《題:護痘要法 一冊》
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護痘要法
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《題:護痘要法 一冊》
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《題:護痘要法》
■重■或多■■■■と何■此か■広伝■
■■い■他好生之■■
天保二年■在辛卯三月■■京水池田■■美
護痘要法
夫(それ)痘疹(はうさう)は火(ひ)に属(ぞく)して先(まづ)熱(ねつ)せざれば出(いで)ず。その病源(やまひのもと)を
尋(たづぬ)るに。古人(こじん)種々(さま〴〵)の説(せつ)あり。或(あるひ)は胎毒(たいどく)といひ。或(あるひ)は疫気(えきゝ)と
いひ或(あるひ)は淫火(いんくわ)の毒(どく)といひ。或(あるひ)は飲食(いんしよく)の毒(どく)といふ。彼此(かれこれ)
を合(あは)せ稽(かんがへ)るに。淫火(いんくわ)の毒(どく)。飲食(いんしよく)の毒(どく)と。相(あひ)混(こん)じて。人(ひと)の
体(からだ)中に伏(ふ)し匿(かく)れ。不正(ふせい)の時気(じき)に感(かん)じて。発(はつ)すとい
へる説(せつ)。穏(おだやか)なるべし
○痘前(はうさうまへ)の嬰児(こども)は。野山(のやま)深谷(ふかきたに)水沢(みずさは)古墳(ふるはか)等(など)。常(つね)に歩(あゆ)み
なれざる所(ところ)へ連(つれ)行(ゆく)事(こと)なかれ。悪厲(あくれい)の気(き)に感(かん)じて。■(はつ)
したる痘(はう)■(さう)は。/疫癘痘(えきれいとう)とて。甚(はなはだ)凶逆(きようぎやく)にして危(あやふき)に及(およ)ぶ
もの多(おほ)し。
○小児(こども)ある家(いえ)にては。痘(はう)■(さう)流行(はやる)ときは猶更(なほさら)。平生(へいぜい)共(とも)。
能(よく)心(こころ)を用(もちひ)て調護(かいはう)すべし。たとひ発熱(ねつ)搐搦(びくつき)ありとも。
妄(めつた)に香(にほひ)竄(つよき)薬(くすり)を用(もちふ)ることなかれ。一度(いちど)熱(ねつ)してよりは。父母(おや〳〵)
傍人(かいはうにん)その側(そば)をはなれぬやうにすべし。熱(ねつ)つよきものは。
驚搐(ひきつけ)■(おこ)るものなり。此時(このとき)いそぎ抱(だい)て。しつかりとかゝへ
しめてよろし。甚(はなはだ)しきは。目(め)まひ気(き)うせ。人事(ひとごと)を知(しら)ぬ
やうにもなるなり。左(さ)あらば。上品(よき)熊胆(くまのい)を。水(みづ)にてとき
用(もちふ)べし。妄(みだり)に種々(いろ〳〵)の気付薬(きつけぐすり)を用(もちふ)べからず。又(また)按摩(なでさすり)針(はり)
灸(きう)を。かたく禁(きん)ずべし。
○預(まへかたに)痘(はうさう)を防(ふせ)ぐ方法(くすりしかた)。数多(あまた)ありといへども。試(こゝろみ)用(もちふ)るに其(その)
功(こう)なく。反(かへつ)て害(がい)をなす事(こと)あり。妄(みだり)に用(もちふ)べからず。
○凡(およそ)痘疹(はうさう)は。十二日をかぎりとして。十二日を又(また)四(よつ)にわ
り。初(はじめ)三日を見点(けんてん)といひ。次(つぎ)の三日を起脹(きちやう)といひ。又(また)次(つぎ)の
三日を灌膿(くわんのう)といひ。又(また)次(つぎ)の三日を収靨(しうえん)といふ。されど見(けん)
点(てん)の前(まへ)に発熱(ほつねつ)あり。熱(ねつ)は長(ねがき)あり。短(みじかき)あり。日数(ひかず)定(さだまり)なし。
収靨(しうえん)の後(のち)に。落痂(らくか)三日あり。見点(けんてん)より落痂(らくか)まで。十五日
の間(あひだ)を。痘(はうさう)の定期(ひどり)となす。
発熱(ほつねつ)【左ルビ「ぞやみ」】大熱(だいねつ)あり。微熱(すこしきねつ)あり。嘔吐(はき)。搐搦(ひきつけ)。譫語(うはこと)。腹痛(はらいたみ)等(など)。千(いろ)
変(いろ)の症(しよう)をなし。食傷(しよくしやう)風邪(ふうじや)驚風(きやうふう)に似(に)て。痘(はうさう)といふ
事(こと)決(けつ)しががたく・古人(こじん)これを疑似(ぎじ)の症(しよう)といふ。又(また)序(じよ)
熱(ねつ)は一日にして。痘(はうさう)を発(はつ)するあり。三四日又は数日(すにち)
にして。発(はつ)するもあり。三日ほどにて熱(ねつ)さめ。元気(げんき)よ
く。飲食(のみくひ)進(すゝ)み。前(さき)の諸症(しよしよう)やみて。後(のち)に見点(けんてん)するを。
よしとす。
見点(けんてん)【左ルビ「ではじめ」】一二三日。瘡(でもの)桃花色(もゝいろ)にて。光潤(つや)よく。稀疎(まばら)に出(いで)。
両便(だいせうべん)よく通(つう)じ。元気(げんき)よく。飲食(のみくひ)進(すゝ)むを。よしとす。
三四日にて。足心(あしのうら)に出(いづ)るを。出斉(でそろひ)といふ。
起脹(きちやう)【左ルビ「まづうみ」】四五六日。痘(でもの)勃々(ぶつ〳〵)として肥大(ふとり)。桃花色(もゝいろ)にひかり。顔(かほ)
も漸(しだい)に浮腫(はれ)。眼胞(まぶた)も種(はれ)て。目(め)ひらきかね。手(て)にて瘡(でもの)
を撫(なで)みれば。皮(かは)厚(あつ)く水漿(みづ)もれず。珠(たま)を循(なづ)るが如(ごと)く。
彩(つや)の潤(うるほひ)ありて。安睡(よくねむり)。よく食(しよく)し。音(こゑ)清(きよく)。大便(だいべん)かたく。
小便(せうべん)通(つう)ずるを。よしとす。
灌膿(くわんのう)【左ルビ「ほんうみ」】七八九日。微(すこし)熱(ねつ)有(あり)て。漸(すこし)渇(かわき)。痘(でもの)悉(こと〴〵く)膿(うみを)足(もち)て。種(うみ)の臭(にほひ)あ
り。面部(かほ)十分(じふぶん)に種(はれ)。目(め)封(とぢ)鼻(はな)塞(ふさがる)を。よしとす。此時(このとき)には。
大便(だいべん)秘(ひ)するをよしとす。少(すこし)にても通(つう)ずるはわろし。
九日に至り(いた)りては。口(くち)のまはりより。両腮(りやうあご)へかけて。靨(かせ)
にかゝるを。吉(よし)とす。
収靨(しうえん)【左ルビ「かせ」】十十一十二日。面部(かほ)の膿漿(うみ)。次第(しだい)に乾(かわ)き。安睡(よくねむり)。大便(だいべん)
常(つね)の如(ごと)く。小便(せうべん)数(たび〳〵)通(つう)じ。顔(かほ)の脹(はれ)次第(しだい)にひき。目(め)を
開(ひら)くを。よしとす。
落痂(らくか)【左ルビ「ふたおち」】十三十四十五日。瘡痂(かさふた)漸々(だん〳〵)におち。痕(あと)淡紅色(うすあか)にて。
熟睡(よくねむり)。飲食(のみくひ)進(すゝ)むを。よしとす。
凡(およそ)右(みぎ)に記(しる)す所(ところ)は。症(しよう)の順(じゆん)なるものなれば。これに反(はん)する
ものは。険逆(むづかしき)症(しよう)としるべし。
○既(すで)に痘(はうさう)たる事(こと)知(しれ)たらんには。垢(あか)つかぬ衣服(きもの)をきせ替(かふ)
べし。貴人(きにん)といふとも。襯衣(はだぎ)は紅紬(べにつむぎ)紅木綿(べにもめん)の類(るゐ)を用(もちふ)べし。
絹類(きぬるゐ)にては。種汁(うみしる)粘着(ねばりつい)て。身動(みうごき)する毎(ごと)に。出瘡(でもの)の痂(かは)と
もにはなれて。膿(うみ)血(ち)を流(なが)し痛(いた)むものなり。又(また)痘疹(はうさう)十
二日の間(あひだ)。襯衣(はだぎ)を取(とり)■(かふ)ることを忌(い)む。若(もし)大小便(だいせうべん)にて湿(ぬれ)け
がれたらんには。外(ほか)の襁褓(むつき)にて。小児(せうに)の腰(こし)より腹(はら)にひき
まはして。しつかりと巻(まき)。下衣(したぎ)の裳(すそ)を。かゝげておくべし。且(また)
予(かね)て襁褓(むつき)を。炬燵(こたつ)の被(ふとん)の上(うへ)。或(あるひ)は傍人(かんびやうにん)の懐(ふところ)に入(いれ)。温置(あたためおい)て
取替(とりかふ)べし。尤(もつとも)冬(ふゆ)は炬燵(こたつ)の侍(そば)に寐(ね)させ置(おく)べし。但(たゞし)被(ふとん)にて
炬燵(こたつ)を隔(へだて)て。火気(くわき)の直(ぢか)に徹(とほ)らぬやうにすべし。
○痘疹(はうさう)は。出瘡(でもの)の光彩(いろつや)を察(み)るを第一(だいゝち)とす。然(しかる)に。俗家(ぞくか)
痘児(はうさうにん)の面部(かほ)へ。臙脂(べに)を塗(ぬり)て祥兆(まじなひ)とす。左(さ)あるときは。
色沢(いろつや)明(あきらか)にみへ分(わか)らず。
○房内(ねや)の雨戸(あまど)障子(しやうじ)襖(ふすま)をたてきりて。天日(てんひ)の強(つよ)く照(てり)
入(いら)ぬやうにして。灯火(ともしび)を昼夜(ちうや)点(てら)し置(おく)べし。
○土地(とち)の風俗(ふうぞく)によりて。蒼朮(さうぢゆつ)沈香(ぢんかう)抹香(まつかう)艾葉(もぐさ)鳳尾蕉(そてつ)
柊(ひゝらぎ)干鰯(ほしいわし)の類(たぐひ)を。薫物(たきもの)にするあり。いづれもそのにほひ。
痘疹(はうさう)に宜(よろし)からず。但(ただ)荊芥(けいがい)茵陳(いんちん)大棗(たいさう)を焚(たく)を。よしとす。
○父母(ちゝはゝ)傍人(かいはうにん)ともに。厠(かはや)に行帰(ゆきかへ)らば。次(つぎ)の間(ま)にて。荊芥(けいがい)を焚(たき)
薫(ふすべ)て。不浄(ふじやう)の気(き)をはらひて。房内(ねや)に入(いる)べし。
○四時(しじ)の気候(きこう)によりて。衣服(きせもの)よろしきに叶(かな)ふやうに。は
からふべし。但(ただし)暑中(しよちう)なればとて。風(かぜ)吹(ふく)所(ところ)へつれゆく事(こと)。
かたく禁(きん)ずべし。又(また)団扇(うちは)五明(あふぎ)にてあふぐ事(こと)をも忌(い)む。
夏(なつ)は昼夜(ひるよる)とも蚊幮(かや)を用(もちふ)べし。
○小児(せうに)の痘瘡(はうさう)に。父母(ちゝはゝ)傍人(かいはうにん)。痘児(はうさうにん)を懐(いだき)。堂中(ざしきうち)を徘徊(あちこちあるき)す
るもあり。或(あるひ)は始終(しじう)抱(だい)て坐(すわり)をる等(など)。何(いづ)れも宜(よろし)からず。夫(それ)
痘瘡(はうさう)は陰病(いんびやう)にて。静(しづか)なるをよしとす。躁(さわが)しきをきらふ。
故(かるがゆゑ)に昼夜(ひるよる)ともに安眠(よくねむり)。よく乳食(のみくひ)するを。第一(だいゝち)とす。抱(だき)
かゝへ居(を)れば。足腰(あしこし)酸疼(だるく)なるまゝに。右左(みぎひだり)に抱(だき)かへなど
して。暫(しばらく)も静(しづか)ならず。小児(せうに)も熟睡(よくねいる)ことなりかたく。驚(おどろき)
やすし。又(また)は手足(てあし)の出瘡(でもの)など。擦破(すりやぶり)て灌漿(うみをもち)がたし。殊(こと)に
あちこちへ行(ゆく)とき。風寒(かぜ)にあたりやすし。夫(それ)故(ゆゑ)大小(だいせう)
便(べん)の時(とき)も。夏(なつ)は室内(ざしき)。冬(ふゆ)は炬燵(こたつ)の傍(そば)にて。便器(まる)を用(もちふ)べし。
よく〳〵風寒(ふうかん)を慎(つゝしみ)防(ふせぐ)べし。
○痘中(はうさうちう)熱身(からだ)手足(てあし)を按摩(なでさすり)する事(こと)。甚(はなはだ)わろし。よく〳〵
忌(いむ)べし。
○痘神(はうさうがみ)を祭(まつ)る事(こと)。西土(から)にてもある事(こと)なり。すべて神(かみ)
は不浄(ふじやう)を嫌(きら)ふものなれば。神(かみ)の果(はた)して有無(ありなし)は姑(しばらく)置(おい)て。
痘児(はうさうにん)の居間(ゐま)に。神(かみ)在(います)と思(おも)へば。自(おのづから)清浄(しやう〴〵)を心(こゝろ)懸(がく)る故(ゆゑ)。穢(ゑ)
気(き)に感(かん)ずる事(こと)なし薬治。然(しか)れども。神(かみ)のみに託(たく)して。薬治(くすり)
を忽(おろそか)にするは。愚(おろか)の甚(はなはだしき)なり。
○痘家(はうさう)諸般(いろ〳〵)忌(いみ)避(さく)べき事(こと)。左(ひだり)の如(ごと)し。
一/風寒(かぜ)穢気(けがれ)不浄(ふじやう)を避(さく)る事(こと)。尤(もつとも)緊要(きんえう)なり。
一/狐臭(わきが)ある人(ひと)。房内(ねや)に入(いる)事(こと)なかれ。
一/房内(ねやうち)にて。淫事(いんじ)をなす事(こと)なかれ。
一/人(ひと)の遠方(ゑんはう)より急(いそぎ)来(きた)る汗臭(あせのにほひ)を忌(いむ)。
一/溝(どぶ)圊(せついん)等(など)の不浄(ふじやう)を汲(くむ)臭(にほひ)を忌(いむ)。
一/婦人(ふじん)経水(つきやく)。新産(しんさん)の婦女(をんな)。産穢(さんゑ)の臭(にほひ)を嫌(きら)ふ。
一/悪瘡(わろきできもの)わづらふ人(ひと)の臭(にほひ)。幷(ならびに)膿汁(うみしる)つきし衣服(きもの)の臭(にほひ)
を忌(いむ)。
一/蚊(か)を焼(やき)。髪(かみ)を焼(やく)臭(にほひ)。又(また)油灯(ともしび)蠟燭(らふそく)紙燭(しそく)を吹消(ふきけし)たる
臭(にほひ)を忌(いむ)。
一/硫黄(いわう)麝香(じやかう)竜脳(りうなう)又(また)はかけ香(がう)のにほひを忌(いむ)。
一/魚鳥(うをとり)を焼(やき)。又(また)は魚肉(うを)を炒焦(いりこがし)。或(あるひ)は油(あぶら)を熬(いる)臭(にほひ)を忌(いむ)。
一/胡葱(あさつき)薤(らつきやう)蒜(にんにく)野蒜(のびる)韮(にら)葱(ねぎ)の類(るゐ)の臭(にほひ)を忌(いむ)。
一/酒(さけ)に酔(ゑひ)たる人(ひと)のにほひをきらふ。
一いまだ見知(みしら)ぬ人(ひと)。その房内(ひとま)へ。妄(みだり)に入(いる)べからず。用向(ようむき)有(あり)
て入(いる)とも。痘児(はうさうにん)にみえぬやうにすべし。
一/大音(おほごゑ)にて人(ひと)を詈(しか)り。又(また)は口論(こうろん)の声(こゑ)を聞(きか)しむる事(こと)
なかれ。
一/痘児(はうさうにん)に向(むかひ)て。髪(かみ)を結(ゆひ)。化粧(けはひ)して。見(み)する事(こと)なかれ。
一/傍(そば)に居(ゐ)る人(ひと)。身体(からだ)痒(かゆく)とも。掻(かい)て見(み)することなかれ。
一/痘中(はうさうちう)は。房内(ねやうち)。又(また)は病床(ねや)の前(まへ)なる庭(には)など。掃除(さうぢ)する事(こと)
なかれ。
一/僧尼(しゆつけあま)比丘(びく)禰宜(ねぎ)山伏(やまぶし)巫覡(みこ)等(など)。房内(ねや)に入(いる)事(こと)なかれ。
一/痘児(はうさうにん)の傍(そば)にて。噪(さわが)しき物云(ものいひ)。又(また)は打話大笑(おほごゑにわらふ)事(こと)なかれ。
一/酒宴(さかもり)舞謡(まひうたふ)ことを禁(きん)ず
凡(およそ)此等(これら)の禁忌(いみこと)を。謹(つゝし)み守(まもら)ざれば。順症(よきしよう)も逆症(むづかしき)に変(へん)じて。
危殆(あやふき)に至(いた)る。父母(ちゝはゝ)傍人(そばのもの)よく〳〵心(こゝろ)を付(つけ)て保護(まもる)べし。すべ
て夫婦(ふうふ)家内(かない)和順(わじゆん)ならざれば。看護(てあて)行届(ゆきとゞか)ぬものなり。
戒(いましむ)べし。
○瘡(でもの)稠密(おほき)ものは。五六日よりして。眼(め)封(とぢ)鼻(はな)塞(ふさがる)をよしとす。
鼻(はな)ふさがりて。乳(ちゝ)を吞(のみ)かぬるものには。白粥(しらかゆ)を煮熟(よくに)て。其(その)
上湯(うはゆ)のねばりたるに。焼塩(やきしほ)少(すこし)加(くはへ)て与(あた)ふべし。眼鼻(めはな)の
封塞(ふさがり)たるを。必(かならず)ひらきあくる事(こと)なかれ。六七日になれば。
微熱(すこしねつ)ありて。渇(かわく)ものなり。其(その)時(とき)は。糯米(もちごめ)五勺(ごしやく)。粳米(うるごめ)五勺(ごしやく)を。
稀粥(ゆるきかゆ)に煮(に)熟(じゆく)して。其(その)上湯(うはゆ)のねばりたるに。焼塩(やきしほ)と太(たい)
白沙糖(はくさたう)を。少許(すこしばかり)加て(くはへ)て。薬(くすり)と逓互(かは?〴〵)にあたふべし。仮令(たとひ)渇(かわき)
つよくとも。かならず甜瓜(まくわうり)西瓜(すいくわ)梨(なし)棗(なつめ)蜜柑(みかん)蒲萄(ぶだう)石花(ところ)
菜(てん)冷麺(ひやむぎ)冷水(ひや??)などを。一切(いつさい)禁(きん)じて与(あたふ)べからず。たゞ白粥(しらかゆ)を与(あた)ふ
べし。
○六七日 膿化(うみ)の頃(ころ)は。多(おほ)くは痒痛(かゆみ)を発(はつ)するものなり
其時(そのとき)は。傍人(かいはうにん)よく心(こころ)を付(つけ)て。搔破(かきやぶり)せぬやうにすべし。■■(よき)
症(しよう)にても。出瘡(でもの)擦破(すりやぶ)れば。其処(そのところ)より気(き)泄(もれ)て。■■(げんき)脱(だつ)し。内(ない)
■の症(しよう)を発(はつ)して。救(すくひ)がたきに至(いた)る。畏(おそれ)慎(つゝしむ)べし。若(もし)痒(かゆみ)甚(つよく)
煩(もだへ)躁(さわが)ば。赤小豆(あづき)を木綿(もめん)の嚢(ふくろ)に入(いれ)て。側(そば)より瘡上(でものゝのうへ)を徐々(そろ〳〵)
と搨(うつ)べし。但(たゞし)これは。痘児(はうさうにん)の心(こゝろ)ゆかせまでにすることなり。
これにて必(かならず)痒(かゆみ)を止(とゞむ)べしと思(おも)ふ程(ほど)に。うつときは。出瘡(でもの)
の頂(さき)を傷破(やぶる)に至(いた)る。戒(いましむ)へし。【「べし」か】
○痘(でもの)潰爛(たゞ)れ。膿水(うみしる)流出(ながれいで)て。乾(かわき)かぬるものには。赤小豆(あづき)を
細末(さいまつ)にして。ふりかくべし。又(また)蕎麦粉(そばこ)もよろし。其外(そのほか)の
薬(くすり)。多(おほく)ありといへども。妄(みだり)に用(もちふ)べからず。
○痘瘡(はうさう)に臨(のぞみ)て。妙薬奇方(めうやくきはう)といふとも。妄(めつた)に用(もちふ)べからず。
奇応丸(きおうぐわん)。救命丸(きうめいぐわん)。普通(ひとゝほりの)熊胆(くまのい)等(など)。用(もちひ)て害(がい)を招(まねく)事(こと)多(おほ)し。慎(つゝしむ)べし。
○俗家(ぞくか)。一角(うにこうる)犀角(さいかく)を。痘疹(はうさう)の妙薬(めうやく)と云伝(いひつた)へ。寒熱(かんねつ)虚実(きよじつ)
を弁(わきま)へず。一概(いちがい)に用(もちひ)て。害(がい)をなす事(こと)少(すくな)からず。二品(ふたしな)とも。
熱毒(ねつどく)劇(はなはだ)しき実証(じつしよう)には。まゝ用(もちふ)る事(こと)あれ共(ども)。虚証(きよしよう)に少(すこし)に
ても用(もちふ)れば。大害(たいがい)をなす。慎(つゝしむ)べし。
○紅毛(おらんだ)より齎来(もちきたる)。サフラン。テリヤーカの二品(ふたしな)。世俗(せぞく)
妙薬(めうやく)と心得(こゝろえ)て。用(もちふ)るもの多(おほ)し。サフランは。血分(けつぶん)の薬(くすり)に
て。血実(けつじつ)の症(しよう)に非(あらざ)れば。用(もちふ)べからず。テリヤーカは。性(せい)寒冷(ひやし)
解毒(どくをけす)の品(もの)ゆゑ。熱(ねつ)熾(さかん)に毒(どく)強(つよ)く。瘡(はうさう)出(で)かぬるものには少(すこし)用(もちふ)
ることあれ共(ども)。若(もし)虚症(きよしよう)に誤(まちがへ)用(もちふ)れば。人(ひと)を殺(ころす)に至(いた)る。慎(つゝしむ)べし。
○古方家(こはうか)と称(しよう)するもの。妄(みだり)に巴豆丸(はづぐわん)紫円(しゑん)の類(たぐひ)を用(もちひ)て。
人(ひと)を害(がい)するもの多(おほ)し。謹(つゝしん)で妄(みだり)に用(もちふ)べからず。
○広東人参(かんとうにんじん)は。一切(いつさい)血症(ちのやまひ)に効(しるし)あれども。補気(きをおぎなふ)の功(こう)なし。痘(はうさう)
は気(き)不足(ふそく)。血(ち)有余(いうよ)に。発(おこ)るもの多(おほ)ければ。若(もし)これを過(すごし)用(もちふ)れ
ば。血(ち)愈(いよ〳〵)実(じつ)し。気(き)滋(ます〳〵)衰(おとろへ)て。大害(たいがい)をなす。慎(つゝしん)で用(もちふ)べからず。
虚痘(きよとう)には。朝鮮人参(てうせんにんじん)にあらざれば。益(えき)なし。又(また)御種(おたね)称(となふ)
るもの。朝鮮人参(てうせんにんじん)の力(ちから)少(すこし)微(うすき)ものなれば。用(もちひ)て効(しるし)あり。
○痘後(はうさうご)眼疾(めのやまひ)は。妄(みだり)に点薬(さしぐすり)する事(こと)なかれ。洗薬(あらひぐすり)も宜(よろし)から
ず。眼科医(めいしや)に委(まかせ)て。療治(れうち)すべし。
○食物(しよくもつ)好(よき)品(しな)。左(さ)の如(ごと)し。但(ただし)宜(よろしき)品(しな)にても。生(なま)にて与(あた)へ。或(あるひ)は
焼焦(やきこが)したるは。何(いづれ)もよろしからず。よく煮(に)熟(じゆく)して。温(あたゝか)なる
物(もの)を。与(あた)ふべし。冷(ひえ)たるはわろし。且(また)飽食(おほくくらふ)べからず。
痘中(はうさうちう)痘後(はうさうご)食(しよく)して宜(よろし)き品(しな)
ゆづけ飯(めし) しんこもち もち《割書:膿漿足(うみをもち)て後(のち)は。かたく禁(きん)|じて。あたふべからず。》
みそ《割書:味醬粥(ぞうすい)は|わろし》 しやうゆ とうふ《割書:やきたるは|わろし》 ふ
あまざけ《割書:多(おほく)与(あた)ふ|べからず》 葛(くず)の粉(こ) かたくり けし
ながいも《割書:じねん|じよ》 だいこん 牛蒡(ごばう) いんげん豆(まめ)
しろ瓜(うり) 百合(ゆり) ふき うど
みやうが 梅(うめ)ぼし かんぺう くこのめ
生姜(しやうが) ちよろぎ たんぽゝ 飴(あめ)
《題:流行(りうかう)麻疹(はしか)けん 春亭戯述 京雀》
〽扨もこんどのはやりもの。はしか
一つぶごためつちや。小児(こども)は
かるい。大人は重荷(をもに)。とうげ
八日でどくだてものいみ。
おいなりさんの御利(ごり)
生(しやう)で。さらりとひだち
ませう世なみはヨイヤサ
◯食(しよく)してあしきもの
一ひへもの一なまもの一 五辛(ごしん)《割書:ねぎにらくさき物|からきもの品〳〵》
一くだもの《割書:もゝなしびはぶどうは|かせぬまへはわろし》一 酢(す)さけ
一あぶらあげ一めんるい一いりたる物一きのこ一もち米
一しそ一せり一きうり一なす一とうなす一魚鳥
一貝るい一玉子一塩からき物一青くさき物一こんにやく
◯食してよろしきもの
一黒まめ一あづき一やきふ一くわゐ一はすのね一いんげん豆
一長いも一つくいも一大こん一かんぴやう一ゆり一白うり一こんぶ
一わかめ一くず一ぜんまい一水あめ一九ねんぼ一みそ
【左下】
【改印 改戌】亀
芳艶画
中野了随著
《題:《割書:《題:新》|《題:撰》》《割書:《題:暑中養生法》| 附コレラ予防歌》》
鶴鳴堂發行
《割書:新|撰》暑中養生法(しよちうやうじやうはふ)
目次(もくろく)
第一 総論(そうろん)
第二 居宅(すまゐ)の事(こと)
第三 空気(くうき)の事(こと)
第四 衣服(きもの)の事(こと)
第五 入浴(ゆあみ)の事(こと)
第六 運動(うんどう)の事(こと)
第七 睡眠(ねぶり)の事(こと)
第八 房時(ばうじ)の事(こと)
【右】
第九 飲食(のみくひ)の事(こと)
第十 注意(きつけ)の事(こと)
附(つけたり)
コレラ豫防歌(よばうのうた)
目次畢(もくろくをはり)
【左】
《割書:新|撰》暑中養生法(しよちうやうじやうはふ) 中 野 了 随 著
第一 総論(そうろん)
養生(やうじやう)は春夏秋冬(はるなつあきふゆ)の四季(しき)その寒、冷、温、熱(あつささむさ)に随(したが)ひ怠(おこ)たるべから
ざることは今更(いまさら)申(はを)すまでもなきことながら殊(わ)けて注意(ちうい)せ
ざるべからざるは夏季炎暑(なつあつさ)の候(こき)なりとすは人々(ひと〴〵)温熱(あつさ)に
堪(こら)えかぬるより或(あるひ)は納涼(すゞみ)に耽(ふけ)りて感冒(かぜひき)し或(あるひ)は裸体(はだか)にて寝(ね)
冷(びえ)をなし又(ま)た或(あるひ)は腐敗(くさ)りし食物(くひもの)を勿体(もつたい)なしとて食(しよく)して下(げ)
利(り)となり或(あるひ)は職業等(しよくぶんなど)によりて炎天(えんてん)に頭背(あたま)を暴露(さる)せるより
中暑(ちうしよ)、霍亂(くわくらん)となる等(など)種々(さま〳〵)枚擧(かぞふる)に遑(いとま)あらず實(じつ)に人間(にんげん)の病気時(やまひとき)
なり加之近比(これのみならずちかころ)は年々(とし〴〵)夏分(なつ)に至(ゐ)ると虎列刺等(これらとう)の流行病多(はやりやまひおは)く
【右】
あればゆめ〳〵養生(やうじやう)に油断(ゆだん)すべからず因(よ)りて左(さ)に掲載(の)す
る暑中養生(しよちうやうじやう)の大要(かなめ)を辨知(しようち)すべし
第二 居宅(すまゐ)の事(こと)
今新(いまあら)たんい居宅(すまゐ)を建築(ふしん)せんとするには先(ま)づ土地(ぢめん)の高燥(たかだい)にし
て周囲(まはり)に池(いけ)、沼(ぬま)、溝(みぞ)、渠(どぶ)及(およ)び塵芥場等(ごみためとう)なき清潔(きれい)の所(ところ)を撰(えら)み床(ゆか)を
高(たか)くしその下(した)を十分(じふぶん)空気(くうき)の流通(とほ)るやうにし座鋪等(ざしきなど)は所々(しよ〳〵)
に窓戸(まど)を穿(あ)けこれ又(ま)た十分空気(じふぶんかぜ)の流通(とほ)るやうにせらるべ
しと雖(いへど)も都市(みやこ)の人家稠密(いへごみ)なる場所(ばしよ)にては迚(とて)も行(おこな)はれざる
ことなれど成(な)るべく湿気(しつけ)を避(よ)けるやうに注意(ちうい)すべし
下水(げすゐ)は度々(たび〳〵)浚(さら)ひて遠(とほ)くへ流(なが)れ去(さ)る様(やう)にすべし
【左】
塵芥場(ごみため)は成(な)るべく家(いへ)より遠(とほ)く離(はな)し時々(とき〴〵)取(と)り捨(す)てゝ清潔(きれい)に
すべし
庖厨(だいどころ)の残棄物(すたりもの)則(すなは)ち饞餘(くひあまり)の食物(しよくもつ)及(およ)び魚肉(さかな)、菜菰等(やさいなど)の切屑(きりくづ)煮滓(にがら)
等(など)は積(つ)み置(お)きて腐敗(くさ)らすべからず必(かな)らず度々(たび〳〵)取捨(とりす)つべし」
総(すべ)て腐敗(くさ)りしものは何品(なにしな)にても家(いへ)の内外(うちそと)に置(お)くべからず」
大小両便所(だいせうりやうべんじよ)は時々(とき〴〵)汲(く)み取(と)りその跡(あと)へは緑礬(ろうは)或(また)は石炭酸(せきたんさん)を
水(みづ)にて溶解(とか)して撒布(まきちら)すべし
第三 空気(くうき)の事(こと)
空気(くうき)則(すなは)ち風(かぜ)は人間生活上(にんげんせいくわつじやう)におゐて最(もつと)も貴重(たいせつ)にして要用(いりよう)な
ることは魚類(さかな)の水(みづ)に於(おけ)ると一般(をな)じく秒時(すこし)もこれなきとき
【右】
は生息(いき)ること能(あた)はざえるものなり然(さ)れどその新鮮(しんせん)の空気(くうき)と
不潔(ふけつ)の空気(くうき)とは天地霄壌(てんち)の差(ちがひ)ありて新鮮(しんせん)の空気(くうき)を呼吸(こきふ)す
るものは建康(たつしや)にして無病安泰(むびやうあんたい)なれど不潔(ふけつ)の空気(くうき)を呼吸(こきふ)す
るにおゐては大(おほい)なる害毒(がい)を醸(かも)すものなりとす今何(いまなに)をか不(ふ)
潔(けつ)の空気(くうき)なりとするかは前章(まへ)に陳述(しる)せし下水(げすゐ)、塵芥場(ごみため)、庖(だい)
厨(どころ)の残棄及(すたりものおよ)び大小両便所等(だいせうりやうべんじようとう)の不潔(ふけつ)なるものより蒸発(じようはつ)せ
る悪臭(あしきか)の混和(こんわ)せる空気(くうき)なり此等(これら)の空気(くうき)を呼吸(こきふ)するときは
忽(たちま)ち病気(びやうき)を発(はつ)し或(あるひ)は流行病等(はやりやまいなど)に罹(かゝ)ることなど往々(まゝ)ありと
す然(さ)れば前章(まへ)の如(ごと)き不潔(ふけつ)なる物(もの)を取(と)り捨(す)て新鮮(しんせん)の空気(くうき)を
流通(かよ)はしむべし
【左】
角觝場(すまふば)、劇場(しばゐ)、寄席等(よせなど)の衆人雑遝(ひとごみ)なる場所(ばしよ)の空気(くうき)は甚(はなは)だ惡(あ)し
きものゆゑ時々(とき〴〵)外(ほか)に出(い)でゝ新鮮(しんせん)の空気(くうき)を呼吸(こきふ)すべし
日出前日没後(ひのでまへひのいりご)は池沼其他湿地(いけぬまそのたしつち)の近所(きんじよ)を通行(つうかう)すべからず惡(あ)
しき空気(くうき)の蒸発(じようはつ)し居(を)るものなり
旅行(たび)にては未明(みめい)に出立(しゆつたつ)すべからず
空腹(すきはら)にて夜路(よみち)を為(な)すべからず多(おほ)くはこれより流行病(はやりやまひ)を引(ひき)
受(う)くることあり
室内(ざしき)を閉切(しめき)りて籠(こも)り居(を)るべからず時々(とき〴〵)開放(あけはな)して空気(くうき)を交(とり)
換(か)ふべし
病間抔(びようまなど)は殊(こと)に注意(ちうい)すべし否(しかゐ)らざれば罐病人抔(かんびやうにんなど)に傳染(でんせん)する
【右】
の恐(おそ)れあり
第四 衣服(きもの)の事(こと)
衣服(きもの)は時候(じこう)の温熱(かげん)に随(したが)ひその便利(べんり)なるものを用(もち)ふるは無(む)
論(ろん)なりと雖(いへど)も夏分(なつぶん)は成(な)るべく蝙蝠傘(かはほりがさ)、帽子(しやつぽ)、衣服(きもの)は勿論(もちろん)手袋(てぶくろ)
沓等(くつとう)の類(るゐ)に至(いた)るまで皆(みな)白色(しろいろ)のものを用(もち)ふべし総(すべ)て白色(しろいろ)の
ものは太陽(たいやう)の光(ひかり)と熱(ねつ)とを反射(てりかへ)すものなればなり殊(こと)に白色(しろいろ)
のものは汚(よご)れ目(め)も能(よ)く目立(めだ)つ故(ゆゑ)度々(たび〳〵)洗濯(せんだく)するに至(いたれ)ればな
り汚(よご)れたる衣服(きもの)を着(き)るは徤康(からだ)を害(がい)して甚(はなは)だ宜(よろ)しからずそ
は何故(なぜ)なれば体中(からだ)より一旦蒸発(いつたんはつ)せし無用物(むようぶつ)則(すなは)ち垢汗(あかあせ)の類(るゐ)
の衣服(きもの)に付(つ)きたるを再(ふた)たび呼入(きふにふ)すればなり
【左】
襦袢(じゆばん)は夏(なつ)のみに限(かぎ)らず四季(しき)共(とも)に晒木綿(さらしもめん)を用(もち)ひ時々(とき〴〵)着換(きか)ふ
べし犢鼻褌(ふんどし)も同断(どうだん)なり
藍染(あゐそめ)のものは第一(だいいち)徤康(からだ)の毒(どく)となれば決(けつ)して襯衣抔(はだぎなど)にすべ
からず
常(つね)にフランネル或(なに)は紋派(もんぱ)にて幅(はゞ)八/寸位(すんぐらゐ)の腹帯(はらまき)を製(せい)し晝夜共(よるひるとも)
に巻(ま)き居(を)るべし
何程(なにほど)暑熱(あつさ)に堪(た)え難(がた)きとても裸体袒裼(はだかはだぬぎ)になるべからず是(こ)れ
たゞ巡査(じゆんさ)に拘引(こういん)されて罰金(ばつきん)を取(と)らるゝとのみ思(おも)ふは大(おほい)な
る了簡違(れうけんちが)ひなり餘(あま)り熱(あつ)きときは却(かへ)りて羅紗(らしや)フランネル等(など)の
冬服(ふゆふく)を襲(き)るべし凌(しの)ぎ能(よ)くなるものなり
【右】
夜分寝(よるね)るときは袷(あはせ)の袖(そで)なしへ紐(ひも)をつけたるを寝衣(ねまき)に用(もち)
ふべし
第五 入浴(ゆあみ)の事(こと)
入浴(にふよく)は湯浴水浴(ゆあみみづあみ)の差別(さべつ)なく皆(みな)皮膚(はだへ)を清潔(きれい)にし筋骨(すぢほね)を和(やわ)ら
げ毛孔(けあな)を開(ひら)き垢(あか)を去(さ)り血液(ち)の循環(めぐり)を壮(さか)んにし体質(からだ)を健全(たつしや)
にする最良法(いちちよきはふ)なれば四季(しき)共(とも)に入浴(ゆあみ)は怠(おこ)たるべからざるも
のなり殊(こと)に夏分(なつぶん)は別(べつ)して怠(おこ)たるべからず暑熱(あつさ)の候(とき)は自然(しぜん)
熱發気抔(あせなど)も多(おほ)く出(い)づれば日々入浴(ひゝゆあみ)して身体(からだ)を清潔(きれい)になさ
ずんばあるべからず
湯浴(ゆ)は餘(あま)り熱(あつ)きに過(す)ぐべからず餘(あま)り熱湯(あつきゆ)に浴(よく)するときは
【左】
却(かへ)りて害(がい)あり
浴後(よくご)は上(あが)り湯(ゆ)にて身体(からだ)を清(きよ)むべし殊(こと)に入込(いれご)みの風呂抔(ふろなど)は
別(べつ)しての事(こと)なり又(ま)た浴後(よくご)直(すぐ)に風(かぜ)に當(あた)り或(また)は団扇(うちは)にて扇(あふ)ぐ
ことなかれ
浴後(よくご)の納涼(すゞみ)は注意(ちうい)して度(ほど)を過(すご)すべからず
浴後(よくご)直(すぐ)に水(みづ)を浴(あび)るものありとは大(おほい)なる徤康(からだ)の害(がい)なりとす
何故(なぜ)なれば浴湯(ゆあみ)におゐて一旦毛孔(いつたんけあな)開(ひら)き蒸発氣(じようはつき)の立(た)つ所(ところ)へ
水(みづ)を浴(あび)るときは立刻(たちどころ)にその蒸發氣(じようはつき)を止(と)むればなり
第六 運動(うんどう)の事(こと)
運動(うんどう)の養生(やうじやう)に最(もつと)も緊要(たいせつ)なることは左(さ)の一首(いつしゆ)の古歌(こか)を以(もつ)て
【右】
證(しやう)すべし
養生(やうじやう)はたゞ働(はた)らくに如(しく)はなし
流(なが)るゝ水(みづ)の腐(くさ)らぬを見(み)よ
人(ひと)も亦(ま)た此(かく)の如(ごと)く適宜(てきぎ)の運動(うんどう)をなすときは決(けつ)して病(やまひ)の生(しやう)
ずることなきは恰(あたか)も流水(りうすゐ)の腐敗(ふはい)せざると同(おな)じく運動(うんどう)あし
き人(ひと)は顔色蒼白(かほいろあをしろ)く暑(しよ)に中(あた)り易(やす)く病(やまひ)を生(しやう)じ易(やす)し殊(こと)に夜間安(よるあん)
眠(みん)すること能(あた)はざるより翌日(よくじつ)は身体疲労(からだつか)れて業務(かがふ)を執(す)す
こと能(あた)はざるに至(いた)るものなり
逸居安楽(いつきよあんらく)の人(ひと)或(また)は坐業(ゐじよく)の人(ひと)は食後(しよくご)二十/分時(ぶんじ)を経(へ)て徐々(しづか)に
運動(うんどう)すべし
【左】
第七 睡眠(ねぶり)の事(こと)
睡眠(ねぶり)は終日業務(しうじつかげふ)におゐて消費(つひや)せる労働(ほねおり)を恢復(とりかへ)し併(あは)せて思(ふん)
慮(べつ)をも養(やしな)ふ自然(しぜん)の最良法(よきはふ)なり然(さ)れば朝夜(あさよる)の起臥(おきふし)は時間(じかん)を
一定(いつてい)し通常(ふだん)は夜(よ)は十/時(じ)に寝(い)ね朝(あさ)は六/時(じ)に起(お)き出(い)づべし又(ま)
た寝(ね)るときは心(こゝろ)を静(しづ)かに丹田(たんでん)に納(おさ)め少(すこ)しも世事(せじ)に関係(くわんけい)せ
ず縦令夜(たとひよ)は少々(せう〳〵)早(はや)く寝(ね)るも朝(あさ)は成(な)るべく早(はや)く起(お)き出(い)づべ
し然(しか)るを便々(べん〴〵)として夜(よ)を更(ふか)し朝(あさ)遅(おそ)く起(お)きるは建康(からだ)に大(おほい)な
る害(がい)あり
午睡(ひるね)はたゞ職業(しよくげふ)の妨害(さまたげ)のみならず建康(からだ)に大(おほい)なる害(がい)を為(な)す
ものなり
【右】
若(も)し職業等(しよくげふとう)により夜分眠(やぶんねぶ)らざるものは晝間(ひるま)寝(ね)るに必(かな)らず
假寝(うたゝね)すべからず夜分寝(やぶんね)るが如(ごと)くすべし
夜寝(よるね)るときは裸体又(はだかま)た雨戸(あまど)を開(あ)放(はな)ちて眠(ねぶ)るべからず
第八 房時(ばうじ)の事(こと)
房時(ばうじ)は無病健全(むびやうけんぜん)なる人(ひと)におゐては其体力(そのからだ)に応(おう)じ適宜(てきぎ)に行(おこな)
ふときは養生(やうじやう)とも成(な)るべけれども兎角(とかく)その適度(ほど)を誤(あやま)らざ
るを得(え)ざるものなれば書中抔(しよちうなど)は我慢(がまん)して節制(ひかへめ)にすべし殊(こと)
に老人或(としよりまた)は虚弱(ひよわ)なる人(ひと)は別(べつ)して慎(つゝ)しむべし又(ま)た手淫(しゆいん)の害(がい)
は甚(はなは)だ恐(およ)るべきものなれば男女共(をとこをんなとも)に緊(かた)く戒(いまし)ぶべきものな
り
【左】
炎暑(あつき)の節(せつ)は一切交合(いつさいまじはり)を為(な)すべからず
劇(はげ)しき労働(ほねをり)をなせし時(とき)及(およ)び心(こゝろ)に苦悩(くらう)ある時抔(ときなど)も同(おな)じく交(まじ)
合(はり)すべからず
房時後運動(ばうじごうんどう)せずして直(すぐ)んい眠(ねぶり)に就(つ)くべからず
第九 飲食(いんしよく)の事(こと)
口(くち)は禍(わざはひ)の門(かど)と古語(こご)に云(い)へるはたゞ喧嘩争闘(けんくわあらそひ)の端緒(はし)を開(ひら)く
のみにあらず病症(やまひ)も十に九は大抵口(たいていくち)より生(しやう)ずるものなれ
ば又(ま)た口(くち)は病(やまひ)の門(かど)と云(い)ふも誣言(はひごと)にはあらざるべし然(さ)れば
飲食(いんしよく)はよく〳〵注意(ちうい)せざるべからず何品(なにしな)にても成(な)るべく
消化(こなれ)よき滋養品(やしなひもの)を撰(えら)んで飲食(いんしよく)すべしその不消化物(こなれあしきもの)を飲食(いんしよく)
【右】
する時(とき)は忽(たちま)ち下利(げり)、中暑(ちうしよ)、霍乱等(くわくらんとう)諸病及(しよびやうおよ)び流行病(りうかうびやう)に感染(うつ)る
こと往々(ゝ)あり故(ゆへ)に日用(にち〳〵)の飲食品(いんしよくぶつ)はその性質(すじやう)の善悪(よしあし)を吟味(ぎんみ)
せざるときは恰(あたか)も鴆毒(どくやく)の如(ごと)く一口(ひとくち)の飲食(のみくひ)より病(やまひ)を生(しやう)じ終(つひ)
に死(し)に至(いた)るものは年々夏季(ねん〳〵なつ)におゐて少(すく)なからずとす豈(あ)に
警戒(いましめ)を加(くは)へざるべからざるものなり
肉類(にくるゐ)は牛(うし)、羊(ひつじ)、豕(ふた)其他(そのた)の野獣(やじう)の肉類(にくるゐ)は総(すべ)て無病(むびやう)にてその肉(にく)の
新鮮(しんせん)なるものにあらざれば決(けつ)して食(くら)ふべからずその肉(にく)の
病肉(びやうにく)なるか腐敗(ふはい)せし肉(にく)なるかは指(ゆび)にてこれを押(お)すにその
押(お)したる跡直(あとす)ぐ元(もと)の如(ごと)くなるは良肉(りやうにく)なり然(しか)るに指(ゆび)にて押(お)
したる跡急(あときふ)に元(もと)に復(はく)さゞるもの及(およ)びその色紫黒色或(いろくらさきいろまた)は蒼(あを)
【左】
白色(しろいろ)にして悪臭(あしきか)あるものは食(くら)ふべからず
魚類(ぎよるゐ)は死魚(しにうを)の腐敗(ふはい)して悪臭(あしきか)あるもの病魚(やまいうを)の肉輭(にくやわら)かにして
弾力(ねばりけ)なきものは食(くら)ふべからず又(ま)た藏鮞(こもち)の魚(うを)も成(な)るべく食(しよく)
せざるを良(よろ)しとす
干魚鹽魚(ほしうをしほうを)は成(な)るべく食(くら)ふべからず殊(こと)に干魚(ほしうを)の悪臭(あしきか)あるも
の黴(かび)の生(しやう)じたるもの腐敗(ふはい)せしもの虫(むし)の生(しやう)じたるもの鹽魚(しほうを)
は腐敗(ふはい)して豆腐(とうふ)の如(ごと)く輭(やわら)かなるもの一種鼻(いつしゆはな)を撲(う)つ如(ごと)き臭(に)
氣(はひ)あるもの等(など)は決(けつ)して食(くら)ふべからず但(たゝ)し鹽漬物(しほづげもの)は魚類菜(うをるゐや)
蔬(さい)の別(べつ)なく何(いづ)れも消化悪(こなれあ)しき物(もの)なれば香物抔(かうのものなど)は相成(な)るべ
くは用(もち)ひざるを良(よろ)しとす若(も)し止(や)む事(こと)を得(え)ざるときは少々(すこし)
【右】
用(みち)ふべし去(さ)り乍(なが)ら茄子(なす)の生漬等(なまづけなど)は決(けつ)して食(くら)ふべからず
鰕(えび)、蟹(かに)、シヤコ、牡蠣(かき)総(すべ)ての貝類等(かいるゐなど)は縦令新鮮(たとひしんせん)のものなりとも
先(ま)づは食(しよく)すべからず
未熟及(みじゆくおよ)び腐敗(ふはい)せし果實(くだもの)は一切食(いつさいくろ)ふべからず
黴(かび)を生(しやう)じ或(また)は腐敗(ふはい)せし蔬菜(やさい)っも食(くら)ふべからず
米飯(めし)の餳(すえ)ゝりたるは人々気遣(ひと〴〵きづか)ひなしと云(い)へど然(さ)にあ
らざれば決(けつ)して食(くら)ふべからず又(ま)た未熟(しん)のあるものも食(くら)ふ
べからず
腐敗(ふはい)せし酒(さけ)、酢及(すおよ)び醤油等(しやうゆなど)は必(かな)らず用(もち)ふべからず総(すべ)て食物(しよくもつ)
は十分(じふぶん)に注意(ちうい)して清潔(せいけつ)にすべしその黴(かび)を生(しやう)じ悪臭(あしきか)を發(はつ)せ
【左】
しもの抔(など)は何品(なにしな)によらず決(けつ)して食(しよく)すべからず
飲水(のみみづ)は最(もつと)も大切(たいせつ)のものにしてその清潔(せいけつ)なるものと不潔(ふけつ)な
るものとは月鼈氷炭(つきとすつぽん)の差(ちがひ)あること空気(くうき)の清潔(せいけつ)と不潔(ふけつ)との
利害(りがい)に少(すこ)しも異(こと)ならざるものなり故(ゆへ)に河水井水(かはみづゐみづ)の別(べつ)なく
一回沙濾(いちどすなごし)にするか左なくば煮沸(にたゝ)せたる後(のち)にあらざれば決(けつ)
して飲(の)むべからず但(たゞ)し井水(ゐみづ)を用(もち)ふるものはその近傍(そば)に溝(ほ)
渠(り)、下水(げすゐ)、便所(べんじよ)、塵芥場等(ごみためとう)の不潔(ふけつ)なるっものある時(とき)はその腐(くさ)れ汁(しる)
土中(つちのなか)に惨入(しみこ)みて井水(ゐど)に竄入(い)るものなればかへす〴〵も注(ちう)
意(い)せざるべからず
井戸(ゐど)は時々汲(とき〴〵く)み干(ほ)して十/分(ぶん)に浚(され)ひ清(きよ)むべし又(ま)た井欄(ゐどがは)、釣瓶(つるべ)
【右】
縄等(なはとう)の腐(くさ)りたるときは速(すみや)かに修繕(つくろひ)なすべし
総(すべ)て飲水(のみみづ)は黄色(きいろ)なるもの灰白色(はひいろ)なるもの少(すこ)しにても臭気(にほい)
あるもの鹹味(からみ)を帯(を)びたるもの水中(みづのなか)に小蟲及(こむしおよ)び黄色(きいろ)なる游(うき)
埃等(ごみとう)ある水(みづ)は一切飲料(いつさいのみもの)に供(な)すべからず
飽食暴飲(たいしよくたいしゆ)すべからず
欲(この)まざるときは強(しひ)て飲食(いんしよく)すべからず
食後劇動(しよくごあらばたらき)すべからず
食後運動(しよくごうんどう)せずして眠(ねぶり)に就(つ)くべからず
夜寝(よるね)る前(まへ)に飲食(のみくひ)すべからず
総(すべ)て飲食(のみくひ)は節制(ひかへめ)にすべし
【左】
性質(すじやう)の疑(うたが)はしきものは決(けつ)して飲食(のみくひ)すべからず
第十 注意(きつげ)の事(こと)
先(ま)づ少(すこ)しにても病気(びやうき)の徴候(しるし)あるときはこれを等閑(なほざり)になさ
ずして速(すみや)かに醫師(いしや)の診察(しんさつ)を乞(こ)ふべし
炎天(えんてん)に涼傘(ひがさ)を持(も)たずして頭脳(かしら)を直(ぢき)に暴露(さらす)ことなから又(ま)
跣足(はだし)にて往来(わうらい)を為(な)すべからず
夏分(なつぶん)は各家共(いへ〳〵とも)に石炭酸等(せきたんさんとう)を貯(たくは)へ置(お)き時々家(とき〴〵いへ)の内外(うちそと)、便所等(べんじよとう)
へ撒布(まきちら)すべし
他人(たにん)の来(きた)りて便所(べんじよ)へ入(い)るときはその跡(あと)へ石炭酸(せきたんさん)を撒布(まきちら)す
べし又(ま)た家内(かない)の者(もの)に吐瀉(はらくだし)あるとき抔(など)は無論(むろん)の事(こと)なり
【右】
家(いへ)の内外(うちそと)の掃除(さうぢ)に注意(ちうい)し断(た)えず清潔(せいけつ)になすべし殊(こと)に不潔(ふけつ)
の場所則(ばしよすなは)ち庖厨(だいどころ)、便所(べんじよ)、塵芥場等(ごみあめとう)は尚(は)ほ一層注意(いちだんちうい)して清潔(せいけつ)に
すべし
衆人(しうじん)の群聚(くんじゆ)する場所(ばしよ)へは立入(たちい)るべからず
流行病者(りうかうびやうにん)ある家(いへ)にはうかと入(い)るべからず
若(も)し止(や)むを得(え)ざる事(こと)ありて其家(そのいへ)に到(いた)るときは充分消毒法(じふぶんせうどくはふ)
を行(おこな)ひ帰(かへ)りたるとみも直様消毒法(すぐさませうどくはふ)を行(おこな)ふべし
若(も)し家内(かない)に流行病者(りうかうびやうにん)ありて自宅(うち)にて療養行届(れうぢゆきどゝ)かざると思(おも)
ふときは速(すみや)かに避病院入(ひびやうゐんいり)を願(ねが)ひ出(い)づべし
暑中(しよちう)は他(た)に出(い)でゝ飲食(のみくひ)は無論厠等(むろんかはやとう)へも決(けつ)して往(ゆ)くべから
【左】
ず
常(つね)に為(な)す職業(かげふ)なりとも度外(あまり)に勉強(べんきやう)なすべからず
《割書:新|撰》暑中養生法(しよちうやうじやうはふ) 畢
【右】
《題:〇鶴鳴堂新版發兌廣告》
《題:〇《割書:諸大家|新発明》學術博覧會《割書:毎月一冊づゝ出版初編二編既刻三編以下陸讀出版|一部定價金十銭十部前金金八十銭府外は郵税二銭宛》》
右は専ら先人未發の高論卓説を纂輯の主意なれば出典確実にして鮮明なるものゝみを
精選陳列して真に學術博覧會の題号に背からざんとすれば看客諸君愛讀を垂れよ又た
大方の諸君子博学の諸大家は其研究発明の論説を秘することなく此会場に出品して以
て共に文化を賛け玉へ
初編出品目次〇武烈天皇御紀の誤謬〇延喜帝の御失徳〇作者の不敬〇伯夷叔齊は謚号
と云る説《割書:附|》孝子、孫、子と稱する辨〇平将門叛反の原因並将門祟を為す辨《割書:附|》平貞盛の大
悪無道〇源義経安宅関危難の虚説《割書:附|》義経の寛仁大度〇史類を読む心得〇日本歴代帝号
の読例〇東照公の英人へ與へたる通商免許の信牌《割書:附|》鎮國攘夷発令の原因〇一丁字〇西
人虞書信偽の論
二編出品目次〇平假名字体の誤謬〇情死の起源《割書:附|》聖徳太子妃と共に斃じ給ふの辨〇源
実朝は公暁の讐に非ず《割書:附|》頼朝の血統を絶つ者は公暁なり〇清和天皇惟喬親王御位争ひ
の虚談《割書:附|》紀名虎伴善雄の角觝〇一筆啓上の説〇樊膾排闥の辨〇ゐもりを惚藥とする大
誤謬〇悴の字義〇稽古の濫用〇山海の珍味〇跋提河の考〇倭は日本の総稱に非ず〇世
界の六書体〇浄瑠璃の濫觴《割書:附|》小野於通浄瑠璃十二段の序〇カメの説
【左】
附録(ふろく)
コレラ豫防歌(よばうのうた)はしがき
嗚呼惡(あゝにく)むべきは虎列刺病嗚呼畏(これらあゝおそ)るべきは虎列刺病(これら)と千人(せんにん)
が千人万人(せんにんまんにん)が万人皆之(まんにんみなこ)れを悪(にく)み之(こ)れを畏(おそ)るゝば既(すで)に遠(とほ)く
は安政戌午(あんせいうまどし)の流行近(りうかうちか)くは明治巳卯(めいぢうどし)の蔓延(まんえん)の実況(じつち)を目撃(もくげき)せ
し人々(ひと〴〵)なることは言(い)はずして知(し)ることを得(う)れども中(なか)には
頑愚固陋(ぐわんこ)の徒(やから)ありてその身(み)は無論往々一家(むろんまゝいつか)の者(もの)より近隣(きんじよ)
の者(もの)へまで迷惑(めいわく)をかけるものあるより畢竟此(ひつけふかく)の如(ごと)き惨状(ありさま)
を現出(あらは)すに至(いた)れるものなり故(ゆゑ)に今(いま)これらの為(た)めにその性(す)
質及(じやうおよ)び豫防養生(よばうやうじやう)の要領(かなめ)を何人(だれ)みの解(げ)し易(やす)く覚(おぼ)え易(やす)きやう
【右】
にとていろは四十七字(じ)を頭(かしら)に冠(かぶ)らせたる狂歌(きやうか)となしたれ
は能(よ)く〳〵之(こ)れを遵守(まも)りさへすれば流行病(はやりやまひ)を豫防(よぼう)すること
毫(すこし)も疑(うたが)ひなしとその證文(しやうもん)を書(か)くの如(こと)し
編 者 記
【左】
コレラ豫防歌(よはうのうた)
中 野 了 随 著
《題:い》 いはずとも此等(これら)の事(こと)と等閑(なほざり)に
思(おも)ふ徒(やから)がころり死(し)ぬなり
《題:ろ》 ろんよりの證據(しやうこ)は慥(たし)か先年中(せんねんぢう)
これらで死(し)にし人(ひと)の數々(かず〳〵)
《題:は》 はじまらぬ中(うち)が肝腎要(かんじんかな)めぞと
豫防養(よばうやう)じやう第一(だいいち)にせよ
《題:に》 にもつより手紙手道具何唐(てがみてだうぐなにから)も
直(すぐ)に傳染(うつ)るぞこれら病毒(びやうどく)
【右】
《題:ほ》 ほんもとは印度國(てんじくこく)と云(いへ)はこそ
これらは皆(みん)な佛(ほとけ)にぞなる
《題:へ》 へど下(くだ)りあらば少(すこし)も油断(ゆだん)すな
これらの始(はじ)め同(おな)じもの故(ゆゑ)
《題:と》 とほく唐渡(からわたり)て來(き)ても虎列刺病(これらびやう)
草臥(くたびれ)もせず毒(どく)のはげしき
《題:ち》 ちら〳〵と今年(ことし)も最早始(もはやはじめ)れば
虎列刺退治(これらたいぢ)の手筈為(てはづなす)べし
《題:り》 りきみ立(だて)しても病(やまひ)に勝(かた)れねば
ころりと負(まけ)て養生(やうじやう)をせよ
【左】
《題:ぬ》 ぬかにくぎ不開化人(ふかいくわじん)の不養生(ふやうじやう)
自分(じぶん)はかりの迷惑(めいわく)でなし
《題:る》 るゐじでも矢張傳染(やはりうつる)ぞ流行病(こらびやう)
些細(ささい)な事(こと)と隠(かく)しだてすな
《題:を》 をとりとも成(なる)は食物氣(しよくもつき)を付(つけ)て
消化(こなれ)の惡(あし)き物(もの)は食(く)ふなよ
《題:わ》 わかきにも老(おひ)にも依(よら)ぬ流行病(はやりもの)
傳染(うつ)れば最後命(さいごいのち)とらるゝ
《題:か》 かぜ引(ひき)が皆始(みなはじま)りとなるなれば
裸体肌(はだかはだ)ぬき寝冷(ねびえ)するなよ
【右】
《題:よ》 よばうには大酒大食不潔(たいしゆたいしよくよごれ)もの
房時(ばうじ)は殊(こと)に深(ふか)くつゝしめ
《題:た》 たいせつな己(おの)が命(いのち)の事(こと)なれば
餘所(よそ)に思(おも)ふて後悔(こうくわい)をすな
《題:れ》 れうぢ中(ちう)ほんに手厚(てあつ)な避病院(びびやうゐん)
家内(うち)で何程(なにほど)するも及(およ)ばじ
《題:そ》 そうしんが冷(ひえ)て氷(こほり)の様(やう)なるは
大抵死(たいていし)をば免(のが)れざるなり
《題:つ》 つめ切(きり)で避病院(ひびやうゐん)には醫者(いしや)が有(あり)
りんき応変術(おうへんじゆつ)をつくすぞ
【左】
《題:ね》 ねびえから出(でる)が重(おも)ぞと心得(こゝろえ)て
木綿紋派(もめんもんば)を腹巻(はらま)きにせよ
《題:な》 なをざりに思(おも)ふ心(こゝろ)がその始(はじ)め
虎列刺(これら)ば腹(はら)の盗人(ぬすひと)と知(し)れ
《題:ら》 らい客(きやく)が有(あり)て雪隠(こうか)に入(い)る時(とき)は
跡(あと)へ藥(くすり)を兎(と)もかくも撒(ま)け
《題:む》 むし眼鏡(めがね)にても見兼小虫(みかねるこむし)でも
鼻(はな)より入(い)れば大物(おほもの)となる
《題:う》 うち皮(かは)のたゞれ破(やぶ)れて臓腑(はらわた)の
屑(くづ)と血液(ちしる)が下痢(げり)と成(なる)なり
【右】
《題:ゐ》 ゐの猪(しゝ)の武者振付(むしやぶりつい)て助(たす)かつた
前年(まへに)ころりの命(いのち)わするな
《題:の》 のぞくべき此病毒(このびやうどく)は油断(ゆだん)なく
奇麗(きれい)にはらへ家(いへ)も身体(からだ)も
《題:お》 おほかいや虎(とら)より怖(こは)く畏(おそれ)るは
二日(ふつか)も待(また)ぬ虎列刺病(これらびやう)なり
《題:く》 くだり物嘔吐(ものへど)その他(ほか)も塵溜(こみため)や
下水(げすゐ)の中(なか)へ捨(すつ)るのは惡(あ)し
《題:や》 やう体(だい)は一層(いつそう)つよき眞虎列刺(しんこれら)
肌膚(はだ)に紫色(むらさき)しはを生(しやう)ずる
【左】
《題:ま》 まんえんは下(くだ)りの中(なか)に毒有(どくあり)て
それを嗅(かぐ)より皆傳染(みなうつる)なり
《題:け》 げ水(すゐ)をば通(つう)ずる様(やう)に浚(さら)ふべし
滞(とゞこ)ほるのは身体(からだ)にもどく
《題:ふ》 ふく痛(つう)の無(なく)て始(はじ)まる者(もの)もあり
薄黄色(うすきいろ)なるくだり澤(たく)さん
《題:こ》 ごみための塵(ごみ)は度々取(たび〳〵とり)のけて
あとへ豫防(よばう)の藥(くすり)まくべし
《題:え》 えび蟹(かに)や未熟果實(みじゆくゝだもの)もちに蕎麥(そば)
天麩羅等(てんぷらなど)は食(くら)ふべからず
【右】
《題:て》 で先(さき)にて成丈(なるた)け食事(しよくじ)す可(べか)らず
飲食(のみくひ)がみな媒(なか)だちとなる
《題:あ》 あうと下利有(げりあら)ば少(すこし)も油断(ゆだん)すな
是(これ)ぞ虎列刺(これら)の始(はじめ)なりけり
《題:さ》 ざう腑(ふ)をば荒(あらし)て起(おこ)る症(しやう)なれば
腹(はら)の痛(いたみ)もなみ〳〵でなし
《題:き》 きう死(し)にも一生(いつしやう)を得(う)る事(こと)も有(あり)
之(これ)は手當(てあて)の遅速(ちそく)にぞよる
《題:ゆ》 ゆ断(だん)より大敵(たいてき)これら來(く)る時(とき)は
防(ふせ)ぐ名醫(めいゝ)も持(も)て餘(あま)すなり
【左】
《題:め》 めの前(まへ)にあたら命(いのち)を落(おと)せども
避病院入(びやうゐんい)りを嫌(きら)ふ馬鹿者(ばかもの)
《題:み》 み舞(まひ)にも餘儀(よぎ)なく行(ゆか)ば炭酸(たんさん)を
衣類身体(きものからだ)へ吹(ふけ)よみつしり
《題:し》 しやう買(ばい)に響(ひゞ)く病(やまひ)を恐(おそ)れなば
豫防養生(よばうやうじやう)おろそかにすな
《題:ゑ》 ゑふも亦豫防(またよばう)だ抔(など)と名(な)を付(つけ)て
兎(と)かくにすごす酒(さけ)は大毒(だいどく)
《題:ひ》 ひきつりや手足(てあし)の冷(ひえ)に口咽(くちのど)の
渇(かは)きが止(やめ)ば止(なほ)るのもあり
【右】
《題:も》 もしもこの病(やまひ)に罹(かゝ)る事(こと)あらば
直様醫者(すぐさまいしや)の指揮受(さしづう)くべし
《題:せ》 せう毒(どく)の藥(くすり)をつねに用意(ようい)して
衣服身体(きものからだ)へ日々(ひゞ)に吹(ふく)べし
《題:す》 すこしでも豫防養生怠(よばうやうじやうおこ)なるな
大敵虎列刺(たいてきこれら)の退治(たいぢ)する迄(まで)
コレラ豫防歌畢(よばうやうのうたをはり)
【左】
明治十七年五月廿日出版御届
明治十七年六月四日出版發兌 定價金十銭
編輯人 群馬縣士族
中 野 了 随
群馬縣上野國南甘樂郡
原坂村百十四番地
出版人 東京府平民
高 橋 種
日本橋區大傅馬町二丁目六番地
發兌元 東京日本橋區大傅馬町二丁目六番地
鶴 鳴 堂【印】鶴鳴堂
大賣捌 同 京橋區南鍋町一丁目七番地
兎 屋 誠
同 同 日本橋區馬喰町二丁目一番地
森 屋 治 兵 衛
同 同 日本橋區本石町一丁目九番地
椀 屋 喜 兵 衛
同 同 日本橋區通旅篭町二番地
袋 屋 亀 次 郎
同 同 京橋區加賀町十二番地
由 巳 社
鶴鳴堂出版發兌書目
〇《割書:萬國|無比》日本勅諭國會論 全一冊 定價金六銭 郵税二銭
〇演説文章冒頭語類 全一冊 同十銭 同 二銭
〇《割書:見光|主義》自 由 燈 全一冊 同 八銭 同二銭
一名卑屈の目ざまし
〇《割書:開巻|喫驚》明治珍談奇聞 全一冊 同 十五銭 同 四銭
〇《割書:時事|剴切》近世名士尺版牘 全一冊 同 十銭 同 二銭
〇《割書:古今無類|厭制惨状》印度の虐政 全一冊 同 二十銭 同 四銭
〇通俗徴兵安心論 全一冊 同 十三銭 同 二銭
〇《割書:改|正》徴兵心配なし 全一冊 同 七銭 同 二銭
〇《割書:鹿島|飛報》二代目西郷出現禄 全一冊 同 三銭 同 二銭
〇神経闇開化怪談 初編 全一冊 同 二十銭 同 四銭
〇神経闇開化怪談 二編 全一冊 同 廿五銭 同 四銭
〇神経闇開化怪談 三編大尾 全一冊 近刻
〇《割書:諸大家|新發明》 學 術 博 覧 會 《割書:毎月一冊宛出版定價十銭郵税二銭|十部前金八十銭外に郵税二十銭》
【記述なし】
【記述なし】
【右】
060594―000―6
特49―449
新撰暑中養生法 附、コレラ予防歌
中野 了随 著
M17
CBM―0449
【左】
《割書:新|撰》暑中養生法
中野 了随
国立国会図書館
コレラ豫防予防心得草 一冊
虎列刺論 各一 計二
【背表紙】
コレラ豫防予防心得草 一冊
虎列刺論 各一 計二
【貼付シール】
富士川本 コ 114 115 116
《題:コレラ豫防予防心得草》 一冊
《題:虎列刺論》 各一 計二
【貼り付けシール】
富士川本 コ 114
《題:コレラ豫防》
《題:心得草》
大眞 眞
【右頁】
《題:東京神道事務分局》
飜刻
【左頁】 【角印】富士川游寄贈 【黒角印】184748 大正7.3.31
虎列刺病豫防心得草(これらべうようじんこゝろえぐさ)
凡(およ)そ此世(このよ)の中(なか)に。何(なに)が第(だい)一。大切(たいせつ)の寳(たから)ぞといへば。
吾(わ)が命(いのち)より外(ほか)にはあるまじ。何故(なぜ)なれば。貴(たつと)こと
なく。賤(いやし)きことなく。〇金(かね)のほしいも〇家庫(いへくら)の建(た)て
たいも〇よき女房(にようぼう)の持(も)ちたいも〇美(うつく)しい衣服(きもの)
の着(き)たいも〇酒(さけ)の飲(の)みたいも〇旨(むま)いものゝ食(くひ)
たいも〇物見遊山(ものみゆさん)に行(ゆ)きたいも〇嬉(うれ)しいこと
や〇樂(たの)しいこと〇其(その)ほか。世間(せけん)にあるとあらゆ
る望(のぞ)みごと〇命(いのち)ありての物語(ものがた)り〇體(からだ)ありての
【右頁】
樂(たのし)みなり。譬(たと)へ三千世界(さんぜんんせかい)に充(み)ち満(みつ)る。金銀珠玉(きん〴〵しゆぎよく)が
あればとて。命(いのち)にかへる寳(たから)はあるまいそこで。其(その)
寳(たから)を失(うしな)はぬやう用心(ようじん)するが。人間第一(にんげんだいいち)の勤(つと)めな
り。偖毎年々々(さてまいとし〳〵)。夏(なつ)になると。虎列刺(これら)といふ。惡(わる)い病(やまひ)
が流行(りうこう)して。男(をとこ)でも女(をんな)でも。老人(としより)でも小児(こども)でも。鬼(おに)
を欺(あざ)むく勇士(ゆうし)でも。此病(このやまひ)を煩(わづら)つたら大変。吐(は)き下(くだ)
しを初(はじ)めてから。死(し)ぬまでの間(あひだ)は。半日(はんにち)でも一日
でも。七転八倒(しつてんばづとう)の大苦(おほぐるし)みをしたあげく。終(つい)に往生(わうぜう)
する。怖(こわ)い恐(おそろ)しいやま\t(やまひ)ゆへ。皆人煩(みなひとわづら)はぬやうに用心(ようじん)
【左頁】
すべしなれども。唯恐(たゞおそろ)しい怖(こわ)いと思(おも)ふばかりで。
肝心(かんじん)なる。用心(ようじん)の仕方(しかた)をしらなば。決(けつ)してとり付(つ)
かれぬとは。請合(うけあひ)がたし。由(よつ)てその恐(おそろ)しい虎列刺(これら)
も。決(かゝつ)してとりつかぬ。確(たしか)なる豫防法(ようじんしかた)を左(さ)に悉(くは)し
く記(しる)しゆゑ。能(よ)く讀(よ)み能(よ)く覚(おぼ)え。妻子眷属(さいしけんぞく)は勿論(もちろん)
懇意知巳(こんいちかづき)にも。語(かた)りつたへて。共(とも)に長生(ちやうせい)を樂(たのし)みた
まふべし。苟(かりそめ)にも用心(ようじん)を怠(おこた)らなば。どのように劇(はげ)
しい虎列刺(これら)でも。決(けつ)しておそるゝに足(た)らざるな
り。
【右頁】
コレラ病豫防法(べうようじんしかた)
第一 毎朝(まいあさ)はやく起(おき)て。家(いへ)の内外(うちそと)を掃除(さうぢ)し。塵芥(ちりあくた)
などの。たまらぬやう。清潔(きれい)にすること肝要(かんえう)なり。
第二 銘々(めい〳〵)の家業(かきふう)を精出(せいだ)して。怠(おこた)らざるは勿論(もちろん)
常(つね)よりも。一層勉(ひときはつと)めて稼(かせ)ぐべし。身(み)を懶惰(らいふう)に持(も)
つは。総(すべ)て虎列刺(これら)のとりつく媒介(なかたち)と心得(こゝろえ)べし。
第三 何(なに)ほど熱(あつ)き夜(よ)にても。裸(はたか)は勿論単物一枚(もちろんひとへものいちまい)
など。すべて薄着(うすぎ)の儘(まゝ)にて。睡(ねむ)るべからず。
第四 毎年夏(まいとしなつ)の初(はじ)めより。秋(あき)の末(すへ)に至(いた)るまで。《割書:五|六》
【左頁】
《割書:七八九|月の頃》は。幅廣(はゞひろ)き[モンパ。]又(また)は[フラネル。]又(また)は木(も)
綿等(めんとう)にて。夜晝(よるひる)とも。常(つね)に腹部(はら)を。二重(ふたへ)に巻(ま)き置(お)
くべし。
第五 木綿(もめん)の袖(そで)なし襦袢(しゆばん)《割書:綿入(わたいれ)にするか。又(また)は[モ|ンパ]にて袷(あわせ)に作(つく)るも》
《割書:よ|し。》をこしらへ置(おき)て。毎夜寝(まいよね)るまへには必(かな)らず
着用(ちやくよう)して寝床(ねどこ)に入(はい)るべし。平日夜晝(つね〴〵よるひる)とも腹巻(はらまき)
をして。毎夜寝(まいよね)る時(とき)に。袖(そで)なしの肌着襦袢(はだぎじゆばん)を着(ちやく)
用(よう)するのが。虎列刺病豫防法(これらべうようじんしかた)の内(うち)にて第一大(だいいちたい)
切(せつ)のことなれば。毎年夏(まいとしなつ)の初(はじ)めより秋(あき)の末迄(すへまで)
【右頁】
は勿論(もちろん)。あひだの時(とき)にても熱(あつ)さ寒(さむ)さ不順(ふそろひ)の時(じ)
候(こう)には。毎夜肌着襦袢(まいよはだきじゆばん)と腹巻(はらまき)は。必(かな)らず忘(わす)るべ
からず。
第六 午睡(ひるね)は決(けつ)してすべからず。
但(たゝ)し。職業(つとめ)に由(よつ)て。止(や)むを得(え)ざる人(ひと)か。又(また)は小(こ)
児(ども)の午睡(ひるね)せんとする時(とき)は。前(まへ)に記(しる)す袖(そで)なし
襦袢(じゆばん)を着(き)せ。帯(をび)を括(し)めて。夜(よる)の通(とほ)り。夜具(やぐ)を着(き)
せて寝(ね)かすべし。
第七 小児(こども)は右(みぎ)の袖(そで)なし襦袢(じゆばん)も。熱(あつ)さの節(せつ)には
【左頁】
忌(い)み嫌(きら)ふものなれば。父母(ちゝはゝ)。又(また)はすべて年長(としうへ)な
る者(もの)。小児(こども)の傍(そば)にありて小児(こども)のよく睡(ねむ)るを待(ま)
ちて。肌着襦袢(はだぎじゆばん)を着(き)せ。其上(そのうへ)に帯(おび)を括(し)めてのち
寝(ね)かすべし。
但(たゞ)し。小児(こども)の襦袢(じゆばん)には。胸(むね)の邉(へん)と。腰(こし)の邉(へん)と。二(ふた)
所(ところ)に紐(ひも)を付(つ)け置(お)きて。むすぶべし。
第八 他(ほか)に病(やまひ)なければ。夏(なつ)より秋(あき)までは老若男(としよりわかものととこ)
女(をんな)とも。毎日入湯(まいにちにうたう)するがよし。
第九 入湯(にうたう)または新浴(ぎやうずい)したるのちに。涼(すゞ)むのは。
【右頁】
別(べつ)して快(こゝろよ)きものなれば。思(おも)はずしらず涼(すゞ)みす
ぎて。邪気(じやき)を受(うく)ること多(おほ)きゆゑ。入湯新浴(にうたうきやうすい)の後(のち)
は。必(かな)らず涼(すゞ)みすぎぬやうに。用心(ようじん)すべし。
第十 食事(しよくじ)は。朝晝夕(あさひるばん)と。三度(さんど)に定(さだ)め置(お)きて。
間食(あひだぐひ)は。決(けつ)してすべからず。
第十一 虎列刺病流行(これらびやうりいこう)の節(せつ)には。たたへ。珍(めつら)しき
客(きやく)の来(きた)ることあるとも。食事(しよくじ)の時刻(じこく)にてなけ
れば。強(し)いて飲食(いんしよく、ノミクヒ)をすゝめぬやうに心掛(こゝろがけ)べし。
第十二 深夜(よふけ)には。決(けつ)して飲食(いんしよく、ノミクヒ)すべからず。
【左頁】
第十三 魚鳥獣(うをとりけもの)の肉(にく)。其外何品(そのほかなにしな)でも。煮焼(にやき)したる
物(もの)の。一夜(いちや)をこしたるは。決(けつ)して食(くら)ふべからず。
第十四 熟(じゆく)さゞる果物(くだもの)は。決(けつ)して食(くら)ふべからず。
第十五 汲溜(くみた)め置(おき)たる水(みづ)は。決(けつ)して飲(の)むべから
ず。
第十六 房時(ぼうじ)の後(のち)。直(すぐ)に睡(ねむ)りに就(つ)くべからず。必(かな)
らず散布(さんぽ)するか。又(また)は柱(はしら)などを押(を)して。力(ちから)を揉(も)
み出(だ)し。運動(うんどう)して。少(すこ)し汗(あせ)の出(いづ)る位(くらゐ)になりて後(のち)
睡(ねむ)るべし。
【右頁】
コロリ
〇おち〳〵
兄貴(あにき)。そんなに。
心配(しんばい)しずとも
いゝやな。ひろい
日本(につぼん)だから。ずい分(ぶん)。
まだ〳〵薄着(うすぎ)で寝(ね)たり。
食(くら)ひ砕(よつ)て。そのまゝ
寝込(にこん)だりする馬若(ばか)も
あらうし。又裸(またはだ)かで午睡(ひるね)と
見(み)たら。それこそすぐに
とつ付(つく)くべしだ。
亭主
〇アゝ酒(さけ)も旨(うま)い。肴(さかな)も旨(うま)い。何(なん)でも命(いのち)が物種(ものたね)だ。
是(これ)からは。毎晩襦袢(まいばんじゆばん)と腹巻(はらまき)は。
急度忘(きつとわす)れるなよ。
そして。くされた
物(もの)や。こなれの
わるい物(もの)は。
△
女房
〇さよふ〳〵
御尤(ごもつと)も〳〵。それか〳〵
忘(わす)れずに。毎朝々々(まいあさ〳〵)。
小便(ちやうず)の色(いろ)を御らん
△ 況(ま)して食(く)はぬことと。
しましやう。さうさへ
すれば。どんな病(やまひ)が
流行(はやら)ふとも。
おいらの命(いのち)は
大丈夫(だいぢやうぶ)だ。
コレラなん
ぞで死(し)ぬ
奴(やつ)は餘程(よつほど)
馬鹿(ばか)だ
ナゝ女房(かゝア)。
【左頁】
全
〇ドウシテ〳〵野郎(やらう)
ども。頃日(このごろ)は
気(き)が付(つい)て。
腹巻(はらまき)
襦袢(じゆばん)て。
寝(ね)ひえの
用心(ようじん)を。
はじめた
から。モウコレカラハ。
我等(わはら)たちの
仕事(しごと)も。
潰(つぶ)れ物(もん) ダロウ
イツソのこと。
天竺(てんぢく)へでも。高飛(たかとび)と。
出(で)かけよふかナア
なまいし。
少(すこ)しでも。
色(いろ)が
付(つい)たら。 すぐに
御医者(おいしや)さまに。
診(み)ておもらひ
なさい よしよ。
小児
〇親父(おとつ)さん。
死(し)ぬと。旨(うま)いものが。
食(たべ)られないから。
私(わたし)にも。今夜(こんや)から
襦袢(じゆばん)を着(き)せておくれ。
【右頁】
第十七 何(なに)となく飲食(いんしよく、ノミクヒ)すゝなず。強(し)いて飲食(いんしよく、ノミクヒ)す
れば。胸(むね)につかへ。下腹(したはら)はおちつかぬやうなる
心地(こゝち)するは。前日(まへのひ)に食(しよく)したる物(もの)が。未(ま)だ消化(こなれ)ず
に腐敗(くさ)れて。腹(はら)の内(うち)に残(のこ)りてある故(ゆゑ)なり。其儘(そのまゝ)
に捨置(すておく)か。或(あるひ)は口(くち)がまづしとて。強(し)いて旨(うま)き物(もの)
を食(しよく)しなどせば。大変(たいへん)なことになるゆゑ。急(いそ)ぎ
て醫者(いしや)の療治(りやうぢ)を受(う)くること第一(だいいち)なり。
第十八 虎列刺病(これらべう)の原因(もと)は。全(まつた)く感冒(ひきかぜ)より起(おこ)る。
その感冒(ひきかぜ)は。夏(なつ)より秋(あき)へかけて。受(う)け易(やす)きもの
【左頁】
なり。何故(なせ)なれば。夏(なつ)の初(はじ)めより秋(あき)の末(すへ)までは。
人々肌着(ひと〳〵はだへ)ゆるみ。腠理(けあな)ひらけえしまらざえる故(ゆゑ)。
外邪(じやき)を受(う)け易(やす)きものなり。なれども。熱(あつ)さの節(せつ)
は。たとへ外邪(じやき)を受(う)けても。格別(かくべつ)のことゝも思(おも)
はず。たゞ初(はじ)めの内(うち)は。何(なに)ともなく気分重(きぶんおも)く。手足(てあし)
だるく。又(また)は頭痛(づつう)などして。食事(しようくじ)のすゝまぬは。
暑気(あつさ)あたり。又(また)は時候(じこう)あたりなどゝ云(いつ)て。少(すこ)し
も恐(おそ)れず。邪気(じやき)のある上(うへ)に。又邪気(またじやき)を受(う)け思(おも)は
ずしらず。邪気(じやき)を重(かさ)ねて。終(つい)に此病(このやまひ)を發(おこ)すもの
【右頁】
なれば。初(はじ)めから用心(ようじん)して。邪気(じやき)を受(う)けぬやう
に心掛(こゝろがけ)べし。
第十九 毎朝早(まいあさはや)く起(お)きて。小便(せうべん)の色(いろ)を見(み)るべし。
起(おき)たては。誰(だれ)でも睡氣(ねむけ)がさめぬゆゑ。氣(き)の付(つ)か
ぬものなれども。其所(そこ)が一番氣(いちばんき)を付(つ)けねばな
らぬ所(ところ)で。若(も)し少(すこ)しにても。小便(せうべん)の色變(いろかは)わて。黄(き)
色(いろ)か又(また)は赤色(あかいろ)ならば。決(けつ)して朝飯(あさめし)を食(く)ふては
なりませぬ。若(も)し少(すこ)しにても。小便(せうべん)の色(いろ)に變(かは)り
があらば。何事(なにこと)を措(おき)ても。直(すぐ)に醫者(いしや)に診(み)て貰(もら)ひ。
【左頁】
早(はや)く藥(くすり)を服用(ふくよう)すべし。偖(さて)それからは。頻(しき)りに食(しよく)
物(もつ)がほしくなるであらふが。其處(そこ)が大切(たいせつ)なれ
ば。よく〳〵氣(き)を付(つ)け。大根(だいこん)の煮付(につけ)か。または梅(うめ)
干(ぼし)ぐらひにて。粥(かゆ)を平日(ふだん)の半分(はんぶん)ほども食(たべ)るが
よい。なるべくは。其上夜具(そのうへやぐ)か蒲団(ふとん)を被(かぶ)りて。汗(あせ)
をとるやうにすべし。
但(たゞ)し醫者(いしや)の許(ゆる)すまでは。一切(いつさい)の魚類(さかなるい)。油類(あぶらけ)。餅(もち)
類(るい)果物類(くだものるゐ)など。すべて食(しよく)すべからず。
第二十 小便(せうべん)の色變(いろかは)りて。黄色(きいろ)か又(また)は赤色(あかいろ)なら
【右頁】
ば。外(ほか)に少(すこ)しの障(さは)りなくとも。直(すぐ)に醫者(いしや)の診察(しんさつ)
を受(う)け。手當(てあて)の藥(くすり)を服用(ふくよう)すべし。前(まへ)にも記(しる)した
る通(とほ)り。命(いのち)に換(か)へる寳(たから)はなきゆゑ。自分(じぶん)は勿論(もちろん)。
妻子眷属下男下女(さいしけんぞくげなんげぢよ)に至(いた)るまで。毎夜寝(まいよね)るまへ
には。かならず袖(そで)なし襦袢(じゆばん)の肌着(はだぎ)を着用(ちやくよう)させ
て。後(のち)に寝床(ねどこ)に入(はい)るやうに。能々申(よく〳〵まう)し諭(さと)して。其(その)
通(とほ)りいたさすべし。而(しかう)して毎朝(まいあさ)。家内中(かないぢう)の者(もの)を
一同招(いちどうよ)びあつめ。小便(せうべん)の色(いろ)に。變(かは)りのあるなし
をよく〳〵聞(き)き糺(たゞ)し。萬一少(まんいちすこ)しにても。小便(せうべん)に
【左頁】
色(いろ)づくことあらば。至急(きう)に醫者(いしや)をたのみて。治(りやう)
療(ち)を受(う)くべし。決(けつ)して隠(かく)すべからず。何故(なぜ)なれ
は。小便(せうべん)が色(いろ)づきてより。[コレラ]になるまでは。
五六日(ごろくにち)ほど前(まへ)のことなれば。嘔吐(はき)もなく。下利(くだり)
もなく[コレラ]といふ名(な)もなく。又死(またし)ぬる氣(き)づ
かひもなく。他人(ひと)に忌(い)み嫌(きら)はるゝ心配(しんばい)もなく。
至(いた)つて簡易(てがる)に濟(す)むことなれば。決(けつ)して隠(かく)すに
及(およ)ばぬなり。若(も)し心得(こゝろえ)ちがひして。隠(かく)すか。又(また)は
隠(かく)さぬまでも。今夜(こんや)は直(なほ)るか。明朝(あした)は癒(なほ)るかな
【右頁】
どゝ。醫者(いしや)にもかゝらず。油断(ゆだん)するうち。終(つい)にコ
ロリと死(し)にますから。かならず〳〵。右(みき)の豫防法(ようじんしかた)
を堅(かた)く守(まも)りて。片時(へんじ)も忘(わす)れたまふなと云爾(いふ)。
古歌(むかしのうた)に
養生(ようじやう)は病(やま)ひの出(い)でぬ手當(てあて)なり其用心(そのようじん)を前(まへ)かたにせよ
〇
世(よ)にあれば今年(ことし)の春(はる)の花(はな)も見(み)つ嬉(うれ)しきものは命(いのち)なりけるも
【左頁】
明治十三年六月三日飜刻御届
施本
不許
賣買
飜刻者
東京
神道事務分局長
権大教正本居豐款【?】
下谷區下谷仲御徒町二丁目五十五番地
筆記者 秋山光條
口述者 小田耕作
【記述なし】
【右】
3652
膝月画丹
こと命の惜しいお方は
此本を見て能々
御心付なせれ又
万々一命のいらぬ
御方は持ていつて
枕紙にでも
なされ
ことハイ〳〵これはどの道
頂ておくが燃用じや
エヘゝゝ
こと私へは五六冊
下され
虎列刺豫防の心得
【右】
臭気止(にうきとめ)の製法(こしらへかた)
緑礬(ろふば)[薬種屋(きぐすりや)にあり]二十五目に鋸屑(にこぎりくず)一貫目を入れ是を
よく混合(まぜあは)せすべて惡(わる)ひ匂(にい)ひのある所/雪隠(せつゐん)[大便(だいべん)をした
度毎(たびごと)になくべし]掃溜(はきだめ)等へ散布(まきちら)せば忽(たちま)ちわるき匂ひを
去ること疑(うたがひ)なし
又/緑礬(ろふば)三百目へ水斗を入れ是をよく混和(まぜあは)せて惡(あし)き
臭(にほひ)のする所へ散布(まきちら)すもよろし
【左】
〇虎列刺豫防之心得
虎列刺(これら)病は傳染(うつ)る病てござり升から常に食物飲物(たべもおのみもの)等に能(よ)く注意(きをつけ)し(も)し消食機病(はらぐわいのわるひやまい)
又は下痢症(くだりせう)を煩(わづら)ふ事あらは速(はや)く醫師(いし)を招(まぬい)て藥用(やくやう)せねはなりませぬ然かるに不欇生(ふやうじやう)に
して惡(わる)き食物(しよくもつ)などを食(くら)ひ膓胃(ちやうゐ)を損(そん)ずることあれはこれの虎列刺病(これらびやう)の媒介(なかだち)となるもので
ござりますから能(よ)く次(つぎ)に申通り食物(たべも)や飲物(のみもの)はいふに及(およ)ばす萬事(なにごと)にも注意常膓(よくこゝろづけついちやう)
胃(ゐ)を強壮(じようぶ)ならしむる様(やう)に心掛(こゝろが)けさひすれば此病を引受(ひきうけ)るの憂(うれい)はござりませぬぞ
〇食物(ためもの)は総(すべ)て消化(こなれ)のよいものが宜(よろ)しいと申/故魚類(ことゆえさかな)などは成丈(なるたけ)かるい新鮮(あ らし)い物をあ
がるが宜しうござり升
〇家鴨(あひる)鴈(がん)豚肉(ぶた)沙狗蟹(ざこ)蛤(はまぐり)章魚(たこ)鰯(いわし)鱅(こはだ)鱃(このしろ)䀋物(しほもの)干物(ひもの)類(るい)は惡うござり升わけ
て佳蘇魚(まぐろ)松魚(かつほ)蟹(かに)海老(ゑび)の類(るい)は極惡(ごくわる)うござり升
〇牛(うし)犢(こうし)羊(ひつじ)鶏肉(にはとり)鶏卵(たまご)の類(る)は宜(よろ)しいと申(まふ)す事てござり升が是(これ)も多(おほ)く食(たべ)ては惡(わる)いそう
でござり升又少しでも古いのは食べはなりませんぞ
【右】
〇又天麩羅類(またてんぷらるい)は假令青物(たとへあほもの)でも食(たべ)ぬが宜(よろ)し青菜(あほな)里芋(さといも)南瓜(かばちや)牛蒡(ごぼう)苣萵(ちさ)なぞは惡うござ
り升/又総(またすべ)ての青物(あほもの)ても日増(ひまし)のものや生熱(なまにへ)のものは惡(わる)いと申ます
〇馬鈴薯(じやがたらいも)蕃薯(さつまいも)長芋(ながいも)紅羅荀(にいじん)大根等(だいこんなど)は能(よく)々煑(に)れば宜(よろ)しうござりますがこれも生(なま)にへ
のものは惡(わる)うござり升
〇果物(くだもの)は桃(もゝ)李(すもゝ)梨(なし)林檎(りんご)葡萄(ぶどう)苺(いちこ)なぞの能(よ)く熟(つえ)たものは少(すこ)しづゝ食(たべ)ても宜(よろ)しう御ざり
升が熟(つえ)ない青(あほ)いのは決(けつし)て食(たべ)てhあなりませんぞ又/菌類(きのこるい)は御見合(をみあわ)せなされ
〇暑(あつ)さの時分(じぶん)は私共始(わたくしどもはじ)め湯水(ゆみづ)を多(おほ)く飲(のみ)ますが常(つね)に下痢症(くたりせう)の御方(おかた)なぞは成丈(なるたけ)お扣(ひかへ)なさ
れまた又/沸騰(にへたつ)た湯(ゆ)を水に冷(ひや)してお飲(のみ)なされば宜(よろ)しう御ざり升か沸騰(にたつ)た湯(ゆ)は蒸發気(じようはつき)が
たつて仕舞(しも)ふ故甘(ゆえうま)く御ざりませんからこれに葡萄酒(ぶどうしゆ)か茶(ちや)の又(また)は焼酎(しやうちう)を少(すこ)し入れて御(おん)
飲(のみ)さなるが宜(よろ)しい
〇牛(うし)の乳(ちゝ)の古(ふる)いの又あん気(け)の少し酸気(すゐ)の附(つき)たる物其他何品(ものそのたなにしな)によらず油(あぶら)こき物(もの)はすべ
て少(すこし)ても食(たべ)てはなりませんぞまた餅類(もちるい)團子(だいご)等の消化(こなれ)の惡(わる)いものは必(かな)らづ御無用(ごむよう)に
【左】
なされませ
〇か様にあれもこれ惡い〳〵と言(いへ)へば食(く)ふ物(もの)はない様(やふ)に思(おも)はれませうがそういふ
譯(わけ)ではありません何(なん)でも消化(こなれ)のよい物(もの)を扣(ひか)へめに食(しよく)し[空服(すきはら)は宜(よろ)しからず]身体(からだ)を程(ほと)
能(よ)く運動(うごか)し[大骨折(おほほねをり)は宜(よろ)しからず]朝(あさ)は早(はや)く起(お)きて遊歩(ゆふほ)をなし[暑(あつ)ひとて夜歩行(よあるき)は宜(よろ)
しからず]家室(すまひ)雪隠(せつゐん)[糞尿(くそしようべん)を多(おほ)く溜(た)め置(お)く時(とき)は終(つひ)にコロリの傅染媒介(うるつなかだち)となるものな
り]等は能く掃除(そふぢ)をなし庭掃溜(にははきだる)を清浄(きれい)になし下水(げすい)の流(なか)れを通(とほ)しすべて新鮮空気(あたらしひくうき)の流
通様(よふよふ)に志(こゝ)づけ我(わ)が精神(こゝろ)を養(やしな)ひて体(からだ)の疲労(つかれ)ざる様になし又/憂(うれ)ひ愁(かなし)みあるいは憤怒事(はらのたつ)を
せぬ様(やう)に氣(き)をつけ神思活發爽快(こゝろいき〳〵どこゝろよく)今日を送(おく)様(やう)にすれば決(けつし)てコレラに取付(とりつか)るゝの患(うれひ)は
ござりませんぞ
〇夫(そ)れ金魚(きんぎよ)や鮒(ふな)は水(みつ)の中(なか)に生活(いき)て居(ゐ)り人間(ひと)は空氣(くうき)の中(なか)に生活(いき)て居(ゐ)もの故常(ゆえつね)によき
空氣(くうき)の中(なか)に居(ゐ)る様(やう)にすれば病氣(やまひ)も發(は)す又/惡(わる)い空氣(くうき)の中(なか)に居(ゐ)れば病(やまひ)を受(う)けるは自然(しぜん)の
理(わけ)で御ざり升マア心見(こゝろみ)に汚穢(きたなき)水の中(うち)へ金魚(きんぎよ)でも鮒(ふな)でも入れて置(おひ)て御覧(ごらん)なされ叚(だん)々に
【右】
かつて終(つひ)には死(しん)でしまいますそコレハどふいふわけじやといふに水がくされると自(し)
然其中(せんそのなか)へ少(ちいさ)な虫(むし)がわき之(これ)が金魚(きんぎよ)につきます故(ゆえ)に其為(そのため)に死(しん)で仕舞ので御ざり升ジヤニ
よつて人間(ひと)も惡(わる)ひ空氣(くふき)の中(なか)に毎(まい)日/居(い)れは終(つひ)に
病(やまひ)を引受(ひきうけ)ますなぜなれば惡(わる)い空氣(くうき)の中(なか)
には自然一種(しぜんひとつ)の菌草(もの)が出來(てき)てこれが人間(にんげん)の口(くち)から這入(はい)れば忽(たちま)ち膓胃(ちやうゐ)ついて病(やまひ)を發(はつ)
し吐(は)き瀉(くだ)しをしますこれコレラ病(びやう)なりよつて前(まへ)にも申す通(とほ)り雪隠(せつゐん)下水(げすい)掃溜等(はきだめなど)の常(つね)に
惡(わる)い臭氣(にほい)のする所(ところ)へは臭氣止(しうきとめ)を散布(まき)て空氣(くうき)を清浄(きれい)にするが第一(だいいち)で御ざりますなんと
諸君御合點(みなさんごがてん)か参(はひ)りましたかね
〇入湯(いりゆ)又/行水(ぎやうずい)は度(たび)々つかふが宜(よろ)しう御ざり升が濡(ぬれ)た身体(からだ)を能(よ)い心待(こゝろもち)じやと風(かぜ)に吹(ふか)せ
るは誠(まこと)に惡(わる)う御ざり升から湯(ゆ)より出(で)たらば直(すぐ)に能(よ)く身体(からだ)を拭(ふ)ひて衣服(きもの)をめしませ又(また)
轉寝(うたゝね)晝寝(ひるね)は常(つね)でさへ宜(よろ)しくないと申ます故此節柄(ゆへ このせつがら)はなさらねが専一(せんいち)で御ざり升
〇大酒(たいしゆ)は基(もと)より惡(わるう)ふり升が別(わけ)て此節は傅染病(うつりやまひ)の流行時節故五合(はやりじせつゆえごんがふ)のむ御方(おかた)は三合(さんがふ)に三(さん)
合(がふ)の御方(おかた)は一合(いちがふ)になさいまし又/交合(よるのこと)は御慎(おつゝしみ)なされ[酒店(りようりや)又/妓楼(ぢようりや)の御主人(ごしゆじん)にはちと]
【左】
萬々一突然服(まん〳〵いちふいごはら)が少(すこ)しも痛(いた)まずして水瀉(くだ)り又嘔吐(またはき)たらば直(すぐ)に胃部(みづおち)へ芥子(からし)の粉(こ)へうどん
粉(こ)を交(ま)せ之(これ)を水(みつ)にて解(と)き紙(かみ)にのべてはり置(お)き又芥子(またからし)を入(い)れたる湯(ゆ)へ腰(こし)より下(した)を入(い)れ
て能く暖(あたゝ)め置(お)き直(すぐ)に醫師(ゐし)を呼(よひ)にいらつしやれ油断(ゆだん)して居(ゐ)て一度(いちど)が二度(にど)と嘔吐下痢(はきくだ)し
終(つひ)に蛋白質(しろみづ)の様(よふ)なものが下痢(くだ)りだしたらもう叶(かな)ひませんそ
明治十二年七月廿一日御届
編輯並出版人 小石川區
礫川水道町三十9番地
橋 爪 貫 一
閲 同區醫
新 村 惇 庵
石 井 脩 軒
並紙名札 百枚 金五銭 何れも御好次第差上可申候問
見畱判 一箇 金一銭 澤山御用向奉願上候
但肉入附 金二銭五厘
【文字なし】
【右】
05947―000―9
特24―78
虎列刺病予防の心得
橋爪 貫一 著
M12
CBF―0100
【帙表紙】
【題簽】
麻疹流行雑記
【帙背】
【題簽】
麻疹流行雑記 全
【帙表紙】
【題簽】
麻疹流行雑記
【表紙】
【見返し】
【左丁】
【上段・矩形で囲む】
麻疹流行之年暦
慶安以前ハ略ス
慶安三庚寅年秋
慶安三年《割書:ヨリ》四十一年目
元禄三庚午年《割書:夏ヨリ|明年春マテ》
元禄三年《割書:ヨリ》四十一年目
享保十五庚戊年 春【注】
享保十五年《割書:ヨリ》廿五年目
宝暦三癸酉年 春
宝暦三年《割書:ヨリ》廿四年目
安永五丙申年 秋
安永五年《割書:ヨリ》廿八年目
享和三癸亥年 夏
享和三年《割書:ヨリ》廿一年目
文政七甲申年 春
文政七年《割書:ヨリ》十四年目
天保八丁酉年 秋
天保八年《割書:ヨリ》廿六年目
文久二壬戊《割書:ヨリ》夏ハヤル【注】
【下段】
【印 富士川游寄贈】
天(てん)に不時(ふじ)の風雨(ふうう)あり人(ひと)に不慮(ふりよ)の病(やまひ)あり
《振り仮名:時■|じき》にしたかひ療(りやう)せずんば有(ある)へが【ママ】らす時に
文久二戊年五月下旬ゟ世上一般に◦(はしか)流行シ【注】
六月半ゟ江戸中大ひにおこなはれいか
なる家々(いへ〳〵)にも四五人あるひは家内(かない)こと〳〵く
病(やむ)もあり数日(すぢつ)間めい〳〵其(その)家業(かぎやう)おいとなむ
事ならざるものもおゝく一人として恐(おそ)れ
ざるはなし往古(むかし)ゟ時々(おり〳〵)流行する病ひなれ
とも此度の如くなるなし依(よつ)て後世のちや
のみばなしに残(のこ)さんため一冊の小本と定メ
おわんぬ 養生亭志我斎述
【注 「戊」は「戌」の誤】
コロリ病は極めて恐るべき急病なれば
亦 火急(くはきう)に療治を加へざる時は治すべき
者も忽ち死に至る実に歎(なげく)べき事なり且
此病流行の節医師早速 間(ま)に合ぬ事多し
故に医師を待の間素人 預(あらかじ)め心得置て其
期(ご)に臨(のぞ)みて狼狽(らうはい)すること無く十分に手当
を尽すへき方法を詳(つまびらか)に記録し済世(よをすくふ)の一
助たらん事を欲すと云爾
《題:暴瀉(コロリ)【左ルビ「コレラ」】病手当素人心得書》
此書は独逸(どいつ)国の医師大学士「オシ
ヤンデル」《割書:人|名》の撰ひたる民間医療【左ルビ「ホルクスゲネース」】
重宝記【左ルビ「キユンデ」】《割書:我安政元寅年彼一千八|百五十四年 第五板》中
のコロリ病の条を抜書翻訳し板
行する者なり
文久三年癸亥晩秋
官許 尾張 伊藤圭介識
暴瀉病手当素人心得書
暴瀉(コロリ)病《割書:痧秒|コレラモルビュス《割書:又》亜細亜霍乱》
此病は恐るべきものにして暫時(しばらく)の間に斃(たふる)
る者もある程の毎時(いつも)甚た危き症なれば最(もつとも)
急卒(きうそつ)に良医(よきいしや)の療治を乞ふべし決して等閑(なほざり)
にすべからず
〇不時に此病を発して直ちに良医の療治
を受る都合を得ざる事あり又此病は甚だ
簡便(ことすくな)の薬方を用ひてその増進を屡(しば)〳〵防き
得べき事あれば此病症を能く弁へ知るべ
きは切要の事なるに諸人之を弁へずして
空く危篤(きとく)に至らしむる事あり豈に歎(なげ)くべ
きにあらずや故に此病症を明白に告示(つげしめ)し
且医師の来るを待つの間に能く用ゆべき
薬法を預(あらかじ)め素人に心得させ置べきことを我
徒勘考に及へり是実に肝要の事なり
〇此病の発するや或はその前兆(まへびろ)の症候(やうだい)あ
るものあり然れども数(しば)〳〵この症候無くし
て卒然(にはかに)来る者も亦あり
〇前兆の症候は次に列挙(つらねあぐる)が如し
〇 総身(そうしん)労倦(つかれ)を覚へ不寝(ねられず)、眩暈(めまい)、頭痛(づつう)胃部痞(むなさきつかへ)重(おもく)、
悪心(むかつけ)、嘔吐(はき)、舌卜 黄色(きいろ)又 灰白(うすしろく)或は粘滑(ねまり)の胎(たい)あ
り食進まず或は全く不食(ふしよく)、腹(はら)雷鳴(なり)、或は腹(はら)痛(いたみ)、
大便(だいべん)数行(かずまし)、漸次(しだい)に下利(くだり)となり兼て戦栗(ふるひ)、或は
腓転筋(こむらかへり)を起(おこ)し手足 厥冷(ひゆる)等なり
〇此諸症の稽留(うちつゞく)の時限長短定まらずして
後此症終に減却して次に挙る病態(びやうたい)を発す
るあり又斯の如き一二の前兆の症候も無
くして暴発(ぼうはつ)する者 屢(しば)〳〵あり
〇 総身(そうしん)の肌膚(はだへ)此病 固有(ありまへ)の一種の汚色(けがれたるいろ)を現
はし其 弾力(だんりき)減じ皮膚を撮(つまみ)て皺襞(しわひだ)を作り見
るに其 痕(あと)暫時(しばらく)故(もと)に復(ふく)すること無し、身温(しんうん)の度(ど)
減ず四肢(てあし)の末殊に然り、眼目 陥(おちい)り、眼瞼半閉(まぶたなかばとぢ)
て多少 淡青色(うすあをいろ)なる輪廓(まるきわ)を眼に廻(めぐ)らし舌胎(したのたい)
尚温にして潤(うるほ)ひ、大便 褐黄(かばき)色、或は既に鹸滓(うすきしる)
様(やう)の物となり此中に凝(こ)り固(かたま)りたるもの交
るもあり、或は腹(はら)雷鳴(なり)能く外に聞へ、悪心(むかへけ)、嘔(は)
吐(き)を発し、初は食物又 胆汁様(たんじふやう)のもの若くは
他物、後 斑点(まだらなるもの)を雑ふる水様の汁を吐逆す、胃(むな)
部(さき)痞(つかへ)重(おもきこと)増し、小便 短少(すくなく)、後全く癃閉(つうせず)甚だしき
煩躁(もだへ)苦悶(くるしみ)に堪へず、臂(うで)、臑(かいな)殊に腓(こむら)の筋(すじ)転筋(こむらかへり)し
陰嚢(いんのう)までも痙攣(ひきつり)をなすこと稀ならず、斯の如
き二三の症或尚多くの諸症を発すれば既
に暴瀉(コロリ)病なること疑(うたがひ)を容(い)るべからず《割書:按に此|外 声(こへ)嗄(かるゝ)》
《割書:等の症|あり》
〇 症候(やうだい)漸次(しだい)に増加し顔貌(かほつき)は此病 固有(ありまへ)の状(すがた)
を現(あら)はし甚▢く消削(やせ)、鉛色(なまりいろ)となり、眼は深く
眼窩(がんくは)中に陥没(おちこみ)、鼻(はな)、顋(あぎと)、耳、手、足 厥冷(ひへ)、且 呼吸(いき)まで
も冷ゆるを覚え、手足の指は肌(はだへ)淡青色(うすあをいろ)とな
り皺(しわ)みて手を久しく水中に入れ居たる人
の如し脉動(みやくのうち)をも診(うかゞ)ひ得ず只此病人その微(かひ)
弱(なく)なりたる呼吸(いき)、手足の痙攣(ひきつけ)、且尚 知覚(おほえ)ある
の外には殆んど屍体(しかばね)と之を弁別(わかち)難きに至
るものなり
〇この病者一二日又 暫時(しばらく)の間にも能く死
に至る故に薬用は一瞬(またゝく)の間も等閑(なほざり)に過し
難し左の箇条の内考へ施すべきなり
治法 其一 前兆の説に挙たる若干(そこばく)の症 襲(おそ)ひ来る
時は加密列(カミルレ)或は接骨木花(セツコツボククハ)【左ルビ「にはとこのはな」】に「コロイスミュン
ト」《割書:按に此品未た本邦に無しおら|んだはくかを代用しても宜し》或は薄荷(ハクカ)
少許(すこしばかり)を加へ泡剤(ふりだし)となし用ゆべし《割書:按にこの|其一其二》
《割書:等は斯の如き次第に用ゆべしと云ふには|あらず此内を見計ひ治を施すべきなり》
其二 菩提樹花(ボダイジユクハ)【左ルビ「ほたいじゆ又しなのきのはな」】の泡剤(ふりだし)
其三 橙花(トウクワ)《割書:たうみかん、くねんぼ、だ|い〴〵等の花にて宜し》の泡剤(ふりだし)
其四 丁子(てうじ)壱弐粒を嚙(か)み食ふ事
其五 温(あたゝか)なる常の茶を飲む事
其六 水に乳汁を交せ用ゆる事
其七 温湯に浴(よく)し後温めたる臥床(ねどこ)に入り夜
具を温め覆ひ又温めたる毛布(けおり)類の切(きれ)等に
て注意(きをつけ)て能く包むべし若し臥床を出ると
も冷気に触(ふる)ること勿れ
其八 其後施すべきは手又は温めたる毛布
類の切を用ひて身体を直ちに乾摩(からすり)すべき
事但夜具の内にて之を施し冷気を避くべ
し
其九 温湯を徳利(とくり)又は硝子罎(ふらすこ)に全く充(みて)て両(りやう)
脇腹(わきはら)又 腰(こし)の廻(まわ)りに置く事又は砂或は糠(もみ▢ら)を
温め熱(あつく)▢▢嚢(ふくろ)に納(い)れ同様に用ゆるも宜し
其十 加密列(カミルレ)、接骨木花(セツコツボククハ)「シトルーンコロイド」
「コロイスミュント」薄荷(ハクカ)を嚢に充(み)て温めて前
法の如く入れ置くべき事《割書:按に「シトルーン|コロイド」は和産》
《割書:無し「コロイスミュント」は前に註せり右等の|品缺るとも妨けなし接骨木花薄荷等何れ》
《割書:の品にても有合せの|物を用ひて事足れり》
其十一 石を焼き熱くし之を酢(す)に浸(ひた)したる毛
布類の切に包みて前の如く入れ置くべき
事
其十二 毛布類の切を温めたる酢に浸して腹(はら)
就中(なかんづく)胃部(むなさき)を摩擦(する)べき事
其十三 酒亦前法の如く用ゆ
其十四 羯布羅精(カンフラセイ)《割書:樟脳(しやうのう)を焼酒(せうちう)に|浸したるもの》同上
其十五 又 同部(おなじところ)に発泡膏(はつほうかう)或は芥子泥(かいしてい)を貼(はる)事《割書:按|に》
《割書:芥子泥は麦粉十二部芥子末三部酢六部|右調和す或は芥子末に酢を和し用ゆ》
其十六 背に芥子泥を貼(はる)も亦甚しき困苦(くるしみ)煩悶(もたへ)
を緩(ゆるむ)る事屢々あり
其十七 発汗(あせ)始りたらば前に挙たる泡剤(ふりだし)温(あたゝか)な
る飲液(のみもの)等を与(あた)へて猶更その汗を保護(たもち)置く
べき事
其十八 腓転筋(こむらかへり)屢(しば)々 劇(はげし)く発する時は固く持て
手又は毛布類の切にて能く摩擦(する)べき事
其十九 温湯に浸したる手巾(てぬぐひ)にて脚(あし)を膝以下
総て包み之を換(かふ)る毎(ごと)に他の温かなるもの
を引かへ用ゆべき事
其二十 次に挙る薬方を以て腓(こむら)に擦(すりこむ)べき事
亜麻油(アマユ)《割書:或は》阿利襪油(ホルトガルノアブラ)《割書:十六匁》
磠砂精(ドウシヤセイ)《割書:二匁》 阿芙蓉丁幾(アフヤウチンキ)《割書:四匁》
其二十一 発汗(はつかん)を保(たも)つ為には温(あたゝか)なる飲料(のみもの)を与(あたふ)る
を勿論宜しとす然れども冷水を好むの情
切なるは多く此病人の癖(くせ)なれば只甚しき
煩渇(はんかつ)を少しく止むべきに因て水も亦時々
少許(すこしばかり)を許(ゆる)すべし劇(はげし)き嘔吐を稍(やゝ)鎮(しづ)むること稀
ならず
其二十二 若其頃得べきならば一片の氷を釆り
て口中に含(ふく)ましむるも良し渇(かわき)を制すること
屢(しば)々なり
〇 暴瀉(コロリ)病を治するに極めて世に賞用する
薬方 仮令(たとへ)は越里幾矢爾(エリキシル)剤又苦味の諸品等
