部類 数冊一寄贈者 番号一一五二 番号 類 部門往来物 TIAO 63 76 6 函のA 号1448 数1 贈 入 月購入 青山 様
吉田屋文三郎板 金 壱円五拾銭
《題:商売往来絵抄》
【題字下の活字印刷】
本郷区本郷六丁目
会場 赤門倶
絶版古書籍陳
書舗木内
電話小石川五
桃高賀全識 【帝大赤門前 楽部 会場 五七三■
《題:商売往来絵抄》
東都書林 文江堂梓
商売往来(しやうばいわうらい)絵抄(ゑせう)序
夫(それ)士農工商(しのうこうしやう)日用(にちやう)の資材(しざい)雑具(ぞうぐ)等(とう)その
品(しな)枚挙(まいきよ)するに遑(いとま)あらず幼童(えうどう)の時ゟ 朝(あした)に
省(かへりみ )夕(ゆうべ)に顧(かへり)み熟読(じゆくどく)の精功(せいこう)をつくさば何ぞ
速(すみやか)に全(まつた)き事を得(え)ん故(ゆゑ)に修(しゆ)ぎやう
倦怠(くわんたい)の志(こゝろさし)を補(ほ)せんがために画(くわ)を加(くわ)へ
眠気を覚(さま)し自然(しせん)博学(はくかく)の基(もと)ひを
開(ひら)かしめんと欲(ほつ)す苟(いやしくも )勤学(きんかく)せずんば仁義(じんぎ)
礼智 信(しん)の道(みち)を弁(べん)せず道(みち)を弁(べん)ぜずんば
僅(わつか)に五十年の星霜(せいさう)を空(むな)しく庸(よう)愚(ぐ)と
なりて一生を経(へ)ん事 歎(たん)ずきの甚き
なりよつて書(しよ)肆(し)の需(もとめ)に応(をう)して云爾(しかいふ)
于時丑春 桃亭賀全識
【右丁、絵の左下に二ヶ所】
「馬喰町二丁目
書肆
吉田屋文三郎」
【左丁】
【丸印】商(しやう)売(ばい)往(わう)来(らい)
凡(およそ)商(しやう)売(ばい)持(もち)扱(あつかふ)文(もん)字(じ)
《割書:あきなひの事をいふ 日々したゝむる文字| 》
員(いん)数(す)取(とり)遣(やり)之(の)日(につ)記(き)
《割書:かずの事をいふ 往へんの事をかきつける| 》
証(しやう)文(もん)注(ちう)文(もん)請(うけ)取(とり)質(しち)
《割書:しるしのふみ とくい先よりあつらひのかきつけ しち物をいふ| 》
入(いれ)算(さん)用(よう)帳(ちやう)目(もく)録(ろく)仕(し)
《割書:かんぢやうをこまかにつける也 元かたへ仕こみ| 》
切(きり)之(の)覚(おぼえ)也(なり)先(まづ)両(りやう)替(がへ)之(の)
《割書:の金だかをいふ りやうがえは江戸にては》
金(きん)子(す)大(おほ)判(ばん)小(こ)判(ばん)壱(いち)分(ぶ)
《割書:壱両六十目がへ 壱まい七両二分 壱両 十六朱| 》
弐(に)朱(しゆ)金(かね)位(はくらゐ)品(しな)多(おほし)所(いわ)
《割書:七匁五分 慶長金元禄金等いろ〳〵位あり| 》
謂(ゆる)南(なん)鐐(りやう)上(じやう)銀(きん)子(す)丁(てう)
《割書:七匁五分通用今はなし 一まい四十五匁| 》
豆(まめ)板(いた)灰(はい)吹(ふき)等(とう)考(かんがへ)贋(にせ)
《割書:ぞくに豆きんといふ いつわりいふ| 》
与(と)本(ほん)手(てを)貫(くわん)目(め)分(ふん)厘(りん)
《割書:正めいのしなをいふ 貫文といふ| 》
毛(もう)払(ほつ)迄(まで)以(もつて)_二 天(てん)秤(びん)分(ふん)
《割書:分りん毛は小すかをいふ 両がへみせにかぎり外になし| 》
銅(とうを)_一無(なく)_二相(さう)違(ゐ)_一割(わり)符(ふ)可(べき)_レ令(せしむ)_二
《割書:すこしもちがひなきをいふ| 》
売(ばい)買(〳〵)_一也(なり)雑(ざう)穀(こく)粳(うるしね)
《割書:うりかいの事をいふ いろ〳〵の品をさしていふ| 》
糯(もち)早(わ)稲(せ)晩(おく)稲(て)古(こ)
《割書:七月ごろみのる 九月ごろみのる としをへし| 》
米(まい)新(しん)米(まい)麦(むぎ)大(だい)豆(つ)
《割書:こめをいふ ことしできしこめをいふ 大むぎ小麦二しなあり まめをいふ| 》
小(せう)豆(づ)大(さゝ)角豆(げ)蕎(そ)麦(ば)
《割書:あつきをいふ いんげん十六さゝげをいふ からをさりしをひきぬきとす| 》
粟(あは)黍(きみ)稗(ひえ)胡(ご)麻(ま)荏(え)
《割書:ぞくにむこだましなど類あり 白くろ二しなあり 油にせいす| 》
菜(な)種(たね)廻(くわい)船(せん)数(す)艘(そう)積(つみ)
《割書:えにおなじ しよこくより入ふねかずおほきをいふ| 》
為(せ)登(のぼ)問(とひ)屋(や)之(の)蔵(くらに )入(いれ)
《割書:京大坂などへおくるをいふ しよじ元かた仕入するをいふ| 》
置(おき )聞(きゝ )合(あはせ)_二直(ね)段(だん)相場(さうばを)_一
《割書:そのとき〳〵の高下をきくをいふ| 》
不(ず)_レ残(のこら )於(おいて)_二売(うり )払(はらふは)_一運(うん)
《割書:うりさばくといいふ 馬車人そく等の| 》
賃(ちん)水(みづ)上(あげ)口(こう)銭(せん)差(さし)引(ひき)
《割書:ちんせんをいふ ふねより河岸あげの口せんをいふ しよ入用の■■だかを| 》
相(あい )究(きはめ)都(つ)合(がう )勘(かんかへ)利(り)潤(じゆん)
《割書:ひくをいふ まうけの合だかを| 》
之(の)程(ほどを)出入(でいり)之(の)有(あら)_二損(そん)
《割書:うりかひのそんしつをおひ〳〵につくなふをいふ| 》
失(しつ)_一者(ば)可(べし )_レ弁(わきまふ )_レ之(これを )譬(たとへ)者(ば)
《割書:| 》
味噌(みそ)酒(さけ)酢(す)醤油(しやうゆ )麹(こふじ)
《割書:米むきかうじ二しなあり 米にて製す 麦にて製す 米麦にてせいす| 》
油(あぶら ) 蝋燭(らうそく ) 紙(かみ ) 墨(すみ ) 筆(ふで)
《割書:品々あり うるしの木の実にて製す 南都上ひん 諸■にて分つ| 》
等(とう)此(この)外(ほか)絹布(けんふ)之(の)類(るい)
《割書:きぬもめんのるいをいふ| 》
金襴(きんらん)繻(しゆ)子(す)鈍子(どんす)【字面は「純」に見えるが「緞」とあるところ】
《割書:金糸にて色々もやうあり 地もんおりおし色々あり しゆすに同じ| 》
紗綾(さや)縮緬(ちりめん)綸子(りんず)羽(は)
《割書:ぞくにさやがたとておりたし有 ■■な■し 白■■し| 》
二(ぶ)重(たへ )北絹(ほつけん )生絹(すゞし)天(び)
《割書:糸地よろし これはねらざるきぬ糸にてせいす| 》
鵞(らう)絨(ど)羅紗(らしや)猩々緋(せう〴〵ひ)
《割書:糸に羽ねを入てをる也 異こくよりわたる らしやにおなじ| 》
羅(ら)背(せ)板(いた)毛(もう)氈(せん)兜羅(とろ)
《割書:らしやより下ひん あるは■等あり らせいたより下ひん| 》
綿(めん)反物(たんもの)麁物(そぶつ)仕立(したて)
《割書:一たん二丈六尺 あらたにしたてるを云| 》
物(もの)古(ふる)手(て)真綿(まわた)摘綿(つみわた)
《割書:ふるく■■【夏ヵ】きたるをいふ ■ひぢかけ等あり 一まい何匁といふ| 》
【紗綾縮緬:紗綾型の模様を織り出した縮緬】
【北絹:室町時代、中国の東京(トンキン)から渡来した黄繭の糸で織った薄い布】
【生絹(すずし):生糸で織ったままで練っていない絹布。軽くて薄い】
【羅紗:紡毛織物の一種。縮絨し毛羽をたてた織目が現れない厚地のもの。】
【猩々緋:「猩々」とは想像上の怪獣。猿に似て体が朱紅色の長毛でおおわれていることから、「猩々緋」は鮮やかな深紅色の事をいうが、その色に染めた毛織物などに用いられた語。】
【羅背板:毛織物の一種。ラシャに似ているが、地が薄く手ざわりが粗いもの。主に赤または藍の無地染め。】
【兜羅綿:「とろ」は綿花の意。綿糸にウサギの毛をまじえて織った舶来の織物。幅は一尺五寸(約50㎝)で色はねずみ色、藤色、薄柿色などが多かった。後には毛をまじえずに織り、国産のものも出来た。】
【麁物:盆、暮に主人から奉公人に与える衣類などをいう】
【古手:古着】
【摘綿:綿、真綿を引き延ばしたもの。小袖の綿入れなどに用いる】
木綿(もめん)麻苧(あさを)紬(つむぎ )肩(かた)
《割書:くさの■ゆで製す くさのかわなり 取つとめのもの| 》
衣(きぬ )袴(はかま )羽織(はをり)同(おなじく )紐(ひも )袷(あはせ)
《割書:■す 同し ■■く■なり 絹もめん■■にてせいす| 》
単(ひとへ )物(もの )帷子(かたびら)夜着(よぎ)蒲(ふ)
《割書:きぬもめんいろ〳〵有 ちゞみさらし有 同じ をなし仕たて| 》
団(とん)蚊帳(かや)風呂敷(ふろしき)手(て)
《割書:かたあり 製品いろ〳〵有 ■人五■■■■| 》
拭(ぬぐひ )帛紗(ふくさ)帯(おび)頭巾(づきん)
《割書:■■のぬひ■■等しな〴〵あり 製し方山岡家十郎なと有| 》
足袋(たび )幷(ならびに )染色(そめいろ)紺(こん)
《割書:白■ん■■■ぼり等あり 又々のこのみにしたがふ 草の■しる| 》
花(はな)色(いろ)浅黄(あさぎ)桧皮(ひはだ)
《割書:■のうすきをいふ 花いろなをうすし| 》
紫(むらさき )鬱金(うこん)木賊(とくさ)茶萌(ちやもえ)
《割書:■■いを■■る 黄いろをいふ くさいろ也| 》
黄(ぎ)蘓枋(すはう)茜(あかね)紅粉(べに)
《割書:すはうは木なり菓ししるを用ゆあかねも大やう同し紅は花を| 》
所(ところ)々(〴〵)染(そめ)入(いり )縫(ぬひ )散(ちらし )籬(まがき)
《割書:せいしもちゆ ぬひもやうは■■■いばら■は正へい上■| 》
之(の)菊(きく)立(たつ)波(なみ )雪(ゆき )折(をれ)笹(さゝ)
《割書:すりこみ等いろ〳〵あり なみあしき体 笹の上に雪つもりしてい| 》
御(ご)所(しよ )車(ぐるま )沢(おも )瀉(だか)地(ぢ)
《割書:御しよにてもちゆるなり 沼などに生たんなり| 》
扇(あふぎ )菱(ひし)輪(わ)違(ちがひ)九(く)曜(よう)
《割書:ぞくにぢかみと云 池に生はんものにて■すち■| 》
四(よ)ツ(つ)目(め)結(ゆひ )巴(ともへ )菊(きく)桐(きり)
《割書:ともへ左右ともあり| 》
柏(かしは )藤(ふぢ)蔦(つた)唐草(からくさ )女(をんな)
《割書:三しなあり からくさは其しないろ〳〵あり| 》
童(わらは )之(の)好(このみ )模様(もやう)恰好(かつこう)
《割書:もやう等人々のこのむところかつかうよくするをいふ| 》
可(べし)_二心(こころ)得(え)_一武士(ぶし)之(の)用(よう)
《割書:さむらひのもちゆるしなをいふ| 》
具(ぐ)者(は)其(その )品(しな )雖(いへども)_レ多(おほしと)
有(あら)増(まし)之(の)分(ぶん)弓(ゆみ)矢(や)鉄(てつ)
《割書:ゆみは重どうその外しな〴〵あり てつほうに大小長| 》
炮(ほう)鎗(やり)長刀(なぎなた)鉾(ほこ)鎧(よろひ)
《割書:たんあり やりの寸尺人々のこのみにしたがひせいす| 》
兜(かぶと )鞍(くら )鐙(あぶみ)泥(あ)障(をり)切(きつ)
《割書:かふとは金■■■種あり あふみはほ■■がは■かし あをりはなめし皮■■| 》
付(つけ )轡(くつわ)手(た)綱(つな)腹(はら)帯(おひ)
《割書:■等いろ〳〵あり くつわの上品すゞむしといひきたひよろし| 》
鞦(しりがひ )鞍(くら )覆(おほひ )鞭(むち)差(さし)縄(なわ)
《割書:くらおほひ■へ■■の■■■しや■■しな〴〵■■あり| 》
扨(さて )又(また )刀(かたな )脇指(わきざし )之(の)拵(こしらへ)
《割書:刀わきざしの寸法人々好あり 右刀■■なくこしらへ同じ| 》
目貫(めぬき)鮫(さめ)縁(ふち)頭(かしら)柄(つか)
《割書:めぬきは■ころ■あり■■外いろ〳〵ふちかしらは赤銅四分外いろ〳〵なり| 》
鐺(こじり )鞘(さや)鎺(はばき)切羽(せつぱ)鵐(しとど)目(め)
《割書:もの■■人々のこのみあり はばき切羽金■んきせと外いろ〳〵| 》
鍔(つば)随(したがひ )_二其(その)好(このみに)_一赤(しやく)銅(どう)
《割書:つばは■ばん鉄■■がん赤どう四分外■品あり ■■■石目外いろ〳〵| 》
真鍮(しんちう)滅金(めつき)素(す)銅(あか)
《割書:しんちう■■しぶ外■立■ すあか目いろ■々| 》
鉄(てつ)象(ぞう)眼(がん)居(すへ)紋(もん)彫物(ほりもの)
《割書:ぞうがんいろ〳〵くにをよし■すへもんは人々の■へわんをほる| 》
細工(さいく)者(は)猶(なほ)可(べき)_レ応(おうす)_二国(くに)
《割書:後とりすちぼり■人多し| 》
所(ところ)時(とき)之(の)風俗(ふうぞくに)也(なり)裏(うら)
《割書:其とき〳〵はやりのこしらへ方あるをいふ ■■■■| 》
物(もの)和(わ)物(もの)之(の)家財(かざい)珊(さん)
《割書:わたる■■へて裏ものといふ さんごえだ外たま■| 》
瑚(ご)瑠(る)璃(り)硨(しや)磲(こ)瑪(め)脳(のう)
《割書:いろ〳〵 さんごにおなじ まへにおなじ まへにおなじ| 》
琥(こ)珀(はく)瑇(たい)瑁(まい)水(すゐ)晶(しやう)
《割書:■まへにおなじ まへにおなじ まへにおなじ| 》
青(あを)貝(かひの )卓(しよく )青(せい)磁(じの)香(かう)
《割書:青がい外らんさんぼり等■いろ〳〵 せいじは土の名■■あをし| 》
爐(ろ)堆(つい)朱(しゆの )香(かう)盆(ぼん)香(かう)
《割書:つい朱にて製しもやう色々ありかたち品々| 》
合(ごふ)蒔(まき)絵(ゑ)梨(な)子(し)地(ぢの)硯(すゝり)
《割書:まきゑはうるしにて金銀てまきもてまきはこもやうを置なしち金をちらし置| 》
箱(ばこ)文(ぶん)庫(こ)文(ぶん)台(だい)筆(ひつ)架(か)
《割書:用紙を入る具 れんが■かいのとき枕に■ ふでを■具| 》
硯(けん)屏(べう)文(ぶん)鎮(ちん)磁(じ)石(しやく)南(なん)
《割書:すゞりのまへにおく具 ■を■さゆる具 方角を見る具| 》
京(きん)石(せきの)目(め)鑑(がね)印(ゐん)籠(らう)
《割書:めがねは■■を■す又細々なる物を見る ■をいれる具に■■■■| 》
巾(きん)着(ちやく )次(つぎに )雑(ざう)具(ぐ)者(は)葛(つゞ)
《割書:きんちやく形色々あり ざうぐは雑事等をさしていふ つゞらは夜ぐ| 》
籠(ら)挟(はさみ )箱(ばこ)櫃(ひつ)長(なが)持(もち)
《割書:等を入る具 挟ばこは■■等を入る具 ひつ長もちしる夜ぐ外道ぐるいを| 》
戸(と)棚(だな)屏(びやう )風(ぶ)箪(たん)笥(す)
《割書:入る具 戸棚は製色々 屏風は六枚一まい色々 ■ねたんす外■■色々| 》
衝(つい)立(たて)襖(ふすま )障(せう)子(じ)簾(すだれ)
《割書:つい立はざしきを仕切具 仕切にからかみと書 せうじ■有之 簾は竹か■■| 》
縵(まん)幕(まく)椀(わん)折(を)敷(しき)湯(ゆ)
《割書:まんまくはどんす等にて■る 折敷は通ひ■ん等に■るぐ ■■のせつ| 》
桶(とう)切(きつ)立(たて)弁(べん)当(たう)食(じき)籠(らう)
《割書:ゆを入るぐ ぬの物は製色々 食物を入る具 食籠は■■■等入るぐ| 》
重(ぢう)箱(ばこ)提(さげ)重(ぢう)行(ふ)【?】蓋(かい)皿(さら)
《割書:ぢう箱製色々 提重はさげの■に製す さら大小有之| 》
鉢(はち)盃(さかづき )燗(かん)鍋(なべ)陶(とくり)錫(すゞ)
《割書:安物■物大小色々 ■■■外色々 かんなべは銅あるいは手製有之| 》
庖(ほう)丁(てう)生(ま)膾(な)箸(ばし )燭(しよく)
《割書:右には製色々 ■な■なるうへは方の■■理人の用る具 しよくだい■■■う| 》
台(だい )行(あん )燈(どう )挑(てう )灯(ちん )短(たん)
《割書:外色々形品々 行燈形いろ〳〵 てうちんはくはかう色々 ■■いは二尺長| 》
契(けい)薬(や)鑵(くわん )茶(ちや )碗(わん )茶(ちや)
《割書:けいは八尺なり やかんは■■■■ね形色々 ■■は形有之 茶ひしやく■| 》
柄(ひ)杓(しやく )鑵(くわん )子(す )盥(たらい )楾(はんぞう )掻(かい)
《割書:■■に用る■■■ ■■■■代茶がまにつる■■のなり かいげは品よく| 》
器(げ )版(はん )銅(どう )碓(からうす )礭(すりうす )等(々々 )編(あみ)
《割書:しなり 版どううは版ひつなり 碓は木にて作 礭は石にて作る ■■は■■ぢ| 》
笠(がさ )傘(からかさ )木(ぼく )履(り )高(こう )直(ぢき)
《割書:べといゝて作る 製いろ〳〵 木にて作る製有之 たかきをいふ| 》
下(げ )直(ぢき )時(とき )所(ところ )見(み )合(あはせ )可(べき)_レ
《割書:やすきをいふ 商せつをかんがへるをいふ| 》
為(たる)_二売(ばい )買(〳〵)_一也(なり )薬(やく)種(しゆ)
《割書:うりかうりかひをせよといふことなり 薬しゆは種々のくすり也| 》
香(かう)具(ぐ )之(の )事(こと)檳(びん)榔(らう)
《割書:香をきくときのぐ 形ち丸しへり有之| 》
子(じ)大(だい)黄(わう)細(さい)辛(しん)阿(あ)
《割書:木のはのごとし色又有■■と■ ほそき■■のねなり 色あかく■| 》
仙(せん)薬(やく)石(せき)斛(こく)阿(あ )膠(きゆう)
《割書:きなり ■■■きもの也 にかはのごとくはふるもの也| 》
貝(ばい)母(も )擉(どく)活(くわつ)甘(かん)草(ぞう)
《割書:色青し ■■■赤くろし 色黄色なり| 》
肉(にく)桂(けい)黄(わう)蓍(ぎ)【耆ヵ】川(せん)芎(きう)
《割書:木の皮也■■■黒しと■をよしとす| 》
当(たう)帰(き )藿(くわつ)香(かう)黄(わう)連(れん)
《割書: くさなり■■■はらひ薬にたぶんもちゆ| 》
三(さん )稜(りやう )白(びやく)芷(し )陳(ちん)皮(ぴ)
《割書: 白芷は玄入て眉いろなり ちんぴはみかんの皮を云| 》
茴(うい )香(きやう )羌(きやう )活(くわつ )桂(けい)枝(し)
《割書:かいきやうは色赤黒し 色青き木なり 肉けいの枝の皮也と■よし| 》
半(はん)夏(げ )莪(が )述(じゆつ )枳(き)穀(こく)
《割書:はんげは色白し がじゆつは色■■■し きこくといへははらくちの| 》
巴(は)豆(べ)桃(とう)仁(にん)蓮(れん)肉(にく)
《割書:実なり とうにんははもはもゝの■也色白し はすの実なり| 》
杏(きよう)仁(にん)伽(きや)羅(ら )龍(りう)脳(のう)麝(しや)
《割書:あんずの実なり ■■のもくめある木なり しや猫のへそ也【?】| 》
香(かう)樟(せう)脳(のう)沉(ぢん)香(かう)白(ひやく)檀(だん)
《割書: ぢんかうは■■を■し■といふ 色うすあかし| 》
丁(てう)子(じ)人(にん)参(じん)硫(い )黄(わう)焔(えん)
《割書:てうじは色赤くろし 人参色しろく黄也 ■より生す■なし えん| 》
硝(しやう)緑(ろく)青(しやう )明(めう)礬(ばん)辰(しん)
《割書:しやうも同じ ろくしやう■品あり 染かへしな■製多し 辰は■に| 》
砂(しや)練(ねり)薬(やく)粉(こ)薬(ぐすり )散(さん)
《割書:にてあしくすし ■■■を■■て■をいふ ■■を■■せしをいふ ■■■| 》
薬(やく)膏(かう)薬(やく )全(まつたく )以(もつて )贋(にせ)
《割書:ちうし薬 かうやくは油或は松やにで製す 前にいふ■■■■■■■| 》
薬(やく)種(しゆを )不(ず)_レ用(もちひ )量(かけ)入(いれ)無(なき)_レ
《割書:いろ〳〵のくすり 種あるひは已にてかけ入る也| 》
之(これ )様(やう )正(しやう)直( ぢき )第(だい)一(いち)也(なり)
《割書: 正ぢきは誠ことことの道を守るをいふ| 》
其(その)外(ほか)山(さん)海(かい)之(の)魚( ぎよ )鳥(ちやう)
《割書:やまにすむはとり海にすむは魚なり鳥にも水鳥あり| 》
鶴(つる)雉(き)子(じ)雁(がん)鴨(かも)雲(ひ)雀(ばり)
《割書:丹はなべづる也 野にすむ鳥也 秋来り春かへる 水にすむ也 夏の鳥也な高く飛【?】| 》
白(はく)鳥(ちやう )鷺(さぎ )鶫(つぐみ )鳩(はと)鴫(しぎ)
《割書:色しろく大鳥也 きしに二種あり白鷺五位さぎ等なり 鴫は秋の鳥也| 》
鯛(たい )鯉(こい )鮒(ふな )王(か)余(れ)魚(い)鱸(すずき)
《割書:色赤し 鱒三十六有 池にて生す かれいはほしかれいむしかれい等あり| 》
鱠(き)残(す)魚(ご)【鱚ヵ】鱧(はも )鯵(あぢ )魴(まながつほ)【鯧ヵ】
《割書: きすは形ちやしく鮎に■たり あぢは大の魚なり 中国辺多し| 》
鮑(あわび )鱒(ます )鯖(さば )烏(い)賊(か)辛(に)
《割書:■■住せ多し 冬塩引にして用ゆ いろに二しなあり ■には貝にて| 》
螺(し)蛸( たこ )海(くら)月(げ)海(ゑ)老(び)
《割書:中に肉あるをた■■■也くらげはまくに似たり いせゑび車ゑび■■ゑび等也| 》
牡(か)蛎(き)蛤(はまぐり)馬(ま)刀(て)蜆(しゞみ)
《割書:かき貝ま■に■いす 蛤大小あり までは江戸に多く生ず| 》
鮎(あゆ )鱜(きやう)鮭(さけ)塩(しほ)引(ひき)干(ひ)
《割書:若■のまゝ秋はさびあゆ也 松まへ■■に多く生するなり ひらきしほ| 》
鱈(だら)塩(しほ)鰤(ぶり)煎(いり)海鼠(こ)
《割書:にてへくる也 ■にてつける也 まげ物つぼなどへうる也| 》
鯨(くじら )百(ひやく )尋(ひろ )鯣(するめ )松(かつ)魚(ほ)
《割書:■づけ■る今はすくなし するめも味上品なり 土佐上品其外しこくゟ| 》
節(ぶし )鰯(いわし )鯷(ひしこ )等(とう)也(なり)諸(しよ)
《割書:きたる也 ほしかに■る いわしに似て小さき魚なり| 》
国(こく)之(の)名(めい)物(ぶつ )依(よつて)_レ無(なきに)_二際(さい)
《割書:くに〴〵よりいづる産の名はかぎりなきをいふなり| 》
限(げん )令(せしめ)_レ略(りやく)_レ之(これを )訖(おはんぬ )右(みぎ)
《割書: りやくすといふはなかばにしてやむることをいふ也| 》
之(の)品(しな)々(〴〵)前(ぜん)後(ご )雖(いへども)_レ内(たりと)_二
《割書:いろ〳〵あとさきになることをいふなり| 》
混(こん)乱(らん)_一唯(たゞ)初( しよ )学(がく)之( の )童(わらんべ)
《割書:こんらんといふはしな〴〵の事がまじるをいふしよがくのわらんべは| 》
平(へい)生( ぜい )可(べき)_二取(とり )扱(あつかふ)_一文(もん)字(じ)
《割書:諸げいならひはじめの事をいふ| 》
迄(まで )任(まかせ)_二思(おもひ)出( いづるに)_一粗(ほゞ)令( しむる)_レ馳(はせ)
《割書: かんがへいだしあらましをしるすをいふなり| 》
筆也(ふでをなり )抑(そも〳〵)生( うまるゝ)_二商(しやう)売(ばい)
《割書:ふでをはせるはふでにてかく事をいふ しやうばいのいへに生| 》
之(の)家(いへに)_一業(ともがら)者(は)従(より)_二幼(えう)
《割書:るゝは町家あきなひをするいへをいふ 幼稚といふは子どもの| 》
稚(ち)之(の)時(とき)_一先( まづ )手(しゆ)跡( せき )算(さん)
《割書:ときよりといふこと しゆせきさんじゆつの事はまへに| 》
術(じゆつ)執( しゆ )行(ぎやう )可(べき)_レ為(たる)_二肝(かん)要(えう)_一也(なり)
《割書:いづる執ぎやうはけいこすることをいふ かんえうとはそのこと専一といふこと也| 》
然(しかし)而(て)歌(うた)連(れん)歌(が)俳(はい)諧(かい)
《割書:歌は冷泉家とてい連歌は紹巴などはいかいは芭蕉其かく等なたかし| 》
或者(あるひは)立(りつ)花(くわ)香(かう)道(だう)蹴(しう)
《割書:■■は■■流古流■■流などゆ■の■うへ■■など| 》
鞠(きく)茶(ちや)之(の)湯(ゆ)謡(うたひ)舞(まひ)
《割書:しうきくはけまりなり是は殿上人のもてあそびうたひはうたなり下ばゝり| 》
鼓(つゞみ )太(たい)鼓(こ)笛(ふへ)琵(び)琶(わ)
《割書:とて■■の■■■也 びわはけんざ■うにて■■■るなり| 》
琴(こと)等( など )稽(けい)古(こ)之(の)儀(ぎ)者(は)
《割書:ことは山田生田八ツ橋等なり当時は小女のもてあそぶ事なり| 》
家(か)業(ぎやう )有(あら)_二余(よ)力(りよく)_一者(ば)折(をり)
《割書:■いへ〳〵なりいへひまあらばすとしはといふことなり| 》
々(をり)者(は)心(こゝろ )掛(がけ )可(べし)_二相(あい)嗜(たしなむ)_一
《割書: しかしながらふかくみちにいれば自ぜん家ぎやうさゝはるべし| 》
又(また)者(は)碁(ご)将(しやう)棋(ぎ)双(すご)六(ろく)
《割書:碁は■■より吉■公つたへて■■将棋すご六当時所よりわたる| 》
浄(じやう)瑠(る)璃(り)小(こ)歌(うた)三(さ)味(み)
《割書:小野■■■元祖小うたは河東■■江戸ぶし長うた常磐津節幷清元新内| 》
線(せん )長(ちやうじ)_二酒宴(しゆえん )遊興(いうきやう)_一
《割書:色々あり 酒えんいう興長たるときは夜を日としてあそひにふける| 》
或(あるひ)者(は)不(ざる)_レ応(おうぜ)_二分(ぶん)限(げんに)_一餝(かざり)_二
《割書:をとゞむる■也分ふくも■につぐなるたけそふくを用ゆべし| 》
衣(い)服(ふくを)_一家宅(かたく)泉(せん)水(すゐ)
《割書:■■さくもかきりなきものせんすゐつきやま等は平人にはいらぬ物也| 》
築(つき)山(やま)樹(じゆ)木(もく)草(さう)花(くわ)
《割書:じゆもく草くわなど■いてとゞむる等はあら■尊金のしなをもと| 》
之(の)楽(たのしみ)而(の)已(み)費(ついやす)_二金(きん)
《割書:めずあきなひたうにさゝはらざるやうにすべし| 》
銀(ぎんを)_一事(こと )誠(まことに)無益(むゑき)之(の)至(いたり)
《割書:金ぎんの尊きことはいはずともしれりむゑきのことをは■きほどこす| 》
衰(すい)微(び)破(は)滅(めつ)之(の)基(もとゐ)歟(か)
《割書:こすへきは■ど也しゆんしよくもすいびのもとゐなるべしつゝしむべし| 》
惣(そうじ)而(て)見(み)世(せ)店(たな)奇(き)麗(れい)
《割書:すべてみせたなみぐるしきなきやうかざりつけひくべし| 》
挨(あい)拶( さつ)応( おう)答( たう)饗( きやう)応(おう)
《割書:平日きやくのあしらひ聞にいたるまでていねいにするべき事なり| 》
可(べし)_レ為(たる)_二柔(にう)和(わ)_一大(おほひに )貪(むさぼり)_二
《割書:かりそめにもふあしらいすべからすとなり| 》
高(かう)利(りを)_一掠(かすめ)_二 人(ひと)之(の)目(めを)_一
《割書:大に高利をむさほりいつわりものをひさきなどすましき事なり| 》
蒙(かふむら)_二 天(てん)罰(ばつ)_一者(ば)重(かさね)而(て)
《割書:てんかにそむけは罰せんみやうりつきるべし| 》
問(とひ )来(きたる )人(ひと )可(べし)_レ稀(まれなる )恐(おそれ)_二
《割書:とひきたる人なきときはすまひ目のあたりなり星天はせのしく?| 》
天(てん )道(たうを)_一働(はたらく )輩(ともがら)者(は)終(つひに)
《割書:るなるべし天のみちにかなへはかなひ下々まて和合して其いへ| 》
富(ふう)貴(き)繁(はん )昌(じやう)子(し)孫(そん)栄(えい)
《割書:いよ〳〵善事のみこたからしそんもなかくつゞきはんえいうたがひ| 》
花(ぐわ)之(の)瑞(ずい)相(さう)也(なり)倍(ます)々(〳〵)
《割書:あるべからすすべて一たんの利をはからるべからず大よくは大ぞんの| 》
利(り)潤(じゆん ) 無(なき)_レ疑(うたがひ )条(でう)仍(よつ)而(て)
《割書:はじめとしるへしつゝしむべき事なり| 》
如(ことし)_レ件(くだんの)
東都 文江堂梓
消息往来絵抄 突語義絵抄 庭訓往来絵抄
古 状 揃 絵 抄 女大学絵抄 七ツいろは絵抄
三 字 義 絵 抄 千字文絵抄 百姓往来絵抄
名頭国尽絵抄 用文章絵抄 同 二編
同 三編
右絵抄之儀は御幼抜之御方々御手近に差おかれ候
はゝ御たい屈なく自然と御熟読に相成候ため此後
品々追々出板仕候間御求め可被下候
馬喰町二丁目
東都書林 吉田屋文三郎板
【裏表紙・文字なし】
【右下隅に蔵書印】東京学芸大学蔵書
【タイトル】
源氏かるた絵合
巻之意五十四図 門人 繍山製
【以下、右下より時計回り】
きりつぼ
はゝきゞ
うつせみ
ゆふがほ
わかむらさき
すゑつむはな
もみちの賀
花のえん
あふひ
さかき
花ちるさと
すま
あかし
みをほくし【本来「みをつくし」となるべきところ、「つ」が「ほ」となっている】
よもぎふ
せき屋
絵あはせ
まつ風
うすくも
あさがほ
おとめ
玉かつら
はつ音
こてう
ほたる
とこなつ
かゞり火
野分
みゆき
ふぢばかま
巻ばしら
梅かえ
藤のうら葉
若菜 上
わかな 下
かしは木
よこ笛
すゞむし
夕霧
みのり
まぼろし
にほふみや
紅梅
竹川
はしひめ
しひがもと
あげまき
さわらび
やとり木
あづまや
うきふね
かげろふ
てならひ
ゆめのうきはし
【左欄外】明治廿一年十一月 日印刷同年十一月 日出版 画 刷兼発行者 東京々橋区銀座三丁目十五番地 前田㐂兵ヱ
源氏かるた
絵あわせ
かるた
五十四枚付属
【下部】
楊州
周延
【右上隅に請求記号:798/AYA】
【上余白に資料ID:10803354】
御用歌かるた調進所 東京銀座三丁目十五番地
上方屋勝敗堂
源氏(げんじ)かるた絵合(ゑあはせ)仕様(しやう)
人数(にんす)に定(さだま)りなし三人/以上(いじやう)幾人(いくにん)にても五拾四/枚(まい)の札(ふだ)を同(おなじ)数(かず)に分(わ)け相互(あひて)に見せぬように持(もつ)なり○始(はじめ)に桐壺(きりつぼ)より花(はな)の
宴(えん)までの札八枚と若菜(わかな)上下(じやうげ)の札(ふだ)弐枚とを持(もち)たる人は初(はじめ)に並(なら)べ置(おく)べし○始(はじ)め札を分(わ)けあたへたる時(とき)札のはした出(で)たる時は
桐壺より若菜まで十枚の札を持(もち)たる人に授(さづ)くべし○扨(さて)桐壺の札を持たる人より呼出(よびだ)すなり呼名(よびな)は自分(じぶん)の手(て)になき
名(な)を何(なに)なりとも心(こゝろ)任(まか)せに呼なり其(その)呼(よぶ)を待(まつ)て呼(よび)たる札を持(もち)たる人出す其(その)続(つゞき)の札あれば何枚(なんまい)にても出(だ)すべし其人
思(おほ)ひ付(つき)たる名(な)を呼(よぶ)なり右(みぎ)の如(ごと)く順(じゆん)にして先(さき)に札を手拂(てはら)ひたる人/勝(かち)とす○札を呼とき自分(じぶん)の手に持たる名を呼ときは恥(はぢ)とす
【左下隅に蔵書印:東京学芸大学蔵書】
【表紙】
【4枚の図書整理票 上から順に】
部門
冊数
寄贈者 購入
番号 一■一■
番号
類
部門 往来物
第6函の■
番号 713
冊数 1
寄贈 ■月■入
購入
TIAD
21
54
【書名紙片】
正徳六年万屋版 金 四円
金言童子教
【紙片下部印刷部分】
本郷区本郷三丁目帝大赤門前
會場赤門倶樂部
絶版古書籍陳列會場
書舗 木内誠
電話 小石川五五七三番
【コレクション3に同じ冊子有。重複している。】
【右頁上段】
金言童子教序(きんげんどうじけうじよ)
此書(このしよ)は古(いにしへ)の聖賢(せいけん)の語(ご)にて代々(よゝ)人口(じんこう)に膾炙(くわいしや)せるを予(よ)
頑愚(ぐはんぐ)なりといへども諸書(しよ〳〵)の要語(ようご)を摘(つみ)年々に拾(ひろ)ひ月々に
集(あつ)め且(かつ)句(く)ごとの上(うへ)に鄙言(ひごん)を以(もつ)て抄(しやう)し一書(いつしよ)となして家族(かぞく)の
幼童(ようどう)読書(どくしょ)の階梯(かいてい)にと与(あた)へけるを友(とも)なりし人の梓(し)に鏤(ちりは)め
世(よ)の幼童(ようどう)の便(たより)にもせよといへるにいなみがたく金言童子(きんげんどうじ)
教(けう)の名(な)を蒙(かうむ)らしめ書林(しよりん)に属(ぞく)しぬ古(いにしへ)より諸家(しよか)の著述(ちよじゆつ)多(おほ)し
といへども要句(ようく)すくなし初学(しよがく)の幼童(ようどう)此書を得(ゑ)て聖賢(せいけん)を遠(とを)しと
せず即(すなはち)今(いま)教(おしへ)を承(うけたまは)ると思(おも)ひ心腑(しんふ)に入(いれ)てよまば益(ゑき)を得(う)る事
多(おほ)からんか尤(もつとも)一 句(く)も私意(しい)よりいでたるにあらざれば愚編(ぐへん)也とて
あえていやしんとする事なかれ
于時正徳六年丙申春正月日
《割書:此書に類して|童親對句抄と云書出来》勝田祐義編 【印 祐義】
【下段図中の会話】
せい
だして
おぼへま
せうぞ
【左頁】
【右上余白に図書整理番号】
TiA
21
54
【本文】
《割書:諸書要語|童蒙須知》 金言童子教《割書:竝抄|》
《割書:良薬はにがしともよく用ひぬれば|やまひを治する徳ありにがきをきらひ|もちひざれば良薬も益なし》 《振り仮名:良薬雖_レ苦_レ口|りやうやくはくちににがしといへとも》 《振り仮名:用_レ病必在_レ利|やまひにもちいてかならずりあり》
《割書:人よりいさむる所の忠言はかならず耳に|さかふものなれ共よく用ひて身に|おこなひぬれば其身たゞしく成て徳也》 《振り仮名:忠言雖_レ逆_レ耳|ちうげんはみゝにさかふといへども》 《振り仮名:行_レ身必在_レ徳|みにおこなひてかならずとくあり》
《割書:くすりを用てやまひをちする事をば|誰もしるといへとも学文をすればよく|身のおさまるといふことをしる人なし》 《振り仮名:雖_レ知_二薬理_一_レ病|くすりのやまひをおさむるをしるといへとも》 《振り仮名:不_レ知_二学理_一_レ身|がくのみをおさむるをしらず》
《割書:せきへきは大きなる玉也寸 ̄ンゐんは少しの|間を云玉はまことの宝にあらず寸陰|を得たるをよろこびきおふて学すべしと也》 《振り仮名:尺璧非_二於宝_一|せきへきはたからにあらず》 《振り仮名:寸陰可_二是競_一|すんいんこれきおふべし》
《割書:よく書をよみ智いたりぬれば大けん|人おもなる也故にまんばいの利ありと也|書をよめば書はよく人に君子の智を添 ̄ル也》 《振り仮名:読_レ書万倍利|しよをよめばまんはいのりあり》 《振り仮名:書添_二君子智_一|しよはくんしのちをそふし》
《割書:金銀あるものは書楼をたて書をこめ|置くべし金銀のなきものは書を入 ̄レ置 ̄ク|櫃(ヒツ)などを拵(コシラヘ)書を入 ̄レおき常に見 ̄ルへし》 《振り仮名:有則起_二書楼_一|あらばすなはちしよろうをたてよ》 《振り仮名:無則致_二書櫃_一|なくはすなはちしよきをいたせ》
《割書:しづかなるまどの前に居ていにしへゟ|つたはれる書を見るべし又灯のもと|にしてはよみたる書の義理を案すべし》 《振り仮名:窓前看_二古書_一|そうぜんにこしよをみて》《振り仮名:灯下尋_二書義_一|とうかにしよぎをたづねよ》
《振り仮名:貧者因_レ書冨|まずしきものはしょによつてとみ》 《振り仮名:冨者因_レ書貴|とめるものはしょによつてたつとし》
《振り仮名:愚者得_レ書賢|ぐしやはしょをゑてけんに》
【題箋】
《割書:訓蒙|画入》究理智惠のすゝめ 壹
【右下に図書標】
TIAII
42
A99
青山
教科書DB入力
【見返し】
【左頁】
【頁下枠外に番号】
18204770
緒言
此書は元来童蒙婦女子をして早く萬
物の理を知らしめむと欲し究理書中
目前手近き事柄を極浅く飜譯した
るものにて必竟猿蟹の合戦かち〳〵
山の泥船等草雙紙の代に供する
ものなれば體裁の鄙俚を厭はず唯解
【右頁】
易きを趣とす世の賢童早く活用の
書に就て文化の進捗を扶け 皇國の
美名を海外に轟かさばまた
皇國の人たるに足らむ是此書を譯
するの徴意なり
明治癸酉早春 譯者しるす
【左頁】
訓蒙究理智慧之勸巻之一
目 録
◯雲(くも)之 事
◯雨(あめ)之 事
◯雷(かみなり) 之 事
◯露(つゆ)霧(きり)霜(しも)之事
◯雪(ゆき)霰(あられ)之事
◯火(くわ)山(さん)之事
【右頁】
◯地(ぢ)震(しん)之事
◯温氣(うんき)之事
◯寒暖計(かんだんけい)之事
◯汐滿干(しほみちひ)之事
◯光(ひかり)之 事
◯風(かぜ)之 吹(ふ)く事
◯重力(ちようりよく)の中心(ちうしん)之事
【左頁】
《割書:訓蒙|画入》究理智慧の勸巻之一
東京 東岸舎纂輯
◯雲(くも)霧(きり)の事
雨降(あめふり)の後(のち)路(みち)の乾(かは)き旱魃(ひでり)に池(いけ)や田(た)の水(みづ)のな
くなり洗濯物(せんたくもの)の乾(かは)くは其水(そのみづ)如何(いか)になりて
いづれに行(ゆき)しやと尋(たづ)ぬるに皆(みな)温氣(うんき)の為(ため)に
湯気(ゆげ)の如(ごと)く空中(くうちう)に蒸騰(むせのぼ)りしものなり温氣(うんき)
【右頁】
つよければ其(その)蒸(むせ)騰(のぼ)ることも甚(はなは)だ多(おほ)し湿(ぬれ)た
る手拭(てぬぐひ)を火(ひ)にてあふれば目(め)の前(まへ)に乾(かわ)くを
以(もつ)てしるべし斯(か)く昼夜(ちうや)海川(うみかは)土地(とち)より騰(のぼ)り
たる水氣(すゐき)も温氣(たんき)を含(ふく)みたる間(あひだ)は空氣中(くうきちう)散(さん)
じて見(み)えざれども空中(くうちう)少(すこ)し冷(ひ)ゆる時(とき)は忽(たちま)
ち水気(すゐき)相聚(あひあつま)りて雲霧(くもきり)の状(かたち)となり人(ひと)の目(め)に
見(み)ゆるものなり只(ただ)高(たか)く天(てん)にあるを雲(くも)とい
ひ近(ちか)く地辺(ちへん)に濛々(もや〳〵)したるを霧(きり)と云(いふ)なれと
も其実(そのじつ)は同(おな)じものにて少(すこ)しも異(かは)ることな
し冬(ふゆ)の朝(あさ)人(ひと)の呼吸(ゑき)のよく見(み)ゆるは寒(さむ)さに
て口(くち)より出(いで)
たる息(いき)の直(たゞ)
ちに凝結(むすび)て
霧(きり)の状とな
る故(ゆゑ)也(なり)雲(くも)は
即(すなは)ち此(この)水気(すゐき)
【右頁】
と知(し)るへじ【べしの誤ヵ】
◯雨(あめ)の降(ふ)る叓(こと)
前(まへ)にいへる如(ごと)く雨(あめ)の後(のち)に路(みち)の乾(かは)き旱魃(ひでり)に
池(いけ)の水(みづ)のなくなる理合(りあひ)にて昼夜(ちうや)海川(うみかは)土地(とち)
より水気(すゐき)立昇(たちのぼり)て少(すこ)しも止(やむ)む叓(こと)なし此(この)水気(すゐき)
空中(くうちう)に騰(のぼ)りて寒(さむ)さに遇(あへ)ば結(むす)びて雲霧(くもきり)の状(かたち)
となる理(り)は前(まへ)の雲(くも)の処(ところ)にて云(いへ)る如(ごと)し此(この)雲(くも)
猶(なほ)一際(ひときわ)寒(さむ)さの増(ます)ときは忽(たちま)ち凝(こつ)てもとの水(みづ)に
【左頁】
返(か)へる斯(かく)水(みづ)となれば量目(めかた)重(おも)くなる故(ゆゑ)自然(しぜん)と
下(した)に降(くだ)る則(すなは)ち是(これ)雨(あめ)なり如斯(かく)下より騰(のぼ)りて
はまた降(くだ)り降りてはまた騰るゆゑ神世(かみよ)の
むかしより海川(うみかは)の水(みづ)の増(ま)すこともなく又(また)
減(げん)ぜしこともなけれども若(も)し唯(たゞ)降(ふ)るのみ
なれば海川の水(みづ)忽(たちま)ち増して陸上(りくじやう)に溢(あぶ)るべ
し暑中(しよちう)に水すくなく梅雨(つゆ)に雨(あめ)の多(おほ)きも唯
一 時(じ)のぼり降(くだり)の片(かた)よるまでにて真(しん)に宇宙(うちう)
【右頁】
の水(みづ)の増(ま)したるにも減(へり)たるにもあらざる
なり蒸露鑵(らんびき)にて焼酎(せうちう)を取(と)るも熱気(ねつき)によつ
て精氣(せいき)の蒸(むせ)
騰(のぼ)り冷(つめた)き所(ところ)
に至(いたつ)て原(もと)の
水(みづ)に返(かへ)る理(り)
合(あひ)に基(もとづ)きた
るもの也(なり)
【左頁】
◯雷鳴(かみなり)の事
雷(かみなり)の理合(りあひ)は一 番(ばん)六(むづ)かしく西洋(せいやう)にても大古(むかし)
は雷鳴(かみなり)を悪(あし)き神(かみ)の呌(さけ)びなどゝいひ人(ひと)〻(〴〵)恐(おそ)れ
しものなれども次第(しだい)に其理(そのり)を究(きは)め遂(つい)に其(その)
起(おこ)る源因(もと)も明亮(あきらか)に至(いた)れり元來(ぐわんらい)雷鳴は天地(てんち)
の間(あひだ)の萬物(ばんもつ)に具(そな)はりたる一種(ひといろ)の越(ゑ)歴(れき)篤(て)留(る)
と云(いふ)氣(き)にて萬物(はんもつ)みな多少(たせう)此氣(このき)を持(もた)ざるは
なし今(いま)紙(かみ)を三重(みゑ)四重(よへ)にたゝみ之(これ)
を火(ひ)にて
【右頁】
煖(あた)ため板(いた)の上(うえ)に置(お)き手早(てばや)く爪(つめ)にてこすり
燈心(とうしん)の如(ごと)き軽(かる)き物(もの)に近(ちか)よせなば燈心(とうしん)忽(たちま)ち
紙(かみ)に引附(ひきつく)べしこれは紙の越歴(ゑれき)人身(ひと)の越歴
に感(かん)じて陽(やう)の気(き)となり燈心の隂(いん)の越歴(ゑれき)に
合(あ)はんとする故(ゆゑ)なり總(すべ)て越歴は陽(やう)と隂と
相(あひ)合はんとする性質(もちまい)あるものゆゑ合(あへ)ば静(しづ)
まりて現(あら)はれずと虽(いへど)も離(はな)るれば動(うご)きて合
はんとす此(この)理合(りあひ)より陽(やう)の越歴を起(おこし)たる雲(くも)
【左頁】
と隂(いん)の越歴(ゑれき)を起(おこ)したる雲(くも)との間(あひだ)に越歴の
移(うつ)り通(かよ)ふ時(とき)火花(ひばな)を発(はつ)し脉(みやく)の一つ打間(うつま)に一
十八 万里(まんり)余(よ)
の遠路(とほさ)を馳(は)
するもの故(ゆゑ)
空(くう)の氣(き)俄(にはか)に
其(その)行跡(ゆきあと)の空(すき)
所(ま)を填(ふさ)がん
【右頁】
とするより響(ひゞき)を發し大(おほひ)なる声(こゑ)をなす則(すなは)ち
雷鳴(かみなり)なり雲(くも)髙(たか)ければ唯(たゞ)遠(とほ)く雷鳴を聞(き)くの
みなれども雲(くも)低(ひく)くして移行(うつりゆ)く雲(くも)のなき時(とき)
は其(その)越歴(ゑれき)地(ち)に移來(うつりきた)る叓(こと)あり雷(かみなり)の落(おち)ると云(いふ)は
則(すなは)ち此氣(このき)の地(ち)に届(とゞ)きたるものなり前(まへ)に云
通(とほ)り此(この)越歴(ゑれき)は鉄炮玉(てつはうだま)より数百倍(すひやくばい)はやきも
の故(ゆゑ)家(いへ)も抜(ぬ)け大木(たいぼく)も折(をれ)るなれども決(けつ)して
雷獣(らいじう)抔(など)と申(まうす)ものゝあるにあらず
【左頁】
◯露(つゆ)霧(きり)霜(しも)の叓
露(きり)【つゆヵ】は夏(なつ)の日(ひ)雨降(あめふり)の後(の)ち天氣(てんき)快晴(くわいせい)なれば其
夜(よ)かならす多(おほ)く降(ふ)るものなり是(これ)は前(まへ)に云
へる如(こと)く池(いけ)沼(ぬま)濕地(しめりち)等(とう)より蒸騰(むせのほ)りたる水氣(すゐき)
昼(ひる)の間(あひだ)は大陽(たいやう)の温(おん)を受(うけ)て融化(ゆうくわ)し其状(そのかたち)を現(あら)
はさゝれども日(ひ)落(おち)て温気(うんき)減(げん)ずれば忽(たちま)ちその
状(かたち)を変(へん)じ元(もと)の水(みづ)に返(かへ)り空中(くうちう)に濛(もや)〻(〳〵)として
人(ひと)の目(め)に見(み)ゆる是(これ)則(すなは)ち霧(きり)なり此(この)霧(きり)降(ふ)りて
【右頁】
木(こ)の葉(は)に滴(したゝ)るもの是(これ)を露(つゆ)といふ◯晴(はれ)たる
夜(よ)は露(つゆ)多(おほ)く曇(くもり)たる夜に露(つゆ)少(すくな)きゆへは晴天(せいてん)
の夜(よ)は地面(ぢめん)の冷(ひゆ)ること早(はや)きゆへ雲(くも)の溜(たま)る
ことも多(おほ)く天(てん)曇(くも)りたる時(とき)は恰(あたか)も地面(ぢめん)に雲(くも)
の衣服(いふく)を着(きせ)たる如(ごと)くゆへ土地(とち)の温氣(うんき)を咄(はき)【吐ヵ】
出(いだ)すこと少(すくな)く夜中(やちう)十分(じふぶん)に冷(ひ)へざるゆへ露(つゆ)
の生(しやう)すること少(すくな)し又(また)池(いけ)沼(ぬま)等(とう)の水(みづ)は陸地(くがち)よ
り蒸騰(むせのほ)ること多(おほ)きゆへ夜(よ)に入(い)れば其上(そのうへ)に
【左頁】
水烟(みづけむり)を見(み)る
もの也(なり)是(これ)は
池(いけ)沼(ぬま)等(とう)より
騰(のぼ)りたる水(すゐ)
氣(き)寒(さむ)さの為(ため)
に忽(たちま)ち水(みづ)に
返(かへ)りし故(ゆへ)也
此(この)水氣(すゐき)は遂(つい)
【右頁】
草木(さうもく)の葉(は)に溜(たま)り草木(さうもく)を濕(うる)ほして乾枯(かれ)ざら
しむ◯露(つゆ)は春秋(はるあき)多(おほ)くして夏(なつ)は少(すくな)き物(もの)なる
が其故(そのゆへ)は春(はる)と秋(あき)とは昼(ひる)暖(あたゝか)にして夜(よ)に至(いた)れ
ば寒(さむ)さ厳(きび)しき故(ゆへ)昼(ひる)の間(あひだ)に蒸騰(むせのぼ)りたる水氣(すゐき)
も夜(よ)に入(い)れば忽(たちま)ち冷(ひへ)る故(ゆへ)也(なり)又(また)露(つゆ)はよく萬(ばん)
物(もつ)を濕(うるほ)して草木(さうもく)を養(やしな)ふ亜非利加(あひりか)洲(しう)のうち
「エジフト」といふ國(くに)抔(など)は四季共(しきとも)雨(あめ)の降(ふ)ること
稀(まれ)なれども天(てん)の惠(めぐ)みとや云(いは)ん露(つゆ)多(おほ)くして
【左頁】
草木(さうもく)之(これ)がため繁殖(はんしよく)すといふ◯前(まへ)にいへる如(こと)
く水氣(すゐき)凝(こ)りて霧(きり)となり霧(きり)草木(さうもく)の葉(は)に溜(たま)り
て露(つゆ)となり露(つゆ)又 厳(きび)しき寒(さむさ)に逢(あ)へば尚(なほ)凝(こり)て
霜(しも)となる故(ゆへ)に露霜(つゆしも)はかならず上(うへ)より計(ばか)り
降(くだ)るものにあらず由(よつ)て植木(うゑき)などの霜枯(しもがれ)を
防(ふせ)ぐにはまるで木(き)を包(つゝ)み䨱(おほ)ひ其木(そのき)の固有(もちまへ)
の温氣(うんき)を吐出(はきいだ)さぬやうにすべし
【右頁】
◯雪(ゆき)霰(あられ)の叓
水氣(すゐき)空中(くうちう)に騰(のぼ)りて寒(さむ)さの為(ため)に凝(こ)りて已(すで)に
雨(あめ)に化(くわ)せんとする時(とき)其(その)寒氣(かんき)別(べつ)して厳(きび)しけ
れば雨(あめ)とならずして雪(ゆき)となる其(その)雪(ゆき)の形(かたち)も
東風(ひがしかせ)と東北風(ひがしきたかぜ)の時(とき)は別(べつ)して美麗(びれい)なるは此(この)
時(とき)空中(くうちう)越歴(ゑれき)を発(はつ)すること最(さ)も多(おほ)き故(ゆへ)也(なり)雪(ゆき)も
唯(たゞ)見(み)ては白(しろ)く綿(わた)のやうなれ共(ども)よき目鏡(めがね)に
て寫(うつ)し見(み)ればかならず左(さ)の圖(づ)の如(こと)く六葉(ろくまい)
【左頁】
【上段 雪の圖の説明 四圖あり】
◯雪の状六葉なる圖
【下段 以下の文は前頁の続き】
の状(かたち)をなせるものなり
又(また)霰(あられ)は空中(くうちう)に蒸騰(むせのぼ)りた
る水氣(すゐき)寒氣(かんき)のために凝(こり)
て雨(あめ)となり上(うへ)より降(ふ)る
途中(とちう)にて寒氣(かんき)格外(かくぐわい)厳(きび)し
ければ其(その)雨(あめ)の滴(しづく)氷【(こ)脱ヵ】結(ほ)り
て霰(あられ)となる其(その)降(ふ)る途中(とちう)に猶(なほ)水氣(すゐき)あれば之(これ)
に附着(ひきつ)きて大塊(おほかたまり)となることあり此(この)大(おほひ)なる
【右頁】
霰(あられ)を雹(へう)といふ此(この)霰(あられ)は寒中(かんちう)より却(かへつ)て夏(なつ)の方(かた)
多(おほ)き訳(わけ)は夏(なつ)は空中(くうちう)に越歴(ゑれき)を起(おこ)すこと多(おほ)く
して空中(くうちう)殊(こと)に厳寒(げんかん)を生(しやう)ずること冬(ふゆ)より多(おほ)
きに由(よ)る若(も)し水氣(すゐき)極髙(ごくたか)く騰(のぼ)り化(くわ)して雨(あめ)と
なりて降る途中(とちう)此(この)厳寒(げんかん)に逢(あ)へば則(すなは)ち氷(こほ)る
斯(か)空中(くうちう)に暖(あたゝか)なる処(ところ)と厳寒(げんかん)の処(ところ)とある故(ゆへ)霰(あられ)
の降(ふ)る時(とき)は一時(いちじ)大風(たいふう)を起(おこ)し或(あるひ)は雷雨(らいう)の変(へん)
をあらはし空中(くうちう)常(つね)ならざるものなり
【左頁】
◯火山(くわさん)の叓
日本(につぽん)の淺間嶽(あさまがだけ)伊豆大嶋(いづのおほしま)の如(ごと)き烟(けむり)を噴出(はきいだ)す
山(やま)世界中(せかいじう)に三百余(さんびやくよ)もあり之(これ)を火山(くわざん)といふ
これは山中(さんちう)の石(いし)と石(いし)との空隙(あひだ)に多(おほ)く硫黄(いわう)
水素(すゐそ)温素(おんそ)抔(など)といふ氣(き)を含(ふく)みし處(ところ)稀(まれ)に破烈(はれつ)
して孔(あな)を生(しやう)じ空中(くうちう)に在(あ)る酸素(さんそ)といふ燃(もゆ)る
氣(き)に觸合(ふれあひ)て火(ひ)を発し烟(けむり)は升(のぼ)りて天(てん)を衝(つ)き
其状(そのさま)実(じつ)に恐(おそ)るべく或は焼石灰(やけいしはい)の類(るゐ)を投出(なげいだ)
【右頁】
し田畑(たはた)をうづめ
家宅(かたく)を壊潰(つぶ)し人(にん)
畜(ちく)をうしなふこ
と少(すく)なからず去(さ)
れども此害(このがい)は一(いつ)
國(こく)あるひは一村(いつそん)
にすぎず殊(こと)ににはかに起(おこ)るものにもあら
ざれば隨分(ずゐぶん)さぐることを得(う)べし世界中(せかいぢう)億(おく)
【左頁】
兆(てう)の人民(じんみん)安樂(あんらく)にこの世(よ)を渡(わた)るも火山のた
めなり其故(そのゆへ)は地(ち)の下(した)一靣(いちめん)火(ひ)にして其(その)火氣(くわき)
の出(いづ)る処(ところ)なく之(これ)が為(ため)に地(ち)を吹破(ふきやぶ)り 屢(たび)〻(〳〵)大(おほ)
地震(ぢしん)を起(おこ)すべぎ【きヵ】なれども此(この)火山(くわざん)の息(いき)ぬき
にて地下(ちか)の湯氣(ゆげ)を大空(おおそら)に吹出(ふきいだ)し其害(そのがい)を避(さ)
く実(じつ)に火山(くわざん)は莫大(ばくだい)の功(こう)あるものなり
◯地震(ぢしん)の叓
地震(ぢしん)は万人(ばんにん)の知(し)る如(ごと)く地変(ちへん)の大(おほひ)なるもの
【右頁】
なれども往古(むかし)より其理(そのり)を詳(つまびらか)にせずあるひ
は地(ち)の底(そこ)に雲(くも)を生(しやう)じ越歴(ゑれき)を発(はつ)するより震(しん)
動(どう)を起(おこ)すといひ或(あるひ)は地(ち)の底(そこ)に數多(あまた)の大(おほ)な
る穴(あな)有(あり)て其(その)一ツには水(みづ)を充(み)て又(また)一ツの穴(あな)
には硝石(せうせき)珫黄(いわう)の如(ごと)き燃(もゆ)るものを充(み)て地底(ぢそこ)
の火(ひ)の為(ため)に燃(も)へ水(みづ)を暖(あたゝ)めて湯氣(ゆけ)となし其(その)
蒸騰(むせのぼ)る氣(き)より起るといひ其説(そのせつ)區(まち)〻(〳〵)にて眞(しん)
に其理(そのり)も知(し)れがたき物(もの)なりしが近代(きんだい)究理(きうり)
【左頁】
【地震の惨状の挿絵】
の学(がく)次第(しだい)
に開(ひら)け凢(およ)
そ天地(てんち)の
万物(ばんぶつ)変異(へんい)
一(いつ)として
其理(そのり)の知(し)
れざる物
なきに至(いた)
【右頁】
れり先(まづ)此(この)世界(せかい)の底(そこ)は一靣(いちめん)火(ひ)にて其上(そのうへ)に種(いろ)
〻(〳〵)の岩(いは)あり又(また)其上(そのうへ)に土地(とち)を戴(いたゞ)き草木(さうもく)茲(こゝ)に
生(しやう)じ人畜(にんちく)爰(こゝ)に住(すま)ふ扨(さて)此土地よりしみ込(こ)み
たる水(みづ)は岩の閒隙(すきま)より漏(も)れて火(ひ)の中(なか)へ流(なが)
れ入(い)り火の為(ため)に蒸(む)されて湯氣(ゆげ)となり其湯
氣 積溜(つみたま)りて出んとすれども出口(でぐち)なく其 㔟(いきほ)
ひにて震動(しんどう)を起(おこ)し大地(だいぢ)を震(ふる)ふ之(これ)則(すなは)ち地震(ぢしん)
也(なり)其湯氣の強盛(きやうせい)なるは蒸氣車(じようきしや)蒸気 舩(せん)にて
【左頁】
知(し)るべし蒸氣車(じようきしや)も蒸氣舩(じようきせん)も皆(みな)纔(わつか)の水(みつ)を蒸(む)
し其(その)湯氣(ゆげ)の吹出(ふきぜ)【でヵ】る力(ちから)にて走(はし)るなれとも実(しつ)
に人目(ひとめ)を驚(おどろか)す程(ほど)なり是(これ)を推(おし)て考(かんが)ふれば地(ち)
下(か)に漏入(もれいり)たる數多(あまた)の水(みづ)蒸(むさ)れて湯氣(ゆげ)となれ
ば此(この)世界(せかい)を吹破(ふきやぶ)る叓(こと)は最易(いとやす)き理(り)也(なり)然(しか)るを
前(まへ)に云(いへ)る如(こと)く天(てん)より火山(くわさん)を所(しよ)〻(〳〵)に造(つくり)て其(その)
氣(き)を漏(もら)すか為(ため)其(その)災(わざはひ)も稀(まれ)也◯扨(さて)地震(ぢしん)にも種(いろ)
〻(〳〵)ありて或(あるひ)は左右(さいう)に動(うご)くあり上下に動(うご)く
【右頁】
あり或(あるひ)は旋(まは)すものあり其内(そのうち)にも旋(まは)す地震(ちしん)
は強(つよ)からざるも却(かつ?)て害(がい)をなすこと多(おほ)し扨(さて)一(ひと)
度(たび)の地震(ぢしん)大抵(たいてい)一分時(いちぶんじ)の間(あひだ)より長(なが)きはなき
ものなれとも折重(をりかさね)て震(ふる)ふことある故(ゆへ)稀(まれ)に
は長(なが)きものあり地震(ぢしん)の為(ため)には田畑(たはた)埋(うづ)み或(あるひ)
は一國(いつこく)一村(いつそん)人畜(にんちく)とも全(まつた)く地下(ちか)に陥(おちい)りし叓(こと)
あり或(あるひ)は陸(りく)を変(へん)じて海(うみ)となし又は嶋なき
海中(かいちう)に嶌(しま)を湧出(わきいだ)す等(とう)其(その)変(へん)実(じつ)にいひ難(がた)し
【左頁】
◯温氣(うんき)の叓
温氣(うんき)は世上(せじやう)になくて叶(かな)はぬ最要(さいえう)の物(もの)にて
萬類(ばんるい)皆(みな)温氣(うんき)の為(ため)に生発(おひたつ)ものなり若(も)しも温(うん)
氣(き)なくば万物(ばんぶつ)忽(たちま)ち其形(そのかたち)を変(へん)ずべし例(たと)へば
水(みづ)も温度(うんど)の適宜(てきゞ)より其形(そのかたち)を存(そん)して流動(りうどう)す
るなれとも若(も)しも温氣(うんき)の減(げん)じなば 氷(こほり)とな
り又 温氣(うんき)の増(ま)す時(とき)は蒸気(しようき)となりて空中(くうちう)に
立昇(たちのぼ)る其(その)温氣(うんき)に六の源(みなもと)あり
【右頁】
第(だい)一は太陽(たいやう)の熱(ねつ)にて光(ひかり)と温氣(うんき)と並(なら)び行(おこな)は
れ光(ひかり)の至(いた)る処(ところ)は則(すなは)ち熱(ねつ)あり其(その)光(ひかり)よく清水(せいすゐ)
硝子(びいどろ)に透(すきとほ)り生類万物(せいるゐばんぶつ)を長養(やしな)ふ今(いま)硝子(びいどろ)の鏡(かがみ)
を以(もつ)て太陽(たいやう)の
光(ひかり)を受(う)け其熱(そのねつ)
を一所(いつしよ)に集(あつ)む
れば物(もの)を焼(やく)に
至(いた)る卜筮者(うらないしや)の
【左頁】
天火(てんひ)を取(とる)といふも熱氣(ねつき)を一所(いつしよ)に集(あつめ)る迄(まで)也
第二 火熱(くわねつ)は物(もの)の燃(もゆ)るより起(おこ)り光(ひかり)と熱(ねつ)と並(なら?)
