楓
湖
大日本霊□
大倭東錦繪
大日本
縮畵
東風俗
【絵巻物 下部に図書整理票】
SMITH-LESOUEF ( Eに Umlautあり)
JAP
K-6
【題箋に】
四季遊図
【絵巻物の天】
【絵巻物の地】
【絵巻物表紙 左に題箋】
四季遊図
【題箋の下部に図書整理票】
SMITH-LESOUE(umlaut)F
JAP
K-6
【絵巻物表紙見返し部分右下に印三個】
【絵の部分最初の右下に 図書館印】
BnF
MSS
京都
大ノ字山
月夜ノ
賑合
【前コマに連続の図】
【左下図書館印】
BnF
MSS
東
都
花
見
ノ
図
両國烟火
舟遊ノ図【これは次の絵の題カ】
【前コマの続きの図】
【花火舟の人の半纏や旗から、商標「玉屋」か「鍵屋」かを特定出来ませんでした】
浅
草
師
走
市
ノ
賑
合
【前コマの続き浅草浅草寺】
【図の最後部に三個の印】
このかみ物にうては
れのしるしかならに
あしなんをも
おし
も
すかゆんぬれはか
なしするしるし あしせ
た之へとよく〳〵
行申たこへ
まてもこのみてくのの
いかてもしこかり候たり
ちすれは何と
ましこし
朝風のいふしうれもてにしむか事
そへかたや老の身もてかくけへ
かたら■おもひしのひとにいるをは
あくれみいかじこゑのかみもおほさゝらん
あなかしこ〳〵さらな〳〵たかむこれ 秀蔵
申す
きふ
神りてたかみ
くら
をかけて奉し
るすも老の御い
わ井めうか
くみたにへ
かしこひく申
事かならす〳〵
しるしあらしめ
道へも
申す
とものす候る申に貧候行に
せめられてせんよし待らねは
もしや候てほる口秋に朝候に
ちるもかりていのり候しかしにや
待しん候れ覚の聞にてろかすの
鈴のに柑子はかり行かを
たるはるとみ行う
いかいかなるかと
いか待るらん
【前頁重複文】
とものす候る申に貧候行に
せめられてせんよし待らねは
もしや候てほる口秋に朝候に
ちるもかりていのり候しかしにや
待しん候れ覚の聞にてろかすの
鈴のに柑子はかり行かを
たるはるとみ行う
いかいかなるかと
いか待るらん
いてぜ事かい候かしこさゆ也なき
なり御んのゆるんれれは
東しかる候様なん身れ
手へのおもいなの候なる事し
いてきてこれに申り
よき〳〵の御のから
なり候てそのまて
ひしけ座まはん
あ身はかたかまり
をこうみ待たねけの
しるしにはかる事
みるみ地頃うれしけもし
あみたゆ
〳〵
【前頁重複文】
あ身はかたかまり
をこうみ待たねけの
しるしにはかる事
みるみ地頃うれしけもし
あみたゆ
〳〵
夢はあはせからなり
にさしのあけを
そなけたる
事なり
ましひわてきかせ
たてまつらむ
あやつにしきて
こかね御候〳〵
あられけ有の
もかれなに
かり
とも申のし
よれあんせ
なり
かし
おかしさにはらはた
ましれぬはかりな
めもあやなるさへ
する
やつかれ
たりやう
ちめやな
これをみるに物からん
心もかもてなし
あれはなにを
すんもそいさ
いてみん
をれう
【前頁重複文】
あれはなにを
すんもそいさ
いてみん
をれう
めもあれやかさへするやつしな
たしかにほしこくのてま
あれ
かしこ
にかすな
この当てのをき
所をとみかし
みほけて
【前頁重複文】
この当てのをき
所をとみかし
みほけて
そととく
まいり
まめて
さしてあしたにては
いかてか当はまてこそ
にいしめあさひにての
なはまゝひ〳〵こそ
しはふもまるそれもも
思の外につこる
なりたり
とらにいりたへ
とらまはれて
ほももり
わる物
を
くのたらふた
かり
みしね
【前頁重複文】
わる物
を
くのたらふた
かり
みしね
下端にこを
かしきお
あれ
まほるゝに
あれやつ
しあけなく
あやつゝ
にしき
くるふなとそいれに
つきぬこらそも
おとぬて
かとなもゝと
はないもきみにれ
縁のおかし候に
いるにこひならひ
はなかり
やから
よ候て
おにかす
【前頁重複文】
やから
よ候て
おにかす
そのわた
すするれ
れとすな
れあゝ所ふらへ候にりて
えめつめたる
おかる
かふ
もられおは
いらせれ物は
取めつめん
れもき物い
らりれとぬ
わなりの章を
やとひともたも
それはこしろめ
たくてつね也
ろかへらかゝ
おん
すなに
ま其候香或る申さ候
ましつのさゝはすかし御柱
中為ぬのめして紅のゆから候にて
いつゝよしな原に先しのかく
たにはりあつめたになりこの
かりまずか小家にま候
ろてくとたりつなにむも
候よひくれも香しかに
つるあもにけんきぬるう
老んなしまあなり りりたかたりは
日す口もあるくへきものを
さしてかくにかくたにはら
いくよし左月おたへ人なん
御ほのあしへろてかくは
あるうしと且くは
かなしうこわは
かゝるさへすることせに
又めしはとそこ にし らく
よりもめしめ たれり きろ はん
あれうれしや
いにを しや
にほおしへよ神の
うける色給てかしは
たり事をつけし 事
よの事其あらめり
あさすし〳〵こせ おも
申事し
もかう なりつる
神のなきけなり
つか〳〵のちぬそ
み身んすかは
うれしき わきざ
これはいかなる能湯のかゝる事は
待る候もいはすふくもいりし
つれはいかにしてこの冬は
いにとんてみなり るるにけらに
あさもし〳〵候うれおもれ
世もかまりも
れもふ
つわ
これはいかてかゝる も なり
もりいのおもく
入たとはこれ も
れも〳〵
【前頁重複文】
もりいのおもく
入たとはこれ も
れも〳〵
れもしとれれもはまゝの
御神の御とくをあらすそに
みたれはあのはつを
ともめしのなり
給へはものかれし 御よ
れい〳〵 つかを
肩のおしぬ
はかり
れりき 物 かふ
あらたなわはる神の御しるしを
からふりたりしはほき物の
はつをともにつもれまいかたき
なりこの事をいよ〳〵よ水にもしを
月みすついたりにかくの ことく
そなへ奉るへまかへき也るはに申
待るすしころの手事承
のかりゝひて待るなり おもふ
やうは手さおしては
いろりする人もこり あれ
けにいみしわかうふりたるふる
御秋のさらしよりわちしるし
お候するわ松れ口りはかな
詞書模写
大蔵大輔実仲兼
詞書模写
大蔵大輔実仲兼
糞書
物語
壱物二
糞書
物語
壱物二
【表紙】
【題字なし】
【「けむじものかたり」(源氏物語)の分冊の一つ】
【管理タグ】
SMITH-LESOUËF
JAP
52-6
【白紙】
【白紙】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【白紙】
【白紙】
【裏表紙】
【小口】
【小口】
【小口】
【小口】
【表紙 題箋】
住吉物語 《割書:下》
【資料整理ラベル】
SMITH-LESOUEF
JAP 177 1
【右丁 文字無し】
【左丁】
それわかてうはそくさんへんち【粟散辺地】の
小こくたりと申せとも大こくに
まさりて人のちえもかしこく
くにもめてたくさかへゆく事は
しんこくとして三千七百よしやの
大小のじんぎみやうたう【神祇冥道】ひかりを
やはらけおうこし給ふによつてなり
中にももつはらわうしやうをまもり
たまふは二十二にえらはれたまふ
又ぎよくたいにちかつきてまいにち
ちんご【鎮護】したまふをは三十ばんじん【番神】と
さため給ふちはやふる神のちからは
まち〳〵なりと申せとも津のくに
【右丁】
つもりのうらすみのえにあとをたれ【注①】
たまふすみよし大みやうしんのれい
げんことにすくれてあらたなりされは
大こくのえひすら日ほんは小こく
なりとあなとりうちとらんとする
事七かどにおよびしかとも一ども
くにのなんなかりける事はひとへに
すみよしの大みやうしんあらみさき【荒御先】と
なり給ふゆへなりそも〳〵たうしや
すみよし大みやうしんと申たてまつ
るはぢじんだい五だいうかやふき
あはせずのみことのすいしやく【垂迹】し給ふ
とそきこゑけるむかしいんやういまた
【注① 「迹を垂る」=仏が仮に神の姿となって現れる】
【左丁】
わからさるときはこんとんにして
雞子(けいし)のことくなりしにすめるものは
のほつて天となりにごれるものは
くたつてちとなりけるその中に
かみうまれたまふかたち蘆牙(ろげ)の
ことしともいへりうをのみづにうかみ
あかれるにもにたり人とならせ給ふ
てはみくし八ツてあしも八ツおはし
けるが大じやのことくなるおもあり
けるとかやこれをすなはち天じんの
さいしよくにとこたちのみことゝ申
たてまつるあるときにみことあまの
とほこをおろしてこのしたにくにあらん
【注② 蘆(あし)=葦。】
【右丁】
やとて大かいのそこをさくり給へとも
くになかりしかはほこをあ【ママ】きあけ
うかひ【浮かび】けるにそのほこのしたゞりお
ちとゞまりこりかたまりてしまと
なるかるかゆへにをのころしまと
申なり此あきつす【秋津洲のこと】のちくへきせん
ひやうにや大かいのなみのうへに大日と
いふもじうかめりもんしのうへにほこ
のしたゞりとゝまりてしまとなる
かるかゆへに大日ほんこくといへり
さてくにとこたつのみことてんじやう
し給ひしかはくにさつちのみことあら
はれ出たまひてこつかをかため給ひ
【左丁】
けり百おくまんざいをへたまひて
のちとよくんぬのみことあらはれ給ふ
よにふによう【豊饒】のたねをまき給ふは
このみことのはからひとかや以上三だいは
おがみ【男神】にておはしましけりそのゝち
おがみにうはそにのみことこくどに
つちをまき給ふめがみ【女神】にすいちにの
みことこくどにいさご【砂子】をまきたまふ
ともに二百おくまんざいをへ給ふ
とかやそのゝち又おがみに大とのちの
みことめがみに大とのへのみことくに
のさかひみちをさためたまひけり
つぎにおがみにおもたるのみこと御さう
【右丁】
ぎやう【相形=顔つき】うつくしくおはしますめがみに
かしこねかしこねのみこと御こゝろねかしこくおはし
ますともに二百おくまんさいをへた
まひけり以上三だいはなんによのかた
ちましますといへともいまたふうふ
こんかうのみちはなかりけりだい七だ
いにあたらせ給ふいざなぎのみこと
いざなみのみことニはしらおつとめと
ならせたまひつゝ一ツのくにをうみ
たまふにいまのあはちのしまこれなり
このくにあまりにちいさかりしゆへに
吾恥国(あはちのくに)とはのたまひける二はしらかの
くにゝあまくたらせ給ひつゝいつかはのに
【左丁】
いてゝみすかくさをくひそめたまふ
これいまのわらひといへるものなりのに
あるものをくふ事はこれよりはしま
れりかくてこのくにのありさまを見
たまふにあしはらをひしけるとて
ところもなかりけれはとてこのあしを
ひきすて給ふところにあしをおきたる
ところはやまとなりひきすてたる
あとは川となりけりかゝりしかとも
いんやうわがそのみちをはしりたまは
さるところににはくなふり【庭くなぶり=鶺鴒(せきれい)の古名】といふとり
のおをつちにたゝきけるをみ給ひて
二はしらはじめてとづく【「とつぐ」の誤記ヵ】事をならひ
【右丁】
たまひあなうれしやうましおとめに
あひぬとよみたまふこれわかのはしめ
なりにはくなふりをいなをせとりとも
いふなりしんめいの御うたに
あふ事をいなをふせとりのをしへすは
人はこひぢにまよはさらまし
かくて二はしらくにのかすをつくりさん
せきさうもくをうへ給ふかよのぬし
なからんやとて一によ三なんをうみ
たまふ日のかみ月のかみひるこのみこと
そ【ママ】さのをのみことこれなり日のかみと
申はあまてらすおほんかみの御事なり
月のかみと申は月よみのみことなり
【左丁】
この御かたちあまりにうつくしくお
はしまし人のたぐいに見えたまはね
ばてんにのほらせ給ふとかやいまのき
しうかうやさんにふの大みやそしんこ
れなりひること申たてまつるは
ゑびす三郎とのゝ御事なりうまれ
たまふてのち三とせまて御あし
たゝすしてかたわにおはせしかは
あまのいはくすふね【磐櫲樟船 注】にのせてうみに
はなちたてまつるこきんしう大え
のまさひらうたに
かそいろ【かぞいろ=両親】はいかにあはれとおもふらん
みとせになりぬあしたゝすして
【注 「いわ」は堅固の意。樟で作った堅牢な船】
【右丁】
とよめるはこれなりつゐに津のくに
むこのうらになかれよらせ給ひつゝうみ
をれうする神といはゝれたまふ
にしのみや
大みやうしんと
かうし【号し】
たてまつると
かや
【左丁 絵画 文字無し】
【右丁】
そ【ママ】さのをのみことは御こゝろあらふ
してくさきをからしきんしう【禽獣】
のいのちをうしなひたまふによつて
ふけう【不孝】せられ給ふかてんしやう大じん
二はしらの御ゆづりをうけこのくにの
あるしとならせたまふ事をいかり
てわれくにをとらんとていくさをおこ
しさばべ【「へ」とあるところ。濁点は誤記】なさんと一千のあくじんを
うつしてやまとのくにうたのに一千の
つるぎをほり立(たて)てじやうくはくとして
たてこもりたまふ天しやう大じん
これをよしなき事におほしめして
やをよろづの神たちをひきぐし
【左丁】
かづらきのあまのいはとにとぢこ
もらせたまひけれはくにのうち
みなとこやみになりてけり此とき
にしまねみのみことこれをなけきて
かく山のしかをとらへてかたのほねを
ぬきはわかの木【葉若木=榊(さかき)の異名】をやきてこの事
いかゝあるへしとうらなはせたまふに
かゝみをいていはとのまへにかけうた
をうたはば御いてあるへしとうら【占】に
いてたり
かくやまのはわかのもとにうらとけて
かたぬくしかはつまこひなせそ
とよめるうたはすなはち此心なり
【右丁】
さてしまねみのみこと一千の神
たちをかたらひてやまとのくにあま
のかくやまににはびをたき一めん
のかゝみをいさせ給ふ此かゝみはおもふ
やうにもなしとてすてられぬい
まのきしうにちせんくうのしんたい
これなりつぎにいたまひしかゝみ
こそよかるへしとてさかきのえた
につけて一千のかみたちをせうじ【招じ】
てうしをそろへかみうたをうたひ
給ひけれは天しやう大しんこれに
めて給ひていはねたちからをのみこと
にあまのいはとをすこしひらかせて
【左丁】
御かほをさし出させたまへはせかい
たちまちあきらかになりてかゝみ
にうつらせたまへる御かたちなかく
きえたまはすこのかゝみをなつけて
やたのかゝみとも又はないしところとも
かしこ所とも申なり天しやう大じん
あまのいはとをいてさせたまひて
のちやをよろつのかみたちをつかはし
うだのゝじやうにほりたてたる
一千のつるぎをみなけやぶつてすて
たまふこれよりしてちはやふるとは
申つゞくるなりこのとき一千のあく
じんはさはべとなりてうせにけり
【右丁】
そ【ママ】さのをのみことはいつものくにになか
され給ふこゝにかいしやうにうかんで
なかるゝしまありみこと御てにて
なでとゞめてすみ給ふたましまと
申候これなりこゝにしてはるかに
見たまへはすがのさとのおくひのかは
かみといふところに八いろのくもたち
けりみことあやしくおほしめして
ゆきて見給へはおきなうは二人う
つくしきをとめを中にをきてなき
かなしむ事せつなりみことあはれと
おほしめしいかなるゆへにかくなけく
そととひたまへはおきなうはこたへて
【左丁】
申やうおきなはてなづちうばをはあし
なづちと申てふうふにてはんべるなり
又これなるひめはわれらかひとりむすめ
にてことしはすてに八さいにまかり
なり侍るかなをばいなたびめと申候
このあたりにやまだのおろちとて
八ツのかしらあるおろちやまのお七
たにはひわたつて候かまい夜人を
もつてじき【食】とし侍るあいたねん〳〵に
のみつくされし人おやは子をさきたて
かなしみこはおやにをくれてなけく
ほとにや人そんらう【村老】みなくひつくさ
れていまはわつかにわらはとものみ
【右丁】
いきのこりて侍るかこよひしも
このむすめをおろちのために
のまれん事のかなしさけふを
かきりのやるかたなさにかやうに
なけき
侍るなりと
かたり
申けれは
【左丁 絵画 文字無し】
【右丁】
みこといよ〳〵あはれみ給ひていなた
ひめをわれにえさせよはかり事を
めくらしかのをろちをたいぢして
ひめかいのちをたすけなかくくにのな
げきをやめてとらすべしとの給ひ
けれはおきなおほきによろこひて
たとひおろちはうちたまはすともひめ
がいのちをたすけたまひ候はゝおほ
せにしたかひ侍るへきところに
ましておろちをたいぢしたま
はん事こそうれしけれとて
ひめをみことにたてまつるみこと
なのめによろこひ給ひてすなはち
【左丁】
おろちをほろほさるへきはかり
ことをそしたまひけるかのいな
たひめにうつくしきしやうぞく
せさせ四ツのつまぐし【爪櫛】を八ツつ
くりてもとゝりにつけさせ
ゆかのうへにたゝせたりつまぐしを
さす事はあくまをふせがんため
なりゆかのまはりにはひをたき
たりひよりそとには八ツのもた
ひ【瓮=水や酒を入れる器】をこしらへさけをたゝへてそ
あひまちたまふ夜はんすくる
ほとにあめあらくかせはげ
しくふきすぎてみやまのことく
【右丁】
なるものうこききたれるものあり
なるかみいなづましきりにて
おそろしなんといふはかりなし
ひかりのかげにこれを見れは八ツ
のかしらにをの〳〵二ツのつの
ありてあはひにまつかや【松・榧】をいし
げりたり十六のまなこは日月
のひかりにことならすのどの
したなるうろこはゆふ日をひた
せる大ようのなみにことならす
ゆかのうへにひめありと見けれ
はこれをのまんとしけれとも
四はうに火をたきまはしけれ
【左丁】
は
よるへき
やうも
なかり
けり
【両丁絵画 文字無し】
【右丁】
おろちひめをのまんとおもひかなた
こなたをまはりけれとも四はうの
たき火におそれしはしときうつす
ところにもたいの中にひめのすかた
のうつりけるを見ていなたひめこゝ
にありとやおもひけん八のかしらを
八ツのもたひにひたしつゝあくまで
さけをのみたりけるはしめよりの
はかりことにさけのみつくさはこ
なたよりながしいれんとてもたひ
にかけひをかけてをかれけるより
なかしこみけるほとにおろちたち
まちのみえひてほれ〳〵として
【左丁】
ふしたりけるそのときみことけんを
ぬきおろちをづだ〳〵にきり給ふ
ところにおにいたりつるぎのやいば
そむしてきれすあやしくおほ
しめしけんをとりなをしおを
たてさまにさきてみたまへば
おの中に一ツのけんあり此おろちと
申はふうすいりうりうのあまくたり
給ふなれはかしらよりあめをふらし
およりかせをいたすこのけんおに
ありしとき御手にくろくもおほ
ひしゆへにみことけんのなをむら
くものけんとなつけ給てなづちは
【右丁】
ひめのたすかりたる事をおほきに
よろこひみことへひめをたてまつる
いなたひめはかしらにさしし四ツの
つまぐしをうしろさまにまふけて
みことの御まへにまいりけるこれを
わかれの
くしと申なり
【左丁 絵画 文字無し】
【右丁】
かくていつものくにに大みやつくり
したまひていなたひめをつまと
してこんかうし給ひつゝかくそよみ
たまひける
やくもたついつもやへかきつまこめに
やへかきつくるそのやへかきを
これ三十一じにさたまりたるうた
のはしめなりみことの御こゝろに
大じんぐうと中あしくてはよし
なき事とおほしめされけるにや
かのおろちのおよりとりいたし給ひ
たるあまのむらくものけんを大じん
ぐうへたてまつりふけう【不孝】はゆるされ
【左丁】
たまひけり大じんぐうこのけんを見
たまひてこれはむかしわれたかまが
はらよりをとしたりしけんなり
とその給ひける此けんすなはち
だい〳〵みかとの御たからとなりて
ほうけんと申たてまつるなりかく
て天しやう大じんそ【ママ】さのをのみことゝ
みとのまくばい【「みとのまぐはひ」の変化した語。男女の契りを結ぶこと】ありてやさかにのくま
たま【八尺瓊の曲玉】をねぶり給ひしかはいんやう
せいじやう【生成】してまさやかかつ〳〵はやひ
あまのほしほにのみこと【正哉吾勝々速日天忍穂耳尊】をうみたまふ
これぢじん【地神】だい二の御かみなりだい
一じん天しやう大じんはやまとのくに
【右丁】
かたくらべのさとに御こうなりてみ
とりくさをきこしめしはしめたまふ
これいまのせりなりさとのものゝくひ
はしめはこれなり又あまのいはとより
いでさせ給ひてかくやまにみゆきし
給ふときしゐのみをきこしめすこれ
やまのものゝきこしめすはしめとの給ひ
けりかくて廿五まんさいをへたまひ
しのちは天にあからせたまひけるが
又にんわう十一だいのみかどすいにん天
わう廿五ねん三月のころてんしやう
大じんやまとひめのみことにをしへて
のたまふやうかみかせの伊勢のくには
【左丁】
すなはちとこよのなみのしけなみ【重波】
よするくになれはかたくに【片国=中心地から外れた所にある国】のうまし
くになりこにくににおらんとおもふと
つけさせ給ふゆへにやまとひめしんちよ
く【神勅】にしたがひかみよよりのしんきやう
しんけんをとりていせのくにうぢの
かはかみにちんざし給ふそのかはをみも
すそがはとも申又はいすゞがはとも
申なりいまのないくうこれなり
そのゝちにんわう廿二だいみかとゆう
りやく天わう廿二ねん御たくせん
によりてたんばのくによさのこほ
りよりとよげ大みやうじんをむかへ
【右丁】
たてまつりていせのくにわたら
ひのこほりやまだのはらに
くわんじやう【勧請】したてまつる
これはてんじん七だいの
はしめ
くにとこたちの
みことにて
おはします
すなはちいまのげくうと申は
これなり
【左丁 絵画 文字無し】
【右丁】
そ【ママ】さのをのみことはそのまゝいつもの
くにゝしてかみとならせたまひ
けれは大やしろきねつき大みやう
じんといはゐたてまつる十月はこの
みやうじんかくれたまふ月なれは
神なし月と申なり又いつものくに
にかみありのうらといふところあり
としことの十月に日ほんこくの
神〳〵かのうらにらいりんある
そのしるしにはさゝぶねいくらとも
なくなみのうへにうかふとなり
これによつていつものくには
十月をかみあり月とも申なり
【左丁】
さてもをしほにのみことはたかんみ
むすふのかみ【高御産巣日神】の御むすめたくはゝ【ママ】ちゝ
のひめ【たくはたちぢひめ(栲幡千千姫)のこと】とちきりをこめさせ給ひつゝ
あまつひこ〳〵ほにゝきのみこと【天津彦彦火瓊瓊杵尊】を
まうけ給ふ天しやう大しんたかんみ
むすふのみことゝ御こゝろをおなしう
して御まこのにゝきのみことに
三じゆのじんぎをあひそへげかいに
あまくたらせ給ふときやをよろつの
神たちしんちよくにしたかひあめ
みまこ【天孫】とおなしくあまくたりた
まふ中に三十二じんの上しゆお
はしますその中に五ぶのかみと
【右丁】
申たてまつるはあまのこやねのみこと【天児屋命】
あまのほそめのみこと【「あまのうずめのみこと(天鈿女命)」のこと】いはこりひめ
のみこと【「いしこりどめのみこと(石凝姥命)」のこと】たまやのみこと【たまのおやのみこと(玉祖命)」のこと】あまのふとたま
のみこと【天太玉命】これ五じん【神】なりあまのこや
ねのみことはかすか【春日】大みやうしんの御
事なりあまのふとたまのみことは
かんどり大みやうしんの御事なり
この二じんこそもつはらしんちよく
をかうふりあめみまこをたすけて
あまくたらせ給ひけりされは
りやうつばさのことくなるべし
【左丁 絵画 文字無し】
【右丁】
かくてにゝきのみことはひうかのくに
にあまくたらせ給ひしかみやまの
かみの御むすめこのはなさくやひめと
御ちきりをこめさせ給ひつゝ御こたち
あまたうみ給ふ三十一まんざいを
へたまひてのちひこほゝてみのみこと【彦火火出見尊】
にくにをゆつらせ給ひつゝてんに
あからせ給ひけりひこほゝてみのみこと
のみこのかみほのすそりのみこ【火闌降命】は御
おとゝ【弟】のみことにくらゐをこえられ
給ふ事をやすからすおほしまし
けれはつねは御中よからすいかに
もして御おとゝのみことをうしなはんとそ
【左丁】
おほしめしける御おとゝのみことは御
あにのみことの御心のかくわたらせ給ふ
事はつゆしろしめさゞりけるにや
あるときあにのみことのひさう【秘蔵】し給ふ
こかねのつりはりをからせたまひてあを
うみにのぞんてつりをたれ給ふところに
いかゝし給ひたりけんうをにつりばりを
とられたまひけりみこと大きに
なけき給ひつゝかなたこなたを
もとめありき給へともうをのとりて
かいていにいりし事なれはつゐに
ゆくゑはなかりけりみことせんかた
なくてあにのみことにかくとの給ひ
【右丁】
けれはほのすそりのみことなのめ
ならす御いかりありてそのつりはり
と申はむかしよりつたはりてめて
たきたからなりいそきたつねも
とめて返し給ふへしとおほせ
けれはおとゝのみことのたまふやうは
われはそのつりはりをさやうにひ
さうし給ふとは思ひもよらすかり
そめにつりをたれて侍れはうをに
とられて侍るなりしよせんいまは
たつぬるところなし御かはりを
たてまつるへしそれにて御はら
いさせたまへとのたまひけれは又
【左丁】
あにのみことのたまふやうたとひ
百千万のかはりをはたまはるとも
かのつりはりにくらへかたしわか身に
かへてもおしきたからなれはなを
さりにばし【ばし=上のことばを強調する語】おもひ給ふなうをがと
りてうせし事ならは天にも
あかるましちにもいるましわだ
ずみのなみのそこにそあるらん
なんじうみに入てすみやかに
たつねて返し給へとよつりはり
を御返しなきならはちゝのみかと
のゆつらせ給ふあしはらこゝをは
おさへてたまはるへしとのたまひ
【右丁】
けるほとにおとゝのみこと大きに御
なげきありてけにもうみをはな
れてことところへはかくれましあを
うなはらをあまねくさかしもとめん
にはしかじとおほしめし御ふねに
めされつゝうみのおもてにのそみ
たまふときにうみづらにはかに
げきらう【激浪】しゆきのやまをなし
けれはみかとあやしくおほしめす
ところにおきな一人あらはれて
なみのうへにうかみいてたりその
かたちにんげんにはようかはれり
いかなるものそととひ給へはこれは
【左丁】
かいていにすみ侍るしほつゝをのかみにて
侍るなりさてみことはいかなる事にか
一人このなみのうへにおはし
ますそととひたてまつりけれは
みことこのよしきこしめし
われこのかみのみことのつりはりを
かりてうみにのぞんてつりをたれ
しところにうをにつりはりを
とられたりあにのみこときこし
めしぜひにもとのつりはりを
かへすべしとのたまふほとに
せんかたなさにもしつり
はりをはみしうをのうみに
【右丁】
うかみあかることもやと
おもひつゝ
いま こゝ に
ありて
まつなり
とそ
のたまひ
ける
【左丁 絵画 文字無し】
【右丁】
おきなこのよしうけたまはりかしこ
きかみの御こゝろにもおろかなる
事も侍るかやこのあをうなはらと
申はまん〳〵としてへんさい【辺際】もなし
みなそこはこんりんさいにおよび
つゝ八まんゆじゆん【注】にをよべりさう
かい【滄海=青々とした海】をすくれは八かい【八海=すべての海】にいり八かいを
すくれはかうすいかい【香水海】にいるかほとに
まん〳〵たるうみのうちへとりて
かへりたるつりはりをこゝにして
たつねもとめんとのたまふは大ぞら
の月のかつらをまねくとやらんより
もはかなき御こゝろなるへしと申
【注 由旬=古代インドで用いた距離の単位の一つ。約七マイル(十一、二㎞)あるいは九マイル(十四、四㎞)という】
【左丁】
けれはみことこのよしきこしめし
われらもさやうにおもへともあ
まりせんかたなきにはかりことを
めくらしうみのそこへもいりなんと
おもふなりとのたまへはおきな此
よしうけたまはりけに〳〵さ
ほとにおほしめさはとこよのくに
へみゆきありてわだづみをたのみ
たまへさあらはつりはりをとり
かへしたまはん事はやすく候へしと
申けれはみことうれしくおほし
めしかのおきなとゝもにとこよ
のくにゝみゆきし給ふとこよのくに
【右丁】
と申はりうぐうじやうの事なり
そのよそほひにんげんにはよう
かはりじやうらくがじやう【常楽我浄】のかせ
ふきてはる三月のことくなれは
かんしよ【寒暑】のくるしみなかりけり
ふしやうふめつ【不生不滅】のさかひなれば
しやうじやひつめつ【生者必滅】のく【苦】もなかり
けりふらうふしのならはしなれ
ばしく【死苦】もなしびやうく【病苦】もなし
しつほう【七宝】はこゝろのごとくわきみち
ければふくとくのくもなし
わがたぐひならぬものもなてれ
ばおんぞうゑく【怨憎会苦】といふ事もなし
【左丁】
いかひいぎやう【異怪異形】にかたちをへんずる
事じゆうなれは五せいゐんく【五盛陰苦(ごじょうおんく)のこと】も
なかりけりたゞし天しやうの
五すい【衰】にんけん【人間】の八く【苦】りうくうの
三ねつ【熱】とてとこよのくににも
くるしみはありとかやすてにりう
ぐうじやうにつき給ひつゝ大りの
ありさまを御らんずるにきんぎん
をもつてたくみたるきたはし
ありたかさ七十よぢやうにをよべり
そのよにるりのろうもんあり
ほうらいきう【蓬莱宮】といふがく【額】をうて【打て】り
その中に三十よぢやうのたまの
【右丁】
くうでん【宮殿】ありろうもんよりくうでん
まて七ほうのろうかくありそのほと
十よりがしたにしんしゆのいさご
そまきけれはこのひかりにかゝやき
てうばたま【「ぬばたま」の転。】のよるのけしきもなか
りけり御てんの中わうにはぎゞ
だう〳〵【巍巍堂堂=姿が堂々としていかめしく立派なさま】たる大しん【大人ヵ】ありたまのかふ
り【冠】にしきのしやうそくゑにはうつ
すともふでもおよひかたきほど
のしょうごん【荘厳】なりこれそ此ところ
の大わうとみえてうつくしくよ
そをひかさりしりうによはらわた
ちかこみ【ママ】かつがう【渇仰】のけしきに見え
【左丁】
けれはみことおきなにおほせけるは
あれに見えたるいくわんたゝしく
をる人はいかなる人そととひたまへは
おきなこたへて申やうあれこそこの
くにの大わうわたつみと申人にて
侍るなりすなはちみことこれまて
みゆきなり侍るよしをつげたて
まつるへしと申てやかてうちにぞ
いりにけるしはらくありてわたつみ
わうもろ〳〵の百くわんともをあひ
ぐしきんてい【禁廷=天子の御所】にたちいでみことを
むかへたてたてまつりしゝいでんに
しやうじ入まいらせけりたまの
【右丁】
とこになをしたてまつりて
のちようかん【容顔】びれいなるりうによ【龍女】
たちをしてせん【善】つくし【尽くし】び【美】つく
し【注】たるちんぜん【珍膳】を
みことの
御まへにそ
そなへたて
まつる
そのけしき中〳〵
たとへんかたも
なかりけり
【注 綺羅の限りを尽くす】
【左丁 絵画 文字無し】
【見返し 両丁文字無し】
【裏表紙】
【巻物下部丸ラベル】
JAPONAIS
4606
2
【巻物上部あるいは下部】
【巻物上部あるいは下部】
【巻物表紙と紐、下に丸ラベルあり】
【見返しと紐】
御行幸の次第目録
一楽の事
一御哥のくはいの事 同座はいの事
一御馬の事
一御能の事
一御遣物の事 同御引出ものゝの事
一御公家衆へ被進太刀の事
一ていしゆかたうけ給ふる衆の事
一御こんたての事
七日 楽
万さいらく 地下六人
えんきらく 六人 なら衆 天王子衆 京衆
りんたい 藤性四人 中院/侍従(しゝう) 阿野侍従
あすかい侍従 四条治部
せいかいは 二人 四辻侍従 西洞院侍従
しきて 四人 てんわう寺衆
りやうわう 一人 ならしゆ
なつそり 二人 きやう衆
せんしうらく 是はかくはかりなり
七日夜 うたのくわいの座はい
【横書き部分上から】
大御所公
近衛殿
伏見殿
鷹司殿
二条殿
烏丸殿
鷹司殿若御所
九条殿若御所
柳原殿
【縦書き部分】
着座終りて辨卓持御前置
硯箱に懐紙入て殿上人の同座の前置
〇四辻中納言
冷泉中将
三条西 烏丸替る時五人衆しさる
【横書き部分上から】
将軍公【右側横書きの大御所公に対座】
一条殿
八条殿
高松殿
九条殿
尾州大納言
紀州大納言
駿州大納言
水戸中納言
竹契遐年 御製
唐の鳥も栖へき呉竹のすくなる代こそかきり
しられね
左大臣大御所源秀忠
くれたけの萬代まてとちきるかな
あふくにあかぬ君かみゆきを
右大臣将軍源家光
御幸するわか大君は千代ふへき
千尋の竹のためしとそ思ふ
尾張権大納言源義直
わかきみとよはひならふるくれたけの
葉かへぬ色は千代もかわらし
紀伊権大納言源頼宣
よろつよもともにみゆきのかさしそと
けふよりちきるたけの色かな
駿河権大納言源忠長
しつかなるかせのこゝろも萬代も
こゑなりけりな軒のくれたけ
水戸権中納言源頼房
いく千代をかさねてもなおくれたけの
かはらぬかけをたれかたのまん
関白左大臣藤原信尋
萬代もかはらぬいろに国たみの 近衛
なひくすかたや庭のくれたけ
従一位藤原 信房
いく千とせ君かみるへきためしとも 鷹司
植そへけりなそのゝのくれたけ
兵部卿貞清親王
いくとせも葉かへぬたけのいろそひて 伏見
君が御幸をちきりをくらし
右大臣兼遐一条
かきりなき御代にちきらん八千年も
ときわかきはの庭のくれたけ
式部卿智仁親王
いく千年ちきり置らしくれたけの 八条
よゝにこえたる御幸まちえて
弾正少好仁親王
つきせさるすくなるからにくれたけの 高松
よろつの国も皆なひく世は
従一位藤原忠栄
行末の君かさかへをよろこひの 九条
こへあるたけや千代をならさん
内大臣康通
くれたけの萬代かけてちきるてふ 二条
君の御幸のかきりしられぬ
中宮太夫藤原実條
千々の秋おひせぬやとのくれたけに 西三条
君こそちきれやまとことの葉
権大納言藤原光廣
あめかしたときはのかけになひかせて 烏丸
きみは千世ませやとの呉竹
左近衛大将教平
すゑとをき御代にもあるかなかは竹の 鷹司子
かはらぬ色を君にちきりて
右近衛大将忠家
かきりなき君か御代なるたくひもや 九条子
けになか月のそのゝくれたけ
権中納言藤原季継
いろかへぬまつのよはいにならへみん やふ
みきりの竹の万代のかけ
参議右大弁藤原業光
ときわなるまつのはあれとわきてけふ 柳原
なをよろつよを竹にちき覧
右近衛権中将藤原
きみそみん砌のたけのふしておもひ 基詩
おきてかそふる千代の行すへ
従一位藤原実益
年毎に報さゝてくれたけの 西園寺
世々のちきりを君そしるらん 従一位藤原定熙
植そへてなを契りてよ末とをき 花山院
みきりのたけのよろつ代まてを
権大納言総光
かさぬへき御幸の秋をいく千代も 廣橋
ちきりつゝみん庭のくれたけ
権大納言宣季
すなをなるときはいまそとあふけなを 菊亭
よゝを千尋のたけにちきりて
中納言実顕
たゑせしな八千とせこもるくれたけの 阿野
よはひを君にちきる御幸は
参議宰相藤原光賢
石清水すめるを時と千代をへん 烏丸
うてなの竹もかけなひくなり
中将為頼
すゑとをく万代まてもさかゆらん 冷泉
たけをしるへにしきしまのみち
侍従藤原忠定
君も臣もけふことふきを呉竹の 清水谷
よゝにこめてやちきり置らん
神議伯雅陳王
くれたけのかはらぬかけに今よりの
きみがちとせを悦ふけふかな
中宮大進藤原経廣
君か代は砌にそふるくれたけの 勧修寺
おなしくきはの色にちきらん
少納言藤原為遍
おさまれる御代のためしはすくになる 五条
竹の葉かへぬいろにちき覧
権少将源親顕
ふしことに千年をこめて此とのゑ 北畠
みきりことなる庭のくれたけ
権中将藤原元親
萬代をさかゑん宿のあしたけの 中山
みさほを君にかけてちきらん
権大納言藤原資勝
ちきりをかん君か千年を行すへも 日墅
すくなる竹をためしにはして
権大納言藤原公益
けふよりも君にひかれてくれたけの 西園寺
ちひろも猶や千世をかさねん
中納言藤原宣衡
千代ふへき君かよはひを呉竹の 中御門
ゆくすへかけて猶やちき覧
侍従藤原基定
千代になをいく千代そへてたけの葉の 持明院
千代になをいく千代そへて竹の葉の 持明院
かすにやとらんきみのよはひは 具起 岩念
わか君のよはいにちきれかけふかき
千尋の竹のちよのゆくすえ 少将藤原為尚
色かへぬみきりのたけをたよりにて 下冷泉
すくなる御代のすへそ久しき 中務少輔泰重
世々を経ていろもかはらぬくれたけを 土御門
君かよはひのためしとそ思ふ 将長
わかきみのちよ万代を一ふしに
こめてそなひくにはの呉竹 少将源重秀
国民のこゝろと竹もなひき合て 庭田
千代をへぬへきためしをもみん 中納言光慶
君もなをちきり置てよ色かへぬ 日野
みきりのたけに八千代は 覚除 仁和寺
色かへぬたけにけふよりちきり置て
こもれる千代を君そかそへん 尊性 大覚寺
色ふかく生そふ竹の世々をへて
君かよはひの数やみす覧 沙門 良恕
あふけなをけふの御幸にあひ竹の 竹内
すくなる君か代々の行すゑ 尊純 青蓮院
すゑとをくきみになれみんおさまれる
よになひきあふ竹の姿は 増孝 随心院
幾千代も(?)かはらぬ御代にちきりおきて
ともにさかゑん庭のくれたけ 信【?】尊
とことはにかはらぬいろのくれたけの
よゝにや千代を君そかそへん 義尊 実相院
行すゑを思ふもひさしかきりなき
よはいをちきるにはの呉竹 常尊 圓満院
にはのおもに生そふ竹のかけまても
君が千年のいろそこもれる 沙門 覚定
千年にもかわらぬ色を君か代の 三寶院
ためしにそふるにはの呉竹 寬興 勧修寺
代々ふへきみきりのたけやひさかたの
空のみとりにちきり置らん
桑門円空 西洞院入道
いまよりの御幸になれんふしことに
千代をこめたる軒のむらたけ 尭然 妙法院
すくなるをきみかこゝろにならひつゝ
みきりの竹もいく千代をへん 尊覚 一乗院
千年ふる松もしらしな呉竹の
世々につきせぬ君かちきりは 良光
秋津州の外まて御代を悦かな
かはらぬたけをためしに 道晃 聖護院
代々かけてかはらぬ色はくれたけの
末なをとをきちきりならまし
道周 照高院
葉かへせぬたけをためしに我君の
おさめしるよのすへそ久しき 最胤 梶井
千尋あるみきりのたけの代々をへて
かはらぬいろは君そ見るへき
公海 毘沙門堂
右以上六拾二哥之聞書哥(?)人次第不同
八日 御馬
九日 御能
山科の新藤 かいこ
もろこしたうたいのしゆんしうはまつりことを天下に
ほとこしわかてう北山の行幸は名をこうたいにつたへ
たりましてや今はとくたくのあつきこと重陽にさける
きくの露つもつてかねていくよのふちをあらはしせい
ゐんのしけきこと四つの時かはらぬまつのいろふかく
猶も千年の秋をしる古今にたくひなき君か代の
めてたかりける時とかや
三十郎 大 少次郎 笛 又三郎
【一行目前頁繰り返し】
三十郎 大 少次郎 笛 又三郎
なには 新藤 小 新九郎 太 左吉
七郎 源衛門
田村 春藤 長衛門 長蔵
七太夫 又四郎
源氏供養 権衛門 新九郎 長蔵
三十郎 少二郎 長蔵
紅葉かり 春藤 長衛門 左吉
七太夫 九郎兵衛 又三郎
道成寺 新藤 小左衛門 惣衛門
七郎 源衛門 長蔵
三輪 春藤 長衛門 惣衛門
七郎 九郎兵衛 又三郎
藤永 新藤 小左衛門
七太夫 少九郎 長蔵
くまさか 彦次郎 小左衛門 新助
三十郎 又四郎 又三郎
しやう〳〵 新藤 新九郎 左吉
御進物之覚 将軍様より上分
一砂金 三千両 一銀子 三千枚
一御ふく 二百なし地高まきゑ長持三十さほに入
紅 二百きん ゆたんから折
一御手本 たうふう一門金の打枝に付
一沉香のほた なかさ二間に中まはり四尺九寸有
一らんけい百巻いろ〳〵 一たいまい 三十枚
一しやかう 五きん銀の大なつめに入
一三ふく壱ついもつけいのくわんおん両わきりうこ也
一御将束 御からうとニわく共になし地高まきゑ也
一御太刀 二ふり 一文字 行平 きんらんのふく
一御馬 十疋かいく共に ろに入御箱右に同
一御いねたうく のこらすいろ〳〵あり
一くわひん 大一つ銀 一しゝのかうろう一つ 金
一靏のらうそく立 金 一くしやくのかうろう 同
一てをけ銀作花入 一御すゝり四つ内二つ古き有之
一いかう二つ内一つ銀 一かうろうの銀はん 三十枚数
一たいす同けほり有之 一ふろ 一かまあられ
一水さし 一御茶わん二つ 一なつめ 一水こほし
一かたつき 一ふたをき 右何もみなきん
一はんす【高麗茶碗の一種】の御膳道具一膳前小数七十三いろ内かないろ二つ
ゆつき一つ銀此外は皆きん
一しろかねの御膳の分四膳前 右同前
御哥のくわいの時々
御重すゝり高まきゑなし地金かなかい卅分
一御すゝりふんたい
以上
大御所様よりの御進物
一御太刀 菊 金作一腰御箱高まきゑなし地金かなかい
一手本 きんの打枝付 一らうゑい壱部行成卿筆
一すかうのゑんめいのつ 一万葉集廿さつ定家卿之筆
御箱いつれもなし地たかまきゑなり
一きやら 十きんしろかねのはこに入はゝ一尺六寸
長さ二尺高さ一尺五寸あり
一しやかう 九きんしろかね大なつめ五つに入
一みつ 六十きん又つほ二に入くれないのあみかけ
一御馬 五疋かいく共に 一ひりんす【緋綸子】 百まき
一御ふく 百なし地高まきゑきんかなかいの長持
一金子 弐千両 廿さほに入ゆたんから折
同御台様より
一御ふく 三十なかもち三さほなし地たかまきゑ
一しやきん 三百両 きんかなかいゆたんから折
中宮様へ 将軍様より
一銀 千数
一御ふく 五十なし地高まきゑ長持十さほに入
一紅いと 百きん 一沉香 百金紅ののあみに入て
一ひさや 五十巻 一白りんす五十まき
一しやかう二きんしろかねのなつめ二に入
女院様へ 将軍様より
右同前
女一宮様へ 将軍様より
一銀 三百数 一きんらん 拾まき
一御ふく 三十なし地まきえなかもち二つに入
女二宮様へ 将軍様より
一銀 二百数 一御ふく三十なし地まきえ長
持に
中宮様へ 大御所様より
一銀五百数
一御ふく卅なし地まきゑ長持五つに入
一ちんかう 一しゆ 五十まき
一きやら 五十きんしろかねの箱壱つに入て
女院様へ 大御所様より
一銀 五百数
一御ふく 三十なし地まきへ長もち五つ入
一ちんかう 一しゆす 五十まき
一銀 百まい 一御ふく廿長持に入
一きやら 五きんしろかねのはこにいれ
女一宮様へ 大御所さまより
一銀 百枚 一御ふく 廿長持に入
一御あやつり 一御ひいなたうく
女二みやさまへ 大御所さまより
一しろかね 百枚
一御ふく 廿なかもちに入
一御あやつり 一おんひいなたうく
禁中様へ 若御台様より
一砂金 三十数 一御ふく 三十
中宮様へ わか御たいさまより
一しやきん 廿まい 一御ふく 廿
女院様へ わか御たいさまより
右同前
女一宮様へ わか御たいさまより
一御ふく 廿 一ひいな 金銀
女二宮さまへ わかみたいさまより
右同前
以上
行幸の時公家衆へ被進御太刀覚
近衛殿 雲次 烏丸大納言殿 守家
一条殿 守宗 西遠寺宰相殿 准慶
二条殿 安供 清閑寺大納言殿 信包
九条殿 行平 四辻中納言殿 守宗
鷹司殿 長光 柳原宰相殿 則宗
八条殿 助吉 花山院宰相殿 弧寿
伏見殿 信国 日野大納言殿 行平
高松殿 次吉 伏見之若宮殿 助依
鷹司殿若御所 国村 西洞院/宰相(さいしやう)殿 長光
九条殿若御所 守家 中御門中納言殿 助依
中院殿 東国光 水無瀬宰相殿 長光
花山院殿 守家 烏丸左弁殿 長光
西園寺殿 来国復 中御門殿 新藤五
日野大納言殿 菊光 白川殿 西連
以上合参拾二ふり
右是者二條にて七日に将軍様よりつかはされ
候
御摂家衆へ 清花衆
一銀 三百数 一銀 百数
一小袖二十 近衛殿 一小袖廿 西園寺殿
一銀 二百数 同 花山院殿
一小袖二十 九条殿 一銀二百数
同 二条殿 一小袖十 三条大納言殿
同 一条殿 同
同 親王家鷹司殿 一銀 百数
同 八条殿 一小袖十 日野大納言殿
同 伏見殿 同 烏丸大納言殿
同 高松殿 同 広橋大納言殿
一銀二百数 同 菊亭大納言殿
一小袖十鷹司右大将殿 同 轉法輪大納言殿
同 九条大納言殿 同 西遠寺大納言殿
一銀百数御門跡衆 一銀五十数
一小袖廿 仁和寺殿 一小袖十中御門中納言殿
同 勝万院殿 同正親町三条大納言殿
同 照高院殿 同 四辻中納言殿
同 梶井殿 同 阿野中納言殿
同 竹内殿 同 清閑寺中納言殿
同 大学寺殿 同 西洞院宰相殿
同 妙法院殿 同 花山院宰相殿
同 一乗院殿 同 西遠寺宰相殿
同 知恩院殿 同 広橋宰相殿
同 随身院殿 同 柳原宰相殿
同 三宝院殿 同 烏丸宰相殿
一銀五十数 同 藤右京佐殿
一小袖十 勧修寺殿 同 飛鳥井中将殿
同 円満院殿 同 冷泉中将殿
同 実相院殿 同 勧修寺弁殿
一銀二拾数 一銀十数
一小袖五正親町侍従との一小袖三つ 森越前
同 高倉侍従との 同 岡本美作
同 油小路侍従との 同 山形右衛門佐
同 橋本侍従との 一銀十数 速山長門
同 裏辻侍従との 同 同あき
同 阿野侍従との 同 立入河内
同 伯侍従との 同 川橋佐渡
同 岩倉侍従との 同 世損【続カ】左衛門尉
同 唐橋式部との 同 大沢左衛門太夫
同 梶井侍従との 同 松波庄九郎
同 西大路侍従との 同 大外記
一銀五十数 同 官務
一小袖五 廣橋侍従との 同 土山駿河
同 日野侍従との 同 調子越前
同 屋子侍従との 同 同主膳
一銀廿数 同 三上日向
一小袖五 七条侍従との 同 調子玄番
同 治部太夫 同 同将監
同 まん丸 同 村雲備前
同 大せん丸 同 世太判官
同 僧正奢田丸 同 幸徒井院湯道
同 左京太夫 同 武田兵庫
同 兵部太輔 同 出羽豊後
同 勘解由管 同 同将監
同 極? 同 大西采め
同 清蔵人 同 小野僧正
同 塩小路蔵人 同 井関形部
同 倉橋蔵人 同 吉田兵部
【次行次頁】
御行幸のていしゆかた被仰付■覚
一禁中様
井伊掃部頭 小堀遠江守
板倉周防守 中村木工右衛門
間宮三郎右衛門
一中宮様 同女中方共に
酒井雅楽頭 五味金右衛門院
一女院様 同女中方共に
土井大炊頭 藤川庄次郎
一姫宮様 同女中方共に
松平右京【?】太夫 須田次郎太郎
一禁中様 女中方 伊丹播磨守 角南主馬
一摂家衆 中坊左近
本多美濃守
一親王家 小笠原右近太夫 山田五郎兵衛
一門跡衆 松平下総守 観音寺
松平河内守 新庄吉兵衛
松平式部少輔
松平周防守 梍村孫兵衛
一公家衆 松平越中守 松嶋五郎兵衛
岡部内膳正 高西夕雲
水野隼人正
戸田因幡守
丹羽式部少輔
本田飛騨守
松原伯耆守
溝口伊豆守 小野惣左衛門
一地下衆 蒔田権助 吉川半兵衛
長谷川職部少輔 根来右京
片桐主膳正
片桐出雲守
青木式部少輔
谷出羽■
石川■■守
御献立之次第
金きう(?)く
初献 こさし亀甲 御さうに 御手しほ
けつりもの
二献 くらけ かいもり 御すい物
からすみ
三献 壱つ物 鮒
七之膳之次第
御本膳 しほひき ふくめ やき物
あへませ 御卯漬
たこ おけ はし
御二 おんちん かまほこ 御汁鯛
さめ くらけ 御しるあつめ
御三 はむ やき鳥 かいもり
すし かそう 御しる靏 こほう
御与 まきするめ
からすみ さかひて 御しる鮑
御五地守寿盛 いか うろこ ?桶三つ
かさみ くもたこ きすこ おしるくゝい
御六 すいま ささい は■
はまくり しいたけ 御しる鯉
御七 ふなもり にし
はもり 御しるふな一こんに
御 物三つすへ
一ふのこくし 一うつらはもり 一のし
両御所様 一うつらはもり 一ふのこくし
御くへし かき あ■へい 栢さくろ のし
右は?目はかりのなり
【前コマ参照】
【巻子本】
【ラベル】
SMITH-LESOUËF
1517 F
JAP 134(2)
【巻子本の巻いた状態の上部】
【巻子本の巻いた状態の下部】
【表帯、押さえ竹、見返し】
あはれ女ともいかゝおほえたふ薄衣ひとつを
なかひきに引しをかくめて度御ほんぞとも
きかさねてくさりたるをこ【わヵ】れも御をしへによりて
かくなりけれはたゝをんなともの御とくとそ
おもふいかゝおほへ給ふ
とみくさり
たる
へをひり
給ふぞ
かし
あはれとくはかり
おさめはや
あまりいたくつけは
かひなたゆくこそ
あれ
てもたゆく
日暮らし
たる
よね
かな
たはのとを
との
から
もて参りたる
にへなり
かうしきしはおはする
にや
中将殿にめし侍りめて
たく
つかまつりたる人めてたきろくとも
まふけられたり
いかゝこのとなりのかう
しきしのけうのさえ
して
とひとになりたるは
おほえたふよしなき
とねまつりことして
人
にのられていはれ
たふは
やくなき事にて
このかうしきしにでし
ぶみ
いたしてこのさえ
ならひ
たへかしいみしうこそ
うら山しけれ
けに〳〵まろもさ思ふ
でしふみとらし
たり
とも
心やすくをしへて
んやは
こゝろみにてしぶみ
とら【他本「せ」】てならはむと
おもふ事なり
としころもいかで申まさむとおもふたまへつれとも
其事となくてまゐり来つれはこのしたふ
ざえをしへたうべとておひ〳〵でしぶみたいまつり
つるなりかならずてをつくしてをしへたうへ
かゝるざえはひとりあるはたゆる事
なればつたへまさむとて申なり
やゝ申さむよく〳〵しりてたもち給へでしぶみいたしてたうはずとも
ならはむとあらん事をいかてをしへ申さゞらむいはんや
でしぶみ
を
たうたればいとかたしけなしこの事 申たる事
又人にきかせ給ふなさらはえなら ひとり給はじ
おのがしわさをしへたうひしかはとし
ころ かくして今かゝる
をしへのまゝにし侍る
