぬきやう
【左丁】
【文字無】

【右丁】
 栄螺(さゞゐ)生(なま)にては中々(なか〳〵)身(み)のぬけざるもの也/是(これ)をぬくには先(まつ)鉢皿(はちさら)にて
 も水(みづ)を入/其上(そのうへ)へ竹(たけ)にても木(き)にても細(ほそ)きものを弐本/渡(わた)しこれに
 栄螺のふたの方(かた)を下(した)へなして水(みづ)かゞみを見すれは其/殻(から)おのれと
 出(いづ)るもの也其とき急(きう)に抜出(ぬきいた)すべし
   ○栄螺(さゞゐ)の壺(つほ)やき心得(こゝろう)べき術
 海浜(かいひん)にて栄螺を島(しま)やきとて焼(やく)なり其とき其/実(み)貝(かい)をは
 なれ飛(と)ぶて五六/間(けん)にも及ひもし人にあたる時に甲(かう)にて傷付(きずつく)ること
 石弓(いしゆみ)のごとし恐(おそ)るべし先(まつ)さゝゐを焼んとおもふとき塩(しほ)にても醤油(せうゆ)
 にても殻(から)の中へ入れ小(ちい)さき火を甲の上に置てのち焼べし取
【左丁】
 たての生(なま)のさゞゐにても飛出(とひいつ)ることなしこれさゝゐを焼(やく)秘法也
   ○長命酒(ちやうめいしゆ)の方
  生(き) 酒(ざけ)  壱升
  氷(こほり)砂糖  百目
  梅(うめ) 干(ほし)  三十 よくあらひ塩を出し置也
 右三味/一所(いつしよ)に壺(つほ)に入口をよく封(ふう)し土中に埋(うづ)めおく事
 五十日にして取出し用ゆるなり梅(うめ)の香(か)を発し風味/格(かく)
 別(べつ)によろしく痰(たん)を治(ぢ)し気血(きけつ)をめぐらし腎水(しんすい)をまし疝気(せんき)
 を治する効能(こうのう)あり

【右丁】
   ○山の芋(いも)を結(むす)ふ法
 山のいもを細(ほそ)くきりて暫(しばら)く塩(しほ)をふりかけおき是をむすひて
 のち水につけ塩気(しほけ)をさり煮(に)て用ゆべし
   ○山葵(わさび)なきとき造る法
 生姜(しやうか)と 芥子(からし)と等分(とうぶん)によくすりまぜ用ゆるに其あじ
 はひ山葵(わさび)にかはる事なし
   ○香煎(かうせん)の方
  飯(めし)のこげ  《割書:鍋(なべ)よりおこして炭火(すみび)にてあみにかけうらおもてより|よくあぶり薬研(やげん)にておろし細末にすべし》
  白ごまの粉(こ) 炒(いる)
【左丁】
  山椒(さんせう)の粉
 右三味/細末(さいまつ)にして用ゆへし香煎(かうせん)にかはる事なし
   ○雪花菜(から)/漬(づけ)の法
 味噌(みそ)をつき仕込(しこむ)とき味噌桶(みそをけ)の底(そこ)に豆腐(とうふ)の粕(かす)を六
 七升しきて其上(そのうへ)へ味噌(みそ)を仕込(しこみ)おき味噌/追々(おひ〳〵)つかひ終り
 てのちに右(みき)の粕(から)をとり出すべし絶妙(せつめう)の好味(こうみ)となる也
   ○柚(ゆ)の青漬(あをづけ)の法
 青柚(あをゆ)丸ながらわさびおろしにておろし其肉(そのにく)壱升にしほ
 弐合半まぜ合(あはせ)疵(きず)のなき青柚(あをゆ)を其(その)まゝ右の肉(にく)に交(まぶ)し

【右丁】
 竹(たけ)の筒(つゝ)に仕(し)こみ木(き)にて蓋(ふた)をし気(き)のぬけざるやうに貯(たくはふ)べし
   ○手製(しゆせい)胡麻油(ごまあぶら)の法
 胡麻(こま)一/味(み)をすり鉢(はち)にて極(ごく)こまかになるまて能(よく)すり布(ぬの)の切(きれ)
 につゝみ鍋(なべ)に水を沢山(たくさん)に入れすり鉢(はち)をもよくあらひて其水も
 入れつよき火(ひ)にて煮立(にたつ)るときは油の湯(ゆ)の上(うへ)へ浮上(うきあが)るなり
 其うきたる油をせんぐり〳〵金杓子(かなしやくし)にてすくひとりさつはり
 油のなきまで取/尽(つく)しさて鍋(なへ)の水を取(とり)すて救(すく)ひたる油
 はかりを煮詰(につめ)る也/水気(すいき)は自然(しぜん)といりつきて油(あふら)ばかりになる
 なりこれを手製(しゆせい)ごまのあぶらといふ也
   ○松茸(まつたけ)の貯(たくは)へる法
 松茸の随分(ずいぶん)新(あた)らしき中(ちう)びらきなるを石突(いしづき)をよく去(さ)り
 厚紙(あつがみ)を袋(ふくろ)にして其中へ入れ煙(けふり)の入らざるうやうに口をよく封(ふう)じ
 常に煙(けふり)のなき所につり置(おき)入用の節(とき)取出(とりつだ)し米泔水(しろみづ)に浸(ひた)し
つかふ其/匂(にほひ)失(しつ)せず生のことし
   ○柿(かき)をたくはふの法
 随分/新(あた)らしき柿(かき)を生(き)しぶにつけ置は一日に一つも損(そん)ずる事
 なく同気(どうき)相もとむるの理(り)なるべし物類(もつるい)の感通(かんつう)すること妙といふへし
   ○からみ大根(だいこ)なき時の法

【右丁】
 先/常(つね)のごとく大根の絞(しほ)り汁(しる)をこしらへ何(なに)にても深(ふか)き器(うつわ)に入
 塩(しほ)を少し合せ茶筅(ちやせん)にても箸(はし)にても手を止(や)めず随分(ずいぶん)つよくふりて
 良(よく)しばらくふり立れは其/気(き)鼻(はな)をつくやうに甚(はなはだ)香(にほひ)よくなるなり
 久しく振(ふ)るほどによろし何(なに)ほど甘(あま)き大根(たいこん)にても辛(から)くなる事妙也
   ○餅(もち)にかび出ざる法
 餅(もち)を搗(つく)とき餅米(もちこめ)一/斗(と)の中へ氷(こほり)ざとう壱両をとり水(みづ)の
 中へ入れるときは何時(いつまで)もかひ出(いで)ざる事奇々妙々なり
   ○酢(す)に白衣(かび)の生わざる法
 酢 壱升の中へ焼(やき)しほを蜆貝(しゞみがい)に一/杯(はい)ほと入(いれ)おくときは白き
【左丁】
 かび生(しやう)ずる事決してなし
   ○弁当(へんとう)重箱(ちうばこ)等に煮(に)たる物を入れてうつり嗅(が)なく
    又/夏日(なつのひ)に風味(ふうみ)かはらざる法
 魚鳥(うをとり)野菜(やさい)等(とう)煮(に)たる物を弁当(へんとう)重箱(ちうばこ)に入るゝときは漆(うるし)の
 うつり香(か)又は他(ほか)のうつり香(か)等(とう)にて夏日(かじつ)ことに早(はや)くくさりて
 大に困(こま)ることなり其時は弁当(へんとう)にても重箱(ぢうばこ)にても煮物(にもの)を入れ
 其うへに梅干(うめほし)五つ六つはかり見合に入置べし左(さ)すれは右のうつ
 り香(か)をよく防(ふせ)ぐなり飯(はん)菜(さい)肴(さかな)等二三日を経(へ)てもすへる事
 なし旅行(りよこう)の人または武家(ぶけ)の在番(さいはん)の人なと懐中(くはいちう)弁当(べんとう)には此法

【右丁】
 欠(かく)べからずきめうの術なり
   ○夏日(かじつ)酢(す)又は梅酢漬(うめすつけ)に醭(かび)を出さぬ法
 夏日(かじつ)梅酢(うめず)または米(こめ)の酢(す)に筍(たけのこ)めうが生姜(しやうが)なと漬置(つけおく)事/重宝(てうはう)
 なれとも四五日のうちにかび出て其/味(あしはひ)も変(へん)ずるもの也是を防(ふせ)ぐ
 法は白芥子(しろげし)の細末(さいまつ)を絹(きぬ)にても布(ぬの)にても袋(ふくろ)とし酢(す)の中へ沈(しづ)め
 おけは醭(かび)出ること決(けつし)てなし神秘(しんひ)の妙方なり又/夏日(かじつ)醤油(しやうゆ)
 のかび出るにも此方(このはう)にてとまること妙也
   ○酒(さけ)の持(もち)わるき陶(とくり)をよく酒をもたす法
 酒(さけ)のもちあしく酒を損(そん)ずる陶(とくり)は夏の土用(とよう)中の節(せつ)に水を入て
【左丁】
 十四五日おきて其水を捨(すて)てのち酒(さけ)を入るへし已後(のち)は幾日(いつか)
 酒を入おきても酒味(しゆみ)そんする事なし
   ○胡椒(こしやう)を粉(こ)にする法
 胡椒(こせう)を茶わんに入ひやうたんの尻(しり)にてするべし暫時(ざんじ)に細(さい)
 末(まつ)になる事妙なり是/不思議(ふしき)の妙理(めうり)はかるべからず
○諸雑門(しよざつもん)
   ○墨(すみ)にて文字(もし)を書(かき)水につけ紙(かみ)はそこに沈(しづ)み文字は
    水上(すいしやう)にのこり外(ほか)の紙(かみ)にておほひて其/文字(もし)をとる伝

【右丁】
  明礬(めうばん)の粉
  赤小豆(あづき)の粉
  黄栢(かや)の粉
 右三味/細末(さいまつ)して絹(きぬ)につゝみ水にしめし紙(かみ)にかゝんと思ふ所(ところ)かるく
 たゝき付/置(おき)墨(すみ)をこくすり何(なに)にても書(かき)たるを上(うへ)にして水にうつし
 はし先(さき)にてそろ〳〵と紙(かみ)のはしの方(かた)よりおさへゆけば書たる墨(すみ)ば
 かり水(みつ)上にうかみ紙(かみ)は水底(そこ)に沈(しづ)むなり又/外(ほか)のぬれざる紙にて浮
 たる文字(もし)の上におけば其かみにこと〴〵くうつるなり
   ○白紙(しろかみ)を火(ひ)にてあぶれは文字(もんし)顕(あらは)るゝ法
【左丁】
  上酒(しやうさけ)にて何(なに)なりとも文字(もし)を書(かき)よく乾(かはか)し置(おく)なりさて火にて
 あぶれは其/如(こと)くに文字(もし)あらはるゝなり
   ○白紙(しろかみ)に火をつくれはしぜんに文字/焼(やけ)ぬける方
 炭火(すみひ)の上(うへ)にあるじやう【注】といふて白(しろ)き灰(すみ)【はい】をとり硯(すゞり)の中へ入て
 墨(すみ)をすり此/墨(すみ)にて何にても書(かき)てよく火(ひ)にてかはかし其/文字(もし)
 の処(ところ)へ火を付(つく)れは文字たけ焼(やけ)ぬけて彫(ほり)ぬきのごとく成也
   ○白紙を水(みづ)につけて文字(もじ)あらはるゝ方
 明礬(めうはん)を水にてとき何(なに)なりとも書(かき)て能(よく)かはかしおけば少(すこ)しも知(し)れぬ
 ものなり是を水(みつ)にうかせば文字/白(しろ)くあらはる也

【注 「じょう(尉)」は、炭の形のままの白い灰】

【右丁】
   ○煎(せん)じたる茶(ちや)茶碗(ちやわん)の中にて水とわける法
 丹礬(たんはん)の細末(さいまつ)を少し煎(せん)し茶(ちや)の中へ入れ攪(かきまは)せば水と茶(ちや)と分る妙也
   ○竹(たけ)の筒(つゝ)に蛍(ほたる)を入/外(ほか)より其/光(ひか)り見ゆる法
 青竹(あをたけ)の上下に節(ふし)をのこし錐(きり)にて穴(あな)をあけ蛍(ほたる)を其/穴(あな)より入る也
 何(なに)ほと厚(あつ)き竹にても光(ひか)り外(そと)にあらはるゝこと妙也/枯(かれ)たる竹(たけ)にては見えず
   ○豆腐(とうふ)に絵(ゑ)を書ておちさる法
 紅(へに)にても墨(すみ)にても酢(す)にてとき古礬(こはん)を少し入/何(なに)にても豆腐(とうふ)の
 上に書(かく)なり煮(に)てもはげる事なし
   ○歩行(ほこう)するに股(もゝ)すれするを治(ち)する神方
【左丁】
 生姜(しやうが)のしぼり汁(しる)にてあらふべし忽(たちまち)治(ぢ)する神方(しんはう)也また生
 姜を袖(そで)に入れてもよし
   ○草花(くさばな)より紅粉(へに)をとる法
 何(なに)によらず赤(あか)き花(はな)にはみな紅(へに)あるものなり葉鶏頭(はけいとう)など
 よろし是(これ)をすりをろかし絹(きぬ)にてこし其/汁(しる)に松(まつ)のみどりを入
 是を土(ど)なべにて煎(せん)ずれば紅粉(へに)はそこにとゞまる也是に烏梅(うばい)の
 汁を見合(みあはせ)に入れ常(つね)の紅粉(へに)を取(とる)やうにしてとるなり若(もし)道具(たうく)
 なければ金(なか)どふしの中に羽二重(はふたへ)をしき是(これ)へ汁(しる)を入て水を
 たらし紅粉(へに)を取(とり)用ゆるときは常(つね)の酢(す)にてもとき古礬(こはん)少し入

【右丁】
 絵(ゑ)の具(く)にもつかふなり
   ○貝(かい)るい象牙(さうげ)角(つの)るいに文字(もし)又は絵(ゑ)を生(うま)れつきの
    やうにあらはす妙方
 せしめうるしにて何(なに)なりとも心のまゝに書(かき)てよく乾(かは)かし生酢(きす)に
 廿日はかり漬(つけ)おき酢(す)をさりうるしをみがき落(おと)せはその漆(うるし)の
 あと自然(しせん)と文字(もし)高(たか)く鮮(あさやか)に見え天然(てんねん)の文字(もじ)のごとくみゆる也
   ○光沢布(くわうたくふ)の法
 浅黄木綿(あさきもめん)一尺に切(き)り水にそゝき石灰(いしはい)の気(き)をよく去(さ)り乾(かはか)し
 十文字にしんしをはり其上(そのうへ)へイホタラウをうすく平(たひ)らかにふり
【左丁】
                   雅喬【印】
【挿絵】