び起(おこ)れども大 陽熱(やうねつ)の如(ごと)く光の届(とど)く処(ところ)まで
熱の達(たつ)するものにあらず例(たと)へば燈(ともしび)の光は
一室(いつしつ)に充(みつ)るといへども其(その)光明(ひかり)る所(ところ)皆(みな)暖(あたゝか)な
るにあらず然(しか)れども其力(そのちから)よく物(もの)を焼(や)く其
㔟(いきほ)ひまた大(おほひ)なりとす
第三 越歴熱(ゑれきねつ)は物(もの)と物との間(あひだ)に越歴を起(おこ)し
【右頁】
火(火)と熱(ねつ)とを發(はつ)するものなり此(この)越歴(ゑれき)と云(いふ)は
萬物(ばんぶつ)に具(そな)わりたる一 種(しゆ)の氣(き)にて其(その)陽(やう)の氣
と陰(いん)の気と相(あひ)
觸(ふる)れば感(かん)じて
火(ひ)を発(だ)し熱(ねつ)を
起(おこ)す例(たと)へば暗(くら)
き所(ところ)にて猫(ねこ)の
脊(せ)を強(つよ)く數(たび)囘
【左頁】
逆(さか)さに磨擦(こす)りなばぴか〳〵火(ひ)の出(いつ)るを見(み)る
べし是(これ)則(すなは)ち越歴(ゑれき)の火(ひ)なり雷火(かみなりひ)にて物の燃(も)
ゆるはすなはち越歴熱(ゑれきねつ)の一例(いちれい)なり
第四 肉身熱(にくしんねつ)とは人(にん)畜(ちく)魚(ぎよ)虫(ちう)等(とう)萬物(ばんぶつ)固有(もちまへ)の血(ち)
熱(ねつ)にて大陽(たいやう)の温氣や火の温(おん)をからずとも
自(みつか)らもちまへの温氣(うんき)有もの也 然(しか)れ共(ども)其 㔟(いきほ)
ひに限(かき)りあり其 性(せい)光(ひかり)なし◯此 地球(ちきう)にて固(もち)
有(まへ)の温(おん)ありて他(た)の熱(ねつ)をからずとも自(みづか)ら暖(あたゝか)
【右頁】
なるものなり湯治塲(とうぢば)に温泉(おんせん)の沸出(わきいづ)るも其
證拠(しようこ)なり
第五 調合熱(てうかうねつ)は物(もの)と物との調合より温気(うんき)を
生(しやう)するもの也 例(たと)へば石炭(せきたん)に水をかければ
熱氣(ねつき)起(おこ)り掃溜(はきだめ)の暖(あたゝか)なるも此理(このり)なり又 薪(たきゞ)の
燃(もゆ)るも矢張(やはり)物の調合(てうがう)より起(おこ)るものにて其
訳(わけ)は薪(たきゞ)の内に具(そなは)る炭素(たんそ)と水素(すいそ)といふ氣と
空気中(くうきちう)にある酸素(さんそ)といふ気を相合(あひぐわつ)して火
【左頁】
を発(おこ)すものなり夫故(それゆへ)此(この)三ツ品物(しなもの)の内(うち)一品(ひとしな)
欠(かけ)れば火(ひ)も燃(もゆ)ることをなし例(たと)へば空氣(くうき)のなき
処(ところ)にては合藥(ゑんしやう)も火の點(つく)ことなし火消壺(ひけしつぼ)の
内(うち)の火(ひ)の消(き)へるも上(うえ)に
いふ三品(みしな)の内(うち)の酸素(さんそ)
といふ氣(き)のなく
なる故(ゆへ)なり又(また)
團扇(うちわ)を以(もつ)て
【右頁】
あふげば火㔟(くわせい)の盛(さか)んになるは酸素(さんそ)の多(おほ)く
送(おく)り込(こ)むゆへなり
第六 相撃熱(さうげきねつ)とは二(ふたつ)の物(もの)相打(あひう)ち又は摺合(すれあひ)た
り熱(ねつ)を起(おこ)し火(ひ)を發(はつ)するをいふ例(たと)へば火打(ひうち)
石(いし)の火(ひ)を出(いだ)し石(いし)と石(いし)と打合(うちあい)すれば火(ひ)の出(いづ)
るも則(すなは)ち此(この)理(り)也又 物(もの)と物(もの)と擦(こす)れば熱(ねつ)を生(しやう)
ずるものにて氷(こほり)を二片(ふたきれ)摺合(すりあは)すれば其氷(そのこほり)の
解(とく)るは則(すなは)ち熱(ねつ)を生(しやう)するゆへなり
【左頁】
扨(さて)温氣(うんき)は互(たがひ)に平均(へいきん)して同(おな)じ暖(あたゝか)さにならん
とする性質(せいしつ)の物(もの)故(ゆへ)熱物(あつきもの)と冷物(つめたきもの)と觸合(ふれあは)ば熱(あつき)
物(もの)の熱(ねつ)を冷物(つめたきもの)に傳(つた)へ平均(へいきん)して一様(いちやう)の温度(うんど)
と成(なる)ものなり去(さ)れとも此(この)熱(ねつ)を傳(つた)へるに速(はや)
き物(もの)と遲(おそ)き物(もの)とあり金(かね)の類(るゐ)は熱(ねつ)を傳(つた)ふこと
速(はや)く草木(さうもく)毛(け)綿(わた)の類(るゐ)は遲(おそ)し例(たと)へば火箸(ひばし)の先(さき)
を火(ひ)にて焼(や)けば持(もつ)たる手元(てもと)まで熱(あつ)けれ共(ども)
木(き)の類(るゐ)は先(さき)の燃(もゆ)るとも手元(てもと)の熱(あつ)きことなし
【右頁】
銕瓶(てつびん)の絃(つる)に藤(ふぢ)を巻(ま)くも熱(ねつ)を傳(つた)へること遅(おそ)
きゆへ手(て)の熱(あつ)からさる為(ため)なり
人の躰内(た?いない)には前(まへ)にもいへる如く固有(もちまへ)の温氣(うんき)
有(あり)て常(つね)に體外(たいぐわい)の空氣(くうき)より暖(あたゝか)なる物(もの)故(ゆへ)冬(ふゆ)は
綿入(わたいれ)の衣服(いふく)を着(き)て我(わが)體内(たいない)の温氣(うんき)を外(そと)へ出(いだ)
さぬ様(やう)にし夏(なつ)は麻(あさ)の如(ごと)き熱氣(ねつき)を傳(つた)ふる物(もの)
を着(き)て我(わが)體内(たいない)の熱氣(ねつき)を導(みちび)き出(いだ)すまでのこと
にて綿入(わたいれ)の暖(あたゝか)なるにはあらざるなり
【左頁】
總(すべ)て何物(なにもの)によらず熱氣(ねつき)を受(うく)れば脹(ふく)れて容(かさ)
を増(ま)し熱(ねつ)を失(うしな)へば縮(ちゞ)む物(もの)也(なり)就中(なかにも)水類(みずるゐ)氣(き)の
類(るゐ)は其(その)脹(ふく)るゝこと最(もつと)も多(おほ)し例(たと)へば燗徳利(かんどくり)に
酒(さけ)を一㮎(いつはい)入(い)れ燗(かん)をすれば
口(くち)より溢出(こぼれいづ)るは熱氣(ねつき)に
て容(かさ)を増(ま)したる證拠(しようこ)
なり又(また)容(かさ)を増(ま)せば軽(かろ)
くなる物(もの)ゆへ上(うえ)に浮(うか)び
【右頁】
重(おも)き物(もの)は沈(しず)む物(もの)なり風呂(ふろ)の湯(ゆ)も下(した)より火(ひ)
を焚(たき)上(うえ)より湯(ゆ)のわくは風呂(ふろ)の底(そこ)にある水(みず)
熱(ねつ)を受(うく)れば其水脹れて容を増し輕くなり
て上(うえ)に浮(うか)び上(うえ)より冷(つめ)たき水(みづ)の下(した)へ沈(しづ)む故(ゆへ)
なり又 竹(たけ)を焚(たく)とき音(おと)のするは何(なに)故(ゆへ)ぞや則(すなは)
ち竹(たけ)の節(ふし)の間(あいだ)に籠(こもり)たる空氣(くうき)の脹(ふく)れて竹(たけ)を
吹破(ふきやぶ)る音(おと)なり又 寒中(かんちう)など冷(つめた)き茶碗(ちやわん)に沸湯(にへゆ)
を入(い)れて破(わる)ることあり是(これ)も熱氣(ねつき)にて物(もの)の
【左頁】
脹(ふく)るゝ故(ゆへ)にて元来(がんらい)
瀨戸物(せともの)は熱氣(ねつき)を
導(みちび)くこと遲(おそ)き物(もの)
なるに熱物(あつきもの)を入(いれ)
れば茶碗(ちやわん)の内靣(うちつら)
は熱(ねつ)して急(きふ)に脹(ふく)れんとすれども外靣(そとつら)はい
まだ其(その)脹(ふく)るゝ間合(まあひ)なくして破(やぶ)るなり又薄
き茶碗(ちやわん)の破難(われがた)き故(ゆへ)は内外(うちそと)一時(いちじ)に熱(ねつ)を得(え)て
脹(ふく)るゝによる◯寒暖(かんだん)の加減(かげん)を測(はか)る寒暖計(かんだんけい)
といふ器械(きかい)も熱氣(ねつき)にて物(もの)の脹(ふく)るゝ理(り)に基(もとづ)
きたるものなり其(その)理合(りあい)は次(つぎ)の册子(さうし)にて委(くわ)
しく説(とく)べし
訓蒙究理智慧■【勧ヵ】巻之一終
【裏表紙】
【 欄外右上 】
しん板一昼夜時づくし
【 欄外左上 】
大橋【角丸内】
よし藤 画
【 横一段目 】
一時 【赤短冊内】
そば
うろう
ちん〳〵〳〵〳〵〳〵
そばうんとん 【行燈の文字】
子の
半刻
二時 【赤短冊内】
も□□□ 【もう夜も カ】
ふけた
八つでも
あろうか
丑
の刻
三時 【赤短冊内】
□
はん
なん
だか
か□
はい 【蚊がはいったよ カ】
たよ
丑の
半刻
四時 【赤短冊内】
ほふや 【ぼうや】
□いおしこ 【はいおしっこ カ】
□つしや 【さつしや カ】
寅の
刻
五時【赤短冊内】
あ
はや
□ね 【あぁやだね カ】
さはん
でねへ
寅の
半刻
六時【赤短冊内】
どれどれおまん
まおたき
ませうか
卯
の刻
【 横二段目 】
七時【赤短冊内】
あさゆは
きれへでいいなア
卯の
半刻
八時【赤短冊内】
もお
五ツつか
どれしごとにでかけやせう
辰
の刻
九時【赤短冊内】
もふ五ツ半だねへ
わたいわ
あさげ
い
こにいつた
のだよ
辰の
半刻
十時【赤短冊内】
かつお〳〵
まぐろ
でごい
巳
の刻
十一時【赤短冊内】
今豆おにてた
もふ
おまんま
かへ
巳の
半刻
十二時【赤短冊内】
おてつほふ 【お鉄砲=午砲(どん) カ】
が今
うつたよ
おっかさん
■■くれろ
午の
刻
【 横三段目 】
一時【赤短冊内】
九つはんわ
■■あ
まい
あまざけ
あま酒【右容器内】
三国一【左容器内】
午の
半刻
二時【赤短冊内】
もふ
お八ツだから
これからあすぼう
未の
刻
三時【赤短冊内】
どれ八ツはんの
たばこに
しよ
うか
ねへ
未の
半刻
四時【赤短冊内】
もふ七ツだから
あしたのしかけお
しませう
か
申
の刻
五時【赤短冊内】
七ツ半の
あぶらや
よろ
しう
申の
半刻
六時【赤短冊内】
くれ六ツだから
らんぷおつけ
ませう
かねへ
酉
の刻
七時【赤短冊内】
もふ六ツ半
かねへ
今ばんはお支■が 【お支度 カ】
おそくなり
ました
酉の
半刻
八時【赤短冊内】
五ツで
ござい
■ニシ
〳〵〳〵
戌
の刻
九時【赤短冊内】
子ぞふめ
五ツ半だ
のにも■
いねむりだな
戌の
半刻
十時【赤短冊内】
ゐの一ばんだよ
チョー 【ちょうど カ】
四ツ
だねへ
亥
の刻
十一時【赤短冊内】
もふ四ツ半だが
ぼふやしいが 【しい=おしっこ】
でるかへ
よくねて
いるね
亥の
半刻
十二時【赤短冊内】
あるしも二■■
よの九ツ
あんまん
はり
子
の刻
【表紙】
【外題(題箋)剥落】
【右頁 白紙】
【左頁】
究理智慧之勧巻之二
東京 東岸舎纂輯
○寒暖計(かんだんけい)の叓
前(まへ)の冊子(さうし)にていへる如(こと)く萬物(ばんぶつ)温氣(うんき)を受(うく)れ
ば脹(ふく)れて其容(そのかさ)を増(ま)すものなり此(この)理(り)より寒(かん)
暖(だん)計(けい)とて寒(さむ)さ暑(あつ)さの度(ど)を測(はか)る器械(きかい)を発明(はつめい)
せり其(その)製方(せいはう)は筆(ふで)の管(くだ)の如(ごと)き硝子(びいどろ)の管(くだ)に小(ちひ)
【右頁】
き球(たま)を附(つ)け中(なか)に水銀(みづかね)をすこし入(い)れ置(お)き其(その)
水銀(みづかね)の昇(のぼり)降(くだ)りを見(み)て寒暖(かんだん)の加減(かげん)を知(し)るも
のなり扨(さて)暖氣(だんき)ませば水銀(みづかね)は脹(ふく)れて其容(そのかさ)を
増(ま)し管(くだ)の内(うち)に昇(のぼ)り温氣(うんき)減(げん)ずれば水銀(みづかね)収縮(ちゞみ)
て下(した)に降(くだ)る其(その)傍(かたはら)の板(いた)に記号(しるし)を附(つ)けて寒暖(かんだん)
の度(ど)を定(きざ)む其(その)仕方(しかた)は先(まづ)小球(こだま)のところに水(みづ)
銀(かね)を入(い)れ之(これ)を沸湯(にへゆ)に挿(さし)こみ中(なか)の水銀(みづかね)の昇(のほ)
り詰(つめ)たるところに記標(しるし)を附(つ)け□□管(くだ)の上(うへ)
【左頁】
の穴(あな)を封閉(ふさ)ぎ又(また)之(これ)を氷(こほり)の粉(こ)に塩(しほ)を交(まぜ)たる
ものゝ内(うち)にさし込(こ)めば管(くだ)の中(なか)の水銀(みづかね)は容(かさ)を
【寒暖計の図】
減(げん)して十 分(ぶん)に降(くだ)るその降(くだ)りつめたる処(ところ)に
記標(しるし)を附(つ)けて之(これ)を零度(れいど)となす此(この)氷(こほり)と塩(しほ)と
交(まぜ)たるものは世界中(せかいちう)にて極(ごく)つめたきもの
【右頁】
にて氷水(こほりみづ)より三十二 度(ど)下(した)なり扨(さて)此(この)零度(れいど)と
一番上(いちばんうへ)の標(しるし)の間(あひだ)を二百十二 度(ど)に分(わか)ち其(その)間(あひだ)
の度(ど)にて寒暖(かんだん)の加減(かげん)を知(し)るものなり之(これ)を
「ハァレンヘイト」の寒暖計(かんだんけい)といふ◯此(この)度(ど)の盛(もり)か
たに二様(にやう)あり仏蘭西國(ふらんすこく)の「レアウミュル」といふ
人(ひと)は水(みづ)の氷(こほ)るところを零度(れいど)となし一 番上(ばんうへ)
の標(しるし)までを八十 度(ど)に分(わか)ちたれどもこれに
ては零度(れいど)の下二三 度(ど)に水銀(みづかね)降(くだ)らざれば水(みず)
【左頁】
の氷(こほ)ることなきゆへ意太理亜國(いたりやこく)の「ハト【ーヵ】レン
ヘイト」といふ人(ひと)はこれを二百十二 度(ど)に分つ
の法(ほう)を発明(はつめい)せり方今(たうじ)日本にきたるも大抵(たいてい)
この「ハーレンヘイト」の寒暖計(かんだんけい)なり
◯潮(しほ)の満干(みちひ)の叓
扨(さて)ものと物(もの)とはたがひに相引(あひひき)互(たが)ひに近(ちか)よ
らんとする力(ちから)あるものにて物(もの)を高(たか)きとこ
ろより放(はな)せばみな地(ち)に向(むか)つて落(おつ)るは則(すなは)ち
【左頁】
地球(ちきう)の中心(まんなか)に引力(ひくちから)ありて自分(じぶん)のかたへ引(ひき)
寄(よせ)るゆへなり此(この)引(ひ)く力(ちから)を引力(いんりよく)といふこの
引(ひ)く力(ちから)は只(たゞ)ちかき物(もの)のみならず遠(とほ)き日月(じつげつ)
星辰(さいしん)もみな互(たがひ)に相(あひ)引合(ひきあ)ふものにて月(つき)は地(ち)
球(きう)をひき地球(ちきう)は月(つき)を引(ひ)き又 日輪(にちりん)は地球(ちきう)や
月(つき)を引(ひ)くしかれども其(その)強(つよ)弱(よわ)は物(もの)の大小と
遠(とほ)近(ちか)とによつて相違(さうゐ)ありまたものを重(おも)し
といひかろしといふも皆(みな)地球(ちきう)の引力(いんりよく)に由(よつ)
【右頁】
て然るなり其(その)證拠には硝子(びいどろ)の筒(つゝ)に金(きん)の玉(たま)
と鳥(とり)の羽根(はね)と入れおき中(なか)の空氣(くうき)を抜出(ぬきだ)し
て地球(ちきう)の引(ひ)くちからを
断(たち)ば金(きん)の玉(たま)も鳥(とり)
【ガラスの真空管の図】
の羽根(はね)も一所(いつしよ)に落(おつ)
るものなりまた地(ち)を離(はな)るゝ
こと漸(たん)〻(〳〵)遠(とほ)ければひくちからも漸(たん)〻(〳〵)薄(うす)く
なるものなり今(いま)水靣(すいめん)にて千斤(せんきん)のものも高(たか)
【右頁】
き六十丁 程(ほど)の山(やま)の上(うへ)にて掛(かけ)れば凢(およ)そ二 斤(きん)
ほど輕(かる)くなるものなり
右(みぎ)は引力(いんりよく)の講釈(かうしやく)のみなれども潮(しほ)の満干(みちひ)も
矢張(やはり)日月(しつげつ)の地球(ちきう)を引(ひ)くよりおこるものな
り次(つぎ)の圖(づ)にて[日]は日輪(にちりん)なり[月]は月なり其(その)
間(あひだ)にある地球(ちきう)即(すなは)ちこの世界(せかい)なり先(まづ)世界(せかい)の
周囲(めぐり)には水(みづ)あるものとし而て月[イ]の處(ところ)に
あるときは[上]の水(みづ)これに引(ひき)あつめられて
【左頁】
満潮(みちしほ)となり又(また)地球(ちきう)の囘(めぐ)るにしたがひ十二
時(じ)《割書:昼夜四十四時の|改正時を用ふ》を經(へ)て月めぐりの処(ところ)に來(きた)れば
【潮の満干と天体の相関図】
水(みづ)こゝに満潮(みちしほ)
し[上下]は干汐(ひきしほ)
となるこれは
[上下]の水を[右]
の一所(いつしよ)に引(ひき)聚(あつ)
むればなり又
【文中の[文字]は四角でかこまれた文字 例:[月]は🈷】
【右頁】
月[ハ]の処(ところ)に來(きた)れば[左右]の水を引あつめて
[上下]また満潮(みちしほ)となる環海(うみちう)の水(みづ)十二 時(じ)毎(ごと)に
満干(みちひ)するは日月の引(ひ)く故(ゆへ)なり但(たゞ)し日月 同(おな)
じ方(かた)に在(あ)る時(とき)は日月 諸共(もろとも)に引(ひく)ゆへ其(その)満干(みちひ)
別(べつ)して大ひなり之(これ)を大潮(おほしほ)といふ扨(さて)月の海(かい)
水(すゐ)を引(ひい)て髙(たか)くするは凡(おほよ)そ六尺 位(ぐらゐ)ゆへ日月
共(とも)に引(ひき)聚(あつ)むる大潮(おほしほ)の時(とき)は十丈二尺 位(くらゐ)満干(みちひ)
すへき筈(はつ)なれども日は月より遠(とほ)きゆへ其(その)
【左頁】
引(ひ)く力(ちから)も弱(よわ)く唯(たゞ)二尺のみを引(ひ)くゆへ合(あは)せ
て大潮(おほしほ)の時(とき)は八尺くらい満干(みちひ)するものなり又
日月 上下(うへした)にあるときは互(たが)ひにめい〳〵の方(かた)
へ引(ひ)くゆへ水も双方(さうはう)へ引(ひか)れて一所(いつしよ)に聚(あつま)る
ことなし是(これ)則(すなは)ち小潮(こしほ)なり
◯光(ひかり)の叓
光(ひかり)の深因(もと)はいまだ詳(つまびらか)ならされども其(その)用(よう)に
至(いたつ)ては甚(はなは)だ大(おほ)ひなりもし光(ひかり)なければ金銀(きん〴〵)
【文中の[文字]は四角でかこまれた文字】
【右頁】
の貴(た▢[つ]と)きも玩(もてあそ)ぶべからず百花(ひやくくわ)の美(び)も見(み)るべ
からずまた光(ひかり)ありとも目なければ其(その)光(ひかり)も
用(よう)をなさず故(ゆへ)に光(ひかり)と目(め)と相應(あひおう)じて其(その)用(よう)を
為(な)す其(その)光(ひかり)に六(むつ)の源(みなもと)あり則(すなは)ち。日(ひ)の光(ひかり)。火(ひ)の光。
鱗(りん)【燐ヵ】の光。汐(しほ)の光。虫(むし)の光。電光(いなびかり)。等(とう)これなり
右の通(とほ)り光に六の根元(もと)あれども其うち電(てん)
光(びかり)と日の光と火の光との三(みつ)は正(たゞ)しき光(ひかり)に
てその精(せい)輕(かろ)く真直(まつすぐ)にきたりて早(はや)したゝ硝(びい)
【左頁】
子(どろ)や清水(せいすゐ)を透(とほ)せばかならず折(を)れ曲(まか)りて斜(なゝ)
めにすぐるものなり其(その)證拠(しようこ)には碁石状(ごいしなり)の
【硝子で光の束を一点に収束させる図】
硝子(びいどろ)を以(もつ)て光(ひかり)を
受(うく)ればその光(ひか)り
かならず硝子を
過(すぎ)て一所(いつしよ)に聚(あつま)り
尖(とがり)をなすを以て
光の曲る知(しる)べし
【右頁】
光(ひかり)の清水(せいすゐ)を透(とほ)す時も矢張(やはり)折(を)れて斜(なゝ)めに入(い)
るものなり河中(かわなか)に游(およ)ぐ魚(うを)をつく者(もの)は其(その)理(り)
をしらずして自然(しぜん)にこれを識(し)るといふ今
魚の在(あ)る所(ところ)を突(つか)ばかならず其魚に當(あた)るこ
となし其 故(ゆへ)は今いへる如(ごと)く光(ひか)りの水中(すゐちう)に
入(い)りて斜(なゝめ)に折れるゆへ目(め)の見(み)るは真(しん)の魚
にあらずして虚象(かけ)の魚なり真(しん)の魚は少(すこ)し
わきの方に在り然(しか)し水の深(ふか)浅(あさ)によつて其
【左頁】
距離(へたゝり)に多少ありその理(り)を見(み)んとなれば茶(ちや)
【川の中の魚の虚像の図】
碗(わん)の中(なか)に
一片(いつへん)の銭(ぜに)
を入(い)れそ
の銭(ぜに)の見(み)
えさる所(ところ)
まで退(しりぞ)き
然(しか)る後(の)ち
【右頁】
【人物が水中の虚像を観察の図】
人(ひと)をして茶碗(ちやわん)の
内(うち)に水(みづ)を少(すこ)し入(いれ)
しめなば少(すこし)く銭
の端(はし)を見(み)るべし
漸(だん)〻(〴〵)水(みづ)を入(いれ)るに
随(したが)ひ銭(ぜに)も漸(だん)〻(〴〵)見(み)
えて水(みづ)茶碗(ちやわん)に満(みつ)る時(とき)は銭(ぜに)全(まつた)く見(み)ゆべし是(これ)
は光(ひかり)の水(みづ)に入(いり)て斜(なゝめ)に折(を)れ銭(ぜに)のかたちを引(ひき)
【左頁】
あらはすゆへなり
光(ひかり)は硝子(びいどろ)や水(みづ)に入(いり)て曲(まが)るのみならず水氣(すゐき)
中にも又 折(をれ)るものなり此(この)世界(せかい)の周囲(めぐり)にも
髙(たか)さ四五十 里(り)の間(あひだ)空氣(くうき)ありて包(つゝ)む物(もの)故(ゆへ)日(にち)
輪(りん)の光(ひかり)は天(てん)より来(きた)り此氣 中(ちう)に入てより折
て斜(なゝめ)に来るもの故 吾人(われ〳〵)の見(み)る日月(じつげつ)星辰(せいしん)も
又 本来(ほんらい)の定位(ちやうゐ)にあらざる也 空中(くうちう)に水氣(すゐき)多(おほ)
き時(とき)は日月を始(はじ)め万物(ばんぶつ)の像(かたち)こゝに寫(うつ)り空中
【右頁】
に舩(ふね)の走(はし)ることあり 或(あるひ)は日月(じつげつ)同時(どうじ)に二三
体(たい)出(いづ)る叓(こと)あり日暈(ひがさ)月暈(つきがさ)虹(にじ)の類(るゐ)も皆(みな)是等(これら)の
故(ゆへ)なり猶(なほ)委(くはし)くは二編に出(いだ)すべし
大 洋(やう)の水(みづ)は味(あぢは)ひしほからくして苦(にが)く其(その)中(なか)
に光(ひか)る物(もの)あり暗夜(やみよ)に海水(うみみつ)をかきまはせば
點(ぴか)〻(〳〵)光(ひかり)を発(はつ)して蛍(ほたる)の如(ごと)しまた風(かぜ)の起(おこ)りて
波(なみ)を飛(とば)すれば浪花(なみのはな)恰(あたか)も火花(ひばな)の如(ごと)し是(これ)水中(すゐちう)
に光物(ひかるもの)あるゆへなり之(これ)を汐(しほ)の光(ひかり)といふ
【左頁】
墓所(はかしよ)刑所(けいしよ)其(その)外(ほか)濕(しめり)たる薮林(やぶはやし)などより雨夜(あまよ)な
【陰火の図】
ど青(あを)き火(ひ)の
出(いで)て空中(くうちう)に
浮(うか)ぶことあり
之(これ)を陰火(いんくわ)或(あるひ)
は人魂(ひとだま)などゝ
いふて人(ひと)〻(〳〵)
大ひに驚(おどろ)く
【右頁】
物(もの)なれども蛍火(ほたるび)朽木(くちき)生(なま)の海魚(うみうお)等(とう)の光(ひかり)と同(おな)
じものにて之(これ)を燐光(りんくわう)といひ皆(みな)それ〳〵理合(りあひ)
の有(ある)ことにて決(けつ)して怪(あや)しき物(もの)にあらす之(これ)
等(とう)の陰火(いんくわ)火(ひ)の玉(たま)等(とう)の訳(わけ)は二編に解(と)くべし
蟲類(むしるゐ)にて夜中(やちう)大ひに光(ひかり)を発(はつ)すものあり之
は大抵(たいてい)血(むし)の光にて其性(そのせい)熱(ねつ)なけれども毒(どく)あ
るものゆへ山家(やまが)に住居(すま)ひ又は夜行(やかう)をする
人(ひと)はよく之(これ)を慎(つゝし)み必(かなら)ず玩(もてあそ)ぶへからず
【左頁】
◯風(かぜ)の吹(ふ)く叓
風(かぜ)といふて別(べつ)に一種(ひといろ)のものゝあるにあら
ずして空氣(くうき)の流動(りうどう)するものをいふ其(その)状(さま)は
水(みづ)の流(なが)るゝに敢(あへ)てかはることなし其空氣
の流れ動(うこ)く故(ゆへ)は前(まへ)にもいへる如(ごと)く万物(ばんぶつ)何(なに)
物(もの)によらず熱(ねつ)を受(うく)れば脹(ふく)れて其 容(かさ)を増(ま)し
輕(かろ)くなるものなり空氣も温(あたゝか)なる処(ところ)にあり
て熱を受れば稀薄(うすく)なりて上に昇(のぼ)る理(り)なれ
【右頁】
ば熱(ねつ)を受(うけ)たる空氣(くうき)は頻(しきり)に上へ昇(のぼ)り跡(あと)は空
氣のなき処(ところ)となるゆへ其(その)周圍(まわり)の冷(つめた)き厚(あつ)き
空氣(くうき)は其 空隙(すきま)を填(うつ)めんと頻に動(うご)きて其(その)所(ところ)
を換(か)ふる是(これ)則(すなは)ち風(かぜ)なり例(たと)へば浅(あさ)き葐(ぼん)【蓋ヵ】に水(みづ)
を入(いれ)おき其水の一部(いちぶ)を茶碗(ちやわん)にて汲取(くみと)れば
跡(あと)の水は其 汲(くみ)とりたる跡を填(うづ)めんと流(なが)れ
來(きた)る空氣は人(ひと)の目(め)に見(み)えざれども風の吹(ふく)
もこれと同(おな)じ理合(りあい)にて風呂(ふろ)の鉄砲(てつはう)の火(ひ)の
【左頁】
さかんなるも鉄砲筒(てつばうつゝ)の中 空氣(くうき)は
温氣(うんき)を受(う)けてしきりに上へ
のほり筒の中は空氣の
なきところとなる【盆の水をすくう小児の図】
ゆへ其(その)間隙(すきま)うづ
めんと下より空氣の
おし入(い)り其はいる㔟(いきほ)ひ
にて火(ひ)のおこすゆへなり風(かぜ)なき
【右頁】
時(とき)も火事塲(くわじば)に風(かぜ)の強(つよ)き則(すなは)ち火事塲にあ
る空氣(くうき)は熱(ねつ)を得(え)て立昇(たちのぼ)るゆへ其(その)周囲(めぐり)の空
氣は其立昇りたる跡(あと)へ押來(おしきた)る故(ゆへ)なり
右は只(たゞ)目前(もくぜん)の證拠(しようこ)のみなれども世界(せかい)に風(かぜ)
の吹(ふ)くも此(この)理(り)にて一所(いつしよ)の空氣 日輪(にちりん)の熱(ねつ)を
受(うけ)て立昇れば地所(ぢしよ)の冷(つめ)【「た」の欠落ヵ】き空氣は其 塲(ば)を填(うづ)
めんと流(なが)れ来つて其塲を換(か)ふ斯様(かやう)に空氣
の流動(りうどう)するを風といふ
【左頁】
風(かぜ)は吹(ふ)く方角(はうがく)にも極(きま)りなく強弱(きやうじやく)にも限(かぎ)り
なけれども季候(きこう)と其(その)土地柄(とちがら)とによつて大(たい)
抵(てい)は定(さだま)りたる風のあるものなりゆへに此(この)
風のもやうを三に區別(くべつ)す
日輪(にちりん)の直下(ちよくか)に赤道(せきだう)といふ処(ところ)あり此(この)辺(へん)は春(はる)
夏(なつ)秋(あき)冬(ふゆ)四季(しき)とも他所(たしよ)より暑(あつ)さ厳(きび)しきゆへ
此辺の空氣(くうき)は絶(た)へず温氣(うんき)を受(う)けて立昇(たちのほ)り
他所の冷(つめた)き空氣は矢(や)の向(むき)に年中(ねんぢう)赤道の方(かた)
【右頁】
【赤道と風の方向の関連図】
に流(なが)れ來(きた)るゆへ風(かぜ)
は四 季(き)ともに絶(たえ)す
一方(いつはう)より吹(ふ)き來る
依(よつ)て之(これ)を定風(ちやうふう)と云(いふ)
◯又(また)印度(てんぢく)辺(へん)の國(くに)〻(〴〵)は赤道(せきだう)の近所(きんじよ)ゆへ一年(いちねん)
のうち或(ある)月の間(あひだ)は日輪(にちりん)北(きた)の方(かた)にあり又或
月の間は南(みなみ)の方にあり日輪北の方にある
【左頁】
間(あひだ)は北(きた)の方(かた)の空氣(くうき)温氣(うんき)を受(う)けて立(たち)昇る故
南(みなみ)の方(かた)より冷(つめた)き空氣 吹(ふ)き來(きた)り又 日輪(にちりん)南の
方にある間は南(みなみ)の空氣温氣を受(う)けて立昇
るゆへ北の方より冷(つめた)き空氣(くうき)吹(ふ)き來る右(みぎ)の
次第(したい)により季候(きこう)を定(さだ)めてかならず或(ある)月(つき)の
間(あひだ)は北の方より吹(ふ)き又或月の間は南(みなみ)の方
より吹(ふ)き来(きた)るよつて之(これ)を䂓風(きふう)といふ
◯又 陸地(くがち)と海靣(かいめん)と寒温(かんうん)の不同(ふどう)とによつて
【右頁 図】
佃島(つくだじま)
佛曉(ふつけう)
出舩(しゆつせん)
之(の)景(けい)
軟(そよ〳〵)風(かぜ)の海(うみ)に
向(むかつ)て吹(ふ)くこと
あり又は海
靣(めん)より陸地(くがち)
の方(かた)に吹(ふく)こと
あり此(この)風は
我(わが)東京(とうけい)辺(へん)に
も三月(さんぐわつ)頃(ころ)よ
【左頁】
り夏(なつ)の間(あひだ)は甚(はなは)だ多(おほ)しよく考(かんが)ふへし三月頃
よりの風(かぜ)は天氣(てんき)穏(おだや)かなれば大抵(たいてい)は夜明(よあけ)前(まへ)
より朝(あさ)八時半 頃(ごろ)迄(まで)は陸地(りくち)より海(うみ)に向(むかつ)て吹(ふ)
き夕陽(ゆふかた)は余程(よほど)強(つよ)く吹くもの也其 訳(わけ)は日輪(にちりん)
の温氣(うんき)冬(ふゆ)より厳(きび)しくして日中(につちう)は陸地を温(あたゝむ)
む【「む」の重複】るゆへ陸上(りくじやう)の空氣(くうき)は漸(だん)〻(〳〵)温(うん)を受(う)けて立(たち)
昇(のぼ)る由(よつ)て海上(かいしやう)より冷(つめた)き空氣陸地に向(むかつ)て吹(ふ)
き來るものなり然(しか)れども日(ひ)落(おち)てより夜(よ)に
【右頁】
【上段】
入(い)れば陸地(りぐち)
の方(かた)忽(たちま)ち冷(ひへ)
却(かへつ)て海上(かいやう)【「し」脱ヵ】の
かた温氣(うんき)増(ま)
す故(ゆへ)海上の
空氣(くうき)は立昇(たちのぼ)
りて其(その)跡(あと)へ
陸地より冷(つめた)
【下段図右から左へ読む】
芝浦辺夕陽入舩之景
【左頁】
き空氣(くうき)の吹(ふ)き往(ゆ)く故(??)なり東京(とうけい)辺(へん)は南(みなみ)の方(かた)
に海(うみ)あるゆへ朝(あさ)は北(きた)より南の海上(かいしやう)に向(むかつ)て
吹く之(これ)を北風(ならい)と唱(とな)へ出舩(でふね)の風なり夕陽(ゆうかた)は
南(みなみ)の海上より北の陸地(りくち)に吹(ふ)き來(きた)る則(すなは)ち入(いり)
舩(ふね)の風(かぜ)なり但(たゞ)し此(この)風は海(うみ)と陸(りく)との違(ちが)ひに
由(よつ)て吹くもの故(ゆへ)西(にし)に海ある國(くに)は夕陽 西(にし)よ
り吹(ふ)き来(きた)るべし
◯又 変風(へんふう)とて時候(じこう)方角(はうがく)に極(きま)りなく數日(すじつ)一(いつ)
【右頁】
方(ぱう)より吹續(ふきつゞ)くる叓(こと)あり或(あるひ)は一日(いちにち)のうちに
も東変(とうへん)西囘(さいくわい)することあり温帶(おんたい)寒帶(かんたい)の國(くに)〻(〴〵)
には此(この)変風(へんふう)多(おほ)く熱帶(ねつたい)中(ちう)には規風(きふう)定風(ぢやうふう)多(おほ)し
◯風の早(はや)さを測(はか)る道具(だうぐ)をエネモメートル
といふ扨(さて)一時(いちじ)に一里(いちり)位(ぐらい)行(ゆく)風(かぜ)は草木(さうもく)の葉(は)を
動(うご)かすに足(た)らず一時に五里(ごり)行(ゆく)風(かぜ)を軟風(そよ〳〵かぜ)と
いふ一時に百里(ひやくり)以上 行(ゆ)く風は稀(まれ)なれども
暴風(ばうふう)は家木(かぼく)を吹倒(ふきたを)し一時に害(かい)をなすこと
【左頁】
多(おほ)し去(さ)れども市(いち)街や溝(みぞ)等(とう)の敗氣(はいき)を吹(ふき)散(ちら)し
て山野(やまの)の新氣(しんき)を入(いれ)換(か)え人畜(にんちく)の健康(けんかう)を守(まも)り
或(あるひ)は車(くるま)を旋(まは)して人力(にんりよく)を助(たす)け或は舩艦(せんかん)を送(おく)
りて交易(かうえき)の物貨(ぶつくわ)を萬國(ばんこく)に通(つう)ずる等 其利(そのり)は
勝ていひ难(がた)し
◯重力(ちようりよく)の中心(ちうしん)之叓
前(まへ)にも云(いへ)る如(ごと)く此(この)世界(せかい)の中心(ちうしん)には引力(いんりよく)と
て引(ひ)く力(ちから)あり夫(それ)が為(ため)に万物(ばんもつ)地(ち)に向(むかつ)て落(おちる)も
【右頁】
のなり今(いま)物(もの)を重(おも)しといひ輕(かろ)しといふも皆
世界(せかい)の引力(いんりやく)の強く働(はたら)くと弱(よわ)く働くとに由(よ)
るなり此(この)引力の理合(りあひ)は二編にて解(とく)べし扨(さて)
物の重き力(ちから)は其体の中心(ちうしん)の一所(ひとつところ)に有物(あるもの)故(ゆへ)
其 一所(ひととこ)を抏(さゝゆ(ママ))ゆれば全体(ぜんたい)其所に止(とゞま)るもの也
之(これ)を重力(ちようりよく)の中心といふ何(なに)ものにても此(この)中(ちう)
心(しん)を抏(さゝ)ゆれば止(とゝま)るなれども其中心 少(すこ)し曲(まが)
れば其 体(たい)必(かなら)ず倒(たふる)るもの也故に基礎(どだい)の廣(ひろ)き
【左頁】
物(もの)は倒(たふ)れ難(がた)し其(その)倒(たふ)ると倒(たふ)れざるの理(り)は前(まへ)
にいふ重力(ちようりよく)の中心(ちうしん)より下(した)へ線(すち)を引(ひ)き其線
【三本の棒の重心を示す圖】
其 基礎(どだい)の内(うち)に在(ある)
時(とき)は其 体(たい)決(けつ)して
倒るゝことなし例(たとへ)
ば上(うへ)の図(づ)にて
[一圖]は重力の線
其 体(たい)の基礎の内
【右頁】
に在(ある)故(ゆ )【「へ」の消滅?】倒(たふ)れる叓(こと)なし然(しか)れども[二圖]の俸(ばう)【棒】は
重力(ちようりよく)の線(すぢ)其(その)体(たい)の基礎(どだい)の外(そと)に落るゆへ其(その)体(たい)
必(かなら)ず倒(たふ)る夫(それ)ゆへ只(ただ)歩行(ある)く人は真直(まつすぐ)に立(たつ)な
れども片手(かたて)に重荷(おもに)を持(も)てば身体(からだ)の重力(ちようりよく)の
線(すぢ)は足(あし)の外(そと)に落(おち)て身体(からだ)は倒(たふ)れんとする故(ゆへ)
必(かなら)ず明手(あきて)を差出(さしいだ)し身体を傾(かたむ)けて重力(ちようりよく)の線(すぢ)
を足(あし)のうちに落(おつ)る様子(ようす)故に倒れる叓(こと)なし
綱渡(つなわたり)をするも度(たび)〻(〳〵)の馴(なれ)にて身体の重力(ちようりよく)其(その)
【左頁】
【綱渡の図】
綱(つな)の外にはづれ
ぬやうにする迄(まで)
の叓(こと)にて別(べつ)に法(ほう)
のあるにあらず
子供(ことも)の獨(ひと)り立(たち)し
て歩行(あるか)んとすれ
ども倒(たふ)るゝは其(その)中(ちう)
心(しん)を取(と)るに馴(なれ)ざ
【右頁】
る故(ゆへ)也大 人(おと)の(こ)倒(たふ)れ难(がたき)は子供(こども)の時(とき)より思(おも)は
ず知(し)らず其(その)中心(ちうしん)を取(と)り馴(なれ)たる故(ゆへ)也子供が
指(ゆび)の先(さき)に棒(ぼう)を立(たて)るも指(ゆび)にて其(その)棒(ぼう)の中心を
外(はづ)れぬ様(やう)に平均(つりあは)する故なり盆(ぼん)の上(うえ)に鶏卵(たまご)
を立(たて)る術(じゆつ)あり是(これ)も重力(ちようりよく)の中心(ちうしん)の理合(りあひ)にて
鶏卵の黄肉(きみ)は白肉(しろみ)より量目(めかた)重(おも)し其(その)重き黄(き)
肉(み)は真中(まんなか)にある故(ゆへ)只(たゞ)立れば其中心は其(その)基(ど)
礎(だい)の外(そと)に落易(おちやす)し由(よつ)て倒(たふ)れ易(やす)けれども其 鶏(たま)
【左頁】
卵(ご)を以(もつ)て強(つよ)く振廻(ふりまは)し其後(そのゝち)暫時(しばらく)の間(あひだ)静(しづ)めて
【卵を立てる図】
置(お)けば黄肉(きみ)は重(おも)き故(ゆへ)下(した)
におち附(つ)きて重力(ちようりよく)の中(ちう)
心(しん)は下(した)に降(くだ)り其(その)基礎(どだい)の
そとに外(はづ)るゝことなき
故(ゆへ)鶏卵(たまご)は倒(たふ)るゝことなし
又 鉄砲玉(てつぱうだま)の如(ごと)き円球(まんまる)な
物(もの)は何(いづ)れの方(かた)に轉(ころ)がり
【右頁】
ても重力(ちようりよく)の中心(ちうしん)は必(かなら)ず其(その)基礎(どだい)の内(うち)に在(ある)故(ゆへ)
止(とゞま)るなれども其(その)基礎(どたい)至(いたつ)て僅(わづ)かなる物(もの)ゆへ
少(すこ)しさわれば容易(たやす)く動(うご)くは其基礎の狭(せま)く
して重力の中心 外(はづ)れ易き故也 遊具(おもちや)の達磨(だるま)
は何(いづ)れを向(むけ)ても必(かなら)ず起(おき)るは重力(ちようりよく)の中心(ちうしん)其(その)
体(たい)の一方(いつぱう)の端(はし)に在(あ)る故(ゆへ)也 此(この)外(ほか)究理(きうり)には奇(き)
なる叓【事】 多(おほ)けれども猶(なほ)次編(じへん)に出(いだ)すべし
究理智慧の勧巻之二終
【左頁】
日本橋通一丁目 須原屋茂兵衛
同 二丁目 山城屋佐兵衛
芝 神 明 前 和泉屋市兵衛
東京 本石町 二丁目 椀 屋喜兵衛
【蔵書印】両國吉川町 大黒屋平 吉
山内 馬喰町 二丁目 山口屋藤兵衛
蔵書 同 森 屋治兵衛
書肆 松 島 町 若 林喜兵衛
通 旅 篭 町 袋 屋亀次郎
南傳馬町三丁目 近江屋半 七
神田 今川橋 近江屋岩治郎
【裏表紙】
【上欄外に横書】新版御府内流行名物案内雙六
【以下、右上から1列目-①段目とする】
【1-①】
《割書:王| 子》海(ゑ)老(び)屋
【絵図内横書】海老樓
一つ上り
二つ梅川
六つときは
【1-②】
《割書:王| 子》あふぎや
一つ八百善
二つ小倉あん
三つ百せき
【1-③】
《割書:むかふ| じま》桜(さくら)もち
二つひけし
四つゑびや
六つときは
【1-④】
《割書:やなぎ| ばし》梅(むめ)川(かわ)
二つ重のじq
三つまつ本
四つとりかへ
【1-⑤】
《割書:山| 下》がんなべ
三つとしまや
四つ河内屋
六つあは雪
【1-⑥】
《割書:よし| 町》万(まん)久(きう)
一つむさしや
二つめうがや
三つ岡本
【1-⑦】
《割書:通り|二丁め》山本
二つどぜう
五つがんなべ
六つ八百善
【1-⑧】
《割書:向| じ | ま》平(ひら)岩(いわ)
四つ大七
五つ金波楼
六つよし原
【1-⑨】
《割書:かま倉|がし》としまや
一つ万久
二つふなや
五つむさしや
【1-⑩】
《割書:六間|ぼり》あべ川
三つふなや
五つ柳川
六つ河内屋
【1-⑪】
《割書:本| 町》重のじ
一つおいそぎにて
よし原
三つ万久
六つゑびや
【絵図内】重
【1-⑫】
《割書:くぎ|だな》むぎめし
一つ七々浦
五つがんなべ
六つ三分亭
【2-①】
《割書:さ| ん| や》八(や)百(を)善(ぜん)
【絵図内】八百善
四つ上り
五つぢうばこ
六つ金龍山
【2-②】
《割書:本| 町》ときわ
一つ扇屋
二つ上り
四つよし原
【2-③】
《割書:小| 梅》小(を)倉(ぐら)葊(あん)
二つがんなべ
三つとしまや
六つ大こくや
【絵図内】小倉葊
【2-④】
《割書:さ| ん| や》重(ぢう)箱(ばこ)
【絵図内】
大入叶
ふな儀
三つおきなや
四つ河内屋 五つふなや
【2-⑤】
《割書:本| 銀| 町》柳(やな)川(がわ)
一つまつ本
五つ重のし
六つがんなべ
【2-⑥】
《割書:本| 町》鳥(とり)飼(かい)
四つあま酒
五つ永代たんご
六つ桜もち
【2-⑦】
《割書:青| 物| 町》めうがや
一つ金ぶら
三つ平せ
四つ太田や
【2-⑧】
《割書:りうかん|ばし》どぜう
一つあなご
四つ銀蔵
五つおてつ
【2-⑨】
《割書:おやぢ|ばし》いも酒(ざか)や
四つ八百善
五つ亀のこせんべい
六つ瀧そば
【2-⑩】
《割書:はま| 川》あなご
一つ大七
三つ万久
五つ重のし
【2-⑪】
《割書:十| けん| 店》いなりずし
一つむぎめし
三つはとしまや 六つよし原
【絵図内】
すし
大入叶
すし
大入叶
【2-⑫】
《割書:四| つ| 谷》太(おゝ)田(た)屋
二つやぶそば
三つ万久
四つむさしや
【3-①:4-②】
上り 【絵図内】《割書:一英齋| 芳艶画》
【絵図内横書】山王御祭禮
【絵図内左下隅に墨円印】村田
【絵図内左下隅に墨円印】米良
【3-③】
《割書:むかふ| じま》むさしや
一つ七々浦
五つ深川や
六つ八百善
【3-④】
《割書:よし| 原》ゑび靎(つる)
一つ桜もち
二つ平清
六つ田川屋
【3-⑤】
《割書:かや| ば町》岡(おか)本(もと)
二つとりかへ
四つ松すし
五つすゞ木
【3-⑥】
《割書:浅| 草》ぎおん
三つ松すし
四つあふぎや
五つ深川や
【3-⑦】
《割書:す| わ| 町》金ぷら
二つ田川や
四つやぶそば
五つとしまや
【3-⑧】
《割書:ふきや|町がし》うなぎめし
一つ山本
五つあべ川
六つ太田屋
【3-⑨】
《割書:六| 門| 口》みかゑり
二つあはもち
五つゑびや
六つのた平
【3-⑩】
《割書:さかい| 町》三(さん)分(ふん)亭(てい)
四つ松本
五つ岡本
六ついなりすし
【3-⑪:4-⑫】
一つふれば立場 四つ〃 あべ川
二つ〃 三分亭 五つ〃 おきなせんべい
三つ〃 みかゑり 六つ〃 いなかしるこ
【絵図内横書】日本橋あさいち 【絵図内】賣(うり)出(だ)し
【4-③】
《割書:向| 嶋》大(だい)七(しち)
二つ梅川
五つひけし
六つ八百善
【4-④】
《割書:外| 神| 田》深(ふか)川(がわ)屋
【絵図内】深川屋
一つ田川や
五つ重のし
六つとしまや
【4-⑤】
《割書:本| 舩| 町》のだ平(へい)
【絵図内】のだ平
一つ百せき
二つ大こくや
三つうなぎめし
【4-⑥】
《割書:てり| ふり| 丁》おきなや
四つさくらもち
五つ重ばこ
六つあまさけ
【絵図内】
翁屋
おきなや
【4-⑦】
《割書:ふき|や丁》田舎(いなか)しるこ
一つ万久
二つ平岩
三つ小倉あん
【4-⑧】
《割書:どう|ちう》よし原
四つ
三日いつゞけ
にて
三まはりやすみ
五つ万久
六つ大七
【4-⑨】
《割書:三| 河| 丁》飯(いゝ)のや
一つあまさけ
二つ重のし
四つむぎめし
【4-⑩】
《割書:両| 国》ふなや
二つ大七
三ついゝのや
四つぎおん
【5-①】
《割書:ふか| 川》ひら清(せい)
一つゑび靎
四つときは
六つ上り
【5-②】
《割書:甚左衛門| 町》百(ひやく)尺(せき)楼(ろう)
二つのだ平
四つ金龍山
五つ上り
【5-③】
《割書:大おんじ|まへ》田(た)川(がわ)屋
一つ松金や
五つゑびや
六つ八百善
【5-④】
《割書:浅| 草》金(きん)龍(りう)山(ざん)
二つうなぎめし
四つときは
五つ亀のこせんべい
【5-⑤】
《割書:神| 田| 川》松(まつ)すし
一つ平せい
三つ山本
五つむさしや
【5-⑥】
《割書:本| 町》鈴(すゞ)木(き)
一つ東や
二つ八百善
三つ小倉あん
【絵図内】
すゞ木
鈴木
【5-⑦】
《割書:松| 井| 町》滝(たき)そば
一つとしまや
二つ松金や
三つ柳川
【5-⑧】
永代だんご
二つとりかへ
三つまつ本
四つのだ平
【絵図内】
永代
だんご
永代
だんご
【5-⑨】
《割書:通り|三丁め》あは雪
一つ大七
二つ山本
四つおきなや
【絵図内】
壱人前
あは雪
三十六文
一壱人前
御ちやつけ
三十六文
【5-⑩】
《割書:本| □》らんめん
四つあは雪
五つどぜう
六つあなご
【5-⑪】
《割書:本| 芝》あは餅(もち)
【絵図内横書】あは餅
四つ万久
二つ松金や
一つぎおん
【5-⑫】
《割書:すみ|よし丁》まつ本(もと)
四つよし原
五つ大七
六つ十のじ
【絵図内】《割書:根元|白粉》岩戸香
【6-①】
《割書:両| 国》河内(かわち)屋
一つ柳川
三つとりかへ
五つときは
【6-②】
《割書:四十|八組》火(ひ)消(けし)
一つ上り
二つ八百善
六つよし原
【6-③】
《割書:浅| 草》金(きん)波(ば)楼(ろう)
一つ小ぐらあん
三つよし原
五つ十のじ
【6-④】
《割書:ゆ| し| ま》松(まつ)金(がね)屋
一つ上り
二つ梅川
三つ金龍山
【6-⑤】
《割書:れいがん|橋 角》大(だい)国(こく)屋
一つときは
二つ金波ろう
四つのだ平
【6-⑥】
《割書:南てん|ま 丁》七(な)々(ゝ)浦(うら)
二つうなぎめし
三つ金波ろう
四つ三分亭
【6-⑦】
《割書:は| し| ば》立(たて)場(ば)
三つぎおん
四つよし原
五つめうがや
【6-⑧】
《割書:や| な| か》やぶそば
一つ八百善
五つひけし
六つうなぎめし
【6-⑨】
《割書:金| 杉》亀(かめ)の甲(こう)せんべい
二つとしまや
三つぎおん
四つ梅川
【6-⑩】
《割書:こう| じ| 町》おてつ
一つらんめん
二つあまさけ
四つ永代だんご
【6-⑪】
《割書:あん| じん| 丁》銀(ぎん)蔵(ぞう)
四つ重のし
五つうなぎめし
六つめうがや
【6-⑫】
《割書:もん| せき| まへ》あま酒(ざけ)
【絵図内】
□
あまさけ 三国一
あまさけ ま
三国一 さけ
二つ松のすし
四つ岡本うなぎ
六つ梅川
【左下欄外に縦書】堀江町二丁目海老屋林之助版
一勇齋國芳画
【墨円印】村田【墨円印】米良
御府内名物双六
東都堀江町貮丁目
海老屋林之□
金
《題:《割書: |様》続英雄百人一首 《割書:本鄕区本鄕六丁目帝【大赤門前】|会場 赤門俱楽【部】|絶版古書籍陳列【会場】|書舗 木内【誠】| 電話小石川五五【七三番】》》
【右丁】
緑亭川柳輯
諸名画集筆 新■【版ヵ】
續英雄百人一首全
東都書肆 錦耕堂梓
【左丁】
續英雄百人一首序
孟子有_レ言 ̄ルヿ曰聞_二伯夷之風_一 ̄ヲ在 ̄ハ頑父 ̄ニ
廉 ̄ニ懦夫 ̄モ有_レ立_レ ̄ルヿ志 ̄ヲ䎹_二柳下恵之風_一 ̄ヲ者 ̄ハ
鄙夫 ̄モ寛 ̄ニ薄夫 ̄モ敦 ̄シト宜 ̄ナル哉盛徳之化_レ ̄スル人 ̄ニ
也不_レ ̄シテ俟_二口 ̄ツカラ諭_一 ̄スヿヲ而教_二 ̄ム各句遷_一レ ̄ラ善 ̄ニ矣無
_レ他感_レ ̄スレハ之也夫易_レ ̄キ感_二-動 ̄シ人心_一 ̄ヲ者無_レ如_二 ̄クハ
我國風三十一言_一 ̄ニ己(ヲノレ)感 ̄シテ而後能詠
故 ̄ニ復能令_二 ̄シムル人 ̄ヲシテ感_一 ̄セ也深 ̄シ焉/曩(サキノ)日川柳
翁撰_二 ̄ス英雄百首_一 ̄ヲ既 ̄ニ行_二 ̄ル子世_一 ̄ニ今續 ̄テ而
【右丁】
輯_二 ̄ム是 ̄ノ編_一 ̄ヲ乃此先哲之雅章也若 ̄シ使_三 ̄ム
読者 ̄ヲ感激 ̄シテ而轉_二 ̄セ其心_一 ̄ヲ則自 ̄ヲ有_下 ̄ニ侔_レ ̄シキ聞_二 ̄ク
夷恵ノ風_一 ̄ヲ者_上矣乎/於(ア)戯翁之箸_二 ̄スル此
書_一 ̄ヲ亦世教之捷径 ̄ナル也哉刻已 ̄ニ成 ̄ル請_二
序 ̄ヲ於余_一 ̄ニ因 ̄テ贅_二 ̄シテ数語_一 ̄ヲ以弁_二 ̄シムト于其端_一云
嘉永己酉孟春
武陽 金水處士関口東作識
【印】【印】
龍 眠書【印】
【左丁】
よつの時いつか帰りて■英雄百首をゑりて■を
せしに猶是に嗣んことを書肆のこひぬれは
はからすもことかけせしよりをちこちに事実を
たつねいにしへ葦原の乱にしふしに猛き
ものゝふの旌旗の下にて風に吹し帷幕に
備へて月をなかめしことの葉を寄ぬれと多くの
ふること聞もらし見及さる所もすくなからねそ
ちさとの道たとりかたきを人に問ひ普く求て
續英雄百首とはなしぬしかはあれと■■【青きヵ】
渚の玉ひらふともつくることなく■【枝カ】番■もとつ
葉の手もとゝきかねてのこせるたくひ残多き
【右丁】
こえのあるやうなれとみて事を開事は天の道に
随ふにこそと目にふれしことのみをしるし歌の
よしあしはしらねと八嶋の外波音高き比にも
みやひをわすれぬやまと魂を感し且錯乱の
世のことしらぬ童に忩劇やすまぬ昔をさとし
今弓を袋にかくし劔を箱におさむる静けき
大御代のおゝんめくみをもしらせまほしく聊俚語を
添て心さしをのふれと拙にはちて汗顔きはまりなき
ことにこそ
緑亭川柳【朱判】
嘉永二酉の春
■■ ■岡書【朱判】
【左丁】
鐡石心肝錦繡腸
巧名藻思兩涼芳
干戈世上斯介在
須愧太平木偶郎
武南 金水釣客題【印】
我国(わがくに)の古(いにしへ)より神明(しんめい)の威徳(ゐとく)を信(しん)
敬(きやう)するもの御/恵(めぐみ)をかふむること
すくなからず中にも天満大自
在天神は威霊(ゐれい)いちじるく萬(ばん)
機(き)を輔佐(ほさ)し文道を守(まもり)給ふ
御神なり好文木(こうぶんぼく)の名ある故(ゆへ)歟(か)
神慮(しんりよ)に別(べつ)して梅(うめ)を愛(あい)し給ふ
されば神詠(しんえい)にも
梅あらばいやしき賤(しづ)がふせやまで
われたちよらん悪魔(あくま)しりぞけ
また匂(にほ)ひおこせよと詠じ賜(たま)ひ
て御愛樹(ごあいじゆ)も御跡(あと)を慕(した)
ひ空(そら)をかけりてとびきたる
など是(これ)心誠(しんせい)の不思議(ふしぎ)なる
べし然(しか)るに世(よ)も末(すへ)になり
建久(けんきう)二年の春(はる)鎌倉(かまくら)の武(ぶ)
士(し)九州の押領使(おうりやうし)となり
爰(ここ)に来(きた)り梅(うめ)の枝(えだ)を折(おり)
けるに其(その)夜(よ)の夢(ゆめ)に神人(しんじん)
あらはれて
〽なさけなく折(をる)人つらし我宿(わがやど)の
あるじわすれぬ梅のたち枝(え)を
此神詠に彼(かの)武士 恐驚(おそれおどろ)き
後悔(こうくわい)して御
詫(わび)を申上 丹(たん)
誠(せい)を抽(ぬきん)で祈(いの)
りしかは御 咎(とがめ)を
免(まぬが)るゝことを
得(え)たり誠(まこと)の
道(みち)といへる古(ふる)
き教(おしへ)にそむか
ず文雅(ぶんが)に心
ざしある輩(ともがら)は
うるはしく神(しん)
徳(とく)を仰(あほ)ぎ敬(うやま)ひ
御恵(おんめぐみ)の幸(さいは)ひを
ねがふべき
ことなり
右大将(うだいしやう)頼朝(よりとも)卿(けう)世の政事(まつりごと)を
とりて文を左にし武を右にして
いにしへの法(ほふ)を兼(かね)そなへ敷嶋(しきしま)の
道(みち)に心がけ深(ふか)く春(はる)の花のあし
た秋(あき)の月 夜(よ)ごとにつけて
物の興廃(こうはい)もしるゝは歌(うた)
なりと八雲(やくも)の風を慕(した)ひ
陣中(ぢんちう)にも詠吟(えいぎん)たえず
文治(ぶんぢ)の末(すへ)陸奥(みちのく)の夷(えびす)を
退治(たいぢ)せんと大軍を卒(そつ)し
名取(なとり)川を渡(わた)り給ふ時(とき)
〽頼朝がけふの軍(いくさ)に名とり川
と詠ぜられ梶原(かぢはら)附(つけ)にとあれば
〽君もろともにかちわたりせん
景季(かげすへ)言下(ごんか)に是をつけけれ
ば感(かん)じ給ふ事ひとかたならず
かつまた白川(しらがわ)の関(せき)を越(こえ)給ふ時
関(せき)の明神(めうじん)へ奉幣(ほうへい)をさゝげ
景季(かげすへ)をめして当時(たうじ)初秋(はつあき)へ
能因(のういん)法師の古風(こふう)思ひ出
さるゝなり一首 仕(つかまつ)れとあり
ければ
〽秋風に草木(くさき)の露(つゆ)を
払(はら)はせて
君がこゆれば
関守(せきもり)もなし
鎌倉(かまくら)どの聞召(きこしめし)て
槊(ほこ)を横(よこ)たへて生死(せうし)
の街(ちまた)にありても風雅(ふうが)
を捨ざるはいと優(やさ)し
と引出物(ひきでもの)あまた
たまはりぬ数(す)万(まん)
騎(き)の中に一人 面目(めんぼく)
をほどこすこと
歌(うた)の徳(とく)有(あり)がたき
ことといふべし
【右頁】
祝部(はぶり)成茂(なりしげ)は日吉の社(やしろ)の称宜(ねぎ)
なり承久(しやうきう)の乱の砌(みぎ)りに後鳥羽(ごとばの)
院(いん)の御 隠謀(いんほう)に組(くみ)せしよし申す
ものありしにより則(すなはち)召捕(めしとら)れ鎌(かま)
倉(くら)に下して誅(ちう)せらるべきに定(さたま)り
ぬ成茂(なりしげ)無実(むじつ)の讒(さん)に沈(しづみ)しを
歎(なけ)き日吉(ひよし)の社を伏拝(ふしおが)み
〽すてはてず塵(ちり)にまじはる影(かげ)そはゞ
神(かみ)もたびねの床(とこ)やつゆけき
此 歌(うた)を日吉の神前(しんぜん)にをさめ
させしにふしぎや其夜(そのよ)北条義(ほうでうよし)
時(とき)の北(きた)のかたの夢(ゆめ)に老(おい)たる猿(さる)一ツ
来りて黒髪(くろかみ)をとり猿の
手にからみ鏁(くさり)を
以(もつ)て北(きた)の方(かた)の身(み)
をいましめ大きに
怒(いか)り日吉の祢(ね)
宜(ぎ)成茂(なりしげ)罪(つみ)なき
者(もの)なるに囚人(めしうど)
【左頁】
たるによりて権(ごん)
現(げん)の御 咎(とがめ)なり
と言(いひ)ける北のかた
夢(ゆめ)さめて驚(おどろ)き
大膳大夫(だいぜんのだいぶ)入道
覚阿(かくあ)に此事
を申 頻(しき)りに
成茂(なりしげ)が罪(つみ)を
なだめ命乞(いのちこ)ひ
ありてゆるされ
帰洛(きらく)に及(およ)び
けり哥(うた)の徳(とく)
神慮(しんりよ)にかなひ
無実(むじつ)を消(け)して
一 命(めい)を助(たすか)りしは
いと有がたき
ことなり
けり
【右頁】
後醍醐天皇(ごだいごてんわう)重祚(てうそ)まし〳〵てのち都(みやこ)は合(かつ)
戦(せん)のちまたとなれば吉野(よしの)山に入り給ひ仮(かり)
宮を皇居(くわうきょ)としてあらたまの年立(としたち)かへ
りても節会規式(せちゑぎしき)のさまもいとかなし
く春(はる)もはやなかば過(すぎ)て御/庭(には)の桜(さくら)
もやゝ咲(さき)出しを御 覧(らん)ありて
〽爰(こゝ)にても雲井(くもゐ)の桜さきにけり
たゝかりそめの宿(やど)とおもへど
かく遊(あそば)していともわびしく過(すぎ)させ
給ふに世の中なほも騒(さわが)しく楠(くすのき)
新田(につた)名和(なわ)北畠(きたはたけ)の諸将等(しよせうら)
一致(いっち)して朝敵(てうてき)足利(あしかゞ)の勢(せい)を追(おひ)
退(しりぞ)け防戦(ふせぎたゝか)ふといへどもさらに
干戈(かんくわ)の休(やすま)る時なく此/皇居(くわうきよ)に
日(ひ)を重(かさ)ね給ふに折(をり)しも五月(さみ)
雨(だれ)ふりつゞき淋(さび)しさ増(まさ)る山
里(さと)に供奉(ぐふ)の人々も袖(そで)の
かはけるひまもなく雨(あめ)も
をやみなくふりつゞきければ
【左頁上段】
後醍醐天皇(ごだいごてんわう)
筆(ふで)を
染(そめ)させ
給ひ
〽此さとは
丹生(にふ)の
川 上(かみ)ほど
ちかく
いのらば
はれよ
さみだれ
のそら
斯(かく)詠(えい)じ
給ひしより
忽(たちまち)空(そら)はれ
るのみか日(ひ)
影(かげ)うらゝかに
なりしは御威(ごゐ)
徳(とく)といひ
御製(ぎよせゐ)といひ
⊖
【左頁下段】
⊖
いみじく
わたらせ
給ふ
ことを
人〴〵
皆感(みなかん)
心(しん)せり
【右頁上段】
つるぎ太刀身に
とりそふるますらをぞ
恋のみだれの
もとにもありける
鬼神(おにかみ)もおそれおのゝく
くはがたのかぶとを
着(き)ける武者と
ならばや
かしこくもたねをつたゆる
よろひ草
風はふけども
身とそうごかね
ものゝふのやなみ
つくらふ小手のうへに
あられたばしる
なすのしのはら
【右頁下段】
あづさ弓
いるよりはやく
落(おつ)る瀬(せ)を八十
うぢ川と人はいふなり
ますらをのゆすゑふりたて
いづる矢をのち見ん
人はかたり
つくがに【注】
【注 この歌は万葉集(364番)「ますらをの 弓末ふりおこし 射つる矢を 後見ん人は 語り継ぐがね」を引いていると思われる。】
武士(ものゝふ)の母(はゝ)の衣(ころも)を
こひうけて
しなばかたみと
思ふのちの世
風きよくふきたち
まはすしら雲は
人をなびかふ
はたにぞありける
【左頁上段】
源頼義(みなもとのよりよし)は河内守/頼信(よりのぶ)の子にて勇(ゆう)
猛(もう)の大 将(せう)也/永承(えいせう)二年/奥州(おうしう)へ下向し
朝敵(てうてき)頼時(よりとき)を討取(うちとる)といへどもその子/貞(さだ)
任(たふ)勢(いきほ)ひ強大(けうだい)にして官軍(くわんぐん)戦利(せんり)を失(うしな)ひ
わづか七/騎(き)に打なされ敗軍(はいぐん)の中にも
義家(よしいえ)の射術(しやじゆつ)神(しん)のごとく白刃(はくじん)を冒(をか)
して重囲(てうゐ)を破(やぶ)る是に依(より)●各(おの〳〵)難(なん)を
まぬがるゝことを得(え)たり九ケ年/苦戦(くせん)
のうちに終(つい)に貞任(さだたふ)を討(うち)大軍を亡(ほろほ)
し左りの耳(みみ)を切(きり)都(みやこ)に携(たずさへ)埋(うつ)めて堂(どう)
を建(たつ)六條/防(ぼう)門(もん)の西洞院(にしのとういん)耳輪堂(にりんとう)
是也戦死/亡霊(ぼうれい)の為千/僧(そう)を供養(くよう)
し仏像(ぶつぞう)を安置(あんち)し伊豫守正四位
下に昇(のぼ)る勇(ゆう)のみか風月の才にも富(とみ)
ある時/難波(なには)の商人(あきひと)物売(ものうり)てかへるさに
〽あしもて帰(かへ)る難波津(なにはづ)のなみと
いひければ頼義/言下(げんか)に
〽みだれ藻(も)はすまひ【相撲】草(ぐさ)にぞ似(に)たりける
永保(えいほう)二年十一月三日/逝去(せいきょ)八十八才
【左頁下段】
伊豫守(いよのかみ)頼義(よりよし)
都(みやこ)には
花(はな)の名(な)ごりを
とめおきて つたふ
けふした芝(しば)に 白雪(しらゆき)
【右丁上段】
武則(たけのり)は出羽国山北俘囚(ではのくにさんほくふしう)の城主(ぜうしゆ)に
て清原真人光頼朝(きよはらのまつとみつより)の弟也 永承(えいせう)
五年 将軍(せうぐん)頼義より加勢(かせい)のことを申
込(こみ)しに早速(さつそく) 領掌(れうぜう)して一 族良等(ぞくらうとう)を
集(つと)へ一万余人を卒(そつ)し栗原郡営(くりはらこほりたむろか)
岡(おか)に至(いた)り将軍に謁(えつ)す此地 坂上(さかのうへ)田村丸
の勢を集(あつめ)し吉例(きちれい)の地(ち)なれば也 爰(こゝ)にて
軍術(ぐんじゆつ)を談(だん)ずる折から白鳩(しろはと)飛(とび)来りて
旗竿(はたさを)の上に羽(は)を休(やす)む是 弓矢(ゆみや)神の
示現(じげん)なりと諸軍 勇進(いさみすゝ)んで貞任(さだたふ)の伯(を)
父(ぢ)良照(りやうしやう)入道の籠(こも)りし小松の柵(さく)をおび
やかさんと民家(みんか)に火をかけし所其火 城中(ぜうちう)
に吹(ふき)こみ敵兵 周章(あわて)さわぐ折から
武則 兵(へい)を発(はつ)して攻寄(せめよせ)しに忽(たちまち)落(らく)
城(ぜう)におよぶなほ追々(おひ〳〵)軍功(くんこう)ありて平均(へいきん)の
のち都(みやこ)に召(めさ)れて鎮守府将軍(ちんじゆふせうぐん)従五
位下を給はり貞任か所領(しよれう)六 郡(ぐん)の押(おう)
領使(れうし)となさる譜代(ふだい)の臣下まで忠功(ちうこう)
の浅深(せんしん)に寄(より)て勧賞(けんしやう)を給はりけり
【右丁下段】
清原武則(きよはらのたけのり)
賤(しづ)の女(め)
が
しづ
はた
布(ぬの)のぬきに
うつ
うの毛(げ)の
ぬのゝほどのせばさよ
【左丁上段】
源(みなもとの)頼実は頼光(らいくわう)の孫 頼国(よりくに)の子也頼
実の知音(ちいん)に説法(せつほう)をよくする僧(そう)の有
けるが檀越(だんおつ)も多(おほ)ければ財(ざゐ)に富(とみ)たりある日
その坊(ばう)に旅僧(たひそう)一人来り宿(やどり)を乞(こひ)ければゆるして
泊(とま)らするに夜(よ)に入り門の戸 荒(あら)やかに叩(たゝく)もの
あり何ごとそと問(とふ)に使(し)の庁(てう)の使(つかひ)也是にやど
する旅僧(りよそう)は世(よ)にしられたる盗人(ぬすびと)也 逃(にか)さば同(どう)
類(るい)たるべし夫(それ)を捕(とらへ)ん為 検非違使(けびいし)の判官(はんぐわん)むか
ひたり早(はやく)明(あけ)よといふ故戸を明けけるに五六人 刀(かたな)
抜(ぬき)つれ主(あるじ)の僧(そう)を押付(おさへつけ)汝(なんぢ)はたらかば刺殺(さしころさ)ん
坊(ばう)中の物のこらず渡(わた)すべしと心の侭(まゝ)にさがし
取て馬(うま)七 疋(ひき)におほせて僧(そう)をも縛(しば)りのせて急(いそぎ)
粟田(あはだ)の山に連行(つれゆき)もし此ことさたせば三日が
うちに殺(ころす)べしと山中に僧(そう)を捨(すて)て行(ゆき)けり扨
頼実は此 夜(よ)月にうかれてあゆみしがかの僧
の泣(なき)居(ゐ)し所へ来あはせ此 由(よし)を聞(きゝ)直(たゞち)に
盗人の跡(あと)を追(おひ)かけ三人を切伏(きりふせ)残(のこ)りになを
負(おは)せ難(なん)なく馬(うま)を引戻(ひきもと)し僧を助(たす)けかへ
りし人也此歌 後拾遺集(ごしういしふ)雑(ざふ)に入る
【左丁下段】
右衛門尉(ゑもんのぜう)源頼実(みなもとのよりざね)
日もくれぬ
人も帰(かへ)
りぬ
山里(やまさと)
は
峰(みね)
の
嵐(あらし)の音(おと)
ばかりして
【右ページ上段】
門脇(かどわき)中納言/教盛(のりもり)は清盛(きよもり)入
道の弟(おとゝ)にて三位/通盛(みちもり)能登守(のとのかみ)
教経(のりつね)等(ら)の父なり武(ぶ)に猛(たけ)き人にて
平家の一門/都(みやこ)を落(おち)て後(のち)も備中
国/下道郡(しもみちこおり)の野(の)に五百/余騎(よき)にて備(そな)
へし所四国九州の軍勢(ぐんぜい)源氏に心を
通(つう)じ二千/余騎(よき)教盛(のりもり)の備(そなへ)を取か
こみて攻(せめ)けれとも事ともせず悉(こと〴〵く)おひ
拂(はら)ひ勇(ゆう)を震(ふるい)て淡路冠者(あはぢのくわんしや)掃部(かもりの)
冠者といふ二人のつはものを打取り
子息(しそく)通盛教経と一所になりて
再(ふたゝ)び主上(しゆぜう)を都(みやこ)へ還幸(くわんこう)の事を計(はか)る
にその憲證(けんしやう)として正二位大納言
を送(おく)り給ひければ教盛/西海(さいかい)の波(なみ)
路(ぢ)行衛(ゆくゑ)さだめがたき夢(ゆめ)の世(よ)に此/昇(しやう)
進(しん)も又/夢(ゆめ)なりと此哥を詠(えい)じて位(ゐ)
階(かい)を御/辞退(じたい)申上て世をはかなみ
亞相(あしやう)にはなり給はず恩義(おんぎ)に一命(めい)を
捨(すて)て後(のち)の世(よ)に名(な)をのこしぬ
【右ページ下段】
平教盛(たひらののりもり)
今日(けふ)までも
あれば
ある
かの
世(よ)の
中に
夢(ゆめ)の
うちにも
ゆめを見る
かな
【左ページ上段】
新(しん)中納言/知盛(とももり)は入道/清盛(きよもり)の三
男にて一門第一の武勇(ぶゆう)の人なり元暦(げんりやく)
元年十月 屋嶋(やしま)にありて四方を
詠(なが)めしに蒼海漫々(そうかいまん〳〵)として眠(ねぶり)を
おどろかし夜半(よは)の月 明々(めい〳〵)として水に
うつる影(かげ)鎧(よろひ)の袖(そで)をてらし浦吹(うらふく)風(かぜ)に
磯(いそ)こす波高(なみたか)く行通(ゆきか)ふ舟(ふね)もまれ
に月日 程(ほど)ふるにつけても都(みやこ)こひしくおぼ
して此歌はよめり斯(かく)て屋嶋(やしま)の船軍(ふないくさ)
いまだ戦(たゝかひ)なかばなるに阿波民部大(あはのみんぶのた)
輔(いふ)成良(なりよし)心 変(へん)ぜしかば味方 利運(りうん)
なきをしりて人々に生害(せうがい)をすゝめ舟(ふな)
掃除(さうじ)をせさせ覚悟(かくご)の折から二位
の尼(あま)ぎみ先帝(せんてい)を抱(いだ)き奉りて入(じゆ)
水(すい)ありしかば知盛(とももり)今は心 安(やす)しとうち
笑(えみ)門脇(かどわき)教盛(のりもり)と目くばせして二
人とも鎧(よろひ)ぬぎ捨(すて)腹(はら)一文字にかき
切り海中(かいちう)へまろび入その勇名(ゆうめい)を
後(のち)の世にのこしぬ
【左ページ下段】
平知盛(たひらのとももり)
住馴(すみなれ)れし都(みやこ)の
かたは
よそ
なが
ら
袖(そで)に
波(なみ)
こす磯(いそ)の松風(まつかぜ)
【右ページ上段】
本(ほん)三位中将/重衡(しげひら)は大政(だいぜう)入道(にうだう)
清盛の四男にて生質(せいしつ)優美(ゆうび)に
して智(ち)勇(ゆう)備(そなは)り詩歌(しいか)管弦(くわんげん)に
高聞(かうぶん)せし人也此歌は都落(みやこおち)の節(せつ)北(きた)
野(の)の社(やしろ)へ参詣(さんけい)して今/斯(かく)九重(こゝのへ)を捨(すて)て
遠(とほ)き波路(なみぢ)に赴(おもむ)く此かなしみを神も昔(むかし)
に思ひしもましまさんとなげきてよみし也
後(のち)重衡は運(うん)拙(つたな)く捕(とらは)れとなりて鎌(かま)
倉(くら)に下りしかども源(げん)二位ことのほかいた
はり心を慰(なぐさ)めんため美女(びぢよ)をあまた
附(つけ)おかるゝその中に容儀(ようぎ)勝(すぐ)れし手(て)
越(こし)の千寿(せんじゆ)を昼夜(ちうや)側(そば)におかれ
けれども糸竹(しちく)朗詠(ろうえい)のほか更(さら)に心を
うごかさず旦夕(たんせき)に死(し)を待(まち)て仏名(ぶつめう)
を唱(とな)へ後(のち)南都(なんと)へわたされ最期(さいご)の
みぎり西の方へ時鳥(ほとゝぎす)の啼(なき)ゆき
ければ
〽おもうことかたり合(あは)せん時鳥
実(げ)にうれしくも西(にし)へゆくかな
【右ページ下段】
平(たひらの)重衡(しげひら)
住(すみ)みなれし
古(ふる)き
都(みやこ)
の
こひ
しさは
神(かみ)も昔(むかし)に
おもひしる
らめ
【左ページ上段】
後藤兵衛守長(ごとうびやうゑもりなが)は平家の郎等(らうどう)に
て中将 重衡(しげひら)心づけて召仕(めしつか)ひ給ふある
時重衡 卯花(うのはな)に時鳥(ほととぎす)をかきたる扇(あふぎ)の
地紙(ぢがみ)を取(とり)出し是を張(はり)てまゐらせよと
あれば守長 承(うけたま)はりていそぎはりける
に分廻(ぶんまは)しをあしく充(あて)て時鳥の画(ゑ)の中
を切りけること深(ふか)く尾(を)とはねのみあら
はに見えければ守長 誤(あやまり)しぬと思
へども取(とり)かへべき地紙(ぢがみ)なければ詮(せん)かた
なく是を仕立(したて)てまゐらするに重衡(しげひら)
しらずして参内(さんだい)し御前(ごぜん)にて其あふ
ぎを遣(つか)ひければ帝(みかど)叡覧(えいらん)ありて無念(むねん)
にも名鳥(めいてう)に疵(きず)をつけけるものかなと笑(わら)
はせ給へば重衡 恥(はぢ)おそれ退出(たいしゆつ)して守
長を召(めし)よせことのほか折檻(せつかん)ありけ
れば恐(おそ)れおのゝきとかくして此歌を進(まゐ)ら
するに後(のち)重衡此よしを奏(そう)するにこと
のほか御感(ぎよかん)ありければ後藤(ごとう)が誉(ほまれ)
とはなりぬ誤(あやまち)の功名(こうめう)とは是なるべし
【左ページ下段】
後藤守長(ごとうもりなが)
五月闇(さつきやみ)
くら
はし
山の
時鳥(ほとゝぎす)
すがたを人に
見するもの
かは
【右ページ上段】
弁慶(べんけい)は熊野(くまの)の別当(べつたう)湛玄(たんげん)の子にして
胎内(たいない)十八ヶ月目に出生(しゆつせう)す義経(よしつね)にした
がひて無(む)二の忠臣なり学文(がくもん)に秀(ひいで) 能(のう)
書(じよ)の聞(きこへ)あり判官(はうぐわん)かま倉(くら)どのと不和(ふわ)
になり北国(ほくこく)へ落(おち)給ふ時弁慶御 使(つかひ)して北(きた)
の方 卿(けう)の君(きみ)の方(かた)へ参(まゐ)りしに卿(けう)の宮かこちて
〽つらからばわれも心のかはれかし
などうき人のこひしかるらん
此歌を聞(きゝ)て弁慶あはれを催(もよほ)し見捨(みすて)
がたく女性(によせう)をも山 伏(ぶし)の姿(すがた)にやつし種々(しゆ々)
いたはりかしづき遠(とは)き旅路(たびぢ)にともなひしは
武(ぶ)に猛(たけ)きに引かへて情(なさけ)ある心といふへし斯(かく)
て主従(しゆう〴〵)十 余(よ)人 諸所(しよ〳〵)の苦難(くなん)をのがれ
漸々(やう〳〵)越後(ゑちご)の岩戸の崎(さき)といふ所につきて
海人(あま)のかちめといふもの取(とる)を見て北の方
〽よもの海浪(うみなみ)のよる〳〵きつれ
ども今ぞまことのうきめをぞ見る
此歌心よからずと弁慶(べんけい)返(かへ)しに
浦(うら)づたへの歌はよみしとなん
【右ページ下段】
武蔵坊弁慶(むさしばうべんけい)
浦(うら)づたへ波(なみ)の
よる〳〵きつれ
ども今ぞ
はじ
めて
よきめをぞ
見る
【左丁上段】
義氏(よしうぢ)は清和(せいわ)源氏 式部大輔(しきぶのたいふ)義国(よしくに)
より四代 足利(あしかゞ)上総介(かづさのすけ)義兼(よしかね)の二男にて
智勇(ちゆう)をかねたる大将なり父(ちゝ)義兼は頼(より)
朝(とも)公と連壻(あひむこ)にて北条(ほうでう)一 家(げ)ともあた
しみ深(ふか)し足利一 類(るい)は和田 合戦(かつせん)にも
北条(ほうでう)の味方(みかた)にして由井(ゆゐ)が浜(はま)の軍(いくさ)
に朝比奈(あさひなの)三郎とわたり合(あひ)力戦(りきせん)せしか
ども義秀(よしひで)は死傑(しけつ)の者(もの)と悟(さと)りてその
場(ば)を避(さけ)諸所(しよ〳〵)の戦功(せんこう)人のしるところ也
又 承久(しやうきう)の乱(らん)には東海(とうかい)の先(さき)として
宇治(うぢ)をわたして軍利(ぐんり)あり且(かつ)頼家(よりいへ)
実朝(さねとも)ほろび給ひし後(のち)は足利(あしかゞ)のみは
八 幡(まん)どのゝ後胤(こういん)なりと北条家(ほうでうけ)にも
尊敬(そんきやう)することひとかたならず北条は
源家(げんけ)の被官(ひくわん)なれども足利(あしかゞ)は源家
の正統(せうとう)なりと重(おも)んずる者(もの)多(おほ)しゆゑ
に義氏(よしうぢ)より四代の後(のち)尊氏(たかうぢ)天下の
権(けん)をとり正成(まさしげ)義貞(よしさだ)の上に立こと
この謂(いひ)なりとかや
【左丁下段】
武蔵前司(むさしのぜんじ)義氏(よしうぢ)
霰(あられ)ふる
雲(くも)の
通路(かよひぢ)
風(かぜ)
さえて
乙女(おとめ)のかざし
玉(たま)ぞみだるゝ
【右頁上段】
大 監物(けんもつ)光行(みつゆき)は清和(せいわ)源氏豊前(ぶぜんの)
守(かみ)光季(みつすへ)の子也 父(ちゝ)は清盛に仕(つか)へければ
平家 滅亡(めつぼう)の後(のち)鎌倉(かまくら)どのこれを誅(ちう)
せんと宣(のたま)ひしに一子光行は京(けう)の事に馴(なれ)
和歌(わか)をよくするを以(もつ)て頼朝(よりとも)召仕(めしつか)ひ
給ふ去(さる)に依(よつ)て光行 父(ちゝ)が一 命(めい)を乞請(こひうけ)
て助(たすけ)たり斯(かく)て其後光行 承久(しやうきやう)に後(ご)
鳥羽院(とばのいん)にめされて関東(くわんとう)の大名へ院(いん)
宣(ぜん)の当名(あてな)又は副書(そへがき)などかきしこと顕(あらは)
れ罪科(ざいくわ)のがれがたく鎌倉(かまくら)へ召下(めしくだ)され
清久(きよくの)五郎 家盛(いへもり)に預(あつけ)らるゝ光行が
嫡子(ちやくし)式部丞(しきぶのぜう)親行(ちかゆき)は鎌倉(かまくら)に仕(つか)
へて父(ちゝ)が罪(つみ)をかなしみ慰(なぐさ)めて
〽きてとふもけふばかりなる旅ごろも
あすは都(みやこ)にたちかへりなん
光行かへし
〽たび衣(ごろも)なれきてをしきなごりには
かへらぬ袖(そで)もうらみをぞする
此 歌(うた)にも後悔(こうくわい)の色(いろ)見へてあはれふかし
【右頁下段】
源(みなもとの)光行(みつゆき)
武隈(たけくま)の
松(まつ)の
緑(みどり)も
うづ
もれて
雪(ゆき)をみきと
や
人に
かたらん
【左頁上段】
式部丞(しきぶのぜう)親行(ちかゆき)は父が科(とが)いかゞなりゆく事
と案(あん)じ居(ゐ)たりしが北条(ほうでう)義時(よしとき)殊(こと)の外(ほか)
怒(いか)りつよく光行(みつゆき)は故右大将家(こうだいせうけ)の高恩(かうおん)
を蒙(かうふ)りながら此 度(たび)の乱行(らんぎやう)に与(くみ)せし
を頗(すこぶる)曲者(くせもの)なればはやく首を刎(はね)らる
べしと下知(げち)ありければ既(すで)にその儀(ぎ)に決(けつ)
す然(しか)るに親行(ちかゆき)北条の館(やかた)に参(まゐ)りて
某(それがし)多年(たねん)奉公の労(ろう)に宥(ゆん)ぜられ父が
死罪(しざい)を恩免(おんめん)下さるべくもし御 聞済(きゝすみ)な
きに於(おい)ては某(それかし)が一命を先(さき)へ召(めさ)るべき旨(むね)
愁訴(しうそ)に及(およ)び其座(そのざ)たちさらず北条
父子 彼(かれ)が孝心(かうしん)を感(かん)じ許容(きよよう)したまひ
刑戮(けいりく)をとゞめ赦免状(しやめんでう)を給はる是を
聞くもの持(もつ)べきものは子なるぞと誉(ほめ)
ざるものはなかりけり光行 父(ちゝ)光季(みつすへ)の
命を助る孝(かう)の徳(とく)是にてしるべし親
行 哥道(かだう)に名ありのち鎌倉(かまくら)営中(えいちう)
にて源氏(げんじ)物語(ものがたり)を講(こう)ず
【左頁下段】
源(みなもとの)親行(ちかゆき)
いたづら
に
行(ゆき)ては
かへる
年月(としつき)
の
つもる
うき身(み)に
ものぞかなしき
【右ページ上段】
北條(ほうでう)相模守(さがみのかみ)貞時(さだとき)は道閑(どうかん)入道 時(とき)
宗(むね)の息男(そくなん)にて十四 歳(さひ)より家督(かとく)を
つぎ文永(ぶんえい)十年 政事(せいじ)の加判(かはん)となり国々(くに〴〵)
へ忍(しの)びて使(つか)ひを遣(つか)はし守護(しゆご)地頭(ぢとう)の善(ぜん)
悪(あく)を聞(きゝ)悉(こと〴〵く)民間(みんかん)の愁苦(しうく)を問(と)ふ夫(それ)より
年々(とし〳〵)百 余(よ)人の忍(しの)びを遣(つか)はすところ
その使行先(つかひゆくさき)にて悪事(あくじ)ありしを貞時(さだとき)
しらざりしが羽黒(はぐろ)の山伏来りて直訴(ぢきそ)せ
しより使(つかゐ)の悪事を糺明(きうめい)して罪(つみ)に
行(おこな)はるゝゆゑ世の中 治(をさま)りて善政(ぜんせい)を賞(しやう)
す又 筑紫(つくし)長門(ながと)等(とう)に探題(たんだい)を置(おき)西(さい)
国(こく)中国のことをつかさどりかつ又 異賊(いぞく)
のおさへとす摂州兵庫(せつしうひやうご)の寺(てら)に平(へい)
相国(しやうこく)清盛(きよもり)の石塔(せきたう)は高大(かうたい)にして十
三 重(ぢう)なり銘(めい)に弘安(こうあん)九年二月とあ
り彼塔(かのたう)は此貞時の建(たつ)る所にして
清盛(きよもり)薨去(ごうきょ)の際(きは)にたてしにあらず
貞時は執権職(しつけんしよく)を廿八年つとめ
て応長(おうてう)元年四十一にて卒(そつ)す
【右ページ下段】
北条(ほうでう)貞時(さだとき)
吹払(ふきはら)ふ
嵐(あらし)
に
す
みて
山の端(は)の
松(まつ)より高(たか)く
いづる月(つき)かげ
【左ページ上段】
千葉(ちばの)新介氏胤は千葉介(ちばのすけ)常胤(つねたね)より
九代の孫(そん)にて代々(よゝ)下総の国を領(れう)し
武勇(ぶゆう)ある謀将(ぼうしやう)なり延元(えんげん)元年 足(あし)
利(かゞ)尊氏(たかうぢ)同 直義(たゞよし)大 軍(ぐん)を以(もつ)て上洛(ぜうらく)
す新田(につた)義貞(よしさだ)同 義助(よしすけ)楠(くすのき)正成(まさしげ)
名和(なわ)長年(ながとし)等 拒(こば)み戦(たゝか)ふといへども
大 敵(てき)に敗軍(はいぐん)して都(みやこ)も内裏(だいり)も
炎上(えんしやう)に及(およ)ぶぜひなく御醍醐(ごだいご)天皇
叡山(えいざん)に臨幸(りんこう)あり千葉新介 供(ぐ)
奉(ぶ)となりて登上(とうじやう)す尊氏(たかうぢ)細川 定(でう)
禅を三井寺に遣(つかは)し叡山を責(せめ)
んとす官軍(くわんぐん)新田(につた)北畠(きたはたけ)宇都宮(うつのみや)
等 律師(りつし)定禅(でうせん)を討(うた)んと三井寺へ押(おし)
寄(よす)る千葉新介は千 余騎(よき)にて正月
十六日 宵(よい)より志賀(しが)の里に陣(ぢん)どり翌(よく)
朝(てう)諸軍(しよぐん)に先立(さきたち)一二の木戸を攻破(せめやふ)
り多勢(たせい)の中へ切て入り兜首(かぶとくび)二ッ打(うち)
