コレクション1の翻刻テキスト

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"救急撮要"

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救急撮要  一冊

        本
救急撮要    川 キ 2
        士   6
        富


救急撮要  一冊


川 キ 2
士   6



救急撮要

安政丁巳秋
救急
撮要
方 単
富士川游寄贈【朱印囲みによる寄贈者名】
櫻寧室蔵刻 

救急撮要方序
夫舎_二之通_一【邇ヵ】。而求_二之遐_一。
春_二【蓋ヵ】之易_一。而求_二之難_一。末【未ヵ】
_レ有_二能得者_一也。姑以_二吾
医之道_一言_レ之。前庭之
馬勃。可_三以止_二出血_一。後
圃之芋梗。可_三以治_二蜂
螫_一。竃中黄土之於_二嘔
吐_一。食塩煖湯之於_二霍
乱_一。豈非_二薬方之至近
旦【且ヵ】易者_一耶。而皆足_二以
救_レ急応_一レ卒。則何必求_二
上党之漢。当門之麝。
至遠且艱之物_一。然後

為_レ可乎。矧乃在_二海隅
山陬。荒遠窮僻之地_一。
一旦有_二暴病卒痾之
養_一。不_レ知_三薬物之在_二目
下_一。愴惶狼狽。拱_レ手待
_レ斃。最為_レ可_レ慨也。曽祖
考藍渓先生。宿有_レ憾_二
于斯_一。著有_二済急方一
書_一。祖考桂山先生。継
有_二救急選方之著_一。盖
済急。専便【𠊳】_二于僻遠乏
_レ医之地_一。而救急。兼資_二
於医家応急之用_一。其
為_二世之鴻益_一。匪_レ浅焉。

但済急。大巻厚冊。不
_レ便_二于提挈_一。而救急。復
有俗之人不_レ易_レ暁者。
人或病_レ之。隠士黙翁。
有_レ見_二于斯_一。撰_二成捄急
撮要方_一。其書一原_二本
済急救急二書_一。且多
取_二捷方之親験體試
者_一。裒為_二小冊子_一。分_レ門
類聚。務帰_二簡易_一。盖其
為_レ物。取_二之前庭後圃
之間_一。而其為_レ説。愚夫
愚婦可_二得而暁_一。於_レ是
乎。行者可_レ撃_二肘後_一。居【㞐】

者可_レ秘_二之枕中_一。其品
庶_二幾乎藍渓桂山二
先生之遺意_一歟。当_三其
来請_二予言_一也。書_レ此還
_レ之。
安政丁巳後五月江
戸丹波元佶棠邊識

   漬如鼓【「教」では】中書



     凡例
一 此(この)書(しよ)は。素人(しろうと)の急病(きふびやう)を救(すくひ)得(え)らるべき
 ことを旨(むね)としたるものなれば。行旅(たびぢ)の輿(かごの)
 中(うち)。または戍兵(さきもり)の在陣(ざいぢん)などに。これを懐(ふところ)
 にし。閑隙(いとま)あるときに熟読(じゆくどく)し。予(あらかじめ)これ
 を記得(そろえ)おくときには。自己(おのれ)の為(ため)のみ
 ならず。衆人(おほくのひと)の病(やまひ)あるときに。医師(いし)な
 しと雖(いへども)これを治(ぢ)することを得(え)せしめんが
  為(ため)に。薬物(くすり)も専(もつぱら)草方(やくみずゝな)にして実験(たしかなるしるし)を
  歴(へ)たるものゝ。且(かつ)修治(こしらへ)やすきものを
 択(えらび)て載(のせ)たるなり。故(ゆゑ)に従前(むかし)より世に
 伝るところの救急(きうきふ)の書の。徒(いたづら)に衆(あま)
 多の方を羅列(かきならべ)たるが。事(こと)あるときに
  臨(のぞみ)ては。素人(しろうと)の意(こゝろ)を以て適従(えらびとる)べきと
 ころを弁(わきまへ)がたき比(たがひ)にはあらざる也
一 急病(きふびやう)の外にも。宿疾(ぢびやう)の治方(ぢはう)。婦(ふ)人 小児(こども)
 の病(やまひ)にいたる迄(まで)も。素人(しろうと)の意得(こゝろえ)て裨益(たすけ)
 になるべきこと。はふかたこれを記載(かきのせ)たるは。
  済世(よをすくふ)の一助(たすけ)にもなれかしとおもへは。

 一 方(ぱふ)一 術(じゆつ)といへども。正据(よりどころ)なく。確実(たしか)
 ならざることは洩(もらし)たり。故(ゆえ)にこの編(へん)に
  挙(あげ)たる中(うち)には世(よ)には纔(わづか)に一 方(ぱふ)を執(とり)
 て。これを奇方妙薬(きはふめうやく)と称(となへ)。秘(ひ)して妄(みだり)に
  伝(つた)へざるものをも。尽(こと〴〵)く之(これ)を記(しるし)たり。
 故(ゆゑ)に此(この)編(へん)は。僅々(わづか)なる一小 冊子(さつし)なれども。
 よく之に従(したがひ)て。急卒(きふそつ)の病(やまひ)を療(れう)ずる
 ときには。世の伎(わざ)拙(つたな)く心 怯(おくれ)たる毉人(いじん)の。
  事(こと)あるときには。俗家(しろうと)と俱(とも)に狼狽周(うろたえあは)
  章(て)て。これを委任(まかせおき)がたき輩(やから)には。邈(はるか)に
  優(まさり)たる処置(とりさばき)を為得(なしう)べきなり。又 毉人(いじん)
 といへども。朝夕(あさゆふ)にこれを読(よみ)て。自得(じとく)
 することあるにいたらば。人を救(すくふ)ことも又
  多(おほ)かるべきは。全編(ぜんぺん)悉(こと〴〵く)皆(みな)実造実詣(じつなるすぢみち)に
 して。猥雑無益(らちもなきむやく)の事(こと)はたえて記(しるす)こと
 なきを以てなり。
一先師 桂(けい)山先生の迺公(ちゝぎみ)藍渓(らんけい)先生
 台(たい)命を奉(ほう)じて。広恵済急方(くわうけいさいきふはふ)を撰(えらば)れ
 し時。先師 専(もつぱ)ら其事を幹(つかさどり)。そののち

  再(ふたゝび)その遺漏(もれたる)を拾集(ひろひあつめ)て。救急撰方(きうきふせんぱう)を
  著(あらは)されてより。毉俗(いぞく)救急の書。此(こゝ)に於
 全く備(そなはり)たり。今 此(この)編(へん)は彼(かの)二書に載(のせ)たる
 ことも。又 遺漏(もれ)たることをも。俗間に伝た
 る奇(き)方。自己(おのれ)の発明(はつめい)の試験(こゝろみ)をも。並(ならべ)
  挙(あげ)たれども。もとこれ巻懐(くわいちう)の一小 冊(さつ)子
 なれば。詳(つまびらか)にその同異 出典(でどころ)等(など)を記(しるす)ま
 でには至(いたら)ざるなり。看者(みるひと)これを恕(おも)へ。
一済急方に薬物挨穴(くすりきうけつ)等(など)の図(づ)を出し
 て。丁寧(ていねい)にこれを諭(さとさ)れたり。此(この)編(へん)の説(せつ)
 のそれに及べるものあるは。採(とり)て参考(まじへかんがふ)
 べし此 編(へん)は。以呂波(いろは)を以て部(ぶ)を分つと
 いへども。再(ふたゝび)此(こゝ)に広恵済急方の目
 次に效(なら)ひ。たゞ諸物入九竅(しよぶつきうきやうにいる)を。卒暴諸(そつばうしよ)
  證(しよう)の中に摂(おさめ)。緩慢諸證(くわんまんしよしよう)と並(ならべ)挙(あげ)。
  瘡瘍(さうよう)一門を別(べつ)にしたるのみなる
 は。すべて急卒(きふそつ)の捜索(さぐりもとむる)に。彼(かの)書と
  参攷(まじへかんがふ)るに便(たより)宜(よ)からしめんが為(ため)也
    卒倒諸證(そつたうしよしよう)にはかにたふるゝやまひ

憤怒(いかり)て気(き)を失(うしな)ふ 一丁【白抜き文字】 三丁【白抜き文字】
肩脊卒痺(はやうちかた) 三丁【白抜き文字】
疔毒(ちやうどく)にて暴(にはか)に死(しに)たる如くなる 六丁【白抜き文字】
                十一丁【白抜き文字】
卒(そつ)中風 十三丁【白抜き文字】
雷震死(らいにうたれたる) 二十八丁【白抜き文字】
打撲(うちみ)にて気絶(きぜつ)したる 三十二丁【白抜き文字】
餓(うえ)て卒(にはか)に倒死(たふれしに)たる 三十二丁【白抜き文字】
井戸 穴庫(あなぐら)の蟄気(こもりたるき)に中(あたり)て卒(にはか)に死(しに)たる 丗二丁【白抜き文字】
癲(てん)  癇(かん) 五十一丁【白抜き文字】
入浴後頭眩昏倒(ゆあがりにめくらむきてたふるゝ) 五十七丁【白抜き文字】
  卒暴諸證(そつばうしよしよう) にはかなるやまひ
虫(むし)【齲蝺ヵ】 歯(ば) 痛(いたみ) 三丁【白抜き文字】
衂(はな) 血(ぢ) 三丁【白抜き文字】
腹痛諸證(はらいたみしよしよう) 四丁【白抜き文字】
吐(はき)の止(やみ)かぬる 六丁【白抜き文字】
歯齦(はぐき)うきたる 六丁【白抜き文字】
鼻卒(はなにはか)に塞(ふさか)りたる 六丁【白抜き文字】
蛇(へび)の誤(あやまつ)て陰戸(いんもん)に入たる 八丁【白抜き文字】
小蛇を呑(のみ)て悶乱(もだへくるしむ) 八丁【白抜き文字】

雀(とり) 目(め) 九丁【白抜き文字】
毒害(どくがい)せられたる 九丁【白抜き文字】
頓死(とんし) にはかに死たる 六丁【白抜き文字】
血(ち)を吐(はき)たる 九丁【白抜き文字】
茶(ちや)を喫(のみ)て睡(ね)かぬる 十六丁【白抜き文字】
脚気(かくけ)衝心(しようしん) 十九丁【白抜き文字】
卒中風(そつちうふう) 廿二丁【白抜き文字】
走馬牙疳(さうばげかん) 廿二丁【白抜き文字】
真頭痛(しんづつう) 廿五丁【白抜き文字】
咽喉腫痛(のんどはれいたむ) 卅四丁【白抜き文字】
咽(のど)へ粢(もち)などの噎(つかへ)たる 卅六丁【白抜き文字】 六十五丁【白抜き文字】
上衝(のぼせ)つよく昏冒(うつとりとなり)気(き)を失(うしな)ひたる 卅七丁【白抜き文字】
霍乱(くわくらん) 卅七丁【白抜き文字】
煙(けむり)に咽(むせ)たる 四十七丁【白抜き文字】
注車船(ふねかごのゑひ) 四十九丁【白抜き文字】
暑(あつさ)に中(あたり)たる 五十二丁【白抜き文字】
酒(さけ)に酔(ゑひ)て昏冒(きをうしなひ)たる及 灰(はい)直しの酒に中たる
                   五十三丁【白抜き文字】
眼(め)に塵(ちり)砂(すな)の入たる 五十七丁【白抜き文字】
耳(みゝ)へ蟲(むし)の入たる 五十九丁【白抜き文字】

水(みづ)に落(おち)たる時の心得 五十七丁【白抜き文字】
耳(みゝ)卒(にはか)に腫(はれ)痛(いたむ) 五十九丁【白抜き文字】
食傷(しよくしやう) 六十丁【白抜き文字】 呃逆(しやくり) 六十丁【白抜き文字】
跌仆(つまづき)て舌(した)を咬(かみ)たる 六十丁【白抜き文字】
焼酒(せうちう)を呑(のみ)て解(さめ)がたき 六十六丁【白抜き文字】
傷寒時(しようかんじ)疫感冒(えきひきかぜ)の心得 六十二丁【白抜き文字】
   緩慢諸證(くわんまんしよしよう) ゆるやかにわづらふやまひ
黄胖(わうはん)俗(そく)に阪下病(さかしたやまひ)といふもの 十五丁【白抜き文字】
淋(りん)  病(びやう) 十六丁【白抜き文字】 痢(り)  病 十六丁【白抜き文字】
脚(かく)  気(け) 十九丁【白抜き文字】 頭(づ)  痛(つう) 廿四丁【白抜き文字】
遺(ねせう)  尿(べん) 二十六丁【白抜き文字】 上衝(のぼせ)つよき 卅六丁【白抜き文字】
毛(け)  蝨(じらみ) 四十七丁【白抜き文字】 毛ぎれ 四十八丁【白抜き文字】
腰(こし)  痛(いたみ) 五十一丁【白抜き文字】 灸(きう)  報(いぼひ) 五十六丁【白抜き文字】
寸白(すばく)の病 六十六丁【白抜き文字】
   外傷(ぐわいしやう)の類(るゐ) けがのたぐひ
犬(いぬ)に咬(かま)れたる 一丁【白抜き文字】
鍼(はり)を刺(さし)て出がたき 五丁【白抜き文字】
鍼(はり)釘(くぎ)をのみたる 五丁【白抜き文字】 四十五丁【白抜き文字】
蜂(はち)にさゝれたる 七丁【白抜き文字】

蛇(へび)に咬(かま)れたる 蛇に繞(まか)れたる 八丁【白抜き文字】
竹木刺(とげ)をたてたる 八丁【白抜き文字】
毒蟲(どくむし)にさゝれたる 九丁【白抜き文字】
肉刺(まめ) 十八丁【白抜き文字】 撲眼(つきめ)廿六丁【白抜き文字】
猫(ねこ)に咬れたる 廿六丁【白抜き文字】
鼠(ねづみ)にかまれたる 廿六丁【白抜き文字】
蜈蚣(むかで)に咬れたる 卅一丁【白抜き文字】
咽(のんど)へ芒刺(のぎ)のたちたる 卅六丁【白抜き文字】
打撲(うちみ)閃挫(くじき) 四十四丁【白抜き文字】
蜘蛛(くも)にかまれたる 四十四丁【白抜き文字】
湯火傷(やけど) 四十五丁【白抜き文字】
壁宮(いもり)に咬れたる 四十六丁【白抜き文字】
蝮蛇(まむし)にかまれたる 四十六丁【白抜き文字】
ふみぬき 四十九丁【白抜き文字】
少陽魚(あかゑひ)の刺(はり)をさしたる 五十三丁【白抜き文字】
金刃傷(きりきず) 五十四丁【白抜き文字】
打撲(うちみ)にて眼珠(めのたま)の突(とび)出たる 五十七丁【白抜き文字】
跌仆(つまづき)て舌(した)をやぶりたる 六十丁【白抜き文字】
舌(した)を咬断(かみきり)たる 六十一丁【白抜き文字】

舌より血を出す 六十一丁【白抜き文字】
人にかまれたる 六十五丁【白抜き文字】
擦(すり) 傷(きず) 六十七丁【白抜き文字】
   横死(わうし)の類 やまひにあらでしぬる
雷震死(らいにうたれたる) 廿八丁【白抜き文字】
打撲(うちみ)にて気絶(きぜつ)したる 卅二丁【白抜き文字】
縊死(くびれしに)たる 四十一丁【白抜き文字】
溺死(おぼれしに)たる 五十八丁【白抜き文字】
凍死(こゞえしに)たる及 凍(こゝえ)て起(おこ)る諸證(しよしよう) 五十丁【白抜き文字】
   諸物(しよぶつ)中毒(ちうどく) もろ〳〵のどくに
              あたりたる
芋(いも)の毒に中たる 二丁【白抜き文字】
糒(ほしい)を食(くらひ)て腹(はら)はりたる 八丁【白抜き文字】
鯛鰹魚(かつを)の毒に中たる 二十丁【白抜き文字】
蟹(かに)の毒に中たる 二十丁【白抜き文字】
蟹と柿(かき)とを合食(あはせくらひ)て毒に中たる 廿一丁【白抜き文字】
礜石(よせき)の毒に中たる 廿二丁【白抜き文字】
煙草(たばこ)に酔(ゑひ)たる 廿二丁【白抜き文字】
煙草のけぶりに噎(むせ)たる 廿二丁【白抜き文字】
章魚(たこ)にあたりたる 廿二丁【白抜き文字】

竹筍(たけのこ)に中たる 廿四丁【白抜き文字】
蕎麦(そば)に中たる 廿四丁【白抜き文字】
蚰蜒(げぢ〳〵)と烟草(たばこ)の脂(やに)と合(あはせ)て大 毒(どく)となるを解(げす)こと
                四十七丁【白抜き文字】
河豚(ふぐ)魚の毒に中たる 四十八丁【白抜き文字】
阿片(あへん)の毒に中たる 五十二丁【白抜き文字】
菌(きのこ)の毒に中たる 五十六丁【白抜き文字】
砒霜(ひさう)の毒に中たる 六十五丁【白抜き文字】
   婦人(ふじん)諸證(しよしよう) をんなのやまひ
産後(さんご)に冷(ひや)水を喫(のみ)て昏眩(めくるめき)て死(しぬ)るを防(ふせ)く
                 卅七丁【白抜き文字】
崩(なが) 漏(ち) 廿七丁【白抜き文字】 帯下(こしけ) 五十丁【白抜き文字】
   小児(せうに)急證(きふしよう) こどもの
            にはかやまひ
馬(ば) 脾(ひ) 風(ふう) 六丁【白抜き文字】 卅六丁【白抜き文字】
撮(つぼ) 口(くち) 七丁【白抜き文字】
乳(ち)を吐(はき)青(あお)き大便を下す 十五丁【白抜き文字】
   瘡瘍(さうよう)の類 さま〴〵のできもの
陰癬(いんきん)の妙灸 二丁【白抜き文字】
陰処(いんしよ)湿痒(しめりかゆさ) 二丁【白抜き文字】
陰門(いんもん)を擦傷(すりやぶり)たる 三丁【白抜き文字】
疔瘡(ちやうさう) 十一丁【白抜き文字】

瘭疽(へうそ) 七丁【白抜き文字】 痔疾(ぢしつ) 十四丁【白抜き文字】
雁瘡(がんがさ) 廿一丁【白抜き文字】 便毒(べんどく) 廿一丁【白抜き文字】
下疳瘡(げかんさう) 四十八丁【白抜き文字】 重舌(こじた) 四十九丁【白抜き文字】
舌に瘡(できもの)を生じたる 六十一丁【白抜き文字】 癜風(なまづ) 六十三丁【白抜き文字】
肥前瘡(ひぜんさう) 六十五丁【白抜き文字】
 これその大 概(がい)なり。この撰述(せんじゆつ)は。
 素(もと)より急卒(にはか)の用に供(そな)んがため
 にはあれど。もし危急(ききふ)の時に臨(のぞみ)て。
 卒(にはか)にこれを捜索(さぐりもとめ)んとせば。おそ
 らくは諺(ことはざ)にいはゆる。賊(ぞく)をとらへて
 索(なは)を綯(なふ)の失(あやまち)なきことあたはず。
 ゆゑに平居無事(へいぜいぶじ)の時(とき)に終篇(のこらず)を
 よくよみて。あらかじめこれを
 記得(こゝろえ)て。もつて病苦(やまひ)をすくふ
 ものゝ多からんことを庶幾(ねがふ)なり
  安政四丁巳歳夏閏五月
        蘿藦舡人識

救急撮要方
い【白抜き文字】憤怒(いかる)【左ルビ:はらだつ】こと甚(はなはだ)しくて。卒(にはか)に失気(ひきつけ)死(しに)たる
がごとくになることあり。これ血気(けつき)上迫(のぼり)て然(しかる)こと
なり。後(のち)のら【らの右に長四角】の部(ぶ)に雷震死(らいしんし)とある。かみ
なりにうたれて死(しに)たるを。救(すくふ)ところの條(くだり)に
出したる。肩(かた)を捏(ひね)る活(くわつ)の術(じゆつ)にて。多(おほ)くは甦(よみがへ)
るなり。息出(いきいで)て後(のち)に肩(かた)なほ強(こはり)て。上衝(のぼせ)
つよくば。肩(かた)を刺(さし)角子(すいふくべ)【吸瓢】を施(かけ)て血(ち)を多(おほ)く
とりたるがよし。或(あるひ)はの【のの右に長四角】の部(ぶ)上衝(のぼせ)の條(くだり)に
出したる。消石大円(せうせきだいゑん)などを用て。軽(かろ)く下
したるも又よし▲犬に咬(かま)れて病(やまひ)となる。
その因(もと)をこゝろうれば。これを治(ぢ)するとも知ら
るゝなれば。まづそのことをいふべし。すべて人と
異類(とりけたもの)とは天稟(うまれつき)同じからずして。大に
かわりたる所あり。然(しかる)に犬の咬(かみ)たる創口(きずぐち)
に歯(は)の涎唾(よだれ)がのこり。これが人の血液(ちしる)に
混(こん)じはびこりて。つひには精神(こゝろ)までもみ
だれ。犬のまねして吼(ほえ)などするやうになり
て死(し)ぬるなり。ゆゑに此よだれをよくとり

さへすれば。後(のち)の患(うれひ)はなきことなれば。犬に
咬(かま)れたらば。はやく血(ち)を搾(しぼり)いだしてのち。
冷(ひや)水にてよくあらひて。血(ち)が止(とま)りたらば。犬
の歯(は)のあたりたるところをよくみれば。
底(そこ)のところに。白(しろ)き葛(くず)ねりのごときものが
肉(にく)につきてある。これよだれのかたまりたる也。
それをとくとかきいだしてのち。また〳〵血
をしぼりて。ふたゞび水にてあらへば。どくは
とれて。後(のち)の患(うれひ)をまぬかるゝなり。されど是(これ)
はかまれてすぐにかくせねば。毒(どく)ののこること
あるおそれあれば。かまれて程(ほど)すぎたるは。
そのあとへ発火(ほくち)【火口】をおほく塡(つけ)て火をつく
るか。鉄砲(てつぱう)の火薬(かやく)をしたゝかにつけてもや
すかして。毒(どく)をたゝするか。又はふくろもぐ
さを七八 壮(さう)もすゆるか。または人の屎異(くそ)を
貼(つけ)て。その上より灸(きう)するは。ます〳〵よし。
もし時(とき)をすぎて。きず口いえかゝりた
るは。そのきずぐちをすこしきりて。血(ち)
をいだしてのち。巴豆(はづ)か。葛上亭長(まめはんめう)の

細末(こ)を油(あぶら)に蝋(らふ)すこし加(くはへ)たるにてねりて
つくるかして。毒(どく)を外へさそひいだすべし。
もし日をへて後(のち)ならば。蕃木龞(まちん)子二匁。
大 黄(わう)一匁を一貼とし。水一合入て五 勺(しやく)に
せんじ。二三貼も用ゆるか。又は細末(さいまつ)してさゆ
にて用れば。周身(そうみ)に麻痺(しびれ)を発(はつ)してのち。
下利(くだり)て治するなり。犬のまねするまでに
なりたらば。井戸ばたへつれゆき。髁(はだか)にして
からだのふるへ。歯(は)のねのあはぬ程(ほど)に成迄(なるまで)
に。水を百四五十つりもかけべし。爰(こゝ)にいたり
ては斑猫(はんめう)を用る方あれど。大かたは水にて
効(こう)あるなり。▲芋(いも)をくらひて毒(どく)にあたり
たるには。生姜(しやうが)のしぼり汁(しる)を砂糖湯(さたうゆ)に
辛味(からみ)にたへかぬるほどさしてのむべし
▲陰癬(いんきんだむし)あるもの旅行(りよくう)して。痒(かゆみ)つのり。堪(たへ)か
ぬることあり。此 病(やまひ)は。脂肪(あぶらかは)のうちに毒あり
て。侵潘(ひろがり)ゆくものにて。みだりなる貼薬(つけぐすり)な
どして。毒気(どくき)内攻(ないこう)しさま〴〵の病に変(へん)
じ。死(し)にいたることもまゝ多ければ。その心得(こゝろえ)

あるべきことなり。されど。旅行又は在陣(ざいぢん)中
などにては。さしあたり困艱(なんぎ)することなれば。
後(のち)の害(がい)なくして。これを治(ぢ)すべき灸(きう)を
つたへん。それは脊骨(せぼね)の骶(とまり)を。ゆびさきにて
さぐりてみれば。下のかたとがりてうごく骨(ほね)
あり。俗(ぞく)にかめのをといふ所なり。此ほねを
はづして。その下のすこしくぼみたる所へ。
灸(きう)七 壮(さう)づゝ。七日ほどすれば。かゆみたちま
ちやみて。こらへよくなり。日々こゝに灸(きう)し
ておこたらざれば。貼薬(つけぐすり)内服剤(ないふく)を用るに
およばず。後(のち)の害(がい)なくいゆること妙(めう)なり。この
灸(きう)は。痔疾(じしつ)の腫痛(はれいたみ)。痔漏(じろう)の愈かぬるもの
にも。薬(くすり)にまさる効(こう)あるものあり。また泄(く)
瀉(だり)の止らぬるもの。疝気(せんき)。すばく。又は労證(らうしよう)
などにも。灼(すへ)て効(こう)をえたるものおほければ。
おろそかに思ふべきことにはあらず▲陰所(いんしよ)し
めりかゆきには。野(の)または路旁(みちばた)に生(はえ)たる蕺(どく)
菜(だみ)《割書:ほしたるは薬|店にもあり》を採(とり)。水に煎(せん)じてあらふて
よし。車前葉(おんばこ)または菊(きく)の茎葉(くきは)を用ひ

たるもよし。または蒲黄(がまのほのこ)。あるひは火薬(たまぐすり)に
用る硫黄花(いわうくわ)《割書:薬舗に|もあり》の類をふりかけたる
もよし▲陰所(いんしよ)に蝨(しらみ)を生(しやう)じたるには俗後(ゆあがり)
に軽粉(けいふん)をふりかけてよし▲陰門(いんもん)を擦破(すりやぶり)
たるには。烏賊魚骨(いかのかふ)又は鶏卵(たまご)殻を細末(さいまつ)し
て。鶏子白(たまごのしろみ)にてねりあはせつけてよし
は【白抜き文字】肩脊卒痺(はやうちかた)は旁(そば)にありあふ茶盌(ちやわん)など
をうちこはし。肩(かた)のはりつめたる所をかき
やぶりて。血(ち)をおほく出すべし。ひまどりて。
血(ち)の出ぬやうになれば。そのまゝ死(し)ぬることの
あれば。速(すみやか)なるをよしとす。さてくみたての水
を一合ばかりをのますべし。やゝおちつきた
る時(とき)。下剤(くだしぐすり)を用てくたしてよし。此 證(しよう)は。かた
はり気(き)ふさぐかと思ふうち。にはかにお
こりてそのまゝに死ぬることあれば。すみ
やかにかくすれば救(すくふ)ことをうるなり▲歯(は)の
痛(いたみ)は。さま〴〵別(かはり)あれど。詳(つまびらか)なるは。こゝには
記(しる)さず。齲歯痛(むしばのいたみ)には。萊菔(だいこん)のしぼり汁。
又は蔊菜(わさび)をおろして。その汁を痛所へ

しぼりかくるもよし。丁子をせんじて
ふくむもよし。薤白(にんにく)をすりて頬(ほゝ)へぬれば。
細疱(ふきで)を発(はつ)して痛(いたみ)ゆるやかになるな
り。痛つよきには。まじりなき銀十匁ば
かりを。うすくのばして。水に煎(せん)じて
ふくむべし。呑(のむ)べからず。または龍脳(りうなう)の細(さい)
末(まつ)を醋(す)にかきたてゝふくむもよし。是(これ)は
のみてもくるしからず。それらにても
いたみやみかぬるには。龍脳(りうのう)四厘(よりん)阿片(あへん)
二 厘(りん)を酒(さけ)にてねりあはせ齲歯(むしば)の上に
はさむべし。これはとけたらばはき出すべし
のむべからず。または磠砂(とうしや)の塊(かたまり)五分ばかりを
挿(はさみ)たるもよし▲衂血(はなち)は気血有余(ちのおほき)ものは。
にはかにとむるはよろしからず。されど
途中(とちう)などにて。多(おほ)く出て止(やみ?)がたくば。冷(ひや)
水を鼻(はな)より吸(すい)入て。口へ吐(はき)出すことを
たび〳〵すべし。駅里(しゆく)近(ぢか)くならば。薬舗(きぐすりや)
にて枯礬(やきみやうばん)三四匁ばかりを買(かふ)て厳(きつき)醋(す)五六
勺へかきまぜ。鼻(はな)の中へ竹の管(くだ)にてふき

こますべし。又は枯礬(みやうばん)に醋(す)すこし入て。
綿(わた)もしくは撒綿絲(ほくしもめん)。あるひは揉(もみ)たる紙(かみ)に
浸(ひたし)て。鼻孔(はなのあな)へさしこむべし。枯礬(やきみやうばん)なければ。生(しやう)
明礬(みやうばん)を細末(さいまつ)して用てよし。檞茸(はゝそだけ)。馬勃(ほとりたけ)
の類(るゐ)は。金創(きりきず)一切の血を止るによきものなれば。
旅行(りよこう)陣(ぢん)中などには。かならず蓄置(たくはへおく)べき物(もの)
なれば。もしあらばよきほどにさきて。これに
醋(す)の枯礬(みやうばん)を浸(ひたし)て。鼻孔へ挿(さしこむ)こと。もつともよ
し。頭上へは冷(ひや)水をしきりに拊(うち)かけ。両脚(りやうあし)は
湯(ゆ)にて温(あたゝめ)たるも又よし▲腹痛(はらいたみ)。とき〴〵お
こり。とき〴〵やみ。口中 唾(つば)たまり。面色(めんしよく)青(あお)く
黄(き)ばみ。脣(くちびる)紅(あか)きにすぎ。食にむかへば。にはか
にむねわろくなる。これらの證(しよう)あるもの。
多(おほ)くは蚘蟲(くわいちう)なり。かゝる證(しやう)あるものゝ。旅行(りよこう)
などにてにはかに腹(はら)おほひに痛(いたみ)て。たへ
がたきことあらば。甘草四匁ばかりをせんじ。
それに甘草の細末二匁ばかり。好(よき)蜂蜜(はちみつ)を
加(くは)へ。かきたてゝ服(のま)すべし。これは蟲(むし)を駆(かる)た
めにはあらず。しばらく蟲(むし)を鎮(しづむ)るまでの

ことなり。平常(へいぜい)蚘蟲(くわいちう)の患(うれひ)あるもの。もし旅(りよ)
行(こう)陣屋(ぢんや)づめなどせんには。朝倉山椒(あさくらさんせう)を細末(さいまつ)
し。丸 薬(やく)にして。日々多く用るか。又は塩(しほ)を
加へて炒(いり)たるを。朝夕(あさゆふ)にくらふかすべし。よく
蚘蟲(くわいちう)を治(をさむ)るものなり。榧(かや)の実(み)は。蚘蟲(くわいちう)絛蟲(さなだむし)
を治する効(こう)あるものなり。七日が間一切の
食をたちて。これをのみくらへば。蟲(むし)は悉(こと〴〵)く
死(しに)て下るなり。鷓胡菜湯(しやこさいとう)は。蟲(むし)を駆(かる)もの
なり。その方(はう)は鷓胡菜(しやこさい)一匁六分。苦棟根皮(くれんこんび)
八分。大 黄(わう)。蒲黄(ほわう)おの〳〵三分。これ一服のめ
かたなり。波斯鶴蝨(せめんしいな)の効(こう)は。鷓胡菜(しやこさい)にやゝ
まされど。近来は偽雑(にせもの)多(おほ)ければ。真(まこと)なる物
を撰(えらみ)て用れば頗(すこぶる)効(こう)あるものなり。また腹
痛の。ときにおこりときにやむものに。蟲(むし)
の痛(いたみ)にはあらで。大 便(べん)の腸中(はらはたのうち)にとゞこほり
てより。痛をなすものあり。これは下して治
するなり。もし又 腰脚冷(こしあしひへ)。腹(はら)とき〴〵痛(いたみ)て
下利(くだる)ものは。冷腹(ひえばら)なり。此 證(しやう)旅中にておこら
ば。乾姜(かんきゆう)の細末(こ)に砂糖を等分(とうぶん)にあはせ

朝夕(あさゆふ)におほく用てよし。胡椒(こせう)の末(こ)も又
効(しるし)なり。それにて効なきは。附子剤(ぶしざい)を用ゆる
也。又 腹(はら)にはかにいたみて。何のゆゑとも知(し)
れがたきには。小茴香(せうういきやう)一匁六分。甘草(かんざう)。木香(もくかう)お
の〳〵六分を合せ。《割書:いづれの薬|店にもあり》生姜(しやうが)二片入て。
さら〳〵とせんじ用べし▲鍼(はり)を肉(にく)にさし。
折(をれ)て出ざるには。衛矛(にしきゞ)の実(み)を二匁ばかり
煎(せん)じてのむべし。松葉(まつば)の黒焼(くろやき)は。よく肉刺(とげ)
を出すものなれど。あまりに手近(てぢか)き品(しな)ゆ
ゑ。人はこれをあやしめども。実(たしか)に験(こゝろみ)て。そ
の効(こう)を知たるものはうべなふなり。また箭鏃(やじり)
ぬきの方とて。征古名将(むかしのめいしやう)の秘蔵(ひさう)し給ひし
ものあり。その方は。蟷螂(たうらう)和名「いぼじり」又
「かまきり」関東(かんとう)にて「かまぎつてう」と云
蟲(むし)を三ツとり。生(いき)ながら紙帒(かみのふくろ)に別々(べつ〳〵)に入
て乾(ほし)ころし。蝸牛(かたつぶり)一ツ。皮(かは)をさり。牛(うし)の蠅(はい)三
ツ。これも陰干(かげぼし)にして。おの〳〵細末(さいまつ)にして。
用るとき飯糊(めしのり)に油(あぶら)をすこし入てねり。矢(や)
の箆(の)のふるく折(をれ)こみて出がたききずの

上へ塗(ぬり)おけば。かならず出る。一方に。蟷螂(たうらう)一ツ
に。巴豆(はづ)半箇(はんぶん)入て。ねりあはせて用る。これ
もまたよし。前の衛矛(にしきゞ)の実(み)と。松葉霜(まつばのくろやき)
は。一切のとげぬきに用るなり。蟷螂(たうらう)は鉄(てつ)
を吸所(すふところ)の効(こう)あるなり。蘇鉄葉(そてつのは)を煎(せん)じて
服(もちふ)れば。鍼(はり)をさしたるものに効(こう)ありと云(いふ)
も。鉄鍼(てつのはり)に効(こう)あるものなるべし▲鍼(はり)をあ
やまつて呑(のみ)たるが。咽(のんど)に入て出かたきに。癩(ひき)
蝦蟇(がへる)の頭(かしら)をきりすて。倒(さかしま)にして血(ち)をしぼ
り出したるを。一 盃(ぱい)ばかり咽(のど)へそろ〳〵と。た
らしこめば。やゝしばらくありて。鍼(はり)軟(やはらか)に成
て出るなり▲吐(はき)の止(やみ)かぬるには。土めのよ
き地(ところ)ならば。その地(ち)を一尺四方ばかりほり
て。新汲水(くみたてのみづ)をいれてかきたて。しばらく
おきてそのうはずみを汲(くみ)とりわかして
湯(ゆ)となし。生姜(しやうが)のしぼり汁十四五 滴(たれ)さし
て用べし。これを土漿水(どしやうすい)といふ。土にすな
などまじり。土のはだよからぬところならば。
竃中黄土(さうちうわうど)といふて。ふるきかまどの下に

真赤にやけたる土を。薬舗(きぐすりや)に伏龍肝(ふくりようかん)
とよぶ。この土の細末を水にかきたてたる
上清(うはずみ)をとり。煎(せん)じて用るも又よし。これに
も生姜(しやうが)の搾汁(しぼりしる)を入る。諸病(しよびやう)ともに。吐の
止りかぬるものに用て効あるなり。この
水にて半夏一味を煎(せん)じもちひたるは。
ます〳〵よし。▲歯齦(はぐき)うきて。たべものに
なやむには。鹿角霜(ろくかくのくろやき)《割書:薬店に|あり》をしきりに
ぬりつけてよし。又は五倍子(ふし)の末(こ)に。炭(すみ)の
末を等分にあはせ。塩(しほ)を少し加(くはへ)てぬる
もよし。また無花果(いちゞく)を煎(せん)じてふくみ
たる跡(あと)へ。これらの薬をつけてます〳〵よし
▲蜂(はち)に螫(さゝ)れたるは。生(なま)の芋梗(いもがら)をきりたる
を束(つかね)て。つよく擦(こする)ときは。いたみ忽(たちまち)いゆる也。
生(なま)の芋梗(いもがら)なきときは。ほしたるをしめして
もちふべし。生芋(なまいも)も又代用すべし。また
はまづその刺(はり)をぬき。蝋燭(らうそく)に火をつけて。蝋(なが)
涙をたらしこむもよし。又小便にてあら
ひてのち。歯垢(はくそ)をつけたるもよし▲鼻(はな)俄(にはか)

にふさがりてきかずば。管(くだ)にて龍能(りうのう)の細末(こ)
を吹こむべし。又は細辛(さいしん)。皀筴(さうきやう)の細末(こ)。もし
くは舌交草(くさめぐさ)。木藜蘆(はなひりぐさ)。または爪蒂(くわてい)の末を
吹入べし。それらの類(るゐ)も得(え)がたくば。紙條(こより)を
ふかくさし込て嚏(くさめ)をさすべし▲馬脾風(はびふう)と
いふは。小児にある病(やまひ)なり。次のの【のの右に長四角】の部(ぶ)咽痛(のんどいたみ)の
條(くだり)に記たるをみるへしに【には白抜き文字】暴(にはか)に死て。なにの
ゆゑとも知(し)られざることあり。疔毒(ちやうどく)による
ものあり。後のち【ちの右に長四角】の字の部(ところ)にいふべし。卒(にはか)
にものいふことならず。声(こゑ)出さるやうになりた
れど。精神(こゝろもち)にかはりたることなきは。萊菔(だいこん)と
生姜(しやうが)のしぼり汁を等分(とうぶん)にあはせ少し
づゝしきりに呑(のみ)。気を慎(しづ)め。息(いき)をかぞへ
て。臍(ほそ)の下へとゞくやうにして。しばらく坐て
居れば。かならずいゆるなり。されどこの
證(しよう)おこりたるものは。あとの養(よう)生に意(こゝろ)を
注(もちひ)ざれば。卒厥(そつちうぶう)などの発(はつ)すること有もの
なれば。つゝしむべしほ【ほは白抜き文字】樶口(ほつきむし)は。初生小児(うまれおちのこ)
の病(やまひ)にて。そのはじめは。しきりに啼(なき)て

止(やま)ず。漸(しだい)に声(こゑ)出(いで)ず気息(いきづかひ)促(せはし)くなり。やがて
口を撮(つぐみ)てひらかず。ゆゑに「つぼくち」ともよ
ぶ。急卒(にはか)なる大病(たいびやう)にて。とかくするうち
に。手足 冷(ひえ)て死ぬる也。早く心づきて。口を
ひらきて。歯齦(はぐき)の内外(うちそと)をみるべし。小さきこと
粟粒(あはつぶ)のごとく。丸く赤きこと酸醤(ほうづき)の如(ごと)き血(ち)
疱(ぶくれ)が。いくつも発(でき)てある。それを爪(つめ)又は鍼(はり)
にて破(やぶり)て血をいだし。硼砂(はうしや)の細末五分に
極製朱(ごくせいしゆ)か辰砂(しんしや)二分。磠砂(どうしや)一分ばかりをあ
はせ。筆(ふで)の先にてつけ。はやく紫円(しゑん)を
多くのませて下すべし。薬店(きぐすりや)にて。
大なる紫円(しゑん)を買(かひ)。うちくだき用たる
が。口内(くちのうち)咽頭(のんど)へつき。はれあがりて。乳(ち)を吸(すふ)こと
ならずして死(しに)たる小児もあれば小児(こども)には
かならず小さきこと芥子粒(けしつぶ)のごとき物(もの)を
もとめて。臍風(へそはれ)撮口(つぼくち)などには。一 次(ど)に五十 粒(りう)
程(ほど)づゝも。咽(のんど)へつまみこみ。湯をそゝぎいる
れば。よくのむものなり。わきてこの撮口(つぼくち)
などには。一日夜に芥子(けし)の大きなるを二三

百粒ものませて下さねば。危急(あやうきところ)を救(すく)
ふことあたはず。よくこゝろうべし。煎薬(せんやく)には一 味(み)
の甘草湯(かんざうとう)を用てよしへ【へは白抜き文字】瘭疽代指(へうそたいし)と
て。手(て)の指(ゆび)のかはる〴〵膿(うみ)て。痛(いたみ)つよくなや
むものあり。最初(さいしよ)その痛(いたみ)の軽(かろ)きものは。
金銀花(きんぎんくわ)。小茴香(せうういきやう)等分(とうぶん)にしたるを以て。
よく熨温(むしあたゝ)めて後に。胡麻油(ごまのあぶら)に蝋(らう)を入
たるにて片脳(へんなう)をねりたるを。つけてよし。
もし其重(そのおも)きものに至りては。それらのく
すりにては治しがたし。いかにとなれば。この
病の甚しきは。毒気増長(どくきぞうちやう)して。命を失(うしな)ふ
にいたる。容易(ようい)ならぬことなるを以て。最(さい)
初(しよ)の痛(いたみ)の軽(かろ)きと重(おもき)とによりて。もし痛(いたみ)
堪(たへ)がたく。惣身(そうみ)に熱(ねつ)あるものは。早(はや)く良(りやう)
毉(い)を撰(えらみ)てこれを委任(ゆだぬ)べきことなれど。其(その)
初には。軽(かろき)重(おもき)ともに先(まづ)此(こゝ)にいふ治法(ぢはふ)を
用てよきことなれば。記(しる)して示(しめす)ものなり
▲蛇(へび)に咬(かま)れたるには。創口(きつぐち)の血(ち)をしぼり
出して烟草(たばこ)の脂(やに)を塗(ぬり)つくべし。蛇(へび)に

咬(かま)れて。目眩(めくるめき)。熱(ねつ)出(いで)て悩(なや)むには。烟草(たばこ)の脂(やに)
に。明礬(みやうばん)の細末(こ)を合(あは)せ。丸じてのますべし。
一方に。明礬(みゃうばん)四匁。甘草(かんざう)二匁を細末して用
る。これも又 試(こころむ)べし。田家(いなか)などには。蛇(へび)の誤(あやまつ)て
女の陰戸(まへ)へ入て悩(なやむ)ことありときけり。若(もし)さる
時(とき)には。みだりに引出さんとすべからず。かれが
鱗(うろこ)さかしまにかゝりて出(いで)がたければ。かへつて
あし。もしさる時(とき)には。手(て)にて尾(を)をかたくに
ぎり。小刀にてもさしたるまゝにて。早(はや)く烟草(たばこ)
の脂(やに)を。その刺(さ)たる所(ところ)へしたゝかに塗(ぬり)つくべし。
蛇(へび)死(し)ぬれば。おのづから出る也。蛇(へび)の煙草(たばこ)の脂(やに)
を怖(おそる)ること甚(はなはだ)しく。わづかに芥子(けし)ばかりを口(くち)へ
入ても。たちまち悶苦(もだへくるし)みて死(し)ぬるときけば。
尾(を)をさきて。蜀椒(さんせう)を入よといふにはまさるべし。
又 誤(あやまつ)て小蛇を吞(のみ)て悶乱(もんらん)して。死(しな)んとせしもの
に。籖柿(くしがき)を煎(せん)じて服(のま)せたりしかば。速(すみやか)に治(ぢ)
したるよし。この物も又 蛇(へび)の怖(おそる)ることしられたり。
霜柿(ころがき)にても同 効(こう)也。これらにもたばこの
脂(やに)を用てます〳〵よろしかるべし▲蛇(へび)に繞(まか)

れたらば。早(やは)く人をして小便をしかけさ
すれば。たちまちはなるゝといへり。是(これ)
にも烟草(たばこ)のやに。又は烟草灰(ふきがら)をはませた
るもよろしかるべし▲糒(ほしいひ)/道明寺(だうみやうじ)などを。乾(ほし)
たるまゝを多(おほ)くくらひ。腹(はら)のうちにてふへ。
腹(はら)はりて悩(なや)むには。醤油(しやうゆ)を服(のむ)べしと【とは白抜き文字】竹木刺(とげ)
には。衛茅子(にしきゞのみ)【矛】。松葉焼存性(まつばのくろやき)などを用てよし。
一方に。松葉(まつば)と。鳳仙花(ほうせんくわ)の茎(くき)/葉(は)/子(み)とも。等(とう)
分(ぶん)に。焼(やき)たるを細末(さいまつ)して用ふれば。鍼竹木刺(はりとげ)
魚骨哽(うをのとげ)を治(ぢ)すといへり。これも又用ふべし。
また魚骨鯁(うをのとげ)には。飴糖(ぶつきりあめ)を粉団(だんご)ほどに丸じ
て呑(のむ)べし。又は。磠砂(どうしや)の末(こ)を舌(した)の上へのせて。
解(とくる)をまちて嚥下(のみくだ)すもよし。又 檑盆箒(さゝら)の竹(たけ)
の折(をれ)たるが。味醬汁(みそしる)などへ入たるを。誤(あやまつ)て呑(のみ)
たる後(のち)に。腹痛(はらいた)むことあり。これにも竹木刺(とげ)の薬(くすり)
を内服(もちひ)てよし。▲雀目(とりめ)は。眼球(めのたま)の膜(ふくろ)へ。水気(みづけ)の。と
どこほりたる也。これはすべて後(のち)の水腫(すゐしゆ)の治法(ちはふ)
をこゝろえて治すれば。速(すみやか)に癒(いゆる)もの也。唐(から)の
蒼朮(さうじゆつ)の佳品(よきしな)なくば。佐渡蒼朮(さどさうじゆつ)一 味(み)を細末して

用べし。さし薬には。鱓膽(うなぎのい)を用てよし。膽(い)は
鱓(うなき)の腸(はた)のうちに至(いたつ)て小さきふくろありて。中
に苦(にが)き水あり。これをとり鍼(はり)にてさし。膽汁(たんじう)を
しぼり出し。それに水をいさゝかくはへて
さすべし。又 鱓膽(うなぎのい)を内服(ないふく)するもよし。大暑(たいしよ)
のころ終日(ひめもす)船(ふね)にありてその夕よりにはか
に雀目(とりめ)になることあり。これ水より蒸(むし)たつ
る水気が。眼(め)を射(い)て。膜中(めのうち)へ侵(おかし)入たる也。おど
ろくべからず。この病(やまひ)は。すべて小便の通しさへ
多くなれば。速(すみやか)にいゆるもの也▲毒蟲(どくむし)にさゝ
れて。いかなる蟲(むし)ともわきがたきは。まづその
血(ち)をしぼり出して。あとを水にてよくあ
らひたるのちに。歯垢(はくそ)をつくるか。又は燈(とう)しん
または発燭(つけぎ)の油(あぶら)つきたるに火(ひ)をつけて。油
をたらしこむべし。蝋燭涙(らうそくのながれ)をたらしこみたる
もよし。鶏冠雄黄(けいかんいうわう)の細末(こ)をつけたるも又
よし▲毒害(どくがい)せられたりと覚(さと)らば。速(すみやか)に
油(あぶら)をのむべし。胡麻(ごま)の油。菜子(なたねの)油。荏(ゑの)油。何(なに)に
ても拘(かゝは)る所にあらず。砒霜(ひさう)。礜石(よせき)。斑猫(はんめう)。いか

なる毒(どく)なりとも。疾(はや)くこれを一二合も用れば。
よくその毒(どく)を抱摂(ひつつゝむ)ことは。歒(てき)を縛(しばり)くゝりたる
がごとく。決(けつ)して害(がい)をなさしめず。故(ゆゑ)にこれをよく
記得(こゝろう)れば。己(おのれ)が身(み)の禍(わざはひ)をまぬがれ。人を救(すくふ)こと
もまたあるべきなり。近来(きんらい)和蘭毉学(おらんたいがく)世(よ)に
行(おこな)はれてより。未熟(みじゆく)の庸工(へたいしや)ともが。妄(みだり)に阿片(あへん)。
曼陀羅花(まんだらげ)葉(えふ)。蕃木鼈子(ばんもくべつし)などの麻剤(まざい)など
を誤(あやまり)用て。人を損(そこなふ)こともまた多し。それらの類(るい)
は。それ〳〵に毒(どく)を解(げ)する物はあれど。速(すみやか)に
油を用れば。死ぬるまでにはいたらぬなり。
世に甘草(かんざう)よく諸薬(しよやく)の毒(どく)を解(げ)すといへど。
毒(どく)の至(いたつ)て軽(かろ)きものにはさもあれど。劇(はげし)き
物には効(しるし)なし。また人乳(ちゝ)および無花果(いちゞくのみ)の生(しぼり)
汁(しる)よく一切の毒(どく)を解(げ)すといへば。軽物(かろきもの)には用
てよし▲頓死(とんし)は。前の卒(にはか)に死(しに)たる條(くだり)にてみ
るべしち【ちは白抜き文字】血(ち)を吐(はき)たるには。さま〴〵のわかちあ
り。吐(はき)たる血の色。黯黒(すゝぐろく)たちまち凝結(こりかたまり)て切(とりの)■(きも)【䘓ヵ】
の如(こと)くになるもの。これは胃府(ゐぶくろ)とて。飲食(たべもの)を
受納(うけいる)る嚢(ふくろ)より。上溢(あふれ)て出るものなれは。飯(めし)

粒(つぶ)または粘稠(ねばり)たる凝飲(りういんのかたまり)などを混(こん)じてある
ものなり。これは治(ぢ)しやすし。色赤(いろあか)くして。泡沫立(あはだち)
たる血(ち)は。肺蔵(はいざう)とて。気息(いき)の出入して。生命(いのち)を
保(たもつ)ところの嚢(ふくろ)の破(やぶれ)たるより出るものなれば。
少しといへども。治(ぢ)しやすからず。またこの
肺蔵(はいのざう)より出る吐血(とけつ)も肺蔵(はいのざう)の中に留潴(たまり)たる
ものが出るときには。凝結(こゝり)て黯紫色(すゝけいろ)になりて
出れば。疎脱(そりやく)にみては。胃府(ゐぶくろ)より出たるものか
とおもはるれど。これには線状(いとすぢ)の如(ごと)きものが
まじりてあれば。混(こん)ずるものにあらず。この
二道(ふたとほり)の吐血(とけつ)に。さま〴〵の起因(おこるもと)はあれど。胃府(ゐぶくろ)
より出たる吐血ならば。まづふたゝび嘔気(むかひけ)の
おこらぬやうにして。みだりに泥滞(なづみ)やすき
薬(くすり)はもちふべからす。羇旅(たびさき)などにて。用べ
き薬(くすり)もなくば。前のと【との右に長四角】の部(ところ)にいだせる吐(はき)
を止る土漿水(としやうすい)。竃心土水(さうしんどすい)などを用ひ。または
赤石脂(しやくせきし)の末などを熱湯(あつきゆ)にかきたてゝ。用ひ
などして。吐気おちつきたらば。三 黄湯(なうとう)な
どを用て下したるがよし。三黄湯は唐(から)の

大 黄(わう)一匁二分。黄連(わうれん)。唐 黄芩(わうこん)各六分を一 貼(てふ)
とし。沸(に)たちたらそのまゝ火(ひ)よりおろし。
滓(かす)をこして用べし。又は大 黄(わう)□匁二分。桂枝(けいし)。桃(たう)
仁(にん)。芒消(ばうせう)各(おの〳〵)六分。甘草(かんざう)二分。五 味(み)合せて三匁
二分を一 貼(てふ)とし。生姜(しやうが)を多く加て煎(せん)じ
もちふ。これを桃核承気湯(たうかくじようきとう)といふ。治法(ぢはふ)は
さま〴〵あれど。羇旅(たびがけ)などにては。これらに
て事 足(たり)ぬべし。この吐血は。多くは酒客(さけのみ)に
あれば。たとひ治(ぢ)し得(え)ても。酒は決(けつ)して呑(のむ)
べからず。再発(さいほつ)しては。死ぬるもの多ければ
なり。又 肺臓(はいのざう)より出たる吐血も。はじめは
まづ土漿水(どしやうすい)。または新汲水(くみたてのみづ)なとを用るが
よけれど。再大に吐(はく)ときは。にはかに死(し)ぬる
ものあれば。旅行などにて用べきくすり
もなくば。焼塩(やきしほ)を細末(こ)にして新汲水(くみたてのみづ)に
て用べし。焼塩なくば。常(つね)の塩を炒(いり)たるを
末(こ)にして用るがよし。又は坩(かはらけ)をうちくだ
きたるを十匁ばかり。水にて煎じたる汁
に。枯礬(やきみやうばん)の細末(こ)二三匁に砂糖(さたう)を入てかき

まぜ。冷(ひや)して用べし。あるひは。麒麟血(きりんけつ)。一匁や
き明礬(みやうばん)二匁を末(こ)にして。砂糖(さたう)をよきほど
に加て。新汲水(くみたてのみづ)にて用るは。もつともよし。
それより後(のち)の手(て)あてに。二 途(とほり)のわかちあり。
広東人参(かんとうにんじん)三四匁を一 貼(ぷく)とし濃煎(こくせん)じたるに。
童子(こども)の小便を二三 勺(しやく)づゝ入て。つゞけてのま
すること。三 黄湯(なうとう)に。硝石(えんせう)。または芒消(ばうせう)を入て
用ること。竹葉石 膏(かう)湯。麦(ばく)門冬湯などを
もちふるなどの差別(しやべつ)なり。これを詳(つまびらか)に記(しるし)
たりとも。素人(しらうと)には領解(がてん)しがたきこと多けれ
ば。くはしくはいはず。たゞ沙生地黄(すないりぢわう)と云(いふ)て。
なまなる地黄の汁をとりて用るは。いづれ
の證(しやう)にもよろしければ。若(もし)あらば早(はや)く用べし
▲疔瘡(ちやうさう)。発(でき)んとして発(でき)ず。そのまゝにはかに
死(しぬ)るものあり。それを卒(そつ)中風などゝいふて
其侭(そのまゝ)にして検(たゞす)こともなきは。嘆(なげか)はしきこと
なれば。その事を記(しるし)て衆人(おほくのひと)に示(しめす)べし。疔(ちやう)
瘡(さう)の最初(さいしよ)は。わづかに粟粒(あはつぶ)の如(ごと)く。至(いたつ)て
ちいさくして。たゞ内にふかき物にて。さして

痛(いたみ)もなければ。その人も心づかず。それが
ふと物に觸(ふれ)てたちまちに痛をおぼゆ
るか。又はかゆしとて。柧破(かきやぶり)てより。大に
いたみを発(はつ)するもあり。この疔瘡(ちやうさう)の初(しよ)
発(ほつ)は。小さけれど。よくみれば。そのあたりに
凝結(しこり)つよく。或(あるひ)はその一部(ひとところ)のみ不仁(しびれ)て。お
ぼへなきか。あるひは。寒熱(かんねつ)はげしく。傷(しやう)
寒(かん)かとうたがはるゝもあり。又は胸(むね)腹(はら)に
動悸(どうき)つよく。鬱冐(きをふさぎ)。眩運(めまひ)などあるか。さま
〴〵の證(しやう)おこりて。他病(ほかのやまひ)にまぎれやすく。
それ迄(まで)もならぬうちに。気(き)を失(うしな)ひて。
死(しに)たるがごとくみゆるもあれば。よくこゝろ
えて検(たゞす)べし。すべて此 瘡(できもの)は頭面(かほ)。口吻(くちわき)耳(みゝ)
鼻(はな)手(て)足(あし)の関節(ふし〴〵)などのうちにて。肉薄(にくうす)
く。やゝ窊(くぼめ)なる所に発(でき)て。皮表(おもて)へ張出(はりだ)す
力なきゆゑに内攻(ないこう)すること多ければ。捷(て)
疾(ばや)にこれを誘発(さそひいだす)ことを専(せん)一とすへし。
瘡(できもの)の所を刺(さし)て。まづ血(ち)をとるべきなれど。そ
れもなしがたくば。蛭(ひる)を二三十とりて。瘡(できもの)の

中央(まんなか)と思ふ所へかはる〳〵つけて。血(ち)を吸(すは)せ。
したゝかに血を吸(すい)をはりたらば「まめはんめう」
の葛上亭長(かつしやうていちやう)といふものゝ細末(こ)を。《割書:いづれの薬|店にも有て》
《割書:これを芫菁(げんせい)といへど。芫菁(げんせい)は同類異種(どうるゐいしゆ)にて「まめは|んめう」は。葛上亭長なれば。このことを心えてもとむべし》
胡麻油(ごまのあぶら)に白蝋(はくらう)をあはせたるものに。いろの
真黒(まつくろ)になるほど入てねり。その跡(あと)へぬり
つくべし。もしそのものなくば。巴豆(はづ)を四五 粒(りう)
研(すり)たるに。油をすこし加て。つくへし。これに
て毒(どく)を誘(さそひ)出すなり。さて瘡(できもの)のまはりへは。
代赭石(たいしやせき)の細末(こ)を醋(す)に糊(のり)をいさゝかくはへて。
煉(ねり)たるを瘡より一寸ばかりもよけて塗(ぬり)
まはすべし。これにて毒(どく)を外へちらさじ
とて。かくはすること也。此(この)證(しよう)の最初(さいしよ)。悪寒(さむけ)つ
よく。脉沈(みやくしづん)で微(かすか)に力なくば。麻黄(まわう)附子(ふし)細(さい)
辛湯(しんとう)といふ方を用て。その汗を発(はつ)すべし。
其方は。唐(から)の麻黄(まわう)。細辛(さいしん)。各(おの〳〵)一匁五分。唐(から)の
附子(ぶし)一匁を一 貼(てふ)とし。水一合五勺入て六勺に
せんじ。とりかぶりて汗をとる。薬(くすり)は一時 余(あまり)
もすごしたらば又用べし。唐附子なき

ときは。白川附子。又は烏頭(うづ)を代(かへ)用てよし。
稀粥(うすきかゆ)か。なにぞあつき物をくひて。身(み)あたゝ
まり。汗(あせ)出るやうにするなり。もし脉沈(みやくしづ)まず
して。熱(ねつ)のかたかちたらば。磠砂(どうしや)を五分ばか
りもとめて。厳醋(つよきす)の中へ入て。それに熱湯(あつきゆ)
を多くさしたるを用て。汗をとるがよし。
疔毒(ちやうどく)を誘発(さそひいだ)して。根(ね)を抜(ぬく)に。外台秘要(げだいひよう)に
は斑蝥(はんめう)を貼(つく)ることをいへり。斑蝥(はんめう)も葛上亭(かつしやうてい)
長(ちやう)と其功用は同うして。やゝまされる物
なれど多(おほ)く有(ある)ものならねば。葛上亭長(かつしやうていちやう)
を用てよし。これは根(ね)の出る迄(まで)は貼(つけ)おくなり。
これをつけかゆるとき。痛(いたみ)にたへがたく
なりたらば。いゆるにちかしと思ふべし。その
外(ほか)に内服剤(のみぐすり)貼薬(つけぐすり)も。さま〴〵あれど。
初発(しよほつ)の内攻(ないこう)せんとする危急(あやうき)所を救(すく)ふ
べきことをのみしめすなり。又疔毒の赤き
血絲(いとすぢ)を引を。紅絲疔(こうしちやう)といふ。手に生じ
たるは。胸(むね)にいたり面(おもて)脣(くちびる)などに生じたる
は。降(さがり)て咽喉(のんど)にいたる。その胸(むね)に至(いた)り喉(のんど)に

いたるものは。嘔逆(むかひけ)し悶乱(もたへ)て死(し)にいたる。
怖(おそろ)しき病(やまひ)也。故(ゆゑ)にこの血絲(ちすぢ)発(でき)たる物は。速
其 絲(すぢ)の延(のび)ゆくかたを。さきのかた二三分
計を残して。絲(すぢ)のうへより。深さ三分計
も刺(さし)て血(ち)を搾(しほり)とるべし。服薬(ふくやく)貼薬(つけぐすり)などは。
上にいふが如し。又疔瘡に鍼(はり)したる跡へは。
蝸牛(かたつぶり)を殻(から)ともに搗(つき)て貼(つく)べしともいへり
▲中風(ちうふう)。いにしへは痱(ひ)といひ。痱は一 方(ぱう)の疾(やまひ)と云(いふ)
て。右か左か一方が。麻木不遂(しびれふきゝ)になる病也。
にはかにおく【「こ」ヵ】るやうなれどかならず其 幾(きざし)有。
その幾(きざし)は。自身(じしん)に心得て考(かんがふ)れば知らるゝ
ものなれば。旅行(りふこう)在陣(ざいぢん)などには。あらかしめ
其 覚悟(かくご)有べきことなり。その幾のあらま
しをいはば。とかく居動自由(たちゐじゆう)ならず。手先
ふるへ。文字をかゝんとすれば。筆つまづき。
指(ゆび)しびれて。物をとりおとすことまゝあり。
舌(した)をり〳〵強(こはり)て。言語艱渋(ものいひにくゝ)。飯粒(めしつぶ)口より洩(もれ)
いで。又はものわすれしやすく。万事(ばんじ)に退(たい)
屈(くつ)し。下剤を用ても。大便通じがたきか。

又は小便 頻数(しげく)なり。または小便心付ば。
いさゝも堪(こらへ)がたく。亦(また)は思はず洩(もら)すことあり。
かゝる證候(しようこう)のうちが。二 證(しよう)も三 證(しよう)も発(おこる)こと
あらば。この病の幾(きざし)にはあらぬかと心づけて。
飲食(たべもの)を節(ほど)よく減(へら)して。酒をかたく禁(きん)じ。
房慾(ばうよく)をたちて。つとめて身體(しんたい)を運動(うごか)し
て。一切に心を労(らう)することは省(はぶき)て。なるたけこと
をすくなくして。養生(ようじやう)を専(もつぱら)にすべし。項(うなじ)
より尾骶骨(かめのを)にいたるまで。脊椎(せぼね)の両旁(りようほう)椎(せ)
骨(ぼね)につきたる所の陥(くぼり)なる。左右相去こと
曲尺(かねさし)にて一寸四五分なる所を。項(うなじ)より日毎
左右二ケ所づゝ灼(すえ)さがれば。尾骶骨(かめのを)の上に
至るまで。凡三十日ばかりにてをはる。俗
にこれを楷子灸(はしごぎう)といふ。これらの灸を。く
りかへし日ごとに灼(すゆ)るか。又は大椎骨(たいずいこつ)の
四方の陥(くぼり)なるところ。七。九。十一。腰眼(ゐのめ)。腰(こし)の
八髎(はちりやう)。臍(ほぞ)の両 旁(わき)の天 枢(すう)。または脇(わき)の章門(しやうもん)
などをたび〳〵すゑて。大麦(むぎ)赤小豆など
を専(もつぱら)に食ひて。膏梁油膩(うまきものあぶらけ)の品を禁(きん)じ

餌食(くすりぐひ)には。蔊菜(わさび)。白芥子(からし)。生姜(しやうが)。辣茄(とうがらし)。蜀(さん)
椒(せう)。葱白(ねぎ)。韮(にら)。薤白(にんにく)。などの類(るゐ)を用べし。
古人(こじん)この病を陶器(せともの)に劈痕(ひび)のいりたるに
たとへ。もし裂破(われ)ては。これを接続(つぎあはせ)ても。芽(われ)
蔑(め)は素(もと)に復(ふく)しがたきがごとく。一度(ひとたび)発(はつ)
したるは。よく治(ぢ)し得(え)ても。長寿(ちやうじゆ)する
ものなきゆゑに。幾(きさし)あらば。よくつゝしみて
発(おこら)ぬやうにすべきこと也。此病の起因(もと)は
さま〴〵にして。治法(ぢはふ)も大に差別(しやべつ)ありて。
附子(ぶし)。人参(にんじん)に宜(よろしき)ものも。大 黄(わう)。芒硝(ばうせう)の類(るゐ)
を用て治すべきものも。その他(ほか)の薬物(くすり)
をもちひて効(こう)ある物もありて。一途(ひとすぢ)には
いひがたければ。此(こゝ)には記(しる)さゞる也▲痔疾(ぢしつ)
あるもの。旅行(りよこう)して。疾(やまひ)おこり艱(なやむ)ことまゝ
あれば。かねてかろき下剤(げざい)などを日ごと
に用て。大便の燥結(かたく)ならぬやうにして。
胡麻(こま)の油一合に。白蝋(はくらう)。夏(なつ)は四十匁。冬は廿
五匁をくはへ。火に融(とか)して後(のち)。白手龍脳(しろでりうのう)
もしくは片脳(へんのう)二十匁を相和(ねりあはせ)て。腫(はれ)たる

所へぬれば。速(すみやか)にいゆるなり。もし腫痛(はれいたみ)て
堪(たへ)がたくば。い【いの右に長四角】の部(ぶ)陰癬(いんきんたむし)の條(ところ)にいでたる。
尾髎骨(かめのを)の灸(きう)をすべし。一 次(ど)にて痛(いたみ)たち
まち癒(いゆ)ること妙(めう)也。此(この)證(しよう)は。罨熨剤(むしぐすり)または
妄意(みだり)なる貼薬(つけぐすり)などをして速(すみやか)にいや
さんとして。真(まこと)の治法(ぢはふ)に従(したが)ふことなければ。
遂(つひ)に内攻(ないこう)して。変(へん)じて眼病(がんびやう)となるか。耳(つん)
聾(ぼ)となるか。癥疝気(しゆくせんき)とも。痱(ちうぶう)。脚痺(かくけ)
ともなり。または労瘵不治(らうさいふぢ)の證(しよう)とも
なり死にいたるゝものもまゝあれば。かね
てよりそのこゝろえあるべきこと也。また
痔疾(じしつ)の血(ち)がをり〳〵洩出(もれいで)たるものが。と
まりて。出ぬやうになり。それより肛門腫(こうもんはれ)
痛(いたみ)。脱肛(だつこう)して。馬輿(うまかご)にも乗(のる)ことならずして
悩(なやむ)ものは。野(の)または路旁(みちばた)に生(はえ)たる蕺菜(どくだみのは)
を多く刈採(かりとら)せて。布(ぬの)につゝみ。熱湯(あつきゆ)に
しぼりて蒸(むす)べし。此物なくば。苦薏花(のぎくのはな)。
忍冬(すいかづら)。金銀花(すいかづらのはな)の類(るゐ)にても。用てよし。又は
これらの類(るゐ)に。枳実(からたちのみ)。小茴香(せうういきやう)などを加(くは)へ

たるもよし。貼薬(つけぐすり)には。前の龍脳(りうなう)の入た
る油菜を用べし。いかに按(おし)入れても収(おさま)らさる
ものは。蜞(ひる)を多くとらせて。肛門(こうもん)の輪轑(きくざ)
の脹(はれ)て垂(たれ)たるところと。輪轑(きくざ)をはなれ
たること四五分なる臀肉(しりこぶら)のあたりまでに。蜞(ひる)を
五六十もつけ。飽(あき)ておのれとはなれをはり
たるときに。布(ぬの)を熱湯(あつきゆ)にしぼりてあてお
けば。吸(すい)たる口(くち)より血出(ちいで)て。布(ぬの)にたまるなり。
それが出やみたるときに。とりすつる也。かくして
のちに収(おさむ)れば大かた納(おさまる)なり。もし痔疾(じしつ)に
て厠(かはや)に登(のぼ)るたびごとに。血多く洩(もれ)てやまず。
それよりして面色萎黄(めんしよくきばみ)。脚脛(あし)に腫(はれ)をもよ
ふし。胸腹(むねはら)に動悸(どうき)ありて。起(たて)ば眩運(めまひ)し。高(たか)
き所へ登(のぼら)んとすれば。気喘(きあえ)ぎなどするやう
になりたるは。これを黄胖(わうはん)といふ。方言(はうげん)に
阪下(さかした)の病(やまひ)といふは。阪(さか)などへのぼらんとすれ
ば。動悸(どうき)おこりて陟(のぼ)ることならず。仰(あふ)ぎ見
れば。眩運(めまひ)して。阪(さか)の下にて悩(なやむ)といふより
の名なり。世(よ)にはこの病を治することを

知ざる毉士(いし)多きゆゑ。いたづらに疾(やまひ)を
抱(いだき)て。生涯(しやうがい)を終(をは)り。あるひはこれが為(ため)に
夭死(わかじに)するものも又あれば。この病を治すべ
き薬方の中にて。俗人(しらうと)の自製(じせい)せら
るべき一方をこゝにのせてこれを示(しめす)べし。
その方は。鉄粉(てつぷん)二十匁。蕨粉(わらびのこ)十匁。鷹(たか)の
目(め)硫黄(いわう)。焼牡蛎(やきぼれい)各五匁。乾姜(かんさやう)甘草(かんさう)各(おの〳〵)二匁
の六味を。細末して。白湯(さゆ)にて三四匁つゝ用
べし。この薬の主治(しゆぢ)は。衂血(はなぢ)下血など多く
して。血液(ぢしる)少(すくな)くなり。周身(そうみ)の血(ち)に水を交(まじ)へ
たるをもつて。面部(めんぶ)はもとより。身體(みうち)すべて
黄(き)いろになりて。神彩(いろつや)あしく。皮膚(はたへ)うき
はれたるがごとく。甚(はなはだ)しきは爪(つめ)の甲(かう)白(しろ)く成(なり)
て。裂(さけ)る也。この散薬(さんやく)に。緑礬(りよくばん)の真赤(まつか)になる
まで焼(やき)たる。絳礬(かうばん)とよぶもの五匁を加へ。
丸薬にして用るも又よし。此方 黄疸(わうだん)
には効(しるし)なく。用れば却(かへつ)て害(がい)となること
あれば。誤(あやまり)混(こん)ずることなかれ▲乳(ち)を吐(はき)青(あを)
き大便をするは。小 児(に)のまゝあることにて

大 便(べん)の色(いろ)青(あお)く酢臭(すえくさ)きは。乳(ち)の腹(はらの)中
にて敗壊(すえ)るゆゑなり。これは瘈攣(ひきつり)。急(きふ)
驚風(きやうふう)となる漸(したじ)なれば。はやく紫円(しゑん)を用て
下すべし。紫円(しゑん)の方は。代赭(たいしや)石。赤石 脂(し)。各
一匁。巴豆(はづ)。杏仁(きやうにん)各十ケ。この四味合せて。芥子(けしのみ)
のごとくに丸じ。一 次(ど)に十四五 粒(りう)。または二三
十 粒(りう)づゝも用て。下してよし。母もしくは
乳母(うば)の病より。小 児(に)の大便の酢臭(すえくさく)なり。
やがて色青(いろあを)くなることあり。それは母子
ともに治をくわへねばならず。心えべき
ことなり▲茶(ちや)を呑(のみ)て睡(ねむり)かぬるものは。白(うめ)
梅(ぼし)を砂糖湯(さたうゆ)にて用べし。厳酢(きつきす)もまた
よく茶の毒(どく)を解(げ)するもの也り【りは白抜き文字】淋病(りんびやう)
にて。痛(いたみ)甚しく。小便するになやむもの
は。桃膠(もゝのやに)二匁。甘草(かんざう)一匁を一 貼(ぷく)とし。水一合入
五勺にせんじ。日に三四貼づゝ用べし。桃(もゝ)
の膠(やに)は薬店にあり。又 胡桃(くるみ)を研(すり)て泥(どろ)の
如(ごと)くし。霜糖(さたう)をよきほどに入たるに。熱湯(あつきゆ)
をさして用るもよし。膿(うみ)出る淋病(りんひやう)は。陰(いん)

莖(きやう)のうちに。下疳瘡(げかんさう)の発(でき)たる也。茎内(さをのうち)
の缺蝕(かけそん)せぬうちに。はやく療治(りやうぢ)せず。たとひ
薬(くすり)を用ても。的当(てきとう)せざる処方(くすり)は。棄(すて)おく
につ【「ほ」ヵ】けれは。それにては癒(いゆ)る期(ご)はあるべか
らず。素人(しらうと)にもその用心(こゝろえ)あるべきこと也
▲痢病(りびやう)は。伝染(うつり)やすき病にて。多くは糞(ふん)
気(き)よりうつるものなれば。己(おのれ)が家(いへ)なれば。
圊(かはや)を別(べつ)にし。また病者(やむもの)の糞(ふん)を川(かは)へすつ
るか。地中に埋(うずむ)るかして。これを禦(ふせぐ)ことも
なしやすけれど。旅行(りよこう)中などにては。是(これ)
を知(し)るよしもなければ。圊(かはや)よりどくを
つたへて患(わづらふ)ことなしとはいふべからず。此病
の初発(しよほつ)は。寒熱(さむけねつ)などもあれど。いたつて
微(かすか)にして知がたし。且(かつ)その初(はじめ)多くは
下利あれど。快通(かいつう)せず。後重(ごうぢう)とて肛門(こうもん)へ
しきりに窘迫(はり)があるにて。この病の初(しよ)
発(ほつ)なることはしらるゝ也。はじめにくだり
かねて。しきりにうらごゝろあるときに。
大 盤(だらひ)の中ヘ。塩(しほ)五合ばかりと白芥子(からしのこ)

《割書:これは入ず|ともよし》一合ほどを入て。上より苞(たはら)をかけ。
沸(にへ)たちたる湯をいるれば。塩(しほ)はとけ藁(わら)の
気はいづる。その湯をいりかげんにして。
坐(すはり)て半身を浴(よく)し温(あたゝ)むれば。顔(かほ)より惣(さう)
身(み)へ汗(あせ)の出るやうになる。其時また〳〵
熱湯(あつきゆ)をさして。よく腰(こし)脚(あし)のあたゝまりた
るとき。浴衣(ゆかた)にてよく拭(のごひ)て。𥃨床(とこ)に入り。
熱(あつき)稀粥(うすかゆ)か温飩(うんどん)などをくひて。とりかぶ
りて汗(あせ)を取べし。此 法(はふ)は。我邦(わがくに)のむかし。感冒(ひきかせ)
の初発(しよほつ)などに。汗をとるに必用たる
こと。栄花物語(えいぐわものがたり)などに見えたる「ゆゝで」
といふものなり。今これを痢病(りびやう)の初発(しよほつ)
にもちふれば。これにて大便も心よく
通じて。そのまゝ解(げ)するもあり。後重(いけみ)
なほ止ざるもあれど。浴後(よくご)は病勢(ひやうせい)多(おほ)
くは緩慢(ゆるやか)になるなり。此「ゆゝで」をし
たるうへに。葛根湯(かつこんとう)などを用たるは
ます〳〵よけれど。葛根湯も。唐麻黄(からのまわう)
を用て方のごとく調合(てふがふ)せざれば効なし。

其方は。葛根(かつこん)一匁六分。麻黄(まわう)一匁。桂枝(けいし)。
芍薬(しやくやく)。大棗(たいさう)。各八分。甘草二分にて。一貼
四匁四分これを。三が一を減(けん)すれば。三匁三
分を一貼とす。これより小服にては効なし。
さて汗をとりての後も。後重窘迫(しもへはりいけみ)猶(なほ)
止ざるは。腸裏(はらのうち)に下すべき毒(どく)あるなり。
しかれば。舌(した)にかならずその候(めあて)をあらは
して。白胎(しろきたい)が厚(あつ)くかゝり。舌(した)のおくのか
たは。黄(き)いろになるか。舌一めんに黄(き)ば
むかする。それをめはてに下すなり。
舌にかゝりものなくて。後重窘迫(しもにはりのくること)あ
るは。にはかには下されず。下剤(けさい)は。調胃(てうゐ)
承気湯(じようきとう)よし。その方は。大 黄(わう)一匁。芒消(はうせう)二
匁。甘草(かんざう)は本万の半を減(へらし)ても。二分五 厘(りん)。
この甘草は。それよりはへらされず。これ
に水一合二勺入て六勺をとり。用る
なり。この方に。芍薬などを加て
もちひてもよし。病勢 劇(はけし)きものは。
大 承気湯(しやうきとう)。または紫円(しゑん)。備急円(びきうゑん)など

といふ巴豆(はづ)の入たる丸薬をもちひ。脉(みやく)
と舌とによりては。附子をも大に用て
効(こう)あるものあれど。毉士(いし)にすら其わかち
をよく弁得(わきまへえ)て。決断(けつだん)するもの少(すくな)ければ
妄(みたり)なることはせぬがよし。下剤をしきりに
用て。却(かへつ)て後重努力(しもへはりいけみ)のつのるものも
あれば。旅(りよ)中などにて。いつれとも決(けつ)した
がたきには。薬をもちひすして。その
動静(なりゆき)をみて。かへつてよきこともある物
なり。ゆゑにこゝにもいち〳〵には記(しるし)
がたし。此病は。灸(きう)の効あるもの多ければ。
臍(ほそ)の両 旁(わき)。天 枢(すう)といふところへ灸するか。
塩(しほ)を臍(ほそ)へ填(もり)て。其上よりふくろ艾を多(おほ)
くすえるか。するもよし。また口 吻(わき)の寸
を。唇(くちひる)と肉(にく)とのあいだにとりて【唇の図】《割書:この下くち|びるのはし》
《割書:よりはしにて|とるなり》その幅(はゞ)に紙(かみ)を四角にきり。真中(まんなか)
に穴(あな)をあけ。その穴を臍(ほそ)へあて【口吻の寸の図】口吻の寸【図の右にルビ】かく
のことく。左右上下 四隅(よすみ)にて。八ケ所(しよ)。これ
を八 花(こ)の灸といふ。この灸は。霍乱(くわくらん)。癥疝(しやうせんき)

留飲(りういん)などにも用ひ。わきて小児の疳疾(かんしつ)
に用ひて効あるなり。痢病の治法には
さま〴〵の差別(しやべつ)あれは。此にいふところは。
たゞこれ実痢(じつり)最初(さいしよ)の治法のうちにて。
捷便(てみじか)なるものを示(しめし)たるのみなりとこゝ
ろうべし。痢病に。おしなへて効(こう)ある物は。
無患子(むくろじ)の黒焼(くろやき)なり。これは皮(かは)も実(み)も
そのまゝに坩罌(やきつぼ)に容(いれ)て銅線(はりがね)にて十字(ちふもん)
様(じ)に紮(くゝり)。蓋(ふた)の間を泥(どろ)に塩(しほ)をいさゝか交(まぜ)
たるにて塗(ぬり)かため。火にて焼(やき)たるを。
とりいだして細末にし。一 次(と)に一匁づゝ
もたひ〴〵用るなり。又 鼹鼠(うころもち)【左ルビ:もくらもち】の焼存(くろ)
性(やき)も。諸(もろ〳〵の)痢(り)に効あるものなれば。これら
はかねて製(せい)しおきて。在陣(ざいちん)旅行(りよこう)な
とには持(もち)ゆくべし。無患子(むくろじ)の焼存性(くろやき)は。
腸胃(はら)の消化(こなれ)あしくて泄瀉(くたる)にも。効有
ものにて。さる諸侯(しよこう)にては昔(むかし)より君侯(とのさま)
みづから製(せい)して弘(ひろ)く施(ほどこ)さるゝよしをきけり。
わ【わは白抜き文字】草鞋(わらんじ)にくはれ。水疱(まめ)の出来たるは

その水疱(まめ)を破(やぶり)て水をとり。焼(やき)たる赤(あか)
螺(にし)と。半夏(はんげ)を等分(とうぶん)に細末して。飯糊(そくい)
に交(まぜ)てつくれば癒(いゆ)るなり。後(のち)の金創(きりきず)
の部(ところ)に出したる。魚膠膏(にべのこうやく)。または俗伝(そくでん)
の即効帋(そくこうし)などをはりたるもよし。か【かは白抜き文字】脚(かく)
気(け)は。最初(さいしよ)より脚(あし)にいさゝかの腫(はれ)なく。
脚(あし)たゞ重(おも)くして。行歩(あゆみ)なやむもあり。
足脞(はぎ)より腫(はれ)て。周身(しうしん)におよび。小便ます
〳〵通ぜざるもあり。いづれにも両 脚(あし)
麻㿏(しびれ)あるものなり。もし在陣(ざいぢん)旅行(りよこう)
などにて。小便通じあしく。脚(あし)よわく
皮膚不仁(はだえしびれ)ることあらば。はやく後(のち)の
水腫(すいしゆ)の部(ところ)に出せる。三輪神庫(みわしんこ)の小
便通利の剤(くすり)を用て。その禁忌(いましめ)を守(まも)
り。遄(すみやか)に小便の快通するやうにすべき
ことなり。むかし唐時代(たうじだい)に嶺南(れいなん)といふ
極南方(ごくみなみのかた)より流行(はやり)て。北(きた)の方へ漸(しだい)に
伝(つたへ)たる脚気(かくけ)は。一 種(しゆ)の疫癘(えきれい)にて。今
の世の脚気とは。病 因(いん)大に異(こと)なれば。

其薬方をのみ用ては。今の脚気(かくけ)は
治しがたし。今の脚気は。多くは腸胃(はら)
の消化(こなれ)あしく。水気の結滞(とゞこほり)より。小
便通しあしくなり。それが進(つのり)て胸腹(むねはら)
に迫(せま)り。衝心(しようしん)するにもいたれば。唐時代
に流行(りうこう)せし脚気の。人より人に
伝染(うつる)べき邪毒(じやどく)あるものとは同からず。
今脚気にて。身體浮腫(からだはれ)。胸腹(むねはら)に水
気を潴(たゞへ)たるものが。拘急衝逆(ひきつめさしこみ)て。横床(よこね)
することもならずなりたるは。止ことを
得(え)ず。水を下さねば。危急(ききふ)をすくふ
ことならず。手近き瀉水剤(みづくだし)には。鼠李(そり)
子(し)三匁に。木香(もくかう)。乾姜(かんきやう)。呉茱萸(ごしゆゆ)。各(おの〳〵)一匁
をあはせて。六匁を一貼として。水二合に
煮(に)て六勺とし。二三 貼(てふ)も用れば。水を
大便道へ下して衝心(しようしん)はゆるまるなり。
もし事(こと)急(きふ)なる時は。画家(ゑをかく)に用る
雌黄(しわう)とよぶ物を三分ばかり。生姜の
しぼり汁を湯にさして用ふべし。此物は。

やゝもすれば吐(はくけ)を誘(さそ)ひやすきものなれば。
それをふせがんには。水をすこしくはへ
火上に融(とか)したるに。乾姜(かんきやう)の細末(こ)を三 倍(ばい)
ほど加て丸薬となし。大棗(たいさう)二三匁を煎
じたる湯にて服(もちふ)れば。吐(はく)ことなし。又 證(しよう)に
よりては。附子剤(ぶしざい)を用て治するもの
も。水を下してのちに。続(つゞき)て附子剤を
用ふべきものもありて。病の変化(へんくわ)定なけ
れば。方も又一様ならず。故に此にはさし
あたりたゞ危急(ききふ)をすくふべきことを記(しる)し
たるのみなり。されど水気は小便へ通
じさするを。順正治法(たゞしきぢほふ)とすることにて。大
便道へ導(みちび)くは。このましきことにはあらず。
たゞ脚気(かくけ)衝心(しようしん)を治するに。檳榔子(びんろうじ)。木瓜(もくくわ)。
呉茱萸(ごしゆゆ)。旋覆花(せんぶくげ)。犀角(さいかく)。紫蘇葉(しそのは)など
の。一 貼(てふ)わつかに二匁内外の薬剤(くすり)にて
治(ぢ)したるは。薬(くすり)の効(こう)ありしにはあらで。
病のかたからおのれと治したる也。よく
此 理(わけ)を弁(わきま)ふべきことなり。▲鯝鰹魚(かつを)の

毒(どく)にあたりたるには椎茸(しいたけ)を煎(せん)じて服
べし。桜実(さくらんぼ)もまた効(こう)あり。甚しきは吐剤(はくくすり)
を用ひてはやく吐(はか)しむるがよし。吐剤
のことは。後のく【くの右に長四角】の部 霍乱(くわくらん)の條(くだり)に述(のぶ)べ
ければ。参攷(かんがへあはす)べし。橄欖(かんらん)。よく諸(もろ〳〵)の魚肉(ぎよにく)を
消化(け)し鯗魚(するめ)は。諸の魚毒(きよどく)を解(げ)すとい
へど。予はいまだ試(こゝろみ)ず。又 鯝鰹魚(かつを)と胡椒(こせう)
とを同時(ひとつ)に喫(く)へば。人を殺(ころ)す。これはこの
二物が配合(いであひ)て。大 毒(どく)となるものとみえ
たり。此事は確(たしか)にその事(こと)ありしゆゑに。
こゝに記(しるし)て弘(ひろ)く人につぐるものなり
▲蟹(かに)の毒(どく)にあたりたるには。丁子(ちやうじ)を多く
煎(せん)じて服(のむ)べし。或(あるひ)は細末して。生姜の
しぼり汁を少しくはへ。湯にかきた
てゝ用ることもつともよし。冬瓜(とうくわ)の汁も
また蟹(かに)の毒(どく)を解(げ)すといへど。それは
いまだ試(こゝろみ)ず槖吾(つはぶき)の生汁をしぼりて用
れば。一切の魚の毒を解(げ)す。蟹(かに)の毒を
解するに尤(もつとも)効(しるし)あるよしをいへど。槖吾

の生汁をのますれば。吐(はき)を得(え)て治する
ものにて。毒を消(けす)にはあらず。たゞ軽(かろ)き
吐剤(はきぐすり)ぞとこゝろえて用べし▲蟹(かに)と
柿(かき)とを同時(ひとつ)にくらへば。毒となりて。血
を吐(はく)ことあり。唐木香(からのもくかう)三匁を一 服(ふく)とし。
生姜二片ばかりをくはへ煎じて用べし。
又は木香二戔。丁子一匁を細末して
用るもよし。▲雁瘡(がんがさ)は仲秋(はちがつ)ごろ。雁(がん)の
来(く)るころより。膝膕(ひつかゞみ)へ発(はつ)する浸滔瘡(できもの)
なれば。かくは呼(よび)しなり。これは妄(みだり)なる
貼薬(つけぐすり)。罨熨剤(むしぐすり)などをして。強(しひ)て愈(なほ)さん
とすれば。内攻(ないこう)して。脚気(かくけ)。痛風(つうふう)などに
なり。甚しきは。心腹(しんぷく)の病となりて。
命期(いのち)を促(ちゞむる)ことまゝあれば。慎(つゝしむ)べき事也。
旅行(たびさき)などにて。この瘡(できもの)発(はつ)して。艱(なやむ)時には。
止ことをえず。その辺(まはり)を刺(さし)て血をす
こしとりなどして凌(しの)くべし。かならず
水などにいることを。戒(いまし)て為(なす)べから
ず。しば〳〵浴(ゆあみ)するもこのましからず。

かならず毒(どく)を誘(さそひ)いだし。膿(うみ)となして
治するやうにすべしよ【よは白抜き文字】便毒(よこね)発(はつ)せん
とするに。痛(いたみ)甚しくとも。強(しひ)て歩行(ほこう)
して。速(すみやか)に膿(うみ)潰(つひえ)んことをもとむべし。
いまだ膿(うま)ざるに。鍼(はり)などすべからず。毒
のこりて後の害(がい)となればなり。この
処(ところ)にてよく膿(うみ)熟(じゆく)すれば。後の患(うれひ)を
免(まぬか)るゝなり。旅舎(やどや)に宿(とまり)たらば。浴後(ゆあがり)に。
白芥子末(からしのこ)を布(ぬの)につゝみ熱湯(あつきゆ)にしぼ
りて。夕ごとによく罨熨(むしあたゝむ)べし。膿潰(うま)ざ
る以前に。便毒(べんどく)下しの薬などといふ
ものを。決(けつ)して服(のむ)べからず。軽粉(けいふん)などの
入たる剤(くすり)も。膿(うみ)を催(もよふ)さんとするとき
には。用て害(がい)あり。故に家に帰(かへり)たら
ば。巧者(こうしや)なる毉師(いし)に委(ゆだね)て。後(のちの)害(がい)を
のこさぬやうに治をうくべし。膿(うま)ん
とする勢(いきほひ)あるときは。必 妄意(みだり)なる
ことをせず。自然(しぜん)に任(まか)せたるがよし。
故に卒爾(そつし)に薬方は記(しるさ)ざるなり

▲礜石(よせき)の毒に中(あた)りたるも。はやく油を
服(のむ)ときには。その毒を抱摂(つゝみおさへ)て。死にいた
ることなきは。前に既(すで)にいふがごとく。桃仁(たうにん)の
泥(すりたる)を服(のま)すれば。よく火薬の毒焔(どくえん)を解(げ)
するといふも。その旨(むね)はおなじことなり
た【たは白抜き文字】煙草(たばこ)に酔(ゑひ)たるには醋(す)を服(のむ)べし。又
は甘草をせんじて用るもよし▲煙草(たばこ)
の烟(けぶり)にむせてくるしむには。萊菔(だいこん)の
しぼり汁をのむべし▲章魚(たこ)を喫(くらひ)て
毒にあたりたるには。鹿角菜(ふのり)を熱湯(にえゆ)の
中ヘいれ解(とか)してのち。滓(かす)をこして服(のむ)べ
し▲竹筍(たけのこ)を多くくらひて。毒にあ
たりたるには。生姜を多く喫(くふ)か。又は
汁をしぼり。砂糖(さたう)をあはせ。湯に
点(てん)じて用ふるかすべし。海帯(あらめ)の煎(せん)じ
汁。鹿角菜(ふのり)の汁。および蕎麦殻(そばのから)の
せんじ汁も。よく竹筍(たけのこ)の毒を解(げ)す物
なり。苦痛(くつう)甚しきには。胡麻(ごま)の油を
服(のむ)べしそ【そは白抜き文字】卒(そつ)中風は。厥(けつ)といふ病(やまひ)の類(るゐ)

にて。暴(にはか)に発(はつ)するものなれど。よくこ
れを考(かんがふ)れば。かならず以前に其幾(そのきざし)
ある病なり。これは胃府(ゐぶくろ)を胸膈(むね)へつり
つけ。諸蔵(はらわた)もそれに従(つれ)て上吊(つりあげ)て。周(しう)
身(しん)の気血(きけつ)頭部(づふ)に進迫(せま)りて。精神(こゝろもち)を
閉(とづ)るゆゑに。人の見さかひなく。ものいふ
こともならず。鼾(いびき)出て。睡(ねむる)がごとくにして
覚(さめ)ず。甚しきにいたりては。大小便を迷(しそこ)
失(なふ)ものあり。脉(みやく)は弦(げん)といふて。弓の弦(つる)を
はりたるやうにて。力あるがごとくなれども。
神彩(つや)なき脉(みやく)をあらはすなり。この證(しよう)
手を開(ひら)くを虚候(きよこう)とし。手を握(にぎり)たるを
実候(じつこう)とすと。古人はいへど。惣(すべ)てこの
證(しよう)を発(はつ)する人は。たとひ體肥(からだふとり)肉満(にくみち)た
りとも。元気(げんき)衰弱(おとろへ)て。血液(ち)の運行(めぐり)遅渋(しぶり)
たる所へ外邪(くわいじや)に腠理(はだせん)を壅塞(とぢふさが)るこの。一時(ふと)
飲食(たべもの)の停滞(とゞこほる)か。志意(こゝろもち)の蘊結(むすぼる)ることあ
るかの妨碍(さはり)あるによつて発(はつ)するの證(しやう)
にて。平常(へいぜい)上衝(のぼせ)昏眩(めまひ)。又は肩強(かたはり)。耳鳴(みゝなり)

寐(いぬ)れば鼾息(いびき)を発(はつ)し。又は頻(しきり)に眠顚(ねごと)を
いひ。またはをり〳〵昏睡(ねむりすぎ)て覚(さめ)がたく。
或(あるひ)は凶夢(あしきゆめ)を見て魘(うなさ)れやすく。あるひは
妄(みだり)に怒(いかり)。みだりに㥿(たかぶり)。または凡(すべ)てのこと
に懊熱(くつたく)多く。志(こゝろざし)定(さだ)まらず。志のみなら
ず。膏梁美味(おもくろしきうまきもの)をこのみ。房慾(かくしごと)をすごし。
表(おもて)は盛(さかん)にみえて。裏(うち)は衰(おとろへ)たる身體(からだ)に
発(はつ)する病(やまひ)なること。たとへば樹木(たちき)の。うちは
朽(くち)て皮(かは)は栄(さかえ)たるものが。暴風(あらし)の為(ため)に吹(ふき)
折(をら)るゝがごとくなれば。病證(びやうしよう)は実候(じつこう)の如(ごと)
くに見ゆれど。元気衰弱(げんきのおとろへ)より起(おこ)らざ
るはなし。されどさしあたりたる所は。胃口(ゐぶくろ)上
に迫(せま)り。気血(きけつ)上部(うへのかた)に壅塞(ふさがり)。腹中(はらのうち)に停(とゞこ)
蓄(ほりもの)あり。痰飲沸溢(たんりういんわきたち)たれば。止(やむ)ことを得(え)ず。
肩(かた)を刺(さし)て角子(すいふくべ)を以て血(ち)を瀉(とり)。あるひは
肩(かた)項(うなじ)に蜞(ひる)などを多くつけて。血(ち)を吸(すは)せ。
吐剤(はきぐすり)を用て。上溢(わきたち)たる痰飲(たんいん)を吐せて。
胃(ゐ)中の壅塞(ふさがり)を開達(かいつう)し。吐後(はきたるのち)には必(かなら)ず
下剤(くだしぐすり)を用ひてこれを下すにあら

されば之を救(すくひ)がたきもの多し。初発(しよほつ)に
は。まづ舌交(くさめ)薬をはなへ吹入て。嚏(くさめ)をさす
べし。くさめぐすりは。皀莢(さうけふ)。細辛(さいしん)二味の
細末(こ)。胡椒(こせう)の細末(こ)筥根(はこね)のくさめぐさ。木(はな)
藜蘆(ひりぐさ)の類。あまりに急卒(にはか)にしてこれ
らを求る間もなき時は。烟草(たばこ)の末(こ)。又は
半夏(はんげ)の末(こ)。薄荷(はくか)の末か。白芥子(からし)の末に
ても。はやく鼻(はな)へつよく吹入て。嚏(くさめ)をさ
すべし。これらの薬を吹入るには。まづ紙
をひねりて。鼻涕(はなしる)をのごひとりて後に。
左右ともによく鼻の底(そこ)まで通るやう
に吹こみて後。結髪(たぶさ)をとりて頭(かしら)を提起(ひきおこす)
べし。斯(かく)して嚏(くさめ)出るものは。やかて正気
つくものなれば。まづ吐法を行(おこなふ)べし。はき
薬のことは。次のく【くの右に長四角】の部の霍乱(くわくらん)の條(くだり)に
いふべし。肩(かた)より血を瀉(とる)ことは。時の宜(よろしき)に
従(したかふ)へく。且(かつ)素人(しらうと)には行がたきことも
あれば。毉(い)の来るをまちてもよし。灸
は天 枢(すう)か。前の痢病(りひやう)の條(ところ)に記(しるし)たる八花

の灸よし。正気(しやうき)つけば。右か左か半身
却(かへつ)て不遂(ふきゝ)になるもの也。吐を得て後
に。下 剤(ざい)を用ひ。大便通利したるのちに。
附子(ぶし)。天南星(てんなんしやう)。細辛(さいしん)。木香(もくかう)四味。各一匁二分
に。生姜四五片を加へ。水一合五勺を六勺
に煎じ用ふべし。或(あるひ)は千金方の附子(ぶし)
散(さん)。和剤局方の三 生飲(しやういん)などの単方(やくみすくな)に
て効(しるし)ある方も。また多し。其 佗(ほか)證(しやう)に
応(おう)じてさま〴〵に処方(くすり)の差別(しやべつ)はあ
れど。此(こゝ)にはたゞ急卒(にはかなる)を救(すくふ)べき片端(かたはし)を
記(しるし)たるまでなりと思ふべし▲蕎麦(そば)に
あたりたるには。牡蠣(かき)の生汁(なましる)をのむ
べし。楊梅皮(やうばいひ)と薬店にていふ。やまもゝの
木の皮(かは)を細末(さいまつ)して。さゆにて用ふるか。又
は煎じて用るもよし。この二品は。しば〳〵
試(こゝろみ)て確(たしか)に効(しるし)あることを知(し)れり。萊菔(だいこん)の搾(しぼり)
汁も。又よく蕎麦(そば)の毒を解(げ)するもの也。
香橙皮(くわんぼのかは)の搗(つき)てしぼりとりたる生汁も
また効ありといへり。これも又心得べし。

▲走馬牙疳(そうばげかん)は。はくさといふ小児の急(きふ)
病(びやう)にて。はぐき腐(くされ)て。歯(は)こと〴〵くおち。脣(くちびる)
頬(ほう)までも蝕(かけ)て死(し)にいたる。おそろしき
病なり。速(すみやか)に硇砂(どうしや)。龍脳(りうのう)等分(とうぶん)に。枯礬(やきみやうばん)
少ばかりを研(すり)合せてつけ。紫円(しゑん)を用て
下すべしつ【つは白抜文字】頭痛(ずつう)は其 因(もと)さま〴〵に
して。一 概(がい)にはいひがたし。外邪(ぐわいじや)にて頭痛(づつう)
さむけあるものは。すみやかに汗(あせ)を発(はつ)
すれば解(げ)すれども。上衝(のぼせ)甚しく。と
りかぶりて。汗をとりがたく。堪(たへ)かぬ
るもの。我邦(わがくに)上古の湯煮(ゆゆで)といひし。半(はん)
身浴(しんよく)の法(はふ)に效(ならひ)。腰湯(こしゆ)をつかひて汗(あせ)を
とれば。頭(かしら)を覆(おほふ)までにいたらずして。汗(あせ)
よく出れば。頭痛(づつう)甚敷ものもおとなひ
やすくして。愈(いゆ)ることもまた速(すみやか)也。前の
痢病(りびやう)の條(ところ)に。その事を記(しるし)おきたれば。
あはせ考(かんがへ)て用ふべし。常(つね)に頭痛(づつう)の持(ぢ)
病(びやう)あるもの。旅行(りよこう)して。終日(ひめもす)日にあた
りて。宿疾(やまひ)のおこりたるものは。かならず

この法(はふ)を用て速(すみやか)に解(げ)することを求(もとむ)べし。
もし上衝(のぼせ)はなはだしきものは。大なる薬(やく)
罐(くわん)やうのものに冷(ひや)水を汲(くみ)入て。椽端(えんばな)へ頭(かしら)を
出して。頭(かしら)へ濯(そゝぎ)かくべし。婦人(ふじん)は髪(かみ)を
ほどきてふたつにわけ。中 剃(ぞり)のところよ
り額(ひたひ)へ濯(そゝぎ)かけてよし。これを柎水(ふすい)と云(いふ)
て。水 療(りやう)の一 法(はふ)とす。または顳顬(こめかみ)項(うなじ)肩(かた)
および缼盆(けつぼん)といふて。導引(あんま)科の脊後(うしろ)
に居(ゐ)て。まづ手の次指(ひとさしゆび)中指(なかゆび)のあたる
所などへ。蜞(ひる)をつけて。血を多く吸せるも
またよし。又は。白芥子末(からしのこ)一匁。龍脳(りうのう)末五
分を醋(す)に和して。顳顬(こめかみ)項(うなじ)肩(かた)へつける
もよし。また数(す)日大 便(べん)通(つう)ぜず。舌(した)に黄(き)
なる胎(たい)ありて。食味(しよくのあぢはひ)をうしなひ。頭痛(づゝう)
するものは。調胃承気湯(てうゐじやうきとう)を用べし。其
方は。唐大黄(からのたいわう)八分。芒消(ばうせう)一匁六分。甘草(かんざう)三
分。煎じて用ふ。また上好の茶を濃(こく)煎
じて用るも。軽(かろ)き頭痛には効ある
もの也。また食事(しよくじ)するたびことに。頭痛(づゝう)

するものに。唐呉茱萸(からのこしゆゆ)を用ひて効ある
ものなれば。不 換(くわん)金正気 散(さん)などへ多く加へ
て用ふべし。建(けん)中散もよし。あるひは。呉茱(ごしゆ)
萸湯(ゆとう)といふ方をもちふること最(もつとも)よし。
その方は。呉茱萸(ごしゆゆ)一匁。人参八分。大 棗(さう)六
分 甘艸(かんざう)二分に生姜を加(くはへ)。水一合二勺を六
勺に煎じて用ふべし。いたつて効
あるもの也。此 剤(くすり)は食事するごとに
咳逆(せきいり)。または眩運(めまひ)嘔逆(むかひけ)を発するもの
にも。用て効ある経験(けいげん)もまた多し。
また真頭痛(しんづつう)とて。頭脳中(あたまのしん)に痛(いたみ)をおぼ
え。やがて劇(はげし)くなりて堪(たへ)がたく。或(あるひ)は
昏眩(めくらみ)失気(きをうしなひ)。やがて手足(てあし)厥冷(ひえ)。脉(みやく)沈微(ちんび)
にして力なく。爪甲(つめのかふ)の色(いろ)青(あを)く脣(くちびる)白
くなり。気息(いき)も絶(たえ)んとするものあり。
これ多くは救(すくひ)がたし。はやく頭上(あたま)の正中(まんなか)
の百 会(ゑ)といふ所と。腹(はら)の天 枢(すう)。前に出せ
る八花の灸などをして。唐附子(からのぶし)。細辛(さいしん)。麻(ま)
黄(わう)の三味。各一匁の麻黄附子細辛湯(まわうぶしさいしんとう)と

いふ剤(くすり)を濃(こく)煎(せん)じて連服(つゝけてのま)すべし。これに
硇砂(どうしや)を点服(てんぷく)するも又よし。前にいふ白芥(から)
子(し)。龍脳(りうのう)の引薬。または柎(ふ)水の術(じゆつ)。舌(く)
交薬(さめくすり)などを試用(しよう)したるもよし。また
證(しよう)によりては。はげしき吐剤(はきぐすり)を用べけれ
ど。その方はこの編(へん)には載(のせ)がたし。また一方
の用べきものあれど。素人には伝へかたし。
▲撲眼(つきめ)にて眼(め)赤くなり。焮痛(ほめきいたむ)には。白梅(うめぼし)
を煎じてしきりにむしてよし。又 水仙(すいせん)
の根をすりて汁をとり。枯礬(やきみやうばん)を小さき
耳(みゝ)かきに一ツほど加へてさすもよし。
ね【ねは白抜文字】寝小便(ねせうべん)は飽食(くひすぎ)によるものも。蚘蟲(くわいちう)に
因(よる)ものも。腹(はらの)気 攣急(ひきつり)によるものも
ありて。一 様(やう)ならず。飽食(くひすぎ)は。食(しよく)を減(へら)
させ。蚘蟲(くわいちう)は蟲(むし)を下せば愈(いゆ)る。腹(はらの)気 攣(ひき)
急(つり)て起(おこる)ものは。卒(にはか)には愈(いえ)がたし。寝(ね)小 便(べん)
の止(やみ)かぬるは。性怯(うまれかひな)く懶怠(ふしやう)なるものに
多しあるものなれば速(すみやか)に治しがた
き病(やまひ)なれど。羇旅(たびさき)在陣(ざいぢん)などにて

従者(つれしもの)にこの患(うれひ)あらば。竊(ひそか)に猫(ねこ)の屎(くそ)
の屋上(やのうへ)にありて。数月(すげつ)雨露(あめつゆ)にさらさ
れたるもの得(え)。日に乾(ほし)て細末(さいまつ)したるを
丸薬にして。日々これを用れば。寝(ね)小
便(べん)を治すること不思議(ふしぎ)の効(しるし)ある物也。
火に炙(あぶり)て末(こ)にして丸じたるもよし。
また烏骨鶏(くろずねのにはとり)の屎(くそ)も効あるよしを
いへど。それはいまだこゝろみず▲猫(ねこ)に
噛(かま)れたるも。前の犬にかまれたるを
治するものとほゞ同じこと也。猫(ねこ)薄荷(はくか)
をくらへば。かならず酔(よふ)ものなり。薄荷(はくか)
よく猫(ねこ)の毒を制(せい)すといへば。内 服(ふく)する
か。もし生(なまの)葉を得たらば。犬毒を
治する手あてのごとくにしたる跡(あと)へ。
すりこみてもよし▲鼠(ねずみ)に咬(かま)れたる
も。犬毒と同じことなり。これにも
漢土人(もろこしびと)は。斑猫(はんめう)をつけよといひ。または
斑猫(はんめう)を焼灰(やきはい)にし。麝香(しやかう)を交(まぜ)てつくべ
しなどいへど。多くある葛上亭長(まめはんめう)を

用ふるかた便宜(べんぎ)なり。また雄黄末(をわうのこ)を
つくるもよろしければ。創(きず)の至て浅(あさ)きもの
には。用へし。創所(きず)の血(ち)をよくしほり出し
たるあとへ。焔消(えんせう)の細末(こ)。発火(ほくち)。あるひは火
薬(やく)を填(もり)て。火を点(てん)じ。毒気を散(さん)ずべし。
檪木皮(くぬぎのかは)よく鼠毒(そどく)を解(けす)といへど。予(おのれ)は
いまだ試(こゝろみ)ず。綿実(わたのみ)を焼(やき)て。その煙にて咬(かま)
れたる所を薫(ふすぶ)へしといへど。これも試(こゝろみ)
たることなし。猫(ねこ)の屎(くそ)をつけよといふは。
これを制(せい)するの意(こゝろ)なるべし。いづれに
も獣咬毒(けものかみたるどく)も。諸(さま〴〵)の蟲(むし)の咬(かみ)たるも。こと
ごとく皆 肉(にく)中に毒をのこして後の
害(がい)となるものなればこれをよく洗(あらひ)て
後。毒を外へ誘(さそひ)出す物をつけてこれ
を除(のぞ)くにしくことあるべからず。此義(このわけ)を
よく領会(がてん)すべしな【なは白抜文字】崩漏(ながち)は。婦人(ふじん)の病(やまひ)
なり。婦(ふ)女子 旅(りよ)中にて此病に逢(あふ)時は。
道行(みちゆく)こともならず。大に艱(こまる)もの也。陰(いん)中
を冷(ひや)水にて洗(あらひ)て。之(これ)を治する法(はふ)も

あれど。喞筩(みつはちき)を用ひて深(ふか)く子宮中(こつぼのうち)を
洗(あらひ)て後(のち)。坐薬(さしぐすり)を挾(さし)て止る術(しゆつ)なれば。それも
旅舎(はたこや)にては施(ほどこ)しがたくいづれにもあれ。
血の下ること多ければ身體(からだ)頓(にはか)に疲(つかる)るもの
なれば。速(すみやか)にこれを止ることをこゝろえべし
その法(しかた)は繭綿(まわた)を二十匁ばかりを小さく
束(つかね)て。陰(いん)中に容(いれ)て。横(よこ)に臥(ねかし)。右にあれ左
にあれ。上になしたる足をむかふへねぢ
りて。臀肉(しりのにく)を掌(てのひら)にてしかと圧(おさへ)さすれば。
陰戸(まへ)かたく閉(とづ)るなり。かくのごとくする
こと一時ばかりをすぐれば。陰戸(まへの)中の破(やぶけ)
たる細絡(ちのかすひ)【「ちのかよひ」では】おのづから愈(いえ)あふて。血の出る
ことは止ものなり。内服剤(のみぐすり)の速(すみやか)に効(こう)あ
るものは。枯礬(やきみやうばん)二匁。騏驎血(きりんけつ)一匁を細末(さいまつ)し
て丸じて用るか。枯礬(やきみやうばん)阿煎薬(あせんやく)各二
匁を。散薬(さんやく)にて用るか。又はこれらの剤(くすり)を
布(ぬの)につゝみ。陰(いん)中ヘ坐薬(さしぐすり)としてもよし。
此二 種(しゆ)のうちにて。薬品(やくひん)のあるにまか
せてこれをつゞきて服(もちひ)てよし。漏血(ながち)

止ざるあひだは。丸散を用るにも冷
水を以て送(もちひ)下。煎剤(せんやく)も冷(ひや)して用る
をよしとす。大かたはこれにて治すれども
もし煎薬(せんやく)をもちひんとおもはゞ。艾葉(もぐさのは)。
当帰(たうき)。各六分。唐阿膠(からのあけう)。川芎(せんきう)各四分。生(しやう)
乾芍薬(ぼししやくやく)八分。地黄(ぢわう)一匁二分。甘草一分。
七味合せて四匁一分を一 貼(てふ)とし。生姜を
多く加へ。水煎して用べし。これを芎(きう)
帰膠艾湯(きけうがいとう)といふ。また子宮(こつぼの)中に蓄血(とゞこほりたるち)
あるか。息肉(そくにく)などを生じ。又は瘡(できもの)を
生(しやう)じたるなどより。崩漏(ながち)を発(はつ)するも
のあり。それらは證候(しようこう)も治法も大に
異(こと)なれば。これもまたこゝろえべし
ら【らは白抜文字】雷震(らいにうたれ)死(しゝたる)は雷火(らいくわ)の地におつる響(ひゞき)
にふれて。気絶(きぜつ)したるなり。これは
多く時を過(すご)さずるものはなほ救(すくふ)べし。
その救(すくふ)べきものと。すくふべからざるものと
をよく見わけて。これを行(おこのふ)べし。その救(すくふ)
べからざるものは。腹(はら)脹(はり)色(いろ)変(へん)じ。周身(しうしん)

うきはれて。色 青(あを)く。ぶつ〳〵たちたる
斑点(あざ)あちこちにあらはれ。肉柔脆(にくやはらか)くして。
これを按(おせ)ば。匾(ひらた)くなりたるまゝにて。口 鼻(はな)
より臭(くさ)き液(しる)ながれいで。眼(め)凹(くぼ)みて口 開(ひら)き。
厭(いとひ)にくむべき屍臭(しびとのか)あるものは。救(すくふ)べきたよ
りなし。其救て蘇(よみがへる)べきものは。静(しづか)に
心をとめてよく診(み)れば。口吻(くちびる)をり〳〵び
くつくもの。燭(ともしび)をとりて眼(めの)中をてらせ
ば。瞳孔(ひとみ)ちゞみ。燭(ともしひ)を遠(とほ)ざくれば開(ひら)くもの。
鳩尾(みづおち)に掌(て)をあてゝ診(み)れば。内(うち)に温(あたゝまり)を
おぼゆるもの。燈心(とうしん)又は鳥(とり)の羽(はね)または蝋燭(らうそく)
の火を口 鼻(はな)のあたりへ近(ちか)づくれば。動(うごく)と見
ゆるもの。或(あるひ)は眼(め)を。左にあれ右にあれかた
〳〵あき。かた〳〵はふさぐもの。頬(ほゝ)の色(いろ)
なほ赤(あか)みあるもの。磨破(すりやぶり)たり所より。
血の流出(ながれいづ)るもの。耳(みゝ)に口をよせて其名
をよべば。面(かほ)の肉(にく)動(うごく)がごとく見ゆるもの。眉(まゆ)に
つきたる上のところを。指(ゆび)さきにて強(つよ)く
按(おし)てはなてば。凹(くぼみ)たる所だん〳〵にもとの

如(ごと)くなるもの。この九ツの候(うかゞひ)のうちに
て。二ツ三ツあらば。必(かなら)ず死(しに)たりとは定(さだ)むべ
からず。いかなる急病(きふびやう)にて呼吸(いき)のかよひ
絶(たえ)さるものにても。此 救(すくふ)べきものとすくふ
べからさるものとの差別(わかち)をよく弁(わきまへ)知(しり)て。
これを決(けつ)すべきことは。これ診候(みわけ)の緊急(だいじ)
なること也。近世の毉人は多くは薄情(はくじやう)に
して。診候(みわけ)にふかく意(こゝろ)を注(そゝぐ)ものも少(すくな)
ければ。素人(しろうと)もよくこゝに述(のぶ)る所を撿(たゞし)て。
これを救(すくふ)ことをこゝろがくべし。さて急病(きふひやう)
卒死(そくし)あるとき。第一に心 得(う)べきことは。呼吸(いき)
の往来(かよい)絶(たえ)たるものに。気付薬(きつけぐすり)といふて。
蜜(みつ)にて煉(ねり)たるものを用ふるははなはだ
あしきこと也。気息(いき)のかよはぬ咽喉(のんど)のあ
ひだには。些少(いさゝか)の物にても妨礙(さまたげ)となり。
これによりていよ〳〵気息(いき)の往来(かよひ)を
歇(とゞめ)。活(いく)べきものも蘇(よみがへる)ことならぬやうにな
れば。煉薬(ねりやく)はもとより。丸散煎薬(ぐわんさんせんやく)の類(るゐ)
も。呼吸(いき)の出ざるうちは。一切 戒(いましめ)て用べか

らず。柔術家(じうじゆつか)の拳法(やはう)の中(うち)にて。肩(かた)の
活(くわつ)。天枢(てんすう)の活(くわつ)。内股(うちもゝ)の活(くわつ)臍下(へそのした)の活(くわつ)。い
づれなりともよく学(まなび)得(え)て。卒死(そくし)の者(もの)
に行(おこのふ)べし。今 此(こゝ)にその梗概(あらまし)を示(しめす)べし。肩(かた)は
按摩(あんま)の人の脊後(うしろ)【濁点衍】へまわれば。まづ大指(おやゆび)と
次指(ひとさし)中指(なかゆび)とをかくる所の肩(かた)の肉(にく)を。
三指頭(みつのゆびさき)にて緊(きびし)く掴(つかみ)。力を極(きはめ)てぐるり
〳〵とうしろのかたへひねりかへすべし。
背(せ)は六七 椎(ずい)のあたりを。四指(よつのゆび)を屈(かゞめ)て
平手(ひらて)にて内に徹(とほる)やうにうつなり。天枢(てんすう)
は。臍(ほぞ)の両旁(りやうわき)左右へ。臍(ほぞ)より曲尺(かねざし)にて一寸
五六分のところ。左右相去こと三寸一二
分。この両旁(りやうわき)を指(ゆび)さきにて。力を極(きはめ)て
按(おす)ときには。ことの外に徹(とほり)て痛(いたみ)をおぼ
ゆるところなり。内股(うちもゝ)は。陰所(いんしよ)へ近(ちか)き。
股(もゝ)のつけねの所の肉(にく)をつよく按(おす)也。
臍(ほそ)下の活(くわつ)は。後のく【くの横に長四角】の部(ぶ)縊死(くびくゝり)の條(ところ)
にいへり。其(その)処(ところ)は。臍(ほそ)の下と陰所(いんしよ)との
正中(まんなか)にて。丹田(たんでん)といふ人の體(からだ)の中心也。

この五ヶ所の外にも。内に徹(とほ)るところ
はあれど。まづこの五ヶ所の中一ケ処(しよ)にて
も。内に徹(とほり)。頭脳(あたま)へこたゆれば。気息(いき)は出る
なり。もしこれにて息(いき)出ずば。帯(おび)をと
きて。頭面(かしらかほ)より。肩(かた)。脊(せなか)。胸腹(むねはら)。両脇(りやうわき)。肩上(かたのうへ)
より左右の手の関節(ふし〳〵)。股(もゝ)の内外(うちそと)。膝(ひざ)臏(ひさがしら)
両脚(あし)にいたるまで。壮年(としわか)の者両人にいひ付
て。関節(ふし〴〵)より肌膚(はだえ)を按摩(あんま)しながら。
摩擦(こすら)すべし。羅紗(らしや)毛氈(もうせん)などの類あ
らば。それにて摩擦(こすら)するもよし。如此(かくのごとく)惣(さう)
身(み)を揉(もみ)やはらげ。皮膚(はだえ)を摩擦(こすり)をは
りたらば。鼻(はな)の左右の穴(あな)へ。竹の管(くだ)を
さしこみ左右一 齊(ど)につよく息(いき)を吹
こますべし。または鼻(はな)をふさぎて。壮者(わかきもの)
の口を直に卒死(そつし)人の口へあはせて。息(いき)を
吹(ふき)入るもよし。または鞴(ふいご)の管(くだ)を口内へ
接(さしこみ)て。風気(かぜ)をつよく吹いるゝもよし。斯(かく)
吹入てのち。胸肋(あばら)を左右の手掌(てのひら)にて
按(おし)て。内より入たる風気(いき)をおし出(いだし)て。又

吹入るなり。かくするは胸肋(むね)の内なる肺(はいの)
蔵(ざう)の呼 吸(き)を出納(だしいれ)する機転(はたらき)の絶(たえ)たる
ものを挽回(ひきかへさ)んためにすることなれば。よくその
意(こゝろ)をえて行(おこなふ)べし。膻中(だんちう)とて両乳の真(まん)
中平常は鍼(はり)すべからざる所なれども。
卒死(そくし)の者にはふかく此所へ鍼(はり)を一寸
あまりも骨(ほね)を貫(つらぬ)き刺(さし)て。生を回(かへす)べき。
鍼科(はりいしや)にて秘伝とすることあり。これは
心臓(しんのざう)を刺(さし)て。絶(たえ)たる機転(はたらき)を再(ふたゝび)呼回(よびかへさ)ん
とするの術(じゆつ)にて。脊(せ)を打(うち)て内に響(ひゞき)
の徹(とほる)も。この心肺(しんぱい)へこたへさするためなり。
よくこれらの意を得てこれを行べし。
また鞴(ふいご)を以て。気を肛(こう)門へ吹こむか。
芩吹(きせる)の大頭(ひざら)を去(さつ)て。吸管(すいくち)のかたを肛門
へさしこみ。別(べつ)の煙管(きせる)をとりて。煙(けふり)を口
にふくみ。肛門(こうもん)へつよく。吹入るもよし。
嚏(くさめ)ぐすりには。皀莢(さうけう)。細辛(さいしん)二味の細末(さいまつ)。胡
椒(せう)の末(こ)。萆撥(ひはつ)の末。瓜蒂末(くわていのこ)。木藜蘆(くさめぐさ)の
末。白芥子末などを用ひてよし。いさゝかも

気息(いき)かよふとみば。冷(ひや)水を面(かほ)へふきかけ。
又は醋(す)を鉄器(てつき)。石 瓦(かはら)の焼(やき)たるか。炭火(すみび)に
そゝぎて。その烟(けふり)を薫(ふすべ)かくるか。醋(す)の気(き)つ
よきものに。磠砂(どうしや)を入てのまするか。天
枢(すう)。臍下(ほそのした)。または前にいふ八薔の灸な
どをするがよし。生気(しやうき)復(つき)たりしも。脉(みやく)
なほ微(かすか)にして。四肢(てあし)冷(ひゆ)ること甚しきは。
附子(ぶし)。人参(にんじん)。おの〳〵二匁。乾姜(かんきやう)。甘草(かんざう)お
の〳〵一匁に。水一合八勺入七勺に煎じ。
少しづゝのますべし。諸卒死(もろ〳〵のそくし)とも。この
旨(むね)を領解(がてん)したる後(のち)には。時(とき)に応(おう)じた
る裁量(はからひ)も出るものなり。嘗(かつ)て三歳
の女子の滞食(しよくたい)して気息(いき)の絶(たえ)たる
ものに。小 粒(つぶ)の紫円(しえん)三百 粒(りう)許(ばかり)を舌上(したのうへ)に
入て。湯(ゆ)をつよく吹入しかば。やうやく
に下降(さがり)たりと見えしが。時すぎて下(くだ)
利(り)を得て治したりしなり。これらのこと
もよく考(かんがへ)あはすべしむ【むは白抜文字】蜈蚣(むかで)に咬れ
たるも。前の犬に咬れたるものと同じ

こゝろえにてよし。蜈蚣(むかで)の毒(どく)内攻(ないこう)すれば。
舌(した)脹(はれ)出る。それには雄鶏冠血(をんどりのとさかのち)を生(いき)ながら
切て。口中にそゝぎ入て服(のま)しむれば愈る
といへり。雄黄(をわう)に。生姜(しやうが)のしぼり汁を加へ
てぬりたるも。服(のませ)たるもよし。醋(す)を加へたるも
又よし。雄黄は。諸蟲咬傷(もろ〳〵のむしのかみさしたる)に効(しるし)ある
ものなれば。いづれにも内服したるがよし。
いづれの咬傷(かみさしたる)にても。硝石または火薬(くわやく)
の類を傷所に塡て。火を点(つけ)て毒を
たゝしむることと。葛上亭長(まめはんめう)。斑猫(はんめう)の類(るゐ)
を外伝(つけ)て毒(どく)を誘出(さそひだ)すことはするがよし。
またもろ〳〵の小蟲(むし)の刺咬(さしかみ)たるは。血を
しぼりいだしたるあとへ。発燭(つけき)又は
紙條(こより)に胡油(ごまのあぶら)を蘸(ひたし)たるに火を点(つけ)て。傷所(きずくち)
へ滴(たらし)こむもよし。一 切(さい)の毒蟲(どくむし)の咬刺(かみさし)た
るに用てよき方は。雄黄(をわう)。磠砂(どうしや)明礬(みやうばん)
露蜂房(はちのす)各五分。麝香(じやかう)二分 細末(さいまつ)し
て。蜜(みつ)にてねりおきたるを。創所(きずぐち)につ
け。又さゆにて用てよし▲齲歯(むしば)の痛(いたみ)は

は【はの横に長四角】の部(ぶ)。歯(は)痛(いたみ)の條(ところ)に見えたり。むし
ばのいたみあるものは朝夕の口欶(うがひ)【嗽】に。
冷水(ひやみづ)のみを用ひ。食後(しよくこ)はもとより。いさ
さかの物をくひても。かならず冷水
にてうがひすること。久しうしておこた
らざれば。痛(いたみ)やみて。歯(は)牙 堅(かた)くなるもの
なり。もし下顎(したあご)につきたる齲歯(むしば)の
痛(いたみ)ならば。乳香末(にうかうのこ)。小麦粉(こむぎのこ)を等分(とうふん)に
あはせ。鶏子白(たまごのしろみ)と焼酎(せうちう)を加(くは)へて煉(ねり)たる
を。下顎(したあこ)の脉動(みやくのひゞき)ある所へつくべし。この
薬を顳顬(こめかみ)へつけて。よく頭痛(づつう)を治す
る効ありう【うは白抜文字】馬に咬れたるには。葱白(ねぎのしろね)
を四五寸ばかりにきりたるを束(たばね)て。
創口(きずぐち)をしきりに摩擦(こする)へし。痛(いたみ)その
まゝ愈(いゆ)るなり。また馬歯筧(すべりひゆ)をすり
つくるもよし。▲打撲(うちみ)は。はやく醋(す)に
樟脳(しやうのう)を入たるを温(あたゝ)め。布(ぬの)に浸(ひたし)て熨(むす)べ
し。血の凝渋(とゞこほり)たる所あらば。鍼(はり)にても
剃刀隅尖(かみそりのかど)にてもあさくさきて血をし

ぼり出たるがよし。そのまゝに置(おき)ても。
やがてちるものなれど。かくすれば。
ます〳〵よし。すへて酒は血を凝結(こゞら)させ。
醋(す)は血を融解(とかす)ものなるを。世間の正(ほ)
骨科(ねつぎ)が。酒を用ひて薬(くすり)を調和(ねり)てつ
くるは。こゝろえ違(ちがひ)なること也。俗人(しらうと)も
よくこのことを弁(わきまふ)べし▲打撲(うちみ)にて
気絶(きぜつ)したるも。ら【らの横に長四角】の部 雷震死(らいしんし)の條(くだり)
に記(しるし)たるごとくにて救(すくふ)べし。また仰に
ねかして其上へ跨(またがり)て。両手掌(りやうてのひら)を以て。
小腹(こはら)を。うんといふて。下(した)より力(ちから)をきはめて
上のかたへつきあぐるやうにすべし。
これも又ひとつの活(くわつ)なり。前の雷(らい)
震死(しんし)の條(くだり)にあはせ考(かんがへ)て。たがひに
これを一切の卒死(そつし)に用べし▲餓(うゑ)
死(じに)は。数日(すじつ)食(くら)はずして死ぬるなり。
気息(いき)絶(たえ)てほど遠(とほ)からぬは。熱(あつき)
湯(ゆ)に塩(しほ)少ばかりを入て。手拭(てぬぐひ)やうの
ものをいくつともなくその中へいれ。

かろくしぼりてとりかへとりかへ
臍(ほそ)のあたりよりはじめ。腹(はら)をのこり
なく蒸温(むしあたゝ)むべし。あたゝまりよく腹(はら)
の裏(うち)へ徹(とほ)れば。息(いき)出(いづ)るなり。その時(とき)
紙條(こより)にて鼻(はな)をさぐり。かろく嚏(くさめ)を
させて。味噌汁(みそしる)ありあはさず。その
中へ湯を半分ほど入て。少つゞ服(のま)
すべし。白米を煎じたる湯ならば。
もつともよし。それより程過(ほどすぎ)て。稀(うす)
き粥(かゆ)をすゝらせ。その後に白粥(しらかゆ)を
一二日の間 喫(くは)せ。三日めに飯(めし)をくはす
べし。餓人(うゑびと)を救(すくは)んとて。飯(めし)を与(あたふ)れば。
食(くら)ふやいなや死ぬるものあり。故(ゆゑ)
に凶歳(きゝんどし)に。志(こゝろざし)あるものは。よく此(この)義(わけ)を
記得(こゝろえ)て。数日(すじつ)食(しよく)を得(え)ざるものには。
濃粥(こきかゆ)なりとも。卒爾(そつじ)にくらはすべ
からず。一切 餓莩人(うゑたるもの)を救(すくふ)には。この
こゝろえあるべきことなりゐ【ゐは白抜文字】井戸(ゐど)
の久(ひさし)く廃(すて)おきたる水を汲(くま)んと

して。その毒(どく)にあたり。昏眩(めをまわし)失気(きをうしなふ)
ことあり。はやく厳醋(きのつよきす)を頭面(かほ)へ吹かけ。
口中へもいさゝかたらしこむべし。
忽(たちまち)息(いき)出(いで)て甦(よみがへる)なり。穴庫(あなぐら)の気(き)に
中(あたり)たるも。また醋(す)を用て妙(めう)に覚(さむ)る
ものなり。醋(す)はすべて窒塞(ふさがり)て生ずる
ところの戻(あしき)気(き)を解(げ)すること。これに
まさるものなければ。傷寒(しようかん)病人の
室(ねどころ)などは。土鍋(どなべ)に醋(す)を入て。やはらかな
る火(ひ)の上に煮(に)て。これを薫(かほらす)れば。
病者の為(ため)にもなり。人に伝染患(うつるうれひ)を
も免(まぬが)れて。その益(えき)はなはだ多し。
すべて欝閉(うこもり)たる所には。人にあたり
やすき気を生ずるもの也。これを
排除(はらひのぞ)んとおもふには。火を焚(たく)がよし。
井戸 穴庫(あなぐら)などは。火をたきがたけれ
ば。醋(す)を多くそゝぎ入るゝか。または
炬火(たいまつ)を下(おろし)などしてこれをはらふべし。
故に久く蓋(ふた)をあけざる穴庫(あなぐら)。井戸

などは。まづ蝋燭(らうそく)に火をつけて。内にお
ろして見るべし。忽(たちまち)消(きゆ)るものは。かな
らずこの気を生じたる也。故(ゆゑ)に炬火(たいまつ)
もよく燃(もえ)つきたるにあらねは消(きえ)安(やす)
し。常(つね)に人の住(すま)ぬ堂社(だうしや)。又は石室(いはむろ)。又
はまれにいたる別荘(べつさう)などの。常に戸ざし
たる所などは。かならずまづその戸(と)障(しやう)
子(じ)をあけはなち。風の往来(ゆきかふ)やうに
し。内にて火をたかすべしの【のは白抜文字】咽喉(のんど)腫(はれ)
痛(いたむ)證(しよう)の起因(おこり)には。さま〴〵なれど。此(こゝ)には
世に多くある所のもののみを挙(あげ)て
示(しめす)なり。まづ前(まへ)なるは。気息(いき)の往来所(かよふところ)
ののんどにて。これを喉(こう)といひ。後(うしろ)なるは
飲食(たべもの)の下降(さがる)ところののんどにてこれ
を咽(いん)といふ。喉(こう)ののんどが腫(はる)る時は。息(いき)する
に障(さはり)となり。咽(いん)ののんどが腫(はる)るときは。飲(たべ)
食(もの)の下降(さがる)に妨(さまたげ)となりて悩(なやむ)なり。今の世
の人こうひ【こうひの横に長四角】といふは。多くはこの咽(いん)にして
喉(こう)にはあらず。名義(めいぎ)さへ違(たがひ)ぬれば。療治(りやうぢ)

をすることも。また疎漏(やゝゐへはなし)なること多し。この
咽(のんど)の痛(いたみ)の最初(さいしよ)ならば。速(はや)く唐(から)の甘草(かんざう)
一味を。一 貼(てふ)三匁ほどにして。水一合二 勺(しやく)を
六勺に煎(せん)じ。二三 貼(てふ)も用れば。痛(いたみ)忽(たちまち)
愈(いゆ)ること。おどろかるゝが如(ごと)きことあり。
これを甘草湯(かんざうとう)といふ。もしやゝ腫(はれ)いで
たりと思ふものには。生乾(しやうぼし)の桔梗(きゝやう)一匁
五分加へて用べしこれを桔梗湯(きゝやうとう)と
いふ。これにて大かたはいゆるものなり。
もし腫(はれ)つのり膿(うみ)潰(ついえ)て。痛(いたみ)甚しく。
ものいふこともならずして悩(なやむ)ものには。
厳醋(きのつよきす)一合に。半夏(はんげ)の細末(さいまつ)五分。鶏卵(たまこ)
一ツの白みばかりをとりわけたるをいれ。
茶筌(ちやせん)にてかきたてゝ。よく混和(まじり)たる
を見て。火にのぼせ。一沸煮(ひとにたちに)たちた
らば火をおろし。絹(きぬ)にてこして。冷(ひやし)た
るまゝに少しづゝのむなり。これ古(いにしへ)の
苦酒湯(くしゆとう)を。予が意(こゝろ)を以て。今に用ひ
たるところの方なり。また醋(す)五勺 許(ばかり)に。

磠砂(どうしや)七八分を融化(とか)してしきりに含(ふくみ)て。
咽(のんど)にいたらしめてのち。呑下(のみくだし)たるもよし。
あるひは磠砂(どうしや)。枯礬(やきみやうばん)等分(とうぶん)を細末(さいまつ)して。竹(たけの)
管(くだ)にて咽(のんど)の中へ吹入るゝもよし。此三方は。
疱瘡(はうさう)などの。咽(のんど)に多く発(でき)て。声唖(こゑかれ)。飲食(たべもの)
のとほりがたきものにも。黴毒(かさけ)にて咽(のんど)の
腐蝕(くされ)たるものにも用て。効(しるし)を得(え)たること
まゝ多し。大 便(べん)秘結(ひけつ)するものには。涼膈散(りやうかくさん)。
又は調胃承気湯(てうゐじようきとう)などゝいふ薬を用る
ことあり。もし病勢(びやうせい)劇(はげし)く。熱(ねつ)燬(やく)がごとく。
咽(のんど)の内外 腫痛(はれいたみ)て。堪(たへ)がたきものは。蜞(ひる)
多くとりて。項(うなじ)より咽(のんど)のまはりへ。四五十も
つけて血を吸(すは)すべし。また傷寒(しようかん)にて。
下利(くだり)甚(はなはだ)しく。脉(みやく)も微(かすか)にして絶(たえ)だえ
になりて。咽(のんど)の痛(いたみ)甚しきものは。通脉(つうみやく)四
逆湯(ぎやくとう)といふて。参附(じんふ)の大 剤(ざい)を用て。救(すくふ)
ことを得(うる)ものあり。その證(しやう)にも。咽(のんど)の
壊(くされ)燗(たゞれ)て。飲食(たべもの)の下降(さがり)かぬるやうに
なりたるものも。まゝあるもの也。もし