は之を経験するに其良効を得ざること明な
り
預防法 其二十三 此病の流行する時節に当りて深く恐
るゝこと勿れ心之を恐怖(きやうふ)して早く此症に罹(かゝる)
ものあり是 実験(じつけん)に因て観る所なり
其二十四 食養生(しよくやうじやう)を適宜(ほどよく)し一度に甚た多量の
食物を用ゆること勿れ一日に一両度《割書:按に其|国俗習》
《割書:に因て差別|あるべし》軽き食物を用ゆべし朝は食せ
ざる已前に慎んで冷気に触る事勿れ
其二十五 魚肉を多分に食ふこと勿れ又 蔬菜(やさい)菓物(くだ▢の)
の水気多くして其性冷なるもの或は大便
通利を増すものを食すべからす
其二十六 硬(かた)くして膨脹(ふくれ)ざる《割書:按に軽虚な|らざるを云》粉類の
食物《割書:団子|の類》十分に焼(やけ)ざる麵包(パン)又獣肉魚肉の
乾物(かんぶつ)塩漬(しほづけ)の品は此時格別に害あり
其二十七 獣肉又鳥類の鷄(にはとり)、鳧(かも)、雁(がん)等を食するには
殊更に気を付くべし若其物 異常(つねならぬ)の死を得
て様子の異(こと)なるものは之を用ゆること勿れ
其二十八 峻烈(つよき)飲料(のみもの)《割書:焼酒(せうちう)|類》を不適宜(ほどのよからず)に飲むことは平
生 忌(い)むべき事なれども此時節に当りては
殊に戒むべし是に耽(ふけ)る輩は毎常(いつも)病に侵(おかさる)
るものなり然れども過飲(のみすごす)と適宜(ほどよく)用ゆると
は大に差別(ちがい)あり故に一二盃の好(よき)赤葡萄酒(ぶだうしゆ)
又は少許(すこしはかり)の杜松酒(としやうしゆ)【左ルビ「ゼネーフル」】或は焼酒(せうちう)を毎日用ゆる
は害(がい)よりは却て益あるべし此類を不断(ふだん)飲
み慣(なる)る人には猶更の事なり
其二十九 酢(す)、焼酒(せうちう)或は酒を交るに非されは一味
の冷水は用ゆること少許に過(すぐ)べからす或は
之を飲ざるを良(よし)とす
其三十 酪(ボートル)を取たる跡の乳汁 酸味(すきあぢはひ)の新酒又は
同様なる麦酒を用ゆること勿るべし
其三十一 寒冷に触る事を忌む身体(しんたい)始終(しぢう)一様の
温(あたゝかさ)を保ちて俄に寒冷を受ざる様に心を用
ゆべし腹と手足を冷気に触るは殊に避く
べし此故に寒冷を冒すに因て継発(ついておこり)たる腹(ふく)
痛(つう)下利(くだり)を屢々患ふる輩には毛布類の腹帯(はらおび)
を巻(まき)温むべし且足を湿(うるほ)すこと又 冷(ひや)すことを避(さく)
べし且その人身住処共に極めて清浄にし
て家室は毎日 適宜(ほどよく)之を開きて新しき空気
を通(かよは)すべし又清水を用て拭ひ潔(いさぎよ)くすべし
但是亦多きに過(すぐ)べからず湿気(しつき)多ければ却
て害あればなり
暴瀉病手当素人心得書《割書:終》
快復(なほる)に至るべし
右の法 普済(ひとだすけ)の妙法なれば人々是
全ならむ事をねがふといふ
安政五戌午年八月
深川 森田立斉
暴瀉病手当素人心得書《割書:終》
一 此頃(このころ)はやる悪厲病(ころり)は其症甚だにわかにして治(なほ)
るもの至てまれなりされば預(まへかた)そのあしき気を
ふせくを第一とす
清水《割書:一盃》 上品醋(よきす)《割書:一 匕(すくひ)》 砂糖《割書:同》
右かきまぜ毎朝 食前(めしまへ)に小茶碗(こちやわん)に一杯つゝ飲むべ
し其外 居間(ゐま)を清浄(きれい)にし時々 杜松子(としやうし)。焰焇(ゑんしやう)。砂
糖。を薫(たく)べし其他 丁子(てうじ)。竜脳(りうのう)。の類を少しつゝ口に
ふくみ冷水(ひやみづ)を以てたび〳〵漱(うがひ)する時は厲気(ころり)の
伝染(うつる)事なし
若(も)し万一この病をうけたる時は西洋(おらんだ)にてあらた
に考(かんか)へたる奇功(ふしぎ)の妙薬(みやうやく)あり
胡麻(ごま)の油(あぶら)二合ほど火にあたゝめ布(ぬの)につけ目を除(よけ)て
其外 全身(からだぢう)にはやくつよく頻(しきり)にぬりつけべし尤其
時は戸(と)障子(しよふじ)をしめて内にて杜松子と砂糖を然(くる)也
ず▢▢▢べて重被(かさねぎ)して汗(あせ)を▢▢時はかならず
快復(なほる)に至るべし
右の法 普済(ひとだすけ) の妙法なれば人々是を用ひて安
全ならむ事をねがふといふ
安政五戌午年八月
深川 森田立斉印施
【裏表紙】
【帙表紙題簽】
《題:痘瘡養生訣》
【帙背】
痘瘡養生訣 【資料整理ラベル】富士川本 ト 167
【ラベルの四隅に】京 大 図 書
【帙題簽】
痘瘡養生訣
【「富士川家蔵本」の朱印】
【表紙題簽】
痘瘡養生訣 完
【資料整理ラベル】
富士川本
ト
167
【見返し上欄】
疱瘡神は漢人
も吉日を撰み上
に紅布を掛紅紙
に神位を写下に
其子の姓名を
書潔浄の室を
撰で壇を建て
三牲を供斎儀
し果物を供と
いへり心経一篇
其外種々真言
祝言あり略之
神位の書やう
如此なり
【見返し下欄】
当年恩□至徳尊神
薬王会上前伝後教歴代神医
左輔文班賢聖
行漿童子調気血
勅封九天《割書:碧霞仙府至尊神聖掌痘元君|天后仙宮至慈聖母司痘娘娘》香位男女童某某姓名
佈種郎君保安康
右弼武列神明
痘府宮中散花破厭解厄仙師
本坊社廟感応神祇ゟ
【序頭 「富士川家蔵本」「京都帝国大学図書」「富士川游寄贈」の朱印あり】
/夫(それ)/疱瘡(ほうそう)は小/児(に)の一大/厄(やく)にして/変症(へんしやう)一/刻(こく)半刻の
間におこり/死生(しせい)一時半時の/中(うち)にわかれ/虚実(きょじつ)/認(■と)
め/難(がた)く/方薬(ほうやく)/誤(あやま)り/易(やす)し/軽(かろ)き症が/重(おもく)なり/生(いく)べき/痘(とう)
が死に/至(いた)る/故(ゆへ)に/古人(こじん)も/医(い)の/治療(ちりやう)は小児/科(くわ)が難具
小児の/病(やまい)ぞ痘瘡が尤難といへり/予(よ)が/家(いへ)/痘科(とうくわ)を
/専門(せんもん)とす故に/数(す)百/家の痘書を/読(よみ)/数(す)千/状(じやう)の痘症
を/伺?(うかゞい)/稍(やゝ)心に/得(うる)事あり又/屡(しば〳〵)/難痘(なんとう)死に/臨(のぞむ)を/見(み)る
《題:疱瘡食物考》
《題:疱瘡食物考》
《題:疱瘡食物考》
《題:疱瘡食物考》
《題:疱瘡食物考》
裳瘡といへる病のものにみえぬるは続日本紀なとやはしめ
なりけむひとの国にも漢魏の頃より興りしとつたへき
昔はいとまれ〳〵なりしかとは年毎にたえすしてしかも
人々かならす一度は此病にかゝらさる者なしかつ其なやめる
日数さへ定まれるそあやしきまてになんありけるされは
子孫没たる家々はなへてしつ心なく物待るなるも
ことはりなり凡此病にかゝりし者あやまちて忽に
至きいる境にのそめはこれを救ふに術なし始より
くすしも病さのうからやりしもひたふるに心もち
申へきことにこそ池田瑞仙ぬし其父錦橋先生より
もはらこれをすくふ道にいたりふかきをもて
■■かなくあつまの御くすしに加へられしかそのぬし弥
その道をみかき得られしかは世の人のために其病の
前後服餌する食物のよしあしをはしめと■し
やりしかあらかしめ心得へきふし〳〵をかきしるし
梓にのほせてひろく世にほとこさんとせらる
これしかしなから武蔵野のひろき御恵をたすけ
補ふの一ふしなりとめておもいるゝまゝ其はしに
一言を加ふることとはなりぬ天保十一年庚子
一陽を迎ふる日成島司直しるす
〇始終(しじう)宜(よろしき)食物(しよくもつ)
大豆(まめ) 豇豆(さゝげ) 眉児豆(いんげんまめ) 緑豆(やへなり) 罌粟子(けし) 餻(だんご)
麹(かうじ) 醴(あまざけ) 麩(ふ)筋 豆腐乾(こゞりとうふ) 飴餹(あめ) 蓮藕(はすのね)
薯蕷(やまのいも) 家山薬(ながいも) 仏掌薯(つくいも) 零餘子(むかご) 甘藷(さつまいも) 萊菔(だいこん)
大盧萉(おはりだいこん) 仙人骨(ほしだいこん) 胡蘿蔔(にんじん) 土当(うど)帰 款冬(ふき) 百合(ゆり)
地膚(はゝきゞ) 蒲公英(たんぽ) 草石蚕(ち▢ろき) 紫蘇(しそ) 防風(ぼうふう) 生薑(しやうが)
越瓜(しろうり) 瓠畜(かんぴよう) 石茸(いはたけ) 葛粉(くずのこ) 甘家白薬(かたくり) 砂糖(さとう)
枸杞(くこ) 五加(うこぎ) 秦椒(さんせう) 鼠頭(きす)魚 鱵魚(さより) 竹麦魚(ほう〴〵)
火魚(かながしら) 鮶魚(めばる) もうを 蝦虎(はぜ)魚 いさき はたじろ
牛尾(こち)魚 あいなめ 鯊魚(さめ) 蝮魚(あわび) 決明乾(ほしあわび) 牡蠣(かき)
海参(いりこ) 魚肉糕(はんぺん) 木魚(かつをぶし)
右(みぎ)何(いづ)れも能(よく)煮熟(にじゆく)すべし但(たゞ)し生(なま)にては二十一日 忌(いむ)
〇食療品(しよくりやうのしな)
牛蒡(ごぼう) 出齊水漿(でそろひみづうみ)の間(あいだ)よし 糯米粥(もちごめのかゆ) 水漿(みづうみ)貫膿(ほんうみ)の間(あいだ)よし
餈(もち) 仝(おなじく) 棘鬛(たい)魚 仝
鶏卵(たまご) 仝 土当(うど)帰 序熱(じよねつ)頭痛(づつう)するによし
黒豆(くろまめ) 毒(どく)強(つよ)く起発(きはつ)し難(がたき)によし 豆腐(とうふ) 仝
糸瓜(へちま) 仝 梨(なし) 熱(ねつ)強(つよ)く渇(かはく)によし
葛粉(くずのこ) 仝 かたくりの粉(こ) 仝
葡萄(ぶどう) 渇(かわき)て小便(しようべん)通(つう)じ兼(かね)るによし 紫蘇(しそ) 痰(たん)咳(せき)出(いで)喘息(ぜり〴〵)するによし
款冬(ふき) 仝 生薑(せうが) 仝
酒(さけ) 虚症(きよしやう)にて痒(かゆみ)なきによし 薯蕷(やまのいも) 脾胃(ひい)の弱(よはき)によし
仏掌薯(つくいも) 仝 蓮藕(はすのね) 仝
膠飴(みづあめ) 痰(たん)咳(せき)咽喉(のんど)痛(いたむ)によし 赤小豆(あづき) 靨後水腫(かせごはれ)によし
冬瓜(とうがん) 仝 蒲公英(たんぽ) 余毒癰腫(よどくようしゆ)によし
黄菊(きぎく) 痘後(とうご)眼疾(めのやまひ)によし 薺(なずな) 仝
枸杞(くこ) 仝
〇諸食物(しよしよくもつ)
【以降箱で囲われた文字は[ ]で表示】
[い] 眉児豆(いんげんまめ) 石茸(いわたけ) いさき 海参(いりこ) [しじうよし] 石首魚(いしもち)
[ほんうみ迄忌] 芋茎(いもがら) 炒豆(いりまめ) 䰵魚(いな) 海鰱魚(いなだ) 金糸魚(いとよりだい)
いたらがい [五十日忌] 鰛魚(いわし) 烏賊(いか)魚 [百日忌]
[は] 蓮藕(はすね) 地膚(はゝきゞ) 蝦虎(はぜ)魚 はたじろ [しじうよし] 水蘿蔔(はたなだいこん)
はたけ菜(な) [かせ迄忌] 菠薐菜(はうれんさう) はなまる 青頭菌(はつだけ) 海鰻(はも)鱺
[二十一日忌] 淡竹筍(はちくだけ) 文蛤(はまぐり) [五十日忌] ばかゞい 小甲(ばい)香
田鷄(ばん) [百日忌]
[に] 胡蘿蔔(にんじん) [しじうよし] 煮豆(にまめ) [ほんうみ迄忌] 韭(にら) 大蒜(にんにく)
青魚(にしん) [五十日忌] 鷄(にはとり) [百日忌]
[ほ] 仙人骨(ほしだいこん) 防風(ぼうふう) 竹麦魚(ほう〴〵) 決明乾(ほしあわび) [しじうよし] 乾菜(ほしな)
[ほんうみ迄忌] 鯔魚(ぼら) [五十日忌]
[へ] 糸瓜(へちま) [ほんうみ迄忌]
[と] 冬瓜(とうがん) 豆腐(とうふ) 雪花菜(とうふのかす) [ほんうみ迄忌] とう菜(な) 菾菜(とうぢさ)
瓊脂(ところてん) 泥鰌(どぢよう) [二十一日忌] 紫芋(とうのいも) 文鰩魚(とびうを) 蛸貝(とりがい)
[五十日忌] 南瓜(とうなす) 蕃椒(とうがらし) 玉蜀黍(とうもろこし) [百日忌]
[ち] 草石蚕(ちよろぎ) [しじうよし] 粽(ちまき) 萵苣(ちさ) 茶(ちや) [二十一日忌]
[り] 林檎(りんご) [五十日忌]
[ぬ] 粃醬(ぬかみそ) [かせ迄忌]
[を] 大盧萉(をわりだいこん) [しじうよし] 大麦(おほむぎ) [ほんうみ迄忌] 頭髪(おご)菜 おきざより
[五十日忌]
[わ] 蕨粉(わらびのこ) 蔊菜(わさび) 裙帯菜(わかめ) [二十一日忌] 蕨(わらび) 冬葱(わけぎ)
公魚(わかさぎ) わらさ [五十日忌]
[か] 麹(かうじ) 瓠畜(かんぴやう) 甘家白薬(かたくり) 魚肉糕(かまほこ) 火魚(かながしら) 木魚(かつほぶし)
牡蠣(かき) [しじうよし] 零烏豆(がんくひまめ) [ほんうみ迄忌] 蕪青(かぶら) 比目魚(かれい)
[かせ迄忌] かいわり菜(な) 茅蕈(かうたけ) かんてん 榧(かや) 梭魚(かます)
[二十一日忌] 土芋(かしらだま) 漢葱(かれぎ) 芥子(からし) 柿(かき) 杜父魚(かじか)
かいづ かさご 蟹(かに) 江珧柱(かいのはしら) [五十日忌] ▢▢魚(かつほ)【一字目は「魚篇に因」二字目は「魚篇に垂」】
青魚鮞(かづのこ) 鯖子(からすみ) 鳬(かも) 雁(がん) [百日忌]
[よ] 鶏児膓(よめな) 羊羹(ようかん) 艾(よもき) [かせ迄忌]
[た] 餻(だんご) 菜菔(だいこん) 蒲公英(たんぽ) [しじうよし] たか菜(な) 蓼(たで)
大口魚(たら) 鱮魚(たなご) [二十一日忌] 棘鬛(たい)魚 鶏卵(たまご) 竹筍(たけのこ)
田螺(たにし) [五十日忌] 章魚(たこ) 江珧(たいらぎ) [百日忌]
[そ] 蚕豆(そらまめ) [かせ迄忌] 蕎麦(そば) [五十日忌]
[つ] 仏掌薯(つくいも) [しじうよし] 鶏毛菜(つまみな) [かせ迄忌] つる菜(な) 茟頭菜(つくし)
[二十一日忌] つぐみ [百日忌]
[ね] 青葱(ねぎ) [五十日忌] 掃帚菰(ねづみたけ) [百日忌]
[な] 家山薬(ながいも) [しじうよし] 梨(なし) [下利する者忌] 刀豆(なたまめ) 菘(な)
閉甕菜(なづけ) 薺(なづな) 棗(なつめ) [かせ迄忌] 豆黄(なつとう) 沙噀(なまこ)
[二十一日忌] 茄(なすび) [五十日忌] 鮧魚(なまづ) [百日忌]
[ら] 薤(らつきやう) [五十日忌]
[む] 零余子(むかご) [しじうよし] 白梅(むめぼし) [煮出してよし] 麦(むぎ) [かせ迄忌]
[う] 土当(うど)帰 五加(うこぎ) [しじうよし] 鰻鱺魚(うなぎ) [二十一日忌] 湯餅(うどん)
石班魚(うぐい) 海肝醤(うに) [五十日忌] 兎(うさぎ) [百日忌]
[の] 海苔(のり) [二十一日忌] 山蒜(のびる) [五十日忌]
[く] 葛粉(くずのこ) 枸杞(くこ) [しじうよし] 慈姑(くわい) [かせ迄忌] 香橙(くねんぼ)
桑椹(くはのみ) 胡桃(くるみ) [二十一日忌] 水母(くらげ) [五十日忌] 栗(くり)
▢魚(くろだい) 海鰌(くじら) [百日忌]
[や] 緑豆(やへなり) 薯蕷(やまのいも) [しじうよし] 九面芋(やつがしら) [五十日忌] 鸐雉(やまどり)
[百日忌]
[ま] 大豆(まめ) [しじうよし] 醤瓜(まるづけ) 松蕈(まつだけ) [二十一日忌] 饅頭(まんぢう)
甜瓜(まくはうり) 鯧魚(まながつほ) 竹聖(まて) [五十日忌] 鱒魚(ます) 金鎗魚(まぐろ)
[百日忌]
[け] 罌粟(けし)子 [しじうよし]
[ふ] 麩(ふ)筋 款冬(ふき) [しじうよし] 葡萄(ふどう) [下利する者忌] 黎豆(ふじまめ)
[かせ迄忌] ふだんさう 鯽魚(ふな) [二十一日忌] ふつこ [五十日忌]
海鰱(ぶり) [百日忌]
[こ] 豆腐乾(こゞりどうふ) 牛尾(こち)魚 [しじうよし] 牛蒡(ごぼう) 昆布(こんぶ) [かせ迄忌]
胡椒(こせう) 鯉魚(こい) [二十一日忌] 小麦(こむぎ) 褐腐(こんにやく) 乾柿(ころがき)
江鰶魚(こはだ) 鰶魚(このしろ) ごまめ [五十日忌] 胡麻(ごま) [百日忌]
[あ] 醴(あまざけ) 飴餹(あめ) あいなめ 蝮魚(あわび) [しじうよし] 赤小豆(あづき)
[ほんうみ迄忌] 藜(あかざ) 秫(あわ) 黒菜(あらめ) 赤風蛤(あがいる) 香魚(あゆ)
竹筴(あぢ)魚 あかう 鱓魚(あなご) 魁蛤(あかゞい) 蛤虸(あさり) [二十一日忌]
蕓薹(あぶらな) 麦葱(あさつき) 杏(あんず) 黄穡魚(あまだい) 鯇魚(あめのうを) 華臍魚(あんかう)
黄貂魚(あかゑい) 紅螺(あかふし) [五十日忌] 油煠(あぶらあげ) 苗蝦(あみ) 鶩(あひる)
鶩卵(あひるのたまご) [百日忌]
[さ] 豇豆(さゝげ) 砂糖(さとう) 秦椒(さんせう) 鱵魚(さより) 鯊魚(さめ) 甘藷(さつまいも)
[しじうよし] 皀莢(さいかち) さがらめ 拳螺(さゞい) [二十一日忌] 青芋(さといも)
索麺(さうめん) 酒(さけ) 酒糟(さけのかす) 安石榴(ざくろ) さゞめき 青花(さば)魚
朗光(さるぼ) [五十日忌] 馬鮫魚(さわら) 松魚(さけ) 鷺(さぎ) [百日忌]
[き] 巤頭(きす)魚 [ししうよし] 黄菊(きぎく) [ほんうみ迄忌] 金橘(きんかん) [かせ迄忌]
胡瓜(きうり) 木耳(きくらげ) [二十一日忌] きなこ 銀杏(ぎんなん) 黄顙(ぎぎう)魚
[五十日忌] 黍(きび) 雉(きじ) [百日忌]
[ゆ] 百合(ゆりね) [しじうよし] 豆腐(ゆば)皮 柚(ゆず) [五十日忌]
[め] 鮶魚(めばる) [しじうよし] 蘘荷(めうが) [煮熟してよし] めじろがつほ [百日忌]
[み] 柑(みかん) [あたゝめてよし] 旱芹(みつば) [かせ迄忌] 水菜(みぶな) [二十一日忌]
美醂酒(みりんしゆ) [五十日忌]
[し] 紫蘇(しそ) 越瓜(しろうり) [しじうよし] 裙帯豆(じうろくさゝげ) 紫蘇穂(しそのほ) 茼蒿(しゆんぎく)
[ほんうみ迄忌] 蓴菜(じゆんさい) 麦蕈(しやうろ) 柯樹子(しいのみ) 蜆(しゞみ) [二十一日忌]
玉蕈(しめし) 鱠残魚(しらうを) 鵞毛脠(しらすぼし) しろ酒(ざけ) [五十日忌] 焼酒(しやうちう)
しびまぐろ 鷸(しぎ) [百日忌]
[ゑ] 豌豆(ゑんどう) [かせ迄忌] ゑごまめ [二十一日忌] 海鷂(ゑい)魚 [五十日忌]
鰕(ゑび) ゑぼしがい [百日忌]
[ひ] 白莧(ひゆう) 羊栖菜(ひじき) 醤(ひしほ) 比目魚(ひらめ) [二十一日忌] 穇(ひへ)
冷陶(ひやむぎ) 枇杷(びわ) ひしこ [五十日忌]
[も] もうほ [しじうよし] 海蘊(もづく) もろあぢ [二十一日忌] 餈(もち)
蜀黍(もろこし) 桃(もゝ) [五十日忌]
[せ] 生薑(せうが) [しじうよし] 水斳(せり) [ほんうみ迄忌] 薇(ぜんまい) せいご
[二十一日忌]
[す] 西瓜(すいくわ) 醋(す) 李(すもゝ) 鱸魚(すゞき) 跳鯔魚(すばしり) 螟脯乾(するめ)
[五十日忌] 鼈(すつぽん) 雀(すゞめ) [百日忌]
避忌(さけいえ)
一 腋臭(わきが)の匂(にほひ) 一 硫黄(いおう)蚊遣(かやり)の匂 一 灯火(ともしび)を吹滅(ふきけす)匂
一 髪毛(かみのけ)を焦(こが)す匂 一 魚肉(さかな)を焼(やく)匂 一 油(あぶら)を煮(に)る匂
一 煙草(たばこ)の煙(けふり) 一 線香(せんかう)抹香(まつかう)の匂 一 竜脳(りうのう)麝香(じやかう)の匂
一 雨湿(うしつ)の気(き) 一 泥溝(どろみぞ)を浚(さらふ)匂 一 糞(ふん)溺(いばり)の臭気(にほひ)
一 穢地(ゑち)の掃除(そうぢ) 一 房中(ぼうぢう)淫液(いんいき)の気(き) 一 労力(ほねをり)汗(あせ)出(いづ)る匂
一 諸(もろ〳〵)瘡膿水(かさうみ)の匂 一 死人(しにん)の気(き) 一 忌服(きぶく)の人(ひと)
一 葬送(そう〳〵) ̄え立会(たちあひ)し人 一 産婦(さんぷ)産穢(さんえ)の人 一 経水(けいすい)の女
一 出家(しゆつけ)山伏(やまぶし)祈禱者(きとうじや) 一 見知(みしら)ぬ人 一 異形(いぎやう)の人
一 酒(さけ)に酔(ゑひ)たる人 一 禽(とり)獣(けだもの)の類(るい) 一 葱(ねぎ)蒜(にら)韭(にんにく)薤(らつきやう)の匂
一 垢付(あかづき)汗染(あせじみ)たる匂 一 諸(もろ〳〵)の痒(かゆき)を搔(かく) 一 手足(てあし)を洗(あらふ)
一 物音(ものおと)躁敷(さはがしき) 一 酒宴(しゆえん)音曲(おんぎよく)歌舞(かぶ) 一 高声(たかごへ)高笑(たかわらひ)
一 病人(びやうにん)に 高声(たかごへ)高笑(たかわらひ)さす 一 怒(いか)り詈(のゝし)る声(こへ) 一 病人(びやうにん)を怒(いか)らす
一 泣悲(なきかなしむ)声(こへ) 一 病人(びやうにん)を泣(かなしま)しむる事(こと) 一 妙方(めうほう)奇薬(きやく)を用(もち)ゆる
一 加持祈禱(かぢきとう)を致(いたす)事(こと) 一 呪水(まじなひみつ)を飲(のま)す事(こと) 一 病間(びやうま)に仏像(ふつそう)を飾(かざ)る
右之 類(るい)十二日の間(あいだ)は厳敷(きびしく)禁(きん)じ追々(おい〳〵)軽(かろ)きものは構(かまい)なく廿一日
を過(すぎ)て平常(つね)の通(とふり)にすべし若(もし)是(これ)を犯(おか)す時(とき)は思(おもひ)の外(ほか)なる変(へん)-
症(しよう)発(おこ)る尤(もつとも)其(その)内(うち)止事(やむこと)を得(え)ざるものは避穢香(へきゑかう)を焼(やく)べし
一 腋臭(わきが)を避(さくる)には 楓毬(ふうきう)を焼(やく)
一 雨湿(うしつ)を避には 蒼朮(そうじゆつ)楓毬を焼
一 屍臭(しかばねのにほひ)忌服(きぶく)を避には 蒼朮 大黄(たいおう)を焼
一 経行(けいかう)産穢(さんゑ)を避には 胡荽(ごすい)茵蔯(いんちん)を焼
一 酒気(しゆき)を避には 葛根(かつこん)茵蔯を焼
一 諸(もろ〳〵)の悪臭(あしきにほひ)を避には 茵蔯荊芥(けいかい)を焼
一 葱(ねぎ)蒜(にら)韮(にんにく)薤(らつきやう)の気(き)を避には 生姜(せうが)を焼
一 痒(かゆみ)を避には 茵蔯(いんちん)胡荽(ごずい)荊芥(けいかい)を焼
看病(かんびやう)心得(こゝろえ)
一 疱瘡(ほうそう)は最初(さいしよ)の手当(てあて)尤(もつとも)肝要(かんよう)なり世医痘序(せいとうぢよ)の熱(ねつ)と傷寒(しやうかん)感冒(かんぼう)の
熱(ねつ)との弁別(べんべつ)をしらず多(おほ)く薬(くすり)を誤(あやま)る既(すで)に見点(けんてん)しても猶(なほ)未(いまだ)疱瘡
としらず彼是(かれこれ)する内(うち)に手(て)おくれとなり跡(あと)にて取(とり)かえしの出来(でき)ぬ
症(しやう)あり疑(うたが)はしき時(とき)は早(はや)く良医(りやうい)に見(み)すべし
一 序熱(ぢよねつ)をしらず入湯(にうとう)さすれば痘(とう)発(はつ)し難(がた)く後(のち)大(おほい)に害(がい)あり痘前(とうぜん)の
小児(せうに)は父母(ふぼ)心(こゝろ)づけべし
一 痘(とう)は日数(ひかず)定(さだまり)あるゆへおくれては療治(りやうぢ)の六(むづ)ヶ(か)敷(しき) 筈(はづ)なれども薬(くすり)を用(もちひ)
ず居(ゐ)ておくれたるはいたし方(かた)もあり只(たゞ)下剤(げさい)の早過(はやすぎ)たると虚(きよ)
症(しよう)へ下剤(げざい)を用(もちい)たると熱毒(ねつどく)の症(しよう)へ紫円(しえん)を用(もちひ)たると熱(ねつ)の解(け)
せぬに人参(にんじん)を用(もちひ)たると烏犀角(うさいかく)を用過(もちひすぎ)て下利(げり)の出(いで)たる
と此(この)誤(あやまり)は終(つい)に人(ひと)を殺(ころ)すに至(いた)る医(い)たる人(ひと)は 深(ふか)く鍳(かんがふ)べし
病家(ひやうか)も亦(また)能(よく)心得(こゝろえ)て居へし
一 冬(ふゆ)は秘室(ひしつ)の内(うち)に居(ゐ)て風寒(ふうかん)を避(さく)べし炭火(すみび)も程能(ほどよく)す火気(くわき)強(つよ)
ければ邪鬼(ぢやき)を助(たす)け又(また)熱毒(ねつどく)盛(さかん)なるを無理(むり)に厚(あつ)く包(つゝむ)と毒(どく)
気(き)洩(も)れ難(がた)し
一 夏(なつ)は暑(あつ)しといへ共(とも)団扇(うちわ)扇子(あふぎ)を遣(つか)ふ事(こと)なかれ只(たゞ)風(かぜ)に中(あて)ず又(また)汗(あせ)の
出(で)ぬやうにすべし頭巾(づきん)手拭(てぬぐひ)を冠(かむら)すはあしし是(これ)第一(だいいち)のて手当(てあて)なり
一 病間(びやうま)は屏風(びやうぶ)ふすまを立廻(たてまは)し風(かぜ)の入ぬやうにすべし又(また)障子(しやうじ)
に日(ひ)の照(て)り輝(かゞやく)は宜(よろ)しからず薄暗方(うすくらきかた)をよしとす
一 痘(とう)は汗(あせ)に出(いづ)るを嫌(きら)ふ汗(あせ)出(いづ)れば水(みづ)を持(もた)ず厚着(あつぎ)頭巾(づきん)も用心(ようじん)
過(すぎ)て却(かへつ)て害(がい)になる事(こと)あり
一 肌着(はだぎ)は着替(きかへ)べからず痘中(とうちう)風寒(ふうかん)に感(かん)ずれば急変(きうへん)出(いで)て甚(はなはだ)しき
者(もの)は忽(たちまち)に死(し)す但(たゞし)暑中(しよちう)及(およ)び暖和(だんわ)の時節(じせつ)は格別(かくべつ)なり
一 重(おも)き疱瘡人(ほうさうにん)を背(せ)に負(おひ)或(あるひ)は抱歩行(たきあるき)又(また)はゆり揺(うごかす)事(こと)皆(みな)疲(つかれ)を増(ま)す
灌膿(ほんうみ)収靨(かせ)の頃(ころ)は尤(もつとも)悪(あし)し
一 痘(とう)は第(たい)一 抓破(かきやぶり)摺損(すりそん)ずる事(こと)を忌(いむ)起脹(みづうみ)灌膿(ほんうみ)の頃(ころ)は昼夜(ちうや)心付(こゝろつけ)
べし若(もし)顔(かほ)を破(やぶ)る時(とき)は軽(かろ)き者(もの)は余毒(よどく)となり中(ちう)以上(いじやう)の痘(とう)は必(ひつ)
死(し)となる是(これ)全(まつた)く看病人(かんびやうにん)の罪(つみ)なり世人(よのひと)只(たゞ)痕(あと)になるのみと思(おもふ)
大(おほ)なる誤(あやまり)なり一寸(ちよつと)の油断(ゆだん)居睡(ゐねふり)の間(ま)に大切(たいせつ)の子(こ)を殺(ころ)すことあり
纔(わづか)の日数(ひかず)なればかへす〴〵も能(よく)心付(こゝろつけ)べし
一 痘(とう)痒(かゆ)き時(とき)に赤小豆(あつき)を袋(ふくろ)に入(いれ)扣(たゝ)く人(ひと)あり甚(はなはだ)悪(あし)し痘頂(とうてう)自然(しぜん)
と潰(つぶ)れ或(あるひ)は破(やぶ)れ重(おも)き痘(とう)は大(おほい)に神気(しんき)を疲(つか)らす其(その)中(うち)面部(めんぶ)は尤(もつとも)
忌(いむ)若(もし)止事(やむこと)を得(え)ずは羽箒(はぼうき)兎(うさぎ)の手にて軽(かろ)く撫(なで)べし
一 近来(きんらい)襦半(しゆばん)の袖(そで)を長(なが)く袋(ふくろ)にすれとも痒(かゆ)き時(とき)は其(その)袋(ふくろ)にて摺(する)故(ゆへ)
抓破(かきやぶ)るを防(ふせく)に足(た)らず只(たゞ)大人(たいじん)の衣類(いるい)にて手(て)の出(で)ぬやうに能(よく)包置(つゝみおく)べし
一 今世(いまのよ)は医者(いしや)も素人(しろうと)も烏犀角(うさいかく)の効能(こうのう)をしらず只(たゞ)山(やま)をあげる薬(くすり)と
心得(こゝろえ)る者(もの)多(おほ)し大(おほい)なる誤(あやまり)なり烏犀角(うさいかく)は痘毒(とうどく)を解(げ)し血熱(ちねつ)を清(さま)す
ものなり故(ゆへ)に疱瘡(ほうさう)紫色(むらさきいろ)乾枯(かれかはき) 大便(だいべん)実(じつ)する症(しよう)に用(もち)ゆべし若(もし)
虚症(きよしよう)にて起発(きはつ)し難(がた)き症に用(もち)ゆれば必(かならず)脾胃(ひゐ)を損(そん)じ下利(げり)止(やま)ず
不食(ふしよく)内攻(ないこう)して死(し)す金銀(きん〴〵)を出(いだ)して災(わざはひ)を買(か)ふ是(これ)を医者(いしや)の□(すく)
むるは何事(なにごと)ぞや
一 てりあかは疫熱(えきねつ)を退(しりぞ)け諸毒(しよどく)を解(げ)し汗(あせ)を発(はつ)する薬(くすり)にて▢(お)▢
にては痘(とう)の薬(くすり)に非(あら)ず今人(いまのひと)誰(たれ)に習(なら)ふて是(これ)を痘(とう)に用(もちふ)るや疑はし
一 古人(こじん)反鼻(はんび)を痘(とう)に用(もちひ)たる例(ためし)なし今(いま)の医者(いしや)妄(みだり)に薬中(やくちう)に加入(かにう)す
若(もし)誤(あやまつ)て脾胃(ひゐ)虚燥熱(きよそうねつ)の症(しよう)に用(▢ち▢)れば忽(たちまち)煩躁(さわがしく)悶乱(もだへ)て死(し)す
一 塩引鮭(しほびきさけ)を食(しよく)すれば能(よく)山(やま)をあげるといふ人あり▢て毒(どく)を助(たす)
け痒(かゆみ)を発(はつ)す甚(はなはだ)悪(あし)し
一 起脹(みつうみ)の遲(おそき)に臍帯(ほぞのを)を煎(せん)じ用る事(こと)古書(こしよ)にも見(み)えたり毒(どく)軽(かろ)く虚弱(きよぢやく)
の症(しよう)には小効(せうこう)あれども熱毒(ねつどく)の症に用れば却(かへつ)て毒(どく)を助(たす)▢痒(かゆみ)を発(はづ)す
一 広東人参(かんとんにんじん)は血(ち)を渋(しぶう)し痒(かゆみ)を生(せう)じ或(あるひ)は焦枯(こがれかれ)或は余(よ)毒を残(のこ)す用(もちゆ)
べからず只(たゞ)痘中(とうちう)経行(けいう)堕胎(だたい)の症に用ゆ
一 惣(そう)して性(せい)の強(つよ)き物(もの)を用れば山をあげるとのみ思(おも)ふは無学(むがく)の
至(いたり)
なり果(はた)して左様(さやう)なり時(とき)は医者(いしや)の上手(せうづ)を頼(たのむ)に及(およば)ず只(たゞ)性(せい)のつよき
物(もの)を沢山(たくさん)与(あた)ふべし爰(こゝ)の理(り)をよく〳〵考(かんがへ)給へ痘(とう)は順症(じゆんしよう)▢れば薬
を用ずして自然(しぜん)と山もあげ膿(うみ)も持(もつ)筈(はづ)のものなり其(その)山をあげ
させず膿(うみ)を持(もた)さぬものがある夫(それ)を見付(みつけ)て療治(りやうぢ)するが医者なり
下手(へた)の眼(め)には見えぬゆへに 上手(ぜうづ)を頼(たのむ)にあらずや
一 痘には四節(しせつ)八症あり其(その)変化(へんくわ)測難(はかりがた)きもの尋常(よのつね)の医者には分(わか)らず
況(いわんや)素人(しろうと)の知(しる)べき様(やう)なし然(しか)るを側(そば)から色々(いろ〳〵)の薬を進(すすむ)る者(もの)あり
若(もし)間違(まちがへ)ば人(ひと)の命(いのち)に懸(かゝ)る事(こと)を素人(しろうと)の入(いら)ぬ世話(せわ)なり病家(ひやうか)も亦(また)
素人(しろうと)の説(せつ)に迷(まよ)はず薬(くすり)は医者に任(まか)すべし
一 けんぽなしを水(みづ)に浸(ひた)し鼻(はな)の孔(あな)を潤(うるほ)しあける事(こと)大(▢ほい)に悪(あし)し鼻(はな)は
塞(ふさぐ)を吉(よし)とす若(もし)明(あけ)る時(とき)は気(き)洩(もれ)て膿(うみ)を持(もた)ず終(つい)には乳(ち)も鼻より
出(いで)内攻(ないかう)して死す
一 未(いまだ)収靨(かせ)ぬ前(まへ)に眼(め)をなめ拭(ぬぐ)ふて開(ひらか)する人あり悪(あし)し神気(しんき)必(かな▢▢)
外(ほと)へ散(ちり)痘毒(とうどく)内攻(ないこう)す
一 潅膿(ほんうみ)収靨(かせ)の頃(ころ)俄(にはか)に渇(かはき)出(いで)頻(しきり)に湯水(ゆみづ)を好(このむ)あり此時(このとき)乳(ち)薬(くすり)の外(ほか)決(け▢)
して飲(のま)しむべからず妄(みだり)に飲(のま)しむると脾胃(ひゐ)を損(そん)じ下利(げり)内攻(ないこう)して死す
一 痘後(とうご)の眼疾(めのやまひ)は平常(つね)の眼疾と違(ちが)ふゆへに早(はや)く良医(りやうい)を頼(たの)むべし
是(これ)を眼科(がんか)に任(まか)せ妄(みだり)に点薬(さしぐすり)水(みづ)薬 或(あるひは)は寒涼(かんりやう)の剤(さい)を用て死亡(しぼう)
を招(まね)き又は盲目(もうもく)となるものあり心得(こゝろえ)べし
一 白水(しろみづ)にて蒸(むす)事(こと)十二日目に限(かぎ)るべからず痘の軽重(かろきおもき)収靨(かせ)の遲速(おそきはやき)
による若(もし)早過(はやすぎ)れば毒(どく)内攻(ないかう)して変症(へんしよう)発(おこ)る重痘(おもきとう)は尤(もつとも)見合(みあはす)べし
但(たゞ)し神棚(かみだな)をたて酒湯(さゝゆ)の式(しき)は勝手次第(かつてしだい)にてよろし
右(みぎ)之(の)条々(ぢやう〳〵)能々(よく〳〵)慎(つゝし)み守(まも)り乳母(うば)下女に至(いた)る迄(まで)丁寧(ていねい)に読聞(よみきか)せ
少(すこし)も手(て)ぬけ間違(まちがひ)のなきやうに念(ねん)を入(いる)べし医者(いしや)と看病人(かんびやうにん)
は深切(しんせつ)を第一とす逆症(きやくしよう)にて死(しす)るは是非(ぜひ)もなし今世上に医者
の療治違(りやうぢちがひ)と看病人(かんびやうにん)の手(て)ぬけと素人(しろうと)が無用(むよう)の薬(くすり)を用ひて
生(いく)べき児(ぢ)を殺(ころ)す者(もの)数(かぞ)ふべからず予(よ)是(これ)を見(み)る毎(ごと)に扨々(さて〳〵)不(ふ)
便(びん)悲(かな)しく思(おも)ひ落涙(らくるい)に堪(たへ)ず終(つい)に此(この)書(しよ)を著(あらは)す其(その)意(い)は唯(たゞ)誤(あやまつ)て
非命(ひめい)の死(し)致(いた)す者(もの)を救(すく)はんと願(ねが)ふ而已(のみ)
天保十一年十月 痘疹科 池田瑞仙謹識
〇補遺(ほい)食療品(しよくりやうのしな)
地膚子(はゝきゞ) 熱(ねつ)強(つよ)く小便(しやうべん)通(つう)じ兼(かね)る ̄ニよし 西瓜(すいくわ) 熱(ねつ)強(つよ)く渇(かわ)くによし
緑豆(やへなり) 熱毒(ねつどく)強(つよく)痘疔(とうちよう)を発(はつ)する ̄ニよし 大麦(おほむぎ) 脾胃(ひゐ)弱(よわく)食(しよく)消化難(こなれがた)き ̄ニよし
萊菔(だいこん) 痰(たん)咳(せき)出(いづ)るによし 百合(ゆり) 脾胃(ひゐ)弱(よわ)く咳嗽(せき)出(いづ)るによし
何首烏(かしうごま) 膿(うみ)薄(うす)く余毒(よどく)を発(はつ)する ̄ニよし 薏苡仁(こうほうむぎ) 水腫(はれ)又(また)は潰爛(たゞれ)て収靨(かせ)兼(かね)る ̄ニよし
昆布(こんぶ) 靨(かせ)後(ご)水腫(はれ)によし 砂糖(さとう) 痘痂(かさぶた)落兼(おちかね)るによし
世人(せじん)痘(とう)の食物(しよくもつ)禁忌(きんき)をしらず看病(かんびやう)の疎忽(そこつ)によりて死(し)する
者(もの)多(おほ)し家 大人(たいじん)深(ふか)く歎(なげ)き為(ため)にこの書(しよ)を撰(ゑら)び予(よ)に命(めい)
して校正(こうせい)せしむ予(よ)諸書(しよしよ)を探索(たんさく)し隅(こま〳〵)その漏(も)る所(ところ)
食療(しよくりやう)の品(しな)十種(じつしゆ)を得(え)たり是(これ)を載(のす)るも大山(たいさん)の一簣(いつき)と
いへども止(やむ)に勝(まさ)らずや
男 直 温 誌
右食物考一巻庚子之春痘科池田瑞仙所撰以上
儲闈也逐日逐月一々明弁以審其可否殆無余蘊
矣頃又附以示訓将■而公于世乞余一言曩余奉
命与瑞仙侍
儲闈義不可辞因書其尾曰飲食滋味以養於生食
之有妨反能為害況於痘瘡其所係尤重而或以此
致危者往々有之其可忽乎此書之出実痘家之至
宝是冝伝播而不秘焉 竜僊院小川汶菴法印
邨嘉平刻
【裏表紙】
《割書:疱瘡|□□》軽口ばなし
叙
大星(おおぼし)寺岡(てらおか)に謂(いつ)て曰(いはく)、足下(きさま)足(あし)
軽(がる)にあらず、口軽(くちがる)なり、牽頭持(たいこもち)
なされと云云、今(いま)や此(この)軽口噺(かるくちばなし)は
子供衆(こどもしゆ)たいこ持、足軽ならず
手軽(てがる)にして、固(もと)より趣向(しゆこう)は疱(ほう)
瘡(さう)の赤本(あかほん)もどきにへらかし
たれば、其等(そこら)は赤(あか)い衆(しゆ)たんのみじや、
祝(いは)ふてひとつ、しめろヤァレ
しやんと云爾(しかいふ)
十返舎一九志
発端
くさぞうしの
さくし□【「や」か】一九
はんも□【「と」か】
よりの
ちうもん
にて今
せけんにはやる
ほうそうの□□【「ほん」か】をさくせよと
たのみにまかせれいのよくばり
のみこんだといつたばかり
いつとうにしゆこうなし
はんもとせきこみきつて
よしはらのはまのやともに
まいにちのさいそく
とちらへもおなじこと
わりうそもつきし
まいいつしやうけん
めいとなり
なんでも一ばん
あんじるつ
もりにてぐつと
ねいつてしまいける
ときにはりこの
だるませんせいむ
ちうにあらわれ
いでそのちゑ
□【「こ」または「と」か】れにと三文ばかりばらり〳〵となげいだせは
やう〳〵一九三もんがちゑをさつかりさてこそこの
□やうさつをこじつけける
【草双紙の作者一九、版元よりの注文にて今世間にはやる疱瘡の本を作せよと頼みに任せ、「例の欲張り飲み込んだ」と言ったばかり、いっとうに趣向なし。版元急込みきって吉原の浜野屋ともに毎日の催促。どちらへも同じ断り。嘘も尽き、しまい一生懸命となり、何でも一番案じるつもりにてぐっと寝入ってしまいけるときに、張り子の達磨先生夢中に現れ出で、「その知恵これに」と三文ばかりばらりばらりと投げいだせば、やうやう一九、三文が知恵を授かり、さてこそ、この□やうさつをこじつける】
【浜野屋…吉原仲町の妓楼。『素見数子』『吉原青楼年中行事』『通俗巫山夢』など、一九の作にたびたび店の名前が登場している。】
【「殊に、浜野屋の主人東作とは、狂歌仲間としても親しく、後になるが、『膝栗毛』六編下の挿絵には東作が画讃を送ったり、『堀之内詣』第六章では、本文中に東作が実名で登場したりする間柄であった」中山尚夫「十返舎一九伝記考ーその結婚時期を中心として」『文学論藻』38巻59号、東洋大学文学部日本文学文化学科、1985年2月】
くさぞうしのさくしや十返舎一九
あるときよしはらよりのかへり
がけにあさくさのかやてうを
よふけてとふりけるに
あかはのうちよりなにか
ちいさな人が出たり
はいつたりするをみれば
なかにゐぎやうのすがた
あり人かとみれは
ひとにあらずみな
子どもしゆのもち
あそひなりなかにも
はりこのだるまがいふには
なんでもこんやの
よりあいはいつち
おいらがか□
あいのことだから
みなたのみ
ますとの
いゝぶん一九
これをちら
ときゝて
こいつはおもし
ろいとかのやいの
あとからついてゆき
みればあるみせへ
みな〳〵あつまり
さうだんするをきけば
みな〳〵くちを
そろへていふわれ〳〵
としごろ子とも
《題:/種痘(うゑはうさう)/諭(さとし)/文(ぶみ)》
嘉永二酉年/痘苗(はうさうゝね)長崎に渡りしより後御府内はしめ京大坂
其外国々において年々うゑ/試(こゝろみ)るに実に/夭行痘(はやりはうさう)を/防(ふせ)く無類の
良法なる事/疑(うたがひ)なく/明(あき)らかなり是に因て去安政五午年春
有志の者も/鳩(より)/合(あひ)て神田お玉ヶ池に/種痘(うゑはうさう)/所(ところ)を/経営(とりたて)て専らうゑ
/施(ほとこ)し来れるに同年の冬火災に類焼せしにより同六未年春
/奇(き)/特(とく)の人々/費(つひえ)を助け力をあはせて又々下谷和泉橋通り藤堂家の
北の方に種痘所を/再営(ふたゝびとりたて)て爰にて/愈(いよ〳〵)/弘(ひろ)くうゑ施せるに昨万延元
申年冬 官の種痘所となれるにより御府内其外近在近郷の
小児一人たりとも/痘斑(あばた)/畸形(かたは)夭札(はやしに)のうれひなからしめて
御仁恵の厚き御主意に/協(かな)はんことをこひねかふのみ
凡種痘は/老弱(としよりわかき)を/撰(えら)はすといへとも/大抵(おおかた)/出生(うまれて)/後(のち)百日前後に
うゑるを尤(もつとも)/佳(よし)とす/後来(このゝち)/小児(こ)を/育(そたつ)る人々は/期(とき)を/忘(わす)れす来り/種(うゑ)へき也
文久元辛寅年三月 《割書:下谷和泉橋通り|種痘所》【印】
【右】
059254―000―9
特38―179
虎列刺病予防用法
内田 健之丞 編
M10
CBF―0107
【左】
【シール】特38―179
東京府書籍館
壱 新門
三部
六類
三函
四棚
六二七号
《題:虎列刺病豫防用法》
定價貳銭五厘
【シール】特38―179
《題:虎列刺病豫防用法》
【右】
【角印】東京府書籍館醫書□
虎列刺病豫防用心
内務省衛生局報告第五號
虎列刺病(コレラビヤウ)の流行するや其勢甚迅疾(スミヤカ)に
して殆(ホトンド)耳を掩(ヲホ)ふに及ばざるものあり
其時に當りては官廳より預防救済(ヨバウスクヒ)の
注意あるべしと雖 ̄モ其/養生法(ヤウジヨウホウ)と吐瀉物(トシヤフツ)
の洗浄邦(センジヤウホウ)との如きは各人/豫(カネ)て之を心(コゝロ)
得置(エヲキ)深く戒慎(カイシン)するに非(アラザ)れば啻(タゞ)に其一
【右】
身を非命(ヒメイ)に殪(タフ)すに止まらす心其/惨毒(サンドク)
を他人に延萬(エンマン)して底止(テイシ)する所を知ら
ざるに至るべし因て今其方法を記し
て左に報告す
コレラ病流行之節各自に注意
すべき養生法《割書:附|》吐瀉(トシヤ)物洗浄(センジヤウ)法
コレラ病は同く其病毒に觸(フル)る人と雖
悉皆(コト〴〵)之に感染(カンセン)するものに非す外/襲病(シフビヤウ)
【左】
毒の外更に其/體中(タイチウ)に於て之に應(ヲウ)ずる
ものあり始て病を發(ハツ)するものなれば
消食機病殊(セウシヨクキビヤウコト)に下利に罹(カゝ)るものは最危
く且(カツ)其/常住(ジヤウチコウ)坐臥(グワ)を同じくする人にて
も毎に腸胃(チヤウイ)の健康なるものには感染
すること稀(マレ)にして虚弱(ヨワキ)なる人に多き
故に其流行の時に際(サイ)しては別して飲(イン)
食(シヨク)を節用し労動(ラウトウ)を謹(ツゝシ)みて消食機を健
【右】
全にし感冒食傷等をなさゞる様に用
意をなし若軽(モシカロ)き下利或は他の消食機
病を發する事あれば速(スミヤカ)に醫師(イシ)に就て(ツキ)大
切に養生すべし 食物は一つ一つの
品と定めて其良否(ヨシアシ)を判(ワカ)たんよりは其
調理(テウリ)と節用とに注意するを肝要(カンヨウ)なり
とす如何なる良品(ヨキシナ)にても生物を食し
或は多食する時は下利其他の腸胃病(チヨウイビヤウ)
【左】
を發して傅染を招(マネ)き或は傅染するも
のなり其外各人の慣習(ナライ)に因て常に下
利を發する物は同様の害あれば決し
て用べからず偖(サテ)其用べき食料には穀(コク)
物(モツ)及び牛(ウシ)、犢(コウシ)、羊(ヒツジ)、鶏(ニワトリ)、の鮮肉(ヨキニク)を最(サイ)上とす家(ア)
鴨(ヒル)、雁(ガン)、豚(ブタ)、の肉は脂肪多(アブラヲホ)くして宜(ヨロ)しから
ず又魚介(ギヨカイ)を厳禁(ゲンキン)するといふ事あれど
も海濱にては常食となすが故に之加
【右】
為に差支を生ずべし到底新鮮(ツマリアタラシキ)なる者
は差て禁(キ)ずるに及(ヲヨハ)ず野菜(ヤサイ)は萵苣(チサ)の類(ルイ)
を捨(ステ)て馬鈴薯(ジヤガタライモ)の如き澱粉(クズコ)を含(フク)める根(ネ)
類(ルイ)[蕃薯(サツマイモ)及ひ芋(イモ)類]を食すべし魚介/蔬菜(リサイ)
は勿論(モチロン)總て何品にても煑蒸焼炙(ニ ムシ ヤキ アブリ)等の
調理を経(ヘ)たる物に非れば用べからず
又成熟(ジユク)せる菓實桃(クダモノモゝ)、李(スモゝ)、梨(ナシ)、檎(リンゴ)、葡萄(ブドウ)、苺(イチゴ)の類
を少計(スコシバカリ)づゝ食するは害(ガイ)なしと雖/不熟(ヒジユク)
【左】
のものは必之を忌(イム)べし 飲水(ノミミヅ)は不潔(フケツ)
或は疑(ウタガ)はしき物を忌むべし凡て此/際(トキ)
に於ては何れの水をも皆不潔なる物
と想(オモ)ひ定め一たび煑沸(ニタテ)し後(ノチ)に用るを
良とする煑沸し後/復冷(マタヒヤ)せし水は其/新(シン)
鮮活潑(センクワツパツ)の味(アヂ)を失ふ物なるが故に少量(スコシ)
の茶或は葡萄酒(ブトウシユ)を加へて其味を直す
べし又飲水を清浄(キレイ)にするに過満俺酸(クワマンエンサン)
【右】
加里(リ)といふ藥(クスリ)を稱用し(シヨウ)する者あれども
之を化して僅(ワヅカ)に赤色を帶(ヲブ)るを度とし
決して多量(オホク)を加ふべからず若此酸を
滴(シタ)らして其水茶褐色(チヤイロ)となる物は夥(オビタゝ)し
有/機(キ)物を含/有(イウ)するを證(シヨウ)にして飲料(ノミレウ)に
適(テキ)せざるものと知るべし又茶酒等を
適用すべしと雖酒は極(キワメ)て少量(スコシ)に限り
又酸氣(スケ)を帶びたる乳幷酸味(チゝナラビニスミ)の飲料は
【左】
勿論冷水氷製(モチロンレイスイコホリセイ)の如きも禁忌(イム)すべき物
とす以上飲食の適用を心得/誤(アヤマ)りて全
く穀物野菜(コクモツヤサイ)を食はず只々/肉(ニク)と羹汁(ソープ)と
のみを限(カギ)り或は粥(カユ)のみを以て常用と
し飲料にも亦(マタ)葡萄酒のみを用る等は
大なる過なりとす又最良の飲食たり
とも其用ふる分量(ブンリヨウ)を平日(ツネ)より少しく
減(ヘラ)ずべし然とも甚/空腹(クウフク)に至るときは却(カヘツ)
【右】
て害あるものなり 衣服は感冒(ヒキカゼ)下利
を豫防(フセギ)せんが為に常服(ツネギ)の外にフラネ
ル木綿等にて小腹を巻き足には毛布(ケヌノ)
の股引(モゝヒキ)の類を穿(ハク)を良とす若/全身濕濡(カラダドウミツムリ)
せし時は速(スミヤカ)に乾(カハ)きたる衣服に着換早(キヘソウ)
朝深夜(テウシンヤ)の濕氣(シメリケ)を避(サク)べし 冷水を以て
常に全身を洗拭(ノコイ)するの習慣(ナラシ)ある人は
流行中に於ても之を休るに及ばされ
【左】
ども其冷浴(レイヨク)の如きは止むるを以て良
とす 過度(クワド)の運動(ウンドウ)[盛宴(セイエン)。不眠(フミン)。非常(シジヤウ)の奔(ホン)
走(ソウ)等]精神(セイシン)及び身體の疲労(ツカレ)憂愁(ウレイ)憤怒(ハラタチ)の
如き神思の感動を避(サケ)て居常活潑爽快(ツネニカハヤカ)
ならんことを努むべし總じて衰弱(スイジヤク)は
遺傳(ヰデン)。病後労働等に由の別なく皆傅染
病の感應性(カンヨウセイ)を増加するものなり コ
レラ病者の見舞いは成丈之を避べし假(タト)
【右】
令躬(ヘミヅカラ)之に感染せざるも更に他に傅及
する媒(ナカダテ)となるの恐あるものなり然ど
も止ことを得ずして見舞ときは必空(クウ)
腹(フク)にて往可(ユクベ)からず己に見舞し後には
即/石炭酸(セキタンサン)水[一分の結晶(ケツシヤウ)石炭酸を百倍
の水に溶(トカ)したるもの]を以嗽(スゝ)き又此水
に半量の浄水を和して顔面をも洗ひ
次で石鹸にて洗浄すべし[石炭酸を和
【左】
して製したる石鹸(シヤボン)は便剰(ヘンリ)なりとす]居
所を清潔(キレイ)に寝室(ネトコ)の空氣を乾燥(カワカシ)なら
しめ糞尿を除去(シヨキヨ)すべし是等の汚穢(ケカレ)物
は傅染の媒(ナカダチ)となるものなれば深く注
意して禍(ワザワイ)を招(マネ)くこと勿れ 流行地方に
居住せざるも敢て差支なき人にして
甚だしくこと病を恐るゝものは避(サ)け
て人迹の少なき山郷に赴くに如くは
【右】
なし然れども此病を感受(カンジユ)するの日よ
り發病までに至る間は甚だ不同にし
て其短き者は二十四時に於て發す
へしと雖ども長きの二十一日に至る
ことありて其の發証は至て幽微(ユウビ)なる
た故に既に気分惡しくして下痢(ゲリ)する
時は最早(モハヤ)旅行すへからず吐瀉物洗浄法
コレラ病者あるの家に於て消毒(ドクケシ)の法
【左】
を行ふは委員(イヰン)幷に醫師(イシ)の教示(ヲシエ)を受べ
しと雖今心得の為に吐瀉物掃除(ハキクタシモノンサウジ)の方(シカ)
法(タ)を示すべし抑コレラ病の傅染毒は
其吐瀉物に舎(ヤト)れるものなるが故に特
に其掃除に注意すべし元來/邦人(クニビト)の習(ナラ)
慣(ハシ)にては斯る病毒の舎れる吐瀉物に
ても或は之を河海に投(ナケ)じ或は之を下
水に投すれば其病毒は既に消滅たり
【右】
と誤(アヤマ)り認(ミト)めて早晩其水に混じて傅播(デンパン)
し又は地中に浸潤(シミコミ)し井/泉(ミヅ)に迄/透竄(シミトホリ)し
て病毒の傅染するに至るを知らさるも
の多し人々善之を心得置消毒藥を買
求め豫(アラカシ)吐瀉物を受る器には此藥を容(イ)
れおき己に便用(ヨウヲタ)せし後は直に居外に
持出して洗浄し又其消毒藥を入置べ
し偖此吐瀉物幷に其器を洗浄せし水
【左】
は決してこれを他人の用ふる糞(クソ)池に
混ずべからず悉皆之を取分住家及び
井戸を距(ヘダツ)ること六間半餘の地に於て
深く其土を掘て之を埋め或は焼捨べ
し若自宅に此の如き餘地なき者は前
の如く消毒法を行ひ置一日に二度或
は三度程づゝ一定の場所[一定の場所
とは委員(イヰン)或は區(ク)戸長より豫て吐瀉物
【右】
等を處分する地を定め置者を云]に送
るべし尚詳細は委員及醫師區戸長の
指圖(サシヅ)を受け精々/手抜(テヌケ)な花様に處分す
べし
虎列刺病行に付心得方 食ふ間敷は
新鮮(アタアシ)からぬ魚(ウヲ)は勿論消化あしきもの
酢(ス)きもの熟(ジユク)せぬ菓物(クダモノ)などて得て比類
から下痢のつく物なれば用心すべし
【左】
又身体は垢(アカ)つかぬ様に入浴は惡(アシク)くは
なけれと上りたる後/熱(アツ)しとて薄着(ウスギ)を
し湯ざめにてのつとする時病の氣を
躰中へ吸(ス)ひ込事あれば其心して入湯
の後を心づけ大酒と房時(バウジ)の過度(ヲホキ)は尤
慎(ツゝシ)むべし若萬一傅染たる人が知己(チカヅキ)か
餘儀なき人にて是/非(ヒ)其病室え尋ねば
ならぬ時は汗をかき抔(ナガ)して直に入る
【右】
べからず是は上にいふ彼湯(カノユ)ざめの時
と同じく汗の乾(カハ)くころ毒氣を引入る
事あり又空腹(スキハラ)にて病者に近づく可ら
ず病室にある火鉢傍(ヒバチソバ)に坐すこと勿(ナカ)れ火
氣は病毒/誘(サソ)ふもの故成可能は入口/窓(マド)な
ど空氣の流通所に居て用をたすべし
總て斯様(カヤウ)の時は汗手拭小切等に石炭
酸を注ぎ鼻もとを覆ひ入可く石炭酸
【左】
間にあはむ時はよき香水又/美(ヨキ)匂ひの嗅(カギ)
藥(クスリ)を屡嗅べし又義理だてに深入をし
て其病を引受たりとて本人の病ひ薄
らぐ者でなければ避(サク)べし本人や家内
か万一不親切不人情なりといふとも
夫は鎖細(サゝイ)のこと親切も人情も命ありて
こそ後々如何様(イカヨウ)にも尽(ソウ)さることなれば
傅染〆様に用心/肝要(カンエウ)なり 以下次号
【捺印】御届
明治十年十月
名古屋本町二丁目廿一番屋敷
編輯兼出版人 内田健之丞
同 所
發 兌 所 報恩舎
賣捌所
名古屋本町二丁目 吉田道雄 三州岡嵜上傅馬町 盛文舎
同 玉屋町一丁目 中山支店 同 豊橋上傅馬町 錚々舎
同 同 三丁目 永東南店 濃州岐阜白木町 欽風舎
同 長島町三丁目 整文舎 同 所 伊奈波 楓峯舎
同 西魚町三丁目 淺田長次郎 同 大垣俵町 平流軒
同 京町 一丁目 製本所
同 大曽根坂下 松屋平兵衛
【裏表紙】
【右】
【左】
土屋寛之著
傅染病豫防法
目録
〇腸チフス 《割書:時疫| 一丁》
〇喉頭器官コローフ性炎 《割書:馬皮風| 九丁》
〇小児疫咳 《割書:百日咳| 十二丁》
〇天然痘 《割書:| 十四丁丁》
【印】
東京府書籍館
新門
代三部
四類
三函
三棚
七七六号
【右】
緒言
凡そ人の疾病たは攝養及豫防不注意に原因せざるものなきは既に先哲
明証する所にて更に贅言を俟さるなり殊に傅染病の如きは僅に一戸一人の
不注意より延て一市一邑に及ひ甚しきは遂に全国に蔓延するに至り其害擧
て言可からず實に畏れすんばあるべからざるなり其病勢に於けるや自ら軽重
強弱ありと雖片之を概論すれば其状宛も水の暴漲して群邑を流亡し火の炎
焼して比隣を蘯燼するに異ならず抑暴漲を防くに堤塘の設あり延焼を救ふに
消防夫の備あり豈に特り傅染病に於て之を等閑に付して已むべけんや輓令
本県下各地に発現せし一二の傅染病を観察し爰に簡易の豫防法を編成して之
を将来に実施せしめ以て人民天枕の不幸を未然に防かん丁を希ふのみ
明治十一年三月 編者述
【左】
傅染病豫防法 土屋寛之著
膓窒扶斯豫防心得
膓窒扶斯豫防心得
腸(ちやう)ちひゆす[俗に云ふ時疫の類]も亦(また)虎列刺(これら)病の如
く恐怖(きようふ、をそる)傅染病(でんせんびやう、うつりやまい)にして流行(りうこう)の病(やまい)性により
軽重(けいじう、おもきかるき)ありと雖(いへど)も年(ねん、とし〳〵)々此(この)患(やまい)に感(かん、わづろう)じ非命(ひめい、じゆみやうくほか)の死(し)を遂(とげ)
ぐるもの尠(すくな)からずとす其(その)病毒(びやうどく、やまいのをこり)は腐敗物(ふはいぶつ、くさりたるもの)殊(こと、うちことさらに)に動(どう、うをとり)
物性腐敗物(ぶつせいふはいぶつ、けもののにくなどのくさりたるものに)[腐肉敗(くさりたるにくくさりたる)毛(け)髪等(など)]中に発生(はつせい、をこり)して大気(たいき、くうき)中
に蒸散(じようさん、たちまじり)し或(あるひ)は地中(ぢのうちに)に滲透(しんとふ、しみとをり)して井泉等(ヰどでみづなど)に混交(こんこう、まじり)し
【右】
たるものを體内(たいない)に攝収(せつしゆ、はいり)するより發病(はつへい、びやうきつき)し次(つつい)て他(ほかのも)
人(のまても)を侵襲(しんそう、うつる)するものなる故(ゆへ)に腐敗物(ふはいぶつ、くさりもの)、堆積(たいせき、はきだめ)所、墳墓(ふんぼ、はかしよ)、
汚水(をすい、にごりえ)、泥河(でいが、どろかは)、等(など)の近傍(きんばう、ほとり)に居住(きよじう、すまゐ)し或(あるひ)は其地の井水(まへのよろしからたちのヰどみづ)を
用(もちふ)る時(とき)は病原(びやうげん)を醸成(しやうせい)、ヤマイノタネトナルナリ、するなり就中病毒(びやうどく)は井水(せいすい)
及(およ)び患者(くわんじや、びやうにん)の糞尿(ふんによう、くそゆばり)に含(ふく)めるものなれば殊(こと)に之に
意(い、こころ)を用(もち)ひ毫(すこし)も忽(ゆるかせ)にすべからず今/茲(こゝ)に豫防(よばう、ふせぎかた)の要(よう、かな)
領(りやう、め)を掲(かは、あけ)けて世人(せいじん、ひと〳〵)の心得(こゝろえ)に供せんす仍(な)ほ其の詳(しやう、くはしき)
細(さい、わけ)の如きは異日(いじつ、いつれのひか)流行(りうこう、はやるとき)の実地(じつち、そのようすにより)に就(つ)きて指畫(しかく、さしづ)する
ところあらんとす
【左】
一 総(すべ)て住居(じゆきよ、すまゐ)は湿地(しつち、しけち)を避(さ)け成丈(なるだ)け高燥(かうそう、しつけなき)の地(ところ)を撰(えら)
ふへし
一 家宅(かたく、いへ)及ひ其/周圍(しうヰ、まはり)は掃除(そうぢ)清潔(せいけつ、きよらか)にいたし腐敗物(ふはいぶつ)
等は悉(こと〴〵)く焼(や)き棄(すて)て[成丈け家屋(いへ)を距(へたゝ)りたる所
々於て行ふべし]水利(すいり、みづはき)を宜(よろし)くし溜水(たまりみづ)、堆塵(ちりだめ)、なき
様/注意(こゝろ)すべし
一 井戸は潦潴(らうちよ、みづだまり)、溝渠(かうきよ、どぶ)、厠(かはや)、塵芥溜(ちりだめ)、埋葬地(まいそうち、はかしよ)、等を遠隔(えんかく、へだつ)し
たる地に設(もう)くべし臨時姑息(りんじこそく、とうはまにあひ)を要(よう、このむ)する時(とき)は井
浚(ざらへ)して水底(すいてい、みなそこ)を清(きよ)くし周圍(しうゐ、まはり)より浅水(せんすい、うはみづ)滲透(しんとう、さきこむ)せざ
【右】
る様/修繕(しうぜん、つくろふ)すべし
一 厠(かはや)、墳墓(ふんぼ、まいそうじよ)、溝渠(かうきよ、どぶ)泥沼(ていしやう、みづたまり)、路頭(ろとう、みちばた)、等(など)に近(ちか)き井水(ゐどみづ)は飲料(いんりよう、のみ)に
供(けふ、もちふる)する勿(かな)れ
一 筧(かけひ)等にて飲水(いんすい、のみみづ)を需(もの)むる家(いへ)は其(その)水源(すいげん、みづもと)及ひ樋中(ひちゆう、とひのうち)
を清浄(きよらか)にし腐陳(ふちん、くさる)したるものは悉皆(しつかい、のこらず)浚(さら)へ除(のぞ)き
筧を取換(とりかふ)ふべし
一 常用水(のみみづ)は平素(へいそ、つねに)清(きよ)きものを精撰(せいせん、えらぶ)し毫(こう、すこし)も臭気(しうき、くさきにほひ)及(および)
異味(いみ、ことなるあぢ)変色(へんしよく、いろづく)あるものは用(もちふ)る勿(なか)れ近所(きんしよ)に良水(りようすい、よきみづ)[有(ゆう、むし
機(き、なとのるい)物(ぶつ)汚泥(をでい、どろくさきぜ)瓦斯(がす)、等を交へざるもの]なきときは
【左】
一度(ひとたび)沸(かわ)かしたるのもを冷(ひや)し精品(せいひん、よろしき)の【四角で囲って塩酸】塩酸(ゑんさん)《割書:藥の|名》
を摘(てき、したゞらし)し聊(いさゝ)か酸味(さんみ、すみ)を帯(お)びたるもの[過酸化満俺(かさんかまんがむ)
水(すい)を代用するもよし此藥の用ひ方は虎列刺(これら)
豫防(よばう、ふせぎ)法に出づ]を用ふべき唯(たゞ)臭気(しうき、くさきひほひ)或は微色(びしよく、すこしのいろ)のみ
を有(ゆう、あり)し他(た、ほか)に不健康物(ふけんかうぶつ、やいのたねとなるもの)[有機物、汚泥瓦斯、等]なき
を確認(かくじん、みとむる)したるときは清浄乾燥(せいじやうかんそう、きよらかにかはかし)したる木炭(もくたん、おこしずみをくだきみづこし)にて
蘆花(にいれ、みずをこす)し用ふべし
一 家屋(かをく、いへ)は努めて清潔爽凉(せいけつそうりやう、きよくさつぱりするをだいゝちとす)を主(むね)とし必す掃除(そうぢ)を
怠(おこた)る勿(なか)れ障戸(しやうこ、としやうじ)を固閉(こへい、かたくとじ)し火爐(かろ、ゐろり)を近昵(きんじつ、ちかづき)し衆人(しうじん、おほくのひと)群(ぐん、あつ)
【右】
集(しう、まる)等(とう、など)は最(もつと)も避忌(ひき、さける)すべきものとす
一 障戸(しやうこ、としやうじ)窓牖(そうゆう、まど)は時々(とき〳〵、をり〳〵)開排(かいはい、ひらく)して新鮮(しんせん、あたらしき)の大氣(たいき、くうき)を通(つう)し
衾辱(きんしょく、やぐ)は不潔(ふけつ、きたない)ならざる様/注意(こゝろもちひ)すべし
一 病室(びやうしつ、びやうにんのねどころ)並(ならび)に患者用厠等(かんじやようしとう、びやうにんのはいるかはやなど)には常(つね)に【四角で囲って石炭酸水】石炭酸水(せきたんさんすい)或(あるひ)は
【四角で囲ってコロール石灰水】コロール石灰水(せきくわいすい)等(とう)を平皿(ひらさら)に盛(もり)り置(お)き薫散(くんさん、かほらす)すべ
し[其度(そのぶんりよう)は医師の差図(さしづ)を俟つべし]
一 病者(びやうしや、にん)の居住(きよじう、ねどころ)したる室内(しつない、ねま)は虎列刺病(これらびやう)に於(おけ)るが
如(ごと)く石炭酸水(せきたんさんすい)を以(もつ)て洗浄(せんじやう、あらふ)するか或は【四角で囲ってコロール亜鉛蒸気】コロール
亜鉛蒸気(あえんしようき、茉名かほり)【四角で囲って、硫黄烟】硫黄烟(いおうえん、茉名けぶり)等(とう)にて燻蒸(くんじよう、かほらず)し全(まつた、のこりなく)病毒(びやうどく)を撲(ぼく、なく)
【左】
滅(めつ、なる)したる後(の)ち入るべし
一 腐敗気(ふはいき、くさりたるき)の蒸散(じやうさん、むしあがる)する場所(びしよ)には乾燥(かんそう、かはきたる)の木炭末(もくたんまつ)と
石灰(せきくわい)とを交ぜ合(あは)せて散布(さんふ、まきちらす)すべし
一體質虚弱(たいしつきよじやく、よわきもの)のものは此病(このやまい)に罹(かゝ、わつらひ)り易い(やす)きを以て平(へい、つ)
素(そ、ねに)摂生(せつせい、やうじやう)を旨(むね、だいゝち)とし體躯(たいく、かrだ)をして強壮(きようそう、じようぶ)なしむべ
し就中(なかんづく、ことさらに)腸胃病(ちやうゐびやう)あるものは尤も感染(かんせん、うつる)し易(やす)きか
故(ゆへ)に流行(りうこう、はやる)の時節(じせつ、とき)は殊更(ことさら)に注意(ちうい、こゝろつけ)し汚水(をすい、けがれみづ)
及ひ果実等(くわじつとう、くだものなど)は別(わけ)て慎(つゝしむ)むべし
一 鳥獣魚(ちやうじうぎよ、とりけものうを)の腸胃(ちやうゐ、はらわた)肉類(にくるい)を飲用水(いんようすい、のみみづ)の近辺(きんへん、あたり)に擲棄(てきき、すてる)す
【右】
勿(なか)れ
一 身躰(しんたい、からだ)は常(つね)に垢(あか)付(つか)ざる様(やう)注意(ちうい)すべきは勿論(もちろん)萬(まん)
一(いち)此病(このやまい)に罹(かゝ、わづろふ)れるものあるときは看護人(かんごにん、かいほうにん)たる
者/微温湯(びをんとう、ぬるまゆ)を蘸(ひと)せる手拭(てぬくひ)にて衣衾(いきん、きものやぐ)の下(した)より時(とき)
々(とき)病者(びやうしや、びやうにん)の全身(ぜんしん、そうしん)を拭(ぬぐ)ひ垢(あか)を去(さ)るべし世俗(せぞく)動(やゝ)も
すれば感冒(かんぼう、やまい)を怖(おそ)れ何程(なにほど)不潔(ふけつ、よごれる)になるとも該病(がいびやう、その)
者(しや、にん)の身躰(しんたい、からだ)を水杯(みづなど)に触(ふ)るゝを甚(はなはだ)に嫌忌(けんき、きろふ)するも
のあるは愚(ぐ、をろかもの)も亦(また)甚(はなはだ)しと云ふべし時宜(じぎ、やまいのようす)により
冷水浴(れいすいよく、みづぶろ)を施(ほどこ)し直(たゝち、すぐに)に温保(をんほう、あたゝめる)すれば却(かへつ)て皮膚(ひふ、はだへ)の興(こう、いき)
【左】
奮力(ふんりよく、ほい)を亢(きは、さかんにし)め良効(りやうかう、せんかい)を得(え)たるの例(れい、ためし)尠(すくな)からざるこ
とあるをや
一 健者(けんしや、まめなるもの)は病人(びやうにん)に近寄(ちかよる)べからす止(やむこと)を得(え)ざるときは
【四角で囲って、石炭酸末】石炭酸末(せきたんさんまつ)等(とう)を所持(しよぢ)しコレラ病/豫防法(やぶうはう)に於(おけ)る
が如(ごと)く所置(しよち)すべし
一該病者(かいびやうしや、このびやうにん)の糞汁(ふんじう、だいしやべん)より蒸散(じようさん、たちあがる)する気中(きちう、きのうち)には必(かなら)す病(びやう、やまいの)
毒(どく、たねとなるどく)を含(ふく)めるか故(ゆへ)に此患者(このかんじや)に用(もちふ)る厠(かはや)及ひ便器(べんき)
[おまるの、類]は決(けつ)して他人(たにん)に流用(りうよう)すべからす
一 患者(かんじや)の排泄(はいせつ)物[糞便血(くそゆばりち)等]を器物(きぶつ、うつはもの)[おまる、ふくさ
【右】
もの等]に受(う)けたるときは直(たゝち、ぢき)に消毒薬(しやうどくやく)を
注(そゝ)きて屋外(やぐわい、そと)に持(も)ち運(はこ)べし
病者(びやうしや)の糞尿(ふんねう、くそゆばり)血汁(けつじう、くたりたるち)は家内(かない)の便所(べんしよ)に捨(す)つべから
す止(やむこと)を得ざる時(とき)は必(かな)らす【四角で囲って、コロール亜鉛水】コロール亜鉛水(あえんすい)【四角で囲って、明礬強溶水】明礬(みやうばん)
強溶水(きょうようすい)【四角で囲って、硫酸銕水】硫酸銕水(りうさんてつすい)【四角で囲って、コロール石灰水】コロール石灰水(せきくわいすい)【四角で囲って、石炭酸水】石炭酸水(せきたんさんすい)[調製(てういせい)
法(ほう)等は虎列刺豫防法に出つ]等(とう)を注(そゝ)きたる後(の)
ち投棄(とうき、すてる)すべし
一 糞(ふん)、尿(ねう)、血汁(けつじう)、を[但病者のもの]運搬(うんぱん、はこぶ)するには必す
先(ま)づ其上(そのうへ)に右(みぎ)の薬液(くすり)を注(そゝ)き器物(きぶつ)[糞桶(こへだめ)等]の蓋(ふた)
【左】
を密封(みつふう)し成丈(なるだ)け人家(じんか)懸隔(けんかく、へだつ)の地(ち)を通行(つうこう、とをる)すべし
一右(みぎ)排泄物(はいせつふつ、大小便のるい)を野外(やぐわい、のやまでんはた)に擲棄(てきき、すてる)するときは深(ふか)く地中(ちゝう)に
埋(うづ)むべし[但井戸は成る丈け離れさるべから
す]
一 此(この)患者(かんじや)に支用(しよう、もちひたる)せる器物(きぶつ、うつはもの)は総(すべ)てコレラ病/消毒(しやうどく)
法(はう)に於(おけ)るが如く【四角で囲って、石炭酸水】石炭酸水(せきたんさんすい)等にて洗(あら)ひ或ひは【四角で囲って、石炭酸】石(せき)
炭酸(たんさん)蒸気(しようき)【四角で囲って、硫黄】硫黄(いおう)烟等(えんとう)を以て燻(くん、かほらす)すべし
一 衣衾(いきん、きものやぐ)は寒暑(かんしよ、さむさあつさ)を凌(しの)き清潔(せいけつ、きれい)なるを主(むね、もつぱら)とし決(けつ)して
垢染(あかじ)みたるものを着用(ちやくよう、きる)すべからす既(すで)に支用(しよう)
【右】
したるものは必(かなら)らす前條(ぜんじじょう、まへのかじようをみる)に準(じゆん)すべし
一 食料(しよくりやう、くひもの)は総(すべ)て健不健者(けんふけんしや、じようぶなるものびやうにん)拘(かゝ)わらす新鮮(しんせん、あららしき)の物(もの)を
撰用(せんよう、えらびもちふ)し聊(いさゝ)かたりとも溶崩腐敗(ようほうふはい、くさりかゝりたるもの)に傾(かたむ)きなるも
のを用(もちふ)る勿(なか)れ
一 患者(かんしや、びやうにん)の食料(しよくりやう、くひもの)には流動滋養(りうどうじよう、やわらかにやんないとなるもの)の[肉羹の汁(そつふ、うしにはとりnおにしる)、牛乳(ぎうにう、うしのちゝ)、半熟(はんじく、たまごのなま)
卵(らん、にへ)、米(べい、か)、粥(じゆく、ゆ)汁(じう)等(とう)]を撰用(せんよう)し必(かなら)ず成糞物(せいふんぶつ、だいべんとなるもの)及(およ)び醴(れい、あまざけ)を興(あたふ)
る勿(なか)れ古醫法の断食(だんじき)等は無芸(ぶげい)の極(きよく)と云ふべ
し
一 湯茶等(ゆちやとう)総(すべ)て熱物(ねつふつ、あつきもの)は決(けつ)して宜(よろ)しからす該病者(がいびやうしや、このびやうにん)
【左】
は口(こう、くち)、舌(せつ、した)の傷爛(しやうらん、やけど)をおほへざれば頻りに熱物を
好(この)むゆへ宜(よろし)く注意(ちうい)すべし清良水(せいりやうすい、きよきみづ)は害(がい)なし
一 該病(がいびやう)は恰(あたか)も疱瘡(ほうそう)に於(おけ)るが如(ごと)く再感(さいかん)すること
極(きは)めて稀(ま)れなるものなれば看護人(かんごにん)には成丈(なるだ)
け曾(かつ、さきに)て同病(どうびやう)を患(うれひ、やみし)ひし者を撰ぶへし
赤痢豫防心得
赤痢(しやくり)とは俗(ぞく)に云(い)ふ痢病(りびやう)にして日夜(にちや)数回(すうかい、たび〳〵)便所(べんしよ、かはや)に
通(かよ)ひ毎回(まいかい、そのたびごと)腹(はら)搾(しぼ、いたむ)り後重(こうのちやう、いたみたつ)するも僅(はづか)の粘液(ねんえき、あめのごときくそに)に血(ち)の交(まじ)
りたるものを漏(もら、くだ)すものなり之(これ)に傳染(でんせん、うつる)するもの
【右】
も否(しか、さもなき)らざるものとの二種(にしゆ、ふたいろ)なり其傳染(そのせん)するもの
は、コレラ、腸チㇶユス(じえき)の如(ごと)く主(おも)に汚穢物(をかいぶつ、くさりたるもの、どく)、寒暖不整(かんたんふせい、じこうのふじゆん)
湿気(しつき、しつけ)、多人雑居(たにんざつきよ、おほくのひとせまきところにこもる)、飲食不良(いんしよくふりやう、くひものゝあしき)、[植物(しよくぶつ、くさき)性(せい)、及動物(どうぶつ、いきもの)性(せい)、の物品(ぶつひん)
の腐(くさ)りかゝれるより發(はつ、おこる)する毒(どく)にあたり又は氣(き、じ)
候(こう、こう)の不順(ふじゆん)にて俄(にはか)に寒暖(かんだん)の差(さ、たがひ)を生(しやう)ずるより物(もの)の
腐敗(ふはい、くさり)を促(うなが、もよほす)して毒(とく)を発生(はつせい、おこる)し又(また)は居家(きよか、いへ)の位置(いち、たてたるちのとこらがら)よろ
しからずして湿(しつ、しけ)け或は湿気(しつき、しめり)のある衣服(いふく、きもの)を着(ちやく)す
る等より皮膚(ひふ、はだへ)の蒸発氣(じようはつき)を妨(さまた)け又は一/屋(おく)に多人(たにん)
数(すう)雑居(ざつきよ)して各自(かくじ、ひと〳〵)の身躰(しんたい、からだ)より排泄(はいせつ、すたる)する剥皮(はくひ、ふけ)毛髪(もうはつ)
【左】
等の聚積腐敗(しうせきふはい)より毒氣(どくき)を生(しやう)じ又は飲食(いんしよく、くひもの)上(じやう、うへ)にも
不良(ふりよう、よからぬ)の物(もの)を用ひ冷水(れいすい、ひやみづ)を飲(の)みすごし菓実(かじつ、くだもの)の過料(かりやう、くひすぎ)
又は裸体(らたい、はたか)にて轉寝(うたゝね)し泥沼等(でいしやうとう、ぬまなど)の如(ごと)き湿気(しつき)ある近(きん、あ)
傍(はう、たり)の家(いへ)に臥(がう、ふ)し夜間(やかん、よる)蒸発(じようはつ)する寒冷汚穢(かんれいをかい)の湿気(しつき)
に暴触(ぼうしよく)する等(とう)より疾(やまい)に罹(かゝ)る]等(とう、など)より発起(はつき、おこる)し多分(たぶん、おほく)
は瘧(ぎやく、おこり)と共(とも、いつしよに)に並(なら)び行(おこな、はやる)はれ其毒(そのどく)を病者(びやうにん)の糞尿(ふんし、たいべん)衣衾(いきん、きものやぐ)
器具(きぐ、うつはもの)等(とう)に含蓄(がんちく、こもる)して漸々(ぜん〳〵)他人(たにん)を侵襲(しんそう、うつる)するものな
れは未崩(みほう、きざ、ぬさき)に十全(じうぜん)の豫防法(やばうはう)を行(おこな)ひ既(すで)に發疾(はつしつ、おこる)する
家(いへ)にありては宜(よろし)く消毒法(しやうどくはう)を行(おこな)ひ専(もつは)ら傳染(でんせん)を防(ふせ)
【右】
ぐべし
一 居宅(きよたく、すまい)、土地(とち、とちがら)、飲食(いんしよく、くひもの)衣服(いふく、きもの)、器具(きぐ、うつは)、糞尿(ふんねう、くそゆばり)、の取扱(とりあつかえかた、わけ)等(とう、など)は総(すべ)
て前(まへ)の腸(ちやう)チㇶユスの條下(しようか、ところ)に掲(かゝ)げたる法(ほう)を守(まも)り季(き)
候(こう)の寒暖(かんだん)に應(をう)じて身(み)には適宜(てきぎ、ほどよき)垢付(あかつか)ざる衣(い、きもの)
を着(ちやく)し感冒(かんぼう、かぜひき)を避(さ)け必(かなら)す湿衣(しつい、しめりたるいふく)を纏(まと、きる)ふなかれ
一 湿床(しつしよう、しめりけのあるねどこ)に臥(ふ、ねる)し及(およ)び裸体(らたい、はだか)にて就眠(じゆみん、ねる)する等(とう)尤(もつと)も慎(つゝし)
むべし
一 流行時(りうこうじ、はやるとき)には殊(こと)に腹部(ふくぶ、はら)下脚(げきやく、あし)を温包(おんほう、あたゝめ)し腹上(ふくじやう)には
腹掛(はらかけ)の類(るい)を纏(まと、あてる)ひ脚(きやく、あし)に股引(もゝひき)の類(るい)を穿(うがつ、はく)つべし[醫(い)
【左】
師の差圖にて冷すことある時は妨げなし]
一 既(すで)に此(この)症(しやう、やまい)に罹(かゝ)りたるを知るときは寝床(びしやう、ねどこ)に静臥(せいぐわ、しづかにふし)
し全身(ぜんしん、からだ)を温保(おんほう、あたゝかに)すべし
一 病室内(しつない、びやうにんのへや)には平皿に醋(す)を盛り微火(びか、みるび)に上(のぼ)せて其
蒸気(じようき、にほひ)を燻散(くんさん、かほらす)するもよし
喉頭気管コロープ性炎豫防心得《割書:馬皮風|》
馬皮風(はひふう)は春秋寒風に侵(をか)され又は偶(たま〳〵)患児(やまいをやむこども)の粘液(ねんゑき、せきいだしたる)
の粉末(ふんまつ、きり)を《割書:他児の|》吸込(すひこむ)より發り大抵二歳より五歳頃ま
【右】
での小児に多し其初は夜/間(る)に熱(ねつ)を發し少しく
空咳(からぜき)して其/響(ひゞ)き嗄(しほか)れ晝間(ひる)は玩弄物(もてあそびもの)などに戯(たわむ)れ
少も苦煩(くるしき)の景況(ようす)なく素人(しろと)は只一《割書:ト|》通りの風感(ひきかぜ)と
侮(あなど)り藥も與(あた)へず温保(あたゝかに)もせざるより遂(つい)に救(すく)ふ可(べ)
からず重症(おもきしよう)に陥(おちい)るなり誠に恐るべき病なれ
ば少にても嗄咳(せき)を撥するときは早く手当を致
し且醫師を招(まね)き治療(りやうぢ)を請(こ)ふべし病をうけたる
小児には他(ほか)の児童(ことも)を近寄(ちかよせ)せざる様用心すべし
醫師の来診(きたる)遅(おそ)き時は脚湯(きやくとう)又は腰湯をさせ
【左】
[仕方は熱(あつ)すぎぬ湯(ゆ)にて両足をあたゝめ暫くし
て出し能く吹き直(ぢき)に暖(あたゝ)かなる寝床(にどこ)に臥(ふ)さしめ
左の藥を飲(のま)しむべし但脚湯をするとき腰より
上は能く衣類にて包み冷ぬ様にすべし]且木綿(もめん)
片(きん)を二重(ふたへ)三重(みへ)に折(をり)水を蘸(ひた)し断えす咽(のど)の上を冷(ひや)
すべし薬法は色々あれとも劇薬(つよきくすり)は素人(しろと)にて取
扱ふときは却(かへり)て過(あやま)ちを生するものなれば醫者
の来(こ)ぬ間(あひた)或は醫師無(な)き地(ところ)にては左の藥を與(あた)
へ醫師の来診(くる)を待(まつ)べし
【右】
薬法
四歳以上六歳まての小児は
〇茴香油(ういきようゆ) 三四滴(てき、しづく)
〇重炭酸曹達(じうたんさんそーだ) 《割書:目方| 三分》
〇極上白砂糖 《割書:目方| 五分》
右三味を通例(なみ)の猪口(ちよく)一盃(はい)程(ほど)の水に溶(とか)し四つ
に分て一日四度に用ふべし
四歳以下二歳までの者は
〇茴香油(ういきようゆ) 三滴
【左】
〇重炭酸曹達(じうたんさんそーだ) 《割書:目方| 二分五厘》
〇極上白砂糖 《割書:目方| 三分三四分》
右三味前の如く水に溶かし四五度に分ち用ふ
二歳以下なれば
〇茴香油(ういきようゆ) 二滴
〇重炭酸曹達(じうたんさんそーだ) 《割書:目方| 二分》
〇極上白砂糖 《割書:目方| 三分》
右用ひ方前に同し且五六度に分ち用ふべし
製法(こしらへかた)は初めに重炭酸曹達を猪口に入れ水に
【右】
溶し茴香油/及(また)砂糖を加(くわ)へ能(よ)く攪(か)き廻(まわ)すべし
若(もし)茴香油無(な)くば茴香水(ういきようすい)或は桂枝水(けいろすい)へ重炭酸
曹達、砂糖の二味を上(かみ)顕(あらは)す夫(それ)々の分量(ぶんりよう)を加(くは)
へ用ふべし茴香水は小茴香を蒸溜器(らんびききかい)にて蒸(らん)
溜(びき)に為(し)たるものを云
該症は父母の怠(をこた)りより危険症(あやうきしよう)に陥(おちい)る者なれ
ば請々用心いたし豫防/誤(あやま)る勿(なか)れ
小児疫咳豫防《割書:併|》養生心得《割書:百日咳|》
【左】
百日/咳(せき)は感冒(ひきかぜ)より發(おこ)る病(やまい)にして傳染(うつる)する事あ
り宜しく注意(こゝろつけ)豫防すべし
〇此患児[百日咳を病むこども]は咳嗽(せき)の時(をり)に方(あた)り
吸息(ひくいき)に一種の響(ひゞ)き恰(あたか)も鴉聲を帯(おび)たる痙攣(ひきつる)性の
咳嗽(せき)を發(おこ)し傍人(かたはらにおるひと)をして大に感を起さしめ多分
の粘痰(たん)を吐出(はきいだ)したる後は咳嗽(せき)休止(やみ)し更に新堆(しんき)
の粘痰(たん)を生せざるの間(あひだ)は患児の敢(あへ)て苦(くる)しむ様(やう)
子(す)もなく平常(つね)の如くやすらかなるものなり已(すで)
にして漸(やうや)く粘痰(たん)を喉頭胸中(のんどむねのうち)に潴積(たまる)すれは幼孩(いとけなきもの)
【右】
は啼泣(なき)して其の苦情(くるしみ)を訴(あらはす)へ稍(やゝ)年長(せいちやう)の児は強(つと)めて
静座(こゝろをしづめ)し咳嗽(せきの)発作(をこる)を避(さけ)んとするも早晩(をそかれはやかれ)発作を免(まぬか)
るゝ事能(あた)はずして咳嗽(せき)復(ま)た起(おこ)るものなり通例(つうれい)
六七週(五十日)を経(す)れは病の勢(いきほい)次第(しだい)に衰(おとろ)へ発作(せきかず)漸(やうや)く減(げん)す
れども適宜(ほどよく)に治療(りやうぢ)を加へざれば荏苒(ながびき)二十週(百五十日)に
も至り種々の餘症(やまひ)を残(のこ)し後悔(こうかい)する事あり病の
初めより少し熱(ねつ)の出(で)るものあり
〇百日咳の発作は一晝夜(いつちうや)に十回乃至(とたびより)十二三/回(たびに)
劇(いたりはげし)きは毎半時(三十分時)に一發(とたひをこり)し粘痰(たん)愈々(いよ〳〵)粘膠(ねばる)なれは咳嗽(せき)
【左】
益/持続(なかく)し咯痰(たんをはく)するにあらされば決(きはめ)して咳(せき)の止
む事なし少し理會(がてん)も出来る児(こども)は咯痰(たんをはきだす)すれとも
無智(ちえつなぬ)の幼孫(あかご)は後口内(くちのおく)に粘痰出(たんのいつ)るも直に嚥下(のみこま)む
とし動(やゝ)もすれば喉頭(のんど)に退(しりぞ)きて之が為に咳嗽(せき)遷(なが)
延(びく)して大に疲労(つかるゝ)するれ害(うれひ)あれば看護(かんびやう)する者は
発作(せのをこる)の時は児体を抱(いだ)きて少しく前向きに屈(かゝま)し
め児頭(しおうにのかしら)を自分[看護人]乃/胸廓(むね)部に抱定(だきとめ)し布片(ぬのきれ)を
示指(ひとさしゆび)に絡(まと)ひ口中(病児の)に入れて咯出(はきいだす)する痰(たん)を丁寧に
拭(ぬぐ)ひ去るへし発作(せきのをこる)の前徴(やうす)ある時(とき)は温(あたゝか)なる飯を
【右】
木綿布(もめんきれ)に包み是を小児の胸(むね)に當(あ)てゝ暖(あたゝ)むるを
尤良(もつともよし)とす患児童は可成丈(なるたけ)外出(そとへいづる)を止(とゝ)め朝夕は褥中(しとねのうち)
に居らしめ毛織物類(けをりものるい)[フランネルを最も良とす]の胸
掛を着せ頸周(くびまはり)を木綿/綿(わた)にて温包(あたゝめつゝみ)衣服(いふく)は寒暖(じこうの)
度(かげん)に過(す)きざる様注意いたし飯(めし)、鶏肉(にはとりのにく)《割書:小|片》杯(など)時々(をり〳〵)喫(くは)
しめ粘痰希釈(たんこのうすくする)の為に毎日二三回(ど)つゝ微温浴(ぬるまゆ)を
致(つか)はせ[沸騰散(ふつとうさん、薬名)]少許(すこしばかり)づゝ水に溶(とか)し用ふるを可と
す総(すべ)て飲料(のみもの)の多用(おほき)は宜(よろし)からす動(やゝ)もすれば喉頭(のんど)
に流(なが)れ易くして咳嗽(せき)を招(まね)くの恐(おそれ)あれば假(たとへ)令/牛(うしの)
【左】
乳(ちゝ)の如く(ごと)き滋養(やくしよう)物とても妄用(みだりにもちふる)する勿(なか)れ仍(な)ほ醫者
に頼みて適宜(ほどよく)の治療養生法等を受くへし
痘毒撲滅法《割書:疱瘡|》
疱瘡(ほうそう)は恢復期(ひだちぎは)におきて殊(こと)に傳染(でんせん)し易(やす)きものな
れば痘痂残(かさぶたのこ)らす落(お)ちて後(のち)身體(からだ)を洗(あら)ひ一切(いつない)衣服(きもの)
を着更(きかへ)るまでは他人は勿論(もちろん)親族(みうち)たりとも同居(どうきよ)
すべからす
〇天然痘を患ふる者あれば其/家(いへ)は勿論(もちろん)村中の
【右】
未痘児(みとうじ)は速(すみや)かに種痘(しゆとう)し又(また)已(すで)に種痘せしものも
尚(な)ほ再三種(さいさんうえ)試(こゝろ)むべし
〇痘瘡人のある際(あいだ)は其家(そのいへ)の児童(こども)をば学校に入
ることを許(ゆる)さす
〇痘瘡人の衣類(いるい)は勿論其/室(へや)に備(そな)へたる日用(にちよう)の
道具(どうぐ)はすべて病毒(びやうどく)に染(そ)みたるものと知(し)るべし
故(ゆへ)に左(さ)の浄除法(いよめのぞくほう)を行(おこな)ふまでは他(ほか)に持出(もちだ)し又は
他人に用(もち)ふべからす
〇病中/着用(ちやくよう)したる衣類/夜具(やぐ)は直(すぐ)に觧(と)きて石炭(せきたん)
【左】
酸水[水三升二合に粗製石炭酸三十二銭(もんめ)を加へ
たるもの]又は過満俺酸剥篤亜細亜斯(くわまんがんさんぼつたあす)或は格魯児加(コロール カ)
児基(ルーキ)四/銭(もんめ)を水三升二合に溶(とか)したる薬水(やくすい)を交(ま)ぜ
たる水或は明礬強溶水(みようばんきょうようすい)[粗製明礬(そせいみようばん)の過量(たぶん)を水中
に投じ能く攪拌(かきまわ)し其/上液(うはみづ)を取り用ふべし]に漬(つ)
け置(お)き後(のち)熱湯(あつゆ)を灌(そゝ)ぎ洗濯(せんたく)して屋根(やね)に出(いだ)し或は
空室(あきへや)に掛(か)け置(お)きて乾(かは)かすべし
但麁末(そまつ)なる品(しな)の汚(けが)れたるものは焼(や)き捨(すて)さる
方(かた)をよしとす《割書:手巾(てぬぐい)紙屑(かみくず)等は必す焼捨つべし|》
【右】
〇痘瘡人に用ひたる膳椀皿鉢(ぜんわんさらはち)の類(るい)は石炭酸水
に浸(ひた)し能(よ)く洗(あら)はざれば他人に用ふべからす
〇痘瘡人の便器(べんき)には豫(かね)て硫酸鐵(りうさんてつ)水[水三升二合
に硫酸鐵に斤を溶したるもの]少許(すこしばかり)を入れ置き
て大小便(だいせうべん)の通利(つうじ)ごとに直に取除(とりのぞ)くべし
〇痘瘡人の死骸(しがい)は石炭酸水を以て沾(うるほ)したる布(ぬの)
にて包(つゝ)み二十四時の間(あいだ)に埋葬(まいそう)すべし婢僕(げじよ げなん)と雖(いほとも)
猥に死骸(しがい)の周辺(あたり)に近寄(ちかよる)ることを戒め(いましむ)むべし
〇痘瘡人の病室は病人を他(た)に移(うつ)し或は死去(しきよ)し
【左】
て空室(あきへや)となる時は速(すみやか)に硫黄(いわう)を以て薫(かほら)すべし
【右】
【左下に印鑑?】 定價金六銭
【左】
岐阜縣病院藏版
明治十一年四月出版
著者 石川縣士族
土屋寛之
岐阜縣下第一大區三小區
今泉村寄留
賣弘所 岐阜縣平民
玉井忠造
岐阜縣下第二大區四小區笠松村
同人出店
岐阜縣下第一大區三小區
今泉村七間町
【裏表紙 記述なし】
【題簽】
ほうそう
伝
まじない
【背】
ほうそう、まじない伝
【題簽】
ほうそう
伝
まじない
【貼紙】
□□石?六拾□□
【題簽】
ほうそう
伝
まじない
【見返し裏】
【「富士川游寄贈」「富士川家蔵本」「京都帝国大学図書印」の朱印あり】
【右丁 白紙】
【左丁】
疱瘡禁厭秘伝集(ほうそうましないひでんしう)
序
開威(かけまく)もかしこき。豊(とよ)あしはらの
瑞穂(みつほ)の国(くに)に。医術(いじゆつ)と禁厭(ましない)の方(みち)
そなはれる事。千早(ちはや)ふる神(かみ)の
御代(みよ)よりおこれる神業(かみわざ)にして。
其原(そのみなもと)は少彦名命(すくなひこなのみこと)。大己貴命(おゝあなむちのみこと)。と
御(み)心をあはせ医術(いじゆつ)を教(をし)へて
病難(ひやうなん)を救(すく)ひ。厭勝(ましない)を用て。厄難(やくなん)
不祥(ふしやう)を祓(はら)ひ退(しりぞ)け給ひし。仁(いつく)
徳(しみ)より出て。今の世に及び。まの
【頭部欄外整理ナンバー黒印】
186918
大正7.3.31
【右丁】
あたりふしぎの験(しるし)を得(う)る者(もの)
すくなしとせず。しかはあれど多(おゝく)
の人の中には。厭勝(ましない)の術(じゆつ)をいと
浅(あさ)き事とのみ。思ひあなどり。
ひとへに外国(とつくに)の術(じゆつ)ならでは。
病難(びやうなん)を除(のぞく)く【衍】方(みち)はなしと。かたく
なに覚(おほへ)たるもありて。災厄(さいやく)を
神(かみ)に祈(いのる)るはまれなり。近きを
捨(すて)て遠(とをき)きを慕(した)ふは俗(ぞく)の習(ならい)
なれど。其国の教(おし)へを信(しん)ぜず。浅(あさ)
〳〵しく思ひ。侍らんは。ゆゝしき
【左丁】
ひがことにやあるべき。吾(わか)日(ひ)の
もとの人は。唯(たゝ)一すじに。神(かみ)の
ちからを頼(たのみ)て。災難(さいなん)凶事(きやうじ)を
禊除(はらいのそく)。厭勝(ましない)の術(じゆつ)を用ゆべき
事にこそあれ。されば万(よろづ)の
病難(ひやうなん)の中(なか)に。きはめておそ
ろしくはけしきもの。疱(ほう)
瘡(さう)より甚(はなはた)しきはなし。人の
親(おや)の心を苦(くるし)め。神(しん)を悩(なやま)す事
たとふるに物(もの)なし。しかも。此
疾(しつ)を祓(はら)ひ退(しりぞく)る方(みち)あり。みな
【右丁】
是 神(かみ)の教(をしへ)に出(いで)て。昔(むかし)より
伝(つた)へ来(きた)れる方(みち)なり。爰(こゝ)に吾(わが)
師(し)。静観(じやうくわん)老人 諸(もろ〳〵)の書(ふみ)見る
度(たび)に。此疾(このしつ)をまぬかるゝ法
あれば。必(かなら)す書留(かきと)め且(かつ)家々(いへ〳〵)
に秘(ひ)せし術(じゆつ)をも。千(ち)たび乞(こ)ひ
百(もゝ)たび求(もと)め。伝(つた)え。請(うけ)て書(かき)つ
づりし一小 冊(さつ)あり《割書:僕(やつかれ)》世の人の
子(こ)を思ふ闇(やみ)を照(て)らし。心の
とかなく。やすらかにあらん事
を思ふが故に。写(うつ)し取(とり)て書林
【左丁】
にあたへぬ。見ん人 浅(あさ)はかなる
事に思はで。此おしへの如く
せば。大己貴(をゝあなむち)。少彦名(すくなひこな)の。神(かみ)
慮(こゝろ)にもかなひて。児女(じちよ)を
して齢(よはひ)長(なかく)く【衍】久しく。目
出たかるべし。豈(あに)疑(うたが)ふべけん
や
橋本静話
【右丁】
凡例
一此 篇(へん)は古人 深(ふか)く秘(ひ)して。
唯受(ゆいしゆ)一人と称(しやう)し。千金 莫伝(はくでん)
と号(かう)し。猥(みだ)りに教(をし)へ授(さつけ)ざりし
ものあれども。世人の為に
悉(こと〳〵)く顕(あらは)す。全(まつた)く利養(りよう)の
計(はかり)ことにあらねば。我(われ)を
にくみ恨(うら)みつべしとも
思ひはからず。彼(かの)一 休(きう)の喉(こう)
痺(ひ)の薬(くすり)の旧事(ふること)思ひ合
すべし。
【左丁】
一 篇中(へんちう)諸書に出て。世人(せじん)の
知(しり)たる方一二 種(しゆ)あり。其(その)効(こう)
甚しき良方なるゆえに。
洩(もら)す事あたはず。誰(たれ)【唯は誤】も知
たる方なりと。軽(かろ)しめ
嘲(あさける)ことなかれ
一凡篇中の薬方。田舎(いなか)にて
も求(もと)め易(やす)きものをしるす。
且(かつ)又 神効(しんこう)□【のヵ】良方といへ共。
凡人(たゝびと)の製(せい)しかたき物は
悉(こと〳〵)くもらしつ
【右丁】
一 禁厭(ましない)の方(みち)。神業(かみわさ)にして。
浅(あさ)□かなる事にあらず。
といへども。売僧(まいす)はとのかい
等がいふ所はしるさず。その
所伝(しよでん)の正しきを撰(ゑらひ)て記(しる)す
一 禁厭(ましない)しるしあり。医薬(いやく)を
用ゆべからずと。いふには
あらず。彼(かの)符水(ふすい)をあたへ。
医薬(いやく)を制(せいし)て。己が功(こう)を顕
はす邪義(じやぎ)を用る事なかれ
《割書:巫(ふ)を信じて医を信せさる謗(そしり)まぬ|かれかたし》
【左丁】
一 禁厭(ましない)医薬(いやく)を用るといへ
とも。家内(かない)に汚穢(けかれ)不浄(ふじやう)
あれば。軽(かろ)きも重(おも)きに
変ず。此故に終(をわり)に戒(いましめ)慎(つゝしみ)の
品を。医書(いしよ)によりゑらひ
出してしるす
以上
疱瘡禁厭秘伝□集 一冊
右追而出来
【右丁】
大坂并近郷痘瘡の守神
○痘瘡(ほうさう)守(まも)り神(かみ)七社 巡(めぐ)り
夕日神明 北野天神
堀川ゑびす 照日神明
朝日神明 八幡宮《割書:島の内》
御霊(ごりやう)社
右七社を信心して巡(めぐ)り拝(はい)すべし痘(ほう)
瘡(さう)甚かろくすることうたがひなし
○玉造森ノ宮 痘瘡 神符(まもり)出る
○岸(きし)の堂観世音 同断
《割書: |北野》
○西大寺 勧化所(くわんけしよ) 同断
○住吉 吾孫子(あびこ)《割書:観世音》
○中村大明神 神符(まもり)出る
《割書:河内菱江村ならかい道なり》
《割書:痘瘡はしか眼(め)に入たとひしゐたりとも百日|中(うち)なれば治(ぢ)する妙薬 施薬(せやく)出る所|高らいはしさかいすし南へ入宇野河内堂》
【左丁】
疱瘡(ほうそう)厭勝(ましない)秘伝集(ひてんしう)
○樋口(ひくち)理兵衛伝
此方 唯授(ゆいじゆ)一人の秘伝(ひでん)にして。
其 効(しるし)神(しん)のごとし。疱瘡(ほうそう)せざる
児女(しぢよ)。此方を教(をしへ)の如(ごと)くすれば。
疱瘡(ほうさう)甚かろし。おほくの方(ほう)
術(じゆつ)の中に。殊(こと)にすぐれて験(しるし)
あり。慎(つゝしみ)て法(ほう)のごとくすべし
△薬方
一 麝香(じやかう)《割書:五りん》 一 辰砂(しんしや)《割書:五分》
一 雄黄(おおう)《割書:三分》 一 草麻子(ひまし)《割書:とうごま也|皮をさり|三十六粒》
【右丁】
右の薬を新(あたら)しき茶碗(ちやわん)に入。
よく〳〵摺(すり)。白蜜(はくみつ)にてねり。新
しき筆(ふで)を以て。小児(しやうに)にぬる
なり。塗所(ぬりところ)左のことし
両の眉(まゆ)の間《割書:鼻筋(はなすし)の|うへなり》鳩尾(きうび)《割書:みぞおち也》
両の手の中 両足の裏(うら)《割書:土ふまず|なり》
以上の所々へ何も銭の大 ̄サニ ぬりまじなふ
と其まゝ薬を紙《割書:ニ而》のごひ去 ̄ル べし
間 ̄タ あれは其所少 ̄シ はれること事あり
毎歳五月五日午の刻(こく)。右の薬
を早朝(さうてう)より拵(こしら)へ置(をき)て。一人にて
一小児(いつせうに)をまじなふ也。薬の余(あまり) ̄リ【衍】
【左丁】
たるは。右の磁盆(やきもの)と筆(ふで)と共に。
流川(なかれかわ)へながし捨(すて)べし。くすりは
一ざいにて二人(ふたり)をまじなふ
べからす。一人にて二人をまじ
なふ事なかれ。若一ッ家(いへ)に子共
多(おゝく)あらば薬(くすり)も銘々(めい〳〵)に拵(こしら)へ。まじ
なふ人も別(べつ)にすべし。一人をまじ
なひ又 他(た)の小児(せうに)をまじなふ
事 賢(かた)く慎(つゝし)むへし。勿論(もちろん)前(まへ)
日(び)よりまじなはんと欲(ほつ)する
人は。清浄(せうじやう)に斎(ものいみ)して。不浄(ふじやう)な
【右丁】
らざる心がけ第一なり。かくの
ごとく如法(によほう)に教(をしへ)の如くだにま
じなへば。千人に一人も怪我(けが)
なし。秘中(ひちう)の秘(ひ)なり。近き比世(よ)
□【のヵ】人此方を用て。験(しるし)なしと
云人あるは。必(かならす)法(ほう)のごとくせざる
故也。慎(つゝしみ)て疑(うたが)ふ事なかれ
○小田氏家伝
馬(むま)の沓(くつ)新(あた)らしきを。男子(なんし)は
左 ̄リ。女子(によし)は右の足(あし)にはかせ。鼻緒(はなを)
の余(あまり)り【衍】を。其家(そのいへ)より五町程へだ
【左丁】
てし。川へ流(なが)し。右の沓(くつ)は雨(あめ)
露(つゆ)かゝらざる所へかけ置。疱瘡(ほうそう)
仕廻(しまい)候迄置く也。つゝがなく疱
瘡いへて後(のち)。件の沓(くつ)は五尺程地
を堀(ほり)。埋(むめ)候何やうの疱瘡(ほうさう)にても
さはりなく目出度 仕舞(しまい)候事う
たがひなし。奇妙(きめう)の方也。猥(みた) ̄リ に
不信(ふしん)の人に教(をし)ゆべからす
右の方所伝の書(しよ)の通。一 字(じ)
も違(たが)はずしるし置也
○神仙秘決(しんせんひけつ)《割書:此方殊に奇妙なり》
【右丁】
苦練樹子(せんたんのみ)を毎年十月 取(と)り。
干(ほし)てたくはへ。正月元日の夜。
四ッ半より九ッ迄の間。父にても
母にても。一人にて件(くだん)の。せんだんの
見実(み)一二升 煎(せん)じ小児(せうに)の遍身(へんしん)上
下あまねく残(のこ)る所(ところ)なく洗(あらひ)
浴(あらふ)べし。其 効(しるし)奇妙(きめう)也。此方を
毎歳用ゆれば。永《割書:ク》疱瘡(ほうそう)
の憂(うれへ)なき神方(しんほう)なり
○高野降念家伝《割書:秩父大宮の人》
鶏子(にはとりのたまご)《割書:一箇|ひとつ》其 子(こ)の姓名(うじとな)を書付(かきつけ)
【左丁】
其 家(いへ)の門の入口 真(まん)中へ埋め
置べし。かならずつゝがなく 疱
瘡する也。其 験(しるし)うたがひなし
○疱瘡(ほうさう)はしか共にまぬかるゝ方
一 紫石英(しせきゑい)《割書:二分》 一朱《割書:二分五リン|土器にて少いる》
一 大黄(たいわう)《割書:一両》 一 紫草根(しそうこん)《割書:一両》
右四味 細末(さいまつ)して。磁器に入。
清浄(せうしやう)なる水にてとき。甲(きのへ)
子の日。又は天(てん)しや日を用
て。小児(せうに)の眉(まゆ)の間にぬる也。
秘すべし〳〵
【右丁】
○稀豆神方(きとうしんほう)《割書:ほうそう世上にはやる|時かならす用へし》
一 金銀(きん〳〵)花(くわ)《割書:すいかつらの花の事也》
右一味粉にして。水飴(みつあめ)に
和(ませ)て。小児(せうに)にあたへ服(ふく)せし
む。此方甚たやすくして。
其効尤妙也薬の得(ゑ)やす
きを以て不信(ふしん)の心を生
ずる事なく用こゝろみ
て。其伝のむなしからざる
事をしるべし
○同 秘方(ひほう)
【左丁】
一 兔(と)糸(し)【絲】子《割書:好酒にひたし二夜を経(へ)て|煮かはかし皮を去り半斤》
一 玄参(けんしん) 《割書:四両》
右二味細末して。煉(ねり)蜜(みつ)にて
丸し○是程にして一丸づゝ
毎日二度ヅヽ用ゆ但し疱(ほう)
瘡(さう)世間に流行する時用 ̄ユ。
是は唐(もろこし)の書(しよ)に出たる方也
婁江王相公伝也
○向井氏伝
大晦日の夜。はもと云 魚(うを)。大なる
は一ッ。小ならは二ッ三ッ《割書:但 ̄シ兼て干たるを|求め置へし》
【右丁】
煎(せん)じて小児を洗浴(せんよく)すべし。
洗て後(のち)。しはらくして清き湯に
て洗ふべし。初(はし)め洗ふ時。な
まぐさきをいとふ事なく身の中
残る所なく洗ふべし。若(もし)うた
がはしく思ふ人は。手足の内一所
のこして洗ふべし。あらはざる所
必ず痘瘡(はうさう)出る也。但 ̄シ はもと
いふ魚(うを)。関東には稀(まれ)也。あらかじ
め乾(ほし)たるを求(もと)め置て可也
○又方あしき疱瘡を治す
【左丁】
一橘《割書:ほしたるを|五分》但 ̄シ橘皮にてもよし
一 萆薢(ひかい)《割書:五分》
右二味 常(つね)のごとく煎(せん)じ
用ゆる時に至(いた)りて。上々の
金 箔(はく)三枚入て用ゆべし。
いかよふの悪(あし)き疱(ほう)瘡も立(たて)な