なり
ゆめ〳〵ならひとらんと
おほさは
口よりとに出し給ふなにき
はし
からぬ殿はらのみもとに参りて
のたまはむやうはかう〳〵てい
はうひち
〳〵と
三たびいふてひてたけまろかつかふま
つる
さえをめてたしと殿はらのおほせ
給ふはおこの事なりふくどみがかたはしをしへて侍也
と
のたまはく人聞て申とほしてんきこしめしてつかふ
まつれと仰給はゞ酒をまつたうべていのりごとして
つかうまつらんと申されば其をりに朝かほのみを十ばかり
さりけなしにうちくゝみて酒【他本「うけ」】してすゝきいれてさてはらさぶ
めかんをりにたちはしりてしりをこそめていきみ給へ
さらはえもいはぬ声はひでたけがするよりもはなやかに
ひり出し給ひてんとをしふれはてをすりて喜ひて
ふくとみは七条のほうのとねなり
此秀武といふやつのするだにとの
はらはめてさせ給也すやつ
は
ふくとみがかたはしをしへたるをだにめてさせ給ふなりまして
ふくどみがはしなれはをさめてとうてひりつゞけむは殿はらの
めでさせ給ひなんかしといへはいそぎてましに入ぬれは
めしをたちてたてるほどにいぬゐのかたに向ひて
ひでたけかをしへつるやうに
かう〳〵ていほうひち〳〵と
三度
いひてねうしたてり
しはしたゝいこれ
中将殿に申さん
あなゆゝしたゝおいにおひ出
されよかし
あまはかゝる事
あはれおふけなきやつかな
是は七条のふくとみには
あらすや
こやつたゝうておいいてよ
みめよりはし
めていみ
しう
にくし
しり
こしを
しぬ■■【他本「はか」】りふめ
いみ■■【他本「しう」】き■■【他本「たな」】しこる
はかりおふせよ
本よりひりけるに社【こそ】あめれ
殿に■【他本「ひ」】りてかくせんと
思ひけるいと恥なし
こるはかりよく
かうせよ
年よつたる物は
あはれ
し
けにたゞとく追出し
てはや
何事を
の給ふそ
かばかりの
盗人
をば
よく
かうしで
こそ
やら
め
たすけ給へや
なをしばし
御覧せよ
さりとも
ならひ
たる
ところ
さふらふ
をれは何事申そ
こるばかりたゞ
よくかうぜよ
物見よおきなのくそひりて
こうせらるゝ
を
とういきて見よ今そ
杖にすかりて
よろほひ
ゆく
める
あはれよしなき女の物うら
やみに
すゝめられてひてたけまろに
すかされていかて
家にあゆみ
つかむ
すら
ん
いなあれは七条の
ふくとみにいます■りか【他本「いまするか」】
いかにしてさるめは
見たまへるぞ
おほちはいろ〳〵の
おほんぞどもかづきて
おはすめり
ふるきぬ
皆やきてんあな
うれしや
とく〳〵やけかゝる古衣の
またなけなるはやきいるそよき
いろ〳〵のおほんぞ
かつきて
おはすれは
これは何か
せむ
またしきにもやき
給ふ物哉たし
かに
見てこそ焼
たまはめ
何しにかはまだしきには
やきすて給ひつるとねいま
して
こそのちもやきすて
たまはめ
何事をの給ふそあなあさまし年は六十余になりてとねまつりこと
し
給へとも
三つ子に引をとり給ひけりあさかほのみは一ツにてたにはら
とくる
物を
それに十つぶをむなしばらにすきいれてんには
かきる事にこそあなれかしかしこう是
まてよろぼひいましたるけうの事
なり
まつはらとゞめん事をやは
くすりくひてかまへ
たまひね
ひてたけかえもいはぬ
おほんそをたまはれはぬしも
あやにしきを給はりて
いますると
こそは
見つれふる衣
ともはやき
つるそ
かし
たれかかく
いみしきめは
見たまふらんと
おもふそ
ふるひはしぬともさるものを
いかにきんずるそさま〳〵に
おとこせたむるをんな
ともかな
いてやわをうなとものちゞに
かくわびしきめをみする
きつきてたに見たまひて
をのれやけといはむ
をりこそはやかめ
おぼすに
此事まば
ゆき【他本「此の事ははゆき」】 事と
おほ
ゆる
そ
なれはえ
ならは
じ
と
いひしを
などかでしぶみ
いたしてねんころに
いはゝおしへてんとのたま
ひしかはうしろめたき事
のたまはんやはとてこそでしぶみ
いたしてならはんといひしかばよろこび
たる顔してねんころにをしへしを誠と
ふかくたのみておしへしまゝにせしぞ
かし朝顔のみの事を人にゆめ〳〵といひ
しははやう腹とくる事なれはしりたる
人有てもしいひとゝむるとてあなかちにいひし
なりけり本よりひてたけまろはさるがう
するや
つ
なれはこのざえするもいとよしふくとみか此事
せんと思ひけるが
あさまし也
こゝもとをふむへきか
いかはかりふみをられ
たるぞやおひ〳〵
あれはしぬやよしなき
をんなの物うらやみに
老のはてにかゝる
めを見つる
かなしさ
よ
是をまつひとつ
すゝりまゐれ
たかむこのひてたけといふやつのわかいのちをかけて
たのむといふ人のふくとみをすかしてあさかほ
の
実をすかせたるはかきりなきつみなり
くやつ
みさきのかみたちまちくる
はしておほちみちに
うちふせて
まどわせ
給へ
あなかし
こ
や
おい
〳〵
やあかきみかくのたまひそとても
かくてもをうなともの
し給ひたる事と
思へは
むかひ申も
うと
まし
き
也
これはいみしきくすり也
たゝ一すゝり
すゝり
給へ
かくてはいかゝし給はんずるぞ
をうなをまどはし
たまはん
ずるか
あさかほのみは
ひとつたにはらと
くるものなり
十まてすきてん
にはよき事
ありなむや
さりとも
此藥をすきては
けしはあらし
これをす
かすへき
なり
この女は七条のふとねの
おきなのめにてさふらふ
あやつ■【他本「あやつゝ」】のへひりの
ひて
たけにはかされて
朝顔のみすすき
たれは其のち
かく
ひるとこそうけ
給はれ心をえ
させ
給ひてちをうせ【早稲田大学図書館本「給ひてくすりを」】
たまふへき也
ひてたけと申す
やつのをとこにて
さなしぬ【他本「さふらふ」】おきなを
すかして朝かほの
実を十つぶはかり
すかせてさぶらへは
其のちよりはら
ねとけてはさうの
みつをいたす
やうに
有りまつれは年老
たるものゝかくさふらへは
何をたのみ候へき
そ
ふとねかめのする事も
ことわりなり
いみしうたけき女哉
かうしきし
し■【他本「あ」】つかひ
にた
り
たゝついまろはして
いねかし
人見は〳〵だゞしなんと思ふそ
おい
〳〵
やゝかくなし給ひそいと見くるし人
見るとよはなち給へ
あれをみよ
えほしも
落にたり
あなおかしや
〳〵
かうしきしとねがめと■り■みたるを
わらふとそ
きく
何を
わらふそ
なにをみるそおれら
詞書写
實仲
【巻子本の表】
【ラベル】
SMITH-LESOUËF
1517 F
JAP 134(2)
【箱の中に巻子本二巻入】
【ラベル】
SMITH-LESOUËF
1517 F
JAP 134(2)
【箱の外側】
【ラベル】
SMITH-LESOUËF
1517 F
JAP 134(2)
【箱の墨書き】
糞書
物語
巻 物 二
【箱の外側】
【箱の墨書き】
糞書
物語
巻 物 二
【表紙】
【題字なし】
【「けむじものかたり」(源氏物語)の分冊の一つ】
【管理タグ】
SMITH-LESOUËF
JAP
52-3
【白紙】
【白紙】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【絵】
【白紙】
【白紙】
【裏表紙】
【小口】
【小口】
【小口】
【小口】
【表紙 題箋】
あかし
【資料整理ラベル 右上】
MS
【資料整理ラベル 右下】
JAPONAIS
5340
2
【見返し 文字無し】
【白紙】
【白紙】
なを雨かせやますかみなりしつま/ら(ら)てひこ
ろになりぬいとゝものわひしき事かす
しらすきしかたゆくさきかなしき御あり
さまに心つようしもえおほしなさすいか
にせましかゝりてみやこにかへらんこともま
た世にゆるされもなくては人わらはれなる
事こそまさらめなをこれよりふかき山
をもとめてやあとたえなましとおほすに
もなみかせにはかされてなむと人のいひ
つたへん事のちの世まてもいとかろ〳〵し
【頭部欄外の手書文字】
Japonais
5340
(2)
き名をやなかしはてんとおほしみたるゆめに
もたゝおなしさまなるもののみきつゝま
つはしきこゆと見給くもまなくてあけくる
る日かすにそへて京のかたもいとゝおほつか
なくかくなから身をはふらかしつるにやと心ほ
そうおほせとかしらさしいつへくもあらぬ
そらのみたれにいてたちまいる人もなし二條
院よりそあなかちにあやしきすかたにて
そほちまいれる道かひにてたに人かなに
そとたに御らんしわくへくもあらすまつ
をひはらひつへきしつのおのむつ か(ま)【左に「ヒ」と傍記】しうあはれ
におほさるゝも我なからかたしけなくくし【屈し 注」】に
ける心のほとおもひしらるゝ御ふみにあさ
ましくをやみなきころのけしきにいとゝそらさ
へとつる心ちしてなかめやるかたなくなん
浦風やいかにふくらむおもひやる
袖うちぬらしなみまなきころあはれにかなし
き事ともかきあつめ給へりいとゝみきはまさ
りぬへくかきくらす心ちし給京にもこの雨か
せあやしきものゝさとしなりとて仁王会
【注 「クッシ」の促音「ッ」を表記しない形。心がふさぐ。気が滅入る。意】
なとおこなはるへしとなんきこえ侍し内【内裏のこと】にま
いり給かんたちめなともすへて道とちてまつ
りこともたえてなむ侍なとはか〳〵しうもあ
らすかたくなしうかたりなせと京のかたの事
とおほせはいふかしうておまへにめしいてゝとは
せ給たゝれいのあめのをやみなくふりて
風はとき〳〵ふきいてゝ日ころになり侍を
れいならぬ事におとろき侍なりいとかく
地のそことほるはかりのひ【氷】ふりいかつちのし
つまらぬ事ははへらさりきなといといみしき
さまにおとろきおち【懼ぢ】てをるかほいとからきにも
心ほそ き(さそう)まさりけるかくしつゝ世はつきぬへ
きにやとおほさるゝにそのまたの日のあか
つきより風いみしうふきしほたかうみちて
なみのをとあらきこといはほも山ものこるま
しきけしきなりかみのなりひらめくさま
さらにいはんかたなくておちかゝりぬとおほゆる
にあるかきりさかしき人なし我らいかなるつみ
ををかしてかくかなしきめをみるらむちゝはゝ
にもあひ見すかなしきめこのかほをも見てし
ぬへき事となけく君は御心をしつめてなに
はかりのあやまちにてかこのなきさ【渚】にいのち
をはきはめん【極めん】とつようおほしなせといと物さは
かしけれはいろ〳〵のみてくらさゝけさせたまひて
すみよしの神ちかきさかゐをしつめまも
り給まことにあとをたれ給神ならはたす
け給へとおほくの大願をたて給ふをの〳〵
みつからのいのちをはさるものにてかゝる御身
のまたなきれいにしつみ給ひぬへき事の
いみしうかなしき心をお こ(こ)してすこしものお
ほゆるかきりは身にかへてこの御身ひと
つをすくひたてまつらんとゝよみて【大声をあげて】もろこゑに
仏神を念したてまつる帝王のふかき宮
にやしなはれ給て色〳〵のたのしみにおこり
給ひしかとふかき御うつくしみ【愛しみ:可愛がること】おほやしまに
あまねくしつめるともからをこそおほくうかへ
給ひしかいまなにのむくひにかこゝらよこさま
なる浪風におほゝれ給はむ天地ことはり給
へつみなくてつみにあたりつかさくらゐを
とられいへをはなれさかゐをさりてあけくれ
やすきそらなくなけき給にかくかなしきめを
さへ見いのちつきなんとするはさきの世のむ
くひかこの世のおかし【犯し】かと神仏あきらかに
ましまさはこのうれへやすめ給へとみやしろ
のかたにむきてさま〳〵の願をたて給ふ又
海の中の龍王よろつの神たちに願をたて
させ給にいよ〳〵なりとゝろきておはします
につゝきたるらうにおちかゝりぬほのほ
もえあかりてらうはやけぬ心たましゐなく
てあるかきりまとふ【惑う】うしろのかたなるおほ
いとの【大炊殿】とおほしきやにうつしたてまつりて
上下となくたちこみていとらうかはしく【ごった返した様】なき
とよむ【泣き響む:泣き騒ぐ】こゑいかつちにもおとらすそらはすみをす
りたるやうにて日もくれにけりやう〳〵風な
をり雨のあししめり星のひかりもみゆるに
このおまし所のいとめつらかなる に(も)【左に「ヒ」と傍記】いとかたし
けなくてしん殿にかへしうつしたてまつら
むとするにやけのこりたるかたもうとましけ
にそこ ら(ら)【「ら」に見え憎いので右に「ら」を傍記ヵ】の人のふみとゝろかしまとへる【惑へる】にみす【御簾】
なともみなふきちらしてけりよをあかしてこそ
はとたとりあへるに君は御ねんす【念誦】し給てお
ほしめくらすにいと心あはたゝし月さしいてゝ
しほのちかくみちきけるあともあらはになこ
り猶よせかへる浪あらきをしはのと【柴の戸】をしあけ
てなかめおはしますちかきせかいにものゝ心をし
りきしかたゆくさきの事うちおほえとや
かくやとはか〳〵しうさとる人もなしあやしき
あま【海人】ともなとのたかき人おはする所とてあつ
まりまいりてきゝもしり給はぬ事ともをさ
えつりあへるもいとめつらかなれとをい【追い】もはら
はすこの風いましはしもやまさらましかはしほの
ほりて【潮の上りて:高潮がきて】のこる所なからまし神のたすけおろかなら
さりけりといふをきゝ給もいと心ほそしといへはをろかなり
海にます神のたすけにかゝらすは
しほ◦(の)やほあひ【八百会:多くの潮路の集まり合うところ】にさすらへなましひねもすに【一日中】い
りもみつる【烈しく吹き荒れる】風のさはきにさこそいへ【そうはいっても】いたうこう
し【困(こう)ずる:疲れる】給にけれは心にもあらすうちまとろみ給ふか
たしけなきおまし所なれはたゝよりゐた
まへるにこ【故】院【源氏の父の故桐壷院】たゝおはしましゝさまなからたち
給てなと【など:どうして】かくあやしき所【むさくるしい所】にはものするそ【いるのだ】とて
御てをとりてひきたて給すみよしの神の
道ひき給ふまゝにはやふなてしてこのうら
をさりね【去ってしまえ】とのたまはすいとうれしくてかしこ
き御かけ【畏れ多いお姿=父の桐壷院のこと】にわかれたてまつりにしこなたさま
〳〵かなしき事のみおほく侍れはいまはこの
なきさに身をやすて【棄て】はへりなましときこえ
給へはいとあるましきことこれはたゝいさゝかなる
ものゝむくひなりわれはくら ひ(ゐ)【「ひ」の中に「ヒ」と書けり】にありし時あ
やまつ事なかりしかとをのつからおかしあり
けれはそのつみををふるほといとまなくてこ
の世をかへり見さりつれといみしきうれへ【ひどい歎き】に
しつむをみるにたへかたくて【あの世から出てきて】うみにいりな
きさにのほりいたくこうし【困ずる:つかれる】にたれとかゝるつい
てに内裏にそうす【奏す】へき事のあるによりなん
いそきのほりぬるとてたちさり給ひぬあか
す【飽かず:物足り無く。名残惜しく。】かなしくて御ともにまいりなんとなきいり給
て見あけたまへれは人もなく月のかほのみきら
〳〵として夢の心ちもせす御けはひとまれる【残っている】
心ちしてそらのくもあはれにたなひけり年
ころ夢のうちにも見たてまつらてこひしう
おほつかなき【お会いしたくても仕方がない】御さまをほのかなれとさたかに見
たてまつりつるのみおもかけにおほえ給て
我かくかなしひをきはめ命つきなむとしつる
をたすけに【私を助けるために】かけり【天翔けり】給へるとあはれにおほす【ありがたくお思いになる】
によくそかゝるさはきもありけるとなこりた
のもしううれしうおほえ給ことかきりなし
むねつと【胸がぐっと】ふたかりて【詰まって】中〳〵なる【なまじっか夢で故桐壷帝にお会いしたので】御心まとひ
にうつゝ【現実】のかなしき事もうちわすれ夢にも
御いらへをいますこしきこえす【申し上げず】なりぬる事
といふせさ【心が晴れず】にまたや見え給とさらにねいり
給へとさらに御めもあはて【少しも眠れないで】あかつきかたに
なりにけりなきさにちいさやかなる舟よせ
て人二三人はかりこのたひの御やとりをさし
てまいるなに人ならむとゝへはあかしの浦よりさ
きのかみしほち【新発意(しんぼち)の「ん」を表記しない形:新たに発心(ほっしん)して仏道に入った者】の御ふねよそひてまいれる
なり源少納言さふらひ給はゝたいめ【対面(たいめん)の「ん」を表記しない形】してことの
心とり申さんといふよしきよおとろきて入道は
かのくにのとくい【得意:親友】にてと(と)【本文中の「と」が墨で汚れているので右に「と」と傍記】しころあひかたらひ侍つ
れとわたくしにいさゝかあひうらむる事侍て
ことなる【事成る:事がうまくまとまる】せうそこをたにかよはさてひさしう
なり侍ぬるをなみのまきれにいかなることかあら
むとおほめく【不審に思う】君の御ゆめなともおほしあはする
事もありてはやあへ【会え】とのたまへはふねにいき
てあひたりさはかりはけし【激し】かりつる浪風にい
つまにかふねて【舟出】しつらんと心えかたくおもへり
いぬるついたちの日の夢にさまことなるものゝつ
け【告げ】しらする事侍しかはしんしかたき事とお
もひ給へしかと十三日にあらたなるしるしみせ
む舟よそひまうけてかならす雨風やまゝは
この浦によせよとかねて【前もって】しめす事の侍し
かは心み【試み】に舟よそひまうけてまち侍しに
いかめしき雨風いかつちのおとろかし侍つれは
人の御かとにも夢をしんして国をたすくる
たくひ【類】おほう侍をもちゐさせ給はぬまても
このいましめの日【お告げの日】をすくさす【過ぐさず】このよし【由】をつけ【告げ】申
侍らむとて舟いたし侍 つる(へイ)にあやしき風ほそ
うふきてこのうらにつき侍へる事まことに神
のしるへたかはすなむこゝにもしろしめす事や
侍らんとてなむいとはゝかりおほく侍れとこの
よし申給へといふよしきよしのひやかに【秘かに】つた
へ申君おほしまはす【「思い廻す」の尊敬語。:思い廻らされる】に夢うつゝさま〳〵しつか
ならすさとしのやうなる事ともをきしかたゆ
くすゑおほしあはせてよの人のきゝつたへん
のちのそしりもやすからさるへきをはゝかりて
まことの神のたすけにもあらんを【あったものを】そむくものな
らは又これよりまさりて人わらはれなるめをやみ
むうつゝの人の心たに猶くるしは か(か)【本文の「か」が墨で滲んでいるので右に「か」と傍記】なきこ
とをもつゝみてわれよりよはひまさりも
しは【または】くらゐたかく時よ【時世:世の中】のよせ【寄せ;信頼、信望】いまひとき
は【一際】まさる人にはなひきしたかひてその心む
け【意向】をたとるへき物なりしりそきてとかなし【咎無し】と
こそむかしさかしき人もいひをきけれけふかくい
のちをきはめ世にまたなきめのかきりを見
つくしつさらにのちのあとのなをはふくとて
もたけき事もあらし夢のなかにもちゝみ
かとの御をしへありつれはまたなに事かはう
たかはんとおほして御返【御返事】の給しらぬせかいに【見知らぬ土地で】
めつらしきうれへのかきり見つれと宮こ【都】のかた
よりとてことゝひ【言問い:見舞う】をこす【遣す:よこす】る人もなしたゝ行ゑ【行方】
なき空の月日のひかりはかりを古郷のともと
なかめ侍にうれしきつり舟をなんかのうらに
しつやかにかくろふへきくま【隈】の侍なんやとの給
かきりなくよろこひかしこまり申ともあれかく
もあれ夜のあけはてぬさきに御舟にて【「て」の左に傍記あるも解読できず】たて
まつれとてれいのしたしきかきり四五人はかり
してたてまつりれいの風いてきてとふやう【飛ぶよう】に
あかしにつき給ぬたゝはひわたるほとにて
かた時のまといへとあやしきまてみゆるかせ
の心なりはまのさま【様】けに【げに:まことに】いと心ことなり【格別で】人し
けう見ゆるのみなむ御ねかひにそむきける
入道のらうししめたる【領じ占めたる:独占私有している】所〳〵海のつらにも山
かくれにも時〳〵につけてけふ【興】を ま(さかイ)す【さかす:盛んにする】へきなきさ
のとまやおこなひ【勤行(ごんぎょう)】をして後の世の事をおもひす
ましつへき山水のつら【山水に面して】にいかめしきたう【堂】たて
て三 昧(まいイ)おこなひこの世のまうけ【設け:営み】に秋のた【田】のみ
をかりおさめのこりのよはひ【齢】つむへきいねのくら
まちとも【倉町ども】なとおり〳〵所につけたる見所ありて
しあつめ【為集む:数多く作りなす】たりたかしほにおちて【怖じて】このころむす
めなとは岡へ【岡辺】のやとにうつしてすませけれは
このはまのたち【館】には心やすくおはしますふ
ねより御車にたてまつりうつるほと日やう〳〵
さしあかりてほのかに見たてまつるよりおい【老い】わ
すれよはひのふる【延ぶる】心ちしてゑみさかへてまつ
すみ吉の神をかつ〳〵【かつがつ:とりあえず】おかみたてまつる月日の
ひかりをてにえ【得】たてまつる心ちしていとなみつ
かまつることはりなりところのさまをはさらに
もいはすつくりなしたるこゝろはえこたち【木立】た
ていし【立石】前栽なとのありさまえもいはぬ入江の
水なとゑ【絵】にかゝは心のいたりすくなからんゑし【絵師】
はかきをよふましとみゆ月ころの御すまゐ
よりはこよなくあきらかになつかし【慕わしい】御しつらひな
とえならすしてすまひけるさまなとけに
宮こ【都】のやんことなき所〳〵にことならすえんに【艶に:洒落た趣】
まはゆきさま【眩しいほど立派】はまさりさまにそみゆる【(都に)勝っているように見える】すこし
御心しつまりては京の【京への】御ふみともきこえ【差し上げる】給【京から】ま
いりしつかひはいみしき【ひどい】みちにいてたちてかなし
きめをみるとなきしつみてあのすま【須磨】にとま
りたるをめして【召して】身にあまるものともおほく給
てつかはすむつましき御いのりのし【師】ともさる
へき所〳〵にはこのほとの御ありさまくはしく
いひつかはすへし入道の宮はかりには【だけには】めつらかにて【奇跡的に】
よみかへるさま【命拾いした経験】なときこえ【申し上げ】給二条院のあはれ
なりし程の御返はかきもやり給はすうちおき〳〵
をしのこひつゝきこえ給御けしき猶こと【殊:格別】なり返
〳〵いみしきめのかきりをつくしはてつるあり
さまなれはいまはと世【俗世】をはなるゝ心のまさり侍れと
かゝみをみてもとのたまひし面かけのはなるゝよ【世:とき】
なきをかくおほつかななからや【かようにお目にかからないままであろうか】とこゝら【これ程多く】かなし
きさま〳〵のうれはしさはさしおかれて
はるかにもおもひやるかなしらさりし
浦よりをち【遠方】にうらつたひして夢のなかなる心ち
のみしてさめはてぬほといかにひか事【取違い】おほからん
とけにそこはかとなく【何気なく】かきみたり給へ り(る)【右に「ヒ」と傍記】しも
そいと見まま【ママ】しきそはめ【側目】なるをいとこよなき御
心さしのほとゝ人〳〵見たてまつるをの〳〵ふるさと
に心ほそけなる事つて【伝え】すへかめりをやみ【小止み:雨や雪などが少しの間降りやむこと】な
かりしそらのけしきなこりなくすみわたり
てあさり【漁り】するあまともほこらしけなりす
まは心ほそくあまのいそや【磯屋】もまれなりしを人
しけき【人が多いのを】いとひはし給しかとこゝは又さまことに
あはれなることおほくてよろつにおほしなく
さまる【思し慰まる】あかしの入道おこなひつとめたるさまい
みしうおもひすましたるをたゝこのむすめ
ひとりをみてわつらひたるけしきいとかたは
らいたきまてとき〳〵もらしうれへきこゆ御
心ちにもおかし【魅力がある】ときゝをき給し人なれはかくおほ
えな く(く)て【思いもよらず】めくりおはしたるも【廻り会ったのも】さるへき契ある
にやとおほしなから猶かう身をしつめたる程【謹慎中は】
はおこなひ【仏道修行】よりほかの事はおもはし宮こ【都】の人も
たゝなるよりはいひしにたかふ【言っていたことと違う】とおほさむも【思われるのも】
心はつかしうおほさるれはけしきたち【顔色やそぶりを示す】給事な
しことにふれて【折に触れて】心はせありさまなへてならす【なべてならず:普通ではない。優れている。】
もありけるかなとゆかしうおほされぬにしも
あらすこゝにはかしこまりて身つからもおさ〳〵【めったに】
まいらすものへたゝりたる【なにかと距離をおく】しもの屋にさふ
らふさるは【そのくせ実は】あけくれ見たてまつらまほしう【見たいと】あ
かす【飽かず:いつまでも】おもひきこえておもふ心をかなへんと仏神
をいよ〳〵ねんしたてまつるとしは六十はかり
になりにたれといときよけにあらまほ
しうおこなひ【修行で】さらほひ【痩せて骨ばる】て人のほと【人の程:身分】のあてはか【上品で優雅なさま】
なれはにやあらん【であろうか】うちひかみ【うちひがみ:「うち」は接頭語。ひねくれる】ほれ〳〵しき【年をとってぼけている】事は
あれといにしへの事をもしりてものきたな【むさくるし】
からすよしつきたる【由緒ありげな】事もましれゝは【交じれれば】むかし物
かたりなとせさせてきゝ給にすこしつれ〳〵
のまきれ【紛れ】なりとしころおほやけわたくし御
いとまなくてさしも【それほどにも】きゝをき給はぬ世のふる
事ともくつしいてゝ【端から徐々に】かたるかゝる所をも人をも
見さらましかはさう〳〵しく【張り合いがなくて寂しい感じがする】やとまてけふ【興】あり
とおほす事もましるかうは【このように】なれきこゆれ
といとけたかう【気高う】心はつかしき【立派な感じがする】御ありさまに
さこそいひしか【ああは言ったが】つゝましうなりて【気がひけて】わかおもふ
事は心のまゝにもえうちいてきこえぬ【お話申し上げられない】を心も
となうくちおしとはゝきみといひあはせて
なけくさうしみ【正身(そうじみ):当人】はをしなへての人【普通の人】たにめや
すきは【見た目のよい人は】みえぬせかいに世にはかゝる人もおはし
けりと見たてまつりしにつけて身のほと
しられていとはるかにそおもひきこえける
おやたちのかくおもひあつかふをきくに く(も)【左に「ヒ」と傍記】に
け【似気(にげ):似つかわしい様子】なきことかなとおもふにたえなるよりは
ものあはれなり四月になりぬころもかへのさう
そく御帳のかたひらなとよしある【ふさわしい】さまにしい
て【為出で:作り上げる】つゝよろつにつかうまつり【御奉公し】いとなむ【せっせと務める】をいと
をしう【気の毒で辛い】すゝろなり【思いがけないことだ】とおほせと人さまのあく
まておもひあかりたるさまのあて【上品】なるに
おほしゆるして見給京よりうちしきりた
る【度重なる】御とふらひ【御見舞の文】ともたゆみなく【途絶えることなく】おほかりのとや
かなるゆふつくよにうみのうへくもりなく
見えわたれるもすみなれ給しふる里の池の
水におもひまかへられ給にいはんかたなくこひ
しきこといつかたとなくゆくゑなき心ちし
給てたゝめのまへにみやらるゝはあわちしまなり
けりあはと【あれは】はるかになとのたまひて
あはとみるあわちの島のあはれさへ
のこるくまなくすめる夜の月ひさしうても
ふれ給はぬきん【琴】をふくろよりとりいて給ては
かなくかきならし給へる御さまを見たてま
つる人もやすからすあはれにかなしうおもひ
あへりかうれう【広陵】といふ手【曲】をあるかきり【残らず全部】ひき
すまし給へるにかのをかへの家も松のひゝき
なみのをとにあひて心はせ【心得】あるわか人は身
にしみておもふへかめり【思うに違いないようだ。】なにともきゝわくまし
き【聞き分けられない】このもかのもの【あちらこちらの】しはふるひ人【皺のある老人】ともゝすゝろはし【じっとしていられない】
くてはまかせをひきありく入道もたへて
くやうほう【供養法】たゆみていそきまいれりさらに【あらためて】
そむきにし世中もとりかへしおもひいてぬ
へく侍りのちの世にねかひ侍所【極楽浄土】の有さま
もおもふ給へやらるゝよのさまかなとなく〳〵め
てきこゆ我御心にもおり〳〵の御あそひの
人かの人のことふえ【琴笛】もしはこゑのいてしさま
とき〳〵につけて世にめてられ給ひし
ありさま御かとよりはしめたてまつりてもて
かしつき【相手を大事にして仕え】あかめたてまつり【尊敬して大切にし】給ひしを人のうえ
もわか御身のありさまもおほしいてられて
夢の心ちし給まゝにかきならし給へるこゑ【音色】も
心すこく【ものさびしく】きこゆふる人【入道】は涙もとゝめあへすを
かへにひは【琵琶】 しやう(さうイ)のこと【筝の琴:十三絃琴】とりにやりて入道
ひわのほうしになりていとおかしうめつらし
き手ひとつふたつひき出たりさうの御こと
まいりたれはすこし引【弾】給もさま〳〵いみしう
のみおもひきこえたりいとさしも【それほどにも】きこえぬも
のゝね【音】たにおりから【物事を引き立てるのにふさわしい場合】こそはまさる物なるをはる
〳〵とものゝとゝこほりなき【さえぎる物のない】海つらなるにな
か〳〵春秋の花もみちのさかりなるよりは
たゝそこはかとなう【どうということもなく】しけれるかけて【左に「ヒ」と傍記】ともなまめ
かしきに【風流で】くひな【注】のうちたゝきたるはかと【門】さし
てとあはれにおほゆねもいとになういつること
ともをいとなつかしうひきならしたるも御
こゝろとまりてこれは女のなつかしきさまに
てしとけなう【無造作に】ひきたるこそをかしけれとお
ほかたに【普通に】のたまふを入道はあひなく【何となく】うち
【注 水辺にすむ小鳥の名。初夏の頃、盛んに鳴き、その声が戸を叩く音に似ているので「鳴く」といわず「たたく」という。】
ゑみてあそはす【君が演奏なさる】よりなつかしきさまなるは
いつこのか侍らんなにかし【わたくし】延喜の【帝の】御てより
ひきつたへたる事三代になん侍ぬるをかう
つたなき身にてこの世のことはすてわすれ侍
ぬるを物のせちにいふせき【気持ちが晴れない】おり〳〵はかきなら
し侍しをあやしうまねふものゝ侍こそし
ねん【自然】かの せん(前イ)大王の御手にかよひて侍れは
山ふしのひかみゝ【聞き違い】に松風をきゝわたし侍
にやあらんいかて【なんとか】これしのひてきこしめさ
せてしかなときこゆるまゝにうちわなゝき
て涙おとすへかめり【涙を落としそうな様子に見える】君ことをことゝも【(私の)琴を琴とも】きゝ給ま
しかりける【きっとお聞きにならないだろう】あたり【方】にねたき【憎らしい】わさかなとて
をしやり給にあやしうむかしよりさうは女
なんひきとる物なりける さか(嵯峨イ)の【帝から】御つたへにて
女五宮さる世中の上手に物し給けるを
その御すちにてとりたてゝつたふる人なし
すへてたゝいま世に名をとれる人〳〵かき
なて【搔き撫で:通りいっぺん】の心やりはかりにのみあるをこゝにかう
ひきこめ【弾き籠め:琴を弾く手腕を内に隠して、世に知られないままにしておき】給へりけるいとけう【興】ありける事
かないかてかは【どうかして】きくへき【聞きたい】とのたまふきこしめ
さむになにのはゝかりか侍らんおまへにめして
もあき人【商人】の中にてたにこそふる事きゝ
はやす人は侍けれひは【琵琶】なんまことのねをひ
きしつむる【弾き鎮むる=見事に弾きこなす】人いにしへもかたう侍しをおさ〳〵【きちんと】
とゝこほる事なうなつかしきて【手】なとすち【奏法】
ことになむ【格別である】いかて【どのようにして】たとるにか侍らんあらき浪
のこゑにましるはかなしくもおもふ給へなから
かきつむるものなけかしさ【何となく悲しく思われること】まきるゝおり〳〵
も侍りなとすきゐたれ【風雅の道に深く心をよせている】はおかし【喜んで迎えいれたい】とおほして
さうのこと【筝の琴】とりかへて給はせたりけに【げに:本当に】いと
すくして【普通以上にすぐれさせて】かいひきたりいまの世にきこえぬ【伝わらぬ】
すち【奏法】ひきつけて手つかひ【手さばき】いといたうから【唐】めき
ゆのね【注】ふかうすましたり伊勢の海なら
ねときよきなきさ【清き渚】にかい【貝】やひろはんなと
こゑよき人にうたはせて我もとき〳〵ひやう
しとりてこゑうちそへて【左に「ヒ」と傍記】給ふをことひき
さしつゝめてきこゆ御くた物なとめつらしき
さまにてまいらせ人〳〵にさけ【酒】しひそし【強ひそし:むやみに勧める】なと
してをのからものわすれしぬへき世のさまな
りいたくふけゆくまゝに はま(まつイ)かせすゝし
【注 「揺の音=琴や筝などで、余韻を波うたせるために左の手の指先で絃を左右(琴)、または上下(筝)に幾回かゆすること。またその音。】
うて月も入かたになるまゝにすみまさり
しつかなるほとに御物かたりのこりなく
きこえて【お話して】この浦にすみはしめしほとの
心つかひ後の世をつとむるさまかきつくし【あるかぎりすべてを】
きこえてこのむすめのありさまとはす
かたりにきこゆおかしきものゝさすかにあはれ
にきゝ給ふふしもありいとゝり申【取り立てて申しあげ】かたき事
なれとわかきみかうおほえなきせかい【見知らぬ土地に】にかり
にてもうつろひおはしましたるはもしとし
ころおいほうし【老法師】のいのり申侍神仏のあ
はれひ【不憫に思うこと】しはしのほと御心をも
なやましたてまつるにやとなんおもふ給ふ
るそのゆへはすみよしの神をたのみはし
めたてまつりこの【以来】十八年にもなり◦(侍)ぬめの
わら【娘】はいときなう侍しより【幼かった頃から】おもふ心侍て
としことの春秋ことにかならすかのみやしろ
にまいることなん侍ひるよるの六時のつと
めにみつからのはちすのうえのねかひ【蓮の上の願い=極楽往生の願い】
をはさるものにて【それはそれとして】たゝこの人【娘】をたかきほ
い【本意=意向】かなへ給へとなんねんし侍さきの世の
ちきりつたなくてこそかゝるくちおしき山
かつ【山賎(やまがつ)=山中に生活する身分の卑しい人】となり侍けめおや大臣のくらゐをたもち
給へりきみつからかくゐ中【田舎】のたみ【民】となり
にて侍りつき〳〵【代々】さのみおとりまからは【身分、位などが低くなっていけば】なに
の身にかなり侍らむとかなしくおもひ侍をこ
れは【娘には】むまれし時よりたのむところなん侍いか
にして宮こ【都】のたかき人にたてまつらんとお
もふ心ふかきによりほと〳〵につけて【その都度】あまた
の人のそねみをおひ身のためからきめをみる
おり〳〵もおほく侍れとさらにくるしみ と(と)【左に「ヒ」と傍記】
おもひ侍らすいのちのかきりはせはき【せばき=狭い】袖にも
はくゝみ侍なむかくなからみすて侍【(娘を)後に残して死ぬ】なはなみ
の中にもましりうせね【交り失せね】となんをきて侍【心に定めて指図して有ります】なと
すへてまねふへくもあらぬ事ともをうちな
き〳〵きこゆ君も物をさま〳〵【いろいろ】おほしつゝくる
おりからは【頃なので】うちなみたくみつゝきこしめすよ
こさまのつみ【不当な罪】にあたりておもひかけぬせか
い【土地】にたゝよふ【寄るべのなくあたりをさまよう】もなにのつみにかとおほつか
なくおもひつる【思っていたが】こよひの御物かたりにきゝ
あはすれはけにあさからぬさきの世のちき
りにこそはとあはれになんなとかはかくさたかに
おもひしり給ひけることをいまゝてはつけ【告げ】たまは
さりつらん宮こ【都】はなれし時よりよのつね【世間並】な
きもあちきなうおこなひ【勤行】よりほかの事なくて
月日をふるに心もみなくつをれにけりかゝる人
ものし給【いらっしゃる】とはほのきゝなからいたつら人【役や地位を離れて無為な人】をはゆゝし
きもの【忌むべき人】にこそおもひすて給らめとおもひく ら(し)【左に「ヒ」と傍記】【思い屈し=「オモヒクッシ」の促音を表記しなかった形。気を落とす】
つるをさらはみちひき給ふへきにこそあなれ【あるようだ】心
ほそきひとりねのなくさめにもなとのたまふ
をかきりなくうれしとおもへり
ひとりねは君もしりぬやつれ〳〵と
おもひあかしの浦さひしさをましてとし月
おもふへ【左に「ヒ」と傍記】給へわたる【思い続けた】いふせさ【気の塞ぎ】ををしはからせ給へ
ときこゆるけはひ【申し上げる様子】うちわなゝき【声などが小刻みに震える】たれとさすか
にゆへ【品位】なからす【おありである】されとうら【浦】なれ給へらむ人はとて
たひころもうらかなしさにあかしかね
草のまくらはゆめもむすはすとうちみたれ給
へる【くつろいでいる】御さまはいとそあいきやうつきいふよしなき【言いようもない】
御けはひなるかすしらぬ事ともきこえつく
したれとうるさしや【面倒で嫌だ】ひか事【覚え違い】ともにかきなし【書いたので】
たれはいとゝ【一層】おこに【愚かなことに】かたくなしき【頑固な】入道の心はへも
あらはれぬへかめり【現れてしまったようだ】おもふことかつ〳〵【取り敢えず】かなひぬる
心ちしてすゝしうおもひゐたるに又の日【次の日】のひ
るつかたをかへに御ふみつかはす心はつかし
さまなめる【~であるようだ】も中〳〵かゝるものゝくま【何とはない目立たない所】にそおもひの
ほかなる事もこもる【閉じこもっている】へかめる【ようにみえる】と心つかひし給て
こま【高麗】のくるみ色のかみにえならす【一通りでなく】ひきつくろひて【隅々まで気を配って】
をちこちもしらぬ雲居になかめわひ
かすめし【ふとよぎった】やとのこすゑをそとふ【訪ふ】おもふにはと
はかりやありけむ入道も人しれすまちきこ
ゆとてかの家【岡辺の家】にき居たりけるもしるけれは
御つかひいとまはゆきまて【目をそらしたくなるまで】ゑはす御返いと
まはゆきまてそゝのかせ【せきたてる】とむすめはさらにきか
すはつかしけなる【立派な】御ふみのさまにさしいてんて
つき【筆遣い】もはつかしう【気おくれして】つゝまし人の御ほと【身分】わか身
のほとおもふにこよなくて【格段の相違で】心ちあしとてより
ふしぬ【物に寄りかかって横になる】いひわひて入道そかくいともかしこき
はゐ中ひて【田舎びて】侍たもと【袂】につゝみあまりぬるにや
さらに見給へもをよひ侍らぬかしこさ【もったいなさ】になんさるは
なかむらんおなし雲ゐ【空】をなかむるは
【娘の】おもひもおなしおもひなるらむと見給ふる
いとすき〳〵し【恋にひたむきである】やときこえたりみちのくに
かみ【陸奥国紙:奥州から産した楮を原料とした上質の紙】にいたうふるめきたれとかきさまよしは
み【由ばむ=趣深い様子をする】たりけにもすきたるかなとめさましう
見給ふ御つかひになへてならぬ【並々ではない】たまも【玉裳=美しい裳】なと
かつけ【褒美としてとらせ】たり又の日せんしかき【宣旨書き=代筆すること。】はみしらす【見知らず=経験がない】なんとて
いふせくも心にものをなやむかな
やよや【呼びかけのことば:もしもし】いかに【どうなさいました】ととふ人もなみ【無み=無いので】いひかたみ【言い難いのですが】とこの
たひはいとうつくしけにかき給へりわかき人
のめてさらんもいとあまりむもれいたからん【引っ込み思案であろう】
めてたしとは見れとなすらひならぬ【釣り合わない。匹敵しない。】身のほとの
いみしうかひなけれは中〳〵世にあるものとたつ
ねしり給につけて涙くまれてさらにれいの
とう【動】なきをせめていはれてあさからすしめ【染め】た
るむらさきのかみにすみつきこくうすくま
きらはして
おもふらむ心のほとややよいかに
またみぬ人のきゝ【評判】かなやまんてのさまかきた
るさまなとやむ事なき人にいたうおとるま
しう上手めきた る(り)【左に「ヒ」と傍記】京の事おほえて
おかしと見たまへとうちしきりつかはさんも人
めつゝまし【憚られ】けれは二三日へたてつゝつれ〳〵なる
ゆふくれもしは【もしくは】ものあはれなるあけほのな
とやう【事情、状態】にまきらはしており〳〵おなし心に見
しりぬへき【理解できる】ほとをしはかりてかきかはし給に
にけなからす【不釣り合いではない】心ふかう【思慮深く】おもひあかりたる【気位高き】けしき
も見ては【見では=見ないでは】やまし【済まない】とおほすものからよしきよ【良清】
からうして【領じて=独り占めにして自分のものだと】いひしけしきもめさましう【癪にさわる】とし
ころ心つけてあらむを【(自分が横取りして)】めのまへにおもひたか
へん【見込み違いをする】もいとおしう【気の毒だ】おほしめくらされて人すゝみ
まいらはさるかた【そういう方向】にてもまきらはしてん【紛らわしてしまおう】とおほ
せと女はた【やはり】中〳〵やむことなきゝはの人より
もいたう【たいそう】おもひあかり【気位が高く】てねたけ【妬まし気】にもてなし
きこえたれは心くらへ【意地の張り合い】にてそすきける京の
事をかくせき【須磨の関】へたゝりてはいよ〳〵おほつ
かなく【逢いたいと】おもひきこえ給ていかにせました
はふれにくゝ【軽く考えては済ませなく】もあるかなしのひてや【人目に立たぬようにして】むかへたて
まつりてまし【迎えに行けばよかった】とおほしよはる【お気持ちがくじける】おり〳〵あれと
さりともかくてやはとしをかさねむといま さ(さ)ら
に人わろき事を【みっともないこと】はとおほししつめたり【乱れた心を落ち着かせなさった】
そのとしおほやにものゝさとし【神霊の警告】しきりて物
さはかしき事おほかり三月十三日かみなり
ひらめき雨風さはかしき夜御かとの御夢に
院のみかとおまへのみはしのもとにたゝせ給
て御けしきいとあしうてにらみきこえさせ
給をかしこまりておはしますきこえさせ給【申し上げなさる】
事もおほかりけんしの御こと【源氏の御事】なりけんかし【なのであろう】
いとおそろしういとをしとおほしてきさき
にきこえさせ給ふ【申し上げ】けれは雨なとふりそらみた
れたる夜はおもひなしなる事【自分でそれだろうと思い決めること】はさそ【さぞかし】侍
か ろ(るイ)〳〵しきやうにおほしおとろくましき
こときこえ給にらみ給しにめもあはせ給
と見しけにや【げにや:本当にまあ】御めわつらひ給てたへかたう
なやみ給御つゝしみ【御物忌み】うち【内裏】にも宮にもかきり
なくせさせ給おほきおとゝ【太政大臣】うせ給ぬこと
わりの【当然の】御よはひなれとつき〳〵にをのつから
さはかしきことあるに大宮もそこはかとなう
わつらひ給てほとふれはよはり給やうなる
うちにおほしなけくことさま〳〵なり猶
この源氏の君まことにをか し(すイ)なきにて
かくしつむならはかならすこのむくひありなん
となむおほえ侍いまは猶もとの位をもた
まひてん【きっと賜りましょう】とたひ〳〵おほしのたまふを世の
もとき【非難】かろ〳〵しきやうなるへしつみにおち
てみやこをさりし人を三 ねん(とせイ)をたにすくさ
すゆるされん事はよの人もいかゝいひつたへ侍らんな
ときさきかたくいさめ給におほしはゝかる【あれこれとお考えになって遠慮なさったり心配なさったりする】
ほとに月日かさなりて御なやみともさま〳〵
におもりまさらせ給ふ【更に重くおなりになる】あかしにはれいの秋は
はまかせことなる【特別である】にひとりねもまめやかに【かりそめでなく】
ものわひしうて【何となくわびしくて】入道にもおり〳〵かたらはせ給【語っておられた】
とかくまきらはして【人目につかないようにして】こちまいらせよとのたまひ
てわたり給はん事をはあるましうおほした
るをさうしみ【正身(そうじみ)=本人】はた【同様にまた】さらにおもひたつ【そうする】へくもあら
すいとくちおしききは【つまらない身分】のゐ中【田舎】人こそかりに【仮に:一時的に】く
たりたる人のうちつけこと【思いつきのことば】につきてさやうに
かるらかに【気軽に】かたらふ【睦まじく語る】わさをもすなれ人かす【人数=人並みの者として数えられる人間】にも
おほされさらんものゆへ我はいみじき【ひどく情けない】ものお
もひ【思い悩む事】そへん【さらに備わる】かくおよひなき【分に過ぎた】心をおもへるおや
たちもよこもり【世籠りて=未婚で将来の運命が決まっていない】てすくすとし月こそあ
いなたのみ【あいな頼み=あてにならない期待】にゆくすゑ心にくゝ【不安に】おもふらめ中〳〵
なる【中途半端な】心をやつくさむとおもひてたゝこのうら
におはせんほとかゝる御ふみはかりをきこえ
かはさむこそをろかならね年ころ【年来】をと【噂】にのみき
きていつかはさる【そのような】人の御ありさまをほのかにも
見たてまつり世になきものときゝつたへ
し御こと【琴】のねをも風につけてきゝあけくれ
の御ありさまおほつかなからて【気がかりに思って】かくまて【こんなにまで】世に
ある物とおほしたつぬるなとこそかゝるあま
の中にくちぬるみにあまることなれなとお
もふにいよ〳〵はつかしうて露もけちかき【近付きやすい】事
はおもひよらすおやたちはこゝらのとしころ【多年】の
いのり【願い】のかなふへきをおもひなからゆくりかに【思いがけず突然】
見せたてまつりておほしかすまへさらん【人並みの中に数え入れてお取り扱いなさらない】時い
かなるなけきをかせんとおもひやるにゆゝ
しく【恐ろしく】てめてたき【申し分のない】人ときこゆともつらういみ
しうもあるへきかなめにも見えぬ仏神をた
のみたてまつりて人の御心をもすくせ【この世での運命】をも
しらてなとうちかへし【繰り返し】おもひみたれたり君
はこの比のなみのおとにかのもの【琴】ゝねをきか
はやさらすはかひなくこそなとつねはの給ひし
のひてよろしき日見せてはゝ君のとかくお
もひわつらふをきゝいれすてしとも【弟子ども】なとにた
にしらせすこゝろひとつにたちゐかゝやくは
かりしつらひて十三日の月のはなやかにさし
いてたるにたゝあたら夜の【注】ときこえたり【仰った】君は
すき【風流】のさまやとおほせと御なをしたてまつ
りひきつくろひて夜ふかしていて給御車
はになく【二無く=二つとなく(立派に)】つ か(く)りたれと所せし【狭し】とて御馬にて
いて給これみつ【惟光】なとはかりをさふらはせ給ふ
【注 「あたら夜の月と花とを同じくは あはれ知れらん人に見せばや」(源信明)の歌を心に置いている】
やゝとをくいる所なりけりみちの程もよもの浦
〳〵見わたし給ておもふとち【思うどち=相思う人々】見まほしき入江
の月かけにもまつ恋しき人の御事をおもひ
いてきこえ給にやかて馬ひきすきておもむ
きぬへくおほす
秋の夜の月け【月毛 注】のこまよ我こふる
雲井をかけれ【翔けれ】ときのまもみんうちひとりこ
たれ給つくれるさまこふかく【木深く=木立が茂っていて】いたき所【すぐれた所】まさ
りて見ところあるすまゐなり海のつら【ほとり】は
いかめしうおもしろくこれは心ほそくすみたる
【注 赤くて白みを帯びた馬の毛色】
さまこゝにゐておもひのこすことはあらしとお
ほしや ■(ら)るゝに物あはれなり三昧たう【堂】【注】ちか
くてかねのこゑ松風にひゝきあひてものか
なしういはにおひたる松のねさしも心は
へあるさまなり前栽ともにむしのこゑをつく
したりこゝかしこのありさまなと御らんすむ
すめすませたる方は心ことにみかきて月 いる(いれイ)
へき(たるイ)真木の戸口けしきはかり【ほんの形だけ】をしあけた
りうちやすらひなにかとのたまふにもかうまて
は見えたてまつらしとふかうおもふにものな
【注 僧が籠って法華三昧または念仏三昧を修する堂】
けかしうてうちとけぬ心さまをこよなうも【格別に】人め
きたる【ひとかどの人のように見える】かなさしも【そんなに】あるましき【有りそうもない】きは【身分】の人たにか
はかりいひよりぬれは心つようしも【情にほだされないことも】あらすなら
ひたりし【親しくなる】をいとかくやつれたるにあなつらは
しきにや【見下げたい気持ちなのか】とねたう【くやしく】さま〳〵におほしなやめ
りなさけなう【思いやりなく】をしたゝむ【無理に我意を通す】も事のさまにたか
へり心くらへ【意地の張り合い】にまけんこそ人わろ【人わろし=みっともない】けれなとみた
れうらみ給さまけにものおもひしらむ人に
こそ見せまほしけれちかきき丁【几帳】のひもにさう
のことのひきならされたるもけはひしとけな
かり【しどけなし:気楽な感じ】かきまさくり【搔き弄る=琴、三味線などを慰みに弾く】けるほと見えてをかしけれ
はこのきゝならしたること【琴】をさへやなとよろつに【いろいろ】
のたまふ
むつことをかたりあはせん人もかな
うき世の夢もなかはさむ【覚む】やと
あけぬ夜はやかてまとへる【惑へる】こゝろには
いつれを夢とわきて【分きて】かたらむほのかなる
けはひ伊勢の宮す所【御息所】にいとようおほえた
りなに心もなくうちとけてゐたりけるをかう
物おほえぬにいとわりなく【どうにもならない】てち ゝかり(かゝり)【「ゝ」「か」の左と「かり」の間の左に「ヒ」と傍記】ける
さうしのうちにいりていかてかためけるにかとい
とつよきをしゐてもをしたち【相手を無視して無理に我意をはる】給はぬさま
なりされとさのみも【そんなことばかりも】いかてかあらむ人さま【身の様子】いと
あて【上品】にそひ ら(え)【左に「ヒ」と傍記】【繊(そび)えて=しなやかでなまめかしいさま】て心はつかしきけはひ【こちらが恥ずかしく思う様子】したる
かうあなかち【強引】なりけるちきりをおほすにもあ
さからすあはれなり御心さしのちかまさり【注】す