それらに血(ち)をとり下 剤(ざい)などを用れば。
たちまち人を殺(ころ)す。おそろしきこと也。
今の世の和蘭毉者(おらんだいしや)に。まゝこの弊(ついえ)多
ければ。素人(しらうと)もよく心得(こゝろえ)おくべきこと也。また
婦(ふ)人の病に。咽(のんど)になにか物のかゝりたる
ごとくおぼえて。まゝ痛をなし。あるひは腫(はれ)
ありて。嚥下(のみくひ)を妨(さまたぐ)ことあり。これは前の
咽(のんど)の痛(いたみ)とは大に相違(さうゐ)の證(しやう)にて。混(こん)ずべ
からざるもの也。これには半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)
といふて。いたつて平穏(やはらか)なる剤(くすり)なれ
ども。妙(みやう)に効(しるし)ある方あり。その方は。半夏(はんげ)
一匁六分。厚朴(こうぼく)六分。茯芩(ぶくりやう)八分。紫蘇(しそ)の
葉(は)四分。合せて三匁二分を一 貼(てふ)とし。生
姜三片をくはへて。水一合二勺を六勺に
煎(せん)じ。わづかに五六貼を用ればいゆる
なり。これらもかの蘭毉(おらんだいしや)が。瀉血(しやけつ)などを
して妨碍(さはり)となりしことを見たり。かく相(あひ)
似(に)て異(こと)なるものもあれば。忘意(めつた)なる
ことはせぬがよし。つゝしんで思ふべきことならず

や。又小 児(に)に馬脾風(ばひふう)といふて。息(いき)の往来(かよふ)
ところの喉(こう)ののんど。にはかにつまりて。
ひい【ひいの横に長四角】といふて息(いき)出(いで)ず。大に悩(なやむ)ことあり。これ
には硝石(せうせき)一匁。枯礬(やきみやうばん)五分。銀朱(しゆ)三分の三
味を細末(さいまつ)して。竹の管(くだ)にて喉頭(のんど)へ吹込(ふきこみ)。
新汲水(くみたてのみづ)を口うつしに吹こむか。または器(うつは)
に入て呑(のま)すべし。妙(めう)に効(しるし)あるもの也。
この薬を用るには。かならず水にて送(おくり)下
すべし。湯は一切もちふべからず。今 和(お)
蘭毉士(らんだいしや)の為(する)ところを看(み)るに。此 證(しよう)に。
緩汞(かろめる)をのませ。蜞(ひる)をつけて血(ち)を吸(すは)すれど
も。これ知見(みること)の至(いたら)ざることにて。やゝも
すれば却(かへつ)てこれを損(ころす)なり。今 此(こゝ)に記(しるす)と
ころの方の効(こう)の速(すみやか)にして。百 発(ほつ)百中
なるにはしらざるなり▲咽(のんど)へ芒(のぎ)のたち
たるは。しきりに餹(かたあめ)をくふべし。膠飴(みづあめ)
もよし。又 紙條(こより)を鼻(はな)へさし。くさめして
もぬけることあり。魚骨(うをのほね)の哽(たちたる)も又くさ
めにていゆることもあれば。心得(こゝろえ)べし。

▲咽(のんど)へ粢(もち)などのかゝりて。いかにすれども
下りかぬることあるを。扇(あふぎ)のほねを紙(かみ)に
つゝみて。つきいれよといふことをいへど。これは
いたづらに咽(のんど)をいためて効(こう)なきこと多き
もの也。乾芋梗(いもがら)にておし下せといふは。
扇(あふぎ)のほねにはまさりたりとおもはる
れど。それらよりも油をのみて滑(すべら)せて
下すにまさりたることはあるべからず。
これらにはわづか一二勺をのみて効を
うるなり。鹿角菜(ふのり)を熱湯(あつきゆ)にもみて
滓(かす)をしぼりすてたるにても。団餅(たんご)
粢(もち)などの咽にかゝりたるは下るなり。
かゝることはたゞ速(すみやか)に行(おこな)ふをよしとす
れば。この意(こゝろ)を得(え)てのちは。時に応(おう)じ
ての裁酌(さりやく)あるべきことなり▲上衝(のぼせ)つよ
く肩強(かたはり)。眩運(めまひ)。頭痛(づつう)などして。旅行(りよこう)に
艱(なやむ)ことあり。大 便(べん)通(つう)じなきより起(おこる)と
しらば。下 剤(ざい)を用て下したるがよし。
されどあまりに下しすぐれば。心下

却(かへつ)てつかへ。上衝(のぼせ)のつのることあるもの也。
其時は。黄連(わうれん)。胡黄連(こわうれん)。熊膽(くまのゐ)。猪膽(ちよたん)。牛膽(ぎうたん)
などまたは黄蘗(わうばく)皮を煎(せん)じつめたる。
陀羅助(だらすけ)などやうの。味苦(あぢはひにが)き物を用れば。
痞(つかへ)はいゆるなり。もし上衝(のぼせ)つよく。卒(にはか)に
昏冐(うつとうとなり)失気(きをうしなは)んとせば。はやく冷(ひや)水一 盃(ぱい)
を一 息(いき)にのむべし。むかし日本武尊(やまとたけのみこと)が。
近江(あふみ)の膽吹(いぶき)山にて。雨をしのぎ霧(きり)をお
かして。山を陟(こえ)ゆきたまひしとき。山の
瘴気(あしきき)にあたりたまひ。うつとりと酔(よへ)
るがごとくになり給ひし時。麓(ふもと)の清(し)
水を飲(のみ)て覚(さめ)たまひしといふは。水の
効(こう)あるがゆゑなり。婦人(をんな)の児(こ)を産(うみ)
おとすと。そのまゝに冷水一 盌(ぱい)をのめば。
昏眩(ひきつけ)て死(し)ぬる患(うれひ)決(けつ)してあること
なきものゆゑ。賀川家には黒薬と
いふて。麻(あさ)の嫩苗(わかなへ)を焼(やき)たるを。胞衣(のちざん)の
いまだ下(おり)ぬうちに。冷水にて服(のま)するは。
麻(あさ)の苗(なへ)に効あるにはあらで。水に効

あるをたのむなり旅行(りよこう)在陣(ざいぢん)の下 剤(ざい)
には。加 減消石大円(げんせうせきだいゑん)を製(せい)して持ゆく
べし。その方は。唐大黄(からのだいわう)八両。官製人参(たねにんじん)
六両。精製消石(せい〳〵せうせき)四両。唐甘草(からのかんさう)三両。この
四味を細末して丸となす。又唐大黄
百匁に。水三升入て一升に煎じ。滓(かす)をこ
して。再(ふたゝび)火(ひ)に上せ。五合ばかりになりた
るとき。精製消石(せい〳〵せうせき)五十匁。白蜜(はちみつ)百匁
を入て煮(に)たるを。重湯(りもん)にて煮(に)つめて。
かたき飴(あめ)のごとくにして。器(うつは)にいれて
蓄(たくは)へ。用るときに。湯にて融化(とかし)て用る
もの。殊(こと)に良とすく【くは白抜文字】霍乱(くわくらん)は。食傷(しよくしよう)の
吐瀉(はきくだし)甚しく悶乱(もんらん)するをいふの名にし
て。別に霍乱(くわくらん)といふ病のあるにはあらす。
暑気あたりのやうにこゝろうる人あれ
ども。これは四時にある病にて。暑邪(しふじや)に
はあらず。暑(しよ)は正(たゞしき)気(き)なれば。妄(みだり)に人に
あたるものにあらず。然(しか)るに暑月 夏(なつ)
秋(あき)の間(あはひ)にこの病の多くある所以(わけ)は暑を

凌(しのが)んとて冷(つめたき)物を多くくらひ。恣(ほしいまゝ)に水
を呑(のみ)。または酒を飲(のむ)にも。冷物(つめたきもの)を肴(さかな)とし
ておほくくらひ。その上に。樹陰(こかげ)に涼(すゞみ)を
納(とり)。風のとほる所に仮寝(うたゝね)して。身體(からだ)を
冷(ひや)し。夜気(やき)に侵(おか)されなどして。腠理(はだえ)の
開逹(しまり)あしくなり。内に迫(せまり)て発(おこ)る病(やまひ)
なれば。畢竟(つまり)は冷気(ひえたるき)に中(あたり)て病となる
ものにて。暑熱(しよねつ)に傷(やぶ)られたるものには
あらず。此(この)病(やまひ)甚しくて。上に吐(はき)下に瀉(くだし)
て止(やま)されば。たちまち元気 脱(ぬけ)て。卒(にはか)に
死ぬる。怖(おそろ)しき病なり。すべて病は。皆(みな)
手前(てまへ)ごしらへなるものなれど。殊(とりわけ)この
病は。至(いたつ)て不養生(ふようしやう)なる人にある病にて。
その小なるものを養(やしなひ)て。大なるものを
忘(わする)る。小人の患(うれふ)るところにして。道にこゝ
ろざすものにあるべき病にはあらざる也。
さて吐瀉(はきくだし)甚しく。四肢(てあし)も厥冷(ひえあがり)て。脉(みやく)も
微(かすか)になりたらば四逆加人参湯(しぎやくかにんじんとう)といふ方
を用べし。その方。唐附子(からのぶし)一匁二分。人参(にんじん)一匁

もしくは二匁。乾姜(かんきやう)八分。甘草(かんさう)六分。四味合せ
て三匁六分。もしくは四匁六分に。水一合五勺
入て六勺に煎じ。連(つゞけ)て二三 貼(てふ)を服(のま)すべし。一
もし下利(くだり)は甚(きせる)こともなく。吐逆(むかひけ)劇(はげしく)して
止(やみ)かねるには。甘草(かんざう)。乾姜(かんきやう)各(おの〳〵)一匁。二味合せ。
て二匁に。水一合入て五勺に煎(せん)じ用べし。
これを甘草乾姜湯(かんざうかんきやうとう)といふ。至(いたつ)て軽(かろ)きもの
には。益智飲(やくちいん)とて唐木香(からのもくかう)。唐 呉茱萸(ごしゆゆ)。唐
益智(やくち)各六分ばかりを。水一合入 沸(にたち)たらば。火
より下し滓(かす)をこして用るもよし或(あるひ)は呉(ご)
茱萸(しゆゆ)を去(さり)て青葉藿香(あおばのかくかう)を加(くは)へ用てよし。
下利(くだり)あるものには。唐 良姜(りやうきやう)を加(くはへ)たるも
よし。建中散(けんちうさん)もまた用べし。もし吐下(はきくだし)
甚しく。薬を煎ずる間もいかゞと
思(おもは)るゝものには腹(はら)の天 枢(すう)に灸すべし。
これは臍(ほそ)をさること。大人の體(からだ)にて。曲尺(かねざし)
一寸二三分。左右 相去(あひさる)こと二寸五六分の
所の穴処(けつしよ)也。これを確(たしか)にせんとおもはゞ。
紙條(こより)か稲稗(わらしべ)にて。乳(ちゝ)と乳とのあひだを

とり。それを八ツに折(をり)その半(なかば)を去(すて)。のこ
りのなかばをふたゝび二ツにをりて。折目(をりめ)を
臍(ほぞ)へあて。左右の端(はし)に点(てん)する也。この
灸(きう)する所(ところ)は。前(まへ)の雷震死(らいにうたるゝ)ところに出せ
る。卒死(そつし)のものを救(すくふ)べき活法(くわつほふ)にも用る
うちの一ケ所にて。よく響動(ひゞき)の内に
応(こたへ)るところなれば。霍乱(くわくらん)の吐瀉(はきくだし)はな
はだしきにも。傷寒(しようかん)の陰證(いんしよう)にも。用て
薬に優(まさ)れる即効(そくこう)は。数(す)十年来 試(こゝろみ)て知
ところなり。前にいふ八花の灸も又
よろしければ。いづれなりとも速(すみやか)に灸
するをよしとすることなり。また吐(はき)も
なく瀉(くだし)もなく。心下苦迫(みづおちへさしこみ)。腹痛(はらいたみ)。悶(もだ)
乱(え)。胸膈(むなもと)へひしとつまりて。息(いき)もつき
がたきやうならば。指(ゆび)をさし入させて。
吐気(はきけ)をさそふて見ても吐(はか)ざるは。まづ
鳥の羽のさきへ油を少しつけて。深(ふか)く
咽(のど)のおくをさぐり見るべし。夫にても
吐(はく)ことなくば。瓜葶(くわてい)といふて。越前(ゑちぜん)より

出るまくわ瓜(うり)のへたあり。薬店に
まかすれば。そのまゝ末(こ)にすれど。茎(くき)の
つきたる所は効(こう)なければ。切すてゝ。蒂(ほぞ)ば
かり三分に生(なま)なる赤小豆(あづき)を等分(とうぶん)
にあはせて。細末にし。砂糖湯(さとうゆ)に入。
かきたてて用べし。苦瓢(にがふくべ)の実(み)。茶(ちや)の
実(み)も又よく吐をもよふすものなれば。
瓜蒂(くわてい)なきときは用べし。分量(ぶんりやう)瓜蒂(くわてい)
より少し多くしてよし。その外に
吐(はか)すべきものは。箱根(はこね)なる藜蘆(りろ)の
類(るゐ)なる嚏(くさめ)ためぐさ。藜蘆(りろ)。木藜蘆(もくりろ)
のるゐは。品は劣(おと)れども代用してよし。
和蘭(おらんだ)より舶来(もちわたる)ところの吐根(とこん)といふ物も。
瓜蒂(くわてい)とほゞ同じ力のものなれば。これも
代用してよし。其外に劇(はげし)き吐薬(はきぐすり)はあ
れど。素人(しろうと)に用がたし。蒼蠅(あをばい)の頭(かしら)はわづ
かに三ツばかりを用ても。吐を誘(さそふ)もの也。
人屎(くそ)よく吐を催(もよふす)ものなれど。不潔(きたなき)もの
ゆゑ。人も厭(いとへ)ば。用ひがたけれど。いづれをも

得(え)かたき時には用べし。古人は牛屎(うしのくそ)にて
吐せたることをいへば。これもこゝろえおくべし。
屎(くそ)などはさもなりがたけれど。すべて吐
薬は。砂糖湯(さたうゆ)か大棗(なつめ)などの煎じ汁にて
用るがよし。左なければ。よく胃府(ゐふくろ)に落(おち)
つかぬなり。吐薬を用たらば。極(きはめ)て熱(あつき)
湯(ゆ)をしきりにのむべし。吐ても猶(なほ)湯(ゆ)を
のめば。吐を催(もよふす)ことはやければ。湯をたび〳〵
呑(のむ)がよし。すべて熱物(あつきもの)は吐をさそひ。冷物(つめたきもの)は
吐をとむるゆゑに。吐剤(はきぐすり)を用ては。水を
いむなり。吐つくしたりとみば。消(せう)石大
円(ゑん)。大黄煉(たいわうれん)の類(るゐ)。または調胃承気湯(てうゐじようきとう)
を用て下すべし。吐後(はきたるのち)腹痛(はらいたみ)やまず。
宿物(とゞこふりもの)なほあるものは。備急円(びきふゑん)といふ
丸薬を用てくだすべし。これは大黄(だいわう)。
乾姜(かんきやう)。巴豆(はづ)の三味(み)を等分(とうぶん)にして細末(さいまつ)
し。火にて煉(ねり)つめたる蜜(みつ)にて丸ず。糊(のり)
をすこしまぜてもよし。大黄(だいわう)。乾姜(かんきやう)は。
十 倍(ばい)にしても。巴豆(はづ)には大に力おとり

ぬれど。巴豆(ばづ)ばかりにては。丸薬になり
がたきゆゑに。隊伍(くみあはせ)たるもの也。これを
うちくだきて用れば。吐をも誘(さそひ)。下利(くだり)
をももよふすものなれども。胃口(むね)に停(とゞ)
滞(こほり)たるものは。吐(はか)せて後(のち)に下すが順(じゆん)な
れば。まづ吐剤をあたへて。のちに下す也。
備急円(びきふゑん)は。在陣(ざいぢん)羇旅(たびぢ)などには用意して。
人の危急(ききふ)を救(すくふ)べき方なり。この丸子
おほかた三分ばかりを用れば瀉(くだる)也。
なるたけ小さく丸じたるがよし。
水腫(すいしゆ)。脚気(かくけ)の衝心(しやうしん)。または肥前瘡(ひぜんさう)内攻(ないこう)
して水腫(むくみ)を発(はつ)し。やがて衝心(しやうしん)する
ものにも。これを用て水を大に下して
治することあり。これも又こゝろえべし。
霍乱(くわくらん)の吐下なきものも。卒爾(そつじ)には
じめより吐下の峻剤(つよきくすり)は用べからず。
平常(へいぜい)壮実(たつしや)なるものにて。よく〳〵苦(くる)
悶(しむ)を観決(みさだめ)ても。まづ羽をもつて咽(のんど)を
さぐり。または生熟湯(せいじやくとう)とて熱湯(ねつとう)と水

とを各半(はんぶん)にあはせ。それへ塩を少し
入たるをのませて。吐を誘(さそひ)などして
も。吐がたきを見てのちに。吐下の薬は
用べし。すべての病は。人の體(からだ)におのづ
からこれを排除(はらひのぞく)べき力用(はたらき)あるもの
なれど。その力の足(たら)ざるところを助(たすけ)ん
が為(ため)に。用る鍼(はり)灸(きう)薬(くすり)なれば。まして
素人(しろうと)などの。周章(あはて)て忘意(めつた)なることを
せんより。なるべきたけは。自然(しぜん)にまか
せたるがよし。建中散(けんちうさん)といふは。乾姜(かんきやう)。桂(けい)
枝(し)。唐木香(からのもくかう)。唐 良姜(りやうきやう)。唐 縮砂(しゆくしや)。丁子(てうじ)各(おの〳〵)等(とう)
分(ふん)。唐呉萸(からのこしゆゆ)半減(はんげん)。この七味を細末に
して。気(き)の洩(もれ)ぬ器(いれもの)へいれて。旅行(りよこう)に用
意(い)し。もちふる時(とき)は。一 貼(てふ)二匁ばかりを
沸湯(にえゆ)にかきたてゝ服(のむ)なり。この薬は。
感冒の汗をとり。暑気(しよき)あたりの下利(くだり)
をとめ。痢病(りびやう)。霍乱(くわくらん)。疝気(せんき)積(しやく)つかへ。婦人
の血のみちなどにも効あれば。いたつ
て便利(へんり)の薬剤(くすり)なれば。霍乱(くわくらん)のかろき

ものは。おほかたはこれのみにてよし。
また霍乱(くわくらん)にて用べき薬の一切なき
ときには。生姜二三 顆(つ)ばかりを剉(きざ)み。
湯に煎じても用ひ。又は研(すり)て汁を
しぼりて湯に入て用るもよし。又は
醋(す)へ塩(しほ)を一 撮(つまみ)入てのまするもよし。
白梅(うめぼし)の大なるもの五ツ六ツ。水煎じて
用る方もあり。細茶(よきちや)と乾姜(かんきやう)と等分(とうぶん)
にして。細末したるを用る方も。又は
芥子末(からしのこ)をのませ。湯にてねりて。臍(ほそ)へ
塗(ぬり)つくることも。皆(みな)古(ふるき)書(ほん)に見えたる
ことにて。効あるべきものなれば。記得(こゝろえ)
おきて急(きふ)を救(すくふ)助となすべきなり。
霍乱(くわくらん)吐利(はきくだし)止(やみ)てのちは。米粥(かゆ)を稀(うす)くして。
少つゝ喫(のま)せ。四五日の間は。決(けつ)して飽食(くひすぎ)
さすべからず。すべて消化(こなれ)あしきもの
は禁(いみ)たるかよし▲縊死(くびれしに)たるはみだり
にその縄(なは)を断(きる)べからず。あはてゝ縄(なは)
を断(きら)んとすれば。そのはずみに縄(なは)が締(しまる)

ゆゑに。一 段(だん)つよく縊(くびる)れば。活(いく)べき者(もの)も。
息(いき)止(とま)りて死ぬるなり。故に台(だい)にすべ
きもの。さしあたりてなくば。畳をいくつ
もかさね敷(しき)て。縊人(くびれたるひと)の足(あし)の平(たいら)け
とゞくまでにして。一人は縊人(くびれびと)の後(うしろ)へ
まわり。両手の指(ゆび)を組合(くみあは)せて。臍(ほそ)の
下をしかと抱(かゝへ)て。上のかたへもち
あぐるやうにして。そのまゝに手をはな
たず。一人は利刀(きれるはもの)をとりて楷子(はしご)へ登(のぼ)り
て。縄(なは)を断(きる)ときに。臍(ほそ)の下を抱(かゝへ)たる者(もの)と。
たがひに声(こゑ)をかけて。縄(なは)をたつと。
臍(ほそ)の下を持(もち)あぐると。すこしも先後(せんご)
なきやうに。うんと力を入て。臍(ほそ)の下を
抱(かゝへ)たるまゝに。足(あし)を踏(ふみ)とめて。上のかたへ
引あぐる也。これも券法家(やわらとり)の活(くわつ)の一ツ
なれば。組合(くみあは)せたる指(ゆひ)にて力を入て。
つよく上のかたへ擪(おす)ものが。内へ徹(とほ)る
やうにすれば。この時 縊人(くびれたるひと)おほかたは
一 息(いき)はつとつきて息(いき)出(いづ)るなり。さて

臍下(ほそのした)を抱(かゝへ)たるもの。其まゝに立て。少し
も動(うごか)ずこらへゐるなり。縄(なは)を断(たち)たる
ともに。畳(たゝみ)もしくは台(たい)の上へあがりて。
手を縊人(くびれびと)の首(かしら)へそえて。身(み)のうごか
ぬやうに。たがひに力をあはせてそろ
〳〵と畳(たゝみ)の上へ坐(すは)らせて。さて臍下(ほそのした)
を抱(かゝへ)たる手を離(はな)し。項後(うなじ)頸(くび)すぢの
あたりを大 指(ゆひ)と次指(ひとさし)中指(なかゆび)にて。しかと
掴(つかみ)揉(もむ)ことやゝ久くして。内に徹(とほり)て。縊(くびれ)
者(びと)の顔(かほ)をしかむるほどにすべし。それ
より両 肩(かた)の真中(まんなか)の肉(にく)をつかみひね
りかへすこと。雷震死(らいしんし)の條(ところ)にいふが
ごとくにしてのち。脊(せな)の六七 推(すい)のあた
りを右手(みぎのて)の指(ゆび)をかゞめ《割書:手をかくの|ごとくにして|うつなり》【手の絵】《割書:左|脊|右》
平(たひら)にして。したゝかにうつべし。これ
にて正気(しやうき)つくなり。この時 顔(かほ)へ水を
多く吹かけて。嚏薬(くさめくすり)なくば。紙條(こより)を
鼻(はな)へふかくさし入て。くさめをさすべし。
もしこれにて息(いき)出(いで)ずば。口をあはせて

息をつよく吹入て見るべし。息気(いき)出
ざるうちは。一切薬は用べからず。却(かへつ)て
噓吸(いきのかよひ)を止て。死を招(まね)くこと。前にいへる
がごとくなればなり。再(ふたゝび)肩井(けんせい)天枢(てんすう)内(うち)
股(もゝ)などの活(くわつ)法を施(ほどこ)し。鞴(ふいご)を用て気を
つよく吹入。胸肋(あばら)を按(おし)て気をかへし。
または肛門(こうもん)へふいごを接(さし)て風気を吹
入るか。煙草(たばこ)を吹入るか。すべてら【らの横に長四角】の部
雷震死(らいしんし)の條(くだり)にいふ所を照(てら)し合(あはせ)て
試(こゝろむ)べし。縊(くびくゝり)て時を過(すぐ)れば。咽頭(のんど)のあたりへ
血が集(あつまり)て凝結(こる)ものなれば。三稜鍼(さんりやうしん)を
乱刺(おほくさし)て。角子(すいふくべ)をかけて血を吸せてみ
るべし。血出ればかならず甦(よみがへる)なり。少し
にても気息(いき)のかよひありと見ゆる
ことを。前にいふ燈心(とうしん)。鳥(とり)の羽(は)。または蝋(らう)
燭(そく)の火のうごくにて診(うかゞひ)知(し)らば。頭上(あたま)
の正中(まんなか)百会(ひやくゑ)のあたりへ二三が所(しよ)。臍(ほそ)
の両 旁(わき)天枢(てんすう)などの灸(きう)をも灼(すへ)て見る
べし。すべてかゝる治法(ぢはふ)はあはてゝ

行(おこなふ)ことなく。心 静(しづか)に。愛隣(あはれみ)の情(こゝろ)を専(もつはら)に
して。あら〳〵しからぬやうにとりあつ
かふべし。されど舌(した)伸出(のびいで)て。口より涎(よだれ)を
流(なが)し大 便(べん)洩(もれ)出るものはすくひがたし
▲折傷(くじき)は。骨臼(ほねのつがひ)の脱(ぬけ)たるところを。引ぱり
曳(ひき)のばすが。正骨科(ほねつぎ)の極意(こくい)の秘伝(ひでん)なり。
肩(かた)の骨(ほね)なれば。下へひくか。うしろへとり
前へ廻(まわ)して引やうにするか。肘(かひな)は左の
手(て)を肋骨(あばらぼね)へかけて。右の手にてひつ
ぱるか。いづれ骨節(ふし〴〵)にても。此こなたで引ば。
あなたでかゝるものなることを知得(こゝろうる)時(とき)は。
身體(からだ)の中に接(つげ)ざる骨(ほね)はなし。かく正(ほね)
骨(つぎ)といふものは。一 言(ごん)にて秘訣(ひけつ)は尽(つく)せ
るものなれば正骨科(ほねつぎ)の弟子をいとふは。
外に伝(つたふ)べきことのなきがゆゑ也。骨節(ふし〴〵)が
はづれたらば。よくこの義(わけ)を領会(がてん)して
速(すみやか)にこれを療治(れうぢ)すれば。さして腫(はれ)も出
ず。そのまゝに愈(いえ)て。素(もと)のごとくになるも
のなり。醋(す)は血を融(ほど)き。酒は血を凝(こら)すもの

なれば。すべて打撲(うちみ)折傷(くじき)は醋(す)に樟脳(しやうのう)
を入たるを。すこし温(あたゝ)めて熨(むし)たるがよし。
然(しか)るを。正骨科(ほねつぎ)が。酒を用て貼薬(つけぐすり)など
を調(とゝのへ)て用るは。こゝろえ違(ちがひ)也。また臂(ひぢ)
肘(かひな)股脞(もゝはぎ)などの骨。もし折(をれ)たるときは。
木綿(もめん)を醋(す)に浸(ひたし)たるを以て。いくへとも
なくまきて。黄栢(わうばく)の皮(かは)の厚(あつ)き物を
熱湯(ねつとう)に漬(つけ)おきたるにてつゝみ纏(まとひ)て。
又そのうへよりかたくまきて紮(くゝり)おき。
股脞(もゝはき)ならば。大小 便(べん)も寝(ね)たるまゝにて
するやうにし。手ならば。食事(しよくじ)も人に
餌(やしな)はせて。すこしもうごかさぬやう
にして。二三日をすぐれは。おのれと接続(つげ)
て。十日あまりにて素(もと)に復(ふく)する。天地(むすぶの)
造化(かみ)の機関(からくり)の至妙(しめう)なること。実(げ)に驚(おどろ)か
るゝごときもの也。かく正骨科(ほねつぎ)の秘訣(ひけつ)を
みだりに記(しるし)ぬるも。彼(かれ)に対(たい)してはいかゞ
なることにあれど。旅(りよ)中などにて。不慮(ふりよ)
の厄難(さいなん)に遇(あふ)ことあるものゝ為(ため)に。かく迄(まで)

にはいへるなり。近年 刊(かん)行の軍中備(ぐんちうひ)
要救急摘方(ようきうきふてきはう)といふ書(しよ)に。俗家(しらうと)に示(しめさ)ん
とて。正骨(ほねつぎ)の図(づ)を出したれば。それらを
見てこれをこゝえおきて。急(きふ)を救(すくふ)べきこと也
▲鉄(てつ)の釘(くぎ)を口に含(ふくみ)たるを。誤(あやまつ)て呑(のみ)たるに
は。生(なま)の韮(にら)の葉(は)をくふべし。韮(にら)の葉(は)釘(くぎ)をつゝ
みて出る。こゝを以て釘鍛冶(くぎかぢ)の家(いへ)には。かな
らず韮(にら)を蓻(うへ)おくといへり。此(この)物(もの)の釘(くぎ)に
かゝる効(こう)あれば。鉄(てつ)の鍼(はり)を呑(のみ)たるにも又
必効あるなり▲蜘蛛(くも)に咬(か)れたるにも血を
しぼりいだすことは。犬咬毒(いぬにかまれたる)にいふがごとくに
して。薤白(にんにく)をすりて貼(つく)べし。後の壁宮(やもり)の
貼薬(つけぐすり)も。また用てよし。青蜘蛛(あをぐも)もつとも
毒(どく)あり。西虜(いこく)にはこれを毒烟(どくえん)に用ふといへり
や【やは白抜文字】箭(や)の肉中(にくのうち)に入て出がたきには。前の
竹木刺(とげ)の條(くだり)に出せる蟷螂(たうらう)の貼薬(つけぐすり)よし。松(まつ)
葉(ば)の黒焼も効あり。いかにもふかく入て
出がたきは。肉(にく)を切ひらきて出すべけれど。
おほかたは蟷螂の貼薬(つけぐすり)にて効あるなり

▲湯火傷(やけど)には。鶏卵(たまご)を摺盆(すりばち)にて摺(すり)て胡(ご)
麻(まの)油をよき程(ほど)にあはせてぬりつくべし。
又かねて製(こしらへ)おきて。湯盪(ゆやけど)にも火傷(ひやけど)にも
用て効のすぐれたる方は。鶏卵(たまご)六七十 個(こ)を
湯煮(ゆで)て。白(しろみ)をさり。黄(きみ)ばかりを。炒鍋(いりなべ)にて
そろ〳〵と炒(いる)時は。油出るとき。油搾(しめぎ)なく
ば。細布にて濾(こし)て油をとり。壜(とくり)に入て蓄置(たくはへおき)。
これを塗(ぬり)つくるなり。これを湯火傷(やけど)の最(さい)
上の薬(くすり)とす。雲丹(うに)を水にてときてぬるも
効あり。やけどの至(いたつ)て軽(かろ)きものは。火の上に
かざせば。しばらく痛(いたみ)こらへよくなる
もの也。又は稿灰(わらばい)を多く水にかきたて
たるを。布にてこし。その水の中ヘ浸(ひた)
しおけば。痛(いたみ)軽(かろ)くなるなり。又 惣身(そうみ)焼(やけ)
爛(たゞれ)たるは。酒樽(さかだる)の中ヘ髁(はだか)になりて暫(しばら)く
浸(ひたり)ゐるをよしとす。重(おも)きものもかく
すれば。火毒 内攻(ないこう)して死(し)ぬる患(うれい)を免(まぬがる)べし。
此外に湯火傷(やけど)に効(こう)ある方は。蛤(はまくり)の生汁(なましる)
にて。蒲黄末(ほわうのこ)を煉(ねり)てぬりつくること。老黄瓜(きうり)

をすりてしぼりたる水をぬりつくること。
又 牛糞(うしのふん)の新(あらた)なるものを。鶏卵(たまご)にあはせ
てぬること。また胡麻(ごま)をすり末(こ)にして貼(つくる)こと。
また葱白(ねぎのしろね)を搗爛(つきたゞらか)して。蜂蜜(はちみつ)をくはへて。
膏薬(かうやく)の如(ごと)くにしてつくること。白亜(たうのつち)を鶏卵(たまご)
にてねりあはせて。樟脳(しやうのう)を少しくはへ。
胡麻の油をも入て。つくべきほどにして
用ること。竃中黄土(かまどのしたのやけつち)の細末(こ)を。よく水に
煮(に)たるを濾(こし)てぬること。大 黄(わう)の細末(こ)を
水にねりてつくるなどは。いづれも理(ことはり)
あるものなれば。時(とき)に応(おう)じて撰(ゑらみ)用べし。
もし身熱(みのねつ)甚しきものは。前に出せる。調(てう)
胃承気湯(ゐじやうきとう)の類(るゐ)を用て。一たびは下し
たるがよし。もし腐爛(くされたゞれ)てあしき臭(にほ)
気(ひ)あるものは。樟脳(しやうのう)を焼酒(せうちう)に入て。火に温(あたゝ)め。
布に浸(ひた)して熨(むし)たるがよし。又は。石灰十匁。磠(どう)
砂(しや)五匁を焼酒(せうちう)に浸(ひた)し。しばらくおきて滓(かす)を
こしさり。火に温(あたゝめ)て熨(むす)もよし。火毒もし内 攻(こう)
すれば死にいたることもまゝあれば。かねて

こゝろえべきことなり▲壁宮(やもり)に咬(かま)れた
るは。血を搾(しぼり)出したるあとへ。磠砂(どうしや)。雄黄(をわう)
二味を研末(こな)にしたるを貼(つけ)てよし。この
薬は諸蟲咬傷(さま〴〵のむしのさしたる)に用べしま【まは白抜文字】蝮蛇(まむし)に咬(かま)
れたるは。其 害(がい)犬毒より甚しく。且(かつ)速(すみやか)
なれば。その心得あるべきこと也。これも前の
犬毒の條(くたり)にいへるごとく。咬(かみ)たる牙歯(は)の
涎(よだれ)が。人の血肉に混(こん)じ。はびこりて周身(しうしん)
へつたへて害(がい)となり。甚しきは死に至(いた)る
ものなれば。速(すみやか)にその毒(どく)を去(さる)ことを第一と
すべし。蝮蛇(まむし)の咬(かみ)たる創(きず)口は。ちいさければ。
必(かなら)すまづこれを切開きて後に。血を搾(しぼり)
出て。水にてあらふことは。犬咬傷(いぬのかみたる)にいふ
が如くすべし。ことに毒の蔓延(はびこる)こと
いたつて早き物なれば。まづ咬(かま)れたる
手にあれ足にあれ。創(きず)よりやゝ上の方(かた)
を木綿(もめん)をさきてかたく紮(くゝり)て。その
弥蔓(はびこる)をふせぐべし。人の屎(くそ)をつけて
大なる艾(もぐさ)を灼(すへ)るか。葛上亭長(まめはんめう)を貼(つくる)か

することも。すべて犬毒と同じことなれば。
見あはせてこれを療(れう)ずべし。蝮蛇(まむし)に咬(かま)
れたるを治するに。別に一法あり。これは
山中などにて。猟師(れうし)などのすることなり
ときけり。その法は。咬(かま)れたるところを。
煙管(きせる)の大頭(ひざら)を以ておほひ。力を極(きはめ)て
おしつけて手を放(はな)たず。しばらくありて。
肉(にく)腫(はれ)あがりて。火皿の中ヘ丸く満(みち)たるを
見て。その処(ところ)をたちわつて。血を搾(しぼり)出(いだ)し
てのち。鳥銃(てつぽう)の火薬(くわやく)を喫(かま)れたる創(きず)口へ
おしこみ。丸く成たる肉をとりまき。
高(たか)く填(うづめ)て。それに火をつけ燃(もや)すといへ
り。此法は瘢処(きず)を断截(たちきる)にも便宜(べんぎ)にて
行(おこなひ)やすければ。かくしてのちに雄黄(をわう)。磠(どう)
砂(しや)などを貼(つけ)たるがよし。山にては血を搾(しぼり)
たる跡(あと)を。小 便(べん)にてあらひてのちに火
薬(やく)をうづめて燃(もやす)といへり。これも又よし。
また霜柿(ころがき)串柿(くしがき)の類(るゐ)の中の柔(やはらか)なる
ところを。醋(す)に煮(に)て多くつけ残(のこり)を

喫(くふ)か。又は煎じて用るもよし。または
瘢(きず)を柿渋(かきしぶ)にてあらふもよしけ【けは白抜文字】煙(けむり)に
むせて悶絶(もんぜつ)したるには。早く嚏薬(くさめくすり)を
用て。くさめをとり。萊菔(だいこん)のしぼり
汁を多く服(のむ)べし。そね【れヵ】にて解(げ)しかぬる
には。吐薬(はきぐすり)を用ふれば。黒(くろ)く汚液(くさきしる)を
吐(はき)て愈(いゆ)るなり。又 毒煙(どくえん)にあたりたる
には。桃仁(たうにん)を研(すり)たるを。湯にてかきたてゝ
服(のむ)べしといふは。油の毒を抱摂(つゝむ)所の
効なり。すべて失火(てあやまち)の煙(けふり)にあれ。毒煙(どくえん)
にあれ。悶絶(もんぜつ)して息(いき)出ずば雷震死(らいにうたれたる)
にいふごとく。まづ息(いき)のかよふやうにして
のちに。萊菔汁(だいこんのしぼりしる)をあたふべし。さなけ
れば咽(のんど)に降(さがり)がたければなり。また軽(かろ)き
火瘡(やけど)には。萊菔汁(だいこんのしぼりしる)を塗(ぬり)てよし▲煙(けむり)に
むせたらば。はやく地(ち)にむかひて息(いき)を
呵(ふき)かけよといふは。すべて烟(けふり)にまかれ
たる時。地(ち)に這(はへ)ば。命(いのち)をおとすまでに
いたらず。煙(けふり)は上へのほるもの故(ゆゑ)。失火(てあやまち)

にて。たとひ衣服(きるもの)に火(ひ)がもえつきたり
とも。はふてその所を出るやうにして。
のがれいづれば。衣服(きるもの)の火は消(け)しも。ぬ
ぎすてもして。命(いのち)は助るなり。このこと
をよくこゝろえおくべし▲蚰蜒(げぢ〳〵)を。煙(きせ)
管(る)の大頭(ひざら)にて打ころし。この煙管(きせる)
にて煙草(たばこ)をのみて。即死(そくし)したるもの
あり。これは蚰蜒(げぢ〳〵)の毒(どく)と。煙草(たばこ)の脂(やに)と
相合て。猛厲毒(はぎしきどく)となるものとしら
れたり。もしかゝることあらば。早く油
をのむか。吐剤(はきぐすり)を用るかすれば。決(けつ)し
て死ぬるまでにはいたらぬもの也。これ
らも記得(こゝろえ)おくべきこと也▲毛蝨(けじらみ)は。頭髪(かみのけ)
にも生ずるものなり。それにも軽粉(けいふん)を
髪(かみ)の根(ね)もとへつけおけば。自然(しぜん)と死ぬる
ものなり。また苦参(くじん)を煎じて髪(かみ)を
あらふもよし。されど。頭髪(かみのけ)にあれ。陰(いん)毛
にあれ。蝨(しらみ)のわくことあるは。おほくは。【注】
黴毒(かさのどく)に因(よる)ものなれば。毒を消す。治(ぢ)

術(じゆつ)を施(ほどこす)べきもの也▲下疳瘡(げかんさう)とて。陰茎(いんきやう)
へ豆の如くなる瘡(てきもの)発(でき)たるが。やがて弥(はび)
蔓(こり)て。陰頭(いんとう)漸(だん〳〵)に腐蝕(くされうみ)。つひには缺(かけ)おちて
不具(ふぐ)の人となるものあり。旅(りよ)中などに
て。身の慎(つゝしみ)あしく黴毒(ばいどく)ある妓(ぎ)など
より毒をつたへ。妄(みだり)なる膏薬(かうやく)を弁(わきまへ)も
なく貼(つけ)て。腐蝕(くされこま)する起本(もと)となること多
ければ。もし羇旅(たびさき)にて。この瘡(かさ)発(でき)ぬる時は。
よく膿(うみ)熟(ついめ)るを見さだめて。鍼(はり)をさして
膿(うみ)を出したるあとへ。蒲黄末(ほわうのこ)をふりか
けおくべし。膏薬(かうやく)をつくれば。却(かへつ)て腐蝕(くされ)
をますことあり。いづれにも内治(ないぢ)の宜(よろし)きを
得(う)るにあらざれば。よく毒を排除(はらひのぞく)ことは
為(なし)がたけれど。此(こゝ)には行旅(たび)などにて。さしあた
る悩(なやみ)を免(まぬが)れしむるまでにいふ所にして。
正(たゞ)しき治法(ぢはふ)にはあらずと思ふべし。また。
蒲黄(ほわう)に軽粉(けいふん)を少し交(まぜ)て傅(つく)る【塗布する】もよし
▲毛(け)ぎれとて。陰茎(いんきやう)にすりきずのごとく
なりて。爛(たゞれ)たる所できる。これもまた黴(ばい)

【注 カスレ部分は国会図書館所蔵本を参照 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2536777/56】

毒なり。そのまゝにおくときは。そのとこ
ろより膿(うみ)て。下疳瘡(げかんきう)の潰(つひへ)たるがごとくに
なり。やがて腐蝕(くされこむ)ものあり。はやく前に
いふふりかけ薬をすべしふ【ふは白抜文字】河豚魚(ふぐ)の
毒は。腸(はらわた)にあらず。頭(かしら)にあらず。一 種(しゆ)肉(にく)中
に至毒(しどく)の物あれど。形状(かたち)にては漁人(れふし)と
いへども。これを別(わか)つことあたはず。偶(たま〳〵)その
どくにあたりて即死(そくし)するなり。よく
これを解(げ)するものは。油にまさる物有
ことなし。毒に中りたるとしらば。胡麻(ごまの)
油にても。ありあふものを一合ばかり速(すみやか)に
のむべし。これにてかならず解(げ)する也。
又 吐薬(はきぐすり)を用て吐するもよし。人 糞汁(くそのしる)
よくその毒を解(げ)することをいへど。油の
効の速(すみやか)なるには及ざる也。その外にさま
ざま解毒(げどく)の薬を古書(こしよ)に載(のせ)たれど。かな
らず効あるべしと思はるゝものはなし。
故にこの編(へん)には挙(あげ)ざる也。又此物の乾(ほ)し【注】
たるを喫(くひ)て。しばらくのうち骨節痿(ふし〴〵なへ)

て。立ことあたはざりしものゝありし也。これは
至毒(しどく)の物が。偶(たま〳〵)に混(こん)じたるを知ずして。【注】
くらひて毒にあたりたる物成べしもしかゝ
ることあらば。白鮝(するめ)を煎じてその汁を服(のむ)
か。蘘荷(めうが)の生汁(なましる)を服(のみ)たるがよし。油を
用る迄にいたらずして解(げ)すべしと
思へばなり。▲ふくびやうと。方言に云(いふ)は。
黄胖(わうはん)のこと也前のち【ちの横に長四角】の部(ぶ)痔疾條(ぢしつのくだり)に
記(しるし)たり▲注車船(ふねかごのゑひ)には。硫黄(いわう)の細末(さいまつ)を内(の)
服(み)。臍(ほそ)へもつめて。上より糊(のり)にて紙をはり
おくべしといへど。予はいまだ試(こゝろみ)ず。また
醋(す)をのむべしといへり。又 阿煎薬(あせんやく)も
効(こう)あるべければ。紫金錠(しきんぢやう)。萬(まん)金丹の類(るゐ)
を多く用てよし。されど船輿(ふねかご)によふ
やうなる身にては。よく百事(なにごと)をも成(なす)
ことあたはず。志あるものは。ふかくはづ
べきことなり▲踏(ふみ)ぬきは。釘(くぎ)または竹木の
るゐを足下より踏(ふみ)ぬく也。その殺(そげ)たる
ものが。あとへ少しにてものこれば。かな

【注 虫損部は国会図書館所蔵本を参照 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2536777/57】

らず膿(うみ)を醸(かもす)ゆゑに。よくとり出したる
あとへ紙條(こより)か発燭(つけぎ)へ油をぬりたるに火を
点(つけ)て。油を創(きず)へたらしこみ。その上より粉(とうの)
錫(つち)【注②】を蝋(らう)と油にてねりたるをつけおくべし。
生鶏卵(なまたまご)を油に和(ねり)たるをつくるも又よし
こ【こは白抜文字】重舌(こじた)は。舌(した)の下に舌を重(かさ)ねたるが
如くに腫(はれ)出して。漸(しだい)に延(のび)ゆく也。この中
には粘稠(ねばり)たる水に少し血を交(まじへ)て。淡紅(うすもゝ)
色(いろ)なる液(しる)が瀦(たまり)てあるもの也。鈹鍼(はばり)なく
ば。小刀やうのものにて。皮(かは)を裂(さき)て其水
をとれば。そのまゝに愈(いゆ)るなり。口中に附薬
などは不便利(ふべんり)なるものなれば。それ迄
にもおよはねど。硼砂(ぼうしや)二三分ばかりに。
枯礬(やきみやうばん)五六 厘(りん)をくはへたる細末をつけ
たるもよし。鉛糖(えんたう)の末もよし▲帯下(こしけ)は。
婦人の病なり。白き粘稠液(ねばりたるしる)が通ずる也。
これに黄色(きいろ)なる臭気(にほひ)ある液(しる)を交(まじ)
下すものは。男子の黴毒(ばいどく)淋(りん)を患(うれふ)る者(もの)【注①】
と交接(まじはり)て。黴毒(ばいどく)を伝染(うつ)され。子宮(こつほ)の口(くち)に

瘡(かさ)を生したる膿(うみ)をまじへて出すもの
なれば。尋常(よのつね)の治法にては愈(いえ)かたし。【注①】
いづれにもあれ。旅(りよ)中にてこの病が発れ
は。歩行(あゆむ)に艱(なやむ)もの也その時は。蛇床子(しやじやうし)。小 茴(うい)
香(きやう)。苦薏花(くよくのはな)の三味を各二三匁ほどあつ
き湯に浸(ひた)したるにて。毎夕 熨(むし)洗(あらふ)べし。
塩(しほ)気をへらし。膏梁膩味(うますぎあぶらつよきもの)をとほざ
け。もし大麦。赤小豆などをくはるゝな
らば。それを用ひ。内服剤(ないやく)は。後のす【すの横に長四角】の部 水(すい)
種(しゆ)の條(くだり)に出せる。三輪神庫(みわしんこ)の剤(ざい)を用
ひてよし。すべて黴毒(ばいどく)より来(きたる)ものには
あらで。尋常(よのつね)の帯下(こしけ)ならば。小 便(べん)通利
の剤(ざい)を用れば。愈(いゆ)ること速(すみやか)なるものなり。
これに小 便(べん)淋瀝(りんれき)をかねて。尿口(すゞぐち)に痛(いたみ)を
おほゆるものは。桃膠(もゝのやに)二匁に。甘草七八分
をあはせせんじて用るか。又は胡桃肉(くるみ)
を研(すり)。沙糖(さたう)をくはへ。あつき湯にとかして用
るもよし。または。大麦を炒(いり)たるに。甘草
を多く入。煎じて用るもよし。▲凍死(こゞえしに)

【注① 虫損部は国会図書館所蔵本を参照 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2536777/58】

【注② 「唐の土」=炭酸鉛を水で煮沸したり硫酸鉛や塩化鉛を炭酸ナトリウムの水溶液で煮沸したりして得られる白色粉末。鉛白。『書言字考節用集(一七一七)』に「粉錫 タウノツチ 宮粉。解錫。並同 鉛華 同 [文選註] 白粉也」とあり。ちなみに「鉛白、宮粉、解錫、鉛華、」はみな「おしろい」のことです。】

たるものゝ息(いき)の絶(たえ)たるは。溺死(おぼれ)て水を呑(のみ)
たるものよりは救(すくひ)やすし。外表(おもて)は凍(こゞえ)て。氷
の如くに成たりとも。些(いさゝか)にても内に残(のこり)
たる陽気(ようき)があれば。必(かならず)活(いき)るもの也。されど
周章(あはて)て。これを焼火(たきび)などにて温(あたゝめ)んとす
るは。事理(ことわり)に昧(くら)きものゝすることにて。却(かへつ)て
救(すくひ)難(かたき)ことになれば。よく之(これ)を心得(こゝろう)べし。之(これ)を救(すくふ)
の法(はふ)は。まづ凍死人(こゞえたるもの)を坐(すはら)せおきて冷(ひや)水を
夥(おびたゝし)く頭(かしら)より身體(からだ)へ濯(そゝぎ)るか。又は地を堀(ほり)て
頭面(かほ)ばかりを地上に出し。土をかけ埋(うづめ)おき
て見るかして。一二時を過(すご)し堀(ほり)出(いだ)して検(みれ)ば。
體(からだ)の柔(やはらか)になるものは。必定(ひつぢやう)活(いく)べき者(もの)なれば
ら【らの横に長四角】の部(ふ)雷震死(らいしんし)の條(くだり)に言(いふ)がごとくにして救(すく)
得(ひう)べし。凍死(こゞえしに)のもの。もし息(いき)やゝ出たらば。
まづ生姜の絞(しぼり)汁をのませたるがよし。
生姜をつき砕(くだき)たるを煎じて用るも
又よし▲凍(こゞえ)て手足の指(ゆび)痛(いた)み。また
おぼえなくなれば。やがておつるも
の也。それには馬糞(ばふん)を極(ごく)熱湯(ねつとう)にてとき

その中へ指(ゆび)を漬(ひたす)こと半日ばかりすれば。
素(もと)のごとくなる也。あらかじめこれを防(ふせが)ん
とするには。白蝋(はくらう)六十匁に。胡麻油(こまのあぶら)冬は二合
夏は一合を火にてときたるへ。片脳(へんなう)六十匁
を煉(ねり)あはせてこれを手足にぬりつく
べし。この薬は。胗(ひゞ)胝(あかがり)【あかぎれ】を治するにも用て
よし。北国 極寒(ごくかん)の地にては寒気にて
手足の指をおとすもの多ければ。蝦夷(えぞ)
の地などへおもむくものは。予(かね)て用意(こゝろえ)べき
ことなり予(あらかじめ)この患(うれひ)を禦(ふせが)んとならば。日ことに
水を濯(あび)たるがよし▲凍(こゝえ)て皮肉(ひにく)の潰(やぶれ)爛(たゞれ)
たるは。樟脳(しやうのう)を焼酒(せうちう)に融化(とけ)る程に入たる
に。石灰を水にかきたてたるものを清(すま)
したるにあはせて。布に漬(ひたし)て貼置(つけおく)
べし。或(あるひ)は前のごまの油 白蝋(はくらう)に片脳(へんのう)を和
したるものを貼(つく)るもよし。または人尿(せうべん)
もしくは醋(す)を温(あたゝ)めてあらひたるも又
よし。または前の湯火傷(やけど)に用る鶏(たま)
卵(ご)と麻油(ごまのあぶら)とをあはせたる物を貼(つく)る

もよし▲腰痛(こしのいたむ)には。薤白(にんにく)を二ツ三ツに
切て紙(かみ)につゝみ。こしに狭(はさむ)へし。癢(かゆみ)出ていゆ
る也て【ては白抜文字】癲癇病(てんかんやみ)は。旅(たび)の道つれにはすべか
らずと戒(いまし)あり。実(げ)にこの病は不意(ふい)に
発(はつ)するものにて。山 路(ぢ)船路(ふなぢ)などにて。病
発(はつ)する時は。おもひもよらす命(いのち)をうし
なふこともあれば。心を用べきこと也。もし同
行(きやう)のものにこの病 発(はつ)したらば。はやく
冷(ひや)水を面へ吹かけ。又は醋(す)を口 鼻(はな)へぬり。
またはのませなどすれば。覚ることも
はやく。噎薬(くさめぐすり)の用意(ようい)あらば用たるな
どもつともよし。妄(みだり)に内服剤(ないやく)は用べから
す。もし薬を服(のま)せむとおもはゞ。芍薬(しやくやく)
甘草各二匁を。水煎じて用べし。又
阿魏(あぎ)といふて。いたつて臭(くさ)き薬あり。こ
れは掌(て)のうちにて。温(あたゝ)むれば柔(やはらか)になる
物也。これを丸じて。一次に五六分づゝのま
すること。もつともよし。又は白芥子末(からしのこ)一匁
ばかりを湯にかきたてゝ用べし。この

もの一味を丸となし。長服(ちやうふく)して癲癇(てんかん)を
治したるものあり。百治効なきものに
試用(こゝろみ)てよしあ【あは白抜文字】暑(あつさ)に中(あた)りたりと。世(よ)に
いふもの。多くは感冒(ひきかぜ)にて。不養生(ふようじやう)なる
人にあること也。夏月(なつ)の暑(あつき)は。季候(きこう)の正しき
気にて。妄(みだり)に人にあたるものにあらず。
しかるを慎(つゝしみ)あしき人は。平常(へいせい)といへ
ども。宿疾(ぢびやう)なきこと能(あた)はず。故に暑熱(しよねつ)に
堪(たへ)ずしてわづらふは。皆 己(おのれ)が身をあしさま
にもつより起(おこ)ることにて。暑気あたりな
しといふにはあらねど。それはまれなる
ことにて。多くは涼(すゞ)しき所に。仮寝(うたゝね)して。
風ひきたるをも。暑邪(しよじや)なりといふて。
無益(むやく)の香薷飲(かうじゆいん)などいふ剤(くすり)を用るは。
皆 毉(い)士のとりとめたることなきが故也。
よくこの差別(しやべつ)を弁(わきまへ)て。暑月にても。悪(さむ)
寒(け)。発熱(ほつねつ)。肩強(かたはり)。頭痛(づゝう)などの證(しよう)あるも
のは。まづ汗をとるかたが早く解(げ)する也。
▲悪気(あしきき)にあたりて気 絶(ぜつ)し。なにの

ゆゑとも知がたきには。前の雷震死(らいしんし)
の治法にて救(すくふ)べし。薬物を多く蓄(たくはへ)
蔵(おき)たる室(ところ)。または密器(きのもらぬもの)に芳烈品(きのつよきもの)を納(いれ)
おきたる蓋(ふた)をあけて。にはかに其気にあた
りて死ぬるものあり。それらは。醋(す)を頭面
へ濯(そゝぎ)かけ。又は口中にたらしこみて蘇(よみがへ)る
ものあり。よく心得べきことなり▲阿片(あへん)
または阿芙蓉(あふよう)といふものは。麻剤(まざい)と云て。
たとへば酒(さけ)に酔(よふ)て。精神(こゝろ)の乱(みだる)るがごとく。
又は眼(め)口 鼻(はな)などをふさぎて。ものいふことも。
視(み)ることも聴(きく)こともならぬやうにするが
ことく。また手足を縛(しばり)て動(うご)くこともな
らぬやうにするやうなる効能(こうのう)のある
薬にて。その功能(こうのう)をよく弁(わきまへ)知(しり)てつかは
ねばならぬものにて。用法いたつて巧者(こうしや)
ならねば。いたづらに害(かい)となるのみにて。病
に益(えき)なし。この物を用れは。咳嗽(せき)はたゞち
にやみ。痛(いたみ)は其まゝ軽(かろ)くなり。睡(ぬむり)かぬる
ものもよくねむるがゆゑに。近来(きんらい)薄情(はくじやう)

なる和蘭(おらんだ)毉者(いしや)が。一時の効(こう)をとり。人を
駭(おどろかし)て。後の妨害(さまたげ)となることを顧(かへりみ)ず。これを
用たるが。そのまゝに睡(ねむり)て覚(さめ)ず。又は眼(まなこ)昏(くらみ)て
物の視分(みわけ)なく。やがて昏憒(ふさぎ)て覚(さめ)す。
または頭痛(づつう)。眩運(めまひ)。耳鳴(みみなり)。面赤(かほあか)く。或(あるひ)は周(しう)
身(しん)痒(かゆく)して堪(たへ)がたく。甚しきは。精神(こゝろ)錯乱(みだれ)
譫語(うはこといひ)。或は脉(みやく)遅(おそく)渋(しぶり)。腰(こし)脚(あし)冷(ひえ)て。腹(はら)拘掌(ひきつり)。遂(つひ)
には卒中風(そつちうふう)の如くになりてそのまゝ死(しぬ)る
なり。もしかゝる證(しよう)のおこるとき。この物(くすり)
を用たる害(がい)なることを確(たしか)に知(しら)ば。はやく
吐(はか)する剤(くすり)を用て吐(はか)しめ。鼻(はな)には嚏薬(くさめぐすり)を
吹こみて。くさめをさすべし。吐薬は前の
く【くの横に長四角】の部(ぶ)霍乱(くわくらん)の條(ところ)に記(しるし)たるを見あは
すべし。嚏(くさめ)薬はら【らの横に長四角】の部 雷震死(らいしんし)の條(でう)に
挙(あげ)おきたるにて撰(ゑらぶ)べし。醋(す)と。麝香(じやかう)。よ
く此物の毒を解(げ)すといへど。麝香は近
来 偽雑(まじり)多くして。効(こう)少ければ。醋を多
くのませたるがよし。瞑眩(めんけん)の軽(かろ)き物
には。吐薬を用るまでにいたらず。たゞ醋(す)

のみを服(のま)せて。必(かならず)解(げ)するなり。売薬(ばいやく)の
一 粒(りう)金丹。粒甲丹(りうかふたん)。金 匱救命丸(ききうめいぐわん)。また廷利(てり)
也迦(やか)の類(るゐ)は。この物を主として製(せい)せし
方なれば。その證(しよう)をも弁(わきまへ)ずして。妄(みだり)にこ
れを用て毒に中ことも。また多ければ。素(しらう)
人(と)といへども。心得おきて。人を救(すくふ)へし。
吐薬を用て吐たるあとは。かならず一下
すべきことも。前にすでにいへるがごとく。
とりわけ阿片(あへん)の毒などを解(げ)するには。
劇(はげし)き下剤(げざい)がよければ。霍乱(くわくらん)の條(でう)に載(のせ)た
る。備急円(ひきふゑん)の類(るゐ)を用たるがよし▲少陽(あか)
魚(えい)の尾(を)に毒あり。もし人これに触(ふる)れば。指(ゆび)
を損(そこなふ)といへど。これは毒あるゆゑにはあらず。
此魚の尾(を)さきに。至(いたつ)て細(ほそ)き芒刺(のぎ)が逆(さかさま)に
ありて。それが肉中へ螫(さし)入て痛(いたみ)をなして
腫(はる)る也。この故(ゆゑ)に漁人(りやうし)もこの尾(を)を多く切(きり)
断(たち)て輸(いたす)なり。これには鰔魚(さより)の皮(かは)を剥(はぎ)て
よく纏(まとひ)おけば。速(すみやか)にいゆる。これ漁夫(りやうし)の
伝(つたふ)る所也さ【さは白抜文字】酒(さけ)に酔(ゑひ)て昏冐(うつとり)となり

人事(ひこと)の省(み)さかひなく。軈(やが)て気(き)を失(うしな)ひ
て。卒中風(そつちうふう)の如くになることあり。これは
多くは癇證(かんしよう)か。または卒蕨(そつけつ)の萌(きざし)ある
か。平常(へいぜい)に頭痛(づゝう)。昏眩(めまひ)なとあるものに
発(はつ)する證(しよう)にて。常(つね)の酩酊(めいてい)の甚しき
ものなどと思ふて。そのまゝにおけば。必(かならず)死
ぬるものなれば。遄(すみやか)にこれを解(げ)すること
をなすべし。まづ鳥の羽に燈油(あぶら)をしたゝ
かにつけ。咽(のんど)をふかく探(さぐり)て吐(はき)を誘(さそふ)べし。
もしそれにて吐(はか)ずば。瓜蒂散(くわていさん)にても。何(なに)
にても速(すみやか)に吐(はく)べきものを用て。快(こゝろよ)く吐(はか)
すべし。肩(かた)項(うなじ)などへ。強(つよ)く壅塞(ふさがる)物なれ
ば。雷震死(らいしんし)にいふがごとく。肩(かた)の肉(にく)を内
へ徹(とほる)やうに拈(ひねる)か。又は鍼(はり)を刺(さし)て。吸角(すいふくべ)を
以て吸(すは)するかするもよし。生気つきて
のちは。硝石大円(せうせきだいゑん)。調胃承気湯(てうゐじようきとう)などを
用て下すがよし。方は前に挙(あげ)たるを見
るべし。もし泥飲(どろのごとくよひ)て。宿酒(しゆくしゆ)の残(のこ)れるもの
ありと思はゞ。雌黄(しわう)二分ばかりを用るか。

鼠李子(そりし)二匁ほどを煎じて服(のむ)べし。大
に腐敗(くされ)たる水を下して治するなり
▲阪下病(さかしたやまひ)とて。血のふ足(そく)したるより。
黄色(きいろ)になる黄胖(わうはん)といふ病あり。これに
用べき剤(くすり)は前のち【ちの横に長四角】の部 痔疾(ぢしつ)の條(くだり)に
出したり▲酒に直(なほ)し灰(ばい)といふものを
用て。敗壊(すえ)て酸味(すみ)を生じたる酒を直(なほ)し
て酤(うる)ものあり。もしこれを過飲(のみすぎる)ときには。
暗(われしらず)に腸胃(はら)を害(そこね)。身體(からだ)を疲(つから)し。諸液(しよえき)の
運輸(めぐり)を妨(さまたげ)て。麻痺(しびれ)不遂(ふきゝ)の證(しよう)を発(はつ)する
を。痛風(つうふう)。または石淋(せきりん)といふて小便道へ
石を生ずる淋(りん)病などの原(もと)となること有
もの也。ゆゑに灰(はい)を用て製(せい)したる酒(さけ)は。
決(けつ)して飲(のむ)べからず。これ酒客(さけのみ)の意(こゝろ)を注(つけ)
て択(えらぶ)べきことなりき【きは白抜文字】金刃傷(きりきず)の小さなる
ものは。切たりと思ふやいなや。そのまゝゆび
さきにて切たる所を圧(おさへ)て。血を出さず。半
時あまりも過(すぐ)れば。おのれと愈合(いえあふ)て。即日(そくじつ)
に素(もと)に復(ふく)するもの也。もし創(きず)やゝ大なる

ものは。火爐(ひばち)の灰の。炭末と灰塊(はいのかたまり)なき
所を。創(きず)口に填(つけ)て紮(くゝり)おくべし。これにて
大かたは血とまるなり。石灰はよく血
を止る効あるものなれば。これを以て
血を止る薬(くすり)をかねて製(こしらへ)おくべし。其
方。生石灰の細末したるを。鶏子白(たまごのしろみ)に
て溲(でつち)て。日に乾(ほ)して堅(かた)くなりたるを。
再(ふたゝび)細末(さいまつ)して蓄(たくはへ)おくなり。もし創所大
にして血出て止ざるものは。生石灰の
細末したるを水にかきたて。其上清を
こしとりて洗べし。もし石灰なきと
きは。常の灰汁(あく)を用てよし。それも
なき時は。冷水にてあらふ也。焼酒(せうちう)を用
ひしは。古代のことにて。今はこれを用
る者(もの)はすくなし。創(きず)をぬふことは。外科の
あづかることなれど。皮(かは)と皮の齟齬(くひちがは)ぬ
やうに。襞(ひだ)のなきやうにさへ縫(ぬふ)ときは。
さしてむづかしきことにもあらず。鍼(はり)は
衣服(きるもの)をぬふ鍼(はり)を用ひ。木綿糸(もめんいと)にて縫(ぬひ)

てもよきことなれば。外科(げくわ)もなにもな
きときには。そのまゝにして血をとめる
こともなく。みす〳〵命 危(あやう)きことにせん
より。はやくぬひたるがよし。されど裏(まき)
縛(もめん)をだによくすれば。大 体(てい)なる創(きず)は
ぬはずともよきもの也。木綿(もめん)は白 晒(さらし)と
呼(よぶ)ものを両 縁(みみ)をとり八ツばかりにさき
て用る也。縫(ぬひ)たる所へ胡麻油(ごまのあぶら)を少し
ひき。鎹(かすがひ)とて。さきたる木綿(もめん)へ鶏子(たまごの)
白(しろみ)をつけてあてるか。魚膠(にべ)の膏(かう)やく
にても。売薬(ばいやく)の即効紙(そくこうし)にてもはり。
その上へ木綿(もめん)のたゝみたるを醋(す)に
浸(ひたし)てはり。それよりさきたる木綿(もめん)
にてまくなり。夏月(なつ)は麻(ごまの)油をひかざ
るも又よし。血のはしり出したる脉(みやく)
なども。三時を過(すぐ)れば愈(いえ)あひかゝる
ものなれば。とかく血の多く出ぬ
やうにするがよし。血を止る第(だい)一の
物は。檞茸(はゝそだけ)なり。上の硬(かた)き皮(かは)を去(さり)て

槌(つち)にてとくと打(うち)て貯(たくはへ)おき。よろしき
程(ほど)にさきて用るなり。次は楡茸(にれたけ)。其次は。
馬勃(ばぼつ)とて。林下。竹 藪(やぶ)。崖(がけ)などの陰(かげ)に
生ずる。みゝつぶれ。又はほこりだけといふ
物を貯(たくはへ)おき。裂(さき)て用ひてよし。これらの
ものは。いづれも内服(ないふく)してよし。よく血を
止る効(こう)をいへど。それはいまだ試(こゝろみ)たることも
あらず。もし内服するには。細末して
冷(ひや)水にて用るなり。金創(きりきず)の血の大に濆(はき)
出ものは。動脉(どうみやく)の太(ふと)きものをたち切たる
なれば。もし血出て止ざれば。たちまち
死にいたるが故に。その脉管(みやくかん)を引出し
て。糸にて紮(くゝる)か。鉄(てつ)を焼(やき)てあてゝふさ
ぐかせねばならぬことなれば。素人には行
かたきことながら。もし旅(りよ)行山中などにて。
毉師(いし)もなきときには。煙管(きせる)の大頭(ひざら)なり
とも。ありあふ物をまつ赤(か)にやきてこれ
にて血を止などするか。いづれにも此
意得(こゝろえ)を以て。はやく血を止るやうにすべ

きことなり▲灸(きう)のいぼひは。内に鬱(こもり)たる
毒(どく)の外へ洩(もれ)て。病の愈(いえ)んとするため
なれば。これを厭(いとひ)て速(すみやか)に乾(かはか)さんとするは
灸(きう)せぬには劣(おとり)たること也。故に。蠹吾(つはぶき)の葉(は)
か。青木(あをき)の葉(は)などを火にあぶりもみて
貼(つく)るか。何ぞ膿(うみ)を催(もよふす)へき膏薬(かうやく)をつけて。
多くうみをとるべし▲菌(きのこ)の毒にあた
りたるは。人糞(くそ)を服(もちふ)ればたゞちに解(げ)す
とはいへど。臭穢(きたなき)ものを用んよりは。油を
飲(のむ)にはしかず。また黒大豆の汁。及ひ
土漿水(どしやうすい)なども。この毒を解(げ)するものには
あれど。異菌(きのこ)には。至毒(しどく)なる物あり。死
に瀕(なんな)んとせし蛇(へひ)の口より流出たる
汚液(よだれ)が樹上(きのうへ)より土に落(おち)て。即(すぐ)に生出
たる菌(きのこ)の。玉蕈(しめじ)に似(に)たるものを。下毛(しもつけ)の
野(の)にて親(したし)く見(み)たるものあり。これらを
誤(あやまつ)て喫(くひ)たらんには。忽(たちまち)毒(どく)にあたりて
即死(そくし)すべし。すべて毒と知(しり)ては。速(すみやか)に
吐出ずべきことをなすがよし。吐ぐすりは

霍乱(くわくらん)の條(くだり)にてもとむべし。楓樹(かへでのき)に生
ずる笑菌(わらひたけ)。雑木(ざふぼく)の朽株(くちかぶ)に生ずる雞(まひ)
㙡(たけ)。または八丈島には。喫(くら)へば必(かならず)高き所へ
昇(のぼら)んとする異菌(きのこ)ありときけり。すべて
菌(きのこ)は妄(みだり)にくらふべからざるものなれば。
旅行(りよこう)などには。ことさらにつゝしむべし
ゆ【ゆは白抜文字】入浴後(ゆあがりご)に。頭眩(めくらみ)。昏倒(たちくらみとなり)?たるには。冷(ひや)水
を面へ吹かけ。周身(しうしん)へも灌(そゝぎ)かけ。または
飲(のま)しむるもよし。醋(す)もまた効(こう)あり。さめて
後(のち)。なほ欝冐(きをとぢ)て快(こゝろよ)からずば。桂枝(けいし)加龍(かりやう)
骨牡蠣湯(こつぼれいとう)を用ふべし。其方。桂枝(けいし)。芍(しやく)
薬(やく)。龍骨(りうこつ)牡蠣(ぼれい)各八分。大棗(たいさう)六分。甘草(かんざう)
ニ分。六味合せて四匁に。生姜二片をく
はへ。水一合二勺を煎じて六勺となす
なりめ【めは白抜文字】眼(め)に薼(ちり)砂(すな)などの入たるは。
筆の尖(とがり)にすみをつけて。眼(めの)中を拭(のごふ)べし。
または薄墨(うすずみ)を点(さし)たるもよし。指(ゆび)にて
いらふべからず。かへつてあしし▲眼球(めのたま)
を打撲(うちみ)の激動(ひゞき)に走(はしり)出さすること

【参照 国会図書館所蔵本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2536777/65】

あり。其時は突出(つきだ)したる眼球(めのたま)に。
したゝかに唾(つば)をしかけ。手巾(てぬぐひ)を摺(たゝみ)て
両 手(て)の掌(ひら)にて眼球(めのたま)を按(おさ)へて。むかふへ
圧(つき)入べし。あとを冷(ひや)水にて洗(あらひ)て木綿(もめん)を
巾(はゞ)一寸あまりに裂(さき)て。頭後(あたまのうしろ)へめぐら
して。かたく縛(しばり)おくべし。又出んことを
おそるればなりみ【みは白抜文字】水に落(おち)たる者(もの)あ
らば。ありあふ板(いた)。箱(はこ)。竿(さを)。なににても水
に浮(うかみ)て攫(とらゆ)るたよりに成べき物を早く
水中へ投(いれ)て。かろく手をかけさす
べし。つよく力を用れば。ともに沈(しづ)めば也。
かくすれば。身はかならず水の上に浮(うかみ)
出て。溺(おぼれ)死ぬることなし。人の體(からだ)はもと
より胸(むね)肋(あばら)の中に。肺(はい)の臓(ざう)といふ浮(うき)嚢(ふくろ)
あれば。まことはつかまる物なしとも。手に
て水をかけば。おのづから浮(うかみ)て。ちゝ
より上は水の上にあるべきものなれど
周章(あはつ)るゆゑに溺(おぼる)る也。犬(いぬ)猫(ねこ)などが。水
に入てもおのれと游(およぎ)わたるもおなじ

ことにて。水に落(おち)て死ぬと死なぬは。
たゞ心のおちつくと。おちつかぬに
よることなるを。よく思ふべし。今の世
の水馬の。馬に止りつきて。人馬とも
辛(かろう)じて水を渉(わた)るは。馬の尾の腱(すぢ)を
たち。ふか爪(づめ)をとりて。馬の天質(うまれつき)を
損(そこなふ)ゆゑ也。よく思ふべきことにこそ。▲水に
溺(おぼれ)て死(しに)たるものは。早くその衣帯(きるもの)を
とき。髁體(はだか)にして。両 脚(あし)をとり。逆(さかさ)に引
起(おこ)して。両 脚(あし)を肩(かた)へかけ。溺(おぼれ)たるものゝ腹(はら)
を脊(せ)にて按(おす)やうに。少し前へ屈(かゞみ)て歩(あゆみ)な
がら。水を吐すべし。もしこれを仰(あを)に
して。脚(あし)を前へ曲(かゞめ)て。肩(かた)へかけ。立たる
まゝにして。別に人をして腹(はら)をつよくも
ませて。水を吐するもよし。漢土人(もろこしびと)の
牛(うし)の脊(せ)へ乗(のせ)て。腹(はら)を牛の脊(せ)にて按(おさ)
せ。あゆませながら水を吐(はか)するは。手
おもにして。便宜(べんぎ)ならず。たゞ倒(さかしま)に引
立れば。水はかならず吐出すもの也。

水をあらかた吐 尽(つく)したりと思ふ
ころ。静(しづか)に下して。新淨衣(あたらしききるもの)をきせ。
蒲団(ふとん)のうへゝ横(よこ)に臥(ねか)して。先(まつ)口を開(ひら)き。
土砂などの口内にあるものを。手巾(てぬぐひ)やう
のものを水に浸(ひた)し。指(ゆび)にまとひて。よく
掃除(さうぢ)し。鼻(はな)の中をばもみたる紙(かみ)にて拭(のごひ)と
りて。さて鼻(はな)に嚏(くさめ)薬をさすべし。夫(それ)
より後(のち)の治法(ぢはふ)は。雷震死(らいしんし)の條(くたり)に云所(いふところ)と
ほゞ同じこと也。嚏(くさめ)出るか。気息(いき)出れば
必(かならず)蘇生(そせい)するもの也。もし水を多く飲(のま)
ずして胸(むね)腹(はら)も膨脹(はら)ぬものならば。水を
吐するにおよばす。またすべて凍死(こゞえじに)溺(おぼれ)死
の類(るゐ)にても。灸(きう)は必 宜(よろし)けれど。気息(いき)の出
ざるうちは。灸火の応(こたへ)なければ益(えき)なし。
気息(いき)微(かすか)に出て後(のち)には。必灸してよし。又
これらの身體(からだ)を按摩(もむ)ときには。手に
塩(しほ)を多くつけて塩を肌膚(はたへ)へすり込(こむ)
やうにしながら揉(もむ)べしといへり。これも
またよし。すべてこれらはとりわけ仁(なさ)

愛(け)の情(こゝろ)を主(おも)として。心 静(しづか)にとりあつ
かひて救(すくふ)べきこと也。又よく心得べきことは。
水中にて呼吸(こきふ)さへせねば。水を呑(のむ)ことも
なく。また死ぬるものにはあらず。故に
わきて武士などは。此 気息(きそく)を暫止(しばしとゞめ)
て呼吸(こきふ)せぬことを。平常(へいぜい)修(しゆ)し習(ならひ)て不(ふ)
虞(ぐ)の用に備(そなふ)べし▲耳(みゝ)卒(にはか)に腫(はれ)痛(いたむ)に
は。軽(かろ)きと重(おも)きとの。差別(しやべつ)あり。かろき
ものは。周身(しうしん)の熱(ねつ)もさして甚しからず。
耳辺(みゝのあたり)たゞ熱(ねつ)ありて。痛(いたみ)にをり〳〵たゆ
みあり。重(おも)きものは。耳(みゝ)の熱(ねつ)やくが如(ごと)
くにして。そのあたりの脉(みやく)のびく〳〵
と動(うご)くが。自己(じしん)にも知られ。みゝの中
鳴(なり)躁(さはが)しく。痛(いたみ)も又 忍(しの)ぶべからず。これは
ゆだんのならぬ證(しよう)にて病が一 段(だん)進(つのる)
時には。讝語(うはこと)をいひ。直視(めをみつめ)。昼夜(ちうや)寝(いぬ)ること
ならず。または昏冐睡(うつとりとねむり)て覚(さめ)ざる
などの。證(しよう)続(つゞき)て起(おこる)にいたつては。死
生もまた測(はかり)がたければ。それらの危険(あやうき)

ことにならぬまに。はやく蜞(ひる)を多く
耳(みゝ)のまわりへつけて。血を吸(すは)せ。内服剤(ないやく)
には。大 黄(わう)。悄(せう)石。黄蘗(わうばく)各一匁。山 巵(し)子五
分を一 貼(てふ)となし。水煎して。連(しきり)に服(もちふ)るか。
又は調胃承気湯(てうゐじようきとう)。凉膈散(りやうかくさん)を用ること
あり。それより上の療術(れうじゆつ)に至(いたり)ては。世(よ)の
時毉(はやりい)などのよく治するところに
あらず。况(まし)て素人(しろうと)の為得(なしう)べきことにあ
らねど。羇旅(たび)などにて。この患(うれひ)に羅(かゝり)【罹ヵ】し
時の備(そなへ)とて。その一端(かたはし)を記(しる)せしまでなり。
耳(みゝ)の輪(まわり)腫痛(はれいたむ)には。樟脳(しようのう)を醋(す)に入たるにて
熨(むす)か。前にいふ麻油と蝋(らう)とに 片脳(へんなう)を和(ねり)
たるをぬりてもよし。又は金銀花(きん〴〵くわ)。苦薏(くよくの)
花。小 茴香(ういきやう)等分に。樟脳少しばかりを
加へて。湯に温(あたゝ)めてむすことは。かろきも
重(おも)きも用てよし。▲耳(みゝ)へ蟲(むし)の入たるは。
蟲(むし)のこのむものを。耳の輪(わ)へつけて。しづ
かにその出るをまつべし。いかにすれども
出がたきは。喞筩(みづはぢき)を以て。微温湯(ぬるまゆ)を弾込(はちきこみ)

て耳(みゝ)の中をあらふべし。。耳(みゝ)には膜(まく)といふ
て底(そこ)のごとき物あれば。耳(みゝ)を下へかたむ
けてこれをあらへば。必出る也。牽牛(あさがほ)の
葉(は)。苦棟実(せんだんのみ)などの。蟲(むし)を制(せい)する物を
煎じて。洗(あらひ)たるなど尤(もつとも)よし。また一 法(はふ)に。
椶櫚(しゆろ)の毛(け)のさきへ黐膠(とりもち)をつけて。蟲(むし)を
釣(つり)出すべしといへり。この法尤よし。又
紙條(こより)のさきに油をつけて。耳(みゝ)をさぐり
て釣(つり)出すべしともいへり。これもまた
心得おくべしし【しは白抜文字】食傷(しよくしよう)は多くは。常(つね)に
消化(こなれ)のよろしからぬものにあることにて。
一時におこる病にあらず。腸胃健(はらすこやか)にし
て消化(こなれ)のよきものは。偶(たま〳〵)に喫過(くひすご)した
りとも。腹(はら)のやゝ脹満(はる)までにて。害(がい)と
はならず。然(しか)れば。これは毒ある物に
当(あた)りたるにあらねば。不養生(ふようじよう)なる
ものにある病也。その軽(かろ)きものには。前に
出せる益智飲(やくちいん)。建中散(けんちうさん)などを用て
よし。重(おも)きものは。吐剤を用るか。下剤を

用るかすべし。前のく【くの横に長四角】の部(ぶ)霍乱(くわくらん)の
條(でふ)を見あはせて治すべき也▲呃逆(しやくり)は。
冷(ひや)水を息(いき)をつかず。一 盌(わん)つゞけてのみほ
すべし。また紙條(こより)を鼻(はな)へさし。嚏(くさめ)をと
りてとまるものあり昼夜(ちうや)。出て止(とまら)ざ
るは。霜柿(とろがき)【「ころがき」ヵ】又は串柿(くしがき)の中の。柔(やはらか)なる
ところを喫(くひ)。外の堅(かた)き所に。生姜を
加へ煎じて服(もちふ)るがよし。柿蒂(かきのほそ)を薬(きぐす)
舗(りや)にて賣【買】なり。それを二匁に。丁子五
六分づゝ加へて煎じ。生姜の搾(しぼり)汁を
加へ用たるもよし。傷寒(しようかん)にて呃逆(しやくり)の
甚しきは。下すと。参附(しんふ)を用ふるの
差別(しやべつ)あり。俗人(しらうと)ににはかにはいひとき
がたきことなれば。此(こゝ)に論(いは)ざる也。▲舌(した)を
跌仆(つまづき)たる激動(はづみ)に。自咬(みづからかみ)て創(きず)つけ。血出
て止ざることあり。速(すみやか)に水をふくみて。
いくたびとなくはき出して。洗が
ごとくすれば。血はおほかた止るもの也。
その後に蒲黄(ほわう)の末。または枯礬(やきみやうばん)の類(るゐ)

をふりかけおくべし。粉錫(とうのつち)も又よし
▲舌頭(したのさき)を誤(あやまつ)て噛断(かみきる)ことあり。断(きれ)たるさき
続(つゞき)てあらば。水を含(ふくみ)てたび〳〵吐出すか。
醋(す)を含(ふくみ)てたび〳〵吐出し。早く血の
止るやうにして後。鶏卵の中の薄皮(うすかは)
をとりて。舌頭(したのさき)をよく包(つゝみ)て。乱髪(かみのけ)を
焼(やき)て細末にしたるを蜜(みつ)にてねり。其
上へぬるべし。騏驎血(きりんけつ)を細末してぬり
たる。もつともよし。二三日にておほく
は愈(いゆ)るものなれば。其間は成丈もの
いふべからず堅(かた)きものはくらふべからず。
▲舌よりなにとなく血の出ることあ
り。これは多くは。頭瘡などの内 攻(こう)
したるか。又は頭(かしら)胸(むね)などに。病の催(もふし)
ありておこることにて。忽(ゆるかせ)にならぬこと
なり。はやく巧者(こうしや)の毉士(いし)に任(まかせ)て治
術(じゆつ)をうくべし▲舌(した)に瘡(できもの)を生ずる證(しよう)
に。かろき重(おも)きの差別(しやべつ)ありて。治法
も又さま〴〵にわかれたれど。其中に

舌疽(ぜつそ)といふて。初(はじめ)は舌にわづかなる瘡(できもの)が
発(でき)て。それが膿(うみ)て陥(くほく)なり。漸(しだい)にひろがり
ゆく。これがふかく腐蝕(くえこむ)ときには。
飲食(のみくひ)することもならずして。遂(つひ)には
死にいたる。至(いたつ)て険證(むつがしきしう)なり。故にはや
くその腐蝕(くえこみ)を止ることをせねばなら
ぬことは。いふまでもあらねど此 證(しよう)を発(はつ)
するものは。その以前より心意(こゝろもち)。舒愓(のびやか)な
らず。面色(かほいろ)萎黄(つやなく)。腰(こし)脚(あし)冷(ひへ)。脉(みやく)も沈(しづみ)て力
なく。なにとなく陰気(いんき)なる人に多
き病なり。これを和蘭毉者(おらんだいしや)などは。巧(たくみ)に
病 因(いん)を説(とい)て。きく人の耳をおどろか
せども。治 術(じゆつ)にいたつては。迂遠(まわりどほ)にして
救得(すくひえ)がたきこと多く。後世(こうせい)毉師(いし)はも
とより鈍(にぶ)く。確保(とりとめ)たることもなく。吉益(よします)
派(は)などの下剤ずきなる匕頭(さじさき)にて治すべ
き病にもあらされば。この病に逢(あふ)時には。
多くは死に至るもの也。もとより此 證(しよう)は。
欝毒(うつどく)あるうへに。身體(からだ)疲倦(つかれ)。気 血(けつ)の

運行(めぐり)遅渋(あしく)なりて起(おこ)る物故。初より参(じん)
附(ぶ)の大 剤(ざい)を主とし。毒を消(さる)ことを兼(かね)て。治
術(じゆつ)をなさねば成ぬことなれど。参附(しんぶ)は焮(きん)
衝(しよう)をいたし。毒の勢(いきほひ)を長ぜしむるなどゝ。
和蘭毉輩(おらんだいしのやから)などのいふことを信(しん)じ。遂(つひ)には
不治にいたらしむること多し。すべて疽(そ)とは。
表(おもて)へはたかくもならず。腫(はれ)も甚しからすし
て。肉(にく)中に深(ふか)く弥蔓(はびこり)ゆく物をさしていふ
の称(な)にて。いづれも虚乏(ふそく)にわたる物にて。和蘭(おらんだ)
毉師(いし)の口 癖(くせ)にいふ焮衝(きんしよう)といふものとは。懸(はるか)に
別(こと)なる物也。故に俗家(しろうと)もよくこれらのこと
をもよく記得(こゝろえ)おきて。毉師(いし)の巧言(くちさき)に誆(たぶらか)
さるゝことなかるべし▲傷寒(しようかん)と。時疫(じえき)。疫(えき)
癘(れい)などゝいふ称(となへ)は。各別(かくべつ)なるやうなれど。も
とはひとつ也。且(かつ)世にいふひき風の感冒(かんはう)
といふ物も。其 実(じつ)は。傷寒(しようかん)の軽(かろ)き物にて。
軽重(かろきおもき)に拘(かゝは)らず。頭痛(づゝう)。悪寒(さむけ)。発熱(ほつねつ)の表(へう)
證(しよう)あるものは。必まづ汗をとるべし。汗(あせ)を
発剤(とるくすり)はさま〴〵あれど。羇旅(たびぢ)在陣(ざいぢん)など

には。尽(こと〴〵)く其用意も成かぬれば。前に
出せる健(けん)中 散(さん)を熱湯(ねつとう)にかきたてゝ用て。
汗をとるべし。汗を発(とる)には。米(こめ)の粥(かゆ)を稀(うすく)
して用るか。温飩(うんどん)。羮蕎麪(ぶつかけそば)。鶏卵湯。酒(さけ)
客(のみ)は生姜味醤の酒などを飲(のみ)てよし。
我邦(わがくに)のむかし風ひきたるには。必 腰湯(こしゆ)を
つかひて汗を発(とる)ことをおしなへて行(おこなひ)て。
これをゆゝで【ゆゝでの横に長四角】といひしこと。古き物語に見
えたり。旅中にてなまなかなる薬を
用んよりは。此ゆゝで【ゆゝでの横に長四角】の法(はふ)を行ひて。汗を
とることは。薬にもまさる効あるもの也。
柚(ゆづ)の皮。香橙皮(くねんぼのかは)。蜜柑(みかん)の皮などを煎じ
て用るも。又よく汗を発するもの也。近
来の和蘭毉者(おらんだいしや)が。妄(みだり)に焮衝(きんしよう)といふこと
を唱(となへ)て。傷寒(しようかん)最初(さいしよ)の必汗すべき病
者に。蜞(ひる)をつけ絡(らく)を刺(さし)などして血をと
り。下剤を用て下しなどして。壊證(えしよう)
にすることまゝ多し。雑病(ざつびやう)とちがひ傷(しよう)
寒(かん)。時疫(じえき)の病は。汗すべきものを下し。

下すべきものに参附(じんぷ)を用ひ。参附(じんぷ)を
用べきものに。下剤をあたへなどすれば。
わづかに二三 貼(てふ)の薬にて人を殺(ころす)にい
たる。怖(おそろ)しきものあれば。俗人(しろうと)にもその心
得あるべきことなり。况(まし)て旅(りよ)中にて。この
病に遇(あえ)ば。妄(みだり)なることをせんよりは。薬を
用ずして。その動静(なりゆき)を旁観(みたるかた)がよし。
すべて人の體(からだ)には。自然(しぜん)受用力(じゆようりき)といふ
て。おのれと病を排除(はらひのぞく)ところの機関(はたらき)
はあるものなればなり。この義(わけ)をよく
おもふべし。▲白癜風(しろなまづ)には。青胡桃(あをぐるみ)を生
のまゝわさび擦(おろし)にておろしぬりつくれば。
膿(うみ)を醸(かもし)て愈(いゆ)るがゆゑに。毒の内攻(ないこう)する
ことなし。あるひは。青胡桃(あをぐるみ)一个に巴豆(はづ)二ツ
を研合(すりあは)せてつくるは。もつともよし
ひ【ひは白抜文字】肥前瘡(ひぜんさう)は。そのむかし異国(いこく)人が。
肥前の州(くに)の長 崎(さき)にて。妓婦(ぎふ)に流伝(うつし)
て。それよりはびこりたる一 種(しゆ)の毒(どく)
なることは。足利(あしかゞ)時代に。黴毒(ばいどく)を

筑前(ちくぜん)の博多(はかた)にて。異国(いこく)人よ
りつたへたるを以て。呼(よん)で唐瘡(からがさ)と
いふがごとく。これらの病は。おの〳〵
一 種(しゆ)のどくにて。人より人につた
へてわづらふものなり。しかるを
憶測(あてちがひ)なる病因(びやういん)をとなへて。的当(てきたう)
の治 術(じゆつ)をするものゝ少きゆゑに。
治しかぬるなり。ゆゑに今この
病毒の人より人につたへて弥蔓(はびこり)
ゆくことは。なほ草木の種子(たね)を
藝(うゑ)。または分根(ねわけ)して繁茂(しげり)ゆくも
のと一 般(ぱん)なることを領解(がてん)して。
その伝染(でんせん)を御(ふせ)ぎ。転つりたる初(はじめ)に
はやくこれを排除(はらひのぞ)くことを思ふ
べし。羇旅(たび)の客店(はたごや)などにて。枕席(ねどころ)
などよりもうつるものなれば。もし
羇楼(たびさき)などにて。指(ゆび)の間(また)などに
二ツ三ツも発(でき)たらば。はやく鍼(はり)か刀(こが)
子(たな)などにて刺破(つきやぶり)て。血をしぼり

出てのちの。硫黄(いわう)の細末をつくべ
し。この時の硫黄(いわう)は発燭(つけぎ)に用たる
をけづりとりてもよし。薬舖(きぐすりや)あ
るところならば。鵜(う)の目。鷹(たか)の目と
呼(よぶ)ところのものゝ細末を買(かふ)て貼(つく)るが
よし。礦硫黄(かねほりいわう)の。世に金硫黄とよぶ
もの一匁に。片脳(へんなう)三分。磠砂(どうしや)一分をくは
へて。細末したるものを貼(つく)れば。もつ
とも効(こう)あり。その毒すでに蔓延(ひろがり)て。
肘臂(かひなひぢ)におよびたるも。一ツ〳〵に血(ち)を
しぼり出して。このくすりをつく
れば。よくそのどくを消除(のぞく)こと。しば
〳〵こゝろみて験(しるし)をえたるところ
なり。また蝋(らう)のけぶりよくこの毒を
消(さる)こといたつて妙(めう)なるものなり。いか
ほど周身(しうしん)にはびこりたるものにて
も。日〳〵蝋(らう)を煮(に)て。その煙(けぶり)をもつて
惣身(そうみ)をふすぶれば。いつかいえて。
内 攻(こう)することもなく。治するもの

なり。ゆゑに蠟燭(らうそく)を多く製(こしらへ)る家
にては。肥前瘡(ひぜんさう)あるものをいとはず。
これらは物類(もの)の相感(あひかんずる)のもつとも至(し)
妙(めう)なるものなり。また硫黄(いわう)よく肥前(ひぜん)
瘡のどくを制(せい)し。これを排除(はらひのぞく)の効(こう)
あること。諸藥その右に出るもの
なし。硫黄(いわう)に。鵜(う)の目/鷹(たか)の目と
よぶものを上品とす。これを細末し
て。日に二匁ほどづゝも服(もちふ)ること
ひさしければ。惣身(そうみ)に硫黄(いわう)の臭気(にほひ)
を発(はつ)し。大便/微利(すこしくだり)。小便も硫黄の
にほひをなす。おほかた百日ばかり
も用ておこたらざれば。毒はこと〴〵
くのぞくなり。近世火藥に用るに。
此ものを製(せい)して。精粹(きつすい)なるものを
とりたるを。硫黄華(いわうくわ)といふ。商家(きぐすりや)に
はおほくは發燭(つけぎ)に用るものを似て
これをせいするはよろしからず。
えらびて用べし。内服には。此硫黄花を

用るを尤よしとす。肥前瘡内/欝(うつ)
して。水/腫(しゆ)を發(はっ)することあり。甚し
きは衝心(しようしん)するものなり。小便つうじ
あしく。水腫(むくみ)を発(はつ)したるは後のす【すの右に長四角】
の部水/腫(しゆ)の條(でふ)にいふところの治法
に從(したかひ)てよし。衝心(しようしん)するものは。前の
か【かの右に長四角】の條(でふ)の脚気(かくけ)の衝心(しようしん)と異(こと)なること
なし。肥前瘡内/攻(こう)して。心腹(むねはら)の病と
なり。或(あるひ)は眼病(がんびやう)となり。又は變(へん)じて
腰(こし)あしの病となりたるもの。および
年久しく皮膚(はだへ)の間に浸淫(しみひろがり)【「滛」は「淫」の誤字】て癢(かゆみ)
をなすものゝるゐは。日々水を灌(あび)て
おこたらざれば。その毒ふたゝび外表(そと)へ
發(はつ)して膿(うみ)を醸(かも)して治するなり。
この一/叚(だん)に至ては。世人の卒(にはか)にきゝ
て駭(おどろく)ところの治療(ぢりやう)にして。庸毉(なみ〳〵の)
鼠輩(いしや)【注】のよく知ところにあらず。故
に此(こゝ)には論ぜざるなり。▲砒霜(ひさう)の毒
には。胡麻油(ごまのあぶら)にても。燈(ともし)油にてもよく

【注 庸毉(医)=平凡な医者。藪医者。 鼠輩(そはい)=とるにたらない者ども。人をののしる語】

    ひもせ                六十五


用れば解(げ)す。また明礬(みやうはん)二匁ばかり
を細末して冷(ひや)水にて服(もちふ)れば。これも
毒(どく)を解(げ)するものなり▲人にゆびを咬(かま)
れたるも。同類とて慢視(ゆだん)しがたき
ことあるもの也。もし血出て痛(いたみ)たへ
がたくば。はやく小便をしかけなか
ら洗てよし。または小便を器(うつは)にとり
て。その中へゆびさきを浸(つけ)おき。血のと
まりたる後に。冷水にてよく洗ひ。
發燭(つけぎ)か紙撚(こより)に油をつけたるに火
を點(てん)じ。創口(きすぐち)に滴(たら)しこむか。又は灸を
六七壯したるがよし も【白抜き文字】粢餻(もちだんご)の類(るゐ)
の咽(のんど)に噎(かゝり)て下がたきに。ごまの油を
二三勺/服(のめ)ば。すみやかに下るなり。又は
きつき醋(す)を鼻(はな)へ吹こむか。服(のま)するも
よし。蘿菔(だいこん)の自然汁(しぼりしる)もまたよし
せ【白抜き文字】疝気には。菩提子(じゆずだま)の根(ね)を煎(せん)じ
て用る。これを疝気(せんき)の一/服(ふく)薬と云(いふ)
は。一ぷくにて効(こう)ありといふて。賣薬(ばいやく)

にするなり。また馬蓼(いぬたで)の莖葉(くきは)を
乾(ほし)て刻(きざみ)煎(みせん)してもちふるも効あり。
または唐(から)の苦楝子(せんれんし)。小/茴香(ういきやう)。唐木(からのもく)
香(かう)を等分(とうぶん)にして。それに川穀根(じゆずだまのね)を
倍(いちばい)加(くはへ)て。疝気(せんき)の妙藥なりといふて
鬻(ひさく)ものあり。これらは尋常(なみ〳〵)の毉士(いしや)の
藥よりまさりたる効のあるもの也。
川穀根(じゆずだまのね)。馬蓼(いぬたで)などは。多くあるもの
なれども。時に臨(のぞみ)ては得(え)がたきことも
あれば。この宿疾(ぢびやう)あるものゝ旅装(たびばり)【たびなりヵ】には。
用意したるもよし。または前の建(けん)
中散(ちうさん)にも。疝気(せんき)を治する効あれば。
それにてもよし。せんきにて。陰嚢(いんのう)に
はかにはれたるには。小/茴香(ういきやう)を細末
して多く服(もちふ)れば。効あるもの也
▲焼酎(せうちう)を飲(のみ)て解(さめ)がたきときは。きの
つよき醋(す)を多く呑(のむ)べし。もし毒に
あたりて。靣色(めんしよく)青(あを)くなり。昏眩(ひきつけ)んと
するものは。すみやかに咽(のんど)をさぐりて
   せす        六十六

吐か。またははきぐすりを用るがよし。
またはやくあつき湯(ゆ)に浴(いれ)ば解(け)す
るといへり。せうちうを呑(のみ)て。水を
多く飲(のむ)ときは。卒死(そつし)する者(もの)有(あり)と云(いへ)り
す【白抜き文字】寸白(すんばく)と俗(そく)にいふは。もと長さ一寸
ばかりなる色白き蟲(むし)のことなるを。
條蟲(でうちう)。または長蟲(ちやうちう)とよぶものゝひら
たくして長(なが)く。かたち真田紐(さなだひも)に
にたるをもつて。これをさなだむ
しといふものを誤(あやまつ)て。寸白の蟲(むし)と
いひ。小腹(したはら)より腰脚(こしあし)へひきつりていた
むものゝ。またこの蟲(むし)を通(つう)ずるより
うつりて病の通名となりし也。
この證(しよう)。實(げ)にこのむしの腸中(はらのうち)に生
じたるよりおこるものあり。この
蟲を下すもの。五六尺または一𠀋あ
まりも通じたるを引きりたる。
その殘(のこり)たるは。死ずして延(のび)ゆくも
のとみえて。先後(ぜんご)十/餘(よ)丈/乃至(ないし)二十
𠀋/餘(よ)も通じたるものあり。この蟲(むし)
を治(いや)さんには飲食(たべもの)を断(たち)て。榧(かや)の實(み)
一品を三/次(ど)の食にかへて。七日が間
喫(くは)すれば。蟲(むし)かならず死て下ること
妙なり。つねに蚘蟲(くわいちう)とて。蚯蚓(みゝず)のごと
きむし多く生じて。さま〴〵の
患(なやみ)をなすものも。かやの実(み)をくへば。
こと〴〵く下りていゆるなり。
また。阿魏(あぎ)といふいたつて臭気(くさみ)あ
るものあり。これも蟲(むし)に効(こう)ある物
なり。これに藤黃(しわう)を十分一くはへて
ひさしく用れば。よく蟲を下す也。
また前の疝気(せんき)の藥に。草烏頭(さううづ)を
一/貼(てふ)に七八分つゝくはへ漫火(ゆるきひ)にていた
つて濃(こく)煎(せん)じて用れば。よく一時の苦(くる)
悩(しみ)を治するものなり。また薤白(にんにく)に
味噌(みそ)をつけ。火に炙(あぶり)てくらふも効(こう)あり
▲擦傷(すりきず)には。魚膠膏(にべのかうもく)をつけてよし。
その方は。安息香(あんそくかう)三十匁を細末し
    す              六十七

て。燒酎(せうちう)に二日ばかりつけおき。澤(かす)を
しぼりすて。魚膠(にべ)百匁に。水一升ほ
ど入。よく煮(に)て。五合ばかりに成たる
とき。安息香(あんそくかう)の焼酎(せうちう)を加へ。かきまぜ
て膠飴(みづあめ)のごとくなりたるときに。
火より下し。細布(めのこまかきぬの)または絹(きぬ)にのべて
貯(たくはへ)おくなり。これを略(りやく)して水透膠(じゆうすきにかは)
とよぶものに水を入。煮(に)とかしたる
を。紙にのべたるを。即功紙(そくこうし)といふて
うるものあり。かろきものには用べ
し。この魚膠膏(にべのかうやく)は。擦破(すりやぶり)たる創(きず)。金刃(きり)
傷(きず)の浅(あさ)きもの。肉刺(はなをづれ)などにも用ひ
らるべく。且(かつ)唾(つば)をもつてしめして
貼(つく)るのみにて。捷便(てばや)なれば。旅行(りよこう)番(ばん)
兵(ぺい)などは。ふところにしてえき
あるものなり。即功帋(そくこうし)の色を黄(き)
にするには。黄蘗(わうばく)を煎(せん)じて入るなり。

救急撮要方

救急撮要方拾遺 嗣刻
 前編に洩たることをこと〳〵く記したり
救急摘方前編  中本一冊刊行
 火やけど湯やけど打身きり疵鉄炮の
 玉疵一切急病の救ひかた骨のつぎかた
 まても素人に会得せらるゝやう
 にくはしく図を出して示す所の
 書なり
同後編     同刊行
 朝夕に用る水のゑらびかた濁たる水を
 すます仕方熱病痢病其外うつり
 安き病のふせぎかた蝦夷などの寒
 地にありて寒気をふせぐべき仕方
 鉄炮疵のうみたるを治する法一切の
 急病をすくふことを詳にしるし
 たり前後一帙にしたる本もあり
厩馬新論    大本一冊刊行
 馬はかならず半身は水に浮てわたる
 べき獣なれども仕立かたあしき故に
 当世の乗馬にては軍用に立がたき
 ことを論じいかなる困窮の士にても
 費少くして馬を飼るべき仕方をも
 詳にしるして馬の病を察する目
 きゝをまでかきのせたり
日本開闢由来記 絵入よみ本七冊
 日本は世界第一の国なる由来を
 古書によりて詳に記しやまとだま
 しひを引起さしむる書なり

安政五年戊午九月発行
 書物問屋 和泉屋金右衛門

シヤ
   □文淵丗五年千二百六十
□ソ?

{

"ja":

"(養生教訓)医者談義

]

}

【収蔵用外箱・表紙】

医者談義 五冊


【収蔵用外箱・背表紙】
医者談義 五冊       富士川本 イ 395


【収蔵用外箱・表紙】
医者談義 五冊

【整理ラベル・富士川本/イ/395】

【表紙 題箋】
医者談義  一

【貼紙ヵ、手書き文字】
イ一ヲモテ

【整理ラベル・富士川本/イ/395】




医者談義(いしやだんぎ)
   目録
一 人(にん)参 好悪(よしあし)之(の)談義(だんぎ)
一 配剤(はいざい)大小之 談義(だんぎ)
一 加持祈祷(かぢきとう)之 談義(だんぎ)
一 病家(びやうか)需(もとむる)_レ医(いを)之 談義(だんぎ)
一 至賤中(しいせんのなかに)有(ある)_二殊常功(しゆじやうのこう)_一談義(だんぎ)

【朱印・京都帝国大学図書之印】
【朱印・富士川游寄贈】
【朱印・山口文庫】
【黒印・705823 昭和15.9.5】

一 疱瘡神(いものかみ)之(の)談義(だんぎ)
一 医者(いしや)発(はやり)不(はやら)_レ発(ざる)之(の)談義(だんぎ)






医者談義巻一
  人参(にんじん)好悪(よしあし)之(の)談義(だんぎ)
夫(それ)医者(いしや)の起(おこ)りは天地ひらけて八十一万五千五
百八十二年にして今より算(かぞへ)て二万二千八百七十
七年 前(さき)にあたつて天竺(てんぢく)震旦(しんたん)我朝(わがてう)三国の真中(まんなか)
の大唐(たいとう)に太昊伏義(たいかうふつき)氏(し)出たまひて八卦(はつけ)を開(ひら)き陰(いん)
陽(やう)五 行(ぎやう)の道をあきらかに教(をしへ)たまふこれを易(ゑき)と
名(な)付て上下二 巻(くわん)の書(しよ)と成て今につたはれり
伏義より一万七千七百八十七年にして炎帝(ゑんてい)

神農(しんのう)氏(し)出たまひて一 切草木(さいさうもく)の気味(きみ)を嘗(なめ)味(あぢは)ひて
一年の日の数(かず)に充(あて)て三百六十五 種(しゆ)の薬品(やくひん)を定(さだ)め
られ上中下三巻の本経(ほんきやう)本草(ほんさう)をあらはして今に
つたはれり神農氏(しんのうし)より五百年の後に黄帝有熊(くわうていゆういう)
氏(し)出たまひて岐伯(ぎはく)鬼曳区(きゆく)【鬼庾区ヵ】等の諸臣(しよしん)と人身(じんしん)の形(けい)
体(たい)五 臓(ざう)六 腑(ふ)十二 経絡(けいらく)等(とう)の理(り)を論(ろん)し一切諸 病(びやう)を治(ぢ)
する法(ほう)を定められ素問(そもん)九 巻(くわん)霊枢(れいすう)九巻 合(がつ)して十
八巻 内経(だいきやう)といふ以上三 世(せい)の書(しよ)を学(まな)ぶを以て医は三
世ならずんば用ゆべからずといへり黄帝(くわうてい)より三千

年の後今より千五百年の先(さき)後漢(ごかん)の世(よ)にあたつ
て長沙(ちやうしや)の太守(たいしゆ)張仲景(ちやうちうけい)出(いで)て傷寒雑病論(しやうかんざつびやうろん)十六巻
をあらはし一百十三 方(はう)の薬法三百九十七法の治法を定
められしなりこれより医道(いだう)盛(さかん)に成て隋(ずい)唐(とう)宋(そう)
元(げん)明(みん)にいたつて医書(いしよ)のおほくなりしこと牛(うし)に
汗(あせ)し棟(むなぎ)に庇(さしかけ)することに成しなり是は唐(から)の事日本
にしては大己貴命(おゝあなむちのみこと)少彦名命(すくなひこなのみこと)既(すで)に神代(かみよ)より和流(わりう)の
医法(いはう)伝りて和気(わけ)丹波(たんば)の二 流(りう)近代(きんだい)は半井家(なからいけ)道三
家の両流また盛(さかん)なり然れども慶長(けいちやう)以前は諸国に

医家(いか)幾許(いくばく)もなしいにしへは 天子より諸国へ施(せ)
薬院使(やくいんし)をくだされ民病(みんびやう)を救(すく)はせたまひしとなり
元和以来は太平の御代(みよ)となり馬(むま)の靴(くつ)ひらふ童(わつは)も
筆持(ふでもつ)すべをならひ墨(すみ)にて髭(ひげ)つくる奴(やつこ)の角内(かくない)角
介もいろは知らぬは稀(まれ)なる世(よ)と成て衆方(しゆはう)規矩(きく)
万病(まんびやう)回春(くわいしゆん)の仮名(かな)付あるを見て医者(いしや)の真似(まね)する
者(わろ)【注】が何(いつ)の間(ま)にやら頭(あたま)をまろめて長羽織(ながはおり)見る内に
駕籠(かご)乗物(のりもの)にとび上(あが)り昼夜(ちうや)いそがしげにはしり
廻(まは)り子孫(しそん)虱(しらみ)のわくがごとく分散(ぶんさん)して国々里々

【「わろ」=人をののしっていう時に使う】
【左ページは挿絵のみ】

【右ページは挿絵のみ】


村々に医者(いしや)のなき所なし此故に狂哥にはひがし
しらみ日の出医者とよまれ絵馬(ゑま)には駒(こま)ざらへにて
さらゆるていをゑがゝれ医道の昌(さかん)成に似(に)て衰(おとろへ)也
且(かつ)恥(はぢ)なり是よりして医者のふり売(うり)出来(でき)て棒(ぼう)
手(て)ふりも同しやうに卑(いや)しめらるむべなるかな此
比(ころ)の医者は何(なん)の御 存知(ぞんじ)もなふて人参(にんじん)さへ用(もち)ゆれ
は病(やまひ)は愈(いゆ)るものとおぼへて外感(げかん)内傷(ないしやう)の別(わかち)もなく鼻(はな)
嗽気(がいき)の少し重(おも)く三日とも熱(ねつ)ねぢひけは傷寒(しやうかん)也
内傷(ないしやう)なりと劫(おび)やかしはや人参とすゝめかけ病家(びやうか)

【赤線や黒丸の書き込みがあるが翻刻には書かず】

も面扶持(つらふち)に百日取 小者(こもの)【左ルビ・ちうげん】の妻(さい)が今日(けふ)七日に成ます
少々人参を用ひて宜(よろ)しからば御入可被下といふ様(やう)
になりしは世界(せかい)に人参が沢山(たくさん)に成しや銀(かね)が沢山
に成しや夫(それ)人参 伝(でん)に論(ろん)せしは用ゆべき用ゆべか
らずの病証(びやうしやう)を明(あき)らかにし且(かつ)人参は遥光星(ようくわうせい)の精(せい)散(さん)
して人参となるゆへに下(しも)に人参あれば上(うえ)に常(つね)に
紫気(しき)【左ルビ・むらさき】あり背陽向陰(はいやうかういん)に生じて自然生(じねんじやう)を以て好(よし)と
す唐より渡る人参中にも上黨参(しやうたうじん)を最(さい)上とす新(しん)
羅(ら)高麗(かうらい)百済(はくさい)是三 韓(かん)といふ乃(すなはち)三 韓(かん)合して朝鮮(てうせん)

といふ此三 韓(かん)の中にも新羅(しんら)を上とす高麗(かうらい)是に次(つげ)
り百済(はくさい)また高麗の次なり三韓より猶奥(なをおく)唐(から)の北(きた)
つゞきに遼東(りやうとう)といふ所あり是より出る参を遼東(りやうとう)
参(じん)といひて朝鮮にまさりて上黨に亞(つげ)りまた朝
鮮より北(きた)に遼東につゞきて女直(ぢよちよく)といふ嶋あり是
より出る人参を朝鮮に交(まじへ)又(また)女直(ぢよちよく)よりすぐに唐(から)の
南京(なんきん)に毎年二十万斤 宛(づゝ)貢(みつき)物とす朝鮮より劣(おとれ)り
是を商(かひ)唐(たう)人共か受得(うけゑ)て日本に売来りこれを唐(たう)
人参(にんじん)といひ又 判子(はんす)ともいふ元禄年中まで朝鮮(てうせん)

および唐(から)より来れる人参は皆(みな)真(しん)の物(もの)にして偽(にせ)
物(ぶつ)なし此故にわづか寸(すん)にたらざる人参を噛(かむ)で卒倒(そつたう)
したる者の面(おもて)に吹(ふき)かくれば忽(たちまち)蘇(よみ)がへり些少(すこし)の人参の
煎汁(せんじしる)を呑(のめ)ば立所に乱心(らんしん)す此ゆへに人参を恐(おそ)るゝ事
蛇蝎(しやかつ)のことし唐(から)にて人参の真偽(しんぎ)を試(こゝろみ)るには口にくわ
つて走(はしる)事三五里にして息(いき)きれざるを真(しん)とす正
徳年中より以来は唐も日本も人 上手(じやうづ)に成て人
参を作(つく)り出せること夥(おびたゝ)し故に種々の似(に)よりもの
偽贋(ぎよう)の物おほく今の人参は口に頬(はう)はりて走(はし)り

ても三町ともゆかずして息(いき)きれぬべし蓋(けだし)唐の
一里は日本の六町なり然れば唐の五里は日本の三十
町なり且又唐の独参湯(どくじんたう)は一両を以て独参湯(どくじんたう)とせ
り唐の一両は十匁を以て一両とせりいかにも真(しん)の
人参十匁をもつて独参湯(どくじんたう)とせば起死回生(きしくわいせい)の功(こう)あ
りて死(し)に垂(なん〳〵)たる者も元気(げんき)を無可有(ぶかゆう)の郷(さと)に回(かへ)す
ことあるべし今見る所の独参湯は五分或は一匁
二匁三匁をかぎりとせり儀に奔哺(はんほ)【左ルビ・ふきだす】にたへたり且
元文の頃より広東(かんとう)といふ中(うち)にまきれもの出て卑賎(ひせん)の

者を惑(まどは)し家財(かざい)を費(ついやさ)しむるは人参人を助(たす)くるには
あらで人を死(しな)すなり無用のものなれども遠鄙(ゑんひ)は
なを取はやすよしなり近比時めく医者に本(ほん)の名
は白地(あからさま)にいはれぬ陰(かげ)の名(な)は人参(にんじん)牙人(すあい)といふげ也四枚
肩(がた)に常乗(ぢやうのり)薬箱(くすりはこ)持(もち)草履取(ざうりとり)若党(わかたう)かけて上下八人
鳴(なり)わたりてありくいしやどの薬店(やくてん)より安(やす)い大人
参をあづかりて病家(びやうか)へしたゝかなる朝鮮人参に
してあてがふをたれも乗物(のりもの)のいきほひにて真(しん)
の朝鮮とうけがへり■■【去々ヵ】年の事とや室(むろ)町に常(つね)に

在金(ありかね)千両の身代(しんだい)くつろがぬ者(もの)あり一人男子十八歳
陰虚(いんきよ)火動(くわどう)の症(しやう)にて肺火(はいくわ)高(たか)ぶりごほ〳〵と嗽(せき)す亭(てい)
主(しゆ)僭上(せんしやう)にて贅(ぜい)はる者(もの)ゆへ件(くだん)の乗物(のりもの)より外に医者
はないものゝのやうにおぼへ薬師(やくし)と崇貴(あがめたつと)ひて日の始よ
り他医にみせす此乗物に取付(とりつい)て放(はな)さず乗物
どのも見懸(みかけ)家がまへ窯(かまど)のけふりの淋(さみ)しからぬに見
こみ随分(ずいぶん)見 廻(まは)り人参は手前が持料(もちりやう)を用ゆべしと
例(れい)のまぎら人参を一両代金十両とかき付てやる手■【にヵ】
受取 猿(さる)の餅(もち)一 服(ふく)に二分 宛(つゝ)入て一日に二 服宛(ふくあて)三年


【牙人=がじん、牙儈=すあい、どちらも売買の仲買人のこと】

に人参百八両 銀(ぎん)にして六十四貫八百目千両の身
代こ つ(ツ)きりや つ(ツ)てうわの四貫八百目諸道具売りて子(む)
息(すこ)の葬送(さう〳〵)やう〳〵仕(し)まふて百ヶ日の茶湯(ちやたう)に油揚(あぶらふげ)さへ
ならぬやうにしたは彼(かの)人参牙人(にんじんすあい)のはぎむいたゆへ去(さり)
とはむこい仕方(しかた)また一医是も本名はいはれぬ異名(いみやう)
は投田簺庵(なげたさいあん)云(いふ)にいはれぬ名人(めいじん)人(ひと)の手にある双六(すごろく)の
さいの目をも勘(かん)がゆること刺(さす)の巫(みこ)耆婆(ぎば)扁鵲(へんじやく)もおよ
ばず胗脉(しんみやく)が此通りならば乗物はさておき輿車(こしくるま)に乗(のり)
て天上までも引上られん山 祭(まつ)りにおゐては出合(であい)

【耆婆=古代インドの名医、扁鵲=古代中国の名医】


【左ページ・挿絵のみ】

【右ページ・挿絵のみ】

【左ページ】
つり者茶屋風呂屋晴屋 巾着(きんちやく)屋 背小路(ぜこうじ)かゝらぬ嶋
なく随分 昼夜(ちうや)我家(わがや)に居(を)らぬあそび好(ずき)の医者也
或(ある)たゝきやめば喰(くい)やむ貧(まず)しき薬鑵屋(やくわんや)あり母ひと
り子ひとり四十におよんで妻もたず至て孝行(かう〳〵)
成こと世間に知られたり母 既(すで)に老病(らうびやう)におよびぬれば
たゝきやめての看病(かんびやう)貧(まづ)しき中に心をつくせり仲(なか)
間(ま)の薬鑵(やくわん)屋より投田(なげた)をたゝき付(つけ)ければ生れてより
つゐにくすり三昧(ざんまい)せぬものなればくすりさへ飲(のめ)ば
人は命(いのち)の百までもあるものとおもつてしがみつゐ

ての頼(たの)み何とぞ今一たび本復(ほんぶく)いたさせたきとのこと
ばに乗(のつ)て年よりての痰(たん)せきこしの痛(いたみ)是 本脾(もとひ)
胃(い)のよはみなれば帰脾湯(きひたう)でなければならず人参(にんじん)
黄芪(わうぎ)【黄耆】木香(もつかう)酸棗仁(さんそうにん)龍眼肉(りやうがんにく)の高貴(かうき)の薬品(やくひん)をとゝのへ
越(こ)されといへばつゐにくすりといふもの取扱(とりあつかひ)いたさね
ば其許(そこもと)にて御調(おとゝのへ)くださるべし代物(だいもつ)は是よりといふ
にまかせて三十日ばかりにやくわん屋の身代たゝ
きつぶして母もむなしく鳥辺山(とりべやま)へやるやこのかた
人参代をせがまれ家(いへ)うり払(はら)いやう〳〵にして手と

身に成ていと不便(ふびん)にあはれなることは母の吞残(のみのこ)され
しくすりに龍眼肉(りやうがんにく)とやらいふものことの外(ほか)高直(かうじき)なる物
のやうにお医者のいはれしなり三十 粒(つぶ)ほどあり今は
これなりとも銭(ぜに)にして母の茶湯(ちやたう)にいたしたきと
いふを見れば龍眼核(りやうがんかく)なりあゝふずることか投田(なげた)かいか
に薬物(やくぶつ)しらぬものなればとて病家(びやうか)を欺(あさむき)て龍眼
肉の肉(にく)をおのれがくらい核(さね)を病家へつかはして薬に
入させしこと言語道断(ごんごだうだん)医中の横道者(わう?うもの)きつと恥(はぢ)しめ
たいやつやゝもすれば見せ懸(かけ)花麗(くわれい)にする医者の中

に此類あるは六十六部の中に護摩(ごま)の灰(はい)あるがごとし
六十六部は世間になふても事かけず医者と金銀
は世間になふてかなはぬもの金銀の悪(わる)かねは石(いし)にて
見る医者の悪腸(わるわた)は人の眼鏡(めがね)にて見る是第一病
家の用心あるべきことなりと声はりあげ机(つくゑ)を叩(たゝき)
いきまきて談(だん)じける所に勝手(かつて)より山の神間(かみあい)の
障子(しやうじ)をさらりとあけて又 糞得斎(ふんとくさい)の我(われ)しりがほ
の講談(こうだん)勝手(かつて)にてきけばはあ〳〵とおもふて気(き)が升(のほ)
りて頭痛(づつう)かする皆(みな)若(わか)い諸生衆(しよせいしゆ)あのやうなる講談(こうだん)

を聞(きい)て心内(しんない)に秘(ひ)して居(い)るゝともかならず世間(せけん)に
出ていひひろめらるゝなあれにては医者ははやら
ぬぞよ第一 薬店(やくてん)ににくまれて通(かよひ)がつかゆるたとへ
元禄年中の人参が今あればとて五十年以前
の古黴(ふるかび)たもの薬力(やくりき)があるべきか其上(そのうへ)金銀を車(くるま)に
積(つん)でもないものはないにして馬(むま)のないとき牛(うし)と
いふ水(みづ)なき里山坂(さとやまさか)に渇(かつ)しては梅(むめ)といふ名(な)を聞(きい)て
も口中(こうちう)に津(つ)がたまりて喉(のんど)をうるほすためしも
あり大切至極(たいせつしごく)の親(おや)の今(いま)死(し)なれては跡(あと)はいかゞせん

いとしかあい子の是が死(しん)では共(とも)に火(ひ)に入らんと思ふ
折節(おりふし)何(いづ)れのくすりもきゝめがない此うへは独参湯(どくじんたう)
補薬(ほやく)にあらざれはならすといふ段(だん)におよんではたとへ
桔梗(ききやう)でも干大根(ほしだいこん)でも是が人参といへばとび付程(つくほど)
にたのもしく鰯(いわし)の首(かしら)も信心(しん〴〵)から奇妙不思議(きめうふしぎ)の
効験(こうげん)もあるものぞうたがふては阿毘羅牟件(あびらうんけん)も験(げん)が
ない一心(いつしん)決定(けつでう)してはあぶらおけそわかとそんでもな
いこととなへて呪(ましなひ)し婆々(ばゞ)疼(うつき)を止(やめ)し例(ためし)もありあな
がち真(しん)の人参 似(に)より人参とて忌嫌(いみきらひ)あるべからす

【阿毘羅吽欠・あびらうんけん=大日如来の真言】

【左ページ・白紙】

【一巻の背表紙】

【二巻表紙】

《割書:養生|教訓》 医者談義  二

【整理ラベル・富士川本/イ/395】

【整理ラベル・富士川本/イ/395】




医者談義巻二
   配剤(はいざい) 大小之 談義(だんぎ)
毎(いつ)も来(きた)る諸生(しよせい)の中に嶋村蟹蔵(しまむらかにぞう)とて横(よこ)に行(ゆく)
者(わろ)すゝみ出(いで)ていはく拙者(せつしや)此頃(このごろ)仲景(ちうけい)の傷寒論(しやうかんろん)を
読(よみ)候所に桂枝湯(けいしたう)麻黄湯(まわうたう)の分量(ぶんりやう)を見れば桂枝湯(けいしたう)は
桂枝(けいし)三両 芍薬(しやくやく)三両 甘草(かんざう)二両 生姜(しやうが)三両 大棗(なつめ)十
二 枚(まい)とこれあり宋元(そうげん)以来(いらい)明朝(みんてう)の方書(はうしよ)共に古(いにし)への
三両は今の一両とあり明朝(みんてう)の一両は十匁を一両とす
然れは桂枝湯(けいしたう)の薬品(やくひん)五 味(み)合(がつ)して四十二匁そこら


【朱印・京都帝国大学図書之印】
【朱印・富士川游寄贈】
【朱印・山口文庫】
【黒印・705823 昭和15.9.5】

なり水七升を以て煎(せん)じて三升を取(とつ)て三 服(ふく)と
して一 服(ふく)にて汗(あせ)出(いで)たらば後服(ごふく)をやめるとあり
古(いにし)への一升は今の京升(きやうます)一合たらずとなり然れば七
升は七合たらずの水なり薬味(やくみ)四十匁 余(よ)あるを三合
にせんじつめてはあぶらのごとく蜜(みつ)のごとくなる
べし傷寒論(しやうかんろん)に見ゆる所の薬方(やくほう)桂枝湯(けいしたう)麻黄湯(まわうたう)
以下一百十二法の内 湯薬(たうやく)の分(ぶん)何(いづ)れも皆(みな)薬剤(やくざい)多(おほ)く
水 多(おほ)し煎(せん)じつめてははなはだ厚濃(あつくこき)くすりなり
然(しかふ)して用ひやうは一服(いつふく)にして験(しるし)を取法(とるはう)なり然るに

当世(たうせい)のくすりは一ふくわづか一匁より一匁四五分
大服(おゝふく)なるは稍(やゝ)二匁に過(すぎ)ず水は一合半あるひは二合
反に過(すぎ)す然(しかふ)して病(やまひ)を治(ぢ)するに日(ひ)を経(へ)月(つき)を越(こゆ)る
是古への傷寒(しやうかん)と今の傷寒と異(こと)なるや又 唐(から)と日本(にほん)
と人物(じんぶつ)ことなるや此義くわしく御 談(かたり)候へ糞得斎
つく〳〵聞て足下(そなた)は学頭(がくとう)ほどありて医家(いか)の肝門(かんもん)
を問(と)はるゝよ内経(だいきやう)にいはく病(やまひ)に遠近(ゑんきん)あり證(しやう)に中外(ちうぐわい)あり
治(ぢ)に軽重(きやうちう)あり近(ちか)きものは之(これ)を奇(き)とし遠(とを)き者は
これを偶(ぐう)にす汗(あせ)するには奇(き)をもつてせず下(くだ)す

には偶(ぐう)をもつてせず上(かみ)をおぎなひ上(かみ)を治(ぢ)するには
制緩(せいくわん)をもつてし下(しも)をおぎなひ下(しも)を治(ぢ)するには制(せい)
急(きう)を以てし近(ちかふ)して偶奇(ぐうき)の制(せい)其服(そのふく)を小にす遠(とを)く
して奇偶(きぐう)其 服(ふく)を大にす大なれば数(すう)すくなし小
なれば数多(すうおほ)し多ければ之(これ)を九ふく少ければこれを
一にす之(これ)を奇(き)にして去(さら)ざれば之(これ)を偶(ぐう)にし之(これ)を偶(ぐう)
にして去(さら)ざれば反佐(はんさ)して以て取之(これをとる)所謂(いはゆる)寒熱温涼(かんねつうんりやう)
反(かへつ)てしたがふとあり仲景(ちうけい)の立方(りつはう)は医家(いか)治法(ぢはう)の元祖(ぐわんそ)病
に対(たい)して百発百中(ひやくはつひやくちう)にして病(やまひ)を治(ぢ)するの大法(たいほう)也 譬(たとへ)ば

聖人(せいじん)の書(しよ)にも刑罰(けいばつ)の大法(たいほう)あるがごとし其罪の者(もの)へ
其刑(そのけい)其罪(それのつみ)の者(もの)は其罰(そのばつ)かくのごとしそのほど〳〵の
法あるがごとしたとへば分(わ)れすまふの評(ひやう)に理(り)ありと
見ゆる者の無口(むくち)不弁(ふべん)にして非分(ひぶん)になるあり非(ひ)あり
と見ゆる者の弁舌(べんぜつ)利口(りかう)にしていひまわしてかちに
成ありこゝにおゐて疑似不分明(ぎじふふんみやう)にして未決(みけつ)のときは
左右の頭取(とうとり)行事(きやうじ)こゝかしこをいひなためて勝負(しやうぶ)は
おつてとのべて置(おく)は彼関取(かのせきとり)の重(おも)ければなりふりさはなし
に前(さき)の伊州(いしう)後(のち)の防州(ばうしう)へいひおくりに惣而(そうじて)国民(くにたみ)の争(あらそ)ひは

【見開き挿絵】

小僧(こぞう)の三 事(じ)鈴木(すゞき)か奥州(をうしう)くだりと意得(こゝろへ)らるべしと有
しとなり寺(てら)の小僧(こざう)か親(おや)の許(もと)へ逃帰(にげかへ)り父母(ふぼ)にいふやうは和(を)
尚(しやう)のきびしさいらひどさもはやこらへがたく候これ見さ
しやれ頭(あたま)り生疵(なまきづ)たゆることなく殊(こと)に不自由(ふじゆう)なるは朝夕(てうせき)
の飯(めし)を蓋(かさ)でくれやりますそして気短(きみじか)にせわしな
く小僧〳〵といらへする間もござらぬ雪隠(せちん)に行(ゆけ)ば長居(ながい)
するとて棒(ぼう)でみしらしやります是では命(いのち)もござ
らぬと泣口説(なきくどけ)ば父(ちゝ)聞てまことくし扨〳〵不仁不慈(ふじんふじ)成
和尚(をしやう)見 懸(かけ)とは大にちがふたりいで隙(ひま)取(とつ)て得(ゑ)させん

とて寺へ走行(はしりゆき)右の三事一々に云ひ立て述懐(しゆつくわい)す
れば和尚(をしやう)大にけでんして先(まづ)あれなる雪隠(せちん)を見やし
やれ手(て)ならひせよ経(きやう)よめよといへば其まゝ雪隠(せちん)へ走(はし)る
何をするやらと始のほとはおもひましたが壁(かべ)をむし
り榀(こまい)を折取(をりとり)あのごとくあばれ雪隠(せちん)にして野中に
用(よう)に居(い)るやうに拙僧(せつそう)のなんぎ御 推量(すいりやう)あれ朝夕(てうせき)の飯(いひ)
を炊(かし)かすれば飯揚(いひあぐ)るときに杓子(しやくし)にててんがうに鍋釜(なべかま)
のふちをたゝいて御 覧(らん)候へ此ごとくと申に成たる杓子(しやくし)
を十四五本出して杓子もとむる間(あいだ)にはせふ事なしに

飯椀(いひわん)の蓋(かさ)で■【たヵ】つさせます頭をそれといへば髪(かみ)おし
みして月に一度も押(おし)てとらへて剃(そり)ますればはね
まわりて是非(ぜひ)なく剃刀疵(かみそりきづ)がたへませぬこなたの子息(しそく)て
ござれども何ともならぬあん■■【ばくヵ】者けれとも愚僧(くそう)が弟(で)
子(し)にいたしたれば不便(ふびん)に存(そんじ)年たけ成長(せいちやう)したらばよく
ならんとだましすかしてそだてますと涙(なみだ)おとして
語(かたり)たまへば父(ちゝ)けうさめて小僧(こぞう)が口と大ちがひいひわけな
くして帰(かへ)りしといふ世俗(せぞく)の諺(ことわざ)に和尚(おしやう)が和尚(おしやう)なれば小(こ)
僧(ぞう)が小僧(こぞう)とは片口問答(かたくちもんどう)をいましめたる古事(こじ)なり鈴木(すゞき)が

奥州(おうしう)くだりは義経(よしつね)は都(みやこ)より舟路(ふなぢ)よりこられしに大物(だいもつ)の
浦(うら)にて悪風(あくふう)にあい北国越(ほつこくごへ)に奥州(おうしう)へ三十 余日(よにち)で着(ちやく)せら
れしに鈴木(すゞき)は跡(あと)じまいして京(きやう)かまくらの様子(やうす)聞合(きゝあはせ)
せこゝかしこに遅滞(ちたい)逗留(とうりう)して東海道(とうかいだう)を七十五日かゝ
りて奥州(おうしう)につきしとなり是月日を経(へ)て善悪(ぜんあく)の
表裏(へうり)を聞定(きゝさだ)むるの法(ほう)なり又 防州(ばうしう)の計略(けいりやく)に石地蔵(いしぢぞう)の木(も)
綿(めん)をぬすまれしを町内(てうない)数月(すげつ)の張番(はりばん)に困窮(こんきう)して終(つい)に盗人(ぬすびと)
あらはれしは遷延(せんゑん)と日数(ひかづ)を経(へ)しゆへしれがたき盗賊(とうぞく)を
出(いだ)されたり医(い)の治法(ぢほう)も此通り仲景の立法は大法なり

凡 傷寒(しやうかん)の似より者二十四病あり六経(りくけい)の伝證(でんしやう)も太陽(たいやう)
陽明(やうめい)少陽(せうやう)太陰(たいいん)少陰(せういん)厥陰(けついん)の六経(りくけい)に渉(わた)るに伝本(でんほん)順経(じゆんけい)
越経(をつけい)誤下(ごげ)表裏(へうり)首尾(しゆび)の次第あり経病(けいびやう)府病(ぶびやう)併病(へいびやう)合病(がつびやう)
壊病(ゑびやう)の分別(ふんべつ)あり汗(あせ)するには早(はや)きをいとはず甚(はなはだ)はやき
ことなかれ下(くだ)すには遅(おそ)きをいとはず甚おそきことな
かれ桂枝(けいし)喉(のんど)にくだつて陽(やう)盛(さかん)なれば斃(たをれ)承気(じやうき)胃(い)に入て
陰(いん)盛(さかん)なれば亡(ほろぶ)とのいましめあり此ゆへに西晋(せいしん)以後 隋唐(ずいとう)
宋元明(そうげんみん)に至て仲景の立方を證(しやう)にして人(にん)々家(け)々
種(しゆ)々の変方(へんはう)を立て服(ふく)を小にし日数をのぶる事 医(い)

家の秘事(ひじ)なり明(みん)の王(わう)時勉(じべん)が常勲(じやうきん)の徐氏(ぢよし)が中気 不足(ふそく)の
症を療(りやう)ぜしときいへることあり不足虚分の症を補(おぎなふ)には
日 数(かず)を積(つむ)て治(ぢ)を緩(ゆる)くするにはしかじ家屋(かをく)を建(たつ)るが
ごとし不日 急速(きうそく)にはなるべからずといひて百日を限り
て治療(ぢりやう)するに十日ばかりにして何のしるしも見へざれ
ば徐氏(じよし)性急(しやうきう)にして医を更(かへ)て利気のくすりを用ひし
に甚(はなはだ)そむきければ立帰りて時勉(じべん)にあやまり乞(こふ)て終
に三 月(がつ)余にして本復平愈(ほんぶくへいゆ)せしとかや伝記(でんき)に此こと
ありて医の日数を経(へ)る證(しやう)とせり又 効(しるし)を急(いそい)で命(めい)を促(ちゞめ)

し證拠(しやうこ)には六朝(りくてう)のとき梁(りやう)の右僕射(ゆうぼくや)范雲(はんうん)九錫(きうしやく)の命(めい)
あらんとする折ふし范雲傷寒を病(やめ)り名医 徐文伯(じよぶんはく)
を邀(むかへ)てしか〳〵のことあり何とぞ此病を愈(しや)すことあ
らんや此度 錫命(しやくめい)にはづれなば一生此 官(くわん)にいたりがた
しとなげく文伯のいはく病を愈すことはいとやすし
今日(けふ)明日(あす)に愈(いや)すべけれども恐(おそ)らくは二年の後かなら
す死なん范雲がいはく朝(あした)に道(みち)を聞て夕(ゆふべ)に死すとも
可(か)なりましてや二年をやはやく治したきといへり
文伯 止(やむ)事を得(ゑ)ずして地を焼(やい)て桃(もゝ)の葉を敷(しき)其上(そのうへ)に