【右丁】
 かけぬるき火(ひ)にてそろ〳〵あぶれは蝋(らう)とけて木綿(もめん)一面(いちめん)にしむ也
   ○即席(そくせき)焼印(やきいん)の術
 白き板(いた)に墨(すみ)にて何(なに)なりとも文字(もし)を書(か)き其上へ艾(もぐさ)をその文
 字の通(とを)りにおきそれに火(ひ)を付けれは艾(もぐさ)こげて跡(あと)焼印(やきゐん)如し妙也
   ○丸竹(まるたけ)の節(ふし)をぬく術
 先(まつ)初め二(ふた)節(ふし)ほどぬきさりて其中へ水を入/小石(こいし)を弐つ三つ
 一所に入/竹(たけ)を立(さて)【ママ】にして大地(たいち)をつけば何(なに)ほど太(ふと)き竹にても節(ふし)
 こと〴〵くぬけること妙也
   ○虱(しらみ)紐(ひも)の法
【左丁】
  水銀(みずかね)    六匁《割書:アラビヤコンにて|よく和したるもの也》
  苦辛(くしん)    壱両
  烏頭(うづ)    半両
  百部根(ひゃくぶこん)   弐匁
  雄黄(おわう)    弐匁
 右五味水見/斗(はから)ひに入白/木綿(もめん)壱尺をたてに十六に切り
 右の中へ入/猛火(つよきひ)にて煮(に)つめる也
   ○懐中(くはいちう)蝋燭(らうそく)の法
 木綿(もめん)糸(いと)十筋ばかり合(あは)して是をしんにして唐蝋(とうらう)五拾匁

【右丁】
 うこんの粉弐匁右/鍋(なべ)に入/煎(せん)じ粕(かす)をさり鉢(はち)に入少し
 さまし其中へ右の糸(いと)を入れいまだ乾(かは)かざる中(うち)に渦巻(うづまき)にし用
   ○花(はな)の露(つゆ)の法
 大茴香(おほういきやう)     三匁
 香丁(かうてう)      三匁五分
 山奈(さんな)      壱匁五分
 甘松(かんせう)      壱匁五分
 いばらの花   拾匁
 白(びやく)だん     弐匁五分
【左丁】
 右六味/極(こく)末(まつ)にし美(み)りん酒(しゆ)をすこしふりかけ能(よく)しめしたる
 ものを渋紙(しぶかみ)につゝみ一時(ひとゝき)ばかり其儘(そのまゝ)かまし置取出し晒(さらし)もめん
 につゝみ蘭曳(らんびき)の中段(ちうたん)に入おき下段へは水を十分に入れ猛(つよき)
   【ランビキ 薬油や酒類などを蒸留するのに用いた器具】
 火(ひ)にて焼(やく)なり上段の水は度々(たび〳〵)に仕(し)かゆべし
   ○天井(てんしやう)の絵(ゑ)を写(うつ)しとる術
 高(たか)き天井の張(はり)付(つけ)の絵(ゑ)または文字(もし)にても下(した)にて写(うつ)すに
 一筆(ひとふで)〳〵上(うへ)を仰(あを)げはうつし難(かた)く是を写(うつ)すには鏡(かゝみ)を壱□【面ヵ】
 下におけば是へ天井の絵(ゑ)にても文字(もし)にてもよく写(うつ)るな□【りヵ】
 是を見て書(かき)写(うつ)すべきなり誠に妙なり

【右丁】
   ○蓮根(れんこん)をかたくし彫物(ほりもの)などせらるゝ法
 蓮根(れんこん)と牛蒡(ごばう)根と一所に清水(みつ)にて煎(せんじ)る也十分に熟(じゆく)□【しヵ】
 たるとき取(とり)出し日に干(ひ)す也/乾(かは)くにしたがひて蓮根(れんこん)次第に
 かたくなる事妙なり是(これ)を以て随意に彫物(ほりもの)すべし
   ○絹布(けんふ)にどうさ引(ひか)す墨(すみ)ちらぬ法
 生姜(しやうが)のしぼり汁(しる)又/糯米(もちこめ)の粉(こ)を少(すこ)し墨にすり込(こ)むときは
 墨ちらず暖簾(のうれん)などこれにて書べし
   ○銅(あがゝね)【あかゞねヵ】道具(どうぐ)垢(あか)付(つき)穢(よごれ)たるを落す法
 梅酢(うめす)にてみがきとの粉(こ)にてこすれは新(あた)らしき器(うつは)の如(ごと)くなる也
【左丁】
   ○割(われ)たる道具(だうぐ)つきやう
 麩(ふ)を板(いた)の上におしひらめあめいろになり堅(かた)まりたるを粉(こ)に
 して貯(たくは)へおき道具(どうぐ)われたるとき水にてねりつくべしふたゝび
 はなるゝことなく漆(うるし)つぎ同やうになること妙也
   ○遠路(えんろ)を歩行(あるき)て足いたまざる法
 遠路(とをみち)を行ときは足(あし)のうらと甲(かう)とに胡麻(ごま)の油をぬれば
 いたまず又/洗足(せんそく)して後(のち)塩(しほ)を少(すこ)しつばにてとき足(あし)のうらと
 甲(かう)とにぬりて火(ひ)にてあふるべし斯(かく)すれは足いたむことなし
   ○足(あし)に豆(まめ)の出来(でき)ざる妙方

【右丁】
 旅(たび)だちするに硫黄(いわう)木二三枚/懐中(くはいちう)すれば足に豆(まめ)のできざること妙也
   ○終夜(よもすから)寝(ね)ずして眠(ねふた)からざる法
 ねぶりに堪(たへ)がたきとき鼠(ねづみ)の糞(ふん)を紙(かみ)につゝみ臍(へそ)にあて張付(はりつけ)おく
 べし眠らざる事妙なり
   ○慈石(ししやく)の説(せつ)
 磁石(ししやく)を試(こゝろみ)るに一つの石(いし)に自然(しせん)と六/合(かう)の位(くらゐ)を備(そな)へたる物と
 見えたり《割書:上下東西南北|これを六合といふ》これをこゝろみるに針(はり)の鋒(さき)に磁石の
 北(きた)をすり付/針(はり)の耳(みゝ)に慈石の南をすり付其/針(はり)にて燈心(とうしん)の
 横(よこ)につらぬき水に浮(うか)むれは針先(はりさき)北(きた)を指(さ)す也又/針先(はりさき)に
【左丁】
 磁石の東を磨(す)り耳(みゝ)に西をすり付れは水にうかすに東西に
 よこたはりて東(ひかし)をさす也磁石の坤(こん)と艮(こん)をすれば角(すみ)どりに
 うかむ也/巽(そん)乾(けん)も又同し
 磁石の方角(はうがく)をしるには時計(とけい)をもつて石(いし)の周(めくり)を触(ふれ)めくら
 せば同気(とうき)相/求(もと)めて北の所にて羅経(らけい)の針先(はりさき)むかひ南の所
 にて針の岐(また)むかふにてしるなり○本草綱目(ほんさうこくもく)に宗(さう)■(けい)【奭ヵ】か説を
 丙(へい)の位にかたよるといへるは針先(はりさき)を丙(ひのえ)の方にすり付針の耳を
 壬(しん)の方にすり付たる針にて考(かんが)へたるとみゆ
   ○薫物(たきもの)の方

【「慈石」はママ】

【右丁】
  沈香(ぢんかう)      四匁
  白檀(ひやくだん)      弐匁
  霍香(くはつこう)      壱匁
  甘松(かんせう)      三分
  なべ炭(ずみ)     壱匁
  焼(やき)しほ     五分
 右六味/極(こく)細末(さいまつ)煉蜜(ねりみつ)にて調合する也
   ○又方
  沈香(しんかう)      弐匁
【左丁】
  丁子(てうじ)      壱匁五分
  白檀(ひやくだん)      五分
  甘松(かんせう)      壱匁
  なべ炭(ずみ)     壱匁
  焼塩(やきしほ)      五分
 右六味/極(こく)細末(さいまつ)練蜜(ねりみつ)にて調合するなり
   ○又方 《割書: |梅花(ばいくは)と号する也》
  沈香(しんかう)      拾匁

【右丁】
  丁子(てうじ)      五分
  甘松(かんせう)      壱匁
  白檀(ひやくだん)      壱匁
  欝金(うこん)      三分
  薫陸(くんろく)      壱分
  杉(すき)のけし炭   三匁
  焼塩(やきしほ)      五分 
 右八味 極(こく) さいまつ練蜜にて調合するなり
   ○薫物(たきもの)を調和(こしらへ)する練蜜(ねりみつ)の法
【左丁】
 蜜四拾匁に水/小茶(こちや)わんに一はい入/一昼夜(いつちうや)ばかり鍋(なべ)にて
 そろ〳〵と煎(せん)じ冷(ひや)して壺(つほ)に入(いれ)口(くち)を紙(かみ)にてよく封(ふう)じたくはへおき
 年月(としつき)をふりほど能(よく)熟(しゆく)してよしとす一切の薫物(たきもの)是を以て
 調合(てうこう)すべし香気(かうき)をますもの也
   ○花生竹(はないけだけ)のきりやう
 花生竹(はないけだけ)を切るにとかくゆがみ安(やす)きものなり是(これ)をゆがまぬやうに
 きる法(はふ)は厚(あつ)き紙(かみ)壱まいを弐つに折(をり)て墨打(すみうち)しておきさて
 此/紙(かみ)を随分(すいぶん)むらなきやうによく〳〵糊(のり)を付て竹(たけ)へはり付この
 紙の墨打(すみうち)のたがひなきに挽(ひく)べしゆがむ事なし

【右丁】
   ○朱(しゆ)を以(もつ)て水銀(すいきん)を製する方
  極製朱(こくせいしゆ)        半斤
  けやき灰(ばい)    《割書:細末|》 壱合
  シャ〳〵キ《割書:ノ》灰 《割書:同 |》 壱合
  寒水石(かんすいせき)     《割書:同 |》 三両
  明礬(めうばん)      《割書:同 |》 壱両
  燈(とも)し油        五勺
 右六味ともし油をもつて先(まつ)朱(しゆ)を煉(ね)り是を厚(あつ)き紙(かみ)に
 膏薬(かうやく)をのはす如くに延(のば)し微火(びくは)にて少しあぶりあら乾(かわ)き
【左丁】
 したるものを鋏(はさみ)にて細(こま)かにきり釜(かま)に入るなり尤釜の底へ
 けし炭(すみ)を壱合あまりしき其上右六味のものを追々(おひゝ)に
 入れて第(たい)一の上へは明礬(めうばん)と寒水石(かんすいせき)とを多分にふり
 かけ置也文武火にて次第(したい)につよき火にして焼也
  右/水銀(みづかね)釜(かま)は京都市中にはなきものなり
   伏見街道二の橋北詰東側火鉢屋安兵衛方にて此釜を製す
  朱座 京都烏丸丸太町下ル町
   極製朱 《割書:壱両|》代三匁二分  光明朱 《割書:同》代壱匁八分
   本朱  《割書:同 |》代壱両弐分  右定直段古今高下無之事

【右丁】
   ○辰砂(しんしや)を以て水銀(みつかね)を製する法
 右/朱(しゆ)にて水銀を製(せい)すると同断なり
   ○朱(しゆ)がら又/古(ふる)き朱器(しゆき)等を以て水銀(みつかね)を製する法もあれとも
    少し口伝(くてん)ありて筆紙(ひつし)に述がたし仍て略之
   ○■■(きし)乙(をつ)の 符(ふ)の説
 世上に疫病(やくびやう)のまじなひとて■■(きし)乙(をつ)の三字を紙(かみ)にかきて門戸(かど)に
 はる事あり群談採余(くんたんさいよ)に出たり唐土(もろこし)豫章(よしやう)の南に粟渡(そくと)と
 いふ処あり宋(さう)の乾道(けんだう)八年の春一人の僧(そう)きたり渡守(わたしもり)に告て曰
 追付/此処(こゝ)へ異相(ゐさう)なる者五人来るへし彼等(かれら)を渡しなば禍(わざは)ひ
【左丁】
 あるへしとて此符を与(あた)へ去る渡守(わたしもり)怪(あや)しく思ふ所へ果(はた)して黄(き[なる])□【衫(ころも)】を
 着し怪(あやし)き籠(かこ)を負(おひ)たる者五人きたりて船にのらんとせしかばすはやと思
 ひ拒(こば)みて渡(わた)さず急(いそ)き渡らんと争(あらそひ)けるうち彼(かの)符(ふう)を出し見せしかは恐れ
 まとひて各(おの〳〵)笈(おひ)をすてゝ逃(にけ)去(さ)りたり其/笈(おひ)を開(ひら)き見るに小き棺(くはん)を
 数百入たりわたし守其/棺(くはん)を残らす焼(やき)捨(すて)たりさて其符を書て人々に
 伝(つた)え与ふ其後(そのゝち)此わたしの南にあたる地は疫病(ゑきひやう)はやりて人多く損(そん)ぜる
 事なりしに北に当り豫章(よしやう)の方は一人も病(やめ)る者なし夫より所々に
 伝(つた)はり此/符(ふう)を門戸(もんこ)にはり付るなり此■■(きし)乙(をつ)の三字この
 符(ふう)に出たるのみにて外に訓語(くんご)もなく是すなはち鬼(き)を

【右丁】
 避(さく)るの理(ことはり)にてもあるにや


【鼎左】秘録附録《割書:終》
            三条通柳馬場東角
 御免嘉永四《割書:亥》年十二月
          京都書房堺屋仁兵衛梓
 嘉永五《割書:子》年六月刻成
【左丁】
【文字無し】

【右丁】
 避(さく)るの理(ことはり)にてもあるにや


鼎左秘録附録《割書:終》
            三条通柳馬場東角
 御免嘉永四《割書:亥》年十二月
          京都書房堺屋仁兵衛梓
 嘉永五《割書:子》年六月刻成
【左丁】
【文字無し】

【裏表紙】

江戸町独案内

【表紙ラベル】
291.36
SUH
日本近代教育史
資料

【囲み内】
町つくし  全

【右丁】
【手書き文字、上下の順】
291.36
SUH

10814233
【丸印字不明】
【蔵書印:東京学芸大学蔵書】

【左丁】
 因幡町
  南伝馬町二丁目三丁目の南東の
  横川二丁目也但し鈴木町のつゞき

 出雲町
  芝口竹川町のつゞき

 ▲同町の内芝口金六町
  又   芝口北紺屋町 あり
 飯倉町 六町有
  壱丁目二丁目は神谷町のつゞき
  三丁目より末は赤羽根橋の通也
  里俗此所をかはらけ町といふ
  五丁目は西横町也
 ▲飯倉片町は西久保四辻辺麻布の通

麻布
 市兵衛町
  ため池の脇れはなん坂の上を西の
  方へ行所

 今井町
  毛利大和守御やしきの所を
  赤坂へ出る所也
 ▲今井高町   同所つゞき
 ▲今井三谷町  同所つゞき

 一本松町
  市色町の南やぶ下の上への方
【欄外に「□」と「二」】

【右丁】
 市谷上寺町  川田くぼつゞき
 市谷南寺町  本村のつゞき

 伊皿子町
  芝田町 九丁目の横○麸名物
 ▲同所台町  同所つゞき也
四ツ谷
 伊賀町
  伝馬町三丁目北横町
下谷
 池の端仲町
  茅町のつゞき

浅草
 今戸町
  金龍山下瓦町橋の北

本所
 入江町
  辻のはし北隣川岸通り

 石原町
  御竹蔵の脇里俗弁天小路と■【云ヵ】所有
 ▲同所代地町
深川
 伊沢町
  清泉□町うしろ油ほり辺
【左丁】

 今川町
  永堀町のつゞき油ほり辺

 伊勢崎町
  仙だい堀北かし通り

 一色町
  高町の南の川岸通り

 石嶋町
  扇はしつゞき木場のうち

 入船町

深川六間堀代地
 岩戸町      弐町有
  牛込御たんす町の辺
 里俗に唱ふる所
 ▲入谷下谷御切手町のつゞき也
 ▲いなり河岸柳原土手のうち
 ▲石切横町四ツ谷塩町の角
【○の中に「ろ」:上部欄外に▲】
 蝋燭町
  神田横大工町つゞき
 露月町
  芝口源助町つゞき
【欄外に「ろ」と「三」】