るなるへしつねはいとはしき【嫌だと感じる】夜のなかさもと
くあけぬる心ちすれは人にしられしとおほす
も心あはたゝしうてこまかにかたらひをき
ていて給ぬ御ふみいとしのひてそ けふ(けふ)は
【注 遠くで見るより近くで見た方がすぐれて見えること】
あるあいなき【本意でない】御心のおになりやこゝにも【こちらでも】かゝるこ
といかてもらさしとつゝみて【用心して】御つかひ【文のお使い】こと〳〵しう【仰々しく】
ももてなさぬをむねいたくおもへりかくてのち
はしのひつゝとき〳〵おはす程もすこしはなれた
るにをのつからものいひ【ものの言い方】さかなき【たちが悪い】あまのこ【海人の子】もや
たちましらんとおほしはゝかるほとをされはよ【やっぱりね】と
おもひなげきたるをけにいかならぬと入道も
こくらくのねかひ【のお勤め】をはわすれてたゝこの御け
しきをまつことにはすいまさらに心をみたる【乱る】も
いといとをしけなり二条の君の風のつてにも
もり【もれ(漏れ)の古形】きゝ給はんことはたはふれにても心のへたて
ありけるとおもひうとまれ【愛想をつかされ】たてまつらん心くる
しうはつかしくおほさるゝもあなかちなる【ひたむきな】
御心さしのほとなりかし【なのでしょう】かゝるかたのことをは
さすかに心とゝめてうらみ給へりしおり〳〵なとて
あやなき【とるに足りない】すまひことにつけてもさおもはれたて
まつりけんなととりかへさまほしう人【入道の娘】のありさ
まを見たまふにつけてもこひしさのなくさむ
かたなけれはれいよりも御ふみこまやかに
かき給てまことやわれなから心よりほかなる
なをさりこと【気まぐれな行為】にてうとまれたてまつりしふ
し〳〵をおもひいつるさへむねいたきにまたあ
やしう物はかなき【むなしい】ゆめをこそ見侍しかかうき
こゆる【お話する】とはすかたりにへたてなき心のほとはお
ほしあはせよ【思いくらべてお考えになって下さい】ちかひしこともなとかきてなに事
につけても
しほ〳〵とまつそ【まづぞ】なかるゝ【泣かるゝ=泣いております】かりそめの
みるめはあまのすさひなれともとある御返なに心
なくらうたけ【いかにも可愛らしく見えるさま】にかきてしのひかねたる御ゆめ
かたりにつけてもおもひあはせらるゝ事おほかるを
うらなくもおもひけるかなちきりしを
まつよりなみはこえしもの とは(そ)【「と」「は」の左に「ヒ」と傍記】とおいらか【おだやかで】なるものか
ら【ありながら】たゝならす【普通でなく】かすめ給へるをいとあわれにうち
をきかたく見給てなこりひさしうしのひた
ひねもし給はす女思もししるきにいまそまこ
とに身もなけ【投げ】つへきこゝちするゆくすゑみし
かけなるおやはかりをたのもしきものにて
いつ世に人なみ〳〵になるへき身とおもはさりし
かとたゝそこはかとなくて【どうということもなくて】すくしつる【過ぐしつる】年月は
なにことをか心をも心をも【ママ】なやましけむかうい
みしう【辛く】物おもはしき【思われてならない】世にこそありけれとかねて
をしはかり【推量して】思ひしよりもよろつにかなしけれと
なたらかに【無難に】もてなしてにくからぬさまにみえた
てまつるあはれとは月日にそへておほしまはせ
と【あれこれと思案なさるが】やむことなきかたのおほつかなくてとし月
をすこし給ふるにたゝならすうち思ひおこせ【関心をよせ】
給らんかいと心くるしけれはひとりふしかち【臥しがち】
にてすくし給ゑをさま〳〵かきあつめてお
もふことゝもをかきつけ返事きくへき【書けるような】さまに
しなし給へり【配慮して作られた】見ん人の心にしみ【染み】ぬへきものゝ
さまなりいかてかそらにかよふ御心ならむ二条
の君も物あはれになくさむかたなくおほし給
おり〳〵おなしやうにゑをかきあつめ給つゝや り【左に「ヒ」と傍記】
かて我御ありさま日記のやうにかき給へり
いかなるへき御さまともにかあらむとしかはりぬ
うち【内裏】に御くすりの事【病気(帝が)】ありて世中さま〳〵に
のゝしる【評判が立つ】たうたい【当代】のみこは右大臣のむすめ そ(の)【左に「ヒ」と傍記】
承香殿(そきやうてんイ)の女御の御はらにおとこ宮むまれ
給へるふたつになり給へはいとい ◦(わ)けなし【年がいかず頼りない】春宮【とうぐう】
にこそはゆつりきこえ給はめ【御譲位なさるのだろう】おほやけの御う
しろみをし世をまつりこつ【政治を行う】へき人をおほしめく
らすにこの源氏のかく【このような(境遇に)】しつみ給ことあたらしう【もったいなく】
あるましきことなれはつゐに后の御い き(さ)【左に「ヒ」と傍記】めを
そむきてゆるされ給へきさためいてきぬ【御許しの詔勅が出た】こそ【去年】より
后も御ものゝけなやみ給ひさま〳〵のものゝさ
とし【物の諭=神霊の警告】しきり【続き】さはかしきを【騒然としていたが】いみしき【たいそう】御つゝしみ【物忌み】
ともをしたまふしるし【効験】にやよろしうおはしま
しける御めのなやみさへこのころおもく
ならせ給てもの心ほそくおほされけれは七月
廿日よひのほとに又かさねて京へかへり給へ
きせんし【宣旨】くだるつゐの事【いつかはそうなる事】とおもひしかと世の
つねなき【世の無常】につけてもいかになりはつへきにか【どうなってしまうのだろうか】と
なけき給をかうにはかなれは【こう急に宣旨が下ると】うれしきにそへ
ても又この浦をいまはとはなれん事をおほし
なけくに入道さるへきこと【帰京は当然】ゝおもひなからうちき
くよりむねふたかりておほゆれはおもひの
こと【思いのごと=願いどおり】さかへ【栄】たまはゝこそはわかおもひのかなふに
はあらめなとおもひなをすそのころは夜か
れ【夜離れ=男の通いが途絶えること】なくかたらひ給ふ六月はかりより心くる
しきけしき【相手にすまない気持ちがする有様】ありてなやみけりかくわかれ
給ふへきほとなれは【頃には】あやにく【(傍から)憎らしいと思われる程の仲】なるにやあり
けんありしより【以前より】もあはれに【不憫に】おほしてあやし
う【不思議と】物おもふへき身にもあるけるかなとおほし
みたる女はさらにもいはす思ひしつみたりいと
ことはりなりやおもひのほかにかなしきみち
にいてたち給しかとつゐにはゆきめくりき
なんとかつは【一方では】おほしなくさめきこのたひはうれ
しきかたの御いてたちのまたやはかへりみるへき【再び帰ってこられるであろうか】
とおほすにあはれなりさふらふ人〳〵ほと〳〵
につけてはよろこひおもふ京よりも御むか
への人〳〵まいり心ちよけ【気分のよさそうなさま】なるをあるしの入道
なみたにくれて月もたちぬほとさへあはれな
るそらのけしきになそや心つから【自身の心によって】いまもむか
しもすゝろなること【これといったわけもないこと】にて身をはふらかす【放るようにする】らん
とさま〳〵におほしみたれたるを人〳〵はあな
にく【ああ、憎らしい】れいの御くせ【癖】そと見たてまつりむつ
かるめり【不愉快がるように見える】月ころ【何か月かの間】はつゆ人にけしき見せす
とき〳〵はひまきれ【這紛れ=人目を紛らわし忍び隠れる】なとし給へるつれな き(さ)【左に「ヒ」と傍記】
をこの比あやにくに【憎らしいと思われる程】中〳〵の心つくし【心をすり減らすこと】に
かとつきしろふ【突きしろう=相手を突っついて合図する】少納言しるへ【てびき】してきこえ
いてしはしめの事なとさゝめき【ヒソヒソと話し】あへるをたゝ
ならす【ただ事でなく】おもひあへり【出立が】あさて【明後日】はかりになりて
れいのやうにもふかさて【夜更けでなく】わたり給へりさやか
にも【はっきりと】また見給はぬかたち【容貌】なといとよし〳〵しう【風情があって】
けたかきさましてめさましうも【以外にたいしたものに】ありける
かなと見すてかたくくちをしうおほさるさる
へき【然るべき】さまにしてむかへんとおほしなりぬ【新たにそう思うようになられる】さ
やうにそかたらひなくさめ給おとこの御かたち
ありさまはた【当然のこととして】さらにもいはす【改めて言うまでもない】としころ【年来】の御
おこなひ【勤行】にいたくおもやせ【顔が痩せてやつれること】給へるしもいふかた
なく【言いようがなく】めてたき御ありさまにて心くるしけ
なる【胸がつまる】けしきにうちなみたくみつゝあはれふ
かく【感慨深いありさまで】ちきり給へる【固く約束する】はたゝかはかりを【これだけでを】さいはひにても【幸せとしても】
なとかやまさらんとまてそみゆめれと【思うが】めてたき【申し分なく素晴らしい】
にしも我身のほとをおもふもつきせすな
みのこゑ秋のかせには猶ひゝきことなりし
ほやくけふりかすかにたなひきてとりあ
つめたる所のさまなり
このたひはたちわかるとももしほ【藻塩=海藻からとる塩】やく
けふりはおなしかたになひかんとのたまへは
かきつめてあまのたくものおもひにも
いまはかひなきうらみたにせしあわれにうちな
きてこと【言す】すくなゝるものからさるへきふしの御い
らへなとあさからすきこゆ【申し上げた】このつねにゆかしかり
給ものゝね【琴の音】なとさらにきかせたてまつらさり
つるをいみしううらみ給さらはかたみにもしのふ
はかりのひと ゝと(こと)【「ゝ」・「と」の左に「ヒ」と傍記】をたにとのたまひて京よ
りもておはしたりしきんの御こと【琴の御琴 注】とりにつか
はして心ことなる【特別な感じの】しらへをほのかにかきならし
給へるふかき夜のすめるはたとへんかたなし
【注 「琴の琴(きんのこと)」=奈良朝から平安初期に使われた楽器。面に桐、胴に梓(あずさ)を使い、長さ三尺六寸。黒漆塗り七絃。柱(ぢ)が無く、左手でおさえ右手で弾く。奏法が複雑で弾きにくかった。】
入道えたへて身つからさうのこと【筝の琴】とりてさ
しいれたりみつからもいとゝなみたさへそゝのか
されてとゝむへきかたなきにさそはるゝなるへ
し【気持ちが乗ってきたのだろう】しのひやか【人目を避けているように感じられるさま】にしらへたるほといと上手めき
たり入道の宮の御琴のねをたゝいま【現在】の
またなき【比類のない】ものにおもひきこえたるはいまめか
しく【当世風で】あなめてたときく人の心ゆきてかたち【容貌】
さへ思ひやらるゝ事はけにいとかきりなき【この上なき】御
ことのね【琴の音】なりこれはあくまてひきすまし
心に つゝ(くゝ)ねたきねそまされるこの御心に
たにはしめてあはれになつかしうまたみゝな
れ給はぬてなと心やましき【相手が巧みで自分が感じ入る】ほとにひきさし
つつ【弾くことを途中でやめながら】あかすおほさるゝにも月ころ【(この)何か月かの間】なとしゐて
も【強いてでも】きゝならさゝりつらん【いつも聞くようにしなかったのか】とくやしうおほさる
心のかきりゆくさきの契のみし給きんは又か
きあはする【合奏する】まてのかたみとの給女
なをさりに【かりそめに】たのめをくめる【ずっと頼りに思わせるようなお約束でしょうが(その)】ひとことを
つきせぬねにやかけてしのはんいふともなき
くちすさみ【口に出るままを言う】をうらみ給て
あふまてのかたみにちきるなかのを【琴の中の緒。 注】の
【注 筝の十三絃、琴の七絃等、のうちの中程の絃。夫婦の仲の意をかけて使われる】
しらへはことにかはらさらなむ【変わらないでほしい】このねたかはぬさき
にかならすあひみんとたのめ【期待をもたせ】給めり【なさったのでしょう】されと
たゝわかれんほとのわりなさ【どうにもならないこと】をおもひたるも
いとことはり【もっともなこと】なりたち給あか月は夜ふかくい
て給て御むかへの人〳〵もさはかしけれは心もそ
らなれとひとま【人のいないすき】をはからひて
うちすてゝたつもかなしきうらなみの
なこりいかにとおもひやるかな御返し
としへつる【年経つる】とまやもあれてうき浪の
かへるかたにや身をたくへまし【一緒に行かせましょうか】とうちおもひける
まゝを見たまふにしのひ給へとほろ〳〵と
こほれぬ心しらぬ人〳〵はなをかゝる御すま
ゐなれととしころといふはかりなれ給へる
をいまはとおほすにはさもある事そかし
なと見たてまつるよしきよなとはをろかなら
す【おろそかでなく】おほすなめりかし【お思いであるようだな】とにくゝそおもふうれ
しきにもけにけふをかきりにこのなきさ【渚】
をわかるゝことなとあはれかりてくち〳〵しほ
たれ【涙にくれる】あへることもあめり【あるだろう】されとなにかはとてな
む【いちいち書き留める必要もあるまい 注】入道けふの御まうけ【準備】いといかめしう【盛大に】つかう
【注 「何かは(書かむ)とてなむ(省きぬ)」の語の()部を省筆している】
まつれり人〳〵しものしな【品=身分】まてたひのさうそ
くめつらしき【心ひかれる】さまなりいつのまにかしあへけ
む【間に合うように成し遂げたのだろう】とみえたり御よそひ【(君の)服装】はいふへくもあらすみ
そひつ【御衣櫃=御衣を入れておく櫃】あまたかけさふらはす【荷わせる】まことのみやこのつ
と【苞=土産】にしつへき御をくり物ともゆへつきて【品格が備わって】思よ
らぬくま【心惹かれない欠点】なしけふたてまつるへき【御召しになる】かりの御さうそく【狩の御装束=狩衣に烏帽子・指貫(さしぬき)などを着けた装束】に
よる浪にたちかさね【裁重ね=衣を裁って縫い、それを重ねて着る】たるたひころも
しほとけしとや【(水や涙で)ぐっしょり濡れていますので】人のいとはむとあるを御らんし
つけて【御覧になって】さはかしけれと
かたみにそかふへかりける【取り替えるべきなんですね】あふことの
日かすへたてん中のころもを【(再会までの)日数を隔てる中の衣だから】とて心さしあるを
とてたてまつりかふ【替ふ】御身になれたるとも
をつかはすけにいまひとへ【さらにいっそう】しのはれたまふへき
ことをそふる【添ふる】かたみなの【左に「ヒ」と傍記】めりえならぬ【並々でなくすぐれた】御そ【衣】にに
ほひうつりたるをいかゝ人の心にもしめさらん【染めざらん=染まらぬことがあろうか】入
道いまはと世をはなれ侍にし身なれともけふ
の御をくりにつかうまつ こ(ら)ぬ事【お供できないとは】なと申てか
ひをつくる【貝を作る=泣き顔をする】もいとをし【気の毒】なからわかき人はわらひぬへし
よ【世】をうみ【倦み=嫌になる】にこゝら【これ程おおく】しほしむ【(海辺の生活で)潮気が浸み込む】身となりて
なをこのきしをえこそはなれね【離れられません】心のやみは【注】
【注 「人の親の心は闇にあらねども子を思う道にまどいぬるかな」(後撰雑一 藤原兼輔)の歌を踏まえている】
いとまとひぬへく侍れはさかひ【国境】まてたにとき
こえ【申し上げ】すき〳〵しきさま【色めいた話】なれと【娘を】おほしいてさせ給
おり【折】侍らはなと御けしき給はる【ご機嫌をお伺いする】いみしうもの
をあわれとおほしてところ〳〵うちあかみたる【左に「ヒ」と傍記】
まへる御まみ【目元】のわたりなといはんかたなく見え
給おもひすてかたきすちにもあめれはいまいと
とく【今すぐに】見なをしたまひてん【見直されるだろう】たゝこのすみかにて
見すてかたけれいかゝすへきとて
みやこいてし春のなけきにおとらめや
としふるうらをわかれぬる秋とてをしのこひ【涙を押すようにして拭く】
給へるにいとゝ【ますます】物おほえす【我を忘れて】しほたれまさる【涙にくれる】た
ちゐもあさましうよろほう【今にも倒れそうによろよろする】さうしみ【正身=本人】の心ち
たとふへき方なくてかうしも【こんな風を】人にみえし【人に見せられない】と
思ひしつむれと身のうきを【身分の違いが】もと【根本、原因】にてわりな
き事なれと【どうにもならないが】うちすて給へるうらみのやる
かたなきにたけきことゝは【現在できる最大の事とは】たゝ涙にしつめり
はゝきみもなくさめわひてはなにゝ【何のために】かく心つく
しなる事【心労すること】をおもひそめけむ【思いついたのか】すへてひか〳〵し
き【ひねくれている】人にしたかひける心のおこたり【思慮の手抜かり】そといふあ
なかまや【ああ、うるさい】おほしすつましき【心の中で見捨てられない】事も物し給めれ【おありなのだろう】
はさりとも【ともかく】おほすところあらむおもひなくさめて
御ゆ【煎じ薬】なと は(を)【「は」字の中央に「ヒ」と挿入】たにまいれ【飲んでおれ】あなゆゝしや【縁起が悪い】とてかた
すみによりゐたりめのとはゝ君なと【(入道の)】ひかめる
心をいひあはせ【口をそろえて話し】つゝいつしかいかて【どうかして】おもふさま【申し分のない方】にて見
てまつらんととし月をたのみすくしいまやお
もひかなふとこそたのみきこえつれ【期待申し上げたが】心くるし
きことをも物のはしめに【はじめての縁組で】みるかなとなけくをみる
にも【見るにつけ】いとをしけれはいとゝほけ【呆け】られてひるは日ゝ
とひ【日一日=朝から日暮れまで】い【眠】をのみねくらし【寝暮らし】よるはすくよかに【元気に】おきゐ
てすゝ【数珠】のゆくゑもしらすなりにけりとてて
をおしすりてあふきゐたり弟子ともにあ
はめられて【軽蔑されて】【(なんと】月夜にいてゝ行道するものは【ものだから】
やり水にたうれいりにけりよし【由来】あるいは【岩】
のかたそはにこしもつきそこなひてやみふした
るほとになむすこしものまきれける君はな
にはのかたにわたりて御はらへし給てすみよ
しにもたひらかにて【(ここまで)無事で】いろ〳〵願【いろいろ祈願したことが(かなったので)】はたし申【願ほどきをされる】へ
きよし御つかひして申させ給にはかに所
せうて【狭うて】みつからはこのたひえまうて給はす
ことなる御せうようなとなくていそき【(都へ)】いり給
ぬ二条院におはしましつきてみやこの人も御
ともの人も夢のこゝちしてゆきあひ【再会し】よろこひ
なきともゆゝしきまて【甚だしきまで】たちさはきたり
女君もかひなきものにおほしすてつるいの
ちうれしうおほさるらんかし【思われたのだろう】いとうつくしけに
ねひとゝのほり【大人びて容姿が整う】御ものおもひのほとに【悩み煩ったからか】ところ
せかりし【所狭しとフサフサに生えていた】御くしのすこしへかれたる【減っている】もいみしう【たいそう】
めてたきを【すばらしく】いまはかくてみるへきそかしと御心
おちゐる【落ち着く】につけては又かのあかす【飽かず=物足りなく】わかれし人
のおもへりしさま心くるしうおほしやらる猶
世とゝもにかゝる方にて御心のいとまなきや
その人【明石の君】の事ともなときこえいて給へり【お話しになる】【(君が)】おほし
いてたる御けしきあさからす見ゆるをたゝな
らすや【普通ではないと】見たてまつり給らんわさとならす【何気なく】
身をはおもはすなとほのめかし給ふそを
かしうらうたく【心ひかれいじらしく】おもひきこえ給かつ【同時に】みるにたに
あかぬ御さまをいかてへたてつるとし月そと
あさましき【見苦しい】まておもほすにとりかへし【もとに戻し】世中
もいとうらめしうなむほともなくもとの御位
あらたまりて【改善されて】かすよりほかの【定員外の】権大納言に
なり給ふつき〳〵の人【供の者】もさるへきかきり【それにふさわしい者に限って】はもとのつ
かさ【官職】かへし給はり世にゆるさるゝほとかれ【枯れ】たり
し木の春にあへる心ちしていとめてたきけ【様子】
なりめし【召し】ありて内【内裏】にまいり給おまへにさふ
らひ給にねひまさりていかてさる【そんな】ものむつ
かしき【なんとなく好ましくない】すまゐにとしへ給つらん【何年も過ごせたのだろうか】と見たてま
つる女房なとの院の御時よりさふらひ【仕えた】
ておいしらへるとも【老女たち】はかなしくていまさらに
なきさはきめてきこゆうへ【上=帝】もはつかしうさへ
おほしめされて御よそひなとことにひきつくろ
ひていておはします御心ちれいならて【例ならで=いつもの状態でなく】日ころ【このところ】へさせ
給けれはいたうをとろへさせ給へるをきのふけふそす
こしよろしうおほされける御物かたりしめやかに
ありて夜にいりぬ十五夜の月おもしろうし
つかなるにむかしの こと(こと)【「こ」「と」の左に「ヒ」と傍記】かきくつし【少しずつ崩すようにして】おほしい
てられてしほたれさせ給【涙にくれられる】もの心ほそくおほさ
るゝなるへしあそひなともせすむかしきゝしものゝ
ねなともきかてひさしうなりにけるかなとの給はするに
わたつ海にしつみうらふれ【失意にうなだれる】ひる【蛭】の子の
あしたゝさりし年はへにけりときこえ給へり
いとあはれに心はつかしうおほされて
宮はしらめくりあひける時しあれは
わかれし春のうらみのこすないとなまめかしき【しっとりとして美しい】御
ありさまなり院【故桐壷院】の御ために八講【注】おこなはる
へきことまついそかせ給ふ東宮を見たて
まつり給にこよなうおよすけさせ給て【格別に成長なさって】めつらし
う【なかなかお会い出来ないことと】おほしよろこひ給へるをかきりなくあはれ【立派だ】と
見たてまつり給御さ え(え)【才能】もこよなく【格段に】まさらせ
給て世をたもたせ給はんにはゝかりあるまし
くかしこくみえさせ給入道の宮にも御心す
【注 「八講会」の略。法華経八巻を八座に分け一巻ずつ講讃する法会】
こししつめて御たいめんのほとにもあ は(は)れな
る事【切なる思い】ともあらむかし【あるであろう】まことや【ほんにそうそう】かのあかし【かの明石】にはか
へる浪【遣いのこと】につけて御文つかはすひきかへしてこ
まやかにかき給ふめりなみのよる〳〵いかに
なけきつゝあかしの浦にあさきりの
たつやと人をおもひやるかなかの帥のむす
めの五節あいなく【そんなことしても仕方がないのに】人しれぬものおもひさめぬ
る心ちまくなき【まくなぎ=めくばせ】つくらせてさしをかせたり
須磨の浦に心をよせし舟人の
やかてくたせ【朽たせ】る袖をみせはやて【手=筆跡】なとこよなうま
さりにけりと見おほせ給て【見てお感じになられて】つかはす
かへりては【逆に】かことや【託言や=愚痴を】せまし【言いたいぐらいです】よせたりし【お手紙を下さった】
なこりに【そのあと】袖のひかたかりしを【干難かりし=乾きにくかったのですから】あかすをかしと【いつまでも気になる程魅力的だと】
おほしゝ【思っていた】なこりなれはおとろかされて【ママ】給てい
とゝ【いとど=ますます】おほしいつれとこのころはさやうの御ふるま
ひさらにつゝみ給めり【慎んでいらっしゃるように思われる】花ちる里なとにもたゝ
御せうそこ【消息=便り】はかりにておほつかなく中
〳〵うらめしけなり
【白紙】
【白紙】
【裏表紙の見返し 文字無し】
【裏表紙】
【背】
【天或は地】
【小口】
【天或は地】
《題:春の閨 應震画》
【閨(ねや)婦人の寝屋】
【円山應震か】
【右下ラベル】
SMITH-LESOUEF
JAP
205
應震 【印】應震
《題:古今著聞集 《割書:一》》
《割書: |極美本》
古今著聞集
古今著聞集序
夫 ̄レ著-聞-集者 ̄ハ宇-県 ̄ノ亜-相巧-語 ̄ノ遺類江-家 ̄ノ
都-督清-談 ̄ノ之余-波也 ̄リ余稟_二芳-橘之 ̄ノ種-胤【𠉥】_一 ̄ヲ顧_二 ̄テ
璅-材 ̄ノ樗-質_一 ̄ヲ而琵-琶者 ̄ハ賢師 ̄ノ之所_レ伝 ̄ル也 ̄リ儻
辨_二 六-律六-呂 ̄ノ之調_一 ̄ヲ図-画者愚-性 ̄ノ之所_レ好 ̄ム也 ̄リ
自 ̄ラ養_二 ̄フ一-日一-時 ̄ノ之心_一 ̄ヲ於戯(アヽ)春 ̄ノ鶯【鸎】 ̄ノ之囀_二 ̄スリ花下_一 ̄ニ
秋 ̄ノ雁 ̄ノ之叫_二 ̄フ月 ̄ノ前_一 ̄ニ暗 ̄ンニ感_二 ̄ズ幽-曲 ̄ノ之易_一レ ̄ニ和 ̄シ風-流之_
随_二 ̄ヒ地-勢_一 ̄ニ品物 ̄ノ之叶_二 ̄フ天-為_一 ̄ニ悉 ̄ク憶_一 ̄フ彩-筆 ̄ノ之可_一レ ̄ヲ写
繇_レ ̄テ茲 ̄ニ或 ̄ハ伴_二 ̄ヒ伶 ̄イ-客_一 ̄ニ潜 ̄ニ楽_二 ̄ミ治-世 ̄ノ之雅-音_一 ̄ヲ或 ̄ハ詫_二 ̄テ画-
工_一 ̄ニ略(ボ)【「ホボ」ヵ】呈_二 ̄ス振-古 ̄ノ之勝-概_一 ̄ヲ蓋 ̄シ居多_二暇景_一 ̄ヨリ以-降 ̄タ閑 ̄ニ
古今序 〇一
古今序 〇一
度_二 ̄ル徂-年_一 ̄ヲ之故 ̄ニ拠_レ ̄テ勘_二 ̄ルニ此 ̄ノ両-端_一 ̄ヲ捜_二 ̄リ索 ̄メ其 ̄ノ庶-事 ̄ヲ註_一 ̄ヲ
緝 ̄シテ為_二 ̄ス三-十-篇_一 ̄ト編-次二-十-巻名 ̄テ曰_二 ̄フ古-今著-聞 ̄ト【ト衍字ヵ】-
集_一 ̄ト頗 ̄ル雖_レ ̄トモ為_二 ̄リト狂-簡_一聊 ̄カ又兼_二 ̄タリ実-録_一 ̄ヲ不_三 ̄ス敢 ̄テ窺_二 ̄ハ漢-家
経-史 ̄ノ之中_一 ̄ヲ有_二 ̄リ世-風人-俗 ̄ノ之製_一矣只今 ̄マ知_二 ̄ス日-
域 ̄キ古-今 ̄ノ之際 ̄タ有_二 ̄リ街 ̄ニ談 ̄シ巷 ̄ニ説 ̄ノ之諺_一 ̄サ焉猶愧_二 ̄ス浅-
見寡-聞 ̄ノ之疎-越 ̄ヲ偏 ̄ニ招_一 ̄キ博(ハク)-識(シキ)宏(クハウ)-達(タツノ)之盧-胡_一 ̄ヲ努(ユメ〳〵)
不_レ出_二蝸-廬_一 ̄ヲ謬 ̄テ比_二 ̄ス鳴-宝_一 ̄ニ于_レ時建-長六-年応-鐘【陰暦十月】
中-旬散-木-士橘 ̄ノ南-袁/憗(ナマシイ) ̄ニ課_二 ̄テ小-童_一 ̄ニ猥 ̄リニ叙_二 ̄ル大-較 ̄ヲ
而(ノ)-已(ミ)
古今著聞集惣目録
巻一/神祇(じんぎ) 㐧一
巻二/釈教(しやくけう) 㐧二
巻三/政道忠臣(せいとうちうしん)㐧三
同 公事(くじ) 㐧四
巻四/文学(ぶんかく) 㐧五
巻五/和歌(わか) 㐧六
巻六/管弦舞(くはんげんぶ) 㐧七
巻七/能書(のふしよ) 㐧八
同 術道(じゆつとう) 㐧九
古今巻一 〇二
古今巻一 〇二
巻八 孝行恩愛(かう〳〵をんあい)㐧十
同 好色(こうしよく) 㐧十一
巻九 武勇(ぶゆう) 㐧十二
同 弓矢(きうし) 㐧十三
巻十 馬芸(ばげい) 㐧十四
同 相撲強力(すまうごうりき)㐧十五
巻十一/画図(ぐわと) 㐧十六
同 蹴鞠(しゆうきく) 㐧十七
巻十二/博奕(ばくち) 㐧十八
同 偸盗(ぬすびと) 㐧十九
巻十三/祝言(しゆうげん) 㐧二十
同 哀傷(あいしやう) 㐧廿一
巻十四/遊覧(ゆうらん) 㐧廿二
巻十五/宿執(しゆくしふ) 㐧廿三
同 闘浄(とうじやう) 㐧廿四
巻十六/興言利口(こうげんりこう)㐧廿五
巻十七/怪異(けい) 㐧廿六
同 変化(へんくは) 㐧廿七
巻十八/飲食(いんしひ) 㐧廿八
巻十九/草木(さうもく) 㐧廿九
古今巻一 〇三
古今巻一 〇三
巻二十/魚虫禽獣(ぎよちうきんしふ)㐧三十
目録終
【蔵書印 朱 陽刻 単郭 篆書体】
《割書:平戸藩|蔵 書》 《割書:楽歳堂|図書記》 《割書:子孫|永寶》
【挿絵】
古今巻一ノ 〇又一
古今巻一ノ 〇又一
【挿絵】
古今著聞集巻第一
神祇(じんぎ)第一
天地(あめつち)いまだわかれず渾沌(まろかれたること)鶏(とり)の子(こ)のごとしその
すめるはたなびきて天となりにごれるはしづみ
とゞこほりて地(つち)となるときに天地(あめつち)のなかに日(ひ)と
つのものありかたち葦牙(あしかひ)のごとしすなはち化(ケ)し
て神となる国常(くにとこ)立尊(たちのみこと)これなりそれよりこの
かた天神(あきつかみ)七代(なゝよ)地神(くにつかみ)五代(いつよ)より彦波瀲武鸕(ひこなきさたけウ)鷀/草(かや)
葺不号尊(ふきあはせすのみこと)の御子(をんこ)神武天皇(じんむてんわう)よりぞ人代(ひとのよ)とはなり
にけるこの御とき戊子(つちのへね)のとし九月にはじめて
古今巻一 〇四
古今巻一 〇四
もろ〳〵の神祇(しんぎ)まつられけり第(だい)十代/崇神天皇(すうじんてんわう)
六年に天照太神(あまてらすおほんかみ)を笠縫邑(かさぬいのむら)にまつり奉る同(おなしき)七年
に天社(あまつやしろ)国(くにつ)社をよび諸(もろ)国/諸神(もろかみ)の神戸(かんべ)をさだめら
るそのゝち世(よ)おさまり民(たみ)ゆたかなり第(だい)十一代/垂(すい)
仁(にん)天皇二十五年三月にあまてる御神(おゝんかみ)の御をし
へにしたがひて伊勢(いせ)の国(くに)いすゞの川(かは)かみにいはひ奉
て第(だい)二のひめみこ倭姫尊(やまとひめのみこと)を齋宮(いつきのみや)にたてまつられ
けりおよそわがてうは神国(しんこく)として大小(だいせう)の神祇(じんぎ)部
類(るい)けんぞく権化(ごんけ)の道感々応(どうかんかんをう)あまねくつうずる
ものなりいはゆる神功皇后(じんこうくはうごう)の三韓(さんかん)をたいらげ給
ふにも天神地祇(てんしんちき)こと〴〵くあらわれ給ひけるとそ
これによりてかたじけなくも廿二/社(しや)のそんじんを
さだめてもつはら百王百代(ひやくわうひやくだい)のこんこにそなへ
奉る天子(てんし)よりはじめてしよじんにいたるまで
そのめいとくをあふがずといふ事なしくはんむ天
わうの御宇(ぎよう)ゑんりやく元(くはん)年五月四日うさのみや
御(ご)たくせんにむりやうこうの中に三/界(かい)に化生(けしやう)し
て方便(はうべん)をめくらして衆生(しゆじやう)をみちびく名(な)をばだい
じざいわうぼさつといふなりとおほせえられけり
あはれにたうとくこそはんべれ
古今巻一 〇五
古今巻一 〇五
内侍前(ないしところ)はむかしは清涼殿(せいりやうてん)にさだめをかれまいらせ
られけるをおのづからぶれいのこともあらば
そのおそれ有べしとて温明殿(をんめいでん)にうつされにけり
此事いづれの御/時(とき)のことにかおぼつかなしかの殿清(でんせい)
涼殿(りやうてん)よりさがりたる便(びん)なしとて内侍所(ないしところ)にさだ
められたる方(かた)をば板敷(いたしき)をたかくしきあげられ
たりけるとぞ天徳(てんとくニ)内裏(だいり)焼亡(じょうまう)に神鏡(しんきやう)みづから
とびいで給ひてなんでんの桜(さくら)の木(き)にかゝらせ給ひ
たりけるををのゝみや殿(どの)ひざまづきて御/目(め)をふさぎ
てけいひつ【警蹕】をたかくとなへて御うへのきぬの袖(そで)をひ
ろげてうけまいらせられければすなはちとびかへり
て御/袖(そで)にいらせ給たりと申つたへて侍(はんべ)りされども此
事おぼつかなし其日の御/記(き)に云/天徳(てんとく)四年九月
廿四日/申(さる)の刻重光(コクシゲミツ)朝臣(アソン)来(キタリ)申/云(イハク)火気(クワキ)頗消罷至(スコブルキヘヤンデイタリ)_二
温明殿(ヲンメイデン)_一求(モトムルニ)_レ之 ̄ヲ瓦上(カワラノウヘ)に有(アリ)_二鏡面(キヤウメン)_一其(ソノ)経(ワタリ)【「径」ヵ】八寸(ヤキ)頭(カシラニ)雖(イヘドモ)_レ有(アリト)_二 一(ヒトツノ)
瑕(キス)_一円(エン)_規(キ)甚以分明露出(ハナハタモツテフンミヤウニロシユツス)俯(フシテ)_二破瓦上(ハクハノウヘニ)_一見(ミル)_レ之 ̄ヲ者(モノ)無(ナシ)_レ不(サルハ)_レ驚(ヲトロカ)
或御記(アルキヨキ)かくのごとし小野宮殿(をのゝミヤとの)の事みえずおぼつか
なき事也/寛弘(くわんこう)のぜうもう【焼亡】にはやけ給たりけれ
どもすこしもかけさせ給はざりけり其時(そのとき)の公卿勅使(くぎやうちよくし)
行成卿(ゆきなりきやう)なり宸筆(しんひつ)の宣命(せんみやう)はこの御/時(とき)はじまれり
古今巻一 〇六
古今巻一 〇六
長久焼亡(ちやうきうのぜうまう)にぞやけそんぜさせ給にけるそれより
そのやけさせ給ひたる灰(はひ)をとりてからひつに入奉り
ていまおはしますり是也/世(よ)のくだりさま神鏡(しんきやう)の御さま
にてみえたり神威(しんい)いつとてもなじかはかはり給ふべき
なれども世(よ)のくだり行(ゆく)さまをしめし給ふゆへにかくなり
ゆかせ給ふにこそ今行末(いまゆくすへ)いかならんかなしむべきこと也
〽延長八年六月廿九日 ̄ノ夜(よ)貞崇法師(ていすうほうし)勅(ちよく)を承(うけたまは)りて清(せい)
涼殿(りやうでん)に候(こう)じて念仏(ねんぶつ)し侍りけるに夜(よ)やう〳〵ふけて東(ひかし)
のひさしに大(おほひ)なる人のあゆむをと聞えけり貞崇(ていすう)すだ
れをかきあげて見ければあゆみかへるをとして
人見へず其後(そのゝち)又小人(またせうしん)のあゆみくる声(こゑ)すやう〳〵ちかく
なりて女声にてなにゝよりて候ぞととひければ勅(ちよく)
を承りて候よしをことふ小人のいひけるは先度(せんと)なんぢ
大般若(たいはんにや)の御読経(をんどくきやう)つかうまつりしに験(げん)ありきはじめ歩(あゆみ)
来(きた)りつるものは邪気也(じやきなり)かの経(きやう)によりて足(あし)やけそんじ
ててうぶくせられぬ後(のち)のたびの金剛般若(こんがうはんにや)の御/読経(どくきやう)
奉仕(ぶし)の時(とき)は験(げん)なかりき此よしを奏聞(そうもん)して大般若(たいはんにや)
の御/読経(どくきやう)をつとめよ我(われ)はこれ稲荷(いなり)の神なりとて
うせ給ひぬ貞崇(ていそう)此よしを奏聞(そうもん)し侍けり○三井寺の
鎮守(ちんじゆ)新羅(しんら)明神は婆竭羅龍王(しやかつらりうわう)の子(こ)也智證大師(ちせうだいし)渡(と)
古今巻一 〇七
古今巻一 〇七
唐(とう)の時大師(ときだいし)の仏法(ふつほう)をまもらんとちかひ給てかたちを
あらはしかの寺(てら)にあとをたれ給へる也/円満院僧正明尊(えんまんゐんそうせうめうそん)
はじめて祭礼(さいれい)をおこなはれける明神(めうしん)よろこばせ給ひ
て一首(いつしゆ)の和歌(わか)を託宣(たくせん)し給ける
からふねに法(のり)まもりにとこしかひは
ありけるものをこゝにとまりに
慈覚大師(じかくたいし)如法経(によほうきやう)かき給ひける時/白髪(はくはつ)の老翁杖(らうをうつえ)に
たずさはりて山によぢ上りけるがあなくるし内裏(だひり)の
守護(しゆご)といひ此/如法経(によほうきやう)の守護(しゆご)といひ年はたかく成(なり)て
くるしう候ぞと宣(のたま)ひけりたが御わたり候ぞと尋(たつね)
申されければ住(すみ)吉の神也とぞなのり給ける皇威も
法威(ほうい)もめでたかりけるかな住吉(すみよし)は四所(よところ)おはします
一御所(ヒトヲントコロ)は高貴(カウキ)徳王大菩薩(トクワウダイボサチ)《割書:乗龍》御託宣(コタクセン)にいはく我(ワレハ)是
兜率天内高貴徳王菩薩(トソツテンノウチコウキトクワウボサチ)也/為(タメ)_三鎮(チン)_二護(コセンカ)国家(コクカヲ)_一垂_二跡於
当朝墨江辺(タウテウスミノエノホリニ)_一松(セウ)_林下久送(リンノモトニヒサシクヲクル)_二風霜(フウソウヲ)_一 時有(ヨリ〳〵アリ)_レ受(ウケント)_レ苦(クヲ)自(ヲノヅカラ)当(アタツテ)_二北方_一 ̄ニ
有(アリ)_二 一 ̄ツノ勝地(セウチ)_一願(ネカハクハ)奏(ソウ)_二達(タツシ)公家(クゲニ)_一建(コン)_二‐立(リウシテ)一伽藍(ヒトツノカランヲ)_一転(テンセヨ)_二法輪_一 ̄ヲ云々これ
によりて神/宮(くう)寺をば建立(こんりう)せられける也又津/守国(もりのくに)
基(もと)申侍けるは南社(みなみのやしろ)は衣通(そとをり)姫也/玉(たま)津島明神と申
也和歌の浦(うら)に玉(たま)津嶋の明神と申は此/衣(そ)通/姫(ひめ)也
昔彼浦(むかしかのうら)の風/景(けい)を饒思食(ゆたかにをほしめし)し故(ゆへ)に跡(あとを)たれおはし
古今巻一 〇八
古今巻一 〇八ウ
ますなりとぞ
北/野(の)宰相(さいしやう)殿は天神四世の苗裔(びゃうゑい)也/円融院(えんゆうゐん)の御
侍読(じどく)として道の名誉(めいよ)ゆゝしくおはしましけり天/元(げん)
四年に太/宰(さいの)大弐に任(にん)じて同五年九月に府(ふ)に
つきて安楽(あんらく)寺をじゆんれいし給けるに堂舎(だうしや)はあり
といへども塔婆(とうば)いまだ見へず建立(こんりう)のぐはんもとより
ありけるによりて造営(ぞうえい)を始られけり聖廟(せいびやう)よろ
こび思食(おぼしめし)ける故(ゆへ)に永(えう)観二年六月廿九日の御託(ごたく)
宣(せん)にいはく大弐/朝臣兼式部(あつそんけんしきぶ)大/甫(ゆふ)事に希有(けうに)為(たり)_二
家面目(いへのめんぼく)_一大弐/朝臣(あつそん)内/外(げ)共の末孫(ばつそん)又存_二信(しん)‐心(〳〵を)依(よつて)_レ発(をこす)_二造(そう)
古今巻一ノ 〇八
【挿絵】
古今巻一ノ 〇八
【挿絵】
塔写(とうしや)経之大/願(くわん)_一我深信(わかじんしん) ̄ノ廻_レ謀令_二当任_一暫停_二他事_一 ̄ヲ
はやく遂(とげ)_二此/願(ぐわんを)_一致(いたす)_二 合力(かうりよく)_一之(の)人々/現(げん)世後/生(しやう)の大/願皆(くわんみな)
成(じやう)す生々世々/因果令(ゐんくわしめん)_レ熟(しゆく)云々寺/家(け)別当松寿(へつたうせうじゆ)み
づからこれを記(しる)す都督(ととく)いよ〳〵信心(しん〳〵)を発(をこ)して三年
が中に多宝塔(たほうたう)一/基(き)をたてゝ胎蔵界(たいぞうかい)の五仏(こぶつ)を
あんじ法花(ほつけ)千/部(ぶ)を納め奉るこれをひがしの御堂(みだう)
となづく禅侶(ぜんりよ)をおきて不退のつとめをいたさる
閑(か)?の卿(きやう)宰府(さいふ)のあひだ寺/家(け)の仏事神事の儀式(きしき)
寺/務(む)のあるべき次第など委(くはし)く記(しる)しおかれて三/巻(ぐはん)
の書と名付(なつけ)て宝蔵(ほうぞう)に納て今に伝(つたはれ)り秩満(ちつまん)
古今巻一 〇九
古今巻一 〇九
の後/都(みやこ)へ帰(かへり)給て長徳(ちやうとく)二年に参議(さんき)に任じ寛弘(くはんこう)
六年十二月に八十五にてうせ給其後神とあらはれ
て叢詞(そうし)を廟(びやう)【庿】壇農(だんの)傍(かたはら)にひらかる万寿(まんしゆ)三年三月に
僧正一位の加/階(かい)にあづかり給ひけり
一/条院(てうのゐんの)御時/上総(かすさの)守時/重(しけ)といふ人有千部の法花(ほけ)経
読誦(どくしゆ)の願(くはん)心中にふかゝりけれ共/身(み)まづしくして
僧(そう)壱人かたらふべきはからひなし思ひかねて日吉の
やしろに詣(まう)で二心なく祈(いのり)申けるに神感(しんかん)有てはから
ざるに上総守(かづさのかみ)に成にけり任国の最前(さいせん)のとくいんを
もて千部の経(きやう)を始(はんしめ)てげり其/夜(よ)の夢(ゆめ)に貴(たつとき)僧枕に
来て云よき哉〳〵汝(なんち)一/乗(じやう)のてんどくくはだつることを
とて感(かん)涙をながしておはしましけり時/重(しけ)かく仰られしは
誰(たれ)にておはしましゝぞと尋(たね)【たづねヵ】申ければ貴僧われは一乗の
守護(しゆご)十/禅師(ぜんじ)也とこたへさせ給ひて歌(うた)をなん詠(ゑい)じた
まひける
一/乗(じやう)の御法(みのり)をたもつ人のみそ
三世の仏の師(し)とはなりける
時/重(しけ)かたじけなくたうとく覚(おぼ)へて生死(しやうじ)をばいか
でかはなれ候べきと申ければ
極楽(ごくらく)の道のしるべは身をさらぬ
古今巻一 十
古今巻一 十
心ひとつのなをきなりけり
扨かへらせ給ひけるが立/帰(かへ)りて又/詠(えい)ぜさせ給ひける
朝夕(あさゆふ)の人のうへにも見聞らん
むなしきそらのけふりとそなる
無/情(じやう)を悟(さと)るへき由を終には示(しめし)てさり給ひにけり
あはれにたうとき事也
長/暦(れき)二年に天/台(だい)座/主(す)の闕(けつ)いできたりけるに
三井寺の明尊(めうぞん)大/僧正(そうぜう)をなさるべきよし関白(くはんばく)殿し
きりに執(しつし)申させ給ひけり山僧(さんそう)此事を聞て蜂起(ほうき)し
て十月廿七日五六百人下/洛(らく)して左/近(こん)の馬場にあつ
まりて奏(そう)状を奉りにけり此事によりて霜月の
受戒(じゆかい)もとゞまりけり同三年二月十七日山/僧関白殿(そうくはんはくとの)
の門前へ参りてうれへ申けり十八日にも参ておめき
のゝしる声(こえ)おびたゝ敷(しく)ぞ侍ける平の直(なを)方同/繁貞(しげさた)
に仰られてふせがせられける程に互(たがい)にきずを蒙(かうふる)る
ものおほかりけりかゝる程(ほと)に山の教円僧都(けうゑんそうづ)明/尊僧(ぞんそう)
正と同/宗(しう)の聞(きこ)え有ければ山/僧教圓(そうけうえん)をからめてにげ
さりにけりとかく怠状(たいでう)してゆりにけるとかやさて教(けう)
圓僧都(えんそうづ)座/主(す)には成にけり頼寿良圓両僧都蜂(らいじゆりやうえんりやうそうづほう)
起(き)の張(ちやう)ほん也とて勅(ちよく)勘/蒙(かうふ)りけり去程(さるほと)に同七月
古今巻一 十一
古今巻一 十一
廿四日より玉体(ぎよくたい)れいならぬ御事有さま〴〵の御/祈(いのり)
共をこなはれけれ共御/減(げん)なくて日/数(かす)つもらせ給
けるほどに八月十日さんわうの御/託宣(たくせん)有て両僧(りやうそう)
都(づ)をめされけり其後ほどなく御/減(げん)ありける厳重(げんじう)
なる御事なり
同年中比大中/臣佐國祭主(とみすけくにさいしゆ)になりたりけるを
同三年四月二日/荒祭宮(あらまつりのみや)の御/託宣(たくせん)に祭主(さいしゆ)なしかへ
らるべきよしありけり遷(せん)宮の間に厳(けん)重の事共
あれ共/恐(おそ)れあればしるさず六月廿六日/佐(すけ)国つゐ
に伊豆の国へ流(ながさ)れにけりかゝる/程(ほと)に七月十日/荒(あら)
祭宮斎宮(まつりのみやさいくう)の内/侍(し)に御/託宣(たくせん)あり祭主配(さいしゆはい)流しかる
べからずとありけり同十六日かさねて御/託宣(たくせん)ありて
佐国(すけくに)が孫清佐(まごきよすけ)をめして仰られけるは佐国(すけくに)を流(ながさ)るゝ
事しかるべからず先(せん)日の託宣(たくせん)にも配流(はいる)の事のなし
然(しか)るをかくのごとく大きなる誤(あやま)りありをこなはるゝ
旨道理(むねどうり)にそむけりはやく免しかへすべきよし
奏聞(そうもん)すべし佐国いまだ伊勢の国のさかひを出ざるに
めすべき也/勅定待(ちよくてうまた)ばをそかりぬべし是ゟ/使(つかひ)をつか
はしてめしかへすべしと侍ければ斎宮(さいくう)の吏生をも
ちて免しにつかはされにけり此よし奏聞(そうもん)せられけれ
古今巻一 十二
古今巻一 十二
ば同十九日/佐国(すけくに)めしかへされけりとなん其比御託宣(そのころごたくせん)
たび〳〵有けりかたじけなかりける事也
延久(ゑんきう)二年八月三日かづさの国一のみやの御たくせん
に懐妊(くはひにん)【姙】の後(のち)すでに三年におよぶいま明王(めいわう)の国
をおさむる時に望(のそみ)て若(わか)みやをたん生すと仰られ
けりこれによりて海浜(かいひん)を見ければ明珠一顆(めいしゆいつくは)あり
けりかの御正/体(たい)にたがふ事なかりけりふしきな
る事なり
後三条院御時くにのみつき物/廣田(ひろた)の御まへの澳(おき)
にておほく入海(しゆかい)の聞(きこ)えありければ宣旨(せんじ)をかのやし
ろへ下されてみつき物をまつたうせられぬよし逆鱗(げきりん)
ありけるに社(やしろ)のほとりの木一夜にかれにけり主上(しゆしやう)き
こしめしおとろかせ給てなだめ申されければ木もと
のことくさかえにけり其後/舟(ふね)も入海(じゆかい)せざりけり
大学寮廟(だいかくりやうのびやう)【庿】供(く)には昔(むかし)はゐのしゝかのしゝをもそなへけるを
ある人の夢(ゆめ)に尼父(じふ)の宣(のたま)はく本/国(こく)にてはすゝめしかども
この朝(てう)にきたりし後(のち)は太神宮/来臨同(らいりんをなしふす)礼(れいを)穢食供(えしよくくう)
すべからずとありけるによりて後には供(けう)ぜずなりに
けるとなん智足院殿内覧(そくゐんとのないらん)のせんじをとゞめられ
させ給たる事ありけりねん比に春日(かすが)大明神に
古今巻一 十三
【柱】古今巻一 十三
きねんせさせ給ける程に大明神/北政所(きたのまんところ)につかせ
給ひて今/一世(いつせ)はあるべきなり登(と)両三/度(と)仰られ
けり歌(うた)を一/首(しゆ)よませ給たりけるとかや尋(たつね)てしる
すべし大明神/遷御(せんぎよ)の後(のち)ぞ北政所(きたのまんところ)れい農(の)御心には成(なり)
給にけるはたして更(さらに)又御しゆつし有て天下のまつり
ごとを執せ給にけり是(これ)くだんの大明神の御めくみ也
○元永(けんゑい)元年四月九日/顕通大納言中納言(あきみちのだいなごんちうなごん)ゑもんの
督(かみ)にて公卿勅使承(くぎやうちよくしうけたまは)りて下られけるにいづれの宿(しゆく)とや
にて宸筆(しんひつ)の宣命(せんみやう)をとりおとしたゝれにけりいそぎ人
を返(かへ)しつかはして求(もと)められけれど日次(ひなみ)などはたがひてや
侍りけん父(ちゝ)の大相国(だいしやうこく)其時/右大臣(うだいしん)にておはしけるがこの
事を聞(きか)れて家(いへ)つぐましきものなりとぞ宣(のたま)ひ気(け)る
保安(ほうあん)三年正月廿三日に大納言(だいなこん)にはなられけれども
四月にむねを煩(わつら)ひて父(ちゝ)のおとゞにさきだちて八日に
うせられにけりおとゞの案にたがはざりけり中院右(なかのゐんう)
大臣宰相中将(たいしんさいしやうちうせう)にて侍ける ぞ家(いへ)をばつがれける
基隆朝臣周防国(もとたかあそんすはうのくに)をしりける比/保安(ほうあん)三年十月に
かたりけるは彼(かの)国にしまの明神とておはします神主(かんぬし)
牢籠(らうろう)の事有て論(ろん)しけるもの有とて神田(しんでん)をかりとら
んとしければ宝前(ほうぜん)より蛇(へび)三百/計(ばかり)出たり其内につの有
【柱】古今巻一 十四
【柱】古今巻一 十四
二つ有けりしばしありて入ぬ其後/猶(なを)からんとしければ
烏数万(からすすまん)とび来りて神田(しんてん)の稲(いね)の穂(ほ)をくひぬきてみな
神殿(しんでん)の上に葺(ふき)けりふしぎの事也本/国(ごく)の神かゝる事中〳〵
おはする物也さかとのさゑもんの大夫/源(みなもと)の康季(やすすへ)は年(とし)
比(ころ)加茂(かも)につかうまつりけりある夜/御戸(みと)開(ひらき)に参りける
程に鴨川(かもかは)の水出て通(とをり)がたかりけれは岸(きし)のうへに思ひ
やり奉て居(ゐ)たりけりかゝる程に御戸(みと)開(ひらき)まいらせんと
するにいかにもひらかれさせ給はざりければ社司(しやし)共せん
つきてねぶり居(ゐ)たりける程にある社司(しやし)の夢(ゆめ)に康季(やすすへ)
が参をまたせ給ひて開(ひら)かぬよしを見てげり是(これ)によりて
氏人共をむかへに遣(つか)はしたりけれは岸(きし)の上に忙然(ぼうぜん)として
ゐたりけるをすくうがごとくにしてまいりにけり其後ぞ
御戸(みと)はひらかれにける康(やす)季かく神慮(しんりよ)に叶(かな)ひけるゆへ
にやさしも有がたき大夫の尉(せう)に近康康綱康実康景(ちかやすやすつなやすざねやすかげ)
累代(るいたい)たえず成にけり此外/季範季頼季実季国康(すへのりすへよりすへさねすへくにやす)
重康廣(しげやすひろ)も此康季が子孫(しそん)にてみな此/職(しよく)をきはめ
たり他家(たけ)にはありがたき事也
保延(ほうあん)五年五月朔日/祈雨(きう)の奉幣(はうべい)有けり大宮(をほみや)の大夫
師頼卿奉行(もろよりきやうぶぎやう)せられけるに大内記(だいないき)儒弁さばかりありて
参らざりけれは宣命(せんみやう)をつくるべき人なかりければ上卿(しやうけい)
【柱】古今巻一 十五
【柱】古今巻一 十五
はしのびて宣命(せんみやう)をつくりて少内記相永作(せうないきすけなかつくり)たる
とぞ号(ごう)せられける此/宣命(せんみやう)かならず神感(しんかん)有へきよし
自讃(じさん)せられけるにはたして三日雨おびたゝしくふり
たりけるとなん
裏書云(ウラカキニイハク) 彼宣命詞(カノセンミヤウノコトハ)
天皇(アメノスヘラ)《割書:賀(カ)》詔旨(ミコトノリア)《割書:良麻(ラバ)|止(ト)》掛畏(カケマクモカシコ)《割書:支(キ)》其大神(ソノヲホンカミ)《割書:乃(ノ)》広前(ヒロマエ)《割書:尓(ニ)》恐(ヲソレ)《割書:参(ミ)》恐(ヲソレ)《割書:美(ミ)|毛(モ)》
申給(モウシタマ)《割書:波久(ハク)|止(ト)》申(マフ)《割書:須(ス)》今年之春東作之比(コトシノハルトウサクノコロ)《割書:尓(ニ)》雨沢順(ウタクシタカフ)_レ旬(シユンニ)《割書:天(テ)》年(ネン)