范雲を伏(ふ)させあつく衣を着(き)せて蒸(むし)ければ暫時(さんじ)の
間に汗(あせ)出てくすりを用ひて翌日(よくじつ)平復(へいふく)し終(つい)に九錫(きうしやく)の
命(めい)にあづかり悦(よろこ)ぶことかぎりなし文伯のいはく喜(よろこ)ぶにたら
ず人の重(おもん)ずる所は命なりといひしに終に翌年(よくねん)死せ
しとなり又 明(みん)の孫景祥(そんけいしやう)は名医なり長沙の李文正公(りぶんせいこう)
二十九歳のとき脾病(ひびやう)を煩(わづら)ふて其證 能(よく)食して化(くは)す
ることあたはず此故に食(しよく)を節(ほどよま)して多からず漸(やうやく)節(ほど)よく
すれば漸々 食(しよく)減(げん)じて幾(ほとんど)不食の症と成て日々に痩(やせ)
憊(つかれ)て危症(きしやう)となれり月 重(かさな)りて年暮(ねんぼ)に及べり諸医

皆いふ労瘵(らうさい)なりこれを補(おぎな)はゞ病いよ〳〵劇(はげ)しかるべし
然して脾気(ひき)おとろへたり春(はる)になり木気(ぼくき)旺(わう)ずる時に
至りなば木尅土(もくこくど)と脾胃(ひい)いよ〳〵衰憊(すいはい)せんといふこれに
よりて李子(りし)か父(ちゝ)大きに憂(うれい)て孫景祥(そんけいじやう)を邀(むかへ)て此(これ)を視(み)
す祥脉(しやうみやく)を胗(しん)じて云はく此病(このやまひ)春(はる)にいたりて愈(いゆ)べし
父子(ふし)恠(あやし)みて是を問ふ孫(そん)が云はく此病 心火(しんくわ)にあり春に
いたらば木(き)旺(わう)じて木生火(ぼくしやうくは)と心火(しんくは)生気(せいき)を得べし諸医の
脾病(ひびやう)といふものは其 本(もと)を揣(はから)ざるがゆへなり病者(びようじや)本(もと)憂鬱(ゆううつ)
あらずやといへば李(り)氏が云はくあり我(われ)妻(さい)をうしなひ弟(おとふと)を

失(うしな)へり是より憂鬱(ゆううつ)すること久して積(しやく)と成れり
諸医は此 病因(びやういん)を察(さつ)せず我また其ことを忘れて云は
ざるなり然らば治すべしやといへば薬(くすり)急(いそぐ)べからず五日に
一 服(ふく)して春にいたらばまさに愈(いゆ)べしといひしに果し
て春にいたりて本復(ほんぶく)せしとなり是医は気候(きこう)を知り
運気(うんき)に達(たつ)し其日〳〵の支干(しかん)晴晦(せいくわい)気色(けしき)がらをかんがへ土(ど)
用(よう)八専(はつせん)の病気を犯(おかす)事知るべし既(すで)に脉学四言挙要(みやくがくしげんきよよう)に
春秋(はるしう)脉(みやく)を得れば死 金日(きんじつ)に有といふは医の常に記臆(きおく)
する所ならずや然して補瀉損益(ほしやそんゑき)を旨(むね)とすべきに

当世は医者も病家も只補ふとさへいへば是(ぜ)なりと思ひ
不学(ふがく)の医(い)は補薬(ほやく)といへば人参ならで外になき物のやう
にいへり人参は脾肺(ひはい)気分(きぶん)の補薬(ほやく)にして血分(けつぶん)の補薬に
はあらず凡(およそ)気分の補薬人参の外に許多(そこばく)あり血分の補
薬もまた許多(そこばく)なり程明裕(ていめいゆう)がいへる今の人は補(ほ)の補た
るを知つて補(ほ)の瀉(しや)たるを知らず瀉(しや)の瀉たるを知て
瀉(しや)の補たるを知らずとむべなるかな補中に瀉あり瀉中
に補ありといふ事をわきまへずして一向(ひたすら)補薬を要とす
るは不学 /愚昧(くまい)のいたりならずや其もと薛氏(せつし)が医案(いあん)

に朝(あした)には補中益気湯(ほちうゑききたう)夕(ゆふべ)には地黄丸(ぢわうぐわん)といふなり荒淫(くはういん)
の輩(ともがら)皆是(みなこれ)に依て補薬を事とす薬(くすり)は事なきに用
ゆべからず地黄益気湯(ぢわうゑききたう)とても無事に用ゆれば暗(あん)に
害(かい)あるなり近世の学者(がくしや)は多(おゝく)は薛氏(せつし)によれり是より
して医学(いがく)高(たか)ふして術(じゆつ)下(くだ)れり一渓翁(いつけいおう)道三は術(じゆつ)精(くはしう)
して学(がく)は今の医におよばずしかし和国(わこく)は和学(わがく)を専(もつは)ら
にすべきなり道三の医案(いあん)の堂上方(とうしやうがた)にありし古きを
見しに皆/假名書(かながき)にして婦人女子(ふじんぢよし)のよめやすく病家(びやうか)
看病(かんびやう)に便(たより)あり門人(もんじん)におしへらるゝ書(しよ)も全九集(ぜんくしう)は假名(かな)かき

なり今時の医は文学(ぶんがく)をこのみて道三の切紙(きりかみ)全九集(ぜんくしう)は
手にもとらず唐本諸家(たうほんしよか)の大部(たいぶ)の書(しよ)をよむ事を要(よう)と
すといへども病人に臨(のぞん)では明らかならず叔和(しゆくくは)がいへる意(こゝろ)には明らか
にして指下(しか)に明らかならずとは此こと也殊に頃年の医者は新古(しんこ)
の流義(りうぎ)あることをしらざるもの多し古流(こりう)といふは大己貴命(おほあなむちのみこと)よ
り伝りて和気(わけ)丹波(たんば)の二流百王百代 相続(さうぞく)して近代(きんだい)和気丹
波一 家(け)と成て半井家(なからいけ)と称(しやう)す新流(しんりう)といふは道三家なり
此道三といふは信長公(のぶながこう)の時代なり其比天下に道三といふ
名三人あり一人は半井(なからい)通仙院(つうせんいん)驢庵(ろあん)五代 前(さき)の道三なり

一人は曲直瀬(まなせ)一渓翁(いつけいおう)道三なり今一人は斎藤(さいとう)山城守(やましろのかみ)道
三なり是は武士なり一渓翁(いつけいおう)道三は洛陽柳原(らくやうやなぎはら)の産なり
十歳にして相国寺(しやうこくじの)塔厨(たつちう)蔵集軒(ざうしうけん)に入て喝食(かつしき)と成 等(とう)
伯(はく)と号し東破山谷(とうばさんこく)等の詩集を諳(そらん)じ二十二歳にし
て関東(くはんとう)におもむき足利(あしかゞ)の学校(がくかう)に寄宿(きしゆく)し文伯(ぶんはく)に師
として事(つか)へて博(ひろ)く群書(ぐんしよ)を学(まな)ぶ其比 鎌倉(かまくら)に久我三喜導(こがのさんきとう)
道(だう)とて大明(たいみん)に入て張月湖(ちやうげつこ)の医法を伝へ留学(りうがく)すること
十二年にして本邦(ほんはう)にかへり鎌倉(かまくら)に住(ぢう)し医業(いげう)をさかんに
行(おこな)へり等伯(とうはく)是にしたがふて医術(いじゆつ)の奥儀(おうぎ)を伝授(でんじゆ)し導(とう)

【挿絵のみ・地黄丸を売っている店先の様子】

道の道の字三喜の三の字を取てみつから道三と名
のり洛陽にかへり光源院(くはうげんいん)義輝公(よしてるこう)に謁(ゑつ)し寵遇(てうぐう)殊(こと)に渥(あつ)
し且(かつ)細川勝元(ほそかわかつもと)三好修理(みよししゆり)及(および)松永弾正(まつながだんじやう)等に原(あつ)く遇(ぐう)じこゝ
に於て其名天下に聞へたり今世上に用ゆる所の服薬(ふくやく)の分(ぶん)
量(りやう)水一 盃半(はいなから)入て一盃 煎(せん)法貴【常ヵ】のごとしといふ法は此道三より極(きわま)
れりかるがゆへに新流を当流といひ古流を他流と云ふ包(つゝみ)
形(がた)も当流他流ともに昔は皆小包は香包にせしを片臂(てんぼ)
馿庵(ろあん)の片手(かたて)にてつゝまれしより半井流は山形(やまがた)つゝみなり
上包(うわつゝみ)を剣形(けんきやう)に包(つゝむ)に右は短(みぢか)く左は長(なが)くするは出(しゆつ)の字の形(かたち)也

発散(はつさん)催(はやめ)生一切病を去出(さりいだ)すに用ゆ左短く右長くす
るは入の字の形なり反胃(ほんい)膈噎(かくいつ)不食(ふしよく)虫積(むししやく)等の病を治
するに用ゆ惣して医薬は病家の禁忌祝表(きんきしゆくへう)を専(もつは)らと
すればなり凡(およそ)薬(くすり)に甘草(かんざう)の入は峻(するど)なる薬味(やくみ)のあるには和(くは)【左ルビ・やわ】
緩(くはん)【左ルビ・らけん】ならしめんがためなり生姜(しやうが)の入は表達引用(へうたついんよう)のためなり
棗(なつめ)の入は脾気(ひき)を助養(じよよう)するがためなり道三の撮甘草(つまみかんざう)片生姜(つぎしやうが)
一粒棗(ひとつぶなつめ)といふは甘草多ければ和(くわ)し過(すご)して余薬(よやく)のちから
うとし生姜(しやうが)多ければ逆上(ぎやくじやう)の害(かい)あり棗(なつめ)多けれは胸膈(きやうかく)に
恋(もたれ)て不食することあればなり薬(くすり)の拵(こしらへ)やうも麻豆(まづ)のごとく

とは麻(ま)はあさだねなり豆(づ)はあづきなり薬のつぶの大き
さ麻(あさ)だね小豆(あづき)のふとさなり粗(あら)からず細(こまか)ならず中庸(ちうよう)の刻(きざみ)か
げん是当流の法なり古流は細末(こまか)【左ルビ・さいまつ】を用ゆるなり然るに此
頃は薬品(やくひん)の彩色(いろどり)を好(このん)で角(かく)こしらへにするは病家に衒(てろう)也
煎湯は粗(あら)ければ薬汁(やくじう)うすし薄(うす)ければ薬力(やくりき)弱(よは)し細(こまか)なれ
ば薬汁(やくじう)濃(こし)濃ければ胸膈(けうかく)に停滞(ていたい)す故にあつからずうす
からず是また中庸を用ゆ蓋(けだし)水加減(みつかげん)のこと近代 宋元(そうげん)
明(みん)より来れる方書(はうしよ)に或(あるい)は一 鍾(しやう)あるいは一 盞(さん)とあり鍾(しやう)も
盞(さん)も觴(さかづき)のことなりひらきてうすきを盃(はい)といふつぼみて

ふかきを 盞(さん)といふ方(はう)■(しよ)【書ヵ】に只一 鍾(しゅ)一 盞(さん)とあれば何ほどの
觴(さかづき)やら測(はかり)がたし道三の切紙に一番に水 天目(てんもく)に一ッ半(なから)入て
一ッにせんじ二番は一ッ入て半(なから)にせんずとあり此天目と
いふものむかし高麗(かうらい)の天目山(てんもくざん)にて焼し茶(ちや)わん也これ
にも大小ありといへども大(おゝ)やう水八十目入を正とせり八
十目は明朝(みんてう)の半斤(はんぎん)なり明(みん)の一 斤(きん)は百六十目なり是を広(くわう)
秤(しやう)といひ又 大秤(だいしやう)ともいふ半斤を半秤と云ひ小秤と云ふ
故に水は半秤を用ゆ天目に一盃は京 升(ます)に二合入京升一
合に水清上なるもの四十目入る然れば天目に一 杯(はい)半は

水目百二十目京升に三合入なり天目といふは茶わんの
出所なりわんといふは飯器(はんき)なり字 椀(わん)なり今茶わんといふは
非なり茶盞(ちやさん)なり故に方(はう)■(しよ)【書ヵ】に白茶盞(はくちやさん)と往々にあり然
して当家の配剤(はいざい)の服量(ふくりやう)二■【匁ヵ】五分をかぎりとせり是 両(りやう)
の四分の一水 広秤(くわうしやう)の四分の三と配合(はいがう)すかるがゆへに紫(し)
蘇(そ)薄苛(はつか)軽葉(けいよう)の薬(くすり)は服(ふく)がさ大なり当皈(とうき)地黄(ぢわう)土石(どせき)の入
薬は服がさ小なり然れども煎じてあちはひ等(ひとしく)なるなり
然るに近年 清水焼(きよみづやき)の薬盞(やくさん)少(ちいさ)く成てやう〳〵京升に
一合入これに準(じゆん)じて薬(くすり)も少服になれば病人の平愈(へいゆ)

もすくなし依て病家の謝礼(しやれい)も少哉(すくないかな)礼銀



医者談義巻二終

【白紙】

【貼紙に イ二ウラ の書き込みあり】

【二巻の背表紙】

【整理ラベル・富士川本/イ/395】

【三巻表紙 題箋】
《割書:養生|教訓》 医者談義  三

【整理ラベル・富士川本/イ/395】




医者談義巻三
  加持祈禱(かぢきたう)之談義
諸生の内に一人すゝみ出ていふやう只今 爰許(こゝもと)へ
来る道に或(ある)病家に立ちより候所に日蓮宗の僧徒(そうと)
多く並居(なみい)て読経(どくきやう)することすさまじ扨は病人
埒明(らちあき)たるやとおもへばさにあらず血狂(けつきやう)の病人を
物の怪(け)成と云ひて千巻陀羅尼(せんぐはんだらに)を異口同音(いくどうおん)に
呉音鄭声(ごおんていせい)奇(き)なるこゑを張上(はりあげ)て町内もひゞく
ばかりに候ひけり何と血狂の病人を物の怪(け)にして

【朱印・京都帝国大学図書之印】
【朱印・富士川游寄贈】
【朱印・山口文庫】
【黒印・705823 昭和15.9.5】


祈(いの)り加 持(じ)して治する理も候やと問けれは糞
得斎聞おはりて成程物の怪(け)にもせよ血狂(けつきやう)にも
せよ祈(いの)り加持して治するに験(しるし)ありと本皆(もとみな)陰(いん)
陽(やう)動静(どうじやう)二 儀(ぎ)の妙用なり儒者(じゆしや)の天に祈り地を祭(まつ)
り医家の移精変気(いせいへんき)の法あるも同じ 諸生いはく
しかれば仏法の地獄極楽(ぢごくごくらく)の沙汰も実語(じつご)に候や
云はく仏法の事は寺庵(じあん)に入て尋らるべし礼儀(れいぎ)
の事は儒学者(じゆがくしや)に問はるべし我医道に預(あづか)る事なら
ねば一 向(かう)に貪着(とんじやく)いたさず我医道は陰陽二儀の妙

用 高(たか)ふして上(うへ)なきは天 下(ひき)ふして底(そこ)なきは地
然れば上(うへ)なき上を尋ぬるにおよばず底なき底
を探(さぐ)るにおよばず天地 一太極(いつたいきよく)の内にしてこと
足(たり)ぬ夫(それ)太極(たいきよく)は大にしては天地小にしては毛(もう)微(ほ)
塵(こり)のうちに陰陽(いんやう)の二儀 極(きはま)れり故に太極(たいきよく)と云ふ
今聞所の天台(てんだい)真言(しんごん)の大般若(だいはんにや)日蓮(にちれん)浄土(じやうど)の題(だい)
目(もく)責念仏(せめねんぶつ)は戦場(せんじやう)の鬨声(ときのこゑ)陣貝(ぢんがい)のひゞきに敵(てき)の恐(おそれ)
退(しりぞ)くは陽動陰静(やうどういんじやう)の相(あい)せめぐに同じ真言宗(しんごんしう)の
印相(いんそう)は喑聾(いんりやう)の指摩(しま)に似たり唖聾(おしつんぼ)は手まねをし

て事通ず天台真言の僧は絵像(ゑざう)木像(もくさう)に我(わが)心(しん)
霊(れい)を移(うつ)して指(ゆび)を曲(まげ)手(て)を叩(たゝい)て理(り)を通(つう)ずるも
陰陽動静の二儀ならずや我医道の書(しよ)素問(そもん)に
移精変気(いせいへんき)の法あるは伏義(ふつき)より前(まへ)の人間(にんげん)は穴(あな)に
住(すみ)木(き)の葉を着(き)て動(とう)にしては寒(かん)をしのぎ静(じやう)に
しては暑(しよ)を凌(しの)ぐと云て冬天(とうてん)には走(はし)り狂(くる)ふて
汗(あせ)をながして寒(かん)を凌(しの)ぎ極暑(ごくしよ)には木陰(こかげ)に静(しづ)まり
伏(ふ)して暑(しよ)を凌(しの)ぐ是よりして移精変気(いせいへんき)の術(じゆつ)
あり人の病める所の痛(いたむ)と云ひ痒(かゆ)しと云ひ腫(はる)ると

云ひ痩(やせ)るといひ塞(ふさが)ると云ひ撒(ひらく)といひ閉(とづ)るといひ泄(もる)る
といひ升(のぼ)るといひ下(さが)ると云ひ熱(あつし)と云ひ寒(さむ)しと云ふ
是皆 気血(きけつ)水火(すいくは)陰陽(いんやう)升降(しやうがう)の相(あい)せめぎ戦(たゝ)かふ也
平(たいら)かなるときを無事といふ是を平(たいら)ぐるに草根(さうこん)
樹皮(じゆひ)の薬を用ゆ寒(かん)ずるものには温熱(うんねつ)を用ひ
熱(ねつ)するものには寒涼(かんりやう)を用ひ鬱(うつ)するものには灸(きう)
して散(さん)じ滞(とゞこる)ものには針(はり)してめぐらす是
陰陽二儀の妙用なり夫陰陽の気を霊と云ふ
霊(れい)のすめる正(たゞ)しき 者を神(しん)といふ濁(にご)りて不正(ふせい)

【右挿絵・祈祷の様子】



【左挿絵・薬屋の店先ヵ】
【衝立】本家 黒丸子
【暖簾】香具屋 合薬

なるものを鬼(き)と云ふ此鬼神の霊は用ゆる所の医(い)
者(しや)坊(ぼん)祈(いの)る所の僧法師にあり神(しん)は陽(やう)なり清(せい)なり
鬼(き)は陰(いん)なり濁(だく)なり彼(かの)物の怪(け)は陰(いん)にして濁(だく)なり僧
は清にして陽なり陽すみて清(きよ)ければ濁(にご)れる陰(いん)
に勝(かつ)濁陰 清陽(せいやう)に伏(ふし)してにごれるものゝ澄(すむ)は必(ひつ)
然(ぜん)の理なれば千巻陀羅尼(せんぐはんだらに)の著(いちしる)きことうたがふ
べきにあらずされども一僧に一 封(ふう)の御布施(おふせ)が
いやぢや是より僧法師の心中の霊(れい)が濁出て
何(なん)どもかへるさまは石かけ縄手(なはて)と出かけぬと

胸中(けうちう)に海老(ゑび)のむき身 章魚(たこ)の吸(すい)もの飛躁(とびさわぎ)て
物の怪(け)よりは坊(ぼん)さまの心中の材木(ざいもく)がまぎれる也
医者のくすりを用ゆるもさのことし陰陽(いんやう)升(しやう)
降(がう)寒熱(かんねつ)温涼(うんりやう)の理を明弁(めいべん)することはなくて古
人の世話(せわ)をやきたる薬方を何のわけしらず
に間(ま)に合てあてがひ薬あたれば呀唅(はじかみ)のくひ合せ
多くは矢路(やぢ)のちがふた空矢胗脉(そらやしんみやく)するにも指下(しか)
に意(こゝろ)なく世事が心中に滔(はび)こりて雑談(ざうたん)挨拶(あいさつ)に
浮沈(ふちん)遅数(ちさく)もわきまへざるは常に陰陽五行の

理をわきまへざるがいたす所なり加持祈禱(かぢきたう)は効(しるし)
なしといへども害(がい)なし医薬の誤(あやま)ることあれば
不尽(ふじん)の命を立所に殺(ころ)すおそろしきは不学の
医者のくすりなり諸生のいはく加持祈禱は害(かい)
なしといへとも女の嫉妬(しつと)の祈り丑(うし)のとき詣(もふ)で
して神木(しんぼく)に釘(くぎ)うつ事あり其 験(しるし)現(げん)にして人を
病しめ多くは詛殺(のろひころす)ことありといへるは如何(いかん) 糞
得斎から〳〵と笑(わらつ)ていはく其事あつてその応(おう)
且てなし元来女のはかなき手わざに神木に

釘打(くぎうつ)て其 応(おう)をたのむといへども木魂(こたま)【左ルビ・きのかみ】何ぞ
其 願(ねがひ)にしたがふて彼(かの)当人に仇(あた)をなさんや立木(たちき)
に釘(くき)うたれなば打人をにくみて却(かへつ)て其人に
仇(あた)すべし是を還着於本人(げんぢやくをほんにん)といふ医はやゝも
すれは薬事に託(かこつけ)て人を害することあり天文
の頃にや江戸本丁筋の裏屋(うらや)に牢人(らうにん)者あり一
人の娘(むすめ)を持(もつ)はなはだ美色(びしよく)なり屋主(やぬし)是に心を
かけて兼て妻(さい)にせんとおもひける所に芝筋(しばすぢ)の
薬種屋の富家(とみけ)より媒(なかだち)を以てよめにせんと拵(こしらへ)

料(りやう)をつかはし近月何時に嫁聚(かじゆ)せんと定(さだ)む屋主(やぬし)
此 沙汰(さた)聞て大きに本意(ほい)なきことにおもひて胸(むね)
をこがし常に入魂(じゆこん)にする医者にかたらひけるはしか
〳〵のことなり何とぞ薬種屋の婚礼(こんれい)を婆羅(ばら)す
る方便(てだて)あるまじやと相談しければ医者しばら
くさしうつむき何ごとやらん工夫してやす〳〵
とばらしてのけん金子二十両出せといふいとや
すしと金子を渡しければ医者彼薬種屋の店(たな)
に行てべいさらばさらを買わんといふ薬種屋の

手代共候とて出しければひたもの【注】ひねくり廻し
て見居たりければ手代どもいひけるはそも此べい
さらばさらと申物いかなる病を治する薬にて候
哉近年黒舟に始て渡り候ゆへ親方(おやかた)共 買置(かいおき)候
得(へ)ども効能(こうのう)をうけたまはり伝へずと云ふ医者の
いはく成程さあるべし此薬種至て珎物(ちんぶつ)なりまた
此物にて治する病(やまひ)も千人万人の中にあるやなし
といふ手代共いよ〳〵訝(いぶ)かしくおもひてさやうに
大切(たいせつ)なる病(やまひ)は何と申病に候やといへば聞及たまふ


【虫損部は山口大学図書館所蔵本を参照 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100269851/viewer/46】

ことはあるべけれども近く見聞したまふことは有
まじ轆轤首(ろくろくび)といふ病なり手代共大きにおどろき
咄(はなし)にては異国(いこく)にろくろくび嶋とやら候よしうけ
たまはり候へども日本にはなきものゝやうに存候
ところに然れば現在(げんざい)当地にも御座候や何れ
の方にあたり候やといへばあまり遠(とを)からず本丁(ほんてう)
筋(すじ)の裏店(うらだな)に牢人(らうにん)の娘(むすめ)なるがきりやうはよけれ
どもいやな病あり聞ば近月に縁組(ゑんぐみ)これあるに
付て何とぞ此病を治する医者やあるとたづね

ける所に拙者一 家(け)一 流(りう)にて此病を治すること数
代 相伝(さうでん)せるを聞出して頃日しきりにたのむゆへ
に此くすりをもとむ然れども此薬に真偽(しんぎ)あり
黒舟に渡(わた)りしは皆 偽物(ぎぶつ)なり真(しん)の物は慶長(けいちやう)年中
に少く渡りたれども今はたへてなし残念(ざんねん)なるは
彼病人治する手がきれたり今見る所は偽物(ぎぶつ)な
れば所用になしとて既(すで)に立んとしければ番頭(ばんとう)
ことの外いぶかしくおもひてなを〳〵其病人の
親(おや)の名は御 存知(ぞんじ)あるべけれども仰聞られまじ

くるしからずはちらと御しらせくだされかしと
いへば医者心中にしてくれたりとおもひかなら
ず他言(たごん)は無用 何(なに)の何がしといひすてゝ去ぬ是に
よりて薬種屋の婚礼(こんれい)ばれて媒(なかだち)の者をよびに
やり此 様子(やうす)ありて変改(へんがい)いたすといひやりければ
件(くだん)の牢人(らうにん)大きにげうてんしいかなる様子にて
か程事極り結納(けつなう)まで相済変改は以て離別(りべつ)同
時 身不肖(みふせう)に候へども士(さふらひ)の事に候へば娘(むすめ)も貞列(ていれつ)を
守(まも)り両夫(りやうふ)にまみゆる所存なきものに候へば様子の

子細(しさい)をうけたまはり届(とゞけ)て父子(ふし)ともに存より候と
ことむつかしく尋ければ媒(なかだち)当惑(とうわく)して薬種やの
手代共にぬげ〳〵なく問ひ尋ければ止(やむ)事を得ず
してしか〳〵の事ありしとべいさらばさらの
事をくわしくかたりければ媒(なかだち)彼牢人(かのらうにん)につぶさに
談しけるに牢(ろう)人のいはく医者の名を聞きとゞけ
けるやといへば媒其義はうけたまはらずといふに付
て牢人あやしくおもひて手代共定て聞 留(とめ)
たるべし委細(いさい)たしかに聞来れといへは媒是は御

尤とまた薬種やへ走り行て尋ければ手代共
されば其ときにたれも気が付ずして医者
の名を尋ざりしと是より事むつかしく成て
薬種屋 変改(へんがい)すべきいひ立の作り事のやうに成
て薬種や甚(はなはだ)迷惑(めいわく)して毎日手代共をおして彼
医者を尋しに果(はた)して本丁筋の裏店(うらたな)に借宅し
て居ける所を尋付て何ごとなきていにて先日
は始て心意を得候御宿は是にて候哉と名札し
かと見とめて帰(かへ)りけり牢人方へ委細(いさい)に名も

宿もいひつかはしければ牢人けでんしてそれは
屋主(やぬし)へ昼夜(ちうや)出入医者なり打て捨んとおもひし
がきつと思案(しあん)して定てふかき子細ぞあるべしと
日を経(へ)て様子(やうす)を聞つくらいけるに屋主の所為(しよい)な
る事を知りて下(した)にて事すましがたしとて沙汰(さた)
所(ところ)へ訴(うつたへ)ければこと〴〵く御吟味ありしに屋主と
医者との所為成事白状しければ屋主は追出(ついしゆつ)
にて江戸追ひはらはれ家財を牢人に下され
医者は賄賂(まいない)を取て前代未聞(ぜんだいみもん)の悪事を巧(たくみ)し

とて町中にもばつと沙汰有程になりけるとなり
是等は比類なき悪事なり又あるべきことならず是 而已(のみ)
ならずやゝもすれば医薬に便(たよ)りて悪事(あくじ)に荷担(かたん)す
ることありまのあたり見るに堕胎(だたい)【左ルビ・こおろし】のくすりを出
す医者あり不仁至極(ふじんしごく)第一の悪事なり小の虫(むし)を
殺(ころ)して大の虫を助くるとの利口をいふといへども
子をおろすは多くは密通(みつつう)の不義の中にあり是不義
に荷担(かたん)するなり或は夫婦の中にも子共大勢に成て
なんぎするとて堕胎(だたい)するあり是また父子 人倫(じんりん)の

不仁(ふじん)なり大名高家には一向なきことにして正月
餅(もち)を人なみに搗(つく)ほどの者(わろ)にやゝもすればあること
あり親(した)しき朋友(はうゆう)主人(しゆじん)たりとも悪(にく)むべき事也
且くすりにては効(しるし)なきもの也 陰戸(いんこ)より刺針(さしはり)して
おろすはなを刃(やいば)を以て人を殺(ころす)なり然れば不義に
荷担(かたん)し不仁(ふじん)に処(しよ)し天にうくる所の人命を断(たつ)は
まことに龕霊(がんれい)の巨賊(こぞく)なり名医録(めいいろく)にいへる京師(けいし)に
白牡丹(はくぼたん)といふ子おろし婆(ばゞ)あり或日(あるひ)忽(たちまち)頭痛(づつう)し次
第につよく打くだくごとくに成て日数つもりて

【挿絵】

いよ〳〵つよく疼痛(うづきいたみ)日夜 啼喚(なきさけび)声(こへ)隣家(りんか)を驚(おどろか)し
諸医を招(まねき)て治すれどもさらに効(しるし)なし後は膿爛(うみたゞれ)
腐潰(くさりついゑ)て痛(いたむ)ことなを劇(はげ)し既(すで)に死におよんで子共を
集(あつめ)て堕胎(だたい)の方書をとりよせて我前にて焼捨(やきすて)よ
汝等(なんぢら)かならず此薬を伝ふべからすといふ子共のいはく
此 方(はう)を家業(かげう)として今日まで大勢(おゝぜい)富有(ふゆう)にくら
せる所いかなる子細ぞといへば其母のいはく我 発病(ほつびやう)
の始より日夜 夢中(むちう)に数百(すひやく)の小児(こども)来りて我(わが)頭(づ)
脳(のう)を噬(かむ)こと隙(ひま)なし是に因(よつ)て叫喚(けうくわん)するなり是我

平生(へいぜい)常(つね)に堕胎(だたひ)を家業(かげう)としたる報(むくひ)なりといひ終(おは)
りて死せしとなり孔子(こうし)も俑(よう)を作るものは後(のち)なから
んかとのたまへり古(いに)しへは人死すれば従者(しうじや)を殉(した)がへ
て生(いき)ながら人をうづみしなり後(のち)には藁人形(わらにんぎやう)を作り人
に代(かへ)て埋(うづみ)しとなり藁(わら)人形を俑(よう)といふ是を作りて
売(うる)ものあり此者は後絶(あとたへ)なんと孔子 歎(たん)じたまへり
ましてや陰陽(いんやう)和合(わがう)して命(めい)を天に受(うけ)て人 体(たい)
と成ものを堕殺(ださつ)するはむくふべきこと更(さら)なり此薬
を施(ほどこ)し行(おこな)ふ医者は其むくひ現(げん)に見へずといふとも

自然(しぜん)に貧災(ひんさい)あることまぬかれがたし又其 親(おや)も
おのれか恥(はぢ)をかくさんため子を殺(ころす)の不仁(ふじん)いふばかりなし
しりぞいて見れば婦女(ふぢよ)の陰悪(いんあく)男子(なんし)にまされり
其 本(もと)不義におこりて然して又是を殺す無慚(むざん)
無愧(むぎ)なることおそるべしにくむべし或は多産(たさん)を
いとふて夫(おつと)是をすゝむといふとも女はおそれかな
しむべきに多くは女よりすゝんで子を堕(おろ)すを見
れば其 残忍(ざんにん)成ことはなはだし医は仁術(じんじゆつ)を表(おもて)とす
るに裏(うら)に残害(ざんがい)の事あるは医道の冥理(みやうり)に背(そむく)べし

医家(いか)十禁(しつきん)の第一に女室(によしつ)に入て他意(たい)をなすべから
ずとあるは仮(かり)にも病婦(びやうふ)病女に対(たい)して妄(みだり)に戯(たはふれ)ごと
いふべからず傍人(ばうじん)なくては胗脉(しんみやく)すべからずと禁(いまし)めた
り唐(から)の法には大夫(たいふ)以上の婦女(ふぢよ)の脉(みやく)を胗(しん)するには
簾(れん)をへだてまくをへだて婦女の手に羅(うすもの)を覆(おほ)ふ
て脉を胗すとなり此故に中華(もろこし)には腹胗(ふくしん)【左ルビ・はらをみる】の法なし
和邦(わはう)は腹(はら)を胗(み)ざれば医の粗末(そまつ)なるやうに言へり
かるがゆへに男女おしなへて腹胗(ふくしん)するといへど
も相かまへて臍下丹田(さいかたんでん)より下(しも)の胗脉は無用〳〵

【右ページ】

医学談義巻三終



【左ページ・手書き文字】
イ三ウラ

【裏表紙】

【整理ラベル・富士川本/イ/395】

【四巻表紙 題箋】
《割書:養生|教訓》 医者談義  四

【右ページ・白紙】
【整理ラベル・富士川本/イ/395】

【左ページ】
医者談義巻四
   病家 需(もとむる)_レ医(いを)之談義
頼(たの)みませふ《割書:ヲヽフ》どれからぢや福来(ふくら)や徳介方から
で御ざります糞得斎様に御 在宿(ざいしゆく)て御座りま
すならば只今のうちちよつと御出くださりませ急(きう)
病人か御座ります《割書:ヲヽ》妻(かゝ)羽織(はおり)出しや羽織(はおり)は一昨日(おとゝい)
質(しち)にやつてきのふけふ腹(はら)に着(き)せました南無三(なむさん)
寸善尺魔(すんぜんしやくま)の貧乏(びんぼう)神少しもよいめは見せぬ福来
屋の使(つかい)始て御用おつしやりこされたれども昨日(きのふ)

【朱印・京都帝国大学図書之印】
【朱印・富士川游寄贈】
【朱印・山口文庫】
【黒印・705823 昭和15.9.5】

けふかなはぬ目まいが起(おこ)りて此度の御用にはたゝ
れぬかさねては何どきにてもまいるへしよいやう
にぞや 御駕籠(おかご)も持(もた)せて参りたりどうぞ暫(しばらく)の
うち御出たのみ上ます《割書:サア》其馬 駕籠(かご)でもかなはぬ
目まいと云ふに聞わけのないゆかれぬといふてからは
釈迦(しやか)がよびにわせてもゆかぬはさてと腹だゝし
げにいふに使はけうさめて是非(ぜひ)が御座らぬと外(そと)へ
出て若旦那の命(いのち)があるまいかして今朝(けさ)夜の内
から大勢(おゝぜい)手分(てわけ)して五十 軒(けん)ばかりの医者 方(がた)皆(みな)間(ま)

ちがふてとつぶやきかへりけり其 後(あと)へ例(れい)の諸生(しよせい)六
七人ばら〴〵と来り並居(なみい)ければ糞得斎いはく今朝(けさ)
はよい夢(ゆめ)の見ぞこない福来やの持丸(もちまる)からよびに来
れども指合(さしあふ)たことが有てゆかなんだとあれば諸
生何れも口をそろへて御越なされいで御仕合
其病人は只今 埒(らち)があきましたと申ます其上
あのふくらやはかくれもない爪(つめ)長世上の古い者(わろ)立
は昔(むかし)の薬種安かりし格(かく)をおぼへてやゝもすれば
一服三分 宛(あて)の薬礼あの福来やは弐分宛それ

ゆへ一度行し医者は懲(こり)てふたゝびゆかず去年も
当 若亭主(わかていしゆ)の徳左衛門が大病を煩(わづら)ふて北山 寒雪(かんせつ)
が長〳〵の療治(りやうぢ)去暮年 際(きは)に寒雪方へくすりの服(ふく)
数(かず)を尋につかはしければ二百十六服といふ徳介聞
て件(くだん)の弐分ぐすりにして見れは銀壱枚余に上
る是はしたゝかなる薬礼 加賀絹(かゞきぬ)壱 反(たん)三拾目する
これをやれとてつかはしければ寒雪大に胸(むね)あて
違(ちが)ひ徳左衛門殿御病気御本 復(ぶく)の御 祝儀(しうぎ)として
御 念(ねん)入まして時服(じふく)にいたせと御ざりまして加賀

絹(きぬ)おくりくだされます所忝存ますされども徳
左衛門殿は病気は大病と申 難病(なんびやう)と申くすりも
高貴(かうき)の薬品(やくひん)を以て漸(やう〳〵)治しおふせまして御座
る然れは薬店(やくてん)のやりくりが埒があきませぬほど
に薬種代(やくしゆだい)を銀にて御 払(はらひ)くださりませ先此絹は
かへしますと戾(もど)しぬ折節(おりふし)薬種屋来りければ右の
仕形(しかた)はなしければそれは三五の二十五大ちがひ御用ひ
なされ候くすりは何にて候哉 帰脾湯(きひたう)二百十六服
それは近年高 相場(さうば)の薬品人参はどふなされまし

たこちから広東(かんとう)を入た通(かよひ)にある見や通のおもて
ちよつと一 算(さん)腰(こし)より寸珎(すんちん)の算盤(そろばん)出してはち〳〵と
はぢいて見た所が一服のくすり壱匁弐分五厘つゝ
二百十六服代〆て見たれば丁度(てうど)弐百七拾目是は
わたくしが向ひませふといふた所が大晦日(おゝとし)七ツとき過
にによつとかき出し持参すれば徳介げうてんし
兎角(とかく)今夕(こんせき)はとり込(こみ)来(らい)正月廿日払にいたすべしと
春にいたりて埒明(らちあか)ず大きなる出入となり京中此
沙汰かくれなく医者のたぐひは福来やの前は羅(ら)

生門(しやうもん)よりこはがり昼(ひる)ても往来(わうらい)いたさず今日 秘蔵(ひさう)の
孫夜半より癇(かん)がおこり洛中(らくちう)を医者(いしや)ざらへをいたし
ましたげなけれども一人も点(てん)に合(あい)ませぬといふ沙
汰で御ざりますと語りければ糞得斎是はした
り扁鵲(へんじやく)がいへる財(ざい)をおもんじて身を軽(かろ)んずるは六
不治の一なりとは是其 類(るい)なり世俗多くはその類
あり器物(きぶつ)衣類(いるい)遊楽(ゆうらく)のことには費(ついゑ)をいとはず命を
たすけくるしみを救(すく)ふ医薬(いやく)のことには銭(ぜに)をおしみ
費(ついゑ)をいとふ病愈(やまひいゑ)て医を忘(わす)るゝといふ諺(ことわざ)のごとく死(し)

【挿絵】

生(せい)ともにことさつては医の身労(しんらう)せしことを忘れ
て物まへ大晦際(おゝつごもりぎわ)にいたりて買懸(かいかゝ)りと同しことに
おぼへて其ときに至りて難渋(なんじう)せり凡医の尻(しり)おも
く急時(きうじ)に点(てん)に合(あは)ざるは内々 謝礼(しやれい)の薄(うす)きがいたす所
なり常(つね)に得意(とくい)の医には時物(じぶつ)の音信(いんしん)老医(らうい)には寒(かん)
暑(しよ)の吊(とふら)ひも絶(たへ)ず物し病用あるときはひとへに信仰(しんかう)
し其こと終らば早(はや)く謝礼を厚(あつ)くするときはおの
づから尻おもき医者もかろくなるなり尻おもき
に二種あり一ッには病家常に疎意(そい)成とまたは不

はやりの医者はたま〳〵呼(よび)に来ること只一 軒(けん)ばかりに
衣服(いふく)を着(き)かへ僕(ぼく)の縄(なわ)なひをやめさするもめんどう
なれば多くは候へともに返事して尻(しり)うごきせぬも
のなり四十に余(あま)る医者は殊(こと)に寒夜(かんや)の寝(ね)あたゝまり
し小夜中(さよなか)に叩(たゝき)おこされて舌(した)打二三百して家
内の者ともを起(おこ)し火をおこし置けよ湯をわか
しおけよと不時(ふじ)造用(さうよう)費(ついゑ)あれども病家さらに
気の付ぬことなりけれども謝礼(しやれい)の厚(あつ)き病家へは雪
をつまだゝて走(はし)り行は皆 頂(わたがみ)【項ヵ】に物ほしがる病か医者

の方にあればなり医院前(いいんさき)の某法印(それかしほういん)は病家より
来れる幣(へい)銀を封(ふう)じながら其 侭(まゝ)水 壷(つぼ)に打 込(こみ)て紙(かみ)たゞ
れて後一度に取あげさせられつるは病家よりき
たれる謝礼(しやれい)の多少(たせう)を知らじとなり人情(にんじやう)常(つね)に
して厚き人に向ふては笑(わら)ひがほ出 薄(うす)き人にむ
かふては拍子木(ひやうしぎ)て鼻(はな)かむは賢愚(けんぐ)まぬかれがたき
所此意をいとふてかくはせられしとなりしかし
君子(くんし)のうへより見れはにくむべきはにくみ好(よみん)ず
べきは好(よみん)ず巧言令色(こうげんれいしよく)は鮮哉(すくなひかな)仁(じん)と孔子(こうし)ものたま

へり厚(あつふ)する所をうすふして薄(うすふ)する所を厚する
はいまだこれあらずとあれば謝礼(しやれい)を厚するは志(こゝろさし)の
至(いた)りなりうすふするは疎意(そい)の至りなり然れば厚
には厚ふし薄には薄ふするは君子(くんし)の直(ちよく)なる所なり
此所より見れば某の法印(ほういん)の仕形(しかた)偏(へん)なりといはん然
れども宋(そう)の張彦明(ちやうげんめい)は口に銭をいはず医中第一
等(とう)の人なりと伝記に見へたれば彼(か)の法印の意味(いみ)
是また第一等の人なり今の世 利名(りめい)に貪(あがく)医者と
一日に談じがたき人なり当世は謝礼の薄き人には

猶厚く病人なくても油断(ゆだん)なく寒暑(かんしよ)の見まい
朔望(さくもう)のつとめ山よりもらいし薯蕷(やまのいも)里よりもらい
しさと芋(いも)目出たい方よりもらいし籠肴(かござかな)寺よりさ
とへの付届(つけとゞけ)謝礼とは何のことやら薬 飲(のん)でも大ぬさ
にかなたこなたの医者に四手(しで)打かけて終(つい)に薬
礼せぬものにも心底(しんてい)にはにくしとおもへど猶(なを)巧言(こうげん)
令色(れいしよく)を厚(あつ)くする医者は医の道知りたり医は見る
目くるしく口おしかるべし丹水子(たんすいし)が終後(しうご)蟄(ちつ)せしを
加茂茂斎(かももさい)は笑ひしとなり茂斎は隠逸(いんいつ)の医師(いし)に

して城府(しろした)をはなれて片(かた)山里に自ら耕(たがや)して世上の
名利をむさぼる医者を白眼(あをいめ)をして睨(にらみ)しとなり
或ときに領主(りやうしゆ)蕎麦切(そばきり)を大食なされ其上に飲酒(いんしゆ)
なされしかば蕎麦切 胸(むね)に彭満(ほうまん)し心下(しんか)にせまり
呼吸(こきう)短息(たんそく)し腹痛(ふくつう)両脇(りやうきやう)にせめぎて既(すで)に危(あやう)く見へ
させければ御扶持医(ごふちい)は勿論(もちろん)城下府内(じやうかふない)の医者大ぜ
あつまりとやかふといへどもそばきりの大食 現然(げんぜん)
たるに独参湯(どくじんとう)の場(ば)にもあらすそばきりを急(きう)に
消(せう)するくすりやあると各(おの〳〵)額(ひたい)をあつめてあんじ

わづらひける所に加茂茂斎こそ老医(らうい)の功者(こうしや)なり
といふものあればやれそれと其まゝ早うちにて呼(よび)
むかへし所に茂斎 胗脈(しんみやく)のうへ其召上られし蕎麦(そば)
切(きり)を一 膳(ぜん)もち来れといへば茂斎そば切を試(こゝろみ)てやう
やあると暫時(ざんじ)に八寸にとゝのへ出しければ是が殿(との)の
御 膳(ぜん)かといへばいやそなたの膳なりといふ手前はそ
ばきりたべには来(こ)ぬ殿の御膳に仕立(したて)て急(いそ)ぎもら
来れといへば何れもおどろき胡乱(うろたへ)ておづ〳〵早速(さつそく)
仕立(したて)てもち出ければ殿に向ふて此そばきり今一

膳聞し召れ候へと申は殿 顔(かほ)をうちふりて中〳〵一
口も召上らるべきていならねば茂斎 声(こえ)をはげまし
此 蕎麦切(そばきり)召上られねば療治(りやうぢ)の法なし是非(せび) 今一口(いまひとくち)
とおしていだき起(た)てければくるしげに一口くちへ向
はせらるゝと其まゝ噦(ゑつ)といふて吐出(はきいだ)されたれは上り
し所の蕎麦切(そばきり)のこらずめつきり吐(はき)出されてあら
心やすやと胸痛(けうつう)腹痛(ふくつう)一時に止(やみ)て上下 萬歳(ばんぜい)をとなへ
て喜(よろこ)びければ茂斎 御匙(おさじ)をよびて後(あと)に平胃散(へいいさん)一二
貼(てう)上ませとおいとま乞(こふ)て退出(たいしゆつ)す翌日(よくじつ)白銀百枚 綿(わた)

百 把(は)殿様(とのさま)よりの御使者(おししや)と呼(よば)はれば何ぐみの人ぞ家(け)
名(みやう)は何といふと問(と)はせければ徒歩組(かちくみ)何某(なにがし)と答(こた)ふ茂斎
出合ずして勝手(かつて)に茶わんもちながらきのふ登城(とじやう)
仕少しの御用に立たれども御くすりは上ずさやう
なる弊(へい)【幣】物(ぶつ)受(うく)べき子細なし早く持てかへられといへ
ば使者(ししや)当惑(たうわく)して弊(へい)【幣】物(ぶつ)うけられぬはともかくも殿
より御懇(ごこん)の御意(ぎよい)がある一 往(わう)使者(ししや)に対面(たいめん)なくては
使者(ししや)の一 分(ぶん)たゝずといかり声してひしめきけ
れば茂斎 障子(しやうじ)を明(あけ)て御 自分(じぶん)をあなどりていふ

にはあらず今茂斎か申所つぶさに違(ちがい)なく申上ら
れよ戦場(せんでう)におゐては殿の御 扶持(ふち)を載(いたゞく)もの一人も
のこらず殿の矢さきに立御命にかはらんと思ふ忠(ちう)
心(しん)なきもの一人もなしきのふのごとく病(やみ)ふさせた
まふときたれか一人 助(たすけ)たてまつる者ありしや所
に拙者が罷出そ半ときおそければ拙者とても用
にたゝず御 運命(うんめい)つきさせたまはぬ所へ罷むかふて
同物(どうぶつ)を以て向(むか)へて奪(うばふ)といふ法を以て御命助け
たてまつりしはおそらくは起信(きしん)が功あるところ也

今日は御返礼に幣物(へいもつ)より屹(きつ)と重き人を遣(つかは)さるべき所也
足下(そこもと)に対(たい)すれば茂斎は民家(みんか)に住(す)む野巫医者(やぶいしや)土(ど)
民(みん)同事のものなれども申ても殿か重(おも)ひ古(いにし)へ宗(そう)
の世宗(せいそう)は米(こめ)を運(はこ)ぶ日用取(ひようとり)に太医院(たい[い]ゐん)の官(くわん)をさづ
け徐華亭(ぢよくわてい)といふ長者(ちやうじや)は貴息(きそく)を以て卑賎(ひせん)の奴僕(ぬぼく)
を拝(はい)させしといふ例(ためし)あり此おもむきつぶさに申上
られよといひければ使者理に伏(ふく)し立帰りて委(い)
細(さい)申上ければ諸臣(しよしん)何(いづ)れもあつまり此義いかゝと評(へう)
じける所に家老(からう)の一人(いちじん)すゝみ出て殿へ申上けるは

茂斎が申所理にあたれりきのふ御家中の諸臣(しよしん)何
れも登城(とじやう)仕手に汗(あせ)にぎり何れもいかゞ〳〵と申
たるばかりにていかにとも手立を存ぜざる所に茂斎か
臨機応変(りんきおうへん)のはたらき抜群(ばつくん)の手から諸家中(しよかちう)の悦(よろこ)
び茂斎一人に皈(き)【=帰】し候へば諸臣の惣名代(そうめうだい)に拙者(せつしや)罷(まかり)
越(こし)可申と申上ければ尤しかるべしとて家老の
一人(いちじん)行て謝(しや)せしとなり奇(き)なるかな茂斎が向(むか)へて
奪(うば)ふの法 庸医(ようい)のおよぶべき所ならずまことに其 機(き)
量(りやう)丹水子(たんすいし)が右に出たり蓋(けだし)南嶺子(なんれいし)に海帯(あらめ)を煮(に)たる

鍋(なべ)にて蕎麦切(そばきり)のならざりしを見て扨はあらめはそ
ばを消(せう)するものとせり然れどもいまだ試(こゝろみ)ざれば決(けつ)し
がたし但(たゞし)海帯(あらめ)をたのみて蕎麦(そば)を大食(たいしよく)し飲酒(いんしゆ)せん
より小食にしてそば後酒を飲(のま)ざるにはしがし余(われ)見る
或人(あるひと)旅宿(りよしゆく)にてなまゆでの蕎麦切(そばきり)を大食し其
上に酒をすごしてそれより胸腹(けうふく)に停滞(ていたい)して吐(と)せ
ずくだらず七日にして死せり又一人 而(しか)も是は医
者なりしがそば切の饗応(ふるまい)に二日つゞけて大食し
飲酒(いんしゆ)して二日めに即(すなはち)其席(そのせき)にて卒死(そつし)せしなり

兎角(とかく)そばは噬(かむ)にいたらず酒は吹(ふく)にいたらず色(いろ)は
止度(とめど)なしといふ俗語(ぞくご)あり蕎麦切は珠数懸(じゆずかけ)まて充(みつ)
ればかならず噬(かむ)酒(さけ)は胸(むね)にみつればかならず気を吹(ふけ)
ばなり色(いろ)は止度(とめど)なしとは賢(けん)を賢として色にかへ
よと賢(けん)より色の絶(たへ)がたきこと知るべし賢にかへ
よとならば賢(けん)の堪(こらへ)やすきなるべし固(もと)より賢なれば
色に溺(おぼ)るゝことなけれども不賢なるがゆへにおぼ
るゝなり故に賢(けん)を賢としてとありしかし止度(とめど)な
しとはいへども齢(よはい)かたふき色(いろ)おとろへてはたれ制(せい)

せねとも自然(しぜん)と止(とま)るは色なりそれも油断(ゆだん)がなら
ず むかし咄(ばなし)に六十七の姥(ばゞ)と十六の蒼奴(でつち)と間夫狂(まぶぐる)ひ
の訟(うつたへ)周防(すはう)どのも手を取られしとなり七十一の耄(ぢい)
と十四の小女(らよつほ)と心中せし図曲(づきよく)三味線(しやみせん)に見たり皆
まで虚(うそ)でもないげな
   至賤中有(しいせんのなかにある)_二 殊常功(しうじやうこう)_一 談義
韓退子(かんたいし)がいへる牛溲馬勃敗皷(きうそうばぼつはいこ)の皮(かは)まても収貯(おさめたくは)
へて用を待(まつ)て残(のこ)さゞるは医の良(りやう)なりと牛(うし)の溲(ゆばり)
馬(むま)の勃(くそたけ)敗皷(やふれつゞみ)の皮(かわ)も兼て心がけて何の用にたつ

ものぞと記臆(きおく)すべし 医者と女房(にようばう)は姓(うぢ)なふして
玉座(ぎよくざ)金褥(きんじよく)に上るものなり女は貞列(ていれつ)に色(いろ)を美(び)にす
るを要とす医(い)は清潔(せいけつ)に術(しゆつ)に精(くわし)きを要とす術
に精(くは)しからんとならば寉乱(くわくらん)病人の小/便(べん)通(つう)ぜず秘蔵(ひさう)
娘(むすめ)のみつちや愈(いや)すには牛の屎(くそ)も用に立事を知
るべし 昔元和年中  雲上(うんしやう)の御/歴々(れき〳〵)御産(ごさん)の御/難(なん)
産(ざん)にて渋滞(しふたい)せさせたまひけるに曲直瀬(まなぜ)何がし伏竜(ふくりゆう)
肝(かん)を進じて立所に御産平(ごさんたい)給り成しかば此賞に
よりて曲直瀬を改(あらため)て別に家名をたまはりと也

雲上の御/歴々(れき〳〵)にてましませば関東(くわんとう)よりは道三(どうさん)
家(け)玄朔(げんさく)玄鑑(げんかん)父子(ふし)半井家(なからいけ)久志本家(くしもとけ)其外名ある
御医者数をつくして前月より上京して相(あい)つめ
京都は勿論(もちろん)御産(ごさん)医師(いし)松浦家(まつらけ)其外/典薬亨(てんやくりやう)残らず
会合(くわいがう)の中に曲直瀬/衆医(しうい)を抽(ぬきん)てゝ父(ちゝ)玄朔(げんさく)にも憚(はゞから)す
伏竜肝と申上けるはまことに独歩(とつほ)の才(さい)医中(いちう)の龍(りやう)とも
言つべし医はかねておもふべしかゝるはれなる軍(いくさ)
場(ば)に向ふことあり又/難題(なんだい)なることあり宋(そう)の徴宋(きそう)の
寵妃(てうひ)痰嗽(たんさう)をうれひて終夜(しうや)寝(いね)ざると数日(すじつ)にして

面(おもて)浮腫(うきはれ)て盤(ばん)のごとし入内(じゆだい)の医官(いくわん)李防禦(りはうぎよ)をして
治療(ぢりやう)せしむ遷延(せんゑん)として日を経(へ)たり帝(みかど)忿(いかり)て云く
今三日のうちに治せずんばまさに誅(ちう)すべし綸言(りんげん)
出て防禦(はうぎよ)一身にあせをながすこと玉のごとし家にかへ
りて妻(さい)に別(わかれ)を取(とり)かゝる勅命(ちよくめい)なれば我(わが)身体(しんたい)度(ど)に
あたりて誅(ちう)せらるゝに極(きわ)まりぬ妻(さい)是を聞/啼泣(ていきう)する
ことかぎりなし折節(おりふし)門前(もんぜん)を嗽(せき)のくすり咳気(がいき)の薬と
売(うり)ありくものあり妻(さい)のいはく至賤(しいせん)の中(なか)に殊常(しうじやう)の
功(こう)ありといふことあり今売ああるく嗽(せき)のすすりは甚(はなはだ)

しるしありと衆人(しうじん)是をもとむ君(きみ)術(じゆつ)つきなば此
くすりくをかふて上たまへとすゝめければ防禦(はうぎよ)孩児(がいに)
の指帰(しき)に淵(ふち)をのがるといふこと有とおもふて妻の
いふにしたがふて此/売薬(ばいやく)をすゝめしかば忽(たちまち)痰嗽(たんさう)
止(やむ)て
浮腫(ふしゆ)も引(ひき)飲食(いんしよく)常(つね)に復(ふく)して急効(きうこう)をあらはせしと
なり見るべし 唐(から)の医者は婦女(ふぢよ)の指南(しなん)によりて貝殻(かいから)
の軽(かろ)きくすりにて重(おも)き后妃(こうひ)の病を治し日本(にほん)の
玄鑑(げんかん)は若年(じやくねん)にて老宿(らうしゆく)を越(こへ)て竃(かまど)の土(つち)にて安く
と誕生(たんじやう)ならしむること和漢(わかん)道(みち)はるかにして其事

同じ凡(およそ)我(わが)朝(てう)の医も中華(もろこし)の医に恥(はぢ)ざる事あり
花山院(くはさんのいん)の御ときに高麗国王(かうらいこくわう)の后妃(こうひ)大病成ければ
日本に其法/和気(わけ)丹波(たんば)の両家在/殊(こと)に丹波(たんば)の雅忠(まさたゞ)か医(い)
名(めい)中華(もろこし)までひゞけり依(よつ)て高麗王(かうらいわう)雅忠(まさたゞ)をこひもと
むるの使節(しせつ)あり時に朝庭(てうてい)衆議判(しゆぎはん)に於(おい)て雅忠(まさたゞ)をやり
てやよからんやらずやよからんと衆評(しうへう)一/決(けつ)せざる所に
民部卿(みんぶきやう)経信(つねのぶ)放言(はうげん)していはく高麗王(かうらいわう)の内証(ないしやう)が死(し)な
れても生(いき)られても且(かつ)て日本の勢気(ねつき)にも冷(ひへ)にも
たゝず雅忠(まさたゞ)をはる〴〵つかはして後(あと)に日本の事(こと)欠(かけ)

あらんときいかゞせん無用〳〵といかれて一言事(いちげんこと)を
破り衆声(しうせい)止(やむ)て大江(おほへ)の匤房(まさふさ)返簡(へんかん)の語(ご)に双魚難(さうぎよがたく)_レ達(たつし)_二
鳳池之浪(ほうちのなみ)_一扁鵲豈入(へんしやくあにいらん)_二鶏林之雲(けいりんのくもにや)_一乎(や)と秀逸(しういつ)の句(く)をあら
はし我国の名をほどこせしなり経信(つねのぶ)の発明(はつめい)は才(さい)のたり
きなり匡房(まさふさ)の秀句(しうく)は学(がく)の博(ひろき)がいたす所 玄鑑(げんかん)の伏竜(ふくりやう)
肝(かん)おもひ付ものは常に医学の専逸(せんいつ)なるがゆへなり
防禦(はうぎよ)が妻(さい)のことばを入れけるは胸臆(けうおく)のひろき故也
偏僻頑固(へんへきぐわんこ)にして売薬(ばいやく)などの治(ぢ)すべきにあらず婦(ふ)
女(ぢよ)の知るべきことならずと亢(たかぶつ)て用ひずんばあへなし

首(かうべ)をうしなはん此(こゝ)を以(もつ)て知るべし独参湯(どくじんとう)を六参湯(ろくじんとう)
といひ紫蘇(しそ)をちそうといふやうなる俗医(そくい)も時に取(とつ)
て仕(し)あてることあり野人(やじん)の草鞋(わらぢ)くひに藁(わら)の節(ふし)を焼(やい)
て付るが妙なりといふは同気(どうき)相(あい)もとめ同声(どうせい)相応(あいおう)ず
る理なり惣(さうじて)而医は鄙事(ひじ)の多能(たのう)にして廣(ひろ)く こと
を知(し)ぶべし木賊(とくさ)の瞖(めのかりもの)をさるは磨(みがく)の理なり蝉脱(せみのぬけがら)の夜(よ)
啼(なき)を止(とむ)るは蝉(せみ)は夜(よる)なかねばなり又 物類相感(ぶつるいあいかん)じて理(り)
外(ぐはい)のことあり塩(しほ)をにぎりて泥鰌(どぢやう)の踊(おどり)をしずめ睪(かう)【「きん」左ルビ】
丸(ぐはん)【「たま」左ルビ】をにぎりて鼻衂(はなぢ)を止(やむ)るは其理いかんともわきまへ

がたし只医の疾(やまひ)はくすりを用るに手(て)僻(くせ)の偏(へん)なるに
あり老医(らうい)旧病(きうびやう)にまよひ旧薬(きうやく)新方(しんはう)を乱(みだ)るといひて
昔年(せきねん)何がしを治(ぢ)せしは此くすりなり今世上に流布(るふ)
するは此方なりと執(しつ)して方薬を偏(へん)に處(しよ)すること良(りやう)
医(い)といへどもまぬかれかたし一薬万病(いちやくまんびやう)を治(ぢ)する薬
はあれども一薬万人を癒(いや)すくすりはなし東家(とうか)の
病人(びやうにん)と西家(せいか)の病人(びやうにん)と病(やまひ)同(おな)じといへども人同しから
ねば同薬を以て治しがたし然るにあるいは熊胆(くまのい)を
以て諸病を治し或は蛮椒(とうがらし)を以てし或は偏(ひとへ)に附子(ぶし)

を用ひ或は協熱(けうねつ)あれば冬天(そうてん)といへども石膏(せきかう)を要(よう)と
し或は灸火(きうくは)をことゝして百/壮(さう)千/壮(さう)と強壮(きやうさう)するは
藤瘤(ふじこぶ)を用ひて諸病を治せしたぐひなりしかし藤
瘤を尋てうしなへる馬を得(え)たるは信のいたす所
なり世上の風俗(ふうぞく)ときとして一興一棄(いつこういつき)古来相同じ余(われ)
見る七十年以前/耆婆三礼草(きばさんらいさう)といふ物天下/拳(こぞり)用ゆ
其次に蒲公英(たんほゝ)其次に忍葛(すいかづら)其次に積雪草(かきとおし)その
とき〳〵に流布(るふ)する事/京田舎(きやういなか)一是(いつし)にこぞり用ゆと
いへども久しからずして廃棄(はいき)するは物の興廃(こうはい)皆(みな)

【絵のみ】

然り扁鵲(へんじやく)がいひし人の病(やむ)所は病(やまひ)の多きを病(やむ)医(い)の
病(やむ)所は道のすくなきを病(やむ)凡(およそ)治法の道は汗吐下温解(かんどげうんげ)
の五法の外なし然るに今は汗吐下(かんどげ)の三法は置(おい)て用
ひず只温補(うんほ)を要として和解(わげ)さへ用る医(い)はまれなり
衆人の病(やめ)る所は千差万別(せんしやまんべつ)人のおもての同じから
ざるがごとく気血寒熱(きけつかんねつ)の四証(しやう)は皆一にして其病状(ひやうじやう)
の異(こと)なると極(きは)めつくしがたし唯(たゞ)医の良能(りやうのう)なかは
軽(かろ)き内より重(おも)きを見重き所にして治(ぢ)不治(ふぢ)を分(ぶん)
別(べつ)するを良功(りやうこう)とす蓋当世富(けだくとうせいふゆう)家に大病あれば医

者を多くあつめて病論(びやうろん)にいちぶことあり是巨(おゝい)な
る不益(ふゑき)のことなり病家は常に医の意(こゝろ)は皆一同なるも
のとおもへども且(かつ)て一同ならず職(しよく)がたきにて互(たがい)に
心底(しんてい)になたみそねみて各/我慢(がまん)にしてわれのみも
たらせんとおもふにあり故に衆医(しうい)会合(くはいがう)の席(せき)にては
威(いさほい)あるは辨舌(ぜんぜつ)利口(りけう)にまかせて他医(たい)をいひふせるあり
或は学文ありといへども心ざなあしき医は人前にては
阿黙(おもねりもく)して批判(ひはん)せず陰(かげ)にまはりていひさまたげ反(かへつ)て
邪魔(じやま)なるなり市井(しせい)の医はさらなり扶持(ふち)医(い)仕官(しかん)の醫

にも此/形気(かたぎ)あるなり士(し)は死を軽(かろん)じ名を重(おも)んずるが
故に戦場(せんでう)に臨(のぞん)では我(われ)を忘(わす)れて主君の矢(や)さきに
立んことをおもへり仕官の医も常に恩禄(おんろく)を給はる
こと士(さふらひ)に同じ私意(しい)を忘(わす)れて単(ひとへ)に主君(しゆくん)の御/身(み)の
上(うへ)を昼夜(ちうや)に衛護(まもり)て夜も安くは寝(いね)ず昼(ひる)も遠(とを)くは
遊(あそ)ばず大酒せず喧嘩(けんくわ)口論(こうろん)せず同侶(どうりよ)の医者仲間と
よく和(くわ)し馴合(なれあふ)て常に医談講釈(いだんこうしやく)して主君(しゆくん)の御病
気とあらば何(いづ)れも意を一にして看病(かんびやう)し たてまつ
るべきなり難哉(かたいかな)衆医(しうい)意(こゝろ)を一にする事 茲(こゝ)を以て

衆医の医案(いあん)を聞(きか)んとならば人別(にんべつ)に独案(どくあん)を札入に
して衆評(しうへう)多分に委(ゆだ)ぬへししかし衆評(しゆひやう)区(まち〳〵)にして
依怙贔屓(ゑこひいき)ありて舟(ふね)を山と一/訣(けつ)しがたきことあり此
とき常に得意(とくい)なる人に学力(がくりき)ありて正真(せいちよく)に長(おゝな)し
き人に因(よる)べきなり是世俗の諺(ことわざ)に医者(いしや)智者(ちしや)福者(ふくしや)三
益(ゑき)の得意(ちかづき)とは是なり故に常(つね)に出入(しゆつにう)する医者に心得(こゝろへ)あ
るべし医は閨室(けいしつ)に近付(ちかづく)ものなれば平生(へいぜい)の出入(ていり)をこゝ
ろやすくすべからす やゝもすれば内乱(ないらん)を生(しやう)じ不断(ふだん)
なれなじみて甘(くるろぎ)ては病用のとき厳(げん)ならず 軽(かろん)し

あなどりて治療(ぢりやう)をあやまることあり履(くつ)ぬぎより
横(よこ)たはり寝(ね)て入/夜(よ)ふくるまで長ばなし 祝儀(しうき)婚(こん)
礼(れい)といへば一/番(ばん)にはせ参(さん)じ勝手(かつて)取持(とりもち)がほ婚礼(こんれい)の座(ざ)
席(せき)に十徳(じつとく)を着(ちやく)し小つぶりふり酒宴(しゆゑん)の興(けう)に乗じ
ては謡(うたひ)をうたひ歌(うた)浄(じやう)るり見ぐるしき体(てい)ある医者の
僻(くせ)として病用あるときはあのゝものゝといひはづし
て点(てん)にあはざるものなり 兵(へい)と醫(い)とは凶器(けうき)なりと
あれば祝儀婚礼(しうきこんれい)にはわざとならず人に殿(おくれ)てする
ぞよき音物贈答(いんぶつざうとう)衒(てれん)追従(ついしやう)する医者は疫病(やくびやう)

神(がみ)の末社(まつしや)成べし



医者談義巻四終

【白紙】

【裏表紙】

【富士川本 イ 395】

医者談義   五
     大尾

【右ページ・白紙】
【整理ラベル・富士川本/イ/395】



【左ページ】
医者談義巻五 
   疱瘡神(いものかみ)の談義
濃州(じやうしう)時(とき)の郷(かう)より来れる諸生に時節(ときせつ)安(あん)とて奥(おく)
底(そこ)なき軽忽(けいこつ)なる者(わつ)問(と)ふていはく或人(あるひと)のはなし
に或者(あるもの)一人の男子(なんし)十三に成をもついたつて寵(てう)
愛(あい)はなはだし疱瘡(はうさう)にかゝれり初熱(しよねつ)より父(ちゝ)是(これ)を
いたく憂(うれひ)て神棚(かみたな)をかざり疱瘡(はうさう)の神(かみ)をまつれり
泰敬(くぎやう)はなはだしく此子の痘(とう)無難(むなん)ならしめ給へ
とて昼夜(ちうや)祈誓(きせい)せし所にいたつて悪痘(あくとう)にて


【朱印・京都帝国大学図書之印】
【朱印・富士川游寄贈】
【朱印・山口文庫】
【黒印・705823 昭和15.9.5】

収壓(しうゑん)の比(ころ)終(つい)に落命(らくめい)しけり父(ちゝ)大きに愁(うれひ)もだへ
て忽(たちまち)忿気(ふんき)おこりて神棚(かみたな)を散(さん)〴〵にうちやぶり
疱瘡(はうさう)の神(かみ)を悪口(あくこう)し刃(やいば)を以てあて度(ど)なくきり
まはり泣(なき)わめきける其/明(あけ)の旦朝(あしたあさ)とくむかひなる家(いへ)
の男(おとこ)戸(と)をあけて外(そと)を見ける所に彼(かの)疱瘡病(はうさうやみ)の家(いへ)
より老女(らうぢよ)のさもおそろしきが血(ち)まみれに成て其
家より出て四五軒ならびの家(いへ)にかけ入けりその入
たる家の子其日より疱瘡にかゝれりとなり然れば
疱瘡(はうさう)の神といふものありやあるにして其(その)家内(けない)の者

の目に見へずして向(むか)ひの家の者の目に見へし事
あやしけれと問(とひ)ければ糞得斎こたへていはく
成程疱瘡の神(かみ)あり 世に疫病(やくびやう)の神といふものと一
類(るい)同物(どうぶつ)なり疱瘡の論(ろん) 唐(から)の医書(いしよ)に皆(みな)胎毒(たいどく)と論(ろん)ぜ
り小児(せうに)生(うま)れてより幼(よう)にして此病あるを以て胎(たい)
毒(どく)と論ぜり抑(そも〳〵)疱瘡は上/世(せい)はなき病にして中華(もろこし)
にては唐(とう)の世より始(はじま)れり日本にては天/智(ち)天/武(む)
帝(てい)の頃より異国(いこく)よりうつり来(きた)れり異国(いこく)にても
達靼(たつたん)にはなくて中華(ちうくは)の人いまだせざるもの

達(だつ)に入れば一生のがれてせず達(だつ)の人/中華(ちうくは)に入ば
かならず疱瘡するといへりこゝにおいてかんがふるに
胎毒(たいどく)といはゞ上世生れし者は皆/胎毒(たいどく)なかりしや
小児にかならず此病あるは髪(かみ)に油風(いもち)のつき苗(なへ)に膠(にち)
のつくがごとく幼(いとけなふ)にして精気(せいき)さかんなるときにこれ
をうれふ人一生に一たびうれひてふたゝびうれひ
ざるは疱瘡にかぎらす痢病傷感温寒(りびやうしやうかん)のたぐひも人一
生に一度ならで病(やま)ず蛇(へび)の鱗(いろこ)を脱(ぬぐ)がごとし髪(かみ)に油(い)
風(もち)あるは若(わか)くさかんなるとき上熱(ねつ)のいたす所老て

なきものなり稲(いね)に膠(にち)のつくも稲葉(いなば)の嫩(わか)くひねざる
ときなり蛇(へび)のきぬも一生に一たび更(かゆ)るといひつたへ
たり然して痘疹(とうしん)の病上世はなくて中世以来あるは
楊梅瘡(やうばいさう)【「まめかさ」左ルビ】の往昔(わうしやく)はなくて二百年来/蠜国(ばんこく)よりうつり
きたりて中華日本ともにさかんになりしなり
かくのごとく上/世(せい)はなくて末世(まつせ)にあるは病にかぎらず
草木(さうもく)鳥獣(てうしう)の類(るい)も文物(ぶんぶつ)のひらくるにしたがふてさま
〴〵異(い)病/異(い)物/出来(いでくる)事あやしむべからす又/疱瘡(ほうさう)
の神のことも陰陽(いんやう)の濁氣(どくき)なり是又上世は陰陽の


【挿絵】

精気(せいき)而(のみ)己成しか末世(まつせ)におよぶほど陰陽(いんやう)の気/濁(にご)り
て凝(こり)て霊鬼(れいき)と成/疫神(やくじん)と成/疱瘡(ほうさう)の神(かみ)と成/瘧(ぎやく)の神と
なる故に上世/内経(だいきやう)に論(ろん)ずる所の瘧論(ぎやくろん)は皆/寒熱温(かんねつうん)
涼(りやう)の正気(しやうき)の鬱伏(うつふく)する所成がゆへに治法鍼灸湯薬(ぢほうしんきうとうやく)
をもつはらとせり今時(こんじ)の瘧(ぎやく)は皆/不正(ふせい)の濁氣(どくき)に時気(じき)
の悪霊(あくれい)の気(き)を加(くわ)ゆるゆへに治法を皆あやしき術(じゆつ)に
て治するなり旦又/先(さき)にうたがふ所の其家内の人の目に
見へずして他家の人の目に見へしといふ不審(ふしん)一理
あり彼疫神天狗魑魅魍魎(かのやくじんてんぐちみもうりやう)のたぐひ皆/幻化(げんけ)の体(たい)にし

て実体(じつたい)にあらず蛟(みつち)の蜃楼(しんろう)をあらはし鼠(ねづみ)のかくれ
家(が)猿(さる)の城郭(じやうくはく)魚鼈(ぎよべつ)の龍宮城(りうくうじやう)皆/実体(じつたい)ならず幻術(けんじゆつ)
者(じや)の水なき所に水を生じ火なきところに火を
生ずるがごとし一とせ大和(やまと)の笠置(かさぎ)のふもと橋本(はしもと)
の渡しに猿引(さるひき)のきたりて舟をわたしてくれといふ
船賃(ふなちん)いだせといふ船賃なしといへばわたされずと云
て舟をいだしければ猿引(さるひき)是非(ぜひ)なくかちわたりすべ
しとてづぶ〳〵と水に入てかち渡りせしなり舩(せん)
中(ちう)の乗合(のりあい)あれもあやうしと見しに難(なん)なく渡り

得たり笠置(かさぎ)の山上に人ありて是を見しに猿引
猿に瓢(ふくべ)をいだかせて川に流し綱(つな)を引て己(おのれ)は舩中(せんちう)の
傍(かたはら)に屈(かゞみ)居(い)たり物の人をたぶらかす皆此類なり近き
程の事なり塩(しほ)屋の夕煙(ゆうけふり)いと淋(さび)しく寒(さむ)き日に女(おんな)の
子をいだき来(き)て此子を火にあたらせくれといふ塩(しほ)
焼(やき)ゆるしてあたらせたり釜上(ふしやう)より見れば女の子をいだ
きあたらするなり釜下(ふろ)より見れば狐(きつね)の雉(きじ)を毛(け)やき
するなり其まゝおいおとして雉(きじ)を得たり此(こゝ)にして
見るべし幻術者(げんじゆつじや)も妖魅(ようみ)のたぐひも人をまどはす

に厥界(けつかい)ありて厥界の外気のおよばざる所にいたり
ては実形(じつぎやう)の本身あらはるゝなり橋本(はしもと)にて猿引(さるひき)が笠置(かさぎ)
の山上より見るを知(し)らず狐(きつね)の釜下よりのぞくを知ら
ざるは皆 妖気(ようき)のいたらざるなり雷(らい)に異形(いぎやう)の者のさぞ
はれて霹靂(へきれき)するとき雲気(うんき)の絶間(たへま)にたちまちお
つるがごとし狐狸(きつねたぬき)の人を狂惑(きやうわく)するに能(よく)人語(にんご)をなすと
いへども更(さら)に狐狸はこんともすんともいかねどもまど
はさるゝ人の耳中(にちう)に聞ゆるはまどはされし心より
我(わが)耳中に躁(さわが)しきは耳鳴(にめい)の他人の耳(みゝ)に聞へざるが

ごとし凡/巫山伏八卦置(みこやまふくはつけおき)にまどはさるゝもさのごとし
我心中にまどふ所あるよりして占(うらなひ)のことばを牽(ひき)
受(うけ)てまどふなり占(うらな)ふところの巫山伏も人をっまどは
すとはおもはねど正(たゞ)しからざる芸術(げいじゆつ)より推量(すいりやう)のあ
てがいを以て占ふは是又まどへるなり夫(それ)易(ゑき)は天下(てんか)の疑(うたがひ)
を決断(けつだん)するものゆへ疑(うたがは)ずんば占はざれといひて人事(にんじ)
のうたがひあるとき其うたがひを決する【左追記?】・は易の【戻る】易(ゑき)天理(てんり)より
出(いづ)る所(ところ)にして更(さら)に私意(しい)の推量を以て占ふことろ
にあらず仰(あをい)では天(てん)を歓俯(みふ)しては地(ち)を察(さつ)し遠(とを)くは

物に取(とり)近(ちか)くは身に取常に陰陽(いんゆう)五/行(ぎやう)の処(しよ)して二
五の妙処(めうしよ)を知れば疑(うたか)ふ所なしうたがふ所なかれば占(ららな)ふ
ことなし故に易(ゑき)を知るものは易を語(かた)らずといへり又
佛神(ぶつじん)の奇妙(きめう)奇瑞(きずい)にまどふも皆(みな)己(おの)が意よりまどふなり
仏神本益像木像土石金像僧法師(ぶつじんもとゑぞうもくぞうどせきこんぞうさうほうし)の寓言(ぐうげん)より出
て化現(けけん)と称(せう)じ他(ひと)をまどはし己(おのれ)をまどはす我医も亦(また)
復(また)かくのごとし陰陽(いんやう)五/行(ぎやう)の理(り)にあきらかならざるは
脈理病症(みやくりびやうしやう)にまどふをき此/武道伝来記(ぶどうでんらいき)といふ書(しよ)を見
しに医療(いりやう)の規格(きかく)に成一事ありいはく周防(すはう)の国へ幻(げん)

術者(じゆつじや)来(きた)りて裸(はだか)身(み)に鉄砲(てつほう)を受(うく)ることを掛物(かけもの)にして
金子(きんす)を多(おゝ)く取(とり)たり周防(すはう)長門(ながと)は鉄砲(てつはう)の名人(めいじん)多き
とこっるなれば若(わか)き人々/彼(かの)幻術者(けんじゆつじや)にまどはされて
多く掛物をとられて一人も幻術者を打(うつ)おふせ
る人なくして既(すで)に幻術者其/處(ところ)を帰(かへ)り去らんと
す鉄砲打たる人々/無念(むねん)に口おしくおもひ指南(しなん)
する師に語(かた)りて師(し)の極手(きよくしゆ)をのぞむ師/辞退(じたい)する
といへども大勢(おほぜい)乞(こひ)望(のぞむ)ゆへ止(やむ)ことを得ずして幻術
者に立向(たちむか)ひはたと打たればあやまたずして打

おほせ幻術者(げんじゆつじや)は虚(むな)しく成しとなり此(この)師匠(ししやう)と
弟子(でし)との手なみの差(たがひ)なるを見るべし弟子はひた
づら裸身(はだかみ)を覘(ねり)くり師匠(ししやう)は脱置(ぬぎおけ)る衣服(いふく)を打たり
是猿引の舩中(せんちう)にかがみ居たると同し裸身は幻化(げんか)
の体(たい)なり本身は衣服(いふく)の中に居れり師(し)此所をかんがへ
知(し)れり我医法/内経(だいきやう)に標本論(へうほんろん)あり病を治するに先
其/本(もと)をもとむ然して本急(もときう)なれば先(まづ)其本を治す
後(のち)かならず標(へう)を治す標急なれば先標を治す然し
て後(のち)本(もと)を治す標本ともに急なれば標本兼治す右

の幻術者(げんじゆつじや)の裸身(はだかみ)は標なり衣服(いふく)は本(もと)なり師(し)は標本知
れり弟子(でし)は知らざるなり今の医は標本を編ずるは
稀(まれ)なり多(おゝ)くは裸身を覘(ねらふ)なり
   医者/発(はやり)不発(はやらざる)之談義
節安又問ていはく 不学(ふがく)の医者(いじや)は得てはやりがつ
き候/学医(がくい)のはやらざる如何(いかん) 答(こたへ)ていはく此事/既(すで)に
丹水子(たんすいし)に論ぜり丹水子のいへるは不学の医は常に
十人を殺(ころ)せども僥倖(まぐれ)あたりのさいはいありて高(かう)□
の名あるひとを一人治すれば それよりして鳴出(なりいで)て

はやりが付(つく)学医は常に十人を治すれども不仕合(ふしあわせ)
にて高名の人を不治(ぢせざる)ことあり是よりして名を
落(おと)しはやらぬゆといへり是一/偏(へん)の見(けん)なり医のはやり
はやらぬは天なり医を行(おこな)ふ者何れかはやりを好ざるは
なし衒(てれん)追従(ついしやう)馬鹿(ばか)慇懃(いんぎん)にして小田原(をだはら)の透頂(ういろう)香うり
程(ほど)にしやべる医者は人多くは嫌(きらふ)ものなり或無口にし
て律儀正当(りちぎしやうたう)にて言(こと)すくなきもつきよりなくして
人前/疎遠(そゑん)なるものなり或ははやらせんと貪(あがき)まはり仕(し)
廻物店(まいものたな)の古状箱(ふるじやうばこ)のしめ買(かい)して式台(しきだい)にならべおき


夜(よる)は内より門を叩(たゝ)き昼(ひる)は人/雇(やとひ)して此辺に何がしと
いふ医者有やとたづねさせ五/軒(けん)か七/軒(けん)か病家あれば
五十軒七十軒まはれば駕籠(かご)の者の脚(あし)がまだるしと
て尻(しり)からげして走りまはれどもおもふやうにはやら
ねば潜上成(せんしやうなり)世のならひ駕籠乗物(かごのりもの)を呑(のみ)たがる人心(ひとこゝろ)と
ころへて押(おし)て乗物/火(ひ)の車(くるま)物際(ものきは)には薬取より借(しやく)
銭(せん)乞(こひ)多く呵(か)しやくの責(せめ)にあつて後(のち)は音(おと)なく千本(せんぼん)
通(どをり)の末(すへ)下京朱雀(しもぎやうしゆしやく)あたりに引入て商売(しやうばい)替(かへ)する医者
もありそれが中にも丸(まろ)めぐすりにてやう〳〵夫婦ぐら

しいと幽(かすか)なる医者がふとはやり出てとめ度(ど)なく後は
大医院(たいいいん)法眼法院(ほうげんほういん)迄成/上(あが)るは天なり其天といへるは人
のつきよりなり医者のみならず神仏(かみほとけ)も同じこと
なり石仏木仏(せきぶつもくぶつ)の霊験(れいげん)あらたなるとてふとはやり出る
を見るべし元来(ぐはんらい)木石(ぼくせき)の体(たい)奇妙(きめう)不思議(ふしぎ)のあるべきや
うなし清水(きよみづ)の観音(くはんおん)大同(だいどう)年中/田村丸(たむらまる)の御信仰(こしんかう)にて
大はやり其のち三百年は音沙汰(おとさた)なく元暦(げんりやく)の比(ころ)盛(もり)
久景清(ひさかげきよ)が霊(れい)けんにて又大はやりそいれよいり後は兵乱(ひやうらん)
火災(くはさい)相続(あいつゞい)て東山どの時代(じだい)に少々はやられけるとなり

其のちは音羽(おとは)の瀧(たき)の音絶(おとたへ)て舞台(ぶたい)より飛(と)ばねど落(おつ)
る田村堂(たむらだう)の軒(のき)朽(くち)て淋(さびし)かりしに又其のちの大/群集(くんしゆ)
清水坂(きよみづさか)のさわには何ごとぞや是皆/観音(くはんおん)のわざならづ
人のすきよりなり城南寺(じやうなんじ)の水はむかしも今(いま)もある
水なりに三十四五年以前一とせ城南寺の水もらい
とて五/畿内近国(きないきんごく)より人こぞりせしは何といふ事ぞや
むかし寛永年中のなりし北国何村とかやいふところ
の百姓の家に或日(あるひ)夜更(よふけ)て戸(と)をたゝく者あり何者ぞ
といへば此あたりにて山姥(やまうば)の子を産(うみ)たり味噌汁(みそしる)が

あらばあたへといふ折節(おりふし)味噌汁餅(いそしるだご)ありけるを土器(かわらけ)
にもりて出しければ取てさりぬ翌日其あたりの田(たの)
面(も)に実(げに)も山姥の子(こ)を産(うみ)たると見へてけがれたる物も
あり夜前(やぜん)あたへし土器(かわらけ)もあればさてはまがいなく
山姥の産(さん)せられしなりとおもひ我むすめも此月
臨月(りんげつ)なりあやかりてやす〳〵と産(さん)せさせたまへと
念(ねん)じければ程(ほど)なく安産(あんさん)したり隣家(りんか)のばゞかゝに
山姥の御利生にて安産したりとふいちやうしけ
れば我むすめはいつ〳〵が産(うみ)月我よめはいつ〳〵なり

いで山姥に祈誓(きせい)申さんと件(くだん)の田面(たのも)にはこび偈仰(かつがう)
しけりそれより疱瘡子(いもこ)目病(めやみ)耳聾(みゝつぶれ)腰引(こしひき)膝行(いざり)迄
匍(はい)きたりて山姥に祈願(きぐはん)しけり近郷(きんがう)は勿論(もちろん)遠村(ゑんそん)其
処(ところ)の家中/老若男女(らうにやくなんによ)貴賤(きせん)上下/駕籠(かご)乗物(のりもの)つどい
来りて社(やしろ)を立(たて)鳥井(とりい)を立(たて)山姥堂(やまうばだう)と名付て昼夜(ちうや)
の群集(くんしう)引もきらずその近郷(きんこう)隣国(りんごく)まで詣(まふで)きたり
ければ太守(たいしゆ)きゝたまひていかなることを起(おこ)りぞ由来(ゆらい)
をたづねさせられければ彼山姥といひしは其所の
家中の若黨傍輩(わかとうはうだい)の女と密通(みつつう)し胎(はらみ)て隠(かく)しがた

ければ女のしるべのもの越路にありけりそれをた
のみて二人(ふたり)連(づれ)にて此所まで来りけるに しきりに催(はら)
気(け)付て件(くだん)の田面(たのも)にて産落(うみおと)しすなはち赤子(あかご)を津(つ)
幡(ばた)門といふに投(なげ)すて夫婦(ふうふ)は越路のしるべのものを尋
行しに親兄弟(おやきやうだい)といふにもあらず女か幼(おさな)ともだちなり
けるをたにおみにおもふて行けるに女のはかなきは其村
にて子を産(うみ)し難儀(なんぎ)其子を川へ流(なか)せしといふより
友立(ともだち)うとみにくみて越路にもたゝずみがたく上方(かみがたへ)
逃(にげ)のぼりし所に上方(かみかた)の関所(せきしよ)にて女を通(とを)さゞりけ

れば是非(ぜひ)なくその辺(へん)にて女をさし殺(ころ)し 男
も自殺(しさつ)しにけりとなり此こと委細(いさい)に越路より申
出ければ彼山姥(かのやまうば)の産(さん)せし月日たがはざれば是より
此沙汰ひろごりてひそ〳〵と人こぞりもやみ山
姥堂もこぼち捨けるとかや物のはやるは皆かくの
ごとしあとかたもなきことがいひふれてくこゝの山の
老雄(おんの)かしこの里の努女(やもめかゝ)の夢想の妙薬(めうやく)名灸(めいきう)といひて
人情の常にして学不学(がくふがく)の差別(しやべつ)なく一際(ひときは)盛(さかん)成事
唐(から)日本(にほん)ともに同じことなり明(みん)の泰原礼(たいげんれい)が医学(いがく)修行(しゆぎやう)

に諸国経営(しよこくけいゑい)して揚州(やうしう)にいたりぬれば人なだれつゝ大
はやりの医者ありける是ぞたづぬる良医(りやうい)なるべし
と寄宿(きしゆく)しけるに此医/多(おゝ)くの薬/取(とり)に薬をわたす
毎(ごと)に鈆(なまり)を入てせんずべしといふものおほかりければ原(げん)
礼(れい)不思議(ふしぎ)におもひ鉛(なまり)の入くすりは何(なに)と申/薬方(やくはう)に候
やと問(と)へば知(し)らすや徤中湯(けんちうとう)なり鉛(なまり)一/銭(せん)入と方書(はうしよ)に
あらずやといへり此医者はなはだ無文的(むもんてき)にて飴(あめ)と
いふ字(じ)を鈆(なまり)とあやまりたるなり原礼(げんれい)是にて興(けう)をさま
し終(つい)に丹渓(たんけい)の門(もん)に入りとなり徤中湯(けんちうとう)は脾胃(ひい)の中(ちう)

気(き)を健(すこやか)にするくすりにて飴(あめ)一銭目入なり飴(あめ)の字(じ)は
食(じき)へんに台(たい)の字(じ)なり鉛(なまり)は金(かね)へんに【沿-氵】(ゑん)の字(じ)なり此
医者/食篇(じきへん)と金篇(かねへん)と似たり【沿-氵】(ゑん)と台(たい)と又似たり故に
取ちがへたるなりされども飴(あめ)は温補(うんほ)のものにして脾(ひ)
胃(い)をやしなふ鉛(なまり)は寒冷(かんれい)の物にして脾胃を害(かい)す字
を見あやまりより薬物(やくぶつ)の修治(しゆぢ)を知(し)らざる浅(あさ)ましき
医者の大はやりするは奇妙(きめう)成(なる)ことなり我邦(わがはう)にもその
ごときの医者あり木瓜(ぼくくわ)の和名(わみやう)をぼけといふことを知ら
ずして字のまゝにきうりと訓(よむ)で胡瓜(こくわ)をきうりと和(わ)

名(めやう)にいへば胡瓜(こくわ)を木瓜(もくくわ)と合点(かてん)して五六月に多く胡(き)
瓜(うり)を炎天(ゑんてん)に干暴収(ほしさらしおさめ)たくはへて脚気(かつけ)の病に用(もちい)しなり
殊(こと)に脚気(かつけ)には胡瓜(きうり)を忌(いむ)を知(し)らずして憖(なまらい)に脚気(かつけ)に
木瓜(もくくわ)を用ゆることを聞(きく)はつりて木瓜(もくくわ)をきうりと
おぼへしこそつたなけれ然れども大はやりして
くすり取/往来(わうらい)をさし塞(ふさい)で飛脚(ひきやく)のあしをとめけり
唐(から)も日本(にほん)もかゝる不学の医者をはやるは天とはいひ
ながら其理/如何(いかん)ともいひがたし学医(がくい)のうづもれて鳴(なる)
ざるもまた如何(いかん)ともいひがたし 頃年(きやうねん)のことなり上京(かみぎやう)

新町(しんまち)の端(はづれ)にいとかすかなる医者あり其ほとりに井(い)
筒(づゝ)屋の何がしといふ者の妻(さい)伏陰痼冷(ふくいんこれい)の症(しやう)にて六月/土(ど)
用(よう)中に夜服(よぎ)ふとんにうづまれ火桶(ひおけ)を前(まへ)にいだき屏風(びやうぶ)
障子(しやうじ)を立(たて)こめ頭(かしら)に綿(わた)入/帽子(ぼうし)を引かふり目鼻(めはな)ばかり
いだし胗脉(しんみやく)するに袖口(そでぐち)より手を出すことを恐(おそ)れり所
年の冬始よりかくのごとくにして数医(すうい)を更(かへ)て療治(りやうぢ)
するといへどもすこしも効(しるし)なく時に六月下/旬(じゆん)の比に
いたりて彼貧学(かのひんがく)の医を招(まねき)て見せしむるに極陰固冷(ごくいんこれい)
の症なりといひて時六月なれども麻黄湯(まわうたう)を以て発(はつ)

汗(かん)せづんばあるべからずと云つて大剤(だいざい)の麻黄湯(まわうたう)三/剤(ざい)
を以て大(おほい)にあせして不日(ふじつ)に愈(いゆ)八月下旬/冷気(れいき)涼(すゞ)し
き節/帷子(かたびら)を着(ちやく)し礼に来れりとなり是は名医(めいい)伝略(でんりやく)
に見ゆる所の南北朝(なんほくてう)の将軍(しやうぐん)房伯玉(ばうはくぎよく)が玉石散(ぎよくせきさん)を服(ふく)して熱(ねつ)
毒内(どくうち)に伏(ふく)して夏日(かじつ)常(つね)に複衣(ふくゑ)【「かさねぎ」左ルビ】を着(ちやく)し寒慄(かんりつ)【「さむがり」左ルビ】せり名医(めいい)
徐嗣伯(じよしはく)を邀(むかへ)て是を見す嗣伯(しはく)がいはく時今/夏(なつ)なり冬
月にあらずんば治療しがたしとて十一月/冰雪(へうせつ)大に寒(かん)
ずるときに至(いたり)て伯玉を庭(てい)上に引出し石上に坐(ざ)せし
め冷水(れいすい)を以て涬(そゝ)ぐこと二十/斛(こく)にして伯玉/裸身(はだかみ)に冷(れい)

【挿絵】

水を涬(そゝ)がれて気(き)絶(たへ)たり家人/眷属(けんぞく)啼哭(ていこく)して是を
掣(せい)す嗣伯(しはく)杖(つえ)を以てひとをはらひ猶水を僥(そゝ)ぐこと百斛
に至て伯玉か背(はい)【「せなか」左ルビ】上/彭々(はう〳〵)として煩(いきり)立て動出(うごきいで)俄然(がぜん)として
坐(ざ)していはく熱(あつ)さしのぶべからず冷水(れいすい)を飲(のまん)といふ嗣伯
水をあたゆること一升/病(やまひ)都(すべ)て差(いゆ)つねに冬月といへ
ども猶(なを)単衣(たんゑ)成しとなり彼(かの)貧学(ひんがく)の医是にならへり伯
玉は石薬(せきやく)を服(ふく)して熱毒内(ねつどくうち)に伏(ふく)した冬月(とうげつ)冷水(れいすい)
を以て是を治し此医は陰毒内(いんどくうち)に伏(ふく)したるを夏月(かげつ)
麻黄湯(まわうたう)の熱剤(ねつざい)を以て是を治す伯玉も此/婦(ふ)も外(ぐわい)

症(しやう)は皆/寒(かん)をおそるゝこと同じといへども其/因(いん)同じ
からざること水火(すいくは)大に差(たがへ)り奇(き)成かな学(がく)成かな後生(こうせい)猶(なを)
恐(おそ)るべし又/未然(みぜん)に病を知りたる医あり麩屋町通丸太(ふやてうとをりまるた)
町(まち)のへんに熊谷(くまがへ)何がしとて隠逸(いんいつ)成/外科(げくは)あり術(じゆつ)において
は古しへに恥(はぢ)ず然れども芸(げい)に驕(ほこり)て気随(きずい)気(き)まゝにし
て頑(かたくな)なり瘡毒(さうどく)癰疽(ようそ)を治(ぢ)すること奇妙(きめう)なりといへども
一人一病を治するに修治料(しゆぢれう)をさだめ厳君平(げんくんへい)が売卜(ばいほく)
にならひて一人を治せし薬料(やくれう)のあるかぎりは又他の治
療をせず常に囲碁(いご)を嗜(すい)て逸遊(いつゆう)せり往年(わうねん)二月/初(はつ)

午(むま)の時分(じふん)近隣(きんりん)の人にさそはれ稲荷詣(いなりまふで)をしけるが
かへりさに下(しも)の町(てう)伊勢屋の何がしといふ米屋の店(みせ)より
熊谷が伴(ともな)ひしつれの内に得意(とくい)ありけるが挨拶(あいさつ)しけ
り彼(かの)医(い)此米屋をちらと見てつれなる人にいふやう
あの者は他に異(こと)なり大病ありといへりつれなる者の
いはく随分(ずいぶん)無事(ぶじ)堅固(けんご)なるものといへどもかぶりをふり
てかへりけり其七月/盆過(ほんすぎ)の比(ころ)より彼(かの)米屋/煩(わづら)ひ出し
次第に大病と成て八月九月を経(へ)て数医(すうい)を替(かへ)て治
すといへどもさらに効(しるし)なし既(すで)に死におよべり一門/眷属(けんぞく)

入つどいなげくのみにて諸医手をつかねて去(さ)れり時
に彼(かの)はるの頃/稲荷詣(いなりまふで)のつれに成し男のいひおけるは
外科(げくは)なりといへども不思議(ふしぎ)なることあり当春しか〳〵
のことありしなり行てやうすを問(と)ひ見ばやとて熊
谷方へ走り行病人の形状(けいじやう)をかたりければ成/程(ほど)しかある
へしあの者/内癰(ないよう)を病(やめ)りいまだ治療の手がゝりあらば
してとらんとて彼男とともなひ来て形状を見/胗(しん)
脈(みやく)してたすくべしと名乗(なのり)かけ例(れい)の療治料(りやうのぢれう)銀三十/枚(まい)
と定て腰の印籠(いんろう)より膏薬(かうやく)を出し大/椎(ずい)に張(はり)て今夜

中此病人/惣身(そうしん)を痒(かゆ)かるべしかならず搔(かく)すべからす痒(かゆき)
こと至極(しこく)甚(はなはだ)しきとき絶気(ぜつき)すべし其とき独参湯(どくじんたう)を
以て蘇香円(そかうゑん)を用ゆべし明朝来るべしとてかへり翌(よく)
朝(てう)早々に来り鍼(はり)して膿(うみ)を取べしふくさものをこし
らへといふ何れも心得ずおもひながらふろしきやう
の物をいだせり是にては埒明(らちあか)ずとて盥浴(たらいゆかた)衣やうの物
をいださせ扨(さて)独参湯をせんじ置(おけ)とて件(くだん)の張(はり)出けり
膏薬(かうやく)を取(とり)針を刺(さき)ければ膿(うみ)天を衝(つい)て鳴(なり)病床の前
後左右大/雨(う)の澹滴(たんてき)のごとし此とき独参湯を用ひて

元気をたすけ漸(ようやく)膿(うみ)とゞまりければうみをぬぐひおさ
めて惣身(そうしん)の内二三ヶ所/押(おし)て病人いたむかと問(と)へば
痛といふいまだ膿(うみ)のこれりとて又右の針口に膏薬(かうやく)
を付て夜にいたらば又かゆかるべしかならずかゝしむ
べからず昨夜(さくや)程(ほど)にはあるべからず明朝来るべしとて明(あく)
る朝とく来りて膿を取事前日の三の一にしてもは
や膿なし病治したりとて去りぬ秋/病(やむ)ものを春見
とがむる未然(みぜん)に病/因(いん)知ることおそらく扁鵲(へんじやく)が牆(かさ)の
一方の人をうらなひしにもおとるべからず今とても

草芥(さうもう)の中にゝる奇術(きじゆつ)成人をあり貧学者(ひんがくしや)の
夏日(かじつ)は汗(あせ)を発(はつ)すべからず故に麻黄湯(まわうたう)は夏日(かじつ)の禁薬(きんやく)
なるを柱(ことぢ)に膠(にかは)せざるの才臨機応変(さいりんきおうへん)のはたらき傭医(ようい)
のおよぶべからざる所なり世人/猫面鼻欠猴(めうめんびけんこう)【「ねこのつらはなかけざり」左ルビ】の時医(はやりい)を
専(もつは)らとするは薬を服(ふく)する者は無限(むげん)なりとは是此謂也
時に山の神かけ出て又糞得斎の天に薦(こも)を張(はり)海(うみ)に
縄(なわ)ばりするやうなる講談(こうだん)置(おい)てもらいたい假令(けれう)を専(もつは)ら
とする世の中に大切成病人は時医(はやりい)をかたりならはせ
人の口を防(ふせぐ)にも先はやり医をかけねはならずたとへ学(がく)

医(い)とても百人が百人いやす事はあるまじ其米屋が
春(はる)初午(はつむま)まいりに外科(げくは)の見そめしは命(めい)のあるべき
天命ならずや時醫者(はやりいしや)の鏖(みなごろし)にするも天命ならず
や悉皆(しつかい)そなたの談義(だんき)は女子(おなご)の法界悋気(ほうかいりんき)じやと
わめきければ糞得斎/閉口(へいこう)〳〵



医者談義巻五終

医者談義後編   近刻

宝暦九《割書:巳| 卯》七月

 皇都書林

 加州書林
        三条小橋西
           小田 九朗右衛門
        高倉二条上《割書:ル|》町
           林 宗兵衛
        二条柳馬場東《割書:江|》入町
           林 伊兵衛
        金澤安江町
           能登屋 治助

八月十日
 【「京都町奉行」白消し文字】但

医者談義後編   近刻

宝暦九《割書:巳| 卯》七月

 皇都書林

 加州書林
        三条小橋西
           小田 九朗右衛門
        高倉二条上《割書:ル|》町
           林 宗兵衛
        二条柳馬場東《割書:江|》入町
           林 伊兵衛
        金澤安江町
           能登屋 治助

八月十日
 京都町奉行【「但」白消し文字】

【裏表紙】

五躰不具毒解薬

【表紙】
五体不具毒解薬

寛政十二年

五躰不具毒解薬《割書:蘭奢亭作|豊国画》全三冊

夫(それ)外(ぐわい)邪(じゃ)易(やすし)治(しし)【治し易し】貧(ひん)の病(やまい)の/内(ない)傷(しゃう)ハ難(がたし)冶(じし)【治し難し】寒(かん)熱(ねつ)
温(おん)凉(りゃう)尤(もっとも)有(あり)_レ反(はん)【反有り】君(くん)臣(しん)佐(さ)使(し)くりも出(で)来(き)ぬ亡頼(とくもの)ハ親(おや)
の勘当(かんとう)人参(にんじん)を用(もち)ひ当帰(とうき)の寄戸(いそうろう)となれㇵ金(きん)銀(ぎん)花(くわ)
犀角(さいかく)一両もなき難病(なんびょう)も人の異見(いけん)に肝心(かんじん)の蔵(ぞう)を
補(おぎな)ひ酒色(しゅしょく)の欲(よく)に匕(さじ)をなげさし稀(き)苓(れい)の家(し)妻(たば)をむかひ
ちといゝ悋気(りんき)応変(おうへん)にし年(とし)を薬(くすり)にすれㇵいゆるを神(しん)の
如(ごと)し五体(こたい)不具(ふぐ)の毒(とく)を解(け)して北向(きたむき)の郭(くるは)通(かよひ)を止(やめ)れㇵ
外(げか)の方(ほう)剤(ざい)ㇵ薬袋(かたたい)もない大事(たいじ)の令郎(むすこどの)めつたにりやうじ
                      めさるなァ
  寛政十二申とし         蘭奢亭香保留

【右ページ・本文】
こゝにぐつとむかしのこと
なりしがせいめいは
しかとしらね
どもふぐのゑんの
うそをつくゆへかてつほう
先生といふ名医あり
瘂科婦人(あくわふじん)
科本道(くわほんどう) 外(ぐわい)科(りやう)
のうちにあらで
薬箱ハあれども
くすりをもたず
みやくをもみず
ただからだのやうす
をはなせばたち
まちなおすをことをしること
奇々妙々なる
医なりければ
諸人くんじゆ
してりやうじを
たのみける

【右ページ・挿絵内屏風の文字】
方粛殺百
非楽戦之子
侵南部邊風掃北
盧龍寒帰邊麟閣名

【左ページ・挿絵内】
いかさま
 なるほど
  さやう

【左ページ・本文】
内経(たいきやう) ̄ニ曰(いわく)
精神守
於内則
病自
何入とあれは
五たいのうちを
大丈夫に
しておくか
せんいちで
ござる

みやくは
みるものでは
ござらぬ
びょうにんに
手をとる
とはわるい
  ことさ

【本文】
人間五たいのその
中に鼻口(こく)【ひくヵ】
耳目(じもく)は入
ようはやき
もの又中にもたいせつ
なるは目なり朝おきるから
ばんのねるまですこしもやす
みなくいるものなりこれをきつう
つかうときはふうがんそとひのやまひ
をうくるなりよつて目をばおか〳〵やすませて
おもしろいものでも見せねばならぬものこのやすむ
事を しないで正月をするといふそのれいをいて
目に 正月をさせろと目ばかりづきんをかぶせ
けるねんれいのかへりにはだいし
から山下にてま
めぞうをのぞき
女は■本くま
いりの■■りの
だいかぐらのた
めにあしをとゝめ
でつち子ものはそれ〳〵に
【左ページ】
にんぎやうしばゐでも
はしけてみる目に正
月をさせるなり

【右ページ・挿絵内右下】
ひとでにふたご
めをたすよあ
ごいつでもやたし
なんでもあれは
その子の
く■■
【同左下】
さかやのこようも
かるたはそつくり
ひろうがの■き
■くりてもみて
目は正月を
する■
めたすこよう
のたちすがた
とはおれが
   ことさ

【左ページ・挿絵内上中】
正ぐわつに
 なるとそとへ
  あそびに目の
   でたいといふに
    よつて
【同左】
めでたひ
  〳〵と
   いゝける

【挿絵内中央】
けふはあるき
どころが
■■■目
■大き
にくた
びれた

【同右下】
としたまは
目が年めぐ
すりをつかふ
さかなもめ
ざしひら目
などをくふ

【右丁 本文】
口はわさわひ
のかとといへ
ともくちが
なくては
よきも
あしきも
わからぬなり
にち〳〵
みなをくちかせぎ
ばかりして よく口に
はつかわるゝ
ものにて
おやより口をば
かうかうをし
子より
口をかあ
いがり なつ
になると
まづくち
には土用(どよう)
かいりしと
うりすいくわ【瓜・スイカ】

【左丁 本文】
どうめうじ【道明寺羹ヵ】
などもつてくる
口のやかましいと
みるとかへつて
おおくもつて
くるなり

人のあし
きことを
みるとぢきに
はなし鳥はつと
うきなのたつ【浮名の立つ】を
いとひて口ふさぎ
をせんときんぐつわ【金での口封じ】
などはめければけして
いわぬといふがひよつと
はなしてはわるいによつ
て人のくちには戸はたて
られぬといふがここぞ立て
やらんとすき戸をこしらへ引
立てあごのかきがねをひつかけて
              おく

【右丁 中段】
どようの
うちは
すいくわはくわれ
まい なせといつて
みさつし すい
くわくわぬは
しよき【暑気】の
うちだ
 【右の台詞、何かの決まり文句の洒落と思われます】

ばいやく

【左丁 中段】
いきで
ふきはづ
やうにた
のみやす

【左丁 下段】
ごしん
ぞうへ
どうめう
じを上
ます

おかつてへ
めうがとしじ
めをあげましたれ
ば三分どのは身
ぶんほどかるい口
でござります
みないつしよに
して申ました
めうがのこしゞめ
道明寺とは取合
せてこしらへ
  ました

【本文】
五たいの口はきゝものにてある日 貴人(きにん)へししやの
やくをいいつけられしかむま【馬】にのつてゆくべき
はづのところなるをわれみちゆくことたて
いたにみづをながせるごとくはやきに
よつてかち【徒歩】にてまいるべしとてすぐ
にたちいでける おりふしふりつゞく
ながあめにみちはぬかつてあゆ
まれぬをむりやりにいそき
ゆきければあまりはやま
つてけんくわのしきたいの
きわにてくちはすべつ
てまつさかさまにころ
びければ主人の口上も
なにもできず大きに
せきめんする とりつき【取次】に
   いでし人もきの
        どくがる

【右ページ挿絵内】
おこしてあげ
たいがこふいふ
ときにはくちが
おもくておい
らがてぎ
わにいか
ぬものだ

【左ページ挿絵内】
せきめんに
けさ■と
あふらげの
こころと
たるこ

口から
ころひた
まいつた
くはかうやと
いふしやれた
そふたけ玉川
のみつできの
とくなことさ



【右丁】

 【上段本文】
はなはいたつて
おこつたものに
てかう【お香】なとをな
くさみして□しわ
ぼうのきふくを
まねきてはわか
しりたるをかう
まんにし むせうに【無性に】
はなかたかくなり
う■なることを
はなにかけて
     ゐる

ある日そうしか
きてせつちんをかき
まわしけれは なに
とそこれをふせき
くれとたのむゆへ はなに
せうしをたててやるは
よつほとてうほうなり

 【中段台詞】
この中にはなをたかく
してもたれもなへとも
いゝてはねへかしかし
かさ【瘡。天然痘】かくるとへこま
ねはならぬ

おれにやさか
やきもねへものを
せうしをたてるも
   大わらいた


【左丁】
「花」の一字 書き入れあり 

【白紙】

【右丁 白紙】


【左丁 上段本文】
みみはかほのよこに
ゐてすくしもおこりの
こころなくちとすま
しかほはすれとひん
ふくのふたつを
しるなり
よきこと
をきくとき
はよかれどもわるいこ
とをは
 きかぬ

ほう
ろあ
らふか
といいけ
ればやす
いことのみ
にかへを
  ぬりける
よきことをきくときは
かやく【加役ヵ】なるによつて さつ
そくとるべしとしゆう
なことををおしへる

【左丁 中段台詞 右】
戸なかひつたて
みみもなりふり
かへでは
ちとふじ
ゆうた

【左丁 中段台詞 左】
みゝにぬる
かへ おもひ
たすた

【左丁 下段台詞】
かべにみゝ
といふこ
とはあ
るか
みゝにかべ
とは
■かだ
ぬり
たての
なまた
さわゐを
きものがよ
これそうた

【右丁 本文】
くるわよりよひにきたりけいせいに
手のわつらいあり生れついたる二
ほんの手はあれどただ
てがない〳〵とひやう
ばんをするゆへりやうじ
して下されとたのみけるゆへ【虫損部を別本より判読】
とつてかへりせんしゆくわん
おん【千手観音】をもちきたりかうやく
うりのやうにきりつきにせん
         といふ

まづひだりにゆみ【弓】をもた
せたまふは はりのつ
よきをもたせん御
手みぎ
にや【矢】をも
ち給ふは
まことに
おかし
きやくに
異【矢ヵ】のつか
いをや【「ゆ」ヵ】
んてやり
をもちた
まふは
■■ふ
神の

【右丁 本文】
やり
さきを
しり
きやくの
どうばら
をえぐる
御手

しゆ
じやうを
もたせしは
しゆじやう
ゑん【衆生縁】の
ある手
玉を
もち給ふ
はたまに
くるきやく【客】
もだいしに
してよき
玉とほめ
らるべし
れいをもち
給ふは物日もん
ひ【紋日】のれいをはづ
さぬためにならん
御手きやくは■■【「ふん(分)」ヵ】
といふゑんもご
ざります

【右丁 中段台詞】
わつちやあの
おかほかほ
しい■【事ヵ】

座へな
てい【このあたり意味不明】
もの


おさとしをもつてい
さわしゆ【「や」ヵ】るおてはご
しやうておつまを
いふ手ておつ
    しやう

【左丁 下段台詞】
下のほうはやすうこざり
ますかほにけんをもち
給ふはよくしばら【自腹】をきる
手こちらにりんぼう
しゃうの手もありさ

上のほうは上手と申て
たかふござります下は
下手と申すからたたでも
あげます まん中の
おがみんす といふ手
がいつち
たかふ
こざり
ます

【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100061649/viewer/9】


おいらんには
こと〳〵く手
をつけて
かへらんと
するに
しんぞうかたち
いでわつちやとふ
したものかなじみか
おつせぬからりやうじ
してくんなんしといふ
そのふりそでの
ふうもうつくし
くて手も
としそう
おうにはあると
みへしがよく〳〵みるに
このふりしん
のつめ
いたつて

ひつかくとはそ
りやさる
ものゝ
事で
おつ
■ふ

あしのつ
めなら
そつと
切て■
せはどう
でお【?】ん
せう

此子ゆびも
これから身
かわりをださ
にやなる
めへ

なくまたなじみもさして
なきうちに大むしんを
いゝちえもなくてながき
つめにてひつかくゆへ
きやくの大きにいた
みとなりちのでる
やうなかねを
しぼりとる
ゆへつい
には大
きずに
きれて
しもふ
なり
よつて
のこら
ずつ
めを
きりて
やり
けるゝ

ものおもひかほなる
おとこきたりわたくし
はきがくさつて
どふも
なりませぬ
おりやうしを
たのみます
といふてくれは
みやくをもみず
それはさつそくのりやうしある
まづきのくさつたときはきを
ほうじるがよしちゃならばほう
ろくあるいはほいろなどを
もつてみな火にてほう
ずるものなれどきはみづ
にてほうしるが
よしさすれば
つちやかみ
にて
はで
きずふね
がせんいちと
さけさかなは
いしやな?て
どをいれい
ちにちみづのうへをわ
ちくゆきこち??もどる間
よくほうじるさわるさする
とほりへてもつけて?の??


ふねの
しん
ぞう
はかわ
よし
げい
しや

しん
そう
はかほ
よし
めう
でご
ざん

あん
まり
うは
きは
よす
が上々
うはき
ころ
びは
やめに
せいと
いふ
もんさ

どふ??だゆふかしにし
ばなしでかたつたつむ
りのことを?しいふ

きりにもな???これと
おそくなつ?内をあんじて
又きをつかふ迄ほうじても
むだになるつゝしむべし〳〵

せわしなき人き
たりいやわつちゃ
ちつとの事には
らをたちおゝさ
じれていことた
に??いふがや
まいたなをり
ませかうかといふ
それはきがみし
かくなつたゆへ
とき〳〵きのはし
といふことをせねば
ならぬまづこの
ごろはさかりな
ればあすか山へ
花みにこざれと
すぐにともな
いさくらの下の
しばのうへに
ながくなつて
ねているをあとさ
きへまわりたを
引のばしさけさか
なにてたのむ
なとよつほと
おかしきやつら

これか
ぜうふ
になつ
しおれ
がかたを
もつは
気(き)が曰(いわく)
きをひいて
みろとはおめへ
がたのことだ
のろまのこ
びきじやある
めいし

つれのきはわみし
のほうへゆくと
いつて
わかれだん
〳〵ゆくと
なんたか
みへるかみ
へぬやうに
なるときが
とふく
なつた

いふ

でんろくやさかなが
すへているなら
よすが上ゝ
すへたさかな
になせかね
つかふといふ
     から

ぜんたいきが
たいぶもめて
しわになつて
あるひきめはし
たゝ大きになから
なりましたもつとも
のばしたらは花を
おろうと手を
のばすとまた
ながくなる

それより
きをあまり
のばしたれば
はらがへり
しゆへ
うなぎやへ
はいり
かば
やきもな
かやきに
あつかい
きをやし
なふてくい
けるかばや
きをしたゝ
かくふゆへ
とくにならねば
よいがとそばから
そのやうにくつ
てはきのとく
    しや
     〳〵
      と
      いふ

なんにもい
わすにき
てくつて
いるかおれが
   すきだ

のどへ
でもつけへたら
さすつて
あけふ
きをみ
てするは
いやみなした

此の本いつかたゑ
まいり候とも早々
御かゑし下され候

【白紙】

みちをあゆむこといたつて
へたなおとこきたりかへ
なみよりみちがおそく
てはなはだこまりま
すなにとぞおりやう
じたのみますと
いゝければそれは
さだめしあしが
おもひゆへに
らちがあ
かぬだらう
まつあしを
はかりにかけて
ゆくがよひと大
はかりをだして
ひつかける

それてはあしが
たかいもつとうさ
きのあしをみる
よふにはねるよふ
にかけねへ

あしはかりおへねへ
六十くわんめはあるのさ

おれがこふいふ
みははかりに
あしかけのゝ
字といふみが
あらふ

また
としごろ四十ばかりの
おとこきたり
いたつてとしより
めきてはなはだこ
まりますゆへおくしと
りをくだされもよといゝける
いやそれはくすりにては
なか〳〵いゑずそこもとは
いたつてきたないきせう
ゆへいのちがよごれてござる
そのいのちをせんたくせねば
ならぬやまひをさりみのく
すりとなりきのほよう
とならんはまづおんせんにて
あらふべしとうじもいろ〳〵
ありといへどもそ■■■はあたみ
がそうお■すべし

なるほどあたみでは
このいまゐのことだ
にはのけしきはまた
    かくべつじや

ゑりあかのつい
てるところよく
あらてくんねへ
ゑりあかだい
じんといわれ
ちやならぬ

あたみはしほゆなればきこうの
みにしみこみしせちからきしほ
のよひしほとなるべしこのゆに
ていちにちに五六度つゝみまはり
ほどいるならばよきいのちのせん
たくなるべし
それもき■にせんと
はしめから十度つゝも
あらふならばあかはおつる
ともあとのよわつと
まつべしと
くわしく
おしゑ
られ
さつそく
とうじにゆきにける

これから一へき
■うへいつて
一かせいのもの
すぐねとしよう

とつしが
とうじに■
たよりた
あたく丸か
いのち
がかい
ある

【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100061649/viewer/14】

おしへのとをりあたみへ
ゆきし人はみのやう
せうともなれど
もおつくふにおもい
ゆかすにいのちの
せんたくとなづけ
さけなどおゝくのむと
さけもどくなれ
ばせんたくものゝのり
のつよくきくかことし
しやちらでわくなり
しまひには人も手に
あまし両そでゑり
をひつはりやう〳〵お
くつてやることよくある
やつなり

こなさんはあの川へ
おちるとしぬところ
たこれはさつはり
ばかになつたいの
ちめうがでもろ
たそうだ

?さ??ふだ??
たけのせうも
こすれた
ふか?
みつや?