取(と)り半時ばかり戦(たゝか)ひて一と足(あし)も引ず
討死(うちしに)して世に勇名(ゆうめい)をあらはしぬ
【左ページ下段】
千葉(ちばの)新介(しんすけ)氏胤(うぢたね)
人しれ
ず
いつ
しか
おつる
涙川(なみだがは)
あふせに
かへて
名(な)をながすとも
【右ページ・上段】
足利義詮(あしかゞよしのり)公は尊氏(たかうぢ)の嫡男(ちやくなん)にて二代
将軍(せうぐん)也/武威(ぶゐ)を四海(しかい)にしめし給ひまた
和歌に名高く貞治(ていぢ)三年卯月
住吉(すみよし)に参詣(さんけい)あり道(みち)すがら江口の里(さと)
に舟(ふね)をとゞめ西行(さいげう)のふることを思ひ出て
〽をしみしもをしまぬ人もとゞまらぬ
かりのやどりにひとよねましを
長柄(ながら)にいたり古(ふる)き橋(はし)の跡杭(あとくい)など見て
〽くちはてしながらの橋(はし)のながらへて
けふにあひぬる身ぞふりにける
天王寺(てんわうじ)に詣(まうで)て亀井(かめゐ)の水をながめて
〽よろづ代をかめ井の水に結(むす)びおきて
ゆくすゑながくわれもたのまむ
住吉(すみよし)にいたり四/社(しや)の神殿(しんでん)を拝(はい)して
〽よもの海(うみ)ふかきちかひやひのもとの
民(たみ)もゆたかに住よしのかみ
和哥(わか)の道(みち)を守(まも)り給ふ神徳(しんとく)を感(かん)じて
〽神代より伝へつたふる敷嶋(しきしま)の
みちに心もうとくもあるかな
【右ページ・下段】
足利義詮公(あしかがよしのりこう)
いはし水
た
え
ぬ
流(なが)れを
くみてしる
ふかき恵(めぐみ)ぞ
代々(よよ)にかはらぬ
【左ページ・上段】
細川和氏(ほそかはかずうぢ)は細川八郎太郎 公頼(きんより)の
子也 延元(えんげん)元年三井寺 合戦(かつせん)の後 尊氏(たかうぢ)
毎度(まいど)戦ふごとに利(り)を失(うしな)ひ都(みやこ)にも足(あし)
をとゞめがたく播磨路(はりまぢ)に落(おち)けるを正成(まさじげ)
義貞(よしさだ)追討(おひうち)にしければ尊氏 直義(たゞよし)兄(けう)
弟(だい)兵庫(ひやうご)へ退(しりぞ)き防(ふせ)ぎけるに九州勢足
利へ加勢(かせい)するといへども悉(こと〴〵)く敗軍(はいぐん)して
今は詮方(せんかた)なく足利(あしかゞ)兄弟兵庫の魚(うを)
御堂(みどう)におゐて自害(じかい)せん覚悟(かくご)なりしを
細川和氏しきりに是(これ)を諫(いさ)めて辛(から)う
じて舟(ふね)に取乗(とりの)り筑紫(つくし)のかたに赴(おもむ)く
尊氏(たかうぢ)播磨潟(はりまがた)を見て
〽いまむかふかたは明石(あかし)の浦(うら)ながら
まだはれやらぬわがおもひかな
是を聞(きい)て和氏(かずうぢ)此哥を詠(えい)じて心を
なぐさめ九州に落(おち)延(の)び再(ふたゝ)び大軍に
て上(のぼ)り先敗(せんはい)の恥辱(ちゞよく)をすゝぎ足利の
代(よ)となせしは此和氏が功(こう)なりけり
【左ページ・下段】
阿波将監和氏(あはのしやうげんかずうぢ)
武士(ものゝふ)の
これや
限(かぎ)り
の
をり〳〵
も
忘(わす)れざりにし
敷嶋(しきしま)のみち
【右頁上段】
左馬頭基氏(さまのかみもとうぢ)は尊氏 将軍(せうぐん)の三男に
して貞和(ていわ)五年十月 兄(あに)義詮(よしのり)公は京都(けうと)
の政事(せいじ)を執行(とりをこな)ひ弟(おとゝ)基氏は鎌倉(かまくら)に下(くだ)
りて関東(くわんとう)のまつりごとをつかさどる畠山(はたけやま)入
道 道誓(どうせい)と謀(はかり)て新田(につた)の一 族(ぞく)を探求(さぐりもとめ)
義興(よしおき)を武州にて討(うち)鎌倉(かまくら)を治(をさ)む尊
氏 直義(たゞよし)睦(むつみ)かりしころ関(くわん)八州を直義に与(あた)
へ基氏を猶子(ゆうし)として鎌倉(かまくら)におき京都
静(しづか)ならざる時は関東(くわんとう)より兵(つはもの)をのぼせ天
下をしづむべきことに定(さだ)め置(おき)し也其後
尊氏直義 逝去(せいきよ)してより義詮(よしのり)基氏
の心をうたがひ打とけず基氏(もとうぢ)此ことを愁(うれ)
ひ病(やま)ひに臥(ふし)ても医薬(いやく)を用(もち)ひずはやく
死(し)して兄(あに)の心を安(やす)からしめんと死(し)すこと
を願(ねが)へり貞治(ていぢ)六年関東の宮方(みやがた)起(おこ)
る故(ゆゑ)基氏 川越(かはこへ)を攻(せめ)んと欲(ほつ)すれども
病(やまひ)あるゆゑ一子 金王丸(きんわうまる)を名代(めうだい)として
発向(はつかふ)せしめその跡(あと)にて卒去(そつきよ)す歳(とし)
二十八 瑞泉寺殿(ずいせんじどの)と号(がう)す
【右頁下段】
左馬頭基氏(さまのかみもとうぢ)
靏(つる)が岡(おか)
木(こ)
高(たか)
き
松を
吹風(ふくかぜ)の
雲井(くもゐ)にひゞく
万代(よろづよ)の声(こゑ)
【左頁上段】
佐々木(さゝき)道誉(どうよ)義詮(よしのり)将軍を守護(しゆご)して
都(みやこ)にありけるに南方(なんはう)より楠正儀(くすのきまさのり)不意(ふい)に
京(けう)に攻上(せめのぼ)り御所(ごしよ)を取囲(とりかこみ)ければ義詮公
没落(ぼつらく)し給ふ此時 道誉(どうよ)も都を落(おち)けるが
我(わが)宿所(しゆくしよ)にさだめて敵(てき)の大将入 移(うつら)んと大(だい)
紋(もん)の幕(まく)を張(は)り畳(たゝみ)を新(あたら)しく敷(しき)かへ床(とこ)に王(わう)
義之(ぎし)の軸物(ぢくもの)を掛(かけ)一ㇳ間(ま)には沈(ぢん)の枕(まくら)に純子(どんす)【「鈍」の誤記】
の宿直(とのゐ)ものを取副(とりそへ)ておき十二 間(けん)の遠侍(とほさむらひ)には
魚鳥(ぎよてう)を取(とり)ならべ三 石入(ごくいり)の大 瓶(がめ)に酒(さけ)を湛(たゝ)へ
斯(かく)とりそろへ遁世者(とんせいじや)二人 留(とゞめ)おきて誰(たれ)にて
も此 宿所(しゆくしよ)に入来らんものに一 献(こん)進(すゝ)めよと
巨細(こさい)に申おきけり程(ほど)なく楠正儀入来
りしに遁世者(とんせいじや)右のわけを申 迎(むかひ)入ければ
正儀(まさのり)是をきゝ恨(うらみ)ある当敵(たうてき)なれば火(ひ)を
かけ焼(やき)すてべきなれど此 式(しき)を感(かん)じ庭(には)の
木一本も損(そん)ぜず畳(たゝみ)をも汚(よご)さず還(かへり)て居間(ゐま)
に秘蔵(ひそう)の鎧(よろひ)と太刀一 振(ふり)をおき良等(らうどう)一人 止(とゞ)
め礼を厚(あつ)くして道誉(どうよ)に返(かへ)しけり戦国(せんごく)に
も両将(りやうせう)の礼を崩(くづ)さぬを皆(みな)感(かん)じけるとなん
【左頁下段】
佐渡判官道誉(さどのはんぐわんどうよ)
さだめなき
世(よ)を
うき
鳥(とり)の
みがく
れて
下やす
からぬ
思(おも)ひ
なりけり
【右頁上段】
北畠 源大納言親房(げんだいなごんちかふさ)卿ははじめ伊勢(いせ)
にありて南朝(なんてう)無二(むに)の御 味方(みかた)なり文武
とも衆(しゆう)に越(こへ)数度(すど)の戦場(せんじやう)に勝利(せうり)を
得(え)ぬことなし南帝(なんてい)の皇子(わうじ)宗良親(むねよししん)
王(わう)遠州(ゑんしう)より吉野(よしの)に入給ふを親房
より訪(と)ひ奉り菖蒲(あやめ)に添(そへ)て此
歌を奉りければ宗良(むねよし)親王 返哥(へんか)に
〽ふかき江もけふぞかひあるあやめ草(ぐさ)
きみが心にひくとおもへば
親房卿 常陸(ひたち)にありて軍務(ぐんむ)に隙(いとま)な
き折(をり)からなれど神皇正統記(しんわうせうとうき)五巻を
作(つく)り吉野へ献(けん)ず吉野御所に行宮(ぎやうくう)
殿閣(でんかく)なく月卿雲客(げつけいうんかく)昇進(しやうしん)除目(ぢもく)の式目(しきもく)
殆絶(ほとんどたえ)んとす親房卿 常陸国(ひたちのくに)小田の
城(しろ)に居(きよ)して職原抄(しよくげんしやう)二巻を書(かき)又吉
野へ献(けん)ずこれにて百 官(くわん)位職(ゐしよく)皆(みな)掌(たなごゝろ)
を指(さす)がごとし末代(まつだい)に至(いた)りて帝都(ていと)の亀鑑(きがん)
とす両書(りやうしよ)とも文書(ぶんしよ)一巻 引(ひく)ものなく
して著(あらは)すその博学(はくがく)これにてしるべし
【右頁下段】
北畠(きたはたけ)准后(じゆごう)親房(ちかふさ)
わきて
たが
頼(たのむ)
心の
深(ふか)き江に
ひける菖蒲(あやめ)ぞ
根(ね)とはしらなん
【左頁上段】
高播磨守(かうのはりまのかみ)師冬は鎌倉(かまくら)基氏の
執権(しつけん)となり貞和(ていわ)五年五月 軍(ぐん)
兵(べう)を催(もよほ)し常陸(ひたち)小田の城(しろ)を攻(せむ)る
南朝方(なんてうがた)いきほひ強(つよ)しといへども師冬
方へかへり忠(ちう)のものありて開城(かいじやう)に及(およ)び
ければかの国を切(きり)なびけ師冬 上杉(うへすぎ)
憲顕(のりあき)と共(とも)に基氏(もとうぢ)を補佐(ほさ)して
かまくらの執権(しつけん)たり観応(くわんおう)元年
基氏(もとうじ)と不和(ふわ)になり甲州(かうしう)に立(たち)さる
管領(くわんれい)は憲顕(のりあき)一人となり師冬は
甲州 伴野村(ばんのむら)栖渓(すさは)の城(しろ)において
上杉能憲(うへすぎよしのり)と戦(たゝか)ふ信州 諏訪(すは)の
祝部(はふり)寄手(よせて)に加(くはゝ)り六千 余騎(よき)三
日三夜 息(いき)をもつかせず攻(せめ)ければ
城中(ぜうちう)労(つか)れ後詰(ごづめ)のたよりもなく
師冬 術計(じゆつけい)つき果(はて)て最期(さいご)の
一 戦(せん)はな〴〵しく敵(てき)を悩(なや)まし
腹(はら)一 文字(もんじ)にかき切(き)りて勇名(ゆうめい)
を世にのこしける
【左頁下段】
初秋(はつあき)は
まだ
長(なが)
からぬ
夜半(よは)なれば
明(あく)るやをしき
星合(ほしあひ)のそら
高階師冬(たかしなもろふゆ)
【右頁上段】
武田伊豆守(たけたいづのかみ)信武は新羅(しんら)三郎
の末(すゑ)武田の正統(せうとう)にて初(はじめ)信氏(のぶうぢ)と言
尊氏(たかうぢ)将軍(せうぐん)へ忠勤(ちうきん)の武士(ものゝふ)なり
延文(えんぶん)三年四月廿九日 尊氏(たかうぢ)薨(こう)じ
給ふ御子 義詮(よしのり)南方(なんほう)の敵(てき)と戦(たゝか)ひ
凱陣(かいぢん)して間(ま)もなきことゆゑ不幸(ふこう)を
なげき愁(うれ)ひにしづみたる折(をり)から信
武 剃髪(ていはつ)して〽梓弓の哥を詠(えい)
じければ義詮(よしのり)涙(なみた)にむせび
〽袖(そで)の色(いろ)かはるときけば旅衣(たびころも)
たちかへりてもなほぞつやけき
かく詠(えい)じ歎(なげ)きの中へ勅使(ちよくし)下りて尊
氏へ贈(ぞう)左大臣 従(じゆ)一位の號(おくりな)を賜(たまは)り
ければ義詮 則(すなはち)和歌にて勅答(ちよくたふ)す
〽かへるべき道(みち)しなければ位(くらゐ)山
のぼるにつけてぬるゝそでかな
始終(しじう)勅使(ちよくし)も聞召(きこしめし)て哀(あはれ)をもよ
ほし此よし奏聞(そうもん)ありければかぎり
なく叡感(えいかん)あられしといふ
【右頁下段】
梓弓(あづさゆみ)
もとの
すがたは
引(ひき)
かへ
ぬ
入(いる)べき
山の
かくれ家(が)もなし
武田信武(たけだのぶたけ)
【左頁上段】
氏清(うぢきよ)は山名 時氏(ときうぢ)の子にて武勇(ぶゆう)の人也
南朝(なんてう)の討手(うつて)に命(めい)ぜられ応安(おうあん)元年(ぐわんねん)
より十二年 河内(かはち)紀伊(きい)に向(むかつ)て戦労(せんらう)を
つくしければ八 幡(まん)どのゝ例(れい)に比(ひ)すとて陸奥(むつの)
守(かみ)に任(にん)ぜらる明徳(めいとく)元年十月氏清
宇治(うぢ)の別荘(べつさう)紅葉(もみぢ)盛(さか)りなれば将軍(せうぐん)
を招請(てうしやう)す日 限(げん)を定(さだ)め御 成(なり)の催(もよほ)し
ありけるに氏清の一 族(ぞく)満幸(みつゆき)偽(いつはり)て謀(む)
反(ほん)をすゝめける故 約(やく)を違(たが)へて病気(びやうき)と号(がう)
し参(まい)らず将軍(せうぐん)宇治より空(むなし)く還御(くわんぎよ)
ありて立腹(りつふく)なのめならず氏清是より
反(そむき)て旗(はた)を上(あげ)八幡山に陣取(ぢんとり)消息(せうそこ)の
序(ついで)に妻(つま)のかたへ此哥を送(おく)りけるに其返(そのかへし)に
〽よしさらば死出(しで)の中道(なかみち)へだつとも
むつのちまたによりもあはなん
氏清 強勇(がうゆう)なりといへども諸所(しよ〳〵)の戦(たゝかひ)に味(み)
方(かた)敗軍(はいぐん)し其身(そのみ)も一色(いつしき)が為に討死(うちしに)す辞世(じせい)
〽とり得ずはきえぬと思へあずさ弓(ゆみ)
引てかへらぬみちしばのつゆ
【左頁下段】
山名氏清(やまなうぢきよ)
さてもその
ありしばかりを
限(かぎ)り
と
も
しらで別(わか)るゝ
我(われ)ぞはかなき
【右頁上段】
斯波(しば)治部大輔(ぢぶのたいふ)義将(よしまさ)は尾張守(をはりのかみ)入
道 道朝(どうてう)の男也二 条(でう)勘(か)ケ(て)由小路(のこうぢ)武衞(ぶゑい)
の陣(ぢん)に居(きよ)す仍(よつ)て武衞家(ぶゑいけ)と号(ごう)す天下
三 職(しよく)の一人也 永徳(えいとく)二年 従(じゆ)四位下左兵
衛 督(かみ)に任(にん)ず文和(ぶんわ)二年七月 越中(ゑつちう)に
桃井(もゝのゐ)直和(なほかず)将軍の命(めい)に随(したが)はざれば
義将(よしまさ)彼國(かのくに)に走(はせ)向(むか)ッて数度(すど) 戦(たゝか)ひて
これを誅戮(ちうりく)し是(これ)より越中に陣(ぢん)を
張(は)ること九ヶ年 應永(おうえい)六年大内
義弘(よしひろ)野心(やしん)につけ氏清の二男 満(みつ)
氏(うぢ)等 蜂起(ほうき)して乱(らん)に及(およ)ぶ此とき義将
即日(そくじつ)走(はせ)向(むか)ッて堺(さかひ)をしづめて軍(いくさ)を
をさむ三代 義満(よしみつ)公の治世(ちせい)永和(えいわ)に
菊地(きくち)を攻(せめ)又は鎌倉(かまくら)の満氏 叛(そむ)き
明徳(めいとく)に山名一 類(るい)應永(おうえい)二年 小(せう)
貮(に)大友 千葉(ちば)謀反(むほん)同六年には
堺(さかひ)乱(らん)その後(ご)飛騨(ひだ)の国に藤尹(とうのたゞ)
䌫(とも)に至(いた)るまで義将 執事(しつじ)とな
りて軍馬(ぐんば)の労(ろう)多(おほ)し
【右頁下段】
斯(し)波(ば)義(よし)将(まさ)【注】
春(はる)はなを
咲(さき)ちる
花(はな)の
中に
落(おつ)る
吉野(よしの)の
瀧(たき)も
波(なみ)や
そふらん
【左頁上段】
相模守(さがみのかみ)清氏(きようぢ)は和氏(かずうぢ)の長子(てうし)なり
文和(ぶんわ)二年 山名(やまな)時氏 其子(そのこ)師氏(もろうぢ)と
謀反(むほん)して南朝(なんてう)方(がた)となり伯耆國(はうきのくに)
を打立(うちたち)南方(なんばう)と諜(てう)じ合(あは)せ京都(きやうと)へ
攻(せめ)上(のぼ)りければ防(ふせ)ぐ事あたはず北帝(ほくてい)
を伴(ともな)ひ奉り義詮(よしのり)東国へ落(おち)ける
に敵(てき)追(お)ひ来(きた)ること烈(はげ)しく防(ふせぎ)かねける
を清氏 力(ちから)を添(そ)へ北帝(ほくてい)を背(せ)に負(お)
ひ奉りて美濃国(みのゝくに)垂井(たるゐ)に遁(のが)れて
皇居(くわうきよ)を造(つく)る延文(ゑんぶん)四年十月 仁(につ)
木頼章(きよりあきら)卒(そつ)して細川(ほそかは)清氏 武(ぶ)
家(け)執権(しつけん)となる南方 龍泉寺(りうせんじ)の
城(しろ)を攻落(せめおと)し後(のち)畠(はたけ)山 道誓(どうせい)と中
よからず都(みやこ)を退(しりぞ)き一たび阿波国(あはのくに)に
赴(おもむ)き四国を治(をさ)む佐々木 道誉(どうよ)とも
不和(ふわ)になり讒臣(ざんしん)の為 義詮(よしのり)公に
不興(ふけう)をうけ一たび南朝(なんてう)方(がた)となり
後(のち)同姓(どうせい)右馬頭(うまのかみ)頼之(よりゆき)が為に討(うち)死(しに)
して果(はて)ぬ
【左頁下段】
源(みなもとの)清(きよ)氏(うぢ)
音(おと)だにも
秋(あき)には
かは
る
時雨(しぐれ)
かな
木(こ)の葉(は)
ふりそふ
冬(ふゆ)や
きぬらん
【注 「義将」の読みは「よしゆき」が正】
【右頁上段】
大内(おほち)左京(さきやうの)大夫(だいふ)義弘(よしひろ)は従四位(じゆしゐ)上
に任(にん)じ周防(すはう)長門(ながと)豊前(ぶぜん)石見(いはみ)四ヶ
二年 内野(うちの)合戦(かつせん)にめさましき功名(こうめう)
を現(あらは)せしによのその勧賞(かんしやう)に和泉(いづみ)
紀伊(きい)にも領地(れうち)を給はり同三年
南北朝(なんぼくてう)の御 和睦(わぼく)を調(とゝの)へ皇孫(こうそん)一
統(とう)のことをはかり五十六年の間(あいだ)の
鉾楯(むじゆん)をとり結(むす)び南帝(なんてい)を嵯峨(さが)
大覚寺(だいかくじ)にうつし奉り三種(しゅ)の神宝(しんほう)
を再(ふたゝ)び京都へ帰入(きにう)し奉る此賞(しやう)
に豊前(ぶぜんの)国(くに)を給はり従上(じゆしゃう)となる和歌を
よくして新拾遺(しんしうゐ)に入ル應安(おうあん)五年今
川了俊(れうしゆん)九州 探題(たんだい)として下向の時菊(きく)
地(ち)以下(いか)の南朝方 了俊(れうしゆん)を討(うた)んとせし
を義弘 加勢(かせい)して是を救ひ富(とみ)極く
奢侈(しやし)となり天道 満(みつ)るを缺(かく)の道理(どうり)
なる歟(か)應永(おうえい)六年何の故もなきに謀(む)
反(ほん)を企(くはだ)て堺浦(さかいうら)合戦(かつせん)に戦死(せんし)す
【右頁下段】
さなへかな
袖(そで)にもとる
ほさぬ
に
雨(だれ)
月(み)
五(さ)
早田(わさだ)の
ふるの
ひかずのみ
大内介(おほちのすけ)義弘(よしひろ)
【左頁上段】
篠川(しのかは)右衛門督(ゑもんのかみ)持仲(もちなか)は鎌倉(かまくら)新御堂’(しんみどう)
満隆(みつたか)の子(こ)なり応永(おうえい)廿三年 前(さき)の執(しつ)
事(じ)上杉 氏憲(うじのり)入道 犬懸(いぬかけ)禅秀(ぜんしう)管領(くわんれい)
持氏(もちうぢ)の不興(ふけい)を蒙(かうふ)りて蟄居(ちつきよ)してゐたり
しが持氏の仁恵(じんけい)なきを恨(うら)み持氏の
舎弟(しやてい)満隆(みつたか)をすゝめ逆意(ぎやくい)を企(くはだ)て
関(くわん)八州へ早馬(はやうま)を走(はせ)て味方(みかた)を集(あつむ)るに
直(たゞち)に十万 余(よ)の勢 集(つど)ふこれ執事(しつじ)の
判物(はんもつ)にては急(きう)に走付(はせつく)べき法(ほう)あるが
ゆゑ也此大 軍(ぐん)にて持氏の御所(ごしよ)を夜中(やちう)
に取囲(とりかこ)む持氏 忍(しの)びて豆州(づしう)走湯(そうとう)山へ
遁(のが)れ此 由(よし)京都へ注進(ちうしん)しければ将軍ゟ
関東(くわんとう)の武士へ御教書(みぎやうしよ)を給はりければ即(そく)
時(じ)に大軍 集(あつま)り犬懸(いぬかけ)と新御堂(しんみどう)を攻め
けるに防(ふせぐ)ことあたはず禅秀(ぜんしう)親子 滅亡(めつぼう)に
及び満隆(みつたか)も自害(じがい)し給ひければ持仲は
此 謀反(むほん)の企(くはだ)てはしり給はねど残(のこり)とゞまる
べきにあらねば最期(さいご)の辞世(じせい)にこの哥
をのこし腹(はら)かき切(きつ)てはて給ひぬ
【左頁下段】
篠川(しのかは)持仲(もちなか)
咲(さく)く時(とき)は
花(はな)の
数(かず)
には
入ら
ねども
散(ちる)には
もろき
山桜(やまさくら)かな
【右頁上段】
義勝(よしかつ)公は義教(よしのり)公の長子(てうし)にて母は
裏松(うらまつ)左府(さふ)重光(しげみつ)公の女なり義教公
赤松(あかまつ)満祐(まんゆう)が為に御 他界(たかい)ありければ
八 歳(さい)にて将軍 宣下(せんげ)ありてより山
名細川 守護(しゆご)となりて播州(ばんしう)白旗(しらはた)の
城に押(おし)よせ逆敵(ぎやくてき)赤松を滅(ほろぼ)し六条(でう)
河原(かはら)に掛(かけ)させられ御 幼年(ようねん)なれど武(ぶ)
術(じゆつ)稽古(けいこ)怠(おこた)りなく太刀打(たちうち)兵法(へいほう)馬術(ばじゆつ)
等(とう)日 毎(ごと)に行(おこな)はせ給ふ其ころ出雲(いづも)より
名馬(めいば)を献(けん)じければ是に召(めし)給ふに一 乗(でう)兼(かね)
良(よし)公 諫(いさめ)を入れて名馬(めいば)彼国(かのくに)より出ること
先例(せんれい)よろしからずと申し御 馬術(ばじゆつ)を止(とゞ)め申せど
も御 聞入(きゝいれ)なく嘉吉(かきつ)三年七月廿一日 馬場(ばば)
に責馬(せきば)二三 返(べん)のらせられける所此馬 俄(には)に
躍(をどり)て駈(かけ)出しければ御 落馬(らくば)ありて急(きう)
所(しよ)を打給ひけるにや御ん悩(なやみ)はなはだし
く此哥を辞 世(せい)としてのこし給ひぬ
御とし十 歳(さい)にて薨(こう)じ給ひぬ天下の
人をしまぬはなかりしといふ
【右頁下段】
足利(あしかゞ)義勝(よしかつ)公
咲(さき)きてこそ
人も盛(さか)り
は
見(み)る
べき
に
あなうら
やまし
朝貌(あさがほ)の
はな
【左頁上段】
伊達(だて)光録(くわうろく)卿(けい)政宗は山陰(やまかげ)中納言(ちうなごん)
九代の孫 弾正(だんぜうの)少弼(せうひつ)宗遠(むねとほ)の嫡男(ちやくなん)に
て文武に秀(ひいで)給ふ将なり南朝(なんてう)紀伝(きでん)
に鎌倉(かまくら)満兼(みつかね)の舎弟(しやてい)を陸奥(みちのく)の
管領(くわんれい)として篠(しの)川の城(しろ)に下向(げかう)ありて
篠(しの)川の御所(ごしよ)と称(しやう)す然(しか)るに伊達(だて)
の入道を軽(かろ)しめたるよしにて礼式(れいしき)の
薄(うす)きを心よからず思ひ下知(げち)に応(おう)
ぜず是によつて鎌倉(かまくら)より右衛門佐(ゑもんのすけ)氏(うぢ)
憲(のり)大軍(たいぐん)を引率(いんそつ)して陸奥(みちのく)赤館(あかだて)に
おいて合戦(かつせん)に及ぶ伊達(だて)勢(せい)強(つよ)して上
杉勢 敗軍(はいぐん)して引退(ひきしりそ)くかさねて鎌倉(かまくら)
より大軍 加(くわゝ)り戦ひに及(およ)ぶといへども
九月五日 和睦(わぼく)となる此時政宗 山家(さんかの)
雪(ゆき)の題(だい)にて此歌を詠(えい)じ敵陣(てきぢん)に
送(おく)りしといふまた山家の霧(きり)の題(だい)
にも哥あり
〽やまあひのきりはさながら海(うみ)に似(に)て
なみかときけば松風のおと
【左頁下段】
伊達(だて)大膳太夫(だいぜんのだいぶ)
なか〳〵に
九十(つゞら)折(をり)
なる
道(みち)
た
えて
雪(ゆき)に隣(となり)の
近(ちか)き山里(やまざと)
【右頁上段】
春王(しゆんわう)丸 安王(あんわう)丸は鎌倉(かまくら)の公方 持氏(もちうぢ)の
二 男(なん)三男なり永享(えいきやう)十一年御 父(ちゝ)持氏 亡(ほろ)
び給ひし後(のち)良等(らうどう)ども落(おと)しまゐらせ日
光(くわう)山の奥(おく)に忍(しの)ばせ置(おき)しに結城(ゆうき)七郎 氏(うじ)
朝(とも)迎(むか)ひ取(とつ)て結城(ゆうき)の城(しろ)にいれまゐらせければ此
よし京都へ聞(きこ)へて大軍を発(はつ)し攻(せむ)るといへ
ども城(しろ)の要害(ようがい)はよし氏朝 父子(ふし)勇(ゆう)を震(ふるつ)
て防戦(ぼうせん)しければ寄手(よせて)攻落(せめおと)すことを得ず
三年までは籠城(ろうぜう)に及(および)けれどもあら手
を入かへ〳〵責(せめ)めければ終(つひ)に嘉吉(かきつ)元年四月
十二日 落城(らくじやう)に及び春王安王をも奥州(おうしう)
まで落(おと)さんと計(はかり)けれども運拙(うんつたな)く生捕(いけとら)れ
道中(どうちう)警固(けいご)きびしく古郷(ふるさと)かまくらを通(とほ)りし
時御父持氏公 自害(じがい)し給ひし永安寺(えいあんじ)を
御 輿(こし)の内より手を合(あは)せ拝(おがみ)給ひしを見て
かまくら中のもの泣(なか)ぬ者(もの)はなかりしとかや
それより日を経(へ)て遠州(ゑんしう)菊(きく)川の宿(しゆく)
につきけるに此所は元弘(げんこう)年中 俊基(としもと)卿
囚(とらは)れ給ふとき一首の歌(うた)を宿(やど)のはし
【左頁上段】
らにかきおかれける
〽 いにしへもかゝるためしをきく川の
おなじ流(なが)れに身をやしづめん
これを見て承久(しやうきう)といひ元弘(げんこう)といひ
あはれをかさねし所(ところ)なり今は我身(わがみ)の
うへとなりしと春王丸 筆(ふで)を染(そめ)て
〽 いまも又なほうきことをきく川の
瀬々(せゞ)のおもひに沈(しづ)むはかなさ
夫(それ)よりも日数(ひかず)つもりて美濃国(みのゝくに)青野(あをの)が
原(はら)に着(つき)し時京都将軍の命(めい)にて誅(ちう)
すべき由(よし)にて検使(けんし)荻野(おぎの)三河入道下り
ければ今は詮方(せんかた)なく垂井(たるゐ)の金蓮寺(こんれんじ)へ入れ
奉り御 生害(せうがい)をすゝめ申せば二人ともわるびれ
もせず父の最期(さいご)の御 供(とも)におくおくれ爰(こゝ)にて
果(はて)るも因果(いんぐわ)不昧(ふまい)の理(ことわり)にて歎(なげく)べきにあ
らずと心しづかに念仏(ねんぶつ)して兄弟(けうだい)とも此歌
を辞世(じせい)にのこし自害(じがい)して果(はて)給ふは哀(あは)れはか
なきことども也 春(しゆん)王丸十三才 安(あん)王丸十一
才 嘉吉(かきつ)元年四月廿六日のことなりけり
【右頁下段】
春王丸(しゆんわうまろ)
よろこびの
世(よ)に
あふ
み
とは
なりも
せで
青野(あほの)がはらの
露(つゆ)ときえまし
【左頁下段】
安王丸(あんわうまろ)
あひ川や
袖(そで)を
ひた
して
行(ゆく)
さきも
たる井の
露(つゆ)と消(きえ)や
はてなん
【右頁上段】
上杉(うえすぎ)憲実(のりざね)はかまくら持氏(もちうぢ)公の執権(しつけん)た
りしが持氏公は京都将軍 義量(よしかず)公御 早(さう)
世(せい)の後(のち)御 跡目(あとめ)をも継(つが)せらるべきとの御 沙(さ)
汰(た)もありしがば御心 悦(よろこび)の所 義教(よしのり)公 継(つぎ)た
まひければ持氏 本意(ほんい)を失(うしな)ひ面目(めんぼく)なく
思して京都を攻(せめ)んと議(ぎ)せられけるを憲(のり)
実(ざね)是を諫(いさめ)ることしきりなれば持氏 怒(いか)ら
せられ憲実(のりざね)を討(うた)んと計(はかり)給ふゆゑぜひなく
伊豆(いづ)の国(くに)へ身を退(しりぞ)く持氏 益(ます〳〵)反逆(ほんぎゃく)あるに
仍(より)て京都ゟ討手(うつて)来って持氏父子とも亡(ほろ)び給ひ
鎌倉四代九十年の繁昌(はんじやう)一 時(じ)に滅却(めつきやく)す
憲実(のりさね)かはりゆく世(よ)を観(くわん)じ出家して長棟(てうとう)
禅門(ぜんもん)と号(がう)し行脚(あんぎや)となりみの垂井(たるゐ)にて
水相観(すいさうくわん)の心にて此歌はよめり又 河内(かはち)の国
金剛山(こんがうせん)の奥(おく)に草庵(さうあん)を結(むす)び戸板(といた)に書(かき)て
〽 かつらきやよそにぞ見てし岑(みね)のくも
たもとにわくる秋(あき)の夕ぐれ
此歌をのこし置(おき)て行方(ゆくへ)しれず足利(あしかゞ)の
学校(がくかう)に書(しよ)を蔵(をさめ)しは此人のなせる所也
【右頁下段】
上杉(うへすき)安房守(あはのかみ)
憲実(のりざね)
昔見(むかしみ)し
垂(たる)
井(ゐ)
の
水の
かはら
ぬに
写(うつ)れる
影(かげ)の
などかはるらん
【左頁上段】
大内(おふち)持世は大内介(おふちのすけ)教幸(のりゆき)の子に
て防長(はうてう)豊石(ぶせき)四ヶ国(こく)を領(りやう)し武勇(ぶやう)の
人なり正五 位(ゐ)にて年月 久(ひさ)しく過行(すぎゆき)
父祖(ふそ)の叙任(じよにん)四位の階(かい)にのぼらざる
ことをなげきかこちて
〽をり〳〵に袖(そで)こそぬるれたらちねの
かしらにおきししゐしばのつゆ
此一 首(しゆ)を詠(えい)ぜられしに義教(よしのり)将軍(せうぐん)
ことのほか御 感(かん)ありて執奏(しつそう)なし給ひ
従(じゆ)い四位の下に叙(じよ)せられしとかや
詠哥(えいか)多(おほ)く新続(しんぞく)古今集(こきんしう)に
載(のせ)らるゝ其後(そのご)嘉吉(かきつ)元年六
月廿四日 赤松(あかまつ)満祐(まんゆう)謀反(むほん)を企(くはだ)て
義教(よしのり)将軍を弑(しい)し奉る持世も
其日(そのひ)御 供(とも)にてありしかば彼所(かしこ)にて
手いたく戦(たゝか)ひ深手(ふかで)を負(おひ)けれど
塀(へい)をのり越(こ)え立退(たちのき)しかども
疵(きず)養生(やうじやう)届(とゞ)かざるや七月八日
了(つひ)に落命(らくめい)す
【左頁下段】
大内(おふち)修理(しゆりの)大夫(だいぶ)持世’(もちよ)
さらぬだに
ほさぬ
袖師(そでし)
の
浦(うら)
千鳥(ちとり)
いかに
せよとて
寝覚(ねざめ)とふらむ
【右頁上段】
細川(ほそかは)勝元は武蔵守(むさしのかみ)持之(もちゆき)の嫡子(ちやくし)にて
智勇(ちゆう)兼(かね)たる大将也十六 歳(さい)の時より
管領職(くわんれいしよく)をつとめ政徳(せいとく)正(たゞ)しければ人
皆(みな)尊敬(そんけい)す然(しか)るに山名入道 宗全(そうぜん)と
確執(くわくしつ)に及(およ)び合戦(かつせん)数度(すど)にして都 動(どう)
乱(らん)す相国寺(そうこくじ)を預(あづけ)おきし安冨(やすとみ)民部(みんぶの)
丞(ぜう)元網(もとつな)我身(わがみ)に替(かは)りて討死(うちひに)せしを
悲(かな)しみ鎧(よろひ)の袖(そで)を干(ほし)もあへず此哥を
追慕(つひぼ)に手向(たむけ)なほ弔(とむらひ)合戦して敵(てき)
あまた打亡(うちほろぼ)すといへども諸国(しよこく)の軍勢 相(あひ)
加(くはゝ)り山名方十一万 余(よ)人細川方十六万
余(よ)ときこえし文明(ぶんめい)五年三月十九日山名
宗全(そうぜん)病死(べうし)しければ勝元(かつもと)方(かた)へ日々 勢(せい)の加(くはゝ)る
こと限(かぎ)りなき程(ほど)なりしに五月十一日勝元も重(てう)
病(べう)に侵(をか)されて卒去(そつきよ)せしかば頼(たのみ)をかけし
軍勢(ぐんぜい)ども思ひの外(ほか)に機(き)を損(そん)じ盲人(もうじん)の
杖(つえ)に放(はな)れしごとし味方(みかた)の内にはかなきを観(くわん)じてある人
〽いづくにか身(み)をもよせまししら雲(くも)の
たなびくみねもさだめねければ
【右頁下段】
細川(ほそかは)勝元(かつもと)
藻塩(もしほ)草(くさ)
かくとは
たれか
しら
露(つゆ)の
消(きえ)しに
つけて
ぬるゝ
袖(そで)かな
【左頁上段】
応仁(おうにん)の大 乱(らん)山名細川の大 軍(くん)都(みやこ)に
戦(たゝか)ひ爰彼所(こゝかしこ)より兵火(へうくわ)盛(さかん)に起’(おこ)り
【右頁上部】
安富(やすとみ)九郎は安富 民部(みんぶ)元綱(もとつな)の弟(おとゝ)なり
応仁(おうにん)元年九月十九日山名 宗全(そうぜん)味方(みかた)
十一万六千の勢(せい)を七手に押分(おしわけ)細川方
に籠(こもり)し所を諸所(しよ〳〵)攻(せめ)ける折(をり)から相国寺(そうこくし)
の出城(でじろ)には安富民部丞七百 余騎(よき)に
て籠(こも)り戦(たゝかひ)数度(すど)に及(およ)へとも勝敗(しようはい)更(さら)に決(けつ)
せざるに城中 心変(こゝろかわり)の者(もの)ありて小屋に火(ひ)
をかけければ寄手(よせて)力(ちから)を得(え)て込(こみ)入しかば
味方 過半(くわはん)討死(うちじに)す安富九郎も此中に
ありしが十六 歳(さい)の美男(びなん)にて日比(ひころ)兄弟の
約(やく)をなし情(なさけ)を通(かよい)せし者(もの)あれば我(われ)討死(うちじに)
の跡(あと)にて歎(なげか)んと思ひ哀(あはれ)におぼへ袖下(そでした)の帛(きぬ)
を引切此歌をかき記念(かたみ)に送(おく)り兄(あに)民部
と共(とも)に敵の中へ割(わつ)て入討死す彼(かの)契(ちぎり)
し男も是を見て浅(あさ)からずかなしみ我
も泉下(せんか)に追(おい)つかんと乱軍(らんぐん)に切入り同じ
枕(まくら)に討死して同じ塚(つか)の苔(こけ)の下に
埋(うづも)れしこそあわれなることともなれ
【右頁下部】
安冨(やすとみ)九郎 元秀(もとひで)
夫(それ)までの
契(ちぎ)り
なり
しを
末(すゑ)
の
松(まつ)
波(なみ)
越(こ)さじ
とも
おもひ
けるかな
【左頁上部】
伊達(だて)兵部(ひやうぶ)少輔(しよういふ)成宗は曾祖父(そうそふ)
圓教(ゑんきやう)入 道(どう)より二代 上洛(じやうらく)中絶(ちうせつ)せしを
こゝろならず恐■寛正(くわんせう)三年の秋(あき)陸(みち)
奥(のく)より上洛す此ころは関東(くわんとう)には古河(こか)
方(がた)上杉(うへすぎ)がたとて両方(りやうほう)に分(わか)れ合戦(かつせん)止(やむ)
ときなくまた五畿内(ごきない)には畠(はたけ)山 正長(まさなが)
同 義就(よしなり)兄弟 鉾(ほこ)をあらそひて道(とう)
中(ちう)さらにおだやかならずかゝる騒(さわが)しき
戦国(せんごく)の中を恐(おそ)れず公方家(くばうけ)へ銀(ぎん)三
万 匹(びき)を献(けん)上して御目見えを申上る
義政(よしまさ)公 浅(あさ)からず思召(おぼしめし)鎧(よろひ)太刀(たち)その
外(ほか)種々(くさ〴〵)を賜(たまは)り大膳大夫(たいせんのたいふ)に任(にん)ぜら
れ下向(げかう)に及(およ)び名ごりををしみこの歌
を詠(えい)ぜしかは忽(たちまち)内裏(だいり)にも聞(きこ)え遠(をん)
国(ごく)のものゝふなれども優(やさ)しき心やと
ことの外(ほか)御感(ぎよかん)ありとかや斯(かゝ)る茨(いばら)の
如(ごと)く乱(みだ)れし世の道(だう)中を陸奥(みちのく)よ
り都(みやこ)へたやすく行通(ゆきかよ)ふことの智(ち)
勇(ゆう)押(おし)はかりてしるべし
【左頁下段】
伊達(だて)成宗(なりむね)
都(みやこ)出(いづ)る
名残(なごり)は
誰(たれ)
と
しらね
ども
ひかるゝとのみ
思ふ袖(そで)かな
【右丁上段】
畠山(はたけやま)伊豫守(いよのかみ)義就は持国(もちくに)入道
徳本(とくほん)の子なり徳本 始(はじ)め子なきが
ゆゑ舎弟(しやてい)持富(もちとみ)の子を養子(ようし)として
尾張守(おはりのかみ)政長(まさなが)と号(がう)し家督(かとく)たり
しが其後 徳本(とくほん)妾腹(せうふく)にこの義就(よしなり)
うまれしかば愛(あい)におぼれ家督(かとく)を又
義就(よしなり)に継(つが)せんと政長を憎(にく)むこと甚(はなはだ)
し是よりこと起(おこ)りて政長義就 兄(きう)
弟(だい)数年(すねん)弓矢(ゆみや)に及び争(あらそ)ひ止(やむ)とき
なし義就 将軍家(せうぐんけ)の首尾(しゆび)あしく
河内(かはち)の若江(わかえ)へ赴(おもむ)きしとき螺(ほら)が峠(とうげ)に
かゝり都(みやこ)をかへり見て此うたはよめり此
人将軍の御 勘気(かんき)を三 度(たび)蒙(かう?)りて
三度 免許(めんきよ)ありし人なり応仁乱(おうにんらん)に
山名 宗全(そうぜん)がた一 番(ばん)の味方(みかた)にして
洛中(らくちう)の大 合戦(がつせん)に政長の勢(せい)を
切なびけ七百 騎(き)を打 取(と)り敵(てき)
味方の耳目(じもく)をおどろかせし
人なり
【下段】
うかり ける
都(みやこ)に何(なに)の
情(なさけ)ありて
忘(わす)れ
ぬ
夢(ゆめ)
の
残(のこ)る
おもかげ
畠山(はたけやま)義就(よしなり)
【左丁上段】
大内(おほち)左京大夫 正弘(まさひろ)は贈(ぞう)三 位(ゐ)
教(のり)弘の子にして四ケ国(こく)の守(しゆ)
護(ご)なり応仁(おうにん)の乱(らん)にも名誉(めいよ)を
あらはし其名中国に鳴(な)れども
いまだ正五位下にて四位の叙階(じよかい)
を望(のぞま)れけれども小 折紙(をりかみ)むなし
く年月を歴(へ)けるほどに祖父(そふ)
持世(もちよ)のふることを思ひある時かこ
ちて此哥を詠(よみ)ければかたじけな
くも叡聞(えいぶん)に達(たつ)し則(すなはち)四位下
を勅許(ちよくきよ)ありなほ又長享元年
十二月 従上(しゆしやう)に昇(のぼ)る古(いにし)への兵庫(へうごの)
頭頼(かみより)政はしゐを拾(ひろ)ひてとよみ
て三位に叙(しよ)せられ正弘は折(を)る
ことかたきとよみて四 位(ゐ)に昇(のぼ)る
武勇といひ歌道(かどう)といひ頼(より)
政の再来(さいらい)にやと都鄙(とひ)かたり
つぎて皆(みな)感称(かんしやう)せしとかや
【下段】
大内(おほち)左京大夫(さきやうのだいふ)正弘(まさひろ)
たよりなき
外山(とやま)に
住(すみ)
て
下(しづ)
枝(え)をも
をることかたき
峯(みね)の椎柴(しひしば)
【右丁上段】
義植(よしたね)公は義視卿(よしみけう)の御子にて義政(よしまさ)
公の御 猶(ゆう)子となり義尚(よしひさ)公の後(のち)将
軍となり畠(はたけ)山 義豊(よしとよ)下知(げち)に応(おう)ぜ
ざるを御 誅伐(ちうばつ)の為 河内(かわち)へ下向(げかう)あり
て正覚寺(せうがくじ)に在陣(ざいぢん)の所(ところ)古 籏下(はたした)の将(せう)
細川 武蔵守(むさしのかみ)政元(まさもと)俄(にはか)に敵(てき)義豊(よしとよ)と
一 味(み)して将軍(せうぐん)を討(うち)奉らんと不意(ふい)に
御陣へおし寄(よせ)ければ義植(よしたね)公 軍利(ぐんり)を
失(うしな)ひ政元(まさもと)の為に厳(きび)しく押籠(おしこめ)られ
しに助(たすく)るものありて一ㇳまづ落(おち)のび西国
へ下向の折から厳嶋(いつくしま)有(あり)の浦(うら)にて
〽わがたのむ神(かみ)のめぐみのありの浦(うら)
ありしむかしにかへせしらなみ
また周防(すはう)の国(くに)都浜(みやこはま)にて
〽はまの名の都わすれな夕ぐれに
たつうら浪(なみ)もなくねそふらん
大内 義興(よしおき)を御たのみありて細川政元を
退治(たいぢ)せられ都にましませども御心の儘(まゝ)
ならず阿波(あは)の御所(ごしよ)に移(うつり)て此歌を詠ず
【下段】
日をそへて
袖(そで)の湊(みなと)も
せきあへず
身(み)を
知
る
あめの
うらの
みだれに
足利義植公(あしかゞよしたねこう)
【左丁上段】
大内義興(おほちよしおき)は父祖(ふそ)の跡(あと)を継(つぎ)四ヶ国を
領(りやう)し猶(なほ) 備後(びんご)安芸(あき)石見(いはみ)等に武威(ぶゐ)を
震(ふる)ひ諸国を敵(てき)となして十四年が間(あいだ)
策(はかりごと)をめぐらし都へ責(せめ)上り守護して
義植(よしたね)公を再(ふたゝ)び天下の武将(ぶせう)にそなへ
賢徳(けんとく)異国(ゐこく)までも聞(きこ)え歌道(かどう)にも
名(な)ありてよみ歌(うた)あまたの中に永正(えいせう)八
年の冬(ぶゆ)都にありて佳境(かきやう)に目を悦(よろこば)
しめ中にも比叡山(ひえいざん)のみねに雪(ゆき)をかさ
ねしはあづまの富士(ふじ)山にもまぎれず
眺望(てうもう)かぎりなくおぼえて
〽かくばかり遠(とほ)くあづまのふじのねを
今ぞみやこのゆきのあけぼの
此歌 堂上(どうしやう)にきこえてかたじけなく
も和答(わたふ)の詠(えい)を下されかつ又
天聴(てんてう)に達(たつ)し御製(ぎよせい)をたまはる
〽ゆきに見る山は富士(ふじ)のねことのはの
よゝにその名も雲(くも)のうへまで
【下段】
多々良(たゝら)
義興(よしおき)
うき
ふしも
かき
つけ
おかば
人や見ん
かゝるためしも
昔(むかし)ありきと
【右丁上段】
細川高国(ほそかはたかくに)入道常桓は義晴(よしはる)将
軍の管領(くはんれい)なれど同姓(どうせい)晴元(はるもと)と戦(たゝか)
ひ軍利を失(うしな)ひ播州の浦上掃部介(うらかみかもんのすけ)
をかたらひ再(ふたゝ)び摂州に責上(せめのぼ)りけれども
味方(みかた)の赤松正則(あかまつまさのり)敵方(てきがた)へ心を通(つう)じ
うら切(きり)しければ常桓 悉(こと〴〵く)打 負(まけ)終(つひ)に
大物(だいもつ)の広徳寺(くわうとくじ)にて切腹(せつふく)す最期(さいご)
に料紙(りやうし)を乞(こ)ひ義晴(よしはる)公へ
〽この海(うみ)の波(なみ)より高(たか)きうき名(な)のみ
よゝにたえせずたちぬべきかな
伊勢(いせ)の国司(こくし)へ
〽ゑにうつす石(いし)を作(つく)りし海山(うみやま)を
のちのよまでも目かれずぞ見ん
姉のもとへ
〽世の中に迷(まよ)ふてふことなきものを
まよひといへることの葉(は)はなに
〽なしといひの哥は辞世にのこせし也
常桓(ぜうくわん)の臣嶋村 弾正貴則(だんぜうたかのり)も此時入水
して果(はて)る此霊世にいふ嶋村蟹(しまむらかに)となる
【下段】
細川入道常桓(ほそかはにうどうじやうくわん)
なしといひ
ま
た
あり
と
いふ
ことの
葉(は)や
法(のり)のまこと
の心なるらん
【左丁上段】
【右頁上段】
太田 隠岐守(おきのかみ)隆道は大内(おゝふち)義隆(よしたか)の
清臣(しん)にて勇猛(やうまう)の人也天文二十年の春(はる)
陶(すへ)尾張守(をはりのかみ)隆房(たかふさ)隠居(いんきよ)と号(がう)し富(とみ)
田(た)に引籠(ひきこもり)けるを是 全(また)く反逆(ほんぎやく)の色(いろ)と
悟(さと)り冷泉(れいぜい)隆豊(たかとよ)天野(あまの)藤内(とうない)等(ら)と共(とも)
に大将(たいせう)義隆のまへに出て逆徒(ぎやくと)等
追伐(つひばつ)のため富田(とみた)へ夜討(ようち)をかけ陶(すへ)を
打取(うちとら)ん策(はかりごと)を申すといへども義隆(よしたか)闇愚(あんぐ)
にて承引(せういん)し給はへば歯(は)がみをなし大内
家(け)の運命(うんめい)傾(かたぶ)きしとき也と涙(なみ退だ)ながらに
引 退(しりぞ)き其後(そのご)山口 没落(ぼつらく)に千 悔(くわい)して
足(あし)ずりすれどもその詮(せん)なく義隆(よしたか)とゝも
に十三 騎(き)になるまで付そひ大将 生(しやう)
害(がい)のあひだ修羅(しゆら)のあれたるごとく戦(たゝか)
ひ防(ふせ)ぎ敵(てき)を討(うち)とること数(かず)しれず矢(や)
だねつき太刀 折(をれ)ければ今は是(これ)まで也
と此歌を辞世(じせい)として自害(じがい)して誉(ほまれ)
を末代(まつだい)にのこしぬ大内主従(しう〴〵)滅亡(めつぼう)は
天文(てんもん)二十年九月朔日(ついたち)のことなり
【右頁下段】
太田(おほた)隆道(たかみち)
秋風(あきかぜ)の至(いた)り
いたらぬ
山蔭(やまかげ)にのこる
もみ
ぢ
も
散ず
やは
ある
【左頁上段】
右田(みぎ)右京亮 多々羅(たゝら)隆次(たかつぐ)は義(よし)
隆(たか)の一 族(ぞく)也 義隆(よしたか)陶(すへ)がために山口を
■運(うん)かたぶきて長州(てうしう)大 寧寺(ねいじ)
まで落(おち)給に道(みち)に度々踏(ふみ)とゞまりて
敵(てき)を防(ふせ)ぎ義隆(よしたか)最期(さいご)の辞世(じせい)に
〽討(うつ)人もうたるゝ人ももろともに
如露(によろ)亦(やく)如電(によでん)応作(おうさ)如是観(によぜくわん)
右田もともに此うたを辞世(じせい)にのこし
大将の自害(じがい)の後(のち)も障子(せうじ)蔀(しとみ)な
ど焼(やき)草(くさ)を取(とり)かさね死骸(しがい)に火を
掛(かけ)よせくる敵(てき)を矢(や)だねのかぎり
射(い)たほし朋友(ほうゆう)天野(あまの)藤内(とうなゐ)黒(くろ)
川 隆像(たかかた)太田 隆道(たかみち)岡部(おかべ)隆(たか)
影(かげ)冷泉(れいぜい)隆豊(たかとよ)等とともに切(きつ)
先(さき)をそろへ切て出 敵(てき)をうつ事
かぎりもなく右の勇士(ゆうし)等と一 同(とう)
仏間(ぶつま)に列座(れつざ)し腹(はら)かき切り臓(はらわた)
を掴(つか)みいだし死(し)をいさぎよくして
名(な)を後代(こうだい)にのこしぬ
【左頁下段】
右田(みぎた)右京亮(うきようのすけ) 隆次(たかつぐ)
末(すゑ)の露(つゆ)本(もと)の
雫(しづく)にしるや
いかに
終(つひ)に
おく
れぬ
世の
習(なら)ひとは
【右頁上段】
岡部(おかべ)隆景は大内 義隆(よしたか)の臣下(しんか)に
て陶(すへ)尾張守(をはりのかみ)が逆意(ぎやくい)に仍(よつ)て義隆
とともに山口を落(おち)のび主従(しう〴〵)十三人
長門(ながと)の瀬戸崎(せとさき)へ船(ふね)をよせ深川(ふかは)
の称名(しやうめう)の市(いち)を通(とほ)りけるに三浦
将監(せうげん)尾和(をは)兵庫允(へうごのすけ)しきりに追(おつ)
かけ義隆(よしたか)を討(うた)んとす岡部(おかべ)隆景
大きに怒(いか)り譜代(ふだい)相伝(さうでん)の主君(しゆくん)
に向(むか)ひて弓(ゆみ)ひく奴(やつ)原(ばら)人面(じんめん)獣心(じうしん)敵に
は不足(ふそく)なれど冥土(めいど)の道づれ供(とも)せよ
といふ侭(まゝ)に大太刀 抜(ぬい)て切ちらせば此
勢(いきほ)ひに恐(おそ)れ敵引(てきひき)いろに見えければ
引かへして義隆におひつき又 追(おひ)くれ
ば取(とつ)てかへし火の出るまで戦(たゝか)ひてもり
かへすこと六七 度(ど)身には簔(みの)毛(け)のごとく
矢(や)をおひ大 寧(ねい)寺にてもきびしく
はたらき主従(しう〴〵)居(ゐ)ならび最期(さいご)のいと
まごひし此哥をかきのこして腹(はら)かき
切り義名(ぎめい)を末世(まつせ)に伝(つた)へけり
【右頁下段】
岡部(おかべ)右衛門太夫(ゑもんのたいふ)隆景(たかかげ)
白露(しらつゆ)の
消(きえ)ゆ
く
あき
の
名残(なごり)
とや
しばしはのこる
すゑのまつ風
【左頁上段】
八幡(やはた)の祢宜(ねぎ)民部丞右信は義隆(よしたか)
に随(したがつ)て名高き勇者(ゆうしや)なり和哥も
よくす去年(きよねん)義隆 龍福寺(りうふくじ)において
和歌(わか)の会(くわい)を催(もよほ)せし時民部丞も同席(どうせき)
なり然るにそのざに見なれぬ老僧(ろうそう)一
人ありて物がたりなどせしが連衆(れんしゆ)は
寺の僧(そう)と思い寺のものは召(めし)つれられ
たる人とおもひ程(ほど)すぎ満座(まんざ)■■■
て静(しづか)なる折(をり)からかの僧 樗(おふち)といふ題(だい)を
操(さぐ)りて一 首(しゆ)よみ民部丞にわたす右(みぎ)
信(のぶ)則(すなはち)詠草(えいさう)をとりよみて見るに
〽しるやいかにすゑの山風 吹(ふき)おちて
もろく 樗(おふち)のちりはてんとは
此哥を再吟(さいぎん)せんとせし時かの僧
はかき消(けす)ごとく失(うせ)けり民部丞おもふに
是 陶隆房(すえたかふさ)反逆(ほんぎやく)によりて大内 家(け)
の衰(おとろ)へを告(つげ)し也と歎(なげき)しが天の命(めい)
ずる所と心を必死(ひつし)に決(けつ)しつひに
大 寧寺(ねいじ)にて勇(ゆう)をあらはし戦死(せんし)す
【左頁下段】
民部丞(みんぶのぜう)右信(みぎのぶ)
風(かぜ)をあらみ跡
なき露(つゆ)の
草(くさ)のはら
散(ちり)
の
こる
花も
幾’(いく)ほどの
世ぞ
【右頁上段】
平賀新四郎隆保は芸州(げいしう)頭崎(とうさき)の
城(しろ)□□□□守が附城なれば毛(もう)
利□□□義隆の吊(とむらい)合戦のため
押よする平賀 無勢(ぶぜい)なるがゆゑ同国(どうごく)
大山の城へ一ッになり合戦しば〳〵なるに
毛利勢■ 寄(よせ)をつけ城楼(せいろう)をあげて
手いたく攻(せめ)けるゆゑ城将(ぜうしやう)大森(おほもり)和泉守(いづみのかみ)
平賀新四郎両人 諸卒(しよそつ)の命に替(かはり)て
切腹(せつふく)せんことをいひ送(おくり)ければ約諾(やくだく)極(きはま)りて
毛利けより検(けん)しを遣す平賀ざに直
り介錯(かいしやく)を止(とゞめ)おきて西に向ひ種々(しゆ〴〵)経文(きやうもん)を唱(となへ)
はら十文じにかき破(やぶ)り臓腑(ぞうふ)をつかみ出し
寸々(すん〴〵)に切て捨(すて)けれども少もよはる色(いろ)なしはら
切て死(しな)ざるものはなきにいつなればかゝるさまや
と硯(すゞり)をとりよせさら〳〵と此歌を書(かき)猶(なほ)又
平賀 隆保(たかやす)廿三歳 諸士(しよし)の命(めい)に代(かわり)て自裁(じさい)
のち永(ながく)こゝに於(おい)て詠(えい)焉(ゑん)をたつと筆太(ふでふと)に
認(したゝ)め介錯人(かいしやくにん)に言つけてくびを打(うた)すにて
人その勇(ゆう)を誉(ほめ)ざるものなし
【右頁下段】
平賀(ひらが)新四郎(しんしらう)隆保(たかやす)
ありといひなしと
いはんも花
もみじ
只(ただ)かり
そめの
言(こと)の葉(は)のいろ
【左頁上段】
陶(すゑ)尾張守(をはりのかみ)隆房は大内 家(け)の臣下(しんか)なれ
ど同輩(どうはい)相良(さがら)遠江守(とほ〳〵みのかみ)と不和(ふわ)になり確(くわく)
執(しつ)よりことおこり義隆(よしたか)相良(さがら)の詞(ことば)のみを
用(もち)ひ給ふゆゑ無念(むねん)に思ふ折から讒者(ざんしや)
の中言(なかこと)を信(しん)じ主家(しゆけ)を亡(ほろぼ)せしかども
心ならず剃髪(ていはつ)して全薑(ぜんきやう)と号(がう)し大
友家(ともけ)より養子(やうし)ゑて大内の名跡(めいせき)は立(たつ)
るといへども威勢(ゐせい)に任(まか)せて我意(がい)につ
のる毛利(もうり)元就(もとなり)これを憎(にく)み陶(すえ)と合戦
度々(どゞ)に及び勝敗(せうはい)なき所 全薑(ぜんきやう)三万の
勢(せい)を卒(そつ)し厳島(いつくしま)へ渡(わた)りかしこを攻(せめ)し
に弘治(こうぢ)元年九月 晦日(みそか)大 風雨(ふうう)の夜(よ)毛
利 吉川(きつかは)小早川(こばやかは)の勢を合(あは)せ闇夜(あんや)に
海(うみ)をわたし不意(ふい)を打しかば陶(すえ)大 敗軍(はいぐん)
におよび舟(ふね)にのらんとすれども船(ふね)は皆(みな)奪(うば)
はれ詮方(せんかた)なく青海苔(あをのり)山へ入り近臣(きんしん)とも
と水盃(みづさかづき)をして笑(えみ)を含(ふく)み此辞世(じせい)をよみ
若楓(わかかへで)といふ名刀(めいとう)にて切腹(せつふく)して果(はて)る因果(いんぐわ)
業報(ごうほう)逆罪(ぎやくざい)の然(しか)らしむる所といふ
【左頁下段】
陶(すえ)尾張(をはり)入道(にうどう) 全薑(ぜんきやう)
何(なに)を惜(をし)み
なにを
恨(うらみ)ん
もと
よ
りも
この
ありさまの
定(さだ)まれる
身に
【右頁上段】
山崎 勘解由(かげゆ)隆方は陶方(すえがた)の大将に
て軍敗(いくさはい)してより入道と生死(せうし)をともにせ
んと青海苔(あをのり)山まで落(おち)たりしが渡(わた)るべ
きにも舟(ふね)はなし水練(すいれん)の名人なれば全薑(ぜんきやう)を
材木(ざいもく)にのせおよぎ渡り落(おち)のびんといふに
入道 聞(きゝ)てあまたの味方(みかた)を打(うた)せわれ今
にけ帰(かへ)りしと聞(きこ)えては我(わが)ために死(しゝ)たる
者(もの)の一 族(そく)へ面(おもて)を向(むく)べきにあらずと
承引(せういん)せねばさらばともに自殺(じさつ)せん
と最後(さいご)の盃(さかづき)をなし舞(まひ)たわぶれて後(のち)
此 辞世(じせい)をよむ同 朋友(はらから)垣並(かきなみ)佐渡守(さどのかみ)
房清(ふさきよ)も筆(ふで)をとりて
莫論勝敗迹人我暫時情(せうはいのあとをろんずることなかれひとわれざんじのじやう)
一物(いちもつ)不生地(ふせうのち)山寒(やまさむうして)海水清(かいすいきよし)
此 詩(し)を吟(ぎん)じいざ山崎氏 同道(どう〳〵)せん
と両(りやう)人ともに手に手をとり互(たがひ)に太刀
を胸(むな)もとへ押(おし)あてエイと声(こゑ)かけ刺違(さしちが)
へて死(し)す勇強(ゆうごう)を人 誉(ほめ)けるとなん
【右頁下段】
山崎(やまざき)勘解由(かげゆ)隆方(たかかた)
有(あり)
と
聞(きゝ)
な
き
と
思(おも)ふ
も
迷(まよ)ひなり
まよひ 悟(さと)り
なければ さへなき
【左頁上段】
伊香賀(いかゞ)民部太輔 隆正(たかまさ)は陶(すえ)尾張
守のめのとにて希代(きだい)の忠臣(ちうしん)也 最期(さいご)
の場(ば)まで側(そば)を放(はな)れず青のり山まで
来り陶(すへ)入道 石上(せきせう)の苔(こけ)を払(はら)ひて座(ざ)し
最期(さいご)の盃(さかづき)せん水はなきにやといひければ
民部 葉広柏(はひろかしは)の落(おち)たるを拾(ひろ)ひ松の
葉(は)にて二三まいとぢかさね谷(たに)川の水を
汲(くみ)て莞(につ)爾(こ)と笑(わら)ひ後漢(ごかん)の逍丙(せうへい)は
水(みず)を酌(くみ)て酒(さけ)となせば人酔ことを得(え)た
りといふこれは夫(それ)に引(ひき)かへて浮世(うきよ)の酔(ゑひ)
を覚(さま)す功徳(くどく)水即(すいそく)心即(しんそく)仏(ぶつ)ならんと
たはぶれ此 辞世(じせい)を詠(よ)むかくて全薑(ぜんきやう)
切腹(せつふく)せしかば介錯(かいしやく)して入道の首(くび)を
小袖(こそで)につゝみ谷川の渕蔭(ふちかげ)に隠(かく)し
上に岩(いわ)を覆(おほ)ひ心静(しづか)に二三丁 脇(わき)の
浜辺(はまべ)に出(いで)腹(はら)かき切り手づから首(くひ)を
切(きり)おとして死(し)す毛利 侯(こう)右四人の
首実験(くびじつけん)の後廿日市 洞雲寺(とううんじ)に納(おさめ)
石碑(せきひ)を立て孝養(かうよう)し給ふといへり
【左頁下段】
伊香賀(いかが)民部太輔(みんぶのたいふ)
おもひ
きや
千(ち)
歳(とせ)
を
か
け
し
山松(やままつ)の
朽(くち)ぬる時(とき)を 君(きみ)に
見(み)んとは
【右頁上段】
渡辺可性(わたなべかせい)も陶(すえ)尾張守の手にあ
りて龍(りう)が馬場(ばば)の山に落(おち)のびかく
れゐたりしが毛利勢声々(もうりせいこえ〴〵)に元(もと)
就(なり)公の仰(おほせ)なり大 将陶(しやうすえ)入道 殿(どの)
を討(うち)しうへはほかの勢(せい)に恨(うらみ)なし
弓(ゆみ)の弦(つる)をはづし候はば一 命(めい)は
助(たす)くべし降参(かうさん)候へと高声(かうじやう)に
言(いひ)ければこの可性も出て擒(とりこ)と
なりて引(ひか)れきたるに元就卿(もとなりけう)見(み)
たまひて此ものは以前(いぜん)山口へ下りし
をり度々(どゞ)出て狂歌など達者(たつしや)
によみし者(もの)なり助(たすけ)おきたりとも何の
仇(あだ)をなすべきものにあらずと召出(めしいだ)し
いかに可性日ごろ好(この)む歌(うた)一 首(しゆ)よむ
べしよまば助(たすけ)んとありければ言下(ごんか)に
是(これ)をよむさまでの秀逸(しういつ)にはあら
ねどよくいたしたりと則(すなはち)命(いのち)を助(たすけ)
られたり是 風流(ふうりう)の徳(とく)なれば
英雄(えいゆう)にはあらねど書(かき)くはへぬ
【右頁下段】
渡辺可性(わたなべかせい)
かけてしも
頼(たのむ)は
もり
の
しめ
だすき
命(いのち)一つに
二つまきして
【左頁上段】
宗阿弥(そうあみ)は陶(すえ)尾張守の同朋(どうほう)
なり厳島(いつくしま)にかくれゐしが生捕(いけとら)
れて引出されたり毛利 元就卿(もとなりけう)
見給ひてこの宗阿弥は大力の剛(かう)の
者(もの)なりされども斯(かく)やみやみと生捕(いけと)
られしことよ後の禍(わざはひ)なるべし早(はや)く
誅(ちう)せよと宣(のたま)ひけるがさるにても
汝(なんじ)年来(ねんらい)勇(ゆう)を顕(あらは)しいま武名(ぶめい)の
朽(くち)なんこともいとはず自害(じがい)をもせ
ず縲紲(るいせつ)にあふことよしからば命(いのち)
のをしきには恥(はぢ)も思(おも)はずといふ心
を歌によめ汝(なんじ)も達者(たつしや)によみし
ものなりと宣(のたま)へば宗阿弥 畏(かしこま)り
て此 歌(うた)をよむ可性(かせい)が歌(うた)にはま
さりたりと是(これ)も一命を助け放(はな)
ち給ふ此二人 勇(ゆう)はあらねど元(もと)
就卿(なりけう)の仁心(じんしん)と人の心を和(やは)らぐ
る歌の徳(とく)を感賞(かんしやう)して爰(こ々)
にしるしぬ
【左頁下段】
宗阿弥(そうあみ)
名(な)ををしむ
人と
いふ
と
も
身(み)を
惜(をし)む
をし
さにかへて
名(な)をば惜(をし)まじ
【右頁上段】
武田(たけだ)左馬介 信繁(のぶしげ)は大膳大夫 信玄(しんげん)の
舎弟(しゃてい)也 兵学(へうがく)に秀(ひいで)軍立功者(いくさだてこうしや)なるがゆへ
信玄 片腕(かたうで)のごとく思ひ大事(だいじ)の場所へは此
人を備(そなへ)させしといふ信繁 子息(しそく)へ遺書(ゆいしよ)
の中に戦場(せんじやう)において聊(いさゝか)未練(みれん)すべからず生(いき)ん
とすれば死(し)す必死(かならずしな)んとすれば則生(すなはちいき)る忠節(ちうせつ)
の臣(しん)を忘(わする)べからず善悪同(ぜんあくおなじ)うする時は忠臣
倦(う)む褒美(ほうび)は大 細(さい)によらず則 感(かん)ずべき也
功(こう)を賞(しやう)すべきに時を踰(こえ)ず深(ふか)く思ひ立義(たつぎ)
ありとも餘義(よぎ)なき異見(いけん)についてはその意(い)
に任(まか)すべし無行義(ぶぎやうぎ)の人に近付(ちかづく)べからず
其(その)人をしらば其友(そのとも)を見よ人は賢(さかしき)に馴(なれ)
よ賎(いやしき)にふるゝことなかれ花中(くわちう)の鶯舌(おうぜつ)は
花(はな)ならずして香(かう)ばし是等(これら)のこと数(す)ケ條(かでう)
あり永禄(えいろく)四年九月十日川中嶋合戦に
左馬介は左備(ひたりそなへ)なりしが籏本(はたもと)手詰(てづめ)の勝(せう)
負(ぶ)ありて甲州(かうしう)方 軍難義(いくさなんぎ)に及(およ)ぶ此時
山本勘介 初鹿野(はじかの)源五郎等 討死(うちじに)す此日
信繁も討死して勇名(ゆうめい)を世に残(のこ)せり
【右頁下段】
武田左馬介信繁(たけださまのすけのぶしげ)
数なら
ぬ
心
の
とがに
なし
はてし
しらせてこそは
身をもうらみめ
【左頁上段】
多々良(たゝら)義長は大友(おおとも)入道 義鑑(よしあき)の
三男なれども大内 義隆(よしたか)ほろびて
のち陶(すえ)尾張守 全薑(ぜんきやう)がはからひにて
大内の 養子(やうし)として家督(かとく)たりしが
政事(せいじ)のことは全薑の思ひの侭(まゝ)なれば
義長は席上(せきしやう)に座(ざ)すのみ也 弘治(こうぢ)
元年いつく嶋(しま)において陶(すへ)入道 亡(ほろ)
びてのちは国中の者(もの)どもおもひ〳〵に
確執(くわくしつ)の臣(しん)おほく義長の下知(げち)にした
がふものすくなく山口の築山御所(つきやまごしょ)
衰(おとろへ)たる折(をり)から毛利勢大 軍(ぐん)にて
押寄(おしよせ)ければ一とさゝへもせず没落(ぼつらく)に
および長府(てうふ)の長福院(てうふくいん)に立退家(たちのきけ)
来(らい)ども一先(ひとまづ)豊前(ぶぜん)へ落(おち)大友家と合(がつ)
躰(たい)して恥辱(ちぢよく)をすゝがんといへども古(こ)
卿(けう)は錦(にしき)をかざるべきに養家(やうか)を失(うしな)ひ
名を汚(よご)して人に面(おもて)を向(むく)べきやうなしと
義長 覚悟(かくご)して此 辞世(じせい)をかきのこし
腹(はら)十文字にかき切て死(し)す
【左頁下段】
多々羅義長(たたらよしなが)
さそふとも
何(なに)か
恨(うらみ)ん
時(とき)
きては
嵐(あらし)のほかの
花(はな)も
こそ
ちれ
【右頁上段】
三好(みよし)新五郎 入道(にうだう)宗三は長輝(ながてる)入道
希雲(きうん)の五男にて長慶(てうけい)とは従弟(いとこ)な
れども中不和(なかふは)にして鉾楯(むじゆん)に及(およ)び摂州(せつしう)
榎波(えなみ)中嶋 両城(りやうぜう)に籠(こも)る天文十八年
正月 長慶(てうけい)これを攻(せめ)んと大 軍(ぐん)にて押(おし)
寄(よせ)けるに三好宗三人 数(ず)をおし出して
江口の里(さと)に陣(じん)をとる長慶(てうけい)の軍勢(ぐんせい)江
口と根城(ねじろ)の道を取切(とりきり)兵粮(へうらう)を断(たゝ)ば攻(せめ)
ずとも滅(ほろ)ぶべしと其道をふさぐ宗三
飛脚(ひきやく)を走(はせ)て江州の六 角家(かくけ)へ加勢(かせい)を
たのむに近日(きんじつ)むかふべしとあれば是を待(まち)
て江口の陣中(ぢんちう)にて此歌をよむ斯(かく)て
江州六 角(かく)義賢(よしかた)二万人にて出馬(しゆつば)の
よしを長慶方(てうけいがた)きゝつけさらば加勢(かせい)の
来(きた)らぬさきに打取(うちと)れと惣軍(そうぐん)川を渡(わた)し
急(きう)に攻(せめ)たてければ宗三が勢(せい)終(つひ)
に敗軍(はいぐん)して大崩(おほくづ)れとなり
宗三入道 河内勢(かはちせい)の大軍(たいぐん)の
中に討死(うちじに)す
【右頁下段】
三好(みよし)宗三(そうさん)
川舟(かはふね)を
とめ
て
江口(えぐち)の
明暮(あけくれ)に
問(とは)んともせぬ
人をまつかな
【左頁上段】
義輝公(よしてるこう)は義晴(よしはる)公の長男(てうなん)也 永禄(えいろく)八年
五月十九日 三好日向守(みよしひうがのかみ)松永弾正等(まつながだんぜうら)反逆(ほんぎやく)
して大和河内(やまとかはち)より京に入り室(むろ)町御所を取(とり)
囲(かこ)み鉄砲(てつほう)を打(うち)かけ無二むざんに攻(せめ)ければ防(ふせぐ)
者(もの)どもおほく打 死(じに)す沼田(ぬまた)上野介と同朋(どうぼう)
福阿弥(ふくあみ)といふもの敵の合印(あいしるし)の竹(たけ)の葉(は)を
腰(こし)にさし外(そと)より紛(まぎれ)入御 前(ぜん)に参(まゐ)り我等(われら)二
人 防(ふせ)ぎ候はん君には日頃愛(ひごろあい)せられ候 名(めい)
馬(ば)に召(め)して東川辺に駈(かけ)入給はゞ御 運(うん)
を開(ひらか)せ給ふべしと涙(なみだ)を流(なが)して申けれ
ば神妙(しんべう)によく申つるぞされども汝等(なんぢら)が
打死(うちしに)したる跡(あと)にのこりとゞまるべきや最(さい)
期(ご)の軍(いくさ)して賊徒(ぞくと)等が目を覚(さま)させ
んと近士(きんし)等とともに敵(てき)あまた打取り
折(をり)ふし時鳥(ほとゝぎす)の声(こへ)きこえければ筆(ふで)を取(とり)て
〽五月雨はつゆか涙(なみだ)かほとゝぎす
わが名をあげよ雲(くも)のうへまで
是を辞世(じせい)として主従(しう〴〵)同じ枕(まくら)に
腹(はら)かき切て果(はて)給ふ御とし三十七也
【左頁下段】
光源院義輝公(くわうげんいんよしてるこう)
よしや
今
頼(たのま)
ずとても
言(こと)の葉(は)
の
かはるが
すゑに
思ひ
あはせよ
【右頁上段】
香川(かがは)兵庫介 行景(ゆきかげ)は将軍義晴(せうぐんよしはる)公
の臣(しん)なりしが大内 義興(よしおき)義種(よしたね)公を再任(さいにん)
して義晴公 没落(ぼつらく)に及(およ)びしを無念(むねん)に
思ひ何卒(なにとぞ)義晴公を世にたてんと若(わか)
狭(さ)の武田 元繁(もとしげ)の籏下(はたした)となり己斐(こひ)の
入道 師道(もろみち)とゝもに武田の勢に加(くはゝ)り中
国へむかひしが毛利家の猛勢(まうせい)に及(およ)び
がたく武田 元繁(もとしげ)熊谷(くまがへ)直宗等(なほむねら)も討(うち)
死(しに)せり香川(かゞは)行景 己斐師道(こひもろみち)両人
は山を隔て二里 余脇(よわき)に備(そなへ)ければ武
田の惣軍敗(そうぐんはい)せし事をしらざりしが
翌朝(よくてう)きこえて口 惜(をし)く思ひ味方(みかた)の
大将 打死(うちしに)しければ皆色(みないろ)を失(うしな)ふ折(をり)
から我(われ)一人は弔合戦(とふらひかつせん)して義心(ぎしん)
を磨(みが)かんと兵卒(ひようそつ)をあつめ兵(へう)
粮(らう)をつかはせ香川 筆(ふで)をとりて此
歌をよみ香川 兵庫介(へうごのすけ)邁齢(ばんれい)三
十三武田 元繁(もとしげ)麾下(きか)たるにより
義(ぎ)のために今月今日 敵陣(てきぢん)に入て
【右頁下段】
かへらぬ道芝(みちしば)の露(つゆ)
引(ひい)て
弓(ゆみ)
しらま
に
世ゝ
や
名(な)
其(その)
とも
消(きえ)ぬ
香川兵庫介(かがはひやうごのすけ)
【左頁上段】
討死(うちしに)すと書(かき)たりければ己斐(こひ)の
入道も是(これ)を見て此歌を書そへ
己斐 豊後(ぶんごの)守 師道(もろみち)入道 行(げう)年
六十一才同じ意趣(いしゆ)に因(よつ)て快死(くわいし)
すと書のこし両人心を合せさし
もの毛利勢の大 軍(ぐん)も恐(おそ)れず蒐(かけ)
出(いで)て竪横(じうわう)むじんに突立(つきたて)ければ敵
兵 色(いろ)めき開(ひら)きて通しけり香川
己斐と目と目を見あはせ今生(こんじやう)
の契(ちぎ)り是までなり先(さき)たちしもの
死出三途(しでさんづ)に待(まち)て伴(ともな)はんと言(いひ)かはし又
大軍の中にかけ入思ふまゝ働(はたら)き郎等(らうどう)
も百五十余(よ)人 残(のこ)らず打死(うちしに)せしかば此
両人も今は世に思ひ無(な)しと乱軍(らんぐん)の
中に討死す毛利家にも義心(ぎしん)を感(かん)
じ此両人の死 骸(がい)を円光寺(ゑんくわうじ)といふ
禅院(ぜんいん)へ送(おく)り孝養(かうやう)ねんごろに取行(とりをこな)
ひ士卒(しそつ)の首(くび)も土中に埋(うづ)め是を
弔(とふら)ふ有田(ありた)の首 塚(づか)といふは是なり
【左頁下段】
己斐入道師道(こひのにうだうもろみち)
残(のこ)る名(な)にかへなば
何(なに)か惜(をし)
むべき
風(かぜ)
に
木(こ)
の葉(は)
の
軽(かろ)き命(いのち)を
【右頁上段】
細川九郎 澄之(すみゆき)は武蔵守政元(むさしのかみまさもと)の養(やう)
子也其臣 香西(かさい)又六 元近(もとちか)権(けん)を取(とり)威(ゐ)を
ふるひ逆心(ぎやくしん)を企主君政元をひそかし風(ふ)
呂(ろ)にて殺害(せつがい)し香西は澄之(すみゆき)に世を継(つが)せ
我意(がい)を以(もつ)て政事(せいじ)を扱(あつか)はんとのことなり
三好 筑前(ちくぜん)守 長元(ながもと)これを怒(いかり)て家督(かとく)
の事は一家の氏族(しぞく)なきにもあらずと細
川 右京(うけうの)大夫澄元を跡(あと)目にせんと論(ろん)
争(しやう)起(おこ)りて鉾楯(むじゆん)に及(およ)び香西又六九郎
澄之を同伴(どうはん)して嵐山に城(しろ)をかまへて
籠(こも)る三好長 輝(てる)不意(ふい)に澄之の城郭(ぜうくわく)
を攻(せめ)しかば防(ふせぎ)がたく味(み)方 多(おほ)く打死す
澄之今は是(これ)までなり雑兵(ざふひやう)の手に
かゝらんよりは自害(じがい)せんと実父(じつぷ)の方
へ最期(さいご)のふみをしたゝめ奥(おく)に此歌
を書(かき)鬢(びん)の毛(け)を添(そへ)て是を送(おく)り腹(はら)
十文字にかき切て死(し)す廿二才 波々(はは)
伯部(かべ)伯耆(はうき)守 介錯(かいしやく)してその刀(かたな)にて
自分(しぶん)も自害して死(し)す
【右頁下段】
細川澄之(ほそかはすみゆき)
梓弓(あづさゆみ)張(はり)て
心(こゝろ)は
強(つよ)けれど
引手(ひくて)すくなき
身(み)とぞ
なりぬる
【左頁上段】
摂津守(せつつのかみ)冬康は三好 長慶(てうけい)同
実休等(じつきうら)の弟(おとゝ)也 兄(あに)実休は四国の
守護(しゆご)細川讃岐守持隆(ほそかはさぬきのかみもちたか)の臣(しん)
なれども逆心(ぎやくしん)にして持隆 生害(せうがい)あ
りしよりその妾(せう)を実休 妻(つま)とし悪(あく)
逆(ぎやく)すこぶる甚(はなはだ)しければ天誅(てんちう)逃(のが)れざ
るゆへにや畠山高政(はたけやまたかまさ)と戦(たたか)ひ実休方
敗軍(はいぐん)せしは全(まつた)く逆 罪(ざい)の遁(のが)れぬ
所なりと実休(じつきう)心にくやみて
〽草からす霜(しも)またけさの日にきへて
因果(いんぐわ)はやがてめぐり来にけり
実休此歌を見せければ冬康
これをなぐさめて
〽因果とははるか車(くるま)の輪(わ)の外(ほか)を
めぐるもとほきむさしのゝはら
斯(かく)世乱(よみだ)れて君臣(くんしん)父子の礼(れい)もなく欲心(よくしん)
に引れて戦(たゝか)ひのみに道(みち)のなきをかなしみ
〽いにしへをしるせるふみの跡(あと)もなし
さらずはくだる世とはしらじを
【左頁下段】
安宅木冬康(あたぎふゆやす)
うたふ夜(よ)の暁(あかつき)
深(ふか)く声(こゑ)
ふけ
て
神(かみ)
代(よ)
ながら
の
鈴(すず)の声(こゑ)かな
【右頁上段】
松永(まつなが)弾正は摂州嶋上群(せつしうしまかみこほり)の民間(みんかん)
より出て始(はじめ)は貧(まづし)き者なりしが神峰山(しんぶせん)
の毘沙門(びしやもん)天を信(しん)じ参詣(さんけい)怠(おこた)らす大晦
日の夜そのかへるさに松明(たいまつ)の火(ひ)きへて難義(なんぎ)
せしに化野(あだしの)の煙(けふ)り立(たつ)を見て世(よ)の有(あり)さま
を観(くわん)じ死人(しにん)を火葬(くわそう)の火を松明にうつし
夫(それ)にそなへし供物(ぐもつ)を取(とり)かへりて翌朝(よくてう)正月
元日に祝義(しうぎ)をいはひ是よりだん〳〵冨貴(ふつき)と
なれり松 虫(むし)を飼(か)ふことを好(このみ)しが手をこ
めて養(やしな)ひければ既(すで)に三年 生(いき)たり弾正
思ふに虫さへ斯(かく)のごとしまして人には養(やう)
生(ぜう)あるべきことなりと申けり後 信長(のぶなが)と
戦(たたか)ひまけ自害(じがい)すべき前(まへ)に灸(きう)をす
ゑ居(ゐ)たるを見てある人今 死(し)する身に
何(なに)の養生(やうぜう)ぞやと申ければ弾正 答(こたへ)て我(われ)
は常(つね)に中風(ちうぶ)の病(やまひ)あれば死(し)にのぞみ起(おこ)る
ならば臆(おく)したりと人の笑(わらは)ん病を防(ふせ)
ぎ置(おき)心よく自害(じがい)せんため成と灸を仕(し)
舞(まひ)て切腹(せつふく)す心にとめおくべきことなり
【右頁下段】
松永弾正忠久秀(まつながだんぜうのちうひさひで)
世(よ)の中(なか)に
春(はる)
なか
り
せ
ば
いかで
かは
花(はな)の影(かげ)に
て
きみにあひみん
【左頁上段】
福井(ふくゐ)小次郎は父 源(げん)左衛門と共(とも)に
中国(ちうごく)より撰(えら)ばれて備前福岡(びぜんふくおか)の城(しろ)
に籠(こも)り隣国(りんごく)の敵(てき)を引(ひき)うけ数度(すど)
戦(たゝか)ひけれども屈(くつ)する色(いろ)なくある日 敵(てき)
の油断(ゆだん)を見(み)すまし父とゝもに討(うつ)て
出思ふまゝ働(はたら)き引(ひき)上け父は城(しろ)に入たり
と思ひ尋(たづぬ)るに行方(ゆきがた)見えざれば驚(おどろ)
き又 城外(じやうぐわい)に打て出 寄手(よせて)の中へ名の
り出 横立(よこたて)に切てまはりしがあまり戦(たゝか)
ひ労(つか)れ身躰自在(しんたいじざい)ならねば家人(けにん)
ども肩(かた)にかけ引入しに手疵(てきず)二十六
ケ 所(しよ)あれば終(つひ)に活(いき)たえたり跡(あと)に
鎧櫃(よろひひつ)に母の方への文(ふみ)あり幼少(ようせう)の時
より御 別(わか)れ参(まゐ)らせ此 侭(まゝ)打死せば
御 歎(なげき)の程(ほど)こそ心にかゝり候しばしこの
世に残(のこ)り給ふとも終(つひ)にはあふべき
所こそ候へば御 心(こゝろ)をなぐさめさせ玉
へとかきておくに此 歌(うた)あり今年(このとし)十
九歳なりとかや
【左頁下段】
福井小次郎政家(ふくゐのこじらうまさいへ)
生(うま)れこ親子(おやこ)
の契(ちぎ)り
いか
なれば
おなじ
世(よ)に
だに
へだて果(はつ)らむ
【右頁上段】
浅井備前守(あさゐびぜんのかみ)長政は下野守(しもつけのかみ)
久政(ひさまさ)の子にて和漢(わかん)の学(がく)に名高(なたか)
く武勇(ぶゆう)のきこえある将(せう)なり永禄(えいろく)
三年の春(はる)十六 歳(さい)にて北近江(きたあふみ)五
郡(ぐん)の軍勢(ぐんせい)を引率(いんそつ)し六 角(かく)入道
承禎(でうてい)同右衛門佐 義弼(よしかず)の多勢(たせい)
を引うけ一戦(いつせん)に打勝武名(うちかちぶめい)を遠(ゑん)
近(きん)にあらはし江州(ごうしう)一国をこと〴〵く
切なびけ手にたつ者なし同七
年濃州の織田信長(おたのぶなが)の妹聟(いもとむこ)
となり其比 威勢近国(ゐせいきんごく)に鳴動(めいどう)す
越前(えちぜん)の朝倉(あさくら)と年来睦(ねんらいむつみ)しに織(お)
田信長盟約(だのぶながめいやく)を破(やぶ)り朝倉を討(うつ)
ことを憤(いきどほ)り出陣す此歌は軍船(ぐんせん)
を湖上(こしやう)に浮(うか)め有明(ありあけ)の月のてらす
を見て今 武備(ぶび)に隙(いとま)なき干戈(かんか)の
内にも月花(つきはな)は心をなぐさむものを月(げつ)
卿雲客(けいうんかく)の優美(ゆうび)の人には詠(ながむ)る心は
別(へつ)なるやいかがぞとよみし哥也
【右頁下段】
浅井長政(あさゐながまさ)
さゞ波(なみ)や
志(し)
賀(が)
の
うら
はに
すむ月を
いかゞ見(み)るらん
雲(くも)の上人(うへびと)
【左頁上段】
朝倉左衛門督義景(あさくらさゑもんのかみよしかげ)は越前(ゑちぜん)一国
を領(りやう)して武威盛(ぶゐさか)んなれば新公方(しんくばう)
義昭(よしあき)公 彼国(かのくに)へ御動座(ごどうざ)ありて当敵(だうてき)
三好退治(みよしたいぢ)のことを御 頼(たのみ)ありしに朝
倉御 請(うけ)に及びしかば義昭公御 悦(よろこ)びの
余(あま)り義景(よしかげ)の母を執奏(しつそう)ありて二 位(ゐ)
の尼(あま)に任(にん)ず永禄(えいろく)十年の春(はる)一 乗谷(じやうだに)
南陽寺(なんようじ)にて公方家 花(はな)の宴(えん)あり
義景此 歌(うた)を詠(えい)ず其 後(のち)義景の
息男阿君(そくなんあきみ)丸 死去(しきよ)せし故義景 愁(うれい)に
沈(しづ)み軍 延引(ゑんいん)に及びし折(をり)から織田信長(おたのふなが)
より密使来(みつしきた)り公方家 上洛(しやうらく)の義を進(すゝ)
め申すにより義昭(よしあき)公越前を御 開(ひら)き
あり濃州岐阜(のうしうぎふ)へ赴(おもむ)き給ふ是より信(のぶ)
長将軍再興(ながせうぐんさいこう)と号(がう)し諸国(しよこく)を平呑(へいどん)せ
んとす義景の女(むすめ)を本願寺(ほんぐわんじ)へ嫁(か)して
朝倉と本願寺 唇歯(しんし)の因(ちなみ)を結(むす)び相(あひ)
互(たがひ)に急難(きふなん)を助(たすく)る約(やく)ありし故信長これ
を憎(にく)み終(つひ)に確執(くわくしつ)に及ぶこととなりけり
【左頁下段】
朝倉義景(あさくらよしかげ)
君(きみ)が代(よ)の
時(とき)に
あひ
あふ
糸(いと)
桜(さくら)
いとも けふの
かしこき ことの
は
【右頁上段】
鈴木(すゞき)重幸は始(はじめ)源(げん)左衛門といふ紀州(きしう)より
出て鈴木三郎 重家(しげいへ)の子孫(しそん)也信長 石(いし)
山 本願寺(ほんぐわんじ)を攻(せむ)るに仍(よつ)て門徒(もんと)よりたのみ
重幸(しげゆき)を軍将(ぐんしやう)とす重幸 采配(さいはい)をとるに勝(せう)
利(り)を得(え)ざることなしさしもの信長十 余年(よねん)戦(たゝか)
へども石(いし)山 勢(せい)に勝(かつ)ことを得(え)ざれば怒(いかり)て宗(しう)
旨(し)の根(ね)を断(たゝ)んと欲(ほつ)す重幸 猶(なほ)も策(はかり)て大 敵(てき)