穀有(コクアル)_レ年(トシ)《割書:倍支(ヘキ)》由(ヨシ)《割書:午(ヲ)》【乎ヵ】令(シメ)_二祈申(イノリマウサ)給(タマフ)而(ノ)《割書:已(ミ)》神明(シンメイ)《割書:乃(ノ)》霊鑑(レイカン)【鍳】《割書:尓(ニ)》
依(ヨツ)《割書:天(テ)》稼穡(カシヨク)《割書:乃(ノ)》豊登(ユタカニミノル)《割書:乎(ヲ)》期給(コシタマフ)《割書:尓(ニ)》頃月(シキリノツキ)旱雲(カンウン)久凝(ヒサシクコツテ)膏雨(カウウ)
不(ズシ)_レ灑(ソヽカ)《割書:天(テ)》百穀(ハクコク)漸(ヤウヤク)枯(カ)《割書:礼(レイ)》万民苦業(バンミンクチウモ)《割書:都倍(ツヘ)|之(シ)》大神日域(ヲホンカミジチイキ)《割書:尓(ニ)》
垂(タレ)_レ跡(アトヲ)《割書:多末(タマ)|倍留(ヘル)》遂窟(スイクツノ)雨師(ウシ)伝(ツタヘ)_レ名(ナヲ)《割書:太末(タマ)|倍留(ヘル)》霊詞(レイシ)《割書:奈(ナ)|利(リ)》然則(シカルトナンハ)名山大(メイサンタイ)
沢(タク)《割書:与(ヨ)|利(リ)》興(ヲコ)_レ雲(クモヲ)《割書:之(シ)》致(イタ)_レ雨(アメヲ)《割書:之(シ)|天(テ)》赤土(セキト)得(エ)_二潤沢之応(シユンタクノヲフヲ)_一済疇(サイチウ)誇(ホコラ)_二
収穫之功(シユクハクノコウニ)_一《割書:牟古(ムコ)|止波(トハ)》大神(ヲホンガミ)《割書:乃(ノ)》旡(ナ)_レ限(カギリ)《割書:支(キ)》冥助(メイシヨ)《割書:尓(ニ)》可(ベ)_レ在(アル)《割書:之(シ)|土(ト)》所(ヲ)
念行(モイハカリ)《割書:天(テ)|奈牟(ナム)》故是(コトサラコノ)以(モツテ)_二吉日良辰(キチジツリヤウシン)《割書:乎(ヲ)》択(エラミ)_二_定(サタメ)《割書:天(テ)》官位(クハンイ)
姓名(セイメイ)《割書:乎(ヲ)》_一差使(シナンツカイヒ)《割書:天(テ)》礼代(レイタイ)《割書:乃(ノ)》大幣(ヲホヌサ)《割書:乎(ヲ)》令(シメ)_二捧持(サヽケモタ)_一《割書:天(テ)》黒毛(クロケ)
《割書:乃(ノ)》御馬一疋(ヲホンムマイツヒキ)《割書:乎(ヲ)》牽副(ヒキソヘ)《割書:天(テ)》奉(タテマツリ)_レ出(イタシ)賜(タマ)《割書:布(フ)》掛畏大神此(カケマクモカシコキヲホンカミコノ)
状(デウ)《割書:乎(ヲ)》平(タイラケ)《割書:久(ク)》聞食(キコシメシ)《割書:天(テ)》炎気忽(エンキタチマチ)《割書:于(ニ)》散(サンジ)《割書:天(テ)》嘉澍旁(カチウアマネク)
降(クダツ)《割書:天(テ)》田園滋茂(デンエンジモ)《割書:之(シ)|天(テ)》人民豊稔(ニンミンホウシン)《割書:奈良(ナラ)|牟(ム)》天皇朝廷(テンワウテウテイ)
《割書:乎(ヲ)》宝位(ホウイ)無(ナ)_レ動(ウコクコト)《割書:久(ク)》常石(ト?キ?ハ)堅石(カキハ)《割書:尓(ニ)》夜守日守(ヨモリヒモリ)《割書:尓(ニ)》護(マモリ)
幸給(サイタマ)《割書:比(ヒ)》食国(イケクニ)《割書:乃(ノ)》天下(アメガシタ)《割書:乎(ヲ)|毛(モ)》無為無事(ブイブジ)《割書:尓(ニ)》守恤給(マモリアワレミタマ)《割書:倍(ヘ)|止(ト)》
【柱】古今巻一 十六
【柱】古今巻一 十六
恐(ヲソレ)《割書:美(ミ)》恐(ヲソレ)《割書:美(ミ)|毛(モ)》申給(マフシタマ)《割書:波(ハ)|久(ク)》申(マフス)
保延(ホウエン)五年五月一日 作者内記文屋相永(サクシヤナイキフンヤノスケナガ)
隆覚法印保延(りうがくほうゐんほうえん)五年に興福寺別当(こうぶくしへつたう)に成たり気(け)るを
衆徒用(しゆともち)ひざりければ隆覚いかりをなして数(す)百/騎(き)の軍(ぐん)
兵(びやう)をおこして十一月九日三/方(ばう)より興福寺をうちかこみて
げり隆覚が方の兵(つはもの)寺中へみだれいらんとする間合戦に
及て隆覚が方の軍兵多く命(いのち)をうしなひけり廿よ人は
生取(いけどり)にせられにけり隆覚衆徒の項(くび)を切て御寺(みてら)を焼うし
なふべきよし下知したりければにや隆覚が兵の中に放火(はうくは)の
ぐを持(もち)たる物有けり寺の外(ほか)の小家一二/宇焼(うやき)たりけれども
雨ふりてきえにけり大かた合戦の間ふしぎ共/多(おほ)かりけり
春日山(かすかやま)に神光(しんくはう)有けるが合戦はてゝ見へずなりにけりある人
夢(ゆめ)にも御寺(みてら)の方(かた)の兵鹿(つはものしか)のかたち成けりと見けり又/神主(かんぬし)
時盛(ときもり)が夢には弓(ゆ)ぶくろさしたる兵/数万騎(すまんぎ)ありけり時盛あ
やしみて問(とひ)ければ春日大明神の御(ご)合戦御/訪(とむらひ)に藤入道藤(とうのにうたうとの)の
まいらせ給ふ兵也とぞ答(こたへ)ける時盛/驚(おどろ)く程に隆覚が兵入に
けり大明神の御はからひにて衆徒合戦利にしける厳重(げんぢう)也
ける事也藤入道殿とは誰(たれ)の御事にか宇治(うち)の左府御記(さふぎよき)には
御室(おむろ)の御事にやとぞ侍なる
いつ比の事にか徳大寺(とくだいし)のおとゝ熊(くま)野へ参給ひけりさぬき
【柱】古今巻一 十七
【柱】古今巻一 十七
の国しり給ひける比(ころ)也ければかれより人夫(にんぶ)おほくめし
よせて侍けるが多くあまりたりければ少々/返(かへ)し下され
ける中にある人夫一人しきりになげき申けるはたかき君
の御徳によりてさいはいに熊野の御山/拝(おかみ)奉らん事を悦(よろこひ)
つるにあまされまいらせて帰(かへし)くだらん事かなしき事なり只(たゞ)
まげて召供(めしぐ)せさせ給へと奉行(ぶぎやう)の人にいひければさりとては
余(あま)りたればさのみ何のやうにせんといひければなく〳〵愁(うれへ)て
唯(たゞ)御/功徳(くとく)に食(しよく)ばかりを申あたえ給へいかにも宮づかへは
仕(し)候べしとねん比に申ければあはれみてぐせられけり実(げに)も
かひ〴〵しく宿(やど)〳〵にては人もをきてねども諸人がこりの
水(みつ)を日(ひ)とりとくみければこりざほとなづけて人々【「〻」に濁点「˝」を附す】もあ
はれみけりさておとゞ参つき給ひてほうべいはてゝ證(しやう)
城殿(じやうでん)の御前(みまへ)に通夜(つや)して参詣(さんけい)の事ずいきのあまりに大臣
の身に藁沓(わらぐつ)はゞきをちゃくして長/途(ど)をあゆみまいりたる
ありがたき事也と心中に思はれて少(ちと)まどろまれたる夢(ゆめ)に
御殿(ごてん)より高僧(かうそう)出給ひて仰られけるは大臣の身にてわら
沓(ぐつ)はゞきして参りありがたき事に思はるゝ事此山の
ならひはゐんみやみなこの■【『近衛文庫本』16コマは「礼」】也あながちにひとり思はるべ
きことかはこりざほのみぞいとおしきと仰らるゝと見
給ひてさめにけりおどろき恐(おそれ)て其こりざほのことを
【柱】古今巻一 十八
【柱】古今巻一 十八
尋らるゝにしか〳〵と始(はしめ)よりの次第(しだい)申ければあはれみ給ひ
て国に屋しきなど永代(えいたい)かぎりてあて給ひけりいやしき
下臈(けらう)なれ共心をいたせば神明あはれみ給ふ事/如(ことし)此(かくの)
応保(おうほう)二年二月廿三日中納言/実仲卿日吉行幸(さねなかきやうひよしきやうがう)行/事(じ)の
賞(しやう)にて従二位(じゆにゐ)をゆるされける後徳大寺左大臣同官(ごとくたいしさたいしんとうくはん)にて
こえられにけりなげきながら時々(とき〳〵)出仕(しゆつし)せらけれども
同日には出仕なかりけりかゝる程に故右大臣大炊御門(こうたいしんおゝいのみかと)
の家(いへ)に行幸(きやうがう)有しふるき賞(しやう)をつのりて同年八月十七日同
従(じゆ)二位をゆるされけりされども猶下臈(なほけらう)也/長寛(ちやうくはん)二年/潤(うるふ)
十月廿三日大臣めしのつゐでに共に大納言に任(にん)ずさり
ながらもうらみは猶尽(なをつき)せず永万(ゑいまん)元年八月十七日大納言
を辞(じ)して正二位(せうにゐ)をゆるさるかんだちべくわんをやめて
加階(かかい)の例(れい)めづらしけれ共/実仲卿(さねなかきやう)こえかへさんの思ひふかくて
思たゝれけるとぞとかくしてしづまれ侍けるを世の人おしみ
あえりけり思ひわびてさまをやつしてひそかに春日社(かすかのやしろ)に
詣(まふて)て身の行すゑ思ひ定(さだむ)べきよし祈請(きしやう)せられけるほどに
若(わか)みや俄(にわか)にかんなぎに御/託宣(たくせん)有てさきの大納言を召出(めしいだ)し
給ひけるをしばしはまことしからずと思ひて猶立(なをたち)かくれら
れたりけれ共ふしぎ成しるしとも侍ればたへかねて出られ
にけり将相(しやう〳〵)の栄花(ゑいくわ)を極(きはめ)て君につかへん事程有べからず
【柱】古今巻一 十九オ
【柱】古今巻一 〇十九ウ
思なげく事なかれと仰られければ信仰(しんかう)の涙(なみだ)をのごひ
観喜(くわんぎ)の思ひをなして下向(けかう)せられにけり其比/詩歌(しいか)の
秀句(しうく)も多く聞えける中に
罷(ヤメテ)_レ官(クワンヲ)未(イマタ)【「未」の左に「ス」】_レ忘_二 九重/目(ヲノナ)【「目」、他本「月」】_一 有(アリテ)_レ恨(ウラミ)将(マサニ)【「将」の左に「ス」】_レ逢(アハント)_二 五度/春(ノハルニ)_一
かそふれは八とせへにけりあわれわか
治しことは昨日とおもふに
これらを聞て世の人いとゞおしみあへる事かきりなし
かくて年月をふる程に治承(ぢしやう)元年三月五日/妙音院(めうをんゐん)
のおとゞ内大臣にておはしましけるが太政大臣(だしやうだいじん)にのぼ
り給ひて小松(こまつ)のおとゞ大納言の左大将(さたいしやう)にて侍けるが
内大臣にのほられけるかはりに大納言にかへり成つゝ
六月五日内大臣程なく大将を辞(じ)し申されければさり
とも此/闕(けつ)にはとたのみ深かりけれ共とかくさはりて
月日の過ければ此望み成就(しやうじゆ)せばいつく嶋に詣(まふ)す
べき由心の中に願を立られける程に十二月廿七日つゐに
左大将になられにけり若宮の御/託宣(たくせん)も思ひ合ら
れいつく嶋の宿(しゆく)願も頼み有てぞ思ひ給ひける
同三年三月/晦日(つごもり)いつく嶋に参るとて出られにけり
大納言/実(さね)国/卿(きやう)中納言実/家(いへ)卿などともなひ侍ける
とぞ此日中/御門(のみかと)左府(さふ)も参り給けり三条 ̄ノ左大臣
【柱】古今巻一 〇二十
入道その時大納言なり六条の太政大臣の中将に
て侍りけるもおはしける伸(のべ)【伸、他本「伴ひ」】申されけり此/度(たひ)の事にや
中将かの島の宝前(ほうせん)にて太平/楽(らく)の曲(きよく)をまはれけるが
面白(おもしろ)かりける事也○仁安元年六月仁和寺の辺なりける
女の夢に天下の政(まつりこと)不法なるによりて賀茂の大明神
日本国を捨(すて)て他(た)所へわたらせ給べきよし見てけり同
七月上/旬(じゆん)祝(はうり)久/継(つぐ)が夢にも同体に見てげり是によりて
泰親(やすちか)時晴を召(めし)て占はせければ実夢(じつむ)のよし各(をの〳〵)申けり
治承(ぢしやう)四年九月高倉の院いつくしまに御幸(ごかう)ありけり
御願文みつから御草(ごさう)ありて殿/下(か)《割書:普賢寺殿(ふけんしとの)》清書(せいしよ)させ給へける
希(き)代の事にや彼御願文ことに目出度かりければ後日に
蔵人宮内少輔(くらんどくないのせふ)親経(ちかつね)表を書て奉りけるとなん
興(こう)福/寺(し)の僧(そう)のいまだ僧/網(こう)などにはのぼらざりけるが
学生などには侍けれ共いとまづしかりければ春日社
に参りて申けれ共其しるしもなかりければ寺のま【交】じらひ
も思ひたえて八幡に詣(まう)でゝ七日こもりて祈念しけるに
夜夢にゆゝしげなる客人(まろふと)の参り給りけるに大菩薩
御/対(たい)面有由也客人それがしと申僧やこもりて候と申給
ければさる事候とこたえ申させ給けり又客人宣はく
件の僧年/来(ころ)我を頼て朝夕にせめ候つれ共今度必
【柱】古今巻一 〇二十一
【柱】古今巻一 〇二十一
出離(しゆつり)すへきもの也もし楽(たのしみ)にほこりなばいかゞと思ひ
候へばひかへて候御ゆるし有ましく候と申させ給ひけり此
そうこの事を聞て此客人は誰にてわたらせ給しぞ
と人に尋ければ春日大明神の御わたりなりと答(こたへ)
てげり扨夢さめぬれば今生のけちゑんもうれしく
来(らい)世のとくだつもたのもしくてなく〳〵本/寺(じ)に帰りて
他事(たじ)なく後世のつとめをはげみてつゐに往生をとげに
けり此事山の恒舜(こうしゆん)が稲荷の利生(りしやう)蒙(かうふり)日吉のさまたけさ
せ給けるためしにすこしもたがはず侍けり
誰と聞侍しやらん名をはわすれにけり其人八幡に参て
通夜(つや)したりける夢に御殿(こてん)の御戸(みと)ををし開かせ給ひて
誠(まこと)にたけき御こゑにて武内(たけうち)とめしければ畏(かしこまつ)て参(まいら)せ給
御ていを見奉れば高年白髪(かうねんはくはつ)の俗形(ぞくきやう)まします御/装束(せうぞく)は
分明(ふんめう)ならず御/前(まへ)に畏(かしこまり)てさふらひ給ひ御ひげ白(しろ)く永(なかく)し
て御/居(い)だけとひとしかりけり又/御殿(ごてん)の内よりもさき
の御こゑにて世中みだれなんとすしばらく時政(ときまさ)が子(こ)に
なりて世(よ)を治(おさむ)へしと仰出されけば〻〻唯称(せうい)【他本「称唯」】して
おはしますと思ふほとに夢(ゆめ)さめにけり此事を思ふにされば
義時(よしとき)朝臣は彼御後身(かのごこうしん)にやその子泰時(こやすとき)までもたゝ
人にはあらざりけり
【柱】古今巻一 〇二十二
世の中に麻(あさ)はあとなくなりにけり
心のまゝのよもきのみして
此/歌(うた)は彼(かの)朝臣の詠(えい)也思ひあはせられてはづかしくこそ侍れ
前摂津守橘以政(さきのせつつのかみたちはなのこれまさ)朝臣わかくより賀茂(かも)につかうまつ
りけるに四品(しほん)の望(のそみ)につかれて思ひあまりて申文(まうしふみ)を
書く御戸開(みとひらき)の夜(よ)参て何(なに)となき願書(くはんしよ)のよしにて
社司(しやし)をかたらひて御宝殿(こほうでん)にこめてげり御戸(みと)さしまいらせ
て後四品(のちしほん)の所望(しよまう)かなはねば大明神の御はからひにまか
せまいらせんとて申/文(ふみ)をこめつる也と披露(ひろう)しければ
社司氏人等当社(しやしうしうとらたうしや)の御ふかくに成ぬべしとて神主(かんぬし)一日
に百/度(と)をなんしけるはたして四品ゆるされにけり
俊乗(しゆんじやう)坊東大/寺(じ)を建立(こんりう)の願を発(をこ)して其/祈請(きしやう)のために太神宮
に詣(まう)でゝ内宮(ないくう)に七ケ日さんろう七日みつる夜(よ)の夢に宝珠(ほうじゆ)
を給ると見侍ける程に其/朝袖(あさそて)より白珠(はくじゆ)おちたり
けり目出て忝思ひてつゝみ持(もち)て出ぬ扨又外宮(けくう)に
七日さんろう先(さき)のことく七日みつる夜の夢に又前のことく珠(たま)
を給けり末代(まつだい)といへども信力(しんりき)のまへに神明感応(しんめいかんをふ)をた
れ給ふ事かくのごとし其玉(たま)一(ひとつ)は御/室(むろ)に有けり一つは
卿(きやうの)二品のもとに伝はりて侍ける夢に大師(だいし)汝(なんぢ)は東大(とうだい)
寺つくるべきもの也としめさせ給ひけるはたしてかくの
ごとしたゞ人にはあらぬ也
熊野(くまの)に盲目(まうもく)の者/斉燈(さいとう)をたきて眼(まなこ)の明(あき)らかならん事
を祈(いの)る有けり此つとめ三年に成にけれ共しるしなかり
ければ権現(ごんげ)を恨(うらみ)まいらせて打卧(うちふし)たる夢に汝か恨所その
いはれなきにあらね共/先(せん)世のむくひを知(しる)べき也汝は日
高(たかの)河の魚(うを)にて有し也かの河の橋を道者渡(たうしやわたる)とて南無大/慈(じ)
三所権現と上下/諸人(しよにん)となへ奉る声(こゑ)を聞(きゝ)て其/縁(えん)により
て魚鱗(きよりん)の身(み)をあらためてたま〳〵うけがたき人身(にんじん)を得(え)
たり此/斉灯(さいとう)の光(ひかり)にあたる縁を以て又/来世(らいせ)に明眼(めいがん)を
えて次第(しだい)に昇進(せうしん)すべき也此事をわきまへすして
みだりに我を恨(うらむ)る愚(おろか)とはぢしめ給ふとみてさめに
けり其後さんげして一/期(ご)をかぎりて此役をつとめける
程に眼(まなこ)もあきにけり
助僧正覚讃(すけのそうじやうかくさん)は先達(せんだち)の山ぶし也那/知(ち)千日行者/大峰(おほみね)数度
の先達也五十にあまりて有職(うしよく)にも補(ふ)せざけるをうれへ
若王子(にやくわうじ)によみて奉りける
山川のあさりにならてよとみなは
流(なが)れもやらぬ物やおもはん
夢の中に御返事を給りける
あさりにはしばしよとむそ山川の
【柱】古今巻一 〇二十四
【柱】古今巻一 〇二十四
なかれもやらぬものなおもひと
承久(しやうきう)四年正月十六日/大外記良業(だいげきよしなり)しにたりけるに
十六日のあかつき河内守(かはちのかみ)繁昌(しげまさ)が夢に賀茂(かも)の御前(みまね)
にて除目(ぢもく)をこなはるゝけしき也けるに小折紙(こをりかみ)に大/外(げ)
記(き)なかはらのもろかたと書(かゝ)れたりと見て覚(さめ)めにけり
いそぎ此由もろかたにつげたりければ多(おほ)くつかうまつり
たるしるしと覚(おほへ)て忝たのもしく覚けるにやがてその夜
大外記に成にけりさきに仲隆(なかたか)助/教師(のりもろ)高師/季(すへ)
など競望(きやうまう)しけるうへ師/方(かた)は大/監物(けんもつ)にていまだ儒官(じゆくわん)を
へざりければぢきに拝任(はいにん)いかゝとさた有けり重(ぢう)代けい
ごのもの也けれ共引たつる人もなかりけるに忝/神恩(しんをん)を
蒙(かうふ)りて先途(せんど)を達(たつ)してげる目出度程のものなり
前大和守藤原重澄(さきのやまとのかみふぢはらしげすみ)は賀茂につかうまつりて太夫/尉(のぜう)迄
のぼりたる者也/若(わか)かりける時/兵衛尉(ひやうゑのぜう)に成侍らんとて
当社(たうしや)の土屋(つちや)を造進(ぞうしん)したりけり厳重(けんぢう)の成功(せいこう)にて社家(しやけ)
推挙(すいきよ)しければはづるべきやうもなかりけるにたび〳〵の
ぢもくにもれにけり重澄(しげすみ)が神(かみ)の社(やしろ)の師(し)にて侍ける
ものに申付てちもくの夜起請(よきしやう)せさせける程にまどろ
みたる夢にいなりより御/使(つかい)参たるもの有人出あひて
是を聞くにかの御/使(つかい)の申けるは重澄(しけすみ)が所望殊更(しよまうことさら)に任(にん)
【柱】古今巻一 〇二十五
【柱】古今巻一 〇二十五
せらるべからず我ひざもとにて生れながら我をわすれ
たるものなりと申ければ申つぎの大明神に申いるゝよし
にて度々(たひ〳〵)御問答(ごもんだう)ありけりさらば此/度計(たひばかり)なされずして
思ひしらせて後(のち)の度(たび)のぢもくになさるべしと申ければ
御/使帰(つかいかへ)りぬ師(し)おどろきて急(いそ)ぎ重澄(しげずみ)がもとへ行て此由
を語(かた)りて驚(おとろき)あやしむ程に其夜のぢもくにははづれに
けり此夢の誠(まこと)をしらんがために稲荷(いなり)へ参てつぎの度
のぢもくには申も出さゞりけれ共/相違(さうい)なくなされにけり。
太夫(たゆふ)の史淳方(しあつかた)わかゝりける時/常(つね)に賀茂(かも)へ参りけり
ある夜/下(しも)のやしろに通夜(つや)したりけるに人来て淳方(あつかた)
に告(つげ)けるは汝かならず太夫/史(し)にいたるべきもの也其時
編頗(へんば)あるべからす氏人祐継(うちうどすけつぐ)といふものありそれを師(し)とす
べしとてうせにけり夢さめてふしぎの思ひをなして
祐継(すけつく)といふ氏/人(うと)やあると尋(たつね)ければ祢宜(ねぎ)祐頼(すけより)が次男(じなん)
にいまだ年(とし)わかきもの有と聞て尋(たつね)あひて祈(いの)りすべ
き由ちぎりて其後/祐継(すけつく)も祢宜(ねぎ)に至(いた)り淳方(あつかた)も前途(せんど)
とげてげり官務(くはんむ)九年が間/清廉(せいれん)の聞えありしひとへに
神の御はからひなりと覚えてやんごとなし
二条/宰相雅経卿(さいしやうまさつねきやう)は賀茂(かも)大明神の利生(りせう)にて成あがり
たる人也そのかみ世の中あさましくたえ〴〵にして
【柱】古今巻一 〇二十六
【柱】古今巻一 〇二十六
はか〴〵しく家(いへ)なども持(もた)ざりければ花山/院(ゐん)の釣殿(つりとの)に
宿(しゆく)してそれより歩行(かち)にてふるにも照(てる)にも只(たゞ)賀茂へ
参をつとめとしてげり其比よみ侍りけり
世中に数(かず)ならぬ身の友千鳥(ともちどり)
鳴(なき)こそわたれかもの川原に
此/歌(うた)心のうちばかりに思ひつらねて世にちらしたる
事もなかりけるに社司(しやし)《割書:忘(ハウ)_二却(キヤクス)|其名(ソノナヲ)_一》が夢に大明神われはなき
こそわたれ数(かず)ならぬ身にとよみたるものゝいとおしき
なり尋よとしめし給けりそれより普(あまね)く尋(たつね)ければ
此/雅経(まさつね)のよみたる也けりこの示現(じげん)きゝていかばかり
いよ〳〵信仰(しんかう)の心もふかゝりけんさて次第に成あがりて
二/位宰相(ゐのさいしやう)までのぼり侍り是しかしながら大明神の
利生(りせう)也。仁安(にんあん)三年四月廿一日吉田/祭(まつり)にて侍りけるに
伊与守信隆(いよのかみのふたか)朝臣氏人ながら神事もせで仁王/講(こう)を
おこなひけるに御(み)あかしの火/障子(しやうじ)にもえ付てその夜(よ)
やけにけり大炊御(おほいのみ)門/室(むろ)町なりそのとなりは民部卿光(みんぶきやうみつ)
忠卿(たゞきやう)の家(いへ)也神事にて侍りければ火うつらざりけり
おそるべき事にや
古今著聞集巻之一終
【柱】古今巻一 〇二十七
【巻一裏表紙】
【背】
【表紙題箋】《題:古今著聞集 《割書:二》》
【前見返し】
古今著聞集巻第二
釈教(しやくけう)《割書:第二》
地神(ぢじん)のすゑにあたつて釈迦如来(しやかによらい)てんぢくに出給けり
鷲嶺(じゆりやう)【「鷲嶺」の左ルビ「わしのみね」】に月かくれ靏林(くはくりん)【「鶴林」の左ルビ「つるのはやし」】にけぶりつきて一千四百八十年
にあたつて我朝(わかてう)第三十代/欽明天皇(きんめいてんわう)十三年に百済(くたらの)【「百済」の左ルビ「はくさい」】
国(くに)よりはじめて金銅釈迦(こんどうのしやか)の像経論播蓋(ぞうきやうろんばんがい)とう奉り
けり御門(みかと)よろこばせ給てあがめ給ひけるをものゝべの
大臣等(たいしんら)わが国は神国(しんこく)なるゆへおもてかたぶけそうし
申ければ仏像(ぶつぞう)を難波堀(なにはのほり)江にながしすてゝ伽藍(がらん)を焼(やき)
はらはれにけり然(しか)る間/空(そら)より火(ひ)くだり内裏(だいり)やけ
【柱】古今巻二 〇一
【柱】古今巻二 〇一
にけり敏達用明(びたつようめい)崇俊(すじゆん)【峻】天皇(てんわう)三代の間/邪信(じやしん)あひ交(まじは)り
て帰依(きえ)いまだあまねからず推古(すいこ)天皇の御宇(きよう)厩戸豊(むまやどとよ)
耳皇子(みゝのわうじ)東圍(とうい)の位(くらゐ)にそなはり南面(なんめん)の尊(そん)にかはりて専(もつはら)
ばんきの政教(せいけう)をたれて仏法の興隆(こうりう)をいたし給へりそれ
より此かた仏法弘通(ふつほうこうつう)して効験(こうけん)たゆる事なし
我朝(わかてう)の仏法は聖徳太子弘(せうとくたいしひろ)め給へる所也太子は欽明(きんめい)
天皇(てんわう)の御孫(をんまこ)用明天皇(ようめいてんわう)の太子御/母(はゝ)は穴(あの)太/部(べ)の真人(まつと)の女(むすめ)也
御/母(はゝ)の夢(ゆめ)に金色(こんじき)の僧来(そうきたり)てわれ世をすくふ願(ぐはん)あり
ねがはくはしばらく御腹にやどらん我(われ)は救世(くせ)ぼさつ家(いへ)は
西方(さいはう)にありといひておどりて口(くち)に入と見給てはらまれ
給ひつる所也太子の御おぢ敏達天皇位(びたつてんわうくらゐ)につき給ふ始(はじ)め
の年正月朔日生れ給ふ其時(そのとき)赤光(あかきひかり)西方よりさして寝殿(しんでん)
にいたる其御身/甚(はなはた)かうばし四月(よかつき)の後(のち)によく物仰(ものおほせ)らるあくる
年の二月十五日の朝(あさ)みづから東(ひかし)に向(むか)ひたなごゝろを合て
南無仏(なむぶつ)と唱(とな)へ給ふ六才の御年/百済国(くたらのくに)より始(はしめ)て僧尼経(そうにきやう)
論(ろん)を持(もち)て渡(わた)れり八年に又/日羅(にちら)といふ人/渡(わた)りて太子を
礼(らい)して申さく敬礼(けうらい)救世(くせ)観世音(くはんせをん)伝燈東方粟散王(でんどうとうばうそくさんわう)とお
がみ奉て光(ひかり)をはなつ太子又/眉間(みけん)よりひかりをはなち
給ふ又/釈迦牟尼如来像弥勒(しやかむにによらいのぞうみろく)の石像(せきぞう)を渡(わた)す大臣蘓我(たいじんそがの)
馬子宿祢仏法(むまこのすくねぶつはう)に帰(き)して太子と心を一(ひとつ)にせり廿一年
【柱】古今巻二 〇二オ
【柱】古今巻二 〇二
天下/病(やまひ)おこりて死するもの多し其時ものゝべの弓削(ゆげ)
守屋の臣并に中臣(なかとみ)の勝海(かつうみ)ら邪見(じやけん)にして仏法を信(しん)ぜ
ず奏(そう)していはく我国(わかくに)はこれ神国(しんこく)也/然(しかる)に蘓我の大臣仏
法をひろめおこなふによりて病(やまひ)おこり死ぬるもの多し
是(これ)をとゞめられば人の命全(いのちまつ)かるべしと申によりてみこと
のりをくだして仏法を停止(てうじ)せらる即(すなはち)守屋(もりや)仰を承て
堂塔(だうとう)を焼(やき)ほろぼして仏法を滅亡(めつばう)す此時仏法みな亡(ほろ)ひ
なんとする間太子/悲泣懊悩(ひきうをうのう)し給ふ事かぎりなし
是によりて雲(くも)なくして雨風うごき空(そら)より火(ひ)くだつて
内裏(だいり)やけぬ其後太子の御/父用明(ちゝようめい)天皇/位(くらゐ)につかせ給
て更(さら)に又仏法を興(をこ)させ給ふ蘓我(そがの)大臣/勅(ちよく)を承て是を
おこなふほろびさせにし仏法是より又ひろまる太子/悦(よろこひ)
給ひて大臣の手をとりて宣(のたま)はく三宝(さんぼう)の妙(みやう)なる事
人いまだ知(し)らざるに大臣心をよせたりよろこばしきかな
やと此時かの守屋(もりや)の逆臣(ぎやくしん)が邪見(じやけん)を階(へい)【陛ヵ】下(か)に奏聞(そうもん)して
軍兵(ぐんびやう)をおこさしめて討(ちう)【誅】伐(ばつ)せんとす人是をひそかに守屋の
臣に告(つけ)しらするによりて阿都部(あとべ)の家にこもりゐて
兵(へい)をあつむ中臣勝海(なかとみかつうみ)同じく兵をおこして守屋をたすく
蘓我(そがの)大臣太子に申て兵を引て守屋が家にむかふ城(しろ)の
軍(いくさ)こはくして味方(みかた)の兵(へい)三どしりぞき帰(かへ)る其時太子の
【柱】古今巻二 〇三
【柱】古今巻二 〇三
御年十六にして大/将軍(しやうくん)の後(うしろ)に立給へり秦河勝(はたのかはかつ)に仰て
ぬるで【白膠木】の木をもつて四天王/像(のぞう)をきざみ作(つくら)しめて本/鳥(か)【他本「本鳥もとどり」】の
うへほこのさきにして願(ぐはん)を発(をこ)して宣(のたま)はく我をして戦(たゝかひ)に
勝(かたし)め給ひたらば四天王の像をあらはして寺塔(じたう)を立(たて)んと
大臣同じく願(ぐはん)してたゝかひをすらむ城中(じやうちう)に大成(おゝきなる)榎(ゑ)の木
あり守屋其木の上にのぼりてものゝべの氏(うぢ)のかみに祈(いのり)て
箭(や)をはなさしむるに太子の御よろひにあたりたり太子
又とねりあと見におほせて四天王にちかひて矢(や)を
はなさしむ定(でう)の弓恵(ゆみゑ)の矢(や)に和順(わじゆん)してとをくはしりて
逆臣(ぎやくしん)がむねにあたりて木よりさか様におちぬ軍兵
みだれ入て其/首(くび)を切(きり)つ是より仏法のあた永(なか)く絶(たへ)て
化度利生(けどりせう)のみちひろまれり《割書:委旨見|伝文》
当麻(たへま)の寺は推古天皇(すいこてんわう)の御宇/聖徳(しやうとく)太子の御すゝめに
よりて麻呂親王(まろのしんわう)の建立(こんりう)し給へる也/万法蔵院(まんぼうぞうゐん)と号(がう)して
則/御願寺(ごぐはんじ)になずらへられにけり建立の後(のち)六十一年をへて
親王夢想(しんわうむさう)によりて本(もと)の伽藍(がらん)の地を改(あらた)めて役(えん)の行者(ぎやうじや)
練行(れんぎやう)の地にうつされにけり金堂(こんたう)の丈(ぢやう)六の弥勒(みろく)の御身
の中に金銅(こんどう)一/攦(ちやく)手半(しゆはん)の孔雀明王像(くじやくめうわうぞう)一/体(たい)をこめ奉る
此/像(そう)は行者の多年(たねん)の本/尊(ぞん)也又行者/祈願力(きぐはんりき)により
て百済国(はくさいこく)より四天王の像(ぞう)とび来り給ひて金堂(こんたう)に
【柱】古今巻二 〇三
【柱】古今巻二 〇三
おはします堂前(だうせん)にひとつの霊石(れいせき)ありむかし行者/孔雀(くじやく)明
王の法を勤修(ごんしゆ)の時/一言主(ひとことぬしの)明神きたりて此/石(いし)に座(さ)し給へり
天/武(む)天皇の御宇/白鳳(はくほう)十四年に高麗国(かうらいこく)の惠観(ゑくはん)僧正を
導師(どうし)として供養(くやう)をとげらる其日/天衆降臨(てんしゆこうりん)しさま〴〵
の瑞相(ずいさう)あり行者/金峯山(きんぶせん)より法会(ほうゑ)の場(ば)に来りて私領(しりやう)の
山林田畠(さんりんたはた)等数百町を施入(せにう)せられけり曼荼羅(まんだら)の出現(しゆつげん)は
当時建立(たうじこんりう)の後百五十二年をへて大炊(おゝゐ)天皇の御時/横佩(よこはぎの)
大臣《割書:藤原|伊胤》といふ賢智臣(けんちのしん)侍りけりかの大臣に鐘(しやう)【他本「鍾」】愛(あい)の女(むすめ)
あり其/性(むまれつき)いさぎよくしてひとへに人間の栄耀(えいよう)をかろしめて
たゞ山林幽閑をしのびつゐに当寺の蘭若(れんにや)【「若にや」のルビ、濁点付の「に」】をしめて弥陀(みだ)
の浄刹(じやうせつ)をのぞむ天平/宝字(ほうじ)七年六月十五日/蒼美(そうび)を
おとしていよ〳〵往生(わうじやう)浄土のつとめ念ごろ也/誓願(せいぐわん)を発(おこ)し
ていはく我もし生身(しやうじん)の弥陀(みだ)を見奉らずはながく伽藍(からん)の
門圃(もんこん)を出じと七日/祈念(きねん)の間同月廿日/酉(とり)の刻(こく)に壱人の
比丘尼(びくに)こつぜんとして来ていはく汝(なんじ)九/品教主(ほんのけうしゆ)を見奉らん
と思はゞ百/駄(だ)の蓮花(れんげ)をまうくべし仏種縁(ぶつしゆえん)よりしやうずる故
也といふ本願/禅尼(ぜんに)観(くはん)喜身(ぎみ)にあまりて化人(けにん)の告(つげ)をしるして
公家(くけ)に奏聞(そうもん)す叡感(えいかん)をたれて宣旨(せんじ)を下されにけり忍海勅(にんかいちよく)
命(めい)を奉(うけたまはり)て近国(きんこく)の内に蓮(はす)のくきをもよほしめぐらすにわづ
かに一両日の程に九十/余駄(よだ)出来にけり化(け)人みづから蓮(はす)の
【柱】古今巻二 〇五
【柱】古今巻二 〇五
くきをもて糸(いと)をくり出す糸すてに調(とゝのを)りてはじめて清(きよき)
井をほるに水出て糸をそむるに其いろ五/色(しき)也皆人/差(さ)
嘆(たん)せずといふ事なし同廿三日夕又化人の女/忽(たちまち)に来て化尼(けに)
に糸すでに調(とゝのほ)れりやととふ則とゝのへる由を答(こたふ)その時
かの糸を此化女にさづけ給ふ女人/藁(わら)弐/把(は)を油二升にひた
して灯火(ともしび)として此/道場(だうじやう)の乾(いぬいの)すみにして戌(いぬ)の終(をはり)より寅(とら)
の始(はじめ)に至までに壱丈五尺の曼陀羅(まんだら)を織(をり)あらはして
一よ竹を軸(じく)にしてさゝげもちて化尼(けに)と願主(くはんしゆ)との中
にかけ奉てかの女人はかきけすごとくにうせて行方(ゆきかた)しら
ず成ぬ其曼陀羅のやう丹青(たんせい)いろをまじへて金玉(きんぎよく)の
【挿絵】
【柱】古今巻二 〇又五
【柱】古今巻二 〇又五
【挿絵】
光(ひかり)をあらそふ南のはしは一経/教起(けうき)の序文(じよぶん)北のはしは
三昧正受(さんまいせうじゆ)の旨帰(しき)下のかたは上中下/品来迎(ぼんらいこう)の儀/中台(ちうだい)
は四十八願/荘厳(しやうごん)の地也これ観経(くはんぎやう)一/部(ぶ)の誠文釈尊(しやうもんしやくそん)
詔諦(ぜうたい)の金言(きんげん)化尼かさねて四句(しく)の偈(げ)をつくりて
しめしていはく
往昔(ソノカミ)迦葉説法所(カシヤウセツホフノトコロ) 今来(イマ)法起(ホツキシテ)作(ナス)_二仏事(ブツジヲ)_一
響/懇(ナルカ)_二西方(サイホウニ)_一故 ̄ニ我 ̄レ_来 ̄レリ 一(イトタビ)入_二 ̄レハ是(コノ)場_一 ̄ニ永 ̄ク離_レ ̄ル苦 ̄ヲ《割書:云(ウン)| 云(々)》
本願のあま有_二願力(くはんりき)_一により未曽有(みぞう)なる事をみる
化人の告(つげ)によりて不思儀(ふしぎ)のことばを聞て問(とふて)云そも〳〵
わが善知識(ぜんちしき)はいづれの所より誰(たれ)の人の来給ひつるぞ
【柱】古今巻二 〇六
【柱】古今巻二 〇六
答(こたへ)て云われはこれ極楽世界(こくらくせかい)の教主(けうしゆ)也/織姫(をりひめ)はわが左(ひだり)の
わきの弟子/観世音(くわんぜおん)也/本願(ほんぐわん)をもての故に来て汝が心
を安慰(あんい)する也ふかく件(くたん)のをんを知(し)りてよろしく報謝(ほうしや)
すべしと再三(さいさん)つぐる事ねんごろ也其後/比丘尼(ひくに)西をさし
て雲(くも)に入てさり給ぬ本願禅尼宿望(ほんくはんぜんにしゆくまう)すでにとげぬる
事をよろこぶといへ共/恋慕(れんぼ)のやすみがたきにたへず禅(ぜン)
客去(カクサツテ)無(ナシ)_レ跡(アト)空(ムナシク)向(ムカツテ)_二落日(ラクジツニ)_一流(ナガス)_レ涙(ナンダヲ)徳音(トクイン)留(トマツテ)不(ズ)_レ忘(ワスレ)只(タヾ)仰(アヲヒテ)_二変像(へンゾウ)_一
消(ケス)_レ魂(タマシヒヲ)その後廿四年をへて宝亀(ほうき)六年四月四日/宿願(しゆくぐはん)に
まかせてつゐに聖衆(しやうじゆ)の来迎(らいかう)にあづかる其間の瑞相(ずいさう)
くはしくしるすにおよはず
行基菩薩(きやうぎほさつ)もろ〳〵の病(びやう)人をたすけんがために有馬(ありま)の
温泉(をんせん)にむかひ給ふに武庫山(むこのやま)の中に壱人の病者(ひやうじや)ふしたり
上人あはれみをたれてとひ給ふやう汝(なんぢ)なにゝよりてか此
山の中にふしたる病者/答(こたへ)ていはく病身(びやうしん)をたすけん
ために温泉(をんせん)へむかひ侍る筋力絶尽(きんりよくたへつき)て前途達(せんどたつ)がたく
して山中にとゞまる間/粮食(かて)あたふるものなくしてやう〳〵
日数(ひかず)ををくれりねがはくは上人あはれみをたれて身命(しんみやう)
をたすけて給へと申上人此/言葉(ことは)を聞ていよ〳〵悲歎(ひたん)
の心ふかし則/我食(わかじき)をあたへてつきそひてやしなひ
給ふに病者いはくわれあざやかなる魚肉(ぎよにく)にあらではしよく
【柱】古今巻二 〇七
【柱】古今巻二 〇七
する事をえずと是によりて長渕(ながす)のはまに至(いた)りてなまし
き魚(うを)を求(もとめ)てこれをすゝめ給ふに同しくは味(あちはひ)をとゝのえ
てあたへ給へと申せば上人みづから塩梅(あんばい)をして其/魚味(うをのあち)
をこゝろみてあぢはひとゝのふる時すゝめ給ふに病者是
をぶくすかくて日を送(をく)る又云/我病温泉(わがやまひをんせん)の効験(かうけん)をたの
むといへとも忽(たちまち)にいえん事かたし苦痛(くつう)しばらくもしのび
がたしたとへをとるに物なし上人の慈悲(じひ)にあらては誰(たれ)か
我をたすけんねがはくは上人我いたむ所のはだへをねぶり
給へしからばおのづから苦痛(くつう)たすかりなんといふ其/体焼爛(たいしやうらん)
してその香(にを)ひはなはたくさくして少もたへこらふべくも
なししかれども慈悲(じひ)いたりてふかきゆへにあひ忍(しのび)て病者の
いふにしたがひて其はだえをねぶり給に舌(した)の跡(あと)紫麻(しま)金色(こんじき)
と成ぬ其仁を見れば薬師如来(やくしによらい)の御身也其時仏/告(つけて)云
我はこれ温泉行者(をんせんのぎやうじや)也上人の慈悲をこゝろみんがために
病者の身にげんじつる也とて忽然(こつねん)としてかくれ給ひぬ其
時上人/願(くはん)を発(をこ)して堂舎(だうしや)を建立(こんりう)して薬師如来を安置(あんぢ)
せんと願し其/跡(あと)を崇(あがめん)と思ふ必/勝地(せうち)をしめせとて東に
むかひて木葉(このは)をなげ給《割書:正良|の木》すなはち其木葉の落(をつ)る所
を其所とさだめて今の昆陽寺(こやじ)を建(たて)給つ【へ?】る也/畿内(きない)
に四十九院を立給へるその一也/天平(てんへい)勝宝(せうほう)元年二月に
【柱】古今巻二 〇八
【柱】古今巻二 〇八
御とし八十にてをはりをとり給とて読(よみ)給ひける歌
法(のり)の月久しくもかなとおもへとも
夜やふけぬらんひかりかくしつ
御弟子ともの悲歎(ひたん)しけるをきゝ給ひて
かりそめのやとかる我をいまさらに
物なおもひそ仏とをしれ
嵯峨(さがの)天皇 ̄ノ御時天下に大疫(だいえき)の間/死(し)人/道路(どうろ)にみちた
りけりこれによりて天皇みづから金字(こんじ)の心経(しんぎやう)をかゝせ
給ひて弘法(こうぼう)大師にくやうせさせ奉られけり其/効験(かうけん)
ことはをもてのぶべからすおくに大師記(たいしのき)をかゝせ給へり其
御記にいはく
于(ニ)_レ時(トキ)弘仁(コウニン)九年 ̄ノ春(ハル)天下大/疫(ニエキス)爰(コヽニ)帝皇(テイワウ)自(ミツカラ)染(ソメ)_二黄金(ワウコンヲ)於/筆(ヒツ)
端(タンニ)_一握(ニキリ)_二紺紙於爪掌(コンシヲソシヤウニ)_一奉(タテマツリ玉)_レ写(ウツシ)_二般若(ハンニヤ)心経一/巻(クハンヲ)_一予(ヨ)範(ハントシテ)_二講経之(コウキヤウノ)撰(センニ)_一
綴(ツヽリ)_二経/旨之(シノ)宗(ムネヲ)_一未_レ ̄タ【「未」の左に訓点「ス」】待(マタ)_二結願之(ケチクハンノ)詞(コトハヲ)_一蘇(ソ)-生(セイ)族(ムラガル)_二于/途(ミチニ)_一夜変日光(ヨヘンジテニツクハウ)
赫奕(カクエキタリ)是(コレ)非(アラズ)_二愚身(グシンノ)戒徳(カイトクニ)_一金輪之御信力(コンリンノコシンリキノ)所(トコロ)_レ為也(ナスナリ)但(タヽシ)詣(イタルノ)_二神(シン)
舎(シヤニ)_一輩(トモカラ)奉(タテマツレ)_レ誦(シユシ)_二此秘鍵(コノヒケンヲ)_一昔予(ムカシワレ)陪(ハンベリ)_二鷲峯説法之莚(ジユホウセツホウノエンニ)_一親(マノアタリ)聞(キク)_二此(コノ)
深文(シンモンヲ)_一豈【「豈」の左に訓点「ヤ」】_レ不(サラン)_レ達(タツセ)_二其儀(ソノギニ)_一而已
大かくじにいまだ有となん
弘仁(こうにん)五年の春/傳教(でんげう)大師/渡海(とかい)の願をとげんがために
筑紫(つくし)にてさま〴〵の作善(さぜん)共ありけり五尺の千手観音
【柱】古今巻二 〇九
【柱】古今巻二 〇九
を作り奉り大般若(だいはんにや)二ぶ一千弐百法華経一千部八千巻
をみづから奉らる又うさの宮にてみづから法花経を講(こう)
じ給ふに大ぼさつたくせんし我(ワレ)不(ス)_レ聞(キカ)_二法音(ホウヲンヲ)_一久(ヒサシク)歴(フ)_二歳年(セイネンヲ)_一
さいはい値(チ)_二-偶(グシテ)和尚(クハシヤウニ)_一聞(キヽ)_二正教(セウゲウヲ)_一兼(カネテ)而/為(タメニ)_レ我(ワカ)修(シユス)_二種(シユ)々(ヾノ)功徳(クドクヲ)_一至誠(シセイノ)
随喜(ズイキ)何(ナンゾ)足(タラン)_二謝徳(シヤトクニ)_一矣/而(シカルニ)有(アリ)_二我所持法衣(ワレシヨヂノホウエ)_一すなはちたく
せんの人みづから宝殿(ほうてん)をひらき手にむらさきのけさ一
むらさきの衣一をさゝげて上(タテマツリ)_二和尚_一大/悲(ひ)の力幸(ちからさいはい)垂(したり?)_二納受(なふじゆを)_一
との云給けり祢宜(ねぎ)祝等(はふりら)この事を見てむかしよりいまだ
かゝる事見きかずと云けりくだんの御衣等今に叡山(えいさん)
根本中堂(こんぼんちうだう)の経蔵(きやうぞう)にあり鳥羽院臨幸(とばのゐんりんかう)の時も御/拝(はい)
見有けり後(ご)白河 ̄ノ院御/幸(かう)のときも拝(はい)せさせ給けり
知證(チシヤウ)大師/御起文(ゴキモン)云/予(ワレ)依(ヨツテ)_二山王 ̄ノ御/語(ツゲニ)_一渡(ワタリ)_二於/大唐国(タイトウコクニ)_一受(ジユ)_二-
持(ジシ)仏法_二 ̄ヲ【「法」の訓点は「一」の誤記ヵ】還(カヘル)_二本朝_一 ̄ニ海中 ̄ニ老/翁現(ヲウゲンシテ)_二於/予(ワガ)船_一 ̄ニ而/偁(イハク)我 ̄ハ新羅
国 ̄ノ明神也和尚 ̄ノ受(ジユ)【「受」の訓点「二」の脱ヵ】-持(ヂシ)仏法_一 ̄ヲ至_二 ̄マテ而/慈尊(ジソンノ)出世_一 ̄ニ為(タメニ)_二護持(コヂセンカ)_一
来向 ̄スル也者 ̄ハ【「者ハ」は他本「者(てへ)り」】如_レ ̄ク是 ̄ノ言説(コンセツノ)之/後(ノチ)其形/既隠(ステニカクル)予(ワレ)着(チヤク)-岸(カンシテ)申_二公
家_一 ̄ニ即 ̄チ遣(ツカハシ)_二官/使(シヲ)_一所持 ̄ノ仏像法門 ̄ヲ被(ラル)_三運(ウン)_二納(ノフセ)於太政官_一 ̄ニ
于_レ時海中 ̄ノ老翁/亦(マタ)来 ̄テ云 ̄ク此日本国 ̄ニ有_二/一勝地(ヒトツノシヤウチ)_一我先 ̄ニ至_二 ̄テ
彼 ̄ノ地_一 ̄ニ早 ̄ク以/点定(テンジサタメン)申_二 ̄テ於公家_一 ̄ニ建【「建」の訓点「二-」の脱ヵ】立 ̄シ一 ̄ノ伽藍_一 ̄ヲ安(アン)-置(チシ)興(コウ)_二-隆(リウセヨ)仏-
法_一 ̄ヲ我/為(ナリテ)_二護法神_一 ̄ト鎮(トコシナヘ)加持(カヂセン)矣所謂仏法ハ是/護(コ)_二-持(チスル)王
法_一 ̄ヲ也若仏法滅 ̄セハ者王法/将(マサニ)【「将」の左訓点「ス」】_レ滅(メツセント)矣予出 ̄テ登(ノボリ)_二本山千光
【柱】古今巻二 〇十
【柱】古今巻二 〇十
院_一 ̄ニ従(ヨリ)_二千光院_一至_二 ̄リ山王院_一 ̄ニ受(ウク)_二山王 ̄ノ語宣_一 ̄ヲ早 ̄ク法門 ̄ヲ運(メグラセヨ)_二此所_一 ̄ニ者(テイレハ)
明神 ̄ノ偁(イハク)此地ハ末代心 ̄ニ有_二 ̄ン喧事(カマビスキコト)_一歟/其奈何(ソレイカントナレハ)者/各( 〳〵)受(ウケテ)北 ̄ヲ
長_レ/下(シモニ)也其内此山可_レ ̄キ盛(サカンナル)事今二百歳 ̄ナル哉(カナ)我見_二 ̄ニ勝地_一 ̄ヲ来(ライ)
世 ̄ノ衆生可_レ ̄シ為_二 ̄ル依所_一興_二隆 ̄シ仏法_一 ̄ヲ護_二-持 ̄シテ王法_一 ̄ヲ至_二 ̄テ彼-地_一 ̄ニ可_二相
定_一者(テイレハ)明神山王別当西塔即 ̄チ到_二 ̄リ近江 ̄ノ国志賀 ̄ノ郡/園城(ヲンジヤウ)寺【訓点一】 ̄ニ
案_二内 ̄ス於住僧等_一 ̄ニ爰 ̄ニ僧等申/不(スト)_レ知_二 ̄ラ案内_一 ̄ヲ者一人 ̄ノ老比丘名 ̄ヲ
謂(イフ)_二教/待(タイト)_一出来 ̄テ云 ̄ク教 ̄ガ年百六十二也此寺建立之後/経(フル)_二百八十
余年_一 ̄ヲ也有_二建立 ̄ノ壇越(タンヲツノ)子孫_一去 ̄テ即 ̄チ教待(ケウタイ)呼(ヨブ)_二彼 ̄ノ氏人_一 ̄ヲ姓名 ̄ハ大友 ̄ノ
都堵牟(トヽム)麻呂(マロト云)出来 ̄テ云 ̄ク都堵牟麻呂(トトムマロ)生年百四十七也此寺 ̄ハ先
祖大友 ̄ノ与多奉_二_為 ̄ニ【奉為おんため】天武天皇_一 ̄ノ所_二 ̄ロ建-立_一 ̄スル也此地先祖大友 ̄ノ太政
大臣 ̄ノ之家地也/堺(サカイシ)_二/四至(シシヲ)_一被(ル)_二宛給(アテタマハ)_一《割書:大|略》教待大徳/年来(トシコロニ)云 ̄ク可(ヘキ)_レ領(リヨス)_二
此寺_一 ̄ヲ人渡唐 ̄セシ也/遅還(ヲソクカヘリ)来 ̄ル之(ノ)由常 ̄ニ語 ̄ル而 ̄ニ今日已 ̄ニ相待人来也可_二《割書:ト云》出-
会_一 ̄フ者今以_二此寺家_一 ̄ヲ奉_二付属(フゾクシ)_一此寺之領地四至 ̄ノ内専 ̄ラ無_二 ̄シ他人 ̄ノ
領地_一而 ̄ニ時(ジ)【日に之】代/移(ウツリ)人心/謟(カン)曲(キヨクニシテ)諸国之/刺(シ)史/称(セウハ)_二私領之地_一 ̄ト然 ̄モ而氏
人旡_レ ̄シ力 ̄ラ弁(ワキマヘ)定 ̄テ早 ̄ク触_レ ̄レ国 ̄ニ可_レ ̄シ被(ル)_二糺返(タヽシカヘ)_一者/付属(フゾク)之後山王/還(カヘリ)給 ̄フ明神
住(トユリ?)_二寺 ̄ノ北野(ホク)-野(ヤニ)_一無量之眷属/圍遶(ヰミヤウスレトモ)他人之所_レ不_レ ̄ル知_レ ̄ラ見也見知 ̄レハ明 ̄ニ住給 ̄フ
野 ̄ニ乗_レ ̄ルノ與【輿ヵ】之人引_二-率 ̄シテ百千眷属_一 ̄ヲ来 ̄リ向 ̄フ以_二飲食(インシイヲ)_一奉_レ ̄リ饗(ケウシ)_二明神_一 ̄ヲ之処
老比丘教待到_二 ̄テ於彼 ̄ノ明神之在所_一 ̄ニ逓(タガイニ)【𨓝】以 ̄テ喜悦 ̄ス即比丘 ̄ト輿(コシノ)【𢲓】人(ヒトヽ)形
隠 ̄テ不_レ ̄ス見 ̄ヘ于_レ時問_二 ̄テ神明_一 ̄ニ偁 ̄ク此比丘 ̄ト輿(コシノ)【𢲓】人忽 ̄チ不_レ見 ̄ヘ是何人/耶(ナルヤ)明神
答_レ《割書:玉フ》之 ̄ニ老比丘 ̄ハ是 ̄ハ弥勒如来/為(タメ)_レ護_二持 ̄ノ仏法_一 ̄ヲ住_二_給 ̄フ此寺_一 ̄ニ耶/輿(コシノ)人 ̄ト
【柱】古今巻二 〇十一
【柱】古今巻二 〇十一
者是 ̄レ三尾(ミヲノ)明神/為(タメ)_レ訪(トムロフ)_レ我 ̄ヲ来也/者(テイレハ)予還_二 ̄リ-到 ̄テ寺_一 ̄ニ教待 ̄ガ有様 ̄ヲ向_二 ̄フ都堵(トト)
牟麻呂(ムマロ)_一 ̄ニ専 ̄ラ不_レ知_二 ̄ラ此老比丘 ̄ノ案内_一 ̄ヲ年来(トシゴロ)此比丘/不(アラカレハ)_レ魚 ̄ニ不(ズ)_二飲-食(インシヨクセ)_一不(サ?レハ)
_レ酒 ̄ニアラ不(ス)_二湯飲(トウインセ)_一常 ̄ニ到_二 ̄テ寺領海辺之江_一 ̄ニ取_二 ̄テ魚鼈(キヨヘツヲ)_一為(ナス)_二斎食(サイシキノ)之菜(サイト)_一而/謁(エツシテ)_二
和尚_一 ̄ニ忽 ̄チ隠 ̄ル之/悲哉(カナシイ 〳〵)《割書:々| 々》不(ス)_レ惜(ヲシマ)_レ音(コヘヲ)哀(アイ)泣( ウス)【アイキウスヵ】今大衆共 ̄ニ見_二 ̄ニ住房_一 ̄ヲ年来
干置(ホシヲリ)魚類 ̄ハ皆是 ̄レ蓮華 ̄ノ茎(クキ)根葉也於_レ ̄テ是 ̄ニ知_二 ̄ル不(サル)_レ例(レイナラ)人 ̄ノ由_一 ̄ヲ今教待
已(ステニ)隠 ̄ル我院早 ̄ク可_レ ̄キ被_二 ̄ル興隆_一 ̄セ者也/者(テイレハ)問_二 ̄フ之此 ̄ノ寺之名_一 ̄ヲ謂_二 ̄ク御(ミ)井寺_一 ̄ト
其/情者(コヽロハ)云何(イカント)氏人答 ̄ヘ云 ̄ク天智天武持統此三代之天皇/各(ミナ)生(マシマシ)
給 ̄フ之/時最初(トキサイシヨ)之時 ̄ノ御/湯(ユ)行水/汲(クンテ)_二此地 ̄ノ内井_一 ̄ヲ奉_レ ̄ル浴(ヨクシ)之由/俗詞(ソクノコトハニ)
語 ̄リ来 ̄ノ件 ̄ノ井 ̄ノ水依_レ ̄テ経(フルニ)_二 三皇 ̄ノ御用_一 ̄ヲ号_二 ̄ス御井_一 ̄ト者予問_二此 ̄ノ縁起(エンキ)_一 ̄ヲ漸(ヨウヤク)見_二 ̄ハ
地形_一 ̄ヲ宛(アタカモ)如_二 ̄シ大唐青龍寺_一 ̄ノ奉_レ ̄リ受_二 ̄ケ付属_一 ̄ヲ畢 ̄ヲ【テ?】別当西塔共 ̄ニ還_二 ̄ル本山_一 ̄ニ
別当共 ̄ニ参_二 ̄リ内裏_一 ̄ニ奏 ̄シテ申_レ由 ̄ヲ勅/急(スミヤカニ)造(ツク?)_二唐坊_一 ̄ヲ仏像法門/運(ハコヒ)_二-移(ウツス?)