【右丁】
麻布
 六本木町
飯くら
 六本木町
  二ヶ所とも龍土のつゞき
 六軒茶屋町
  目黒行人坂手前永峯町続
堀江
 六軒町
  ふきや町河岸のつゞき里俗よし
  町といふ   芳町新道といふ
芝金すぎ
 六軒町     金杉橋南うしろ
青山
 六軒町     善光寺近所
四ツ谷
 六軒町     内藤新宿之内
浅草山之宿
 六軒町     山の宿町の内東側
下谷
 六軒町     屏風坂下町横町
浅草
 六軒町     同所つゞき浅草方
深川
 六間堀町
  さるこ橋の東
 ▲同所代地
浅草
 御陸尺屋敷   門跡の脇金龍寺向
本所
 御陸尺屋敷   入江町の辺
【左丁】
小石川
 陸尺町     伝通院前の辺
深川
 六人屋敷    三十三間堂の辺

 六万坪町    洲さきの脇
 里俗に唱ふる所
 ▲六道の辻青山紀州様御屋敷
  うしろ権太原のつゞき
【○の中に「は」:上部欄外に▲】
 通旅籠町
  大伝馬町二丁目つゞき里俗大伝
  馬町三丁目といふ

神田
 旅籠町        弐町有
  筋違御門外行あたり也

浅草
 元旅籠町       弐町有
  森田町つゞき御蔵前也

 ▲同所代地は茅町の東中代地と云

 新旅籠町
【欄外に「は」と「四」】

【右丁】
  黒船町のうしろ堀田原の辺
 ▲同所代地続きにあり
 長谷川町
  田所町の南

 元浜町
  新大坂町の河岸の方

  浜町といふは久松町若松町の東
  南の方新大橋手前迄一円に
  浜町と唱ふ此内に山伏井戸
  矢の蔵などいへる小名あり尤
  武士地也
霊岸嶋
 浜町
  北新川といふ

芝金杉
 浜町
  金杉町の東海手也

 馬喰町        四町有
  小伝馬町のつゞき四丁目は浅草
  御門の前

 橋本町
  馬喰町の北の方

【左丁】
  三丁目四丁目は横通り柳原へ出る所
 ▲同所河岸埋立上納地有
  馬喰町と橋本町の間を附木店と云

 箔屋町
  通三丁目と四丁目の間東横町也
 ◦秤座有守随彦太郎
 八官町
  芝口竹川町の西の方丸屋町つゞき
 本八町堀       五町有
  本材木町八町目の橋を東へ渡る所
  松屋町のつゞき也

  同所壱丁目の内上納地有
 南八町堀       五町有
  本八丁堀南河岸也《割書:但四丁目無之|》
 ▲代地

 箱崎町        弐町有
  小あみ町三丁目橋の向

  同所埋立地有里俗四方店と云

 浜松町        四町有
【欄外に「□」と「五」】

【右丁】
  神明町のつゞき
神田
 浜松町
  外神田いづみ橋向松永町の脇

 花房町
  外神田筋違御門外わら店の取付
本郷
 春木町       三町有
  本郷壱丁目横より加州御屋敷
  脇へ出る所
小石川
 白山前町
  駒込片町より白山社へ出る所

 白山大道通り  白山御殿へ出る所

 橋戸町
  戸崎町のつゞき柳町のきわ

 原町      指ヶ谷町の辺
すかも
 原町        弍町有
  加州御中屋敷南の方
牛込
 原町        三町有
   赤城社の脇
青山
 原宿町     久保町の辺
【左丁】
牛込
 破損町    大久保へ出る所

 払方町    かくら坂の脇西ノ方

 馬場先片町  改代町の脇馬場の前

 馬場下町   穴八まん門前の所
同  
 馬場下横町  同所横通り
小日向
 八幡坂町   大日坂の脇
市ヶ谷
 八幡町    市谷御門外
深川
 八幡町    富か岡八まん前
             大通
かうじ町
 隼町
  麹町壱丁目脇火けし屋敷横
神田
 八軒町    小柳町の脇
鮫ヶ橋
 八軒町    さめが橋南町辺
浅草
 八軒町    駒形町横三間町脇
本所
 八軒町    中ノ郷竹町のつゞき
浅草
 花川戸町
   材木町のつゞき大川橋のきわ
【欄外に「□」と「六」】

【右丁】
浅草
 橋場町
  今戸町のつゞき

本所
 原庭町
  中ノ郷と番場のうしろ
 里俗
  御仲間新町  昌三堀の小名有
本所
 番馬町
  石原の北ノ方原庭のつゞき川通

      ▲此辺ゟ北本所と云

 八郎兵衛屋敷
  一ノ橋弁天の南角
同 
 林町     四町有 ■■■■【墨で塗つぶし】
  二ノ橋南川岸通り
  同所横町

 花町   三ッ目みどり町つゞき
  花町新大坂町を俗花町と云
【左丁】
深川
 蛤町
  黒江町辺のうしろ新地の川通
  北側辺又寺町の脇にも有


 橋富町      御舟蔵の辺

 伯隆屋敷     八まん向かしの内
 ▲蛤町代地町
【○の中に「に」:上部欄外に▲】
西河岸町
  日本橋南を西ノ方へ行所

上野
 仁王門前町   広小路の所
神田明神
 西町      明神大鳥居ノきは
深川
 西町      木場の内

 西永町     木場の内
【欄外に「には」と「七」】

【右丁】
芝 
 二本榎
  白金より品川台町へ出る所也
  寺町なり
 ▲西ヶ原といふは
  飛鳥山手前百姓地也

 里俗
  人形町といふは長谷川町新
  のり物町の中の通堺町辺迄を云

  廿軒茶屋といふは
  浅草寺地内伝法院のむかふ
  茶屋をいふ

【○の中に「ほ」:上部欄外に▲】
 本町         四町有
  常盤橋御門外の町也
  河岸の内町年寄役所ならやと云
 ・壱丁目に金座有

 ・弐丁目に町年寄役所樽といふ
【左丁】
 ・三丁目に町年寄役所喜多村と云
 ・四丁目
 本町三丁目裏川岸
  本町のうしろ室町中の横町
 掘留町      弐町有
  大伝馬町の南うしろ

 堀江町      四町有
  小舟町の東うしろ
 ◦壱丁目二丁目
  三丁目
  四丁目
 堀江六軒町   ろノ字の部に出す
 本郷       六町有
  湯島六丁目のつゞき
  五町目は加州御屋敷有
【欄外に「へ」と「八」】

【右丁】
  其外入交
 ▲古庵屋敷  四丁目の内
 ▲真光寺門前 同所
 ▲喜福寺門前 六丁目の内
 里俗
 ・附木店といふ所四丁目ノ内丸山へ出る所
築地
 南本郷町 築地小田原町のつゞき
市谷
 本村町  尾州殿御屋敷前 
麻布
 本村町  仙台坂の所
牛込
 牡丹屋敷 つくどの辺
本所
 法恩寺前続代地町
    亀戸ばしの手前
深川
 堀川町
  油ほりの内永堀町つゞき
 里俗
 ・ほしか場といふは海辺大工町の内
  高橋の東ノ方也
 ・仏店といふは下谷町つゞき山下の
  原の所

【○の中に「へ」:上部欄外に▲】
【左丁】
浅草
 平右衛門町
  浅草御門外柳橋迄の河岸通

牛込
 弁財天町  七けん寺町辺
本所
 弁天屋敷
  一ッ目橋の角
 里俗
  弁天横町といふは本所御舟蔵の
  うしろ
  弁天小路は石原の内二ッめ横町
  へつつい川岸は住よし町となには
  町のうら川岸也
 弁慶橋  神田松枝町の通也
【○の中に「と」:上部欄外に▲】
 通壱町目    《割書:壱丁目ゟ|  四町有》
  日本橋南也但し日本橋とは不記
 ◦壱丁目

 ▲西新道をいなり新道といふ
 ▲東新道をきはら店といふ
 ◦弐丁目
【欄外に「と」と「九」】

【右丁】
 ▲東新道を式部小路といふ
 ▲西新道を三竹長屋又十九文横町
  三丁目四丁目
 道寿屋敷
  通三丁目の西横町すきや町の内也
 道有屋敷 神田岩本町のつゞき
 常盤町     弐丁有
  南伝馬町三丁目中東横町
深川
 常盤町     三町有
  壱丁目二丁目は高橋のきわ
  三丁目は本所みろく寺西の方
 富沢町    長谷川町つゞき

神田
 富山町     弐丁有
  松田町のつゞき也

 富山町
  葺手町ゟ切通へ出る所也
神田
 富松町
  豊島町の脇土手下也
  同所元地は外神田あたらし橋向
 富槙町
  中橋南槙町の脇
【左丁】
小石川 今上富坂町は浅草堀田原つゞきへ引る
 富坂町     上富坂町中富坂町
         下富坂町と有
  水戸殿御屋敷うしろの方

 富坂新町   同所横町也
深川
 富田町    清すみ町の辺
同 
 富吉町    同所の辺

 富岡町    三かく屋敷辺

 富久町    木場の内

 富川町    同所
神田
 豊島町      三町有
  細川御屋敷前通り
三田
 豊岡町
小石川
 戸崎町    御てん坂下
浅草
 元鳥越町   さるや町のつゞき
 ▲同所新地 
 ▲同所続書替屋敷《割書:并|》町屋
 新鳥越町     四町有
  山谷町のつゞき
湯しま
 棟梁屋敷 ゆしま六丁目の内
【欄外に「□」と「十」】

【右丁】
青山
 道玄坂町    大山道の方
本所
 徳右衛門町     弐町有
  三ッ目橋の南かし通り也

 時の鐘屋敷
  辻の橋横川通 里俗 
           かねつき堂と云
横山
 同朋町
  横山町壱丁目と弐丁目の南横町
  橘町三丁目つゞき也
下柳原
 同朋町
  両国吉川町のうしろ柳橋のきは也
神田明神下
 同朋町   明神石坂の下
湯島天神下
 同朋町   湯島天神中坂下北
本郷
 同朋町   竹町の脇
下谷
 同朋町   長者町つゞき
西ノ久保
 同朋町   ふき手町辺
金杉
 同朋町   金杉橋南西ノ方
             うしろ
築地
 同朋町   同所つゞき
三田
 同朋町   ひじり坂の脇
【左丁】
 里俗 已下たの類に出すべきを
    音のきこえやすき故にこゝに出
 ・とうか堀といふは小網町二丁目の
  うしろの堀をいふ
  ゆゑとうか堀といふ
 ・堂前といふは浅草新堀の末
  清水寺の前をいふ
 ・道三河岸はときわ橋の内

【○の中に「ち」:上部欄外に▲】
 甚左衛門町  元大坂町の西つゞき
 長五郎屋敷
  新のり物町東横町がくや新道角
 御挑灯屋平兵衛拝領屋敷
  神田須田町二丁目の内
下谷
 長者町   弐町有
  下谷御成道の東うら通
浅草
 茶屋町
  並木町のつゞき雷神門前
市谷
 長延寺谷町 土とり場の先
 里俗
  長者ヶ丸青山ゟ麻布
  かうがいはしへ出る所
【欄外に「ちりぬ」と「十一」】

【右丁】
【○の中に「り」:上部欄外に▲】
 本両替町
  駿河町の西ノ方つゞき

 新両替町    四町有
  銀座町とも云京橋の南也

 龍閑町   かまくら町つゞき
  ▲代地は柳原土手下弁けい橋通
麻布
 龍土町   伊達御屋敷の所
 ▲代地古川町は古川のつゞき
下谷
 龍泉寺町
  坂下町ゟ日本堤へ出る所里俗大
  おん寺前と唱ふ


【○の中に「ぬ」:上部欄外に▲】
神田
 塗師町 鍛冶町西横町原の所
【左丁】
 ▲同所の内御金改後藤拝借地
 ▲同代地は八町堀九鬼侯御やしき脇
 南塗師町
  南伝馬町二丁目東横丁南さや町続
【○の中に「を」「お」:上部欄外に▲】
 本小田原町     弐町有
  室町壱丁目二丁目ノ間東横町

 南小田原町     弐町有
  築地の内
 元大坂町 甚左衛門町つゞき

 新大坂町 田所町の東続
 南大坂町 芝口いづも町のうしろ
 音羽町  日本橋青物町南
 音羽/町(マチ)      九町有
  護国寺ゟ小日向の方迄

 大鋸(オカ)町  中橋広小路南東へ入

 大崎拝領町屋敷  中橋
           広小路ノ内
【欄外に「を」と「十二」】

【右丁】
 桶町      弐町有
  南伝馬町西うしろ也
 ▲同所会所屋敷有
 尾張町     弐町有
 ▲壱丁目元地同新地同所
           つゞき也
 ▲京橋南の裏かしを三十間掘と云


 岡崎町   本八丁堀のうしろ
 大富町
  南八丁堀壱丁目の南川岸也
  本多家屋敷の向町家也
  里俗あさりかしといふ
 大川端町  北新掘町のつゞき
三田
 老増町   中道寺向横町
 大久保前町 尾州殿御下やしきの辺
四ッ谷
 忍町
駒込
 追分町
  本郷のつゞきうなき縄手の先板橋
  街道と王子かいどうの追わけ也
【左丁】
小石川
 大塚町     上町 中町
         下町とあり
  小石川御たんす町の先

 大塚坂上町 浪切ふどうの所

 同 坂下町 青柳町のつゞき

 大原町   小石川ゟすがもへ出る所
本所
 尾上町   向両国元町つゞき
北本所
 表町    番場の内
深川
 大島町   黒江町つゞき
 ▲代地

 上大島町  猿江の先らかんの脇
 ▲下大島町 同所つゞき
 里俗
  大門通
  通はたご町と通油町の間の通り
  富沢町辺迄をいふ

  大横町
  本町四丁目と伝馬町壱丁目の間
  大横町
  麹町三丁目四丁目の間
  をんでん
  青山善光寺西うしろ井上家の
  屋敷の辺
【欄外に「わか」と「十三」】

【右丁】
  大亀谷は 甲州道のわき
  大崎は  白金の南

【○の中に「わ」:上部欄外に▲】
 若松町   村松町の南
青山
 若松町   善光寺手前
牛込
 若松町   原町の辺
牛込
 若宮町   かくら坂南

 早稲田町  小日向の先
深川
 割下水定浚屋敷  新地
           の内
 ▲同所続き上納地
 里俗
  わら店 筋違外花房町続
  同   牛込かぐら坂上

【○の中に「か」:上部欄外に▲】
 本革屋町
  するが町と両かへ町の横

神田
 新革屋町
【左丁】
  新石町壱丁目つゞき南の方

 里俗
 ▲もんと河岸といふ
 
 金吹町
  本石町壱丁目二丁目の間横町
神田
 金沢町  すぢかい外はたご町続

 金杉通壱町目   壱丁目ゟ
            四町有
  同所裏町西うら通
下谷
 金杉町   上町 下町
  上下町すべて六町程有
 鎌倉町
  神田橋外三河町のつゞき川岸