をし快(こゝろよく)なる事神妙の寿方也
○疱瘡(ほうさう)伝染(うつら)ざる法
一 桃(もゝ)の枝《割書:東方へさしたるを 五寸》
一柳の枝《割書:流川に近きを 五寸》
一 紅花(こうくわ)《割書:一両》 一 桑(くわ)の枝《割書:五寸》
【右丁】
一 糸瓜(へちま) 《割書:蔓(つる)と共に一 箇(ツ)》
右五種を煎(せん)し。つねに
浴する如く。遍身(へんしん)残る所
なく洗ふべし。此方世間
に疱瘡(ほうさう)流行(はやる)時。かならず
用ゆべし
○稀痘(きとう)方
《割書:此方甚むつかしく用難しといへ共|其効ある故にしるす》
一赤小豆 一 黒大豆(くろまめ)
一 菉豆(やへなり) 一 甘草(かんさう) 《割書:各細末一両》
右四味の粉薬(こくすり)を。竹の筒
【左丁】
の上皮(うはかは)をけづり。跡さきに
節(ふし)をこめ右の薬を入た
る方の穴(あな)を杉の木(き)【別本による】にて
かたくつめ。少(すこし)もすきま
なきやうにして其上を黄(らう)
蠟(らう)にてふうじ縄(なわ)《割書:但 苧縄(おなは)よ|し》
にて繋(つな)ぎ雪隠の中に入
置事。寒(かん)三十日が間。三十日
へて取出し。筒(つゝ)を清く
洗ひ風にあて。一両日置て
竹を破り薬を取出し
【表紙】
【付箋】
NO1552
847
190
【題簽】
痘家初心問答
【右丁】
淡海翁編輯 《割書:千里必究|不許贋梓》
《題:痘家初心問答》
鷦鷯館蔵書
【赤四角印】温故而知新
【赤四角印】■生■
【左丁】
痘家初心問答序
拱-把 ̄ノ之桐-梓。人苟 ̄モ欲 ̄ス_レ生 ̄ンコトヲ_レ之。皆知 ̄ル_下所_二-以 ̄ノ養 ̄ヲ_一レ之 ̄ヲ
者 ̄ヲ_上。況 ̄ヤ慈-父無 ̄ンヤ_下不 ̄ル_レ愛_二-育 ̄セ其 ̄ノ-子 ̄ヲ_一者_上乎。雖 ̄トモ_レ然 ̄ト。寿-夭
不 ̄ハ_レ同 ̄カラ命 ̄ナリ也。桐-梓殖 ̄スレトモ_レ之 ̄ヲ。若 ̄キハ_二肥-磽 ̄ノ_一則地 ̄ナリ也。嗚-呼。
四-海太-平。元-元浴 ̄シテ_二徳-化 ̄ノ之余-波 ̄ニ_一。而親_二-炙 ̄ス恒 ̄ノ-
産 ̄ヲ_一矣。彼 ̄ノ天-疫流-行 ̄ハ時 ̄ナリ也。人-固(モトヨリ)憂 ̄フ_レ之 ̄ヲ。其 ̄ノ-中痘
滋《割書:〱》-甚 ̄シ。雖 ̄トモ_二 天-命周-行 ̄ト_一。可 ̄シテ_下以_二 人-意 ̄ヲ_一避 ̄ル_上レ之 ̄ヲ。而 ̄シテ至 ̄ルハ正-
命 ̄ナリ也。君-子順 ̄ニ受 ̄ク_レ之 ̄ヲ。何 ̄ソ-独至 ̄テ_二於痘 ̄ニ_一而疑 ̄ハン_レ之 ̄ヲ。越(コヽニ)
【赤四角印】遠加文庫
【赤四角印】帝国図書館蔵
【丸印】 帝図 昭和十八・三 一七・購入・
【右丁】 【枠外】鷦鷯館蔵書
淡-海-翁 嘗(カツテ)有 ̄リ_二卓-見_一。従-容 ̄ニ所 ̄ノ_二輯-録 ̄スル_一痘-家-初-心-
問-答 ̄ノ書-成 ̄ル。余通-覧 ̄シテ-曰ク。詳 ̄ナル-哉言。思 ̄フニ暁 ̄シ_二庸-俗 ̄ノ之
畏-影 ̄ヲ_一。撫_二-養 ̄スルノ孩-提 ̄ヲ【一点脱ヵ】之一-助。信 ̄ニ是 ̄ノ-書為 ̄ナリ_レ通_二-暁 ̄センカ觳-
觫惻-隠 ̄ノ之情 ̄ヲ_一也。非 ̄ス_二敢 ̄テ達-識 ̄ノ所 ̄ニ_一レ過 ̄ル_レ目 ̄ヲ。故 ̄ニ以 ̄ス_二国-
字 ̄ヲ_一。及 ̄ンテ_レ請 ̄フニ_二其 ̄ノ-序 ̄ヲ_一為(ナス)_二贅-言 ̄ヲ_一。
明-和第-七歳 ̄ハ次 ̄ル_二庚-寅 ̄ニ_一秋九-月
大坂 山川雄駿 選
【左丁】
痘家初心問答(とうかしよしんもんたう)
○弟子(ていし)問(とふ)て曰(いわ)く世人(せじん)子(こ)を育(そだつ)つるに当歳(とうさい)より五六歳に至(いた)る迄(まて)
乳味(にうみ)を与(あた)へ食物(しよくもつ)はわづかつゝ喰(くは)しむいかんして可(か)ならんや
師(し)答(こたへ)て曰く乳味は素(もと)精血(せいけつ)の化(くわ)する所(ところ)の物(もの)なればその性(しやう)
甘寒(かん〳〵)と云(いふ)へし久(ひさ)しく用(もち)ゆれば脾胃(ひゐ)脆(もろ)く《振り仮名:肌肉筋骨|きにくきんこつ・はたへしゝすしほね》も
軟弱(なんじやく)とてたよわし若(もし)蔵府(ざうふ)の厚(あつ)からん事(こと)願(ねが)はゝ二才に
向(むか)ひて乳(ち)の外(ほか)食頃(しはらく)に及(およ)びて米穀(べいこく)野菜(やさい)を少(すこ)しつゝ
《振り仮名:滋味|じみ・うをるい》をもたま〳〵に喰すへし三才に至ては《振り仮名:生硬|せいかう・なまかたき》の熟(こな)れがたき
物も時々(とき〳〵)あたへ自然(しぜん)と脾胃に馴(なれ)しむれは食事(しよくじ)の害(がい)に
【赤印】帝国図書館蔵
【「左ルビ」は、《振り仮名:親文字|右ルビ・左ルビ》の書式で表記する。表示例は左記】
《振り仮名:親文字|右ルビ・左ルビ》
【右丁】
あふ事 少(すくな)し丈夫(じやうぶ)なれば諸病(しよびやう)にたへしのぎ易(やす)し尤(もつとも)疱瘡(ほうそう)は
怯(ひわづ)なる児(こ)は却(かへつ)て軽(かろ)く実性(じつしやう)なる児は却て重(おも)きもありといへども
生質(むまれつき)に胎毒(たいどく)の多少(たせう)有(ある)ゆへと見(み)えたり
○又問て曰疱瘡はいづれの時代(じだい)より《振り仮名:流行|りうこう・はやり》して来(きた)るや
師答て曰く痘瘡は中華(から)にも古(こ)代はなし此故(このゆへ)に素問(そもん)
霊枢等(れいすうとう)に《振り仮名:痘瘡|・もかさ》《振り仮名:麻疹|ましん・はしか》の説(せつ)見(み)へず後漢(ごかん)の末(すへ)に至り異(い)
国(こく)より移(うつ)り来りたるにや虜(りよ)瘡と名付(なづけ)たり日本(につほん)にては
聖武天皇(せうふてんくわう)天平(てんへい)七 年(ねん)の夏(なつ)よりはやり始(はしめ)しと伝(つた)ふ
○問て曰 今(いま)此 国(くに)にも終身(しうしん)せざる所もあり流行する地(ち)にも
【左丁】
曽てせさる人(ひと)ありいかん
答て曰痘瘡は一 ̄ッ奇邪(きじや)とて疫癘(ゑきれい)なり大人(たいしん)小児(しやうに)共(とも)時 有(あり)て
其(その)邪人の虚実(きよしつ)によりて侵(おかさ)しかたき時は間(まゝ)のがるゝも多(おふ)し
大人に至て是をうくるも有但し土(と)地《振り仮名:厳密|げんみつ・きひしく》にして侵す事
成(なり)かたき所も有或は胎毒なき人有てせぬもあり
○問て曰土地に依(よつ)て疫邪の犯(おか)ざる事いかん
答て曰厳密の地に居(い)ては疫邪犯さる所あり和州(わしう)吉野(よしの)の
辺(へん)十津川(とつかは)紀州(きしう)熊野(くまの)龍神(りうじん)九州には五嶋(ごとう)平戸(ひらど)天草(あまくさ)等(とう)は
多(おゝ)くせぬよし飲食(のみくい)衣服(きもの)其人に応(わう)ずれば胎毒も少
【右丁】
き理有ん尤 偶(たま〳〵)受(うけ)来るも有是 則(すなはち)胎毒あるか故一時の虚に
乗(じやう)して犯すなるべし又一 ̄ッ生(しやう)の間せざるに二つ有 世(よ)の人 知(し)る
所 天赦日(てんしやにち)に出(しゆつ)生する子は是をまぬかると云(いへ)り又生れ来るより
食 養生(ようしやう)服薬(ふくやく)してのかるゝも有
○問て曰 中古(ちうこ)以前(いぜん)は痘にて死(し)する事 稀(まれ)にして麻疹にて
過半(くははん)死せりといへりいかん
答て曰 古(いにし)への諺(ことはさ)に疱瘡はみめ定(さだ)め麻疹は命(いのち)定めと
いへり古今 異(こと)なる事有へからす畢竟(ひつきやう)胎毒の多少に由(よつ)て
軽重(けいじう)ありと見えたり其故は《振り仮名:富貴|ふうき・とみたつとく》の家(いゑ)寵愛(とうあい)【注】専(もつは)らにして
【左丁】
衣(い)食とも甘美(かんび)《振り仮名:温飽|うんはう・あたゝかあく》を《振り仮名:長過|ちやうくは・すご》し生来の胎毒に培(つちか)ひ
糞(こや)して肌 体(たい)を軟弱ならしむれは死 証(しやう)も多かるべし
彼(かの)山(さん)《振り仮名:野厳密|・へんひやまよせ》の境(さかい)に至ては衣食共《振り仮名:菲薄|ひはく・うすく》にして曽て
胎を受流のむかしより毒を積(つみ)畜(たくは)へずゆへに死するも少し
只(たゞ)《振り仮名:容貌|ようほう・すかた》の以前(いぜん)とかえるを云なるべし麻疹は人の軽忽(おろそか)に
思(おも)ふ者なれば外来(ぐわいらい)の疫邪 深(ふか)く《振り仮名:腠理|そうり・けのあな》に入て遂(つい)に熱(ねつ)蔵
府を焦(こが)し或(あるい)は解(げ)毒を用ひず又は宿(しゆく)食 風(ふう)寒 虫積(ちうしやく)
の為(ため)に麻毒 発起(はつき)せずして死するを云なるべし
○問て曰 其(その)胎毒と云は産(むま)るゝ時 母(はゝ)の悪(お)露を呑て生する
【注 「寵愛」の振り仮名「とうあい」は「てうあい」ヵ】
【右丁】
と云ものありいかん
答て曰 夫(それ)然(しか)らす世に袋(ふくろ)子を産(う)む人あり母の《振り仮名:穢気|ゑき・けかれ》を呑
ずといへども痘瘡をやむ母の悪血(あくけつ)にもあらず是は此胎を
《振り仮名:露水|ろすい・さはあひ》の節(せつ)受て本元(ほんげん)の一 ̄ツ気(き)と成(なる)より毒を子に譲(ゆづ)りたる
なり親(おや)かつて父母(ふほ)の精血を以て其体を成(な)しふたゝび妻(つま)
と配合(はいがふ)して是を産(さん)す男女の間 陰陽(いんやう)の《振り仮名:偏勝|へんしやう・けかち》気血の
《振り仮名:清濁|せいだく・すみにごり》精 液(ゑき)を洩(もら)す時 何(なん)ぞ択(ゑら)ぶ事あらんや故に貴《振り仮名:賤|せん・いやし》
等を別(わかつ)といへとも此毒の多少児に遺(のこ)さすんば有べからず
加之(しかのみならず)乳母《振り仮名:哺食|ほじき・くいもの》にも其性の《振り仮名:好悪|こうお・このむにくむ》を考(かんか)へざれは父母より無(む)
【左丁】
毒の出生も自然は胎毒を得(ゑ)ずんはあらず古へ妻(さい)を娶(めと)る
に《振り仮名:同姓|どうせい・おなしうぢ》をさけ異(い)姓をむかへ《振り仮名:妾|しやう・てかけ》をおくにも其姓を《振り仮名:卜|ほく・うらなふ》せり
誠(まこと)に気血の善悪(せんあく)をゑらぶに有 且(かつ)胎《振り仮名:教|けう・おしへ》ありて《振り仮名:妊娠|にんしん・はらむ》せる
婦人(ふじん)を行儀(きやうぎ)正(たゞ)しからしむ然(しかふ)して後(のち)に子生 ̄ルれば《振り仮名:形容|けいよう・かたちすかた》も
《振り仮名:端正|たんせい・たゝしく》にして其 才智(さいち)も人に勝(すぐ)るゝといへり是又《振り仮名:無後|むご・のちなき》の憂(うれへ)
少からしむるなるべし
○問て曰其胎毒の毒たるいかなる気血より生じて《振り仮名:安危|あんき・やすしあやうし》の
別(べつ)ありや
答て曰古へは胎毒少く今(いま)は多しと見ゆ然る所以(ゆゑん)は今や
【右丁】
太平の治(ち)にあふ事すでに百六十年に及べりゆへに衣食の
労(らう)少く身は《振り仮名:安逸| いつ・やすらか》にして聊(いさゝか)も《振り仮名:奔亡|ほんほう・はしりにぐる》の辛苦(しんく)なく所謂(いわゆる)
父母たるもの温飽の間に病(やまい)を醸(かも)し終(つい)には其子に《振り仮名:種類|しゆるい・たね》
を残(のこ)す況(いわん)や性行も多くは教に肖(に)れるをやその胎毒と
成に三の品(しな)あり血と熱と湿(しつ)なり或は湿熱と合(がつ)し或は血熱
と合し或は偏(ひとへ)に湿或は偏に熱《振り仮名:伝遷|てんせん・つたへうつり》変(へん)化して後胎
内(ない)の一毒と成 癩病(らいびやう)黴瘡(ばいさう)瘵疾(さいしつ)喘息(ぜんそく)癇(かん)積の類(るい)みな
父母の譲り家を継(つく)の病世に多きすべて胎毒といふ共
宜(むべ)なり但し多少時において過不及(くはふぎう)ありて邪のふるゝに
【左丁】
或はかろくしのき或は重くて死すべし生々(せい〳〵)不(ふ)息の理より
考へ見れば天地の間陰陽の偏正 日月(じつげつ)の運(うん)行に連(つれ)て
《振り仮名:寒暑| しよ・さむさあつさ》《振り仮名:春秋|しゆんしう・はるあき》大過不及の気候(きこう)有に似(に)たり気血も又
虚実の違(たがい)有かゆへなり
○問て曰胎毒の由来(ゆらい)つまびらかに命(めい)を承(うけたまは)りぬ此毒を
《振り仮名:消解|せう ・けしとく》して痘瘡をあらかしめ防(ふせ)ぎのかるゝ理ありや
答て曰世人 既(すで)に呪法(ましない)を用ひてのがれ仏(ぶつ)神に祈(いのり)て軽
からしむ況や医道(いだう)の聖(せい)たる無(な)しと云べからす其 法(ほう)古
へより伝来に数多(あまた)術(じゆつ)あり 我 邦(くに)にも試(こゝろ)み用て俗(そく)
【右丁】
間(かん)にも略(ほゞ)知る人あり八丈 嶋(がしま)に朝夕(あさゆう)喰物にして益(ゑき)ある
よし都菅草(あしたばくさ)と云あり此物胎毒を生ぜざるにや
曽て痘瘡なしといへり然れば養生 禁忌(きんき)して免(まぬか)
るゝ品なきに非(あら)ず是故に世の人用て効(しるし)を得(ゑ)たるを以(もつ)
て左(さ)の末に記(しる)して知しむ
○問て曰 證治準縄(しやうちじゆんじやう)に《振り仮名:生下|むまれおち・ げ》して其子の臍帯(ほそのを)を焼(やき)て
児に服(ふく)せしむれば痘瘡を免れ或は軽しと云へり或(ある)人
是を用ひしに三子の内(うち)一人は死し二人は全(まつた)く治(ぢ)したり
といへりしかれば八丈草も信(しん)しがたきに相(あい)似たり
【左丁・白紙】
【右丁・白紙】
【左丁】
答て曰 臍帯(さいたい)にてかろからぬは前条(せんでう)に述(のぶ)る通り遺毒の
深(ふか)きゆへに死するも重きも有べしわづかに用ゆる臍帯
を頼(たの)みてしかり菜力の加工(かせい)を入て救(すく)ふべし痘の出心
よくしてのち邪熱入又は他病元気のつかるゝに乗し
本より其子 自己(じこ)の《振り仮名:癇癖| へき・かたかい》虫積( ・むし)にて死するも有へし
格致余論(かくちよろん)に一儒生(いちじゆせい)五子有しにみな痘にて死せりと
て李東垣(りとうゑん)に告しに東垣その人 紅孫瘤(こうしりう)病毒有
事を診(しん)し得て治せられし後子を痘に失(うしな)はずと云
説あれは父母より生する根ざしを察(さつ)すべき事なり
【右丁】
○問て曰初心の者痘の期(き)日を知らずいかゞして可ならんや
答て曰 凡(およそ)日限三日つゝを定候(でうかう)として三五十五日を大
法とす十候を立たるもあり左に記す
大法 発熱(ほつねつ) 報痘(ほうとう) 起脹(きてう) 貫膿(くわんのう)
収靨(しうゑん)
十候 初(しよ)熱《割書:ほとほり|》 初 出(しゆつ)《割書:ほみせ|》 出斉(しゆつせい)《割書:でそろい|》 起 泛(はん)《割書:みづもり|》
行漿(こうしやう)《割書:あかうみ|》 漿足(しやうそく)《割書:やまあげ|》 回水(くわいすい)《割書:ふでゆい|》 収(しう)靨《割書:かれしほ|》
【左丁】
発熱《割書:ほとほり|三日》一 ̄ッに序(じよ)病とも云
此証風寒食 傷(しやう)等にまぎるゝゆへ薬(くすり)は升麻葛根湯(せうまかつこんとう)加
減(げん)敗毒(はいとく)散を用て汗を出さしむれば熱解して痘出る也
但し《振り仮名:看法|かん ・みやう》あり手の中 指(し)耳(みゝ)の輪(わ)鼻(はな)の頭(かしら)尻(しり)の尖(とが)り
足(あし)の指(ゆび)冷(ひゆ)る有或は頭痛(づつう)腰痛(こしいたみ)腹(はら)痛 吐逆(ときやく)煩(はん)熱 甚(はなはた)し
きも有小児は搐搦(ひくめき)客忤(おびへ)天吊(そらめつかい)する也大人は只煩
熱頭痛腰 脚(あし)だるく煩疼(いきれいたむ)多し左の一 ̄ツ方(ほう)は予(よ)が
先考(ちゝ)多く用て効(しるし)を得られし故こゝにのす
蘓陳(そちん)湯 紫蘓葉(しそよう) 陳 橘皮(きつひ) 糸瓜(しくわ)《割書:|各等分》
【右丁】
甘草(かんざう)《割書:少|》 生姜(しやうきやう)《割書:一 片(へき)|》 右大小に応し分 量(りやう)して
煎(ぜん)じ用ゆる事三日の内汗を発(はつ)せばかぎりとす
べし強(しい)てすゝむべからず熱さり痘 快(こゝちよ)く出るなり
報痘《割書:ほみせ|三日》出そろいをかねて云
頭 粒(りう)を俗に御先頭(おせんとう)と云はやく出たるの義也出かぬるに
虚証ならば保元(ほうけん)湯にて出すへし通用(つうよう)は紫草 化斑(けはん)
湯又は透肌(とうき)散にて出す此時吐 瀉(しや)あるは熱つよきわ
ざなり神 功(かう)散に升麻少し加(くわ)へ用ゆ顔(かほ)の色一 ̄ツ片(へん)に赤(あか)
きには前胡(せんご)を倍(ばい)し加ふへし
【左丁】
起脹《割書:みつもり|三日》此時を起泛とも云
此時起脹かひなきはむつかしく外邪に押(おさ)へらるゝは千金内托(せんきんないたく)
散にて発すべし虚して起脹せぬせぬは帰茸(きじやう)湯或は十 全(せん)大
補(ふ)湯に鹿(ろく)茸を加へ与べし若毒気 強(つよ)く稠密(ちうみつ)とて
地 界(がい)分(わか)たずべつたりとするは犀角消毒飲(さいかくせう いん)瘡毒(くさけ)
多くして起脹せぬは散は消毒丸(せう ぐわん)を用て解散すべし惣(そう)
身(み)くさ気にて痒(かゆ)がるは此丸薬用てよし血気不足し
かゆがりかき破(やぶ)りもだへるは参芪(じんぎ)桂附(けいぶ)【注】の類に乳汁(にうしう)酒(さけ)丁(てう)
香(かう)などを内托八物の類に加へ用ゆへし但し起脹せば
【注 「桂附」は「桂枝加朮附湯」ヵ】
【右丁】
薬剤(やくざい)を緩(ゆる)くして用ゆ桂附多けれは上(かみ)を《振り仮名:薫蒸|くんじやう・むし》して
眼(まなこ)へ毒入へし余(よ)熱にて腫(しゆ)物多く出る事有
貫膿《割書:山あけ|三日》漿足とて血にと〳〵く化して膿(うみ)と成也
みちふくるゝを善(よし)とす此時しらけ色(いろ)にはりなきは冷(ひ)へ
たるか瀉(くだ)りたるゆへに山あけぬ也内托散に丁香乳汁
糯米(もちこめ)を加へ用ゆれば貫膿する也此時《振り仮名:寒戦|かんせん・ふるふ》《振り仮名:咬牙|かうけ・はぎり》
あるは甚た虚証なり附子理中(ぶしりちう)湯用ゆべし若《振り仮名:周身|しうしん・みがら》
《振り仮名:擦破|さうは・すりやふる》するは新(あたら)しき瓦(かはら)の粉(こ)を以て摻(ひね)りかくべし乾嘔(からゑづき)
には異功(いこう)散用ゆべしとかく油断(ゆたん)なく看病すべし
【左丁】
収靨《割書:かれしほ|三日》回水をかねて見るへし
此時回水とて膿《振り仮名:汁|じう・しる》内より小 便(べん)に下りて痂(ふた)つくる也
何れも追々(おい〳〵)かせるものなり此時惣身の気血衰へ
物事におそるゝ也はやく元気を引立へし若 初(はしめ)に解
毒の薬を用ひざれば収靨しかぬるなり発熱して煩
《振り仮名:渇|かつ・かわく》するには甘露(かんろ)回天飲を用ゆ但し一大 碗(わん)用て熱 去(さり)
かせる也多く用ゆれば蚘(くわい)虫とて食虫(わきむし)を呼出(よびいた)すもの也
蚘虫多く吐(はく)はむつかしく此時 瘀(お)血腹に滞(とゞこほ)り腹痛せは
手捻(しゆねん)散を用ゆへし通用(つうよう)の引立薬は保元湯 補中(ほちう)
【右丁】
益気(ゑきき)湯加減して用ゆへし
結痂《割書:はいとまり|三日》痘瘡かわらき痂作るを云
其 状(かたち)海贏(ばい)の尻のことく中 高(たか)にかさふたの成は吉(きち)症也
此時に先達(さたたつ)てさゝゆとて湯(ゆ)を浴(あみ)する也若余毒 尽(つき)
ざれは湯にてうみかへる也是を俗にうら打(うつ)と云はやき
故なり其時は消風(せうふう)散消毒飲をゑらび用ゆべし湯を
浴する事おそくすべし元気 復(ふく)せざれは風なと引て
あしくとくと整(とゝのい)て後にすへし通用の薬は加減補中
益気湯 斟酌(しんしやく)して用ゆ大補湯八物湯見合せ用ゆ
【左丁】
若結痂して虚煩とて熱出食すゝみがたきは加味
保元湯用ゆへし
還元《割書:しあけ|三日》結痂をい〳〵落(おつ)る時也
此時は元気甚た疲(つか)るゝ也八物湯大補湯ゑらび用ゆべし
痂落ても余毒あれは腹痛多し午房子飲を用
ゆべし宿食あらば香附子(かうぶし)宿砂(しゆくしや)を以て《振り仮名:消導| どう・こなす》すべし
咽喉(のんど)の痛には麦門冬(ばくもんとう)湯又は山豆根(さんづこん)一味を煎し服
すべし咳嗽(がいさう)痰喘(たんぜん)には清(せい)金散の類を用ゆべし
収靨まて三五十五日也結痂還元合して廿一日に本
【右丁】
復するを善とす症によりて養生服薬を主とせよ結
痂より以後風引食あたりはら泻しやすきゆへなり
○弟子問て曰右の日 数(すう)の内に変(へん)症有て治しがたきは
いかん
師答て曰変症数症あり定候の内甚しきも有
発熱之時 狂躁(きやうさう)とて物ぐるわしき事 驚怖(きやうぶ)とて
おどろきおそるゝ事 天弔(てんてう)直視(じきし)とてそら目(め)つがい
めを見すゑる事 煩(はん)悶とて熱気つよく身もだへ
なやむ事 気 絶(ぜつ)とて目を見つめたえ入事
【左丁】
右はほとほりの常候といへとも甚しきは不治の病也
熱つよきがよきとて油断すべからす
報痘之時 痘 皮(かは)へ重内に在て出かね熱に焦れて
黒(くろ)く地はだと等(ひと)しきは急(きう)に発起すへし金銀
の入たる奇方を用ひよ世上にては金壱歩を煎し
用ゆるも熱毒を解し表(ひやう)をすかすこゝろ也治せ
ざれはけはしく危(あやう)し
起脹之時 痘の出たる中に赤く黒みがち成出もの又
むらさきにて蒲萄(ぶどう)の熟(じゆく)したるやう成は痘丁と云
【右丁】
或は紅(くれない)の糸(いと)すしを引有痘中に丁を発したるなり
急に針刺て悪血を去べし跡へ雄黄(おわう)紫草二色
細末(さいまつ)してふさぐべし貫膿の時にも有もの也
貫膿(〽[朱] )結痂の内痘毒眼へ入 星(ほし)など出或は烏睛(くろたま)あか
く後どみるもの也大 杼(じよ)の穴に灸すべし直(なを)るなり
外にあしき事あれば少しおそくても灸治すへし
結痂之時 痘癩とて手足の指覚へずして落る
なり不治の症也おちかゝりは血を増(ます)りやうちにて肌肉
を活(いか)し筋骨を補(おきな)へばよき事も有
【左丁】
○凶(けう)症あり手の折(おり)かゞみ尺沢(しやくたく)の穴其ほとりむらさき
或はあかき筋出るものは重きと知へし急に針せよ
尺 沢(たく)と是の折かゝみの委中(いちう)の穴と足の腨(こふら)の承山(しやうさん)の
穴俗にうら三里と云以上三ヶ所より三 稜針(れうしん)を以て
《振り仮名:浮血|ふ ・うきち》を刺取べし深く刺事なかれ
○出痘して蚕種(さんしゆ)蚊咬(ぶんかふ)とて蚊(か)の吶痕(くいど)ひへの粥(かゆ)のこと
きものは悪(あし)し夾疹(けふしん)夾斑(けふはん)とて麻疹 発斑(はつはん)のまじりたる
也ゆへに難治の症とす細(こまか)なるも王蜀黍(なんばんきび)の粒(つぶ)を撫(なづ)るに
ひとしくしつかりとするはよし俗にいばらものと云
【右丁】
○初熱より八九日に及て湯にむせ乳にむせて鼻へふき
出すものあり此 頃(ころ)は咽喉の道(みち)より内面(うちつら)へ痘出るゆへに
声(こゑ)もかるゝなり《振り仮名:呼吸|こきう・いき》の妨(さまたけ)に成てむする也丈夫に呑
喰するものは半分(はんぶん)たらず落つくゆへに別条(べつでう)なし尤も
これなくめいわくするは胃気つかれてああうし見点(でかけ)
のせつ声かわりたるは先(まづ)内面より痘出るが故に逆(ぎやく)
症なりきわめて不治の候とすへし
痘毒を除(のぞ)き生を延(のぶ)る薬法
【左丁】
延生(ゑんせい)第(たい)一方
児の臍の帯落てのち焼て性を存(そん)し霜(しも)とす
右(みぎ)之霜重さ五分有は朱砂(しゆしや)二分五 厘(りん)用ゆ
生地黄(しやうぢわう)当帰身(とうきしん)二味の煎汁を蜆殻(しゝみから)に一二 杯(はい)入
朱砂臍帯を和(くわ)しとゝのへ児(こ)の上腭(うはあご)或は乳母(うば)の乳(ち)
房(ふさ)に着(つけ)て呑しむ一日の内に用ひ尽すへし翌日(あくるひ)
大便に悪しき物下りて一生ほうさうをのがるゝ也
又方
糸瓜(へちま)蔓(つる)藤ともに陰乾(かけぼし)にして浴し并(ならび)に煎汁を
【右丁】
呑すへし痘出る事稀なり
一方
生地黄一味 濃(こ)く煎し児産れて一声も啼(なか)ぬ
内に二 口(くち)三口用ゆへし其子無病にて痘疹を免る
一方
鶏(にはとり)の卵(たまご)の内へ頸(くび)すじ白(しろ)き蚯蚓(みゝず)一 条(すじ)を入 立春(りつしゆん)
の日 煮熟(にじゆく)し児に喰しむればほうさうかろし
世上試み来る妙(めう)方
【左丁】
○白楊(まるはやなきの)蠧虫(むし)豆油(しやうゆ)に浸(ひた)し焙(あぶ)り食せしむ痘出て用ゆれば
かゆきを治し毒を消す常(つね)にさい〳〵喰すへし
○鼠(ねつみ)の肉(み)を豆油に漬(ひた)し焙りさい〳〵喰すれは痘軽し
予も二方とも試しに効を覚へたり
○子規(ほとゝきす)の黒焼を用て痘かろし予か父効を記せり
○又 草薢(ところ)を煑て汁を呑しめ并浴すれはよし和州
南都(なんと)には専ら是を用ゆるよし聞(きゝ)伝へぬ
○又 枳梖子(けんほなし)を喰せしむるもよし梨子(なし)の木(き)の枝(ゑだ)を煎
して呑しむるも痘をかろからしむといへり
【右丁】
○又 木通(あけび)の実(み)を喰せしめて甚たかろしといへり
或人の母七十 余(よ)歳にて疱瘡かろくせり幼(いとけなき)とき
山 家(が)に在しか此実を喰せし事多かりきかく年(とし)
月を経(へ)しも此しるしにやかろくしのき九十歳余
に及べりと聞つたへて我子にこゝろみぬ《振り仮名:市中|し ・まちば》は得かた
き故 尋(たづ)ね求(もとめ)て少しばかりを用ひしに其効あり
ときゝ侍(はべ)りぬ
疱瘡養生の法
【左丁】
○ほうさうあやかるといふ事あり本疫気に有形(うけい)の神
無(む)形の神有てふれおかすなれは不浄(ふじやう)の事あれば
痘いろ変じくろくくぼみこすりやぶり血をながす
也たとへ難治にて壱 両人(りやうにん)は死し壱人は別条なきも
あれば信ずるにたらねど先は不浄をいみて害ある
まじき也わかき女(おんな)の《振り仮名:経水|けいすい・つきのさわり》有時又は鉄漿を以て歯(は)
を染(そめ)たる時は其 場(ば)へのぞむべからず不浄を行(おこのふ)べからず
あやかる時は胡荽(こずい)酒を寝所(ねま)の四壁(かべ)に吹(ふき)かくべし
○ほうさうかゆきは乳香(にうかう)を衣衾(ふとん)の下(した)にてたくべし
【右丁】
其まゝやむ菓子盆(くわしぼん)の底面(うらそこ)を爪(つめ)にて掻(かき)てやむも有
○痘瘡水もりして目戸(まど)をふさぐ事有むせては眼(がん)
中に星なと出る也天 目(もく)に汲(くみ)立の清(きよ)き水を十分に
入て其児の寝所の入口につり置(おく)べし少しは見ゆる也
○眶(まぶた)に紅粉(べに)を濃く水にてときぬるべし目に入ぬためなり
顔内へぬるはあと
○痘瘡の痕(あと)つかぬやうには痂落て直に酥油(そゆ)を塗(ぬる)べ
し山 吹(ふき)の花(はな)かげぼしを胡麻(ごま)の油(あぶら)にてねり付べし
○ほうさうのあいだにむせて虱(しらみ)蛆(うじ)なと生ずるときは
【左丁】
柳(やなぎ)の葉(は)をしきねに多くしくべし虫こと〳〵く去也
○弟子の曰く右(みぎ)件(くたん)の方法のこる所なく領掌(れうしやう)せり請問(こいとふ)世人
うにかふるを用て妙なる事を知れりしかれども其 功(こう)
なきはいかん
師答て曰 必(かならず)難治の時においてはうにかふるも治する事を
得ず世の親たる人重きに至て直(あたい)の貴(たつと)きを頼む誠
に渇して井を鑿(ほる)にあらずや不治の症に壱弐分の
薬 乃至(ないし)五六分用ゆとも其危きを転(てん)し善候(せんかう)と成
【右丁】
べきで汝(なんぢ)か為(ため)に是をいわん夫 一角(いつかく)は何(なに)のけものぞや世に
真(しん)の一角を相(めきゝ)する人稀也我先師よく別(わか)てり本草
犀角の条下(でうか)に通天犀あり是その角也 独角獣(とくかくじう)と
覚へたる人多し此獣《振り仮名:頭|・かしら》上《振り仮名:額|かく・ひたい》上 鼻頭(びとう)ともに眉間(みけん)の
真中(まんなか)通り ̄に在て三ヶ所一角づゝ有を以て一角と呼(よぶ)その
内鼻角は小(ちい)さし頭額の角は大(おゝ)いなりほうさうには
鼻角一名食角一名 奴(ぬ)角と云を用ひてよく毒を
消し熱を解し悪気をさり《振り仮名:怔忡|せいちう・むねさわぎ》をしづめ動(どう)気を
安(やす)んず余(よ)の角(つの)も用て試むるに奴角にはおとりぬ
【左丁】
水死中毒《振り仮名:骨咬|こつかう・のとけ》傷寒発狂陰症中寒 霍乱(くわくらん)中
風《振り仮名:麻木|まほく・しひれすくむ》《振り仮名:丹毒|たんどく・はやくさ》《振り仮名:発斑|・ほろせ》等いづれも症に臨(のぞん)て二三分よ
り五六分 不知(きかぬ)ときは壱 銭(せん)目余もさゆ又は煎じ用ゆ
○弟子問て曰 牝牡(ひんほ)の角かたち同(おな)じきや真偽(しんぎ)ともにいかん
師答て曰牝牡 異(こと)なり牝(め)の角は形(なり)多く檘(ひら)【注】み外面(そとつら)は
縦(たて)にあさき溝(みそ)あり色は淡(あわ)く黄(き)にして截口(きりくち)外と内と
の分ち雪(ゆき)の輪(わ)を見るごとく中の文理(もく)は象牙(ざうげ)のことく
牡(ほ)は略丸く外面 粟(あは)粒の小きを并べたるごとく斜粉(なゝこ)の
細工(さいく)にも似て左りまきの縄(なわ)目あるに似たり外と内の文
【注 「檘」は「辟」又は「闢」ヵ】
【右丁】
理は牝牡ともに同しく象牙の腠理(きめ)に類せり大 扺(てい)象牙
のかさ程(ほど)をかけて見れば象牙はかろく一角は甚た重し
細工にしては其状別ち かだ([ママ])し《振り仮名:鯨骨|けいこつ・くしら》はいつわり作りて象
牙にも肖る事あたはずあらわに見ゆる物なり直(あたい)の高
きとて偽(いつわる)物を用へからす何の益か有べき其上難治の
罪を真(まこと)の一角に保(おふ)せて無失(むしつ)の疵(きす)を蒙(かふむ)らしむべからす
予か家(いへ)秘蔵(ひさう)せし所の通(つう)天 梅花片(ばいくはへん)の一方一角の入たる
霊剤(れいざい)なり汝か知れる所の治験(ちけん)にて真なるを得(う)べし
○又問ふ世間 紅毛(おらんだ)伝来する所のテリヤアカと云物効シ
【左丁】
ありと云へり用べきやいかん
答て曰本草に底野迦(ていやか)と出(いで)たり此物 諸獣(しよじう)の脂(あぶら)血を
以て《振り仮名:香竄|かうざん・にほひいり》の気薬をねり合せたる也水もり山あけ
に効有とて用ゆ《振り仮名:汚穢|を ・けがれたる》の《振り仮名:雑|ざつ・まじへ》物なれは用べからす鹿茸を
薬に加て用ゆるがよし同類(とうるい)なるを以て重宝(ちやうほう)せらるゝ
と見ゆとかく病症に臨て治方考べし此かぎりには
あらす術を行ふはひろく書を見るにしかず
【右丁・白紙】
【左丁】
此書素は淡海先生初心の諸生に示し
たる辞なり予思わく世の人痘瘡に
依て児を失ふ事多くあれは不幸の
死をうらみ悔る事かきりなからん爰に
先生の先考寿庵先生仁術にふけり
曽て痘瘡治験録あり今其一方を
此篇発熱証治の下に著す其余は
【右丁】
期日の方名を載すといへとも薬品分量は
医家者流の預る所なれは俗人の知りて
惑ひと成へきゆへ本書に譲りて是を省
き只論弁の取捨をさとさしめ且世の
わけなき人の砭針ならん事をとこゝかしこ
要又を指みて導ぬ医方家の見る爲
にはあらす大槩を挙るのみ
【左丁】
于時
明和六己丑年春三月
淡海先生門人 街立蔵識
明和八年辛卯正月鏤也
浪華書肆發行 柏原屋清右衛門
田原屋平兵衛
裏表紙
《題:疱瘡雨夜談》
雨夜談自序
疱瘡の名古になし医学入門に周の末秦のはしめ
にありといへと穏ならす肘後方に東漢の建武年
中に南陽にて虜を撃しとき其毒にそみて中国に
流布す故に虜瘡といふとあり外台秘要には唐の
高宗の永徽四年西域より中国へ移り来るといへり
此瘡変化はかりなきゆへに聖瘡ともいふ又一生に一度
は百歳になりてもやむゆへに百歳瘡とも云又天行疫
病なるゆへに天瘡或は天花瘡ともいふ又其瘡の形豌
豆に似たるゆへ豌豆瘡又は登豆瘡ともいふ其外の書
にはおほく痘瘡と云て疱瘡とはいはす病源候論
に時気頗瘡疫癘皰瘡とあり聖済惣録にも皰瘡
とありて疱瘡とはいはす外台秘要に初て豌豆疱瘡
と出たり我朝にては人皇四十五代聖武天皇天平八丙子年
筑紫の人新羅国に漂流しはしめて此病にそみ来りし
より日本に流布すといふ貝原氏の和事始にも聖武天
皇の御時甚仏法を尊信したるゆへに其功徳なく
天皇の御末もめとなく絶たまひ剰あやしきやまひを
神国の人に伝へて万世諸人の憂となり侍るあさましき
事ならすや朝鮮の南秋江か著したる鬼神論に瘡疹の
病は鬼神の致す所とありしより神道者の説には神
国にもとなき病なるを聖武天皇の御時新羅国より
そみ来て日本に流布す住吉大神は三韓降伏の神なる
ゆへ此病にかきり住吉大神を祭りいのるゆへ痘神と
云も理有に似たれとも誣たる説ならむと貝原氏も記されたり
しかし預防の術も有へきにや予か伯母知多郡へ嫁して
其家医にして農なるゆへ菉豆をうへてある人の菉豆は
痘毒を解すといふを聞及ひ年々菉豆をたへられし故
にや八十余歳にて身まかられしか一生疱瘡をやます伯母
常に其事を予に告て存生の中年々菉豆を贈り越さ
れて予にたへさせられしか予三十歳に及ふ此まて年々菉
菉豆をたへしにや今年六十九歳になれといまた疱瘡を
やます此ころ雨の夜或人来りて疱瘡流行により預防
稀痘の方を尋求られしゆへ手近き書に出たるを語
り侍れは願くは梓に上せて保赤の一助にそへしとある
にまかせとり敢す小冊にし雨夜談と号すと云爾
享和三年亥二月 恬淡真人識
雨夜談(あまよはなし)
神功消毒保嬰丹(しんこうせうどくほうゑいたん)
毎年(まいとし)春分(しゆんぶん)秋分(しうぶん)の日一丸つゝ服(ふく)すれは痘毒(とうどく)を消(け)し右
のことく三年 服(ふく)すれは毒(どく)尽(つき)て一生(いつせう)疱瘡(ほうそう)をやまず
纏豆藤(てんづとう)《割書:かげほしにし|十五匁》生地黄(せうぢわう) 牛房子(ごぼうし)《割書:いる》 山査肉(さんざにく)《割書:各》
《割書:十匁》当帰(とうき)《割書:酒にて|あらふ》黄連(わうれん)《割書:酒をそゝき|いる》 桔梗(きゝやう) 防風(ぼうふう) 荊(けい)
芥(がい) 赤芍薬 甘草(かんそう)《割書:各五匁》升麻(せうま)《割書:七匁|五分》連堯(れんぎやう)《割書:七匁》
独活(とくかつ)《割書:二匁》赤小豆(あづき)《割書:七十粒》黒豆(くろまめ)《割書:三十粒》糸瓜(へちま)《割書:二ツ長さ五寸|はかわ霜を》
《割書:うけたるもの|黒やきにし》
右十七味 細(こま)かに粉(こ)にして砂糖(さたう)にかきませ李核(すもゝのたね)の大さに
丸し辰砂(しんしや)水飛(すいひ)して五匁 衣(ころも)にし一丸つゝ甘屮(かんぞう)の煎(せんじ)
湯にて用ゆ
梅英稀痘丹(ばいゑいきとうたん)
梅花蕊(むめのはなのしべ)《割書:七りんすり|たゝらかす》辰砂(しんしや)《割書:細かにすり水飛す|一匁》
右二味 節分(せつふん)の夜(よ)に砂糖(さたう)に交(まじ)へ服(ふく)す疱瘡(ほうそう)かならず軽(かろ)
し毎年(まいとし)用ゆれは痘疹(ほうそう)をやます一方に十二月梅花を
とりかげほしにし粉(こ)にして蜜(みつ)にてねり豆(まめ)の大さに丸し
酒(さけ)にて常(つね)に用ゆれは疱瘡をやまずともあり
四脱丹(しだつたん)
蝉脱(せんだつ) 蛇退(へびのぬけがら) 鳳皇台(ほうわうたい)《割書:にはとりのすもり|のからなり》神仙脱(しんせんだつ)《割書:ふたおや|の爪也》
右四味 等分(とうぶん)あふり粉(こ)にして蜜(みつ)にて菉豆(ぶんどう)の大さに丸
し毎年(まいとし)節分(せつぶん)の夜(よ)壱匁つゝ服(ふく)すれは疱瘡(ほうそう)をやます
玄兎丹(げんとたん)
玄参(げんじん)《割書:五両》兎糸子(としし)《割書:十両》
右二味 鉄(てつ)をいみ粉にして黒砂糖(くろさたう)にねりむくろし粒(つぶ)の
大さに丸し毎日三丸さたう湯(ゆ)にてもちゆ
代天宣化丸(たいてんせんげぐわん)
人中黄(にんちうわう)《割書:甲巳の年は二匁四分|其外の年は一匁二分》黄芩(わうごん)《割書:乙庚の年は二匁四分|其外の年は一匁二分》黄柏(わうばく)
《割書:丙辛の年は二匁四分|其外の年は一匁二分》梔子仁(しゝにん)《割書:丁壬の年は二匁四分|其外の年は一匁二分》黄連(わうれん)《割書:戌癸の年は|二匁四分》
《割書:其外の年は|一匁二分》山豆根(さんづこん) 牛房子(こぼうし)《割書:酒をそゝき|いる》連堯(れんぎやう)《割書:酒にて|あらふ》荊(けい)
芥穂(がいずい) 苦参(くしん) 紫蘇(しそ) 防風(ぼうふう)《割書:各九分》
右十二味 冬至(とうし)の日こまかに粉にして升麻(せうま)をせんし竹瀝(ちくれき)を
等分(とうぶん)にまぜ神曲(しんきく)を粉にしてとき糊(のり)にしまへの粉薬(こくすり)を
ねり丸し辰砂(しんしや)雄黄(ゆうわう)等分(とうぶん)よくすり粉にして衣(ころも)にかけ
疱瘡はゆるとき二三丸竹の葉(は)を煎(せん)じ用ゆかならず
ほうそうをまぬかるべしやみても至てかるし
人中黄(にんちうわう)こしらへやう大なる甘屮(かんそう)皮(かわ)をけつりさり青竹(あをたけ)の
ふしを一方に残(のこ)し切(き)り其(その)竹の中(うち)へ甘草(かんそう)をいれ竹の
口(くち)をきびしくふさぎ水(みづ)のいらざるやうにして大便(だいべん)の
うちへいれひたす事四十九日とり出しあらひほし中
の甘屮をとり出し日にさらしほしこまかに粉にす
稀痘万金丹(きとうまんきんたん)
羌活(きやうかつ) 樺皮(くはひ) 茜根(せんこん) 栝蔞根(くわろうこん)牛蒡子(こぼうし)《割書:いる》 天麻(てんま)
連堯(れんぎやう)《割書:各十匁》麻黄根(まわうこん) 升麻(せうま)《割書:各十五匁》当帰(たうき) 芍(しやく)
薬(やく) 川芎(せんきう)《割書:各七匁》
右十二味水二升にて煎(せん)じ五合になりて布(ぬの)にてこし
かすを▢り火にかけせんじつめ飴(あめ)のごとくにし蜜(みつ)を
すこし加(くは)へて別(べち)に辰砂(しんしや)五匁 雄黄(ゆうわう)竜脳(りうのう)各五分 麝香(じやかう)
七分 全蝎(ぜんくわつ)十四 箇(こ)あぶり蝦蟇(がま)の黒焼(くろやき)一匁五分右六味細
かに粉にしてまへの薬汁にてねりむくろじの大さに
丸し気(き)のもれぬ器(うつわ)にいれをき毎年春分秋分の日一
丸つゝ酒に兎(うさぎ)の血(ち)を少しまぜあたゝめて服すれは痘(とう)
毒(どく)をげしてほうそうをやまず又疱瘡はやる時にも
用てよし痘毒 大便(だいべん)より下(くだ)りてやまずたとへやみても
軽(かる)し
兎紅丸(とこうぐわん)
辰砂(しんしや) 甘草(かんぞう) 六安茶(ろくあんちや)
右三味 等分(とうぶん)粉にして十二月八日 午(うま)の時に兎(うさぎ)の生血(いきち)
をとりねり合て梧桐子(きりのみ)の大さに丸し毎月三六九の
日一丸つゝ服すれはほうそうをまぬかる
兎血丸(とけつぐわん)
十二月八日 兎(うさぎ)の生血(いきち)をとり雄黄(ゆうわう)の粉五分そばこ少しかき
あはせ菉豆(ふんどう)の大さに丸しかげほしにして当歳(とうざい)の小児(せうに)には
二三丸 乳(ちゝ)汁にてもちゆ必(かなら)す惣身(そうみ)に紅点(あかきもの)を吹出(ふきいだ)す是(これ)其(その)
しるし也小児是を服すれは一生ほうそうをやます仮令(たとへ)
やむとても至て軽し歳長(せいちやう)するに至りつねに兎肉(うさきのにく)
を食すへし
竜鳳膏(りうほうこう)
頸(くび)に白きすじある蚯蚓(みゝづ)生なから一ツ捕(とら)へ烏鷄(くろにはとり)の卵(たまご)一ツ
ちさき穴(あな)をあけ其 蚯蚓(みゝづ)を卵(たまこ)の内(うち)へいれ厚(あつ)き紙(かみ)に
糊(のり)してそのあなをふさぎ飯(めし)のにへる上に置(をき)むして
たまこのかたまる比(ころ)とり出し殻(から)をさり蚯蚓をすて
卵(たまこ)の肉(にく)を小児に食せしむ毎年 立春(りつしゆん)の日一ツつゝ食す
れは一生疱瘡をやますまた疱瘡はゆる時にも食し
てよし
扁鵲三豆飲(へんじやくさんづいん)
菉豆(ぶんどう) 赤小豆(あづき) 黒大豆(くろまめ) 《割書:各一升》 甘屮(かんそう)のふし《割書:二両》
右四味水八升にて煮(に)て豆よく熟(じゆく)したるときこゝろに
まかせ食し汁(しる)ものむ小児七日もちゆれは疱瘡をまぬかれ
たとへ煩(わつら)ふても軽(かる)し一方に黄大豆(きなるまめ)白大豆(しろまめ)各一升かへ
て五豆飲(ごづいん)といふ
鯽魚方(せきぎよほう)
鯽魚(ふな)大小にかゝはらす鱗(うろこ)膓(わた)をさり水にてよくあらひ芫
荽 細(こま)かにきり塩(しほ)少しませふなの腹中(ふくちう)へいれ厚(あつ)き紙(かみ)
につゝみ灰火(はい)の中にいれむし熟(じゆく)しかみをさり小児に
食せしむ常(つね)に食すれは疱瘡をやまず其 鯽魚(ふな)の
鱗(うろこ)膓(わた)骨(ほね)等(とう)みな土中に埋(うづ)むへし
鼠肉方(そにくほう)
大なる雄鼠(おねづみ)皮(かは)毛(け)膓(わた)穢(きたなき)をさりよくあらひ酢(す)に塩(しほ)
少(すこ)しいれ煮爛(にたゞら)し小児に食さすへし但(たゞし)小児に見(み)せ聞(き)
かすへからす一方に砂仁(しやにん)に塩(しほ)少し加へ煮(に)るともあり
蝦蟇方(がまほう)
八月大なる蝦蟇(かへる)をとらへ頭(かしら)皮(かは)膓(わた)足(あし)をさり清(きよ)く洗(あら)ひ
胡麻(ごま)の油(あふら)にしほ少しませ鍋(なべ)にていりつけ骨(ほね)を去(さり)
小児に食せしむ凡(およそ)十四五 匹(ひき)も食すれは疱瘡をやまず
稀痘方(きとうほう)
牛黄(ごわう)《割書:一匁》蟾蜍(せんじよ)《割書:三分》辰砂(しんしや)《割書:七分》糸瓜蔕(へちまのほそ)《割書:蔕(ほそ)に近き所|五寸計きり》
《割書:くろやき|にして五匁》
右四味 細(こま)かに粉(こ)にして当歳の児は壱分 砂糖(さたう)にて調(とゝの)へ
服すかならずほうそうをまぬかる
又方
辰砂(しんしや)《割書:至てよろしきを|一匁すりこまかにす》麝香(しやかう)《割書:五厘》萞(とうの)【蓖?】麻子(ごまのみ)《割書:三十六粒からを去(さり)紙(かみ)|につゝみおして油を去》
右三味すり合せ糊(のり)のごとくにし新(あたら)しき筆(ふで)にて小児の
頂(いたゞき)顖(おどり)手(て)のうちうでくび足(あし)のうら腿(もゝ)の引かゝみに碁石(ごいし)
の大さ程(ほど)つゝぬり乾(かは)き落(おつ)るにまかせ必(かならす)あらひさるへ
からす但(たゝし)端午(たんご)の午(むま)の時(とき)に塗(ぬる)へし一年ぬれは疱瘡
出ても数十粒(すじうりう)なり二年ぬれは疱瘡一二 粒(りう)三年
塗(ぬ)れはかならすやまず此(この)方(ほう)を伝(つたふ)る家(いへ)十六代疱瘡
をやまずといふ
疱瘡やまさる法
生玳瑁(せうたいまい) 犀角(さいかく)
右二味同しくすり粉にしてつねに小児にもちゆ
又方
小児生れ臍(ほそ)の蔕(を)落(おち)たるとき黒焼(くろやき)にし五分 辰砂(しんしや)
二分五厘いつれも細かに粉にして別(べち)に生地黄(せうぢわう)当帰(たうき)等分(とうぶん)
水にてこくせんじ飲汁(のみしる)にしてまへの粉薬を服す小
児かならす大便(だいべん)に汚穢(をゑ)の物(もの)を下し一生(いつせう)疱瘡をやまず
又方
小児初て生れしとき生地黄(せうちわう)の自然汁(しぼりしる)を蜆貝(しゝみかい)に二
三 盃(ばい)ほど飲(のま)すれはあしきものを下してほうそうを
やまず
又方
白鴿(しろはと)羽(はね)毛(け)膓(わた)をさり節分(せつぶん)の夜(よ)に煮(に)て小児に食せ
しむ羽(はね)毛(け)は水にてせんし惣身(そうみ)をあらふべし
又方
鶴(つる)の卵(たまご)水にて煮(に)て小児に食せしむ
又方
白水牛(しろすいぎう)の蝨(しらみ)あぶりすりひねりて餅(もち)のごとくにして
食せしむ
又方
葵根(あふひのね)水に煮(に)て小児に食せしむ
又方
兎(うさぎ)の頭(かしら)節分の夜水にてせんじ小児を浴(よく)すればほう
そうをやまず
又方
糸瓜蔓(へちまのつる)せつぶんの夜水にてせんじ小児を浴す
れは疱瘡をやます
滌穢免痘湯(できゑぶんとうたう)
五六月の比へちまのつるをとりかげぼしにし二両
半正月元日の子のとき両親(ふたおや)の中(うち)一人ほかの人にしら
せず水にてせんじ小児の惣身(そうみ)をあらへば一生ほうそう
をやまずもしやみてもまた軽し
胡蘆花湯(ころくわたう)
八月 胡蘆花(ころのはな)をとりかげほしにし節分の夜水にて
せんじ小児を浴すかならずほうそうをまぬかる
又方
六月上の伏日(ふくじつ)胡蘆(ころ)の嫩蔓(めだしのつる)数(す)十 根(こん)とりてかげほし
にし正月元日の五更(ごこう)に人にしらせざるやうに水にて
せんじ小児を浴す
烏魚湯(うぎよたう)
七星(くろ)大 烏魚(ごい)《割書:一名黒魚一名烏鯉魚|一名鱧魚一名蠡魚》一尾小ならば二三尾
十二月晦日の暮合比に水にてせんし小児を浴す惣身
ことくるみあらふへしなまぐささを嫌(きら)ふてそのあとを
湯水にてあらふべからす或(あるひ)は信(しん)ぜず一手(いつしゆ)又は一足(いつそく)をと
めてあらはざれば其所にほうそうおほく出づといふ
苦楝子湯(くれんしたう)
苦楝子(せんだんのみ)をとり水にてせんじ折々小児をあらへばほう
そうをやまず
稀豆如神散(きとうじよしんさん)
糸瓜(へちま) 升麻(せうま) 芍薬(しやくやく)《割書:酒をそゝき|いる》山査肉(さんざにく) 犀角(さいかく)
甘草(かんそう) 赤小豆(あづき) 黒大豆(くろまめ)
右八味等分にし一ふくに二 銭(せん)水一 椀(わん)せんじて六分に
なりて渣(かす)をさり折々服す但(たゝし)児(こ)▢【「の」か】大小をはかりて
加減(かげん)してもちゆへし
甘草散(かんそうさん)
甘屮(かんそう)あぶり粉にして毎日(まいにち)食後(しよくご)に五分つゝさゆにて用(もちゆ)
ゆれば痘毒(とうどく)を消(け)しほうそう至てかるし
稀痘保嬰丹(きとうほうゑいたん)
纏豆藤(てんづたう)《割書:かげ|ほし》 紫艸茸(しそうじやう)《割書:▢をつみ酒にて|あらふ各四両》牛房子(ごぼうし)《割書:いる》
荊芥穂(けいがいずい) 升麻(せうま) 甘草(かんそう) 防風(ぼうふう)《割書:各二両》 天竺黄(てんじくわう)
蟾蜍(せんじよ) 牛黄(ごわう)《割書:各一匁|二分》 辰砂(しんしや)《割書:三匁》 赤小豆(あづき) 菉豆(ぶんとう) 黒(くろ)
大豆(まめ) 《割書:各四十|▢粒》
右十四味こまかに粉にして別(べち)に紫屮(しそう)三両水三 椀(わん)にて煎
じつめ半椀になりて布(ぬの)にてこしかすをさり砂糖(さたう)
半椀いれかきまぜ十四味の粉薬をいれねり赤小豆の
大に丸し辰砂をころもにかけ疱瘡いまだ出ざる時
に一丸 濃(こく)煎(せんじたる)の甘屮湯(かんそうたう)にてもちゆ大人は二丸又 発熱(ねつ)
のときならば生姜(せうが)の絞(しぼ)り汁(しる)にすりまぜ服すあつく
衣服(いふく)を着(き)て汗(あせ)を出すへし但おほ▢服すべからず
預防湯(よぼうとう)
黄蓮(わうれん)《割書:一匁|一分》 犀角(さいかく) 牛房子(ごぼうし) 苦参(くしん) 山豆根(さんづこん)《割書:各一匁》
密蒙花(みつもうくわ)《割書:八分》 升麻(せうま)《割書:一分》 紅花子(へにばなのみ)《割書:十粒する》
右八味水にてせんじほうそういまだ出さるとき服すれば
至て軽(かる)しおもきものはかるく軽(かる)きものはやまず
六味稀豆飲(ろくみきとういん)
山査子(さんざし) 牛房子(こぼうし) 紫草(しそう)《割書:各一匁》 防風(ぼうふう) 荊芥(けいがい)
《割書:各一匁|五分》 甘【振り仮名「かん」か】草(そう)《割書:五分》
右六味 生姜(せうが)三片水二 椀(わん)せんじて一椀にし発痘(はつとう)
のとき服すれば至て軽(かる)し
消瘟飲(せうこんいん)
当帰(たうき) 川芎(せんきう) 桔梗(きゝやう) 陳皮(ちんひ) 枸(く)▢(こ)【「杞」か】《割書:各五分》 木通(もくつう)
白芍薬(はくしやくやく)《割書:各六分》 防風(ほうふう)《割書:四分》 黄連(わうれん)《割書:姜汁にている|一匁》
荊芥穂(けいがいずい) 升麻(せうま) 天花粉(てんくわふん) 青皮(せうひ) 甘草(かんそう)《割書:各三分》
紅花子(べにばなのみ)《割書:二匁》
各十五味生姜入水にてせんしほうそう発(はつ)する時 空(すき)
腹(はら)に服すれは重きは軽くかるきはやまず
稀豆獣験丹(きとうじうけんたん)
生兎皮(いきたるうさきかわ)をはぎさり頭(かしら)と肉(にく)とをとり塩(しほ)にし日に乾(かわか)し
茵蔯蒿(いんちん▢)連堯(れんぎやう)各三匁とおなじく水にて煮(に)熟(じゆく)し汁を
とり小児の大小をはかりてのましむ痘毒(とうどく)をけしおもき
はかるく軽(かる)きはやます
三花丹(さんくわたん)
梅花(むめのはな) ▢(もくの)【「棰」か】花(はな) 梨花(なしのはな)
右三花ともにひらきたるといまた開(ひら)かざると盛(さかり)に
ひらきたるとみなかげぼしにして等分 細(こま)かに粉にし
兎(うさぎ)の脳(のう)にてねり丸し雄黄(ゆうわう)の粉をころもにし菉豆(ぶんとう)
赤小豆(あづき)黒大豆(くろまめ)等分(とうぶん)のせんじゆにてほうそう出んと
するときもちゆれは必(かなら)すかるし
預服万霊丹(よぶくまんれいたん)
升麻(せうま) 葛根(かつこん) 連堯(れんきやう) 蝉脱(せんだつ) 殭蚕(きやうさん)《割書:いり糸|をさる》 白附(はくふ)
子(し)《割書:各三匁》 紫草茸(しそうじyう)《割書:十匁》 山豆根(さんづこん)《割書:五匁》 全蝎(ぜんかつ)《割書:十箇》
雄黄(ゆうわう)《割書: 一匁|五分》 麝香(じやこう) 《割書:一匁》 甘草(かんぞう)《割書:五分》
右十二味細かに粉にして 蟾蜍(せんじよ) 一匁 古酒(こしゆ) にて煮(に)つめ蜜
のごとくにして粉薬をねり 皂角子(さいかちのみ) の大に丸し疱
瘡 初熱(しよねつ) のとき一丸 紫草(しそう) のせんじゆにて用ゆれば至て
かるし
密調辰砂丹(みつてうしんしやたん)
辰砂(しんしや) こまかにすり 磁石(じしやく) 一塊(ひとかたまり) とおなしくいり辰砂(しんしや)の色(いろ)
黒(くろ)くなるころ磁石(じしやく)をとり去(さり)辰砂ばかり又すり粉
にして少しつゝ蜜にてねりほうそうの出んとするとき
用ゆればかるし
白牛毛散(はくぎうもうさん)
純白牛毛(まじりなきしろうしのけ)《割書:五匁銀の皿にていり|灰にし粉にす》 辰砂(しんしや)《割書:二匁すり|▢にす》 糸瓜蔕(へちまのほそ)
《割書:ほそにちかき所▢寸あふり|すり粉にす三匁》
右▢味かきませ疱瘡出んとする早朝(あさ)さゆにてもちゆ
▢▢至は蜜湯にて用るもよし出痘(しゆつとう)至てかるし
軽斑散(けいはんさん)《割書:一名消瘟丹》
糸瓜(へちま)《割書:蔕(ほそ)にちかき所三寸皮子さらす|黒やきにしてこまかに粉にす》 辰砂(しんしや)《割書:すり粉にす|三分》
右二味かき合せ砂糖あるひは蜜にねりてほうそう
いまだ出ざるとき服すれは至てかるし
西来甘露飲(せいらいかんろいん)
九月中 霜降(そうがう)の後(のち)三日めに糸瓜藤根(へちまのくきね)に近(ちか)き二寸
ばかりの所(ところ)をきりとり倒(さかさま)にか▢下に皿(さら)をうけて汁
をとりびいどろつほに収(おさ)めたくはへ疱瘡いまだ
出さるとき茜根(せんこん)一両水にてこくせんじ前のへちま
の汁を等分まぜて小児に飲(のま)しむ▢【「れ」か】は疱瘡至てかるし
麻油擦法(まゆらほう)
疱瘡まさに発(はつ)せんとするとき手(て)の中(なか)の三指(みつのゆび)に胡麻(ごま)
のあぶらをぬりて小児の頭(かしら)額(ひたい)頂背こし両の手腕(てくび)
両の足腕(あしくび)にぬり睡(ねむ)らしむほうそう至てかるし
雨夜談《割書:畢》
享和三年癸亥季冬発兌
▢肆 名古屋本町七丁目
永楽屋東四郎梓
【裏表紙】
《題:疱瘡能毒記》
《題:疱瘡能毒記》
疱瘡能毒記(ほうさうのうどくき)
一 疱瘡(ほうさう)の療治(りやうじ)は三日ツヽ先(さき)の事(こと)を考(かんが)へて
はやく其(その)手(て)あてせぬと間(ま)に合(あは)ぬものなり
しかるに素人(しろうと)はいまだ変(へん)の出(で)ぬうちは落(おち)
つき居(ゐ)て潅膿(ほんうみ)の頃(ころ)になり変(へん)を見て急(きう)
に躁立(さはぎたち)医者(いしや)を吟味(ぎんみ)するゆへ良医(よきい)も是を
治(ぢ)する事 難(かた)し古(ふる)き言葉(ことば)にも上工(じやうず)は未(いま)だ
病(やま)ぬを治(ぢ)するといへり真(まこと)の軽(かろき)重(おもき)は素人(しろうと)
の目(め)には見(み)ゆるものにあらず只(たゞ)かろきほう
さうも大切(たいせつ)に手(て)あてするにしくはなし
避忌(さけいみ)
一 腋臭(わきが)ある人 一 父母(ふぼ)房事(ばうじ)
一 屍(しかばね)のにほひ 一 厠(かはや)のさうじ
一 腥(なまぐさき)にほひ 一 酒(さけ)に酔(ゑひ)たる臭
一 諸(もろ〳〵)瘡(かさ)膿(うみ)の臭 一 焼火(ともしび)を吹(ふき)けすにほひ
一 蚊(か) やり 香 一 髪(かみ)の毛(け)を焼(やく)にほひ
一 葱(ねぎ)蒜(にんにく)韮(にら)等の香 一 労力汗(ほねをりあせ)いづる気
一 髪(かみ)ゆふにほひ 一 忌服(いみぶく)ある人
一 産(さん)けがれの人 一 見(み)しらぬ人
一 異形(いぎやう)の人 一 月経(つきやく)の婦人(をんな)
若(もし)その母(はゝ)乳母(うば)月経のときはこごしを
焼(やき)てさくべし
一 葬送(さう〳〵)産(さん)の場(ば)へ立合し人 一 泣(なき)かなしむ声(こへ)
一 怒(いか)り罵(のゝし)る声(こへ) 一 大(おほ) 声(こへ)
一 見(み)なれぬ怪物(くわいぶつ) 一 臭(にほひ)高(たか)きもの
一 僧(さう)山伏(やまぶし)等 其間(そのま)にて祈祷(きとう)する事
一 室(しつ)の内掃除(うちさうじ) 一 人 出入(でいり)多(おゝ)き所
一 鳥(とり)獣(けだもの)をあつめ見せる㕝
一 酒宴(さかもり)三味線(さみせん)太皷(たいこ)等さはがしき㕝
一 祈祷(きとう)まじなひの法水(ほふみづ)をのます事
右 避(さけ)忌(いむ)べきなり若(もし)みだりに犯(おか)せば或(あるひ)は
かゆみを発(はつ)し或(あるひ)はさはがしく眠(ねむ)り
かね或は何(なん)となく気分(きぶん)むつかしく思(おも)ひ
よらぬ変(へん)出(いづ)る事あり
食(くふ)てあしき物(もの)
一わらび 一ぜんまい 一なすび
一まくは瓜(うり) 一すいくわ 一きうり
一も ゝ 一なし《割書:実ねつ|にはよし》 一か き
一く り 一とう瓜《割書:十日| 忌》 一かぼちや
一さゝげ《割書:十日| 忌》 一くわい《割書:十二日| 忌》 一くるみ《割書:同》
一きんかん 一 九年(くねん)ぼ 一ちさ《割書:十五日| 忌》
一しゆんきく《割書:十日いむ》 一ほうれんさう
一とうちさ 一せり 一みつば
一よめな《割書:十五日| 忌》 一かぶな《割書:十二日| 忌》 一えんどん豆(まめ)《割書:同》
一なた豆(まめ)《割書:同》 一そら豆《割書:同》 一あづき《割書:十日| 忌》
一いり豆 一わかめ 一あらめ
一ひじき 一こんぶ《割書:十二日| 忌》 一こんにやく
一さといも 一 竹(たけ)の(の)子(こ)《割書:七日まへにもちゆる| 病あり》
一木のこるい 一 海(の) 苔(り) 一ご ま
一 惣(すべ)て油(あぶら)つよき物 一 餅(もち)米《割書:ほんうみ中は| よろし》
一あ わ 一 酒(さけ) 一 白(しろ)さけ
一 酢(す) 一 茶(ちや) 一さとう
一 小 麦(むぎ) 一 鯛(たい)《割書:みづうみほんうみの内は| よし 》
一 鯉(こい)《割書:十五日忌》 一ふな《割書:同》 一かつほ
一まぐろ 一いわし 一ひらめ《割書:廿一日| 忌》
一すゞき 一ぼ ら 一しら魚(うを)
一あじ 一い な 一た ら
一うなぎ《割書:十五日| 忌》 一かれい 一ま す
一なまず 一た こ 一い か
一あ ゆ 一とびうを 一たなこ
一にしん 一ぶ り 一かづの子
一え び 一このしろ 一 石(いし)もち《割書:十日| 忌》
一はまぐり《割書:卅日| 忌》 一しゞみ《割書:同》 一あか貝(がい)《割書:十五日| 忌》
一さゞゐ 一あさり 一 鳥(とり)るい
一 獸(けだもの)るい
右 軽(かろ)き品(しな)は五十日 次(つぎ)は七十五日 重(おも)き品は
百日いむしかれども余毒(よどく)ある者は軽(かろ)き
品(しな)も癒(いへ)ざる内は忌(いむ)べし又 潅膿(ほんうみ)収靨(かせ)
の頃(ころ)溘(にはか)【?】に熱(ねつ)出て渇(かは)きしきりに湯水(ゆみづ)
薬(くすり)のわかちなく飲(のむ)ものあり油断(ゆだん)すべ
からすかならず大 変(へん)おこるべし薬
乳(ちゝ)の外 決(けつ)して与(あた)ふる事なかれもし
止(やむ)事を得(え)ざるときはこき粥(かゆ)のおもゆを
少(すこ)しつゝあたへ急(きふ)に良医(よきい) ̄ニ托(たく)すべし
食(くふ)を宜(よろ)しき物
一ゆりの根(ね) 一はすの根 一ふ き
一にんじん 一大こん 一う ど
一山のいも 一つくねいも 一むかご
一さつまいも 一いんげん《割書:少々》 一くこのめ
一ごぼう《割書:少々》 一うこぎ 一やへなり
一たんぽゝ 一めうが《割書:生は| 忌》 一かたくり
一く ず 一けし 一みかん《割書:あたゝ| めて| よし》
一ぶどう《割書:くだるものには| 忌》 一いわたけ
一かんぴやう 一 梅(むめ)ぼし《割書:よく煮出して| よし》
一ふ 一とうふ《割書:焼とう| ふは| 忌》 一子まめ《割書:少々》
一 古(ふる)たくあん漬 一あまざけ 一ようかん《割書:ほんうみ水| うみの内| 忌》
一 鰔魚(さより) 一きすご 一ほ▢じ
一かながしら 一いさき 一は ぜ
一あいなめ 一もうを 一 赤(あか)めばる
一こ ち 一きんこ 一あわび
一か き 一 玉子(たまご)《割書:余(よ)どくあるものは| 忌》
右 何(いづ)れもよく煮熟(にじゆく)して食(しよく)す大概(たいがい)生(なま)
の物はよろしからず惣(さう)じて過(すぎ)ぬやうに
あたへ別(べつ)して魚類(ぎよるい)は少しつゝ食(しよく)すべし
痘後にいたりても猶(なを)慎(つゝ)しむべし
疱瘡(ほうさう)は看病(かんびやう)が第一也わづか日数(ひかず)のしれ
たる病(やまひ)なればおもきは勿論(もちろん)たとへかろき
とても随分(ずいぶん)大切(たいせつ)にすべし痘のかず
少きに難症(なんしやう)あり数(かず)多(おゝ)きに順症(じゆんしやう)あり
古人(こじん)も順(じゆん)は多(おほ)きをいとわず逆(ぎやく)は一点(いつてん)を
きらふといへり一 生(しやう)に一 度(ど)の病(やまひ)なれ
ば後悔(こうくわい)せぬやうに念(ねん)を入べし世間(せけん)に
療治(りやうじ)ちがひと看病人(かんびやうにん)の不心得(ふこゝろへ)にて
死(し)する者(もの)多(おゝ)ししかれども病家(びやうか)その
手(て)あてのあしき事をしらず皆(みな)天命(てんめい)と
いふといへども未(いま)だはじめより其痘に
的中(よくあたる)の薬も用(もち)ひず麤忽(そこつ)なる看病(かんびやう)し
て死(し)たる者(もの)是も天命(てんめい)とはいひがた
かるべし
北久宝寺町四丁目
浪華 平岡氏
【裏表紙】
《題:麻疹後柳樽》
【絵と印のみ】
【左帖】
はしかよみ込
ほれなさは同しはしかも路の下
世はなさけ旅ではしかのつれが出来
腹違ひお はしかで後が
ふところにはしかをのてこぎをおし
夕立ちにうまるゝはしかふびんなり
古河梨とよんで我か子ははしかこと
はしかうちしやかと達磨■
はしかやみよし原町に■なしり
露の鳥はしかあらねは目も出せず
【右】
謹て申ス予が友
真山子 主(ヌシ)父君におくれ孤(ミナシコ)と成母公に仕へ天
道にそむかず花車風流は自(オノツラ)志深ク
友に交ツテ礼儀厚く其記爰云尽し
得べからず今歳麻疹を病マせられ
しかして後脚気に関られしばらく病
床に座せられたりしがよりより柳風の狂句
を読せられて其員凡百四十余吟に及べり
そを又えらみて書付てよとせちにせめさせ
玉へとも件より好道ながらどれを華とも紅
葉とも愚昧の庸服になさめともいなむに
御免し無からせは思ふまにまに書奉て
御笑をかふむるになん
于時文久二戌年閏八月
窓下に記之 玉川
【左】
つれなさは同じはしかも軒の下
世はなさけ旅ではしかの連が出来
縁遠ひおむすはしかで役が済み
ふところにはしかを入てこぎを出し
夕立にうたるゝはしかふびんなり
古河梨とよんで我が子ははしかを仕
はしかから釈迦と達磨たんと出来
はしかやみよし原町が鰒になり
籠の鳥はしから跡は目も出せず
【右帖】
はしかか(から)むをむ様のはしか 出来
秋口てはしか武蔵に?逃れり
船頭のはしかかき寝に?しやれて居る
利(通or道)中で船頭はしかを
物(orお)ふしぎはしかで藝者花らをは
はしか病を直言家で女ごときやし
栗を食ふはしか▪️代の年まへり
か助ははしかの峠を
いう()せん浦▪️のはしか
びひしと糸取る形てふのはしか
【右】
はしかからかんをん様の出しが出来
秋口ではしか武蔵と逃て行
船頭のはしかうき寝としやれて居る
新造中で船頭はしかをし【新造船の船が欠落か】
扨ふしぎはしかで芸者花がおち
はしか病み直言家で女どきやし
栗を喰ふはしかで戌の年まへり
蜘助ははしかの峠なれなれたもの
いかにせん蒲小屋のはしか病み【蒲鉾小屋の鉾が欠落か】
びい/\と糸取る様に子のはしか
【左】
目くらのはしか見づ飴の御見舞
此せかいはしかかはしとさしか也
千人のはしかに鬼子母扨こまり
お力角のくせにはしかに押されてる【角力の誤りか】
たぐすりやはし鹿(か)の角を売ており【きぐすりや?】
医師の子にここそとはしか喰ひ付
狩人ははし鹿(か)と聞て筒をむけ
力もちかるいはしかを重たかり
はしかから上戸がいつか下戸とばけ
はしかめよ覚ていよとふさこ郎
【右帖】
先生はまけてはしかのせいと云い
吉原へ夜はとはしかは喰(くら)ひこみ
咄しかは仲間だはしかかるくさせ
真中にやおかれぬはしかすみ【に】居り
ちょんきなではしかちょんきてちょん寝ろと
よくころぶ芸者はしかで寝たきり
かるはさ【軽業】のくせにはしかは重はざし
芸者泣くいしゃはさかんに麻疹ます
僧さんも遣ひはてしか麻疹院し
麻疹ばら腹へりたやと小僧云い
【左帖】
ふたんから床に麻疹ます髪ゆいさん
思ひ切り兼てい出度はしか文
官女のはしかはんにゃの?に見へ
後家はしか勇???見舞いにき
神子はしか鈴がらがらとふるへてる
お星様までなさったと下女はしか
下女はしか廉処えお馬ばらとなり
下女はしか出かねてご房屁まで出し
相模下女はしかにまでも穴取られ
女には兎角はしかも喰ひ込
【右帖】
はしかに廻し取られてる女郎衆
お祭りの気遣りはしかでいきが切れ
附木屋ははしかでこしか遣ひかね
一人リ物丈はれはれではしかを仕
栗はまだ七里けつばいはしか病み
お手がるにはしかも済だお足がる
い国人はしかにおそれ帰国人
此冬ははしかで獅子ッハナがあき
地蔵堂お門ちがひとはしか云い
はしかも寿命千歳は大もうけ
【左帖】
はしかにてつくま祭りの鍋はへり【女が関係した男の数だけ鍋をかぶる奇祭】
よいいけんはしかで聞た呑だくれ
桃にごり毒で麻疹を喰てよふ
加半けの女房麻疹(チン)を喰いたがり
杣はしか天狗さんにもうつしたか
両?もはしかでなんぎ目をひらき
くるしげに居ざりはしかで立て行
目立無ひはしかはおもに
けんびしのしと寝ではしかおがんでる
くりまでもはしかをするか大ぶのび
【右丁】
遣りてまではしかをするか遣るせなし
権兵衛ははしかたんべい寝たんべい
下女無異とはしかはかるし屁の字に寝
【題】麻疹題
【左丁】
御方便かるく済だるはしの下
結構なお米で目だつ舌のをん
親の慈悲つひ毒だても甘くなり
毒だてに口を酢くする親の慈悲
目立つまで一ㇳ人娘の母はやせ
あどけなき乳は毒かと母に聞キ
立チ兼る旅も我が子は峠まへ
かる過て又一ㇳ苦労親斗り
目だた無ひうちはふびんぞ越後獅子
黄金は蔵に満チてもぜひも無し
【右丁】
文久二文明三がまけている
文久二跡から天保八にされ
犀角が出来てさひかく買ひに行
薬礼の時の犀角まげて済
紫根を二たし六こんをしうじう
湯薬はふきににがしと呑て居る
死ニ曰桃のようよう樽にあり
民共々難儀を見ると儒者は云イ
代脈は格子の医者宿え遣り
長髪は元より御免松右衛門
【左丁】
長髪はおゆるし下乗はひつくり【びっくり】し
びゃくへ長髪代脈の様にへ
長髪が親の名でくる御見舞
長髪が御免てきめう仕勤し
八朔の雪もことしは門をいで
出雲より梨が高まがはらとなり
あつく無ひ瓜一ㇳ口てほうを焼
目だつほど目だつぬけ毛にふさぐ妻
よい中も七十五日はるくなり
さ夜ふけて寝なまぢ物う御かん病
【右帖】
ちょん出ろハ今でハおそし御大もく
おろしたり紫根だりするきぐすりや
公家難ぎ寝れば金づち持出され
御養生叶て跡で不養生
なり平が居たらば女また死のふ
犀角を呑あみたうと和尚云イ
ぬけからのおこしを和尚餅につき
おこしかたんとでにこにことお?さん
あの医師の紋は雀と親父皆へ
おかけ様じうどまへりと医者に礼
【左帖】
けんびしを着たるはしかハ死もせす
往来ハべた貞九郎斗りなり
大者ばん老と鼠と猫斗り
かいを煮てをくやつかいに皆喰れ
お祭りが済とみんなが寝しづまり
済だかへおとんとんならもふ二度ダ
きまつてる一度で娘腰がぬけ
七十五にやァもふ三四日ねへあなた
やせきつてよし原女郎衆土手が落
越かねる峠て娵ハ馬に乗り
【右帖】
峠から下りとなつて医者は駕
かるく共座頭峠はこりて居る
不養生峠で力餅をくひ
つのばつたいしやとつりいともふ毛虫
うなぎやハふさぎ屋に成りぬらくらし
半日は湯屋でもとふもしかた無し
【重複】おこしがたんとでにこにことお住さん
【重複】出しがらのおこしを和尚餅につき
喰過てよはりもぞする不養生
居候こげ候をおかひ【おかゆ?】にし
【左帖】
医者の手ぬけで病人ハ腰かぬけ
薬千服と権助は屁て日だち
毒だてを聞ハけ無ひハ伜なり
丸もふけしたるは匕(さじ)とほつす【払子】也
うつるかと定斎屋ふるへふるへ行
うなぎかきはけがハるいと頭かき
犀角も南無阿弥たふと角かへし
三寸乃棒て毒だてつきやぶり
峠から下りに成って下女夜這イ
さし込置て差込死めと云イ
【右】
【題】宿場
八兵衛と四郎兵衛こまり相談し
お子種の薬千住でこまりきり
呑んどひてもふ死ン宿と泣て居る
たまらんと小塚原へ一ㇳ思ひ
大もりはよしに品川ふりかへし
つまみ喰腹板橋でとうとうねへ
玄妙廿有壱章
【左】
薬千服ト権助屁で肥たち
盲の麻疹見つ飴の見舞物
千人の麻疹に鬼子母扨困り
御手軽に麻疹も済んだ御足軽
白衣長髪代脈の様に見へ
能中【よいなか】も七十五日へたつ也
三寸の棒の毒断窓やふり
丸まうけしたのは匕と仏子也
毒断を聞別無いは伜也
【右】
居候こげ候を御粥にし
七十五日に二三日
麻疹から釈迦と達磨がドント出来
女には兎角はしかもくらい付
親の慈悲ツイ毒断も早く也
民共々難儀を見ると儒者は云イ
さいかくが出来て犀角買に行
あつく無イ瓜一口の頬を焼
目出程目たつ抜毛にふさぐ妻
【左】
?二両
??
剣菱を着ても麻疹てきもせず
大一両
人ノ位
毒断に口を酢くする
親の慈悲
大一両
巻頭
あとけなき乳は毒かと母に聞
【白紙】
《題:種痘通達》
【白紙】
種痘致施行度(しゆとうせきよにいたしたき)医師(いし)は旧東校(もととうこう)迄申
出 詮議(せんぎ)之上 免状(めんじよふ)相渡来候処各府
県下に於て右免状相受候医師不少候間
自今は免許(めんきよ)相請候医家ゟ其 術(じつ)習(しゆ)
練(れん)之旨弟子之 管轄庁(ところやくしよ)に申出候はゝ地
方官限詮議を遂不都合之次第
無之候はゝ施行免許致すへき事
壬申九月十九日 文部省
右之通達之趣触達候条此旨て相心得は也
壬申十月七日 神奈川県権令大江卓
【白紙】
【白紙】
【裏表紙】
【右】
059279―000―0
特59―773
虎列刺予防民間の心得
伊東本支 著
M12
CBF―0138
【左】
伊東本支著
《割書:コレラ|予防》民間の心得
《割書:明治十二|七月銅鎸》東光舎藏版
虎列刺豫防民間(これらふせぎひと)の心得(こゝろへ)
緒言(しよげん)
一コレラは猛烈(はけしき)の病毒(やまい)にして若(も)し人(ひと)此病(このやまい)に罹(な)
る時(とき)は死亡(しほうせる)を免(まぬか)る事(こと)殆(はと)んと易(やす)からず本年(ことし)大(おほ)
分縣(いたけん)より大坂横濱(おゝさかよこはま)の各所(ほう〳〵)に流行(はやり)し将(まさ)に東京(とうけん)
及(や)各縣(かくけん)にも蔓延(はびこる)せんとす官固(おうみでへかこ)より豫防(ふせぎ)の方(し)
法(かた)ありと雖(いへど)も人々各自(めん〳〵じぶん〳〵)に豫防(ふせぎ)を為(せ)ざれば此(この)
病(やまい)を消滅(なくな)し難(かた)し
一此病(このやまい)は下等社會(しも〳〵とかいも〳〵)に多(おほ)く流行(はやる)すれば尤(いちはんに)も不潔(きたなきこと)
不養生(ふようじよう)を戒(いまし)むべし
【右】
一此病(このやまい)は豫防法(ふせぎかた)と消毒(どくけし)法n二件(ふたつ)にて始(はし)めて病(やまい)
毒(の)傳染(うつる)を免(のが)れ得(う)べし
一此病(このやまい)の大略(あらまし)を述(いわ)ざれば素人(しろうと)は豫防法(ふせぎかた)も行(おこ)ひ
難(く)ければ左(さ)に大要(あらかた)を述(はなす)ふ
一此病(このやまい)は傳染速(うつることすみや)かなるものなれば輕々(から〳〵)しく心(こゝろ)
得(え)豫防(ふせぎ)を怠(なまけ)る事(こと)なかれ
一此病(このやまい)は一人(ひとり)より幾人(いくたり)にも傳染(うつ)すればコレラ
病人(びやうにん)のある所(うち)に入(はい)らざる事(こと)と心得(こゝろおく)べし
一余(わたくし)明治十年(めいじじうねん)の秋(あき)より冬(ふゆ)に至(いた)る間(まで)コレラを診(とりお)
察(つこう)する前後(のこらづで)三百人余(さんびやくにんよ)に過(す)ぎたり其間(そのあいだ)豫防法(ふせぎかた)
【左】
と消毒法(どくけし)の二件(ふたつ)に因(よつ)てコレラ毒(やまい)を防(ふせ)く大効(おゝいなること)
を得(ゑ)たり故(ゆへ)に不文(ふぶん)を憚(はゞ)からず此篇(このはん)を草(こしら)し同(よの)
胞兄弟(なかのひとたち)に告(しらす)く
一夏(なつ)より秋(あき)に至(な)る間(まで)殊(とりわけ)に梅雨霖雨(にうばいなかふり)の節(じふん)には下(はら)
利病(くだりやまい)の多(おほ)きものなれば世(よ)の人(ひと)此豫防法(このふせぎかた)を守(な)
りて非命(じみようでなく)の死(し)に罹(いた)る事(こと)なかれ
明治十二年六月 東京神田松冨町
廿三番地
伊東本支 誌
【右側記載なし】
【左】
虎列刺予防民間(これらふせぎひと)の心得(こゝろゑ)
大意(たいい)
コレラは世にある諸病中第一等(びやうきのうちいちはん)の猛烈惨酷(はけしくひどき)な
る病毒(やまひ)にして迅速(ぢき)に人命(いのち)を略奪(とる)する恐(こわき)るべき
惡(きろう)むべきの流行病(はやりやまひ)なり人(ひと)若(も)し此病(このやまい)に罹(な)るや急(す)
速(ぐ)に死亡(なくなる)し早(はや)きは二三分時(にさんふんのあいた)より四五時(しごじ)或(また)は一(いち)
二日(にんち)にして斃(しす)る
假令(たとへ)よく療治適中(れうぢかどゝいて)して病勢(やまひのいきかひ)を挫折(おとろへ)し痊癒(よく)する遽(はやく)かに
も衰弱甚(よわりひと)だしくして快復(こゝろふ)する䏻(あた)はず或(また)
は他病(たのやまい)に傳移(なり)し或(また)は脳病(のふびよう)に罹(な)る幸(しやわせ)に共生命(このいのち)を
【右】
保續(たもつ)するも容易(たやすく)に徤康體(しやうふなからだ)に復帰(なる)せず或(また)は耳聾(つんぼ)
或(また)は痴子(あほう)に変化(なる)する者(もの)多(おほ)し
流行傳染(はやりうるつ)の模様(ありさま)
コレラの傳染(うつる)一種特別(ほかのやまひとちがい)にして一人(ひとり)この病者(やまひのもの)
あれば之(たれ)に近接(ちかづい)して其毒気(そのあしきけ)を受(うけ)たるもの幾人(いくたり)
となく直(じき)にコレラに罹(な)る其速(そのすみやか)かなる火(ひ)の風下(かさしも)
を焼(やき)ものゝ如(ごと)く或(また)は左右(ひだりみき)或(また)は前後(まへうしろ)に皆(みな)其病毒(そのやまひのとく)
運輸(もちはこひ)する所(ところ)の地方(ところ)に流行(はやり)す明治十年我郵便船(めいぢじうねんにつほんのひきやくぶね)
品川丸(しなかはまる)支那(しな)より帰港中(かへるふね)乗組(のりくみ)の者(もの)二三名(にさんにん)コレラ
に罹(な)り鹿児島(かこしま)に上陸(あがる)する者(もの)を第一(いちはん)の濫觴(はしめ)とな
【左】
す夫(これ)より凱旋(ひきあげ)の兵士(へいし)過(とを)る所(ところ)の沿道(みちすぢ)に蔓布(はびこり)し又(また)
屯田兵(とんてんへい)の帰島(かへりし)より北海道(ほくかいどう)に波及(およご)す然(しか)して他(ほか)の
天然痘熱病瘧疾(ほうそう ねつ ぎやく)の如(ごと)き一地方(ひととこ)皆(みな)病(や)むものにあ
らず又(また)大気(くうき)の感撹(かげん)に由(よつ)て発(てき)するものに非(あら)ず必(かならす)
しも直接傅染(ちかづきうつり)にして或(また)は之(これ)を大便吐出物(たいべんはいたるもの)の臭(わろき)
気中(きのうち)より感染(ひきうけ)し或(また)は屍体(しにん)の臭気(にほい)より汚染(うつる)す其(それ)
故(ゆへ)に其襯衣腹帯(はたぎ はらをび)凡(すべ)て病者(ひやうにん)に接近(ちかづく)する衣服器具(きもの どうぐ)
一切(のこらず)コレラ病(びよう)傅染(うつる)の媒介(なかだち)となるべし
例之(たとへ)ば茲(こゝ)にコレラ患者(ひやうにん)あり其四周よく隔絶(はなれ)し
消毒方法尽(どくけしのいろ〳〵をな)し衣服器具(きものどうぐ)一切焼滅(のこらずやきつく)せば病毒(やまひ)を消(なく)
【右】
滅(なす)するを得(う)べし之(これ)に反(みは)りてコレラ患者(ひやうにん)に被覆(きせたる)
るす衣服器具(きものどうぐ)を百里外(ゑんぽう)に轉移(はこべは)すれば其病毒海(そのやまいどくうみ)
の内外(うちそと)を問(にかゝはらず)はずして到(どこでも)る所に発現傳播(できてふゑる)すべし
所謂(いわゆる)病毒(びやうどく)とは水液(みづのなか)に含蓄(ある)するものにして大便(たいべん)
嘔吐物(はいたるもの)又(また)は発出(でる)する水蒸気中(すいじおうきのなか)に□畜(りて)す決(けつ)して
気体(きたい)のものに非(あ)らず
嘗(さのへかた)伯林(べるりん)に在(あ)りてコレラ大便嘔吐物(たいべんはいtあるもの)の水中(なか)に
含有(ある)する病素(もと)を微温(かすかぬるき)の水(みづ)に入(い)れ試験(ため)せしに果(はた)
して奇異(ふしぎ)の植物(もの)を発育(あか)せり益々以(ます〳〵もつ)て水液体(しづのやうなる)の
病素(やまひのもと)なるを知(し)るべき其図(そのず)左(さ)に示(しめ)し
【左は図のみ】
【右】
是(この)ゆへに其病毒水液躰(そのやまいのどくすゑきたい)なるを以(もつ)て河水井水又(かはのみづゐどのみづまた)
能(よ)く病毒(やまいのどく)を伝播(ひろげる)するあり例之(たとへ)は土葬(どそう)の屍躰地(しがいち)
中(ちう)に滲出(しみいだ)し河水井水(かわのみづゐどのみづ)に混合(まざる)する如(ごと)き是(これ)なり
石炭酸水(せきたんさんすい)はコレラ病毒(びようどく)を消滅(けす)すと云(いふ)は此植物(このしよくぶつ)
性(せい)の毒素(どくのもと)の生存(ある)を壊敗(やぶる)せしむるなり
徴候(しるし)
始(はし)め一二行大便下利(いちにどだいべんくだり)し嘔吐止(はきけや)ます脚背攣急(あしせひちつり)し
下腹微痛或(したはらすこしいたみあるい)は劇(はけ)しく痛(いた)み始(はじ)め便状水(くだるさまみす)を傾(こぼす)ける
如暴瀉迸出(ごとくひどくくたり)して二三行(にさんど)にして気力(きりよく)にはかに衰(おと)
ろひ脉微弱(みやくよはり)全身寒冷(ぜからたひへ)眼窩陥没(みたまくぼみ)し顔面(がんしよく)青(あを)白はだ
【左】
へ寒冷水(ひへみつ)の如(ごと)く舌上氷冷(したこほりのように)して乾渇(かはき)し声色低嗄唖(こへいろひくゝかれ)
し忽然(たちまち)精神恍惚(ゝろぱつ)として微(すこ)しく譫語(うはこと)を発(いつて)して死(し)
す
其劇症(そのはけしきたち)に至(いた)りては大便一二次泄(だいべんいちにdおくたり)して前症(まへのように)の
衰弱(よはりかた)に陥(な)りて斃(しす)る便色或(たいべんのいろあるい)は敗血(くされたるち)の如(ごと)き棕黒色(どすくろきいろ)
のものを泄下(くだす)するものあり明治十年(めいぢじうねん)の患者(びようにん)の
便色(たいべんのいろ)は固(はしめ)より米洱汁(しろみづ)の如(ごと)くなれども又(また)煮立(にたて)た
る生麩糊(しようふのり)の如(ごと)き半透明(すことうりかゝり)にして粘力(ねはりけ)ある膠状物(こうはのようなもの)
なるもの多(おほ)きを見(み)る
其/死(し)するもの劇(はげ)しきは半時一時(はんじいちじ)或(ある)は一日(いちにち)或(あるい)は
【右】
二日(ふつか)にして斃(たを)る二日(ふつか)より三日(みつか)にして斃(しす)るもの
尤多(おとばんおほ)し
幸(しやわせ)に癒(なを)るのもは肌膚温熱(はだへあたゝまり)を腹(とりかへ)し脉現(みやくあらは)れ下利(くだり)止(や)
み漸次苦悶(しだいにくるしみ)も鮮(なくなり)け全身(からだちじう)の津液(ませ)も従(しぜんと)て腹(なをる)す
豫防法(ふせぎかた)
コレラ豫防法(ふせぎかた)は一般(あたりまへ)の熱病豫防法(ねつびようふせぎかた)に大畧相同(たいがいにている)
し先(ま)づ居宅周囲(うちのまはり)の不潔(きたなきもの)を除(とりのけ)き居宅(いちぢう)通風(かざとうりを)に適(よく)し
衣服(きもの)は暑寒(あつささむさ)に由(よ)り差異(ちがい)ありと雖(いへど)も先平生(まづふだん)より
稍々(やゝ)温氣(あたゝかさ)の方(かた)宜(よろ)し殊(こと)に腹巻(はらまき)はモンパフラン
ネル或(あるい)は真綿入(まわたいり)の袋(ふくろ)にて腹部(はらのあたり)を巻(ま)き置(を)くへし
【左】
一大便一日三行(たいべwんいちにちさんど)も下(くだ)らす早速(はやく)醫師(いしや)の治療(りようぢ)を受(うく)
くへし
一大食過酒(たいしよくのみすき)は害(かい)あり微飲(すこしのむ)は大(おほい)に宜(よろ)し
一猥(みだり)に冷水(ひやみづ)を飲(の)むへからずなるたけ一旦(いつたん)水(みづ)を
煮立(にたて)てゝ後(のち)冷(ひや)したるを用(もち)ゆへし
一途中旅行等(とちうとうちうなぞ)は必(かならす)しも発汗藥(あせをだすくすり)を懐中(かいちう)すへし水(く)
瀉一行(だりいちど)もあらば直(すく)に一貼を(いつちよう)を服(のみ)し医師療治(いしやりようぢ)の
間(ま)に合すべし
一閨房(はうぐ)を禁止(しやはす)すへし
一不消化(こなれのはるき)の食物(たべもの)を禁止(よ)すへし油少なく滋養(やしない)に
【右】
なるものを用(もち)ゆへし例之(たとへ)は玉子鶏牛等(たまごにはとりうしなど)の肉(にく)
羔汁(しる)なり
一河海(かはうみ)に游泳(をよき)すへからず
一大便所(たいへんじよ)に一度(いちと)こゝに石炭酸水(せきたんさんすい)を散布(まちきら)すへし
一病者(びようにん)の大便所(かはや)は他人(ほかのひと)決(けつ)して入るへからす蓋(けだ)
しコレラは大便(たいへん)より傳染(うつる)するを十中(とうのうち)の九(ゝのつ)と
すれはなり
右(みぎ)の豫防法方(ふせぎかた)は流行前(はやるまへ)の心得(こゝろへ)とするへし然(しか)れ
共(ども)最早(もはや)接戸比隣(さんじよとなり)に至(いた)るに及(およ)んては以上(いじよう)の法方(しかた)
のみにては十分(じうふん)ならざれは左(さ)の消毒法(どくけしかた)を用(もち)ゆ
【左】
へし
消毒法(どくけしのしかた)
前章論(まへころん)する所(ところ)の如(ごと)くコレラの毒(どく)わ猛悪(はげしく)猖獗(ひときもの)に
して人命(ひとのいのち)を斃(とる)すこと世上(よのなか)是(これ)より甚だ(はな〳〵)しきものあ
らすと雖(いへ)とも此病(このやまい)ありて比藥なきの理(り)あらん
や況(いわ)んや造化(ぞうか)の神豈(かみあに)あへて之(これ)を救護(すくう)する藥(くすり)を
賦与(あたへ)せざらんや其法(そのしかた)は則(すなは)ち消毒法(どくけしのしかた)なりコレラ
病(びやう)はたゞ消毒藥(どくけしぐすり)の一法(いつぽう)のみありて稍(やうや)く其猛毒(そのはけしきどく)
をまぬかれ得(う)へし
〇瘡毒藥(どくけしくすり)の法(ほう)
【右】
石炭酸(せきたんさん)《割書:一□|》虞里設林(ぐりせりん)《割書:一□|》水《割書:五十|□》
右/先(まづ)石炭酸(せきたんさん)と虞里設林(ぐりせりん)とを混和して後(のち)
に水(みづ)を入(い)れ攪(かき)ませて瓶(かめ)又(または)ビンに入(い)れ貯(たくは)ふ
へし又ぐりせりん無時(なきとき)は焼酎(せうちう)《割書:□|一》を入(いれべ)べし
此(この)石炭酸水(せきたんさんすい)はコレラ病毒(びやうどく)を消滅(けす)する實(じつ)に巧験(きゝめ)
ある所(ところ)の良薬(よきくすり)なり
此藥(このくすり)の実地(ぢつち)に良験(きゝめ)を得(へ)ふる証拠(しようこ)は予(はたくし)明治十年(めいぢじうねん)
征討(せいとう)の軍(いくさ)に従(したかう)て九州(きうしう)にあり九月十(くがつじう)月の際(あひだ)軍人(へいたひ)
軍属(ぐんについているひと)のコレラに罹(な)りて死(し)するもの頗(すこぶ)る多(おほ)し此(この)
時(とき)薩摩(さつま)の國障子川(くにしやうじかは)にコレラ病院(びおういん)を設(もう)く平均入(ならしにう)
【左】
院(いん)の病者(びやうにん)百二十人余(ひやくにじうにんよ)にして毎日死亡(まいにちしにうせる)するもの
六人(ろくにん)なり然(しか)して此(この)病院(びやうにん)は元(もと)より蓬菰(とまこも)わらにて
建(たて)たる假(か)り小屋(ごや)にして中央(まんなか)を通路(とうりみち)となし其(その)左(さ)
右(いう)に頭(あた)をならべ寝(いね)ぬれば往来(ゆきゝ)の時(とき)や診察(みやくをみる)の間(あいだ)
には左右(さいう)より病者(びやうにん)の嘔吐物(はいたるもの)の唾液(はねかり)を受(う)け前後(まへとうしろ)
に患者(びやうにん)の糞尿(たいべんしようべん)を踐む等(なぞ)の汚穢(きたなき)は自(をのづ)から免(まぬ)れ得(ゑ)
さる所(ところ)なり此時(このとき)予(わたくし)は泄瀉(はだうくだり)患(わづら)へ毎日(まいにち)三四回(さんよも)つ
ゝ下利(くだり)あり其度毎(そのたびごと)に淡紅(うすあか)の血(ち)を混(こん)したる粘液(なわ)
を下(く)たせり故(ゆへ)に予(わたくし)は病者(びやうにん)にも親接(ちかつぐ)せる為(た)めに
傳染(うつる)を以(もつ)て死亡(しにうせる)せるならんと思(おも)ひしにコレラ
【右】
に罹(な)らさるは全(まつた)く消毒法(どくけしかた)の力(ちか)らに因(よ)る事(こと)を信(しん)
す
同十一月上旬(おなしくじういちがつじやうじゅん)東京(とうけい)に帰り小石川小日向(こいしかはこびなた)のコレ
ラ病院(びやういん)にありて病者(びやうにん)に接(せつ)し又(また)神奈川縣下三浦(かなかはけんかみうら)
郡鉈切村(これうなたきりむら)のコレラ病院(びやういん)に到(いた)りてコレラ病者(びやうにん)に
接(ちかつく)す然(しか)れども其/傳染(うつる)を免(まぬ)かれたるは全(まつた)く此消(このどく)
毒(けし)の功績(きゝめに)に帰(き)することを深(ふか)く信用(しんよう)す
前後(ぜんご)惣(すべ)てコレラ病者(びやうにん)に接(ちかづく)する時(とき)は予(わたし)の身体(からだ)に
石炭酸水(せきたんさんすい)を散布(ぬりつける)す又病者(またびやうにん)に接(ちかづく)する物品(しなもの)を取扱(とりあつかひ)
ふ時(とき)は其物品(そのしなもの)に石炭酸水(せきたんさんすい)の散布(まちちらし)を為したりき
【左】
予(わたくし)同年九月(どうねんこゝつ)より十一月(じういちがつ)に至(いた)る迄(まで)にコレラ病者(びやうにん)
を診察(みやくをみる)する前後少(ぜんごすく)なくも三百人(さんびやくにん)に下(くだ)らす其間(そのあいだ)
或(あるい)は死後(しご)を診断(みまい)し或(あるい)は
予(わたくし)の両手(りやうて)を嘔吐物(はいたるもの)又(また)は
大便(たいべん)にも汚穢(けがれ)し[衣服両足(きものりようあり)は勿論(もちろん)]或(あるひ)わ数十体(すじつたい)の
新(あたら)しき土葬埋没(どさうにうめる)の墳墓上(はかのうへ)にも屡々(しば〳〵)往来(ゆきゝ)すれ共(ども)
前説(まへ)の如(ごと)き此猛悪(このはけしき)の病毒(びやうどく)を免(まぬか)れたるは真(まこと)んい石(せき)
炭酸水(たんさんすい)の大効力(たいなるきゝ)なる事(こと)を信用(しんよう)す今世人(いまよのひと)の為(た)め
に屡々(しば〳〵)くりかへし飽(あく)まで此(この)乃/良薬(よきくすり)の効験(しるし)を述(の)
ぶ必(かなず)すしもコレラ流行時間(はやりのあいだ)には此藥水(このくすりみづ)を衣服(きもの)
上(うへ)に散布(まきちら)す又病者(またびやうにん)は勿論(もちろん)其衣服夜具蒲団(そのきものやぐふとん)一切(いつさい)
【右】
の器具(どうぐ)にいたる迄(まで)一々(いち〳〵)是(こ)の藥水(くすりみづ)にて洗除(あらいをと)すべ
し夢々之(ゆめ〳〵これ)を輕忽(なをざり)にする事(こと)なかれ
又(また)コレラ流行時間(はやりめあいだ)は勿論(もちろん)平常(ふだん)たりとも二便所(りやうべんじよ)
又(また)は塵埃捨場(ごみすてば)には必(かなう)ず防臭藥(にほいよけぐすり)を散布(まきりら)し不浄(きたなきもの)の
悪気(あしきゝ)をかるべし常(つね)に痢病(りびやう)および熱病(ねつびやう)の毒氣(どくき)を
消滅(なくな)ず
〇防臭藥(くさみよけぐすり)の方(はう)
硫酸鉄(りうさんてつ)《割書:壱升一名|ろうむ》水(みづ)《割書:五斗|》
右(みぎ)を混和(かきまわ)し常(つね)に不潔(きたなき)の場所(ばしよ)に散布(まきちら)すべ
し〇又(また)□藥(□□くすり)五升へ鋸屑五北(をがくすごと)を入れ交(ませ)べ
【左】
て散布(まきちら)するもよし
然(しか)れどもコレラの大便嘔吐物(たいべんはいたるもの)は必(かなら)ず石炭酸水(せきたんさんすい)
に非(あら)ざれば病毒(びやうどく)を消滅(けす)する能(あた)はず
〇又(また)消毒藥(どくけしくすり)の法(ほう)
塩酸(えんさん)《割書:四|》酸化満奄(さんかまんがん)《割書:一|》
右(みぎ)陶器(やきもの)に入(い)れ病室(ねどころ)を薫(ゑふす)ずれば能(よく)病毒(びやうどく)を
消滅(け)すと云(い)ふ〇又(また)硫黄一塊(ひとかたまり)を火鉢(ひばち)にて
焚(た)き病室病衣等(にどころねまきなぞ)一切(いつさい)の品(しな)を薫(ゑふ)するも手(て)
軽(かる)にて能効(よくしるし)あり
又(また)英醫(いきりすいしや)の発明(はつめい)する所(ところ)のコレラ療法(りようじ)は手軽(てがる)にて
【右】
素人(しろうと)にも施(し)易(やす)ければ左(さ)の方(しかた)を用(もち)ひて醫者(いしや)の
来(く)る間(あいだ)看病(かんびゆ)すべし
〇其方(そのしかた)
硫黄《割書:一塊(ひとかたまり)|》
右(みぎ)を火鉢(ひばち)に焚(た)き此煙(このけむり)を嗅(か)げばコレラの
暴瀉(くだり)も自(おの)づから止(や)み病勢(やまいのいきをい)も大(おほ)ひに緩(ゆる)む
ものと云(い)へり
虎列刺予防民間(これらふせぎひと)の心得(こゝろへ)《割書:畢|》
【左】
伊東本支先生著述目録
一詐病辨 《割書:陸軍省御蔵版|》 一冊
一小兒全書 近刻 六冊
一單氏内科書 近刻 八冊
一新藥伊呂波字引 既刻 一冊
一小兒養育の心得 既刻 一冊
一虎列刺予防民間の心得 既刻 一冊
著述人 《割書:神田區松冨町二十三番地|伊 東 本 支》
出版人 《割書:神田區美土代町二丁目壹番地|中 川 昇》
明治十二年六月二十二日出版御届
定價三銭
【社印】
東京府書籍館
新門
三部
六類
二二函
二棚
号
定價三銭
明治庚辰十月
細川潤題
【押印あり】
序【押印あり】
明治十三年六月太政官
公布伝染病預防規則
同年八月内務省叢行
豫防h必得書蓋詰文短
簡事不渉些細攻別頒
心得書使地方官吏無籍
其所■也雖然預防之事
消毒之法多■於学洗
読心得書者無得方苦難
解其迄者頃者中金■
著心得書演解得付剖
■来示諸■受而読
之以平易之文■々解説
委曲無遺使任其責任
便於実施者其在於斯
書歟■春其先獲我
心引一言於巻首
明治十三年十月中院
長与専斎■書
【落款二つ】
《題:これら病予防心得》
明治十年九月 [定価八銭]
《題:これら病予防心得》
東京書林 白楽圃発兌
虎列刺病予防心得
鹿児島県より電報《割書:明治十年|八月廿五日》
鹿児島県下下越、キジマテウチムラより青瀬村中浜村
辺コレラ病流行し其病勢凡そ三時間を経て死する者
四十余人に至り病者数知れざる旨警視分署より報知
あるに付速に臨病院より医員を差向けたれども相成
ベくは至急に治療法及び予防法等心得し医師派出の
御都合取計ひを願ふ尚追て病の性質は委細申上べく
との趣を同県令より電報にて其筋へ伺ひに成りしと
〇内務省録事《割書:明治十年|九月十九日》
鹿児島県下谷山郷ニ於テコレラ病流行ノ趣電報神奈
川県下横浜并神奈川駅ニ於テ同様流行ノ趣上申アリ
付テハ衛生局第五号報告ニ示セル養生法等ヲ守リ能
ク其身ノ保護ニ注意アランヿヲ要ス
〇内務省衛生局《割書:明治十年|九月十九日》
神奈川県下横浜ニ於テ本月五日ヨリ虎列刺病流行シ
十八日ニ至ルマテ患者総員四十二名アリ其内十四人
死去二人全治二十六人ハ治療中ノ趣報知アリタリ
〇内務省衛生局《割書:明治十年|九月二十日》
長崎ニ於テ本月初旬ヨリ虎列刺病類似ノ症病流行ノ
処十日頃ヨリ真ノ亜細亜虎列刺流行シ同日ヨリ十七
日迄ニ患者七十八人アリ内十八人死去セル趣県官ヨ
リ報知アリタリ
〇警視本署甲第二十四号《割書:明治十年|九月二十日》
虎列刺病予防心得別冊ノ通内務省ヨリ被相達候条此
旨布達候事
但シ別冊ハ内務省乙第七十九号ノ通ニ付此ニ略ス
〇警視本署乙第二十四号《割書:明治十年|九月二十日》
虎列刺病伝染ノ徴候有之ニ付テハ第一石炭酸必用ノ
薬品ニ候処此機ニ臨ミ一己ノ利欲ヲ謀リ代価を騰貴
シ販売ノ者有之候テハ不相成候条薬店営業ノ者ヘ至
急諭達可及此旨相達候事
但格外ノ代価以テ販売ノ者於有之ハ糺問ヲ遂ケ
処分可申付候条此旨可相心得事
〇東京府甲第八十七号《割書:明治十年|九月二十日》
神奈川県管内横浜港ニ於テ虎列刺伝染病流行ノ趣該
県ヨリ通知有之自然当管内ヘ伝染ノ程モ難計就テハ
病院本分局並ニ区医同出張所等へ兼テ相達置ク旨モ
有之ニ付速ニ便宜ノ場所ニ申出治療ヲ受ケ候様可致
此旨布達候事
但病毒消滅薬ノ義ハ病院本分局及ヒ区医同出張所
等ニ於テ可致付与筈ニ付便宜ノ場所ヘ申出受取可
申尤代価自弁難致モノハ無代価付与可致事
〇東京府丙第二百三号《割書:明治十年|九月二十日》
今般甲第八十七号布達候ニ付テハ毎区内巡視ノ上伝
染ノ徴候アル病者見聞候カ又ハ病者ヨリ届出アルトキ
ハ速ニ最寄医員(病院本分局及ヒ区医同出張所)へ協議
ヲ遂ケ病毒消滅ノ方法可致注意此旨諭達候事
〇警視本署甲第二十五号《割書:明治十年|九月十九日》
今般横浜港市街ニ於テ虎列刺病症ニ罹リ死亡ノ者有
之自然当地へ伝染ノ患難計ニ付▢生自養勿論ニ候得
共万一盛染症ト認メ候ハヽ時間ヲ不移医師ノ治療ヲ
乞ヒ其旨速ニ最寄警視病院又ハ各分署ヘ可届出此旨
布達候事
但シ他人ト雖𪜈右病症ニ罹リ候モノ見受候ハヽ本
文同様可届出候事
〇警視本署甲第二十六号《割書:明治十年|九月廿一日》
医師診断ノ際虎列刺病感染ト認メ候ハヽ患者前入口
ニハ(コレラ病アリ)ト記載シ該医師ニ於テ直チニ粘付
可致此旨布達候事
〇警視本署甲第二十七号《割書:明治九年|九月二十一日》
虎列刺病伝染ノ徴候ニ付テハ取調ノ都合モ有之間当
分ノ内何症ニ不限総テ死亡ノ者ハ医師ノ診断書ヲ添
便宜ヲ以テ警視病院又は所轄分署へ速カニ可届出此
旨布達候事
〇警視局ヨリ各方面へ左之御達《割書:明治十年|九月二十日》
所轄内薬店ニ於テ石炭酸所有ノ量数有無共至急該店
ニ就キ取調可申尤モ本人捺印シ調書取纏メ明後二十
二日限リ本署第五課エ可差出此旨相達候事
但シ該薬品ヲ隠匿シ窃ニ販売スル者有之ニ於テハ
厳重ニ処分申付候条取調ノ際可及諭達事
警視局ニテハ虎列刺病予防法ノ事務 捗(はか)ドルニ随
ガヒ益々厳密ニ注意既ニ一昨日ヨリ数名ノ警部
巡査ハ医員ト共ニ新橋ノ停車場ヲ初メ大森辺ヘ
モ出張セシメ横浜ノ方ヨリ来ルモノ悉ク撿査セ
ラレ昨日ハ各分署ノ長并ニ警部ヘ予防法ノ詳細
ヲ演舌セラレ又昨二十日ニハ各大区ノ区戸長ヲ
同局第二課ヘ呼出シ各区務所ニヲイテ予防法ヲ
注意スベキ旨口達アリシニ付戸長ヨリ差配人ヘ
雪隠下水芥溜等不潔ノ場所ハ極メテ清潔ニスベ
ク又ソノ差配ノウチニ該病ノ患者アルトキハ昼
夜ニ限ラス速ニ区務所ヘ届ケ出ル様ニト申シ渡
サレタリ《割書:九月二十|日諭達》
内務省乙第七十九号《割書:明治十年|八月廿七日》 各府県ヘ《割書:(東京府|ヲ除ク)》
虎列刺病予防法必得別冊編製相達候条実地流行之際
ニ於テハ更ニ該法ヲ考訂斟酌シテ臨時相達候儀モ有
之候得共予防方法之儀ハ病毒浸入之前予メ注意ヲ要
スル事件不尠ニ付為心得此旨相達候事
虎列刺病予防法必得
第一条 外国地方ニ「虎列刺」病流行して内務省より撿疫
規則の施行を命するときは開港場ある地方長官は医
員衛生掛警察吏等を選定して其委員となし外国領事
に協議し該規則を遵奉して予防拒絶の事を担任せし
むべし
第二条 「虎列刺」病流行の地方より来る船舶は港外一定
ノ地ニ於テ撿病委員其船に就き船長并に医官に患者
或は病屍の有無を尋問撿按し該病者に罹れるもの或
は擬似の症状あるものは之を避病院に移し病者なき
ものと雖𪜈若干の時日を限り入港を許さゝることあ
るべし
第三条 港口に於て離島或は人家隔絶の地を撰ひ臨時
避病院を設け入港船舶の「虎列刺」患者を入るゝに供し
或は便宜に従ひ該地方にて此病に罹りたるものも入
院せしむることあるべし
但し避病院は其構造極めて軽易を主とし三棟を建
るか或は一棟にして室に区画し軽症重症恢復期の
患者を分ち置くへし
第四条 避病院には黄色の布にQ字を黒記したる標旗
を建て其境界には制止榜を立て厳しく外人の交通を