此寺_一 ̄ニ予改_二 ̄テ御井寺_一 ̄ヲ成_二 ̄ス三井寺_一 ̄ト其由/何者(イカントナレハ)件 ̄ノ井水三皇用 ̄ヒ給
上此寺為_二 ̄テ伝法/灌頂(クハンテウノ)之庭_一 ̄ト可_レ汲_二井(セイ)花水_一 ̄ヲ之事/令(シムレ)_レ継(ツカ)_二弥勒三
会 ̄ノ暁(アカツキヲ)_一故 ̄ヘニ成_二 ̄ス三井寺_一故 ̄ト《割書:云| 々》
聖宝僧正(せうぼうそうぜう)十六にて出家して始(はじめ)て元興寺(ぐはんごうし)にて三/論(ろん)
の法文を学(まな)び後に東大寺(とうだいし)にて法相(ほつさう)花厳(けごん)の法文を修学(しゆがく)
す東大寺の東坊 ̄ノ南第二の室(しつ)は本願の時より鬼神(きじん)のすむ
とて内作(ないさく)もなくて荒室(くはうしつ)となづけて住(すむ)人もなかり
けるを此僧正いまだ若(わか)かりける時居所のなかりければ
かのしつに住けり鬼神さま〴〵のかたちをげんじけれ共
【柱】古今巻二 〇十二
【柱】古今巻二 〇十二
かなはでつゐにさりにけり其後一門の僧相/継(つゝい)て居住
して今にたえずとなん
吏部王記(リホウワウタ?キニ)曰 ̄ク真崇禅師(シンスウゼンシ)述(ノヘテ)_二金峰山神通(キングセンノジンヅウヲ)_一云古老相_二伝 ̄フ之_一 ̄ヲ
昔 ̄シ漢土 ̄ニ有_二 ̄リ金峯山_一金剛蔵王(コンゴウサワウ)菩薩(ホサチ)【𦬇】住_レ ̄ス之 ̄ニ而 ̄シテ彼 ̄ノ山/教(シメテ)【「教」の左に「シム」】_レ移(ウツサ)【訓点二】
滄海(ソウカイヨリ)_一而来金峯山則 ̄チ是彼山也山 ̄ニ有_二捨身谿(シヤシンノタニ)_一号_二 ̄ス阿古谷_一 ̄ト
有_二體龍(タイリヤウ)_一昔(ソノカミ)本元興寺 ̄ノ僧 ̄ニ有_二童子_一名_二 ̄ク阿古_一 ̄ト少而(ワカフシテ)聡悟(サウゴナリ)
試経 ̄ノ之時師/使(シテ)【「使」の左に「シム」】_下レ阿古(アコヲ)奉(ホウセ)_上レ試(シヲ)及_二 ̄テ已 ̄ニ得(ウルニ)_一幾代(ホトントカハツテ)度_二 ̄ス他人_一 ̄ヲ如_レ是 ̄ノ両度
爰 ̄ニ阿古/恨忿(ウラミイカツテ)捨(スツ)_二身 ̄ヲ此谷_一即得_二 ̄タリ龍身_一 ̄ヲ師聞_二 ̄テ捨身_一 ̄スルヲ驚 ̄キ悲 ̄ミ往 ̄テ
看(ミル)于_レ時已 ̄ニ化_レ ̄ス龍 ̄ト頭 ̄ハ猶(ナヲ)人也而先/欲(ス)_レ害(カイセント)_レ師 ̄ヲ菩薩 ̄ノ冥護(メウゴアツテ)崩(クズシ)
_レ石 ̄ヲ圧(ヲス)_レ龍 ̄ヲ故 ̄ニ師/免(マヌカル)_レ害 ̄ヲ貞観年中觀海法師為_レ見_二 ̄ン竜身(リユウシンヲ)_一往(ユイテ)
到_二 ̄ル彼 ̄ノ谿(タニニ)_一夢 ̄ニ龍請_レ ̄テ之 ̄ヲ明朝/将(マサニ)【「将」の左に「ストシ?」】_レ見 ̄ヘント?也比_二 天明_一 ̄ル興(ヲコシ)_レ雲 ̄ヲ降(クダシ)電(ライヲ)見【訓点二】龍 ̄ノ
挙_一レ ̄ルヲ首 ̄ヲ高二丈計一頭八身 ̄ヲ観海/祈(イノリ)_レ龍 ̄ヲ云奉_レ ̄テ写_二 八部法花経【訓点一】
将(マサニ)【「将」の左に「ス」】_レ救(スクハント)_二汝 ̄カ苦 ̄ヲ【訓点一】勿(ナカレ)_レ害(カイスルコト)_二於吾(ワレヲ)_一龍猶 ̄ヲ吐(ハイテ)_レ気 ̄ヲ害/将(マサニ)【「将」の左に「ス」】_レ及_レ ̄バント身 ̄ニ観海大 ̄ニ恐 ̄レ心
神迷惑 ̄シテ則帰命菩薩【𦬇】須(スヘカラク)【「須」の左に「ハン?」】_レ写_二件之経_一 ̄ヲ於_レ是 ̄ニ雲/霧冥(キリクラクシテ)失(シツヌ)_二龍 ̄ノ所 ̄ヲ
_レ在(アル)須臾(シユエユニ)_一雲霧即/除忽然(ハラヒコツネントシテ)身至_二 ̄ル御在所_一 ̄ニ《割書:菩薩|在所也》観海祈感シテ
如_レ ̄ク願 ̄ノ写_レ ̄シ経 ̄ヲ将(マサニ)【「経」の左に「ス」】_二供養_一レ ̄セント之 ̄ヲ請(シヤウシテ)_二善祐法師_一 ̄ヲ為(ス)_二講師_一 ̄ト善祐法師
固辞(コジス)夢 ̄ニ菩薩告 ̄テ_曰我今請_レ ̄ス汝 ̄ヲ勿_二 ̄レ苦【ねんごろに】/辞(シスルコト)_一須(スヘカラク)【「須」の左に「ヘシト」】_下至_二 ̄テ方便品_一漢(カン)
音(ヲンニ)読(ヨム)_上レ之(コレヲ)善祐/感悟(カンゴシテ)起請 ̄ス如_二 ̄ク菩薩【𦬇】 ̄ノ告_一 ̄ノ比_レ ̄ロ至_二 ̄ル方便品_一大風/飄(ヒルカヘシ)【訓点「レ」】経 ̄ヲ不
_レ知_レ ̄ラ所_レ ̄ヲ去 ̄ル八部法花経今見_二 ̄ル一巻/香隆(カウリウ)寺_一 ̄ニ僧正寛空ハ河内国
の人也/神日律師入室(シンニチリツシニツシツ)寛平法皇/灌頂(クハンテウ)の御弟子也天徳
【柱】古今巻二 〇十三
【柱】古今巻二 〇十三
四年/炎旱(ゑんかん)のうれへありけるに五月九日より仁寿殿(にんしゆでん)にて
孔雀経法(くじやくのきやうほう)を修(しゆ)せられけるに修中(しゆちう)に雨くたらざりけり結願(けちくわん)
の日に成て巻数を奉る時殿上に霊験(れいけん)なきよしをせうして
執奏(しつそう)せざりけり僧正そのよしを聞て法ふくをちやくし
かうろをさゝげて庭中に立てふかくくわんねんの時かう
ろのけふりたかくのほりて大雨すなはちふるたゞしきん
闕(けつ)ばかりふりて郭(くわく)【墎】外(くはい)にはくだらざりけり人あやしみと
しけり 寛忠僧都(くわんちうそうづ)《割書:号池上|僧都》は寛平法皇の御孫兵部卿/敦固(あつかたの)
親王の子法皇入/室(しつ)いしやま内供受法灌頂(ないくしゆほうくわんてう)の弟子なり
行業(こうぎやう)つもり霊験(れいげん)すぐれたる人也千日ごまを修し
侍ける間は護法香の火をおきけり又度々/孔雀経(くしやくきやう)の
法に霊験(れいけん)をほどこせり就(なかん)_レ 中(づく)習星(しゆうせう)成怪(でうけ)行功其光(けうくごくわう)の
由あまねく人口(じんこう)にあり
承平(しやうへい)元年の夏の比/貞崇(ていすう)法師東寺の坊にて経を読(よみ)
けるに大なる亀【龜】いで来りて見へけり非常(ひしやう)の物と思ひ
て見ずこゝろをもつはらにして経をよみけるにしばし有て
雷電(らいでん)してこの亀(かめ)天に入けりつぎの日/火雷(くわらい)天神かたち
をけんじ給ひて貞崇(ていすう)にのたまひけるはわれきのふ物語
せんと思ひしに我を見ざりしほいをそむけり貞崇/答(こた)へ
申て云きのふたゞ大なる亀を見る崇神(すうじん)とは知(しり)奉ず
【柱】古今巻二 〇十四
【柱】古今巻二 〇十四
但あやしむ所は雷(らい)天に冲(うごく)ことを神のの給はくわれもとの
あくしんによりて苦(く)をうく汝わがかたちを見るべしとて
則げんじ給けり貞崇(ていすう)見奉るに上(かみ)の体雷公(ていはらいこう)の図(づ)に似(に)
たりこしより下(しも)は火もゆるがごとし六月に又内裏へ参らん
と思ふなりとのたまひて則見へ給はず
浄蔵(しやうぞう)法師はやんごとなき行者也かづらき山におこなひ
ける頃金/剛山(ごうせん)の谷(たに)に大なる死人のかばねありけり
かしら手足つゞきてふしたり苺(こけ)【莓】あおくおいて石を枕(まくら)
にせり手に独鈷(とつこ)をにぎりたりこんじきさびずして
きらめきたり浄蔵大にあやしみて其谷にとゞまりて
【挿絵】
【柱】古今巻二ノ 〇又十四
【柱】古今巻二ノ 〇又十四
【挿絵】
これなに人のかばねといふことをしらんと本尊にきせい
しけるに第五日の夜夢に人告ていはく是はなんぢが
むかしの骨(こつ)なりすみやかにかぢしてかの独鈷(とつこ)を得べき
なりといふさめてかばねにむかつて声(こゑ)をあげてかぢす
るにかばねはたらきうごきておきあがりてたなごゝろを
ひらきて独鈷(とくこ)を浄蔵(じやうそう)にあたへてげり其後たきゞを
つみてはふりてうへに石のそとばを立たりけりくだんの
そとば今にかの谷(たに)に有となん爰に浄蔵は多/生(しやう)の
行人なりといふ事をしりぬ又ひえい山/横川(よかは)に三年こ
もりて六道衆生のために毎日法花経六部をよみ
【柱】古今巻二 〇十五
【柱】古今巻二 〇十五
三時の行徳を修し六千べんの礼拝をいたして廻向(ゑかう)し
けり其時/護法(ごほう)かたちをあはして花をとり水をくみ
て給仕(きうじ)しけり同/住山(ぢうさん)の比の事にや七月十五日/安居(あんご)の
夜(よ)験(げん)くらべをおこなひけるに朗善(らうぜん)和尚の弟子に修入(しゆにう)
といふやんごとなき人を験者(げんざ)につがひにけり其比は石
に護(ご)法をばつけけり第六のつがひにて先浄蔵出て
ゐる次修入(つきにしゆにう)出てゐる浄蔵がいはく生年七歳より父母
のふところを出て山林を家として雲きりをしき物と
す日々に身をくだき夜〳〵に心をいやすねん比に肝(かん)たん
をくたひて全く身命をおしまずこれあへて名利(めうり)のため
にせず無上ぼだひのため也もし我をしらははくの石わたす
べしと云其時はくの石とび出ておちあがる事/鞠(まり)のごとし
こゝに修入(しゆにう)いはくはくの石はなはだ物さはがしはやくおち
ゐ給へとことばにしたがひて則しづまりぬ大/威徳呪(いとくしゆ)
を見てゝしばらくか持(ち)するにあへてはたらかす浄蔵又云
衆命(しゆめい)によりてかたしげなくも禅師につかひ奉る禅下(せんか)
行業年ふかくしてくわんねんよわひかたぶけり其/威徳(いとく)を見
るにすでに在世(さいせ)の摩訶迦葉(まかかしやう)に同(おな)しあへて験(げん)を尊者(そんじや)に
あらそひ奉にあらずたゞ三宝の証明(しやうめう)をあらわさんがた
め也といひて常在霊鷲山(じやうざいれうじゆせん)の句をあぐ其/声(こゑ)雲をひ
【柱】古今巻二 〇十六
【柱】古今巻二 〇十六
びかして聞人/心肝(しんかん)をくだく其時はくの石又うごきをどり
てつゐに中よりわれて両人のまへにおち居ぬ二人ともに
座を立てたがひにおがみて入にけり見る人なみだをなが
さずといふ事なし○念仏三/昧(まい)修する事は上/古(こ)にはまれ也
けり天/慶(けい)よりこのかた空也(くうや)上人すゝめ給ひて道場(どうしやう)
聚楽(じゆらく)この行(きやう)さかんにて道俗男女(どうぞくなんによ)あまねくせうみやうを
もつはらにしけりこれくだんの聖人(せうにん)化度(けど)衆生(しゆぜう)の方便(はうべん)也
市(いち)の柱(はしら)に書付給ひけり
一たひも南無阿弥陀仏といふ人の
はちすの上にのほらぬはなし
千/観内供(くわんないく)は顕密(けんみつ)兼(かねたる)学(かく)人にて公請(くじやう)にもしたがひけり
空(くう)也上人のをしへによりてとんせいしたる人也あみだ
和讃(わさん)をつくつて自他(じた)をしてとなへしめけるに夢に
人有て語(かた)りけるは信心是深(シン〳〵コレフカシ)豈(アニ)【「豈」に左に「ヤ」】_レ非(アラサラン)_二極楽上品之/蓮(ハチスニ)_一
菩提無量(ボダイムリヤウ)也/定(サタメテ)期(ゴス)_二弥勒(ミロク)下生之/暁(アカツキヲ)_一《割書:云| 々》遷化(せんげ)の時(とき)
手に願文をにぎり口に仏号を唱(となへ)ておはりにけり
権中納言/教忠(のりたゞ)いひけるは大師/命終(めうじう)の後夢の中に
かならず生所をしめし給へとけいやくしけるに闍梨(じやり)
入滅(にうめつ)していくばくならずして夢に蓮花のふねにのりて
むかしつくれる弥陀讃(みださん)をとなへて西へ行けり
【柱】古今巻二 〇十七
【柱】古今巻二 〇十七
一乗院(いちじやうゐん)大/僧都定照(そうづてうせう)は法相宗兼学(ほつさうしうけんがく)の人也天元二年
二月九日/金剛峯寺(こんがうぶしの)座主(ざす)に補(ふ)して同十二月廿一日大僧
都に転(てん)ず四年八月十四日/東寺(とうじ)長者(ちやうじや)興福寺別当(こうぶくじべつたう)を
辞(じ)し申ける状に云
興福寺(こうぶくし)東寺(とうし)金剛峯寺(こんがうぶし)別当職(へつたうしく)之事
右/定昭(デウセウ)従(ヨリ)_二若年之時_一誦_二 ̄シ法花一/乗(ジヤウヲ)_一修_二 ̄ス念仏三昧_一 ̄ヲ先年/蒙(カウムル)_下往(ワウ)
極楽之記_上 ̄ヲしかるに近 ̄コロ曽 ̄テ夢中 ̄ニ見_下 ̄ル可_レ堕(ダス)_二悪趣_一 ̄ニ之由_上 ̄ヲ定 ̄テ知 ̄ル
依_二件等 ̄ノ寺/務(ムニ)_一所_二 ̄ロ示現_一 ̄スル也如_二 ̄ク往年 ̄ノ告_一 ̄ノ為(セントス)_三往_二-生極楽_一 ̄ニ
謹 ̄テ辞(ジスルコト)如_レ件
天元四年八月十四日 大僧都/定昭(デウセウ)
此僧都一/乗(じやう)院/庭前(のていせん)に一株(いつちう)の橘(たちはな)の樹(き)あり久しくして枯木(かれき)
と成にけり大仏(だいぶつ)㖽(ばい)【唄?】呪(じゆ)一/返(へん)を誦して加持の間すなはち
花葉(けやう)を出しけり又船に乗(のり)て上/洛(らく)しける時/天童(てんどう)十
人出現して舟をになひて岸(きし)にちやくしけり僧都は是
十羅刹(しうらせつ)の我を救(すくひ)給ひぞと申ける又/不動(ふどう)明王も現_レ形(かたちを)
して捬護(ふご)したまひけるとなん永観(えうくわん)元年三月廿三日
入/滅(めつ)右の手に五鈷をもち左の手に一乗経をもつ初は
密印(みつゐん)を結(むす)びのちには法花経を誦(じゆ)す薬王品(やくわうぼん)に
いたつて於此(オシ)命終即往安楽世界(メウジフソクワウアンラクセカイ)《割書:乃(ナイ)|至(シ)》恒河沙等諸(ゴウガシヤトウシヨ)
仏如来の文を両三返/誦(じゆ)して弟子に告(つげ)て云/我白骨(わがはくこつ)
【柱】古今巻二 〇十八
【柱】古今巻二 〇十八
なを法花経を誦してすべからく一切を渡(ど)すべしと云て
定(でう)ゐんを結(むす)びて居(い)ながらをわりにけり其後/墓内(はかのうち)に経
を誦するこゑ聞へけり又ずゞの声なども聞へけるとなん
性信(せうしん)二品親王は三条のすゑの御子御母は小(こ)一条の大将/濟(なり)
時(とき)卿の女也むかし母后の御夢に胡僧(こそう)来て君の胎(たい)に託(たく)
せんとおもふと申けり其後/懐(くわひ)にんし給ひけりたんじやうの
日(ひ)神光室(しんくわうしつ)をてらす御法名/性信(せうしん)也/大御室(おほおむろ)とぞ申侍ける
院御/瘧病(ぎやくびやう)の時諸寺の高僧等そのしるしをうしなひけるに
此親王朝より孔雀(くじやく)経一/部(ぶ)を持てまいらせ給て御祈念
有ける程にすでに御/気返(きへん)じておこらせ給はんとし
けるほどに御室(をむろ)の御ひざをまくらにして御やみ有けるが
御気色/火急(くわきう)に見へさせ給ひければ御室(おむろ)信心をいだし
て孔雀経をよませ給ふ其御なみだ経よりつたはり
て院の御/顔(かを)につめたくかゝりけるに御信心のほど覚(おほし)
めししられける程に速時(そくじ)に御色なをらせ給ひて其日
はおこらせ給はざりけり勧賞(けんしやう)には仏母院(ふつもゐん)と云/堂(だう)を
たてゝ阿闍梨(あじやり)をおかれけり又同御時/参内(さんだい)せさせ給ひ
たりけるに勅(ちよく)定に世間にはもつての外に有験(うげん)の
人と申なるに我見るまへにて其しるしあらはさるべし
と仰られければ勅定そむきがたくしばらく念/誦(じゆ)
【柱】古今巻二 〇十九
【柱】古今巻二 〇十九
観念せさせ給ひて御念珠(ごねんじゆ)をなげいだされたりけれは
弟子を足(あし)にして二三/帀(さう)ばかりはしりあゆみたりけれは
いそぎ御/障子(しやうじ)をたてゝ入御ありけるとなんすべて院宮(ゐんみや)
関白(くわんはく)を始(はじめ)奉て霊験(れいげん)をかうふる人そのかずおほしさの
みはことおほければしるさず応徳(おうとく)二年九月廿七日つゐに
往生をとげさせ給にけり
堀河(ほりかは)左大臣右大臣の時/紫雲(しうん)をばまさしく見られける
とぞ延暦寺(えんりやくじの)僧/慶覚(けうかく)は空中(くうちう)に音楽(をんがく)を聞けり荼毘(だび)【毗】
のとき御平生の間とかせ給はざりける御/帯棺(をびくわん)の中にて
やけざりけりふしぎの事とぞ世の人申ける
永観(ゑうくわん) 律/師(し)は病者にて侍けるがつねのことくさに病
者(は)是(これ)善知識(せんちしき)也我/依(よつて)_二苦痛(くつうに)_一深(ふかく)求(もとむ)_二菩提(ぼだいを)_一とぞの給ひ
ける七宝(しちほう)の塔(とう)をつくりて仏舎利(ふつしやり)二/粒(りう)を安置(あんぢ)して
我/順次(じゆんし)に往生をとぐべくは此舎利かずをまし給ふ
べしとちかひて後年にひらいて見奉るに四粒(よりう)に成
給にけり随喜渇仰(ずいきかつがう)してなく〳〵二粒をとり本尊の
あみだ仏のみけんにこめ奉りて昼夜に膽(せん)【【「膽」は書陵部本「瞻」】仰(かう)し奉
られけり又みづからあみだ講式(こうしき)をつくりて十斎日ごと
に修して薫修(くんしゆ)久しく成にけり最後(さいご)の時れいの講式
を修しける間に律師/異香(いかう)をかゞれ他人はこれを
【柱】古今巻二 〇二十
【柱】古今巻二 〇二十
かゞず瞙【瞑ヵ】目の夜/頭北面西(づほくめんさい)にして正念に住して念仏
たゆむことなくておはりにけり年七十九也弟子あじや
り覚叡(かくえい)が夢に一の精舎(しやうじや)に衆僧ならび座したるに覚叡(かくえい)
も其/例(れい)にて仏/像(ぞう)を膽(せん)【瞻ヵ】仰(かう)するによく見れば此仏先師
の律師なり一句さゝげて云/従我(じうが)聞法往生極楽(もんぼうをうぜうごくらく)《割書:云| 々》
平等院(べうどういんの)僧正/行尊(ぎやうそん)は一条院の御孫/侍従宰相子(ぢじうさいしやうのこ)也母の
夢に中堂にまいりたりけるに三尺の薬師如来を
いだき奉ると見ていくほどをへずしてくわひにんあり
けりすべからく台嶺(たいれい)の法師にてぞ有べかりけれども
流にひかれて寺法師に成給にけり実相坊(ぢちしやうばう)大あじやり
に随遂(すいちく)して三/部(ぶ)の大法/諸尊別行(しよそんへつきよう)護摩秘(こまひ)法をうけ秘(ひ)
密灌頂(みつくわんでう)をつたへ給へり出家の後/住寺(ぢうし)の間一夜も住房(ぢうほう)
にとゞまらず金堂弥勒(こんだうみろく)を礼拝して四五/更(かう)を送(をくり)けり十二才の
六月廿日より不動の供養法(くやうほう)を勤修(ごんしゆ)せられけり十七にて修行に
出之十八年/帰洛(きらく)せず其間に大/峯(みね)の辺(へん)ちかづらき其外/霊験(れいげん)の
名地(めいち)ごとに歩(あゆみ)をはこばすと云事なしかく身命をすてゝ五十
有/余(よ)におよぶその行(ぎやう)たいてんする事なしその
間に護摩(ごま)をしゆする事に小壇(せうだん)支度(しと)物等(ものとう)にあひぐし
てあへてだんぜつする事なし其日数をかぞふれば前後
都/合(がう)八千/余(よ)日也又/毎日数(まいにちす)百へんのらいはいありけり
【柱】古今巻二 〇二十一
【柱】古今巻二 〇二十一
本寺の住房にしてはじめて不動(ぶどう)の護摩(こま)をしゆせら
れける時夢中に不動尊の仕者(ししや)かたちをあらはして
見へ給けりたけ三四尺ばかりなる童子(どうじ)の青/衣(きぬ)のうへ
にむらささきなるをぞきたまひたりける左の手に剣(けん)【釼】
并に索(なは)をもち右の手に剣(けん)【釼】印(いん)をなす壇(だん)上よりあゆ
みきたりて乳上(にうしやう)にあたりて種(しゆ)々の事をしめし給ふ
中にやくそくのことく護摩(こま)二千日/勤行(ごんきやう)せらるべき也と
の給はせければ僧正/承諾(じやうだく)せられにけり其後大みね
の神仏に五七日/宿(しゆく)したる事ありけりこれまれなる
御事也同行壱人もしたがわずたゞひとり庵室(あんしつ)に
ゐて経をよみ呪(しゆ)をみてゝ日を送り給ひけるに陰雲(いんうん)
靉靆雨滂沱庵室(あいたいしあめはうだたりあんじつ)のうち河流(かりう)のごとくして身をゐるべき
所なしわづかに岩の上に蹲居(うづくまり)して存命ほとんとあぶな
かりけり高声(かうせう)に経をよみ奉る我(ワレ)不(ズ)_レ愛(アイセ)【訓点二】身命(シンメウ)_一但(タダ)惜(ヲシム)_二無(ム)
上道(シヤウドウヲ)【訓点一】の義なり夜ふけて夢ともなくうつゝともなく容(よう)
貌美麗(ほうひれい)なる総角(あげまき)の幼童(わらは)左右におの〳〵壱人僧正のあ
しをさゝけたりおどろきて幼童(ようどう)をもとむるにはじめて
夢としりて感涙(かんるい)をさへがたしいよ〳〵本尊を念じてねぶれ
ばまたさきのことく童子見へけり麗景殿(れいけいでん)の女御僧正を
御猶子(ごゆうし)にして憐憫(れんみん)の心ざし実子に過たりけり
【柱】古今巻二 〇二十二
【柱】古今巻二 〇二十二
僧正修行に出られて大みねにおこなはるゝ間女御
日来(ひころ)やまひにわづらひ給ひて存命たのみなくなり
給ひけるとき僧信禅(そうしんぜん)をつかひとして今一度みたて
まつらんがためにいそぎ帰洛(きらく)し給ふべきよし申されけり
草庵(さうあん)の内にたゞ壱人経をよみてかげのごとくにおと
ろへて其人とも見へずなみだにおぼれてしばし物も
いはれずあいかまへてかの仰のむね申ければ僧正われ
此行をくはだてゝ世の中を思ひすてゝ三宝の加護(かご)を
頼み奉ればもろ〳〵の怖畏(をそれ)なし女御の御悩(ごのふ)もおのつから
のそき給はんとて柑子(かうじ)一つゝみを加持してまいらせられ
けり信禅(しんせん)かへり参てそのよし申されてくだんの柑子(かうし)を
奉ければすなはちぶくせしめ給ひて御悩(ごのふ)へいゆし給て
げり大/峯(みね)に入られける日斎持(ひさいぢ)の粮米(らうまい)白米七升也其他
四升は日来(ひごろ)うせにけりのこる所三升也/笙(しやう)の岩屋にて
疲(ひ)極の山ぶしをもてなし大りやくのこる物なかりけり其
比の事にやかの岩屋にて
草(くさ)の庵(いほ)なに露けしとおもひけん
もらぬ岩やも袖はぬれけり
又/箕面山(みのをさん)に三ヶ月こもられける時夢に龍宮(し?うぐう)にいた
りて如意宝珠(によいほうじゆ)をえたり其間の奇異(きい)おほけれども
【柱】古今巻二 〇二十三
【柱】古今巻二 〇二十三
しるさず浮(うき)くものごとくさすらひありき給て和泉くに
槙尾(まきのを)山と云所にてかの山の住僧に奉仕(ぶじ)せられけり
阿私仙に大王のつかへしがごとし其時/村邑(しんゆふ)に産(さん)する
女ありけりいのらしめんがためにかの住僧を請じ
けり僧故障(そうこせう)ありてゆかずたゞしこのころより給仕(きうじ)する
下僧有くだんの僧をやるべしと云ければ産婦の夫それ
にてもといひければすなはち僧正に其よしを申けり
僧正/験者(げんざ)にたへざるよしをしきりにの給ひけれ共あな
がちにいふ事なればおはしつゝしばらく念珠のあいだに
平にむまれにけり家によろこひて牛を引たりけり僧正
これをえてかの住僧にだひければ感悦(かんえつ)はなはだしかゝる程に
僧正の御/姉梅壺(あねむめつぼの)女御このおはしますやうをきかせ給てかの
国司(こくし)藤原のむねもとにおほせて小袖以下の御おくり物
有ければ馬允某(むまのぜうなにかし)御つかひにてかの山に参向しけるに
はからざるに僧正に見あひ奉りけり地上にひざまづき
ておどろきあやしむ事かぎりなし住僧これを見て貴人
のよしをしりて科(とが)を悔(くい)ておそれまどへるさまことわり也僧正
身の事しらぬと夜中に行方もしらずうせられにけり
むかし玄/賓僧都(ひんそうづ)の伊賀国に郡司(ぐんし)につかへて侍ける
ためしにおなじく侍り
【柱】古今巻二 〇二十四
【柱】古今巻二 〇二十四
大原/良忍(りやうにん)上人生年廿三よりひとへに世間の名利を捨(すて)て
ふかく極楽をねがふ人也日夜ふだんに称念していまだ
睡眠(すいめん)せず生年四十六しゆび廿四年にいたりて夏月日中
にたゞ仏力によつて自(じ)心にまかせずまどろみたるゆめ
にあみだ仏/示現(じげんに)云なんぢ行不可思儀也/閻浮提(エンフダイ)之内
三千界之間為_レ有_レ 一 ̄ニ可_二 ̄シ無双_一 ̄ト《割書:云》雖_レ ̄トモ然 ̄ト汝順次 ̄ノ往生誠 ̄ニ以 ̄テ難 ̄キ
_レ有_レ之事也所以/者何(イカントナレハ)我土 ̄ハ一向(ヒタスラ)清浄之堺大乗善根 ̄ノ之国也
以_二少縁 ̄ノ人_一 ̄ヲ難_レ ̄シ生 ̄シ如_レ ̄キ汝 ̄ガ行業雖_二多生_一 ̄ト未(イマタ)【「未」の左に「サル」】_レ足_二 ̄ラ往生之業因_一 ̄ニ也
蓋 ̄シ可_レ教_二 ̄ユ速疾(ソクシツ)往生之法_一 ̄ヲ所謂(イハユル)円融(エンユウ)念仏是也以_二 一人 ̄ノ行_一 ̄ヲ為_二衆
人_一 ̄ト故功徳広大 ̄ナリ順次往生已 ̄ニ以 易(ヤスシ)_レ果(ハタシ)_二修因_一 ̄ヲ己(コウ)以 融通(ユヅウ)感/果(ス)盍(ナンソ)
融通一人令_上レ往_二-生衆人_一阿弥陀如来示現/粗(ホヽ)如_レ此委細不
_レ遑(イトマアラ)_二毛挙(モウキヨ)_一矣かくしるしおかれたり此後あまねくくわんじんの
間本帳に入所の人三千弐百八十二人也/早旦(さうたん)に壮(そう)年の僧の
首衣(くびころも)きたる出きたりて念仏帳に入べきよしを自称(じせう)し
て名帳を見てたちまちにかくれぬこれ夢にもあらず
うつゝにもあらず上人あやしみて則名帳を見るにまさし
く其筆跡ありその字 ̄ニ曰 ̄ク奉_レ請念仏百反我 ̄ハ是 ̄レ仏法/擁(ヲウ)
護(ゴノ)者 ̄ノ鞍馬(クラマ)寺 ̄ノ毘沙門天王也為_レ ̄メ守_二-護 ̄ノ念仏結縁衆【訓点一】所_二来-入_一 ̄スル
也《割書:五百十二人|如此入給へり》又上人天承二年正月四日くらま寺に通夜して
念仏の間/寅(とら)のおはりばかりに夢に天に幻化(げんけ)のごとくして
【柱】古今巻二 〇二十五
【柱】古今巻二 〇二十五
自身と驚覚(けうかく)しての給はく汝如_二 ̄シ我身_一 ̄ノ又梵天王/等(ラ)護(ゴス)_二正法_一 ̄ヲ
可_レ奉_レ加_二 ̄ヘ念仏帳中_一 ̄ニ我又/護(マモツテ)如_二 ̄シ影(カゲノ)従(シタカフ)_一レ形(カタチニ)惣冥(スベテメイ)衆入_二 ̄ル結衆_一 ̄ニ諸
神又/満(ミテリト)《割書:云| 々》夢さめてみれば眼前(がんぜん)に其文あり梵天王
部(ぶ)類諸天以下一切 ̄ノ諸王諸天九/曜(よう)廿八宿惣 ̄シテ三千大千
世界乃至/微塵数(みぢんじゆ)所/有(う)一切 ̄の諸天神-祇/冥道(みやうとう)ひとつも
もれず各百/反(へん)入給へり不思儀/未(ミ)曽/有(う)の事也凡 ̄ソ勧進帳
に入所の人三千弐百八十弐人の内日時を注(しる)して往生をと
げたるもの六十八人也/爰(こゝに)上人同月春秋六十一にて七ヶ日
さきだちて死(し)期をしりてつゐに往生のそくわひをとげ
られにけり入棺(にうくわん)の時其身かろきこと如(ごとし)_二鵞毛(がもうの)_一《割書:云| 々》
大原/覚厳(かくごん)律師ゆめに上人つげていはく我/遂(とげ)_二本意_一
有_二 上品上生_一 ̄ニひとへに融通念仏のちから也と《割書:云| 々》
少将の聖(ひじり)も大原山の住人なり三十よ年/常(じやう)行三/昧(まい)を行
ぜられける間に毘沙門天王かたちをあらはして上人を守(しゆ)
護(ご)し給けり御影像(みえいぞう)を等身に図絵していまに勝林(せうりん)院に
安置せられたるなり此上人/臨終(りんじう)の時は勝林院に常行
三昧おこなひける時西方より紫雲(しうん)けんじて堂(だう)の内へ
入と見るほどに肉身(にくしん)ながら見へず即身(そくしん)成仏の人にや
《割書:往生伝にはかくはなし|委可尋之》
仁平弐年七月二日/定信(ぢやうしん)入道宇治 ̄ノ左府(さふ)にまいりたり
【柱】古今巻二 〇二十六
【柱】古今巻二 〇二十六
ければおとゞ衣冠(いくわん)をたゞしくして礼/拝(はい)し給ひけり一切経
をかきて供養(くやう)をとげたる人なり仏に同とて拝せらるゝ
とぞかの日記には侍る
摂津国清澄寺(せつつのくにせうじやうし)といふ山寺あり村人きよし寺とそ申侍る
其寺に慈心坊尊恵(じしんばうそんゑ)と云老僧有けり本は叡山(えいさん)の
学徒(がくと)也けり多年法花の持者也住山をいとひて道心を
おこして此処に来りて年をおくりければ人皆/帰依(きえ)し
けり承安(じやうあん)弐年七月十六日/脇足(けうそく)によりて法花経を
よみ奉ける程に夢ともなくうつゝともなくて白張(しらはり)に
立烏帽子(たてゑほうし)きたる男のわら沓(ぐつ)はきたるが堅文(たてふみ)を持
て来れり尊恵あれはいづくよりの人ぞと問ければ
ゑんま王宮よりの御つかひ也うけぶみ候とて立文を尊
恵にとらせければ披見(ひけん)に
崛(クツ)_二-請(シヤウス)
閻浮提(エンブダイ)大日本国摂津国清澄寺
尊恵慈心坊_一 ̄ニ
右来 ̄ル十八日/於(おいて)_二焔(えん)【㷔】魔(まの)庁(く?うに)_一以_二 ̄テ十万人之持経者_一 ̄ヲ可_レ被(らる)_レ転(てん)_二-読(とくせ)
十万部 ̄ノ法花経 ̄ヲ【訓点一】/宜(よろしく)【「宜」の左に「ヘキ」】_レ被_二参勤(さんきんせ)_一者(もの也)依(よつて)_二閻王宣(えんわうせんに)_一崛請(くつじやう)如_レ件
とかゝれけり尊恵いなみ申べき事ならねば領状(りやうてう)の
請文(うけふみ)書て奉ると見て覚(さめ)にけり例時(れいし)の程になりに
【柱】古今巻二 〇二十七
【柱】古今巻二 〇二十七
ければ寺へ出ぬ例時(れいじ)はてゝ僧ども出けるに老僧一両人
に此夢の告をかたりければむかしもかゝるためしいひ伝(つた)へ
たりその用意あるべしといひければ房(はう)に帰りてつとめ
いよ〳〵おこたらず寺僧等きおひ来てとぶらひけり
十八日の申(さる)のおはりばかりにたゞ今心地少しれいに
たがひて世中も心ほそくおぼゆるとて打ふしけるが酉(とり)
の刻(こく)計に息たへにけり扨次の日/辰(たつ)のおはり程にいき
かへりて若持(ニヤクジ)法花経/其心甚清浄(ゴシンジンセウジヤウ)の偈(ゲ)を四五くだり
ほど誦しけり其後おきあがりて冥途(めいど)の事共/語(かた)る
王宮にめされて十万人の僧につらなりて法花経/伝(てん)
読(とく)十万部おはりて法王尊恵をめしてしとねをまふ
けてすへらる王は母(も)屋の御簾(みす)の中におはしまして尊恵
あらはに冥官共(めうくはんとも)は大/床(ゆか)につらなり居たりさま〴〵の
物語し給ひしに摂津国に往生の地五ヶ所あり清澄
寺その内也汝/順次(しゆんし)の往生うたがふ事なかれ太政入道
清盛(きよもり)は慈恵(じゑ)僧正の化身(けしん)也/敬礼(けうらい)慈恵(じゑ)大僧正天台仏法
擁護者(をうごしや)かくとなへ給てすみやかに本国にかへりて往生
の業(ごう)をはけますべしとてかへされけりとかたりけりきく人
たうとみめでたがる事かぎりなし其後一両年をへて
又法花/転読(てんとく)のためにめされたりけりそのゝち一両
【柱】古今巻二 〇二十八
【柱】古今巻二 〇二十八
年有てめでたく往生をとげたりけり
西行法師大みねをとをらんとおもふ心ざしふかかり
けれども入道の身にてはつねならぬ事なればおもひ
わづらひてすぎ侍けるに宗南坊僧都行宗(そうなんばうそうづきやうそう)その事
をきゝて何かくるしからんけちゑんのためにはさのみこそ
あれといひければよろこびて思ひ立けりかやうに候/非人(ひにん)
の山ぶしの礼法たゞしうてとをり候はんことはすべてか
なふべからずたゞ何事をもめんじ給ふべきならば御/供(とも)
仕らんといひければ宗南坊その事はみなぞんじ侍り人
によるべき事也うたがひあるべからずといひけれは悦て
すでにぐして入けり宗南房さしもよくやくそくしつる
むねを皆そむきてことに礼法をきびしくしてせめさい
なみて人よりもことにいさめければ西行なみだをながし
て我はもとより名聞をこのまず利養(りやう)を思はずたゞ
けちえんのためにとこそ思つる事をかゝる驕慢(けうまん)の
職(しき)にて侍けるをしらで身をくるしめ心をくだく事こそ
くやしけれとてさめ〴〵となきけるを宗南房聞て西
行をよひて云けるは上人道心/堅固(けんご)にして難行苦(なんきやうく)行
し給ふ事はよもつてしれり人もつてゆるせり其やんごと
なきにこそ此事をばゆるし奉れ先達(せんだつ)の命に有て身を
【柱】古今巻二 〇二十九
【柱】古今巻二 〇二十九
くるしめ木をこり水をくみあるひは勘(かん)各(ほつ)【他本「発」】のことはを聞
或は杖木をかうふるこれ地獄(ぢごく)の苦(く)をつくのふ也/日食(にちじき)す
こしきにしてうへしのびがたきは餓鬼(がき)のかなしみをむくふ也
又おもき荷(に)をかけてさかしきみねをこえふかきたにをわ
くるは畜生(ちくしやう)のむくひをはたす也かくひねもすに夜も
すがら身をしほりてあかつき懺法(せんぼう)をよみて罪障(ざいせう)を消(せう)
除(じよ)するは已に三悪道(さんあくどう)の苦患(くげん)をはたしてはやく無垢無悩(むくむのふ)
の宝土(ほうど)にうつる心なり上人/出離生死(しゆつりしやうじ)の思ありといへ共この
心をわきまへずしてみだりがはしく名聞利養(めうもんりやう)の職(しき)也と
いへる事はなはだおろか也とはぢしめければ西行たな
心を含て随喜(すいき)のなみだをながしけりまことに愚(く)痴(ち)【癡】にし
て此心をしらざりけりとてとがをくひてしりぞきぬ其
後はこゝにおきてすくよかにかひ〴〵敷ぞふるまひける
もとより身はしたゝかなれば人よりもことにぞつかへ
ける此こと葉をきぶくして又後もとをりたりけるとぞ
大みね二度の行者也
永万元年六月八日とらのとき蓮華王院(れんげわうゐん)の兵士(ひやうし)がゆめ
にうしろ戸(ど)のひつじさるのすみより北へ第四のまに
もつての外くろき山有けりふもとに承仕(じやうじ)ありける
が件の山のみねよりやんごとなき老僧出きていはく抑
【柱】古今巻二 〇三十
【柱】古今巻二 〇三十
此水をば何の料にほるぞと侍りければくたんの承仕(じやうし)こ
たへていはく本より堀はじめてし水を堀とゞめさせ
給ひて制止(せいし)給べきやう候はす又かの僧の云申所尤いはれ
たり水の末(すへ)をばながさんするそとてほそき谷(たに)川をほり
ながしければ水きはめてほそく落(をち)けるを此水はほそ
く見ゆれども八功徳水甘露利益方便(はつくどくすいかんろりやくはうべん)にてあらんずる
ぞよく〳〵精進(しやうじん)してくむべき也といふと見て夢さめ
にけり去ほとにくだんのうしろ戸(ど)のみぎりの下にうつゝ
に水有/貴(き)浅(セイ)【他本「賎セン」】くみけれ共つきざりけり又くまざるときも
あまらずふしぎ成事也当時其水見へずいつ比よりうせに
けるにかおぼつかなし
承安(しやうあん)弐年三月十五日/六波羅(ろくはらの)太政入道/福原(ふくはら)にて持経
者(しや)千僧にて法花経を転読(てんどく)する事ありけりくたん
経以下御/布施(ふせ)まて諸院宮/上達部(かんたちめ)殿上人(てんじやうひと)北面(ほくめん)迄も
蔵人右少弁(くらんとうせうべん)ちかむねか奉行にてすゝめけり法皇御
幸(かう)成て其一口にいらせおはしましけり法印三人か御行
道ありけり諸国の土民結縁(どみんけちえん)のためにあるひは針(はり)或は
餅四五まひなど引けり法皇もうけさせ給けりはまに
かり屋をつくりて道場(どうでう)にせられけり仏は一千体ぞおはし
ましける又四十八/壇(だん)の阿弥陀/護摩(ごま)もありけり法皇も
【柱】古今巻二 〇三十一
其中にくはゝらせ給けり十七日迄三ヶ日ぞ転読(てんとく)し
奉ける導師(とうし)法印公/顕勧賞(けんけんしやう)に僧正になされにけり公/顕(けん)
僧正上/洛(らく)の後/師匠(ししやう)の法印公/舜(じゆん)でしにこえられながら
よろこびのためにきたられぬ公顕申されけるはまづなし
まいらせてこそ罷成べきに内外について其おそれ侍り
さりながらかみならせ給はゞ僧正の上にゐてまつらん事
おどろくべきにあらず法印として僧正のでしもちて
上にゐたらんこそ希代(きたい)の事にて侍らめとこしらへ
けり法印帰る時/庭(てい)中迄出ければ僧正なく〳〵謝(しや)
せられけるとぞ
高倉(たかくらの)院の御時/炎旱(えんかん)年をおわたりけるに承安四年/内裏(たいり)
の最【㝡】勝講澄憲(さいしやうこうてうけん)法印/御願旨趣啓白(ごぐわんししゆけいひやく)のついでに龍神
に祈(いの)り申てたちまちに雨をふらしてたうざにその賞(しやう)を
かうふりて権大僧都にあがりて上/臈権少僧都覚長(らうこんのせうそうづかくちやう)が
座上につきけり其時の美談(びたん)此事にありけり俊恵(しゆんゑ)
法師よろこびつかはすとてよみける
雲(くも)の上にひゝくをきけは君かなの
雨とふりぬるおとにそありける
解脱房遁世(げだつばうとんせい)の後/壺坂(つほさか)の僧正のもとに湯治(とうし)のため
にしのびて湯(ゆ)の刻限(こくげん)をまち候ほど或人の部(へ)屋に
【柱】古今巻二 〇三十二
【柱】古今巻二 〇三十二
立かくれゐたりけるに法文/宗義(しうき)を談(だん)じけるに解脱房
忍(しのび)ておはするといひけれはすなはち此義をとひたり
ければ返事に
いにしへはふみ見しかどもしらゆきの
ふかき道にはあともおほえす
かくよみてこたえたりけりかまくらの右大将上らくの時
天わうじへ参れたりける其時は鳥羽宮別当(とはのみやべつたう)にてなん
おはしける御/対面(たいめん)有けるに幕下(ばくか)申されけるはよりとも
が一/期(ご)にふしぎ一度候き善光寺のほとけ礼し奉る事
二度なりその内はしめは定印(でういん)にておはしましき次(つき)の
たびは来迎(らいかう)の印にておはし候すべて此仰むかし
より印相さだまり給はぬよしつたへて候へどもまさしく
証(せう)を見たてまつりてさふらひしと申されけりかの幕下(ばつか)
はたゞ人にはあらざりけるとぞ宮仰られけれ空(げんくう)上
人は一/向専修(かうせんじゆ)の人なりたゞ人にはおはせざりけり弥陀
如来の化身とも申す勢至(せいし)ぼさつの垂迹(すいしやく)とも申すとぞ
其/証(せう)あきらかなり諸宗に奥旨(おふし)さぐりきはめずといふ
事なし暗夜(あんや)に経論を見給て燈明(とうめう)なけれども光明
家内をてらす事/昼(ひる)のごとし久安六年生年十八にして
はじめて黒谷(くろだに)の上人の禅室(ぜんしつ)に入て難解難入(なんげなんにう)の文を
【柱】古今巻二 〇三十三
【柱】古今巻二 〇三十三
聞て易往易行(いをういきやう)の道におもむくまのあたり宮殿宮(くうてんきう)
樹(じゆ)を見化仏化𦬇【菩薩】をげんじ奉る元久二年四月一日月の
輪殿(わとの)へさんじて退出(たいしゆつ)の時南/庭(てい)をとをりけるに頭光(づくわう)げんじ
たりければ禅閤(ぜんかう)地におりてくやうらい拝し給ひけり
建暦(けんりやく)三年正月廿五日/遷化(せんげ)《割書:春秋|八十》往生の瑞相(ずいさう)一にあらず
いまだ墓(はか)所をてんぜざるに両三人の夢に其所にあた
りて天童行道(てんどうぎやうどう)し蓮花/開敷(かいふ)せり三四年よりこのかた
老病身にまとひて耳目/蒙昧(もうまい)なりけるが往生の期(ご)
ちかづきてはことに目も見え耳もきかれにけり
みづから上品極楽は我本国也/定(さだめ)てつゐに往生すべし
観音勢至の聖衆来現して眼前(かんせん)におはします我往生
はもろ〳〵の衆生のため也との給て廿四日の酉のとき
より高声(かうせう)念仏程をせめて間なく廿五日平正に光
明/遍照(へんぜう)の四句の文をとなへて慈覚大師の九/条(てう)の袈
裟をちやくして頭北面(づほくめん)にしてねぶるがごとくにして
おはり給にけり念仏/音声(をんせう)とゞまりて後もなを
唇舌(しんぜつ)をうこかす事十よ反(へん)ばかり也/順次(じゆんし)の往生うた
がひなきもの也
三井寺の公胤(こういん)僧正けちえんのために四十九日の導師
をのぞみて両界慢陀羅(りやうがいまんだら)并に阿弥陀【陁】の像(さう)をくやうし
【柱】古今巻二 〇三十四
【柱】古今巻二 〇三十四
てけり其後五ヶ年経て建保四年四月廿六日の夜僧
正の夢に見侍りけり
上人/告云(ツケテイハク)
往生之/業中(ゴフチウ) 一日六時/刹(セツ) 一心/不乱(フラン)念 功徳最(クトクサイ)第一
六時/称(セウ)名/者(シヤ) 往生/必決定(ヒツケツデウ) 雑(ザツ)善/不決定(フケツチヤウ) 高修定(カウシユデウ)善/業(ゴフ)
源空/惣孝養(ソウケウヤウ) 公/胤能説法(インノウセツホフ) 感喜不可尽(カンキフカジン) 臨終先迎摂(リンジユセンカヲセツ)
源空本地/身(シン) 大勢至菩薩 衆生/為化故(イケコ) 来此界度者(ライシカイドシヤ)
かくしめしてさり給ひにけり勢至ぼさつの化身と
いふ事これより符号(ふかう)する所なり
高弁(かうへん)上人おさなくては北/院御室(いんのをむろ)に候はれけり文学坊(もんがくばう)
まいりてその小(こ)わらはを見て此/児(ちこ)はたゞ人にあらずと
さうしてまげて此ちご文学(もんがく)に給はりて弟子にし
侍らんと申て取(とり)てげり法師になりて高雄(たかを)に住(すま)せ
けるにがくもんに心を入てあからさまにも他事もせざ
りけり文学/坊高雄(はうたかを)をつくるとて番匠(ばんぜう)をせさせて
ひしめきけること高弁(かうべん)上人うるさき事に思ひて聖(せう)
教(けう)のもたるゝかぎりいだき持て山のおくへ入て人も
かよはぬ所にてたゞ壱人見られけりひるつかた番匠
が食物(しよくもつ)をなみすへたる時山の中よりはしりくだりて其
食(いひ)七八人がぶんをやす〳〵ととりくいて又あらぬ聖教(せうげう)を
【柱】古今巻二 〇三十五
【柱】古今巻二 〇三十五
もちて帰入ぬさて山の中に二三日も居て出られずかく
する事二三日に一度かならず有けり文学坊此事を聞
てたゞ人のふるまひに非(あら)ず権者(ごんしや)の所(しよ)為也とぞいひける
此上人/暗夜(あんや)に聖教を見給ける大神基賢(おゝがのもとかた)が子に
光音(くはうをん)といふ僧かの上人の弟子にて侍を【けヵ】り年比/給仕(きうじ)し
て侍けるがかたりけるはさしもくらき夜火もともさず
して聖教を見給とて弟子どもにしか〳〵の所に有文
取(とり)て給へといはれければくらまぎれにさぐりて来を見て
此文にはあらずしか〳〵の文などの給けるふしぎなりし
事也かた夕暮(ゆふくれ)に光音(くはうをん)をよびて山寺のたゞ今程は
よに心のすむものやいさ給へ月見にとて房(ばう)を出て清瀧(きよたき)
川のはたをかみへ廿余町計山をわけて入給て大成石(おほいなるいし)有
それにのほりて此いしはいかにもやうあるいし也/伽藍(がらん)など
のたちけるいしずへにもやありけん此石なとやらんなつかし
きなりとてふくるまでこゝろをすましてさま〴〵の物語
しつゝ座せられけりさむくおはすらんとてその石の上
にいつくに有へしとも覚(おほへ)ぬに円座(えんざ)一枚を取出して
光音(くはうをん)にしかせられけるふしきにめつらかなる事なり
彼石をは定心石(てうしんせき)とそ名付られけるもろこしの悟真(ごしん)
寺(じ)の石に模(も)せられけるにこそ又/縄床樹(じやうしやうじゆ)といふ松有
【柱】古今巻二 〇三十六
【柱】古今巻二 〇三十六
その松/座禅(ざぜん)にたよりありけり正月の比松のもとに
居てくはんねんせられけるにあられのふりけれは
岩のうへ松のこかけにすみ染(そめ)の
袖のあられやかけしその玉
尺尊の御遺跡(こゆいせき)おかみ奉らんとて弟子十よ人をあいぐし
て天/竺(ぢく)へわたり侍らんと思はれける比春日大明神に
いとま申さんとてかの御やしろへ参られけるに鹿六十
頭ひざをおりて地にふして上人をうやまひけり其後
生所紀伊の国/湯浅郡(ゆあさこほり)へむかはれたりけるに上人の伯母(をは)
なりける女房に付て春日明神御/託宣(たくせん)有けるは
我仏法を守護(しゆご)せんかために此国に跡をたれり上人我国
をすてゝいつくへかゆかんとするとの給ければ上人申給ひ
けるは此事信ぜられずまことならばそのしるしをし
めし給ふべしと申給ば汝われをうたがふ事なかれ我此
山に来りし時六十頭の鹿(しか)ひざをおりてうやまひしは我
汝がうへに六尺あかりてかげりはなれざりしゆへにわれを
うやまひしによりて上人に向(むかふ)てひさをおりし也上人又
申やうそれはまことにさりき玄【去ヵ】ながら猶うたがひ有すみ
やかにほんぶのふるまひにはなれたらん事をしめし給へと
申されければこの女房とびあがりて萱(かや)屋のむねに尻(しり)を
【柱】古今巻二 〇三十七
【柱】古今巻二 〇三十七
かけて座せり其顔の色/瑠璃(るり)のごとくにあをくすき通
口より淡をたらすその淡かうばしき事かぎりなしその時
上人/信仰(しんかう)して誠に此やうふかしぎ也年比/華厳(けこん)経の中に
ふしんおほかり悉(こと〴〵)く解脱(げたつ)し給へと申されければ御領状
有けり上人すゞりかみをとり出して所々を書いでゝとひ
まいらするに一々にあきらかに解脱し給上人涕泣随喜
して渡海(とかい)の事も思ひとまり給けりかの白淡(しらあは)のかうばしき
事他郷までにほひければ人あやしみつゝきほひあつまり
て拝みたうとぶ事かぎりなかりけり三ヶ月迄をり給は
でむねの上に御座有ける厳重ふしぎなりける事也
上人/寛(くはん)喜四年正月十九日入/滅(めつ)の時手あらひけさかけ念
珠(じゆ)とりて毘盧遮那(びるしやな)五/聖(しやう)にむかひ奉て宴座(えんさ)してみつ
からの頭上(づしやう)にして光明真言并五字/陀羅尼左布字観(たらにさふじくはん)
有けり其後高声に所於(しよを)第四/兜率天(とそつてん)四十九重
摩尼(まに)天/昼夜恒説不退行無数(ちうやごうせつふたいぎやうむしゆ)方便/渡(と)人天ととなへ
て種々の述懐(しゆつくはひ)共ありけり一切法門その大意をえて
玉/鏡(かゞみ)をかけて一念の疑滞(うたがいとゝこほりと)なし聖教を燈(とう)明として
穢(けがれ)たる事なし我名聞ぞまじはらず利養を事とせ
す此身をもつて一切の衆生を度してしかしながら
四十九重摩尼殿の御前へ参り侍らんする也/必(かなら)ず我
【柱】古今巻二 〇三十八
【柱】古今巻二 〇三十八
を摂取(せつしゆ)せしめ給へとて双眼(さうがん)よりなみだをながして
又高声に云/此是大悲清浄智(シゼタイヒシヤウシヤウチ)利養母間慈氏尊(リヤウモゲンジシソン)
灌頂地中(クハンデウチチウ)仏長子/随順思惟入仏境(ズイジユンシユイニウフツキヤウ)と誦して南無/弥(み)
勒(ろく)ぼさつと両三返となへて手をあげて信仰の念仏
をすゝめらる弟子三人は宝号(ほうかう)をとなふ不動尊(ふどうそん)左/脇(わき)
にぜ【げヵ】んじ給ひけるゆへに一人をして慈救呪(じくのじゆ)を誦せし
めけり又五字/文珠呪(もんしゆじゆ)を誦せしむかくのことく諸僧
宝号(ほうがう)をとなへ神(しん)呪(じゆ)【咒】を誦する間に現供養(けんぐやう)の作(さ)
法をもつて行法ありけり行法おはりてとなへ
ていはく
我昔所造諸悪業(カシヤクシヨソウシヨアクコウ) 皆由無始貪嗔痴(カイユムシトンシンチ)【癡】
従身諸意之所生(ジウシンシヨイシシヨシヤウ) 一切我今皆懺悔(イツサイガコンカイサンゲ)
と誦しおはりて定印に住して入観ありやゝ久くして
右脇(うきをう)にしてふし給ひぬ入滅(にうめつ)の儀/端座(たんざ)右脇の二の
様(やう)有われ尺尊/御入滅(こにうめつ)の義にまかせて右脇にして滅(めつ)
をとるべし今はかきをこすべからずとの給ひて南無/弥勒(みろく)
𦬇(ほさつ)【菩薩】ととなへて巳(み)の刻(こく)にねぶるがごとくにておはり給ひに
けり異香室(いきやうしつ)にみちすべて種々の奇瑞(きずい)等つふさに
記するニいとまあらず
越後(えちこ)の僧正/親巖(しんごん)わかかりける時たび〳〵大みねを通(とをり)
【柱】古今巻二 〇三十九
【柱】古今巻二 〇三十九
けるに年比もち奉りたりけるに小字の法花経を
香精童子(かうしやうどうじ)其かたちはみえ給はて声(こゑ)ばかりしてしり
さきにつきてこひ給けり様あるらんと思ひて奉にけり
そのゝち日にしたがひて名誉(めいよ)ありて東寺(とうじ)一の長者
法務(ほうむ)大僧正御持僧/牛車宣旨(ぎうしやせんじ)まできわめられ
たりしたうとかりし事也
後鳥羽(ごとばの)院/聖覚(しやうかく)法印参上したりけるに近来/専修(せんじゆ)
のともがら一念たねんとてわけてあらそふなるはいつれ
か正とすべきと御たつねありければ行をば多念にとり
信をば一念にとるべき也とぞ申侍ける
南都/高天寺(たかまでら)にすむ僧ありけり長谷へ参て通夜して
さふらひけるにつねよりも人おほく参て侍けるに此僧あか
つきに下向(げかう)せんとしけるにたれともしらぬ俗(ぞく)来りて珠(たま)を
持て僧にさづけていひけるはこの珠/准后(じゆこう)へまいらせて
給はるべしとてすなはちさりにけり珠の色むらさきにて
其勢たちばなの程なりけりかのおしへのことく准后へもて
参て奉にけりそのまへの夜准后の御夢に長谷の観音
より宝珠を給はせ給ふと御/覧(らん)せられけるを御心の中
ばかりにおほしめして仰出さるゝ事なかりけるに其後
朝(あした)に此珠をもちて参たりけるふしぎなる事也件の
【柱】古今巻二 〇四十
【柱】古今巻二 〇四十
珠/醍醐(たいご)の僧正/実賢(しつけん)あつかり給はりてたひ〴〵宝珠(ほうしゆ)法
おこなはれけるとなん
神祇権少(じんきのごんのせう)副大中臣の親守年来大/般若(はんにや)一筆/書写(しよしや)の
志(こゝろさし)ありけれどもむなしくてやみにけり常(つね)のごとくさに
此願を心にかけて一日に二牧【枚ヵ】計つゝ書(かき)奉る共十よ年
にははてなん口おしくも思ひたゝぬかなといひけるを前権(さきのこんの)
大副(たゆふ)同/長家(ながいへ)聞てたちまちに智発(ちほつ)して此願を思ひ
立て終(つゐ)に一筆書写の功(こう)をへてげり供養の後随喜の
あまりに親守(ちかもり)がもとに行ていひけるは此事はもと
我思よりたるにあらずおほせられしむねをきゝて
おのづからおこして大功(たいこう)をなしたるしかしながら御忍【恩ヵ】也かつは
其事/謝(しや)せんがためにことさらまうできたるなりと
いひて対面(たいめん)したるをみればちいさき鬼(をに)三人/長家(ながいへ)にした
がひてありそのたけあか子(ご)ばかりなりけり縁(えん)をのぼ
りける時は二人/庭(には)にひざまつきて畏(かしこま)りけり頓(やかて)而二人は
したがひてうへにのぼりて有壱人は下(しも)に有みな長家を
守護(しゆご)するさま也かやうの事は夢などにこそ見る事も
あれまさしくうつゝに見たる事はふしきの事也/大般若(たいはんにや)
書写(しよしや)によりて十六/善神(ぜんじん)の立そひて加護(かご)し給けるにや
たうとくめでたき事也かの親守(ちかもり)は五/部大乗経(ぶのだいじやうきやう)自筆に
【柱】古今巻二 〇四十一
【柱】古今巻二 〇四十一
書奉たるもの也まさしく正/直(じき)のものにてながく虚言(きよごん)など
せざりしもの也かゝるふしぎこそありしかと親守(ちかもり)かたりしを
きゝてしるし侍る也
使庁(しぢやう)【廳】のけちえん経は長保(ちやうほう)元年三月十日はじめておこ
なひて其後年ごとにをこなはれけるが絶(たへ)て久しく成
にけるを建久(けんきう)年中別当/兼光卿(かねみつきやう)かたのことくおこなひけり
其後建/保(ほう)六年五月廿日別当/顕俊(あきとし)卿/雲林(うんりん)院にておこな
ひたりけり左(ひだり)の佐経兼(すけつねかね)いげ着座(ちやくさ)したりけり此度はじ
めて前(さきの)右大臣/公継(きんつく)を始(はしめ)て別当経たる人々に法花経
并ニ涅槃経(ねはんぎやう)一巻づゝけちえんせさられたりけり其外
別当のさたにてもみづから書(かゝ)れたりけり開結(かいけつ)の二経は左(ひだりの)
佐経兼(すけつねかね)右佐頼資(みぎりのすけよりすけ)けちえんし侍りけり尉(ぜう)いげは尊勝陀(そんせうだ)
羅(ら)尼をぞ奉けるみな捧(さゝげ)物をぐしけり宝治(ほうぢ)六年五月
廿八日別当/定嗣(さたつく)卿/霊山(りやうぜん)の堂(たう)にて又おこなはれしは建保
の例(れい)をうつされけりふるきためしの有けるとかやとてゆる
しものなん侍りけり又/金光明経(こんくはうめうぎやう)をも別当のさたにて
そへられけり今度法花経/品(ほん)々をば詩(し)につくらせ
金光明経の品々をば歌(うた)によませられけり○爰かしこ
修行する僧有けり名をは生智(しやうち)といふ度(たひ)々/渡唐(ととう)し
たりけるもの也/建(けん)長元年の比/渡唐(ととう)しけるに悪風
【柱】古今巻二 〇四十二
【柱】古今巻二 〇四十二
にあひて已(すて)に船くだけんとしければことうといふ小船に
乗(のり)うつりにけりふねせばくして百よ人ぞ乗(のり)たりける残り
のともがらはもとの舟に残りて有ける心の内をしはかる
べしこたうに乗て十よ日有けるに水つきてすでに死
なんとしける時/行衍坊窽浄(きやうえんばうけつじやう)といふ上人の乗たりけるが
云やう各々(をの〳〵)同心に観音経を卅三巻よみ奉るべしわれも
祈請しこゝろみるべしとて左の手の小/指(ゆび)に燈心(とうしん)をまと
ひてあぶらをぬりて火をともして灯明としておなじく
経をよみけり卅三巻のおはり程に成て南のかたより
淡(あは)のごとく成もの海のおもてに一段ばかりしらみわたり
て見へけるが此舟のもとへながれくるありあやしと思ひて
杓(さく)をおろしてくみてみれば少も塩(しほ)のけもなき水の
めでたきにて有けり人々是をくみのみて命いきに
けり是件(これくたん)の観音の利生方便也世のすへといひながら
大/聖(しやう)の方便ふしぎの事也大舟にすて乗(のせ)られたりける
もの共すてにかぎりなりけるにいづくより共しらぬ小船
出来て此ともがらをうつし乗(のせ)てことゆへなく彼きしへつ
けてげり是もくはんおんの御たすけ有けるにや
湛空(たんくう)上人/嵯峨(さが)の二/尊(そん)院にて涅槃会(ねはんゑ)をおこなはれ
ける時人々五十二種の供物(くもつ)をそなへけるに花をうへに
【柱】古今巻二 〇四十三
【柱】古今巻二 〇四十三
たてゝ歌をよみて付けるに西音(さいをん)法師水/瓶(かめ)に桜(さくら)を
立ておくるとてよみける
きさらきの中(なか)のいつかの夜半(よは)の月
入にしあとのやみそかなしき
返し湛空(たんくう)上人
闇路(やみぢ)をばみだのひかりにまかせつゝ
春のなかばの月はいりにき
又一首をそへられける
会(ゑ)をてらすひかりのもとをたつぬれは
勢至(せいし)ほさつのいたゝきのかめ