 ▲南側代地同所つゞきうしろ
 ▲北側代地土手下龍閑町うしろ
神田
 鍛冶町      二町有
  今川橋北原のつゞき

 南鍛冶町     二町有
  南伝馬町二丁目三丁目の間
  かぢはし御門外の通り
【欄外に「□」と「十四」】

【右丁】
さくら田
 鍛冶町  いづみ町のつゞき
 南茅場町
  山王旅所門前北河岸通り
 ▲よろいのわたしの所

 ▲新道を里俗裏かやば町と云
本所
 茅場町      三町有
  壱丁目は四□【ノ】橋北河岸
  二丁目三丁目は南河岸也
浅草 
 茅町       二町有
  浅草御門外
 ▲同所代地 東の横町也

下谷   
 茅町       二町有
  池のはた仲町のつゞき
 川瀬石町   通二丁目東横町
霊岸島
 川口町    東みなと町つゞき
牛込
 川田ヶ窪   尾州殿御屋敷うしろ
小日向
 川添屋敷   松かえ町の辺
 狩野探信屋敷  里俗
          かのふ新道と云
  五郎兵へ町のつゞき
【左丁】
 勘左衛門屋敷  新肴町の内
 亀井町
  小伝馬町三丁目裏通り

 ▲同所埋地の所を
  亀井町裏河岸と云
 亀島町
  南かやば町横河岸通
八丁堀
 亀屋屋敷 幸町の内
湯島
 亀有町代地
  麹町平川町続貝坂馬場の上
本所
 亀沢町
  本所横網町の先御竹蔵脇馬場
  表通り也

 亀戸町    天神社の所

深川
 亀久町    木場の内
■【同ヵ】
 加賀町    南佐柄木町つゞき
深川
 元加賀町   木場の内
牛込
 改代町    水道町つゞき
【欄外に「□」と「十五」】

【右丁】
小石川
 春日町   水戸殿御やしき脇
  同所之内 長右衛門屋敷と云有
巣かも
 御駕籠町  加州中やしきの脇
西ノ久保
 神谷町   ふき手町つゞき

 片門前町     二町有
  大門の南の通り
芝金すぎ
 片町    金杉橋向
小石川
 片町    富坂町の上
浅草
 片町    御蔵前鳥越橋北
 ▲同所代地茅町の東
飯くら
 片町    市兵衛町のうしろ

谷中
 片町    根津の脇
市谷
 片町    本村のつゞき
駒込
 片町    二ヶ所有
 ▲竹町つゞきかんしやういん片町
 ▲浅草新堀わき阿部川町片町
牛込
 築地片町  赤城のうしろ

 馬場先片町 水道町つゞき
【左丁】
浅草
 瓦/町(テウ)     茅町のつゞき
 ▲同所代地 同所つゞき横町
金龍山下
 瓦町     今戸橋のきわ
本所
 瓦町     五ノ橋町の手前
小梅
 瓦町     本所なり平橋ノ通
中ノ郷
 瓦町     源べい掘のわき
深川
 海福寺門前町
  れいがん寺のさき万年町つゞき
 里俗
  川合新石町といふは
        新石町壱丁目也
  貝杓子店といふは
        小あみ町二丁め横町
  かはらけ町といふは
        飯くら町三丁目
  龕前坊(がぜんほ)谷といふは
        市兵へ町上杉やしきの所
  傘谷といふは
        湯島杉浦屋敷横
  霞ヶ関といふは
        黒田ト芸州屋敷ノ間
  鐘つき堂新道といふは
        本石町三丁目ノうしろ
  かきがら町といふは
        元大坂町横銀座の所
【欄外に「よ」と「十六」】

【右丁】
【○の中に「よ」:上部欄外に▲】
 万町    日本橋南東横町

 元四日市町  万町裏通り
 ▲同所広小路
 
 ▲同河岸の方をきさらづ

 ▲同所江戸橋通り

霊岸島
 四日市町  此所を新川と云
   南新堀のうら通り河岸

 横山町     三町有
【左丁】
  通り塩町の続

 ▲同所同朋町 とノ部に出
 ▲同所三丁目代地
 米沢町      三町有
  両国広小路西ノ方

 ▲埋立地の所をやげん堀と云

 吉川町
  両国広小路東之方

 養安院屋敷
  神田橋外角の所
 与作屋敷
  京はし南詰東側
  里俗四方店といふ
 ▲同所代地 八丁ほりに有
 寄合町
  山下御門外かし通
【欄外に「□」と「十七」】

【右丁】
柏木村
 淀橋町
  四谷内藤新宿の先八王子道
大塚
 四家町
本所
 吉田町   二町有
  法おん寺橋西
 ▲同所之内御用屋敷有
 ▲同所続代地町

 横川町 中ノ郷の通

 吉岡町   二町有
  吉田町続
 ▲新銭座といふ所有
 ▲同所横町
 ▲同所御用地
 ▲同所続代地町

 横網町  回向院の北横
深川
 吉永町  木場の内
浅草
 新吉原町 五町まちと云
  浅草田町のうしろ

  江戸町   二町有
  角町
【左丁】
  京町    二町有
  あげや町
  ふしみ町
  西河岸
  東河岸
  水道尻
  五十軒道  大門の外也
【○の中に「た」:上部欄外に▲】
 高砂町   新いづみ町続東
 田所町   長谷川町北
 橘町      四町有
 ▲壱丁目を竹かしと云
 ▲二丁目三丁目

 ▲四丁目
神田
 多町      二町有
  竪大工町北つゞき
 ◦二町目

 田町      九町有
  本芝の先ゟ大木戸手前迄
  四丁目の所を札ノ辻と云三田ゟ
     赤坂辺への追分也
【欄外に「た」と「十八」】

【右丁】
赤坂
 田町           五町有
  御堀はたゟため池へつゞく
市谷
 田町           四町有
  御ほりばた
浅草
 田町     山川町つゞき日本堤下

本郷菊坂
 田町     きく坂町ゟ小石川へ出る所
同丸山
 田町     同所つゞき
神田
 竪大工町   多町壱丁目南続

 横大工町   同所つゞき西横町
 ▲同所代地
 元大工町   通二丁目西横町
 南大工町   中橋桶町の南
深川
 海辺大工町  高橋南河岸
 ▲裏町   表町
 ▲代地
青山
 御手大工町  善光寺辺
 高岡閑八拝借地
  神田紺屋町の内
【左丁】
 竹内元寿拝領町屋敷
  中橋広小路の内
 樽屋三右衛門拝領屋敷
  神田須田町二丁目の内
 畳町
  南伝馬町三丁目西横町
 竹川町    尾張町つゞき
 ▲同裏河岸   三十間堀七丁目也
 滝山町    京はし南
        弥左衛門町つゞき
 竹島町
  八丁ほり地蔵はし辺大井戸ノ横町
 卓峰屋敷   八丁堀金六町の内
さくら田
 太左衛門町  兼房町のつゞき
小日向
 第六天前町  水道ばた
 高縄町    南町仲町北町ト
        三ッに分る
  東町のつゞき大木戸のきわゟ
  品川入口迄凡八丁ほど

 ▲同所台町 ▲同横町
麻布
 田島町    芝相模殿はし向
        鷺森辺にも同名有

 但馬横町   二本榎ゟ高輪へ出ル
【欄外に「□」と「十九」】

【右丁】
神田明神下
 御台所町
  明神石坂下南之方はたご町ノ脇
 ▲同所之内御賄屋敷
麹町
 谷町    こうじ町北ノ方
麻布
 谷町    市兵へ町の脇
 ▲同所代地
さめがはし
 谷町
市谷
 谷町    五段の西
四ッ谷
 御単笥町  伊賀町辺
牛込
 御単笥町
小石川
 御単笥町
  伝通院前通組屋敷の先
下谷
 御単笥町  御切手町辺入谷の脇
上野
 北大門町  広小路之内

 南大門町  御成道うしろ
 柳原大門町 佐久間町辺
下谷
 大工屋敷  広徳寺前
       いなり町一丁め之内
浅草
 高原屋敷  門跡の向
【左丁】
浅草
 田原町     三町有
   壱丁目は門跡の東ゟ三丁目は
   東仲町のつゞき也
  ◦壱丁目
   三丁目
  里俗
   大名小路といふは
      松平内蔵頭。殿やしきの通
   代官町といふは
      半蔵御門内西。御番所ノ辺
   田村小路といふは
      芝あたご下田村御やしき通
   太刀売といふは
      京橋こんや町かし通
   大根河岸といふは
      京橋北河岸の所
   大根畑といふは
      本郷新町家の所
   大音寺前といふは
      竜泉寺町の辺
   田中といふは
      日本堤の下山谷町の続
   鷹匠町といふは
      小石川御たんす町通ゟ北へ入ル
   辰ノ口といふは
      和田くら御門外
   溜池といふは
      赤坂田町のつゞき
   竹門といふは
     浅草馬道ノ先山川町手前
【欄外に「れろ」と「二十」】

【右丁】
   竹門といふは
     御かち町加藤中やしきの所
   竹河岸といふは
     京橋北詰東かし也
   竹町といふは
    ・かうし町十一丁め・北八丁ほり
    ・本郷二丁め・本所中の郷
    ・下谷は上野広小路東かはに有
     駒込白山の上浅草駒形のつゞき
     湯島大根畑に有
【○の中に「れ」:上部欄外に▲】
神田
 連雀町
  須田町の西うしろ

 霊岸島町  みなと橋の通り
 ▲同所埋立地 れいがんはしの際

 芝御霊屋御掃除之者拝領屋敷
  浅草さるや町つゞき
  ため池の脇 右二ヶ所に有
深川
 霊厳寺門前町 高はしの南
【○の中に「そ」:上部欄外に▲】
 惣十郎町 尾張町のうしろ
      瀧山町つゝき
 祖父平屋敷 中橋広小路町
【左丁】
 御染屋伊右衛門拝借地
   神田紺屋町の内
 雑司ヶ谷町  目白だいつゞき

本所
 外手町    よこ網町の先
青山
 御掃除町   善光寺の先
渋谷
 御掃除町   立花殿北ノ通
渋谷
 御掃除町   青山ゟ渋谷へ出る所
小石川
 御掃除町   伝通院前
浅草
 御掃除町   黒舟町うしろ
 ▲同所に吹上御庭方拝領屋敷有
【○の中に「つ」:上部欄外に▲】
 筑波町    山下御門外
 佃島     鉄炮洲十間町の
        向島なり

深川
 佃町     新地の内

 築出シ新地  同所つゞき
市谷
 元土取場   左内坂の脇

【欄外に「つねな」と「廿一」】

【右丁】
牛込
 津久戸前町

すかも
 辻町      大つかへ出る所
下谷
 辻番屋敷    東坂町のうしろ
ゆしま
 妻乞町     つま乞坂ノ上

神田
 通船屋敷    佐久間町うしろ
西久保
 土取場     江戸見坂ノ辺
駒込
 土物店     うなぎなはての先
  里俗
   つけぎ店といふは
     馬くろ丁二丁目北うしろまた
     本郷四丁目よこ丁に有
【○の中に「ね」:上部欄外に▲】
 根津門前町
 ▲同社地門前町

  里俗
   ねりべい小路といふは
       神田仲町のうしろ
   根岸といふは
       下谷坂本の西ノ方一円
【○の中に「な」:上部欄外に▲】
【左丁】
神田
 鍋町   かち町のつゞき

 ▲東横町を馬のくら横丁ト云
 ▲西横町をせきだ町ト云
 南鍋町      二町有
  尾はり町二丁目西横町
 難波町    住よし町のつゞき
 ▲同所裏河岸をへつついかしト云
 長浜町      二町有
  本小田原町の南うしろ

霊岸島
 長崎町
  川口町の脇
本所
 長崎町
  清水町つゞき法恩寺橋西

 長岡町
  三笠町の脇
深川
 長堀町     清すみ町のうしろ
麻布
 長松町     長坂丁の脇

 長坂町     新網丁の先

【欄外に「□」と「廿二」】

【右丁】
飯くら
 永坂町    まみ穴の脇
神田
 永富町       四町有
  二丁目三丁目代地皆川町に有

神田
 永井町    岸町のつゞき

 永井町    切通シ上
八丁堀
 永沢町    八丁ほり金六町脇

 永島町    日比谷町の脇
 永峯町    白金のつゞき
浅草      
 並木町    雷神門手前

柏木
 成子町    四谷新宿の先
牛込
 御納戸町   田町の脇

 中里町    わせだの辺
池ノはた
 仲町     茅町の脇
   いノ部に出ス
神田
 仲町        三町有
  外神田筋違外
【左丁】
小石川
 仲町    富坂の辺
深川
 仲町
  永代寺門前山本町の先
 ▲東仲町と云里俗土はしと云
四ッ谷
 仲殿町
  天王の先
浅草
 西仲町    並木町のうしろ

 東仲町    田原町のつゞき

新吉原
 仲之町
  大門の通

深川
 中島町    諸町つゞき

 中川町    永掘町のつゞき
【○の中に「む」:上部欄外に▲】
 室町        三町有
  日本橋北ノ方
  壱丁目を尼店ト云

【欄外に「むう」と「廿三」】

【右丁】
  二丁目

  三丁目中ノ横町を浮世小路ト云

 村松町    橘町南うしろ

浅草
 南馬道    浅草寺随神門脇

 北馬道    同所つゞき
  里俗
   馬のくら横町といふは
      神田なべ町の東横町
   馬屋新道といふは
      小伝馬町三丁目南新道
   梅ほりといふは
      本所小梅の内
   向島といふは
      山谷ゟ寺島の方を
      一円にかく云ならはせし也
【○の中に「う」:上部欄外に▲】
【左丁】
 内山町
  京橋南瀧山町の東つゞき
 宇多川町  柴井町の続
 上野町      二町有
  下谷広小路ノ東うしろ
 上野御家来屋敷
  長者町のつゞき
 上野仁王門前御家来屋敷
  五条天神の社脇
黒門前
 上野役人屋敷
  広小路の内
 牛込通寺町   神楽坂上
 同横寺町    同所つゞき
 同末寺町    同断
 同末寺横町   同断 
  里俗
   うき世小路といふは
 ○   室町三丁目横丁
   埋堀といふは
     浅草山川町のうしろ
   請地といふは
     本所小梅の辺
   牛島といふは
     弘福寺の辺

【欄外に「のく」と「廿四」】

【右丁】
   うなぎ縄手といふは
      本郷六丁目のつゞき
   牛が渕といふは
      九だん坂の所
【○の中に「の」:上部欄外に▲】
 新乗物町  新材木町の横
 ▲同所之内庄助屋敷
 元乗物町
  神田今川橋北

 野島屋敷
  神田新かわや町続
【○の中に「く」:上部欄外に▲】
神田
 九新町  紺屋町かし通

 ▲同所代地
 ▲同所上納地
下谷
 車坂町
  東叡山車【東ヵ】坂御門外

西ノ久保
 車坂町
  新下谷町のつゞき
【左丁】
 榑正町  新右衛門町つゞき
 観世左吉拝領屋敷
  中橋広小路町の内
 具足町
  南伝馬町二丁目東横町
 久保三田町
  有馬屋敷脇ゟ古川へ下ル所

 車町   大木戸の手前
さくら田
 久保町  善右衛門町うしろ
三田
 久保町  寺町の脇
青山
 久保町  百人町の手前
小石川
 久保町  橋戸町の辺
大塚
 窪町   なみ切ふどうの先
牛込
 供養塚町 寺町のつゞき
駒込
 九新屋敷 片町の辺
下谷
 御具足町 山さき町の脇
上野
 元黒門町
  広小路西側仲町の方