絶つへし且つ該院に需用する一切の物品は使丁を定
めて購求し其使丁は決して病室に入り或は病毒汚染
の物品に触れしむるべからす
第五条 避病院の病者全快したるときは委員より全快
の証書を与へ衣服其他一切の什具に消毒法を行ひ退
院せしむへし病者軽快に赴くとも委員の許可を得る
に非ざれは決して院外に出つるを許さす
第六条 避病院に於て死亡したるものゝ埋葬地は委員
に於て相定し妄りに埋葬すへからす但し該地方に墓
地を有するもの委員の許可を得消毒法を行ふの後は
運搬するも妨けなし
以上六条開港場ある地方にて撿疫規則に参酌し施
行すへきものとす
以下流行の時地方一般の予防方に係る
第七条 地方官は管内に「亜細亜虎列刺」病者あることを
医師より届け出たるときは其病性の真偽と諸症の緩
劇とを詳かにし若し真の「亜細亜虎列刺」なるを確認す
るときは委員を命し予防の方法に着手し内務省に申
報し且管内近隣の地方庁に報告すへし
第八条 医師は「虎列刺」病者を診察するときは其時々直
ちに区戸長或は医務取締を経て地方庁に届出へし
第九条 地方庁は医師より日々出す所の申牒を集め患
者の数と死者の数とを記し毎土曜日之を内務省に申
報すへし
第十条 地方長官は「虎列刺」病流行の勢盛なるときは日
日二十四時間の死亡員数を管内に告示すへし
第十一条 貸家旅店滞泊の船学塾及ひ諸製造所の主等
総て衆人を管するものは若し其内に「虎列刺」病に罹る
ものある時は二十四時内に委員区戸長或は医務取締
に届くへし
第十二条 陣営の主将軍艦の船将も其配下に「虎列刺」病
者あるときは二十四時内に其地方庁に通知すへし
第十三条 「虎列刺」病者ある家族は看護に緊要なる人の
外は成丈他家に避けしめ往来するを許さす患者恢復
或は死亡の後消毒法を行ひ十日を経るに非されは学
校に入るべからす
第十四条 「虎列刺」病流行の時に際し地方長官は祭礼開
市等無益に他方の人の群集する事件を禁すへし
第十五条 前条の場合に於ては地方官は病勢の緩急と
人口の多寡とに応し管内各市邑に於て特に「虎列刺」患
者のみを療養する仮病院を設け旅店の貸家等多人数
同居の患者を移し入るへし
第十六条 委員は「虎列刺」病者ある家宅船舶の門戸入口
に著しく「虎列刺」伝染病ありの数字を記して之を貼付
し成丈無用の人の交通を絶つへし
第十七条 委員は特に「虎列刺」病者の吐瀉物に注意し該
病者ある家は一々其処置を示諭し決して便所下水芥
溜田圃河海等に投棄せしむへからす
附録消毒法を参配すべし
第十八条 委員は「虎列刺」病者ある家屋船舶器具等消毒
法を行ひ或は器具の極めて汚れたるものは買上て
之を焼却埋却する等総て病毒伝播を防制する便宜の
方法を設け地方長官の許可を得て之を施行すべし
第十九条 「虎列刺」病流行の時或は其恐れある時は委員
は便所芥溜下水溝渠等総て一般の清潔に関する事件
に注意すべし但し掃除は既に流行の時に及ては或は
行ふを却て害あることあり消毒法を行ふへし
第二十条 「虎列刺」病者を運搬し或は該病に罹りて後他
行し或は患者若くは屍体に触れたる物品を消毒法を
行はざる前贈与受用せる等総て不注意に由て病毒を
他に伝播すべき事件を禁すべし
第二十一条 「虎列刺」病者を病院或は其自宅に送るには
各地方に於て此規則を参酌し相当の手続を定め妄り
に運搬転移するを禁し且つ其運送器は世間公用のも
のを用ふるを許さす運送後は消毒法を行はしむへし
排泄物或病毒に汚染したる器具を消毒法施行の場所
に送るも亦其手続きを定め注意を加ふへし 同上
第二十二条 「虎列刺」病者の死屍は該地方にて定めたる
埋葬地に非ざれは他に運送するを許さす運送の器も
再ひ生人に用ゆるを禁す而して其通路は最捷近なる
ものを撰ふへし
第二十三条 内国の港湾に於て往来の船舶に「虎列刺」病
者あるか或は十日以内に此病に斃れたるものある時
は繋泊前其舟師より該地の委員或は区戸長に届出て
其差図を受けたる場所に碇泊して全く外人の交通を
絶ち消毒法を行ひ其許可を得るの後にあらされは其
所を移すを許さを【「す」の誤りか】
第二十四条 「虎列刺」病流行の地方に在りては便宜の場
所に消毒薬販売の所を設け(在来の薬店に命し若し薬
店なき場所は新に此販売所を仮設す)委員にて其薬価
を一定し購求するものには施行の方法をも伝示せし
むへし貧困のものは無費にて給与することあるへし
虎列刺消毒薬及其方法
「虎列刺(これら)」病の真因(しんいん)と其 蔓延(まんえん)の実況(じつきゃう)とは未た明了ならず
と雖も其 病毒(びやうどく)の特に患者(もとのおころり)の吐瀉物(としやぶつ)に舎(やと)れることは諸
説の一定して復た疑を容れざる所なり
而して此吐瀉物も排泄(はいせつ)の直(たゞ)ちに伝染(でんせん)の毒(とく)を逞(たくまし)うする
ものに非さるに似たり少時【左ルビ「しばらく」】を経て泡醸腐敗(はうじやうふはい)【左ルビ「あわだちくされ」】に陥(おちい)り然
る後始て一種の伝染病を醸成【左ルビ「つくりかた)」】するものなり故に吐瀉
物を他の腐敗したる物に混するときは其腐敗するこ
と太(はなは)た速かにして病毒を発生すること最甚し「虎列刺」
病者の吐瀉物を他人の糞尿(だいせうべん)に混する(尋常の便所芥溜
下水等投棄するの類)ときは大に其蔓延【左ルビ「ひろまり」】の勢を熾(さかん)にす
るものなり
右の如くして発生したる病毒の人体に侵入するは飲
水(「虎列刺」病者の汚物を埋めたる近傍の水源或は井水
に病毒滲透したるに由る)食物(「虎列刺」病者の排泄物を
食ひたる魚介家畜の肉或は該排泄物を培養に供した
る蔬菜或は病毒の気中に有て之れに染み或は小虫等
汚物を齎して附点する等より伝ふるに由る)或は消毒(どくけし)
法(はふ)を行はさる便所に上る等なり而して人体器具も亦
能く病毒を伝播(でんは)【左ルビ「うつし」】するの媒介(なかだち)となるものなり
此故に海陸の撿疫規則を以て全く此病を拒絶(きよせつ)するの
企望(きばう)は其目的を達すること極めて難しとす而して消
毒の法は近来「虎列刺」病予防方法中最大 緊急(きんきう)の事件と
なり其病防の実績(じつせき)を奏したるは各国の普(あま)ねく実験す
る所なるを以て此方を施行するは之を人民各自の注
意に任して足れりとすべきものに非らす必す勧奨(くわんしやう)或
は強迫(きやうはく)して厳重に奉行せしむるは保護の要件なりと
是れ此方法は直ちに病毒を撲滅【左ルビ「うちけす」】するの方あるが故に
精密(せいみつ)に注意して施行するときは能く其蔓延を制し且
つ該地の病根を永遠(ゑいゑん)に絶つことを得るものなれはな
り輓今(ちかごろ)欧洲(ようろうは)諸国伝染病流行の時に際しては一般に之
を施行し之が為に莫大(ばくだい)の国費(こくひ)を要すと云ふ
消毒薬中(せうどくやくちう)最有力のものは石炭酸(せきたんさん)を第一とす近来消毒
法の声誉(せいよ)を得たるは職として此発明に由るなり之に
次くものは亜硫酸瓦私(ありうさんぐわす)なり緑礬(ろうは)の単用は防臭(ばうしう)の能あ
るのみ病毒を撰滅するに足らす亦た石炭酸(せきたんさん)を配用す
べし
消毒薬方
第一 粗製石炭酸(そせいせきたんさん) 四十五分より六十分ノフエニル酸
(即ち結晶石炭酸)を含(ふく)むものにして稍(やゝ)色を帯び流動し
て水に溶化し難(がた)し「テール」を化すれば不快(よからぬ)の臭気【左ルビ「くさみ」】を発
す
第二 石炭酸末 右の粗製石炭酸に木炭。砂灰。鋸屑(をがくづ)等の
粗末を化したるもの
第三 結晶(けつしやう)石炭酸(即ち「エニル酸又フエニルアルコール」
無色の結晶酸(けつしやうさん)にして全く水に溶解【左ルビ「とける」】するもの(十八分至
廿分の水にて既に溶解す)
第四 石炭酸水 結晶石炭酸一分を百倍の水に溶(とか)した
るもの
第五 石炭酸溶液(せきたんさんようゑき) 結晶石炭酸二分を百分の水に和し
たるもの
第六 硫酸鉄(りうさんてつ)と石炭酸との混和溶液(こんくわようゑき) 一「キロ」の緑礬(ろうは)を
十五「リトル」の水に混し三百ガラム至三百五十ガラム
の粗製石炭酸を加へたるもの(此合剤は久しく貯ふべ
からす用に臨て調合すべし
第七 石炭酸蒸気(用に従て粗製或は結晶酸を用ふ)石炭
酸を皿(さら)に盛(も)り文火(ぬるきひ)に上(の)せ蒸散せしむ
第八 亜硫酸瓦私 硫黄【左ルビ「▢わう」】に火を点し焼(やき)て瓦私(くわす)を発す
消毒薬用法
消毒法と施行するには(第一)其 瀉【左ルビ「くだし」】物吐物【左ルビ「はき」】及ひ此吐瀉物
を以て汚したる衣服具 紙屑(かみくつ)布片等(きれるい)及ひ其死体(第二)患
者の消息(ねおき)したる居室(ゐま)船室若くは病院陣営等(第三)便所
塵芥(ごみため)下水等一切 不潔(むさくるしき)の掃除に注意す可し(第一)病毒に
汚染(よごれしみ)したる物品
(排泄物)吐瀉物を受る器(うつは)は予め縁礬(ろうは)に石炭酸(せきたんさん)を混した
るもの(第六)一合余を入れ置き用を終るの後は直ちに
屋外に持出し洗浄【左ルビ「あらひきよむ」】して又右の消毒薬を入れ後用に備
なへし吐瀉物并に其器を洗浄したる水及ひ吐瀉物に
染(しみ)たる紙屑布片は溝渠(みぞ)下水(けすゐ)芥溜(はきだめ)田圃(でんぼ)等に投棄(なげすて)すへか
らす且つ此吐瀉物他の腐敗物に混するときは其病毒
を醸成すること殊に甚しきを以て決して之を尋常(つね)の
便所に投し健康(けんかう)なる人の糞尿(だいせうべん)に混すへからす「虎列刺」
病者の排泄(はいせつ)物は悉皆(こと〳〵く)之を取分け深く土を堀りて之を
埋め十分に石炭酸末(第二)を撒布し然る後土を覆ひ雑
草を種(う)ゑへし又排泄物を焼却するは殊に良(よろし)とす浅く
穴を堀り底(そこ)に乾きたる藁(わら)或は鉋屑【左ルビ「かんなくす」】を布き吐瀉物を其
上に投し再ひ藁或は鉋屑を覆ひ石炭油を灌(そゝ)ぎて火を
点(とも)す火勢滅するときは之を攪せ再ひ油を注き全く灰
燼となるの後穴を塡め雑草を種ること前に同し但し
排泄の度毎に斯く埋却(まいきやく)焼却(せうきやく)するを要せす積て若干の
容量に至て焼棄して可なり
排泄物は家屋井戸用水等を距ること七間以上の場所
にあらされは埋むへからす且つ一穴に多量を収むへ
からす
自宅に吐瀉物を埋め或は焼くの余地を有せざるもの
は前段の如く消毒法を行ひ置き一日二回【左ルビ「にど」】或は三回【左ルビ「さんど」】一
定の場所に送るべし委員は予め之が為めに恰当【左ルビ「しかるべき」】の地
を定め排泄物を処分する所となし各家より送る所の
排泄物を前法に従て焼き或は埋むべし紙屑布片等の
汚物に染みたるものは排泄物と共に焼却すべし
(衣服夜具)洗濯(せんたく)に堪ふべき衣服は桶(をけ)に入れ石炭酸 溶液(ようえき)
(第五)を灌(そゝ)き浸(ひた)し置くと一昼夜にして更に熱湯(あつゆ)を注き
煮(に)ること四分時後水にて洗浄【左ルビ「あらひきよめ」】す
洗濯に堪へざる衣服は其品柄によりて亜硫酸瓦私(第
八)或は石炭酸蒸気(第七)を以て薫(いぶ)蒸すべし
「虎列刺」患者或は死屍に触れたる上衣(うわぎ)は吐瀉物に汚
染したるに非ざれは[汚染したるものは勿論前法に従
ひ然る後刷浄して空気に晒【左ルビ「さら」】すべし
(夜具)の類も石炭酸溶液を流(ひた)し後煮沸洗浄すること衣
服とに同し其洗濯【左ルビ「せんたく」】すべからざるものは十分に石炭酸
の蒸気を薫(いぶ)し或は溶液を布片海綿に浸して洗刷すべ
し
総て衣服夜具 畳席(しきもの)等の甚しく汚れたるものは買上げ
て焼却すべし
(家具)木材の具飲膳の具等は皆石炭酸水(第四)を灌(そゝ)き然
る後 石鹸(しやぼん)水にて洗浄し乾かすへし其洗ふべからざる
ものは亜硫酸瓦私(第八)或は石炭酸蒸気(第七)にて薫し
或は石炭酸溶液(第五)を海綿【左ルビ「かいめん」】布片に浸(ひた)し拭浄【左ルビ「のとひきよめ」】すへし総
て日常の家具は病室に入れて一時に薫蒸し石炭酸水
を以て洗浄するを最良とす
(書籍新聞紙)の類病室にありたるものは開きて石炭酸
蒸気を薫(いぶ)すへし
(器械)外科(けくわ)産科の道具職人手道具の類は石炭酸水(第四)
を以て洗ふへし
(食物の汚れたるものは投棄【左ルビ「うちやる」】すべき者許多なり或は消
毒法を行ふて足るものあり委員の指図に随ふべし
(死屍)「虎列刺」病に斃れたるものは成丈速に片付け十分
に石炭酸溶液(第五)を浸したる木綿を以て之を包み健
康なる人を近づかしむべからず棺(くわん)の内には多量の石
炭酸末(第二)を充て時々石炭酸溶液を灌くべし
(第二)家屋船舶病室等
(部屋)「虎列刺」病者ある部屋並に死屍を置ける部屋は十
分に石炭酸蒸気(第七)(結晶酸を用ふへし)を薫して之を
満室に篭【左ルビ「こ」】むへし患者全快し或は埋葬の後は先つ室中
の金銀器書画彩色絹物等を取除け(此品は別に相当の
消毒法を行ふ)窓戸を密閉し火鉢に火を盛り其上に硫
黄を置き入口を閉(と)づへし薫蒸【左ルビ「いぶしたてる」】すること六時乃至八時
にして火鉢を除き窓戸を開き少時【左ルビ「しばらく」】を経て室内の諸物
を大気中に持出し敲(たゝ)き払ふへし天井【左ルビ「てんぢやう」】建具等木製の物
は石炭酸(第四)を注き石鹸水を以て洗浄し後ち空気に
晒すへし
(運送器具)「虎列刺」病者或は其死屍を運送(うんそう)したる舟車駕
等は用ふる度毎(たびこと)に石炭酸水(第四)を以て洗ひ或は石炭
酸蒸気(第七)亜硫酸瓦私(第八)を蒸すへし右の車駕中に
具へたる器具は前条の消毒法を参酌【左ルビ「みはからへ」】して行ふへし
(第三)便所芥溜【左ルビ「はきため」】下水等
(便所)は日々其糞池を掃除し十分に緑礬【左ルビ「ろうは」】石炭酸の合剤(かうざい)
(第六)を撒布【左ルビ「まきちら」】し再ひ汚臭(をしう)を放つを見は直ちに之を撒【左ルビ「ふりかけ」】す
へし
(芥溜)は流行前に掃除【左ルビ「そうぢ」】すへく既に流行の時に及て掃除
するは攪擾【左ルビ「かきちらか」】して其 悪気【左ルビ「わるき」】を揮発し却て害あることあり
静定して時々其上に石炭酸末(第二)を撒布【左ルビ「まきちら」】して之を覆
ふべし或は掃除の時に臨み石炭酸緑礬の合剤(第六)を
灌(そゝ)くも亦 良(よろ)し
(下水溝渠)は日々之を疎通し水を灌(そゝ)きて洗浄すへし甚
しく汚穢(きたなきもの)の滞塞(とゞこうりふさがり)したる所は石炭酸水(第四)を注くを良
とす ( 畢)
予防救済方法
〇内務省衛生局報告第五号《割書:十年八月|廿四日》
虎列刺病流行スルヤソノ勢ヒ甚タ迅疾ニシテ殆ント
耳ヲ掩フニ及バザルモノアリ其ノトキニ当タリテハ
官庁ヨリ予防救済ノ注意アルベシト雖𪜈其養生法ト
吐瀉物ノ洗浄法トノ如キハ各人予テコレヲ心得置キ
深ク戒慎スルニ非サレハ啻ニ其ノ一身ヲ非命ニ殪ス
ニ止マラス必ラス其惨毒ヲ他人ニ蔓延シ底止スル所
ヲ知ラザルニ至ルベシ因テ今其方法ヲ記シテ左ニ報
告ス
虎列刺病(これらびやう)流行(りうかう)之節 各自(かくじ)に注意(ちゆうゐ)すべき
養生法
附 吐瀉物(としゃぶつ)洗浄法(せんぢやうはう)
コレラ病(びやう)は同じく其 病毒(びやうどく)に触(ふ)るゝ人と雖も悉皆(しつかい)之に
感染(かんせん)するものに非す外襲(ぐわひしふ)病毒(びやふどく)の外更に其 体中(たいちゆう)に於て
之に応するものあり始めて病を発(はつ)するものなれは消(せう)
食機病(しよくきひやう)殊に下痢に罹(かゝ)るものは最も危く且(かつ)其平常 坐臥(ざか)
を同しくする人にても毎(つね)に腸胃(ちようい)の健康(けんこう)なるものには
感染すること稀れにして虚弱なる人に多きが故に其
流行の時に際しては別して飲食を節用し労働を慎し
みて消食機を健全にし感胃食傷等をなさゝる様に用
意をなし若し軽き下利或は他の消食機病を発するこ
とあれば速に医師に就き大切に養生すべし
食物は一つ一つの品を定めて其 良否(りやうひ)を判(わか)たんよりは
其 調理(てうり)と節用(せつよう)とに注意するを肝要なりとす如何なる
食品にても生物を食し或は多食するときは下利其他
の腸胃(ちやうゐ)病を発して伝染を招き或は伝染するものなり
其外各人の慣習に因りて常に下利を発するものは同
様の害あれば決して用ふべからず偖(さて)其用ふへき食料
には穀物及び牛(うし)犢(こうし)羊(ひつじ)鷄(にはとり)の鮮肉【左ルビ「よきにく」】を最上とす家鴨(あひる)雁(がん)豚(ぶた)の
肉は脂肪【左ルビ「あぶら」】多くして宜しからず又魚介を厳禁するとい
ふことあれとも海浜にては常食となすが故に之が為
に差支を生すべし到庭新鮮なる者は差して禁ずるに
及ばず野菜は萵苣【左ルビ「ちさ」】の類を捨て馬鈴薯の如き澱粉を含
める根類(蕃薯【左ルビ「さつまいも」】及薯類)を食すへし魚介蔬菜は勿論総て
何品にても煮蒸焼炙【左ルビ「にむしやきあぶり」】等の調理を経たる物に非れは用
ふへからす又 成熟(せいしゆく)せる菓実 桃(もゝ)李(すもゝ)梨(なし)檎(りんご)葡萄(ぶとう)苺(いちこ)の類を少
し許つゝ食するは害なしと雖も不熟(ふしゆく)のものは必す之
を忌むへし
飲水(のみみつ)は不潔(ふけつ)或は疑はしきものを忌(い)むへし凡て此際に
於ては何れの水をも皆不潔なるものと想(おも)ひ定め一と
たび煮沸(にた)てし後ちに用ふるを良(よ)しとす但し煮沸(にた)てし
後ち復(ま)た冷せし水は其 新鮮(しんせん)活溌(くわつぱつ)の味(あぢ)を失ふものなる
が故に少量(せうりやう)の茶或は葡萄酒(ぶどうしゆ)を加へて其味を直すべし
抑飲水を清浄にするに過満俺酸加里(くわまんかんさんかり)といふ薬を称用(せうよう)
する者あれとも之を化して僅に赤色を帯ふるを度と
し決して多量(たりやう)を加ふへからす若し此 酸(さん)を滴(したゝ)らして其
水 茶褐色(ちやかつしよく)となるものは夥(おびたゞ)しく有機物(ゆうきぶつ)を含有(がんゆう)するの証
にして飲料に適せさるものと知るへし又茶酒等を適(てき)
用(よう)すへしと雖も酒は極めて少量に限り又 酸気(さんき)を帯(お)ひ
たる乳並に酸味の飲料は勿論冷水氷製の如きも禁忌
すへき物とす
以上飲食の適用を必得誤りて全く穀物野菜を食はす
只々肉と羹汁【左ルビ「そつぷ」】とのみを限り或は粥のみを以て常用と
し飲料にも亦葡萄酒のみを用ふる等は大なる過(あやま)ちな
りとす又 最良(さいりやう)の飲食たりとも其用ふる分量を平日よ
り少しく減(げん)すへし然れとも甚た空腹(くうふく)に至るときは却
て害あるものなり
衣服(いふく)は感冒 下利(げり)を予防(よばう)せんが為に常服の外にフラン
ネル木綿(もめん)等にて小腹(したはら)を巻(ま)き足には毛布(けぬ)の股引の類を
穿(は)くを良(よ)しとす若し全身【左ルビ「みうち」】湿濡【左ルビ「しめりぬるゝ」】せし時は速に乾(かわ)きたる
衣服に着換早朝 深夜(しんや)の湿気(しめりけ)を避くべし
冷水を以て常に全身を洗拭【左ルビ「のこふ」】するの習慣(しうくわん)ある人は流行
中に於ても之を休むるに及ばざれども其冷浴【左ルビ「みづあび」】の如き
は止むるを以て良とす
過度(くわど)の運動(うんどう)(盛宴【左ルビ「さかもり」】。不眠【左ルビ「ねず」】。非常の奔走【左ルビ「かけはしり」】等)精神(せいしん)及び身体の疲【左ルビ「つかれ」】
労憂愁【左ルビ「うれひ」】憤怒【左ルビ「はらたち」】の如き神思の勘当(かんどう)を避けて居常(つね〳〵)活溌(くわつぱつ)爽快(そうくわい)
ならんことを務むべし総て衰弱(すいじやく)は遺伝(いてん)。病後。労動(ろうどう)。等に
由るの別なく皆 伝染病(でんせんびやう)の感応性(かんおうせい)を増加するものなり」
「コレラ病者の見舞は成丈け之を避くべし仮令(たとへ)躬(みづか)ら之
に感染(かんせん)せざるも更に他に伝及(でんきう)する媒(なかだち)となるの恐(おそ)れあ
るものなり然れども止むことを得すして見舞ふとき
は必す空腹(くうふく)にて往(ゆ)く可からず既(すて)に見舞ひし後には即
ち石炭酸水(せきたんさんすい)(一分の結晶石炭酸(けつしやうせきたんさん)を百倍の水に溶(とか)したる
もの)を以 嗽(そゝ)き又此水に半量(はんりよう)の浄水(せうすい)を和(くわ)して顔面【左ルビ「かほ」】をも
洗ひ次て石鹸(せきけん)【左ルビ「しやぼん」】にて洗浄(せんちやう)すべし(石炭酸(せきたんさん)を和して製した
る石鹸は便利なりとす)居所【左ルビ「ゐどころ」】を清潔(せいけつ)にし寝室(ねま)の空気を
乾燥(かんそう)ならしめ糞尿【左ルビ「べんじよ」】を除去(ぢよきよ)すべし是等の汚穢物(おゑつぶつ)は伝染(でんせん)
の媒(なかだち)となるものなれは深く注意して禍(わざわい)を招(まね)くこと勿
れ
流行(りうこう)地方に居住(きよぢやう)せざるも敢て差支なき人にして甚し
くこの病を恐るゝものは避(さけ)て人迹(じんせき)の少き山郷(さんきよう)に赴(おもむ)く
に如くはなし然れとも此病を感受(かんじゆ)する日より発病(はつびやう)ま
てに至る間は甚だ不同(ふどう)にして其短き者は二十四時に
於て発すへしと雖も二十一日に至ることありて其 発(はつ)
症(しやう)は至て幽微(かすか)なるが故に既(すで)に気分(きぶん)悪しくして下利(げり)す
る時は最早旅行すべからす
吐瀉物(としやぶつ)洗浄法(せんじやうほう)
コレラ病者あるの家に於て消毒(せうどく)の法を行ふは委員(ゐいん)并
に医師の教示【左ルビ「さしつ」】を受くべしと雖も今心得の為に吐瀉物(としやぶつ)
掃除(さうぢよ)の方法【左ルビ「しかた」】を示(し)めすべし抑(そも〳〵)コレラ病(びやう)の伝染毒(でんせんどく)は其 吐(と)
瀉物(しやぶつ)に舎(や)どれるものなるか故に特(こと)に其 掃除(さうぢよ)に注意す
べし元来 邦人(ほうじん)の習慣【左ルビ「しなれ」】にては斯る病毒の舎(や)どれる吐瀉(としや)
物(ぶつ)にても或は之を河海に投(とう)し或は之を下水(げすゐ)に投(とう)すれ
は其 病毒(びやうどく)は既に消滅(せうめつ)したりと誤(あやま)り認(みと)めて早晩(いつか)其水に
混(こん)して伝播(でんぱ)し又は地中に浸潤【左ルビ「しみこみ」】し井泉(せいせん)にまで透竄【左ルビ「しみほり」】して
病毒(びやうどく)の伝染(でんせん)するに至るを知(し)らざるもの多し人々善く
之を心得置き消毒薬(せうどくやく)を求め予(あらかじ)め吐瀉物(としやぶつ)を受る器(うつは)には
此薬を容(い)れおき已に使用(しよう)せし後は直ちに屋外(おくぐわい)に持出
して洗浄し又其 消毒薬(せうどくやく)を入れ置べし偖(さて)此吐瀉物并に
其器を洗浄せし水は決(けつ)して之を他人の用ふる糞池【左ルビ「こえため」】に
混すべからす悉皆(しつかい)之を取分け住家及ひ井戸を距るこ
と六間半余の地に於て深(ふか)く其土を堀りて埋(うづ)め或は焼
捨すべし若し自宅(じたく)に此の如き余地(よち)なき者は前の如く
消毒法(せうとくほう)を行ひ置き一日に二度或は三度 程(ほど)づゝ一定(いつてい)の
場所(一定(いつてい)の場所とは委員(ゐいん)或は区戸長より予(かね)て吐瀉物(としやぶつ)
等を処分(しよぶん)する地を定(さだ)め置(お)くものを云ふ)に送(おく)るべし尚(な)
ほ詳細(しやうさゐ)は委員(ゐうん)及ひ医師区戸長の指図を受けて精々手
抜なき様に処分(とりはからひ)すべし
予防法を左に掲ぐ警視局御雇教師テーニッツ氏口述せ
られし虎列刺病の今日新聞上を以て人民に布告すべ
き箇条左の如し
虎列刺病は唯中毒に由て発す其毒は虎列刺病者の排【左ルビ「はい」】
泄物【左ルビ「せつぶつ」】例【左ルビ「たとへば」】の大便(だいべん)吐物(へど)等に在り虎列刺病の四方に蔓延す
るは大便よりするを以て大便中に含有(ふくむ)したる毒を撲(うち)
滅(け)すべき 第一の急務(きふむ)なり又た虎列刺病者の着したる
衣服 蓐(しとね)等は皆悉く火に投して焼尽すべし何となれば
虎列刺病者の排泄物之に附着(ふちやく)する者あればなり消毒
薬として糞尿(くそせうべん)中に注漑(そゝぎ)すべきものは緑礬【左ルビ「ろうは」】是れなり其
水に溶解(とける)するの度は五十倍なり(即ち一分の緑礬に水
五十分)是れ価廉にして用法亦た簡易なり其用法は毎
日全く臭気の止む迄 糞桶(くそをけ)中に注(そゝ)ぐべし其他消毒薬と
して方今用ふる者は石炭酸(せきたんさん)なり此消毒薬を糞器に注
ぎ入るゝは虎列刺流行の地は勿論未た流行の萌(きざし)なき
も客人等虎列刺病者に接し或は虎列刺病潜伏気【左ルビ「せんふくき」】の人
に交り其毒を含みたる者未だ発病せざるを以て知ら
ずして厠(かわや)へ臨(のぞ)めば即ち其厠中に止まるなり
然るときは其家の者皆知らずして之に触るれは其毒
に感する明瞭なり故に未だ流行せさるの地と雖ども
注意して緑礬石炭酸等の消毒薬を糞器中に注漑する
ことを怠る可からずと云ふ
虎列刺に由て斃れたる者は土葬より火葬に処するを
良とす此時衣服蓐等も一処に焼灰すべし
虎列刺毒 伝播(でんぱ)の景況種々あり左に一二を挙く虎列刺
患者の排泄(はきくだし)物地に落散りしとき降雨等の為め地中を
通り其近傍の井及ひ水道に至り其水中に混ず之を飲
むものは虎列刺毒に感する論を俣さす又た其虎列刺
毒を含みたる水を牛に飲ましむれは牛は之に感せざ
るも体中に吸収め其乳中に分泌す故に其牛乳を飲み
さるものは其毒に染むと虎列刺毒を含有せる水を飲
むと同し是れ英国にて確認(くわくじん)したるなり
虎列刺患者の排泄物大便を田圃に蒔き散せは其植物
其毒を吸収め仮令外面より何的【左ルビ「なにほど」】の洗滌法を行ふも決
して洗ひ尽さず而して之を食する者は忽ち其毒に感
す(以下次号ニ出ス)
明治十年九月廿五日御届
東京府平民
編輯人 山田栄造
第四大区一小区
北甲賀町廿番地
東京府平民
出版人 江島伊兵衛
第一大区六小区
呉服町九番地
【裏表紙】
【背表紙】
官版 疫毒預防説 文久二年
【表紙】
《題:官版 疫毒預防説》 文久二年
【シール】五十年資料 67
【表紙】
《題:《割書:官|版》疫毒預防説》
B95385
《題:《割書:官|版》疫毒預防説 全》
【記述なし】
【右】
文久二年壬戌十月撮譯
《題:《割書:官|版》疫毒預防説》
洋書調所
【左】
疫毒預防説目次
疫毒預防説
コレラ病預防心法
コレラ病流行の歴由
コレラ病を治する藥
《割書:附|》コレラ経験説
検疫説
同
検疫院の説
【右記述なし】
【左】
凡例
一 安政五戌午の秋コレラ病盛に行はれ 之 ̄レが為に死せる
者江戸のみにて男女併せて二萬八千四百二十一人な
ろと云翌巳未の歳又再翌庚申の歳も此病少しづゝ流
行すれども漸く其數減して萬延元辛酉の歳には絶て
少も其病なきに至れり然るに今茲文久二年壬戌の夏麻
疹大に行はれて後再びコレラ病盛に行はれ今般は田
野都會の差別なく又高燥卑濕の地を選ばす之 ̄レを患事
者多く特に麻疹後の者に於て甚しく其死に至る者先
般の流行に比すれば其幾倍なるを知らず又之 ̄レが為に
【右】
全家悉く死亡し嗣を絶し産を失ふ者挙げて算ふべか
らず豈悲歎すへきの甚しき者に非ずや此に於てか
官之 ̄レを愍み給ひ吾輩をして西土諸書の中より凡 ̄ソ此病に
関係する要件を撮譯せしむ吾輩褥く其命を奉して其
流行を預防する用心の法の如きは先に鈔譯して聚珍
版となし世に公にしけるに之 ̄レを乞う者日に多くして忽
ち竭きたるを以て今又更に校正加へ其外之 ̄レ
を預防
する方法より人々の心得置くき諸件に至るまで諸
書より數條を鈔譯し集て以て一篇の書とはなしぬ
一 コレラとは來吐瀉病の義にして近時流行する惡病
【左】
世俗のコロリと稱する者は西土にて亜細亜コレラと
云是れ亜細亜地方より起れる霍乱と云の義なり張氏
醫通に番沙内科新説に絞膓痧六合叢談に痧病と云も
皆此病の事なり故に篇中只痧病と記するも亦此病の
事にして他病を指すにあらず又疫と云はレハント疫
發黄熱コレラ病及び黒痘等総て傅染せる急劇病の総
稱なれば或は處によりコレラ病を指して単に疫と云
ことも之 ̄レあり讀む者宜しく混ずることなかるべし
此病の原因治法未だ詳ならされば又妙効藥と稱すべ
き者なし故に西書中其藥方を出せる者甚だ少し但 ̄シ篇
【右】
末に挙ぐ事一二方の如きは彼邦にて頗る驗を經たる
者なれは宜く信從して之 ̄レを採用すべし
一 近時我邦の賣藥者流幾群䀋を専らコレラ病の妙功藥
たるを誇張すれども未だ西書中此の如き事を載する
を見ず又之 ̄レを用ひたる患者を親驗するに佳候を呈す
るを見ず却て苦悶を増加し死に至るを見るなり學者
それ慎まざるけんや
文久二年壬戌十月五日 洋書調所教授方 謹識
【左】
疫毒預防説《割書:千八百五十六年荷蘭の醫師フロイ|ンコソスが著せる衛生全書撮譯》
當今一異種の病あり恐るべき荒亂をなすに因り衆人甚だ
之 ̄レを危懼す此病に於ては一種の傅染毒血中に生じ其毒感
受し易き體に觸るれば其曽て生じたる人の體に發する症
と全く同症を起し以て絶へず新に傅染をなすなり〇是故
に此病は人々陸續急速に相傅染し或は衆人一齋に相感染
す是を以て此病の毒は患者の血中に生ずること恰も發酵の
鋭烈液中に瀰蔓すると同一なるべしと考察せり〇但 ̄シ此傅
染毒時としては甚た揮發走竄にして病人の呼氣及び蒸發
氣より大氣中に傅送し夫より無病健全の人の吸氣に入り
【右】
更に其體に傅染すること疑を容るべからず〇史録中屢 ̄く云へり〇方今に於ても尚此の如き病屢 ̄く流行する
ことありて其症二般あり即 ̄チ一は熱地に流行する症にして
之 ̄レを發黄熱《割書:ケーレコ|―ルツ》と名け一は寒國にも亦流行する症に
して之 ̄レを痧病《割書:コレ|ラ》と稱す〇發黄熱は夏日の熱度寒暖計を
以て測るに其中數七十五度の地より全く外に出でず阿非
利加及び西印度は其最 ̄モ甚しき地方なり〇痧病は昔時亞細
亞に限れる病なりし[其本名を亞細亞霍亂《割書:コレラア|ヂアチカ》と云も
之 ̄レに因る]然ども此症近時は西土及び他の温道諸地にも夥
【左】
しく流行せり〇右の二病共に血中に含める毒氣を以て各
個の生器を虚衰せしむることをなし特に消毒諸器を甚しく
損害す〇發黄熱に於ては胃より半ば腐敗せる血を混じた
る膽汁を吐出し痧病に於ては胃及び諸膓の血一個の分泌
機を起して其流動分《割書:即 ̄チ血中|の水分》のみを上下に泄出するを以て
全體の血中には復 ̄タ運輸すべからざる稠厚の物質より留る
ことなきに至れり
葢 ̄シ傅染病は其毒蔓延して静定せる氣中に蓄積するときは
特に其荒亂をなすこと大なりとす〇是を以て傅染病を預防
するには新鮮の大氣を流通せしめて自在に之 ̄レを居室中に
【右】
容れしむるより他に伎漏あることなし〇常に大氣通暢する
室内に在るとは患者の周圍一二歩の所に在る傅染す
ること殆ど稀なり〇發黄熱は[多く卑濕の地に於て發する
なり]寒冷の時に於ては全く瀰蔓すること能はず而して此熱
も痧病も不潔の氣ある所には甲處より乙處に漸々蔓延せ
り〇是を以て身體衣服及び居室を清潔にし且 ̄ツ大氣を常に
流通せしむるの注意は常に此病を預防する的實の藥劑な
り
注に曰居室を清楚にし新鮮氣を流通せしむる法を恐怖
すべき病既に目前に在る時のみ行ふは實に嘆息すべし
【左】
然れども時としては一瞬時の驚駭其既に久しく民間に
行はしむるを要する良藥《割書:居室の清潔新鮮|氣の流通を指す》を始めて理解
せしむることあり
荷蘭に於ても痧病の流行を防ぐに身體衣服及び居室を
浄潔にすること新鮮氣を交換することの二法甚だ偉功ある
ことは實に的切の例證を得たり〇此病許多の都邑に於て
必ず人家比々密接する處に起れり然るに少く意を用ゐ
て護身(ヤウジヤウ)の法則を行ひしときは其運行著しく減却せり〇
其諸般の例證の如きは井ンドゲンス[政管(スターテンゼイラール)の第二院に於
て]著述せる各地健全論と題せる有名なる書中に詳な
【右】
り又其事實は宜く荷蘭醫家七値日刊紙を参看すべし
飲食を適度にし身體を浄潔にし且 ̄ツ無病の人は大抵此恐る
べき惡病者の側に至るも妨げなし[但シ其人直 ̄チに病人の口よ
り其毒氣を吸入し或は傅染せる蒸氣を含蓄せる室内に入
る時の如きは自ら別なりとす]〇此惡病者の側に居るは甚
た宜からざる事なれども實驗に據るに無病健全の人身體
を清潔にし飲食を適度にするときは全く痧病の惡病なる
毒に感するを防ぎたり
今上件を總括して孝定するときは自ら身體諸部及び其機
關を考究して左の法則の無病健全を保つに要須なるを知
【左】
るべし
食味は單純なるべし
鋭烈飲料《割書:酒の|類》を廢すべし
常に新鮮氣を吸入すべし
日々大氣中に運動すべし
冷水若くは微温湯を以て全身を洗浄すること數回なるべ
し
適宜に筋骨を労すべし
己が力に應する諸件に精神を用ゐて懈怠なかるべし
一晝一夜中太約四時の間寝息すべし
【右】
身體熱し且 ̄ツ労倦するときは俄漸共に冷又濕を避くべし
看に右の所件は各人之 ̄レを行ふを要し又習慣し易きことな
るを
杉田玄端謹譯
【左】
コレラ病預防心法《割書:千八百五十五年版シカツトカ|―ムル第十巻二十四葉に出づ》
膓中異常に緩縦《割書:下痢する|の意なり》なるを覚ゆるときは速に醫家に
至り胗を乞ふべし是 ̄レ此の如き事よりしてコレラ病となる
ことあるを以てなり又醫家の命なければ䀋劑及び其他の劇
藥を用ふることなかるべし又麦酒葡萄酒若くは強烈の飲液
を多く用ふること勿れ誤用するときは此病を起すことあるべ
し又腐敗せる肉腐敗未熟の果物陳腐の魚菜を食ふこと勿れ
又断食すること久しかるべからず食事適量なるべし又甚し
く労倦することなく熱より急に寒に移ることなかるべし又濕
りたる衣を久服すべからず又體を浄潔にし且 ̄レ努めて足を
【右】
温保すべし又室を清楚にし且 ̄レ白色になすべし努めて窓を
開帳し不潔の物あらば速に之 ̄レを去るべし又有害の臭氣を
避くる適當の藥劑を用ふるべし又住宅の近傍に糞壤其他不
潔の汚積あり又汚臭の水嫌惡の氣若くは有害の諸物あら
ば速に之を除却すべき權ある其他の長官に之 ̄レを訴ふべし
杉田玄端謹譯
【左】
コレラ病流行の歴由《割書:千八百五十三年版シカットカー|ムル第八巻八十一葉に出づ》
近時殆ど欧羅巴全州を荒亂せし傅染病の再流行は自然に
新に當時の用心を起すに至れり千八百二十年に始て痧病
を發すること印度に於けるが如し此病は印度より起りて裏
海黒海の中間なる波斯彎を過き俄羅斯に到りて全欧羅巴
洲を一周し千八百二十七年/慕尼克(ミュニセン)及び其近傍にて始て消
滅するに至れり今其再流行は如何なる事を生すべきや預
め知るべからず然れとも千八百三十年の同日に没斯科(モスコウ)に
到りしことは我輩粗 ̄く之 ̄レを知れり孟加拉(ベンガラ)は年々多少流行す
るを以て此病の本地に屬す此地にては千八百四十五年春
【右】
分の頃一時/痧病(コレラ)蔓延して最 ̄モ凶暴の性を顕はせりバロニの
祭禮は例年其参詣する者夥しきに當年全く廃するに至る
は其明證となるべし但 ̄シ其道路諸處に死人多して原野に在
るものは狗及び蟻の食餌となれり又千八百四十六年の夏
に於ては此病/阿富汗(アフガニスタン)亞喇伯(アラビー)波斯(ベルシー)亞爾美尼亞(アルメニー)美索不迷亞(メソポタニー)叙(シー)
里亞(リー)小亞細亞に流行し其後印度大陸の諸地更に南部なる
錫蘭(セイロン)島に流行せり其證何れの地に行はるゝも皆惡性にし
て阿富汗のキュラツシにては二萬五千人の居民其半ばを𠤭
失しバクダットに於てはリマサンの祭禮の節暫時間に七千
人を𠤭失せり又佛哈刺(ボカラ)威聊(ラヘラット)及び波斯より黙加(メッカ)の方に到る
【左】
参詣の侶約するに六萬人全く死するに至れりコレラ病右
の如き告知ありて後は暫時其萬延の勢を止めて千八百四
十七年の第五月得勒(チブリス)に於て稍 ̄く甚しく現れ終に欧羅巴 俄羅
斯 没斯科にまで萬延するに至れり而して千八百二十九年
及び千八百三十年に於けるが如く両地界即 ̄チ俄倫堡(オーレンビュルグ)鎮の西
界と裏海の西岸とを超へて窩瓦(ヲルガ)河に沿ひ行けども北北西
に至ることなく却て時々岐路に走り又其萬延至て徐々なれ
ども往時の如く河邊に進むこと多く以て特に河邊の地を荒
亂せり但 ̄シ高燥の地は印度にても猶 欧土の如く或は全く之 ̄レ
を免かれ或は流行するも甚しきことなし又此病の流行以來
【右】
其發源用藥及び其傅染の有無に就き種々の説起ること固よ
り論なし其傅染の如きは特に俄羅斯に於て其實驗あること
を證せり葢 ̄シ此病の萬延は大氣中に傅染毒を含有するに歸
すること切實なりと伝説あるを以て醫家に在ては之 ̄レを防
ぐが為に衛護の兵隊を設くべきや又は検疫院を建てべき
やの疑問を解くこと甚だ難しとす但 ̄シ政府にて大切とし行
ふべきはコレラ病将に流行し來らんとするときは衆人に
適當の攝生法を行はしめて其傅染の一分を減じ又貧民に
も最 ̄モ急速に醫療を加ふるを得せしむるに在りコレラ病に
は特異の妙藥なし是を以て其妙藥を要求せんとするの惑
【左】
たることは此病も亦他の諸病の如く其症種々にして又他病
と合併することあるを知るには頗る明白なるべし是故に
此病起るときは其症状に拘はらず總て賣藥者流に任する
ことなく最初より直 ̄チ良醫の救治を乞ふことを命すべし
杉田玄端謹譯
【右 記述なし】
【左】
コレラ病を治する藥《割書:千八百五十六年版シカットカー|ムル第十一巻四十九葉に出づ》
得勒(チブリス)に於てコレラ病流行の時用ゐて良効ありし水劑は左
方の如し
磠砂 龍脳 強水 白ラフタ《割書:白色にして香気|ある土油を云》
硝石 赤胡椒
右六味醋に焼酒を加へたる者の中に入れ混合し日輝若く
は温處に侵出し滴々に用ふ
又此病に少く罹れるを驗する者には一塊の氷糖上に薄荷
■■滴より十滴に至るを用ゐて預防することを得たり但 ̄シ病
者は■褥若くは室内に在て欇主を厳にし飲料を減ずるを
【右】
■すべし
■■水はコレラの妙藥なる事《割書:同書第四巻|五葉に出づ》
荷蘭領印度に於てはコレラに水を試用し大に利益を得た
り其法は患者を水に浸せる絨被を以て厳しく巻纏するの
み此の如くするときは患者の頻に飲服する氷水にて蒸發
氣を催すこと甚し濕絨を以て厳しく巻纏し且冷水を飲むこと
二三回なるときは患者復 ̄タ危篤を免かるべし
カンスタット著す所の治療書第一冊四百九十三葉コレラ病
編の注に曰く
コレラ病流行の時は宜く人々阿片小量の甘汞に大黄を加
【左】
ふる者及び吐根を貯ふべし又所謂コレラドロッペル一に俄
羅生斯液と名くる方は先 ̄ツ一回下痢せる者に用ゐて甚だ適當
せり其方
纈草丁幾劑《割書:十六一戔|》吐根酒《割書:八戔|》舎電阿芙蓉液《割書:三分三輪|》
薄荷油《割書:五滴|》
右混和し一小時若くは二小時毎に二十滴より二十五滴に
至る
【右記載なし】
【左】
附
コレラ経験説并治法
コレラは地氣中に混ずる一種の瘴毒にして未 ̄タ其質の何
物たるを知ることなしと雖も其人を犯すこと先づ呼吸に随
て入り血中に混じ就裡後脳と脊髄の上部を毒するなら
んか洋人コレラの病屍を解剖するに惟後脳脊髄漲溢の
血痕あるを視ると云へり夫 ̄レ内臓滋養の器殊に腸胃の機
能を主宰するは迷走神経と脊髄より發する感傅神経に
在り故にコレラは胃腸の機能異常に亢盛し吐瀉して淡
水を漏すこと甚しきを以て血中の水分夥しく耗失し表部
【右】
の細管其力を失ひ血液■■内部に灌漑するが故に四肢
身體厥冷して表皮弾力を失ひ腕脚皺襞を生じ指にて撮
て之 ̄レを放てども尚其故に復すること無に至る其甚しき者
は手足の静脉梢に血欝滞し蒼色を現する者あり所謂シ
アノチセコレラ是なり《割書:其流行する時に當ては人皆此患|に犯されざる者なし唯發因を得》
《割書:て輙 ̄チ真証を發するなし其感|じて病さる者是を假証と云》
[療法]従来緒家の論説する所紛々一定することなしと雖も
多くは衝動鎮痙麻酔等の方を施す外に出です余埼陽に
在て朋百(ポンペ)に従學する時之 ̄レに處するに左の方を以てす
方
【左】
第一號 クュイニエ ラウダニュム ホフマン液
第二號散 龍脳 麝香
同水藥 磠沙精
第三號 吐根 モルヒネ 龍脳
當時長崎鎮臺岡部駿河守民人の夭折を憐み余に託して
其治を施さしめ徧く部下に令して治を請しむ是に於て
子弟相謀り西奔東走七八月中治を施すこと大凡一千八百
餘人流行既歇に及で屬吏をして其籍を閲せしめ之 ̄レを方
函こと校ふるに第一號を用ゐて治する者其數の半に出で
ず第三號これに次き第二號は効ある者あるも脳肺等の
【右】
證を遺し終に不治に陥る者多し《割書:龍脳麝は脳を害し磠|砂精は肺を傷ふ》初に
クュイニネを投し次てラウダを與ふる者就中効あり若 ̄シ初
にラウダ モルセイ等を將て少く効を得る者次でクュイニ
ネを用ふれども更に効あるを見ず吐下止て命脉絶す朋
百曰余がラウダを用ゐるは吐瀉して多く其養液を失ふ
を惧れ己むことを得ずこれを行ふ敢て主藥となすに非ず
と云へり次年十一月和蘭にても此病亦大に流行せるを
以て彼諸大家皆朋百の法に依てクュイニネを用ゐ大ひに
其功を得たり然れとも阿芙蓉は棄て用ふることなく却て
書を以て朋百を誥れり余是を以て其麻酔藥の用ふべか
【左】
らさるを断決せり〇外治は浴法、按摩、芥子泥、テレビン油、
カヤフーテ油の如き皆各 ̄く多少の効あり就裡全身熱浴の
如きは體中徧所至らざる所なく熱を以て表神を鼓舞し
温蒸を以て克く行血を促し其他垢膩を去り氣孔を開く
等其功諸藥の決して及さる所にして其効驗能く内服の
クュイニネに優れり故に今歳《割書:文久二|年
壬戌》の流行には余惟クュイ
ニネと全身浴を以てこれを治せり其法
先 ̄ツ浴場を造り患証の程限を襗ばず徧身を浴場中に没
し粗布を以腕手背胸を摩すること十二秒時更に硫酸クュ
イニネ《割書:四十勺|》水《割書:一合|》希硫酸を以て容化し浴中に在て
【右】
頓服せしめ次で浴を出しめ拭乾し褥中に温保し頻に
冷水少許を以て唇舌を濕さしめ温沙嚢を以て脚を
温め次で我一時半を経て後クュイニネ六勺を元となし
頓服せしむ
〇クュイニネは其功殊に脊髄後脳に達し其緩怠せる機能
を鞭撻するが故に初量二十勺にて眩暈耳鳴を發する者
多し是即 ̄チ其功を奏する一佳徴なり然れども其苦味甚し
きが故に患者これを服して吐出すること多し故に浴場中
に在て之 ̄レを服さしむれば多くは克く堪へ服す此益 ̄シ浴場
にて胃腑の痙攣を鎮静するが故に因るなるべし若 ̄シ尚吐
【左】
して止まざる者は只管(ヒタスラ)強てこれを與へ終に服し得るに
至らしむべし〇コレラは萬病中血中の水を耗失すること
最多きが故に冷水を以て口舌を濕すを殊に良とす〇或
云クュイニネは獨 ̄リ卑溼沼泥の地に在ては即 ̄チ佳なり乾燥の
地の如きは必し之 ̄レを要せずと云へり然れどもコレラ
土風に因て其病性を同せず其患症を異にせば則可なり
然 ̄ラざれば豈地の卑高を以て其性功を異にする理あらん
や
松本良順記
醫官松本良順、奉_二 幕命_一、蘭醫朋百_一、學_二醫科諸門広、頗通_一
【右】
其學、値安政戌午、亞細亞霍亂流行、長崎最甚、鎮台岡部
駿河守、惻然不_レ忍、命良順_一救治、良順乃謀_二之朋百_一施_レ療、救
拯極多、今年壬戌、良順歸_二東都_一、自_レ夏迄_レ秋、麻疹挟_二霍乱_一又
大行、都下死𠤭相望、君亦救治活_レ人、其功不 ̄レ尠、値本館活_二
刷霍乱説_一、□儒乃請筆_二其略説_一、附_二該□譯文之後_一、以公_二子
世_一、亦求_レ備之微意見耳、
文久二年壬戌初冬 箕作□儒謹識
【左】
檢疫説(キュランタイニ)《割書:千八百四十年版プラクチカーン、セーファ|―ルトキュンデ上巻第二葉に出づ》
案ずるにキュランタイニは四十日の義なり原註に云く
佛朗察人は此語を傅染病即 ̄チ疫の預防法の意に用ゆ葢 ̄シ傅
染病ある地より來りて四十日の間健全無事なる者は疫
を傅染せざる者と為すを以てなり
航海に因て此地より彼地に傅ふることあるべき陸地の大患
即 ̄チ傅染病流行病疫病の類を預防する為に諸所開化せる人民
には預防法あり之 ̄レを守るが為にに諸川の入口或は外端の番
所に有司を置くなり〇指揮官は最 ̄モ注意して絶て随意なる
ことなく此法及び受けたる命令を破り或は恣にすることなく
【右】
殊に其法制を知らざる異域に於ては一時己が輩は他國人
たるを以て或は宥恕あるべきを思ふことあるとも決して是
法を忘るゝこと勿るべし〇或地方にては法則を犯す者あれ
は多分の罸金を要し船及び載貨を没入し殆ど死の罰若く
は死罪に處する事あるを常に服膺して忘るゝ勿るべし〇
方今尚世に行はるゝ千八百零五年第一月十日の公令〇第
二、三、及び四章千八百十九年第十一月十九日王家の議定第
四十七號預防法の條并に千八百二十七年第五月二十一日
哥羅生凝俺(コロニンゲン)州の選官に告る令文を参考すべし
故に諸指揮官は放恣或は輕浮なる事なく厳に預防法を守
【左】
るべし入港すべき地にて妨障せらるゝ事無らん為に諸出
帆する地より健康の送状を携へ出るを宜しとす
然れども入港したる地にて健康の
送状を出すことを一二日
遅滞し出帆せんとすれども之を請取らざる時は忍でこれ
を待べし何となれば此時宥恕を受け又は辨説するを得ざ
ればなり
他國に入ては入港の免許を得且 ̄ツ建康送状の法に背かざる
事を領承せられざれば彼此の事件ありとも決して直 ̄チに上
陸する事なかるべし
上に云ふ千八百零五年第一月十日の公令〇第十八章に據
【右】
れば下に記する諸物品は傅染を致し又萬延せしむる者と
す
一 諸木綿/利諾布(リノフ)、毛布、羅沙、及び他の織物類
二 諸工製し或は工製せざる毛糸、麻苧、駱駝、毛、兎、及び他の
毛類
三 諸工製し或は工製せざる蠶糸総て蠶糸にて製造せる
諸品皆之 ̄レに屬す
四 諸皮類
五 諸帆布及びテールを塗らざる網
六 諸皮革、毛刷毛、席、蝋燭
【左】
七 コセニルレ《割書:猩く緋を染|る虫の名》長くして且 ̄レ多く毛ある諸生獣
羽ある鳥、羽毛、鐵筆、紙、書冊
八 傅染病ある地方若くは疑はしき國より輸し來る諸貨
幣
又同上公文第十九章に據れば下に記する諸物品は傅染病
を致す事なく又之 ̄レを萬延せしむる事なきものとす
一 諸飲料、食料、䀋藏若くは烟肉及び魚、新鮮乾燥せる果實、
例するに蒲桃、栗、粟、無花果、乾蒲桃、小乾蒲桃、圓豆、長豆、諸類
加加阿(カカオ)、叔固刺的(ショコジーデ)、枸櫞、香橙、橙、キュラカオ實、酥、加菲、骨喜、茶、
米、大麥、諸穀類、酒、火酒リュム《割書:酒精|の名》亞刺幾《割書:天竺|酒》蒸餾水、蒸
【右】
餾諸液蜜、麤糖、製糖、
二 諸乾藥香竄品所謂コロイトニールスワーレン《割書:芳香|品》例
するに扁桃、桂、格墨因(コメイン)、府利(フーリー)、洎芙蘭(サフラン)、胡椒、李の類
三 諸木皮、木根、醫用に供する物品
四 硝子壜、土製壜或は桶に貯へたる諸油、諸液、
五 諸染料膠類
六 諸䀋類
七 諸灰、剥篤亞斯(ポットアス)、
八 諸木材、乃 ̄チ フラシリ木、《割書:染|料》柘植木、坎百設(カンペセ)木等
九 鯨鬚、鯨髭、象牙
【左】
十 諸製造せる羊角
十一 諸金屬及び半金屬礦屬但 ̄シ疑はしき國若くは傅染病あ
る地方より輸來したる貨幣は之 ̄レを除く
十二 諸/鑚石(ヂアマント)及び他の精巧なる儀石即 ̄チ陶器、硝子器、土器の類
十三 諸粉末、櫧(チヤン)、テール、蝋、硫黄、石鹸、煤類
十四 諸獣脂、猪脂、羊脂類
十五 諸捲煙、管煙、
又同書第二十章にいふ前章《割書:第十|九章》に記せざる諸物品は未 ̄ダ詳
ならされば傅染を輸す物品なりと思ふべし
坪井信良謹譯
【右記述なし】
【左】
檢疫説《割書:千八百四十六年版イ、ハン、エイ■著アルゲメーンエ|―テンシカッペレイキ、ヲールデンブック第三巻四百六》
《割書:十六葉|に出づ》
キュアランタイニとは凡 ̄ソ流行病あらんと疑へる國地より來
れる船舶及び旅客を用心の為め其地に交通せしめず別に
之 ̄レが為に建築せる館に趣き居らしむる時限をいふ此時限
中は貨物及び書簡も烟を以て之 ̄レを薫すレハント或は阿非
利加地方より來れる船には特に之 ̄レを行ふ
《割書:千八百二十五年版紐氏韻府|第五巻五百九十四葉に出づ》
キュアランタイニとは流行病ある地より來れる旅客其病を
發すること無きやを驗せんが為に一病院中に入れ衆人と離
【右】
別せしむること四十日と定むる時限を云なり
《割書:千八百三十八年版紐氏韻府附|録第五巻三百二十三葉に出づ》
キュアランタイニ〇荷蘭のキュアランタイニの場所はイーリ
ンゲン及びデ、チイン、ゲメーテンなり此場所は千八百三十
一年及び千八百三十二年の両年間亞細亞/霍亂(コレラ)荷蘭の海岸
に近寄りし頃専ら之 ̄レが用をなせり其建築の規制頗る整ひ
て遺憾となすこと甚だ少し此一時外國人を鎖閉するの制度
は荷蘭に在て交易を妨げ且 ̄ツ夥しく失費をなすこと甚しかり
し此費用は猶他の諸國の如く政府より之 ̄レを清算すべきを
希へり是衆人の為なるを以てなれとも金庫は之 ̄レが為に定
【左】
額外の失費を受けたり
方今文明の諸國は勿論土耳其すらキュアランタイニ建設の
要需たるを知れり是を君子但丁(コンスタンチノペル)《割書:土國|の都》より千八百三十
八年第八月六日に出せる報文に左の如く明白に記載せり」
外國事務宰相ミュスターハ巴札(パシヤ)より同年第七月一日と日附
したる覚書を外國の公使に渡せり曰く
キュアランタイニを一決して取用ゐしより遂之 ̄レに相應せ
る場所に病院(ラサンレッツ)の建設を要とするに至り又アレキサンドリ
―及び叙里亞(シーリー)に疫毒流行するといふ報文を得たるに因り止
む事を得ず地中海より來れる船舶は最 ̄モ精細に撿査すること
【右】
となりたり
此目的を達せんが為め政府に於ては他太尼里(タルタネルレン)にキュアラン
タイネの場所を設け此地に總裁官醫官其他此場に入用な
る人々を置けり總裁官は己が取計を以て既に船舶の出帆
し來れる地の養生及び病人取扱ひの諸法を新に變覺して
版本を澤山に造り出せり
土耳其船にても或は外國船にても指揮官は其總裁官より
其版本一葉を受取るべし其乗組の者を多島(アルシベル)海及び亞細亞
并にロマニアの海岸に送るべし
諸國の領事官副領事共に此法則を遵用するの扶助をなす
【左】
頼みを受けたり
今其版本の旨意を茲に述んとす
第一條 船々/他太尼里(タルタネルレン)に到着するときは健固送状を差
出すべし
第二條 埃及(エヂツト)叙里亞若くは地中海の疫毒流行する地より
來る船々は必ず土耳其領の堺に於てキュアランタイネの改
を受くべし
第三條 右の地方より出たる船にして其中に疫毒の患者
を乗せたる者は其病回復するか又は死するに至るまで
これを停め置き之 ̄レに關かれる醫者より最 ̄モ近日の病者回復
【右】
し又は死せりといふ日を始としてキュアランタイネに算入
すべし
第四條 健固送状を以て船中病氣にて一人死せりと告る
者は十日のキュアランタイネを行ふべし
第五條 一地方より出帆の節其他に疫毒流行したりしが
旅中一人も船中にて死せる者なき船は七日のキュアランタ
イネに屬し且 ̄ツ到着の日も七日の内に入れ算すべし
第六條 船出帆の時疫毒の流行なく又旅中一人も病者な
しといふといへども疑はしき地方より來れる船々は五日
のキュアランタイネに屬すべし
【左】
第七條 停められたる船々は風の都合により加利(カルリボリ)城又は
君士但丁(コンスタンチヽペル)の碇泊處にてキュアランタイネに屬すべし然れど
も總て着船の節これか為に命を受けたる人を船中に入る
べし
大八條 キュアランタイネを行ふ間船中にて疫毒を發する
ことあらば其病者は程能く手當を以て陸に揚け天幕(テント)若くは
其他これに適する場所に送るべし
第九條 右の法則に費せる賃銀は當今欧羅生巴にて取極た
る目録に従て舩々より之を拂ふべし
《割書:千八百四十三年版荷蘭ハンドルマガ|セイン第二巻九百九十八葉に出づ》
【右】
キュアランタイネ[カランタイネ]佛語キュアランタイネインリ
クチングとて其他に到着せる人々はキュアランタイネを設
たる國地に入れて危難あらざるを決するまでの間居留せ
しむる館第を云なり〇此館は總て人身及び品物に觸れば
傅染すべき病を防んが為めに設置せり〇此法は東方の疫
毒に於て明澄ありしが故に土耳其の諸港及び境界に接近
せる國地には之 ̄レを設置して欧羅巴の為に大に利を得たり
葢 ̄シ其他にて之 ̄レを設ること冝に適ひ且 ̄ツこれを守ること頗る厳な
るに因れり〇此法これを分て海陸の二般となすべし其陸
の者を両國の交通を厳しく禁じ且 ̄ツ其境界に兵士の警衛を
【左】
置き及び厳法を立て以て之 ̄レを防ぐなり〇今此館をは両國
互に相接せざるの處に建て其人の如きは傳染毒を免かれ
國地に入るも危害なきこと疑ふべからさるに至るまで之 ̄レに
逗留すること長短の差別あり〇然れども此館の為め第一に
注意すべきは其館内に住する者をして容易に病傅染する
を得べからざらしむるに在り是故に其館を分て健全の者
疑はしき者既に傅染せる者を居留せしむる三部となすを
要し且 ̄ツ防護する為の國地と一切交通を断絶するを要す又
品物は其毒を受くると受けざることに拘はらず之 ̄レを包荷と
して直に病者より隔たる處に送り既に毒を受くると雖も
【右】
之 ̄レを除くべきを得るものはキュアランタイネにて其傅染毒
を除去し又除去すべからざらる品物は之 ̄レを積戻すか或は焼
捨べし〇又海のキュアランタイネにも右の如き法則を立つ
べし又船々は曽て定め置きたる一港に遺し番船遠見番所
及び海岸の臺場にて其船の他地と交通するを誡むべし〇
入津の前には必ず船々より健固送状を官吏に示すを要し
其中に載する所に従て或は全く入津を許さず或は許すべ
し然れども厳しき箇条に従ふべき者は一切交通を禁じ或
は固有の海キュアランタイネに送るべし此に於て行ふ諸件
に至ては陸キュアランタイネに説く所と全く同じ〇其他キュ
【左】
アランタイネはすべて之 ̄レを行ふも益なき病には用ふべか
らず是此法許多の失費あるを免かれず又貿易工業の妨げ
となること大なるを以てなり
キュアランタイネの失費〇キュアランタイネに逗留すれば船
及び積荷に多少の大なる失費を受くるなり〇淺く考ふる
ときは船々其積荷を清浄にし又風入するに因り賃銀を費
すべく見ゆれとも實は然らず〇葢 ̄シ キュアランタイネの失費
は常者と非常者とに之 ̄レを區別せり常者とは一船一旅中譬
へば地中海よりの旅中必ず定規としへき者をいふ是を以
て航海家は預めこれを見込み其荷物を積込む節その割合
【右】
を取るべし此時賃銀は航海の常費として舩々必ずこれを出
すことと定めたり又其非常者は船々若 ̄シ流行病ある地域は夫
と疑ふべき地より來れる時出すを要するの失費なり此失
費は常者よりは之 ̄レを出す間日久しく賃銀も亦大ならざる
を免かれず此法は諸國の法則と風習とに従て船積荷及び
運賃に割り付て大損となるべし
杉田玄端謹譯
【左】
檢疫の説《割書:千八百四十三年版ア、マレヌヘヱイム|の著せるハンテルス、マガセイン撮譯》
凡そ檢疫院の趣意は先づ他國に惡き疫病流行して其人民
より我國民に傅染し普く國中に行渡り多くの人命を害す
ることを防んが為め冝き地を選み檢疫の制を設るなり是故
に他國と盛に交通貿易をなす國は必ず此制を設置けり此
制は其船より來る者を上陸せしめず又此方より其船中へ
行くことなく又其荷物をも陸へ揚しめず但 ̄シ此日限をクワラ
ンタイネと言ふクワランタイネは四十日の義なり往古は
此院中に入るべき日限を凡四十日と定めしに因り此名目
あり然れども當今は其模様に従て日限を取定めたり
【右】
土耳其の海港及び其近隣の地方にては檢疫院を設け傅染
するを防ぐを以て欧羅巴の為に大益を得たり且 ̄ツ レファント
《割書:地中海の東隅|小亞細亞の濵》の貿易は日増に盛んなり是故に地中海の諸
港にも亦此院を設け東國にて流行する疫病の歐羅巴諸國
へ傅染する害を防ぎたり當今其制を改革するに因り其益
を得ること甚だ多し〇是班牙(イスパニア)にて往 ̄キに二三個年の間發黄熱
流行せし時此制を設く總て歐羅巴國中これを設る所多し
て他國より來る疫病を防ぎたり〇檢疫院の始はレファント
及び巴巴黎亞(バルバレー)《割書:地中海の南岸亞|弗利加の一部》の為に地中海に設けたり〇
此制を海陸二種に分別し陸上に居る者は両國の人民互に
【左】
交通するを許さずして其國界に番兵を備へ且 ̄ツ厳重の法度
を立て交通することを防ぎ又海上の者は入港する船既に定
置たる港内に入來る時此所に番船及び燈明臺幷に大場等
ありて其船を引止め他所へ行かざらしめ入港する船は其
以前に此地の役人に健全の書状を出すべし又役人は其書
状に據り或は入港を許し或はこれを厳しく禁制せり〇其
院中に入るもの疫毒に感ずるを恐るゝ故に院中各 ̄ク其居間
を別にして疫毒あるもの或は無きもの又は其有無の知れ
難き者等を各 ̄ク別間に入置けり〇傅染毒を含まざる荷物は
取集てこれを包み速に他所へ移置くべし若 ̄シ其毒氣を除く
【右】
能はざる物はこれを其儘焼捨つべし
歐羅巴に於ては馬塞里(マルセール)《割書:佛蘭西|の邑》の檢疫院を最大一と為せり
〇其法則は他港より來る船の中殊にレファレト及び巴巴黎
亞より來るもの若 ̄シ健全の書状を携へざれば絶て港内に入
ることを許さず又其書状中に述る事柄の相違なき證據には
其船の出帆せし港に在留する公使或は船役人の記せる姓
名書を差出さしむ〇扨又書状の様子に據て其船をポムメ
クェといふ島《割書:馬塞里|近傍》の港へ入らしめ此所にて之 ̄レを吟味し夫
より彼馬塞里の檢疫院に入らしむる日限を取定む尤両國
の人民互に交通することを許さず〇總て其船役人の携來る
【左】
書類等は能くこれを薫し酢を注ぎて之 ̄レを差出さしむ〇積
來る荷物の品柄に因て檢疫院に入るべき日限には長短有
り其故は荷物の多少有ればなり〇入津する船旅中にて煩
ふ者あらば委しく其病症を吟味す〇檢疫院に入るべき日
限等定りされば其船をして大畧定めたる場所に碇泊せし
め又入港する船あれば速に番船を出し他所へ通行すること
を禁し船中入用の品物は別の小舟にて長き棒を以てこれ
を請取らしめ又船中乗組の者には毎日其健全なることを我
方へ告げ知らしむ〇船中に居ることを欲せざる旅客は先づ
彼ポムメクェ島の院中に入置けり其島は此院を大小二個所
【右】
に別ち健全なるものは大院に入れ煩ふ者は小院に入らし
む但 ̄シ此周圍に高さ二十五尺の土塀を造り斷へず番人をし
て其周を見廻らしめたり〇又更に其大院中を別て二個所
とし壮衰の容體により狭き室中に居らしめ夜分は其戸を
閉ぢ白晝は開きて番人を置き此所へ其病院にて試驗せら
るゝ船に乗組せる旅客は時として來ることを差許せり〇船
中にて疫病の萌ある者は速に小院に入らしめ醫師格子を
隔てゝ其容體を窺ひ果して疫症なれは番人たりとも之 ̄レに
接することなく藥劑其外飲食の類は長き棒にて與へたり〇
若 ̄シ煩ふ者死する時は其死骸を鐵製の鉤竿にて車に載せ網
【左】
を付け之 ̄レを引出し深き穴中に埋め其上を石灰にて覆ひ少
くも三十年の星霜を過ぎされば必ず之 ̄レを開くことなし〇其
煩ふ者の室内に在る諸品物は悉く焼捨て酢を以て其跡を
洗ひ清浄にして空氣をよく通はしむ假令煩ふ者本復する
とも病症僅にても存すれば之 ̄レを健全の者として取扱ふこと
なし〇總て病人を運送する船は斷て此所に入るを許さず
尤 ̄モ馬塞里の如く之 ̄レを許すものは其禁法を厳しくするを肝要
とす可し
子安鐵五郎謹譯
【右、記載なし】
【左】
發閲目録
舶來番書類
官版原書類
同翻譯書類
老皂館 東都堅川三之橋
萬屋平四郎
【記載なし】
【裏表紙】
【シール】847―210
《題:牛痘辨非 完》
牛痘辨非(ぎうとうべんひ)
痘科(とうくわ、ホウソウカ)は醫家(いか)十三/科(くわ)の一(いつ)にして漢土(かんど、モロコシ)にては宋元(そうげん)以来世々(よゝ)其人に乏(とほし)
からずといへ共我(わが) 邦(くに)にては専(もつは)ら痘科と称(しよふ)するもの古来(からい)より
断(たえ)てある事(こと)なし予(よ)が高祖嵩山君明(すうざんくんみん)の載曼公園先生(たいまんこうせんせい)に従(したがい)て悉(こと〴〵)く
其奥秘(おうひ)を伝授(でんじゆ)し祖考錦橋君(そこうきんきょうくん)に至りて始(はじめ)て痘科を以て専門(せんもん)とし
京師(けいし)に在(あり)て世に鳴(な)り遂(つい)に 太府(たいふ、コウギ)の召(めし)に應(おう)じて東都(とうと)の醫官(いくわん)に列(れつ)す
実(じつ)に 本邦痘科(ほんほうとうくわ)の鼻祖(びそ、ハジメ)たる事世の知(しる)所なり故に治痘の法に於(おけ)る
皆/予(よ)が家術(かじゆつ)におざるはなし凡(おうよそ)痘(とう、ホウソウ)に関係(くわんけい、カゝル)する所何事(ところなにごと)によらず人の
問(とひ)に答(こたへ)て其方法(ほう〳〵)を説示(ときしめさ)ざる事なしされば治痘(ちとう)の諸法(しよほう)に至りては
漢蘭(かんらん)を擇(えらば)ず田夫野媼(でんふやおん、イナカノチゝバゝ)の語(ご)といへ其博(ひろ)く集(あつめ)て其/可否(かひ、ヨシアシ)を撰(えら)び可(か、ヨキ)なる
【右頁】
ものは是(これ)を用(もち)ひ不可(ふか、ヨカラヌ)なるものは戒(いましめ)て是を用ひず世人(せじん、ヨノヒト)犀角的利亜加(さいかくてりあか)の
類(るい)をも其/主治(しゆち)の当否(とうひ、アタルヤイナヤ)を知ず漫(みだり)に用ひて害(がい)を招(まね)くは何事そや病(やまい)に
寒熱虚実(かんねつきよじつ)あり薬(くすり)に補瀉温涼(ほしやうんりやう、ヲギナヒクダスアタゝメヒヤス)あり一既(いちがい)に痘に宜(よろし)となすは炎暑(ゑんしよ)より
綿(めんい、ワタイレ)を抜(にく)し温煖(うんだん、アタゝカキモノ)を茹(くらふ)が如く厳(げん)寒に単衣(たんい、ヒトヱ)を着し冷水(れいすい、ヒヤミヅ)を飲(のむ)が如し
その宜きにあらざるは辨(べん)を費(ついやす)に及ずといへ共此等の理獨愚俗(りひとりぐぞく)の惑(まどへ)る
のみならず醫(い)も亦/或(あるい)は是を了知(りやうち、サトル)せず参茋犀角(じんぎさいかく)を合投(あわせとう)じ薬(やく)
性(せい)の温涼(うんりよう、アタゝムルヒヤス)を辨(べん)ぜさるに至るは考(かんが)ひえざるの甚しきなり吾(わが)家にては
的利亜加(てりあか)は痘科無用(とうくわむよう)の薬なるを早くより辨知(べんち、ワキマヘシル)すと雖(いへ)とも世俗(せぞく)
専(もつはら)これを用るを以て其方をも集録(しうろく、アツメシルス)する事三十餘方(よほう)に至る
まして其/他有用(たうよう)のものに於(おい)ては集録せずと云事なし獨種痘(ひとりしゆとう)
【左頁】
諸法(しよほう)の如きは損(そん)ありて益(ゑき)なきを以て深(ふか)く門弟子等(もんていしら)をも戒(いまし)めて
敢(あへ)て施(ほとこ)し行(おこな)いしめず然るを世人/或(あるひ)は予(よ)を評(ひゆ)してその業(ぎよう)に害(がい)
あるを以て誹謗(ひほう、ソシル)すといひ或は其/術(じゆつ)を羨(うらや)み妬(そね)むといふ殊(こと)に知らず彼徒(かれら)の
説実(せつじつ)に是/良法(りようほう、ヨキ)ならば予に亦これを施(ほどこ)し行(おこな)はんのみ何そ他(た)人の業(ぎよう)を
防(さまた)げんや全(まつた)く其或は再(さい、フタゝビ)痘(とう)を發(はつ)し或は驚癇(きようかん)となりて死ぬ(し)に至るもの
多(おほき)を以て敢(あへ)て行(おこな)はざるなり抑牛痘(そも〳〵ぎうとう)の一術原(いちじゆつもと)これ愚民(ぐみん)を煽惑(せんわく、マドハス)
するの妖法(ようほう、アヤシキワザ)にして我 邦(にく)の人に施(ほどこ)すべき術にあらず西洋夷狄(いてき)は
禽獣(きんじう、トリケモノ)に異(ことな)る事なく飲食風土(いんしよくふうど、ノミクヒイヤウキ)もとより同(おなじ)からず肌膚(きふ、ハダヱ)も亦/犬馬(けんば、イヌムマ)に
近(ちか)し故に痘毒(とうどく)も自然他症(しぜんたしよう)と成(なり)て皮表(ひひよう、カワノソト)に発して害(がい)をなす事/少(すくな)し
且(かつ)西洋もとより痘の流行(りうこう、ハヤル)稀(まれ)なり或は十数(じうすう)年にして一発(いつはつ)す
【右頁】
本邦(ほんほう、ワガクニ)にも亦/痘無(とうなき)の地あり八丈島/周防岩国紀州熊野肥前大村松(すはう いわくに きしう くまの ひせん おほむら まつ)
浦等皆然(うらとうみなしか)り或(あるひ)は三五十年の間偶痘(あひだたま〳〵とう)を患(うれふ)るものあれば必(かならず)_レ深山(しんざん)幽(いう)
僻(へき)の地(ち)へ移(うつ)して其/死生(しせい)に任(まか)す依(より)て痘を患るものなし他国隣界(たこくりんかい)に
至る時(とき)は必ず感(かん)じて出痘(しゆつとう)すしかればゝ其/国人生来(こうじんせいらい、クヒビトムマレツキ)痘/毒(どく)の無(なき)にはあゝず
風土(ふうど)のしからしむるなり況(いわん)や西洋(せいよう)三千里/外(ぐわい)禽獣(きんじう、トリケモノ)牛馬(ぎうば、ウシムマ)の痘を
以て我(わが) 邦人(ほうじん、クニヒト)に施(ほどこ)し種(うゑ)んとす其/非(ひ)なる事論(ろん)を待(また)ず且/両(りよう)肘(ちう、ヒジ)
僅(わづか)に十顆(しつくわ)にも過(すぎ)ずして周身(しうしん、ミウチ)に餘(あま)る巨(きよ、オホキ)毒(どく)を去(さら)んとするは猶(なほ)烏(ら、イ)
賊(ぞく、カ)魚(ぎよ)の手を刺(さ)して墨(すみ)を求(もとむ)るが如く得(え)べきの理断(りたへ)て無し高貴(こうき)の
人の如きは脾胃(ひい)脆薄(きはく、モロクウスシ)にして肌膚(きふ、ハダヘ)も亦(また)柔弱(じうじやく、ヤワラカニヨワシ)なり然るを是を却(おびやかす)に
針(はり)を以てし其/驚駭啼哭(きよう がい てい こく、オドロキ オソレ ナキ カナシム)顧(かへりみ)ず故に必/癇(かん)を発(はつ)し驚(きよう)を発し
【左頁】
天命(てんめい)を待(また)ずして死(し)するに至(いた)る此(これ)等は猶刀(なほかたな)を操(とう)て是を殺(ころ)すにひと
しく其/残忍(さんにん、テアラ)なる事何ぞ禽獣(きんじう)に異(こと)ならんや我(わが) 邦仁義(くにじんぎ)の域(いき、トチ)に生(うま)れ
夷狄(いてき)の邪術(じやじゆつ)に惑(まどひ)て一時(いちじ)の利を貪(むさぼ)る事いかで神罰(しんばつ)を冥々(めい〳〵)に家(かうふ)ら
ざらんや是皆その原(もと)は世俗(せぞく)の新奇(しんき、メヅラシキ)を見聞(けんぶん)するを嗜(たしむ)を以て夷狄(いてき)
其/虚(きよ)に乗(じよう)じて機工(きこう、カラクリシゴト)を以て其/目(め)を驚(おどろか)し妖言(ようげん、アヤシキコトバ)を以て其/耳(みゝ)を覆(おほ)
はんとするなり然(しか)るを洋術(ようじゆつ)に惑溺(わくでき、モドヒオボル)するの醫生嘗(いせいかつ)て其/利害(りがい)
辨(べん)ずるに遑(いとま)あらず反(かへつ)て是々/説(せつ)を設(まふ)け庸俗(ようぞく)を欺(あざむい)て重利(ぢうり)を射(い)るに
至る先考(せんこう)深く是を憂(うれい)て種痘辨義(しゆとうべんぎ)の作(さく)ありといへ其/纔(わづか)に門下(もんか)
の二三子(じさんし)に示(しめ)すのみ庸人(ようじん、ツネノヒト)文字に乏(とぼし)きmのは其/書(しよ)を読得(よみら)る
事も能(あた)はず読(よむ)といへ其/能々(よく〳〵)其を辨知(べんち、ワキマヘシル)するもの觧(すくなき)を以て徒(いたづら)に
【右頁】
妖言(ようげん)に惑(まどは)さるゝ事いかんともすべからずされ其/追々牛痘(おひ〳〵ぎうとう)の害(がい)を被(かうふ)る
もの多(おほき)きを以て隅々(こま〳〵)は其/非(ひ)を知(しる)ものありといへ其/種師(しゆし)は猶(なほ)靦然(てんぜん、アツカマシク)として
自(みつか)ら恥(はぢ)す更に遁辤(とんじ、ニゲコトバ)【?】を作(つくり)て其非を飾(かざる)は醜(にくむ)にべきの甚(はなはだし)といふべし漢土(かんど、モロコシ)
にては崔金南(さいきんなん)その害(がい)を憂(うれひ)て覆車懸鑑(ふくしやけんかん)の作ありといへ其/竟(つい)に其/幣(へい)を
救(すくふ)事/能(あたは)ず是亦_レ嘆息(たんそく)すべき事なり夫/痘(とう)は一種(いつしゆ)の異毒(いどく、コトナル)にして尋常(じんしよう、ツネテイ)
□毒(たいどく)と同からず深く骨髄(こつずい、ホネノウチ)に沈伏(ちんふく)して時有て沴気(れいき、アシキ)に感(かん)じて発出(はつしゆつ)
するものなり其/発(はつ)する所の沴気(れいき)も亦一種の異気(いき、コトナル)にしてこれと
相/感(かん)触(しよく、フレル)するが故に骨髄の毒発(とくはつ)して痘瘡(とうそう)となる其/一(いと)たび発するに
至ては勢更(いきほいさら)に防禦(ぼうきよ、フセギトゞム)すべからず稀(き、スクナキ)となり密(みつ、オホキ)となり紫黒(しこく、ムラサキクロ)となり灰(くわい、ハイゝロ)
白(はく、シロ)となるは蓄(ちく、タクワヘ)毒の濃淡多少(のうたんたしよう、コキ ウスキ オホキスクナキ)に由(よる)未だ発せざるの前は骨髄に沈(ちん、シヅミ)
【左頁】
伏(ふく)して聲臭(せいしう、オーモカオ)ともに無く有無浅深(ゆぶせんしん、アルナシアサキフカキ)知(しる)べきの理(り)なしいかでか皮膚外(ひふぐわい、カワハダヘノホカ)
数粒(すうりう)の種痘(しゆとう)を以て其毒を引出(ひきいだ)す事を得(え)んや頭瘡疥癬(づそうかいせん、カシラノカサ シツ ヨリゼン)の如きも
皆よく傳染(でんせん、ウツル)して或(あるい)は周身蔓延(しうしんまんゑん、ミウチニハイヒロガル)に至る是毒(これどく)の浅(あさき)ものゆへ飲食(いんしよく、ニミクヒ)の為も
増減(ぞうげん)し易(やす)く沴気(れいき)の觸冒(しよくぼう、フレオカス)を待(また)ず多(おほく)は傳染(でんせん)よりして発出(はつしゆつ)し来るなり
痘はしかしず若傳染(もしでんせん)のみにして発(はつ)するものは是/様痘(やうとう、ホウソウノカブレ)にして正痘(せいとう、マコトノホウソウ)には
あらざるなりされば母(はゝ)の乳傍(にうほう、チゝノカタワラ)或(あるひ)は看病人(かんひようにん)も其の膿(のう、ウミ)気(き)に觸(ふれ)て二三
顆四五顆多(くわしどくわおほき)は数十顆(すうじうくわ)を発(はつ)するあり其/形正痘(かたちせいとう)と異(こと)ならず斯(さ、ヒギリ)に
依(より)て開落(くわいらく、テソロヒカセ)す痘後(とうご、ホウソウゴ)の人といへ其亦/触発出(よくはつしゆつ)す痘(とう)前(ぜん、マヘ)の人の是を発し
て後又正痘(のちまたせいとう)を免(まねかれ)ず是/等(ら)は膿(のう、ウミ)気(き)にのみ感(かん)染(せん、ソマル)するもの故に正痘
にはあらす沴気(れいき)の感(かん)觸(しよく、フレル)にあらざれは骨髄(こつずい)の毒おる事なし故に
【右頁】
再痘(さいとう)を免ず種痘(しゆとう)の針痕(しんこん、ハリノアト)より増(ます)事なき沴気(れいき)の感觸無(かんしよくなき)が故なり
其毒尤深(そのどくもつともふかき)が故を以て敢(あへ)て蔓延(まんゑん、ハビコル)に至らざるは其/沈伏(ちんふく)の毒出る事なき
故なり痘後の人にても亦/能発出(よくはつしゆつ)するを以て所謂(いわゆる)様痘(やうしよう、ホウソウノカブレ)の類(るい)にして
正痘おつべからざる事/明白(めいはく)なるを知べきなり然(しか)るを痘は一生一発のもの
故一二/顆(くわ)にても發すれば再痘(さいとう)せぬと思ふは甚(はねはだし)き愚(ぐ)といふべきなり古人(こじん、イニシエノヒト)も
鶴頂(つるいたゞき)を発(はつ)せざれは其/聲(こゑ)を宏(おほい)にせず蟹売(かにうり)を脱(だつ、スカ)せざれば其/脱脱(はしの)大に
せば虎爪(とらつめ)を転(かへ)されは其威(そのい)を奮(ふる)はず人も出痘(しゆつとう)せされば太陰陽明(たいいんようめい)の
毒発(どくはつ)洩(せつ、モレル)せず壽域(しやいき)に登(のぶ)る事を得(え)ずといへり此言至理(このことしり)にして易(かふ)べから
ず然ればいかで僅数粒(わづかすうりう)の種痘にて畢生(いつしやう)の巨(きよ、オホキ)毒(どく)を除(のぞ)くの理あらん
や一時幸(いちじさいわい)に免(まねかる)るに似(に)たりといへ其/毒竟(どくつい)に尽(つく)る事なく後或(のちあるひ)は
【左頁】
再痘(さいとう)を発するか或は驚癇(きようかん)等の病を発(はつ)して死(し)に至(いた)るもの予が親(した)く
目撃(もくけき、ミキワムル)する処なり或は幸(さいはい)に再痘(さいとう)せざるもの有といへ其是/偶中(くうちう、マグシアタリ)にして
牛痘(きうとう)の験(けん、シルシ)にはあらず世に終身痘(しうしんとう)を患(うれへ)ざるもの少しとせず此等(これら)は
毒(どく)の微(び、スコシキ)なる□□のにして或は繦緥(きょうほう、ムツキ)の中に一二顆(くわ)を陰所(いんしよ)に発して父
母是を知らざるなり又/老年(ろうねん)にいたりて出痘(しゆつとう)するあり是毒の尤
沈伏(ちんふく)して沴(れい)気の感染漸遅(かんせんやうやくおそ)きものなり是等の人に種痘(しゆとう)する時は
免(まねかる)るんい似たりといへ其年を経(へ)て再痘せん事/計難(はかりがた)く驚癇(きようかん)の害(がい)
免(まねか)れ難く遇驚癇(さま〳〵きようかん)を免るありといへ其/異症(いしよう)を醸出(しよう、カモシイダス)して
終身(しうしん)不具(ふぐ、カタワ)の人となるも亦少からず是皆/却(おびやか)すに針(はり)を以てし
気血(きけつ)の流通(りうつう、ナガレ)を壅塞(ようそく、フサギ)し隧道(すいどう、チノミチスジ)をして通ぜざらしむ故に此等の
【右頁】
諸/症(しよう)を醸出(じようしゆつ、カモシイダス)して非命(ひめい)の死を致す事恐(おそ)るべしなり家(か)大人
深く是を憂(うれひ)予も亦/坐視(ざし、ヰナカラミル)するに忍(しのび)ず其害あるを知て黙(もく)して云(いわ)ざる
は尺位(しい)の誚(そしり)を免れず依(より)て今其/大□(たいがい)を畧(りやく)書して俗(ぞく)の惑(まとひ)を觧(と)き
世の夭札(ようさつ、ワカジニ)を救(すくわ)んことを庻幾(こいねが)ふ且古来より稀(き)痘の方(ほう)多くありといへ
其皆/觧(げ)毒の薬にして徒(いたづら)に児の脾胃(ひい)を損(そん)するのみにして更(さら)に其
効(こう)なきを以て世の人用るもの亦/稀(まれ)なり然(しか)るを牛(きう)痘の如きは稀痘(きとう)
の諸方に比(ひ、タラブル)すれば其害尤正しといへ其世人/偏(ひとへ)に妖言(ようげん)に惑溺(わくでき、マドハサレ)して
殆(ほとん)ど狐狸(こり、キツネタヌキ)に誑(たふらかさ)るゝが如きは長嘆息(ちようたんそく)をなすべきなり凡痘を軽(かろ)くせんと
ならば常に隧道(すいどう、チノミチスヂ)に壅塞(ようそく、トゞコウリ)なからしめ飲食(いんしよく、ノミクヒ)を慎み寒暖(かんだん、サムサアタゝカサ)を節(せつ、ホドヨク)にして
敢(あへ)て温覆(うんふく、アタゝメオホウ)せしめず発生(はつせい)の□(いゆう)気を閉塞(ひそく、トヂフサグ)せしむる事勿(なか)るべし
【左頁】
世の人多く姑息(こそく)の愛(あい)にして偏(ひとへ)に温覆(うんふく)して常に微汗(ひかん、スコシアセ)を取(とる)に至る小
児は純□(じゆんいやう)のものなり清涼(せいりよう、スゞシ)なたれば病なし寒暑(かんしよ)にも馴(なれ)しめされば表(ひよう)
気/実(じつ)せず試(こゝろみ)に貧賎(ひんせん、マヅシキ)の児(じ)を見よ必無病(かならずむびよう)なり児を育(やしな)ふもの深くこの
理(り)を察(さつ)して是を平素(へいそ、ツネ)に慎(つゝし)みて姑息(こそく)の愛にひかるゝ事なかる
べし
文久紀元三月
下谷成通東山本町代地片町
醫官 本道痘疹科 池田鍋仙誌
【裏表紙】
《題:七神ほうそうにうつり神棚祭り方の法書》
一壱人へ御礼二枚ツヽ
右名前と年を書たるを表門口へ張小札守也
残ニ包常々内着へ入其子のくしへさけ置べし
右ほうそうにうつり候節は神たな高きは無用高さ■限り此上へ米俵の古きざんだはら
をのせ置右台の上へあんどうの形ちに爰を作りうら下けわきを赤き平にて張正面
はニす■の内正面へ守を出し張則神となる也此外脇ゟしめ切はき等請入べからず
一ほうそう日数ぞやみゟ十二日ニ限る十二日の朝神棚所の礼式納送り可被成候
一ほうそうの色は七々いろに出るいかやうにても山あがらぬともさはりなし
一薬用うさいかくに限る祭り方勝手次第のよし
日光道中幸手宿
伊勢屋寛兵衛出す
【右頁】
059253―000―0
特38―178
虎列刺病予防養生法訳解
工藤 寛哉 著
M10
CBF―0106
【左頁】
【貼り付けシールのみ】
特38
178
東京府書籍館
壱 新門
三部
六類
三函
四棚
九二七号
《題:虎列刺病予防養生法訳解》
【貼り付けシールのみ】
特38
178
工藤 寛哉 纂
《題:虎列刺病豫防養生法譯解(ころりようじんやうじやうのしかた)》
虎列刺病豫防養生法譯解
題言
今般虎列刺病流行(このたびこれらびようはやる)については恐(かしこ)くも
聖上深(てんじよふか)く御憂嘆遊(おんうれきあそば)せられ諸官庁廳(しよくわんちよう)に下命(おゝせ)ありて厚(あつ)く其豫防法(そのようじんほふ)を御施行(おんほどこし)あらせ
られ速(すみやか)に烈(はげし)き病毒(びようどく)を撲滅(うちけ)し萬民(ばんみん)の生命(せいめい)を保護(ほご)せんと専(もつは)ら力(ちから)を盡(つく)さるゝこと
は既(すで)に世人(よのひと)のしる所(ところ)なれば世人も亦深(またふか)く上意(ぜうい)を體認敢(まもりあへ)て政府豫防法(おかみのじふじんはふ)の淶洽(てあつき)に
安(やす)んぜず偏(ひとへ)に自身(じん)の養生(やうぜう)に注意(こゝろがけ)し苟(いやしく)も恬然麁漏(うつかりになざり)に経過(うちすご)すべきことにはあらざ
るなり
弾丸(たま)は縦大砲(たとひいしびや)のたまたりとも聲(こゑ)あり形(かたち)あるものなれば避得(さけう)べきこともあれど虎(こ)
列刺病毒(れらびやうどく)は聲(こゑ)も形(かたち)もなければ之(これ)を避(さく)ること最(もつと)も難(かたし)とすされど人能(ひとよ)く此難(このなん)を免(のが)
れんと思(おも)はゝ精(くわし)く此/予防養生法(よぼうようふせうほふ)に注意等閒(こゝろがけなとざり)のことさへなければ天賦(うまみつき)の建康(けんこう、たつしや)を保(たも)
持(つ)こと疑(うたが)ひなかるべし
【右頁】
一町内一ヶ村(いつてうないいつかそん)のうち若一人不養生(もしいちにんふやうぜう)にして此病(このやまゐ)に感染(とりつか)るゝことあれば瞬間(またゝくうち)に其(その)
毒(どく)を全町満村(まちぢうむらむら)に傳播(うつ)して無數(あまた)の生霊(いのち)を堕(おと)すべきほどの惡病(あくびよう)なることは人々の知(しる)と
ころれなば乃(すなは)ち其身一巳(そのむひとり)の養生(やうぜう)は天下萬人(てんかまんにん)のためにして不養生(ふやうぜう)の人は政府(せいふ)の罪(ざい)
人(にん)とも云(いふ)べきなり然(これ)ば人々/其身一個(そのみひとり)の用心(ようじん)こそ至極肝要(しごくかんよう)の事(こと)としるべし因(より)て茲(こゝ)
に内務省衛生局(ないむせうゑいせいきよく)の報告(ほうこく)を標準(めあて)として其他心得置(そのほかこゝろにおく)べき事件(ことがら)を各國名家(かくこくめいか)の示教(をしえ)に
拠(よ)り其樞要(そのかんよう)を抜摘(ぬくがき)し文字(もんじ)鮮(すくな)き田野人(いなかびと)のために文意(ぶんゐ)を平易(やすく)して以(もつ)て廣告(ひろくつげ)んとす
毒疾証候(やまひのおこり)
虎列刺病(これらびやう)は最(もつと)も急性(きうせう)の悪症(あくせう)にして其毒質(そのどくしつも)は一種(いつしゆ)の生活保有(せいくわつほゆう、いきたるむし)の有機物(ゆうきぶつ)にして多(おほ)
く地中(ちのうち)の水(みず)に潜存(ひそみゐ)て又/空氣中(くうきのうち)にも浮游(うか〳〵)する物(もの)のごとし此毒自然人(そのどくしぜんひと)の口中或(くちあるひ)は
皮膚(けあな)より躰内(たいない)に入(い)り直(すぐ)に消食機(しようしよくき)[膓胃]を侵(おか)すゆへに最初(はじめ)は稍心下(やゝむなさぎ)に苦悶(くるしみ)を覚(おぼ)
へ尋(つい)て便意嘔吐(くだしはきけ)を催(もよふ)し初(はじ)め一行(ひとたび)は大概通常(たいがいつね)の大便(たいべん)に少(すこ)し水液(みづゑき)を混(まじ)へ腹痛(ふくつう)もなく
下利(くだ)す爾後病人自(そのゝちびやうにんおのづか)ら惣身(そうしん)の水液腹部(しるはら)に流(なが)れ集(あつま)るの氣味(きみ)を覚(おぼ)ふ二行目(にどめ)の上厠(ちようづ)
【左頁】
より多(おほ)くは洗米汁様(こめのとぎしるやう)の液(しる)[重(おも)きは血(ち)を混(まじ)ゆ]のみを瀉した(くだ)し四肢製厥冷皮膚水(てありぞく〳〵ひにはだはみず)
に濡(ぬれ)たるがごとくなりてこれを摘(つま)みあぐれば其儘(そのまゝ)にして平/膚(はた)に復(かへ)らず咽喉渇甚(のんどかわき)
小便通(しようべんつう)ぜず聲漸(こゑやうや)く涸(かる)れば暫(しばらく)して死亡(しぼう)するなり最(もつと)も急(きう)なるものは只初(たゞはじ)めの
一瀉下(ひとくだし)のみにて十分時間(じうぶんじかん)に斃(たは)るゝもなりかくのごとく確(さし)たる前兆(しるし)もなく頓發(にはかにとり)
するものなれば平生(つね)に豫防養生(よぼうやうぜう)を怠(おこた)るべからず
豫防養生法(やぼうやうぜうはふ)
虎列刺毒(これらどく)は多(おほ)くは病者(びやうじや)の吐瀉(はきくだし)せし物(もの)の中(うち)にありて此毒早晩地上(このどくいつしかちぜう)に落散降雨(おりたりあめ)と
共(とも)に地中(ちゝう)にしみこみ其近傍(そのほとり)の井又(いどまた)は河水(かはみづ)に混(こん)ぜしを飲(の)み或(あるひ)は病者(びやうじや)の觸(ふれ)し衣服(いふく)
器具等(うつわとう)より傳染(うつる)を最(もつと)も多(おほ)しとす又吐瀉物(またはきくだしもの)を投捨(なげすて)たる河海(かはうみ)に生(せう)する魚類或(さかなるゐある)ひ
は吐瀉物(はきくだしもの)を培養(こやし)にしたる蔬菜(やさい)を食(しよく)して感染(わづらふ)ことあり又/其毒(そのどく)ある水(みづ)を飲(のみ)し牛乳(うしのち)
に此毒(そのどく)を含胎(ふくみ)ゐたることありかくのことく人間必要(にんげんひつよう)なる飲食物(いんしよくぶつ)より傳染(うつる)ものな
れば力/及所注意(なるたけこゝろがけ)すべきなり但(たゞ)し平常豫防法(つね〳〵よぼうはふ)によく行届(ゆきとゞ)き腹中健全(はらのうちたつしや)なるものは
【右頁】
此大厄難(このだいやくなん)を免(のが)るゝことは既(すで)に前(まへ)に言(いゝ)し通りなり偖其豫防法(さてそのやあばうはふ)の第一(だいゝち)は食物(しよくもつ)第二は衣(い)
服起臥(ふくおきふし)第三には住家(すまゐ)の三事(さんじ)とす又/若(も)し己(おの)れが家(いへ)に現(げん)に此病(このやまひ)に感(かん)ぜしものあらば
其吐瀉物洗除法(そのはきくださいものあらいかた)と所用器具(もちふるうつわ)の所置法(あつかひかた)とに注意(ちうい)することを肝要(かんよう)とす茲(こゝ)に先初(まづはじめ)の三(さん)
要事(ようじ)を一々分(いち〳〵か)ち誌(しる)し後(のち)に洗浄法及(あらひかたおよ)び器具所置(うつわあつかひ)の捷便(べんり)なる物を撰(えら)み記載(かきの)せんとす
平常(つね〳〵)の心得(こゝろへ)
虎列刺病(これらびよう)は食物(たべもの)より傳染(うつる)ものなれば第一に飲食(のみくひ)に注意成丈消化易(きをつけなるたけこなれよ)き物を撰(えら)み平(つね)
常(〳〵)より減量(ひかへめ)に食(しよく)すべし蕃椒(こしよふ)生姜(しよふが)山葵(わさび)芥子(からし)大根(だいこん)おろしなど少(すこ)しづゝ添(そ)えるも
宜(よろ)し衣類(きもの)又/夜具(やぐ)は常(つね)より少(すこ)し厚(あつ)く着木綿(きもねん)か「フラネル」にて腹(はら)を巻(ま)き寝(いね)る時(とき)も取(とり)
ぬやうにすべし又/芳香散(ほふこうさん)[製法後に記す]を一度(いちど)に分量(ぶんりやう)一分づゝ日に三四度/位白(ぐらひさ)
湯(ゆ)にて用(もち)ふべし惣(そう)じて新爽(さわやか)なる空氣中(ところ)にて身躰(からだ)に微熱(あたゝまり)を覚(おぼふ)る位(くらひ)の適宜運動(ほどよきはたらき)を
最(もつと)もよろしとす
飲食物(たべもの)
【左頁】
○湯茶(ゆちや)は餘(あま)り熱(あつ)からぬを用(もち)ふべし冷水(ひやみづ)を好(この)まば清水(よきみづ)を撰(ゑら)み必(かなら)ず一度沸涌(ひとたびたぎらか)し後冷(のちひへ)
しを用(もち)ふ多(たゝ)く飲(の)むべからず桂露水(けいろすゐ)[後(のち)に記(いだ)す]を加(くは)ふれば味(あぢはひ)よろし
〇牛羊鶏肉魚類(うしひつしにはとりぎをるい)は新鮮(あたらし)くして脂肪少(あぶらすくな)きものを撰(えら)むべし
〇蕃藷芋類烏芋百合(さつはいもいもるいくわゐゆり)の根蓮根少(ねれんこんすこし)づゝよろし
〇蔬菜類(やさいるい)は最(もつと)も少量(すこし)なるべし
但(たゞ)し何品(なにしな)にても能(よ)く煑煎焼炙(にたきやき)て用(もち)ふべし鶏卵(たまご)は半熟(なまにへ)なるがよし
食(しよく)すべからざる物(もの)
〇不潔井河水(きたなきいどかわみづ)又は食物(しよくもつ)の中(うち)にても最(もつと)も戒(つゝし)むべし
〇動植共(にくやさいとも)に生物一切(なはものいつさい) 〇不熟不良(ふじくふりよう)の蔬菜果物(やさいくだもの) 〇蕎苣笋茸桃柿(ちさたけのこきのこもゝかき)の類一(るいいつ)
切(さい) 〇假令新鮮獣魚肉蔬菜(たとへあたらしきけものうをにくやさい)たりとも煑炙(にたき)の十分ならぬ物 〇䀋漬(しほつけ)の肉類(にくるい)
〇動植共(にくやさいとも)に干物(ほしもの)一切 〇海老蟹蛸貝類(ゑびかにたこかひるい)一切 〇酒類(さけるい) 〇味噌(みそ)類 〇
本味(もとあぢ)を失(うしな)ひ酸味(すゐけ)ある食物(たべもの)一切 〇臭惡(にほひあ)しき食物(たべもの) 〇青鱗鱗魚鯨(あをうろくうをくじら)の類一切
【右頁】
〇鶩雁豚(あひるがんぶた)の如(ごと)き脂(あぶら)の多(おゝ)き肉類(にくるい)一切 〇湯煑卵子(ゆでたまご) 〇催下薬(くだしぐすり) 此外消化(このほかこなれ)
の惡(あ)しき食物(たべもの)一切
起臥衣服(おきふしきもの)
〇衣服(きもの)は垢付(あかつき)し物(もの)を着(き)るべからず肌着(はだき)は成丈変換洗濯(なるたけきりかへせんたく)すべし少(すこ)しにでも濕氣(しめりけ)あ
る衣(きもの)を服(きる)べからず
〇夜具(やぐ)は日(ひ)に〳〵露乾(ほしかわ)かし雨天(あめふり)には火氣(たきび)を以(もつ)て乾焙(あぶる)べし
〇日々浴湯(ひゞゆあみ)して肌(はだ)の垢(あか)を洗(あら)ひ去(さ)るべし䀋湯最(しほゆもつと)もよし
〇常(つね)に用(もち)ふる手拭(てぬぐひ)は第一石炭酸水(だいゝちどくけし)[後(のち)に記(いだ)す]を含(ふく)ませ或(あるひ)は他(ほか)の□香等(をほひかうとう)を所持(もつ)
へし
〇感冒下利(かぜひきくだし)の發(おこ)らぬよふに衣服(きもの)を加減(ぬぎき)し體温(ぬくもり)に平均注意(ほどよくこゝろがけ)すべし
〇昼夜常(ひるよるつね)に木綿布(もめんきれ)を以(もつ)て腹部(はら)を纏巻手部(はきあし)は股引足袋(もゝひきたび)を穿(はく)へし
〇非常(あまり)に精神身體(きぶんからだ)を労(つか)らし渾(すべ)て衰弱(つかれ)の源(もと)となることを慎(つゝし)むへし假令(たとへ)ば過度(やたら)の運動(はたらき)
【左頁】
〇湯茶(ゆちや)は餘(あま)り熱(あつ)からぬを用(もち)ふべし冷水(ひやみづ)を好(この)まば清水(よきみづ)を撰(ゑら)み必(かなら)ず一度沸涌(ひとたびたぎらか)し後冷(のちひへ)
しを用(もち)ふ多(おゝ)く飲(の)むべからず桂露水(けいろすゐ)[後(のち)に記(いだ)す]を加(くは)ふれば味(あぢはい)よろし
〇牛羊鶏肉魚類(ういしつしにはとりうをるい)は新鮮(あたらし)くして脂肪少(あぶらすくな)きものを撰(えら)むべし
〇蕃薯芋類烏芋百合(さつまいもいもるいくわゐゆり)の根蓮根少(ねれんこんすこし)づゝよろし
〇蔬菜類(やさいるい)は最(もつと)も少量(すこし)なるべし
但(たゞ)し何品(なにしな)にても能(よ)く煑煎焼炙(にたきやき)て用(もち)ふべし鶏卵(たまご)は半熟(なまにへ)なるがよし
食(しよく)すべからざる物(もの)
〇不潔井河水(きたなきいどかわみづ)又は食物(しよくもつ)の中(うち)にてももっと最(もつと)も戒(つゝし)むべし
〇動植共(にくやさいとも)に生物一切(なまものいつさい) 〇不熟不良(ひじふりよう)の蔬菜果物(やさいくだもの) 〇萵巨笋箪柿(ちさたかのこきのこもゝかき)の類一(ついいつ)
切(さい) 〇假令新鮮獣魚肉蔬菜(たとへあたらしきけものうをにくやさい)たりとも煑炙(にたき)の十分ならぬ物 〇䀋漬(しほつけ)の肉類(にくるい)
〇動植共(にくやさいとも)に干物(ほしもの)いっさ一切 〇海老蟹蛸貝類(ゑびかにたこかひるい)一切 〇酒類(さけるい) 〇味噌(みそ)類 〇
本味(もとあぢ)を失(うしな)ひ酸味(すゐけ)ある食物(たべもの)一切 〇臭惡(ひほひあ)しき食物(たべもの) 〇青鱗魚鯨(あをうろこうをくじら)の類一切
【右頁はコマ六右頁と同じ】
【左頁】
深夜(よふけ)までの宴會或(さかもりあるひ)は甚(はなはだ)しき憤怒悲憂等(はらたちなげきとう)の如(ごと)き一身(からだ)の平均(つりやい)を失(うしな)ふ事(こと)は一切慎(いつさいつゝし)む
へし殊(こと)に房時(いろごと)の度(ど)をすごすへからず
〇雨中夜間或(あまふりよなかあるひ)は露草(つゆくさ)の際(なか)を遊歩(あるく)など濕氣(しめりけ)に觸(ふ)れ寒冷(さむさ)に冒(おか)さるゝことを避(さる)へし
〇夜間(よなか)に窓戸障子等(あまどしよふじとう)を開(ひら)き寝(ね)るべからず
〇諸人群集(しよにんくんじゆ)の場所(ばしよ)に近(ちか)づくべからず務(つとめ)て
清爽活発(さわかか)なる所(ところ)に居(ゐ)るべし
〇船積(ふなづみ)にて其頃來(そのころきた)る物(もの)は勿論衣食物(もちろんきものたべもの)とも猥(みだり)に諸品(しよしな)を買入(かひいる)るべからず買入る時
は不潔(よごれ)に氣をつけ掃(はら)ひ去(さ)り家(うち)に入るゝべし
〇家畜(うちにかひ)たる牛馬犬猫豚鶏等(うしうまいぬねこぶたくはとりとう)の羽毛(はねげ)の穢(けがれ)に注意除(きをつけのぞ)き去(さ)るべし
〇假令親睦知巳(たといなかよきつきあい)たりとも此病(ころり)に罹(かゝ)らば尋訪(みまひ)すべから若余儀(もしよぎ)なき時(とき)は速(すぐ)に其家(そのいへ)
を出(いで)て石炭酸水(どくけし)にて口嗽(くちそゝき)ぎ面部部等洗(かほとうらあら)ひ浴湯(ゆあみ)して石鹸(さぼん)にて膚(はだ)を洗(あら)ひ衣服(きもの)を改(きかゆ)べ
し[後(のち)の見舞篇(みまひへん)を見(み)るべし
右(むぎ)は荒増詳細(あらましくはしき)は後(のち)の吐瀉物洗陰[除]法篇(はきくだしもあらひのけかたのところ)に記(しる)す
【右頁】
家屋心得(やうちのこゝろえ)
〇居室(すうち)は力所及精密(なるたけねんいれ)に拭掃(ふきはぎ)し戸障子(としようじ)を開(ひら)き新鮮(あたらし)き空氣(くうき)を適宜通融(ほどよくかよわ)すべし
〇室内(すうち)には常(つね)に少許(すこしばかり)の硫黄(いおう)を焼(た)きかほらすべし
〇厠(かわや)は日々/清浄(きれい)に拭掃(ふきさうじ)し糞壺(こゑつぼ)には時々/石炭酸(どくけしのこ)末か録譽(ろくはん)の末一握(こひとにぎり)斗りを撤布(まきりら)す
べし 〇雨日夜間(あめふるよなか)は空氣(くうき)を乾燥(かはか)さんために火鉢(ひばち)を供(その)ふこともあるへし
〇塵芥丘其他惡臭(はきだめそのほかあしきにほひ)の物は取除(とりの)くへし惡水溜(げすい)には時々/解毒粉(どくけしこ)を撤入(はきい)るへし
〇味噌漬物 䀋肴等惡臭(みそつけもの しほさかなあしきにほひ)の物を置所(おくところ)は成丈避(なるたけさく)へし
〇一室内(ひとつへや)に多人数聚會(たにんずあつはる)ことを忌(い)むへし 〇成事(なること)なら高燥清潔(たかひきれい)の地(ところ)を撰(ゑら)み移住(うつる)を
尤よしとす
感染(わづらひし)時の心得 [醫者(いしや)の來(くる)までの手當(てあて)]
〇虎列刺流行(ころりはやり)の際些(ときいさゝか)たりとも吐瀉(はきくだし)の氣を催(もよふ)さば醫者呼(いしやよひ)に人を走(はしら)せて「コレラ
藥」[後(のち)に記(しる)す]を二十/滴(しづく)或は三十滴を小盃一(こさかづき)ぱいの水に和(わ)し飲(の)みて床(とこ)に伏(ふ)し
【左頁】
十分時或は十五分時/毎(こと)に用ゆ但(たゝ)し吐(はき)又は下利止(くだしや)む時は服用(のむこと)を止(や)むへし假令吐(たとへはき)
瀉止(くだしやま)ずとも十回以上(じつぺんのうゑ)は進服(のむ)へからす手足少しく冷(ひへ)又は寒氣(さむけ)あらば脚湯(こしゆ)又は
全身浴(ゆいり)を行(おこな)ひて温覆發汗(あたゝはりあせ)すへし嘔吐劇(はきけはげし)くして藥(くすり)及び納(おさま)らざる時は氷片(こほり)
あらば頻(ちよび〳〵)に食(しよく)すへし嘔氣烈(はきけはげ)しく心下苦悶(むなさきくるしく)なる時は芥子粉(からしこ)三/握麥粉(つかみむぎこ)一握を
酸(す)にて硬(こわ)き糊(のり)ほどに捏(こ)ね六七寸四方の木綿(もめん)の切(きれ)に挺(のば)し心窩(むなさき)に貼(は)り少(すこ)し痛(いたみ)を覚(おぼ)
へ皮膚赤(はだあか)くなるまで貼置(はりおく)べし小児(こども)は三四寸の切に挺(ねべ)て右の如(ごと)くし其上に焼(しよふ)
酎(ちう)を温(あたゝ)め木綿切(もめんぎれ)に浸(ひた)し腹(はら)を温(あたゝ)むべし[小児(こども)のコロリ藥分量(くすりぶんりよう)は後(のち)に記す]
病人/見舞(ままゐ)の心得
〇親兄弟(おやきようだい)か親類(しんるゐ)がコレラ病に感染(とりつかれ)しと聞(き)き驚駭(おどろき)て駆付(かけつけ)るとも我身(わがみ)に少しにて
も汗出(あせいで)しときは決(けつ)して病人の寝所(ねどころ)に近(ちか)づくべからず汗(あせ)の乾(かわ)く時は必ず傳染(うつ)る
ものなり又/決(けつ)して空腹(すきはら)にて患者(びようにん)に近(ちか)づくべからず成(なる)べく丈(たけ)は病人に近附かぬ
が宜(よろ)しけれども若(も)し餘儀(よぎ)なき譯(わけ)にて病室(ねどころ)に入るならば身躰中(からだちう)をよく拭(ぬぐひ)ひ乾(かわ)か
【右頁】
し氣を鎮靖(おちつけ)て石炭酸水(どくけし)を浸(ひた)せし手拭(てぬぐひ)か紙を以て口鼻(くちはな)を掩(おほ)に窓戸(まど)などの空氣(くうき)の
通(かよ)ひよき場所(ところ)に居るべし決(けつ)して病人の枕元(まくらもと)と室内(へや)にある火鉢(ひばち)の傍(そば)に坐(すわ)るべ
からず
虎列刺病用藥製法用法(ころりぐすりつくりかたもいゐかた)
服藥(のみぐすり)の部