めめはいのちのかける
とたかやへわつらいておい
た?は

いのちのせん
たくにさけといふのり
をつよくつかふときは
人の心のかたすみのあ
くしよかよひときがか
わるたび〳〵におよぶと
しんせうもあらひがわと
なり身もよわりしんるい
よりつきをあてゝも中々
きれたしてはたまらずたゞ
人にきれてじや〳〵とほめ
らるゝうれしかるはせうしな
         ことなり

あらつてはげたらいろの
あげやにて松ばいろに
そめの介■■■にあるみる
ちやいへてもそめちんはや
すくあからねへよ

だんながいの
ちのせんたく
にござるといふ
からおいらもて
をふりたして
きたのりつ
けたる??
ぼうぐみ
おねだり
申せ

そりや
だんなが
ご?に?いは
ねいはさ

【右丁】
いのちがさけがすきると
なかなるむしどもよりあつ
まりおもひ〳〵にむしのす
くものをくつたりのり
たんとすると
だん〳〵むし
がさわぎ
だしおどり
をおどるやら
うたをうたふ
やらなんだかぐら〳〵と
いふてよしうさわぎ
けるけいしやちややの
はらいに一もんも
なけれはむし
どもは大
きにかぶ
りける
そのとき
これには丸薬がよし
と一りうきく

〽むなさ
  わぎを
  すると■
  れるから
   はらで
   さわけ

  してのむしさん
 なすのなまづけ
でおちやづかはどふ
でござります

あまり
さわいで
あつくなると
むしあついといふ

【左丁】
たんまんきんたんわう
ごんまたそのうへにきん
〴〵のはりをもちひ
けるゆへさつそくおさ
まるなり

一もんなしで
 こんないさわぐ
  といふはむしの
   ゑゝとはおい
    らがことだ

さわり〳〵に
 さくむらさきの

せんきのむし
さんはきんたまが
大きいからおどるが
おかしい

きうでも
 すへられ
  なへけりや
       と

コラあかりのき
   わに
    たいを
    おくな
    わりいしゆれ
    だが大だいま
    ふるしは
     どふ
      だ

【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100061649/viewer/16】    

【右丁】
うつくしき女ぼう
をもちしおとこ
だん〳〵おとろへ
あこではいを
おつているところへ
行けるがこれはあか
りやうじでなければ
なおるまじきぜつ
するによつておどろく
べからずとなにまじめに
なつていはぞうをむすぶ
とひとしく
どろん〳〵とろ
〳〵〳〵といふと
びやう人はうんとばかりにいきたへ
たへけりみなおどろくをおしとどめ
おしゆうといふと人だまのほの
ふかすかにみへてとんでいじける
をとらまへたくわへおいたるせう
ちうを人だまのもへのこりの
きれへたはよりひたすとたち

たましゐ
ぬけるひやう
 にんさんと
 いの?とぢき
  もたりかど
       だ

  くろまく
 のかけから
たしらい
 なりだ

【左丁】
まちほのふさかんにもへ
あかるをひつとらへびやう人
のはらへさらへこみまたほうを
むすぶとたちまち大ぜう
ふのからだになりけるぞふしぎ
なこともなんにもねへ人のいのち
は火と水とでもつているその
水をつかふときは火がたかふり
いつさんにもへてしまふなり
今せうちうといふみづにて
しめせばもとのごとくになる
それたからみづはあんまり
つかふべからず

これでぢきに
 いかしてらせう
  さけでいかさ
   ぬ人もなしと

女ぼうはこのていを
みてきもをつ
ぶすまた此
りやうしもた
のみてへがもう
てうか?ずがねへから
らいねんのことにしよう

【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100061649/viewer/17

         豊国画  香保留戯作
  名たゝる有徳の
        人の
  いのちをのばしける
 ゆへまことにいのちの
おや〳〵どふせう
といふほどに
千両箱を
れいにもつてきたり
 さま〴〵のりやうじを
  こるほんふくしけるに
  よつて金ぎん山の
   ごとくつみかさね
    土一升金一升の
     とち万両のめで
       たきはるを
        むかひける

四十よねんうつかりと
くらしましたおかげで
 わかみのひをしり
       ました

ごたいふぐ
のどくを
けしてくつ
たそめる
ふところが
たいぶあつ
たかに
  なり
  まし
    た


松田氏

【白紙】

【裏表紙】

{

"ja":

"救民薬方"

]

}

【帙表紙 題箋】
救民薬方

【帙を開いた状態 背】
救民薬方
【帙の背 資料整理ラベル】
 富士川本 キ 29 30
【帙表紙 題箋】
救民薬方

【表紙 右上 資料整理ラベル】
富士川本 キ 129

【表紙題箋】
救民薬方  全

              其小吉平凡

救民薬方    【印】富士川游寄贈
 凶年(きよふねん)の後(のち)に必(かならす)時疫(じゑき)流行(りうこふ)することは昔(むかし)
 より言伝へしなりされども山中など
 医者(いしや)もなき村々(むら〳〵)は難儀(なんき)のものも多(おゝ)
 き事なれは享保(きよふほ)年中 飢饉(ききん)の後(のち)時(じ)
 疫(えき)流行(りうこふ)せし時に
 公辺【注】より簡易(かんい)の薬方(やくほう)を板行(はんこふ)せし
 められ其後(そののち)天明(てんめい)の飢饉(ききん)にも右の薬
 方 写(うつし)村々へ申 触(ふれ)べしと仰(おゝせ)出されし

【注 幕府、役所、お上(かみ)】

 なり去年の凶作に麁食(そしよく)艱難(かんなん)して
 命(いのち)を全(まつた)くせし者(もの)もゆくさき病難(びよふなん)を
 救(すくふ)へき事(こと)を心得(こゝろへ)すんはあるへからす
 依(よつ)而 享保中(きよふほちふ)板行(はんこう)の薬方(やくほう)を本文(ほんもん)に
 して其外(そのほか)にも簡易(かんい)の方(ほふ)あるをしは
 付録(ふろく)となし村々へ頒(はか)ち行(おこの)ふなり
 ○時疫(じゑき)流行(りふこふ)の節此 薬(くすり)を用(もちい)て其(その)煩(わつらい)をの
  がるへし
一 時疫(じゑき)には大つふなる黒大豆(くろおふまめ)をよくいりて
 壱合 甘草(かんぞふ)一匁水にてせんじ出し時に呑てよし
         右 医渥(いあく)に出
一 時疫(じゑき)には茗荷(めうが)の根(ね)と葉(は)をつきくだき
 汁(しる)を取り多(おゝ)く呑(のん)てよし
         右 肘後備急方(ちうごびきふほふ)に出
一 時疫(じゑき)には午蒡(ごぼふ)をつきくだき汁(しる)をしぼり
 茶(ちや)わんに半分(はんぶん)ツヽ二 度(ど)呑て其上(そのうへ)桑(くわ)の葉(は)を
 一ト握(にぎ)り程(ほと)火(ひ)にてあふり黄色(きいろ)になりたる時
 茶わんに水四 杯(はい)いれ二はいにせんじ一 度(ど)


 のみて汗(あせ)をかきてよし若(もし)葉(は)なくは枝(ゑだ)
 にてもよし
         右 孫真人食忌(そんしんじんしよくき)に出
一 時疫(じゑき)にてねつ殊(こと)の外(ほか)つよく気違(きちかい)のごとく
 騒(さわ)きくるしむには芭蕉(ばしやう)の根(ね)をつき砕(くだ)き
 汁(しる)をしぼり呑(のん)てよし
         右肘後備急方に出
 ○ 一切(いつせつ)食物(しよくもつ)の毒(どく)にあたり又いろ〳〵の
  草木(くさき)の葉(は)魚(うを)鳥(とり)獣(けもの)なと喰(くい)煩(わつろう)に用(もちい)て
  死(し)をのかるへき方
一 一切(いつさい)の食物(しよくもつ)の毒(どく)にあたり苦(くる)しむにはいり
 たる塩(しほ)をなめ又(また)はぬるき湯(ゆ)にかきたて
 呑(のみ)てよし且(かつ)草木(くさき)の葉(は)を喰(くらい)て毒(とく)にあた
 りたるには愈(いよ〳〵)よし
         右 農政全書(のうせいぜんしよ)に出
一 一切(いつさい)の食物(しよくもつ)の毒(どく)にあたり胸(むね)くるしく
 腹(はら)つよくいたむには苦参(くしん)を飯水(めしみづ)にて能(よく)
 煎(せんじ)出しかみ食(しよく)を吐出(はきだ)してよし

         右に/同(おなし)
一 一切(いつさい)の食(しよく)にあたり苦(くる)しむには大麦(おゝむぎ)の粉(こ)を
 香(こふ)ばしくいりて素湯(さゆ)にて度々(たび〳〵)呑(のみ)てよし
         右 本草綱目(ほんそうこふもく)に出
一 一切(いつさい)の食物(しよくもつ)にあてられて口鼻(くちはな)より血出(ちいてゝ)も
 たへくるしむには葱(ひともぢ)をきざみて一合水に
 て能々(よく〳〵)煎(せん)じ冷(さま)し置(おい)て幾度(いくど)も呑(のむ)べし
 血(ち)の出(で)やむ迄 用(もちい)てよし
         右 衛生易簡(ゑいせいいかん)に出
一 一切(いつさい)の食物(しよくもつ)の毒(どく)にあたり煩(わつろふ)に大(おゝ)つぶなる黒(くろ)
 大豆(まめ)を水(みづ)にて煎(せん)じ幾度(いくど)も用(もちい)てよし魚毒(うをのどく)
 に中(あた)りたるに愈(いよ〳〵)よし
         右 千金方(せんきんほふ)に出
一 一切(いつさい)の食物(しよくもつ)の毒(どく)に中(あた)り煩(わつろう)に赤小豆(あづき)の黒焼(くろやき)
 を粉(こ)にして蛤貝(はまぐりかへ)にて一ツ程(ほど)ツヽ水(みづ)にて用(もち)ゆべ
 し獣(けもの)の毒(どく)にあたりたるには愈(いよ〱)よし
         右に同(おなじ)
一 菌(くさびら)【左ルビ「きのこ」】を食(くら)ひあてられたるには忍冬(にんどうの)茎葉(くきは)

 /共(とも)に/生(なま)にて/噛(かみ)み/汁(しる)を/呑(のみ)てよし
         右/異堅志(いけんし)に出
 右/薬方(やくほう)/凶年(きよふねん)の/節(せつ)/辺土(いなか)の者(もの)/雑食毒(そふしよくのどく)に
 /中(あた)り/又(また)/凶年(きよふねん)之/後(のち)/疫病(じゑき)/流行(りふこふ)之/事(こと)あり
 /其為(そのため)メ【シテヵ】/簡便(かんべん)之/方(ほふ)を/可(へき)_レ/撰(ゑらむ)/旨(むね)/被(られ)_二 /仰附(おふせつけ)【一点脱ヵ】
 /依(よつ)而/諸書(しよ〳〵)之/中(うち)より/致(いたし)_二/吟味(ぎんみ)_一/出也(いだすなり)
 /享保(きよふほ)十八/季(ねん)/丑(うし)十二月
            /望月(もちつき)/三英(さんゑい)
            /丹羽(にわ)/正伯(しよふはく)
 右者/享保(きよふほ)十八年/丑年(うしのとし)/飢饉(ききん)之/後(のち)時疫(じゑき)/流行(りふこふ)
 /致(いたし)候処/町奉行所(まちぶきよふしよ)へ/板行(はんこふ)被(られ)_二 /仰附(おゝせつけ)_一/御料所(ごりやふしよ)
 /村々(むら〳〵)へ/被(れ)_二/下置(くたしおか)_一候/写(うつし)
 右ハ/当時(とふじ)/諸国(しよこく)村々(むら〳〵)疫病(じゑき)/流行(りふこふ)致(いたし)/又(また)は/軽(かろ)き/者(もの)
 /共(ども)/雑食(ぞふしよく)之/毒(どく)にあたり/相煩(あいわつらい)/致(いたし)_二/難儀(なんぎ)_一候/趣(おもむき)相
 /聞(きこへ)候処/前書(ぜんしよ)享保(きよふほ)十八年/被(くだ)_二 下置(しおかれ)_一候/薬方(やくほふ)/書(かき)
 /附(つけ)之義/年(とし)/久敷(ひさしき)/事故(ことゆへ)村々(むら〳〵)にて致(いたし)_二/遺失(いしつ)_一【左ルビ「なくし」】候/儀(ぎ)も
 可有之候に付/此度(このたび)/為(ため)_二/御救(おんすくい)_一/右写(みきのうつし)村々/領主(りよふし)/地(ぢ)
 頭(とふ)より/相触(あいふれ)候様/可(へく)_レ/致(いたす)候

 右(みき)之(の)趣(おもむき)可_レ被_二相触_一候
    五月

    附録
  ○時疫(じゑき)に用ゆべき方《割書:傷寒(しよふかん)熱病(ねつびよふ)疫疾(ゑきしつ)と云も同(おなし)病(やまい)|にて幾(いく)つも名付(なつけ)たると知(しる)べし》
一 時疫(じゑき)にて熱氣(ねつき)あるには蚯蚓(みゝづ)の腹(はら)の土(つち)をよく
 さり水にて煎(せん)じ飲(のみ)てよしよく熱氣(ねつき)をさ
 ますなり其外(そのほか)の疾(やまい)にても熱氣(ねつき)あるに用て
 よし蚯蚓(みゝづ)も頭(あたま)の方に白(しろ)き筋(すじ)あるものは尚(なを)
 よろしきなり

一 時疫(じゑき)にて熱(ねつ)つよく頭痛(づつう)するには鷄子(たまご)一ツ

茶碗(ちやわん)の内(うち)へいれ かきまぜ熱湯(にへゆ)二合又/茶(ちや)わ
んの内(うち)へいれかきまぜ一/度(ど)に飲(の)み夜着(よぎ)
蒲団(ふとん)をかむり汗(あせ)を取(とる)へし
       右一条肘後方(みぎのいちでふはちうこほふ)に出(いづ)
一 時疫(じゑき)には葛(くづ)の根(ね)と生姜(せうが)を煎(せん)じ毎日(まいにち)
  四五杯(はい)つゝ飲(のみ)てよし
一 時疫(じゑき)にて頭痛(づつふ)さむけも薄(うす)くなりたらは
  柴胡(さいこ)の根(ね)と生姜(しよふが)をせんじ用ゆべし
  是(これ)も一日に四五杯(はい)つゝ飲(のみ)てよし
       右/二条本草網目(にでふはほんぞふこふもく)に出(いづ)
一 時疫(じゑき)には艾葉(よもぎのは)を五月/取(とり)て乾置(かはかしお)き細(こまか)に
  きざみ一文目(いちもんめ)甘草(かんそう)をきざみ五分(ごふん)右/二味(にみ)
  を常(つね)の如(こと)くに煎(せん)じ用てよし
       右/救民妙薬集(きふみんめうやくしう)に出(いづ)
一 時疫(じゑき)には大/麥(むき)をからのまゝすこし黒(くろ)く
  成程(なるほと)にいりて水(みづ)六合(ろくこう)を煎(せん)じ四合(しごふ)につめかす
  をさり酢(す)一勺(いつせき)をいれ温(あた)めて三度に用(もちい)て
  汗(あせ)を取(とり)てよし

       右/蘭書(らんしよ)に出(いづ)
一 享保(きよふほ)十九/年(ねん)の春(はる)時疫(じゑき)大(おふい)に流行(りふこふ)【「はやり」左ルビ】せしとき
  膏盲(ひろこふ)風門肺腧《割書:かたの|灸処》に灸治(きふじ)せし者(もの)は十人に
  七八人は時疫(じゑき)を免(のが)れたり或(あるい)は病(やまい)を受(うけ)て
  も死(しする)にいたらざりしとなり
       右/讃州府志(さんしうふし)に出
一 時疫(じゑき)を受(うけ)たるものは初(はじめ)にぞく〳〵と肌(はだ)寒(さむ)く
  頭(あたま)重(おも)く痛(いた)み惣身(そふしん)だるきものなり夫(それ)より病(やまい)
  深(ふか)く内(うち)へいるに随(したが)ひ寒(さむ)け頭痛(づつう)は止(やみ)て別(べつ)に

  いろ〳〵の苦(くるし)み増(ま)し後(のち)には大病(たいひよふ)に成(なる)なり
  依_レ之(これによつて)初(はじめ)の内(うち)邪気(しやき)を外(そと)へ追(おつ)て内(うち)へいらぬよふ
  の手当(てあて)をなすべし其(その)仕方(しかた)は汗(あせ)をとるゟ
  外(ほか)にはなし此時(このとき)に薬(くすり)の貯(たくはへ)なくは先(ま)つ夜着(よぎ)
  ふとんをかむり惣身(そふしん)の温(あたゝま)りたる時(とき)米(こめ)の粥(かい)
  へ搨生姜(すりしやうが)を多(おゝ)く入(いれ)存分(ぞんぶん)に用(もち)ひ汗(あせ)を取(とる)へし
  又(また)葱(ねぎ)韮(にら)などの雑水(そふすゐ)もよし是(これ)にて汗(あせ)存分(ぞんふん)
  に出(いづ)れは病(やまい)は愈(いゆ)べし縦令(たとへ)全治(ほんふく)に至(いた)らす共
  病(やまい)の気(き)六七/分(ぶ)はをとろへるものなり

  ○痢病(りひよう)に用(もちゆ)へき方(ほう)
一 痢病(りひよふ)にて熱(ねつ)つよく時疫(じゑき)の様(よふ)なる症(しよふ)には時(じ)
 疫(ゑき)の條(でふ)に出(いだ)せし通(とふり)の鶏卵(たまご)を熱湯(あつきゆ)にかき
 まぜ飲(のみ)汗(あせ)をとるの方よし若(もし)熱気(ねつき)なく
 下(くた)るものは天樞(へそがゝみ)に毎日(まいにち)十五六 丁(てふ)ツヽ灸治(きうじ)を
 すべし
            右 外台方(げだいほう)に出
一 痢病(りひよふ)には生姜(しよふが)の古根(ふるね)と極上(ごくしよふ)の茶(ちや)とを等(おなし)
 分(ほと)に合(あわ)せ常(つね)の如(こと)く煎(せん)し用(もちい)てよし
一痢病には鹿角菜(ひしき)を《割書:海草|也》味噌汁(みそしる)にて煮(に)
 用てよし
            右 二條救民妙薬集(にでふはきふみんめうやくしう)に出
一痢病には牻牛児(げんのしよふこ)をかげ乾(ぼし)にしたるを煎(せん)し
 用ゆべし初(はしめ)より末(しまい)迄 此方(このほふ)を用てよし
            右 稲若水経験(とふちやくすいけいけん)
  〇食物(しよくもつ)の毒(どく)に中(あたり)たるに用ゆべき方
一 一切(いつさい)の食物(しよくもつ)の毒(どく)にあたり苦(くるし)むには生韮(なまにら)
 をつき其(その)汁(しる)を飲(のみ)てよし

一 一切(いつさい)の食物(しよくもつ)の毒(どく)に中(あたり)たるは地(ち)を掘(ほ)
  る事(こと)三尺斗(さんじやくばかり)其(その)土(つち)をとり水(みつ)五升(ごしやう)ほど
  いれ煮(に)かへしてすまし置(をき)其水(そのみづ)を
  貳合(にごふ)飲(のむ)へし
               右 二條千金方(にでふせんきんほふ)に出
一 菌(きのこ)草 魚毒(さかなのどく)にあたりたるには桜(さくら)の実(み)を陰(かげ)
  乾(ぼし)にしたるを粉(こ)にして素湯(さゆ)にて用て
  よし又 木(き)の皮(かは)を煎(せん)じ用てよし
一 一切(いつさい)の毒(どく)に中(あたり)たるには硫黄(いほふ)をすり粉(こ)に

  して素湯(さゆ)にて用てよし
一 一切(いつさい)の毒(どく)にあたりたるには紺屋(こふや)の染物(そめもの)
  の藍(あい)をのみてよし
               右 三條救民妙薬集(さんでふはきうみんめいやくしう)に出

【両丁文字無しす】

【裏表紙 文字無し】

江戸花俳優贔屓

【表紙】
【右上に図書票】
207
212
【左に題箋は無くて】
江戸花俳優贔屓

【右肩に図書票】
207
212
【左端に題ヵ】
江戸花

【ページ半ばに「帝国図書館蔵」の朱印あり】
【ページ左下に「図 明治三一・六・三・購求」の朱印あり】
【左丁 本文】
三才図絵曰(さんさいづゑにいわく) 漢哀帝(かんのあいてい)建延年中(けんゑんねんちう)男(おとこ)化(け) して女(おんな)と
なるこ【とヵ】や月令(けつれい)に雀(すゞめ)鳥 入海中(かいちうにいつて)蛤(はまくり)となり娘(むすめ)
開帳(かいてう)に往(いつ)て花娵(はなよめ)となるの謂(いゝ)か蓋(けだ)し長房(ながつほね)
の角細工(つのざいく)は女(おんな)化して男(おとこ)となり似(に)た山の手の
薄化粧(うすげせう)は男(おとこ)化(け)して女(おんな)の如(ごと)し【注壱】是(これ)を内気(うちき)な
息子(むすこ)に類(るい)しかのを侠(きやん)【おきゃん=お転婆】なる娘(むすめ)に比(ひ)すを近曽(このごろ)
きく助六(すけろく)かたましいくらがへして楊巻(あげまき)【揚巻】が腹中(ふくちう)
【服中】に至(いた)つて客(きやく)と女郎(ぢよろう)の胆(きも)をこぐつて【潜って・扱ぐってヵ】当時(とうじ)はやり
の胆(きも)地(ぢこゝ)こゝにに至(いた)るを三升 艾(もくさ)の薬力(やくりき)と路考【注弐】
艾(もくさ)の㓛能(こうのう)にて通(つう)の根切病切(ねつきりやまひきり)呼々(あゝ)赤(あか)だん子【ごヵ】【灸の別称。小児語】に
あらずんば赤本(あかぼん)の序(じよ)この終(おはり)。
              大ずるり
\t                 けいこふれ【述ヵ】【印】

【注壱 宮中や江戸城大奥などの局(個室)では、角細工=象牙製の張型を使って女が男役をこなし、山の手で営業している陰間茶屋の薄化粧した男娼は男なのに女のようだ、の意。 注弐 路考=イケメンの代名詞。江戸時代の歌舞伎役者・二代目瀬川菊之丞の俳号「路考」にちなむ。「路考もぐさ」に関しては不詳】

【右頁】
中むかしのころ
にほんばしの
たもとにいぶき
くんさい【医者の名。注】というて
いかなるなん病
にてもきうじ【灸治】
にてじきさま
げん【験=効果】を見せるゆへ
みなひともぐさ
いしやとあだ
なしてその
はやることひもん
やのにおう様【碑文谷の仁王様】も
おゝきなわらじ
をうつちやつて
はだしで
にげたまふ
ほどのこと也
てうないに
やどなしの
たおれものが
有りてばん
たろう【注】をはじめ
おゝや五人ぐみも
あぐみはて二百文
にてあつかへどもがてん
せずいろ〳〵とゆすり
けるゆへかのくんさい

【左頁上段】
にりようじをた
のみければこゝろへたり
とてもぐさはこを
もたせきたり大ゆび
のはらほどなきうを
やどなしのしりつへたへ
おみまいもふしければ
やどなしもこれにて大に
へこみけるをさつそく
さきの丁へおくり出しける
りようじのほどこそ
     めざまし
        けれ

てうないのもの
大よろこびにて
れいにくるくんさい思ひ
よらず
礼金ならび
といふ所を
しめる

【注 いぶき=艾の名産地とされる「伊吹山」から/くんさい=芳香性生薬を用いて臍部に行う灸法「薫臍灸」から】
【注 番太郎=江戸市中の木戸番勤務の番人】

【右頁中段】
これは〳〵いたみ
入ました

【右頁下段】
ばんた【番太=番太郎の略】
御礼

きた
もゝ

きは
どう
だろ


【左頁下段】
おてぎ
わのほ
  と
てう
 やく【町役】
のもの
ども
 かん
しん
いたし
ました

【右頁】
【上段】
くんさい
なかばなしを
するきやくを
はやくかへらせる
りようじを
たのまれければ
はきものゝ
うらへきうを
すへておちを
     とる

いつでも九つがものは
ござりますが
御きうが
  きいた
そうでもふ
 たばこいれ
  をしま
   はれます

これでき
   かすは【効かなければ】
すりこ木を
 けづつてのませ
 せるがいゝ
     のさ

【中段】
これは十四けい【注】にも
 もれた大じの
  きうしよ【灸所】て
     ごさる
しかし此くらいなことは
 御やうだいがきて
     すむことだ

【注 十四経=全身の経絡、もしくはそれらについて記した中国の医書『十四経発揮』】

【左頁】
また〳〵きん日
ゆるりとさん上
 つかまつり
  ませう

しきりに
ようじが
できてまいつた
はてがてん
のゆかぬ

もそつと
おはなしなされまし
どうか
これではいしべや
金さへもん【石部屋金左衛門=「石部金吉」に同じ】の
ようだす

【右頁上段】
さる所の
おいらん
ために
なるき
やくじんに
いろ
おとこの
ほり
ものを
見つかり
大にもめて

【左頁上段】
おまへの
つうくは
ひきこしの
やぐ【引越の夜具ヵ】その
ほかの
あてが
ちがい大
ふさぎにて
きやくじんの
たちかへるりようし【療治】を
くんさいにたのみ
ければなんのいけ
ぞうさもない
ことじやとほり物
をもぐさにて
やきけし
てしまい
ければきやくじんも
あんとしてたちかへりける
りくつといふものは
あらそはれぬものなり

おいらんへあつう
おつせうね

おか
みいす
つれへよ

【右頁下段】
花ざとさんのいね
むりのりよう
じをおたのん
もふし
  てへ
  ものだ

【下段】
いねふり
にはかゝとが
めうさ【居眠りにはかかと灸が効く、の意】

ひたり
  より
まづすへ
そめて
みぎの
ほうのは
のこし
やせふ
   ね

わつちも二つ
斗けして
もらいやせう
     よ

【右頁上段】
また其ころ
千の利き
うがおとしたねに
ひげのいきうと
いふ大じん
まつがね
やのあげまきに
うち
こみ
いろ〳〵と
くとけども
すけ六と
いふまぶが
あるゆへおもふよふに
ならねば大に
あつくなりて
わかいものを
たのみ
介六を仲の丁の
人中
にて
ぶた
せる

【右頁 下段台詞】
ちや人のねつけか
しらねへがそのはち
 まきがきにいら
      ねへ

【左頁 上段台詞】
きせるの
かわりに
にきり
こぶしが
  ふるやつさ

わけも
いわずに
ふん
だり
けたり
つゝだ
ぶし【?】
しやあ
あるめへし

【左頁 下段台詞】
此すべためら
たてもの【伊達者】を
そんなにふ
みやあかると
大引【おおびけ。吉原の営業終了時間】のから
    たが
なく
 なる
 ぞよ

【右頁上段】
すけ六はおおぜいにてぶたれきをうし
ないけるあけまきは
大門のふじやの二かい
より此ていを見て
あるにもあられず
二かいよりとび
おりければこれ
も同しく
きをうしない
中の丁ぢう
大らんを
いれる

すけ
 ろく
さんあげ
 まきさん
  〳〵

  すけまき
   さんあげ
    六さん〳〵

【右頁下段】
あけ
まき
さん
〳〵


さん






〳〵

【左頁上段】
こへを【「こゝ」では】はかりに
あげまき
さん〳〵介六さん〳〵と
いふこへみゝにいくつ
と思ひてきが
つきけるゆへ二人
ともにむつくと
おきはおきたれ
ども一ツ所でふたり
のなをよびけるゆへ
あけまきとすけ六が
たましい【い、の字部分ヌケあり】大うろたへにて
からだをとりちがへ介六が
からだへあげ巻がたましい
はいりけるゆへ介六が
たましいしやう
ことなしに
あけまきのからだへはいり
けるこそきの
どくなる

あけ巻がからだ■【へヵ にヵ】
介六かたましい
いりかはりてきが
つきけるゆへいまゝでの
あけまきとちがい
とんだきんひら
あけまきになりて
太平らくをいふ
 
からたかすけ六こゝろは
あけまきゆへ
介六とんだきか
よわくなり大ぬけろくになる

【左頁中段】
そのぼうがちつとでも
あたりいすと五丁まちを
くらやみにしてしびとのやまを
       つきいすにへ【注】

【左頁下段】
これさもう
いゝかげん
よし
ねへ
  な

これはおいらん
どうでござり
  やす

まづおめて
    たい

【注 元ネタである歌舞伎にある、助六の名セリフ】

【右頁上段】
まるい
せかいの
ふり
そでに
なぜに
かとある
ひげ
大じん
あけ
まき
をあ
げつめにしてわが
ものがほに
くどけ
どもあけまき
には介六かたましい
が入りかわつている
ゆへほんとうの
あけまき
よりは
いち
わう
てひとく



とし

かゝつ


つみのようの
ふつて〳〵ふり
つけられる

【右頁中段】
ぬしのつむ
りはぢおう
をくつた
かしうと
いうもので
おす

【右頁下段】
ひけのいきうと
いふがいつそ
うぬばつかり
いゝなんす

もしいきう
さんはらはお
たちなん
すなよし
はらの女からには
かねで斗はほれ
やせんなとゝ今ときの
女郎のいゝそふもないくを
          はく

【左頁下段】
げたをのせても
あげまきの
すぐろくでいまう
こしようちが
ねへ
やつ


いきうは
大てれほうにて
たゝうつむいて
なんにも
いわず

【右頁上段】
うはきのかせに
さそはれて
むれくるそめき【ぞめき=冷やかし】
でゝやいあけまきにけんくわを
しかけられ
しようこと
なしに
あけまきが
またをくゝる【歌舞伎『助六由縁江戸桜』に登場する中国の故事、韓信の股くぐりに由来】

ゑちごのかんしんせへ
またを
くゞつた
からおいらは
ものか
わだ【何ということもない、の意】

なくことじよ
ろうにや何
かたれねへ【泣く子と女郎にゃ何、勝たれねぇ】

【右頁下段】
それも
しよう
ちの
介六
もど
きさ

しりへたを一寸
たゝいてつかはそう

【左頁上段】
こんざいめう
きなくとう
りやあがり
なんし

【左頁下段】
ゆらの介ではないが
ふな玉さまか
みゆるは
〳〵
【『仮名手本忠臣蔵』七段目。二階からはしごで降りるおかるに大星由良之助がかける台詞から。船玉様は水運の神様=女陰のこと】

女にまけて
またくゞりた

【右頁上段】
はんとうしん兵へきを
きかせて二かいの上り
口へあきんと二かいへ上る
べからすとすみ
くろにみしらせる【墨も黒々と注意書きする】

それにひきかへすけ六が
からだへはあけまきが
たましいがくらがへしけるゆへ
あさからばんまで
つくりみかきにかゝつて【美容とおしゃれにかかりきりで】
しよじ女のすることばかりしている

もちろんそのはづの
ことなれども
とんとけいせいのきもちにて

【右頁中段】
はてさて
こまつた
ものじや

【左頁上段】
きるものゝあんじもむらさきぢりめんの
小そでにあらいそのぬいおびはかべちよろ【注】の
さゝづるなどゝいふものなりもつとも
はちまきは
むらさき
ぢりめん
こいつは
おいへの
もの也

【左頁中段】
新兵へ
どん下へいつてもう
ゆがいいかきいて
くだせへ内せうしやあ
すんだかの

【左頁下段】
けふは
廿五日だ
うれしいの
あしたは
かみ
あらい
びた

【注 ヤモリ=家守。笹と蔓をあわせた着物の柄ヵ】

【右頁上段】

六は
おもふ
まゝに
おと
こを
つくつて【めかしこんで】

うら
やの
まかき【籬=格子戸】へ
きて

くり
ごへ
をして
あけ

きを
よび



あがりを

せて

ほる

どきの
きやくに
よく
あるとんさ

【右頁中段】
どうでもするから
まあ上りなんし

それもあんまり
きのどくだ
    よ

【右頁下段】
あふげは
たかし
からし【?】
より
たれを
うつして
すがた
みのだ【誰を映して姿見の】

【左頁上段】
そうだろう長さ
きやにでんかうが
見らんたつけ

二丁めへ
はいつた
のは
文京さん
ではねへか
うしろつきがよくにたぜ

【左頁下段】
このごろは
まいばん
御つ□
へな




【右頁上段】
からだはあけまきこころは介六ゆへ
あげまきはみあがり【注】をして介六を
よひやりてわかいものゝ
しうぎまで
して大やにさがりで【得意になって】
たのしむ いろ【つヵ】そさみしいから
花兵衛ても松蔵
でもよんでくんにん

かぶつ【酒のさかな】が
くるはづだ
ろとう
した


すけろくあげ
まきいあけ
られやみといやみ
ばかしている

【注 身上り=遊女が自分で揚げ代を払って勤めを休むこと】

【右頁中段 あげまきと介六の間の台詞】
すけ六さんあんまり
さけがすぎる
   よ

【右頁下段】
これは有
かた


きいろ


【左頁上段】
きやく人のほうから女郎に
むしんをいゝかけるもよくあ
るやつにてすけ六が
ほうからあげまきかかたへ
かねのむしんをいゝ
かけゝるが
あがりかぶとゝ【紙製の兜。見かけ倒しなもののたとえ】
いふ口上で
みをのやもときに
にけのひける

【左頁中段】
さつして
くれろも
すざま
しい

おいらんもこのお
まへはたびへお出
なんして御る
すで厶【ござ】ります

【左頁下段】
あれほどかたく
やくそくし■
金がちかつては
わたしは
くびでも
くゝらねば
なりやせ
    ぬ

どうぞ
そうでもして
おあけな
さいまし

【右頁上段】
ちや屋
なる宿
のつけて【つけで、ヵ】
いくけやり
てかぶろ
のしきせ【禿の仕着せ】
までおも
てむき
をはぬし
つなでな
■せうは
みんなあ
げまき
がまのあ
ぶら【稼ぎから搾り取られるの意】な
ればもの
まへには【物前=五節句など特別な物入りの前】
水ものまれぬ
ところをやつはり
へいきで
たるさけにてあをつきりはおろか〳〵
うがいぢやわんで
あをりつけ
しやつきんこいを
いゝまくる

からだはあげまき■■
こゝろはすけろくなれは
あたゝいのまき
ものはやつたよう
ではなしさ【?】

【右頁中段より、順に下段まで】
かご代ばかりも
十両や十五両
ではなしさ

みどりやかき
つけでもとりに
やりや

げめんによぼさつ
つらきなりけり
《割書:アゝ》おそろ
   しい

ばからしいこと
というなんし
びくにくしゞ
をだせで【?】
ねへものが とう
だされる物か
三うらやのあ
けまきで
ざんす一ばん
まつてもら
いやしよう

【左頁上段】
介六はばんとう新兵衛介六みもちほうらつ【身持放埒】も
ひとへにあげまきゆへと思ひこみみうけ【身請】して 
やどのはなとすればみもちもなをる
しようばいもかせぐこゝろも【稼ぐ心】
でるであろうと玉しい【魂】の
いりかはつてあることはしら
ずあげまきかみのしろ【身の代】
七百両にて手をうち
まんまとみうけしけれは
おもひよらすあけ
まきはほんまに
けふくうみせも引
やんすといふ
かぶ引なる

【左頁中段】
へん 
そうもんも
なかやの
てだい


【左頁下段】
介六さんへ こし
かへ こつちはさつた
やぐ【夜具】の
代りご張
両おわ
と■
が三十両さ

【右頁上段】
あげまき思ひよらず
うけだされ
すあしも
やぼな
たびになり 【年中素足だったのが野暮な足袋履きになった】
いねつを
つねの此ゆひに
とちもんめ
くちりとちもうを
はぢきだし 【? 算盤勘定ヵ】
とんだち
みたものにて
米やのしろ
ねすみだと 【白鼠=主家に忠実な雇人の意】
あたりの
ひやうばんは
よけれども
とかくけんくわ
ずきと
大ざけを
のんで太平楽をほかへる
には新兵へも
大へこみなり

わしが
なりは
しつか
われお
わぬさ
まといふ
ものだわいな

【左頁上段】
すけろくは
いよいよ
いやみに
みかいりて
このごろは
しよし
女ぼう
きどりで
あげまき
にかほ
みせを
ねだり
大にしかられて

これをぬつ
たらうちの
ひとのとう
さんのこそで
 をこし
 らへて
 ふきやてう【日本橋葺屋(ふきや)町、江戸三座のひとつ村山座があった。】
    を
 ねだつて
 見よ
  う

【左頁中段】
もしおかみさんへ
 おひるが
  でやしてよ

【左頁下段】
ちりめん
のたちぬいは
できぬ
はづだ
すわつ
てさへ
ぬへぬ 【裁ち縫い×立ち縫いの洒落】

【右頁上段】
ばん新兵衛つら〳〵思ふ
にあけまきは
おとこのわさ
をこのみ
て女の
することは
かいしき
てきず介
六は女のしわざが
ゑてものにて
男のやくめは
かたきしなれば
まつたく
たましいの
入りかはつた
のであ
ろうと
はじめて
こゝろづき
けれども
こればかりは
りようじの
しかたもない
ものゆへ一生の
ちへをだして
めかねやけしの介
しちやのばんとう
なといれかへることの
ゑんのあるものを
あつめてそうたん
     する

【右頁中段】
めかねのいれかへ
こそいたせ玉しい
のいれかへはぞん
しま
せぬ

しちのいれ
かへなら
どうても
してあけや
せう

【右頁下段】
玉のお
ふくろ
玉のお
はさま
なとはいれ
かへませ□【うヵ】
玉しいの
いれかへは外へ
おたのみ
  なされ【玉とは猫の名で、その周旋の話か?】

【左頁上段】
新兵衛はせんほうつきて
くんさいをたのみ
けれはさすが
はきやくしの
ことなれば
さつそくうけやいける【請け合いける】

うさんくん
さいことては
ないのさ

【左頁中段】
御礼金は
三百目で
こざる
  ぞや

金子の事はいかほ
どでも□とかのつんだ
こと【?】とかく玉しい
のいれかわるやうに
      おたのみ申ます

【左頁下段】
めつそうかい【滅相界】な
ことじやおもはつ
しやろうがばかを
  りこうにさへ
   いたし
     ます

【右頁上段】
くんさい
はこゝぞ
りようじの
しどころ
とそれがし
さう木に
なりかはり
■とりようぢ
仕らん

まづ

六と
あけ
まき
をひ
とつ所
へねかし
おき
介六には
だんしや
もぐさを
すへあ
げまき
にはろこう
もくさを
すへければ
たちまち
もとのことく
介六はほん
の男
らし

なり
【右頁下段】
こゝへひとひらすへ
ひとひひと〳〵
ひら〳〵ひと
とふた


此所あついかとて
介六もあけ巻
 もむごんとみへ
    たり
【左頁上段】
あけまきも
ほんま
の女らしく
なりける
くんさいが
とんちの
ほとぞ
たくひなき
ときけん
じよう■
おしなめて
みなかんせぬ
ものは
さくしや
斗也

玉しいがもとの如く
入りかはつてほん心に
なりけるゆへ今のよにも
おやじが
むすこに
いけんを
するとき
玉しいを
いれかへろと
いふはかやう
のことを
  いふや
    らん

【左頁下段】
番頭新兵へ
わたしもいまゝては
ばんしんのきで
いやした

きうによいく■
まつはてよみに
まはすくせの
なまいだ


【頁下段囲いの中に題】
\tけいこふ戯作■
北尾政美画

【頁上段】
しゆびよくりようじもすみたる
きうきように此ところにて
さくしやの山をお目に
かけませうと
介六とあげ
まきに
ちやばんの
しゆこう



つけ
させ
ける

【介六の図横に】
ねつ
 きり

【同じくあげまきの図横】
はつ
 きり

【頁上段本文続き】
やまひもきれて
ほんぶくのよろこびは
つきせぬはるのねむけのたねと
            いちごさかへける

【裏見返し左肩に図書票】
207
【朱印】特別
212

【背表紙 紙に帝國圖晝館藏のレリーフ】

団十郎蓬芥伝

【表紙 題箋】
団十郎蓬芥伝

【管理ラベル】
京 乙 112 特別

【見返し】
団十郎蓬芥傳

【資料整理ラベル 右上】
京 乙
特別【朱印】
112

【同 中央】
東京図書館
一冊
一一二号
四架
京乙函

そのむかし江州あさいごほり
伊吹山に浅井太郎といふもの
のふあり一人のひめをもつ
つねにかりをこのみふ
しつといふいぬを
あいす

此ちかきにとれ
ゐぶき三郎
といふもの
此ひめに心
をかくる

【挿絵内せりふ】
あの妓はまだ入ふだ
はあるまい とうそわ
れらかほうへくるめ
たいものた とうやき【唐焼】
ではいくまいへつかうの
かうかゐ【鼈甲の笄】でみしらそふか

【左下】
わん〳〵

このあさいひめゑをすきてつねにもて
あそぶしかるにゑかくしな〳〵
のうちさるうさきひつじ
りやうこ【龍虎】とりわけゑもの
にてふすまにさいし
き朝夕のなぐさみと
する

きめうかな〳〵わ
がむすめなから
さてもゑにめう【妙】
をゑたり
そのまゝ
いきて
はたらく
やうなひつせい【筆勢】どこ
そよいはしよをみ
たてゝみせをだしたらはやりそうな事じや

何をこちの人のあほうらしゐ事ばかり女
ははりしごとこそしはざなれいらさる
さいはじけた【才弾けた=出しゃばって余計なことをする】ゑかきとはふさ
〳〵し
い【太々しい】ほん
に此
はゝ
はむ
ねむし【胸虫=腹の虫】むつ
とするせかいだ
あんまりわるいあて
こともない【とんでもない】あんほん
たんじや

けいぼ【継母】
あくりひめを
にくみ
いかにして
もうしなは
ばやとおもふ

あぐりみちならぬいふき
の三郎にひそかにつうし
太らうをころしあとし
き【跡職=遺産相続】をして
やらん
とた

む小じろ
ちく
るい



此ことをきく
三郎どのこなた
もやほてはなし
わしがめつきでも
がてんがあろこち
のはなたらしをふつ
ちめて此あとしき
はとんときさまに
あけまきの介六た

【右頁・右下】
それはみゝより
しかしひめがこ
とはちと
のひかけ山なれ
はとうしやうあん
のそばきりた

【左頁・右上】
あるときつまの太郎石山へ
まふでけるるすのまに
みな〳〵をかたら
いひめをなはめに
かくる
やれ〳〵
いとしや
此はゝが
つね〳〵そな
たをかあいがれとおとつ
さまの御きにそむけば
せひもないみつからが心
をすいりやうしやなみたで

【左頁・右下】
おひめさま御ちちごの仰付
なればしやう事かござ
らぬなはかけ
まする

【左頁・中央】
道が
みつぬほうい
 〳〵


さあ
 〳〵
御たち〳〵

ひめをはしらに
くゝり付くひうたんと
するひめ石山のにき

【右頁・下】
くわんおん
せいしければ
ふしきやふすま
にかけるりやうこゑをは
なれいきほひすさまじ
くたけりかゝる
ちゝうへの御るすに
かゝるなんぎに
あふ事もひとへ
にけいほと
三郎があく
しん
から
おこつ
た事ひころ
ねんする石
山のくわん
せおん此
きうなんを
すくひたまへ

【右頁・左上】
みな〳〵
おとろき
  にけ
   はしる

【左頁・上】
うはらたつ
もしとう
せなかひつ
しのかしらに
さるのをいふは
ゑのめきゝの事なり

【左頁・下】
なむねびくわんおんりき〳〵
のふこわやまづ
にけ給へ〳〵しか
しこれは西のしやう
るりはん
こんかう【反魂香】
の初段といふ
けいだその時はとら
一疋此度は
まして
りゆう
がてた
あいつに
くらわれ
てはならづ
けのかもくつた
【ならず⇒奈良漬、の洒落】

やれこはや〳〵
ほんにおがみんすにへ

あこら【太郎ヵ】石山よりとく
にかへりものかけ
にてみるに
いふき□で
太郎□め
かけき

こむ所をこじろ三郎がのどへくら
いつきついにくいころす

【右頁・下】
たらうめを十わ
りとばらしてひめを
して
こまそ


おも
ひの
ほか
ちく
しやう
めにし
められたこ
れはほんのいた
事わんつくう
んつくつ

〳〵
には
きゝに


まつ

あゝくるしい
 〳〵

【右頁・左上】
あくり此ていをみてにくきちくし
やうのふるまいかなとすかさずいぬ
のくひきる此くびとびあがり〳〵
ゑんの下にしのひいるもののあたま
へくらいつくぞふしき
なれ

【左頁・右下】
いぬぼね
おつてはゝ
にきら
れるとは此
事だ

【左頁・中央】
いや此
ちくしやうめは
さま〳〵のしう
ちをひろく六だ
んめとたのん
だだん平迄
くいころした
さて〳〵大ぼくのは
へぎわて此いぬめは
ふといのねと
きたは

太郎にとんやゆるされじであくりをさしころす
おのれよふ ひめをころしそのうへおれをしめ
よふとたく みおつ た をれがしるまい
とおもふか しにひらきか■□
うちお【出ヵ】し まてしつて
いるは やいおも
ひしつたか
 〳〵

ああせつ
ないかね
やすが


のゑでどう
ばらにあな
があいたこん
とから いた
し   ます
まい どう
   ぞお
   たすけ
   〳〵

それより太郎こしろ
がこころざしをかんじ
神にいわゐまつる
これをいぬ神と
いふなり

きんしやうさい
はい〳〵つヽし
みおそれみ〳〵
をまふす

それひのもとは
しんこく【神国】れいじやう
のちなり此う
わが
してん
つん
おん
なき

め□
□□
□□
□□□

らい
〳〵

三郎かあくねん【悪念】いふき山にてあくき【悪気または悪鬼・悪戯ヵ】となり山
中よりつふてをなげつけとくき【毒気】ふきかけ
ける

【右頁・下】
村のしうこれこ
のやういた事は
きんねんおほえ
ぬ はいとく
さん【敗毒散 注】ではいき
ます
まい

【注 近世、広く愛用された売薬。頭痛、せき、かぜなどに効があった】

【右頁・中央】
うぬめらいち〳〵
わつらわせ
ておち
をとる【落を取る=見物人の喝采を受ける】
さて
〳〵
ふて〳〵
しい村のやつらかな
あれ〳〵せつながつ
て【押迫られて苦しがって】てん
やわや【大勢が先を争って混乱する】
ひろぐ【しをる:「する」「行う」の意をののしって言う語】

【左頁・中央】
つぶてになけたる石大石小石ともにもち
だんごなとひきちきりて  つかみ
たる  やうにあと
つきて
いぶき



と三四里がほどい まに
みち〳〵
たり  これ を
いふき  山の
     つかみ
     石と
     申

ねつから
いこかれぬ【動かれぬ】
あんと【「なんと」するの意。「何と」の変化した語】する
事だ
 もさ【注】

【注 終助詞。近世の関東方言。感動をこめて人に告げることばの末尾につける。~よ。】

とりはけ
ひめにあ
たり月【産み月】を
こへてくるし
めり

【吹き出し】
いかに太郎なんぢ
をやく【お役ヵ】われをねん
する事年久し
よつて此度のわつらい
をすくひゑさする かまへ
て【必ず】うたがふ事なかれ しか
しまめ入【豆煎りヵ】はたくさんに
しやれ どらやきさつまい
もよものあか【四方の赤=銘酒「たきすい」】もちつい【つい:ちょっと】や
いとぎやう【灸饗=灸をすえる時、苦痛の慰めのために食べる菓子。また灸をすえた子どもへの褒美。13コマの豆煎りもこの意と思われます。】によかろ
きみやう
てうらい
〳〵
【帰命頂礼=拝み言葉】

【左頁】
石山のくはんせおんぼさつあさい
太郎かゆめにつけてのたまはく
三郎があくねん人みんをなや
ます事いとふひんなり
これをまぬかれんにはきたる
たんこのあけ七ツにいふき山
のよもきをとりきうぢ【灸治】せば
やまひこと〳〵く
へいゆうすべしと
つけさせたまうぞ
ありがたき
 〳〵
  〳〵

【左頁・下】
はやうあげ
ましたい【差上げ致したい】
ものじや

【左頁・中央】
これで二
ばんせん
じだ

くわんをんのぶつちよく【仏勅:仏のおことば】にまかせ五月
五日のみめいに村中いぶき
山のよもきおとりもぐさ
にこしらゆる
さて〳〵くわんをんさま【さ・まの合字】の
御ちかいがなくはこち
ごとはやみくもてんこち
ないめ【天骨無いめ=とんでもないめ】にあわふとお
もふたにさてあり
かたきくわん
ぜおんみ
なのしうこん
どいのち
びろいした
いわゐにはこち
のみそ
づ【味噌吸いものの略】で
たき
すい【銘酒の名。13コマ参照】を
のみかけ
山のかん
からす【注】と
でませう

【注 寒烏:寒中のカラスを黒焼にしたものは、のぼせ、眼病、血の道の薬として用いられた。】

【右頁・下】
くわんおん
さま
はあり
がたい事
じや

【左頁】
ほんぞうかうもくぢちん【『本草綱目』の作者李時珍のこと】がいわく【注】
きうてんのうんきにてけんやう
をおきなひきうつする
ものは火気にて
はつさんす
【きうてん=灸点、うんき=温気、けんやう=元陽。おきなひ=補い、きうつ=気鬱】
ちのへりたる人は
けいらくを
あたためて血
をめぐら
すか
てんか
〳〵
【「血をめぐらすがてんか〳〵(天下〳〵:この上ないこと)ヵ】

【注 李時珍『本草綱目』巻十五・草之四・艾 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2557947/18】

【左頁・下】
今もくさやにてかんばん
にごうしういぶき
山もぐさと
なだいするは
此いわれ也

一かわらけ
 何ほと
    じやな


子ともに
きうを
すへてやる
にまめいりを
する事此て
めが
まめになる
やうにとのい
はれなり

【豆煎り:煎り豆。灸治の療法食として煎り豆を食べさせる風習<十一ページ参照>】

それにすが
りておとな
もなを〳〵まめ
になるやうにやいと
すべ


とかく人は二八月
にはきうをたや
すべからず

【右頁・下】
あさひひめくせ【救世】ほ
さつ御おしへにて
きうぢ【灸治】せし
にたちまち
やまひへいゆう【病平癒】し
けるそれよりその
きんへん
くだん
のことくきう
をすへて長
くそく才【息災=健康】
に成たり

村中いゑ〳〵で此ことく
きうを仕そく才なりますれ
ど てうちそはきりによものあか
をもちいますれはとうてもちとは
【手打蕎麦に四方の赤=銘酒を用いますれば、どう考えてもいささかは】

【左頁・下】
いた事【出費】 〳〵 さりながら人はそく才がかんぢ
んみのよふしやう【身の養生】が大あたり〳〵

【左頁・右上】
なるほと〳〵まつ
けんへき七のゆ十一 【肩癖(けんぺき)=肩こり】
十四さて

てんすう
など
でよ
かろいつれ
も五十そう
□すへら成
れい

【左頁・中央】
御いしや
さまわたくしがきう
てんはおほし
めしした
いに
 頼上
ます

【よものあか(四方の赤)=江戸時代、江戸日本橋和泉町にあった酒と味噌を商う四方久兵衛の店を「四方久(よもきゅう)」といい、そこの銘酒「滝水(たきすい)」を「四方の赤」というそうです。】
【そばきりは5ページにも「とうしやうあんのそはきり」の用例あり】

未正月《割書:新|板》目録 絵師 《割書:鳥居清信|鳥居清満》

【上段】
《割書:天女|龍女》娜(まいひめ)二代 鉢木(はちのき) 五冊
《割書:節|季|作》大厚木(おほはらぎ)の始(はじめ) 三冊
周防内侍仮寝枕(すわうのないしうたゝねまくら) 三冊
沖石水魚筆始(おきのいしいもせのふではじめ) 三冊
《割書:萬や助六|総角助六》相谷蛇目傘(あいやいじやのめがさ) 三冊

【中段】
《割書:夢者|栄茅》宝船(たからぶね)の始(はじまり) 三冊
䲬(きじの)𩿦(こゑ)藤戸魁(ふじとのさきがけ) 三冊
夫家所婦中珠取(おとこあまふちうのたまとり) 三冊
《割書:出世|偉人》和国二十四孝(わこくにじうしかう) 二冊
《割書:京|江戸》鶯問答(うぐひすもんどう) 二冊

【下段】
《割書:江州|伊吹山》 團十郎蓬艾伝(だんじうろもぐさのでん) 二冊
源太夫旅行生土(げんだゆうりよかうのうぶすな) 二冊
《割書:浮世|世話》 萬能金徳丸(まんのうきんとくぐはん) 二冊
《割書:漢倭|軍配》 本記原(しやうぎのはじまり) 二冊 

【丸に三つ鱗の紋=商標】版元《割書:鱗形屋| 孫兵衛》

珍敷新板物御歴ゝ追々出し懸御目申候

【管理ラベル】
京 乙 112

【管理ラベル】
京 乙 112

【裏表紙】
【「帝国図書」のエンボスあり】

{

"ja":

"袖珍仙方"

]

}

【ケース 表】
袖珍仙方

【ケース 背】
袖珍仙方     一冊

【ケース 表】
袖珍仙方

【表紙】

斯冊子被相図而
到来貴案可被
遂名之書也

【右頁】
右者 油小路宰相殿御自筆也

【左頁】
袖珍仙方叙
天-生 ̄シ地-成 ̄シ人長_二-養 ̄ス其間 ̄ニ_一元-氣充 ̄チ榮-衛固 ̄ケレハ
則薬-餌無_レ所_レ用也一 ̄ヒ遇 ̄ヘハ_レ有 ̄ニ_レ■【疒+恙】醫-療 ̄ノ所_レ須 ̄ムル
其急 ̄ナルヿ如_三饑-渇之於 ̄ル_二飲食 ̄ニ_一欲 ̄シテ_二須-臾懈 ̄ント_一而不
_レ可_レ得經-方之有_レ關 ̄ルヿ_二乎性-命 ̄ニ_一亦大也奈-良
宗哲氏業 ̄シ_レ醫 ̄ヲ名 ̄アリ_レ時 ̄ニ以_二聘-請 ̄ノ餘-暇 ̄ヲ_一披-尋不
_レ倦 ̄マ嘗 ̄テ摭 ̄リ_下 人-家日-用得 ̄ルヿ_レ之易 ̄ク有_レ足 ̄ルヿ_二以治 ̄ルニ_一レ疾 ̄ヲ

者 ̄ヲ_上隨_レ類 ̄ニ纂-入 ̄シ彙 ̄シテ而成 ̄ス_レ編 ̄ヲ葢欲_レ詒 ̄ント_下之 ̄ヲ窮郷
遐-陬 ̄ノ請 ̄ヒ_レ醫 ̄ヲ𦤺《割書:ス》_レ薬 ̄ヲ難 ̄ク_二于卒 ̄カニ辨 ̄スルニ_一席-門茅-屋-之
下抱 ̄キ_レ疾 ̄ヲ無 ̄キ_レ告 ̄ルヿ者 ̄ニ_上其爲 ̄ル_レ惠不_レ少 ̄カラ也雖_二所_レ具 ̄ル
未 ̄タ_一レ若 ̄ナラ_二他-書 ̄ノ多 ̄キカ_一率 ̄ムネ皆方之已 ̄ニ驗 ̄ル者可_レ濟 ̄ス_二實
用 ̄ヲ_一也夫 ̄レ薬貴 ̄ク_二於愈 ̄スニ_一レ疾 ̄ヲ若 ̄シ能奏 ̄セハ_レ効 ̄フ何 ̄ソ更 ̄ニ求 ̄メ_二
難_レ得者 ̄ヲ_一貴_レ遠 ̄ヲ賤 ̄ン_レ近 ̄ヲ哉行 ̄ヒ_二之 ̄ヲ通-都大-邑 ̄ニ_一亦
人-人所_二檢-閲 ̄シ不 ̄ル_一レ廢 ̄セ也宋 ̄ノ張-相-公進 ̄シ_二𦻎薟

丸 ̄ヲ_一有_レ言 ̄ヿ誰 ̄カ知 ̄ント_三至-賤之中有 ̄ルヲ_二殊-常之効_一此 ̄ノ
編為_二或 ̄ハ近 ̄シト_一也余嘉 ̄シ_二著述 ̄ノ意 ̄ヲ_一為 ̄ル_二之叙 ̄ヲ_一

正徳癸巳九月一日

   稻若水書  【稻若之印】【稻彰信印】

袖珍仙方序
古今。著方之書。志在濟世。
仁人之。心亦天地。好生之心
也。諸病之救急。經驗之單方。
散而。有諸方書。今錄之。名袖

【右頁】
珍仙方。窮郷下邑。於藥物鮮
有之所者。未必無小補云。
正德甲午十二月
   法橋 奈良宗哲

【左頁】
袖珍仙方引用書目
 外臺秘要   方勺泊宅編 摘玄方
 初虞世必効方 癸辛雜志  雲林神糓
 醫宗必讀   明醫雜著  衞生易簡方
 醫方大成   救急方   集霊方
 食醫心鑑   魯府禁方  孟詵本草
 種杏仙方   藏器本草  續十全方
 余居士選竒方 事海文山  法生堂經驗方
 近効方    仲景傷寒論 百一選方
 李絳兵部手集 霊樞經   瀕湖集簡方

 病源候論 唐韋迪独行方 梅師集験方
 千金方  陸氏積徳堂方 葛洪肘後方
 冠氏衍義 古今医統   南陽活人書
 済世秘覧 傷寒類要   婦人良方
 本事方  本草綱目   楊起簡便方
 生生編  陳氏経験後方 医書大全
 奇効医述 保嬰撮要   寿世保元
 広五行記 食鑑本草   九籥衛生方
 蘇恭本草 巳志     温隠居海上方
 名医類按 道蔵経註   物類相感志

 范汪東陽方  太平聖恵方  傷寒槌法
 食療本草   赤水玄珠   貞元広利方
 趙宜真済急方 劉長春経験方 証治準縄
 邵真人経験方 全幼心鑑   活人心統
 夏氏益奇疾方 証治要決   道蔵経
 危氏得効方  儒門事親   修真秘旨
 伝心適用方  陳直奉親書  孫氏集験方
 嬰童百問   周憲王普済方 楊氏家蔵方
 仁斎直指方  内経素問   加宜方
 遯斎間覧   蘇頌図経本草 蕭顕明梁史

 御薬院方  医学六要   継洪湛寮方 
 延年方   周密浩然斎抄 朱端章家宝方
 活幼口議  陳言三因方  類経
 萬病回春  集玄方    医林集要
 子母秘録  南史     延年秘録
 医学入門  玉機微義   孫氏仁存方
 昝殷産宝  丹台玉案   楊氏産乳
 朱氏集験方 十全慱効方  産書方
 唐瑶経験方 臞仙寿域方  熊大古冀越集
 心伝方   甄権薬性論  譚氏小児方

 陳延之小品方 唐仲挙方   嬰孩宝鑑
 小児秘訣   幼幼新書   隨身備急方
 外科精義   奈仲南永類方 医学正伝
 癘瘍機要   簡要済衆   李楼奇方
 伝氏活嬰方  外科正宗   吹剣続録
 正体類要   開宝本草   談埜翁方
 呉旻扶寿精方 証類本草   北夢鎖言
 資生経    聖済総録   徐伯玉方
 太平御覧   鉄圍山叢談  口歯類要
 陳月華経験方 程克丹渓心法 古今秘験方

 斗門方    延齢至宝方 孫用和秘宝方
 銭相公篋中方 済世全書  金匱要略
 瑣砕録    崔氏纂要  夷堅志
 劉跂仮日記  群談採余  領要方
 五行書    通変要法  丹渓怪痾単
 鍼灸聚英   甲乙経   博物志
 王氏農書
    書目終

凡例
一/古来(コライ)ノ明医(メイイ)方書(ホウシヨ)ヲ撰述(センシユツ)スルニ多(ヲホク)ハ易簡(イカン)
 方(ホウ)ヲ載(ノ)ス是(コレ)救急(キウヲスクフ)ノ意(ロヽロ)【ルビ「コヽロ」の誤りか】ナリ此書(コノショ)専(モツハラ)千 金方(キンホウ)
 ヲ基(モトヽ)シテ歴代明医(レキタイメイイ)ノ述(ノブ)ル所(トコロ)ノ易簡方(イカンホウ)ヲ
 集(アツ)メ記(キ)ス遠国(ヱンコク)離嶋(リタウ)医薬(イヤク)ナキノ地(チ)病(ヤン)デ死(シ)
 ニ至(イタ)ルト雖(イヘ)トモ治術(チシユツ)ナク唯(タヽ)天/然(ネン)ニ任(マカ)ス洛(ラク)
 陽(ヤウ)ハ富饒(ブネツ)ノ地(チ)医薬(イヤク)乏(トモシ)カラズト雖(イヘ)トモ一/切(サイ)
 ノ急証(キウショウ)又ハ深更(シンカウ)【左ルビ「ヨフケテ」】ナトニハ医(イ)ヲムカヘガ

タシ其上(ソノウヘ)至貧(シイヒン)ノ人ハ医(イ)ヲムカヘカタク
重病(ヂウヘウ)ヲ受(ウク)ト雖(イヘ)トモ徒(イタヅラ)ニ月日ヲ過(スゴ)シテ終(ツヰ)ニ
死(シ)ニ至(イタ)ル物(モノ)多(ヲホ)シ予(ヨ)深(フカ)ク嘆(コレヲ)_レ之(ナゲク) 故(カルカユヘ)ニ此編(コノヘン)ヲ
ナス惣(ソウ)ジテ此書(コノシヨ)ニ記(キ)スル所(トコロ)ノ薬方(ヤクホウ)ハ古(コ)
来(ライ)ノ明医経験(メイイケイゲン)ノ薬方(ヤクホウ)ニシテ少(スコシ)モ験(シルシ)ナキ
薬方(ヤクホウ)ニ非(アラ)ス覧(ミン)人 深(フカ)ク尊信(ソンシン)シテ用(モチユ)ヘキ者(モノ)
ナル故(ユヘ)ニ薬方(ヤクホウ)ノ後(シリヘ)ニ各出書(ヲノ〳〵シユツシヨ)ノ題号(タイガウ)ヲ記(キ)
ス 猶(ナヲ)不審(フシン)ノ人ハ本書(ホンシヨ)ニテ考(カンカフ)ヘシ

一 此書(コノシヨ)諸病(シヨヘウ)悉(コト〳〵)ク易簡方(イカンホウ)ヲ記(キ)ト雖(イヘ)トモ病(ヤマヒ)ニ緩(クハン)
  急(キウ)アリ人ニ虚実(キヨジツ)アリ医(イ)ヲムカヘテ脉證(ミヤクシヨウ)
  ヲ詳(ツマヒラカ)ニシテ治(チス)ルニハシカズ此書(コノシヨ)ニ耽(フケ)リ
  テ医(イ)ヲカロシメ思(ヲモ)フベカラズ此書(コノシヨ)ハ唯(タゞ)
  偏国(ヘンコク)或(アルイハ)急症(キウシヨウ)又ハ旅(タビ)人 若(モシ)ハ至貧(シイヒン)ノ人ナド
  ノ為(タメ)ニスルノミ
一 病門(ベウモン)ノ次第(シダイ)ハ萬病回春(マンベウクハイシユン)ニ随(シタガ)フ然(シカ)レトモ古(コ)
  方書(ホウシヨ)ニ易簡方(イカンホウ)ナキ病門(ベウモン)ハ闕(コレヲ)_レ之(カク)巻末(クハンマツ)ニ雑(ザツ)

  病門(ベウモン)ヲ附(フ)ス是(コレ)回春(カハイシユン)ニ載(ノフ)ザル病(ヤマヒ)ヲ集(アツメ)記ス
一 諸方書(シヨホウシヨ)ニ記(キス)ル處(トコロ)ノ薬方(ヤクホウ)繁多(ハンタ)ナリ然(シカ)レトモ
  今(イマ)此書(コノシヨ)ニ載(ノス)ル處(トコロ)ノ薬方(ヤクホウ)ハ民家(ミンカ)戸(ヘ〴〵)【ママ。「戸」は「戸々」として「ヘヾ」とあるところ。】ニ有(ア)ル
  所(トコロ)ノ品(ヒン)ノミヲ載(ノ)ス故(ユヘ)ニ薬方(ヤクホウ)多(ヲホ)カラズ
一 此書(コノシヨ)ニ載(ノス)ル薬種(ヤクシユ)四/季(キ)戸(ヘ〴〵)【ママ。3行目の「戸」に同じ。注】ニ有(ア)ル品(ヒン)ヲ以(モツテ)ス
  春(ハル)有(アリ)テ夏(ナツ)無(ナ)ク秋(アキ)有(アリ)テ冬(フユ)無(ナキ)ノ類(ルイ)タトヘバ
  甜瓜痢(テンクハリ)ヲ治(チ)シ李果咳(リクワカイ)ヲ治(チス)ルノ類ハノセズ
一 兼(カネ)テ修蓄(ヲサメタクハフル)ノ類(ルイ)タトヘバ隔年暦瘧(カクネンレキキヤク)ヲ治(ヂス)ル

  ノ類(ルイ)ハノセズ唯(タゞ)急(キウ)ニ調(トゝノ)フル薬品(ヤクヒン)ノミヲ
  記(キ)ス
一 生類(シヤウルイ)ヲ殺(コロ)シテ薬(クスリ)トスル類(ルイ)ハノセズ孫真(ソンシン)
  人(ジン)ノ生(シヤウ)ヲ去(サ)ルコト遠(トヲ)シト云(イフ)ヲ思(ヲモ)フ故(ユヘ)ナリ
一 堕胎(ダタイ)ノ薬(クスリ)ヲ載(ノ)セズ夷堅志(イケンシ)ニ白牡丹女(ハクホタンニヨ)堕(タ)
  胎(タイ)ノ薬(クスリ)ヲ売(ウリ)テ現(ケン)ニ悪報(アクホウ)ヲ受ト云ヘリ我(ワガ)
  儒(ジユ)モ亦(マタ)不仁(フジン)ノ事(コト)トス故(ユヘ)ニノセズ
一 古方(コホウ)或(アルイハ)一 斤(キン)二 斤(キン)二 升(シヨウ)三 升(シヨウ)ト量目(リヤウメ)ス今(イマ)一

【注 へべ=戸々。民家各戸。】

 二 銭(セン)或(アルイハ)一二 盞(サン)トス是(コレ)専(モツハラ)醫學(イガク)正 傳(デン)ノ例(レイ)ニ
 效(シタガ)フ
一 此書(コノシヨ)童蒙児女(ドウモウジジヨ)見安(ミヤス)カラシメント思(ヲモ)フ故(ユヘ)
 ニ國字(コクヂ)俗言(ゾクゴン)ヲ以(モツ)テ記(キス)予(ヨ)不学(フガク)麁忽(ソコウ)ナリ過(アヤマ)
 ルコト多(ヲホ)カルベシ後(ノチノ)君子(クンシ)正(コレヲ)_レ之(タヽサバ)幸(サイハヒハヒ)甚(ハナハタシカラン)


袖珍仙方目録
《割書:一|丁》中風(ちうぶ) 風臓(かぜぞう)にあたりたるなり 《割書:二|丁》傷寒(しやうかん) 《割書:寒気(かんき)表(ひよう)より|裏(り)に入なり》
《割書:四|丁》感冒(かんぼう) がいきの事なり     《割書:四|丁》中寒(ちうかん) 寒気(かんき)にあたりたるなり
《割書:五|丁》中暑(ちうしよ) 《割書:夏(なつ)あつけにあたり|たるなり》     《割書:七|丁》食傷(しよくしやう) 食(しよく)だゝりなり
《割書:七|丁》中毒(ちうどく) 《割書:何(なに)を食(くひ)てあたりたるといふおぼへあらば此(この)所(ところ)にてかんがへ|そのあたりたるものによきくすりを用(もちゆ)べし》
《割書:十|二》痰(たん) のどより痰(たん)いづるなり   《割書:十|三》咳嗽(かいそう) せきの事なり
《割書:十|四》瘧(ぎやく) おこりの事なり      《割書:十|五》痢病(りべう) 《割書:大用(だいよう)血(ち)まじりに|下(くだ)るなり》

【漢数字の異はママ】

《割書:十|七》泄瀉(せつしや)水(みづ)のどくにはらくだるなり 《割書:十|八》霍乱(くはくらん)《割書:はらいたみてあげも|くだしもせぬなり》
《割書:廿| 》隔(かく) くひもの通(つうぜ)ざるなり    《割書:廿| 》嘔吐(おうど)《割書:ゑづきありて吐逆(ときやく)|する事なり》
《割書:廿|一》呃(いつ)【吃】逆(ぎやく)しやくりの事なり     《割書:廿|二》呑酸(どんさん)《割書:すきおくびのひたと|いづるやまひなり》
《割書:廿|二》𩞄(さう)【嘈】雑(ざつ)むねのうくやまひなり   《割書:廿|三》気欝(きうつ)気のつきなり
《割書:廿|三》痞(つかえ) むねはらのつかえなり   《割書:廿|四》鼓脹(こちやう)《割書:手足(てあし)はつねのごとく腹(はら)はり|大(おほき)にはれたる病(やまひ)なり》
《割書:廿|四》水腫(すいしゆ)《割書:一 身(しん)こと〳〵くはれ|たるやまひなり》      《割書:廿|五》積(しやく)【癪】 《割書:むねはらにかたまり|ありていたむなり》
《割書:廿|六》黄疸(わうだん)惣身(そうみ)黄(き)になる病(やまひ)なり   《割書:廿|七》吐血(とけつ)血(ち)をはくなり

《割書:廿|七》衂血(ぢくけつ)鼻血(はなぢ)の出(いづ)る事なり    《割書:廿|九》下血(げけつ)《割書:大便(だいべん)のあとさきに|血の下(くだ)るなり》
《割書:卅| 》諸血(しよけつ)《割書:一 身(しん)の中(うち)いづかたよりなり|とも血(ち)の出(いづ)る事をいふ》  《割書:卅|一》小便血(せうべんけつ)《割書:痛(いたみ)なく小便(せうべん)に血(ち)|いづるなり》   
《割書:卅|一》汗(かん) 《割書:春(はる)秋(あき)冬(ふゆ)のあつくもなき|時(とき)何のゆへもなく汗(あせ)出(いづ)るなり》  《割書:卅|二》眩暈(けんうん)めのまふ病(やまひ)なり
《割書:卅|二》麻木(まぼく)身(み)のしびるゝ病(やまひ)なり   《割書:卅|三》狂(きやう) きちがひの事なり
《割書:卅|四》癇(かん) 俗云(ぞくにいふ)くつちやみなり   《割書:卅|四》健忘(けんぼう)物(もの)わすれする病(やまひ)なり
《割書:卅|五》驚悸(きやうき)《割書:かりそめの事にも|おどろくやまひなり》      《割書:卅|五》不寝(ふみ)ねられぬやまひなり
《割書:卅|六》邪祟(じやすい)つきものゝ事なり    《割書:卅|六》小便濁(せうべんたく)小便(せうべん)の濁(にご)る病(やまひ)なり

【漢数字の異はママ】

《割書:卅|七》遺精(いせい)《割書:ねてゐる内(うち)に精(せい)のもるゝなり|俗云(ぞくにいふ)もふぞうの事なり》《割書:卅|七》淋病(りんべう)《割書:小便道(せうべんたう)いたみこゝろよく|通(つう)ぜさるなり》
《割書:卅|八》遺尿(いねう)小便(せうへん)たるゝなり   《割書:卅|九》小便不通(せうべんふつう)小便(せうべん)通(つうぜ)さる事なり
《割書:卅|九》大便不通(だいべんふつう)《割書:大便(だいべん)通(つう)ぜざる|事なり》  《割書:四|十》大小便不通(だいせうべんふつう)《割書:大便(たいべん)小便(せうべん)両方(りやうはう)|ともに通(つうぜ)さるなり》
《割書:四|十》痔(ぢ) 尻(しり)の穴(あな)いたむなり  《割書:四|一》脱肛(だつこう)《割書:尻(しり)の穴(あな)はれ出(いで)いたむ|やまひなり》
《割書:四|二》虫症(ちうしやう)むしはらの事なり  《割書:四|三》頭痛(づつう)つぶりのいたみなり
《割書:四|三》鬚髪(しゆばつ)かみひげのやまひなり 《割書:四|四》面(めん) かをのやまひなり
《割書:四|五》耳(みゝ) 《割書:みゝだれなど惣(そう)じて|耳(みゝ)のやまひなり》   《割書:四|六》鼻(はな) 鼻(はな)のやまひなり

《割書:四|七》口舌(こうぜつ)口(くち)舌(した)のやまひなり   《割書:四|八》牙歯(げし)歯(は)のやまひなり
《割書:五|十》眼目(かんもく)目(め)のやまひなり    《割書:五|二》咽喉(いんこう)のどのやまひなり
《割書:五|二》癭瘤(ゑいりう)こぶの事なり     《割書:五|三》腹痛(ふくつう)はらのいたみなり
《割書:五|四》脇痛(きやうつう)わきばらのいたみなり 《割書:五|四》腰痛(ようつう)こしのいたみなり
《割書:五|五》疝気(せんき)腹(はら)ひきつりいたむなり 《割書:五|六》婦人経閉(ふじんけいへい)《割書:月水(ぐはつすい)の通(つう)ぜざる|事なり》
《割書:五|六》血崩(けつほう)《割書:月水(くはつすい)にはかにおびたゝしく|通(つう)じて止(やま)ざるなり》 《割書:五|七》帯下(だいげ)しらちながちなり
《割書:五|七》産前(さんぜん)子(こ)をうむまへなり   《割書:六|一》産後(さんご)子(こ)をうみたるあとなり

《割書:六|三》乳病(にうべう)ちのやまひなり     《割書:六|四》前陰(ぜんゐん)小便道(せうべんだう)の病(やまひ)なり
《割書:六|五》小児初生(せうにしよせい)生(うま)れ出(いで)たる時(とき)なり 《割書:六|五》不乳(ふにう)《割書:生(うま)れ子(ご)の乳(ち)にのみ|つかぬ事なり》
《割書:六|五》不尿(ふによう)《割書:生(うま)れ子(ご)小便(せうべん)せざる|なり》    《割書:六|五》大小便不通(だいせうべんふつう)《割書:大便(だいべん)小便(せうべん)通(つう)ぜ|ざるなり》
《割書:六|六》撮口(さつこう)口(くち)を閉(とぢ)啼声(なくこえ)出(いで)ざるなり 《割書:六|六》臍風(さいふう)《割書:臍(へそ)より風引(かぜひき)たる|やまひなり》
《割書:六|六》臍瘡(さいさう)へそよりしる出(いづ)るなり  《割書:六|六》口瘡(こうさう)口中(こうちう)のやまひなり
《割書:六|七》軟癤(なんせつ)なつぶしの事なり    《割書:六|七》丹毒(たんどく)はやくさの事なり
《割書:六|八》夜啼(やてい)よなきの事なり     《割書:六|八》盤膓(ばんじやう)こしをかゞめてなく事なり

《割書:六|九》語遅(ごち)ものいふ事おそきなり  《割書:六|九》驚(きやう) 《割書:おどろきそりかへり|なくなり》
《割書:六|九》疳(かん) 《割書:はらくだりてつねならず|食(しよく)をこのむなり》   《割書:六|九》痘(とう) ほうさうの事なり
《割書:七|十》外科癰(けくはよう)《割書:せなかにできる|はれものなり》     《割書:七|一》疔(ちやう) 《割書:かを手足(てあし)に出来(でき)るかし|らのなき出来(でき)ものなり》
《割書:七|二》便毒(べんどく)よこねの事なり    《割書:七|二》下疳(げかん)陰茎(いんきやう)のやまひなり
《割書:七|二》膁瘡(れんさう)はゞきかさの事なり  《割書:七|三》疥瘡(がいさう)ひぜんがさの事なり
《割書:七|三》癜風(でんふう)なまづの事なり    《割書:七|四》厲風(れいふう)かつたいの事なり
《割書:七|四》諸瘡(しよさう)《割書:惣(そう)じて瘡(かさ)の類(るい)いろ〳〵の|事あつめ記(しる)す》 《割書:七|八》杖瘡(ぢやうさう)打撲(うちみ)のるいなり

《割書:七|九》金瘡(きんさう)切(きり)きず血(ち)とめなり  《割書:八|十》湯火傷(たうくはしやう)やけどなり
《割書:八|一》虫獣傷(ちうじうしやう)《割書:虫(むし)のさしたると獣(けたもの)の|食(くひ)たるとの事なり》《割書:八|五》骨骾(こつかう)《割書:のとにほねなどのたち|たる事なり》
《割書:八|五》五絶(ごぜつ)《割書:縊(くびくゝり)て死(しゝ)たると魘(おそはれ)て死(しゝ)たると水(みづ)にはまりて死(しゝ)たると|高(たか)き所(ところ)より落(おち)て死(しゝ)たると凍死(こゞへしゝ)との薬(くすり)なり》
《割書:九|十》中悪(ちうあく)《割書:死人(しにん)の毒気(どくき)にふれ|たるやまひなり》    《割書:九|一》雑病(ざつへう)《割書:いろ〳〵のやまひを|あつめのす》

    目録終


袖珍仙方    法橋 奈良宗哲 撰
         門人 前川正哲 校正
  ●中風(ちうぶ)
○中風(ちうぶ)口噤(くちくひつる)恍惚((か)うかく)として手足(てあし)しびれ或(あるい)は腹中(はらのうち)痛(いたみ)
或(あるい)は息絶(いきたえ)又 息出(いきいづ)るには
   伏龍肝(ぶくりようかん)《割書:かまどの下(した)の灰(はい)の|下(した)のやけ土(つち)なり》壱匁 粉(こ)にして水(みづ)茶碗(ちやわん)
   に一はい半(はん)入(いれ)一はいに煎(せんじ)用(もちひ)てよし  千金方【四角囲み線】
○又方
   艾(もぐさ)壱匁 水(みづ)茶碗(ちやわん)に二はい入(いれ)一はいにせんじ布(ぬの)

   切(きれ)を浸(ひたし)て布切(ぬのきれ)をあたゝめしぼり胸(むね)をあたゝめ
   てよし冷(ひゆ)れば度(たび)〳〵かへ用(もち)ゆ 陸氏積徳堂方【四角の囲み線】 
○中風(ちうぶ)腹痛(はらいたむ)には
   素湯(さゆ)に塩(しを)をたてゝ用(もちゆ)べし痰(たん)を吐(はき)て早速(さつそく)
   にいたみやむなり               肘後方【四角の囲み線】
○中風(ちうぶ)口噤(くちくいつる)たるには
   芥子(からし)壱匁 醋(す)茶碗(ちやわん)に二はい入一はいにせんし
   頷(おとがい)頬(ほう)の下(した)につけてよし       冠氏衍義【四角の囲み線】
○中風(ちうふ)口喎(くちゆがみ)たるには

   石灰(いしばい)醋(す)にて炒(いり)てこねて泥(とろ)のことくし頬(ほう)に
   塗(ぬる)左(ひだり)へゆがみたるには右(みぎ)にぬり右(みぎ)へゆがみたる
   には左(ひだり)の方(かた)へぬるべし      冠氏衍義【四角の囲み線】
○中風(ちうぶ)口喎斜(くちゆがみ)て二 年(ねん)も三 年(ねん)も愈(いえ)ざるには
   青松葉(あをまつば)五匁 細剉(こまかにきさみ)絹(きぬ)の袋(ふくろ)に入(いれ)酒(さけ)五 合(がう)入(いれ)煎(せんじ)て
   二 合半(がうはん)になりたる時(とき)松葉(まつば)を取出(とりいだ)してすて酒(さけ)
   ばかり少しづゝのむべし        古今医綂【四角の囲み線】
○中風(ちうぶ)眩(めまふ)には
   蝉退(せんたい)《割書:せみのぬけがらなり|かしらとあしをすつべし》弐匁 少(すこ)し炒(いり)て粉(こ)にして

   酒(さけ)にてのむべし           古今医綂【四角の囲み線】
○中風(ちうぶ)夢中(むちう)の様(やう)になりたるには
   香油(かうゆ)《割書:ごまのあぶら|なり》生姜(しやうきやう)汁(じう)《割書:しやうがのしぼり|しるなり》等分(とうぶん)に合(あはせ)
   て少(すこし)づゝ用(もちひ)てよし         千金方【四角の囲み線】
  ●傷寒(しやうかん)
○熱(ねつ)つよくさし頭痛(づつう)するには
   艾(もぐさ)三匁 水(みづ)茶碗(ちやわん)に三はい入(いれ)一はいにせんじ
   もちひてよし             肘後方【四角の囲み線】
〇又方

   葱白(ひともじのしろみ)鬚(ひげ)ともに壱匁 生姜(しやうが)三分 水(みづ)茶碗(ちやわん)
   に三はい入(いれ)一はい半(はん)に煎(せんじ)用(もちひ)てよし 南陽活人書【四角の囲み線】
○傷寒(しやうかん)病付(やみつき)て二日三日の内(うち)には
   葱白(ひともしのしろみ)廿 本(ほん)細(こまか)に剉(きさみ)白粥(しらかゆ)の中(なか)へ入(いれ)よく煮(に)て醋(す)
   少入(すこしいれ)て食(くふ)べし汗(あせ)出(いで)てよし     済生秘覧【四角の囲み線】
○懐妊(くはいにん)の傷寒熱(しやうかんねつ)つよく発斑(ほつはん)【左ルビ:かざほろし】出(いづ)るには
   艾(もぐさ)五匁 酒(さけ)茶碗(ちやわん)に一はい半(はん)入(いれ)一はいにせんじ
   もちひてよし             傷寒類要【四角の囲み線】
〇又方

   葱白(ひともしのしろみ)廿 本(ほん)水(みづ)にてせんじもちひてよし
   葱(ひともじ)も食(くふ)べし         傷寒類要【四角の囲み線】
○懐妊(くはいにん)の傷寒(しやうかん)人をも見(み)しらず夢中(むちう)になり
たるには
   艾(もぐさ)十匁 醋(す)にて至極(しごく)熱(あつ)く炒(いり)つけて絹(きぬ)に
   包(つゝみ)臍(へそ)の下(した)を熨(のし)暖(あたゝめ)てよし   婦人良方【四角の囲み線】
○陰證(いんしやう)の傷寒(しやうかん)手足(てあし)冷(ひえ)て腹痛(はらいたむ)には
   硫黄(いわう)《割書:つけ木(ぎ)の青(あを)き|くすりなり》壱匁 艾(もぐさ)三分つねのごとく
   せんじ用(もちひ)てよし        本事方【四角の囲み線】

○傷寒(しやうかん)を病(やみ)て間(ま)のなき女(おんな)に嫁(か)して傷寒(しやうかん)の毒(どく)
 気(き)を伝染(てんぜん)【左ルビ:うつり】熱(ねつ)つよきには
   両方(りようほう)ともに尖(とが)りたる鼠(ねずみ)の屎(ふん)韭(にら)の根(ね)煎(せん)
   じのみてよし          活人書【四角の囲み線】
  ● 感冒(かんぼう)がいきの事なり
○風(かぜ)引(ひき)たるには
   胡麻(ごま)《割書:黒胡麻(くろごま)よし然(しか)れども黒胡麻(くろごま)|なき時(とき)は白胡麻(しろごま)にても用(もちゆ)べし》弐匁 成程(なるほど)
   よく炒(いり)あつき内(うち)に酒(さけ)にてのみ物(もの)を着(き)て寝(ね)て
   汗(あせ)をかくべし         本草【四角の囲み線】

  ●中寒(ちうかん) 寒気(かんき)にあたりたる事なり
○卒(にはか)に寒気(かんき)にあたり唇(くちびる)青(あを)く卵(らん)【左ルビ:きんだま】縮(ちゞみ)六 脈(みやく)【「脉」は「脈」の俗字】なきが
ごときには
   葱(ひともじ)一 把(わ)根(ね)と青(あを)き所(ところ)とを切(き)り捨(すて)白(しろ)みをあつく
   あぶり臍(へそ)の上(うへ)にをきて艾(もぐさ)にて幾度(いくたび)も灸(きう)
   すべし葱(ひともじ)焼(やく)れば度(たび)〳〵かへて手足(てあし)あたゝ
   まるまで灸(きう)してよし       南陽活人書【四角の囲み線】
○又方
   湯(ゆ)にて芥子(からし)をとき臍(へそ)の中(うち)に一はいにつめ

   きる物(もの)の外(ほか)より手拭(てぬくひ)を湯(ゆ)につけしぼりてあたゝ
   むべし冷(ひゆ)ればたび〳〵手拭(てぬくひ)を湯(ゆ)につけ
   あたゝむべし          楊起簡便方【四角の囲み線】
○寒気(かんき)にあたり手足(てあし)冷(ひえ)て腹(はら)痛(いたむ)には
   艾(もぐさ)五分あつき湯(ゆ)にひたし臍(へそ)の中(なか)に入(いれ)て
   よし              生生編【四角の囲み線】
○又方
   黒大豆(くろまめ)五 合(がう)炒(いり)て皮(かは)を捨(すて)酒(さけ)茶碗(ちやわん)に三 盃(はい)入(いれ)
   一 盃(はい)にせんじ酒(さけ)をのむべし  古今医綂【四角の囲み線】

○又方
   胡椒(こせう)五分 酒(さけ)にてせんじのみてよし   古今医綂【四角の囲み線】   
○又方
   塩(しを)を両(りやう)の手(て)に一はいあつくいり布切(ぬのぎれ)にてつゝみ
   臍(へそ)の上(うへ)をあたゝむべし塩(しを)冷(ひえ)ばいくたびもかへ
   てあたゝむべし            古今医綂【四角の囲み線】
  ●中暑(ちうしよ) 夏(なつ)あつけにあたりたる病(やまひ)なり
○暑気(しよき)にあたり既(すで)に死(しなん)とするには
   胡麻(ごま)壱匁あつく炒(いり)新汲水(しんきうすい)【左ルビ:くみたてのみづ】にてのみて

   よし                 経験後方【四角の囲み線】
○暑気(しよき)にあたり頭痛(づつう)するには
   砂糖(さたう)を水(みづ)にてのみてよし       古今医綂【四角の囲み線】 
○暑気(しよき)にあたり既(すで)に死(しなん)とするには
   新汲水(くみたてのみづ)少(すこ)し鼻(はな)の孔(あな)へ入(いれ)て扇(あふぎ)にてあをく
   べしもし至極(しごく)重(おも)き病人(べうにん)ならば日(ひ)のあたら
   ざる地(つち)を一尺あまりほりて其(その)中(なか)へ水(みづ)を入(いれ)てかき
   にごらかし其(その)水(みづ)を鼻(はな)の孔(あな)へ入べし少(すこし)も水(みづ)をのま
   する事なかれもし水(みづ)を飲(のめ)ば死(し)す   古今医綂【四角の囲み線】

○暑気(しよき)にあたり咽(のど)渇(かは)き死(しなん)とするには
   路上熱土(ろしやうねつど)《割書:ひなたのあ|つきつちなり》蒜(にんにく)等分(とうぶん)すりたゞらかし水(みづ)に
   かきたてゝうへのすみたる水(みづ)を用(もちゆ)べし   古今医綂【四角の囲み線】 
○旅(たび)人又は農夫(のうふ)【左ルビ:たつくり】日(ひ)にてらされて暑気(しよき)にあたりすで
   に死(しなん)とするにはまづ其(その)病人(べうにん)を日陰(ひかげ)につ
   れゆきあをのけにねさせ置(をき)日向(ひなた)の土(つち)を
   臍(へそ)のぐるりに堤(つゝみ)のごとくにをき外(ほか)の人(ひと)に病(べう)
   人(にん)の臍(へそ)の中(なか)へ小便(せうべん)をさすべしたちまち
   によし                  医書大全【四角の囲み線】

○又方
   生姜(しやうが)と蒜(にんにく)とを熱(あつ)き湯(ゆ)に入(いれ)かみくだき
   湯(ゆ)ともに飲(のむ)べし             古今医綂【四角の囲み線】
  ●食傷(しよくしやう)
○一 切(さい)の食傷(しよくしやう)に
   地漿水(ぢしやうすい)《割書:日(ひ)のあたらざる地(つち)を一 尺(しやく)あまり堀(ほり)てその|中(なか)へ水(みづ)をためかきにごらかしたるなり》
   のみてよし                本草【四角の囲み線】
○一 切(さい)の食傷(しよくしやう)腹痛(はらいたむ)には
   塩湯(しをゆ)多(おほ)くのみてよし           奇効医述【四角の囲み線】

○小児(せうに)食傷(しよくしやう)には
   鳥(とり)の羽根(はね)咽(のど)に入(いれ)て探(さくれ)は食物(しよくもつ)をはき
   てよし               保嬰撮要【四角の囲み線】
   ●中毒(ちうどく)《割書:何(なに)を食(くひ)てあたりたるといふ覚(おぼえ)あらば此所にて|かんがへそのあたりたる物によき薬(くすり)を用(もちゆ)べし》
○一 切(さい)の毒(どく)を消(けす)には
   黄龍湯(わうりうたう)《割書:雪隠(せつちん)のつぼの|中(なか)のうは水(みづ)なり》飲(のみ)てよし   蘓恭本草【四角の囲み線】
○砒霜石(ひそうせき)の毒(どく)を消(けす)には
   黒大豆(くろまめ)せんじのみてよし      肘後方【四角の囲み線】
○酒(さけ)肴(さかな)多(おほ)く過(すご)して腹脹(はらはり)たるには

   塩(しを)を歯(は)にぬりて湯(ゆ)を飲(のむ)べし如((か)くの)_レ此(ことく)二三 遍(べん)すれ
   ば雪(ゆき)の消(きゆ)るがごとく腹(はら)へる    壽世保元【四角の囲み線】
○酒(さけ)食(めし)のあたりたるには
   黒大豆(くろまめ)《割書:或(あるい)は白大豆(しろまめ)|にてもよし》半合(はんがう)つねのごとくせんじ
   のみてよし             廣記【四角の囲み線】
○酒(さけ)を過(すご)して嘔(ゑづき)あるには
   赤小豆(あづき)煮(に)て食(くひ)てよし煮汁(にしる)をものみて
   よし                食鑑本草【四角の囲み線】
○酒(さけ)の二日酔(ふつかゑひ)には

   黒大豆(くろまめ)煎(せん)じてのむべし       本草【四角の囲み線】
○又方
   赤小豆(あづき)せんじのむべし       本草【四角の囲み線】
○又方
   生蘿蔔(なまだいこん)おろししぼり汁(しる)飲(のみ)てよし  本草【四角の囲み線】
○焼酒(しやうちう)多(おほ)く飲(のみ)て酔(ゑひ)醒(さめ)ざるには
   病人(べうにん)を寝(ね)させて豆腐(とうふ)を薄(うすく)く切(きり)腹(はら)の上(うへ)に
   ならべをけば醒(さめ)る         本草【四角の囲み線】
○焼酒(しやうちう)に酔(ゑひ)て死(しなん)としたるごときには

   汲(くみ)たての水(みづ)に病人(べうにん)の髪(かみ)をひたし手足(てあし)に
   水(みづ)をかけてよし          本草【四角の囲み線】
○酒(さけ)を過(すご)して腹(はら)くだるには
   石灰(いしばい)を醋(す)にて丸(ぐわん)じ用(もちゆ)べし   本草【四角の囲み線】
○又方
   五倍子(ふし)《割書:女(おんな)のはぐろつくるとき|つくるふしなり》水(みづ)にてのみて
   よし               本草【四角の囲み線】
○一 切(さい)の魚(うを)の毒(どく)にあたりたるには
   黒大豆(くろまめ)せんじのむべし       衛生方【四角の囲み線】

○河豚(ふぐ)の毒(どく)にあたりたるには
   胡麻(ごま)の油(あぶら)のみてよし          本草【四角の囲み線】
○又方
   黒大豆(くろまめ)せんじのみでよし         本草【四角の囲み線】
○又方
   地漿水(ぢしやうすい)《割書:日(ひ)のあたらぬ地(ぢ)を一 尺(しやく)ほどほりてかの中(なか)へ|水(みづ)を入(いれ)かきにごらかしたる水(みづ)なり》
   のみてよし               本草【四角の囲み線】
○一 切(さい)の魚(うを)に酔(ゑひ)たるには
   陳皮(ちんひ)《割書:みかんの|かはなり》煎(せん)じ飲(のみ)てよし       肘後方【四角の囲み線】

○章魚(たこ)蛤(はまぐり)蜆(しゞみ)烏賊(いか)などの蟲魚(ちうぎよ)の毒(どく)にあたりたるは
   醋(す)小茶碗(こちやわん)に一 盃(はい)のみてよし      本草【四角の囲み線】
○又方
   胡麻油(ごまのあぶら)一 盃(はい)のみてよし        本草【四角の囲み線】
○又方
   蜀椒(さんせう)食(くひ)てよし            本草【四角の囲み線】
○又方
   胡椒(こせう)の粉(こ)のみてよし         本草【四角の囲み線】
○蟹(かに)の毒(どく)にあたりたるには

   紫蘓(しそ)のせんじ汁(しる)のみてよし或(あるい)は生(なま)の紫蘓(しそ)
   食(くひ)てもよし              医綂【四角の囲み線】
○卵(たまご)又 雞(にはとり)の毒(どく)にあたりたるには
   醋(す)のみてよし             医綂【四角の囲み線】
○鳩(はと)食(くひ)て毒(どく)にあたりたるには
   葛(くず)の粉(こ)水(みづ)にてのみてよし       医綂【四角の囲み線】
○又方
   生姜湯(しようがゆ)のみてよし           医綂【四角の囲み線】
○六畜(ろくちく)の肉(にく)を食(くひ)て毒(どく)にあたりたるには

   伏龍肝(ぶくりやうかん)《割書:かまどの下(した)の灰(はい)の|下(した)のやけつちなり》壱匁 水(みづ)にてのみ
   てよし                 千金方【四角の囲み線】
○又方
   小豆(あづき)黒焼(くろやき)にして水(みづ)にてのみてよし   千金方【四角の囲み線】
○自死(おのづからしに)たる獣(けたもの)の肉(にく)を食(くひ)て毒(どく)にあたりたるには
   古頭巾(ふるづきん)の垢(あか)壱匁 湯(ゆ)にてのみてよしもし垢(あか)
   壱匁までなき時(とき)は古頭巾(ふるづきん)を煎(せんじ)のむべし 千金方【四角の囲み線】
○諸菜(あをな)の毒(どく)にあたりたるには
   人乳(にんにう)《割書:女(おんな)のち|なり》童便(とうべん)《割書:六七 歳(さい)までの|子の小便(せうべん)なり》等分に合て

   のみてよし            海上方【四角の囲み線】
○一 切(さい)の菌(くさびら)【左ルビ:きのこ】の毒(どく)にあたりたるには
   小便(せうべん)のみてよし          肘後方【四角の囲み線】
○又方
   地漿水(ぢしやうすい)《割書:日(ひ)のあたらざる地(ぢ)を一 尺(しやく)あまり堀(ほり)其(その)中(なか)|へ水(みづ)をためかきにごらかしたるなり》
   のみてよし            本草【四角の囲み線】
○又方
   金銀花(きんきんくは)《割書:すいかづらの|はななり》つねのごとくせんじ
   のみてよし            己志【四角の囲み線】

○柿(かき)李(なし)葡萄(ぶだう)棗(なつめ)柚(ゆ)林檎(りんご)桃(もゝ)梅(むめ)惣(そう)して一 切(さい)の菓子(このみ)の
 毒(どく)にあたりたるには
   胡椒(こせう)の粉(こ)白湯(さゆ)にてのむべし    道藏経【四角の囲み線】
○一 切(さい)の麺類(めんるい)の毒(どく)にあたりたるには
   生蘿蔔(なまだいこん)のおろし汁(しる)のみてよし或(あるい)は食(くひ)て
   もよし              医綂【四角の囲み線】
○豆腐(とうふ)の毒(どく)にあたりたるには
   生蘿蔔(なまだいこん)のおろし汁(しる)のみてよし又 食(くひ)て
   もよし              名医類案【四角の囲み線】

○茶(ちや)を多(おほ)く飲(のみ)て腹脹(はらこり)たるには
   醋(す)をのみてよし          物類相感志【四角の囲み線】
○一 切(さい)の薬(くすり)の毒(どく)にあたりたるには
   生姜(しやうが)食(くひ)てよし          千金方【四角の囲み線】
  ●痰(たん)
○一 切(さい)の痰證(たんしよう)には
   塩湯(しをゆ)のみてよし          外台秘要【四角の囲み線】
○痰(たん)切(き)れかぬるには
   浮石(かろいし)粉(こ)にして白湯(さゆ)にて飲(のみ)てよし 本草【四角の囲み線】

○又方
  五倍子(ふし)《割書:女(おんな)のはぐろつくるとき|つくるふしなり》白湯(さゆ)にてのみて
  よし                本草【四角の囲み線】
○又方
  生姜(しやうが)すりくだき白湯(さゆ)にてたび〳〵
  用(もちひ)てよし             本草【四角の囲み線】
○水(みづ)のやうなる痰(たん)出(いづ)るには
   艾(もぐさ)壱匁 常(つね)のごとく煎(せん)じ用(もちゆ)べし 本草【四角の囲み線】
○一 切(さい)の痰證(たんしやう)久(ひさ)しく愈(いえ)ざるには

  陳皮(ちんひ)《割書:みかんの|かはなり》四拾目 水(みづ)茶碗(ちやわん)に五 盃(はい)入(いれ)てとろ〳〵
  とせんじつめ水(みづ)なくなりたる時(とき)粉(こ)にして
  白湯(さゆ)にてつねにもちゆべし      泊宅編【四角の囲み線】
○痰火(たんくは)のぼりて狂人(きやうじん)のごとくなりたるには
  上々の茶(ちや)梔子(くちなし)等分(とうぶん)水(みづ)にてせんじもちひ
  てよし                摘玄方【四角の囲み線】
  ●咳嗽(がいそう) せきの事なり
○咳(せき)初(はじめ)て出(いで)たる時(とき)
  生姜(しやうが)黒焼(くろやき)にして白湯(さゆ)にて用(もちひ)てよし 本草衍義【四角の囲み線】

○咳(せき)やまざるには
  生姜(しやうが)壱匁 餳(あめ)《割書:ぢわう|せんなり》五匁よくつき合(あはせ)鍋(なべ)にて
  よく煮(に)て熱(あつ)き内(うち)に食(くひ)てよし    初𧇽生必効方【四角の囲み線】
○又方
  浮石(かるいし)粉(こ)にして湯(ゆ)にて飲(のみ)てよし   肘后方【四角の囲み線】
○又方
  蜜(みつ)一 盃(はい)香油(かうゆ)《割書:ごまのあぶら|なり》生姜汁(しやうきやうじう)《割書:しやうがのしぼ|りしるなり》
  右 等分(とうぶん)火(ひ)にてとろ〳〵と煮(に)つめどろ〳〵
  となりたる時(とき)少(すこし)づゝ用(もちひ)てよし   雲林神穀【四角の囲み線】

○又方
  生姜(しやうが)薄(うすく)く切(きり)焙(あぶり)粉(こ)にして糯米(もちごめ)の食(めし)にて丸(ぐはん)じ
  食(めし)の湯(ゆ)にて用(もちひ)てよし         癸志【四角の囲み線】
○小児(せうに)咳嗽(せき)やまざるには
  生姜(しやうが)四拾目 湯(ゆ)にてせんじ其(その)湯(ゆ)にて行水(ぎやうずい)
  させてよし               千金方【四角の囲み線】
 ●瘧(ぎやく) おこりの事なり
○瘧(おこり)毎日(まいにち)又は日(ひ)まぜに発(おこる)には
  生姜(しやうが)四匁 汁(しる)を絞(しぼり)椀(わん)に入(いれ)一 夜(や)外(ほか)へ出(いだ)して

  夜露(よつゆ)にうたせて其(その)翌日(あくるひ)早々(さう〳〵)に北(きた)の方(ほう)に向(むか)
  ひて飲(のむ)べし其(その)日(ひ)落(おち)ずは再(ふたゝび)飲(のむ)べし   易簡方【四角の囲み線】
○又方
  生姜(しやうが)の絞汁(しぼりしる)小茶碗(こちやわん)に一 盃(はい)飲(のみ)てよし  明医雑著【四角の囲み線】
○又方
  狗蝿(いぬばい)一 疋(ひき)頭(あたま)と趐(はね)とを除(のぞき)て蝋(らう)にて丸(ぐわん)じ
  発日(おこりび)の朝(あさ)冷酒(ひやざけ)にて飲(のみ)てよし      医方大成【四角の囲み線】
○又方
  常山(じやうさん)《割書:くさ木の事なり|》壱匁 茶碗(ちやわん)に水(みつ)二はい入(いれ)

   一はいにせんじ用(もちひ)てよし    医宗必読【四角の囲み線】
  ●痢病(りべう)
○大便(だいへん)血(ち)まじりて下(くだ)るには
   塩(しを)を紙(かみ)に包(つゝみ)あかくなるほど焼(やき)てさまし
   て粥(かゆ)にいれ食(くひ)てよし     急救方【四角の囲み線】
○又方
   五倍子(ふし)《割書:女(おんな)のはぐろつくる時(とき)|つくるふしなり》五分 生(しやう)又五分は黒(くろ)
   焼(やき)にして已上(いじやう)壱匁 水(みづ)にて丸(くは)じ赤(あか)はらには
   温酒(あつきさけ)にてのみ白痢(なめくだり)には水(みづ)と酒(さけ)と等分(とうぶん)に

   合(あはせ)てのみ水(みづ)のごとく下(くだ)るには食(めし)の湯(ゆ)にて
   のむべし          集霊【四角の囲み線】
○赤(あか)白(なめ)下痢(くだりはら)には
   葱白(ひともじのしろみ)粥(かゆ)の中(なか)へ入(いれ)てよく煮(に)てくふて
   よし            食医心鑑【四角の囲み線】
○又方
   生姜(しやうが)壱匁 艾(もぐさ)五分つねのごとくせんじ
   もちひてよし        医綂【四角の囲み線】
○赤(あか)白(なめ)下痢(くだりはら)又は泄瀉(みづくだり)或(あるい)は心腹(むねはら)のいたみ痔血(ぢけつ)

を治(ぢ)する方
  艾(もぐさ)壱匁 生姜(しやうが)三分 醋(す)と水(みづ)と等分(とうぶん)にいれ
  一はいにせんじ用(もちひ)てよし       医綂【四角の囲み線】
○痢病(りべう)不食(ふしよく)するには
  山薬(やまのいも)五分 生(しやう)又五分は炒(いり)二色(ふたいろ)ともにつき
  くだき食(めし)の湯(ゆ)にてのむべし     衛生易簡方【四角の囲み線】
〇又方
  糯米(もちごめ)半合(はんがう)生姜(しやうが)のしぼり汁(しる)少(すこ)し入(いれ)炒(いり)粉(こ)に
  して白湯(さゆ)にて用(もちひ)てよし       魯府禁方【四角の囲み線】

〇又方
  梅干(むめぼし)壱ツ核(さね)を捨(すて)上々(じやう〳〵)の茶(ちや)壱匁とこね合せて
  醋(す)と湯(ゆ)と等分(とうぶん)に合(あはせ)てのみてよし  医綂【四角の囲み線】
〇又方
  上々の煎茶(せんじちや)のみてよし       孟詵本草【四角の囲み線】
○痢病(りべう)愈(いえ)て後 不食(ふしよく)するには
  赤小豆(あづき)煮(に)て食(くふ)てよし        医綂【四角の囲み線】
○小児(せうに)の痢病(りべう)には
  雞子(たまご)湯(ゆ)に煮(に)て白(しろ)みを捨(すて)黄(き)なるところ

  ばかりすりくだき生姜(しやうか)のしぼり汁(しる)にて用べし
  二三日 茶(ちや)をのむべからず   種杏仙方【四角の囲み線】
 ●泄瀉(せつしや)  水のごとくにはらくだる事なり
○他(た)国へゆきて水かはり或(あるい)は旅(たび)の中(うち)に腹(はら)くだる
 には
  鞋(わらぢ)の底(そこ)にたまりたる土(つち)を水にかきた
  てゝのみてよし       蔵器本草【四角の囲み線】
○暴(にはか)に瀉痢(はらくだり)には
  百草霜(ひやくさうそう) 《割書:なべかまの|下(した)のすみなり》食(めし)の湯(ゆ)にてのみて

  よし            続十全方【四角の囲み線】
〇又方
  艾(もくさ)壱匁 生姜(しやうが)三分つねのごとくせんじ
  もちひてよし        生生編【四角の囲み線】
○夏(なつ)の中(うち)水(みづ)のごとく腹(はら)くだるには
  五倍子(ふし)《割書:女(おんな)のはぐろつくる時(とき)|つくるふしなり》粉(こ)にして白湯(さゆ)に
  て用(もちひ)てよし        余居士選竒方【四角の囲み線】
○小児(せうに)腹(はら)下(くだ)り腹(はら)かたく大(おほ)きなるは
  多(おほ)く垢(あか)の付(つき)たる着物(きるもの)を四五寸 切(きつ)て水に


  て常(つね)のことくせんじ用(もちゆ)べし     千金方【四角の囲み線】
 ●霍乱(くはくらん)
○霍乱(くはくらん)吐(あけ)も痢(くだし)もせざるには
  地漿水(ぢしやうすい)《割書:地を一 尺(しやく)あまりほりてその中(なか)へ|水を入かきにごらかしたる水なり》 小茶碗(こちやわん)に
  二三 盃(ばい)のみてよし         千金方【四角の囲み線】
○吐(あげ)つ下(くだし)つするには
  釜(かま)の底(そこ)の墨(すみ)五分 竃(かまど)の口(くち)の墨(すみ)五分 白湯(さゆ)を
  至極(しごく)熱(あつく)して酌上(くみあげ)〳〵する事百 度(たび)して
  彼(かの)の二色(ふたいろ)の墨(すみ)を入(いれ)てのみてよし  経験方【四角の囲み線】
○又方
  屋根裏(やねうら)へ下(さが)りたる煤(すゝ)五分ばかりあつき白(さ)
  湯(ゆ)にてのみてよし         衛生易簡方【四角の囲み線】
○又方
  道(みち)に捨(すて)たる破草鞋(やぶれわらち)一そく鼻緒(はなを)の所(ところ)を一寸
  ばかり切捨(きりすて)水にて二三 度(ど)洗(あらひ)てのち湯(ゆ)にて
  せんじのむべし          事海文山【四角の囲み線】
○腹痛(はらいたみ)て吐(あげ)も痢(くだし)もせざるには
  塩湯(しをゆ)を多(おほ)くのみてよし      本草【四角の囲み線】

○又方
  塩(しを)をあつく炒(いり)て布(ぬの)に包(つゝみ)腹(はら)背(せなか)をあたゝめてよし 救急方【四角の囲み線】
○又方
  生姜(しやうが)壱匁水にて常(つね)のごとく煎(せんじ)用てよし     肘後方【四角の囲み線】
○又方
  石灰(いしばい)五分 醋(す)にて飲(のむ)てよし           摘玄方【四角の囲み線】
○吐逆(ときやく)やまざるには
  糯米(もちごめ)粉(こ)にして水にて飲(のむ)べし           医綂【四角の囲み線】
○又方

  艾(もくさ)壱匁 水(みづ)にて常(つね)のごとく煎(せんし)用(もちひ)てよし      古今医綂【四角の囲み線】
○乾嘔(からゑづき)やまさるには
  薤葉(にんにくのは)水(みづ)にせんじもちゆべし           千金方【四角の囲み線】
 ●嘔吐(おうと) ゑづきありて吐逆(ときやく)する事なり
○嘔(ゑづき)やまざるには
  白胡麻(しろごま)壱匁 胡麻油(ごまのあふら)茶碗(ちやわん)に二はい入一はいにせんじ
  もちひてよし                   述効方【四角の囲み線】
○又方
  生姜(しやうが)弐匁 醋(す)茶碗(ちやわん)に二 盃(はい)入一 盃(はい)に煎(せんじ)用てよし  食医心鑑【四角の囲み線】

○又方
  ひねの粟(あは)一 合(かう)生姜(しやうが)のしぼり汁(しる)茶 碗(わん)に一 盃(はい)水 茶碗(ちやわん)
  に二 盃(はい)入(いれ)一 盃(はい)にせんじつめて用べし   心鑑【四角の囲み線】
○又方
  陳皮(ちんひ)《割書:みかんの|かはなり》四分 生姜(しやうが)八分水 茶碗(ちやわん)に二 盃(はい)入(いれ)一 盃(はい)
  にせんじのみてよし           仲景傷寒論【四角の囲み線】
○乾嘔(からゑづき)やまざるには
  生姜(しやうが)食(くひ)てよし             心鑑【四角の囲み線】
 ●嗝(かく)【「膈」の誤記ヵ・以下同】

○嗝病(かくべう)発(おこり)て食物(くひもの)通(つう)ぜざるには
  伏龍肝(ふくりようかん)《割書:かまどの下(した)のはいの下(した)の|やけつちなり》壱匁 粉(こ)にして食(めし)の
  湯(ゆ)にてたび〳〵のむべし         百一選方【四角の囲み線】
○又方
  芥子(からし)の粉(こ)酒(さけ)にて毎日(まいにち)一匁づゝ飲(のむ)べし  千金方【四角の囲み線】
○又方
  生姜(しやうが)粥(かゆ)に煮(に)て食(くひ)てよし        兵部手集【四角の囲み線】
○又方
  昆布(こんぶ)五匁よく洗(あらひ)小麦(こむぎ)二 合(がう)水(みつ)茶碗(ちやわん)に三 盃(はい)入

  煎(せん)じ小麦(こむぎ)よく煮(にえ)たる時(とき)汁(しる)をのむべし又 昆布(こんふ)一 切(きれ)
  口(くち)に入(いれ)て常(つね)に昆布(こんぶ)の味(あぢ)をのみこむべし  医綂【四角の囲み線】
○又方
  鬲年(かくねん)炊米(すいまい)《割書:去年(きよねん)の干飯(ほしいひ)なり道明寺(たうみやうじ)|なといふ引(ひき)いひにてよし》急(きう)なる流川(ながれかは)の
  水(みつ)にて粥(かゆ)のことく煮(に)て上湯(うはゆ)を飲(のむ)へし   医綂【四角の囲み線】
○又方
  生韮(なまにら)のしぼり汁(しる)毎日(まいにち)小茶碗(こちやわん)に一はいづゝ
  のみてよし                 名医類案【四角の囲み線】
 ●呃逆(いつぎやく) しやくりの事なり

○呃逆(しやくり)やまざるには
  帋撚(こより)を鼻(はな)に入(いれ)嚏(くさみ)してよし         霊枢経【四角の囲み線】
○又方
  生姜汁(しやうがのしる)背(せなか)にぬりてよし           本草【四角の囲み線】
○又方
  竹筎(ちくじよ)《割書:竹(たけ)の青(あを)きかはめをけづり捨(すて)|うすあをきところなり》湯(ゆ)にてせんし
  もちひてよし                本草【四角の囲み線】
○又方
  柿帯(してい)【蔕】《割書:くしがきのへたなり|ころがきのへたにても》梅干(むめぼし)壱つ水(みづ)茶碗(ちやわん)に

  一 盃(はい)入 六分(ろくふ)にせんじ用(もちゆ)べし       医綂【四角の囲み線】
○又方
  川椒(せんせう)の粉(こ)醋(す)にて丸(ぐはんじ)白湯(さゆ)にて用(もちひ)てよし 医綂【四角の囲み線】
 ●呑酸(どんさん) すきおくびのひたと出(いづ)るやまひなり
○醋(す)きおくび出(いで)てやまざるには
  生蘿蔔(なまだいこん)たび〳〵食(くひ)てよし        集簡方【四角の囲み線】
○又方
  頭(つぶり)の垢(あか)水(みづ)にてのみてよし        本草【四角の囲み線】
 ●/𩞄(ざう)雑(ざつ) むねのうくやまひなり

○胸(むね)心(こゝろ)あしきには
  醋(す)小茶碗(こぢやわん)に一 盃(はい)のみてよし       本草【四角の囲み線】
 ●気 欝(うつ)
○気(き)の欝(うつ)したるには
  赤小豆(あつき)煮(に)て食(くへ)ば能(よく)気(き)を散(さん)す      本草【四角の囲み線】
○又方
  黒大豆(くろまめ)煮(に)て食(くひ)て中(うち)を調(とゝのへ)気(き)を下(くだ)す   本草【四角の囲み線】
○胸(むね)冷(ひえ)て気(き)のぼるには
  生姜(しやうか)食(くい)てよし              本草【四角の囲み線】

○又方
  蜀椒(さんせう)食(くひ)てよし          本草【四角の囲み線】
○又方
  蘿蔔(だいこん)食(くひ)てよし          種杳【杏カ】仙方【四角の囲み線】
 ●痞(つかえ) むねはらのつかえなり
○心(むね)腹(はら)痞(つかえ)て痛(いた)みしなんとするには
  塩(しを)を水(みづ)にてせんじのむべし    梅師方【四角の囲み線】
○卒(にはか)に腹(はら)痞(つかえ)瘥(やん)では又 痞(つかゆる)には
  韮(にら)のしほり汁(しる)のみてよし     唐韋迪独行方【四角の囲み線】

○飲(のみ)食(くひ)過(すき)て腹(はら)痞(つかゆる)には
  正(たゝ)しくかしこまり引息(ひくいき)を臍(へそ)の下(した)まてとゞ
  け又 出(いづ)る息(いき)を臍(へそ)の下(した)より出(いだ)すかくのことく
  に四十 息(いき)すれば愈(いゆる)        病源候論【四角の囲み線】
 ●鼓脹(こちやう)《割書:手足(てあし)はつねのごとく腹(はら)ばかり|大(おほき)にはれたるやまひなり》 
○腹(はら)腫(はれ)て大(おほき)になりたゝけば鼓(つゝみ)のごとく鳴(なる?)には
  蒜(にんにく)の根(ね)皮(かは)を去(さり)て綿(はた)に包(つゝみ)なるほどあつく
  炒(いり)て大便道(だいべんだう)【左ルビ:しりのあな】へ入(いれ)冷(ひゆ)れば又 易(かへ)幾度(いくたひ)も入(いれ)て
  よし其(その)外(ほか)大便(だいべん)通(つう)ぜざる病(やまひ)にもかくの

  ごとくしてよし          衛生易簡方【四角の囲み線】
○又方
  生姜(しやうか)をあつく火(ひ)にあぶりて綿につゝみ大便(たいへん)【左ルビ:しりの】 
  道(だう)【左ルビ:あな】へ入(いれ)冷(ひゆ)れば又かへてあたゝめ入(いれ)てよし  梅師方【四角の囲み線】
 ●水腫(すいしゆ) 一 身(しん)こと〳〵くはれたる病(やまひ)なり
○五體(ごたい)手足(てあし)悉(こと〳〵く)腫(はれ)たるには
  黒大豆(くろまめ)茶碗(ちやわん)に一 盃(はい)水(みつ)茶碗(ちやわん)に五 盃(はい)酒(さけ)茶碗(ちやわん)
  に五 盃(はい)入(いれ)三 盃(はい)に煎(せんし)用(もちひ)てよし   千金方【四角の囲み線】
○又方

  黒大豆(くろまめ)水(みづ)にて煎(せんじ)用(もちゆ)べし     范汪方【四角の囲み線】
○風腫(かざはれ)にはれいたむには
  牛房(ごほう)の実(み)壱匁 白湯(さゆ)にて飲(のむ)べし  聖恵方【四角の囲み線】
○足腫(あしはれ)たるには
  葱(ひともじ)のせんじ汁(しる)にてたび〳〵漬(ひたし)洗(あらひ)て
  よし               韋宙独行方【四角の囲み線】
○卒(にはか)に陰(まへ)腫(はれ)たるには
  牛(うし)の糞(くそ)黒焼(くろやき)にして酒(さけ)にてつけて
  よし乾(かはけ)ば又つけてよし      梅師方【四角の囲み線】

 ●積(しやく)むねはらにかたまりありていたむなり
◯胸(むね)腹(はら)に積(しやく)のかたまりありて痛(いたむ)には
  毎日(まいにち)醋(す)少(すこし)づゝのみてよし       本草【四角の囲み線】
◯又方
  昆布(こんぶ)を常(つね)に食(くひ)てよし         本草【四角の囲み線】
◯又方
  蜀椒(さんせう)食(くひ)てよし            本草【四角の囲み線】
◯又方
  浮石(かるいし)粉(こ)にして白湯(さゆ)にて飲(のみ)てよし   本草【四角の囲み線】

◯食物(しよくもつ)過(すき)て積(しやく)となり痛(いたむ)には
  梁上塵(りやうしやうぢん)《割書:やねの下(した)のけたの|うへのほこりなり》飲(のみ)てよし    本草【四角の囲み線】
 ●黄疸(わうだん) 惣身(そうみ)黄(き)になる病(やまひ)なり
◯一 身(しん)皆(みな)黄(き)になり小便(せうべん)も黄(き)になりたるには
  生姜(しやうが)にて惣身(そうみ)をするべしいつともなく
  黄色(きいろ)退(しりぞ)き愈(いゆる)            傷寒槌法【四角の囲み線】
◯又方
  乱髪(らんはつ)《割書:男女(なんによ)のぬけたる|かみのおちなり》黒焼(くろやき)にして壱匁つゝ
  毎日(まいにち)水(みつ)にて服(のむ)べし         肘后方【四角の囲み線】

◯又方
  柳(やなぎ)の木(き)せんじのむべし         外臺秘要【四角の囲み線】
◯又方
  梅樹根(むめのきのね)粉(こ)にして酒(さけ)にて飲(のむ)べし     食療本草【四角の囲み線】
◯又方
  蘿蔔(だいこん)の実(み)粉(こ)にして白湯(さゆ)にて飲(のみ)てよし  古今医綂【四角の囲み線】
◯又方
  生蘿蔔(なまだいこん)炒粉(いりこ)にして弐匁づゝ白湯(さゆ)にて
  用(もちひ)てよし                赤水玄珠【四角の囲み線】

 ●吐血(とけつ) 血(ち)をはくなり
◯吐血(とけつ)やまざるには
  伏龍肝(ふくりようかん)《割書:かまどの下(した)のはいの|下(した)のやけつちなり》粉にして壱匁
  水(みづ)にてのみてよし            廣利方【四角の囲み線】
◯又方
  鍋墨(なべすみ)水(みづ)にてのみてよし          濟急方【四角の囲み線】
◯又方
  艾(もぐさ)水(みづ)にてせんじ用(もちゆ)べし         千金方【四角の囲み線】
 ●衂血(ぢくけつ) 鼻血(はなぢ)の出(いづ)る事なり

◯鼻(はな)より血(ち)出(いで)て止(やま)ざるには
  左(ひだり)より出(いで)ば左(ひだり)の足(あし)を水(みづ)にひたし右(みぎ)より
  出(いで)ば右(みぎ)の足(あし)をひたしてよし       本草【四角の囲み線】
◯又方
  伏龍肝(ふくりようかん)《割書:かまどの下(した)のはいの|下(した)のやけつちなり》汲(くみ)たての水(みづ)にて
  のみてよし               廣方【四角の囲み線】
◯又方
  百草霜(なべすみ)糯米(もちごめ)を煮(に)たる湯(ゆ)にてのみてたち
  まちにとまる              劉長春経験方【四角の囲み線】

◯又方
  艾(もぐさ)水(みづ)にてせんじのみ或(あるい)は鼻(はな)のあなへ
  艾(もくさ)の煎汁(せんじしる)を入(いれ)筆(ふで)の軸(ぢく)にて吹(ふき)てよし  聖恵方【四角の囲み線】
◯又方
  五倍子(ふし)《割書:女(おんな)のはぐろつくる時(とき)|つくるふしなり》鼻(はな)のあなへふき
  いれてよし               衛生易簡方【四角の囲み線】
◯又方
  生蘿蔔(なまだいこん)のおろし汁(しる)鼻(はな)の孔(あな)へふき入(いれ)
  てよし                 寿世保元【四角の囲み線】

◯又方
  蒜(にんにく)つきくだき泥(どろ)のごとくして厚(あつ)さ弐
  分(ぶ)ばかり大(おほき)さ壱寸 四方(しほう)にして脚(あし)のうら
  につくる右(みぎ)の鼻(はな)の孔(あな)より血(ち)出(いづ)れば右(みき)の脚(あし)
  のうらにつけ左(ひたり)の鼻(はな)の孔(あな)より血(ち)出(いづ)れば左(ひだり)
  の脚(あし)のうらにつけ両方(りやうほう)より出(いづ)れば両方(りやうほう)の
  脚(あし)のうらにつけてよし        医綂【四角の囲み線】
◯又方
  糯米(もちごめ)壱匁 黄色(きいろ)に炒(いり)新汲水(くみたてのみづ)にてのむ

  べし                 医綂【四角の囲み線】
◯又方
  鼻血(はなち)出(いつ)る方(ほう)の手(て)の小 指(ゆび)をこよりにて
  痛(いたむ)ほどむすぶへし左右(みきひたり)ともに出(いづ)るには
  両方(りやうほう)の手(て)の小指(こゆひ)くゝりてよし    證治準縄【四角の囲み線】
◯又方
  白紙(しらかみ)壱 枚(まい)新汲水(くみたてのみつ)に浸(ひた)し四ツに折(おり)頭(つふり)の
  百会(まんなか)にあて上(うへ)よりさすれば忽(たちまち)止(とまる)  證治準縄【四角の囲み線】
 ●下血(げけつ) 大便(だいべん)のあとさきに血(ち)の下(くた)るなり

◯大便(だいべん)のあとさきに血(ち)の下(くた)るには
  百霜草(なべすみ)弐匁 食(めし)の湯(ゆ)にいれ一 夜(や)外(ほか)へ
  出(いだ)して夜露(よつゆ)にさらし翌日(あくるひ)空心(すきはら)に
  服(ふく)してよし            邵真人経験方【四角の囲み線】
◯又方
  艾(もくさ)生姜(しやうが)等分(とうふん)水(みつ)にてつねのごとくせんじ
  もちひてよし            千金方【四角の囲み線】
◯又方
  五倍子(ふし)《割書:女(おんな)のはくろつくる時(とき)|つくるふしなり》食(めし)の湯(ゆ)にて

  のみてよし             全幼心鑑【四角の囲み線】
◯又方
  黒大豆(くろまめ)炒(いり)焦(こがし)粉(こ)にして酒(さけ)に入(いれ)ざつと
  煎(せんし)大豆(まめ)を去(す)て酒(さけ)ばかり飲(のみ)てよし  活人心綂【四角の囲み線】
◯又方
  小豆(あつき)壱匁 粉(こ)にして冷水(ひやみつ)にて用(もちひ)
  てよし                梅師方【四角の囲み線】
 ●諸血(しよけつ)《割書:一 身(しん)の中(うち)何方(いつかた)よりなりとも|血(ち)の出(いつ)る事なり》 
◯惣身(そうみ)の毛(け)の竅(あな)より血(ち)出(いで)て止め(やま)ざるには

  生姜(しやうが)のおろし汁(しる)のみてよし        奇疾方【四角の囲み線】
◯又方
  乱髪(らんはつ)《割書:かみのおち|なり》黒焼(くろやき)にしてつけ又 少(すこし)計(はかり)
  鼻(はな)の孔(あな)へ吹入(ふきいれ)てよし          證治要决【四角の囲み線】
◯口(くち)鼻(はな)耳(みゝ)前(まへ)陰 後(しり)陰より一 度(ど)に血(ち)出(いつ)るには
  生蘿蔔(なまだいこん)のおろし汁(しる)茶碗(ちやわん)に一はいのみて
  たちまちにとまる             證治準縄【四角の囲み線】
◯一 切(さい)の出血(しゆつけつ)には
  乱髪(らんはつ)《割書:かみのおちなり》黒焼(くろやき)にして水(みづ)にて

  のみてよし                聖恵方【四角の囲み線】
 ●小便血(せうべんけつ) 痛(いたみ)なく小便(せうべん)に血(ち)出(いづ)るなり
◯小便(せうべん)の後(あと)に血(ち)出(いづ)るには
  乾柿(かんし)《割書:ころがきにても|くしがきにても》黒焼(くろやき)にして食(めし)の湯(ゆ)
  にてのみてよし              医綂【四角の囲み線】
◯又方
  胡麻(ごま)弐匁 粉(こ)にして水(みづ)茶碗(ちやわん)に二 盃(はい)入 浸(ひたし)て
  翌日(あくるひ)早朝(さうちやう)に成程(なるほど)熱(あつ)く暖(あたゝめ)のみてよし   千金方【四角の囲み線】
◯又方

  醋(す)茶碗(ちやわん)に一 盃(はい)塩(しを)五分 入(いれ)煎(せんじ)飲(のみ)てよし 廣利方【四角の囲み線】
◯又方
  五倍子(ふし)《割書:女(おんな)のはくろつくる時(とき)|つくるふしなり》梅干(むめほし)の肉(にく)にこね合(あは)せ酒(さけ)
  にて用(もちゆ)てよし            集簡方【四角の囲み線】
 ●汗(あせ)《割書:春(はる)秋(あき)冬(ふゆ)のあつくもなき時(とき)何(なに)のゆへもなくて汗(あせ)|出(いつ)るなり》
◯一 切(さい)の汗(あせ)に用(もちひ)てよし
  小麦(こむぎ)黄色(きいろ)に炒(いり)て五分 椒目(さんせうのめ)五分 水(みづ)茶碗(ちやわん)に
  一 盃(はい)半(はん)入七 分(ぶ)にせんじ一 夜(や)外(ほか)へ出(いだ)し夜露(よつゆ)に
  うたせあたゝめのみてよし       救急方【四角の囲み線】


◯又方
  五倍子(ふし)《割書:女(おんな)のはくろ付(つく)る時(とき)|つくるふしなり》津(つばけ)にてねり臍(へそ)の中(なか)へ
  一 盃(はい)入(いれ)紙(かみ)にてふたしてをくへし    集霊【四角の囲み線】
◯目の覚(さめ)てある時(とき)汗(あせ)出(いつ)るには
  糯米(もちごめ)黄色(きいろ)に炒(いり)粉(こ)にして布袋(ぬのぶくろ)に入(いれ)汗(あせ)の出(て)
  たる上(うへ)をほと〳〵と打(うつ)べし      道蔵経【四角の囲み線】
◯盗汗(ねあせ)やまざるには
  既(すで)に寝(ねん)と思(おも)ふ時(とき)少し腹(はら)をすけをき焼(やき)
  餅(もち)壱つ食(くふ)て湯水(ゆみつ)をのまずして臥(ふ)すべし

  二三日して汗(あせ)止(やむ)              医綂【四角の囲み線】
 ●眩暈(けんうん)めのまふ病(やまひ)なり
◯眩(めまふ)やうにてふら〳〵とするには
  生姜(しやうか)のしぼり汁(しる)茶碗(ちやわん)に一 盃(はい)飲(のみ)てよし    本草【四角の囲み線】
◯又方
  蝉退(せんたい)《割書:せみのぬけがらなりかしらと|あしとはねとをさる》粉(こ)にして壱匁
  食(めし)の湯(ゆ)にてのみてよし           医綂【四角の囲み線】
 ●麻木(まほく) しびれておほえなく惣身(そうみ)木(き)のことくなる病(やまひ)也
◯惣身(そうみ)麻(しひれ)て木(き)のやうになりたるには

  芥子(からし)の粉(こ)醋(す)にてときぬるべし忽(たちまち)よし    済生秘覧【四角の囲み線】
◯胸(むね)しびれたるには
  怱白(ひともじのしろみ)【葱白】を煮(に)て多(おほく)食(くひ)てよし    危氏方【四角の囲み線】
◯五 體(たい)こと〴〵く痺(なえ)たるには
  胡椒(こせう)一撮(ひとつまみ)葱白(ひともしのしろみ)三 本(ぼん)細切(ほそくきり)塩(しを)一撮(ひとつまみ)小麦粉(こむきのこ)《割書:四五|合(かう)》
  酒(さけ)茶碗(ちやわん)に二 盃(はい)醋(す)茶碗(ちやわん)に二 盃(はい)入(いれ)銅鍋(あかゞねなべ)にて
  あつくあたゝめて痺(しびれ)たる所(ところ)をむすべし
  汗(あせ)出(いで)て愈(いゆ)一 両(りやう)日 風(かぜ)にあたらぬやうにすべし  医綂【四角の囲み線】
 ●狂(きやう) きちがいやまひなり

◯狂(きやう)□【乱(らん)】してあがくには
  伏龍肝(ぶくりようかん)《割書:かまどの下の灰(はい)の|下のやけつちなり》粉(こ)にして壱匁水
  にてのみてよし            千金方【四角の囲み線】
◯又方
  人の屎(くそ)黒焼(くろやけ)にして酒(さけ)にて用(もちゆ)べし   千金方【四角の囲み線】
◯又方
  鉄漿(てつしやう)《割書:女のつくる|はぐろなり》茶碗(ちやわん)に一 盃(はい)用(もちひ)てよし  医綂【四角の囲み線】
◯笑(わらふ)て昼夜(ちうや)やまずに狂(くるふ)には
  塩(しを)壱匁ほどあつくなるほど焼(やき)て河水(かはみづ)にて

  一 度(ど)に用(もちゆ)べし痰(たん)を吐(はき)てよし     儒門事親【四角の囲み線】
◯一 切(さい)の狂気(きやうき)【左ルビ:きちがい】には
  鼻(はな)の下(した)の溝(みぞ)の真中(まんなか)に廿 壮(ひ)灸(きう)すれば忽(たちまち)に
  正気(しやうき)になる左(ひだり)に図(づ)あり見 合(あはす)べし   医綂【四角の囲み線】
    【顔の絵】此所に廿 壮(ひ)
          灸(きう)してよし
 ●癇(かん) 俗(ぞく)に云(いふ)くつちやみなり
◯癇症(かんしやう)おこりて久(ひさ)しく成(なり)たるは愈(いえ)ぬものなりもし
  初(はじめ)て発(おこり)たるには両(りやう)の手の大指(おやゆび)を二本一 所(しよ)によせ

  てくゝり二本の指(ゆひ)の爪(つめ)と肉(にく)との四所(よところ)へかゝるやう
  に灸(きう)すべし左(ひだり)に図(づ)あり見合(みあはす)べし  医綂【四角の囲み線】
   【図】    此 黒(すみ)の所に灸(きう)すべし
 ●健忘(けんぼう) 物(もの)わすれする病(やまひ)なり
◯うか〳〵と物(もの)わすれするには
  石菖蒲(せきしやうぶ)の根(ね)毎(まい)日 食(くひ)てよし     医綂【四角の囲み線】
◯又方
  戊子(つちのえねの)日 桃枝(もゝのえだ)二寸 切(きり)て枕(まくら)の中ヘ入 置(をき)て枕(まくら)に

  すれば物(もの)わすれせず         聖恵方【四角の囲み線】
◯又方
  七月七日 蜘蛛(くも)一 疋(ひき)とりて我(わが)衣裳(いしやう)【左ルビ:きるもの】の間(あいだ)又は
  衣裳(いしやう)【左ルビ:きるもの】を入る箱(はこ)などの中ヘ入 置(をき)て人にしら
  す事なかれ廿日(はつか)ばかりの後一切の事
  わすれず              聖恵方【四角の囲み線】
 ●驚悸(けうき) かりそめの事にもおどろく病(やまひ)なり
◯常(つね)に物(もの)おびえして何(なに)となく恐(おそろ)しきやうなるには
  胡麻油(ごまのあぶら)毎日(まいにち)少宛(すこしづゝ)のみてよし    本草【四角の囲み線】

 ●不寝(ふみ) ねられぬ病(やまひ)なり
◯何(なに)の事もなきに夜(よる)寝(ね)られざるには
  燈心(とうしん)水にてせんじのむべし      集簡方【四角の囲み線】
◯昼夜(ちうや)ともに寝(ね)られざるには
  新(あたらし)き布切(ぬのきれ)を火にて熱(あつく)くあぶり目(め)の上を
  ひた物なで又 大豆(まめ)をあつくむして袋(ふくろ)に
  入 枕(まくら)にして寝(ね)れば其(その)まゝ寝(ね)らるゝなり
  枕(まくら)の中の大豆(まめ)冷(ひゆ)れば又かへてあたゝむべし
  二三日 如(く)_レ此(のごとく)すればすきと愈(いゆる)   肘後方【四角の囲み線】

 ●邪崇(しやすい) つきものゝ事なり
◯一 切(さい)の邪鬼(じやき)【左ルビ:よこしまのおに】妖魅(ようみ)【左ルビ:はけものこたま】野狐(やこ)【左ルビ:のきつね】のたぐひなにともしれぬ
 やまひには
  桃奴(とうぬ)《割書:桃(もゝ)の木の梢(こすへ)に落(おち)ずして久しく|ひつ付てあるくろきもゝなり》粉(こ)にして
  酒(さけ)にて用(もちひ)てよし          医綂【四角の囲み線】
◯又方
  両手(りやうて)の大指(おやゆび)二 本(ほん)縄(なは)にてくゝり爪(つめ)肉(にく)四所(よところ)の角(かど)
  に灸(きう)してよし灸(きう)の仕(し)やう癇(かん)《割書:卅四丁目|》に
  図(づ)あり見 合(あは)すべし

◯又方
  空(そら)に向(むか)ひて【図】如(かくの)_レ此(ごとく)指(ゆび)にて書(かく)へし九龍(きうりよう)
  符(ふ)といふ是(これ)なり早速(さつそく)よし    種杏仙方【四角の囲み線】
 ●小便濁(せうべんだく) 小便(せうべん)の濁(にご)る病(やまひ)なり
◯小便(せうべん)白く濁(にご)るには
  冬瓜(からすうり)【かもうりヵ】の実(み)炒(いり)て粉(こ)にして空心(すきはら)に白湯(さゆ)にて
  用(もちひ)てよし            道蔵経方【四角の囲み線】
◯腎虚(じんきよ)して小便(せうべん)濁(にご)るに
  韮(にら)の実(み)炒(いり)粉(こ)にして食前(めしまへ)に酒(さけ)にてのみて

  よし               聖恵方【四角の囲み線】
 ●遺精(いせい)《割書:寝(ね)て居(ゐ)る内(うち)に精(せい)のもるゝなり|俗(ぞく)にいふもうぞうの事なり》 
◯男女(なんによ)【左ルビ:おとこおんな】ともに夢(ゆめ)を見て精汁(せいじう)泄(もれ)出(いづ)るには
  韮(にら)の実(み)生(なま)にて卅 粒(りう)空心(すきはら)に塩湯(しをゆ)にてのむ
  べし               蔵器本草【四角の囲み線】
◯腎虚(じんきよ)して夢(ゆめ)に精(せい)泄(もる)るには
  韮(にら)の実(み)弐匁 少(すこ)し炒(いり)て粉(こ)にして食前(めしまへ)
  に酒(さけ)にてのみてよし        太平聖恵方【四角の囲み線】
◯又方

  山薬(やまのいも)壱匁 葱白(ひともじのしろみ)五分 塩(しを)少(すこし)已上(へじやう)三 色(いろ)酒(さけ)の
  中(なか)に入(いれ)よく煮(にえ)たる時(とき)酒(さけ)ともに飲(のみ)てよし    赤水玄珠【四角の囲み線】
 ●淋病(りんべう)
◯熱淋(ねつりん)《割書:腹(はら)の中(うち)にねつありて|淋病(りんべう)になりたるなり》血淋(けつりん)《割書:小便(せうべん)に血(ち)出(いで)て渋痛(しぶりいたむ)|なり痛(いたみ)なきは尿血(にようけつ)なり》には
  赤小豆(あづき)三分 炒(いり)粉(こ)にして葱(ひともじ)一 本(ほん)酒(さけ)の中(なか)に
  入(いれ)煮爛(にたゞら)かしのみてよし             修真秘旨【四角の囲み線】
◯急淋(きうりん)陰(まへ)腫(はれたる)たるには
  葱(ひともじ)煨(あぶり)杵(つき)爛(たゞら)かして臍(へそ)の上(うへ)に付(つけ)てよし     外臺【四角の囲み線】
◯小便(せうべん)渋(しぶり)痛(いたむ)には

  葱白(ひともじのしろみ)皮(かは)赤(あかき)を一寸 切(きり)て臍(へそ)の上(うへ)にをきて七(なゝ)
  壮(ひ)灸(きう)してよし                 経験方【四角の囲み線】
◯石淋(せきりん)には 小便(せうべん)の中(なか)より砂(すな)のごとくなる物(もの)いづるなり
  浮石(かるいし)粉(こ)にして水(みづ)醋(す)等分(とうぶん)に入(いれ)つねのごとく
  せんじ用(もちひ)てよし                傳心適用法【四角の囲み線】
◯又方
  乱髪(らんばつ)【左ルビ:かみのおち】黒焼(くろやき)にして水(みづ)にて用(もちひ)てよし  肘後方【四角の囲み線】
◯血淋(けつりん)には
  竹筎(ちくじよ)《割書:竹(たけ)の青(あを)き皮(かは)をけづり捨(すて)|うす青(あを)き所(ところ)をけつりたる也》五匁 水(みづ)茶碗(ちやわん)に

  二 盃(はい)入一 盃(はい)に煎(せんじ)空心(すきはら)に用(もちひ)てよし    集験方【四角の囲み線】
◯老人(らうしん)の淋病(りんべう)には
  小麦(こむぎ)拾匁 燈心(とうしん)五分 水(みづ)茶碗(ちやわん)に二はい入一
  はいにせんじ用(もちひ)てよし          奉親書【四角の囲み線】
 ●遺尿(いねう) 小便(せうべん)たるゝ事なり
◯寝(ね)て居(ゐ)る内(うち)に小便(せうべん)出(いづ)るをしらざるには
  白紙(しらかみ)壱 枚(まい)其(その)病人(べうにん)の寝(ね)る下(した)にしかせて寝(ね)
  させその白紙(しらかみ)に小便(せうべん)かゝ【うくヵ】るやうにして翌(あくる)
  日(ひ)取出(とりいだ)し黒焼(くろやき)にして酒(さけ)にて用(もちひ)てよし  医綂【四角の囲み線】

◯又方
  五倍子(ふし)《割書:女(おんな)のはぐろつくる時(とき)|つくるふしなり》五分皮五分は黒焼(くろやき)
  にして已上(いじやう)壱匁 粉(こ)にして糊(のり)にて丸(くはん)じ食(めし)
  の湯(ゆ)にて用(もちひ)てよし           嬰童百問【四角の囲み線】
 ●小便(せうべん)不通(ふつう) 小便(せうべん)通(つう)せざる病(やまひ)なり
◯小便(せうべん)通(つう)ぜざるには
  梁上塵(りやうしやうぢん)《割書:やねの下(した)桁(けた)の|上(うへ)のほこりなり》二 撮(つまみ)水(みづ)にてもち
  ひてよし                外臺秘要【四角の囲み線】
◯又方

  濡(ぬれ)たる紙(かみ)に塩(しを)をつゝみ成程(なるほど)よく焼(やき)て少(すこし)許(ばかり)
  小便(せうべん)の出(いで)る所(ところ)へ吹入(ふきいれ)てよし  普済方【四角の囲み線】
◯又方
  葱白(ひともしろみ)一 把(わ)炒(いり)あつくして臍(への)の下(した)を度(たび)〳〵
  あたゝめてよし         本事方【四角の囲み線】
◯小便(せうべん)度(たび)〳〵出(いで)んとして出(いで)ず痛(いたむ)には
  古(ふる)き筆(ふで)の毛(け)の所(ところ)ばかり黒焼(くろやき)にし水(みつ)に
  てのみてよし          外臺【四角の囲み線】
 ●大便(だいべん)不通(ふつう) 大便(だいべん)つうせざるなり

◯大便(だいべん)通(つう)ぜず心(こゝろ)あしきには
  胡麻(ごま)米(こめ)と等分(とうぶん)に合(あはせ)粥(かゆ)に煮(に)て食(くへ)ば通(つう)
  ずるなり            肘後方【四角の囲み線】
◯又方
  蜜(みつ)五 両(りやう)銅鍋(あかゝねなべ)にてとろ〳〵と炒(いり)つめかた
  まりたる時(とき)ほそくまるめ尻(しり)の穴(あな)の内(うち)へ入
  をくべし大便(だいべん)通(つう)ぜんと思(おも)ふ心(こゝろ)出来(いでき)たる時(とき)
  かの蜜(みつ)をのくべし        仲景傷寒論【四角の囲み線】

 ●大小便(だいせうべん)閉(へい) 大便(だいべん)小便(せうべん)両方(りやうほう)ともに通(つう)ぜざるなり
◯ 雄鼠屎(ゆうそし)《割書:両方とがりたる|ねすみのふんなり》粉(こ)にして臍(へそ)の中(なか)へ水(みづ)
  にてつくれば忽(たちまち)通(つう)ずるなり       普済方【四角の囲み線】
◯又方
  塩(しを)を酒(さけ)にてとき臍(へそ)の中(なか)につけ又 塩水(しをみづ)を
  尻(しり)の穴(あな)の中(なか)へ少(すこ)し吹入(ふきいれ)又 塩水(しをみづ)を少(すこ)しのむ
  べし妙(めう)に通(つう)ずるなり           家蔵方【四角の囲み線】
 ●痔(ぢ)
◯痔(ぢ)おこりて痛(いたむ)には

  胡麻(ごま)を煎(せん)し洗(あらひ)てよし          本草【四角の囲み線】
◯又方
  五倍子(ふし)《割書:女(おんな)のはぐろつくる時(とき)|つくるふしなり》煎(せんじ)洗(あらひ)てよし    直指方【四角の囲み線】
◯痔(ぢ)血(ち)出(いづ)るには
  小豆(あづき)を酒(さけ)にて煮(に)酒(さけ)を炒(いり)つけて乾(かはく)時(とき)粉(こ)に
  して酒(さけ)にてのむべし            肘後方【四角の囲み線】
◯又方
  葱白(ひともしのしろみ)湯(ゆ)にてせんじむし洗(あらひ)てよし    外臺【四角の囲み線】
◯又方

  鯽(ふな)を煮(に)て食(くひ)てよし          食医心鑑【四角の囲み線】
◯又方
  榧(かや)の実(み)つねに食(くひ)てよし        経験方【四角の囲み線】
 ●脱肛(だつこう) 尻(しり)の穴(あな)はれ出(いで)痛(いたむ)病(やまひ)なり
◯脱肛(だつこう)痛(いたみ)甚(はなはだ)しきには
  梁上塵(りやうしやうぢん)《割書:やねの下(した)の桁(けた)の|上(うへ)のほこりなり》鼠屎(ねずみのふん)二 色(いろ)を火(ひ)に
  焼(たき)薫(くん)【左ルビ:ふすべ】じてよし   済急方【四角の囲み線】
◯又方
  石灰(いしばい)熱(あつ)く焼(やき)絹(きぬ)につゝみ其(その)上(うへ)に座(ざ)して

  よし冷(ひゆ)れば度(たび)〳〵あたゝめかへてよし  聖恵方【四角の囲み線】
◯又方
  五倍子(ふし)《割書:女(おんな)のはぐろつくる時(とき)|つくるふしなり》百草霜(なべすみ)等分(とうぶん)粉(こ)にし
  て醋(す)にてとき鳥(とり)の羽(は)にていたむところへ
  つけてよし               普済方【四角の囲み線】
◯痢病(りべう)わづらひて脱肛(たつこう)出(いで)たるには
  塩([し]を)をあつく炒(いり)て絹(きぬ)につゝみそのうへに座(ざ)し
  てよし                 肘後方【四角の囲み線】
 ●虫症(ちうしやう) むし腹(はら)の事なり

◯虫腹(むしはら)を痛(いた)め顔(かを)の色(いろ)白(しろ)く唇(くちひる)赤(あか)く口(くち)に水(みづ)を吐(はく)には
  艾(もぐさ)三匁 常(つね)のごとくせんじ用(もちひ)てよし   肘後方【四角の囲み線】
◯又方
  小麦(こむぎ)の粉(こ)白湯(さゆ)にてのみてよし      本草【四角の囲み線】
◯又方
  蜀椒(さんせう)酒(さけ)にてのみてよし         本草【四角の囲み線】
◯又方
  榧(かや)の実(み)酒(さけ)にてのみてよし        本草【四角の囲み線】
◯又方

  塩湯(しをゆ)のみてよし             本草【四角の囲み線】
 ●頭痛(づつう) つぶりの痛(いたみ)なり
◯一 切(さい)の頭痛(づつう)に
  生蘿蔔(なまだいこん)のおろし汁(しる)少(すこ)しばかり鼻(はな)の孔(あな)へ吹(ふき)
  入(いれ)てよし右(みぎ)ばかり痛(いたむ)には右(みぎ)の鼻(はな)へ吹入(ふきいれ)左(ひたり)痛(いたむ)
  には左(ひだり)の鼻(はな)へ吹入(ふきいれ)左右(さゆう)ともに痛(いたむ)には両方(りやうほう)
  の鼻(はな)の孔(あな)へ吹入(ふきいれ)てよし        加宜方【四角の囲み線】
◯又方
  大豆(まめ)よく炒(いり)て酒(さけ)に漬(ひたし)又 大豆(まめ)を湯煮(ゆに)して

  両方(りやうほう)等分(とうぶん)にまぜあはせ毎(まい)日七日ほどが
  間(あいだ)くひてよし            千金方【四角の囲み線】
◯飲酒(さけをのんで)頭痛(づつう)するには
  竹筎(ちくじよ)《割書:竹(たけ)の青(あを)き皮(かは)をけづり捨(すて)|うす青き所をけつりたる也》五匁 雞子(たまご)壱ツ
  つねのごとくせんじ用(もちひ)てよし     千金方【四角の囲み線】
◯脳(なう)痛(いたむ)には
  桃(もゝ)の葉(は)を多(おほ)く集(あつめ)て枕(まくら)にしてよし 遯斎間覧【四角の囲み線】
 ●鬚髪(しゆはつ) かみひげのやまひなり
◯白髪(しらが)抜(ぬき)て黒(くろ)くせんと思(おも)はゞ

  生姜(しやうが)の皮(かは)拾匁 胡麻油(ごまのあふら)にて煎(せんじ)泥(どろ)の如(ごとく)して
  白髪(しらが)ぬけたるあとへつくべし三日の後(のち)
  黒(くろ)くはゆる            蘇頌図経本草【四角の囲み線】
◯髪(かみ)を黒くせんと思はゞ
  油(あぶら)と醋(す)と等分(とうぶん)に合(あはせ)黒大豆(くろまめ)を煮(に)てよく
  煮(にえ)たる時(とき)黒大豆(くろまめ)を取出(とりいだ)し油(あぶら)をどろ〳〵
  するほどねりつめ髪(かみ)につくれば一両月
  のうちに髪(かみ)長(なが)く黒(くろ)くなる     千金方【四角の囲み線】
◯又方

  乱髪(らんはつ)《割書:男女(なんによ)のぬけたる|かみのおちなり》洗(あらい)て干(ほし)胡麻(ごま)の油(あふら)にて
  せんじつめ乾(かはく)時(とき)粉(こ)にして油(あぶら)にてねりて
  髪(かみ)につくれば髪(かみ)長(なが)く黒(くろ)くなる   聖恵方【四角の囲み線】
◯又方
  槐子(くはいし)《割書:ゑんじゆの実(み)なり|》常(つね)に服(くへ)ば髪(かみ)鬚(ひげ)白(しら)
  髪(が)なく年(とし)老(おひ)ても黒(くろ)く長し    梁書【四角の囲み線】
 ●面(めん) かをのやまひなり
◯面(めん)【左ルビ:かを】上(じやう)に出来(でき)たる諸瘡(しよそう)【左ルビ:もろ〳〵のかさ】には
  胡麻(ごま)嚼(かみ)てつけてよし       外臺【四角の囲み線】