【欄外に「や」と「廿五」】

【右丁】
神田
 黒門町   小柳町つゞき
上野
 新黒門町  御成道うしろ
浅草
 黒舩町  
  御蔵前のつゞき

 ▲代地 三間町の脇
深川
 黒江町   北川町つゞき
 ▲代地

 熊井町   相川町つゞき
 鶴歩町   三十三間堂ノ辺
  里俗
   榑木河岸といふは
      中はしかし通り
【○の中に「や」:上部欄外に▲】
 弥兵衛町  新大坂町南
 弥左衛門町 新肴町つゞき
  銀座町二丁目の西うしろ

 薬研堀埋立地
  米沢町西
【左丁】
 下柳原同朋町
  両国吉川町のうしろ

 ▲同所つゞき新地

 元柳原六町目
  としま町脇土手下
 柳原《割書:紋三郎|与兵衛》請負地
  柳原土手の内

 上柳原町  築地の内
本所
 柳原町      六町有
  花町のつゞき
  壱丁目五丁目六丁目は北
  二丁目三丁目四丁目は南
 柳町
  南伝馬町二丁目横町具足町続
小石川
 柳町    指谷町の先
市谷
 柳町    谷町の辺
本所
 柳島町   亀戸橋西
 ▲同所続代地 法恩寺北
神田
 大和町代地 弁慶はし東ノ方

【欄外に「□」と「廿六」】

【右丁】
神田
 大和町   橋本町の脇
 大和町立跡明地之内惣吉拝借地
  永富町原之内
 鑓屋町
  銀座三丁目うしろ弥左衛門町続
こうじ町
 山本町    平川町つゞき
 ▲代地は外神田仲町つゞき
深川
 山本町
  永代寺門前一ノ鳥居際
   里俗やぐら下といふ
神田
 山本町    麹町の代地藁店
 山下町    山下御門の外
 山城町    同所河岸通
下谷
 山崎町       二町有
  御切手町の手前

 山伏町    入谷のさき
牛込
 山伏町    神楽坂上原町へ通る処
 山之宿町   花川戸町つゞき
  ▲同所六軒町東かわ
 山川町    馬道のつゞき
  同所に谷中感応寺門前代地有
 山添煕春院拝領地 中はし
           広小路
【左丁】
 八名川町
   神田川あたらし橋外
  ▲同所之内餌鳥屋敷
深川
 八名川町   大橋東川筋
 谷中感応寺古門前町
 同 新門前町
 同 中門前町
 同 裏門前町
 同 新茶屋町
 谷中七面前町
 谷中善光寺前町
市谷
 薬王寺前町
小石川
 御薬園同心屋敷
  おたんす町の北
 里俗
  八代洲河岸といふは
     龍ノ口ゟ日比谷河岸迄
     の間河岸通り
  矢の倉といふは
     浜町の内久松町つゞき
  薮小路といふは
     あたご下加藤殿やしきの通

【欄外に「ま」と「廿七」】

【右丁】
  薬けんほりといふは
     米沢町のつゞき
  薬師堂前といふは
     小伝馬上下の所
  矢先といふは
     浅草新ほり行あたり
  山下原といふは
     上野下寺の外
【○の中に「ま」:上部欄外に▲】
神田
 松田町     下白壁町つゞき

 松島町     人形町通浜町へ行所
 ◦銀座有此所をかきから町ト云
神田
 松下町      三町有
  壱丁目代地 ぬし町のつゞき
  二丁目代地 土手下けだ物店
  同     下谷御成道うしろ
  三丁目代地 同断入組テ有
神田
 松/枝(エ)町  弁慶はしの通り
小日向
 松/枝(カエ)町  水道ばた
 松川町      二町有
  南伝馬町二丁目うしろ
【左丁】
神田
 松永町  いづみ橋向藤堂殿
            やしき西
八丁ほり
 松屋町  本八丁堀壱丁目続西
 ▲同所之内上納地有


 松本町      二町有
  新門前続三田の手前
 元松村町 木挽町壱丁目続
深川
 松村町  北川町つゞき
本所
 松井町      二町有
  一ッ目河岸通り

 松坂町  相生町うしろ
深川
 北松代町 《割書:壱丁目|二丁目》二町有
  本所四ッ目
 ▲同所裏町

 同    《割書:三丁目|四丁目》二町有
  本所法恩寺の先

 南松代町  六けんほり辺
 ▲同代地 南わり下水の内
本所
 松倉町   北割下水の内

 同新町   同所つゞき

【欄外に「□」と「廿八」】

【右丁】
深川
 松賀町   佐賀町のうしろ
 ▲同所つゞき拝領地
 上槇町   通四丁目西横町
 下槇町   同所東横町
 北槇町   中はし広小路うしろ
 南槇町   南伝馬町西横町
  里俗くれ木河岸トいふ
 富槇町   同所之辺
  同所会所屋敷 御掘ばたノ方
 升屋善太郎拝借地
  中はし広小路の内
 正木町   大鋸町のうしろ
 丸屋町
  加賀町つゞき土橋へ出る所
飯くら
 狸穴町
 丸山田町  きく坂のはづれ
 丸山新町  片町の南
深川
 万年町   寺町の所三町有
浅草
 真砂町   金龍寺前
【左丁】
  里俗
   まなべ河岸といふは
      元柳はしより
      一ッ橋様御屋敷辺
   摩利支天横町といふは
      深川仲町の内
      又下谷竹町のよこ丁
【○の中に「け」:上部欄外に▲】
さくら田
 兼房町    幸はし外
芝口
 源助町    芝口二丁目続
深川
 源左衛門屋敷  新地の内
  里俗
   けいせいが窪といふは
       駒込片町の先
【○の中に「ふ」:上部欄外に▲】
本舩町
 日本橋北詰東横町河岸

小舩町     三町有
 小網町つゞき堀江町の西

【欄外に「けふ」と「廿九」】

【右丁】
 葺屋町     さかい町つゞき

 福島町     岩くら町つゞき
  通四丁目横町
鉄炮洲
 船松町        二町有
  本みなと町つゞき
 ▲同所之内本阿弥屋敷
 二葉町   土はしの向
  芝口壱丁目西横町

さくら田
 伏見町   兼房町つゞき
西久保
 葺手町   天徳寺前
三田
 古川町   新ほりの内
麻布
 古川町   同つゞき
小日向
 古川町   《割書:西古川町|東古川町》と有
  上水の川岸東西也
市谷
 船河原町  田町壱丁目つゞき
【左丁】
牛込
 袋町    △わら店ト云
 ▲代地は外神田仲町二丁目続
駒込
 富士前町   吉祥寺の先
浅草
 福井町   茅町西ノ方
           三町有

 福富町   天文所ノ西ノ方
           二町有

  但シ二丁目は黒船町辺小揚町ノ辺也

 福川町    すは町の西うしろ
本所
 藤代町    駒止はしのきは
深川
 御舩蔵前町

 冬木町    木場の内
【○の中に「こ」:上部欄外に▲】
本石町     本町北ノ方
           四町有
 ○壱丁目二丁目

  三丁目
  同町四丁目

【欄外に「こ」と「三十」】

【右丁】
神田
 新石町      なべ町つゞき

 新石町壱町目
  竪大工町つゞき里俗川井新石町ト云
 川瀬石町     日本はし南
          通二丁目東横町
神田
 紺屋町     かぢ町東つゞき
               三町有

 北紺屋町     京はし北五郎兵へ町うしろ

  芝口北紺屋町   新はし北
  八丁堀北紺屋町  幸町つゞき
 南紺屋町    京はし南川岸通
         里俗太刀うりト云

 西紺屋町    同町つゞき弓町の
         横通御ほりばた
神田
 小泉町     弁慶はし松枝町の
         うしろ
本所
 小泉町     横網町のつゞき
神田
 小柳町       三町有
  通新石町よこ通ゟ土手下ノ方
 古元町   本所五ッめわたしばの際
【左丁】
 呉服町   呉服橋御門外通
  ▲新道を里俗樽新道ト云
 小松町   日本はし南
       青もの町うしろ
深川
 小松町   佐賀町うしろ
 小網町   小船町つゞき
          三町有
  ▲横町を里俗貝杓子店ト云
   二丁目ノ内よろひの渡シ場有
 御金改方後藤拝借地
  永富町向原の内
 金春屋敷  南大坂町の内
 木挽町      七町有
  三十間堀東川岸通松村町つゞき
  壱丁目二三四丁目
  五丁目
  六七丁目
 ▲五丁目横通
 ▲同所続氷川屋敷
 ▲木挽町四丁目裏上納地替地こうじ町
                 あり
 麹町  半蔵御門外   十三町有
     但シ十一二三町目は四谷御門外

浅草
 駒形町     すは町のつゞき

【欄外に「え」と「三十一」】

【右丁】
関口
 駒井町      目白坂ト云
牛込
 五軒町      馬場下片町ノ脇
小日向
 五軒町      水道端ノ内
小石川
 五軒町      小原町の辺
下谷
 小島町      三味せん堀行当り
本所
 五之橋町     渡シ場の辺

 小梅瓦町     源兵衛堀の辺
青山 
 五十人町
  里俗
   駒井小路といふは
      こうじ町三丁目うしろ
【○の中に「え」右下脇に小さく○の中に「ゑ」:上部欄外に▲】
神田
 江川町      橋本町の辺

 江戸橋蔵屋敷
   日本橋蔵屋敷続
  ▲木更津河岸トいふ
     きさらづ舟着
【左丁】
 餌鳥屋敷     下谷新シ橋外
          八名川町つゞき
牛込
 榎町      
深川
 越中島町      里俗石場ト云
  ▲同所拝借地    同つゞき

 西永代町     永堀町つゞき

 東永代町     同所つゞき

 永代寺門前町

 同仲町      山本町つゞき
 ▲東仲町を土ばしと云

 同山本町     矢くら下ト云
 ▲同所裏川岸を裏矢くらト云
 里俗
  焰硝蔵     青山権太原ノ先
【○の中に「て」:上部欄外に▲】
 大伝馬町     本町のつゞき
             二町有
  ○壱丁目

  ○二丁目

   御伝馬役

【欄外に「て」と「三十二」】

【右丁】
 大伝馬塩町    本銀町四丁目続
  里俗岡付塩町ト云

 小伝馬町     てつほう町つゞき
               三町有
  ○壱丁目

   二丁目
   三丁目
  ▲同所上町 牢屋うら門前
  ▲同所材木河岸
  ▲同所代地  土手下也
 南伝馬町   中はし広小路つゞき
               三町有
  ○壱丁目二丁目
   壱丁目横町に
   御伝馬役
 四谷伝馬町    こうじ町十三丁目つゞき
               三町有
  ▲同所新壱丁目
 赤坂伝馬町    赤坂御門外
               二町有
 同裏伝馬町    同断
               三町有
 鉄炮町      本石町つゞき

湯島
 天神門前町
  ▲社寺門前町
【左丁】
牛込
 天神町      榎町辺
浅草
 天王町      御蔵前
           瓦町つゞき
  ▲代地   上ケ地
小石川
 伝通院前表町
 同裏門前町
 同陸尺町
 同白壁町     裏門の通
 同御掃除町
本所
 出村町      柳しまつゞき
          法恩寺の横
北本所
 出村町      北割下水の辺
  里俗
   てりふり町といふは
       小網町と小船町の間
   寺島といふは
       本所新梅やしき辺
【○の中に「あ」:上部欄外に▲】
 通油町      通はたご町続

  里俗西横の通りを大門通りと云

【欄外に「あ」と「三十三」】

【右丁】
 南油町    川瀬石町の続
        通二丁目東よこ町
 安針町    室町壱丁目中横町

 青物町    通壱丁目よこ町
        万町のつゞき
てつほうず
 明石町    十軒町つゞき
           海きは

 網代町    麻布十ばん手前

 明下町    いさらごの下
本所
 相生町    一ツ目北川岸通
             五町有

神田  
 相生町    外神田さくま町の
        つゞき仲町ノ東ノ方
  元赤坂町   赤坂御門外右ノ方
青山
 浅河町    俗笠町ト云
駒込
 浅嘉町    御組やしきの先
       里俗土物店ト云
牛込 
 揚場町    牛込御門外
小石川
 青栁町    護持院前通
          東西ト有

 安楽寺前町  御殿坂下
【左丁】
浅草
 浅留町    浅草新堀はたの末

 阿部川町   寺町の南新堀西側
        町数たて横八丁有
本所  
 荒井町    石原の北
北本所
 荒井町    同所つゞき
          ばんばの辺
深川
 相川町    永代はし南川岸


 扇町     木場の内猿江通

 扇橋町    小名木川筋
  ▲同所続代地町
  ▲同所代地 深川いのほり
  里俗
   尼店といふは
     室町壱丁め西側
  あたけといふは
    一ツ目八まん旅所ノ南
  あさりがしといふは
     八丁堀大冨町也
【○の中に「さ」:上部欄外に▲】
 北鞘町    本両替町の北
 南鞘町    南伝馬町東横町

【欄外に「さ」と「三十四」】 

【右丁】
 堺町       ふきや町つゞき

本所柳島
 境町       亀戸の際
あさ布
 坂江町      霊南坂脇
 本材木町     四日市町つゞき
             八町有
  二丁目三丁目を新肴場ト云

 新材木町     新のり物町続
     里俗たばこかしト云所有
浅草
 材木町      駒形のつゞき

本芝
 材木町      金杉橋向
あさ布
 材木町      古川さかみ殿橋向
深川
 材木町      寺町の西
神田
 佐柄木町     多町二丁目西うしろ
  ▲代地 蔵地
 南佐柄木町    山下町つゞき横
神田
 佐久間町     外神田いづみはし向
              四町有

  四丁目代地は弁慶橋際残地元地
【左丁】
 佐内町      はくや町つゞき
市谷
 佐内坂町     市谷御門外
            田町の上

 佐兵衛町     山下御門外河岸
 新肴町      鑓屋町のつゞき
牛込
 肴町       神楽坂上
  ▲同所代地は神田仲町二丁目続
駒込
 肴町       浅香町の先
 山王町      惣十郎町つゞき
 山王旅所門前   坂本町つゞき

 坂本町      かいぞくはし東
            二町有
下谷
 坂本/町(マチ)       金杉町の手前
             四町有
  上野ノうしろ 千住街道

  ▲新坂本町
  ▲裏町
浅草
 坂本町      車坂町ノ東
深川
 坂本町代地    松村町つゞき

【欄外に「□」と「三十五」】

【右丁】
あさ布
 坂口町    古川之内

 坂下町
四谷
 坂 町    傳馬町二丁目北横町
 幸 町    本八丁堀五丁目うしろ
あさ布
 櫻田町    市兵衛町の西
小石川
 櫻木町    音羽町つゞき
浅草
 三間町    駒形町の西
深川
 三間町    大橋の向
小日向
 三軒町
あさ布
 三軒家町
権太原
 三軒家町   紀州殿竹御門前
駒込
 三軒家町
市谷
 三軒屋敷
浅草 
 山谷町    新鳥越つゞき
 山谷浅草町  山谷町つゞき
 今井山谷町
白金
 猿町     二本榎つゞき
【左丁】
浅草
 猿屋町    天王町横町
  ▲代地
小石川
 指谷町    原町つゞき
四谷
 鮫橋南町   紀州殿御門前
  ▲同北町  同仲町
   同表町
牛込
 御細工町   元天龍寺前ト云
谷中 
 三崎町
深川
 三十三間堂町 八まんの東