〇芳香散(ほうかうさん) 益智(やくち) 《割書:八匁|》 佳枝(けいし) 《割書:八匁|》 乾姜(かんきよふ) 《割書:八匁|》 丁香(ちよふじ) 《割書:四匁|》
右を混細(まぜこ)となし一次(いちど)に目方壹分を白湯(さゆ)にて
服(のむ)一日三四次
〇虎列刺藥 芳香□砂精(ほうこうどうさせい) 阿片丁幾(あへんちんぎ) 薄荷水(はくかすい)
右/等分(おなじめかた)を混和(まぜ)て大人(おとな)は三十/滴(しづく)十年より十五年/迄(まで)は十五滴以下の小児は一
年に一滴當(ひとしづくあて)に小盃一盃(こさかづきひとつ)の水に和(いれ)用ゆ
〇桂露水(けいろすい) 刻桂枝(きざみけいし) 《割書:一斤八十目|》 清水(せいすい)《割書:一升|》右ランビキに入れ火に上(の)せ法の
如く蒸留(じようりう)して取る
【左頁】
右藥品(みぎのくすり)は漫(みだり)に多量(おゝ)く用(もち)ゆれば却(かへつ)て大害(たいがい)あり慎(つゝし)むべし此外用藥數品(このhおかもちひくすりあまた)あ
れども用方(もちひから)むつかしければ茲(こゝ)に記(しる)さず必(かなら)す醫(いしや)につひて服用(ふくよう)すべし
消毒洗浄藥(どくけしあらひくすり)
左(さ)に記載(かきの)する藥(くすり)は飲(のむ)べき物にあらず
第一/石炭酸水(せきたんさんすい) 結晶石炭酸一分を百/倍(ばい)の水(みづ)に溶(とか)せしもの
第二石炭酸水 緑蕃(ろくばん)九十六文目を水(みづ)貳升六合に混(こん)じ蘇生石炭酸(そせいせきたんさん)九文目六分を
加(くは)へたるもの
吐瀉物洗浄(はきくださしものあらひよふ)並に病毒に汚染(けがれ)たる器物所置(うつわものさむき)の法(しよう)
虎列刺病(これらやむ)者ある家(いゑ)に於(おゐ)て消毒(どくけし)の法を行(おこのふ)は廰官區戸長(やくにんくこちやう)並に醫師(いしや)の布教(をしゑ)を受(う)
くべしと雖(いへど)も今更(いまさら)に心得(こゝろへ)の為(ため)に吐瀉物掃除(どくぶつとりのけ)の法(しかた)を記(しる)す
抑々(そも〳〵)コレラ病(びやう)の傳染毒(うつるどく)は其/吐瀉物(はきくだしもの)に舎(やど)れる吐瀉物を或(あるひ)は海河(うみかは)に捨(す)て或(あるひ)は
【右頁】
下水(げすい)などに投(すつ)れば其病毒(そのどく)は既(すで)に消滅(きひうせ)たりと誤認(あやまり)て早晩其水(いつかそのみづ)に混(まじり)て伝播(ふゑ)又は地中(ちのうち)
に侵入井泉(しみいりいどみづ)に透鼠(とけこみ)て病毒(やまひ)の傳染(うつ)ることを知(しら)ざる者多(ものおゝ)し人々善(ひと〳〵よ)く心得置豫(こゝろへおきあらか)じめ消毒(どくけし)
藥(くすり)を買求(かひもと)め吐瀉物(はきくだしもの)を受(うく)る器(うつわ)には此藥(このくすり)を容(い)れ置既(おきすで)に使用(つかひ)し後(のち)は直(すぐ)に戸外(そと)に持出(もちいだ)
し洗浄(あらひ)て其後(そのあと)に又第一/石炭酸水(せきたんさんすい)を入置(いれおく)べし
偖此吐瀉物並(さてこのはきくだしものならび)に其器(そのうつわ)を洗浄(あらひ)し水(みづ)は決(けつ)して他人(おかのもの)の通(かよ)ふ糞壺(せついん)に混(まず)へからず悉(こと〳〵)く
取分(とわけ)て住家及よ(すみかおよ)び井戸(いど)を離(はな)るゝこと七間斗(しちけんはか)りの所(ところ)に置(おき)て地(ち)を深(ふか)く堀(ほ)り埋(うづ)め或(あるひ)は焼捨(やきすつ)
るを殊(こと)に良(よし)とす
吐瀉物焼捨法(はきくだしものすてかた)は淺(あさ)く地(ち)を堀(ほ)り底(そこ)に乾(かわ)きたるわら又は削屑(かんなくづ)を敷(し)き排泄物(はきくだしもの)を其上(そのうへ)
に捨(すて)又其上にわらを覆(おほ)ひ石炭油(せきたんゆ)を濯(そゝ)ぎて火(ひ)を點(もや)し上下攪反(うへしたかきかへ)して十分に焼(や)き盡(つく)す
べし
〇虎列刺(これら)病にて斃(たお)たる者(もの)は成丈速(なるたけすみや)かに片附(かたづ)け十分に第一/消毒(どくけし)藥水をひたしたる
木綿衣(きもの)に包(つゝ)み地(ち)を深(ふか)く堀(ほ)り埋葬(うづむ)へし火葬(くわそう)を尤もよろしとす
【左頁】
〇コレラ病者或は其/死屍(しがい)に觸(ふれ)たる人の衣服(きもの)はたとへ如何様(いかよう)なるとも皆毒氣(みなどく)にけ
がれし物と見做(になし)て速(すみやか)に脱換(ぬぎかへ)第二/消毒藥水(どくけし)にひたし後石鹸(のちさぼん)にて洗濯(あらい)べし
〇コレラ病者の寝室並(ねやならび)に死屍(しがい)を置(お)ける部屋(へや)は石炭酸を皿(さら)にもり微火(ぬるび)に上(の)せ其臭(そのにほひ)
を十分に蒸薫(かほら)して満室(まうち)にころらすべし
〇病者/全快(ぜんくわい)し或は埋葬(とりおき)の後(のち)は先(ま)づ室中(ねや)にある所の金銀器具(かなものうつわ)並に彩色物(いろもの)等/取除(とりの)け
[此/品類(しなもの)は別に相當(さうとう)の消毒法(どくけしほふ)を行(おこな)ふ]窓戸(まど)を密閉火鉢(ふさぎひばち)に火を入れ其上に硫黄(いおう)を置(おき)
入口(いりぐち)を閉(と)ぢ七時間斗り薫蒸(かほら)せ後窓戸(のちまど)を開(ひら)き室内(まうち)の諸物(どうぐ)を外(そと)に持出(もちだし)たゝき拂(はらふ)べし
天井柱建具(てんじよふはしらたてぐ)等のものは第二消毒藥水にてよく洗(あら)ひ空氣(かぜ)にさらずべし畳(たゝみ)は一(ゐ)
層注意(ほこゝろづく)べし
〇コレラ病者ありし室内(へや)の器具縦令(うつわものたとへ)は衣服夜具膳椀(きものやぐぜんわん)等は精密注意法(よく〳〵きをつけかた)のごとく
第二石炭酸水にひたし石鹸(さぼん)水にて洗ひ或は硫黄氣(いおうき)を炊(たき)こむなど怠(おこた)るべからず諸
道具は取換(とりかゑ)の出來(できる)なれど性命(いのち)には取りかへなければ可成(なるべく)は惜(をし)まず焼捨(やきすつ)べし
明治十年十月二日 御届
編者 工藤寛哉
福岡縣下筑前國第一大區
一小區那珂郡下名嶋町
百五拾九番地 寄留
出版人 植木園二
右同 寄留
發 兌 筑前博多中嶋町 五 樂 堂
定価金三銭
【裏表示 記述なし】
明治十三年九月印行
《割書:傅染病|迺豫防》飲水の心得 完
畏三堂發兌
【右】
【記述なし】
【左】
明治十三年九月印行
《割書:傅染病|迺豫防》飲水の心得 完
畏三堂發兌
【右】
【記述なし】
【左】
例言
一凡人の命を守る道、くさ〳〵なるが、中にも其/旨(むね)とす
るは飲み水にして、一日も之なくては適(かな)はざるもの
なり、然(しか)はあれども其性によしあし有りて、若し日常(ふだん)
あしき水を飲めば流行病の媒(なかだち)となり、よき水飲めば
身の養となる、斯(かゝ)る人体に緊要るものなるに、其善
悪を知ることの書、世になかりけるをもて、七年前文部
少教授なりし松村矩明先生塾に在りて課業の傍(かたはら)、
あれこれの醫書の中より、飲水について心得となる
べきものゝみを抄譯(ぬきがき)し、時もあれば師の閲正(たゞし)を乞は
【右】
んと欲する折、師の卒(みまかり)にあひて其/意思(おもい)を得はたさず、
遂に其草稿を空しく紙魚(しみ)の餌とはなりぬ、さるに
近頃人々の飲水に善悪あることを悟り来て、之を撰ぶ
ことに注意(こゝろ)せば、今ぞ余宿志をも遂げばやと、文匣(ふみばこ)より
彼草稿をとりまとめ見るに、元より己が身の覚へと
なさむまめのとせしゆへ、其説くところ醫語になず
み、或は西洋語の儘なるものあれば、自然と漢語の多
く混りて文章難く、且その頃説しことは今の目に見て
いと古く聞へ、うけ難きものも多し、されど大方の説
は用ひらるべきことあり、捨(すつ)べきにもあれねば是を元
【左】
として、古きは新しきにかへ、難きは易きになし、辺土(へんぴ)
寒郷(いなか)の童蒙(わらんべ)にも了解(わかり)やすからしめむとて鄙近(あさはか)の詞
をもて記き綴りぬ、すべてのことみな此國の詞にひき
直さむと思へど、さては中々に廻り遠く、かへつて煩(わづらは)
しければ、今の人の耳に馴れたる漢語は其まゝにし
て、音と訓(よみ)とを字傍に假名つけ置きたり
一書中字の左り傍(わき)に、経線(たつすじ)をひきたるものは病名と藥
名にして、二線(ふたすじ)は人の名なり、其線をひきたる所以(ゆへん)
は、それ等の語を書ぬき、末に之を解かんと欲せしも
のなれど、深く之を考ふれば、飲水についてはあまり
【右】
緊要のことに非ざる故、虚(むだ)に印刷の手をへて、二三葉の
紙を費にもあたらざれば之を除(のぞ)けり、最病名はこれ
まで漢醫の稱へしとは異れども、病は別に差ことな
し、虎列刺(これら)と虎列刺(ころり)と、稱へはかはれど、仍(やはり)今も昔も吐(あげ)
下(くだ)し甚しくして暫時に斃(たふる)る病なり、又種々(いろ〳〵)のことをも氣
にかけ、或はふさぎなどして無益のことに心労して精
神にかゝりたる病を近頃(ちかごろ)神経病(しんけいびやう)と稱(とな)へ、従前(これまで)の癇症(かんしやう)
といへしが如く、たとひ如何様に稱(とな)へるとも、最早病
と名づくるときは、何れあしきことなりし故、若し書中
に此水を飲めば何病の原因(もと)となり、或は何病を起(おこ)す
【左】
とあれば、其みずをつまり飲ぬにしくはなし、又薬名は
第三章含有物性能の部に於て畧(ほゞ)水に関したる性能
は説明せり、されど其等を委しく知らんと思はゞ、よ
く心得たる西洋医と西洋薬舗とにて尋問べし
一物の分量を時々洋語にて書き記るせしものあり、然
し其下に我邦の分量になほし認めたれど、尚もれた
るもあれむとて左に表を掲ぐ
[リツトル]は千瓦蘭謨(あらむ)[一〇〇〇、〇]にして即ち二磅(ぽんど)
なり大約我二百四十目に当る
[ポンド]は五百瓦蘭謨[五〇〇〇]にして即半[リツト
【右】
ル]なり大約我百二十目に当る
[ガラム]は一磅五百分の一[一、〇]にして即一[リツト
ル]の千分の一なり大約我二分五厘に当る
立法[センチメーテル]は瓦蘭謨と同しく一磅の五
百分の一にして大約十五滴計りに当る
[ミニウム]は滴(したゝり)にして其液(しる)の厚薄(こきうすき)によつて少しの
差あれど先づ水の重りをもつて定むるものとす
其云此稿を綴れる時、水の善悪を名つけし書の發兌
になりぬ事を聞、是今予思ひ記せしと同じものなら
【左】
んと、求め見るに書中よく深切るに水を試験することを
説さとしたるものなれど、元より西洋の譯書故、余原
稿の如く其文章難しくして、西洋醫書のかたはしも聞
しり、又舎密書の譯書ども讀知る人は、一渡り心得へ
けれど、漢字にも暗く、舎密書をもきゝ知らぬ、輩には
少しく解しかたからん、且彼方は水の試験を旨とせ
り、此方(こなた)は飲水の心得を主として記すもの故、大に異
なる所あれば遂に稿を全ふして、其思ひの旨を標題
とし、飲水の心得とはものしつるなり
【右】
明治十三年七月下旬
著者織
【左】
《割書:傅染病|之豫防》飲水の心得
村上復雄 著
総論
凡(およ)そ人の體(からだ)四分の三は水より造成(なる)る者(もの)にして其(その)水は
血(ち)に混(まじ)り共(とも)に體内(たいない)を流通(めく)り各部(しよ〳〵)に滲透(しみとほり)て用(よう)をなし其(その)
不用(ふよう)なるものは汗(あせ)、尿(いばり)、水蒸気(すいじようき)となりて體外(たいぐわい)に出(い)ず其水(そのみづ)
一日に大約(おほよそ)四百八十目餘(あまり)なりとす之れによつて見(み)れ
は飲水(のみみづ)の多量(たぶん)なることは推(お)して知(し)るべし偖又(さてまた)水は只(たゞ)人(じん)
體(たい)の成分(しなもの)を造搆(つく)るのみならず総(すべて)の物質(もの)を溶解(とか)し或(あるひ)は
咽(んど)の喝(かわき)を止(と)め又(また)は粘稠(ねばり)を稀薄(うすく)し熱病(ねつびやう)に寒冷(ひやゝか)なる水を
【右】
與(あた)ふれば通利(つうじ)を催進(すゝめ)て神経(しんけい)を刺衝(ししやう)し其他(そのた)體(からだ)の温(ぬくゐ)を平(へい)
等(とう)にならしむる等(とう)の効(こう)は實(じつ)に百般(ひやくはん、すゝやか)の飲料(のみりよう)にして一(いつ)も
此右(このみぎ)に出(いず)るものなし古來人/食餌(しよくじ)を絶(た)ち唯(たゞ)水のみを飲(の)
みて二十日外命(はつかあまりいのち)を續(つなげ)りと雖(いはども)全(まつた)く水を絶(た)つときは三日
を経(すぎ)ずして死(し)に就(つ)くとなん嗚呼(あゝ)水は貴(たつど)び重(おも)んずべき
もの哉(かな)俚言(ことわざ)に雙親(おや)の恩(おん)は報(むく)はるゝとも水の恩(おん)は報(むく)ひ
難(がた)しとは實(じつ)に金言(きんげん)なり
以上/説(と)く如(ごと)く水は人生(じんせい)を營養根元(やしなふもと)なれど又(また)人生(じんせい)を障(そこ)
害(なふ)原因(もと)となる今其事理(いまそのことがら)を述(のべ)ん往古(むかい)英国(ゑいこく)の都府(みやこ)に一箇(ひとつ)
の用井(つかひゐど)あり其水を飲みし者は【病名左線】窒扶斯(チブス)病(びやう)《割書:疫|病》に罹(かゝ)り其水
【左】
を飲(の)まざる者は近隣(きんべん)に住居(すまゐ)せるとも其/疾病(やまひ)の感染(うつる)ざ
りしとなん依(よつ)て当時(とうじ)英国(ゑいこく)は大に飲水(のみゝづ)を注意(ちうい)することと
なれり又[バーセ]府と云へる所の学校(がくかう)あり其校の周圍(ぐるり)
に小河(おかは)あり一日(あるひ)【病名左線】虎列刺病(これらびやう)を感受(うけ)し旅客(たひうど)の来(きた)りて其/上(かは)
流(かみ)へ大便(だいべん)を為(な)したる所其/学校(がくかう)の生徒(せいと)多(おほ)く夫れが為(た)め
に其/病(やまひ)を感受(うけ)たりと我(わが)
日本に於いても前年(ぜんねん)【病名左線】虎列刺/流行(りうこう)の時/他国(たこく)に比較(くらぶ)れば大
阪の地に最(もつとも)多しとす是全(まつた)く河水の不潔(ふけつ)なるもの或
は井水とても市街(まち)の人家(じんか)稠蜜(つみ)たる故多く厠(かはや)又は
不潔(ふけつ)なる溝渠(みぞ)に近き位置(ところ)にあれば自然(しぜん)と汚穢(よごれ)或は腐(く)
【右】
敗(され)たる者が其/内(うち)へ交通(まじ)り第一圖の如く常用(ふだん)の水/若(も)し
厠(かわや)より下降(した)なるときは糞便等(こへとう)の不潔物(ふけつぶつ)漸次(しだい)に竄入(しみこ)み
殊更(ことさら)厠壺(こへつぼ)の充盈(たま)る時(とき)に於いて最(もつと)も甚(はなはだ)し斯(かく)の如(ごと)き水を
日常(ふだん)飲(の)めるが故/彼病(かのやまひ)に罹(かゝ)りし者の多かりしなん
抑(おも〳〵)惡水(あくすい)を飲めば流行病(はやりやまひ)んい大に関係(かゝはる)ことは我/説(と)くのみな
らず醫書(いしよ)中にも説明(ときあか)せり既(すで)に歐洲(おうしう)に於て衛生(ゑいせい)のことに
名(な)を得(ゑ)たる【左二重線】理伯馬來私送兒(リーベルマイステル)氏が云(い)はれしは【病名左線】腸窒扶斯(チヨウチブス)
の原因(もと)は溝(みぞ)、坑厠(かはや)等の為めに汚穢(よごれ)或は腐敗(くされ)たる水を
飲しよりして其/病毒(やまひのどく)を人の體内(たいない)に運搬(はこひ)
以て非常(つねなら)ぬ
慘毒(どく)を流布(うつ)せしむるなりと又/英国(ゑいこく)の【左二重線】麻保尼(マホニー)氏と云へ
【左】
る衛星家(ゑいせいか)は【病名左線】有機物(いうきぶつ)《割書:生|物》の混有(まざり)たる水は能(よ)く【病名左線】傅染病(でんせんびよう)及び諸(おほ)
多(く)の疾患(やまひ)を醸(かも)す可(へ)きことを説明(とけ)り又/独逸(どいつ)の萬有學(ばんゆうがく)者の
【左二重線】百典挌穵兒(ベツテンコーウエル)氏は【病名左線】虎列刺病の發萌(きざし)流行(はやり)の理(り)を説明(とか)れ又
【左二重線】路兒(ルール)氏は【病名左線】虎列刺(コレラ)病のみならず【病名左線】窒扶斯(チブス)病にも其等(それら)の水
より起(おこ)るとありよつて日常(つね〳〵)の所用(つかひ)水/不潔(ふけつ)なる時(とき)は忽(たちま)
ち疾病(やまひ)の原因(もと)となる假令(たとひ)平素(つね)に其/患害(うれひ)なくとも一回(ひとたび)
之れを一地方(あなた)に運搬(はこび)て茲(こゝ)に[其病の芽(め)を留(とゞむ)るときは千(おほ)
萬人(くのひと)をして此/疾患(やまひ)に罹(かゝ)らしむるに至(いた)る例之(たとへ)ば茲(こゝ)に芽(め)
を出る(いだ)さんとする麥(むぎ)の小粒(こつぶ)あり之れを机(つくへ)の上(うへ)におく(お)くと
きは数百年(すひやくねん)を経(へ)るとも決(けつ)して花(はな)を開(ひら)き實(み)を結(むす)ふことな
【右】
けれとも之れを地(ち)におろせば適宜(よきほど)の養(やしなひ)を得(ゑ)て小苗(わせ)と
なり逐次(したい)に発生(はつせい)するに至る故に過年(せんねん)横濱(よこはま)に在留(ざいりう)せし
欧米(をうべい)人或は東京に在留(ざいりう)せる外国(ぐわいこく)人其/他(た)我邦(わがくに)の人民(じんみん)も
【病名左線】虎列刺(コレラ)及【病名左線】窒扶斯(チブス)病は飲水(のみみづ)より誘(ひざな)ひ發(はつす)るものにして他
の患害(やまひ)は毫(すこし)も之に関係(かゝは)らさるものとせり偖(さて)【病名左線】虎列刺(コレラ)及
【病名左線】窒扶斯(チブス)病の飲水に関係(かゝは)ることは今/姑(しばら)く之を措(お)き先(まつ)水の
種類(しゆるい)及其/善悪(よしあし)を逐次(しだい)に説明(ときあか)すべし
第一章
水の種類
水は【左線】酸素(サンソ)と云へる気体(もの)と【左線】水素(スイソ)と云へる気体(もの)と抱合(くみあい)て
【左】
液(しる)の體(かたち)となれる者なれ共其/二(ふたつ)の気体(もの)は只水を造成(つく)る
主(など)にして多少(たせう)他の物(もの)を含(ふく)み自(おのづか)ら純粋(じゆんすい)なる者は稀(まれ)なり
世に天水(あまみづ)は純粋(じゆんすい)なる者と稱(ものな)れと顕微鏡(けんびきやう、ムシメガネ)又は藥(くすり)にて之
を試(ため)せば其内に種々(いろ〳〵)の混合物(まざりもの)を見る況(まし)て天より降(くだ)り
て土地(とち)に滲洑(しみこみ)其水の流(なが)れて河(かは)となり或は湧(わい)て種々(いろ〳〵)
他の物の質(しつ)を含(ふく)むこと多からん故に水の種類(しゆるい)異(こと)なり従(しがふ)
て其/性質(せいしつ)且/味(あじは)ひ等も差(たがへ)り夫に付飲水となる者あり又
ならざる者あり且又/良(よき)水の内に良(よき)水あり悪(あしき)水の内に
又悪(あしき)水あり皆(みな)悉(こと〴〵)く含有物(ふくむもの)の性質(せいしつ)と分量(ぶんりやう)とに因(よ)つて別(わか)
【右】
ちあり左に記(き)したるは英国に於て飲水になるべき者
の度(ど)に従(したがう)て順次(しだい)をつけたる者なり
第一《割書:健康|學上》}善良{第一泉水、第二深穿井水(ほりぬきゐど)第三㵎水}味最良
第二《割書:健康|學上》}嫌疑《割書:第四雨水|第五畦水》} 味適良
第三《割書:健康|學上》}危嶮{《割書:第六河水《割書:溝渠と通|するもの》|第七浅穿井水《割書:即ち|地水》》}味良
[第一]善良(ぜんりやう)水は新(あらた)に吸(くみ)たる后(のち)四五日間も其儘(まゝ)に置(おく)とも
【左】
決(けつ)して下等(かとう)の生物(いきもの)を看(み)ることなく若し数(すう)日を経過(すぎ)て漸(し)
次(だい)に僅微(すこし)の沈澱(おとみ)生(せう)じ第二圖の如き水/藻(くさ)の者ある
も飲料とならざることなし然し其等は善良の水とは謂(いひ)
難し
[第二]嫌疑(嫌疑)水は腐敗(くされ)たる物の成績(あつまり)て水中に第三圖の如
き水/茸形(たかやう)のものと第四圖の如き滴蟲(うじむし)の如き者を含(ふく)む
其他/樹葉稿(このはくづ)又は絨毛(けくつ)等の雑物(まざりもの)を見る
[雨水]雨水は清冽(きよらかなる)と認(いたゝ)むるなれ共其天より降(くだ)れる際(とき)
前件(ぜんけん)に説明(ときあか)せし他に空中(くちう)の【左線】酸(サン)、【左線】炭(タン)、【左線】窒(チツ)の三/元素(げんそ)及ひ【左線】安(アン)
母尼亜(モニア)、【左線】硝酸(セウサン)、【左線】亜硝酸(アセウサン)の氣(き)を含(ふさ)むのみにして著(いちゞる)しき鹽(あん、しほ)
【右】
類(るい、け)を含(ふく)まされは其/味(あぢは)ひ淡(たん)を失(うしな)ひて常用(つうよう)の飲水(のみみづ)にな
り難(がた)く如何(いかん)なれば鹽味(えんみ)無き水を服用(ふくようい)すれば【病名左線】胃粘膜(ヰネンマク)
より吸収(すいいる)ること遅(おぞ)くして之が為(た)めに胃部(ゐぶ)の害(がい)あり又
海岸(かいがん)の近傍(きんぺん)或は廣濶(くわうくわつ、ひろい)なる海面(かひめん)を通過(つうくわ、とほり)して来(きた)れる雨
は必(かなら)ず【左線】食鹽(しよくえん)、硫酸曹達(りうさんさうた)《割書:芒|硝》の鹽(えん)を含(ふく)むと雖/従(したがつ)て【左線】有機物(ユウキブツ)
の多量(たりやう)なるを以て飲用(ひんよう)し難(がた)し又/人家(じんか)稠密(ちようみつ、みつ)なる市街(しがい)
の雨水は屋上(おくじよう)に附屬(ふぞく、つく)する塵埃(ちり)及び烟煤(すゝ、かほり)を雑(まじへ)るを以
て初降(しよがう、はじめ)瞬間(しゆんかん、しばらく)の者は汚穢溷濁(よごれにご)りて且/臭気(しうき、かほり)あり故に是(これ)
等(ら)の水は害(がひ)ある者とす
抑(そも〳〵)雨水は清潔(せいけつ)なる時(とき)僅(わづか)に飲用(いんよう)し得(る)可しと雖/決(けつ)して
【左】
之を以て前章(ぜんしよう)に説(とけ)る如く善良(ぜんりやう)なる飲水となし難(がた)し
雪水亦然り若し天水を飲(のま)んと欲(ほつ)せば少しく【左線】加里(かり)を
加(くは)ふれば飲料(いんりやう)となる可し
[第三]危嶮(きけん)水は飲料(いんりやう)に成難(なりがた)き者とす若(も)し之を顕微鏡(けんびきやう)に
て験(ため)すれば第五圖の如き者を見る其物/悉(こと〳〵)く死(し)する時
は其水/溷濁(にご)る然し【左線】亜酸化鐵(アサンクワテツ)を含(ふく)む溷濁(にごり)と彷彿(さすに)たる者
なれば外見(ぐわいけん)のみを以て看認(みしたゝ)む可からず最(もつとも)【左線】亜酸化鉄(アサンクワテツ)を
含(ふく)みし水は之を濾過(こ)せば飲料(のみりよう)となる
[河水]河水は危嶮(きけん、あやうき)なる者と雖其/河浅(かはあさ)しくして其/流(なが)れ急(きう)
なるものなれば飲料(のみりよう)として害(がい)なし然(しか)れ共久しく市(し)
【右】
街(がい)を流通(つう)じ且其/流(なが)れ穏(をだや)かなる者なれば其/下流(かはしも)に於
て大に不潔(ふけつ)となり又/多量(たぶん)の【左線】有機(いうき)【左線】無機(むき)の両質(りやうしつ)を含(ふく)め
るは大に害(がい)あり又/海(うみ)に近(ちか)き河水は潮波(うしを)の逆流(さかのぼり)て海
水の成分(せいぶん)を含(ふく)めるを以て飲用(いんよう)になり難(がた)く又/瀑雨(にわかあめ)或
は洪水後(おほみつご)にて其水の色/恰(あたかも)味噌汁(みそしる)の如く染(そ)むる時は
【左線】有機物(いうきぶつ)其他/諸雑物(いろ〳〵のもの)を含(ふく)む故
決(けつ)して飲m可からず
総(すべ)て先一/般(はん)の河水は飲料(いんりやう)にならさる者と看做(みな)して
よし然(しか)し之を飲まざるを得(ゑ)ぬ時(とき)は含有物(ふくむもの)の著(いちじる)しく
無(な)き者を撰(ゑら)み水濾法(みづこしはふ)によつて濾過(こす)せば僅(わづか)に其用に
供(けう)するに足(た)る
【左】
[井水]井水は粗(ほゞ)泉水に同しと雖/土質(としつ)を含(ふく)むこと多(おふ)けれ
ば泉水の如く佳良(よき)水と稱(とな)へ難(かた)し然(しか)れ共死水に比(ひ)す
れば僅少(すこ)しく良なり故に其/含(ふく)む所の物質(もの)或は量(かさ)に
よつて飲料(のみりよう)となる然し底(そこ)の汚泥(きなきどと)なる井水は其水に
【左線】炭酸加爾基(タンサンカルキ)、【左線】鹽酸曹達(エンサンサウダ)、【左線】鹽酸加爾基(エンサンカルキ)、【左線】硝酸加爾基(セウサンカルキ)、【左線】硫酸加爾里(リウサンカルリ)、等を含(ふく)みて其/性剛(せいつよ)くして豆(まめ)、肉(にく)、類(るい)を煮(に)又煎茶(せんちや)等の
用になし難し殊(こと)に【左線】有機物(いうきぶつ)を含(ふく)める水は必(かなら)ず臭気(しうき)を
帯(お)び顕微鏡(けんびきやう)或は肉眼(にくがん)を以て歴然(はつきり)其水中に第六圖の
如き生活體(せいくわつたい)を看認(みしたゝ)偖(さて)又/前章(ぜんしよう)に云(い)へる如く都會(とくわい)の
人家(にんか)稠密(つみ)たる所の井は多く厠圊(かわや)、糞壺(こへつぼ)、溝渠(みぞ)、又は塵芥(ちりすて)
【右】
場(ば)の接近(ちかく)にあるものにて斯(かく)の如き場所(ばしよ)の井水は概(おほむね)
糞(ふん)、尿(いばり)及ひ食物(しよくもつ)の腐敗(くされ)る者等の異物(あやしきもの)を混(こん)ずれば能々(よく〳〵)
験水法(けんすいほう、みづをためす)によつて畧(ほゞ)其水の含有物(ふくむもの)を発顕(あらは)し若し【左線】安母(アンモ)
尼亞(ニア)及【左線】有機質(イウキシツ)を多量(たりやう)含(ふく)む者は絶(たへ)て之を飲用すべか
らず假令(たとへ)其/質(しつ)僅少(わづか)或は只/痕跡(あと)を留(とゞ)むる者たりとも
一/度(ど)煎沸(せんふつ、にる)せしむるか或は濾過(ろくわ、こす)するに非(あら)ざれば飲用(いんよう)
す可からず
人工(じんこう)にて鑿(ほ)りたる井水のみならず泉(いづみ)の源(みなもと)より湧出(わきいづ)
るものも水道(すいどう)を通(とほ)り過(すぐ)る時/厠(かわや)、溝(み)、等にて變惡(わるくな)るは前
と同し
【左】
[海水]海水は【左線】挌魯兒曹胃母(コロールソヂユム)、《割書:食(し)|鹽(ほ)》【左線】硫酸曹達(リウサンサウダ)、【左線】硫酸苦(リウサング)
土(ド)、等を含(ふく)みて其/味(あじ)苦鹹(くがん)なるを以て飲用(いんよう)に成(な)り難(が)し然(しか)
れ共/混合物(まざりもの)の量(かさ)に依(より)て鹹味(からみ)深(ふか)しと雖/邪悪(じやあく、あしく)ならずして
新吸(くみたて)の水に食鹽(しほ)を和(くわ)したるが如きは飲用(のみよう)となし得(う)可
し最海水は適量(よきほど)飲んで身(み)に害(がい)あること更(さら)になし
総(すべ)て鹽類(ゑんるい)を含(ふく)める水は夥多(おびたゞし)く【左線】有機質(イウキシツ)を含(ふく)める水に
比較(ひかう、くらぶ)すれば其/害(がい)少(すくな)し何(な)んとなれば斯(か)く食鹽(しほ)を含む
水は疾病(やまひ)を發(はつ)すること無く且少しく連用(つゞきもちゆ)れば習慣(なれ)て
害(がい)なきに至(いた)る
[溜水]溜(りう)水は死水と稱(とな)へて池(いけ)、沼(ぬま)、澤(さは)、等(とう)の溜(たま)り水なり是(これ)等(ら)
【右】
は死活(しくわつ、いきる)の【左線】有機(イウキ)、【左線】無機(ムキ)両質(りやうしつ)を含(ふく)む事多く且暖気(だんき)なる時は
【左線】有機物(イウキブツ)の腐敗(くさ)れる故/種々(いろ〳〵)の惡(あし)き臭(かざ)を發(はつ)して大んい害(がい)を
為(な)す若し誤(あやま)つて之を飲(の)めば肺(はい)及/肝(かん)に疾患(やまひ)を生(せつ)じ甚(はなはだ)し
きに至(いた)りては肝(かん)に一/種(しゆ)の寄生蟲(やどりむし)を生(せう)ぜしむ
[高軟水]硬(こう)水は主(しゆ、おも)として【左線】石灰鹽(セキクワイエン)《割書:【左線】石灰鹽類、殊に【左線】炭酸石灰及|び遊離の【左線】炭酸を含有す》
を含(ふく)む軟(なん)水は【左線】炭酸亞兒加里鹽(タンサンアルkアリエン)を含(ふく)む今之を容易(たやす)く知
らんには石鹼(せきけん、しやぼん)《割書:亞兒加里|製の石鹼》を溶解(とか)して著(いちじる)しく之を知る硬(こう)
水は石鹼(せきけん)融(と)け難(がた)く軟(なん)水は石鹼(せきけん)融(と)け容(やす)し
総(すべ)て軟水(なんすい)は諸般(しよはん)の工業用(かうぎうよう)又は物を洗(あら)ふに賞用(しやうよう)すれ
共其水中に腐敗物(くされもの)を含(ふく)めるが故に飲/料(りやう)にして害(がい)あ
【左】
り硬(こう)水は其/腐敗物(くされもの)を沈底(しづ)め又此水中に含(ふく)む物は頗(すこぶる)
人身(じんしん)に助(たすけ)となれる者あり其/所以(ゆゑん)は今/硬(ごう)水に含(ふく)める
【左線】剥多亞斯(ポツタース)、【左線】石灰(セツクワイ)、【左線】曹達(サウダ)、【左線】苦土(クト)、【左線】鐵(テツ)、及ひ【左線】酸素(サンソ)と抱合(はうがふ、あひ)したる【左線】硫(イ)
黄(ワウ)、【左線】炭酸(タンサン)、挌魯林(コローリン)等は各人(かくじん、ひと〳〵)需用(じゆよう、いりやう)の物質(もの)を多少(たせう)之よ
り補(おぎな)ふか故なり然れ共古き説(せつ)によれば硬(ごう)水を攝生(やうじやう)
に良(よ)からぬ者とし軟(なん)水を飲料(いんれう)となして良(よ)き物とな
せり之/全(まつた)く硬(ごう)水の菜(な)、豆(まめ)を煮(に)て熟(じゆく)しが難(がた)く麪包(パン)を捏(ねり)て
発酵(はつかう)し難(がた)く醇酒(よきさけ)を醸(かむ)す能(あた)わず飲んで消化(こな)れ難(がた)きが
故若し胃部(しよくぶくろ)に在りても斯(この)作用(はたらき)を為(な)すならんとして
健康上(けんこうじやう)に有害(いうがひ)なる者とはなせり最(もつと)も滋養(じやう)なる物と
【右】
ても其/分量(ぶんりやう)多ければ害(がい)あり又/消化(こなれ)の力(力)速(すみやか)になる者
も健康(けんこう)に害(がい)ある者あり假令(たとえ)は河(かわ)、池(いけ)、沼(ぬま)は軟(なん)水にして
其/力(ちから)あるも前説(ぜんせつ)の如く腐敗物(くされもの)を多量(たぶん)含(ふく)めるを以て
健康上(けんこうじやう)に大害(たいがい)あり又/雨水(うすい)《割書:軟|水》は清冽(きよらか)なれ共/淡薄(たんはく)に失(しつ)
するを以て鹽類(えんるい、しほけ)を附加(ふか)するに非(あら)ざれば飲料(いんれう)に供(けう)す
ること能(あた)はず是に因(よつ)て之れを見れば先/常用(つね〳〵)の飲水は
硬(ごう)水に害(がい)少(すくな)くして軟水(なんすい)に害(がい)多(をほ)し最(もつとも)硬(ごう)水の書物(しよぶつ)を溶(よう、と)
解(かい、かす)せしむる力(ちから)薄(うす)きは全(まつた)く土質分(どしつぶん)の混合(こんがう)少(すく)なきが故
なり若し其等(それら)の用に供(けう)せんと欲(ほつ)せば適量(よきほど)【左線】曹達(サウダ)を加(くわ)
ふれば其/用(よう)に足(た)る従(したが)つて其/味(あじ)も佳(か)なる者となる
【左】
第二章
含有物(がんいうぶつ)
人の常(つね)に飲料(いんれう)となせる水は多(おほ)く泉(せん)、井(せい)、河(か)の水を用ゆ其
三水に含(ふく)む物の表(ひよう)を左に掲(あ)ぐ
第一鑛基(クワウキ){《割書:剥多亞斯(ポツターアス) 曹達(サワダ) 安母尼亞(アンモニア)|苦土(クド) 酸化鐵(サンクワテツ)》
第二酸類(サンルイ){《割書:硫酸(リウサン) 燐酸(リンサン) 珪酸(ケイサン) 炭酸(タンサン)|亞硝酸(アセイサン) 挌魯林(コローリン)》
第三有機物(イウキブツ)
第四水中に游離(いうり)する物[粘土]
【右】
其他/井(せい)、泉(せん)、河(か)、の起源(おこり)及ひ其/造搆(ぞうこう、つくりかなへる)の物質(ぶつしつ)により水中の含(がん)
有物(いうぶつ)を分析(ぶんせき)すれば多く諸物(しよぶつ)を認(したゝ)め看(み)らる既(すで)に【左線】沃鎭(よぢん)の
如きは水中に含(ふく)むこと化学的(くわがくてき、くすりでみつ)にて調査(しらべ)らるゝと雖此等
は百磅(ぽんど)《割書:一磅が百|二十目餘》以上の水を分析(ぶんせき、わける)するに非(あら)ざれば之
検査(けんさ、しらべる)するに苦(くる)しむ是/全(まつた)く水中に含(ふく)むこと微小(すくなき)が故なり
假令害(たとひがい)ある者とも其/分量(ぶんりやう)の極少微(ごくせいび、すなき)なる時は人身(じんしん)上に
障害(さまたげ)あることなきもの故茲(こゝ)に説(と)かず今左に記(き)る所の者
は右/含(ふく)む物の如何なる(いか)なる性能(せいなう)あるかの大約(おほよそ)を説明(ときあか)す者
なり
第三章
【左】
[剥多亞斯] 【左線】剥多亞斯(ボツタース)は灰(はい)に含(ふく)む鹽(しほ)の如きものにてよく
水に溶化(ようくわ、とけ)す世上に云う所のあく水は此ものゝ水に解(とけ)
て混(まじ)るな人體(じんたい)の中に在りては血液(ち)、乳(ちゝ)、汁、尿(いばり)の如きも
のに混(まじ)り【左線】剥多亞斯(ボツタース)鹽(えん)を存在(そんざい)する者とす若し水中に含(ふく)
みたるも多量(たりやう)ならざれば飲んで健康(けんこう)上に害(がい)あることな
し
[曹達] 【左線】曹達(サウダ)は鹽(しほ)の原(もと)にして胃(ゐ)を清涼(すゞやか)にする性(せい)をもち殊(こと)
に留飲(いうひん)、食滞(しよくたい)等を治(じ)する効(かう)あれば譬(たと)ひ水中に多量(たりやう)の【左線】曹(サウ)
達(ダ)を含(ふく)むとも一/切害(せつがい)あること無し尚(なほ)善良(ぜんりやう)の飲水(のみみづ)となす
【右】
偖(さて)水は数年間(いくねんかん)飲用(いんよう)にする共【左線】有機物(いうきぶつ)の多量(たりやう)を含(ふく)むに
非(あら)ざれば健康上(けんこうじやう)にあること更(らさ)になし
[安母尼亞] 【左線】安母尼亞(アンモニア)は激烈(はげ)しき臭(かざ)を有(いう)する無色(むしよく、いろなき)の揮發(きはつ、のぼる)
し易(やす)き瓦斯(ガス)なり若し水中に多量(たりやう)含有(がんいう)せることあれば之
を飲(の)むべからず総(すべ)て【左線】安母尼亞(アンモニア)の多く含(ふく)む水は糞壺(こへつぼ)、腐(くさ)
敗(れ)たる土(つち)多き地質(ちしつ)、滴虫(てきちう、ちいさきむし)多き地質(ちしつ)等より來(きた)れる者多け
れは多分(たぶん)【左線】有機質(イウキシツ)を含(ふく)めり故に惡(あし)きものとす然し尿様(いばりやう)
即ち不快(ふくわい、こゝろよからぬ)の臭気(しうき、にほひ)を附與(ふよ)すと雖其水【左線】有機質(イウキシツ)の含(ふく)むこと少(すく)
なき時は假令(たとひ)其/多量(たりやう)なるも決(けつ)して健康上(けんこうじやう)に無害(むがひ)なり
[石灰] 【左線】石灰(セキクワイ)は小兒(せうに)の【左線】膓(ちよう)、【左線】胃(ゐ)中に酸(す)き液(しる)を醸(かも)し嘔吐(あげ)下利(くだし)を
【左】
發(はつ)する者を止(とゞ)めるの効(こう)あれども此のみ用ゆることは稀(まれ)
なり故に水中に小量(せうりやう)含(ふく)む時は健康上(けんこうじやう)に害(がい)あることなし
然し【左線】硫酸石灰(リウサンセキクワイ)を多く含(ふく)む水は【左線】膓加答兇(チヨウカタル)《割書:所謂|痢病》様(やう)の疾病(やまひ)
を誘(さそ)ひ尚永(なほなが)く之を用(もち)ゆれば総(すべ)ての消化器(せいくわき、ものをこなすきかい)を害(がい)するに
至(いた)る可し
[苦土] 苦土(クド)は【左線】广倔揑失亞(マクネシア)と稱(とな)へ土質(どしつ、つきやうな)のものにして曹達(サーダ)
と大同小異(たいどうせうゐ)のものなれども水中に大/量(りやう)含(ふく)む時は大に
健康上(けんかう)上に害(がい)あり
[酸化鐵] 【左線】酸化鐵(サンカテツ)は少量(せうりやう)なれば血(ち)を富(とま)すの性(せう)あれとも多(た)
量(りやう)なるときは胃(ゐ)に妨碍(さまたげ)を起(おこ)す故に水中/多量(たりやう)含有(がんいう)する
【右】
時は頗(すこぶ)る健康上(けんこうじやう)に害(がい)あり
[硫酸] 【左線】硫酸(リウサン)は食気(しよくき)を進(すゝ)める功(こう)ある者にして若し水中に
含(ふく)むとも害(がい)なし然(しか)し多量(たりやう)に含(ふく)む水(みづ)は胃(ゐ)の妨害(さまたげ)を生(せう)じ
且つ腹痛(ふくつう)を發(はつ)せいむることあり【左線】硫酸(リウサン)を多く含(ふく)む水は必(かなら)
す【左線】加爾基(カルキ)《割書:石|灰》の存在(そんざい)多きが故に不健康(ふけんこう)の者とす
[燐酸] 【左線】燐酸(リンサン)は諸酸(しよさん)に比較(ひかう、くらぶ)すれば其/力(ちから)弱(よは)きが故假令(たとひ)水中
に含(ふく)むこと多量(たりやう)なりと雖/健康(けんこう)に害(がい)あること少(すくな)し斯くの如
き水は一/度(ど)蒸發(じようはつ)せしめて以て飲用に適(かな)はさることを定
む最(もつと)も此/酸(サン)は飲用の水中に於ては常に微少(すこし)の痕跡(あと)を
存(のこ)すのみにして多量(たりやう)なる者少なし
【左】
[珪酸] 【左線】珪酸(ケイサン)は地上に在り又/鑛泉(くわうせん)中にて【左線】酸化珪素(サンカケイソ)とて天(てん、し)然(ぜん、せん)溶解(ようかい、とけ)し殊(こと)に温泉(おんせん)中には頗(すこぶ)る多く今(いま)常用(じやうやう)の水中に於
ては全(まつた)く無(な)きか或(あるひ)は極(ご)く微少(びせう)なる故に其/効用(かうよう)は記(しる)さ
す
[炭酸] 【左線】炭酸(タンサン)を含(ふく)める鑛泉(くわうせん)は薬用(やくよう)に供(けう)することあれども飲(いん)
用(よう)に緊要(いんおう)と為(なさ)ざる故其/効用(こうよう)は略(りやく)す
[亞硝酸] 【左線】亞硝酸(アセウサン)の少量(せうりやう)は食機(しよくき)を進(すゝ)め消化不良(せいくわふりよう、こなれよからぬ)の諸疾(しよしつ、やまひ)に
之れを薬用(やくよう)となすことあれと若し水中に含(ふく)む時は假令(たとひ)
其/痕跡(こんせき)と雖/飲(の)んて害(がい)あり其/所以(ゆえん)は【左線】安母尼亞(アンモニア)と同く此
【左線】亞硝酸(アセウサン)を多量(たりやう)含(ふく)む水は必(かならず)汚穢(よごれ)たる地層(しと)を通(とほ)りたるか
【右】
腐敗(くされ)たる【左線】有機物(いうきぶつ)の存(そん)する所に由(よ)るか故なり
[挌魯林] 【左線】挌魯林(コローリン)の抱合物(はうがふぶつ)は動物(どうぶつ)體中(たいちう)に於て須要(いりやう)の成分(せいぶん)
たり殊(こと)に【左線】挌魯林曹胃母(コロールソジヂユ)《割書:即ち|食鹽》の如きは普(あまね)く常用食物(ぢやうようしよくもつ)中
に存(そん)し其味を調(とゝのふ)るのみならず體(たい)の中に於ても必要(ひつよう)
の者なる故其/含(ふく)むもの愈々多(いよ〳〵おほ)き時は尿(いばりの)中に排泄(もれ)ること愈々(いよ〳〵)
多きを常(つね)とす因(よつ)て水中に含(ふく)むとも健康(けんこう)に害(がい)あることな
し
[有機物] 【左線】有機物(いうきぶつ)は植物(しよくぶつ)動物(どうぶつ)にして若(もし)水中にある時は其
身(み)か枯(か)れ死(し)するとも種ありて生々(いき〳〵)相続(あいつぎ)永世(いつまで)も絶(たへ)ざる
者なり故に之を多量(たりやう)含(ふく)む水は【左線】膓窒扶斯(チヨウチフス)《割書:傷|寒》等の疾患(やまひ)に
【左】
罹(かゝ)ること有(あ)る可(べ)し然(しか)れ共一般(ぱん)飲水中(のみみづのうち)に溶解(とけ)たる【左線】有機物(いうきぶつ)
を少(すこ)しくも含(ふく)まざる者は幾稀(ほとんどまれ)にして全(まつた)く無色(むしよく)の清水(せいすい)
とても【左線】有機物(いうきぶつ)の痕跡(あと)を留(とゞ)む故に第四章の験水法(けんすいはう)に従(したが)
ひて其/量(りやう)微少(びせう、ごくすくなき)なる者を飲料(いんれう)となし其多きは第六章に
説(とけ)る如く【左線】過滿俺酸加里(クワマンガンサンカリ)の溶(と)き液(しる)を加(くわ)へて色(いろ)の退(しりぞ)かざ
る者は飲用(いんよう)となし其/夥多(きわた、おほき)なるは廃棄(はいき、すつる)す可し
曾(かつ)て獨乙國(ドイツコク)ニ一箇井水(ひとつのせゐすい)あり其水の存在(そんざい、ある)せる地質(とち)は
植物(うへもの)の朽(くさ)れたる地層(ちそ)より成(な)れむ者にして其水の中
に【左線】有機物(いうきぶつ)を含(ふく)むことは大約(およそ)そ水一万分中に百二十三
分其/物質(ぶつしつ)を含(ふく)めり而(しか)して其水を数年來(すうねんらい)六十人餘(あま)り
【右】
のものが飲(の)みて何等(なにら)の障(さわ)りもなく健康(けんこう)に年月(としつき)を送(おく)
りしが或年(あるとし)【左線】虎列刺(コレラ)病(びやう)の流行(りうかう)せる時(とき)ありて其水を飲(の)
める者は多(おほ)く其/病(やまひ)に罹(かゝ)れり然(しか)るに又「ペルリン」と稱(とな)
へる處に水道(すいどう)ありて其水を飲(の)める近隣(きんべん)の人民(ひと〴〵)と其の
【左線】有機物(いうきぶつ)を含(ふく)める井水を飲(の)む者とに就(つい)て【左線】虎列刺病(コレラびやう)の
感染(うつ)りたる患者(びやうにん)を比較(くらぶ)るに果(はた)して其/井(せい)水を飲(の)みし
人民(ひと〴〵)に於て其/員数(いとかづ)多かりしとぞ我/邦(くに)
日本に於ても東京(とうけい)は水道の水を飲(の)大坂は河(かは)水と
井水を飲(の)む偖(さて)前年(ぜんねん)【左線】虎列刺(コレラ)流行(りうこう)せる時大坂の人民(ひと〴〵)と
東京の人民と其病に罹(かゝ)りし患者(びやうにん)を較(くら)ぶれば仍(やはり)河井(かせい)
【左】
の水を飲める坂府の人民を以て其/算(さん)を増(ま)す其/所以(ゆへん)
は該(がい)人民の常に飲用となせる河水は其/上流(かはかみ)に於て
糞(ふん)尿(いばり)及/食物(しよくもつ)の腐(くさ)れたる異物等(ゐぶつとう)を流(なが)せるゆへ【左線】有機物(いうきぶつ)
を多量(たりやう)含(ふくみ)しこと瞭然(れうぜん、あきらか)たり又井水を常用(じやうやう)とせる者ある
も人戸(じんこ)稠密(ちようみつ)たる地なる故其井所多くは厠(かわや)、溝(みぞ)の近傍(そば)
にあり因(よつ)て前(まへ)に説明(ときあか)したる如く【左線】有機物(いうきぶつ)を多量(たりやう)含(ふく)め
り曾(かつ)て予(よ)が坂府西区に寓居(ぐうきよ)せる時其/近傍(きんぺん)に井を穿(ほ)
る者ありて凡数十尺にして土中(どちう)より蘆(あし)の枯(か)れたる
もの或は木の朽(くさ)れたる者を見る是に依て之を考(かんがふ)る
に該(がい)地方(ちほう)の地/層(そ)は獨乙國(ドイツコク)の地/質(しつ)と同じき者にして
【右】
植物(しよくぶつ)の朽(くさ)れたるより造生(ぞうせい)する者/多(おほ)きか故/該(がい)井水は
多(おほ)く【左線】有機物(いうきぶつ)を含(ふく)むこと必(ひつ)せり茲(こゝを)以て患者の多かりし
ならん之に因(よつ)て総論(さうろん)に述(のべ)たる如く【左線】有機物(いうきぶつ)を混有(こんいう)せ
る水は假令(たとひ)平素(へいそ)は倖(さいはひ)に患害(うれひ)を見ること無きも一回(たび)【左線】傅(でん)
染病(せんびやう)流行(りうかう)するときは忽(たちま)ち之が媒(なかだち)をなして非常(ひじやう)の惨(さん)
毒(どく)を社会(ひと〴〵)に流布(うつ)せるに至(いた)る可(べ)き者なれば能々(よく〳〵)【左線】有機(いうき)
物(ぶつ)を含(ふく)める有無(うむ)を次章の験水法にて注意す可(べ)し
第四章
験水法
飲水の善悪(ぜんあく)又は適否(てきひ)を定むるは最(もつとも)緊要(きんゑう、かんじん)なるののと雖(いへども)
【左】
之れを精密(こまやか)に知ることの法(はふ)は甚(はなはだ)むづかしきものとす今
其/大概(あらまし)をいはんに先水を真(しん)に分析(ぶんせき、わける)せんには湧出水(いうしつすい、わきいづるみづ)に
就(つい)ては井泉なるや止(し)泉なるや流(りう)泉なるや水道なるや
又河水に就(つい)ては其流れの触(ふる)る場所(ばしよ)の性質(せいしつ)及潴溜(ちよりう、みづたまり)場或
は製造場(せいざうば)其居住或は製造(せいざう)場の近部(きんぶ)の上下を視察(しさつ)し又
井水に就ては潴溜場(ちよりうば)或は工業場(こうげうば)の位置(いち)及び其/製造(せいざう)場
に於て何業(なにげう)を経営(いとなみ)するや此/建築場(けんちくば、ふしんば)と潴溜(ちよりう)水の中間(あひだ)に
隔(へだ)たる地質(ちしつ)は砂石(すな)なるか粘土(ねばつち)なるか其/位置(ところ)は高(たか)きや
低(ひく)きやの状態(ありさま)を察(さつ)し其他/驟雨(にはかあめ)の形状(ありさま)霖雨後(ながあめご)の形状又
は風雨(ふうう)の為(た)め起(おこ)る所の水の位置(いち)及/湿気(しつき)の時候(じこう)又は久
【右】
しく或は瞬間(しばらく)前(まへ)に汲取(くみとり)し所の水の臭味(くさみ)等を悉(こと〴〵)く極(きあ)め
ざるを得(え)ず斯(か)くの如く精微(せいび)なる試法(みはる)或は深奥(ふか〳〵)しき埋(り)
を究(きはむ)ることは常人(たゞひと)に在(あ)りては之れを要(えう)するに足(た)らず只
飲水(のみみづ)の健康上(けんかうじやう)に適不適(てきふてき)を判断(はんだん)するを以(もつ)て足(た)れりとす
故に此/編(へん)は水の成分(せいぶん)を辨識(べんしき)し得(う)べき試法(しはう)を挙(あ)げ成分(せいぶん)
の多少(たせう)を比例(ひれい)するが如きは畧(りやく)す其/含有物(かんいうぶつ)の量(かさ)を
定(さだ)むることは此/試験法(しけんほう)に就(つい)ては緊要(きんえう)なるもの故其要な
る者は一二の法方を説(と)き餘(よ)は人體(じんたい)に障(さわ)り無き定量表(ていりやうひよう)
を記(き)すれば其/表(ひよう)によつて健康上(けんかうじやう)に有害無害(いがいむがい)を考察(かうさつ)す
べし夫(そ)れとても撿硬器(ハロメートル)といへる器械(きかい)なくしては精(くは)し
【左】
きことは分(わか)ち難(がた)きなれども只其/大約(おほよそ)を知(し)るのみ
飲水の善悪を常人に易く試験し得へき法
飲(のみ)水にして最良(もつともよき)ものは無色透明(みしよくとうめい、すきとほる)にして久しく置(お)く共
色を變(へん)ずることなく亦/何(なに)たる臭(くさ)みもなくして快活(さわやか)なる
味(あじ)をもち決(けつ)して異(こと)なる味あることなし空気(くうき)《割書:殊に炭|酸気》を
含(ふく)むものにして少(すこ)しく水疱(あは)を發(はつ)し其/他(た)夏時(なつ)には其水
寒冷(ひやゝか)にして冬時(ふゆ)には其水/温暖(あたゝか)なるものを良(よ)しとす
三四合の水を取(と)り硝子壜(がらすびん)に入れ凡(およ)そ五六分/時間(じかん)之れ
を煎沸(わか)して后(のち)火(ひ)を去(さ)り視(み)るに其色/濁(にご)りて壜(びん)の底(そこ)の光(つ)
沢(や)を失(うしな)ふものは其水中に【左線】炭酸石灰(タンサンセキクワイ)の多量(たりやう)を含(ふく)みし徴(しる)
【右】
し故/斯(かく)の如き水は善良(ぜんりやう)の飲水に非(あら)ず
天然(てんぜん)【左線】有機物(イウキブツ)を含(ふく)む水は微少(すこ)しく褐色(ちやいろ)を帯(おふ)るものなれ
ば無色(むしよく)の玻璃瓶(がらすびん)に入れて容易(たやす)く知り得(う)へし但し透明(とうめい、すきとほり)
の水と雖/屡(しば〳〵)【左線】有機物(イウキブツ)を含(ふく)むことあり斯(かく)の如き水は【左線】過滿俺(クワマンカン)
酸加里(サンカリ)と云へる者の溶液(ときしる)を少(すこ)しく加(くわ)ふれは必(かなら)ず茶褐(ちやかつ)
色(しよく)を露(あらは)す其/他(た)【左線】有機物(イウキブツ)を含(ふく)める者は必(かなら)す一/種(しゆ)の臭味(くさみ)あ
るを以(もつ)て之を辨明(べんめい)すべし
約(おほよ)そ一合の水に【左線】単寧酸(タンニーサン)の溶(と)き液(しる)四匁《割書:単寧酸一分と四|分の餾水と一分》
《割書:の酒精とに溶解せし者に|して固より透明なりとす》を注(そゝ)ぎ約(おほよ)そ五/時間(じかん)を経(へ)て濁(にご)
らざる時は其水は善良(ぜんりやう)の者たるべし然(しか)れども若(も)し其
【左】
五分時間或は一時間の中に濁(にご)れるものは健康(けんこう)上に於
て害(がい)あることは言を竢(ま)たざれ共或は二時間を経(へ)て濁(にご)れ
る者の如きも亦/飲用(いんよう)に供(けう)するに足(た)らず
此/他(た)色の清(きよ)らかなるものと又/濁(にご)りたるものとにて知
り又は臭(くさ)みと味(あじ)とにて含(ふく)む者を試(ため)す法
[第一]水/濁(にご)にて黒(くろ)き色なるものは粘土様(ねばつちやう)或は泥土状成(どろつちやう)
の其中に混在(まじ)るを想像(さうぞう)す
[第二]水/色(いろ)黄(き)及褐色(ちやいろ)を認(したゝむ)るは【左線】有機物(イウキブツ)の着(いちゝる)しき含有(がんゆう)或
は【左線】鐵(テツ)、鹽(エン)類(るい)の存在(そんざい)より起(おこ)れるものとす最(もつとも)【左線】有機物(イウキブツ)を含(ふく)め
る水は其/色(いろ)によつて證(せう)す若(も)し其/含(ふく)むこと多量(たりやう)なる時は
【右】
必(かなら)す茶褐色(ちやいろ)を露(あらは)す其/他(た)一/種(しゆ)の臭味(しうみ)あるを以(もつ)て又/辨(べん)す
へし
[第三]不佳(ふか)の臭気(しうき)ある水は【左線】硫化水素(リウクハスイソ)[即ち【左線】硫酸石灰(リウサンセキクワイ)及【左線】硫(リウ)
酸苦土(サンクド)と腐敗(ふはい)したる【左線】有機物(イウキブツ)の産生物(さんせいぶつ
)なり]或は泥沼(でいせう)の
瓦斯(がす)[即ち【左線】有機物(イウキブツ)腐敗(ふはい)の産生物(さんせいぶつ)なり]の存在(そんざい)なり
[第四]収斂性(しうれんせい)の味(あじ)は【左線】酸化鐵(サンカテツ)と知(し)る可し
[第五]苦(にが)き味(あじ)は【左線】苦土(クド)と【左線】鹽(エン)類(るい)の (含(ふく)みたるなり
[第六]鹹味(かんみ、からき)は【左線】食鹽(しよくえん)或は【左線】鹽化加爾叟母(エンクワカルシユム)たるべし
[第七]土様(どやう)の味(あじ)は【左線】亞兒加里(アルカリ)【左線】土(ド)類(るい)【左線】重炭酸鹽(ヂウタンサンエン)類(るい)の存在(そんざい)なり
該(がい)水(すい)は飲用(いんよう)となして健康に害(がい)あることなし前(まへ)に説(と)ける
【左】
水は悉々(こと〴〵)く健康(けんこう)に害(がい)あり殊(こと)に【左線】硫化水素(リウクハスイソ)【左線】沼泥瓦斯(セウデイガス)等の存(そん)
在(ざい)せる水は決(けつ)して飲(の)むべからず
試薬を以て分析する法
此/試法(しほう)は水分(すいぶん)を半(なか)は蒸散(じやうさん、につめ)して之を濾過(ろくわ)して其/残査物(のこりもの)
と濾滴水(こししる)とに試薬(ためしぐすり)を施(ほどこ)して其/性物(せいぶつ)を減察(げんさつ、あらはし)するなり
水を蒸発(じやうはつ、わかす)するに白金皿(はくきんさら)を用(もち)ゆるを良(よし)とすれと平家(へいか)に
在(あつ)ては之に代用(たいよう)するは裏面(うちうら)に光滑(つや)ある陶硅(くすり)を全布(かけ)た
る磁碟(やきものさら)を撰(ゑら)むべし若/内面(うちうら)の糙澁(ざうなう、あらき)なる者は物質(ぶつしつ)多く皿(さらの)
内(うち)に固着(ひつつ)き又/玻璃皿(がらすさら)は固着(ひつつく)ことの害(がい)なしと雖も破れる
ことの憂(うれひ)あり
【右】
今/試(こゝろみ)んと欲(ほつ)する水を前件(ぜんけん)の器(うつは)にて摂(せつ)氏百五十/度(ど)以下
百二十/度(ど)の温度(おんど、ぬくみ)を以て数時間(すうじかん)煎沸(せんふつ)し殆(ほと)んと其/半(はん)
量(りやう)になると候(うかゝ)ひ其/液(しる)を膠質(にかわけ)の無(な)き紙の上(うへ)に傾(かたむ)けて濾(こ)
し其紙上の物を假(か)りに[甲物]となし其紙より滲透(しみとほり)たる
漏水(おりしる)を[乙水]となし左の試験(しけん)を為(な)す可し
甲物は水中に遊離(いうり)する【左線】炭酸(タンサン)の効用(こうのう)にて液中(えきちう)に収留(とゝま)り
たる【左線】炭酸石灰(タンサンセキクワイ)、【左線】炭酸苦土(タンサンクド)、【左線】膽酸化鐵(タンサンクワテツ)、【左線】燐酸(リンサン)時(とき)あつては硫酸(リウサン)
【左線】石灰(セキクワイ)、【左線】粘土(ネンド)等の諸合物(しよがふぶつ)なり
甲物試法
[第一] 【左線】炭酸(タンサン)を試験(しけん)するは甲物(こうぶつ)に稀薄(うすき)【左線】挌魯爾水素(コロールスイソサン)の小(せう)
【左】
量(りやう)を溶(と)き泡醸(あわたゝ)は【左線】炭酸(タンサン)なりと定(さだ)む
遊離(いうり)の【左線】炭酸(タンサン)を含(ふく)める水は少許(すこし)の【左線】石炭(セキタン)水(スイ)を加(くわ)ふれは
溷濁(にごり)を生(せう)す可し
[第二] 【左線】鐵を發顕(あらは)すは甲物(かうぶつ)の溶液(ときしる)に【左線】硫藏剥多亞斯(サルホシニートポツタース)又は【左線】蔵(ヘロシ)
加里鉄剥多亞斯(ニードポタース)を注(そゝ)ぎて【左線】鐵(テツ)を試(こゝろ)む
[第三] 【左線】石灰、【左線】苦土は上/術(じゆつ)に因(よつ)て既(すで)に【左線】鐵(テツ)を試(こゝろ)みたる溶液(ときしる)を
煎(に)て之に【左線】安母尼亞(アンモニア)を加(くわ)へて濾過(こ)し其/濾液(こししる)に又/蓚酸安(シウサンアン)
母尼亞(モニア)を加へて久間(ひさしく)《割書:凡二十|時間》暖(あたゝか)なる所に置(お)き若(も)し白色
の沈降(おり)を發顕(あらは)せは石灰(セキクワイ)なり《割書:【左線】石灰は【左線】炭酸と【左線】硫酸|と存することあり》而して
后此/溶液(ときしる)を濾(こ)し其/濾液(こししる)に再(ふたゝ)ひ【左線】安母尼亞(アンモニア)を混(こん)し又加ふ
【右】
るに些少(すこし)の【左線】燐酸曹達(リンサンソーダ)を以てし此を玻璃罩(がらすかん、ぼう)にて攪(か)き雑(ま)
せ凡十二時間其/儘(まゝ)に安置(あんち、うごかさずおく)し而して其/液(しる)を他器(たき、おかのうつは)に移(うつ)す
時は器(うつは)の側面(ふち)に白色の結晶沈降物(けつしようちんこうぶつ)を看認(みしたゝ)む是則ち【左線】苦
土なり《割書:炭酸|苦土》挌
水二合乃至四合を取り之れに【左線】鹽酸(エンサン)を滴注(そゝぎ)て微酸性(びさんせい)
とし又【左線】珪酸(ケイサン)を試(こゝろみ)んが為(た)め一/時(じ)之を蒸発乾固(じやうはつけんこ、かわかし)せすめ
て其/残留物(ざんりうぶつ)を溶解(とか)し之を濾(こ)して其/濾液(こししる)に【左線】蓚酸安母(シウサンアンモ)
尼亞(ニア)を混(こん)し【左線】石灰(セキクワイ)【左線】土(ど)類(るい)を沈降(ちんかう)せしめ凡十五分間を経(へ)
るの後(のち)其【左線】蓚酸石灰(シウサンセキクワイ)を集取(しうしう)し其/濾液(こししる)に【左線】安母尼亞(アンモニア)の過(くわ)
量(りやう)を注(そゝ)ぎ次(つぎ)に【左線】燐酸安母尼亞(リンサンアンモニア)を加へて【左線】苦土(クド)を沈澱(ちんでん)せ
【左】
しむ
[第四] 【左線】硫酸(リウサン)を試(ため)すは甲液(こうえき)に【左線】挌魯爾抜律母(コロールバリユム)を加へ凡十二
時間/煖(あたゝか)き所(ところ)に安置(あんち、おき)沈降物(ちんこうぶつ)を看査(かんさ、みる)せば是則ち【左線】硫酸(リウサン)な
り若し其/量(りやう)微少(すこしく)なる時は上部(うは)水を少しく別器(べつき)に移(うつ)し
其/残(のこ)りの小/量(りよう)を玻璃瓶(がらすびん)に容(い)れ振揺(しんよう、ふる)せば明了(めいりやう)に看認(かんにん、みしたゝめ)す
るを得(え)る
又法二合乃至四合の水を取り【左線】鹽酸(エンサン)を加へて酸性(さんせい、すいみ)を
なし之を煖(あたゝ)め其/温水中(おんすいちう)に【左線】鹽化重土(エンクワシユウド)を加ふれば沈垽(ちんてい、おりもの)
を生じ(せう)す是/則(すなは)ち【左線】硫酸(リウサン)なり
[第五] 【左線】燐酸(リンサン)を試(ため)すは上/術(じゆつ)に因(よつ)て【左線】硫酸(リウサン)を試(こゝろ)みたる溶液(ときしる)に
【右】
硝酸(セウサン)を加へ蒸発乾固(じやうはつけんこ、かわかし)其/残留物(ざんりうぶつ、のこり)を【左線】硝酸(セウサン)と水にて溶(とか)し
之を濾過(ろくわ、こし)其/濾液(こししる)に【左線】謨里武雷安母尼亞(モリプトアンモニア)又は【左線】醋酸曹達(サクサンサウダ)
及【左線】挌魯爾化鐵(コロールクハテツ)を過注(くわちう)【左線】燐酸(リンサン)を査看(ため)す
乙液試法
[第一] 【左線】硫酸(リウサン)を試(ため)すは乙液(えき)に些少(すこし)の【左線】挌魯兒水素酸(コロールハリウム)の水とを加ふれば酸類(さんるい)に溶解(ようかい)し難(がた)き白色
沈澱(ちんでん、おとおり)を生(せう)す是則ち【左線】硫酸(リウサン)なり
遊離(いうり)【左線】硫酸(リウサン)を試験(しけん)するは諸物(しようぶつ)を炭化(たんくわ、もやす)するの性あるを
以て容易(たやす)に之を試験(しけん)するを得(う)可し則ち百度に於て
乾煇(かんき、かわき)せしむるときは全(まつた)く之を炭化(たんくわ)すること宛(あたか)も炎火(えんくわ)
【左】
に燬(もゆ)るか如く
[第二] 挌魯林(コロリン)を試(ため)すは乙液【左線】硝酸(セウサン)を交(ま)せ之に【左線】硝酸(セウサン)銀(ぎん)を加
へる時は白色の沈澱(ちんでん、おどみ)は溷濁(にごり)を現(あらは)せば【左線】挌魯林(コローリン)を表(へう)す
[第三] 【左線】燐酸(リンサン)を試(ため)すは乙液と【左線】硝酸(セウサン)と共に蒸餾(じやうりう)し其/残査物(ざんさぶつ、のこりもの)
を【左線】硫酸(リウサン)試査(しさ)の如くなして【左線】燐酸(リンサン)を試(こゝろ)むべし
[第四] 【左線】炭酸石灰(タンサンセキクワイ)を試(ため)すは乙液の大(く)分を稠厚(ちようこう、ねばり)に迄/蒸餾(じやうりう)し
而して其/液(えき)の反應(はんおう)を試(こゝろ)む若し其/液(えき)【左線】亞磁加里(アルカリ)なれば此
稠厚(ちよこう)に清水の一/滴(てき、しつく)を玻璃皿(がらすさら)に受け之れに再ひ酸(さん)の一
滴(てき、しづく)を混(こん)すれば泡醸(あわ)を現(あらは)す其【左線】亞兒加里(アルカリ)液(えき)に【左線】挌魯爾加爾(コロールカル)
胃(チユム)を加へ若し【左線】炭酸石灰(タンサンセキクワイ)が沈降(ちんかう、おとすり)すれば【左線】亞兒加里(アルカリ)の【左線】炭(タン)
【右】
【左線】酸(サン)を発生(はつせい)す
[第五]上/術(じゆつ)を施(ほどこ)せし液(しる)を乾餾(かんりう、かわか)し残査物(のこりもの)を葡萄酒(ぶだうしゆ)にて沸(わ)
かし之を濾過(ろくわ、こし)して乾餾(かわか)し其/残査(のこり)を些少(すこし)の水にて溶(と)き
【左線】硝酸(セウサン)を試す其試法は些少の【左線】番木鼈(バンボクメツ)の元質(もと)を稠厚(こき)【左線】硫酸(リウサン)
に溶(と)き之に【左線】硝酸(セウサン)を試(ため)す液(しる)の小量(せうりやう)を漑(そゝ)き若し【左線】硝酸(セウサン)存在(そんざい)
すれば其/液(えき、しる)中/直(たゞち)に著名(ちよめい)なる紅色(こうしよく)を顕(あらは)し后/紅様(こうやう)の黄色(わうしよく)
に移(うつ)る
又法二合の水を取り【左線】炭酸曹達(タンサンサウダ)を加へて【左線】亞爾加里(アルカリ)性(せい)
となし蒸発(じやうはつ)して僅少(すこし)の容積(かさ)と為(な)さしむ此/蒸発(じやうはつ)する
の旨趣(ししゆ、むね)は一は以て水中/所含(しよなん、ふくむところ)の【左線】安母尼亞(アンモニア)を飛散(ひさん)せし
【左】
め一は以て其水をして濃厚(なうかう、こく)ならしむるなり而して
【左線】硝酸(セウサン)を試(こゝろ)みるには之に藍丁幾(らんちんき、あいのときたるもの)少許(すこし)を加へて微藍色(うすあいあい)
となし尋(つゝい)て数/滴(てき)の濃(のう、こき)【左線】りゅう\t
を加ふ若し其/硝酸(セウサン)を有(いう)せ
る者は其/藍色(あいしよく)忽(たちま)ち變(へん)して黄色(きいろ)となる可し而して其
【左線】硝酸(セウサン)の極(きわめ)て少量(せうりやう)なる時は少(すこし)く之を煖(あたゝ)め又其水中に
二三片の【左線】硫酸(リウサン)【左線】[アニリン]を加へ若【左線】硝酸(セウサン)の存(そん)する時は
忽(たちま)ち變(へん)じて藍色(あいいろ)を呈(てい)す可し」【左線】亞硝酸(アセウサン)を験(ため)するには先(まつ)
之に酸(さん)を注(そゝ)ぎ少く煖(あたゝ)め而して重【左線】灰金酸加里(コロールサンカリ)或は【左線】灰(コロ)
金酸加里( ムサンカリ)を加ふれば則ち其【左線】灰金酸加里(コロールサンカリ)を還元(くわんげん)せし
めて藍青色(らんせいしよく)を現(あらは)す可し
【右】
[第六]乙液に【左線】挌魯爾安母紐母(コロールアンモニウム)及【左線】安母尼亞(アンモニア),
【左線】蓚酸安母尼亞(シウサンアンモニア)
の多量(たりやう)を雜(ま)ぜ暫時(ざんじ)其/儘(まゝ)に置(お)き発生(はつせい)する沈降物(ちんこうぶつ)は之石
灰なり
[第七]上/術(じゆつ)にて石灰(セキクワイ)を試(こゝろ)みたる濾液(こししる)の小分に【左線】安母尼亞(アンモニア)
及【左線】燐酸曹達(リンサンソウダ)を加へて【左線】苦土(クド)を試(ため)す可し
[第八]上/術(じゆつ)の残液(ざんえき、のこりしる)を乾(かわか)し之を焼き【左線】剥多亞斯(ポツダアス)及【左線】曹達(ソーダ)を試(こゝろ)
む可し
[第九]安母尼亞(アンモニア)を試(ため)すには乙水に純粋(じゆんすい)の【左線】挌魯爾水素酸(コロールスイソサン)
抱水石灰(ふうすいせきくわい)を注(そゝ)ぎ水数滴(みづすうてき)を投(とう)ずべし又は【左線】剥多亞斯曹達(ポツタアアルサウダ)
【左】
の容水(ようすい)と共に熱(ねつ)することあり何(いづ)れも【左線】安母尼亞(アンモニア)在中(ざいちう)すれ
ば瓦斯(がす)の状態(ぜうたい、かたち)にて蒸散(じやうさん)す其之を知るに第一は特別(とくべつ)の
臭気(しうき)に在り第二は濕(うるほ)はしたる試験紙(しけんし)に現(あらは)れたる反應(はんのう)
に在(あ)り第三は【左線】挌魯爾水素酸(コロールスイソサン)或は【左線】硝酸(セウサン)等の揮發(きはつ)【左線】酸類(サンルイ)に
て濕(うるほ)はしたる物體(ぶつたい)[玻璃罩]之に觸(ふる)るれば白焰(はくえん、けむり)を放(はな)つを
以て知る
又【左線】安母尼亞(アンモニア)を試(ため)すに【左線】炭酸(タンサン)化物(くわぶつ)となし或は強酸(きようさん)に化(くわ)
合(かふ)せしむる時(とき)は容易(たやす)く之を得(う)可し其/試法(しはう)は験(ため)す可
き水に【左線】昇汞(シヨウコウ)溶液(ようえき)《割書:昇汞一分|餾五分》を五六/滴(てき)注(そゝ)ぎ后(のち)又【左線】炭酸加(タンサンカ)
(リ)溶液(ようえき)の五六/滴(てき)を加ふれば混濁(こんたく、にごり)を生(せう)ず初(はじ)め昇汞(シヨウコウ)液(えき)
【右】
に起(おこ)る混濁(にごり)は遊離(いうり)【左線】安母尼亞(アンモニア)の反應(はんのう)とし次の【左線】炭酸加(タンサンカ)
里(リ)溶液(ようえき)に由(よつ)ての溷濁(にごり)は【左線】安母尼亞鹽(アンモニアエン)類(るい)とす
又【左線】沃土加里(ヨウトカリ)と【左線】沃土汞(ヨウトコウ)とを溶和(とか)し之に小学/量(りやう)の水/化(くわ)【左線】加(カ)
里(リ)銃敏(たいひん、するどく)ならず若し水/溷濁(こんだく、にごる)するか或は染色(しんしよく)する
時は之に【左線】炭酸曹達(タンサンソーダ)の小/量(りやう)を加へ硝子蒸餾器(がらすじやうりうき)に投(とう)し
烈火(れるくわ、つよきひ)を以て煎沸(わか)し蒸餾液(じやうりうえき)を取(とり)て其【左線】安母尼亞(アンモニア)を験(ため)す
可し
[第十]第九の如く【左線】挌魯爾水素酸(コロールスイソサン)を注(そゝ)き乾餾(かんりう)せしめたる
残渣物(ざんさぶつ、のこりのもの)を再(ふたゝ)び【左線】挌魯爾水素酸(コロールスイソサン)にて沾(うる)はし猶(なほ)水を注(そゝ)ぎ之
【左】
を煖(あたゝ)め残渣(のこり)あれば之を濾過(ろくわ、こす)し其/残査物(のこりもの)は【左線】珪酸(ケイサン)たるべ
し若其【左線】珪酸粘土(ケイサンネンド)の二物は【左線】炭酸曹達(タンサンソーダ)の容積(ようえき、ときしる)と共に煎沸(せんふつ、くぁかす)せ
ば忽(たちま)ち又/残査物(ざんさぶつ)往々(おう〳〵)有機物(イウキブツ)の現在(げんざい)する為(ため)に黒色(こくしよく)を
帯(おぶ)ることあれ共之を焼(やけ)は全(まつた)く白色となる
有機物試法
諸多(しよた)【左線】有機物(イウキブツ)の水に溶解(ようかい)す可く或は水に融出(ゆうしつ、とけ)す可(べ)き
物質(ぶつしつ)を含有(がんいう)する者(もの)にして其/全(まつた)く之に溶融(ようゆう、とける)せざる者
甚(はなはだ)稀(まれ)なり而(しか)して屡々(しば〳〵)説明(せつめい)せし如く【左線】有機質(イウキシツ)を多量溶(たりやうよう)
抱(はう)せる水を以て有害不良(いうがいふりやう)の者となせば此/試法(しはふ)も緊(きん、かん)
【右】
要(よう、じん)の者とす従(したがう)て害不害(がいふがい)の定量(ていりやう)の大約(おほよそ)を知らざるを
得(え)ん故に含有物(がんいうふつ)を定量(ていりやう)するの法(はふ)を挙(あ)ぐ
夥多(きよた)の【左線】有機物(イウキブツ)を溶和(ようくわ)せる水は之を蒸發(じやうはつ)せしめ其/残査(ざんさ)
物(ぶつ)白/灰色(くわいしよく)或は黄白色(わうはくしよく)ならずして灰(くわい)色或は灰褐色(くわいかつしよく、にづみちや)を呈(てい)
し其/濕潤(しつじゆん、しめり)せるものは黒(こく)色を帯(お)ぶ如斯(かくのごとき)水は決(けつ)して飲用(いんよう)
となす可からず若し之を常用(じやうやう)なせば健康上(けんこうじやう)に大害(たいがい)あ
り能(よ)く注意(ちうい)せざるを得(え)ん
右の法術(はふじゆつ)を施(ほどこ)す際(さい)其水【左線】硝酸(セウサン)鹽類(えんるい)【左線】安母尼亞(アンモニア)鹽類(えんるい)【左線】炭酸苦(タンサン区ク)
土(ド)及【左線】鹽化苦土(エンクワクド)等の如き物質(ぶつしつ)含有(がんいう)する時(とき)は其/定量(ていりやう)を験(けん、ため)
知(ち、し)し難(がた)し然(しか)れ共/如斯(かくのごとき)物質(ぶつしつ)を含有(がんいう)せざるか或は只/僅(わづ)か
【左】
に其/痕跡(あと)のみなる時は之を灼熱(やくねつ、く)畧(ほ)ぼ定量(ていりやう)し得(う)可
し其/灼熱(やくねつ)して定量(ていりやう)せんと欲(ほつ)する試法(しはう)は蒸發(じやうはつ)の残査物(ざんさぶつ、のこり)
を取(とり)て凡百六十度の温熱(をんねつ)に於て全(まつた)く乾燥(かんそう、かわかし)せしめ之を
秤量(ひいりやう、はかり)して無蓋(むがい、ふたのなき)の鍋(なべ)に投(たう)じ適宜(てまき)に熱灼(ねつやく)して冷後(れいご、さめたるのち)に少許(すこし)
の【左線】炭酸(タンサン)安母尼亞(アンモニア)溶液(ようえき、ときしる)を注(そゝ)ぎ之を濕潤(しつじゆん、うるほはし)して再び百六十
度の温(おん)に於て乾燥(かんさう、かわかし)せしむ而して之を秤量(へいりやう、はかる)すれば即ち
有機物(イウキブツ)の概量(かいりやう)たることを知る可し
精密(せいみつ)なる定量(ていりやう)を知らんと欲(ほつ)せば【左線】過滿俺酸加里(クワマンガンサンカリ)を以(もつ)て
す可し此【左線】過滿俺酸加里(クワマンガンサンカリ)なる者(もの)は一分の量(りやう)を以て有機(イウキ)
物(ブツ)五分の量(りやう)を遊離(いうり)則ち酸化(さんくわ)せしむるの性力(せいりよく)を具(そな)ふ然
【右】
れ共有機質(イウキシツ)を含有(がんいう)する水は屡々(しば〳〵)【左線】安母尼亞(アンモニア)及【左線】亞硝酸(アセウサン)の
成分(せいぶん)を存在(そんざい)る其二物又/能(よ)く【左線】過滿俺酸加里(クワマンガンサンカリ)を還元(くわんげん)せし
めるの性質(せいしつ)あり故に若し水を試験(しけん)するの前(まへ)に於て先
づ豫(あらかじ)め両物(りようぶつ)を除去(じよきよ)せずんばあらず
【左線】安母尼亞(アンモニア)及【左線】亞硝酸(アセウサン)を除去(じよきよ、のぞく)するは一/磅(ぽんど)《割書:[約百二|十目餘]》の水を陶(さ)
皿(ら)に内(い)れ塵埃(ほこり)なき場所(ばしよ)に於て純(じゆん)【左線】苛性曹達(カセイサウダ)滷液(えんえき)《割書:[一分の|乾燥那》
《割書:篤𠌃母より成る水化那篤𠌃母一分
|及蒸餾水四分を以て製したるもの]》を一磅(ぽんど)五百分の一
《割書:[約そ二分五厘|十五滴に当る]》を混(こん)し之を煑沸(にわか)して水の容量(ようりやう)三分の一
に至(いた)るを候(うかゞ)ひ之に【左線】稀硫酸(キリウサン)《割書:[硫酸一分|餾水二分]》を一磅(ぽんど)五十分の一
を加(くわ)へ再(ふたゝ)び煑沸(にわか)し全量(ぜんりやう)約(おほよ)そ半/磅(ぽんど)に至(いた)れば全(まつた)く両物を
【左】
除去(じよきよ、のぞく)し得可し
上/術(じゆつ)をなしたるものを摂(せつ)氏の六十度とし【左線】過滿俺酸加(クワマンガンサンカ)
里(リ)溶液(ようえき)の二十五立方[センチメーテル]を加へ十五分時
間をえ経(へ)る後(のち)更(さら)に摂氏の五十度乃至六十度を再ひ之に
附與(ふよ、くわへ)し又之に通常定量用【左線】蓚酸溶液(シウサンヨウエキ)を百/倍(ばい)のもの二十
五立方[センチメーテル]を注加し十分時間に於て褪色(たいしよく、いろがぬける)
する時【左線】過滿俺酸加里(クワマンガンサンカリ)溶液(ようえき、ときじる)を灌(そゝぎ)て竟(つい)に稀薄(うすき)の紅色を残(のこ)
すに至らしむ此時用ひし處の【左線】過滿俺酸加里(クワマンガンサンカリ)溶液の量
二十五立方[センチメーテル]を越(こゆ)る時は其/剰餘(あまり)の者は
則ち【左線】有機質を酸化(さんくわ、とかす)せしむるに費耗(ついや)せし者たることを知
【右】
る而して此【左線】過滿俺酸加里/溶液(ときしる)の一立方[センチメーテ
ル]は【左線】過滿俺酸加里の眞量(しんりやう)〇、〇〇〇三一六四を溶(とか)する
〇〇一五八二を乗(じよう、かける)ずれば則ち含む所の【左線】有機質の瓦蘭(くら)
謨量(むりやう)を得(う)べし
茲(こゝ)に用ゆる所の【左線】過滿俺酸加里(クワマンガンサンカリ)溶液(ようえき、ときしる)は [リツトル]中
〇、六三瓦蘭謨(くらむ)の結晶(けつしよう)【左線】蓚酸(シウサン)溶液(ようえき、ときしる)を以て定めし者にし
て【左線】過滿俺酸加里及び該(がい)【左線】蓚酸の両溶液(ようえき)各々(おの〳〵)等分(とうぶん)の量を
以て之を混和(こんくわ)せば互(たがひ)に相(あ)ひ分解(ぶんかい)するの性を具(そな)ふ而
して此【左線】蓚酸溶液(ようえき、ときしる)は通常(つうじやう)定量用(ていりやうよう)【左線】蓚酸溶液十立方[セン
【左】
チメーテル]を[リツトル]の餾水にて稀(うす)くしたる者
にしてするの通常(つうじやう)定量用【左線】蓚酸溶液《割書:[結晶蓚酸(けつしやうしうさん)の六十三|瓦蘭膜を一[リツト》
《割書:ル]則ち一千立方[センチメー|テル]の水中に溶解せしもの]》の
百/倍(ばい)稀液(うえき、うすきしる)なり【左線】過滿俺酸
加里溶液を製(せい)するには三十五瓦蘭膜(がらむ)の【左線】過滿俺酸加
里を取り蒸餾(じやうりう)水《割書:[過滿俺酸加里少許を投|じて蒸餾したるもの]》一[リツトル]
中に溶解(とか)し通常量用【左線】蓚酸溶液の百倍/希液(きえき、うすきしる)を以て
其/含有(がんりやう、ふくむ)を確定(くわくてい、たしかにさだめ)したる者なり此含量を定(さだめ)つ法は該【左線】蓚
酸溶液二十立方[センチメーテル]を取り之に二十三
立方[センチメーテル]の稀(うすき)【左線】硫酸を加へ摂氏の六十度
乃至七十度にて温(ぬく)め之に該【左線】過滿俺酸加里溶液を注(そゝ)
【右】
ぎ其/脱色(だつ、いろのぬける)する間は續(つゞい)て之を灌(そゝ)ぎ竟(つい)に不滅(ふめる、なくなる)の薄紅色(はくこうしよく、うすきあかいろ)
を呈(てい)して其/反應(はんおう)の全(まつた)く終(おは)るに至(いた)らしむ可し此時/費(ついや)
せし【左線】過滿俺酸加里溶液の量十九立方[センチメーテ
ル]なる時は該液の九百五十立方[センチメーテル]を
取り一[リツトル]に至るまで之を稀釈(うすく)す可し
博士【左線二重線】德龍母私土兒佛(トロンムスドルフ)氏は【左線】過滿俺酸加里溶液を以て【左線】有
機質を定量するに水を蒸發(わかし)して濃稠(ねばる)ならしむることを
説けり是/都(すへ)ての水蒸散して濃稠(ねばる)ならしむる時は【左線】過滿
俺酸加里溶液を要すること常に少量なる者なりとの理(り、わ)
由(ゆう、け)に出でたるなり此/現像(げんざう、あらはるかたち)は水中に含(ふくむ)む所の【左線】安母尼亞
【左】
に關係(くわんけい、かゝはる)由るなる可し[博士/華傑兒(ハレル)]安母尼亞を
含まざる水を験(ため)せしに之を濃稠(こくねばる)ならしむる前と後と
に係(かゝ)はらず常に同量の【左線】過滿俺酸加里溶液を投用(いれる)した
りと云ふ
【左線二重線】德龍母私土兒佛(トロンムスドルフ)氏の【左線】有機質定量法は先づ其水百立方
[センチメーテル]を取り凡そ三百立方[センチメーテル]
を容(いる)るほどの長頸壜(くちのながきびん)に投じて〇、五立方[センチメーテ
ル]の【左線】曹達滷液《割書:[一分の苛性曹達を二分|の餾水に溶解せしもの]》及び十立方[セン
チメーテル]の【左線】過滿俺酸加里溶液《割書:[解前章|に見ゆ]》を加へて十分
【右】
時間/煑沸(わか)し摂氏の六十乃至五十度に冷却(れいきやく、さまし)して之に五
六方[センチメーテル]の稀(うすき)《割書:[一容量の濃硫酸と三容量|の蒸餾水よりなれるもの]》
を加へ又之に十立方[センチメーテル]の尋常定量用【左線】蓚
酸百倍の者を加へ以て注意(こゝろがけ)振盪(しんとう、ふる)し而して随(したがつ)て褪色(いろがなくなる)す
れば随て【左線】過滿俺酸加里溶液を滴加(ぼつ〳〵くわへ)し竟(つい)に不滅(なくなる)の淡紅(すゝいろ)
色を呈(てい)するに至(いた)らしむ是に於て其【左線】蓚酸液と【左線】過滿俺
酸加里溶液との立方[センチメーテル]の数の差異(ちがい)は則ち
【左線】有機物の含有たることを知る可し此一立方[センチメー
テル]の【左線】過滿俺酸加里溶液は〇、〇〇〇三一六四の純【左線】過
滿俺酸加里を含有(ふくむ)するが故に其一立方[センチメーテ
【左】
ル]は【左線】有機質の〇、〇〇一五八二を證(しよう、しようこ)する者とす
又水一[リットル]を陶皿(やきものさら)の中に取り二立方[センチメーテ
ル]中/純(ぢゆん)【左線】過滿俺酸加里一/瓦蘭膜(くらむ)を含有せる【左線】過滿俺酸加
里溶液を徐加(そろ〳〵くわへ)し遂に其水に赤色を呈して半時間を経
るも尚/褪色(いろがのく)せざるに至らしむ此【左線】過滿俺酸加里溶液の
一立方[センチメーテル]は【左線】過滿俺酸加里の〇、〇〇一を
含有するが故に果(はた)して水中所含の【左線】有機質量を[ミリグ
ランム]の数に於て見んと欲せば輙(すなは)ち該液の立方[セン
チメーテル]の数に五を乗(ぜう)ずれば之を得可し
第五章
【右】
浄水法
不潔(きたなき)みずを飲料(のみりよう)にせんとするは其法/種々(いろ〳〵)あり最(もつと)も容(た)
易(やす)くなす法は約そ十五分時間水を煑沸(にや)して之に些少(すこし)
の茶葉を投(とう)じて稀(うす)き茶浸(ちやしる)と為して用るを最良(さいりやう)とす
総て煑沸(わかし)たる水は種々(いろ〳〵)の氣盡(きこと〳〵)く放散(はうさん)して多く其/固(おち)
有味(まへのあぢ)を失(うしな)ふ者なれば其水一[コップ]中に[アルコホル]
《割書:[酒|清]》五六滴を混和(まぜあは)するか或は之を密(たしか)に閉(とち)たる硝子壜(がらすびん)
に入れて空気(くうき)を共に二三十/回(べん)之を振(ふ)盪れは氣類(きるい)を吸(すい)
収(こみ)て少しく其味を佳(よく)ならしむ
最良(さいりやう)の浄却法は動物(だうぶつ)の炭、木炭(すみ)、珪炭(けいたん)、磁鐵(じてつ)、海綿(かいめん)、毛絨(もうじう)等
【左】
を器械(きかい)の基底(そこ)に箝(はさ)みて濾(こ)す其/装置(しかけ)種々(いろ〳〵)ありと雖/就中(なんづく)
其/動物炭(だうぶつたん)を以てする者を最(もつと)も良とす之を濾水器(みづこしきかい)と云
ふ
濾水器(みづこしきかい)をなすは直径(さしわたし)一二尺の植木鉢(うへきばち)をとり其/底(そこ)の穴(あな)
を海綿(かいめん)にて密塞込(とじこめ)其上へ二寸許/動物灰(だうぶつはい)を入れ其上を
細(こま)かなる砂石(すな)と粗(あら)き砂石(すな)とにて葢(おほ)ふ斯くそうち(しかけ)たる鉢
を上/葢(ふた)のある清潔(きれい)なる樽《割書:其葢に一寸許りの孔を穿り偖|樽の側に凡そ底より三四寸上》
《割書:へ一孔を穿り其に小注管を挿入し樽|の底には槲樹の木片二三簡を投す》の上へ上(の)せ鉢(はち)の孔(あな)
と樽(たる)の孔(あな)とを緊(かた)く合し而して水を灌(そゝ)げば砂灰(すなはい)を滲透(しみとほ)
りて良水となる若し人之を供用(きようやう)せんと欲(ほつ)せば彼の注(ちう)
【右】
管(くわん)を捻(ねじ)る時は該水/迸(ほとば)しり出ず第十圖の如し
第六章
飲水心得の通則
[第一則] 各種(いろ〳〵)疾病(やまひ)は體内(たいない)の水分/不足(ふそく)せるより生(せう)ず
る者多しとす
[第二則] 飲水(いんすい)を注意(ちうい)せざれば窒扶斯虎列刺(チブスコレラ)の媒介(なかだち)と
なる既に前に説(と)ける如く
[第三則] 惡(あく)水を飲用する時は急性病(きうせいべう、きうなるやまい)を發(はつ)するのみな
らず又/慢性病(まんせいべう、ながきやまひ)を發(はつ)す
[第四則] 良好(りやうこう)の水は前に屡々(しば〳〵)いへる如く透明(とうめい、すみたる)なる色に
【左】
して久し空気(くうき)に曝(さら)すとも更(さら)に色の変(かわ)ることなく又/何(なに)
たる臭(かさ)も無くして爽涼(さわやか)なる味(あぢ)を保(たも)ち決(けつ)して異(こと)なる味
なき者を最良(もつともよし)とす
[第五則] 不透明(ふたうめい、すみきらぬ)なる色にして濁(にご)り或は染色(しんしよく)して其/他(た)
悪(あし)き臭気(しうき)ある水は飲料にならざること言を俟(ま)たざれ共
又/透明(とうめい)にして清(きよ)らかなる蒸餾(じようりう、らんびきのみづ)水又氷水、雪水、雨水の如
きも其/味(あじわ)ひ淡薄(たんはく)にして不佳(ふか)なる故/善良(ぜんりやう)の水と稱(とな)へ難(がた)
し
[第六則] 善良の水を得んと欲せば地を撰(えら)びて噴水(ほりぬき)を
穿(ほ)る可し
【右】
[第七則] 井水/若(もし)くは泉水にして飲水に供用(きようよう)するもの
は四/季(き)及び時々/気候(きかう)の順逆(じゆんぎやく、かわり)に会(あ)ふも只/僅微(すこし)の差異(ちがひ)を
見るのみなるべし而して此井泉は糞壺(こへつぼ)、溝暗(みそ)、製造(せいさう)場、及
び屠牛場(とぎう、うしをころす)場(ば)等より注流(ちうりう)する
所の悪水道より決(けつ)して浸淫(しんいん)
す可からざる位置(ゐち)を撰(えら)ばずんばあらず
[第八則] 常に飲用とせん水は寒暑(かんしよ)の変(かは)り、瀑雨(にわかあめ)の后(のち)、雪
融(とけ)の際(とき)等に当(あた)りては必(かなら)ず之に注意(こゝろ)を怠(おこた)る可からず是
則ち瀑雨(にわかあめ)等の為(ため)に所々(しよ〳〵)より浸淫(しんいん)して不潔物(ふけつぶつ)を増多(ざうた)す
るを以てなり
[第九則] 【左線】有機物(イウキブツ)を含有(ふく)める水を飲んと欲(ほつ)せば【左線】過滿俺
【左】
酸加里の溶(と)き液(しる)を少(すこ)し加(くわ)へて之を濾過(こ)すれば飲用に
供(けう)せらる
[第十則] 飲水の味(あぢ)を佳(か)ならしめんが為め醋(す)、砂糖(さたう)、甘味(あまみ)
のある果物(なりもの)の汁(しる)、葡萄酒(ぶだうしゆ)及他の酒精飲料(しゆせいいんりyおう)を加ふるは其
味を美(び)にするのみにして有害物(いうがいぶつ)を除(のぞ)くに足(た)らず
[第十一則] 【左線】單寧酸(タンニサン)の溶(と)き液(しる)を密(みつ)に瓶中(びんちう)に貯(たくほ)ふれば假(た)
令数年(とひすうねん)を経(へ)るも決(けつ)して其/性(せい)を變(へん)ぜす而して彼の【左線】虎列(コレ)
刺(ラ)病(へう)流行(りうこう)の際(さい)に当(あた)つては宜しく其/液(しる)十五/滴(てき)或は二十
滴を一[コツプ]の水中に滴(たら)し二三分時間/置(お)きて後之を
飲用せば能く水中の病毒(びやうどく)を除(のぞ)くの効験(しるし)あるもんとす」
【右】
[第十二則] 旅客(たび)又は途中(とちう)にて種々(いろ〳〵)の水を飲用する時
は[コツプ]一盃(はい)に約(おほよ)そ一/茶匙(さひ)の酒精(しゆせい)飲料を加(くわ)へて服(ふく)す
べし
[第十三則] 大/暑(しよ)の時/冷(ひや)水を用ゆるよりも温湯(おんとう)を飲用
すれば却(かへつ)て渇(かわき)を止む
[第十四則] 若し身體(しんたい)の内部(うちら)に於て大/熱(ねつ)を覺(おほゆ)る時は冷(れい)
水を多/量(りやう)に飲用すれば善(よ)く熱(ねつ)を消(け)するの効(こう)あり
[第十五則] 固(す)と良好(りやうかう)の水と雖も数日間之を置(お)けば生(せい)
活物(くわつぶつ)を生(せう)ずる故能々注意す可し
【左】
飲水含有物無害の定量表
左の表は水十万分中に含む物質の各量(かくりやう)にして若し次
に揚(あぐ)る所の表に越ゆるときは決して良性のものにあ
らず最此/比例(わりやひ)にて過量なるは不健康有害のものとす
安母尼亞 五、〇
石灰の全量 二〇、〇
苦土 二〇、〇
硫酸 五、〇
硝酸 〇、五
有機物 五、〇
【右】
其他曹達剥多亞瓦斯等は其量多きも人身に害なく又燐
酸珪酸沃鎭の如きは水中含有すること微少なるものな
れば健康に障り無し依而斯の如き物質の量は畧し唯
水中に在つて不健康になるものゝみを揚げたり
【第一図から第七図まで記載分の翻刻】
第一圖
以上圖のアは井戸
にしてヱは其内の
水/際(きは)までにして
ヲは用水なり
イは井處近傍(そばの)
糞壺(こへつぼ)にしてウは
充盈(しうみつ)したる
糞塊(ふんくわい)なり
第二圖
顕微鏡にて水中の
物を見たる圖
滴蟲を養ふ
べに水藻
第三圖
滴蟲
第四圖
【図のみ】
第五圖
【図のみ】
第六圖
【図のみ】
第七圖
【図のみ】
【第八図から第十図まで記載分の翻刻】
第八圖
アの如く細小(ちいさ)
き者の互(たがひ)に相
合ふてイの如く
へ形を為し又
へ形の下動く時
はヱの如き圖き
形になり又上の
動く時はウの
如き圓錐の形
を為すヲは細
少なる者の
群集(あつま)りて少
き封を為せ
しものなり
第九圖
以上の圖は東京
大學醫學部の
教師東京市中
の井水を試礆驗
せられし時
千住下谷及築
地の水中に於て
ありし機生物
なりしと衛生
汎論と稱へし
書にありしを
其侭茲に顕す
第十圖
【図中の単語のみ】
濾水器
植木鉢
水 砂粗 砂細 灰物動
水桶
檞樹片
注管
明治十三年七月十五日版權免許
同 九月 出版
大坂府平民 【ハンコ】売価二十銭
著者等兼出版人 村上復雄
《割書:東京日本橋區通三丁目|六番地寄留》
發兌人 東京府平民
須原鐵二
同同西河岸町十二番地
賣 東京日本橋區通壹丁目
北畠茂兵衛
同淺草區茅町貳丁目
北澤伊八
弘 同日本橋區呉服町十二番地
坂上半七
東京日本橋區通三丁目
丸屋善七
同京橋區銀座四丁目
博聞本社
書 横浜辨天通貳丁目
師岡伊兵衛
大坂心齋橋筋南久寳町
前川善兵衛
弘 同本町四町目
岡島眞七
肆 神 戸 港
鳩居堂
印 刷 東京京橋區元數寄屋町四丁目
稲田活版所
【記載なし】
【貼り付けシールのみ】
大日本教育會書籍館
第五室 三函 一〇架 号 一册
【右】
060771―000―1
特25―372
飲水の心得[伝染病の予防]
村上 復雄 著
M13
CBM―0678
【左】
明治十三年九月印行
《割書:傅染病|廼豫防》飲水の心得 完
畏三堂發兌
《題:種痘弁》 完
【左頁】
種痘弁 【角印】 【角印 ■加文庫】
郡山藩 谷景命述 【丸印 昭和十八・三・一七・購入】
種痘(うへぼうそう)の原由(ゆらい)
夫(そ)れ種痘(うへぼうそう)の起源(ゆらい)を閲(みづ)ぬるに 我邦明和(わがくにめいわ)五年に当(あたつ)て獨乙(どいつ)といふ国(くに)に
於(おい)て或人嘗(あるひとかつ)て採種者(ちゝしぼり)者に牛(うし)の乳汁(ちゝしる)を搾(しぼ)りせしに其頃(そのころ)世上/一般(いつとう)に牛痘(うしのほうそう)
流行(りうこう)して其牛(そのうし)も亦/痘瘡(ほうそう)を患(うれ)ひおりけるが其採搾(そのちゝしぼり)者の未(いま)だ痘瘡(ほうそう)を
患(うれ)へざる者手(ものて)に損傷或(きずあるい)は跛烈(あうぎれ)等ありて偶牛痘(たま〳〵うしのほうそう)の膿漿其処(うみしるそのところ)に染汚(ついて)
て恰(あたか)も痘瘡(ほうそう)の如(ごと)きものを発(はつ)し尚(そのうへ)十二日の経過(はこび)を差(ちが)へざりけるが奇哉其(きめうかなその)
採搾(ちゝしぼり)者/生涯真痘(しやうがいほうそう)を患(うれ)へざるを以て衆人略之(おふくのひとそれそれ)を弁識(さと)れり是(こ)れ則(すあんわち)
其濫觴(そのはじまり)なり然(しか)して復(また) 我寛政九年(わがくわんせいくねん)に当て英吉利斯国(いぎりすこく)の応涅児(イエンネル)と
【右頁】
いふ名医彼牛痘(めいいかのうしのほうそう)の膿漿(うみしる)を採(と)り人に種(う)へ伝(つた)ふる事(こと)を発明(はつめい)し初(はじめ)て
是を多くの人に種(う)へ試(こゝろ)みけるが果(はた)して其/種(うへ)し処(ところ)より真痘(まことのほうそう)を発(はつ)して
矢張(やはり)十二日の経過(はこび)を正(たゞ)しく終(おわ)りて其多(そのおふ)くの人も亦再(またふたゝ)び痘厄(ほうそう)を患(うれ)へざる事(こと)
妙(みよう)なるを以ての故(ゆへ)に倍々是(いよ〳〵これ)を世(よ)に公(おふやけ)にせり殊(こと)に輓近(ちかいころ)に在(あつ)ては天(あか)が下(した)に此法(このわう)を感(かん)
賞(しやう)せざる国(くに)とてはなきにいたれり是(こゝ)に於(おい)て応涅児氏(イヱンネルうじ)の功績四海(いさおししかい)にみちて永(ゑい)
世不朽(せいくちざる)の遺沢(よきかたみ)となりし事豈大(ことあにおふ)ひならずや万国(ばんこく)にて皆神(みなかみ)と崇祭(あがめまつ)るも亦宜(またんべ)ならずや
仮痘弁(かとうべん かりばうそうのわけ)《割書:此痘に限り|中央窅凹せず》
種痘(うへぼうそう)を行(おこの)ふて真痘(まことのほうそう)にあらざる者発(ものはつ)する事(こと)あり是を仮痘(かとう)といふ也必再(なりかならすふた)び
種(うへ)るべし又/種(うへ)て後(のち)/第七日(なぬか)/第十三日(ぢうさんにちめ)を以(もつ)て■定肝要(みわけかんにやう)の日(ひ)とす/然(しか)るに
粗略(そりやく)の医師(いし)等閑(なほざり)にして其期(そのひ)を怠(おこた)る故(ゆへ)/再(ふたた)び真痘を/患(うりよ)ふる事(こと)
【左丁】
なきといひ/難(がた)し是/医師(いし)の/誤(あやまり)なり又/医師(いし)の諭しを用(もち)ひずして其(その)
期(ひ)に携来(つれきた)らざるは是(こ)れ其(そ)の人の誤(あやまり)也近年此事以/多(おふ)し共(とも)に/必慎(かならずつゝし)むべし
偽痘弁(むとうべん、うそぼうそうのわけ)《割書:又/類痘仮痘(るいとうかとう)の名もあれど|通じ易(やす)きため偽痘(ぎとう)とおく》
偽痘(ぎとう)といふて真痘(まことのほうそう)にあらざる者九種(ものくしゆ)あり即(すなわち)水痘(すいとう)石痘(せきとう)泡痘(ほうそう)球痘(きうとう)永痘(しどう)疣(ゆう)
痘(とう)天■痘(てせんとう)海綿痘(かいめんとう)水晶痘(すいしやうとう)是也最(それなりもつと)も其形状(そのかたち)は真痘(まことのほうそう)の如(ごと)く正(たゝ)しからずして
自(おのづ)から異(こと)なり又/偶真痘(たま〳〵まことのほうそう)に肖(に)たるものあるとも其証徴悉(そのめあてこと〳〵)く順調(そろわ)ざる
が故に一見(いつけん)して能■別易(よくみわけやす)しといへとも尚茲(なをこゝ)に其(その)一二の確徴(めあて)を示(しめ)すべしこと
凡(およ)そ真痘(まことのほうそう)の発(はつ)するや今日は面部(かを)明日は手(て)明後日は足(あし)と順序正(はこびたゝ)しく発(はつ)
する者なれど偽痘(ぎとう)に於いて手より発(はつ)するあり足(あし)より発(はつ)するあり面部反(かをかへつ)て
少(すく)なきあり一処(ひとゝころ)を局(かぎりて)して多(おふ)きあり全軀同一時(そうみおなじとき)に発(はつ)するあり結痂(かわ)うすく
【右頁】
斑痕(かわのあと)の色も亦薄(またうすへ)して真痘の如く鋸歯様(のこきりのはのよう)の紋理(すじ)なく且凹瘢(そのうへみつちや)を貽(のこ)す事(こと)なし
殊(こと)に主証(おものうかて)とするは真痘(まことのほうそう)に在(あり)ては病熱(ほとり)三日/見熱(でそろい)三日/起膿(はづうみ)三日/濃膿(ほんうみ)三日と
次序正(はこびたゞ)しくして十二日の後収靨(のちかせ)に及(およ)ぶ者/也便令(なりたとい)いかほどかるきものたりとも
第九(くゝのち)日/迄(まで)は必(かな)らず一顆(ひとつ)も収靨(かせ)に及(およ)ぶ事(こと)なし又/偽痘(ぎとう)に於(おい)ては序熱(ほとり)一日/見(でそ)
熱(ろい)一日/起脹(みづうみ)一日/濃膿(ほんうみ)一日なるが故(ゆへ)に第五日(いつかめ)にして収靨(かせ)に到(いた)るものなりまた
偶序熱(たま〳〵ほとり)の間(あいた)二三日/或濃膿(あるいはほんうみ)の間(あいだ)二三日にして旦譫語(そのうへうきこと)搐搦腫脹(ひきつけ じばれ)する者(もの)あり
といへども第九日迄(こゝのはまで)には必(かなら)ず収靨(かせ)に及(およ)びて尚死(なをし)する者はまれにもなる又一千
人中には第九日(こゝのかつ)にいたりてかせに及(およ)ぶ者(もの)あれども真痘(まことのほうそう)あらざるしるしには一日の
間に全身悉(そうみこと〳〵)くかせる者(もの)なりしかし遺毒深(たいとくふか)きを以(もつ)て其血液腐敗(そのちくさる)に及(およひ)て柴(むよ)
黒色(さゝきいろ)の偽痘(ぎとう)を発(はつ)する事あり是等(これら)は其死生(そのしせい)はかり難(がた)しといへども万中の
【左頁】
一人にして実(じつ)に稀(まれ)なる事也又偽痘(ことなりまたぎとう)は■(きさ)に真痘(しんとう)を患(うりよ)ふる者(もの)も未(いま)だ患(うれ)へざる
者(もの)にも拘(かゝ)はらず生涯(せうがい)に一二度も患ふる事あり且其種類(かつそのるい)も数種(かず)ある
が故(ゆへ)に其性(そのしよう)によりて三四度も患ふる事屡々(しば〳〵)是(こ)れあり然(しか)るに無識(むしき、こゝろべなし)の
医師是(いしやこれ)を誤(あやま)り認(したゝ)めて真痘(しんとう)といへば世人も亦此/言(こと)を信(しん)じて其症(そのしよう)の軽(かる)
きを悦(よろこ)ぶといへども後(のち)日真痘(しんとう)の発(はつ)する時臍(ときせゝてこ)を喧(か)むの憂(うれへ)あるべし又/種痘(しゆとう)
の後(のち)に発(はつ)するを見ては種痘(しゆとう)は益(ゑき)なしと思(おも)へる者あり豈悲(あにかな)しまざるべけん哉(や)
余意(よい)
偽痘(ぎとう)は今時(そのたび)の如(ごと)く多(おふ)く真痘(しんとう)と同時(いなじとき)に流行(りうこう)するを以て彼無識(かのむしき)の医師(いし)
漫(みだり)に真痘(しんとう)と認(したゝ)めて種痘(しゆとう)の切験(しるし)なきと言(いひ)ひなに故其浮説(ゆへそのうわさ)世上に流(ろ)
伝(でん)して世人/倍(ます〳〵)く是(これ)を信(しん)ずる者多(お)ふして往々(おれこれ)余(よ、われ)に診察(しんさつ)を請(こ、たのむ)ふものある
【右頁】
を以て之(これ)を観(み)るに真痘(しんとう)たる者/一(いつ)もある事なくして皆偽痘(みなぎとう)たり
其偽痘(そのぎとう)も平々(かるき)たる速収痘(ぢがせ)の者/多(おふ)く殊(こと)にしらず彼無識(かのむしき)の医師(いし)
我技量倆(わがしやぎやう)の薄(うす)きを省(かへり)みざる故乎却(ゆへかかへつ)て万世無辺(ばんせいむへん)の良法(よきほう)を損斥(そしる)