を碎(くだか)んと思ひしに夢中(むちう)に尊(たつと)き僧(そう)あらはれて
〽最上(もがみ)川人をくだせばいなぶねの
かへりてしづむものとこそきけ
此 縁(えん)心ならず思ふに又の夜 同僧(おなじそう)の
〽世を治(をさ)め民(たみ)をたすくるこゝろこそ
やがてみのりのまことなりけれ
此 歌(うた)に悟(さと)り心 晴(はれ)て信長 我(われ)を憎(にく)みける
ゆゑ猶(なほ)宗旨(しうし)をにくむ我(われ)死(し)なば心とけて攻(せめ)
ること緩(ゆるやか)ならんと覚悟(かくご)をなし一 族(ぞく)鈴木 孫市(まごいち)
に遺言(ゆいげん)して謀(はかりごと)の書(しよ)をのこし出陣の砌(みぎり)此
歌をよみ心の侭(まゝ)戦ひて敵を悩(なやま)し其後(そのご)入(じゆ)
水(すい)せしとも山 籠(ごもり)するとも言(いひ)て行方(ゆくへ)しれず
【右頁下段】
あけぼのゝ空(そら)
とぼその
の
花(はな)
ん
なら
春(はる)
外(ほか)の
うき世(よ)の
これやこの
鈴木飛騨守重幸(すずきひだのかみしげゆき)
【左頁上段】
森迫(もりさご)三十郎は豊後国(ぶんごのくに)大友(おほども)の幕下(ばくか)
森迫 兵部允(へうぶのぜう)親数(ちかかず)の子なり肥後(ひご)
の国人 合志伊勢守(がつしいせのかみ)と戦(たゝか)ひの砌(みぎ)り親(ちか)
正(まさ)わづか十七 歳(さい)常(つね)に優美(ゆうび)にして
文武(ぶんぶ)の心がけ深(ふか)し其日のし出立(いでたち)には
白糸縅(しらいとおどし)の鎧(よろひ)に鍬形(くはがた)の兜(かぶと)を着(ちやく)し
手荒(てあら)き馬(うま)に打のり敵(てき)を駈散(かけち)らし
合志 方(がた)山本十郎と戦(たゝか)ひ火花を
散(ち)らせしが組打(くみうち)となり両馬(りやうば)が合(あひ)に
落(おち)けるがなんなく山本を組敷(くみしき)し
に彼(かれ)が良等(らうどう)走付(はせつき)て親正の草摺(くさずり)
をたゝみ上け二刀(ふたかたな)さしければたゞよふ所
を山本はねかへしつひに三十郎は
討(うた)れにけり親正が兜(かぶと)の立物は
三本 菖蒲(せうぶ)の中に金の短冊(たんざく)あ
りて此命よりの歌を書(かき)つけたり
此首 実検(じつけん)の折(をり)から是(これ)を見(み)し
人〳〵感涙(かんるい)をながし惜(をし)まぬもの
はなかりしとなん
【左頁下段】
森迫(もりさご)三十郎 親正(ちかまさ)
命(いのち)より
名(な)こそ
惜(をし)けれ
武士(ものゝふ)の
道(みち)をば
誰(たれ)
も
か
く おも
や はむ
【右頁上段】
大嶋民部澄月(おほしまみんぶすみづき)は松浦壱岐守隆(まつらいきのかみたか)
信(のぶ)の籏下(はたした)にて兄筑前守(あにちくぜんのかみ)ともろとも
肥前(ひぜん)の飯森(いひもり)を攻(せめ)んと出陣(しゆつぢん)に及(およ)び松
浦の下知(げぢ)にしたがひ先(まづ)相神浦(あひのうら)の城(しろ)
へ押寄(おしよせ)度々(どゞ)戦(たゝか)ふといへども城兵(じやうへう)強(つよ)く
してさらに弱(よわ)るけしきなきゆゑ寄(よせ)
手(て)は武辺(たけべ)といふ所に引 取(とり)て数日(すじつ)陣(ぢん)
所(しよ)を固(かため)て居(ゐ)しに城兵兵粮(じやうへうへうらう)とぼしく
すでに飢喝(きかつ)にのぞみければ今は最(さい)
期(ご)と思ひ定(さだ)め城将(じやうせう)東(あづま)甚介□忠(ときたゞ)
三百人ばかりにて打出 精兵(せいへう)共に射(い)
たてさせ疼(ひる)む所を蒐立(かけたて)ければ寄(よせ)
手(て)難義(なんぎ)に及(およ)びくり□に退(のきに)けるに
大嶋 兄弟(けうだい)殿(しんがり)□て度々□し合せ
敵(てき)を追拂(おいはら)ひけれども軍(いくさ)急(きう)にし
て味方(みかた)多(おほ)く討(うた)れければ大 敗軍(はいぐん)
となる大 島(しま)兄弟 雑兵(ざふへう)の手(て)に
かゝらんよりはいさぎよく自害(じがい)せ
ばやと二人り打(うち)つれ小高(こたか)き所(ところ)に
【右頁下段】
澄月(すむつき)のしばし
雲(くも)には
隠(かく)るとも
己(おの)が
光(ひか)り
は
照(てら)さ
ざらめや
大嶋民部澄月(おほしまみんぶすみづき)
【左頁上段】
のぼり民部兄(みんぶあに)にむかひ最期(さいご)の
辞世(じせい)はいたしたりと此〽 澄月(すむつき)の歌(うた)
を見せければ筑前守(ちくぜんのかみ)も矢立(やたて)取(とり)
出(だ)し〽 かりそめのゝ歌を書(かく)に弟民部(おとゝみんぶ)
は莞爾(くわんじ)と笑(わら)ひもはや刀(かたな)を胸板(むないた)に
突立(つきた)て死(し)す照屋(てるいへ)さらば弟(おとゝ)が弔(とふらひ)
合戦(かつせん)せんと寄(よせ)くる敵(てき)を山より追下(おひさげ)
頬当引切(ほうあてひききり)て自害(じがい)せんとする所に
敵方の勇士北川兵部(ゆうしきたかはへうぶ)といふ者 馳(はせ)
来(きた)つて筑前殿(ちくぜんどの)御首(みぐし)を給はらんと
言葉(ことば)を掛(かけ)たり大嶋 照屋(てるいへ)あざ笑(わらつ)
て身石火(みせきくわ)の風に向(むか)つて滅安(めつしやす)きが如(ごと)く
朝露(てうろ)の日にむかひて消(きえ)やすきに似(に)
たり心 得(え)たるか兵部(へうぶ)といひて刀(かたな)を
咽(のど)へ突通(つきとほ)して死(し)す後(のち)此軍 勝敗(せうはい)
決(けつ)せず扱(あつか)ひとなり和睦(わぼく)しぬれ
ど大嶋 兄弟(けうだい)の名は後(のち)につたへて
敵(てき)も味方(みかた)も誉(ほめ)ざる者(もの)は
なかりしとかや
【左頁下段】
大嶋筑前守照屋(おほしまちくぜんのかみてるいへ)
かり
そ
めの
雲隠(くもがくれ)
とは
思(おも)へども
惜(をし)む習(ならひ)ぞ在明(ありあけ)
の月
【右頁上段】
三村(みむら)元親は備中(びつちう)松山の城主(ぜうしゆ)なりしが
毛利家(もうりけ)と弓矢(ゆみや)に及(およ)び籠城(らうじやう)年をかさ
ね堅固(けんご)なりしが兵粮乏(へうらうとぼ)しく降参(かうさん)する
者 多(おほ)く城(しろ)の保難(たもちがた)きを知(しつ)て城外松連寺(ぜうぐわいせうれんじ)
に退(しりぞ)き敵方(てきかた)より検使(けんし)を乞(こひ)て切(せつ)ふくす
最期(さいご)に筆(ふで)を染(そめ)親友(しんゆう)細川 藤孝(ふじたか)の方へ
〽一とたびは都(みやこ)の月とおもひしに
われまづ空(そら)の雲(くも)がくれして
竹田(たけた)法印は親類(しんるい)なれど戦国(せんごく)の
隔(へだて)に文通(ぶんつう)のみに対面(たいめん)せねば
〽ことのはのつてのみ聞ていたづらに
此世の夢(ゆめ)よあはでさめけり
又 大庭加賀守兼賢(おほばかゞのかみかねかた)は和歌(わか)の師(し)
にて深(ふか)き情(なさけ)を通(つう)ぜし人なれば
〽のこしおくことのは草(ぐさ)のかげまでも
あはれをかけて君(きみ)ぞとふべき
人といふの歌は辞世(じせい)又 位牌(いはい)に書付(かきつけ)しは
〽思ひしれ行(ゆき)かへるべきみちもなし
もとのまことをそのまゝにして
【右頁下段】
もとの雫(しづく)に
かへる
消(きえ)てぞ
露(つゆ)
末(すゑ)の
や
ほど
借(か)る
人(ひと)といふ名(な)を
三村修理亮元親(みむらしゅりのすけもとちか)
【左頁上段】
大江(おほえ)元就卿は関東執権(くわんとうしつけん)大膳大夫
廣元(ひろもと)十五代の孫(そん)にて無双(ぶそう)の良将(りやうせう)なり
始(はじ)め芸州(げいしう)半国より武略(ぶりやく)を以(もつ)て次(し)
第(だい)に国を切取(きりとり)陶尾張守全薑(すへをはりのかみぜんきやう)の
勢(いきお)ひ強大(けうだい)なるをも謀略(ぼうりやく)にて厳嶋(いつくしま)へ
引出し悉(こと〴〵く)討亡(うちほろぼ)し尼子(あまご)を始(はじ)め中国を
切(きり)なびけて十州の大守(たいしゆ)となるある夏(なつ)
尼子攻(あまこせめ)の時 軍勢(ぐんぜい)を引て夜(よ)に入り
ぬるに是より先(さき)へ味方決(いかたけつ)して押(お)す
まじと止(とゞめ)ける故 諸将不審(しよせうふしん)をなす
元就(もとなり)卿 宣(のたま)ふは此川下の蛍(ほたる)を見るに
その光(ひか)り一丁ほどつゞきたり其中の絶(たえ)
たるはまさしく人の渡(わた)りしに違(ちが)ひはある
まじと見に遣(つかは)さるに果(はた)して木の茂(しげみ)
に伏勢(ふせせい)ありけり諸人その明智(めいち)を感(かん)
ず青柳(あをやぎ)の歌は集外歌仙(しふぐわいかせん)に入又
ある春農業(はるのうぎやう)の苦(く)を思(おぼ)して
〽ちる花を詠(ながめ)ずもしや里(さと)人の
たゞ春ごとに小田(をだ)かへすらん
【左頁下段】
大江元就(おほえのもとなり)
青柳(あをやぎ)の
いと繰(くり)
返(かへ)す
その
かみ
は
誰小手(たがをだ)
巻(まき)の
はじめなるらん
【右頁上段】
友梅(ゆうばい)は備中国(びつちうのくに)手の村 国吉(くによし)の城(じやう)
主(しゆ)手右京亮政親(てのうけうのすけまさちか)が子にて天正二
年十二月 毛利家(もうりけ)の勢(せい)と戦ふころは
友梅 眼病(がんびやう)にて盲目(もうもく)となれり弟(おとゝ)の
新(しん)四郎 政貞(まささだ)とても軍(いくさ)に利(り)なきこと
を見きり五十 余(よ)人打出 死(しに)もの狂(ぐる)ひに
働(はたら)き敵あまた打取り深手(ふかて)を負(おひ)け
れども少しも屈(くつ)せず敵将 栗屋彦(くりやひこ)
右エ門と戦ひ終(つい)に討死(うちしに)しければ友梅
今は是までなり弟(おとゝ)に追付(おいつか)んと良等(らうどう)
坂下彦(さかしたひこ)六郎が肩(かた)にすがり敵中へ
蒐入我首取(かけいりわがくびとつ)て見よと呼(よば)はりながら大
太刀にて盲(めくら)打に働(はたら)き終(つひ)に木原(きはら)次
郎兵衛に討(うた)れて死す坂下彦六
郎も同枕(おなじまくら)に自害(じがい)して死せり友
梅 竹(たけ)の枝(えだ)に短冊(たんざく)を付此歌を書(かき)
さし物として軍中(ぐんちう)に死すはためし
すくなき盲人(もうじん)なりと皆感涙(みなかんるい)を
もよほしけり
【右頁下段】
手友梅(てのゆうばい)
暗(くら)きよりくらき道(みち)にも迷(まよ)はじな
心の月のくもりなければ
【左頁上段】
甫一検校(ほいちけんげう)は京都の座頭(ざとう)遠都(とほいち)と
いひて平家(へいけ)を語(かた)り和歌を嗜(たしみ)ける
者(もの)にて義昭(よしあき)公 御前(ごぜん)へも召(めさ)れし者(もの)也
然(しか)るに都(みやこ)■(せう)乱(らん)によつて将軍(せうぐん)も西国(さいこく)へ
下向(げこう)のよしゆゑ甫一も備中(びつちう)松山に下り
三浦 元親(もとちか)の憐(あわれみ)を受(うけ)て勾当(かうとう)になり
又 検校(けんげう)をさへ極(きは)め此 比(ころ)京にありしかが
松山の兵革(へうかく)をきゝて其恩(そのおん)を得(う)るもの
何ぞ義(ぎ)に一 命(めい)を捨(すて)ざらんやと松山に下り
元親(もとちか)と死(し)を共(とも)にせんことを願(ねが)ふ元親大に
感(かん)じ心ざしは至極(しごく)せり速落(とくおち)よと言(いひ)けれ
どもさらに用(もち)ひずいかにもして助(たすけ)ばやと
思ひ馬酔木丸(あせびのまる)といふへ遣(つかは)し置(おき)けるにこの
丸の者ども心 変(がわり)して敵(てき)を引入れ騒動(そうどう)に
及(およ)びければ甫一怒(いか)り腹(はら)だちいひがひなき
やつ原(ばら)なりと罵(のゝし)り今は是までなりと
辞世(じせい)に此歌を残(のこ)して自害(じがい)して果(はて)けり
義(ぎ)をしらぬもの共に対(たい)してはこれ等(ら)
も英雄(ゑいやう)といふべきものなり
【左頁下段】
甫一検校(ほいちけんぎやう)
松(まつ)山に消(きえ)なん
ものを
末(すゑ)の
露(つゆ)
落(おち)ても
水の
あはれうき身(み)は
【右頁上段】
志水(しみづ)伯耆守 清久(きよひさ)は八郎 為朝(ためとも)の末(すゑ)にて
足利家(あしかがけ)の臣也都六 條(でう)の軍(いくさ)に宗(そう)上と
いふ者を討(うつ)て其 首(くび)供養(くやう)の手向(たむけ)に
〽うらむなよ勝(かつ)も負(まく)るもあだし野(の)の
つひには消(き)える露(つゆ)の人の身
公方(くはう)義昭(よしあき)没落(ぼつらく)の後(のち)は細川 藤孝(ふじたか)卿
に仕へ軍忠(ぐんちう)ありしゆゑ忠興(たゞおき)侯(こう)手づから
鑓(やり)を給はりて賞(しやう)し給ふ然(しか)るに戦国(せんごく)の習(なら)ひ
軍功(ぐんこう)高(たか)きを忌(いみ)て君臣(くんしん)の中を隔(へだつ)る者あり
故(ゆへ)に虚名(きよめい)を受(うけ)て田辺(たなべ)を退(しりそ)く良党(らうどう)十 余(よ)人
共(とも)に流浪(るらう)して清久を助(たすけ)養(やしな)ふ其比 列侯(れつこう)
より禄(ろく)を厚(あつ)ふして招(まね)くといへども再主(さいしう)の
望(のぞみ)なく息(そく)二人を加藤家(かとうけ)に奉仕(ほうじ)させその
身は都(みやこ)東山(ひがしやま)に寓居(ぐうきよ)して無実(むじつ)の解(とけ)ざ
るを愁(うれ)ひ此歌を詠(えい)ず細川 侯(こう)疑(うたが)ひとけ
て召(めし)かへし給ふ清久 無明(むめう)の闇(やみ)はれて再(さい)
勤(きん)して忠誠(ちうせい)厚(あつ)ければ大 禄(ろく)を給ひ豊前(ぶぜん)
な
中津(なかつ)に城を守(まも)らしむ後(のち)入道(にうだう)して
宗加(そうか)と号(がう)し九十六歳にて卒(そつ)す
【右頁下段】
いかにせん
秋(あき)のたのみ
もかれ
はてゝ
露
の
み
ひとつ
おきぞ
煩(わづ)らふ
清水(しみず)伯耆守(はうきのかみ)清久(きよひさ)
【左頁上段】
白子(しらこ)杢左衛門は濃州(のうしう)の者(もの)にて
織田(おた)信孝(のぶたか)に仕(つかへ)しが天正七年の
比 羽柴(はしば)筑前守(ちくぜんのかみ)中国 攻(せめ)の折(おり)から
播州(ばんしう)三木の城(しろ)をかこみ赤松(あかまつ)の氏(し)
族(ぞく)別所(べつしよ)長治(ながはる)を退治(たいぢ)せんと対(たい)
陣(じん)におよび白子杢左衛門 寄手(よせて)に
ありけるに彼(かれ)は風月(ふうげつ)の才(さい)ある者(もの)なれ
ば秀吉(ひでよし)召出(めしいだ)し給ひて陣中(ぢんちう)の徒(つれ)
然(づれ)何か狂歌(きやうか)にても詠候へとありけ
れば杢(もく)左衛門とりあへず
〽はりまなる三木 赤松(あかまつ)を切捨(きりすて)て
羽柴(はしば)ぞ山の大木となる
此 狂歌(きやうか)をよむはたして此 城(しろ)
落(おち)ければ秀吉(ひでよし)大きに喜感(きかん)
ありて手づから酒(さけ)を給はりさま
ざまのひきで物をとらせ其後(そのゝち)
度々(どど)召出(めしいだ)されておもひのほか
なる富貴(ふうき)の身となりしといふ
【左頁下段】
白子(しらこ)杢左衛門(もくざゑもん)
武士(ものゝふ)の
山路(やまぢ)
わけ
入(いる)
小手(こて)
の上の
露(つゆ)にもやどる
夜半(よは)の月影(つきかげ)
【右頁上段】
別所(べつしよ)長治(ながはる)は播州(ばんしう)三木の城主(ぜうしゆ)にて智勇(ちゆう)
ある将(せう)也天正五年より三ヶ年の籠城(ろうじやう)に
防戦(ぼうせん)油断(ゆだん)なく毛利家へ後詰(ごづめ)を乞(こ)ふと
いへども自国(じこく)の軍務(ぐんむ)に隙(いとま)なき故 延引(えんいん)せり
されども中国より兵粮(へうらう)運送(うんそう)して魚住(うをすみ)
といふ海辺(うみべ)より取(とり)入ければ城中 屈(くつ)する色(いろ)
なし秀吉(ひでよし)これをしり給ひてこの城 力責(ちからせめ)
にて落(おつ)べきやうなし糧攻(かてせめ)にせよと魚住(うをすみ)
と三木の間に向城(むかひしろ)を築(きづ)き道(みち)を断(たち)
切(きり)ければ城中 難義(なんぎ)に及び必死(ひつし)の戦(たゝか)ひす
れども味方(みかた)に討死(うちしに)する者 多(おほ)し天正七
年十二月に至(いた)り糧(かて)尽(つき)て牛馬(ぎうば)を喰(くら)ふ
までになりければ長治 伯父(をじ)山城守 弟(おとゝ)
彦之進(ひこのしん)と談(だん)じわれら三人 切腹(せつふく)して士(し)
卒(そつ)を助(たすけ)ばやと此よし秀吉へ云(ゐひ)入ければと
定(さだま)りて同八年正月十七日此歌を残(のこし)て
切腹(せつふく)に及ぶ長治の妻(つま)も筆(ふで)を染(そめ)
〽もろともに消(きえ)はつるこそうれしけれ
おくれさきだつならひなる世に
【右頁下段】
思へば
我身(わがみ)と
かはる
命(いのち)に
の
諸人(もろひと)
じ
あら
恨(うらみ)も
今はだゞ
別所(べつしよ)小三郎 長治(ながはる)
【左頁上段】
彦之進(ひこのしん)友之は其日 朝(あさ)より士卒(しそつ)を集(あつ)め
酒肴(さけさかな)を与へ三年の籠城(ろうじやう)の功労(こうろう)を謝(しや)し
忠節(ちうせつ)を賞美(しやうび)しいとまをつげ其身も一
献(こん)汲(くみ)て思ふまゝ舞(まひ)たはぶれて本城(ほんぜう)客(きやく)
殿(でん)に敷皮(しきがは)布(しゐ)せ兄(あに)長治(ながはる)と盃(さかづき)取(とり)かはし
此歌を書(かき)のこし腹切(はらきつ)て死(し)す長治の
妻(つま)もかひ〴〵しき女なれば夫(をつと)に遅(おく)れ
じと
三才の児(ちこ)を刺殺(さしころ)して同(おな)じ枕(まくら)に自(じ)
害(がい)す廿一才 浦上宗景(うらかみむねかげ)の女(むすめ)なり彦(ひこ)
之進 友之(ともゆき)の妻(つま)は山名 豊恒(とよつね)のむすめ
なりしが懐胎(くわいたい)にて産月(うみつき)も近(ちか)く産落(うみおと)
して顔(かほ)見んと思ふにかひなくけふとなりて
長治(ながはる)の子の目前(もくぜん)刺殺(さしころ)さるゝ見ては
吾身(わがみ)の産(うま)ざるも一ッの悲(かなしみ)は遁(のが)れたりと
いひながら暗(くらき)よりくらきに迷(まよ)ふ罪(つみ)を
かなしみ泣々(なく〳〵)夫(をつと)におくれじと
〽たのめこし後(のち)の世まてにつばさをも
ならぶる鳥(とり)の契(ちぎ)り嬉(うれ)しき
此歌をのこし十九才にて自害(じがい)して果(はて)けり
【左頁下段】
別所(べつしよ)彦之進(ひこのしん)友之(ともゆき)
命(いのち)をも惜(をし)ま
ざりけり
梓弓(あづさゆみ)
末(すゑ)
の
世(よ)
までの
名(な)を
おもふ
とて
【右頁上段】
三宅(みやけ)肥後守 治忠(はるたゞ)は別所(べつしよ)長治の老(ろう)
臣(しん)にて忠勇(ちうゆう)の人なり切腹(せつふく)の定日時(ぢやうじつじ)
刻近(こくちか)づきしに長治の伯父(をぢ)山城守い
まだ見えざれば三宅(みやけ)心ならず思ひ使(つかひ)を
走(はせ)てかねて定(さだめ)候 切腹(せつふく)の時刻只今(じこくたゞいま)に
迫(せまり)て候 詎(など)おくれさせ給ふいそぎ御 入来(じゆらい)
最期(さいご)の式(しき)をも先立(さきたち)て御 覧(らん)に入れ候
はんと申 送(おく)りけるに山城守これを聞(きゝ)て
万卒(ばんそつ)の将(せう)のため命(いのち)を抛(なげうつ)は日比(ひごろ)の恩(おん)
の報(むく)ひなれば誰(たれ)か恨(うらみ)ん迚(とて)も叶(かな)はぬ時
なればおめ〳〵敵(てき)に渡(わた)さんより城(しろ)に火(ひ)
をかけ焼捨(やきすて)て死(しな)んと其用意(そのようい)なり
ければ斯(かく)させては大将長治の盟約(めいやく)
偽(いつは)りとなるのみか万卒(ばんそつ)も命(いのち)を落(おと)すべ
しと策(はかり)て山城守を討取(うちとり)長治にこの
事(こと)を告(つげ)ければ能(よく)こそせしと悦(よろこ)びて果(はて)
ければ三宅(みやけ)入道 介錯(かいしやく)してのち腹(はら)十
文字(もんじ)にかき切殉死(きりじゆんし)して果(はて)る此歌は
其時(そのとき)の辞世(じせい)なり
【右頁下段】
君(きみ)なくばうき
身(み)の命(いのち)
何(なに)か
せ
ん
のこりて
かひのある
世(よ)なり
とも
三宅肥後入道治忠(みやけひごのにうとうはるたゞ)
【左頁上段】
武田(たけだ)勝頼は信玄(しんげん)の四 男(なん)にて諏訪(すは)
頼茂(よりしげ)の跡目(あとめ)なるがゆゑ武田相伝(たけたさうでん)の
信(のぶ)の字(じ)は名(な)のり給はずされど信玄 陣(ぢん)
代(だい)の比(ころ)より諏訪法性(すはほつせう)の兜(かぶと)は譲(ゆづ)られ
しといふ勝頼(かつより)勇(ゆう)に任(まか)せ臣(しん)の諌(いさめ)を
用(もち)ひず智臣(ちしん)は退(しりぞ)き佞人(ねいじん)どもの進(すゝ)む
ゆゑ変心(へんしん)の者多(ものおほ)し天正十 年(ねん)三月 軍(いくさ)
破(やぶ)れて天目山(てんもくざん)に落(おち)ける時 土屋宗蔵(つちやそうぞう)馳(はせ)
来(きたつ)て君(きみ)は新羅殿(しんらどの)より廿八代 弓矢(ゆみや)の
家(いへ)を継(つが)せ給ひて今際(いまは)に及(およ)びて一揆(いつき)ば
らに首(うび)を渡(わた)し給ふは口惜(くちをし)と諌(いさめ)ければ
尤(もつとも)なりと土屋に介錯(かいしやく)させて果(はて)給ふ
此 比(ころ)秀吉(ひでよし)中国にありて勝頼 討死(うちしに)
して甲州平均(かうしうへいきん)と聞(きゝ)大 息(いき)ついてあた
ら人を殺(ころ)したること残(のこ)りおほきことなり
我甲斐(われかひ)の軍中(ぐんちう)にあらば強(つよ)くいさめ
て勝頼を助(たす)け甲斐信濃(かひしなの)をあたへ
て味方(みかた)とせば東北(とうぼく)の国々に心 置(おき)なかりし
にと落涙(らくるい)してをしまれしといふ
【左頁下段】
にぞ見る
緑(みどり)
水(みづ)の
中(なか)の
野(の)
さを
梢(こずえ)の涼(すゞ)し
夏山(なつやま)の遠(とほ)き
武田勝頼(たけだかつより)
【右ページ本文】
織田(おた)信長公は備後守信秀(びんごのかみのぶひで)の二男
にて尾州(びしう)より出(いで)て武名(ぶめい)を諸国(しょこく)に轟(とゞろか)す
越前(ゑちぜん)より義昭(よしあき)公を迎(むか)へとり足利家再(あしかゞけさい)
興(こう)の補佐(ほさ)と号(がう)し先(まづ)佐々木承禎(さゝきじやうてい)三
好(よし)の一/類(るい)幷に伊勢(いせ)を攻(せめ)とり山門 ̄ン根(ね)
来(ごろ)の悪僧(あくそう)を討(うち)浅井朝倉(あさゐあさくら)をも平(たひ)ら
げて上洛(じやうらく)し官位昇進(くわんゐしやうしん)して譜代(ふだい)被(い)【「ひ」ヵ。文字が欠けたものと思われる。右横の「平(たひ)」の「ひ」の上半分に似ている】
官(くわん)にも叙爵(じよしやく)を給ひしころ京中(きゃうちう)の
者献上物(ものけんじやうもの)ありて信長公の勝利(しやうり)
を賀(が)す折(をり)から連歌師紹巴(れんがしせうは)も恐悦(きやうゑつ)
に出(いで)扇子(せんす)二本/台(だい)にのせ御/前(ぜん)にさゝ
げかしこまりて紹巴(しやうは)
〽にほん手に入るけふのよろこびト
申ければ信長公/喜悦(きゑつ)あり言下(ごんか)に
〽舞(まひ)あそぶ千代(ちよ)よろづ代の扇(あふぎ)にてト
附(つけ)させ給ひ紹巴(しやうは)にひきでものあまた給は
りし人〳〵是をきゝ只(たゞ)荒々(あら〳〵)しく鬼(おに)の
如(ごと)き大将(たいせう)とのみ思ひしに優美(ゆうび)の事
も勝(すぐ)れ給へりと感賞(かんしやう)せしとなり
【右ページ下段】
四方(よも)の秋風(あきかぜ)
はらへ
吹(ふき)
すゑ
浮雲(うきくも)の
月にかゝれる
さへのぼる
織田信長公(おたのぶながこう)
【左ページ本文】
松田(まつた)平介勝忠は信長(のぶなが)公の近臣(きんしん)也
天正十年五月 下旬(げじゆん)三好の残党(ざんとう)を
責(せめ)よと丹羽(には)五郎左衛門 戸田(とた)武蔵守(むさしのかみ)
坂井(さかゐ)与(よ)右衛門 等(とう)に三千 余(よ)の勢(せい)をそへ
泉州堺(せんしうさかい)より四国(しこく)に渡(わた)すべしと下(げ)
知(ぢ)せられければ一同 勢揃(せいそろ)へをなし押(おし)
出(いだ)すに信長公 急(きう)に松田平介を
使(つかひ)として堺(さかい)へ下し丹羽(にわ)等(ら)の諸将(しよせう)
に告(つげ)て四国へ渡海(とかい)に及(およ)ばず其(その)勢
を以(もつ)て不意(ふい)に紀州(きしう)鷺(さぎ)の森(もり)に押(おし)
よせ本願寺(ほんぐわんじ)門徒(もんと)の油断(ゆだん)せしを攻(せめ)
つぶすべしと申 付(つけ)られその外(ほか)内密(ないみつ)の策(はかりごと)
をさづけ紀州(きしう)へ遣(つかわ)しけるに急(いそぎ)立帰(たちかへり)
来(きた)りし所はや本能寺(ほんのうじ)にこと有(あり)て信
長公御 最期(さいご)信忠(のぶたゞ)卿も生害(せうがい)
ありし
跡(あと)へ走付(はせつき)軍(いくさ)はてける故 力及(ちからおよ)ばず平介
無念(むねん)の歯(は)がみをなし妙顕寺(めうけんじ)にいたり此
哥を書(かき)のこし腹(はら)十文 字(じ)に掻切(かききつ)
て義名(ぎめい)を後(のち)の世(よ)にのこしぬ
【左ページ下段】
松田平介勝忠(まつだへいすけかつただ)
そのきはに消(きえ)のこる身(み)のうき雲(くも)も
つゐにはおなじ道(みち)の山風(やまかぜ)
【右頁上段】
吉川式部少輔経家(きつかはしきぶせうゆうつねいへ)は毛利家(もうりけ)の
将(せう)にて因州(いんしう)丸山の城(しろ)に籠(こも)り数(す)百日の
防戦(ばうせん)に勇(ゆう)を顕(あらは)しけれども中国の後(ご)
詰(づめ)延引(ゑんいん)し兵粮難義(へうらうなんき)におよぶ羽(は)
柴勢(しばせい)これを察(さつ)し使者(ししや)を遣(つかは)して開(かい)
城(ぜう)を進(すゝ)む経家(つねいへ)切腹致(せつふくいた)すべき侭諸(まゝしよ)
士(し)を本国へ帰(かへ)させ給へと言送(いひおく)るに
秀吉答(ひでよしこたへ)に切腹(せつふく)に及(およ)ばず経家(つねいへ)をも
助けんよしを申 送(おく)るといへども経家 死(し)
を望(のぞみ)て盟約(めいやく)の書(しよ)を乞(こ)ひ検使(けんし)を
申 請(うけ)切腹(せつふく)の式法厳重(しきほふげんぢう)にかまへ
家臣静間源(かしんしづまげん)兵衛に向(むか)ひ信長(のぶなが)の
実検(じつけん)に入る首(くび)なりよく心を付 介錯(かいしやく)
致(いた)すべきよし言(いひ)ふくめ此 辞世(じせい)を書(かき)のこし
腹(はら)かきさばき首(くび)さしのべて打(うて)と言(いひ)けるに
静間主君(しづましゆくん)に刃向(はむか)ふ悲(かな)しさに討(うち)かねゐ
けるを経家弱(つねいへよわ)るけしきなくばか者 切(きら)
ざるかと笑(わら)ひて討(うた)れけるその勇威(ゆうゐ)を
感(かん)じ実検(じつけん)の後 厚(あつく)葬(ほうむ)りしといふ
【右頁下段】
吉川経家(きつかはつねいへ)
武士(ものゝふ)の
と
り
伝(つたへ)
たる
梓弓(あづさゆみ)
かへるや
もとの
栖(すみか)なるらむ
【左頁上段】
清水宗治は毛利家(もうりけ)の勇将(ゆうせう)にして備(びつ)
中 高(たか)松の城主也 秀吉数度(ひでよしすど)これを攻(せめ)
るといへども勇威(ゆうい)盛(さかん)にして力戦(りきせん)には落難(おちがたき)
を悟(さと)り地利(ちり)を見るに高松は小高(こだかき)のみの
平城なれば水 攻(せめ)にしかずと城の西(にし)より
南(みなみ)へまはし一里の間廣(あひだひろ)さ三十 間(けん)の堤(つゝみ)を築(きづか)せ
盤石(ばんじやく)をたゝみ上 兄上(けうべ)川の流(なが)れを堰(せき)入 折(をり)
ふし五月雨(さみだれ)ふりければ渓(たに)水流れいりて
洪水(こうずい)をなし城中水にひたして忙然(ぼうぜん)たる時
秀吉和義(ひでよしわぎ)の使(つか)ひを遣(つかは)し城将 宗治(むねはる)
切腹(せつふく)せば和睦(わぼく)して陣(ぢん)を引べき旨言 送(おく)
れと元春 隆景(たかかげ)和平致すとも忠臣(ちうしん)を
切 腹(ふく)させんこと本位(ほんい)にあらずと領掌(りやうじやう)
なければ使(つか)ひの僧安国寺(そうあんこくじ)此よしを清
水に告(つげ)けるに涙(なみだ)を流(なが)し義 将(せう)の両川
臣(しん)を憐(あはれみ)給ふこと忝(かたじけなし)切腹せば士卒助(しそつたすか)り
和(わ)義 調(とゝの)ひ国(こく)家治平の基(もとひ)なりと悦(よろこ)び
検使(けんし)を乞(こ)ひ此 辞世(じせい)を残(のこ)し兄月(あにげつ)清と
ともに切腹して義名を世々(よゝ)に伝(つたへ)けり
【左頁下段】
清水長(しみづてう)左衛門 宗治(むねはる)
浮世(うきよ)をば今こそ
渡(わた)れ武士(ものゝふ)
の
名(な)
を
高松(たかまつ)
の
苔(こけ)に
のこして
【右上】
川上左京は薩州嶋津(さつしうしまづ)家の臣(しん)なり
秋(あき)月孫左衛門/種実(たねさね)筑紫広門(つくしひろかと)に
遺恨(いこん)あるによつて嶋津勢をたのみて
天正十四年七月六日/筑前御笠郡(ちくぜんみかさこほり)
勝(かつ)の尾(を)の城へおしよせ攻戦(せめたゝ)ふ又嶋津
勢広門の舎弟(しやてい)美濃守晴門(みのゝかみはるかと)の
籠(こもり)たる一久/瀬(せ)の城へ取掛り一/時(とき)責(せめ)に
操立(もみたて)ける城将晴門こゝを専度(せんど)と
防(ふせ)ぎけれども大勢入レかへ攻付(せめつけ)ければ
既(すで)に落(らく)城に及ばんとす美濃守
晴門/防戦(ぼうせん)の術(じゆつ)尽(つき)て今はこれまで
と思ひきり軍(ぐん)神へいとま乞(こ)ひの一
戦(せん)して花をちらし閻魔王(ゑんまわう)への娑(しや)
婆(ば)土産(みやげ)にせんと荒(あら)き馬にうち
のり大太刀/振(ふつ)て切て出またゝく間(ま)
に数(す)十人切/伏(ふせ)猛威(まうゐ)をふるつて
働(はたら)く折(をり)から薩摩(さつま)勢の中より
川上左京わたり合/数度(すど)切(きり)むす
び火花を散(ち)らすに勝負(せうぶ)はさらに
【左上】
附(つか)ざりける然(しか)る所に川上左京/戦(たゝか)ひ
なかばに笑(ゑみ)をふくみ 〽打むすぶの哥
をよみかけければ筑紫(つくし)晴門これ
を聞て面白(おもしろ)しといふ詞(ことば)の下より 〽き
らばきれの歌(うた)を返(かへ)しとして互(たが)ひに
火になり水となつてしばしがあいだ
戦ひけるに左京が打太刀/晴門(はるかど)の高(たか)
股(もゝ)へ切込(きりこみ)ければ晴門も左京が足(あし)
を薙倒(なぎたを)せば双方(さうはう)ともに尻居(しりゐ)に
どうとたをれにけれど互(たが)ひに聞(きこ)
ゆる勇猛(ゆうまう)なれば深手(ふかで)もいとはず
組付(くみつい)て両人/等(ひとし)く声(こゑ)をかけ
あひさし違(ちが)へてぞ死(し)したりける
かゝる烈(はげ)しき場(ば)にいたり生死(せうし)
の街(ちまた)にありながら敷嶋(しきしま)の道(みち)
に心をこめて骸(なきがら)は戦場(せんぢやう)の土と
なるとも其(その)名は末世(まつせ)に残(のこ)し
つゝ敵味(てきみ)方の感涙(かんるい)の種(たね)とは
なりにけり
【右下】
川上左京(かはかみさきやう)
うちむすぶ
太刀(たち)の
下こそ
産家(うぶや)なれ
唯(たゞ)切(きり)かゝれ
先(さき)は極楽(ごくらく)
【左下】
筑紫晴門(つくしはるかど)
きらば切(き)れ
刃(やいば)に
かゝる
物(もの)も
なし
本来(ほんらい)心(しん)に
かたちなければ
【右上】
高橋紹運(たかはしでううん)は筑前岩屋(ちくぜんいはや)の城主に
て武勇(ぶゆう)の将也天正十二年/嶋(しま)津/勢(せい)
十万/余騎(よき)大友を攻(せめ)て猛勢(まうせい)なるに岩
屋の城へ使者(ししや)を立て申けるは紹運(でううん)の
武勇世に名高(なたか)しといへどもかくては衰(おとろへ)
られんこと近(ちか)きにあるべしとにかく家(いへ)を興(おこさ)ん
事/武(ぶ)の本意(ほんい)とす早(はや)く嶋津家(しまづけ)と和睦(わぼく)
せられ人/質(しち)を出され然(しか)るべき由(よし)申/送(おく)り
けるに紹運聞て尤の仰(おほせ)に候へども運(うん)衰へ
て志(こゝろざし)を変(へん)ずるは弓矢(ゆみや)取身の恥(はぢ)にし
て人に爪抓(つまはぢ)きせらるべし松樹(せうじゆ)千年/終(つひ)
に朽(くち)ることぞかし人生朝露(じんせいてうろ)の日/影(かげ)を
待(まつ)にひとし只(たゞ)世に残(のこ)らんものは義名(ぎめい)也
とさらに取合ねばさらば攻(せめ)よと大軍
を発(はつ)し押寄(おしよせ)ければ数日(すじつ)防(ふせ)ぐといへども
七百/余(よ)の小勢なれば敵(てき)しばらく討死(うちしに)
と覚悟(かくご)し門(もん)の柱(はしら)に
〽かばねをば岩屋の苔(こけ)にうづむとも
雲(くも)井のそらに名をとゞむべき ト
【左上】
書付(かきつけ)て一ト度(たび)敵(てき)を追払(おひはら)ひ心しづかに
切腹(せつふく)せんと高矢倉(たかやぐら)に打上り其/用意(ようい)
せしかば義(ぎ)の深(ふか)き将(せう)を慕(した)ひ同じ枕(まくら)に
切腹(せつふく)する者三十七人 〽流(なが)れての哥(うた)は此
時の辞世(じせい)也/紹運(でううん)の骸(なきがら)は薩州(さつしう)ゟ厚(あつく)
葬(ほうむ)り給ひしとかや三原/紹心(でうしん)も岩屋(いはや)の城
一方を引うけ防戦(ばうせん)手を尽(つく)しけるに四方十
余(よ)万の寄隊(よせて)山野蹊路(さんやけいろ)に充満(じうまん)して天
地も崩(くづ)るゝばかりにときを発(はつ)し攻(せめ)ければ
城兵一人して五人十人打といへども打死
する者(もの)数増(かずまさ)りける三原紹心花やかに
いで立て四尺五寸の大太刀を真向(まつかう)にさし
挿(かざ)し持口に立/添(そひ)て大/音(おん)に此/辞世(じせい)
を吟(ぎん)じむらがる敵中へ蒐(かけ)入て当(あた)るを
さいはひ切(きり)ちらし敵(てき)あまた打とれども
其身/金鉄(きんてつ)ならねば数(す)ヶ所の手疵(てきず)
を負(お)ひ今は是までなりと向(むか)ふ敵(てき)と
引組(ひきくみ)て深き谷(たに)へ転(まろ)びおち重(かさな)り合
て死(し)したりける
【右下】
高橋紹運(たかはしでううん)
流(なが)れての
末(すゑ)の
世(よ)
遠(とほ)く
埋(うづも)れぬ
名(な)をや
岩屋(いはや)の
苔(こけ)の下水(したみづ)
【左下】
三原紹心(みはらでうしん)
打太刀(うつたち)の
かねの
響(ひゞき)は
久(ひさ)かたの
あまつ
空(そら)にぞ
きこえあぐべき
【右上】
佐久間玄蕃允盛政(さくまげんばのでうもりまさ)は柴田勝家(しばたかついへ)の
甥(おひ)にて大/勇強(ゆうがう)の武者也/常(つね)に鉄(てつ)の
棒(ぼう)を遣(つか)ふ事に馴(なれ)たり天正十一年四月
賤(しづ)ヶ嶽(たけ)へ取掛(とりかゝ)り羽柴勢(はしばせい)を切崩(きりくづ)し
敵陣を数多焼立(あまたやきたて)しかばさしもの中
川/清秀(きよひで)も討死ありしかば盛政(もりまさ)勇に
ほこつて打とる所(ところ)の首(くび)を持(もた)せ勝家(かついへ)方
へおくり勝利(せうり)の吉事を言(いひ)のべその上盛
政/賤(しづが)ヶ嶽(たけ)のの陣所(じんしよ)を去(さ)らず爰(こゝ)に
在陣(ざいぢん)致すべきよしを注進(ちうしん)すれば
勝家(かついへ)さありては軍(いくさ)に利(り)なき事を
しりて少利(せうり)にほこらずいそぎ引上候へと
使(つか)ひしき波(なみ)を打(うつ)て諫(いさむ)れども強気(がうき)の
盛政/返答(へんたう)もせず然(しか)るに其夜(そのよ)子の
刻(こく)に秀吉(ひでよし)公/着陣(ちやくぢん)ありて翌朝(よくてう)敵を
眼下(がんか)に見おろし攻(せめ)かけければ忽(たちまち)北国勢
敗軍(はいぐん)に及び盛政/終(つひ)に生捕(いけとり)となり最(さい)
期(こ)の辞世(じせい)に此哥をよめり
【右下】【注:歌は左から右へ読む】
門(かど)を出るなりけり
火宅(かたく)の
小車(をぐるま)は
ぬる
はて
廻(めぐ)り
世(よ)の中を
佐久間盛政(さくまもりまさ)
【左上】
柴田(しばた)勝家は織田家(おたけ)の老臣(ろうしん)にて越前(ゑちぜん)
北の庄(せう)の城主也/軍功者(いくさこうしや)にして魁(さきがけ)に名
を得(う)るされば其/時代(じだい)の小/唄(うた)に
木綿(もめん)藤吉/米(こめ)五郎左かゝれ柴田(しばた)に
退(のけ)佐久間(さくま)と謡(うた)ひしとなり木綿(もめん)は何
に用(もち)ひても調法(てうほう)なる物(もの)ゆゑ木ノ下にた
とへ米(こめ)はなくて叶(かな)はぬものゆゑ丹羽(には)に比(ひ)
し柴田は勇気(ゆうき)盛(さか)んに駈口(かけくち)よきゆゑ
斯(かく)いふ又佐久間/信盛(のぶもり)は退口(のきくち)上手ゆゑ
なりといふ平日勝家/軍令(ぐんれい)を伝(つた)へるに哥
を以(もつ)てすその中二三/首(しゆ)をしるす
だん〳〵に人数(にんず)を押(おせ)ど先勢(さきせい)を
とりかためずはつぎをくづすな
敵(てき)の退(の)くところへつかばくひつきて
追(お)はゞ逃(にげ)たりにげばおふべし
陣(ぢん)とりはいづくなりともきを付て
日くれぬさきにあたり見ておけ
合戦(かつせん)に勝(かつ)てかぶとの緒(を)をしめて
追(お)ふも二のみも場(ば)や時(とき)による
【左下】
柴田修理亮勝家(しばたしゆりのすけかついへ)
夫(それ)ぞ
とも
人(ひと)にしら
れず
憂(うき)
ものは
身(み)を
心ともせぬ世(よ)なりけり
【右上】
信孝(のぶたか)は織田信長(おたのぶなが)公の三男なり永禄(えいろく)
十一年信長公/伊勢(いせ)の神戸(かんべ)をせめてその
一/族(ぞく)下総守(しもうさのかみ)と和平(わへい)し信孝(のぶたか)十一/歳(さい)也
しを彼家(かのいへ)の養子(やうし)となし伊勢(いせ)を領(りやう)し
後(のち)美濃(みの)に移(うつ)る然(しか)るに天正十年
六月/本能寺(ほんのうじ)の事(こと)ありてのち信(のぶ)
孝(たか)英雄(えいゆう)の挙(きよ)にして明智退治(あけちたいぢ)
の功(こう)すくなからずといへども秀吉三/法(ほう)
師丸(しまる)を立て信孝の功(こう)を賞(しやう)せず此
ゆゑに信孝/快(こゝろよ)からずありし所/柴田勝(しばたかつ)
家(いへ)北国に兵(へい)を起(おこ)す信孝是に合(がつ)
体(たい)して軍議(ぐんぎ)つたなからずといへども柳(やなが)ヶ
瀬(せ)賤(しづが)ヶ嶽(たけ)の敗軍(はいぐん)より柴田(しばた)佐久(さく)
間(ま)もほろび世にあるかひもなき身とかこち
〽身はかくて入ぬる磯(いそ)の草(くさ)なれや
ありとも人に見えずはてなん
運(うん)つたなく尾州野間(びしうのま)の内海(うつみ)
にて自害(じがい)ありし生年(せうねん)二十六/歳(さい)
なりけるとなん
【右下】
神戸信孝(かんべのぶたか)
たらちねの
名(な)をば
くださじ
梓弓(あづさゆみ)
いなばの
山の露(つゆ)ときゆとも
【左上】
筒井陽舜順慶(つゝゐやうしゆんじゆんけい)は筒井/浄妙(じやうめう)の
末(すゑ)筒井大夫/順武(じゆんぶ)より応永以来(おうえいいらい)
武事(ぶじ)をもつて大身(たいしん)となり和州筒井(わしうつゝゐ)
の城主(しやうしゆ)にて七十五万石を領(りやう)せり天
正四年/松永弾正(まつながだんぜう)織田家(おたけ)を反(そむい)て
信貴(しぎ)の城に籠(こも)る織田/勢(せい)数(す)万に
て攻(せめ)けれども要害(ようがい)の城(しろ)なればたやす
く落(おつ)べきやうなし此時順慶/策(はかりごと)を
めぐらし軍士(ぐんし)二百人/大坂本願寺(おほさかほんぐわんじ)より
加勢(かせい)なりと披露(ひろう)し信貴(しき)の城に入ら
せ惣攻(そうせめ)の折(をり)から城に火を掛(かけ)させ落(らく)
城(しやう)に及(およ)ぶ信長(のふなが)此/功(こう)を賞(しやう)し大和(やまと)一ヶ
国(こく)を給はる又/明智光秀(あけちみつひで)本能寺(ほんのうじ)合(かつ)
戦(せん)の後(のち)大和/紀伊(きい)和泉(いづみ)三ヶ国を送(おく)ら
んと味方(みかた)に招(まね)ぎけれども是に応(おう)せず
八幡(やはた)山に備(そな)へて山/崎(ざき)合戦の砌(みぎり)淀(よど)川
辺(へん)にて明智(あけち)が兵(へい)五百ばかり打とり功(こう)
を顕(あらは)しければ元(もと)のごとく大和一ヶ国(こく)領(りやう)
し天正十二年八月/病死(びやうし)す
【左下】
筒井順慶(つゝゐしゆんけい)
筒井筒(つゝゐづゝ)
つゝゐの
底(そこ)の
清水(しみづ)かげ
結(むす)ぶ手(て)
多(おほ)き
けふの明雲(あけくも)
【右上】
山名豊国(やまなとよくに)は因幡(いなば)の出/久松(ひさまつ)の城主(じやうしゆ)に
て毛利家(まうりけ)に属(ぞく)してありしかど羽柴(はしば)
秀吉(ひでよし)中国/攻(せめ)の時/同意(どうい)せしかば家人(けにん)
どもは毛利家を放(はな)れしをうとみて
離散(りさん)せしゆゑ其身も頓(やが)て世を遁(のが)
れ山家(さんか)に住(じう)し法躰(ほつたい)して禅高(ぜんかう)と号(がう)
すある夜中(やちう)盗(ぬす)人大勢/乱入(らんにう)して禅(ぜん)
高(かう)を討(うた)んとせしを鑓(やり)おつ取(とつ)て
老法師(ろうほうし)が手並(てなみ)を見せんと大
勢にわたり合いどみ戦(たゝか)ひし所
禅高が妻(つま)心/利(きゝ)たる者(もの)ゆゑ物蔭(ものかげ)
に身をひそめ衣服(いふく)を多持(おほくもち)出し賊(ぞく)
の剣戟(けんげき)に投(なげ)かけて纏(まと)ふこと度々(たび〳〵)なれ
ば賊(ぞく)どもはたらき自由(じゆう)ならずたゞよふ
所を禅高/踏込(ふみこん)で賊多(ぞくおほ)く打取(うちとり)二人
生捕(いけどり)て市中(しちう)に引ければ皆(みな)人山名/夫(ふう)
婦(ふ)の者を誉恐(ほめおそ)れけるとなん此哥は
秀吉九州/攻(せめ)の時/同伴(どうはん)にて長州
あみだ寺(じ)においてよめり
【右下】
山名禅高(やまなぜんかう)
名(な)ば
かりは
沈(しづみ)
も
は
てぬ
うた
かたの
あはれながとの
春(はる)のうらなみ
【左上】
北畠信雄(きたはたけのぶを)は織田信長(おたのぶなが)公の二/男(なん)也
織田/勢(ぜい)永禄(えいろく)十一年/大河内(おほかうち)の城(しろ)を
攻(せめ)やがて和義(わぎ)をとゝのへ信雄(のぶを)十二才
にて北畠/信雅(のぶまさ)の女(むすめ)に配(はい)して彼家(かのいへ)
の家督(かとく)となり門(もん)若ふ【?】栄(さかへ)しに天正四
年北畠一/族(ぞく)皆(みな)ほろび失(うせ)しのちも位(ゐ)
階(かい)昇進(しやうしん)して暫時(さんじ)ときめくといへども
信長公/本能寺(ほんのうじ)の変(へん)の後(のち)は日々(ひゞ)
衰(おとろ)へ挙用(きよよう)するものなきゆゑ無念(むねん)に
思ひ秀吉(ひでよし)と鉾楯(むしゆん)におよび一/戦(せん)の
後(のち)和平(わへい)になりけれど豊臣家(とよとみけ)武(ぶ)
威(ゐ)盛(さか)んなる頃(ころ)はかすかなるさまにて
京に住居(すまゐ)し昔(むかし)にも似(に)ず静(しづか)な
るに詫(わび)つゝ述懐(じゆつくわい)の心にてこの哥は
よめり北畠/准后親房卿(じゆごうちかふさけう)より
十四世の孫(まご)に当(あた)れり
墓(はか)は京都廬山寺(きようとろさんじ)にありて
高照院殿(かうせういんでん)と号(がう)す
【左下】
北畠信雄(きたはたけのぶを)
嬉(うれ)しさのあり
とや人
の思ふ
らん
憂(うき)を
うきとも
歎(なげ)かれぬ身(み)は
【右上】
日下部元五(くさかべもとかず)は志水伯耆守(しみづはうきのかみ)の息男(そくなん)也ゆゑ
ありて加藤清正(かとうきよまさ)に仕(つか)ふ朝鮮陣(てうせんぢん)の時清正
兀良哈(をらんかい)を攻落(せめおと)す砌(みぎり)元五(もとかず)首数級(くびすきう)を取/功有(こうあり)
然(しか)るに清正/地利(ちり)を計(はかり)て急(きう)に軍勢(ぐんせい)を引揚(ひきあぐ)
る折(をり)から元五(もとかず)が傍輩(ばうばい)戯(たはむれ)て和(わ)どのは日比歌(ひごろうた)を
好(この)まれ候に斯(かゝ)るせはしき場(ば)にても詠(よま)るゝやと
言(いひ)ければ元五/聞(きゝ)て異国(ゐこく)なりとも我国(わがくに)の
詞(ことば)を残(のこ)さんと筆(ふで)をとりあたりの白壁(しらかべ)に此
歌を書(かき)のこし又/蔚山籠城(うるさんろうぜう)の時/明(みん)の大/軍(ぐん)に
囲(かこま)れ夜半(よは)も油断(ゆだん)なく塀裏(へいうら)を廻(まは)り味方(みかた)
を励(はげま)し眠(ねふり)もやらず寒(かん)気/烈(はげ)しき折(をり)から
〽さむけさは鎧(よろひ)のそてに霜(しも)を置(おき)て
さえゆく月のあけかたのそら
《振り仮名:関ヶ原|せきがはら》御陣(ごぢん)の後小西の居城肥後(きよぜうひご)の宇土(うど)
を攻(せめ)し時/元五(もとかず)一/番鑓(ばんやり)の功(こう)あれば清正/感状(かんでう)に
脇差(わきざし)を添(そへ)加増(かぞう)を給はる其後/細川侯(ほそかはこう)加藤
家(け)に日下部與助(くさかべよすけ)を乞得(こひえ)給ひて志水/新(しん)之
允(でう)と改名(かいめい)させ父と共(とも)に中/津(つ)を守(まも)らしむ
後(のち)伯耆守(はうきのかみ)と号(がう)し九十二/歳(さい)にて卒(そつ)す
【右下】
日下部與助元五(くさかべよすけもとかず)
武士(ものゝふ)の矢竹(やたけ)心を
異国(ことくに)の
はての
はて
までしらせ
けるかな
【左上】
金上(かなかみ)遠江/盛備(もりみつ)は奥州南部(おうしうなんぶ)芦名(あしな)盛(もり)
隆(たか)の臣(しん)にて勇猛(ゆうまう)の人也/使者(ししや)となり上
洛(らく)して諸国(しよこく)の使者一/同(とう)出て太閤(たいかう)に
拝謁(はいえつ)せしに金上(かなかみ)いと無骨(ぶこつ)に見えし
かば御前(ごぜん)の人々/批判(ひはん)せしに太閤(たいかう)人
〴〵に示(しめ)して曰(いはく)西国(さいこく)の使者(ししや)はへつ
らふ心ありて腰(こし)をかゞめるは悴(ゑせ)【?】ごとなり
会津(あひづ)の使者は芦名(あしな)にて一二と呼(よば)
るゝ者(もの)ゆゑ拝礼(はいれい)に馴(なれ)ず無骨(ぶこつ)に
見ゆれども無(む)二の勇者(ゆうしや)なりと誉(ほめ)
られし人なり又和哥もよく詠(よみ)
連歌(れんが)は紹巴(せうは)に学(まな)ぶあるとき秀
吉公の御前(ごぜん)にて
〽女も鎧(よろひ)きるとこそきけ
といふ前句(ぜんく)ありしに金上は風雅(ふうが)に志(こゝろざ)
あり附(つけ)よと仰(おほせ)ありければ金上/畏(かしこま)りて
姫百合(ひめゆり)のとも草摺(くさずり)に花ちりて
此付句/斜(なゝめ)ならず御/感(かん)ありて引(ひき)
出(で)もの給はりしとかや
【左下】
金上遠江盛備(かなかみとほ〳〵みもりみつ)
越(こえ)ぬ
べき
山/路(ぢ)を
いかにふる雪(ゆき)の
みなれし鎧(よろひ)
袖(そで)おもるなり
【右上】
佐々成政(さつさなりまさ)は大/勇強(ゆうがう)の大将也/初(はじめ)北国を領(りやう)
せしが天正十六年/肥後(ひご)を拝領(はいりやう)して熊本(くまもと)
に移(うつり)制法(せいほう)を定(さだむ)るに隈府(くまぶ)の城主/相摸(さがみの)
守(かみ)親長(ちかなが)下知(げち)に応(おう)ぜず成政/怒(いかつ)て隈(くま)
府(ぶ)を攻(せむ)るにいまだ戦(たゝか)ひ半(なかば)に熊本に一
揆(き)起(おこり)て留守(るす)の城(しろ)を攻(せむ)るよし注進(ちうしん)ありけ
れば成政(なりまさ)熊本へ引取(ひきとる)所/歒跡(てきあと)を追(おつ)て退(のき)
口(くち)難義(なんぎ)なりしが成政一世の勇(ゆう)を震(ふるつ)て引
上る此/勇戦(ゆうせん)辺土(へんど)なるゆゑ世に知(し)れざること
を成政/歎(たん)ぜしといふ斯(かく)て国中/治平(ちへい)せざる
は邪政(じやせい)なるゆゑと太閤(たいかふ)召(めし)給ふ成政/尼(あま)が崎(さき)
法園寺(ほうおんじ)に旅宿(りよしゆく)してありしに自害(じがい)せよと
上/使(し)の来るを成政/驚(おどろ)く気色(けしき)なく沐浴(もくよく)
して撿使(けんし)に向ひ後代(こうだい)の物語(ものがたり)にせられよ
と立ながら腹(はら)十文/字(じ)に切(き)り腸(はらわた)を掴(つか)み
出し天井(てんじやう)へ打付しに龍(りう)の画(ゑ)に血活(ちくわつ)のこ
りて誠(まこと)の龍(りう)の蟠屈(はんくつ)する如く末代(まつだい)これを
見る者/恐怖(きやうふ)せざることなしといふ此哥は
長門(ながと)のあみだ寺(じ)にての詠(えい)なり
【右下】
名にしおふ長(なが)
門(と)の海(うみ)をきて
見れば
あはれを
添(そふ)る
春(はる)の浦波(うらなみ)
佐々陸奥守成政(さつさむつのかみなりまさ)
【左上】
吉川治部少輔元長(きつかはぢぶのせうゆうもとなが)は元春(もとはる)の男に
て智勇(ちゆう)の大将也/秀吉(ひでよし)と度々(どゝ)手/詰(づめ)
の勝負(せうぶ)を決(けつ)せんと勇進(いさみすゝま)れし強威(がうゐ)の気(き)
質(しつ)也/父(ちゝ)元春/羽柴(はしば)の下風(かふう)に附(つか)んこと本意(ほい)
なく思ひ給ひしや元長に家(いへ)を譲(ゆづ)り隠(いん)
居(きよ)し給ふ元長も一胸襟(いつきやうきん)にておはしけれど
秀吉吉川を重(おも)く用(もち)ひ給ひ九州/陣(ぢん)の
時近年/諸所(しよ〳〵)の軍物語(いくさものがたり)をもせん間(あいだ)ぜひ
出陣し給へと宣(のたま)ふに仍(よつ)て九州陣に出(しゆつ)
馬(ば)あれども俄(にはか)に病気(びやうき)脳(なやま)【悩】されければ弟(おとゝ)
蔵人経言(くらんどつねのぶ)を名代として遣(つかは)され其身
は山渓(さんけい)に入水竹の居(きよ)に心を清(すま)し隠遁(いんとん)
の思ひあれば石見(いはみ)にある舎弟(しやてい)左近将監(さこんのしやうげん)【「将」のフリガナ不詳】
元氏(もとうぢ)の許(もと)へおくり給へる哥に
〽梓弓(あづさゆみ)ひかれけるぞや心にも
まかせはてなばすみぞめのそで
されども桑門(さうもん)の望(のぞみ)もとけず邁(ばん)
齢(れい)四十/歳(さい)にて日向(ひうが)の国の陣中
にて病死(びやうし)したまふ
【左下】【注:歌は左から右へ読む】
まゝの 継(つぎ)はし
もとの
吾身(わがみ)ぞ
中(なか)は
世(よ)の
ぬる
はて
わたり
皆(みな)人は
吉川元長(きつかはもとなが)
【右上】
北條(ほうでう)左京大夫/氏政(うぢまさ)は氏康(うぢやす)の嫡(ちやく)
子(し)也/文武(ぶんぶ)をかねたる将(せう)にしてよみ歌
もあまたあり松契多春(せうけいたしゆん)の題(だい)にて〽ま
もれ猶(なほ)の歌はよめりおなじく松の題(だい)にて
〽うつし植(うへ)し二/葉(ば)の松(まつ)のことしより
みどりにこもる春(はる)はいくはる
〽いく春を契(ちぎ)りおきてか住吉(すみよし)の
はま松(まつ)がえのみさほなるらん
氏政氏康の名跡(めうせき)を継(つぎ)て一代の間(あいだ)
合戦(かつせん)多(おほ)し所謂(いはゆる)里見義弘(さとみよしひろ)するがの
今川(いまがは)上杉(うへすぎ)武田(たけだ)何れの歒(てき)にも鉾(ほこ)を
争(あらそ)へども自国(じこく)を掠(かすめ)られし事(こと)なく
五代百/余年(よねん)家(いへ)を治(をさめ)られしかども
天正にいたり上/洛(らく)延引(ゑんいん)のことについて
太閤(たいかう)の心に違(たが)ひ合戦に及(およ)び天運(てんうん)に
叶(かな)はざる所あるゆゑにや落城(らくじやう)して天
正十八年七月十一日/生害(せうがい)の時/辞世(じせい)
〽ふきとふく風なうらみそ花の春
もみぢの残(のこ)る秋(あき)あらばこそ
【右下】
北條氏政(ほうでううぢまさ)
まもれ
猶(なほ)
君(きみ)に
ひかれて
住吉(すみよし)の
松(まつ)のちとせを
万代(よろづよ)のすゑ
【左上】
小早川筑前守(こばやかはちくぜんのかみ)隆景は元就卿(もとなりけう)の
三男なり毛利家(まうりけ)三家の内にて芸(げい)
州(しう)より東南(とうなん)の方を附(ふ)せられ九州/発(はつ)
向(かう)の時は先鋒(せんぼう)の大将たり毎度(まいど)戦場(せんぜう)
に向(むかつ)て堅(かた)きを砕(くだ)き哀憐(あいれん)をたれて其智(そのち)
勇(ゆう)朝鮮(てうせん)までも轟(とゞろか)せし将なりさしも軍(ぐん)
慮(りよ)に賢(かしこ)き秀吉(ひでよし)公すら播州上月(ばんしうかうづき)又
は馬野山対陣抔(うまのさんたいぢんなど)には両川の智勇(ちゆう)に
は舌(した)を巻(まき)て陣を払(はら)つて退(しりぞか)れたり中国
和睦(わぼく)の後(のち)は秀吉公/敬(うやま)ひしたしむことひと
かたならず此哥は上/洛(らく)の砌(みぎ)り聚楽(じゆらく)の御(ご)
所(しよ)にて月の宴(えん)の折(をり)から詠(えい)ぜしなりその
節(せつ)太閤/或公卿(あるくげう)と碁(ご)を囲(かこみ)給ひしにむ
づかしき石続(いしつづき)にていろ〳〵御/工夫(くふう)あれども
御手につかへ給ふ御/見物(けんぶつ)の歴々(れき〳〵)いかがせ
させ給ふらんと詠(なが)め居(ゐ)たりその時/太閤(たいかう)
これは小早川が智恵(ちゑ)にてもかなふまじ
と宣(のたま)ふ此/詞(ことば)をもつても隆景(たかかげ)の英智(えいち)
の程を押(おし)はかりてしるべし
【左下】
小早川隆景(こばやかはたかかげ)
治(をさま)れる代(よ)を
こそ仰(あほ)げ
九(こゝの)
重(へ)
の
今宵(こよひ)の
月(つき)を見るに
附(つけ)ても
【右上】
細川幽斎卿(ほそかはゆうさいけう)は文武両道(ぶんぶりようどう)の大将にて
丹州田辺(たんしうたなべ)に在城(ざいぜう)のころ歒一万七千の
勢を以て攻囲(せめかこ)むかゝる騒(さはが)しき中にも
中院通勝(なかのいんみちかつ)卿/歌道(かどう)にて親(した)しき御中
なれば軍中に御/訪(とふら)ひのことまめやかに
して幽斎卿より歌道/伝授(でんじゆ)のこと
残(のこ)りしよしにて甲冑(かつちう)の侭(まゝ)手に采配(さいはい)を
持(もち)軍の駈引(かけひき)の中にて口伝(くでん)ありし所へ
歒方より鉄炮(てつほう)しげく打両卿の中へ玉
一つ落(おち)ければ幽斎卿とりあへず
〽爰(こゝ)をさしてうつ鉄鉋【炮】の玉きはる
いのちに向(むか)ふ道(みち)は此みち
かゝる場所(ばしよ)にても詠歌あることいみじく
世にきこえけり又/古今集(こきんしう)の秘訣(ひけつ)兵火の
為に失(うしなは)んことを惜(をし)み禁裡(きんり)へ奉る時の哥
〽もしほ草(ぐさ)かき集(あつ)めたるあととめて
むかしにかへせわかのうらなみ
斯(かく)て勅命(ちよくめい)ありて城の囲(かこみ)を解(とか)せ大歒を
追払(おひはら)ひ給ふ和歌の徳(とく)いと尊(とうと)むべきことなり
【右下】
いにしへも
今もかはら
ぬ
世(よ)の
中(なか)
に
心(こゝろ)の
たねを
残(のこ)すことのは
従(じゆ)二/位(ゐ)法印幽斎(ほふいんゆうさい)
【左上】
陸奥黄門(むつのくわうもん)政宗/卿(けう)は文武(ぶんぶ)二/道(たう)に秀(ひいで)
給ふ大将にて又/能書(のうじよ)に聞(きこ)へあり敷嶋(しきしま)
の道(みち)に心がけ深く世に伝(つた)へし古歌(こか)に
〽むさしのは月の入べき山もなし
草(くさ)よりいでゝ艸(くさ)にこそいれ
是にては月の出入りはるかならずと
思し此こゝろをたよりとして
〽いづるより入る山の端(は)は何国(いづく)ぞと
月にとはましむさしのゝはら
かく詠(よみ)て近衛殿(このゑどの)へまゐらせしに限(かぎ)り
なく御/誉(ほめ)ありて月/雪(ゆき)を事として花
のもとにすむ歌人もおもてを覆(おほ)ふよし
仰(おほせ)られける詠哥数多(よみうたあまた)の中に冨士(ふじ)を
〽いつ見てもはじめて向ふ心かな
たび〳〵かはる冨士の景色(けしき)を
此/詠(えい)たぐひなく思召と雲上(うんせう)より御
褒美(ほうび)ありし哥也又/逝去(せいきよ)の時/辞世(じせい)に
〽くもりなき浮(うき)世の月をさき立て
こゝろの闇(やみ)をてらしてぞゆく
【左下】
藤原政宗(ふぢはらのまさむね)
さゝずとも誰(たれ)かは
越(こえ)んあふ
坂(さか)の
関(せき)の戸(と)
うづむ
夜半(よは)の
しら雪(ゆき)
【右ページ上段】
秀吉(ひでよし)公の武略官位昇進(ぶりやくくわんゐしようしん)の事は
人のしる所なればしるさずば和歌をも
よく詠(よみ)給ふゆゑ聊(いささか)これを抄出(せうしゆつ)す
小田原下向(をだわらげかう)に冨士(ふじ)山を御覧(ごらん)じて
「都(みやこ)にて聞(きゝ)しはことのかずならで
くもゐにたかき冨士の根(ね)の松
伏見(ふしみ)山に茶座敷(ちやざしき)をしつらはせて
「あはれこの柴(しば)のいほりの淋(さび)しさに
人こそとはね山おろしの風
御/当座(とうざ)夢(ゆめ)によする恋(こひ)
「思ひ寝(ね)の心やきみにかよふらん
こよひあひ見る手枕(たまくら)のゆめ
世の中のはかなきををおぼして
「つゆとちりしづくと消(きゆ)るよの中に
何とのこれる心なるらん
天正十六年四月十五日/聚楽御(じゆらくご)
所(しよ)へ御幸(みゆき)ありて和歌の御/會(くわい)に
「よろづ代の君がみゆきになれなれん
みどりこだかきのきの玉水
【右ページ下段】
吉野(よしの)山
誰(たれ)とむる
とは
なけれ
ども
今(こ)
宵(よひ)
も
花(はな)の蔭(かげ)
に
やどらん
豊臣秀吉公(とよとみひでよしこう)
【左ページ】
輯者緑亭川柳
畫工《割書:口画五頁|出像自一至十》前北斎卍老人
仝《割書:自十一|至二十》一勇齋國芳
仝《割書:自二十一|至三十》玉蘭齋貞秀
仝《割書:自三十一|至四十》柳川重信
仝《割書:自四十一|至五十》一陽齋豊國
【右ページ】
英 雄(ゆう)百人一首 袋入緑亭川柳
一冊玉蘭齋貞秀画
此書 諸君(しよくん)思召(おぼしめし)に叶ひ年々に出月々に行(おこなは)れて弘化二巳年春より四ヶ年の間
絶間(たへま)なく摺(すり)出し近来 稀(まれ)なる大あたりに付なほ此たび増補(ぞうほ)いたし板木を彫(ほり)
あらため紙摺等 精密(せいみつ)に相 製(せい)し申候 且(かつ)また緑亭 輯録(しうろく)の本并に著
述の合巻(くさぞうし)るゐ追々出板仕候間相かはらず御求御高読【覧ヵ】の程奉希候
義列(ぎれつ)百人一首 袋入 緑亭川柳輯
一冊 近刻
瑞応百歌撰(ずゐおうひやくかせん) 袋入 緑亭川柳輯
十冊 近刻
于時嘉永二年巳酉正月発版 馬喰町二丁目
東都書肆 錦耕堂 山口屋藤兵衛梓
【左ページ】
日本橋通一丁目 須原屋茂兵衛
同 二丁目 山城屋佐兵衛
同 所 小林新兵衛
東 都 芝 神 明 前 岡田屋嘉七
同 所 和泉屋市兵衛
本石町十軒店 英 大 助
芳町親仁橋角 山 本 平 吉
大伝馬町二丁目 丁子屋平兵衛
書 林 横山町一丁目 出雲寺万次郎
浅草茅町二丁目 須原屋伊八
横山町三丁目 和泉屋金右衛門
馬喰町二丁目 山口屋藤兵衛板
【白紙】
【表紙 題箋】
男女寚文
福 女源氏教訓□鑑 全
新図改正
【資料整理ラベル】
TIAO 14 て1
日本近代教育史
資料
【右丁】
【上部横書き】
女/源(げん)/氏(じ)/教(けう)/訓(くん)/鑑(かゞみ)
【一段目】
一 源氏(けんし)六十/帖(てう)注釈(ちうしやく)
一 同/本哥(ほんか)五十四/首(しゆ)
一 石山(いしやま)近江(おふみ)八景(はつけい)図
一 唐土(もろこし)瀟湘(しやう〳〵)八景(はつけい)
一 京/東山(ひがしやま)名所(めいしよ)図(のず)
一 女(おんな)不断(ふだん)身持(みもち)鑑(かがみ)
一 本朝(ほんてう)女中(ぢよちう)和文(わぶん)八/大家(だいか)
一 一休(いつきう)和尚いろは哥
一 女中之(ぢよちうの)一/生記(しやうき)
一 女中/風俗(ふうぞく)教訓(けうくん)鑑(かゝみ)
一 女/教訓(けうくん)宝(たから)ぐさ
一 七小町之物語
一 色紙(しきし)短冊(たんじやく)之式法
一 祇園祭礼 山鉾(やまぼこ)図
一 女/謡(うたひ)教訓之絵抄
一 四季(しき)之歌/尽(つく)し
【二段目】
一 三十六人歌/仙(せん)絵抄
一 年中(ねんぢう)行事(ぎゃうじ)
一 御所(ごしょ)言葉(ことば)之次第
一 香(かう)之紀品々秘伝
一 掛香(かけかう)匂(にほひ)袋(ふくろ)之法
一 琴(こと)三味線(しやみせん)之事
一 琵琶(びわ)并 笛(ふゑ)之記
一 双六(すごろく)之 因縁(ゐんゑん)之事
一 七夕(たなばた)詩歌(しいか)尽し
一 女たしなみぐさ
一 緒病(しよびやう)之 薬方(やくはう)付
一 女こしけの名方
一 年中 料理(れうり)指南
一 有馬(ありま)温泉之記
一 同 養生(やうしやう)の記
一 つれ〳〵四季の段
【三段目】
一 月(つき)のから名尽(なつくし)
一 男尼法体(おとこあまほつたい)の名尽
一 女中 文(ふみ)の封様(ふうじやう)
一 人々一代 守(まもり)り【送り仮名の重複】本尊(ほんそん)
一 女中名尽 相性(あいしやう)付
一 こよみの中だん
一 同 下段(げだん)之事
一 不成就日(ふしやうじゆにち)之事
一 小笠原(おかさはら)流 折形(をりかた)
一 源氏之(げんしの)略 系図(けいづ)
一 源氏六十 帖目録(てうもくろく)
一 同六十帖之 大意(たいい)
一 官位(くわんゐ)將(しやう)【「束」の下「衣」】(ぞく)の図抄
一 歌(うた)の読(よみ)かた之事
一 同かな遣(つかひ)之伝授
一 源氏壱部の大意
【下部横書き】
源氏哥(けんじうた)五十 四首(よしゆ)
【左丁 絵画 文字無し】
【欄外上部横書き】
石(いし)山 近江八景(あふみはつけい)
【挿絵内】
石山秋月(いしやまのあきのつき)
矢橋帰帆(やばせのきはん)
比良暮雪(ひらのぼせつ)
比叡山
堅田落雁(かたゝのらくがん)
唐崎夜雨(からさきのよるのあめ)
大津の浦
三井晩鐘(みつゐのばんしやう)
膳所城
粟津晴嵐(あはづのせいらん)
勢田夕照(せたのせきせう)
【右丁 上段】 【右丁 下段】
遠保帰帆(えんほのきはん) 山市晴嵐(さんしのせいらん)
風むかふ 松(まつ)たかき
雲(くも)のうき 里(さと)より
浪(なみ) 上(うへ)の峯(みね)
たつと はれて
見て 嵐(あらし)に
釣(つり)せぬ しづむ
さき 山もと
に の
かへる 雲(くも)
舟(ふな)人
江天暮雪(こうてんのぼせつ) 瀟湘夜雨(しやう〳〵のよるのあめ)
芦(あし)の葉(は)に 船(ふね)よする
かゝれる 浪(なみ)に
雪(ゆき)も こゑなき
ふかき 夜(よる)の雨(あめ)
江の 苫(とま)より
みぎはの くゞる
色は夕べ しづく
ともなし にぞ
しる
【左丁】
洞庭秋月(とうていのあきのつき) 漁村(きよそん)
秋に 夕照(せきせう)
すむ 浪(なみ)の色(いろ)や
水すさ 入日の
ましく 跡(あと)に
さよ 猶(なを)見え
更(ふけ)て て
月を 磯際(いそぎは)
ひたせる くらき
おきつ 木(こ)がくれ
しら浪(なみ) の里(さと)
遠寺晩鐘(えんじのばんしやう) 平沙落雁(へいさのらくがん)
暮(くれ)かゝる まつあさる
霧(きり)より あしべの友(とも)に
つたふ さそはれ
かねの音(ね)に て
遠方(をちかた) 空(そら)
人 ゆく
みち も かり
いそぐ また も
なり くだるなり
【頭部欄外に横書き】
唐土瀟湘八景(もろこししやう〳〵はつけい)
【欄外上部横書き】
/洛(らく)/陽(やう)/東(ひがし)山之/啚(づ)
【右丁方枠内】
とりべの みゝつか
おとはのたき
おくのゐん 大ぶつ
きよみづ
ゆぎやうの寺 ぜうらくじ 六はら寺 ゑひす社
やすい御門跡 けんにんし
かうしん堂
六だう
ちしゆ ふくろ水 三ねんさか 七くはんをん めやみのちぞう 四条かけら
【左丁】
【右頁上段】
【枠内に題】
女 不(ふ)断(だん)身(み)持(もち)鑑(かゞみ)
◯髪(かみ)の結(ゆひ)やうのしな〳〵は兵庫(ひやうご)
吹(ふき)あげ角磐(つのあけ)わげ。くる〳〵丸わげ。
五だんわげ下(した)かみかうがい大嶋田(おほしまだ)小(こ)
嶋田(しまだ)當世(たうせい)やうのやつししまた抔(など)
とてさま〳〵の結(ゆひ)やう有(あり)と雖(いへども)
それ〳〵の風俗に似合たるやうに奥
さま【仮名の合字】女房家主嫁こしもとおゐま下
女のしなかたちをしたひ遊女たはれ
め茶や女の賎しく。ばし【派手で世間の目をひく】成すがたをまね
給ふべからずにかうがいはひきゝ方がよし
◯額(ひたい)のすり様(やう)も右に同じ万端(ばんたん)
のふうぞくしほらしくして目(め)にた
たぬをよしとす大額(おおひたい)小額(こひたい)丸びたい
くわたう口すりあげびたいみな人
この面躰(めんてい)の生(むま)れ付大がほ小かほ丸
がほ長き㒵(かほ)の姿(すがた)をはからひ作(つく)り給ふ
べしされ共いつのころよりはやり初
けん彼すりあげびたいとて額の
きはをあく迄すり上ひたいの程
を顔になし半かうずりのやうに
すり上たりあとのあを〳〵とみゆ
【左頁上段へ続く】
【右頁中段】
紫(むらさき)式部(しきぶ)は上東門(しやうとうもん)
ゐんの官女(くわんじよ)なり
はじめは藤(ふぢ)式部
と申けるが源氏(けんじ)
物(もの)がたりの若紫(わかむらさき)
の巻(まき)つとによろ
しく書(かき)ける故(ゆへ)此(この)
名(な)を得(ゑ)たりと
かや又は一 条院(でうゐん)の
御 乳母(ンめのと)の子(こ)なり
上東門院に奉(たてまつ)ら
しむる事(こと)とて
我(わが)ゆかりのもの
なり哀(あはれ)と思(おぼ)し
めせと申さしめ
給ふ故 此(この)名(な)あり
とぞ
◯千載集(せんざいしう)の哥《割書:ニ》
水鳥を
水のうへ
とやよそに
みん
我も
うきたる
世を
すごし
つゝ
【右頁下段】
【枠内に題】
本(ほん)朝(てう)女(ぢよ)中(ちう)和(わ)文(ぶん)八(はち)大(だい)家(か)
【水辺に立つ紫式部の図】
【左頁上段・右頁上段より続く】
るそうるさけれおこがましくすげ
なき姿(すがた)を好(この)む事(こと)にはあるなり
◯眉(まゆ)にしんを入るゝ事 霞(かすみ)の内(うち)に弓張(ゆみはり)
月のほの〴〵とうつろふがごとく引給ふ
べし墨(すみ)こく太(ふとき)は賤(いやしき)也◯白粉(おしろい)の事
因縁(ゐんゑん)淺(あさ)からず古(いにし)への美人(びじん)艶妍(ゑんけん)の粉(ふん)
黛(たい)にかる事あまねし只(たゞ)よき白粉(おしろい)
をうすくぬりて其跡(そのあと)を清(きよ)き絹(きぬ)にて
ぬぐひたるをよしとす粉(ふん)のすたらん事
をおしみてあつく賤(いやし)げなるは見ぐるし
◯お 歯黒(はくろ)といふは公家方(くげがた)の詞(ことば)なり
され共 殿上(てんじやう)の事をさうしにかね黒(くろ)
く眉(まゆ)ほそくきはめて上らうの御 姿(すがた)
などゝ書(かけ)りかね共申べくや御所方(ごしよがた)
にてふし水共ぬきすの水とも云(いふ)下
〳〵にてはつけがねといふとなり此 徳(とく)
はをつよくなす薬也 春(はる)の始(はじめ)のつけ
初(ぞめ)には先(まつ)地神(ぢじん)に手向(たむく)べし◯手水(てうづ)
の粉(こ)にもみぢまちりてよりあづきの
粉(こ)さゝげの粉(こ)緑豆粉(ぶんどうのこ)をつかふべしきめ
こまかに美敷(うつくしく)あせぼにさび出ず◯
髪(かみ)の油(あぶら)はくるみの油かみ黒(くろ)くしな
よく匂(にほ)ひ高(たか)からずしてよし
【左頁中段】
清少(せいせう)納云(なごん)は清原(きよはら)
の深養父(ふかやぶ)の曾孫(ひまご)
元輔(もとすけ)の子(こ)也一 条(でう)の
院(いんの)后宮(こうぐう)の女 房(ばう)也
枕双紙(まくらざうし)の作者(さくしや)也
老(をひ)の後(のち)は四国(しこく)に落(おち)
ぶれて有(あり)しよし
今(いま)にそのしるし
有(あり)とかや
◯千載集(せんざいしう)に
菩提(ぼだい)といふ鳥(てう)に
結縁(けちゑん)の講(かう)じける
時 聴聞(ちやうもん)にまふで
たりけるに人の
もとよりとく帰(かへ)れ
といひたりければ
つかはしける
もとめても
かゝる
蓮の
露を
をきて
うき
よにまたは
かへる
物かは
【左頁下段】
【清少納言が宮中からの使者に歌を渡している図】
【右頁上部余白に囲みの題 右から読む】
一(いつ)休(きう)教(けう)戒(かい)以(い)呂(ろ)波(は)歌(うた)
【各々の頁上段に八首の歌が記されている】
い
いかにして
われのみ
われを
たつる
かわ
われを
すつれば
ひろきうきよを
ろ
ろくなりし
心をわれ
とまからせ
て
かみや
ほとけも
またいかにせん
は
はなは花
もみちは
もみち
そのまゝ
に
いわで
おしゆる
わかのりの道
に
にしひがし
きたやみなみの
また
ほかに
ひろきくに
あり
かくれがにせん
ほ
ほんらいは
むいち
もつと
や
ろく
そ
どの
それはねごとか
はらすじのかは
へ
へだてねば
むかしの
だるま
今のわれ
さても
たうとき
いきほとけかな
と
とるものも
なければ
すつる
ものも
なし
もとの心に
もとの
身なれば
ち
ちるはなに
さかぬ
むかしの
かくれ
がを
とはばや
はるのかぜ
ふかぬまに
【右頁中段】
【下段はむつきを贈る伊勢の図】
伊勢(いせ)は大和守(やまとのかみ)
継蔭(つぐかげ)か女(むすめ)也七 条(でう)
の后(きさき)温子の官女(くわんじよ)
也 寛平(くわんへい)法皇(はうわう)の
御息所(みやすどころ)行明(ゆきあきら)親
王の母也いせの
御(ご)とたうとみて
いふ也伊勢物語
をつくれり
摂津国 古曽戸(こそべ)
といふところに
いせ寺とて墓(はか)置
◯詞花集(しくわしう)に
正月朔日 子(こ)を
うみたる人に
むつきつかわす
とて
めづらしく
けふ
たち
そむる
つるの
子は
千代
の
むつきをかさぬ
べきかな
【左頁上段】
【一休伊呂波歌続き】
り
りにまよひ
ひせば
とがむる
世の中の
人の心の
なみ
かぜぞうき
ぬ
ぬかね
ども
わがほう
けんは
するどにて
さわれば
きれる
せひの人かな
る
るりめなふ
さんごの
玉も
ふみ
くだけ
われに
たふとき
によい
ほうじゆ有
を
おとなしの
たきのひびき
に
ゆめさめて
うまれぬ
さきの
ものとなりけり
わ
わがぜんは
ほとけも
からず
そもからず
ねては
ゆめ
みる
さめてめしくふ
か
かぜならで
たれか
つたへん
のりのみち
かたち
なければ
こゑは
そもさて
よ
よの中の
そしり
ほまれ
を
いとはねば
心やすくも
すみぞめの袖
た
たれをかも
しる人に
せんある
たかさごの
まつに
ここん
の色も
かわらず
【左頁中段】
和泉式部(いづみしきぶ)は大江(おほゑ)
雅致(まさなり)の女(むすめ)和泉守
道貞(みちさだ)の妻(つま)となる
上東門院につかへ
ては弁(べん)の内侍(ないし)と
申す実(まこと)のゑたる
哥(うた)よみのさまに
こそ侍(はべ)らざめれ
口(くち)にまかせたる事
共かならず目(め)と
まることヽも多(おほ)
かり
◯拾遺集(しういしう)誹諧
法師(ほうし)の扇(あふぎ)を
おとして侍(はべり)ける
をかへすとて
はかなくも
わすられ
にける
扇かな
おち
たり
けりと
人もこそ
しれ【「見れ」との説もあり】
【左頁下段の図 法師が不用意に扇を落としている】
【右頁上段一休伊呂波哥】
れ
れきぜん
に
めぐる
ゐんぐは
はくる〳〵
と
くるり〳〵
と
あとも
とゝめず
そ
それもよし
これも
よしのゝ
はな
もみぢ
あきの
もみぢは
春のはざくら
つ
月もわれ
も
おなし
ながめ
の
そら
はれて
くもなき里
すむ に
こゝろかな
ね
ねては
ゆめ
おきては
うつゝかげ
ぼうし
わが物
ならぬ
わかみ成けり
な
なにごとも
きたらば
きたれ
さらば
され
ある
にまかせ
て
なきは
そのまゝ
ら
らくはらく
くはくなり
けり
さとつては
ながるゝ水
のあとは
とゞめず
む
むといふて
かのしやう
しう
ゝ は
むをとかず
たかくまなこを
つけてみるべし
う
うんもん【注①】に
ほとけを
とへばかんし
けつ【注②】
しやかも
みろく
も
手を うちにけり
【注① 雲門宗の略。禅の五家七宗の一つ。唐末五代の雲門文偃(ぶんえん)を祖とするもの。宗祖以後約二〇〇年続いたが、南宋の末に衰滅し、日本には伝わらなかった。】
【注② 乾屎橛=乾いた棒状の糞とも、糞を拭うのに用いたへらとも解される。もっとも汚いもの、取るに足りないもののたとえに用いられる。ある僧が雲門宗の祖である雲門文偃に、仏とはいかなるものかと問うたところ、乾屎橛だと答えたとの故事に基づく。】
【右頁中段】
赤染右衛門(あかぞめのゑもん)は大和(やまと)
守(かみ)赤染 時用(ときもち)が子(こ)
也 実(じつ)は平(たいらの)兼盛(かねもり)が
女(むすめ)なりしがかれが
母(はゝ)を離別(りべつ)して
のち時用(ときもち)に嫁(か)す
る故也 御堂(みだうの)関白(くわんばく)
殿の栄行事(さかゆくこと)を
しるして栄花(えいぐわ)
物語(ものがたり)をつくれり
源氏(げんじ)物語に並(ならび)て
世に称(せう)ぜらる
大(おゝ)江の匡衡(まさひら)の
室(しつ)となる
◯後撰集(ごせんしう)に
王昭君(わうせうくん)を
よめる
なげきこし
道の
露
にも
まさり
けり
なれ
こし里を
こふる
なみだは
【匈奴に嫁した王昭君に思いを馳せる赤染右衛門の図】
【左頁上段一休伊呂波哥続き】
ゐ
ゐきしにを
わすれぬ
人は
うかり
けり
まどろむ
人に
ことのはも
なし
の
のちのよも
むかしも
今も
いきしに
も
わか身の上
すて は
はてにけり
お
おしやほしや
にくやかはひ
やそのま
まに
と
まる
心の
なき
ぞかなしき
く
くやしきや
くやむ心を
わする
なよ
それも
ぼだいの
みち
しるべなれ
や
やすしとや
無事これ
きにん
何事
も
しらぬが
ほんの
いき
ぼとけかな
ま
まよはねば
さとりも
さらに
なかりける
はなの道なる
山ぶき
のつゆ
け
けふだらに
またねん
ふつと
なをかへて
わがほつ
しやうを
よび
さまし
けり
ふ
ふかしぎの
くどくの
うみの
そこぬけて
三ぜのしよ
ぶつ
かけ
も
とゝめず
【左頁中段】
大弐三位(だいにのさんみ)は右衛門
佐 宣孝(のぶたか)のむす
め母は紫(むらさき)式部也
大弐成平(だいになりひら)が妻(つま)
となるによりて
大弐三位と号(がう)す
又弁(べん)の局(つぼね)ともい
ゑり狭衣(さごろも)の作(さく)
者(しや)也 源氏(げんじ) さ衣(さころも)
とて世にならひ
おこなわれ称美(せうび)
せらる
◯千載集(せんざいしう)
物の名
かきのから
榊葉は
もみぢ
も
せしを
神かき
の
から
くれなひ
に
見え
わたる
かな
【山野に立つ大弐三位の図】
【右頁上段一休伊呂波哥続き】
こ
こひすてふ
手にも
とられぬ
きみゆへ
に
しやかも
だるま
も
身をやつしつゝ
え
えりすつる
心にちりは
あらね共
すつる
心ぞ
ちりとこそ
なれ
て
てる月を
心のうち
に
うつしては
よは
うき雲
の
すがた
なりけり
あ
あめはれて
うきよの
かさを
ぬぎすてゝ
くま
なき月の
かけ
をなが
むる
さ
さりとては
なかるゝ
水の
あとも
なき
身をも
心も
うつし
てやみん
き
きくことも
なければ
とひも
なかり
けり
きかざるさきぞ
とふ
て
のちなれ
ゆ
ゆくすゑも
またこしかた
も
ゆめなれば
何も
なき身
と
なりてくらさん
め
めにはみて
はなには
かぎて
みゝに
きく
われも
ほとけ
に
かはら
ざり
けり
【右頁中段】
右近大将(うこんのだいしやう)道綱(みちつな)母は
右衛門佐 倫寧(つねやす)の
女(むすめ)也 東三条(とうさんでう)入道(にうだう)
兼家(かねいへ )公の室(しつ)也
本朝(ほんてう)古今(ここん)美人(びじん)
三人の内也きわめ
たる哥の上手(じやうず)也
兼家公かよひ給ひ