いつ比の事にか書写(しよしやの)上人みづから如法如摂(によほうによせつ)に法花経
かき給けるに焔(ゑん)【㷔】魔宮(まぐう)より官(くはん)をもて申おくりけるは
自業自得果(じごうじとくくは)の衆生の業(ごう)をむくはんがためにみな
我所にきたるそのむくひいまだつくさざるに上人の
写(しや)経のあいだ罪報(ざいほう)の衆生みな人中天上にむまれ
或は浄刹(しやうせつ)にまうずる間/罪悪(ざいあく)の地/悉(こと〳〵)く荒廃(くはうはい)せり
ねがはくは上人経を書給ふ事なかれとうたへ申たりければ
上人の給けるは此事わが進退(しんたい)にあらずはやく釈迦(しやか)如来
に申さるべしとぞこたへ給ひける
古今著聞集巻之二終
【柱】古今巻二 〇四十四終
【裏表紙】
【背】
【背ラベル 横書き】
總 上【「總」は青字、「上」は朱字】
5
《題:古今著聞集 《割書:三》》
【前見返し】
古今著聞集巻第三
政道忠臣(せいとうちうしん)《割書:三》
治世之政(ぢせいのまつりこと)万法/靡然(ひぜんたり)是則君 ̄ハ以(もつて)_レ仁(しんを)使(つかひ)_レ臣(しんを)臣 ̄ハ以_レ忠 ̄ヲ奉
_レ君 ̄ニ君者/憂(うれい)_レ国 ̄を臣者/忘(わすれ)_レ家(いへを)君臣/合体(がつていすれバ)上下/和睦(くわぼくする)者也
延喜 ̄ノ聖主(せいしゆ)位 ̄ニつかせおはしまして後本院 ̄ノ右大臣/菅家(かんけ)
定国(さたくに)朝臣/季長(すへなか)朝臣/長谷雄(はせを)朝臣此五人其心をしれり
碩(せき)【顧ヵ】問(もん)にもそなはりぬへしとて寛平(くはんへい)法皇/注(ちうし)申させ給ひける
かく覚しめしとらせ給ひけるやんごとなき事也/神泉苑正(しんせんえんせう)
殿(てん)を乾臨閣(けんりんかく)となづけて近衛の次将(じしやう)別当になして
天子つねに遊覧有て風月の興管絃(けうくはんげん)の遊有けり又
【柱】古今巻三 〇一
【柱】古今巻三 〇一
宴飲(えんいん)も侍けるを延喜御時天神の臣下にておはしまし
けるときいさめ奉れければとゞまりにけり寛平の
遺訓(ゆいきん)にも春風秋月/若(ことし)_レ無(なきが)_二/事実(じつじ)_一幸(かうして)_二神泉北野_一 ̄ニ且(かつ)翫(もてあそひ)_二
風月_一 ̄を且 ̄ツ調_二文武_一 ̄ヲ不(す)_レ可(へから)_二 一年/再幸(さいかう)_一又大/熱(ねつ)大/寒(かん)慎(つゝしめ)_レ之 ̄を と
侍り村上御所南殿出御ありけるに諸司の下部の年
たけたるが南/階(かい)の辺に候けるをめして当時の政道を
ば世にはいかゝ申すと御尋有ければ目出度候とこそ申候へ
但(だゝし)主殿(とのも)寮(りやう)に松明(せうめい)たへ候/率分堂(そつぶんとう)に草候と奏たり
けれは御門(みかと)大きにはぢおぼしめしてげりさせる公事
の日にはあらざりけるにや松明のいると申は公事の夜に
入由にて侍り率分(そつふん)堂に草のしけれるとは諸国のみつき
物の参らぬ由成へしいみじく申たりけるもの也昔は人の装束(しやうぞく)もなへ
〳〵としてぞ有けるされば斎院(さいゐん)の大納言の消息(せうそく)に先代の時/節(せち)
分袍借献(ふんほうしやくけん)など書れたんなるは節会(せちゑ)の袍(ほう)とてほの〳〵とある物の人に
かすなどが有けるとぞ後朱雀院の御時/旬(しゆん)に参たりける上達部
を御覧じて次日/資房(すけふさ)卿の蔵人/頭(かみ)也けるを召て昨日公卿の装束
を御覧ぜしかば以外に袖大に成にけりかくては世のつゐへなるべし
いかゞせんずると右大臣《割書:実資(さねすけ)》のもとへいひあはすべしとみことのり
有ければ則申されければおとゞ申給けるはみなの公卿に
此よしを承りて畏り申さばさすがに左大臣御けしき
【柱】古今巻三 〇二
【柱】古今巻三 〇二
かうふりたると聞えば人もなをり侍なんとはからひ
申されければそのさだめに披露(ひろう)有て右府閉門(うふへいもん)して
畏のよしをせられければ人みな聞おそれて装束の
寸法すべられけり
小野宮殿九条殿御同車にて出仕せさせ給ける時
御車のしりに公卿一両人などはのせらるゝおりもあり
けり又/閑院(かんゐん)の大将に一条大将左右大将にて同車
してあそばれけり此比は父子同車の事もまれ也寛元
二年/賀茂臨時祭(かものりんしのまつり)の時二条/前殿(さきとの)関白一条前殿左大
臣にてまいりあひ給ひたりしに暮(くれ)て事はてにしかば
御同車にて二条/室(むろ)町にたてられて御見物ありけり
其後/法成寺(ほつせうし)の御八講(みはつかう)にまいらせ給ひけり左府の御車
をむなくるまにて法成寺へやらせられけり道の程関白
の御随身(みすいしん)は御車のさき左府の御随身は御車の後(あと)に
ぞ打たりける前駆(せんく)はあひましはりたりけり興有
事にぞ世の人申侍し
後三条院御時/隆方(たかかた)が権左中弁にて侍りけるを越(こへ)て
実政(さねまさ)を左中弁になされにけりあしたに隆方陪膳(たかかたはいせん)
つとめて候ければ御膳(ごぜん)にもえつかせおはしまさゞりけ
りはぢさせ給ひけるにこそ同院/律令式格(りつりやうしきかく)にたがはず
【柱】古今巻三 〇三
【柱】古今巻三 〇三
と宣命(せんめい)にかゝせさせ給はせけるを資仲(すけなか)卿これより後
をこそ申させたまはめ前にすでにたがひたる事共を
ばいかでかかくは申させ給ぞと制(せい)しまいらせけるに程
なくうせさせおはしましにけるはその宣命のゆへにやとぞ
人申ける為輔(ためすけ)中納言口伝にかゝれて侍なるは人は屏風(びやうぶ)
のやうなるべき也屏風はうるはしうひきのへつればたふるゝ
なりひだをとりてたつればたふるゝ事なし人のあまりに
うるはしくなりぬればえたもたず屏風のやうにひだ
あるやうなれど実(じつ)うるはしきがたもつなりと
侍るとかや
【挿絵】
【柱】 古今巻三 〇又三
【柱】 古今巻三ノ 〇又三
【挿絵】
匡房(まさふさ)中納言は太宰(だざい)権帥(こんのそつ)になりて任(にん)におもむかれ
たりけるに道理にてとりたる物をは舟(ふね)一/艘(そう)に
つみ非(ひ)道にて取たる物をは又一/艘(そう)につみてのぼられける
に道理の舟は入海してけり非道の舟はたいらかにつき
ければ江帥(ごうそつ)【匡房】いはれけるは世ははやくすゑになりにけり
人いたく正/直(じき)なるまじき也とぞ侍けるそれを悟(さと)らんが
ためにかくつみてのぼられけるにやむかし中比だにかやう
に侍けり末代よく〳〵用心あるべきこと也
寛治八年十月廿四日/亥(いの)時計に内裏/焼亡(せうもう)有けり中ノ御(み)
門(かと)右府右中弁にて侍けるが宿侍(とのい)せられたりけり
【柱】古今巻三 〇四
【柱】古今巻三 〇四
いそぎ御前へ参りて御釼璽(きよけんしるし)の箱は候やらんとたづね
まいらせければみづからもちたるぞと勅答(ちよくたう)ありけり其
外の宝物どもをも一々にたづねまいらせて分明の勅答を
承けり事急(こときう)になりて腰輿(ようよ)すでに南/殿(でん)によせられ
たるほとになりにける中に心/早(はや)く一々に分明に申ける
いみじかりける事也
徳大寺ノ左府中ノ院右府を越(こへ)て右大将に成給ふにけり
保延五年十二月十六日/実能(さねよし)任(にんじ)_二右大将_一 ̄ニ同年十一月
二日内大臣/辞(じし)_二左大将_一 ̄ヲ十二月七日/雅定(まささだ)任【訓点二】左大将_一宇
治ノ左府内大臣左大将にておはしけるが中ノ院右府の
れうに左大将を辞(じ)申されたりけるに崇徳(しゆとく)院徳大
寺左府を左に転(てんぜ)せさせんと覚しめしてしばらくおさへ
られけり中ノ院右府の事をは鳥羽院しきりに執(しつし)申
させ給けれ共猶事ゆかざりければ保延六年十一月廿
五日に院/近衛烏(このゑからす)丸の陣(ぢん)口に御幸なりて仰下さるゝ由
を承て罷帰べきよしを申させ給けれはちからおよばせ給
はて其夜/召(めし)仰有けりやんごとなかりける事也
光方廷尉佐(みつかたていいのすけ)にて着駄政(ちやくだのまつりごと)につきたりけるに雨の降(ふり)た
りけるに扇をさしけり晴日夕陽(せいじつせきやう)にむかひてこそさす
事にて侍るに思ひわかざりけるにや父(ちゝ)大納言見物
【柱】古今巻三 〇五
【柱】古今巻三 〇五
しけるがかへりて光方か辞(じ)状をかきて奉りけり前(せん)
途(と)有まじき也とぞいはれけるはたしてとくうせにけり
治承四年六月二日/福原(ふくはら)にみやこかへり有けるに同十三
日/帥(そつ)の大納言/隆季(たかすへ)卿/新都(しんと)にて夢に見侍りけるは
大なる屋のすきたるうちに我ゐたるひさしのかたに
女房ありついがきのとに頻(しきり)になくこゑ有あやしみて問(とふ)
に女房のいふやうこれこそみやこうつりよ太神宮の
うけさせ給はぬ事にて候ぞといひけりすなはち驚(をどろき)ぬ
又ねたりける夢に同しやうに見てげりおそれおのゝぎて
次日の朝(あさ)院に参じて前ノ大納言/邦(くに)【郡ヵ】綱(つな)別当/時忠(ときたゝ)卿などに
かたりてげり太政入道つたへきかれたれどもいと承引
なかりけりさるほどに同人の夢に還御(くはんぎよ)ありと邦(くに)【郡ヵ】綱(つな)卿長/絹(けん)
のかり衣きて新院の御ともにさふらふ頭亮重衡(とうのすけしげひら)朝臣よ
ろひきて御供に候と見てさめぬ去ながら一日の夢もちゐ
られねば申出されざりけり十一月廿六日平の京に還御(くはんぎよ)
有ければかの夢にはよらざりけり山僧のうたへ又東国の
みだれなどのゆへとぞ聞え侍ける治承四年秋の比より
伊豆(いづ)の国の流人(るにん)前ノ右兵衛ノ佐頼朝(すけよりとも)謀反(むほん)のきこへ有けり
追討使(ついたうし)少将/惟盛(これもり)朝臣さつまの守/忠度(たゞのり)参河守/知度(とものり)
等(ら)くだされたりけれども源家の兵(つはもの)次第に数そひければ
【柱】古今巻三 〇六
【柱】古今巻三 〇六
追討使(ついたうし)等みな道よりかへりにけりかゝる程に世の中し
づかならざりければ十一月卅日新院の殿上にて東国/謀(む)
反(ほん)の事評儀有けり中の御門(みかと)左太臣左大将/帥(そつの)《割書:隆季(たかすへ)》
大納言新大納言/春宮(とうぐう)【「とうぐう」の右に「忠信」】太夫左/太弁(長方)参られたりけり頭弁
経房(つねふさ)朝臣/綸言(りんげん)のむねをおほせけるに左太弁/発(ほつ)
言(ごん)して申けるはひとへに可_レ被_レ行【訓点二】徳政(とくせいを)漢(かん)_一高(かうは)被(られ)_レ掠(かすめ)_二 六国_一 ̄に承
平年中に有_二将門謀反(まさかとむほん)_一和漢 ̄ノ雖_レ存_二 ̄すと先蹤(せんしう)_一於_二今度_一は四ヶ
月の中に十よ国皆/反(はんす)_二当時之政_一若不_レ叶_二 天意_一 ̄ニ歟以_レ之 ̄ヲ思_レ之 ̄ヲ
法皇は四代帝王ノ父祖也/無(ナキニ)_レ故(ユヘ)不(ス)_レ知(シロシ)_二食(メサ)天下_一 ̄ヲ如_レ ̄ク元 ̄ノ可(ヘキ)_レ聞_二-
食(メス)政務(セイムヲ)_一歟又入道関白/被(ラレ)_レ浴(ヨクセ)_二帰朝之/恩(ヲンニ)_一者可_レ為_二攘災(ジヤウサイ)之
基(モトヒ)_一哉(カナ)と申たりけるを諸卿聞てみな色をうしなはれけり
他人はたゞ徳政(とくせい)を行はるべきおもむきをぞ申されける彼
両事にはせられざりけり法皇去年の冬より政に御口入(ごこうにう)も
なへ殿下ゆへなくながされさせ給ひし事はしかしながら平太政入
道の張(ちやう)行にて侍りけるに左大弁おそるゝ所なくさだめ
申されけるありがたき事也入道もさすが道理をばはぢ思は
れけるにや其後程なく十二月八日より法皇の御事もなだめ
申同十六日入道殿下もびぜんの国より帰洛(きらく)せさせ給けり
公事(くじ)《割書:第四》
正/朔(さく)の節会(せちゑ)より除(ぢよ)の追儺(ついな)にいたるまで公事の礼一つに
【柱】古今巻三 〇七
【柱】古今巻三 〇七
あらずおこなひきたる儀まち〳〵にわかれたり凡ソ恒例(ごうれい)臨時
の大小事西ノ宮ノ記北山ノ抄をもて其/亀鏡(ききょう)にそなへたり小
野ノ宮九条殿の両流口伝/故実(こじつ)そのかはりめおほく侍とかや
有職(ゆうしよく)の家に習(なら)ひ伝へて今は絶(たゆる)事なしいみじき事なり
宇治殿/侍従(じじう)にならせ給ひて後/能通(よしみち)臨時の祭(まつり)の舞人
を辞(じゝ)たりける時そのかはりに宇治殿いらせ給にけり祭ノ
同車に乗(のり)て見物しけるを人長兼時(にんちやうかねとき)能通を見てかれは
こゝろある人の見物せらるゝかといひたりけるいみじ
くぞ侍りける
一条院ノ御時/束帯(そくたい)にて殿上の日給(につきう)にはあふべきよし起請(きしやう)有
けるに堀川右大臣殿上人にておはしけるか片足(かたあし)に襪をはき
て身をは殿上のまへの立蔀(たてしとみ)にかくして襪(したうづ)はきたる片(かた)足ば
かりを指出て蔵人に見せられたりければかやうの事/嘲哢(てうろう)
に似たりとて起請やぶられにけり
万寿二年/踏歌(たうかの)節会に右大臣内弁にて陣(ぢん)に付て
宣命(せんみやう)見参を見給ける間/入御(じゆぎよ)有けるに三位の中将
師房(もろふさ)卿をおきながら大納言/齋信(たヾのふ)卿/警蹕(けいひつ)をせられけれ
ば人々あやしみあえりけり権大納言行成卿その失借(しつしやく)を
扇(おふぎ)にしるして臥内(ぐはたい)にうちおかれたり暦(れき)にしるさん為に
先扇には書たりけるにや其子息少将/隆国(たかくに)朝臣参
【柱】古今巻三 〇八
【柱】古今巻三 〇八
あひて我扇に取かへて見られけば此/失(しつ)礼を記(しる)し
たりけるそれよりやがて披露有けるを齋信(たヾのぶ)卿ふかく
うらみにけりもとよりよろしからざる中なりければ
かゝるとぞ世の人いひける
宇治ノ大納言隆国卿中将に成たりける年/臨時(りんじ)の陪従(べいしふ)
つかうまつるべきよしもよほされければ腹たちて装束
うけとらず衣ひきかづきて直廬(ちよくろ)【庐】にふされたりけるに宇治
殿/公武(きんたけ)をもちて御馬をたまはせたりければおきあ
がりてしやうぞくきつとめられ侍けり
いづれの年にか白馬ノ節会に進士(シンジノ)判官藤原ノ経仲参り
たりけるに雑犯たゞすべき物なかりけれはちからおよばて
検非違使(けひいし)ども退出せんとしけるになにがし僧正とかやの児
沓(くつ)をはきながら木のまたにのぼりて見物しけるを経仲
が下部をもてめしとりてたゞしける詞に長大垂髪(ちやうたいにのたれがみ)にて
皮(かは)の沓(くつ)をはきたる【かヵ】木にのぼりて宮闕(きうけつ)をうかかふ一身
をもつて師のをかしをなせるしかるへしやいかんと勘問(かんもん)し
たりける時にのぞみていみじかりけり叡感(えいかん)ありて女房
の衣をたまはせけりとなん
寛治八年正月二日殿の臨時/客(きやく)有けるに左大臣(俊房)左大将(房顕也)
右大臣/内大臣(後二條)参たり事はてゝ各御馬ひかれければ
【柱】古今巻三 〇九
【柱】古今巻三 〇九
三公地に下て拝し給ひけり殿下左府随身府生/下毛(しもつけ)
野敦久右府前駆参河ノ権ノ守/感(もり)【盛ヵ】雅(まさ)を南/階(かい)の前に召て
御衣をぬきてたまはせけり内大臣中納言中将左右より
すゝみより給てくれなゐのうちあこめ御ひとへおくり出
されけり中納言中将つたへとりて御/単(ひとへ)物をば敦久(あつひさ)に給ひ
打衣をは盛雅に給ける先期(せんき)あれとも時にのぞみて
面目ゆゝしくぞ侍けり次に中宮御方/臨時客(りんじかく)に人々
参給けり催馬楽朗詠などはてゝ散斗(さんと)新/靺鞨(まつか)その駒
などにおよびける渕酔(えんすひ)の興ためしなくや侍らん久安三
年十一月廿日/豊明(とよのあかりの)節会/内大臣(宇治)内弁をつとめ給ひけるに
まだ膝突(ひざつき)をしかぬに無【訓点二】左右【訓点一】大外記めされけり左近将曹
大名ノ久季(ひさすへ)まづひざつきをしきてめしたりけり称美(せうび)す
る事かぎりなし後におとゝ久季をめして感じ
給ひけるとなん
仁平元年正月一日院ノ拝礼有けり八条太政大臣七
十二にてたち給ひたけり一たび拝してふたゝび拝
し給ひけり此事/礼記(らいき)に見へたるとか同二年にも
又かくぞ有ける
天永四年正月一日御/元服理髪(けんふくのりはつ)堀河左大臣の一蹉(いつさ)【跪ヵ】再(さい)
致(ち)し給ひけるためしにや宝治元年院ノ拝礼に後久(ごく)
【柱】古今巻三 〇十
【柱】古今巻三 〇十
我(がの)大相国もかくし給たりけり仁平二年五月十七日/最(さい)
勝講(せうこう)おこなはれけるに中山内府蔵人左衛門ノ佐にて奉
行せられけるに廿一日/結願日(けちぐはんのひ)左大臣まいり給ひて御装束
をみさせ給ひけるに九条大相国大納言にておはしけり
資信(すけのぶ)中納言の左大弁とて参られたりけるが講談師
座(さ)のたてやう例にたがひたるよし申されにけるにつきて
左府奉行の職事に仰られてなをされにけり左府後
に日記を見させ給ひけるに本の御装束たがはざりければ
僻説(ひがせつ)にてなをされつる事をくいたまひて怠状を書て
職事(しきじ)のもとにつかはしけり正直なりける事かな
内宴(ないえん)は弘仁年中にはじまりたりけるが長元より後たへ
ておこなはれず保元三年正月廿一日におこしおこなはるべ
き由さた有けるほどに其日は雨ふりて廿二日におこなは
れけり次第の事共ふるきあとを尋ておこなはれけり法(ほう)
性寺(せうし)殿関白にておはしましけるをはじめて人々おほく
参りあひたりけるに前ノ太政大臣はかならず詩(し)を可奉にて
おはしけり太政大臣は管絃の座に必候へき人にておはし
けるに座敷うちなかりければいかゞ有べきとかねてさた
有けるに太政大臣しもとつくべきよしすゝみ申されけれ
ども殿下ゆるし給はざりけりつゐに前太政大臣まづ
【柱】古今巻三 〇十一
【柱】古今巻三 〇十一
参りて詩を奉る披講(ひこう)はてゝいで給ひて後太政大臣かは
りて座につき給ひけり有がたかるべき事也
御遊の所作人(しよさひと)太/政大臣(宗輔)筝(さうのこと)左大臣/拍子(ひやうし)内大臣(公教)ふへ按察(あぜち)
使/重通(しけみち)琵琶(びは)左京太夫/隆季(たかすへ)朝臣/上総介(かつさのすけ)重家朝臣
笙(しやうふへ)宮内卿/資賢(すけかた)朝臣/輪琴(わこん)前備後守/季兼(すゑかね)篳篥(ひちりき)
主上御/付歌(つけうた)有けり有がたきためし成べし呂(りよ)安名尊(あなたふと)
《割書:二反》席田(むしろた)《割書:二反》賀取急(かとりきう)美作(みはのさか)【美作みまさかヵ】《割書:二反》律(りつ)伊勢ノ海万歳楽/青柳(あをやぎ)
五常楽(ごじやうらく)更衣これらをぞ奏せられける抑大/監物周光(けんもつのりみつ)
は近き比の詩学生の中にきこゑ有ものにて参り
たりけるが歳(とし)八十ばかりにて階をのほる事かなはざ
りけるを大蔵ノ卿長成朝臣/春宮大進朝方(とうぐうのたいしんともかた)弟子にて
有ければ前後にあひしたがひて扶持(ふち)したりゆゝしき
面目とぞ世の人申ける周光(ちかみつ)もことに自讃しけり此度
ぞかし俊憲宰相蔵人左少弁右衛門ノ権ノ佐/東宮学士(とうくうのがくし)にて
かきひゞかして侍けることにそのとし二条ノ院位につかせ
おはしまして次ノ年式目におこなはれけるに主上/玄象(けんじやう)
ひかせおはしましけり上下/耳(みゝ)をおどろかさずといふ事
なし内大臣拍子/按察使重通(あせちしげみち)笙/新(しん)三位/季行(としゆき)卿
篳篥(ひちりき)中将/俊通(としみち)朝臣/筝(さうのこと)実国(さねくに)朝臣笛/安名尊(あなとふと)鳥破(とりは)
美作/賀(か)取の急(きう)伊勢之海万歳楽/更衣(かうい)三/台(だいの)急五常楽
【柱】古今巻三 〇十二
【柱】古今巻三 〇十二
の急(きう)このたびの御遊ことにおもしろかりければ主上興
に入せおはしましけり按察(あせち)笙を閣(をひ)【擱ヵ】て時々/唱歌(しやうが)せられ
けり興ある事也永暦よりおこなはれず成にけりくち
おしき事也
後白河院御熊野詣に藤代(ふちしろ)の宿につかせおはしまし
たりけるに国司松/煙(えん)をつみて御前におきたりけり
花山ノ院左府中山太政入道殿其時右大将にて御前に候
はせ給たりけるに此墨いか程の物ぞ心みよと勅定有
ければおとゞ右大将にすゝめ申されければ硯を引よせて
墨をとりてすらせ給ひけりその様/除目(ぢもく)の執筆の定
【挿絵】
【柱】古今巻三ノ 〇又十二
【柱】古今巻三ノ 〇又十二
【挿絵】
成けり左府見とがめてしきりに感歎(かんたん)のけしき有けり
建久の比/月輪(つきのわ)入道殿/摂録(せつろく)にて公事どもをこし行はれけ
るに近代節会などにも上達部物をくはぬ事いはれなき
事也ふるきにまかすべきよしさた有けるに三条左大臣入
道の内弁の時さつ(きイ)にとりてめしたまひたりけるを職者(しよくしや)
のし給ことなればやうぞ侍らんとや思はれけん諸人みな
同し物を食(しよく)せられけり次に又内弁かちぐりをとりてめす
よしして懐中(くはひちう)し給ひければ人々皆また同していにせら
れけり殿下たちのぞかせ給て何となく内弁のせらるゝ
事をかゝるべきしきぞと心得て人々まねぶ事見ぐるし
【柱】古今巻三 〇十三
【柱】古今巻三 〇十三
とて其後此さたとまりにけり
建久の比中山太政入道殿大納言右大将にて県召除目(あかためしのぢもく)に
三ヶ夜/出仕(しゆつし)せさせ給ひて筥文(はこぶみ)の説を夜ごとにかへてとらせ
給ひけるを人々めてたがりのゝしかりて絵に書て持せ
たりけるとかや中将はゆゝしき絵書になん侍ける
承元弐年十二月九日/京官除目(つかさめしのぢもく)おこなはれけるに或大納
言/筥(はこ)を第弐の大臣の前にをかれたりけるを光明峯寺(くはうみやうぶじ)入
道殿中納言左大将にて一筥をかせ給ふとてさきの人の置(おき)
たがへられたる硯筥(すゝりはこ)ながら北へをしあけさせ給たりける
人々ほめ奉る事かぎりなかりけるその時御年十六に
成給ひにけるとかやみなし子の御身にてあはれに目出
度御事かなと時の人申けるとなん後鳥羽院入道殿
下に内弁の作法をならはせおはしまさんとて瀧(たき)口殿に
御幸なりて門(みかど)みなさしまはされけり入道殿下墨染の
御衣はかまに笏(しやく)たゞしくして院の御/下(した)重の尻をたま
はらせ給て御/腰(こし)にゆいてゆきはきてねらせ給ひたり
ける目も心もおよはずめでたかりけるおさなき殿上
人一二人上/北面(ほくめん)には重輔(しけすけ)朝臣一人ぞ候ける
後鳥羽院のそかに大内に御幸なりて白馬節会(あをむまのせちえ)の
習礼(しうらい)有けり院は大臣の大将とて内弁をつとめさせ
【柱】古今巻三 〇十四
【柱】古今巻三 〇十四
おはしましけり官人坊門大納言/忠信番(たゝのふはん)の長家季(ちやういへすけ)【季すえヵ】朝
臣にてぞ侍ける右大将にて後久我(ごくがの)太政大臣おはし
けるに番長には造酒正信久(みきのかみのぶひさ)をなされたりけり大納
言に信久ふかくかしこまりたりけるを大納言見て随身
に随身のかくばかりするやうやあるといはれければ随身も
随身にこそよれといひたりけるいと興有事也此日の事ぞ
かし弾正ノ少弼国章(せうひつくにあきら)内侍となりて下名(かめい)をもちて東の
はしらのもとへあゆみ出たりけるに陣(ぢん)につきたる諸卿/堪(たへ)
かねてみなわらひたりけるとなん
天慶五年五月十七日内裏にて番(はん)【蕃ヵ】客(かく)のたはふれ有けり
大使(たいし)には前ノ中書王の中将にておはしましけるをぞなし
奉られける其外/諸職(しよしき)皆その人を定られける主上/聖(村上の)主
の親王にておはしましけるを主領(しゆりやう)にてわたらせ給ひけり
かゝるむかしのためしも侍る故にや
順徳院の御位の時/賭弓(のりゆみ)をまねばれける左京ノ大夫重
長朝臣六位の青色袍(あをいろのはう)をかりてきて白木の御/椅子(いす)
につきて主上の御まねをぞしける時正(ときまさ)卿いまた五位
にて侍ける関白に成たりけり其外大将以下皆殿上
人をぞなされける重長朝臣御/椅子(いす)につきて御前に
そなえたる菓子(くはし)并鳥のあしなどを取てくいたり
【柱】古今巻三 〇十五終
【柱】古今巻三 〇十五終
ける比興の事なりけり勝負舞(せうぶまひ)を奏する時木工ノ権
頭/孝道(たかみち)一/皷(こ)をうち蔵人/孝時(たかとき)太/皷(こ)を打けりまことの義
にもおとらずそ侍ける猪熊殿(いのくまとの)の関白にておはしまし
ける光明峯寺(くはうめうぶじ)入道殿の左大臣にておはしましけるにめしに
おうじて参らせ給ひて御覧ぜられけり後鳥羽院御/熊野(くまの)
詣(まうで)の間なりけり御よろこびの後此事きこし召て主上の
御まねしかるべからず剰(あまつさへ)食(しく)する事/狂(けう)々也とて逆鱗(げきりん)有
て按察光親(あぜちみつちか)卿を御つかひにて内裏へ申されたりければ
ことにがくなりけるとなん
古今著聞集巻之三終
【後見返し】
【裏表紙】
【背】
【背ラベル 横書き。【「總」は青字】】
總 5 54
【表紙題箋】
《題:古今著聞集 《割書:四》》
【前見返し】
古今著聞集巻第四
文学(ぶんがく)《割書:第五》
伏犠(ふつき)号/氏(し)天下に王としてはじめて書契(しよけい)を作て
縄(なは)をむすびし政にかへ給ひしより文籍(ぶんせき)なれり孔丘(こうきう)の
仁義礼智信をひろめしより此道さかり也書曰/玉(タマ)不(ザレハ)_レ琢(ミガヽ)
不(ス)_レ成(ナサ)_レ器(ウツハモノヲ)人不 ̄レハ学 ̄ビ不(ス)_レ知_レ ̄ラ道 ̄ヲ又云/弘風(コウフウ)導(ミチビイテ)_レ俗(ソクヲ)莫(ナカレ)_レ尚(タツトフコト)_二於文_一 ̄ヲ敷(シキ)_レ教 ̄ヲ
訓(ヲシヘテ)_レ民 ̄ヲ莫_レ ̄レ善(ヨミンスルコト)_二於学_一 ̄ヲ文学の用たる蓋(ケダシ)かくのごとし応神
天皇十五年に百済(はくさい)国より博士経典(はかせけいでん)を相ぐして
来りしかうして後/経史(けいし)我国ニまなびつたえたり抑/詩(し)は
志のゆく所也心にあるを志とす言にあらはすを詩(し)と
【柱】古今巻四 〇一
【柱】古今巻四 〇一
すといへいり天武天皇第三御子大津ノ皇子始て詩賦(しふ)
をつくり給ふそれよりこのかた春ノ風秋ノ月の悉(こと〳〵く)静(しつか)也皆/吟(こん)【吟ぎんヵ】
誦(せう)の心をもよほし詞花言葉(しくはげんよう)【「詞花言葉」の左ルビ「コトハノハナコトハ」】の聯翩(れんへん)【「聯翩」の左ルビ「ツラナリテヒルカヘル」】也悉ク錦繍の色を裁(さい)す
るもの也
天暦六年十月十八日後ノ江(こう)相公の夢に白楽天きたり給
へりけり相公(しやうこう)悦てあひ奉てそのかたちをみれば白衣
を着(き)給ひたり面の色あかぐろにぞおはしける青き物
着(き)たるもの四人あひしたがひたりけり相公/都卒(とそつ)天より
来り給へるかと問奉られければしかなりとぞ答給ひ
たりける申べき事有て来れるよしの給ひけるにいまだ
物語に及はすして夢さめにけれ口惜き事限なかりけり
天暦御時朝綱文時に仰せて文集第一詩えらび
て奉るべきよし勅定有ければ
送(ヲクル)_三蕭(セウ)-処(シヨ)-士(シガ)遊(アソフヲ)_二黔南(キンナンニ)_一
能(ヨクシ)_レ文 ̄ヲ好(コノム)_レ飲(インヲ)老蕭郎(ラウセウラウ) 身 ̄ハ似(ニ)_二浮雲(ウキタルクモニ)_一鬢(ビンハ)似(ニタリ)_レ霜(シモニ)
生(ナリ)_計(ハイ)抛(ナゲウチ)来 ̄テ詩 ̄ハ是 ̄レ業(ギヤウ) 家園(フルサトヲ)忘却(ワスレハテヽハ)酒 ̄ヲ為(ス)_レ郷(キヤウト)
江(エ)従(シタカツテ)_二 巴峡(ハケウニ)_一初(ハシメテ)成(ナス)_レ字(ジヲ) 猿(サルハ)過(スギテ)_二巫(フ)陽(ヨウヲ)_一始 ̄テ断(タツ)_レ腸(ハラハタヲ)
不(ズンバ)_レ酔(エハ)黔(ギン)中/争(イカデカ)得(エン)_レ去(サルコトヲ) 摩囲(マヰ)山 ̄ノ月/正(マサニ)蒼々(サウ〳〵)
この四韻(しいん)をともにえらびたてまつりたりけり
一句すぐれたるはおほけれど四句体ことなるによりて
【柱】古今巻四 〇二
【柱】古今巻四 〇二
ありがたき事にや両人同心のほど興ある事也
安楽寺/作(さく)文序を相規(すけのり)が書けるに王子晋(ワウシシン)之(ガ)昇仙(セウセンノ)後
人/立(タチ)_二祠 ̄ヲ於/候嶺(カウレイ)之月_一 ̄ニ羊大轉 ̄ガ也早_レ世 ̄ヲ行客(コウカク)墜(ヲトス)_二涙 ̄ヲ掟【於ヵ】峴/山(サン)
之雲_一この句ことにすぐれたりけるを後に月のあかゝ
りけるに安楽寺にて直衣(なをし)の人詠じたるは天神/御感(きよかん)
のあまりあらはれ給ひけるにや
蒼波(ソウハ)路遠(ミチトヲシ)雲 ̄ノ千里/白霧(ハクブ)山/深(フカシ)鳥一声 此句は橘ノ直幹(たゞもと)【龺に夸】
が秀句(しうく)にて侍るを奝然(てうねん)上人入唐の時わが作なりと
称しけり但(たゝ)雲千里と侍を霞(かすみ)千里とあらため
鳥一声をは虫一声となをしたりけるを唐人きゝ
て佳句(かく)にて侍るをそらくは雲千里鳥一声と侍らば
よかりなましとぞいひけるさしもの上人のいかにそら
ことをばせられけるにかこの事おぼつかなし
前途程遠(セントホドトヲシ)馳(ハセ)_二思 ̄ヲ於雁【鴈】山之夕 ̄ベノ雲_一 ̄ニ後会期(コウクハイキ)遥(ハルカナリ)霑(ウルヲス)_二纓於(エイヲ)鴻(コウ)
臚(ロ)【胪】之(ノ)暁涙(アカツキノナンタニ)_一と後ノ江相公が書たるを渤海(ぼつかい)の人/感涙(かんるい)を
ながしけるのちに本朝ノ人にあひて江相公三公の位に
のぼれりやと問けりしからざるよし答ければ日本国は賢
才をもちゐる国にはあらざりけるとぞはぢしめける
都(みやこの)良香(よしか)竹生島に参りて三千世界眼ノ前ニ尽(つき)と案(あん)じ
侍て下句を思ひわづらひ侍りけるにその夜の夢に
【柱】古今巻四 〇三
【柱】古今巻四 〇三
弁才天十二因縁ハ心の裏空(うちむなし)とつけさせ給ひけるやんごとな
きことなり
晴後山清(ハレノチヤマキヨシ)といふ事を以言(モチトキ)つかうまつりけるに帰_レ ̄テ嵩(トウニ)鶴舞 ̄テ日
高 ̄ク見(ミへ)飲(イン)渭(イ)龍/昇(ノボ?ツテ)雲不_レ残とつくりて以言(モトトキ)すなはち講し
にてよみあげたるを為憲(ためのり)朝臣其座に侍けるがきゝて土
象に頭(かしら)を入て涙をながしけり見る人或は感し或は笑ひ
けり彼為憲は文場(ふんじやう)ことに豪【嚢ヵ象ヵ】に抄物を入て随身し
けるを土象とは名付たりけり
後徳大寺左大臣前ノ大納言にておはしける時人々をともな
ひて嘉応二年九月十三日夜/宝荘厳院(ほうしやうごんゐん)にて当座の
【挿絵】
【柱】古今巻四ノ 〇又三
【柱】古今巻四ノ 〇又三
【挿絵】
詩歌有けるに式部大輔/永範(なかのり)卿月の影に立出て抄物
を見て楼台(ろうだい)に月/映(エイシテ)素輝(ソキ)冷(スサマシ)七十秋/闌紅涙余(タケテコサルイヲホシ)といふ秀
句を作たりけるむかしはふところに抄物など持るしから
ぬ事也けり近代は不覚の事に思てもたぬ事に成はて
にけり不(アラス)_二是花中偏 ̄ニ愛(アイスルニ)_一レ菊 ̄ヲ此花開 ̄テ後更無_レ花これは元(げん)
稹(しん)が秀句也/隠君子(いんくんし)琴を弾し給ける空よりかげの
やうなるものきたりていひけるは我此句をあは【いヵ】す宿執
あるによりてその感にたへすたゞし後の字をあらため
て尽(ツキテ)とあるべしと云てうせにけり
いづれの年に天下に疫病はやりたりけるに或人の
【柱】古今巻四 〇四
【柱】古今巻四 〇四
夢に文時(ふんとき)三品の家のまへををそろしげ成鬼神とも
みな拝してとをりけるをあれは何といふことにてかく
はかしこまるぞと問ければ滝山雲晴季将軍之在_レ家 ̄ニ
とつくりたる人の家をばいかでかただ無礼にて過べきと
こたへけり鬼神は心たしかにてかく礼義もふかきに
よりて文をもうやまふにこそ一道に長(ちやうじ)たる人はむかし
も今もかやうのふしぎおほく侍り大内記/善滋保胤(よししげやすたね)
と八条ノ宮に参(さ)んじて下向の時事(じゝ)時輩(じはい)の文章に
およびけるに親王命 ̄シテ云 ̄ク匡衡(マサヒラ)如何 ̄ン答曰 ̄ク敢(カン)死之/士(シ)数
騎/被(カフムリ)_二介冑(カイチウヲ)_一策(ムチウチ)_二驊騮(クワリウニ)_一似_レ ̄リ過_二 ̄ニ淡津(タンシンノ)之渡(ワタリヲ)_一其 ̄ノ鉾(ホコ)森然(シンゼントシテ)少(マシナリ)_二敢(アヘテ)
当 ̄ル者_一又命云/齋南(トキナ)如何 ̄ン答曰/瑞(ズイ)雪之/朝瑤(アシタヨウ)台之上 ̄ニ似_レ ̄リ弾(ダンス)_二筝(セウ)
柱(チウヲ)_一又命曰 ̄ク以言(モチトキ)如何 ̄ン答曰 ̄ク砂庭ノ前 ̄ヘ翠松陰下(スイセウインカニ)如_レ奏_二 ̄スルニ陵王_一 ̄ヲ又
命曰 ̄ク足下如何答曰 ̄ク曲上達部(ナマカンタチメ)駕(ノリテ)_二毛車_一 ̄ニ時々似_レ有_二 ̄ニ陰声_一と
申けるいと興ある事也おほかた自_レ漢至_レ ̄リ魏(ギニ)文体三段と
こそ文選には侍なれ白楽天の作をは東坡先生はかたふ
けけるとかやされば和漢ノ風情時にしたがひて改まる
やうに侍ども彼保胤(かのやすたね)が詞(ことは)古今序のごとくはさま〳〵なる
体いづれもすつまじきにこそ侍れ一/隅(ぐう)をまもりて善
悪をさだめん事は口をしかるへきことなり諸道同
事なるへきにや
【柱】古今巻四 〇五
【柱】古今巻四 〇五
白河院御時高麗国より医師を申たりけるにつか
はすへきよし沙汰有けるに殿下御夢想の事有てつかは
すまじきになりにけり返條に匡房(まさふさ)卿かきけるに双魚
難_レ達(タツシ)_二鳳池之波【「波」の右に「月(ツキニ)イ」、左ルビ「ナミニ」。訓点一】扁鵲(ヘンジヤク)豈(アニ)【「豈」の左に訓点「ヤ」】_レ入_二 ̄ン鶴林(クハクリンノ)之雲_一 ̄ニこの句ことなる秀
句にてよの人のほめのゝしりけり
江中納言匡房/承(堀川)徳二年/都督(トトク)【「都督」の右に「太宰大弐康名」。「康名」は「唐名」ヵ】に任してくだりけるに
同/康和(こうわ)三年に都督(ととく)夢惣の事ありて安楽寺の御祭
をはじめて八月廿一日/翠花(すいくは)を浄妙寺にめぐらす此寺は
天神の御事をとゞめし地也/治安(ぢあん)の都督/惟憲(これのり)卿彼ノ跡
をかなしひて一/伽藍(がらん)を其所に修復(しゆふく)して法花三昧を修
す同廿三日/宰府(さいふ)に還御(くはんきよ)僚官(りやうくはん)社司(しやし)みな馬にのりて
供奉す廟院(びやういん)の南に頓宮(とんくう)あり神輿(しんよ)をそのにやすめ
て神事をその前におこなふ翌日(よくしつ)に宴(えん)おはりて夜に
入て才子(さいし)ひきて宴席(えんせき)をのぶ是をまつりの竟宴(きやうえん)と
いふ也神徳/契(チキル)_二 遐年(カネンヲ)_一と云題をはじめて講せられける
序を都督かゝれけるに桑田(サウテンハ)縦(タトヘ)変(ヘンストモ)日 ̄ニ祭 ̄リ月 ̄ニ祀(マツル)之儀
長 ̄ク伝 ̄ン芥(カイ)城 ̄ハ縦 ̄ヘ空 ̄クトモ配(ハイシ)_レ 天 ̄ニ掃(ハラフ)_レ 地 ̄ヲ之/倍(ハイハ)無_レ ̄ン絶 ̄ルコト況 ̄ヤ亦/混論(コンロン)万
歳三宝 ̄ノ桃(モヽ)矣/便(スナハチ)充(ミツ)_二枌楡(フンユノ)之/珍羞(チンチウニ)_一崆(ウ)【コウヵ】峒(トウ)一/却(キヤク)一/熟(ジユク)之/瓜(ウリ)
焉/更(サラニ)代(カフ)_二 ■(ジン)【蘋(ヒン)ヵ】蘩(ハン)之(ノ)綺饌(キゼンニ)_一と書(かゝ)れて侍る故にや此祭礼
年(とし)おえてたゆる事なくいよ〳〵指粉(しふん)をぞ添(そへ)られ侍る
【柱】古今巻四 〇六
【柱】古今巻四 〇六
同序云社/稷之(シヨクノ)臣政/化(クハ)雖_レ ̄トモ高 ̄ト朝闕 ̄ノ万機/未(イマタ)【「未」の左に訓点「ス」】_三必/充(ミタ)_二姫(キ)霍(クハク)_一
風月之主才名雖_レ富 ̄ト夜台一/掩(エン)未(イマタ)【「未」の左に訓点「ス」】_三必/類(タクヒセ)_二、祖宗_一 ̄ニ彼 ̄ノ蕭蕭(シヤウ〳〵タル)
暮(ユフベノ)雨花 ̄ハ尽_二/巫(フ)女之【「台_一」の脱ヵ】嫋々(ジャウ〳〵タル)秋 ̄ノ風人 ̄ハ下_二 ̄ル伍子(ゴシ)之/廟(ビヤウニ)_一古今相_二-隔(ヘタツ)
幽歌(ユウカ)推(スイ)-同_一 ̄ヲ匡房五/稔(シン)之/秩(チツヤ)已 ̄ニ満 ̄テ待_レ ̄テ春 ̄ヲ漸 ̄ク艤(フナヨソヲイス)_二兮江湖 ̄ノ舟_一 ̄ニ併 ̄シ
覲(キン)_レ之 ̄ヲ期難_レ ̄シ知 ̄リ何 ̄ノ_日/復(マタ)列(レツセン)_二廟門之籍_一 ̄ニとかゝれたりける詩に
いはく蒼茫(サウバウタル)雲雨知_レ ̄ルヤ吾 ̄ヲ否(イナヤ)其 ̄レ奈(イカン)_三那【将ヵ】帰_二 ̄ンコトヲ於/帝(テイ)京_一 ̄ニとなん作ら
れたり此序を講しける時この中の句を御/殿(てん)のかたに人
の詠ずるこゑの聞えけるはうたがひなく神感のあまりに
天神御詠吟有けるにこそと人々申ける今年都督/秩(チツ)
満(マン)のとしにあたれり明春/帰洛(きらく)せんする事を神も名(な)ごり
おほく覚しめしてかく偈吟(けきん)有けるや同四年都督すてに花
洛(らく)におもむくとて曲水 ̄ノ宴に参りて序をかゝれけるに夢の
中に人来て告(つけ)けるは此序の中にあやまり有なをすべし
と云と見てさめぬ其後件の序を沈(ちん)【沉】思(し)有けるに柳ノ
中之/景色暮(けいしきくれ)花 ̄ノ前之/飲(いん)難(す)_レ罷(やまんと)と云句ありけり柳ノ中は
秋の事也春の時にあらずと覚語して則なをされにけり同序
に潘江/陸海玄(リクカイケン)之又玄也/暗(アンニ)引_二巴(ハ)字之水_一 ̄ヲ洛妃(ラクヒ)漢如_レ夢而
非_レ夢 ̄ニ也 自/動(ウコカス)_二 魏(キ)年之/塵(チリヲ)_一堯如_レ ̄シ廟 ̄ノ荒(アレテ)春 ̄ノ竹/染(ソム)_二 一/掬(キク)之涙_一 ̄ヲ
徐君墓古(チヨクンツカフリテ)秋/懸(カク)_二 三尺之霜_一 ̄ヲ右軍(ユフグン)既 ̄ニ酔 ̄テ闌台(タンダイ)之/席稍巻(ムシロヤヽマク)
左驂/頻(シキリニ)顧(カヘリミテ)_二桃浦之(トウホノ)駕_一 ̄ヲ欲_レ ̄ス帰 ̄ント かやうの秀句共を書出され
【柱】古今巻四 〇七
【柱】古今巻四 〇七
たりけるに尊廟のふかくめでさせ給にけるにこそ講ぜら
るゝ時御殿の戸なりたりけるを満座の府官僚官一人
も残らずみな是を聞けりそのこゑ雷(らい)のごとくになん侍り
ける此卿嘉承二年又都督になりたりけるこれも神の御
計(はからひ)にこそかたじけなき事也
尚歯会(しやうしのくはひ)は唐の舎昌(しやしやう)五年三月廿一日白楽天/履(り)道坊にし
てはじめておこなひ給ひける我朝には貞観十九年三
月十八日大納言/年名(としなの)卿小/野(ノヽ)山庄にしてはじめておこな
はれけり又安和二年三月十三日大納言/在衡(ありひら)卿/粟田(あはた)口の山
庄にておこなはれける其後天承元年三月廿二日大納言
宗忠卿白河山庄にして被_レ行けり七叟 ̄ノ算(かづ)三善為康(みよしのためやす)
《割書:年八十三》前 ̄ノ左衛門佐藤原/基俊(もとよし)【「俊」のルビ「とし」ヵ】《割書:七十六》前の日向守中原
廣俊(ひろとし)《割書:七十》亭主(ていしゆ)《割書:七十》式部大輔藤原/敦光(あつみつ)朝臣《割書:六十九》右大弁
実光(さねみつ)《割書:六十三》式部少輔/菅原(すがはらの)時/登(なり)《割書:六十二》此中に基俊は病に
よりて詩ばかりを贈(をく)りけり時登序をば書たりけり
垣下(えんか)に中納言師時以下侍けり詩披講(しひこう)以前に朗詠
少/没(ほつして)楽天三年の句をそへて四五反におよふ右大弁式
部大輔ぞ詠ける又/岸風淪力(ガンフウリンリヨク)之句/蓬鬢商(ホウビンシヤウ)山之句
酔(エイテ)対_レ ̄ス花 ̄ニの句等再三詠じてすてに幽(ユフ)奥に入けり昔
は此座にして盃杓有て或は詩をつくり或は管絃を
【柱】古今巻四 〇八
【柱】古今巻四 〇八
命(めい)じて心にまかで遊/戯(げ)しける今そかやうの事も
絶え侍ぬうる口をしきかな
永久三年七月五日式部ノ太輔/在良(ありよし)朝臣/御侍読(ごしどく)にて始て
御前へ参りたりけるに先朗詠をしける幸 ̄ニ逢(アフテ)_二 舜無為(シユンブヰノ)
化徳(クハトク)_一 是(コレ)非_二 老(ヲイ)之/幸(サイワイニ)_一哉/大公望(タイコウバウ)遇(アヘル)_二周文(シウフン)_一等の句也次古事をかたり
申けり聞もの感せずといふ事なし次に管絃ありけり
主上御笛をふかせ給ふ更闌(かうたけ)て在良(ありよし)朝臣罷出けるに
蔵人/朝隆(あさたか)指燭(しそく)さしておくりけりゆゝしくそ侍ける
勧学院の学生共あつまりて酒宴しけるにおの〳〵
議しける年齢座次(ねんれいざなみ)をもいはず才の次第に座には
着(つく)べしと定めけり然るを隆頼(たかより)すゝみてつきてけり傍輩(はうはい)共
左右なくはいかにつくぞといひければ隆頼きこへけるは文選(もんぜん)
三十巻/四声(しせい)の切韻暗誦(せついんあんじゆ)のものあらばすみやかに隆頼ゐく
たるべしといひたりけるに傍輩共皆口を閉(とぢ)てあへて云事なかり
けり此隆頼は無双(ぶさう)の才人也けり学頭(がくとう)に成たりけり学問/料(りやう)
を心にかけて望けれ共つゐにかなはざりけり申/文(ふみ)に対(タイシテ)_二
夏暦(カレキニ)【訓点一】押(如写本)-子老自 ̄ラ/准陽(ジユンヤウノ)之一老取_二 ̄テ明鏡_一 ̄ヲ見(ミルニ)_二鬢(ビン)眉(シンヲ)_一皓(コウ)
白商山之(ハクナルシヤウサンノ)四/皓(コウ)と書たるもの也此句ことなる秀句にて
人口にあるものなり
康治三年甲子にあたりけり例(レイ)にまかせて革命
【柱】古今巻四 〇九
【柱】古今巻四 〇九
のさだめ有べかりけるに宇治左府前ノ内大臣にておは
しけるが周易(しうゑき)をまなばずして此定にまいらん事
あしかるべしと覚してよませ給べきよし覚しさだ
めてげりしかあるを此事を学ぶ事師有よしいひ
つたへたり又五十以後まなぶべしともいへりおとゞ
おぼしけるは此事更に所見なし論語には小年にて
学ぶべしとこそ見へたりさりながらも俗語はゞかりあ
ればとて二年十二月七日/安倍泰親(あべのやすちか)をめして河原
にて泰山府君(たいさんぶくん)をまつらせてみづから祭庭にむか
はせ給ひけり都社にその心さしをのへられけり
成佐(なりすけ)ぞ草したりけるそのとしおとゞは廿四にぞなら
せ給ひける文道(ふんとう)をおもんじ冥加(めうが)を恐給ひてかくせ
させ給ひけるやさしき事也
仁平の比宋朝ノ商客劉文冲(シヤウカクリウフンチウ)東坡先生指掌図(トウハセンセイシシヤウヅ)二帖
五代記十帖唐書九帖/名籍(メイセキ)をそへて宇治左府に
奉り返事は文章/博士義明(ハカセヨシアキラ)朝臣草して前ノ宮内ノ
太輔定信ぞ清書したりける尾張(をはりの)守/親隆(ちかたか)か奉書
にて書たりける砂金卅両をたまはせけり又/要書(ようしよ)
目録をもつかはしけり万寿三年に周良史(しうりやうし)といひ
けるもの名籍を宇治殿に奉りたる事あり其
【柱】古今巻四 〇十
【柱】古今巻四 〇十
たひは書をはたてまつらざりけり
仁平三年五月廿一日/院宣(いんぜん)によりて宇治左大臣東三条
にて学問料の試(し)をおこなはれけり藤原ノ敦経(あつつね)菅原登(すがはらなり)
宣(のふ)同/在清(ありきよ)藤原/敦綱(あつつな)同/光範(みつのり)菅原/在茂(ありもち)等を中島の座
にすへられにけり式部太輔永/範(のり)朝臣文章博士/茂明(しけあき)朝
臣式部権ノ太輔/公賢(きんかた)をめして左伝礼記毛詩(さでんらいきもうし)を分(わけ)た
びて題をえらばざれけりみな紙切(かみぎれ)に書わけて頭ノ弁/朝隆(ともたか)
朝臣をめしてくじにとらせられけり礼以(れいい)行義(ぎやうぎ)といふ事
をとりけり家司(かし)盛業(もりなり)をもて試衆(ししゆ)にたまふ作り
出すに随てぞもてまいりける其後評定ありけり
後に院より通憲入道にもおほせあわせられける
こそつゐに/光範登宣(みつのりなりのふ)ぞ給はりにける
保元二年四月廿八日蔵人所にて直講(ちよくこう)の式ありけり
重憲師直師尚(しけのりもろなをもろなふ)おの〳〵屏風をへだてゝ候へけり頭ノ弁
範家(のりいへ)朝臣蔵人左少弁/雅頼(まさより)蔵人/勘解由(かけゆう)次官/親範(ちかのり)所
につきたりけり式部ノ大輔永範朝臣毛詩尚書左伝礼記
の中に十の事(こと)をしるしいだして奉りたりけるを尋■【被ヵ】下
けり師直は三事に通し重憲師尚は二事に通し
たりけり次日親範仰を承て助教師光(すけのりもろみつ)《割書:師尚|父》頼業(よりなり)
直講(ちよくこう)康季(やすすへ)を蔵人所にめして評定せられけり師直
【柱】古今巻四 〇十一
【柱】古今巻四 〇十一
傍輩にすぐれたるによりて五月二日つゐになされにけり
少納言入道信西が家にて人々あつまりてあそびけるに
夜/深(ふけ)催_二 ̄ス管絃_一 ̄ヲ云題にて当座の詩を作りけるに皆人
は作いたしたりけるに敦周(あつのり)朝臣案じ出さぬけしき
にて程へければ満座興さめてげりあまりにすみて
侍ければ有安(ありやす)が座のすへに有けるに入道朗詠すべき
よしをすゝめけれは第一第二ノ弦索(ケンハサク)々といふ句を詠したり
けり此心自然に此題によりきたりけるにや敦周(あつのり)朝
臣やがて作りいだしたりけり龍吟(リヤウギンシテ)水/晴(ハル)両三曲 ̄ク鶴(ツル)唳(モトツテ)霜(シモ)
寒(サムシ)第四声とつくりたりける殊ニその興有て人々/感歎(かんたん)
しけり彼朗詠のこゝろいと相違なきにや
治承弐年五月晦日内裏にて密々に御作有けり題云
詩境(しきやう)多 ̄シ脩行_一左兵衛ノ督(かみ)成範卿已下参られたりけり御製ノ
落句に豈(アニ)忘(ワスレヤ)一字/勝(マサラントハ)_レ全(マツタキニ)能 ̄ク可(ベシ)_レ愍(アハレム)白巻師かくつくらせ給
たるを承て宮内卿永範卿左大弁俊経卿ともに御/詩(し)
読(トク)にて候けるが感涙をのごひて両人/東台(とうだい)の南/階(かい)を
おりて二/拝(はい)左大弁/舞踏(ぶとう)しけり左大弁は左兵衛督の笏
をぞかりうけらることにゆゝしき面目にぞ
高倉院の風月の御才はこのみ御沙汰も有けり治承弐
年六月十七日延久のふるき跡を尋て中殿にて御作
【柱】古今巻四 〇十二
【柱】古今巻四 〇十二
文有けり妙音院太政大臣《割書:帥(ソツ)》左大将《割書:実定(シツヲイ?)》中宮大夫《割書:隆季(タカスヘ)》
藤中納言《割書:資(スケ)長》権中納言《割書:実綱(サネツケ)》【綱のルビ「ツナ」ヵ】右宰相中将《割書:実高(サネタカ)》式部大輔《割書:永(ナカ)》
《割書:範(ノリ)》左大弁《割書:俊経(トシツネ)》中将/雅(サマ)【雅のルビ「マサ」ヵ】長朝臣/通親(ミチチカ)朝臣権右中弁/親宗(チカムネ)
朝臣蔵人左少弁《割書:兼光(カネミツ)》蔵人/勘解由(カケユノ)次官/基親(モトチカ)蔵人右衛門ノ
佐藤原/家実(イヘサネ)卿めされけり式部太輔題の事をうけ給
て禁庭催_二 ̄ス勝遊_一 ̄ヲとしるして奉りけり勧盃(くはんはい)はてぬれば
御遊をはじめらる太政大臣/玄象(げんじやう)を弾じ給但まへに
をきて弾したまはざりけり唱歌をぞし給ひける緒(を)の
きれたりけるにや中宮太夫笙をふく笛は主上ふかせ
おはしますべきよし承て聞えけれ共さもなくて藤大納
言ぞつかうまつられける中御門中納言/宗家(スネイヘ)【宗のルビ「ムネ」ヵ】拍子を
とる六角宰相/家通(イヘミチ)筝をしらぶ頭ノ中将/定能(サタヨシ)朝臣篳
篥をふく少将/雅賢(マサカタ)朝臣和琴を弾しけり呂(リヨハ)安名(アナ)
尊(タウト)鳥(トリ)の破(ハ)席田(ムシロダ)賀取急(カトリキウ)【賀殿急ヵ】律(リツハ)伊勢ノ海万歳楽五常楽急
御遊はてゝ詩をおく兼光(カネミツ)をめして講せられけりその
のち太政大臣御製を給はりて文台の上にひらかれ
ければ民部大輔ぞ講じ奉りける
禁庭 ̄ノ月/下(カ)勝遊成(セウユウナル)有_レ管(クハン)有_レ絃(ケン)有_二頂(セウ)-声(セイ)
宴席(エンセキハ)憖(ナマジヒニ)追_二 ̄ヘル延久 ̄ノ跡_一 ̄ヲ詞花猶/異(コトニス)_二昔 ̄ノ風情_一 ̄ヲ
発句下ノ七字中宮太夫の詩にあひて侍けれは大夫
【柱】古今巻四 〇十三
【柱】古今巻四 〇十三
おどろきさはぐけしきあり人々感じけるとぞ大臣
御製をとりて懐(くわい)中に入給ひけり延久に土御/門(かと)右府
はかくもし給はざりけるにいと興ありとぞのゝしりけ
る座にかへり給ひて後/数反(すへん)詠じ給ひけりまことに
道にたへたる御事ぞあらはれてめでたくぞ侍ける
左大将左大弁と同詠しけり其後令月徳是など
も詠し給けりかゝる程に御製に作りあはせたる
人/勅詠(ちよくえい)を給はる事式部ノ太輔申出たりけれとも
紀ノ納言のためしも年月さだかならずこそ大夫/則(すなはち)作(つくり)
なをしてかさねられたりけるゆゝ敷ぞ侍けり抑今度
の文人(ふんしん)目出度えらひめされたるに右大弁/長方(なかかた)もれに
ける事人々あやしみあへりいかなる事にかおぼつかなき
事也右大弁此事を恨(うら)みて病と称(せう)して参儀大弁両/職(しやく)
を辞(じ)申けり実にはやまさりけるにや天気不快なり
けるとぞ
文治三年九月七日/暁(アカツキ)秀才長官為長夢に権右中弁
定長朝臣北野ノ宮寺にて臨時作文をおこなふと見て
げり為長このよしをかの弁に告ければおどろきて人
〳〵をすゝめて同十月六日作文をとげおこなひけり題
は廟庭歳月長(びやうていせいげつなかし)源中納言通親卿已上参れたり序は
【柱】古今巻四 〇十四
【柱】古今巻四 〇十四
大内記長守ぞ書ける披講ののち新中納言兼光卿
式部大輔光範朝臣大学頭在茂朝臣文章/博士(はかせ)光輔朝
臣等朗詠しけりむかしの御/余執(よしう)猶おはしますにや近比
もかく文にはふけらせおはします事おほく侍り
或人連句のたびことに想像花陽洞(おもひやるくはやうとう)とさだまれることに
いひけり或日人々よりあひたりけるにかの人案のことく
又此句をいひたりけるを素俊(そしゆん)法師とりもあへす左存(さぞんす)
松子亭(せうしてい)といひたりける満座興に入て腸(はらはた)をきりけると
そこの素俊は連句の上手なりけり
春調春鶯囀(ハルノシラベハシユンアウテン) 古聞古鳥蘇(モトキクコトリソ)
琵琶(ヒハ)称(シヤウス)_二牧馬(ボクハ)_一鞁皷(カツコ?)習(ナラウ)_二泉狼(センロウヲ)_一
これらも素俊が秀句とぞ申侍る
邑上帝(ムラカミテイ)かくれさせ給ひて後/枇杷(ビハノ)大納言延光卿あさゆふ
恋しく思ひ奉て御かたみのいろを一生ぬぎ給はさりけり
ある夜の夢に御製をたまひける
月輪日本/雖(イヘトモ)_二相/別(ハカルヽト)_一温意(ヲンイ)清涼(セイリヤウ)昔(モトヨリ)至誠(シイセイ)
兜率(トソツ)最(モツトモ)高 ̄シ帰_二 ̄テ内院_一 ̄ニ如今(イマ)於_レ ̄テ彼(カシコニ)語_二 ̄ル卿(ナンヂガ)名(ナヲ)_一
大納言夢さめておどろきて是に和したてまつる
再拝 ̄ス聖顔(セイガン)一/寝程恩言(シンテイヲンゲン)芳(カウハシキ)処 ̄ロ奉(ホウス)_二 中情_一 ̄ヲ
夢中如_レ ̄シ覚(サムルカ)夢中ノ事雖_レ ̄トモ尽_二 ̄スト一生 ̄ヲ豈(アニ)空(ムナシク)驚_一 ̄ンヤ
【柱】古今巻四 〇十五
【柱】古今巻四 〇十五
後三条院東宮にておはしましける時/学士(かくし)実政朝臣
任国(にんこく)におもむきけるに餞別(せんべつ)のなごりをおしませ給
て御製かゝりけるとかや
州民縦(シフミンタトヘ)作(ナストモ)_二甘棠(カントウノ)詠_一 ̄ヲ莫_レ ̄レ忘(ワスルヽコト)多年風月 ̄ノ遊 ̄ヒ
此心は毛詩 ̄ニ云孔子曰/甘棠莫(カントウナカレ)_レ伐(キルコト)邵伯之(セウハクノ)所_レ宿(ヤトリシ)也といへ
る事也
中納言/顕基(あきもと)卿は後一条院ときめかし給ひてわかくゟ
つかさくらゐにつけてうらみなかりけり御門におくれ
奉りければ忠臣は二君につかへずといひて天台/楞(れう)
厳院(こんいん)にのぼりてかしらおろしてげり御門かくれ給ひ
【挿絵】
【柱】古今巻四ノ 〇又十五
【柱】古今巻四ノ 〇又十五
【挿絵】
ける夜火をともさゞりければいかにと尋るに主殿(とのも)司
新主(しんしゆ)の御事をつとむとてまいらぬよし申けるに出家の
心もつよく成にけり此人わかくより道心おはしまして
つねのことくさに
古墓(コホ)何(イツレノ)世人(ヨノヒトソ) 不(ス)_レ知(シラ)姓与名(セイトナト)
化(クハシテ)為(ナル)_二路辺土(ロヘンノツチト)_一 年々春 ̄ノ草(クサノミ)生 ̄ス
菅丞相(かんせうしやう)昌泰三年九月十日/宴(えん)に正三位の右大臣の大
将にて内に候はせ給ひけるに
君 ̄ハ富_二 ̄ミ春秋_一 ̄ニ臣 ̄ハ漸 ̄ク老 ̄ス 恩無_二 ̄シテ涯岸(カイガン)_一報 ̄スルコト猶 ̄ヲ遅(ヲソシ)
と作らせ給ければゑいかんのあまりに御衣をぬぎて
【柱】古今巻四 〇十六
【柱】古今巻四 〇十六
かづけさせ給ひしを同四年正月に本院のおとゞの奏(そう)
事(じ)不実(ふじつ)によりて俄に太宰ノ権ノ帥(そつ)にうつされ給ひしかば
いかばかり世もうらめしく御いきどをりもふかゝりけめ共
猶君臣の礼はわすれかたし魚水の節もしのびえずや
おほえさせ給ひけんみやこのかたみとてかの御衣を御身
にそへられたりけり扨次のとしの同日かくぞゑいぜ
させたまひける
去年/今夜(コヨヒ)侍_二 ̄ベル清涼_一 ̄ニ 秋思詩篇(シウシシヘン)独断腸(ヒトリダンテウ)
恩賜(ヲンシノ)御衣今在_レ ̄リ此 ̄ニ 棒持(ホウヂシテ)毎日拝_二 ̄ス余(ヨ)香_一 ̄ヲ
後江相公の澄明(すみあきら)におくれてのち後世をとふらはれ
ける願文に
悲之(カナシミノ)又悲(マタカナシキハ)莫_レ ̄シ悲 ̄キハ於老 ̄テ後(ヲクルヽヨリ)_レ子(コ) ̄ニ
恨(ウラミテモ)而更 ̄ニ恨 ̄キハ莫_レ ̄シ恨_二 ̄ナルハ於/少(ワカツシテ)先(サキタツヨリ)_レ親 ̄ニ
とかけるこそ前後相違の恨げにさこそはとさりが
たくあはれにおぼゆれ
橘正通が身のしづめる事を恨(うらみ)て異国へ思ひたちける
境(きやう)節具平親王家の作文ノ序者たりけるに是を限(かき)り
とやおもひけん
齢(ヨハヒハ)亜(ツイテ)_二顔駟(カンクハイニ)_一過_二 ̄テ三代_一 ̄ニ而/猶沈(ナヲシヅミ)恨 ̄ハ同_二 ̄フシテ泊鸞(ハクランニ)_一歌(ウタテ)_二