のみならず三尺(さんじやく)の童子(こども)も判定(わかり)易(やす)き偽痘(ぎとう)をも弁別(わきま)へず無二(むじ)に
犀角等(さいかくとう)を■(かく)ふるは少(すこ)し恥(はつ)かしからずや殊(こと)に重(おも)き人命(いのち)を済(すく)ふの良法(よきほう)を遮(さへぎ)
りて居多(おふく)の嬰孩(こども)を空(むな)しく死地(しち)に陥(おちい)らしむるの心底実(しんていじつ)に悪(にく)むべきの甚(はなはだ)しき
なり固(もと)より一嬰一児(ひとりのこともひとつのせうに)も天下(てんか)の民人(たみ)たらば何(な)んで如此粗忽(かくのごとくそこつ)にいたせるの理(り)あらんや
加之去(そのうへきん)《割書:メル|》冬以来悪性痘流行(ふゆいらいあしきほうそうりうこう)する事以往(ことこれまで)に十倍(ぢうばい)して其是(そのこれ)に斃(たお)るゝ者も
亦勝(またあげ)て計(かぞ)へ難(がた)し而(しか)して今に流行(りうこう)の止(やま)ざれず余(よ、われ)ば如(ごと)き管見(みじく)の者だも豈徒(あにたゞ、おふして)に
手(て)を束(つが)ねて是を見るに忍(しのび)ん哉此(やこゝ)を以て今其/実事(じつじ)を述(のべ)て是(これ)を衆人(おふぜい)にしらしむ
【左頁】
注意弁(ちういべん、きをつけるわけ)
種痘(ちへぼうそう)を施(ほどこ)すには嬰児(しやうに)の時(とき)をよろしとす殊(こと)に小児生後(しやうにうまれてのち)半年(はんとし)より
一年の間(あいだ)を最(もつと)も妙(みよう)とす又/天然(ほうそう)痘/流行(りうこう)の節(せつ)は益々早(ます〳〵はや)く種(うま)るをよしと
す何(なに)となれば種後(うへてのち)六七日を過(すぐ)れば使令流行痘染(たとひはやりぼうそうすく)とも大都(おふかた)は軽(かる)けれ
ばなり然(しか)るに此時に当(あたり)て種痘(しゆとう)をすれば流行痘(はやりぼうそう)を喚発(よひいだ)すといふ者
あり或(あるい)は我才(わかさい)に稔(ほこ)りて諸件(しよじ)に疑(うたば)ふ人あり或(あるい)は種痘せし者二十
年の後に至(いた)れは更(さら)に又真痘を発(はつ)するといふ者あり或は隣家(となり)に険(あらき)
痘(ほうそう)のあるを見(み)ながら暖和(あたゝくなる)の時節(じせつ)を待(まち)て種(うへ)んといふ人もあり是皆死(これみなし)を
惧(おそ)れて猛虎(はげしきとら)を避(さけ)ざるに似(にた)り豈(あに)し傷(いため)しからずや
有例弁(ゆうれいべん、なかしあるわけ)
【右頁】
種痘(しゆとう)を万国(ばんこく)にて経験(こゝろみ)し書籍最(しよかりもつと)も居多就中名哲混私氏(おふしなかんづくなだあきコンスうじ)の書(しよ)
に種痘を二十万人に行(おこな)ひしに一人も復(ふたゝ)び天然痘(ほうそう)に罹(かゝ)りし者なし
といへり又/浪花(おふさか)に。於(おい)ても余師洪庵緒方先生(わがしこうあんおかたせんせい) 官命(こうぎのおふせ)を蒙(かふむ)り館(くわん、やかた)
を市中(まちうち)に開(ひら)きその術(じゆつ)を施(ひどこ)す事年(こととし)に万(まん)を以て数(かそ)ふべし
殊(こと)に年々(とし〳〵)市中へかならず種痘をいたし置(おく)べしとの 官命(おふせ)あり
て又/其館(そのくわん)証券(てがた、しやうもん)を渡(わた)さるゝを以て其館実(そのくわんじつ)に盛々(せい〳〵、さかん)たる事世(よの)
人普(ひとあまね)く知(し)る所(ところ)なり然(しか)るに彼(か)の無稽(ものごとしらい)の医師(いし、いしや)今時の偽痘(ぎとう)を真(しん)
痘(とう)と見/誤(あやま)り復(また)これを口実(いひぐさ)として愈是(いよ〳〵こ)の良法(まさほう)を挫(くじか)ん為乎(ためか)世
上へ流布(ろふ、いいふらす)するには以往(これまで)種痘せし者も今時(このせつ)の痘厄(ほうそう)に罹(かゝ)りし者多
ふきによつて彼(か)の浪花(おふさか)の館且藤堂侯(くわんかつとう〴〵こう)の徐痘館(じよとうくわん、きへぼうそうのやかた)も皆倶(みなとも)に停止(ちやうじ)に
【左頁】
なりし杯(など)といふ者あり殊(こと)にしらず今茲(ことし)の如(ごと)く死斃(しゝたお)るゝ者多(おふし)といへども
種痘(しゆとう)せし者/再(ふたゝ)び真痘(しんとう)を受(うけ)しといふ者(もの)にかぎり死(し)する者なきは論(ろん)
なし唯凹痕(たゞみつちや)を遺(のこ)せし者もなきを以て偽痘(ぎとう)たる事を暁(さと)るべき
に医(いしや)としてこれを暁らざるは無識(むしき)の又/無識(むしき)と謂(いひ)つべし是等(これとう)の
妄悦固(ぼうせつもと)より信(しん)ずるに是(たら)ずといへども今此書(いまこのしよ)を綴(つゞる)に付(つ)き実事(じつじ)を
述(のべ)んが為(ため)に人を浪花(おふさか)の館(くわん)に往(ゆか)しめ余(よ、われ)も又故藤堂侯(またわざ〳〵とう〴〵こう)の古市陣(ふるいつじん)
屋(や)往(ゆつ)てこれを索(たづ)ぬるに官士(くわんし、やくにん)森氏君述(もりうじくんのべ)られしには我種痘(わかしゆとう)は官令(かみのおふせ)
を以て勢賀和城(せいがわじやう)の四州(ししう)の領(りやう)に行(おこな)ひし事十有余年(ことじうよねん)なれば算(さん)を以(もつ)
て数(かぞ)へがたし最(もつと)も今時(このせつ)の如(ごと)く世上に死(し)する者/多(おふ)しといへとも我領(わかりやう)に於(おい)ては
真痘(しんとう)の者一人もある事なきが故(ゆ)に国中甚(こくちうはなは)だ静証(しづか)なりといへり此(こゝ)を以て
【右頁】
世人/早(はや)く暁(さと)るべし若(もし)是を暁(さと)らず尚且浪花(なほかつおふさか)の如(こと)く年々(とし〴〵) 官命(こうぎのおふせ)あるを■(うたご)ふて
唯碌々(たゞろく〳〵)たる医師或(いしあるい)は婦女子(おんな)の流言(うわさ)を信(しん)ずる人は愚のはなはだしと
いふべし
種痘(くぼうそう)を種(せ)し者再(ものふたゝ)び真痘(まことのほうそう)を患(うれ)へざる論(ろん)
夫(そ)れ人体中(ほとのからだのうち)には外来(ほかよりきたるり)の伝染毒(うつりやまいのどく)に感応(かんじおふ)する性(せい、せいふん)あり是(これ)を感受性(かんじゆせい)と謂(い)ふ復(また)
其感受性(そのかんじゆせい)の中(うち)にも温疫(じゑき)にの伝染(と〳〵)毒に感(かん)ずる性(せい)は生涯其(しやうがいそ)の人体中に
あるが故(いへ)に同く温疫(しゑき)を再三患(たび〳〵うれ)ふる者あれども痘瘡毒(ほうそうどく)に感(かん)ずる性に限(かぎ)りて
は神哉一(ふしぎなかるな)たび其痘瘡毒(そのほうそうどく)に感(かん)じて十二日を過(すぐ)れば断然(たんぜん、すつばうと)として終(つい)に消滅(しやうめつ、きへる)する
者也此(こゝ)を以ての故(ゆへ)に再(ふた)び是(これ)を患(うれ)ふる事なし又種痘とて牛痘(うし)の
膿漿(うみ)を人に種(うゆ)る時(とき)は彼(か)の真(まこと)の痘瘡毒(ほうそうどく)に感(かん)ずる性(せい)が今/是(こ)の牛痘(うしのほうそう)
【左頁】
毒(どく)に感(かん)ずるが故(ゆへ)に矢張真痘(ややりまことのほうそう)の如(ごと)く全体中(からだぢう)の生力抗抵(せいりよくこうてい)して其(その)牛
痘毒を駆除(おないださ)んが為(ため)に其種(そのう)へし処(ところ)より痘顆(ほうそう)を出(いた)し膿(うみ)を醸(かも)し第
五日第九日両度の熱(ねつ)を発(はつ)して終に其/牛痘毒(ぎうとうどく)を排除(はいじよ、おいとかふ)する者
なり然(しか)して彼(かの)これに感(かん)ぜし性(せい)も亦十二日を過(すぐ)れば断然(たんぜん)として
消滅(しやうめつ)するを以ての故(ゆへ)に種痘といへども必(かなら)ず再(ふたゝ)び真痘(しんとう)を患(うれ)ふる事
なし是全(これまつた)く牛痘毒(ぎうとうどく)の性質(せいしつ)と真痘毒(しんとうどく)の性質(せいしつ)と天稟能相肖(もちまへよくあいに)たるを
以て如斯感(かくのごとくかん)ずる者也」畢竟彼(ひつきやうか)の真痘毒(しんとうどく)に感(かん)ぜる性をして今/牛痘毒(きうとうどく)に
感(かん)ぜしめて復生力抗抵(またしりよくこうてい)の力(ちから)をかりて早(はや)く其性(そのせい)を滅却(きへ)させしむるの極理(ふかいり)
なれば実(じつ)に奇(き)といふべし又/妙(みよう)といふべし衆人(おふくのひと)必す■(うたご)ふ事勿(ことなか)れ
附録(ふろく)
【右頁】
凡親(およそおや)の子(こ)を愛(あい)するや禽獣諸虫(とりけだものもろ〳〵のむし)に至(いた)る迄其(までその)愛情(あいじやう、なさけこゝろ)同一(どういつ)といへども就中(なかんずく)人と
して其子(そのこ)を愛育(そだ)つるは
或(あるい)は抱(いた)き或(あるい)は撫(な)ぜ或(あるい)は床上(とこのうへ)に百器(ひやくき、てあそび)を連(つら)ね其(その)
児笑(じわら)へは愈(いよ〳〵)これを愛(あい)し其児泣(そのじなけ)ば倍々(ます〳〵)慈(じひ)を加(くわ)へ美味(うまきもの)あれば先(まづ)これを
与(あた)へ其児(そのじ)これを食(くら)へば喜々然(さゝぜん、うれしそふに)として喜(よろこ)び児(じ)の頭(かしら)をなぜ音(こへ)を下(ひく)ふし
て汝智(なんじしへ)あつて容色(すがた)も亦(また)人の児(じ)に優(まさ)れりと独語独舞(ひとりかたりひとりまい)は正敷狂者(まさしくきちかい)に
似(に)て其注意注目(そのきをくばりめをくばる)の愛情実(あいじやうまこと)に至(いた)らざる所(ところ)なく然所惆(しかるところいた)ましい哉彼(かなかの)
無稽(こゝろへなき)の医師(いし)に欺(あざむ)かれ種痘(しゆとう)は無益(むゑき)の事(こと)なりと思(おも)ひ唯神仏(たゞしんぶつ)に祈念(きねん)
を恭(うしら)し遅々(ちゝ、ぐず〳〵)として日を送(おく)るの中(うち)■然(しうぜん、にわかに)として悪性(あくせい)の痘(とう、ほうそう)に罹(かゝ)り
て九泉(きうせん、あいお)の下(もと)に往時(おかしいへとき)は手(て)に握(にきり)し珠(たま)を失(うしの)ふ心地(こゝち)して其衣服百器(そのいふくひやくき)を見(み)る
毎(ごと)に何度袂(なんどたもと)を湿(うるお)して永(なが)く是(これ)を忘(わす)れ難(がた)し又/偶(おめ〳〵)百死(ひやくし、からきいのち)を脱(のが)るとも天稟(かもれつき)
【左頁】
の艶色(たおやか、きれい)一朝(いてあさ)に醜■(とうしや、みにくひすがた)となり或(あるい)は清恨(せいこん)を亡(うしな)ひ或は赤色(あかいろ)の凹瘢(みつちや)となり
或は我眉(がび、まゆ)脱落(だつらく、ぬけて)して紅顔(こうがん、くれないのかを)一夜(いちや)に変(へん)ずる事恰(ことあたか)も春花の雨(あめ)に逢(お)ふが
如(ごと)し且友性(かつともたち)に疎(うと)まれ衆人(しよふじん)に指(ゆび)ざゝるゝ時(とき)は其父母(そのふぼ)の心意如何(こゝろいか)なるぞや
然(しか)して後(のち)種痘(しゆとう)の良法(りやうほう、よきほう)たる是(これ)を確(さと)るとも後(のち)悔如何(かわいいかん)ともする事(こと)なし
嗚呼憐(あゝあわ)れまざるべけん哉(や)悲(かなし)まざるべけん哉(や)希(■ねがわ)くは彼無稽(かのむけい)の医師(いし、いしや)も
亦我執(またこゝへたがい)を捨(あらため)て是(こ)の良法(りやうほう)を信(しん)ぜなば今日よりして是(これ)の苛酷(かこく、ゑぐい)の毒(とく)に
死(し)する者なきは論(ろん)なし尚且凹瘢麻面(なをかつおしはんま、みつちや)の者も無きにいたらば万(ばん)
民(みん)の幸(さいはいわ)ひ何(なん)ぞ是(これ)に過(すぎ)ん哉(や)余(われ)この書(しよ)を述(のべ)る事(こと)素(もと)より好(この)ま
されども余多(あまた)の人命(じんめい)に関係(くわんけい、かゝる)すれば実(まこと)に止(やむ)事を得(ゑ)ざるが故
也有志(なりこゝろざしある)の君子是(くんしこれ)を怒(じま)し賜(たま)へ 甲子二月上梓
【右丁】
題辞 【印】
寧馨児兮寧馨児。頬 ̄ノ生 ̄ヲ微渦 ̄ヲ容 ̄チ温雅。父 ̄ヤ兮
母兮愛養潔。游戯奉 ̄シ璋 ̄ヲ弄 ̄ス尾 ̄ヲ。疾憂 ̄ノ一念
未 ̄タ曽 ̄テ忘 ̄レ期 ̄ス他 ̄ノ成 ̄ツテ人 ̄ト善 ̄ノ事我 ̄ニ。何来 ̄ノ険痘時 ̄ニ大 ̄ニ
行 ̄レ。海内 ̄ノ嬰遇 ̄ラ奇禍 ̄ニ。草根木皮と雖 ̄トモ可 ̄シ医 ̄ス。能 ̄ク
■万全 ̄ク天下 ̄ニ寡 ̄ナシ。至 ̄ツテ此愛養一時 ̄ニ失 ̄レ。膝下遠 ̄ク
別 ̄レ九泉 ̄ノ下。何 ̄ソ図 ̄ラン凌世除 ̄ノ痘方。流伝公行 ̄メ遍 ̄ナシ
朝野 ̄ニ。方今我藩 ̄ノ谷国工。能活 ̄メ生霊 ̄ヲ妙訣夥 ̄シ。
始 ̄テ知 ̄ル種術真 ̄ニ仁術。百万嬰児殊恩 ̄ヲ荷 ̄フ。宋朝
之美子都 ̄ノ■。世間自今莫 ̄ラン醜■。高論豈 ̄ニ啻 ̄ノ
牛痘 ̄ノ益。更弁 ̄ス有 ̄ヲ痘偽 ̄ト■仮。
山下常仰
嬰児百万総 ̄テ。平安不 ̄ス見紅顔 ̄ニ点 ̄スルヲ凹瘢 ̄ヲ誰 ̄レカ識 ̄ケン
【左丁】
種方仁術至偶患偽疱意思寛
谷 景命
たゝし
うへる苗のほたちも知らぬ世の人の言は筆をいかにしてまし
偽りとかりとを知らて真なるものさにしぬる子の親そうき跋
余信引種痘之有益於嬰児也久矣。近。見有
引痘之後再患痘者。余少有疑焉。今谷子
詳有痘之仮偽。以使人通暁之。人若信之
則嬰児成立■万全也必矣。如此然後知
仁術之所以為仁術也。因賛一言於巻尾
甲子二月 山村誠意
郡山 谷氏蔵板
【裏表紙】
【左】
【右】
059440―000―4
特24―333
発疹窒扶私予防の訓
押田 俊三 編
M14
CBF―0308
【左】
押田 俊三述
發疹窒扶私豫防(はつしんちふすふせぎかた)の訓(をしえ) 全
【左】
發疹窒扶私豫防(はつしんちふすふせぎかた)の訓(をしえ) 全
押田 俊三述
この頃(ごろ)発疹窒扶斯(はつしんちふす)といふ悪(あ)しき傅染病(うつりやまひ)の流行(はや)る兆(きざし)ある
により吾輩有志(われ〳〵いうし)の者(もの)どもが相議(あいはか)りて中央衛生會委員(ちうわうゑいせいくわいいゐん)な
る東京大學醫學部教授(とうきやうだいがくいがくぶけうじゆ)の三宅先生(みやけせんせい)にその豫防(ふせぎかた)に係(かゝは)りた
る講義(かうぎ)をして聽(き)かせられよと請(こ)ひしにその請(こひ)を許(ゆる)され
ければ過(す)ぐる日(ひ)講場(かうじやう)を本所(ほんじやう)なる江東小學(かうとうせうがく)の内(うち)に開(ひら)きた
りにはもと深川區(ふかがはく)本所區(ほんじやうく)の衛生(ゑいせい)の事(こと)に注意(きをつ)くべき義務(つとめ)
あるものが共(とも)〴〵集(あつま)りて聞(き)かんことを目的(めあて)としたるに
早(はや)くも他方(ほか〳〵)の同(おな)じ志(こゝろ)ざしなる人々(ひと〴〵)がこれを聞(き)き知(し)り當(たう)
日(じつ)講場(かうじやう)に登(のぼ)りて聽聞(ちあうもん)するもの凡(およそ)三百人/許(ばかり)なりき抑(そも)〳〵
【右】
此(こ)の講義(かうぎ)は實(じつ)公衆(ひと〴〵)の衛生(ゑいせい)に肝要(かんえう)なる事(こと)なれば講場(かうじやう)に
て留(と)め置(お)きたる筆記(ひつき)を刊(す)り出(いだ)して世(よ)に公(おほ)やけにせんと
は思(おも)へどその筆記(ひつき)はたとへば日報(につぽう)または報知(はうち)の大新聞(おほしんぶん)
を残(のこ)らずよく分(わか)るほどに讀(よ)み得(う)るものには分(わか)りもすべ
けれど讀賣(よみうえい)または繪画(ゑいり)の新聞(しんぶん)を讀(よ)むがごいとく誰(たれ)にも分(わか)
るにはあらぬなり因(よ)りて余(よ)は不圖老婆心(ほとせわぎ)を起(おこ)して前(まへ)の
講義(かうぎ)の主意(しゆい)に基(もと)づき発疹窒扶斯(はつしんちふす)を豫防(ふせ)ぐに心得(こゝろえ)となる
べき事(こと)を採(と)り集(あつ)め女子幼童(をんなこども)にも讀(ようま)るゝまで易(やす)く書(か)きし
るして此(こ)の発疹窒扶斯(はつしんちふす)豫防(ふせぎかた)の訓(をしえ)といふ一の小(ちひ)さき冊子(さうし)
を作(つく)り出(いだ)しぬ然(さ)れど訓(をしえ)といひ殊(こと)に公衆(ひと〴〵)の衛生(ゑいせい)に肝要(かんえう)な
る方法(しかた)を説明(と)けるものなれば自分(じぶん)のみにて善(よ)しと定(さだ)めず
三宅先生(みやけせんせい)の一閲(けみし)を請(こ)ひ受(う)けて後(のち)いよ〳〵版(はん)に上(のぼ)せ公衆(ひと〴〵)
【左】
に示(しめ)すことゝはしたり公衆(ひと〴〵)若(も)しこの冊子(さうし)によりて発疹窒(はつしんち)
扶私(ふす)の豫防法(ふせぎかた)をq知(し)ることあらば余(よ)の老婆心(せわぎ)も亦(また)空(あだ)とな
らざるべし
発疹窒扶私(はつしんちふす)といふ病(やまひ)は西洋(せいいやう)には昔(むかし)よりありて度々(たび〳〵)大流行(おほばやり)
すれど日本(につほん)にあるは近頃(ちかごろ)の事(こと)にて前(まへ)かたにはこの病(やまひ)なか
りしといへどおと〳〵この病(やまひ)は疫病(やくびやう)といひ來(きた)りしものゝ
中(うち)の一種(いつしゆ)なれば昔(むかし)よりの史書(ほん)や年代記(ねんだいき)に随分(ずゐぶん)たび〳〵疫(えき)
癘(れい)の大流行(おほばやり)せしことを書(か)き載(の)せてあるはその中(うち)に此(こ)の發(はつ)
疹窒扶私(しんちふす)ありしかも知(し)れぬと考(かんが)へらる偖(さて)今年(ことし)は我國(わがくに)に此(こ)
の病(やまひ)流行(はやり)るの兆(きざし)ありて已(すで)に東京(とうきやう)や横濱(よこはま)にてはこれを煩(わつら)ふ
もの數多(あまた)あれば何時(いつ)俄(にはか)に大流行(おほばやり)となりて世間(せけん)の人々(ひと〴〵)が格(こ)
列刺(れら)よりも甚(はなは)だしく悩(なや)まさるゝかも知(し)れぬなり然(さ)ればわ
【右】
れら公衆(ひと〴〵)の早(はや)くその豫防法(ふせぎかた)に注意(きをつ)くるは肝要(かんえう)なることに
て愈(いよ)〳〵病毒(びやうどく)が蔓延(はびこ)り大流行(おほばやり)となりてからは防(ふせ)ぎ止(と)むる
ことも容易(ようい)に出來(でき)ずこれを逃(のが)れやうとしても中(なか)〳〵間(ま)に
合(あ)はぬなりそれゆゑ政府(かみ)にては豫(かね)て傅染病豫防規則(うつりやまひふせぎかたきそく)を設(まう)
けられてもありこの上(うえ)追々(おひ〳〵)流行(はうや)ることゝならば必(かな)らず亦(また)
それ〳〵の御世話(おせわ)もあるべけれど若(も)しそれに引(ひ)きかへ公(ひと)
衆(びと)が他人事(ひとごと)のやうに思(おも)ひ居(を)り各々(めい〳〵)にてよく意(き)を注(つ)くるこ
となければ遂(つひ)に吾(わ)が日本國中(につぽんこくちう)の公衆(ひと〴〵)の上(うへ)にいかんる大危(だいやく)
難(なん)を受(う)くるも測(はか)り難(がた)し因(よ)りて公衆(ひと〴〵)はよく〳〵これらの事(こと)
を考(かんが)へてとも〴〵油斷(ゆだん)せず専(もつぱ)ら此(こ)の怖(おそ)ろしき傅染病(うつりやまひ)を防(ふせ)
ぐことを心掛(こゝろか)くべし今(いま)公衆(ひと〴〵)の心得(こゝろえ)となさんが為(ため)にその病(やまひ)
の性状(たち)と豫防法(ふせぎかた)とを次(つぎ)に述(の)
【左】
病(やまひ)の性状(たち)
発疹窒扶私(はつしんちふす)は性(たち)の惡(わろ)き熱病(ねつびやう)にて餘程(よほど)烈(はげ)しく人々(ひと〴〵)に傳染(うつ)る
ものなりその容體(ようだい)は最初(さいしよ)に風(かぜ)引(ひ)きたるが如(ごと)き心地(こゝち)して一(からだ)
身披倦(ぢうだる)く食氣(しよくき)なく噴嚔(くさめ)咳嗽(せき)など出(で)て頭痛(づゝう)眩暈(めまひ)惡寒(さむけ)し四肢(てあし)
に疼痛(いたみ)ありそれより後(のち)大(たい)そう寒(さむ)けして戰(ふる)へること一度(いちと)ま
たは度々(たび〳〵)ありて熱(ねつ)が急(きふ)に劇(はげ)しく出(い)で目赤(めあか)く涙(なみだ)を流(なが)し頭痛(づゝう)
四肢(てあし)關節(ふし〴〵)の疼痛(いたみ)いよ〳〵強(つよ)く四五/日(にち)めになると赤(あか)き發疹(でもの)
が胃窩(むなさき)から出來(でき)はじめて軀幹(からだ)より四肢(てあし)にまで蔓延(はびこ)りこの
時(とき)熱(ねつ)は同様(どうやう)に劇(はげ)しくて漸々(だん〳〵)精神(き)が恍惚(ぼんやり)となり譫言(うはこと)もあり
身體(からだ)ます〳〵疲(つか)るゝなり大抵(たいてい)はかやうの容體(ようだい)なれどその
中(うち)には軽(かろ)きもあり重(おも)きもありて見(み)た景況(ようす)の少(すこ)しは差(ちが)ふも
のなり又(また)ことによると發疹(でもの)の出來(でき)ぬものも稀(まれ)にあるべし
【右】
〇此(かく)の如(ごと)き容體(ようだい)のあるに於(おい)ては醫師(いしや)も大抵(たいてい)は診(み)て発疹窒(はつしんち)
扶私(ふす)と極(き)め家内(かなひ)のものにもそれと知(し)らすべけれど地方(とち)に
より醫師(いしや)によりては傷寒(ちやうかん)とか瘟疫(うんえき)とかしたり神經熱(しんけいねつ)とか
腐敗熱(ふはいねつ)とか發斑熱(ほつぱんねつ)とか名(な)をつけたりまたは熱病(ねつびやう)だの疫邪(えきじや)
だの疫病(やくびやう)だのいへどつまり発疹窒扶私(はつしんちふす)の容體(ようだい)あらば矢(や)
はり発疹窒扶私(はつしんちふす)と心得(こゝろえ)て居(ゐ)るが宜(よろ)し〇この病(やまひ)は流行(はや)り出(だ)
せば何地(いづち)といふ差別(しやべつ)なく流行(はやり)りその病毒(びやうどく)は人の大勢(おほぜい)居(ゐ)る
處(ところ)や狭(せま)くて不潔(きたな)き處(ところ)や空気(くうき)の流通(かよひ)よくなき處(ところ)に出來(でき)て人
に著(つ)きそれより人から人に傳染(うつ)り廣(ひろ)がり閉(と)ぢ籠(こ)めたる室(へや)
または船(ふね)の中(なか)にては取(と)り分(わ)け毒(どく)のいきほひが強(つよ)くまた始(はじ)
めて流行(はや)る土地(とち)にては毎(いつ)もその病(やまひ)が烈(はげ)しきものなりその
毒(どく)を輸(はこ)ぶ物(もの)は病人(びやうにん)の口鼻(くちはな)より出(い)づる呼気(いき)または身體(からだ)より
【左】
出(い)づる蒸發氣(いき)などにて病人(びやうにん)に近(ちか)よるは勿論(もちろん)その毒(どく)を含(ふく)め
る居室(へや)、衣服(きもの)または器具(だうぐ)より感染(うつ)るこれを感受(ひきう)くるは貴賤(きせん)
老若(らうにやく)、男女(なんによ)の別(べつ)なく身體(からだ)や衣服(きもの)の不潔(きたなき)と食物(しよくもつ)の不良(あしき)と飢餓(ひだるき)
と身體(からだ)の衰弱(つかれ)と度(ほど)に過(す)ぎたる労作(はたらき)と夜行露臥(よあるきのじやく)などゝが皆(みな)
その原因(もと)となるなり
豫防法(ふせぎかた)
豫防法(ふせぎかた)は前(まへ)にいへる病毒(びやうどく)の傳染(うつり)かたを考(かんが)へてそれを避(よ)く
るなり故(ゆゑ)に第一(だいいち)各人(めい〳〵)の住家(すまひ)を平日(へいじつ)よりも猶(なほ)さら清潔(きれい)にし
て室(へや)の内(うち)によく空気(くうき)を通(かよ)はせ狭(せま)き處(ところ)に大勢(おほぜい)居(ゐ)ぬ様(やう)にし衣(き)
服(もの)を度々(たび〳〵)洗濯(せんたく)し又(また)よく浴(ゆ)に入(はい)り不良食物(あしきしよくもつ)を禁(きん)じて滋養(やしなひ)と
なる物(もの)を食(く)ひ雨風(あめかぜ)に打(う)たれたり夜行(よあるき)したり薄被(うすぎ)で寝(ね)たり
せずじて風引(かせひ)かぬ様(やう)に用心(ようじん)し身體(からだ)を強健(じやうぶ)にする様(やう)注意(きをつ)く
【右】
べし而(さう)して発疹窒扶私(はつしんちふす)の病人(びやうにん)ある土地(とち)の近傍(ちかみ)へは勿論(もちろん)祭(さい)
禮(れい)、劇場(しばゐ)、寄席(よせ)、講釈場(かうしやくば)観場(みせもの)などのやうな人の多(おほ)く集(あつ)まる處(ところ)へ
は往(ゆ)かぬ様(やう)にし又(また)不潔(きたな)き旅店(はたごや)には宿(とま)らず不潔(きたな)き人力車(じんりきしや)、馬(ば)
車(しや)には乗(の)らぬを善(よ)しとす又(また)乗合船(のりあひぶね)に乗(の)るにはよく意(き)を注(つ)
くべし〇此(こ)の病(やまひ)の傳染(うつ)るを防(ふせ)ぐに學校(がくかう)、制作處(せいさくしよ)をはじめ下(げ)
宿屋(しくや)、旅籠屋(はたごや)、貸座鋪(かしざしき)、馬車屋(ばしやや)、乗合船(のりあひぶね)の宿(やど)、古衣商(ふるぎや)、質舖(しちや)、夜具(やぐ)蚊幮(かや)
衣服(きもの)の損料貸(そんれうかし)、洗濯職(せんたくや)などにては取(と)り分(わ)け意(き)を注(つ)くべきな
り〇餘義(よぎ)なく発疹窒扶私(はつしんちふす)の病人(びやうにん)に立(た)ちよるか病毒(びやうどく)の著(つ)き
たる衣服(きもの)や器具(だうぐ)に近(ちか)づきし時(とき)は石鹸(しやぼん)または醋(す)を和(ま)ぜたる
水[小盥(こだらい)一杯(いつはい)の水(みづ)に醋(す)五勺許(ごしやくほど)]にてよく顔(かほ)や手足(てあし)を洗(あら)ふべし
その外(ほか)病人(びやうにん)のある家(いへ)に往來(ゆきゝ)し又(また)は病毒(びやうどく)を含(ふく)むかと疑(うたが)ふ物(もの)
に觸(さは)りし時(とき)も然(さう)するを良(よ)しとす〇精々(せい〴〵)豫防法(ふせぎかた)に心(こゝろ)を用(もち)ひ
【左】
て居(ゐ)ても若(も)し発疹窒扶私(はつしんちふす)かと思(おも)ふ病人(びやうにん)出來(でき)たる時(とき)は別(べつ)の
一室(ひとま)[一室限(ひとまぎ)りなき家(いへ)ならば一隅(かたすみ)]に臥(ね)させsて先(ま)づ家内(かない)のも
のもなるたけ側近(そばちか)くよらぬ様(やう)にし早速(さつそく)にその診別(みわけ)のつく
程(ほど)の醫師(いしや)を召(よ)びて診(み)て貰(もら)ひいよ〳〵発疹窒扶私(はつしんちふす)であるな
らばその筋(すぢ)への届方(とゞけかた)は醫師(いしや)に任(まか)せて指圖(さしづ)を受(う)くべし偖(さて)こ
の病(やまひ)は烈(はげ)しき傅染病(うつりやまひ)にて側(そば)へ近(ちか)よる者(もの)にはたちまち感染(うつ)
りて一家内(ひつかない)のものが一時(いちじ)に枕(まくら)を並(なら)べて臥(ね)る様(やう)な事(こと)が出來(でき)
病人(びやうにん)に肝腎(かんじん)なる手當看病(てあてかんびやう)が届(とゞ)かぬのみならず病毒(びやうどく)も自然(しぜん)
蔓延(はびこ)り易(やす)ければなるたけ早(はや)く此等(これら)の傅染病(うつりやまひ)を療治(れうぢ)する病(びやう)
院(ゐん)に入(はい)る様(やう)にするがよし然(さう)すればその病院(びやうゐん)には醫師(いしや)も詰(つ)
め切(き)つて居看病人(ゐかんびやうにん)も澤山(たくさん)ありて手當(てあて)も厚(あつ)く届(とゞ)けばなまじ
ひに自宅(うち)で療治(れうぢ)するよりも當人(たうにん)の為(ため)になり又(また)家内(かない)のもの
【右】
の為(ため)にもなるなり然(さ)れど若(も)し據(よん)どころなく自宅(うち)で療治(れうぢ)す
る時(とき)は先(ま)づ老人(としより)や小兒(こども)あらば當分(たうぶん)餘所(よそ)へ避(よ)けさせ家内(かない)の
中(うち)にて誰(だれ)ぞ然(しか)るべきものを一人(ひとり)極(き)めて看病人(かんびやうにん)としその看(かん)
病人(びやうにん)は時々(とき〴〵)衣服(きもの)に石炭酸水(せきたんさんすゐ)をふり掛(か)け石鹸(しやぼん)にて顔面手足(かほてあし)
を洗(あら)ふべし又(また)病人(びやうにん)の室(へや)の内(うち)にある物(もの)は一切(いつせつ)これを外(そと)へ出(だ)
して使(つか)ふべからず〇病人(びやうにん)が治療(なほ)りたりとて浴(ゆ)を使(つか)ひ石鹸(しやぼん)
にてよく全身(からだ)を洗(あら)ひ衣服(きもの)を取(と)り換(か)へぬ中(うち)はそれと一所(いつしよ)に
なるべからずその使(つか)ひし衣服(きもの)、衾褥(やぐ)、蚊幮(かや)は焼(や)き棄(す)てるか又(また)
は石炭酸水(せきたんさんすゐ)に一晝夜(いつちうや)の間(あひだ)漬(つ)け置(お)きてその上(うへ)に沸湯(にえゆ)を注(か)け
それよりよく洗(あら)ひ日光(ひ)に曝(ほ)すべし洗濯(せんたく)の出來(でき)ぬ品(しな)は亞硫(ありう)
酸瓦斯(さんくわす)で熏(いぶ)しまたは石炭酸蒸気(せきたんさんじようき)にあてゝ後(のち)日光(ひ)に曝(ほ)すべ
し病人(びやうにん)の居(を)りし室(へや)は畳蓆(たゝみござ)の類(るゐ)を揚(あ)げて柱(はしら)か壁(かべ)に倚(よ)せかけ
【左】
戸棚(とだな)を開(あ)け放(はな)ち室(へや)の中(うち)にある器具類(だうぐるゐ)は残(のこ)らず列(なら)べ置(お)き戸(と)
口(ぐち)や窓(まど)を閉(し)めて六/時間(じかん)の上(うへ)亞硫酸瓦斯(ありうさんくわす)で熏(いぶ)すべしそれよ
り障子(しやうじ)、柱(はしら)、牀板(ゆかいた)を石炭酸水(せきたんさんすゐ)にて拭(のご)ひ器具類(たうぐるゐ)は石鹸(しやぼん)を解(と)きた
る水(みづ)または沸湯(にえゆ)にて洗(あら)ひ取(と)り出(だ)して風(かぜ)や日光(ひ)に中(あ)つべし
〇不幸(ふかう)にして病人(びやうにん)の死(し)にたる時(とき)には単衣(ひとへもの)か木綿(もめん)を石炭酸(せきたんさん)
水(すゐ)に浸(ひた)しこれにてその屍體(かばね)を包(つゝ)み速(はや)く棺(くわん)に歛(おさ)むべし而(さう)し
火葬(くわさう)するを良(よ)しとすその屍體(かばね)を置(お)きたる室(へや)はすべて前(まへ)
の如(ごと)く消毒法(どくけし)を行(おこな)ふべし
消毒法(どくけし)に使(つか)ふ藥劑
〇石炭酸水(せきたんさんすゐ) 石炭酸(せきたんさん)二/匁(もんめ)を虞里設林(ぐりせりん)または亞薾箇保兒(あるこほる)
四匁(もんめ)にてよく溶解(とか)しそれを二合餘(がふあまり)の水(みづ)に混(ま)ぜる
〇石炭酸蒸気(せきたんさんじやうき) 二倍(ばい)の亞的兒(あゝてる)を和(ま)ぜたる石炭酸(せきたんさん)を皿(さら)に
【右】
入(い)れて微(すこし)の火(ひ)の上(うへ)に置(お)きまたは二十/倍(ばい)の蒸餾水(じようりうすゐ)を和(ま)
ぜたる石炭酸水(せきたんさんすゐ)を布片(ぬのぎれ)に蘸(ひた)し室(へや)の内(うち)に懸(か)け置(お)きて氣(き)
を蒸發(たゝ)す
〇亞硫酸瓦斯(ありうさんぐわす) 硫黄(ゆわう)三百/匁(め)を八/畳敷(でふじき)の室(へや)に使(つか)ふ割(わり)にて
それを二(ふた)つ三(み)つの火鉢(ひばち)に分配(ぶんばい)し炭火(すみび)を點(つ)けて徐々(そろ〳〵)燃(も)
やす
消毒(とくけし)の方法(しかた)やそれに使(つか)ふ藥劑(くすり)は何(いづ)れの土地(とち)にても衛生(ゑいせい)
の事(こと)を擔當(うけあた)るゝ職(やく)のものが心得(こゝろえ)て居(ゐ)られそれ〳〵世話(せわ)
もあるべけど茲(こゝ)に一通(ひとゝほ)り述(の)べ置(お)くなり
發疹窒扶斯豫防(はつしんちふすふせぎかた)の訓終(をしへをはり)
【左】
明治十四年六月十六日出版御届 同月出版
千葉縣平民
述者兼出版人 押 田 俊 三
本所區龜澤町
定價二銭
東京馬喰町二町目
書舗 島 村 利 助
同南傳馬町二町目
賣捌所 同 穴 山 篤 太 郎
同本所緑町四丁目
活版所 好 文 堂
【裏写りのみ、記載なし】
麻疹(はしか)流行(りうかう)年数(ねんすう)
〇慶安三庚寅年秋 四十一年目
〇元禄三庚午《割書:ヨリ| 四年マデ》 四十年目
〇享保十五庚戌年春 二十五年目
〇宝暦三癸亥年春 二十四年目
〇安永五丙申年秋 二十八年目
〇享和三癸亥年夏 二十二年目
〇文政七甲申年春 三十九年目
〇文久二壬戌年夏 二十七年目
▲としこしのまめと
ひいらぎを
七たびせんじて
のめばさつそく
ねつをさますこと妙也
まじなひ
▲東向の馬屋にある馬のたらいを
はしかにならぬうちにかむせ候へば
のかるゝなり万一しても極かろく
けがなし
▲たらようの葉を図のごとく
【たらの葉の図】いたしきり火を打
かけ門口へつるせば
家内の者はしかをせぬこと妙也
たらようはすくなき物ゆへ
萌黄の紙にて此かたちをきり
てはり置はよし
一松斎
芳宗画
【四角囲の中】
通
糸庄
三
【帙】
【表紙】
【題簽】
痳瘡(はしか)養生集 全
【「痳」は「麻」又は「痲」の誤ヵ】
【帙】
【背】
【題簽】
痳瘡養生集
【表紙】
【題簽】
痳瘡(はしか) 養生集 全
【表紙】
痳瘡(はしか)
養生集(やうぜうしう)
富
【見返し 白紙】
【左丁】
痲疹食生辨(はしかやうせうべん)【注】
医(いに)曰/痲瘡(はしか)流行(りうかう)致(いたす)事/広(かう)大にして人間一世の大/厄(やく)
にて一度は此/床(とこ)にふす事有へし此度之痲疹も
はしかにならすんば疫病(やくひよう)にもならんかと考(かんが)へるに
無病(むひよう)之時其身の養生(ようぜう)を専(せん)一に食類(しよくるい)に心づけ寒(かん)
暖(たん)を能(よく)凌(しのき)灸治(きうじ)をおこたらぬ時は痲疹(はしか)必(かなら)ず軽(かろ)かる
べし先初日はさむけ付/気分(きぶん)あしく相成二日目
には少し熱(ねつ)いでべし三日目に発(はつ)す四日目五日目には
床(とこ)に付/絶食(ぜつしよく)に相成大/熱(ねつ)いでる此時/当(とう)人水を好(この)み
ものなり水は消(けし)而無(む)用なり風にあたらぬ様/霍乱(かくらん)
【「食」は「養」の誤】
【右丁】
に相成ざる様(よう)心付べし十日十一日/位(くらい)より少々つゝ食付(しよくづき)
候共/当(とう)人の《振り仮名:好|このみ》む物(もの)を能(よく)々きゝ受(うけ)毒(どく)に相成ざるもの
を少々つゝ食(くは)せ追(おい)々《振り仮名:全快|せんかい》に相成/丈身(たけみ)の養生(やうぜう)を
大事(だいじ)にすべきなり食(しよく)るいのよしあしは左に出
しるしぬ
禁物(きんもつ)一なた豆(まめ)を食(しよく)すれば即死(そくし)す一年(いちねん)忌(いむ)
一/房事(ばうじ)七十五日 一川/魚(うほ)一とうふ一こんにやく一からき物
一/入湯(にうとう)七十五日 一/油(あふら)こき物一魚るい一/梅干(うめほし)一/水菓子(みづかし)一もち
一/灸治(きうじ)七十五日 一ぬかみそ一/瓜(うり)なす一さといも一やつがしら
一/大声(おゝこへ)五十日 一そら豆一ゑんどう一くわい一ほうれん草
【左丁】
一/髪月代(かみさかやき)五十日 一しい茸(たけ)一干のり一ぜんまい一もゝ一れんこん
一/酒(さけ) 七十五日 一もろこし一ねぎ一/菜(な)一あは一せり一ずいき
一そば 七十五日 一/酢(す)き物一とうなす一/貝(かい)るい一なし
よき食(しよく)るい
一ゆり一永いも一ねんじん一大こん一/切干(きりほし)一さつまいも一麦
一とうくわ一いんけん一くろまめ一十六さゝげ一やゑなり一かんひよう
一あづき一/氷(こうり)こんにやく一さとう一ゆば一やきふ一ほしうんどん
一かたくり一しら玉一/干菓子(ひかし)一くず一かつほぶし一/午房(ごぼう)一しゞみ
一みそづけ一古たくあん一こんぶ一わかめ一あらめ一ちさ一あわび
一きんこ一さより一かれい一あいなめ一とぜう一かなかしら一ぶどう
【右丁】
まじない
一たらようの葉(は)へ左に図(づ)の如くうたをかき灸(きう)
を三火つゝすへべしはしか
のかるゝ事/奇妙(きめう)なり
当(とう)人のからだをなでさ
すり川へ流すべし
麦殿(むきどの)は生れなから。に。はしかして。
かせたる跡(あと)。わ我身(わがみ)なりけり。
【葉の図中の文章】
表
麦殿わ生れなからに
はしかして
かせたる跡は我身なりけり
裏
当人名前
生れ才【注】書
【注 年齢の歳の略字なので「とし」の意に用いられたものと思われる。】
【左丁】
一/玉子(たまこ)のほしたのをくゑばはしか極(ごく)かるかるべし
一きんこをしほを極あまく煮付(につけ)くわすべし咽(のど)へ必
できずと云
一/糸柳(いとやなき)を手一足に切てせんじ用ゆゆれば山あげる也
一/午房種(ごほうし)五/粒(りう)計のますも宜(よろし)さいかくをのまして
よろし
一おかぜりをせんじてぎよう水(ずい)をつかわせれば極
かるくするなり大ていはのがるゝなり
一せつぶんの柊(ひいらき)之/葉(は)を七/枚(まい)せんじて呑(のま)すれば是
もはしかのかるゝと言(いう)妙(めう)でん也
【右丁】
一/東向(ひかしむき)の馬屋(むまや)馬のたらいをはしかにならぬうち
当(とう)人ゑかむせればはしかのがるゝ也又してもごく
かるくする奇妙(きめう)のまじないなり
痲疹妙薬伝法(はしかみようやくでんぽう)
一名/升麻葛根湯(せうまかつこんとう)
一/葛根(かつこん)《割書:三匁》一/升麻(せうま)《割書:二匁》一/芍薬(しやくやく)《割書:二匁》一/甘草(かんそう)《割書:二匁》
右四/味(み)調合(てうこう)して生姜(せうが)水壱ぱい半入壱ぱいに
せんじ用ゆ席病(せきひよう)に手足ひへる時(とき)は桂枝(けいし)《割書:壱匁|五分》
入て腹(ふく)すべし
【左丁】
はしかせぬ名法
一/子供(こども)のこしゑ守袋(まもりふくろ)同様(とうよう)に赤(あか)き
絹(きぬ)にてくゝりさるをこしらへさげ
さすればかならずはしか
のがれるたといやむとも
おもきわかるくかろきわ
のかれるなり
一/麦(むぎ)の穂(ほ)のあるのを
とりてせんじきようずい
をつかわせれば極(ごく)く軽(かろ)るく成なり
【右丁】
痲瘡流行年数(はしかりうかうねんすう)
一天平九丁丑年夏今文久二年マデ千百二十四年ニナル
此時日本にて初めてはしか流行すト言
一長徳四戊戌年春 八百八十一年 ニナル
一文明三壬辰年夏 三百九十一年 ニナル
一永正四丁卯年秋 三百五十九年 ニナル
一慶安三庚寅年秋 二百十三年 ニナル
一元禄三庚午《割書:夏ヨリ|同四年春マデ》 百七十二年 ニナル
一享保十五庚戌年春 百三十三年 ニナル
一宝暦三癸亥年春 百二十年 ニナル
【左丁】
一安永五丙申年秋 八十五年 ニナル
一享和三癸亥年夏 六十年 ニナル
一文政七甲申年春 三十九年 ニナル
一天保七丙申年秋 二十七年 ニナル
一文久二壬戌年夏
歌 に
はしかせば房事油気酒肴
五しん水菓子酢のものをいむ 古歌
水のむな身の養生を専一に
風でひへるなしらかゆをくゑ ■盛
【■は「錦」ヵ】
【右丁】
【紋】【卍菱紋】
【屋号? 四角に「富」】
佐野屋冨五郎板
【裏表紙】
《題:種痘活人十全弁》
《題:種痘活人十全弁 全》
種痘(しゆとう)活人(くわつにん)十全弁(じうぜんべん)
痘瘡(はうそう)は至極(しごく)の大厄(たいやく)にして。小児(しように)の死(し)する事 此(この)病(やまひ)より
甚(はなはだ)しきはなし。古(いにしへ)より医(い)俗(ぞく)共に恐(おそ)るゝものこれに過(すぎ)
たるなし。往事(わうし)【左ルビ「すぎさりし」】は姑(しばらく)おいて論(ろん)せず。弘化三年丙午の春
より。痘瘡大に流行(りうかう)し。悪症(あくせう)殊(こと)に多く。死亡(しぼう)する者 亦(また)夥(おびたゝ)
し。予(よ)も日夜これが為(ため)に奔走(ほんそう)して。聞見(ぶんけん)する所(ところ)亦 頗(すこぶる)多
し。先(まづ)序(じよ)熱(ねつ)強(つよく)。人の見別(みさかい)もなく。譫語(うはこと)のみにて。狂(くる)ひ躁(さわ)ぎ
或は血(ち)をはき。血を下し。或は紫斑(むらさきのはん)を発し。痘瘡は皮膚(かわ)
の中にありて。見(あらわ)れざる者は。二三日にして死し。或は
六七日に至りて死す。」又痘瘡 出斉(でそろへ)たれ共。細(こまか)にして。漆(うる)
液(し)に感触(かぶるゝ)か如く。貫膿(ほんうみ)の頃(ころ)に至りて。少しも起脹(やまあが)らず。
反て痒(かゆみ)出てゝ。顔(かほ)を掻(か)き剥(むし)り。手(て)を押(おさゆ)れは脚(あし)を合せて
摩(すり)むき。脚を防(ふせげ)は。顔を枕(まくら)にすりつけ。背(せ)を床(とこ)にすりつ
けて。迚(とて)も防(ふせ)きゝれず。荊芥(けいかい)。蒼朮(さうじゆつ)。続随子(ぞくずいし)。及ひ茄茎(なすのから)等(など)を。
蚊薫(かゑぶし)の如く焚(たけ)共。少しも験(しるし)なく。遂(つい)に惣身(そうみ)をすりむき。
赤肌(あかはだ)になり。獣(けもの)の皮を剥(むく)が如く。後(のち)には真黒(まつくろ)に乾(かわ)き。其
毒(どく)内攻(ないこう)して。心下(むなさき)へ鞠(まり)の如くさしこみ。歯(は)も缺(かけ)る程(ぼど)に。
齘歯(はきしり)をかみ。叫(さけ)びて父母を呼び。苦(くるし)きまゝに。常に嫌(きらい)の
薬を飲(のま)ん事を請(こ)ひ。灸を炷(すへ)んことを願ふ。咽(のんど)は痰(たん)にて
塞(ふさが)り。声(こい)もびつしりと嗄(かれ)て。日夜 悶(もだ)ひ苦(くるし)み。大に渇(かわ)き。茶
碗へ咬(かみ)つく程に。水を飲み氷を食ふものは。十一二日
にして死す。皮 薄(うす)く漿(かみ)薄(うす)くして破れ易く。少しく脂(やに)を
噴(ふく)のみにて貫膿(うみ)にならず。多くは陥(くぼみ)て皺(しは)になり。其 侭(まゝ)
にて収靨(かせる)ものは。十六七日の頃に至り。余(よ)毒 再発(ふたゝひおこ)り。腹
の脹りて死するもあり。或は衝心(さしこみ)て死するもあり。或
は走馬牙疳(そうはげかん)とて。齦(はぐき)くさり歯も落(おち)。唇(くちひる)及び鼻(はな)にても腐
り貫て死するもあるなり」仮令(たとへ)死せざるも。余毒の為
に盲(めしい)となり聾(つんぼ)となり。或は鼻(はな)ふさがり或は手足の屈(かゞみ)
て不自由になるもあり。或は髪(かみ)の禿(はげ)るもあり。或は痘(あば)
痕(た)多く付て。醜容(みにくきかほ)になるもあり。」病家各 先登(われさき)に名流の
医師を招き犀角(さいかく)。一角(いつかく)。穿山(せんざん)甲(▢▢)鹿茸(ろくしよう)。反鼻(はんび)。底野迦(てりあか)。泊夫藍(さふらん)。
大人参等の諸薬を用ひ。遺(のこ)る所なく療治を尽し。或は
仏殿(ぶつでん)に護摩(ごま)を請(こ)ひ。神社(じんしや)に祈祷(きとう)を願ひ。富貴の家には
親類(しんるい)多く集り。出入の者も。入かわり立ちかわり看病(かんびやう)を
助け。貧賤の家には。戸を鎖(とさし)て家業を廃(はい)し。日夜 帶(おび)を解
かず。顔をも洗はず。真黒(まつくろ)になりて看病を怠(おこた)らず。千慮
百計して。力を尽せ共遂に寸効なく。一軒の家にて三
人死するもあり。或は二人死するもあり。死を免るゝ
家は甚 稀(まれ)なり。幼少にて死したる者は勿論。多く十五
六歳より二十五六歳にて死したる者も亦 夥(おびたゝ)し。予が
門へも訃音(ふいん)【左ルビ「しゝたるしらせ」】の来ること。日に三四家に下らず。建具屋。
指物屋等は。常の細具をやめて。葬送(そう〳〵)の道具のみを造
る。毎夜市中は。葬送の五ツ六ツも並ひ行く事あり。或
は東西より出合。或は南北へ行違ひ。四方の寺々にて
は。毎夜痘児を葬る事。一寺にて二三人。或は五六人。或
は十三人に及ひたることあり。」死する者甚多き故に。
門人に命し日に聞見(ぶんけん)する所を記さしむるに。一月に
五六十人。或は八九十人。正月より極月にいたり。大数
九百余人に及べり。然れ共 遺漏(いろう)【左ルビ「とりおとす」】する所亦多かるへし。
痘瘡今も□盛に行はれ。近村へも伝染(うつり)て死する者。小
村は二三十人。大村は五六十人。漸次(だん〳〵)に国中へ蔓延(まんゑん)【左ルビ「ひろまり」】し
て止ざるときは。此後死する者 幾許(いくばく)か知るへからず。
斯(かく)の如くなれは卒(にはか)に人民を減少(げんせう)し。国家の彊弱(きやうじやく)にも
預(あづか)る事なれは。医業を業とする者は勿論。有志者(こゝろあるもの)は力
を竭(つくし)思を覃(ふこう)して。救急(きう〳〵)【左ルビ「なんをすくふ」】の法を精究(せいきう)【左ルビ「くわしくきはむる」】せずんはあるべか
らず。然れ共痘瘡の逆証は。神丹妙薬も効を奏せず。昔(せき)
賢(けん)先哲(せんてつ)も匕(さじ)を投(な)げ手を束(つか)ねて。古今不治の者と決(けつ)す
れは。余が輩(ともがら)の救(すく)ふべきにあらず。近世 種痘(うゑはうそう)の法あり。
未病(みびやう)の小児に施して。流行の痘瘡を免(まぬ)かれしむる事。
百発百中にして。一も失策(まちがい)なし。険(さかしき)を去て夷(たいらか)なるを履(ふ)
み。危(あやふき)を避(さけ)て易(やすき)に就(つく)事 掌(たなこゝろ)を指が如し。実に人を活(くはつ)し世
を救(すく)ふの良法なり。医道 闢(ひらけ)て以来此 術(じゆつ)の右に出るの
治術なし。其術は鼻(はな)に種(うゆ)ると臑(うで)に種るの二法あり。鼻
に種るは唐山(から)に始り。臑に種るは阿蘭陀(おらんだ)に始りて行
るゝこと已に久し。他方へも其法を伝へて。今は諸国
一般(いつはん)に行はれり。我邦へも唐山(から)より李(り)仁山(ぢんさん)と云者来
りて鼻に種るの法を伝へ。阿蘭陀(おらんだ)より悉以勃児都(しいほると)と
云者来て臑に種るの術を教(をし)へたり。故に我邦にては
二法並行る。初九州より起り中国に及び。今は関東迄
も行るゝ様になれり。種痘家も多く起りたれ共。就中(なかんづく)
高名なるは。肥前(ひぜん)大村(おほむら)の吉岡(よし▢▢)英伯(えいはく)。長余(ながよ)春達(しゆんたつ)。筑前(ちくせん)秋月(あきづき)
の緒方(をかた)春朔(しんさく)。武州(ぶしう)忍(をし)の河津(かはづ)隆碩(りうせき)。江戸近村 木下川(きねかわ)の荘(せう)
屋(や)治郎兵衛(ぢろうひやうゑ)なり。各毎年種痘する事五六百人に至(いた)る
と云ふ。我か常陸にて早く気(き)の付たるは。家厳(かげん)研堂(けんだう)君(くん)
なり先年 不肖(ふせう)か西遊(せいゆう)するに臨(のそみ)て。教て曰 逆痘(ぎやくとう)に救法
なし。九州の地方に種痘の術ありと聞く。必す逆痘を
免(まぬか)るゝの良法なるべし。第一に此術を学ふべしと。謹(つゝしん)
て慈教(じけう)を奉(ほう)し。長崎(ながさき)に滞留(とうりう)の時。西洋医(おらんだいし)悉以勃児都(しいぼると)の種
痘を学(まな)び。又 本邦名流の種痘家に就(つい)て。其術を研究(けんきう)
せり。其法第一に小児の強弱(けうじやく)【左ルビ「つよきよはき」】を察(さつ)し。気候(きかう)の祥凶(せうけう)【左ルビ「よしあし」】を審(つまびらか)
にし。好苗(よきたね)を撰(えら)び種(うゑ)て後は。痘瘡になりたる心得にて。
飲食(いんしい)起居(ききよ)を謹み。消毒(せうどく)の薬を服する故。予(あらかじ)め必す軽痘
なる事を知り。種て後六七日に至り。微(すこし)く熱を催(もよう)せ共。
夜のみ出てゝ。昼(ひる)は遊嬉(ゆうき)【左ルビ「こどもあそひ」】に紛(まきる)る程の事にて。臥床(とりふす)者は
稀なり。見点(はうそう)も尖円(まるく)紅活(くれない)にして。至極の吉痘(きつとう)を発(はつ)す。数(かづ)
は惣身に十四五 粒(りう)出(いつ)るを常とす。少き者は僅(わづか)に五六
粒。多きものも五六十粒に過(すぎ)す。貫膿(うみ)易く。収靨(かせ)易く。数
日にして全快(ぜんくはい)し。感冒(ひきかせ)よりも軽し。自家の児女。及び親
族朋友の小児に施し。敷(しい)て遠近(えんきん)に及び。是迄に種痘す
る事六百人に至れ共。死せし者は勿論。痘痕(あばた)の附(つき)たる
ものは一人もなし。実に活人十全の良法なり。然れ共
囂々(けう〳〵)【左ルビ「うるさし」】として誹謗(ひはう)【左ルビ「そしる」】する者の多きは。人情世態(にんじやうせいたい)【左ルビ「よのありさま」】の常にし
て怪(あやし)むに足らず。 本邦(わがくに)には限らす阿蘭陀(おらんだ)及び唐山(から)
にても種痘を唱(とな)へ始(はじ)めたる頃(ころ)は。誹謗(ひはう)する者多く。種
痘にて死せし者。此(こゝに)も彼(かしこ)にもありと云ひ。或は後に再
感して死せりと云ひ。根もなき事を流言せり。然れ共
邪は正(せい)にかたずして。種痘 盛(さかん)に行れ。流言は自然に止
みたると阿蘭陀の書並に唐山(から)の書に見へたり。余天
保十三年 壬寅(みづのえとら)の冬。江戸より我常陸に帰り種痘する
に。亦 誹謗(ひはう)【左ルビ「そしり」】排斥(はいせき)【左ルビ「しりぞける」】者多くして。再感する者ありと云ひ。亦
死せしものありと云 流(ふらす)ども。細(こまか)に捜索(ぎんみ)するに。再感せ
しものは一人もなし。再感のなき事は。五百年来 昔賢(せきけん)
先哲(せんてつ)の歴験(れきけん)して決定(けつじやう)したる事にて。今 弁(べん)するに及は
ぬことなれ共。今一言にて其 疑(うたがい)を解(と)くへき事あり。試(こゝろみ)
に自然痘(はやりはうそう)を患(うれ)ひたる人へ種痘するに。決(けつ)して伝染(でんせん)せ
ず。又種痘のすみたる人へ再び種痘するに。決して伝
染せず。此一事にて再感のなき理を知るに足れり。此
迄種痘したる六百人は姑(しはら)く置(おき)て余か第五男初生の
時。種痘を施し。今年七歳になり。其間に痘瘡 四度(よたび)行は
れたれ共再感せず。若し一人も再感したる者あらば。
立(たちどころ)に後悔して罪を謝(しや)すべし。余 愚慮(くりよ)するに。流行痘(はやりはうそう)は
百人の者なれは。其中三十人は逆痘にて必す死し。三
十人は険痘にて死を免るゝも。婚姻(ゑんぐみ)に障(さわ)る程の麻面(あばた)
になり。或は盲(めしい)となり或は聾(つんぼ)となり。或は筋(すぢ)を縮(つめ)て不
自由になり。加之(しかのみ)ならず痘前痘中の心配。死亡の歎(なげ)き。
医 薬(やく)祈祷(きとう)及ひ送葬等の費あり。三十人は順痘なれ共。
医師を招き祈祷を行ひ一と躁ぎせざれはならず。実
の軽痘は僅に十人のみ。自然痘を種痘に比すれば。其
優劣(ゆうれつ)同日の論にあらず。今十全良法の種痘を用ひず
して。険(けん)逆(きやく)の流行痘を待つは。夷(たいらか)なるを見ながら険(さかしき)を
履(ふ)み。易(やすき)を知れども危(あやふき)に就(つく)なり。人の父母たる者此 理(り)
を知らざれば生育(せいいく)の恩(おん)を闕(かく)に似(に)たり。徒(いたづら)に私意を放(ほしいまゝ)
にし是非を察せず。妄(みだり)に誹謗(ひほう)する者は強(しい)て咎(とが)むべか
らず。聡明(そうめい)の君子 熟慮(じゆくりよ)して。余か言(こと)の誣(しい)ざることを知
り。力(ちから)を戮(あは)せて此術を広(ひろ)めたらんには。天下万民の大
幸とも云べきか。今眼前に逆痘を患ふる者 月(つき〳〵)に多く。
死亡する者日に夥(おび)たゝし。されば区々(くゝ)の婆心(ばしん)已む事
を得ず。因(よつ)て自然痘の大害を述へ。種痘の良法たる事
を弁ず。清朝の名医徐大椿の言に。毎年逆痘流行し嬰(ゑい)【左ルビ「こ」】
孩(がい)【左ルビ「ども」】の死亡する者甚多し。近世種痘の術出てゝこの厄を
免(まぬ)かれしむるは。実に人事に非ず。天の人を教へて造
物の化育を賛(たすく)るなりと。蘭台軌範に見ゆ。余も徐大椿
の言に本つき天意を奉行(うけをこなひ)。種痘の法を弘(ひろ)め庶幾(こいねがはく)は嬰(ゑい)
孩(かい)の夭折(ようせつ)【左ルビ「わかしに」】を免(まぬかれ)しめ寿域(じゆいき)【左ルビ「なかいき」】に躋(のほ)らしめ国家人民 蕃殖(はんしよく)【左ルビ「しげくふへる」】の
一助(いちゝよ)とならん事を欲するに因て。此 呶々(とう〳〵)【左ルビ「やかましき」】の多言(たけん)を布
て梨棗(りそう)【左ルビ「はんき」】に上せ普く世人に瀆告(とくこく)【左ルビ「けかしつける」】すと云
弘化三年歳次丙午冬十二月
水戸 棗軒本間玄調誌
【白紙】
【裏表紙】
《題:挌列刺予防心得法》
浦谷義春編述
《題:挌列刺予防心得法(これらよぼうこゝろゑはう)》
〇 抑(そも〳〵)挌列刺(これら)の病(やまひ)たる惨劇(さんげき)名状(めいじやう)すへからざるものにして吾(わが)邦俗(くにぞく)之(これ)を虎狼痢(ころり)と云(いふ)蓋(けだ)
し▢▢▢音(おん)の転訛(よこなまり)せるものなり此(この)病(やまひ)は元来(ぐわんらい)一千八百四十七年《割書:日本二千四|百七十七年》
《割書:仁孝天皇御宇文|化十四年丁丑年》印度(てんじく)ベン▢ラ地方(ち▢▢)に大(おゝい)に流行(りうかう)し其後(そののち)支那(しな)魯西亜(ろしや)欧羅巴(えうろつぱ)に伝播(ひろがり)
しを▢▢【「以(もつ)て」か】西洋(せいやう)にては流行(はやり)挌列刺(これら)を亜細亜(あぢあ)挌列刺(これら)と云(い)ふ其(その)症候(しようこう)先(ま)づ胸中(むなさき)悪(わる)く嘔吐(ゑづき)
或(ある)は下利(くだり)三四行にして眼(め)陥没(おちくはみ)し手足(てあし)厥冷(ひへあがり)口煩(くちいきれ)渇(かわき)して体中(からだうち)熱灼(あつくもへ)し脈(みやく)沈伏(しづみ)して手足(てあし)
の指先(ゆびさき)より麻痺(しびれ)米洗汁(しろみづ)の如(ごと)きものを下利(くだ)し遂(つひ)に死(し)す其(その)病勢(やまひ)の猛悪(まうあく)なる他(た)の病(やまひ)の
比(ひ)に非(あら)ず故(ゆへ)に一 刻(こく)も早(はや)く医治(ゐぢ)の手当(てあて)なきときは救(すく)ひ難(がた)く実(じつ)に恐(おそ)ろしき病(やまひ)なり然(しか)
し此(この)病(やまひ)流行(はやる)するときは予防方(よばうはう)を施(ほどこ)せば其(その)患(うれひ)を免(まぬが)るゝを以(もつ)て其(その)大略(たいりやく)及(および)医(ゐ)に乏(とも)しき
僻邑(かたゐなか)の為(ため)に予防方(よばうはう)を示(しめ)す事(こと)左(さ)の如(ごと)し
此(この)▢(やま▢)【「病(やまひ)」か】の原因(げんゐん)は一 腫(しゆ)血中(ちのなか)に顕(あら)はるゝ病毒(びやうどく)にして流行(りうかう)のとき挌列刺(これら)病人(びやうにん)呼吸(いき)及(および)吐出(はきだ)
す悪物(▢ぶつ)下利(くだ)する物質中(ものゝなか)に含(ふく)み聊(いさゝ)か触(ふ)るゝも直(ぢき)に人(ひと)に伝染(うつり)する病性(やまひのしよう)なれば此(この)病人(びやうにん)
あるときは消毒法(どくけしはう)[左に出す]を行(おこな)はざれば家内(かなひ)親戚(しんるひ)の者(もの)と雖(ひへと)も病人(びやうにん)の側(そば)に近(ちかよ)る
べからず又(また)衣服(きもの)其他(そのはか)一切(いつさひ)病人(びやうにん)に触(ふ)れたる物(もの)は何品(なにしな)に限(かぎ)らず消毒法(どくけしはう)を施(ほどこ)すべし
病(やまひ)の毒(どく)を生(しやう)ずるは暗渠(うめみぞ)飲水(のみゝず)不潔(きたなく)飽食(くひすぎ)盛宴(のみすぎ)不熟果物(みのいらぬくだもの)を喰(く)ひ及 衣服(きもの)不潔(きたなき)過度(くわど)の労役(らうゑき)
及(をよび)過房等(くわばうとう)は大(おほひ)に危(あや)ふし多人(たにん)集合(しうがう)の場所(ばしよう)即(すなわ)ち学校(がくかう)病院(▢よういん)劇場(しばゐ)の如(ごと)きは別(べつ)して注意(きをつけ)▢
べし平生(つね)より消食器病(こなしだうぐのやまひ)に下利(くだり)やすき人は感染(うつり)し易(やす)し故(ゆへ)に縱令(たとへ)平日(へいじつ)大便秘結症(だいべんひけつしやう)と
雖(いへど)も可成丈(なるだけ)通(つう)じ薬(くすり)を用(もち)ふべからず又 感冒(かぜひき)を注意(ようじん)すべし
〇 食物(くひもの)は総(すべ)て平生(つね)より喫(しよく)して大便(だいべん)の緩(やはら)ぐ品(しな)は避(さく)べし通例(つうれい)穀物(こくもつ)米(こめ)麦(むぎ)豆(まめ)麺粉(うどんこ)の類(るゐ)を
良(よ)しとす魚貝類(さかなかひるゐ)の肉(にく)は可成丈(なるだけ)食(しよく)せざるを良(よし)とす何者(なにゆへならば)消化(こなれ)遅(おそ)く貝類(かひるゐ)は殊(こと)に宜(よろ)しか
らず牛(うし)犢(こうし)羊(ひつじ)鶏(にはとり)鶏卵(たまご)牛酪(はうとる)肉羹汁(そつぷ)等(とう)新鮮(あたらしき)の者(もの)を用(もち)ゆべし豚(ぶた)家鴨(あひる)雁(がん)等(など)は脂肪(あぶら)多(おゝ)く
して宜(よろ)しからず〇 野菜(やさい)は熟(よく)煮(に)せざれば害(がい)あり馬苓薯(じやがたらいも)蕃薯(さつまいも)類(るゐ)は澱粉質(でんぷんしつ)を含(ふく)みて
良(よ)し就中(とりわけ)不熟果(じゆくせぬくだもの)は甚(はなは)だ▢(▢ろ)【「宜(よろ)」か】しからず
〇 飲水(のみみず)は新汲(くみたて)水を用(もち)ひ汲置(くみおき)は飲(の)むべからず不得止(やむをえず)ば一 度(ど)沸(たぎ)らし或(ある)ひは木炭(ばくたん)砂(すな)に
て漉(こ)し用(もち)ふべし茶(ちや)及(およひ)骨喜(こひに)和(くわ)し▢(のち)【「后」か】▢(もち)【「用」か】ふべし挌列刺(これら)病毒(びやどく)は飲水(のみゝず)の不潔(きたなき)より来(きた)るもの
多(おゝ)き故(ゆへ)別(べつ)して注意(きをつけ)すべし大阪(おほさか)の河水(かわみす)は常(つね)に有機物(いうきぶつ)多量(おゝく)混合(まじり)する故(ゆへ)可成丈(なるだけ)清潔(きれい)の
水(みず)を用(もち)べし井水(ゐどみず)も厠(かわや)及 溝道(すゐだう)近(ちか)き水は飲(の)むべからず必(かなら)ず井戸(ゐど)は厠(かわや)溝(どぶ)より六 間(けん)余(よ)隔(へだ)
つ井戸水(ゐどみず) を用(もち)ふべし若(も)し疑(うたが)はしき水(みず)と思(おも)ふときは過満俺酸加里(くわまんがんさんかり)と云(い)ふ薬(くすり)を少量(すこし)
入(いれ)て其(その)水(みず)茶褐色(とびいろ)を顕(あら)はすときは已(すで)に多量(おゝく)の有機物(いうきぶつ)を含(ふく)みたる証(しるし)にして飲料(のみもの)に供(もち)
ふべからず
〇 衣服(きもの)は常(つね)に清潔(きよらか)(華美(はでやか)を謂(ゐふ)に非(あら)ず)なるを着(き)て殊(こと)に肌膚(はだへ)に触(ふ)るゝ衣服(きもの)則(すなは)ち繻絆(じゆばんも)
股引(ゝひき)褌(ふどし)等(とう)は時々(とき〴〵)洗濯(せんたく)を怠(お▢た)るべからず絨織物類(けをりものるゐ)殊(こと)にフラネルの襯衣(したぎ)毛布(けをり)の股引(もゝひき)の
類(るゐ)を着(は)き勉(つと)めて身体(からだ)を湿濡(しめ▢)すべからず又 可及的(なるだけ)度々(たび〳〵)着替(きかへ)垢付(あかづ)かざる様(やう)注意(こゝろづけ)すべ
し[挌列刺予防消毒方(これらよけどくけしかた)は(1)(2)(3)を照準(みあわせ)し施(ほどこ)すべし]
〇 家屋(いへ)居室(ゐま)は時々(とき〳〵)掃除(さうじ)して乾燥(かわか)したる空気(くうき)を通(かよ)はし湿気(しめりけ)を去(さ)るを要(えう)す殊(こと)に病人(びやうにん)
小児(こども)の大小便類(だいせうべんるゐ)は可成的(なるだけ)居室(ゐま)より離(はな)れたる処(ところ)へ除(の)けるを良(よし)とす又 厠圊(せつゐん)尿桶(せうべんたご)は臭(くさ)
▢を除(さ)り且(かつ)挌列刺毒(これらどく)撲滅(うちけし)のため消毒法(しようどくはう)(1)(4)と併(あは)して灌(そゝ)ぎ病人(びやうにん)嬰児(こども)の糞匣(おかわ)
襁褓(むつき)へ撒滴(ふりかけ)すべし
〇 挌列刺消毒法(これらせうどくはう)
(1)[石炭酸(せきたんさん)【左ルビ「カーボリツキアシド」】]結晶(けつしやう)の者(もの)若(もし)くば流動(りうどう)石炭酸一分又は二分に百分の水に和(くわ)し
たるもの挌列刺毒(これらどく)を撲滅(うちけし)するに要用(やうよう)なり
(2)[挌魯児加爾基(ころほるかるき)]「染匠(そめものや)の漂白(さらし)に用(もち)ふる品(▢な)」一分に水の十分を和(くわ)すもの
〇 用法(もちひかた)衣服(きもの)を洗(あら)ふとき或(あるひ)は浴湯(ゆにいる)の節(せつ)此(この)薬(くすり)にて洗滌(あらひ)して能(よ)く毒(どく)を解(げ)す又
「石炭酸(せきたんさん)入(いり)の石鹸(しやぼん)は最(もつと)も便利(べんり)にして良(よ)し」又 泥溝(みぞどぶ)便所(べんじよ)芥溜(ごもくば)に此(この)液(えき)を灌(そゝ)ぐべし
(3)[亜硫酸瓦斯(ありうさんがす)]即(すなは)ち硫黄(いわう)に火(ひ)を点(つ)け燃(もや)す時(とき)発(はつ)す瓦斯(けむり)なり
〇 用法 不潔(ふけつ)なる衣服(きもの)布団(ふとん)道具(だうぐ)或(ある)ひは居室(ゐま)を煤(くす)べてよし
(4)[硫酸鉄(りうさんてつ)【左ルビ「サルマルチス」】]又 緑礬(ろうは)にても良(よ)し録礬(ろうは)百目に水八百目の割合(わりあひ)に溶(とか)したるもの
〇用法 大小便(だいせうべん)後(ご)厠▢(せつゐん)尿桶(せうべんたご)に灌(そゝ)ぐべし此(この)方(はう)は糞尿(こゑせうべん)の臭気(くさみ)を去(さ)るために平日(つね)
にても施(ほどこ)すをよしとす
(5)[挌列刺薬(これらぐすり)]は少(すこ)し気分(きぶん)悪(あ)しきとき十 滴(しづく)より卅 滴(しづく)「但(たゞ)し大人の分量(ぶんりやう)」小児(こども)は
五 滴(しづく)より十五 滴(しづく)迄(まで)水(みず)に▢(たら)し用(もち)ふべし
明治十年九月廿九日御届
同月 出版
大阪第一大区四小区今橋
弐丁目卅番地
《割書:編述兼|出版人》浦谷義春
【裏表紙】
【シール】852 25
《題:種痘新編》
江戸書林 僊鶴堂發兌
種痘新編
馬場穀里先生閲 桑田玄眞之澤
【赤角印】土ふつ加文座
夫種痘の法は大人小児いまだ痘瘡を病ざる者をして
順症の痘を為さしめ自然流行の痘を免れしむるの
要術なり其法打膿法の如く腕或は脚に一小孔を為し
善性痘瘡の膿塾したるを潰し其液を疵口に塗り
其上に綿散糸を置き又其上に膏薬を貼け而後適宜に
温にし将息せしむる時は七日或は餘日を經て順痘自ら
發し来る是に於て法のことく保護すれは其痘
至つてかろく安穏にして危険なる諸の無症を發
【右頁】
する事なく瘥後痘痕の醜惡なるの患あることな
し
此種痘法は都爾各(トルコ)《割書:國|名》及ひ尾勤西亜(ギリシア)《割書:國|名》に於て専ら行
はるゝ事久し歐羅巴(ヱウロツパ)の諸邦には近来此術を傳ふ初め
諳厄利亜(ヱンゲリア)《割書:國|名》にてこれを試るに良効あるを以て公子
公孫にも施して皆安全を得るとなり又/花諾穴尓(ハノヘル)《割書:地|名》諳(アン)
斯巴古(スパコ)《割書:地|名》等にても此術を行ふて總て良好を得たりと云
諳厄利亜(ヱンゲリア)及ひ佛朗察(フランス)《割書:國|名》に於て初め此術を怪み疑ひ
誹りて云是天理に背くの法なりと然れとも明達の志
其誹謗の邪説なる事を辨折して此法終に豁然と
して世に明らかになるを得たり亜部刺花木八的爾(アフラハムハテル)
【左頁】
斯(ス)《割書:人|名》の痘瘡論に詳に記せり
夫痘瘡は人々生れなからに血中に潜伏する所の毒中
して時を俟てこれを表發するものなり是を以て
其毒久しく血中に蓄へはは漸々に増益して遂に危難
を為す故に大人の痘は険惡なる症多く是に反して
速に表發すれは其毒怪きを以て小児には順症なる
もの多し是をもつて考ふるに其毒のいまた増ざる
以前に時節を量りて術を施して表發せしむかを
勝れりとす如此すれは體内潜伏の毒悉く發脱するか
故に後来流行の危難を免るなりしかせすして自然の
氣に觸て發するときは其父母始め痘瘡なるを知らず
【右頁】
して治療に怠り或は拙醫の誤治を施し是からために
天殤するもの少からず如此の厄難を免れ生命を保全する
事種痘の良法たる顯然として其理明白な季
右幣斯突兒(ヘイストル)《割書:人|名》傷醫全書本文の説なり以下曳(ユ)
爾河輪(ルホールン)《割書:人|名》の増説なり
凡内部の諸疾は總て流動すべき物の腐敗して性を變
するより起る事必せり其腐敗して性を變ずる始は甚た
著しからず若その物自然良能の力にて克治すること
能は御りれは其物漸々に増益す此特にあたりて治療の
術を施して其自然良能の力を扶助して毒物を退け
あくにあらされは病治する事なし 是を以て良工は
【左頁】
自然良能を扶助するを肝要となす為しからずして
自然の力を助けず只毒のみ除き出さんと為ば反て天
機を損し其毒を克化する事あたはず終に治すへから
ざるに至る是故に学者覃思研精して其病症と療術
とを比較して是を辨折するを醫学の捷法と為すな
李
我師幣斯突兒(ヘイストル)云凡内部の病を治するに其毒二箇あらば
先其一毒を専治すべし二毒を併せ攻るの法を施す事
勿れ如何となれば此を去るの法は必彼を留るの理あれば
なり病毒を駆出するに手術を以てすくふに於て必用有
益なるは種痘の法とす是則痘毒を除去するの術なり
【右頁】
盖痘毒は體内に在て尤も能急疾の變を生して人命を
害するをもつて速に是を出し去らすんば有へからず
今世に知れる所の萬邦痘瘡の流行せさる所なく是を
患ずる人稀なり總て自然流行の悪性なる痘を受るか
或は醫治の誤るに由つて人を損する事少からす種痘術を
信用するの諸国はみな此患を免る事を得るなり
此種痘法の良功ある事は徧く歐羅巴(ヱウロツパ)中に於て稱誉せり
其初諳厄利亜(エンゲリア)にてこれを多くの罪人に試るに悉く順症
にして一人も危険症なきを以て其事益顯然たり盖其
理を究め其實に試るに明白良善の法なるを以ての故なり
然るに暗昧疑惑の輩此術を憎猜みてこれを誹る事
【左頁】
疽と為て治療すべからさる跛蹩廃人となる
禮印旁(レインハーン)《割書:地|名》にて一小児の痘毒足に着て骨節腐壊して
脱落せし者を見る名醫數輩其治療に思を盡すといへとも
効を奏する事なかりし凡如此なる痘毒は疫毒の頑惡
なるか如したとへ治術を盡すとも終に救ふべからす其時
を擇て種痘するには此険惡症を得る事絶へてなきなり
痘毒に惡性ある事斯のことし加之其毒の體中に在る時
は年齢を積に隨ひて増益するなり且其人の性質種瘍
を發し易く或は粘液多き者の如きは其痘毒最烈し
きなり故に此等の人年長して流行の痘を患れは必す
死を免れず但幼年なれば偶生を得るものあり此草の
【右頁】
如きも種痘法を施す時は其危難を救ふべし
大人流行の痘を患ふる時は血液熱沸して脉絡緊張する
事其勢小児に比すれは最烈しく遂に血液の腐敗する
に至る故に廿歳以上の人に於ては呼吸促悶して死する
者十の七あり小児は身體柔軟輭にして脉絡弛緩なる
の故に疼痛を覚ゆる事少し是を以て惡症を得ると
いへとも大人に比すれは死を免るもの頗多し況や順
痘を得或は種痘術を用ゆるに於ては其安穏なる事
知るべきなり
年の長したるものは順痘を得るとも其兼症甚た烈し
たとへ療法にて救ふべしとも若拙工庸醫の治術度を
【左頁】
失ふ事あれは是か為に死するもの少からず
高年に至るまて痘を免るものあり是は幼年の時他病
ありて其治療に依つて體内の痘毒おのつから清除し
たる者なり或は性質痘毒なきものも間々あり斯の如き
人には種痘を施すも痘を發する事なきなり又性質痘
毒の多きものあり此人は纔に其気を感すれば勿つち
發する事速にして必す稠密なり其毒皮下脂膜の部を
擾亂するを以て皮面に深き痕を為す此等の人にも
種痘を施せしに猶危ふき事なく功をつたり是に由て
祝るときは種痘によりて發するの痘は總て安穏なる事
知るべし嘗て是を試るに百人に死するもの僅に一人
【右頁】
あり是も種痘に因て死せしにあらす不幸にして痘中に
他病を發してこれかために死せしなり凡痘を種れは
體内の惡液是と共に發脱するか故に爾後は甚た壮健に
なるものなり
凡種痘法を施すに尤も意を注くべき事あり第一に
身體堅固なる兒を撰て是を施すべし病弱の児には容
易に行ふる勿れ大抵一歳より十歳に至るまてを良と
す但/諳厄利益亜(ヱレギリア)國に於ては數々大人にも施し試みしにいよ〳〵
危き事なく功を得たりといへとも年少き程最良と春
秋二分の寒温中度なる時候を擇て施すべし惡症流
行する時は是を為す事あるへからず其惡毒自然と
【左頁】
空氣中にありて善痘を種るといへとも猶惡症となる事
あり
又其人の年歯と血の多少とを豫め詳に察して或は
刺絡を為すか或は下劑を施すか其性質に隨ひて斟酌
して其度に適せしめ且軽く和らかなる食物を用ひし
むべし此外用心支柱度する事あらは皆痘の發する己
前に備へ置べし自然流行の痘を患ふる者は其氣に
感したるを豫めおほへす不意に發するか故に前より
支度し備ふる事能はず是によりても亦危難に及ふ
ものありそれのみならず拙醫は兼症に惑ひて痘瘡
なるを察せず治術の度を失ひ毒の發表せんするを
【右頁】
障つて遂に死地に至らしむる事世に聞々多くこれ
あるなり
種痘法
種痘に六法あり
第一法は痘痂を聚め取て麝香を加へ綿に包み栓と為
し鼻孔に刺入れ置なり
此法試むるに最惡し殆と流行の痘を得る者に同し
如何となれは其鼻孔に入りたる痘毒直に脳神経に達
し又吸息に依て肺臓に入るを以て危篤の痘を發
するに至る是故に当時は此法全く廃せい但此法を
施して熱と痘と一同□□□者は悉く死す又發熱
【左頁】
の後二日を経て痘を發する者は危し又發熱の後三日
或は尚日を経て發する者は惣て安穏なり此法は非禄速弗(ヒロソプ)
託蘭洎古都(タランコト)《割書:書|名》に具載せり墨第加爾越洎意斯( メジカルセスサイス)《割書:書|名》にも
論辨せり
第二法は葉鍼を以て肉を創つけ痘痂膿汁あるものを
貼して其上に[ブラーシイ]《割書:豕羊の膀胱ナリ按に我邦にては|籜(タケノカワ)の類を代用して可ならん》を
覆ひ綿布を以て纏ひ置なり
此法疵口に毒留りて運行せさるか故に其毒増長して良
もすれは命を失ふものあり此法もし今時全く廃し
て用ゆる事なく
第三法は痘疵を取つて是を腕と脚に附着し平らかに
【右頁】
研りたる椎の殻を以てこれを覆ひ厭布を置れ其上を
繃帯に適宜に結ひおくなり
第四法は鍼を以て膿熟したる痘を刺し其鍼頭に膿
汁をつけて此鍼にて種むと欲する者の皮肉を刺すなり
第五法は鍼三四箇を束ねて胸【?】腕袴其他の皮肉を刺し
痘の膿汁を是に擦つくるなり
第六法は痘を種むとする小児をして順症の痘児の家に
至りて其児を手を握らせ體を相接して而後厚く衣
を着せ風寒を拒ひて我家につれ帰るなり
以上六法の内第三第四第五第六を良とす但第六法にては
或は發し来らさるものあり
【左頁】
右の術を施す時は最初に發熱してそれより赤疹を發し痘を
生し膿熟して而後痂となり落るなり其摂養乃法は自然流
行の痘と同し爰に暇す又痘の發したる間其前後變化乃
次第は内科書によりて知るべし
前件既に此法の有益なるを書載たりといへとも尚又諸
名家の考説を左に學て此法の信用すべく且切要なるを
證明す
古今證説
越麻拙越尓低莫泥烏斯(ヱマニユヱルネモニウス)《割書:人|名》の千七百十四年《割書:按に我享保|二年丁酉》の著書
に種痘の有益良功ありて甚た安全なるの究理を載せ
たり其書中に亦/都爾格(トルコ)の人此法を以て流行の惡痘
【右頁】
を防くといゑり
達穴尓泥伊尓(タヘルニイル)《割書:人|名》の伯尓西亜(ハルシロ)《割書:地|名》紀行の第四巻十五章に云
伯爾西亜(ハルシア)は痘を患るもの稀なり但彼土の小児凡十歳或は
十二歳まての内に必皆頭瘡を生するなり其故は彼國習
にて小児生れて後五六ヶ月の間は産髪を剃らす是を以て
初生の二三月を経れは皆頭瘡を發す是によりて
體内に含有する所の痘毒も其頭瘡と其に發泄して痘瘡
を患ふ者少きなり是は前に云如く他病によりて痘毒の
發脱するの證なり
諳兀羅伊世《割書:書|名》第十二巻に云/亜私太蝋罕(アスタラカン)《割書:地|名》の山中に住む
人は顔面に痘痕あるものを見ず其故を考ふなり
【左頁】
彼處は種痘法専ら行われ一人も流行にて病むものなし
彼地に於ては小児七歳未満の間に針三箇を束
ねて是を以て心蔵の真上又中脘臍及て是を出
血すれほに刺し其上に痘の膿汁を擦つけ木
葉を貼し置なり斯の如くそれは五六日を経て痘
瘡を發すとなり
尾屈斯達弗(ハクスタフ)《割書:人|名》及/鐸鳥哈刺斯(ドウタラス)《割書:人|名》等は此種痘を危き事と
いゑり然れとも明達の諸名家多く此を良法なりと
辨折して著述せい熟考ふるに此法を危み恐れし者は
必鼻孔より痘を種たるなるへし故に多く不幸に
なり往きたらむ鼻孔より入る法は前に辨するごとく
【右頁】
甚た害あるを以ての故なり
伊勿令(イウリン)《割書:人|名》云此頃種痘法を施せし者百八十二人あり此内
に死せりもの唯二人なり餘は悉く安穏にして功を得たり
又/麻土爾(マトル)《割書:人|名》云種痘せし者凡三百人ありて死する者五人
其死せし所以を考ふるに皆痘のために死するにあらず
他病起りて斃れたる者なり
此三百人の中には七十歳になりし人もあり又妊婦も
ありたれとも皆安穏なりと予熟考ふるに高年の人には
不宜と思はる二十歳以下の人に施用するを佳とすべし
流行の痘を患る人を二三年の間に其死生の数を平均
するに或は九人に一人或は十人に一人或は十一人に一人
【左頁】
必死せしなり種痘する者は九十人の中に死せし者
唯一人ありと其利害の數如此の相違あるを以て種痘
に益ある事信せずは有へからず若種痘に因て其痘
數の多く發する者は爾後必壮健になるなり此人にて
流行の痘を得るときは必す死すへきの大毒ある事
察すべし故に此法を施す時は人命を救活すれの
功豈すくなからんや
麻土爾(マトル)又云流行痘にて死する者の數を尚再ひ筭ふるに
五人の内に一人あり種痘せし者は一人も死せし事
なし又/白耳禄土帷尓立牙木(フルロクトウイルリヤム)《割書:人|名》の説に云此法にては
■人も死する事なく固より再ひ痘を病むの理なし
總て上に述るか如く此法は少しも危き事なきを以て
内外醫の手をかゝらす病家にて是を行ふとも其
功全く成就すへきなり
此法の良好なるに於ては尚其説甚た多しといへるも
煩冗を恐れて爰に載せす凡痘を種るには善性なる
痘の能く顆粒を分ちたるを撰み取つて用ゆへし甚た
幼弱なる児の痘は其氣も弱きか故に用ゆることなかれ
此等の事に能意を用て此法を施すときは悉く良功
を収る事更に疑ひなき所なり
種痘新編終
【「帝國圖書舘藏」とエンボス加工のようなものが施されている】
【表紙 題箋】
《題:痘瘡かるくする伝》
【資料整理ラベル】
852
24
【右ページは白紙】
【左ページは表紙】
種牛痘穴分圖(うゑばうさうするところのづ)
痘瘡(はうさう)かるくする傳
【桑田施印】
【押印。遠加文庫】
【帝國圖書館藏の押印】 【帝圖 昭和十八・五・十七・購入・】
【右丁】
愚老(ぐらう)常々(つね〴〵)老牛(らうぎう)の無科(とがなく)して死地(しち)に落(おつ)るをいたはり養(やしなひ)置(おい)て
放生(はうじやう)する事 既(すで)に二十五ヶ年(ねん)に及(およ)べりされば此頃(このごろ)牛(うし)に霊妙(れいめう)
ふしぎの大功(たいこう)あることを聞(き)く其ゆゑは五十 年(ねん)余(あま)り已前(いぜん)
西洋(おらんだ)にて《人物:イヽンネル》といふ大医(たいゐ)の感得(かんとく)より犢牛(うし)の痘瘡(はうさう)を
取(とつ)て人間(ひと)の臂(ひぢ)に引移(ひきうつし)種(うゆ)るに軽(かろ)くすること譬(たとふ)るにもの無(な)し
此(この)秘法(ひはふ)中華(もろこし)に専(もつぱ)ら弘(ひろ)まり引痘新法全書(いんとうしんはふせんしよ)と題号(だいがう)して
近年(きんねん) 皇国(につほん)に伝(つた)はり御医(ぎよい)《人物:高階大先生(たかしなだいせんせい)》この書(しよ)を
得(え)てその門人(もんしん)《人物:小山蓬洲(おやまはうしう)》に与(あた)ふ《人物:蓬洲(はうじう)先生》但馬(たじま)より
【左丁】
犢牛(うし)を買得(かひえ)て四条烏丸に養(かひ)おきその法(はふ)に倣(なら)ひて故郷(こきやう)
紀伊国(きのくに)の小児(せうに)を試(こゝろみ)るにいづれも軽(かろ)し実(じつ)に済世(さいせ)の良術(れうじゆつ)
なりとて引痘新法全書(いんとうしんはふぜんしよ)を翻刻(ほんこく)せられけりしかるに当秋(たうあき)
渡来(とうらい)せし蘭医伯(らんいはく)《人物:モンニツキ》といふ人 真(しん)の牛痘(ぎうとう)を長崎(ながさき)に
おゐて小児(せうに)に種初(うゑはじ)めその苗(なへ)を当地(たうち)《人物:日野老先生(ひのらうせんせい)》へ贈(おく)り来(きた)る
又(また)長崎(ながさき)《人物:楢林氏(ならばやしうぢ)》よりも《人物:赤沢先生(あかざはせんせい)》へ贈(おく)りきたりしに天(てん)の時(とき)至(いた)れるや
聞(きく)人(ひと)みな信(しん)じて種痘(うゑはうさう)を乞求(こひもと)め軽(かろ)き痘瘡(はうさう)する小児(せうに)数百人(すひやくにん)に
及(およ)べり因之(これによつて)人々(ひと〳〵)聞伝(きゝつた)へ先生家(せんせいか)の門前(もんぜん)に市(いち)をなせり此節(このせつ)漢蘭(かんらん)
両方(りやうはう)の医先生(いせんせい)みな随喜(ずいき)して知己(ちかづき)の家(いへ)に告(つげ)て軽痘(けいとう)を得(え)させ
【右丁】
給ふこと挙(あげ)て数(かぞへ)がたし実(じつ)に仁術(じんじゆつ)の行(おこな)はるゝこと目(め)ざましき次第(しだい)なり
昔(むかし)より天行(はやり)痘瘡(ばうさう)にては美麗(うるはしき)の御方(おんかた)も忽(たちまち)変(へん)じて恐(おそろ)しき顔(かほ)ばせと
なり甚(はなはだ)しきは御血脈(ごけちみやく)を絶(たや)され給ふこと夥(おびたゝ)し将又(はたまた)年々(とし〳〵)小児(せうに)の命(いのち)を失(うしな)ふ
こと十人に六七人はみな悪痘(あくとう)の為(ため)なり然(しか)るに此(この)良術(りやうじゆつ)弘(ひろま)りなば已後(こののち)
天然痘(はやりばうさう)を待(まつ)こと有(ある)べからす全(まつたく)天地神明(てんちしんめい)の告知(つげし)らしめ給ふ御事(おんこと)
なるべし愚老(ぐらう)随喜(ずいき)のあまり此(この)事実(じじつ)を世上(せぜう)に告知(つげし)らしむ必(かならず)しも
此(この)良法(りやうはふ)を疑(うたが)ふことなく愛子(あいし)あらば京都(きやうと)に連(つ)れ来(きた)りて種痘(うゑばうさう)を
願(ねが)ひ悪痘(あしきはうさう)の憂(うれ)ひをまぬがれ無事(ぶじ)に成長(せいちやう)ならしめ給ふ
べしとすゝむる事しかり
【左丁】
御心得(おんこゝろえの)事
やがて諸国(しよこく)へ俗医(ぞくい)往(ゆき)て京都(きやうと)某(たれ)先生(せんせい)の門人(もんじん)などゝ偽(いつわ)りて
素人(しろと)を欺(あざむ)き能弁(のうべん)にまかせて富家(ふか)を訛(おびや)かし財(さい)を掠(かす)むる徒者(いたづらもの)
あるべし尤(もつとも)種痘(うゑはうさう)には真(しん)【左ルビ:まこと】仮(か)【左ルビ:うはべ】の見分(みわけ)あり此(この)鍳定(みさだめ)師伝(しでん)なくては
知(し)れがたく俗医(そくい)は是(これ)をしらざるゆゑ後(のち)に自然痘(はやりはうさう)の又(また)出(いづ)る事
有(ある)べければ深(ふか)く用心(ようじん)すべし返々(かへす〴〵)も能弁者(のうべんじや)に欺(あさむ)かれて眼前(がんぜん)に
財(ざい)を失(うしな)ひ後年(こうねん)天行痘(はやりはうさう)の出(いづ)るとき此(この)良術(れうじゆつ)を軽(かろ)しめ愚老(ぐらう)
までも恨(うら)み給はんことなからんがため兼(かね)て申 置(おく)なり
【右丁】
再白
年来(ねんらい)悪痘(あくとう)の癖(くせ)ある家(いへ)此(この)良法(りやうはふ)を得(え)て其(その)小児(せうに)軽(かる)き痘瘡(はうさう)
して成人(せいじん)するならば両親(ふたおや)達(たち)何程(なにほど)のよろこびなるらん かゝる
悦(よろこ)びあらば報恩(はふおん)のために老牛(らうぎう)を放生(はふじやう)なし給はんことを希(こひねが)ふ
これ愚老(ぐらう)多年(たねん)の願望(ぐわんもう)なれば我(わが)願(ねが)ひをも助(たす)けたまへかしと
尓【爾】云
嘉永二年酉十二月 平安 鳩居堂蓮心印施
【左丁 白紙】
【資料整理ラベル】
852
25
【右丁 次コマに本文を刻字す。このコマではメモを刻字。横書きを縦書きにす。】
製本控 伺第 号
852函 24号 年 月 日
書名 痘瘡かるくする伝 嘉永2 )
著者
受入 年 月 日 一冊
備考
【左丁 白紙】
【資料整理ラベル】
852
24
【右丁】
正月種痘日
十六日 廿三日
晦日
朝五ッ時より始事
【左丁 白紙】
【資料整理ラベル】
852
24
【裏表紙】
\t/種痘(うゑはうとふの)/中心(うちの)/心得(こゝろへ)/并(ならびに)に/禁物(とくいみ)の事
一/種痘(うえはうたう)の/中(うち)は/別(べつ)に/禁物(どくいみ)なしなるたけこなれ
かたきもの/砂糖菓子類(さたうくわしるい)はつゝしむがよし
一/種痘日(うゑはうたふのひ)より六七日のあいだは/全身浴(ふろにいる)はあし
こしゆはさわりなし
一/種痘(うゑはうたふ)の/部位(ところ)を/摩擦(すじ)さぬよふ/用心(よふじん)
すべし
一たいどく/下(くだ)し/其外(そのほか)の/薬(くすり)みだりに/用(もち)ゆ
べからずきうもあし
一/種痘(うゑはうたふ)の日より/七日目(なぬかめ)には/朝八時(あさはちじ)五ツ時より
/十二時(しうにじ)九ツ時まで/相違(そうい)なく/連(つ)れきたり
よしあしの見きわめをうけよきものは
/切符(きつぷ)をもらいあしきものはうえなをし
/替日(ひ)を/約(やく)すべし
栃木県第ニ大区一小区
明治 年 月 日 上三川種痘所
【右丁 白紙】
【左丁】
疱瘡(ほうそう)の/説(せつ)幷にまへ薬の方
疱瘡(ほうそう)のせつ上古有る事なし/秦漢(しんかん)は/邈(はるか)たり
唐宋(とうそう)より以来その/説(せつ)/歴々乎(れき〳〵)として/錯(ましり)り出
明清(みんせい)に至りて/是(これ)を尽(つく)せりと言へともしかも
その/説(せつ)/紛々(ふん〳〵)として一/定(しよ)する事なし/故(ゆへ)に今に
おゐて/明験(あきらかしるし)とするの方なし/唯(たゝ)/解毒(けとく)/清冷(せいれい)
内托(ないたく)其/症(せう)に/応(おふ)するのみ/然(しかり)と云へとも/見点(けんてん)/蛇(しや)
皮(ひ)のことくにして/不起(おこらす)あるひは/蚕種(さんしゆ)のことく
【右丁】
にして壮(さかんに)熱(ねつ)しあるひは出痘(とういてゝ)六七日にして□頭(かしら)
不食(しよくせす)目(め)閉(とち)てのち魂(こん)なきものあるひは湯泡(とうほう)
のことくあるひは火刺(ひてる)のことくあるひは皮肉(かわにく)
赤色(あかきいろ)にして乾くもの擦破(かきやふり)膿血(うみち)なきもの皆(みな)
治(じする)方(ほう)なししかる時(とき)は預ふせ〳〵の外(ほか)要(よう)たるは
なし予 痘(とう)を治療(りようし)するに心を潜(ひそむ)る事 数(す)
十年 出痘(とういてゝ)稠(おふ〳〵)密(みつ)にして地界(しかい)分(わか)たすといへとも
気血(きけつ)順(しゆん)なるもの熱(ねつ)自(おのつから)退(しりそ)き起脹(きはりおこり)貫膿(うみをもち)其(その)
【左丁】
期(ひかす)に応(おふ)して【爿+文】(か)靨(せ)に至(いたる)る内毒(ないとく)小水に利(り)し外(ほか)
落痂(ふたをおとす)に及ふ皮膚(はたゑ)鮮明(つやゝか)にして形色(けいしよく)不病(やます)まへ
の如し予か家(いへ)一方有り玉((きよく)兔(と)丸と名つく即(すなわち)
本草の兔(と)血(けつ)丸にして紫雪(しせつ)を加ふるものなり
これを試(こゝろみ)る事数十年其 験(しるし)あらさる事
なし依(よつ)てひそかに思ふにこれ天下の奇(き)
方なり医道(いのみち)は天下の医道(いのみち)なり一人の
医道(いのみち)にあらすしかるを深(ふかく)〳〵これを秘(ひ)し
【右丁】
世に行はさる事 予(よ)か罪(つみ)なり又 弊(ついへ)を世に
伝(つたへ)て人をあやまつも又 我罪(わかつみ)なり天下の奇(き)
方(ほう)我(われ)一人に秘(ひ)するの罪(つみ)と其 弊(ついへ)を世(よ)に伝(つたふ)る
の罪(つみ)と何(いつれ)か軽(かろ〳〵)くいつれか重(おも)からん是故(このゆへ)に
方(ほう)を顕(あきらか)にして以て高明(こうめい)に是正(ぜせい)せん事を
願(ねか)ふのみ夫人々 製(せい)して児(じ)を愛(あい)するの
父母 請(こう)【ママ】ふにしたかふて施(ほとこ)さは豈(あに)少恵(しようけい)なら
さらんや用(もちゆ)るに時(とき)なし日々 其(その)児(じ)の年(とし)の
【左丁】
数(かす)ツヽ用(もちゆ)へし又 熱(ねつ)有るの病(やまい)は何(なに)の病(やまい)と云ふ
事を不論(ろんせす)して用(もちゆ)てよし熱(ねつ)をさる事 速(すみや)か也
出痘(とういてゝ)のよふす見ゆれは日々に三度ツヽ用へし
初(はしめ)熱(ねつ)より結痂(けつか)に至りて止(やむ)へし凡医(みしくのい)に委(たの)
付(み)して治(じ)をあやまつ事なかれ解毒(けとく)内托(ないたく)その
治(じ)を失(うしの)ふ時(とき)は医薬(ゐやく)なきにおこれり能(よく)其(その)
医(ゐ)を見てゆたぬへし心に叶ふ良医(よきゐ)なき
ときは余薬(よやく)するに及はす此玉兔丸□□
【右丁】
治(じ)するをまつへし又初生より日々おこ
たらす男子は精通(せいつう)し女子は月水めくるまて
用る時は一生 痘(とう)のうれいなかるへし又 近隣(きんりん)
痘瘡(ほうそう)流行(はやる)の時節に当(あた)り是を除かんと
思(おもは)はゝ【ママ】朝夕(あさゆふ)用ゆへし夫(それ)紫雪(しせつ)の邪をさけ
熱(ねつ)を解(け)する事 皆(みな)医(い)の知(し)る所なり兔血
の痘瘡(ほうそう)におゐて主薬(しゆやく)たる事も亦(また)医(い)の
しる所なり本草綱目を見て知るへし如此
【左丁】
して予防する時はたま〳〵邪(じや)を受(うけ)るもの有と
云へとも気血(きけつ)順(しゆん)なるか故に熱(ねつ)と毒(どく)と相離(あひはな)るゝ
事 其(その)期(ひかす)をたかへすして万一もあやまつこと
なし痘(とう)の軽重(かろきおもき)は出痘(しつとう)の多少によらすして
気血(きけつ)に順(しゆん)と不順(ふしゆん)とによれるもの也 如何(いかん)とな
れはそれ痘毒(とうとく)は父母 交会(ましわり)の始(はしめ)天元(きみづ)の一(ひと)
滴(しつく)にしてこれをうけ清濁(せいたく)相 極(きわま)るこれを動(うこかす)
かす【衍】ものは疫気(ゑき)なり其 邪毒(しやとく)を載(のせ)て以 肌(はたへの)
【右丁】
表(そと)に発(はつ)す発(はつ)して解散(りさん)する時(とき)は熱(ねつ)と毒(とく)と
相離(あいはな)れて肌表(はたへ)に結痂(ふたむすふ)すこれを順(しゆん)といふ熱(ねつ)
毒(▢▢)相連て六経に伝(つと)ふるを内攻(ないこう)といふこゝに至
りては名医(めいい)良工(りようかう)と云ふとも救(すく)ふへきの術(しゆつ)なし
こゝを以 痘(とう)はあらかしめ防(ふせ)くへき事 専要(せんよう)
なり人事(しんじ)を尽(つく)してのち不及(およはさる)ものは誠(まこと)に
天命(てんめい)なりしからすして倒(たを)さるゝものあるは
豈(あに)痛(いた)ましからすや
【左丁】
古より痘病(とうひやう)有て痘神(とうしん)なしと云へとも我邦(わかくに)の
風俗(ふうそく)にてこれを神(かみ)に祭(まつり)新(あらた)に檀(たん)をもふけ
七五三(しめ)を曳(ひき)紅色を以これをかさりもつはら
紅衣(かうい)を用ゆ肌膚(はたへ)は紅(くれない)にてりては鮮(あざやか)なり故(ゆへ)に
随(したかふ)ふ【衍】へし又種々のいみ事ありしかりと云へ
とも其(その)症(しよ)をさまたけす故にその家々の嘉例(かれい)
に随ふへし又 病児(ひやうし)の機嫌(きけん)よしあし有り
神符(かち)祝方(きとう)は症をさまたけす故に又用ゆへし
《題:種痘弁義 完》
霧渓池田先生著
《題:種痘弁義》
《割書:安政五年|戌午二月》 養幼斎蔵版
種痘弁義序
種痘有二法。一為吹苗。一為点苗。吹苗盖明以
来有之。不詳其所出。点描則至清始行。言為洋
医所伝。原其所由起。並謂。行之江右。遍伝中土。
夫二法之始行。何以均皆在同一地方。此非所
宜深疑耶。竊謂。其地為蕃舶下碇処。夷俗之往
来寄居者。不知凡幾。則烏知所謂吹苗者。無不
均為点虜所伝乎。意者当明時。人人猶知耻洋。
夷之伝。故特諱其所出。詫為神伝。而迨清則華
民与夷俗。混同無耻。甚且至於競以伝洋説相
誇詡。君子於是有以観世風之変。而又有以歎
蛮夷之舞智騁巧。無有窮極焉。蓋嘗歴観明氏
以来。至近清之際。彼其始之進以臣礟諸器。既
而継之以天学。又復継之以互市之説。而終之
以阿芙蓉毒。吹苗不足以欺。而又復次之以点
痘。要皆不過欲煽惑下愚。化中土為彼教。変中
土之俗。為欧邏巴之俗耳。其居心詭譎。至為可
醜。而清人無識。以為牛痘之益。足以償阿片煙
劫殺之数。不知其均落彼徒術中。而兵禍之相
踵不止。職是之由也。痘疹専科池田君瑞翁有
見於斯。着為種痘弁義一書。極弁種痘之有損
無益。其醸禍害於冥冥之中。有不可測者焉。其
用心亦勤▢。其為説碻有証矣。嗚呼。洋説之
弔恑憰怪。所以錮俗之耳目者非一日。則此書
也。雖日短巻小冊。其可不謂之中流之砥柱歟。
於其請序言也。書此質之。
安政丁巳仲秋漁村老人海保元備撰并書
種痘弁義
目録
種痘諸説 選苗蓄苗
天時 可種不可種
五臓伝送 早苗種法
水苗種法 漿苗種法
痘衣種法 信苗
補種法 西洋種法
牛痘種法 同補種法
牛痘復出 牛蝨牛膝誤
種痘弁義
東都 池田晋 柔行 著
男 直温子徳 校
予素ヨリ。。種痘ノ術ヲ行ハズ。其説ニ於テモ
亦未タ甚コレヲ講究セズ。近日所謂ル。牛痘
ナルモノニ至テハ。尤モ敢テ断シテ此ヲ行
ハス。然𪜈予カ苟モ痘科タルヲ以テ。世人其
法術。及ヒ可否ヲ問モノ多シ。敢テ一概ニ知
ザルヲ以テ黙止シ難キ時ハ。已ムヿヲ得ズ。
諸家コノ術ニ。論及セルモノヲ約挙シテ。コ
レニ示スノミ。且コレニ答テ曰。若シ種師タ
ル者。其術ヲ熟練シ。能ク明カニ其種ベキト
否ザルトヲ察シ得テ。然後コレヲ種バ可ナ
ランカ。但其児ヲ見察シ。種テモ必ズ過ナキ
ヲ知ルヿ。亦容易ナラズ。若誤テ百中ニ一二
人ヲ殺ス𪜈。其罪全ク種師ニ帰スベシ。其時
ハ遁辞ヲ以テ僅ニ謗ヲ免ル𪜈。医ヲ業トス
ル者ノ本意ニ非ズ。故ニ先考ハ絶テコレヲ
行ハズ。痘ハ其自然ニ任ズルニシカズト云
レタリト。今爰ニ予ガ平生人ニ答ル所ト。其
管見スル所トヲ記シテ。聊カ痘科ノ責ヲ塞
グト云フ。
種痘諸説
種痘トハ。彼痘ノ苗ヲ取テ。此児ニ種ルヲ云フ。其
説ノ由テ起ル所ヲ原ヌルニ。痘疹心法要訣。治痘
十全等ニ皆云フ。古ヘ種痘ノ一法アリ。江右ヨリ
起リ。京畿ニ達ス。其源ヲ究ルニ。宋ノ真宗ノ時。峨
眉山ニ神人アリ。丞相王旦カ子ノ為ニ。痘ヲ種テ
愈タルヨリ。遂ニ世ニ伝フト云フ。サラバ宋ノ時
ヨリ。コレアル由ナレ𪜈。其事史伝ニ於テ考ルヿ
ナク。且自ラ其説ノ渺茫ニ似タルヲ云フ時ハ。其
言ノ据ルニ足ラサルヲ見ヘシ。張氏医通ニ。邇年
種痘ノ説アリ。江右ヨリ始テ燕斉ニ達シ。近頃遍
ク南北ニ行ハルト云フ時ハ。清初ノ頃ヨリ剏リ
タルガ如クニ見ユレ𪜈。種痘新書ニ。張琰ガ曰。余
カ祖聶久吾先生ノ教ヲ承テ痘ヲ種。箕裘已ニ三
世ト。蓴郷贅筆ニモ。安慶ノ張氏種痘法ヲ伝ルヿ
已ニ三世トアレバ。明ヨリ始リ。清ニ至テ盛ニ行
ハレタルヿ明白ナリ。又我 邦ニテ房州ノ海浜
ニ。数百年前ヨリ。種痘ノ術行ハレシト云フモ。我
邦従来コノ説アルニハ非ルベシ。延享二年乙
丑ノ四月。杭州府ノ種痘科李仁山ト云者。長崎ニ
来リ。翌年丙寅ノ春。専ラ種痘セシヿヲ。時ノ通辞
平野繁十郎林仁兵衛。両人ニテ和解シ。奉行ヘ差
出シタル書アリ。種痘和解ト名ヅク然レバ。或ハ
コレ等ヨリ伝へ覚シナランカ。其法ノ由テ来ル
所ニ至テハ。諸書記スル所。多クハコレヲ仙伝ニ
托ス。痘疹心法要訣。治法十全等ニ。峨眉神人ノ伝
ナリト称シ。医学源流論ニモ。種痘ノ法ハコレ仙
伝ナリト云フ。張氏医通ニ曰。ソノ源玄女降乩ノ
方ナリ。蘭台軌範ニ曰。種痘ノ法ハコレ天意生ヲ
好ミ。神人出ルヿ有テ。良法ヲ造リ。以テ人ヲ救フ
ナリト。慈幼筏ニ曰。世ニ神痘家アリト。又弋陽懸
志ニ。黄旻曙徐成吉ト云者。十全神痘法ヲ得ト称
シ南沙集ニ。種痘家天妃娘娘ヲ供奉シ。朝夕経咒
ヲ誦スト云ヒ。蓴郷贅筆ニ。小児ノ生辰ヲ録シ香
ヲ焚テ。黄豆一合ヘ薬ヲツケテ。方位ヲ按シテ土
中ニ埋。種痘ノ漿ヲ取テ衣ヲ染テ。小児ニ衣スレ
バ。三日ニシテ黄豆萌芽シ。小児頭痛発熱ス。五日
ニシテ豆生シ。児ノ痘モ亦発スト云フ。留青新集
ニ。昔道士アリ。痘ノ人ヲ殺スヲ憫ミテ。峨眉山ニ
礼スルヿ四十九日。夢ニ某童子ノ仙苗ヲ授ク。翌
日痘出ツ。其痂ヲ屑トナシ。群児ノ鼻中ニ吹クニ。
七日ニシテ壮熱シ。十四日ニ瘳タリ。復其痂ヲ取
テ苗トナシ。逓ニ相伝種シテ。百ニ一失ナシト云
フ。李仁山ノ説ニ。種痘ノ法ハ。神明ノ相伝ナリ。明
朝ニ徽州府ノ商人施氏ナル者。海上ニ浮デ。一ノ
山ニ至リ。媽姐天后ノ霊顕ヲ蒙リ。種痘法ヲ授レ
リト。其他種痘新書ニ。専ラ神ヲ敬奉シテ壇ヲ起
シ。真言及ヒ般若心経ヲ読誦シ。異体ノ字号ヲ水
碗中ニ書スル類。皆愚俗ヲ諭スノ。方便ヨリ出ト
知ルベシ。留青新集ニ曰。人ヲ以スレバ敢テ信ゼ
ス。神ヲ以スレバ争テ敬奉スト云ハ是ナリ。臨症
指南ニ。種痘ヲ太平痘ト称スルモ。安全ノ名ヲ唱
ヘテ。世俗ノ信用センヿヲ求ルナラン。存研楼集
ニモ。天妃司痘神ノヿヲ明弁セリ。又銭唐第花氏
曰。昔レ伝フ痘症厄多シ。観音大士化身シテ。種苗
ノ術アリ。誠ニ衆生ヲ悲憫スルノ。普渡慈航ナリ
ト。小児解痘神方ニ見ヘタリ。此等ミナ其名称ヲ
新奇ニシテ。信ヲ世ニ取ニ過ズ。張氏医通ニ。種痘
ノ説ヲ弁シテ。皆方士ノ為ス所。人其神ノ神ナル
ヲ知テ。神ナラザルノ神ナル所以ヲ知ラズ。吾静
眼ヲ以テコレヲ観レバ。曷ゾ天ニ順ヒ時ニ随テ。
強テコレヲ為サヾルノ。愈レリトスルニシカン
ヤト云フ。其説確切。先人ノ言ト互ニ相発明スベ
シ。但諸家旧説。コレヲ近日西洋牛痘種法ニ比ス
レハ。或ハ稍慎重スル所アリトスベシ。今各家ノ
説ヲ約載シテ。学者ヲシテ考ル所アラシムルノ
ミ。
選苗蓄苗
臨症指南ニ曰。種痘ノ苗ハ。痘痂一味ニ過ス。今各
処ノ種師。詭称シテ他薬ヲ加ヘテ引導トスルハ。
人ヲ惑ハスノ謊説ナリ。信ズルヿ勿レト。又曰。種
痘落下ノ痂。コレヲ種苗トイフ。毫モ天行時毒ノ
気ナシ用ユベシ。若シ自出天花ノ痂。コレヲ時苗
トイフ。中ニ時行ノ気アリテ。伝染ト異ナルヿナ
シ。用ユベカラズ。然レ𪜈最初ハ種苗ナシ。故ニ時