◯又方
  艾(もぐさ)弐匁 醋(す)にてせんじつめたる汁を貼(つけ)て
  よし              御薬院方【四角の囲み線】
◯面(かを)掻(かき)やぶり疵(きず)つきたるには
  生姜(しやうが)のしぼり汁にて白粉(おしろい)を擦(すり)つけて
  よし              医学六要【四角の囲み線】
◯面(かを)に疣日(いぼ)の出来たるには
  艾(もぐさ)にて三 壮(ひ)灸(きう)してよし    聖恵方【四角の囲み線】
◯腮(ほう)腫(はれ)たるには

  赤小豆(あづき)粉にして醋(す)にて塗(ぬり)てよし 赤水玄珠【四角の囲み線】
 ●耳(みゝ)
◯聤耳(みゝだれ)汁(しる)出るには
  伏龍肝(ふくりようかん)《割書:かまどの下の灰の|下のやけつちなり》綿(わた)に包(つゝみ)て耳(みゝ)へ入れ
  月に三 度(ど)かへてよし      聖恵方【四角の囲み線】
◯耳(みゝ)腫(はれ)痛(いたむ)には
  五倍子(ふし)《割書:女のはぐろつくる時|つくるふしなり》冷(ひや)水にてときぬるべし
  もししめりはれたるには粉にてふりかけ
  てよし            海上名方【四角の囲み線】

◯聤耳(みゝだれ)膿(うみ)出(いづ)るには
  五倍子(ふし)《割書:女のはぐろつくる時|つくるふしなり》耳(み[ゝ])の中へふき入て
  よし             普済方【四角の囲み線】
◯又方
  故綿(ふるわた)黒焼(くろやき)にして綿(わた)につゝみ耳(みゝ)の中へ
  入てよし           聖恵方【四角の囲み線】
◯耳鳴(みゝなり)或は卒(にはか)に痛(いたむ)には
  塩(しを)あたゝめむし枕(まくら)とすべし冷(ひゆ)ればかへ
  あたゝめてよし        肘後方【四角の囲み線】

◯耳(みゝ)痛(いたむ)には
  砥(と)にて小刀(こかたな)を磨(とぎ)砥(と)の上に黒(くろ)くおりたる鉄(かな)
  気(け)の水 少(すこし)耳(みゝ)の中へ入てよし       赤水玄珠【四角の囲み線】
◯一切の虫(むし)耳(みゝ)の中へ入たるには
  胡麻油(ごまのあぶら)少し耳(みゝ)の中へ入てよし      医綂【四角の囲み線】
 ●鼻(はな)
◯風気(かざけ)もなくて鼻(はな)塞(つまり)たるには
   梁上塵(りやうしやうぢん)《割書:やねの下 桁(けた)の上の|ほこりなり》鼻(はな)の中へ入ふきいれて
  よし                  普済方【四角の囲み線】

◯又方
  釜(かま)の底(そこ)の墨(すみ)五分水にて飲(のみ)てよし    普済方【四角の囲み線】
◯鼻(はな)の中より小 指(ゆび)のごとくなる物出来て痛(いたむ)には
  釜(かま)の底(そこ)の墨(すみ)つけてよし        千金方【四角の囲み線】
◯鼻(はな)赤くなりたるには
  常(つね)に塩(しを)にじり付てよし         直指方【四角の囲み線】
◯何(なに)の事もなくて鼻(はな)柱(はしら)痛(いたむ)には
  硫(い)【琉】黄(わう)《割書:つけ木の青きくすり|なり》粉(こ)にして冷(ひや)水にて
  ときつけてよし             澹寮方【四角の囲み線】

 ●口舌(こうぜつ) 口(くち)舌(した)の病(やまひ)なり
◯口の中一 切(さい)の瘡(かさ)腫物(はれもの)には
  五倍子(ふし)《割書:女のはぐろつくる時|つくるふしなり》すり付てよし   龐氏傷寒論【四角の囲み線】
◯口(くち)の中 悉(こと〳〵く)爛(たゞれ)て痛(いたむ)には
  生蘿蔔(なまだいこん)のしぼり汁(しる)にてたび〳〵口(くち)嗽(すゝぎ)て
  よし                 瀕湖集簡方【四角の囲み線】
◯又方
  生姜(しやうが)のしぼり汁にて口(くち)嗽(すゝぎ)てよし又少し
  のみてよし              本草【四角の囲み線】

◯舌(した)より血(ち)出るには
  小豆(あづき)粉(こ)にして水にて煎(せん)し飲(のみ)てよし  肘後方【四角の囲み線】
◯卒(にはか)に舌(した)腫(はれ)て痛(いたむ)には
  釜(かま)の下の墨(すみ)酒(さけ)にてときつけてよし   千金方【四角の囲み線】
◯小児(せうに)口瘡(こうそう)【左ルビ:くちのかさ】には
  硫(い)【琉】黄(わう)《割書:つけ木の青き|くすりなり》水にてとき両方(りやうほう)の手の内
  又 両方(りやうほう)の足(あし)のうらに塗(ぬり)てよし    危氏得効方【四角の囲み線】
 ●牙歯(げし)
◯歯(は)齦(はぐき)より血(ち)出るには

  百草霜(なべすみ)はりつけてよし         集簡方【四角の囲み線】
◯又方
  五倍子(ふし)《割書:女のはくろつくる時|つくるふしなり》黒焼(くろやき)にしてつくれば
  たちまちやむ              衛生易簡方【四角の囲み線】
◯牙(きば)痛(いたむ)には
  壁(かへ)土粉にして塩(しを)等(とう)分に入よく炒(いり)右(みき)痛(いたむ)には右
  の鼻(はな)の中へ吹(ふき)入左 痛(いたむ)に左の鼻(はな)の中ヘふき
  入てよし                普済方【四角の囲み線】
◯又方

  胡麻(ごま)壱匁 水(みつ)にてつねのごとくせんし口(くち)に
  含(ふくみ)嗽(うがい)してよし             肘後方【四角の囲み線】
◯又方
  黒豆(くろまめ)一 撮(つまみ)葱白(ひともしのしろみ)三 本(ぼん)艾(もぐさ)一 握(にぎり)川椒(さんせう)四十 粒(りう)水(みづ)茶(ちや)
  碗(わん)に二 盃(はい)入一 盃(はい)に煎(せんし)暖(あたゝめ)嗽(うがい)してよし  医綂【四角の囲み線】
◯蟲(むし)くひ歯(ば)痛(いたむ)には
  艾(もぐさ)を火(ひ)にて焼(やき)其(その)煙(けふり)を鼻(はな)の中(なか)へ入(いれ)口(くち)より
  其(その)煙(けふり)を吐出(はきいだ)してよし          普済方【四角の囲み線】
◯又方

  鼠粘子(そねんし)【左ルビ:ごぼうのみ】炒(いり)水(みつ)にて煎(せん)じてふくみ嗽(うがひ)して
  よし               延年方【四角の囲み線】
◯又方
  石灰(いしばい)砂糖(さたう)等分(とうぶん)蟲歯(むしば)の孔(あな)の中(なか)へ入(いれ)て
  よし               普済方【四角の囲み線】
◯又方
  石菖蒲(せきしやうぶ)の根(ね)咬(かみ)爛(たゞらか)して蟲歯(むしば)の孔(あな)の中(なか)へ
  入てよし             医綂【四角の囲み線】
◯又方

  絲瓜(へちま)黒焼(くろやき)にして粉(こ)にして擦(すり)つけて
  よし               医綂【四角の囲み線】
◯牙(きば)歯(は)いたみ或(あるい)はうきたるには
  黒大豆(くろまめ)酒(さけ)にてせんじたび〳〵口(くち)にふく
  みてよし             周密■【氵に害:豁ヵ】然斎【斉ヵ】抄【四角の囲み線】
◯又方
  赤小豆(あつき)粉(こ)にして歯(は)にすりぬり又は
  鼻(はな)の中(なか)へ吹入(ふきいれ)てもよし     家寶方【四角の囲み線】
◯唇(くちびる)裂(さけ)いたむには

  青皮(しようひ)《割書:みかんの青(あを)き皮(かは)なり|薬(くすり)屋にはいつも有物也》くろやきにしてつけ
  てよし                  医学六要【四角の囲み線】
 ●眼目(がんもく) 目(め)のやまひなり
◯眼(め)暴(にはか)に赤(あかく)腫(はれ)痛(いたむ)には
  百 年(ねん)已上(いじやう)の古銭(こせん)にて生姜(しやうが)をこそげて古(こ)
  銭(せん)の耳(みゝ)に汁(しる)をつけて眼(め)にすりつけてよし
    《割書:私云百 年(ねん)以上(いしやう)の古銭(こせん)とは大方(おゝかた)なり|寛文(くわんぶん)より前(まへ)の銭(ぜに)にてま【さヵ】へあればよかるへし》 宗奭本草【四角の囲み線】
◯又方
  豆腐(とうふ)湯煮(ゆに)して眼(め)の上(うへ)にのせ置(をき)てよし  本草【四角の囲み線】

○眼(め)腫(はれ)火(ひ)のごとくほめきいたむには
  焼酒(しやうちう)にてあらひてよし         本草【四角の囲み線】
◯又方
  黒大豆(くろまめ)煮(に)てふくろに入(いれ)眼胞(まぶた)のうへなであ
  たゝめてよし              本草【四角の囲み線】
◯眼(め)何(なに)となく痛(いたむ)には
  布切(ぬのきれ)を湯(ゆ)に浸(ひたし)あたゝめ眼胞(まぶた)の上(うへ)をなてあた
  ため又 大豆(まめ)を蒸(むし)あつくしてふくろにいれ
  枕(まくら)としてよし             聖恵方【四角の囲み線】

◯涙(なみだ)多(おほ)く出(いづ)るには
  塩(しを)を眼(め)にすりつけ冷水(ひやみつ)にて洗(あらひ)てよし   范汪方【四角の囲み線】
◯眼(め)赤(あか)く涙(なみだ)多(おほ)く出(いづ)るには
  女(おんな)の乳(ち)をすりつけてよし         本草【四角の囲み線】
◯眼(め)の中(うち)に瞖(かゝりもの)出来(でき)たるには
  塩(しを)すりつけてよし             直指方【四角の囲み線】
◯倒睫(さかまつげ)痛(いたむ)には
  毛(け)をぬき捨(すて)血(ち)を出(いだ)して人の身(み)にある
  虱(しらみ)すりつけてよし             本草【四角の囲み線】

◯小児(せうに)目(め)の中(うち)に瞖(かゝりもの)出来(でき)たるには
  燈心(とうしん)に塩(しを)を付(つけ)て目(め)にすりぬりてよし   活幼口議【四角の囲み線】
◯雀目(とりめ)には
  地膚子(ちふし)《割書:はゝきゞの|事なり》煎(せんじ)目(め)を洗(あらひ)てよし      本草【四角の囲み線】
◯又方
  生姜(しやうが)のしぼり汁(しる)にて洗(あらひ)てよし      医学六要【四角の囲み線】
◯又方
  焼酒(しやうちう)にてあらひてよし         医学六要【四角の囲み線】
 ●咽喉(いんこう) のどのやまひなり

◯咽喉(いんこう)一 切(さい)の痛(いたみ)には
  胡麻(ごま)炒(いり)粉(こ)にして白湯(さゆ)にて飲(のみ)てよし   三因方【四角の囲み線】
◯喉(のど)腫(はれ)痛(いたみ)食(しよく)のみこみにくきには
  韮(にら)杵(つき)くだき項上(ほんのくぼ)につけてよし     医綂【四角の囲み線】
◯喉痺(こうひ)には
  足(あし)の三 里(り)に灸(きう)してよし《割書:三 里(り)はひざかしらより|三寸下にある穴(けつ)なり》 類経【四角の囲み線】
◯又方
  醋(す)のみてよし             万病回春【四角の囲み線】
 ●癭瘤(ゑいりう) こぶの事なり

◯一 切(さい)の癭瘤(こぶ)に用(もちゆ)べし
  牛皮油鞋底(ぎうひゆけいてい)《割書:ふるきせつた|のかわなり》黒焼(くろやき)にして胡麻油(ごまのあぶら)
  にてときつけてよし          集玄方【四角の囲み線】
◯又方
  上々の昆布(こんぶ)よくあらひ塩気(しをけ)のなきやうに
  して醋(す)につけをき口にふくみ嚼(かみ)たゞらかし
  ては又 含(ふくみ)かへてよし         医林集要【四角の囲み線】
 ●腹痛(ふくつう) はらのいたみなり
◯卒(にはか)に腹痛(はらいたむ)には

  柱(はしら)の本の石(いし)の上(うへ)のほこりのやうなる土(つち)を水
  にてのみてよし                 藏器本草【四角の囲み線】
◯又方
  白砂糖(しろざたう)壱匁 酒(さけ)茶碗(ちやわん)に二 盃(はい)入一 盃(はい)にせんじ
  のみてよし                   子母秘録【四角の囲み線】
◯又方
  塩湯(しをゆ)多(おほく)くのみてよし              古今医綂【四角の囲み線】
                          道藏経【四角の囲み線】
◯又方
  胡椒(こせう)あつき酒(さけ)にてのみてよし          食療本草【四角の囲み線】

 ●脇痛(きやうつう) 脇腹(わきばら)いたむなり
◯右(みぎ)にても左(ひだり)にても脇腹(わきばら)痛(いたむ)には
  黒大豆(くろまめ)弐匁 炒(いり)て酒(さけ)茶碗(ちやわん)に二 盃(はい)入一 盃(はい)に
  せんじ用(もちひ)てよし                肘后方【四角の囲み線】
◯又方
  葱(ひともじ)にても艾(もぐさ)にても韮(にら)にても菜(な)にても
  湯(ゆ)にてあつくあたゝめ痛所(いたむところ)を熨(のし)暖(あたゝめ)てよし  医綂【四角の囲み線】
 ●腰痛(ようつう) こしのいたみなり
◯腰(こし)痛(いたみ)て起居(たちい)し難(がたき)には

  胡麻(ごま)香色(かういろ)に炒(いり)粉(こ)にして温酒(あたゝめざけ)或(あるい)は生姜(しやうが)
  湯(ゆ)にてのみてよし           千金方【四角の囲み線】
◯又方
  黒大豆(くろまめ)五 合(がう)水(みづ)にて煮(に)あつくなりたる時(とき)袋(ふくろ)
  に入(いれ)痛所(いたむところ)にあてゝ熨(のし)てよし     延年秘録【四角の囲み線】
◯腰(こし)背(せなか)腫(はれ)て痛(いたむ)には
  芥子粉(からしのこ)酒(さけ)にてとき貼(つけ)てよし      摘玄方【四角の囲み線】
◯何(なに)ともしれず腰(こし)痛(いたむ)には
  香油(かうゆ)《割書:胡麻(ごま)の油(あふら)なり|》少(すこ)し飲(のみ)てよし    南史【四角の囲み線】

◯懐妊(くはいにん)の女(おんな)腰(こし)痛(いたむ)には
  大豆(まめ)酒(さけ)にて煮(に)て空心(すきはら)にのみてよし  心鑑【四角の囲み線】
 ●疝気(せんき)
◯一 切(さい)の疝気(せんき)に
  塩(しを)なるぼと【注】熱(あつく)く炒(いり)絹(きぬ)につゝみ痛所(いたむところ)を
  熨(のし)てよし              玉機徴義
【四角の囲み線】

【注 筆者の濁点の打ち間違いと思われる。「なるほど」=出来るだけ】

◯又方
  葱白(ひともしのしろみ)一握(ひとにきり)泥(どろ)のごとく杵(つき)くだき臍(へそ)のうへに
  をきて其(その)上(うへ)に灸(きう)してよし      玉機徴義【四角の囲み線】

◯疝気(せんき)発(おこ)りて心(むね)腹(はら)腰(こし)痛(いたむ)には
  胡桃(くるみ)黒焼(くろやき)にして酒(さけ)にてのみてよし      本草【四角の囲み線】
◯疝気(せんき)腰(こし)痛(いたむ)には
  雞子(たまご)の黄(き)なる所(ところ)を白湯(さゆ)にたてゝ飲(のみ)てよし  本草【四角の囲み線】
◯又方
  赤小豆(あづき)せんじのみてよし又 煮(に)て食(くひ)て
 もよし                     本草【四角の囲み線】
◯常(つね)に疝気(せんき)ある人女に会(あひ)て陰嚢(いんのう)【左ルビ:ふぐり】へさしこみ
  痛(いたみ)はなはだしく死(しなん)とするには

  竹筎(ちくじよ)《割書:竹(たけ)の青(あを)き皮(かは)をけつりすて|うす青(あを)き所(ところ)をけづりたるなり》弐匁水にてせんじ
  のみてよし                  医学入門【四角の囲み線】
◯小児(せうに)の疝気(せんき)には
  胡桃(くるみ)せんじのみてよし             本草【四角の囲み線】

婦人門
 ●経閉(けい[へ]い) 月水(ぐはつす[い])【注】の通(つう)ぜさる事なり
◯経水(けいすい)通(つう)ぜず二三 箇月(がつき)になりても通(つう)ぜざるには
  牛房(ごぼう)を細(こまか)に剉(きさみ)てむし袋(ふくろ)に入 酒(さけ)の中に五日

【注 月経は「月水」とも書き「がっすい」・「げっすい」とも言います。ここでは「月」の振り仮名が3文字に見え、2文字目が「け」ではなく「ハ(は)」ですので「ぐはつ」ではないかと思います。ただ濁点の位置がずれていますが。】





  浸置(ひたしをき)毎日(まいにち)空心(すきはら)に酒(さけ)ばかりのむべし     普済方【四角の囲み線】
◯経水(けいすい)二三年も通(つう)せず腰(こし)腹(はら)痛(いたみ)寒(かん)熱(ねつ)往来(わうらい)【左ルビ:さしひき】するには
  芥子(からし)の粉(こ)弐匁 熱(あつき)酒(さけ)にて食前(めしまへ)にのみて
  よし                     仁存方【四角の囲み線】
 ●血崩(けつほう) 《割書:月水(ぐはつすい)にはかにおびたゝしく通(つう)じて|やまざる事なり》
◯経水(けいすい)卒(にはか)におびたゝしく通(つう)じてやまざるには
  乱髪(らんはつ)《割書:かみのおちなり|》綿(わた)等分(とうぶん)黒焼(くろやき)にして百草(なべ)
  霜(すみ)等分(とうぶん)に合(あはせ)あたゝかなる酒(さけ)にて飲(のみ)てよし  本草【四角の囲み線】
◯又方

  椒目(さんせうのめ)酒(さけ)にてのみてよし          證治準縄【四角の囲み線】
 ●帯下(たいげ) 《割書:しらちながちなり|》
◯赤白(しらちなかち)帯下には
  大豆(まめ)酒(さけ)にてせんじのみてよし         心鑑【四角の囲み線】
◯又方
  椒目(さんせうのめ)粉(こ)にして酒(さけ)にてのみてよし      本草【四角の囲み線】
◯又方
  糯(もち)□【米(こめ)】蜀椒(さんせう)等分(とうぶん)粉(こ)にして糊(のり)に醋(す)をまぜて
  丸(ぐはん)しのみてよし              本草【四角の囲み線】

◯又方
  蕎麦粉(そばのこ)雞子清(たまこのうはずみ)にて丸(ぐはん)じて五十 粒(りう)づゝ
  白湯(さゆ)にて用(もちひ)てよし           種杏仙方【四角の囲み線】
◯又方
  竹筎(ちくじよ)《割書:竹の青(あを)き皮(かは)をけづりすて|うす青き所をけづりたるなり》少(すこ)し火にて
  あぶり粉(こ)にして一度に壱匁づゝ白湯(さゆ)にて
  のみてよし               普済方【四角の囲み線】
 ●産前(さんぜん)
◯懐妊(くはいにん)の内に風(かせ)引たるには

  伏龍肝(ぶくりやうかん)《割書:かまどの下の灰の下の|やけ土なり》壱匁 粉(こ)にして
  白湯(さゆ)にてのみてよし          傷寒類要【四角の囲み線】
◯懐妊(くはいにん)の内(うち)何(なに)ともなきに腹(はら)痛(いたむ)には
  塩(しを)一撮(ひとつまみ)赤(あか)く焼(やき)酒(さけ)にたてゝ飲(のみ)てよし 産宝【四角の囲み線】
◯懐妊(くはいにん)の内(うち)腰(こし)痛(いたむ)には
  艾(もぐさ)酒(さけ)にてせんじのみてよし      子母秘録【四角の囲み線】
◯懐妊(くはいにん)の内(うち)に下血(げけつ)やまざるには
  艾(もぐさ)酒(さけ)にてせんじのみてよし      肘後方【四角の囲み線】
◯懐妊(くはいにん)の内 経水(けいすい)通(つう)ずるには

  赤小豆(あづき)粉(こ)にして酒(さけ)にて壱匁 宛(づゝ)飲(のみ)てよし  千金方【四角の囲み線】
◯胎内(たいない)の子(こ)動(うごき)て胸(むね)までつき上(あ)げ痛(いたむ)には
  艾(もぐさ)醋(す)にてせんじのみてよし        子母秘録【四角の囲み線】
◯又方
  梁上塵(りやうしやうぢん)《割書:やねの下の 桁(けた)の上(うへ)の|ほこりなり》竃突墨(そうとつぼく)《割書:釜(かま)のまん|中のへそ》
  《割書:のやうなる|所の墨(すみ)なり》右二 色(いろ)等分(とうぶん)酒(さけ)にて飲(のみ)てよし  千金方【四角の囲み線】
◯胎内(たいない)の子(こ)哭(なく)には
  鼠穴土(ねすみあなのつち)一塊(ひとかたまり)水にてのみてよし    種杏仙方【四角の囲み線】
◯又方

  其(その)妊婦(みもちなるおんな)腰(こし)をかゞめて物(もの)を拾(ひろ)ふやうにすれ
  ば忽(たちまち)止(やむ)               丹台玉案【四角の囲み線】
◯胎内(たいない)の子(こ)動(うごき)て下血(げけつ)するには
  葱白(ひともじのしろみ)十 本(ほん)水(みづ)にて濃(こく)せんじてのむべし
  子(こ)胎内(たいない)にて死(しゝ)たれば自(おのづから)出(い)づ又 死(しな)ざれば
  何(なに)の事(こと)もなくしづまる一 度(ど)のみて効(しるし)
  なくは再(ふたゝひ)のむべし          深師方【四角の囲み線】
◯六月(むつき)七月(なゝつき)の比(ころ)胎(たい)動(うごき)て痛(いたみ)しのびかたきには
  葱白(ひともじのしろみ)水(みづ)にてせんじのみてよし   楊氏産乳【四角の囲み線】

◯又方
  鯉(こい)を煮(に)て食(くひ)てよし            種杏仙方【四角の囲み線】
◯子(こ)堕(おりん)として血(ち)下(くだ)るには
  五倍子(ふし)《割書:女のはぐろつくるとき|つくるふしなり》弐匁 酒(さけ)にてのみ
  てよし                  朱氏集験方【四角の囲み線】
◯懐妊(くはいにん)八九 箇月(かつき)のころ腹(はら)の内(うち)動(うごき)て子 生(うま)れんと
 するには
  梁上塵(りやうしやうぢん)《割書:やねの下の 桁(けた)の上の|ほこりなり》釜底墨(ふていぼく)《割書:釜(かま)の底(そこ)の|すみなり》
  酒(さけ)にてのみてよし            本草【四角の囲み線】

◯胎(こ)おりやすく一人(ひとり)も二人(ふたり)もおりたるあとに
 懐妊(くはいにん)して又 堕胎(こおり)そうにて腹(はら)心(こゝろ)あしきには
  赤小豆(あづき)壱匁 粉(こ)にして酒(さけ)にて用(もちゆ)べし   千金方【四角の囲み線】
◯横産(よこご)或(あるい)は逆産(さかご)に生(むま)れんとするには
  伏龍肝(ぶくりやうかん)《割書:かまどの下(した)の灰(はい)の下の|やけ土なり》壱匁粉にして
  酒(さけ)にてとき母の臍(へそ)の中につけてよし   救急方【四角の囲み線】
◯逆子(さかご)にむまれんとするには
  手の中指(たか〳〵ゆび)に釜(かま)のうらの墨(すみ)をあつくつけて
  生るゝ子(こ)の足(あし)のうらにつくれば平産(へいさん)す 千金方【四角の囲み線】

◯横産(よこご)逆産(さかご)生(うま)れんとするには
  梁上塵(りやうしやうぢん)《割書:やねの下(した) 桁(けた)の上(うへ)の|ほこりなり》壱匁 酒(さけ)にてのみてさ
  つそく平産(へいさん)す               子母秘録【四角の囲み線】
◯逆産(さかご)に生れんとするには
  塩(しを)を手に付て母の腹(はら)又生るゝ子の足(あし)の
  うらに貼(つけ)て爪(つめ)にて掻(かく)べし         千金方【四角の囲み線】
◯又方
  其(その)父(ちゝ)の名(な)を生るゝ子の足(あし)のうらに書(かけ)ば
  平産(へいさん)す                  種杏仙方【四角の囲み線】

◯子(こ)腹中(ふくちう)にて死(しゝ)たるには
  伏龍肝(ぶくりやうかん)《割書:かまどの下(した)の灰(はい)の|下(した)のやけつちなり》三匁 酒(さけ)にて飲(のむ)べし 十全慱効方【四角の囲み線】
◯又方
  大豆(まめ)醋(す)にて煎(せん)じのむへし          産乳方【四角の囲み線】
◯子(こ)生(うま)れかぬるには
  赤小豆(あづき)七 粒(りう)生(なま)にてのむべし催生薬(はやめくすり)に尤(もつとも)妙(めう)
  なり                    産宝【四角の囲み線】
 ●産後(さんご)
◯胞(ゑな)おりざるには

  家(いゑ)の中(うち)の柱(はしら)の本(もと)の石(いし)ずえの上(うへ)のほこりのやう
  なる土(つち)壱匁 雞子(たまご)の清(うはすみ)にてときてのむべし
  そのまゝおりる           本草【四角の囲み線】
◯又方
  其(その)産婦(さんするおんな)の二布(ふたの)《割書:ゆくの|事なり》井戸(ゐど)の上(うへ)に引張(ひきはれ)ば其(その)まゝおりる
                    千金方【四角の囲み線】
◯又方
  産婦(さんするおんな)の着(き)て居(ゐ)る着物(きもの)を竃(かまど)の上(うへ)にかくれば忽(たちまち)おりる
                    千金方【四角の囲み線】
◯又方
  大豆(まめ)酒(さけ)にてせんじのむべし     産書【四角の囲み線】

◯又方
  男(おとこ)の子(こ)を産(うみ)たるには赤小豆(あづき)七 粒(りう)生(なま)にてのみ
  女(おんな)の子(こ)産(うみ)たるには赤小豆(あづき)廿壱 粒生にての
  むべしそのまゝおりる        救急方【四角の囲み線】
◯又方
  水(みづ)茶碗(ちやわん)に一 盃(はい)醋(す)茶碗(ちやわん)に半分(はんぶん)入(いれ)て産婦(さんするおんな)の
  顔(かを)へふきかけてよし         聖恵方【四角の囲み線】
◯産後(さんご)血(ち)あがりたるには
  伏龍肝(ふくりやうかん)《割書:かまどの下(した)の灰(はい)の下(した)の|やけ土なり》壱匁 粉(こ)にして

  酒(さけ)にてのみてよし          救急方【四角の囲み線】
◯血(ち)上(あが)り眩(めまひ)たるには
  黒漆(くろうるし)にて塗(ぬり)たる物(もの)を何(なに)にても火(ひ)に焼(やき)て
  産婦(さんふ)の鼻(はな)の中(なか)へ煙(けふり)を入(いる)ればよじ  網目【四角の囲み線】
◯産後(さんご)古血(ふるち)おりざるには
  艾(もぐさ)弐匁 生姜(しやうが)弐匁 水(みづ)にてつねのごとく煎(せん)じ
  用(もちひ)てよし              孟詵食療本草【四角の囲み線】
◯産(さん)して後(のち)産門(さんもん)のひろがり閉(とぢ)ざるには
  石灰(いしばい)壱匁 黄色(きいろ)に熬(いり)常(つね)のごとくせんじて

  其(その)湯気(げげ)【ゆげ】にてむしてよし   肘後方【四角の囲み線】
 ●乳病(にうべう) ちのやまひなり
◯乳(ち)たらざるには
  赤小豆(あづき)水(みつ)にせんじてのみ又 其(その)小豆(あづき)をも
  食(くひ)てよし              産書【四角の囲み線】
◯又方
  胡麻(ごま)炒(いり)塩(しを)少(すこ)し入(いれ)五七日 食(く)へば乳(ち)の出(で)
  る事(こと)泉(いづみ)のごとし          唐氏【四角の囲み線】
◯妬乳(ちばれもの)初(はじめ)ておこり痛(いたむ)には

  醋(す)にて梁上塵(りやうしやうぢん)《割書:やねの下(した) けたの|うへのほこりなり》をときて乳(ち)
  にぬりてよし                千金方【四角の囲み線】
◯乳(ち)の上(うへ)の腫物(はれもの)には
  胡麻(ごま)炒(いり)焦(こが)し粉(こ)にして燈油(ともしあぶら)にてとき
  つくべし                  本草【四角の囲み線】
◯乳癰(にうよう)には
  雄鼠屎(ゆうそし)《割書:両(りやう)方とがりたる|鼠(ねずみ)のふんなり》七ツ粉(こ)にして酒(さけ)にて
  のむべし汗(あせ)出(いで)てよし            壽域方【四角の囲み線】
◯又方

  葱白(ひともしのしろみ)切(きり)爛(たゝらかし)て熱(あたゝめ)帛包(きぬにつゝみ)て乳(ち)の上(うへ)をたび〴〵
  熨(のし)てよし                 種杏仙方【四角の囲み線】
 ●前陰(ぜんゐん) 小便道(せうべんだう)の病(やまひ)なり
◯女(おんな)の前(まへ)しきりに痒(かゆく)或(あるい)はつぶ〳〵と汗(あせ)ぼのやう
 なる物(もの)出来(でき)たるには
  胡麻(ごま)口(くち)にて嚼(かみ)たゞらかし付(つけ)てよし     肘后方【四角の囲み線】
◯女の前(まへ)腫(はれ)或(あるい)はこまかなる瘡(かさ)出来(でき)たるには
  硫黄(いわう)《割書:つけ木(ぎ)の青(あを)きくすりなり|》粉(こ)にしてつけて
  よし乾(かはき)て付(つけ)がたきには唾(つばき)にて付(つけ)てよし  肘後方【四角の囲み線】

◯女の前しきりに痒(かゆき)には
  蒜(にんにく)水(みづ)にてせんじ其(その)せんじしるにてたび
  たびあらひてよし            医綂【四角の囲み線】
◯女 男(おとこ)に会(あふ)度(たび)に前(まへ)より血(ち)出(いづ)るには
  五倍子(ふし)《割書:女のはぐろつくる時(とき)|つくるふしなり》つけてよし    熊氏【四角の囲み線】
◯女の前(まへ)広(ひろく)て中(なか)冷(ひゆ)るには
  硫黄(いわう)《割書:つけ木(ぎ)の青(あを)き|くすりなり》せんじ洗(あらひ)てよし    心傳方【四角の囲み線】



小児門
 ●初生(しよせい) 生(うま)れ出たる時(とき)なり
◯小児(せうに)生(うま)れ落(おち)たる時(とき)胎毒(たいどく)を下(くだ)すには
  胡麻(ごま)生(なま)にてよく嚼(かみ)爛(たゞら)かし絹(きぬ)につゝみて児(こ)の
  口に入 乳(ち)のごとく吸(すは)しむれば胎毒(たいどく)下りて
  よし                 外臺【四角の囲み線】
 ●不乳(ふにう) 生(うま)れ子の乳(ち)にのみつかぬ事なり
◯小児(せうに)生(うま)れて乳(ち)をのまざるには
  葱白(ひともじのしろみ)一寸四ツに割(わり)乳(ち)を少し入よくせんじ

  其(その)乳(ち)を用(もちゆ)へし           全幼心鑑【四角の囲み線】
 ●不尿(ふによう) 生れ子 小便(せうべん)せざる事なり
◯小児(せうに)生れ出て尿(ゆばり)せざるには
  葱白(ひともしのしろみ)一寸四ツに割(わり)て乳(ち)を少し入せんじて其(その)
  乳(ち)をもちゆべし           全幼心鑑【四角の囲み線】
 ●大小便(だいせうべん)不通(ふつう)
◯生れ子(ご)大小便(だいせうべん)せざるには
  婦人(おんな)口(くち)をよく洗(あらひ)て其(その)生れ子の心(むね)と両(りやう)の手の中
  と両(りやう)の足(あし)のうらとを吸(すふ)べし     幼幼新書【四角の囲み線】

 ●撮口(さつこう) 口(くち)を閉(とち)啼声(なくこえ)出(いて)ざるなり
◯小児(せうに)生れて七 夜(や)が中に啼声(なくこえ)出(いで)ず唇(くちびる)青(あを)く乳(ち)をのみ
 かぬるには
  塩(しを)を臍(へそ)の中に入 其(その)上に灸(きう)してよし  子母秘録【四角の囲み線】
 ●臍風(さいふう) 臍(へそ)より風引たる病(やまひ)なり撮口(さつこう)と似たる病なり
◯臍(へそ)より風(かぜ)引て乳(ち)をのみかぬるには
  艾(もぐさ)黒焼(くろやき)にして臍(へそ)の中ヘ一はいに入 紙(かみ)にてふた
  してをくべし             集簡方【四角の囲み線】
 ●臍瘡(さいさう) 臍(へそ)より汁出るなり

◯小児(せうに)臍(へそ)より汁(しる)出(いて)或(あるい)は腫(はれ)痛(いたむ)には
  伏龍肝(ぶくりようかん)《割書:かまどの下の灰の下の|やけつちなり》粉にしてつけて
  よし                  聖恵方【四角の囲み線】
 ●口瘡(こうさう) 小児(せうに)の口(こう)中のやまひなり
◯鵞口(したしとぎ)【左ルビ:がこう】【注】舌(した)一 面(めん)に白く或(あるい)は舌(した)の下に少(ちいさ)き舌(した)の様(やう)なる
 物出来たるには
  赤小豆(あづき)粉にして醋(す)にてときぬるべし  普済方【四角の囲み線】
◯鵞口(したしとぎ)【左ルビ:がこう】一 面(めん)に出来て舌(した)白きには
  燕脂(えんし)《割書:女の口につくる|へににてもよし》ときぬりてよし    集簡方【四角の囲み線】

【注 和名「したしとぎ(舌粢)」。漢名「がこう(鵞口)」。】

◯口中(こうちう)に細(こまか)なる瘡(かさ)出来(でき)たるには
  釜下黒(なべすみ)つけてよし           普済方【四角の囲み線】
◯舌(した)の下に又 舌(した)のごとくなる物(もの)出来(でき)たるには
  伏龍肝(ふくりようかん)《割書:かまどの下(した)の灰(はい)の下(した)の|やけつちなり》酒(さけ)にてときつけ
  てよし                千金方【四角の囲み線】
 ●軟癤(なんせつ) なつぶしの事なり
◯暑(あつ)き時(とき)小児(せうに)の頭(つふり)になつぶし出来たるには
  胡麻(ごま)炒(いり)焦(こが)しあつきうちに嚼(かみ)爛(たゞら)かして
  つけてよし             譚氏小児方【四角の囲み線】

 ●丹毒(たんどく) はやくさの事なり
◯小児(せうに)丹毒(たんどく)【左ルビ:はやくさ】一 身(しん)いづこにても春霞(はるかすみ)のごとくむら〳〵
 と赤(あか)く出(いで)たるには
  大豆(まめ)濃(こく)せんじて其(その)汁(しる)をぬるべし     千金方【四角の囲み線】
◯又方
  雞子(たまご)の清(うはずみ)にて赤小豆(あづき)の粉ぬりてよし  小品方【四角の囲み線】
◯丹毒(はやくさ)頭(つふり)より赤(あか)み出たるには
  葱(ひともじ)すりつぶしてその汁(しる)をしぼりつけて
  よし                   唐仲挙方【四角の囲み線】

◯丹毒(はやくさ)いづかたよりなりとも赤(あか)み出たるには
  醋(す)にて石灰(いしばい)をときつけてよし       摘玄方【四角の囲み線】
◯又方
  伏龍肝(ぶくりようかん)《割書:かまどの下(した)の灰(はい)の下(した)の|やけつちなり》粉(こ)にして新汲水(くみたてのみつ)
  にてときつけてよし            肘後方【四角の囲み線】
 ●夜啼(よなき)
◯小児(せうに)何(なに)の事もなきに毎夜(まいよ)おなじ時分(じぶん)に極(きはめ)て
 啼(なく)には
  燈花(てうじがしら)【注】をとりてさまして乳(ち)にぬりて小児(せうに)の

【注 ちょうじがしら(丁子頭)。燈花(とうか)、丁子花(ちょうじばな)ともいう。=灯心の先端にできる黒いかたまり。】

  口(くち)へ入べし          嬰童百問【四角の囲み線】
◯又方
  五倍子(ふし)《割書:女のはぐろつくるとき|つくるふしなり》唾(つばき)にてこねて小
  児(に)の臍(へそ)につくべし      楊起簡便方【四角の囲み線】
 ●盤膓(はんしやう) 小児(せうに)寒気(かんき)にあたり腹(はら)を痛(いたみ)身(み)を曲(かゝめ)て啼(なく)病(やまひ)あり
◯小児(せうに)腰(こし)を曲(かゝめ)て多(おほ)く啼(な)き腹(はら)痛(いたむ)には
  葱(ひともじ)あつく炒(いり)つきくだき臍(へそ)の上(うへ)に厚(あつ)くのせ
  をくべししばらくのうちに尿(ゆばり)出て痛(いたみ)止(やむ)
  なり             湯氏嬰孩宝鑑【四角の囲み線】

 ●語遅(こち)ものいふ事おそきなり
◯小児(せうに)四五 歳(さい)までものいはざるには
  赤小豆(あづき)粉(こ)にして酒(さけ)にてとき舌(した)の下(した)に度(たび)
  〳〵つけてよし        千金方【四角の囲み線】
 ●驚風(きやうふ)
◯小児(せうに)物(もの)に驚(おとろき)びく〳〵とするには
  乱髪(らんはつ)《割書:男女(なんによ)のかみのおちなり|》黒焼(くろやき)にして酒(さけ)に
  てのませてよし         千金方【四角の囲み線】
◯又方

  雞子(たまご)をすりつぶしのませてよし      本草【四角の囲み線】
◯驚風(きやうふ)遍身(へんしん)黒(くろ)くなるには
  赤土(あかつち)醋(す)にてしめらせあつく炒(あぶり)紿(きぬ)【絹ヵ】に包(つゝみ)惣身(そうみ)
  を足(あし)の方(ほう)へ熨(の)してよし         小児秘訣【四角の囲み線】
 ●疳(かん)
◯小児(せうに)の疳症(かんしやう)一 切(さい)の食物(しよくもつ)を間(ま)もなくくいたがり
 大小 便(へん)水(みづ)のごとく泄(くだり)気(き)ぶしやうなるには
  艾(もぐさ)五分 水(みづ)茶碗(ちやわん)に一 盃(はい)入 半分(はんぶん)に煎(せんじ)用(もちゆ)べし 備急方【四角の囲み線】
 ●痘(とう) ほうさうの事なり

◯疱瘡(はうさう)いまだせざる子に
  十二月に梅(むめ)の花(はな)をとりて陰干(かげぼし)にして蜜(みつ)にて
  丸(ぐはん)じ酒(さけ)にてのますれば疱瘡(ほうさう)せず     種杏仙方【四角の囲み線】

外科門
 ●癰(よう)
◯背(せなか)の手 打(うち)かけ熱(ねつ)して痛(いた)み何(なに)となく心あしき
 時(とき)紙(かみ)壱 枚(まい)水にてぬらし彼(かの)ほめく所に張(はり)付
 て見るべし一 番(はん)に乾(かはく)所これすなはち癰(よう)の

 口(くち)になる所なり其(その)所(ところ)に艾(もぐさ)にて百 壮(ひ)ほど灸(きう)すべし
 痛者(いたむもの)は痛止(いたみやみ)痛(いたま)ざるは痛(いたみ)出て多(おほく)は散(ちり)てよし
 もしちらずして口(くち)あきても内攻(ないこう)【左ルビ:うちくさり】の患(うれい)なく
 愈(いえ)やすし                    李絳兵部手集【四角の囲み線】
◯既(すで)に口(くち)出来て腫(はれ)たるには
  黒大豆(くろまめ)生(なま)にて粉(こ)にして水(みづ)にてとき付べし    本草【四角の囲み線】
◯又方
  赤小豆(あづき)粉(こ)にして水にてぬるへし一 切(さい)の腫(はれ)
  物(もの)にもよし                  小品方【四角の囲み線】

◯又方
  伏龍肝(ぶくりやうかん)《割書:かまとの下の灰(はい)の下の|やけつちなり》蒜(にんにく)等分(とうぶん)に合(あはせ)杵(つき)爛(たゞら)
  して泥(どろ)のごとくしてつくべし乾(かはけ)ば付かゆべし   外臺【四角の囲み線】
◯又方
  米(こめ)の粉(こ)四匁 葱白(ひともじのしろみ)壱匁ひとつにして黒(くろ)くなる
  ほど炒(いり)て醋(す)を入こねてつくべし癰疔(ようちやう)そのほか
  一 切(さい)の腫物(しゆもつ)腫(はれ)て硬(かた)く無頭者(かしらなきもの)には先(まづ)付てよし 外科精義【四角の囲み線】
◯癰疔(ようちやう)其(その)外(ほか)一切の腫物(はれもの)口(くち)愈(いえ)ず濃(うみ)【膿】出るには
  胡麻(ごま)黒(くろ)くなるほど炒(いり)粉にして付てよし      千金方【四角の囲み線】

 ●疔(ちやう)
◯疔(ちやう)は頭(つぶり)面(かを)手(て)足(あし)に生(しやう)す紫色(むらさきいろ)にして泡(あは)のごとく
 頭(かしら)はひきくて丁盖(かさ)のごとしすべて先(まづ)此(この)薬(くすり)を付
 てよし
  乱髪(らんはつ)《割書:かみのおちなり|》鼠尿(ねずみのふん)【屎】等分(とうぶん)黒焼(くろやき)にして
  針(はり)にて腫物(しゆもつ)の口(くち)を少しあけ右(みぎ)の薬(くすり)を吹(ふき)
  入てよし                  聖恵方【四角の囲み線】
◯又方
  門(かど)の戸(と)の樞(くるゝ)の下(した)の土(つち)取来(とりきた)りて人にしらせず

  蒜(にんにく)にてすりつけてよし           魯府禁方【四角の囲み線】
 ●便毒(べんどく) よこねの事なり
◯便毒(べんどく)腫(はれ)痛(いたむ)には
  五倍子(ふし)《割書:女のはぐろつくる時|つくるふしなり》土鍋(つちなべ)の中(なか)へ入(いれ)醋(す)たつふりと入 火(ひ)にて
  ゆる〳〵と煎(せんじ)つめどろ〳〵となりたる時(とき)或(あるい)は布(ぬの)か綿(もめん)
  かに貼(つけ)てつくべし乾(かはか)ば度〳〵かへてよし  本草【四角の囲み線】
 ●下疳(げかん) 陰茎(いんきやう)のやまひなり
◯前陰(まへ)たゞれ或(あるい)は瘡(かさ)出来たるには
  乱髪(らんはつ)《割書:かみのおちなり|》黒焼(くろやき)にして付てよし    心鑑【四角の囲み線】

◯又方
  五倍子(ふし)《割書:女のはぐろつくる時|つくるふしなり》黒焼(くろやき)にして付てよし    種杏仙方【四角の囲み線】
 ●膁瘡(れんさう) はゞきかさの事なり
◯膁瘡(はゞきがさ)汁(しる)出るには
  塩(しを)すりつけてよし               永類方【四角の囲み線】
◯又方
  五倍子(ふし)《割書:女のはぐろつくる時|つくるふしなり》すりつけてよし       種杏仙方【四角の囲み線】
◯膁瘡(はゞきがさ)久しく愈(いえ)ざるには
  杉木(すぎのき)黒焼(くろやき)にして胡麻油(ごまのあぶら)にてとき付てよし   救急方【四角の囲み線】

 ●疥瘡(がいさう) ひぜんがさの事なり
◯疥瘡(がいさう)【左ルビ:ひぜん】手(て)かゆく惣身(そうみ)にも出たるには
  竹(たけ)の葉(は)黒焼(くろやき)にして雞子(たまご)清(うはずみ)にてぬりてよし  楊氏産乳方【四角の囲み線】
◯疥瘡(がいさう)【左ルビ:ひぜん】出来て日 数(かず)なきには
  塩(しを)を唾(つばけ)にてつけてよし            千金方【四角の囲み線】
 ●癜風(てんふう) なまづの事なり
◯癜風(なまづ)白(しろ)くても赤(あか)くても此(この)方(ほう)を用(もち)ひてよし
  生姜(しやうが)のしぼり汁(しる)を茹帯(なすひのへた)【茄蔕】にてすりつけて廿(はつ)
  日(か)ばかりして愈(いゆ)る              医綂【四角の囲み線】

◯又方
  小麦(こむぎ)黒焼(くろやき)にして鉄(てつ)の物にておして油(あぶら)を
  出しすりつけてよし           医学正傳【四角の囲み線】
◯又方
  布切(ぬのきれ)を板の上に四 方(ほう)を針(くぎ)【釘】にて打付(うちつけ)硫黄(いわう)を
  《割書:つけ木の青き|くすりなり》粉にして雞子清(たまごのうはずみ)にてこねて彼(かの)
  布切(ぬのぎれ)にすりつけ布切(ぬのきれ)縮(ちゝま)ざるやうにして乾(ほし)付
  をき癜風(なまづ)の上を度〳〵こすりてよし    医綂【四角の囲み線】
◯又方

  硫黄(いわう)《割書:つけ木の青きくすりなり|》粉にして生姜(しやうが)のし
  ぼり汁(しる)にてつけてよし          癘瘍機要【四角の囲み線】
 ●厲風(れいふう) 癩病(らいべう)なり俗(ぞく)に云さんびやうかつたいの事なり
◯癩病(かつたい)爛(たゞれ)てしめり汁(しる)出るには
  五倍子(ふし)《割書:女のはぐろつくるとき|つくるふしなり》唾(つはけ)にてこねて付べし 普済方【四角の囲み線】
◯又方
  生(なま)の竹の筒(つゝ)十(とを)に黒大豆(くろまめ)を一 盃(はい)につめ又 生(なま)の
  竹の筒(つゝ)に乱髪(らんはつ)《割書:かみのおちなり|》一はいつめて稿(わら)の火
  にてたけば生(なま)竹より汁(しる)出るなり其(その)汁(しる)を盆(ほん)

  にうけをきて鳥の羽にて瘡(かさ)の上につくべし
  一切の腫物(しゆもつ)にもよし          郡真人経験方【四角の囲み線】
 ●諸瘡(しよさう) 惣(そう)じて瘡(かさ)の類(るい)いろ〳〵の薬(くすり)をあつめ記す
◯悪瘡(あくさう)久しく愈(いえ)ざるには
  家(いゑ)三 軒(げん)の椀(わん)の洗汁(あらひしる)をあつめ塩(しを)少し入て
  其(とり)瘡(かさ)を洗(あらひ)てよし            簡要済衆【四角の囲み線】
◯又方
  石灰(いしばい)雞子清(たまこのうはずみ)にてこねてよくあぶり粉にし
  て生姜(しやうが)のしほり汁(しる)にて付てよし     救急方【四角の囲み線】

◯面(かを)に出来たる瘡(かさ)には
  柳(やなぎ)の木(き)塩(しを)少し入れせんじ洗(あらひ)てよし   李樓竒方【四角の囲み線】
◯一 切(さい)の悪瘡(あくさう)又は疥瘡(ひぜん)にも
  燈盞(あぶらつき)の油(あぶら)ぬりてよし          本草【四角の囲み線】
◯小児(せうに)の臍瘡(さいさう)【左ルビ:へそのかさ】には
  綿(はた)《割書:木綿(きわた)なり唐綿(とうわた)|の事なり》黒焼(くろやき)にしてつけてよし  傳氏活嬰方【四角の囲み線】
◯小児(せうに)の頭瘡(つふりのかさ)には
  皮鞋底(ひけいてい)《割書:ふるきせつたの皮(かは)|にてもよし》洗(あらひ)きよめ煮(に)爛(たゝらかし)てつけ
  てよし                 聖恵方【四角の囲み線】
 

◯又方
  黒大豆(くろまめ)よく炒(いり)て粉(こ)にして水にてとぎつく
  べし                普済方【四角の囲み線】
◯漆瘡(うるしまけ)には
  磨刀石(またうせき)上泥(しやうでい)《割書:刀(かたな)をとぐ|砥(と)しるなり》ぬりてよし  医林集要【四角の囲み線】
◯又方
  韮葉(にらのは)すりつけてよし         医林集要【四角の囲み線】
◯又方
  蜀椒(さんせう)のせんじ汁(しる)にて洗(あらひ)てよし   医林集要【四角の囲み線】

◯又方
  杉(すぎ)の木せんじ洗(あらひ)てよし       衛生易簡方【四角の囲み線】
◯漆(うるし)にまけよき人 漆(うるし)にまけぬ方(ほう)
  川椒(さんせう)せんじ汁(しる)を面(かを)手(て)胸(むね)などにぬりてをけ
  ば漆(うるし)いらひてもまけず        物類相感志【四角の囲み線】
◯白屑(ふけ)おほく出来(でくる)には
  藜蘆(おもと)のせんじ汁(しる)にて髪(かみ)を洗(あらひ)髪(かみ)乾(かはき)て後(のち)
  藜蘆(おもと)の粉(こ)を髪(かみ)の根(ね)へすり付てよし  医学入門【四角の囲み線】
◯白禿瘡(しらくぼ)には

  葱(ひともじ)のせんじ汁(しる)にてあらひよく拭(のこい)乾(かはか)し胡(ご)
  麻油(まのあぶら)つけてよし           外科正宗【四角の囲み線】
◯疣(いぼ)瘡には
  初(はじめ)に出来たるに灸(きう)すれば皆(みな)愈(いゆ)る   医学入門【四角の囲み線】
◯瘭疽(へうそ)おこりて指(ゆひ)痛(いたむ)には
  伏龍肝(ふくりようかん)《割書:かまどの下の灰の下の|やけつちなり》竃突墨(そうとつぼく)《割書:かまのうらの高|き所のすみなり》
  竃屋塵(そうおくちん)《割書:かまどにつき|たるすみなり》三 色(いろ)合(あはせて)て濃(こく)せんじ洗(あらい)て
  よし                 瘍科準縄【四角の囲み線】
◯天蛇頭(つまばらみ)には

  雞子(たまご)に竅(あな)を開(あけ)汁(しる)を出しつけてよし  瘍科準縄【四角の囲み線】
◯乾癬(たむし)には
  巴豆(はつ)炭火(すみび)にてあぶり油(あぶら)をよく出(いだ)して後(のち)つき
  くだきすりつけてよし         瘍科準縄【四角の囲み線】
◯又方
  馬歯莧(すべりひゆ)すりつけてよし        瘍科準縄【四角の囲み線】
◯又方
  梅干(むめぼし)蒜(にんにく)梁上塵(りやうしやうちん)《割書:やねの下(した)桁(けた)の上(うへ)の|ほこりなり》塩(しを)右(みぎ)等分(とうぶん)
  醋(す)に一 夜(や)浸(ひたし)つけてよし       瘍科準縄【四角の囲み線】

◯又方
  日中(につちう)に日向(ひなた)へ出(いで)て乾癬(たむし)の所(ところ)を日(ひ)にあてその
  日蔭(ひかげ)の地(ち)に三 壮(ひ)灸(きう)すべし    瘍科準縄【四角の囲み線】
◯疿瘡(ねぶと)には
  滑石(くはつせき)五分 菉豆粉(ぶんどうのこ)四匁 水(みづ)にてときつけて
  よし               瘍科準縄【四角の囲み線】
◯嵌甲疽(かんがうそ)には 足袋(たび)のつまりてあしのはれたるなり
  陳皮(ちんひ)《割書:みかんの皮(かは)なり|》濃(こく)せんじ洗(あらひ)てよし
                    医学入門【四角の囲み線】

◯又方
  梅干(むめぼし)の肉(にく)すりつけてよし     瘍科準縄【四角の囲み線】
◯一 身(しん)に猫(ねこ)の目(め)のごとくなる瘡(かさ)出来(でき)て膿(うみ)血(ち)なく痛(いたみ)
 痒(かゆき)には
  雞(にはとり)葱(ひともし)韮(にら)を食(くひ)てよし     夏氏益竒疾方【四角の囲み線】
 ●杖瘡(ぢやうさう) 人にたゝかれ又は打身(うちみ)の類(るい)を記(き)す
◯人(ひと)に杖(つえ)棒(ぼう)にてたゝかれ痛(いたむ)には
  伏龍肝(ぶくりようかん)《割書:かまどの下(した)の灰(はい)の下(した)の|やけつちなり》粉(こ)にして油(あぶら)にて
  ときぬりてよし          千金方【四角の囲み線】

◯又方
  胡麻油(ごまのあぶら)あつくわかし鐘(ちよく)に一 盃(はい)のみてよし   吹剣続録【四角の囲み線】
◯又方
  五倍子(ふし)《割書:女のはくろつくる時(とき)|つくるふしなり》醋(す)にてときぬりてよし  衛生易簡方【四角の囲み線】
◯又方
  大豆(まめ)粉(こ)にしてつけてよし            千金方【四角の囲み線】
◯高所(たかきところ)より落(おち)或(あるい)は骨(ほね)を打折(うちおり)痛(いたむ)には
  大豆(まめ)せんじのみてよし             千金方【四角の囲み線】
◯一 切(さい)の打身(うちみ)皮(かは)破(やぶれ)たる者(もの)には

  生蘿蔔(なまだいこん)の汁(しる)つけてよし           邵氏方【四角の囲み線】【注】
◯一 切(さい)の打身(うちみ)には
  生姜(しやうが)のしぼり汁(しる)酒(さけ)等分(とうぶん)に合(あはせ)温飩(うどん)の粉(こ)
  をこねて貼(つけ)てよし              易簡方【四角の囲み線】
◯又方
  石灰(いしばい)胡麻油(こまのあぶら)にてつけてよし         集簡方【四角の囲み線】
◯又方
  胡桃(くるみ)の肉(にく)酒(さけ)にてしめし杵(つき)くだきのみてよし  医綂【四角の囲み線】
◯又方

【注 「邵氏方」は引用書目に無し】

  葱白(ひともしのしろみ)杵(つき)爛(たゞらかし)あつくいりて其(その)痛(いた)むうへに置(をき)て
  あたゝめてよし葱白(ひともじのしろみ)冷(ひへ)ばたび〳〵かへつけ
  てよし                  正體類要【四角の囲み線】
 ●金瘡(きんさう) きりきずなり
◯金瘡(きりきず)血(ち)出(いで)てやまざるには
  釜臍墨(なべすみ)すりつけてよし           開寶本草【四角の囲み線】
◯又方
  香炉灰(かうろのはい)つけてよし           本草【四角の囲み線】
◯又方

  五倍子(ふし)《割書:女のはぐろつくる時(とき)|つくるふしなり》つけてよし      談埜翁方【四角の囲み線】
◯又方
  葱(ひともじ)あつくあぶり汁(しる)をしぼりぬりてよし   梅師方【四角の囲み線】
◯又方
  生姜(しやうが)嚼(かみ)つけてよし             扶壽方【四角の囲み線】
◯又方
  石灰(いしばい)つけてよし白壁(しらかべ)をこそげつけてよし  肘后方【四角の囲み線】
◯金瘡(きりきず)血(ち)多(おほ)く出(いで)てとまらず身(み)冷(ひゆ)れば死(し)す早(はや)く
  塩(しを)を炒(いり)て三 撮(つまみ)酒(さけ)にて用(もちゆ)べし       梅師方【四角の囲み線】

 ●湯火傷(たうくはしやう) やけどの事なり
◯火(ひ)にても湯(ゆ)にても人の身(み)にかゝりやけどしたるには
  井戸(ゐど)の底(そこ)の泥(どろ)ぬりてよし     證類本草【四角の囲み線】
◯又方
  胡麻(ごま)生(なま)にて嚼(かみ)つけてよし      外臺【四角の囲み線】
◯又方
  醋(す)にて洗(あらひ)てよし          北夢鎖言【四角の囲み線】
◯又方
  生(なま)蘿蔔(だいこん)のしぼり汁(しる)つけてよし    聖済総録【四角の囲み線】

◯又方
  石灰(いしはい)水(みづ)にてときつくべし       肘后方【四角の囲み線】
◯又方
  灰(はい)水(みづ)にてときつけてよし       医綂【四角の囲み線】
◯火(ひ)にて焼(やけど)したるには
  酒(さけ)にて洗(あら)ひ其(その)あとへ塩(しを)をつけてよし 医学六要【四角の囲み線】
◯熱(あつ)き酒(さけ)かゝりて痛(いたむ)には
  糯米(もちごめ)黒(くろ)く炒(いり)粉(こ)にしてつけてよし   医学六要【四角の囲み線】
◯灸瘡(きうさう) きうのいぼうたる事なり

  伏龍肝(ぶくりようかん)《割書:かまどの下(した)の灰の|下(した)のやけつちなり》水にせんじ洗(あらひ)てよし  千金方【四角の囲み線】
◯又方
  春(はる)は柳(やなぎ)の白(しろ)き花(はな)をつけ夏(なつ)は竹(たけ)の中(なか)の紙(かみ)をつけ
  秋(あき)は綿(きわた)をつけ冬(ふゆ)は兎(うさぎ)の毛(け)をつけてよし  資生経【四角の囲み線】
 ●虫獣傷(ちうじうしやう) むしのさしたる事なり
◯蛇(へび)足(あし)に繞(まとひ)て解(とけ)ざるには
  熱(あつき)湯(ゆ)かけてよし              千金方【四角の囲み線】
◯又方
  小便(せうべん)しかけてよし             肘后方【四角の囲み線】

◯毒蛇(どくじや)のさしたるには
  塩(しを)嚼(かみ)てぬり其(その)上(うへ)に艾(もぐさ)にて三 壮(ひ)灸(きう)して又 塩(しを)
  をぬりてよし               徐伯玉方【四角の囲み線】
◯又方
  艾(もくさ)にて灸(きう)してよし            集簡方【四角の囲み線】
◯又方
  生姜(しやうが)のしぼり汁(しる)つけてよし        本草【四角の囲み線】
◯蛇(へひ)のさしたるあと瘡(かさ)となりたるには
  あつき酒(さけ)にて度(たび)〳〵洗(あらひ)てよし      広利方【四角の囲み線】

◯蜘蛛(くも)くひて痛(いたみ)其(その)外(ほか)一 切(さい)の虫(むし)のさしたるには
  胡麻(ごま)かみたゞらかしつけてよし  経験後方【四角の囲み線】
◯蜘蛛(くも)のさしたるには
  生姜(しやうが)の汁(しる)つけてよし     本草【四角の囲み線】
◯蜈蚣(むかて)のさしたるには
  塩(しを)をすりつけてよし或(あるひは)塩湯(しをゆ)にてあらひ
  てよし            梅師方【四角の囲み線】
◯又方
  蝸牛(で〱むし)すりつけてよし     鐵囲山叢談【四角の囲み線】

◯又方
  雞子清(たまごのみづ)ぬりてよし     痬科準縄【四角の囲み線】
◯螻(けら)蛄(ひぐらし)人をさしたるには
  石灰(いしはい)醋(す)にてときつくる   聖恵方【四角の囲み線】
◯蜂(はち)のさしたるには
  塩(しを)かみつけてよし     千金方【四角の囲み線】
◯又方
  小便(せうべん)にて洗(あらひ)てよし    肘后方【四角の囲み線】
◯又方

  其(その)さゝれたる所(ところ)を湯(ゆ)に浸(ひた)してよしもし
  湯(ゆ)冷(ひえ)ば度(たび)〳〵かへて浸(ひた)すべし         大平御覧【四角の囲み線】
◯刺毛蟲(けむしのさし)たるには
  伏龍肝(ふくりようかん)《割書:かまどの下(した)の灰(はい)の|下(した)のやけつちなり》水にてときつけて
  よし                      痬科準縄【四角の囲み線】
◯蚯蚓(みゝず)さして毒(どく)内(うち)に入(いり)眉(まゆ)髪(ひけ)ぬけ癩病(かつたい)のごとく
 なるには
  石灰(いしばい)の水にて洗(あらひ)てよし             経験方【四角の囲み線】
◯小児(せうに)蚯蚓(みゝず)に小便(せうべん)しかけて前陰(まへ)腫(はれ)たるには

  火吹竹(ひふきたけ)にて吹(ふく)べし                本草【四角の囲み線】
◯田(た)などへ行者(ゆくもの)蛭(ひる)にさゝれぬ方
  油(あぶ[ら])に塩(しを)を入(いれ)て手足(てあし)にぬれば蛭(ひる)かつてさゝず  病源候論【四角の囲み線】
◯夏(なつ)の夜(よ)蚊(か)の無(な)きまじない
  端午日(たんごのひ)午時(むまのとき)儀方の二 字(じ)を紙(かみ)に書(かき)て柱(はしら)毎(ごと)に
  張(はれ)ば蚊(か)なし                   種杏仙方【四角の囲み線】
◯蝿(はい)子の無(な)きまじない
  端午日(たんこのひ)午時(むまのとき)白の字(じ)を紙(かみ)に書(かき)て柱(はしら)の上(うへ)の方(はう)四所(よところ)
  に張(はれ)ば蝿(はい)子なし                 種杏仙方【四角の囲み線】

◯猫(ねこ)の咬(かみ)たるには
  雄鼠屎(ゆうそし)《割書:両方(りやうほう)とがりたる|ねずみのふんなり》黒焼(くろやき)にして油(あぶら)にてつけ
  てよし               壽域方【四角の囲み線】
◯鼠(ねずみ)の咬(かみ)たるには
  猫(ねこ)の屎(くそ)つけてよし         本草【四角の囲み線】
◯犬(いぬ)の咬(かみ)たるには
  雄鼠屎(ゆうそし)《割書:両方(りやうほう)とがりたる|ねずみのふんなり》黒焼(くろやき)にして油(あぶら)にてつけ
  てよし               梅師方【四角の囲み線】
◯又方

  犬(いぬ)の食(くひ)たる所に三壮(みひ)灸(きう)してよし  内経素問【四角の囲み線】
 ●骨鯁(こつかう) 魚(うを)の骨(ほね)又は竹のくいなど咽(のど)にたちたる事なり
◯魚(うを)鳥(とり)の骨(ほね)咽(のど)にたちたるには
  五倍子(ふし)《割書:女のはくろつくる時(とき)|つくるふしなり》細茶(さいちや)《割書:引茶(ひきちや)なり|》等分(とうぶん)咽(のど)に
  入るれば忽(たちまち)によし        口歯類要【四角の囲み線】
◯又方
  水(みづ)茶碗(ちやわん)に一 盃(はい)酌置(くみをき)て左(ひだり)の眼(め)にて水を見
  はり左(ひだり)の眼(め)にて水の中ヘ龍(りよう)といふ字(じ)を書(かき)
  入れてのむべしもし小児(せうに)に骨(ほね)たちたる

  には傍(そば)の人 前(まへ)のごとくして水を小児(せうに)にの
  ませてよし              医綂【四角の囲み線】
◯又方
  餳糖(せきたう)《割書:地(ぢ)わうせんにても|しかあめにても》一塊(ひとかたまり)のみてよし  陳氏方【四角の囲み線】
◯又方
  醋(す)一はいのみてよし          丹渓方【四角の囲み線】
◯又方
  韮(にら)の白(しろみ)少(ちいさ)く切(きり)針(はり)にて糸を通(とを)し針(はり)をぬき
  て糸を手に持(もち)韮(にら)を骨(ほね)のたちたる所まで

  のみこみて糸を持(もち)てそろ〳〵と引 出(いた)せは
  韮(にら)に骨(ほね)たちて出る           古今秘験方【四角の囲み線】
◯又方
  犬(いぬ)の涎(よだれ)とりてのみてよし        万病回春【四角の囲み線】
◯又方
  別(べつ)の魚(うを)の骨(ほね)一本を其(その)骨(ほね)たちたる人の髪(かみ)に
  挿(さしはさみ)て人にしらせねばさつそくぬくる  種杏仙方【四角の囲み線】
◯髪(かみ)のおち咽喉(のど)にたちたるには
  古(ふる)き木櫛(きぐし)黒焼(くろやき)にして酒(さけ)にてのみてよし 斗門方【四角の囲み線】

◯又方
  自己(じこ)【左ルビ:そのひと】の髪(かみ)黒焼(くろやき)にして壱匁 酒(さけ)にてのみて
  よし                 延齢至寶方【四角の囲み線】
◯銭(せに)を呑(のみ)たるには
  炭(すみ)粉(こ)にして白湯(さゆ)にてのみてよし    口歯類要【四角の囲み線】
◯金(きん)銀(ぎん)をのみたるには
  琉(い)【硫】黄(わう)《割書:つけ木(ぎ)の青き|くすりなり》石灰(いしばい)等分(とうぶん)酒(さけ)にてのみて
  よし                 孫用和秘宝方【四角の囲み線】
◯又方

  艾(もぐさ)水(みつ)にてせんじのむべし       銭相公篋中方【四角の囲み線】
◯小児(せうに)針(はり)をのみたるには
  黒砂糖(くろざたう)丸(ぐはん)し用(もち)ひてよし       済世全書【四角の囲み線】
 ●五絶(ごぜつ)縊(くひくゝり)て死たると魘(おそはれ)て死(しゝ)たると高(たかき)より落(おち)或(あるい)はおし
     に打(うた)れて死(しゝ)たると水(みつ)に溺(はまり)て死(しゝ)たると凍(こゝえ)て死(しゝ)
     たると五色(いついろ)の死 死(しゝ)て間(ま)の無(な)きはたすけ
     らるべし
◯自(みづから)縊(くびくゝり)死(しゝ)たる者(もの)あらば除(しづか)に縄(なは)をゆるめ上下(かみしも)に被(ふすも)【左ルビ:ふとん】
 をきせ一人(ひとり)は両(りやう)の足(あし)に縊者(くひくゝりたるもの)の両(りやう)の肩(かた)をふまへ
 て手にて力(ちから)一はい髪(かみ)を引べし 《割書:もし剃髪(ていはつ)にて髪(かみ)|なくは両の耳(みゝ)のあなへ》

  《割書:中指(たか〳〵ゆび)をさし|入て引(ひく)べし》又 一人(ひとり)は胸(むね)の上(うへ)をさするべし又 一人(ひとり)は臂(ひぢ)と
  足(あし)とをのべたり屈(かゞめ)たりすべし半時(はんとき)ばかり如(かくの)_レ此(ことく)すれ
  は息(いき)出(いづ)るなり息(いき)出(いで)て後(のち)又 半時(はんとき)ばかり前(まへ)のごとくし
  て後(のち)粥清(わり)をすこし用(もちゆ)ゆべし人 大勢(おほぜい)有所(あるところ)なら
  ば右(みぎ)の外(ほか)に又 両人(りやうにん)して病人(べうにん)の両(りやう)の耳(みゝ)を筆(ふで)の軸(ぢく)
  にて一 度(ど)に吹(ふく)べし猶(なを)以(もつて)よし如(かくの)_レ此(ごとく)しては活(いき)ざる
  者(もの)なし朝(あさ)縊(くびくゝり)て暮(くれ)に見付(みつけ)たるは死切(しにきり)身(み)冷(ひえ)ても
  活(いく)もし夜中(やちう)に縊(くびくゝり)て明朝(みやうちやう)見付(みつけ)たる活(いき)がたし
◯又方                      金匱要略【四角の囲み線】

  梁上塵(りやうしやうぢん)《割書:やねの下(した)桁(けた)の上(うへ)の|ほこりなり》豆(まめ)の大(おほき)さほど筆(ふて)の軸(ぢく)に
  入れ同(おな)じやうに四(よ)ツこしらへて四人(よにん)して病人(べうにん)
  の鼻(はな)の孔(あな)両(りやう)の耳(みゝ)へ壱ツ宛(づゝ)さし入(いれ)四人(よにん)息(いき)をそ
  ろへ一 度(ど)に力(ちから)一はい吹入(ふきいる)べし即(すなはち)活(いき)かへる  外臺【四角の囲み線】
◯又方
  葱(ひともじ)の長(なが)さ六七寸 病人(べうにん)の両(りやう)の耳(みゝ)鼻(はな)へさし入る
  べし血(ち)少(すこ)し出(いで)て息(いき)出(いづ)べし          本草【四角の囲み線】
◯魘(おそはれ)死者(しゝたるもの)あらばしづかに手にても又は風呂敷(ふろしき)の
 やうなる物(もの)にても病人(へうにん)の口(くち)鼻(はな)にあてゝ息(いき)の出(で)

 ぬやうにして置(をく)べし扨(さて)病人(べうにん)の眼(め)開(あき)たらばあつき
 小便(せうべん)一はい口(くち)に入べし暫(しばし)ありて正気(しやうき)になる
◯又方
  伏龍肝(ぶくりようかん)《割書:かまどの下(した)の灰(はい)の|下(した)のやけつちなり》粉にして弐匁ほど鼻(はな)の
  中(なか)へ吹入(ふきいれ)てよし             千金方【四角の囲み線】
◯鬼魘(おそはれ)死(しする)は喚(よび)活(いく)べからず其(その)病人(べうにん)の脚跟(あしのきびす)を力(ちから)一はい
 口(くち)にて咬(かむ)べし又 其(その)病人(べうにん)の面(かを)へ唾(つばけ)を吐(はき)かくべし
 初(はじめ)より燈(ともしび)あらば燈(ともしび)を置(をく)べしもし初(はじめ)より
 燈(ともしび)なきくらがりにて魘(おそはれ)死(しゝ)たるには燈(ともしひ)をとも

 すべからず
◯又方
  梁上塵(りやうしやうちん)《割書:やねの下(した)桁(けた)の|上のほこりなり》鼻(はな)の中(なか)へ吹入(ふきいる)べし 瑣砕録【四角の囲み線】
◯又方
  温酒(あたゝめざけ)面(かを)にかくれば活(いき)る         肘後方【四角の囲み線】
◯人 昼夜(ちうや)ともに何(なに)の故(ゆへ)もなく死(しゝ)入(いり)たるには葱(ひともじ)七
 八寸 鼻(はな)の中へさし入(い)るべし血(ち)出(いで)て甦(よみかへる)男(おとこ)は左(ひだり)
 の鼻(はな)の孔(あな)へ入れ女は右(みぎ)の鼻(はな)の孔(あな)へさし入るべし
 此(これ)扁鶕傳(へんじやくかでん)なり              崔氏纂要【四角の囲み線】

◯溺水(みずにはまり)て死(しゝ)たるには
  塩(しを)を臍(へそ)の中(なか)へ入(いれ)置(をく)べし           救急方【四角の囲み線】
◯又方
  石灰(いしはい)を布切(ぬのぎれ)に包(つゝみ)て尻(しり)の穴(あな)へさし入れ置(お)くべし
  暫(しばし)して水(みづ)出(いで)て活(いく)              千金方【四角の囲み線】
◯又方
  竃灰(かまとのはい)二 石(こく)に病人(べうにん)を埋(うつみ)置(をく)べし水(みづ)出(いで)て活(いく)  金匱要略【四角の囲み線】
◯又方
  梁上塵(りやうしやうぢん)《割書:やねの下の桁(けた)の|上(うへ)のほこりなり》鼻(はな)の孔(あな)へ吹(ふき)入てよし  本草【四角の囲み線】

◯高(たか)き所(ところ)より堕(おち)大木(たいぼく)大石(たいせき)に打(うた)れ或(あるい)は馬(むま)より落(おち)たるには
  病(べう)人の口(くち)鼻(はな)眼(め)の上(うへ)に風(ふ)ろしきのやうなる物(もの)を
  かけ息(いき)の出(いで)ざるやうにして置(をく)べし暫(しばし)すれば
  息(いき)出(いづ)るなり息(いき)出(いで)眼(め)開(あきたら)ば熱(あつ)き小便(せうべん)をのます
  べし                    千金方【四角の囲み線】
◯高(たか)き所(ところ)より堕(おち)絶(たえ)入らんとして言(ものいふこと)ならざるには
  急(きう)に熱(あつ)き小便(せうべん)のませてよし        医学六要【四角の囲み線】
◯冬日(ふゆのひ)凍死(こゝえしゝ)て四肢(てあし)直(すく)み口噤(くちくひつめ)少(すこ)し息(いき)ばかりあるには
  大釜(おほがま)にて灰(はい)をあつく炒(いり)袋(ふくろ)に入て心上(むねのうへ)を熨(のし)てよし

  冷(ひゆ)れば換(かへ)べし眼(め)開(あき)息(いき)出(いで)て後(のち)粥清(わり)を少つゝ用(もちひ)て
  よしもし火(ひ)にて温(あたゝむ)れば早速(さつそく)に死(し)す  壽世保元【四角の囲み線】
◯又方
  急(きう)に地(ぢ)を深(ふか)さ二 尺(しやく)ばかり長(なが)さ六七 尺(しやく)に堀(ほり)て炭(すみ)を
  多(おほ)く火(ひ)におこして彼(かの)穴(あな)の中に焼(たき)たて穴(あな)の中よ
  くあたゝまりたる時火を取(とり)のけ莚(むしろ)をしき其(その)上(うへ)
  に病(べう)人を臥(ね)させ上(うへ)に物(もの)を多(おほ)くきせ置(をく)べし
  汗(あせ)多(おほ)く出てよし              夷堅志【四角の囲み線】
 ●中悪(ちうあく)

◯死人(しにん)の気(き)にふれ或(あるい)は墓(はか)に行(ゆき)などして死人(しにん)の毒気(とくき)
 にあたり腹痛(はらいたむ)には
  鍋墨(なべすみ)五匁 塩(しを)壱匁 白湯(さゆ)にてのみてよし   千金方【四角の囲み線】
◯又方
  塩(しを)赤(あか)くなるほど炒(いり)て酒(さけ)にてのむべし痰(たん)を吐(はき)て
  よし                  甄権薬性論【四角の囲み線】
◯あしき夢(ゆめ)を見(み)て覚(さめ)ても身(み)に青(あを)きあとあるには
  塩水(しをみづ)のみてよし             救急方【四角の囲み線】
 ●雑病(ざつべう) 此(この)段(だん)にいろ〳〵のやまひの薬をのす

○狐臭(わきかのくさき)には
  伏龍肝(ぶくりようかん)《割書:かまどの下(した)の灰(はい)の|下(した)のやけ土(つち)なり》粉(こ)にして度(たび)〳〵すりつ
  けてよし                   千金方【四角の囲み線】
◯又方
  生姜(しやうが)のしぼり汁(しる)つけてよし          易簡方【四角の囲み線】
◯転筋(こぶらがへり)腹(はり)に入(いり)痛(いたむ)には
  鍋(なべ)墨(すみ)壱匁 酒(さけ)にてのみてよし          肘后方【四角の囲み線】
◯脚気(かつけ)には
  毎夜(まいよ)塩(しを)を腿(もゝ)膝(ひざ)にすりぬりて毎夜(まいよ)熱(あつ)き湯(ゆ)に足(あし)

  の甲(こう)まで浸(ひた)してあたゝむべし        救急方【四角の囲み線】
◯消渇(しようかつ)【左ルビ:のどかはき】して水(みづ)を飲(のむ)には
  五倍子(ふし)《割書:女のはぐろつくる時|つくるふしなり》壱匁 水(みづ)にてのみてよし  危氏得効方【四角の囲み線】
◯手足(てあし)の霜(しも)腫(はれ)には
  山薬(やまのいも)竹(たけ)のへらにてこそげつけてよし     儒門事親【四角の囲み線】
◯耳(みゝ)の霜(しも)腫(はれ)には
  生姜(しやうが)のしぼり汁あたゝめつけてよし     假日記【四角の囲み線】
◯世間(せけん)に流行病(はやりやまひ)あるときうつらぬ方
  新(あたら)しき布(ぬの)の袋(ふくろ)に大豆(まめ)を入れ一 夜(や)井(ゐ)の中につけ

  置(をき)翌日(あくるひ)取出(とりいだ)し一人に七 粒(つふ)づゝのめばはやりやまひ
  うつらず             領要【四角の囲み線】
◯又方
  新(あたら)しき布袋(ぬのふくろ)に赤小豆(あづき)を入れ井(ゐ)の中に三日 浸(ひた)し
  置(をき)て三日 目(め)の夜(よ)取(とり)出して家内(かない)【左ルビ:いへのうち】の人 不(のこ)_レ残(らず)新汲(くみたての)
  水(みづ)にて東(ひかし)に向(むか)ひ男は三十 粒(つぶ)女は二十 粒(つぶ)づゝ三日
  のむべし流行病(はやりやまひ)うつらず     医綂【四角の囲み線】
◯疫病(やくべう)うつらぬ府(ふ)
  ■■乙 如(かくの)_レ此(ことく)紙(かみ)に書(かき)て門口(かどくち)におせば疫病(やくべう)

  わづらはず            群談採余【四角の囲み線】
◯一 年中(ねんぢう)流行病(はやりやまひ)にそまざる方
  正月 朔日(ついたち)か十五日か両(りやう)日の内(うち)赤小豆(あづき)十四 粒(つぶ)胡麻(ごま)
  七 粒(つぶ)井(ゐ)の中へ入るへし其(その)水を飲(のめ)ば年中やまひ
  なし               五行書【四角の囲み線】
◯又方
  元日(ぐはんにち)東(ひがし)に向(むか)ひて韮(にら)と小豆(あづき)とをのめば年中
  病(やまひ)なし             本草【四角の囲み線】
◯又方

【■■は 竹+車+コ+ 疋 と 竹+厂+斬】

  立秋日(りつしうのひ)《割書:七月の|節(せつ)なり》西(にし)に向(むか)ひて朝(あさ)の一 番(はん)水にて赤(あ)
  小豆(づき)七 粒(つぶ)のめは年中 痢病(りべう)をわづらはず     本草【四角の囲み線】
◯瘰癧(るいれき)には
  芥子(からし)の粉(こ)醋(す)と酒(さけ)とにて貼(つけ)てよし       肘後方【四角の囲み線】
◯又方
  五倍子(ふし)《割書:女のはぐろつくる時|つくるふしなり》醋(す)にてつけてよしもし
  破(やふれ)ば蜜(みつ)にてときぬるべし          魯府禁方【四角の囲み線】
◯身(み)面(かを)に疣(いぼ)出来(でき)たるには
  醋(す)に石灰を浸(ひた)して上汁(うはしる)を度〳〵つけてよし  千金方【四角の囲み線】

◯竹木刺(たけきのそげ)肉たちたるには
  頭垢(つふりのあか)ぬりてよし              劉涓子【四角の囲み線】
◯又方
  梅干(むめぼし)の肉(にく)すりつけてよし          梅師方【四角の囲み線】
◯又方
  生姜(しやうが)橘皮(みかんのかは)塩(しを)等分(とうぶん)水にて煮(に)つめてつくれば
  即(すなはち)出(いづ)る                 医綂【四角の囲み線】
◯又方
  胡椒(こせう)の粉(こ)食粒(めしつぶ)におしまぜつけてよし    瘍科準縄【四角の囲み線】

◯人の咬(かみ)付て痛(いたむ)には
  皿(さら)に熱(あつ)き小便(せうべん)入れ一 夜(や)ひたしてよし   通変要法【四角の囲み線】
◯陰嚢(いんなう)【左ルビ:ふぐり】しきりに痒(かゆき)には
  五倍子(ふし)《割書:女のはくろつくる時|つくるふしなり》すりつけてよし     本草【四角の囲み線】
◯惣身(そうみ)に虱(しらみ)多(おほ)くわきて後(のち)には血(ち)肉(にく)壊(やぶれ)痛(いたみ)痒(かゆき)には
  醋(す)に塩(しを)を入れせんじのみてよし      竒疾方【四角の囲み線】
◯小便(せうべん)の中より屎(くそ)出(いで)大 便(べん)に小 便(べん)を出(いだ)すには
  旧幞頭(きうぼくとう)【左ルビ:ふるきづきん】黒焼(くろやき)にして酒(さけ)にて五分 許(ばかり)のみてよし  怪痾単【四角の囲み線】
◯焼死(やけしゝ)て息(いき)いまだあるには

  小便(せうべん)多(おほ)くのませてよし          千金方【四角の囲み線】
◯鍼(はり)をたてゝ折込(おれこみ)たるには
  何(なに)鳥(どり)の羽根(はね)にても四五 枚(まい)黒焼(くろやき)にして醋(す)にてと
  き折(おれ)たる鍼(はり)の上に貼(つけ)紙(かみ)にてふたして置(をく)べし
  折(おれ)たる針(はり)自出(おのずからいづ)           鍼灸聚英【四角の囲み線】
◯又方
  象牙(ぞうげ)の屑(けつりくす)水にてつけてよし      肘後方【四角の囲み線】
◯灸(きう)していぼはぬ人いぼはさんと思(おも)はゝ
  故草履(ふるざうり)のうらを火にてあたゝかにあぶり灸(きう)

  の上をなづれば三日の中にいほふ     甲乙経【四角の囲み線】
◯五穀(ごこく)其(その)外(ほか)一切の食物(しよくもつ)をくはず然も身に病(やまひ)なく手
 足(あし)の力少も衰(おとろへ)ざる方
  白米(はいまい)壱 斗(と)を井籠(せいろう)に入れ百 度(たひ)蒸(むし)干(ほし)置(おき)一 握(にぎり)
  づゝ毎日水にて三十日のめば死(しする)まて一切の食(しよく)
  物くひたからず              壽世保元【四角の囲み線】
◯又方
  黒大豆(くろまめ)よくむして一日 食物(しよくもつ)をくはす翌日(あくるひ)
  かの黒大豆食て外の食物(しよくもつ)を食事(くふこと)なく渇時(のとかはくとき)

  は水をのむべし如(かくの)_レ此(ことく)一年 程(ほと)すれば後(のち)には
  一切の食(くひ)物を食事なくて仙人となる    博物志【四角の囲み線】
◯又方
  黒大豆(くろまめ)五 合(がう)胡麻(ごま)三 合(がう)水に一夜 浸(ひた)し蒸事(むすこと)三 度(ど)
  扨(さて)よく干(ほし)て二 色(いろ)ともに手にて皮(かは)を取(とり)つき
  くだき挙(にきりこぶし)の大(おほきさ)につくね甑(こしき)の中に入て戌(いぬ)の剋(とき)
  より子の剋(こく)まで蒸(む)して翌日(あくるひ)寅時(とらのとき)に取出(とりいだ)し
  日に干(ほし)付て食(くふ)べし挙(にきりこぶし)の大(おほきさ)につくねたるを
  壱つ食へは七日 飢(ひたるから)ず二つ食(く)へは四十九日 飢(ひたるから)ず

  三つ食(く)へは三百日 飢(ひたるから)ず四つ食(く)へは二千四百日 飢(ひたるから)す顔(かをの)
  色(いろ)おとろへず手足(てあし)の働(はたらき)少(すこし)も変事(かはること)なし  王氏農書【四角の囲み線】
   私云(わたくしにいふ)右三方は唐土(もろこし)にて飢饉(ききん)の時(とき)に多(おほ)く人を
   済(すくふ)たる名方(めいほう)なり米価貴(べいかたつとき)【左ルビ:こめのあたひたかき】をくるしむ人は
   早(はや)く調合(てうがう)【左ルビ:とゝのへあは】して用(もちゆ)べし
◯人の通(かよ)はぬ谷(たに)又は井の中なとへ落入(おちいり)或(あるい)は海上(かいしやう)【左ルビ:うみのうへ】にても一
 切の食物(しよくもつ)なき所にて命(いのち)をつなぎ然(しか)も五 躰(たい)気力(きりよく)衰(おとろへ)
 ざる方
  口に唾(つばけ)を一はいためてはのみこみ又ためてはのみ

  こみ如(かくの)_レ此(ことく)する事一日一 夜(や)に三百六十 度(ど)のみこめば
  何(なん)十日にても死(し)せず          壽世保元【四角の囲み線】
   私云(わたくしにいふ)十 箇年(かねん)許(ばかり)已前(いぜん)に予(よ)武州(ぶしう)に住(すみ)し比(ころ)常(つね)
   に心安(こゝろやす)く交(まじは)る僧(そう)祈願(きぐはん)ありて七日 断食(だんじき)して
   礼拝(らいはい)行道(きやうだう)す同行(とうぎやう)の僧(そう)一 人(にん)あり彼(かの)僧(そう)に右(みぎ)の
   唾(つばけ)をのみこむ方(ほう)を教(おし)ゆ彼(かの)僧(そう)深(ふか)く信(しん)じて
   相勤(あいつと)む同行(とうきやう)の僧(そう)は嘲笑(あさけりわらひ)て不(もち)_レ用(ひず)行法(ぎやうぼう)六日に至(いたり)
   て同行(どうぎやう)の僧(そう)は手足(てあし)痛(いたみ)殊外(ことのほか)にくるしむ又 唾(つばけ)
   のみこみし僧(そう)はつねに変事(かはること)なく行法(ぎやうぼう)くるし

    みなく成就(しやうじゆ)し侍(はべ)りし
◯落下頦(らくかかい) おとがいのかきかねはつれたる事なり
   病人(べうにん)を正(たゞ)しくかしこまらせ正面(しやうめん)より外(ほか)の人 頦(おとがい)を両(りやう)
   の手(て)に持上(もちあ)げ両(りやう)の大指(おやゆび)を病人(べうにん)の口(くち)に入(いれ)一柏子(ひとびやうし)に
   ふり上(あぐ)れば忽(たちまち)愈(いゆる)           外科正宗【四角の囲み線】
◯傳尸労瘵(てんしらうさい)病付(やみつき)て間(ま)の無(な)き中(うち)に用(もち)ゆれば愈(いゆる)方(はう)
    川椒(さんせう)内(うち)の白膜(しろみ)と目(め)とを取捨(とりすて)て川椒(さんせう)の赤所(あかきところ)ばかり
    火(ひ)にて少(すこ)し炒(いり)汗(あせ)を出(いた)して後(のち)よくさまし粉(こ)
    にして弐匁つゝ空心(すきはら)に食(めし)の湯(ゆ)にてのめは虫(むし)

    下(くた)りてよし              種杏仙方【四角の囲み線】
◯男女(なんによ)前(まへ)陰の毛(け)に虱(しらみ)わき出(いて)癢(かゆき)には
    銀杏(きんなん)皮(かは)をとりて擦(すり)つけてよし     六要【四角の囲み線】
◯又方
    朱(しゆ)すりつけてよし           六要【四角の囲み線】



袖珍仙方《割書:畢》

正徳四年午十二月吉日
  法橋 奈良宗哲
       蔵板


三、五一
 右之本姉小路通堀川東江入町丹波屋茂兵衛ニ而売出候

【裏表紙】

視薬霞報条


視薬(みるがくすり)
霞報(かすみのひき)
條(ふだ)㊥
 通油町
 鶴喜板


畑打の
 ねむた
  覚しや
雉の声
  存義
【馬場存義。享保期の俳人。】

馬琴作

曲亭稗史
 飯台曲亭馬琴先醒姓瀧氏名解字瑣吉性好籍戯
 謔之言毎作稗史以警悟当世是以雖免園冊子亦
 有深意之存焉真可謂滑稽之雄也先生嘗言趙再
 白詩云名士本来如画餅古人原不好真龍先生之
 於小説也皆根于此予毎歳請于先生而雕刊其所
 著凡賜顧君子認印号為記冀不至悞
  江戸膏坊翠橋仙鶴堂老舗小林喜衛謹白

【左頁】
曲亭馬琴老人文方《割書:寛政十二申の春(はる)能書(のうがき)十五丁に改(あらため)申候
近年(きんねん)世上に紛(まきら)はしき作名(さくめい)類作(るいさく)等
相見 ̄ヘ申候/名印(ないん)能ゝ(よく〳〵)御/改(あらため)の上御/求(もと)め可被下候》
視薬霞報條(みるがくすりかすみのひきふだ)
 弘所  江戸通油町 鶴屋喜右衛門製

先生方よりせり作一切出 ̄シ不申候

【看板風挿絵】
御めしるし
【本文】
あばら家(や)ふり出(だ)し薬(ぐすり)  棟梁軒(とうりやうけん)大九郎製
             御作料(おんさくりよう)一口(いつく)三匁

あばら屋(や)ふり出(だ)しぐすり
の儀(ぎ)は予(よ)が先祖(せんそ)飛騨(ひだ)の
番匠(ばんじやう)聖徳太子(せうとくたいし)の御 告(つげ)
によつてはじめて製(せい)
するところの良材(りやうざい)に
して規矩準縄(きくじゆんじやう)の工(く)
夫(ふう)をもつてふたゝび
製法(せいほう)しあるひは挽(ひき)
わりあるひはけづり
おがくずの散薬(さんやく)と
なしすべつちのねり
薬(やく)ともなす第一
天上(てんじやう)のものをとめ
てたる木(き)のくされ

を愈(いや)し土蔵(どさう)の艶(つや)
を出(いだ)してしつくい
のいろを白(しろ)くす
夫(それ)ねだ板(いた)のがた〳〵
するは大引(おほひき)のおとろへ
より出るところ屋(や)
根(ね)のあたまのかたむくは
どだいの不順(ふじゆん)より
発(おこ)るなり蓋(けだし)雨(あま)
もりは家(いへ)のやまひの
はじめにして早く是
をなをさゞればその
くされ柱(はしら)につたひ
土台(どだい)におよび終(つい)に
修覆(しゆふく)とゞきがたし
これらの症(しやう)に用て
甚(はなは)だ妙(めう)なり調法(ちやうほう)一たび
やとひてしるべし

【挿絵内・右ページ】
○こゝのうちは
 あめがふると
 そとにいる
 よりたんと
 ぬれる
ちつと
おもて
  へ
出て
あめを
しの
がう
   ○なにを
    いふやら
     もる
    お■【「と」ヵ文脈から「音」ヵ】で
    ねつから
      きこへねへ

【挿絵内・左ページ】
○大工さんころはねへ
 やうにかつてへきて
 おめしをあがれ
 ざしきはいつそ
 ぬかるか■■【「らな」ヵ】ん
  なる【「る」に見えるが文脈からは「ら」ではと思われる】つえを
かして
   あげやう

【看板風の挿絵あり】
八分地蔵丸(はちぶぢざうぐわん)  再(さい)仝(〳〵)庵(あん)无心老人(むしんらうじん)製法(せいほう)

借金(しやくきん) わきはらの証文(しやうもん)に
とゞこほりてつねに利足(りそく)に
せめられものまへくびの
まはらぬ事ありて難儀(なんぎ)
する人つねに此(この)くすりを
用(もち)ゆればくらしかたの不足(ふそく)を
おぎなひ家内(かない)の元気(げんき)を
益(ます)こと妙(めう)なりそも〳〵八分(はちぶ)
ぢぞう丸(くわん)と名(な)づくることは
むかしさい〳〵庵(あん)無心老人(むしんらうじん)
地蔵(ぢぞう)のかほを三ン度(ど)なでゝ
はちぶされたるより
此(この)くすりせいほうして

銭箱(ぜにばこ)はらをくだして米(こめ)の
めしのくわれぬ症(しやう)にほとこし
こゝろみるに倹薬(けんやく)のしるし
立所(たちところ)にみへて大にしんだいを
ますのきとくあり故(あるかゆへ)に
あまねく薬 弘(ひろ)めて
首(くび)のまはらぬうれ
ひをすくふものなり
但(たゞ)しくすり用ゆる
うちしやつ金(きん)無心(むしん)
しち屋の間をつゝしむべし
質屋(しちや)の内(うち)まけもの【質種】を
もちゆればさらに
けん薬の
 しるしなしと
 しるべし

【挿絵内・右ページ】
○みそ屋の
 はらひが
 とゞこほり
  まして
 いつかう
  大べんの
  つうじが
  ござり
  ませぬ

【挿絵内・左ページ】
○よくものをかんがへてみさつしやれ
 ぢぞうのかほもさんどゝいふでは
  ないかかしてあいそをつかさて
  よりかさずにあいそをつかす
  ほうがきさまのためになり
         ますてや

○くちくひものにおこるから
 ながしもとの水がへつてかま
 どの火がたかぶりたがるけん
 みやく【見脈=外見から見て推察すること】を見れはうちの
  ようたいがいはすとしれ申す

【看板?家紋?の挿絵あり・青龍刀に関の字】
八十二斤(はちぢうにきん)青龍湯(せいりうとう)  関雲町(くわんうんてう)
             寿亭小路(じゆていこうぢ)
         本家 三国子調合(さんごくしてうごう)

三国相伝(さんごくさうでん)美髯香(びせんこう)青龍湯(せいりうとう)は
はなはだおもき秘方(ひはう)なりと
いへども此度(このたび)諸人(しよにん)のすゝめ
によつて五月 節句(せつく)まへ
十 軒店(けんだな)にて売(うり)ひろめ
申候 抑(そも〳〵)青龍湯(せいりうとう)に三ツ
の不思議あり第(だい)一に
ちからをつよくし第二に
顔の色なつめ【棗の実】のことくし
第三に髭をなかくす是(これ)を
のぼりのわきだてに用ゆれば
節句(せつく)をにぎやかにする事
妙(めう)にしてよく人きやうの景(けい)

気(き)満しのぼりの
いきほひをます
のぞみの御方は定日(じやうじつ)の
うち御出なさるへく候
のぼりのようだい
くはしくうけ給り
候うへかつこう
 かけんいたし
    進(しん)じ可申候

【挿絵内・右ページ】
○コレ〳〵どうめいつたの
  孔明(こうめい)たのとけんくわを
 すると曹操(さう〳〵)おとつさん
    へ仲達(ちうだつ)する
        によ
○おいらは関羽(くわんう)だ
  からつよい〳〵
 つよひ関羽(くわんう)すりや
   正月とおもふてか

【挿絵内・左ページ】
○おいらは張飛(ちやうひ)
 だから丈八(じやうはち)の
  蛇棒(じやぼうん)を
  ひつさけて
  出るところ
  だが丈八の
  じつぼうは
   ねへから

   十八の
   たぼ【若い女性】を
   ひつさげ
     て
   ねよう
    とは

  たがおしえ 【誰が教えたか】
  たかとんだ
  こしやくを 【小癪=生意気なこと】
  いふ子供た

【家紋風挿絵あり】
本家        御目じるし大極上々吉の
   神仙路考油(しんせんろこうゆ) 一枚看版(いちまいかんばん)出し置(おき)申候
瀬川        十包(とつゝみ)入 一箱(ひとはこ)に付 給金(きうきん)千両

一第一かほのいろを白くし
 こうせきをさわやかにす
一あいきやうをつけ身
 ほねをやはらかにし
 身のきくこと至(いたつ)て
 妙(めう)なり所作(しよさ)おどり
 などならふ人つねに
 ふり付(つけ)てはなはだ
 しるしあり
右(みぎ)路考油(ろこうゆ)の儀(ぎ)は王子(わうじ)
の社(やしろ)御むさう【無双】の妙薬(めうやく)
にしてつねに用ゆる
人は年よらずして

【左頁上段】
かんしよく【顔色】おとろへず
ゆゑに神仙(しんせん)の名(な)あり
先(まづ)第一 鷺(さぎ)むすめの
ゆきの夜(よ)も
寒気(かんき)をうけ
ず女なる神(かみ)【女鳴神】の
雨(あめ)の日もしつけ【湿気】を
うけずむけん道成寺(どうしやうじ)
汁(る)にあたる時(とき)はわる口(くち)の
どくをけしてむねの
ひらく事 石橋(しやつきやう)の
ぼたん【注】のごとしねむり
をさましたいくつを
しりぞくる其功(そのこう)その
妙(めう)うしろ面々(めん〳〵)
   用ひて後(のち)
      しるべし

【注 石橋の牡丹=能楽の曲名。僧寂昭が唐土巡礼中、清涼山で石橋を渡ろうとした時、文殊菩薩に仕える獅子が現れ、咲き乱れる牡丹の花に戯れていたという故事が謡曲化されたもの】

【挿絵内・右ページ】
○たのまれた
  扇面(せんめん)も
 けふはかゝずは
  なるまい
  かずが
  おほいから
  印(いん)をおす
  ばかりも
  大ことだよ

【挿絵内・左ページ】
○にしのさじきにゐる
 けんぶつはどうかみた
 やうなかほだがどうも
 おもひだされん
      わいの

○太夫どんの
 おいでなさる
  しばゐはよこ
  ほりのちやふねときていつでも
  あたらねへといふことはござりやせん

【背景の貼り札「瀬川菊之丞」は歌舞伎の女形の名跡。代々「路考」の俳名を用いた。】

【菅笠に太の字の図】
       日本一社(につほんいつしや)勢州山田氏製(せいしうやまだうぢせいす)
唯一太太香(ゆいちだい〳〵こう) 取次諸国(とりつぎしよこく)に有之候 講中(こうちう)もより
       よろしき方にて御 信心(しん〴〵)可被成候

夫(それ)太々香(だい〳〵こう)は神秘不思議(しんぴふしぎ)
の良法(りやうほう)にして世(よ)もつて
しるところの寄特(きとく)あり
一ヶ月二百 粒(りう)三百粒
づゝ用ゆればわざはひを
はらひて幸(さいはひ)をむかえ
愁(うれ)ひを転(てん)じて悦(よろこ)びに
かへす家内(かない)つねに
すこやかにして無病(むびやう)也
能(よく)〳〵信心(しん〴〵)して用(もち)ゆべし
奉納(ほうなう)あげてかぞへ
      がたし

【挿絵内セリフ】
〇これぢゃァ
 ちやうど
  たかなわで
  よが
   あける
   だらう

〇としのくれにだい〳〵にたつていつちやァ
  だい〳〵ごくらうほんだはらといふもんだ


【左ページ】
山東京伝子著
忠臣水滸伝前編(ちうしんすいこでんぜんへん)  《割書:全部五冊当年出来売出し
申候もよりの本屋にて御求
可被下候》
此/冊子(さうし)は太平記(たいへいき)にもとずき水滸伝(すいこでん)になぞらひ忠臣蔵(ちうしんぐら)のじやう
るりを高師直(かうのもろなを)塩冶高貞(ゑんやたかさだ)等(ら)の得失栄枯(とくしつえいこ)をおもしろく出とり
たるよみ本(ほん)なり

同後編(おなじくこうへん)  全部五巻 来春出来
これは七段目より十一だん目まで五段のおもむきを五回(こくわい)に
かきとり共(とも)に水滸伝(すいこでん)になずらふ

尊氏勲効記(たかうぢくんこうき)《割書:北尾政美筆
  全五冊》 楠二代軍記(くすのきにたいぐんき)《割書:北尾政美筆
  全五冊》

《割書:曲亭馬琴子作|哥【歌】川豊国画》
役者名所図会(やくしやめいしよづゑ)  《割書:みよしずり絵入本三冊|出来売いだし申候

芝居のやうす役者のひやうばんを山川草木名所旧跡(さんぜんさうもくめいしよきうせき)なずらひたる面白(おもしろ)き冊子(さうし)なり

【白紙】

【左ページに朱印・静岡上石町 二丁目翠庵 松井敬一】


【家紋風の図あり】
一子(いつし)  あんぽん丹(たん)  本家(ほんけ)惣領(さうりやう)甚六
惣領(そうりやう)         代料(だいりやう)百の口(くち)十六文 抜(ぬけ)

一めじりさかりたるによし
一はなのしたなかきによし
一ものわすれをするによし
一 団子(たんご)さへくへばひがんと思(おも)ふによし
一ほた餅(もち)を見れば■【ゐ】のこと
 おもふによし
一つかひにやつてもしれずに
 かへるによし
右あんほん丹はこれまで何(なに)を
させてもらちのあかぬ症(しやう)と
いへども此くすりながく用れば
御くらうなしにて長命(ちやうめい)也
此御くすりおや子の中にても
一切(いつさい)さしあひなし

〇かゝさんなかずにかみをゆふから
もつとたんごをかつてくんねへ
十五になつておとなしくかみを
             いふ
             ものは
             おそ
             らく
             ひろい
             江戸
             にも
             ある
             めへ
              のう
            かゝ
            さん

〇十五
十六になり
ながらだん
ごばかり
くひたがると
せけんでおやが
あまひからだ
といふさとう
だんこはもう  よう【しヵ】やれ〳〵

【家紋風の図あり・梅の枝? かば焼きの串?に一心の文字】
             本家
 大盡空児(だいじんくうに)うわき薬(ぐすり)   不了軒(ふりようけん)
               阿法(あほう)

此くすり用ひやうは
能(よく)うは気(き)ののらくら
をあらひすて大きに
あぶらをとつて青(あを)
菜(な)にしほをかけ
たることくにして
常(つね)に食(しよく)すれば
第一のぼせを引(ひくき)
さげせきこみを
しづめてりやう
けんを出しのひた
はな毛(け)をちゞめ

出たかるあしを
とをくす此くすり
は五かんのめう
やくなるがゆへに
たへず用ゆれは
親達(おやたち)の五かん
たうの首尾(しゆび)
をおぎなひ
いんしん不通(ふつう)
の不食(ふしよく)を治(ぢ)す
べしもつとも
らうそくを
忌(いむ)なり

【挿絵内・右ページ】
テンツル
  〳〵
テンツル
  ツン〳〵

【挿絵内・左ページ】
○しのだの
  もりの
  きつねを
 つろな〳〵
 テンツル〳〵
  テンツルツン
  こいつは
  なるほど
  おもしろ
  たぬきだ

○けいせいに
 つられるよりは
 きがはらねへで
     めうだ

○ヲホヽヽ
   ヲホヽヽ
 此女はしやれでも
  なんでもなく
     こくうに【虚空に=やたらに】
  わらふやつさ
   ホヽヽ
     ハヽヽ
    アハヽヽ
      アハヽ


【家紋風の図あり・山にもみじ葉】
ヲイランタ    弘所(ひろめどころ)北州三浦(ほくしうみうら)
  内股膏薬(うちまたごうやく)      高尾氏(たかおうぢ)

前々(まへ〳〵)より御 披露(ひろう)
仕候おいらんだうち
股(また)こう薬(やく)の儀(ぎ)は
ヲガミンスと申す
おいらんだ人(じん)より
薬方(やくほう)授受(しゆ〳〵)いたし
きせうせいもん一紙(いつし) 【起請誓文ヵ】
相伝(さうでん)の妙薬(めうやく)なり膏(こう)
薬(やく)はみす紙(かみ)へのへて
そのいろらうそくの
ごとくあつちへへつたり
こつちへへつたりつく
やうにみへ候えともいきちに

御は■こみなされ
候へば身あがりの
じばらを
おぎなひ
もん日の
いたみ骨(ほね)をりを
いやしつき出しの
新造(しんざう)をのかれてかたの
は■ふさぎをひらき日々
朝(あさ)がへりの霜やけに妙
にして尻(しり)のすはらぬねぶと
客(きやく)の根をきり種ものにさはる
かんしやくもちをやはらぐるなり
こうやく御のそみの御かたへは
九貝(くかい)の中へねんいつはいつめて
さし上 ̄ケ申候

【挿絵内・右ページ】
○ぬしやアあたま
 からのほせて
 きなんすから
 かみをきつて 
 あげい
 しよう
○なるほといろをとこは
 とう〳〵おれに
     とゞめを
     さした

【挿絵内・左ページ】
○ぬしはかき
 たがりなんすから
  ゆびをきつて
  あげまうしいす
○たかおにゆびをきらせた
   おとこはおれより
   ほかにはあるめい
     きついもの〳〵




【家紋風の図あり・山に金銀出入帳】
ぼんぜん盆後(ぼんご)づつう妙薬(めうやく)  物前出入町(ものまへでいりてう)
              鎗栗屋(やりくりや)辛(ひど)ゑもん

凡(およそ)ぼんぜんぼん後(ご)は
づつう八百のふさぎ
つよくあたまのかけを
取(とら)んとするに其掛(そのかけ)
とれず問屋(とひや)の古(こ)
積(しやく)をおさめんと
するにそのかけ
おさまらず此時(このとき)
目(め)はさかづりて
ぬかばらをたち
常(つね)に呑(のま)ぬむり酒(さけ)
をこのみ内外(うちそと)の者(もの)
をしかりちらし

さま〴〵ねつを吹(ふき)身(み)の
うち破(やぶ)れかぶれ出来(でき)
てはては欠出(かけだ)して遊(あそ)び
に行(ゆき)古積(こしやく)のうへに
しんしやくをおこす
これらの症(しやう)に此薬(このくすり)
出入一張(でいりいつてう)をもちゆれば
帳(てう)じりのしまり
おのづからとゝのひて
古しやくをふせぎ
しんしやくをはらひ
しんだいゆつたりと
なりてづつう
八百のねを
 きる事妙(めう)也

【挿絵内・右ページ】
これはとうだ

【挿絵内・左ページ】
これば
どうだ

ものまへ【節季の間際】二十両といふ
ふさ【無沙=借金を返さないこと】をうたれ【借りたままにされ】た
うへに又十両といふ
ものふまれては
うたれたりふまれ
たりこしのぬけるも
     むり
     じやア
     ある
      めへ

○あきれかへつても
  ばんとうへいひ
 わけかねへといつて
 けへらねへても
  ゐられめへ


【右頁】
【庵に木瓜の紋の図案 曽我兄弟に関連】
胃(ゐ)保(ほ)痢(り)に 木(もつ)瓜(こう)丸(ぐわん)《割書:兄包(あにづゝみ)曽我(そがの)十粒(じうりう)入(いり)|弟包(おとづゝみ)同(おなじ)く五粒(ごりう)入(いり)》
【本文】
右(みぎ)いほりに木瓜(もくこうぐわん)は
曽我(そが)大明神の
神託(しんたく)によつて
毎年(まいねん)春(はる)の門
三 芝居(しばゐ)にて
弘《割書:メ》申候
御 望(のぞみ)の
御 方(かた)は御出
なさるべく候
尤御こゝろみ一《割書:ド》切(きり)
十六文より箱(はこ)入
御 桟敷(さじき)三十五匁まで
【右中段】
ばいやくとうせんのそが
兄弟すけつねどのに
あはふとはどくのこゝろみ
ならぬ〳〵
【右下段】
十〽︎おとゝが古方(こほう)を
  おぎなふて兄は
  はたちの後世家(こうせいか)
五〽︎傷寒(しやうかん)金匱(きんき)
  よくつらのたわ
  こと補剤(ほざい)でな
  まのろひ素問(そもん)
  霊櫃内経(れいようたいきやう)を

【左頁】
【本文】
これあり候此 方(ほう)へ
御 出(いで)なされがたき
御方(おんかた)は御つかひにても
相すみ候やうに
ばん附(づけ)狂言(きやうげん)絵(ゑ)
本(ほん)しん上仕候
此くすりしんせう
にも奉公(ほうこう)にも
さゝはりなく見物(けんぶつ)
一《割書:チ》日にて相すみ
申候 此度(このたび)きやう
げんがへ仕候 ̄ニ付
弘(ひろ)めのため
名題(なだい)かんばん
相あらため
あまねく世上(せじやう)へ
ひろむる
  ものなり 
【中段】
●わたがさん薬
小ばやしの
おじいがひけへて
いるさし合
なしに
くぜれ〳〵
【下段】
さかさにしたる
兄弟がねらふは
まさしく
十〽︎《割書:コリヤ》とかくたんきは
孫思邈(そんしばく)たゞ
仲景(ちうけい)に
ひかへ

ゐや

【数珠と「西」の図案】精(せい)性(しよう)朝(あさ)間(ま)看(かん)経(きん)丹(たん)《割書:壹劑(いちさい)|煩惱(ほんのう)百八 銅(とう)》
【本文】
朝間(あさま)かんきん丹(たん)は
釈迦佛(しやかぶつ)薬艸(やくさう)
諭品(ゆほん)にとき給ふ所(ところ)の
めう薬(やく)にして大《割書:サ》
じゆずの玉のごとく
紅(あか)きころもをかけて 
これを製法(せいほう)す第一 娵(よめ)しうとめの
中をやはらげがや〳〵とやかましき
こゞとを止(とめ)る外(ほか)に
念仏香(ねんぶつこう)と申付薬
しん上いたし候 談義(だんぎ)
一《割書:ト》まはり用ひて
邪見(しやけん)のつのをもぐ
こうのうあり
【中段嫗の会話】
おかゝさん御ちやができましたそして 
おこたつへも
火が
はいりました
【下段姑のことば‘】
なまいだ〳〵〳〵〳〵
〳〵〳〵ねんぶつで
口をすくして
おかねへと
ぢきに
こゞとが
いひたく
なる
なん
まい

〳〵



【左頁】
【右下に蔵書印】 
静岡上石町
二丁目翠濤
松井敬一

【上段】
視(みるが)藥(くすり)
霞(かすみの)報(ひき)
條(ふだ)下【㊦】
   通油町
   鶴喜板

【下段】
馬琴作
【鶴丸紋】

乗掛の
  娵も
うつむく
 椿かな
   晋如

【左頁】
【紋(牡丹)ヵ】旡(む)小児(せうに)きほふ丸(くわん)《割書:古人(こじん)市川三舛 通(とをり)| 藝(げい)の上(あが)ル町(まち)|弘所(ひろめどころ)萬屋介六》
【本文】
抑(そも〳〵)きほふ丸(くわん)の功能(こうのう)は
第一あたまの血(ち)のけを
とり両(りやう)うでのちから瘤(こぶ)を
おとしほりもののあざをぬく
けんくわのこしををりて
出入引(でいりひき)のもつれを
おきなひ腹内(ふくない)の
よはきものを
たすけてあく
體(たい)をすこやかにす
かんにん五両目ほど
もちゆれば俠客(きやうかく)の
あいだをやはらぐる
事(こと)神(しん)のごとし
【右下会話】
《割書:コウ》
こまたを
くゞつては
ずいふん
まうかる
はづだが
◯きよねん古人(こじん)になつた
からゆうれいのきほひ
だとおもふとあてが
ちがふぞ《割書:コレ》
あしをみな〳〵

【右頁】
【尺八と編笠の図】《割書:天蓋散(てんがいさん)》こむさうの妙薬(めうやく)《割書:忠臣蔵通(ちうしんぐらとをり)|九段目(くだんめ)語(かた)ル町|竹田(たけだ)出雲掾(いづものぜう)製(せいす)》
【本文】
てんがい散(さん)こむ
さうの藥(くすり)は
加古川(かこがは)本草(ほんざう)に
のする處(ところ)の
薬品(やくひん)を撰(ゑら)み
九たんめ雪(ゆき)の
ふるをまつて
これを製(せい)す
第一 尺(しやく)八のね
を出しとな背(せ)
よりむねの
いたみを
おさめお石(いし)

【中央会話】
いはゞそなたは
本剤(ほんざい)【(本妻)】の子わし
とはなさぬ中じや
ゆゑ余薬(よやく)にしたかと
おもはれてどう《割書:マア》
さじがあてら
     りやう
【左頁】
【本文続き】
のぼせを引下るたとへいかなる
即症(そくしやう)たり共くすり見物(けんぶつ)の胸(むな)へ
おつるとひとしく脉(みやく)のあかつた
小なみの恋(こひ)やみをすくひこん
れい【(婚礼)】のもつれをとゝのふ
こゝをもつて芝居(しばゐ)の
元氣(げんき)をます事 速(すみやか)
なるがゆへに三ヶの津は
申におよばす諸國(しよこく)へ
相弘(あひひろま)り今(いま)もつて繁昌(はんじやう)
いたし候 猶(なを)此度(このたび)役衆(やくしゆ)
ぎんみいたし名人(めいじん)の
かげんをくはへ藝方(げいほう)
ねん入相つとめ申候
其(その)ための功能(こうのう)さやう
【会話文】
かこ川本ざうがいのちしん上
まうさう《割書:コウ》かくごをきはめ
ねへけりやアやぶゐしやにはかゝられねへ




【右頁】
【料紙中央に】
百韻
《割書:正風(しやうふう)【(蕉風)】体(てい)万評(まんひやう)【(万病)】によし》
俳諧(はいかい)ばせを膏薬(こうやく)弘所(ひろめどころ)《割書:本家(ほんけ)|荒木田(あらきだ)守武(もりたけ)製(せいす)|芭蕉庵(ばせをあん)桃青(とうせい)調合(てうごう)》
【本文】
ばせをこう薬(やく)の儀(ぎ)は一巻(いちくわん)
百 韻(いん)より御こゝろみ哥仙
三十六句まで調合(てうごう)いたし
進(しんじ)申上候御 附(つけ)なされ候 節(せつ)三
句のわたり第一《割書:ニ》御つけなさる
べく候御 巻(まき)のようだいにより
此方にて高点(こうてん)おろししんじ候
◯此(この)藥(くすり)さし合(あひ)甚(はなはだ)多(おほ)し有増(あらまし)を
              しるす
一 同季(どうき)五句 去(さり)てよし
一 居所(きよしよ)水辺(すいへん)山類(さんるい)う【そヵ】へもの
 三句さりてよし
一 生類(しやうるい)三句 恋(こひ)五句の間(あいだ)
【中段会話文】
此さんはきめう
によくできた
きよ年さる所
で見たもこの
さんであつた
などゝおさき
まつくらて
ほめてゐる此をとこ
さくしやのまはし
ものかもしれす
【左端会話文】
此をりは月花
をむすびに
いたしてすぐに
べんとうに
いたさう
【左頁】
【本文続き】
 いむべし
一 書体(しよてい)火体(くわたい)一句
 にて捨(すて)てよし
此外さしあひ
あまたあり
【中段会話文】
しろうとで
羅文子(らぶんし)ぐら
ひする人は
《割書:モウ》てきま
せぬおしゐこと
には古人(こじん)に
なられ
ました
【掛軸】
かたちは桧笠の円きにやつれて
実相無漏の古地を愛しこゝろは
竹杖のほそきをたどりて随縁
真如の新月に嘯く行ふところ
僧にして僧にあらす吟ずる所
哥に似て歌に異なり作麼生か
なら茶三斛をくらはすんば
いかでか俳諧の味ひをしらん
        曲亭主人題【落款】





【右頁】
【筆と硯の図】千金(せんきん)字(じ)筆(ひつ)の薬(くすり)《割書:五節句(ごせつく)一廻(ひとまは)り|     二百 銅(とう)|附薬(つけくすり)天神香(てんじんかう)一會(ひとくわい)拾六文》
【「附薬」はタイトルの一部か?】
【本文】
小児(せうに)七八歳より
二月はつ午(うま)に
はじめてこの
くすりを用ひ
三五年があいだ
たへず服用(ふくよう)すれば
おのづからまなこ
あきらかになり
て四かくな文字(もじ)
を見(み)わけ
生涯(しやうぐわい)あき
めくらとなる
うれひなし
【下段会話文】
梅さんみやうにち
        よ

かけていつたり
さはいでかへる

おし
しやう
さんがお
しかりな
さるのう
おふぢさん
【左頁】
此くすりもち
ゆるときはかほ
のいろすみの
ごとくあるひは
口(くち)のはたおはぐろ
をつけたるごとくに
なるべしかならずおど
ろくべからずつくえ
にしりがおちつくと
ひとしくはしり書(がき)の
はしりぢもとまり水(みづ)
いれのでぢもやみて
しりのきやうぎよく
なるにしたがひかほの
いろも又たん〴〵に
しろくなるなり   
【左下会話文】
てならひの
字願(ぢぎやう)に
ふでの
みちぶ
しん
あとへもどるは
くるまどめなりといふ
うたもあるからおいらは
とめられぬように
せいだしましやう


【右頁】
【櫛と煙管(簪)ヵの図案】  
眠(みん)參(じん)新(しん)造(ぞう)圓(ゑん)《割書:壹劑(いちざい)金一歩 《割書:但(たゞ)し一じばんに|もちゆべし》
取次所(とりつぎどころ)何(いづ)れも茶屋(ちやや)有_レ之(これあり)》
【本文】
夫(それ)心臓(しんざう)の一経(いつけい)は
複心(ふくしん)の伴候(ばんこう)にして
よく客腎(きやくじん)の足(あし)を
とめ肺肝(はいかん)二階(にかい)の
手くだをめぐらす
しんぞう一《割書:ト》たび
うはつけば大ぞう
たちまちふわと
のり大町傾(だいてうけい)の
ふさがりできて
内所(ないしよ)のあんばい
はなはだわるし
【中段会話】
しんぞうたかぶりて
うへにいたればたちまち
ざしきもちとへんじ客腎(きやくじん)
水がへつて
ふところ
かはけば
ついに
せんき
もちと
なるは
このとをり


ざい


【左頁】
【本文】
抑この新造内(しんぞうない)は
しんそうをとゝ
のふる事(こと)を第一
とするがゆゑに
もん日のいたみ
おとらずして
廿五あき【注】の天年(てんねん)
を全ふす仙傳(せんでん)
不老(ふらう)の神薬(しんやく)なり
功験(こうげん)ひとばん
もとめて
しるべし
【中段台詞】
〽︎おたちあひ
のおかたさまに
おゐしやがたも
ござりましやうが
しんさうのおとろへより
ねむりをもよほし
ものにたいくつしておもしろく
ないよをあかすもまつたく
しんぞうよりおこりますれば
しんぞうの心?【しんぞうけい(経)ヵ】ほどむつかしい
ものはござりませぬ

【「しんぞう」「新艘」とも書く)近世後期、遊里で、「おいらん」と呼ばれる姉女郎に付属する若い遊女の称。出世して座敷持・部屋持となるものもあり、新造のまま終わるものもあった。この店先には「新造」の浮世絵なども飾り、心臓と新造を関連付けている】

【注 二十五あき。二十五歳で年季が明ける事。ちなみに江戸、吉原の遊女は二十七歳で年季があけ、遊郭を出る事を二十七あけ(明)という】






【右頁】
【上段】
養生(ようじやう)は長寿(ちやうじゆ)の良法(りやうほう)なりたとへば
ゆきは春きへべきはづの物なれども
これを氷室(ひむろ)にたくはへおげば六月の
ゑんてんにもそのゆききへずこれ
ゆきのようじやうよきゆへなり人
間五十年のじゆめうかきりありと
いへどもようじやうをよくもちゆれば
百年二百年のじゆめうもうたがふ
べからず此 理(り)をもつて世上(せじやう)をつとめは
検約(けんやく)はせたいのようじやうなり
忠孝(ちうこう)は臣子(しんし)の養生(ようじやう)也 惻隠(そくいん)
は主人(しゆじん)のよう生(じやう)也 恩愛(おんあい)は妻(さい)
子(し)のようじやうなり聖人(せいじん)五常(ごじやう)の
薬法(やくほう)を立給ふことみなかくのごとし
こればつかりは
まじめて止(とめ)て
おくも又け作者(さくしや)
のようじやう  かもしらず
【下段】
曲𠅘 馬琴作【落款】馬琴

〽︎元旦から引札を
くばつたりおくれ
ばせのかきだしだと
おもはねへけり《割書:ヤア》
いゝが
〽︎めでたし〳〵

▲戯子(しばゐ)名所(めいしよ)圖會(づゑ)と申本
 出板仕候これは三しばゐの 
 やくしやをめいしよに見
 たておかしくつゞりなし候
 ゑ入よみ本に御座候御
  求め御覧可被下候

【左下の蔵書印】
羽州神山
増戸藏書




【蔵書印二個】
松井
文庫

【石橋湛山に関連ヵ?】

腹京師食物合戦

安永八

腹京師(はらのみやこ)食物(しょくもつ)合戦(かっせん)

【上部】
こゝにへびつかじやご
へもんという男
ありけるうまれ
つきがうせひ【強勢】
にしていたつて
大しよくにて
かくの上さ
ま〳〵のあく
しき【悪食】をいた
しけり
人々とゞめ
けれとももちいず
あるときせけん
いゝふらす くひ
合せのどくといふ
ほどのものをとりあつめてくひける
いわゆるそのどくは
〽ふぐしるにもち〽うなぎにすし
〽すいくわに和中さん さつまいもに
はんこん丹 〽ほうれん草に
おはくろ かつをに秋かいとうの
葉をしきて くらふときはたち
まち がいをなすとなり 右の
くい合せのどくはあまねく
世ぞくにいひふるす所なれば
心つく【心づく=心がける】べきことなり

【下部】
ともだちども
じやごへもんが
あくじきを
とゞめる
それはほんのそとへに
いふどくのく【心ヵ】見
ひらにこむ
ようだ
をへもたる
よつて
やを
まもの□□【このあたり意味不明】
□の□□
□□□□□
□□□□
はいつた
どくは
ごされま
せぬぞよ
がてんか〳〵

これはおそろしい
いつれやまこふへおた
みせものよりきびしいほんの
その□くだ【このあたり意味不明】

【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053676/viewer/3 /九州大学所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/14】


【石柱】
 左りみぞおちむら道

【右頁・上部】
ほうれんそうは
じやごへもんがふくちうへは
いり とほうにくれていたりしが さて
しもあるべきことならねは そことも
しらぬ はらのなかを あしにまかせて
さまよいしが おもはすも はらのうちの
あるじ 米つぶに行あいて ひめのやくそく有る

さても蛇五右エ門がはらのうちのぬし
米つぶは よはひかたむきけれとも 子のなきこと
をかなしみ みそおちむらの【動悸あるいは当帰ヵ】大明神へ
くわんをかけ かんする日のかへりがけに ほう
れん草に ゆ【別本にて】きあひ だん〳〵のはなしをきく
わがやへともないかへり むすめにこ□【「と」ヵ】はなしにける
〽ほおむとゝひす■□いわれ子とてもなし
ころはひのしろにさへあぢしで
いのりしかいありてそこもと

【右頁・下部】
それはあり
かたうござりますよそに
たのむかたかた なきみなら

こふひん【不憫】
をかけ
てくだ
さり
ませ

ゆきあふこと まことに神の
おんひきあわせなれは
そ□し われらところへ
おこしあれは さゝ

【左頁・下部】
ふだいのさむらい
むかさく
むさへもん

はてさて
うつくしき
女しやうかな
とんと
きくのじやう
ふたひかほと
【舞台顔ヵ】
きている

われらははらが
へりま大こん
はやくうちへかへつて
いのき【胃の気ヵ】をやしない
たひ
やつこあわ平


【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053676/viewer/4 /九州大学所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/15】


【右頁・上部】
きたのかた
しるのみ御せん
よろこひ玉【別本にて】ふ

【右頁・下部】
まことにかほどめてたいことは
ござりませぬ このうへは よき
むこきみを おたつねなされて
しかるへやうぞんじ
    たてまつりまする

【左頁・右下部】
ほうれんそうひめの
めのとかうもの大こん左衛門

【左頁・左下部】
さて もみの赤米つぶの太夫
みぞおちむら とうき大明じん
の神とくによつて ひとりのむすめをもうけ
北のかた しるのみ御ぜん もろともに よろこひのまゆを
ひらき【ホッとした顔をする】ふだいのさむらいどもをあつめ ひめに
百ひろのまきもの すじほねのしやうぞく
とうをゆづり ひめもす【「ひねもす」の洒落または訛ヵ】酒ゑんにおよび
けり
〽いかに かうもの 大こん左衛門をば ひめかめのとに
申つくるあいだ しよじこゝろをつけませい

【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053676/viewer/5 /九州大学所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/16】

【右頁・上部】
よこはらの
さと
天すう
たかをの
もみぢ

【左頁・右上部】
きりもちももみちけんふつに
いで【別本「で」。この本は「で」の上から太く「く」と書く】ほうれんそうを見
そめる
〽アノむすめは うつくしいか こちらに
いるやつは われらきつい
きんもつ〳〵

松魚(かつを)はつ之助

【右頁・右下部】
ほうれんそうひめ
つれ〳〵のあまり こ
はらのさと てんすう
たかをのもみちけん
ふつとして いでられけるが
かつをのうつくしさ
みとれこれよりわり
なきなかとなりに
けり
〽これなふぐあのとのこは
お名はなにというそ
とうぞ きゝまして
たもれ とんと
市川門之介と
いふやくしやだの【「やくしやニ その」と読めないでしょうか】
まゝ■にんき

【右頁・左下部】
〽おひめさまはた【或は「さ」ヵ】り□へすはやいと
わたくしも一目みるよりこいの
たね あんなとのこかはらにも
□□□

【左頁・右下部】
かつをも じやごへもんがはらへ は入り
とせん【徒然≒退屈】のあまり おに【「な」の誤記か】じくもみち
ゆうらんにいでけるが ほうれんそう
ひめをこれも見そめ あいぼれ【相惚れ=相思相愛】の
なかとぞなりにける

とんだうつく【注】な
ものもあるもの
はらのうちだとて
もばか
なら

まつ
ばや


め印
もそこ
のけときた

〽おらが
だんなが
もはや
見こん

そう


【注 「うつくし(美し)の「うつく」が語幹のように意識されて独立したもの。美しいさま。】

【左頁左端】
きりもち角弥

けらい
 からし門

【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053676/viewer/6 /九州大学所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/17】



【右頁上部】
きりもちも ひ
そかにしのびきた
りけるが はや
かつをにせんを
こされ むねん
がる

〽けちいま〳〵しい【非常にいまいましい】
もう口切を
させた

かつを ほうれんそうと ふかきなかと
なり こしもとおふぐが手引にて
しのびきたり 人しれす ちきり
をこめ みづもらさぬなかとぞ
なりにける

ほうれんそうねやにて
かつをゝまちわびる

【右頁下部】
かつを ほうれん
そうがねやへ し
のびきたる

〽こわたのさとに
むまはあれと【馬はあれど】
きみをお
もへは

かちはたし【徒裸足】
われをまつゝ
のかたゝみ
ざん【占いの一つ。】とんと【?】
われらがみは
う【「か」ヵ】ちはら【?】
けん大しきだ【?】

【左頁上部屏風】
ほうれんそうのちゝ
みのまへは らうねんと
いゝいねのやま
ひにてもつての外
すくれす【すぐれず】
いろ〳〵と

りやうし【療治】をつくせ
どもしるしなし
あるいし 金子二百
りやうほどせんじ
のまは さつそくに
なをらんとなり





なか〳〵の
びやうき
にて さいかく
できず あんじ
わづらひいる所へ
きりもち きたり
二百両かしけるゆへ

【左頁下部】
きりもちは
かつをにひめ
をねとられ
いろいろとあん
じけるが
しよせん
おや みの
米になん
おかけ ぎ
りつめに
□□はん
と大
金を
用だつ
〽この
金をせんじ
て おも
ちいなさ
るゝと
さつそく
なをります
またしやう文は
この月ずへのへんさい
いたしましやう

みの米なゝめならずよろ
こひける



【右頁上部】
さてもみのまへは きりもちにかりたる
金をせんじのみし よりびやうき
よくなりしかとも ひさ〴〵の
びやうきにていろ 〳〵
もの入ありしゆへ
みぎの金子みな
つかひしまひぬ しかると
ころか きりもちは こゝぞの
ぞむところぞと おもひて
みの米がところへ きたり
金子さいそくし けるに
かへすことならす よつて
金のかわりなりと りふ
ぢんにほうれん草 ひめを
ひきたてゆく

〽なんでも金がで きずはおすましなさるまで
ほうれんそうをば おれがつれていつて
くげあく【公家悪(歌舞伎の役柄)ヵ】ではなひがねやのはなに
            するは

みの米金をかへす
ことならす きり
もちに ちやうちやく
にあいむねんかる

【右頁下部】
ほうれんそうひめ
手ごめにあい
なんぎの
てい

しかるところへ
ひめがめのと
かうのものかけ
つけてきり
もちをなた
める
〽まつ〳〵
それはこた
んきかり
そめなが
ら みの米が
むすめ あと
より吉日
をゑらみ
きつと
ひめを
しん上い
たしま
しやう

【左頁右上部】
きりもちがけらい
すいくわなれはきり
つふす【?】のりものから
つん出たおたふく
そもまあうぬはなに
やつだ

〽みの米がかしん かうの
ものがかたよりも
やくそくのことく
ほうれんそう
ひめをのりものにておくり
しゆへよろこびのりものよりいだせば

【左頁左上部】
こしもとのおふぐゆへ
きもをつぶし 大きに
いかり しよせんぐんぜいをもつておしよせ
一かつせんして うでさき【腕ずく】にてうばひとらんと
      おもひつく

【左頁下部】
こしもとおふぐ
かうのものにたの
まれ ほうれんにな
りかわりきた
り きり
もちに
ぬれる【媚びる】
〽かすなら
ぬわたくし
をおほし
めし さ
りとは
あり
かたう
そんじ
ます
このみは
ひふぐ【干河豚=河豚の干物】
なりとて
も ちつとも
いとひはし
やんせん

ほうれんそうだとおもつていた
にけうけげん【稀有怪訝】なやつがつんでゝ【つん出て】此上に
すゝでもおちるがさいご
はらのみやこの おいとま
ごいだ

【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053676/viewer/8 /九州大学所蔵本 右頁 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/19 左頁 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/5】

【左右頁上部】
みの米
かしん
かうのものか
はかりことにて
きりもちをまん
まとたはかり
いまはこゝろやす
しと吉日を

ゑらみ かつを初の助を■【「こ」ヵ】よひむかへ
ほうれんそうひめと こんれいを
とゝのへけるこそ めでたけれ

【右頁下部】
ひめの
めのと
かうの
もの
むこぎみ
かつをの
おとも
して
ざし
きへ

ともなひ申

【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053676/viewer/9 /九州大学所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/6】


【右頁上部】
みの米がたてこもるはとむねのしろ
にははんこん丹和ちうさんかうもの
むぎあわひへのたくひ 一きとうぜんの
つわものどもしろの風 門をおし
ひらきどつとおめいて
たゝかいける


【右頁下部】
ゑりどもはかり
でも たかゞさつま
いも 此やりでいも
ざしにして とう
がらしみそお
つけるぞ
おれはきり山
三りやう【注】が
はつかだは
   やい
へんてこめ

【注 桐山三了=江戸室町(東京都中央区日本橋室町)にあった薬商。地黄丸などの薬や、養生糖などの薬菓子で知られた。】

なんちしらずやわれは
これ 上かたにては大つの
しゆく むさしにてはかな
川かわさきのあいた 大森
に名のたかいおとこだぞ
ちかよるともどすか
くだすか ふたつのうち
かさいふねへ
さらいこむ
ぞよ

【左頁上部】
きりもち けし
なす
ものないわせそ
ふみつふし【別本にて】て かつを
のしほからに
しろ〳〵

【左頁下部】
きりもちはこし元ふぐにて
あざむかるゝのみならず
ほうれん草の
かたへ はや
むこ入も
すみたる
よし むねんこつずいにてつし【無念骨髄に徹し】
このうらみむさんせんと【この恨み無散せんと】
くい合せのしよくもつの
わるもの さつまいも すい
くわ うなぎ べつして
ほうれんそうか
きらいのおはくろ
などを
いんそつして
せほねとうけをう
ちこへけん ひさの
なんじよをしのぎ みの
米がたてこもる はとむね
の城のふう門までこそはし
よせける
〽はんこん丹め うぬこのなき
なたでまけたぞよ
おれは これで□□り
うて【?】いもた

【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053676/viewer/10 /九州大学所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/7】



【右頁上部】
おゝきついじや
きちや かさねて
からあくじき【空悪食=無暗な悪食】はこむ
      やう〳〵

へびつかじや五右衛門は一たん【一旦=一時】のけつき【血気】に
まかせどくといふ どくくひけれはなほ
かわかつてたまるへきはらのうちにて
いくさはよとほとなくつた□ん【意味不明】
かへは そのはらのいたさはかぎりなし