ける程(ほど)の事うた
など書(かき)あつめて
蜻蛉(かげろう)日記(につき)と名付(なづけ)
て世(よ)にひろめ
給へり
◯新古今集(しんこきんしう)に
入道(にうだう)摂政(せつしやう)久しく
まうでこざり
ける比びんかきて
出けるゆするつ
ぎの水入なから侍
けるをみて
絶ぬるか影
たに見へば
とふ
べきをかたみの水は
みくさゐにけり
【右頁下段 残された水を観察する道綱母の図】
【左頁上段一休伊呂波哥続き】
み
みゝもなく
目もなく
はなも
なき
ものを
なをつけ
そめて
仏とぞいふ
し
しゆしやう
さに
まよひ
そめぬる
のりのみち
いたりゑぬれば
しゆしやうけもなし
ゑ
ゑにかきし
道にまよ
へる
人
よりも
さとりに
まよふ
人そ
はかなき
ひ
ひとはほとけ
ほとけは人よ
うき
しづみ
水と
なみとに
なぞかわり
けり
も
もゝとせの
よはひも
われは
何かせん
きたらず
さらぬ
本の
身なれば
せ
せきすへて
たがとゞめ
けん
のり
のみち
おろか
なり
ける
人心かな
す
すみやすき
心のおくの
かくれが
を
しら
でや
人の
わけまよふらん
京
きやうだらに
はやり小うた
も
高砂も
さいの
ぢやう〳〵
人はへだてじ
【左頁中段】
安嘉門院(あんかもんゐん)の四条(しでう)
は為家(ためいへ)の室(しつ)為相(ためなり)
の母(はゝ)也 阿仏(あぶつ)と号(がう)
す為氏(ためうぢ)は腹(はら)がはり
の子(こ)為相(ためなり)の兄(あに)
なりし父(ちゝ)為 家(いへ)
末期(まつご)に為相に
播磨(はりま)の知行(ちぎやう)所を
為相(ためなり)にゆづり
置(をか)れしを為 氏(うぢ)
押領(をうりやう)しけり是
を訴(うつたへ)の為に鎌倉(かまくら)
へ下られし時の道の記を十六夜(いざよひ)日(につ)
記(き)と云その中《割書:ニ》
雲かゝる
さやの
中山
こえぬ
とは
みやこ
に
つげよ
あり明の
つき
【下段 道中の阿仏尼と有明の月の図】
【見開き二頁を八コマの図と説明文により女中一生記とする】
【右頁欄外余白に題の一部】
女(じよ)中(ちう)
【右頁上段 題 右から読む】
聟(むこ)入(いり)
【むこ入儀式の図】
むこ入は。祝言よりさきに
日がらを定めまいるなり
むこ《割書:并》むこのおや仲人(なかふと)
つれ立行むこの親なき
は親ぶんの人同道して
行也。さかづき座つき《割書:二》出
むすめの親よりはじめ
聟(むこ)にさしむこより
一門中不残さかづきす
るさかづきしうと《割書:二》納り
ざうに出るすいものいで
其後ぬりさかづきにて
三こんまはりをさまる
【右頁下段 題 右から読む】
嫁(よめ)入(いり)
よめいりして親の家出
跡(あと)にて門火を焚き死(し)人の
やうに二たびかへらぬをしう
義とするまことにむすめ
人と成おやの手をはなれ
行よりしては我父母事
を思ひかへむこのおやたちへ
よくつかへ今迄の我おや
のごとくしんじつに孝(かう)を
つくしよくつかへへし。則
我おやへつかへるにをなし
よめいりの夜行時二たび
此 家(いへ)へかへらぬと思ひ【日】定行べし
【右頁上段 題 右から読む】
祝(しう)言(げん)之(の)盃(さかづき)
むこの家へ行と待上郎
手引して座えつき。さん
ぼう出しうとしうとめ
むこむかふ座にならびゐて
よめよりさかづきはじめ。むこ
にさすいつにても三こんづゝ
うけてのむなり。一 門(もん)ぢう
みな〳〵さかづきする
むこはさかづきすむと立
べし。よめは物かずいはぬ
がよしさかづきすみ色(いろ)
なをし有。りやうりも成
程(ほど)しづかにくふべし
【右頁下段 題 右から読む】
新(にゐ)枕(まくら)
しう義 食(くい)事万しまひ
ねやに入《割書:ル》時は仲人むこ
よめばかりにて。しうと
より持せ行【持たせ行く】。さげ重(じう)ひら
き仲人あいさつにてむこへ
さけをすゝむる。此時はむこより
のみよめへさす。むこもうち
くつろぎ盃(さかづき)して。仲人よき
程にあいさつして次(つぎ)へたつ。
よめあいさつ。何か物かず
多(おゝ)くいふ事あしく。とかく
心はおちつきゐて成程うい
〳〵しきていこそよけれ
【左頁欄外に全体の題「右頁からの続き」右から読む】
一生(しやう)記(き)
【左頁上段 題 右から読む】
平(へい)産(さん)之(の)躰(てい)
くはいにんに定りし時身持
大事也 目(め)にあしき事を見ず
みゝにあしき事をきかず
あしきあぢはひの物 食(しよく)せず
物ことはらたてず。しづかに
くらすべし。心よき事にうつし
よくつゝしむ時は。生(むま)るゝ子
おとなしく一 生(しやう)のとくなり
又髙き所の物 手(て)をのばし
取べからず。をもきものもつべ
からずあたり月に灸すべ
からず立(たち)ゐしげきはあしし
臥(ふす)ときは足(あし)をかゝめて臥べし
【左頁下段 題 右から読む】
産(さん)後(ご)養(やう)性(しやう)
さんごには風にあたらぬやう
すべし。又あせかく事もあしし。は
やく男にちかづくべからず。七 夜(や)の
内 生肴(なまざかな)くふべからず。或ははやく
髪(かみ)あらひ行水(ぎやうずい)など早(はや)くする
はあしゝ。惣(さう)じてさんごにも物
しづかに養性(やうじやう)すべし。いかり
かなしむ事いむべし。口(こう)ちうの
そうぢは/爪(つめ)を取などおそくす
べし。又生れ子物こゑあげぬ先(さき)
にわたにて指をつゝみ。口の内の
古血(ふるち)を取べしのみこめば
ほうそうおもき物としるべし
【左頁上段 題 右から読む】
子(こ)之(の)育(そだて)様(やう)
子をそだつる事母をやつね〴〵
心得有べし。たとへのごとく
氏(うぢ)よりそだちとてくいもの
万事(ばんじ)いやしからぬやうにすべし
又 食事(しよくじ)は多(おゝ)きより少(すく)なき
事よしいふくも子供の時より
おほくきすれば年たけて
其くせうせず。少うすくきす
べし。つよく泣(なか)する事どく
なり。又ちいさきときに。人
だち多(をゝ)き所へつれ行こと
なかれ気をのぼし。どくなり
我まゝになきやう《割書:二》そだてへし
【左頁下段 題 右から読む】
客(きやく)噯(あしらひ)之(の)所(ところ)
夫(をつと)の家(いへ)に客(きやく)来(きた)る時さつそく
言葉(ことば)をかけてよく〳〵念比(ねごろ)に
誰(たれ)人さまもあしらひ□□□□□□
惣して上下(かみしも)の人あれ□□も
あいさつつど〳〵に心がけべし
去(さり)ながら男のあいさつある内
さし出物いふにはたゝなかれ
よき程に心得るべし物いひすぐ
るは見ぐるし。或は客 食事(しよくじ)の時
中ば過にして。其客■■に
あいさつすべし。又ちかづきにて
なき客には夫(をつと)の引合(ひきあはせ)を待(まち)ゐ
てあいさつをすべし
【見開き二頁にわたり女性風俗の図八図とその説明文】
【右頁 欄外余白にタイトル 右から読む】
女(おんな)風(ふう)俗(ぞく)
【右頁上段 公家の女性の図】
公家(くげ)【左に】「こうけ」
女御(によご)后(きさき)などとのふる。まことにしぜんと風義(ふうぎ)けだかく。
しゆせき【手跡】うづだかく。哥(うた)のさまをのづからにそなわり。
五つかさね衣(きぬ)に。ひのはかま【緋の袴】めしたる御ありさまひ
ころはいゝ申
にはあらねど
古き繪(ゑ)本に
畫師(ぐはし)の書たる
を。見ぬ人のた
めに。絵すがた
のふうぞくを
こゝにうつし
しらしむる
ものなり
【右頁上段 武家の女性の図】
武家(ぶけ)
北のかた。御前(ごぜん)様 奥(をく)さまなどゝいふ。武家(ぶけ)の女子(によし)は風俗(ふうぞく)
しやんとして。衣服(いふく)すそみじかにきなし。すんと
したるもよし。女子たしなみの外にぶだう【武道】も
心かげありて
よし。さふらい
は言葉(ことば)に太刀(たち)を
あらはすなどゝ
世話(せは)にもいへば。
そのさまにう
は【柔和】にして。心は
つよきをぶし
の妻(つま)ともむす
めともほめり
【右頁下段 禿と召使いを連れた太夫の図】
太(た)夫(ゆふ)
松といふ名はしんの帝(みかと)御狩(みかり)のとき大まをまつの
木陰(こかげ)にて御しのぎなされしより太夫といふしやく
を松の木におくり給ふ此 縁(ゑん)をひゐて松とかへ名をいふ
風俗(ふうぞく)そなはり
て位あり衣服(いふく)
こしのまはりに
わた入ず打かけ
姿(すがた)にかほりを
ちらし引ふねと
名付かふろの
外(ほか)にめしつかひ
の女郎をつれ
出るなり
【右頁下段 天職の図】
天(てん)職(しよく)【左に】「てんじん」
梅ともいふ。心は天じんのえんをとりてなり風俗
太夫におとらずくらゐありていしやうつき同し
く惣して太ゆふ天じんは丁ほ【帳簿】手跡(しゆせき)も見事に
かきなし
哥(うた)茶(ちや)のみち
を心がけでは
成がたし琴(こと)
さみせんなど
ないしやうにて
は引どもさし
きにてはひか
ずはうたも
うたはず
【左頁欄外余白に題】
教(けう)訓(くん)圖(づ)
【左頁上段町人嫁の図】
町人 媳(よめ)
御新造(ごしんぞう)御部(おへ)屋御りやう人などいふ風俗はでなるは
見ぐるしふだんいしやうも大もやう成ものあしく昼(ひる)は姑(しうとめ)の
きはをはなれず万心をくばり笑(をか)しき事にもさのみこへ立ず
くるしきにも其
色をみせず下部(しもべ)
の者(もの)を友(とも)として
長はなしせず
よめのみちたる
事は舅(しうと)姑(しうとめ)の
善悪(ぜんあく)を朝夕(あさゆふ)
にとひ真実(しんじつ)の
子のことくかう
成を道とす
【左頁上段妾の図】
妾(てかけ)【左に】めかけ
臥(ご)座(ざ)直(なを)しなどいふ。男の内より外に置(をく)を囲者(かこひもの)といふ
いづれにても表だゝぬ事なれば一しほ衣服(いふく)かみの結(ゆひ)やう
こうたう成にしゆくはなし。妾(てかけ)のみちたる事奥(をく)さまにめし
つかはるゝ時は
神のごとく尊(そん)
敬(きやう)しほうばい
下(した)〳〵の事を
吉品(よしな)に申
なし。みぢんも
我かほゝせず
法會物見参り
せず身をかた
くつとむべし
【左頁下段鹿恋の図】
鹿恋(かこひ)
しかともいふ鹿(か)の字(じ)の心をとりてなりこれまでを
格子(かうし)女郎といふて日頃(ひごろ)見せへいださず。揚(あげ)やといふへ
行てつとむる。引ふねといふにあらずくがいをつとむる
此風俗てん
じん《割書:二》同じく
いやしからず
引。かたりの
やうなるしよ
さなし。ざし
きの■【奥ヵに】しゆ
えんのりやう
をするのみ
とぞ
【左頁下段端の図】
端(はし)
見世女郎の事なりみせ女良といふ■すがたあし
きを見世女郎にするにあらず其おやかたのかつ
手にてみせにてもつとめさすなれば格子(かうし)■■■も
■■ろ■ま風(ふう)
義(ぎ)■■■多(おゝ)
し。しかし是
までの。風俗(ふうぞく)町
の女中などま
なび給ふ事な
かれ又此■■■
ぶんへ町の■■
かたらひ■の
風俗(ふうぞく)いへ■べし
【右頁上段】
年よりて後室(こうしつ)などといふまことに女は両夫(りやうふ)に
まみへずといふふることもあれどあるひはおやの
おほせ又は子のためなどにふたゝび夫(をつと)にまみゆるも
あり。いづれの
道にても。ごけ
のあいだは。け
しやうやめてかみ
をつ いたばね
てをくが見よし
第一身持かたく
ふつ〳〵色の
みち立こそ
かんようなり
【右頁上段】
りん気は女のたんき短気はそんきとてりんきつの
れば。えんをきられてもとりくやむにかひなく。殊(こと)さら
りん気つよくいふほどつのるものなりしんびやう
によくおつとを
うやまふときは
しぜんとその
こゝろざしに
はぢて夫(おつと)の
悪性(あくしやう)やむもの
なりよく〳〵
をんなのたし
なむべきは
此みちなり
【右頁下段】
茶(ちや)たて女風俗(ふうぞく)多くの人にもまるゝゆへこゝろさま
くだけてあいさつ万よくいしやうもよし
すこしばし【華美】成もやうむねだかにし袖なりちい
さくふり袖は
すそと同じ
くながしおび
ふり袖は吉弥
むすび長さ
そでに同じ
まことに
酒あひのいつ
きやうはいふ
はかりなし
【右頁下段】
風呂(ふろ)屋の女風 俗(ぞく)茶屋におなじくおほくの風呂に
入《割書:ル》人々の氣(き)をとり物ごしやはらかにてよし
身もちもきれいなりさりながら町の女中此
ふうぞくとて
も見ならふべ
からず町の
女は外なり
しやんとし
てばしなるは
あしくよく
こゝろへある
へき
事なり
【左頁上段】
山の神とは異名(いみやう)なり。惣(さう)じて在(さい)へんの山に神の
たゝりある山神のたゝりとてきうさんにきつ
き事をいふあら手女の物こしはらたつるさまに
たとへていふ
惣たい女は腹(はら)
のたつ事あり
ともこは高(たか)に
いはす下さ
まの者(もの)にいけん
の事ありとも
ひそかにいひ
きかすこそ
女のふう也
【左頁上段】
妬(うはなり)とも書。日比くや〳〵【くよくよ】りん気ましりしをち【為落ち=手落ち】
あるにまかせてにくきそげめ【注】がしかたとすり
こぎ取て打(うつ)てかゝる。しつかい京おしろいのさいしき
もほむらの
あせにながれ
をつる此繪(ゑ)の
さまを見て
かねて女などは
手を出しいかやう
成事にても人
をたゝくこと
なかれあとはつ
かしや
【注 「そげめろう」の略か。女をののしって言う語】
【左頁下段】
びくにの風俗近年はきりやうよきびくに出る
歯(は)はすいしやうをあらそひまゆほの〳〵とほそ
くつくりくろいぼうしもしほらしくきなし
加賀笠(かがかさ)に
ばらおのせつ
た当世のは
やりぶしとて
うたひくわん
しんにあり
くまことに
おんなにはか
はりしひと
ふうぞく
【左頁下段】
山の神 後女打(うはなりうち)のこうべたるが【意味不明】しつとりんき心恚(しんい)
のほむら火の車をいたゞききふねの宮居(みやゐ)あるひは
又思ひより【思い当る】の神社(しんしや)に参るあさましや又■■ぶし神
子に■らせ
なと■世■■
の夜叉(やしや)かくの
ごときの人ある
まじけれと心
のいましめに
図(づ)にしるせり
露(??)ばかりも
かくの心はもつ
べからず
ゝ【右頁上段】
忠(ちう)孝(かう)五(ご)欲(よく)之(の)圖(づ)
【右頁中段】
女 教(けう)訓(くん)寳(たから)草(くさ)《割書:女一代の身をおさめ家をとゝのへ不断の|心もち古人のおしへを書あつめる物ならし》
▲黒(すみ)にちかづく者(もの)は黒(くろ)くなり。賢(けん)に近(ちか)づく者は明(あき)らか也。才ある者に近つけば
ちゑをまし。かたくるしきに近付(つけ)ば愚人(ぐにん)となり。智者(ちしや)にちかつけば賢(けん)に
成《割書:ル》善人(ぜんにん)に近付ば功德(こうとく)を得。愚(ぐ)に近付ばくらく成。侫(ねい)人に近付ばへつらふ
心をこる也。教(をしへ)ずして人のあやまちをいかりにくむは大き成 無理(むり)なり。人を
つかふによき事をばほめてあしきことをばゆるくすべし。あしき事おのつから直(なを)る
物なり。よき事したるをばもてなさずしてあしき事したるをゆるさざる時は
心よりしたがはざる故(ゆへ)。なをりがたくして。必(かならす) そむきはしるものなり
▲親(をや)にはよく孝行(かう〳〵)をつくすべし。孝は百行の宗(そう)なり。今の世の人は。ぐち
なる親はむり多(をゝ)き故。孝行成りがたしと思へり。然れども是は道理(だうり)にあたら
す。親より受(うけ)たる身(み)をそこなひやぶり。又は悪事(あくじ)にて命を捨(すつ)る類(たぐい)を
大 不幸(ふかう)といふ也。身を立(たて)仁道(じんたう)につとめ家名をあげて親の名を顕(あらは)すを
第一の孝行也とす。我親をはうやまはすして他人ばかり敬(うやま)ふは悖礼(ぶれい)【注】といふなり
子をあいするこゝろをもちておやにつかへば其身孝行の名をとるべし
親より金銀 家督(かとく)をゆつられたる者は。大方(たいはう)の人。親の恩(をん)はなしと思へり。または幼(よう)
少より奉公して親どもやしなひし故。かへつて親へ恩ありといふやから。世(よ)に多
し是は放逸(はういつ)なる云分(いゝぶん)也。 父母(ふし)の恩(をん)は大海よりもふかく須弥山(しゆみせん)より
もたかしとなり一夜(や)の育(はくゝみ)一日のなさけ其 志(こゝろざし)のあつき事一 生(しやう)の内にも
謝(しや)しつくすへきや佛は父母の恩(をん)の深き事 無量(むりやう)の経巻(きやうぐわん)に盡しがたしとのへ給ふ
【注 「悖礼(はいれい)」。 孝経に、「不_レ敬_二其親_一。而敬_二他人_一者、謂_二之悖礼_一。とあるを引いている。】
【左頁中段】
▲妻女(さいじよ)のみち正(たゝ)しからされば國(くに)ほろび家(いへ)ほろぶる事 昔(むかし)より其 数(かず)
多(おゝ)し妻(つま)才智(さいち)なれば夫(をつと)のわざはひすくなき物也。夫のあしき事をば
かくし。よきをば顕(あら)はし。六 親(しん)をよく和合(わがう)せしめ賤(いや)しき夫(をつと)にてもよく
侑(した)ひ。おそれて貴(たつと)く見する也。家のさかへおとろへは妻(つま)の善悪(ぜんあく)による
もの也。有 書(しよ)にいはく。己(をのれ)より富(とめ)る人の娘(むすめ)を妻とすべからず。かれ其(その)
富貴(ふつき)を心にさしはさんで。夫(をつと)をかろしめ。舅(しうと)姑(しうとめ)の気(き)にもいらず。我
心に奢(おごり)有ゆへ萬つ家のやぶれと成事ありて必(かなら)すほろぶるもの也
▲悪敷妻(あしきつま)なれば夫もわざはひに逢(あふ)事 多(おゝ)し。つねに夫の悪事(あくじ)を語(かたり)
人にもかろく思はせ。我はいやしみ少しも恐(をそ)るゝ体(てい)なく。家内(かない)をみだすもの
なり。貧(まづ)しく成ては夫婦(ふうふ)の口論(こうろん)たへぬ故。親もうれひおほし。夫婦は
一 同(とう)に孝行(かう〳〵)なればをやの心もたのしき也。女の心にたしなみ有べし
▲女の性(しやう)はみなひがみたるもの也。人我(にんが)の相(さう)有てわづかの事にもいかりて
かほ赤(あか)くなり。貪欲(とんよく)はなはだしく恥(はぢ)をも忘(わす)れ。我身を愛(あい)して人へは
邪見(じやけん)なり。偽(いつは)り多(をゝ)くして詞(ことば)をたくみにし。さてくるしからぬ事をも
とへばいはず。扨は思慮(しりよ)ふかきかと思へば浅(あさ)ましき事をもとはず語りに
いひ出し。たばかりかざる事は男の智恵(ちえ)にもまさるやうにて。しかも人に
見すかさるゝ事 多(をゝ)し。物の哀(あはれ)をしらず。又少の事にも人を恨み人のうはさ
をいひて常(つね)の慰(なぐさ)みとし。へつらひかざる故 損(そん)多(をゝ)く。絶(たつ)【字面は「湛」に見えるが文意からは「堪」ヵ】べき事にはよはくし
て。よはかるべき事には我慢(かまん)をおこし。短慮(たんりよ)未練(みれん)にして行末(ゆくすへ)のかんかへなき
物なり。女の性はかく拙(つた)なきものなれども夫のかしこきは女もかしこく見ゆる也
【右頁上段 図 囲みの題】
名(みやう)よく
【右頁本文】
▲女は明(あき)らか成 鏡(かゞみ)にて顔(かほ)の善悪(ぜんあく)を見べし。人は良友(よきとも)に身(み)の善悪(ぜんあく)をとひて
しるべし。あしきを見て人よりいさむる事あらんに悦(よろこび)て聞(きく)。身持(みもち)を直(なを)さざる
人は悪敷(あしき)病を持て療治(りやうぢ)をきらふがごとし。又あしきを見て云(いは)ざるは誠(まこと)の
友(とも)にて有べからず。扨 友(とも)を求(もと)めんと思はゞ。我よりすぐれたると思ふ人をよく
見て常(つね)にしたしみまじはるべし。我に似(に)たる人を友(とも)とする事は益(ゑき)なき
事也。すぐれたる人にまじはらずは拙(つたな)き我身なをるべからず。いはんや我より
おとる友(とも)ならば早(はや)く遠(とを)ざかるべし。無(なき)にはをとりつゐへ成ものなり
▲親(をや)の子をあはれむに誠のじひと。又あた成 慈悲(じひ)と有。誠のしひといふは
先 灸(きう)をくはへて病を治(ち)し。放埒(はうらつ)をさせずして藝能(げいのう)をつくべし。當ぶんは
くるしけれども成長(せいちやう)しての悦(よろこ)び 数々(かず〳〵)なり。愚鈍(ぐどん)なる親は末(すへ)のかんがへもなく
當分(たうぶん)悦(よろこ)はせんと思ひて。甘(あま)き類(たぐひ)をくはせ。又一 切(さい)の食事(しよくじ)にあかす事故。五
臓(ぞう)をやぶりて一代の病者(びやうじや)となる。或(あるひ)は其内 死(し)するも有べし。灸(きう)はあつがるべし
とてやかす藝能(げいのう)は氣づまりならんとておしへず。故(かるがゆへ)に無藝(ぶげい)ものと成て
恥(はぢ)をもかき事をもかく也。幼少(ようせう)の放埒(はうらつ)一生(しやう)なをらずして。先祖(せんぞ)の名をも下(くた)し
かへつて親をも不 孝(かう)し。我身も置(をき)所なく。妻子(さいし)等(とう)にもなげかする也
▲さしたる用(よう)もなきに人のもとへ行はよからぬ事也。用(よう)有て行たり共その
事はてなばとく帰るべし。久敷(ひさしく)居(ゐ)たるは。いとむつかし人にむかひ居ればことば
おほく身もくたひれ。心もしづかならず。萬つの懈怠(たいくつ)おこりて時をつい
やし。たかひのために益(ゑき)なし。人中にまじはる事は大 事(じ)の物也。
我 覚(をぼ)えず
して人え無礼(ぶれい)も有べし。又人より過分(くわぶん)のぶ 礼(れい)あれば堪忍(かんにん)しがたきもの也
【左頁上段 図 囲みの題】
酔眠欲(すいみんよく)
【商人が萬覚帳の傍で富の夢を見てまどろんでいる図】
▲富貴(ふつき)なるはよけい他(た)へこぼるゝ物なれば。人の出入有てにぎやかとなり。
家うるほふ物也。され共その人 貪欲(とんよく)ふかく他(た)よりは非道(ひだう)の事にて。利(り)
錢(せん)を取。入れども人へは一錢(せん)もほどこさじとする類(たくひ)あり。かやうに不道(ふだう)に
して富(とめ)る時はあやうくして。永(なが)く子孫(しそん)つゞく事なし。富(とむ)にしたかひて
人へものをほどこせば。人の出入つよくして敬(うやま)ふ物也。富(とみ)ても慈悲(じひ)なければ
人うとみて出入なくかへつてにくみそしる故。自然(しねん)に浅(あさ)ましき評判(ひやうばん)うくる物也
▲富貴(ふつき)なる人貧(ひん)なる親類(しんるい)の所へは結構(けつかう)なるていにて行べからずとも人
大㔟(ぜい)にて行(ゆき)たりとも皆(みな)そとに置(をく)より外なし。只ひそかにして行べし
我富(わがとみ)成まゝに貧(ひん)成 親子(をやこ)のおり見舞(みまひ)なきと腹立(ふくりう)せり。大き成あやまり
なり。働(はたらき)に隙(ひま)なく見まふ所へゆかず。道理(だうり)を考(かんが)へ見継(みつぎ)を送(をく)り遣(つか)はすが道(みち)成べし
▲貴人(きにん)より給る物をは辞退(じたい)せずして戴(いたゞ)くべし。返(かへ)すは礼にあらず又下より
上へ奉り物は軽(かろ)きものをつかふをよしとすべし。我と同じやう成心の人と
静(しづか)に物がたり仕(し)たるは嬉(うれ)しかるべきにさやうの人有まじければ多(おほ)くは氣(き)に
あはざる人と出合(であひ)。少も違(ちが)はぬやうにと向(むか)ひ居(ゐ)たらんはひとりゐたるには
はるかのおとり也。独(ひとり)ともし火のもとに書巻(しよくわん)をひらゐて見ぬむか【無我ヵ】の人を
友としたるこそこゆるかたなき慰(なぐさみ)にて心も清(きよ)まり。ちゑをもましてよし
古哥《割書:ニ》
尋ねくる友(とも)もうらめしひとりゐて。ちぎりさはらずたのむゆふへを
▲人に酒をしゐ呑(のま)する事よからぬ馳走(ちそう)なり。扨 数盃(すはい)しゐられて飲(のむ)人いと絶(たへ)
がたくくるしみ。又は人の目あひを見て打すてんとしたり。或(あるひ)はにげんとするを
とらへて無理(むり)にしゐ呑(のま)せぬれば。うるはしき人も忽(たちまち)狂人(きやうじん)のごとくに成也
【右頁上段 図中囲みの題】
食(じき)よく
【台所の図 中央では鯛を捌き、右脇では火を使っての調理、すり鉢での下ごしらえ 左端は配膳や下準備などに追われる人々の描写】、
又 息才(そくさい)なる人も目の前(まへ)に大 事(じ)の病者(びやうじや)と成て前後(ぜんご)しらず。た
ふれふす。祝儀(しうぎ)の酒もりなどにてはいま〳〵敷事成べし明(あく)る日まで
頭(かしら)いたく物くはず。生(しやう)をかへたるごとくにて。昨日(きのふ)の事を覚えず。大事の所用(しよやう)を
かきて煩(わづら)ひと成。かゝる馳走(ちそう)は慈悲(じひ)にもあらず礼儀(れいぎ)にも背(そむ)きたる事也
▲人よりあたをする時に我又あたにてかへさんとすれば。さき又あたをなし
生(しやう)〻(〳〵)世(せ)〻(ゝ)にあたつくる事なし。あたをは恩(をん)にて報(はう)ずべし。先(さき)又 恩(をん)にて
報(はう)ずる物也。若(もし)その者(もの)報ぜず共。諸(しよ)天よりはうずるといへり
▲万の事十 分(ぶん)なればこぼれ出て跡(あと)へわざはひ入といへり。万の食(しよく)みてゝ
口にいさぎよき事あれば病おこる也。水を呑(のみ)ていさぎよきは少の間也
腹(はら)へあたりてやむは久しく苦敷(くるしき)也。病(やまひ)も起(をこ)りて後(のち)治(ぢ)せんとするより。前に
よくふせぐべし。わざはひもをこりて後。おさめんとせんより常(つね)〻(〳〵)能(よく)つゝしむべし
▲食(しよく)はつねに少なく喰えば脾胃(ひい)をやしなひ。五臓うるをひ。長命也。大食は溢(あふ)れ
て五臓の毒(どく)となる。たとへは多欲(たよく)は身を破(やぶ)り。小欲は身をたすくるがごとし。
山椒(さんしやう)を多(をゝく)くへば真氣(しんき)を散(さん)じ物を忘(わす)るゝ也。薬(くすり)も不断(ふだん)飲(のめ)ばきかず。きうも
たへずすればきかぬ物也。人え異見(いけん)をいふにも。不断(ふだん)いへばきかず。間(ま)をおきて
いへば恥(はぢ)て聞くがごとし一切の初(はつ)ものを先(まづ)少つゝ喰(くひ)。連とには多(をゝ)くくひてもあたら
ぬ物也。薬のきくも毒(どく)のあたるも同じ事也。湯(ゆ)の山の人 常(つね)に入故きゝうすき如(ごとし)
▲上 手(ず)成 醫者(いしや)のあやまるはまれ也。まれ成あやまりを以てへたといふべきや。へた
なるいしやの仕(し)あつるはまれ也。まれに仕(し)あてたるを以て上手とすべきや。 醫者(いしや)の
あやまりはまれに有物也。 愚者(ぐしや)は一切の事にあやまらざることなし
【左頁上段 図中囲みの題】
色(しき)よく
【遊郭のお座敷】
▲我身のあしきをいふ人あらば。是こそ我 師(し)也と思ひて近付くべし。我(わが)よきを云(いふ)者
あらば。是わが為にあた成と思ひしりぞくべし。又我いふ事を。それもよし。是も
よしといふひとはまじはりてもせんなし。拙(つたな)き者(もの)は必(かなら)ず我あやまちをばかざる故
あしきといふ人をばいむもの也。君子(くんし)はあやまちをかくす事なくはやく改(あらため)て
非(ひ)をなをすといへり。常に人に勝(かた)んと思ふ心を止(やめ)て。わが智(ちへ)のたらざる事を。う
れふべし。人のいふ事の合点(がてん)ゆかぬをば返して聞べし。其 理(り)くはしくさとる也
▲欲(よく)をはなれては世のなかに腹立(はらたつ)事はなき物也。おしやほしやの欲(よく)よりいかりは
おこる也。貪欲(とんよく)を止(やむ)る時は一切の苦(く)もやみいかりもやむ物也。一念にいかりを
おこせば九ていこうの善根(せんごん)きゆるといへり。しんゐの火は即(すなはち)地ごくの火也
▲悪としらばわづか也ともなすべからず。小悪をいとはぬ者(もの)は必ず大悪へたつり
やすし。たとへば一銭の勝負(せうぶ)を。是はわづかなりとてする者は後は万銭の
勝負をもするがごとし。一善をなす者は必(かなら)ず万善(まんぜん)を思ひ我のみにあらず
人まですぐなる事を願(ねが)ふもの也。心もすなをにして正 道(たう)成こそ人の道也
▲無理(むり)成おやにてもよくしたがふが子の孝行(かう〳〵)なり。然るに■■へ年
よりたる親をばないがしろにしていふ事をも用ひず万に胆(きも)いらせ。親のひを
あげ我手がらをば顕(あら)はすやから数おほし。しかもさやうの者所帯(しよたい)を■持(もち)
くづし。其時はかへつて親先祖(をやせんぞ)をもうらむる物也。親を不 孝(かう)せしものは
天 然(ねん)のゐんぐはにて又我子に不孝せらるゝ物なり。父はちゝたらずと云
とも子は子のみちをつくすがまことなり。仏法のなき国にては。父(ふ)
母孝養(ぼけうやう)のくどくを以て仏国へ生るゝといへり。よく〳〵心得べき事也
【右頁上段】
《割書:小野小町|一代由来》七(なゝ)小(こ)町(まち)物(もの)語(がたり)《割書:◯さうしあらひ|◯雨ごひ小町|◯かよひ小町|◯せき寺小町》《割書:◯そとは小町|◯あふむ小町|◯きよ水小町》
【本文】
小町は小野氏(をのうぢ)にて。其 先祖(せんぞ)を尋(たずぬ)れば。孝照天皇(かうせうてんわう)の御 子(こ) 天(あま)の
たるひこおしくにの尊(みこと)より傳(つたは)りて。代々 近江(あふみ)の国。志 賀(か)のこほり
小野ゝ里に住(すむ)人也。依(よつ)て氏をかくいへり。父(ちゝ)の名はよしざ◯仁明(にんみやう)
天皇の御時。出羽(では)のぐんじになされたり。小町は其生れつき
誠にようがんびれいにて。色どりかざりをかゝざれ共だん
くわの口びる桂のまゆ。かんばせは桃花(とうくわ)のごとく。はだへは
梨花(りくわ)にことならず。尤(もつとも)其時にぬきんでゝ。世上(せじやう)第一の美(び)人
なり。年(とし)若(わか)き人々心まよはずといふ事なく。筆(ふで)に
つくし文(ぶん)をかざりて契(ちぎり)をもとむれども。父のぐんじ望(のぞ)み
有けるにや。堅(かたく)せいしてゆるさゞりければ。おのづからつれな
かりけると也。元来(もとより)和哥(わか)をよく読(よみ)て代(いろ)々(〳〵)の集(しう)にゑらひ
のせられ末(すへ)の世ゝ迄もとめる名をのこせり。小町が娣も能(よく)
哥よめるかし伝記(でんき)に見えたり。古今の序(じよ)に。小野々小町は
古(いに)しへの衣通(そとをり)姫のなかれ也。あはれなるやうにてつよからず。
いはゞよきおうなのなやめる所あるに似たり。つよからぬは。女
の哥なれば成べしと云々。右あらましは本 伝(でん)のをもむき也。
又玉つくり小町とて別人(べつじん)あるよしの説(せつ)あり。くわしく罷しる
べき事也。七小町といふは。さうし謡(うたひ)ものなどに 出たる事なれば
只哥物語のたぐひに打任せて。是よりくはしき道に入べしと也
【左頁】
「さうし洗(あらひ)小町」 【上下左右に鉤かっこ付】
むかし大裏(だいり)にて御哥合の有ける
に。小町の相手(あいて)には大友(おほとも)の黒主(くろぬし)を
さだめられて小町には水辺(すいへん)の草(くさ)といふ題(だい)を遣(つか)はされ
たり。黒主つく〳〵と思はれけるは。小町はすぐれたる哥の
上 手(ず)なれば。相手にはかなふまじ。何とそして其よむ所
の哥を聞出し。其うへにはからふべしと。小町のやかたに
しのび行て立聞をせられしに。小町はかくぞともしらで
明日(あす)の哥 読(よま)ばやと。哥の題(だい)を取出してかくぞ詠(ゑい)ぜられたり
哥【丸で囲む】まかなくに何を種(たね)とてうき草の。浪(なみ)のうね〳〵おひしげるらん
と読(よみ)。我ながら出来(でき)たりと悦(よろこ)び。たんざくに写(うつ)されたるを。
黒主物かげより聞すまし。やがて万葉集(まんようしう)にかき入て
置(をか)れけり。かくて翌日(よくじつ)清涼殿(せいれうでん)にて小町をはじめ。凡河内(おうちかうちの)
躬恒(みつね)。紀貫之(きのつらゆき)。壬生忠岑(みふのたゞみね)。左右(さう)にちやくざ有て。おの〳〵
哥を吟ぜられけるとき。小町が哥に過(すぐ)るはあらじとゑいかん【叡感】
ありければ。黒主是は万葉に入たる古哥也とて。すなはち
したゝめか書たる本をゑいらんに入られたり。小町はおどろき涙に
くれ。万葉集は我もしれるが。いか成家の本ぞやとくりかへし
ながめて。此すみ色のあたらしく。文字(もじ)もしどろ成こそふしん
に候へ洗(あら)ひて見侍候ふべしとそうもん申 ̄シ やがて御前にてあら
はれければまかなくの哥斗。一字も残らず流(なが)れうせたり。
黒主大にはちて。じがい仕るべしと立けるを。御門御とゞめ有て
是皆和哥を大 切(せつ)に思ふより致(いたす)所也とて。却(かへつ)て御かん【感】有けると也
【右丁上段】
雨(あま)ごひ小町
紀貫之(きのつらゆき)の古今(こきん)の序(じよ)に。六人の
哥(うた)のひじりをのせられたり。小町
は其中の一人(ひとり)にて。殊(こと)にめでたき哥よみと也。ある年
天下大ひでりして。三/ヶ(が)月に及(およ)ひ雨のうるほひ無(なか)り
しかば。民(たみ)のたねくさもみのらず。君(きみ)も臣(しん)も歎(なげ)きに思召
て。さま〴〵の御 祈(いのり)有けれ共其しるしもなし。かけまくも
ゑいりよ【叡慮】止(やむ)事おはしまさず。きじん龍神(りうじん)をなだむるには
和哥の手向(たむけ)にしくはあらじと御せんぎ有て。其比和哥
のほまれ有とて小町をえらひ出されたり。小まちは
心にはゞかり恐(をそ)れ思ひけれども。みことのりを承り
て辞(はい)し申にかなひがたく。むかしよりのれい地と聞へ
し。しんぜんえんの池の汀(みぎは)にいたり。しばらく礼拝(らいはい)をな
して此事かなへさせ給へと心にふかくちかひをなしてよめる
哥【〇で囲む】ことはりや日のもとなれば照(てり)もせめ。さりとては又 天下(あめがした)とは
と。詠(えい)じければ此うたのとくによりて。天神(てんじん)地祇(ぢぎ)の御心を
やはらげ。龍神(りうじん)もかんおうまし〳〵けん。大きにあめを
ふらし。三日三夜におよびければ。久しく照(てり)かはける
国土たちまちうるほひわたりて。草木こと〴〵く
青き色をあらはし。しげりさかへける程に民の歎とゞ
まり五 穀(こく)ぶによう成ける也。されば力をも入すして。天地
をうごかし目に見えぬ鬼神(きじん)をかんぜしむことわさは和哥
の道也とつたへり。ひとへに有がたきことどもなり
【右丁下段 小町が池のほとりで歌を詠んでいる】
ことはりや
日の本(もと)
なれば
てりも
せめ
さり
とては
また
天下(あめがした)
とは
【右丁】
【見出し】「関寺(せきでら)小町」【上下四隅に鉤かっこ】
栄(さかへ)おとろふ世のならひ四位(しゐの)少将(せうしやう)
のむくひの罪(つみ)の身につもりて錦(にしき)
のしとねのおきふしを引かへて。関(せき)寺の辺(ほとり)に。はにふのこや
をしつらひ住(すみ)けるを。小野ゝ小町とはしる人もなかりしに。
ころは七月七日。せき寺の住僧(ぢうそう)。ちご達をいざなひ。ほしに
たむけの哥をよみて。なを山かげの老女(らうによ)の哥道(かだう)をきはめ
たるよしを聞て。けいこのために尋ねけるが。小町は思ひも
よらぬよし申されけれど是非(ぜひ)としいられて。そのあら
ましを申べしと。神代(じんだい)より始(はじま)り。なにはづあさか山のことの
葉(は)は。哥の父母なるよし語(かた)り聞へければ。僧達(そうたち)かんじて
女の哥はまれなるに。老女(らうによ)の事はためしすくなくおぼへ
侍ふとて哥【〇で囲む】我せこがくべき宵(よひ)なりさゝがにの。くもの
ふるまひかねてしるしも。といへる哥を尋ねしるゝに小町
答へてそれこそ衣通姫(そとをりひめ)の御哥也。われらも其ながれをくみ侍ると
有ければ僧達聞て。小野小町こそ衣通姫(そとをりひめ)のながれと聞つれ。
是はふしぎの事と思ひ哥【〇で囲む】侘(わび)ぬれば身をうき草のねをたへて。
さそふ水あらばいなんとぞおもふ。といふ哥を尋られければ。
それは文屋の康秀(やすひで)が三河の守(かみ)に成て下りし時。田舎(いなか)にて心
をもなぐさめようと我をさそひし程によみし哥也と申され
ければ。僧達 驚(おどろ)き。侘びぬればの哥を我よみたりと承るは扨は
小町にてまし【別本にて】ます折ふし今日(けふ)の乞切尊(きつこうそん)。【「乞巧奠(きっこうでん)の誤記と思われる】たむけのぶがく【舞楽】をなし
たまへとてこてふ【胡蝶】のまひをのそみしとなり
【左丁】
「そとは小町」【見出し 上下左右に鉤かっこ】
こまち百(もゝ)とせのうばと成
て都ちかく相坂(あふさか)山。あるひはしが
から崎のあたりにはいくはひ【徘徊】し。道行人にものを乞(こひ)
命をつなぐたよりとし。其あり様の哀(あはれ)なる事左り
のひぢに古(ふる)きあじか【蕢=竹・葦などで編んだ籠】に青き蕨(わらび)を入てかけ。右の手に
やぶれたる笠(かさ)をもち。首(くび)に一ツのふくろには粟豆(あはまめ)のかれ
飯(いゝ)を入てかけ。うしろに一ツのふくろに。あかづきたる
衣を
入ておひ。笠の中(うち)には田の中なるくはいを拾(ひろ)ひもち。
道をたとりてゆきなやめり。有日大きなる卒都婆(そとは)の
朽(くち)たふれたるにこしを打かけて。やすらひゐたる折ふし。
高野山(かうやさん)の僧とをり合せ是を見て。仏体(ぶつたい)をきざめる
そとはにこしかけたるこそやすからね。けふけ【教誨】してのけば
やと立よりて。是成こつがひにん【乞丐人=こじき】。よの所に休(やすみ)候へ。是は忝く
も仏のすがたを写(うつ)したるそとは【卒都婆】也と有ければ小町其そとは
の起(おこ)りくどく【功徳】を委(くはし)くとひて。地水火風空(ちすいくはふうくう)の姿(すかた)をあらはせると
いふいはれを聞て。我も仏体を得たる者(もの)なれば。何かへだての有
へきと。草木国土(さうもくこくど)しつかい成仏(じやうぶつ)の道理(だうり)を明らかにこたへられければ。
僧(そう)は大きに驚(おとろ)き誠に悟(さと)れる非人(ひにん)也とて。頭(かうべ)を地(ち)に付手を合て
三 度(ど)礼拝(らいはい)をなしいか成人のなれのはてぞと問(とひ)給へば。我は小野ゝ
小町にて侍ふ也。むつかしの御僧のけふけやとて。たはふれの哥に
かくぞよまれけるとなり
哥【〇で囲む】極楽(こくらく)の中(うち)ならばこそあしからめ。そとは何かはくるしかるべき
【右丁】
「あふむ小町」【見出し語の上下左右に鉤かっこ】
陽成院(やうせいゐん)のみかどの御とき殊さら
にしきしまの道をこのませおはし
まして其比かんのう【堪能】の人々あまたの哥をよませら
るれども。いまだ御こゝろにかなふほどの秀哥(しうか)なし爰(こゝ)
に小野小町は百(もゝ)とせのうばとなりて関寺(せきでら)のへんに
あるよしきこしめされ。かれはならびなき哥の上ず
なれば。おもしろき事どもやあらんずらんと。ゑいりよ【叡慮】
をめぐらされ。まづ御あはれみの哥を下され。其へんか【返歌】に
よりて。かさねて題(だい)を下さるべきとのせんしにより。
ちよくし小町のいほりにいたり。其をもむきをのべられ
御あはれみの御(ぎよ)せいをしめさるゝその御哥に
哥【〇で囲む】雲のうへはありし昔(むかし)にかはらねど見し玉だれの内やゆかしき
小町有がたくてうだいありてみかどの御哥をよみかへし侍(さふ)らはゞ
はゞかりおほし。一 字(じ)の返哥をつかふまつるべしとて
返【〇で囲む】雲の上は有しむかしにかはらねど見し玉たれのうちぞゆかしき
とよみたりければちよくしも大きにかんじ給ひ。凡(をよそ)三十一字見える
をつらねてだに心のたらぬ哥もあるに一字の返哥といふ事は
誠(まこと)に妙(たへ)【「丹」に見えるが「妙」の略字と思われる。】なる哥よみ也。しかし哥のていにか様の事やあると
尋給ひければ。小町こたへて。されはとよ此ていをあふむか
へしと申也 抑(そも〳〵)あふむといふ鳥はもろこしの名鳥(めいてう)にて人の
詞をさへつり。何そととへば何ぞとこたふ。されば此返哥をば。
あふむがへしと名付るなりとそ申されける
【左丁】
「清水(きよみつ)小町」【見出し語の上下左右に鉤かっこ】
小町はかくていく程なく世を去
て其名のみよに残れり。とくに
陸奥国(むつのくに)衣(ころも)の関(せき)の上人 諸国(しよこく)あんぎや有ける比。 都清水(みやこせいすい)
寺(じ)にさんけいしかなたこなたをながめ。音羽(をとは)のたきにいたり
て古言(ふること)を思ひ出て。誠や此音羽の瀧にてをのゝ小町
哥【〇で囲む】何をして身の徒(いたづら)に左(たかひ)にけん瀧(たき)の景色(けしき)はかはらぬものを
と。都のほとりを物に狂(くる)ひさまよひありきて読(よま)れけるは。今
の様に覚(おぼ)えていたはしくなどゝくちずさみ。かんるいをもよほ
されければ。小まちのゆうれいこつせんとしてあらはれ出。
やさしき旅(たび)の御 僧(そう)やな。そのうたをうけたまはればわらは
もそゞろあはれにさふらふなりそれにつき。市はら
野(の)と申所に小町の塚(つか)の候なりあはれたちこへて【出かけて行って】
あとをもとふらひ給へかしとありければ上人よろこび
それこそ愚(ぐ)そうがのぞみにて候へ。みちしるべして
たびたまへと市はら野にいたり。是こそ小町のつか
にておはしませ。よく〳〵とふらひたまへとてかきけし
て【ふっと消え】失(うせ)にけり。上人さては小町のゆうれいなりけるかやと
いよ〳〵かんるいきもにめいじ。よもすがら御 経(きやう)どくじゆ【読誦】
し。有がたき御法(みのり)をのべて念比(ねんごろ)に弔(とひ)【「吊」は「弔」の俗字。「とふ(問う)」に「とむらう」の意あり。】給ひしが。其 夜(よ)の夢(ゆめ)に
小野ゝ小町 四位(しゐの)少将二人共に仏果(ぶつくは)【注】を得てれんだい【蓮台】のうへにがつ
しやうしこんじきのひかりをはなちてとそつてん【兜率天】に
とびさりたまふと見たまひしと也有がたき次第なり
【注 仏道修行という原因によって得られる成仏という結果。】
【右丁上段】
色(しき)紙(し)短(たん)冊(じやく)之(の)書(かき)様(やう) 同寸法
【四角枠内 縦書き部分】
竪 大 六寸四分
小 六寸
【四角枠内 横書き部分】
横 大小共に
五寸六分
【四角枠の下】
此色紙の図は
三光院殿(さんくわうゐんでん)御説也
【四角枠左】
○御宸筆(こしんひつ)の短尺(たんじやく)ははゞ二寸長壱尺一寸八分
○御製(ぎよせい)を平人の書時ははゝ一寸九分八分にも長一尺一寸六分
○平人短尺ははゞ一寸八分長一尺一寸五分又一寸六分一分二分も
△短冊(たんさく)に哥書様の事三つに折て三つ折の上の
折目の上一字あけて書始書留りは下七分あく様に
書留ル下の句は上の句に一字さげて筆を立て留は
上の句の留と同じ名有時は上の句の留りに一字上にて留
【四角枠右】
○此折目の一字上より書始也
【四角枠内】
ほの〳〵とあかしのうらの朝霧に
しまかくれ行舟おしそ思ふ
【四角枠右】
○題(だひ)有哥 《割書:若題あらば上の端より三分程を|明《割書:ケ》題(だい)を書上の折(をり)めより三分明哥を書《割書:ク》》
【四角枠内】
千代 我道をまもらば君を守るらん
よはひやゆづれ住吉の松 定家
【右丁下段】
源氏(けんじ)六十 帖(でう)目録(もくろく)《割書:并ニ本哥|五十四首》
きりつぼ せきや まきばしら しゐがもと
はゝきゝ 絵あはせ 梅がえ あげまき
うつせみ 松かせ 藤のうらば さはらび
夕がほ うす雲 わかな やどり木
若むらさき 朝かほ 同下之巻 あつまや
末つむ花 おとめ かしは木 うき舟
紅葉のか 玉かづら よこぶえ かげろふ
花のゑん はつね すゞむし 手ならひ
あふひ 小てふ 夕ぎり 夢のうき橋
さか木 ほたる みのり 山路の露
花ちる里 とこなつ まぼろし けい図
須磨 かゝり火 にほふ宮 目安
あかし 野あき かうばい 同中の巻
みほつくし みゆき 竹かは 同下の巻
よもきふ 藤ばかま はしひめ 引哥
【左丁下段】
桐壷(きりつほ)
いとき
なき
初(はつ)もと
ゆひ
に
ながき
よを
契(ちぎ)る
心(こゝろ)は
むすび
こめつや
【右丁上段】
ぎをん御こしあらひ
【右丁下段】
【見出し】
きりつほ【源氏香の図 注】
【見出し下より本文】
此きりつほの巻は巻の中のこと
ばをとりて名(な)としたるなり。きり
つほとは大内(おほうち)にある御殿(ごてん)の名なり。その桐つほに
ゐ給ふ更衣(かうい)なれはきりつほの更衣と申也。更衣
とは后(きさき)につぎたる女官(によくはん)にて此女官の御局(みつほね)にて
みかどつねに御衣(きよい)をめしかゑ給ふ。更衣とはころも
かゆるとよむゆへになつくるなり。此更衣はみかど
御てう愛(あひ)あさからす此御はらにいてき給ふ御子を
光源氏(ひかるけんし)の君と申なり此巻には更衣をみかと
の御てうあひふかくありて。ひかる源氏のうまれ
給ふのちふかく煩(わつらひ)給ひてついにかくれ給ふ也又源氏
十二歳の御とし御元服(こけんぶく)まし〳〵て左大臣(さたいしん)の
御むすめあふひのうへと御こんれいの事まで
ありみかとの御哥に○いときなきはつもともとゆひ
にながきよをちぎる心はむすひこめつや○此
心はけんぶくの時の髪を紫(むらさき)のくみたるいとにて結(ゆ)ふ
これをはつもとゆひといふなり。なかきよをちぎる
心とはあふひのうへをこよひ御そひぶしにとの心は
むすびこめよとなり○源氏十三四五歳の御
としのことも此巻にこもりてあるなり
【左丁上段】
ぎをんのすゞみ床
【左丁下段】
箒木(はゝきぎ)
数(かず)ならぬ
ふせ屋に
おふる
なの
うさに
あるにも
あらで
きゆる
はゝきゞ
【注 源氏香の図があるのは違っている。源氏物語五十四帖のうち、最初(桐壷)と最後(夢浮橋)の巻は源氏香の図が無い。】
【右丁上段】
【見出し】祇園會(きをんゑ)行烈(ぎやうれつ)之(の)図(づ)
【小見出し】長刀鉾(なきなたほこ)
四条通 烏丸(からすまる)の東(ひかし)
東洞院(ひかしのとい)の西より出る也
〇此長刀は三条 小鍛冶宗親(こかぢむねちか)が
作
実(み)の長《割書:サ|》四尺 心(なかこ)壱尺
惣(そう)寸五尺なり。此長刀あらたにして
疫病(やくびやう)瘧病(をこりやみ)に戴(いたゞ)かする時 平念(へいゆ)する事
忽(たちまち)にしてさま〴〵霊験奇瑞(れいけんきずい)多(をゝ)し
中ご短(みじか)くて難義(なんぎ)なる故
法橋(ほつきやう)和泉守(いつみのかみ)来金道(らいきんみち)寄進(きしん)仕《割書:リ|》
長《割書:サ|》八尺実(み)四尺
心四尺なり
古釼(こけん)
納置(をさめおき)近代(きんたい)
此長刀を鉾に用る也
【右丁下段】
「はゝ木々【源氏香の図】」【見出し語の上下左右に鉤かっこ】
此巻は哥の詞をもつて名つけ
たる也。光源氏の十六歳のとき。
御うちの人いよの介(すけ)といふものゝ家(いゑ)。中(なか)川といふに
御いでありて。ひうかにいよの介がつまうつせみの君
のもとへ忍ひて逢(あひ)給ひてのち。うつせみの弟小君(こきみ)と
いふを御 使(つかひ)にて御みつかはされけれ共。うつせみは
世のきこえ身をはぢてかくれて逢たてまつらす
その時けんしよみてやり給ふ〽はゝきゞの心もし
らでそのはらのみちにあやなくまどひぬるかな
此哥のはゝ木ゞといへるは美濃(みの)の国と信濃(しなのゝ)の【送り仮名の重複】国
の境(さかひ)に。そのはらふせ屋といふ所(ところ)に木あり。其木を
とほくよりみれは箒(はゝき)をたてたるやうにて近(ちかつき)て
みれはそれににたる木もなし。それゆへありとみて
あはぬ心にたとへていふこと也。哥心は。はゝ木々を有
と思ひて立(たち)よりてみれは。みうしなふといゝならはし
たるに。いまうつせみを見うしなひたるよとの心也。
うつせみかへし〽かすならぬふせ屋におふる身のう
さにあるにもあらできゆるはゝ木々〇此心はかすなら
ぬわかいやしき身なれ共。さだまりたるつまあるゆへ。
あるにもあられすかくれたるといへる心なり
【左丁上段】
【小見出し】天神山【▢で囲む】
油小路(あふらのこうち)
綾(あや)小路の
南より出る
〇天神は
菅丞相(かんしやう〴〵)の
霊(れい)なり
【小見出し】傘鉾(かさぼこ)【▢で囲む】四条
西洞院(にしのとい)の
西より出る
〇此 赤熊(しやぐま)を着(き)
棒(ぼう)ふりは昔(むかし)より
今に至(いたり)壬生村(みぶむら)の者毎年
出る役(やく)なり
【小見出し】太子山【▢で囲む】油小路高辻の
〇六 角堂(かくだう)の 北より出る
はじめは林(はやし)なりしを
聖徳太子はだの
守(まも)り【いつも肌につけておく守り】をかけ
ゆあみし給ひし故事也
【左丁下段】
空蝉(うつせみ)
うつ
せみ
の
身(み)を
かへて
ける
木(こ)の
もとに
猶(なを)人がらの
なつ
かしきかな
【小見出し】函谷(かんこ)鉾 四条室町の東より出る
〇此 因縁(いんえん)はもろこしの
孟嘗君(まうしやうくん)秦(しん)の
兵(つはもの)に
おそはれて夜中に函谷(かんこく)と
いふ関(せき)所を通り鶏(にはとり)のまねをして
難(なん)をのがれし故事なり
【小見出し】木賊(とくさ)山【▢で囲む】
五条坊門油小路の東 ̄ヨリ
出 ̄ル
〇此山の気色(けしき)は
仲正の哥に
とくさかりそのはら山の木間(このま)より
みがゝれ出る秋のよの月《割書:此哥の心也》
【小見出し】孟宗(まうそう)山【▢で囲む】 烏丸四条北 ̄ヨリ
出
〇俗に筍(たかんな)【「笋」は「筍」に同じ】山と云
此山は二十四孝にのする
孟宗孝行によつて寒中(かんのうち)に雪の中より
竹の子を取て母にあたへし古事也
【小見出し】白楽天(はくらくてん)山【▢で囲む】 室町通四条 ̄ヨリ
壱丁南松本町より出 ̄ル
道林(だうりん)禅師 楽天(らくてん)と
ほうもんのてい也
【右丁下段】
「うつせみ【源氏香の図】」【見出し語の上下左右に鉤かっこ】
此巻は哥の詞をもつて名つけたる
なり。源氏十六歳の夏のころ。
うつせみの君のつれなきに猶心をかけ給ひて。うつ
せみの弟小君とひとつ車にしのひめしていよの介か
もとへかくれ入給ひて見給ふに。うつせみはのきばの荻
といふうつせみのまゝ子と碁(ご)をうちてゐたり。碁
をうちしまひたる後のきばの荻(をき)とならびねたる
所へ。源氏の君忍ひより給ふ。おとをきゝてうつせみ
きたるきぬをぬぎすてゝ出たるを。源氏はそれと
しり給はす。思ひがけなきのきはの荻にあひて。
かへりさまにうつせみのぬきをけるきぬをとりて
かへりてよみ給ふ〽うつせみの身をかえてげ【ママ】る木(こ)の
もとに猶人がらのなつかしきかな。此哥の心は。
蝉(せみ)といふものはきぬを木のもとにぬきをく物
なり。身をかふとは蝉のもぬけにたとへ。人がらとは
せみがらによそへてかのぬぎをきしきぬになぞ
らへて。うつせみの君をなつかしく思ふとの心也。
かへしの心に〽うつせみの羽(は)にをく露(つゆ)のこがくれて
しのひ〳〵にぬるゝ袖かな。此心は世間(せけん)を思ふゆへ
あひがたけれ共。人しれす袖をしほるそとの心也
【左丁上段】
【小見出し】菊水(きくすい)鉾【▢で囲む】室町四条の北より出る
〇此因縁は費長房(ひちやうばう)の
告(つけ)に任(まか)せて九月九日に
赤(あか) ̄キ
袋(ふくろ)に茱萸を入て
ひぢにかけ高き所に上りて
菊花の酒を呑(のみ)て災難(さいなん)をのがれし古事也
【小見出し】飛天神(とひてんじん)山【▢で囲む】錦(にしきの)小路新町の東より出 ̄ル
〇此山は菅丞相(かんしやう〴〵)つくしの
大宰府(だざいふ)におはします
時 古里(ふるさと)の梅 東風(こち)ふかばの
御詠哥(こゑいか)に梅つくしへ飛しゐんえん也
【小見出し】蟷螂(かまきり)山【▢で囲む】西洞院(にしのとい)四条の北より出 ̄ル
〇此山は蟷螂(たうらう)が斧(をの)を
もつて立車にむかふ
ごとしといふ斉(さい)の荘公
の古事をつくれり
【小見出し】芦刈(あしかり)山【▢で囲む】綾(あやの)小路油小路の東より出る
〇此山は昔(むかし)津の国くさかの
里(さと)に左衛門といひし
人わびて夫婦(ふうふ)相わかれ
芦をかつてうりたるといふ古事也
【左丁下段】
夕顔(ゆふがほ)
よりて
こそ
それ
かと
も
見め
たそ
かれに
ほの
〳〵
みゆ【ママ】る
花の
ゆうがほ
【右丁】
【小見出し】鶏(にはとり)鉾【▢で囲む】四条の南より出る
此 鉾(ほこ)唐土(もろこし)尭(けう)の御代に訴(うつたへ)あらん者は
この太鼓(たいこ)を打べし王直に聞
べしとて出しをかる
民(たみ)
其御心ばせをかんじて
終(つい)に公事(くじ)ざた【訴訟事件】なくおさまり太鼓うつ者も
なくこけむして太鼓に鶏すをくいたると也
【小見出し】山伏(やまふし)山【▢で囲む】
室町錦小路北より出る
○此山は大みね
入の体【躰】なり
【小見出し】琴破(ことはり)山【▢で囲む】綾(あや)小路新町の西より出 ̄ル
○此山は戴安道(たいあんだう)王晞(わうき)【「睎」が用いられているが、正しくは「晞」】が
使者にむかつて
琴をわりし
いはれなり
【小見出し】花盗人(はなぬすひと)山【▢で囲む】東洞院松原の北 ̄ヨリ出 ̄ル
○此山のいはれほうしやう
五郎と云一説にかぢはら
源太ゑびらの梅を折すがた共云
【右丁下段】
「ゆふかほ【源氏香の図・注】」【見出し語の上下左右に鉤かっこ】
此巻は歌の詞をもつて名と
せり源氏の十六歳の夏より
十月まてのことをしるす。源氏六条のみやす所
のもとへ忍ひてかよひ給ふ道のほど。五条あたり
を通り給ふに。ちいさき家にゆふかほの花のさき
かゝりたるをなにの花そと問(とひ)給へは。内より白き
あふぎにたき物の匂ひあるに。哥を書てたて
まつる〽心あてにそれかとぞみる白露の光(ひかり)
そへたる夕かほの花○此心はをしあて【当て推量】に源氏
の君にてましますよと。すいりやうして
みれは。夕かほの花の光もひとしほそひ
たるといふ心也けんしの御哥に〽よりてこそ
それかともみめたそかれにほの〳〵見ゆる
花の夕かほ○此心はちかくへよりてこそ何とも
見わくへきに。よそめはかりにて夕かほとさた
めたるはふしんなり。とかくしたしくなり
たきといふ心也。それよりをり〳〵かよひ給ふ。
源氏のすみ給ふ所へむかへんと思召折ふし。かの
六条のみやす所のおんりやうあらはれて。
夕かほのうへをそはれむなしくなり給へり
【左丁上段】
【小見出し】月 鉾(ほこ)【▢で囲む】
四条新町の東より出る
○此鉾は
三日の月也
【小見出し】傘鉾(かさほこ)【▢で囲む】
綾の小路
新町の東より出る
○せんぢやうしの
かさぼこといふ
是も壬生(みぶ)村より役者(やくしや)
はやし方の子共迄毎年出る
【小見出し】郭巨(くはつきよ)山【▢で囲む】俗に釜(かま)ほり山といふ
四条西洞院の東より出る
○此山の因縁(ゐんえん)は
郭巨といふ人母に孝
行成様。我(わが)子をうづまんとせしに
金の釜をほり出せし所なり
【小見出し】占出(うらで)山【▢で囲む】俗にあゆはひ上らう
といふ
○神功皇后(しんくうくはうごう)三かん
たいぢの時あゆを釣(つり)給ふ所也
【左丁下段】
若紫(わかむらさき)
手(て)につみ
て
いつし
かも
みむ
むら
さき
の
ねに
かよひ
ける
野(の)べの
わかくさ
【注 夕顔の図ではない。正しくは、右から二番目と三番目の縦線の上部を横線で繋いだもの】
【右丁上段】
【小見出し】放下(はうか)鉾【▢で囲む】
新町四条の北より出る
◯此鉾は
放下(はうか)
師(し)の
人形あり
【小見出し】磐戸(いはと)山【▢で囲む】新町五条坊門の南より出る
◯此山の由来は天照太神そさの
おの尊(みこと)悪逆(あくぎやく)をなし
給ひし時 天(あま)の
岩戸(いわと)に入
給ふていなり
【小見出し】船鉾【▢で囲む】
◯此鉾の因縁は仲哀(ちうあい)天皇
三韓を攻(せめ)させ給ひけれ共
利なくして帰らせ給ひしを
重(かさね)て皇后(くはうごう)むかはせ給ひ
こまの国を打した
かへ給ひ高麗(かうらい)
の王は日本の犬也
と石壁(せきへき)に書給ふてい也
【右丁下段】
【見出し】「わかむらさき【別本にて】【源氏香の図】【見出し語の上部左右に鉤かっこ】【見出しを▢で囲む】
此巻は哥をもつて名つきたり。
源氏十七歳の三月よりふゆ
まてのことをしるす。源氏おこり【熱病の一つ。】をわつらひ給ひ
北山の僧都(そうづ)のいのりかぢのため尋をはしける
ついてに。女子の十はかりなるかすゞめ子をにがし
たるをなきて立たるがうつくしかりしを見そめ
給ひし。これ紫のうへ也是はおこりのかちせし
僧都のあねの孫(まこ)父(ちゝ)は兵部卿(ひやうぶきやう)の宮。藤つぼのみやの
めいご也。もとより藤つほと源氏と蜜通(みつつう)ありし
ことなれは。そのゆかりとおほし召て。ついに源氏の
むかへ給ひやしなひてふかき中となり給ふ。歌に
〽てにつみていつしかもみん紫のねにかよひける
のへのわかくさ◯此心は今紫のうへおさなけれは。
いつかおとなしくなり給ひてわかものにせんとの
心也。紫のとは古哥に紫の一もとゆへにむさし
のゝ草はみなからあはれとそみるといへる本哥
の心に。藤つほと源氏との中のゆかりなれば
ねにかよひけることよまれし也。紫のうへのいと
けなくてうつくしけれは。そたち給ふ行すへを
をおほしめす心なるへし
【左丁上段】
【見出し】十四日山之次第【見出し語の上下左右に鉤かっこ】
【小見出し】橋弁慶(はしへんけい)山【▢で囲む】四条坊門室町の東
より出 ̄ル
◯此山は源の牛若
むさし坊弁慶五条のはし
の上にて武芸(ふげい)をいどみける姿也
【小見出し】役行者(えんのきやうじや)山【▢で囲む】
室町三条の北より出 ̄ル
◯此山は役小角(えんのせうかく)かづらき山
にて鬼神をしたがへ給ふてい也
【小見出し】黒主(くろぬし)山【▢で囲む】室町三条の南より出 ̄ル
◯此山は大 伴(とも)の黒主其さま
いやしげに薪(たきゝ)おへる山人花の陰に
休めるがごとしと此心成べし
【小見出し】鈴鹿(すゝか)山【▢で囲む】烏丸三条の北 ̄ヨリ出
◯此山はすゞかの立ゑぼしと
いふ鬼を退治したる
さまをつくれり
【小見出し】悪(あし)ふさふ山【▢で囲む】六角烏丸の西より出る
◯此山は宇治川にて
三井寺の一来法師
筒井(つゝゐの)淨妙がかうべゝ
乗(のり)またぐかるわざの所也
【左丁下段】
末摘花(すえつむはな)
なつかしき
色(いろ)とも
なしに
なにゝ
この
す衛(え)
つむ
はなを
そでに
ふれけむ
鯉山【四角で囲む】室町六角の南より出る
◯此山は
(五行目)八幡山【四角で囲む】
町三条の南より出
○源氏
鉄壱山
【見出し】「もみちの賀【源氏香の図・注②】」【▢で囲む】
此巻は詞をとりて巻の名と
せり。源氏十七歳の十月より
十八歳の七月まてのことあり。紅葉の賀とは
比しも十月なれは紅葉をもてなして御 賀(が)
あり。賀(〝)とは天子四十にならせ給ふ時をいはひて
をこなはるゝこと也。さて此賀にはもみちのもと
にて伶人(れいしん)【雅楽師】の舞あり。殿上人(てんしやうひと)みやたちも其き
りやう【才能】あるは舞給ふ。源氏はせいがいはといふ曲(きよく)を
舞給ふ。そのおもしろさにみな人かんにたへたり。【深く感動する】
巻の詞に。こだかき紅葉のかけに四十人かいしろ。【注①】
いひしらす【何とも言えない】吹たてたるものゝねともあひたる松
風まことのみやまおろしと聞えて。吹まよひ辺
辺にちりかふ木の葉の中より。青海波(せいかいは)のかゝ
やき出たるさま。いとおそろしきまてみゆ。かさし
の紅葉いたうちりへたるなとあり。けんしの哥
〽物思ふに立まふへくもあらぬ身のうでうちふり
し心しりきや◯心はわか身物思へは立出ん
心もなかりしに。たゝ藤つほにみせ奉らせ給ふへき
とのみかとのおほせありしによりずい分舞の手
をつくししくなりさやうの心をしり給ふかと也
【注① 舞楽、特に青海波(せいかいは)の舞のとき、立ならんで笛を吹き、拍子をとる人々の作る円陣。垣のように舞人をとり囲むからいう。】
【左丁上段】
【見出し】「女謡(をんなうたひ)教訓(けうくん)絵抄(ゑせう) 」【見出し語の上下左右に飾り鉤かっこ】
湯谷(ゆや)
ゆやは平宗盛(たいらむねもり)公 召(めし)つかひの女なり湯谷(ゆや)が老(らう)
母(ぼ)ふる里より逢(あい)たきよしにて朝(あさ)かほといふ女に
みを上し暇(いとま)を乞(こひ)候へ共宗盛公よりいとま出ず
清水寺の花見に同し車(くるま)にて参詣(さんけい)有しに
花もさかり成しに湯や一 首(しゆ)つらねし哥に
○いかにせん都の春もおしけれどなれし東(あつま)
の花やちるらん 此哥のさまあはれにおぼし
めし御 暇(いとま)たびてげりゆやはうれしく又もや
都に御供して御意のかはるべきやとすぐに東に
にかへりしなり。哥の徳かう〳〵のとくなり
【左丁下段】
花宴(はなのえん)
いづれ
ぞと
露(つゆ)の
やど
りを
わかん
まに
こさゝが
はらに
加 勢(せ)も
こそふけ
【注② 紅葉賀の図ではなく、薄雲の図。正しくは、右から一番目と三番目と四番目の縦線の上部を横線で繋いだもの】
【右丁上段】
感(かん)【「咸」とあるところ】陽宮(やうきう)
かんやう宮(きう)は秦(しん)の帝(みかと)の時。はんゑきと云者(いふもの)の
首切取(くびきりとり)来へしと高札(たかふだ)打給ふ。爰(こゝ)にけいか。しんふ
やうといふ者二人帝を殺(ころ)し奉らんと。はんゑきが
首を取二人かんやう宮へ上る帝それ共しろし
めさず【理解せず】首じつけんなされしに。二人の者つるぎ
を出し帝(みかと)を手ごめになせし時。帝仰には后(きさき)の
の内 花陽夫人(くわやうぶにん)とて琴(こと)の上手有。しばし暇(いとま)をゑさせ
よ。琴(こと)を聞事一日もおこたる事なしけふは聞ず。琴
を聞たしと有ければ。しばらく夫人(ふにん)琴たんじ【弾じ】給ふ
ひきよく【秘曲】をつくし給ふ内。 帝(みかと)手ごめをとき二人共に
討給ふ。琴のとく万金にもかゑがたしとかや
【右丁下段】
【見出し】「花のえん【源氏香の図】」【見出し語の上部左右に飾りかっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は詞をもつて名とせり
源氏十九歳の春のことなり。
大内【内裏。「大」は美称】の南殿(なんてん)の桜のさかりに花の御あそびあり。
花のもとにて詩(し)をつくり給ふ。その夜大内の藤
つほといふきさきのゐ給ふあたりを忍(しの)ひありき
給ふに。たれともしらぬわかき女の声にて。おぼろ
月夜にしく物そなきとうたひけるに。源氏いひ
より給て。わかれに扇をとりかえて帰給ひし也
哥に〽いつれぞと露のやどりをわかんまにこ
ざゝかはらに風もこそふけ○此哥はおぼろ月夜
の哥に。うき身世にやがて消なはたつねても
草のはらをはとはしとや思ふ。とよみ給ふかへし
の哥也。いつれそとの心は。いつれそと尋んほとも猶
おほつかなかるへし。ましてやとりをたつねんとする
ひまには。こさゝかはらに風ふきて。露のちり
うせることくさはかしく。あふこともかたかるへしと。
名を問給へとも名のり給はねはかくよみ給ふ也。
此朧月夜(おほろつきよ)のことゆへけんしすまへうつり給ふ也。
巻の心はおほろ月よの君。かる〴〵しく独(ひとり)ありき
給ふゆへにかゝることありと。女のいましめにかけり
【左丁】
百万(ひやくまん)
百万といふはならの都(みやこ)の人なり。百万のひとり
子を和州吉野(わしうよしのゝ)ゝ【送り仮名の重複】人 南都(なんと)西大寺(さいだいじ)の辺(へん)にて拾(ひろ)
ひし也。此子をさかの大念仏に参りし時つれ立
行しに。物くるひの女来りさま〴〵に狂(くる)ひし
をいか成人と尋しに。我は奈良の都百万といふ
女也とこたふ。それは何ゆへ狂人(きやうじん)と成たるよし
尋ねければ夫(つま)には死(し)して別(わか)れ。ひとり有み
どり子にはなれてくるふよしいひしに彼 拾(ひろ)ひ
し子の母にてあれば渡しかへしぬ悦(よろこ)びつれかへ
りし也 誠(まこと)に物にくるふほどに。親のじひあれば
子としてはをやを大せつにし孝行(かう〳〵)をつくすべし
【左丁下部】
葵(あふひ)
はかり
なき
千尋(ちひろ)【きわめて深い】
の
そこの
みるふさ【海松房(みるぶさ)】
の
おひゆく
すゑは
我(われ)のみぞ
見む
【右丁】
道成寺(だうじやうじ)
道成寺(だうじやうじ)鐘(かね)のくやう有しに。女きんぜい【禁制】と有(ある)所に
白拍子(しらひやうし)の女参りしを寺僧(ぢそう)共舞をまはせ其 替(かは)り
にくやうの場(ば)へ入れ しかば。彼(かの)女此 鐘(かね)うらめしやとて
引かづきぬ。此いはれは昔(むかし)真砂(まさご)の庄司(しやうじ)といふものゝ
息女(そくぢよ)くまの参りの山 伏(ぶし)。庄司もとにとまりし。度(たび)
毎(ごと)に。つまに持(もつ)べきなどたはふれ置(をき)しが。ある時
山伏又とまりし夜 彼女(かのむすめ)夜 更(ふけ)てねやに来り。急(いそ)ぎ
我をつれ行 妻(つま)にし給へといふ。山ぶし驚(をどろき)夜ぬけ
にして道成寺へかけ入かねの内にかくれぬ女 跡(あと)
をしたひ追行一念のどくじやと成山ぶしを取ころし
ぬ。か様成一念は親への不 孝(かう)たしなむべき事なり
【右丁下段】
【見出し】「あふひ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこし全体を▢で囲む】
此巻は歌をもつて名つけたる也
源氏廿一歳より廿二まての事
あり。けんしの北のかたをあふひのうへといふ。かもの
まつりを見に出給ふに御車のたて所【たてど=たてるべき場所】を御ともの
人〳〵あらそひて。六条のみやす所の御車をうち
そんじなどせしより。加茂のまつりの車あらそひ
といふ也。そのうらみにものゝけとなりてあふひの
うへそのとしの八月にとりころされ給ふ也○【別本にて】かもの
まつりの日源の内侍(ないし)源氏によみてたてまつる歌
〽はかなしや人のかざせるあふひゆへ神のしるしの
けふをまちける○此心はその日けんしは紫のうへと
同車(とうしや)にて出給ひてけれは。あふひをあふ日にとりて
けふ君にあはんと神のゆるしをまちけるに。人
と同車し給ふゆへにけふをまちしかひもなき
ことなりとよめり○けんしの哥に〽はかりなき
ちひろのそこのみるふさのおひ行末は我のみ
そみん○此心は紫のうへの御ぐしをとり上給ふ。
御かみのうつくしきは。みるふさといふ海にある藻(も)
のごとく也。猶此うへいかはかりなかくおひそへん其
ゆく末はけんしのみ見たまはんそとの心なり
【左丁上部】
籠太鼓(ろうたいこ)
籠太鼓(ろうたいこ)は。松浦(まつら)の何某内(なにがしのうち)清次といふ者(もの)他所(たしよ)にて
口論(こうろん)して敵(てき)を討(うち)帰りしに。人をあやめしとが人
とて籠(ろう)に入置しに。ぬけ出見えざりし故。清次か
女房其 替(かは)りに籠(ろう)に入れ置れしに。番(ばん)の者 報(つぐこと)を
かけて一時かはりに番(ばん)をする。女 狂気(きやうき)に成しを
松浦(まつら)不 便(びん)に思召。籠よりたすけ。出候へと有しに。妻の
替(かは)りに入し事なればとて。出ざりし心ざしをかんじ
いよ〳〵たすけられ。夫(つま)のあり所を語り候へ。夫もろ
ともたすくべきよしありがたし。今こそつまの
あり所あらはし。二たびめぐりあひちぎりし也。
女のおつとを大せつにしたる徳なりとかや
【左丁下段】
榊(さかき)
神垣(かみがき)
は
しるしの
杉(すぎ)も
なき
ものを
いかに
まがへて
おれる
さか木ぞ
【右丁上段】
ともえ
巴(ともへ)といふは。木曽義仲(きそよしなか)公の召(めし)つかひの女也。木曽より
旅僧(たびそう)【行脚僧】の出。江州(こうしう)あは津が原にて巴のゆうれいに
あひし諷(うたひ)【注】也。義仲あは津が原にて討死(うちじに)の時。巴を
近付(ちかづけ)此守り。小袖を木曽に届(とゞけ)け【送り仮名の重複】よ此旨をそむか
ば主従(しゆじう)三世の契(ちぎり)たへながく不孝とのたまへば。
巴ともかくもとぜひなく御前を立見れば敵(かたき)の
大ぜい。あれは巴が女 武者(むしや)。あますまじと手し
げくかゝれば。一 軍(いくさ)うれしやと切立。八方 追(おひ)ちらし
立帰り見奉れば。はや御じがい有御枕の程に御小袖
守りを置給ふ。巴なく〳〵給り木曽をさして落(おち)行ぬ。誠に
男にもまれ成 忠心(ちうしん)也よく主(しう)をたつとむべし
【注 「諷」に「うたう」の意はないが、この字は「風」に通じていて、「風」に「うた、うたう」意があることから「諷」を「うたひ」と読ませたものと思われる。】
【右丁下段】
【見出し語】「さか木【源氏香の図】【見出し語上部左右に飾り鉤かっこ。全体を▢で囲む】
此巻は詞と哥々をもつてなと
する也。源氏廿二歳の九月より
廿四歳の夏まてのことをかけり。六条のみやす所
の御むすめさいくうといふになりていせへくたり
給ふに。みやす所もともなひ給ふ。まつのゝみやにて
物いみして行給ふを。源氏さすかわすれもはて
給はす。いせまてくたり給ふ御なこりおしみに
忍ひてのゝみやまてまいり給ふ時みやす所の御
哥〽神垣はしるしの杉もなき物をいかにまか
えておれるさか木そ○此心は古哥に。わか庵(いほ)は三わ
の山もとこひしくはとふらひきませすきたてる門(かと)。
此哥をとりて。のゝみやの神垣には三わのことくしる
しの杉もなきに。いかに思ひまかへてこれまては
御出ありけるそとの心也。源氏のかへしに〽おと
め子かあたりと思へはさか木はのかをなつかしみ
とめてこそおれ○此心はみやす所のおはしますを
よくしりてこゝまてはまいりたれとのこゝろなり。
巻の詞にもさか木の枝をいさゝかおりて持給へ
けるとあるをとりあはせてまきの詞とせり此巻
一名には松からし島ともいへり
【左丁上段】
雲雀(ひばり)山
雲雀(ひばり)山といふは。大和 紀(き)の国のさかい也。こゝに南都(なんと)
横萩右大臣豊成(よこはきうたいじんとよなり)公の姫君(ひめきみ)。中将姫と申あり。此
ひめ君。去(さる)人のざんげんによりて。雲雀(ひばり)山にてうし
なひ【「棄て」或は「殺せ」】申せと有しを。里(さと)人いたはり。柴(しば)
の庵(いほり)をむすび。入
置まいらせし。御めのと付そひいたはりしに。此めのと
秋は草花(さうくわ)を取て里に出 往来(ゆきゝ)の人に代(しろ)なし。【代価を得】姫
君をすごしまいらせし。程ふりてひばり山の辺(へん)にて
豊成公に。めのと花売(はなうり)に出てあひまいらせしに。姫
君の事此へんにいたはり置し由。御なつかしく思召
則尋あひ給ひ一ツこしにのせ御帰りありしと也。誠に
心はたんりよにもつましき物なりとこそ
【左丁下段】
花散里(はなちるさと)
たち
ばなの
香(か)を
なつ
かしみ
ほとゝ
ぎす
花ちる
さとを
尋(たづね)てそ
とふ
【右丁上段】
松(まつ)の山鏡(やまかゞみ)
松(まつ)山 鏡(かゞみ)といふは越後(ゑちご)の国。松の山家(が)にすむ人
そひなれし妻(つま)にはなれしが。息女(そくぢよ)ありしに。
此母むすめに死後(しご)に鏡一 面(めん)かたみに見よとて
残(のこ)しあたへけれ。うせし跡にて此 娘(むすめ)。かゞみに向(むか)へは
母の見え給ふ。母のじひ有 難(かた)き事よとかゞみに
むかひこひしがりしを。父此よしを聞ふしきに思ひ。
かゞみにむかひ見ればさはなし。山 家(が)のこと
なれば。かゞみなき里にて。此むすめ。はゝに
よくにたりしゆへ我むかへは母とがてんし
てけり父此わけをいひきかせ。ともに涙を
もよほしけり。誠に哀といふもおろか也
【右丁下段】
【見出し】「花ちる里【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこ。全体を▢で囲む】
此巻は哥をもつて名とせるなり。
源氏廿四歳五月の事也。源氏
中川のわたりへ忍ひてありき給ふ道に。ちいさき家
にてことをしらべておもしろく引ならす音。みゝ
にとまりて。もと過給ひしことを思し召いで哥を
よみていれ給ふ〽をちかへりえそしのばれぬほと
とぎすほのかたらひしやとの垣(かき)ねに○此心は
をちかへりはいくかへりともなく心也。もとかよひし所
なれば。ずい分かんにんしてすぎんと思へとも。たえ
かたく思ふよと也。さてそれより入給ひて。昔(むかし)
いまの御物かたりありけるに。ほとゝきす又鳴けれは
よみ給ふ〽たちはなのかをなつかしみほとゝぎす
花ちるさとをたつねてそなく○此心は。たち
はなのかはむかしをしのばるゝもの也。この人
ならではむかしの事かたりあひなくさむへき人
なし。それをなつかしく思ひてたつねまいりたるは
ほとゝきすのたち花のかをなつかしかりてきて
なくとをなしこと也とたとへたるなり此花ちる
さとはきりつほのみかとの女御れいけいでんの御いもうと
三の君とてむかしけんしのあひ給ひし御方也
【左丁上段】
江口(ゑぐち)
江口といふは。川たけの【「ながれ」にかかる枕詞】ながれの女【遊女】なりしに
諸国(しよこく)一 見(けん)の僧(そう)江口の里(さと)に来り昔(むかし)かたりを思ひ
出。西行法師此所にて一 夜(や)の宿(やど)をかりけるに
あるじの心なかりしかば○世の中をいとふ迄こそかた
からめ。かりのやどりをおしむ君かなと古哥を吟(ぎん)し
ければ江口の君の幽霊(ゆうれい)ことばをかはし失(うせ)にけり
僧弔(そうとふら)ひをなしければ月すみわたる河水に遊女
川船に乗(のり)あまた出さほの哥を諷(うたひ)【注】あそぶてい
人間にあいじやく【愛惜】のはなれがたなき事をのべしらしめ
たちまちふげん菩薩とあらはれ。西のそらに
行給ひ六ぢん【塵】のまよひをしめし給ふ
【注 この字を「うたひ」と読むについてはコマ30の注を参照】
【左丁下段】
須磨(すま)
うきめ
かる
いせ
おの
あまを
思ひ
やれ
もしほ
たるてふ
すまの
うらにて
【右丁上段】
正儀世守(しやうぎせいしゆ)
正儀世守(しやうぎせいしゆ)は兄弟也。兄(あに)を正 儀(き)弟(おとゝ)を世守(せいしゆ)といふ
此兄弟の子の父を。左大臣公 討(うち)給ふ。兄弟 親(おや)の
かたき左大臣公をねらひ。ある夜(よ)忍(しの)び入左大臣公を
やす〳〵と討(うち)本望(ほんもう)を達(たつ)しぬ。しかるに国法(こくほう)とて
惣(そう)して人を討(うつ)たる者(もの)をたすけぬ法(ほう)にまかせ。兄
弟二人をからめ。其上役人(やくにん)え宣旨(せんじ)下り。申(さる)の一天
に誅(ちう)し申せとの御事也。すてに時刻(じこく)も来り
ければ太刀ふり上けて切らんとする所へ女一人
見物(けんぶつ)の中をおしのけ来りつるきの下へ廻り。
子どもに取付 泣(なき)ゐたり。役人(やくにん)とがめていふやう。
いかに女。何とて大事の首(くび)の座へは直(なを)りけるぞ
【左丁上段】
女いふやう。何とてかれらを何しに誅(ちう)し
給ふぞ。されば。此 者(もの)共は今夜(こよひ)内裏(だいり)にしのび
入り。左大臣殿を討(うち)たる科(とが)により誅(ちう)するよ。
なふ其大臣殿は。かれらが為(ため)には親のかたき也。
敵(かたき)を討たる者をば陣(ぢん)の口をさへゆるさるゝと
申たとへの候物。役人こたへて。それはさる事
なれども。此くにの大法(たいほう)にて人を討たる者(もの)を
たすけぬ法(ほう)よ。女いふやう。人討たる者をたすけ
ぬ御法ならば。かれらが父を討し大臣殿を
何とて今(いま)まではたすけ給ふぞ。さればそれは
大人是は小人。いかで其身にたいすべき。女また
いふ。いやしきを敵(かたき)とおもふべからず。かれらはいや
しき者なれば。只うちすてゝ置給へと申せ
ども。定(さだま)る法なれば是飛(ぜひ)なし。又女いふやう。
大臣殿は一人。是は二人討給ふはいかにといふ。役人
も道理(だうり)にせまり。さらば兄弟の内一人を切らん
といふ。其時女いふやう。我は此子どもの母なり。
兄弟の身がはりに我を切たまへといへども。
替りはかなはず。壱人いづれ成とも出よと
いふ。兄いづれば弟(をとゝ)いで。我切られんとたがい
に死(し)をあらそひしが。兄の正 儀(ぎ)いふやう。我が
いふ事をそむく不 孝(かう)なりといふ。世守(せいしゆ)こたへ
【右丁下段】
【見出し】「須磨【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこ。全体を▢で囲む】
此巻は哥とことはとをとれり
源氏廿四歳の秋より廿五歳
の春まてをしるす。源氏の御 兄(あに)朱雀院(しゆしやくゐん)御
位の時花の宴にてあひそめ給ひしおほろ
月夜の内侍のことは。みかとの御心さしありけるに
けんしのおはし給ふと聞えて。みかとの御母(おんはゝ)后(きさき)の
御はゝ立ありて。あしさまにきこえて。なかされ給ふ
御さたも有けるゆへ。けんし須磨へうつり給ふに
よりて須磨の巻といへる也。みやす【「みやす」の右に「六条」と傍記】所よ【別本にて】り
をくり給ふ御歌〽うきめかる【注①】いせおの【注②】あま【字母不明】を
思ひやれもしほたるてふすまのうらにて○
此心はうきめかるいせおのあまとは。いせにゐ給ふ
ゆへなり。ゆきひらのもしほたれつゝわふとこたへ
よ【注③】とよめる須磨の浦にて。その心はわかごとくに
うき住ゐより。いせおのあまの住かをも思し召
やれかしとの心也。○けんしの御返し〽いせ人の
波のうへこぐを舟【注④】にもうきめはからてのらまし
ものを○此心は。いせへ御ともしたらは波の上こく
あやうき目にはあふましき物をと也○此巻は
源氏 一部(いちふ)の■(かん)文(もん)【肝文ヵ。】也よく〳〵心をつくへし