苗ヲ用ユト云リ。此ヲ取ニ至極順美ノ軽痘ニテ。
少モ雑症夾症ナク。状元痘ト称スル者ヲ択フ。若
シ夾雑ノ症アルハ。稀踈ト雖𪜈佳苗ニ非ス。其痘
素ヨリ紅活ニシテ。能ク起脹シ。灌漿モ濃ク。結痂
モ厚ク。脱落シテ後其痕モ亦紅潤ニシテ。自然光
沢ノ意アルハ。コレ天地陰陽ノ正気ヲ得タルナ
リ。其痂皮ヲ取テ。直ニ銀壺ニ入レ。緊シク其口ヲ
蓋フテ。気ノ漏レザルヤウニシテ。清涼潔浄ノ処
ニ置ベシ。若シ熱ニ遇バ気洩レ。汚穢ニ触レバ気
清カラズ。日久シケレバ気薄シ。此ヲ貯ルヿ冬ハ
三十日。春ハ二十日。夏ハ五日。秋ハ十五日ト云ヿ。
種痘新書。臨症指南等ニ。見ヘタレ𪜈。大概ノ日数
ナリ。其時ノ寒暖ニ因テ斟酌スベシ。只苗ハ新ヲ
貴ブ。新潤ナレバ気盛ナリ。陳久ナレバ気薄シ。甚
旧ナレバ気脱シテ。種レ𪜈発セズ。
天時
種痘ハ天時ヲ得ルヲ第一トス。時節ハ十一月冬
至ノ頃ヨリ。三月清明ノ頃マデ。凡ソ百日余ノ間
ニ種ベシ。其中ニテモ。正月下旬ヨリ。二月中旬マ
デヲ。尤モ宜シトス。若又暖ナルベキ時反テ寒ク。
寒カルベキ時反テ暖ナルハ。其時ニ当テ其気ニ
非ズ。コレ天地不正ノ気ナリ。故ニ種ベカラス。大
雨大雪大寒大風等ノ日モ。種ヘカラズ。必ス天気
温和ノ日ヲ択デ種ベシ。五六月ヨリ。八九月ニイ
タルマデハ。一切種ベカラズト。痘疹心法要訣ニ
見ヘタリ。
可種不可種
凡ソ痘ヲ種ント欲ル者ハ。宜ク先ヅ其小児ノ稟
賦強弱虚実ヲ察スベシ。脉息平和ナラザル者。宿
疾アル者。大病後ノ者。胎毒瘡及ヒ疥癬瘡并ニ諸
瘡毒アル者。脾胃虚弱ノ者。面色青白。或ハ黧黒痿
黄ノ者。羸痩ノ者。顖陥リ或ハ填リ。及ヒ解顱ノ者。
素ヨリ驚癇アル者。頭皮臭ク。或ハ口中臭キ者。鼻
孔小キ者。眼毛長ク或ハ眼肉ナキ者。腹中ニ積聚
アリ動気高キ者。頸項ニ結核アル者。児産レテ未
タ数月ナラザル者。男女情慾既ニキザス者。皆種
ベカラズ。必ス形気共ニ壮実ニテ。精力モ強健ニ。
脉息尤モ平和ニ。面色紅潤ニテ。骨肉相適ヒ。一切
病状ナキ者ヲ見テ種ベシ。痘疹定論ニハ。甫テ一
歳ニ及ブ者ヲ上トス。若五六歳ニ至レバ。知識漸
ニ開ケ。或ハ調理ニ依ラス。又ハ服薬ヲ肯ンゼズ。
故ニ種ヘ難シト。猶痘疹心法要訣。張氏医通。医学
源流論。種痘新書。痘疹会通。留青新集。七刻敬信録。
慈幼筏。臨症指南等ノ書ニ見ヘタリ。種痘ハ少長
ヲ論セズ。皆稀順ト云ハ。是ヲ信ズル人ノ説ニシ
テ。予カ見聞スル所ハ。必ズシモ然ラズ。
五臓伝送
前人ノ説ニ。痘ハ内ヨリ外ニ出ヅ。一二日腎骨髄
ノ分ヨリ発シ。五臓伝送シ六七日ニシテ。肺皮毛
ノ分ニ出ツ。是ヲ七日五伝ト謂ナリ。今種痘ハ外
ヨリ内ニ入ル。先ツ苗ヲ鼻ヨリ吹込ム。鼻ハ肺ノ
竅ナリ。ソレヨリ五伝シテ。腎骨髄ノ分ニ至リ。痘
毒動テ発熱ス。コレ時痘種痘倶ニ皆五伝ス。其道
ハ一路ニシテ。只出入ノ順逆アルノミ。種痘五伝
ノヿハ。痘疹心法要訣。痘疹定論等ニ見ヘタリ。七
日ハ八十四時。コレ乾坤ノ合数ナリ。一伝毎ニ十
六時八刻トス。痘疹全書ノ説ナリ。痘疹玉髄ニハ
十五時ヲ一伝トス。六日三時ニシテ五伝スト云
フ。
早苗種法
種法一例ナラズ。先ヅ種ルニ銀管ヲ用ユ。約スル
ニ長サ五六寸。其頸ヲ曲ラシメ。痘痂ヲ細末ニシ。
其管端ニ納テ。男ハ左女ハ右ノ。鼻孔ヘ吹入レバ。
大概七日ニ至テ発熱ス。今時多ク此法ヲ用ユル
ハ。其簡便ニシテ。捷ニ入テ水苗ノ如ク。脱落セザ
ルヲ取ル。只恐ルハコレヲ用ユルヿ巧ナラズ。軽
ク吹バ驟ニ入ラズ。重ク吹バ迅烈ニシテ当リ難
シ。流涕多ケレバ。苗涕ニ随テ流レ去ル。宜ク綿ヲ
用テ鼻孔ヲ塞グベシ。痘疹心法要訣。張氏医通。治
痘十全等ニ見ヘタリ。其速ナル者ハ五六日。遅キ
者ハ八九日ニシテ発熱ス。是ヲ早苗種法ト謂ナ
リ。若又五日ヨリ以前ニ発熱スルハ。苗気未タ伝
ヘ至ラザル時ナリ。毒何ニ由テ発動セン。コレ必
ズ種テ後。適天行時気ニ逢ヒ。感染シテ発スル自
出ノ痘ナリ。痘疹心法要訣。治痘十全ニ詳ナリ。又
痘疕ヲ細末ニシ。通関散少許ヲ放チ。乳ニ匀ヘ。小
竹管ヲ用テ。鼻竅ニ吹入ル。男ハ左女ハ右。其吹ン
トスル時ニ。頭面歪セズ斜セズ。端正ニ上ニ向ハ
シメテ吹バ。直ニ竅中にニ透テ。苗到ラザルヿナシ。
即チ手ヲ以テ。其鼻竅ヲ掩ヒ閉ルヿ片刻ナレハ。
苗ヲシテ吸テ気道ニ帰セシム。然レ𪜈苗少ケレ
バ。気盛ナラズ。種テモ亦発セズ。故ニ必ズ多ク放
ツ。且種苗新ナレバ。百発シテ百中スト。種痘新書
ニ見ヘタリ。或ハ靨痂ヲ研リ末ニシ。麝香少許ヲ
加ヘ丸トナシ。児ノ鼻中ニ納メ。更ニ其痘児ノ衣
ヲ取テ著セシムルヿ。南沙集ニ見ユ。或ハ痘痂三
四粒ニ清水ヲ入レ。柳木ノ杵ヲ用テ研リ。糊状ノ
如クニシ。別ニ棉花ヲ▢【「捏」か】リ。小団棗核大ノ如ク。両
頭ヲ円ニシ。児ノ鼻孔ノ大小ヲ量テ。コレヲ製シ
痂末ヲ醮シテ上ニ糊シ。鼻孔ヲ塞グ男ハ左女ハ
右。苗ヲ下シテ後。六個時辰ヲ度トス。天気熱スレ
バ。早ク取出スヿ数刻。天気寒ケレバ多ク留ルヿ
数刻。七日或ハ八九日ニ至テ発熱シ。三日ニシテ
見点ス。誠ニ至穏至当ノ種法ナリト。臨症指南ニ
見ヘタリ。痘疹定論ノ種法モ此ニ似タリ。又牙皂
黄連各三分靨苗一銭ヲ入レ。冬ハ葱白一銭ヲ加
ヘ。秋ハ配薬ヲ用ヒス。男ハ左女ハ右ノ鼻ニ吹キ。
再ビ棉花ニ苗末一二釐ヲ粘シテ。鼻内ニ塞ギ入
レ。次日取出ス。種テ後ニ葷腥油膩ヲ忌ヿ。痘疹会
通ニ見ユ。又痘苗ヲ取出シテ後三五日男ハ左女
ハ右。頸項ノ下ト。咽喉トニ小疙瘩アリ。コレ将ニ
発セントスルノ候ナリ。痘漿充足スレバ。疙瘩自
ラ消散ス。若シ消散シ尽ザレバ。。凝結シテ痘毒ト
ナルヿ。痘疹定論ニ見ヘタリ。
水苗種法
水苗ハ上好ノ痘痂ヲ用ヒ。一歳ノ者ハ二十余粒。
三四歳ノ者ハ三十余粒。浄磁鐘ノ内ニ置キ。柳木
ヲ杵トナシ。碾シテ細末ニシ。浄水三五滴ヲ入レ。
春ハ温用シ。冬ハ熱用ス。乾ケバ再ヒ水ヲ加フ。新
棉少許ヲ攤シテ。薄ク片ニシ。調ル所ノ痂屑ヲ裹
ミ捏リテ。棗核様ニ作り。紅綿ヲ以テ拴定シ。鼻孔
ニ納メ入ル。男ハ左女ハ右。時々看守シテ。児若シ
手ヲ以テ拈弄スルヿアレバ。急ニコレヲ禁シ止
ム。或ハ嚔出スレバ。又コレヲ納メ入ル。其他ハ臨
症指南ノ法ノ如クス。是ヲ水苗種法ト謂ナリ。痘
疹心法要訣。及ヒ痘疹伝心録附錄。朱純嘏カ説ニ
見ヘタリ。又痘疹会通ニ称スル所ノ水苗ハ。コレ
ト聊カ異ナリ。併セ考フベシ。
漿苗種法
種痘ノ苗別ニ他薬ナシ。唯痘児標粒ノ漿ヲ。知ラ
ザルヤウニ盗ミ取テ。棉内ニ収テ。児ノ鼻孔ニ納
ル。女ハ右男ハ左。七日ニシテ其気通ズベシ。必ズ
発熱シテ見点ス。少ケレバ数点。多キモ一二百顆
ニ過ズ。マヽ面部稍微腫ヲ見テ。胎毒随テ解スル
モアリ。大抵苗順ナレバ痘順ナルヿ。必然ノ理ナ
リ。是ヲ漿苗種法ト謂ナリ。張氏医通。種痘新書等
ニ見ヘタリ。或ハ孩児已ニ種ルノ。好痘ノ膿汁ヲ
取リ。棉花ヲ浥シ。児ノ鼻中ニ納レ。更ニ已ニ種痘
シタル小児ノ衣ヲ取テ児ノ身上ニ加フルヿ一
二日スレバ。即チ発熱シテ。報点起脹聚膿収靨ス。
百ニ一失ナシト。痘疹心法要訣。弋陽県志ニ見ヘ
タリ。
痘衣種法
凡ソ長漿漿足ノ時ニ当レバ。痘気充盛ナリ。其痘
児ノ身ニ貼スル裹衣ヲ取テ。未タ痘セサル児ニ
服セシメ。夜間モ脱セザレバ。九日十二日ニ至テ
始テ発熱ス。是ヲ痘衣種法ト謂ナリ。然𪜈衣伝ハ
気薄クシテ透ラズ。多ハ熱セズ出ズ。用ユベカラ
スト。痘疹心法要訣。痘疹定論ニ見ヘタリ其他張
氏医通。南沙集。留青新集。蓴郷贅筆等ニ見ヘタ
レ𪜈。迂遠人ヲ欺クノ説ニシテ。信用スルニ足ラ
ズ。
信苗
種痘シテ未ダ発熱セザル以前。面部ニ忽チ顆粒
痘ニ似タル者ヲ出スヿアリ。コレヲ名ヅケテ信
苗トイフ。痘ノ将ニ発セントスルノ標ナリ。色紅
ニシテ軟ナルハ。自ラ消ス。若紅紫ニシテ。堅硬魚
目ノ如キモノハ。急ニ銀針ニテ挑ミ破リ。四聖膏
ヲ塗ルナリ。痘疹心法要訣。治痘十全等ニ見ヘタ
リ。思フニ報痘痘疔ナドニ。似タレ𪜈疑ハシ。
補種法
苗ヲ下スノ後。心ヲ用ユルヿ慎マズ。看守踈忽ナ
レバ。恐ラクハ小児其苗ノ鼻中ヲ塞グヲ悪ンデ。
不時ニ捏リ出シ。苗気洩レテ発セズ。或ハ小児五
内壮実ニテ。苗気ヲ受ズ伝進シ難クシテ発セズ。
或ハ胎毒深邃ニシテ。潜蔵内蓄シテ。苗気伝ヘ至
レ𪜈。引出スヿアタハズシテ発セザル者アリ。倶
ニ十一日ヲ踰ヘテ。再ビ補種スベシ。痘疹心法要
訣。治痘十全。張氏医通等ニ見ヘタリ。
西洋種法
西洋ニテモ。専ラ種痘ヲナスト云フ。其法両手ノ
魚際ヲ。三稜鍼ニテ少シ血ノ出ル程刺シ。好痘ノ
ヨク灌膿シタルヲ一顆ヤブリテ。膿ヲ取リ。鍼口
ヘ塗ル。必ズ痘発シテ稀ナリト云フ。コレ先考錦
橋ノ桂川国瑞ニ聞タル説ナリ。江馬春齢ノ説ニ
ハ。尺沢ヲ刺テ種ルト云フ。又馬場尚瑞ノ説ニ。西
洋ニテ牛ノ痘ヲ種ルヿアリト云フヿ。予四十年
前ニ。宮本周安ヨリ聞ケリ。其後引痘略ニ因テ考
ニ。牛痘ノ術ハ。嘉慶元年。外洋ノ医。講求シテ得タ
ル所ナリト云フ。嘉慶元年ハ我ガ寛政八年ナリ。
其後嘉慶十年。洋医咭拿ト云フ者。粤ニ来テ種ト
云フハ。我カ文化二年ナレハ。予カ聞シヨリ七八
年前ノヿト思ハル。周安ハ先考ノ門人ニテ。其頃
長崎ヘ行キタル者ナリ
牛痘種法 同補種法
天保十一歳。庚子ノ正月。予始テ引痘略ヲ得テコ
レヲ読ムニ。全ク西洋牛痘ノ書ナリ。開巻第一ノ
説ニ曰外洋向ニ此疾ナシ。後他処ヨリ伝染シ。患
ル者マスマス多シ。惟牛ヲ畜ヒ。乳ヲ取ノ家。独リ
コレニ染マズ。医其故ヲ窮レバ。牛乳ノ傍ニ靑藍
ノ小疱アリ。形チ痘ト類ス。是ニ於テ古ノ針刺ノ
法ヲ按シ。牛痘ノ漿ヲ取テ。人ノ両臂消爍清冷淵
ノ二穴ニ種ユ。旬日ニシテ果シテ種ル処ニ於テ
痘数顆ヲ出シ。日ヲ按シテ。灌水満漿結痂落靨ス。
一モ損傷ナク一モ復出ナシト。子コノ一条ヲ見
テ。既ニ其危言妄説タルヿヲ知テ。敢テ信ゼズ。豈
ハカランヤ。嘉永二歳己酉ノ冬ニ至テ。蘭科ノ医。
専ラ牛痘至妙ノ理ヲ説キ。頻リニ人ニ勧メ誘テ
コレヲ種ル者アリ。都鄙ノ俗貴賤トナク。咸其説
ヲ感服信徒シ。日ヲ追テ牛痘大ニ世ニ行ハレ。其
真仮邪正ヲ弁ズル者ナシ。其種苗ヲ問バ西洋舶
来牛痘ノ隹苗ナリト云フ。聞カズヤ。李仁山ノ言
ニ和ト漢ト海洋隔リ土地異ナリ。故ニ各其土地
ノ苗ヲ用ユト。コレ尤モ理ニ当レリトス。然ルヲ
今海外万里ヲ隔テタル。戎虜腥羶ノ苗ヲ求テ。高
貴ノ人ニモ種ルトハ何事ゾヤ。長歎息スベキノ
ミ。果シテ未ダ幾ナラザルニ。再ビ天行正痘ヲ発
スル者アリ。引痘略ニハ此ヲ小痘ト名ヅケ。真痘
ニ非ズ。猶コレ天花ノ後モ亦水痘アルガ如シト
云フ。嗚呼何ゾ其非ヲ遂ゲ過ヲ丈リ。又従テ遁辞 ̄ヲ
作リ。人ヲ欺クヿ一ニ斯ニ至ルヤ。今ハ世人漸ニ
其偽ヲ知ル者アリト雖𪜈。種師ハ猶未ダ衰ヘズ。
予知ラズ西洋ノ牛ハ。果シテ常ニ痘ヲ患テ。必ズ
其乳傍ニ発スルヤ否ヤ。且其痘果シテミナ青藍
ナラバ。此苗ヲ種タル児モ。亦青藍ノ痘ヲ発スベ
キ理ナリ。然ルニ世未ダ青藍ノ痘ヲ発セシ者ア
ルヲ聞ズ。コレ何ノ義ゾヤ。況ヤ我 邦牛多シト
雖𪜈。未ダ痘ヲ患ルヿヲ聞ズ。所謂ル牛ノ小疱ハ。
知ラズコレ何ノ疱子ゾ。若シ果シテコレ真ノ痘
ナランニハ。亦必ズ見点起脹灌膿状靨落痂等。凡
ソ皆常痘ノ候ト同ジカルベキ理ナリ。若シ是等
ノ諸候ナキ時ハ。真ノ痘ニ非ルヲ知ルベシ。況ヤ
其小疱平素牛孔ノ傍ニ在ルモノナランニハ。如
何ゾ是ヲ真ノ痘ト謂ベケンヤ。又牛ヲ畜ヒ乳ヲ
取ル家ノ児モ。必ズ痘ヲ免レズ。近頃予ガ治療セ
シ所ニモ両児アリ。是ヲ以テ其偽ナルヿヲ知ル
ベシ。想フニ所謂ル牛痘苗ト称スルモノハ。恐ク
ハ俗ヲ欺クノ詭言ニシテ。其実ハ正痘苗ナルベ
シ。和刻ノ引痘略附言ヲ見ルニ。南紀ノ小山肆成
ガ曰。余嘗試ニ牛乳傍ノ小疱ヲ刺シ。法ノ如ク種
レ𪜈痘生セズ。又痘ヲ患ル家ノ牛乳傍ノ。小疱ヲ
刺テ種レ𪜈。亦生セズ。百計千慮シテモ。弁ズルヿ
能ハズ。後ニ又右ノ如ク刺シテ。是ニ天行痘ノ漿
ヲ和シテ種タレバ。果シテ数顆ノ痘ヲ見ルト。此
一言ソノ破綻ノ迹ヲ見ルニ足レリ。コレヲ譬ル
ニ。我水ヲ飲タレ𪜈酔ハズ。又酒屋ノ水ヲ飲タレ
𪜈酔ハズ。後ニ酒ヘ水ヲ入テ飲タレバ。果シテ酔
タリト言ガ如シ。天行痘ノ漿ナレバ。牛血ヲ和ス
ルニ及バズシテ。痘ヲ発スベシ。清酒ヲ飲ム時ハ。
水ヲ入ルニ及バズシテ酔ニ同シ。真ニ笑ニ堪タ
リトス。況ヤ牛痘家ノ説ニテハ。コレヲ種ルニ春
夏秋冬ヲ論ゼズ。天気ヲ択バズ。良辰ヲ択バズ。風
ヲ避ケズ。禁忌セズ。男女ヲ分タズ。大小ヲ論ゼズ。
抓破ヲ忌ズト云フ。是豈人命ヲ草芥ニ比スルニ
非ヤ。若シ此説ニ随テ妄リニ種バ。大ナル過チア
ランヿ必セリ。蓋シ洋痘ト洋煙ト。中国ニ入ルヿ
大概同時ナリ。洋煙ハ人ヲ害スルヿ多キヲ以テ。
既ニ禁ゼラレタリ。洋痘ハ人ヲ害スルヿ少キヲ
以テ。未ダ禁ゼラレズ。此ガ幸カ彼ガ不幸カ。
牛痘ニモ亦補種ノ法アリ。曰或ハタヾ一臂種出。
或ハ独リ一顆ヲ出ス𪜈。其毒已ニ発シ。十数年来。
未ダ再出ノ者ヲ見ズ。然レ𪜈引泄未ダ清カラズ。
後患アランヿヲ恐レバ。一年半年ノ後。元気既ニ
復スルヲ俟テ。再ビ補種スルヿ一次。更ニ細密ヲ
ナセ𪜈。彼時ニ毒気已ニ軽クナレバ。初次ノ形象
ノ如クナラズト。又八九日。灌漿藍紫色ノ如クナ
ルモノアリ。胎毒極テ盛ナルニ係ル。必ス次年補
種スベシ。更ニ種ルヿ一次ニシテ。一顆モ出ズ。種
ルヿ第三次ニ至テ。後ニ出ル者アリ。此引泄ノ験
アラザルニ非ズ。良ニ小児先天ノ毒気太盛ナル
ニ由テ。根深ク蒂固ク。一時ニ引抜シ難シト云フ。
サラバ一タヒ種テ。痘既ニ発シテ愈タル者ヲ。引
泄未ダ清カラズ。恐ラクハ後患アラントテ。再ビ
補種シ。又八九日。灌膿藍紫色ナルハ。胎毒盛ナリ
ト云テ。次年又補種スト云フ時ハ。若シ此時モ亦
藍紫色ナラバ。其次年モ亦補種スベキヤ。思フニ
牛痘ハ他ノ膿ヲ取テ。肌肉ノ間ニ注キ入レテ。カ
ブレサスル術ナレバ。譬ハ正痘ノ膿ノ乳母ヤ母
ノ乳傍ナドヘ附テ。カブレルト同ジヿニテ。種レ
バ幾度モ発スル理ナリ。是ヲ痘後ノ者ニ種テモ
亦発スベシ。然レ𪜈予ハ此ノ如キ詭術ヲ行フニ
忍ビザルヲ以テ。未ダコレヲ試ミズ。近頃親シク
試ミタル医アリ。痘後ノ児モ種レバ必ズ発スト
云ヘリ。予カ思量セシ所ニ違ハス。此等種々ノ弊。
皆其破綻ノ発露シテ。掩フベカラザル者ナリ。如
何ゾ世人ノ仍未ダコレヲ察セザルヤ。
牛痘復出
引痘略羅如錦ガ跋ニ。牛痘ノ一法。簡便万全ト讃
シタルハ。道光十四年ノ春ナリ。然ルヲ同十五年
ノ春。馨山ナル者初生小児解痘神方ニ題シテ曰。
粤東牛痘ノ法局ヲ設ケ。種ヲ嬰童ニ布クヿ甚ダ
多シ。種テ後頗ル復出ノ者アリ。因テ止テ行ハズ
ト。漢土ニテモ我 邦ニテモ。牛痘ハ再ビ天行正
痘ヲ発シ。或ハ難痘ヲ引出シ。或ハ死スル者。往々
コレアリ。崔金南ナル者。里俗ノ種痘ヲ信ジテ。其
害ニ罹ル者一ナラザルヲ患テ。覆車懸鑑トイフ
書ヲ著シテ。其利害ヲ論ズト云リ。洪亮吉其書ニ
序シテ。其立論ノ相合スル由ヲ云フ。ソノ著ス所
ノ更生斎文集ニ見ヘタリ。
牛蝨牛膝誤
温汝适カ引痘略ノ序ニ。本草綱目牛蝨痘ヲ稀ニ
スルノ説ヲ引テ曰。牛蝨尚能痘ヲ稀ニスルトキ
ハ。牛ノ痘ハ必ズ稀ナリ。其苗ヲ用テ種ユ。十全ノ
效ヲ獲ト。是全ク譚野翁白牛蝨ノ方ニ本ヅク。時
玲曰。牛蝨血ヲ啖フ。例シテ虻虫ニ比ス。終ニ痘家
ノ宜キ所ニ非ス。毒モ亦必シモ解セズト。予嘗テ
痘疹正宗。痘疹玄機。痘疹玉髄等ヲ見ルニ。皆曰牛
蝨牛膝音近クシテ誤ルト。コレ明カナル証拠ナ
リ。然ルヲ又牛ノ痘ニ附会スルハ。愚妄甚シ。此等 ̄ノ
書ヲ読デ。其惑ヲ解ンヿヲ欲ス。
種痘弁義
種痘弁義跋
佶嘗訪霧渓池田翁。語次偶及種痘之説。翁乃
抽座右小冊子出示。且謂。今日洋説之弊極矣。
而種痘最為已甚。則是編之所以為作。其亦出
於不得已也。佶受而読之。其書専弁近時所謂
牛痘者。反覆数千言。其中具有世道人心之慨。
不唯牛痘一術之是非得失焉。佶深服其精識。
蓋古之為術道者。必有所専攻者。故其業必精。
其道必名於当時。而流於後世。今翁世以痘科
為家。其所伝明戴曼公治痘訣者。皆為他人所
不得窺。而翁自少壮至老。其所専攻者。亦唯止
於痘疹一門。是以其所著如痘科鍵刪正補注
痘科弁要治痘論治痘要方痘科輯説諸書。用
功精密。最為世所推重。若是書則苴余焉耳。然
其一団挽頽矯俗之苦心。固亦有不可没者焉。
其可以措而不伝乎。方将慫通刊布之。而会翁
溘然謝世。其書纔成。而未及詳校。則其尽翁之
意与否。亦未可知。而今茲其嗣子子徳持其稿
本来。謀上梓。余深嘉其能成先人未竟之志。亟
掲此言。識於巻末。
安政戌午季春丹波元佶棠辺撰并書
痘之為毒。根於先天。伏於命門。乗歳気之
運。触冒而発。固与尋常胎毒瘡不同。至於
其浅深軽重。不可得而預知焉。必待其発
為疎為密。為紅為淡。為紫黒。為灰白。然後
死生吉凶判矣。頃見洋医者流所謂種痘
者。下鍼不過八九痏。而出痘或不満於鍼
痕之数。烏得以皮膚間僅僅之出痘。而解
散先天沈伏之巨毒耶。此猶内鑠之疾。而
求活於鍼砭。無此理也。苟遇歳気大行之
候。未有不再感者。乃或不再感。其発而為
驚為癇。及為種種雑症。有不可勝道者焉。
又嘗譬之様痘者。爛痘之膿偶伝母之乳
㫄。発為痘状。直与正痘無異。亦逐曰貫漿
収結。牛痘之発為痘形。何以異於此乎。又
猶疥癬瘡之伝染而発。但疥癬其毒浅。故
伝染乃有蔓延不可禦者。若痘則其毒深
固非皮膚間之可得而発拽。故亦未有蔓
延者。由此観之。牛痘之非正痘。昭昭如白
黒。而洋医者流。往往詭言以惑俗。而世之
人不察。将滔滔不可返焉。先考深憂之。嘗
撰種痘弁義一書。未幾而逝。遺命曰必亟
公之於世。庶幾足以喚醒世之惑者乎。不
肖不揣檮味。爰謹加之点勘。付諸梨棗。併
書其所嘗聞。以置後云爾。
安政戌午二月 不肖男直温謹跋
【裏表紙】
大河本聽松編輯
《題:九死の一生 全》
明治十三年七月 發兌 壺天堂蔵版
【右】
小引
疾病亦多し而め其残酷なる時疫に如くなし時疫亦多し而
め虎列刺病其最たり頻年其毒屡起こり為めに斃るゝ者無笄
於是政府令を布き豫防の方法を施し専ら之を剋制せんこと
を勉めたり然而め未だ全く其功を奏する能はず啻に奏功
する能はざるのみにならず動もすれば怨望の聲道路に満つ
何ぞや抑此事たる人々自ら尽力して成功始て期すべきな
り然るに官屡其方法を示し懇到切實至らざるなきも衆庶
察せず殆ど對岸火視の状無き能はず是を以て遂に毒焔四
方に傅播し其惨況復た如何ともするなきに至る現に客歳
の如き該患者無慮十六万人而め其死者三の二に居る豈亦
痛む可く悲む可きこ非す哉余意ふ官若く懇諭すと雖民若
【右】
く了解せざれば縦令其千百回に及ぶも到底徒労に属せん
と頃日一小冊を偏し名けて九死の一生と云ふ体問答とな
し一ら解し易きに取り童幼婦女をして輙く會得せしめん
ことを旨とす希くは世人徧く此書を讀み人々自ら豫防の道
を知り以て悪疫即ち虎列刺病の災害を免るゝことを得ば獨
り余の幸のみにあらず聊か上 朝旨を補賛し下公衆に對
するの努と謂ふ可き□若し夫れ病原の如何と治方の得喪
のごときは姑く措て論ぜず蓋し普及の要は遠く議論の高
尚に非ずして近く実践の平易に在ればなり
明治十三年七月初旬 大河本聴松 織
【左】
九死(きうし)の一生(いつしやう)
〇發端(ほつたん)
虎列刺病(これらびやう)の残酷(ざんこく)なる事(こと)
虎列刺病の救治(きうじ)し難(がた)き事(こと)
一般売薬(いつぱんばいやく)の妄信(ばうしん)すまじき事(こと)
虎列刺病を免(のが)るべき手段(てだて)の事(こと)
〇虎列刺病(これらびやう)を豫防(よばう)する法(はう)
空気(くうき)の清汚(せいお)に注意(ちゆうい)する事(こと)
飲水(のみみづ)の善悪(ぜんあく)に注意(ちゆうい)する事(こと)
食物(しよくもつ)の良否(りやうひ)に用心(ようじん)する事(こと)
交通(まじはり)の利害(りがい)に用心(ようじん)する事(こと)
【右】
〇虎列刺病(これらびやう)を撲滅(ぼくめつ)する法(はう)
虎列刺病(これらびやう)の町村内(ちやうそんない)に侵入(はい)りたる際(とき)の事(こと)
虎列刺病(これらびやう)の各人家(かくじんか)に侵入(はい)りたる際(とき)の事(こと)
療養届(れうやうとゞ)かずして死亡(しばう)したる時(とき)の事(こと)
虎列刺病(これらびやう)を豫防(よばう)する服薬(ふくやく)の事(こと)
虎列刺病豫防(これらびやうよばう)の特効薬方(とくこうやくはう)
目次目次《割書:終(おはり)|》
【左】
九死(きうし)の一生(いつしやう)
〇發端(ほつたん)
[問]世間(せけん)に害毒(がいどく)を流布(るふ)して人生(じんせい)を損傷(そんぜう)するもの傳染流行(でんせんりうかう)の
疾病(やまひ)より甚(はなは)だしきはなく中(なか)にも虎列刺病(これらびやう)の残酷(ざんこく)より劇(はげ)し
く且(か)つ恐(おそ)るべきものはなしと云(い)ふは實(じつ)の事(こと)なるや
[答(こたへ)]實(じつ)に左様(さやう)なり現在昨年虎列刺病(げんざいさくねんこれらびやう)の流行(りうかう)せるや無慙(むざん)に
も我同胞(わがきやうだい)たる人民十万餘人(じんみんじうまんよにん)を忽(たちま)ちに殺却(ころ)せし惨(むご)らしき
状況(ありさま)は人皆(ひとみな)の能(よ)く知(し)れる所(ところ)にして天地(てんち)の間(あいだ)に於(おい)て最怨(もつともうら)
むべく最悪(もつともにく)むべきもの未(いま)だ此(こ)の虎列刺病(これらびやう)の右(みぎ)に出(で)るも
のなきなりされば本年(ことし)より一層各人各自(いつそうひと〳〵めい〳〵)に力(ちから)を盡(つく)して
其兇悪(そのきやうあく)を撲滅(うちころ)し其災害(そのさいがい)を免(のが)れんことを望(のぞ)むは固(もと)より誰(たれ)
しも同意(どうい)のことならんされども如何(いか)なる事(こと)に力(ちから)を尽(つく)し
【右】
如何(いか)なるか方法(しかた)を施(ほどこ)しなば果(はた)して能(よ)く其目的(そのもくてき)を達(たつ)するこ
とを得(う)べきは此等(これら)の事項(ことがら)を十分(じふぶん)に工夫研究(くふうけんきう)するは今日(こんにち)
吾人(われ〳〵)の最大切(もつともたいせつ)なる本文義務(ほんぶんぎむ)と謂(い)ふべし
[問(とひ)]此(こ)の虎列刺病(これらびやう)は一旦發病(いつたんはつびやう)したる上(うへ)は如何(いか)なる名醫(めゐい)にて
も中々救濟(なか〳〵きうせい)の力及(ちからをよ)ばず十に八九は治(なほ)らぬものなりと云(い)ふ
は實(じつ)の事(こと)なるや
[答(こたへ)]實(じつ)に左様(さやう)なりされども其發病(そのはつびやう)せざる前(まへ)に豫防(よばう)の事(こと)に力(ちから)
を盡(つく)して充分(じうぶん)に用心(ようじん)するときは必(かなら)ず其傳染(そのでんせん)を防(ふせ)ぎ止(と)む
ることをも得(う)るものなれば豫防(よばう)より外(ほか)に虎列刺病(これらびやう)の災(さい)
害(がい)を免(の)がるべきものなし然(しか)るを一般(いつぱん)の人々(ひと〴〵)は此(こ)の兇悪(きやうあく)
なる虎列刺病(これらびやう)を防(ふせ)ぐの手段(てだて)に尤(もつと)も疎(うと)く且(か)つ甚(はなは)だ拙(つたな)くし
て如何(いか)なる方法(しかた)のあるやらん一向(いつかう)に解(げ)さゞるものゝ多(おほ)
【左】
きは悲(かなし)むべく憂(うれ)ふべきことなりそれに就(つけ)ても茲(こゝ)に一言(ひとこと)
述置度(のべおきたき)ことあり近来世間(きんらいせけん)に賣藥奴數多(ばいやくしあまた)ありて或(あるひ)は豫防(よばう)
の匂袋(にほひぶくろ)と云(い)ひ或(あるひ)は治病(ぢびやう)の服藥(ふくやく)と稱(せう)し或(あるひ)は何丹或(なにたんあるひ)は何散(なにさん)
と種々無料(しゆ〳〵むりやう)の効能書(こうのうしよ)を附(つけ)て一般(いつぱん)の人民(じんみん)に衒賣(てらひうり)し人民多(じんみんおほ)
くは之(これ)を信用(しんよう)して其最恐(そのもつともおそ)るべき虎列刺病(これらびやう)をも亦専(またもつぱ)ら其(それ)
等(ら)の賣藥(ばいやく)を以(もつ)て豫防救濟(よばうきうせい)し得(う)べき者(もの)と思(おも)ひ込(こ)み為(た)めに
肝心大切(かんじんたいせつ)なる眞(しん)の豫防法(よはうはう)は恬(てん)として等閑(なほざり)にするもの甚(はなは)
だ多(おほ)きを見(み)る是(これ)と云(い)ふも畢竟(ひつきやう)は人々(ひと〴〵)の醫藥(いやく)の事(こと)に暗(くら)く
して一般賣藥(いつぱんばいやく)の何物(なにもの)たるを知(し)らざるより生(せう)ずる敝害(へいがい)と
はなふものゝ吾人今日民間(われひとこんにちみんかん)の衛生(ゑいせい)に注意(ちやうい)して大(おほい)に豫防(よばう)
の方法(しかた)を擴張(くわうちやう)せんとするときは勉(つと)めて人民(じんみん)の迷露(めいろ)を啓(けい)
發(はつ)して眞路(しんろ)の方針(ほうしん)を指示(さししめし)せずんばあらざるなり
【右】
[問(とひ)]然(しか)れば一般(いつぱん)の賣藥(ばいやく)は此(こ)の虎列刺病(これらびやう)の藥(くすり)として一向(いつかう)に効(こう)
能(のう)の之(こ)れなきものと心得(こゝろえ)て宜(よろ)しき哉又近來最有名(や またきんらいもつともいうめい)なる彼(か)
の賓丹(はうたん)てふ賣藥(ばいやく)は昨年虎列刺流行(さくねんこれらりうかう)の際(とき)などは夥(おびたゞ)しき賣(う)れ
方(かた)にて町村(てふそん)の人々(ひと〳〵)は其能書(そののふしよ)を信仰(しんかう)して此上(このうへ)もなき良(よ)き豫(よ)
防藥(ぼうやく)と思(おも)ひ込(こ)み居(い)る者多(ものおほ)しとのことなるが是亦矢張一般(これまたやはりいつぱん)
の賣藥同様左程(ばいやくどうやうさほど)に効能(こうのふ)の之(こ)れなきものなる哉序(や ついで)に承(うけたま)はり
置(お)き度(た)し
[答(こたへ)]元來政府(くはんらいせいふ)の一般賣藥(いつぱんばいやく)なるものを処置(しよち)するや其効(そのこう)の有(う)
無(む)は絶(たえ)て問(と)わず只猛劇(たゞまうげき)なる藥品(やくひん)を用(もち)ひずして単(たゞ)に危害(きがい)
を醸(かも)す虞(うれひ)なきことを旨(むね)とせり蓋(けだ)し可(か)もなく不可(はか)もなく
毒(どく)にも藥(くすり)にもならざるを良(よし)とするものゝ如(ごと)し然(しか)るを彼(かれ)
等(ら)は官許(くわんきよ)の二字(にじ)を奇貨(きくわ)とし世人(せじん)の知(し)らざるに乗(じやう)じて漫(みだり)
【左】
に牽強附會(こじつけ)の説(せつ)を唱(とな)へ只管(ひたす)ら利(り)をのみ占(し)めんことを力(つと)
むるものなれば如何(いか)でか此(かく)の如(ごと)きの賣藥(ばいやく)を以(もつ)て最劇甚(もつともげきじん)
なる悪疫(あくゑき)を豫防治癒(よばうじゆ)すべきっことあらんや啻(たゝ)に其豫防治(そのよばうぢ)
癒(ゆ)する能(あた)わざるのみならず世人之(せじんこれ)を妄用(ばうやう)して竟(つい)には膓(ちやう)
胃(い)を傷害(しやうがい)し却(かへつ)て悪疫(あくゑき)の侵入(しんにふ)を助(たす)くる如(ごと)きの情態(じやうたい)あるは
實(じつ)に慨(なげ)かはしきことなりされば慈仁(じじん)なる我(わ)が政府(せいふ)は早(はや)
くも此(こゝ)に見(み)るありて人民(じんみん)の賣藥(ばいやく)を妄信(ばうしん)して却(かへつ)て障害(しやうがい)と
なるべきことを懇々諭達(こん〳〵たつ)せられたり其注意(そのちやうい)の厚(あつ)きこと
感(かん)ずべし今此賓丹(いまそのはうたん)と云(い)ふ名(な)を指(さ)しての尋(たづね)に答(こた)ふるは兎(と)
も角(かく)も直(たゞ)ちに人(ひと)の商業(ゑやうばい)にさし響(ひゞ)きを生(しやう)じて甚(はなは)だ好(この)まし
からざることなれば折角(せつかく)の問(とひ)なれども姑(しば)らく茲(こゝ)に之(これ)を
言(い)はず大抵其(たいていそ)の可否(かひ)は人々宜(ひと〳〵よろ)しく自(みづ)から察(さつ)し知(し)るべき
【右】
なり
[問(とひ)]然(しか)れば吾人(われ〳〵)の信仰循守(しんかうじゆんしゆ)して病毒(びやうどく)の災害(わざわひ)を免(の)がるべき眞(しん)
の手段(てだて)なる者(もの)は果(はた)して如何(いか)なる事(こと)を指(さ)してよろしきや
[答(こたへ)]抑々吾人(そもそもわれ〳〵)の力(ちから)を盡(つくし)て行(おこな)ふべき眞(しん)の手段(てだて)なるものは第一(だいいち)
に之(これ)を豫防(よばう)することにて病(やまひ)の各町村(かくてふそん)に入込(いりこま)ぬ様豫(やう あらかじ)め用(よう)
心(じん)するの仕方(しかた)なり第二(だいに)には既(すで)に其町内其他村内(そのてふない そのそんない)に入(い)りた
る後(のち)に施(ほどこ)し行(おこな)ふ仕方(しかた)にて之(これ)を撲滅(うちほろぼ)する法(はう)なり欧羅巴諸(ようろつぱ しよ)
州(しう)にても近年皆此(きんねんみなこ)の豫防(よばう)の方法(しかた)に力(ちから)を盡(つく)して殆(ほとん)ど虎列(これ)
刺病(らびやう)の根(ね)を切(き)りたりとかや病(やまひ)の來(き)たらぬ其前(そのまへ)に豫防(よばう)を
なすは既(すで)に入込(いりこみ)たる後(のち)に撲滅(うちほろぼ)するよりも勝(すぐ)れて良(よ)きこ
とは誰(たれ)しも皆承知(みなしやうち)の筈(はづ)なれば成(な)る丈(た)け虎列刺(これら)の町村内(てふそんない)
ん入込(いりこま)ぬ様注意(やう ちゆうい)して防禦(ばうぎよ)の策(さく)を盡(つく)すこと肝要(かんよう)なり家(いへ)に
【左】
入(い)り込(こ)みたる盗賊(たうぞく)を捕(とら)ふるは豫(あらかじ)め盗賊(たうぞく)の入(い)らぬ様戸締(よう とじまり)
するに如(し)かずとは古昔(むかし)よりの金言(きんげん)と知(し)るべし
〇虎列刺病等(これらびやうとう)を豫防(よばう)する事(こと)
[問(とひ)]然(しか)れば第一(だいいち)に虎列刺其他(これらそのた)の傅染病(でんせんびやう)の町村内(てふそんない)に入込(いりこま)ぬ様(よう)
豫防(よばう)するは如何(いか)なる事(こと)をなして宜(よろ)しきや其方法(そのしかた)を委(くわ)しく
承(うけたま)はり度(た)し
[答(こたへ)]傅染病(でんせんびやう)の町村内(てふそんない)に入(い)り込(こ)むことなく人々安全(ひとびとあんぜん)に生計(なりはい)
を営(いとな)まんと望(のぞ)まば宜(よろ)しく其傅染病(そのでんせんびやう)の原因(みなすと)を防(ふせ)ぐことに
注意盡力(ちゆうい じしりよく)すべし其目的(そのもくてき)とすべき最(もつと)も重(おも)なるもの四箇條(よかでふ)
あり左(さ)の如(ごと)し
第一 空気(くうき)の事(こと)
【右】
第二 飲水(のみみづ)の事(こと)
第三 食物(しよくもつ)の事(こと)
第四 交通(まじわり)の事(こと)
[問(とひ)]空気(くうき)ば如何(いか)なるものなる哉又其空気(や またそのくうき)に就(つい)ての用心(ようじん)は如(い)
何(か)なる事(こと)なる哉(や)
[答(こたへ)] 吾人(われ〳〵)の呼吸(こきう)する空気(くうき)は恰(あたか)も魚類(ぎよるい)の水(みづ)に於(お)けるが如(ごと)く
此上(このうへ)もなき大切(たいせつ)のもなり故(ゆへ)に若(も)し此(こ)の空気中(くうきちう)に種々(しゆ〳〵)
の惡(あ)しき物(もの)を雑(まじ)へて不潔(ふけつ)なるときは甚(はなは)だ吾人身体(われ〳〵からだ)の害(がい)
毒(どく)となること彼(か)の魚(うほ)を惡水中(あくすいちう)に放(はな)てば漸々弱(だん〳〵よわ)りて終(つい)に
斃死(たふれし)すると同様(どうよう)なりされば今此(いまこ)の空気(くうき)を清潔善良(せいけつぜんりよう)なら
しむるには左(さ)の箇條(かてふ)に注意(ちゆうい)すべし
[一]吾人(われ〳〵)の住居(ぢうきよ)する地所(ぢしよ)は成(な)るべく高燥(かうさう)にして且(か)つ清潔(せいけつ)
【左】
なるを良(よし)とす若(も)し其屋敷地面卑(そのやしきぢめんひき)くして濕気多(しつけおほ)く或(あるひ)は掃(さう)
除(じ)を怠(おこた)りて汚芥積滞(ぎもあくたつみたま)るときは家中(かうち)の空気(くうき)も自然(しぜん)に不潔(ふけつ)
となるべし
[二]住居(すまゐ)の床(ゆか)は成(な)るべく高(たか)くして其下(そのした)に十分風(じうぶんかぜ)を通(とを)すべ
し地上(ちじやう)へ直(すぐ)に床(ゆか)を設(まう)くべからず濕氣(しつけ)ある土地(とち)にては別(べ)
して危(あやう)し
[三]大小便所(だいせうべんじよ)は最用心(もつともようじん)して清潔(せいけつ)に掃除(そうじ)し度々両便(たび〳〵りやうべん)を取除(とりのぞ)
くべし久(ひさ)しく溜(たゐ)るときは一種(いつしゆ)の惡氣(あしき)を醸(かも)し之(これ)が為(た)めに
家中(やうち)の空気不潔(くうきふけつ)となるべし
[四]下水溝渠(げすいみぞどぶ)は成(な)るたけ住居(すまい)より遠(とを)く離(はな)るゝを宜(よろ)しとす
其中(そのうち)に瀦(たま)りたる汚水(よごれみづ)は日(ひ)を経(へ)るに従(したが)ひて次第(しだい)に腐(くさ)れ出(いだ)
し亦一種(またいつしゆ)の悪気(あくき)を醸(かも)して家中(やうち)の空気(くうき)す汚(よご)すこと両便所(りやうべんじよ)
【右】
に異(こと)ならず故(ゆへ)に下水(げすい)は時々之(ときときこれ)を洗(あら)ひ流(なが)し決(けつ)して汚芥(ごみあくた)の
瀦(たま)らざる様(やう)に心掛(こゝろが)くべし但(たゞ)し此汚水(このよごれみづ)は酌(く)み取(と)りて両便(りやうべん)
と共(とも)に作物(さくもの)の培料(こやし)に用(もち)ふべし総(そう)じて五穀野菜草木(ごこくやさいくさき)の培(こや)
料(し)に用(もち)ふるものは人身(じんしん)には却(かへつ)て害(がゐ)ありと心得(こゝろえ)べし[五]庖廐(だいどころ)の残棄物即(すたりもの すなは)ち野菜(やさい)の切屑煮滓等(きりくずにがらなど)わ住居(すまい)の接近(ちかま)み
積置(つみお)きて腐敗(くさら)すべからず若(も)し止(や)むことを得(え)ずして家(いへ)の
近傍(ちかく)に積(つ)み置(お)くときは其臭気(そのくさみ)の家中(やうち)に入(い)らざる様(やう)に注(ちゆう)
意(い)すべし
[六]住居(すまゐ)の近傍床下等(ちかくゆかしたなど)には常(つね)に汚水両便等(よごれみづりやうべんとう)の地中(ちちう)に滲込(しみこ)
まぬ様用心(やう ようじん)すべし故(ゆへ)に便所(べんじよ)を作(つく)るには溜壺(ためつぼ)は瀬戸物(せともの)を
用(もち)ふるを良(よし)とす桶樽(をけたる)は早(はや)く朽(く)ち腐(くさ)れて汚水漏(よごれみづも)れ自(おの)づと
住居(すまい)の下(した)に滲(し)み透(とほ)りて空気(くうき)を汚(よご)すものなり
【左】
[七]腐(くさ)りて惡(あし)き臭(か)のある魚類野菜類(うをるいやさいるい)を家内(やうち)に置(お)くべから
ず又培料(また こやし)を貯(たくは)ふる小屋或(こやあるひ)は牛馬等(うしむまとう)の小屋(こや)は成(な)るたけ住(すま)
居(ゐ)より遠(とほ)く引離(ひきはな)すべし
右(みぎ)の如(ごと)く一々(いち〳〵)に列記(れつき)するときは只空気(たゞくうき)を清潔(せいけつ)にする一(いち)
事(じ)のみにても亦其関係(またそのくわんけい)の少(すく)なからざるを知(し)るべし然(しか)れ
ども人々空気(ひと〳〵くうき)の不潔(ふけつ)なるわ百病(ひやくびやう)の本(もと)なりと謂(い)ふことを
能々合點(よく〳〵がてん)して常(つね)に用心(ようじん)の念(ねん)を起(おこ)すときは右(みぎ)の箇條(かでふ)は容(よう)
易(い)に為(な)し得(う)べき事項(ことがら)にして格別(かくべつ)に骨(ほね)を折(お)るにも及(およ)ばず
又多(またおふ)く金銭(きんせん)を費(つい)やすにも非(あら)ず畢竟只人々(ひつきやうたゞひと〳〵)の用心(ようじん)にある
のみ
[問(とひ)]其飲水(そののみみづ)に就(つい)ての用心(ようじん)は如何(いか)なる事項(ことがら)なる哉(や)
[答(こたへ)]吾人(われ〳〵)の平生用(へいせいもち)ふる所(ところ)の飲水(のみみづ)は空気(くうき)に次(つい)で甚(はなは)だ大切(たいせつ)な
【右】
るものにして之(これ)を清潔(せいけつ)にする方法又之(しかた またこれ)を飲(の)むときの芯(こゝろ)
得方(えかた)は實(じつ)に今日肝要(こんにちかんよう)の事項(ことがら)なり然(しか)れば良(よか)からぬ飲水(のみみづ)は
甚(はなは)た危(あやふ)きものにして極悪性(ごくあくせい)の疾(やまひ)も僅(わつ)か一杯(いつはい)の水(みづ)より起(おこ)
るものなれば其害(そのがい)は不潔(ふけつ)の空気(くうき)にも劣(おと)らぬものと心得(こゝろえ)
べし然(しか)して飲水(のみみづ)を清潔(せいけつ)にする方法(しかた)は前(まへ)に述(の)べたる空気(くうき)
を清潔(せいけつ)にする方法(しかた)と大抵同(たいていおな)じことなり尤取分(もっともとりわ)けて左(さ)の
條件(でふけん)に注意(ちゆうい)すべし
[一]市中或(しちうあるひ)は村内(そんない)を通(とを)れる河水或(かわみづあるひ)は渠水(ほりみづ)は一度沙濾(いちどすなごし)にす
るか又(また)は煑沸(にたゝ)せたる後(のち)に非(あら)ざれば之(これ)を飲(の)むべからず但(たゞ)
し縦令外見(ととへぐわいけん)は清潔(せいけつ)なるものにても能々用心(よく〳〵ようじん)すべし
[二]河水(かはみづ)を用(もち)ひずして井水(いどみづ)を用(もち)ふる場所(ばしよ)は其井(そのいど)の位置(ありば)に
注意(ちゆうい)し便所(べんじよ)を離(はな)るゝ遠近及(ゑんきんおよ)び便器(べんき)の製造堅固(せいざうけんご)にして其(その)
【左】
中(なか)の汚汁(しる)を漏(も)らす憂(うれい)なきや否(いなや)を吟味(ぎんみ)すべし土中(とちう)に案外(あんぐわい)
に容易(ようい)なるものなり畏(おそ)るべく慎(つゝし)むべし
[三]井(いど)は近傍(ちかく)の溝下水(みぞげすい)より其汚水(そのわるみづ)を滲透(あしみとふ)さゞる様平常(やう へいぜい)に
注意(ちゆうい)すべし故(ゆへ)に下水(げすい)を通(とを)すには成(な)る丈(た)け井(いど)より遠(とほ)くす
べし又成(またな)るべく魚類等(ぎよるいなど)を井戸端(いどばた)にて料理(れふり)せぬ様(やう)するが
宜(よろ)し是(これ)は魚類(ぎよるい)の洗汁野菜(あrあいしるやさい)の切屑(きりくず)など腐(くさ)れて自然(しぜん)に其土(そのど)
中(ちう)に滲込(しみこ)み井水(いどみづ)を汚(けが)すが故(ゆへ)なり
[四]井(いど)は時々之(とき〳〵これ)を汲(く)み干(ほ)して十分(じふぶん)に浚(さら)ひ浄(きよ)め井闌(いどがわ)の木材(きしつ)
朽腐(くちくさ)るときは速(すみやか)に修繕(しゆふく)を加(くは)ふべし資財(かね)ある人(ひと)は煉瓦或(れんぐわあるひ)
は「セメント」を用(もち)ひて井闌(いどがわ)を築(きづ)くを良(よし)とす一時(いちじ)は高價(たかね)の
様(やう)なれども長(なが)き月日(つきひ)を経(ふ)れば却(かへて)て大(おほい)に經濟(けいざい)になるもの
【右】
なり
[五]水(みづ)は岩石多(いわいしおほ)き山(やま)より湧(わ)き出(で)るものを尤清潔(もつともせいけつ)なりとす
故(ゆへ)に斯(かゝ)る水(みづ)を密閉(しめきり)たる管或(くだあるひ)は樋(とひ)を引(ひ)きて町村(まちむら)に導(みちび)くこ
とを得(う)れば第一(だいいち)の良法(よきはう)なり然(さ)れども蓋(ふた)のなき堀切渠又(ほりきりどぶまた)
は樋(とひ)にて引(ひ)くは宜(よろ)しからず偖又総(さてまたすべ)て水(みづ)を用(もち)るふときは
先(ま)づ其性質(そのせいしつ)を吟味(ぎんみ)すべし若(も)し其土地(そのとち)の人(ひと)にて飲水(のみみづ)の善(ぜん)
悪(あく)に疑念(ぎねん)あるときは府縣(ふけん)の衛生課(ゑいせいくわ)に申立(もふした)てゝ之(これ)が吟味(ぎんみ)
を受(う)くべし
[六]凡(およ)そ水(みづ)の黄色(きいろ)を帯(お)ぶるもの灰白色(はいけいろ)なるもの良(よ)からぬ
臭気(くさけ)あるもの或(あるひ)は鹹味(しおはゆめ)を帯(お)びたるもの等(とう)は飲(の)むべから
ず又水中(またすいちう)に小(ちいさ)き蟲或(むしあるひ)は有機物(いうきぶつ)より生(しやう)じたる黄色(きいろ)の游埃(うきごみ)
など混(まざ)るときは飲(の)むべからず
【左】
[問(とひ)]其食物(そのしよくもつ)に就(つい)ての用心(ようじん)は如何(いか)なる事項(ことがら)なる哉(や)
[答(こたへ)]吾人(われ〳〵)の資(とつ)て生命(せいめい)を保続(ほぞく)する食物(しよくもつ)の注意(ちゆうい)は固(もと)より大切(たいせつ)
にすべきこと言(い)わずして明(あきらか)なれども我邦(わがくに)の人(ひと)は日常飲(つね〳〵のみ)
食(くひ)する物料(もの)の性質(せいしつ)を吟味(ぎんみ)せざるもの多(おほ)し是(こ)れ甚(はなは)だ宜(よろ)し
からざる風習(ならはし)にて苟且(かりそめ)にも自己(おのれ)の命(いのち)を重(おも)んじ傅染病流(でんせんりう)
行(かう)の時(とき)などに方(あた)りて其害(そのがい)を避(さ)けんと思(おも)はば飲食物(いんしよくもつ)の善(ぜん)
悪(あく)は必(かなら)ず審(つまびら)かに注意(ちゆうい)せざるべからず就中日(なかにもひ)を経(へ)たる魚(うを)
類殊(るいこと)に鰕蟹牡蠣貝類(ゑびかにかきかいるい)などは最(もつと)も危(あやう)し炎暑(あつさ)の時候暖気(ときだんき)の
土地等(とちとう)にては右(みぎ)の如(ごと)き貝類鰕類(かいひるいゑびるい)の新鮮(あたらし)からざるものを
食(しよく)して即日(そのひ)に急(たちま)ち大病(たいびやう)を發(はつ)すること屡々多(しば〳〵おほ)し慎(つゝし)み警(いまし)めざ
るべらず今飲食(いまのみくひ)に付(つ)き用心(ようじん)の要領(あらまし)を列記(かきの)すること左(さ)の
如(ごと)し
【右】
[一]死魚(しぎよ)の惡(あし)き臭(か)ある半ば腐(くさ)れたるものは食(くら)ふべからず
[二]其肉輭(そのにくやははらか)に弾力(だんりよく)なきものは多(おほ)くは病魚(びやうぎよ)なり食(くら)ふべから
ず
[三]臓𩹓(こもち)の魚(うを)は成(な)るべくは食(くは)ぬを可(よし)とす
[四]干魚(ほしうを)の惡(あし)き臭(か)あるもの黴(かび)を生(しやう)じたるもの腐(くさ)れたるも
の蟲(むし)を生(しやう)じたるもの等(とう)は食(くら)ふべからす
[五]䀋魚(しほうほ)の軟(やはらか)にして惡(あし)き臭(か)あるもの又(また)は一種鼻(いつしゆはな)を衝(つ)く臭(くさ)
氣(み)あるもの等(とう)を食(くう)ふべからす
[六]牛肉其他(ぎうにくそのた)の肉類(にくるい)は新鮮(あたら)しきものにあらざれば食(くら)ふべ
からず凡(すべ)て肉類(にくるい)の悪臭(あくしう)を放(はな)ち紫黒色(くろむらさき)色/或(あるひ)は蒼白色(あをしろいろ)を現(あら)は
すものは食料(しよくれふ)に適(てき)せず殊(こと)に病肉(びやうにく)は大害(たいがい)あるものなり
[七]熟(じゆく)せざる果実又(くだものまた)は腐(くさ)れかゝりたる果実類(くだものるい)は食(くら)ふべか
【左】
らず
[八]黴(かび)を生(しやう)じ或(あるひ)は腐(くさ)れたる菰菜(やさい)は食(くら)ふべからず
[九]黴(かび)を生(しやう)じ又(また)は餲(すえ)かゝりたる米飯(めし)は食(くら)ふべからず
[十]半(なか)が腐(くさ)りたる酒酢醤油等及(さけすしゆうゆとうおよ)び酒類(さけるい)の贋造物(かんざうぶつ)は用(もち)ふべ
からず
[十一]総(そう)じて日常(へいせい)の飲食物(いんしよくぶつ)は十分(じふぶん)に心附(こゝろづ)け力(つと)めて清潔(せいけつ)に
して時々若(とき〳〵も)しや黴(かび)を生(しやう)ぜざるか悪臭(あしきか)を放(はな)たざるか腐(くさ)れ
かゝらざるかを吟味(ぎんみ)すべし
[十二]夏秋炎暑(なつあきあつさ)の時候(とき)に在(あつ)ては多分(たぶん)に生物(なまもの)を喫(くら)ふべから
ず下痢(げり)の常習(くせ)ある人(ひと)は尤用心(もつともようじん)すべし
[十三]総(すべ)て虎列刺病(これらびやう)の流行(りうかう)の際(とき)は假令新鮮美食(たとへ あたらしきけつこう)の食物(しよくもつ)た
りとも十分(じふぶん)に飽食(はうしよく)すべからず始終節度(しじうひかへめ)にすべし大酒(たいしゆ)は
【右】
別(べつ)してよろしかず
[問(とひ)]其交通(そのまじはり)に就(つい)ての用心(ようじん)は如何(いか)なる事項(ことがら)なる哉(や)
[答(こたへ)]吾人各自(われ〳〵めい〳〵)の交通附合(まじはりつきあひ)は平常(へいせい)に注意用心(ちゆういようじん)すべき大切(たいせつ)の
事(こと)にして其関係(そのくわんけい)は甚(はなは)だ多(おほ)きものなり今其大畧(いまそのあらまし)を示(しめ)すこ
と左(さ)の如(ごと)し
[一]凡(すべ)て劇場(しばゐ)、料理店(りうりや)、寺院(てら)、旅店(やどや)、其他(そのた)職工場(しよくこうば)、製作場(せいさくば)、鑛業場等(かねほりばとう)
にて衆多(おほく)の人(ひと)の郡聚(くんじゆ)する場所(ばしよ)は各人成(ひと〳〵 な)るべくは時々其(とき〳〵その)
場(ば)を出(いで)て新鮮(あらた)なる空気(くうき)を適宜(てきぎ)に吸(す)ふ様(やう)にすべし総(すべ)て大(たい)
勢久(せいひさ)しく一處(いつしよ)に集(あつま)り居(ゐ)るは宜(よろ)しからず殊(こと)に右等(みぎら)の場所(ばしよ)
にては飲食(のみくひ)を節度(ひかへめ)にして且(か)つ成(な)るべく酒(さけ)を飲(の)むことを
戒(いまし)むべし
[二]人力車夫等(じんりきしやひきなど)の疾走(かけ)ること法外(はうぐわい)に劇(はげ)しかるべからず又(また)
【左】
疾走(かけ)ること久(ひさ)しきに過(す)ぐるは宜(よろ)しからず一日(いちにち)に十里以(じふりい)
上(じやう)の路(みち)を疾走(かけ)るときは総(さう)じて害(がい)ありと知(し)るべし
[三]婦人子童(ふじんこども)は職工場(しよくこうば)、製作場等(せいさくばとう)にて餘(あま)り度(ど)に過(す)ぎたる労(はた)
役(らき)をなさゞるを宜(よ)しとす且(か)る此等(これら)の場所(ばしよ)にては新鮮(あたら)し
き空気善良(くうきぜんりやう)なる飲水相當(のみみづさうとう)なる滋養品(じやうひん)を結用(きよう)せしむべし
[四]埋葬場(まいさうば)、火葬場(くわさうば)は成(な)る丈(た)け人家(じんか)を離(はな)るゝ所(ところ)に在(あ)る様(やう)に
すべし
[五]市街道路(いちまちだうろ)の掃除(さうじ)は各人互(ひと〳〵たがひ)に注意(ちゆうい)して断(た)ゑず清潔(せいけつ)にな
すべし
〇虎列刺病等(これらびやうとう)を撲滅(ぼくめつ)する事(こと)
[問(とひ)]虎列刺其他(これらそのた)の傅染病既(でんせんびやう すで)に町村(ちやうそん)に侵(おか)し入(い)りたる後(のち)に於(おい)て
之(これ)を撲滅(うちほろぼ)すべき方法(しかた)は如何(いか)なる事項(ことがら)なる哉(や)委(くわ)しく説解(ときあかし)を
【右】
承(うけたま)はり度し
[答(こたへ)]虎列刺其他(これらそのた)の傅染病各町村(でんせんびやうかくちやうそん)に入(い)り込(こ)むときは其町村(そのちやうそん)
の衛生委員(ゑいせいいいん)にて郡區戸長(ぐんくこちやう)に力(ちから)お恊(あわ)せ豫防消毒(よばうせうどく)の事(こと)を世(せ)
話(わ)あるべけれども一般(いつぱん)のい人々(ひと〳〵)にて其世話(そのせわ)あるべき廉々(かど〳〵)
の概要(あらまし)を知(し)り且各自(かつめい〳〵)の心得方(こゝろえかた)をも豫(かね)て定(さだ)め置(お)かざえれば
萬一(まんいち)の時(とき)に却(かへつ)て不都合(ふつがふ)の事多(ことおほ)かるべしさて虎列刺病流(これらびやうりう)
行(かう)の時節(じせつ)に若(も)し吐瀉(はきくだし)などありて虎列刺(これら)にまぎらはしき
病(やまひ)にかゝりたらば速(すみやか)に醫師(いしや)にたのみて療治(りうじ)すべし隠蔽(つゝみかく)
してそれ〳〵の手當(てあて)をもなさゞるゆゑ手後(ておく)れとなりて一人(いちにん)の
命(いのち)を失(うし)ふのみならず一町一村(いつちやういつそん)にひろがりて數千人(すせんにん)の難(なん)
儀(ぎ)ともなるなり然(さ)れば隠蔽(つゝみかくし)なく速(すみやか)に醫師(いしや)に頼(たの)みて療治(れうじ)
することは豫防第一(よばうだいいち)の肝要(かんえう)にて若(も)し一人(いちにん)の隠蔽(つゝみかくし)あれば
【左】
町村内百般(ちやうそんないひやくはん)の骨折(ほねをり)も皆水(みなみづ)の泡(あわ)となるものなり昨年(さくねん)など
も其隠蔽(そのつゝみかくし)より俄(にわ)かに傅染(でんせん)して一群一國(いちぐんいつこく)に蔓延(まんえん)し救(すく)ふべ
からざる勢(いきほひ)になりたる例多(ためしおほ)し人々能々心得(ひと〳〵よく〳〵こゝろえ)べきことなり
今其病毒(いまそのびやうどく)を撲滅(うちほろぼ)すべき方法(しかた)の要領(あらまし)を列記(かきの)すること左(さ)の
如(ごと)し
[一]各人皆第一(ひと〳〵みなだいいち)に清浄(せいじやう)と云(と)ふことを忘(わす)るべからず肢體(からだ)は
勿論衣服(もぢろんきもの)、住居(すまゐ)、下水(けすい)、便所(べんじよ)、芥溜等(ごみためとう)まで都(すべ)て洗濯掃除(せんたくさうじ)に怠(おこた)ら
ず能々清潔(よく〳〵せいけつ)にすべし虎列刺其他傅染病(これらそのたでんせんびやう)の毒(どく)は皆不潔(みなふけつ)よ
り殖(ふえ)るものなり殊(こと)に動物類(どうぶつるい)の腐(くさ)れたるものは病毒(びやうどく)には
第一(だいいち)の培料(こやし)となるものと知(し)るべし
[二]各人都(ひと〳〵すべ)て適度(よきほど)を守(まも)り何事(なにごと)も其度(そのど)を過(すご)すべからず日常(つね〳〵)
職業(しよくげふ)とする仕事(しごと)も亦法外(またはうぐわい)に勉強骨折(べんきやうほねお)るべからず
【右】
[三]凡(すべ)て食物飲水(しよくもつのみみづ)は前條(ぜんでふ)の如(ごと)く能々用心注意(よく〳〵ようじんちゆうい)し殊(こと)に飲水(のみみづ)
は必(かなら)ず一旦沙濾(いつたんすなこし)にし煑沸(にたゝ)して後飲(のちの)むべし
[四]両便所(りやうべんじよ)の掃除(さうじ)や下水溜(げすいため)の斟取等(くみとりとう)に能々注意(よく〳〵ちゆうい)して些(すこし)も
其汗汁(そのしる)の漏(も)らぬ様(やう)に心附(こゝろづけ)べし
[五]各人止(ひと〳〵や)むを得(え)ざる事(こと)にあらざれば無益(むえき)に虎列刺病者(これらびやうしや)
に直接(ちかづ)き及(およ)び病者(びやうしや)ある家(いへ)に立入(たちい)るべからず且(か)つ成(な)るべ
く妄(みだり)に他家(よそ)の便所(べんじよ)に上(あが)らざる様注意(やうちゆうい)すべし
[六]各人常(ひと〳〵つね)に「フラネル」或(あるひ)は紋派織(もんぼおり)腹帯(はらおび)を巻(ま)き夜中(やちう)も成(な)
るべく之(これ)を解(と)くべからず炎暑(あつさ)の時(とき)に裸體又(はだかまた)は雨戸(あまと)も開(あ)
け放(はな)ちて眠(にむ)るべからず晝夜温度(ちうやおんど)の不同(ふどう)に感(かん)ずるときは
劇(はげ)しき下痢症(げりしやう)を起(おこ)すことあり慎(つゝし)むべし
[七]下痢(げり)の兆(きざし)あるときは決(けつ)して生物又(なまものまた)は消化(せうくわ)あしき物(もの)を
【左】
食(くら)ふべからず粥或(かゆあるひ)は葛湯等(くずゆなど)を用(もち)ふるを良(よし)とす少(すこ)しでも
下痢(げり)を發(はつ)するときは速(すみやか)に醫師(いしや)を頼(たの)みて療治(れうじ)すべし
右(みぎ)の如(ごと)く注意用心(ちゆういようじん)するの後尚(のちな)ほ若(も)し虎列刺病其人家(これらびやうそのじんか)に
侵(おか)し入(い)りたるときは取敢(とりあ)へず醫師(いしや)を招(まね)き先(ま)づ建康(けんこう)なる
人(ひと)を引分(ひきわ)け看病人(かんびやうにん)の外(ほか)は病人(びやうにん)に近(ちか)づかしむべからず其(その)
吐下(はきくだ)したるもの又(また)は之(これ)に汚穢(よご)れたるものは決(けつ)して之(これ)を
便所(べんじよ)、往來(わうらい)、下水(げすい)、芥溜(ごもため)、田圃(たはた)、溝川(みぞかは)、等(とう)に棄(す)つべからず一(ひと)たび之(これ)
を等閑(なほざり)にするときは一人(いちにん)の不注意(ふちゆうい)より數千萬人(すせんまんにん)を殺(ころ)す
に至(いた)るものにて是(こ)れ豫防中(よぼうちう)の第一(だいいち)に肝要(かんよう)とする所(ところ)なり
現(げん)に昨年(さくねん)も虎列刺病者(これらびやうしや)の汚穢物(よごれもの)を川上(かはかみ)に投棄(なげす)て又(また)は洗(せん)
濯(たく)したる為(た)め直(すぐ)に其川下(そのかはしも)に住居(すまゐ)せる村々(むら〳〵)に傅布(ひろが)り或(あるひ)は
病毒(ひやうどく)に觸(ふ)れたる衣服敷物等(きものしきものなど)を消毒(せうどく)せずして再(ふたゝ)び用(もち)ひ又(また)
【右】
は遺物(いぶつ)として貰受(もらひう)け之(これ)が為(た)めに感染(かんせん)して死(し)したる者其(ものその)
例少(ためいすくな)からず総(そう)じて虎列刺病(これらびやう)の大流行(おほりうかう)となるは大抵此等(たいていこれら)
の不注意(ふちゆうい)より起(おこ)るものにて實(じつ)に畏(おそ)るべきものなり今其(いまその)
要領(あらまし)す説示(ときしめ)すこと左(さ)の如(ごと)し
[一]吐瀉物取扱(としやぶつとりあつかひ)は相當(さうとう)の器(うつは)を用意(ようい)し之(これ)に消毒藥二三合(せうどくやくにさんがふ)を
入(い)れ置(お)き病者(びやうしや)の吐瀉(としや)する度毎(たひごと)に之(これ)に受(う)け屋外(いへのそと)に持出(もちだ)し
桶或(おけあるひ)は壺等(つぼとう)に移(うつ)し其器(そのうつは)は都度〳〵(つど)稀薄石炭酸水(うすきせきたんさんすい)にて洗(あら)ひ
復(ま)た前(まへ)の如(ごと)く消毒藏(せうどくやく)を入(い)れ用(よう)に共(そな)ふべしさて桶或(おけあるひ)は壺(つぼ)
に移(うつ)したるものは充分(じふぶん)に消毒藥(せいどくやく)を注(そゝ)ぎ蓋(ふた)をなして溜(た)
置(お)き一定(きまり)の場所(ばしよ)に運(はこ)び焼棄(やきす)つべし
[二] 焼棄(やきすて)の法(しかた)は其場所(そのばしよ)に相當(さうとう)の穴(あな)を掘(ほ)り其中(そのなか)に灰或(はひあるひ)は石(いし)
灰(はひ)を撒(ま)き乾(かは)きたる藁(わら)、枯草(かれくさ)、鉋屑(かんなくず)、鋸屑(のこくず)、等(とう)に石炭油(せきたんあぶら)を灌(そゝ)ぎて
【左】
穴(あな)の底(そこ)に入(い)れ其上(そのうへ)に汚穢物(よごれもの)を投込(なげこ)み再(ふたゝ)び藁(わら)、枯草(かれくさ)等(とう)を覆(おほ)
ひ火(ひ)を點(とも)して焼棄(やきす)つべし火勢減(くはせいげん)ずれば更(さら)に油(あぶら)を注(そゝ)ぎて
掻交(かきま)ぜ全(まつた)く焼盡(やきつく)して灰燼(はひ)となる様(やう)にすべし
[三]病人(びやうにん)の通(かよ)ひたる便所(べんじよ)は消毒藥(せうどくやく)を注(そゝ)ぎ斟取(くみと)りて前(まへ)如(ごと)
く焼棄(やきす)て其跡(そのあと)をよく〳〵掃除(さうじ)し其他病者(そのたびょうした)の吐瀉物(としやぶつ)を投入(なげい)
るゝことなき便所(べんじよ)も同(おな)じく防臭藥(ばうしうやく)を濯(そゝ)ぐべし木綿切衣(もめんきれい)
服夜具等総(ふくやぐとうすべ)て病人(びやうにん)に觸(ふ)れて汚(よご)れたるものは決(けつ)して健康(けんかう)
なる人(ひと)に觸(ふ)れしめず充分(じふぶん)に消毒藥(せうどくやく)を行(おこな)ひ襦袢手拭等價(じゆばんてぬぐひとう ね)
の貴(たか)からざるもの又(また)は口(くち)を拭(ぬぐ)ひたる紙屑涎(かみくずよだれ)の染(し)みたる
枕紙(まくらがみ)などまででも取(と)り落(おと)しなく都(すべ)て焼棄(やきすつ)るを良(よし)とす僅(わづか)の
品(しな)を惜(おし)みて焼(や)きすてず之(これ)が為(た)め其毒(そのどく)に感(かん)じ發病(はつびやう)して死(し)
したる者澤山之(もの たくさんこ)れあり戒(いまし)むべき事(こと)なり
【右】
[四]若(も)し焼(や)く能(あた)はざる品物(しなもの)は消毒水中(せうどくすちう)に入(い)れ煑沸(にたゝ)するこ
と一時間(いちじかん)にして後水石鹸(のちみづしやぼん)にて丁寧(ていねい)に洗濯(せんたく)し清水(せいすい)を灌(そゝ)ぎ
て乾(かは)かすべし
[五]若(も)し其家(そのうち)に消毒藥(せうどくやく)なきときは直(すぐ)に近邉(きんぺん)の警察分署又(けいさつぶんしよまた)
は町村役場(ちやうそんやくば)に抵(いた)りて消毒藥(せうどくやく)を乞(こ)ひ其用(そのよう)に共(そな)ふべし
[六]総(すべ)て消毒法(せうどくはう)は病家(びやうか)にては能(よ)く理會(りくわい)せざる人(ひと)もありて
兎角行届(とかくゆきとゞ)かぬものゆゑ衛生委員又(ゑいせいいいんまた)ば醫師(いしや)の指圖(さしづ)に従(よつ)て
丁寧(ていねい)に注意(ちゆうい)すべし但(たゞ)し消毒藥并(せいどくやくならび)に吐瀉物(としやぶつ)の取捨等(そりすてとう)は衛(ゑい)
生委員(せいいいん)にて夫々(それ〳〵)の取計(とりはからひ)ある筈(はづ)なり
[七]此病(このやまひ)は人(ひと)より人(ひと)に傳(つた)ふる一種(いつしゆ)の毒(どく)なれば人々十分(ひと〳〵じふぶん)の
力(ちから)を極(きは)めて成(な)る丈(た)け病人(びやうにん)と健康(けんかう)なる人(ひと)とを引分(ひきわ)け其傳(そのでん)
染(せん)を防(ふせ)ぐことに盡力(じんりよく)せざるべからず故(ゆへ)に今一人(いまいぢにん)の病者(びやうにん)
【左】
あらんに家内残(かないのこ)らず其枕頭(そのまくらもと)を取巻(とりま)き病人(びやうにん)に取付(とりつ)き其吐(そのと)
瀉物(しやぶつ)の消毒法焼棄等(せうどくはうやきすてとう)の事(こと)を等閑(なほざり)にするときは忽(たちま)ち一家(いつけ)
中(ちう)に感染(かんせん)して先祖(せんぞ)の血統(ちすじ)をも絶(たや)すこと近(ちか)くは昨年(さくねん)の例(ためし)
にて知(し)るべきなり
[問(とひ)]若(も)し病者療養届(びやうしやれうやうとゞ)かずして死亡(しばう)したる時(とき)は其取扱(そのとりあつかひ)は如何(いかゞ)
してよろしき哉序(や ついで)に承(うけたま)はり置度(おきた)し
[答(こたへ)]成程虎列刺(なるほどこれら)にて死亡(しばう)したる時(とき)の心得方(こゝろえかた)は他(ほか)への傅染(でんせん)
を防(ふせ)ぐに肝要(かんよう)の事項(ことがら)なり故(ゆへ)に若(も)しかゝる時(とき)は早速衛生(さつそくゑいせい)
委員(いいん)に告知(つげし)らせ其死屍(そのしがい)は成(な)る丈(た)け火葬(くわさう)にするがよろし
其故(そのゆへ)は土葬(どさう)にては如何程(いかほど)に消毒(せいどく)するとも其屍(そのかばね)の腐(くさ)るに
随(したが)ひ自(おの)づと地中(ちちう)に滲(し)み透(とほ)し或(あるひ)は川水井戸等(かはみづいどとう)に流(なが)れ込(こ)み
て再(ふたゝ)び害(がい)を萌(きざ)すべし火葬(くわさう)は其毒(そのどく)を焼拂(やきはら)ひ全(まつた)く清浄(せいじやう)とな
【右】
すものなれば傅染病(でんせんびやう)にて死(し)したる遺體(なきがら)の如(ごと)きは人(ひと)の為(ため)
にも我(わが)が為(ため)にも火葬(くわさう)にするは至極(しごく)の美事(よきこと)なるべし殊(こと)に
惡(あ)しき病(やまひ)の屍(かばね)は勝手(かつて)の所(ところ)へ葬(はうむ)り難(がた)く改葬(かいさう)することも決(けつ)
して成(な)らざる規則(きまり)なる故(ゆへ)に焼(や)きたる後(のち)の遺骨(ゆここつ)なれば先(せん)
祖(ぞ)の墓地(はかち)に持來(もちきた)り夫婦同穴(ふうふどうけつ)に葬(はう)むることも都(すべ)て望(のぞみ)の儘(まゝ)
なるべし
[問(とひ)]偖虎列刺病(さて これらびやう)に就(つ)き豫防及(よばうおよ)び撲滅(ぼくめつ)することは既(すで)に遺(のこ)りな
く委(くわ)しき解説(ときあかし)を得(え)て誠(まこと)にありがたく覚(おぼ)へたり然(しか)して今彼(いまか)
の一般(いつぱん)の賣藥(ばいやく)てふものゝ中(なか)には一向(いつかう)に信仰(しんかう)すべき服藥之(ふくやくこ)
れなき様(やう)に思(おも)わるれば何乎別(なにかべつ)に豫防(よばう)の助(たす)けをなすべき良(よ)
き名方(めいはう)あらば序(ついで)に吾人庶民(われ〳〵しよみん)の為(ため)に傅授(でんじゆ)して置(お)かれ度(た)し
[答(こたへ)]成程其尋(なるほどそのたづね)も亦餘義(またよぎ)なきことならんされば左(さ)に虎列刺(これら)
【左】
豫防(よばう)の一藥方(いちやくはう)を掲示(けいし)せん抑此(そも〳〵こ)の藥(くすり)は近來欧羅巴各國(きんらいようろつぱかくこく)に
て大(おほひ)に賛用(さんよう)せられし良法(りやうはう)にして虎列刺病(これらびやう)の流行(りうかう)に際(さい)し
て之(これ)を日々飲用(にち〳〵いんよう)すれば大概其傳染(たいがいそのでんせん)を防(ふせ)ぎ得(う)べしと云(い)へ
り我國(わがくに)にても昨年(さくねん)などは各地(かくち)に於(おひ)て之(これ)を試用(しよう)し頗(すこぶ)る奇(き)
効(こう)のあるものたるは畧(ほ)ぼ証明(しやうめい)することを得(え)たり加之其(しかのみならずその)
味(あぢ)は通常市中(へいぜいしぢう)の水廛(みづや)に販(ひさ)げる「レモン」水(すい)の様(やう)なる甘酸(あまずつぱ)の
美(うま)き爽涼水(さうりようすい)にして且(か)つ其價(そのね)も廉(れん)なれば夏節(なつ)などは旁(かだば)ら
飲料(のみもの)として至極妙(しごくめう)なるものなり然(さ)れども其薬品(そのやくひん)の粗惡(そあく)
なるものは宜(よろ)しからざれば成(な)るたけ吟味(ぎんみ)して正(たゞ)しき藥(やく)
舗(ほ)にて之(これ)を購求(かひもと)むべし
〇鹿列刺豫防(これらよばう)の特効藥方(とくこうやくはう)
希硫酸《割書:六滴(むしつく)より|十滴(としつく)まで》極白砂糖(ごくしろさとう)《割書:三匁|》清水(せいすい)《割書:一合|》枸櫞油或(くゑんゆあるひ)は
【右】
橙皮油(たうひゆ)《割書:一滴(ひとしづく)|》
右混和(みぎこんくわ)して一日(いちにち)に二三度(にさんど)に分(わか)ち飲(の)むべし但(たゞ)し小兒(ことも)には
凡(およ)そ其五分(そのごふん)の一(いち)を用(もち)ゆべし多(おほ)きに過(す)ぐれば却(かへ)てよろし
からず
九死(きうし)の一生(いつしやう)《割書:終(おはり)|》
【左】
明治十三年七月七日版權免許 [定價金十銭]
編輯兼出版人 岡山縣平民
大河本聽松
東京本所區松井町
二丁目一番地寄留
發兌書林 東京芝區柴井町 土屋忠兵衛
同 芝區三島町 泉屋市兵衛
同 通り三丁目 丸屋善七
同 馬喰町二丁目 島村利助
同 兩國吉川町 島屋一助
大坂備後町四丁目 梅原龜七
同 北久寳寺町 丸屋善藏
大河本聽松譯述
《題:《割書:人生|必要》水の善惡》 全一冊洋本製
大河本聽松著述
《題:《割書:人民|須知》命の長短》 全一冊洋本製
【記述なし】
【右】
060446―000―6
特50―712
九死の一生
大河本 聽松 編
M13
CBM―0280
【左】
特50―712
九死の一生
国会図書館
《題:麻疹必用 全》
【背】
麻疹必用 全
【左丁】
《題:麻疹必用 全》
《題:麻疹必用 全》
【左丁】
[天神七代][国常立尊][国狭槌尊][豊斟渟尊][《割書:泥土煮尊|沙土煮尊》][《割書:大戸道尊|大戸辺尊》][《割書:面足尊|惶根尊》][《割書:伊弉諾尊|伊弉冉尊》]
[地神五代][天照大神][忍穂耳尊][瓊々杵尊][彦火火出見尊][鸕鷀草葺不合尊]
[人皇][神武][綏靖][安寧][懿徳][孝昭][孝安][孝霊][孝元][開化]
[崇神][垂仁][景行][成務][仲哀][神功][応神][仁徳][履中][反正]
[允恭][安康][雄略][清寧][顕宗][仁賢][武烈][継体][安閑][宣化]
[欽明]《割書:辛|酉》二 三 四 五 六 七 八 九 十 十一 十二 十三《割書:壬申十月|百済国》【欄外上部に麻疹】
《割書:より仏像仏器及経巻等を献ず群巨諌曰今異国の仏像を信ぜば我 鬼神の怒り有|んと奏しければ天皇尊教これなし時に蘇我稲目といふ大臣触り是を尊信す依之》
【右丁】
《割書:仏像を稲目に賜ふ稲目悦びにたへず自らの領地に寺を立て爰に安置す時に疫疾大に|流行して人民多く死す是即鬼神のいかりなるべしとて其寺を焼仏像を掘江に》
《割書:弃此年百済国より麻疹伝来して人民夭死せり故に人皆罪を稲目大臣にまして|これを稲目瘡といふ 本邦に麻疹の伝来せしはじめなり疱瘡より百八十二年》
《割書:先に|流行ス》十四 十五 十六 十七 十八 十九 二十 廿一 廿二 廿三 廿四 廿五 廿六 廿七
廿八 廿九 三十 卅一《割書:康寅大臣蘇|我稲目薨》卅二《割書:辛卯三月|天皇崩》[敏達]二 三 四 五【欄外上部に麻疹】
六 七 八 九 十 十一 十二 十三 十四《割書:日本書記乙巳三月丙戌天皇及|大臣瘡を患ふ又人民瘡を発し》
《割書:死するもの国に充盈す其瘡を患ふるものゝ云惣身焼るゝが如く又折るゝが如くて|だかるゝが如しと各啼位して死すといふ此病状麻疹に相違なし疑ふべからず〇》
《割書:壬申の年より三十四年|目也〇乙巳八月帝崩》[用明]二《割書:丁未四月|帝崩》[崇峻]二 三 四 五《割書:蘇我馬|子弑帝》
【左丁】
[推古]二 三 四 五 六 七 八 九 十 十一 十二 十三 十四
十五 十六 十七 十八 十九 二十 廿一 廿二 廿三 廿四 廿五 廿六 廿七 廿八 廿九
三十 卅一 卅二 卅三 卅四 卅五 卅六《割書:戊子三月|帝帝崩》[舒明]二 三 四 五
六 七 八 九 十 十一 十二 十三《割書:辛丑十|月帝崩》[皇極]二 三[孝徳大化]
二 三 四 五《割書:巳酉七月|帝伝位》[白雉]二 三 四 五《割書:甲寅十月|帝崩》
[斉明]二 三 四 五 六 七《割書:辛酉七月|帝崩》[天智]二 三 四
五 六 七 八 九 十《割書:辛未十二月|帝崩》[天武白鳳]二 三 四 五 六
【右丁】
七 八 九 十 十一 十二 十三 十四[朱鳥《割書:丙戌九|月帝崩》][持統]二 三
四 五 六 七 八 九 十《割書:丁酉帝|譲位》[文武]二 三 四[大宝]
二 三[慶雲]二 三 四《割書:丁未六月|帝崩》[元明和銅]二 三 四 五
六 七《割書:乙卯帝|譲位》[元正霊亀]二[養老]二 三 四 五 六 七
[聖武神亀]二 三 四 五[天平]二 三 四 五 六 七《割書:乙亥海|外より》【欄外上部に疱瘡】
《割書:伝へ来りて築紫に起り忽ち海内に流行す名を謨(コン)加(カ)沙(サ)といふ是は疱瘡のはじ|めなりそ俗にもといふ又いもといふ続日本紀云七年乙亥八月諸国に疫瘡大に発し》
《割書:百姓悉臥す云々夏より冬に至|て天下夭死するもの尤多し》八 九《割書:続日本紀云九年夏四月癸亥太宰管内諸国|疫瘡時行百姓多死依之祈祷幷 ̄ニ薬 ̄ヲ賜ふ事》【欄外上部に麻疹】
【左丁】
《割書:あり此年上朝を廃し百官宮人これを患ふ天下百姓相継て没死|すること不可勝計是即麻疹也敏達乙巳ヨリ百十三年目也此間記録無之無可考》十 十一 十二
十三 十四 十五 十六 十七 十八 十九 二十《割書:戊子四|月帝崩》[孝謙天平勝宝]二 三 四 五
六 七 八《割書:丙申五|月帝崩》[《割書:天平|宝字》]二 三 四 五 六 七《割書:癸卯流行天平乙亥|より廿九年目也続日本》【欄外上部に疱瘡】
《割書:紀 ̄ニ疫瘡と記せす疫癘|と記すは誤也疱瘡なり》八《割書:甲辰帝迂|於淡路》[称徳天平神護]二[《割書:神護|景雲》]二 三[光仁宝亀]
二 三 四 五 六 七 八 九 十 十一[天応][《割書:辛酉冬|帝崩》][桓武延暦]【欄外上部に疱瘡】
二 三 四 五 六 七 八 九《割書:続日本紀云九年庚午十二月辛酉是年秋冬|京畿男女年三十巳下者悉発豌豆瘡臥病》
《割書:者多其甚者死天下諸国往々在云云天平宝字癸卯ヨリ廿八年目にして是疱瘡の三度目也|是より以来或は三年或は五年に諸国流行す依之一々記べからず院に三都に至ては連年絶ること》
【右丁】
《割書:なし故に疱瘡は此已後流行の年月を記せず|唯麻疹のみ記之見る人是を并ふべし》十 十一 十二 十三 十四 十五 十六
十七 十八 十九 二十 廿一 廿二 廿三 廿四[天城大同]《割書:丙戌三月|桓武崩》二 三 四
《割書:己丑帝|伝位》[嵯峨弘仁]二 三 四 五《割書:甲午流行春より夏に至る天平九丁丑より七十八|年目也文徳実録其外之記録に疱瘡とあれ共実は》【欄外上部に麻疹】
《割書:麻疹也疑|ふべからず》六 七 八 九 十 十一 十二 十三 十四《割書:癸卯帝|譲位》[淳和天長]
二 三 四 五 六 七 八 九 十《割書:癸丑帝|譲位》[仁明承和]二 三 四
五 六 七 八 九 十 十一 十二 十三 十四[嘉祥]二 三《割書:庚午|帝崩》
[文徳仁寿]二 三《割書:癸酉夏より秋 ̄ニ至 ̄ル弘仁甲午流行より四十年目也日|本略記文徳実録等疱瘡とあれ疑ひなき麻疹也》[斉衡]二 三【欄外上部に麻疹】
【左丁】
[天安]二《割書:戊寅|帝崩》[清和貞観]二 三 四 五 六 七 八 九 十
十一 十二 十三 十四 十五 十六 十七 十八《割書:丙申帝|譲位》[陽成元慶]二 三 四 五
六 七 八[光孝仁和]二 三《割書:丁未|帝崩》[宇多][寛平]二 三 四
五 六 七 八 九《割書:丁巳帝|譲位》[醍醐昌泰]二 喜[延喜]二 三 四【欄外上部に麻疹】
五 六 七 八 九 十 十一 十二 十三 十四 十五《割書:乙亥流行仁寿癸酉より|六十三年目也〇扶桑略記》
《割書:云十五年秋天下疱瘡都鄙無一免者天亡之輩盈満朝野十月天皇有御疱事〇日本記略云十五年|冬十月廿六日大赦天下云云古史痘麻相混ス然 ̄レ共疱瘡 ̄ニハ改元祈祷大赦等ノヿ無之且延暦以後は》
《割書:蓋疱瘡 ̄ノ余毒不_レ盡 ̄シテ諸国 ̄ニ流行 ̄スレ𪜈同時 ̄ニ害 ̄ヲ ナサズ麻疹は万国ニ周流ス故ニ数十年ヲ隔テ|多く海内一般の殃ヲナス是ヲ以史之所記麻疹は国家ノ大事ニアズカルカエへニ祈リ大赦等有〽自分明也》
【右丁】
《割書:是故に史記は疱瘡といひ或は疫瘡に瘡といふとも改元祷神大赦賑給等の事ある|は痘に非ス麻毒としるべし〇麻子瘡。赤斑瘡。班瘡。赤疹。赤疱瘡。稲目瘡。アカモカサ。》
《割書:イナスリ。等の名目は皆麻疹の異名也尤疱瘡は其間に散在|して流行するものなれば全相混して麻毒も疱瘡と記 ̄ル也》十六 十七 十八 十九 二十
廿一 廿二[延長]二 三《割書:日本記略云三年乙酉六月十三日甲戌|天皇疱瘡を患ふ帝御年四十有一》四 五 六【欄外上部に疱瘡】
七 八《割書:庚寅|帝崩》[朱雀承平]二 三 四 五 六 七[天慶]二 三
四 五 六 七 八 九《割書:丙午帝|伝位》[村上天暦]《割書:日本記略云元年六月晦癸未今月|以後疱瘡多発人庶多傷云云》【欄外上部に麻疹】
《割書:此流行は延喜十五年より三十三年目也自夏至冬依之歳三十以下の男女悉く是|をなやむ人民多く死す其瘡如粟如豆とあり又此年麻後に赤痢を患ふ者多し》
二 三 四 五 六 七 八 九 十[天徳]二 三 四[応和]
【左丁】
二 三[康保]二 三 四[冷泉安和]二[円融天禄]二 三[天延]【欄外上部に麻疹】
二《割書:甲戌流行自秋至冬天暦元年より廿鉢年目也〇扶桑略記云二年八九月間疱瘡|の疫あり天下貴賤夭死者多しと云々依之祈神大赦賑給の事あり是即麻疹也》
三[貞元]二[天元]二 三 四 五[永観]二[華山寛和]
二[一条永延]二[永祚][正暦]二 三 四 五[長徳]二【欄外上部に麻疹】
三 四《割書:戊戌流行天延二年より廿八年目也〇扶桑略記云四年戊戌自夏至冬疫瘡|遍発。六七月間京師男女死者甚多。下人不死四位以上人妻最甚。外国》
《割書:不死世謂之赤斑瘡。自 天子至庶人。貴賤老少緇素男女無一免者。五年正月改元為長|保。依去年赤斑瘡疫也。日本記略云四年七月天下衆庶煩疱瘡。世号之稲目瘡。》
《割書:又号赤疱瘡。天下無免此病。但前信濃守佐伯公行不患此病〇百錬抄云四年自夏|至冬斑瘡流行死亡者多。古老未見如今年云々〇今年流行の記録痘麻相混の証拠也》
【右丁】
[長保]二 三 四 五[寛弘]二 三 四 五 六 七 八
《割書:辛亥|帝崩》[三条長和]二 三 四 五《割書:帝譲|位》[後一条寛仁]二 三 四[治安]
二 三[万寿]《割書:乙丑流行長徳四より廿八年目也今年は|自夏至秋季有赤疱瘡ナリ》二 三 四[長元]二【欄外上部に麻疹】
三 四 五 六 七 八 九[後朱雀長暦]二 三[長久]二 三
四[寛徳]二《割書:乙酉|帝崩》[後冷泉永承]二 三 四 五 六 七[天喜]
二 三 四 五[康平]二 三 四 五 六 七[治暦]二
三 四[後三条延久]二 三 四[白河][承保]二 三[承暦]【欄外上部に麻疹】
【左丁】
《割書:丁巳流行万寿二年より五十三年目也百錬抄云元年今年上自后宮大臣下至庶人皆患赤|斑瘡親王公卿以下逝者多云々又云承保四年十一月十七日改元為承暦依旱魃並赤斑》
《割書:瘡云々|》二 三 四[永保]二 三[広徳]二 三《割書:丙寅帝|譲位》[堀河寛治]
二 三 四 五 六 七[嘉保]《割書:甲戌流行承暦元年ヨリ十八年目也扶桑略記|云寛治八年正月十六日戊子陽明門安院禎子崩》【欄外上部に麻疹】
《割書:歳八十五赤斑瘡所害也云々|今年改元依赤疱瘡也》二[永長][承徳]二[康和]二 三 四
五[長治]二[嘉承]二[鳥羽天仁]二[天永]二 三[永久]【欄外上部に麻疹】
《割書:癸巳流行嘉保元年ヨリ廿年目也百錬抄云|元年正月近日赤斑瘡流布天下云々》二 三 四 五[天永]二[保安]
二 三 四《割書:癸卯帝|譲位》[崇徳天治]二[大治]《割書:百錬抄云天治三年正月廿二日改|元為大治依疱瘡也今丙午流行》【欄外上部に麻疹】
【右丁】
《割書:其間至て近し永久元年より|十四年目なりいかなる事ニ哉》二 三 四 五[天承][長承]二 三
[保延]二 三 四 五 六[永治][近衛康治]二《割書:癸亥流行大治元ヨリ|二十年目也上 天子ヨリ》【欄外上部に麻疹】
《割書:下庶人 ̄ニ至マテ疱瘡 ̄ヲ患ふ自夏至秋尤盛|依之祈神大赦等の事あり〇本朝世紀》[天養][久安]二 三 四 五 六
[仁平]二 三[久寿]二《割書:乙亥|帝崩》[後白河保元]二 三《割書:戊寅帝|譲位》[二条平治]
[永暦][応保]《割書:辛巳流行康治二年ヨリ十九年目也百錬|抄云永暦二年九月四日改元依疱瘡也》二[長寛]二【欄外上部に麻疹】
[永万]《割書:乙酉|帝崩》[六条仁安]二 三[高倉嘉応]二[承安]二 三 四
[安元]《割書:乙未流行応保元ヨリ十五年目也〇百錬抄云元年三月五日 主上御疱瘡近日天|下流行祈神改元等アリ其期亦近シ然𪜈天下一面の流行非疱瘡麻疹也》【欄外上部に麻疹】
【左丁】
二[治承]二 三 四[安徳養和][寿永]二[後鳥羽元暦][文治]
二 三 四 五[建久]二 三《割書:壬子流行安元ヨリ十八年目也百錬抄云三年|十一月十六日甲寅依疱瘡御祈有三所大秡》【欄外上部に麻疹】
《割書:四年正月朔 主上自一昨日御不豫疱瘡云云〇|東鑑三年十二月若君万寿御疱瘡此事尊卑遍煩》四 五 六 七 八 九
《割書:戊午帝|譲位》[土御門正治]二[建仁]二 三[元久]二[建永]《割書:丙寅流行建久|三年ヨリ十五年目也》【欄外上部に麻疹】
《割書:百錬抄云元年正月十二日被遣十二社奉弊使依疱瘡御祈也元久三年四月十七日改元為建|永依赤斑瘡也五月四日被発遣十二社奉弊依疱瘡御祈也是無疑麻疹なり》
[承元]二 三 四《割書:庚午帝|譲位》[順徳建暦]二[健保]二 三 四 五
六[承久]二[九条][後堀河貞応]二[元仁]《割書:甲申流行建永元年|ヨリ十九年目也百錬抄》【欄外上部に麻疹】
【右丁】
《割書:云元年近日天下赤斑瘡多有其聞云云|其時日ヲ不詳然𪜈天下ト有レバ麻毒ナリ》[嘉禄]二[安貞]二
[寛喜]二 三[貞永][四条天福][文暦][嘉禎]二 三[暦仁]
[延応][仁治]二 三[後嵯峨寛元]二 三 四[後深草宝治]二[建長]
二 三 四 五 六 七[康元]《割書:丙辰流行元仁元年ヨリ三十三年目也|百錬抄云元年八月廿七日近日世間赤》【欄外上部に麻疹】
《割書:斑瘡流布上下病悩九月五日壬辰 天皇煩赤斑瘡廿五日壬子雅尊親王|薨依赤斑瘡也同日三位中将頼嗣卿薨依赤斑瘡也建長八年十月十五日改元為》
《割書:康元依赤|斑瘡也云云》[正嘉]二[正元]《割書:己未帝|譲位》[亀山文応][弘長]二 三[文永]
二 三 四 五 六 七 八 九 十 十一《割書:甲戌帝|譲位》[後宇多建治]二 三【欄外上部に麻疹】
【左丁】
《割書:丁丑流行康元元年|ヨリ二十二年目なり》[弘安]二 三 四 五 六 七 八 九 十
《割書:丁亥帝|譲位》[伏見正応]二 三 四 五[永仁]二 三 四 五 六
《割書:戊戌帝|譲位》[後伏見正安]二 三《割書:辛丑帝|譲位》[後二条乾元][嘉元]二 三[徳治]
二《割書:明年|帝崩》[花園延慶]二 三[応長]《割書:辛亥流行建治三年|ヨリ三十五年目なり》[正和]二【欄外上部に麻疹】
三 四 五[文保]二《割書:戊午帝|譲位》[後醍醐元応]二[元亨]二 三[正中]
二[嘉暦]二 三[元徳]二[元弘][光厳正応]二[後醍醐建武]
二[延元]二[《割書:光明|二》]《割書:今年南北朝となり暦応以下は次ニ両朝合て出_レ之なり|爰に康永を引上テ別ニ出スは麻疹の事の為によつて也と知べし》【欄外上部に麻疹】
【右丁】
[光明康永]《割書:壬午流行応長元ヨリ三十二年目也園太暦云康永四年九月十六日因天下疫癘疫癘左大史|小槻清澄奏進改元祷神等古例三十条云云改元祈神等の事前例に合考ルニ蓋麻》【欄外上部に麻疹】
《割書:疹ニ相違なし南北両朝已後文明三年の流行迄百三十年相隔文明三ヨリ永正三年迄三十六年|目也永正三ヨリ天正十五年丁亥流行迄八十二年目也天正十五ヨリ元和二年丙辰流行迄三十年目也元和二ヨリ》
《割書:慶安二年己丑流行迄三十四年目也慶安二ヨリ元禄三庚午流行迄四十一年目也同四辛未二年相続キ流|行ス元禄四ヨリ宝永五年戊子流行迄十八年目也如此流行年数遠近あるものは全て麻毒は》
《割書:世界中の万国を周流して本邦へ伝来|するゆゑ也天時令邪なす所に非ること明也》 《割書:[光明三][四][暦応][二][二]|[後醍醐延元][二][三][後村上興国][二]》【欄外上部に北朝・南朝】
《割書:[四][康永][二][三][貞和][二][三][四][崇光五][観応]|[三][四][五][六][七][正平][二][三][四][五]》
《割書:[二][後光厳文和][二][三][四][延文][三][三][四][五]|[六][七][八][九][十][十一][十二][十三][十四][十五]》
《割書:[康安][貞治][二][三][四][五][六][応安][二][三]|[十六][十七][十八][十九][二十][廿一][廿二][廿三][長慶廿四][建徳]》
【左丁】
《割書:[四][後円融五][六][七][永和][二][三][四][康暦][二]|[二][文中][後亀山二][三][天授][二][三][四][五][六]》
《割書:[永徳][二][後小松三][至徳][二][三][嘉慶][二][康応][明徳]|[弘和][二][三][元中][三][三][四][五][六][七]》
《割書:[二][三][四]|[八][九][帝京ニ入]》[応永]二 三 四 五 六 七 八 九 十
十一 十二 十三 十四 十五 十六 十七 十八 十九 《割書:称光|二十》 廿一 廿二 廿三 廿四 廿五
廿六 廿七 廿八 廿九 三十 卅一 卅二 卅三 卅四[正長]《割書:戊申|帝崩》[後花園永享]二
三 四 五 六 七 八 九 十 十一 十二[嘉吉]二 三[文安]
二 三 四 五[宝徳]二 三[享徳]二 三[康正]二
【右丁】
[長禄]二 三[寛正]二 三 四 五 《割書:後土御門|六》[文正][応仁]
二[文明]二 三《割書:辛卯流行康永元年ヨリ|百三十年此間記録 ̄ニ不見》四 五 六 七 八 九【欄外上部に麻疹】
十 十一 十二 十三 十四 十五 十六 十七 十八[長享]二[延徳]二
三[明応]二 三 四 五 六 七 八 九[後柏原文亀]二 三
[永正]二 三《割書:丙寅流行文明三年ヨリ|三十六年目也本朝年鑑》四 五 六 七 八 九 十【欄外上部に麻疹】
十一 十二 十三 十四 十五 十六 十七[大永]二 三 四 五 六 《割書:後奈良|七》
[享録]二 三 四[天文]二 三 四 五 六 七 八 九
【左丁】
十 十一 十二 十三 十四 十五 十六 十七 十八 十九 二十 廿一 廿二 廿三[弘治]
二 三[正親町永禄]二 三 四 五 六 七 八 九 十 十一 十二
[元亀]二 三[天正]二 三 四 五 六 七 八 九 十【欄外上部に麻疹】
十一 十二 十三 十四 《割書:後陽成|十五》《割書:丁亥流行永正三年ヨリ|八十二年目也本朝年鑑》十六 十七 十八 十九[文禄]
二 三 四[慶長]二 三 四 五 六 七 八 九 十 十一
十二 十三 十四 十五 十六 《割書:後水尾|十七》 十八 十九[元和]二《割書:丙辰流行天正十五年ヨリ|三十年目也本朝年鑑》【欄外上部に麻疹】
三 四 五 六 七 八 九[寛永]二 三 四 五 六 《割書:明正|七》
【右丁】
八 九 十 十一 十二 十三 十四 十五 十六 十七 十八 十九 二十[後光明正保]
二 三 四[慶安]二《割書:己丑流行元和二ヨリ三十四年也|家綱公日光御社参ノ年ナリ》三 四[承応]【欄外上部に麻疹】
二 三[後西明暦]二 三[万治]二 三[寛文]二 《割書:霊元|三》 四
五 六 七 八 九 十 十一 十二[延宝]二 三 四 五 六
七 八[天和]二 三[貞享]二 三 《割書:東山|四》[元禄]二 三【欄外上部に麻疹】
《割書:庚午流行慶安二ヨリ|四十二年目ナリ》四《割書:辛未二年相続|流行ス本朝年鑑》五 六 七 八 九 十 十一
十二 十三 十四 十五 十六[宝永]二 三 四 五《割書:戊子流行元禄四ヨリ十|八年目也自秋至冬》【欄外上部に麻疹】
【左丁】
六 《割書:中御門|七》[正徳]二 三 四 五[享保]二 三 四 五 六【欄外上部に麻疹】
七 八 九 十 十一 十二 十三 十四 十五《割書:庚戌流行宝永五ヨリ二十三年|目也自秋至冬 本朝年鑑》十六
十七 十八 十九 《割書:桜町|二十》[元文]二 三 四 五[寛保]二 三[延享]
二 三 《割書:桃園|四》[寛延]二 三[宝暦]二 三《割書:癸酉流行享保十五ヨリ廿|四年目也自春至夏》【欄外上部に麻疹】
四 五 六 七 八 九 十 十一 十二 《割書:仙洞|十三》[明和]二 三 四
五 六 七 《割書:後桃園|八》[安永]二 三 四 五《割書:丙申流行宝暦三ヨリ廿四年|目也自春至夏家治公日光》【欄外上部に麻疹】
《割書:御社参の年也此年は諸国|死亡人多ク危急之症多》六 七 八 《割書:仙洞|九》[天明]二 三 四 五 六
【右丁】
七 八[寛政]二 三 四 五 六 七 八 九 十 十一 十二
[享和]二 三《割書:癸亥流行安永五ヨリ二十八年目也自仲春至仲秋此年の麻疹は|死亡危急の輩は先年よりはすくなけれども麻疹後余毒甚敷》【欄外上部に麻疹】
《割書:或は頭瘡又は瘰癧等ヲ発シ或は目に入手足不叶或は腰の廻りに悪瘡を発シ又は|生涯片輪者と成たる人々其数を知らず既当時二十五六歳三十歳比の男女の盲》
《割書:人は多分享和三年の麻毒つよき輩也尤重きは余毒すくなく軽きは却て余毒|多し由断すべからず又病後毒断のゆるかせより散る也已来麻疹あらば禁物惜むべき》
《割書:こと也麻疹食物よしあし|并ニ前用心は末に別に出之也》[文化]二 三 四 五 六 七 八 九
十 十一 十二 十三 十四[文政]二 三 四 五 六 七
【左丁】
〇麻疹(はしか)は天(てん)庭(てい)司(し)空(くう)印(いん)堂(たう)
年(ねん)寿(じゆ)に出(で)ざるものは軽(かろ)し
〇麻疹は陽(やう)部(ぶ)に多きを
面(めん) 吉兆(よし)とす陽部とは頭(かしら)
部(ぶ) 面(かほ)手 足(あし)外(そと)づらは皆(みな)陽(やう)
形(かたちの) 也(なり)凡(すべ)て頭(かしら)より発(はつ)して
図(づ) 足(あし)迄(まで)到(いた)るを斉(でそろふ)と云
〇陰(いん)部(ふ)に少(すくな)きは宜(よろ)し陰部は
即(たとひ)不_レ透(できず)とも可(へし)_レ無(なかる)_レ慮(きづかひ)
【図】
天庭《割書:司|空》印堂 《割書:年|寿》 《割書:咽|喉》
【右丁】
〇麻(はしか)の色(いろ)は紅(あか)く潤(うるほ)ふを貴(たつと)び
形(かたち)は尖(とがり)聳(たちあがる)を貴ぶ
鮮(せん) 〇麻は稠密(しげく)縫(すきま)なき
紅(こう) を吉兆(よし)とす
潤(じゆん) 〇其(その)色(いろ)白ふして不_レ分(わかたず)_二
色(しよく) 肉地(ぢはた)_一唯(たゞ)点粒(でもの)のみ高(たち)
之(の) 聳(あがり)一日一夜に渋(おさまる)もの
図(づ) あり是は邪(しや)熱(ねつ)が本(もと)軽(かる)き也
兎(と)も角(かく)も表(ひやう)へよく透斉(でそろふ)が肝(かん)要(よう)也
【左丁】
〇其 色(いろ)黒晦(くろめ)にして煤(すゝ)の
黒(こく) 如(ごとき)もの重(おも)し〇又一 種(しゆ)は
晦(くわい) 匾(ひとえ)濶(ひろ)がり焮(ほめき)赤(あか)らんで(かたまり)
如(ことき) を成(な)し塊(かたまり)の上に又
煤(すゝ) 小(こ)粒(つぶ)が有て平溻(へたり)て
レ【?】 不_レ起(はりでぬ)あり思 一(ひ)片(かた)風(ふう)
之(の) 毒(どく)の如く偏(かたより)高(たか)く紅(あか)ふ
図(づ) 腫(はれ)て但(たゝ)頭(さき)粒(つぶ)尖(とがら)ざるものは
透(で)はすれとも此等の類は重し
【右丁】
黒(くろく) 〇黒(くろく)暗(うるみ)乾枯(ひからび)稠(てふ)密(みつなる)のものは
暗(うるみ) 尤重し然共其中に
乾(ひ) 二一 尖(とがり)聳(たかく)光潤(うるほい)
枯(からび) ありて元(けん)気(き)有(ある)
稠(こまかに) ものは治(じ)すべし
密(おほき) 〇頂粒(でもの)焦(こげ)乾(かわき)紫赤(とび)
之(の) 色(いろ)なるは重(おも)し
図(づ) 〇頂粒(でもの)大にしてつぶれ膿(うみ)血(ち)
出(いて)腥臭(なまぐさ)く乾(かわ)かざるは悪(あく)症(しやう)なり
【左丁】
麻疹必用
麻疹
一 麻疹(はしか)は俗にはしかといふ麻とは麻子(あさのみ)に似(に)たるを以是
に名つく疹(しん)はそへ語といふ程のことにて肌膚(きふ)の小疹
なり此外 麻疹(はしか)の異(い)名(めう)種々あり末(すへ)にあらはして詳也
一入門に云六腑膓胃の熱肺をむす外感内傷 併(あは)せ発す
疱瘡と表(ひやう)は同きに似て裏(うら)は実に異(こと)なり初て起(おこ)る時は
全く傷(しやう)寒(かん)に類す唯(たゝ)面赤く中指冷るを異なりとす
るのみ又曰《振り仮名:応疹|いんしん・かさほろし》と相 似(にた)り又 発(ほつ)班(はん)と相 似(にた)り但 ̄シ発 班(はん)は銭(きん)
【右丁】
紋(もん)の如く空(あき)缺(ま)の所あり雲(うん)頭(とう)の状(かたち)の如し麻疹は即麻の
小子の如し遍(さう)身(み)空(あき)所(ま)なく但疎密同しからざるのみ仍
て班を夾(はしはさ)み丹を夾み同しく出るものあり〇麻疹の
発生する初めは腹(はら)脇腋(わきのした)内(うち)股(もゝ)に出て次に頭(かしら)面(かほ)背脊(せなか)
手足外面に出る是(これ)麻疹は陽病の證(しるし)也疱瘡は陰病
也故に漿(みづ)有て膿(うみ)をもち痂(ふた)を成 ̄ス発生面部よりす
是陰病の證也故に温補裏実の薬を与ふはしかは
陽病なる故に漿(せう)膿(のう)なし其本気に属(ぞく)す爰を以て
寒涼疎散の方を先とす其護調(てあて)ゆるかけすべからず
【左丁】
一はしか初め発熱の時傷寒に似て熱はけしく頭痛つよく
唯 咳嗽(たんせき)しきりにして声(こゑ)唖(かれ)て出ず口(くち)乾(かわ)き咽(のんど)喝(かつ)し唇(くちびる)
焦(こか)れ湯(ゆ)水(みづ)を好み或は衂(はなち)出(いて)鼻(はな)ふさがり又は清源(みつはな)出 頻(しき)りに
噴嚏(くさめ)し眼胞(まふた)腫(はれ)波(なみた)なかれ面(かほ)腫(はれ)腮(あご)赤く発熱一両日
にして身体(そうみ)皮(かわ)の中(うち)にすきまなく出て彼(か)のくひたる跡(あと)
のことく或は粟(あわ)粒(つぶ)の如く出て後(のち)熱(ねつ)退(しりぞ)き半日一日或は
一日半又は二日三日にして収(おさま)るものは順(じゆん)症(しやう)にして薬(くすり)を
服するに不_レ及程のこと也然とも風寒にふれ飲(いん)食(しよく)慎(つゝし)み
あしければ変(へん)症(しやう)忽(たちまち)に出て其 危(あやう)きこと疱(ほう)瘡(さう)より甚し
【右丁】
用心有べきことなり
一 実(まこと)の麻疹(はしか)といふ標(めじるし)は病人の両(りやう)の耳(みゝ)の根(ね)よりつらなり
頚(くひ)頂(すじ)背脊(せなか)下(しも)は腰(こし)の間迄能々見るべし必ず三ツ四ツ或
は六ツ七ツの紅(こう)点(てん)有也此 紅(こう)点(てん)が即(すなわち)麻疹(はしか)の報標(しうせ)なり
前(ぜん)件(だん)の如き病ありても此紅点なきははしかにあらず
能々見定むべし又右の目印有てはしか出んとする時に
目を斜(なゝめ)にしてこれを見れば皮(かわ)膚(そこ)に陰(いん)々(〳〵)として有を
手を以てなでれば肌(き)肉(にく)の間にぶつ〳〵として疹瘡(ひぜん)の
如く其辺 丹(たん)の如し頭面に多きは順症としるべし
【左丁】
一麻疹近所迄来る沙汰
有ならば常よりも殊に
家内のそうじをよく
して清浄にすべし
又家内にてにほひあしき
ものを煮焼して食ふべ
からからず〇其時は家内むつ
ましく慈(じ)悲(ひ)心を発し
陰(いん)徳(とく)を心かくべし疱
瘡。麻疹。疫病。痢病。
等は清(しやう)浄(ぜう)潔(けつ)白(はく)にして陰
徳を心かくる家には重(おも)
きものなしといふ疑(うたが)ひなし
【右丁】
麻疹 近隣(ちかく)へ来るといふ
ならばよき香(かう)を焚(たき)家
并 ̄ニ疹せぬ《振り仮名:輩|きやう・ともがら》の衣類を
慎むべし如此すれば?共
かろし〇婦人月水の穢(けかれ)
を忌(いむ)べし〇麻疹 家(か)内(ないし)へ
来るならば香を焚こと ̄ヲ
やむべし〇衣類の包ひ
袋 ̄ヲいむべし〇悪瘡かみ
汁(しる)臭(くさき)をいむ〇蚊(か)をやき
髪(かみ)をやき油(ともし)火(ひ)蝋(ろう)燭(そく)を
吹 消(けし)たる臭(にほひ)を忌〇房(ゐ)屋
の戸 障(しやう)子(じ)時ひらき寒(かん)風
にあたるを忌慎むべし
【左丁】
一はしかは稠密(しかく)すきまなきを吉兆とす古人云疱瘡
有 稀(まれ)なるを喜びはしかはすきまなきを宜しとすと
は此謂也又到て軽きものは稀(まれ)疎にして紅(あか)みすくなきも
まゝ有然とも軽きはかるきなりに紅色(いろよく)濃潤(うるほい)神気(きもち)清(さわ)
爽(やか)なるを誠(まこと)の順疹とする也〇はしかの色は紅く潤ひ有
をよしとす形(かたち)は尖(とがり)聳(たかき)をよしとす又はしかに色白き
もの有 肉地(ぢはた)分たず唯(たゞ)点粒(でもの)のみ高きは邪熱の軽きなり
一日一夜にて没(おさま)る也〇はしかは腹(はら)より出始るを順とす
〇麻は尖大細小をまことなかれ必ず表へ透(で)あげさへ
【右丁】
すれば後の患(うれ)ひなし〇初 ̄メ発熱甚敷して明日緩くはし
か次第に出るは順也〇初起の時 眼(めの)光(ひかり)水の如く䏧(やに)涙(なみた)多く或
は白(しろ)晴(たま)微(び)紅(こう)なるは此正候也〇発熱三四日にして漸く出
るものはかろし〇初起(はじめ)に㣲 汗(かん)あるは順也〇初起に㣲 衂(ぢく)
出るものは順也〇初起に大便濁するものは軽し〇初起に
渇(かつ)するものくるしからず〇はしかは頭(かしら)面(かほ)に多く出るは順なり
〇はしかは三日して没(おさま)るは順也△はしか出て後熱の来るは逆(きやく)也
△はしかは頭面に少くからだに多きは逆也△はしか出て忽
ち没るは重し△はしかの色紫に黒く或煤色の如きは
【左丁】
重し△小便不利は重し△大便自から利して不止は凶也
△咽(のんと)腫(はれ)不食のものは重し△口気くさく側へ近付へから
ざるものは不治也△はしか一度出て直に黒くうるみ乾枯(ひからび)没るも
のは不治也△牙疳(はくさ)とてはぐき腐爛ものは不治也△鼻(はな)扇(うこき)目を見はり
神(き)はつきりとせざるものは不治也△鼻青みて糞(ふん)黒きものは不治也
此外順逆治不治の症牧奉するに晦非ず重症は良送に託 ̄スへし
麻疹(はしか)の五忌
一には汚穢(けかれ)不浄をいむ衣類器物を清(せい)潔(けつ)にして家内を
掃除し沈檀(きやら)名香をたき一切を慎むべし僧(そう)徒(と)巫女(ふぢよ)のるい
【右丁】
を近付ることをいむ又病人の側にて怒りのゝしり喧嘩口論さわ
かしき事を慎むべし病人の火毒を盛にすべからず
二には葷(くん)腥生冷風寒をいむ也是は五幸 韮(にら)蒜(にんにく)葱(ねき)薤(おほにら)山蒜(のひる)
なとのたくひ魚鳥の肉類 水(すい)果(くわ)生(なま)梅桃梨柿 柚(ゆづ)金(きん)橘(かん)粟季
都郎 酸(す)気(み)の有もの豆いり惣して煎(いり)炒(こげ)たるものいむべし
又はしかの出そろい迄は口かわき冷水を好む也受る水を与ふ
べからずぬるき湯を与ふべし多くのむは悪し又発熱
の時決して寒風にあたるは大忌也はしか後も風にあたり
水辺なとへ近よるは尤よろしからずと知べし
【左丁】
三にははしかの初め発熱の時に寒凉の薬を用ること
を忌也又温補の薬を用べからず発表を専一とすべし
是は古老の論有こと也いつれはしかと見定めたるならば老
医をたのみ服薬すべし〇麻疹近くは安永五年に流行
して其後廿八年目にて享和三年に流行す其後此文政七年迄
廿二年目也さすれば年三十歳比の医師は八歳九歳の時にはしか
を見たることなれば名家の子といへとも療治の仕方は習(しゆ)練(れん)なかる
べし六十七十の老医も麻(はしか)は僅(はつか)に両度手かけたるなるべし疱瘡とち
がひ連年なき病ゆへゆるかせにすべからず
【右丁】
四にははしか初起発熱の時に辛(しん)熱(ねつ)の薬を誤(あやまり)用ることを
忌也辛熱の薬とは桂枝麻黄羗活丁香砂仁なとの類なり