五噫(ゴイヲ)_一而欲_レ ̄ス去 ̄ント とぞかけりける源/為憲(ためのり)其座に候けるが
【柱】古今巻四 〇十七
【柱】古今巻四 〇十七
此句をあやしみて正通おもふこゝろ有てつかうまつれる
にやと申ければさすが心ぼぞくや思ひけん涙をながしけり
さて罷出るまゝに高麗(かうらい)へぞ行にける世をおもひきらむ
にはかくこそ心きよからめといみじくあはれなりかしこ
にて宰相になされにけりとそ後に聞へける東三条院
関白前ノ太政大臣九月十三夜の月に東北院の念仏に
参給へるに夜もうちふけて世の中もしづか?んほどに
齋信(ときのふ)民部卿をめしてこよひたゞにはいかゞやまん朗詠
有なんやと仰られければいとかしこまりてしばし煩(わつら)ふ
けしきなるを人々みゝをそばたてゝいかなる句をか詠し
ずらんと待程に極楽の尊を念ずる事一夜とうち
いだしたりけるたぐひなくめでたかりけり此句かき
たる齋名(ときな)やがて御供にさふらひけり我句をしもさば
かりの人の朗詠にせられたりけるいかばかりこゝろの中
のすゞしかりけん
此句は勧学会(くはんかくゑ)の時/摂念山林(せつねんさんりん)を賦(ふ)する序なり
念_二 ̄シテ極楽之尊_一 ̄ヲ一夜山月/世(ヨヽ)円(マドカナリ)
先_二旬(シユン)曲 ̄ノ会(エニ)_一 三/朝洞花(テウトウクハ)欲_レ ̄ス落(ヲチント)
これは三月十五夜の事也九月十三夜に詠ぜられける
いかにとおぼゆ但念仏の義ばかりにとりよれるにや
【柱】古今巻四 〇十八終
【柱】古今巻四 〇十八終
古人の所作(しよさ)仰(あをひて)而可_レ信歟
天暦御時橘/直(たヽ)■(もと)【偏が龺、旁が夸】が民部大輔を望(のそみ)申ける申文草をは自(みつか)ら
書て小野道風に清書せさせけり御門(みかと)叡覧(えいらん)ありけれは
依_レ ̄テ人 ̄ニ而/異(コトナリ)_レ事 ̄ニ雖_レ ̄トモ似_二 ̄ト偏頗(ヘンヒニ)_一代(カハツテ)_レ 天 ̄ニ而/授(サツク)_レ官 ̄ヲ誠 ̄ニ
懸_二 ̄ル運命_一 ̄ニなど述懐(しゆつくはひ)の詞を書すぐせるによりて御/気色悪(けしきあし)か
りけり人是を恐(おそれ)思ふ所に其後内裏/焼亡(ぜうまう)有て俄に中ノ院へ
御幸せさせ給けるに代々の御わたりもの御/椅子(いす)時筒(しとう)玄象(けんじやう)鈴(すゝ)
鹿(カ)以下もて参たるを御覧して直(たヽ)■(もと)【偏が龺、旁が夸】が申文は取出たりやと
御尋有ける時の人々いみじき事にぞ申ける
古今著聞集巻之四終
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】《割書:子孫|永宝》
【後見返し】
【裏表紙】
【背。ラベル 横書き。「總」は青字】
總|5|54
【表紙題箋】
《題:古今著聞集 《割書:五》》
【前見返し】
【蔵書印:朱 陽刻 方形 単郭 篆書体】
《割書:平戸藩|蔵 書》 《割書:楽歳堂|図書記》
【印:朱 楕円形 横書き】《割書:BnF|MSS》
古今著聞集巻第五
和歌 《割書:第六》
【142】和歌は素盞烏(そさのを)の古風よりをこりて久く秋津州(あきつす)
の習俗(しうぞく)たり三十一字の麗篇(れいへん)をもて数千万/端(たん)の
心緒(しんしよ)をのぶ古/今(きん)の序にいへるごとく人の心をたねと
してよろづのことのはとそなりにけるこれによりて
神明仏陀もすて給はず明王賢臣も必賞(ひつしやう)し給ふ
春の花の本秋の月のまへこれをもて豫遊(よゆふ)のなかだち
としこれをもて賞楽(しやうらく)の友とす【143】嵯峨(さが)天皇/玄賓(げんひん)上人
の徳をたうとひ給ひて僧都(そうづ)になし給けるを玄賓
【柱】古今巻五 〇一
【柱】古今巻五 〇一
位記(いき)を木の枝にさしはさみて和歌をかきつけて
うせにけり
外都(とつ)国は水草きよしことしけき
あめのしたにはすまぬまされり
さて伯耆(はふきの)国にすみ侍けり天王/叡感(えいかん)ありて勅を
くだして施物(せもつ)有けりうけとりけるにやおほつかなし
【144】弘徽殿(こうきでん)女御歌合に花かうししらまゆみといへる文字
くさりを歌の句のかみにすへて折句の歌によませ
られけるめづらしかりける事也おほかたの題には
四季恋をこそもちゐられ侍れ 【145】花山院御ぐし
おろさせ給て後叡(のちえい)山よりくだらせ給ひけるに東坂本
の辺に紅梅のいと面白う咲(さき)たりけるをたちとゞまら
せ給ひてしばし御覧ぜられけり惟成弁(これなりへん)入道御供に候
けるが王位をすてゝ御出家ある程ならば是体の
たはふれたる御ふるまひはあるまじき御事に候と
申侍ければよませ給ひける
色香をはおもひもいれす梅のはな
つねならぬ世によそへてそ見る
【146】同院東院にわたらせ給ける比/弾正(だんぜうの)宮のうへおなじく
すみ給ひけり十首の題を給はせて人々に歌よませ
【柱】古今巻五 〇二
【柱】古今巻五 〇二
てつかはせ給けるに橘をよませ給ふける
宿ちかく花橘はうへてみし
昔をこふるつまとなりけり
なを昔をおぼしける御心のほどあはれなり又祝
の歌に弾正宮のうへよみ給ける
万代もいかてかはてのなかるへき
仏に君ははやくならなん
この祝こそ誠にあらまほしきことなれ松竹にたとへ
鶴亀(つるかめ)によせて千年をいはひ万代を契てもいか
でかはてはなからんまことに仏の道にいらんのみそ
まめやかにつきせぬ御いはゐなるべき
【147】東三条院皇太后宮と申ける時七月七日/撫子(なでしこ)あはせ
せさせ給けり少輔内侍少将のおもと左右の頭にて
あまたの女房をわかたれけりうすものゝふたあゐか
さねのかさみきたるわらは四人なでしこのすばかま
きて御前にまいれりとて風流さま〴〵になん侍ける
なでしこに付たりける
なてしこのけふは心をかよはして
いかにかすらんひこほしの空
時のまにかすと思へと七夕に
【柱】古今巻五 〇三
【柱】古今巻五 〇三
かほおしまるゝなてしこのはな
すはまにたちたるつるに付ける
数しらぬ真砂をふめるあしたつは
よはひをきみにゆつるとそみる
瑠璃(るり)のつほに花さしたる台にあしでにてぬひ侍ける
たなはたやわきてそむらんなてしこの
はなのこなたは色のまされる
むしをはなちて
松虫のしきりにこゑの聞ゆるは
千世をかさぬるこゝろなりけり
右のなてしこのませにはひかゝりたるいもつるの
はにかきつけ侍る
万代に見るともあかぬ色なれや
わかまかきなるなてしこの花
すはまのこゝろはにみつてにて
とこなつのはなもみきはに咲ぬれは
秋まていろはふかく見へけり
久しくも匂ふへきかな秋なれと
猶とこなつの花といひつゝ
七夕まつりしたりけるかたありすはまのさきにみつてにて
【柱】古今巻五 〇四
【柱】古今巻五 〇四
ちきりけん心そながきたなばたの
きてはうちふすとこなつのはな
ちんのいかほをたてゝくろばうを土(つち)にてなてしこを
うへたるところに
代々をへていろもかはらぬなてしこも
けふのためにそ匂ひましける
此歌共は兼盛能宣(かねもりよしのふ)そつかうまつり侍けるこれを見
る人々おのがひき〳〵心々にいひつくるとて左(ひだり)の人
かちわたりけふそしつへき天の川
つねよりことにみきはをとれは
右の人
天の川みきは歌なくまさるかな
いかにしつらんかさゝきのはし
此あそひいと興ありてこそ侍れ
【148】一条院の御時正暦四年五月五日/帯刀陣(たてわきのぢん)に十番の
歌合ありけるに第十の番(つがい)恋のうたに
あふ事の夢はかりにもなくさまは
うつゝにものおはおもはさらまし
思ひつゝこひつゝはねじあふと見る
夢もさめてはくやしかりけり
【柱】古今巻五 〇五
【柱】古今巻五 〇五
このつがひをみてたれかしたりけん歌をよみて帯刀
陣にをくりける
さはべのもみぎはのかたもあやめ草
おなし心にひくとしらすや
返事
おりたちてひくとしりせはあやめ草
ねたくみきはになにまさるらん
【149】いつの比の事にか殿上の人々歌よみ侍けるに泰(やす)
憲(のり)民部卿参りあひたりけれは各興有て思へりけ
るに急のことありて退(たい)出すべきよし申されけるを
人々ゆるさざりければさらば和歌をまいらせをきて身
のいとまをば給はらんと申されければ各/承諾(わかれぢ)ありけり
則歌を書/封(ふう)じてをきて退出せられにけり披講(ひこう)
の時これをひらき見るに位署(いちよ)并題ばかりをかきて
奥(おく)書に於(おいて)_二和歌_一 ̄ニ ハ追而可_レ進と書たりけり人々/感歎(かんたん)し
てかつはやすからぬ由をもいひけり大かた名をえたる
人は中〳〵なる事はあしかりぬべければのがるゝ一の事
也秀歌にはをとりの返しせずといふも故実(こじつ)なるべし
白紙を置事は作法有事也/題位署(たいゐしよ)ばかりをかきて
諸人の歌をきて後これを置て逐電(ちくてん)して講席(こうせき)の
【柱】古今巻五 〇六
【柱】古今巻五 〇六
座にゐざるとかや 寛平法皇宮ノ滝(たき)御覧の時源ノ
昇(のぼる)朝臣/友于(ともゆき)朝臣白紙を置たりけり 堀河院御時
和歌御会に京極大殿御位署に散位従(さんいじゆ)一位藤原朝
臣《割書:某》とかゝせ給たりける希代(きたい)の位署(いちよ)なるかし人目を
おとろかしけり
【150】嘉保三年正月晦日殿上人/船岡(ふなをか)にて花を見ける
に斎院/選子(せんし)より柳(やなき)の枝を給はせけり人々これを
見けれはいとのもとにはとかゝれたりけり他人その
心をしらさりけるに雅通(まさみち)たま〳〵古歌の一句をさとり
て返事を奉りけるにこそ人々の色もなをりにけれ
紙のなかりけれはなをしをやりて書侍りける
散ぬへきはなをのみこそ尋つれ
思ひもよらすあをやきのいと
其夜の事にや殿上人斎院へ参たりける御用意
なからんことをはかり奉りけるにやさる程に寝殿(しんでん)よ
り打衣(うちき)きたる女房あゆみ出て笙(せうのふへ)をもちて殿上人
に給はせけり雪にて管(くだ)をつくりたるひにて竹を
作たりけり則内裏へもちて参て御覧なさせけれは
ことに叡感(えかん)有て大宮へ奉らせ給ける人々後朝に
斎院へかへりまいりたりけれは酒肴(さけさかな)をそまうけられ
【柱】古今巻五 〇七
【柱】古今巻五 〇七
たりける用意ありける事にや
【151】平等(べうとう)院僧正諸国修行の時/摂津(せつつの)国住吉の渡りに
いたり給て斎料(ときりやう)のつきにけれは神主/国基(くにもと)が家に
おはして経をよみて立給ひたりけり其声/微妙(びみやう)に
して聞人たうとみあへりけり国基御/斎料(ときりやう)奉るとて
いつかたへすきさせ給ふ修行者ぞ御経たうとく侍り
今夜はかりはこゝにとゞまり給へかし御経の聴聞(てうもん)仕ら
んといはせたりければとかくの返事をはの給はず歌
をよみ給ける
世をすてゝやとも定めぬ身にしあれは
すみよしとてもとまるへきかは
かくいひてとをり給ひぬ其後天王寺別当になりて
彼寺におはしましける時/国基(くにもと)参て天王寺と住吉との
境の間の事申入けるにしはし候へとてあやしく御前へ
めされければかしこまりつゝ参たりけるに僧正/明障子(あかりしやうじ)
引あけさせ給てあの住吉とてもとまるべきかはとい
かにと仰られたりける国基あきれまどひて申へき
事も申さてとりばかましてにけにけりいと興有事也
【152】基俊(もととし)城外(じやうぐはい)しける事有けり道に堂(だう)あるにむくの
木有その木に六歳はかり成/小童(こわらは)のぼりてむくを
【柱】古今巻五 〇八
【柱】古今巻五 〇八
取てくいけるにこゝをば何といふぞと尋ければやし
ろ堂と申とこたへけるを聞て基俊なにとなく
くちずさみに童にむかひて
この堂は神か仏かおほつかな
といひたりけれは此わらはうち聞てとりもあへす
ほうしみこにそとふべかりける
といひけり基俊(もととし)あさましくふしきに覚てこの童は
たゞものにはあらずとそいひける
【153】或所に仏事有けるに唐人(とうじん)弐人来て聴聞(てうもん)しける
に磬(うちならし)に八葉の蓮を中にて孔雀(くじやく)の左右に立たる
【挿絵】
【柱】古今巻五ノ 〇又八
【柱】古今巻五ノ 〇又八
【挿絵】
を文に鋳(い)つけたりけるを見て壱人の唐人/捨身惜(しやしんしや)【左ルビ「ステヽミヲ」】
花思(くはし)といひけるを今壱人聞てうちうなづきて打(た)【左ルビ「ウテトモ」】
不立有鳥(ふりううてう)といひけりきく人その心をしらずある人
のとかにあんじつらねければ連歌にて侍りけり身を
すてゝ花をおしとや思ふらんうてともたゝぬ鳥もあ
りけりかくおもひえてげりわりなくそ思ひつらねけり
【154】天永元年/斎宮(さいくうの)奉行有けるに八条太政大臣権ノ右大
弁にてくだられけるがかへりのほるとて斎宮に参
て日来つかうまつりつる御名残などもし運(うん)侍らば
公卿勅使にて又参る事も侍なんど申てのぼり給
【柱】古今巻五 〇九
【柱】古今巻五 〇九
けり去程に其次の年正月廿三日に蔵人頭に補し
て永久三年四月廿八日に参議(さんぎ)にのぼり給にけり
保安三年十二月六日参議右衛門ノ督(かみ)にて勅使承り
くだり給ひけるが斎宮へもまいらてのぼられければ
みやよりつかはしける
むかしせしあらましことのかはらぬを
うれしとみえはいはましものを
御返し
伊勢の海/塩干(しほひ)のかたへいそく身を
うらみなはてそ末もはるけし
【155】久寿元年二月十五日法皇/微福(びふく)門院/御同車(ごどうしや)にて鳥羽
の車殿より勝光(せうくはう)門院へ御幸有て庭の桜を御覧せら
れけり先阿弥陀講を修せられける法皇少納言
入道/信西(しんせい)を御使にて御歌を内大臣新大納言等に給
はせけり檀紙(だんし)に書てさくらの枝に付られたり内
府に給はせける御歌
心あらは匂ひをそへよさくら花
のちの春をはいつかみるへき
大納言に給はせける御歌
各御かへしをよみてもとの枝に付て奉ける内府
【柱】古今巻五 〇十
【柱】古今巻五 〇十
心ありてさくてうやとの花なれは
末はる〳〵と君のみそみん
大納言
君か代の末はる〳〵にさくらはな
にほはんこともかきりあらしな
大/相国(しやうこく)このことを聞て二首法皇に奉り給ひける
桜花ちつか【千束】のかすをかそふれは
かすもしられぬのちのはるかな
かきりありてつねならぬ世の花のみは
ちとせの後やにしになるへき
【156】保元(ほうげん)の乱により新院/讃岐(さぬきの)国にうつらせおはしまし
けり和歌の道すぐれさせ給ひたりしにかゝるうきこ
と出きたれば此みちすたれぬるにやとかなしく
覚へて寂(じやく)念法師がもとへよみてつかはしける
西行法師
ことのはのなさけたへぬる折ふしに
ありあふ身こそかなしかりけれ
返し寂念法師
しきしまやたえぬる道もなく〳〵も
君とのみこそ跡をしのはめ
【柱】古今巻五 〇十一
【柱】古今巻五 〇十一
【157】西行法師法/勝(しやう)寺の花見にまかりけるに其日上西
門院の女房おなしくみける中に兵衛ノ局(つほね)ありと聞て
昔の花見の御幸おもひいて給らんなどいひてその日
雨のふりたりければかくぞ申つかはし侍りける
みる人に花もむかしをおもひ出て
恋しかるらんあめにしほるゝ
返し兵衛局
いにしへをしのふるあめとたれかみん
花にむかしの友しなけれは
【158】平治元年二月廿五日御/方違(かたたがへ)の為に押小路(をしこうじ)殿に行
幸有けり透廊(すいらう)にて夜もすから御遊ありけるに
女房の中より硯蓋(すゝりはこ)に紅(くれない)の薄様(うすやう)をしきて雪をもち
て出されたるに和歌をつけたりける
月影のさえたるおりの雪なれは
こよひははるもわすれぬるかな
返し
くまもなき月のひかりのなかりせは
こよひのみゆきいかてかはみむ
【159】応保弐年正月の比殿下女御殿の御方の女房を
ともなはせ給て禁中を見めぐらせ給ひけるに
【柱】古今巻五 〇十二
【柱】古今巻五 〇十二
雪月いとおもしろかりける内の女房の中より
蔵人の兵衛尉/通定(みちさた)をして女御殿の女房の中へ
申おくりける
月はれて雪ふる雲のうへはいかに
通定左衛門ノ陣(ちん)のかたへたづねまいりてこのよしを
申ければはやく返事を申さるべきよしを殿下仰
られければ
たちかへるへき心地こそせね
【160】長寛の比六/角(かく)左衛門ノ督(かみ)家通(いへみち)中将にて侍りけるに
仰られて承香殿の梅をおらせられて中宮の
御かたへまいらせられて内侍にたまはせけりゆきて
みねとおりてみるよしを申へしと仰られけれは則も
て参てそのよしを申けれは返し
色もかもえならぬ梅の花なれや
家通朝臣かへり参て此よしを奏しければやかて御
かへしつかうまつるべき由おほせられければ
にほひは千代もかはらさらなん
【161】永万元年九月十四日五更におよびて頭亮(とうのすけ)の書札
とてかみやがみ【紙屋紙】にたてふみたる文を頭(とうの)中将/家通(いへみち)
朝臣のもとへもて来りけりひらきて見れは紅の薄
【柱】古今巻五 〇十三
【柱】古今巻五 〇十三
葉(よう)に歌を書たり
名にたかきすきぬるよはにてりまさる
こよひの月を君はみしとや
筑前(ちくせんの)内侍/伊与内侍(いよのないし)などのしはざにや其使返事を
とらてにげかへらんとしけるを侍どもさとりて門を
さしていださずやがて紅のうすやうにかへしを書て
たまはせける
いかてかはふせやにとてもくまもなき
こよひの月をなかめさるへき
かくなんかきてもとのことくかみやがみにたてぶみで
使にかへしたびて月をも御覧ぜて御よるなれば
此御ふみまいらするにおよはすもし兼(かね)事ならば
あすもてまいれといはせてかへしければ使しふるけし
きながらもて帰りけりいと興有ことなりし
【162】同御時の事にやいろはの連歌(れんか)ありけるにたれと
かやか句に
うれしかるらん千秋万歳
としたりけるに此/次句(つきのく)にゐもじにやつくべきにて
侍るゆゝしき難句(なんく)にて人々あんじわづらひたり
けるに小侍従(こじじふ)つけける
【柱】古今巻五 〇十四
【柱】古今巻五 〇十四
ゐはこよひあすは子日とかそへつゝ
家隆(かりう)卿の家にてこの連歌侍けるに
ぬれにけり塩くむあまのふち衣
大進/将監貞慶(しやうげんさたとし)といふ小さぶらひつけ侍ける
るきゆく風にほしてげるかな
人々どよみてるき行風をわらひければさも候はず
とよぬもじのつぎはふもじにて候へばかくつかうま
つり候なにの難(なん)か候べきとちんじたりけるに
いよ〳〵わらひけり小侍従がもときの句といひ
つへし
【163】馬ノ助/敦頼(あつより)出家の後すなはち大納言/実(さね)国のもと
へまうでたりけるに大きに書付られ侍ける
紫(むらさき)の雲にちかつくはし鷹(たか)は
そりてわかはにみゆるなりけり
返し道/因(ゐん)法師
はし鷹のわかはにみゆときくにこそ
そりはてつるはうれしかりけれ
【164】祭主(さいしゆ)神祇/伯(はく)親定(ちかさた)伊勢国いはてといふ所に堂を立
て瞻西(せんさい)上人を請(しやう)じて供養をとげけり其/布施(ふせ)にて
そ雲居寺(うんこし)をは造畢(さうひつ)せられけるかの上人歌をこの
【柱】古今巻五 〇十五
【柱】古今巻五 〇十五
まれければ時の歌よみつねによりあひて和歌の会
有けり和歌の曼陀羅(まんたら)を図絵(づゑ)して過去(くわこ)七仏を書奉
又三十六人の名字を書あらはせり又/諸悪莫作衆善(しよあくまくさしゆぜん)
奉行(ふぎやう)の文(もん)を銘(めい)にかゝれたり色紙/形(がた)あり義房(よしふさ)公清
書し給ひけるまた件/曼陀羅(まんたら)は本寺の重宝(てうはう)にて
あるへきをいかなりけることにか神祇副(じんぎのすけ)親仲(ちかなか)造宮(ざうくう)
之時/子息(しそく)土佐ノ権ノ守/親経(ちかつね)が本よりきたれりけるを
銭二十貫にて買止(かひとめ)てげり相伝して親守(ちかもり)入道か本(もと)
に有建長元年九月外宮/遷宮(せんぐう)に予/参向(さんかう)の時この
曼陀羅をこひ出しておがみ奉りて記之なり
【165】嘉応二年十月九日道/因(いん)法師人々をすゝめて住吉社
にて歌合しけるに後徳大寺左大臣前大納言にておは
しけるが此歌をよみ給ふとて社頭月(しやとうのつき)といふことを
ふりにける松物いはゞとひてまし
むかしもかくや住の江の月
かくなんよみ給けるを判者/俊成(としなり)卿ことに感(かん)しけり
よの人々もほめのゝしりける程に其比彼/家領(いへのりやう)筑(つく)
紫(し)瀬高(せたか)の庄(せう)の年/貢(ぐ)つみたりける船摂津/国(くに)に入
んとしける時悪風にあひて既(すてに)入海せんとしける時
いづくよりか来りけん翁(おきな)壱人出きてこぎなをして
【柱】古今巻五 〇十六
【柱】古今巻五 〇十六
別(べつ)事なかりけり舟人あやしみ思ふ程におきなの
いひけるは松物いはゞの御句面白う候て此辺にすみ
侍る翁の参つると申せといひてうせにけり住吉
大明神の彼歌を感(かん)せさせ給ひて御体をあらはし
給ひけるにやふしきにあらたなる事かな
[166]同弐年此歌合の事を廣田(ひろた)大明神/海(かい)上よりうら
やませ給よし両三人おなしやうに夢に見奉りけり
道因そのよしを聞て又人々の歌をこひて合けり題(だいは)
社頭ノ雪海上の眺望(てうもう)述懐(しゆつくわひ)かくそ有ける是も俊成(としなり)卿
判しけり述懐の歌に二條中納言/実綱(さねつな)卿左大弁
のとき宰相/教長(のりなか)入道につかひて
位山のほれはくたるわか身かな
もかみ川こく舟ならなくに
彼卿四位五位の間/顕要職(けんようしよく)をへず舎弟弐人にこえら
れて沈淪(ちんりん)せられけるか仁安元年十一月八日蔵人頭に
補(ふ)して同弐年二月十一日参議に任し右大弁を兼(けん)ず同
三年八月四日従三位に叙(じよ)す嘉応二年十八日左大臣
に転(てん)ず昔の沈淪の恨(うらみ)も散(さん)する程にかく打つゝき
昇進(せうしん)せられたるに此歌よまれたるはいかに思はれたる
にかかゝる程に同三年正月六日宰【實ヵ】守中納言宰相
【柱】古今巻五 〇十七
【柱】古今巻五 〇十七
中将にておはしけるか坊官/賞(しやう)にて正三位せられける
に左大弁/越(こへ)られにけり此歌の故にやと時の人沙汰し
けるとぞ誠に詩歌の道は能々思てすべきこと也
むかしもかやうのためしおほく侍にや同歌合に社頭ノ
雪を女房佐よみ侍ける
今朝(けさ)見れは浜のみなみのみやつくり
あらためてけり夜半のしら雪
この後又/浜(はまの)南ノ宮/焼(やけ)給にけりこれも歌の徴(しるし)にや
彼/実綱(さねつな)中納言はおとうとの実房(さねふさ)実国なとに
越給ひけるときは
いかなれはわかひとつらのみたるらん
うらやましきは秋のかりきぬ
かやうによみ給ひけるいとやさしくて恨はさこそ
ふかゝりけめとも誠信(せいしん)の舎弟/斎信(たゝのぶ)に越られて目の
まへに悪趣(あくしゆ)の報(ほう)をかため給ひけるにはにすや
【167】伊通公の参議の時大治五年十月五日の除目(ぢもく)に参儀
四人/師頼(もろより)長実/宗輔(むねすけ)師時等中納言に任(にん)す是みな
位次の上/臈(ろう)なりといへとも伊通(これみち)その恨にたへす
宰相右兵衛督中宮太夫三のつかさを辞(じ)して檳(び)
榔毛(ろうげ)の車を大宮おもてにひきいでてやぶりたき
【柱】古今巻五 〇十八
【柱】古今巻五 〇十八
て後/褐(くつ)【かちヵかつヵ】水干(すいかん)にさよみの袴(はかま)きて馬に乗て神崎(かんざき)の
君がもとへおはしけり今はつかさもなきいだつら物
になれるよし也又年ごろかりおかれたりける蒔(まき)絵
の弓を中院入道右府のもとへかへしやるとて
八年まて手ならしたりし梓弓
かへるをみてもねはなかれける
返し
なにかそれ思すつへき梓弓
又ひきかへすおりもありけん
かゝりければ此返事歌のごとく程なく長承弐年
【挿絵】
【柱】古今巻五ノ 〇又十八
【柱】古今巻五ノ 〇又十八
【挿絵】
九月に前ノ参儀より中納言になられにけり宇治大納
言/隆(たか)国前中納言より大納言になられける例(れい)とて
其後打つゞき昇進(せうしん)して太政大臣までのぼり給にき
是は世も今少あがり人も才能(さいのう)いみじかりける故なり
かやうのためしはまれ事なれはいまのうちあるたぐひ
学びがたし大かたは二条院/讃岐(さぬき)が歌を
うきも猶むかしのゆへとおもはすは
いかにこの世をうらみはてまし
とよめることはりにかなへるにや
【168】御堂ノ関白大井川にて遊覧し給ふ時詩歌の舟を
【柱】古今巻五 〇十九
【柱】古今巻五 〇十九
わかちて各(おの〳〵)堪能(たんのう)の人々をのせられけるに四条大
納言に仰られていはくいつれの舟に乗べきぞやと
大納言いはく和歌の舟にのるべしとてのられける
さてよめる
朝またき嵐の山のさむけれは
ちる紅葉葉をきぬ人そなき
後にいはれけるはいづれの舟に乗べきぞと仰られ
しぞ心おとりせられしが詩の舟に乗て是程の
詩を作たらましかば名をあげてましと後悔(こうくわい)せ
られけり此歌花山院拾遺集をえらばせ給ふとき
紅葉の錦(にしき)とかへて入へきよし仰られけるに大納
言しかるべからざるよし申されけれはもとのまゝにて入にけり
【169】円融(えんゆう)院大井川/逍遥(せうよう)の時/三(みつの)舟にのる者ありけり
帥(そつの)民部卿/経信(つねのぶ)卿又この人におとらざりけり白河院
西河に行幸の時詩歌/管絃(くわんげん)の三の舟をうかべて其
道の人々をわかちてのせられけるに経信卿/遅参(ちさん)の
間ことの外に御けしきあしかりけるにとはかりまたれて
参りけるが三事(さんじ)かねたる人にてみぎわにひさまつき
てやゝいづれの舟にてもよせ候へといはれたりける
時にとりていみじかりけるかくいはんれうに遅参(ちさん)
【柱】古今巻五 〇二十
【柱】古今巻五 〇二十
せられけるとぞさて管絃の舟に乗て詩歌を献(けん)
ぜられたりけり三舟(さんしう)に乗とはこれ也
【170】後三条院住吉に臨幸(りんかう)有ける時に経信卿序代を
奉られけりその歌にいはく
沖つ風吹にけらしな住吉の
松のしづえをあらふしら浪
当座の秀歌也けり彼卿のちに俊頼(としより)朝臣をよびて
いはれけるは古今集にいれる躬恒(みつね)歌に
すみよしの松を秋風ふくからに
声うちそふるおきつしら浪
此歌を任(にんの)大臣の大饗(だいきやう)せん日わか所詠の沖つ風の歌中
山の内に入て史生(ししやう)の饗(きやう)につきなんやと俊頼公此仰
如何彼御歌/全(まつた)くおとるべからす然共古今の歌たるに
よりてかきり有て先任ノ大臣候はんに御作は一の大納言
にて尊者として南/階(かい)よりねり上りて対(たい)座に居
なんとこそ存候へといふ帥(そつ)のいはくさらはさもあり
なんやいかゝ有へきとて感気(かんき)ありけり
【171】能因入道伊与ノ守/実綱(さねつな)に伴(とも)ひて彼国にくだりたりけ
るに夏の始(はじめ)日(ひ)久しくてりて民のなげき浅からざる
に神は和歌にめでさせ給ふもの也心みによみて
【柱】古今巻五 〇二十一
【柱】古今巻五 〇二十一
三島に奉るべき由を国司(こくし)しきりにすゝめけれは
あまの川/苗代(なわしろ)水にせきくだせ
天くたります神ならば神
とよめるをみてぐらにかきて神司(かんつかさ)して申上たりけ
れば炎旱(えんかん)の天俄にくもりわたりて大なる雨ふりて
かれたる稲葉(いなば)をしなべて緑(みどり)にかへりにけり忽に
天災をやはらぐる事唐の貞観の帝の蝗(いなむし)をのめり
ける故/事(じ)もおとらざりけり能因はいたれるすき物
にてありけれは
都をは霞とともにたちしかと
秋風そふく白川の関
とよめるを都に有なから此歌をいださん事念なし
と思ひて人にもしられず久しく籠(こもり)居て色を
くろく日になしてのち陸奥国のかたへ修
行の次によみたりとぞ披露し侍ける【172】待賢(たいけん)門院
の女房に加賀といふ歌よみ有けり
かねてより思しことよふし柴の
こるはかりなるなけきせんとは
といふ歌を年比よみて侍たるをおなしくはさるべき人
にいひちきりて忘られたらんによみたらば集などに
【柱】古今巻五 〇二十二
【柱】古今巻五 〇二十二
入たらんおもても優(ゆう)なるべしと思ひていかゞしたり
けん花/園(その)のおとゞに申そめてけりおもひのことくにや
なりけん此歌を参らせたりければおとゞいみじく
哀(あはれ)におぼしにけりさてかい〴〵しく千載集(せんざいしう)に入に
けりふししばの加賀とぞいひける能因(のふいん)がふる舞
に似たりけるにや
【173】中比なまめきたる女房有けり世中たえ〳〵しかり
けるかみめかたちあいぎやうづきたりけるむすめをなん
もたりける十七八計なりければ是をいかにもしてめやす
きさまならせんと思ひけるかなしさのあまりに八幡へ
むすめともになく〳〵参りて夜もすから御前にて
わか身は今はいかにても候なん此むすめを心やすき
さまにて見せさせ給へと珠(じゆ)数をすりて打なき〳〵
申けるに此/女(むすめ)参つくより母(はゝ)のひざを枕にしておき
もあがらずねたりければ暁(あかつき)がたになりて母申やういか
ばかり思ひたちてかなはぬ心にうちより参つるにケ様【かやう】
に夜もすがら神も哀とおぼしめすばかり申給ふべ
きに思ふ事なげにねたまへるうたてさよとくどきけれ
ば女(むすめ)驚(おとろき)てかなはぬ心地にくるしくといひて
身のうさを中〳〵なにと石清水
【柱】古今巻五 〇二十三
【柱】古今巻五 〇二十三
思ふ心はくみてしるらん
とよみたりければ母もはづかしく成て物もいはずし
て下向する程に七条/朱雀(しゆしやく)の辺にて世中にときめき
給ふ雲客(うんかく)かつらよりあそひて帰給ふが此むすめを取
て車に乗てやがて北方(きたのかた)にして始終いみじかりけり
大𦬇【大菩薩】この歌を納受(のふじゆ)ありけるにや
【174】和泉式部おとこのかれ〴〵に成ける比/貴布(きぶ)禰に詣(まう)で
たるにほたるのとふを見て
ものおもへは沢のほたるも我身より
あくかれいつる玉かとそみる
とよめりければ御社の内に忍たる御声にて
おく山にたきりておつる滝つ瀬の
玉ちるはかりものなおもひそ
其しるしありけるとぞ
【175】同式部が女小式部内侍この世ならずわづらひけり限に
なりて人の顔なども見しらぬ程に成てふしたり
ければいつみ式部かたはらにそひゐてひたゐをおさへ
て泣けるに目をわつかに見あけて母がかほを
つく〳〵とみていきのしたに
いかにせん行へきかたもおもほえす
【柱】古今巻五 〇二十四
【柱】古今巻五 〇二十四
親にさきたつみちをしらねは
とよはりはてたるこゑにていひけれは天井のうへに
あくびさしてやあらんとおほゆる声にてあら哀と
いひてげり扨身のあたゝかさもさめてよろしくなり
てけり
【176】江/擧周(たかちか)和泉の任(にん)さりて後病をもかりけり住吉の御
たゝりのよしを聞て母/赤染(あかそめの)衛門《割書:大隅守源時用|女或順女云々》
かはらんといのる命はをしからて
さてもわかれんことそかなしき
とよみ【「てみ」脱字ヵ】てくら【幣(みてぐら)】に書て彼社に奉たりけれは其夜
の夢に白髪(はくはつ)の老翁(らうをう)ありてこの幣(へい)をとると見て
病いえぬ
【177】鳥羽法皇の女房に小大進(こだいしん)といふ歌よみ有けるが
待賢(たいけん)門院の御方に御衣(ぎよゐ)一/重(かさね)うせたりけるをおひて
北野にこもりて祭文(さいもん)かきてまもられけるに三日と
いふに神水(じんずい)をうちこぼしたりけれは検非違使(けひいし)これ
に過たる失やあるへきいて給へと申けるを小大進
泣々(なく〳〵)申やうおほやけの中のわたくしと申はこれなり今
三日のいとまをたべそれにしるしなくはわれをぐしていで
給へと打なきて申ければ検非違使(けひいし)も哀に覚て
【柱】古今巻五 〇二十五
【柱】古今巻五 〇二十五
のべたりける程に小大進
思ひいつやなき名たつ身はうかりきと
あら人神になりしむかしを
とよみて紅(くれない)の薄様(うすやう)一重にかきて御宝殿(ごほうでん)にをしたり
ける夜法皇の御夢によにけたかくやんことなき翁
の束帯(そくたい)にて御枕にたちてやゝとおとろかしまいらせて
われは北野右近の馬場(はゞ)の神にて侍る目出たき事
の侍る御使給はりてみせ候はんと申給とおほしめして
うちおとろかせ給ひて天神の見へさせ給へるいかなる
事の有そ見て参れとて御/厩(むまや)の御馬に北面(ほくめん)の者を
【挿絵】
【柱】古今巻五ノ 〇又廿五
【柱】古今巻五ノ 〇又廿五
【挿絵】
乗て馳(はせ)よと仰られければ馳参て見るに小大進は
雨しつくと泣て候けり御前に紅の薄様にかきたる
歌をみてこれを取て参るほとにいまだ参もつかぬ
に鳥羽殿の南殿の前にかのうせたる御衣をかつきて
さきをば法師跡をは敷島とて待賢(たいけん)門院のさうし
なりけるものかづきて師子(しゝ)をまいて参りたりける
こそ天神のあらたに歌にめてさせ給たりけると
目出度たうとく侍れ則小大進をはめしけれ共かかる
もんかうをおふも心わろきものにおほしめすやうのあれ
ばこそとやかて仁和寺なる所にこもりゐてけり力(ちから)を
【柱】古今巻五 〇二十六
【柱】古今巻五 〇二十六
も入ずしてと古今集の序にかゝれたるはこれらの
たくひにや侍らん
【178】元永元年六月十日修理太夫/顕季(あきすへ)卿六条東洞院/亭(てい)
にて柿下(かきのもとの)太夫人丸/供(く)をおこなひけりくだんの人丸
の影(えい)兼房(かねふさ)朝臣あたらしく夢みて図絵する也左の手
に紙をとり右の手に筆をとつてとし六旬(しゆん)はかり
の人なりそのうへに讃(さん)をかく
柿下朝臣人麿/画讃(グハサン)一首《割書:并》序
太夫/姓(セイハ)柿 ̄ノ下名人麿/蓋(ケダシ)上世之歌人也/仕(ツカヘ)_二持統文
武之/聖朝(セイテウニ)_一遇(アフ)_二新田高市之/皇子(ミコニ)_一吉野山之春風 ̄ハ従_二
仙駕(センカ)_一而(シテ)献(ケンシ)_レ寿(コトフキヲ)明石 ̄ノ浦之秋霧 ̄ハ思_二 ̄フ扁舟(へンシウ)_一而瀝_レ調(シラベ)誠
是六義之/秀逸(シウイツ)万代之/美(ビ)談(ダンタル)者歟/方今(マサニイマ)依_レ重(ヲモンスルニ)_二幽(ユウ)
玄(ケン)之古篇_一 ̄ヲ聊(イサカ)【イサヽカヵ】伝(ツタヘ)_二後素(コウソ)之(ノ)新様_一 ̄ヲ因(ヨツテ)_レ有_レ ̄ルニ所_レ ̄ロニ感(カンスル)乃 ̄チ作_レ ̄ル讃(サン)
焉其 ̄ノ詞(コトハ)
和歌之仙/受(ウク)_二性(セイヲ)于天其 ̄ノ才/卓(タク)尓(ジタリ)【爾】其 ̄ノ余【諸本「鋒」】森(シン)然(センタル)
三十一字/調(シラベノ)花/露(ツユ)鮮(アサヤカ也)四百/余歳(ヨサイ)来(ライ)葉(ヨウ)風(フウ)伝(ツタフ)
斯 ̄ノ道 ̄ノ宗匠我朝 ̄ノ前賢/温(タツネテ)而無_レ ̄シ滓(カス)鑚(キレトモ)_レ之 ̄ヲ弥/堅(カタシ)
鳳毛(ホウモウ)美/景(ケイ)麟角(リンカク)猶(ナヲ)専 ̄ラ既(スデニ)謂(イ)独歩(トクホ)誰 ̄カ敢(アヘテ)比(ナラヘ)_レ肩(カタヲ)
ほの〳〵とあかしの浦の朝きりに
島かくれゆく舟おしそおもふ
【柱】古今巻五 〇二十七
【柱】古今巻五 〇二十七
此讃/兼日(けんしつ)に敦光(あつみつ)朝臣つくりて前ノ兵衛佐/顕仲(あきなか)朝臣
清書しけり当日/影(えい)の前に机(つくへ)をたてゝ飯(いひ)一/坏(つき)菓子
やう〳〵の魚鳥等をすへたり但ものにてつくりて実(しつの)物に
はあらす前ノ木工ノ頭俊頼朝臣加賀守/顕輔(あきすけ)朝臣前兵衛
佐/顕仲(あきなか)朝臣大学ノ頭/敦光(あつみつ)朝臣少納言云/宗兼(むねかね)前和泉/道(みち)
経(つね)安藝(あき)守/為忠(ためたゝ)等也次に饗膳(きやうせん)をすゆ次桐【柿ヵ】下/初献(しよけん)詩(し)
人等/鸚鵡(をふむ)の盃(はい)小/銚子(てうし)をもちて簀子敷(すのこしき)に候けり
亭主(ていしゆ)《割書:顕季卿》申されけるは初/献(こん)は和歌の宗匠(そうしやう)つとめ
らるへし満座(まんざ)一同しけれは俊頼(としより)朝臣座をたちて
影前にすゝむ顕輔(あきすけ)盃(はい)をとりて人丸の前に置/道経(みちつね)
小銚子をとりて盃に入て机(つくへ)のうへにおく各座に
かへりつきて勧盃(くわんはい)あり二献の程に式部少輔/行盛(ゆきもり)
来くはゝる右中将/雅定(まささた)朝臣又来られり亭主の云
先人丸の讃(さん)を講すへきなり人々所存不同亭主
猶/讃(さん)を前に講ずへきよし申されければ机(つくへ)のまへに
文台(ふんだい)を置て円座をしく件/讃(さん)を白唐紙二枚に
書たり右兵衛督又来らる讃をひらきて文台に
置て是を講せらる次に和歌を講す題云水風
晩(くれに)来/敦光(あつみつ)朝臣/朗詠(らうえい)をいたす新豊色云々次に
亭主同句を出す又詠吟せられて云/保(ほ)能(の)々々(〳〵)
【柱】古今巻五 〇二十八
【柱】古今巻五 〇二十八
と明石浦の朝/霧(きり)に次/敦光(あつみつ)朝臣詠吟して云く
多(た)能(の)免(め)津ゝ不/来(ぬ)夜(よ)数多(あまた)尓(に)衆人興に入て各
後会(こうくわい)を約(やく)しけり
夏日於_二 ̄テ三品/将(シヤウ)作(サク)大匠 ̄ノ水閣(スイカクニ)_一詠_二 ̄ス水風
晩来_一 ̄ト《割書:云》 ̄コトヲ
和歌一首《割書:并》序 大学頭敦光
我朝 ̄ノ風俗和歌/為(ス)_レ本 ̄ト生(ナリテ)_二於/志(コヽロサシニ)_一形(アラハル)_二於言_一記_二 ̄シ一
事_一 ̄ヲ詠_二 ̄ス一物_一 ̄ヲ誠 ̄ニ為(ナ?ス?)_レ諭(タトヘヲ)之/端(ハシ)長(スクル)者(モノハ)君臣 ̄ノ之/美(ビナリ)是 ̄ヲ
以 ̄テ将作大匠/毎(ツネニ)属(シヨクシ)_二覲(キン)天 ̄ノ之/余閑(ヨカンニ)_一凝(コラス)_二詞 ̄ノ露 ̄ヲ於
六義_一 ̄ニ叶_二 ̄フ賞心_一 ̄ニ者(モノ)花鳥草/虫(チウノ)之/逸(イツ)興(ケウナリ)応嘉 ̄ノ招(マネキ)
者/香衫(カサン)細馬(サイバノ)之/群(クン)英(フ?)今日 ̄ノ会/遇(グウハ)只是 ̄レ一/揆(キ)
方(マサニ)今流水/当(アタツテ)_レ夏 ̄ニ兮/冷(レイ?)風(フウ)迎(ムカヘ)兮/来(キタル)■(テウ)【辶+蔦。諸本「蘆」】葉/戦(キソヒテ)以
凄々(セイ〳〵タリ)渚(ショ)煙(エン)漸(ヤウヤク)暗(?)杉(サン)標(ヒヤウ)動(ウコイテ)以 ̄テ颯(サツ)々(〳〵) ̄タリ沙(イサコノ)月初 ̄テ明 ̄カニ
情(セイ)感不_レ尽(ツキ)聊(イサヽカ)而詠吟 ̄ス其 ̄ノ詞 ̄ハニ曰 ̄ク
風ふけは浪とや秋のたちぬらん
みきはすゝしきなつの夕くれ
於_二 ̄テ柿下太夫影前 ̄ニ詠_二 ̄ス水風晩来 ̄ト《割書:云》 ̄コトヲ和歌
修理太夫/顕季(アキスヘ)
夕つくよむすふいつみもなけれとも
志賀の浦風すゝしかりけり
【柱】古今巻五 〇二十九
【柱】古今巻五 〇二十九
右兵衛督/実行(さねゆき)
おほぬさや夕浪たつる風ふけは
またきに秋といはれのゝ池
内蔵頭/長実(なかさね)
夕されは河風すゝし水の上に
浪ならねとも秋やたつらん
右馬頭/経忠(つねたゝ)
槙(まき)なかすあなしの河に風吹て
此夕くれそ浪さやにたつ
右近中将/雅定(まささた)
夕まくれなにはほり江に風吹は
あしの下葉そ浪におらるゝ
源ノ俊頼(としより)
夕日さす野守のかゝみかひもなく
ふれけるかせにかけしそはねは
中務権太輔/顕輔(あきすけ)
またきより秋はたつたの川風の
すゝしきくれに思ひしられぬ
散位(さんい)道経(みちつね)
手にむすふいさらおかはのまし水に
【柱】古今巻五 〇三十
【柱】古今巻五 〇三十
たもとすゝしく夕かせそふく
式部少輔/行盛(ゆきもり)
水のあやをふきくる風の夕月よ
浪のたつなる衣かさなん
散位/顕仲(あきなか)
夕されはなつみの川をこす風の
すゝしきにこそ秋もまたれす
少納言宗/兼(かね)
谷河の北よりかせのふきくれは
きしも浪こそすゝしかりけ【「せ」は誤字ヵ】れ
皇后宮少進藤原為忠
あかねさすひのくま河の夕陰に
瀬々ふくかせは秋そきにける
【179】昔夫婦あひ思ひて住けり男いくさにしたがひ
てとをく行に其妻おさなき子をぐして武昌(ぶしやう)の
北の山まておくる男の行を見てかなしみたてり
男かへらず成ぬ女其子を負(をふ)てたちながら死ぬる
に化(くは)して石となれり其かたち人の子を負てたゝ
るかことし是によりて此山を望夫山(ぼうふさん)と名付其石
を望夫/石(せき)といへりくはしくは幽明禄に見へたり
【柱】古今巻五 〇三十一
【柱】古今巻五 〇三十一
しらゝといふものかたりにしらゝの姫公男の少将のむ
かへにこんと契りて遅(をそ)かりしをまつとてよめると有
は此こゝろなり
たのめつゝきかたき人をまつほとに
石にわか身そなりはてぬへき
【180】我国の松浦佐夜姫といふは大/伴(ともの)狭手麿(さてまろ)が女(むすめ)也
おとこみかとの御使に唐へわたるにすでに舟に乗て
行時其わかれをおしみてたかき山のみねにのほりて
はるかにはなれゆくを見るにかなしひにたへすして
頭巾(ひれ)をぬぎてまねく見るもの涙をなかしけりそれ
より此山を頭巾摩(ひれふる)のみねといふ此山肥前国に有
松浦明神とて今におはしますかのさよ姫のなれる
といひつたへたり此山を松浦山といふ磯(いそ)をは松浦かた
ともいふ也万葉にその心の歌あり
とをつ人まつらさよひめつまとひに
ひれふりしよりおつる山の名
【181】昔大納言なりける人のみかどに奉らんとてかじつき
ける女をうどねりなるものぬすみてみちの国
にいにけりあさかの郡あさか山に庵/結(むすび)て住ける
程に男外へ行たりける間に立出て山の井に
【柱】古今巻五 〇三十二
【柱】古今巻五 〇三十二
かたちをうつして見るにありしにもあらず成にける
かけをはぢて
朝香(あさか)山/影(かけ)さへ見ゆる山の井の
あさくは人をおもふものかは
と木に書付てみづからはかなくなりにけりと
やまと物かたりにしるせり
【182】小野小町かわかくて色を好し時もてなし有様
たぐひなかりけり壮衰(さうすい)記といふ物には三皇五帝の
妃にも漢王周公の妻もいまだ此おこりをなさす
とかきたりければ衣には錦繍(きんしう)のたぐひを重(かさ)ね
食には海陸(かいりく)の珍をとゝのえ身には蘭麝(らんじや)を薫(くん)じ
口には和歌を詠してよろつの男をばいやしくのみ
思ひくだし女御(にようご)后(きさき)に心をかけたりし程に十七にて母
をうしなひ十九にて父におくれ廿一にて兄にわかれ
廿三にておとゝをさきたてしかは単孤無類(たんこむるい)のひとり
人に成てたのむかたなかりきいみじかりつるさかへ日
ことにおとろえ花やかなりし㒵(かたち)とし〴〵にすたれつゝ
心をかけたるたぐひもうとくのみなりしかば家は破(やぶれ)て
月ばかり空くすみ庭はあれてよもぎのみ徒に
しけしかくまで成にければ文屋康秀(ふんやのやすひで)が参河の
【柱】古今巻五 〇三十三
【柱】古今巻五 〇三十三
掾(せう)にてくたりけるにさそはれて
わひぬれは身を浮(うき)草のねをたえて
さそふ水あらはいなんとそおもふ
とよみて次第におちぶれ行ほどにはてには野山に
ぞさそらひける人間の有様これにて知るへし
【183】和泉式部/保昌(やすまさ)が妻にて丹後に下ける程に京に
歌合ありけるに小式部内侍歌よみにとられてよみ
けるを定頼の中納言たはふれに小式部の内侍に
丹後へつかはしける人は参りにたるやといひ入て局
のまへを過られけるを小式部内侍/御簾(みす)よりなかば
いでゝなをしの袖をひかへて
おほへ山いくのゝみちのとをけれは
またふみもみすあまのはしたて
とよみかけけり思はずにあさましくこはいかにとはかり【計】
いひてかへしにもおよはず袖をひきはなちてにげ
られにけり小式部是より歌よみの世におほへいてき
にけり
【184】匡房(まさふさ)卿わかゝりける時蔵人にて内裏によろほひあり
きけるをさる博士(はかせ)なれば女房/達(たち)あなづりてみす
のきはによびてこれひき給へとて和琴(わごん)をおし出し
【柱】古今巻五 〇三十四
【柱】古今巻五 〇三十四
たりけれは匡房よみける
あふ坂のせきのあなたもまた見ねは
あつまのことはしられさりけり
女房達かへしえせでやみにけり
【185】伏見修理太夫/俊綱(としつな)家にて人々水上月といふことを
よみけるに田舎よりのぼりたる兵士(へいしの)中門の辺にて
これを聞て青侍をよひて今夜の題をこそつかう
まつりて候へとて
水や空そらや水とも見へわかす
かよひてすめる秋のよの月
侍(さふらひ)このよしをひろうしけれは大に感じあへりその
夜これほとの歌なかりけり
同人/播磨(はりまの)国へ下りけるに高砂にて名【書陵部蔵本「各」】歌読ける
に大宮先生義といふものが歌に
我のみと思ひこしかとたかさこの
尾上の松もまたたけ【書陵部蔵本「て」】りけり
人々感じあへり良暹(りやうぜん)其所にありけるが女/牛(うし)に
腹つかれぬるかなといひけり
【186】ある人の家に入てものこひける法師に女の琴(こと)
ひきてゐたるかこのねをけふの布施(ふせ)にてかへり
【柱】古今巻五 〇三十五
【柱】古今巻五 〇三十五
ねといひけれはよめる
ことゝいはゝあるしなからもえてしかな
ねはしらねともひきこゝろみん
此/乞者(こつしや)は三形(さんぎやう)の沙弥なりとある人いひけり【187】中納言
通俊卿の子に世尊寺/阿闍梨(あじやり)仁俊(にんじゆん)とて顕密(けんみつ)智
法にてたうとき人おはしけり鳥羽院にさふらひ
ける女房仁俊は女こゝろあるものゝそらひじり
たつるなど申けるを阿闍梨かへり聞て口おしく
思ひて北野に参籠(さんろう)して此はぢすゝぎ給へとて
あはれとも神〳〵ならは思ひしれ
人こそ人のみちをたつとも
と読(よみ)たりければかの女房あかきはかまばかりをきて手
に錫杖(しやくでう)をもちて仁俊にそらごといひ付たる報(むくい)よ
とて院の御前に参て舞くるひければあさましと
覚しめして北野より仁俊をめし出て見せられけれは
神/因(をん)【書陵部蔵本「恩」】のあらたなることに涙をながして一たひ慈救(じくの)呪(じゆ)【咒】
をよみてければ女房本の心地になりにけり院
いみじく思召てうすゞみといふ御馬をたびてげり
【188】天暦の御時月次御屏風の歌に擣衣(とうい)【左ルビ「キヌタ」】の所に兼盛(かねもり)
詠て云
【柱】古今巻五 〇三十六
【柱】古今巻五 〇三十六
秋ふかき雲井の鳫のこゑすなり
衣うつへきときや来ぬらん
紀(きの)時文件ノ色紙形をかく時筆をおさへていはく衣うつ
を見てうつべき時やきぬらんと詠するいかゞ兼盛(かねもり)に
やがてたづねらるゝ所に申ていはく貫之(つらゆき)が延喜御時
同屏風に駒/迎(むかへ)の所に
逢坂の関のし水にかけ見へて
いまやひくらん望(もち)月の駒(こま)
と詠す此難ありやいかゞ時文(ときふん)口をとづしかも時文は
貫之が子にてかくなんそしりける弥々あさかりけり
【189】左京ノ太夫/顕輔(あきすけ)新院に参たりけるに百首よむやう
はならひたるかと仰ごとありければならひたる
事候はす顕季(あきすへ)も教(をし)へ候はすと申ければまことや百首
にはおなし五文字の句(く)をばよまさるなるはととはせ
給ひけれは顕輔いかゝ候はん百首迄よむものにて候
へはよみもやし候覧【さふらふらん】と申ければ公行がよまぬよしを申
也と仰こと有ければ顕輔かへり堀川院御百首をひきて
見るに春宮(とうくうの)太夫公実卿歌に薄刈萱の両題に秋風
といふ第一句さしならびて有ければ両首をたとう紙
にかきて九月十三夜の御会にもいちて参て公行卿に
【柱】古今巻五 〇三十七
【柱】古今巻五 〇三十七
これ御覧候へといひたりければ閉(へい)【閇】口せられにけり公行
は公実の孫なり用意あるべきことにや
【190】花園(はなその)左大臣家に始て参りたりける侍の名(めい)薄(はく)【書陵部蔵本「簿」】のはし
かきに能(のふ)は歌よみと書たりけりおとゞ秋のはじめに
南殿に出てはたをりのなくを愛しておはしましける
に暮けれは下格子(したかうし)に人まいれと仰られけるに蔵人
五位たかひて人も候はぬと申て此侍参たるにたゝさ
らは汝おろせと仰られければ参たるに汝は歌読
なと有ければかしこまりて御格子(みかうし)おろしさして候に
此はたをりをばきくや一首つかうまつれと仰られけ
ればあをやぎのとはじめの句を申出したるをさぶら
ひける女房達折にあはずと思ひたりげにてわらひ出し
たりければ物を聞はてずしてわらふやうあると仰られ
てとくつかうまつれとありければ
あをやきのみとりの糸をくりおきて
夏へて秋ははたをりそなく
とよみたりければおとゞ感し給て萩(はぎ)おりたる御
ひたゝれおし出して給はせけり
寛平歌合にはつ鳫(かり)を友則(とものり)
春かすみかすみていにしかりかねは
【柱】古今巻五 〇三十八
【柱】古今巻五 〇三十八
今そなくなる秋霧の上に
とよめる左方にて有けるに五文字を詠したりける時
右方の人こゑ〳〵にわらひけるさて次句に霞ていにし
といふけるにこそをともせすなりにけれおなし
事にや
【191】公任(きんとう)卿家にて三月/尽(じん)の夜人々あつめて暮ぬ
る春をおしむ心の歌よみけるに長/能(のふ)
心うき年にもあるかなはつかあまり
こゝぬかといふに春のくれぬる
大納言うちきゝて思もあへす春は卅日やはあるといはれた
りけるを聞て長能/披講(ひかう)をも聞はてすいにけり人
をつかはしたりければ悦て承り候ぬ此病は去年の
三月/尽(じん)に春は卅日(みそか)やはあると仰られしに心うき
事かなと承しに病に成て其後いかにもものゝく
はれ侍らざりしよりかく罷成て侍也と申けりさて
又の日うせにけり大納言ことの外なげかれけり是
はさうなく難ぜられたりける故にや
【192】別当/惟方(これかた)卿は二条院の御めのとにて世におもく聞
へけるがあしく振舞(ふるまひ)けるによりて後白河院御いき
どをりふかゝりければ出家して配所(はいしよ)へおもむかれけり
【柱】古今巻五 〇三十九
【柱】古今巻五 〇三十九
其後同じくながされし人人々ゆるされけれとも身
独(ひとり)は猶うかびがたきよしをつたへ聞て
この瀬にもしつむときけは涙川
なかれしよりもぬるゝ袖かな
とよみて故郷へおくられたりけるを法皇伝へ聞召
て御心やよはりけんさしも罪(つみ)ふかく覚しめしける
に此歌によりて召かへされけるとかや
【193】後鳥羽院御時/定家(ていか)卿殿上人にておはしける時いか
なる事にか勅勘(ちよくかん)によりてこもりゐられたりける
があからさまと思ひけるに其年も空しく暮にけれは
父/俊成(としなり)卿此事をなけきてかくよみつゝ職(しき)事に付
たりけり
あしたづの雲井にまよふ年くれて
かすみをさへやへたてはつへき
職事此歌を奏聞(そうもん)せられけれは御感(ぎよかん)ありて定長
朝臣に仰てぞ御返事有けり
あしたつは雲井をさしてかへるなり
けふ大空のはるゝけしきに
やがて殿上の出仕ゆるされにけり
【194】壬生(みふの)二位/家隆(かりう)卿八十にて天王寺にておはり給
【柱】古今巻五 〇四十
【柱】古今巻五 〇四十
ける時七首の歌をよみて廻向(ゑかう)せられける臨終(りんしう)正
念にて甚(ちん)【左ルビ「ハナハタ」。書陵部蔵本「其」】志(し)【左ルビ「コヽロサシ」】むなしからざりけりかの七首の内に
契あれはなにはの里にやとりきて
浪のいりひをおかみけるかな
【195】宗家大納言とて神楽(かくら)催馬楽(さいばら)うたひてやさしく
神さびたる人おはしき北方は後白河法皇の女房
右衛門佐と申ける宗経の中将を産(うみ)などして後かれ
〴〵になりてとをざかり給けるに
あふことのたへはいのちのたえなむと
思ひしかともあられける身を
とよみてやられたりければ返事はなくて車を
つかはしてむかへとりて又とし比になりけるもや
さしくこそ
【196】徳大寺右大臣うちまかせてはいひ出かたかりける
女房のもとへ師子(しゝ)のかたをつくれりける茶碗(ちやわん)の
枕を奉るとてうすやうのなかへをやりて此歌を書
て思ひかけぬはさまにかへしていれられたりける
わひつゝはなれたに君にとこなれよ
かはさぬよはの枕なりとも
女房此枕たゝにはあらしとてとかくして此歌を求いだ
【柱】古今巻五 〇四十一
【柱】古今巻五 〇四十一
されけるいみしく色ふかしこれらは歌をつかはし
て心中をあらはせるなり
【197】参河(みかわの)守/定基(さたもと)心ざしふかゝりける女のはかなく成に
ければ世をうき物に思ひ入たりけるに五月の雨はれ
やらぬ比ことよろしき女のいたうやつれたりけるが
かゝみをうりてきたれるをとりてみるにそのかゝみの
つゝみ紙にかける
けふのみと見るになみたのますかゝみ
なれにしかけを人にかたるな
是を見るに涙とゝまらずかゝみをばかへしとらせてさま〴〵
にあはれひけり道心も弥思ひさためけるは此事に
よれり出家の後/寂照(じやくせう)上人とて入唐(につとう)しけるかしこにて
は円通(えんづう)大師とそいはれける清涼山(せいりやうさん)のふもとにて
つゐに往生の素懐(そくわい)をとけられけり
【198】醍醐(だいご)の桜会(さくらゑ)に童舞(どうぶ)面白き年ありける源運(げんうん)と
いふ僧その時少将とてみめもすくれて舞もかたへ
にまさりてみへけるを宇治の宗順(そうじゆん)阿闍梨(あじやり)見て思ひ
あまりけるにやあくる日少将公のもとへいひやりける
昨日見しすかたの池に袖ぬれて
しほりかねぬといかてしらせん
【柱】古今巻五 〇四十二
【柱】古今巻五 〇四十二
少将公返事
あまたみしすかたの池のかけなれは
たれゆへしほるたもとなるらん
といへりける時にとりてやさしかりけり中院僧正見物し
給ひけるがこれを聞ていみじと思ひしめて同入
道右府に対面(たいめん)し給けるつゐてに此事をかたり出
給てやさしくこそおほへ侍しかと有けれは入道殿
歌はおほへさせ給はしとの給ひけるをそればかりはなと
かとて少将公かもとへ宗順阿闍梨つかはし侍【衍字ヵ】侍し昨日
みしにこそ袖はぬれしかとよめるに少将公/荒(くわう)■(りやう)【書陵部蔵本「荒涼」】
にこそぬれけれとぞ返して侍しとかたり給けるに
堪(たへ)がたくおかしくおほしけれとさはかりのいき仏の念
比にいひ出給けることなれは忍ひ給けるなんすぢなく
おはしけり和歌の道は顕密(けんみつ)知法にもよらさりけりと
中〳〵いとたうとし昔の遍照(へんぜう)今の覚忠(かくちう)慈円(じえん)なとには
似たまはざりけるにや
【199】亭子(ていじ)院/鳥養(てうやう)院にて御遊有けるにとりかひといふ
ことを人々によませられけるにあそびあまた集(あつま)れ
り其中に歌よくうたひて声よきものゝ有けるを