 三角屋敷   寺町の西
本所 
 猿江町    小名木川
  ▲代地 裏町有
深川
 佐賀町    永代橋向南ノ方

 三左衛門屋敷 新石場之内
  里俗
   三方店といふは
      谷中長うん寺前
   ざこ場といふは
      本芝壱丁目辺
   肴店といふは
      横山町三丁め横
      下谷上野町辺
      芝土橋二葉町河岸

【欄外に「き」と「三十六」】

【右丁】
   佐久間小路といふは
      あたご下
   さるがく町といふは
      小川町土屋の御屋敷ノ通
   同うらさるがく町といふは
      同所うしろ又なべ■■横丁■■
【○の中に「き」:上部欄外に▲】
神田
 雉子町     佐柄木町続

 岸 町(マチ)    冨山町つゞき
八丁ほり
 金六町     幸町つゞき
  ▲同所  立跡
芝口
 金六町     出雲町つゞき
京橋
 金六町     京橋南東【西ヵ】河岸
 銀座町     京はし南四町有
  又新両替町とも云
 ○壱丁目

   裏河岸を三十間堀ト云
 休伯屋敷    新肴町の内
 喜左衛門町   山下御門外河岸
八丁ほり
 北嶋町     八丁堀大井戸の所
本郷
 菊坂町
【左丁】
   御弓町の北へ下ル坂を行
  ▲同所之内道造り屋敷残地

 菊坂田町    小石川へ出る所

 菊坂臺町    本妙寺のうしろ

 金助町     ゆしま六丁目横町
ゆしま
 切通シ町    天神うら門通りを
         下谷へ出る所
  ▲同所片町  ■■屋敷
神田
 久右衛門町     二丁有
  ▲元地深川木場ニ有《割書:御用地に相成代地馬喰町|御郡代屋敷西ノ方》
  ▲壱丁目代地 橋本丁向かは冨松丁つゞき
  ▲二丁目代地  弁慶ばし松枝丁向かは
          横山丁三丁メ代地元柳原
          六丁メ代地とのつゞき
  ▲蔵地は   ●柳原あたらし橋向深川
          八名川丁代地とのつゞき
本所
 菊川町       四町有
   徳右衛門町の横河岸通
深川
 北川町     豊嶋町のつゞき

 清住町     仙たいほりの所
  ▲代地

 木場町
下谷
 御切手町
   入谷の手前ばんすい院うしろ

【欄外に「ゆめ」と「三十七」】

【右丁】
  里俗
   桔梗長屋といふは
      本町壱丁目の内
   木原店といふは
      通壱丁目新道

【○の中に「ゆ」:上部欄外に▲】
 弓町     銀座壱丁目横
 御弓屋敷   佐久間町の内
 湯嶋壱町目    六町有

 湯嶋横町

  ▲同所之内馬場屋敷的場屋敷
   棟梁屋敷有
 湯島天神下同朋町 との部に出
  里俗
   御弓町といふは
      本郷三丁目うしろ

【○の中に「め」:上部欄外に▲】
 目黒町    上中下ト有
  上目黒は御代官地
小日向
 茗荷谷町
【左丁】
駒込
 妙喜坂町

【○の中に「み」:上部欄外に▲】
神田
 三河町    かまくら町横つゞき
           四町有
   三丁目四丁目には裏町有

 皆川町    永富町うしろ
           三丁有

 三嶋町    松田町のつゞき
  同町つゞき神明屋敷

 三嶋町    宇多川町うしろ
 三嶋屋敷   《割書:日本橋南|すきや町河岸》
浅草
 三嶋西蔵院門前
   浅草三間町の脇
八丁ほり
 水谷町弐丁目 地蔵はし際

 水谷町壱丁目  上ケ地拝領やしき
   金六町のつゞき同立跡
京はし
 水谷町    金六町の続
てつほうず
 本湊町    いなりの際
霊岸しま
 東湊町    みなとはし東
           二町有

【欄外に「み」と「三十八」】

【右丁】

 湊町       芝新網町向側
  里俗 うしを尻と云
 澪杭屋敷     霊岸島の内
 三田町      赤ばねノ向
             四町有
 三田台町        二町有
  壱丁目
  二丁目は南代地つゞき
  南代地は魚らん前ト云
  北代地は二本榎つゞき
 三田台裏町
あさ布
 宮村町      一本松辺やぶ下ト云
             代地も有

 宮下町      同辺
小石川
 宮下町
渋谷
 宮益町      金王の辺
深川
 宮川町      木場之内
 宮永町      根津惣門前
 神田明神西町   聖堂うしろ
 神田明神門前町  同所つゞき
  同表門前 裏門前
【左丁】
下谷
 箕輪町      金杉町つゞき
ゆしま
 三組町      天神門前続

浅草
 三好町      黒舟町
           河岸ノ方
  御厩がしわたし場
深川
 三好町      木場の内
           扇はし通
本所
 緑町       二ッ目三ッめノ間
          北河岸五町有
  ▲同所久志本屋敷

駒込
 三ッ家町
  里俗
   三筋町といふは
    浅草新掘御組屋敷ノ内
   三河島といふは
    根岸のさき
【○の中に「し」:上部欄外に▲】
 本銀町      本石町ノ北
             四町有
  同所四軒屋敷   新かはや町辺
  同所会所屋敷   紺屋町の内
 ○二丁目三丁目ノ間

【欄外に「し」と「三十九」】

【右丁】
神田
 新銀町    多町壱丁目
             うしろ
 ▲代地は八丁掘に有
霊岸しま
 銀町          四町有
 壱丁目二丁目川岸を南新川
 といふ又石河岸ともいふ
牛込
 白銀町    津久戸ノ辺
 白金台町        十一町有
  壱丁目は二本榎ノつゞき
  四丁目
  十一丁目は目黒手前
本石町
 十軒店    本石町二丁目三丁め
        の間大通り也

てつほうず
 十軒町    舟松町の先
 品川町    室町壱丁目二丁
        目ノ西よこ丁

 品川町裏河岸    入口を
  日本はし北詰西横町  釘店ト云

 通塩町    通油町つゞき
【左丁】
 大伝馬塩町   岡付塩町といふ
  本銀町つゞき  ての部に出ス
四谷
 塩町     伝馬町の先
霊岸しま
 塩町     霊岸島町の続
神田
 白壁町    かぢ町壱丁目横町
   西ノ方を上白壁町東ノ方を下といふ
小石川伝通院前
 白壁町    伝通院表門前通
 庄助屋敷   新のり物町
            木戸きは

日本はし南
 新右衛門町  通二丁目三丁目の
        横町東ノ方

 白魚屋敷        二ケ所有
  京橋北西横町 同南東横町
 南新堀町    霊岸はしの通
             二町有

 北新堀町    箱さきのつゞき

 芝口壱丁目   新はし南
            三町有
【欄外に「□」と「四十」】

【右丁】
 汐留橋三角屋敷
   新はしの河岸東ノ方木挽町へ渡ル所
 芝新銭座町     うだ川町東うしろ
 ▲本所吉岡町にも新銭座ト云所有
新はし南
 柴井町       霜月町のつゞき
 芝新網町      《割書:南新網|北新あみ》と有
 ▲代地松本町のつゞき
あさふ
 新網町       飯くら新町ノつゞき
               二町有

 北新門前町     西ノ久保広小路ト云

 南新門前《割書:壱丁目|二丁目》代地
  赤羽根中ノ橋西ノ方両河岸也

 神明町       うだ町つゞき
 ▲神明門前 社地門前ト有

  本芝町二丁目ゟ四丁目迄
  同下タ町同材木町同入横町  《割書:■■寺町■|■町■■■》
  ▲神明屋敷は神田三島町に有

 寿命院上り屋敷   田町のうしろ
 品川台町      二本榎ノつゞき
あさ布
 十番馬場      古川のうしろ
【左丁】
芝いさらご
 七軒町       伊皿子ノ脇寺町ノ方

 七軒町       中門前ノ脇
駒込
 七軒町       伝通院領
   染井七けん町といふ
浅草
 七軒町       三味せんほりノ脇
           北島町の事也
池ノはた
 七軒町       根津七軒町ト云
市谷
 七軒町       田町ノ上
小石川
 七軒町       大原町辺
 下谷町       玉野町浅草へ出る処
               二町有
西ノ久保
 新下谷町      天徳寺前
神田
 四軒町       三河町四丁目続
 ▲四軒屋敷は龍閑町つゞき
下谷
 通新町       千住へ出る所

 通新町       田町札ノ辻横町

 横新町       同所つゞき横
赤坂
 新町        田町のうしろ五町有
飯くら
 新町

【欄外に「□」と「四十一」】

【右丁】
本郷
 新町屋       湯島
           霊雲寺向【西ヵ】ノ方
  里俗下ノ方を大こん畑トいふ
駒込
 四軒寺町      大くわんおん前
本所
 柴原屋敷      一ッ目弁天ノ脇

 四ノ橋通り代地町

 清水町       長崎町つゞき
           《見せ消ち:■■■|》二町有

 新坂町       同辺
深川
 茂森町       木場

 島崎町       同所

 島田町       同所
小石川
 清水谷町
 芝御霊屋掃除之者拝領屋敷
 ▲代地は浅草猿屋町つゞき
 里俗
  神保小路といふは
      小川町
  同名  あたご下
  小身小路といふは
      あたご下田村小路のうしろ
  式部小路といふは
      通二丁目よこ町
  新場といふは
      本材木町二丁目三丁目
【左丁】
  四方店といふは
      京はし橋際与作やしきの所
  砂利場といふは
      浅草馬道のさき
  四国町といふは
      三田壱丁目二丁目の所
【○の中に「ひ」:上部欄外に▲】
 久松町       村松町の南
 ○
神田
 兵庫屋敷      紺屋町ノ横通

 平永町       小柳町ノ脇
日本橋南
 平松町       通壱丁目東横町

 檜物町       通三丁目四丁目ノ西横
八丁ほり
 日比谷町      永島町つゞき
さくら田
 備前町       兼房町つゞき
赤坂
 一ッ木町      田町のうしろ
  ▲代地

 氷川社僧屋敷
あさ布
 北日ヶ窪町

 南日ヶ窪町

【欄外に「ひ」と「四十二」】

【右丁】
あさ布
 広尾町       古川つゞき
渋谷
 広尾町       堀田摂津守
             下やしき向
こうじ町
 平川町          三町有
 ▲代地神田山本町うしろ
    又はたご町つゞき
 里俗
  壱丁目を天神前ト云二丁目■【を】捨店云
市谷
 平山町       土取場の辺
小石川
 火之番町      すがもにも有
           千駄谷にも有
神田
 久永屋敷      さくま町の内
下谷
 屏風坂下町
深川
 東町        木場

 久永町       同辺

 平野町       寺町つゞき
 ▲西平野町 東平野町
 里俗
  ひやうたん新道といふは
       大伝馬町二丁目中横町
  日かげ町といふは
       芝口二丁目新道ゟ
       柴井町新道辺迄■【を】いふ
【左丁】
【○の中に「も」:上部欄外に▲】
新はし北
 守山町       滝山町のつゞき
本郷
 元町        本郷壱丁目ノ横
深川
 森下町
本所中郷
 元町        竹町のつゞき
南本所
 元町        回向院前
深川
 元町        大はし向
 ▲代地
 里俗
  もんとかしといふは
     元のり物町の河岸
  森川宿といふは
      本郷六丁目ノさき
【○の中に「せ」:上部欄外に▲】
 瀬戸物町      室町二丁目三丁目
             東よこ町

神田
 関口町       ろうそく町つゞき
さくら田
 善右衛門町     ふしみ町つゞき
 千駄ヶ谷町     紀州殿中屋敷前

【欄外に「もせす」と「四十三」】

【右丁】
 千駄ヶ谷火番町
小石川
 千川屋敷      白山の辺
駒込
 千駄木町      同所下町有
  大くわんおんより谷中へ出る所
本所
 善兵衛屋敷     八郎兵衛屋敷つゞき
  里俗
   元せいぐわん寺前といふは
      神田市橋殿御やしき前
   せきだ町といふは
      神田なべ町ノ西
【○の中に「す」:上部欄外に▲】
 駿河町       室町三丁目西横町

 住吉町       いづみ町ノ南

 ▲同所裏河岸へつついかしトいふ
神田
 須田町       筋違御門前
               二町有
 ▲二丁目の内御挑灯屋平兵衛屋敷
  樽屋三右衛門屋敷
日本橋南
 数寄屋町      通三丁目西横町
【左丁】
 元数寄屋町     すきや橋御門外
               四丁有
 巣鴨町
 ▲仲町
浅草
 諏訪町       黒舟町つゞき
小石川
 同         牛天神の下
           二町有
牛込
 水道町       改代町のうしろ
小日向
 水道町       上水ばた
小石川金杉
 水道町       伝通院前ゟ
            上水ばた下ル所
関口
 水道町       目白下
下谷
 御数寄屋町     広小路ノ南
 御数寄屋町     白山下
深川
 末広町       木場
  里俗
   砂村といふは 本所
   須崎といふは 深川木場ノ脇
       又本所隅田村ノ脇
       又品川東側のうら手

江戸町尽終

【欄外に「□」と「四十四」】

【右丁】
【空白】

【左丁】
 日本橋  《割書:室町ゟ通り|一丁目へわたる》
 江戸橋  《割書:日本ばし東広小路ゟ|本船町へわたる》
 一石橋  《割書:日本ばし西御ほり|はたにかゝる》
 銭瓶橋  《割書:丸の内ときははし|こふくはしの間にかゝる》
 道三橋  《割書:せにかめはし西|御ふしん定小や前にかゝる》
 龍閑橋  《割書:本銀町ゟ鎌倉町|かしへわたる》
 今川橋  《割書:日本橋通本銀町ゟ|神田元乗物丁へわたる》
 主水橋  《割書:同じならび西|本名未考》
 中橋   《割書:日本橋京はしの間|今は橋無之》
 京橋   《割書:銀座壱丁めゟ|南てんま丁へわたる》
 中之橋  《割書:同所西の方|》
 比丘尼橋 《割書:同所之西|  御ほりはた》
 弁慶橋  《割書:大門通神田松枝町|岩井丁やまと丁の処》
 甚兵衛橋 《割書:大門町にかゝる|》
 緑(みとり)橋   《割書:通油町ゟ|通塩丁へわたる》
 蚤(のみ)取橋  《割書:油町|》

【欄外に「橋」と「四十五 六」】

【右丁】
 汐見橋  《割書:小伝馬町ゟ|馬喰町へわたる》
 鞍掛橋  《割書:馬喰町にかゝる|》
 千鳥橋  《割書:元はま町ゟ|橘町へわたる》
 幽霊橋  《割書:亀井町にかゝる|》
 道場(どうじやう)橋  《割書:いせ町ゟ|大てんま町へわたる》
 雲母(きらゝ)橋  《割書:せと物町へわたる|》
 きらず橋 《割書:せと物町|》
 荒和布(あらめ)橋 《割書:本船町ゟ|小舟町へわたる》
 堺橋   《割書:堀江町ゟ新材木町へ|わたる私にわこくはしと云》
 高砂橋  《割書:高砂町|》
 尼が橋  《割書:堀留にかゝる|》
 思案橋  《割書:小網町一丁めゟ|二丁めへわたる》
 親父橋  《割書:てりふり町ゟ|よし町へわたる》
 わざくれ橋 《割書:小あみ町ゟ|甚左衛門町へわたる小橋》
 くづれ橋 《割書:小網町ゟ甚左衛門町へ|わたる本久世ばしと云とそ》
 難波橋  《割書:なには町ゟ|はま町へわたる》
【左丁】
 栄橋   《割書:富沢町ゟ|久まつ町へわたる》
 永久橋  《割書:はま町ゟ|はこさきへわたる》
 豊見橋  《割書:北新堀ゟ|南しんほりへわたる》
 湊橋   《割書:霊かん島ゟ|はこさきへわたる》
 霊岸橋  《割書:南かやば町ゟ|れいがん島へわたる》
 乙女橋  《割書:永代のわき新堀に|かゝる新川へわたる》
 海賊橋  《割書:本材木町ゟ|坂本町へわたる》
 中の橋  《割書:本材木町三丁めゟ|八丁ほりへわたる》
 越中橋  《割書:本材木町五丁めゟ|八丁ほりへわたる》
 松屋橋  《割書:同七丁めゟ|松ノや町へわたる》
 戸越橋  《割書:同八丁めゟ|八丁ほりへわたる》
 真福寺橋 《割書:本材木町|私に牛のくそはし》
 鷹匠橋  《割書:本材木町四丁め|五丁めの間》
 床橋   《割書:本材木町八丁目|》
 地蔵橋  《割書:八丁ほり火の見の|下の石はし》
 亀島橋  《割書:霊かん島川口町ゟ|八丁ほりへわたる》