【左頁上部】
よつてせんかたつきて はりいの
めいじん ちく市といふ ざとう【座頭】
をよび見せけるに つく〳〵
かんがへ これまつたく くひ
あわせのどくふくちう
にてたゝかうなり われ
よくするほうありとて
はりを二三ぼんたて
げどくといへる大きなる
丸やくをあたへける
〽ちくいちどのましない あくじき
をいたせしゆへに 此くるしみなるほど
おゝせのとうり
はらのうちにて
いくさが
あるそうで
ときのこへ【鬨の声=合戦の始に全軍で発する掛声】
矢さけび【矢叫び=矢が命中した時にあげる射手の声】
のおと
手に
とるやうに
きこへ
ます

【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053676/viewer/10 /九州大学所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/8】


【右頁右上部】
さるほどに 両ちん入みだれたゝかいけるに 手おひし人
おひたゝし きりもちも大わらはになり たゝかいけれども
じや五へもん ぐわんらい下戸なりけるゆへに はらのうちの
あんないをろくにしらず かつほは 米つぶむぎいね
とうがおしへにて よくしつたり はいのぞうをまわつ
ては 心のぞうへうつていで かたきぢん【腎】のぞうに
ぢんをとれば 火をたかぶらせて 水ぜめになし
けるゆへに きりもちも いまはわづかにうち
なされ かつをとさしちがへて しなんと
おもひすでにちかつき すでに
かうよとおもふところ ざとう
ちくいちか うつはり 切もちが
よろひのあげまきづけより
せんだんのいたまで ぐさと
つきぬき はりのさき白く
いでければ なにかはもつて
たまるべき
そくざに
むなしく
なりに
ける

【右頁左上部】
      よゝ
     むねんなは
    なしほうれん
    草とかつほが
   ふうふになつてすむ
  ものはほんのうそた
 から なんともおも
わぬやつさ

【左頁右上部】
なんと見たり よいきみ〳〵
おのれかつみおのれを
せめるのだは
われらは
あとにて
ほうれん

そうと
ゆるりと
たのしみ
じるし
うまい〳〵

【左頁左上部】
みのまへがふだい
ここうのかしん
むぎあわひへ
かうのものとう
こゝをせんどゝ【先途と】
たゝかう

【右頁下部】
おはくろつぼにげる
なむさんほう【南無三宝】おらが
おやかたはしてやられた
一ぢんやぶれてざんとう
まつたからず【注】といふ
たとへのことくに
にけま
 しやう

和ちうさん
ふみつけられる
なむさんむ
ねんな
ゆるせ〳〵

【注 『太平記』巻九・「六波羅攻事」に「一陣破て残党全からざれば、六波羅の勢竹田の合戦にも討負け」とあることを引いている。】


【左頁下部】
うぬかくごを
ひか【「ろ」ヵ】げ あんまり
さけのみのむね
のやけるやうに
した
むくいだ
  ぞ

【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053676/viewer/12 /九州大学所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/9】

かくて きりもちはほろひけれども いまだ手したの
しよくどくのこりいて せめたゝかうところに
ふしぎや
みかたの
はたの上に
けどく丸
あり
われ
いで
五臓(ぞう)

腑(ふ)を
かけま
わると
見へしが

あらゆるしよくどく
一どにどつとはとむね城
のしたなるかう門谷に
なだれおちてこと〴〵く
かさいのもくすと□て
ければ みの米の一そく
あんどのおもひをなし 天下
たい平 はらつゝみのひゞくを
きいてくらしけるこそ目出たけれ

【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053676/viewer/13 /九州大学所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100023745/viewer/10】

【文字無し】

腹内養生主論

寛政十一

《題:腹内養生主論 《割書:一九|  画作三冊|    ■■》》

飲食(いんしい)は身命(しんめう)をつなぐ至宝(しいほう)にして。礼義の本 原(げん)
なり。予年 頃(ごろ)。いかもの喰(ぐひ)を好(この)みて。紅葉(もみち)牡丹(ぼたん)はいふに
およばず。蟒(うはばみ)【蠎】のかばやき。狼(おほかみ)の酒亀煮(すつぽんに)【泥亀煑】。蛇(じや)の鮨(すし)【鮓】に天狗(てんぐ)
のしぎやき。鉄砲玉(てつぽうだま)の座禅豆(ざぜんまめ)。四文銭のはり〳〵。
といふも更(さら)なり。身体(しんたい)鉄石(てつせき)にあらざれは。遂(つい)に
脾胃(ひゐ)を破(やぶ)り。病症(やまひ)をいだし。後悔(こうくはい)先(さき)にたゝずの
業(ごう)さうしを。此(こゝ)に模写(もしや)して。養生(ようじやう)の道をひらく
といふ。于時寛政十一未の春
             十偏舎【十返舎】誌

【右丁上】
慎言語以養其徳節飲食以(つつしんでげんきよをもつてそのとくをやしないいんしいをせつにしてもつて)
養其体(そのたいをやしなふ)といへりとくにはせ川丁
へんに一九といふなまけものあり生とく
のいやしぼうにてとかくなんでも見るもの
をくいたかりはぢもぐはいぶんもかまわず
くいたいがやまひ也
このせつはあ
まりくい
すごして
ひゐはそこ
なひげん
きはお
とろへ
ものにたい
くつしてくさ
ざうしのさくさへ
できずなんぞ
しゆかうをかんがへ
よふとするとつへ
ねいつてしまいにし
むらよりはたび〳〵の
さいそくあんじつかれて
とろ〳〵とまどろみし
うちにふしぎのゆめを
見るまことにゆめは五ぞうの
【左丁上へ】

【右丁右下】
   〽このおとこのくい
   たいやまいはいくら
   いつてもきかぬから
  くすりをのんでも
  じきにまたくう
 からこのうへははら
のうちへいしやを
かかへておくより
 ほかはしかたが
   ないといふもんだ
  さて〳〵こまつた
     おとこだ

【右丁左下】
 〽これはごくろうでござり
 ますこれへおいでくだ
 さりませのどのあいだの
ろじがせもふこさります
いぬのふんをおふみなされ
ますなこのおとこのことで
ござりますからいぬのふん
 でもたべかねはいたし
    ませぬから

【左丁上】
わづらひといふにちがい
なし一人のいしや一九がま
くらもくにてわれはかい原
とくしんといふもの也その
ほうのげびぞうより
はらのうちの五ぞう
こと〴〵くわづらひと
なりわれにりやうぢ
をたのみ
きたれり
これによつて
いまそのほうがくちの
うちへはいるなりこと
わりなしにとび
こまばたちまち
がり〳〵とかみくだ
かれんことをおそれて
ちよつとわたり
をつけてとび
こむ也といふ
うちに一九が
くちのうち
よりゆめが
むかいにいでかの
かいばらを
 どう〳〵して
  口中へとびこむそ
   ふしぎなり

【右丁上】
一九ゆめ心にも
ふし
ぎにおもいわが
目の玉をうしろむき
にひつくりかへして
はらのうちをのぞき
見れば心は一身の主也と
古語にいふごとく
しんのぞうをたい
せうとしてひのぞう
はいのぞうかんのぞう
じんのぞうたいしよく
にあてられいづれも
いろあをさめてろみ
いりばつざへくちを
よびいだしてしんの
ぞういゝわたし
けるはひつ
きゆうその
ほうけび
ぞう
より
はらの
うちの
わづらひ
となる
ことわさにもやまひは
くちよりいるといへば
みなそのほうがとが也
【左丁上へ】

【右丁左下】
〽とかく
 そのもとは
  くちがわるいから
   このくちきつと
    たしなんだが
      よふござる

【左丁上】
このゝちよくつゝし
みてどくなるもの
やたらむせふに
とりこむこと
むよう也と
いゝわたしける
この心(しん)といふは
むねのあいだに
ありてその
おくかたを
魂(こん)といふ也
さればしん
こんとつゞ
きてふうふ也
脾(ひ)の蔵腎のぞう
は五ぞうのうちでも
よつぽどねめつく
見へけるがちかごろ
だん〴〵いたみて
大きにおとろへ
けるみなくちの
しはざなりされば
脾腎(ひじん)の■【後ヵ】をたの
んでゐんしいを
ほしいまゝにせず
       とは この事也

【左丁右下】
〽いさいかしこまり
ましたともちまへの
 くちさきにて
  いゝよふに
   あわしている

【左丁左中】
口がいふ
〽とかくわたくしは
 たべませぬ
 よふにいたし
  ましても
   目でみたり
    はなでかい
     だりいた
       して

【左丁左下】
どふもすゝ
    めて
 なりませぬ
  からめはな
   へもそのだん
    おゝせつけられ
     下さりませ

【右丁上】
人の元気のや
しないとするいん
しよくを
かろくして
すきゞれば
生れつい
たる元
気をやし
ないいのち
なが〳〵てん
ねんをたもつ
なりとゆう
じやうしゆ
ろんにに見へたり
元気はひのぞう
にぞくして則
ひのぞうの
むすこなり
ひのぞうおと
ろへげんき
もうすく
ぶら〳〵と
なまけ
たし
まだわかいげんきゆへさかんな■【るヵ】
はづなるにいつか■【うヵ】よはくなり
ければこのうへげんきがなくならぬ
やうにとあるひけらいの下部(げぶ)を
つれてぶら〴〵でかけてせい気を見  そめる
【左丁上へ】

【右丁下】
〽かはゆらしい
  とのごじや

【左丁上】
精気(せいき)は腎(じん)のぞうのむすめ
にてこれもじんのぞうおとろへ
せいぶんよはくなりけるゆへ
きばらしにとてでかけ
けるがふつとげんきを
見そめてたがいに
おもいやいし
事なれば
そうだん
さつそく
できて
げんきも
よく也
せい
きも
つよ
く也
やまひ
はさつぱり
とわす
れて
しまつた
よふになる

【左丁右下】
じんのぞうのむすめと見へて
  みづだくさんにみづ〳〵と
           している

【左丁中央】
けらい下部(げぶ)
  ともする

【左丁左下】
〽おいらもおうば
   どのゝちゝなり
    ともひねくり
     まはして
      やりてへ
       もんだ

【左丁上】
医書曰臍下(いしよにいはくほそした)
三寸 丹田(たんでん)といふ
腎間(じんかん)の動(どう)
気(き)此(こゝ)に有
是(これ)十二 経(けい)
の根(こん)本也
じんの
ぞうのや
かたはたんでん
といふところ也
元気はせいきと
いゝかはしてより
よな〳〵しのび
てたんでんの
やしきへかよい
けるにせいきも
うれしくち
ぎりけるにたび
かさなりてせいき
つかれ元気も又
よはりはてけれ共
なをもかよいける
にしんのぞうのおく
がたたましいはせいきの
【左丁上へ】

【右丁右中】
〽いやはや
むすめが
みづづかいの
あらい
にはこ
まり
ます

【右丁左下】
このとふり
 ではなんぼじん
 のぞうにほりぬき
  をいたしてもたまりませぬ
   むせうにふるまいみづでも
     いたすと見へます

【左丁上】
おばさまなり
ゆへわざ〳〵
たんでんへ
きたり
たましゐ
へその下
におち
つきて
せいきへ
だん〴〵
いけん
をくわへ
  ける

【左丁左上】
〽元気は
しのび
きたり
よふ
すを
うか
 がふ

【右丁上】
このふたりは
めとはなの
あいだがら
にていたつて
こゝろやすく
ことに目と
はなはいろ〳〵の
ものを見たり
かいだりして
もうねんもふ
ぞうをおこす
わるものなかま也
こんどくちがかぶりの
よふすをきゝ
つね〴〵くちから
さきへでもうま
れたよふにひとりで
しやべりちらす
つらのにくさ
なんでもこのうへ
いじはにむせふ
に見たりかい
だりして
くはして
  やらんと
   そうだん
     する

【右丁右中】
   〽耳目鼻口舌
    といつておなじ
    六こんのなか
    まなるに
    へいぜい口が
    わるくなん
    でもかほ
  ぢうにくち
 があるよふ
いつはいに
 しやべりやぁ
     が■【るヵ】

【右丁左下】
あさね
をして
 めがあ
 かぬと
  いつて
  つばきをつけたり
   おいらがころんだ
   ときもきたねへ
   あいつがつばき
    を又しても
    つきやぁがる
     にはあや
        まる

【左丁上】
くちはわざはひのかど舌は
わざはひのねなりへいぜい
くちがわるいゆへ人ににくまれ
目やはなが見たりかいだりして
むしやうにすゝめるゆへもと
よりいぢきたねへもちまへ
なればついくふきになりてひゐ
をやぶる事もうちわすれ
やたらにとりこむおにの
女ぼうにきじんとやら女
ぼうの舌もとかくわるい
くちにそつていれば
べちやくちやと舌を
うごかしおり〳〵は
したを二まいつかつて
うそをつきそのくせに
人のことはしたをだして
わらひそしりける
ゆへとかくしたなが
なおんなだと
にくまれもの也

【左丁左上】
〽わつちもした
  であぢわつて
   見やせう
    ちつとばかり
      すわせなせへ

【左丁中央】
〽すつぽんには
  ばくろ丁の
   ひしやの
    ことだろ
  そばはまた
 にんぎやう丁の
 みやまがいゝの

【左丁右下】
〽いろけより
  くいけだ
   とかく
    くはずに
    いんではこの
     むねが
     くはぬこゝろ
     のなかにも
     しば〳〵
     くふはや
      たらに
      すきの
       もの

【右丁上】くちはいよ〳〵
ぼうしよく
やまずして
ひのぞう
大になやみ
やせおとろへ
ちからうせて
むしやうにもの
にはらたち
むすこのげん
きがせいき
とのいろごと
をきゝだし
て大きに
いかり
けるひの
ぞうの
女ぼう胃(い)の気は
いろ〳〵わび
ことをして
とりなし
けれ共せう
いんなく
ついにげんき
をかんどうして
おいいだしける
これをひのぞう
【左丁上へ】

【右丁左下】
〽おのれ
 おれが
 もふちつ
 とわか
 ければ
 まつ二つ
 にする
 やつなれ
 ども今は
 おれが
 ひゐのよ
 はくなつ
  たのが
【左丁右下】
 うぬが
 しやはせ
 といふ
  ものだ

【左丁上】
きよして
元気を
うしなふとは
このこと也
脾胃(ひゐ)は
五蔵の本
にして
飲食(いんしい)を
うけて
消化(せうくは)し
その
精液(せいえき)を
蔵符へ
おくるゆへ
養生の
みちは先
ひゐを
とゝのふを
もとゝす
子どもしゆ
つとめたまへ
 がてんか〳〵
  こんな事より
   かくことなし

【左丁左中】
〽げんき
  大よはり
   にていち
   ごんも
     なく
   かんどう
   のみとなり
    いでてゆく
     げんきが
      おちたとは
        このこと也

【右丁上】
脾胃の腑に
しよくもつ
こと〴〵くとゞ
こほりてくだら
ずあるひは
せうくはせず
してくだり
または
ひけつ

ければ
大腸(だいてう)の
十六回(じうろくくわい)も
みちすじ
とゞこをり
ければそのだん
しんのぞうへ
うつたへわたくし
どもひゐのぞう
よりしよくもつ
をうけてこれを
それ〳〵にくだす
をもつてかぎゆう
といたし候にこの
ほどはひゐぶくろ
にとゞこをりいつかう
【左丁上へ】

【右丁左中】
さそ〳〵
 きの
 どく
 せん
 ばん
  な

【左丁上】
くだり申さず
かよふにひけつ
いたし
ては
せう
ばい
ひまに
てなんぎ
つかまつり候
そのうへ
下かたのこう
もんよりは
しりがまいり
めいわくつかま
つり候
膀胱ぼうくはう【振り仮名ヵ】
もおなじねがい
何とぞひゐを
とゝのへ
候やう
おゝせつけられ
下さるべしと
 うつたへける

【左丁左中】
〽ひゐきよして
 こんきよは
 くなりしこ
  とこれも
   ねがいに
    いづる

【右丁上】
ひのぞう
げんきを
うしない
ければしん
のぞうも
せいきを
たもつ
事なり
がたく
どうざい
なりと
てせい
きを
かん
どうし
ければ
げんきは
せんかた
なく
けらいの
げぶを
ともに
つれて
いづく
とも
なくせい
きとみち
ゆきとでかけ
【左丁上へ】

【右丁左下】
〽このさきが
ふんどしの
 むすびめ
めいふつの
 そばきり
   いろ
   でも
   あ
   がり
   ませ
 まだこれ
  から
 四(し)り
  ござり
  ます

【左丁上】
けるがほんかい
どうはひとめ
おほしとよこ
はらよりせす
じへいでだん〴〵
おちゆき
けるがむね
のあたりは
ひろければ
そのところへ
おちつきて
うばがざい
しよちぶさの
かたへと
こころざし
てたどり
  ゆく

【左丁左中】
〽なかほど
  このかいだうはなんじよだ
   いつそあけてもくれても
         ほねばかりだ

【左丁左下】
大よう小よう
 みちの
  おいわけは
   まだかの

【右丁上】
じんのぞうてうあいのむすめ
せいきをうしない大きに
ちからをおとし
わするゝまなく
あんじくらし
やまいと
なり
き水
をへらし
ければ
じんの
ぞうの
弟に
心火(しんくは)と
いふものひ
ごろ水と火
なれば中あしく
よりつきも
せずいたり
けるがこのせつ
じんのぞうおと
ろへたるところへ
つけこみむせふに
火がたかぶり
わがまゝばかり
いつてじんのぞうを
    いじめる
【左丁上へ】

【右丁左中】
〽このはじめの
 はんこ【てヵ】うに
 くちめが
  大ひらのくはの【ゐヵ】
  をくらつて
 いやあがつたが
  大かたそれで
   水がへつたで
    あろふとしよりの
     ぶんざいでほかに
      へりよふはねへはづだ

【右丁下】
〽あごではいと【をヵ】
 おつているぐら
  いの事だ
  とてもきさ
   まにたて
   づくち
   からはねへ
   ごめん
    〳〵

【左丁上】
たましゐは
めいのせいき
いゑでして
ゆきかたしれ
ずときゝ
大きにかな
しみついに
きをとり
のぼして
こゝろみだ
れける
たましゐ
のきちがい
になつたを
よく人がたまし
ゐを見ちがへたなとゞ
いふせりふはこんな
事より出たるなり
はなは折ふしこゝへ
きやわせかねてたまし
ゐに心をかけいたりし
ゆへきのちがいたるを
さいわいさそひだして
わがやへつれかへるこれ
よりたましゐは
はなのさきにぶらついて
いるからどふでむつかしいはらの
             うちだ

【左丁左中】
〽すこしみだれ
  こゝろはなをあり
 がてへきはちがつて
 もよもやほかの
  ところにちがいは
   あるめへ
     ■
      たましゐは
      どふり〳〵
       おいらでさへむせふに
        はな水がこぼれる

【左丁下】
〽これから
 はなが
ところへ
ちよいと
 きなさ
   い
  これ
  かん
  ばん
   に
   いつ
   わり
   なし
   だ

【右丁上】
それより
元気ふうふは
やう〳〵とまづ
みぞおちむら
のどのかたへおちつく
こののどぶへといふ
おとこはところの
とふりものにて
なんでもよく
のみこむおとこにて
このてやいをかく
まいおく
千金方曰(せんきんほうにいはく)胸(けう)
中(ちう)に気(き)集(あつまり)滞(とどこほる)
は病(やまい)の愁(うれい)を
しやうずつ
もとゐへと
いへりこの
ところへ元
気せいきの
あつまると
いふはその
きをふさぐの
はなはだしき也
とかくむねにきを
こらさぬやふにするがよ
         し

【右丁左中】
きづ
 けへしな
  さるな
  こののど
   ぶへがぐつと
    のみこみ
       〳〵

【右丁下】
〽わたしらが
  こゝろのうち
   かみわけて
    下さんせ
     のどぶへ
       さん

【左丁上】
はらのうち
大そうどうと
なり心のぞうも
おくがたのたましゐ
をうしないうてう
てんとなりければ
れいのわるくち
こゝへつけこみいろ〳〵
あくじをすゝめる
くちが曰
〽養生訓に曰
心は人の主君として
天君と云耳
目鼻口形は
五友といつて
天君のつかはしめ也
しかれははらのうち
の臓腑よりわれ〳〵
かみにたつべき事也
このゝちはふくちう
のこらずそれがし
にしはいおほせ
つけられ下さる
べしとくちに
まかしてねがい
     ける

【左丁左中】
〽いかさま
 その
  ほう
 申とふり
ひとひやうぎ
 してみよふ

【左丁左下】
〽近年
補薬(ほやく)が
はやつて
ことのほか
ざうふの
きがつよく
 なり
  まし
   た

【右丁上】
とかく
ものゝ
ひやうぎ
をしりの
くゝりを
よくすると
いふこゝろにて
こうもんへ
みな〳〵
はらの
うち


やい
あつ
まり
ひやう

する
この
とこ
ろを
けつ
だん  しよともいふ
わるくちがいふとふり
いらいはらのうちの
しはいは五友のもの■【にヵ】
まかすべしとそのひやう
ぎにみな〳〵けつだんしるに
あつまりけるにこゝにかんの
【左丁上へ】

【右丁左中】
〽うなぎ
やさるの
きもと
ちがつて
いきたきもだ
きものにへたも
しりもしねへで
ふてへやからだ
【左丁右中へ】

【右丁下】
しんの
 ぞうは
 かきつけ
 をして
 おかねへ
ととふか
 かべと
まちがい
 そふ
  だ
  から

【左丁上】
ぞうにぞくしたる
きもといふものあり
このおとことんだきの
ふときものにてしかも
大きなるきも也こう
もんのくはいのよふすを
にくきくちめが
たくみ也そとに
ありてはらの
うちをしはい
せん
だい
いち
この
きもが
かつてん
せじそれ
をまたとり
あげるしんの
ぞうのふらちを
いましめてくれんと
こうもんのけつだん所へ
きたりしんのぞうを
とつてさしあげくちを
大きにいましめ
 あやまりせう
   もんをかゝせる

【左丁右中】
きもどくながら
   いち〳〵に
    きもざしだぞ

【左丁左中】
ごうてき
 なきもの
  やろうだ

【左丁下】
 くら
 まくゝ
 いつて
御しよ
おこし
 でも
さし
あげれば
  いゝ

【右丁上】
きもだまにあつて
さすがのくちも大
へこみにへこんで
しまいければ
これからまづ
はらのうち
をつくろふが
よいとまづ
大てうの
十六くはい
ひゐぶくろ
から
くだり
ゆく
しよく
もつの道
すじとかく
とゞこをらぬ
よふにと
大よう小よう
の大どいを
ふしんし
けるにこれ
よりして
とゞこをり
なくりやう
べんともにつうじける

【右丁中央】
〽はらのうちの血気といふは
  とかくあたまにちのけのおほい
   てやいにていつす んもあとへはひかず
       げんきの  いゝてやいをけつき
             にさかんなといふは
                  この事也

【左丁右上】
ふしんちう
ちうやばん
をつけて
血気(けつき)

よく
めぐ

ける
ゆへ
いよ
〳〵
おだ
やかに
 なり
  ける

【左丁上左】
〽はらの中にても
十四けい十六くはい
などゝいふはとふり
すじにてこの
めいもんなどゝ
 大てう小てうの
  ぐつとすへの
   丁にてしりから
  一ばんめのまち也

【左丁下】
〽ぼんのふ
 のいぬも
   もは
    や
   ある
 けばぼう
   にあ
   たり
    て
   にげ
  まはる

【右丁上】
ひのぞうにしよく
もついまだとゞこをり
あるゆへなにとぞしばら
くぜつしよくしてはら
をほしたくねがいける
そのとふりいゝわたされ
けれ共とかくまだ
くちがくいたがるゆへ
こゝろがきつと
くちをいましめて
いるそれゆへひのぞう
もだん〴〵
とゝのいける
はらの
うちの
大どいの
ふしんもでき
ちがよくめぐりて
とゞこをらず
ひゐもだん〴〵
とゝのいければ
しんのぞうにも水
たくさんになりけるゆへ
たかぶつてあばれ
あるきし火をけして
しまい又きもだまは
【左丁上へ】

【右丁右中】
〽だん〴〵
 ありがたふ
  こさり
   ます

【右丁左中】
〽こいつも
 あやまり
 けへつてくち
 を むすんで
      いるやつさ

【左丁上】
はなをひし
いでたましい
をうばいかへし
けるそれより
げんきも
せいきも
もとの
ごとくに
たち
かへり
はらの
うち
やふ〳〵
おさまり
やまいは
きつぱり
ねきり
はきり
どこもかも
ごうてきに
たつしやと
  なる丁そ
 めでた
   けれ

【左丁中央】
〽これがほんの
   としよりの
    ひや水だ

【左丁左中】
まことにはなが
 ひしやげました
     フニヤ〳〵〳〵

【右丁上】
一九ははらのうちの
ゆめを見てふしぎに
めがさめると
たちまちはらが
ぐはら〳〵となり
むねがわるくなり
むか〳〵としてげろ
〳〵とこまもの
見せをだしけるに
そのうちより
けふりのことく
なるものたち
のぼりかいばら
とくしんあらわれ
いでゝいふやう
そのほうこれまで
いかものぐいをこのみ
ちゝはゝよりゆづり
うけしはつぷ
しんたいをあやま
たんとする事
ふらちせんばん也
やまいはくちより
いるゆへまたくち
よりはきいださせ
【左丁上へ】

【右丁左下】
のや〳〵
 いしやさま
  をはきだした
  たけのこ
   よりやぶ
   いしやは
【左丁右下】
   どくだと
    見へる

【左丁上】
し事みな
返報のどうり
にして善をなせば
そのみによくむくい
あくをなせはあしく
むくふことわりにて
くちよりおこりて
くちよりはく
とかくわざわひは
くちからおこる也
つゝしむべし
おそるべしくち
さへたしなみ
ているとき
はやまい
もいで
ずわざ
はひもおこらず
やうじやうの
みちはくち
をたしなむに
ありとおしへ
 さとして
   たちさりけるぞ
      ふしぎなれ

【左丁中央】
〽とかく
 おぬしも
  くちがわるいから
   にくまれるそして
    かならずうそ
     をつくめへぞ

【左丁上】
きん〴〵はうへをすく
はずといへ共きん〴〵
とぼしくしてうへにお
よぶもの又おほし
まことにせかいのたから
也そのたからをまた
もとめんとするには
まづからだのもとで
をじやうぶにすべし
いちもんもなきとこ
ろよりかねもふけ
するはからだのたつ
しやなるがもとで也
とかくようじやう
だい一にしてわづら
わぬまにあしこし
たつしやにかせぎさへ
すればきん〴〵は
めのまへゝふつて
わくなり

【左丁中央】
ありがたや
  〳〵

【左丁下】
〽めでたい
 ひより
   だ

【左丁上左】
 うたに
 〽ながいきはたゞはたらくに
  しくはなしながるゝ水の
  くさらぬを見よ
 〽うへを見ずかせぐうちでのこづちより
  よろづのたからわきいづるなり   一九作
                        自画

【裏表紙】

家伝寿命薬

【表紙 題箋】
家伝寿命之薬   全

【整理ラベル】
208
特別【朱印】
642

【右ページ・白紙。右肩に書き込みあり】
天明二壬寅
【右ページ・朱印/瓢型】
花盟

【左ページ】
こゝに竹野
小庵といふいしや
ありさのみ【別本にて判断】が【別本にて】くいと
いふでもなけれども
おびたゝしき出入ば
にてしんのことくに
こふみやう【功名】てがらを
あらわし人に
もちいられ
又らしやの
はをりりんずと
いふところを
ぬき【抜き?】【脱ぎヵ】
くろしたて【黒仕立=黒ずくめの装い。粋な人の装い。】
にて
とふせい
ふうなれば
やまいも
こゝろより
でるものなれば
そのきどりにて
りやうし【療治】するゆへ
なをす事
きついものなり

【挿絵下せりふ】
せんせい
さいしゆく【在宿】
なれば
よいが

【左ページ・朱印/鳥の形ヵ】
【左ページ・朱印/円形に ■■図書館】
【左ページ・朱印/円形に 明治三七・五・三■■】
【左ページ・朱印/四角に 定ヵ】

【右丁】
こゝろやすきもの
おり〳〵はなしに
来りにければ
にげたといふ事は
おくびにもださす
このちうも【先だっても】
みんなの
すてた所を
わしがいちに
ふくで
たちまち
しよくに
   くいつき
ふゆぼう
こう人【冬奉公人 注①】も
はだしと
いふやつとてがらばなし
いづれもいしやしゆが
きどりがなくてはいけませぬ
まづすこしのかぜははいどくさん【敗毒散 注②】
そのうへが正気さん【正気散 注③】
ずつう【頭痛】かするなら
さいこ【柴胡 注④】せんきう【川芎 注⑤】を
かみするせきが
てるならそふはくひ【桑白皮 注⑥】

【左丁】
きやうにん【杏仁 注⑦】
みな四時の
きにあたり
たるもの
なれば
ふかんきん【不換金 注⑧】
いかぬ事は
   なし
こゝの所が
りやうけんもの【料簡物=よくよく考えてみなければならない事柄】
とかくしよもつに
ばかりまかせ
しやうぶな
もので
きつかいは
なけれども
その人に
よりて
かけひきのある事これは
りやうじがすこしおそふ
ござるのにかいからおちぬ
うちにこしのりやうじも
いらぬものわしなどは
おそいぶんはかまい
ませぬとみそ【味噌=自慢】をぶちあげる

【右丁下部】
いりやう
てびき
くさと申
本を
ごろふしろ【御覧じろ=御覧なさい】
けつかうな
 ものじや

【左丁下部】
わし
などは
とんと
つまるは
おかげて
  よいが
 すこし
  くすりが
 なずみ
   ます【離せない意か】

【注① 江戸時代、北陸・信濃地方から農閑期の冬期だけ江戸に奉公に来る人。】
【注② 近世、広く愛用された売薬。】
【注③ 粉薬の名。風邪に効く漢方の薬。解熱、発汗の作用をもつ。】
【注④ シマサイコの根を乾燥したものを慢性の体熱をとる解熱剤とし、漢方医学では呼吸器病などに使用される。】
【注⑤ 鎮痛、鎮静、駆瘀血、強壮作用あり。】
【注⑥ 漢方の薬物の一つ。クワの根皮。消炎・利尿・解熱・鎮咳剤として用いられる。】
【注⑦ アンズの核の中にある胚を乾燥したもの。薬用。】
【注⑧ 風邪薬の名。室町時代から江戸時代にかけて、全国的に知られた。】


【右頁】
小庵
きん
じよ
にて
やくし
さまの
よふに
おもひ
年も
山のごとくに
もちたる
百ばかりのおやぢわしは
もふいきた所が七十ねんか
八十ねんなにとぞ
せがれにばいやくの
ごでんじゆをねがいます
とふぶんはうれずとも
しぢうのかぶにいたさせとふ
そんじますとたのみけれは
いかさまそれは
よいおぼし
めしいろ〳〵
おはなしもふしませう
そのうちて
【左頁】
おほしめしのになされ
しよ【書】に曰
くすりめはもん【「めいもん(明文)ヵ】
せされば
そのやまいいへずとあり
かんそうは
くすりを
よくひく
きやうにんは
かみのものを
下へまわす
につけいはよくめくりて
やまいのいをしる
わさびがいきでも
そうめんにはわるし
いりさけにからしも
ならすいわしのぬたは
とうからし大こんおろし
さんしよのめもちいる
所か御座ります
いてなにぞ
おもしろい
事あらうて
〳〵

【右頁下】
とり〴〵
ひき
ふだを
いたし
ませう

【左頁下】
今日はひやうか【病家】へ
でかゝつて
 おります
ゆるりと
 おまへにも
 わかるよふに
 おはなし
   申
  ませう



【右丁】
○たむしの
  くすり
たむしの
できたるに
みなみと
いふじを
かけば
なをると
いふ事は
たいがいは
人のしる
事なれと
いかなる
ゆゑんが
そのわけを
しりたる
ものなし
もろこしの
ちゑしや
しよかつ
こふめいの
おもひ
つきてもなし日本の
ものではだれであろうと

【左丁】
おもへはかわちのくにのぢうにんくすのきまさしけが
はかり事なりくすのきといふじはきへんに
みなみといふじたむしといふものきより
いでたるものなりきにみなみくすのきゆへ
みなみと
いふじて
いかぬ事
  なし
のちに
みなと
川にて
まきものに
して
むすこに
わたし
いまのよ
までも
きゝつたへ
たるもの
たむしを
なをす
  事
きみやう
    なり

【右丁下部】
しつと
  して
   いや
はゝ
 あか【別本にて】
よい
ものを
やると

いごき
  な
 さんな

【左丁下部】
〽ばんこ■
   たんな
  よ【?】んといちばん
  しま■やしめん
   たのしみた
【この戯れ歌の部分、別本に無し。後の書き込みか。】





【右頁】
○酒のよいを
  さます薬

さけの
よいには
そばの
むめか
よけれ
とも
所に
よりて
なし
又すさ
まじく
よいて
けんくわ
など
する
ものも
あり
二日
よいとて
づつう
などしてあたまあがらず

【左頁】
こまりてもうちなれはまつよし
あそひなぞのさき【別本にて】てはおほきに
こまる事はまきものなとくいにゆき
なんそないか【別本にて】といへはいきなものを
たしか【別本にて】けられこいつはありかたいと
むらぶうにのみかけもつとなんそ
〳〵となにをたしてもこれは
こめんたというよふになり二日も三日も
かへり
そうも
なく
よい
たる
には
壱分
とるか
なんりやう【南鐐 注】
三へんかと
おもふ所へ
三分でござりますといへば
たちまちさめる事
      きみやうなり

【右頁右中】
しらうとも
こができ
ては
こめんだ

【右頁左中】
それではおさへるよ

【注 二朱銀の異称。二枚で一分(いちぶ)、八枚で一両に当たる。】

【右丁】
○むしばのくすり
わかきうち
はのわるいは
きついそんなり
正月のもちは
五月ごろ
ひうち石の
よふな
やつをがり〳〵
いかぬといふは
みなむしはの
わさなり
むしのくわぬ
よふにする
    には
四月八日に
たんざく
ほどに紙を
きり
ちはやふる
卯月八日の
吉日にかゝみ
さげやらせ
せいばいぞ
するとかきて
かほに
はりておけははを
むしにくわるゝ事なし

【右丁下部】
ちつと
みにくゝとも
むしばには
ましじや

【左丁】
○こへのくすり
こへのたゝぬには
むまのしりを
なめるは大めうやく
なれども
ま事とは
おもわぬ
ものも
  あり
しばいの
太夫も
長うたも
こへのよい所を
見れはかくやで
なめると見へたり
しやうのものさへ
なめやうなら
ふうこう
ろゆうも
そつちへゆけと
いふほど
たつ事しんの
    ことし

【左丁下部】
次郎【馬の名前が次郎】
 ぼう
ちつと
まちな

【右頁】
○しやくの薬
こいはおなごの
しやくのたね
とぶでも
しやくはおんなに
おゝしなかにも
つとめの身には
こゝろつかい
おゝくもんひ【紋日】
もの目【「日」の誤記 注①】に
あたり
このせつく【節句】は
文こふさんに
いわふかぬしに
いわふかいんきよ
さんにたの
まふかとこゝろ
まちにして
いれどもひとりも
こすおもひも
よらぬきやく
しん【客人】かくれは
さへ【ふせぐ】ねとも
ひまゆへ
いくたり【幾人】もあつまり
なにやらたみさん【畳算 注②】

【左頁】
はかりおき
そわ〳〵〳〵と
すれはおめへ
たちはおかしな
かほつきだがどふしな
すつたといへはしやくか
おこりんしたと
      いふ
一おいらん五両
一しんぞう弐両
一ほふばい三両
一やりて一分

つねのごとくに
ざわ〳〵して
もちゆれは
うその
よふに
けろ
〳〵と【平然として】
よし

【右頁右下】
みどりや
おや〳〵
ばから
 しい
  よ

【左頁右下】
さよ
きぬ
 さん
はなし
 ねへ

【注① 紋日物日(もんびものび)=江戸時代の遊里における特別の日。「紋日」は「物日」の変化した語とされ本来両者は同義であるが並べていうことが多い。主として官許の遊里で五節句やその他特別の日と定められた日。この日遊女は必ず客をとらねばならず、揚代もこの日は高く、その他祝儀など客も特別の出費を要した。】
【注② 婦女子などが畳で行なう占い。特に遊里で行なわれたもので、待ち人が来る、来ないなど、その他の是非・吉凶を占う。】

〇かんしやくの
   くすり
かんしやくの
りやうじは
やすく
あからぬやう
あそびになど
ゆきてとなり
ざしきは大さへ【非常に陽気に騒ぐこと】にて
てまへのほふは
いくらてを
たゝいても
へんじも
   せず
いま〳〵しい
やつらだ
どうして
くりやうと
きのいら〳〵
してはじめは
のぼせそれより
かんしやくおこる
つよいのは
あたけまわ【別本では「わ」】り【あだけまわり=暴れて動き廻る】
さかづきを
ふみこわし

【左頁】
しやうじを
けやぶりなか
〳〵うち
じうのてに
おへぬには
一はをりげいしや
     一トくみ
一こわいろ一トくみ
一身ぶり一トくみ
一太夫 ふたくみ
女ほうむすめ女中
のこらずさい■に
してもちゆれは
きけんなをる事
大みやうやくなり
又かるきは
ちやわん
ふたつ
ばかり
ぶち
こわ
しても
よし


【右頁・挿絵内】
〽■■ねへ
と■た
わけやら
ねつ■■  【後から筆で書き込んでいるヵ】

〽お■つ
あかり
ません
お■〳〵
■■■   【後から筆で書き込んでいるヵ】

あを
きり
つぎ■

【左頁・挿絵内】
しい
のき
さんほん
こだてに
  とり

チンツンチン
 ツヽチヽツン

【右丁】
〇目の薬
女中には
ごふくもの
くしかうがいは
めのどくなり
おとこの
めのわる
きには
あさくさ
などの
人の
おゝき
所へ
まいり
みづちや
  屋
こしを
かけて
いれば
おびたゝしき
女の
中にも
ふじ
いろの
もんちりめんの

【左丁】
□【むヵ】く
三ツほど
とひいろ
ひろうどの
   おび
ひぢりめんの
ほそき□くけ
又はくろ
ちりめんの
つまあかり【褄上り=着物の褄の、裾より上がった部分】
しろむく
ばかり三ツ
四ツきんなし【金梨子地のこと】の
もふる【モール】のおび
もへき
びろうとの
こしおび
いつれもすあしに
うらつけぞうり【注】
いかやうに
むづかしき
人のめにも
きみやうに
 よし

【左丁下部】
どこだか
わからねへ


しけさんかと
  おもつた
    ついそ
     ねへ【終ぞねへ=まったくめずらしい。】


【注 裏付け草履=裏を付けて厚くった草履。わら製、竹の皮製などがある。裏は三枚または五枚重ねが普通。また重ね草履の間に革を入れて、水が浸み込まないようにすることもある。】


【右丁】
小菴
いろ〳〵
みやうやくを
はなしけれども
とかくせけんに
かい【害】のなき
めいほう【名方=薬の名高い調合法】が
ありそふな
ものとたづぬれは
とうらくなやまいに
としはくすり【注①】といふほう【方】もあり
人のせんきをづゝうにやむと
いふによいくすりもあれど
なに
よりは
うれそうな
ものは
しゅ
 みやうの
くすりが
よかろふと
ほうくみは
のかけ【野懸け=野遊び】の
つみくさ
よし原の
【左丁】
さくら
さん芝居【注②】の
みかんのかわ
まんくわんしても
けんひし【注③】にても
あたゝめさけにて
もちゆさしやい
きんもつは
こゝろつか【別本にて判断】いと
大晦日と
おしへければ
いかさま【きっと】これは
よさそふな
くすりと
しやうち
   して
むすこに
きん【別本にて判断】〳〵と
しやうかぶを
こしらへてやる
つもりにて
よろこひ
小菴くふに
おすいものにて
ちそふする

【右丁下部】
おまへも
ち【別本にて判断】と
もち【別本にて判断】いて
ごろふ
  じろ

いかさまな

【左丁中段】
ねむるな

こく〳〵【この語別本には無し】

【注① 年は薬=年をとるに従って思慮分別ができること】
【注② 三芝居=江戸にあった中村座、市村座、森田座の三座】
【注③ 剣菱=摂津国(兵庫県)伊丹から産する上等の酒の銘柄。江戸時代最も賞味され、将軍の御膳酒にもなったもの。】

【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053339/viewer/14】

【右丁】
かてんじゆみやうの
くすりと
ひき
ふだを
まわし
けれは
みな
〳〵
もち【別本にて】
いて
みれば
なんによ
ともに
よくあい
きのふさがり
たるなどは一ふくで
こゝろよく
ろ【別本にて】ふしやうのたぐいも
けんきを【別本にて】まし
くすりの目出たいといふは
これかはじめてとひやうばんの
大うれにてぜんたいじやうぶな
しんだいが
したい〳〵に
おふきくなり
かねのおき所【別本にて】にばかり【別本にて】
こまりて栄け【別本にて】り

【右丁下部】
通笑作【▢で囲む】

くすり
  か
 こふ
うれ
 ては

うまい

  もの
  じや

【左丁白紙 資料整理ラベル】
208
特別【小判型朱印】
642

【参照 東京都立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053339/viewer/15】

【裏表紙】

{

"ja":

"養生一家春"

]

}

【収蔵用外箱・表紙】
養生一家春

【収蔵用外箱・背表紙】
養生一家春   全

【背表紙下部 整理ラベルあり。】
【ラベル外枠】
京 大 図 書
【ラベル内側】
冨士川【次のコマのラベルの記載で推測】本

68

【収蔵用外箱・表紙】
養生一家春

【整理ラベル・富士川本/ヨ/68】


養生一家春   再刻   完

【右頁】
百瀬養中先生著

養生一家春
  容安居蔵

【頭部欄外に横書き】
文政庚寅春再刻

【左頁】
幸(さいわい)に有難(ありがた)き
聖代(せいたい)に生(むま)れ仁澤(じんたく)の深(ふかき)に浴(よく)し農(のう)は耘耕(うんかう)に懈怠(けだい)なく商(しやう)は
交易(かうゑき)を平直(へいちよく)にして各々(おの〳〵)其(その)業(げう)を勤(つと)めおの〳〵其(その)天命(てんめい)を
尽(つく)す吾儕(わなみ)醫(い)を業(げう)として耕(たがへ)さずして児(こ)餒(う)へす織(おら)すして
妻(つま)凍(こゞ)えず枕(まくら)を高(たか)ふして臥(ふ)し几(おしまづき)に𠙖(よ)つて眠(ねむ)るいかがして
国恩(こくおん)の渥(あつき)に報(むく)ひ奉(たてまつ)りいかがして天命(てんめい)の厳(をごそか)なるに答(こた)へ奉(たてまつ)
らん哉(や)恐(おそ)れても又(また)おそるべし爰(ここ)におもへらく四民(しみん)各(おの〳〵)其(その)業(げう)
を勤(つと)むるに病(やまひ)無(な)くして壮健(さうけん)ならざれば勤(つと)め行(おこな)ふ事(こと)あた
はず故(かるがゆへ)に古(いにしへ)より醫薬(いやく)の設(もふけ)有(あ)りて小伎(しようき)なりと云(い)へとも
天職(てんしよく)に列(つら)なれりしかれば天下(てんか)の人(ひと)に病(やま)ひ無(なか)らん事(こと)をのみ

【朱印・京都帝国大学図書之印】

【朱印・富士川游寄贈】

【黒印・187256 大正7.3.31】

【右頁】
醫(い)の本意(ほんい)とすべし予(よ)小少(しよう〳〵)より醫(い)を業(げう)として常(つね)に其(その)恐(おそ)る
べきをおそれ只管(ひたすら)古醫聖(こいせい)の規則(きそく)を守(まも)る事(こと)既(すで)に三十又(さんじうゆう)
餘年(よねん)一(ひと)つの成(な)せる功(こと)なし始(はしめ)は栄勢(ゑいせい)の利(り)を遂(お)ひ巧拙(かうせつ)の
名(な)を競(きそ)ひ病(やまひ)を治(ぢ)するの方(はう)を求(もと)め孜々(じゞ)として自(みつから)強(つと)めしに
中比(なかころ)賢者(けんしや)の教策(けうさく)に触(ふ)れ利(り)に依(よ)り名(な)を尚(たうと)ふの己(おのれ)を克し
人(ひと)の病(やまひ)を見(み)て躬自(みづから)病(や)むが如(こと)く気(き)を屏(しりぞ)けて病(やまひ)を胗(しん)するに
微(すこ)しく分(わか)り方(はう)を處(しよ)するに偶々(たま〳〵)中(あた)る事(こと)を覚(おぼ)ゆ十年前(じうねんぜん)
実(じつ)に文化(ぶんくわ) 元年(ぐわんねん) 甲子春(きのへねのはる) 豁然(くはつぜん)として古醫聖(こいせい)の方法(はうはう)深切(しんせつ)
著明(ちよめい)なる底(ところ)を窺(うかが)ひ得(ゑ)て是(こゝ)に於(おい)て病(やまひ)を治(ぢ)する事(こと)の
難(かた)きに非(あら)ずして生(せい)を保(たも)ち天年(てんねん)を全(まつた)ふするの実(じつ)に難(かた)き

【左頁】
事(こと)を辨(べん)じ夫(それ)より五七年来(ごしちねんらい)薬(くすり)を忘(わす)れて薬(くすり)を御(ぎょ)【左に「ツカヒ」と傍記】し病(やまひ)を
忘(わす)れて病(やまひ)を治(ぢ)するの義(ぎ)に通(つ)ふずる事(こと)を得(ゑ)たり此(この)義(ぎ)
筆舌(ひつぜつ)に尽(つく)しがたき所(ところ)有り其(その)旨(むね)を序(じよ)するのみ古醫聖(こいせい)の
方法(はうはう)全(まつた)く生命(せいめい)を全(まつた)ふするの一(いつ)を以(もつ)て貫(つらぬ)く事(こと)を知(し)る生(せい)は
実(まこと)に天地(てんち)の大徳(たいとく)なり誰(たれ)か是(これ)を好(このま)ざらんや誰(たれ)か是(これ)を愛(あい)せ
ざらんやしかるに已(すで)に病(やむ)の病(やまひ)を患(うれ)へて未(いま)た病(やま)ざるの病(やまひ)を治(ぢ)する
事は世人(よのひと)と醫(い)と倶(とも)に是(これ)を忽諸(ゆるかせ)にする事(こと)怪(あや)しむべし故(かるかゆへ)に
三四年来(さうしねんらい)予(よ)通家(つうか)【昔から親しく交わってきた家】の人々(ひと〳〵)へ切(せつ)に生(せい)を養(やしな)ふの方(みち)を語(かた)りすゝ
むるに是を用(もち)ひて行(おこな)ふ人(ひと)旧瘕(きうか)【左に「シヤク」と傍訓】の聚(じゆ)【左に「シコリ」と傍訓】を痊(いや)し宿癥(しゆくちやう)【左に「ツカヘ」と傍訓】の結(けつ)【左に「ムスボリ」と傍訓】を
解(と)き漸(やうや)く生(せい)を養(やしな)ひ得(ゑ)て無病壮健(むびやうさうけん)にして業(げう)を楽(たの)しむ

【右頁】
人(ひと)多(おゝ)し其(その)人々(ひと〳〵)此(こ)の道(みち)をしるしくれよと需(もとむ)るに應(おうず)る事
左(さ)の如(ごと)し
太平(たいへい)の人(ひと)に水飲(すいいん)の病(やま)ひ多(おゝ)し其(その)根本(こんぼん)を尋(たづぬ)るに期(ご)せずして
生(せう)ずるの患(うれ)へにして人々(ひと〳〵)是(これ)を忽諸(ゆるかせ)にし醫(い)も又(また)是(これ)を等閑(なをざり)
にし其(その)原(もと)を探(さぐ)らずして妄(みだり)に薬(くすり)を與(あた)へこも〳〵誤(あやま)り遂(つい)に
一家(いつか)の痼癖(こへき)【左に「ヂヒヤウ」と傍記】と成(な)りて頗(すこぶ)る生気(せいき)を害(がい)し天年(てんねん)を損(そん)する
人(ひと)少(すくな)からず予(よ)治療(ぢりやう)に心(こゝろ)を潜(ひそ)むる事(こと)三十又餘年(さんしうゆうよねん)にして
診(しん)し得(う)る所(ところ)を演(の)ぶ庶幾(ねがはく)は蔑(ないがしろ)に視(み)給はずして返(かへ)す〳〵も
生(せい)を養(やしな)ふの方(はう)を得(え)給え太平(たいへい)の人(ひと)勤(つとめ)に怠(おこた)り易(やす)く楽(らく)に
逸(いつ)【左に「ハヤリ」と傍記】し易(やす)し是(これ)より此(この)患(うれ)へを生(せう)す

【左頁】
勤(つと)めに怠(おこ)たる人(ひと)は身(み)を動(うこか)さずして心気(しんき)を労(らう)し胃(ゐ)の気(き)亢(たかぶ)るが
ゆゑに常(つね)に膏梁(かうりやう)滋味(じみ)【左に「ムマキシヨクモツ」と傍記】を貪(むさぼ)り重滞(ぢうたい)【左に「トゞコヲリ」と傍記】して留飲(りうゐん)【左に「タン」と傍記】を生(せう)ず此人
必(かな)らず忿怒(ふんと)【左に「イカリ」と傍記】の気(き)多(おほ)し心胃(しんゐ)の火(ひ)たかぶる故(ゆゑ)也
楽(らく)に逸(いつ)する人(ひと)は體(たい)を労(らう)せずして腎気(じんき)を動(うご)かし脾(ひ)の気(き)
行(めぐ)らざるゆゑに旨酒(ししゆ)甘醴(かんれい)【左に「ヨキサケ」と傍記】に酖(ふけ)り蓄聚(ちくじゆ)【左に「タクハヘアツマリ」と傍記】して宿水(しゆくすい)と成(な)る
此人(このひと)必(かな)らず情欲(じやうよく)多(おほ)し脾腎(ひじん)の気(き)固(かた)からざるゆゑなり
右/水飲(すいいん)の病(やまひ)諸病(しよひやう)に変化(へんくわ)して尤(もつとも)生気(せいき)を害(かい)し天寿(てんじゆ)を
損(そん)する事(こと)多(おほ)し夫(そ)れ病(やまひ)の生(せう)ずる由(よし)を辨(べん)ぜずして徒(いたづら)に
生命(せいめい)を養(やしな)はんと欲(ほつ)するは譬(たとへ)ば波瀾(はらん)【左に「ミツコヽロ」と傍記】を知(し)らずして舟揖(しうしう)【左に「フネカチ」と傍記】を
操(と)【左に「ツカフ」と傍記】るが如(ごと)し故(かるがゆへ)に今(いま)水飲(すいいん)の病(やまひ)を挙(あ)げて生(せい)を養(やしな)ふの義(ぎ)【左に「ワケ」と傍記】を

【右頁】
喩(さと)す人々(ひと〳〵)此(この)患(うれひ)をまぬかれんと欲(ほつ)せば夙(つと)に起(おき)て調息(てうそく)し
夜(よは)に寐(いね)て調息(てうそく)して《割書:調息(てうそく)の法(ほう)|後(のち)に演(の)ふ》心腎(しんじん)【左に「コヽロ」と傍記】を安定(あんてい)【左に「ヤズン」と傍記】し身體(しんたい)【左に「カラタ」と傍記】を運(うん)
動(どう)して業(げう)をつとめ各々(おの〳〵)強弱(きやうじやく)【左に「ツヨキヨワキ」と傍記】の分(ぶん)を量(はか)りて飲食(いんしい)を節(せつ)に
すべし《割書:諺(ことわざ)に命(めい)は食(しよく)に有(あ)りと実(じつ)に然(しか)り食法(しよくはう)殊(こと)に多(おゝ)しくだ〳〵しき|ゆへ爰(こゝ)に略(りやく)す大抵(たいてい)三時(さんじ)は古今(こゝん)の通礼(つうれい)也/慎(つゝしん)て時(とき)ならざるに食(しよく)する》
《割書:事(こと)なかれ二椀(にわん)三椀(さんわん)にかぎり過(すぐ)すべからず|病(やまひ)は口(くち)より入(い)り禍(わざはい)は口より出(いづ)るといふもむべ也》はやく怒(いかり)に懲(こ)り堪(た)へ忍(しの)ぶ
べし常(つね)に欲(よく)を塞(ふさ)ぎて敬(つゝ)しみ慎(つゝし)むべし《割書:敬(つゝしむ)はつちにしまると云(いふ)|訓(おしへ)なりと深(ふか)き義(ことは)り有べし》
しかる時(とき)は心腎(しんじん)交(こも)〴〵堅固(けんご)にして脾胃(ひゐ)互(たが)ひに運轉(うんてん)【左に「メグリ」と傍記】し
留滞(りうてい)【左に「トヽコフル」と傍記】の飲(いん)なく蓄聚(ちくじゆ)【左に「タクハヘアツマル」と傍記】の水(みづ)なく気血(きけつ)分布(ぶんふ)【左に「ワケシク」と傍記】するがゆゑに陰(いん)
陽(やう)調和(てうくわ)す陰陽(いんやう)調和(てうくわ)【左に「トヽノヒ」と傍記】するがゆへに精神(せいしん)安寧(あんねい)【左に「ヤスラカ」と傍記】也/精神(せいしん)安寧(あんねい)
なるがゆゑに呼吸悠長(こきうゆうてう)【左に「イキナガク」と傍記】なり呼吸悠長(こきうゆうてう)なるがゆゑに天地(てんち)の

【左頁】
生気(せいき)と同(おな)じく長(なが)く我(わが)天年(てんねん)を全(まつた)く保(たも)つべし然(しか)れども
此(この)理(ことわり)は幽玄(ゆうげん)【左に「ヲクフカキ」と傍記】にして会得(ゑとく)【左に「ガテン」と傍記】しがたき底(ところ)あるべし只管(ひたすら)是(これ)を事業(じげう)【左に「ワザ」と傍記】
に勤(つと)め行(おこ)なひて日々(にち〳〵)壮健(さうけん)なる事(こと)を覚(おぼ)えて顕露(けんろ)【左に「メノマヘ」と傍記】に自知(じち)自得(じとく)
すべし《割書:行(おこなひ)は己(おの)がこゝろむなしといふ訓(おしへ)也と少(すこ)しにても私(わたくし)の念慮(ねんりよ)を|まじへず此(この)養生(やうぜう)の道(みち)を勤(つと)め行(おこな)ひ給ふ事(こと)を希(こひ)ねがふのみ》
調息(ちやうそく)は養生(ようぜう)第一(だいいち)の義(き)也/嘗(かつ)て聞(き)く命(いのち)は呼吸(いき)の中(うち)と云(い)ふ訓(おしへこと)也
と生(せい)も亦(また)呼吸(いき)の義(ぎ)なるべし故(かるがゆへ)に呼吸悠長(こきうゆうちやう)【左に「イキナカク」と傍記】なる人(ひは)【「ひと」の誤ヵ】は生命(いのち)
必(かな)らず長(なか)し調息(ちやうそく)と云(い)ふ事(こと)は夙(つと)【左に「アサハヤク」と傍記】に起(おき)て目(め)さまし盥(てあら)ひ
漱(くちそゝ)ぎして東(ひがし)の方(はう)にむかひ《割書:其時(そのとき)と所(ところ)により|方(はう)にかゝはらず》吸(ひ)く息(いき)を悠々(ゆう〳〵)と
いかにも長(なか)く口(くち)へ吸(ひ)き納(い)れ呼(は)く息(いき)を舒々(じよ〳〵)といかにも静(しづか)に
鼻(はな)へ呼(は)き出(いだ)し再次(ふたゝび)吸(ひ)く息(いき)を舒々(じよ〳〵)といかにも静(しづか)に鼻(はな)へ

【右頁】
吸(ひ)き納(い)れて呼(は)く息(いき)を悠々(ゆう〳〵)といかにも長(なが)く口(くち)へ呼(は)き出(いだ)し
此(かく)の如(ごと)くする事(こと)三五十息(さんごじつそく)すべし数多(かすお)ふきほどよししかし
其時(そのとき)と所(ところ)により数(かず)にかゝはるべからず夜(よ)寝(いね)て又(また)必(かな)らず此(かく)の
如(ごと)くすべし唯(ただ)に朝(あさ)と夜(よる)とのみにかぎる事(こと)にあらす時々(じゝ)
刻々(こく〳〵)調息(ちやうそく)すべし纔(わづか)に二三息(にさんそく)しても佳(か)【左に「ヨシ」と傍記】也(なり)就(なかん)_レ 中(づく)酒(さけ)に酔(ゑ)ひ
食(しよく)に飽(あ)き或(あるひ)は思慮(しりよ)【左に「ヲモイ」と傍記】に心労(こゝろつか)れ又(また)は忿怒(ふんど)【左に「イカリ」と傍記】に気(き)滞(とゞこふ)る時(とき)は必(かな)らず
調息(ちやうそく)すべし必(かな)らずしも数(かず)にかゝはらす自然(しぜん)に胸中(けうちう)【左に「ムネノウチ」と傍記】/爽朗(ほがらか)に
臍下(さいか)充実(じうじつ)【左に「ミチミチ」と傍記】する事(こと)を知(し)るべし鵠林禅師(こくりんぜんじ)の常(つね)に臍輪(さいりん)【左に「ヘソ」と傍記】以下(いか)
腰脚(ようきやく)【左に「コシアシ」と傍記】足心(そくしん)【左に「アシノウラ」と傍記】まで気(き)を充(みた)しめよと教(おしへ)給ふ事(こと)実(まこと)に生(せい)を
養(やしな)ふ確実(かくじつ)【左に「キツトシタ」と傍記】の善教(ぜんけう)【左に「ヨキヲシエ」と傍記】なり此(かく)の如(こと)く養生(やうしやう)する人(ひと)は三十日(さんじうにち)又(また)は

【左頁】
五十日(ごじうにち)にして必(かな)らす胸中(けうちう)空洞(くうとう)【左に「ムナシク」と傍記】として物(もの)なく臍下(さいか)瓠然(こぜん)【左に「フツクリ」と傍記】と
して気(き)の充実(じうじつ)する事(こと)を覚(おぼ)へ永(なが)く行(おこな)ふ時(とき)は飲食(いんしよく)の分布(ぶんふ)
滞(とゞこふ)る事(こと)なく經絡(けいらく)【左に「スヂミチ」と傍記】の運行(うんかう)【左に「メグリ」と傍記】/支(さゝ)ふる事(こと)なく心神(しんじん)安寧(やすらか)に
一点(いつてん)の
薬(くすり)を服(ふく)せず一炷(いつちう)の艾(もぐさ)を用(もち)ひずして長(なが)く病(やまひ)無(な)くして天年(てんねん)の
寿(じゆ)を保(たも)つ事/疑(うたが)ひをいれずして決(けつ)して薬(くすり)に泥(なず)み灸(きう)に癖(へき)【左にクセツキ」と傍記】し
て生(せい)を養(やしな)ふの道(みち)を誤(あやま)る事(こと)なかるべし
夫(そ)れ生(せい)を養(やしな)ふの本(もと)は一元(いつけん)陽気(やうき)を養(やしな)ひ得(え)て相続(さうぞく)するの道(みち)
なり病(やまひ)は来(きたつ)て元気(げんき)を害(そこな)ふの賊(ぞく)也/故(かるがゆへ)に病(やまひ)を治(ぢ)する事(こと)は微少(みしやう)【左に「スコシ」と傍記】の
うちにおそれはやく療(りやう)ずべし緩(ゆるかせ)にする時(とき)は進(すゝ)む事はやく
凝(こ)る事(こと)革(すみやか)なり譬(たと)へば不善(ふせん)【左に「ワルキコト」と傍記】を行(おこな)ふ人(ひと)身(み)を亡(ほろ)ぼすが如(ごと)し

【参照 京都大学附属図書館富士川文庫所蔵本 請求記号ヨ/70 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100316911/viewer】

【右頁】
易曰(ゑきにいはく)霜(しも)を履(ふ)み堅氷(けんへう)至(いた)る【霜が降る時期が過ぎれば、堅い氷の張る季節が来る。物事が起こるには、まずその前兆があるというたとえ】と陰(いん)の始(はじめ)て凝(こる)の象(しやう)【左に「スガタ」と傍記】なり病(やまひ)をおそ
るゝ事(こと)微少(ひしやう)のうちに消(け)し堅氷(けんへう)に至(いた)らしむる事(こと)なかれ生(せい)を
養(やしな)ふ事(こと)は確乎(かくこ)【左に「シツカリ」と傍記】として動(うこ)かず長(なが)く勤(つと)め行(おこな)ふべし生(せい)を養(やしな)ふ
道(みち)は譬(たと)へは善(せん)を行(おこな)ふ人/身(み)をつゝしみ徳(とく)を積(つ)むが如し陰陽(いんよう)の理(り)
善悪(ぜんあく)の義(ぎ)と生(せい)を養(やしな)ふの道(みち)病(やまひ)を治(ぢ)するの術理(じゆつり)二(ふた)つならざる
事(こと)を世(よ)の人々(ひと〳〵)と醫(い)を業(ぎやう)とする人々(ひと〳〵)深(ふか)く是(これ)を辨(わきま)へおそれつゝ
しみて一箇(いつこ)小天地(しやうてんち)【左に「ヒトノコト」と傍記】の元陽(げんやう)一気(いちき)を害(そこな)ひ給ふ事(こと)なかれ然(しか)【左に「ソウヨ」と傍記】り
如(かくの)_レ是(ごとし)【左に「ソウシヤ」と傍記】と一縁(いちゑん)ひき出(いだ)しておもひつき給ふ人あらばそでひちて結(むす)
びし水(みづ)の氷(こほ)れるを春(はる)たつけふの風(かぜ)や解(とく)らん陽気(やうき)自(おのつか)ら復(ふく)【左に「カヘル」と傍記】
するの義(ぎ)【左に「コトハリ」と傍記】を古哥(こか)の意(こゝろ)に取(と)りて確(かた)く生(せい)を養(やしな)ふ人は愛(めで)
【「そでひちて~」は、古今和歌集に収録される紀貫之の和歌】

【左頁】
たき天寿(てんじゆ)の域(かぎり)に躋(のぼ)らん事(こと)疑(うたが)ひなし今茲(ことし)文化(ぶんくわ)十二年(しうにねん)
乙亥(きのとのい)の新春(しんしゆん)生養(せいよう)の風(かぜ)に御(ぎよ)して博(ひろ)く四方(しはう)の君子(くんし)に生(せい)を養(やしな)ふ
の術(じゆつ)をすゝむる事(こと)只管(ひたすら)世(よ)の人々(ひと〳〵)病(やまひ)なくして壮健(さうけん)なら
ん事(こと)を庶幾(こひねがふ)のみと云(いふ)こと尓(しか)り
  世(よ)に愛(めで)たき人(ひと)の有(ある)ものにて天稟(てんりん)幸(さいわ)ひに厚(あつ)く飽(あく)まで
  食(しよく)し痛(いた)く飲(のみ)て生(せい)を養(やしな)はざれども偶々(たま〳〵)無病(むびやう)壮健(さうけん)なる人(ひと)
  あり必(かな)らず天稟(てんりん)【左に「ムマレツキ」と傍記】をたのみ暫時(ざんじ)の勢(いきほ)ひに誇(ほこ)り災害(さいがい)【左に「ワザハイ」と傍記】を
  招(まね)き給ふ事(こと)なかれ人々(ひと〳〵)もまた是(これ)を羨(うらや)み給ふ事(こと)なかれ跡(せき)が
  富(とめ)る跡(せき)が壽(いのち)ながきは我(われ)におゐて求(もと)むる所(ところ)にあらず
  毎年(まいとし)冬(ふゆ)十一月(じういちぐわつ)冬至(とうじ)より正月(しやうぐわつ)雨水(うすい)の節(せつ)まで毎朝(まいちやう)酒(さけ)を呑(の)む

【右頁】
  べし分量(ぶんりやう)は其/人々(ひと〳〵)によるべし微酔(びすい)【左に「スコシヱフ」と傍記】を度(ほど)とす夏(なつ)五月(ごぐわつ)夏(げ)
  至(し)より七月/処暑(しよしよ)の節(せつ)まで毎朝(まいちやう)塩湯(しほゆ)を呑(の)むべし凡(をよそ)茶(ちや)
  椀(わん)八九分(はつくぶ)を度(ほど)とす此(この)法(はう)甚(はなは)だ理(ことはり)有(あ)る事にて勤(つと)め行(おこな)ふべし
  手(て)の曲池(きよくち)足(あし)の三里(さんり)《割書:五壮(いつひ)|七壮(なゝひ)》毎日(まいにち)灸(きう)すべし冬(ふゆ)の内(うち)は腰眼(ようかん)【左に「イノメ」と傍記】の穴へ
  時々(とき〳〵)灸(きう)すべし夏(なつ)の内(うち)は天枢(てんすう)【左に「ヘソノワキ」と傍記】の穴へ時々(とき〳〵)灸(きう)すべし
  養生(やうじやう)の道(みち)をかける書(しよ)和漢(わかん)その数(かず)多(おゝ)し七八(しちはち)は醫家(いか)より出(いで)て
  其(その)三四(さんし)は黄老家(くわうらうか)の説(せつ)なり事(わざ)に泥(なづ)み術(じゆつ)に拘(かかは)りて誤(あやま)り説(とく)事(こと)
  少(すくな)からす心得(こゝろえ)て是(これ)を読(よ)み撰(ゑら)みて是(これ)を用(もち)ゆべし夫(それ)仁義(じんぎ)の
  道(みち)礼楽(れいがく)の教(おし)へは大中(だいちう)至正(しせい)にして貫通(くわんつう)せざる事(こと)なければ
  聖賢(せいけん)の書(しよ)は云(い)ふも更(さら)なり道家(どうか)の道(どう)を説(と)き禅門(ぜんもん)の禅(ぜん)を

【左頁】
  話(かた)る其(その)端(はし)を異(こと)にすといへども頗(すこぶ)る其(その)理(り)を明(あきら)かにする事(こと)多(おほ)し
  輓近(ばんきん)【左に「チカコロ」と傍記】の人にしも袁了凡(ゑんりやうはん)か陰騭(いんしつ)を録(ろく)せる徳(とく)を養(やしな)ふの方(はう)【左に「テタテ」と傍記】
  捷径(せうけい)【左に「テバヤク」と傍記】にして鵠林師(こくりんし)の参玄(さんげん)【参玄:仏道を修行すること】を話(かた)る性(せい)を養(やしな)ふの理(り)卓越(たくゑつ)【左に「タチコヘタリ」と傍記】
  なり況(いはん)や赫敬山(かくけいざん)が養気(やうき)を解(と)き貝原翁(かいはらおう)の養生(やうせう)を訓(おし)
  ゆる気(き)を養(やしな)ひ質(しつ)を養(やしな)ふの説(せつ)丁寧(ていねい)にして頗(すこぶ)る采(と)り用(もち)ゆ
  べき事(こと)あり是(これ)等(ら)は世(よ)に多(おほ)く見(み)易(やす)き書(しよ)にしあれは是(これ)を挙(あげ)る
  のみ凡(おふよそ)書(しよ)は道(みち)を載(の)するの器(うつはもの)なれば心得(こゝろえ)て善(よ)く見(み)るときは
  縦(たと)ひ十全(じうぜん)【左に「トウマツタキ」と傍記】の書(しよ)は稀(まれ)なりとも豈(あに)一得(いつとく)の益(ゑき)無(なか)らんや只(ただ)泥(なづ)ま
  ん事(こと)を恐(おそ)れ癖(へき)せん事(こと)を厭(いと)ふのみ故(かるかゆゑ)に心(こゝろ)を正(たゞし)くし意(こゝろばせ)を誠(まこと)にし
  善(よ)く書(しよ)を見(み)る人(ひと)は必(かな)らず道(みち)を得(え)て心(こゝろ)広(ひろ)く体(たい)胖(ゆたか)ならん生(せい)を

【右頁】
  養(やしな)ふの良方(りやうはう)也/心(こころ)正(ただ)しからず意(こゝろばせ)誠(まこと)ならずして書(しよ)に見(み)らるゝ人(ひと)は
  徒(いたつら)に精神(せいじん)を費(ついや)し驕慢(けうまん)の気(き)日(ひゞ)に長(てう)じて身(み)を終(おふ)るまで道(みち)を
  得(う)る事(こと)あたはず遂(つい)に生(せい)を亡(ほろぼ)すの毒(どく)と成(な)る事(こと)譬(たと)へは酒(さけ)は天(てん)の美(び)
  禄(ろく)にして百薬(ひやくやく)の長(てう)とす実(じつ)に生(せい)を養(やしな)ふの佳品(かひん)【左に「ヨキシナ」と傍記】なるに酒(さけ)に呑(のま)るゝ
  人(ひと)は心(こゝろ)を乱(みだ)し腸(はらわた)を腐(くさら)して遂(つい)に性(せい)を伐(き)るの斧(おの)と成(な)るが如(ごと)し
  医(い)を業(げう)として養生(やうじやう)の道(みち)を誤(あやま)り説(とく)事(こと)あるは他(た)なし事(わざ)に泥(なづ)み
  術(じゆつ)に拘(かゝは)りて究竟(きうけう)【左に「ツマルトコロ」と傍記】其(その)道(みち)に明(あき)らかならざるが故(ゆゑ)なり譬(たと)へば碁(ご)を
  囲(かこ)む人(ひと)局【左に「バン」と傍記】に当(あた)【左に「ムカフ」と傍記】る者(もの)は昧(くら)く傍(かたはら)に観(み)る者(もの)は明(あきら)かなる如(ごと)し儻(たま〳〵)其(その)道(みち)
  明(あき)らかに其(その)術(じゆつ)精(くわ)しく碁(ご)の極(きよく)【左に「ゴクイ」と傍記】に詣(いた)れる人(ひと)碁(ご)を囲(かこ)む時(とき)は傍(かたはら)に観(み)る
  人(ひと)幾千万人(いくせんまんにん)力(ちから)を戮(あは)すといへども争(いかで)か是(これ)に敵(てき)せんや医(い)もまた其(その)道(みち)

【左頁】
  明(あき)らかに其(その)術(じゆつ)精(くわ)しく医(い)の極(きよく)【左に「ゴクイ」と傍記】に詣(いた)りて是(これ)を説(とく)人(ひと)あらは誰(たれ)か
  是(これ)に勝(まさ)らんや古今(こゝん)其(その)人(ひと)少(すくな)し特(ひと)り漢(かん)の長沙(てうしや)の大守(たしゆ)南陽(なんやう)の
張仲景(てうちうけい)氏(し)方法(はうはう)を建(たて)て治療(ぢりやう)を論(ろん)じ万世(ばんせい)医(い)の規則(きそく)【左に「ノリ」と傍記】と成(な)
  れる其(その)論中(ろんちう)を尋(たづ)ぬるに一(ひと)つも養生(やうじやう)の辞(ことば)を措(おか)ずして治法(ぢほう)一(いつ)と
  して貫通(くわんつう)せざる事(こと)なく実(しつ)に存(そん)して議(き)せざるの聖経(せいけい)宜(むべ)なり医(い)
  中(ちう)の聖人(せいじん)と称(しやう)する事(こと)医(い)を業(げう)とする人々(ひと〳〵)長沙(てうしや)の聖流(せいりう)を汲(く)み其(その)
  道(みち)を明(あき)らかにし生(せい)を養(やしな)ふの理(り)を辨(わきま)へ給へ病(やまひ)を治(ぢ)するの術(じゆつ)は是(これ)を掌(たなこゝろ)に
  視(み)るが如(こと)くならん歟(か)庶幾(こひねがはく)は医(い)の不養生(ふやうぜう)と云(い)ふ諺(ことわざ)に陥(おちい)る事(こと)なかれ
    信山(しんざん)の無名(むめい)逸医(いつい)東都(とうと)におゐて杏露(けうろ)の春園(しゆんゑん)に
                        しるす

【左頁】

ある人(ひと)の云(いは)く去年(こぞ)の春(はる)杏霞(けうか)の芳園(はうゑん)に遊(あそ)ひ生(せい)を養(やしな)ふの道(みち)を
得(え)しより神(しん)旺(わう)【左に「サカン」と傍記】し気(き)豁(かつ)【左に「ホカラカ」と傍記】なる事(こと)を覚(おぼ)えて旧来(きうらい)の癥(やまひ)【左に「ヂビヤウ」と傍記】を忘(わす)るゝ
事(こと)半(なかば)に過(すき)ぬ愈(いよ)〳〵此(この)道(みち)を守(まも)り長(なが)く此(こ)の術(じゆつ)を修(しゆ)さば必(かな)らす
天寿(てんじゆ)を保(たも)たん事(こと)疑(うたが)ひなし敢(あへ)て問(と)ふ養生(ようぜう)の道(みち)男女(なんによ)其(その)差別(さべつ)あ
りや否(いなや)と嗚呼(あゝ)君(きみ)学(まな)ぶ事(こと)篤(あつ)く思(おも)ふ事(こと)の深(ふかき)にあらずんは争(いかで)か
此(こ)の博愛(はくあい)の問(とひ)に及(およ)ばん哉(や)予(よ)謹(つゝし)んで其(その)概(おふむね)をしるし答(こた)へて云(いは)く
春雨(はるさめ)の別(わけ)てそれとは降(ふ)らねどもうへる草木(くさき)の己(おの)がさま〴〵古歌
生(せい)は万物(ばんぶつ)一体(いつてい)なれども各(おの)〳〵/禀(うく)る所(ところ)の器(うつは)に随(したがつ)て柳(やなぎ)は緑(みど)り花(はな)は
紅(くれな)ひの色々(いろ〳〵)に其(その)養(やしな)ひの道(みち)を異(こと)にするのみ夫(そ)れ人(ひと)は万物(はんぶつ)の霊(れい)に

【右頁】
しあれば其/養(やしな)ひに理(ことは)りある事(こと)嘗(かつ)て演(のぶ)る所(ところ)の如(ごと)しそれが
中(なか)に男女(なんによ)の稟賦(りんふ)【左に「ムマレツキ」と傍記】は固(もと)より天命(てんめい)にして其(その)道(みち)を同(おなじ)くせさる所(ところ)あり
男(をとこ)は純(もつは)ら陽徳(ようとく)を根(もと)とし常(つね)に剛健(かうけん)【左に「スコヤカ」と傍記】にして善(よ)く養(やしな)ふ時(とき)は其(その)気(き)和平(くわへい)
にして遊蕩(ゆうとう)【左に「ウワツカズ」と傍記】せず血脈(けつみやく)【左に「チ」と傍記】おのづから治(をさま)りて耗散(かうさん)【左に「ヘリチラス」と傍記】する事(こと)なく手足(しゆそく)
康健(かうけん)に耳目(しもく)爽朗(さうらう)【左に「サワヤカ」と傍記】なり孟子(もうし)善(よ)く浩然(かうぜん)の気(き)を養(やしな)ふと謂(のたま)ひ
しも是(これ)なり女(をんな)は純(もつぱ)ら陰徳(いんとく)を本(もと)とし常(つね)に柔順(じうじゆん)【左に「ヤワラカ」と傍記】にして善(よ)く
養(やしな)ふ時(とき)は其(その)血(ち)調和(てうくわ)【左に「トヽノヒ」と傍記】して凝結(げうけつ)【左に「ムスホラス」と傍記】せず気分(きぶん)おのづから開(ひ)らきて鬱(うつ)【左に「トヾ」と傍記】
滞(てい)【左に「コウラ」と傍記】する事(こと)なければ種々(くさ〳〵)の病(やまひ)を生(せう)せず長(なが)く天年(てんねん)を全(まつと)ふ
すべし
血(ち)に余(あま)りあるは女(おんな)の質分(しつふん)【左に「ムマレツキ」と傍記】なれば血(ち)常(つね)に閉(とち)易(やす)く気(き)は常(つね)に

【左頁】
塞(ふさ)ぎ易(やす)し故(かるかゆへ)に喜怒(きど)に触(ふ)れて堪(た)へ忍(しの)ぶ事(こと)あたはす情欲(じやうよく)に
泥(なづみ)て推(を)し開(ひら)く事(こと)あたはず呼吸(こきう)【左に「イキ」と傍記】滞(とゞこ)ふり血脈(けつみやく)【左に「チノミチ」と傍記】運(めく)らずして遂(つゐ)に
病(やまひ)を生(せう)し生命(せいめい)【左に「イノチ」と傍記】を短(みじかく)する人(ひと)多(おゝ)し早(はや)く此(こ)の理(ことは)りを辨(わきま)へ養生(ようぜう)
の道(みち)を守(まも)り安(やす)らけく楽(たの)しみ給ふこそ最(もつと)も愛(めで)たかるべし
故(かれ)女(をんな)の生(せい)を養(やしな)ふ方(みち)は血(ち)を調(とゝの)ゆる事(こと)を本(もと)とすべし然(しか)るに心(しん)の
臓(さう)は血(ち)の海(うみ)と云(い)ふ事(こと)の有(あ)れば先(まづ)心気(しんき)を安(やす)らかにおし鎮(しづ)めされば
血(ち)の調(とゝの)はざる理(ことはり)あり能々(よく〳〵)是(これ)を辨(わきま)へ知(し)りて事(わざ)に誘(ひ)かれ物(もの)に犯(をか)
され覚(おぼ)へず喜怒(きど)のために心気(しんき)を乱(みだ)す事(こと)なかるべし心気(しんき)を乱(みだ)る
時(とき)は血(ち)の動(うご)く事(こと)譬(たと)へば心(こゝろ)に怒(いか)りを含(ふく)めば面(おもて)の色(いろ)赤(あかき)が如(こと)し
体用(ていよう)源(みなもと)一(いつ)なれば気(き)と血(ち)との間(あいだ)に糸髪(しはつ)【左に「ケスジ」と傍記】を容(い)るべからすこも〴〵

【右頁】
調和(てうくわ)【左に「トヽノヘ」と傍記】して生(せい)を養(やしな)ふべし其(その)質(しつ)【左に「カタチ」と傍記】に就(つい)て暫(しばら)く先後(せんこう)【左に「アトサキ」と傍記】を序(じよ)【左に「ツイデ」と傍記】し
其(その)方(みち)を異(こと)にするのみ
敬(つゝ)しみは朝夕(あさゆふ)なるゝことの葉(は)のかりそめ草(ぐさ)のうへにこそあれ
《割書:又|》つゝしみを人(ひと)の心(こゝろ)の根(ね)と知(し)ればこと葉(は)の花(はな)もまことにぞ咲(さく)
《割書:二首古歌|》婦(をんな)の長(ながき)舌(した)とは詩(し)【左に「カラノウタ」と傍記】にも戒(いまし)めおかれし事(こと)聞(きこ)へぬ兎(と)にかくに
古賢(こけん)の教(おしえ)は事理(じり)相当(あいあた)りて我(わ)が養生(ようぜう)の道(みち)にもかなへる事(こと)也
深(ふか)く監(かんが)み法(のつと)るべし
性情(せいじやう)【左に「コヽロ」と傍記】より分(わか)れ出(いづ)るなれば言(ことば)は常(つね)に慎(つゝ)しみて多(おほ)く言(ものい)ふ事(こと)
なかれ多(おほ)く言(ものい)ふ時(とき)は気(き)耗(か)れて血(ち)調(とゝの)はず生(せい)を養(やしな)ふの道(みち)に
あらず

【左頁】
血脈(けつみやく)より生(お)ひ出(いつ)るものなれば髪(かみ)は日々(ひゞ)に梳(くしけづ)り乱(みだ)さざれば血(ち)の
運(めぐ)り逆(くるは)ずして心気(しんき)もおのづから直(すなほ)なると知(し)るべし
聖人(せいじん)四(よつ)の教(おしへ)を立(たて)給ふにも婦言(ふけん)【左に「ヲンナノモノイヽ」と傍記】婦容(ふよう)【左に「カタチ」と傍記】を先(さき)とし給へり歩行(あゆむ)こと
緩(ゆる)やかにすべし気(き)おさまりて血(ち)調(とゝの)ふ飲(の)み食(く)ふ事(こと)は過(すご)すべか
らす形軀(かたち)を養(やしな)ふ事(こと)を要(むね)とすべし
見(み)るにひかれ聞(きく)にさそはれて養(やしな)ひの道(みち)を誤(あやま)るべからす花(はな)に鳴(な)く
うぐゐすを聞(きく)水(みづ)に澄(すめ)る月(つき)を詠(なが)むるさへに心得(こゝろえ)有るべし況(いわん)や
目(め)を奪(うば)ふ俳優(わざおき)【俳優:さまざまな芸をして神の心を慰めたり、人を喜ばせたりすること。また、それをする人】/耳(みゝ)を乱(みだ)る糸竹(いとたけ)【糸竹:「糸」は琴、三味線などの弦楽器、「竹」は笛などの管楽器。管弦】の伎(わざ)はこれを見(み)ずこれを聞(き)か
さるにしかじ千早振(ちはやふる)神楽(かぐら)と云(い)へる事(こと)はふさぐ気(き)を開(ひら)き滞(とゞこ)ふ
る気(き)を抜(はら)ひ不祥(さがな)き心(こゝろ)をすぐしめ給ふよし唐(もろこし)虞舜(ぐしゆん)【虞舜:中国、古代の伝説上の天子、舜の別名】と云(い)へる

【右頁】
帝(みかと)五弦(ごげん)の琴(こと)を造(つく)らせ給ひて南風(なんふう)の薫(かほり)兮【注:語勢を強める助辞。一行目から二行目「解く」までは『十八史略』巻一 太古・三皇五帝の「南風の詩」からの引用】わが民(たみ)の慍(いきどを)りを
解(と)くとの玉(たま)へり凡(おほよ)そ礼楽(れいがく)の教(おしへ)は陰陽(いんやう)を和順(わじゆん)し気血(きけつ)を調和(てうくわ)
して民(たみ)の視(み)聴(きく)を易(か)へ邪曲(よこしま)なる心(こゝろ)を退(しりぞ)け正直(すなほなる)に移(うつ)らしむる
道(みち)也と聞(きこ)へぬしかるに悪(にく)むべきは耳(みゝ)を乱(みだ)り目(め)を奪(うば)ふの伎(わざ)
ならめしかれども世(よ)の玩(もてあそび)と成(な)り来(きた)る事(こと)久(ひさ)しく絶(た)へて見(み)聞(きゝ)せ
ざる事(こと)のなりがたければ古(いにしへ)の教(をしへ)を心(こゝろ)に心得(こゝろえ)て須臾(しばらく)も心(こゝろ)を放(はな)【左に「トリニガス」と傍記】つ
べからす
形(かたち)に暇(いとま)あれば心(こゝろ)に思(おも)ひを生(しやう)ずるものなれば織(を)り縫(ぬ)ふ事(こと)はいふも
更(さら)なり朝(あさ)け夕(ゆふ)けのものまでに心(こゝろ)を用(もち)ひて形(かたち)に暇(いとま)なかるべし
聖人(せいじん)四(よつ)の教(おしへ)に婦功(ふこう)婦徳(ふとく)を立(たて)玉へり此(この)ゆへに視(み)る事(こと)聴(きく)く事(こと)に心(こゝろ)

【左頁】
を用(もち)ひ言(い)ふ事(こと)動(うご)く事(こと)に敬(つゝ)しみを加(くわ)へ我(わ)が気(き)の儘(まゝ)にせず己(おの)が心(こゝろ)
に思(おも)ひを止(とゞ)むべからず
嘗(かつ)て聞(き)く女(をんな)とは己(おの)れむなしと云(い)ふ訓(おしへ)也と常(つね)に己(おの)れを虚(むな)しく
して仮(かり)にも世(よ)の善悪(ぜんあく)を云(い)はず人(ひと)の是非(ぜひ)を語(かた)らず物(もの)ごと争(あらそ)ふ
心(こゝろ)なく専(もつは)ら内(うち)を守(まも)るべし女(をんな)の名(な)の上(うへ)にかの字(じ)を冠(かふむ)らしむる
事(こと)其(その)始(はしめ)を知(し)らず其(その)由(よし)を分(わか)たずと云(い)へども世(よ)に賢(かしこ)き人(ひと)の語(かた)られ
しに陽(を)に従(したが)ふと云(い)ふ義(ぎ)【左に「コヽロ」と傍記】也とありしがむべさもあるべき事也
聖人(せいじん)の教(をしへ)にも三(みつ)の従(したか)ひ《割書:家(いゑ)に有(あ)る時(とき)は父母(ふぼ)に従(したが)ひ嫁(か)しては|夫(おつと)に従(したが)ひ老(おい)ては子(こ)に従(したが)ふ》と云(い)ふ事
あれば思(おも)ひあわせて己(おの)れをむなしくするこそ女(をんな)の道(みち)と知(し)るべし
しかも且(かつ)【左に「ソノウヘ」と傍記】幽玄(ゆうげん)の道理(だうり)【左に「コトワリ」と傍記】ある事(こと)ならんなれとも偏(ひとへ)に道理(だうり)に

【右頁】
泥(なづ)むときは却(かへつ)て心得(こゝろえ)たがふ事あるものなれば養生(やうぜう)の道(みち)には
唯(たゞ)血(ち)は気(き)に従(したがつ)て順行(じゆんこう)【左に「メグル」と傍記】する物(もの)とのみ心得(ころえ)て喜怒(きど)情欲(じやうよく)を心(こゝろ)
にとゞめずして我(わ)が気(き)の儘(まゝ)にせさるこそ己(おの)れを虚(むな)しくする也
と思(おも)へば気(き)に滞(とどこ)ふる事(こと)なく塞(ふさ)ぐ事(こと)なくして血(ち)はおのづから調(とゝな)ふ
ものなり日々(ひゞ)に我(わ)が気(き)にまかせぬ事(こと)の折(おり)にふれては心(こゝろ)に思(おも)ひ
をとゞめざる事(こと)譬(たと)へば鏡(かゞみ)の影(かげ)をうつし物(もの)去(さ)れは跡(あと)なき如(ごと)くなる
べし其(その)上(うへ)鏡(かゝみ)は己(おのれ)の美醜(びしう)【左に「ヨシアシ」と傍記】を照(て)らし見(み)る具(ぐ)【左に「ダウグ」と傍記】にして人(ひと)のよしあしを
見(み)る器(うつはもの)にあらざる事(こと)を知(し)りかれこれを深(ふか)く考(かんが)へ見(み)て鏡(かゞみ)は実(じつ)
に婦人(ふしん)生涯(せうがい)の守(まも)りとせば生(せい)を養(やしな)ふ道(みち)の源(みなもと)に逢(あふ)ふべし
  鏡(かゞみ)を常(つね)に曇(くも)らし又(また)は麤忽(そこつ)【左に「ヲロソカ」と傍記】にあつかひし人(ひと)必(かなら)らず思(おもひ)を労(らう)し

【左頁】
  或(あるひ)は心(こゝろ)を狂(くる)はし又(また)は災害(さいかい)【左に「ワサワイ」と傍記】を招(まね)きし事(こと)を伝(つた)へ聞(き)きぬ予(よ)も
  また面(まのあた)り見(み)し事(こと)あり恐(おそら)くは其(その)咎(とがめ)ならん歟(か)別(わけ)て是(これ)を爰(ここ)に
  しるし置(を)くも世(よ)の人々(ひと〳〵)慎(つゝし)んて是(これ)を守(まも)り給ん事(こと)をねがふのみ
女(をんな)に血(ち)の余(あま)り有(あ)るは子(こ)を育(いく)【左に「ソダツ」と傍記】すべき自然(しぜん)の生得(せうとく)【左に「ムマレツキ」と傍記】なれば月々(つき〳〵)の
経行(けいかう)【左に「メグリ」と傍記】最(もつと)も調養(てうよう)【左に「トヽノエ」と傍記】すべき事(こと)也/血(ち)は気(き)を得(ゑ)て運(めぐ)る物(もの)なれば経行(けいかう)【左に「メグリ」と傍記】
の中(うち)は格別(かくべつ)に喜怒(きど)に犯(をか)されす情欲(じやうよく)にひかれず飲食(いんしよく)を節(せつ)にし
坐臥(さぐわ)を慎(つゝし)しみて心気(しんき)を正(たゞ)しく守(まも)る時(とき)は経行(けいかう)順(じゆん)にして血(ち)の瘀(を)【左に「トヾコヲルと傍記】
する事(こと)なく唯(たゞ)病(やま)ひを生(しやう)ぜざるのみにあらす妊娠(にんしん)【左に「ハラメル」と傍記】の時(とき)必らす
堅固(けんご)にして産(さん)の前後(せんご)かならず安寧(あんねい)【左に「ヤスラカ」と傍記】なり
女(をんな)の天命(てんめい)はそも〳〵妊娠(にんしん)【左に「ハラム」と傍記】にある事(こと)也/嗣(よつぎ)を得るの至(いたつ)て重(おも)き事

【右頁】
なればなり胎養(たいよう)の道(みち)は殊更(ことさら)に慎(つゝし)むべし夫(それ)胎内(たいない)の児(こ)は母(はは)の呼(こ)
吸(きう)とともに消息(せうそく)して生成(せいせい)するものなれば胎養(たいよう)の道(みち)は慎(つゝしん)
で心得(こゝろゑ)べき事(こと)なり《割書:胎養(たいよう)の概(おふむね)を後(のち)に附録(ふろく)す|》
先(まづ)心意(しんい)【左に「コヽロ」と傍記】を正(たゞし)くし気血(きけつ)を調和(てうくわ)して胎養(たいよう)の道(みち)に随(したが)ふ時(とき)は妊娠(にんしん)
必(かな)らす堅固(けんご)にして決(けつ)して難産(なんさん)の患(うれひ)なし且(かつ)小児(せうに)未生(みせう)【左に「ムマレザル」と傍記】の先天(せんてん)【左に「サキ」と傍記】
より気質(きしつ)を正直(しやうじき)に稟(うく)るがゆへに已生(きせう)【左に「ムマレテ」と傍記】の後天(こうてん)【左に「ノチ」と傍記】に無病(むひやう)壮健(さうけん)なり
しかのみならず心(こゝろ)に不善(ふせん)【左に「ワルキコヽロ」と傍記】を生(せう)ずる事(こと)なし爰(こゝ)におゐて其(その)理(ことわり)を
推(を)して尋(たづ)ぬるに心(こゝろ)の賢(かしこ)きも愚(おろか)なるも行(おこな)ひの善(よ)きも悪(あし)きも形(かたち)
の美(うつく)しき醜(みにく)きも未生(みせう)先天(せんてん)に稟(う)けはじまる理(ことはり)あれは敬(つゝ)ん
で是(これ)を罔(な)みし給ふ事(こと)なかれ是(これ)を罔(なみ)する事(こと)の已甚(はなはだ)しくは

【左頁】
盲(もう)【左に「メクラ」と傍記】聾(らう)【左に「ツンホ」と傍記】唖(あ)【左に「ヲシ」と傍記】躃(へき)【左に「イザリ」と傍記】頑質(ぐわんしつ)【左に「カタワ」と傍記】まで未生(みせう)一点(いつてん)の天命(てんめい)より稟(うけ)はじまら
ざる事(こと)なし篤(あつ)く慎(つゝ)しみ深(ふか)く恐(おそ)るへき事(こと)也
  胎教(たいけう)胎養(たいよう)の義(ぎ)古今(こゝん)其(その)説(せつ)多(おゝ)し其(その)詳(つまびら)なる事(こと)は儒(じゆ)
  家(か)医家(いか)に問(と)ひ求(もと)むべし今(いま)爰(こゝ)にしるすは予(よ)が識得(しきとく)【左に「コヽロヲホヘ」と傍記】
  せる所にして其(その)概(おふむね)を挙(あぐ)るのみ
胎養(たいよう)の略(りやく)
  夫(そ)れ胎内(たいない)の児(じ)母(はゝ)の呼吸(こきう)【左に「イキ」と傍記】と倶(とも)に呼吸(こきう)するものなれば
  是(これ)を心得(こゝろえ)て常(つね)に調息(てうそく)して《割書:調息(てうそく)の事(こと)前編(せんへん)に書(しよ)せり必(かなら)ずしも|法(はう)にかゝはらず時(じ)々/刻々(こく〳〵)に調息(てうそく)すべし》
  呼吸(こきう)を悠長(ゆうてう)にすべし生命(せいめい)を長(なが)くする方(みち)なり
  心気(しんき)は常(つね)に静(しづか)にすべし形軀(げうく)【左に「カタチ」と傍記】は日(ひゞ)に動(うごか)すへし甚(はなは)だ喜(よろこ)び

【右頁】
  甚(はなは)だ怒(いか)り甚(はなは)だ悲(かな)しみ甚(はなは)た憂(うれ)ふる事(こと)なかれ呼吸(こきう)【左に「イキ」と傍記】滞(とゞこ)ふり
  経絡(けいらく)【左に「スジミチ」と傍記】舒(のび)ずして気血(きけつ)和(くは)せざるゆへ也
  物(もの)に驚(おとろ)くべからずおどろく時(とき)は肝胆(かんたん)の気(き)を損(そん)ずるゆへ也
  さりながら驚(おどろ)く事(こと)は自分(じぶん)の力(ちから)に及(およば)ざる事(こと)あり傍(かたはら)の人(ひと)も又(また)心(こゝろ)
  付(つけ)べき事(こと)也/万一(まんいち)驚(おとろ)く事(こと)あらば速(すみやか)に調息(てうそく)して腹気(ふくき)を調(とゝの)ふ
  べし飲(の)み喰(く)ふ事(こと)に別(わけ)て心(こゝろ)を付(つ)くべし臭(にほひ)の悪(あ)しき物(もの)を
  食(しよく)すれは神気(しんき)【心の働き】を穢(けが)し味(あしはひ)の悪(あ)しき物(もの)を食(しよく)すれば精血(せいけつ)【精力と血】を
  濁(にご)らす甚(はなは)だ苦(にが)く甚(はなは)だ辛(から)く甚(はなはだ)酸(す)く甚(はなは)だ甘(あま)き物(もの)を
  食(しよく)すれは気(き)を耗(へら)し血を散(さん)ず
  耳(みゝ)に淫声(いんせい)を聞(き)く事(こと)なく目(め)に邪色(じやしよく)を見(み)る事(こと)なかるべし

【左頁】
  歩(あゆ)む事(こと)は緩(ゆるや)かに言(ものい)ふ事(こと)は低(ひく)かるべし手足(てあし)を強(しゐ)て伸(のば)す時(とき)は
  筋脈(すじみやく)を断(だん)【左に「キル」と傍記】ずる事(こと)有(あ)り欠伸(けんしん)【左に「アクビ」と傍記】するまでに心(こゝろ)を付(つく)へし仰(あを)ひて
  高(たか)き物(もの)を取(と)るべからず俯(ふ)して深(ふか)き物(もの)を汲(く)むべからず強(しゐ)て重(おも)き
  物(もの)を挙(あぐ)べからず及(およ)んで遠(とふ)き物(もの)を引(ひ)くべからす坐するに倚(かたより)て
  坐(ざ)すべからず坐(ざ)して手(て)を伸(のば)すべからず臥(ふ)すに偏(かた〳〵)に臥(ふ)すべか
  らす臥(ふ)して脚(あし)を伸(のば)すべからす皆(みな)是(これ)胎(たい)を安(やす)んし児(じ)【左に「コ」と傍記】を養(やしな)ふ
  の方(みち)なり慎(つゝし)んで是(これ)を守(まも)るべし
  妊娠中(にんしんちう)病(やま)ひをおぼへば速(すみや)かに医薬(いやく)を加(くわ)ふべし病(やまひ)なきに
  決(けつ)して薬(くすり)を用(もち)ゆべからず灸(きう)すべからす勿論(もちろん)鍼(はり)は禁(きん)すべし
  手(て)の曲池(きよくち)足(あし)の三里(さんり)の穴(けつ)は始(はじめ)より灸(きう)して佳(か)【左に「ヨシ」と傍記】なり気血(きけつ)を運(めぐ)

【右頁】
  らし任(にん)?気(き)【左に「ハラノキ」と傍記】を動(どう)ぜざるがゆへなり五月(いつゝき)に満(みつ)るより章門(しやうもん)の灸(きう)
  時々(じゝ)五壮(いつひ)七壮(なゝひ)灸(きう)すべし寒疝(かんせん)を退(しりぞ)け陽気(ようき)を運(めぐ)らすがゆへなり
  淫房(いんばう)を禁(きん)ずべし五月(いつゝき)頃(ころ)より浴(よく)【左に「ユニイル」と傍記】する事(こと)を禁(きん)じ過酒(くはしゆ)を禁(きん)ず
  べし是(これ)を守(まも)らざれば産後(さんご)に必(かな)らず血暈(けつうん)【左に「メマイ」と傍記】し又(また)は産後(さんご)
  痿癖(いへき)【左に「アシナヘ」と傍記】の患(うれ)ひあり
  産(さん)に臨(のぞ)んで心得(こゝろえ)べき事(こと)あり既(すで)に催(もよほ)しとおぼへば安臥(あんぐわ)【左に「ヤスラカニネ」と傍記】
  して腰(こし)をあたゝむべし火気(くわき)のつよきを厭(いと)ふ愈(いよ〳〵)催生(もよう)しと
  ならば産所(さんじよ)にかゝり体(たい)【左に「カラタ」と傍記】を正(たゞ)しく心(こゝろ)を静(しづ)かにして時々(とき〳〵)其(その)方(みち)
  の薬(くすり)を服(ふく)すべし既(すで)に産(さん)あらば産婆(さんは)【左に「トリアゲバ」と傍記】の挙作(とりあげ)すみて後(のち)
  必(かな)らす早(はや)く坐(ざ)を移(うつ)すべからず一二時(いちにとき)許(ばかり)りやはり其儘(そのまま)に

【左頁】
  体(たい)を正(たゞ)しく心(こゝろ)を鎮(しづ)めて焼塩(やきしほ)かつをぶしにて少(すこ)しばかり
  湯(ゆ)づけ飯(めし)を食(しよく)し能々(よく〳〵)気血(きけつ)の運(めく)りを定(さた)め坐(ざ)を移(うつ)し物(もの)
  ごと慎(つゝし)むべし枕(まくら)を高(たか)くすると低(ひき)くするとは産婦(さんふ)の
  安(やす)んずるに随(したか)ふべし
  産後(さんご)の調護(てうご)【左に「トヽノヘ」と傍記】を専(もつぱ)らとすべし熱飲(ねついん)【左に「アツキユ」と傍記】を禁すべし冷水(れいすい)を
  飲(の)む事(こと)最(もつとも)禁(きん)すべし冷水(れいすい)にて手(て)洗(あら)ふ事(こと)三七日(さんしちにち)も禁(きん)す
  べし其外(そのほか)飲食(いんしよく)に禁(きん)ずる品(しな)多(おゝ)し数多(あまた)なるがゆへに是(これ)を
  略(りやく)す時医(じい)【はやり医】に尋(たづ)ね問(と)ひ飲食(いんしよく)すべし中(なか)にも柿(かき)鰻鱺(うなぎ)を食(しよく)し
  忽(たちまち)異変(いへん)を生(しやう)ぜし人(ひと)多(おゝ)し七十日(しちじうにち)も是(これ)を禁(きん)すべし甚(はなはだ)しき
  毒(どく)にして世(よ)の人(ひと)心得(こゝろえ)ざる事(こと)あるゆへに是(これ)をしるす

【右頁】
  初生(しよせい)の小児(せうに)とりあげて後(のち)風(かぜ)を厭(いと)ひ静(しづか)なる所(ところ)に臥(ふ)さしめ
  世(よ)にまくり【新生児の胎毒を下す薬。乾燥した海人草と甘草を湯に浸した液】と唱(とな)ふる薬(くすり)を時々(より〳〵)あたふべし早(はや)く乳(ち)につける
  事(こと)を厭(いと)ふ凡(おふよ)そ一日(いちにち)一夜(いちや)乳(ち)につけずしてまくりを吞(の)せ穢(ゑ)
  物(ぶつ)を下(くだ)すべし乳(ち)につける事(こと)早(はや)ければ穢物(ゑふつ)残(のこ)り乳(ち)と倶(とも)に
  化(くわ)して胎毒(たいどく)となるが故(ゆへ)なり乳(ち)をつけて後(のち)も七日(なのか)程(ほと)はまく
  りを吞(のま)すべし臍(へそ)の帯(を)おつる跡(あと)へ直(すぐ)に七八壮(なゝひやひ)或(あるひ)は十壮(とひ)も灸(きう)す
  べし熊胆(くまのゐ)或(あるひ)は麝香(じやかう)の類(るい)を付(つく)る人(ひと)あり苦(くる)しからざれとも灸(きう)
  にはしかじ灸(きう)は必(かな)らず灸(きう)すべし○父(ちゝ)教(をし)え母(はゝ)養(やしな)ふて子(こ)を育(いく)する
  事(こと)は最(もつと)も至要(しよう)【左に「ダイシ」と傍記】の理義(りぎ)【左に「コトハリ」と傍記】を存(そん)する事(こと)にして心得(こゝろえ)有(あ)るべきの
  道(みち)なれども爰(こゝ)に雑(まじ)ゆべき事(こと)ならねば聊(いさゝ)か初生(しよせい)の挙作(きよさく)【左に「トリアゲ」と傍記】と臨(りん)

【左頁】
  産(さん)の消息(せうそく)【左に「ヨウジヨウ」と傍記】と産後(さんご)の調護(てうご)【左に「トヽノヘ」と傍記】との三条(さんでう)を併(あわ)せ挙(あげ)て略(ほゞ)其(その)
  心得(こゝろえ)をしるし胎養(たいよう)の後(のち)に附(ふ)するのみ
去年(こぞ)の春(はる)通家(つうか)の人(ひと)の需(もとめ)に応(おう)じてかひもらしぬる一家(いつか)の春(はる)の
台(うてな)に登(のぼ)りし人々(ひと〳〵)熙々(きゝ)として生(せい)を養(やしな)ひ給ふこそ世(よ)に病(やま)ひなく
人(ひと)の寿(いのちなが)からん事(こと)を庶幾(こひねが)ふ私(わたくし)の願(ねが)ひに愜(かな)ひしに今茲(ことし)また常磐(ときは)
なる松(まつ)が枝(え)を連(つら)ねて今(いま)一(ひと)しほの愛(めでた)さを世(よ)に博(ひろ)くせんとある人(ひと)の
問(と)ひ給(たま)へるに答(こた)へしを騫(かけ)ず崩(くず)れすみよし野(の)のさくら木(き)に
寿(いのちなが)くせんと望(のぞ)む人(ひと)にまかせて愚(おろか)なるを忘(わす)れ拙(つたな)きを顧(かへり)みず
梓弓(あつさゆみ)春(はる)たつ日(ひ)霞(かすみ)の園(その)に筆(ふで)をとれば巻(まき)の第(ついで)にあたる二(ふた)ま
きとなれり

【左頁】

先師(せんし)百瀬(もゝせ)養中(ようちう)先生(せんせい)諱(いみな)は正春(しやうしゆん)字(あさな)は雲明(うんめい)杏霞園(きやうかゑん)主(しゆ)
人(じん)と号(がう)す信州(しんしう)松本(まつもと)の人(ひと)なり資性(しせい)豪励(がうまい)【劢】にして博(ひろ)く
群書(ぐんしよ)に渉(わた)り最(もつとも)医療(いりやう)の術(じゆつ)に精(くは)し京師(けいし)何某(なにかし)家(け)の
後見(こうけん)したまひし時(とき)《割書:予(よ)|》遊学(ゆうがく)して其(その)門(もん)に入(いり)東都(とうど)
に下(くだ)りたまひても猶(なを)親(した)しく随従(ずいじう)し諸(しよ)門人(もんじん)の中(うち)
にも殊(こと)に《割書:予(よ)|》が弱劣(しやくれつ)なるを憐(あはれ)み居恒(つね〳〵)諭(さと)し置(おか)れ
たることゞもをおもひ出(いづ)れは胸(むね)にみち心(こゝろ)に溢(あふ)れて
忘(わす)るゝに暇(いとま)なしされば師(し)の恩(おん)は天(てん)なを低(ひく)く海(うみ)
なを浅(あさ)かるべし《割書:予(よ)|》わかゝりし時(とき)は殊(こと)に虚弱(きよじやく)に

【右頁】
して多病(たびやう)なりしが先師(せんし)専(もつは)ら説(とき)示(しめ)したまひし調息(てうそく)
の法(はふ)冬(ふゆ)の酒(さけ)夏(なつ)の塩湯(しほゆ)等(とう)を勤(つと)め行(おこな)ひ無病(むびやう)壮健(さうけん)の
身(み)となり病(やまひ)を胗(しん)し薬(くすり)を売(う)るの業(げう)を勤(つと)め膝(ひざ)を
容(い)るゝの茅屋(ぼうおく)に安住(あんぢう)し粗羹(そかう)淡飯(たんはん)に老少(らうしや[う])数口(すこう)を
養(やし[な])ふことを得(ゑ)たり去年(こぞ)の除夕(しよせき)【大晦日】暫時(しはらく)丹竈(たんそう)【仙薬をつくること】の煙(けふり)
をとゞめ夜(よ)も半(なかば)過(すぎ)て丑(うし)みつのころ老少(らうしやう)閨(ねや)を閉(とぢ)
僮僕(どうぼく)厨下(ちうか)に眠(ねふ)れば独(ひとり)灯前(とうぜん)に閑坐(かんざ)しけるに先師(せんし)
忽然(こつぜん)と来(きた)り薬架(やくか)の下(もと)に坐(ざ)し《割書:予(よ)|》を喝(かつ)して曰(いわく)汝(なんぢ)も
また歳(とし)を守(まも)るか汝(なんち)もとより弱質(じやくしつ)劣才(れつさい)なれば夜半(よは)
に寝(いね)て精神(せんしん)を安(やす)んし夙(つと)に起(おき)て其(その)業(わざ)を勤(つと)むべし

【左頁】
世塵(せちん)に襲(おそは)れ苦(くる)しみて貨殖(くはしよく)の念(ねん)を起(おこ)すことなかれと
いひ捨(すて)て何地(いづち)ともなく立(たち)去(さ)りたまふと見て坐睡(ざすい)の
夢(ゆめ)覚(さめ)ぬいかでかく正(まさ)しかりしことよと思(おも)ひつゞくる
うち村寺(そんじ)の鐘(かね)百八(ひやくはち)の声(こゑ)殷々(ゐん〳〵)と響(ひゞ)き隣鶏(りんけい)角々(かく〳〵)と
して暁(あかつき)を告(つ)ぐ山僮(さんどう)早(はや)く井華(わかみづ)を汲(くみ)来(きた)り村妻(そんせい)既(すで)に
骨薫羹(ざうに)の春餅(しゆんべい)を調(てう)じ屠蘇(とそ)の杯(さかづき)を少年(しやうねん)より酌(くみ)
巡(めぐ)らしてともに新禧(しんき)を賀(が)し長生(ちやうせい)を祝(しゆく)し喜(よろこ)びぬ
于時(ときに)文政(ぶんせい)十三年(じうさんねん)大歳(だいさい)庚寅(かのえとら)に舎(やど)り《割書:予(よ)|》年(とし)四十有二(しじうゆうに)の
元旦(ぐはんたん)なりつら〳〵夢(ゆめ)の跡(あと)を尋(たづ)ね思(おも)へは 先師(せんし)常(つね)
に教諭(きやうゆ)しおかれつる養生(ようじやう)の道(みち)も時(とき)に臨(のぞ)みて行(おこな)ひ

【右頁】
難(かた)く事(わさ)に誘(ひか)れて怠(おこた)り易(やす)きことあるを今(いま)夢(ゆめ)に
来(きた)りて警(いま)しめたまふにこそあるらめそも〳〵此(この)
養生一家春(ようじやういつかのはる)の巻(まき)は 先師(せんし)自(みづか)ら筆(ひつ)して板(はん)に彫(ほ)らせ
親(した)しき人々(ひと〳〵)に贈(おく)りたまひしが今(いま)は板(いた)も癈失(はいしつ)して
此(この)編(へん)あることを知(し)る人(ひと)も稀(まれ)なるを容安居(ようあんきよ)の几上(きしやう)に
於(おい)て繕写(ぜんしや)【文書や書類を集めて書き写すこと】し二(ふた)つの巻(まき)を一(ひと)まきに合(あは)せ再(ふたゝび)桜木(さくらぎ)に
鏤(ちりば)め聊(いさゝか) 先師(せんし)の深恩(しんおん)を報(むく)ひ且(かつ)あまねく世(よ)に弘(ひろ)
めて養生(ようじやう)の神術(しんじゆつ)を示(しめ)し共(とも)に寿域(じゆいき)【長寿の境地】に至(いた)らんこと
をこひねがふのみ
          高田立節《割書:信辰|》謹識

【左頁】
   仁医養中老人東都に在し時
   東西の疾病あるものを療し
   英名を耀しけるか其頃《割書:予|》も
   病床に臥して旦夕にあやふかり
   しを救はれ猶調息養生の法
   を教諭受しより多年健なる
   事病前に異ならすされや其門下
   高立節子師か妙術を書おかれ
   し小冊を再板して四方に其

【右頁】
   徳を顕はさんとす《割書:予|》も亦その
   巻の末に五七五を並ふるは所謂
   尺恩寸謝と見ゆるし給へかし
春に逢ふ老蘇の樹々も雨の恩  雨耕

   懈怠なく調息する時は心気を
   養ふの一助ならんと杏霞翁の
   金言むへなる哉こは万病の
   治るの根元にして是なん済世
   の宝筏ともいふなるへし

【左頁】
悟つたるふりして浮ふ蛙かな  雨麦
さし引の潮を花にさくら貝  蜂要

   百瀬氏の新禧貺【左に「トシダマ」と傍記】は常に服して気
   を養ふの聖効尊としされは其/因(チナミ)
   容安居より今も猶春毎におくら
   るゝは実にちとせ寿く未曽有の
   奇品ならん
気を開く薬も梅の莟かな  和秀
柳最【「㝡」。「㝡」は「最」の俗字】ふ寒さの色を忘れけり  歌女

【右頁】
弘化三丙午年九月十五日求之
         ■■【墨消し】
           ■■■【墨消し】

【一字一行書】
文政庚寅春正月再鐫

【朱印・容安居図書記】

【朱印下段】
四方雲顧の
君子此図【图】章
を認めて真と
なすへし

【左頁】
 ■■■■【墨消し「此本外へ」ヵ】
   ■■■【墨消し「御出し」ヵ】
     ■■【墨消し「無用」ヵ】
       ■■【墨消し】

【左頁・紙折れ部】
 酉交分ス
    タス
 【朱印 田中】

【裏表紙】

Picture

【表紙】
【白四角内】
狂歌四季人物   《割書:一立斎廣重画|    壱
【左下隅に1】

【右丁】
HIROSHIGE (1855)
KYOKA SHIKI JIMBUTSU
7 volumes bound in one
preface
ANSEI 2 (1855)
(R. Keyts?)【文字不鮮明】
【左丁】
人物の文字を外題に呼ふは絵師の著述を紛らはし
けれと画を以て無聲の詩とし詩をもつて有聲の
画とする唐人之戯れはしらされとも画家のためには
ひとつの幸福なり爰を狂類四気人物集と号るは当時
外に類ひも中はしの先生宮齊ぬしの画言に尋ね
ても亦となき黄金のわらしはくや町なる天明調
の棟梁
盡語楼大人のすみかねにてなれるものなりそもこの集は
家作りの夏をむねとする教はいふへくもあらす月雪花を

【右丁】
兼題の人物に配当なさは図とりの面しろき事必せり
さなから見るに目新しく画組のよきは集冊の幸ひ
此上なしとやいはむおのれ春の人物にて気の長かるをいか
に冬の人物とたかへてや老人の気短かく急るゝまゝに只
ひと言をしるして其ことわりを述るになん
               六朶園
   安政ふたとせ
       卯の春
【左丁】
狂歌四季人物諸初篇
   天明老人尽語楼撰
 兼 汲若水 年礼 万歳 吉書始 宝舟売 白酒売
 題 鳥追 太神楽 手鞠娘 凧上ル 鮓売 払扇箱買
  当座 《割書:語安臺有恒主人|馬遊亭喜楽主人》 判
     《割書:信濃者別  絵馬商人》
  《割書:画|工》 立斎廣重先生

【右丁】
汲若水【朱囲み】【以下右側から上下に分かれている歌は上段下段と明示】
【上段】
鶯のはつ音きゝつゝ
 あらたなる月日
  くみこむけさの  六朶園
      若水

わかさりの
 ふりわけ髪や  銭の屋
  うつるらん
   をさなき
    春に汲る若水
【右歌下段】
浦嶋の太郎月とて
 腰みのをしたる
  手桶に汲る若水
       瀧のや清麻呂
【上段】
去年の秋朝かほゆゑに
 手もかけぬつるへに   蝶那言
  汲や千代の若水     澄兼

井にうつる星の影くむ若水は  さの
 清きを祝ふきり火なるらん   子日庵
                  松彦
【下段】
門松の下くゝりつゝ
 くるま井の海老錠  在明亭
  あけてくめる若水    月守
【左丁】
【上段】
一日てかたをつけんと
 袴まてはしよつて  勇々館
  まはる春の門礼    道竹
【右下段】
とし玉の扇をくはる門礼に
   きる裃も末広の形
         いせ松坂
           菊の舎露満
【上段に戻る】
目出たいといへは   スンフ
 礼者もめてたいと   望月楼
  出喰つみの山の
      こたまか

松とれて碁はん
割地に年礼のためをも
   さしてありく春の日
        鶴告亭夜宴

掛与の鬼の宅へも
 年礼に供をつれ行
    桃太郎月
       俵舎
【右下段】
御慶そとあふむ
  かへしの訪ひこたへ
   黒鴨供につれし
        年礼
          鶴のや
            松雉
年礼【朱囲み】


【右丁】
万歳【朱囲み】
               スンフ
万才の素袍の紋もたきめうか【注】 東遊亭
  馬鹿けた顔を見する才蔵     芝人

【注 抱き茗荷=紋所の名】

万歳のひらく扇に
 撫子の笑ひの種も
  けさや蒔くらん
       六朶園

万才の柱算ふる
  つらかまち皺の   緑樹園
   杢目もみえてをかしき
【以下上段中段下段の順】
雲の上にめされて
 千代をほきぬらん
  羽袖ひるかへし舞ふ
          鶴太夫
         無窓園敏住

万歳のかそふる春の
  柱立胴突聲も
   出す才蔵
     草のや
       富芳

三河から八ツ橋
  こえて国〳〵へ
   蜘手にわかれ
    出し万才
     都柳園守安
【左丁】
【右上段】
元日も済んで二日の
 かきそめに箒の   勇々館
  筆も遣ふ大文字   道草
【右下段】
長屋流習ふ子ともは上杉の   馬遊亭
   内職筆をつかふ書そめ    喜楽

豊うけの神代の春はいねあけて
  今日書そめに遣ふわら筆  梼の門

都路の筆のあゆみに
  たるき子へ師は
    あへ川【安倍川餅】を出す書初
       鶴告亭夜宴

する墨の硯のうみに
  ひそみけん龍といふ字の
      子等か書そめ
        文栄子雪麻呂

筆のさやぬく手もみせす高麗劔  仁宿迺
   今日書そめにつゝる唐やう   阿都麿

書初【朱囲み】

【右丁
宝舟売【朱囲み】
初夢の種
 もちあるき    勇々館
  喰ひぬらん     道草
   宝船うる
    はみ〳〵
       親父

一枚は中より
 見出すえひす紙
  にこ〳〵歩行【あるく】 楽々亭
      宝船売       琴樽

宵のうち何万艘も宝ふね
 うれる江戸こそ大湊なれ
          スンフ松経舎
【右歌下段】
大としの灘を      芝口や
 首尾よくのりこして
  声もゆたかな宝舟売
【上段に戻る】
板行になしたるやうな
 商ひのなみのりを
   みるたから船売
      松月亭繁成
【右歌下段】
宝船売し財布も滿汐と
  見るはかりなる銭のうら浪
           菊の門久盛
【左丁】
柄杓より長くたらしてはかり売
 声まて細く呼る白酒
         和風亭
           国吉
【右歌下段】
商人かへつらふ口も        松梅亭
  うすつへら【うすっぺら】硝子徳利 槙住
       はかる白酒
【上段に戻る】
するか町人穴しのふぬけ裏の
  前にひさける不二の白酒
          雖園美鳥

白酒をこめてひさける
 硝子の元も薄手な
     春の商人
       花輪堂
        糸路

おまへのはよい
 白酒と陶をも
  たらしてそ買ふ
   うら店の者   文語楼
             梅実

山川をたこ【たご】に荷ひて
 ひさき来る聲もたかねの
      不二のしろ酒  綾の門               ■【竹に冠】丸
【右歌下段】
芝居の白酒売【以上囲み】を写候は
画組をよくせんため也
兼題にふれ狂哥に     立斎
付さる所はゆるし給へ

白酒売【薄黄色囲み】
柄杓

【右丁】
鳥追【薄黄色囲み】
高輪に海上
 はるかと鳥追の
  唄うたふ声のそく
      武者窓
        伶月舎
【右下説明】
先会倭人物に女太夫
門付女有て姿似より
たれは此鳥追は古代の
さまを模写するなり
        立斎
【上段】
鶯も雀も
 来なく軒へ来て
  百さへつりに
   ましる鳥追
      板ハナ六源園
           寿々雄【この字コマ4の62行目にも出ていますが「雉」にも「雄」にも見えます】

飛〳〵に潜る
 場末の松かさり   風柳庵
  鳴子の方は行かぬ   舛丸
        鳥追
【下段】
餌さし町鷹匠町も
  おそれすにこゑ    万時庵
    かしましく唄ふ   拍木
          鳥追
【上段】
かゝる世にあふむかへしの目出たさを
  いふ門礼のあとに鳥追  いせ松坂
              芦花楼汝友
【左丁】
太神楽おはくろ獅々を舞ふそはに
   口あいて見る人もありけり  語同堂
                  春道
【下段】
太神楽よひ込
 門の削りかけ乱す
  うつもや風の獅々舞
         秋のや改
           花屋
【上段より少し下がる】
太神楽うはき女房を留主におき  輪湊楼
   ひたひに梭の角はやす曲   停舫

つむし毛とみる
 削りかけ釣る軒に  伶月舎
  舞ふて落せる
    太神楽獅子

七やしき行も
 まはりて太神楽
  初おはくろの
   獅子舞ひそする
        松の門鶴子

太神楽玉まろはすは
  鶯の産れし竹の  都月庵
      籠まりの曲
太神楽【薄黄色囲み】

【右丁】
手鞠娘【薄黄色囲み】
竹の秋少女かつける手鞠にも
   鈴むしいれてかゝる桔梗
           槙のや

つきくらにうき身
  やつしてをとめ子の   花垣
    鞠にしんくのかゝり  真咲
          糸みゆ

少女子か
  しら魚ほとな
   ゆひをもて網に
    かゝれる鞠や
      つくらん  語同堂
             春道

とりやりは暮に
 すましてまり唄の
  かしかりをする春の少女子
             東風のや

かしかりをとりかへはやの
  手まり唄男髷なす
     おみなましりて
        文語楼梅実
【右歌下段】
手まり唄うたふ娘もひいふうみ
   よめも出てつく春の長閑さ
          番多楼姫利
【左丁凧紐の下】
ひゝきぬるうなりにきもを
 けし坊主小人嶋めく   花垣
     鶴の大凧     真咲
【右歌下段】
たにさくをつけて?【梏カ】やる
    鶴の凧鎌倉かし【河岸】に 和朝亭
       あくるうなゐ等    国盛

大空の霞のきぬをつらぬくは  勇々館
  晋の豫譲をしのふ釼凧    道草
【凧紐の上】
門前の
  童も
  経はよます
      して
   坊主いと目の
    凧あくるらん
      水々亭楳星

糸きれてうな
 なからにとひて行  いせ松坂
  凧の其絵も      神風や
    猪の熊【注】の首  青則
【右歌左下】
春風に鶴の絵凧の糸きれて   歌道廼
  小人嶋ほとさわくうなゐ等  晴記

【注 「猪熊入道」の略=江戸時代の小説、演劇、音曲などに登場する豪勇な人物】

   

【右丁】
鮨売【朱囲み】
とり交て
 蓼食ふ虫も   梅屋
  すき〳〵に
   かせてひさく
    門の鮨売

はけ兼る
 日はすもとりも    《割書:鎌倉| 雪の下》
  すし売はなんと    《割書:皆元迺| 寄友》
   せうかのからき世渡り

なつかしき声も
 萼の一夜つけ
  薄むらさきの   雲井園
   海苔すしそ売る

あつ巻の玉子の鮨の
 月の輪に熊笹そへて
   売歩行なり  尚丸
【右二歌下段】
千金と愛ぬる
 春の時の間に
  四箱五箱はや
   売れし鮓
     望止庵
      貞丸
【最下段】
押売は
 せぬと手際の
  握りすし
   つまみ喰する
    人を待らん
      雪の下
       千羽楼
        鶴成
【左丁】
紫の帯しめ払ひ扇箱
 二度の嫁いりさする商人  槙の屋
【右歌下段】
扇箱買はん〳〵と歩行けり
 其台町や二本抜を
       水々亭楳星

【上段二番目】
御新堂仕入扇のはらひ箱  いせ松坂
              神風や
 阿弥陀割なる町〳〵に買ふ  青則

追羽根の中を潜れは少女子の  語安台
  腮をも払ひ扇箱買ひ      有恒
【右二歌下段】
酔しれの
 礼者のおきし
  年玉を背負ふて
    もとる扇箱買ひ
       森風亭
        波都賀
【上段最後】
神風のいせやの
 見世の桐の箱
  振つて見て
   買ふおはらひ扇        
      平山庵
        貞丸
払扇箱買【薄黄色囲み】

【右丁】
   汲若水
十二
今朝春の天の戸ひらや開くらんくむ若水にきし
る車井      宝市亭
ふる年を丸う納めて方円にしたかふ水をくむ筒
井筒       勇々館道草
此年もみな安政にくらさんと卯の一天にくめる
若水       馬遊亭喜楽
先汲は井のすめる物のほりけり神代のまゝの春
の若水  松代  藤少々波樹
明て今朝きも若〳〵と若水は汲始めなり人の心も        番太楼姫則
はつ雀なく声きいて若水をくむはかゝへの鳶の
者なり  仝   風月軒五柳
若水を汲井も今朝は化粧かは初日の紅粉や霜の
おしろい     銭の屋
釣瓶から音もさらりとけさの春あけてそ清くす
める若水 仝   良材庵清樹
花鳥の春若〳〵と汲あける鶯ふくむ玉川の水
    イセ松坂 鼻辺赤人
梅かえの露ふへる井より一釣瓶あけ方のほし
うつる若水    甘信亭古麿
【左丁】
当座絵馬商人
   馬遊亭喜楽主人判
直の出来て商人のうつ     天衆
  柏手のみつのひかりや    道人
        初午の絵馬

初午に二見か浦の絵馬売の
  日の出にひさく伊勢町のかし
         草のや富芳

鳴くきしの鳥居の
  もとに声立て絵馬を   在明亭
     商ふ妻乞稲荷    月守
【右歌下段】
月日星みつの
 燈火うくひすの
  玉の絵馬をも
    ひさく初午
       紀関守
【上段に戻る】
  おなし心を
稲荷ふ神へ納る絵馬売て
   豊な年と祝ふ初午  馬遊亭
              喜楽


【右丁】
当座信濃者別
   語安台有恒主人判
【上段】
えどすれて
 丸くなりてそ
  帰りける
 木賊かりする
  園原の者
     勇々館道草

あかきれのわれも〳〵と
 しなのもの江戸の
  わかれをいたく  於三村
      をしまん   菱持

姥捨の山の端さして
  しなの者帰る背中に
     月のこく餅
        鶴告亭夜宴
【下段】
おはちまてけさは掃除を
  しなの者あしを喰はるゝ
      冷飯草履
         弥生麿

   おなし心を
奉公もわつかしなのへ
  もとり道まめて帰れる
      鳩かやの宿
        語安台有恒
【左丁】
狂歌四季人物二篇
  天明老人内匠撰
兼 初午詣 初灸 彼岸詣 野遊 雛店見物 汐干
題 曲水宴 奉公人出代 紅毛人登城 苗売 桜草売 花見
《割書:当 俵舎大人|坐 勇々館主人》 判
   女蕨売 藪入
《割書:画|工》立斎広重先生

【右丁】
初午詣【朱囲み】

あやまつた
 稲荷さまなり    スンフ
  九郎助を末に    松経舎
   なりてもとる初午

太鼓うつ翁稲荷も
 土巳坊も四つかつちりに
   ひけるはつ午
       勇々館道草


初午に入かはりはる
 午社札かうやくと見る
     瘡守稲荷   在明亭
             月守
【下段】
初午の稲荷詣の
 奉納に壱歩の額は
    ちとすきの森
      蝶那言
         澄兼
【上段左端】
鳴きしの
 妻恋稲荷初午の
  納る額にありか
     しれけり
         和風亭
【下段】
初午にさわく小供の
  鼻からもてうちんさかる
        藤棚の下  俵舎
【左丁】
草いろの手拭      勇々館
  口にくはへつゝ神農艾  道草
       すうるはつ灸
【右歌下段】
線香の無言にまさるうき事と
   おもふ筆子のけふの初灸  槙のや
【上段に戻る】
きさらきの初雷に初やひと  歌種廼
  おさへてすうる臍の両わき  風彦

初灸をすうるはあつい親の恩  風柳庵
  薬にもなり仕置にもなり   舛丸

神農の艾とり出す初灸に
  薬となめる草のもえ売  梼の門

団十郎艾をすゑのおとゝ子【弟御=弟の敬称】の  万町庵
  しはらくむしもおこらさりけり           柏木
初灸【朱囲】

【右丁】
彼岸詣【朱囲み】
六阿弥陀ひかん詣に珠数は耳  望上庵
  達者は鼻にかくる老人    貞丸

六あみた行来も
 遠き老の耳   鎌倉雪の下
  珠数かけ鳩も  千羽楼
   きく彼岸かな   鶴成

六文で廻る
 あみたの彼岸会に    楽々亭
  真田の紐てくゝる巾着  琴樽

念仏の声を枝折にひかんには  松の門
  参るあみたのます西か原   鶴子
【以下上中下段の順】
投出す彼岸詣の
 手のうちを見事
  扇て受ける浪人
       俳松法師

極楽をしのふか
 岡や蓮葉に
  乗るを願ひの
   六あみた  松梅亭
      道   槙住

亭主をは
 彼岸詣に
  団子ほと
   丸めて内を  松代
    妻は出けり  風月軒
            五柳
【左丁】
枯草の山を作りて
 いつよりも日のいり  六朶園
  はやく思ふむさしの
【右歌下段】
鍋よりも夫の
 散やかふるらん
  すみれに一夜    空満や
   あかすつくま野
【上段に戻る】
              イセ松坂
角力草さかる野中にまとゐして  神風や
  友とくみあふ吸筒のさけ酒   青則

ふら〳〵と瓢さけさす
 下女か帯胴中くゝり  松月亭
   野遊のとも     繁成

爪さきのつんむく方へ   雪の下
 野遊ひの酒にはたれも   皆元廼
  へろ〳〵の神       寄友

早わらひのにきりこふしに
  あらそふて中よき友の  語同堂
       むるゝ野遊    春道

野遊【薄黄色囲み】

【右丁】
雛見世【薄黄色囲み】
花のころ見る人むれてやまとなる  草のや
  吉野内裏とならふ雛店       冨芳

綿かふる箱入雛をほしさうな  鶴告亭
  嫁かこゝろの内みせの前   夜宴

倭歌とはうらうへに古今雛  清之舎
  鼻うたましりそゝる見物  千代住

両天の傘もて雛の前店を     馬遊亭
  ひやかしてみる照りふる人形  喜楽


軒下をいく度廻りて御車を
  ひかしてそ買ふ雛の見物   俵舎

あしもとをみて   桜園
 売る雛を口先て   勝波
  ふみ倒しにも
   いける内見世

つかまへてはなさす   勇々館
 客へ目隠しをしたる   道草
  ひひなに手を打て売る
【左丁】
海のなき国かとそ思ふ
  汐干かたみのあるかひに  語真衆
       しなのありける  喜樽
【右歌下段】
落穂をも拾ふ姿の汐干かた    語安台
     雀の化したはまくりやとる  有恒
【上段に戻る】
帆のはらむ
 南ふく日の汐干狩    槙のや
  女嶋うと思ふひとむれ

汐のさす蜂の
 すさきをあさりつゝ
  子安貝とる妹か
       こしほそ  陽月舎

汐干する沖にて得たる
 石かれひ人にしらさて   森風亭
      家つとにせり   波都賀

ほうろくももてる汐干の舟の内
   かはらけ色の妹かこしまき  五葉園
                   松蔭

汐干【朱囲み】



【右丁】
【曲水宴】
曲水にうく盃も水や空  花垣
 雲の上なるいやよひの宴  真咲

高きよりひくきへ流す盃に
  五位も六位もましる曲水
          勇々館道草

橘も藤原もまたありはらや
  みなもと清き曲水の宴  筑波嶺
                村咲

浮みたる歌かく     文栄子
 筆か下戸ひとりなめては  雪麻呂
     流す桃の盃
【以下上中下段の順】
うへ〳〵のお慰みとて
  盃は川下〳〵へ  文語楼
    廻るお流れ    梅実

酒肴哥もよみつゝ
  曲水に一日流す
    桃のさかつき
      睦月軒浦船

方円に随う
 みずの長〳〵と
  長歌もよむ
   桃の盃
   朝鶴舎
     真抱
【左丁】
【上段四首】
雛しまふをりに
 わかれのなき顔を  陽月舎
  紙に包みて下る水仕女

東井の清く出代る
 一つるへさかれはあかる サノ
       水仕奉公   子日庵
                松彦
富士額作る目見への
 山出しも出代る下女の  和朝亭
    あとのぬけ穴    国盛

出代りに紙一ひらの
 證文もすみつきの
  よくきまるはした女
         宝市亭
【下段二首】
出代りは木綿布子に絹小袖   伶月舎
 てさはりちかふはしたお仲井

化粧をもするおしろいの別れ霜
 けふ出代りの水仕女の顔
           鶴告亭
             夜宴
出代り【朱囲み】

【右丁】
紅毛人登城【朱囲み】

縄はりに鶴の
 舞ひにし大城へ
  毛衣を着て登る
        蘭人
     勇々館道草

登城する紅毛人は
 献上もはえた侭なる  銭のや
       人参の髭

登城する紅毛人の下馬先は  和松亭
 わたりの徒も多くみえけり  羽衣
【右歌下段】
直な御代紅毛人の登城にも
 ゆるさぬ文字の横つけの駕籠
           水々亭楳星
【以下上中下段の順】
やとはれて出る
 蘭人の供まても
  銭と木札の
   かふえきはしつ
      語同堂
        春道

海原を渡り来つれて
 登城すに渡り者をは
      つれぬ蘭人
       文栄子
        雪麿

あつまてる神を
 仰きてひの色の
  紅毛羅紗もさこく
       たから田
       無窓園敏住
【左丁】
朝かほのめ出し荷ひて二葉町 蝶那言
   日陰町へと曲る苗うり  澄兼
【右歌下段】
瓜茄子の苗はうりても
 八百やとは少し畑の
       ちかふ商人
        水々亭楳星
【上段に戻る】
まけて売るへちまの     雪の下
 苗は目の先へふらさかる銭  皆元廼
      早とらんとて    寄友