【注① 「浮海布=水の上に浮いて見える海藻」と「憂き目」をかけている】
【注② 「お」は感動の助詞。伊勢の漁師にの意。】
【注③ 在原行平の歌、「わくらばに 問ふ人あらば 須磨の浦に 藻塩たれつつ 侘ぶとこたへよ」のこと。】
【注④ 「を舟」=「を」は接頭語。舟の意。】
【左丁下部】
明石(あかし)
秋(あき)の夜(よ)の
つき
げ【注⑤】の
こま
よわが
こふる
雲(くも)ゐを
かけ【駆け】れ
時(とき)のまも
みむ
【注⑤ 「月毛」=赤くて白みを帯びた馬の毛色】
【右丁上段】
て兄弟此世にありてこそ。兄のふかうも
おそるべけれ。御身むなしく成給はゞ。不 孝(かう)
とも勘当(かんだう)とも。誰かは我をしかるべき。迚(とて)も
不 孝(かう)の身とならば。御手にかけさせ給へと
いふ。正儀はことばを出し侍ず。役人申やう。とかく
母さし図(づ)にて一人出し候へといふ。母おもひさだめ云(いふ)。
役人聞ふしぎや。をと〳〵は乳(ち)【「宛」にみえるが、誤記と思われる】のあまり【末っ子】とて。
おしみかなしむはづを切れとはいかにこゝろへず。
母なみだながら。さればいはれの候。兄はまゝ
子おとゝは我(わが)子なり。兄をころさば。まゝ子を
にくみしと。草(くさ)のかげ成父の思はんもはづかし。
いかに正 儀(ぎ)もきけ。今まではまゝしきなか【なさぬ仲】を
つゝみしなり。あらはさじと思へどかくなれば
いひ聞(きか)す。わどの【吾殿=おまえ】三才の春より。朝夕(あさゆふ)育(そだて)
我子よりもいとをしく育(そたて)其内にせいしゆを
まふけ。梅(むめ)さくらとたのしみへだてなく。す
ぐししなり。此上は母ともに討給へと云(いふ)。あまり
にいたはしく。此由そうもん申せしかば御門(みかと)聞召
元来(もとより)世守(せいしゆ)は世(よ)を守(まもる)といふ字なりと。国(くに)の
あるじとなし。正儀を左の臣下(しんか)と成(なし)給ふ
誠に親子(しんし)兄弟 勇(ゆう)あり孝(かう)有る徳とかや
【右丁下段】
【見出し】あかし【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこをつけ全体を▢で囲む。】
此巻は哥と詞をもつて名と
せり。源氏廿六歳の三月より
廿七歳の秋都へかへり給ふ事まてあり。源氏
の君をあかしの入道(にうとう)のもとよりむかへたてまつる
により。須磨よりあかしへうつり給ふ。入道よろこひ
よくいたはりたてまつる。ついに入道のむすめ明石
のうへにあひなれ給ふ。むすめのすみし所はおかべの
やとゝいふ。源氏そのかたへかよはせ給ふ道にて。
ある夜都のかたこひしく思召てよみ給ふ〽秋の
夜の月げのこまよわがこふる雲ゐにかけれときの
まもみん○此心は古哥に久かたのつきけの駒(こま)
もうちはやめきぬらんとのみ君をまつかな。といふ心
にて。秋の夜といふより月けと月にいゝかけて。この
わかのる駒よ。月の雲ゐをめぐることくかけりてゆ
かは。わか恋しき都に行て。思ふ人にあはんといふ心也。
入道の哥に〽ひとりねは君もしりぬやつれ〳〵と
思ひあかしの浦さひしさを○此哥の心は。君の
御ひとりにてゐ給ふにて。此かたのひとりねの
さひしさを思し召しるやと。むすめのことを思はせ
がほによめる也
【左丁上段】
【見出し】「四季(しき)の哥(うた)づくし」【見出し語の上下左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
春 太上天皇
△初音とは思はさらなん一とせを
二たび来(きた)るはるのうぐひす
△君が代の千とせにあまるしるしとや 基家公
春よりさきに春の来ぬらん
△待(まち)あへずはるは来にけりたか為に 忠定
年のくれとてなをいそぐらん
△山ふかみ春ともしらぬ松の戸を 式子
たえ〳〵かゝる雪の玉みず 内親王
△岩間とぢし氷(こほり)もけさはとけ初て 西行
こけの下水みちうとむ也
【注 この歌は鎌倉時代前期の公卿、西園寺実氏(さねうじ)の歌。】
【左丁下段】
澪標(みをつくし)
かず
ならで
なに
はの
ことも
かひ
なきに
なに
みを
つく
思ひ し
そめけむ
【右丁上段】
夏
△夏の来てたゞ一重成ころもてに 為家
いかてか春を立かへるらん【注①】
△けふはよも花もあらしの夏山に 家隆
青葉ましりのみねのしら雲【注②】
△郭公こゑまつほどはかたをかの 紫
もりのしづくにたちやぬれまし 式部
△五月こは【注③】なきもふりなん時鳥 伊勢
またしきほとの声をきかばや
△玉ぼこの【注④】みち行人のことづても 定家
たへてほとふるさみたれ【注⑤】の空
【注① 『風雅和歌集 巻四』所収の藤原為家の歌「夏きては たゞ一重なる衣手に いかでか春をたち隔つらむ」の歌と思われる。】
【注② 『壬二集』五二一番 藤原家隆の歌「今はよも花もあらしの夏山に青葉ましりの峯の白雲」の歌と思われる。】
【注③ 「そ」に見えるが正しくは「は」で「来(こ)ば=来れば の意。】
【注④ 「道」「里」などにかかる枕詞】
【注⑤ 「し」或は「ら」」に見えるが正しくは「さみだれ(五月雨)。】
【左丁上段】
秋
△秋(あき)きぬと聞より袖に露ぞしる 俊成
ことしも半(なかば)すぎぬとおもへば
△秋のたつ朝け【注①】の衣打つけて 権中
やがて身(み)にしむ風の音かな 納言
△いつもふく同じときはの松風は 為藤
いかなる音に秋をしるらん
△かたへ【片枝】さすおふのうらなし【注②】初秋に 宮内
なりもならずも風ぞみにしむ 卿
△吹(ふき)むすふ風はむかしの秋ながら 小町
ありしにもにぬ袖のつゆかな
【注① 夜明け方】
【注② おふの浦(生浦)でとれる梨。動詞「なる」の序詞として用いられる。「おふの浦」は所在不明。斎の宮の庄といわれる。梨を献じた。】
冬
△冬来てはひと夜(よ)二よを玉(たま)ざゝの 定家
葉(は)わけ【注③】のしもの所せきまで
△音たてゝ木ずへをはらふ山風も 為世
けさよりはげし冬や来ぬらん
△ふゆの来て山もあらはにこのはふり 成茂
のこる松さへみねにさひしき
△さむしろ【注④】の夜半の衣手【袖】さえ〳〵て 式子
初ゆきしろしをのへの松【注⑤】 内親王
△冬こもり思ひかけぬを木(こ)の間より 貫之
花と見るまて雪そふりける
【注③ 「葉分け」=葉と葉のあいだを分ける事。また一枚一枚の葉に配り分けること。笹や竹にいうことが多い。】
【注④ 幅の狭い筵】
【注⑤ 『新古今和歌集』所収の歌には「をかのへの松(丘の辺の松)=丘のあたり」となっている。】
【右丁上段】
【見出し】「身をつくし【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け、全体を▢で囲む】
此巻は哥をもつて名とせり。
源氏の君明石より帰京(ききやう)の頃の
とし廿八歳の十一月まてのことあり。源氏都へ
召かへされ給ひほどなくもとの位になりさかへ給ふ。
是みな住よしの御ちかひと思召。秋の比住吉
まうでし給ふ。折ふしあかしのうへもおさなくより
秋ことに住吉まうてし給ふに。たかひにまいりあひ。
それとしりて源氏よみてつかはし給ふ御歌に
〽みをつくしこふるしるしにこゝまでもめくりあひ
けるえに【縁】はふかし【深し】な○此心はみをつくしとは。海や河
ふかき所に木をたてゝみを木【澪木(みおぎ)=澪標に同じ】とす。それを見て
舟をのぼせくだす也。たがひに身をつくして思ふ
しるしに。かやうにめくり逢たるは。ふかきえんにて
あるそとの心也。明石のうへかへし〽かすならぬ
なにはのこともかひなきになと身をつくし思ひ
そめけん○此心我身はかすならぬに。かやうに
をよひなき人に思ひそめ。なにことにか身をつくす
そと也。身をつくしのつもじすみてよむへし。
身をつくすといふ心なり。又なにはのことはなに
ことゝいふこゝろなり
【左丁下段】
蓬生(よもぎふ)
たづね
ても
われ
より
とはめ
道(みち)も
なく
ふかき
よもぎが
もと
の心(こゝろ)を
【右丁 頭部欄外】
三十六人歌仙
【右丁上段】
ほの〴〵と
明石のうらの
朝 霧(ぎり)に島
がくれ行
舟をしそおもふ
左 柿本人麿(かきのもとひとまろ)
右 紀貫之(きのつらゆき)
桜ちる木(こ)のした
風はさむからで
空(そら)にしられぬ
雪ぞ降(ふり)ける
いづくとも春の
光は
わかなくに まだ
みよしのゝ
山は雪ふる
左 凡河内躬恒(をふしかうちのみつね)
右 伊勢(いせ)
三輪の山
いかに待みん
尋る 年ふとも
人も 思へ
あらじと は
【左丁上段】
人にしれつゝ
をのがありか【注】を
恋に
雉子(きゞす)の妻
春の野にあざる【注】
左 中納言家持(ちうなこんやかもち)
【注 この歌は『万葉集』一四四六番の歌で「あざる」は「あさる」で、「ありか」は「あたり」が正しい。】
右 山部赤人(やまへのあかひと)
わかの浦に
塩みち
くればかたほ波
あしべをさして
たづ鳴(なき)わたる
左 在原業平朝臣(ありはらのなりひらのあそん)
世中に絶て
桜の
なかりせば
春の心は
のどけからまし
有けん
なでずや かみは
我くろ
うば玉の
かゝれとてしも
たらちね【「め」とあるところ】は
右 僧正遍照(そうじやうへんぜう)
【右丁中段】
【見出し】「年中行事(ねんぢうきやうじ)」
【以下「月」の上は大きな○。「日」の上はやや小さな○。】
○正月○元日
一年の上日成ゆへに
上には天地四方 拝(はい)
なと品々の御まつり
ごとを行(をこな)ひ給ふ下
万 民(みん)に至りては其
礼義(れいぎ)を守りてしめ
引松立わたして
年の安泰(あんたい)を祝ひ
侍る○十日津の国
今宮ゑひす参り
○十九日 八幡厄神(やはたやくしん)
参り○此月初寅
の日は諸人くらまへ詣(まふで)
諸願成就をいのり
帰るさに大福帳を
もとめて富貴はん
ゑいを祝し侍る
○二月○七日奈
良 薪(たきゞ)の能(のふ)《割書:十四か|まて》同
二月堂水取行法○
十五日 涅槃会(ねはんゑ)津
【左丁中段】
の国天王寺 舞(ぶ)がく
寺〳〵にねはん像(ざう)かゝる
○廿二日同天王寺
聖霊会(しやうれうゑ)石のぶたい
にて伶人(れいじん)の舞(まひ)あり
○当月初午の日は
諸人いなりの神社に
まふて侍る是を初
午参りと云
○三月○三日賀
茂の神事○攝州
住よししほひ参り
貴賤くんじゅ【群集】也○十
日かもの安楽(やすらひ)花(はな)の
祭○十四日 壬生(みぶ)の
念仏同しく狂言(けうげん)始
○百万べんにて善(ぜん)
導(だう)大師の御忌(きよき)を行
○十九日嵯峨せいれう
寺しやかの御身ぬぐ
ひ○廿一日 東寺(とうじ)仁(にん)
和寺(わじ)高野(かうや)たかを弘法(こうぼう)
大師 御影供(みゑいく)○廿五日
【右丁下段】
【見出し】「よもきふ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこ付け全体を▢で囲む】
此巻は歌にも詞にもよも
きふとつかね共。よもきとはいは
れぬによりてよもきふといふ也。源氏廿八歳の
四月のこと也。前に出たるすへつむ花は源氏を
まちくらし給ふに。源氏は須磨の御うつ
ろひかれ是にも思し召も出給はすおり
ふし卯月の比花ちるさとへおはすとてこの
ふる宮のこと思し召いてゝたつね給ふに。末つむ
花のゐ給ふ御住ゐあれはてゝ。庭によもき
しけりてつゆふかゝりけるを。うちはらはせて
入給ふとてけんしの御哥に〽たつねてもわれ
こそとはめみちもなくふるきよもきがもとの
心を○此心は末つむ花のかくあれたる所に
すみ給ふを。よの人はよもとふ人なかるへし。
むかしのちきりのえにしあれは。我のみこそ
とふへきそとの心也。よもきかもとの心とは。
よもきは本よりおひいつる草なれは。もと
あひなれ給ひたる心。又我こそとはめとよみ
給ふ所もつとも面白(をもしろ)し。のちにはひがしの院と
いふ所に置給へり
【左丁下段】
関屋(せきや)
あふさかの
せきや
いか
なる
せき
なれ
ば
しげき
なげき
中(なか)を の
わくらん
【右丁上段】
左 素性法師(そせいほうし)
見わたせは
柳桜を
こきまぜて
都は【正しくは「そ(ぞ)」】
春のにしき成けり
右 紀友則(きのとものり)
夕ざれはさほの
かはらの川風に
をきまどはして
ちとり鳴(なく)也
左 猿丸大夫(さるまるたゆふ)
遠近(をちこち)のたつきも
しらぬ山中に
をぼつかなくも
呼ぶこ鳥【濁点(”が付いている】かな
右 小野小町(をのゝこまち)
わひぬれは身を
萍(うきくさ)のねをたへて
さそふ水あらば
いなんとぞ
【左丁上段】
ふくかと
みじか夜の ぞ
更行(ふけゆく) きく
みね
の まゝに
松 高砂(たかさご)の
風
左 中納言兼輔(ちうなごんかねすけ)
【散らし書き風に記しているので詠みにくいですが、「みじか夜の更行まゝに 高砂のみねの松風ふくかとぞきく」という歌です。】
右 中納言朝忠(ちうなこんあさたゞ)
あふことの絶(たへ)てし
なくば中〳〵に
人をも
身
をも恨(うら)みざら
まし
いせの海 今は
ちひろの 何(なに)
浜(はま)に てふ
ひろふ
かひか とも
有へき
左 権中納言敦忠(ごんぢうなこんあつたゝ)
【「いせの海のちひろの浜にひろふとも 今は何てふ かひか有へき」】
右 藤原高光(ふちはらのたかみつ)
かく計へ
がたく
みゆる世中に
浦(うら)山しくも
すめる月かな
【右丁中段】
【月の項には大きい○、日の項にはやや小さい○。】
奈良(なら)般若寺(はんにやじ)文殊(もんじゆ)
会(ゑ)○廿八日ひゑい
山にて山王まつり○
中午いなり明神御出
○四月○一日近江
筑摩(つくま)祭○きぶね
神事○八日ひゑい
山 花(はな)つみ諸寺にて
仏生(ぶつじやう)会○十四日
和州当麻(わしうたへま)ねりく
やう△初卯いなり
祭同卯日 摂州(せつしう)住
吉御神事△中申
山王祭△中酉の日
かもあふひまつり
○五月◯朔日
江州松本ひら野ゝ神
祭○五日かもの
けいばふし見藤の森
祭○七日今宮
の御出○十五日今
みや祭○十六日 永(ゑう)
観堂大般若(くわんたうだいはんにや)○廿三
【左丁中段】
日 清水(きよみづ)寺田村丸ゑ【会】
さかもと両社祭
○廿八日摂州住吉
御田うへ○晦日祇
園御こし【神輿】洗ひと夜
御こし一 基(き)四条宮
河のほとりに出し
奉りて水をそゝ
き塵埃(ちりほこり)をのぞき
侍るこれをみこし
あらひと申侍る
折からしはゐの役(やく)
者(しや)おのが家々(いへ〳〵)の紋(もん)
提灯(てうちん)をともさせて
御こしをしゆごし奉
いと興(けう)ある見物な
れば老若なんによ
くんじゆ【群集】し侍る
○六月◯朔日
氷室(ひむろ)の氷(こほり)を奉る
大坂天王寺 勝(しやう)まん
祭○五日きをん
会 鉾(ほこ)のわたり
初○六日同じく
【右丁下段】
【見出し】「せき屋【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け、全体を▢で囲む】
此巻は詞をもつて名とす
せき屋よりさとをはつれ出
たるとあるによつて也。源氏廿八才の九月の
事也。石山へまうて給ふ。折ふしうつせみの君は
つまのひたちのかみかくだるにつきて行しか。
此たひは又ついてのほるとて。せき山にてあひ
給ひしかは。むかしのことを思し召いてゝ。弟の
小君がまいりたるに。忍ひて御文あり哥に
〽わくらはにゆきあふみぢとたのみしもなを
かひなしやしほならぬうみ○哥の心わく
らははたまさか也。あふことは此あふみぢといふを
たのしみに。みづうみはしほのさらぬうみなれは。
みるめといふ草のなきことく。あひみる事の
ならぬよとの心也。うつせみのかへしに
〽あふ坂の関やいかなる関なれはしげきなげ
きの中をわくらん○此心はあふ坂の関はいか
なる関なれは。まいり逢てかくものおもひ
なけくことそといふ心也。あふ坂といへはあひ逢
はづ也。あふことはせきとめて。かく杉のむらたち【群って立つこと】
しけきか。ふたりの中をわけて物思はすると也
【左丁下段】
絵合(ゑあはせ)
うきめ
見し
その
おり
よりも
けふは
過(すぎ) 又(また)
にし
方(かた)に
かへる
なみだか
 ̄オクリガナしかへしにそ
【右丁上段】
おどろ
秋来ぬと
目には
さやかにみえね共
かれ 風の音
ぬる にぞ
左 藤原敏于朝臣(ふぢはらのとしゆきあそん)【正しくは「敏行」】
右 源重之(みなもとのしけゆき)
風をいたみ岩
うつ波(なみ)の
をのれのみ
くだけて
物を思ふころかな
左 源宗于朝臣(みなもとのむねゆきのあそん)
常盤(ときわ)なる松
緑(みとり)も の
春くれば
今一しほの
色まさりけり
右 源信明朝臣(みなもとのふあきらあそん)【正しくは「さねあきら」】
恋しさはおなし
心にあらず共
こよひの月を
君(きみ)見ざらめや
【左丁上段】
きかまほしさに
今一 声(こゑ)の
郭公(ほとゝぎす)
くらしつ
行やらで山 路(ぢ)
左 源公忠朝臣(みなもとのきんたゝあそん)
しらべ初(そめ)けん
より
いづれのを
の松風かよふらし
琴(こと)のねにみね
左 斎宮女御(さいくうのにようご)
右 壬生忠岑(みぶのただみね)
子日【子の日】する
野へ
小松の に
なかり
せば
ためし ちよの
に何を引(ひか)まし【濁点あるは誤記】
右 大中臣頼基(おほなかとみよりもと)
一ふしに千(ち)よを
こめたる
杖なれは
つく共つきじ
君がよはひは
【右丁中段】
山(やま)のわたりぞめ
○七日ぎをんの
会○十日ゑいざん
ゑしん院源信忌○
十四日きをん御こし
くわんかう○廿日
くらま竹きり○廿
二日大坂座摩宮
まつり○天満天
神夏かぐら○晦日
堺住吉御はらひ
○七月◯七日京
北野 御手水(みたらし)神事
○九日《割書:今|明》両日洛
東 六道(ろくだう)参りまた
清水千日まふで
○十三日 宇治(うち)黄(わう)
はく山せがき○十
五日八はた安居(あんご)の
頭(たう)同洛東ちをん院
大せかき山門にて
行ふ此日三井寺へ
女人の参詣(さんけい)を赦(ゆるす)
○廿四日六地蔵参り
【左丁中段】
○八月○三日
堺(さかい)天神祭○五日
江州 白(しら)ひげ大明神
かい帳○八はた
放生会(はうじやうゑ)○十八日
上下御霊の祭り
○廿二日うつまさ
聖徳太子かい帳
○廿四日吉田木
瓜【こうり】大明神祭
○九月○四日
木はた祭○八日
せんゆふ寺舎利
会○九日伏見 御(ご)
幸(かう)【「香」の誤記ヵ】の宮祭大坂
生玉社祭○十日
五条天神祭○十
一日吉田 例幣使(れいへいし)
○十三日津のくに
住吉宝の市○
十八日池田くれは
祭《割書:十九日|あやば》○廿二日
大坂座摩祭○廿
五日天満天神宮の
【右丁下段】
【見出し】「ゑあはせ【源氏香の図 注】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け、見出し語全体を▢で囲む】
此巻は詞をもつて名とせり
源氏三十歳の三月の事也
その比のみかとは源氏の忍ひて通ひ給ひて
まうけ給ふ藤つほの御子也みかとの御代
になりて源氏よろつをはからひ給ひいせひ
めてたかりし也みかとよのことよりも絵(ゑ)を好(この)
ませ給ふによりゑあはせといふことあり源氏は
須磨にて書をき給ひし御ゑをとり出で
あはせ給はんとて紫のうへにはしめて見せ
給ふことのをそかりけるをうらみて哥に〽ひとり
ゐてなかめしよりはあまのすむかたを書てそ
みるへかりける○此心は源氏は須磨にてはかくゑ
かき給ひてなぐさみ給ふこともありし我のみ
ひとりゐて物思ひしことなるにわれもゑを
かきてなくさむへき物をとの心也○源氏の御
哥に〽うきめみしそのおりよりもけふはまた
過にしかたにかへるなみたか○此心は源氏の
すまの浦へうつろひ給ひしうきわかれを見給ひ
し時よりもけふ此ゑをみてかなしく思ひ給へは
須磨のことなと立かへる心になりたるそとなり
【注 源氏香の図が違っている。正しくは右から二本目の線が上の横線とつながっていない。】
【左丁下段】
松風(まつかせ)
身(み)をかへ
て
ひとり
かゑ
れる
ふるさとに
聞(きゝ)し
に
にたる
まつ
かぜぞふく
【右丁上段】
天津風(あまつかせ) 帰ら
ざるべき
ふけゐの
浦(うら)にゐるたづの
雲(くも) などか
ゐに
左 藤原清正(ふぢはらのきよまさ)
右 源順(みなもとのしたかふ) ける
水の面(をも)にてる
月なみを
秋 かぞふれ
の ば
もなか成 こよひぞ
左 藤原興風(ふぢはらのをきかぜ)
誰(たれ)をかも知(しる)人に
高砂(たかさご) せん
の
松もむかしの
友(とも)ならなくに
右 清原元輔(きよはらのもとすけ)
秋のゝの萩(はぎ)の
にしきを
鹿(しか)古郷(ふるさと)
のね に
ながら
うつしてしかな
【左丁上段】
左 坂上是則(さかのうへのこれのり)
みよしのゝ山の
白雪
つもるらし
ふるさとさむく
成まさる也
右 藤原元真(ふぢはらのもとさね)
さきにけり我(わか)
古(ふる)さとの
卯花(うのはな)は
垣(かき)ねに
きへぬ雪と見るまて
左 三条女蔵人(さんでうのによくらんど)
岩橋(いわはし)の 左近(さこん)
よるの契(ちぎ)りも
絶(たへ)ぬべし
明(あく)るわびしき
かづらきの神
右 藤原仲文(ふぢはらのなかふん)
有明(ありあけ)の月の光(ひか)り
を待(まつ)ほどに
我よのいたく
更(ふけ)にけるかな
【右丁中段】
【「月」の上には大きい○、「日」の上にはやや小さい○】
流鏑馬(やぶさめ)○晦日堺
住吉 神 送(をくり)
○十月○一日
《割書:今日より|十二日迄》ちしやく【智積】院に
論義○三日ひゑ
い山元三大師の御(み)
影(ゑい)年中二ヶ月は
飯室(いひむろ)に有十ヶ月
は横川(よかは)に有両所に
あんちする所今日に
くしを取さだむ○五
日 達磨(だるま)忌○今日
より十五日迄浄土宗
寺々に十夜の念
仏を行(をこな)ふ○十日
興福寺(こうぶくじ)維摩(ゆいま)会
《割書:今日より|十六日迄》○十三日 日(にち)
連(れん)上人御 影講(ゑいかう)俗
にをめこといへり○
廿日諸 商人(あきひと)ゑひ
す講京極四条 官(くわ)
者殿(じやとの)【冠者殿】の社せいもん
ばらひ
○十一月○八日
【左丁中段】
いなり大明神御火
焼俗にふいこ祭と
云○日蓮宗 十羅(じうら)
刹(せつ)【「殺」は誤記】女御火たき○十
一日 行事(ぎやうじ) 官(くわん)の内
太神宮御火たき
○十三日空也上人
忌○十八日《割書:上|下》御霊
御火焼○廿二日
《割書:今日より|廿八日迄》本願寺開山
忌○廿四日ひゑい
山三井寺あたごに
天台 大師講(だいしかう)○廿五
日《割書:今日より|廿八日迄》奈良
春日の御祭り
○午日祇園御火
たき○初の卯日
八はた御神楽也
○廿八日清水寺
行叡(ぎやうゑい)忌○子の日
当月此日別して
大こくを祭るゑん
■也
○十二月○一日
【右丁下段】
【見出し】「まつかせ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は哥と詞にて名つけたる
也。源氏三十歳の秋のこと
あり。源氏あかしにてあひなれ給ひし入道の
むすめ。ひめ君をうみ給ふて。みとせになりた
りけるを。あまりとほくへたゝりたれは。京に
のほり給へとおほせつかはされけれは。あかしのうへと
御はゝ君もろともに大井川のあたりにしるへ
あれは。その所に家つくりしてすみ給ふ川
流すこく松風さひしけれは。あかしにて源氏
あふまでのかたみとてをき給ふこと【琴】をとり出
してひき給うに。まつ風のひゞきあひたれは
あま君の哥に◯〽身をかへてひとりかへれる古
さとにきゝしににたるまつ風ぞふく○此心はこの
はゝあま君はもと都の人なれは。いまあかし
より入道ををきてふるさとへ帰るは生(しやう)をかえ
たる心ちするに。なにこともむかしにかはりたる
やうに思へとも。むかしきゝし松風の声のみ
かはらすきこゆるとよめる也。その比源氏は。かつ
らといふ所に御(み)堂をたて給ひ。念仏のために
おはしけるついてに。大井へもわたらせ給ふ也
【左丁下段】
薄雲(うすくも)
いりひ
さす
みねに
たな
びく
うす
雲は
物(もの)
思(をも)ふ
袖(そで)に
いろや
まがへる
【右上段】
千年(ちとせ)まで へし
かぎれる松も
万(よろづ) けふよりは
代(よ) 君(きみ)にひ
や かれて
左 大中臣能宣(おほなかとみよしのぶ)
右 壬生忠見(みぶのたゞみ)
焼(やか)ずとも草(くさ)は
もえなん
たゞ かすがのを
春(はる)の日にまかせ
たらなん
くれて行(ゆく) 霜(しも)にぞ
秋(あき)の 有(あり)けり
かたみに
わが をく
もと 物
ゆひの は
左 平(たいらの) 兼盛(かねもり)
右 中務(なかつかさ)
秋風の吹(ふく)に
付て
萩(はぎ)の も
葉(は) と
ならば はぬ
音(をと)は 哉
してまし
【左丁上段】
【見出し】「御所言葉(ごしよことば)」【見出し語の上下左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
一小袖は○ごふく
一わたは○おなか
一よき【夜着】は○よるのもの
一どんすがや○どんちやう【上下の言葉が逆と思われる】
一こんにやくは○にやく
一とうふのかす○おかべがら
一ゆのこは○おゆのした
一しやうゆは○おしたし【おしたじ(お下地)】
一なすびは○なす
一よめがはぎ【「げ」は誤記】○よめな
【左丁中段】
一おびは○おもじ
一ゆぐは○ゆもじ
一かやは○かちやう
一へに【紅】は○おいろ
一めしは○ぐご【供御】
一さけは○九こん【九献】
一こめは○うちまき
一みそは○むし
一あま酒は○あま九こん
一五斗みそ○さゝじん
一こぬかは○まちかね
一もちは○かちん
一だんごは○いし〳〵
一せきはんは○こはぐご
一ちまきは○まき
一しんこは○しらいと
一とうふは○おかへ【御壁】
一でんがくは○おでん
一ぼたもち○やは〳〵
一そばかゆもち○うすずみ
一やきめしは○おみなめし
一ふのやきは○あさがほ
一さうめんは○ぞろ
一なめしは○はのぐご
【右丁中段】
けふは乙子の朔日と
て人の庶子(そし)たるは
其祝をなし侍る
○六日《割書:今日より|十九日迄》ちしやく
院のかいさん忌○十
九日《割書:今日より|廿一日迄》まきの
を御仏名(おふつみやう)会○廿二日
大徳寺かおさん忌○廿
三日一へん上人忌にて
時宗の寺々に法
事を修(しゆ)す○廿八日
鉢たゝき結願(けちぐわん)極(こく)
楽寺(らくじ)にておどり
念仏有○大晦日
夜に入て祇園の
神前にて大般若(たいはんにや)
転読(てんどく)子のこくより拝
殿にてけづりかけ
の神事始△節分
五条天神まふで
此やしろは少彦名(すくなひこなの)
命にして病難をは
すくひ給ふ神法にて
年中の災を払のける也
【右丁下段】
【見出し】「うすくも【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は歌をもつて名つけたる也
源氏三十歳の冬より次の丗一の
秋まてのことあり。此うす雲の女院と申は藤つほ
と申し。人はかゝやく日の宮とも申したる也。その比の帝(みかと)は
けんじ藤つほに忍ひてまうけ給ひし御子なれ共。
父みかとゆめにもしらせ給はて。御いとをしみふかく。
十一歳の御とし御 位(くらゐ)につかせ給ふ。御母藤つほも
女院になり給ひけるに。御とし三十七にてかくれ
させ給ふ。けんしの御心のうち思ひやるへし。御哥に
〽入日さすみねにたな引うす雲は物思ふそてに
色やまかへる○此心は巻の詞にやまきはの木
ずえあらはなるに。雲のうすくわたれるかにびいろ【濃い鼠色】
なるを。なにことも御めとゝまらぬなれと。いと衣に
おほさるとある也。けんしの君この比は御うれひに
しつみ給へは。たとひうつくしき花もみちにも中〳〵
御めのとまるへきことならねとも。此雲のうき〳〵と
さすたなひけるが折にあひてはわか心のことく雲
も物を思ふにやと心なき物に心をつけ給ふことは。
ふかきうれひの心なり。かゝやく日のみやと申せ
しかは。入日さすとよみ給ふもよせある也
【左丁下段】
朝顔(あさかほ)
みし
おり
露(つゆ) の
わすら
れぬ
あさ
がほ
の
花(はな)
の
さかりは
すぎや
しぬらん
【右丁上段】
一のりは○のもじ
一さゝげは○さ□□
一ほしな【干し菜】は○ひば
一ちさは○おはいろ
一ほしふり【干し瓜】は○ほり〳〵
一大こんは○からもの【辛物】
一哥かるた○ついまつ
一すりこぎ○小がらし
一しやくし○しやもじ
一かんなべは○かんくろ【燗黒】
一小な【小菜=間引き菜】にいも【芋(里芋)】汁○柳にまり【鞠】
一まつたけ○まつ
【右丁中段】
一あさづけ○あさ〳〵【浅浅】
一ごほう【牛蒡】は○こん【ごん】
一かう【香】の物は○かう〳〵【香香】
一くき【(菜の)茎】は○くもじ
一竹の子は○たけ
一うこぎは○うのめ
一しるは○おつけ
一さいは○おかず
一白はし【箸】○ねもじ【注①】
一かずのこ○かず〳〵
一くじらは○おさぐり
一すしは○すもじ
一いか【烏賊】は○いもじ
一かつをは○かゝ
一ゑびは○ゑもじ
一たこは○たもじ
一小たい【鯛】○小ひら
一するめ○する〳〵
一ごまめは○ことのばら
一金一ふ□○百ひき【注②】
一ぜ【別本にて】に百は○一すじ【注③】
一かみそり○おけたれ【御毛垂れ】
一ゐかき【ざる】は○せきもり
一せつかい【注④】○うぐひす
【注① 「練貫のような白い色の箸」の意から「ねもじ」】
【注② 百疋=銭一貫文。】
【注③ 銭差し一本の銭。「銭差し」とは、円形方孔の銭貨の穴に通して、保管または運搬などのために使われる紐。わらまたは麻なわ製のものが通例である。百文差、三百文差、一貫文(千文)差などがある。】
【注④ 切匙=飯杓子の頭を縦に半切りにしたような形のもの。擂鉢の内側に付いたものをかき落すのに用いる。】
【右丁下段】
【見出し】「あさかほ【源氏香の図 注⑤】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は歌と詞とをもつて名と
したる也源氏卅一歳の秋より冬
まてのことありうす雲の巻の末とをなし年也。
あさかほのさいゐんと申は式部卿の宮の姫君かも
のいつきと申にておはしけるかさいゐんをおり
させ給ひてせんさいゐんと申ける。かの御かたへ源氏
心をよせ給ひて。あさかほの花につけてよみてやり
給ふ〽見しおりのつゆわすられぬ朝かほのはなの
さかりはすきやしぬらん○此心は源氏のむかし
御あひ有たるにてはなけれ共。ひとめ見しより
つゆのまもわするゝことなく。心をつくし思ふ也。あさ
かほの花はうつくしけれ共さかりまもなき物なれは。
あはれと思ひてあひみんことをいそき給へかしと。ゝり
そへてよみ給ふ也。又朝かほはさかりまもなけれは。あふご【逢ふ期】
いつかと心もとなく思ふ心なり○御かへしに
〽秋はてゝきりのまかきにむすほゝれあるかなきかに
うつる朝かほ○此心は秋はてゝは。秋のすゑなれは
きりたちわたるまかきのうちに。ありともしられす
色もかはりはてたる朝かほのさまなりと。わか身の上
によそへてよみ給へり。のちまて心つよき御かたなり
【注⑤ 図が違っている。正しくは右から二、三、五ほん目が上の線で繋がっている。】
【左丁上段】
香之記(かうのき)【▢で囲む】
香炉の火たどんにて凡べし
やきやうくるみのから松か
さ二味をやきうすのりにてかため用べし
○盆(ほん)に香炉(かうろ)をく事 香炉(かうろ)は中 香箱(かうはこ)
は左 香箸(かうはし)右三つかなわ【金輪】の心也○香炉(かうろ)を
人の前に出す時 面(おもて)へあし二つむけてをくべし
一つさきへなす○香炉(かうろ)をきくに左の指
三つは香炉のそこに有り人さし指(ゆひ)一つわき
にはつるゝ様に◯香炉をきくは座上より
聞一通りしをり又かへし一通り二 度(ど)つゝ
きく也人数十人より上は一とをりにてをくべし
【左丁下段】
乙女(をとめ)
をとめ
子(こ)が【「も」とあるところ】
神(かみ)さび【別本にて】
ぬらし
あまつ
そで
ふるき
よの
とも
よはひ
へぬれば
【右丁上段】
○十 種香(しゆかう)といふは香盆(かうぼん)に香(かう)の名(な)書(かき)たる
札(ふだ)と筒(つゝ)とをそへ出(いだ)すいづれの香といふ
事を聞覚(きゝおぼ)へ札(ふだ)の名をたづね筒(つゝ)へ入る也
○香(かう)を聞時(きくとき)手にかほりをまねき手を
かざしなとするは見ぐるしたゞ何となく
きゝたるがよき也○香をきく時えんに
ゐるとも内へ入てきくべし風をいむ也
○香は一焼といはす一 種(しゆ)と云○香の跡(あと)に
薫物(たきもの)焼(きく)時は銀盤(ぎんばん)をかへてたくなり
【見出し】掛香(かけがう) 匂(にほ)ひ袋方(ふくろのはう)【見出し語を▢で囲み上下左右に飾り鉤かっこを付ける】
【左丁上段】
○あたらしき小袖にとめ給ふには
あつき湯の中に置とめてよし其
いげ【「ゆげ(湯気)の変化した語】にてよくとまるなり
△掛香名方(かけかうのめいはう)○梅花(ばいくは) 龍脳(りうのふ)《割書:八分》
梅仁(ばいにん)《割書:一匁二分》麝香(じやかう)《割書:六分》丁子(てうじ)《割書:二匁》
甘松(かんせう)《割書:三匁》白檀(びやくだん)《割書:二匁》○あやめ 沈(ちん)
香(かう)《割書:一匁》丁子(てうじ)《割書:八分》白檀(びやくだん)《割書:一匁|二分》甘松(かんせう)《割書:八分》
麝香(じやかう)《割書:四分》龍脳(りうのふ)《割書:一分》○よもきふ
麝香《割書:二匁》龍脳《割書:三匁》菊花《割書:五匁》
○にほひ袋 丁子(てうじ)《割書:二匁》薫陸(くんろく)《割書:一匁》伽(きや)
羅(ら)《割書:一匁三分|さめ■■【かわヵ】おろし》白檀(びやくだん)《割書:二匁》甘松(かんせう)《割書:五匁》龍(りう)
脳(のふ)《割書:五匁》麝香(じやかう)《割書:四匁》茴香(ういきやう)《割書:五分》○又方
甘松(かんせう)《割書:五匁》麝香(じやかう)《割書:五匁》白檀(ひやくだん)《割書:五匁》龍(りう)
脳(のふ)《割書:一匁》丁子(てうじ)《割書:五匁》○亦方 白檀(びやくだん)《割書:三匁》
丁子(てうじ)《割書:一匁》龍脳(りうのふ)《割書:三匁》麝香(じやかう)《割書:三匁》甘(かん)
松(せう)《割書:三匁》薫陸(くんろく)《割書:少》《割書:△右三色ともに何れ|も御所名方の抜書也》
【右丁下段】
【見出し】「おとめ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は詞と哥とをもつて名とする
也源氏三十二の四月より三十四の
十月まて見えたり此乙女といふことは五節(こせつ)の舞姫(まひひめ)
にていへり五節とはむかし清見(きよみ)はらの天皇(てんわう)よしの
の宮に御ざありし時日のくれかたに琴(こと)をたんじ【別本にて】
御心をすまし給ふ時にむかひの山のみねよりあや
しき雲の中に天女(てんによ)のすかたあらはれて御ことの
しらへにあはせてうたひけるをみかと御らんしけるに
天女の袖をひるかへすこと五たひなりけりそれに
より此舞をうつして毎年(まいねん)十一月にわかき舞姫を
五人出してまはせらるゝこと也このたひ源氏よりは
御めのとのこれみつよしきよのむすめを出し給ふ
これみつかむすめ舞ことにすくれてみな人かんし
たり源氏の御哥に〽をとめ子も神さひぬらし
あまつ袖ふるきよのともよはひへぬれは○此心は昔(むかし)
五せつの舞にあひ給ひし人を思し召てつくしの
五せつのかたへよみてつかはし給ふ也神さひぬらし
とはひさしき心也むかしの舞の時は君もわれも
わかゝりしか今はともにとしへぬれはふるきよのとも
とはわれをそみ給なんとのこゝろなり
【左丁下段】
玉葛(たまかつら)
恋(こひ)わた
る
身は
それ
なれど
玉
かづら
いか
なる
すぢを
尋(たづね)
きぬ【「つ」とあるところ】らん
【左丁上段】
【見出し】琴之記(ことのき)【▢で囲む】
琴は唐土(もろこし)にては神農(しんのう)と
いふ聖人(せいじん)つくり給ふ。日本に
ては。天(あま)のうすめの命(みこと)はじめ給ふ
○琴と三味線(しやみせん)とちやうしあわせ様
琴の三の糸三味線の一。琴の五。三
味線の三とをなじ○二あがりの調(てう)
子(し)は琴の五。三味線の一。琴の八。三味線
の二。琴の十三。三味線の三。とおなじ事也
△糸のおさへやう。大ゆびにさしたる爪(つめ)
を前(まへ)の爪といふ中ゆびにさしたるを
向爪(むかふづめ)といふ人さし指(ゆび)にさしたるをわき
爪といふ○糸(いと)の名(な)手まへを巾(きん)といふ
次を為(い)といふ其次を斗(と)といふそれより
次第に十九八七六五四三二一なり。おさゆ
る糸は。四七九八也。引ならひにはおさへ
ずしてもくるしからず。地のきはに
すみ付置(をく)べし
【見出し】三味線(しやみせん)【▢で囲む】
三味線の引はじめは。文禄(ふんろく)の
比。石村(いしむら)けんげうといふ法師。
びわをやつし。しやみせんを作れり○
習(なら)ひやう。よく引人の。ばちの持(もち)よう。
指づかひ。色のつけやう見るべし
【右丁下段】
【見出し】「玉かつら【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は哥をもつて名つけたり
源氏卅五歳の三月より十二月
まてのことあり。玉かつらとははゝ木々の巻に出し
なてしこのこと夕かほのうへの子也。四才の時めのとに
つれられてつくしへくたり給ふ。やう〳〵とおとなしく
なり給ひて京へのほり給ふ。御とし二十三也。たつ(夕かほ)ぬる
人にあはせ給へときねんのためにはつせへまうで給へは。
御はゝ夕かほのつかひ給ひて。のち源氏へつきしたかひし。
右近(うこん)といふ人に行あひ給ひぬ。右近もつね〴〵たつね申
けることなれは。源氏へ申てむかへたてまつりぬ。のち
にはひげぐろの大将の北のかたになりて。内侍(ないし)のかみ
にてありけれは。玉かつらの内侍と申せし也。源氏を
おやとたのみおはせしゆへにあひ給ふてよめる
〽恋わたる身はそれなれと玉かつらいかなるすぢを
たつねきぬ【「つ」とあるところ】らん○此心は身はそれなれとゝは源氏
我身のこと也。夕かほのうへをわすれすしてこひ
わたる身はをなしわか身なり。いかなるえにし有
てや。玉かつらのけんしを父(ちゝ)とたのみてたつねき給ふ
らん。ふかきえんにてあるよと云也。玉かつらとはかみ
のことなれは。すぢといふもことばのえんなり
【左丁下段】
初音(はつね)
とし月(つき)
を
まつに
ひか
れて
ふる
人(ひと)に【「わ」と見えるは誤記】
けふ
鶯(うくひす)の
はつね
きかせよ
【右丁上段】
ばちは手の内かろく持べし力(ちから)を入れ
ばはやき事にばちまはらず。ぎし
つき。糸の音色出ざる也。糸をおさゆる
指つよくかゞめ爪にて糸をおさゆべし
【見出し】笛之記(ふえのき)【▢で囲む】
笛は武帝(ぶてい)の時きうちうと
いふ者つくりはじめる日
本にては天(あま)の大来目命(おゝくめみこと)香久山(かくやま)の
竹にて作るよこ笛 尺八(しやくはち)一節切(ひとよぎり)こま笛
といふもあり
【見出し】双六(すごろく)【▢で囲む】
双六 盤(ばん)は長 ̄サ一尺二寸是は十
二 月(つき)をへうす【表す】也。横七寸二歩
七十二日の土用(どよう)をへうす。白石(しろいし)十五は
上十五日 黒(くろ)石十五は下十五日也。しゆみ
せんざいは日月をへうす也是きび
大臣ひろめ給ひし事也
【見出し】琵琶(びわ)【▢で囲む】
琵琶 長(たけ)三尺五寸 糸(いと)四すじ
下よりさかさまに引を琵(び)と云
上よりしゆんにひくを琶(わ)と云 天竺(てんぢく)のあ
しゆりん王の代にきぶといふ者作り
たる也。すがたは大日如来はんち【ばんじ=梵字】をかた
とる也天竺しんだん【震旦=中国の異称】我朝をうつすなり
日本に渡る事ゑんぎの帝の御時也
【右丁下段】
【見出し】「はつね【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は哥と詞とをもつて名つけ
たる也。源氏三十六歳の正月の
こと也。此はつねといふはあかしのうへの姫君を。むら
さきのうへの御子になし給ひてをはしますに
より。み給ふこともなくこひしく思しめさるゝ也。正月
一日かの御かたへ。あかしのうへより文まいらせ給ふ時の
御哥に〽とし月をまつにひかれてふる人にけふうく
ひすのはつねきかせよ○此心は。ひめ君むらさきの
うへの御かたへ御こしありて四五年になれは。御
たいめんありたきこゝろ也。たとへ。たいめんはなく共
せめて御返事のはつ音をきゝたきと也。ふる人とは
としへたる心也。松にひかれては。松を待(まつ)といふ心にして。
たいめんの折もやと待にかゝはりてとしへたる人に。
折にあひたるはつ音ををしみ給ふなと也。姫君返し
〽引わかれとしはふれとも鶯(うぐひす)のすたちしまつの
ねをわすれめや○此心はわれかくのことく紫のうへ
のかたへ引わかれてゐさふらへとも。わかもとそだち
しふるすのはゝ君の御かたをばわするへきことには
あらすとの心也。松のねは根(ね)さしのこと也。うくひすの
ねにもかよへるなるへし
【左丁上段】
【見出し】七夕詩歌尽(たなばたしいかづくし) 《割書:古詩|新哥》【見出し語の上下左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
【上段頭部横書きの見出し(右から)】
七夕之詩(たなばたのし)・ 尽(づくし)
憶得(おもひゑたり)少年(せうねんにして)長(ながく)乞巧(きつこうすることを) 白楽天(はくらくてん)
竹竿(ちくかん)頭上(とうじやうに)願糸(ぐはんし)多(おほし) 詩(し)
二 星(せい)適逢(たま〳〵あふて)未(いまだ)_レ【左ルビ:ず】叙(のべ)
_二別(べつ)-緒(しよの)依々之(いいたる)-恨(うらみを)【訓点「一」の欠落】 小野(をのゝ)ゝ
五夜(ごや)将(まさに)_レ【左ルビ:して】明(あけんと)頻(しきりに)驚(おどろく) 美材(よしき)
_二涼風颯々之(りやうふうのさつ〳〵たる)-声(こゑ)_一 詩(し)
露(つゆは)応(べし)_二別涙(わかれのなんだなる。)_一珠空落(たまむなしくおつ) 菅相丞(かんしやうぜう)
雲(くもは)是残粧(これざんさう)髻(もとゞり)未(いまだ)_レ【左ルビ:ずと】成(なら) 詩(し)
風(かぜは)従(より)_二昨夜(さくや)_一声(こゑ)弥怨(いよ〳〵うらむ) 江相公(ゑのしやうこう)
露(つゆは)及(およんで)_二明朝(みやうてうに)_一涙(なみだ)不(す)_レ禁(たへ) 詩(し)
去衣(きよい)曳(ひいて)_レ浪(なみを)霞(かすみ)応(べし)_レ湿(うるほふ) 菅三品(かんさんほん)
行燭(かうしよく)浸(ひたして)_レ流(ながれに)月(つき)欲(す)_レ消(きへなんと) 詩(し)
詞(ことばは。)詑(だくして)_二微波(びはに)_一雖(いへども)_二且遣(かつやると)_一 菅輔昭(かんすけあき)
意(こゝろは)期(ぎと)_二片月(へんげつを)_一欲(ほつす)_レ為(せんと)_レ媒(なかだち) 詩(し)
【左丁下段】
胡蝶(こてふ)
花(はな)ぞの
の
こてふ
を
さえ【「へ」とあるところ】や
した
くさに
あき
まつ
むしは
うとく
みるらむ
【右丁上段】
○一とせを中にへだてゝ逢(あひ)見まく 水尾院
ほしのちぎりや思ひつきせぬ
○空(そら)にけふめぐり逢(あふ)らし七夕の 道晃
ほどは雲(くも)ゐに待し月日も
○露けさもしらでや里の重(かさ)ぬらん 通茂
秋くる宵のあさの羽ごろも
○天津星(あまつぼし)秋待わたる河なみは 資茂
けふや嬉(うれ)しき瀬にかはるらん
○定(さた)め置(をき)し年の一夜はいたつらの よみ人
なき世やうら見ほし合の空 しらず
○明ぬれば暮(くる)る物ともあふ事を 通茂
たのめぬ星(ほし)や夜をゝしむらん
○よそながら思ふもくるし七夕は 内房
としにまれなる中のちぎりは
○彦星(ひこぼし)のこよひ逢(あふ)せをむかひ舟 雅房
よすればかへる名残(なごり)をぞ思ふ
○今宵逢星のいもせの中にをつる 通福
天の河かぜ月にすゝしき
○空に住しらべも秋にあふほしの 雅直
こゝろ行(ゆく)夜(よ)の糸竹【注】のこゑ
【注 弦楽器と管楽器】
【右丁下段】
【見出し】こてふ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は詞と哥とをもつて名つけ
たる也。源氏三十六歳の時なり。
むかしは院宮后(ゐんみやきさき)なと季(き)の御読経(みときやう)とて春秋に
大般若経(たいはんにやきやう)をよみて法事(ほうじ)あり。秋(みやす)このむ(所の御娘)中宮は
六条(けんし)院にてをこなはせ給ふ。そのついてにむらさき
のうへも仏に花たてまつり給ふとて。中宮の御方へ
花まいらせらる。とりてふといふ舞(まひ)人にわらはを八人
かたちことにつくりたてゝ。とりには白かねの花かめに
さくらをさして。てふにはこかねの花かめにやまふきの
色をつくして。八人のわらはへともみはしのもとにて
花たてまつる。紫のうへの御せうそく。夕霧の大将に
をほせて御かへしある哥に〽花そのゝこてふをさへや
したくさにあきまつむしはうとく見るらん○此心は
秋このむ中宮はさためて秋をこそまち給ふ
らめ。さあれは花そのゝこてふなとはめのしたに
見給らん。秋まつむしの心には春のこてふをうとく
見るはつ也とよめる心なり。この秋このむ中宮の
ことは。乙女の巻に見えたり。秋このむの哥。心からはる
まつそのはわかやとの紅葉を風のつてにだに見よ。
こららより秋このむみやといへり
【左丁上段 挿絵 文字無し】
【左丁下段】
蛍(ほたる)
声(こえ)は
せで
身(み)を
のみ
こがす
ほたる
こそ
いふより
まさる
おもひ
なるらめ
【右丁上段】
○雲霧(くもきり)もへだてやはせん相(あひ)思ふ 季信
ほしの逢(あふ)よの中の契(ちぎ)りに
○夕部(ゆふべ)〳〵秋の露さへをきそはる 雅庸
袂(たもと)もこよひほしあひのそら
○七夕のあふ夜たえせぬ初秋に 時量
ともす火 影(かげ)や空(そら)にしたしむ
○暮(くる)るをや猶いそぐらん天の川 雅房
待わたりぬるけふの舟出(ふなで)に
○天の川月のかつらのさほさして 雅景
星や舟出をさぞいそくらん
○うく事もしらずや星の手向(たむけ)草 よみ人
この七種は花もましらず しらず
○花すゝきまねく袂はをり姫の 道晃
つままつ宵のこゝろをやしる
○今宵あふ星の手向と秋はぎの 雅景
花のにしきのひもやとくらん
○七夕の手にもおとらずけふ待て 弘資
をりはへけらし萩のにしきも
○天の河わたせさやけき夕月の 仙洞
ひかりや星の妻むかえふね
【左丁上段】
契り 枕
もら よ
すな り
七夕
の ほか
しる
一 人も
夜 なし
とて
○織女のまれの舟出もみなれ竿(さほ) 道晃
さすがなれぬる道はたとらし
○寐(ね)ぬる夜の明るやつらき七夕の 公理
あふせは絶(たへ)ぬちぎりながらも
○天の河色づき初てほのめけば 光離
月や紅葉の御ふねなるらし
○恋わたる思ひもはれずふる雨に 経慶
ちぎりかひなきかさゝぎのはし
○萩薄(はぎすゝき)ふたつの星に手向をきて 通村
いづれか秋と空にとはゞや
【右丁下段】
【見出し】「ほたる【源氏香の図 注】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は詞と哥とをもつて名つけ
たる也。源氏三十六歳の五月のこと
あり源氏玉かつらをむかへとり給ひもてなし給ふに
兵部卿(けんしの御おい也)の宮玉かつらをかきりなく御心をかけ給ひて五
月四日の夜忍ひてをはしけるにけんしは玉かつらの
御かたちのすくれてうつくしきを宮(匂)に見せ申て
心をつくさせ申さんとてその夕つかたほたるをおほ
く取あつめてきちやうのかたひらにつゝみて光に
つけてほのかに御かたちを見せ給ひけれは兵部卿
の御哥に〽なくこゑもきこえぬ虫の思ひだに人のけ
つ【消つ】にはきゆる物かは○此心はなくこゑも聞えぬ虫の思ひ
とはほたる也そのおもひたにけすにけされぬ物也
いはんや人の思ひは音をたつる物なれはいよ〳〵うち
けされましきとの心也おもひはほたるの火によせて
いへり 玉かつらかへし〽声はせて身をのみこかす
ほたるこそいふよりまさる思ひなるらめ○此心はことはに
いゝ出していへはなくさむこともあるへしたゝ音に
たてぬほたるの思ひよりふかく見え侍れみやはかく哥を
よみて思もなくさみ給ふへけれわか身は蛍のことく
音をなかねは猶まさり侍るといふ心なり
【注 図が違っている。正しくは、二、四、五番目の線が頭部で繋がる。】
【左丁下部】
常夏(とこなつ)
なでし
この
とこ
なつ
かしき
色(いろ)を
見ば
もとの
かき
ねを
人(ひと)や尋(たづね)む
【右丁上段】
○逢(あふ)を待(まつ)天の河原(かはら)の川風に 資慶
をばなが袖も舟まねくらし
○契(ちぎ)りこそ一夜といへど浅香(あさか)山 後西院
あさくはあらし世々のほし合
○今宵(こよひ)又 衣(ころも)かたしき彦(ひこ)ぼしの 《割書:|後》水尾院
恋やまさらん宇治(うぢ)のはしひめ
○七夕の身をつくしつゝなには江の 雅量
あしの一夜となどちぎりけん
○今宵(こよひ)逢ほしの契りは長浜(ながはま)の 同
真砂(まさご)をつきぬ秋のかせかも
○絶(たへ)せじなあふ瀬(せ)にわたす鵲(かさゝぎ)の 経慶
よりはの橋(はし)【注】のかけしちぎりは
○けふごとにかすてふ橋はかさゝぎの よみ人
羽(はね)をならぶる契りたえじな しらず
○浅からぬ契りしられて天の川 雅景
あふ瀬にわたすかさゝきの橋
○七夕を思ふに夢のわたりとや 通茂
たどる一夜のかさゝぎのはし
○めぐりあふ二の星やかさゝぎの 雅喬
より羽に契る天のうきはし
【注 「寄羽の橋」=鳥が羽を寄せ合ってかける橋。特に、七月七日の夜、牽牛・織女の二星が相会う時、天の川に鵲(かささぎ)が羽を並べてかけるという橋。】
【右丁下段】
【見出し】「とこなつ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は哥と詞をもつて名とする也。
詞にはなてしことあり同し事なり。
源氏三十六歳の夏の事也。玉かつらのすませ給ふ
所をにしのたいといへり。此御かたの庭になてしこの
色〳〵。からのもやまとのもうへわたされ。かきゆひて
咲みたれたるに。夕かほのうへの御ことを思召いたし
給ひてけんしの御哥に〽なてしこのとこなつかしき
色をみはもとのかきねを人やたつねん○此心は
玉かつらをまことの ちゝ君(頭の中将也)にいゝあらはしたらは。必(かならす)
夕か(玉かつらの母)ほのゆくゑをたつね給ふへし。それは源氏の
心にいやに思ふことは うき(夕かほ)めを見給ふゆへ也。なてし
こは子といふ心。とこなつかしきはとこなつをいゝかけ
たる也。玉かつらの歌に〽山かつのかきねにおひし
なてしこのもとのねさしをたれかたつねん○此
哥の心山かつのかきねは玉かつらの母夕かほの事をは
卑下(ひげ)していゝ給ふ也。いままことのちゝにあはせたり共。
なにしにもとのことまてことなかくとひ給ふことは
あるましきほとに。たゝとくたいめんあらせ給へとの心
なるへし。かくの給へはけんじもかゝることをは聞
給ひて。ひとしほ御心くるしきかりけるなり
【左丁上段】
【見出し】「女たしなみ草【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
△人の前(まへ)にて楊枝(やうじ)をつかひ歯(は)をせゝり舌(した)を
かき。あるひは楊枝をくはへて人に物いひ
又 位(くらゐ)なくして大やうじつかふ事
△茶(ちや)の水を手(て)あしにつかひ又 手水(てふづ)にてあしを
あらひなどし。朝うがひ手水(てふづ)せず髪(かみ)ゆはず
人の前へ出る事
△戸障子(としやうじ)あらくたて明すること并にゑん板(いた)
をあし音(をと)高(たか)くありき。或(あるひ)は手をぬきいれて
人にものいふ事
△貴人(きにん)の御近所(ごきんぢよ)にて高鼻(たかばな)かみ高(たか)ざふたん【雑談】
并に深夜(しんや)の高(たか)ばなしの事
△客(きやく)の手水(てふづ)てぬぐひをみだりにつかひ他(た)のあせ
手(て)ぬぐひにて手をぬぐひ。あるひはあふきを引
ばひ【引き奪い】つかふ事
△をし板 敷居(しきゐ)。いるり【いろり(囲炉裏)に同じ】ぶちへのぼり并に火燵(こたつ)へ
ふかく入る事
△机(つくゑ)にのぼり。あるひは人の書(かく)つくゑにあたり
他(た)の硯(すゞり)そばよりつかふ事
△盤(ばん)のあそひあかりさきにて見る事并におや
かたかましき人にいけんいふ事
【左丁下段】
篝火(かゞりひ)
かゞり
火(ひ)に
たち
そふ
恋(こひ)の
けふり
こそ
よには
たえせぬ
ほのほなる
らん【「なりけれ」とあるところ】
【右丁上段】
△他(よそ)へ行状 折紙(をりかみ)の内を見る事。人のまへにて汗(あせ)
ぬぐふ事。人の家内(けない)へむさと出入(ている)事。人の前にて
爪(つめ)をきり髪(かみ)をすきあるひは他の小刀はさみ
にて爪(つめ)をとり又は剃刀(かみそり)などかりながらぬぐはず
してかへす事
△他のはきものをむさとはき。又ははきちがへ。或は
上(うへ)をふむ事。人の寝(ね)たゝみ。ねむしろをふみ。又は
枕(まくら)をこへまたぐる事
△他の雑談(ざうたん)をかたりなをし。或は雑談(ざうたん)のうちに
又べちの物がたりする事
△他の盃(さかつき)いたゞかずしてのみ。又終はる肴字(さかな)戴(いたゞか)ず
して喰(くふ)事。我(わが)さかづきふかずして主へさし
又は貴人(きにん)の盃 長(なが)ひかへする事
△酒(さけ)のなかばにむさとたつ事。盃(さかつき)の出たるをみて
立事。酌(しやく)に立又は膳(ぜん)をすゆる【据える】時身をかき口(くち)を
きく事。膳をひきく【ひくく(低く)に同じ】持(もち)すへあるひはかた手にて
持(もち)すゆる事
△人のゆかたにてむさと身をふく事。天 気(き)よきに
ぼくりはく事。分(ぶん)なくして上 座(ざ)このむ事
△ゐぶり【ふてくされ】けんどん【無愛想】にして親(をや)にさからひあなどり
おそろしといふ事もしらず。みだりにのゝしり
あくこうをいふ事
【左丁上段】
△親にふかうの事 兄弟(きやうだい)にさからひ喧(けん)𠵅(くわ)する事
しうと姑にふかうにあたる事是第一おんなの
たしなむべき事なり。継子(まゝこ)をにくみそねたむ【ママ】
事けだし継子継母(けいしけいぼ)と成は親子(をやこ)ともに生前(しやうぜん)の
災難(さいなん)なり本脈をきりて他脈をつぐ本水にいたる
事やすからず。此心を明(あき)らめ天の命(めい)ずる所。我
をしてかくあらしむと人我を忘れて慈孝(じかう)あ
らば本脈本水にかへりて親子ともに人我(じんか)の
くるしみをまぬがるべしとなり
△其外たしなむべきしな〴〵りんきのふかき
大ぐちのはしたなき事男まじりのみだり
【右丁下段】
【見出し】「かゝり火【源氏香の図 注】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は詞と歌とをもつてな付
たり。源氏三十六歳の秋の初
のことをしるしたり。けんし玉かつらの君を御子
にしてもてなし給ふといへとも。まことの御子なら
ねは。御心のうちには夕かほの御かはりにもと
思し召て。なつのよの月なき比。かゞり火とほ
して御琴なとしらへ給ひ。ことをまくらにそひ
ふし給へり。けんしの御哥に〽かゞり火に立そふ恋の
けふりこそよにはたへせぬほのほなりけり【ママ】○此
かゝりとは松あかしの事也哥心はわか玉かつら
を思ふは此かゝり火にもをとらさるを。なげやりに
見給ふ事よ。わか思ひの火はかゝり火に立そふなり。
かゝり火はたつやうなれ共きゆるもの也。我思ひ
の火はきゆる時もなきといふ心也。玉かつらの御
哥に〽行ゑなき空にけちてよかゝり火のたよ
りにたくふけふりとならは○此心はかゝり火の
けふりは。空にのほりてやかてきゆるもの
なれは。源氏のかゝり火にたちそう恋の煙と
よめるをうけて。かゝり火のけふりのたぐひならは
思ひけし給へ。人のあやしと思ふへきとの心也
【注 源氏香の図が違っている。正しくは右から二、四番目の線が頭部で繋がっている。】
【左丁下段】
野分(のわき)
風(かぜ)さ
はぎ
むら
くも
まよふ【「まがふ」とあるところ】
ゆふべ
にも
わするゝ
まなく
わすら
れぬ君(きみ)
【右丁上段】
なるふるまひ夫(をつと)の留主(るす)に若きをのこをよび
あつめ雑談(ざうたん)はなし大わらひ。大ざけのほしゐ
まゝなる。大食のさもしげるり。たばこをのむ
すゝ成に哥(うた)をうたふばし【注①】なる。しばゐずきの
いたづらげ成 朝寐(あさね)のきずい【気随】なる。身持(みもち)のむさく【不潔である】
あじやら【たわむれ】ふかふて腹立(はらたて)よくたん気にていぶり【すねること】
なり。麁相(そさう)にて道具(たうぐ)をわる。手あらふしてかさ
高(だか)なり。物をなぐりてじだらくなる。よくふかく
してまんがち【自分勝手】成しはく【思惑】して義理しらずあだ
くちきいて言葉(ことば)おほく。中ごと【中傷】いひて喧(けん)𠵅(くわ)の
行司(ぎやうし)けんどん【無慈悲】にて愛相うすく。がまんにて物
ねたみ大へいにてじまんなる手ぼめ【自分で自分を褒めること】にして人の物をけなし。かまびすしく人事いひて物を
うらみ。ぶんざいよりよき物をこのみいたらぬ形(なり)
をいたらしたがり。或はぶしやう【不精】只居(たゞゐ)をこのみその
身の顔(かほ)のむさきをもかまはず手足(てあし)の爪(つめ)は毛(け)
鳥(てう)のごとく。まゆは男にひとしくひたいをたれし
事なければ灰猫(はいねこ)のごとく髪(かみ)ゆはず歯黒(はぐろ)せず
貧成(ひんなる)後家(ごけ)の有様(ありさま)笑止(しやうし)なり。かつうはつく夫(をつと)を
のらふにひとし。其外女の身におふぜぬかた
ぬき【肩脱ぎ】ちからわざなど好(この)むやから。此等(これら)のあら
まし女はつゝしみたしなむべきわざなり
【注① 言行が軽はずみで、せっかちで、品のないさま】
【右丁下段】
【見出し】「のわき【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は詞をもつて名とする
也。源氏三十五歳の八月の
こと也。折しも大風ふきて。物さはかしくかきつる
地ふきたふし。すさましかりしこと也。あきふく
大風をのわきといへり。暴風(のわき)と書也。けんしの御
子夕きりの大将どのいまだ中将にてをはし
ましゝ比。御いとこの姫君雲ゐのかりとよまれし
をふかく御心をかけ給ひて。風のまぎれにあかし
の御はらの姫君のかたへ参り給ひて硯紙(すゝりかみ)こひ
雲(あせちの)ゐのかりへ(大なこんの女かしは木のめい也)御文つかはし給ふ。風のふき折たる
かるかやのえたにつけて。かみはむらさきのうす
やうなり哥に〽風さはきむら雲まよふ【「まがふ」とあるところ】ゆふへ
にもわするゝまなくわすられぬ君○此心は
かやうに野分の風さはかしく。大空にむら雲の
立まよふ夕へにもわするゝまもなし。いはんや
つね物しつかなるころを思し召やり給へとの心也。
此うた何のせんなくきこえたるまゝにてふしもなけれ
とも。うたをよまんにかゝる所に心をつくへき也。
此巻野分といふは巻の詞に野分例の年よりも
おどろ〳〵しくなとあるをもつていへる也
【左丁上段】
【見出し】「緒病之薬方(しよひやうのやくはう)【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
▲打疵(うちきす)のくすり○夏枯草(かこさう)を口にてかみ
たゞらかし付ればいたみとまりなをる也
▲切疵のくすり○五ばいしをなまにて
くだきかはかし粉(こ)にしてひねりかくれば
血(ち)をとめいたみなくしてゐゆるなり
▲血(ち)とめ薬○にうかう◯ぼれい◯したん
鶏(にはとり)の玉子を打わり白みをさらに入れ日に
ほしてこそげ粉(こ)にし各々 等分(とうぶん)に合付べし
▲頭(つふり)に瘡(かさ)出来うみ血かみの中へながれて
いたむに◯山帰来(さんきらい)をせんじ一 廻(まは)り飲(のむ)べし
▲■(はす)【疒+蓮】根(ね)【注②】の妙薬(めうやく)◯わうばくを粉(こ)にして
さと芋(いも)にすりまぜ◯じや香(かう)少しいれ
はこべの汁(しる)をしぼり入かみの油にてよく
ねりまぜて。其大さほどに紙(かみ)をむしり
あつくのばし付べし。うみすひ出しいやす
▲しらくぼ【注③】は○梅ぼしの実(たね)をさり。松やに
の粉(こ)餅(もち)米の粉右三味 等分(とうぶん)に能(よく)すり
合せよき酢(す)にてときつくべし
【注② 小児の頭部または臀部などにできる一種の瘡(かさ)】
【注③ 「しらくも(白禿瘡)」に同じ。頭の毛のはえる部分にできる、えんどう豆大の白色、灰白色円形の伝染性発疹。軽いかゆみがあり、かくと白い粉が落ちてくる。】
【左丁下段】
御幸(みゆき)
をし
ほ
山(やま)
みゆき
つも
れる
松(まつ)ば
らに
けふ
ばかり
なる
跡(あと)や
なからん
【右丁上段】
▲高き所 或(あるひ)は馬などよりをち手あしを
をりたるには其まゝ銅(あかゝね)の粉(こ)を酒にて呑(のむ)べし
▲釘針(くぎはり)など身にをれこみたるには。ざうげ
の粉(こ)を水にてとき付れは其まゝぬくる也
▲咽喉(のど)に骨(ほね)たちたるには鯉(こい)のうろこを能(よく)
あぶり粉にして水にて飲(のめ)ば忽(たちまち)ぬくる也
◯又 榎実(ゑのみ)を粉にして呑(のむ)もよし◯蜜柑(みかん)
の実(たね)を黒焼(くろやき)にして水にて飲(のめ)ばぬくる也
◯白鶏頭花(しろけいとうけかや)の実(み)せんじてのむもよし
▲火焼(やけど)の薬。くちなしの粉(こ)をかみの油にて
とき付てよし◯又しやうゆをぬるもよし
◯鶏(にはとり)の玉子をつぶし朱(しゆ)少し加(くは)へ付れば
あとなくいゆる也▲又湯やけ火やけ共に
淡竹(はちく)の皮(かは)を黒(くろ)やきにし。里芋(さといも)をやき。おし
まぜ。ごまの油にてねり付ればよし◯又
小便(せうべん)のきご【意味不明】を付れば最束(さつそく)うづきたすかる也
▲耳(みゝ)の内(なか)へむしの入たるには韮(にら)をはたき汁(しる)を
取。酢(す)にまぜて耳の中へ入べし則出る也
▲耳(みゝ)の内に物いできいたみなやむには茄子(なすび)
香(かうの)物の成ほど久しきを引さき其 汁(しる)をしぼり
【左丁上段】
みゝの内へ入べし。是きめう成くすり也
▲耳(みゝ)たれの薬。紅(べに)【別本にて】をこくときてみゝの中へ
入てよし◯又 沈(ぢん)【注①】の灰(はい)をかみの油にて入て吉
俄聾(にはかつんぼ)の薬◯いわう【硫黄】おわう【雄黄 注②】二 味(み)等分(とうぶん)粉(こ)に
して綿に包(つゝみ)耳(みゝ)をふさぎをけば日かずをへて
きこゆる也。惣(そう)じて耳の薬は髪(かみ)の仲よき也
▲頭(かしら)にふけ出来たる時。このてがしはの葉(は)を
生(なま)にて一 握(にぎ)り。長さ三寸に切。水一はい入て
七八ぶんにせんじ。少しさましあらへばよし
▲むし喰歯(くいば)の薬 さんせう二分。はづ【巴豆】半両。【注③】
あぶらをぬきて此二味 粉にし食飯(そくい)にて丸じ
穴(あな)の仲へ入てよし◯又にらのはをもみて塩
すこし入虫(むし)くふ歯(は)にくはへてよし
▲声(こゑ)のかれて出ざるには◯さいかし【「さいかち(皂莢)」に同じ】皮(ひ)。実(み)をさり
て。生(なま)大こんを三寸ほどをうすくへぎ。水一はい
入半ぶんに煎(せん)じのみてよし▲舌(した)に物 出来(いでき)
たるには◯せいたい黄蘗(わうばく)【「きはだ」の異名】二 味(み)を粉(こ)にしていたむ
所にひたもの付べし▲口中たゞれ破(やぶ)れたる
には細辛(さいしん)黄連(わうれん)を粉にして付てよし
▲したのやぶれ物のしむにも此くすり吉
【注① 熱帯地方に産する喬木の名。木質が重く、水に沈む。】
【注② 天然産の砒素の硫化物。樹脂状の光沢がある黄色の結晶。染料、火薬などに用いる。】
【注③ 薬種、香などの量目の単位。古くは五匁。近世以降、四匁四分。】
【右丁下段】
【見出し】「みゆき【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付全体を▢で囲む】
此巻は歌をもつて名とせり。
源氏卅六歳の十二月より
三十七才の二月まてのこと也。みゆきとは行幸と
かく天子の外へ御出あるをいふ也。院の御いて
をもみゆきといへとも御幸とかくいつれもみゆ
きとよむ也。みかとの御こしなさるゝさき〳〵
さいはひあるゆへにいふ也。此みゆきは大はらのゝ
行幸也。みかとの御うた〽雪ふかきをしほの
山にたつきしのふるきあとをもけふはたつねよ
此心は此日けんしは御ものいみにて御いてなき
によりて。ざんねんにおほしめすとの御あひさつ
の御こゝろ也。ふるきあとゝはむかしえんぎのみこと
此おほはらのゝみゆきのとき。大政大臣(たいしやうたいしん)の御ともに
てありしせんれいを思召いつる也。此みゆきは御狩(みかり)
なれは雉子のあとをたつぬることのえん也。けんし
御かへし〽をしほ山みゆきつもれる松はらにけふ
はかりなるあとやなからん◯此心はおほはらのゝ
みゆきは。むかしより代々にあれとも。けふほとなる
みゆきのめてたきことはあるましきとの心なり。
みゆきと雪とをそへてあとあることをよみ給ふ也
【左丁下段】
蘭(ふちばかま)
をなじ
のゝ
つゆ
にや
ぬるゝ【「やつるゝ」とあるところ】
ふぢ
ばかま
あはれ
は
かけよ
かごと
ばかりも
【右丁上段】
▲銭(せに)のどにつまり。或は呑込(のみこみ)たるにはすみ火を
つきくだき粉にし目壱匁酒にて飲(のむ)べし
常(つね)の炭(すみ)はあしく。火にをこし粉にすべし
▲子どもの身のかゆきには。しやうがをくだ
き。ぬのにつゝみなづればすなはちやむ也
▲同くさには胡分(ごふん)をつばきにてとき付て吉
▲はゞき瘡(がさ)【注①】の薬◯五ばいし【五倍子】をいり粉(こ)にして
百(なへ)草の霜(すみ)をくはへごまの油にて付てよし
▲たむしの薬◯めなもみ【注②】を酒にてむし。
よく干(ほし)粉(こ)にして塩(しほ)を少しくはへ日に
【注① 脛巾瘡=皮膚病の一種。湿疹・痒疹などをいう。多く脛巾を着けるあたりに起るところからいう。】
【注② 豨薟=キク科の一年草。各地の山野に生える。漢方では全草を干したものを豨薟(キレン)と呼び、神経痛、リウマチ、中風などに用いる】
【左丁上部】
二三度づゝぬりてよし。なまず【注③】にもよし
◯又 羊蹄(しのね)【「れ」とあるは誤記】【注④】の元(かぶ)。俗(ぞく)にぎし〳〵の根(ね)といふ
是を切て。其 木口(こぐち)にてするべし。黒(くろ)く
ならば。こぐちをひたもの【ひたすら】切てすり付るがよし
▲なまずの薬◯ぬなもみの葉。くるみの
葉いわうのはな。右三色をよくすりその葉
汁共に付べし◯又そばの葉(は)をせんじ。よく
あらひ。其あとへいわうとくちなし等分(とうふん)に
あはせ付。しばし程(ほと)へてあらひをとすべし
▲いぼほうくろにきびのぬきぐすりは。
あかざの灰(はい)を水にてとき銅(あかゝね)の鍋(なべ)にて煮(に)
て。かうやくのごとくにして。針(はり)にてすこし
つきやぶりて。是を付れば三度にへずして
よし。又 続随子(ぞくずいし)【注⑤】の生(なま)なるをつぶして付てよし。
▲あざこぶには◯天なんしやう【天南星 注⑥】を粉(こ)にし
生漆(きうるし)にてねり付。紙(かみ)をふたにする也。又
六月 土用(どよう)にとりかげぼしにし。餅(もち)米を
水に一 夜(や)つけ置(をき)とりあげて二日ほし
かきばひ【牡蠣灰】と三 色(いろ)を等分(とうぶん)にしてあざこぶ
の上をこそげやぶりて付る◯又かはらよ
【注③ 癜=皮膚病の一種。糸状の細菌が寄生して、胸や背中などに茶色や灰白色などのまだらができるもの。しろなまず・くろなまずの類。】
【注④ 羊蹄は植物ぎしぎしの漢名。しのねとも言い、新鮮なものをつき砕いて、皮膚病の患部に塗布し、また、大黄の代用として緩下剤とする。】
【注⑤ 植物「ホルト草」の異名】
【注⑥ サトイモ科テンナンショウ属の総称。塊茎は有毒だが、晒して救荒食ともし、漢方では、鎮痙・袪痰・発汗・健胃剤などとする。】
【右丁下段】
【見出し】「ふちばかま【源氏香の図 注⑦】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は哥とことはとをもつて名
つけたり。ことはにはらにとあり。
らにはらんといへるくさ。すなはちふちはかまのこと也。
夕きりの大将玉かつらの内侍のいまたひけくろの
もとへ御うつりなくてにしのたいにをはしける
比。らにの花のおもしろきをみすのつまよりさし
いれて御袖をうこかしてよみ給へり〽おなし
のゝ露にやぬるゝふちはかまあはれはかけよかこと
はかりも◯此心は同しのとは。夕きりも玉かつらも
兄弟(きやうたい)とはいへとも。まことの兄弟にあらす。いま同し
御 祖母(そほ)のぶくき給へは。ふちはかまとふぢ衣の心によみ
給へり。ふち衣はふくのうちきるころも也。おなしのの
つゆにぬるゝふちはかまならは。少はかりもあはれと
思しめす御詞もあれかしと也◯玉かつらの御返し
〽たづぬるにはるけきのべのつゆならはうすむら
さきやかごとならまし◯此心は玉かつらとゆふ
きりとはまことの兄弟にあらす。されははるけき野
へといふへしされともはるけきのへといふへきに
あらす。うすむらさきほとのゆかりはあるへしそ
との心也。かことゝはかこづけたること也
【注⑦ 源氏香の図が違っている。正しくは、右から三、四番目の線の頭部が離れている。】
【左丁下段】
真木柱(まきはしら)
いまは
とて
宿(やど)
かれぬ
ともなれ
きつる
まきの
はしらよ
我(われ)を
わするな
【右丁上段】
もぎ【河原艾 注①】の葉(は)にて灸(きう)を一ツすゑ。てよし
▲狐臭(わきが)の妙薬◯ろくせう【鹿茸 注②】○ぶし【附子 注③】◯けいふん【軽粉 注④】
白(びやく)じゆつ【白朮 註⑤】《割書:くろ|やき》各々等分酒にてよくねりて
脇の下の毛をぬき。よくあらひ。絹(きぬ)につゝみ
ひたもの【ひたすら】ぬるべし。いつとなく香(か)うせる物也
◯又田にしを取。口へ巴豆(はづ)【注⑥】の粉をすこしづゝ
ひねり入ればあはをはく物也。右のことく脇(わき)
の下の毛をぬき能(よく)あらひ田にしのあはを付
ればたゞれ痛(いた)むなりいたむ間はいくか【幾日】にても
其まゝ置(をき)かゆく成ときゆにて洗(あらひ)おとし
丹礬【「胆礬」の誤用。硫酸銅】《割書:大》はらや《割書:中》【水銀粉 注⑦】鹿(しか)のふくろ角(づの)《割書:小》【注②参照】三味
粉にして付べし一代わきがの根をきる也
▲ねあせには◯五倍子(ごばいし)【注⑧】を粉(こ)にして水にて練(ねり)
へその中によくつめてふたをし。そのうへに
腹帯(はらおび)をして臥(ふす)へし。二三夜もかくのごとく
すればいつとなくねあせかきやむもの也
▲鼻血(はなぢ)にはりうこつ【龍骨 注⑨】の粉をはなにふき入
てよし◯又天南星(てんなんしやう)【前コマ注⑥参照】をくだき食飯(そくい)にて能(よく)
ねりまぜ。あしのうらに付れば忽(たちまち)とまる也
▲ほねたがひ【骨違い=脱臼】には◯石灰(いしばい)◯楊梅皮(やうはいひ)【「やまもも」の漢名】粉(こ)にして
【注① キク科の多年草。本州、四国、九州の河原や海岸の砂地などに生える。漢方医学では、利尿薬、駆虫剤、かぜ薬などにする】
【注② ろくじょう=鹿の袋角(ふくろづの)。春に鹿の角が落ち、夏に出る新しい角でまだ皮をかぶっているもの。】
【注③ トリカブトの根を乾燥させたもの。強心、利尿、鎮痛などの目的で使われる。毒性が強い。】
【注④ 水銀、食塩、にがり、赤土をこね合わせ、加熱して得られた昇華物。本質は塩化第一水銀。駆梅、利尿、抗菌作用がある。はらや。】
【注⑤ オケラ(朮)の若根の外皮を除き、乾燥して製した芳香性健胃薬。白散(びやくさん=屠蘇酒などととともに元日に服用した散薬)などに用いる】
【注⑥ 常緑小高木。巴豆油の原料にされ、また下剤に用いられるが、猛毒がある】
【注⑦ 軽粉のこと。またこれを原料とした化粧品。古くから上流階級に愛用されたので「御所おしろい」と呼ばれた。】
【注⑧ ヌルデの葉茎にできる虫こぶ。ヌルデミミフシが寄生して生じるもので、薬用として用いられるほか、染色やインク製造に用いられる。】
【注⑨ 古生物の化石。古くは薬として用いた】
【左丁上段】
等分(とうふん)を紺(こん)屋のり【注⑩】にて練(ねり)まぜ付る◯又小麦(こむき)
の粉に鶏(とり)の玉子を押(をし)まぜてつくるもよし
▲心痛(むねいたむ)には◯延胡索(えんごさく)【注⑪】を粉にして酒にて呑(のめ)
ば。いか程(ほど)の心痛(しんつう)にてもいたみを治(ぢ)す奇妙(きめう)也
▲漆負(うるしまけ)には爪白(つまじろ)のかにと餅米をすり鉢(ばち)
にてよく摺(すり)まぜて付べし是めいよう【注⑫】の薬也
▲気種(きしゆ)【できもの、はれものの類】のくすり◯ほとゝぎすの黒
やきごまのあぶらにてとき付てよし
▲行纏瘡(はゞきがさ)【前コマ注①参照。記事が重複】のくすり◯五倍子(ごばいし)をよくいり
粉にして苗(なへ)の霜(すみ)を加(くわ)へごまの油で練(ねり)付べし
【注⑩ 紺屋糊=紺屋で型染めの型を置くのに用いる糊。粳(うるち)、糯米(もちごめ)などに、米糠を加えて製したもの。】
【注⑪ ケシ科キケマン属の草のうち、花が紫色ないし白色で地下に塊茎をもつものの総称。地下茎を干したものは鎮痛剤とされる】
【注⑫ 「名誉」の変化した語。世にまれなこと。不思議なこと】
【右丁下段】
【見出し】「まきはしら【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は哥をもつて名つけたる也。
源氏三十七歳の十月より卅
八のあきまての事あり。巻はしらといふことは。
玉かつらの内侍ひげくろの北のかたになり給ふ也。
ひけくろのもとの北のかたは。ものゝけつきておは
せしか。ひけくろの玉かつらのもとよりかへり給
はぬにより。北のかたはさとへもどり給はんとし
給ふ。その御むすめ十二三になり給ふか。哥を書て
はしらのすこしわれたるゆへかうがひのさき
にてをし入給ふ 〽いまはとて宿かれぬともなれ
きつるまきのはしらよわれをわするな◯此うた
よりまきはしらの君といへる也。やとかれぬともとは。
いま宿をはなれゆくとも。わかよりゐたる柱よ
我をわすれなとの心也◯北のかたの哥に〽なれ
きとは思ひいつともなにゝよりたちとまるへき
まきのはしらそ◯此心ははしらは無心(むしん)のもの也。
その心なきものも。なれきつることをあはれと
思ひいつることありとも。此やとりにとまるへきわか
こゝろにてはなきそとの心也。たちとまるへきとは
はしらのゑんによめるなり
【左丁下段】
梅枝(むめかえ)
花(はな)のかは
ちり
にし
枝(えだ)に
とま
らね
ど
うつらむ
袖(そで)に
あさく
しまめや
【右丁上段】
【見出し】「女こし気(け)の薬方(やくはう)【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
▲女 帯下(こしけ)の薬◯梅(むめ)ぼし七ツ。昆布(こんぶ)壱匁と。
黒焼(くろやき)にし。はらや【前コマ注⑦参照】五分入右三色●是程【上の黒丸の大きさをさすと思われる】に
丸じ。絹(きぬ)につゝみ。糸を付。ゆぐ【湯具=腰巻】にむすび付
右の薬を前に入置べし。三日ほどをけば
色々の悪物(あくもつ)くだる物也◯又 蛇皮霜(じやひのしも)◯へび
のぬけがらのしらやきの事也。なもみ【植物「おなもみ(葈耳)」の異名】。各一両
めうばん半両。絹につゝみ。前に二三日入置て。
又取かゆべし。五七日の内になをるなり
◯又 地黄(ぢわう)【注①】川芎(せんきう)【注②】当帰(たうき)【注③】芍薬(しやくやく)各(をの〳〵)二分
ゆづりはニ両。右五味せんじ飲(のみ)てよし
▲前(まへ)と尻(しり)との間(あいだ)《割書:ありの|とわたり》にかたまりいで
くる事あり。此薬は○遠志(をんじ)【注④】の根(ね)を粉(こ)にし
古酒(こしゆ)にてねり付べし◯又 鹿(しか)の角(つの)を焼(やき)
粉(こ)にして水銀(みづかね)と等分(とうぶん)にし。かみのあぶら
にてすり合付べし。何ほど久しく共治(ぢ)す。
其侭(そのまゝ)すて置(をけ)ば後(のち)に腫物(しゆもつ)と成 死(し)す物也
▲しら血(ち)【注⑤】長(なが)血【注⑥】の薬◯塩鶴(しほつる)【鶴の肉の塩漬け】を黒やきにし
白湯(さゆ)にて用てよし奇妙(きめう)の名方(めいはう)也
【注① ゴマノハグサ科の多年草。根は漢方で地黄といい、補血、強壮薬に使われる。】
【注② セリ科の多年草。根茎を頭痛、鎮静薬に用いる。おんなかずら。】
【注③ セリ科の多年草。漢方では根をいい、強壮、鎮痛、婦人病に効くという。】
【注④ 漢方薬の一つ。ヒメハギ科の多年草イトヒメハギの根を乾かして作った生薬。強壮、袪痰、鎮痛剤として用いられる。味は苛烈。】
【注⑤ 婦人病の一つ。膣から分泌される白色の液体が増えて膣外へ排出されるようになった状態をいう。こしけ。】
【注⑥ 子宮から長期間の不規則な出血をみること。】
【左丁上段】
▲前の中(うち)に瘡(かさ)出来いたむには◯掃木(はうきゞ)の実(み)【注⑦】を
せんじあらひ。きやうにん【注⑧】の黒焼(くろやき)を粉にして
かみのあぶらにてねり付てよし。同前に瘡(かさ)