【欄外に「□」と「四十七」】

【右丁】
 高橋   《割書:本湊町ゟ|本八丁堀へわたる》
 稲荷橋  《割書:本八丁ほりゟ|てつほうずへわたる》
 中之橋  《割書:本八丁ほりゟ|南八丁ほりへわたる》
 紀伊国橋 《割書:三十間堀へ|木挽町一丁めへわたる》
 軽子橋  《割書:つきぢ脇坂侯|御中やしきまへ》
 相引橋  《割書:伊達侯ぜゝ本多侯|の間つきぢへわたる》
 万年橋  《割書:釆女が原ゟ| つきぢへわたる》
 一之橋  《割書:木挽町諏訪侯|の前門跡の方へわたる》
 二之橋  《割書:畠山家の脇ゟ|御浜の方へわたる》
 三之橋  《割書:同し近所|》
 備前橋  《割書:備前御中屋敷まへ|》
 数馬橋  《割書:つきぢ本願寺うしろ|堀家の前にかゝる》
 寒さ橋  《割書:つきち柳原町ゟ|てつほうす十けん町へ|わたるうみはた也》
 木挽町五丁目橋 《割書:尾張町ゟ|木挽町へわたる》
 中之橋  《割書:きの国橋と木挽町|五丁め橋の間三十間|     ほりにかゝる》
 新橋   《割書:本名芝口ばし|芝口一丁めにかゝる》
【左丁】
 汐留橋  《割書:新はし東木挽町ゟ|汐とめ三角やしきへわたる|同ならひ御はま御殿前》
 涙橋   《割書:新はしの西山王町ゟ|芝口へわたる》
 芝新シ橋 《割書:幸はし御門西之方|とらの御門のならび》
 源助橋  《割書:通り筋源助丁の|小ばし》
 土橋   《割書:新ばしの西の方|》
 宇田川橋 《割書:宇田川町|小みぞにかゝる》
 金杉橋  《割書:金杉町ゟ|はま松町へわたる》
 将監橋  《割書:同西之方片門前ゟ|松本町へわたる》
 芝橋   《割書:本芝一丁めにかゝる|》
 熊谷橋  《割書:西のくぼかみや丁の|    石ばし》
 赤羽橋  《割書:飯くらゟ三田へわたる|》
 中之橋  《割書:同しならび|黒田殿御やしき前》
 一之橋  《割書:同しならび|松平山城守殿前》
 二之橋  《割書:小山ゟ古川へわたる|私にまなべはし》
 三之橋  《割書:ひごどのばしと云|松平肥後守殿御やしき前》
 相模橋  《割書:御薬えん坂下|さぎの森へわたる》

【欄外に「□」と「四十八」】

【右丁】
 太鼓橋  《割書:目黒行人坂下|石ばしを云》
 天津橋(てんしんきやう)  《割書:右同し川筋品川|東海寺内へ流る|此流にかゝるもみち多し》
 鮫洲(さめず)ノ橋 《割書:品川宿中ゟ海へ|落る川にかゝる此橋ゟ|はしむかふまへの名わたる》
 永代橋  《割書:新堀ゟ深川わたる|》
 新大橋  《割書:はま町ゟ深川へ|    わたる》
 両国橋  《割書:本所へわたる|》
 大川橋  《割書:浅草竹町ゟ|本所へわたる》
 千住大橋 《割書:小つか原町ゟ|千住へわたる》
 柳橋   《割書:大川入口元矢ノ倉|かしにかゝるは元柳|       はし》
  《割書:両国同朋町ゟ浅草平右衛門町へ|かゝるは新柳橋神田川入口也》
 新シ橋  《割書:柳原神田橋にかゝる|としま丁ゟさくま丁|       わたる》
 和泉橋  《割書:同しならび西ノ方|さくま町へわたる》
 昌平橋  《割書:すぢかへ御門の|     ならび》
 天王橋  《割書:浅草御蔵まへ|天王町にかゝる》
  《割書:同所新橋ならびかゝる》
 猿子橋  《割書:元鳥越ゟさるや町へ|わたる|又 甚内はしと云》
【左丁】
 鳥越橋  《割書:浅草新ほり|寿松院まへ》
 新鳥越橋 《割書:聖天町ゟ新鳥|越へわたる又さんや|       はし共》
 今戸橋  《割書:同東大川口に|    かゝる》
 三枚橋  《割書:下谷御かち町通|加藤殿御やしき近所》
 三橋   《割書:下谷広小路|上野御門前》
 太平橋  《割書:さみせん堀松平|下総守殿御中やしき前》
 秣香橋  《割書:浅草新ほり|御組やしき前》
  《割書:浅草新堀筋にかゝる小はし》
 爼板橋  《割書:飯田町九段坂下|小川町》
 明石橋  《割書:飯田町|》
 水道橋  《割書:御茶水の辺|小川町ゟ小石川へわたる》
 猫股橋  《割書:小石川|氷川社の下》
 赤子橋  《割書:小石川|伝通院近所》
 祗園橋  《割書:同所川筋に有|》
 船河原橋 《割書:江戸川の末にかゝる|私にどんどはし》
 立菱橋  《割書:同ならび|百間長やの通》

【欄外に「□」と「四十九」】

【右丁】
 掃部橋  《割書:青物町上水に|かゝる》
 石切橋  《割書:同し通ゟ赤城下|の道へかゝる》
 中之橋  《割書:同し川大曲りの|辺にかゝる》
 仙台橋  《割書:小石川水道はし|外の石はし》
 姿見橋  《割書:高田の上上水に|かゝるおもかげの|はしとも云》
 淀橋   《割書:内藤宿の先鳴子|の取付水車有故名》
 鮫(さめ)ヶ(か)橋  《割書:四谷紀州様|御やしき西之方》
 笄(かうかい)橋   《割書:青山長谷寺まへ|》
《振り仮名: 万年橋|深川之分  》  《割書:小名木川海辺|大工町大門口にかゝる》
 高橋   《割書:小名木川同つゞき|寺町ゟ森下町へわたる》
 新高橋  《割書:同川つゞき|扇はしの所南北にかゝる》
 扇橋   《割書:新高はし南の方|東西にかゝる》
 猿江橋  《割書:同断|》
 中之橋  《割書:さる江はし辻のはし|の間菊川町にかゝる》
 猿子橋  《割書:六けんほり|もみ蔵の所》
 伊予橋  《割書:六けんほり| 南の方》 
【左丁】
 六間堀橋 《割書:同北之方|》
 中之橋  《割書:同所|森下町へかゝる処》
 弥勒寺橋 《割書:二のはし通|六間ほり川つゞにかゝる》
 福島橋  《割書:永代寺通|とみよし町にかゝる》
 汐見橋  《割書:三十三けん堂ゟ|入船町にわたる》
 平野橋  《割書:すさき道|入舟町ゟ久つ【平のヵ】町へわたる》
 江ノ島橋 《割書:すさきゟ木はへわたる|又弁天橋共云也》
 金岡橋  《割書:木はゟ|入舟町へわたる》
 崎川橋  《割書:木はの内久永町ゟ|しげもり町へわたる》
 福永橋  《割書:扇はし南|さき川はしの横川にかゝる》
 要橋   《割書:木ばの内吉永町ゟ|しげもり町へわたる》
 扇町橋  《割書:木ばの内|扇町にかゝる》
 幾世橋  《割書:同扇町ゟ|しげもり町へわたる》
 蓬莱橋  《割書:永代寺門前ゟ|つくだ新地へわたる》
 石崎橋  《割書:同川つゞき|》
 永居橋  《割書:永代寺うら手ゟ|大和町へわたる》
【欄外に「□」と「五十」

【右丁】
 青海(せいかい)橋   《割書:木場の北の方|よし永町ゟ| 久永町へわたる》
 吉岡橋  《割書:同所平野町ゟ|吉永町へわたる》
 坂田橋  《割書:木ば北之方|はまぐり町》
 松島橋  《割書:同し辺|》
 福永橋  《割書:同し辺|しま崎町へかゝる》
 田中橋  《割書:仙台堀の入川|富田町》
 豊島橋  《割書:同所西|永代町に有》
 亀久橋  《割書:同所|かめ久町にかゝる》
 千鳥橋  《割書:同所松賀町ゟ|ほり川町へわたる》
 緑(みどり)橋  《割書:一色町ゟ|松賀町へわたる》
 富岡橋  《割書:黒江丁ゟ平野町へ|     わたる》
 相生橋  《割書:永ほり町ゟ|万年町へわたる》
 黒江橋  《割書:黒江町にかゝる|》
 江川橋  《割書:寺町横町|はまぐり町》
 正覚寺橋 《割書:寺町|正覚寺の前》
 丸太橋  《割書:■【一】色町ゟ|材木町へわたる》 
【左丁】
 上橋中橋下橋 《割書:さか町かし通仙だい|堀の方ゟ上中下とよぶ》
 海辺橋  《割書:寺町万年町ゟ|いせさき丁へわたる》
 有明橋  《割書:あぶら堀|》
【上部欄外に▲】
《振り仮名: 一之橋|本所之分  》  《割書:立川相生町一丁めゟ|松井町へわたる》
 二之橋  《割書:同四丁目ゟ|はやし町へわたる》
 三之橋  《割書:緑町五丁めゟ|徳右衛門町へわたる》
 四之橋  《割書:立川かやば町に|   かゝる》
 辻之橋  《割書:同柳原町にかゝる|私にしゆもくはしと云》
 同小橋二ッ《割書:北南に有|菊川町と花町と也》
 爼板橋  《割書:松井町一丁めゟ|二丁めへわたる》
 駒留橋  《割書:大川ばた|尾上町北ノ方》
 深堀橋  《割書:源兵衛堀の|     うしろ》
 中之橋  《割書:よと川|わり下水通》
 法恩寺橋 《割書:しみづはし共云|よし岡丁ゟ法》
      《割書:恩寺前へわたる|》
 業平橋  《割書:同川つゞき|なり平天神まへ通》
 亀戸橋  《割書:天神前の所|》
【欄外に「渡」と「五十一」】

【右丁】
 柳島橋  《割書:同川つゞき|めうけん堂前》

  ○船渡シの部
 鎧の渡  《割書:かやば町ゟ|小あみ町へわたる》
 御厩かしの渡《割書:浅草御蔵前ゟ|本所へわたる》
 竹町の渡 《割書:同竹町ゟ|本所へわたる》
 隅田川の渡《割書:はしばゟ|木母寺の方へわたる》
 佃島の渡 《割書:築地小田原町ゟ|つくだへわたる》
 本所五ッ目渡《割書:五百らかん寺ゟ|亀井戸の方へわたる》
 戸田の渡 《割書:中仙道筋也|》
 川口の渡 《割書:善光寺の方へ|   わたる》
 六郷の渡 《割書:東海道筋|大師かはら道》
 羽田の渡 《割書:六郷の川筋|羽田ゟ大師への道》
 逆井渡  《割書:竪川通末|》
 松戸の渡 《割書:御番所有|》

  中川市川は御番所あり
【左丁】
  丸子の渡 瀬田の渡 本木の渡
  宮の渡 新宿の渡 矢口渡
  等あれ共郊外の辺鄙也
  
  ○堀之部
 薬研堀  《割書:米沢町の内水は埋|池になり町家也》
 稲荷堀  《割書:小あみ町二丁目|三丁目うら通り》
 浅草新堀 《割書:御蔵前うら鳥越ゟ|千束村まで》
 三味線堀 《割書:町屋七けん町|佐竹殿御やしき前》
 山谷堀  《割書:まつち山|聖天の下》
 六間堀  《割書:深川小名木川ゟ|ほりわり立川へつゞく》
 五間堀  《割書:同もり下町|   うら通》
 船入堀  《割書:浅草川ゟ南本所|石原町へ入ル》
 梅堀   《割書:同所辺に有|》
 源兵衛堀 《割書:本所小梅|   瓦町》
 根津堀  《割書:ねづ惣門わき|》
【欄外に「堀」と「五十二」】

【右丁】
 新門堀  《割書:谷中三崎町|》
 三崎堀  《割書:同駒込さかい|》
 笄堀   《割書:渋谷かうがいはし|       の所》
 関堀   《割書:同平尾の内に有|》
 芝新堀  《割書:あかはねゟほり入|三田とあさふさかい|古川とも云》
 三拾間堀 《割書:銀座町うら|通りの川を云》
 八町堀  《割書:いなりはしゟ京はし|ほり入南八丁ほり北|八丁ほり南北のかしを云》
 霊岸島  《割書:小あみ町つゞきを北新|ほり町と云霊かん島付》
   新堀 《割書:の分を南しんほり町と云|》
 油堀   《割書:深川さか町のよこ|ほり此へん油蔵有故》
      《割書:私の名也|》
 仙台堀  《割書:同所一筋北のほり|松平陸奥守殿くら》
      《割書:    やしき有|》
 埋堀   《割書:浅草山川町の末|其外江戸中所々に》
      《割書:      此名有|》
  ○坂之部
【上部欄外に▲】
《振り仮名: 昌平坂|湯島本郷ノ辺  》  《割書:聖堂わきゆしま一丁めゟ|御茶の水へ出る所|今聖堂へかこい入らる》
 湯島坂  《割書:神田明神まへ|いたはしかい道》
【左丁】
 明神石坂 《割書:神田明神うら門|金沢町へ出る》
 樹木谷坂 《割書:ゆしま四丁目ゟ天神|うら門へ通る所|杉うら殿やしきわき》
 傘谷坂  《割書:ゆしま五丁めゟ|金助町へ出る》
 大長坂  《割書:妻恋坂共云|いなりまへゟ下ル処》
 湯島天神男坂《割書:板倉侯御やしき|まへゟ天神へ上ル》
 同女坂  《割書:いたくら殿|御やしきわきへ出ル》
 同中坂  《割書:天神表門前町ゟ|石川侯御やしきうしろへ出ル》
 切通シ坂 《割書:天神のうしろ|本郷ゟ下谷へ出る道》
 無縁坂  《割書:松平加賀殿|榊原殿の間池ノはた|かや丁へ出る道》
 車坂   《割書:上野御山内四けん|寺町ゟ下寺へ下ル》
 屏風坂  《割書:同慈眼堂前ゟ|  下寺へ下ル》
 信濃坂  《割書:下寺新門の| わきへ出ル》
 稲荷坂  《割書:穴いなりわき池の|はたへ下ル》
 清水坂  《割書:是までみな|上野に有之》
 根津裏門坂《割書:太田摂津守殿|御下やしきまへ》
 浄心寺坂 《割書:本門丸山|》
【欄外に「□」と「五十三」】