汝か宿を鴈に出て月に迄   上サ大堀
 ひさく朝かほ夕かほの苗   花月楼

売歩行苗の根にみる
 土団子宿は谷中の
  かさもり門前
    花輪堂糸路

朝の間にきれいに   いせ松坂
 はけて塵ひとつ     野良
  残さす帰る箒苗     庫人
        うり
苗売【朱囲み】

【右丁】
桜草売【朱囲み】
よそほひし蝶々髷の少女等に  伶月舎
   跡したはるゝさくら草売

あらき風へたつる戸田の
  さくら草むしろを花に  雲井園
      かこひてそうる

さくら草売るも
 あすかへ残さしと    望上庵
  元直になけるかはらけの  貞丸
            鉢
【右歌下段】
桜草戸田の
 渡りゆ請売に   鶴のや
  江戸をうねりて   松雄【雉カ】
       流れ商ひ
【上段左端】
直をつけし
 風替るなと
  其人をこちへと  スンフ
   招く桜草売    望月楼
【右歌下段】
雨風もしらぬ嵐と
   おもふらんいやねきらるゝ
           桜草うり
             常村田
                緑洞園
【左丁】
【上段】
桜さく上野は江戸の
 大錦三枚橋を人の  六朶園
      つゝき絵

隅田の花なかめたらいて
 夜桜に下ふしするもよき
         枕はし
          伶月舎

夜嵐のさそはぬ
 うちに行んとや誘ひ
  だされし花見連中
      瀧のや清麿

雨風に
  よわき
 桜を
   はしらとも
  力ともする花の
      かけ茶や
          板ハナ
           六源園寿々雄
【下段】
樽の酒かろくなるまて花を見て
   しりはいよ〳〵おもくなりけり
           板ハナ
             末広庵老泉

味酒の三輪の山路の
 桜より上戸そひとり  都柳園
     杉をたつぬる   守安
花見【朱囲み】

【右丁】
   初午
十二
初午の馬に狐をのせしこと其いひわけも九郎助
稲荷    板ハナ   梢栗園保彦
稲荷山賑はふ今日の初午に淋しくなりし杉のも
とつ葉         更科庵月芳
初午は植馬いなりの内陣へ高上りして拝むもろ
人           和風亭
油あけをあくる白狐のほこらにて鈴の尾をふる
初午祭り        松月亭繁成
たおやめかはれ着も目たつ稲荷山絵馬に対する
額裏の老        六朶園
初午に参る王子の穴稲荷のそかせたまへ悪事災
難     上サ大堀  花月楼
午祭り瘡守稲荷夜宮から仕こむ像もきうの出来
物           語安台有恒
初午に王子もとりもよし原とふちも瀬となる飛
鳥山こし        清之舎千代住
午の日の王子もとりは天窓にも狐をのせて帰る
家七座         瀧のや清麿
詣来る人もとゝまるうま参りとう〳〵〳〵と
ひゝく太鼓に      槙の屋
【左丁】
当座女蕨売  俵舎大人判

おもき籠抱へて売れる
 賤の女の手もむらさきに  宝餘亭
     なりし早わらひ   魚海

折て売る元手
 いらすの早わらひは   杉の門
  握りこふしの女商人   笹好

根枝ひもせさる蕨のはかり売 和朝亭
 髪もむすはて売ありく妹       玉盛

縁遠き四十女か世わたりに  勇々館
 ひさく蕨もたうに立けり   道草

すきはひ【すぎわい=生業」】に親をたすけて片腕の  在明亭
   わらひを里にひさく賤の女             月守
【下段】   
  おなし心を
筑波嶺のふもとの
  わらひ折取て
   夫婦かせきの
       女商人
          俵舎

【右丁】
当座 藪入 勇々館道草主人判

藪入にあかつき告るには鳥の
 声かなしさに夜具の羽たゝき  銭のや

御主人へ長く勤るやうにとて  鶴告亭
 蕎麦を喰はせて帰す宿下り  夜宴

藪入か財布にあまる
 小つかいも残りをしけに  楽々亭
        帰る夕くれ   琴樽

藪入にもらふ二百のつるへ銭   弥生庵
  水をもくめる凧を買ひけり

やふ入は近処へ一寸顔出させ
  窓の月をは手土産にしつ
           夜宴
【下段】
  おなし心を
我家へと主人の虎の
  威をかりて千里一飛ひ
       いそく藪入
       勇々館
          道草
【左丁】
狂歌四季人物三篇
  天明老人尽語楼撰
兼 鰹売 蚊屋売 願人釈迦 団扇売 田植
  蛍狩
題 心太売 納太刀売 水游 水馬 金魚売
  花火見
《割書:当 出久廼坊画安主人|坐 楽々亭琴樽主人》  判
  鬼灯売 女枝豆売

《割書:画|工》立齊廣重先生

【右丁】
鰹売【朱囲み】
初鰹銀皮作り商人も  宝市亭
 これて一分と見する額皿

鎌倉の海にてつるの
 そのあしもこかねの札の
     つく初かつを
        板ハナ 六源園

腹にあはぬ直を
 つけられて青筋を
  額に見する鰹商人
      スンフ 松経舎

一位まさるやはつの
 えほし魚めせとすゝむる
    直はたかつかさ
      上サ大ホリ 花月楼

鉢巻をしてそ商ふかつを売   和朝亭
 おろすかたみを見するはた脱  国盛
【下段】
鰹うりおのれか
 したる鉢巻を買人に  都柳園
    させぬ請合の魚   守安
【左丁】
ひとり寝の蚊やも商ふ加賀やしき 和風亭
 千代の松葉のいろを見せつゝ
【下段】
本所は蚊の名物と蚊や売も
  蚊のなくやうに声を立つ
         スンフ 望月楼
【上段に戻る】
四つ手網はるか如くや
 海士か家にひろけて  語安台
  みつの浜かやそ買ふ   有恒

近江蚊や売り行    梼の門
 声も長橋やよひとめられて
     中はきれけり

蚊の影て身をも
 たつらん近江かや
  かつきて売るや
   棒ふり商人
    いせ松坂
      桑の舎露満

鶴の脛長浜出来と
 売る蚊やにうなしの
  いろを見する紅へり
      水々亭 楳星
蚊屋売【朱囲み】

【右丁】
願人釈迦【朱囲み】
【上段右から】
天と地へゆひさす   勇々館
 仏持歩行和尚も     道草
  衣あけさけそする

願人はあらめのやうな衣きて
 持しお釈迦も鉋物細工
        花垣真咲

はたか身へ
 破れ衣をかけ
      歩行
  橋本町を
     出山の釈迦
       雪の下千羽楼鶴成

誕生の釈迦もて
 ありく願人の
  財布も銭に  文栄子
   さくる横腹  雪麿
【下段右から】
天窓から甘茶に釈迦の誕生言
 おのれは酒をあふる願人
          伶月舎

天地にもたつた
 ひとつのけさ衣  前路楼
  かけてまはれる  麹住
      願人の釈迦

天と地へゆひさす
 釈迦は願人の
  家根と畳と  無窓園
   くふてん建立    敏住
【左丁】
【上段右から】
深草もならもやほそと
 出る風も秋に似顔の   語真衆
     絵うちわやうる  喜樽

秋風のたゝぬうちにと
 直を少しおとしてひさく  梼の門
     桐の柄うちわ

商人もおとろく秋の
 くるま町風におとせる 松月亭
     桐の柄団扇   繁成

かたけ来て
 深草団扇
    ひさくなり
 うつら衣を
   着たる商人
     毛衣人髭面
【下段右から】
直段にも上り下りのあるならん  緑樹園
  都の町をせる団扇売

二本棟にさして商ふ   天明老人
  団扇売これもやしきの
        内職細工

団扇売【朱囲み】

【右丁】
田植【朱囲み】

御田植る乳守のあそひ   文尚堂
 着た笠のうらにもふたつ  尚丸
       枕ありけり

鴨川の水
 せきいるゝ小田にみな  板ハナ
  はきは短かくみゆる   末広庵
          早乙女  老家

住よしの小田に    鶴告亭
 乳守は泥水の      夜宴
  にこりへ落す松葉かんさし

うつふきに稲も伏せよと
 みをいれて賤やとゝみて  板ハナ
       小田植るなり  六源園

豊作を願ふ田植に揃ひたる
 百万石の加賀の菅笠
       清々舎千代住

下戸上戸ならんて植る若苗も   馬遊亭
  餅と酒とに末はなるらん  喜楽
【下段】
水車かけし
 山田にゆたんなく
  すれとうゝるに
   あとしさり
       しつ
      鶴のや
        松雄
【左丁】
【上段】
袖につゝみ光る蛍の玉つしま
 姫のむかしをしのふ少女子
             槙のや
蛍持ころひし身には
 けかなくて破りし籠に
     はれる膏薬
        語同堂春道

団扇もて追へは
 蛍も宇治川の   鶴告亭
  扇の芝に金砂子まく  夜宴

卯の花の雪見る宇治の
 川の辺にひをとらんとて  蝶な言
       出る蛍かり   澄兼

文をよむ心の
 そこも深草の
  くされ儒者まて
      蛍狩せり
       遊蝶定歌雅
【下段】
素裸にて蛍とらへし
 童のその嬉しさは
    手の内にあり
        スンフ
         東遊亭
           芝人
蛍狩【薄黄色囲み】

【右丁】
心太売【朱囲み】
【上段】
腹わたをたつつめたさは  勇々館
 かんはんに水ひく猿を   道草
     出すところてん

日光のはしもて   筑波嶺
 うける曲つきを   村咲
  うら見か瀧と見る
      ところてん

売歩行ところてんかの  雪の下
 御膝もとすね一本に   千羽楼
     二本とる銭    鶴成

心太うる人よせの
 水仕かけその世わたりも
  からくりにして
    花輪堂糸路
【下段】
あら磯の草もて作るところてん  上サ前クホ
   売れて涼しくよするなみせん 鏡月亭
                  池水
拍子木に似しところてんたえかたき
   あつき時をそたかえすに来る
             スンフ望月楼
【左丁】
【上段】
直うれて元の鞘へは
 中々に納まらぬとて 望上庵
    売る納太刀   貞丸

前不動納める太刀も
 昼中のひを背おふてそ
      売れる商人
       五葉園
          松陰
いかはかり
 おもくや
  あらん片
     なかし
  人のねかひを
   納め太刀
      うり
    語空窓
      喜樽
【下段】
天か下みな泰平ときりつけて  達磨卿
  しのきをけつりうる納太刀  芦丸

石尊の山へさゝくる相州の  雲波楼
  いと正宗の納太刀うり   船住

いさみ船にて直をつける納太刀  鴇鶴亭
  なまくらなけていかぬ商人   美鳥

納太刀【朱囲み】

【右丁】
水遊【朱囲み】

しかつても尻から
 ぬけて水およき
  へとも思はぬ  勇々館
   河童神官     道草
       そ

水中に岡を
 つき地のびぜん橋
  すり体およき   宝市亭
     なせる子供等

河童天窓の子は
 よその子を引こんて   桜園
  度〳〵しりをくふ水およき 綾波

親の異見きかておよきに
 はひる子は渡す水馬の   暁月新
      耳に風かも    浦舟

水およきしたる
 子供のしりか出て
  河童か岡へあかりたる哉
        和松亭羽衣
【右歌下段】
宇治川のほとりの
 子等は茶柱の立つ
   やうに立およき
         せり
      鶴告亭
        夜宴
【左丁】
夕月の浮ふ川瀬を乗る馬は  いセ花息
 みなもと清き弓流しけり    浅景

夕立のきのふにかへてまし水の  杉の門
 瀬をわけて乗る馬のけいこは   笹好

夏のよに残るかひるの水稽古  鶴のや
 月毛の駒のはしる波の上    松雄
【以下上段下段の順】
竹沢の小屋の
 前なる水の上を
  こまも自由に
   乗り廻しけり
     宝満亭実生

水馬から
 ふみはつしては
  己のみあわを
   吹てそ乗る
    とち栗毛
      楽々亭
        琴樽

川水にうつれる
 雲にいるとみん
  乗りこむ駒は
   雲雀毛にして
     水々亭楳星

逆波をたつる
 水馬に口とりの
  くりから龍もきほふ
         瀬もの
       文栄子雪麻呂
水馬【朱囲み】
神官

【右丁】
金魚売【薄黄色囲み】
          板ハナ
金魚持魚商人は分銅の  ■湊楼
 なりなす桶をになふ天秤  停舫

琉球の種の金魚や黒尾をは  花輪堂
 腹のふくれし人の買ふらん  糸路

鏡なす水にはなちて山鳥の
 尾なか金魚をひさく商人
         在明亭月守

昼も蚊のさすか場末の金魚やは
 孑孑とりしむくいなるかも 雪の下
               千羽楼鶴成
【以下上段中段下段の順】
江戸の水度〳〵
 かへて本町の
  鰤立の金魚をそ
       うる
        和風亭

硝子に金魚を
 いれてをさな子を
  たましすかして見する
          商人
      板ハナ
        末広庵老泉

琉金も和金も
 うれる金魚やの  語同堂
  縁日にいつる   春道
   さつま蝋そく
【左丁】
【上段五首】
磨かねと花火の    雪の下
 玉のかゝやきて石瓦まて 皆元廼
      光る川きし   寄友

■【「故」ヵ】をひく仕かけ花火の
 道火縄あくるも茶やの
     からくりにして
           杉の門
            笹好
川ひらきやみは
 てらせと星下り    教和楼
  石につまつきまろふ
        花火見

入相をさかりに
 出て花火見の   松代
  寝にかへるのは  ■かし
    暁のかね    波樹

花火見の客のさし図に  イセ松坂
 ほとのよい玉を仕こみて  神風や
        出す舟宿   青則
【下段二首】
鶯の古巣の竹の筒花火   都柳庵
  とひつゝ玉の声はありけり 守安

両国のけしきは夏のよと川や
 傘仕かけの花火をそみる
         三輪園
           甘喜
花火見【水色囲み】


     初鰹
十二
鎌倉の海の初荷のえほし魚買ふは得意の大天衆
なり        常村の 緑 洞 園
土佐さつまふしともなれる魚ゆゑに五分もひか
さる直の鰹売        恵能喜園秀世
鎌くらのむかしをしのふ初かつを其直をとへは
天衆かちなり        天霞道人
初かつを売人はうしろふりむかす買人はいつれ
もむかふみすなり  雪の下 皆元廼寄友
三枚におろしてひさくはつ鰹かこをとはせてい
そく商人      さの  子日庵松彦
かり衣ときゝおちしてや逃にけん元ほし魚うる
けちな商人         毛唐人髭面
はつ鰹呼声もよく通り町日本橋より買出した声
              遊月舎岩住
そへてうるおろし大根の雪の下鎌倉よりそ来た
るかつをに         望山庵貞丸
勇ましく己かして来た鉢巻を買人にさせぬ初か
つを売           桜園綾波

当座女枝豆売
   楽々亭琴樽主人撰
【上段】
小夜ふくるまでやちまたを
 枝豆にみを入てうる女たくまし
          望止庵貞丸

商ひの道にあかるく枝豆を
 やみに女の呼ひあるくなり
         勇々館道草

売り歩行女たてらの
 ゆて豆はさやはちけなる
      夜半の呼こゑ
           宝市亭

鶴ならぬ枝豆売は
 背負ふたる子ゆゑの  蝶那言
     やみに夜るの商ひ 澄兼

【下段】
枝豆の籠を小わきにかいこんて  語古窓 
   うれる女も長刀さうり【注】 喜樽 

【注 なぎなた草履=履き古して、長刀形にゆがんだ草履】

  同し心を
売る妹か顔むき出して
  いひ直よりことはにさやは 楽々亭
         あらぬ枝豆  琴樽
【左丁】
狂歌四季人物四篇
  天明老人尽語楼撰
兼 天王祭 冷水売 富士詣 西瓜売 土用配
  琵琶葉湯
題 涼舟 うろ〳〵舟 雨乞 大山参 麦湯見
  世 御祓

 《割書:当 森風亭波都賀主人|坐 鶴の屋松雄主人》  判
  土用鱣客  《割書:女の湯あみ|する処》

 《割書:画|工》  立斎広重先生

【右丁】
天王祭【囲み】
【右下】
天王に雇はれて出る白丁は
   人をみこしに拾ふ
         鳥の目
         語智窓
          酒盛
【上段】
天王の御輿もて来る人の浪   宝帰亭
 よせてはかへす手わたしの場処  実生

笹につけ持行道に人むれて  神風や
 こねかへされぬ団子天王   青則
【以下上段中段下段の順】
小船町鰹ふし店は
 祇園会の祭りを
  たしに呑喰ひそする
      筑波嶺村咲

角樽の酒にみこしを
 すえてけりうしの
  頭の天王祭り
    在明亭
     月守

廻り場所
 多き御こしの
  小船町明に
   仮屋へこきつけに
          けり
      風柳庵
        舛丸
【左丁】
【上段】
かつく荷の前へ井桁をくみ立て 神風や
 つるへ銭とる冷水商人     青則

いきるそと客にいはせて呑す水に 板ハナ
   うかふはそれか咽払なり   六源園

ひやつこい売る世わたりの汝か身は 《割書:いせ松坂| 一満堂》
  水をのませてあたゝまるらん   《割書:巴来|》

風の来る場所
 見すまして家台をは
  くみたてゝてうる
     冷水商人
      暁月軒
        浦船
【下段】
暑き日にうすき
  元手の水売は  春風亭
   腹の中迄つめた 波都賀
       さうなり

両国の橋をわたれは    三輪園
 かつしかのこほり〳〵と  甘喜
       よへる水売
冷水売【囲み】

【右丁】
富士詣【囲み】
【上段】
つむ雪は麹の花のさくや姫   陽月舎
  ひと夜は宝に寝かす同行

下り来ていきた
 こゝちもするかなる
  不二にあるてふ
   しなぬ薬に
     勇々館
        道草

珠数は首へかけ念仏の
 不二もとりむかひもこしに
     ふらしつきし鈴
      語同堂春道

よし原へ泊るもあれはす通りも  東海堂
  するかの不二と浅草の不二   歌重
【下段】
不二詣で戻る日まては女房の
  むねにも雲のはるゝ一日そ
        いせ花岡
         東洲芦朝景

土産に買ふ
  麦わらの蛇も
   老の身も嶺こし兼る  玉川亭
       駒込のふし   正好
【左丁】
西瓜売【囲み】
【上段】
夏の日もはやたけ町に三日月の  語同堂
  たちうり西瓜うれる京橋    春道

偽りはないと西瓜をうちわりて 杉の門
  赤きこゝろを見する商人   笹好

両国の手品の
 席の楽屋口  松梅亭
  たねをちらかす 槙住
   西瓜商人

真心の赤う
 こさると引さけは
  しら〳〵しさの西瓜商人
        鎌くら雪の下
          皆元廼寄友
【下段】
いろ赤き月の輪きりにたち売の
  西瓜も中に水はもしけり
        文栄子雪麿

丸売の西瓜は
 ねをもきいて買ふ   和朝亭
  やすくつけたる客の赤■  国盛

【右丁】
土用配【囲み】
【上段】
土用配り団扇の月を遠くまて  松月亭
  手のとゝきたるさる若の茶や  繁成

たえ兼る暑さ見舞に
 こちらから衣を
  ぬかせてくはる
       新芋
        教和楼

青籠にいれし
 鳴子の瓜持て     東明亭
  土用見舞にいつるわら沓 月守

ぬかつきて土用配りのあいさつや 望止庵
  頭に土のつきし新いも     貞丸

みつ口のさる若町や跡先へ  東風のや
  くはる土用の雁皮紙団扇
【下段】
背をあふるほとにそ
 あつき丑の日に土用くはりの鱣   和風亭
           もて来つ
【左丁】
【上段】
うりつける琵琶葉湯の一ふくも 雪の下
  合点のゆかぬ今のふるまひ  千羽楼
                 鶴成
宮人の名を
 うり衣の烏丸
  琵琶葉湯をひさく
      京はし
     勇々館
       道草

烏丸殿て
 ひろむる琵琶葉湯
  はゝかり多き
   薬なりけり
    板ハナ
     轉湊楼
       停舫
【中段】
一はいの琵琶葉湯て一つゝみ
  大ふくのます商人の方
        無窓園敏住
【下段】
軒下や庇をかりて本家そと  望止庵
  琵琶葉湯をうるもをかしや  貞丸

商人も鵜のまねをする
  からす丸水を煮出して
    のます琵琶のは
         都月庵

時鳥はくや
 血しほの
   からす丸
  熊野炭焚く
   琵琶葉湯売
     和松亭
       羽衣

【右丁】
涼舟【囲み】
掛直る両国橋の下すゝみ    勇々館
  きにくされなき声のうたひ女  道草

昼中の汗の玉子のかへもてや 語安台
  鳥肌となる夕すゝみ船   有恒

蔭芝居まくのきれ間に売に来る
  うろ〳〵舟のおこし松かせ
           宝市亭

すゝみ舟命のはして唄ひ女の
  ころし文句をきくもをかしや
          桃樹園仙齢

陸とちかひ舟は一しほ涼しきを
  たとはゝ雪とすみた川の風
            遊蝶窓

石濱て口をそゝきて夏の夜は
 流れに枕するすゝみふね 鶏告亭
               夜宴
【左丁】
間にあはせつなくきれ目もうろ〳〵を 梅屋
  舟から呼てかふ三のいと

川中をうろ〳〵舟の瓢たんや  花輪堂
  夜る昼水に浮た商人     糸路

つくりたる一重衣きて横たてに  伶月舎
  浪を縫ひ行うろ〳〵の舟

両国のうろ〳〵舟は不二筑波
  このもかのもにこき廻るらん
           花垣真咲

命をも洗たくに出し
  人々へのり売あるく
    うろ〳〵の舟
        一矢斎喜楽
【下段】
行燈にかきし
 扇のかはほりも
  橋間うろ〳〵
   ふねの行かふ
    えのや
      元枝
うろ〳〵舟【囲み】

【右丁】
雨乞【囲み】
         勇々館
こえたこの底まて   道草
 たゝき祈るなり田畑を
  こやす雨のふれやと

田はおろか口も
 かわ来て呑水も
  なきの涙に
   雨乞ひをする
      遊蝶衆
        歌種

いにしへの小町か哥の徳利にも 草のや
  榛名の水をねかふ雨乞    富芳
【以下上段中段下段の順】
雨乞の雨にうるほふ
 日の本を水穂の国と 鶏告亭
    いふそ尊き   夜宴

麦はらのおろち
 つくりて稲長か山田
  うるほす雨やよふらん
       都柳園
         守安

       森風亭
鋤鍬もとらて  波都賀
 日てりに雨よふる
  たかやす国の印
     あれかし
【左丁】
【上段】
大山の無言の場所はさい銭の 銭のや
 財布の口もむすふ同行

あとになる人をもまてる地蔵堂 遊月舎
  こやすみをしてのほる大山  岩住

良弁の瀧にかゝりつ手ぬくひを 水々亭
 わしつかみにてのほる大山   岩住

大山へ太刀を納めて  杉の門
 かへさには梅酢の鑓を 笹好
   かたけてそ来る
【下段】
手のうちのちりも
 積りて山参り願人連の
      もつ納太刀
        海のや広志

人の口いましめたまふ
 大山にしはし無言て
       通る笹はら
         朝鶏舎
           真抱
大山参【囲み】

【右丁】
麦湯見世【囲み】
【上段】
青さしの麦湯の
 見世も日本橋
  ほうひ札ある
    高札場前  伶月舎

やしなひし娘を出す
 麦湯見世勇湯とくにも
   まゝこにそなる  遊蝶舎
              歌椎

いりかけんよくてこみあふ麦湯見せ 松の門
   こはほうろくの火宅なるらん   鶴子

ふとしまてはつす麦湯の腰掛に
   すゝむ人さへ裸なりけり  雲井園

夕立のはれて麦湯を出す妹に   松代
   あまたれりくる客もありけり 良材庵
                  清樹
【下段】
来る客をうまくをみなの
 はたか麦すてに元湯を
     のませんとする
       清流舎
         谷住
町中を己か畑に
  麦湯うり夜なか比まて
       ひさく定見せ
          歌道や
           晴記
【左丁】
月と見るちの輪くゝれる夏はらひ スンフ
  隣の秋へいるこゝちせり    望月楼

罪料をはらふ御祓にひとゝせの  文栄子
 中という字をみするいぐしか   雪麿

雛形に厄を負はせて御祓には  證真衆
 みなつき流す川の中従    喜樽

飛鳥川あすをも
 またて御祓する夏も
  ふち瀬とかはる秋風
       蝶神之
         澄兼

住よしの社すゝしく
  夏秋の行合のまに  和風亭
    御祓するらし
御祓【囲み】

【右丁】
       天王祭
十三
稲田姫祭る祇園の大しめは出来よき作の米俵な
り         宝市亭
十二
しりにのみ目のつく五色ふとしにてかつはと海
へ這入る天王    松月亭繁成
御祭りのかつは天王たしにして親父にしりもふ
かす居つゝけ    綾の門【竹+冠】丸
豊なる五日十日の中橋に雨風もなくわたる天王
          和風亭
祭礼も処かはれはしなか川のみなみに海へ出る
祇園会       花垣真咲
わや〳〵とさゝの上なるこたつきを丸めて祭る
団子天王      雪の下 千羽楼鶴成
氏子等のあしき病ひはさるた彦先払はせてわた
る天王       森風亭波都賀
夜宮から友を引こむ呑喰ひのしりもあるらんか
つは天王      笹の門然那子
草なきの釼蔓備ふ御酒所前樽天王も通祇園会 
          松梅亭槙住
天王の祭りにはれなゆかた着てかうらまてぬら
す品川       三輪園甘喜
【左丁】
【上段】
当座土用鱣客
     森風亭波都賀主人撰
【上段】
二人連狐鱣の穴這入り   遊蝶衆
  宿ては角のはえる丑の日 歌椎

腹見せて奢る
 土用の鱣より
  きもの大きな
   江戸前の客
    在明亭月守

丑うなき薬喰ひ
 する客よりも遣う
  団扇にみゆる
      夏やせ
       幸亭
【下段】
蝉をとる子等に
 土用のみやけとて
  鱣も袋きする  魚海
     椎の木

薬喰ひ土用鱣と
 うしの日にとらの   鶏告亭
  子もみなはたく巾着  夜宴

   おなし心を
うとき月に見るも薬か客のすく
  土用鱣の■の肝たま  森風亭
              波都賀

【右丁】
当坐 盥のもとに女の湯あみする所
     鶴のや松雄主人撰

糠袋遣ふて色もしらけ米  望止庵
 俵乳まて洗ふたをやめ   貞丸

湯あみする盥にうつる不二額  蝶那言
 糠の雫も時しらぬ雪      澄兼

小たらひに洗たく婆々あ浴みして 桃樹園
 縮緬皺もよくのはしけり     千齢

孟宗の竹のたかなる
 たらひにて母の背洗ふ
      孝行のよめ
       学のや
          富芳
【下段】
おなし心を
 ゆあみする盥の月に
  はした女の水うめる  鶴のや
   手をのはす猿棒    松雄
【左丁貼紙手書】
廿イヨノ十八
四冊カロヨ【?】

【裏表紙】

鼻下長生薬

《題:鼻下長生薬》

寛政十年

鼻下長生薬  《割書:馬琴作|重政画》 三冊

鼻下長生薬(はなのしたながいきのくすり) 《割書: 江戸通油町|本家 蔦屋重三郎》  
《割書:こごにいはくおいしやさんでもかみさんでもほれたやまひはなをりやせぬむべなるかなこのことはやけだしおもんみれは》
古語云。医薬神力不_レ容_二男女之間_一。宣哉此言也。益惟
《割書:にんけんまんびやうごよくよりいづ  ゐのいたるゆゑん  またまたかたからずや そも〳〵この》
人間万病出_二於五欲_一。所_二-以医之為_一レ意又弗_レ難耶。抑此
《割書:ちやうせいのくすりはふしのせんほうふらうのしんやくなりむかししんくわうしんやくをほう》
長生薬。不死仙方不老神薬也。昔者秦皇帝需_二神薬於
《割書:らいにもとめかんていせんたんをわうぼにとふしこうしてついになしうること いまさいわいにありこのほう》
蓬莱_一。漢帝問_二仙丹於王母_一。而終莫_レ得焉。今幸有_二此方。
《割書:せけんどうなんどうによついてこれをもちいはころくひやうねんのしゆめううたかふへからず》
世問童男童女就用_レ之。則五六百年寿命不_レ可_レ疑矣

一㐧一とし玉によし一なく子に用てよし
一ねむけざましによし一はらのたつ時によし
其外何でもよしかき入れたし合きんもつなし

一ざい十五丁御こゝろみ三冊ゟ上中下

曲亭主人製 【馬琴】

【上欄外】
午新版

【右丁上】
▲酒色(しゆしよく)命(いのち)を削(けづる)
人のやまひのこんほんは
なんだろうとよく〳〵
かんかへてみたところが
人のやまひはよくから
せうするなり人げんに
五よくといふやまひが
あつていろとさけ
とが此五よくのおかし
らなり人さけを
のめばこゝろがあじ
になつてかきねの
そとのりやう
けんがおこる
かきねのほ
かのりやう
けんはいろ也
このいろと
さけとは
人のけづる
のみとかん
ななり
今も大工
の方言(ほうけん)に
さけをの
む事を
【左丁上へ】

【右丁左中】
〽さけもいゝ
 かげんに
 しなへし
 みのどくで
    をす

【左丁上】
けづるといふまた
めりやすのけん
〳〵にこひはおなご
のしやくのたねな
どゝもいへりこの
五よくのやまひを
なをすくすりは
仁義礼智信
の五道なりまた
しゆにまじはれば
あかくなるといふが
ごとくわるひともだ
ちとましはればわる
ひ心かたちまちう
つる事のつひぜん
よりすみやかなり
子どものうちてな
らひがくもんのよふ
ぜうをよくせねば
かつてうつりたがるも
のなりりやうやく
口ににがくかんげんみゝ
にさかふといふごとく
いづれくすりとな
のつくものにうまひ
ものはなし

【左丁右下】
〽源八もうひるだ
  ろうけづゝて
   しまやな

【左丁中央】
   〽とどのつまり
   大みそかには
  むねでせんぼん
 づき【注】の
しごと
   か
 あるぜ
 【注 千本搗き=土を棒でついて固める作業】

【左丁左中】
〽ひの木山のひは
 ひの木からでゝ
 ひの木をやく人
 の五よくはわが
 身からでゝわが
 みをほろぼす
 さればうたにも
  われとわが身をやくからに
  むねのひもこいの山より出るなる  べしがてんか〳〵

【右丁上】
▲愚蠢(ばか)につける薬(くすり)
たとへのふしにばかに
つけるくすりがないと
いへどばかにつけるくす
りもあるなりばかに
つけるくすりはぜに
かねなりどんなあわゝ
の三太郎も金さへあ
ればりこうらしく
みへるまたくろあば
たでおたふくでびっこ
でかんこちでそのうへ
百の口が三拾二かへも
五十もぬけている
あねへでもぢさん
きんといふくすりを
つけれはせけんの
きのきいたき
りやうのよい
よめよりもうつ
くしくみへて
しうとめのほう
からきげんを
とるこうのう
ありもちひて
しるべし

【右丁右下】
〽こなたに
のませうと
おもつてに
はな【煮花】をした
ちやくわし【茶菓子】は
何をとりに
  やろふ

【左丁右上】
〽コレ〳〵よめしよ
そのよふにし事
ばかりしたら
きがつきませう
ドリヤかたをもんで
しんぜうか

【左丁左上】
〽アレ〳〵いつそ
ありがはう【蟻が這う】
ようだ ついぞ
よめのかたを
もんだ事が
ないそうだ
そんな事
じやぁもん
でもろふ
にはおとり
やす

▲薬毒(やくとく)

くすりにやくどく
とてあまりくすりを
もちいすごすとそ
のくすりかへつてどく
となることありこの
やくとく【薬毒】はばかにつ
けるくすりなどに
よくあるやつなり
これはひとまはりで
なをすの二たまはり
でねをきる【(病の)根を切る】のといふ
はやなをし【早治し】のりやう
じちかひ【療治違い】からおこる
このばかにつけるくすり
をもちゆるせう【証】はなが
しもと【流し元】のみづがへつて
こめびつがはらをくだ
しかまのしたの火が
たかぶりしんせう【身上】の
ぐわいがちがつた
ひんのやまい【貧の病】にくる
しみはやなほし【早治し】
のぢさんきん【持参金】をも
ちゆればいつたんは
こうのふ【功能】がみへる
よふなれど

【左丁右上】
そのやくとくが
のこつてじさん金
をはなにつけて
ていしゆをしり
にしきいでおさ
だまりのとをり
すりこ木すり
はちのたてと
なるこれやく
どくのなす
わざなり

【右丁中段】
〽コレあんまりてへへゑをいわつ
しやるなきよねんまでは
ひものゝあたまをこ
なにくだいてしるの
みのだしにいれた
しんせう【身上】がおれさ
まのおかけでたい
のみそづけもまい
にちもとたれる【?】も
すさまじい くや
しかァ出して
みたが
いゝや
ろうの
むけん
のかね【注壱】で
つかざアさりぜう【去り状。三行半】
はよこされめい
とほうもねへ
三太郎【注弐】じやあ
    ねへか

 【注壱 無間の鐘。この鐘をつくと現世で金持ちになるが、来世で無間地獄に落ちるという。 注弐 江戸時代、丁稚・小僧の通称から転じて、愚鈍な者をいう擬人名】

【左丁右下】
〽マア〳〵しづ
かになさい
  ませ

【左丁左上】
〽うぬ口に
たなちんが
でぬといつて
とんだ事を
ぬかしやあがる
そのしたを
ひつこぬいて
むやづけの
かんばん【?】に
  するぞよ

【左丁左下】
〽これはどふした
ものしづかにいつても
わかることじゃ ぐわ
いぶん【外聞】といふことを
しらしやらぬか

【左丁上】
▲万病(まんひよう)は欲心(よくしん)

よの中にあるもの
ひとつとしてやまひ
のなひものはなし
月にむらくもの
やまひあり天
はらをくだして
大あめ大がみ
なりとなり
地づつうたち
ぐらみして
しんだうぢ
しんとなる
とふぞくは
くにのやまひ
ねづみはいへの
やまひ木のや
まひは木から
わくがごとく
人けん五よくの
やまひは心から
せうずるもの
なり子ども
のくいたひこもりの
あそひたいむすこ
むすめのあいたい
みたいきたひくいたい
【左丁上へ】

【右丁右下】
〽此ところそう〴〵しくうかれて
おとる【浮かれて踊る】ゆへべつにかき入【収入】なし この
  やうす   ではしじう
             ね
              だ
              も
             ふみ
              ぬ
              き
             かね
             めへ

【左丁上】
ぢいさんばあさんかねが
ほしいぼんさんのほんどう
がこんりうしたいおいしや
さんのよいひやうかゞたんと
ほしいあきんどのたんと
もふけたいこれみな
心から出るやまい
にてこれから
いろ〳〵の
せうに
へんずる
しやつ
きんこく
にせがまれ
てはづゝう
八百と也
うちの
おしゆび
があし
ければ
きづもつ
あしと
なる御用
心〳〵

【左丁右下】
〽うたにも心こそ心ま
よはす心なれといふ
ごとくみなおのれ〳〵
がこゝろのまよひから
心のわなにかゝりきつ
ねのねづみのあふらげ
をみてくいたいと思ふや
まひのおこるも人の
ほしい〳〵と思ふや
まひもおなじ事にて
いづれよくがてつだつ
てついにはみをほろぼ
すことうたがひなし

【左丁左中】
〽てん〳〵つる〳〵
てんつるつん〳〵〳〵
ナント欲(よく)ひくだろふ
よくにひかれるといふも此事也

【左丁左下】
〽此ひぼを心といふ字に
むすんだはなんといゝさいくか

【右丁上】
▲癪(しやく)は気(き)の凝(こり)
たて今のあいたいみたい
ほしいくいたいがこり
かたまつてしやくと
なる人げんとうまれて
よくのないものゝせう
こにはしやくのないもの
もなし百人に百人ぜに
かねがほしい〳〵のよく
しんがかたまつてしやく
となるゆへ金をかりる
ことをしやくきんといふ
またあいたいみたいとお
もふ女男のしやくは石
のごとくこりかたまる
久米の平門まつらさ
よひめなどみなしや
くのこりかたまつた
てあいにて石といふじ
をしやくとよむもこの
いはれなり

【右丁右中】
〽こふしたところは
たくわんづけのおもしに
ほかならぬしろ
ものた

【左丁中央】
〽ふたりのくびへしめをはると
べちやァねへふたみがたのぶん
だいときている
此思ひつきははい
かいしにきか
せることだ

【左丁左中】
〽ここはとり合せもないゆへ
かきいれの思ひつきもなく
さくしやだいのてこずりなり
しかし此半丁はさそゑしがよろこぶだろう

【左丁白紙】

【白紙】

【白紙】

【右丁白紙】

【左丁上】
▲心病(こゝろこゝろ)_レ心(をやむ)
こゝに長命や寿兵へと
いふものゝひとりむすめ
お梅はことし二八のそば
からみてもとをめでも
どことつていゝふんのない
きりやう 寿兵へは
おむめがきりやうを
うりつけてまへの
しんだいより百そう
ばいましたと
ころでなければ
かたつけぬとこいつも
よくのやまいからとしたけた【年闌けた】
むすめをべん〳〵とかゝへて
かくうちお梅はいつしかとなり
のむすこ久米■■【之介ヵ】を
みそめ心ばかりに
こいしたいさすか
おぼこむすめの
ことなればうちつけに
いゝよることもならず
たゝく  よ〳〵と
思て
いるそ
のあいだみ
たいがつもり〳〵
てしやくとなる
こしやくむすめ  といふも此ときよりぞまた久しいもんだ

【左丁右下】
〽お梅くめ
 のすけが
 事を思ひ
つめうたゝ
 ねのゆめ
  にみる
  これ
  ゆめは
  小性の
  わづら
  い【注】と
   いふ
 【注 「夢は五臓の患い」の洒落】

【左丁中央】
〽わたしやおまへ
 にあいとうて〳〵
 つかへのおこらぬ日
とてもこのむなさき
のしやくを
みてうた
がいはら
  して
くだ
 さんせ

【右丁上】
▲恋々情无薬(れん〳〵のせうくすりなし)
却説(かくて)寿兵へかむすめお梅ぶら〳〵と
とわづらいければ寿兵へふう婦は
ひとりむすめの事なればはり【針】
ほどのこともほう【棒】ほどに
大そうにしてかぜにあたつて
はわるひととぼぐちへも■【出ヵ】さず
お梅はけつく【結句=結局】久米のすけが
かほをみる事もなら
ねばいよ〳〵もだへて
しやくはだん〳〵ぞう
てう【増長】する これはきの
おとろへだから本町の
八味ぢわう【八味地黄丸】がよかろふ
といふものもあれば
いや〳〵このこの
むなさきへつかゆるは
しやくのせいだから
田町のはんごんたん【反魂丹】
をおもちいなさ
れといふものも
あり寿兵へは
人のよいと
いふものは
なんでも
のませて
はやくよく
【左丁上右へ】

【左丁上右】
してやりたいが
せいいつぱいな
ればどちらも
のがさぬつもり
にぢわうと
はんごんたんを
かつてかへに【交互に】
のませる
これこいの
わづらいおゝ
こちやしら
ぬといふうた
のこゝろいき
ににたり

【左丁上左】
〽ひるめしは
 なにがよか
   ろふの

【右丁右中】
〽ちときをはつきりと
 もつたがよいわいのはるきやうげんが
 はじまつたら二けんながらみせるぞや

【右丁左中】
〽なにもたべとふ
 ごさんせぬ

【左丁左下】
田町の
おつかいが
 かへり
   まし
    た

【右丁上】
▲腹(はら)は海道(かいどう)の如(ごとし)
不題(これはたてむき)はらの中と
いふものはかいどうすぢの
ごとくのんだりくつたり
するものがあさからばん
までとゞこをることなく
わうらいする もしひい
ぶくろ【脾胃(袋)】の川どめにあへば
しよくたい【食滞】となるさて
二度〳〵のめしとしるは
上下ひきやくのごとく
はらのうちのようす
もよくのみこみだう
ちうなれているゆへ
ひいふくろといふぢやう
やど【定宿】へつく こののんだり
くつたりしたものは
ぜんにならべてある
うちはしるはみぎ
めしはひだりと
ぎやうぎよく
ならんでいれど
此ひいふくろへおち
つくと大そらの
さこね【青天井の雑魚寝=野宿?】のことく
すまのはつがつほ
も三文のしいのみも
ひとつにところへはいつて
【左丁上右へ】


【左丁上右】
ねるゆへたがいに
あじなきになつて
それわち【?】にこし
らへて水ももら
さぬこひ【肥ヵ】となり
あくるひはせつ
ちんへくだる也

【左丁上中】
〽さてまたげん
気といふものは
道中めつけの
ごとくしよく
もつのすこし
もとゞこをらぬ
やふにあとから
おつたてゝゆく
もししよくもつが
なまけてやすみ
たがれば口きたなく
しかりつけてさん〴〵に
こなすなりげんきの
しよくをこなすと
いふはこのことなり

【右丁右中】
〽ひいふくろのやど引はめいどで
  いのちなりいのちのあるうちは
  くはねはいられずゆへに
        めいは
        しよく
        を引と
         いふ

【右丁右下】
〽サア〳〵おなじみのうちて
ござりますこれからは
わづか百ひろのみちじや
こあんないいたし
       ませふ

【右丁下中】
〽ゆのときくつた
 こうのものもモウ
 きそうなものだ

【右丁左中】
〽きんねんはけんやく
 をしますから
  つぼひらやき
   ものなどゝいふ
    みちつれは
     なしさ

【左丁右下】
〽げんき口き(た ヌケ)なくしよくを
 こなす みづおちからひざ
 がしらまでたつた三里ほか
 ねへくたびれたもすき
    ま也

【右丁上】
▲丸丹(くわんたん)/効(こう)を争(あらそふ)
かくてお梅がはらの
うちはぢわう【八味地黄丸】とはん
ごんたん【反魂丹】のくすりずく
めになりけるがこと
はざにいふごとく
両ゆうならび
たゝずと
ぢわうは
はんごんたん
をおいしり
ぞけおのれ
ひとりがてがらに
せんとはかりまた
はんごんたんはちわう
をしりぞけおのれが
こうのうをあらわ
さんとたがいにこれ
より中あしく
なる

【右丁右下】
〽ぢわうのかほもさんど
 やら もふりやうけんがならねへわへ

【右丁中央下】
〽なんぼじた
 ばたしたと
 てもみつざい
 なあま口で
 しやくやつかへか
 てにのるもの
 かおよばぬ事
 だかなはぬこ
 とだはなどゝ
 はんごんたん
 まつかにな
 つてりきむ【注】
   やつさ

【注 カスレ部分は磐田市立中央図書館所蔵本を参照 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100185289/viewer/11】

【左丁右上】
▲返魂丹(はんこんたん)/積(しやく)を砕(くだく)
ぢわうはいつたい
うちのよはりをおぎ
のふくすりなれば
お梅がしやくは中〳〵
ぢわうの手にのら
ず はんこんたんは
しやくをくだくのう【効能】
あればそここゝと
たづねあるきある
とき水おち【みぞおち】
の橋づめにて
しやくにでつ
くわせさん〴〵
にちやう
ちやくする

【左丁左上】
〽こうつかめへたが
 さいごおてらさま
 がしやしけ【?】のころもを
 かりて命こひをしても
 ゆるしゃアしなへかくごゥ
 しやあがれ

【左丁右下】
しやくはたゝ
グウ〳〵と
のたをうつ
 てくる

【左丁左下】
〽おのれよくむなさき
 つゝばたかつてしよく
 もつのおうらいをとめ
 たなはんごんたんのて
 なみをみろふた〴〵しい

【右丁上】
▲さつま芋(いも)の敵薬(かたきやく)

はんごんたんお梅が
しやくをはんしはん
せうにちやうちやく
せしかばしやくは
たちまちいき
ほいをうしない
ふかくかくれゐて
ふたゝびてある
かねばお梅
この四五日はすこ
しむなさき
もすいてこゝ
ろよくおぼへ
ければこれは
まつたくはん
ごんたんのこう
なれば今より
ぢやく【持薬】にはぢわう
をやめてはんごん
たんばかりを
もちひんといふ
ことをぢわう
ひそかにきゝい
だしわれはげん
きをましきけつ
をめぐらすこう
のうあるをきゝ
【左丁上へ】

【左丁上】
ひといろのしやく
をしりぞけたり
とてはんごんたんに
とかへられたる【と替えられたる、または取替えられたる】こそ
やすからね なにと
ぞはんごんたんをう
つて此むねんをはら
さんと思ふおりふし
おむめやほらしく
ひるめしにさつま
いもしるをくい
ければぢわう
これさいわいと
さつまいもをひ
そかにたのみ
はんごんたん
をうつてくれ
よとたのむ

【右丁右下】
〽はかりことは蜜(みつ 原文ママ)なるを
 よしとす ずいぶん心
 をねりやくにしめされ
       がてんか〳〵

【右丁左下】
〽此二三丁ゑくみ【絵組=構図】にたね【材料】か
 なくあいきやう【愛嬌 注壱】かない
 からどういふわけかおへそ
 がちやをわかしてもつて
【右の行、のど部分に当たり読み取り不能のため左記参照】
【参照 磐田市立中央図書館所蔵本 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100185289/viewer/12】

【左丁右下】
  でるそしておへそといふ
        から女に
         したもいゝ
          じやあ
           ねへ
            か

 【注壱 前頁まで男ばかり出てきて殺風景だから、おへそという名の女中に茶を出させて画面に花を添える趣向】

【左丁中右】
〽八味(はちみ)■う【しう=衆ヵ】の
  れんはんでう【連判状】
   しつかりと
    うけとり
     ました

【右丁上】
▲薬(くすり)の禁物(さしもの)
さつまいもはぢわう
にたのまれはんごん
たんをやみうちに
してたちのく
これさつまいもは
はんごんたんのて
きやくといふ事
もこのときより
ぞヲツトあとは【注】
せうち〳〵

【注 カスレ部分は磐田市立中央図書館所蔵本を参照 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100185289/viewer/13】

【右丁右中】
〽ぐわんじる【願じる】よりうつが
 やすい【注】とあんぼんたん
 めがよいざま〳〵
【注 案ずるより産むが易しの洒落】

【右丁上左】
〽さつまいも
 だけこういふば
 てはふけるがはやい
 人のこぬうちに
 げるこつた

【右丁左下】
〽むねん
  〳〵〳〵

【左丁白紙】

【白紙】

【右丁白紙】

【左丁上】
▲蘿蔔(たいこん)の玅(めう)【注】
ちわうにうたれ
たるはんごんたんの
女ぼうむすめは
かたきぢわうを
うたんとつけね
らふよくきこへ
けれはぢおうは
かたきのめ【敵の目】をしの
ばんとおりふし
むぎめしのからみ
大こんむなさきを
とをりかゝるぢわう
これさいわいと大
こんをとつておさへ
そのしぼりしるを
おのれがからだへぬり
つけければふしぎや
今まてまつくろ
なるぢわうたち
まちはくはつ
となりそう
でうあふ
きにかはる

【注 カスレ部分は磐田市立中央図書館所蔵本を参照 https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100185289/viewer/13】

【左丁右下】
〽今がたいこだ
 くわんねんしろ

【左丁左下】
これ
ふくな
にかへは
いつ■
であへ
 〳〵

【右丁上】
▲ひにん丸(くわん)の功(こう)
かくてはんこん
たんの女ぼう
むすめはかたき
ぢわうをつけ
ねらいはらの
中山のふもと
なる土手っはら
といふ土手のし
たにこやがけして
ひにんぐわんに
身をやつし
うきとし
つきをおくり
けるにをり
ふしかたき
ぢわう土
手っばらを
とをりかゝり
けれども大
こんのき
どくにて
ぢわうの
かみのけ
のこらず
しろくなり
【左丁上右へ】

【右丁右中】
〽コウ
  こもをかゝつて
  りきんだところ
  はしつかいよたかの
  しんぢうと
  きてゐる

【左丁上右】
そうこう
おふきにかわり
ければそれとも
しらずやみ〳〵と
わかるゝ

【左丁上中】
〽あふひ下坂
ようくきれ
ますひとた
ちぬいておめに
かけんはみかき
はんごんたん此
あいだにおもと
めなさいなか〳〵
  さよでござい

【右丁上右】
▲胸倉(むなぐら)のせき
おむめがはらの
しやくは今はたれ
はばかるものな
ければはらの
むしはおれひとり
とむなさきへつゝ
はだかり水
おちにたんせき
といふせきを
すへしよくもつ
をおひかへし
ければおむめ
もつてのほか
にあげつもど
しつなんぎする

【右丁右下】
〽きいてもへんぢやく
 でもとんちやくは
 ねへとふすことは
 ならぬ〳〵

【右丁左下】
〽しよくもつ
 おいもどさるゝ
 おしひとおぼし
 めしとしる 
 おとふしなされ
 てアヽこういふ
 うちもひだるく
 つていきが
 きれる

【左丁上】
ここにまた
寿兵へがまた
となりに長井
寿庵といふ《割書:デモ》
いしやありにわか
の事なればまづ
寿あんでもたの
むがよいと家内
ちやにしなから
まんざらしろふ
とよりはまし
たろふとよびに
やつてようす
をみせればじゆ
あんさつそくかけ
つけおむめがやう
すをみてこゝろ
やすくうけ合
すゞりすみ一てう
なまねぎ一本を
せんじてのませる
これさつまいもと
ぢわうをたいぢ
するくふうと
みへたり

【左丁中央】
〽なにもあんじます
 事はござります
 まいか

【左丁左下】
〽ぢきになをして
 しんぜませう

【右丁上】
▲媒人医生(なかうどいしや)
さてじゆあんはまづ
むなさきへはりを
たてゝしやくをおさへ
すゞりずみとなま
ねぎにてぢわうさつ
まいものどくをげし
このうへしやくのねを
きる事は中〳〵はり
くらいではゆかず
これをなほすくすり
あり此出つけのしな〴〵を
となりの久米之介の両しん
よりもらひてもちひなはゞ
さつそくしやくの
ねをきるべしと
何かほうしやう【奉書(紙)】へ
かいたるやくほう【薬方】
を寿兵へにわた
して立ちかへり
ける寿兵へふう婦
がてんゆかずと
そのかきつけを
ひらいてみれば
ゆいのうのもく
ろくにてやなぎ
だる一荷するめ一だい
【左丁上右へ】

【右丁右中】
〽けふはとんだいそ
 がしい日だまだ
 おまんまも
 たべねへわな

【右丁左下】
〽てうづの
 ゆをあげ
 たらおくわ
   をだす
   のだよ

【左丁上右】
おびだい千びきと
おさだまりのしう
の品々これはふしぎ
とおむめをとひつめて
みればとなりのむすこ
久米之介とだん〴〵やう
すをきいて両しんはじ
めてさとりすぐに寿庵を
仲人にたのみゑんだんをいゝ
こめばむかうもさつそく
せうち【承知】にてゆいのうの
もくろくもさつそく
やくにたちおむめが
やまひぬぐつてとつた
ごとくくわゐき【快気】する
せけんなかうどいしや
のめうもく【名目】これより
はじまる

【左丁上左】
〽これはつよひ
 おしやくだ
 ちとひゞき
    ませう

【右丁上】
▲野夫(やぶ)にも功者(こうのもの)あり

寿あんがやくほうのかの
すゞりずみはおむめが
のどをとほるやいな
やさつまいもをとつておさへ
たかてこてにいましめ
うらもんさしてくだり
けるぢわうはたのみきつ
たるさつまいものおひ
くださるゝをみていかゞは
せんとうろつくところ
をはんごんたんの
女ぼう
むすめ
ぢわうが
しらがと
なりてよを
しのぶ事をきゝ
いだしそここゝと
たづねあるきしが
此ところにてでつくわ
せ火花をちらして
たゝかいけるがぢわうは
ぶしにつけい【附子・肉桂】のやくりき【薬力】
つよくはんごんたんの女ぼう
むすめすでにあやうくみへ
たるところとかのなまねぎ
いつさんにかけつけ両人に
【左丁上へ】

【右丁下中】
〽かへり
 うちだ
 かくご
  しろ

【左丁上】
ちからをあはせければぢわうは
なまねぎをみてたちまち
やくりきをうしない
ついに両人にうたるゝ今も
ぢわうをのんで大こんを
くへばしらかとなりなま
ねぎをくへばこうのうを
けすといひつたへたり
さてまたおむめがしやくは
寿あんがはりにつゝ
ぬかれてあしを
もがきくるくるしみ
しが久米之介がゆひ
のうきはまりお梅
が心ヤレうれ
しやと思ふと
ひとしくぼん
のうの五よくたち
まちにしりぞき
かぜのくもをちら
すがことくおむめ
がしやくいづくとも
なくきへうせける
このときおむめがはらの
うちぐわんらくわら〳〵
と大さわぎてくすり
めんけんせざればそのやまい
いへずとなか〳〵医者(いしや)らしい事を
             いふやつさ

【右丁左下】
〽おやのかたき
  おぼへたか

【左丁中央】
〽いやいもくな
 なんとあたら
     しかろふ

【左丁右下】
〽さあ〳〵しまひ
     ■【さヵ】けた

【左丁左下】
〽一ぼん三文のちへも
  なくつてふさ〴〵しい
       やろうだ

【右丁上】
かくておむめがしやくたち
なほり久米之介とふうふに
なり今は世の中にねがいの
ぞみもなければよくのやま
いのねをきりまことに
むびやうそく才にて
五六百ねんさかへけり
されば寿兵へがよく
しんのやまひより
としたけた
むすめをべん〳〵と
かゝへておきしゆへ
ついにおむめがしやくの
たねとなるこれをおもへば
人けんのやまひは五よくゟ
出るにちがいなし一升はいる
ふくべは壱升とあきらめ身に
おうぜぬねがいをせず人のよいも
うらやまずわかみのあしきもくゆる
事なくてん  とふさまのおさづけ
しだいに今日 をまつすぐにまづ
いものを   くつてまめにはた
らかば      五六百年の寿命は
          うけあいなりかならず
          うたがいたもうべからす

【右丁右中】
〽めでたし〳〵

【右丁左中】
〽ちと中だけ
 ふうをかへて
 おめでたうござんす〳〵

【左丁】
寛政十年
午五月吉日
    ■■■■

【白紙】

【裏表紙】

{

"ja":

"養生歌"

]

}

【収蔵用外箱・表紙】
養生歌

【収蔵用外箱・表紙】
養生歌

【収蔵用外箱・背表紙】
養生歌

【整理ラベルあり、薄くて読めず】


【整理ラベル・富士川本/ヨ/77】

【朱印・富士川家蔵本】


養生歌

養生歌序
一橋黄門のきみ仰ことあり凡
人ことに生楽を遂しめんには
養生の道をしらしむるにありと
いへとも其書載る所繁冗にして
【蔵書印 朱】京都帝国大学図書之印
【受入登録印 朱】富士川游寄贈
【受入登録印】187265/大正7.8.31

諳誦しかたくかつ雅言は解しかぬる
人も多けれは俚語もて歌に作り
たらんには博愛の一端なるへ
しとそ僕深く其厚徳を感し
奉るといへとも徒に犬馬の年を
経て和歌の道いかなることをしら
す然れとも医【醫】も亦仁の術也修養
の道とその帰する所一にして
おのれか任の関係する処【處】なれは
固辞し奉らむによしなく蕪陋

を忘れ翠竹院の養生歌【謌】の体に
擬して漫に三十一字に綴り其
命に応し奉ることゝはなれり
その躰陋にして言野なりと
いへともそのことは皆先賢の格言
なりもし人ことに此意を謹み
守らは永く壽数を保つへき
こと疑ひなからんのみ寛政六
年【秊】八月初旬法印安元しるす

養生歌八十一首
          法印安元
   大意(たいい)
養生(やうじやう)はその身のほどをしるにあり
ほどを過すはみなふやうじやう

不養生とおもひながらもふやうじやう
なさば思はぬ人にをとらん

薬(くすり)さへ仕方(しかた)によれば毒(どく)となる
飯(めし)と酒(さけ)とを見てもしるべし

【右頁】
身(み)のうちのぬしはこころよ一身(いつしん)の
安危(あんき)はぬしの心(こゝろ)にぞある

心(こゝろ)にてこころよきぞとおもふこと
おほくはためにならぬ物なり

若(わか)き身(み)の丈夫(ぢやうぶ)だのみの不養生
やがて老後(らうご)の後悔(こうくわい)となる

をのが身に病(やまひ)ありては何(なに)の身で
君父(くんぷ)につかへ奉(たてまつ)るべき

達者(たつしや)だて丈夫じまんの無理(むり)わざは
つゐに病の種(たね)とこそなれ

【左頁】
すくこともよき程(ほと)にせよ耽(ふけ)りては
身のやしなひは忘(わす)れはつべし

心をはつねに静(しつか)にその身をば
つねにほどよくうごかすぞよき

兎(と)も角(かく)も癖(くせ)になしなばくせづかん
ただよきくせをつくるにぞある

不養生はこらへこらへてすべからず
のちには常(つね)の癖となる也

常(つね)にただ義理(ぎり)の書物(しよもつ)をよむか又
よませてきけばよき癖(くせ)ぞつく

【右頁】
慾情(よくしやう)は獅子(しし)/身中(しんぢう)のむしなれや
こころよりこそ身をもほろぼせ

大病(たいひやう)となりてのゝちは如何(いかが)せむ
ただつね〴〵に養生をせよ

少々(せう〳〵)は苦(くる)しからじの不養生
つもり〳〵て後悔をすな

自由(じゆう)なる都人(みやこびと)より不じゆうに
くらす山家(やまが)に長寿(ちやうじゆ)おほきぞ

目(め)なとめそ耳(みみ)になふれそ情慾(しやうよく)は
見きゝにつけて動(うご)くものから

【左頁】
   飲食(ゐんしよく)
飲食は我身やしなふ為(ため)なるを
口のためぞと思(おも)ふはかなさ

目と口のために食(しよく)すなたゞ食は
腹(はら)のかげんを第一(だいいち)とせよ

よほど腹(はら)すきて食事(しよくじ)は喰(くら)ふべし
すかぬにくへば八重(やへ)食(しよく)となる

食事をはすき過(すぎ)ぬ間(ま)に食すべし
すき過ぬれはやまひとぞなる


【右頁】
前(まへ)の食に厚味(こうみ)しよくせばその次(つぎ)は
あぢはい淡(あは)きものを食せよ

むましとも八(はつ)九(く)/分(ぶ)/喰(くは)ば足(たる)とせよ
十分(じふぶん)ゆへに身の害(かい)となる

一(ひと)しなを偏(へん)に食して害なきは
飯(めし)と汁(しる)との二(ふた)つなりけり

菜(さい)の類(るい)はその時々(とき〳〵)に取(とり)かへよ
おなじ品(しな)のみ偏(へん)に食すな

食事して直(ぢき)にいぬれば食もたれ
やがて病になるものとしれ

【左頁】
食後(しよくご)まづ額(ひたい)と両(りやう)の頬(ほう)までを
自身(みづから)数度(すたび)撫(なで)おろすべし

食後には縦(たて)横(よこ)数間(すけん)あゆむべし
しよく気(き)めぐりて養生によし

食事(しよくじ)せば立(たち)はたらきて時(とき)をうつし
一時(ひととき)ばかり過(すぎ)てねよかし

食/物(もつ)はこなれやすくてやはらかに
あぢはひ淡(あは)き品(しな)のみぞよき

厚味にて重(おも)きはもたれ硬(こはき)もの
冷(ひえ)たるしなも多(おほ)く食すな

【右頁】
嗜(すけ)ばとておなし品のみしよくすれば
偏気(へんき)つもりて病とはなる

飽食(ばうしよく)は数 日(じつ)つゝけばたゝまりて
つゐに大事(たいじ)の病とはなる

賤者(かろきもの)はおり〳〵厚味/喰(くふ)もよし
貴人(きにん)は常(つね)に麁食(そしよく)まされり

喰度(くひたき)も暫時(ざんし)の間(あいだ)こらゆべし
のちに益(えき)あるほどの久しさ

夏(なつ)もたゞあたゝかなるを食すべし
冷物(れいふつ)をのみ喰(くへ)ば霍乱(くわくらん)

【左頁】
百薬(ひやくやく)の長(ちやう)なる酒もわが分(ぶん)に
すごして飲(のめ)ば百/毒(どく)の長

酒のまばほろ〳〵酔(ゑひ)を程(ほど)とせよ
その盃(さかづき)の数(かず)はかぎらで

一杯(いつぱい)の酒にゑふ人/十杯(じつぱい)の
さけにゑはぬも其人(そのひと)のほど

饑(うえ)過て食するときはそのまへに
湯茶(ゆちや)か味噌汁(みそしる)とくとのむべし

食(しよく)こなし持薬(ぢやく)にのみて大しよくの
人の脾胃虚(ひゐきよ)は十倍(じふばい)としれ

【右頁】
渇(かはく)とも湯水(ゆみづ)はおほくのむなたゞ
口にふくみて数度(すど)うがひせよ

飽食とうえてものくふ時ならば
いり湯【注】はかたくせぬをよしとす

【注 「入り湯=桶(おけ)の中にすわってはいる湯】

さなきだに夏は食物(しよくもつ)こなれがたし
冷たるものと過食(くわしよく)ばしすな

   閨門(けいもん)【家庭内での行儀作法】

腎水(じんすい)は人の命(いのち)の本(もと)なれば
おしみたもちて大切(たいせつ)にせよ

【左頁】
男女(なんによ)こそ子孫(しそん)/求(もとむ)るためなるを
わが慰(なくさみ)とおもふおろかさ

二十歳(はたとせ)は四日に一度(いちど)三十歳(みそとせ)は
八日に一度/房事(ばうじ)有べし

四十(よそじ)歳/経(へ)ば十六日め五十歳(いそとせ)は
廿日/六十歳(むそし)は房事(ばうじ)/慎(つつ)しめ

持(もち)まへのよはき生(むまれ)はさだめある
房事の数も猶(なを)へらすべし

たゞ一度/泄(もら)すも精気(せいき)/耗(へる)ぞかし
重(かさ)ねもらさば大病のもと

【右頁】
大寒(だいかん)と大暑(たいしよ)の時に房事せば
なにか病を起(おこ)すとぞしれ

日(ひ)と月(つき)の蝕(しよく)と雷電(らいでん)/大風雨(だいふうう)
/地震(ぢしん)の時は房事/慎(つつ)しめ

色念(しきねん)をこらへて情(じやう)を遂(とげ)ぬには
腰湯(こしゆ)に下(しも)をあたゝめてよし

房事あらば胸(むね)と腹(はら)とをさすりつゝ
しばらくしてのちいねるよしとす

房事/以後(いご)しばらく歩行(ほかう)するもよし
かならず直(ぢき)に寝入(ねいる)べからず

【左頁】
色念(しきねん)の起(おこ)るまかせに房事せば
陰虚火動(ゐんきよくわどう)【注】となるぞおそろし
【注 陰虚火動=漢方医学の病名。房事過度のため精力が減退し、鼓動が激しくなり熱が出て衰弱する病気】

腎薬(じんやく)を呑(のみ)て恃(たのみ)の不やうじやう
はては頥(あご)にて蝿(はい)をゝふべし

灸治(きうぢ)せば前(まへ)は三日にのち七日
緊(きび)しく房事/慎(つゝしみ)てよし

やみあがりよきに由断(ゆだん)し房事せば
これ労復(らうふく)【注】の大病となる
【注 労復=治った病が過度の疲労により再発すること】

   起居(ききよ)

【右頁】
家(いへ)にあらば程(ほど)よく身をばつかふべし
しよく気(き)めぐりて薬(くすり)にもます

行住(ぎやうぢう)も坐臥(ざぐわ)も久(ひさ)しくすべからず
ひさしきときは皆(みな)/毒(どく)となる

譯(わけ)もなく昼寝(ひるね)/度(ど)ゞする楽寝(らくね)こそ
気血(きけつ)をふさぎ病とはなる

大風雨らいでん雲霧(うんむ)ふかきには
雨戸(あまど)をさして其(その)/気(き)/避(さく)べし

閑(ひま)ならば常に手足(てあし)をつかふべし
徒(たゞ)に坐(ざ)しなば気血めぐらず

【左頁】
ひや〳〵と冷気(れいき)おぼえはたゞはやく
衣服(いふく)かさねよこらへべからず

枕(まくら)もとに火(ひ)の気(け)はをかぬ事(こと)ぞよき
逆上(ぎやくじやう)の気(き)をたすくればなり

寝(ね)つきにはむねと腹(はら)とをいくたびも
自身(じしん)しづかになでさするべし

夏はそのほどよくすゞみ暑(しよ)をしのげ
すゞみ過(すご)せば病とぞなる

寒気(かんき)より暑気(しよき)に中(あた)ればすみやかに
はげしきやまひやむものとしれ

【右頁】
夏のよの更行(ふけゆく)までにすゞみ居(ゐ)ば
夜気(やき)にあたりて大病となる

なつのよの夢(ゆめ)のかりねに寝冷(ねびえ)せば
これ大病の基(もとゐ)ならまし

ねむりなば風ふくところさけぬべし
あふぎうちはのかぜもよからず

寒(さむ)き日か凍(こごえ)たる時はじめより
すぐに熱湯(あつきゆ)つかふべからず

冬(ふゆ)は先(まづ)日の出(で)を待(まち)て起(おき)つべし
なつのあしたは早起(はやおき)ぞよき

【左頁】
ふゆの朝(あさ)気(け)寒さはいたく厭(いと)ふなり
ゆうべ夜中(よなか)はことに避(さく)べし

ふゆ寒(かん)にあたれど冬は目(め)にみえず
春(はる)にいたりて大病となる

老(おい)は老(おい)わかきは若(わか)きほど〳〵に
その養生を心得(こゝろえ)てよし

貴(き)と賤(せん)と身(み)のならはせの違(ちがひ)あり
とりちがゆれば病とぞなる

八千世(やちよ)ふる椿(つばき)も伐(きら)ば枯(かれ)なまし
のこる氷室(ひむろ)も人の手(て)わざぞ
【この歌はどのような意味でしょうか?】

月と日のめぐるがごとく我(わが)/業(げう)を
つとむる中(うち)に養生
        もあり

{

"ja":

"病家心得艸

]

}

【帙の表紙 題箋】
病家心得艸 二冊

【帙を開いたところ】
【背】
【題箋】
病家心得艸 二冊
【下部の資料整理ラベル】
7-02

20

【表紙】
【題箋】
病家心得艸 二冊

【帙の裏表紙の資料整理ラベル】
京都大学 図書
200035335969

京都大学 図書
200035335978

【表紙 題箋】
病家心得艸(ひやうかこゝろへくさ) 上

【資料整理ラベル】
02

20

【見返し】

【左丁】
靈-蛇 ̄ノ之-珠荊-山 ̄ノ之-玉 ̄ハ世 ̄ノ-之所 ̄ロ_レ䝿 ̄ム
菽-粟布-帛 ̄ハ世 ̄ノ-之所 ̄ナリ_レ賤 ̄ム也然 ̄レトモ靈-珠
荊-玉 ̄ハ餞 ̄テ不_レ可 ̄カラ_レ食 ̄ス寒 ̄テ不_レ可 ̄カラ_レ衣 ̄ル而 ̄シテ粟-
帛 ̄ヤ也晨-昏 ̄ノ之-資不_レ可 ̄カラ_二須-臾 ̄クモ缺 ̄ク_一也
而 ̄ルヲ䝿 ̄ミ_レ彼 ̄レヲ賤 ̄ムハ_レ此 ̄ヲ何 ̄ソヤ-也珠-玉 ̄ハ難 ̄ク_レ得粟-
帛 ̄ハ易 ̄キカ_レ得之-故 ̄ニ然 ̄リ-矣今 ̄ノ-之-世養-疴 ̄ノ

【𥻆は粟の異体字】

【右丁】
之-書刊 ̄シテ-而行 ̄フ-者 ̄ノ奚 ̄ソ-翅 ̄ミ汗-牛充-棟
《振り仮名:耳-哉|ノミナランヤ》而 ̄シテ其 ̄ノ-書咸 ̄ナ古-今賢-喆 ̄ノ之撰-
述 ̄ニシテ而率 ̄ネ如 ̄シ_二珠-玉 ̄ノ_一矣雖 ̄トモ_レ然 ̄リト庸-劣無-
文 ̄ノ之-人不_レ能 ̄ハ_二讀 ̄テ-而曉 ̄スコト_一_レ之 ̄ヲ苟 ̄モ有 ̄ルトキ_二疾-
病_一則唯《割書:〱》-醫是 ̄レ-任 ̄シ唯《割書:〱》-藥是 ̄レ-依 ̄ル而 ̄モ醫-
者不_レ可 ̄カラ_二漫 ̄リニ-信 ̄ス_一藥-物不_レ可 ̄カラ_二必 ̄シモ-頼 ̄ム_一焉

【左丁】
且 ̄ヤ-也設 ̄ヒ俾 ̄ムトモ_三良-醫 ̄ヲシテ撰_二-用 ̄セ湯-液鍼-灸 ̄ノ
之-宐 ̄キヲ_一非 ̄ンハ_下節 ̄ニシ_二飲-食 ̄ヲ_一時 ̄ニシ_二起-臥 ̄ヲ_一慎 ̄ンテ_二情-慾 ̄ヲ_一
而護 ̄スルニ_中其 ̄ノ-病 ̄ヲ_上便 ̄チ猶(コトシ) ̄ヲ_二卻-行 ̄シテ而求 ̄ルカ_一_レ進 ̄ヲ矣
然 ̄ルトキハ-則人-人當 ̄テ_二護-病 ̄ノ之-時 ̄ニ_一不_レ可 ̄カラ_レ不 ̄ンハアハ_二
粗《割書:〱》知 ̄ラ_一_レ之 ̄ヲ吾 ̄カ-友藤-井子-祥摘 ̄テ_下護-病 ̄ノ
之-家可 ̄キノ_二預 ̄シメ-慮 ̄ル_一之-事 ̄ヲ_上録 ̄スルニ以 ̄テシ_二國-字 ̄ヲ_一將(ス) ̄ニ_下

【「猶」「將」は左ルビ】

【右丁】
弘 ̄メ_二于世 ̄ニ_一益 ̄セント_中于人 ̄ニ_上焉是 ̄レモ-亦 ̄タ粟-帛 ̄ノ之
賤 ̄フシテ-而所 ̄ロハ_レ用 ̄ル勝 ̄ルノ_二於珠-玉 ̄ニ_一之-比 ̄ヒナリ也讀 ̄ム-
者勿 ̄レ_下以 ̄テ_二其 ̄ノ易 ̄キヲ_一_レ暁 ̄シ忽 ̄ニスルコト_上_レ諸 ̄レヲ爲 ̄メニ_レ之 ̄レカ序 ̄ス
  盧門 岡崎信好 譔
       【落款印 岡崎信好】【落款印 師古】
     南牕武吉幹書【落款印一つ】

【左丁】
病家心得艸
 巻之上目録
  平生養生(へいぜいやうじやう)の心得      服藥(くすりをのむ)の心得
  医者(いしや)を撰(ゑらぶ)む心得     脈(みやく)を見する心得
  医者(いしや)の言(ことは)に取捨(しゆしや)ある心得 薬を煎(せん)ずる心得
  大 病(ひやう)の萌(きざし)を知る心得   急病(きうひやう)人を扶(たすく)る心得
  鍼灸(はりきう)の心得        灸穴(きうけつ)を点(てん)する法(ほう)《割書:○五臓(こざう)兪穴(ゆけつ)|を知る歌》
   《割書:○要穴(ようけつ)主治(しゆぢ)の歌|○小 児(に)斜灸(すしかい)【注①】の歌》《割書:○身柱(ちりけ)膏肓(こう〳〵)【注②】の歌|○灸壮(きうかす)分量(ふんりやう)【注③】のうた》
  灸瘡(きうそう)発方(はつほう)        灸瘡(きうそう)洗薬(あらいくすりの)方
  占祈祷(うらないきとう)の心得      疾病名目(しつひやうめうもく)俗解

【注① 斜灸(すじかい)=背中の一部で灸をすえる場所。脊椎の左右に一ヶ所ずつある灸のつぼで小児の風邪や、胃腸病予防に効果があるとする。】
【注② 「身柱(ちりけ)=灸点の名。襟首の下で、両肩の中央の部分。ぼんのくび。またそこにする灸。 「膏肓(こうこう)」=「膏」は心臓の下の部分、「肓」は横隔膜の上の部分。膏と肓の間は薬も鍼も及ばぬ、病気のなおしがたい所という。】
【注③ 灸壮(きゅうかず):灸の一灼を一壮というところから、灸をすえる数の単位。】

【左丁右下部の印】
故医学博士前島淳一記念
 前島正一寄贈本

【右丁】
  《振り仮名:瘡■|そうやう》【「疒+邕」・癰ヵ】名目俗解   身體(しんたい)名目俗解
  醫者(いしや)流儀(りうぎ)の心得  古方(こほう)後世(こうせい)を知る心得
  醫書(いしよ)名目俗解   治療(ぢりやう)名目俗解《割書:附養生》
 巻之下
  病人/食物(しよくもつ)の心得《割書:諸病(しよびやう)宜禁(よしあし)》
  食物(くいもの)能毒(よしあし)《割書:いろは分》  合食(くいあわせ)禁(もの)忌

【左丁】
病家心得艸巻之上
           藤井玄芝著
 平生養生の心得
夫(それ)養生(やうしやう)とは服薬(ふくやく)【左ルビ:くすりをのみ】鍼灸(しんきう)【左ルビ:はりやいと】薬餌(やくじ)【左ルビ:くすりぐい】なとをいふにあらす専(もつはら)飲食(いんしよく)【左ルビ:のみくい】
起居(ききよ)【左ルビ:たちい】をほどよくし思慮(しりよ)【左ルビ:おもひ】色欲(しきよく)【左ルビ:いろ】力役(りよくゑき)【左ルビ:ちから】などをほしいまゝに
せず常(つね)に心をつけて慎(つゝし)むをいふなり若(もし)飽食(はうしよく)大酒(たいしゆ)を好(この)み
色欲(しきよく )力役(りよくゑき)を過(すご)し分限(ふんげん)不相應(ふさうおう)の望(のぞみ)を発(おこ)し利欲(りよく)を貪(むさぼ)り
心氣(しんき)を労(ろう)すれは疾病(しつびやう)【左ルビ:やまい】忽(たちまち)に発(おこ)る其時(そのとき)に至(いたつ)て仮令(たとい)扁鵲(へんじやく)華(くわ)
佗(だ)妙術(めうじゆつ)を尽(つくす)とも何(なんぞ)効(しる)しあらんや平生(へいせい)養生をよくする人は
一旦(いつたん)病(やまひ)に臥(ふす)とも服薬(ふくやく)鍼灸(しんきう)の功(こう)速(すみやか)なり然(しか)れともあまり

【右丁】
養生にのみ心をこらし食物は秤(はかり)にてかけ力態(ちからわさ)をいとひ思(し)
慮(りよ)をついやすまじとて家職(かしよく)をすて閑居(かんきよ)【左ルビ:しつかなるすまい】に引罷(ひきこもり)いるは
却(かへつ)て不養生なりされば内経(だいきやう)にも少欲知節(しやうよくちせつ)【左ルビ:よくをすくなふしほとをしる】といふ事
あり是(これ)養生の肝要(かんよう)なり人〻 我(わが)分限(ぶんげん)相応(さうおう)に心もつ
かい食(しよく)も充満(しうまん)せざるほどくい酒(さけ)も中(あたら)ぬほどのみそのほか
万事(よろづのこと)我身(わがみ)において少(すこ)しも苦(く)にならぬほどに心がくべし
しかし色欲(しきよく)【左ルビ:いろ】と美食(ひしよく)【左ルビ:むまきもの】とは随分(すいぶん)戒(いまし)むへし
 服薬の心得
夫(それ)病人(びやうにん)薬(くすり)を服(ふく)【左ルビ:のまば】せは第一(たいいち)それ〳〵の禁戒(きんかい)【左ルビ:いましめ】を守(まも)り房事(ばうし)飲(いん)
食(しよく)を慎(つゝ)しむべし諸事(しよじ)医者(いしや)の指図(さしづ)をもうけ食物(しよくもつ)の

【左丁】
禁忌(いみさしあい)をとくと尋問(たづねとふ)べし何ほど良薬(りようやく)【左ルビ:よきくすり】を用ても病人
禁戒(いましめ)を守らざれは其効(そのしるし)なし凡(およそ)薬(くすり)は病症(びやうしやう)に応(おう)ずるを
よしとす若(もし)其病(そのやまい)に中(あたら)らざれは人参(にんしん)白朮(びやくじゆつ)も人を害(がい)す其
病(やまい)に応(おう)すれは石膏(せきかう)芒硝(ばうせう)も恐(おそ)るべからず只(たゝ)其薬の病に
応(おう)するか応せざるかを考(かんかふ)べしさて薬(くすり)は病(やまい)あらば服(ふく)すべし
病なきに薬を服(ふく)するは壁(かべ)の裏(うら)に柱(はしら)を添(そゆる)るかごとし
とて益(ゑき)はなくして大に害(がい)をなす事あり針灸(はりきう)導(とう)【左ルビ:さ】
引(いん)【左ルビ:すり】なとも妄(みだり)に好(この)むは同じことなり
 病家医者を招(まね)く心得
医者(いしや)を招(まね)くに心得(こころえ)あるべき事なり病人(ひやうにん)によりて補(ほ)

【右丁】
薬(やく)を好(この)むあり瀉剤(しやざい)を好むあり温剤(うんさい)【左ルビ:あたゝめ】ぎらひあり寒(かん)【左ルビ:ひやす】
剤(ざい)ぎらひあり温補(うんほ)を好む人は補薬(ほやく)さへ用ゆれば命(いのち)
の延(のび)る様(やう)に思ひ道三流(どうさんりう)の医者を招(まね)きかりそめの
疾(やまい)にも人参(にんじん)の入る薬をのみ却(かへつ)て大病(たいびやう)となるもの有(あり)
又大病にて専(もつは)ら攻撃(こうげき)すべき症(しやう)にても古方(こはう)家の療(りやう)
治(じ)はあらきとて招(まね)かす瀉剤(しやざい)【左ルビ:くだし】は脾胃(ひい)に害(がい)ありとて用ひ
ず終に不治(ふじ)【左ルビ:なをらす】となるあり又 寒涼攻撃(かんりやうこうげき)を好む人は後世(こうせい)
医者(いしや)はぬるし古方家こそおもしろけれとて当(とう)ぶん
の感冒(がいき)にも白虎湯(びやくことう)の大柴胡湯(だいさいことう)のといふをよろこび常(つね)
に三 黄丸(わうぐはん)抵當丸(ていとうぐはん)などを用ひ過(すぎ)て命(いのち)を損(そん)ずるあり

【左丁】
病家すへて此癖(このくせ)ありて假令(たとひ)医者を轉(てん)ずれとも温剤(うんさい)
を好(この)む家(いゑ)は温薬(うんやく)つかい斗(ばかり)を招(まね)き寒剤(かんざい)を好(この)む家(いゑ)には
寒薬つかいばかりを招(まね)くたま〳〵了簡(りようけん)のかはりたる医者
きたれば其薬(そのくすり)を用(もち)ひずこれ大なる誤(あやま)りなり先医(せんい)の
薬にて効(こう)なきものなればたとひ心に叶(かな)はずともかはり
たる了簡(りようけん)の医者を用ゆべしさすれは医を轉(てん)【左ルビ:かへる】ずるの
功あり又 近頃(ちかころ)の医者は病人にあたらぬ様(やう)にとて
平和(へいわ)【左ルビ:やはらか】なる薬方(やくはう)ばかりにて療治(りやうぢ)するゆへ軽(かろ)き病は
自然(じねん)と治(ぢ)し少(すこ)しにても病勢(びやうせい)つよけれは薬力
病勢(ひやうせい)にまけて傷寒(しやうかん)などの大熱(だいねつ)をうぢ〳〵とすて

【右丁】
おくゆへ終(つい)に難治(なんじ)【左ルビ:なをりかぬる】となる又 攻撃(こうげき)の剤(さい)は其 効(しるし)すみ
やかなれども滋補(じほ)の薬はゆるやかなれは急(きう)に効(こう)も見(み)
へぬものと云てうか〳〵ときかぬ薬を久(ひさ)しく用る
は大(おゝき)なる誤(あやまり)なり却(かへつ)て病をおもくするものなり古方(こはう)
家(か)の寒涼攻撃(かんりやうこうげき)にて人をあやまるよりも急(きう)に目
にはみへねども甚(はなはだ)病者(びやうじや)に害(がい)あり个様(かやう)の医者の治(ち)【左ルビ:なをし】し
たる病(やまい)は薬にて治(ち)したるにてはなし白湯(さゆ)を用ても
治する病なり又 当世(とうせい)の古方(こはう)を用る医者(いしや)は病(やまひ)はなを
せども命(いのち)は天(てん)にまかすと云(い)ふ若(もし)薬(くすり)ちがいにて死(し)する
者(もの)も皆(みな)天命(てんめい)なりと云べしや且又(そのうへ)病(やまひ)はなをりても

【左丁】
命(いのち)がなけれは何のやくに立(たゝ)ぬ事(こと)なり病(やまゐ)を恐(おそ)るゝは
死(し)を恐(おそ)るゝなり命(いのち)をかまはねは医者はいらぬ
者(もの)なり
 脈【脉は脈の俗字】 見する心得
医者(いしや)の病人(ひやうにん)を見(み)るに望聞問切(ばうもんもんせつ)とて四(よつ)の法(はふ)あり先(まづ)
病人の顔色形容(かほのいろかたち)を望(のぞ)み見(み)病人の聲(こえ)を聞(き)き病人
の様体(やうだい)【躰は旧字「體」の俗字】病因(ひやういん)などをよく〳〵たづね問(と)ひ次(つぎ)に脈(みやく)を深(しん)
切(せつ)に診(しん)すこれ古(いにしへ)より医術(いしゆつ)の大法(たいほう)なりしかるに当(とう)
世(せい)の医者に人心(ひとごゝろ)同しからざる事 面(おもて)のごとし脈(みやく)も
またしかり《振り仮名:人〻|ひと〳〵》にかはりあれば病證(ひやうしやう)を見るにた

【右丁】
らずと云へるありあらき了簡(りやうけん)なり又 或(あるひ)は病人の
様体(やうたい)病因(びやういん)などを聞(き)かす脈(みやく)はかりを見(み)て医者(いしや)より
病因(ひやういん)様子(やうす)などをいふて病家(ひやうか)を驚(おどろか)すありこれは
巫(みこ)山伏(やまぶし)など見どをし【陰陽師】うらかた【占い師】の類(るい)なり望聞問(はうもんもん)
切(せつ)の四 診(しん)を用(もち)ひされば病證(ひやうしやう)は見(み)るべからずしかるを脈(みやく)
を用ひず或(あるひ)は脈(みやく)ばかりにて病症(ひやうしやう)を知(し)るといふは《振り仮名:皆〻|みな〳〵》
奇説(きせつ)を云(いゝ)て素人(しろうと)を欺(あさむ)くなりしかしこれにて病症(ひやうしやう)
を知(し)り薬(くすり)を用ひて一〻効(しるし)あらは名医(めいい)なり効(しるし)なけ
ればかたりの賊(ぬすびと)なり
 医者(いしや)の言(ことば)に取捨(しゆしや)ある心得

【左丁】
信(しんして)_レ巫(ふを)不(す)_レ信(しんせ)_レ医(いを)とは扁鵲(へんじやく)六不治(むつのふじ)の一ッなりこれは巫(みこ)道士(やまふし)な
どのいふ事(こと)を信(しん)して医者(いしや)の云(いふ)ことを信用(しんよう)【左ルビ:しんしもちひ】せざる病人(ひやうにん)は
治(ち)せずとなりまづ病人(ひやうにん)は医者(いしや)の言(ことば)に従(した)ひ外(ほか)より
彼是(かれこれ)と差出(さしいつ)ることを用(もち)ゆべからずしかし医者(いしや)のいふ
事(こと)信(しんし)しがたきことならば其(その)医者(いしや)を転(てん)すべきなり
又 大病(たいひやう)必死(ひつし)【𣦸ヵ】の證(しやう)にて諸医(しよい)手(て)を尽(つく)したる後(のち)に初(はしめ)て
来(きた)れる医者(いしや)の珍敷(めづらしき)【「珎」は「珍」の俗字】病名(やまいのな)をつけて療治(りやうじ)するに程(ほど)な
く病人(ひやうにん)死(しす)れは其(その)医者(いしや)の云(いふ)今(いま)一両日(いちりやうにち)早(はや)くば療治(りやうじ)も
なるべきに先医(せんい)の了簡(りやうけん)ちがいにて手(て)おくれして残(ざん)
念(ねん)なりといふこれ所詮(しよせん)快氣(くわいき)せまじき様体(やうだい)ゆへ

【右丁】
奇病(きひやう)を云(いふ)て素人(しろうと)を驚(おとろか)し過(あやまち)を先医(せんい)におゝせ我術(わじゆつ)
を衒(てらふ)なり病家(ひやうか)个様(かやう)の言(ことば)に迷(まよ)ひて今少(いますこ)し早(はや)く
此(この)医に療治(りやうじ)をたのまば本復(ほんぶく)すべしなどゝ後悔(こうくわい)する
は大なる惑(まどひ)なり又 今時(いまどき)はやり療治(りやうし)する人に病人(ひやうにん)を
請合(うけあい)て治(なを)すと云(いふ)医者(いしや)まゝありこれは病家(ひやうか)に慥(たしか)に
思(おも)わせて薬(くすり)を売付(うりつく)るなりこれらの言(ことば)は必(かなら)す信(しん)
じ用ゆべからす又さすり按摩(あんま)とりなどの言(ことば)をむさ
と信すべからず按摩(あんま)とりなどに病(やまい)のわけを知(し)る人
はすくなきもの也
 薬を煎ずる心得

【左丁】
薬(くすり)を煎(せん)ずる事(こと)病家(ひやうか)第一(だいいち)の心得(こゝろえ)なり随分(すいぶん)念(ねん)を入(いる)
べき事 肝要(かんよう)なり水(みづ)の分量(ぶんりやう)生姜(しやうが)の多少(たしやう)など医者(いしや)
にとくとたづねとふべし傷寒(しやうかん)感冒(かんぼう)其外(そのほか)邪氣(じやき)にあ
たりたる病(やまい)急病(きうびやう)には火(ひ)をつよくして早(はや)く煎(せん)し上(あく)べ
し又 内傷(ないしやう)の病 補薬(ほやく)などは大(たい)ていの火(ひ)にて《振り仮名:緩〻|ゆる〳〵》と煎(せん)
ずべししかしあまりぬるき火はあしゝ扨(さて)煎(せん)しあげ
たらば其(その)まゝ薬袋(くすりぶくろ)をあげ置(おく)べし薬袋をつけて
おけば薬氣(やくき)もどるなり又 嘔吐(ゑづき)の症(しやう)か或はつかへ又は薬
ぎらいには初(はじめ)に湯(ゆ)をたゝせ薬(くすり)を入(いれ)随分(すいぶん)つよき火にて
急(きう)に煎(せん)ずべし又 人参(にんじん)の入薬ならは別(わけ)て念(ねん)を入れ

【右丁】
分量(ふんりやう)を医者(いしや)にたづね人参(にんしん)も医者に見(み)すべし
病家(ひやうか)の心得(こゝろえ)にて人参(にんしん)をおそれて医者(いしや)の指図(さしづ)より
分量(ふんりやう)を減(げん)し又は麁末(そまつ)なる人参を用(もち)ゆる事 悪(あし)き
事なり医者(いしや)の了簡(りやうけん)にたがい病に害(がい)あるなり一味(いちみ)
にても薬の分量(ふんりやう)ちがいては療治(りやうじ)の効(こう)【左ルビ:しるし】はなし人参(にんしん)
にかぎらす小才(こざい)かくある人は石膏(せきかう)を恐(おそ)れてふるいとり
附子(ぶし)を嫌(きらい)てより捨(すつ)るありこれらは医者(いしや)の療治(りやうじ)に
てはなし手(て)あわせの薬 同然(とうぜん)なり
 大病の萌(きざし)を知る心得
夫(それ)人 氣分(きぶん)あしきか或(あるひ)は痛所(いたむところ)あるか又 食事(しよくじ)進(すゝ)まね

【左丁】
ば医者(いしや)にも見(み)せ自身(じしん)も養生(やうじやう)すれどもさして苦(く)にな
らぬ事に大病(たいびやう)のきざしあり用心(ようじん)すべし気分もあし
からず痛所(いたみしよ)もなく食事(しよくじ)も常(つね)の如くなれとも脈(みやく)を
とりて見(み)るに常(つね)とちがい又は打(うち)ぎれするは大病(たいひやう)のきざ
しなり又 腹(はら)を見(み)るにまん中通(なかどをり)を任脈(にんみやく)といふ臍(ほそ)の
上下(うへした)をおしてまん中の任脈(にんみやく)こよりの如(こと)くてに当(あた)る
は労症(らうしやう)などは治(ぢ)せず常の人は大病 起(おこ)るなり又さし
たる事もなきに心ぼそくなり或(あるひ)は氣にかゝる事多く
或はめつたに物(もの)の苦(く)になるは皆(みな)心氣(しんき)の虚(きよ)【左ルビ:よはみ】なり又 常(つね)に
すき好(この)む食物(しよくもつ)にはかにきらいになるか或はめつたに

【右丁】
ちかがつへ【注①】するは脾胃(ひい)の病(やまひ)なりこれらの證(しやう)あらは早(さつ)
速(そく)医者(いしや)に相談(そうだん)して養生(やうじやう)すべし
 急病人を扶(たすく)る心得
◯急病(きうひやう)にて卒倒(そつたう)【左ルビ:にはかにたをる】し正氣(しやうき)なき者は急(きう)に生姜湯(しやうがゆ)
 を用ゆ又生姜湯にて蘓香円(そかうゑん)延齢丹(ゑんれいたん)を用ゆべし
 卒中風(そつちうぶ)には蘓香円(そかうゑん)烏犀円(うさいゑん)等(とう)を用ゆべし
◯痰(たん)つよきには竹瀝(ちくれき)とて生竹(なまたけ)を火にてあぶればあぶ
 ら出(いづ)る其(その)あぶらを生姜(しやうか)ゆにまぜて用ゆ
◯途中(とちう)にて大暑(たいしよ)【左ルビ:あつけ】にあたり氣(き)をとり失(うしな)ひ卒倒(そつとう)
 するには道(みち)ばたのやけ土(つち)をとりて病人の臍の上(うへ)に

【左丁】
 おき中(なか)を少(すこ)しくぼめて其(その)中へ小便(しやうべん)をしかけて
 よしさて生姜(しやうか)と大蒜(にんにく)とすり其 汁(しる)を呑(のま)すべし
◯凍(こゞへ)て氣(き)をとり失(うしな)ひたるには灰(はい)をいりて熱(あつく)し
 袋(ふくろ)に入れ病人のむねをのしあたゝむべし急(きう)に
 火(ひ)にあつべからず
◯積氣(しやくき)癇症(かんしやう)などにてとりつめたるは熊膽(ゆうたん)【左ルビ:くまのゐ】を水
 にてとき用ゆべし
◯脚氣(かつけ)上(のぼつ)て心(しん)を衝(つ)くとて胸(むね)いきだわし【注②】くなる
 事(こと)あり甚しけれは死(しぬ)るなり蓼(たで)をすりて湯(ゆ)
 にて用ゆ

【注① 近飢ゑ:飲食の後、すぐにまた食欲を催すこと
【注② 息だはし=息切れがする】

【右丁】
◯総(すべ)て病中(ひやうちう)にても無病(むびやう)にても老人(としより)小児(こども)ともに
 急(きう)にめをまはしたるには生薑(しやうが)ゆを用てよしその
 上(うへ)きつけなどを用ても無性(むしやう)にて気(き)つかずば臍(ほそ)の真(まん)
 中(なか)を神闕(しんけつ)と云これに灸(きう)をすゆべし又 足(あし)のつちふま
 ずのまん中(なか)少(すこ)しゆびの方(かた)へよりくぼみあり湧泉(ゆせん)
 の穴(けつ)と云これに灸す又 足(あし)の大指(おゝゆび)の内(うち)かど爪(つめ)の一(いち)
 分(ふ)ほどわきを隠白(いんはく)の穴と云 是(これ)に灸(きう)す又 陽気(やうき)
 の《振り仮名:下■|げかんし》【陥ヵ】【左ルビ:ひきはり】たる症(しやう)なれは頭(かしら)の巓(いたゞき)のまん中 百会(ひやくゑ)の穴(けつ)
 に灸すいづれも随分(ずいぶん)艾(もぐさ)を大きにして灸し少(すこ)し
 あをぎて火気(くわき)をつよくすべし

【左丁】
◯小児(こども)痘瘡(ほうさう)【注①】の初熱(じよやみ)【注②】に目(め)をみつめ【注③】たるにも生姜湯(しやうかゆ)を
 用てよし
◯産後(さんご)の血暈(めまい)には安神散(あんじんさん)を用ゆ又 酢(す)の気(き)をかゞ
 すべし或(あるひ)は漆(うるし)ぬりの物(もの)を火(ひ)にやきてかゞすもよし
 難産(なんさん)【左ルビ:こうみかぬる】には赤小豆(あづき)七粒(なゝつぶ)生(なま)にてのむべし
◯凡 卒倒(にはかにたおれ)て手足(てあし)厥冷(ひえ)たる症(しやう)に口をふさぎ歯(は)を
 くひしめたるは療(りやう)ずべし口をあきたるは療(りやう)すべ
 からず
◯一切(いつさい)急死(きうし)又は高所(たかきところ)より落(おち)たるには小便(しやうべん)をのま
 すべし

【注① ママ。漢字から判断すると振り仮名は「とうさう」とあるところ。振り仮名から判断すると「疱瘡」とあるところ。意味はどちらも天然痘。】
【注② 「序病(じょやみ)」=病気の初期、特に痘瘡(天然痘)で発疹が生ずる前の発熱している期間をいう。】
【注③ 「目を見付ける」に同じ。ひきつけを起こすなどして、目の玉が一点を見つめたまま動かなくなること。】

【右丁】
◯凡 食傷(しよくしやう)は食後(しよくご)まのなきは塩(しほ)ゆを飲(のみ)はきかへしてよし
◯飯(めし)餅(もち)のあたりたるには麦芽(むぎのもやし)を煎(せん)しのみてよし
◯酒(さけ)のあたりたるには芳野(よしの)くずのこ又は五倍子々(きぶしのこ)を
 水にてのむ又 枳椇(けんほなし)を食(くひ)てよし
◯魚類(うをるい)のあたりには陳皮(みかんのかわ)をせんじのみてよし
◯麺類(めんるい)又は小麦餅(こむぎもち)又は豆腐(とうふ)のあたりたるには大根自(たいこんおろ)
 然汁(ししる)をのみてよし
◯河漏(そばきり)又はかいもち【注】のあたりにはあらめを煎(せん)しのみ
 てよし
◯一切(いつさい)果瓜類(くだものうりるい)のあたりには胡椒(こせう)をのみてよし

【注 搔餅=糯米(もちごめ)の粉、米粉、粟粉、小麦粉を水でこねたものを、餅のようになるまで煮たもの。】

【左丁】
◯野菜(あをは)菌(くさびら)のあたりには甘草(かんざう)をのみてよし
◯切(しきり)に腹痛(はらいたむ)にも甘草(かんざう)用てよし
◯山枡(さんしやう)にむせたるにも《振り仮名:𩚚逆|しやくり》にも甘草よし
◯一 切(さい)どく虫(むし)のさしたるには生塩(なましほ)をかみぬりてよし
◯湯火傷(やけど)には灰水(あく)をぬりてよし又 少(すこ)しのやけどは
 そのまゝ火にてあふれはいたみやむなり
◯漆瘡(うるしまけ)にはしろみつのおりをつけてよし
◯咽(のど)にとげ魚(うを)のほねのたちたるには甘草(かんざう)砂仁(しやにん)等分(とうぶん)
 末(こ)にしてきぬぎれにつゝみふくみて汁(しる)をのむべし
◯打撲(うちみ)には痛(いた)むところに小便(しやうべん)をぬりてよし

【右丁】
 鍼灸之心得
凡 病(やまい)に鍼(はり)して宜(よろしき)あり灸(きう)して宜(よろしき)あり服薬(ふくやく)して宜
あり或(あるひ)は針(はり)灸(きう)薬(くすり)并(ならび)に行(おこな)ふへきあり故(ゆへ)に資生経(ししやうきやう)に曰(いわく)
若(もし)針(はり)して灸(きう)せず灸(きう)して針(はり)せざるは良医(りやうい)【左ルビ:よきいしや】にあらず針(はり)
灸(きう)して薬(くすり)せず薬(くすり)して針(はり)灸(きう)せざるも亦(また)良医(りやうい)にあらず
といへり夫(それ)針灸(はりきう)を以て病を治(ぢ)せんと欲(ほつ)せは其(その)禁戒(きんかい)【左ルビ:いましめ】を
まもるべし前(まへ)三日 後(のち)三日 房事(ばうじ)をおかすべからず大食(たいしよく)
大酒(たいしゆ)を忌(いむ)感冒(がいき)日蝕(につしよく)月蝕(くわつしよく)大風(たいふう)【左ルビ:おゝかぜ】大雨(おゝあめ)雷(かみなり)震(ちしん)大暑(おゝきにあつく)大寒(おゝきにさむき)を
忌(いむ)べし且(かつ)穴所(けつしよ)の違(ちかひ)なきやうに心得(こゝろう)へしもし右の禁(いまし)
戒(め)をまもらざれは病(やまい)を治(ぢ)せざるのみならず却(かへつ)て病(やまい)を

【左丁】
生(しやう)するなり謹(つゝしむ)へし
  灸穴(きうけつ)を點(てん)する法
○灸穴(きうけつ)を點(てん)するに背(せなか)の部(ぶ)ならは先(まづ)大椎(だいずい)の骨(ほね)を定(さたむ)へし
大椎とは一椎(いちのずい)なり大椎の上(うへ)に小椎とて同(おな)しやうなる骨
ありてまぎれやすし古(いにしへ)より肩(かた)とひとしきを大椎(たいずい)とす
といへども従(したがい)がたし大椎の定(さだめ)めやうは其人を平座(ろくにい)【注】しめ
て大椎と思(おも)ふ骨(ほね)を押(おし)首(かしら)をうごかさしむるに動(うこ)かざる
を大椎とす小椎は動(うごく)なりそのうごかさる骨(ほね)を第一(だいいち)の
椎とすそれより二三四とかぞへ脊骶(かめのを)まて二十一椎有
と知(しる)べし假令(たとへは)三椎ならは三椎の下(した)四椎の上(うへ)を第三

【注 「陸(ろく)に居る=くつろいで楽な姿勢ですわる。あぐらをかく。】

【右丁】
の兪(ゆ)と知べしさて男(おとこ)は左(ひだり)女(おんな)は右(みぎ)の手(て)の中指(たか〳〵ゆび)をかゞめ
上節(うへのふし)と中節(なかのふし)との間(あひだ)を一 寸(すん)と定(さだむ)是(これ)を同指寸(とうしすん)とも又 中(ちう)
指寸(しすん)とも云(いふ)さて此寸(このすん)を稈心(わらしべ)にてくらべとりて脊骨(せぼね)の
正中(まんなか)にあてゝ左右(ひだりみぎ)へ一寸半(いつすんはん)を二行通(にかうどをり)二寸半を三行通(さんかうどをり)と
知べし凡(およそ)第二椎 風門(ふうもん)の穴(けつ)より第十九 膀胱(ばうかう)の兪(ゆ)まで
二行通(にかうどをり)常法(じやうほう)とするなり
○五臓(ごさう)兪穴(ゆけつ)を知(し)る歌(うた)
三 肺兪(はいゆ)五は心(しん)の兪(ゆ)に九は肝兪(かんゆ)十一 脾(ひ)の兪十四 腎(じん)の兪
○要穴(ようけつ)主治(しゆぢ)の歌
気(き)は七九 血(ち)は九と十四 痰食(たんしよく)は七と十一要穴と知れ

【左丁】
○身柱(ちりけ)膏肓(こう〳〵)の歌
三の椎(ずい)の下(した)は身柱(ちりけ)に四の椎(すい)の三 行通(かうとをり)膏肓(こう〳〵)としれ
○小 児(に)斜灸(すじかい)のうた
男子(なんし)には九の兪(ゆ)の左(ひだり)十一の右(みぎ)を点(てん)して斜灸(すじり)【すじかいヵ】としれ
女子(によし)ならば九の兪(ゆ)の右(みぎり)十一の左(ひだり)を点(てん)し(し)斜灸(すじかい)としれ
○灸壮(きうかず)分量(ぶんりやう)の歌
初生(うぶこ)より七八 歳(さい)は歳(とし)のかずそれより後(のち)は病症(ひやうしやう)によれ
 灸瘡(きうそう)発(うばはする)方(はう)
灸瘡(きうそう)発(うごは)【うばはヵ】ざれば病(やまい)愈(いへ)ずといふ説(せつ)あり若(もし)灸瘡を
発せんと思(おも)はゝ古(ふるき)草履(ぞうり)の底(うら)を焙(あぶり)て灸痂(くろぶた)の上(うへ)を十

【右丁】
遍(へん)ばかり摩(なつれ)は三日の中には必(かならす)発(うごふ)なり又 葱(ひともじ)の茎(くき)三五 本(ほん)
煻灰(あつはい)の中に煨温(やきあたゝ)め灸痂(くろぶた)の上(うへ)を熨(のせ)は三日の中に発(うごふ)なり
 灸瘡 洗薬(あらいぐすり)方
灸瘡 発(うごふ)て久(ひさ)しく愈(いゑ)さるは葱根(ひともしのねの)赤皮(あかかわ)薄荷(はつか)各(おの〳〵)等(とう)
分(ぶん)剉(きざみ)煎(せん)し洗(あらひ)てよし又 桃枝(もゝのゑだ)柳枝(やなぎのえた)各等分 剉(きざみ)煎(せん)じ
洗てよし
 占祈祷(うらなひきとう)の心得
病人(ひやうにん)の吉凶(よしあし)生死(いきしに)を占(うらな)ひ或(あるひ)は医者(いしや)の方角(はうがく)を占ふ事
無益(むやく)のことなれども愚痴(ぐち)なる人(ひと)女子(おなご)小児(わらんべ)の疑(うたがい)を決(けつ)
するにはよき事もあるべし又 神仏(かみほとけ)に願(ぐはん)を立(た)て或(あるひ)は

【左丁】
巫(きこ)道士(やま ふし)などの祈祷(きとう)も愚(おろか)なる人の心をすますために
してくるしからぬことなり当世(とうせい)の医者(いしや)は巫祝(ふしゆく)とて賤(いや)し
むれども古(いにし)へは巫祝(ふしゆく)と医者(いしや)と同(おなじ)腫類(しゆるい)【ママ】ゆへ巫毉(ふい)と一つに
云り又 毉(い)の字(じ)巫(ふ)に従(したか)ふはもと毉(い)と巫(ふ)とは同類(おなしたくひ)のゆ
へなり
  疾病(やまい)名目(な)俗解(ぞくかい)
傷寒(しやうかん)《割書:冬(ふゆ)寒(さむき)に傷(やふら)れてすなはち病(や)むを正傷寒(しやう〳〵かん)といふ春(はる)に至(いた)りては|変して温病(うんびやう)となり夏(なつ)は変(へん)じて暑(しよ)病となる又は熱(ねつ)病とも》
 《割書:いふなり傷寒に六 経(けい)の証(しやう)あり大陽(たいやう)陽明(やうめい)|小 陽(やう)大 陰(いん)小 陰(いん)厥陰(けついん)なり》  中寒(ちうかん)《割書:寒毒(かんどく)にあたる|急症(きうしやう)なり》
温病(うんひやう)《割書:冬寒にあたり春へもちこし|あたゝかなる比に至て病むもの也》 中暑(ちうしよ)《割書:なつ暑気(しよき)にあたりて|わつらふをいへり》
時疫(じゑき)《割書:時行(はやり)疫病(やくびやう)なり瘟疫(うんゑき)とも疫癘(ゑきれい)とも云(い)ふなり俗(ぞく)に傷寒を時疫(しゑき)|又は疫症といふは非(ひ)なり》

【右丁】
中 熱(ねつ)中 暍(かつ)【左ルビ:ゑつ】《割書:しづかにして暑(しよ)にあたるを中暑と云|動(うごい)てあたるを中熱と云 喝も熱と同じ》 中 湿(しつ)《割書:湿気にあたり|わつらふなり》
霍乱(くはくらん)《割書:外(ほか)暑湿(しよしつ)の邪気(じやき)にあたり内食(うちしよく)にあてられ|吐瀉(あけくだし)し身(み)もだへするを俗に中暑くはくらんと云り》 感冒(かんぼう)《割書:かぜひきたる事|俗にがいきと云》
悪寒(おかん)《割書:さむけ|だつ事》   悪風(おふう)《割書:かぜのあたるを|いやがる事》 発熱(ほつねつ)《割書:ねつの|出る事》
潮熱(ちやうねつ)《割書:一日に一度(と)づゝ時(とき)をきはめて熱の|さすをいふなり》 余熱(よねつ)《割書:病後(ひやうご)のこり|たるねつの事》
寒熱(かんねつ)往来(わうらい)《割書:さむけとねつとのさし|ひきあるをいふなり》 瘧(ぎやく)《割書:おこりの事瘧|疾ともいふ》
蝦嗼瘟(かまうん)《割書:頬(ほう)のはれるやまい大頭温病とも又俗に|江戸はさみはこといふ》
中風(ちうぶ)《割書:もと虚弱(よわき)人の心づかい又はほねおる事ありて其上に風に中(あて)ら□|臓腑(ざうふ)血脈(けつみやく)に入りて此病(このやまい)をなすなり》
卒中(そつちう)《割書:卒中風(そつちうふう)なりにはかに起(おこ)り|人事(にんじ)をしらさるをいふ》 類中風(るいちうぶ)《割書:にはかにおこりたる病の|中風ににたる症(しやう)をいふ》
偏枯(へんこ)《割書:中風にてかたみ|かなはぬを云》 癱瘓(なんくわん)《割書:左のかなわぬを癱と云ひ|右のかなわぬを瘓といふ》
傷食(しやうしよく)《割書:しよくあたり食滞(しよくたい)とも食|傷(しやう)ともいふ》 泄瀉(せつしや)《割書:くだりはらの事瀉とばかり|も云(いゝ)又 水瀉(すいしや)ともいふ》

【左丁】
痢疾(りしつ)《割書:しぶりはらの事|痢とばかりも云》 裏急後重(りきうこうじやう)《割書:痢病のいたみいきみたつ|事をいふ》
嘔吐(おうと)《割書:へどをつく事 声(こへ)ばかりを嘔と云又|乾(かん)嘔と云食物をはくを吐と云》 停滞(ていたい)《割書:食(しよく)などのとゞこ|おりたる事》
悪心(おしん)《割書:むねわるき|事》 嘈雑(ぞうざつ)《割書:むねのかく事》 噯気(あいき)《割書:おくびの事|噫気ともいふ》
宿食(しゆくしよく)《割書:しよくもたれの事|停(てい)食とも云》 宿酒(しやくしゆ)《割書:二日ゑひの事》 呑酸(どんさん)《割書:すいおくひの事|吐(と)酸とも云》
隔噎(かくいつ)《割書:俗に隔症(かくしやう)と云食をはきかへす症なり食|のんどにつかゆるを噎と云むねにつかゆるを隔と云》 翻胃(ほんゐ)《割書:食を胃の腑(ふ)よ|りはきかへすを云》
心痛(しんつう)《割書:むねのいたいたむ事|胃脘痛(ゐくはんつう)とも云》 真心痛(しんしんつう)《割書:むねいたみ急(きう)に|死する症》 脇痛(けうつう)《割書:わきのいたむ|をいふ》
腹痛(ふくつう)《割書:はらのいたむ| 事》 腰痛(ようつう)《割書:こしのいたむ|事》 脚痛(きやくつう)《割書:あしのいたむ|事》
頭痛(づつう)《割書:かしらいたむ| 事》 臂痛(ひつう)《割書:ひじいたむ|事》 痞満(ひまん)《割書:つかへの事》
積聚(しやくじゆ)《割書:しやくの事 積気(しやくき)ともいふ肝(かん)に属(ぞく)する積を肝積(かんしやく)といふ俗に癎症(かんしやう)と|同事と覚たる人あり癎は狂(きちがひ)の類(るい)にて積とは大に別なり》
水腫(すいしゆ)《割書:はれやまひの|事》 鼓脹(こてう)《割書:腹ばかりはれるを云|脹 満(まん)とも云》 疝気(せんき)《割書:俗にしもかせ|といふ》

【右丁】
偏墜(へんつい)《割書:陰丸(きんだま)かたく大に|なるをいふ》 㿗疝(たいせん)《割書:きんの大になるを|いふ寸白とは別(べつ)也》 寸白(すんばく)《割書:寸白/虫(むし)は九虫の一ッ也|世俗のかろく覚るは非也》
賁豚(ほんとん)《割書:五 積(しやく)の一ッ腎積(じんしやく)をいふ小 腹(ふく)に発(はつ)し一處(いつしよ)におらず上下時なく|人をして喘逆(ぜんぎやく)骨痿(こつい)せしむるなり》
脚気(かつけ)《割書:はれざるを乾(かん)脚気と云はれあるを湿(しつ)脚気と云/気急(ききう)|なるを脚気衝心(かつけしやうしん)と云多(おヽ)くは死するなり》
喘息(ぜんそく)《割書:いきせはしくのんどのなるを云|喘急(せんきう)とも哮喘(かうぜん)ともいふ》 気急(ききう)《割書:いきづかいせはしき也/短気(たんき)|小気(しやうき)皆いきだはしきなり》
咳嗽(かいそう)《割書:せきの事なり|》 痰咳(たんがい)《割書:たんせきの事|》 咳血(がいけつ)《割書:せきにつれて|血(ち)の出る事》
痰飲(たんいん)《割書:ねはりあるを痰と云|ねばりなきを飲と云》 留飲(りういん)《割書:水気(すいき)心下(しんか)に|とゞまるを云》 怔忡(せいちう)《割書:むなさはぎ|する事》
虚煩(きよはん)《割書:むねのいきれる事|》 自汗(じかん)《割書:自然(しねん)と汗(あせ)多(おゝ)く|出る事》 盗汗(とうかん)《割書:ねあせ出る事|》
陰汗(いんかん)《割書:前陰(まへ)しめりあせ|づく事》 陰痿(いんい)《割書:陰茎(まへ)なへるを|いふなり》 労瘵(ろうさい)《割書:ろうがいの事|虚労(きよろう)とも云》
傳尸(でんし)《割書:ろうがいのそんを|ひくをいふ》 骨蒸(こつしやう)《割書:ろうがいのねつ|をいふ》 欝症(うつしやう)《割書:せいのつきの事|》
秘結(ひけつ)《割書:大便(たいべん)のつまる|事》 痔疾(ぢしつ)《割書:痔に五 種(しゆ)あり穴(あな)|あきうみ出るを漏と云》 脱肛(たつこう)《割書:しりのあな出る|をいふ》

【左丁】
消渇(しやうかつ)《割書:かわきのやまひの事俗に婦人の|淋(りん)病を消渇といふは誤なり》 淋病(りんびやう)《割書:小便しぶり出か|ぬるをいふ》
遺尿(いにやう)《割書:小/便(べん)たれる事|》 便濁(へんだく)《割書:小便にごる事|白濁(ひやくだく)とも云》 溺血(ねうけつ)《割書:小便より血(ち)の|下る事》
遺精(いせい)《割書:覚(おぼ)へずしてきのもるゝをいふ|夢を見(み)てもるゝを夢遺(むい)といふ》 下血(げけつ)《割書:大便より血の|下る事》
吐血(とけつ)《割書:血(ち)をはく事|》 唾血(たけつ)《割書:つばきに血の|まぢり出るを云》 衂血(ぢくけつ)《割書:はなぢをいふ|》
血虚(けつきよ)《割書:ちのへりたる|をいふ》瘀血(おけつ)《割書:とゞこほりたる|悪(あし)きちの事》 気虚(ききよ)《割書:きのへりたる|事》
腎虚(じんきよ)《割書:腎水のへりたる|をいふ》 健忘(けんほう)《割書:ものわすれの|やまい》 驚悸(きやうき)《割書:ものおどろき|する事》
癲癎(てんかん)《割書:癲(てん)はきちがいの事/癲狂(てんきやう)とも云/癎癇(かん)は俗に云てんかんなり|近/来(らい)俗医(そくい)癲癎(てんかん)ともに癎症(かんしやう)と云笑へし》
沙病(しやびやう)《割書:水中(すいちう)に射工(しやこう)と云/虫(むし)あり沙(すな)を含(ふくん)て人の影(かげ)をいれば其人これを|やむ其症(そのしやう)数多(あまた)あり沙脹玉衡(しやちやうきよくこう)と云/書(しよ)に詳(つまひらか)なり青筋(せいきん)ともいふ》
黄疸(わうだん)《割書:身うちきいろ|になるやまい》 黄汗(わうかん)《割書:きなるあせ|出る事》 黄胖(わうはん)《割書:俗にいふふく|びやうの事》
癩病(らいひやう)《割書:さんひやうの事 癘風(らいふう)とも大風とも|癩風(らいふう)ともいふなり》 白癩(ひやくらい)《割書:しろこの事|》

【右丁】
眩暈(けんうん)《割書:めまい立ぐらみ|の事》 逆上(きやくじやう)《割書:のほせる事|》 舡暈(こううん)《割書:ふねにゑふ事|》
痛風(つうふう)《割書:みうちのいたむ病なり|甚(はなはだ)しきを白虎歴節風(びやつこれきせつふう)と云》 鶴膝風(くわくしつふう)《割書:ひざかしらのはれ|いたむやまい》
麻木(まぼく)《割書:しひれおぼへなき|事又 不仁(ふじん)とも云》 麻痺(まひ)《割書:しびれる事|》 痿軟(いなん)《割書:なへる事|》
痺痛(ひつう)《割書:しびれいたむ|事》 痿躄(いへき)《割書:あしなゆる|事》 酸痛(さんつう)《割書:したゝるく|いたむ事》
隠痛(いんつう)《割書:そこにていた|む事》 流注(るちう)《割書:みうちをめぐ|るやまひ》 搐惕(ちくでき)《割書:手足(てあし)すくみ|びくめくを云》
直視(じきし)《割書:めをみつめる|事》 眼痛《割書:目(め)のいたむ事|》 近視(きんし)《割書:ちかめの事|》
眇眼(めうがん)《割書:ひがら目の|事》 雀目(じやくもく)《割書:とりめの事|》 拳毛(けんもう)《割書:さかまつげの|事/倒睫(とうせう)とも云》
外障(ぐわいしやう)《割書:うわひの事|》 内障(ないしやう)《割書:そこひの事|》 青盳(せいもう)《割書:あきめくらの事|》
眵涙(いるい)《割書:眵(い)は目(め)くそ涙(るい)はなみだなり|ひえたるなみだを冷涙(れいるい)と云》 聤耳(ていに)《割書:みゝだれの事|》
耳瘡(みゝかさ)《割書:みゝがさの事|》 耳鳴(にめい)《割書:みゝのなる事|》 耳聾(にろう)《割書:つんぼの事|》

【左丁】
鼻淵(びゑん)《割書:はなの多(おヽ)く出(て)る事|又 脳漏(のうろ)と々も云》 鼻茸(びじよう)《割書:はなたけの事|》 鼻齄(びさ)《割書:ざくろばなの|事》
清涕(せいてい)《割書:みづばなの事|》 鼻瘡(びそう)《割書:はなのくさの事|》 鼾睡(かんすい)《割書:いひきの事|》
重舌(じうぜつ)《割書:こじたの事|》 木舌(もくぜつ)《割書:したはれすく|む事》 舌衂(ぜつぢく)《割書:したよりちの|出る事》
舌瘡(ぜつそう)《割書:したのできもの|の事》 吐舌(とぜつ)《割書:した口より|出る事》 白胎(はくたい)《割書:した白くなる事|又/黒胎(こくたい)黄胎(わうたい)□□【ありヵ】》
繭唇(けんしん)《割書:くちびる白く|はれる事》 喉痺(こうひ)《割書:俗にこひといふのんどのはれる事|おもきを喉風(こうふう)ともいふ》
歯齲(しう)《割書:むしくひばの事|虫牙(むしば)ともいふ》 齘歯(かいし)《割書:はぎしりの事|咬牙(かうげ)とも云》 牙痛(げつう)《割書:はのいたむ事|》
《振り仮名:𩚚逆|かくぎやく》《割書:しやくりの事|》 失聲(しつせい)《割書:ひごゑの事|》 瘖瘂(いんあ)《割書:おしの事|》
不寐(ふみ)《割書:ねられぬ事|》 亀背(きはい)《割書:せむしの事|》 亀胸(きけう)《割書:はとむねの事|》
落架風(らくかふう)《割書:俗に云(いふ)のどかき|がねのはづれる事》 転筋(てんきん)《割書:こぶらがへり|の事》 強直(きやうちよく)《割書:てあしかゞまず|こわばる事》
内傷(ないしやう)《割書:七/情(じやう)の気(き)に傷(やぶら)れ或は飲食(いんしよく)節(せつ)をうしなひ房労(ばうらう)度(ど)|をすごしなどして病(や)むをすべて内傷(ないしやう)といふ》

【右丁】
外傷(くわいしやう)《割書:風邪(ふうじや)寒邪(かんじや)暑邪(しよじや)湿邪(しつじや)などに|やぶらるゝをいふ又 外邪(ぐわいじや)ともいふ》 邪気(しやき)《割書:四時(しいし)不正(ふせい)の気(き)|をいふ》
実症(じつしやう)《割書:つよき症を|いふ》 虚症(きよしやう)《割書:よわき症を|いふ》 壮健(そうけん)《割書:すこやかなる事|》
虚弱(きよじやく)《割書:よはき事|》 疲労(ひろう)《割書:つかれたる事|》 労役(ろうゑき)《割書:つかれたる事|》
欝滞(うつたい)《割書:きのとゞこほる|事》 急病(きうびやう)《割書:にはかなるやまひ|急症(きうしやう)とも云》 緩病(くはんひやう)《割書:ゆるやかなる病|の事》
病因(びやういん)《割書:やまいのでどころ|の事/病根(びやうこん)とも云》 難治(なんじ)《割書:なおりがたき|病の事》 不治(ふじ)《割書:なおらぬやまい|の事》
憔悴(せうすい)《割書:やせおとろへ|たる事》 老衰(らうすい)《割書:としよりて|よはりたる事》 羸痩(るいそう)《割書:やせる事|》
肥満(ひまん)《割書:こゆる事|》 尅化(こくくわ)《割書:食物(しよくもつ)のこな|れる事》 攣急(れんきゆう)《割書:ひきつりゆがむ□【事ヵ】|拘急(かうきう)とも云》
卒倒(そつとう)《割書:にはかにたおれ|めをまはす事》 厥冷(けつれい)《割書:てあしなど|ひへる事》 微冷(びれい)《割書:少(すこ)しひへる事|》
譫語(せんご)《割書:たはことをいふ|事》 蛔虫(くわいちう)《割書:腹中(はらのうち)に生ずるむしなり蚘虫(くわいちう)とも書|口(くち)へ吐(はき)或は大/便(べん)へ下(くだ)るなり》
恍惚(こうこつ)《割書:うつとりと|する事》 真寒假熱(しんかんかねつ)《割書:まことは寒(かへ)にて|かりのねつあるなり》

【左丁】
真熱假寒(しんねつかかん)《割書:真寒假熱の症の|うらはらの症(しやう)なり》 大便(だいべん)《割書:くその事|糞(ふん)とも云》
燥糞(そうふん)《割書:かわきたるくそ|をいふ》 小便(しやうべん)《割書:ゆばりの事|小水(しやうすい)ともいふ》 放屁(はうひ)《割書:へひること|転矢気(てんしき)とも云》
月水(ぐわつすい)《割書:女の月(つき)のさわりの事/月経(くはつけい)とも|経水(けいすい)とも経行(けいこう)ともいふ》 胞衣(はうゑ)《割書:ゑなの事|胎衣(たいゑ)とも云》
○婦人病(おんなのやまい)
経閉(けいへい)《割書:経水(けいすい)とゞこほる|事》 崩漏(ぼうろう)《割書:ながちの事|》 白滞(びやくたい)《割書:しらちの事|》
滞下(たいげ)《割書:こしけの事|》 悪阻(おそ)《割書:つはりの事|》 孕婦(ようふ)《割書:はらみおんな|の事》
胎前(たいせん)《割書:さんぜんの事|》 催生(さいせい)《割書:はやめの事|》 分俛(ふんべん)《割書:みふたつになる事|》
半産(はんさん)《割書:小産(せうさん)の事|》 難産(なんざん)《割書:おもきさんの事|》 堕胎(だたい)《割書:このおりる事|》
死胎(したい)《割書:胎内(たいない)の子(こ)死(し)し|たるなり》 血暈(けつうん)《割書:さんこのめまい|の事》 悪露(おろ)《割書:おりものゝ事|》
児枕痛(にじんつう)《割書:あとはらいたむ事|》 褥労(じよくろう)《割書:さんろうの事|》 乳癰(にうよう)《割書:ちゝにできる|腫物(はれもの)なり》

【右丁】
乳岩(にうがん)《割書:乳癰のおもき|症なり》
○小児病(こどものやまひ)
驚風(きやうふう)《割書:急(きう)驚風/慢(まん)驚|風の二症あり》 疳疾(かんしつ)《割書:かんの事五疳|とて五症あり》 癖疾(へきしつ)《割書:かたかいの事|》
客忤(かくきよ)《割書:おびへやまひ|》 夜啼(やてい)《割書:よなきの事|》 吐乳(とにう)《割書:ちをあます事|》
魃病(ばつびやう)《割書:おとみつわりの事|継病(けいひやう)とも云》 丹毒(たんどく)《割書:はやくさの事|》 鵝口瘡(がこうそう)《割書:したしとぎ|の事》
麻疹(ましん)《割書:はしかの事|》 痘瘡(とうさう)《割書:はうさうの事|》 水痘(すいとう)《割書:へいなもの事|》
 疱瘡(はうそう)序次(じよし)の名目
 発熱(ほつねつ)三日《割書:ほとおり【注①】じよやみ【注②】|のねつの事》 出齊(しゆつせい)三日《割書:でそろいの事|》
 起張(きてう)三日《割書:やまあげの事|》 灌膿(くわんのう) 《割書:水もりの事/回水(くわいすい)とも|云/貫膿(くわんのう)とも云》
 収靨(しうゑふ)三日《割書:かせの事|結痂(けつか)とも云》
【左丁】
搐搦(ちくてき)《割書:びくつく事|》 上竄(しやうさん)《割書:そらめづかいする|事》 角弓反張(かくきうはんふやう)【注③】《割書:みをそり|かへる事》
寒憚(かんせん)咬牙(かうげ)《割書:ふるひはぎり|する事》
 瘡癰名目(できものヽな)俗解
癰疽(ようそ)《割書:癰は浅(あさ)くして大なり|疽は深(ふか)くして悪(あし)し》 疔瘡(てうそう)《割書:面(かほ)手足(てあし)に生(しやう)す其症|数種(すしゆ)あり》
内癰(ないよう)《割書:腹(はら)の中に癰|の出来る事》 肺癰(はいよう)《割書:肺の臓(ぞう)に癰|のできる事》 肺痿(はいい)《割書:肺癰の類(るい)也|》
腸癰(ちやうよう)《割書:大腸に癰の|できる事》 懸癰(けんよう)《割書:此症二ッあり一ッは喉(のど)の懸壅(けんよう)の腫(はれ)る事|一ッはありのとうわたりに癰のできる事》
臀癰(どんよう)《割書:しりに癰の|できる事》 便毒(べんどく)《割書:よこねの事|》 疳瘡(かんそう)《割書:下疳(げかん)の事|》
楊梅瘡(ようはいそう)《割書:たうがさの事|》 臁瘡(れんそう)《割書:はゞきがさの事|》 雁瘡(がんそう)《割書:がんがさの事|》
癬瘡(せんそう)《割書:ぜにがさたむし|の事》 乾癬(かんせん)《割書:はたけの事|》 疥瘡(かいそう)《割書:ひぜんがさの事|》
瘰癧(るいれき)《割書:のどくびすぢなどにぐり〳〵したる物(もの)|できる事/結核(けつかく)ともいふなり》 脳疽(のうそ)《割書:くびきれちやう|の事》

【注① 熱気を発する事。】
【注② 序病み=病気の初期。】
【注③ 「はんふやう」の「ふ」は「ち」の誤記ヵ】

【右丁】
痜瘡(どくそう)《割書:はげがさの事|》 白禿(はくどく)《割書:しらくぼの事|》 白屑(はくせつ)《割書:ふけの事|》
面瘡(めんそう)《割書:にきびの事|》 癭瘤(ゑいりう)《割書:こふの類にて口の|あく腫物なり》 石癭(せきゑい)《割書:こぶの事|》
《振り仮名:𤴦瘡|きうそう》《割書:いぼの事|》 疣目(ゆうもく)《割書:魚目(うをのめ)の事|》 胼抵(へんし)《割書:たこの事|》
代指(たいし)《割書:つまばらみ【注】の事|甲疽(かうそ)とも云》 逆臚(ぎやくろ)《割書:さかむけの事|》 鵝掌風(がしやうふう)《割書:うらむしの事|》
凍瘡(とうそう)《割書:しもやけの事|》 皹(くん)《割書:あかぎれの事|》 《振り仮名:風𤻘疹|ふういんしん》《割書:かざぼろし|の事》
熱沸瘡(ねつふつそう)《割書:あせぼの事|》 漆瘡(しつそう)《割書:うるしまけ|の事》 灸瘡(きうそう)《割書:やいとがさの事|》
癜風(でんふう)《割書:なまずの事|白紫の二種有》 黒痣(こくし)《割書:ほくろの事|》 金瘡(きんさう)《割書:きりきずの□【事ヵ】|》
打撲(だぼく)《割書:うちみの事|》 折傷(せつしやう)《割書:くぢきの事|》 眠瘡(めんそう)《割書:とこづれの事|》
破傷風(はしやうふう)《割書:疵(きず)の口より風(かせ)をひき|みうちひきつるやまひ》
 身體(からだの)名目(な)俗解

【左丁】
頭(づ)《割書:かしら|》 面(めん)《割書:かほ顔(がん)とも|かくなり》 額(かく)《割書:ひたい頟(かく)◦顙(さう)とも|かくなり》
顖(ゑん)《割書:あたま|》 頂(ちやう)《割書:いたゞき顛(てん)とも|かくなり》 頬(けう)《割書:ほふ|》
顴(けん)《割書:ほふぼね𩪼(けん)◦頏(こう)|ともかくなり》 頥(い)《割書:おとがい頷(かん)とも|いふ》 顋(さい)《割書:あご腮(さい)とも書|なり》
顱(ろ)《割書:かしらのはち|》 脳(のう)《割書:なづき|》 頸(けい)《割書:くび|》
咽(いん)《割書:のんど嗌(いつ)とも云|物をのむ方なり》 喉(こう)《割書:嚨(らう)ともいふ|いきのかよふ方》 吭(かう)《割書:のどぶゑ|》
結喉(けつこう)《割書:のどぼね|》 頬車(けうしや)《割書:つらぼね|》 顖門(しんもん)《割書:おどりこ|》
率谷(そつこく)《割書:こめかみ|》 顔色(かんしよく)《割書:かほのいろ|面色(めんしよく)とも》
髪(はつ)《割書:かみ|》 髪際(はつさい)《割書:はへぎは|》 旋毛(せんもう)《割書:つじ|》
眉(び)《割書:まゆ|》 眉稍(びせう)《割書:まゆじり|》
目(もく)《割書:め|》 眼(がん)《割書:まなこ|》 䀹(せふ)《割書:まつげ俗に睫(せふ)|とも云》

【注 「つまばらみ」=爪孕みの意。爪が化膿する事。】

【右丁】
瞼(けん)《割書:まふた|》 眸(ばう)《割書:ひとみ瞳とも云|》 内眥(ないし)《割書:まがしら|》
外眥(くはいし)《割書:まじり|》
耳(に)《割書:みゝ|》 耳門(にもん)《割書:みゝのあな|》 垂珠(すいしゆ)《割書:みゝのたぶ|》
鼻(び)《割書:はな|》 頞(あつ)《割書:はなばしら|》 準(せつ)《割書:はなのさき|䪼(せつ)ともかく》
鼻竅(びけう)《割書:はなのあな|》 人中(にんちう)《割書:はなみぞ|》
口(こう)《割書:くち|》 唇(しん)《割書:くちびる|》 吻(ふん)《割書:くちわき|》
歯(し)《割書:は|むかふば》 牙(け)《割書:おくば|》 齦(きん)《割書:はじみ齗(きん)|ともかく》【注】
舌(ぜつ)《割書:した|》 靨(ゑう)《割書:ゑくぼ|》
胸(けう)《割書:むね膺(よう)とも云|》 腹(ふく)《割書:はら肚(と)とも|》 臍(さい)《割書:ほそ神闕と|も云》
鳩尾(きうび)《割書:みづおち心下(しんか)|とも云》 缺盆(けつぼん)《割書:むなぼね|》 小腹(しやうふく)《割書:ほがみ|》

【左丁】
乳(にう)《割書:ち|》 乳房(にうばう)《割書:ちぶさ|》 乳頭(にうとう)《割書:ちくび|》
乳汁(にうしう)《割書:ちしる|》 胸膈(けうかく)《割書:むねのあいだを|いふ》 臍下(さいか)《割書:ほその下|》
背(はい)《割書:せなか|》 脊(せき)《割書:せすぢ|》 膂(りよ)《割書:せぼね|》
肩(けん)《割書:かた膊(はく)とも云|》 腢(ぐう)《割書:かたさき髃(くう)とも|かくなり》 胛(かう)《割書:てうちかけ|》
脇(けう)《割書:わき|》 腋(ゑき)《割書:わきつぼ|》 肋(ろく)《割書:あばらぼね|》
腰(よう)《割書:こし|》 骼(かく)《割書:こしぼね|》 尻(こう)《割書:しり|》
臀(とん)《割書:いさらひ|》 肛門(こうもん)《割書:しりの穴|》
手(しゆ)《割書:て|》 臂(ひ)《割書:うでてくびより|ひぢまでを云》 肘(ちう)《割書:ひじしり|》
臑(じゆ)《割書:かいなかたより|ひぢまでを云》 腕(わん)《割書:てくび|》 掌(しやう)《割書:てのはら手心|とも云》
 拳(けん)《割書:こぶし|》

【注 「はじみ」は「はぐき」ヵ】

【右丁】
足(そく)《割書:あし脚とも云|》 股(こ)《割書:もゝ|腿髀(たいひ)とも云》 胯(こ)《割書:うちもゝ|》
膝(しつ)《割書:ひざ|》 脛(けい)《割書:はぎ|》 腨(ぜん)《割書:こむら腓◦胻|とも云》
跗(ふ)《割書:あしのこう|》 踵(せう)《割書:きびす|》 踝(くは)《割書:くるぶし|》
膝蓋(しつかい)《割書:ひざがしら|》
指(し)《割書:ゆび|》 大指(たいし)《割書:おやゆび拇指(ぼし)|とも》 食指(しよくし)《割書:ひとさし|ゆび》
中指(ちうし)《割書:たけたかゆび|》 無名指(むめうし)《割書:べにさしゆび|》 小指(しやうし)《割書:こゆび|》
瓜甲(さうかう)《割書:つめ|》
陰茎(いんきやう)《割書:へのこ|》 陰嚢(いんのう)《割書:ふぐり|》 睾丸(かうぐはん)《割書:きんだま|陰丸とも云》
陰戸(いんこ)《割書:おんなのまへ|陰門とも云》 子宮(しきう)《割書:こつぼ|》 会陰(ゑいん)《割書:ありのとう|わたり》