出るには。硫黄(ゐわう)を粉(こ)にし付てよし又もゝの
花をすりてわたに包(つゝみ)まへに入れ置もよし
▲前にほひくさきには◯小豆(あづき)の花のかげ干と
ゑのみのあかきを取すりまぜ丸め入置べし
◯又 韮(にら)をせんし七日あらひなでしこの根(ね)
をせんじ。是も七日 程(ほど)あらへばなをる也
▲前はれいたむには菊(きく)の若苗(わかなへ)をよく摺(すり)
あつ湯(ゆ)にかきたてゝあらふべし◯又
馬鞭草(ばべんさう)【植物「くまつづら(熊葛)」の漢名。】をすりてひたものぬれば痛(いたみ)を治(ぢ)す
▲前にしらみわきたるにははらや【前コマ注⑦を参照】をごまの
あぶらにてときてすりぬりて。きめう也
▲前やぶれいゑざるには石灰(いしばい)をせんして
度〳〵あらひてよし◯又 黄檗(きわだ)を粉にし
ふりかけてよし又 雄黄(おわう)【49コマ注②参照】の粉ひねりかけて吉
▲前かゆき事。そこに虫(むし)有ゆへなり。紅花(こうくわ)
を末(まつ)【抹す=粉末にする】しのりにて大 指(ゆび)の長さにかため。すゝし【すずし=生糸を織ったままで練っていない絹布。軽くて薄い。】
につゝみまゑに入置べし則いゆる也
【注⑦ 箒木。アカザ科の一年草。果実は扁平な球状で、漢方で地膚子(じふし)といい、煎じて強壮、利尿剤とする。】
【注⑧ 杏仁。アンズの核の中にある胚を乾燥したもの。薬用。】
【右丁下段】
【見出し】「むめかえ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け、全体を▢で囲む】
此巻は詞をもつて名とする也。
源氏三十九歳の正月の事なり。
けんしの君たき物あはせ給ふことあり。是はあかし
のうへの御はゝの御むすめとうぐうにまいり給ふよう
いなり。せんさいゐんと申はあさがほの君也。けんしの
御心にしたがひ給はぬ心つよき御方也。此御かた
を。ちりすきたる梅かえにゆいつけて。こんるり【紺瑠璃】のつぼに
たき物いれて。五葉(こえう)の松の枝に白るりのつぼにも
たき物いれて。梅をおもてにむすひつけたるあり
さまことにやさしく見えたり〽花のかはちりにし
枝にとまらねとうつらん袖にあさくしまめや◯此心は
花のちり過たる枝には匂ひもとまるましけれとも。
そなたの御うつしあるへき袖にはあさくしむまし
きと也。いまあはせてまいらせ給ふたきものは匂ひ
なけれうつし給ふへき袖かくなるへしと。わか身を
卑下(ひけ)してよみ給へる也。けんしの御哥〽花のえに
いとゞこゝろをしむるかな人のとがめんかをばつゝ
めど◯此心はけんしにさいゐんへの心さしをはずい
ぶん人めをつゝしむといへと。かくおもしろきたき
物の匂ひにつけて。我心はさいゐんにしむるとの心也
【左丁下段】
藤裏葉(ふぢのうらば)
春日(はるひ)さす
ふぢ
の
うら
ばの
うら
とけ
て
君(きみ)し
おも
はゞ
われも
たのまん
【右丁上段】
◯又 蛇床子(じやしやうし)明礬(みやうばん)二味。等分にしてせんじ前
をあらひ五倍子(ごはいし)明礬(みやうばん)を粉にして捻(ひねり)かけべし
又 韮(にら)をせんじて日に三度つゝ十日程あらふべし
▲下疳(げかん)【注①】薬◯あは粒(つぶ)のごとくうみたるには
はこべのかげ干(ぼし)粉(こ)にしいわう少入かみのあぶら
にてとき付てよし◯又すいかづらに甘草(かんざう)【注②】
少し入 煎(せん)じあらひ跡へめぐすりを付て妙也
▲月水【「げっすい」または「つきのみず」という。月経のこと】の時日(じじつ)のべ度には◯蒲黄(ぼわう)【注③】続断(ぞくたん)【注④】
二色共に煮(いり)。したん。くわつろ【注⑤】こん。もぐさの
くき粉にして毎日のめば月をこゆる也
▲子のとまらぬ薬◯水銀(子)をごまのあぶらにて
一日せんじなつめの大さ程にしてすき腹(はら)
に呑(のめ)ば子を生ぬ也人をそんずる事なし
▲前ひえて気味(きみ)あしきには蛇床子(じやしやうし)《割書:四両》
呉茱萸(ごしゆゆ)【注⑥】《割書:六分》麝香(じやかう)《割書:二朱》粉にして。ちいさ
き梅ほどに丸(くわん)じ絹につゝみ前にいれ
おけば悪物くだりていゆる也◯又 呉茱(ごしゆ)
萸《割書:半両》を粉(こ)にし蜜(みつ)にてねり丸め絹の
ふくろに入て前に入おくもよし。又いわう明(みやう)
礬(ばん)二色を粉にしせんじ切々(さい〳〵)【「再々」の誤記ヵ】あらふてよし
【注① 性交によつて伝染する潰瘍の一種。ふつう陰部にできたものをさす。】
【注② マメ科の多年草。漢方医学で咳、腹痛、胃潰瘍などの治療に用いる。】
【注③ 蒲(がま)の穂の表面に生ずる黄色な花粉。止血、解熱、利尿薬に用いる。】
【注④ 「ぞくだん」=植物「おどりこそう(踊子草)の誤用漢名。】
【注⑤ 括楼。「かつろう」とも。植物「きからすうり(黄烏瓜)の漢名。】
【注⑥ ミカン科落葉小高木。果実は紫紅色に熟し、健胃、駆風、利尿薬にする。】
【右丁下段】
【見出し】「ふちのうらは【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻はことはをもつて名とせり。
源氏三十九歳の三月より十二月
までのこと見えたり。雲(くも)ゐのかりの姫君を夕霧(けんしの御子)
の思ひそめて年久しくなりけれども。姫君の
ちゝ(あせち)君(大なこん)ゆるし給はさりしが。さてしもあるべきなら
ねばゆるし給はんとの御心にて。御 庭(には)の藤(ふぢ)の
花さかりに中将をよび給ひて。さかづきのついて
ちゝおとゞ藤(ふぢ)のうらばのと口ずさひ給ひしは哥
の心也〽春日さす藤のうらはのうらとけて君し
思はゞわれもたのまん。これにて巻の名とせる也
此心はそのかたうらおもてなく打とけ給はゝわれも
たのまんとの心なり。ちゝ大臣の哥に〽むらさきに
かごとはかけん藤の花。まつよりすぎてうれた【うれたし=いまいましい】けれ
ども◯此心はむらさきを雲(くも)ゐのかりにたとへ。かことを
雲(くも)ゐのかりにゆつらん。そなたよりすゝみての給はん
をまちつるに。さもなかりしかは。うれへは心に
ありながら。いまは雲ゐのかりをまけてそなたへ
まいらするからは。それにゆづりてうらみをものこ
さじとの心也。まつとは松を縁によせて。縁
すきたる心によめるなり
【左丁上段】
【見出し】「献立書様(こんだてかきやう)の事【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
【上方】
何月何日(なんくはついくか)昼(ひる)献立(こんたて)
本膳
鱠(なます)【文字の下に縦の波線四本】羹(あつもの)【同上】
煮物(にもの)【同三本】飯(めし)
二
笋羹(しゆんかん)【同五本】二汁【同二本】
引て
香物(かうのもの)【同二本】
炙(やき)物【同右】
𩐓(あへ)物【同右】
初献
引炙物
二
吸物【同右】
肴【同右】
【左丁上段下方】
一何月何日の昼夜斎(ひるよるとき)
非時(ひじ)それ〳〵にしたが
ひて書べし
一 食(めし)の字(じ)かくはわろし
飯(めし)と書てよし
一本膳の汁と書はわ
ろし羹(あつもの)と書べし
あつ物はしるの事也
一 鱠(なます)と書ときは魚類(ぎよるい)
のなますなり。精進(しやうじん)
なれば膾(なます)と書分て吉
一本膳に鱠ばかりつく
ときは飯(めし)と羹(あつもの)の中
通の上に書付べし
一 香物(かうのもの)付て出す時は
飯と鱠の間右へよせ
て書付べし
一 焼(やき)物と書はわろし
【左丁下段】
若菜(わかな)《割書:上》
こまつ
ばら
すゑ
の
よはひ
に
ひかれ
てや
野べの
わかなも
としを
つむへき
【右丁上段 上方】
三
吸物(すいもの)【縦の波線が三本】冷物【同四本】
肴(さかな)【同一本】取肴【同四本】
茶菓子(ちやぐわし)【同二本】
後段(ごだん)【注①】 肴【同三本】
菓子【同三本】
以上
【右丁上段下方】
炙(やき)物と書てよし
一 和物(あへもの)と書はわろし
𩐐(あへ)物と書てよし
一此外飯には芳飯(はうはん) 麦(むぎ)
飯 菜(な)飯 汁には冷(ひや)汁
清汁(すまし) 薯蕷(とろゝ)汁
一鱠(なます)には 淆(ぬた)鱠 和交(あへまぜ)【横一字書きで】さしみ
杉炙等(すきやきとう)の献立さま〴〵
有て書やうあれ共こと
〴〵くしるしがたし
◯料理献立之部(りやうりこんだてのぶ)
十二月汁之分
【左右に飾り鉤かっこ】正月汁の分
▲つる ▲かも ▲しほだい ▲生ます
うど ごぼう な みつば
きのこ とうふのうば ちさ ふきちさ
ねふか つく〴〵し いも わらび
▲大こちはす ▲くづし【注②】
切
いとこんぶ けづりごぼう
やきとうふ しいたけ
【左右に飾り鉤かっこ】二月 ̄ニ用 ̄ル汁の分
▲こあゆ ▲たいのしらす ▲しほきぢ ごばう
ねいも みつば いものくき とうふ
【左右に飾り鉤かっこ】三月 ̄ニ用 ̄ル汁の分
【左丁上段】
▲がん ▲いとより ▲やきぶな
うど しほに わかめ
ごばう とり山せう わらび
あをき物
【左右に飾り鉤かっこ】四月 ̄ニ【別本にて】用 ̄ル汁の分
▲ばん【鷭】 ▲しほがん ▲しほかも ▲あわび
さゝげ なすび はりごはう せん ̄ニ
はりこばう 竹の子 竹の子 大こん
ふき はりごばう きの子
【左右に飾り鉤かっこ】五月 ̄ニ用 ̄ル汁
▲五ゐさぎ ▲生かつほ ▲どじやう なすび
ごばう 竹の子 ごばう 大こん
なすび めうが しそ すりざんせう
きのこ わかめ ねいも
【左右に飾り鉤かっこ】六月 ̄ニ用 ̄ル汁
▲やきあゆ ▲ざこ ▲しほくじら
きの子 ごばう
大こん ふり なすび ずいき
ひばり なすび ごばう めうが
めうが くゝ り こんにやく
【左右に飾り鉤かっこ】七月 ̄ニ用 ̄ル汁
▲小かも いてう ▲さけ きのこ ▲ぼら
大こん な にんしん とうふ
めうが 大こん わりさんせう
【左右に飾り鉤かっこ】八月 ̄ニ用 ̄ル汁
▲ がん ▲かも ▲はららご【注③】▲くづし【注②】
松たけ おろし大こん ぬかご【注④】 ごはう いも
しめじ とうふのかす なすび はつ
とうふ たけ
【左右に飾り鉤かっこ】九月 ̄ニ用 ̄ル汁
▲しほだら ▲白うを ▲かき
松たけ かぶらわ切 ねぶか
やきどうふ のり のり
【注① 江戸時代、客をもてなす時、食後に他の食べ物を出したこと。またその食べ物】
【注② くづしかまぼこ(崩蒲鉾)の略。板蒲鉾や竹輪、蒲鉾に作らないで、魚肉のすり身のままの蒲鉾】
【注③ 鮞=産卵前の魚類の卵塊。特に鮭の卵をさす。】
【注④ 「むかご(零余子)に同じ。】
【右丁下段】
【見出し】「わかな《割書:上》【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は詞と哥とをもつて名
つけたる也。源氏卅九歳より
四十一才の三月まで三ヶ年のことある也。玉 葛(かつら)
の内侍(ないし)はひげくろの大将の北のかたにていつしか
わかぎみふたりまうけ給へり。正月廿三日に子日
源氏(げんじ)のゐんの御かたへねのひのいはひに
まいり給ふ。御ゆうがくさま〳〵ありて玉かづら
の御 歌(うた)〽わか”葉さす野辺(のべ)の小松を引つれて
もとの岩ねをいのるけふかな◯此心は御子
たちを引つれまいりて御年をいはふと也。
もとの岩ねは源氏の御ことをなぞらふる也
げんじの御哥に〽小松ばらすゑのよはひに
ひかれてや野辺(のべ)のわかれもとしをつむべき◯
此心は。すへとほき人のよはひにひかれて。我
身もとしをはるかにつみて。千秋(せんしう)万歳(はんせい)をも
たもつべしと也。わかなのゑんにて年をつむと
いへり。これは本哥に春日(かすか)のゝわかなゝらねと
君がためとしのかずをもつまんとぞ思ふ。此
こゝろ也。たゞしけんじ四十の御としの御 賀(が)
の心ねにて。かくいはひてよみ給ふなり
【左丁下段】
若菜(わかな)《割書:下》
夕(ゆふ)やみは
みち
たと
〳〵
し
月まち
て
かへれ
我(わが)せこ
そのまにも
見ん
【右丁上段】
【左右に飾り鉤かっこ】十月 ̄ニ用 ̄ル汁
▲がん ▲あんかう ▲きじ
かぶな すいくち ̄ニ 山かげ
さんせう ̄ノ こ 生しいたけ
【左右に飾り鉤かっこ】十一月 ̄ニ用 ̄ル汁
▲小はまぐり ▲あさり ▲めきじ とうふ
ちさか 白うを くさぎ さいの
のりか のり あづき め
◯八はい汁
▲きじ酒一はい ̄ニ水八はい入なへ ̄ニ しほいり付ねは一しゆ
▲たいのしほからなべ ̄ニ いり付ときの物一しゆ
【左右に飾り鉤かっこ】十二月 ̄ニ用 ̄ル汁
▲しほます ▲はらら子 ▲大あぢ ▲まながつを
大こんかたは くき はすぎり ごばう
ぎり 玉子の白み とうふか せり
いかにも さいのめ ̄ニ切 あをきもの
うすく
【右丁下段】
【見出し】「わかな《割書:下》【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は詞をもつて名づけたる也
此巻上下にわかつといへともひとつ
事也。上は源氏の御 賀(が)也。下は朱雀院(しゆしやくゐん)の御 賀(が)也。
賀(が)は四十(御とし)のいはひ也。巻の上下共にわかなを本と
する心あり。源氏四十一歳の三月より四十七才
まてをしるす。上の巻に源氏の御かたにて春
のくれ御 鞠(まり)あり。かしはぎのゑもんのかみもまいり
給ふに。女三(けんしの)のみ(北の方)やのかはせ給ふねこしらぬ猫(ねこ)を
をひてみすのうちへいり。ねこのつなにてみす
あがりて御すがた見え給ふにより。恋となりて
此のみやのめのとに侍従(じしう)といふ女房(にうはう)をたのみて
文をまいらせ。ついにあひたてまつりける。そのゝち
かしはぎのやりたる文を。げんじのみつけ給ふ事
あり。哥に〽夕やみは道たど〳〵し月まちて。
かへれわがせこそのまにもみん。◯これは女三の
みやの源氏をとゝめ給ふことばにひける哥也。
此心は夕ぐれは道もさだかならず。月のいづるを
まちてかへり給へかし。さもあらば。月のいづる
まてすこしの間もみたてまつりたきとの心也。
せことはおつとをいふなり
【左丁上段】
【見出し】雑汁(ぞうしる)の部 しぶんをかまはず用ゆ【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付けて両側に縦線】
▲なつとうもとき。とうふをすりてみそ
汁にてゆるめみそ汁をこくすり。だし計
にてたてゝ右のとうふをなまみそより入て
くきにても何にてもこまかにたゝきくだき
入て小とり入てよし又すいくちを入へし
▲どぢやうをくだのことくに切てくずのこ玉子
を入どぢやうをくるみのあぶらにてあぐるなり
たゞしどぢやうをやきてあげたるがよし
入子【いれこ 注①】にはめうがごばう木の子せり
▲玉汁は小とりかまぼこ。ふき小ぐち切。たけのこ
うど。ごばう。ほそ大こんいかにもこまにきり
あつきを入なり
▲さしさば ▲くじら ▲ゑび ▲塩ぼら
大なすび うど ふき ずいき ほうれん
わ切にして めうが さんせう さう
▲ほしな ▲もうを ▲あかいはし ▲はまぐりの
のり すいくち とうふのかす むきみ
入て ねぶか 大こんをろし
▲山のいも ▲あつめ汁【注②】▲ひや汁 ▲あかゞい
ふき ごばう くり 小いも
めうが なすび せうが あおき
わかめ ふき めうが は
とうふ しいたけ
くろまめ のり
木の子 あかさ
【注① 魚が卵を持っていること。またその卵。】
【注② 魚・鳥・青物をいろいろ取り合わせ、小さく切って煮たてた、味噌または醤油仕立ての汁。】
右以上汁のぶん
【見出し】なます之部《割書:十二ヶ月》【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付け▢で囲む】
【左丁下段】
柏木(かしはぎ)
いまは
とて
もえん
けひりも
むす
ぼゝれ
たえぬ
おもひ
の
なをや
のこらむ
【右丁上段】
【見出し】正月 ̄ニ用 ̄ル なます【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付ける】
▲たい こゞい ▲白うを うど ▲なまこ たい
わさび くり きすご せうが 木くらげ うすみ
はうふ せうが あかゞい みかん 大こん
みかん ばうふ くり せうが
【見出し】二月 ̄ニ用 ̄ル なます【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付ける】
▲あをす【注①】▲白うを ▲いせゑび あはび かすぬた
くるまゑび さより くらげ くり ▲このしろ
つく〳〵し うど たいらぎ うど ほねやきて
くり せうが みかん たで せうが くり
せうが みかん
【見出し】三月 ̄ニ用 ̄ル なます【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付ける】
▲さき あゆ ▲たい ▲まなかつを
くり たで めうが うど ごまめ
せうが 木くらげ くり めうが竹
【見出し】四月 ̄ニ用 ̄ル なます【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付ける】
▲まなかつほ ▲あゆ きりたで ▲あち【鯵】
たで めうがの子【注②】あさうり【白瓜】
はなゆ【注③】 ゆ【柚】 ゆ
はせうが はせうが はせうが
【見出し】五月 ̄ニ用 ̄ル なます【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付ける】
▲かつほ ▲小だいせごし【注④】 ▲あゆ
ゆ ほそさゝげ あをまめ
せうが はせうが くり ゆ くり
切たで いせゑび たで はりせうが
【見出し】六月 ̄ニ用 ̄ル なます【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付ける】
▲きすご かんぞう ▲すゞき
ゑび ▲石かれい 竹の子
くらげ ゑい はぜ はせうが
まめ くり さより ゆ
ゆ ほたで たで あかゞい まめ
はせうが せうが たでず
【見出し】七月 ̄ニ用 ̄ル なます【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付ける】
【注① 青酢=ほうれん草をゆでてすりつぶし、酢、みりん、砂糖、塩などを混ぜて裏ごししたもの】
【注② 茗荷の花穂の俗称。鱗状の葉が包んでいる。料理のつま・吸い物の実・薬味などの食用にする】
【注③ 花柚=柚(ゆず)の一種。花・莟・果実の切片を酒や吸い物に入れたりして、その香気を賞する。】
【注④ 背越し=魚の作り方の一つ。鮒・鮎・などの小魚の頭、内臓、ひれを除き骨付きのまま三~五mmの厚さに輪切りにする切り方。】
【左丁上段】
▲いな【川蜷】 ▲せいご【注⑤】 ▲するめ
ふり せうが 小ゑび
くり はす ふり
ゆ くりたで 大こんけづる
はせうが くらげ くり
たです しばゑび せうが
【見出し】八月 ̄ニ用 ̄ル なます【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付ける】
▲いづ さけの ▲ひず【注⑥】 ▲さより
たい きすご あはび
わさび くり 大こん
くらげ 大こん せうが
くり あかゞい くり
せうが ゆ せうが ゆ ゆ
【見出し】九月 ̄ニ用 ̄ル なます【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付ける】
▲さけ同やきかは ▲ゑそ【注⑦】 ▲たこ
くり。ゆ。うど なまこ かれい
めうが。せうが くり さより
大こん。せり せうが くらげ
ずいき 大こん ゆ くり
ひらたけ 木くらげ せうが
【見出し】十月 ̄ニ用 ̄ル なます
▲きすご ▲しらす ▲やきふな
とり はりくり【糸栗か】のり
なまこ かも はりくり
わさび せうが おろし大こん
せうが わさび せうが
もゝげ【注⑧】うど みかん ゆ
【見出し】十一月十二月 ̄ニ用 ̄ル 鱠
▲やきふな ▲やききじ ▲たい
にんじん さより くり 白うを
せり まめ せうが 大こん ゆ くり せうが
大こん くり ねぶか せうが わさび せり
【縦に線引き】
▲なまこ せり ▲こい 同子 ▲かれい くり
たいうすみ いり酒すをくはへ さより みかん
せうが ぬくめあへにする あかゞい せうが
木くらげ くり せうが みかん くらげ
【注⑤ スズキの幼魚。おもに東京付近で呼ぶ。】
【注⑥ 氷頭=サケなどの頭部の軟骨。刻んで食用とする。氷のように透明であるところからいう。】
【注⑦ エソ科に属する海魚の総称。マエソ、アカエソ、オキエソなどの種類があり、蒲鉾などの材料になるものが多い。】
【注⑧ 鳥の内臓、特に胃袋。】
【右丁下段】
【見出し】かしはぎ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は歌をもつて名とせる也
源氏四十八歳の正月より秋の
すゑまてをかけり。かしはぎ【別本は「木」に濁点付きなので「木」を仮名とした】のゑもん女三(によさん)の宮(みや)の
ことゆへにやまひとなる。これはげんじその心をも
すこし見せ給ひけるゆへなり。さてかしはぎは
従(しう)をよひて。宮へ哥をまいらせたり〽いまは
とてもえんけふりもむすぼゝれ。たえぬ思ひの
なをやのこさ【「ら」とあるところ】ん◯此心はいまはをはりになりて
たゞいま身はけふりとなりぬとも。女三の宮に
むすぼゝるゝ思ひはなをのこるへしと也。この
妄執(まうしう)の。ふかきことをよみてたてまつる也◯女三
の御 返(かへ)し〽たちそひてきえやしなましうき
ことを。思ひみだるゝけふりくらべに◯此心は
かしはぎのきえ給ふならば。われもその煙(けむり)に
たちそひてきえやせん。かしはぎの哥に。たえぬ
思ひのなをや残らんとよみ給へ共。われもともに
きえなは思ひの残(のこ)る所はあらじとの心なり。
けふりくらべはたがひに思ひをあらそふ心なり。
女三(によさん)【別本より】も心ちわつらはしけれは。をくるべからずとの心也
【左丁下段】
横笛(よこふえ)
よこ
ぶえ
し の
ら
べは
ことに
かはら
ぬを
むなしく
なり
ね し
こそ
つきせね
【右丁上段】
【見出し】りやうりなます【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲た ▲さより ▲あかゞい
あはび はり大こん さけ
同ひづ 同やきかは たい
いせゑび 玉子 いか
こたゝみ【注①】ずいき わさび
うど せり くらげ はせうが みかん
右は鱠(なます)之分なり
【注① こだたみ(海鼠湛味)=料理の一つ。ナマコを薄切りにして酒につけてから塩とみりんで調味しただし汁につけて、わさびあえにしたもの。】
◯にものゝ部 十二ヶ月
【見出し】正月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲白うを ▲小かも ▲かも
小とり あはびかく切 こはまくり
ねふか あづき から共に
わりさんせう ふきのとう たいらぎ【注②】
【縦線引き】
▲まて【まて貝】 ▲つぶし玉子 ▲もゝげ【注③】
くはい【くわい】 たつくり みるくひ【注④】
つく〴〵し【注⑤】 つく〳〵し つく〳〵し
▲ふくろいり。あをりいかのかうをぬき中へうを玉子
をすりまぜ入もゝげやきぐり入て口をゆひゆに【湯煮】し
てわぎりにして取あはせ木の子なといるゝなり
▲しやうじんのにものに山のいもをよく〳〵すり。はり
ごばうを入かきまぜて一夜をきあくるあささじに
て一すくひつゝあぶらにてあげ何にても一しゆ入へし
▲とうふにしろごまをすりまぜゆに【湯煮】をしてくずた
まりをかけくるみせうがを入へし
【注② 大形の二枚貝。肉は割合に小さいが、貝柱は白色で大きく、すし種など上等の食品になる。】
【注③ コマ56の注⑧参照】
【注④ 海松食=大形の二枚貝。肉は食用とし、特に水管は吸い物やすし種として賞味される。】
【注⑤ つくし(土筆)の異名】
【見出し】二月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲白うを ▲みるくひ しやうじん
まて 生わらび ▲うこぎ【注⑥】
みつば さけのかは かちぐり
又白うを 又とこぶし かは共に けしふりて
つく〳〵し 生わらび 又かんへう【干瓢】
しほ竹の子 しいたけ 山の芋
【注⑥ ウコギ科の落葉低木。若葉を食用とす。】
【見出し】三月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
【左丁上段】
▲小とり ▲いか ▲やきはへ【焼鮠 注⑦】
ごばう わかめ ねぶか
さけのかは めざし さんせう
【縦線引き】
▲さけのかは しやうじん 同
めざし ▲ふき ▲くるみ
ふくため【注⑧】とうふ とうにん【桃仁】
生わらび ほし大こん とうふさいのめ
くろまめ ごばう同せうが《割書:は|り》
【注⑦ 「はえ」又は「はや」。川魚の「おいかわ」又、「ウグイ」をいう。】
【注⑧ ふくだみ(福多味)=常節(とこぶし)の肉とわたをきざみ薄い塩味に仕立てたもの。ふくだみとも。】
【見出し】四月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲やきあゆ ▲くし子【注⑨】しやうじん
竹の子 あんかけて ▲いかうのはな
又たつくり 又いか うこぎ
しゞみ わらび ごまふりて
くこ ふ 又ゑんす【燕巣】
くろまめ やきどうふ 生のり めうが竹【注⑩】
【注⑨ 串海鼠=腸を取除いたナマコをゆでて串にさし、干したもの。】
【注⑩ 茗荷竹=茗荷の宿根から生じる若い茎。】
【見出し】五月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲ひばり ▲にし【注⑪】のくろに【黒煮】しやうじん
竹の子 ごまふりて ▲やきとうふ
又 又はと しいたけ
ひばり さ?はつ 竹の子
さゝげ 又丸なすび 又むめぼしこんぶ
けづりごはう 花かつを くず ほそさゝげ
【注⑪ 巻貝の総称。赤いのがアカニシ、田にいるのがタニシというように用いられる。一般にはアカニシをさすことが多い。】
【見出し】六月七月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲くもたこ【注⑫】 ▲ぼらうすみ しやうじん
さけのかは つぶし玉子 ▲小なすび丸
くろまめ つけわらび しいたけ
こんぶ 又やきふな 山のいも
かんへう さんせう わらび 又かんへう あげぶ
ごばう小口切 くし しいたけ
【注⑫ マダコ科のタコ「てながだこ(手長蛸)の異名。腕(足)がきわめて長く、体長の八割を占める。】
【見出し】八月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲はらゝ子【注⑬】すり ▲かも しやうじん
かいやき ねぎ ▲まつたけ
玉子 大こん いわたけ【注⑭】
あはび つぶ山升【椒】ごばう
さけの ▲又小とり ▲又いも
うすみ まいたけ しいたけ
やきどうふ
【注⑬ コマ54注③参照】
【注⑭ 岩茸=各地の深山の岩石上に着生する。食用となり、乾燥して貯蔵する。】
【右丁下段】
【見出し】よこふえ【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け▢で囲む】
此巻は歌もつて名とする也。
源氏四十九歳の二月まての
事あり。かしは木のゑもんのかみの北のかた。をち
ばの宮をば一条の宮と申也。ゑもん死(し)し給ひて
のち。夕きりの大将おり〳〵御たつねありしに。
八月なかば月ことにおもしろくあはれなり
しに。大将此宮へ参り給ひたれは。うちより
笛(ふゑ)を取出して大将にすゝめ給ふ。此笛より。いに
しへゑもんかみのそのきはまてもち給ひし
とてつたへまいらせ給ふ。大将の御うたに
〽よこ笛(ふえ)のしらへはことにかはらぬを。むなしく
なりしねこそつきせね◯此心は此笛もと
かしはぎのもち給ひしものなれど。ふきならす
声(こゑ)はかはらぬに。持(もち)給ひし人はむなしくなり
ぬれとなくねはつきかたしと。笛(ふへ)のねになく音(ね)
をそへてよみ給ふ也。かくて笛(ふへ)をつたへ給ひて後(のち)
ゆめにゑもんのかみありしさまにてよみ給ひ
ける歌〽笛竹(ふへたけ)にふきよる風のごとならはすえ
のよながきねにつたへなん◯此心はしらべ風
のことくつたはるならは。わか思ふかたへ伝(つたへ)たきと也
【左丁下段】
鈴虫(すゝむし)
こゝろ
もて
草(くさ)の
やどり
を
いとへ
ども
なを
すゞ
むし
こゑ の
ぞ
ふりせぬ
【右丁上段】
【見出し】九月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲たい ▲小鳥。たい しやうじん
あはび うど ▲とうふ
くはひぬかみそ やきぐり 大こん いも
▲又小とり。たい たまご ごばう
やきぐり ▲たいらけ【注①】木くらげ
丸なすび ひらたけ ▲又やきどうふ
ゆ【柚】のかは せうが
【注① 「たいらぎ」の変化した語。コマ57の注②参照】
【見出し】十月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲かも ▲あんかうふくろ しやうじん
ねぶか ねりみそ ▲大こんさいのめ
大こん たい ひらたけ こまみそ上とうふ
ひらたけ ぎんなん くろまめ かや せうが
【縦線引き】
▲しゞみ ▲はまぐり しやうじん
あづき たつくり ▲にんじん
ごばう けづりごばう 木くらげ ごばう
▲又白うを たにし ▲又こんにやく
玉子 小だい せり やきどうふ
もゝげ【注②】せうが きのこ
【注② コマ56の注⑧参照】
【見出し】十一月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲からすがい ▲がんゆてとり しやうじん
ごばう はんへり【「い」ヵ】ゆにして▲山のいも
小とり とうふ。わさびみそ あらめ
▲又かき ▲又かつほ むかご
はらゝ子 たつくり 大こん
白うを するめ ふとに
くき ごばうけづり こせう
せり せうが
【見出し】十二月 ̄ニ用 ̄ル にもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲たい。かも ▲かも ▲ゆてとり
いせゑび かまぼこ 大こん
小はまぐり ねぶか わさび
▲又たら ▲又ゆできじ くずだまり
ごばう わさび くじら
まいたけ 花かつを ごはう
せうろ【注③】ちんひ【陳皮】くはゐ
【注③ 松露=海辺の松林の松の根のところに生えるある種のキノコ。】
【右丁下段】
【見出し】すゞむし【源氏香の図 注④】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け▢で囲む】
此巻は哥と詞とをもつて名
つけたる也。源氏五十歳の夏
より秋までの事あり。折ふし八月十五夜の
月すみわたりてあはれなれは。源氏は女三の
宮のかたへおはしましたる也。女三のみやは御
ぐしをろし給ひて入道の宮と申也。かしは木の
巻(まき)にあり。かくてげんじ月御らんするに。御まへ
の庭(には)にはなたれたる虫(むし)どもの中にすゞ虫(むし)の
はなやかになきければ。入道のみやの御哥に
〽大かたの秋をばうしとしりにしをふりすて
がたきすゞむしのこゑ◯此心は。大かたとは十
のことの九つまても。うき世(よ)をすてゝかく道にいり
給へとも。すゞ虫の音(ね)はふりすてかたきぞと也。
げんじの御物語にむかしを思ひ出し給ふ心也
源氏の御うた〽こゝろもて草(くさ)のやどりをいと
えどもなをすゞむしのこゑぞふりせぬ◯此心
すゞむしを女三のみやにたとへて。草(くさ)のやどりを
いとふとは此 世(よ)をはなれ給ふ心也。女三の宮の
心からかやうに出家(しゆつけ)し給へども。むかしにかはらぬ
御物語にて源氏はすてはて給はぬ心なり
【注④ 図が違っている。正しくは、右から四本目の線が上で繋がらない。】
【左丁上段】
◯《割書:是より》さしみの部《割書:十二ヶ月》
【見出し】正月 ̄ニ用 ̄ル さしみの分【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲生ます ▲あはび しやうじん
あさり はまぐり ▲あげふ
からしす からしず こんにやく
▲又たい ▲又ゆで鳥 しいたけ
ますうすみ つく〳〵し かんてん
くらげ ぶり かさいのり【注⑤】
いりざけ【注⑥】也 つのまた【注⑦】のり
【注⑤ 葛西海苔=武蔵国葛西あたりの海岸から産出した海苔。】
【注⑥ 煎り酒=酒に醤油、酢、かつおぶし、焼き塩などを加えて煮詰めたもの。刺身やなますなどの味付けに用いる。】
【注⑦ 海藻の名。】
【見出し】二月 ̄ニ用 ̄ル さしみの分【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲こい ▲ゆて鳥 しやうじん
みるくい【注⑧】かはくじら ▲ふ こんにやく
いりさけにて わさび はす
▲白うを みそず かんてん
たこ ▲又いせゑび
せうがす みをさきて またゝび
くらけ みそず
いりさけ
【注⑧ コマ57の注④参照】
【見出し】三月 ̄ニ用 ̄ル さしみの分【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲しらす ▲たい しやうじん
まつな みるくい ▲のり
せうがす たです あさつき
▲ふかさめ ▲こい こんにやく
はまぐり つく〳〵し からしず
みそず いりさけ
【見出し】四月 ̄ニ用 ̄ル さしみの分【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲まなかつを ▲こい しやうじん 同
からしず ほそさゝけ▲こんにやく ▲なすび
又 いりさけ ほそつくり さゝげ
▲うつほ 又 うみそうめん くろこんにやく
こい ▲すぐき
からしず くらげ わさび ところてん
いりざけ いりさけ みそす
【見出し】五月 ̄ニ用 ̄ル さしみの分【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲すゝき ▲あぢせこし ▲まながつほ しやうじん
みるくい またゝび せいご※ ▲はす ふ
いりさけ ゑびつくり ながくきり こんにやく
たてず たです しいたけ
またゝび ゆ
※ すゞきの幼魚
【左丁下段】
夕霧(ゆふきり)
やま
ざと
あ の
はれ
を
そふる
夕(ゆふ)
霧(ぎり)
に
たち
いでむ
かた【「そら」とあるところ】もなき
心(こゝ)ちして
【右丁上段】
【見出し】六月 ̄ニ用 ̄ル さしみの分【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲まなかつほ ▲そこにべ しやうじん
みるくい たかべ【鰖】 ▲すべりひゆ【注①】
やきあゆ たでず なすび
たでず のり みやうが
【見出し】七月 ̄ニ用 ̄ル さしみの分【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲かすみいか ▲すゞき しやうじん
きすご うみたけ【海筍】▲なすび
たでず いりさけ かんてん
▲又いたらがい まなかつほ またゝび
いなだ【注②】ほそつくり しいたけ
からしず くらけ ふ
【注① スベリヒユ科の一年草。各地の田畑や路傍に生ずる。若いうちは和え物やひたし物にして食べられる。】
【注② ブリの若魚。はまち。】
【見出し】八月 ̄ニ用 ̄ル さしみの分【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲あゆのしら子 はりくり ▲生さけ ▲又小たゝみ【注③】
ひぶくのかは【注④】はりせうが まつたけ こい
せん ̄ニ きり わさび さつとむして いりざけ
さけのうすみ いりざけ いりさけ ̄ニ ゆのす【柚】
【注③ コマ57の注①参照】
【注④ 干河豚のこと。フグの干物。】
【左丁上段】
【見出し】九月 ̄ニ用 ̄ル さしみの分【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲たこ ▲あはびせん ̄ニ しやうじん
がざみ【注⑤】 さゞいか ▲はす ふ
ひらたけ あかゞいか おごのり【注⑥】
いりさけ しやうがみそ しいたけ
【注⑤ ワタリガニ科の大形のカニ】
【注⑥ オゴノリ科の海藻。湯がいて鮮緑色になったものを刺身のつまに用い、テングサとともに寒天の原料ともする。】
【見出し】十月 ̄ニ用 ̄ル さしみの分【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲ひらめ ▲かき たい ▲いはしひしこ【片口鰯】
からしず こげはたゝき はまぐり
▲又ぼら みるくい からしす
あかゝいからしす 花かつを ゆ【柚】のかは入
【見出し】十一月十二月 ̄ニ用 ̄ル さしみ【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲たい ▲ふり ▲かものほねぬき ▲きすご
ゆてとり きじ ゆてゝ わさび あかゞい
いりさけ にんにくみそ いりさけ からしす
【縦線引き】
▲いなだ ▲にがい【注⑦】 ひらめ ▲はす ふ
せうがす ゆで鳥 くらけ かんてんのり
けしず【注⑧】 いりさけ くろくはい
【注⑦ 煮貝=アワビ・トコブシなどの貝を醤油で煮しめたもの。】
【注⑧ 芥子の実をほうじてすりつぶし、みりんを混ぜて裏ごしにした加減酢。】
◯あへものゝ部 《割書:十二ヶ月》
【見出し】正月 ̄ニ用 ̄ル あへもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲あんかう ▲しゞみ しやうじん
のふくろ よめがはげ【ぎの誤】▲せり
とりあへ けし こんにやく
せうが さんせう ごま
わさび ▲又ぼら うすみ 又▲水な
いりさけ さんせう からし
【見出し】二月 ̄ニ用 ̄ル あへもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲たこ けし ▲いかもどき【注⑨】 はりま三ぼう
つく〳〵し ▲にんにやく ▲ごばう
▲いさらかい ゆにして さつとゆにを
せり しやうゆ付 してあぶらにつけ
山せう あぶりきりて 酒につけてもみて
▲くじらの あをからしか よきほどにきり
うちのもの さんせうのは ごまさんせう
さんせう たゝししやうじん 同上
【注⑨ こんにゃくを茹でて醤油をつけ火であぶった食品。見かけがイカに似ているところから。】
【右丁下段】
【見出し】ゆふぎり【源氏香の図】【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は哥をもつて名とする也。
源氏五十歳の八月まではすゞ
虫(むし)にあり。此巻はおなじ年の十二月までをしる
せり。夕霧(ゆふきり)の大将はゑもんのかみの北のかたおち
ばのみや。その比はゝ宮ものゝけにわづらひ給ひ
小野へうつりゐ給ふ所へ夕 霧(ぎり)たづねまいり
給ひて。一夜とまり給ひける也。夕ぎりの御哥
〽山ざとのあはれをそふる夕ぎりにたち出ん
かたもなきこゝちして◯此心はやまざとは
たゞさへも物あはれなるに。まして夕ぎり立
へだてゝたちかへるべきやうもなしと也。下心は
おちばの宮に心をかけ給ふてふることをわすれ
給ふなるべし◯落ばのみや御かへし〽山がつの
まがきをこめてたつきりも心そらなる人は
とゞめす◯此心は。心そらなるとはつね〳〵夕
ぎりの給へるにかはれり。夕ぎりのかくあるまじき
心のありけるが。さやうの人をばとゞめ申さじ
と也。又の心は夕 霧(ぎり)の立いでん事【「方」の誤記ヵ】もなき空(そら)と
あるは。かへるをいそぐ人なり。さやうに心空なる
人をば。とゞめ申さじとの心なり
【左丁下段】
御法(みのり)
たえぬ
べ
き
御(み)
法(のり)
ながら
ぞ
たのま
るゝ
よゝ
にと
むすぶ
中(なか)の契(ちぎり)を
【右丁上段】
【見出し】三月 ̄ニ用 ̄ル あへもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
魚るい 同 しやうじん
▲たつくり ▲しゞみ ▲わかめ ごまみそ
よめがはぎ うど しいたけ
さんせう ごま たうにん
【見出し】四月 ̄ニ用 ̄ル あへもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲ばい ▲まて よつあへ 同
わかめ みつば ▲ごばう小くち ▲又ごばうの
たでみそ けし 山せう うど 同 かは
▲又田つくり ▲からすがい 大こん さい ちんひ
せうが くろ ねぶか くろまめ ほし
めうが ごま ごまみそ 大こん
【見出し】五月六月 ̄ニ用 ̄ル あへもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲くしこ【注①】▲たつくり ▲なすび ▲なすび
木くらげ さゝげ 小ゑび 花かつほ
まめのこ ひゆ もろみ あかざ
ぬたあへ たでみそ あをまめ がきあへ
▲又ほや びくにあへ きりたで ▲しゞみ
さんせう びくにあへ ひゆ たでみそ
【縦線引き】
しやうじん 同 しやうじん ▲又
上ヶなすび ▲めうがのこ ▲たけのこ うきな【注②】
かんへう くろごま ふき さんせう
くろまめ からし
しらあへ
【見出し】七月 ̄ニ用 ̄ル あへもの八月同前【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲くしあはび【注③】▲たこ しやうじん
まつたけ まいたけ ▲さゝげ のり
けし。たで せうが あげぶ たで
▲又はまぐり ▲このしろ ▲又木くらげ
ひらたけ ぬたあへ ずいき
さんせう ゆ【柚】を入て ごまみそ
【見出し】九月十月 ̄ニ用 ̄ル あへもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲なまこほそく切 ▲しゞみ しやうじん
このしろうすみ ごまめ あらめ ▲くさ木 けし
やき 【縦線引き】 やきみそ
ごま しやうじん
すみそ 夕かほ たで ▲ひじきかんへうごま
【注① コマ57の注⑨参照】
【注② 京菜または蕪の異名。】
【注③ 串鮑=串に刺して干したあわび。】
【左丁上段】
【見出し】十一月十二月 ̄ニ用 ̄ル あへもの【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲しゞみ ▲ゆで玉子 しやうじん
ほしあさり いせゑびさきて ▲ごばう
くろまめさんせう すみそあへ 大こん せうが
▲くもだこ【注④】▲又さゞい ▲又かんへう
ゆのかは ひぶくのかは ごばう
さんせう せり みそ 木くらげ
【注④ コマ57の注⑫参照】
【見出し】◯あへまぜ之部【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこ】
▲ごまめ ▲花かつほ 木くらげ
大こん さくらのり にんじん
せり くり せうが みかん
しやうゆ す さけ入て
【縦線引き】
▲ごんぎり【注⑤】かと めうが
するめ かつほ 木くらげ
くりせうが すしやうゆさけ入て
【縦線引き】
▲花かつほ ひだら 小ゑび
わかめ くらげ せうが めうがだけ
くり しやうゆ すさけ入て するめ
【注⑤ 小さい鱧(はも)を丸干しにしたもの。刻んで、なますなどにする。】
【見出し】◯精進すあへの部【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこ】
▲大こん くり にんじん
のり せり みかん しいたけ
せうが うとくるみすみそ こんにやく
【縦線引き】
▲ふ のり みかん
くるみ とうふのうば くり
せうが 大こん
【縦線引き】
▲大こん めうが あをまめ
くり のり せうが
みつかん
【見出し】◯吸(すい)ものゝ部【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこ】
▲こんにやく ̄ヲ そうめんのごとくにきりて
めうが竹 こぐちきり
すいくち あをさんせう
【縦線引き】
▲玉子をちやわんへなりともめい〳〵につぶし入
しるかげんよきとき右の玉子一つつゝ入何にて
も見あはせ一しゆ入
【右丁下段】
【見出し】みのり【源氏香の図】【見出し語の上部左右に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は哥をもつて名とせり。
源氏五十一歳の春より秋
まてのことあり。紫(むらさき)のうへ御わづらひおもかりし
かば。千部(せんぶ)のほけきやうのくやうたきゞのぎやうだう
などいふことあり。たきゞのぎやうだうとは。行基(ぎやうぎ)
菩薩(ほさつ)の御哥に。法花経(ほけきやう)をわがえしことはたきゞ
こり。なつみ水くみつかへてぞえし。此哥を僧たち
となへ。花おけをおひて六位(ろくゐ)蔵人(くらうど)など。みかどの
行道(ぎやうだう)のさきへゆく也。此 法事(ほうじ)はてゝ。おの〳〵
かへらんとするに。花ちるさとの御かたへ。紫(むらさき)の上(うへ)より
御哥あり〽たえぬべき。みのりながらぞたの
まるゝ。よゝにとむすぶ中のちぎりを◯此心は
たえぬべきとはかぎりのちかき心也。みのりとは
わが身にそへていへるなり。けふのみのりのくどく
のちのよゝにもたえまじきと也。中の契(ちぎり)とは
花ちるさとゝの中のちぎりもみのりのくちぬ
ゑんにてたゆまじきぞと也。花ちる里(さと)御返
し〽むすびをくちぎりはたえじ大かたの。
のこりすくなきみのりなり共。◯此心は花ちる
さとのとしふけ給へるにより。我身のことをよみ給ふ也
【左丁下段】
幻(まぼろし)
おほ
ぞら
を
かよふ
まぼろ
し
夢(ゆめ)にだ
に
見え
こぬ
ゆくゑ 玉(たま)の
たつねよゝ
【右丁上段】
▲よめがはぎ なめすゝき【注①】 ▲生わらびのり
▲むめぼし のり いわたけ
▲とうふに玉子のきなる所を引あぶりてのりを入
▲あはびをせんにきり ▲白うを
のり入 なにゝても一しゆ
▲こゑび またゝびのくき
こゝりこんにやく【注②】
▲もゝげ ▲いかをさいのめにきり
みつばぜり のり入
▲山のいも あまのり くり
せうが
▲しゞみ ▲にし
くろまめ めうがの子
【見出し】◯さかな之部 《割書:魚鳥|しやうじん》【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこ】
▲ふくるみをすりたししやうゆにて
ゆるめふにつけあぶり用ゆ
▲こんにやくをざつとあぶり大きくきりて
こせうのこをふるべし
▲いかでんがく
▲なすびこぐちぎりあふらにひたし
あぶりさんせうみそ
▲ちんび からかへ? あをのり
なるほどほそくはりのごとくにきり
にしめをきあはせ
▲たこ なるほどほそくきりゆのわかは
はりしやうがす
▲ばい うすくきりてゆのかはせんにきり
さけ す しやうゆ
▲かきかいのみをあぶりこせうのこをふりて
しやうゆにゆすを入
▲かはつきかまほこはむ【鱧】のかはをいたにして
みをよきほとにつけむしてつねのかまほこのことく
いた共にきりていだす
右料理こん立数種大がいかくのことし
【注① えのきだけの異名。】
【注② 凝り蒟蒻=こんにやくを煮て寒中に凍らせたもの。精進料理などに用いる。】
【右丁下段】
【見出し】まぼろし【源氏香の図】【見出し語上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は歌をもつて名つけたる也。
源氏五十二歳の正月より十二
月なでを次第〳〵にしるしたり。源氏の紫(むらさき)の
うへを忘(わすれ)かたき心。月日にそへてたゝまなき心を
あらはせり。げんじの歌に〽おほそらに【「を」とあるところ】。かよふまぼ
ろしゆめにだに。見えこぬ玉のゆくゑたづねよ。
此心はげんじ空(そら)とぶ雁(かり)がねを見給ひて。かの唐(もろこし)の
げんそうくはうていの使(つかひ)にて。方士(はうし)がげんじゆつと
いふて。ひぎやうじさいをあらはして。こくうをも
かけり。ついにとこよの国ほうらいきうにいたりて。
やうきひのこんはくにあひたてまつりしこと
あれば。今とふかりもとこよにかへれば。はうしに
なぞらへて。大空(おほぞら)にかよふまぼろしのじゆつあらば。
せめてなき玉のゆくゑをたつねて。ゆめにだに
あひたきよしをつげよとなり。是はげんそうと
やうきひのことをしるしたる長恨歌(ちやうこんか)といふ文(ふみ)に
魂魄曽来夢不入(こんはくかつてきたつてゆめいたにいらす)【注③】といふ事あり。その心をよみ
給ふ也。此巻すべてむらさきのうへを恋給ふことを
書あらはしたり。げんじもこの思ひにてついに
かくれ給ふを。くもがくれといへり
【注③ 語順が違っている。正しくは「魂魄不曽来入夢(こんぱくかって来たりて夢に入らず)」】
【左丁上段】
【見出し】有馬湯(ありまゆ)の山 ̄の由来(ゆらい)【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
▲攝州(せつしう)ありま山 温泉(うんせん)の旧窟(きうくつ)はそのかみ
人王(にんわう)三十五代 舒明天皇(ぢよめいてんわう)。三年秋九月に此
所に御幸(みゆき)なり給ふ。しかるに此 湯(ゆ)の涌(わき)おる所
岩をたゝみ草をむすびたる仙窟(せんくつ)なり。されば
其時 三(み)かの月(つき)湯(ゆ)つぼにさし入たるをゑいらん
まし〳〵て。是ぞ誠に人民(にんみん)の病苦(びやうく)を治(ぢ)する
温泉(うんせん)なるべしと思召かたじけなくも御製(ぎよせい)
◯三日月(みかつき)のしほ湯(ゆ)にうつる影(かげ)見れば
かた輪(わ)もなをる七日(なぬか)〳〵に
みか月は半月(はんげつ)にしてかたわのかたちなり
しかれ共七日〳〵十四日此湯にかげをさし
入て満月円成(まんげつえんじやう)の姿(すがた)になをるとの御心になん
▲同十年の冬(ふゆ)御幸(みゆき)まします◯又卅七代の聖主(せいしゆ)
孝徳(かうとく)天皇三年十月朔日に御幸(みゆき)まし〳〵て
武庫(むこ)のあんきうに還御(くはんぎよ)し給ふ。はじめは武庫(むご)と
いふ。今の兵庫(ひやうご)なり
▲人王四十五代 聖武(しやうむ)天皇の御宇(きよう)神亀(じんき)元年甲
子の年 行基菩薩(ぎやうぎほさつ)こやの里(さと)崑崙山(こんろんさん)金養寺(こんやうじ)に
【左丁下段】
匂宮(にほふみや)
おぼつ
かな
たれに
とはまし
いかに
して
はじ
めも
はて
も
しらぬ
わが身ぞ
【右丁上段】
入せ給ひてあんぢうし給ふ爰(こゝ)に温泉(うんせん)山
のかたはらより一人の病夫(びやうふ)来りて。こやのさと
ちかき山の中にふしゐたるを行基ふびんに
思召 飯食(おんしき)をほどこし給ふ其うへ病夫(びやうふ)がのぞみ
ゆへ海辺(かいへん)にをり立みづから魚をすくひたまひ
かた身をおろし煮(に)てあたへ給へば病夫したひに快(くはい)
気(き)をぞ得たり重て病人 迚(とても)の御しびに我(わが)五 体(たい)
身分(しんぶん)くづれたゞれ肉中(にくちう)に虫 生(しやう)し。かゆき事たへ
がたし願(ねかは)くはわが膿血(のうけつ)をねぶりむしをすふて
たべかしと申ける。行基是をもいとひ給はす
【左丁上段】
病夫が五たいすはせ給ふ其後 泉府(せんふ)を封(ふう)じ
石像(せきそう)の薬師(やくし)を作(つく)り奉り如法経(によほうきやう)を書うつし
温泉(うんせん)のそこにぞうづみ給ふ一 切衆生(さいしゆじやう)諸(しよ)びやう
めつぢよと誓祈(せいき)をたてかちくやうにいたる
までいと念比(ねんころ)に行(をこな)ひ給ふ行基菩薩 病夫(びやうふ)にあ
たへて煮(に)のこし給ふ半肉(はんにく)の魚をこやの池にはな
ち給へば水中(すいちう)にて金魚となり悦(よろこ)びをなす
事なのめならずさるによつてこやの池に住(すむ)
魚はみな片(かた)め也と云伝(いゝつた)ゆ此 魚(うを)を食(しよく)する者は
たちまち癩病(らいひやう)と成とかやそれ故くふ人なしかの
病夫(ひやうふ)が五 体(たい)のこらず吸(すは)せ給ふぞありがたき
其時ふしぎや此病人たちまち金色荘厳(こんじきしやうごん)の
仏体(ぶつたい)となり善(よき)かな〳〵我はこれ温泉(うんせん)山 正(しやう)
身(じん)の薬師(やくし)也汝が精誠(しやう〴〵)の道心(だうしん)をしらん為 方便(はうべん)
をもつて顕(あらは)れたりとさま〴〵仏縁(ぶつえん)の御しめし
まし〳〵汝は是よりつの国ありまのふもと
温泉(うんせん)の窟(くつ)に至(いた)り湯(ゆ)の山を開基(かいき)して末世(まつせ)
衆生(しゆじやう)の病苦(びやうく)をたすけよと示(しめし)給ひこくうに
失(うせ)させ給ふ行基(ぎやうぎ)大きに渇仰(かつがう)し給ひいそぎ
仏勅(ぶつちよく)に任せ温泉(うんせん)の窟(くつ)に至ゆの山かいきある
【右丁下段】
【見出し】にほふみや【源氏香の図】【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は詞をもつて名とせる也 匂(にほふ)
みやはかほるの大将の事也。この
巻とまぼろしの間に雲(くも)がくれの巻名はかり有て
ことばはなし。是は源氏のかくれ給ふ所なれば。ふ
かき心ありて詞(ことは)なき也。この巻よりかほる大将の御
としをしるす。まぼろしの巻にて五才也。ことし
十四歳にて元服(げんふく)の事(こと)あり。六歳より十三まて
の事 雲(くも)がくれのうちにゆづりたり。此かほる大将は
げんじ四十八のとしの御子なり。かほるの御哥に
〽をぼつかな。たれにとはましいかにして。はじめもはても
しらぬわが身ぞ◯これは元来(ぐはんらい)かしはぎのゑもん
女三の宮にかよひて出来(でき)給ひし御子なりけれ共。
げんじはしらぬよしにて。我子(わがこ)のごとくいとをしみ
給へり。され共げんじの御子のやうにもさすがに
あらさるやうに思ひ給へば。たしかなることをしら
する人なきをうちわびて。おぼつかなとはの給へり。
これかほる一世のうへをもつて生死(しやうじ)のはじめも
なくをはりもなき道理(たうり)をよみあらはしたる
ふかき哥なり。巻の詞(ことは)にけんげうだいしのわか
身にとひけんさとりをもえてしかなとあるなり
【左丁下部】
紅梅(こうばい)
心(こころ)ありて
風の
匂(にほ)はす
そのゝ
むめに
まつ
鶯(うくいひす)の
とはずや
あるべき
【右頁上部】
▲一 条院(でうのいん)の御宇(ぎよう)長 徳(とく)三年やよひの頃。和泉(いつみ)
しきぶ播州(ばんしう)書写山(しよしやさん)に詣(まふ)で帰るさに此 湯(ゆの)
山に來り。湯治(たうぢ)せられんとて先 薬師(やくし)の宝前(ほうぜん)
にまふで給へば俄(にはか)に月のさはり有ければ大きに
かなしみ○もとよりも塵(ちり)にまじはる我なれ
ば。月のさはりと成ぞ悲(かな)しきとゑい【詠】じ給へば
御帳(みちやう)のうちより御(み)こゑを出して○もとよりも
ちりの浮身(うきみ)のしやばなれば月のさはりも何(なに)
か苦しきと。御尊詠(ごそんえい)有て免(ゆる)させ給ふと也
▲人皇七十三代ほり川院(かはのいん)の御宇。淫雨洪水(いんうこうずい)し
て山谷(さんこく)をくつかへし。民屋坊舎(みんをくばうしや)湯(ゆ)つぼ迄 悉(こと〴〵)く
沉没(ちんほつ)して一同に破滅(はめつ)せり其程九十五年が間
取立るわざもなく絕(たへ)はてければ草木ふかく
しげりむなしく禽獣(きんじう)の住(すみ)かと成。人すむ事なし
▲其頃 和刕(わしう)三吉野(みよしの)高原(たかはら)寺の住僧(ちうそう)仁西(にんせい)上人
とて大 峯(みね)高験(かうけん)の行者あり。熊野(くまのゝ)権現(ごんげん)の
御 吿(つけ)によつて彼(かの)温泉(うんせん)の山に尋(たづね)行給ひ里人
をかたらひ湯舟(ゆぶね)を造(つく)らせ二たびはんじやうの有
馬山。今の世〻(よゝ)迄 温泉(うんせん)の利益(りやく)有がたし。これ
ありまの中興(ちうこう)上人にて行基𦬇【上下艹艹、菩薩ノ畧字】のさいらい也
【右頁下部】
こうばい
此巻は詞をもつて名つけたる也。
のき近(ちか)き紅梅(こうばい)のいとおもしろく
匂(にほひ)たるとあり。此巻はあぜちの大納言とて。かしは
ぎのゑもんのかみのおとゝにて。世にさかへ給ふあり。
この北のかたはひげくろの大将のむすめ。まきの
はしらよ我をわするなとよみし人。ほたる(紫上の父也)兵部(ひやうぶ)
卿(きやう)のみやにまいり給ひしが。みやかくれ給ひしのち
大 納言(なごん)のかたへまいり給ふ。みや(兵部卿)にひめ君ひとかた
おはしけり。此御かたの庭(には)にうつくしき紅梅(こうばい)あり。
まゝ父 大納言(あせち)。この梅(むめ)の枝(えだ)を折て/にほふ(けんじの御おい也)【源氏の御甥也】兵部卿(ひやうぶきやう)
のもとへ。くれないのうすやうに文かきてたてま
つり給ふ歌に 〽心ありて風のにほはすその
の梅(むめ)にまつうくひすのとはずやあるべき。此
心は風の心ありて匂(にほ)はするむめには鶯(うぐひす)のとはぬと
いふことはあらじと也。下心は姫君のことをほのめ
かす也。まつ鶯(うぐひす)とは先(まづ)と待(まつ)との心あり。此ひめ
君を。みやにたてまつりたきと思ふ心ありてこそ。
紅梅(こうばい)をまいらする也。此心あるに。いかでかまつ
うくひすのとはすをき給ふまし【如何でか、待つ鶯の訪はず擱き給ふまじ?】とは。兵部卿の
宮をうぐひすにたとへていへるなり
【左頁上部】
▲湯船(ゆぶね)の寸方之事○横(よこ)の廣(ひろ)さ。壱丈二尺
五寸。奥行(をくゆき)壱丈五寸。深(ふか)さ三尺八九寸なり。
○一の湯南むき○二の湯北むき。坪数(つほかず)
何れも同事也○湯のあつさぬるさのかげん
四季ともに同事也○湯(ゆ)相應(さうをう)養生記(やうじやうき)の事
一 中風(ちうぶう) 一 脚氣(かつけ) 一 筋(すぢ)いたみ 一第一ひえ
一 頭痛(づつう) 一 打身(うちみ) 一 骨(ほね)くだけ 一 金瘡(きんそう)
一 痔漏(ぢろ) 一 下血(げけつ) 一 腎虚(じんきょ) 一 労瘵(らうさい)
一 虚労(きよらう) 一 痃暈(けんうん) 一 疝気(せんき) 一 冷疾
一 田虫(たむし) 一こせ 瘡(がさ) 一 痳病(りんひやう) 一 腰氣(こしけ)
一 白血(しらち)長血(ながち) 一子のなき女人此湯に入ば懐胎(くわいたい)す
○此外 諸事(しよじ)の煩(わづら)ひは金輪(こんりん)涌出(ゆじゆつ)の霊湯(れいたう)也
仏神 加祐(かゆう)の寶泉(ほうせん)なるにより男女共此ゆに
入ぬれば腎(じん)を補(をぎな)ひせい気をまし脾胃(ひゐ)を剛(つよく)
し食(しよく)事をすゝめやせたる人はしゝつき肥(こへ)たる人は
肌膚(きふ)をかたくなす。此外 異症怪病(いせうけひやう)のたぐひも
よく其 宿(やど)に相 尋(たづ)ねて湯治(たうぢ)有べし
一 生瘡(なまかさ) 一 癩病(らいひやう) 一 癲癇(てんかん) 此 三病(さんびやう)には
相應(さうをう)せずかへつてあしゝ。必(かならず)是をつゝしむべし
其法くはしく縁起(えんぎ)并に湯文(ゆぶみ)にあり
【左頁下部】
竹川(たけかは)
たけ
かはの
はし
うち
いでし
ひと
ふしに
ふかき
心(こゝろ)の
そこは
しりきや
【右丁上段】
有
馬
冨士
ふもとの
きわは
う
み
にゝ
て
なみ
かと
きけ
は
お
の
の
まつ
かせ
【右丁下段】
【見出し】たけがは【源氏香の図】【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は哥と詞とをもつて名と
する也かほるの大将十四はかり
と書て次(つぎ)のとしの正月より七月まで書て
又次の年のことあり。玉かづらの内侍(ないし)のかみの御はら。
をとこ”君みたり。女”君ふたりをはしける。ひげぐろ
うせ給ひてのち。心かけ給ふ人おほかりけるに。夕
霧(きり)の御子 蔵人(くらんど)の少将(せうしやう)ねんごろにきこえて。御はゝ
雲(くも)ゐのかりより文をまいらせらる。その比かほるは
十四五ばかりなるを。むこにと玉かづらはおぼしたり。
かほるの御かたちににる人なくをはしければ。御
はゝ玉かづらも姫”君にあはせばやとおぼしける也。
むめの花さかりに。かほるをはしけるあしたに
かほるのもとより玉かづらの姫”君のもとへ
〽竹”川の。はしうちいでし一ふしに。ふかき心のそこ
はしりきや◯此心は。はしは橋(はし)と端(はし)とをかねて
いへり。ことばのはしうちいでゝ。いひわたるふかきわが
心はしり給ふかとの心也。姫君かへし〽たけがは
に。よはふかさじといそぎしに。いかなるふしを
思ひをかまし◯此心はわが身を卑下(ひけ)してかこ
ちたる哥也。はやく御帰あるは御心とまるふしなきかと也
【左丁上段】
◯温泉(うんせん)湯治(たうぢ)養生之(やうじやうの)事
▲凡(をよそ)湯(ゆ)に入る次第は。先まくら湯にてう
がひをして。心経(しんぎやう)一くはん薬師(やくし)の名号(みやうがう)。くはん
をんのほうかう【宝号】をとなへ。其のち湯(ゆ)に入へし。
もしいそぐ事あらば。やくしのみやうがう
ばかりとなふべし
▲幾湯(いくゆ)諸国(しよこく)に有るといへども。或(あるひ)は水湯。又
は色々 味(あぢはひ)の湯なり。然るに此ありまはしほ
湯にて。力(ちから)はげしみ。ゆへすくなくよくすれ
ばかんを暖(あたゝ)め。しつをさり。風をしりぞけ。
けつけいをたゞし。気(き)りよくをます。腫痛(はれいたみ)の
所を治(ぢす)る事。此湯のとくにこへたるはなし。
しかしながら。くすりなればとて。つよく
よくすれば。汗(あせ)しきりに出て。けつけい
ちがひ胸(むね)ふさがり。心とろけ。きりよく尽(つき)
て。たちまちにあやまち有。たとへば酒はもろ
〳〵の薬なれども。過(すぐ)るによりて毒(どく)と成。
塩はあぢはひの主(ぬし)なれども。すぐればあぢ
をうしなふがごとし
▲大かた養生(やうじやう)に入ひとは。一日に二度ばかり
【左丁下段】
橋姫(はしひめ)
はし
ひめ
の
心を
くみ
て
たかせ
さす
さほの
し
つく
に
袖(そで)ぞ
ぬれぬる
【右丁上段】
くるしからず。但し老(をひ)たるや。気りよくの
つよきと。よはきは。大きにかはるべし。冬は
とうひやうあらずとて。しやうとく【生得=生れつき】かすなき人
気りよくよきまねをすべからず。よくつゝしむべし
▲湯船(ゆぶね)に久しくゐる事。第一しかるべからず。
ゆはぬるきをほんとす。あつければねつをうる
なり。身ねつすればかぜをひく。かへつてかん
のもとひなり
▲しよくごにそのまゝゆに入べからず。こと
さらかみなどあらふ事。そのときに至り
てしんしやく【斟酌】あるべし
▲たうじの間。酒をてうじあるべし。もし
ふくせば。あたゝめてすこしくるしからず。
ことにゆにいりまへと。あがりてそのまゝ
のむべからず
▲やまひにつかれ。きりよくをとろへたる
は。らうにやくによらず。一日に一ど。もしは
二度ゆをぬるくしてかゝるべし。やまひに
よりて三(み)びしやく。五びしやくかゝるべし
ゆぶねに入る事ゆめ〳〵あるべからず【別本にて】。かく
【左丁上段】
のごとく日かずをへてやうじやう有べし
これにてせんやくあとしゆやう【須用】する事
しかてふせいのものしかるべし。かさけ【風邪気】の
人は薏苡(よくい)桑(くは)又 中風(ちうふう)の人はきくをせんじて
ふくすべしゆすぐればりけつするなり
これによつてしややく【瀉薬】を用ひてよろし
▲こゝにてのかうせきは御やどにてのごとく
なるべし但しぶやうじやうならん人の気
にはあらずよのつねのごとし
▲たうぢの間ひるねすべからずことさら
ゆあがりにいねつればあせはしりけつ気
ひちがひあやまちこれ有そうへつ【総別=概して】汗(あせ)
をたらす事わろし秋冬の湯にあせの
たる事あしきなり
▲こゝにていんじをもらす事第一のどく
なりゆより出ゝも二七日三七日はつゝしむへし
▲ぬれたるかたびらきる事なかれ
たうじのあいだきうじすべからす
▲こゝにてにくをしよくせずといへども
やうじやうの人はくるしからず
【右丁下段】
【見出し】はしひめ【源氏香の図 注】【見出し語の上部左右の角の飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は歌をもつて名とする也
かほる十九歳より二十一の歳
まての事見えたり。これより宇治(うぢ)十 帖(でう)のうちなり
宇治にふるき宮(みや)住(すみ)給ふ。此 宮(みや)はきりつぼのみかど
八の宮げんじには御おぢ也。れいぜいゐん御 位(くらゐ)
のおり。しゆしやくゐんの御はゝよきに思しめして。
此八のみやを御くらゐにたてばやと。思召有けれ
ども。御心もちあしければにや。都(みやこ)の住(すま)ゐむつか
しく宇治(うぢ)の山 里(ざと)のれうちにうつり住せ給ふ
ゆへ。うぢの宮(みや)とも。うばそくの宮とも申也。姫君
一人もち給ふ。此宮はなにごとの道にもたつし
給へば。かほるまいりて物ならひ給ふに。姫君も思ふ
心あり。さてかほるのよみ給ふ〽はしひめの心を
くみてたかせさす。さほのしづくに袖ぞぬれぬる
此心は。姫君をはし姫によそへていへり。下句(しものく)は
かほるの身によそへたり。姫君の此所につれ〳〵と
ながめ給ふ心をくみて。かほるの袖(そで)をぬらすと也
高瀬(たかせ)は舟なり。あやしき舟ともに柴(しば)つみて
とある詞をうけていふべし。ふかく思ひ入ありて
よめるうたなり
【注 図が違っている。正しくは左から二本目の線は上の横線に付かない。】
【左丁下段】
椎本(しゐかもと)
たち
よら
む
かけ
と
たの
みし
しゐ
がもと
むなしき
とこに
なり
ける に
かな
【右丁上段】
▲やまひにつかれしん〴〵くたぶれたる
人は手あしなどかなはぬ事有とも
ゆぶねにつかりてあびすごさず。つのを
なをし牛を殺(ころす)ことし能々(よく〳〵)つゝしむべし
▲しよくじにてもくすりにてもね
つしやうのものはわろしことにかんれい
の物ももちゆべからずこはくかたき物わろし
▲ゆあがりの日あめかぜのはげしき
ときはしかるべからずいかにもてん気
よき日出らるべきなり
【右丁下段】
【見出し】しゐがもと【源氏香の図】【見出し語上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は哥をもつて名とする也。
かほるの宰相(さいしやう)になり給ひての
四年めなり。かほる廿二歳 ̄の春(はる)より。次(つぎ)の年(とし)廿三歳
のなつまでのことあり。宇治(うぢ)のみやにはかほる
まいり給へば。悦(よろこひ)給ひてなからんあとの事。姫君
などのことまでかず〳〵申(まうし)おき給ひければ。
かほるもかはらぬ心ざしをしらせ給はんとの給ふに。
宮の哥に〽われなくて草(くさ)の庵(いほり)はあれぬ共。
このひとことはかれじとぞ思ふ。そのゝち宮は
しづかなる所にて念佛(ねんぶつ)せんとて。山寺にこもり
給ひついにそこにてむなしくなり給ふを。かほる
かなしく思し給ふ。宮かくれ給ひてのち。あれ
たるを御らんじて。かほるのよみ給ふ〽たち
よらんかげとたのみししいがもと。むなしき
とことなりにけるかな◯此心は古哥(こか)に。うば
そくがをこなふ山の椎(しい)がもと。あなうは〳〵し。
とこにしあらねば。この哥につきて うば(今の)そく
のみやのおはせし御ゆかをいへり。かほるの出(しゆつ)
家(け)し給はゝと。たのみ所にてありしものを。その
人もなければむなしき床(とこ)となりけるよとの心也
【左丁上段】
【見出し】つれ〳〵四 季(き)之 段(だん)【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
◯おりふしのうつりかはる社物ことに
あはれなれ。物の哀(あはれ)は秋こそまされと
人ごとにいふめれど。それもさるものにて
今ひときは心もうきたつ物は。はるの
けしきにこそあめれ鳥のこゑなども
ことの外に春めきてのどやかなる日
影(かげ)にかきねの草もえいづる比より。やゝ
春ふかく霞(かすみ)わたりて花もやう〳〵
けしきたつ程こそあれ折しも雨(あめ)
風うちつゞきて心あはたゝしく。ちり
すぎぬ青葉(あをば)になる行までよろつに
たゞ心をのみぞなやますはなたちばなは
名にこそおへれ。猶(なを)むめのにほひにぞ。古(いにし)へ
の事も立かへり。こひしう思ひいでしるし。
やまぶきの。きよげに藤(ふぢ)のおぼつかなき
さましたるすべて思ひすてがたき事 多(おほ)し
灌仏(くはんぶつ)の比(ころ)。祭(まつり)のころわか葉(ば)のこすへ涼(すゞ)し
げにしげりゆく程こそ世のあはれも。人の
【左丁下段】
総角(あけまき)
あけ
まき
に
なかき
契(ちきり)
を
むすび
こめ
おな
じ
ところに
よりも
あはなん
【右丁上段】
恋しさもまされと人の仰られしこそ。げに
さるもとのなれ五月あやめふく比。/早苗(さなへ)とる
ころ。水鶏(くゐな)のたゝくなんど心ぼそからぬかは
【右丁上段】
たてわたしてはなやかにうれしげなる
こそ又あはれなれ◯何がしとかやいひし
世すて”人の。此世のほだしもたらぬ身に
たゞ空の名残(なごり)のみぞおしきといひしこそ
まことにさも覚えぬべけれ。よろづの事は
月見るにこそ慰(なぐさ)む物なれ。ある人の月計
おもしろき物はあらじといひしに又ひとり
露(つゆ)こそあはれなれとあらそひしこそ笑(をか)
しけれ。折にふれば何かはあはれならざらん
月花は更(さら)なり風のみこそ人に心はつく
めれ。岩(いわ)にくだけて清(きよ)く流(なが)るゝ。水のけ
しきこそ時をもわかずめでたけれ。沅湘(けんしやう)
日夜(にちや)東(ひがし)に流(なが)れ去(さる)。愁人(しうじん)のためにとゞまる
事。しばらく時もせずといへる詩を見侍し
こそ哀(あはれ)なりしが嵆康(けいがう)も山沢(さんたく)にあそびて
魚鳥(ぎよてう)を見ればこゝろたのしむといへり。
人とをく。水草きよき所にさまよひ
ありきたるばかり。心なぐさむことは
あらじ。何事もふるき世のみぞしたは
しきものあらじとぞ思ひ侍るなり
【右丁下段】
【見出し】さわらび【源氏香の図 注①】【見出し語上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は哥と詞とをもつて名
とする也。かほる廿四歳あげ
まきの次(つぎ)の巻也。宮のたのみおほしめして。
念仏(ねんぶつ)などにもこもりてうせ給ふときまでも。
をはしましたりしひじりのばうよりは。
中の君のあね君にをくれ給ひて。たゞひとりおは
しけるに。春のはじめに。わらびつく〴〵しを
かごにいれて。たてまつるとて。ひじりの哥
〽君にとてあまたのはるをつみしかど。つねを
わすれぬはつわらびなり。この心は。み(うぢ)やの
をはしましし時の嘉例(かれい)にまいらする程(ほど)に。
それをわすれずして。いまもまいらするとの心。
あまたの春をつむとはわらびつく〴〵しなどの
ゑん也◯姫君御かへし〽このはかは。たれにか見
せんなき人の。かたみにつめるみねのさわらび。
この心は。宮あね君などのましまさねばわが
身のかたみとみるばかりなりとのこゝろなり。
かたみとはかごのことをいへり。つらゆきの哥
行てみぬ。人もしのへとはるの野の。かたみに
つめるわかななりけり。これもかごの事なり
【注① 図が違っている。正しくは右から三、四本目が上で繋がっていない。】
【左丁上段】
【見出し】月のから名(な)づくし【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む。】
正月【上下左右の角に飾り鉤かっこを付け▢で囲む。以下月名の所は同じ。】青陽(せいやう) 端月(たんげつ) 陬月(むつき)【注②】
初春(しよしゆん) 太郎月(たらうづき) 二月 夾鐘(けうしやう)
如月(きさらき) 仲春(ちうしゆん) 令月(れいけつ) 陽中(やうちう)
三月 弥生(やよひ) 花月(くわけつ) 晩春(ばんしゆん)
桃月(たうげつ) 暮陽(ぼやう) 四月 麦秋(ばくしう)
孟夏(もうか) 梅月(ばいげつ) 純陽(じゆんやう) 卯月(うづき)
五月 星火(せいくわ) 皐月(さつき) 仲夏(ちうか)
景風(けいふう) 雨月(うげつ) 六月 葉月(ようげつ)
旦月(たんげつ) 林鐘(りんしやう) 季夏(きか) 水無月(みなづき)
七月 文月(ふみづき) 涼月(りやうげつ) 夷則(いぞく)
初秋(しよしう) 七夕月(たなはたつき) 八月 南呂(なんりよ)
清月(せいげつ) 迎寒(かうかん)【注④】 王秋(わうしう) 仲月(ちうげつ)
九月 菊月(きくづき) 無射(ふえき) 季秋(きしう)
暮秋(ぼしう) 長月(ながづき) 十月 陽月(やうげつ)
玄英(げんよう) 初冬(しよとう) 応鐘(おうしやう) 神無月(かみなつき)
十一月 霜月(さうげつ)【左ルビ:しもつき】 仲冬(ちうとう) 子月(しげつ)
長寒(ちやうかん) 陽復(やうふく) 十二月 臘月(らうげつ)
大呂(たいりよ) 極月(ごくげつ) 季冬(しはす)《割書:師|走》 弟月(をとつき)【左ルビ:けいげつ 注③】
元三(ぐはんざん) 節句(せつく) 端午(たんご) 七夕(たなばた) 名月(めいけつ)
【注② 日本語よみになっている。正しくは「スウゲツ」。】
【注③ 「けいげつ」は「桂月」「禊月」の字が考えられ、前者は陰暦八月、後者は陰暦三月のそれぞれ異称。なので、疑問。】
【注④ 「げいかん」とあるところ】
【左丁下段】
宿木(やどりき)
やどり
きと
おもひ
出(いで)
ずは
この
もと
の
たび
ねも
いかに
さびし
からまし
【右丁上段】
【見出し】男 当名(あてな)覚字(おほへじ)づくし【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
儀平(ぎへい) 磯定(いそさだ)【「定」の左ルビ:ぢやう】 甚勘(ぢんかん) 清杢(せいもく) 藤当(とうたう)
勝正(かつまさ)【左ルビ:しやう同】 庄源(せうげん) 久忠(きうちう)【「久」の左ルビ:ひさ】 嘉門(かもん) 半城(はんじやう)【左ルビ:なかばしろ】
伴万(ばんまん) 幾好(いくよし)【「好」の左ルビ:かう】 吉治(きちぢ) 太関(たせき) 乙由(おとよし)
仲重(ちうぢう)【「重」の左ルビ:しげ】 間文(かんぶん)【左ルビ:まもん】 長官(ちやうくはん) 幸伊(かうい) 竹虎(たけとら)
菊広(きくひろ) 与市(よいち)【「与」の左ルビ:くみ】 安又(やすまた)【「又」の左ルビ:ゆう】 善利(ぜんり)【左ルビ:よしとし】 新作(しんさく)
浅彦(あさひこ) 朋芳(ともよし) 角仙(かくせん)【「角」の左ルビ:すみ】 岩松(いわまつ) 千金(せんきん)
宇理(うり) 熊友(くまとも) 恒為(つねため) 次亀(つぐかめ) 福猶才(ふくなをさい)
【見出し】法体名(ほつたいな)づくし【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこをつけ全体を▢で囲む】 常烝助進(じやうせうすけしん)
浄念(じやうねん) 道意(だうい) 常味(じやうみ) 宗清(そうせい) 正淳(しやうじゆん)
宗順(そうじゆん) 元俊(げんしゆん) 宗休(そうきう) 春菴(しゆんあん) 養庵(やうあん)
玄隆(げんりう) 旦流(たんりう) 立寛(りうくはん) 快真(くはいしん) 真月(しんげつ)
休可(きうか) 久栄(きうえい) 旧信(きうしん) 心夕(しんせき) 祐益(ゆうゑき)
自笑(じせう) 似雲(じうん) 了円(れうえん) 円海(ゑんかい) 誓看(せいかん)
覚夢(かくむ) 静固(じやうこ) 尚宣(しやうせん) 紹巴(せうは) 西心(さいしん)
【左丁上段】
宗智(そうち) 如幻(ぢよけん) 休恵(きうゑ) 龍山(りやうざん) 宗全(そうせん)
道甫(だうほ) 三伯(さんはく) 浄慶(じやうけい) 幸安(かうあん) 閑沢(かんたく)
柳庵(りうあん) 青菴(せいあん) 淋庵(りんなん) 宗因(そういん) 宗悦(そうゑつ)
西吟(さいきん) 善西(ぜんさい) 教西(けうさい) 玄勝(げんせう) 昌庵(しやうあん)
源清(げんせい) 立卜(りうぼく) 図昌(づしやう) 宗甫(そうほ) 夏順(かじゆん)
覚真(かくしん) 閑徳(かんとく) 宗仙(そうせん) 禅入(せんにう) 遊斎(ゆふさい)
旦愚(たんぐ) 願才(くはんさい) 専斎(せんさい) 秀鉄(しうてつ) 永善(ゑいぜん)
【見出し】尼(あま)の名(な)づくし【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
妙春(めうしゆん) 永寿(えいじゆ) 妙喜(めうき) 主源(しゆげん) 妙円(めうえん)
智貞(ちてい) 妙了(めうれう) 里園(りえん) 妙寿(めうじゆ) 貞淋(ていりん)
妙全(めうせん) 智賢(ちけん) 妙因(めうゐん) 栄故(えいこ) 妙散(めうこ)?