【右丁】
 中坂   《割書:丸山新町の|   うら通》
 新道坂  《割書:阿部殿|  御やしきまへ》
 本妙寺坂 《割書:本妙寺のまへ|》
 炭団坂  《割書:本郷御弓町|    わき》
 梨子坂  《割書:菊坂町ゟ|丸山の通り》
 菊坂   《割書:同しあたり|》
 鐙(あぶみ)坂   《割書:本郷丸山に有|》
《振り仮名: 白山坂 |白山小石川小日向迄》 《割書:白山門前|》
 地蔵坂  《割書:白山に有之|》
 御殿坂  《割書:白山御てんゟ|戸さき町へ出る》
 同裏門坂 《割書:れんげ寺まへ坂|   とも云》
 鍋割坂  《割書:小石川| 養生所まへ》
 氷川坂  《割書:同所御やくゑん|      さかい》
  《割書:同所氷川明神まへ三宅殿|御やしき前通りの坂も同|しく氷川坂とよぶ》
 猫また坂 《割書:同所大塚通り|池田殿御やしきまへ》
【左丁】
 鮫干坂  《割書:小石川|牛天神わき》
 西富坂  《割書:小石川かすが町ゟ|伝通院への通》
 東富坂  《割書:同所ゟ本郷|御弓町へ上ル》
 乗信寺坂 《割書:白山下ゟ|駒込へ出ル処》
 富士見坂 《割書:大塚ゟ青柳町へ|下ルごこく寺の前》
 吹上坂  《割書:松平はりま守殿|御やしき前》
 三百坂  《割書:同所ゟ伝通院|前へ出ル小坂》
 納戸坂  《割書:小石川に有|》
 金剛寺坂 《割書:小石川富坂町ゟ|こんがうし脇通》
 網干坂  《割書:でんつういんゟ|水道はたへ出ル》
 目白坂  《割書:目白ふ動前|》
 胸突坂  《割書:せき口台ゟ|水神の方へ下ル》
 服部坂  《割書:小日向水道町の|よこ服部殿御やしき前》
 大日坂  《割書:同所大日堂|   わき通》
 切支丹坂 《割書:同所切支丹|   やしき下》
 鼠坂   《割書:小日向台御賄御組|やしきわきゟ青物|五丁目へ出ル》

【欄外に「□」と「五十四】

【右丁】
 安藤坂  《割書:同所安藤殿|御やしきわき》
《振り仮名: 千駄木坂|駒込谷中辺   》 《割書:谷中ゟ|大観音の前へ出ル》
 妙義坂  《割書:染井のわき|》
 動(だう)坂   《割書:田ばた村|》
 牡丹坂  《割書:すがも|》
 善光寺坂 《割書:谷中清水門ゟ|ねづへ下ル》
 中坂   《割書:三うら殿御やしき前ゟ|すいりん寺へ出ル通|三うら坂共云》
 三崎坂  《割書:三さき町通|》
 団子坂  《割書:七めん辻番ノ前|七めん坂とも云》
 芋坂   《割書:谷中感応寺|うら門ゟねぎしへ出ル》
 御殿坂  《割書:同所ゟ北へ下り口|》
 りうあん坂《割書:谷中本村へ|    下り口》
 中坂   《割書:日暮里村ゟ| 道くわん山へ出ル》
 地蔵坂  《割書:同所ゟ浄光寺へ|  下り口》
 あひの坂 《割書:同所三さきへ|  下り口》
《振り仮名: 若宮坂|牛込市谷辺 》  《割書:牛込御門外若宮|八まん前通り》
【左丁】
 神楽坂  《割書:牛込御門|さかな町通り》
 行人坂  《割書:幽霊坂共云|かぐら坂の西ノ方》
 軽子坂  《割書:牛込御門外|あげば町の横通》
 美男坂  《割書:あふ坂のすゑ|》
 焼餅坂  《割書:牛込の内|》
 五段坂  《割書:尾州様|御やしきわき》
 安養坂  《割書:市谷谷町ゟ|大くぼへ通り》
 念仏坂  《割書:同東へよこ通|》
 佐内坂  《割書:同所火けしやしき|   わき》
 浄瑠理坂 《割書:同所田町一丁めうら|火のばん町の坂》
 逢坂   《割書:同舟瓦町|  うら通》
 浄泉寺坂 《割書:佐内坂上土取場|の方へ下ル処》
 合羽坂  《割書:本村町わき四谷|てんま町二丁めへ出ル》
 闇(くらが)り坂  《割書:本村町の先|》
《振り仮名: 霞ヶ関坂|桜田永田町辺  》 《割書:松平安芸守殿|御やしき脇》【上部欄外に▲】
 潮見坂  《割書:黒田殿御やしき|南のわき》
【欄外に「坂」と「五十五」】

【右丁】
 三/部(べ)坂  《割書:永田ばゞ岡部殿|安部殿渡辺殿|  御やしきわき》
 三年坂  《割書:虎御門内|》
 茱萸樹(ぐみのき)坂 《割書:永田町|》
【上部欄外に▲】
《振り仮名: 紀尾井坂 |かうじ町番町するがだい迄》《割書:かうじ町|》
 貝坂   《割書:平河町三丁め|うら通|永田町へゆく道》
 水坂   《割書:松平出羽守殿|御やしきわき土井殿|御やしき前》
 清水坂  《割書:かうし町ゟ喰違|の道■■【他本は「少し」】の坂》
 二合半坂 《割書:いゝ田町もちの木|坂ゟ北へ下ル》
 九段坂  《割書:田安御門外|  御ほりはた》
 中坂   《割書:同ならび|町家の通り》
 柊棈(もちのき)坂  《割書:同ならび北の方|》
 三宅坂  《割書:かうじ町|》
 三年坂  《割書:表六はん町|》
 御厩谷坂 《割書:二はん町通|》
 法眼坂  《割書:六はん町通|》
 三枝(さいぐさ)坂  《割書:同広かうちゟ|土手へ上り口》
【左丁】
 さいかち坂《割書:するが台ゟ|水道はしへ下ル》
 勧学坂  《割書:同し辺|》
 淡路坂  《割書:するが台|  いなり前》
 胸突坂  《割書:同袋町末|》
 幽霊坂  《割書:同火けしやしき|      わき》
 ごみ坂  《割書:同し辺|五番町の内に有也》
 観音坂  《割書:小川町戸田殿|御やしきわき少しの坂》
 小栗坂  《割書:小川町|》
【上部欄外に▲】
《振り仮名: 東福院坂|四谷赤坂青山辺  》 《割書:四ッ谷てんま町|二丁めよこ町ためが|はし谷町への通》
 西念寺坂 《割書:いが町ゟさめがはし|谷町への通》
 薬鑵坂  《割書:仲道町ゟさめが|はし谷町への通》
 闇坂   《割書:四ッ谷塩町二丁めゟ|市谷谷町への通》
 鮫ヶ橋坂 《割書:紀州様御やしき|   うしろ》
 権太原坂 《割書:同所ゟ権太原へ|上る坂》
 鉄炮坂  《割書:さめがはし谷町ゟ|四谷の通へ出る組やしきの間》
 安珠坂  《割書:四谷之内|》
【欄外に「□」と「五十六」】

【右丁】
 いし坂  《割書:四谷之内|》
 紀伊国坂 《割書:赤坂喰違外通|紀州様御やしき前》
 さいかち坂《割書:私名也赤坂おもて|てんま町ゟ青山への|通火けしきやしき前通》
 丹後坂  《割書:赤坂一ッ木町うしろ|竹こし殿御やしき前》
 三分坂  《割書:赤坂新町五丁目|》
 清水坂  《割書:赤坂五丁目の末|六本木への通》
 榎坂   《割書:溜池山口殿|御やしきまへ》
 葵坂   《割書:同しく虎御門の|  方へ下ル》
 南部坂  《割書:赤坂ゟあさふ|  谷町へ下ル》
 嶺南坂  《割書:溜池ゟ市兵衛町|の方へのぼる》
 稲荷坂  《割書:青山御掃除町ゟ|今井町へ下り口》
 薬研坂  《割書:何右衛門坂とも云|同所の辺》
 行合坂  《割書:今井村ゟ上り口|》
 掃除坂  《割書:青山大膳殿|御やしきうしろ》
【上部欄外に▲】
《振り仮名: 江戸見坂|麻布芝辺    》 《割書:松平大和守殿|御やしきうしろ》
 愛宕男坂 《割書:又女坂あり|》
【左丁】
 永坂   《割書:あさふ永坂町|》
 潮見坂  《割書:同しよこ町|》
 鳥居坂  《割書:六本木ゟ|   やぶ下へ下ル》
 芋洗坂  《割書:六本木ゟ正しん寺|御組やしきの方へ下ル》
 相生坂  《割書:あさぶ之内|》
 温飩坂  《割書:北ひかくぼ|龍土町通り》
 落合坂  《割書:市兵衛町近所|がぜんぼ谷》
 道玄坂  《割書:谷町道げん寺と|御組やしきの間》
 雁木坂  《割書:今井三谷町へ|   下り口》
 南部坂  《割書:麻布本村町の末|南部侯亀井侯|御やしきの間》
 富士見坂 《割書:戸沢殿御やしきの所|》
 薬園坂  《割書:麻布本村町ゟ|白金通土屋|御やしき前》
 仙台坂  《割書:同本村町の内|松平むつの守殿やしき前通》
 日向坂  《割書:久保三田町|間部殿御やしきゟ|新堀へ下り口》
  綱坂   《割書:島津殿御やしきわきゟ|松平肥後守殿御やしき前へ|         下り口》
 一本松坂 《割書:麻布一本松町|》
【欄外に「□」と「五十七」】

【右丁】
 宮村坂  《割書:同増上寺隠居やしき|より宮下町へ下り口》
 ひとせ坂 《割書:白かね台町ゟ|三田への通り》
 那光坂  《割書:同台町三丁目|》
 日吉坂  《割書:白かね台町通|》
 三/鈷(こ)坂 《割書:白かね三鈷松|西光寺のまへ》
 御太刀坂 《割書:渋谷かうかひは■【「し」】|堀田家山口家|御やしきの間》
 道玄坂  《割書:道玄町の末|》
 富士見坂 《割書:宮ます町めう祐寺|前の処行人坂前》
 行人坂  《割書:下目黒|》
 権之助坂 《割書:下目黒白かねゟ|祐天寺道》
 榎坂   《割書:飯くら六丁目|四辻へ下り口》
 雁木坂  《割書:飯くら八まんの|表門前下り口》
 芝切通坂 《割書:増上寺うしろ|冨山町明地の処》
 伊皿子坂 《割書:芝田町九丁めゟ|いさらごへ上ル》
 聖坂   《割書:三田功運寺の|    まへ》
 潮見坂  《割書:同所のわき道|》
【左丁】
 安楽寺坂 《割書:三田四丁め横町|しほみ坂の西北》
 馬場坂  《割書:有馬侯| 御やしきわき》
 狸(まみ)穴坂  《割書:三田元御やしき|     わき》
 貘(ばく)坂   《割書:三田の内|》
 相生坂  《割書:猿町ゟ| 大さきへ下ル》
 鰹坂   《割書:二本榎ゟ庚申|堂の方へ下ル細き道|東漸【禅ヵ】寺のわき也》
 柘榴坂  《割書:奥平殿御下やしきゟ|南高輪へ下ル》
 八/景(けい)坂  《割書:大井村ゟ池上道|鈴ノ森の上》
《振り仮名: 衣紋坂|新吉原   》  《割書:土手ゟ五十間道へ|下ル少しの坂》

 ○原之部
 柳原   《割書:筋違門|浅草橋までの間》
 采女が原 《割書:木挽町|》
 加賀原  《割書:市谷|又すぢかへ外》
 芝切通原 《割書:増上寺わき|》
【欄外に「原」と「五十八」】

【右丁】
 浅茅が原 《割書:浅草はしばの|     うら》
 護持院原 《割書:神田はし|一ッはし外》
 堀田原  《割書:あさ草| 御蔵前うら》
 山下原  《割書:東えい山下|》
 紺屋原  《割書:神田こんや町|》
 平尾原  《割書:あさふ| 古川の先》
 神明原  《割書:駒込ふしまへ|》
 忍原   《割書:四谷天王| 西北の方》
 武蔵野原 《割書:四ッ谷の先甲州道|代々木野の道》


 ○崎岬の部
 矢崎   《割書:浅草新ほりはたの末|いにしへ三十三間堂|     ありし処》
 唐崎   《割書:はしばのうら|》
 大崎   《割書:さる町のさき|備前侯御下やしきの|辺の村名也》
 袖ヶ崎  《割書:同し辺松平|むつの守殿御やしきの処》
 大日ヶ崎 《割書:同し辺|》
【左丁】
 荒藺(あらい)が崎 《割書:大森の辺|  海ばた》
 亀が崎  《割書:三田台口|土岐侯御やしき》
 月の岬(みさき)  《割書:三田台町|金寺【地ヵ】院の境内也》

 ○森の部
 烏森   《割書:あたご下|稲荷社有》
 鷺の森  《割書:白かね目黒道|》
 鈴の森  《割書:品川の先|  街道》
 吾妻の森 《割書:亀戸のわき|》

 追加終

【欄外に「□」と「五十九」】

【右丁】
 【右枠】
文政四辛巳八月

    山田  佐助
    須原屋茂平衛
    須原屋伊三郎
    須原屋 佐助
 【左枠】
江戸町鑑全二冊町
御奉行所御役人附其外
町之名主支配火事場人足
朱引堀径之図等迄
年々改正し委しく載
たれは江戸町々此書に
洩るゝ事なし
【左丁】
江戸(えど)御/絵図(ゑづ)       《割書:八色分|彩色摺》
 ・白 御やしき
 ・ねづみ 町屋
 ・うすべに 橋(はし)
 ・うすくさ 山林うゑ込(こみ)土手(どて)ばゞ
 ・こいべに 寺社(じしや)
 ・うすあい 海(うみ)川
 ・黄(き) 道すぢ并あき地
 ・かば 田はた百姓地(ひやくしやうち)
此/図(づ)はこれまで有(あり)ふれたる図
とは異(こと)にして神社(じんじや)仏閣(ぶつかく)名所(めいしよ)
旧跡(きゅうせき)洩(も)るゝ事なく山川地名/委(くは)
しくこれを注(ちう)し且(かつ)誤(あやまり)来(きた)れるを
校正(かうせい)して色分(いろわけ)にして見るに
やすくまことに江戸不/案内(あんない)の方
にても此図によりて尋(たつね)るときは
四方(よも)の境界(さかい)迄くはしく知(し)る事
此図にしくものあらじ実(じつ)に
珍図(ちんづ)と賞(しやう)すへし

【補足・この「江戸町独案内」コマ七からコマ六十までの翻刻に際しては】
【東京大学学術資産等アーカイブズポータル 本屋久兵衛 安政七年】
【国立国会図書館サーチ 広島屋庄助 天保十三年】
【国書データベース 広島屋庄助 天保十三年 ・本屋久兵衛 東都】
【の諸本を参照しています。】

【右丁】
  【前コマ左丁の紙背】

【左丁】
  【丸の中に扇三ッ開の印】

【裏表紙】