もし誤て是を用ゆるれば火毒を助けて壅(いよう)蔽(へい)してはしか出る
ことを得ず是も古老の論なれば服薬容(やう)易(い)にすべからず
医師に篤(とく)と相談の上薬用有べき也
五にははしかの初め自ら利するも多し是を誤りて補渋
の薬を用こと甚忌こと也もし補渋の剤にて利を速に止む
る時は腹(はら)脹(はり)喘(せん)満(まん)して救(すく)ふべからずとあり是又古人の
論有ことなれば都郎良医を頼むにしくはなし
【左丁】
一はしか人の食事すゝまぬは順病也諺(ことわざ)に《振り仮名:飽|ぼう・あき》麻(ま)《振り仮名:餓|が・うゆ》痘(とう)
とて疱(ほう)瘡(さう)は食(しよく)事(じ)のすゝむもの也はしかは食事すゝまぬ
もの也初め食気なきとて少しもくるしからず麻毒発し
つくれば食は自らすゝむ也
一はしか発熱の時外は風寒にあたり内は生(なま)物(もの)冷(ひへ)物(もの)の類を食
する事なかれ内外共に熱つよきものなれば必ず病人外より冷
る事を好み内よりは生冷の物を食するを好むによりて此
禁(きん)忌(き)を犯(おか)して内外より冷すゆゑはしか能発生すること
あたはずして忽ち悪病に変ずる也唯衣被を厚く
【右丁】
して汗を出すべしはしかの初めに汗ばむは順病也
一はしかは疱瘡にくらふれば太甚(はなはた)軽(かろ)きに似たり然共 養(よう)生(じやう)
護調(てあて)あしければ其 災(わざは)ひ立所に至る疱瘡は日数を経て
後に変(へん)じはしかは一両日の中(うち)に急(きう)に変(へん)ずるもの也必ず油(ゆ)断(だん)
すべからず第一に外より寒風にあたることを禁し内は飲食を
慎むへき也軽きは五十日を経て禁忌の物を止むべし重き
は七十五日又は百日も慎むべし麻疹(はしか)に好(よき)物(もの)禁(あひき)物(もの)は末(すへ)に委(くわ)く出_レ之
一麻疹軽くすんて日数の不_レ立内に風呂に入房事をなして急に
卒(そつ)中(ちう)風(ふう)の如くとりつめ死したる輩(ともから)先年享和の度 予(われ)多く
【左丁】
是を見たり男女此慎み尤大切也麻疹は軽き程後を慎むべし
一はしか出て三日も過ざるに風寒の外よりとちるる物は熱(ねつ)邪(じや)が内(ない)
䧟(こう)するか或は誤(あやまつ)て酸(すゝ)収(しめる)物(もの)を食(くう)こと有ば一日半日のうちに
はしか没(ひき)て周(そう)身(み)の煖(あたゝか)なる所に一向 紅(あか)き景色(けしき)なくは終(つい)に変(へん)
来りて危候をなすもの也もし没(ひく)こと早くとも肌膚(きふ)に煖(あたゝか)み
ありて没(ひか)ぬ所あらば急に表(ひやう)へ透(いだ)すことを需(もと)むべし都郎は
しかは日数すくなきものゆゑつい軽(かる)はつみの事も出来る物なれば
少しも様子加減違ふことあらば医師へよく託(たの)むべし〇核桃(くるみ)
を誤(あやま)り食ふとはしか早速 没(ひく)也是又 速(すみやか)に医を頼手当すべし
【右丁】
〇麻疹(はしか)没(ひき)後(ご)遍(そう)身(み)掻(かゆ)痒(かる)ものは風にあたること早き也其手当
を医(い)に任(まか)すべし〇はしかは声(こゑ)かるゝは順病也 疱(ほう)瘡(さう)の瘖(こゑかるゝ)はあ
しく〇はしかは初起に衂(はなぢ)の出るは順なれとも又いつ迄も衂の止
ざるはあしく其手当有べし〇はしかは出より没(ひく)迄二便俱
に秘けつするはよろしからず〇はしか痢(り)するは熱(ねつ)邪(しや)の内(ない)䧟(こう)
する所也没(ひき)しほ又は没(ひき)後(ご)に痢(り)病(ひやう)出るものあり其手当有べし
〇はしか初(しよ)発(ほつ)出(で)に向ふ時 気(き)力(りよく)倦(うみ)つかれ睡(すい)眠(めん)してさめざるは逆(きやく)也
此外に爰(こゝ)にあらはさぬ変(へん)症(しやう)多し良医(ねむけ)に託すべし
一 妊(にん)娠(しん)のはしかは至而(いたつて)大切也 火(くわ)熱(ねつ)甚敷故に墮(だ)胎(たい)し易(やす)し
【左丁】
故に古人も妊(にん)娠(しん)と虚羸(やせたるおとろへたる)の人のはしかをむつかしとす是は
其はつ也妊娠は其(その)胎(たい)よくたもちさへすればよけれとも熱(ねつ)気(き)
大(たい)壮(そう)なればやゝともたもちかねて墮(だ)胎(たい)するは現(げん)前(ぜん)也又あたり月(つき)
なれば譬(たとへ)出(しゆつ)産(さん)有ても大(たい)事(じ)なき訳(わけ)なれども麻疹の発熱によ
つて出 産(さん)有ゆゑに血(ち)をさわかして逆(きやく)上(じやう)す既(すで)に産(さん)婦(ふ)は側(そば)の
さわかしき音(おと)にさへ血の道(みち)が発(おこ)るものなるに増(まし)て況(いはん)やはしかの
大熱は焚(やか)るゝが如く打(うち)槯(くたか)るゝ如くの苦(くるし)みなれば血(ち)のおさまる
べきやうなし依_レ之名医妊娠のはしかのことを苦(く)心(しん)して
手あて種々の奇方を考(かんかへ)あり予年六十四歳 麻疹(はしか)
【右丁】
両度流行にあふて例(ためし)見るに妊(にん)娠(しん)虚(きよ)労(らう)の輩(ともから)多く死亡せり出生
の子は安体なるもの多し麻疹は疱瘡と違ひ二十年或は三
十年を隔(へだて)て流行するゆゑに中(ちう)年(ねん)の輩(ともから)は医(い)者(しや)も護調(かいほう)人(にん)
もことなれざるゆゑに手あても聢(しか)と治定したる人 稀(まれ)なり
一はしか没(おさま)りに遅(ち)速(そく)ありはしか出て三日を過て収(おさま)るあり
四五日にして収るあり又は五七日にして漸く没ものあり是
其人の性分によるにやからの書(しよ)にも西北の地は水土 剛勁(はけしく)
人のむまれつき厚(あつ)ふしてはしかの透表(いつる)も遅(おそ)し東南の
人は風気 柔弱(やわらか)してはしかの出るも早し左(さ)も有べき歟
【左丁】
一はしかの後に小瘡を発する事あり是は生(ま)水(みつ)にて手洗(ちよふず)
浴すること甚早きによつて也水気が肌(はだ)腠(へ)へ畄泊して毒
を発する也 荊(けいがい)防(ぼう)艾葉(よもぎ)の煎陽を以て洗ふべし
麻疹(はしかの)異(い)名(めう)
唐以上◦傷寒斑瘡◦天行発斑◦温病発斑◦温毒発斑◦景岳
全書云蘇松に在ては◦沙子といひ渐江に在ては◦醋子といひ山陜
に在て◦膚瘡◦赤瘡といひ北直に在ては疹子といふ◦又糠瘡◦
麩瘡〇本邦にて古書に◦麻子瘡◦赤班瘡◦斑瘡◦赤疹◦赤疱
瘡◦稲(イナ)目(メ)瘡(カサ)◦亜(ア)加(カ)謨(モ)加(カ)沙(サ)◦巴(ハ)斯(シ)加(カ)◦意(イ)納(ナ)速(ス)利(リ)なとの名あり
【右丁】
一麻疹は欽明十三年に異国より伝来し疱瘡より百八十三年先
也今文政七年迄凡千二百七十三年の間の麻疹流行の年
月時蹟はくわしく前の年代記に有之を見るべし
麻疹来んとする時 豫(あらかじ)め用心の妙方
一麻疹来んとする沙(さ)汰(た)有之ならば第一に家内を掃(さう)除(じ)し
て衣(い)服(ふく)器(き)物(ぶつ)を清(しやう)浄(ぜう)になし左の薬を以て焚(たく)べし
左すれは此病をのそくとなり若病を受るとも軽し
蒼(さう)术(じゆつ) 細(さい)辛(しん) 乳(にう)香(かう) 降(がう)真(しん) 川(せん)芎(きう)各等分
右各 細(こまか)にきざみ家内を焚(たき)薫(ふすべ)てよし
【左丁】
〇又方 薫(くん)陸(ろく) 雄(を)黄(くわう) 欝(う)金(こん) 茵(いん)陳(ちん) 神代松節
右等分細末にして𮔉(みつ)にて煉(ねり)かはりし塩(しほ)を少 ̄シ入合せて
焚(たく)べし但 ̄シ麻疹来りて後は焚(たく)べからず
〇又方 多(た)羅(ら)葉(よう)といふ木(き)の葉(は)を採(とり)左之通 ̄り の右前を
書其人の年と姓名を書付惣身をなでゝ河へ流すべし
此前を書てからた中を
なでさすりて流せは必ず
はしかをのかるゝといふ又やむ
とも至る軽きこと妙なり
【図】
むぎどのは生れたまゝに
はしかしてかせての後は
わか身なりけり
【右丁】
一はしかといふ名は右の前の如く稲(いな)の芒(のぎ)麦(むき)の芒(のぎ)をはしかといふ也
稲芒(いねのゝぎ) 麥芒(むぎののぎ) 稲(いな)穂(ぼ)麥(むき)の穂(ほ)ともに芒(のぎ)
をはしかといふ
芒(のぎ)とは穂(ほ)の先の毛(け)をいふ也又尾州の名(な)古(ご)屋(や)にて糠(ぬか)をはしか
といふ五畿内及西国にて物のいら〳〵することをはしかといふゆへ
喉(のんど)のいからきをもはしかをいふ麻疹(はしか)の初め喉(のんど)はからき心(こゝ)地(ち)するを
以てはしかといふなるべし又 啚俗(いなかもの)の(。)芒(のけつ)ほい。はしかほい。いからほい
なといふおもひ合すべし
〇又方 麻疹(はしか)流行する前より朝夕 服(ふくせば)_レ之(これを)或は免(まぬか)れ或は軽(かる)し
【左丁】
緑豆(やへなり) 赤小豆(あつき) 黒(くろ)豆(まめ)各等分 甘艸少但 ̄シ薬の如くせんじのむべし
〇又方 正月用ゆる屠(と)蘇(そ)散(さん)をせんじ服して妙也
〇又方 麻(あさ)の葉(は)を採(とり)て塩(しほ)を少し入(いれ)雷(すり)鉢(ばち)にてすり湯(ゆ)に
和(くわ)し沐(ゆかみ)すべし若(もし)冬月(ふゆ)ならば麻(あさ)苧(を)一(ひと)結(ゆい)に生(せう)姜(が)の葉(は)を
入 煎(せん)じ沐すべし又 茗(めう)荷(が)の葉を入てもよし麻疹をのが
る事妙也又 病(やむ)といへども至て軽し但 ̄シ はしかの流行前にすべし
右の外に麻疹(はしか)の咒術(まじなひ)奇(めう)薬(やく)多しといへども其(その)性(せう)分(ぶん)時(じ)運(こう)
によつて服(のむ)薬(くすり)食(くい)物(もの)等万一 誤(あやま)りて害(がい)を生(しやう)づる事(こと)多(おほ)
ければ一々不_レ出_レ之何事も功者なる医(い)師(しや)に向合すべし
【右丁】
麻疹(はしか) ̄ニ食してよきもの
一 味(みそ)漿(しる) 一 漿(しやう)油(ゆ) 一 萊(だい)菔(こん) 一 胡蘿蔔(にんじん)
一 牛(ご)蒡(ぼう) 一 獨(うど)活(め) 一 瓢(かん)畜(ひやう) 一いんげんさゝげ
一 白(しろ)瓜(うり) 一 冬(とう)瓜(くわ) 一 五加苗(うこきのめ) 一 蒲(たん)公(ほ)英(ゝ)
一 狗杞苗(くこのめ) 一 薯(なか)蕷(いも)《割書:じねん|生》一 緑豆(やへなり) 一 赤小豆(あつき)
一 黒(くろ)大豆(まめ)《割書:にまめ|也》一 葛粉(くつのこ) 一かゝへり 一 乾鰹(かつほふし)
一 砂(さ)糖(とう) 一 白(はく)雪(せつ)糕(かう) 一らくがん類 一かるやき
一 干(ほし)大(だい)根(こん) 一 款冬(ふきのくき) 一 石決明(あわび) 一かなかしら《割書:魚也|》
右いつれも清物類はよくゆで塩あまく煮(に)て与(あと)ふべし
【左丁】
此外に食してよろしき物も有とも日数立ぬうちは慎み
与ふべからす若(もし)病(びやう)人(にん)強而(しいて)好(この)む物あらば医(い)師(し)に向ふべし
禁(きん)忌(もつ)の物
一 醋(す) 《割書:大禁|》一 酒(さけ)并 ̄ニ焼(しやう)酎(ちう)一もち類 一 胡(ご)麻(ま)《割書:からしけ|しのるい》一 炒(いり)豆(まめ)《割書:こけたる|もの》
一きな粉(こ) 一 金(きん)柑(かん) 一 柚(ゆづ) 一 𮔉(み)柑(かん) 一 九(く)年(ねん)母(ぼ)
一 横桃(くるみ)《割書:大禁|》一 栗(くり) 一 生(なま)梅(うめ) 一 杏(あん)子(ず) 一 李子(すもゝ)
一 林(りん)檎(ご) 一 梨(なし) 一 琵(び)琶(わ) 一 柿(かき) 一 胡(き)瓜(うり)
一 茄子(なすび) 一 蕨(わらび) 一 竹(たけ)の子(こ) 一 南瓜(かぼちや)《割書:とうなす|》一 西瓜(すいくわ)
一 海芽(あらめ) 一ひじき并 ̄ニ《割書:海苔(のり)|るい》一 葱(ねぎ)《割書:あさつきの|るい》一 豆(とう)腐(ふ)《割書:油あけ|のるい》一 蒟(こん)蒻(にやく)
【右丁】
一 菌(きのこ)るい 一ほうれんそう一 芹(せり)《割書:みつはせり|のるい》一 番椒(とうからし) 一 胡椒(こしやう)
一 鮭(さけ)《割書:塩引の|るい》 一 鮎(あゆ) 一 鱒(ます) 一しらうを 一このしろ
一 鱸(すゞき) 一 鯔(ぼら) 一 青魚(さば) 一 馬鮫魚(さわら) 一いわし
一 鯨(くぢら) 一 章魚(たこ) 一 烏𮚆(いか) 一ゑび 一 数(かづ)の子(こ)
一あじ 一 松魚(かつほ) 一 太刀(たち)魚(うを) 一 魚師(ぶり) 一 挙螺(さゞえ)《割書:并貝るい|》
一 雁(がん) 一 鴨(かも) 一 雉(きじ) 山(やま)鳥(どり) 一 小(こ)鳥(とり)の類(るい) 一 猪(いのしゝ)鹿(しか)のるい
右の外にも禁(きん)物(もつ)あまたありといへども唯(たゞ)手(て)近(ちか)きもの斗 ̄リをあぐる也
病(びやう)後(ご)飲(いん)食(しよく)の慎(とゝし)みゆるかせなれば必(かなら)ず変(へん)症(しやう)出て先(せん)非(ひ)を悔(くゆ)る共
甲(か)斐(ひ)なし父(ちゝ)母(はゝ)介(かい)傍(ほう)人(にん)よく〳〵慎み禁すべし
【左丁】
痘疹必用
疱(ほう)瘡(そうの)濫觴(はじまり)
唐(から)山にては東(とう)晋(しん)の建(けん)武(む)元年 南(なん)陽(やう)にて虜(ゑびす)を攻(せめ)し時初て此病
を伝(てん)染(せん)したる故に虜(りよ)瘡(そう)と名(な)付(つく)といふ 日本は 聖(しやう)武(む)天皇
天平七年初て築(つく)紫(し)へ来り諸国へ流行すといふ又廿九年を経(へ)て
大炊(おほいの)廃(はい)帝(てい)天平宝字七年に流行せり又廿八年を経(へ)て
桓(くわん)武(む)天皇 延(えん)暦(りやく)九年に流行す此 後(のち)は天下諸国に往々余(よ)毒(どく)残(のこ)
りて或は五年七年或は三年四年に流行し既(すで)に三(さん)都(と)は連(まい)年(ねん)
春(はる)秋(あき)絶(たへ)る事(こと)なし是(これ)都会(みやこ)は人数多きゆゑなるへし其中
【右丁】
気(き)候(こう)時(じ)運(うん)によるもの歟或は世(よ)并(なみ)よく始(し)終(じゆう)軽(かる)く順(しゆん)症(せう)なる
年(とし)あり或は初めは世(よ)并(なみ)能(よき)年(よし)も中(なか)比(ごろ)より世(よ)并(なみ)悪敷(あしく)なり
ひし〳〵危難(あやうきもの)多き年(とし)ありいかなる事に哉 考(かんが)ふべからず且(かつ)幼(よう)
雅(ち)の輩は多分 軽(かる)く大人(おとな)は重きもの多し是は全(まつた)く幼(よう)少(せう)の
ものは皮膚柔かにして発出も早きゆゑ也大人は皮膚(みのかわ)厚(あつ)
きゆゑに発出(てそろい)遅(おそ)きといふ説(せつ)あれとも夫にもよらぬ様也いづれ
にも順(じゆん)症(せう)なれば日(ひ)数(かづ)通より前(まへ)へいそぎ悪(あしき)症(せう)なれば日数より
後(おくる)るゝ也 予(よ)も数百人の痘(ほうそう)を見るに少(ことも)長(おとな)に限(かぎ)らず其 趣(おもむき)いろ〳〵
異(い)同(とう)多しゆへに初めよりむつかしく思ふならば良(よき)医(いしや)を撰(ゑら)び
【左丁】
て能々 託(たの)むべし必ずゆるかせにすべからず
痘(ほう)瘡(そう)の異(い)名(めう)
一 其(その)始(はじ)め赤(あか)き点(てん)を見て斑(はん)といひ一日二日に顆粒(つぶ)をなすを疱(ほう)瘡(そう)
といひ四五日に至り形ち豆(まめ)に似(に)たりとて痘(とう)瘡(そう)といふ又生れざる先の
天より受たるものとて天(てん)瘡(そう)といひ又天の気に感(かん)じて発(はつ)するとて天(てん)
花(くわ)といひ四(し)節(せつ)の期(き)正(たゞ)しきに変(へん)化(くわ)測(はかり)りかたきとて聖(せい)瘡(そう)といひ虜(りよ)国(こく)
より伝(でん)染(せん)したるとて虜(りよ)瘡(そう)といふ又豌(ゑん)豆(とう)瘡(そう)百(ひやく)歳(せい)瘡(そう)又和名謨(も)加(が)
沙(さ)又意(い)謨(も)といふ
痘瘡 戒(いましめ)の事
【右丁】
疱(ほう)瘡(そう)を看(みやう)法
一 稀疎(かづすくな)一 日整(ふち〳〵)一 軽鬆(ばらり)一 尖聳(とかる)
一 凸起(やまをあげ)一 如(たまの)_レ珠(ごとく)一 如(こまか)_レ粟而肥満(にてもふつちり)
右は吉兆也
一 稠宻(いちめん)一 瑣屑(ちこまか)一 壅滞(でそらはず)一 平塌(ひゝたく)
一 䧟下如(くぼみてふのはだの)_レ麩(ごとく)一 如(たむしの)_レ疥(ごとく)一 如(かひご)_二蠺種(のたねのごとく)_一
一 如(ひぶ)_二火刺(とれのごとく)_一 一 如(のみの)_二𫊫(さし)斑蚊点(かのくひたるごとく)_一
右は凶兆也
一 痘(でものゝ)色(いろ)は一 紅(べに)活(いろ)一 蒼(あをみ)老(いろ)一 光澤(つや〳〵)
【左丁】
一 紅(べに)白(しろ)両分(さかいをわけ)一 紅如(あか)_二桃花(すぎず)_一 一 白(ごく)_二如蝋色(しろい)_一
右は色のよき也
一 惨暗(すゝいろ)一 焦(こげ)枯(いろ)一 嬌嫰(かわやはらか)《割書:水疱|也》一 毛刺(けにてつきたる)
一 灰(はい)白不(いろにて)_レ明(くもる)一 気血混(みつちやり)一一 赤(あか)過(すぎて)紫(むらさき)
一 土(つち)ごふんの如く白一 赤(あか)の飯(めし)の如一 黒(くろ)紫(むらさき)
一 青(あを)藍(すゞき)右は色あしくして凶兆也
一五六日にして勃々(ふつ〳〵)として肥大(ふとり)顔(かほ)も
浮(うす)腫(はれ)次第に眼胞(まぶた)も腫(はれ)て目(め)開(ひら)き兼(かぬる)は
よし大(たい)便(べん)かたく小便通つるを宜(よろし)とす
【特59 767】
《題:《割書:コレラ|予防》命の後見《割書:末綱琢磨輯|》全》
緒言
〇
総論
〇
予防法
第一□□(空気カ)
〇
第二飲水
〇
第三居屋
〇
第四衣服
〇
第五食物
〇
虎列□(刺カ)流
行ノ際衆
人ノ心得
〇
消毒薬ヲ
用□ル理
由
〇
虎列□(刺カ)病
ニ□□□
ル時ノ心
得
〇
自□
末綱琢磨編輯
《割書:コレラ|予防》命□後見
東京 二書堂蔵
定価八銭五厘
【特59 767】
緒言
生命ノ貴重ナルハ衆庶ノ能ク知ル処ニテ
誰カ夭死短命ヲ欲スル者アラン哉百般法
方ヲ運ラシ以テ生命ノ保存ヲ希望スルハ
各人ノ通情にて苟モ性ヲ稟ル者ハ必ス此
心ヲ固有セザル者ナカルヘシ而唯タ之ヲ
希望スルモ其ノ之ヲ保存スル法方ト之ヲ
行ふ所以ノ理由トヲ知ラサレハ大ニ誤ル
【右丁】
事鮮ナカラス客歳各府県ニ於テ虎列刺流
行ノ際ニ当リ 官深ク衆庶ヲ憐ミ予防法
ノ令ヲ布達セレモ如何セン蠢爾タル細民
ハ予防法ノ何者タルヲ知ラサルニ由リ往
往布令ヲ尊奉セサル者アリ甚タシキニ於
は監察巡査ヲ謗罵敵視スルニ至る真ニ嘆
スルモ余リアリ彼ノ細民モ各々生命ノ貴
重ナルヲ熟知すると雖モ唯た予防法ノ理
【左丁】
由ヲ知ラサルニ由テ如此キ形況ニ至ルヘ
シ若シ之レニ予防法ノ必要ナル理由ヲ了
鮮セシメハ 官ノ布令を俟タスノ自己ニ
予防ノ手段ヲ企ル事了然タリ是レ予ガ微
力ヲ顧ミステ此著アル所以ナリ然れも此
書タルヤ専ラ衆庶ニ了鮮シ易ク且ツ簡便
ニテ行ヒ易カラシムルヲ趣意トスル者ナ
レハ文辞モ亦タ随テ拙陋ナラサルヲ得ス
【右丁】
看客其レ之ヲ領セヨ蓋シ衆庶能ク此書ヲ
暁リ且ツ実地ニ之ヲ行フキハ生命保存ノ
一助タル事予ノ信スル処なり冀クハ粗忽
ニ看過スル事勿レ
明治十三年三月 於東都万舎末綱琢磨識
【左丁】
末綱琢磨 著
総論
/虎列刺(これら)は/昔(むか)しの/虎狼利(ころり)にして/衆人(ひと〳〵)の/能(よく)/知(しる)
/通(とほ)り/之(これ)より/懼(をそろ)しき/病(やまひ)はなし/昔(むか)しは/此病(このやまひ)の
/伝播(ひろが)る/理由(わけ)を/知(しら)さるに/由(より)て/予防法(よぼふほふ)を/行(をこな)は
ざりしも/輓□(ちかごろ)/医学大(いがく□ふ)ひに/開(ひらけ)と/其伝播(そのひろか)る/理(わ)
/由(け)と/此(これ)を/防(ふせ)ぐの/法方(しかた)とを/究(きわ)め/専(もつは)ら/予防法(よほふほふ)
一【欄外)】
【右丁】
の必要(ひつよふ)なることを説諭(ときさと)せども衆人(しゆじん)は矢張(やはり)
昔(むか)しの思(をもひ)をなして更(さら)に之を行(をこ)なはし故(ゆへ)に
防(ふせ)ぎ得(う)べき虎列刺(これら)も次第(しだひ)に伝播(ひろが)りて遂(つい)に
は防ぐべからざる場合(ばあひ)に立至る之(これ)誠(まこと)に嘆(なけ)
かはしきことならずや衆人(しゆじん)力(ちから)を協(あわ)せ心(こゝろ)を
同(をな)じゆしく厳(きびし)く予防法(よほふほふ)を行(をこな)えば必(かなら)ず此病(このやまひ)
に係る罹(かゝ)ることなかるべし
虎列刺病(これらびよふ)の原因(もと)を知(しる)ことは甚(はなは)だ困難(むづかし)きも
【左丁】
のにして西洋医家(せひよふいか)の論説(ろんせつ)も各々(をの〳〵)同(をなじ)からず
然(され)ども方(ほふ)令仮(かり)に定(さだ)めたる説に拠(よれ)ば虎列刺(これら)
毒(どく)と名(なづ)ける「これらびりゆす」なる物(もの)ありて
種々(さま〳〵)の導(みちび)きに由(より)て人間(にんげん)を病(やま)しむると云(いへ)り
此毒(このどく)は眼(め)にも見(らへ)ず又(また)手(て)にも触(さわ)り得(え)さる物(もの)
にして虎列刺病人(これらびよふにん)の吐(はき)たる物(もの)及(およ)び下泄者(くたさるもの)
などの中(うち)にありて空気(くうき)と飲水(のみみづ)との媒介(なかたち)に
由(よ)り諸方(しよほふ)に伝播(ひろが)るものなり之(これ)を防(ふせ)ぐには
【右丁】
諸種(いろ〳〵)の薬(くすり)あれども唯(た)だ薬(くすり)のみを用ゆるも
決(けつ)して十分と思(をも)ふべからずかねて空気(くうき)飲(のみ)
水(みず)居屋(いまひや)衣服(きもの)及(およ)び食物(しよくもつ)などに能意(よくここころ)を用(もち)ひ
てなるたけ清潔(きよら)かにするを肝要(かんよふ)とす之(これ)に
仍(より)て予防法(よぼうほう)及(をよ)び消毒薬(しよふどくやく)の必要(ひつよふ)なるなることを
知(しる)べし下条(しも)に於(をい)て予防法(よぼふほふ)を簡便(かんべん)に述(のべ)終(をわ)り
に至(いた)り消毒薬(しよふとくやく)を用(もち)ゆるの理由(わけ)を書記(かきしる)すべ
し
【左丁】
予防法(よぼふほふ)
第一(たいいち)空気(くうき)
空気(くうき)は色(い)ろ味(あじ)わい及(およ)び臭(にを)ひもなき透明(すきとほふ)り
たる気体(きたい)にして凡(をよ)を世界(せかい)の中(うち)人間(にんげん)の棲息(すまひ)
せる処(とこ)ろハ何所(いず〳〵)もこの気(き)のそ存在(そんさい)せざるは
なし故(ゆゑ)に人間(にんげん)は空気(くうき)の中(うち)に在(あり)て断(たゑ)ず此気(このき)
を呼吸(いき)するに由(より)て生命(いのち)を保(たも)つものとす恰(あたか)
も魚(うを)の水中(みず)に在(ある)が如(ごと)し彼様(かよふ)に大切(たいせつ)なるも
【右丁】
のなれば最(もつ)とも新鮮(あたら)き空気(くうき)を呼吸(いき)すべし
元来(もと)空気(くうき)は酸素(さんそ)と窒素(ちつそ)との混合物(まざりもの)より成(なり)
て其中(そのうち)に種々(さま〳〵)の瓦斯体(がすたひ)を含(ふく)めり其(その)酸素(さんそ)は
一番(いちばん)必要(ひつよふ)なるものにして人間(にんげん)の空気(くうき)を呼(い)
吸(き)して生命(いのち)を保(たも)つは全(まつた)くこの酸素(さんそ)に由(よ)る
ものとす然(しか)れども酸素のみにては余(あま)り強(つよ)
きがゆへに窒素(ちつそ)を加(くわ)ゑて適当(ほどよく)する者(もの)なり
空気(くうき)は人間(にんげん)の吸気作用(すいこむはたらき)に由(より)て口鼻(くちはな)及(をよ)び気(きの)
【左丁】
道(みち)を過(すぎ)て肺臓(はいぞふ)に達(たつ)し其部(そのぶ)の血液(ち)に混(まじ)りて
身体(からだ)の諸部(しよぶ)を養(やしな)ひ炭酸(たんさん)と成(なり)て復(ま)た血液(けつえき)と
共(とも)に肺臓(はいぞふ)に至(いた)り呼気作用(ふきだすはたらき)に由(より)て気道(きのみち)を過(す)
ぎ口(くち)及(をよ)ひ鼻(はな)より外方(そと)に出(いづ)るものとすこの
炭酸(たんさん)は甚(はなは)だ悪(あし)き者(もの)なれば若(もし)空気(くうき)の中(うち)に沢(たく)
山(さん)増(まし)とき空気(くうき)も亦(また)人間(にんげん)の生命(いのち)を保(たも)つこ
と能(あた)はず縦令(たとゑ)ば芝居(しばい)などの如(ごと)き衆人(しゆじん)の群(あつ)
集(ま)る場所(ばしよ)に於(をひ)て頭痛(づつう)及(をよ)び嘔心(むかつき)を生(しよふ)ずるこ
【右丁】
とあるは則(すなは)ち空気(くうき)の中(うち)に炭酸(たんさん)の増(ま)すに由(よ)
る者(もの)なれば以上(うゑ)の事(こと)は医者(いしや)に非(あら)ずとも衆(しゆ)
人(じん)の能(よく)知(し)り置(をく)べきことなり空気(くうき)を新鮮(あたらし)く
するの法(ほふ)は別(べつ)に難(かた)き事(こと)に非(あら)ず容易(たやす)く行(をこな)ひ
得(う)べし其法(そのほふ)は窓(まど)の戸(と)又(また)は樟子(しよふじ)を開(ひら)き外方(そと)
の新鮮(あたら)しき空気(くうき)を内方(うち)に流入(りゆうにふ)せしめと室(しつ)
内(ない)の悪(あし)き空気(くうき)と代(かわ)らしむるべし是(これ)を西洋(せいよふ)
の語(ことば)に「べんちれゑしよん」と云(いゑ)り然(しか)しなが
【左丁】
ら能(よ)く用心(よふじん)せさるときは外方(そと)の寒冷(さむ)き空(くう)
気(き)の為(ため)に風邪(かせひき)を病(やむ)ことあり故(ゆゑ)に気候(きこをふ)寒冷(さむ)
きは長(なが)く窓(まど)の戸を放開(ひら)かずして時々(をり〳〵)
開(ひら)き閉(とづ)るを良(よし)とす
第二(だいに)飲水(のみみず)
飲水(のみみす)は常(つね)に用(もち)ゆるものなれは其(その)大切(たいせつ)なる
ことこゝに云迄(いふまて)もなきことなれども世の
人(ひと)は唯(た)だ大切(たいせつ)なるを知(しり)て之(これ)を安全無害(安全無害)の
五【欄外】
【右丁】
物(もの)として用(もち)ゆるも法方(しかた)を知(しら)さる者(もの)多(をふ)し故(ゆゑ)
に飲水(のみゝつ)の為(ため)に腹痛(はらいたし)及(をよ)び下利(くだり)を起(をこ)すこと鮮(すく)
なからず斯(か)く病(やま)ひを起(をこす)の原因(もと)を探(さぐ)るとき
は他ね
種々(さま〳〵)あれども多分(たふん)は飲(の)み水(みづ)の不浄(ふじよふ)なる
に由(よ)る万一(まんいち)之(これ)に虎列刺毒(これらどく)の混(まじ)ることある
ときは忽(たちま)ち恐(をそ)るべき虎列刺病(これらびよふ)に罹(かゝ)るもの
とす又(また)縦令(たと)ひ虎列刺毒(これらとく)の混(まじ)ることなきに
もせよ以上(うえ)に申(まふ)す如(ごと)く腹痛(はらいたし)及(をよ)ひ下利(くだし)など
【左丁】
を起(をこ)すときは自然(しねん)虎列刺病(これらひよふ)の誘因(みちび)きとな
ることあり故(ゆゑ)に飲水(のみゝす)は可及(なるたけ)的清潔(きよら)かなる
ものを用(もち)ゆべし而(そ)して清潔(きよら)かなる飲水(のみゝず)を
用(もち)ゆるには先つ井戸(いと)を清潔(きよら)かにすべしと
の目的(みこし)を達(たつ)するには排水溝(げすい)を能(よ)く通(つゆふ)ぜし
め少(すこ)しも其内(そのうち)に悪水(あくすい)の潴(たま)らさる様(よふ)にする
を簡要(かんよふ)とす又(また)井戸(いど)の周囲(まわり)も石灰(いしばい)土にし堅(かし)
く地面(じめん)を塗(ぬ)りて不浄(ふじよふ)なる水(みず)の流(なが)れ入(いる)こと
【右丁】
を防(ふせ)ぐべし井戸(いど)の近辺(きんべん)には決(けつ)して便所(べんじよ)を
置(おく)べからず之(これ)尤(もつと)も悪(あし)きことなり則(すなは)ち便所(べんじよ)
に於(おい)て潴(たま)りたる大小便(だいしよふべん)は漸々(ぜんぜん)地下(ぢか)に竄(し)み
入(いり)て遂(つい)には井戸の水と混ることあり然る
ときは大(をふ)ひに井戸(いど)の水(みす)を不浄(ふじよふ)ならしむる
ものとす以上(うゑ)の事件(ことがら)に能(よ)く意(こゝろ)を注(そゝ)き井戸(いと)
の水(みず)を清潔(きよら)かにするの法方(しかた)を知(しる)ときは次(つき)
に貯水器(みずいれ)を選(ゑら)び用(もち)ゆべし貯水器(みずいれ)は一般(いちばん)に
【左丁】
木製(きつく)り或(ある)いは陶(すゑも)の製(ずく)りの物(もの)を良(よし)とす鉛(なま)り
錫銅(すづあかづ)ねるどの如(ごと)き金類(かなるい)にと製(こしら)ゑたるもの
は甚(はなは)だ宜(よ)ろしからず又(また)貯水器(みずいれ)には蓋(ふた)を備(そな)
ゑて常(つね)に能(よ)く蓋(ふた)を覆(をふ)て塵(ちり)の入(いら)さる様(よふ)にす
べし
第三(だいさん)居屋(すまいや)
居屋(すまいや)は人間(にんげん)の日夜(にちや)棲息(すまい)する処(とこ)ろなれば最(もつ)
とも清潔(きよら)かにすべし然(しか)しながら美麗(うつくし)く錺(かざ)
【右丁】
り粧(よそふ)うの趣意(りゆい)には非(あ)らず居屋(すまいや)は寒暑風雨(かんしよふうう)
を防(ふせ)ぐの備(そな)ゑなれば美(び)を尽(つく)し善(せん)を極(きは)むる
の錺(かざ)り物(もの)には非(あら)ざるなり蓋(けだ)し往昔(むかし)開(ひら)けざ
るの時(とき)に於(をい)ては唯(た)だ寒暑風雨(かんしよふうう)を凌(しのぐ)ものと
為(なせ)しも近来(ちかごろ)医学(いがく)の駸歩(すゝむ)に随(したが)うて居屋(すまいや)も亦(また)
大(をふ)ひに身体(からだ)の健康(けんこふ)に拘(かゝ)わることを発明(はつめい)せ
り故(ゆゑ)に居屋(すまいや)の建築(ふしん)は甚(はなは)だ大切(たいせつ)なるものな
れば能(よ)く心(こころ)を用(もち)ゆべし建築(ふしん)の法(ほふ)は種々(さま〳〵)あ
【左丁】
れとも衛生学(ゑいせいがく)より論(はな)すときは唯(た)だ空気(くうき)の
流通(かよい)に便利(べんり)なるを以(もつ)て第一(たいいち)の目的(めど)とす然(さ)
りながら是等(これら)の事件(ことがら)を細(こま)やかに述(のぶ)るとき
は大(をふ)ひに煩雑(はんさつ)なれば唯(たゞ)居屋(すまいや)を清潔(きよら)かにす
るの法方(しかた)のみを記(しる)すべし都(すべ)て居屋(すまいや)を清潔(きよら)
かにするには朝夕(あさゆふ)室内(しつない)を洒掃(さいそふ)して少許(すこし)も
不浄(ふじよふ)なる塵(ちり)を留(とゝ)むべから若(もし)屋敷(やしき)の周囲(まわり)に
泥溝(どろみぞ)或(ある)いは塵潴(ちりため)などあるときは時(とき)々之(これ)を
八
【帙の表紙 題箋】
《題:豆瘡養育》
【荳は豆の俗字】
【帙を開いたところ】
【背】豆瘡養育
【同 資料整理ラベル】
富士川本
ト
166
【表紙題箋】豆瘡養育
【冊子の表紙 題箋】
《題:豆瘡養育》【篆書で表記 荳は豆の俗字】
【資料整理ラベル】
富士川本
ト
166
【右丁 白紙】
豆瘡養育自序
夫疱瘡の始原(はしめ)は人皇四十五代
聖武天皇の御宇天平八年筑紫
の人新羅国に至り船中より此
病をうけて吾
邦に渡りしより始れりいにしえより
竜蛇(りうしや)の衣を脱(ぬく)にたとへて人々
【右側印】
富士川游寄贈
富士川家蔵本
【頭部蔵書印】
京都
帝国大学
図書之印
【資料整理印】
186379
大正7.3.31
【右丁】
此疾をおそれさるはなく其内軽きは薬に
及はす重きは薬も及されは人の
父母たるもの小児のために疱瘡に
心をなやまさゝるはなし療法(りやうし)養(やし)
生(なひ)独(ひとり)り【衍】医家(いしや)而已 知(し)るにあらす医(ゐ)
療を乞ふて助くといへとも又看病(かんひやう)
養育(てあて)による事 他(ほか)の病と別(わかち)ある
【左丁】
へしさるによつて《割書:予》輯(かきあつめ)おき聊(いさゝか)
経験(こゝろみ)したるなと一冊となしおき
たれは或日書林来りて頻(しきり)に
刊(はん)に行(おこなは)ん事を乞ふ需(もとめ)に応して
則 痘瘡養育(とうそうやういく)と題号(だいがう)して此を
おくりぬ唯 世俗童蒙(しろうと)の一助(たすけ)とも
なるへき歟 預(つねに)参考(みおき)して会得(こゝろへ)すへし
【右丁】
敢而(あへて)博識(はくしき)の覧(み)るに備(そな)へす寒郷(かたいなかの)医(いしく)に
遠き地の用(た▢)【めヵ】をなさんかと書(しるす)_二於養浩堂中 ̄ニ_一
時寛政七年乙卯季春日
律斎渡充子謙 編輯
【落款二つ】
【左丁】
○痘瘡は人々再ひ病さるゆへ専ら胎(たい)の毒(とく)なりと
はかり覚ゆるもの多けれと三四年 隔(へだ)てはやり
或は五七年め〳〵に大に流行するあれは治方其年の
運気(うんき)に随(したか)ひ清涼(きよくすゝし)温補(あためおきなふ)の異(ことなる)あれは歳気(とし)の疫
病の類(るい)と覚ゆへし痘(とう)は聖瘡(せいそう)なりと云痘の
毒は百骸(ひやくかい)五臓(こそう) ̄ニ該(あつめ)而(しかうして)存(そんす)也又謂父母欲火所_レ致
又地方旺 ̄スル_二 五行 ̄ニ_一の説其外諸家の説紛々たりと
いへとも痘は真(まこと)に奇(き)といふへき歟其 感(かん)し
発(はつ)する所は腎(じん)の臓よりして五臓の真気を
【右丁】
動し上 ̄ミ肺(はい)の表にあらはれ脾胃(ひゐ)の力をかりて
膿(うみ)をなし後 愈(いゆ)れは尋常の疾にひとしからす
扨此病三日つゝ五段にわかれて三五十五日の日数を
経て全快(せんくわい)するゆへ軽(かろ)き重(おも)きにかゝはらす十五日の
日 期(かす)を定て其時々に随ひて遅速(おそきはやき)を考(かんか)へ順逆(じゆんぎやく)【濁点の付間違い】の
吉凶を知る事 肝要(かんよう)とするなり
○疱瘡(ほうそう)を痘と名付る事かたち豆(まめ)に似(に)たるゆへなり
古語 ̄ニ天行発瘡形如_レ豆亦名 ̄ク_二豌豆瘡_一とあり頭の
字義ありて頭面(づめん)を大 切(せつ)にするなり水痘はうけいもと
【左丁】
いふ痘に似(に)て出やすくかせもはやしはしめていつる
先 ̄キ うるほひ水を持ているきみゆへ水痘といふ出るに
次第不同にして段々おい出のするもの也去によりて
日数も少く又 定(さたま)らす痘は一斉(いちとき)に出て一斉におさまる
日数も正(たゝ)し痲疹(はしか)は六 腑(ふ)に出て陽に属(そく)し気を主(つかさと)る
ゆへにかたちありて漿(みつうみ)なしはしめてねつある時 咳(せき)有て
咽(のんと)はしかきゆへにはしかといふ熱(ねつ)はげしく出かぬる時は
甚なやむものなり能く発(はつ)し出れは害(かい)なし出るもの
皮(かは)より外にあらはれて根あさし痘は皮の内に
【右丁】
ありて根ふかしへないもは害(がい)をなすものにてはなけれ
とも本痘にまきるゝ根なるもの也中におもきもの
あり誤(あやま)りて痘(ほうそう)となすへからす又痘瘡にはしかの
交(まざ)りたるあり交疹といふ又へつたりと赤きほろせ
のやうなるものをませたるを交斑といふなり
○紙燃(しそいく)【ママ 注】にて照法発熱(てらしみるしよねつ)の時痘か痘にてなき歟又は
痘のかろきおもき多少をうかゝひしるに随分ふとき
紙燭(しそく)をひねりてよく油を付置火のとはしるなき様
にすべし昼なれは屏風(ひやうふ)にてかこひ暗(くらく)して紙燭
【左丁】
にて左りの頬(ほ▢)より見はしめ右の頬を見る額(ひたい)の
まんなかをよく見るべし紙燭を小児の目しり耳の
あたりよりすかして照(てら)し見れは皮(かわ)ひとへ下に
むら〳〵として見ゆるうちに粒(つぶ)の点(てん)をむすひ
かけたるあり只むらつきてのみあるもあり地色(ぢいろ)血(ち)
色(いろ)に気をつけ手足ともに委敷(くはしく)見るへし発熱(ほつねつ)
してうたかはしき時には紅(べに)紙燃(しそく)を用ゆる也 天日(そら)の
光りにてはわからす既(すてに)肌表(はたおもて)に顕(あらは)れてより後は
灯火(ともしひ)はあしく火の勢(いきほい)をかりて悪(あしき)もよく見ゆ依(よつ)て
【注 19行目に「紙燃」が「しそく」と振ってあることから、ここでも「しそく」とあるところか。】
【右丁】
見点(けんてん)して天日(ひる)の光(ひかり)てなくては血色(けつしよく)の紅白(あかしろ)虚実(きよじつ)を
見わけかたきものとしるべし
○疱瘡神を祭るは穢汚(けかれ)不浄(ふじやう)を避(さけ)るためなり
痘児の居間は潔(きよ)くすべし神を鎮座(まつら)さしむる事
俗説(ぞく)といへとも傚(なら)ふてくるしかるまじ
○袖の長き肌着(はたき)じゆ半を着(き)せて左右の手の出ぬ
やうに袖の長 ̄サ三四寸も出し置(おく)なり小児 夢(む)中に
頭(かしら)面(かほ)を掻(かき)やぶらせぬための用心なり
○食事(しよくじ)に魚類は干肴(ひさかな)にても乳呑(ちのみ)子なれは親子
【左丁】
ともに無用なり酢(す)酒(さけ)麪(めん)類 餅(もち)類 油気(あふらけ)くさみからみ
菓実(くたもの)生冷(なま)の物みな忌(いむ)べし痘神の好物(すき)などゝ
云へる事 俗中(ぞく)に在(あり)かならす喰(くは)しむべからす
○痘の間(ま)へよしあしともに臭気(かざ)をいむへし懐中(ふところ)の
匂袋(にほひ)或(あるひ)は梅花油(はいくわあぶら)など用ゆへからす又見なれぬ人出入し
声高く人をしかり痘児を驚(おとろか)すへからす食物(しよくもつ)を煮(に)
茶をせんじ酒をあたゝむ事あるへからす最初(さいしよ)より
一間(ひとま)に極(きはめ)て外へつれ出ぬやうにすべし小児はよくくせに
なるものゆへ心得第一也又時節の寒(さむさ)暖(あたゝか)にしたかひ
【右丁】
衣服(いふく)ほどよくすべしあたゝめ過(すこ)し汗(あせ)を出すへからす
痘はものにあやかりやすきゆへ紅絹(もみ)を屏風(ひやうふ)などに
かけて出ものをして紅活(こうくわつ)ならしめんがためなり
○さゝ湯(ゆ)と云はかろき湯(ゆ)といふこゝろなり四五日 前(まへ)
より米泔水(しろみつ)をとりてよくねさし置(おき)うわ水を
湯に焚(たく)べしむさと外(ほか)の品(しな)をくわへ又 酒(さけ)など入へからす
よく湯に焚(たい)て手拭(てぬくひ)にしたしとくとしぼりてかせ
たる痘のあとをしか〳〵とおさへ湯の気(き)をあつれは
かせの熱(ねつ)こゝろよくおさむるなりかならすぬらし洗(あら)ふ
【左丁】
へからす面部(かほ)は目の上下をよげて眼中(めのなか)に湯(ゆ)の
気入れは目をそこなふ事あり手足(てあし)総身(そうみ)まんべんに
湯をひくべし脊(せなか)はかろくあつへし湯のあと
にて風(かせ)にあつへからす又二三日へだてゝ二 番湯(ばんゆ)を
すへし又二三日ありて三番湯をし其後常の湯へ入れ
へし重(おも)きは日数にかゝはるへからす
○総て小児出生よりして痘前(とうまえ)は預(まへかた)隔(ふせく)の法(ほう)
数多(あまた)ありといへとも何れも経験(しるし)なし唯(たゞ)臘(ろう)八の
《振り仮名:神製陰陽兔血丸|しんせいいんやうとけつくわん》にのみあつかるものと思へり
【右丁】
嬰唖(あかこ)百十一日め朝(あさ)用ひおく事 真(まこと)に神(しん)と云ふへし
奇(き)といふへし数多(おゝく)功(こう)ある事うたかふへからす
啻(たゞ)此一 法(ほう)痘(ほうそう)の神薬(しんやく)といふへき歟痘 前(まへ)の用心(ようしん)
世上にはゆる時は雨天風吹日或は人群(ひとたち)の中 夜(や)分
他(よそ)へつれ行へからす遠路(とほきみち)へ行へからす又 寒暑(かんしよ)に
随ひ時候(じこう)をはらふ薬を用ひ置て小児さはりなき
時に痘(とう)の気(き)に感(かん)すれはみな吉なり陰陽兔血丸
の法本草綱目の文面にならひ唯(たゞ)兔(うさき)の血(ち)にて
ねり丸すれは吉と計思ふ徒ありて飼鳥(かいとり)屋の
【左丁】
兔或は食料(くひりやう)に用る《振り仮名:落兔|おちうさき》の血(ち)をとりて丸となし
兔血丸 製(せい)し得(ゑ)たると思へる者多し甚 相違(そうい)
せり製する人あらは尋問(たつねとふ)てこそすへきなり
○痘後は別而大切に養生(やうせう)すへし第一 食物(しよくもつ)に
あり美味(うまき)を食(しよく)せは余毒(よどく)をたすけて目を損(そん)し
甘味(あまみ)を多(おゝ)く食すれは疳(かん)の虫(むし)を動(とう)す後年(こうねん)癰(よう)
を発(はつ)し疳(かん)を煩(わつら)ふの類あり皆(みな)医(いしや)に問て喰(くは)しむ
へし痘後は何様の軽(かろ)きも七十五日は飲食(のみくひ)に
心を付る事専要なり
【右丁】
○眼(め)を護(まもる)るは第一世上に紅粉(べに)を顔(かほ)にぬる事 古法(こほう)也
といへとも益(ゑき)なし見点(ほみせ)の部 位を考ふるに妨(さまたげ)あり
かならす用ゆへからす收靨(ふたむすび)【注】の時 睫毛(まつけ)をとぢてひらき
かぬるは鳥(とり)の羽音(はおと)を聞(きか)せてふとあけさせる抔よし
眼中(めのなか)痘入て眼 薄見(うすみ)へなる児(こ)は雀(すゞめ)の生血(いきち)を其 儘(まゝ)
絞(しぼ)り入るに一夜二夜にてもとの眼となる又眼中
翳障(めぼし)出るはやはり此血をさし曲垣《割書:かたの|内なり》に針三四分
おろす事あり三日ほとにて忽然(こつぜん)と愈(いゆ)此外 療治(りやうち)
数々(かず〳〵)あり医家(いしや)に寄(たのむ)るへし
【左丁】
○鼻(はな)に気を付べし序熱(じよねつ)の頃より鼻の垢(あか)をとり
おくへし乳呑子(ちのみこ)は貫膿(ほんうみ)の頃より鼻息(はないき)ふさかりて
乳をのみかぬるものなりまへかたより折々(おり〳〵)気を付て
鼻の中を見るへし又 重痘(おもき)にて鼻の辺(ほとり)潰爛(くつれたゞれ)して
鼻孔(はなのあな)閉(とづ)る者多し平愈(なほりて)後(のち)閉塞(とぢふさが)りたるあり貫膿
の頃の手当(てあて)によりて鼻孔(はなのあな)始終(しじう)閉(とぢ)さる手当あり
愈(いへ)ては猶(なを)全(まつた)くす外科医(けくわい)に託(まか)すべし《割書:予に》経験(こゝろみ)の
療治(りやうぢ)あり告(つぐ)へし乎
○掻破(かきやぶ)るは灌漿(みつもり)の頃あやまりてするわさ也 直(ぢき)に
【注 收靨(しゅうよう)は、疱瘡、瘡(かさ)、傷などがなおって、皮膚の表面が乾いた状態になること。】
【右丁】
粉(こ)をふりかけよろし其粉といへるは何(なに)にても雨露(あめつゆ)
のあたりて朽(くち)てたわひなき物を用ひて粉にすべし
屋上(やね)の枯草(かれくさ)或は古苫(ふるとま)朽縄(くちなわ)なとの類を細末(こに)して
ふりかくべし上の風をふせき下のしるをすひてかは
かさぬものよし兼而(かねて)用意(ようい)しかたはらにおくべし
少しにてもかきやふらしむる時は其 儘(まゝ)ふりかくべし水
もりの時甚入用なり膿(うみ)となりて後(のち)は害(がい)少なし
世(よ)に土器(かわらけ)を用ゆる事或はうどん粉なとをふりかくる
事至而 悪(わろ)し又痘のうちに一粒(ひとつぶ)かゆきありこと〳〵く
【左丁】
かゆきものにあらすかのかゆみある一粒につきて外を
損(そん)するゆへ荊芥をこよりにひねり込て火をつけ
かゆき痘のさきへ火をあつれはかゆみとまる世俗(ぞく)に
荊芥(けいがい)を袋(ふくろ)につゝみかゆがる時上をたゝくは甚 僻(ひが)事
なり益(ゑき)なし或は見へかゝりに物にあやかりてかゆみ
あるは龍顔(りうがん)の売(から)【殻ヵ】を焚(たく)べし
○一角(うにかふる)は解毒(げどく)のものにして痘に妙(めう)なりとす発(ほつ)
熱(ねつ)より出斉(てそろひ)まて鮫(さめ)にておろし一弐分宛さゆにて用ゆ第一
見点(ほみせ)せし時 貯置(たくはへをき)し兔血丸を取出して冷水にて呑(のま)しむる
【右丁】
事 忘(わす)るへからす又柳の虫は痘毒(とうとく)肌表(はたおもて)へ追透(おひすく)の
功(こう)あり是等も心得用ゆへし水煎し虫を去り
服(ふく)すへし此外人の知(し)れる阿蘭陀テリアカ
兔鹿丸の品々用薬ありといへとも混雑(こんざつ)してあしゝ
他を用べからす古しへより痘に薬なしと云諺在
吉(きつ)痘は薬を用ひて害(がい)あるあり凶痘は薬も益(ゑき)なし
中痘は又薬のためにあやまたるゝもの多し
表裏(ひやうり)の虚実(きよじつ)を察(さつ)し歳運(としこと)の偏(おとり)勝(すくるゝ)を考(かんかへ)て
温涼補瀉の妙機(めうき)を前知するにあらされは日期(ひかず)【注】
【左丁】
ある病(やまひ)ゆへ誤治(あやまり)を救(すく)ふの法なし可恐可慎まこ
とに痘に薬なきを知りて薬を用ひはあやまち
なきに近(ちか)し
【注 7コマ6行目の「日期」に「ひかす」とあり。】
【右丁】
疱瘡十五日期回察之図
十一日 総而此三日大切なり後に
書し所の部位をかんかへ
濃 手当心配りあるへし
十二日 俗に豆いろと云日也
まどをあけ見ひらくの期也
とかくねむりがちなる頃なり
十三日 ねむるは吉なり
結 ねむらすして物くる□【はヵ】しきは
はやく医を乞ふて可_レ談
十四日 此日より食事多少に気
痂 を付べし
十五日 さゝ湯をあつる日なれと
痘の次第によりてなり
此熱三日に限るへからす外感より
一日 引続に痘の序熱になるあり
序 さすれは五日も六日も其余も
あるべしねつの程にて序熱と
しるべし此日ひきつけよりねつ
二日 いつるはかへつて痘かろきものなり
熱 ねつ表にあらはれて裏さはやか
なるをよしとす搐搦(びく〳〵)するは
表に発するゆへなり総して
三日 序病つよくわつらふものは
かろきとしるへし
【左丁】
風にあつへからすかろしと
四日 いへとも外へ出べからす
見 痘の出方によりて始終の
死生今明日にあり医家
五日 に折入てりやうじをもとむ
点 へき事なり
六日 俗に上の関といふ
出そろひしてはおもき痘も
七日 よく見ゆるなりかろき重き
灌 ともにかゆみあるべし介抱
人つかれいねむりしてゆだん
漿 八日 してかきやぶらしむる事
あり心得第一なり
九日 此日を二の関といふ
靨して不靨は気虚なり
十日 はやく用心あるべし此二日を
貫 後の関といふ至而大事也
十一日 今日を越れはよし
日々の部位を考るはあらまし此末に出す参考すべし
【右丁】
【頭部欄外】発熱初
初 痘の発熱(ほつねつ)は傷寒(せうかん)に似(に)たり但(たゞ)し耳(みゝ)と手(て)の
の 中指(なかゆび)の冷(ひゆ)るをもつて試(こゝろ)み知(し)るといふ説(せつ)あり
日 信用(しんよう)すへからす又耳の後(うしろ)にあかきすじをあら
はすといふもしるしなし世上痘はやれは小児
の熱(ねつ)ある時痘の心得あるへし第一痘の熱(ねつ)は
眼(めの)中なみだぐみてまたるく見へ両足たゝぬ
ものなり又 腹(はら)中の熱をとくと察(さつ)し見るべし
其ばしめ【ママ 濁点の打ち間違いヵ】外感(ひきかぜ)により発すれは水はなせき
出るもの也或は食(しよく)せうの熱(ねつ)よりはつし又はもの
【左丁】
【頭部欄外】発熱中
におどろきて序熱(しよねつ)となるもありそのうち発熱(ほつねつ)
はけしきものかへつてすくなく出 表(ひやう)に熱かろく
二 見へて多く出るものあり発熱の時は軽(かろ)き重(おも)き
によらす食(しよく)事は喰(く)ひかぬるもの也 箸(はし)のすた
日 らぬは吉(きつ)なり痘は始終(しじう)胃気(いき)を本とす重しと
《割書:よく食|する事》いへともよく食するものはしのくべし平日(へいじつ)肝(かん)
《割書:第一なる|ゆへにさして|禁物なし》気(き)たかぶるうまれ付は発熱に目を見つむる事
《割書:もちるい|なと喰て|よし》ありおとろくへからす目ぐれしてあとさはやか
なるものよし譫言(うはこと)つよく人見しりなき物は
【右丁】
【頭部欄外】発熱終
大切なり此時あげくだし又 腹痛(ふくつう)あるもの
食滞(しよくたい)冷気又痘の毒火(とくくは)によるもの二ツあり
其うち序熱(しよねつ)のくたりは急(きう)に止(とゞむ)へからす吐く
三 ものは毒火上へむかふゆへに重(おも)し急に吐(はき)を
日 治すへし大便(たいべん)数日(すじつ)秘するときはすこし通(つう)ず
《割書:三日め頃|は食に》へし又冷気によりてくたるものあり止(とゞめ)されは
《割書:酢気の|るいわろ| し》痘出うきかぬるものなり一概(いちがい)に心得へからす
毒火によりて腹(はら)いたみあれは腰(こし)へかけていたむ也
かならす重し痘の血症(けつぜう)は甚あしく発熱(ほつねつ)の
【左丁】
【頭部欄外】見点初
時はな血出るは治(ぢ)すへしわろき事也又 発熱(ほつねつ)
に汗(あせ)あるもの気(き)和(くわ)して甚吉なり
四 四日め頭(かしら)面(かほ)より見へ手足ともにあらりと出て
日 熱さつぱりとさめ食事(しよくじ)すゝむもの吉なり
頭面にあまたありといへとも粒わかれて地(ぢ)ざかひ
あざやかなれは害(がい)なし或は発熱二三日にして
見点し又はねつなくして見へて熱いつる
もの甚大事なりまづ天庭(ひたい)より見ゆる
をよしとすおとがいのんどの下より見ゆるは
【右丁】
【頭部欄外】見点中
かならす多し両顔(りやうくはん)【左ルビ:つらほね】の痘 粒(つふ)わかれてたち出る
もの吉なりとかく両の頬(ほ)はあかくべつたりと
して粒たちわかれいまた地さかいわかちかたき
五 ものなり両顔さへたち出れはあとより多く
日 出ぬものなり吉痘は胸腹(むねはら)にはなきものなり
又 頭(かしら)面(かほ)に見へずして手足或は腰(こし)尻(しり)のあたり
より見へかゝるは逆(ぎやく)にして宜(よろし)からす又此時 皮(かは)ひ
とへ内にありて出うかさるものは甚むつかし
かならす狂躁(くるひさはき)して昏昌(むせう)なるもの也表裏の
【左丁】
虚実(きよじつ)を考(かんが)へ出うかする事 肝要(かんよう)なり或は風寒(ううかん)【ママ 「ふうかん」の誤】
にて表を閉(とづ)るものあり裏(うち)の気かひなきもの
あり此外どく毒気を内にふくみて色黒く青く
或はど毒をすかして発(はつ)するものあり是等を
詳(つまひらか)にして療治すべし吉痘といへとも出うく
まては大切なりふといさゝかにてもものにさゝへ
らるれは甚軽き痘にても出うかすして変(へん)に
あひ又出うきかけて引こむもありかせくちより
出うきくちを大事とすべし痘の治法は全く
【右丁】
発熱(ほつねつ)の時に其きさしを早くさとれは重き
を転して軽きにす多く出るをすくなく
する術(てたて)あるへし
是まては日数六日の吉凶もやうを述(のべ)たり常(つね)に
熟覧(じゆくらん)して俗人も弁(へん)しおく事也 偖(さて)出斉(でそろひ)は
見点(ほみせ)より三日めをいふ足心(あしのうら)まてに出るをいふなり
軽(かろ)きは足のうらになくても三日になれは出そろひとすべし
痘に二度の関あり出うきそろふを上(かみ)の関とす膿(うみ)を
もちてかせかけるを後(のち)の関(せき)と云出うきかぬるは五日六日
【左丁】
の上の関を超えかたし後の関は十日十一日めにあり
しかし嬰児(あかご)の一歳にみてぬは十五日の日期(ひかず)をまたす
して二三日はやくかせるゆへその痘の重きものは
八日九日を三四歳の十日十一日にあてゝ見るへし
世俗(よのひと)始終(ししう)を十二日と心得 神送(かみおく)りなとするは右の
大小の違(ちか)ひあるを知らぬゆへなり出斉(てそろひ)して痘の
よしあしを定むへし吉痘(よきほうそう)は是より薬(くすり)を用ゆ
へからす又 軽(かろ)しといへとも余症(よせう)をはさむものは
その儘(まゝ)になしおくへからす出そろふて痘の色
【右丁】
焦紫(こけむらさき)なるは毒盛なりかたち大きく皺紋(しわ)をなす
は毒気さかんに気虚なり痘の上(うへ)紅(くれなひ)なるは血(ち)
滞(とゝこを)る也滞るものは活(めくら)す焦(こが)るゝものは清(すゝしく)す
気虚(ききよ)毒(とく)盛(さかん)なるものは補(おきなつ)て解(げ)すへきの薬
ありみな医(いしや)に託(たのみ)して心得へき事なり此
六日七日は大事なりとしるへし
【左丁】
七 出(いて)揃(そろ)ひて地界(ぢさかひ)わかれ顆粒(つぶ)たち出て水もるは
日 吉痘(きつとう)なりへつたりとしてあかくぬりたる
ことくなるは水一面にまはりてしまりなくかわ
うすくしてすれやふれ易(やす)し表(ひやう)のしまり
あしきゆへなり見点の時に工夫(くふう)のあるへき事也
六日七日は痘の色を見るを第一とす大吉痘は
粒(つぶ)あらりとしてまはりに紅暈(あかきかさ)をあらはし痘
の色いきほひつよきもの吉なり気のかひなき
痘は暈なくして痘の地色同しく白みて
【右丁】
いきほひうすし熱(ねつ)は出そろひてよりはさつはり
八 とさめ又水もりにねつ出るもの也吉痘は
表(おもて)熱(ねつ)ありても裏(うち)すゝしく食事(しよくじ)すゝむなり
日 此時 血熱(けつねつ)つよく痘の色血ばしりてうるほはぬもの
は急に毒(どく)を解(げ)すべし気虚(ききよ)して血疱(けつほう)となり
血のまゝにてつふるゝもの重(おも)き痘に所々に出来
るものなり又出かけよりやけどの水ふくれのやう
になりてうみもたぬを水疱(すいほう)といふ又 蚕(かいこ)の種(たね)の
ことくのものは此時 頭(かしら)面(おもて)大にはれて目をとちて
【左丁】
それよりはやくまとをあけて変(へん)をあらはすの
類あり是等皆五日六日の頃の手当による
事もあり預(まへかたより)医家(いしや)と談(たん)ずへし須臾(しはらく)も油断(ゆだん)
九 すへからす或は唇(くちひる)ふとくはれてやぶれ血いで
食事(しよくじ)すゝみかたくのんど痰(たん)つよくよだれおの
日 づからなかれ出なんぎなり又吉痘にても此時は
すこしかゆみあり或はいらつきてさはりたきもの
なり其ために袖長(そでなが)のじゆ半を用意(ようい)するなり
又 介抱(かいほう)の人々七八夜もつゝきてくたびれあるゆへ
【右丁】
ねむりつよく出るものなりあら手の人をそへて
かならすねむるへからす膿(うみ)になりてはすこしくらひ
かきやぶりても大なる害(かい)なし水もりの時かき
やふれは吉痘にても凶に変することすみやかなり
随分ゆだんすへからす此せつ別して大事也
十 痘の豆に似たるは山あけの時にて知るべし水みな
膿(うみ)とこりて色らうのことく痘のさきとがりてたち
日 あかるを山あけといふ此時出ものはら〳〵として
《割書:おもき痘は|眉毛はへず》表にやまあけのねつあるべし然れとも裏(うち)の
【左丁】
《割書:ばける【ママ 注①】事|あり此頃の|手当によ》毒気(とくき)こと〳〵く膿(うみ)となりて肌表(はたおもて)へ出て十分に
《割書:りてはゆる|療治あるへし|心得知る事》山をあくれはうちすゝしくなるゆへ食事すゝみ
《割書:なり》おのつからうつくしくかせていゆるなりこれは
水もりまての工夫(くふう)によりてなり此時俄に
彼是として益(ゑき)なし上(かみ)半分の手当よろし
けれはおのつから山あくるなり凶痘(わかほうそう)【ママ 注②】はまづ
のんとにも痘出食事乳汁も通りかたくつを
十 呑かね毒気 肺(はい)の気道にせまりて表へ出がたく
一 かはきつよく声かれていです口吻(くちわき)のあたり
日
【注 「はげる」ヵ】
【注② 漢字の字面から「わる」の誤ヵ】
【右丁】
板黄(こけかたまり)となりもたへくるしむいかなる妙法ありとも
かなひかたしこれは毒気(どくき)のうみとなりて表(おもて)へ
あらはれす裏にとちて変をなすなり此 関(せき)は
十日十一日にあるべし又痘 大概(たいがい)やまをあけて俄(にはか)に
ふるひいではきりつよくかはきありて腹くたり
甚あやうきものなり此時 五臓(こぞう)の精(せい)一 身(しん)の真気(しんき)
十 皆表にあらはれて裏(うち)俄(にはか)に虚(きよ)して此 変(へん)を
二 あらはす也おとろくへからす膿(うみ)のやうすを
日 見るべしべたりとして豆売(まめがら)のことくならす
【左丁】
膿(うみ)さへあれは急に人参を用ひて陽気(やうき)を補(おきな)ふ
事を専要(せんよう)とす熱(ねつ)ありともかならす熱を
せむへからす是は毒気の内攻(ないこう)にあらす介抱(かいほう)の
ゆたんより変を生するものゆへに薬力を以て
救(すく)ふへし古人の云痘の生死は膿(うみ)の有無(あるなし)に
決定(さたむ)す又 既(すて)に山をあくるものに内托(ないたく)の薬を用ひ過
十 すへからす薬をゆるめておのつから筆をゆふ
三 を待へし痘に早せ晩手(おくて)と二 種(しゆ)あり收靨(ふたつくる)
日 に遅速(おそきはやき)あるをいふなり吉痘は上よりだん〳〵
【右丁】
かせて出ものゝふたあつくかたふしてうみかへると
いふ事なし此時手足の節々(ふし〳〵)のあたりにいたむ
痘あれは腫物(しゆもつ)となるものなり早速 抜毒(はつとく)の薬
を点べし又 水靨(すいゑん)といふものありかせるとき
粒(つぶ)とつぶひとつになりて痘のさきより汁(しる)出て
流てかたまるなり手足身は土器を細末(こに)して
十 一めんにふりかけ衣服にとり付ぬやうにすべし
四 痘によりて土器(かはらけ)を忌(いむ)あり是等□【はヵ】前にしるす
日 腐縄(くされなわ)の類宜し吉痘にてもかせになりて又
【左丁】
《割書:おもき痘は|此頃より|眼中気を》熱(ねつ)出るそれゆへさゝ湯の気を入れると熱さめてふた
《割書:付へし足|のうらの》おのつからかれてとれるなりさゝ湯の程あしけれは
《割書:ひきくすり|其外左右|の手のひら》痘うみかへる事あり又此三日を過て痘そのまゝ
《割書:なとへ付る|くすりある》かせる気色(けしき)なき物あり内の虚寒(きよかん)と毒気(とくき)の
《割書:へし医家|に乞ふて|ほとこすへし》余熱とによる其二ツを考(かんか)へ知(しる)へし此時に小便
通し少(すくな)くは余毒(よとく)を防(ふせ)くへし不 食(しよく)する時は内の
十 よわみとこゝろへ頭痛(つつう)すれは目に気を付へし
五 余毒あるゆへなりいかほと重(おも)き痘にても十五日の
日 日期(ひかす)を過(すぐ)れは痘の毒に死(し)するものなし故(ゆへ)に十五日
【右丁】
にして神を送(おく)るへしさゝゆをあつる事は軽(かろ)しと
いへとも十五日を待(まつ)へし重き物は神送り十五日に
かきらすさゝゆ日期に拘(かゝわ)るへからす余毒久しくなれは
体虚(たいきよ)によるなり気血(きけつ)を補(おきな)ふへし專(もつは)ら解毒(けどく)の薬を
用ひ過(すご)すへからす頭(かしら)面(かほ)は早(はや)くかせ足さきは遅(おそ)き物也
十五日にして総身ともに皆かせるなりさゝ湯をひき
跡(あと)痂(ふた)をむしりとらしむへからす自然(しせん)に痂(ふた)の落(おつ)るを
待(まつ)べし尤時気をふせく事肝要たるへし
痘瘡養育《割書:終》
【左丁】
痘之為疾、婦人小子皆知其
養可也、豈徒医矣哉、何
者《振り仮名:◦天下|其不疾者》 鮮矣、家大人著
嘗所徴者十数、及可備其
養者数十、命曰痘瘡養
育焉、今也余与大人異於
【右丁】
業、則余将何之言乎、雖然
天下鮮有不疾者、則予亦
知其養可也、故以言焉、録
以国字者、蓋欲其便婦
人小子矣、于時寛政七年
菊月一日也半彪謹書【落款】
【左丁】
養浩堂蔵書
痘瘡養育 《割書:全部|一巻》
痲疹気候精要 《割書:全部|二巻》 近刻
瘍科雑言 《割書:全部|三巻》
【右丁 前コマ左丁の裏紙面】
【左丁 見返し】
【右丁 前コマの右丁に白紙のメモ用紙が付く】
【左丁 見返し】
【裏表紙】
【表紙】
【題箋】
(五十一)
《題:牛痘問答》
【蔵書ラベル】
キ-33
牛痘問答
問曰/昔(むかし)より伝(つたハ)りたる種(うゑ)痘(ほうそう)と今の牛痘(うゑほうそう)とハ違(ちが)ひ候や
答曰/昔(むかし)より伝(つた)へたるハ良性(たちよき)の天花(ほうそう)の痂(ふた)を取(とり)て小児(こども)の
鼻(はな)又ハ臂(ひぢ)より種(うゑ)て惣身(そうしん)に痘(ほうそう)を発(はつ)せしむる法(ほう)にて只(たゞ)痘(ほうそう)
の性(たち)を善(よく)するのミにて痘(ほうそう)を軽(かろ)くする事あたハず故(ゆゑ)に
多(おほ)くの内(うち)にハ死(し)ぬる者(もの)も有(あり)後(よ)難(どく)を遺(のこ)す者(もの)も有(あり)しなり
牛痘(いまのうゑほうそう)ハ西洋(おらんだ)にて稀(まれ)に牛(うし)に発(はつ)する一種(めづらしき)の痘(ほうそう)にて《割書:牛の常|の痘に》
《割書:ハ非ず西洋にてハ人の痘を|も五に差別することなり》其(その)痘(ほうそう)の性(たち)天花(はやりほうそう)に斉(ひとし)くして
其(その)毒(どく)ハ薄(うす)き故(ゆゑ)に同(おなじ)く小児(こども)に種(うゑ)ても其(その)種(うゑ)たる処(ところ)に出(いで)て
【右丁】
面(かほ)ハ勿論(もちろん)惣身(そうしん)にハ出(いで)ず患苦(なんぎ)も少(すくな)く餘毒(よどく)も残(のこ)さず外(ほか)の
人(ひと)にも染(うつ)らず天花(ほうそう)の経(すミ)たる人(ひと)にハ幾度(いくたび)種(うゑ)ても出(いで)ず誠(まこと)
に無上(このうへもなき)良法(よきほう)故(ゆゑ)万國(ばんこく)残(のこ)る所(ところ)なく一時(いちじ)に弘(ひろま)りたるなり只(たゞ)
皇國(につぽん)ばかりハ未(いまだ)傳(つたは)らざりし故(ゆゑ)に是迠(これまで)蘭人(おらんだじん)も幾度(いくたび)も持(もち)
渡(わたり)けれ共(ども)海上(かいしやう)遠(とほ)き故(ゆゑ)に途中(とちう)にて□(そこな)ひ用(ま)にあはず去(いにし)申(さるの)
《題:麻疹癚語》
《題:麻疹癚語》
【「京大図書 富士川本マ19」の図書ラベルあり】
《題:麻疹癚語》
【右丁】
【頭部 右から横書き】文政甲申春発閲
四方歌垣先生見脈【脈は俗字】
乍昔堂主人処剤
《題:麻疹癚語(ましんせんご)》
翻刻御勝手次第
決而不及御沙汰【この二行囲みの中】
【「富士川游寄贈」印あり】
【左丁】
麻疹癚語(ましんせんご)序 【角印】【「富士川家蔵本」の印】
曩時(さき)に、式亭主人(しきていしゅじん)、麻疹戯言(ましんきげん)を
著(あらは)して、はしかとあしかの、異(こと)
なるを論(ろん)じ、世上の睡(ねぶり)を驚(おどろ)かせし
より、始(はじめ)て戯作(けさく)の新田(しんでん)をひらき。
春毎(はるごと)の新(しん)、板(はん)もの、作(さく)として
【右肩の蔵書印】東都帝国大学図書
【頭部欄外 資料整理ナンバー】
186964
大正7.3.31
【右丁】
当(た)らざる事(こと)なく、纐猿(くゝりざる)の
招牌(かんばん)本町(ほんてう)の軒(のき)にかゞやく事、
麻疹(ましん)戯言(きげん)を紀原(きげん)とす、是等(これら)の
機嫌(きげん)をうかゞひて。新米作者(しんまいさくしや)の
乍昔堂(させきどう)、一番作(ばんさく)を当(あて)る気(き)にて。
はしかの語路(ごろ)の干鰯俵(ほしかだはら)、臭(くさ)きを
【左丁】
追(お)ふ物好(ものずき)から、あらゆる贅言(むだ)を
肥(こや)しとなし、終(つゐ)に此(この)癚語(せんご)を
つくれり、当(あた)るとあたらぬは、
禁物(きんもつ)の養生(やうぜう)次第(しだい)、赤班瘡(あかいもがさ)の
余波(なごりやみ)、琉球芋(さつまいも)といふ風(かぜ)も
流行(はや)れば、薯蕷(ながいも)で足(あし)を
【右丁】
突(つく)まいものにもあらずと、
向(むか)ふ抹額(はちまき)に力(ちから)をそへて、序(じよ)
熱(ねつ)を吐(はく)こと膈噎(かく)の如(ごと)し
狂歌堂主人
申の春 【家紋様のしるし】
【左丁】
禁食
春来無所不痲疹
荊芥【注①】防風御柳斜
日暮医門伝蝋燭
早天頻敲五更【注②】家
右唐詩翻案 蜀山人【落款】蜀 山
【注① 薬用となる香草の名。】
【注② 一夜を五分した時刻の名称で、「五更」は最後の時刻。季節によって変わるが現在の時刻で春は午前3時頃から5時頃まで。】
【右の漢詩は左の韓翃(かんこう=中唐の詩人)の詩、「寒食(かんしょく)」を翻案したもの(パロディ)を篆書で表記したもの。】
春城無處不飛花
寒食東風御柳斜
日暮漢宮傳蠟燭
靑煙散入五侯家
【右丁】
溪斎画【陽刻落款印】英 泉
万家 ̄ノ痧疹庸
医忙 ̄シ
不_レ貼_二神符 ̄ヲ_一即
禁方
唯有 ̄テ_二荊【左下に「刀」】防敗
毒散_一
升麻加減 ̄ス葛( 一)
根湯
蜀山人題【陽刻落款印】蜀 山
【挿絵中の幟旗】半田
【左丁 挿絵中の看板字】
くすりや
薬種
九惣兵衛
麻疹(はしか)の大 妙薬(めうやく)
丸散▢丹▢
升麻葛根湯
【右丁】
葛西金町半田村
稲荷神僧皆御存
振幟鳴鈴踊出守
疱瘡麻疹軽如猿
四方歌垣題【印】四方
【左丁】
麻疹癚語(ましんせんご) 《割書:乍昔堂花守著》
朝夕(あさゆふ)に見(み)ればこそあれ住(すみ)よしの。
岸(きし)の向(むか)ふの淡路島山(あはぢしまやま)。向島(むかふじま)の梅(むめ)
屋敷(やしき)も。新(しん)の字(じ)のあたらしい内(うち)
こそあれ。朝夕(あさゆふ)に見(み)ふるしては。
秋(あき)の七草(なゝくさ)なんでもなく。遠土(とほど)の
【右丁】
鳥(とり)を尋(たづ)ねあるきて聞(き)て時(とき)は。
郭公(ほとゝぎす)の初声(はつこゑ)も身(み)にしみておぼ
ゆれど。根岸(ねぎし)や木場(きば)の別荘(べつさう)に。
夜(よ)る昼(ひる)やまず鳴(なき)わたれば。あまり
なる迄(まで)耳(みゝ)やかましく。此里(このさと)過(す)ぎ
よと思(おも)ふ時(とき)もあるべし。元禄(げんろく)以前(いぜん)の
【鎌と○の絵=「かまわ」と言う意】ぬも。宝暦(ほうりやく)年中(ねんぢう)の市松染(いちまつぞめ)も。
【左丁】
年(とし)を経(へ)て染出(そめいだ)せば。石畳(いしだゝみ)のすみ
からすみまでもてはやして。花(はな)がつみの
鼻(はな)をひしぎ。成田屋(なりたや)が案(あん)じのやうに
嬉(うれ)しがり。御娘子(おむすめご)や御新造(ごしんざう)の。はれ
着(ぎ)の模様(もやう)に染(そめ)させても。親御(おやご)もかま
はぬ御亭主(ごていしゆ)も。かまはぬ程(ほど)にはやり
たり。実(げに)浮気(うはき)なる人(ひと)ごゝろ。
【右丁】
芝翫茶(しくわんちや)のおこなはれしも。いつしか
加賀屋(かゞや)の評判(ひようばん)とゝもに色(いろ)さめ。
梅幸茶(ばいこうちや)大和柿(やまとがき)の江戸 染(ぞめ)に
うつり行(ゆ)き。新内(しんない)ぶしの
はやる中(なか)に。ひねつた通人(つうじん)は河東(かとう)
節(ぶし)の事(こと)なりと。十寸見要集(ますみようしふ)を
懐(ふところ)にし。古(ふる)きをたづねて新(あたら)し
【左丁】
きを。知(し)るもしらぬもウヽ〳〵と。
松(まつ)の内(うち)からうなり出(だ)す世(よ)の中(なか)。松(まつ)の
内(うち)からうなるといへば。時(とき)なる哉(かな)
此春(このはる)より。世上(せじやう)一般(いつぱん)に麻疹病(ましんびよう)
流行(りうかう)して。千門(せんもん)万戸(ばんこ)此(この)沙汰(さた)にて。
評判紀(ひようばんき)の封(ふう)もきらず。市川団十郎が
大当(おほあた)りの芸評(げいひよう)より。はしかは
【右丁】
難渋労(なんじうらう)の噂(うはさ)つよく。そこでは
梅干(むめぼし)があたつたの。こゝでは頗稜(ほうれん)
草(さう)が当(あた)ッたのと。聞(きゝ)おぢをする
中(なか)にも。こわい物(もの)は見(み)たしと
やら。物好(ものずき)の若人(わかうど)は。麻疹(はしか)やみは
どんな物(もの)ぞと。見(み)たくさへ思(おも)ふも
あるべし。見(み)た所(ところ)が糸瓜(へちま)の皮(かは)で。
【左丁】
鍋(なべ)の底(しり)を洗(あら)ふたやうな顔色(がんしよく)
なれば。一番煎(いちばんせん)じの薬鍋(くすりなべ)。つま
らぬ物(もの)ではありながら。二十年
ぶりでのはやり物(もの)。めづらしがるも
無理(むり)ではなし。此病(このやまひ)去年(こぞ)の
師走(しはす)の半(なか)ばから。南風(みなみかぜ)に吹(ふ)き
送(おく)り。御当地(ごとうち)みえ初(そ)めて。
【右丁】
纔(わづか)に指(ゆび)を折(を)る計(ばか)り。一粒(ひとつぶ)鹿児(がのこ)の
やうなりしが。年(とし)立(たち)かへるあした
より。万歳殿(まんざいどの)がお来(き)やつて。
実(まこと)に目出(めで)たうましんますと。
祝(いは)ふて往(ゆき)し詞(ことば)に違(たが)はず。それ
からそろ〳〵まつちやらこ。あつ
ちらこちらと伝染(でんせん)して。麻疹(ましん)
【左丁】
ます〳〵盛(さかん)なれど。天道様(てんたうさま)のおた
すけにや。昔(むかし)にかはりて世なみよく。
うつくしく出揃(でそろ)ひて。今は板(いた)
〆(じめ)の麻(あさ)の葉(は)の如(ごと)く一 面(めん)になりぬ。
されば御 江都(えど)の繁華(はんくわ)の地方(とち)。
四 里(り)四 方(はう)の其(その)間(あひだ)。爰(こゝ)の門(かど)にも
はしかの妙薬(めうやく)。かしこの裏(うら)にも
【右丁】
麻疹(ましん)の奇方(きはう)と。筆太(ふでぶと)に見しらせ
たる間(ま)に合(あひ)招牌(かんばん)のおびたゞしさ。
仁(じん)の術(じゆつ)やら術(じゆつ)ないやら。はしか
銭(ぜに)をしてやらふと。人たらしの
多羅葉(たらえう)に。麦(むぎ)どのゝ歌(うた)をそへて
売(うり)あるく奴(やつ)あれば。食物(しよくもつ)の能(のう)
毒(どく)を施印(せいん)にして配(くば)るもあり。これ
【左丁】
らはすこしく陰徳(いんとく)の仕(し)どく彫(ほり)
ぞん紙(かみ)づらへ。損(そん)をして毒(どく)を
みる禁物(きんもつ)の心得(こゝろえ)にはなるべ
けれど。軽(かる)いはしかは医者(いしや)をも
たのまず。多(おほ)くは荊防敗毒散(けいばうはいどくさん)。
升麻(しようま)葛根(かつこん)当分(たうぶん)の。買薬(かひぐすり)にて
仕(し)て取(と)れば。寐(ね)る目を寐(ね)ずに熟(じゆく)
【右丁】
読(どく)せし。麻疹(ましん)精要(せいよう)も精(せい)がつきて。
ハレ薬代(やくだい)もないとつぶやく医(い)
家(しや)も多(おほ)かるべし。既(すで)に訥子(とつし)去(さり)て
梅幸(ばいこう)秀(ひいで)。疱瘡(はうさう)ねいりて麻疹(はしか)
行(おこな)はる。誠(まこと)に禍福(くわふく)は七ころび
八起(おき)。通(とほ)り町(ちやう)の人形(にんぎやう)見世に。
うれぬ達磨(だるま)は白眼(はくがん)にして。
【左丁】
世上(せじやう)の人(ひと)を恨(うらめ)しげににらみ。
あるじは頬(ほう)をふくらかして。恰(あたかも)
張子(はりこ)の《振り仮名:木兔|み[ゝ]づく》の如(ごと)く。又(また)新道(しんみち)の
炙鰻屋(うなぎや)は。団扇(うちは)の音(をと)も絶(たえ)〴〵
にて。銅(あかゞね)の長火鉢(ながひばち)も火(ひ)の消(きへ)た
やうに淋(さみ)しく。焼手(やきて)のはちまき
頭痛(づつう)にかはり。鍋焼(なべやき)の泥亀(すつぽん)も。
【右丁】
こうらは又(また)どうしたひまだと。
青息(あをいき)をつくばかり也。さるが中(なか)に。
脈(みやく)の沈(しづ)んだ生薬屋(きぐすりや)は。忽(たちま)ち
息(いき)を吹(ふき)かへし。野巫(やぶ)にも功(こう)の
物(もの)よろこび。沢庵老(たくあんらう)も玄白(げんぱく)殿(どの)も。
兼(かね)てかくやと思(おも)ひしまゝに。
病家(びようか)四方(しはう)に多(おほ)かれば。廻(まは)り
【左丁】
かぬる事 匙(さじ)の如(ごと)く。俄(にはか)に竹輿(かご)に
尻(しり)をいたくす。忘(わす)れたり其中(そのなか)に。
葭町(よしちやう)の色子達(いろこたち)の。今度(こんど)の麻疹(はしか)に
平気(へいき)なるは。信濃守(しなのゝかみ)公行(きんつら)が。ひとり
のがれしたぐひならで。享和(きやうわ)の
流行(りうかう)に相済(あひすみ)たりとおぼしく。
あどけない顔(かほ)はすれど。おとしの
【右丁】
程(ほど)も推量(すいりやう)され。衣紋(えもん)の紅(もみ)うら
何(なに)とやら。色気(いろけ)がさめてみゆる也。
此時(このとき)に当(あた)ッては。深川(ふかがは)ゆきの
家根舟(やねぶね)も。鼻(はな)の下(した)とゝもに
干(ひ)あがり。吉原通(よしはらがよ)ひの𫅋(よつで)駕(かご)も。
腮(あご)とひとしく宙(ちう)につるして。
唯(たゞ)くすしの乗物(のりもの)のみ。大門(おほもん)の
【左丁】
出入(いでいり)昼夜(ちうや)をすてず。中(なか)の町(ちやう)の
桜(さくら)もこれが為(ため)に延引(えんにん)して。
寂(さみ)しさ増(まさ)る夕間暮(ゆふまぐれ)。羅生門(らしやうもん)
河岸(がし)の哀(あはれ)なるや。茨木(いばらき)がゝ
りの大格子(おほかうし)も。すがゝきの声(こゑ)
寂(じやく)として。渡辺玄好(わたなべげんかう)御見舞(おみまひ)と。
腕(うで)をとらへて脈(みやく)をばうかゞふ。
【右丁】
全盛(ぜんせい)のおいらんも。初発(ぞやみ)の熱(ねつ)の
初会(しよくわい)より。揚干(あげぼし)にあひし心地(こゝち)
にて。いたづらに日(ひ)をふる物(もの)から。
酒(さけ)ものまれず独(ひと)り寐(ね)の。さみ
しき日数(ひかず)を送(おく)れども。送(おく)り
迎(むか)ひもなかの町。喰(く)ふてはこ
して寐(ね)て起(おき)て。内証(ないしやう)へ向(むか)ひては。
【左丁】
お気(き)の毒(どく)ざんすといへど。こちらを
向(む)ひて舌(した)を出(だ)すは。医者(いしや)に
見(み)せたる癖(くせ)にやあらん。又(また)部屋(へや)
方(かた)の病上(やみあが)りは。色(いろ)の黒(くろ)いに気(き)を
もみて。仙女(せんぢよ)香(かう)へ人ばしをかける
京橋(きやうばし)中橋(なかばし)。おまんま焚(たき)のお鍋(なべ)
三助(さんすけ)等(ら)は。すこしの熱気(ねつき)を
【右丁】
かこつけて。朝起(あさおき)の苦(く)をのがれ。
高鼾(たかいびき)のひま〴〵には。横訛(よこなま)りたる
国(くに)ぶしにて。いやな薬(くすり)ものまねば
ならぬと。小唄(こうた)うたふて居(ゐ)るも
あり。算露盤(そろばん)ぎらひの小二(でつち)は。
みるを見真似(みまね)に引(ひき)かぶり。僥(よき)
倖(さいはい)の病(やまひ)也と。肥立(ひだち)の後(のち)まで仮(け)
【左丁】
病(びやう)をかまへて。居睡(ゐねふり)の寐(ね)置(お)きを
するも。麻疹(はしか)と海鹿(あしか)の間違(まちが)ひ
ならんか。かゝる騒(さわ)ぎの内(うち)にも
まだ。はしかをせぬ若(わか)いものは。
くさめが出(いで)ても麻疹(はしか)と案(あん)じ。さ
くりが出(いで)てもはしかとおどろ驚(おどろ)き。借(しやく)
金(きん)多(おほ)き物前(ものまへ)に。たのんませうを
【右丁】
聞(き)くが如(ごと)く。びく〳〵して。神(かみ)でも
屑(くず)でもない物(もの)を。南無麻疹様(なむはしかさま)
はしかさま。どうぞのがして下(くだ)され
ませと。押入(おしいれ)に居(ゐ)る間夫(まぶ)の如(ごと)く。
首(くび)をちゞめて恐(おそ)ろしがるは。
さりとは気(き)の毒(どく)千万(せんばん)なり。
抑(そも〳〵)此病(このやまひ)の元(もと)はといへば。六府(ろくぷ)腸胃(ちやうゐ)の
【左丁】
熱毒(ねつどく)肺(はい)を蒸(む)し。外(ほか)風寒(ふうかん)に感(かん)じ。
或(あるひ)は乳食(にうしよく)調(とゝの)はざるにより。
内熱(ないねつ)発(はつ)して麻疹(はしか)となる。疱瘡(はうさう)
神(がみ)の末社(まつしや)にあらず。風(かぜ)の神(かみ)の
袋持(ふくろもち)でもなし。《割書:愚花守》熟(つら〳〵)
往古(わうご)を考(かんが)ふるに。我(わが)
【一字欄外から】皇朝(みかど)三十代。欽明天皇(きんめいてんわう)の十三年に。
【右丁】
西土(さいど)より始(はじ)めて渡(わた)り。国民(くにたみ)病(やみ)て
死(し)する者(もの)多(おほ)かりしかば。稲目瘡(いなめがさ)と
よびて忌(いみ)恐(おそ)れし事(こと)酷(はなはだ)しと
なん。其頃(そのころ)曽我(そが)の馬子(うまこ)の父(ちゝ)稲目(いなめの)
宿祢(すくね)蕃神(ほとけ)を尊信(そんしん)したりし
故(ゆゑ)也とて。稲目瘡(いなめがさ)とはいひしと
かや。其後(そのご)敏達天皇(びたつてんわう)の十四年に。
【左丁】
此疾(このや[ま])ひ又(また)国中(こくちう)に流行(りうかう)す。《割書:此 間(あひだ)三十四|年を過(す)ぐ》
夫(それ)より聖武(しやうむ)天皇の天平(てんぺい)九年。
《割書:此間百五十三|年を過(すぎ)たり》其後(そのゝち)星霜(せいさう)はるかに経(へ)て。
一条(いちでう)天皇の長徳(ちやうとく)四年に大(おほ)きに
はやりて。納言(なごん)以上(いじやう)薨(かう)する者(もの)八人(はちにん)。
四位(しゐ)七人(しちにん)。五位(ごゐ)五十四人(ごじうよにん)。六位(ろくゐ)以下(いか)の
僧侶(そうりよ)等(とう)は。《振り仮名:不可滕計|あげてかぞふべからず》とみゆ。此時(このとき)
【右丁】
麻疹(はしか)を赤疱瘡(あかもがさ)とよびて。恐(おそ)るゝ
事はなはだし。《割書:此間二百六|十年を過(す)ぐ》又(また)後(ご)一条
天皇の万寿(まんじゆ)二年。《割書:此間二十六|年を過たり》白河帝(しらかはてい)の
承暦(しやうりやく)元年(ぐわんねん)。《割書:此間五十四|年に及(およ)ぶ》鳥羽(とば)帝の永久(えいきう)
元年又 流行(りうかう)す。《割書:三十六年|目なり》土御門(つちみかど)帝の
建永(けんえい)元。《割書:九十三年|を過ぐ》後堀河(ごほりかは)帝の嘉禄(かろく)
元年に流行(りうかう)し。同(おな)じ御代(みよ)の安貞(あんてい)
【左丁】
元年。其間(そのあひだ)纔(はづか)【ママ】に三年にして又(また)
流行(りうかう)す。後深草(ごふかくさ)帝の康元(かうげん)々年。
《割書:此間九十年|を経(へ)たり》後二条(ごにでう)帝の徳治(とくぢ)二年に
はやりし後(のち)久(ひさ)しく。此疾病(このやまひ)の
行(おこな)はれし事(こと)を聞(き)かず。其年(そのとし)
百六十四年を過(すぎ)て。後土御門(ごつちみかど)帝の
文明(ぶんめい)三年に大(おほ)きに流行(りうかう)し。十二
【右丁】
年を経(へ)ておなじく文明(ぶんめい)十六年に
又(また)はやり。後柏原(ごかしはばら)帝の永正(えいしやう)十年。
《割書:此間二十|九年也》後陽成(ごやうぜい)帝の慶長(けいちやう)三年に
あり。《割書:此間八十|五年也》それより東山(ひがしやま)帝の
元禄(げんろく)四年。《割書:此間九十|三年也》中御門(なかみかど)帝の享保(きやうほ)
十五年。《割書:此間三十|九年也》桃園(もゝぞの)帝の宝暦(ほうりやく)三年。
《割書:此間二十|三年過ぐ》後桃園(ごもゝぞの)帝の安永(あんえい)五年。
【左丁】
《割書:此間二十|八年也》先帝(せんてい)の享和(きやうわ)三年の四月(しぐはつ)より
五六月 盛(さかん)に流行(はやり)て。去年(きよねん)文政(ぶんせい)
六年の十二月 頃(ごろ)。例(れい)の如(ごと)く西国(さいこく)
より伝染(でんせん)して。正二月の程(ほど)既(すで)に
盛(さか)ん也。《割書:此間廿一年|廿二年に及(およ)べり》此(この)疫瘡(えきさう)
【一字欄外から】皇国(みくに)にはやりし事(こと)。欽明(きんめい)敏達(びたつ)の
御宇(ぎよう)よりして。今度(こんど)にいたりて
【右丁】
いく度(たび)といふ事(こと)をしらず。是(これ)は
国朝(こくてう)の旧記(きうき)共(ども)にみえたるのみにて。
伝(つた)へもらしゝも多(おほ)かるべし。
扨(さて)疱瘡(はうさう)に神(かみ)あれば。麻疹(はしか)の神(かみ)も
あるものと。めつたにこわがる馬(ば)
鹿(か)律儀(りちぎ)。かならず廿一二年に。
間違(まちがひ)なく流行(はや)る事(こと)。これ正直(しやうぢき)
【左丁】
なる神(かみ)わざ也と。思(おも)ひ込(こん)だる扁屈(へんくつ)
者(もの)。孫子(まごこ)の末(すへ)までいひ伝(つた)へて。廿 余(よ)
年(ねん)を指折(ゆびをり)て。恐(おそ)れあへるが不便(ふびん)
さに。かくわづらはしく年紀(ねんき)を
しるし。愚人(ぐにん)の惑(まど)ひをさと
さんとす。まづ此病(このやま)ひのはやり
し事。久(ひさ)しき時(とき)は百年か。二百
【右丁】
年も間(あひだ)あり。又 邪気(じやき)の盛(さか)ん
なる折(をり)は。三年目にはやりたる
事もあり。これを以(もつ)ておす時(とき)は。
決(けつ)して神(かみ)の為業(しわざ)に非(あら)ず。疱瘡(はうさう)
神(がみ)はこれにかはりて。眼前(がんぜん)曹司(ざうし)
が谷(や)に。鷺明神(さぎみやうじん)の幟(のぼり)をひらめかせ。
下総(しもふさ)に芋(いも)の神(かみ)のお石(いし)をいだす。
【左丁】
湯(ゆ)の尾(を)峠(とうげ)の孫杓子(まごじやくし)。いもを
すくふ霊験(れいげん)あれば。さゝら三八も
お宿(やど)を申(まう)し若狭(わかさ)小浜(をばま)の六郎
左衛門(ざゑもん)も。神酒(みき)備(そな)へをもてなす。
それさへ延喜式(えんぎしき)の神名帳(しんめいちやう)には
名(な)をはぶかれ。宇田川町(うだかはちやう)の裏(うら)
おもてを尋(たづね)て見ても。薮芋屋(やぶいもや)
【右丁】
といふ家名(いへな)もみえず。やう〳〵
近年(きんねん)半田稲荷(はんだいなり)も鈴振(すゞふ)りが。
疱瘡(はうさう)も軽(かる)い麻疹(はしか)もかるいと。
ひと口(くち)にうたひ出(だ)して。どうやら
痘神(いもがみ)の居候(ゐさふらふ)のやうにはきこ
ゆれど。まだ赤(あか)の飯(めし)にもあり
つかず。醴(あまざけ)もふるまはれず。《振り仮名:木兔|みゝづく》
【左丁】
達磨(だるま)の御伽(おとぎ)もみえねば。さらに
神(かみ)とはいひがたし。もし神(かみ)が在(ある)
物(もの)ならば。廏(うまや)【厩は俗字】の隅(すみ)にたらひをかぶり。
しやがんで居(ゐ)ずとも爰(こゝ)へ出(で)て。
一問答(ひともんだう)いたされよと。渋団扇(しぶうちは)に
あふぎ立(たて)。七厘(しちりん)のかた炭(ずみ)の如(ごと)く
おこりたち。病(やま)ぬはしかに咽(のど)を
【右丁】
痛(いた)くし。起(おき)て居(ゐ)て癚語(うはこと)をいふ
つかれにや。薬箱(くすりばこ)を枕(まくら)にして。つい
とろ〳〵と寐(ね)るかと思(おも)へば。土瓶(どびん)の
湯気(ゆげ)どろ〳〵と。立(たち)あがりたる
其中(そのなか)より。怪(け)したる者(もの)こそ顕(あら)はれ
たれ。一(ひと)とせ高麗屋(かうらいや)の親方(おやかた)が。
青面金剛神(せいめんこんがうじん)に份(ふん)じたる顔色(がんしよく)
【左丁】
にて。台所(だいどころ)の板(いた)の間(ま)を。ぎつくりと
一ツきめ。はつたとにらんで謂(いつ)て
いはく。我(われ)は是(これ)其方(そのはう)が無(な)いものと
いふ麻疹(はしか)の神(かみ)也。我(われ)もと西土(さいど)の
えびすより来(きた)りたる神(かみ)なれば。
此(この)日(ひ)の本(もと)の系図(けいづ)たゞしき神々(かみ〴〵)と。
中(なか)〳〵肩(かた)はならべられず。夫(それ)ゆゑ
【右丁】
延喜式(えんぎしき)などへは顔出(かほだ)しもならね
ども。邪正(じやしやう)こそはかはりたれ。それも
神(かみ)これも神(かみ)也。何(なん)ぞ麻疹(はしか)に神(かみ)
なしといふべけんや。昔(むかし)阮瞻(げんせん)無鬼(むき)
論(ろん)を執(しつ)す。鬼(おに)来(きた)りてこれと問答(もんだふ)
せり。汝(なんぢ)かし本(ほん)の端(はし)をわづかにみて。
我(わが)ともがらをやすくする事(こと)。野幇(のだい)
【左丁】
間(こ)の江戸 神(がみ)の如(ごと)く。又(また)疱瘡神(はうさうがみ)の
食客(ゐさうらう)とおもへり。はじめにも見え
たるごとく。我(われ)は欽明(きんめい)敏達(びたつ)の
朝(てう)に此地(このち)に渡(わた)り。疱瘡(はうさう)は聖武(しやうむ)の
御宇(ぎよう)にわたり来(き)て。我(われ)から見(み)ては八十
余年(よねん)の新参者(しんざんもの)也。よしや新古(しんこ)の
席論(せきろん)はさし置(おい)て。疱瘡(はうさう)は美目(みめ)定(さだ)め。
【右丁】
はしかは命(いのち)定(さだ)めといひて。我(われ)を恐(おそ)るゝ事。
錦升(きんしやう)が敵役(かたきやく)の如(ごと)く。達磨(たるま)《振り仮名:木兔|みゝづく》を
おもちやにして。ねだり喰(ぐ)ひする
半道敵(はんだうがたき)と。同日(どうじつ)の論(ろん)にあらず。其(その)
達磨(だるま)や《振り仮名:木兔|みゝづく》も。はりこは軽(かる)いもの
なれば。軽(かる)い所(ところ)にあやかれとて。人(ひと)も
贈(おく)り我(われ)も買(か)へども。軽(かる)いといふにも
【左丁】
油断(ゆだん)はならず。浮石(かるいし)カルメイラは
見(み)た所(ところ)から痘痕(みつちや)に似(に)てきみわるく。
かるたにすべたの名(な)もあれば。軽(かる)い
沢(ざは)も峠(とうげ)が難所(なんじよ)。かう気(き)にかけて見(み)る
時(とき)は。尻(しり)の重(おも)たい達磨(だるま)どの。二便(にべん)の
通(かよ)ひも居(ゐ)ながらに。たれ知(し)るとなく
仕(し)そこなひ。尻(しり)の腐(くさ)りて九年(くねん)
【右丁】
越(ごし)。腰(こし)がたゝずはいかゞはせん。みゝづ
くもその如(ごと)く。目玉(めだま)ばかりは
大(おほ)きくても。昼間(ひるま)みえぬは明盲(あきしい)
同前(どうぜん)。子(こ)ゆゑの闇(やみ)の親心(おやごゝろ)。此度(こんど)の
疫瘡(ゑきさう)をまぬがして。恙(つゝが)なくあら
しめ給(たま)へと。産土神(うぶすな)にねぎことし。
百(ひやく)どりの机代(つくへしろ)に。神酒(みき)洗米(せんまい)を
【左丁】
捧(さゝげ)るを。疱瘡神(はうさうがみ)へ御機嫌取(ごきげんどり)に
御馳走(こちさう)申事(まうすこと)とこゝろえ馬鹿(ばか)を
尽(つく)せば虚(きよ)に乗(じよう)じ。何(なん)のかのとの
ねだり喰(ぐ)ひ。 皇国(みくに)の神(かみ)は
神(かみ)がらよくはるかに見(み)そなはし
給ふのみにて。煮染(にしめ)強飯(こわめし)のつ
まみ喰(ぐひ)は遊(あそ)ばされず。恥(はづ)かしながら
【右丁】
我(わが)類(たぐ)ひの蕃神(えびすがみ)は。万国(ばんこく)にすぐれ
たる日本(につぽん)の米(こめ)の飯(めし)。池田(いけだ)伊丹(いたみ)の
御神酒(おみき)には。咽(のど)を鳴(な)らして飲(のみ)
喰(く)ふ事(こと)。譬(たとは)ば正客(しやうきやく)の大臣(だいじん)は。吸物(すひもの)も
上汁(うはしる)をけしきばかり吸(す)ふて御坐(ござ)
れど。かの末社(まつしや)のわる神(かみ)どもが。坪(つぼ)
平(ひら)まで代(かへ)てしてやり。焼(やき)ものを
【左丁】
引(ひき)かへしてむしる格(かく)にて。興(けう)さめて
覚(おぼ)ゆる也。かくいへば仲間(なかま)の
あらをいふやうなれど。毎年(まいねん)はやる
疱瘡(はうさう)と違(ちが)ひ。おらが仲間(なかま)は二
三十年ぶりに。適々(たま〳〵)に来(く)る客心(きやくしん)
ゆゑか。それ程(ほど)の不行儀(ふぎやうぎ)なる事は
せず。それを却(かへつ)て痘瘡(もがさ)より見(み)
【右丁】
けなし。麻疹(はしか)の神(かみ)はないもの
とは。余(あま)りなるいひ分(ぶん)なり。麻疹(はしか)
にも疱瘡(はうさう)にも。いにしへより神(かみ)
あればこそ疫瘡(ゑきさう)とは国史(こくし)
にもしるし。又(また)長徳(ちやうとく)の記(き)に。
四月廿三日乙卯 《振り仮名:勅-_二聞|みことのりして》《振り仮名:天-下_一|あめがしたに》患(うれふる)_二
《振り仮名:疫-疾_一|ゑきしつを》者(もの)《振り仮名:巨‐多|おほし》宜(よろしく)_下【左ルビ:べし】給(たまはり)_二《振り仮名:官-符五-畿|くわんぷをごき》
【左丁】
七道諸国(しちだうのしよこくに)_一奉幣(ほうへい)転経(てんきやう)祈祷(きたうして)除(のぞく)_上
_レ災(わざはひを)とみえたり。これみな疱瘡(はうさう)
麻疹(はしか)はやり風(かぜ)の類(たぐ)ひまでも。
夷狄(ゐてき)の神(かみ)のなすわざなれば。
皇国(みくに)の御神(みかみ)に奉幣(ほうへい)して。邪(じや)
気(き)をさくる事(こと)なれば。必(かな)らず神(かみ)
なしとはいふべからず。神(かみ)ありとて
【右丁】
うやまひ恐(おそ)るべからず。かう楽屋(がくや)を
打明(うちあけ)て。はなして聞(きか)せるかはりには。
肥立(ひだち)て後(のち)の不養生(ふやうじやう)。毒断(どくだて)の
薯蕷(ながいも)は。忽(たちま)ちに鰻(うなぎ)と変(へん)じ。葛根(かつこん)
湯(たう)をあびるより。汗(あせ)をとるには仕舞(しまひ)
湯(ゆ)か。熱燗(あつがん)を引(ひつ)かけて。ぐつと寐(ね)る
のが早(はや)みちなぞと。手前勝手(てまへがつて)の
【左丁】
素人(しろうと)療治(りやうぢ)。しくじつたあとでは。
そりやこそ命(いのち)定(さだ)めだと。我等(われら)が
業(わざ)にいひたがる。馬鹿者(ばかもの)多(おほ)き世(よ)の
中(なか)なれば。くれ〴〵そこらを御推(ごすい)
察(さつ)。よろしき様(やう)に取(とり)なして。給(たま)
はれかしと鉢巻(はちまき)をとつて。さも
懇(ねんごろ)に頼(たの)むと思(おも)へば。引窓(ひきまど)のひま
【右丁】
白(しろ)く。はやぐらりッと夜(よ)も明(あけ)て。
丁稚(でつち)子供(こども)の熱(ねつ)とゝもに。うたゝ
寐(ね)の夢(ゆめ)はさめにけり
麻疹癚語《割書:終》【印】
【左丁 白紙】
【本文 前コマに同じ】
【左丁 白紙 折り返しにメモ書きあり】
【裏表紙】
【横書】明治四辛未年毎月種痘定日表
《割書:四日め|ごとに》下谷美倉橋種痘館
正月 大 《割書:三 日 六 日 九 日 十二日 十五日|十八日 廿一日 廿四日 廿七日 晦 日》
二月 大 《割書:三 日 六 日 九 日 十二日 十五日|十八日 廿一日 廿四日 廿七日 晦 日》
三月 小 《割書:三 日 六 日 九 日 十二日 十五日|十八日 廿一日 廿四日 廿七日 晦 日》
四月 大 《割書:朔 日 四 日 七 日 十 日 十三日|十六日 十九日 廿二日 廿五日 廿八日》
五月 大 《割書:朔 日 四 日 七 日 十 日 十三日|十六日 十九日 廿二日 廿五日 廿八日》
六月 小 《割書:朔 日 四 日 七 日 十 日 十三日|十六日 十九日 廿二日 廿五日 廿八日》
七月 大 《割書:二 日 五 日 八 日 十一日 十四日|十七日 廿 日 廿三日 廿六日 廿九日》
八月 小 《割書:二 日 五 日 八 日 十一日 十四日|十七日 廿 日 廿三日 廿六日 廿九日》
九月 大 《割書:三 日 六 日 九 日 十二日 十三日|十八日 廿一日 廿四日 廿七日 晦 日》
十月 小 《割書:三 日 六 日 九 日 十二日 十五日|十八日 廿一日 廿四日 廿七日》
十一月 小 《割書:朔 日 四 日 七 日 十 日 十三日|十六日 十九日 廿二日 廿五日 廿八日》
十二月 大 《割書:二 日 五 日 八 日 十一日 十四日|十七日 廿 日 廿三日 廿六日 廿九日》
《割書:七日め|ごとに》本所深川御船蔵構内
正月 大 五 日 十一日 十七日 廿三日 廿九日
二月 大 五 日 十一日 十七日 廿三日 廿九日
三月 小 五 日 十一日 十七日 廿三日 廿九日
四月 大 六 日 十二日 十八日 廿四日 晦 日
五月 大 六 日 十二日 十八日 廿四日 晦 日
六月 小 六 日 十二日 十八日 廿四日 晦 日
七月 大 朔 日 七 日 十三日 十九日 廿五日
八月 小 朔 日 七 日 十三日 十九日 廿五日
九月 大 二 日 八 日 十四日 廿 日 廿六日
十月 小 二 日 八 日 十四日 廿 日 廿六日
十一月 小 三 日 九 日 十五日 廿一日 廿七日
十二月 大 四 日 十 日 十六日 廿二日 廿八日
《割書:七日め|ごとに》牛込御門外神楽坂上ㇽ角
正月 大 二 日 八 日 十四日 廿 日 廿六日
二月 大 二 日 八 日 十四日 廿 日 廿六日
三月 小 二 日 八 日 十四日 廿 日 廿六日
四月 大 三 日 九 日 十五日 廿一日 廿七日
五月 大 三 日 九 日 十五日 廿一日 廿七日
六月 小 三 日 九 日 十五日 廿一日 廿七日
七月 大 四 日 十 日 十六日 廿二日 廿八日
八月 小 四 日 十 日 十六日 廿二日 廿八日
九月 大 五 日 十一日 十七日 廿三日 廿九日
十月 小 五 日 十一日 十七日 廿三日 廿九日
十一月 小 六 日 十二日 十八日 廿四日
十二月 大 朔 日 七 日 十三日 十九日 廿五日
《割書:七日め|ごとに》南茅場町日枝旅所内
正月 大 四 日 十 日 十六日 廿二日 廿八日
二月 大 四 日 十 日 十六日 廿二日 廿八日
三月 小 四 日 十 日 十六日 廿二日 廿八日
四月 大 五 日 十一日 十七日 廿三日 廿九日
五月 大 五 日 十一日 十七日 廿三日 廿九日
六月 小 五 日 十一日 十七日 廿三日 廿九日
七月 大 六 日 十二日 十八日 廿四日 晦 日
八月 小 六 日 十二日 十八日 廿四日
九月 大 朔 日 七 日 十三日 十九日 廿五日
十月 小 朔 日 七 日 十三日 十九日 廿五日
十一月 小 二 日 八 日 十四日 廿 日 廿六日
十二月 大 三 日 九 日 十五日 廿一日 廿七日
《割書:七日め|ごとに》芝切通幸稲荷社内
正月 大 朔 日 七 日 十三日 十九日 廿五日
二月 大 朔 日 七 日 十三日 十九日 廿五日
三月 小 朔 日 七 日 十三日 十九日 廿五日
四月 大 二 日 八 日 十四日 廿 日 廿六日
五月 大 二 日 八 日 十四日 廿 日 廿六日
六月 小 二 日 八 日 十四日 廿 日 廿六日
七月 大 三 日 九 日 十五日 廿一日 廿七日
八月 小 三 日 九 日 十五日 廿一日 廿七日
九月 大 四 日 十 日 十六日 廿二日 廿八日
十月 小 四 日 十 日 十六日 廿二日 廿八日
十一月 小 五 日 十一日 十七日 廿三日 廿九日
十二月 大 六 日 十二日 十八日 廿四日 晦 日
当日朝五ツ時より九ツ時
限り二度め七日め共々無相
違来るべし
但風雨とも休みなし
夫(それ)うゑばうさうは至妙▢良方(りやうはう)なれば幼壮年(こともおとな)のなづ□なくいまだはうさうせぬものは申までもなし
凡(およそ)生(うま)れて七十五たちしならばのび〴〵せずすみやかに最寄(もより)の場所(ばしよ)へまゐりかならず
うゑばうさういたすべし
最寄(もより)区分(くわけ)いたし兼(かね)て相違(あひたが)し置候へども
都合(つがう)により五ヶ所の内いづかたへつれまゐり
候ともくるしからさる事