清寿(せいじゆ) 妙閑(めうかん) 寿心(じゆしん) 妙意(めうい) 林夕(りんせき)
妙玄(めうげん) 臨古(りんこ) 妙智(めうち) 周専(しうせん) 妙言(めうごん)
誓好(せいこ) 妙法(めうほう) 秋月(しうげつ) 妙栄(めうえい) 智玄(ちげん)
妙甫(めうほ) 永心(えいしん) 妙順(めうじゆん) 智善(ちぜん) 妙邑(めうゆう)
春智(しゆんち) 妙嘉(めうか) 心関(しんせき) 妙秀(めうしう) 寿清(じゆせい)
妙安(めうあん) 誓真(せいしん) 妙恵(めうゑ) 円月(えんげつ) 貞春(ていしゆん)
【右丁下段】
【見出し】やどり木【源氏香の図】【見出し語上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は哥をもつて名つけたる也。
かほる廿三歳より四五歳もの
事あり。宇治(うぢ)の姫君(ひめぎみ)うせ給ひてのち。とし月は
ふれども。かほる大将なげき忘(わすれ)給はず。中の君は
にほふ宮の北のかたになりて京におはし
ませは。宇治のやどりあれはてん事をなげき
思召てかの宮の北のかたにおほせあはせ給ひ。
寺になしてかたはらにしんでんを立て。折(をり)〳〵
わたり給ふ。弁(べん)の君といひし人も。姫君にわかれ
たてまつりて。あまになりてありしを。こゝの
やどもりになし給ふ。ある時をはしてよみ給ふ
〽やどり木と思ひいでずはこのもとの。たびねも
いかにさびしからまし◯此心はむかしの名
ごりを思はずは。此山ざとのたびねさびしかる
べきをとの心也。そうじてかほるは一 生(しやう)をより
所なく思ひ給ふは。むかしの人の吾生(わかせい)如寄(やとるかことし)
といへるごとく。いつこをもさだめざるとの心なり。
やどり木とは。木の枝(えだ)などにこと木の実(み)の
おちてはへたるをいふ也。くずかづらつたかづら
をもやどり木といふ也。こゝはつたのことなり
【左丁下段】
東屋(あづまや)
さし
とむる
むぐ
らや
しげき
あづ
まや
の
あまり
ほど
ふる
あま
そゝぎかな
【見出し】女中(ぢよちう)文(ふみ)の封(ふうじ)様(やう)之事【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
消息(せうそく)腰文(こしぶみ)立文(たてぶみ)ともに二枚に書(かく)べし
日付(ひづけ)の判形(はんぎやう)有(ある)べからず。立(たて)文は二枚なる故(ゆへ)に
略(りゃく)して壱枚を二ツに折て用ん也 礼紙(らいし)有べから
ず。奥(をく)を四五折に【?】かく折かへすべし。扨 封(ふう)の事
【封をした図。右上・右下、中上・中下、左上・左下の図がそれぞれ対応しており、上段が表、下段が裏を示している。】
【右上】
〆 の□ 誰
【右下】
ゟ
【左上】
身
【左の注】上々
人々申し給へ
【左の注】 中
人々申し給へ
【左の注】上中
申し給へ
【左の注】下
【左の注】下々
右脇付の詞上中下の品
名乗(なのり)の上(うへ)の字を假(かな)字にかき下の字をま
なにかくべし賞翫(しやうくわん)なり又うやまふ
の心なり又かろき方へは上を真字(まな)に
書(かき)下/假字(かな)にかくべし■いがいかく
のごとくにこゝろふべきなり
【右丁下段】【見出し】 あづま屋【源氏香の図】【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は歌と詞をもつて名
づけたる也。かほる廿五歳の
八九月のことあり。ひたちの守(かみ)【右側に注】うき舟のまゝ父【以上注】といへる■
の子五六人ある中に。姫君(うき舟)をへだ
【右丁上段 各仏像画の上➝下にの順で刻字。下部はすべて右からの読み】
千手(せんじゆ)【右からの横書き】
御ゑん
日十
七日
坎中連(かんちうれん)
子(ね)の年(とし)
虚空(こくう)
蔵(ざう)
御ゑん
日十
三日
艮上連(ごんじやうれん)
丑寅年(うしとらのとし)
文殊(もんじゆ)【右からの横書き】
御ゑん
日廿
五日
震下連(しんげれん)
卯(う)の年(とし)
普賢(ふげん)【右からの横書き】
御ゑん
日廿
四日
巽下断(そんげだん)
辰巳年(たつみのとし)
人々一代の守り本尊はつね〳〵信じてよし
氏神は事に其身一代の内おろそかに思ふべからず
【右丁下段】
【見出し】うきふね【源氏香の図】【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け▢で囲む】
此巻は哥をもつて名つけたる也。
かほる廿六歳の正月より三月
までをしるす。匂(にほ)ふみやは。うき舟にほのかにあひ
給ひし夕を忘(わすれ)れ【語尾の重複】給はず。かほるは宇治(うぢ)の人(うき舟)まち
どをなるらんもくるしく。京にすませばやと思召
三条ちかき所に家作(やづく)らせ給へり。匂宮(にほふみや)の心に思ひ
給ふは。かほるは宇治へかよひてよるもとまり給へば。
かの(うき舟)人をかくし置(をき)たるなるべしとて。よくたづね
きゝて。かほるにゝせて夜に入てきたりとまり給ふ。
そのゝちも又おはして。このたびはしづかなる所にて
契(ちぎ)らんとて舟にて出給ひ。しれる所の家(いへ)にてかた
らひ給ふ。哥に〽たちばなの小(こ)島は色もかはらじを
このうき舟ぞよるべしられぬ◯此哥の心は匂宮(にほふみや)
かくちぎり給ふ。此たちばなの小島はいつまてもかは
らじけれども。わか身はひく手あまたなれば。ゆく
すえしれがたしとおもひわつらひたる心也。たち
ばなの小島はうぢより一町ばかり河の中の島也。
かくてかほるよりは。三条の家(や)づくりてわたし給はん
などありければ。うき舟の君かれ是と思ひわづ
らひ。ついにものゝけとなりたるなり
【左丁上段】
【見出し】女中の名(な)の字(じ)相性(あいしやう)の事【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
【小見出しを◯の下に記し、上部左右に鉤かっこを付け▢で囲んでいる。】
◯木性(きしやう)の人は【これより上を囲む】麻(おあさ) 房(ふさ) 邦(くに) 満(みつ) 百(ひやく) 梅(むめ)
武(たけ) 包(かね) 芳(よし) 米(よね) 伴(はん) 品(しな) 茂(しげ) 万(まん) 沢(さわ) 林(りん)
良(やゝ)【左ルビ:よし】 蘭(らん) 貞(さだ) 栗(くり) 留(とめ) 道(みち) 頼(より) 蓮(れん) 類(るい) 勘(かん)
◯火性(ひしやう)の人は【これより上を囲む】花(おはな) 吉(よし) 菊(きく) 久(ひさ) 庫(くら) 岩(いわ)
虎(とら) 薫(くん) 国(くに) 曲(くま) 幾(いく) 為(ため) 艶(つや) 塩(しほ) 吟(きん) 越(えつ)
猶(なを) 益(ます) 園(その) 亀(かめ) 梶(かぢ) 玉(たま) 高(たか) 源(げん) 極(きは) 今(いま)
◯土性(つちしやう)の人は【これより上を囲む】重(おしけ) 中(なか) 竹(たけ) 島(しま) 蝶(てふ) 当(まさ)
等(しな) 伝(でん) 長(ちやう) 徳(とく) 六(ろく) 藤(ふぢ) 瀧(たき) 楠(くす) 陸(りく) 楽(らく)
◯金性(かねしやう)の人は【これより上を囲む】由(およし) 幸(ゆき) 恒(つね) 好(よし) 熊(くま) 安(やす)
虎(とら) 市(いち) 峯(みね) 縫(ぬい) 豊(とよ) 民(たみ) 坂(さか) 冨(とみ) 茅(かや) 門(もん)
糸(いと) 末(すへ) 浜(はま) 愛(あい) 閑(かん) 里(さと) ◯水性(みつしやう)の人は【これより上を囲む】
琴(おこと) 崎(さき) 晴(はる) 秋(あき) 種(たね) 霜(しも) 松(まつ) 千(せん) 常(つね) 石(いし)
岩(いわ) 政(まさ) 光(みつ) 市(いち) 善(よし) 七(しち) 三(さん) 哥(うた) 勝(かつ) 次(つぎ)
【左丁下段】
蜻蛉(かけろふ)
ありと
見て
手(て)
には
とら
れず
みれば
又(また)
行(ゆく)
ゑも
しらず
きえし
かげろふ
【右丁上段】
【見出し】暦の中段をしる事【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
建(たつ) 《割書:とはざうさくわたまし宮寺こんりう
|諸事をこしらへ始る心に用ひてよし》
除(のそく) 《割書:万事をよくる心にてようしやする日なり|もの事ひかゑうちばにするなり》
満(みつ) 《割書:物のぢうまんする日也万きはめさだめる也|満足の心也諸ぐはんほどき談合極るに用る》
平(たいら) 《割書:よしあしともにたいらかにしづかなる日也|此心を用てつよからずよはからず中分に用》
定(さたん) 《割書:物を定る事此日を用ひ定てよし。けつでう|する日也師弟のけいやく又はふさいのいひ合よし》
取(とる) 《割書:人の方よりうけとるによしほどこす|事には何にてもむようの日なり》
破(やふる) 《割書:諸事の用(よう)などにつく事にあしき日也|下地共に打やぶる心也しよたい持つにもあしゝ》
危(あやふ) 《割書:万端(ばんたん)用心(ようじん)して物をとりおこなふなり|かやうにしてはいかゞあらんとねんを入べし》
成(なる) 《割書:此日何事もじやうじゆする日なり。右に|あるみつといふ日に同しこゝろなり》
納(おさん) 《割書:あき五こくを納る日也或はくらを立宝を入|始。又は宮寺何にてもきしんする心にて用べし》
開(ひらく) 《割書:くらびらき入学やどかへ国がへかうしやくものを|初ておこなふ日炉こたつなどひらく何れも吉》
閉(とつ) 《割書:右のとるといふ日ににたるぎり也いんぶんの事に用|たとへば家立て後かべなど拵る日也炉こたつ此日とつる也》
右此こゝろを以て万端につかふ事也男はのぞくの
日あしく女はやぶるの日ゑんりよしてよし
【右丁下段】
【見出し】かぎろふ【源氏香の図】【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は詞と歌とをもつて名と
せり。かほる廿六歳の事也。うき
舟はかれこれの物思ひより心もそゞろにてついに
あとなくうせ給ふ。宇治にはうき舟ゆくゑなく
うせ給へば。こゝかしこもとめたづぬれども見え
ざれば《割書:匂》宮ひたすらに此なげきにふししづみ
給ひて。侍従(じしう)といゝしうき舟のつかひ給ひし女房
をよび給ひて。御かたみと思ひつかひ給ひしなり。
宮(匂)はむかしのことを思ひ出し給ひたる夕ぐれに。
かげろふのとびちがふを見給ひて。よみ給ふ歌に
〽ありと見て。手にはとられずみれば又。ゆくゑも
しらずきえしかげろふ◯此心はうき舟などの
はかなくうせ給ふことを思しつゞけてかげろふ
といふてあしまに生じて夕にしする虫(むし)のことを
みるにつけて。ひつきやうにんげんせかいの無常(むしやう)
の有さまを観(くはん)じ給へば。無はこのかげろふの
やうなるものぞといふ心なり。かげろふ蜻蛉(せいれい)
と書り。又は陽炎(やうゑん)蜉蝣(ふゆう)ともいへり。こゝの心を
みれば。蜉蝣(ふゆう)のことなるべし。此虫はあしたに生(しやう)
じて夕(ゆふべ)にしすといへば。はかなきたとへなり
【左丁上段】
【見出し】こよみの下段之事【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
▲天赦日(てんしやにち) さいじやうの大吉日也何事に
用ひても万吉日也年中に六七日めぐる也
▲大明(だいみやう)日 よろづに用てよし大吉にち
ことに祝言わたまし出行物たち【裁断、裁縫】万によし
▲天一天上 此日天一神八方を四十四日めぐり
おはり天へ上り給ふ日を天一天上といふ也此日
より十六日の間は八方へ行に天一神のさはりなし
▲御くし と有はふるき御はらひごわら?など
やしろへをさめてよき日なり
▲はがため と有はくひぞめする日なり
▲きそはじめ きる物きそむる日なり
▲大 禍(くわ)狼耤(らうしやく)滅門(めつもん) 是三ヶの大あく日にて一切の
仏事くやう諸事ふかくいむ日なり
▲滅日(めつにち)没日(もつにち) 是も二ヶの大あく日也但しめつ
日とは月のめぐみふそくなる日なり
▲復(ふく)日 重(ちう)日 たねまき祝言くすりをのみはじめ
きう針にいむ但しものたち又はあたらしきい
しやうをきそむるによし
▲五墓(ごむ)日 此日よろづにわろしあく日
なり但し家づくりにはよし
【左丁下段】
手習(てならひ)
身を
なげし
なみだ
の
川(かは)の
はや
き
せを
しがら
み
かけて
たれか
とゞめし
【右丁上段】
▲赤(しやく)日 赤口神(しやくこうじん)とて一さいべんぜつをもつ
てつとむる事にさゝはりある日なり
▲往亡(わうもう)日 かど出お舟なとにいむ此外もよろしからず
▲くゑ日 大あく日此日何事にても末とげ
ず。ことに死人をとふらはず凶会(くゑ)日と書也悪日也
▲きこ日 出行わたまし祝言(しうげん)入部(にうぶ)【注①】げんぶく
其外よろづ何事にもわろし
▲けこ日 きうはりにいむ日なり惣して
ものゝ血(ち)を出すものころす事なかれ
▲かん日 きうはりにいむ身のあかをおと
さず。いしやうのたぐひあらはぬなり
▲十し【注②】 大あく日也よろつにわろし
▲冬至(とうじ) とは陽気(やうき)地の下にはじめてきたる
日なり。此日までにて日りん南へ行あたり
給ひ扨北へ行と云ことによつて用事により忌
▲天火日地火日 大あく日也やねふきむね
あげかうさく家づくり。だうとう宮やしろ
こんりうなどにいむ日也としるべし
◯人の魂(たましゐ)のかずをしる哥
▲木(き)九からに火(ひ)三ツの山に土一ツ
七ツ金(かね)てそ五 水(すい)りやうあれ
【注① 領内にはいること。特に、国司や領主などがはじめて任国にはいること】
【注② 「十死日」の略。】
【右丁下段】
【見出し】てならひ【源氏香の図】【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は詞をもつて名つけたるなり。
かほる廿六七歳のことをしるす。さて
うき舟は小野のあまのもとにて手習(てならひ)をしてつく〴〵と思ひ出
給へば。物思ひなげきて。みな人ねたるまにつま戸をひらき出たり。河
風はげしく川 波(なみ)あらく。ひとり物をそろしく居たりしを。きよげ
なるおとこきていごくを。兵部卿の宮と思ひしに。心まどひしらぬ
所にすておきて此おとこきえうせぬ。そのゝちのことはおぼへ給はす。
小野のあまにつれられて小野に居給ふことは。小野にあまありし。
此あまはつせへまいりて下向(げかう)に宇治(うぢ)にやどりけり。家(いへ)のうしろ
木のもとに。うき舟のすてられてなき居たるをつれてうちへ
いれてけり。此あまはつせにてゆめのつげありけるとて。此
ひとをいたはりぬ。あまのあにたうときひじりなりけるに。
いのりかぢさせて小野つれゆかれ給ふ。此あまのむすめ有
けるが。はかなくなりしに。むこの少将といふ人のうき舟の
君に心をかけゝれば。むつかし思ひてあまのるすにひしりを
たのみてかみをおろし給ふ也。うき舟の哥に〽身をなけ
し。なみだの河のはやきせに。しがらみかけてたれかとゞ
めし◯此心はわが身のうきまゝに身をなげたるよと
思ひしが。かやうにいきてある也。しかればたれかしからみと
なりてわれをとゞめけるぞとのこゝろなり
【左丁上段】
【見出し】不成就日之(ふじやうじゆにちの)事【見出し語の上部さゆうの角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
正七月 《割書:三日| 十一日》《割書:十九日| 廿七日》
二八月 《割書:二日| 十日》《割書:十八日| 廿六日》
三九月 《割書:朔日| 九日》《割書:十七日| 廿五日》
四十月 《割書:四日| 十二日》《割書:廿日| 廿八日》
五十一月 《割書:五日| 十三日》《割書:廿一日| 廿九日》
六十二月 《割書:六日| 十四日》《割書:廿二日| 三十日》
右の日物を仕(し)そむるにも人にものをいひかけ
ても成就(じやうじゆ)せず何事にも此日つかふべからず
◯同 悪(わろ)き日をしる事
【横並びの日付の上を円弧で繋ぐ】
毎月 《割書:四日|十一日》 《割書:十八|廿五日》
此日くれ六ツより夜の九ツまで
毎月 《割書:八日|十五日》 《割書:廿二日|廿九日》
此日朝六ツより暮の九ツまで
右ふじやう日也物しそむる事人に物いひ
かくる事何事もとゝなはぬとしるべし
【左丁下段】
夢浮橋(ゆめのうきはし)
のりの
しと
たづ
ぬる
みちを
しるべ
にて
思はぬ
山に
ふみまどふ
かな
【右丁上段】
【見出し】小笠原折形之図(をかさはらをりかたのづ)【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
熨斗(のし)の包様(つゝみやう) 色紙(しきし)
板(いた)の物(もの)包(つゝみ)やう 墨筆(すみふて)
真(しん)の熨斗(のし) 木(き)の花
扇(あふき)草(さう)のつゝみやう
扇 行(ぎやう)の包やう 胡枡(こせう)の粉(こ)
草(くさ)の花 にほひ袋(ふくろ)
【右丁下段】
【見出し】ゆめのうき橋【源氏香の図】【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は哥にも詞にも名の義(き)
なし。心をもつて名づけたり。
うき舟の小野に居給ふことをかほるのきゝ出し
給ひて◯此 手習(うき舟こと也)の君の弟ひたちの(うき舟のまゝちゝ)守(かみ)が子を御
使にて。御文つかはさる。しるへなくばいかにとてかの
人(うき舟也)をあまにせし僧都(そうづ)に文をこひて大(かほる)将の御文
にとりそへてゆきし也。かほるの御哥に〽法のしと
たづぬるみちをしるべにて思はぬ山にふみまよ【「ど」とあるところ】ふ
かな◯此心はのりのしとより僧都(そうづ)をたのむべき。
かく思ひよらぬことをたのみたるといふ心也
〽そも〳〵此巻 夢(ゆめ)のうき橋(はし)といふこと。まつたく色(いろに)
ふけり言葉(ことば)をかざりて此物がたりをかけるにあら
ざる也。只(たゞ)無常(むじやう)のことはりをあらはし盛者(せうじや)必(ひつ)
衰(すい)のおもむきをしらしめんため也。夢(ゆめ)といふは
むなしき心也。有無(うむ)の諸法(しよほう)いづれもゆめにあら
ずといふことなし。うき橋(はし)とは伊弉諾(いざなぎ)伊弉冉(いざなみ)尊(みこと)。
天(あま)の浮橋(うきはし)にて共為夫婦(みとのまぐはひ)【濁点の位置誤記】し給ひて。陰陽(めを)をさだめ
給ひしも男女(なんによ)のことよりおこれり。しかれ共こゝは
夢の一 字(し)の外はなし。浮橋(うきはし)は夢(ゆめ)にひかれて出
きたる詞(ことば)也。栄花(ゑいくは)もみな夢(ゆめ)とさとるへしとの義也
【左丁上段】
【見出し】源氏略系図(げんじりやくけいづ)【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
▲桐つぼの更衣(かうい) げんしの御母 《割書:あぜち大なごんの|御むすめ》
▲あふひの上(うへ) げんじの北の方 《割書:左大臣(さたいじん)の御 娘(むすめ)》
▲むらさきの上(うへ) げんじの北の方 《割書:藤つぼの女御の|御めい子》
▲女三のみや げんじの北の方 《割書:藤つほの女御の|御むすめ》
▲末(すえ)つむ花 げんじの通ふ所 《割書:ひたちのみやの|御むすめ》
▲おぼろ月夜 げんじのまれに逢人 《割書:こうきてんの|御いもうと》
▲花ちるさと げんじの通ふ所 《割書:れいけんでんの|御いもうと》
▲夕がほの上(うへ) げんじの通ふ所 《割書:玉かづらの母(はゝ)》
▲玉かつら げんじの御 子分(こぶん) 《割書:実は頭中将(とうのちうじやう)の子》
▲雲ゐのかり げんじのこしうと 《割書:頭の中将(とうのちうじやう)の御 娘(むすめ)》
▲六条のみやす所 げんじの御おぢ 《割書:前坊(せんばう)の北(きた)の方(かた)》
▲秋このむ宮 六条のみやす所の御むすめ
▲うきふね ひたちの守が娘 《割書:実はうぢの宮の|御子》
▲宇治(うぢ)の宮(みや) げんじの御おぢ也
▲かしはぎのゑもん げんじのこしうと也
▲匂兵部卿(にほふひやうぶきやう) げんじの御おとゝ也
▲夕ぎり げんじの御子 《割書:あふひの上の|御はら也》
▲かほる げんじの御子 《割書:実はかしは木の子|女三の御はら》
▲ひげくろ げんじの御おいの 《割書:れいせいゐんの御母|かたのおぢ也》
【左丁下段】
【見出し】源氏物語之大意【見出し語の上下左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此物かたりのはじめは紫式部(むらさきしきぶ)上 東門院(とうもんいん)の
官女(くはんによ)になりたる比(ころ)斎院(さいゐん)より上東門院へ
めづらかなる物かたりあらば見給はんと御 尋(たづね)
ありしにより紫式部に仰(をゝせ)つけられと
つくらせらる式部仰をうけ給はりて石山
の観音(くはんをん)に詣(ま)ふで通夜(つや)して此 事(こと)を
祈(いの)り申されけるにおりふし八月十五夜
の月 湖水(こすい)にうつりて心もすみわたり
て物かたりの風情(ふせい)心にうかひけれは
仏前(ぶつせん)に有(あり)ける大 般若経(はんにやきやう)の料紙(りやうし)を申
うけてまつ須磨(すま)あかしの両 巻(まき)を書(かき)
とゞめ其後(そのゝち)次第(したい)に書(かき)くはへて五十四 帖(じよ)と
なして奉りけれは大 納言(なごん)行成卿(ゆきなりきやう)に清書(せいしよ)
させられて斎院(さいゐん)へまいらせられけると也
まことに和語(わご)の双紙(さうし)この物がたりに
すぎたる物なしといへり
【右丁上部】
▲上 ̄ニ書。い ○下 ̄ニ書。ひ
▲上 ̄ニ書。わ ○下 ̄ニ書。𛂞
▲上 ̄ニ書。う ○下 ̄ニ書。ふ
▲上 ̄ニ書。𛀕 ○下 ̄ニ書。を
▲上 ̄ニ書。𛀁 ○下 ̄ニ書。へ
口合 ̄ニ書。ゐ【意味不明】
▲上 ̄ニ かゝぬ。こ ○下 ̄ニ かゝぬ。𛀸
又上下ゑらはぬ事もあり
▲上下わかず書。に。𛂋。
▲下 ̄ニ書(かゝ)ぬ。𛂻○上 ̄ニ書ぬ。ほ
▲下 ̄ニ書ぬ。か 《割書:上下をわかず|かくべし》
▲下 ̄ニ書ぬ。た○上下 ̄ニ書。𛁞(𛁠)
▲下 ̄ニ書ぬ。つ○上下 不分(わかぬ)𛁭。𛁩
▲下 ̄ニ書ぬ。な○上下 ̄ニ書。𛂂。𛂄
▲上 ̄ニ書。け ○上下 ̄ニ書。𛀷。𛀳
▲上 ̄ニ書。ふ ○上 ̄ニ書ぬ。く
▲上下 不分(わかす)書べき。𛁚
▲上 ̄ニ書ぬ。𛂶○上下 ̄ニ書へ
▲上 ̄ニ書ぬ。と○下 ̄ニ書。と
【右丁下部】
【右丁下部枠内上部】
○山路の露○目安上
○けい圖○同中の卷
○引哥○同下の卷
【右丁下部枠内下部】
此六帖と■の五十四帖合て六十帖也
上の六帖は是よりおくに注尺【注釈?】を
しるす圖絵本哥の分は五十四帖也
上の六帖は後代に出る書なるにより
其いはれをこゝにのふるものならし
【右丁下部枠外】
山路の露
此卷はのちの人のつくりそへてかほるの大将うき
舟の君にあひ給ふことをしるしたる也しかれとも
末(すへ)にのせたるはかりにてまつたく用さるなり
系圖
これは源氏物かたりに出たる人〳〵の次第をのせ
是にて物かたりの人〳〵のつり【系図、血縁】をおほえてこの
物かたりをみるたよりとするなり
引歌
これは此物かたりに引出したるは哥の上の句(く)又
或(あるひ)は中のことば又は引 直(なを)しなどあるをまつたく
あつめて見合すべきためにしたるもの也
目安 上
目安 中
目安 下
これは此物かたりのうちにことばの知(しれ)がたきこと
又は故事(こじ)古語(こご)の出所をしるしていろはにて
わかち注(ちう)したるをいふ也 目(め)はなのこと也 安(やす)らに
案内(あんなひ)の心なるへし名目(めうもく)【注】を案(あん)じ知(し)る【覚える】心なり
上中下ともにをなし心也
【注 それぞれの専門分野での呼称や読み癖に従った読み方】
【左丁上部】
【左丁下部】
【右丁上部】
【右丁上部・冕】
冕(へん)たまのかむり
天子
の
冠(かふり)
也
【右丁上部・唐冠】
唐(から)冠(かむり・くわん) は貫(くはん)也 髪(かみ) を貫(つらぬき)つゝむ也
冠(かんふり)
首(かしら)
に有
ゆへ
元(けん)にしたがふ
法制(ほうせい)
有故
寸に
したがふ
【右丁上部・幞】
幞(ぼく)は しうの武帝(ぶてい)の
つくり
はゞめ給ふ
唐
人
の
かむり也 幅巾(ひとはゞのぬの)を
裁(さい)して四 脚(あし)をいだす
幞頭(ほくづ)
【右丁下部】
源氏物語《割書:一部|大意》【この見出し語を角丸▢で囲む】
そも〳〵此げんじ物かたりは。わか国の
至宝(しいほう)。【注①】花鳥(くはてう)の情(なさけ)をおもてとし
好色妖艶(こうしよくようえん)をもつて書あらはすとはいへども本意(ほんい)は人をして
仁義(じんぎ)五常(こしやう)の道(みち)【注②】に引いれ。終(つい)に中道(ちうだう)実相(じつそう)をさとし。
人間(にんげん)かりの色(いろ)のはかなきことをしめすに。生老病死(しやうらうびやうし)。
盛者必衰(しやうじやひつすい)。有為転変(うゐてんべん)。常住壊空(じやうぢうゑくう)の法文(ほうもん)をたて。出世(しゆつせ)
の善根(ぜんこん)を成(しやう)せしめんとす。それ人のはしめは。陰陽(いんやう)男女
のなからひなれば先(まづ)男女(なんによ)のよしあしを書あらはして
人をよきにしたがひあしきをされば常(つね)の道(みち)たゞしく
をのづから道にたかふべからずもろこしの書(ふみ)に見えたる
関雎(くはんしよ)の詩(し)は后妃(こうひ)の徳(とく)君子(くんし)のまじはりをしるせる其外
好色 淫風(いんふう)のみだれたるもあれどついに思(おもひ)無邪(よこしまなし)といふ人
の情(こゝろ)の正(たゞ)しきにいれりもとよりわか国のをしへはやは
らかにしておもてを詞(ことは)の花にめでしめうちにはまことの
ことはりをさとらしむるはかくれたるよりあらはるゝはなし
といへる中庸(ちうよう)の道(みち)にかはらざるをや。いはんや天台(てんだい)の六十
巻になぞらへ巻の数(かず)六十 帖(てう)。その内の天台(てんだい)三 段(だん)かけたる
心をもちて。五十四 帖(でう)につゞめ紙数(かみかず)も三 千枚(せんまい)といへるは。一 念(ねん)
三千の義(ぎ)なるへし。かゝるたうとき物かたり心をつけてみるへし
【注① 「しほう(至宝)の慣用読み】
【注② 儒教で、人が常に行うべき五種の正しい道をいう。通例、仁・義・礼・智・信をさす。】
【左丁上部・袞】
袞(こん)
天子の御いしやうなり
【左丁上部・裾】
裾(きよ)はいしやうの跡に
さがるもの也
俗に とびの 尾(お)といふ
【左丁上部・奴袴】
奴袴(ぬこ)はかりばかま【狩袴】
さし
ぬき
の袴(はかま)
なり
大内女
中のきるは色
あかき也【女中の着る色は赤】
【左丁下部 挿絵 文字無し】
【右丁上部】
【笏】
笏(しやく)は 手板(しゆはん)也
天 子(し)は玉(たま)諸侯(しよこう)は象(ざう)
牙(け)
太夫(だいぶ)は魚(うを)の須(ひれ) 文竹(またけ)
士(し)は木に籀文(こもんじ)【注】をほりて
みなもちゆくはんにんの【くわんにん(官人)の】
手にもつ物也
【注 「こもんじ(古文字)」には「漢字」の意があるが、「籀文(篆書のうち大篆のこと)」の振り仮名にしているので、ここでは「古い文字」の意と思われる】
【烏帽】
烏帽(うはう) ゑぼしは紙にて
つくり漆(うるし)にてぬる
左折(ひだりをり)は侍從(ぢしう)以上
右折は五ゐ已上
着(ちやく)す
侍從以上は糸(いと)の緒
四位以下は紙の
緒(を)にて結(むす)ぶ
【魚袋】
魚(きよたい)は官(くわん)人のこしに
帯(をぶ)るものなり
公卿(くぎやう)は金ぎよたい。四 品(ほん)
以下は銀ぎよたい也 終
【右丁歌の読み方】
哥(うた)の讀(よみ)かた
○夫(それ)哥(うた)は正風体(しやうふうてい)に讀(よむ)べし。正風体(しやうふうてい)によむ事ならぬ事
と見えたり。色(いろ)〻さま〳〵にまはして讀(よむ)はまぎらう物也
すぐにするりと讀(よむ)をよしと。玄旨法印(げんしはういん)宣(のたま)ひし○哥(うた)を讀(よま)んと思ふときは
思案(しあん)し。人 麿(まろ)赤人(あかひと)も心より出し給ひぬれば。我とてもしか也。おとり奉る
べからすと。高き心をつかふべし。いさゝかも卑下(ひげ)しつればよまれぬものなり
○哥を讀(よむ)ときは心をひとつ所におかずして。十方にはしらかして山野河海(さんやがかい)をも
思ひめぐらし。やさしき風情(ふぜい)を求むべし。心をたねとするが故(ゆへ)に種(たね)/自然(じねん)と出る也
○哥(うた)を讀(よま)んには。先(まづ)題(だい)に付てえんの字(じ)をもとむべし。縁(えん)の字(じ)とはたとへば浪(なみ)
のよる〳〵目もあはずと讀(よみ)ける類(たぐひ)なり。浪(なみ)のよせるとも。夜とも。かねたる
物なり。又えんの詞(ことば)といふ事有。沖津(をきつ)波(なみ)たちこそまされなどいふやう成事也
○哥に縁(えん)の字(じ)縁(えん)の詞(ことば)なきを首(くび)きれ哥と云ふ。哥に腰(こし)をれといふあり。こしの
おれたる者(もの)ははひ〳〵も歩(ありく)べし。くひの切(きれ)たる者(もの)は命(いのち)あるまじきとて。わろ
き事とす○哥(うた)のやまひといふは。初(しよ)一二一/同(どう)といふ事あり。一の句(く)の第(だい)一/字(じ)と。二の
句(く)の第(だい)一/字(じ)と同(おな)じかなをきらふ也○毎句同(まいくどう)といふは。句ごとに同じかなあるを
きらふ也○同心(とうしん)といふは詞(ことば)かはりて同じ心有哥をいふ。一/首(しゅ)の内(うち)になぎさと汀(みぎは)と
をよみ入るゝ類(たぐひ)也○短哥(たんか)といふは。五もじ七もじとつゞけて長く讀(よめ)ども心きれ
てみじかき故(ゆへ)也○旋頭哥(せんだうか)といふは三十一 字(じ)に今一 句(く)を加(くは)へて讀(よむ)をいふ○混本(こんぼん)哥と
いふは。三十一/字(じ)の内。今一/句(く)讀(よま)ざるをいふ○折句(をりく)の哥(うた)といふは。五もじ有(ある)物の名(な)を。五
句(く)の上(かみ)にすへてよむをいふ○沓冠(くつかふり)の哥(うた)といふは。十もじ有事を五/句(く)の上下(かみしも)にすへよむ
をいふ○廻文哥(くはいふんか)といふは。かしらより讀(よみ)ても下(しも)より讀(よみ)ても同じやうに讀(よま)るゝをいふ
右の外(ほか)隠(かく)し題(たい)重(かさ)ね句(く)俳諧(はいかい)贈答(そうたう)あふむかへしなとゝいふ哥(うた)のてい有なり
○和歌(わか)三/神(じん)といふは▲住吉(すみよし)大明神▲玉津嶋(たまつしま)明神▲柿本(かきのもとの)人/麿(まろ)なり
【左丁上部】
教訓(けうくん)女用物(ちよようもの)板行(はんかう)目録(もくろく)
○女(おんな)節用(せつよう)文字袋(もじふくろ)《割書: |一冊》
○同/万宝(まんぼう)罌粟嚢(けしぶくろ)《割書: |一冊》
○女つれ〳〵色紙染(しきしぞめ)《割書: |一冊》
○女/源氏(けんじ)教訓(けうくん)鑑(かゞみ)《割書: |一冊》
○婦人(ふじん)教訓(けうくん)書(しよ)《割書: |一冊》
○女郎花物語(おみなへしものがたり)《割書: |六冊》
○藏笥百首(ざうしひやくしゆ)《割書: |六冊》
右の書(しよ)は女(をんな)躾(しつけ)がた人倫五常(しんりんごじやう)
のみちをとき善(せん)をあけ惡(あく)を
こらし。まどひをあきらかに
せしむるおしへ女子かならず
よむべきの書也。
○文林節用筆海往来(ぶんりんせつようひつかいわうらい)
○大万宝節用字海大成(だいまんぼうせつようじかいたいせい)
是は男女(なんによ)要用(よう〳〵)の字(じ)つくし諸礼(しよれい)
法式(ほうしき)替(かは)り文章(ふんしやう)凡八百余通也
朝暮(てうぼ)たづ【別本にて】さゆるに便(たよ)り多(おゝ)し
【左丁】
近ころわらんべに教るふみおほけれとも。あつ
むることすくなく。もるゝこと多し。ゆへにその
品〻をあまねくあつむ。源氏物語は。いにしへ
より人の口ずさむことなれ共。其心ふかく。その
詞ふりて。その道に入かたし。さるゆへに。こゝろを
とき。詞をやわらき。みん人にたよりとす。さも
あらば。此物かたりのおしえなかくつたはりてちり
うせぬことのはゝ。末の世のかゞみならんのみ
【奥付】
元文元年《割書:丙|辰》九月吉日出来
書林《割書:江戸日本橋南一丁目 須原屋茂兵衛|大坂心斎橋安堂寺町 秋田屋 大野木市兵衛》
【裏表紙】
前訓
前訓(せんくん)と申は御男子(ごなんし)七 才(さい)ゟ十五 歳(さい)まで御女子(ごによし)七 才(さい)ゟ十二歳まで右(みき)の 年(とし)に 相応(さうをう)の
御をしへを手嶋先生(てしませんせい)御 講尺(かうしやく)にて御 幼稚様方(こどもさまがた)御行作(をんぎうさ)よろしく御 成(なり)候 為(ため)の
御をしへに 御座(ござ)候 間(あいだ)無縁(むゑん)の御かたも御望(をのそみ)の御かた御小児様方(をせうにさまかた)御遠慮(ごゑんりよ)なく御遣(をんつかは)し可被遊(あそはさるべく)候
前訓(ぜんくん) 口教 男子部 上
施印 二条通御幸町西へ入町
山本長兵衛
京都 弘所書林 御幸町通夷川上る町
小川新兵衛
新町通高辻上る岩戸山町
海老屋弥兵衛
一 御講尺(ごかうしやく)定(ちやう)日 三日 十三日 二十三日 八つ時(とき)
但(たゞ)し席(せき)之 儀(ぎ)其(その) 節(せつ)々(〳〵)御案内(ごあんない)申候
一衣ふく男(なん)女(に)とも手習(たならひ)謡(うたひ)ぬいものなどに御(をん)出(いて)之(の)通(とふり)
ふだんていにて不苦(くるしからす)候 御(をん)はをりに及(および)不申(もふさす)候
一 聴衆(てうしゆ)の席(せき)は男女(なんによ)間(ま)をへたて女中(ぢよちう)の席(せき)にはすだれを
かけ置(をき)申候 間(あいだ)御遠慮(ごゑんりよ)なく御出(をんいで)なさるべく候
一 席料(せきりやう)音物(ゐんもつ)謝礼(しやれい)等(とう)一切(いつさい)うけ不申(もふさす)候
一 御(をん)されあひ御無用(ごむよう)出(で)入(いり)しづかになされ御(を)ちいさきを御(を)いたわり
先(さき)へ御(おん)つめあひ随分(ずいぶん)神妙(しんべう)になされ下(くだ)さるべく候
一 火(ひ)の用心(ようじん)御頼(をんたのみ)申候 以上(いじやう)
発起中(ほつきぢう)
【絵】
口(く)教(きやう)一
一 朝(あさ)をひなり候はゝ手水(てうず)を御つかひなされ候てまづ
神様(かみさま)を御 拝(をが)みなさるべし
これは此(この)日本(につほん)は神様(かみさま)乃 御国(をんくに)なれは神様(かみさま)の御 影(かけ)にて
みな〳〵御飯(をめし)をたべ衣服(きもの)を着(き)申事も是(これ)みな神様(かみさま)乃
御かげなれば一ばんに神様(かみさま)へ御 辞儀(じぎ)をなされ候て
御 礼(れい)御申上なされ候が第一(だいいち)にて候
一 次(つぎ)に御(を)仏壇(ふつだん)へ御むかひ御 拝(をか)みなさるへし
これは皆様(みなさま)の御先祖(ごせんぞ)と申て曽祖父(をゝおぢい)さま曽祖母(をゝおばう)さま
【右項】
や又(また)祖父(おぢい)様 祖母(おばう)様なども御仏壇(をぶつだん)の内(うち)こざらせらるゝ
ゆへこれ又(また)をゝをぢゐ様(さま)がたの御かげにて皆々様(みな〳〵さま)御(を)成(せい)
人(じん)なされ今日(こんにち)御飯(おめし)を一度(いちど)もかけずに御あがりなされ候
事(こと)はをゝをぢゐさまの御かげにて御座(こざ)候御飯(をめし)を御あがり
なされ候 事(こと)はつゐはならぬ事にて候おとしのまいらぬ
うちにおめしをあがるはどなたさまの御かげもつとも
たちまちおやご様(さま)かたの御かげがなけれはあがられぬと
いふ事(こと)をよく〳〵御かんがへなさるべく候それゆへ
御 仏壇(ぶつたん)にて御 礼(れい)を御申 上(あげ)なされと申 事(こと)にて候
【左項】
則(すなはち)此内に御存生(ごぞんじやう)の親(をや)ご様かたへの御 礼(れい)もこもり申候
一三 度(ど)乃 御飯(おめし)をあがるときと寝しなに御 祖父(ぢい)様御 祖母(ばゝ)様
とゝ様かゝ様へ手(て)を御つきなされ候ておめし御あがりあ
そばされ候へ御寝(ぎよし)なり候へと御 挨拶(あいさつ)なさるべし
これも親(おや)ご様がた先(さき)へたべ候へ先へ寝(ね)候へと仰せられ候
はゞ其時(そのとき)は然(しか)らばおさきへたべ候と手(て)を御つき御ことわり
御申上なされ候て御先へ御あがりなさるべく候寝(ね)しなも
又(また)その通(とをり)になさるべく候 何(なに)とも仰られず候はゝ御まち
なされ候て御 一所(いつしよ)に御あがりなさるべく候
一いづかたへも御 出(いで)のときは手(て)を御つきなされ候て
【右項】
とゝ様(さま)かゝ様へ御たづねなさるべく候
これもゆけと仰(をゝ)せられ候 時(とき)は手(て)を御つきなされ参(まいつ)て
さんじましよと御申なされ御 出(いで)なさるべく候御 帰(かへ)りなされ候
ときもまた〳〵手(て)を御つぎ只今(たゞいま)帰(かへ)り候と御申あげ
なさるべく候 御 遊(あそ)びもひさしく外(そと)に御ざらへば親(をや)ご様
御あんじなされ候 間(あゐだ)折(せつ) ゝ(〳〵)御 帰(かへ)りなさるべく候
一御ふたりの親(をや)ご様の仰(をゝ)せられ候事は何事(なにこと)にてもあいと
速(すみやか)に御 返事(へんじ)なされ候てきげんよく仰(をゝ)せ付(つけ)られ候 通(とふり)に
なさるべく候さやうになされ候へば御 成人(せいじん)なさなされ候て後々(のち〳〵)
御 仕合(しあはせ)よろしく候 親(おや)ご様(さま)に御 心(こゝろ)御そむきなされ候
【左項】
かたは後々(のち〳〵)御 不仕合(ふしあはせ)にて難儀(なんぎ)をなされ候
こどもの時(とき)の孝行(こう〳〵)と申 事(こと)は何(なに)も外(ほか)の事(こと)にては御 座(ざ)
なく候 先(まづ)あさおきるより晩(ばん)に寝(ね)るまでとゝ様かゝ様の
仰(をゝせ)ある事(こと)をあい〳〵と御申なされ口(くち)こたへせずとゝさま
かゝさまの御さしづの通(とをり)なされ扨(さて)衣服(きりもの)三度(さんど)の御飯(をめし)御菜(をかず)
髪(かみ)結事(ゆふこと)手水(てうづ)つかふ事 此外(このほか)何(なに)にてもあい〳〵ときげん
よく御 返事(へんじ)なされ親(をや)ごさまの御気(き)にさかはず顔(かほ)つき
をわるふせずかりそめにもなかず朝(あさ)から晩(ばん)まできげん
よくあそびなされまた手(て)ならひよみものに御 出(いで)
なされてじぶんにはとゝ様かゝ様の御 世話(せわ)にならぬ
【右項】
やうにてらへゆけよみものせよと仰(をゝ)せられ候はゝ早速(さつそく)
御 出(いで)なされけふは又(また)用事(ようじ)があるやすめと仰(をゝ)せられ
候はゝ御やすみなされとにもかくにも一言(ひとこと)もそむかず
とゝ様(さま)かゝさまの仰(をゝ)せのとふりになされ候が此上(このうへ)
もなき御 孝行(かうこう)にて候さて又おぢい様(さま)おばゝさまは
とゝ様(さま)の又とゝ様かゝさまなればなをもつてだいじに
なされねばならぬことにて御座候
右(みぎ)の事(こと)どもよく〳〵御覚(をほ)へなさるへく候
施印
【左項】
口教(くきやう)二 《割書:これよりはしめ一二三までは先日上けおき|申候其つぎへ御とぢさして取成候》
一何(なに)にかぎらず偽(うそ)をいふたり為(し)たりはなされぬもの
にて候
是(これ)人間第一(にんけんだいいち)のたしなみなり人(ひと)の本心(ほんしん)は正直(しやうぢき)なるが
生(うま)れつきにて候それゆへひ人々(ひと〳〵)すこしにても偽(うそ)を
つくかうい為(する)がいなや忽(あちまち)我(われ)が腹(はら)の中(うち)に急度(きつと)気味(きみ)
わるく覚(おぼ)へがあるなかはづかしくおそろしき事(こと)
なり盗賊(ぬすびと)或(あるひ)は人殺(ひところし)も幼少(ようせう)の時(とき)は同(をな)じ人(ひと)にて
外(ほか)にたねのかわりたるにてはなく皆(みな)此(この)うそをつき
ならひ段々(だん〳〵)上手(じやうづ)になり偽(うそ)のあがりたる者(もの)が一切(いつさい)の悪(あく)
性事(しやうこと)をしたり或(あるひ)は盗賊(ぬすひと)をし人(ひと)をも殺(ころ)すやうになり
申候わるき事(こと)をかくして人(ひと)はしらぬとおもふとも我(われ)が
腹(はら)の中(うち)に我(われ)がよく知(し)るなり此(この)しる心(こゝろ)が直(ぢき)に神様(かみさま)や
仏様(ほとけさま)と一躰(いつたい)なり然(しか)れはいはぬはづせぬはづの事(こと)を
《割書:ひとつからだ| 》
云(いふ)たり為(し)たりするは神仏(かみほとけ)の御(お)きらひなるゆへ
心にうけぬなりされは此本心(このほんしん)の気味(きみ)わるくおもひ
てうけぬ事(こと)はかまへてかりにもいふたりしたせぬもの
なりと御こゝろへなさるべく候
古歌(こか)に
いつわりも人(ひと)にはいひてやみなましこゝろのとはゞいかゞ
こたへん
一 惣体遊(そうたいあそ)び事(こと)にもあしき事(こと)はなされぬものにて候
そのあしき遊(あそ)びごとのあらかた其品(そのしな)をいはゞ
一あないち其外(そのほか) 諸勝負事(しよしやうぶこと)銭(ぜに)あつかひかたくなされまじく候
第一博奕(だいいちばくち)の兆(きざし)にもなり候てこゝろもちさもしくなり
其上(そのうへ) 友達争(ともだちあらそ)ひ起(をこ)り互(たがひ)に気(き)をもみ剰恨疾(あまつさへうらみにくみ)もみな
此勝負(このしやうぶ)より初(はじま)り甚(はなはだ)あしきものにて候
一 何事(なにごと)にても人(ひと)にかくしてする遊(あそ)び事(こと)はかたくなさるまじく候
これは前(まえ)に申候 偽(うそ)と同(をな)じ事(こと)になり申候
右(みぎ)の外(ほか)も此二色(このふたいろ)にて御推量(ごすいりやう)なされとかくわるき事(こと)と
御気(をき)の付(つき)たる事(こと)はなされぬがよく候
一 殺生(せつしやう)をする事(こと)は甚(はなはだ)あしき事(こと)にて候
凡殺生(をよそせつしやう)と申は定(さだま)りたる料理(りやうり)ごとあるひは薬(くすり)ぐひなどに
魚鳥(うをとり)の命(いのち)をとり候 事(こと)にてはなく候 只(たゞ)無益(むやく)に物(もの)の
命(いのち)をとり或(あるひ)はいためくるしめ候 事(こと)を申候 然(しか)れはかり
そめの弄(もてあそ)びにも生類(いきもの)をかひてつなぎくるしめ又(また)
たとひかわず候ても犬(いぬ)を打擲(うちたたき)走(はし)らかし鶏鳩鼠(にはとりはとねづみ)
などをとらへ苦(くる)しめ虫(むし)けらの頭(くび)をとり羽(はね)をぬき
あらゆるわるさをする子(こ)ども衆(しゆ)もあるものなり是全(これまつた)く
聖人(せいじん)仏(ほとけ)の教(をしへ)をきかぬ故(ゆへ)なり一切万物(いつさいばんもつ)は皆(みな)もと直(ぢき)に
我(われ)が身(み)なり草木(くさき) 虫(むし)魚鳥獣(うをとりけだもの) 生(しやう)あるものは猶以(なおもつ)て我(わ)が
身(み)にとりて近(ちか)く重(をも)し然(しか)れどもそれをいためて覚(おほ)へ
ぬは今(いま)の身(み)にも我(わ)が髪(かみ)のはし爪(つめ)のはしは我(わか)身(み)の
内(うち)なれどもおぼへぬに同(をな)じしかれはさしあたり
いたみは覚(おぼ)へねども我(わ)が身(み)のはしに違(ちが)ひなしそれを
毀傷(そこなひやぶ)りいため殺(ころ)すは我身(わがみ)をやぶるに似(に)たれは深重(じんぢう)
《割書:ふかきおもき| 》
の罪科(つみとか)なり現在(げんざい)の我(わ)が身(み)の命(いのち)ををしくいたみの
いたさこたへにくきにて引(ひき)くらべおもひしりて左様(さやう)の
事(こと)かたくなさるまじく候これも偽(うそ)と同(をな)じ事(こと)にて
幼少(ようせう)より殺生(せつしやう)をいたしつけ候へは後(のち)にはものをころす
事(こと) 上手(しやうづ)になり甚(はなはだ)いやらしくおそろしきものになり
申ものにて候物(もの)の報(むく)ひと申 事(こと)はかなしくもおそろしき
ものにて候罪科(つみとが)のむくひは打(うて)は鳴(な)る響(ひゞき)のごとし
惧(こは)き事(こと)なりと思召(おぼしめさ)るべく候
《割書:おそろし| 》
一 惣(そう)じて人(ひと)のつゝしみて申さぬ不礼(ぶれい)なる大口(をほくち)
をかたく申さぬものにて候
幼少(ようせう)の時(とき)より大口(おほくち)を申 習(なら)ひ候 子供衆(こどもしう)は後(のち)には大(おほ)
かた悪性(あくしやう)になり候て親(をや)ごの勘当(かんどう)をもうけ候やうに
なりたる子達(こたち)是(これ)まで多(おふ)く見および申候これ子供(こども)
衆(しう)の時分(じぶん)に行義(ぎやうき)のあしき癖(くせ)づきにて人(ひと)に不礼(ぶれい)を
申 憚(はゞか)る心(こゝろ)をうしなひつけて終(つゐ)には哀(かな)しき身(み)に
《割書:おそる| 》
なり申 事(こと)に候 然(しか)れは御互(おたがひ)に幼稚(ようち)の御方(をんかた)へ御気(をんき)を
つけられ假(かり)にも〳〵少(すこ)しにても大口(おほくち)は仰(をゝせ)られまじく候
甚(はなはだ)わるき事(こと)にて恥(はづ)かしき事(こと)と申 訳(わけ)をよく〳〵
御おほへ置(をき)なさるべく候
一 男女(なんによ)のわかりは大事(だいじ)のものにて候間(あいだ)幼少(ようせう)のとき
《割書:ちいさき| 》
より男(おとこ)の子(こ)たちと女(をんな)の子(こ)たちとは一所(いつしよ)に御あそび
なされぬものと申 事(こと)よく〳〵御 聞(きゝ)わけ
なさるべく候
惣体(そうたい)幼稚時分(おちいさいじぶん)より男女一所(なんによひとゝころ)へ集(あつま)る事(こと)をはづか
しく思召(おぼしめし)つけなさるゝが至極(しごく)によろしき事(こと)にて候
左様(さやう)に幼少(ようせう)よりなされつけたる子供衆(こともしう)御成人(ごせいしん)
なされ候て悪性(あくせう)に御なりなされたるはすくなきもの
にて候 行儀(ぎやうき)はとかく幼少(ようせう)の時(とき)より習(なら)ひが大事(だいし)
《割書:ちいさき|》
にて候 男女(なんによ)のあやまりは人間(にんげん)の大罪(だいざい)にて一命(いちめい)にかゝり候
《割書:おとこをんな| 》 《割書:おほいなるつみ| 》
災難(さいなん)も起(をこ)り申 根本(ねもと)にて候まゝ聖人(せいじん)仏(ほとけ)もこれを
かなしみ強(つよ)く行義(ぎやうぎ)を御立置(をんたてをき)なされ候 事(こと)に候これ
にて大慈大悲(だいじだいひ)の思召(おほしめし)ありかたきいはれをよく〳〵
御聞(をんきゝ)わけなさるべく候
右(みき)之 通(とをり)能々(よく〳〵)御熟読(ごじゆくとく)なされ御のみ込(こみ)御おぼへ
《割書:とつくりとよみ| 》
御勉(をんつとめ)なさるべく候
施 印
口教(くきやう)三 《割書:これよりはじめ一より七までは先日あげをき候|そのつぎへ御とぢたし可被成候》
一 惣体(そうたい)悪(あし)き所(ところ)へ立(たち)よらず。悪(あし)き人(ひと)に御交(をんまじ)はりなされまじく候
人(ひと)は善悪(ぜんあく)の友(とも)によると申 古人(こじん)の御をしへ。少(すこ)しもちがひ
なき事に候。忽(たちまち)火(ひ)の傍(はた)へよれはあたゝまり。水(みつ)のはたへ
よれはしめるなり。泥(どろ)の池(いけ)へはまれは身(み)よごれ。風爐(ふろ)
へいれは垢(あか)をちて奇麗(きれい)になるがごとし。然(しか)れは善(ぜん)に
交(まじ)り。善(ぜん)に立(たち)よれは力(ちから)を入(いれ)ずして善人(ぜんにん)となるにう
たがひなしと。御 弁(わきまへ)なさるべく候
一 人のかたわなるを見て笑(わら)はぬものにて候 并(ならび)に外(ほか)より人(ひと)の来(きた)り
たる時(とき)又帰(またかゑ)る時(とき)など。かたかげにて笑(わら)はぬものにて候。
むかし和(にほん)漢(から)ともに。人(ひと)の見めあしきを笑(わら)ひ。ちんば。かんだ
をわらひて。其(その)笑(わら)はれたる人(ひと)怒(はらだち)て。わらひたる人(ひと)を害(ころ)し。
剰(あまつさへ)家国(いゑくに)まで亡(ほろ)ぼしたる事(こと)ためし多(おほ)き事(こと)に候。
ちかく前(まへ)かた我(わ)が存(ぞん)じたる人(ひと)。濕(しつ)の病にて鼻(はな)をち
たるに。人(ひと)の見て笑(わら)ふを甚(はなはだ)無念(むねん)におもひ。根(ね)ふかく遺(い)
恨(こん)に思(おも)ひたる人(ひと)あり。誠(まこと)におそろしき事(こと)なり。又(また)人(ひと)の出入(ではいり)
するを見て笑(わら)ひ。意趣(いしゆ)におもはれ難(なん)に逢(あひ)たる
人(ひと)もあり。これ殊更(ことさら)女中(ぢよちう)に多(おほ)くある事(こと)なり。かたく
つゝしみて必(かならず)〳〵(〳〵)さやうのとき笑(わら)ふまじき事(こと)に候
一 女衆(おなこしう)にても。小童衆(でつちしう)にても。すべて御つかひ被成(なさて)候 人(ひと)を。
むごくし。別而(べつして)打(うち)たゝきなどは。かたくなされぬものにて候
我(わ)が身(み)をつめりて人(ひと)の痛(いた)さを知(し)れと申 事(こと)。ちかき手本(てほん)
にて候。つかはるゝ人(ひと)も皆(みな)人の子(こ)なり。然(しか)れは。われを
親(をや)のかあゆく思召(おぼしめさ)るゝと同(おな)じ事(こと)にて。又其(またその)つかはるゝ
人の親は其子(そのこ)を可愛(かあゆく)おもふなり。されは随分(ずいふん)憐愍(れんみん)
《割書:あはれ| 》
ふかくいたはりてつかふべき事なり。其上(そのうへ)惣(そう)じて人を打(うち)
たゝきはかたくせぬものなり。其訳(そのわけ)は。むかし或(ある)田舎(いなか)の大(おぼ)
家(いゑ)にて。手代小童(てだいでつち)を呵(しか)るとて。何心(なにこゝろ)なくたゝきしに。
打所(うちところ)あしかりけるか。其(その)小童(でつち)速座(そくざ)に死(し)したるを。
病気(びやうき)にて死(し)したりと偽(うそ)をつき。かくし置(おき)たりしが。
其後(そのゝち)偽(うそ)あらはれ殺(ころ)したる手代(てだい)は死罪(しさい)になり。
主人(しゆじん)の家(いゑ)は。御追放(こつゐほう)になりしといふ物(もの)かたりを
きゝし事(こと)あり。たとひ禁忌所(きうしところ)を打(うた)ずとも。不図(ふと)
其人(そのひと)の死(し)する時節(じせつ)に打(うち)たゝき。仕合(しあい)さん事(こと)もはかり
かたし。是(これ)は人(ひと)の命(いのち)にかゝりあやまれは両方(りやうほう)とも。命(いのち)を
失(うしな)ふやうにもなる事(こと)なれは。きつと恐(おそ)れつゝしみて。
かりにも人(ひと)をうちたゝきなさるゝ事(こと)はきびしく
御たしなみなされせぬ事と御心得(こゝろへ)なさるべく候
一 衣服(きもの)食物(くいもの)に好(こ)事(ごと)を申さぬものにて候
大(おほ)かた成人(をとな)になりて悪性事(あくせうこと)に銭(ぜに)かねをつかひ。いろ〳〵
身(み)の奢(をごり)栄曜(ゑいよう)をしたがるやうになり。終(つゐ)には先祖(せんぞ)の家(いゑ)
をも売(うり)。非人(ひにん)乞食(こつじき)となり飢寒(うへこゞへ)し。のたれ死(しに)も。し
かねぬは。偏(ひとへ)に其(その)はじめ幼稚(ようち)の時(とき)。のみくひ着(き)ものゝ。
好事(こごと)をいひ習(なら)ひし。其(その)くせづきやみがたく。それが漸々(ぜん〳〵)と
あがりて上手(ぢやうづ)になりたるのにて候。然(しか)れは幼稚(ちいさき)時(とき)より
末(すへ)のつまらぬ事(こと)をしらぬものを下愚(あほう)と申候。たとひ表(うはべ)は
発明(はつめい)に見へても。としゆきて。後(のち)の難義(なんぎ)になる事(こと)を
知(し)らぬは。肝心(かんじん)の底(そこ)があほうなるゆへにて候。此(この)あほうに
ならぬやうに。つゝしみ肝要(かんやう)にて候
一 外(よそ)にて物(もの)をもらはゞ先持帰(まづもちかへ)りて。父様(とゝさま)母様(かゝさま)へ御あげ
ゝ なさるべく候。又人(またひと)に何(なに)にても。物(もの)をかすにも。かるにも。遣(や)るも。
もらふも。皆其(みなその)度々(たび〳〵)に御両親様(ごりやうしんさま)へ。御たづねなされ。御ゆるし
をうけて取遣(とりやり)なさるべく候
これ聖人(せいじん)の御教(をんをしへ)に。孝行(こう〳〵)なる子(こ)は。私(わたくし)の財宝(ざいほう)といふ
ものはなし。皆々(みな〳〵)御両親(ごりやうしん)のものなりと知(し)れよと仰(をゝせ)
られて候。其訳(そのわけ)を御合点(ごがつてん)なさるべく候。元来(もとより)人々(にん〳〵)子(こ)
たるものは。我(わ)が身(み)とても御両親(ごりやうしん)のものにて。我身(わがみ)にてはなし。
されは。財宝(ざいほう)はいふに及(をよ)ばずと申 事(こと)を。御弁(をんわきまへ)へなさるべく候
右之通(みきのとふり)。能々(よく〳〵)御熟読(をんじゆくとく)なされ。御のみ込(こみ)。御おぼへ。御 勤(つとめ)。可被成(なさるべく)候
施印
口教(くきやう)四 《割書:これよりはじめ一より十までは先日あげをき候|そのつぎへ御とぢたし可被成候》
一 毎月一度(まいつきいちど)灸(やいと)をすゆる事(こと)これ御(こ)孝行(かう〳〵)のためと
御心(をんこゝろ)得なさるべく候
是(これ)は何故(なにゆへ)なれば毎月(まいつき)灸(やいと)を御(をん)すゑなされ候得ば
父様(とゝさま)母様(かゝさま)ともに此方(こち)の子(こ)は灸(やいと)をよくすゆる
ゆへ疫病(はやりやまひ)もうつるまじ食(しよく)あたりもあるまじと
安堵(あんど)なさるゝなり畢竟(ひつきやう)あつさはしばしの間(あいだ)にて
御両親(をんふたをや)の御心(をんこゝろ)の痛(いたみ)を易(やす)くし大(おほ)きに御孝行(ごかう〳〵)になり
申候 其上(そのうえ)孝行(かう〳〵)するかせぬかは此(この)灸(やいと)がよきためし
にて候も若(もし)灸(やいと)が御すゑなされともなく成(なり)候はゝ早(はや)
不孝者(ふかうもの)に成(なり)たりと御知(をんし)りなさるべく候 灸(やいと)をすゆる
は何でもなき事(こと)なりそれさへすゑぬからは外(ほか)の事(こと)
何(なに)として孝行(かう〳〵)なるべきを御(をん)あきらめなさるべく候 灸(やいと)は
此身(このみ)の病(やまひ)のためと存(ぞんじ)すゑ候へはきかぬ時(とき)はすゑぬ
様(やう)に成(なる)ものなり格別(かくべつ)のあたりさへなくば灸(やいと)をすゑて
きかずとも御両親様(をんふたをやさま)の御気(をんき)やすめとおぼしめし
御(をん)すゑなされ候がよく候
一 食物飲物(くいもののみもの)にて腹(はら)をそこなはぬやうにし又惣体身(またそうたいみ)を
怪我(けが)せぬやうに御用心(ごようじん)ななさるべく候
先(まつ)飲食(のみくい)にて腹(はら)をそこなふまじと思(おも)へばをのづから
いかもの食(ぐい)したり又(また)はあばれ食(くい)などはせぬなり
飲食(のみくい)は身命(しんみやう)をつなぐ大切(たいせつ)の宝(たから)にて礼義(えいぎ)のはじめ
これより発(おこ)るよしなればかまへて飲食(のみくい)の事(こと)に
不作法(ぶさほう)なるは大(おほ)きにあしき事(こと)にて其上(そのうへ)脾胃(ひゐ)を
損(そこな)ひ病者(やまひもの)と成(なる)なり又身(またみ)の怪我(けが)をせまじとたし
なめばこれもをのづから喧嘩(けんくは)口論(こうろん)の争(あらそ)ひはせぬもの
なり此身(このみ)はいふにおよばず髪爪(かみつめ)までも皆親(みなをや)の御身(をんみ)
の預(あづか)りものなればこれをすこしも毀(そこな)はぬが孝行(かう〳〵)の始(はじめ)
なりと孝経(かうきやう)にも説置(ときをか)せられて候
一 善悪(ぜんあく)とも報(むく)ひ来(く)るはのがれぬ事(こと)を御弁(をんわきま)へなさるべく候
むかしより申ならはせしごとく仰向(あをぬい)て吐唾(はくつばけ)はかならず
天(てん)には吐(はき)かけずして却而(かへつて)落(おち)かかりて身(み)を穢(けが)すといへり
孟子(もうし)も自(みづから)侮(あなとつ)て後(のち)人(ひと)これを侮(あなど)り自毀(みづからやぶつ)て後(のち)人是(ひとこれ)を毀(やぶる)
と仰(をふせ)られしなりされば悪事(あくじ)をすれば忽(たちまち)凶事(あしきこと)来(く)る
なり善事(ぜんじ)も同(をな)じ事(こと)にて善事(よきこと)をすれば亦吉事(またよきこと)
来(く)るなりこれ即形(すなはちかたち)と影(かげ)のごとくなるべし然(しか)れば
此段(このだん)を御弁(をんわきま)へなされ報(むくひ)はおそろしきものなれば必々(かならず〳〵)
すこしもあらき事(こと)はなさるまじく候
一 此座(このざ)も大勢(おほぜい)の御子達(をんこたち)なれば定而御両親(さだめてをんふたをや)ともなき御子達(をんこたち)
もあるべしそれは必御両親(かならずごりやうしん)の御代(をんかは)りになる御人(をんひと)あるものなり
其(その)かはりに御立(をんたち)なされ候 御方(をんかた)を御両親(をんふたおや)と思召(おぼしめし)候て大切(たいせつ)に
御(をん)つかへなさるべく候
凡御両親(をよそをんふたおや)なき御方(をんかた)も其御(そのをん)かはりには祖父様(ぢいさま)か祖母様(ばゝさま)か
あるべしそれもなければ伯父様(おぢさま)か伯母様(おばさま)か兄様(あにさま)か姉様(あねさま)か
あるべしそれもなければ又古(またふる)き手代衆(てだいしゆ)か或(あるひ)は御世話人(をんせわにん)
あるべし是其御人(これそのをんひと)則御両親様(すなはちをんふたおやさま)の御(をん)かはりなり尤手代(もつともてだい)
衆(しゆ)などを親(おや)と申すにてはなくそう候へども御親達(をんおやたち)の御心(をんこゝろ)に
成(なり)かはりて世話(せわ)をしてもらふからは直(ぢき)に御親達(をんおやたち)と
おぼしめさるべく候 然(しかれ)ば屹(きつ)としたがひ大切(たいせつ)に御(をん)つかへ
なされねばかなはぬ事(こと)と御心得(をんこゝろへ)なさるべく候
一 何(なに)にかぎらず心(こゝろ)に是(これ)はあしきとおもふ気(き)のつきたる事は
かたくいはずなされぬものにて候
これ軽(かろ)き事(こと)にあらず御幼稚(ごようち)の時(とき)より御成人(ごせいじん)なされて
後(のち)までも学問(がくもん)の至極(しごく)と申は別(べつ)の事(こと)にてはなし只此(ただこの)
あしきと思(おも)ふ事(こと)をいはぬとせぬとの外(ほか)はなく候 扨先(さてまつ)
其(その)せまじくいふまじきあらましを左(さ)にしるす
凡主親兄夫(をよそしゆおやあにおつと)などへ口(くち)ごたへ○惣(そう)じて人(ひと)に対(たい)して気随(きずい)
なる言(ことば)○あるまじき偽(うそ)○色事(いろごと)のはなし又(また)は噂(うはさ)○大口(おほくち)
○男女(なんによ)の間(あいだ)にてあしき戯(たはむれ)たる言(ことは)○むごき言(ことば)○高(たか)ぶりほこり
たる言(ことば)○いやらしく気味(きみ)わるき言(ことば)○意地(いぢ)わるき言(ことば)
無理(むり)非道(ひどう)なる言(ことば)一々(いち〳〵)所作(しよさ)は申に及(をよ)ばす
此外(このほか)かやうなる言所作其品多(ことばしよさそのしなおゝ)かるべし悉(こと〴〵)くいひ尽(つく)し
がたし自身心(じしんこゝろ)をつけて吟味(ぎんみ)し習(なら)ひて御慎(をんつゝし)みなさる
べく候とかく万事堪忍(ばんじかんにん)が大事(だいじ)にて候 或人(あるひと)の狂歌(きやうか)に
堪忍(かんにん)のなる堪忍(かんにん)が堪忍(かんにん)かならぬ堪忍(かんにん)するが堪忍(かんにん)
此歌(このうた)の心(こゝろ)になり候はゞ堪忍袋(かんにんぶくろ)の緒(を)がきれると申 事(こと)は
なき事(こと)と御心得(をんこゝろへ)なさるべく候 此袋(このふくろ)の緒(を)さへきれねばあし
き事(こと)は出来(でき)申さず候 誠(まことに)にありがたきをしへにて候
右是(みぎこれ)まで段々(だん〳〵)御(をん)はなし申 品々(しな〴〵)は実(じつ)に御幼稚(ごようち)の御覚(をんおぼへ)なされ
やすく御つとまりなされやすきために人(ひと)の道(みち)のかたはしを
すこしはかり和解術(やはらげときのぶ)る所(ところ)なりくはしくは小学(せうかく)を始(はしめ)とし
て和漢(わかん)の書物(しよもつ)に出(いで)たれば漸々(ぜん〳〵)と御(をん)見きゝなされ御孝行(ごかう〳〵)
の道(みち)に御すゝみなされ候 様(やう)にと偏(ひとへ)にこひねがひ申候 一孝(いつかう)
たちて万善(ばんせん)なると申 事(こと)の候へば世(よ)に父母(ちゝはゝ)へ孝行(かう〳〵)にて
外事(ほかのこと)あしき人(ひと)は終(つゐ)になき事(こと)にて候 此所(このところ)をよく〳〵
御(をん)のみこみ御(をん)おぼへなされ随分(ずいぶん)〳〵御正精(こせい)を入(いれ)られ御両(をんふた)
親様(をやさま)へ御孝行(ごかう〳〵)に御(をん)つかへなさるべく候 近頃(ちかころ)或人(あるひと)の
狂歌(きやうか)に
無二孝(むにかう)や万能膏(まんのうかう)の奇特(きとく)より親孝行(おやかう〳〵)は何(なに)につけても
施印
女子口教(によしくきやう)
一 惣(そう)じて是(これ)まで四冊(しさつ)の口教改(くきやうあらた)めて女子(をなこ)の事(こと)とは申(もう)さねども
女中(ぢよちう)は皆女子(みなをなご)の事なりと御聞(をんきゝ)なさるへく候。凡(をよそ)つね〴〵の
教論(をしへ)男女(なんによ)ともかねたること事 多(おほ)きもなり必(かならず)男子(をとこ)のこと
ばかりと御聞(をんきゝ)なされ候へば大(おほ)きに御心得違(をんこゝろゑちがひ)になり申候。則(すなはち)
今日(こんにち)の口教(くきやう)は専(もつは)ら女(をんな)のこたちのために御はなし申候へども。
是(これ)とても男の子達(こたち)は女中(ちよちう)ばかりの事と御聞(をんきゝ)なされず
身(み)に御引(をんひき)うけなされ候て御聞(をんきゝ)なさるゝがよろしく候
一 第一女(だいいちをんな)は別(べつ)といふ事をよく御弁(をんわきま)へなさるべく候
《割書:わけり| 》
此別(このべつ)と申事は男女(なんによ)の差別(しやべつ)と申事にて候。男(をとこ)は男のやう。
女(をんな)は女のやうに其差別正(そのしやべつたゞ)しく行儀(ぎやうぎ)をつゝしみ候事を
申なり。しかれば幼稚(ようち)の時(とき)より男女の乱(みだれ)がましき事を
恥(はづ)かしく思(おも)ひ近(ちか)よりて座(ざ)する事をせず。男の手(て)より女の
手(て)へ直(ぢか)に物(もの)をとりわたしせず。女は女のなき所(ところ)。または
くらき所(ところ)に独(ひとり)たゝずなどゝ小学(せうがく)にも説(とき)たまひたるごとく
一切(いつさい)のことを此心持(このこゝろもち)にて推(をし)はかり女の身持(みもち)を行儀(ぎやうき)よく嗜(たしなむ)を
いふなり。かやうに身持(みもち)たゞしければをのづから人(ひと)のうたがひを
うけ災難(さいなん)をうくるやうなる不孝(ふかう)は出来(でき)ぬものなり。たとへば
男は火(ひ)のごとく。女は薪(たきゞ)のごとし。近(ちか)よれば必(かならず)あやまちやすき
ことを真実(しんじつ)に弁(わきま)ふべし。其弁(そのわきま)へは人(ひと)〳〵の本心理非(ほんしんりひ)
あきらかなるもの故寄(ゆへよる)まじく受(うけ)まじき事は心(こゝろ)の内(うち)に
能覚(よくおぼ)へあるものなり。其覚(そのおぼ)へある善心(ぜんしん)に背(そむ)くまし
き事なり。聖人(せいじん)も仏(ほとけ)も男女のあやまりて乱(みだ)れやすき
ことをかなしみ給ひて男女 別(べつ)ありとをしへ給ひ。邪淫戒(じやいんかい)
といふいましめもあるなり。これ女の子達(こたち)幼稚(ようち)よりよく〳〵
覚(おぼ)へしりてつゝしみ給ふべき至極(しごく)の肝要(かんよう)なり。若(もし)この
行儀(ぎやうぎ)をあやまれば。人面獣心(にんめんじうしん)とて。顔皃(かほかたち)は人(ひと)に似(に)たれども
人の本心(ほんしん)をうしなひたるゆへ生(いき)ながら畜生(ちくしやう)といふものなり。
甚(はなはだ)かなしき事なり。恐(おそ)れつゝしみたまへ
一女は順(じゆん)にして父母(ちゝはゝ)舅姑夫(しうとしうとめをつと)などにしたがひて何(なに)事も
われときまゝに取(とり)はからひせぬものにて候。この事
屹(きつ)と御つゝしみなさるべく候
されば女は三従(さんしやう)の道(みち)と申事の候。幼稚(ようち)の時(とき)は父母(ちゝはゝ)に随(したが)ひ。
嫁(か)しては舅姑夫(しうとしうとめをつと)にしたがひ。老(をひ)て夫(をつと)なくなりて後(のち)は
《割書:よめいり| 》
我子(わがこ)に従(したが)ふものなりと。小学(せうがく)にも教(をし)へ給へり。又(また)女は
外(そと)をいはずとて殊(こと)に表(おもて)むきの事は夫(をつと)の任(やく)なれば
女は少(すこ)しもいふまじくさしでまじき事なり。しかれば
幼稚(ようち)の時(とき)より少(すこ)しも気随(きずい)きまゝの挙(ふるま)ひはかたくせぬ
ものなり。凡(をよそ)気随(きずい)の品事(しなこと)多(おほ)かればさしあたりつゝしまで
かなはぬ品(しな)の大(おほ)やうをいはゞ。先(まづ)〇 父母(ちゝはゝ)の仰(をゝせ)を能(よく)きゝて
背(そむ)かず〇女は十歳(とを)ばかりにもなりては中戸(なかど)より外(そと)へ
むさと出(いで)ぬものなり○身(み)の行佐(ぎやうさ)はいふに及(をよ)ばず言葉(ことば)
づかひ尋常(じんじやう)にしても物やはらかなるべく〇 子細(しさい)らしきは
男めきてあしゝ〇 品過(しなすぎ)たるはいやらしく聞(きゝ)にくし
〇 流行(はやり)言葉(ことば)無用たるべし○容貌(なりふり)はでならずいやし
からず娘(むすめ)らしくをとなしきがよし〇 頭(かしら)のかざりも
目立(めだゝ)ぬやうがをとなしく見ゆ〇 被(かふり)ものなきはいやし
〇なにごとも当世風(たうせいふう)はよからぬ人(ひと)のする事なり目立(めだち)てあしゝ
〇女の業(わざ)は手習(てならひ)うみつむぎ糸(いと)くり綿(わた)つみたちもの
織縫(をりぬひ)料理(りやうり)煮(に)焼加減(やきかげん)大(おほ)やうかくのごとし。右(みぎ)の手(て)わざ
不調法(ぶてうはう)なるは女の大恥(おほはぢ)なり励(はげみ)て覚(おぼ)へしならひ給ふべし。
此外(このほか)の遊芸(ゆうげい)は下(した)〳〵(〳〵)の身(み)は知(し)らぬかたが却(かへつ)て頼母敷(たのもしき)ものなり
一 神仏(かみほとけ)の御供(をそなへ)ものは疎(をろそか)にせまじき事なり。其外何事(そのほかなにごと)も
母(かゝ)さまの御 助(たすけ)をし御苦労(ごくろう)のすくなきやうに油断(ゆだん)なく
《割書:てつたい| 》
御気(をんき)くばりが大事(だいじ)にて候
惣(そう)じて飯(めし)をたき汁菜(しるさい)の料理(りやうり)をするをいやしき業(わさ)の
やうにおもふは甚誤(はなはだあやま)りなり。すべて女に四(よ)つの徳(とく)あり。則(すなはち)
婦言(ふげん)。婦徳(ふとく)。婦 功(こう)。婦 容(よう)。といふ。女は此四(このよ)つの行(をこな)ひ一(ひと)つ
かけてもならぬものなり。其第一婦言(そのだいいちふげん)とは女の辞(ことば)なり。
ものいひ鮮(あざやか)に口(くち)のきゝたるにはあらす。能言葉(よくことは)をつゝしみ
ていふこれなり。二(ふた)つに婦徳(ふとく)とは女の徳(とく)なり。才能人(さいのうひと)にすぐれ
たるにはあらず。起居静(たちゐしづか)にしてさはがしからず。身(み)を顧(かへりみ)て
人(ひと)の知(し)りても恥(はづ)る事なきやうに慎(つゝし)むこれなり。三(み)つに婦功(ふこう)
とは女の業(わざ)なり。たくみなる事人にすぐれよといふにはあらず。
常(つね)に織縫(をりぬひ)の業(わざ)に怠(をこた)らず。客人(きやくじん)などあれば食物(しよくもつ)など
いさぎよくして馳走(ちそう)するの類(たぐひ)これなり。四(よ)つに婦容(ふよう)とは
女の貌(かたち)かほよく姿(すがた)のうるはしくある事にはあらず。湯(ゆ)あひ
髪洗(かみあら)ふ事 怠(をこた)らず。身持穢(みもちけが)らはしからず。朝(あさ)とく髪結(かみゆ)ひ。
常(つね)にかたちを齊(とゝの)へ取乱(とりみだ)さぬをいふなり。此四(このよ)つはこれ女乃
大成徳(おほひなるとく)にして身(み)を修家(をさめいゑ)をとゝのふるの大事(だいじ)なれば
尊(たつと)きも卑(いやし)きも通(つう)じてせねばかなはぬ事なり。かやうの
大事(だいじ)を物知(ものし)らぬ人(ひと)は却(かへつ)て下品(げび)たるやうにおもひ衣服(いふく)
道具(だうぐ)もきらめき。身持(みもち)も花奢(をごり)たるを上品(じやうび)たりとおもふは
何(なに)の弁(わきま)へもなき故(ゆへ)にて甚(はなはだ)あさましき事(こと)なり。左様(さやう)の
人柄(ひとがら)は心(こゝろ)ある人には大(おほ)きに笑(わら)ひものとなるなり。恥(はづ)かしき
事(こと)にあらずや。真実(しんじつ)の上品(じやうび)たる事は道(みち)にかなひて厚等(こうとう)
なる故(ゆへ)花奢(をごり)を好(この)むめよりは下品(げび)たりと見ゆる事 多(おほ)
かるべし。此所(このところ)をよく〳〵弁(わきま)へて道(みち)にそむかぬやうにと
つゝしみ。善人(ぜんにん)の笑(わら)ひものにならぬやうにしたまへ
一女は嫁(か)して後(のち)は他念(たねん)なく。舅姑夫(しうとしうとめをつと)に事(つかふまつる)こと。是(これ)まで
《割書:よめいり| 》
父母(ちゝはゝ)につかへしごとくすべし。二度(ふたゝび)我(わが)うちへ戻(もど)るまじと
御つゝしみなさるゝが何(なに)より大切(たいせつ)の事(こと)にて候
凡(をよそ)女子は我(われ)が家(いゑ)といふものなきゆへ嫁(よめいり)するを帰(とつぐ)と
いひて帰(かへる)といふ字(じ)を書(かく)なり。是則夫(これすなはちをつと)の家(いゑ)を家(いゑ)と
するゆへ帰(かへる)といふなり。されば父母(ちゝはゝ)の家(いゑ)を出(いづ)る時門火(ときかどび)を
たきふたゝび父母の家(いゑ)へもどらぬといふ儀式(きしき)をするも
其(その)いはれなり。然(しか)れば一度嫁(いちどか)してのちは夫(をつと)を神(かみ)とも
《割書:よめいり| 》
仏(ほとけ)とも頼(たの)み。貴(さつと)び敬(うやま)ひこの夫(をつと)に見はなされては身(み)の
置所(をきどころ)なしと思(おも)ひ入夫(いりをつと)と同体(どうたい)の心(こゝろ)となりて。たとへば
《割書:をなじからだ| 》
手足(てあし)が目口(めくち)の用事(ようじ)をかくことなきがごとく。すこしも
怠(をこた)りなくつかふまつるべし。扨夫(さてをつと)を敬(うやま)ふといふは。たゝ頭(づ)を
さげ手(て)をたれて。我(わ)が身(み)を引(ひき)さがるのみにあらず。第(だい)
一(いち)の敬(うやま)ひといふは夫(をつと)に恥辱(ちぢよく)を与(あた)へざるにあり。さればたゞ
《割書:はぢ| 》
何(なに)とぞ一生涯(いつしやうがい)夫(をつと)には恥(はぢ)をかゝさじと心願(しんぐわん)を発(をこ)し。歩々(ぶゝ)
《割書:あゆむにも| 》
行住座臥(ぎやうぢうざぐわ)にこれを忘(わす)るまじきことなり。此心願(このしんぐわん)にて
《割書:ゆくにもとゞまるもゐるにもねるにも| 》
女の道(みち)は大(おほ)かた不足(ふそく)なくとゝのふものなり。先舅姑(まづしうとしうとめ)に
不孝(ふかう)なるは夫(をつと)の大恥(おほはぢ)なり。髪貌(かみかたち)のはでなるより衣服(いふく)の
花奢(はなやかにをごり)たる。万(よろづ)の行儀気(ぎやうぎき)のつくつかぬまで少(すこ)しも過(あやま)てば
皆夫(みなをつと)の辱(はぢ)となるなり。一々(いち〳〵)はいひつくしがたし。推(を)して
しらるべし。誠(まこと)に恐(をそ)れつゝしむべき大事(だいじ)のことなり。又(また)
舅姑(しうとしうとめ)につかふまつるは我(わ)が父母(ふたをや)に事(つか)ふるごとく。心(こゝろ)の
隔(へだ)てなく敬(うやま)ひ愛(あい)し参(まい)らせ。何事(なにごと)にてもすこしも
仰(をゝせ)に背(そむ)かず。随分(ずいぶん)〳〵気(き)をつけていたはり太切(たいせつ)に
すべし。舅姑夫(しうとしうとめをつと)へのつかへさへよければそれが直(じき)に実(じつ)の
父母への孝行(かうこう)といふものなり。必々(かならず〳〵)我(わ)が旧里(さと)の事(こと)を
思(おも)ふべからず下女(げぢよ)はしたにのせられてかりにも夫(をつと)の一家(いつけ)
一門(いちもん)をそしるべからず。尻(しり)がるにて言葉(ことば)はすくなく。夫(をつと)の
外男(ほかをとこ)に近(ちか)よらず。女のともなき所(ところ)におらず。常(つね)に人(ひと)の
口(くち)のをそろしき事をわするべからず。余暇(いとま)の折節(をりふし)は
つれ〳〵草(ぐさ)。大和小学(やまとせうがく)のたぐひ。身(み)の教(をしへ)となる。假名文(かなぶみ)を
拝(はい)し見るべし。日用事多(にちようことおほ)きものなれば。さやうの書物(しよもつ)
をも拝(はい)し見れば気(き)のつかぬ事に気(き)のつく事もありて
大(おほ)きに利益(りやく)をうるものなり。女は陰(いん)を主(しゆ)とするゆへ
大(おほ)やう知恵(ちゑ)くらきもの多(おほ)し。故(ゆへ)に孔子(こうし)も女子(ぢよし)と小人(せうじん)とは
養(やしな)ひがたし近(ちか)づくればあなどり遠(とを)ざくれば怨(うら)むとの給ひ
又仏経(またぶつきやう)にも一切(いつさい)の江河(ごうが)は曲(まが)れり一切(いつさい)の女は必(かならず)かたましく
まがれたりとも説(とき)給へり。ちかくは徒然草(つれ〳〵ぐさ)にも。女の性(しやう)は皆(みな)
僻(ひがめ)り。人我(にんが)の相(さう)ふかく貪欲甚(とんよくはなはだ)しく。物(もの)の理(り)をしらず。只(たゞ)
まよひの方(かた)に心(こゝろ)もはやくうつり。言葉(ことば)もたくみに苦(くる)し
からぬ事をもとふ時(とき)はいはず。用意(ようい)あるかと見ればまた
あさましき事ども問(と)はずがたりにいひ出(いだ)す。ふかくたばかり
かざれる事は男の智恵(ちゑ)にもまさりたるかとおもへば其(その)こと
あとよりあらはるゝをしらず。すなほならずして拙(つたな)き
ものは女なりと。女中はつねにこれを見て恥(はづ)かしく思(おも)ひ。
日々心(にち〳〵こゝろ)をみがき給へ。心(こゝろ)はなどか賢(かしこき)より賢(かしこき)にもうつさば
うつらざらんとあれば。悪(あく)は少(すこ)しなるをもゆるさずあらため。
善(ぜん)は少(すこ)しなるをも怠(をこた)らず積(つみ)みかさねよとの教(をひ)へにしたがひ。
善心(ぜんしん)にすゝみ給はゞ終(つゐ)には神聖仏(しんせいぶつ)の冥加(みやうが)にかなひ。身(み)の
栄(さか)へはいふに及(をよ)ばず。子孫(しそん)もまた〳〵長久(ちやうきう)なるべし
右(みぎ)の通能々(とをりよく〳〵)御読(をんよみ)御のみこみなされ。常々(つね〳〵)御精(ごせい)に入(いれ)れ御つゝしみ
御つとめなさるべく候。女中の御孝行(ごかうこう)と申は此外(このほか)なく候。万(よろづ)の不孝(ふこう)
は気随気任(きずいきまゝ)といふ大病(たいびやう)より発(をこ)る事にて候。それゆへ何事(なにごと)も
御孝行(ごかうこう)の御志(をんこゝろざし)さへ立(たち)候へば其(その)ひとつにてつとまらぬ事はなく候
しかればとにもかくにも父母の御恩のおもき事を御わすれ
なく。あしたに鏡(かゞみ)をとり顔(かほ)を御むかへなさるゝにも。此身(このみ)も心(こゝろ)も
直(ぢき)に御両親(ごりやうしん)の御身心(をんみこゝろ)のかたみぞとおぼしめし。父母の御顔(をんかほ)を
拝(はい)する思(おも)ひになり。又手足(またてあし)は近(ちか)く常(つね)にめにかゝりやすき所(ところ)
なれば手足(てあし)を見る毎(ごと)にも親(をや)の御身(をんみ)に疵(きづ)をつけじ。御心(をんこゝろ)に
恥(はぢ)をかゝせ奉(たてまつ)るまじと明(あけ)ても暮(くれ)ても。起(たつ)にも居(ゐ)るにも。時所(じしよ)
諸縁(しよゑん)につきてつゝしみ。念仏者(ねんぶつしや)の念仏(ねんぶつ)をわすれぬごとく
父母を太切(たいせつ)に思(おも)ひ給はゞ現当(げんたう)におゐて即悪心(すなはちあくしん)も発(をこ)るまじ。
悪事(あくじ)も出来(でく)る事あるまじ。若勉(もしつとま)らぬ事あらばこれを以(もつ)て
引(ひき)くらべ。直(ぢき)に我(わ)が気随気任(きずいきまゝ)なりと知(し)り給ふべし。つとむるに
つとまらぬ事はなし。つとめねばつとまらぬなり。其勤(そのつとま)らぬは
彼気随気任(かのきずいきまゝ)といふ大病(たいひやう)なりと。かなしみおそれ。つゝしむで
改(あらた)めきびしくつとめ給ふべし。つとむればつとまるなり。女子
の重宝此上(ちやうほうこのうへ)あるまじきかに候
男女(なんによ)の童子(どうじ)口教(くきやう)の趣(をもむき)は先幼稚(まづようち)の時(とき)より常理(つねのり)を
《割書:いはれ| 》 《割書:ひとのみち| 》
心(こゝろ)に納得(なつとく)し末(すへ)々(ゝ)成人(せいじん)の後(のち)たよりとも成(なる)べき品(しな)乃
《割書:をとな| 》
急務(きうむ)ををしゆ嬰児(ゑいし)の身(み)なれば事多(ことおほ)くては覚(おぼ)へ
《割書:いそぎすべきことばかり| 》《割書:おなごのこおとこのこ| 》
がたく勉(つとめ)がたかるべし故(ゆへ)に甚切近(なはなだせつきん)なる節用(せつよう)を少(すこ)しく
《割書:きつうてちか| 》
述(のべ)て小学(せうがく)に入(いる)の階梯(かいてい)ともなれかしと思(おも)ふのみ
《割書:はしご| 》
施印
付録(ふろく) 司馬温公家範(しばをんこうかはん)
婦人六徳和解(ふじんりくとくわげ)
柔順(じうしゆん) 柔順(じうじゆん)とは物(もの)やはらかにして慈悲(じひ)ふかく父母(ふも)に順(したが)ひ
《割書:やはらかにしたがふ| 》つかふまつりて能其(よくその)ちからを尽(つく)すをいふなり
然(しか)るに女子(によし)は夫(をつと)の家(いへ)に嫁(か)すれば父母(ちゝはゝ)につかゆる事(こと)かなはずされば
《割書:よめいり| 》
親(をや)の家(いへ)にあるうちは殊(こと)に父母(ちゝはゝ)に孝行(かう〳〵)をつくすべし夫(をつと)の家(いへ)に嫁(か)
《割書:よめいり| 》
しては舅姑(しうとしうとめ)につかふまつりて苦労(くらう)をかへりみず夫(をつと)に順(したか)ひて志(こゝろざし)を
尽(つく)し老(をひ)ては子(こ)にしたがふべしこれ父母(ふも)に育(そだて)られしその厚恩(こうをん)を
報(むく)ゆるのいはれなり勿論親類縁者(もちろんしんるひへんじや)ともむつまじく下部(しもべ)を憐(あはれ)み
幼者(いとけなきもの)は他人(たにん)の子(こ)といへども我子(わがこ)のごとく愛(あい)し人にさからはずせは〳〵し
からず心温和(こゝろをんくわ)なるべし唐(とう)の崔懿(さいい)の妻唐夫人(つまとうふじん)は姑(しうとめ)に事(つか)へて
孝行(かう〳〵)なり姑年老(しうとめとしをひ)て歯(は)こと〴〵くぬけければ食事用(しよくじもち)ひらるゝ
ことなりがたかりしに唐夫人毎朝堂(とうふじんまいてうとう)に登(のぼり)て我養育(わがよういく)の子(こ)は
《割書:あさごと ざしき| 》《割書:ゆき| 》 《割書:そだてつる| 》
おろそかににして其乳(そのち)をひたすら姑(しうとめ)にすはせまいらせられしなり
かるがゆへに姑数年(しうとめすねん)の間 飯粒(はんりう)を食(しよくし)たまはざれども一(いち)だんと
《割書:めしつぶ| 》 《割書:くひ| 》
そくさいなりしとなりされば姑天年終(しうとめてんねんをは)らんとする時末期(ときまつご)に
人々集(ひと〳〵あつま)れるに対(たい)していひ給へるは我年久(われとしひさ)しく嫁唐夫人(よめとうふじん)の
《割書:はなし| 》
厚恩(こうをん)をうけつゐに報(ほう)ずる事なし願(ねが)はくは唐夫人子(とうふじんこ)あり
我(われ)に事(つか)へられしごとく孝行(かう〳〵)にせば我家(わがいへ)ながくはんじやう
すべしとぞ申されけるとかや
清潔(せいけつ) 清潔(せいけつ)とはけがらはしき事(こと)を心(こゝろ)に受(うけ)いれず邪(よこしま)なる
《割書:きよく いさぎよし| 》ことをおもはず貞節(ていせつ)をかたく執守(とりまもる)をいふなり
然(しか)れば女(をんな)の身(み)はとりわけ男女(なんによ)のわかち行儀正(ぎやうぎたゞ)しくうたがひを
さけ人に恥(はち)しめをうけず身の取まはしきれいに心(ころ)すなほにて
少(すこ)しもうしろぐらき事をせぬものなり漢(かん)の鮑宣(ほうせん)が妻桓氏(つまくわんし)は
極(きはめ)て貞潔(ていけつ)なりし人なり嘗(かつ)て鮑宣貧身(ほうせんまつしきみ)にて操潔(みさほいさき)よく勤学(きんがく)
《割書:こゝろだて| 》 《割書:がくもん| 》
怠(おこた)りなければ其師其志篤(そのしそのこゝろさしあつき)を感(かん)じ一人(ひとり)の女(むすめ)を彼鮑宣(かのほうせん)に妻(めあは)す
既(すて)に嫁(か)するの時其やうす女(をんな)の粧(よそほ)ひ冨(とみ)たる体(てい)にて衣類調度(いるひてうと)
《割書:よめいり| 》 《割書:とうぐ| 》
美(び)をつくして従者(しうしや)なども夥(をびたゝ)しく目(め)を驚(おどろか)すばかりなり
《割書:けつこう| 》 《割書:とも| 》
鮑宣是(ほうせんこれ)を見てさらに悦(よろこ)ばずして婦(をんな)にいひけるは我(われ)もとより
《割書:よめ| 》
貧賤(ひんせん)なる身なればかゝる華美(くはび)なる婦(をんな)を迎(むか)ゆべきにあらず又
《割書:まづしくいやしい| 》 《割書:はなやか| 》 《割書:よめ| 》
異方(ことかた)へも嫁(か)し給へといひければ桓氏(くわんし)こたへていひけるは元来我(もとよりわが)
《割書:ほか| 》 《割書:よめいり| 》
父鮑君貧(ちゝほうくんまつ)しき身にて徳(とく)をおさめ給へるを感(かん)じて我を君に
《割書:むこぎみ| 》
つかふまつらしめ給ふなりさればとにもかくにも君(きみ)の仰(をゝせ)にたがふ事
有(ある)べからずとて美服(びふく)を改(あらため)て短布(たんふ)の衣裳(いしやう)を着(き)多(おほく)の調度(てうど)其外
《割書:よききもの| 》 《割書:あらきぬの| 》 《割書:きもの| 》 《割書:どうぐ| 》
つき〳〵の侍女(じぢよ)も皆(みな)〳〵親里(をやざと)へ返(かへ)し鮑宣(ほうせん)とともにして小車(こぐるま)を
《割書:こしもと| 》
ひき姑(しうとめ)に孝行(かう〳〵)を尽し釣瓶(つるべ)を提(さげ)て手づから水を汲(くみ)飯(いひ)を炊(かし)き
《割書:めし| 》 《割書:たき| 》
婦(をんな)の道を尽(つく)せり隣里(りんり)是(これ)を称(しやう)せざるはなしときゝ及(をよ)べり
《割書:あたりとなり| 》 《割書:ほめ| 》
不妬(ふご) 不妬(ふご)とは夫(をつと)に順(したが)ひて背(そむ)き悖(もとる)事なく我身を正(たゞ)しく
《割書:ねたまず| 》 して人を憐(あはれ)みたとひ夫(をつと)の愛(あい)する所の妾(しやう)ありとも夫をも
《割書:めかけ| 》
そねみねたまず恨(うら)み怒(いか)る心(こゝろ)なきをいふなり
女(をんな)は心(こゝろ)せばくして嫉妬(しつと)ふかく夫に不足(ふそく)を思(おも)ふ人多(ひとおほ)しこれ女第一
《割書:ねたみそねみ| 》
のつゝしみなりたとひ外(ほか)に夫の愛(あい)する人ありともそれをも
ねたまず夫(をつと)に少しも不足をおもはず却(かへつ)て夫の心をはかりて共(とも)に
妾(しやう)を愛(あい)しいつくしむ心あれば夫(をつと)この節義(せつぎ)に恥(はじ)て妻(つま)を見かへず
《割書:めかけ| 》 《割書:みちたゞしき| 》
妾も亦此恵(またこのめくみ)をうけてかろしめ侮(あなと)る事あるまじ漢(かん)の明帝(めいてい)の
后馬皇后(きさきばくはうごう)は天性才徳(てんせいさいとく)すぐれさせ給ひ学(かく)に通(つう)じ行(をこな)ひ一つとして
《割書:がくもん| 》
道にかなはずといふ事(こと)なし物(もの)ねたみの御心ましまさずして王子(をうじ)の
うまれさせ給はぬ事をのみなげかせ給ひ才(さい)かしこく容(かたち)うる
はしき女あれば帝(みかど)に奉り給ひもし御寵愛(ごてうあい)あればかぎりなく
悦(よろこび)び給ひ其女(そのをんな)を猶々(なを〳〵)したしくめぐみ給ひ尊(たつと)き御身なれども
いさゝかも奢(をこり)給はずはなやかなる御衣(ぎよい)を着(き)給はずあらき御衣を
《割書:をんめしもの| 》
のみ着(き)給ひしとなり又我朝(またわかてう)の紀氏(きうじ)なりける井筒(いつゝ)の女(をんな)は妬(ねたむ)こゝろ
少(すこ)しもなくかへりて夫(をつと)を大切(たいせつ)におもひける心ふかゝりけるとそ
「風(かぜ)ふけばおきつしらなみたつた山夜半(やまよは)にや君(きみ)がひとり行らん
とよみたるこゝろいとあはれふかし
倹約(けんやく) 倹約(けんやく)とは我心(わかこゝろ)をかたくひきしめ少しも奢(をごる)心なく
《割書:をごらず つゞまやか| 》衣服飲食万(いふくいんしいよろつ)に恣(ほしいまゝ)にきまゝなる事をせぬをいふなり
然(しかれ)ば居所(ゐどころ)はいふに及ばず衣類(いるい)とても恣(ほしいまゝ)にうるはしきを着(き)ず食事(しよくし)
もつゝしみて美(ひ)なるをはふき何事も身の奢(をこり)をしりぞけ
《割書:けつかう| 》
家内(かない)の者(もの)を見そだて或(あるひ)はうれひにあへる人貧(ひとまづ)しき人をも
めぐみ夫の心 届(とゞか)ざる所あれば色(いろ)をやはらげ声(こゑ)を怡(よろこ)ばしふして
夫(をつと)にかくと告(つけ)て恵(めぐ)みあるべし女は心小(こゝろちいさ)き故物事吝(ゆへものことしわく)なりやすし
吝(しはき)は必奢(かならずをごり)より出(いづ)るものなり心しわく身の奢ある時は家を亡(ほろぼ)す
べし元(けん)の世祖(せいそ)の后順聖皇后(きさきしゆんせいくはうこう)は勤倹(きんけん)の御徳(をんとく)ましましてみづから
《割書:つとめをごらぬ| 》
苧(を)をうみ布(ぬの)とし給ひ綿(わた)をのべて紬(つむぎ)とし給ふ糸すじほ
そくそろひあざやかなる事 綾綺(れうき)の綾(あや)に異(こと)ならず常(つね)に
紬(つむぎ)をのみ着給ひて錦(にしき)を着給はず万事(よろつのこと)これにならひて
奢なく道を慎(つゝし)み給へば万民御徳(はんみんをんとく)に化(くわ)して下をだやかなり
しとや其帝(そのみかど)は韃靼国(たつたんこく)より出給ひ大唐(たいとう)の帝(みかど)となり給へば
もとより后(きさき)もたつたん国(こく)の御生(をんうま)れなりゑびすの国(くに)に生れ給へ
ども御志(をんころざし)は聖人(せいじん)の道にかなはせたまへばづれの国にうまれ
いかなる人の子(こ)なりとも志(こゝろざし)だにあらば聖賢(せいけん)の道にかなひ侍(はんべ)ら
ざらんや有がたき御 志(こゝろざし)なり
恭謹(きようきん) 恭謹(きようきん)とは容正(かたちたゞ)しく心(こゝろ)を用(もち)ゆる事(こと)ゆだんなく
《割書:うや〳〵しくつゝしむ| 》 身(み)を太切(たいせつ)に執(とり)まもるをいふなり
されば女は順(したが)ふを道とするなればつゝしみ特(こと)にをもし万(よろづ)の
事心に怠(をこた)りなく身もち正(たゝ)しく驕(をご)りたかぶる事なきやう
にといましめたしなむべし婦(よめ)となりて驕(をごり)りたかぶる時(とき)は子孫(しそん)
ほろび身を失(うしな)ふ婢(しもをんな)となりてたかぶる時は咎(とかめ)られ身の立所なし
又(また)おごらざる時(とき)は我身人(わがみひと)に敬(うやま)はれ子孫(しそん)ながくさかへ安穏(あんをん)なるべし
漢馬皇后(かんのばくはうごう)は婦徳(ふとく)すぐれましまして帝(みかど)ふかく称挙(しようきよ)し給ひ
《割書:をんなのとく| 》 《割書:ほめもちひ| 》
ければ御子位(をんこくらゐ)につき給ひて後御母(のちをんはゝ)かたの御一門(ごいちもん)に大国(たいこく)を授(さづ)け
尊(たつと)くなしまいらせんと勅命(ちよくめい)ありけれど后(きさき)かたく辞(じ)したまひ
《割書:みかどのをゝセ| 》 《割書:じぎ| 》
仰(をゝせ)けるやうは親類時(しんるひとき)にあひぬれば必奢長(かならずをごりちやう)じて天下(てんか)の災(わざわひ)となる
事(こと)ためし多(おほ)し時(とき)にあひたる幸(さいわひ)なるに何(なに)の功(こう)もなくして
此(この)うへに大国(たいこく)をたまはり天下(てんか)の政(まつりごと)を執行(とりをこな)はん事二(ことふた)たびみのる
木(き)の其根(そのね)かならず枯(か)るゝが如(ごと)しとて終(つゐ)に我親類(わがしんるひ)を引(ひき)あげ
給はざりけり天子(てんし)の御母(をんはゝ)なれども宮中(きうちう)に糸繰機織所(いとくりはたおりどころ)を
《割書:ごてんのうち| 》
こしらへ御慰(をんなぐさみ)にし給ひけるとなん
勤労(きんろう) 勤労(きんろう)とは人(ひと)の婦(よめ)となりては我身(わがみ)を夫(をつと)に任(まか)せて
《割書:つとめしんどする| 》少しも私の心なくいかやうのくらうなる事も苦労と
おもはずちからをつくしつとむるをうふなり
然(しか)れば女(をんな)に身(み)になす業口(わざくち)にいへる言夫(ことばをつと)の仰(をゝせ)に背(そむ)かず舅姑(しうとしうとめ)に
孝行(かう〳〵)を尽(つく)し家内(かない)の取廻(とりまは)し正(たゞ)しく楽(らく)をもとめず心(こゝろ)を
はげまし少(すこし)も怠(をこた)りなく奴婢(しもおとこしもをんな)又(また)幼年(ようねん)なるものをいたはり
引立取廻(ひきたてとりまは)し夙(つと)に起(をき)夜半(よは)に寝(ゐね)紡績裁縫(うみつむぎたちぬい)のわざ怠(をこた)らず
《割書:あさはやく| 》 《割書:よをそく| 》
舅姑夫(しうとしうとめをつと)の衣服(いふく)きよらかにすへし見苦敷衣服(みぐるしきいふく)を着(き)せざるやうに
心(こゝろ)がむげに日(ひ)を送(おく)り給ふまじけふの日(ひ)は明日(あす)にいたること
速(すみやか)なる水(みづ)はながれて帰(かへ)らず光陰矢(くはういんや)のごとくにしてしばらくも
《割書:はやき| 》
どゞまる事(こと)なし老(をひ)たるもの二(ふた)たび若(わか)くならず幼(いとけ)なふして
学事(まなぶこと)をせざれば老(をひ)て悔(くや)めども益(ゑき)なし楽(たのしみ)は極(きわ)むべからず
志(こゝろざし)は充(みつ)べからず奢(をごり)は長(ちやう)ずべからず楽極(たのしみきわまり)て哀情多(あいじやうおほ)し志(こゝろざし)を充(みつ)る
《割書:かなしみ| け》
時(とき)は不遜(ふそん)なり奢長(をごりぢやう)ずる時(とき)は亡(ほろ)ぶ凡身(をよそみ)の行(をこな)ひは心(こゝろ)の発用(はつよう)なれば
《割書:きまゝ| 》 《割書:あらはるゝ| 》
心正(こゝろたゞ)しからざれば行(をこなひ)も亦正(またたゞ)しからず程子(ていし)の言(ことば)にも言行善(げんこうせん)なれども
《割書:ことばをこなひ| 》
実情(じつじやう)なき人(ひと)は是誠(これまこと)の人(ひと)の道(みち)にあらずとむべなるかな昔時唐(むかしとう)の
《割書:まことのこゝろ| 》
鄭義宗(じやうぎそう)が妻(さい)盧氏(ろし)は世(よ)のきこえあるほどの婦徳(ふとく)を備(そな)へたる
《割書:をんなのとく| 》
婦人(ふじん)なりされば舅姑(しうとしうとめ)につかへて大孝(たいかう)を尽(つく)せり或夜(あるよ)其家(そのいへ)へ盗賊(とうぞく)
《割書:をんな| 》 《割書:ぬすび| 》
五十人計(ごじうにんばかり)太刀(たち)かたな抜持(ぬきもち)太鼓(たいこ)を鳴(な)らし垣(かき)をこへて家(いへ)に入(いり)る家内(かない)
の人々(ひと〳〵)恐(おそ)れ逃(にげ)かくれければ姑独(しうとひと)り寝屋(ねや)にゐけるに盧氏(ろし)釼(つるぎ)を抜(ぬき)
て姑(しうとめ)を守護(しゆご)し側(かたはら)にゐければ盗賊(とうぞく)ども気強(きづよき)き女(をんな)かなとて打擲(てうちやく)
《割書:まもり| 》 《割書:そば| 》 《割書:うちたゝき| 》
しけれども少(すこ)しもたゆまず釼(つるき)をふりまはしければ賊(ぞく)もたまり
《割書:ぬすびと| 》
かねて逃去(にげさ)りぬ事鎮(ことしづま)りて後家内(のちかない)の人々立帰(ひと〴〵たちかへ)り盧氏(ろし)にむかひ
いひけるは何(なに)とて君独(いみひと)りかく危(あやう)きにゐ給ふといひければ盧氏(ろし)が曰(いわ)
人(ひと)の禽獣(きんじう)と異(こと)なる所(ところ)は仁義有(じんぎある)をもつてなり隣里急難(りんりきうなん)ある時(とき)は
《割書:とりけもの| 》《割書:かわる| 》 《割書:さいしようち| 》
猶(なを)趣(をもむき)救(すく)ふべし況姑(いはんやしうとめ)の身(み)の上(うへ)におゐて何(なん)ぞ危(あやうき)を見捨(みすて)遁(のがる)べきや
《割書:はしりゆき| 》
若万一(もしまんいち)姑(しうとめ)の御身(をんみ)にあやまちあるならばいかにして独(ひと)り生(いき)ながらふ
べきぞと申(もふ)されけるとなりまことに勤労(きんらう)の精粋是(せいすいこれ)に並(なら)ぶべき
《割書:すぐれたる| 》
ものなしとかや
施印
此偏は幼稚行状のあらましを
先生談し玉ふところの口教なり予 竊(ヒソカ)に思ふ
おそらくは忘却し或はやまりあらん事を
故に其ことはを書しるし梓に鏤(チリバメ)ひろく幼稚
に授与する事になりぬよく熟読しよく
記憶しよく勤行せん人もあれかしと是先生
の欲する所なり庶幾(コイネガウ)は幼稚の志を起さん
事をおもひて書するのみ 保教
安永二年癸巳仲秋 中嶋勘兵衛蔵板
二条通御幸町西へ入町
山本長兵衛
錦小路通高倉西へ入町
京都弘所書林 小川新兵衛
新町通高辻上る岩戸山町
海老屋弥兵衛
【左頁】
左(さ)の書物(しよもつ)は親(おや)へ孝行(かうこう)主人(しゆじん)へ忠節(ちうせつ)友(とも)のまじはりを能(よく)し家業(かぎやう)をつとむる
たよりとなり心(こゝろ)を直(すなほ)にすることをかなにて書(かき)よみやすき書(しよ)どもをこゝにしるす
【左頁上段】
都鄙問答(とひもんどう) 石田先生著 四冊 諸人
本心を明らめ身を脩る事をとく
齊家論(せいかろん) 同著 倹約をまもり
家をおさむる事をとく
女教訓一冊 同著
ひらかな女のおしへなり
忠孝掛物(ちうこうかけもの) 文天祥之語
二ふく物 一ふく物
枢要(すうよう)一冊 忠孝五倫のまじはりを
てみぢかくさとす
前訓(せんくん)二冊 男女幼稚(ようち)のおしへを
手ちかくさとす
ねむりさまし一冊 諸人身のためになる
べき事を口ずさみとす
身体柱立(しんだいはしらだて)一冊 身上心持ども怠(をこた)ると怠(をこた)らぬ
との盛衰(せいすい)ある事をさとす
座談随筆(ざだんずいひつ)一冊 不生にて異明なるは即
大学の明徳なる訳の聞書
【左頁下段】
我(わが)つえ 諸人身持世帯渡世に
便りよき物がたりをかく
知心弁疑(ちしんべんぎ)一冊 本心を知るは益ありて
少も害なき事をさとす
和州孝子(わしうかうし)平三郎伝 一冊
和州郡山(わしうこほりやま)正六 忠誠聞書(ちうせいきゝがき) 一冊
駿州(すんしう)八助 忠誠聞書(ちうせいきゝがき) 一冊
西岡孝子(にしのをかかうし)儀兵衛 聞書(きゝがき) 一冊
臍隠居(へそいんきよ) 五倫の和合を五体無難なれば
臍安楽に隠居するにたとへて書たり
【右頁上段】
和論語(わろんご) 十冊
六諭(りくゆ)衍議(ゑんぎ) 大意 一冊
小意 一冊
やまと小学(しやうがく)七冊 小学をぢきに
ひらかなに書たるなり
童子訓(どうじくん) 貝原先生著
大和俗訓(やまとぞくきん) 同著 八冊
家道訓(かどうくん) 同著 六冊
大和為善録(やまとゐぜんろく) 藤井懶斎 先生著
町人袋(ちやうにんぶくろ) 長崎西川恕軒述
身上身持等をさとす
商人夜話草(あきんどやわさう)身上身持等をさとす
養生訓(やうじやうくん) 貝原先生述 八冊
【右頁下段】
本朝孝子伝(ほんてうかうしでん) 藤井懶斎 先生著
会津孝子伝(あいづかうしでん) 五冊
筑前宗像郡孝子(ちくぜんむなかたこほりかうし)正助伝 一冊
常盤木(ときはき) おつとへよくつかへし人の
ものがたり 一冊
つれ〳〵ぐさ 諸抄大成 廿冊
目なしぐさ 一休水かゞみ 一冊
聖一国師法語(しやういちこくしほうご)
盤桂禅師法語(ばんけいぜんじほうご)并うすひき歌
梅天禅師法語(ばいてんぜんじほうご)
塩山和泥合水集(えんざんわていがつすいしう)
【左頁】
于時天明三卯 初夏上旬
小森喜七郎義良 物
吉田蔵