【左丁】
五臟(ござう) 肝(かん) 心(しん) 脾(ひ) 肺(はい) 腎(じん)
六腑(ろくふ) 大腸(たいちゃう)《割書:肺の|府》 小腸(しやうちやう)《割書:心の|府》 胃(ゐ)《割書:脾の|府》 膀胱(はうくはう)《割書:腎の|府》
   三焦(さんせう)《割書:心/包胳(はうらく)【注】の|府》 膽(たん)《割書:肝の|府》
九竅(きうけう) 目(め)《割書:ニッ|》 耳(みヽ)《割書:二ッ|》 鼻(はな)《割書:二ッ|》 口(くち)《割書:一ッ|》 前陰(ぜんいん)《割書:一ッ|》
   後陰(ごいん)《割書:一ッ|》
四体(したい) 頭(かしら) 身(み) 手(て) 足(あし) 又/両手(りようて) 両/足(そく)をもいふ
四肢(しし) 両手両足をいふ 皮膚(ひふ)《割書:はだへの事》
一身(いつしん) 耳(に)目(もく)口(こう)鼻(び)百体(ひやくたい)をいふ
遍身(へんしん)《割書:みうち|》 総身(そうしん)《割書:そうみ|》 半身(はんしん)《割書:かたみ|》
七情(ひちじゃう) 喜(き)【左ルビ:よろこひ】 怒(ど)【左ルビ:いかり】 憂(ゆふ)【左ルビ:うれい】 思(し)【左ルビ:おもひ】 悲(ひ)【左ルビ:かなしみ】 驚(きやう)【左ルビ:おどろく】 恐(きやう)【左ルビ:おそるヽ】 をいふ

【「胳」は「絡」の誤ヵ】

【右丁】
 医者流義の心得
医者(いしや)の流義(りうき)といへるはすまぬことなれども世俗(せぞく)【左ルビ:よのひと】の言(いゝ)なら
はせなれはこゝに其(その)あらましをしるし病(びやう)家の心得(こゝろえ)と

道三流(どうさんりう)とは一渓翁(いつけいわう)道三の療治(りやうぢ)かたをいふ医術(いしゆつ)は東垣(とうえん)
丹渓(たんけい)の設(せつ)に従(したが)ひ医学(いがく)正伝(しやうてん)万病(まんびやう)回春(くわいしゆん)などによりて
療治す随分(ずいぶん)やわらかなる療治なり又 大坂(おゝざか)の見宜(けんぎ)
堂(どう)は医学入門(いかくにうもん)によりて療治す又 薛己流(せつきりう)とて
薛己の十六 種(しゆ)に依(よ)りて人参(にんしん)を多(おゝ)く用るもあり
いつれも補剤(ほざい)がちの治方なり

【左丁】
玄医流(げんいりう)とは丹水子名古屋玄医(たんすいしなごやげんい)の療治かたをいふ傷(しやう)
寒論(かんろん)金匱要略(きんきようりやく)の方(はう)を用ひ仲景流(ちうけいりう)と称(しやう)すこれ
仲景流と唱(とな)ふる最初(さいしよ)なり然(しか)れども此流(このりう)は寒涼(かんりやう)
の剤(ざい)はあまり用ひす専(もつは)ら傷寒論金匱要略の中(なか)
の温剤(うんさい)を用ゆ此(この)末流(まつりう)に小松(こまつ)流とて附子(ぶし)を妄(みだり)に
用ゆるも此の故(ゆへ)なり
後藤流(ことうりう)とは養菴(やうあん)後藤 佐一(さいち)の療治(りやうじ)かだをいふ此流(このりう)に
は灸治(きうぢ)を専(もつは)らとし湯治(とうぢ)薬餌(くすりぐい)を用ゆ傷寒(しやうかん)六経(りくけい)の
説(せつ)薬(くすり)の気味(きみ)寒熱(かんねつ)【左ルビ:ひへるあつし】温涼(うんりやう)【左ルビ:あたゝかすゞし】の弁(べん)陰陽(いんやう)五行(ごぎやう)五臓六腑(こぞうろくふ)
経絡(けいりやく)配当(はいとう)の説 養生(やうしやう)運気(うんき)の論(ろん)を總(すべ)て用ひす素問(そもん)

【右丁】
霊樞(れいすう)は邪説(じやせつ)なりとて捨(すて)て読(よま)ず自(みづか)ら儒医(じゆい)と称す
熊胆(ゆうたん)【左ルビ:くまのゐ】を多(おゝ)く用ゆ
香川流(かがはりう)とは一本堂香川太仲(いつほんどうかがはたちう)の療治(りやうぢ)かたをいふ香(か)
川氏は後藤氏の弟子(でし)なれば医術(いしゆつ)右に同じ此翁(このおやぢ)学(かく)
文(もん)も余程(よほど)ありしゆへ著述(ちよしゆつ)【左ルビ:あらはしのぶる】の書(しよ)も多(おゝ)く此流を偏(あまね)
く世上(せじやう)へ弘(ひろ)むすべて此流には薬(くすり)の製法(せいはう)を用ひす只(たゞ)
水(みづ)にて洗(あら)ひ日に暴(ほす)を製法とす
道策流(どうさくりう)とは養寿院道策法眼(やうじゆいんどうさくはふげん)の療治かたをいふ
これも大意(たいい)は後藤氏と同し素問霊樞を用ひす汗(かん)【左ルビ:あせし】
吐下(とげ)【左ルビ:はかしくだす】の三法(さんはふ)に本(もと)ずき仲景(ちうけい)の方(はう)の中(なか)にて専(もつは)ら寒(かん)【左ルビ:ひやし】

【左丁】
涼(りやう)【左ルビ:すゞしめ】攻撃(こうげき)【左ルビ:せめうつ】の剤(ざい)を用ゆ当世(とうせい)医者(いしや)の脚気(かつけ)癇症(かんしやう)なとの病(ひやう)
名(めい)を言立(いゝたて)白虎湯(びやくことう)三黄丸(さんわうぐはん)十棗湯(じつそうとう)などの薬を妄(みだ)りに
用ゆるは此 法眼(はうげん)の顰(ひん)にならゑる也又此 末流(まつりう)に吐法(とはふ)【左ルビ:はかす】を専(もつ[は])
ら用ゆる人もありしなり松原(まつはら)流 吉益(よします)流などとて
こと〳〵しくいへるも皆(みな)々療治の大意(たいい)は此法眼の奴【左ルビ:しも】
隷(れい)【左ルビ:べ】なり總(すべ)て人参(にんじん)は吉野(よしの)人参を用ゆ古方家(こはうか)と
称し又 仲景(ちうけい)流といふ然(しか)れども古(いにしへ)の玄医(げんい)流は温(うん)【左ルビ:あたゝめ】剤(ざい)
を専ら用ひ今(いま)の古方家は寒冷(かんりやう)【左ルビ:ひやしすゞしめ】の剤(ざい)を専ら用
ひともに仲景流と称す仲景は薬方(やくはう)の祖(そ)なればい
づれの医(いしや)者も皆(みな)仲景流なり今時(いまどき)は偏(へん)なる療治を

【右丁】
妄(みた)りに仲景流と称するは仲景の不幸(ふしあわせ)なりしかし
痼疾(こしつ)又は平生(へいぜい)達者(たつしや)なる人か田舎(いなか)の健(すこや)かなる人には埒(らち)
明(あき)てよき療治なり
 古方後世の分を知る心得
古方家(こはうか)とは宗元明(そうげんみん)などの諸(しよ)方書(はうじよ)を用ひずして
専ら漢(かん)の仲景(ちうけい)の傷寒論(しやうかんろん)金匱要略(きんきようりやく)などの古(ふる)き方(はう)
を用ゆる故(ゆへ)に名(なづ)くとなり又仲景流ともいへり此(この)流(りう)
義(ぎ)は陰陽五行(いんようごぎやう)と云(いふ)事は道家(どうか)の説(せつ)なりとて用ひす又
素問(そもん)難経(なんきやう)は後(のち)の世(よ)の人の偽作(ぎさく)【左ルビ:いつはり】なりとて読(よま)ずさて
薬(くすり)は皆(みな)毒(どく)なり毒を以て病(やまひ)をせむるのみ死生(しにいき)は命(めい)なり

【左丁】
医者(いしや)の知(し)る事にてなしとて虚実(きよじつ)【左ルビ:よわしつよし】を問はず専ら攻(こう)【左ルビ:せめ】
撃(げき)【左ルビ:うつ】の剤(ざい)を用ゆるなりさて道三(どうさん)以来(このかた)今(いま)まての医者(いしや)
東垣(とうえん)丹渓(たんけい)の説(せつ)により入門(にうもん)回春(くわいしゆん)などの方(はう)を用るを古
方(はう)家より後世家(こうせいか)といふ後(のち)の世(よ)に云(いゝ)いだせる説(せつ)にした□【がヵ】
ふ故(ゆへ)なりとぞ此流は随分(ずいふん)人にあたらぬ様(やう)にとて平(へい)和【左ルビ:やわらか】
なる薬を用ひやわらかなる療治ゆへ貴人(きにん)多(おほ)く用ひらる
因(よつ)て世俗(せぞく)に典薬療治(てんやくりやうぢ)と云(い)へり
 医書(いしよの)名目(な)俗解
天下(てんか)の医書(いしよ)おびたゝしき事(こと)にて牛(うし)に汗(あせ)し棟(むなぎ)に
充(みつ)ればなか〳〵筆(ふで)に尽(つく)しがたし故(ゆへ)に世人(せじん)のよく

【右丁】
知(し)れる所(ところ)の書(しよ)一二をしるすのみ
○内経(だいきやう)とは素問(そもん)九巻(くくわん)霊樞(れいすう)九巻(くくはん)合(あわ)せて黄帝(くわうてい)内経
 といふ昔(むかし)黄帝と云 聖王(せいわう)ありて岐伯(ぎはく)鬼兪区(きゆく)等(ら)
 の諸臣(しよしん)と問答(もんどう)したまふ医論(いろん)をしるす此書(このしよ)は黄
 帝の時(とき)に出来(でき)たるにてはなしはるか後(のち)の世(よ)周(しう)の末(すへ)
 戦国(せんごく)の頃(ころ)に出来たりと云伝(いゝつた)ふるなり
○難経(なんきやう)とは秦越人(しんえつじん)扁鵲(へんしやく)と号(ごう)せし人の作(さく)なりもと
 は八十一難云しを後(のち)の人 尊(たつとん)で経(きやう)と云 字(じ)を付(つけ)て難
 経といふなり
○傷寒論(しやうかんろん)金匱要略(きんきようりやく)ともに張仲景(ちやうちうけい)の作(さく)なりしかし

【左丁】
 仲景の全本(ぜんほん)今(いま)は絶(たへ)てなし惜(おし)むべき事(こと)なり今の
 世に伝(つたは)るは王叔和(わうしゆくくわ)と云(いふ)人仲景の書(しよ)のこゝかしこ残(のこり)
 たるを集(あつ)め綴(つゞり)しなり
○肘後方(ちうこはう)は晋(しん)の葛洪(かつこう)の作(さく)後(のち)に陶弘景(とうこうけい)といふ人 増補(そうほ)
 して肘後百(ちうこひやく)一 方(はう)といふ
○千金方(せんきんはう)《割書:三十|巻》千金 翼(よく)方《割書:三十|巻》唐(とう)の孫思邈(そんしばく)の作なり
○外臺秘要方(けだいひようはう)《割書:四十|巻》唐(とう)の王燾(わうたう)の作なり
○脉経(みやくきやう)は晋(しん)の王叔和(わうしゆくくは)の作なり
○甲乙経(こうおつきやう)は晋(しん)の皇甫謐(くわうほひつ)の作なり
○十四経(じうしけい)は元(げん)の滑伯仁(くわつはくじん)の作なり

【右丁】
○大成論(たいせいろん)は元(げん)の孫允賢(そんいんけん)の作 医方大成(いはうたいせい)といふ書(しよ)の論(ろん)
 ばかりを抜たるなり
○原(げん)病式は金(きん)の劉完素河間(りうくわんそかかん)の作なり
○格致余論(かくちよろん)局方発揮(きよくはうはつき)并に元の朱震亨丹渓(しゆしんきようたんけい)
 の作なり
○㴑洄集(そくわいしう)は明(みん)の王履安道(わうりあんどう)の作なり
○明医雑著(めいいざつちよ)は明の王綸(わうりん)の作なり
○医学正伝(いがくしやうてん)は明の虞天民(くてんみん)の作なり
○医(い)学入/門(もん)は明の李挺(りてい)の作なり
○万病回春(まんひやうくわいしゆん)は明の龔廷賢(けうていけん)の作なり
【左丁】
○本艸綱目(ほんそうかうもく)は明の李時珍(りじちん)の作なり
○東垣十書(とうゑんじつしよ)とは◦脈訣(みやくけつ)◦湯液本艸(とうゑきほんぞう)◦脾胃論(ひいろん)
 ◦蘭室秘蔵(らんしつひそう)◦内外傷弁惑論(たいぐわいしやうべんわくろん)◦溯洄集(そくわいしう)◦格致余論(かくちよろん)
 ◦局方発揮(きやくはうはつき)◦此事難知(しじなんち)◦外科精義(けくわせいぎ)をいふなり
○薛己(せつき)十六/種(しゆ)とは◦婦人良方(ふじんりやうはう)◦保嬰撮要(はうゑいさつよう)◦明医雑著(めいいざつちよ)
 ◦外科精要(げくわせいよう)◦外科/樞要(すうよう)◦小児直訣(しようにじきけつ)◦原機啓微(げんきけいび)
 ◦内科摘要(ないくわさつよう)◦癘瘍機要(れいようきよう)◦正体類要(しやうたいるいよう)◦小児/痘疹方(とうしんはう)
 ◦保嬰精要(ほうゑいせいよう)◦口歯類要(こうしるいよう)◦保嬰/金鏡録(きんけうろく)◦傷寒(しやうかん)金鏡録
 ◦女科撮要(しよくわさつよう)をいふなり
 治療(ちりゃう)名目(な)俗解《割書:養生名目|》

【保嬰は撮要と金鏡録は存在するが精要は存在しないと思われます。】

【右丁】
寒剤(かんざい)《割書:ひやす薬方の|事》 温剤(うんざい)《割書:あたゝめる薬|方の事》 涼剤(りようざい)《割書:すゞしくする|薬方の事》
補薬(ほやく)《割書:おぎなひくすり|のこと》 瀉薬(しややく)《割書:くだすくすり|のこと》 発敢(はつさん)《割書:おいおし|》
吐方(とほう)《割書:はかすくすり|》 下剤(げざい)《割書:くたす薬方|のこと》 温補(うんほ)《割書:あたゝめおぎのふ|》
攻撃(こうげき)《割書:病をせむること|》 滋補(じほ)《割書:うるおしおぎ|のふ》 滋潤(しじゆん)《割書:うるかす|》
温煖(うんだん)《割書:あたゝめる|》 平和(へいわ)《割書:やはらかなる事|》 大剤(たいざい)《割書:おゝぶくなる事|》
小剤(しやうざい)《割書:こぶくなる事|》 和解(わげ)《割書:傷寒半裏半表の證に用ゆる方|小柴胡湯の類をいふ》
発表(はつひゃう)《割書:ほかへおいおす|》 清涼剤(せいりようさい)《割書:すゞしくする|薬方のこと》 苦寒薬(くかんのくすり)《割書:にかくして|ひやす薬》
甘温(かんうん)《割書:あまくして|あたゝむるくすり》 截補(せつほ)《割書:おこりのきり薬|截薬とも云》 通利(つうり)《割書:大小便をくたす|事》
踈滌(そでき)《割書:痢病(りひやう)のよく通ずる様にする薬のこと|又 疎通(そつう)するともいふ》 分利(ふんり)《割書:大小便の□れ|通ずる事》
開滑(しゆんくわつ)《割書:大便のやわらぐ|事》 調攝(ちやうせつ) 調護(ちやうご) 攝養(せつよう)《割書:いつれも養生(やうしやう)して|とゝのへる事》

【左丁】
快然(くはいせん) 快気(くわいき)《割書:いつれもこゝろ|よき事》 全快(せんくわい) 快復(くわいふく) 平(へい)愈《割書:いつれも本復|の事》
保養(ほよう)《割書:病後(やみあがり)の用心|なり》 禁忌(きんき)《割書:いみ物(もの)の事|》 禁好物(きんこうもつ)《割書:禁はいむ好は|よき事》
薬餌(やくじ)《割書:くすりぐいの事|》 空心(くうしん)《割書:すきはらの事|空腹(くうふく)とも云》 食遠(しよくゑん)《割書:食事より間|のとをき事》
力役(りよくゑき)《割書:ちからわざの|事》 房事(ぼうじ)《割書:男女(なんしよ)交合(まじはう)の事|婬事(いんじ)とも云》 加減(かげん)《割書:薬 味(み)のさし|ひきの事》
加味(かみ)《割書:薬味(やくみ)をたす|事》 調理(ちやうり)《割書:とゝのへおさむる|事》


病家心得艸巻之上終

【前コマと同じページ】
【左丁に折返】
■■  コメ
ヤケノモ

【裏表紙 文字なし】

【表紙 題箋】
病家心得艸(ひやうかこゝろへくさ) 下

【ラベル:02 ヒ 20】

【見返し】
《題:病家心■艸巻之下》
《題:       大彌》
《題:病家心■艸 巻之下》

【■は「糸+㝵」】
【ラベル:02 ヒ 20】

【左丁】
病家心得艸巻之下
           藤井玄芝著
 ○病人(ひやうにん)食物(しよくもつ)の心得
[諸病不禁(しよひやうにいまざる)]麩(ふ) 昆布(こんぶ) 海帯(あらめ) 鹿角菜(ひじき) 梅干(むめぼし)
薯蕷(やまのいも) 長薯(ながいも) 零餘子(むかご) 胡蘿蔔(にんじん) 牛蒡(ごばう) 蓮根(はすのね)
蕪菁(かぶらな) 欵冬(ふき) 野蜀葵(みつばぜり) 干蕪(ほしかぶら) 枸杞葉(くこのは) 五加葉(うこぎのは)
蒲公英(たんほヽ) 鶏腹菜(よめな) 菊葉(きくのは) 地膚(はうきヾ) 独活(うど) 薊(あざみ) 薺(なづな)
艾(よもぎ) 鱧(はも) 鯔(なよし) 鱵(さより) 鮟鱇(あんかう) 海鷂(ゑひ) 膾残(しろうを) 海豚(うるか)
鮫(さめ) 文鰩(とびうを) 幾須魚(きすご) 古利(ごり) 蒲束(かまつか) 海参(いりこ) 水母(くらげ)
蛤蜊(はまくり) 魁蛤(あかゞい) 石決明(あわび) 牡蛎(かき)

【[ ]は矩形で囲まれた文字】

【右丁】
[中風宜(ちうふによろしき)]葱(ひともじ) 韮(にら) 莇(あざみ) 山芋(やまのいも) 五加(うこぎ) 黒豆煎(くろまめにて)
大麦(おゝむぎ) 牛房(ごばう) 枸杞(くこ) 覆盆子(いちこ) 橘(みかん) 葛(くず) 生姜(しやうか)
蛎(かき) 鰻(うなぎ) 鱧(はも) 海月(くらげ) 田螺(たにし) 鯉(こい) 鱸(すずき) 鮭(さけ)
[禁物(きんもつ)]麺(めんるい) 油(あぶら) 蕎麦(そば) 蕨(わらび) 豆腐(たうふ) 蓼(たで) 冬瓜(かもうり)
菌(くさびら) 餅(もち) 粟(あわ) 山椒(さんせう) 胡桃(くるみ) 蝦(ゑび) 鯽(ふな) 乾鰒(ほしあわび)
[傷寒宜(しやうかんによろしき)]粟(あわ) 大麦(おゝむぎ) 生姜(しやうが) 芹(せり) 大根(だいこん) 梨(なし)
枸杞(くこ) 山芋(やまのいも) 藕(はす)【注①】 野老(ところ) 干梅(ほしむめ) 赤小豆(あつき) 和布(わかめ)
葛(くず) 昆布(こんぶ) 牛房(ごぼう) 陟釐(あをのり) 葱(ひともじ) 蚫(あわび) 烏賊(いか) 雁(がん)
炒海鼠(いりこ) 海鼠腹(このわた) 海月(くらげ)
[禁物(きんもつ)]麺(めんるい) 茄(なすび) 黄瓜(きうり) 枇杷(びわ) 酒(さけ) 生棗(なまなつめ) 栗(くり)

【左丁】
餅(もち) 餳(あめ) 胡瓜(きうり) 小麦(こむき) 蕨(わらび) 韮芹(にらせり) 沙糖(さとう) 炒豆(いりまめ)
鯵(あぢ) 鯖(さば) 《振り仮名:■釼|がざめ》【注②】 鮓(すし) 鱠(なます)
愈後(いゑてのち)百日/鯉(こい)鯽(ふな)食(しよく)すべからず
[瘧疾宜(おこりによろし)【注③】]大根(だいこん) 葱(ひともじ) 生姜(しやうが) 芹(せり) 牛房(ごばう) 蘘荷(めうか)
薺(なつな) 枸杞(くこ) 山芋(やまのいも) 海月(くらげ) 鯛(たい) 鰻(うなぎ)
[禁物(きんもつ)]黄瓜(きうり) 季(すもヽ) 枇把(びわ) 蕎麦(そば) 茄(なすび) 豆腐(たうふ) 麺(めんるい)
胡瓜(きうり) 蕨(わらひ) 胡麻(こま) 餅(もち) 胡桃(くるみ) 油物(あふらもの) 鯽(ふな) 鱧(はも) 鮹(たこ) 
鮎(あゆ) 雉(きじ) 鰯(いわし) 
[痢病宜(りびやうによろし)]栗(くり) 麩(ふ) 棗(なつめ) 榴(さくろ) 乾柿(ほしがき) 干梅(ほしむめ) 藕(はす)【注①】
牛房(ごばう) 莇(あざみ) 葛(くず) 陟釐(あをのり) 韮(にら) 鮭(さけ) 鮎(あゆ) 鯵(あじ) 烏賊(いか)

【注① 「藕」が「艹+耒+咼」】
【注② ■は「扌+㢕」】
【注③ 「瘧」が「疒+虍+巴」】

【右丁】
炒海鼠(いりこ)
[禁物(きんもつ)]瓜(うり) 麺(めんるい) 笋(たけのこ) 桃(もゝ) 蕎麦(そば) 菘菜(ほりいりな) 柑子(かうじ)
熟柿(じゆくし) 杏(あんす) 茄(なすび) 芰(ひし) 胡瓜(きうり) 大根(たいこん) 芋(いも) 醤(ひしほ) 酒(さけ)
鱠(なます) 蝦(ゑび)
[泄瀉宜(くだりはらよろし)]麩(ふ) 棗(なつめ) 山椒(さんせう) 生姜(しやうが) 鶉(うつら) 鶏(にはとり) 鯉(こい)
[禁物(きんもつ)]麺(めんるい) 蕎麦(そば) 蕪菁(うきな) 菘菜(ほりいりな) 瓜(うり) 柑子(かうじ) 梨(なし)
莧(ひゆ) 田螺(たにし) 鮎(あゆ)
[咳嗽宜(せきによろし)]生姜(しやうが) 大根(だいこん) 欵冬茎(ふき) 莧(ひゆ) 枸杞(くこ) 梨(なし)
牛房(こぼう) 飴(あめ) 干柿(くしがき) 芥子(からし) 胡麻(ごま) 莇(あざみ) 海月(くらげ) 蛎(かき)
蛤(はまぐり) 鯛(たい) 鯉(こい) 鱧(はも)

【左丁】
[禁物(きんもつ)]麺(めんるい) 冬瓜(かもうり) 蕨(わらび) 橘(たちばな) 柑子(かうじ) 桃(もゝ) 胡桝(こせう)
季(すもゝ) 榴(じやくろ) 林檎(りんご) 楊梅(やまもゝ) 胡桃(くるみ) 枇把(びわ) 榧(かや) 芋(いも) 蓼(たで)
蒜(にんにく) 柚(ゆ) 昆布(こんぶ) 酒(さけ) 酢(す) 鮓(すし) 鱠(なます) 蛸(たこ) 鯽(ふな) 
[喘急(せんきう)宜]大麦(おゝむぎ) 葛粉(くずのこ) 胡麻(ごま) 生姜(しやうが) 粟(あわ) 五加(うこぎ)
枸杞(くこ) 牛房(ごぼう) 欵冬(ふき) 海月(くらけ) 蛎(かき) 鯉(こい) 鰒(あわひ)
[禁物]生菓(くだもの) 麺(めんるい) 油(あふら) 蕨(わらび) 胡椒(こせう) 鯽(ふな) 鱸(すゞき)
[痰飲(たんいん)宜]生姜(しやうが) 大根(たいこん) 独活(うど) 山椒(さんせう) 大麦(おゝむぎ) 粟(あわ)
粱(ひへ) 馬莧(すへりひゆ) 枸杞(くこ) 鮑(あわび) 海月(くらげ)
[禁物]小麦(こむき) 蕎麦(そば) 飴(あめ) 糖(さとう) 油(あふら) 桃(もゝ) 杏(あんず) 林檎(りんご)
枇杷(びわ) 胡椒(こせう) 鯽(ふな) 鯛(たい) 鮎(あゆ) 鯨(くしら)

【右丁】
[水腫(すいしゆ)宜]小麦(こむき) 商陸(やまごほう) 粟(あわ) 黒豆(くろまめ) 大根(だいこん) 葛(くす) 蒲公(たんほゝ)
蘩蔞(はこべ) 昆布(こんぶ) 独活(うど) 鯉(こい) 鱸(すゞずき) 鱧(はも)
[禁物]塩(しほ) 麺(めんるい) 罌子(けし) 蕨(わらび) 紫菜(あまのり) 菌(くさびら) 蝦(ゑび)
[脹満(ちやうまん)宜]粟(あわ) 大麦(おゝむぎ) 大根(たいこん) 山椒(さんせう) 小豆(あづき) 山芋(やまのいも) 莇(あざみ)
黒大豆(くろまめ) 葱(ひともじ) 牛房(ごぼう) 昆布(こんぶ) 生姜(しやうが) 芹(せり) 藕(はす) 鯉(こい)
鮎(あゆ) 鱸(すずき) 鮭(さけ) 鱧(はも) 
[禁物]麺(めんるい) 蕎麦(そば) 菘菜(ほりいりな) 茄(なすび) 瓜(うり) 笋(たけのこ) 蕨(わらび) 榧(かや)
栗(くり) 芋(いも) 山芋(やまのいも) 芥(からし) 茗荷(めうが) 蒜(にんにく) 菌(くさひら) 棗(なつめ) 柿(かき)
柑子(かうじ) 胡瓜(きうり) 酒(さけ) 萵(ちしや) 酢(す)
[積聚(しやくじゆ)宜《割書:付|》膈噎(かくいつ)]大麦(おゝむぎ) 大根(だいこん) 蒲公(たんほゝ) 馬莧(すべりひゆ) 生姜(しやうが)

【左丁】
牛房(ごぼう) 榧(かや) 独活(うど) 枸杞(くこ) 五加(うこぎ) 天蓼(またゝひ) 山椒(さんせう) 藕(はす)
山芋(やまのいも) 鰻(うなぎ) 海月(くらげ)
[禁物]糯(もちごめ) 麺(めんるい) 油(あぶら) 小麦(こむぎ) 飴(あめ) 茄(なすひ) 罌子(けし) 瓜(うり) 蓼(たで)
笋(たけのこ) 芋(いも) 昆布(こんぶ) 芹(せり) 芰(ひし) 蕎麦(そば) 沙糖(さとう) 生魚(なまうを)
河魚(かわうを) 鱠(なます) 鮓(すし) 鯛(たい) 諸鳥(しよてう) 生菓子(なまぐはし)
[翻胃(ほんい)宜《割書:付|》嘔吐(をうと)【左ルビ:ゑづき】]大麦(おゝむぎ) 粟(あわ) 大根(たいこん) 生姜(しやうが) 山桝(さんせう)
葛粉(くずのこ) 枸杞(くこ) 五加(うこぎ) 海月(くらげ) 鰩(とびうを)
[禁物]糯(もちごめ) 麺(めんるい) 蕎麦(そば) 笋(たけのこ) 菌(くさびら) 茄(なすび) 菘菜(ほりいりな)
冬瓜(かもうり) 瓠(ひさご) 胡椒(こせう) 魚(うを) 鳥(とり) 硬物(かたきもの) 塩(しほ)
[《振り仮名:𩚚逆|いつぎやく》宜]大麦(おゝむき) 大根(たいこん) 生姜(しやうが) 山椒(さんせう)

【右丁】
[禁物]麺(めんるい) 蕎麦(そば) 罌子(けし) 茹(なすび) 胡瓜(きうり) 熟瓜(しゆくぐぐは) 蓼(たで) 
榧(かや) 魚(うを) 鳥(とり)
[宿食内傷(しゆくしよくないしやう)宜]大麦(おゝむぎ) 粟(あわ) 大根(たいこん) 生姜(しやうが) 牛房(こばう) 麩(ふ)
山桝(さんせう)
[禁物]麺(めんるい) 糯(もちごめ) 蕎麦(そば) 豆腐(たうふ) 瓜(うり) 茄(なすひ) 笋(たけのこ) 蓼(たで)
蕨(わらひ) 鳥(とり) 魚(うを)
[虚損(きよそん)宜]大麦(おゝむき) 黒豆(くろまめ) 粟(あわ) 麩(ふ) 葛(くず) 芹(せり) 大根(たいこん)
牛房(こばう) 枸杞(くこ) 五加(うこぎ) 鰻(うなぎ) 鯉(こい) 鮑(あわび) 鱧(はも) 鰩(とびうを) 烏賊(いか)
海月(くらげ) 蛎(かき) 田螺(たにし)
[禁物]糯(もちごめ) 麺(めんるい) 蕎麦(そば) 小豆(あづき) 胡葱(あさつき) 茄(なすひ) 瓜(うり) 蓼(たで)

【左丁】
蕨(わらひ) 笋(たけのこ) 胡椒(こせう) 鯽(ふな) 鮎(あゆ)
[労瘵(らうさい)宜]大根(たいこん) 牛房(ごほう) 覆盆子(いちご) 莧(ひゆ) 枸杞(くこ) 山椒(さんせう)
鰻(うなき) 鮑(あわび) 海月(くらげ) 烏賊(いか) 鴉(からす)
[禁物]糯(もちこめ) 麺(めんるい) 茄(なすひ) 蕎麦(そば) 瓜(うり) 蕨(わらひ) 蓼(たで) 棗(なつめ) 杏(あんず)
柑子(かうし) 林檎(りんこ) 枇杷(びわ) 山芋(やまのいも) 胡桝(こせう) 鯛(たい) 鯽(ふな) 鮎(あゆ) 鳥(とり)
酒(さけ) 飽食(ばうしよく) 晩食(おそくしよくし)
[汗(あせ)宜]干梅(むめぼし) 酢(す) 葛粉(くずのこ) 芹(せり) 蛎(かき) 烏賊(いか)
[禁物]酒(さけ) 麺(めんるい) 葱(ひともし) 芥子(からし) 大根(だいこん) 蕎麦(そば)
[怔悸(せいき)宜]粟(あわ) 生姜(しやうが) 山椒(さんせう) 牛房(こぼう) 五加(うこぎ) 蛎(かき) 鯉(こい)
[禁物]糯(もちこめ) 麺(めんるい) 蕎麦(そば) 飴(あめ) 沙糖(さとう) 生菓(なまこのみ) 鯽(ふな)

【右丁】
海㹠(くじら) 鮹(たこ)
[眩暈(けんうん)宜]茶(ちや) 菊葉(きくのは) 大根(だいこん) 芥子(からし) 莧(ひゆ) 独活(うと)
[禁物]糯(もちこめ) 麺(めんるい) 蕎麦(そば) 蕨(わらび) 油(あぶら)
[健忘(けんばう)宜]粟(あわ) 粱(ひへ) 大麦(おゝむぎ) 生姜(しやうか) 枸杞(くこ) 五加(うこぎ)
蛎(かき) 鯽(こい)【注】
[禁物]糯(もちごめ) 油(あふら) 麺(めんるい) 飴(あめ) 蕎麦(そば) 蕨(わらび)
[癲癇(てんかん)宜]生姜(しやうが) 山椒(さんせう) 莧(ひゆ) 牛房(こほう) 黒豆(くろまめ)
[禁物]糯(もちごめ) 麺(めんるい) 油(あぶら) 蕎麦(そば) 蕨(わらび) 餳(あめ) 沙糖(さとう) 乾柿(くしがき)
枇杷(びわ) 菌(くさびら) 生肉(なまのにく)
[頭痛(づつう)宜]茶(ちや) 独活(うど) 葱白(ひともししろね) 大根(だいこん) 生姜(しやうが) 山枡(さんせう)

【左丁】
山芋(やまのいも) 葛(くず) 芥子(からし) 茗荷(みやうが) 海月(くらげ) 蛎(かき) 鰌(とちやう)
[禁物]蕎麦(そば) 麺(めんるい) 油(あふら) 糯(もちこめ) 豆腐(たうふ) 栗(くり) 梨(なし) 李(すもゝ)
芰(ひし) 烏芋(くろぐわい) 笋(たけのこ) 蕨(わらび) 鮎(あゆ) 鯽(ふな) 鱒(ます) 鯨(くじら) 鯖(さは) 蟹(かに)
烏賊(いか) 鱧(はも)
[心腹痛(しんふくつう)宜]粟(あわ) 大根(たいこん) 生姜(しやうか) 茗荷(みやうか) 韮(にら) 葱白(ひともじしろね)
山芋(やまのいも) 牛房(ごほう) 大豆(だいづ) 蒜(にんにく) 酢(す) 鯛(たい) 鮎(あゆ) 鮭(さけ) 鯖(さば)
蛎(かき) 烏賊(いか)
[禁物]糯(もちごめ) 麺(めんるい) 蕎麦(そば) 飴(あめ) 棗(なつめ) 柿(かき) 梨(なし) 烏芋(くろくわい)
芰(ひし) 餅(もち) 蓼(たで) 瓜(うり) 笋(たけのこ) 茄(なすび) 沙糖(さとう) 蕨(わらび) 小麦(こむぎ)
冬瓜(かもうり) 黄瓜(きうり) 生魚(なまうを) 河魚(かわうを) 鮓(すし) 鱠(なます)

【注 「鯉(こい)」又は「鯽(ふな)」の誤ヵ】

【右丁】
[腰痛宜]枸杞(くこ) 黒豆(くろまめ) 大根(たいこん) 粟(あわ) 蒲公(たんぼゞ) 胡麻(ごま)
干梅(ほしむめ) 藕(はす) 栗(くり) 山芋(やまのいも) 零餘子(むかこ) 野老(ところ)
[禁物]糯(もちごめ) 麺(めんるい) 蕎麥(そは) 瓜(うり) 蕨(わらび) 枇杷(びわ) 杏(あんず) 梨(なし)
茄(なすび) 胡瓜(きうり) 茗荷(めうが) 酢(す) 鮓(すし) 菌(くさびら) 鯛(たい) 鮎(あゆ) 鯽(ふな)
[疝氣(せんき)宜]黄粱(きび) 小豆(あづき) 大根(だいこん) 葱白(ひともし) 芥子(からし) 山椒(さんせう)
胡桃(くるみ) 牛房(こほう) 苣(ちさ) 蒲公(たんほゝ) 莧(ひゆ) 姜(はじかみ) 獨活(うど) 烏賊(いか)
田螺(たにし) 海月(くらげ) 蛎(かき) 鰻(うなき)
[禁物]稷(ひゑ) 油(あぶら) 豆腐(たうふ) 御米(けし) 糯(もちこめ) 麪(めんるい) 茄(なすび) 瓜(うり)
蓼(たで) 蕨(わらひ) 菌(くさひら) 林檎(りんご) 楊梅(やまもゝ) 鯽(ふな) 鱒(ます) 鮎(あゆ)
[脚氣(かつけ)宜]牛房(ごばう) 枸杞(くこ) 黒豆(くろまめ) 小豆(あづき) 粱(きひ) 粟(あわ) 獨活(うど)

【左丁】
山椒(さんせう) 葡萄(ふどう) 梅(むめ) 干梅(ほしむめ) 橘(みかん) 柑子(かうじ) 柚(ゆ) 栗(くり) 山芋(やまのいも)
胡桃(くるみ) 覆盆(いちご) 胡麻(ごま) 角豆(さゝげ) 韮(にら) 蒜(にんにく) 莇(あざみ) 葱(ひともじ) 藕(はす)
昆布(こんぶ) 和布(わかめ) 陟釐(あをのり) 蘩蔞(はこべ) 鯖(さば) 鰻(うなぎ) 鱧(はも) 鯛(たい) 鮭(さけ)
田螺(たにし) 海鼠(なまこ) 海月(くらげ) 蛤蜊(はまぐり) 鮑(あわび)
[禁物]糯(もちごめ) 麪(めんるい) 蕎麥(そば) 蕨(わらび) 黄瓜(きうり) 茗荷(めうが) 茄(なすび) 林檎(りんこ)
杏(あんず) 楊梅(やまもゝ) 餅(もち) 烏芋(くろぐわい) 夕顔(ゆふかほ) 大根(だいこん) 莧(ひゆ) 菘菜(ほりいりな) 笋(たけのこ)
酢(す) 酒(さけ) 鮎(あゆ) 蛸(たこ) 鮓(すし) 鱠(なます)
[通風(つうふう)宜]大根(だいこん) 牛房(こぼう) 粱(きび) 山桝(さんせう) 枸杞(くこ) 芹(せり)
[禁物]麪(めんるい) 油(あぶら) 蕨(わらび) 蕎麦(そば) 黄瓜(きうり) 瓠(ひさこ) 茗荷(めうが)
諸肉(しよにく)

【右丁】
[痿証(いしやう)【左ルビ:なへる】宜]枸杞(くこ) 五加(うこぎ) 覆盆子(いちご) 牛房(ごぼう) 芹(せり) 榧(かや)
独活(うど) 莧(ひゆ) 鰻(うなぎ) 鱧(はも) 田螺(たにし)
[禁物]糯(もちごめ) 麺(めんるい) 蕎麦(そは) 小豆(あつき) 瓠(ひさご) 黄瓜(きうり) 冬瓜(かもうり)
蓼(たで) 蘩萋(はこべ) 菌(くさびら) 胡椒(こせう) 杏(あんず) 李(すもゝ) 林檎(りんご) 楊梅(やまもゝ)
鯛(たい) 鱒(ます) 鮎(あゆ)
[痺証(ひしやう)【左ルビ:ゑひれ】《割書:并|》麻木(まぼく)宜【注】]粟(あわ) 黒豆(くろまめ) 小豆(あづき) 大根(だいこん) 芥子(からし)
蒜(にんにく) 生姜(しやうが) 山桝(さんせう) 葡萄(ぶどう) 独活(うど) 鱧(はも) 黒雌鶏(くろめんとり)
鰻(うなき)
[禁物]蕨(わらび) 蕎麦(そば) 麺(めんるい) 油(あぶら) 糯(もちごめ) 酢(す) 海老(ゑび) 鮎(あゆ)
鯽(ふな) 鰤(ぶり) 鯛(たい)

【左丁】
[黄疸(わうだん)宜]粟(あわ) 粱(きび) 大麦(おゝむぎ) 麩(ふ) 小豆(あづき) 葛(くず) 大根(だいごん)
韮(にら) 独活(うど) 角豆(さゝげ) 山芋(やまのいも) 楊梅(やまもヽ) 胡瓜(きうり) 昆布(こんぶ)
鯉(こい) 蛎(かき) 鯖(さば) 海月(くらげ) 蜆(しゞみ)
[禁物]麺(めんるい) 油(あぶら) 蕎麦(そば) 冬瓜(かもうり) 糯(もちこめ) 葱(ひともし) 蕨(わらび) 梨(なし)
枇杷(びわ) 林檎(りんご) 小麦(こむぎ) 茄(なすび) 杏(あんず) 菌(くさびら) 鯽(ふな) 鮎(あゆ) 鮭(さけ)
鯛(たい)
[消渇(せうかつ)【左ルビ:かわきのやまい】宜]粟(あわ) 大麦(おゝむぎ) 葛(くず) 飴(あめ) 馬莧(すべりひゆ) 昆若(こんにやく) 笋(たけのこ)
橘(みかん) 枸杞(くこ) 芹(せり) 山芋(やまのいも) 牛房(ごぼう) 大豆(まめ) 韮(にら) 莇(あざみ) 蛎(かき)
鯉(こい) 田螺(たにし) 海月(くらげ)
[禁物]糯(もちごめ) 御米(けし) 楊梅(やまもゝ) 枇杷(びわ) 梨(なし) 胡椒(こせう) 桃(もゝ)

【注 「ゑひれ」は「しひれ」の誤ヵ】

【右丁】
石榴(さくろ) 姜(はじかみ) 胡瓜(きうり) 麺(めんるい) 蕨(わらひ) 蕎麦(そば) 酒(さけ) 鮓(すし) 鱠(なます)
鯽(ふな) 蛸(たこ) 蚏(あかゞい)【注】 鮎(あゆ) 鯛(たい) 鰍(しいら) 鱒(ます) 鯖(さば)
[霍乱(くわくらん)宜]粟(あわ) 粱(きび) 大麦(おゝむぎ) 薑(はじかみ) 山椒(さんせう) 葫(にんにく) 大根(だいこん)
干梅(ほしむめ) 山芋(やまのいも) 牛房(ごばう) 藕(はす) 零餘子(むかご) 蓼(たで) 野老(ところ)
炒海鼠(いりこ)
[禁物]麺(めんるい) 糯(もちごめ) 豆腐(たうふ) 蕎麦(そば) 蕨(わらび) 瓜(うり) 笋(たけのこ)
桃(もゝ) 李(すもゝ) 梨(なし) 胡瓜(きうり) 茄(なすび) 粥(かゆ) 餅(もち) 河魚(かわうを)
[中暑(ちうしよ)宜]粟(あわ) 粱(きび) 大麦(おゝむぎ) 葛粉(くずのこ) 葫(こんにやく)【注】 生姜(しやうが)
山椒(さんせう) 大根(だいこん)
[禁物]糯(もちごめ) 麺(めんるい) 蕎麦(そば) 豆腐(たうふ) 瓜(うり) 笋(たけのこ) 諸肉(しよにく)

【左丁】
[心痞(しんひ)宜]大根(たいこん) 生姜(しやうが) 山桝(さんせう) 莧(ひゆ) 薺(なづな)
[禁物]糯(もちごめ) 麺(めんるい) 蕎麦(そば) 飴(あめ) 黄瓜(きうり) 瓠(ひさご) 鯛(たい) 鯽(ふな)
鮎(あゆ)
[吐血(とけつ)《割書:付|》諸血症(もろ〳〵のけつしやう)宜]梔花(くちなしのはな) 韮(にら) 大根(だいこん) 芹(せり) 山芋(やまのいも)
葛粉(くずのこ) 零餘子(むかご) 粟(あわ) 陟釐(あをのり) 莇(あざみ) 昆布(こんぶ) ふ房(ごほう)
蕗(ふき) 大麦(おゝむぎ) 乾柿(くしがき) 枸杞(くこ) 独活(うど) 烏賊(いか) 蛎(かき) 海月(くらげ)
[禁物]酒(さけ) 麺(めんるい) 油(あふら) 蕎麦(そば) 菌(くさびら) 糯(もちこめ) 柿(かき) 芥(からし) 芰(ひし)
石榴(ざくろ) 梨(なし) 瓜(うり) 芋(いも) 小麦(こむぎ) 棗(なつめ) 大根(だいこん) 茗荷(めうが) 鮓(すし)
鱠(なます) 鰯(いわし) 鮎(あゆ) 鱒(ます) 鯛(たい) 鮭(さけ) 鯽(ふな)
[淋病(りんびやう)宜]粟(あわ) 小豆(あづき) 莧(ひゆ) 冬瓜(かもうり) 莇(あざみ) 蒲公(たんほゝ) 虎杖(いたどり)

【注 「蚶」の誤ヵ】
【注 「蒟」の誤ヵ】

【右丁】
蜜柑(みかん) 葱(ひともし) 山芋(やまのいも) 蘩萋(はこべ) 蛤蜊(はまぐり) 海月(くらげ) 石決明(あわび)
[禁物]麺(めんるい) 蕎麦(そば) 塩(しほ) 桃(もゝ) 芥(からし) 胡瓜(きうり) 酢物(すきもの)
[秘結(ひけつ)宜]粟(あわ) 蒲公(たんほゝ) 馬莧(すべりひゆ) 姜(はじかみ) 桃仁(たうにん)
[禁物]御米(けし) 麺(めんるい) 糯(もちごめ) 蕎麦(そば) 小豆(あづき) 蕨(わらび) 酢(す)
鯛(たい) 鮭(さけ) 鮎(あゆ) 鯽(ふな)
[遺尿(いねう)遺精(いせい)宜]糯(もちごめ) 韮(にら) 覆盆子(いちご) 芹(せり) 枸杞(くこ)
莧(ひゆ) 五加(うこぎ) 蘩萋(はこへ) 海月(くらけ) 蛎(かき) 雀(すゞめ) 鶏(にはとり)
[禁物]小豆(あづき) 茄(なすび) 瓜(うり) 笋(たけのこ) 葱(ひともじ) 茶(ちや)
[眼目(がんもく)宜]黒豆(くろまめ) 黒胡麻(くろごま) 欵冬(ふき) 萵(ちさ) 藕(はす) 山芋(やまのいも)
牛房(ごばう) 零餘(むかご) 莧(ひゆ) 榧(かや) 枸杞(くこ) 棗(なつめ) 桃(もゝ) 薺(ゐづな) 小豆(あづき)

【左丁】
蕗(ふき) 陟釐(あをのり) 鯉(こい) 鯵(あぢ) 田螺(たにし) 海螺(にし) 𩸕(かます) 蚫(あわび)
炒海鼠(いりこ)
[風眼(ふうかん)宜]葱(ひともし) 芥子(からし) 独活(うど)
[禁物]酒(さけ) 油(あふら) 姜(はしかみ) 蒜(にんにく) 葱(ひともし) 蕎麦(そば) 蕨(わらび) 韮(にら)
栗(くり) 山椒(さんせう) 芥(からし) 茄(なすび) 胡瓜(きうり) 五辛(ごしん) 麺(めんるい) 煎大豆(いりまめ)
糯(もちごめ) 蓼(たで) 茸(くさびら) 鮭(さけ) 鮎(あゆ) 鮒(ふな) 鯛(たい) 鯖(さば) 鰯(いわし) 鱧(はも) 鯢(くじら)
蛸(たこ) 鰆(さわら) 鰹(かつを) 烏賊(いか) 䱐(うるめ) 河魚(かはうを) 生芋(なまいも) 風呂(ふろ)
湯(ゆ)
[鼻疽(びそ)宜]柿(かき) 莇(あざみ) 茄(なすび) 芥(からし) 藕(はす) 莧(ひゆ)
[禁物]柑子(かうじ) 石榴(ざくろ) 蕨(わらび) 胡瓜(きうり) 梨(なし) 蕎麦(そは) 麦(むぎ)

【右丁】
胡麻(ごま) 黒豆(くろまめ) 韮(にら) 餅(もち) 椎(しい)
[口舌乾(くちしたかはく)宜]石榴(ざくろ) 梨(なし) 梅(むめ) 熟柿(しゆくし) 葛粉(くずのこ) 諸鳥魚(しよてうぎよ)
蓼(たで)
[耳病(みゝのやまい)宜]牛房(ごぼう) 韮(にら) 柿(かき) 粟(あわ) 柑子(かうし) 萵苣(ちしや) 芹(せり)
莇(あざみ) 鯛(たい) 烏賊(いか) 海鼠(なまこ)
[禁物]棗(なつめ) 枇杷(びわ) 桃(もゝ) 杏(あんず) 石榴(ざくろ) 梨(なし) 楊梅(やまもゝ) 蕨(わらび)
胡瓜(きうり) 茄(なすひ) 蕎麦(そば)
[歯病(はのやまい)宜]牛房(こばう) 萵苣(ちしや) 胡桃(くるみ) 莇(あざみ) 藕(はす) 山椒(さんせう)
蓮子(はすのみ)
[禁物]石榴(ざくろ) 梅(むめ) 棗(なつめ) 杏(あんず) 烏芋(くろくわゐ) 柿(かき) 胡瓜(きうり)

【左丁】
蕨(わらび) 楊梅(やまもゝ) 芹(せり) 葱(ひともじ) 蕎麦(そば) 沙糖(さとう) 油気(あふらけ) 河魚(かわうを)
蛎(かき) 蜊(はまぐり)
[喉病(のんどのやまひ)宜]梨(なし) 山芋(やまのいも) 零餘(むかご) 牛房(ごぼう) 莇(あざみ) 藕(はす)
干蕨(ほしわらび)
[禁物]桃(もゝ) 李(すもゝ) 餅(もち) 生姜(しやうが) 大根(だいこん) 蕎麦(そは) 胡瓜(きうり)
茄(なすび) 諸熱物(もろ〳〵あつきもの)
[不食(ふしよく)宜]栗(くり) 藕(はす) 榧(かや) 楊梅(やまもゝ) 胡桃(くるみ) 小豆(あづき) 莇(あざみ)
大麦(おゝむぎ) 芹(せり) 生姜(しやうが) 葱(ひともじ) 大根(だいこん) 韮(にら) 蒜(にんにく) 酢(す)
海月(くらげ) 鮒(ふな) 炒海鼠(いりこ)
[禁物]杏(あんず) 桃(もゝ) 胡瓜(きうり) 麺(めんるい) 油気(あふらけ) 茄(なすひ) 芋(いも) 蓼(たで)

【右丁】
餅(もち) 酒(さけ) 和布(わかめ) 蕪(かぶら) 芥(からし) 柚(ゆ) 李(すもゝ) 柿(かき) 野老(ところ)
鯉(こい)
[飲水(いんすい)宜]干柿(くしがき) 熟柿(じゆくし) 栗(くり) 橘(みかん) 梅(むめ) 覆盆(いちこ) 粟(あわ)
赤小豆(あづき) 大麦(おゝむぎ) 小麦(こむぎ) 大豆(まめ) 牛房(ごぼう) 山芋(やまのいも) 莇(あざみ)
藕(はす) 葛粉(くずのこ) 笋(たけのこ) 零餘(むかご) 韮(にら) 昆布(こんぶ) 葱(ひともし) 胡桃(くるみ)
大根(だいこん) 陟釐(あをのり) 鯉(こい) 鮒(ふな) 蛎(かき) 石決明(あわび) 海月(くらげ)
[禁物]胡瓜(きうり) 茄(なすび) 餅(もち) 酒(さけ) 生姜(しやうか) 蕨(わらび) 山椒(さんせう)
蕎麦(そば) 麺(めんるい) 灸物(あぶりもの)
[諸蟲(もろ〳〵のむし)宜]榧(かや) 山桝(さんせう) 胡桃(くるみ) 蒜(にんにく) 胡葱(あさつき) 芥(からし) 莧(ひゆ)
莇(あざみ) 通草(あけび) 酢(す) 鰻(うなぎ)

【左丁】
[禁物]糯(もちこめ) 麺(めんるい) 飴(あめ) 糖(さとう) 油(あぶら) 茄(なすび) 瓜(うり) 白瓜(しろうり) 黄瓜(きうり)
冬瓜(かもうり) 瓢(ひさご) 芋(いも) 芰(ひし) 蕨(わらひ) 蕎麦(そば) 笋(たけのこ) 柑類(かうるい) 棗(なつめ)
桃(もゝ) 杏(あんず) 梅(むめ) 梨(なし) 酒(さけ) 鮓(すし) 鱠(なます) 鮒(ふな) 鱸(すゞき) 鮭(さけ) 鯉(こい)
鱒(ます) 蛸(たこ) 蝦(ゑび) 鯖(さば) 石決明(あわび) 晩食(はんしよく) 夜食(やしよく) 生冷物(しやうれいのもの)
[傅屍(でんし)宜]栗(くり) 椎(しい) 零餘子(むかご) 柿(かき) 姜(はじかみ) 莇(あざみ) 芹(せり) 藕(はす)
韮(にら) 葱(ひともじ) 牛房(ごぼう) 大根(だいこん) 大豆(まめ) 角豆(さゝげ) 和布(わかめ) 陟釐(あをのり)
葛粉(くずのこ) 山芋(やまのいも) 野老(ところ) 覆盆子(いちご) 大麦(おゝおむぎ) 蕗(ふき) 菊(きく)
鯉(こい) 鮭(さけ) 鮎(あゆ) 蜆(しゞみ) 鰯(いわし) 鯛(たい) 鰹(かつを) 蛎(かき)
[禁物]石榴(ざくろ) 杏(あんず) 棗(なつめ) 梨(なし) 胡瓜(きうり) 烏芋(くろくわゐ) 蕨(わらび)
餅(もち) 蕎麦(そば) 蓼(たで) 芥子(からし) 笋(たけのこ) 醤(ひしほ) 小豆(あづき) 飴(あめ)

【右丁】
蒟蒻(こんにゃく) 油物(あぶらもの) 酸物(すきもの) 蒜(にんにく) 生冷物(しやうれいのもの)
[癩風(らいふう)宜]粟(あわ) 粱(きび) 大麦(おゝむぎ) 黒豆(くろまめ) 小豆(あづき) 大根(だいこん)
蒲公(たんほゝ) 馬莧(すべりひゆ) 牛房(ごぼう) 独活(うど) 茶(ちや) 昆布(こんぶ) 胡麻(ごま)
山芋(やまのいも) 和布(わかめ) 野老(ところ) 萵苣(ちしや) 覆盆子(いちご) 陟厘(あをのり) 莇(あざみ)
藕(はす) 田螺(たにし) 鰻(うなぎ)
[禁物]生肉(なまのにく) 生菓(なまのこのみ) 麦粉(むぎのこ) 胡桃(くるみ) 山椒(さんせう) 茄(なすび) 麺(めんるい)
生姜(しやうが) 蕨(わらび) 蕎麦(そば) 餅(もち) 鮒(ふな) 鮭(さけ)
[髪落(はつらく)【左ルビ:かみぬくる】宜]大麦(おゝむぎ) 莇(あざみ) 韮(にら) 胡桃(くるみ) 覆盆(いちご) 海鼠(なまこ)
[禁物]蕨(わらび) 蕎麦(そば) 大根(たいこん) 醤(ひしほ) 芹(せり)
[痔疾(ぢしつ)宜]粟(あわ) 蒲公(たんほゝ) 萵苣(ちしや) 昆布(こんぶ) 榧(かや) 胡桃(くるみ)

【左丁】
笋(たけのこ) 黒豆(くろまめ) 牛房(ごぼう) 干菜(ほしな) 莇(あざみ) 小豆(あづき) 覆盆(いちご) 陟釐(あをのり)
葱(ひともじ) 鱧(はも) 鰻(うなぎ) 鮹(たこ) 蛤蜊(はまぐり) 鯽(ふな) 鱠(なます) 鯛(たい) 海鼠腹(このわた)
[禁物]生菓(なまのこのみ) 酒(さけ) 麺(めんるい) 山椒(さんしやう) 生姜(しやうが) 梨(なし) 茄(なすび)
胡瓜(きうり) 蕨(わらび) 茗荷(みやうが) 芰(ひし) 烏芋(くろぐわい) 餅(もち) 雉(きじ) 鶏(にわとり)
鶉(うづら) 猪(いのしゝ)
[《振り仮名:■疽|ようそ》《割書:附》瘡癤(さうせつ)漏丁瘡(ろてうさう)丹毒(たんどく)【左ルビ:はやこさ】宜【注①】]大麦(おゝむぎ) 粟(あわ) 小豆(あづき)
醋(す) 蒲公(たんほゝ) 昆布(こんぶ) 苦苣(ちさ)【注②】 独活(うど) 石榴(ざくろ) 棗子(なつめ) 柿(かき)
柑子(かうじ) 白瓜(しろうり) 胡瓜(きうり) 笋(たけのこ) 陟釐(あをのり) 甘苔(あまのり) 野老(ところ)
覆盆(いちご) 山芋(やまいも) 零餘子(むかご) 莇(あざみ) 干芋茎(ほしいものくき) 葛粉(くずのこ)
沙糖(さとう) 干梅(ほしむめ) 葱(ひともし) 鯛(たい) 鯉(こい) 鯵(あぢ) 蛎(かき) 鰻(うなぎ) 海鼠腸(このわた)

【注① ■は「癰」の「隹」なし・「癰」ヵ】
【注② 「苦」は「萵」の誤ヵ・但し「苦苣」も有り】

【右丁】
田螺(たにし) 烏賊(いか) 炒海鼠(いりこ) 海月(くらげ) 鮒(ふな) 海鼠(なまこ) 鰣(ゑそ)
牛房(ごぼう) 和布(わかめ)
[禁物]麺(めんるい) 油(あぶら) 蕎麦(そば) 蕨(わらび) 酒(さけ) 豆腐(とうふ) 瓜(うり) 葱(ひともじ)
薺(なづな) 芋(いも) 菌(くさびら) 五辛(ごしん) 栗(くり) 榧(かや) 梨(なし) 杏(あんず) 梅(むめ) 榛(はじかみ)【注①】
胡桃(くるみ) 批杞(びわ) 椎(しい) 柚(ゆ) 林檎(りんご) 楊梅(やまもゝ) 李(すもゝ) 菉豆(えんどう) 飴(あめ)
炒豆(いりまめ) 蒟蒻(こんにやく) 昆布(こんぶ) 茗荷(めうが) 芹(せり) 烏芋(くろぐわい) 土筆(つく〴〵し)
芰(ひし) 角豆(さゝげ) 胡瓜(きうり) 韮(にら) 萵苣(ちしや) 稗(ひゑ) 黍(きび) 茄(なすび) 糯(もちごめ)
鮹(たこ) 鱸(すゞき) 鮎(あゆ) 鱒(ます) 鮭(さけ) 鯖(さば) 鯔(なよし) 王餘魚(かれい) 鯑(うるめ)
鯨(くじら) 鯇(みごい) 鱧(はも) 䰻魬(はまち)【注②】 ■(しび)【注③】 鯯(このしろ) 䱐(うるめ) 鱣(うなぎ) 蛤(はまぐり) 蜆(しゞみ)
鰹(かつを) 鮓(すし) 蝦(ゑひ) 烏賊(いか) 辛螺(にし) 栄螺(さゞい)

【左丁】
[肺廱(はいよう)宜]姜(はじかみ) 大根(たいこん) 牛房(ごぼう) 款冬(ふき) 拘杞(くこ) 小豆(あづき)
蒲公(たんほゝ) 独活(うど)
[禁物]麺(めんるい) 胡椒(こせう) 冬瓜(かもうり) 茄(なすび) 蕨(わらび) 桃(もゝ) 杏(あんず) 林檎(りんご)
蕎麦(そば) 豆腐(とうふ) 五辛(ごしん)
[瘰癧(るいれき)宜]小豆(あづき) 大根(だいこん) 蒲公(たんほゝ) 昆布(こんぶ) 海藻(ほだわら) 蛎(かき)
紫菜(あまのり) 田螺(たにし)
[禁物]麺(めんるい) 豆腐(とうふ) 茄(なすび) 黄瓜(きうり) 蕨(わらび) 橙子(だい〳〵) 林檎(りんご)
菌(くさびら) 鱸(すゞき) 鮒(ふな) 鯛(たい)
[金瘡(きんそう)【左ルビ:きりきず】宜]柿(かき) 蕗(ふき) 藕(はす) 莇(あざみ) 通草(あけび) 昆布(こんぶ) 小豆(あづき)
牛房(ごぼう) 山芋(やまのいも) 烏賊(いか) 鯛(たい)

【注① 「榛」の読みは「はしばみ」】
【注② 「䰻」は「魬(はまち)」の誤ヵ】
【注③ ■は「鮪(しび)」ヵ】

【右丁】
[禁物]梨(なし) 栗(くり) 餅(もち) 酒(さけ) 萵苣(ちさ) 角豆(さゝげ) 粥(かゆ) 大根(たいこん)
茄(なすび) 蕨(わらび) 蕎麦(そば) 姜(しやうが) 芥(からし) 葱(ひともし) 炒豆(いりまめ) 胡桃(くるみ) 干梅(ほしむめ)
河骨(かうほね) 鮭(さけ) 河魚(かはうを) 鯖(さば) 鰯(いわし)
 ○婦人諸病(ふじんしよひやう)
[崩漏(はうろ)帯下(たいげ)宜]粟(あわ) 大麦(おゝむぎ) 芹(せり) 乾柿(くしがき) 牛房(ごぼう) 枸杞(くこ)
五加(うこぎ) 山芋(やまのいも) 杏(あんず) 陟釐(あまのり) 酢(す) 鯉(こい) 鯖(さば) 鯵(あぢ) 鮹(たこ) 蛎(かき)
烏賊(いか) 鰻(うなぎ) 炒海鼠(いりこ)
[禁物]麺(めんるい) 蕎麦(そば) 芥(からし) 蕨(わらび) 黄瓜(きうり) 茄(なすび) 藕(はす) 梨(なし)
冬瓜(かもうり) 生菓(しようくわ) 柿(かき) 烏芋(くろぐわゐ) 胡瓜(きうり) 飴(あめ) 小豆(あづき) 鮎(あゆ) 鮒(ふな)
[懐姙(くわいにん)【左ルビ:はらみおんな】宜]大麦(おゝむぎ) 粟(あわ) 粱(きび) 黒豆(くろまめ) 大根(たいこん) 牛房(ごぼう) 五加(うこぎ)

【左丁】
覆盆(いちご) 枸杞(くこ) 莇(あざみ) 芹(せり) 蛎(かき) 鯉(こい) 烏賊(いか)
[禁物]梨(なし) 梅(むめ) 桃(もゝ) 杏(あんす) 李(すもゝ) 姜(はじかみ) 烏芋(くろぐわゐ) 葛粉(くずのこ)
蓼(たで) 葱(ひともじ) 韮(にら) 麺(めんるい) 大豆(まめ) 餅(もち) 菌(くさびら) 鮭(さけ) 鮎(あゆ) 鮓(すし)
蝦(ゑび) 蜆(しゞみ)
[姙娠禁忌薬(にんしんにいむくすり)]大戟(たいげき) 巴豆(はづ) 薏苡(よくい) 牛黄(ごわう) 杜丹皮(ぼたんひ)
芒硝(ばうせう) 皂莢(さうせう) 厚朴(かうぼく) 茆根(ばうこん) 半夏(はんげ) 干姜(かんきやう) 鴨子(かうし)
䃃砂(まうしや) 代赭(たいしや) 桃仁(とうにん) 紅花(こうくわ) 大蒜(たいさん) 地膽(ちたん) 䔧蘆(りろ)
天南星(てんなんしやう) 竜脳(りうのう) 雌黄(いわう) 芫花(げんくわ) 茜根(せいこん) 天雄(てんを) 附子(ぶし)
蘇木(そぼく) 瞿麦(くばく)【注】 槐子(くわいし) 野葛(やかつ) 芥子(かいし) 三陵(さんれう) 常山(じやうさん)
牽牛子(けんごし) 冬葵子(とうきし) 諸石薬(しよせきやく) 桂心(けいしん) 鶏子(けいし) 軽粉(けいふん)

【注 「瞿」は「賏+隹」】

【右丁】
牛膝(ごしつ) 鬼箭(きせん) 蛇蛻(しやせい) 麝香(じやかう) 木通(もくつう) 水銀(すいぎん) 烏頭(うづ)
躑躅(ていしよく) 石蜜(せきみつ) 虎掌(こしやう) 猪牙(ちよけ) 蝟皮(いひ) 水蛭(すいてつ) 蜈蚣(ごこう)
蝱蟲(ばうちう) 蝉蛻(せんせい) 鯉(こい) 鰻(うなぎ) 蟹(かに) 馬刀(まで) 鼈(すつほん) 諸鳥諸獣(しよてうしよじう)
 ○姙娠食忌(にんしんしよくいみ)
○兎肉(うさき)を食すれは子(こ)聲(こへ)なくいぐちをうむ
○鶏子(たまこ)乾魚(ほしうを)を食すれば子(こ)をして瘡(かさ)おほからしむ
○雀(すゞめ)を食して酒をのめば子(こ)をして淫乱(いんらん)せしむ
○鶏(にわとり)と糯(もちこめ)と食すれば子(こ)をして寸白(すんばく)を生す
○鼈(すつほん)を食すれは子(こ)をして頸(くび)みじかからし無
○鸕(うの)肉を食すれは子(こ)をして月をのぶ

【左丁】
○桑椹(くわのみ)鴨子(あひるのたまこ)を食すれは子をさかしまにうむ
○氷漿(ひやうしやう)を食すれは絶産(ぜつさん)す
[臨産(りんざん)宜]莧(ひゆ) 鰩(とびうを)
[同禁物]梨(なし) 梅(むめ) 桃(もゝ) 李(すもゝ) 烏芋(くろくわゐ) 姜(はじかみ) 蓼(たで) 菌(くさびら)
韮(にら) 麺(めんるい) 葛粉(くすのこ) 餅(もち) 藕(はす) 大豆(まめ) 醤(ひしほ) 鯽(ふな) 鮎(あゆ) 鮭(さけ) 鱠(なまず)
蝦(ゑび) 蜆(しゝみ) 無鱗魚(うろこなきうを) 蟹(かに) 諸鳥(しよてう)
[産後(さんご)宜]粥(かゆ) 葱(ひともじ)《割書:七日|の後》 鱧(はも) 鰩(とびうを) 海月(くらげ) 蛎(かき)
[同禁物]茄(なすび) 熟瓜(じゆくくわ) 蓼(たで) 蕨(わらび) 芋(いも) 蕎麦(そば) 蒟蒻(こんにやく)
梨(なし) 蒜(にんにく) 胡椒(こせう) 山椒(さんせう) 蒿苣(ちしや) 生冷物(しやうれいのもの) 酒(さけ) 小豆(あづき)
酢(す) 兎(うさぎ) 麺(めんるい) 腋臭人(わきがくさきひと)

【右丁】
 ○小児諸病(こどもしよひやう)
[疳(かん)宜]大麦(おゝむぎ) 粟(あわ) 麩(ふ) 大根(だいこん) 莧(ひゆ) 牛房(こほう) 蒲公(たんほゝ) 芹(せり)
榧(かや) 葛粉(くずのこ) 五加(うこぎ) 覆盆(いちご) 枸杞(くこ) 鰻(うなぎ) 田螺(たにし) 海月(くらげ)
[禁物]糯(もちごめ) 麺(めんるい) 油(あぶら) 飴(あめ) 沙糖(さとう) 茄(なすび) 瓜(うり) 蓼(たで) 蕨(わらび) 笋(たけのこ)
五辛(こしん) 酒(さけ) 菌(くさびら)
[痘疹(とうしん)【左ルビ:いもはしか】宜]粟(あわ) 葛(くず) 大根(だいこん) 蒲公(たんほゝ) 馬莧(すべりひゆ) 牛房(こほう) 五加(うこぎ)
狗杞(くこ) 独活(うど) 海月(くらげ) 鰩(とひうを)
[禁物]糯(もちごめ) 麺(めんるい) 蕎麦(そば) 豆腐(とうふ) 御米(けし) 油(あふら) 沙糖(さとう) 
瓜(うり) 五辛(ごしん) 昆若(こんにやく) 蓼(たで) 笋(たけのこ) 茄(なすび) 山芋(やまのいも) 生菓(しやうくわ) 菌(くさびら) 
蛤(はまぐり) 鯛(たい) 蝦(ゑび) 鱧(はも) 鮎(あゆ)

【左丁】
 ○庖疹/穢気(ゑき)をいむ事
腋下狐臭気(わきかこしうのき)《割書:わきかのにほひ|》 房中淫液気(はうちういんゑきのき)《割書:なんによまじ|わりのにほひ》
行遠労汗気(こうゑんらうかんのき)《割書:みちをあるき|あせかきたるにほひ》 溝糞濁悪気(こうふんだくあくのき)《割書:みぞこゑの|にほひ》
硫黄蚊烟気(いわうふんゑんのき)《割書:いわうかやり|のにほひ》  吹滅燈燭気(すいめつとうしよくのき)《割書:らうそくをふき|けすにほひ》
誤頭髪焼気(ごづはつしやうのき)《割書:かみのけをやく|にほひ》 柴烟魚骨気(さいゑんぎよこつのき)《割書:うをのほねを|やくにほひ》
葱蒜韮痱気(さうさんきうがいのき)《割書:ひともじにんに|くなどのにほひ》 煎炒油烟気(せんしやゆゑんのき)《割書:あふらをいるに|ほひ》
酔酒葷腥気(すいしゆぐんせいのき)《割書:さけにゑひくさ|きものをくらい|たるにほい》 麝香燥穢気(しやかうさうゑのき)《割書:かけがう其外|一切のにほひ》
 ○同禁忌
生人往来(せいしんわうらい) 詈罵呼怒(しかりのゝしりよびいかる) 対梳頭(そばにてかみをすき) 対掻痒(そばにてかゆきをかき)
勿掃地(そうじすることなかれ) 勿荒言(あらくものいふことなかれ) 勿飲食綺楽(のみくいうたいもふことなかれ) 勿僧道師巫入房(そうやまふしみごなとちかづくべからす)

【右丁】
以上 穢気禁忌諸条(けがれにほひいみものなど)を謹(つゝし)めは重(おもき)も変(へん)して軽(かろ)くなる
謹(つゝしま)ざれは軽(かろき)も変(へん)じて重(おも)くなるなり
[児食宜(こどものしよくによろし)]和布汁(わかめしる) 牛房(こぼう) 藕(はす) 山芋(やまのいも) 莇(あざみ) 零餘(むかご)
干鯛(ひだい)
[禁物]栗(くり) 烏芋(くろぐわい) 糯(もちごめ) 小麦(こむぎ) 瓜(うり) 胡瓜(きうり) 茄(なすび) 酒(さけ)
蕎麦(そば) 大麦(おゝむぎ) 醤(ひしほ) 笋(たけのこ) 菌(くさびら) 飴(あめ) 沙糖(さとう) 芋(いも) 諸果(もろ〳〵このみ)
塩物(しほからきもの) 魚鳥(うをとり) 酸物(すきもの)
 ◯食物能毒(しよくもつのうどく)
[い]芋(いも) 辛(からく)平(へい)小毒(すこしどく)あり多(おゝ)く食(くら)へは気(き)をふさぎ痰(たん)を
生(しやう)ず◯芋葉(いものは) 辛 冷(れい)滑(くわつ)毒なし◯眉児豆(いんげんまめ) 甘(あまく)平(へい)毒(どく)なし

【左丁】
◯覆盆(いちご) 酸(すく)平毒なし◯虎杖(いたどり) 酸平毒なし◯銀杏(いてうのみ)
苦(にがく)平毒なし鰻(うなぎ)と合食(あわせくふ)べからす◯無花果(いちじく) 甘平毒
なし◯石茸(いわたけ) 甘平毒なし◯伊久知(いくち) 毒あり○鰮(いわし)
甘 冷(れい)病人(びやうにん)に忌(いむ)◯鯔(いな) 甘平毒なし◯烏賊(いか) 酸平毒
なし◯海豚(いるか) 醎(しはゝゆく)腥(なまぐさ)し毒なし◯海参(いりこ) 甘平毒なし
[ろ]鹿肉(ろくにく) 甘 温(うん)毒なし九月より正月まての内食
べし
[は]梵天米(はたけいね) 甘(あまく)平(へい)毒(どく)なし◯姜(はじかみ) 辛(からく)温(うん)多(おゝ)く食へば目(め)
を暗(くらく)す◯蓮根(はす) 甘平毒なし◯繁縷(はこべ) 酸(すく)平毒なし
鰻(うなき)と合食(あわせくらえ)をいむ◯初茸(はつたけ) 甘平毒なし◯針茸(はりたけ) 甘

【右丁】
平 病人(ひやうにん)に忌(いむ)◯榛子(はしばみ) 甘平毒なし◯鱧(はも) 甘 淡(さん)【注①】毒
なし◯波恵(はゑ) 甘 温(うん)毒なし◯波須(はす) 甘温毒なし
◯波末知(はまち) 甘平毒なし病人に忌(いむ)◯鯊(はぜ) 甘平毒なし
◯波津(はつ) 甘 酸(すく)小毒あり○蛤(はまくり) 鹹(しわはゆく)冷(れい)毒なし◯鴿(はと)【左ルビ:たうはと】 鹹(しわはゆく)
平(へい)毒なし服薬(ふくやく)の人に忌(いむ)◯斑鳩(つちくれはと)【注①】◯青鷦(やまばと) 甘平毒な
し◯鵠(はくてう) 甘平毒なし◯蓮肉(はすのみ) 平毒なし◯地膚(はゝきゞ)
苦(にがく)寒(かん)毒なし◯鼠麹(はゝこぐざ) 甘平毒なし◯菠薐(はうれんさう) 甘
冷 鰻(うなき)鉄漿(おはぐろ)と合食を忌(いむ)
[に]胡蘿蔔(にんじん) 甘温毒なし◯韭(にら) 辛(からく)温(うん)多(おゝ)く食(くら)へば目(め)
を暗(くらく)す蜜牛肉(みつうしのにく)と合食(あわせくらふ)べからす◯蒜(にんにく) 辛温小毒有

【左丁】
◯青魚(にしん) 辛 熱(ねつ)小毒あり○鶏(にはとり) 甘 温(うん) 葱(ひともじ)蒜(にんにく)芥(からし)李(すもゝ)と合
食(くらふ)を忌◯鶏卵(にはとりのたまご) 甘平 痘疹(いもはしか)に忌 糯(もちごめ)葱(ひともじ)蒜(にんにく)鯉(こい)鼈(すつほん)獺(かわうそ)
と合食を忌◯尓之 辛平 脾胃虚(ひゐよわき)の人 病人(びやうにん)に忌
[ほ]麨(ほし??)【注②】 甘(あまく)冷(れい)毒(どく)なし◯酸漿(ほふづき) 酸(すく)平(へい)毒なし◯南瓜(ほうぶら)
甘 温(うん)毒なし多く食(くらふ)へからす羊肉(ひつじ)と合食を忌(いむ)◯木(ほ)
瓜(け) 酸(すく)温(うん)毒なし◯海藻(ほだわら) 鹹(しわはゆく)寒(かん)毒なし◯鰡(ぼら) 甘平
毒なし◯干蕪(ほしがふら)◯干蘿蔔(ほしだいこん) 甘平毒なし
[へ]糸瓜(へちま) 甘平毒なし◯扁豆(へんづ) 甘平毒なし
[と]豆腐(とうふ) 甘 寒(かん)小毒(すこしどく)あり○腐皮(とうふのかば) 多(おゝ)く食(くら)へは気をふ
さぐ病人に忌◯雪花菜(とうふのかす) 脾胃虚人(ひいよわきひと)老人(としより)に忌(いむ)◯蜀黍(とうきび)

【注① 「淡」の振り仮名の「さん」は「たん」の誤ヵ】
【注② 「麨」の振り仮名は「ほしいゝ」or「ほしい」ヵ】

【右丁】
甘 温(うはん)【注】小 毒(とく)あり白酒牛肉と合食を忌(いむ)◯番椒(とうがらし) 辛(からく)熱(ねつ)
多く食へは目を暗す◯萆薢(ところ) 苦平毒なし◯止知(とち)
苦寒小毒あり○大凝菜(ところてん) 淡(あわく)寒(かん)病人(びやうにん)に忌(いむ)◯鶏冠菜(とさかのり)
甘 寒(かん)病人に忌◯泥鰌(どちやう) 甘平毒なし白犬血(しろいぬのち)と合食
を忌(いむ)◯文鰩(とびうを) 甘酸毒なし◯紅鶴(とき) 鹹平毒なし
[ち]粽(ちまき) 甘(あまく)温(うん)毒(とく)なし◯飴糖(ちわうせん) 甘熱毒なし多く食([く]らふ)べ
からず◯茶(ちや) 苦(にがく)寒(かん)毒なし◯萵苣(ちさ) 苦 冷(れい)小毒あり
◯甘露子(ちようろぎ) 甘平毒なし諸魚(もろ〳〵のうを)と合食(あわせくらふ)を忌(いむ)◯麪条(ちりめん)
魚(ざこ) 甘平毒なし
[り]甘藷(りうきういも) 甘平毒なし◯林檎(りんご) 酸(すく)平(へい)多(おゝ)く食(くらふ)を忌(いむ)

【左丁】
[ぬ]米粃味噌(ぬかみそ) 甘 淡(あわし)毒なし◯蓴(ぬなわ) 甘寒毒なし
[る]
[を]大麦(おゝむぎ) 鹹(しわはゆく)温(うん)毒なし◯萊菔(おゝね) 辛甘温毒なし
◯芡実(おにばすのみ) 甘平毒なし◯鴛鴦(おしどり) 鹹平小毒あり○腽(おつ)
肭臍(とせい) 鹹 熱(ねつ)毒なし
[わ]蕨根粉餅(わらびもち) 甘(あまく)寒(かん)毒あり○蕨(わらひ) 甘寒 病人(ひやうにん)に忌(いむ)
◯山葵(わさび) 辛(からく)温(うん)毒なし◯石蓴(わかめ) 甘平毒病人に忌◯
和多加(わたか) 甘温毒なし
[か]粥(かゆ) 甘(あまく)温(うん)毒なし◯蕪菁(かぶら) 甘温毒なし◯芥子(からし)
辛温 眼病(かんびやう)痔疾(ぢやみ)に忌(いむ)鯽(ふな)兎(うさぎ)と合食(あわせくらふ)を忌◯黄独(かしういも) 辛(からく)

【注 「温」の振り仮名の「うはん」の「は」は衍ヵ」】

【右丁】
寒(かん)小毒あり○皮茸(かうたけ) 甘苦 生(なま)は毒 干(ほせ)は毒なし
◯冬瓜(かもうり) 甘 冷(れい)毒なし陰虚(いんきよ)の人に忌◯干瓢(かんひやう) 甘平
毒なし◯甜瓜(からうり) 甘寒小毒あり○川苔(かはのり) 甘平多食
を忌◯榧子(かや) 甘濇(あまくしぶく)平毒なし鵞(が)と合食を忌◯包(かう)
橘(じ) 酸(すく)温(うん)毒なし◯柿(かき) 甘 濇(しぶく)寒毒なし◯杏(からもゝ) 酸(すく)
熱(ねつ)小毒あり○比目魚(かれい) 甘平毒なし産後(さんご)に忌◯
梭魚(かます) 甘温小毒あり○松魚(かつを) 甘平 瘡瘍人(てきものあるひと)に忌
◯乾鰹(かつをぶし) 甘平毒なし◯蟹(かに) 鹹(しわはゆく)寒 産前(さんぜん)に忌◯
◯牡蠣(かき) 甘温毒なし◯鴈(がん) 甘平毒なし◯鳧(かも)甘
涼(りやう)毒なし胡桃(くるみ)木耳(きくらけ)豆豉(づし)と合食を忌◯鸊鷉(かいつぶり)

【左丁】
甘平毒なし◯鴉(からす) 酸(すく)平毒なし◯鴎(かもめ) 甘毒な
し◯鵞(が) 甘平毒なし◯鵞卵(がのたまこ) 甘温毒なし
◯鹿(かのしゝ) 甘温毒なし○羚羊(かもしゝ) 甘平毒なし◯水獺
肉(のにく)甘鹹 寒(かん)毒なし多(おゝ)く食へは男子(おとこ)の陽気消
す兎(うさき)と合食を忌◯裙蔕菜(かため) 甘平毒なし
[よ]艾餻(よもきもち) 甘温毒なし◯艾(よもき) 苦(にかく)温毒なし◯鶏(よ)
腸菜(めな)【注】 辛(からく)温毒なし
[た]大唐米(たいとうごめ) 甘(あまく)平(へい)毒(どく)なし◯大豆(たいづ) 甘 温(うん)どくなし
◯萊菔(たいこん) 辛(からく)温毒なし地黄(ちわう)と合食を忌◯萊(たい)
菔漬(こんづけ) 甘 鹹(しわはゆく)毒なし◯蒲公英(たんほゝ) 甘平毒なし

【注 「鶏腸菜」は「鶏児腸」の誤ヵ。「鶏腸菜」の和名は「たびらこ」】

【右丁】
◯蓼(たで) 辛温毒なし心痛(しんつう)に忌 蒜(にんにく)と合食(あわせくらふ)べからす
◯笋(たけのこ) 甘 冷(れい)毒なし脾虚(ひきよ)にいむ◯蜀黍(とうきひ) 甘温毒なし
◯橙(だい〳〵) 酸苦(すくにがく)冷毒なし◯煙草(たばこ) 辛苦(からくにかく)温(うん)毒あり○棘鬛(たい)
魚 甘温毒なし積(しやく)痞(つかへ)瘡癤(てきもの)にいむ◯㕦魚(たら) 鹹平
毒なし◯太刀魚(たちうを) 小毒あり○章魚(たこ) 甘鹹寒 痢(り)
病(ひやう)腹痛(ふくつう)に忌◯鱮(たなご) 甘温 瘡疥(くさひぜん)にいむ◯田螺(たにし) 甘
寒 芥子(からし)合食をいむ
[れ]茘枝(れいし) 甘平毒なし多(おゝ)く食(くら)へは衂(はなぢ)を発(おこす)◯苦(つる)
瓜(れいし) 苦甘毒なし
[そ]蕎麦(そば) 甘 冷(れい)多(おゝ)く食(くらへ)は頭痛(づつう)をおこす黄魚(ふか)羊(ひつし)

【左丁】
猪肉(いのしし)と合食を忌◯河漏(そばきり) 甘冷 脾胃虚(ひいよわき)人 病(ひやう)人 小(しやう)
児(に)産婦(さんふ)に忌◯索麺(そうめん) 甘冷 多(おゝ)く食(くらふ)へからす◯蚕豆(そらまめ) 
甘平毒なし
[つ]仏掌(つくね)薯 甘平毒なし金瘡(きりきす)産婦(さんふ)に忌◯土筆(つく〳〵し)
甘平毒なし◯白柿(つるしがき) 甘平毒なし歯痛(はのいたみ)に忌◯
烘柿(つゝみがき) 甘寒毒なし蟹(かに)と合食を忌◯鶴(つる) 鹹平毒な
し◯燕(つはめ) 酸平毒あり○豆久見(つぐみ)【注】 甘平毒なし◯斑鳩(つちくれはと)
甘毒なし
[ね]葱(ねぎ) 辛(からく)温(うん)毒なし地黄(ちわう)棗(なつめ)常山(くさき)と合食を忌
[な]玉蜀黍(なんばきび) 甘平 痞(つかへ)積(しやく)に忌 甘草(かんさう)と合食をいむ◯

【注 濁点の位置誤記】

【右丁】
刀豆(なたまめ) 甘平毒なし◯納豆(なつとう) 甘鹹毒なし◯納豆汁(なとうしる)
鹹温 病人(ひやうにん)小児(しやうに)に忌◯菘(な) 甘温毒なし◯薺(なづな) 甘温毒
なし◯茄(なすび) 甘温小毒あり瘡疥(くさひぜん)痼疾(こしつ)を発([お]こす)◯薯蕷(なかいも)
甘平毒なし◯棗(なつめ) 甘平毒なし諸魚(もろ〳〵うを)と合食を忌
◯梨(なし) 甘寒毒なし◯鮧(なまづ) 甘温 猪(いのしゝ)鹿(かのしゝ)牛肉(うし)と合食を忌
◯鰡(なよし) 甘平毒なし◯沙噀(なまこ) 甘平毒なし産後(さんこ)に忌
◯魚膾(なます) 甘酸温毒なし病人(ひやうにん)産後(さんご)に忌◯鱁鮧(なしもの)【注】 鹹平
服薬人(くすりをのむひと)食へからす
[ら]薤(らつきやう) 辛苦温滑毒なし◯落鴈(らくがん) 甘平毒なし
[む]零余子(むかご) 甘温毒なし◯梅(むめ) 酸平毒なし黄精(わうせい)

【左丁】
と合食を忌◯干梅(むめぼし) 気味同し◯椋子(むくのみ) 甘酸 病人(ひやうにん)
小児(しやうに)に忌◯椋鳥(むくとり) 甘温毒なし◯貉(むじな) 甘温毒なし
◯馬肉(むまのにく) 酸苦冷毒あり
[う]粳米(うるごめ) 甘平毒なし蒼耳(おなもみ)と合食を忌◯温飩(うんどん)
甘温毒なし◯独活(うど) 苦平毒なし◯五加葉(うこぎ) 苦平
毒なし◯搗栗(かちぐり) 鹹温毒なし◯瓜(うり) 甘寒毒なし
◯鰻鱺(うなぎ) 甘平 銀杏(ぎんなん)と合食を忌◯宇留女(うるめ) 甘温 痞(つかへ)
積(しやく)に忌◯海胆(うに) 鹹渋 脾胃虚(ひいよわき)人に忌◯鶉(うつら) 甘平 菌(きのこ)
猪肉(いのしゝ)と合食を忌◯鸕鷀(う) 酸(すく)冷(れい)小毒あり○竹鶏(うはしぎ)
甘平毒なし◯鸎(うくひす) 甘温毒なし◯兎(うさぎ) 辛平毒な

【注 「𫙠」は「鱁」の誤記】

【右丁】
し妊婦(はらみおんな)に忌 雉(きし)獺(かわおそ)薑(はじかみ)橘([み]かん)芥(からし)と合食を忌◯牛肉(うし)
甘温毒なし
[の]豌豆(のらまめ)【左ルビ:のうらく?】 甘平 蕨粉(わらひのこ)と合食を忌◯野蒜(のびる) 辛温 蜜(みつ)
牛肉(うし)と合食を忌
[お]口のをに入
[く]黒大豆(くろまめ) 甘平 萆麻(とうごま)厚朴(かうぼく)と合食をいむ◯葛粉(くずのこ)
甘冷毒なし◯葛餅(くずもち) 性(しやう)上(うえ)に同し◯萱草(くはんそう) 甘冷
毒なし◯枸杞葉(くこのは) 苦平毒なし◯常山葉(くさきのは) 辛平
脾虚(ひきよ)にいむ◯慈菇(くわゐ)【注①】 甘冷毒なし痔漏(ぢろ)に忌
◯烏芋(くろくわゐ) 甘 微寒(すこしかん)毒なし◯栗(くり) 鹹温毒なし

【左丁】
多食を忌◯胡桃(くるみ) 甘温多食を忌◯胡頽(ぐみ) 酸平毒
なし◯桑椹(くわのみ) 甘寒毒なし◯柑子(くねんほ) 甘寒毒なし
多食を忌◯榠楂(くわりん) 酸温毒なし◯烏頬魚(くろだい) 甘平小
毒あり○海鰌(くしら) 甘熱病人に忌◯水母(くらげ) 鹹温毒
なし
[や]薯蕷(やまのいも)【注②】 甘平毒なし◯商陸(やまごほう)【注③】 酸辛毒あり犬(いぬ)
肉と合食を忌◯楊梅(やまもゝ) 酸甘温 痰(たん)痔(ぢ)に忌◯八目宇(やつめう)
那幾(なき) 甘温毒なし小児の雀目(とりめ)を治(ち)す◯山雞(やまとり) 甘平
小毒あり蕎麦(そは)と合食を忌
[ま]饅頭(まんちう) 甘(あまく)冷(れい)病人(ひやうにん)小児(しやうに)に忌◯大豆(まめ) 甘 温(うん)毒なし

【注① 「艹+兹」は「慈」の誤】
【注② 「艹に暑」は「薯」の誤】
【注③ 「啇」は「商」の誤】

【右丁】
◯木天蓼(またゝひ)【注①】 辛(からく)温(うん)毒なし◯甜瓜(まくわうり) 甘寒小毒あり病(ひやう)
人(にん)に忌◯榲桲(まるめろ)【注②】 酸濇(すくしふく)毒なし◯松茸(まつたけ) 甘平毒な
し多(おゝ)く食(くふ)へからす◯海松子(まつのみ) 甘小温毒なし【注③】◯松(まつ)
菜(な) 甘平毒なし◯鱒(ます) 甘温 多(おゝ)く食へは瘡疥(そうかい)を発(おこ)
す◯魴(まながつを) 甘温毒なし◯蟶(まで) 甘温毒なし天行病(はやりやまゐ)
後(のゝち)に忌◯鶬鷄(まなつる) 甘温毒なし
[け]罌粟(けし) 甘平毒なし◯鶏冠葉(けいとうのは) 甘冷毒なし
◯枳椇(けんほなし) 甘平毒なし酒毒(しゆどく)を消(けす)◯啄木鳥(けらつゝき) 甘酸
平毒なし◯計里(けり) 甘温毒なし膈噎(かくいつ)を治(ぢ)す
[ふ]麩(ふ) 甘冷毒なし◯緑豆(ぶんとう) 甘平毒なし栢(かや)鯉(こい)と

【左丁】
合食を忌◯麩焼(ふのやき) 甘平病人に忌◯款冬(ふき) 苦温
毒なし◯甜菜(ぶだんさう) 甘苦寒毒なし◯葡萄(ぶどう)【注④】 甘平毒
なし◯仏手柑(ぶしゆかん) 辛酸毒なし◯鯽(ふな) 甘温毒なし
砂糖(さとう)芥子(からし)麦門冬(ばくもんとう)鶏(にわとり)猪(いのしゝ)鹿(しか)猿肉(さるのにく)と合食を忌◯鱣(ふか)
甘平小毒あり蕎麦(そば)荊芥(けいがい)と合食を忌◯河豚(ふぐ) 甘温
大毒あり甘草(かんさう)桔梗(きゝやう)荊芥(けいがい)菊花(きつくわ)烏頭(うづ)附子(ぶし)煤(すゝ)と合
食を忌◯布里(ぶり) 甘酸小毒あり病人(ひやうにん)産婦(さんふ)に忌◯梟(ふくろう)
甘温毒なし◯豕(ぶた) 酸冷毒なし蕎麦(そば)鶏子(たまこ)鯽(ふな)鼈(すつほん)
と合食を忌 其外(そのほか)禁忌(いみもの)甚多(はなはたおゝ)し◯豬膏(ぶたのあぶら) 甘微寒
毒なし

【注① 「水」は「木」の誤】
【注② 「温」は「榲」の誤】
【注③ 「小」は衍ヵ】
【注④ 「艹+勹+豆」は「萄」の誤】

【右丁】
[こ]《振り仮名:䬣■|こむぎもち》【注】 甘温/病人(ひやうにん)小児(しやうに)に忌(いむ)○小麦(こむぎ)鹹温毒なし
○胡麻(こま) 甘平毒なし○蒟蒻(こんにやく) 辛寒毒あり○藊豆(こなたまめ)
甘冷毒なし○牛蒡(ごぼう) 甘平毒なし○胡椒(こせう) 辛温
毒なし毎食を忌○昆布(こんぶ) 鹹平毒なし○石蜜(こほりざとう)
甘寒毒なし○鯉(こい) 甘平毒なし胡椒(こせう)辰砂(しんしや)天門(てんもん)
冬猪(とういのしゝ)犬肉(いぬ)と合食を忌○鱅魚(このしろ) 甘温毒なし毎食は
風熱(ふうねつ)瘡疥(さうかい)を発(おこ)す○古里(ごり) 甘平毒なし○古知(こち)
甘平毒なし○鸛(こふつる) 甘冷小毒あり
[え]奥のゑに入
[て]石距(てながだこ) 甘鹹寒毒なし

【左丁】
[あ]醴(あまざけ) 甘温毒なし○飴(あめ) 甘熱毒なし○粟(あわ) 鹹寒
毒なし杏仁(きやうにん)と合食を忌○赤小豆(あずき) 甘冷毒なし
○胡葱(あさつき) 辛温毒なし四月に食へからず○薊 甘温毒な
し○藜(あかざ) 甘冷小毒あり○千歳蔂(あまちや) 甘平毒なし
○越瓜(あさうり) 甘冷毒なし天行病(はやりやまひ)の後(のち)に忌○安古太瓜(あこだうり)
甘平毎食を忌○蜀椒(あさくらざんせう) 辛温毎食を忌○杏(あんす) 酸(すく)熱(ねつ)
小毒あり産婦に忌○木通子(あけひのみ) 甘平毒なし○紫菜(あまのり)
甘寒毒なし○乾苔(あをのり) 鹹寒毒なし○海帯(あらめ) 鹹寒
毒なし○鰧魚(あめのうを) 甘平毒なし産後に忌○鰷魚(あゆ) 甘
温毒なし○華臍魚(あんこう) 甘温毒なし○鯵(あぢ) 甘温/痘(いも)

【注 ■は、「食+荅」】

【右丁】
疹/熱病(ねつびやう)に忌○海糠魚(あみざこ) 鹹温/痔漏(ぢろう)便血(へんけつ)瘡庎(さうかい)に忌
○石決明(あわび) 鹹平毒なし○魁蛤(あかゝい) 甘平毒なし○
浅利貝(あさりがい) 甘寒/病人(ひやうにん)小児(しやうに)によゑ○阿良(あら) 甘温病人に忌
○家鴨(あひる) 甘冷小毒あり○鶩卵(あひるのたまご) 甘寒/瘡庎(さうかい)に忌/杏子(あんず)
鼈(すつほん)と合食を忌○青鷺(あをさぎ) 鹹平毒なし
[さ]酒(さけ) 甘苦辛/大熱(たいねつ)毒(どく)あり○酒糟(さけのかす) 甘平毒なし○沙(さん)
菰米(ごへい) 甘平毒なし○紅豆(さゝけ) 甘平毒なし○砂糖(さとう) 甘
寒毒なし多(おゝ)く食(くらへ)は歯(は)を損(そん)し虫(むし)を生(しやう)ず鮒(ふな)笋(たけのこ)
と合食を忌○楊花蘿蔔(さんぐわつだいこん) 辛温毒なし地黄(ぢわう)と合
食を忌○山椒(さんせう) 辛温小毒あり○石榴(ざくろ) 甘酸温毒なし

【左丁】
○相良海帯(さがらめ) 鹹冷毒なし病人(ひゃうにん)に忌○鱖(さけ) 甘平毒なし
病人に忌○鯖(さば) 甘平毒なし蒼朮(さうしゆつ)白朮(びやくしゆつ)と合食を忌○
鯖鮓(さばのすし) 葵菜(あふひ)豆藿(まめのは)麦醤(ひしほ)と合食を忌○鱵(さより) 甘平毒な
し○馬鮫(さわら) 甘熱病人に忌○鮫(さめ) 甘平毒なし○佐々伊(さゞい)
貝(かい) 甘平毒なし脾虚(ひきよ)にいむ○朗光貝(さるぼ) 甘平毒なし
○鷺(さぎ) 甘平毒なし○獼猴(さる) 鹹平毒なし
[き]稷(きび) 甘寒毒なし○黍(もちきび) 甘温毒なし○菊葉(きくのは) 苦平
毒なし○胡爪(きうり) 甘寒小毒あり天行病(はやりやまい)の後(のち)に忌○銀(ぎん)
杏(あん) 苦平/鰻(うなぎ)と合食をいむ○金橘(きんかん) 酸平毒なし○木耳(きくらげ)
甘平小毒あり○幾須古(きすご) 甘平毒なし○金海鼠(きんこ) 甘

【右丁】
平毒なし○雉(きじ) 酸温春夏毒あり葱(ひとのし)蕎麦(そば)胡桃(くるみ)菌(きのこ)
と合食を忌
[ゆ]百合根(ゆりね) 甘苦毒なし○壺盧(ゆうがほ) 甘平毒なし脚気(かつけ)
腫満(しゆまん)に忌○柚(ゆ) 酸寒毒なし
[め]湯餅(めんるい) 甘温/多(おゝ)く食([く]らふ)べからず○目張(めばる) 甘平毒なし
大(おゝき)なるもの毒あり○女久呂(めぐろ) 鹹酸小毒あり
[み]味噌(みそ) 甘平毒なし○野蜀葵(みつばぜり) 苦甘毒なし○
蘘荷(みやうが) 辛温小毒あり瘧後(おこりのち)食べからす○橘(みかん) 酸温毒なし
蟹(かに)と合食を忌○芡実(みづふき) 甘平濇毒なし○水松(みる) 甘
鹹寒毒なし○蝸蠃(みな) 甘寒毒なし

【左丁】
[し]醤油(しやうゆ) 鹹冷毒なし○紫蘓(しそ) 辛温毒なし鯉(こい)
と合食を忌○越瓜(しろうり) 甘冷/天行病後(はやりやまゐのゝち)に忌○蓴菜(じゆんさい) 甘
寒毒なし多く食へは霍乱(くはくらん)痔瘡(ぢさう)を発(おこす)○椎茸(しいたけ) 甘
平毒なし病人(ひゃうにん)に忌○志女之(しめじ) 甘平毒なし○松露(しやうろ)
淡(あわく)平毒なし○椎子(しいのみ) 甘平小児に忌○白豆(しろさゝげ) 甘平毒
なし○志伊良(しいら) 小毒あり病人に忌○之比(しび) 酸鹹小毒あ
り病人に忌○蜆(しゞみ) 甘鹹冷毒なし○鷸(しぎ) 甘温毒なし
[ゑ]豌豆(ゑんとう) 甘鹹温平小児に忌/蕨粉(わらびのこ)と合食を忌○海(ゑ)
鷂魚(い) 甘平毒なし○恵曽(ゑそ) 甘平病人に忌○鰕(ゑび) 甘
甘温小毒あり瘡疥(さうかい)風熱(ふうねつ)に忌○糠鰕(ゑびざこ) 甘温小毒有

【右丁】
便血(へんけつ)痔漏(ちろう)疥瘡(かいそう)に忌○鯔(ゑぶな) 甘平毒なし
[ひ]稗(ひゑ) 辛甘冷毒なし○醤(ひしほ) 鹹冷毒なし○葱(ひともし) 辛
温毒なし地黄(ちわう)棗(なつめ)常山(くさぎ)と合食を忌○莧(ひゆ) 甘冷毒
なし鼈(すつほん)と合食を忌○藊豆(ひらまめ) 甘微温毒なし○枇(ひ)
杷(は) 甘酸平毒なし灸肉(あふりにく)熱麺(ねつめん)と合食を忌○菱実(ひしのみ)
甘平毒なし腎虚(じんきよ)に忌○鹿角菜(ひじき) 甘寒毒なし○
■(ひよどり)【注①】 甘平毒なし○雲雀(ひはり) 甘平毒なし
[も]餻(もち) 甘温毒なし○糯米(もちごめ) 甘温毒なし《振り仮名:■疽|ようそ》【注②】瘡(そう)
癤(せつ)を発(おこす)病人小児に忌○秫(もちあわ) 甘平毒なし多へ【注③】食べからす
○桃(もゝ) 甘辛温小毒あり蒼白朮/鼈(すつほん)と合食をいむ

【左丁】
○海蕰(もぞく)【注④】 鹹寒毒なし○毛呂魚(もろこ) 甘温病人に忌○鵙
苦平毒なし
[せ]焼酒(せうちう) 辛(からく)大/熱(ねつ)大毒あり焼味噌(やきみそ)と合食を忌/冷(れい)
水(すい)熱湯(ねつとう)にて浴(ゆあみ)すれは忽(たちまち)死(し)す○煎餅(せんべい) 甘平多食を
忌○芹(せり) 甘平春夏毒あり○紫萁(ぜんまい) 甘寒毒なし
痘疹(いもはしか)金瘡(きりきす)に忌
[す]酢(す) 酸(すく)苦(にかく)温(うん)茯苓(ぶくれう)辰砂(しんしや)と合食を忌○水団(すいとん) 甘温毒
なし○薏苡(すヾだま) 甘温毒なし○馬歯莧(すべりひゆ) 酸寒毒なし
冷病(ひゑやまい)に忌○接続草(すぎな) 甘平毒なし独活(うど)と合食を
いむ○芋茎(ずいき) 辛冷滑毒なし○杏(すもゝ) 酸苦温多食を

【注① ■「鴨+一」は「鵯」の誤ヵ】
【注② ■は「疒+邕」。「癰」ヵ】
【注③ 「へ」は「く」の誤ヵ】
【注④ 「蕰」は「蘊」の誤ヵ】

【右丁】
忌/蜜(みつ)蒼朮(さうじゆつ)白朮(びやくしゆつ)と合食を忌○鱸(すゞき) 甘平小毒有
鼓脹(こちゃう)に忌○鯗(するめ) 酸平毒なし○鼈(すつほん) 甘平/莧(ひゆ)芥(からし)
鴨(かも)鶏卵(たまご)兎(うさぎ)猪(いのしゝ)と合食を忌○鮓(すし) 酸平/蜜(みつ)と合食を
忌○雀(すゝめ) 甘温毒なし李(すもゝ)蒼白朮と合食を忌
 ○合食禁忌(くいあわせいみもの)
○焼酒(せうちう)に焼味噌(やきみそ)○酢(す)に茯苓(ぶくれう)辰砂(しんしや)○稷(きび)に附子(ぶし)
○玉蜀黍(なんばきび)に甘草(かんさう)○蕎麦(そば)に鱣(ふか)猪(いのしゝ)○胡麻(ごま)に魚/毒(ぎよ)【注①】
狗肉(いぬ)○黒豆(くろまめ)に萆麻(とうごま)猪肉(いのしヽ)○緑豆(ぶんとう)栢(かや)鯉(こい)○豌豆(ゐんどう)に
蕨粉(わらびのこ)○菜菔(だいこん)に地黄(ぢわう)○韭(あら)に蜜(みつ)牛肉(うし)○葱(ひともじ)に地黄(ちわう)
常山(くさぎ)○紫蘓(しそ)に鯉(こい)○菠薐(ほうれんさう)に鰻(うなき)鉄漿(おはぐろ)○梅(むめ)に黄精(わうせい)

【左丁】
○桃(もゝ)に蒼白朮(さうびやくじゆつ)鼈(すつほん)○李(すもゝ)に蜜(みつ)蒼白木【注②】雀(すゞめ)鶏(にはとり)○楊梅(やまもゝ)に
生葱(なまひともじ)○杏子(あんず)に鶩卵(あひるたまご)○枇杷(びわ)に炙肉(あふりにく)麺(めんるい)○棗(なつめ)に諸魚(ぎよるい)
○胡桃(くるみ)に雉(きじ)鴨(かも)○栢(かや)に縁豆(ふんどう)鵞(とうがん)○銀杏(ぎんなん)に鰻(うなぎ)○橘類(みかんるい)に
蟹(かに)○菌類(きのこるい)に雉(きじ)○鯉(こい)に胡椒(こせう)栢(かや)縁豆(ふんとう)紫蘓(しそ)天門(てんもん)
冬(どう)辰砂(しんしや)猪(いのしゝ)犬肉(いぬ)○鯽(ふな)に砂糖(さとう)芥子(からし)麦門冬(ばくもんとう)鶏(にわとり)猪(いのしゝ)鹿(かのし)
猿肉(さるのにく)○鰻(ふな)【注③】に銀杏(ぎんなん)菠薐(ほうれんさう)○鮧(なまず)に猪(いのしゝ)鹿(かのしゝ)牛肉(うし)○泥鰌(どじやう)に
白犬肉(しろいぬ)○鱣(ふか)に蕎麦(そは)荊芥(けいがい)○河豚(ふぐ)に煤(すゝ)桔梗(きゝやう)荊芥(けいがい)
甘艸(かんさう)菊花(きつくわ)烏頭(うづ)附子(ぶし)○鼈(すつほん)に芥子(からし)莧(ひゆ)桃(もゝ)鶏(にはとり)鶩卵(あひるたまご)
鴨(かも)兎(うさぎ)猪(いのしゝ)○田螺(たにし)に芥子(からし)○雉(きじ)に胡桃(くるみ)葱(ひともじ)菌(きのこ)蕎麦(そば)卵(たまご)
○鴨(かも)に胡桃(くるみ)木耳(きくらけ)豆豉(つし)鼈(すつほん)○雀(すゞめ)に李(すもゝ)白朮(ひやくじゆつ)○鴿(はと)に服(ふく)

【注① 「毒」の振り仮名「ぎよ」は「魚」に付く】
【注② 「木」は「朮」の誤】
【注③ 「鰻」の振り仮名「ふな」は「うなぎ」の誤ヵ。「ふな」は前出】

【右丁】
薬(やく)◯鶩卵(あひるのたまこ)に杏(あんず) 鼈(すつほん)◯鶏(にはとり)に葱(ねぎ)蒜(にんにく)芥子(からし)李(すもゝ)鯽(ふな)◯
鶏卵(にはとりのたまご)に糯(もちごめ)葱(ねぎ)蒜(にんにく)鯉(こい)鼈(すつほん)獺(かはおそ)◯山鶏(やまどり)に蕎麦(そば)

《割書:聚類|要薬》小児良方 《割書:◯此書は歴代(れきたい)小児 科(くは)の書を輯(あつ)め重(しけきを)刪(けつ)り少を補(おきな)ひ| 誕生(たんじやう)の養育(よういく)より諸病(しよびやう)の要薬(ようやく)をのせ雑病(ざつびやう)の療治(りやうし)》
  《割書:全部三冊    に至るまて委(くはし)く記(しる)し諸(しよ)の湯飲(とういん)丸散(くはんさん)丹膏(たんかう)等の|        秘方(ひほう)妙剤(めうさい)までのこらず是(これ)をのせ小 児(に)保護(ほうご)の便(たより)と|        するもの也》
病家示訓余議 《割書:◯此書は婦人(ふじん)癆瘵(らうさい)の論《割書:并》《振り仮名:帯ノ下|こしけ》の論男子 癆瘵(らうかい)【注】》
   《割書:全壱冊    の論小児はやくさの論小児 養育(よういく)の論大人 頓死(とんし)の|       論大人 養生(ようしやう)薬の論等まてくはしく記す》

 右両書とも板行出来売弘め申候御求御覧可被下候以上

病家心得草巻下大尾

【注 「瘵」の振り仮名「かい」は「さい」の誤】

【左丁】
安永九年庚子正月吉旦
      《割書: |堀川通蛸薬師下ル町》
        西村市郎右衛門
      《割書: |同 仏光寺下ル町》
 京都書林   河南四郎右衛門
      《割書: |同 町》
        銭屋七郎兵衛

【裏表紙 文字無し】

{

"ja":

"長生法"

]

}

【収蔵用外箱(帙)・表紙】
長生法

【収蔵用外箱(帙)・背表紙】
長生法 一冊

【整理ラベル・富士川本/チ/98】

【収蔵用外箱(帙)・表紙】
長生法

【冊子 表紙題箋】
長生法 初編 全

【資料整理ラベル】
富士川本

98

KUNST
om
lang te leben

辻恕介抄譯
《割書:扶|氏》長生法
理外無物樓蔵板


から国(クニ)のいにしへには方士(マジナヒビト)といふもの有
て不老不死の業なといひてあらぬ物
もて代々(ヨヽ)の帝王(ミカド)をあさむきけり西(ニシノ)
洋(クニ)にもかゝるたくひのこと多かりけれと
今は学の道ひらけゆくものから迷神(マヨハシガミ)
のましこり【注①】もおのつからたえ果て真(マコ)
正(ト)の長生方を物せし書(フミ)の世にあら
はれたるかいとおむかしさ【注②】にかくなん

【朱印・京都帝国大学図書之印】
【朱印・富士川游寄贈】
【黒印・186140 大正7.3.31】


【注① まじこり(蠱凝り)=「マジ」は「マジナイ」の「マジ」に同じ。呪術に熱中する】
【注② おむがし=よろこばしい】

大かたの人のねかひの末つひに
 なるへきこともいのちなりけり
おのが身におふともしらていく蘭
 よもきか島に
     何もとめけむ
        源 ̄ノ柳河 ̄ノ春蔵



長生法初編

     江戸     嵐山芳策 閲
     松本     辻 恕介譯《割書:並》註

 ○大氣
人の氣中に居るは、猶 ̄ホ魚の水中に在るが如し、氣
身躰に觸れば、口則ち呼吸す、氣無れば人生活せ
ず、氣穢汚なれば呼吸に害あり、此悪汚の起る所
を明知して、之を浄潔せんことは、長生法 ̄の第一た
り、故に筆を爰に起すと云ふ、

氣含む所の汚物、種々なりとす、就中恐るべき者
は、炭酸氣是 ̄レなり此氣生ずる所更に多し、即ち人
畜の呼氣、炭火◦薪熖◦燈火等是 ̄レなり、其理大畧左の
如し、
夫 ̄レ大氣は窒素と酸素の混和物なり、氣人の肺中
に入れば、酸素は血中の炭素と親和し血液浄潔
の後、炭酸と為り、呼氣に從て躰外に出 ̄テ、氣中に飛
散す、抑炭酸氣は呼吸に害あり、衆人一所に群衆
すれば、此氣随て多し、此時頭痛 眩暈(めまい)等を起すは、
此毒氣に中れるなり、全少時 戯塲(しばゐ)を好めり、然れ
ども、此所に遊べば必す欝悶す、登時(そのじぶん)此理を知ら
ず、後漸く之を知て、遂に戯塲を顧みず、若 ̄シ夫 ̄レ事あ
つて、衆人一室に連 ̄リ坐せば、屡《割書:々》障戸を開て、新氣を
通ずべし、
 血は心より出 ̄テ、血脉より周身を運行し、再び心
 裏に歸る、此時血◦紫黒色を帯るは、炭分等を含
 むに因す、乃ち先づ肺に入り、酸素に逢て再び
 紅色と為る、則ち炭分は、酸素と親和して、炭酸
 氣と為り、躰中を謝し去る、尚 ̄ホ細論を知らんと
 欲せば、人身究理の書を讀むべし、
抑々物躰の焚焼するは、全く酸素の力に依る、炭◦薪
の如き者といへども、酸素無ければ、発火に縁な

し、故に炭火◦薪㷔の類は、徐々に室内の酸素を吸
収し、炭酸と成て四方に散布す、若し室内の氣新
陳交代せざれば、炭酸の量漸々増加して、人畜遂
に斃る事必せり、冬時温室内に在て、往々頭痛眩
暈等を起すは、炭酸の所為に因る事夛し、又輓近
人身究理家の所説に據れば、卒中の諸症を發す
る事、更に疑を容るべからず、故に火力を以て温
煖を取れば、寒氣防ぎ昜く、毒氣防ぎ難し、思ふに
寒を忍ぶは、害なきに非ずといへども、毒氣を吸
収して、疾病を招くに勝れり、(𤇆突は、炭酸氣を驅
逐するの要器なり、其用法に就て、論示すべき事、

少からずと雖、之を後編器械の條下に讓る、)
 試に火爐を日光中に置き遥に之を望めば、火
 辺に一種の氣を見る、是 ̄レ即ち炭酸なり
  室中に酸素を増加し、炭素を減却するの簡
  法
 水盤に夥く緑葉を插み、或は大瓶に石灰水に盛
 て之を室内に置くべし、《割書:夜間は緑葉を|遠くべし》
 動物炭酸を吐けば、植物之を取て、其炭分を奪
 ひ、純粹の酸素を吐く、是 ̄レ酸素の缺乏せざる所
 以なり、動植此 ̄クの如く相資くるは、実に造化の
 妙手段と云ふべし、故に都下の如き、村落に比

 すれば、人身に害あること、推して知るべし、此
 等の理論は、理学化学の書に詳なり、有志の士、
 必らず之を讀むべし、
 炭素と酸素の親和物は、酸化炭素(◦◦◦◦)及ひ炭酸(◦◦)是 ̄レ
 なり、甲の毒は乙の毒に勝る、甲乙相異る所は、
 酸素の量に多少あるのみ、
氣含む所の汚物甚た多し、今枚擧せずと雖、偏に
浄潔を思はゞ、悪蒸氣を放つ者の如きは、一切之
を遠くべし、故に汚衣腐魚の類は、居室の辺に置
く可からず、厠は力所及(なるたけ)遠きを良とす、尚 ̄ホ居室の
條下を参考すべし、

 ○飲食
人の生は其血に在り、血の源は飲食是 ̄レ なり、抑《割書:〻》食
物は胃に入り、消化の後津液と為り、遂に血と成
て全身を養ふ、故に飲食の好悪に隨て、血に良否
あり、血の良否に隨て、身躰に强弱あり、粗食の国
は、人民弱なるを以て知るべし、然れども過食は
大害あり、胃は消化(こなれ)の機を司ると雖、其質◦强 ̄キを極 ̄ハ め
ず、一朝損敗すれば、百病隨て生す、豈慎まざるべ
けんや、是 ̄レ長生法中、最も務むべきの急たり、若 ̄シ夫 ̄レ
之を忽(ゆるかせ)にする時は、他法を守るも、無益に属すべ
し、

凡そ飲食は、各人 ̄の性質◦動作の多少、及び時の寒熱
等に從ひ、一日の量を定め、之に増減なき事を要
す、此量の如きも、冝しく頻々に食ふべし、一時に
飽くべからず、総て飲食は、尚 ̄ホ欲するの間に収む
べし、又大飢を俟て食ふは害あり、◯各日の食時
を定むべし、深夜に食ふ可からず、食後直ちに眠
るべからず◯飲食の前後には、思考す可からず、
笑語戯談は甚 ̄タ隹なり、食後には必ず運動すべし、
但 ̄シ労動に過るは甚 ̄タ不隹なり、徐々に高処を登降
するは、極めて妙なりと言ふべし
朝夕の食は淡薄なるを要す、滋養の食物は昼間
に用ゆべし、◯夏日は多く肉食すべからず、暖国
亦然り◯熱食は消化機に害あり、冝しく冷物を
食ふべし、然れども熱食に慣れたる人、急に冷食
するは害あり、故に漸々此慣 ̄レを廃止すべし、◯食後
直ちに水を飲み、其後一時《割書:凡そ我|が半時》の間は禁すべ
し、
肉類は消化最も易く、又血となるの原質甚だ多
し、就中獣肉を良とす、鳥肉之に亜(つ)ぐ、魚肉は末な
り、◯五穀は最も食に供すべし、然れども渣滓【左ルビ:カス】甚
た多く血となるの原質少しとす、唯脂肪を生ず

ること多し、故に唯五穀而己を食ふの人は、肥満
すと雖躰躯脆弱、精力強からず、勇気甚だ少し、◯菓
物は、食に供ずべしと雖、決して多食すべからず、
不熟の硬き菓は消化機を損す、必す熟して柔な
る者を食すべし、極寒の國には菓を産せず、暖國
熱國には多く之を生す、是れ寒地にては、菓を、全
く食はざるも、人生に害なきを以てなり、◯蒜菜
また食に供ずべし、然れども此類皆筋あり、其質
木に同くして、消化し難し、故に細嚼【「コマカニカミキル」左ルビ】せざれば害
あり、宜しく心を用ゆべし」、此物血を清淡ならし
むるの効あり、但し芋の類は、酸敗液を生じ易し、

過食すべからず、
甘味の物は、消化の機を妨げ、酸敗液を生じ、腺病
を誘ふ等の如き害あり、多く食ふべからず」、小児
脾疳を患ふるは、甘味の食に因る事多し、尚 ̄ホ後編
小(◦)児(◦)養(◦)育(◦)法(◦)の條下に詳なり、
  水質論
凡そ飲料多きが中に、唯水を以て不可缺の物品
とす、他物の如きは、皆廃却するも妨げず、况や酒
の如きは、人命を截短するの斧、人を殺すの毒薬
と伝ふべし、有志の士飲むべからず、
水は飲むべしと雖、天然純潔なる者、決して無し

とす、化学士試薬を以て、雑物を撿査す、假(たと)へば消
酸銀液を滴して、雲生ずる者は、格(コ)-碌(ロー)-児(ル)-水-素-酸、或
は格-碌-児-結-合-品を含むの徴と為すが如し、尚 ̄ホ此
他を知らんと欲せば、化学の書を参考すべし、
井水の雑物なきは殆と稀なり、故に常用の水は、
大川の水を良とす、河水流れて数十里を経れば、
漸く甘爛して、柔水となる、《割書:水に剛柔の別あり、剛|水は塩上を含むこと、》
《割書:多量なる者是なり、柔水は之に反するの謂 ̄ヒにし|て、則ち飲に供ずべく、食物を煮る等に宜 ̄ロし、》
若 ̄シ夫 ̄レ止むことを得ずして、剛水を飲んと欲せば、
先づ加(カ)-里(リ)少許を加へて、柔水と為すべし、
雨水は天然の蒸餾水、更に鈍潔と稱すべし、宜し
之を貯へて、飲に供すべし
 因に曰く、阿弗利加(あふりか)州◦皮力土尓熱利土(びれどるげりつと)国の南
 海中に、十餘島あり、総稱して加那里亜(かんりあ)といふ、
 其最西の一島を、勿児魯(へるろ)と名く、此島に一種の
 奇樹を産す、和蘭人之を水樹と呼ぶ、其枝葉恒(つね)
 に清水を滴下す、若し日光を受れば、其滴下更
 に多し、故に土人桶鉢の類を、多く樹下に置き
 て、其水を受く、此島中絶へて水泉なしといへ
 ども、此水に依て、渇者飲を為し易し、実に造化
 の妙手叚といふべし、故に稱して聖水といふ、
 一千四百二年の夏、法朗西(ふらんす)人ベテンコウル(────────────)な

 る者、此島に遊び、此水滴の竒なるを目撃し、其
 著書に記せしより、諸の西書之を載するもの
 多し、ドヾネウス(──────────)曰く、是れ猶 ̄ホ我 欧羅巴(ゑ◦うろつぱ)州の、ゾ【左縦線】
 ンダーウ【左縦線】草《割書:日露|の義》の日中に至れば、水を滴して地
 を湿すが如きものか、然れども余未だ此島に
 逰で、此竒樹を見ず、故に此理を知ること能は
 ず ̄ト云々
 右の竒談は、夢遊道人の西洋雑記にも見へた
 り、客歳我が友、横濵に遊で、西人某氏に、竒樹水
 滴の理を質せしに、同氏曰く、余此事に就て、種
 々の説あり、簡に之を言はゞ、此樹に一種の蒸

 餾機あつて、地中の水を餾出するなるべし、余
 もまた未だ此樹を見ず、他日細荅せんと ̄ト云々
  歯牙保護の法
歯は飲食の為 ̄メに須要なるが故に、務めて保護す
べし、都て歯牙不潔なるは害あり、故に毎朝夕は
勿論、食後も亦掃除すべし、○朝は指頭に木炭末
を貼し、歯を磨くこと一回なるべし、《割書:本邦所用の|楊枝は、歯牙》
《割書:に害|あり、》
熱飲の後、直 ̄ヲに寒飲を取るは害あり
歯牙烈く相觸るゝ事を禁ず
力所及(なるたけ)寒風に露呈すべからず

   不飲食を治するの簡法
 夫 ̄レ不飲食の病は、胃の敗壊に因る者多し、捨 ̄テ置
 く時は百病を生す、速に医家へ走て、治療を乞
 ふべし、若し偏僻の地、治療を受るに便なき時
 は、先づ此法を用ゆべし、西洋雑記も亦此法を
 掲く、今同書を抄すること、左の如し、
 奇方秘苑に曰く、予が一親友、曽て園囿を管(しはい)す
 る医官の許(もと)に赴きて、奇異非常の薬草を観る
 こと多し、此時尋常の草に、驚駭すべき奇功ある
 こと知れりと云ふ、是れ園丁(にはおとこ)我友人を導きて、
 苑囿を悉観せしめたるが故に、貨を以て之に

 謝 ̄セ しかば、園丁また、飲食をすゝむる ○法を傅
 へたり、此前友人、不飲食の症を得たることを、
 園丁に話せしに、園丁則ち茵蔯(いんちん)【「かはらよもぎ」左ルビ】草を、両手に捧
 げ来て曰 ̄ク、此葉を莫大小(めりやす)の中、及び履の裡、足蹠(つちふまず)
 の下へいれおきて、毎朝新葉をいれかへ、初の
 葉を除くべし、則ち能く飲食することを得べ
 しと、友人此法に従ひしに、果して平癒せり、そ
 の後いくばくなくして、予もまた此症を患ひ、
 食物を吐してやまず、若し温なる食物の香を
 嗅(か)げば、忽ち嘔吐を催す、依て此事を偶(たま〳〵)彼友人
 に語りしに、友人曰く、此法信ずるに足らざる

 が如しと雖、我此法にて病平癒せり、先づ之を
 試むべしと、予則ち菌蔯を採て、其葉を莫大小(めりやす)
 の中に入れ、毎日葉を換へて、是を試むるに、凡 ̄ソ
 二ヶ月有餘にして、病全く癒へたり、則ち知る簡
 易の良法にして、更に笑ふべからざるを、夫れ
 菌蔯草の如きは、都鄙を論せず甚た得易し、然
 る時は、別に服薬するなく、且つ貴重なる健胃
 薬を、購ひ求むるにも及ばず、此簡易なる法方
 を以て、失ひたる食機を、元に復すること、豈
 一奇快ならずや、これよりして後、屡有功を見
 しかば、一二の朋友に、此法を教ふるに、初 ̄メ は皆

 笑て信ぜずといへども、一回試の後は、其奇効
 に驚き、感謝する者甚 ̄た多し、《割書:以上西洋雑記抜抄|》
 今春◦我が一親戚、横濵に遊て、佛人某氏に、此法
 の良否を問ひしに、荅曰、良法なり、但し泥と為
 し、万貞庶に和して、手足に塗るもよし、然れど
 も、稍々簡易を減却して、其効大に異ならず ̄ト、

 ○衣服
衣服は敢て美麗を㫖とせず、唯清潔なるを以て
主とすべし、脂垢◦衣服に留て、久しく脱せざれば、
蒸気の発散を妨げ、人身をして、再び此汚物を吸
収せしむ、豈大害ならずや、故に屡《割書:〱》洗濯して、頃刻
も汚衣を着すべからず、繻絆(じゆばん)の如きは殊に然り、
《割書:西国にては、奴婢といへども、繻絆を改ること、三|日必らず一回といふ、貴人は推して知るべし、」》
傅染病を患ふる人、曽て着せし所の衣帯には、傅
染毒布目に留て、洗濯するも脱し難し、若し猥り
に之を着すれば、毒気傅染して則ち其病を起す、
《割書:古衣を購ふて、着するは甚 ̄タ危し、是れ從前◦着する|の人、傅染病有りや無しや、之を知ること難けれ》

《割書:ばな|り、》
衣帯は力所及(なるたけ)寛く、且つ軽きを良とす、多血家は
殊に然り、
衣服は木綿を最良とす、小児は殊に然り、貴人の
小児に、壮健なる者少く、下賤の小児、無病なる者
多し、是れ絹の衣服等は、小児に害あるの一證た
り、尚 ̄ホ後編を繙て、此理を明にすべし、

 ◯家屋
家屋は、風-雨霜-雪等を、凌て足らんか、否◦然らず、注
意すべき事件、大畧左の如し、
居室は、力所及(なるたけ)床下を高くし、極めて乾燥なるを
要す、湿地に住する人は、殊に茲に注意すべし、病
其因を、湿氣に取る者甚 ̄タ夛し、(居室は二階三階を
良とす、嘗て脚氣を患ふるの人、二階に住するこ
と三 ̄ケ月にして、全治せし例あり、)
障戸に隙なきを要す、戸隙の風は人身に害あり、
但し居室久しく密閉すれば、氣◦腐敗するの患あ
り、故に時々障戸を開て、新氣を通ずべし
居室の壁は、白色欤、淡緑色を良とす、
寝室の注意は、大抵居室に同し、但し寝室は、晝間
盡く障戸を開き、晡時(なゝつさがり)之を閉さし、就眠の前暫時
之を開き、再び密閉すべし、
夜間寝室に燈燭を點すべからず
臥床は高きを良とす《割書:本邦 ̄ハ別に臥床を設けずして、直に畳に臥す、|其害、幾許ぞや本文を見て戒心すべし》
厠は屎尿を納む、不潔言ふべからず、故に居室に
接するは大害あり、務めて之を離隔し、屡《割書:〱》掃潔す
べし、(厠の造作に法あり、後編に詳なり、)
尿は腐敗の後、一種の毒氣を放つ、決して之に近
くべからず、

 ◯睡眠
人窹むるの間は、霊液を費し、費すこと漸く夛け
れば、睡を催す、睡中霊液元 ̄トに復すれば則ち醒む、故に
睡眠足らざれば、霊液随て缺耗し、人身又健康な
ること能はず、又睡眠多きに過くれば、血液運行
遅滞等の害あり、唯過不及なきを以て、最要とす
べし、
古人曰く、暁色は人に金(きん)を与ふ ̄ト、是れ早起の人身
に益ある謂 ̄ヒなり、然れども唯◦早起を守て、早眠を
忽(ゆるかせ)にするは害あり、甲夜(よい)の就眠、爽明(よあけ)の早起とて、
古来養生家 ̄の、専ら務むる所なり、
 読書人を見るに、爽明に早起して、読書するは
 よし、深夜に至れども、机上を離れず、甚しきに
 至ては徹夜し、明朝尚寐ねず、愚も亦甚哉、是れ
 漢土の常論に習て、鞭策而已を良とするなり、
 苟も窮理の一端を知る者は、豈此 ̄クの如き所置
 あらんや、故に読書人の勉勵家は、身-躰脆-弱、勇
 気少く、無用の人は甚た多し、
 或《割書:人|》曰、勉学は国家の為めなり、然るに、其法を知
 らずして廢物となり、却て国家の厄介となる、
 其愚憐むべし、

床中注意すべき事件左の如し
睡中身躰を屈曲すべからず
手を胸腹に揚ぐべからず
枕の低きと固きとを禁ず
身躰の上部は軽き物を覆ふべし《割書:総て衾衣の重|きは害ありと》
《割書:云ふ|》

 ○浴湯
夫れ皮膚は、無数の氣孔あつて、是より躰内無用
の物を廢泄し、又有用の物を吸収す、肉眼◦嘗て及
はずといへども、蒸氣◦常に躰外に濛々たり、是れ
則ち人身◦無用の汚物にして、之を蒸発氣と稱す、
若 ̄シ夫 ̄レ障妨あつて、此氣一 ̄ビ止まれば、悪寒◦発熱等を
起す、世に風邪と稱する者は、寒冷の為に氣孔◦閉
塞し、汚物◦血中に留るよりして発するなり、人◦久
しく浴せざれば、脂垢◦全躰に生じて、氣孔を閉塞
し、遂に病を発すは、是れ前文の理と相同し、浴や
怠るべからず、但し之に就て、注意すべき事件◦甚

た多し、今其要なる者を述ること左の如し、
浴後◦躶躰にて、涼を納るヽは害あり、速に衣服を
着し、少〱運動すべし、
熱湯に浴するは大害あり、温水浴◦寒水浴甚た佳
なり、但し水中に石鹸を浴解せば、益《割書:〱|》良なり、
浴中◦皮を以て、身を刷擦すべし、
浴後◦頭上に、数回冷水を注くべし、
毎日◦一回の浴を怠るべからず、夏日◦発汗◦夛きの
時は、二回なるもよし、三回は夛きに過ぐべし、
食の前後には浴すべからず、忿怒◦悲哀の情ある
時又然り、
 聞説米人ペルリ(──────)、初めて日本に来りし時、一浴
 事に就て、三驚嘆せり、其一は熱湯浴、其一は男
 女◦混浴、其一は浴後の躶躰なりと云ふ、ペルリ(──────)
 驚嘆の事は、同人の日本紀行にも、見へたりと、」
 官嘗て男女混浴を禁ず、故に江戸市中の混堂(ゆや)
 には、此悪風を見ずと雖も、他所には今尚 ̄ホ有り
 と聞く、先年清人横濱竹枝の中にも、此悪風を
 譏れり、

 ○運動
坐して業を務むる人、身軀の運動少き時は、躰中
の諸機、奮起することなく、遂に疾病を醸すに至
る、苦諫す世上坐業の人、決して運動を怠ること
なかれ、
  運動の注意
食後は半分時許安坐し、然 ̄シテ後◦徐歩すべし、総して労
動は、有害◦無益と知るべし、(高所を徐々に登降す
るは極めてよし、)
冬時は運動、夏時より多かるべし、
寒国に住する人は、殊に夛く運動すべし、湿地に
住する人また然り
午後には餘り運動すべからず、朝夕を以て最良
と為ずなり、
 坐業の中、讀書寫字等 ̄ハ専ら精神を使役す、故に
 勤敏の間、放学運動は勿論、時々快樂して精神
 を養ふべし、西国の学校には、キ゚ムナスチーキ【左傍線】
 といひて、踊躍動作を学ふの場所ありて、毎日
 児童をして、一定時間、身体を動 ̄カさしむるの制
 度あり、

 ○房事
壮年健康の人と雖も、房労過度なる時は、病必ら
ず生ず、況や老少にして淫乱なるは、無二の命を
以て、淫樂を買ふに似たり、豈/愚魯(おろか)と言はざるべ
けんや、
手淫(せんずり)は、天理に背くの最大なる者ににして、人身に
害あること最も甚し、長生を思ふの人、決して此
卑事を行ふこと勿れ、
 嘗て一洋医の話を聞くに、一度の房事は六オ
 ンス【左傍線】の瀉血に同く、一度の手淫は六度の房事に同
 しと言へり、手淫の人身に害あること、推して知るべし

 ○旅行
旅の利益は、勝(あげ)て言ふべからず、是 ̄レ衆人の普く知
る所、今更に記載せずと雖も、長旅に歳月を累(かさ)ね
て、旅宿(たびね)の憂苦を覚ゆるは《割書:大|》害あり、唯短旅頻憩を
以て、長生の妙法といふべし、
多血家は旅すべからざる者あり、故に首途(かどいで)の前、
先づ医家に走て、旅すべきや否やを細問すべし、」
今左に旅中の注意(こゝろゑ)を畧説して、茲に初編の筆を
閣(さしお)く、
旅中乗◦歩の一に片すべからず○舩中に在ては、
時々行作を替ふべし、則ち或は坐し或は臥し或

倚るべし○夜行を禁ず、
飲食に過不及なかるべし○熱飲を禁ず、○水に
橙汁を加へて用ゆるを最良と言ふべし、
蒸発氣に遅滞なからんことを要す、若夫 ̄レ皮膚の
感觸鋭敏なる人は、旅中常に、フラネル【左傍線】の帽子を
戴くべし、
身躰の浄潔最も緊要たり、故に沐浴を怠るべか
らず、

長生法初編《割書:終|》

【左丁】
長生法一巻。原係扶歇蘭氏之撰。余訳以
上之梓。有客謂余曰。子欲長生乎。読書
之害于長生。本論既詳之矣。抑亦有諺。
曰。染上服白衣。待詔載乱髪。ト者不知艱【ヵ】。
医士不摂生。吾恐子之所為者類於是。余
笑而応之曰。扶氏寿踰八旬而著書不倦。

安知読書之楽。不甚害于人。雖然余之所
務不同。余貧徹骨。非売字充銭。飢寒
将到。故仮此聊救燃眉之色。将以為他部学
長生之資。蓋読書之害在後年。猶勝飢
寒之速至耳。客笑予去。輙書以代跋。
 慶応三年重陽後一日辻恕介識。【角印二つ】

【23コマ目と同】
安知読書之楽。不甚害于人。雖然余之所
務不同。余貧徹骨。非売字充銭。飢寒
将到。故仮此聊救燃眉之色。将以為他部学
長生之資。蓋読書之害在後年。猶勝飢
寒之速至耳。客笑予去。輙書以代跋。
 慶応三年重陽後一日辻恕介識。【角印二つ】

【左下折返部】
■■■八号五百六十八■【朱印】
■【手記】

【裏表紙】