とはるゝに丹後守/玉渕(たまぶち)が女(ムスメ)白女(シロメ)となん申けるみかど
【柱】古今巻五 〇四十三
【柱】古今巻五 〇四十三
御舟めしよせて玉渕は詩歌にたくみなりしもの
也其女ならば此歌よむべしさらばまことゝおぼしめす
べきよし仰らるゝに程へずよみける
ふかみとりかひあるはるにあふときは
かすみならねと立のほりけり
みかとほめあはれひ給て御うちき一重給はせけり其
外上達部殿上人おの〳〵きぬゝきてかつけられけれは
二間計につみあまりけるとなん
【200】河内ノ重如(しげよし)をば山次郎判官代と申けり其品いやしき
ものなりけるが我より高き女房をおもひかけて
艶書(ゑんしよ)をてづから持て行てんけり
人つてはちりもやするとおもふまに
われがつかひにわれはきつるそ
女めでゝしたがひけり此人河内より夜ごとに住の江
に行て夜をあかしけりいみじきすきものにてぞ
有ける死ぬるとても歌をよみてんげり
たゆみなくこゝろをかくるあみた仏
人やりならぬちかひたかふな
【201】和泉式部忍て稲荷(いなり)へ参けるに田中明神の程に
て時雨(しぐれ)のしけるにいかゞすべきと思ひけるに田かり
【柱】古今巻五 〇四十四
【柱】古今巻五 〇四十四
ける童のあをといふものをかりてきてまいりにけり
下向の程にはれにければ此あをゝかへしとらせてけり
さて次日式部はしのかたをみいだしてゐたりけるに大
やかなる童の文もちてたゝずみけれはあれは何者
ぞといへば此御ふみまいらせ候はんといひてさし置たる
をひろげてみれは
時雨するいなりの山のもみちはゝ
あをかりしより思ひそめてき
と書たりけり式部あはれと思ひて此わらはをよひて
おくへといひてよひ入けるとなん
【202】宇治入道殿にさふらひけるうれしさといふはしたもの
を顕輔卿けざうぜられけるにつれなかりければつか
はしける
われといへはつらくも有かうれしさは
人にしたかふ名にこそありけれ
入道殿きかせ給ひて秀歌に返しなしとくゆけ
とてつかはしけり
【203】承安弐年三月十九日前ノ大宮ノ大進/清輔(きよすけ)朝臣/宝(ほう)
荘厳(しやうごん)院にて和歌の尚(しやう)【左ルビ「タツトブ?」】_レ歯(し)【左ルビ「ヨハヒヲ」】会(くはひ)を行けり七/叟散(そうさん)
位(い)敦頼(あつより)《割書:八十|四》神祇伯顕廣王《割書:七十|八》日吉祢宜成仲/宿(すく)
【柱】古今巻五 〇四十五
【柱】古今巻五 〇四十五
祢《割書:七十|四》式部大輔永範《割書:七十|一》右京権太夫頼政朝臣《割書:六十|九》
清輔朝臣《割書:六十|九》前式部輔維光朝臣《割書:六十|三》清輔朝臣
仮名序(かなじよ)かきたりけり敦頼/衣冠(いくわん)に桜のあつきぬ
三をいたして鳩杖(はとのつえ)をつきて久利皮(くりかは)の沓(くつ)をはきたり
清輔朝臣は布袴(ぬのはかま)をぞきたりける進退(しんたい)の間大弐/重(しけ)
家卿/裾(きよ)をとり皇后宮ノ亮(すけ)季経(すへつね)朝臣/沓(くつ)をはかせけり
両人清輔朝臣か弟なれども座次の上/臈(らう)にて有ける
にこのかみをたうとみてふかく此礼有けり悦にたへず
後日に父/顕輔(あきすけ)卿子孫の中に此道にたえたりとて
清輔朝臣に伝たりける人丸ノ影(えい)破子破(わりごは)を重家(しげいへ)
卿子息中務権太輔経家朝臣にゆづられけり和歌の
文書季経朝臣に譲(ゆづり)てけりすべて尚歯会(しやうしくはひ)おほくは詩(し)
会にこそ侍に和歌はめつらしき事也上古に一度あり
けるよし其時も沙汰有けれ共慥ならぬことにや其日
の日記に侍けるは池の水ちとせ色をたゝへいはの
苔(こけ)万代をへたるけしき也/梢(こずへ)の花おちつきにければ庭
の面(をも)には春なをのこれりとみゆるばかり有て清輔
朝臣誦しける
かそふれはとまらぬものを年といひて
ことしはいたく老そしにける
【楕円印 朱】BnF/MSS
【柱】古今巻五 〇四十六
【柱】古今巻五 〇四十六
又誦云
老ぬとてなとか我身をせめきけん
おひすはけふにあはましものか
宮内のかみ又敦頼こゑをたすけけり敦頼(あつより)主(ぬし)
をしてるやなにはのみづにやく塩の
からくも我はおひにけるかな
又宮内のかみ
かゝみ山いさ立よりて見てゆかん
年経ぬる身は老やしぬると
又清輔朝臣
老らくのこんとしりせは門さして
なしとこたへてあはさらましを
いつれをも人々あひともに誦しけり次に七/叟(そう)の歌
を講(こう)じけり講師(こうじ)成仲の宿祢/読師(とくし)頼政の朝臣也
序者清輔朝臣
ちる花はのちの春ともまたれけり
又もくまじきわかさかりかも
散位藤原敦頼《割書:一座》
まてしはし老木の花にことゝはん
へにけるとしはたれかまされる
【柱】古今巻五 〇四十七
【柱】古今巻五 〇四十七
太常卿/顕廣王(あきひろノわう)
年を経て春のけしきはかはらぬに
わか身はしらぬおきなとそなる
前の石州/別駕(へつかの)祝(はふり)部成仲
なゝそちによつあまるまて見る花の
あかぬはとしはさきやますらん
李部侍郎永範
いとひこしおひこそけふはうれしけれ
いつかはかゝるはるにあふへき
《割書:予為_二 三代之侍読_一廻(スク)_二 七旬之類【「類」は、書陵部蔵本「頽」】齢_一|位昇_二 三品_一 ̄ニ今列_二 ̄シテ七叟_一 ̄ニ故有此句矣》
右京権太夫源頼政
むそちあまり過ぬる春の花ゆへに
なをおしまるゝわかいのいちかな
散位大江維光
年ふりてみさひおふてにしつむ身の
人なみ〳〵にたちいるつかな
垣下(えんかの)座につく人々重家卿季経朝臣盛方仲綱
政平/憲盛(のりもり)光成/尹範(たゞのり)頼照(よりてる)おの〳〵みな歌有別紙
に住て【「住て」は、書陵部蔵本「注之」】此日左馬権ノ頭/隆信(たかのぶ)さはり有てこざりけり又
の日をくれりける
【柱】古今巻五 〇四十八
【柱】古今巻五 〇四十八
よはひをも道をもしと【「と」は、書陵部蔵本「た」】ふわかこゝろ
ゆきてそともに花をなかめし
返事
おもひやる心やきつゝたはれけん
俤にのみみえしきみかな
大弐/下襲(したかさね)のしりをとり皇后宮ノ亮(すけ)沓(くつ)をはかする
を感歎(かんたん)して弁ノ阿闍梨をくりける
つるのかみかしつくことはいにしへの
かせきのそのゝふることそこれ
返事
つるのはねかきつくろひしうれしさは
しかありけりな鹿のそのにも
【204】彼清輔朝臣の伝たる人丸の影(ゑい)は讃岐ノ守/兼房(かねふさ)朝
臣ふかく和歌の道をこのみて人丸のかたちをしらさる
事をかなしひけり夢に人丸来てわれをこふる故に
かたちをあらはせるよしを告(つけ)けり兼房/画図(くはと)にたへ
すして後朝に絵師をめして教へて書せけるに
夢にみしにたがはざりければ悦て其/影(えい)をあがめて
もたりけるを白河院此道御好有てかの影をめし
て勝光明院の宝蔵におさめられにけり修理太夫
【柱】古今巻五 〇四十九
【柱】古今巻五 〇四十九
顕季(あきすへ)卿/近習(きんじふ)にて所望しけれ共御ゆるしなかりけ
るをあながちに申てつゐに写しとりつ顕季卿一男
中納言長実卿二男/参議(さんぎ)家保(いへやす)卿この道にたへずとて
三男左京太夫/顕輔(あきすけ)卿にゆつりけり兼房(かねふさ)朝臣の正
本は小野皇太后宮申うけて御覧じける程に焼(やけ)
焼【衍字ヵ】にけり口/惜(をしき)事也されば顕季卿本か正本に成に
けるにこそ実子なりとも此道にたへざらんもの
にはつたふへからず写しもすべからず起請文あると
かや件ノ本/保季(やすすへ)卿つたへとりて成実(なりさね)卿にさづけられ
けり今は院にめしおかれて建長の比より影供(えいく)など
侍にこそ供具は家衡(いへひら)卿のもとにつたはりたりけ
るを家清卿伝とりてうせてのち其子息のもと
に有けるも同院にめしおかれにけり長柄橋(なからのはし)の橋柱
にて作たる文台(ぶんだい)は俊恵(しゆんゑ)法師が本(もと)よりつたはりて
後鳥羽院の御時も御会などに取出されけり一院
御会に彼影の前にて其文台にて和歌/披講(ひこう)
せらるなりいと興有ことなり
【205】養和弐年春賀茂ノ神主/重保(しけやす)又/尚歯会(しやうしくわい)行(きやう)たり
けり七叟成仲宿祢《割書:八十|四》勝命(せうめい)法師《割書:七十|一》俊恵(しゆんえ)法師
【柱】古今巻五 〇五十
【柱】古今巻五 〇五十
《割書:七|十》片岡祢宜家能《割書:六十|五》祐盛(ゆうせい)法師《割書:六十|五》重保《割書:六十|四》敦仲
《割書:六十|二》勝命法師/仮名(かな)序書たりけり此たひはこと成
事なかりけるにや抑/七叟(しつそう)の中に僧まじはり
たることおほつかなし
【206】高倉院の御時八月廿日比に人々神楽をし侍ける
がいとおもしろくてなごりおほかりけれはなが月
の十日あまりの比/隆信(たかのふ)朝臣のもとより実国大
納言のもとへおくりける
あかほしのあかて入にしあかつきを
こよひの月におもひ出すや
返し
たゝこゝにたゝにとこそはおもひしに
にけしは月のかひもなかりき
【207】建春(けんしゆん)門院皇太后宮にておはしましける時公卿
殿上人女房共さそひて大井川の紅葉見にむかは
れけるに三位中将実定卿さはる事有てとゞまら
ければ中納言実国卿よみてつかはしける
もろともに君とみぬまのもみちはゝ
心のやみのにしきなりけり
返し
【柱】古今巻五 〇五十一
【柱】古今巻五 〇五十一
さそはれぬ身こそつらけれもみちはゝ
なにかはやみのにしきなるへき
【208】同卿左衛門督にて侍ける時家に歌合し侍けるに
頼政朝臣立春の歌に
めつらしき春にいつしかうちとけて
まつものいふは雪のした水
とよみ侍けるか面白く聞へけれは又の朝亭主彼ノ
朝臣のもとへ申つかはしける
さもと【「と」は、書陵部蔵本「こ」】そは雪のした水うちとけめ
人にはこへてみえし浪かな
少将隆房(たかふさ)賀茂ノ祭使(さいし)つとめけるに車の風流よ
く見へければ又の朝大納言実国父の大納言/隆季(たかすへ)の
もとへ申おくり侍
いろふかき君か心のはなちりて
身にしむかせのなかれとそみし
返し
子を思ふこゝろのはなの色ゆへや
かせのなかれもふかくみえけん
【210】治承の比人々/安藝(あき)のいつく島へ参られけるに
風あらくて高砂の辺にありと聞て修理太
【柱】古今巻五 〇五十二
【柱】古今巻五 〇五十二
夫経盛実国大納言のもとへ申おくり侍ける
とまりする湊(みなと)の風もけあしきに
浪たかさこの浦はいかにそ
返し
たかさこのなみのかゝらぬおりならは
かせのつてにもとはれましやは
【211】仁和寺ノ佐(すけの)法印《割書:成海法印|師也》わかくて醍醐(だいご)の桜会見物
の次に寺中/巡(じゆん)礼しけるにや山吹衣きたる童
弐人おなじすがた花見て侍けるはいづれも
いみしくえんに覚ければたへかねて歌読かけゝる
山吹の花色衣みてしより
井手の蛙のねをのみそ鳴(なく)
みづからかくいひかけてにげゝる袖をとらへて少
あんじて則返し侍ける
山吹のはな色衣あまたあれは
ゐてのかはつはたれとなくらん
【212】圓位上人昔よりみづからかよみをきて侍(ハンヘル)歌を抄出
して三十六番につがひて御裳濯(みもすその)歌合と名づけて
いろ〳〵の色紙をつぎて慈鎮和尚に清書を申
俊成(としなり)卿に判の詞をかゝせけり又一巻は宮河歌合と
【柱】古今巻五 〇五十三
【柱】古今巻五 〇五十三
名付て是もおなじ番(つがひ)につがひて定家卿の五位
侍従にて侍ける時判せさせけり諸国修行の時
もおひに入て身をはなたざりけるを家隆卿のい
またわかくて坊城侍従とて寂連(しやくれん)が聟(むこ)にて同宿
したりけるに尋行ていひけるは圓位は往生の期(ご)既(すで)
に近付侍りぬ此歌合は愚詠をあつめたれ共秘蔵
の物也末代に貴殿ばかりの歌よみはあるまじき也
おもふ所侍れは付/属(ぞく)し奉る也といひて二巻の歌合
をさづけけりけにもゆゝしくそそうしたりける彼
卿/非重代(ひぢうだい)の身なれどもよみくち世おぼへひとにすぐ
れて新古今/撰(せん)者にくはゝり重代の達者/定家(ていか)卿
につかひて其名をのこせるいみしき事也まことにや
後鳥羽院始て歌の道御さた有ける比後京極殿
に申合参らせられける時彼殿奏せさせ給けるは
家隆(かりう)は末代の人丸にて候也かれが歌を学ばせ給ふ
べしと申させ給ひける是らを思ふに上人の相せら
れける事おもひ合せられて目出度おほえはへる也
かの二巻の歌合に【「に」は、書陵部蔵本「小」】宰相ノ局(つほね)のもとにつたはりて侍にや
御裳濯(みもすそ)歌合の表紙にかきつけ侍なり
藤なみをみもすそ川にせき入て
【柱】古今巻五 〇五十四
【柱】古今巻五 〇五十四
もゝ枝の松にかけよとそ思ふ
かへし俊成卿
藤なみもみもすそ川の末なれは
しつえ【下枝】もかけよ松のもと葉に
又二首をそへて侍ける同卿
契をきしちきりの上にそへおかん
和歌のうらちのあまのもしほ火
このみちのさとりかたきをおもふにも
はちすひらけはまつたつねみよ
かへし上人
和歌のうらにしほきかさなるちきりをは
かけるたくもの あとにてそしる
さとりえて心のはなしひらけなは
たつねぬさきに色そそふへき
【213】解脱(げだつ)上人のもとに信濃といふ僧ありけりいま〳〵
しきゑせものにてなん侍けれとも上人/慈悲(じひ)により
ておかれたりけれとも思ひあまりてやすゝりのふた
に歌をかゝれたりける
おそろしや信濃うみけんはゝきゝの
そのはらさへにうとましきかな
【柱】古今巻五 〇五十五
【柱】古今巻五 〇五十五
此僧此歌をみてあからさまに立出る様にてながく
うせにけりさすかにはぢはありけるにこそ
【214】鳥羽宮天王寺別当にてかの寺の五智光院に御座有ける
時鎌倉ノ前ノ右大将参せられたりけり三浦十郎左衛門
義連(よしつら)梶原景(かちはらかげ)時そ共には侍ける御/対面(たいめん)の後/退出(たいしゆつ)
の時/尩弱(かたわ)の尼壱人いて来り右大将に向てふところ
より文書を一枚取出して云和泉国に相伝の所領
の候を人におしとられて候を御こし候へとも身の尩(わう)
弱ふぐによりて事ゆかず候/適(たま〳〵)君御上洛候へは申入候
はんと仕候へ共申つぐ人も候はねばたゝ直に見参
に入候はんとて参りて候とてその文書を捧(さゝけ)たりけれは
大将みづからとりて見給ひけり文書のことく一定(いちでう)相
伝のぬしにて有かととはれけれはいかてか偽(いつはり)をば
申上候べき御尋候はんに更にかくれ有ましと申けれは
義連(よしつら)に硯(すゝり)たづねて参れと仰られて尋出して参
持給ひける扇に一首の歌を書給ひけり
いつみなるしのたの森のあまさきは
もとの古葉にたちかへるへし
かく書て義連にこれに判くはへて尼にとらせよと
【柱】古今巻五 〇五十六
【柱】古今巻五 〇五十六
なけつかはしたりけれは義連(よしつら)判(はん)くはへて尼にたび
てげり年号月日にも及す右大将殿自筆の御書
下されば子細にやをよふもとのごとくかの尼領知し
けると也其後右大臣家の時件の尼が女(むすめ)この扇の下
文を捧て沙汰に出て侍りけるに年号月日なき由
奉行いひけれ共かの自筆そのかくれなきにより
て安堵(あんど)しにけり件ノ扇/桧骨(ひのほね)はかりはゑりて其外は
細骨(ほそほね)にてなん侍けるまさしくみたるとて人の
かたり侍しなり
【215】同大将もる山にて狩(かり)せられけるにいちこのさかり
になりたるをみてともに北条四郎時政か候けるか
連歌をなんしける
もる山のいちこさかしくなりにけり
大将とりもあへす
むばらかいがにうれしかるらん
【216】あるなま侍がもとに草をうりて来りけるを只今
かはりなかりけれは其草かしおけかはりは後
にとれといひけるを草売聞て
あさましやかりとはいかにあさことに
草にかけたるつゆのいのちを
【柱】古今巻五 〇五十七
【柱】古今巻五 〇五十七
【217】土御門院はしめて百首をよませはおはしまして
宮内卿/家隆(かりう)朝臣の本へみせにつかはされたりけるが
あまりに目出度不思儀に覚へければ御製(ぎよせい)のよしをば
いはでなにとなき人の詠のやうにもてなして定家
朝臣のもとへ点(てん)をこひにやりたりけれは合点(がつてん)して
褒美の詞なと書付侍とて懐旧(くわひきう)の御うたをみはへり
けるに
秋のいろをおくりむかへて雲の上に
なれにし月も物わすれする
此御歌にはしめて御製のよしをしりておどろき
おそれて裏(うら)書にさま〳〵の述懐(しゆつくわひ)の詞ともかきつけ
てよみ侍る
あかさりし月もさこそはおもふらめ
ふるき涙もわすられぬ世に
誠に彼ノ御製はおよばぬものゝ目にもたくひすく
なくめてたくこそ覚侍れ管絃のよくしみぬる時
はゝ心なき草木のなびける色までもかれにしたがひ
てみえ侍なる様に何事も世にすぐれたる事には
見しり聞しらぬ道のことも耳にたち心にそむは
ならひ也当院の御製も昔にはぢぬ御ことにやその
【柱】古今巻五 〇五十八
【柱】古今巻五 〇五十八
ゆへはそのかみ御めのとの大納言のもとにわたらせおはし
ましける比はじめて百首をよませおはしましたりける
を大納言/感悦(かんえつ)のあまりに密(みつ)々に壬生(みぶ)二品のもとへ
見せにつかはしたりけり二品御百首のはし春の程
はかりをみてみもはてられずまへに打置てはら〳〵と
なかれけりやゝ久しく有て涙をのごひていはれけるは
あはれに不思儀なる御事かな故(こ)院の御歌に少もたが
はせ給はぬとてふしぎのことに申されけり其時はいまた
むげにおさなくわたらせ給ける御事也まして当時の
御製さこそめでたき御ことにて侍らめ彼卿いまだ存
ぜられたらましかばいかにいろをもそへてめてたかり申
されまじとあはれに覚へ侍り
【218】松殿僧正/行意(きやうい)赤痢(しやくり)病を大事にして存命/殆(ほとんと)あぶ
なかりけるに少まどろみたる夢に志貴(しぎ)の毘沙門(ひしやもん)へま
いりたりける御(み)帳の戸をおしあけてよにおそろし
けなる鬼神出て僧正をやゝと呼(よび)申ければおそろし
ながら見むきたりければ鬼神一首の和歌を詠じ
かけゝる
長月のとをかあまりのみかの原
川なみ清くすめる月かな
【柱】古今巻五 〇五十九
【柱】古今巻五 〇五十九
詠吟の声たへに目出たく心肝(しんかん)にそみて覚へける
程に夢さめぬ其後病/忽(たちまち)やみて例(れい)のごとくになりに
けり此歌建保年九月十二【三ヵ】夜内裏の百首の御会
に河(かは)の月を家隆(かりう)卿つかうまつれる也彼卿の歌は諸天
も納受(のうじゆ)し給ふにこそ不思儀の事也
【219】陰明(いんめい)門院中宮の御時六事の題をいだして人々に
おもふ事をかゝせられけり定家卿家隆卿なども同く
めしけるに古歌に
有明のつれなくみえしわかれより
あかつきはかりうきものはなし
此うたを両人同しく書て参らせたり同し心の程いと
ゆふに興有よし其沙汰ありけるとぞ
【220】後鳥羽院御時木工ノ権ノ頭/孝道(たかみち)朝臣に御/琵琶(びわ)をつく
らせられけるを世かはりにける時やかて其御琵琶を
彼朝臣にあつけられたりけるを程へて御尋有けれ
ば御琵琶に付て奉りける
ちりをこそすへしと思ひし四の緒に
老のなみたののこひつるかな
【221】順徳院御位の時当座の歌合有けり作者の名を
かくして衆儀判にて侍けるに古寺(ふるてらの)月といふことを
【柱】古今巻五 〇六十
【柱】古今巻五 〇六十
知家(ともいへ)朝臣つかうまつりける
むかし思ふたかのゝ山のふかき夜に
あかつきとをくすめる月かけ
此歌/叡慮(えいりよ)にかなひて頻(しきり)に御感有けり厚紙を懸物
につまれたりけるに事はてゝ人々罷出けるに蔵人
左兵衛権少将橘ノ親季(ちかすへ)を御使にて知家(ともいへ)朝臣出けるに
追つかせて古寺(ふるてら)の月の歌殊/叡感(えいかん)あり勅禄(ちよくろく)を給ふ也
とてかさねて紙を給はせけり知家朝臣申けるは忝く
勅禄に給はる紙いかてか私用仕べき明日やがて住吉
の御/幣(へい)に奉るべきよし披露(ひろう)すへきよし申て罷出
にけり【222】西音(さいをん)法師は昔後鳥羽院の西面に平ノ時(とき)
実(さね)とておさなくより候しもの也世かはりて後/嘉禎(かてう)
比五十首の歌をよみて遠所の御所に藤原/友茂(とももち)が
候けるを君きこしめして叡覧(えいらん)ありてみつから十余
首の御/点(てん)を下されける中に
見れはまつ涙なかるゝ水無瀬川
いつより月のひとりすむらん
此歌を殊あはれからせおはしましけりとそさて御自筆
に阿弥陀の三尊を文字にあそはしてくたし給はせける
今に忝き御かたみとてつねにおかみまいらせ侍となん
【柱】古今巻五 〇六十一
【柱】古今巻五 〇六十一
【223】法深房(ほうじんばう)そのかみ父の朝臣と不快(ふくわい)の比/譲(ゆつり)得たりける
笛(ふへ)《割書:大|穴》をとりかへされける時うれへなげきてよみ侍ける
思出のふしもなきさにより竹の
うきねたえせぬ世をいとふかな
やがてその比出家をとげてげりうきはうれしき
善知識(ぜんちしき)となりにけり
【224】家隆卿七十七になられける年七月七日九条前
内大臣のもとへつかはしける
おもひきや七十七の七月の
けふの七日にあはんものとは
定て返し有けんかし尋てしるすへし
【225】寛元元年二月九日雪三寸計つもりたりける暁(あかつき)
冷泉(れんぜん)前ノ右府参内し給ける雪の降(ふり)かゝりたる松
の枝を折て御硯の蓋(ふた)におきて御製を紅の薄葉(うすやう)
にかゝせおはしましてむすひつけて大納言二位殿して
おとゝにたまひける
九重にふりかさなれる白雪は
これやちとせの松の初はな
おとゝ中宮の御かたへまいりて御硯を申いたして
尾張内侍をして御返事を奉られける
【柱】古今巻五 〇六十二
【柱】古今巻五 〇六十二
ふりかゝるかしらの雪をはらはすは
かゝるみことのいろをみましや
【226】宝治元年二月廿七日/西園寺(さいをんじ)の桜/盛(さかり)なりけるに
御幸なりて御覧せられけりおとゝさま〳〵の御おく
り物を奉られけるうち五代帝王の御筆をまいら
せらるゝとて
つたへきく聖(ひじり)の代々の跡みても
ふるきをうつすみちならはなん
御返し
しらさりしむかしにいまやかへるらん
かしこき代々の跡ならひなは
此事昔は天暦の御門いまだみこにておはしましける
時/貞信公(ていしんこう)の御もとにわたらせおはしましたりける時
御おくり物に御手本まいらせられけるとき
君かためいはふこゝろのふかけれは
聖の御代にあとならへとそ
御返し
をしへおくことたかはすは行末の
道とをくとも跡(あと)はまとはし
此御歌/後撰(ごせん)に入たり此ためしを思食けるにこそ
【柱】古今巻五 〇六十三
【柱】古今巻五 〇六十三
【227】住(すみの)江に御幸なるへしとて神主修理をくはへけるに
大/略(りやく)みな新/造(ぞう)になしたりけれは昔より書付置る
人々の詩歌みなあとかたなくなりたるをみてたれ
かよみたりけん柱に書付侍ける
かき付る跡はちとせもなかりけり
わすれすしのふ人はあれとも
【228】成源(せいげん)僧正は連歌をこのむ人にて其房中のもの
共みなたしなみけれは中間法師/常在(じやうざい)といふ
あやしのものまてかたのことくつらねけり法勝寺(ほうせうじ)
の花の盛に件ノ常在(じやうざい)法師いと桜のもとにたゝ
すみて侍けるをわかき女房四五人花見て侍ける
が此法師をみてあれも人なみに花みんとて有にや
なんどあざけりつゝやき房此花一枝折てたひてん
やといへりけれはこの法師うちあんじて
山かつはおりこそしらね桜花
さけは春かとおもふはかりそ
といひかけたりけれはわらひつる女房共いらふる
ことなしあきれてそたてりける
【229】入道右大弁/真観(しんくわん)を仙洞(せんとう)の御会にたび〳〵召あり
けれ共参らすして一首の歌を奉ける
【柱】古今巻五 〇六十四終
【柱】古今巻五 〇六十四終
勅なれはそむくにはあらす捨はてゝ
身をいてかてに思ふはかりそ
御返し
このころのならひそつらきいにしへは
勅にそ人は身をもすてける
此御返事を給りて恐思ひて頓て其夜参て北面(ほくめん)の辺
にて少将/雅定(まささだ)に付て申入侍て御返しをは承らすし
て出にけり寛平の御時/素性(そせい)法師かほかかゝるためしな
きよし入道うち〳〵申侍けるとかや
古今著聞集参之五終
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】《割書:子孫|永宝》
【後見返し】
【裏表紙】
【背。ラベル 横書き。「總」は青字、「上」は朱字】總上/5/54
【表紙題箋】《題:古今著聞集 《割書:六》》
【前見返し】
古今著聞集巻第六
管絃歌舞(くわんげんかぶ)《割書:第七》
管絃(くわんげん)のをこり其つたはれる事久し清明天にかた
どり広(くわう)大地にかたどる始終(しじう)四時にかたどり固綻(ごでう)
雨にかたどる宮(きう)商(しやう)角(かく)徴(ち)羽(う)の五音あり或は五行に
配(はい)し或は五常に配す或は五事に配し或は五色に
配す凡物として通せすといふことなし又/変宮(へんきう)変徴(へんち)
の二声あり合て七声とす又/調子品(てうしのしな)その数おほしと
いへども清濁(せいだく)のくらゐみな五音をいです讃仏敬神(さんふつけいしん)
の庭礼義宴後の莚(むしろ)もこの声なければ其儀を調(とゝのへ)
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:子孫|永宝》
【蔵書印:朱 陽刻 方形 単郭 篆書体】
《割書:平戸藩|蔵書》 《割書:楽歳堂|図書記》
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【柱】古今巻六 〇一
【柱】古今巻六 〇一
ず故に興福寺の常楽会百花匂をくり石清水の
放生会(はうせうえ)黄葉(くわうよう)衣におつしかのみならず清涼殿の御遊
にはこと〴〵く治世(ぢせい)の声を奏(そう)し姑射(こや)山の御賀には
しきりに万歳のしらべをあはす心を当時にやしなひ
名を後代に留る事管絃にすくれたるはなし
【231】貞保(さたやす)親王/桂河(かつらかは)の山庄にて放(はう)遊し給けるに平調(へうでう)に
しらへて五常楽をなす間/灯(ともし)のうしろに天冠の影(かげ)
顕現(けんげん)しけり人々おぢ恐ければ所現の影(えい)みづからいはく
我は唐家(とうけ)の廉承武(れんしやうふ)の霊(れい)也五常楽ノ急(きう)百/反(へん)に及
所には必来侍也とてうせにけり
【232】延喜四年十月大井河に行幸有けるに雅朝(まさとも)親王御舟
にて棹(さを)をとゞめて万歳楽を舞給ける七歳の御/齢(よわひ)に
て曲節にあやまりなかりけるありがたきためし也
叡感(えいかん)にたえす御半臂(こはんひ)を給はせけれは親王給て拝(はい)
舞(ぶ)し給けり此日勅有て親王/舞剣(ふけん)【釼】をゆつり給ひ天
暦ノ聖王(せうわう)童(とう)親王の御時の例とて沙汰有ける【233】同廿一年
十月十八日八条大将/保忠(やすたゞ)中納言の時勅をうけ給ひて
日比奏せざる舞を御覧ぜられけり貞信公(ていしんこう)右大臣
にてまいり給参入/音声(をんせい)には聖明楽(せいめいらく)をぞ奏しける
刑山(ケイサン)東【刑仙楽ヵ】西/河(カ)蘇志摩(ソシマ)傾坏楽(ケイハイラク)放鷹楽(ハウヨウラク)弓士(キウシ)採桑老(サイソウラウ)
【柱】古今巻六 〇二
【柱】古今巻六 〇二
林歌(リンカ)蘇莫者(ソマクシヤ)泔洲(カンシウ)胡飲酒(コインシユ)輪台(リンタイ)酔(エイ)【酣酔ヵ】是(これ)らを御覧
ぜられけり此中/雅楽(からく)属(しよくす)船木氏有ト云者ニ放鷹楽(ハウオウラク)を奏
しけり帽子(ぼうし)に摺衣(すりきぬ)をぞきたりける舞の間に心に
まかせて鳥をとらせければ見るもの目をおどろかしけり
又犬飼壱人をぐしたりけりこれは本よりあるべき
ものにはあらざる事とかやこの舞承和に奏し
たりける其後聞へずこの装束(しやうぞく)中納言に調せられ
ける舞ののち中納言庭におりて氏有(うしあり)かとらする
所の鳥をとりて膳部(ぜんぶ)に給はせけり其日の舞人
百雄(もゝを)氏有(うしあり)峯吉(みねよし)勤賞(けんしやう)をかうふりおとゝは和琴(わごん)をそ
しらべたまひける
【234】延長四年正月十八日内裏にて梅花/宴(えん)ありけり
主上清涼殿のまごびさしに出御有けり文人詩を
献(けん)じ伶人(れいしん)楽(らく)を奏けるに暁(あかつき)に及て常陸(ひたちの)親王/筝(さうのこと)を
弾(たん)じ八条中納言/保忠(やすたゝ)琵琶(びわ)を弾(たん)す主上/和琴(わごん)を
ひかせおはしましける目出たかりける事也
【235】同六年/常寧殿(じやうねいでん)にて三月/尽(じん)の宴(えん)ありけり右大臣
《割書:定方》には笙(せう)四人/篳篥(ひちりき)壱人/唱歌(しやうが)のもの数人など
有けり又かならず絃(けん)をとゝのへねとも吹もの壱両
にてもかやうのことありけるにこそ
【柱】古今巻六 〇三
【柱】古今巻六 〇三
【236】同七年三月廿六日/踏歌(とうかの)後宴(ごゑん)のまけわざ次第の事
共はてゝ御遊有けり敦忠(あつたゝ)笛(ふへ)をふき義方(よしかた)和琴を弾
しけり時々みきまいりて弾正(だんぜうの)親王(みこ)笙をふく重明(しけあき)
親王(みこ)笛をふき給ひけり又勅によりて和琴をも弾し
給けり右中弁/希世(まれよ)朝臣左中弁/淑光(よしみつ)朝臣たちて
舞侍けり
【237】天暦八年正月五日右大臣家にて饗(きやう)をこなはれける
にはてつかたに式部卿ノ親王とおとゞ帰徳(きとく)唱へら
れたりけるに右近ノ将曹(しやうさう)伴野貞行(はんのさだゆき)狛桙(こまほこ)と思ひつゝ
松をとりてすゝみけるをおとゝ帰徳のよしを告給けれ
は松をすてゝ舞けり貞行は高麗(こまの)舞人なりけり
此事不/審(しん)帰徳ならは松をばなど桙(ほこ)には用ひ
ざりけるにか
【238】天暦元年正月廿三日内宴を行はれけるに重明親
王勅を承りて琴(こと)を引給けり一弦ゆるかりけれは
右兵衛佐清正に仰てはらせられけり先/春鴬囀(しゆんをふでん)を
奏し後に席田(むしろだ)をとなふ次/酒清司(しゆせいし)をぞ奏しける
この間琴の武弦(ぶげん)たえたりけれど猶弾じはて
給ひけり
【239】同三年四月十二日/飛香舎(ひきやうしや)にて藤ノ花の宴有けり
【柱】古今巻六 〇四
【柱】古今巻六 〇四
右大臣左衛門督左兵衛督候給和歌/糸竹(いとたけ)の興など
はてゝ女御御おくりもの有けり先皇の勒子(ろくし)【勤子ヵ】内親王(ノみこ)
に給ける筝ノ譜(ふ)三巻貞保親王のもちゐたりける
笛/螺鈿(らでんの)筝などをぞ奉り給ける筝(さうのこと)奇(あやしき)香(か)あるよし
李部王(りほうわう)ノ記(き)し給たるとかやいかなる匂ひにてか侍りけん
ゆかしき事也
【240】同五年正月廿三日宴おこなはれけるに式部卿重明ノ親王(みこ)
琴左大臣筝中務大輔博雅朝臣和琴侍従延光朝
臣琵琶散位朝忠朝臣右近中将藤原朝臣笙/安(ア)
名尊(ナタウト)春鴬囀(シユンアウテン)席田(ムシロダ)葛木(カヅラキ)などをそ奏しける其
後/平調(へいてうの)曲も有けり
【241】同七年十月十三日内裏にて庚申(こうしん)の御あそびあり
けり女蔵人菊の花のゆわり子【ひわり子ヵ】を奉る大納言高明
卿伊予守雅信朝臣御前に候/楽所(かくしよ)の輩は御/壺(つぼ)にぞ
候ける大納言琵琶を弾じ朱雀(しやしやく)院のめのと備前/命(めう)
婦(ぶ)簾中(れんちう)にて琴(こと)を弾じける昔はかやうの御遊つ
ねの事也けりおもしろかりける事かな
【242】康保三年十月七日舞御覧有けるに小野ノ宮右大
臣童にておはしけるが天冠をして納蘇利(なふそり)を仕
まつり給けり舞をはりて御/椅子(いす)のもとにめして
【柱】古今巻六 〇五
【柱】古今巻六 〇五
御衵子を給はせけれは左大臣《割書:清慎公》かしこまり悦ひ
給ひてたちてまひたまひけり拝舞はなかりけり
ゆへありけるにや
【243】
いづれの比の事にか大宮右大臣殿上人の時南殿の
桜さかりなる比うへふしよりいまだ装束もあらため
ずして御階(みはし)のもとにて独花をながめられけり霞
わたれる大内山の春のあけぼのゝよにしらず心すみ
ければ高欄(かうらん)によりかゝりて扇を拍子に打て桜人
の曲数反うたはれけるに多(おほひ)政方が陣(ぢんの)直(とのひ)つとめて候
けるが歌の声を聞て花の本にすゝみ出て地久
の破(は)をつかうまつりたりけり花田ノ狩衣袴をぞきたり
ける舞はてゝ入ける時桜人をあらためて蓑(みの)山をうた
はれけれは政方又立帰て同/急(きう)を舞けるをはりに
花の下枝を折て後おとりてふるまひたりけりいみ
しくやさしかりける事也此事いづれの日記にみえ
たるとはしらねとも古人申つたへて備【侍ヵ】り【244】丸【衍字ヵ。書陵部本「丸」なし】博雅(はくが)卿は上古
にすぐれたる管絃者也けり生れ侍ける時天に音楽
の声聞えけり其比東山に聖心(せうしん)上人といふ人ありけり
天を聞に微妙(みみやう)の音楽あり笛(ふへ)弐笙二筝琵琶
各一皷一聞えけり世間の楽にも似ず不可思儀(ふかしぎ)
【柱】古今巻六 〇六
【柱】古今巻六 〇六
に目出たかりければ上人あやしみて庵室(あんじつ)を出て
楽の声に付て行ければ博雅(はくが)の生るゝ所にいたり
にけり生れおはりて楽の声はとゞまりぬ上人他人
に語る事なし数日をへて又彼所へ向て其/生児(むまれしちこ)の母に此/瑞(ずい)
想(さう)を語(かた)り侍けるにとなん彼(かの)卿は子/息(そく)二人有けり一人は信
義/笛(つゑ)【ふえヵ】の上手也一人は信明(のふあきら)琵琶(ひわ)の上手也信義を双調(さうてう)
の君とそ号しける其/故(ゆへ)は式部卿ノ宮ノ時の管絃者伶人等を卒(そつ)
して河陽(かやう)に遊給けるに明月の夜暁にのぞみて
川/霧(きり)ふかきうちに双調 ̄ノ々/子(し)を吹て過る舟あり其
舟やう〳〵きたりちかづくをきくに誠に神妙なり
【挿絵】
【柱】古今巻六ノ 〇又六
【柱】古今巻六ノ 〇又六ウ
【挿絵】
けり我朝に比類(ひるい)なき笛也誰人ならんと人々あやしう
思ひあへるに舟は霧にこめられて見えずうちかひの音(おと)
計聞へて既に船と行ちがふ時親王誰にかと向【書陵部本「問」】給ひ
ければ信義(のふよし)と名/乗(のり)たりけり宮(みや)感情(かんせい)にたへず双調の
君なりけりとの給はせけりそれより天下みな双調の君
と号しけるとぞ【245】殿上の其/駒(こま)は知(しり)たる人すくなし
能信大納言法成寺の修正(しゆしやう)に南門を入てまいりて
退出の時に西門へまはされける程立やすらひける間に
彼曲を唱(となへ)られたりけり大宮右府《割書:俊家》の頭の中将
にておはしけるがついがきにそひてひそかにたち聞
【柱】古今巻六 〇七
【柱】古今巻六 〇七
給けるを能信卿見付にけり中将おとろきさはかれ
けるを能信卿其/志(こゝろさし)を感じて扇を拍子に打て此
曲を授(さずけ)られにけり其後彼家につたはれり堀河院
中ノ御門(みかと)右大臣にならはせ給ける時申されけるは一説は
誠に思召人あらばおしへさせ給て今一説は教へ給ふ
ましくはさづけまいらすべきよし奏し給ければ申旨に
たがふべからずと勅定有て両説ながら伝させ給ひてげり
嘉承弐年/崩御(ほうきよ)の後右府人々にたれか彼曲習ひ
給はりたると尋られけれ共習まいらせたる人なかり
けりおとれる説をも猶秘せさせ給けるにこそとて
悲涙(ひるい)をながされけり中ノ御門(みかと)内大臣子息大納言宗
家卿/外孫(がひそん)同/宗能(むねよし)卿に授(さずけ)られたりけり六波羅の
太政入道/厳島(いつくしま)の内侍につたふべきよし宗家卿に示(しめ)
されければ歎(なげき)なから世にしたがふならひ力およばて
おとる説を伝へられける但他人に教(をしゆ)べからざる由(よし)
をまづ起請をぞかゝせられける多好方(おほひよしかた)是を聞
てかの内侍に問ければしらさるよしをぞこたへける此曲
は宗家卿/冷泉(れいせい)内府にもおしえられたりけ
るとかや
【246】管絃はよく〳〵用心あるべき事也前ノ筑前(ちくせん)守
【柱】古今巻六 〇八
【柱】古今巻六 〇八
兼俊(かねとし)殿上に笙吹なきによりて昇殿(せんでん)を免(ゆる)さるべき
よし沙汰有けり先/試(こゝろみ)有ける日きさき笛【蚶気絵(きさきゑ)】を給ひて
ふかせられけるに用心なくして吹出しける程に管中(くわんちう)
に平蛛(ひらくも)の有けるが喉(のと)にのみ入られにけりむせてはつ
きまどひける程に主上/群臣(くんしん)も笑ひ給て膓(はらわた)を
断(たち)けりおほきに鳴呼(をこ)【左ルビ「ナリヨブ」】を表(あらわ)して昇殿(せうでん)のさたも
とゞまりにけりかゝるためしあれば事にをきて
能々用心有べき事也なかにも御物(ごもの)のつねにもふ
かれざらんはまつ小息にて心みるへき也
【247】宇治殿平等院を建立させ給ひて延久元年の
夏の比はじめて一切経ノ会を行はせ給けり法会
儀式堂の荘厳(しやうごん)心こと葉も及かたし大行/道楽(とうらく)に
渋河鳥(しんかてう)を奏しける多(おほひ)ノ政資(マサスケ)一者にて一皷かけて
池の辺をめぐるとて鴨(かも)のむなそりといふ秘曲
をつかうまつりけるときにとりていみじく
なん侍ける
【248】後冷泉院御時白河ノ院に行幸有て花ノ宴侍けるに
殿上人楽を奏して南庭をわたりけるに笙にはか
にさはる事有て参らさりければ既に事/闕(かけ)なん
としけるに大外記中原ノ貞親(さたちか)は笙ふくもの也ければ
【柱】古今巻六 〇九
【柱】古今巻六 〇九
もし笙や随身したると御尋有けるに則朱俊の
懐(ふところ)より取出して侍けれは叡感(えいかん)有て殿上人の奏楽(そうかく)
につらなりて南庭をわたりける時にとりてめづらし
くいみじくなん侍ける
【249】大弐/資通(すけみち)卿管絃者共を伴ひて金峯山(きんぶせん)に詣(まう)つる
事有けり下向の時ろしにふるき寺あり其寺に
おりゐてやすみけるつゐでに其辺を見めぐりける
に壱人の老翁のありけるをよひて此寺をは何と
いふぞと問ければ翁これをば豊等寺(とよらのてら)と申侍と
こたふ又寺のかたはらに井有これ榎葉(えのは)井といふ又
うしろの山はなに山といふそととふ此山は葛城(かつらき)山
なりとこたふ人々これを聞て感涙(かんるい)をたれて各
〳〵堂に入て寺をうちはらひて葛城を数反うた
ひて帰けり【「丸」は説話の区切りヵ】丸【250】篳篥吹/遠理(とをまさ)が父阿波守にて下向
の時/遠理(とをまさ)其ともにおなじく下向しけるに其年
旱魃(かんはつ)の愁有ければとかく祈雨(きう)をはげめ共かなはず
七月ばかりに遠理其国の社《割書:其神|可尋》へ参て奉幣(ほうべい)の後
に調子を両三反吹て祈請の間俄に唐笠(からかさ)ば
かりなる雲(くも)社の上におほひてたちまちに雨下り
て洪水(こうすい)に及にけり神感(しんかん)のあらたなる事秘曲の
【柱】古今巻六 〇十
【柱】古今巻六 〇十
地におちさる事かくのことし
志賀ノ僧正《割書:明尊》本よりひちりきをにくむ人なりけり
或時明月の夜/湖(こ)上に三(みつの)船をうかべて管絃和歌/碩(うたふ)【頌ヵ】
物の人を乗せて宴遊しけるに伶人等其舟にのらん
する時いはく此僧正は篳篥(ひちりき)にく美(み)給人也しかあれば
用枝はのるべからずことにかりなんずとてのせざりければ
用枝さらば打物をもこそつかまつらめとてしゐてけり
やう〳〵深更(しんかう)に及程に用枝ひそかに篳篥をぬき出し
て湖水(こすい)にひたしてうるほしけり人々見てひちりき
かととひければさにあらず手あらふなりとこたへて何
【挿絵】
【柱】古今巻六ノ 〇又十
【柱】古今巻六ノ 〇又十
【挿絵】
となきていにて居たりしばらく有てつゐにねとり
出したりければかたへの楽(かく)人共さればこそいひつれよし
なき者を乗て興さめなんずと色をうしなひて
なげきあへる程に其曲目出たくたへにしてしみたり
聞人みな涙おちぬ年比是をいとはるゝ僧正人より
殊になきていはれけるは正教(せいけう)に篳篥は伽陵頻(かりようびん)の
こゑをまなぶといへること有此言を信ぜさりける口おし
き事也いまこそ思ひしりぬれ今夜の纏頭(てんどう)は他人
に及べからす用枝壱人に有べしとぞいはれける此事を
後々迄いひ出してなかれとそ
【柱】古今巻六 〇十一
【柱】古今巻六 〇十一
【252】後三條院は管絃をは御沙汰なかりけり去ながら中ノ
御門(みかと)大納言《割書:宗俊》の筝をきこしめして此卿か筝は
只物にあらず道におゐてうへなき物也と御顔色(こがんしよく)も
変(へん)じまし〳〵て御感有けり白河院も此人の筝を
きこしめしては御/落涙(らくるい)有てかんぜさせ給けり按察(あせち)
大納言《割書:宗季》に仰られけるは我宗俊が筝をきゝて
おほく聴罪障(てうざいしやう)に非管絃者/鳴呼(をこ)の覚へ取べき也
とぞ叡感有けるさてことに御連愍(これんみん)有けり知足院
殿は彼卿参れければいか成奏事有けれ共きこし
めされず御筝さた有て毎度興に入らせ給也
【253】永保三年七月十三日主上/殿下(でんか)南殿/巽角(たつみのすみ)御座あり
て蔵人盛長をして御比巴/牧馬(ぼくば)を召よせらる則/錦(にしき)の
袋に入て参たりけり御覧ののち大納言経信卿に引
せられけりきこしめして玄象(けんじやう)といかにと仰られけれは
大納言申されけるは昔前ノ一条院御時信明信義等を
召て此比巴ともをひかせられけるに信明は玄象
信義は牧馬を弾(たん)ず牧馬すぐれて聞ゆ其時取かへ
て玄象(けんじやう)をひかせらるゝに玄象すぐれたり其時の
比巴の勝劣(せうれつ)あらず弾人によりけりと奏せられける
を聞召て玄象をとりいでゝひかせられけるにまことに
【柱】古今巻六 〇十二
【柱】古今巻六 〇十二
勝劣(せうれつ)なかりけり此事彼卿慥にしるしをかれ侍り
【254】大宮ノ右相府/薨去(ごうきよ)の後七々の忌(いみ)はてゝ人々分散しけ
るに大納言宗俊卿ひとり旧居(きうきよ)にとゞまり居て心
ぼそく思はれけるにや鬢(びん)かゝれけるつゐでに草子
筥(ばこ)のふたを拍子(ひやうし)に打て万秋楽の序を唱歌にせら
れける一句をしめては涙をおとしてぞ居給たりける
ことに風病おもき人にて笛のつかにもかみをまき
てぞつかはれけるしかふして紫檀(したん)の甲(かう)の比巴を能(よく)さむ
き時もひかれければ近習者共は此人はそら風を
やみ給にこそなどぞいひあへりける又物狂の気の
おはするにやなどいひける琵琶は筝笛程の堪
能にはあらざりけるとぞ去ながら白河院御とき
承暦年中に飛香舎にして比巴の明匠八人を召
ける中に此大納言は入られけるを不堪のよしを申て
再三/辞(じ)し申されけれ共猶その清選(せいせん)に入にけり其
八人は経信(つねのぶ)宗俊(むねとし)政長(まさなか)基綱(もとつな)■経(つね)今三人たれ〳〵にて
侍るにか尋へし
【255】
源/義光(よしみつ)は豊原(とよはら)時元が弟子也時秋いまだおさなかり
ける時時元はうせにければ大食調(たいしきてう)入調(しゆてうの)曲をば時秋
にはさづけず義光には慥におしへたりけり陸奥(むつの)
【柱】古今巻六 〇十三
守義家朝臣 永保(ゑいほう)年中に武衡(たけひら)家衡(いへひら)等を責(せめ)け
るとき義光は京に候てかの合戦の事をつたへきゝ
けりいとまを申て下らんとしけるを御ゆるしなかりけ
れば兵衛尉を辞(じゝ)申て陣につる袋をかけて馳(はせ)下
けり近江国 鏡(かゝみ)の宿につく日花田のひとへかり衣に
あをばかまきて引入烏帽子したる男おくれじと
はせきたるありあやしう思ひて見れば豊原時秋也けり
あれはいかに何しに来りたるぞとけ問ればとかくの事
はいはす只御供仕べしと計ぞいひける義光此度の
下向物さはがしき事侍て馳下也伴ひ給はん事尤本
意なれ共此度におきてはしかるべからずとしきりに止る
を聞ずしゐてしたがひ給けり力及ばてもろともに
下りてつゐに足柄(あしがら)の山迄来にけり彼山にて義光
馬をひかへていはく止め申せ共用給はでこれ迄/伴(ともな)ひ
給へる事其志あさからず去ながら此山にはさだめて
関(せき)もきびしくてたやすくとをす事もあらし義光
は所職(しよしき)を辞(じ)し申て都(みやこ)を出しより命をなき物になし
て罷むかへはいかに関きびしくとも憚(はゞか)るましかけ破(やぶり)て
罷通るべしそれには其用なしすみやかに是より帰(かへり)
給へといふを時秋なを承引せず又云事もなし其時
【柱】古今巻六 〇十四
【柱】古今巻六 〇十四
義光時秋か思ふ所を悟りてのどかに打寄て馬より
おりぬ人を遠くのけて柴(しば)を切はらひて楯(たて)二牧【枚ヵ書陵部本「枝」、近衛文庫本「枚」】を敷
て一牧には我身座し一牧には時秋をすへけりうつぼ
より一紙の文書を取出て時秋に見せけり父時元
が自筆に書たる大食調(たいしきてう)入調(しゆてうの)曲ノ譜(ふ)又笙はありやと
時秋に問ければ候とてふところより取出したりける用意
の程先いみじくぞ侍ける其時是迄したひ来れる
心ざし定て此れうにてぞ侍らんとて則入調曲を授(さずけ)
てげり義光はかゝる大事によりてたゞには身の安否(あんひ)
しりがたし万が一安/穏(をん)ならば都の見参(けんざん)を期(ご)すへし貴殿
は豊原(とよはら)数代(すたい)の楽工(かくく)朝家(てうかの)要須(ようしゆ)の仁也我に志をおぼさば
すみやかに帰洛して道を全(またう)せらるべしと再三いひけれ
ば理におれてぞのぼりける
宇治左府御記云
保延五年六月十九日《割書:丁| 卯》依_レ為_二入-学吉日_一平調入
調習畢 ̄ン即 ̄チ吹 ̄コト十返以_二 ̄テ時秋_一 ̄ヲ為_レ師 ̄ト所_レ望也/昨(キノフ)以_二 ̄テ消息_一 ̄ヲ
触(フレテ)_二《割書:権》大納言_一云 ̄ク明日習_二 ̄フ入調_一 ̄ヲ如何(イカン)返報 ̄ニ云 ̄ク尤 ̄トモ可_レ ̄キ然 ̄ル者 ̄ノ也
同廿日《割書:戊| 辰》習_二 ̄フ大食調入調_一 ̄ヲ習_二 ̄フ時秋_一 ̄ニ也(ナリ)習/則(トキ)吹(フクコト)_十
返昨日以_二吉日_一習_二 ̄フ平調_一仍 ̄テ大-食-調不_レ尋日次昨習_二
平調 ̄ノ入調_一 ̄ヲ訖(ヲハン)後申_二 ̄ス権大納言《割書:以_二消息_一|申》曰(イハク)平-調入-調/已(ステニ)
【柱】古今巻六 〇十五
【柱】古今巻六 〇十五
習/此(イ)後(コ)経(ヘテ)_二 一両月_一 ̄ヲ可_レ ̄キ習_二大-食-調_一 ̄ヲ歟(カ)如何 ̄ン返報 ̄ニ云 ̄ク只
可_レ任_レ ̄ス意 ̄ニ者 ̄ノ也仍 ̄テ所_レ習也/召(メシテ)_二時秋 ̄ヲ於南庭_一 ̄ニ給(タマフ)_二栗毛之
馬一匹_一 ̄ヲ《割書:置鞍(ウツシ)下臈随身取_レ之|上手下手/厩(ムマヤ)舎人(トネリノ)取_レ之》時秋/一(ヒトタヒ)拝 ̄シテ退出(タイシユツス)件 ̄ノ馬并舎
人等 ̄ハ外宿也然 ̄シテ而/予(ワレ)有_二 ̄テ簾中_一給_レ ̄フ之至_二入調_一者有_レ縁
《割書:云| 々》昔 ̄シ時光習_二平-調 ̄ノ入-調於時信_一 ̄ニ時信云入調ハ四天
王 ̄ノ之常所_レ令_二 ̄ムル守護_一也仍 ̄テ必給_レ ̄フ禄 ̄ヲ時光/清貧(セイヒンニシテ)無_レ ̄シ財以_二 ̄テ
古(フル)泥障(アヲリ)二牧【枚ヵ】_一 ̄ヲ奉(ホウス)_二時信_一 ̄ニ《割書:云| 々》習(ナラヒ)訖(ヲハル)之(ノ)由(ヨシ)告_二 ̄ク権大納言一 ̄ニ
相(アイ)_二-副(ソヘテ)返事_一 ̄ヲ被(ラル)_レ送(ヲク)_二 故(コ)左近将監時光自筆譜二牧_一 ̄ヲ
《割書:一牧平調入調一牧大食調々々々入調奥書載黄鐘調々子|秘説予披見之一拝棒持賞翫矣》
【256】堀河院御時六条院に朝覲行幸有けるに池(いけ)の中島に
楽屋を構(かまへ)られたりけるに御所水をへだてゝはるかに
遠かりけり博定(ひろさだ)勅をうけ給て太/鼓(こ)をつかうまつりけ
るが壺(つぼ)よりもすゝめて撥(ばち)をあてけり後日に博定
元正(もとまさ)にあひて昨日の大皷はいかゞ有しといひければ元正
目出たくうけ給き但少壺よりすゝみてそ聞へしと
いひければ又問けるはつぼはうち入たるたひやまじり
たりし始めおはり同し程にすゝみて侍しかといふ
元正始終すゝみて終りにきと答へければ博定扨は
意趣に相叶ふたり其故は楽こそ引はなれぬ事
【柱】古今巻六 〇十六
【柱】古今巻六 〇十六
なれはかすみわたれとおくて物をうつはひゝきの遅
来る也されば御前にては壺にうち入てよくぞき
こしめさんとぞいひけるこの心ばせ思ひよらざる事
也目出たしとぞ元正感じける
【257】前ノ所ノ衆/延章(のぶあきら)は名誉(めいよ)の者也白河院御時六条内裏に
行幸有けるに朱雀大納言《割書:俊明》延章を頻に挙申
されければはじめてめされにけり勘定によりて右
大鼓をつかうまつりけるに皇仁に拍子をあやまち
にけり笛は正清元正成けり元正が吹ところの皇仁
年比きくに延章が説にたがはざりければ其旨を存
ずる所に今度/異説(いせつ)を吹たりけるに失(シツシテ)_レ度(ドヲ)拍子を
あやまちにけり延章(のふあきら)楽屋に入て元正をうらみていひ
ける年比貴説を承るに愚説(ぐせつ)にたがはずそれに此度は
異説(イセツ)を吹給て拍子おとさしむる事いきながらくび
をきらるゝ也といひければ元正云またくあやまらざる
事也申さるゝがことく伝ふる所まことにかはらずされ共
面笛正清也その伏息の程笛を元正にゆつる吹出に
は彼人の説をふかずして豈(あに)他説(たせつ)をもちゐんや大
鼓(こ)の撥(ばち)をとらるゝ計にてはいづれの説をも慥こそ
は存知し給はめとぞいひけるなだらかに目でたくそ
【柱】古今巻六 〇十七
【柱】古今巻六 〇十七
侍ける是笛吹を背て我がじこにもてなすかいたす
所也大/鼓(こ)の撥(ばち)をとる日は笛ふくとよくいひあはせ
て存知すべき事也古人伝る所也
【258】嘉保二年八月八日院に行幸ありて相撲(すまう)を御覧
ぜられける江師(こうのそつ)兼日(けんじつ)に式(しき)をつくりて奉ける時舞
人/狛光季(こまのみつすえ)申けるは万歳楽をとゞめて賀殿(かでん)を奏
せんと思そのゆへは一には万歳楽は毎年に御覧
ぜらるゝ曲也一には祝は賀/殿(てん)おなしかるべし一には舞興
賀殿まされり一には此院新造たり賀殿の儀あひ
かなへり江師このよしを奏せられければしかるへき由
勅定(ちよくでう)有てまづ賀殿(がてん)地久を奏(そう)しけり其時の
内裏(たいり)は堀河院/仙洞(せんとう)は閑(かん)院にて侍けり程ちかけれ
ばかちの行幸にてそ侍ける
【259】長治弐年正月五日/朝覲(てうきんの)行幸有けるに胡飲酒(こいんしゆ)中ノ
院右大臣童にて舞給けり左衛門督右大弁宗忠
宰相中将忠教糸竹にたへたるによりて楽屋の
前に座を敷て着座せられけり舞いまだおはら
ざりけるに法皇の召によりて胡飲酒の童参り
けり靴(したうず)をぬがず御前の簀子(すのこ)に候ければ主上紅の
御/衵(うちき)を給はせけり右大臣伝へ給はせけり童庭
【柱】古今巻六 〇十八
【柱】古今巻六 〇十八
におりて舞てしりぞき入ければ父内大臣庭に
おりて拝舞(はいぶ)し給ひけり一家の人々みな下殿せら
れけるゆゝ敷ぞ見へ侍りける御遊に忠教(たゝのり)卿笛を
ふかれけるを主上とゞめおはしましてみづからふかせ
給ひけり胡飲酒(こいんしゆ)のわらははふえふき給ひけりめ
づらしくやさしくぞ侍りける
【260】嘉承二年三月五日鳥羽殿に行幸有て六日和歌
の興有ける序代(じよだい)は中納言/宗忠(むねたゞ)ぞかゝれける次に
御遊主上笛をふかせおはしましける殿下筝宗忠
卿/拍子(はうし)宗通(むねみち)卿/付歌(つけうた)新中納言/基綱(ともつな)卿比巴左京
大夫/顕仲(あきなか)卿笙/俊頼(としより)朝臣/篳篥(ひちりき)有賢(ありかた)朝臣和/琴(ごん)
家俊(いへとし)朝臣付歌安名尊三反桜人一反席田二反
鳥破急(とりのはきう)賀殿急(かてんきう)律(りつ)は青柳(あをやき)二反万歳楽五常
楽急/糸竹(いとたけ)のしらべことに面白かりけり法皇は
簾中(れんちう)にてぞ聞召ける感興のあまり密(みつ)々に北
面の御所のかたに中納言顕通卿以下をめされたり
けり殿下もまいらせ給ひけるとそ盃酌(はいしやく)朗詠今様
など有けり八日主上御船にめして御遊有けり其
後/舞楽(ぶがく)御/贈(をくり)物/勧賞(けんしやう)など有て還御ありけり
【261】堀河院御時節会につねよりもいそぎ入御有ける
【柱】古今巻六 〇十九
【柱】古今巻六 〇十九
を人々あやしう思ける程に御膳宿のかたにて立楽
の時になりて皇帝(くはうてい)を吹出させおはしたりけり
めづらしくいみじかりける事也彼右府のしるし
をかれたるとかや尋ぬべし
【262】季通(すゑみち)のいはれけるは非(ひ)管絃者口/惜(をしき)事堀河院
御時平調にて御遊有しに物の音よくしみて漸(やうやく)暁(あかつき)
に及に五常楽/急(きう)百反に及べは草木も舞なる
ものをあるへしとてあそばされ侍しに五十反ばかり
にて天明ければ時元/排(かゝげ)て見るに庭樹(ていじゆ)のうごくを
みてさて舞めるはと申けるを目出き心はせかなと
人々【濁点付の「々」】いひて感し思けるに顕雅卿いまだ殿上人にて
無/能(のう)にてその座に候だにかたはらいたきに奏(そうして)
云あれは風の吹候へはうごくに侍りと申たりける
に満座わらひけり
【263】同院の御時/楽歌(かくか)の事ありけり殿上/三台(さんだい)を奏す
主上御笛あそばし破(は)二反/急(きう)三反さらに又/急(きう)数反
ありこの答に地下五常楽を奏す笛《割書:時元》序後(じよご)
詠(えい)の段々つねのごとし破(は)六反畢て急(きう)を奏する
に叡感(えいかん)ありて楽をとゞむべからずと天気有けり
其間夜ノ月/窮(きはめて)昇(のぼり)ぬ地下の勝になりにけり【264】楽所の預
【柱】古今巻六 〇二十
【柱】古今巻六 〇二十
小監物源頼能は上古に恥(はち)ざる数寄(すき)の者也/玉手(たまて)
信近(のぶちか)に順て横笛(よこふへ)を習けり信近は南京にあり
頼能其道のとをきをいとはず或は隔日(かくにち)にむかひ或
は二三日をへだてゝゆく信近ある時にはをしへ或時は
教ずして遠路をむなしく帰おりも有けり或時は
信近■【苽ヵ】田にありて其むしをはらひければ頼能も随
て朝より夕にいたる迄もろ共にはらひけり扨かへらん
とする時たま〳〵一曲を授けりある時は又/豆(まめ)を苅(かる)所
にいたりて又是をかり苅(かり)をはりて後/鎌(かま)の柄(え)を
もて笛にして教けりかくして其わざをなせる物成り
【挿絵】
【柱】古今巻六ノ 〇又二十
【柱】古今巻六ノ 〇又二十
【挿絵】
更に下問をはぢず貴賎(きせん)を論せず訪学(はうかく)しけり
天人楽をは八幡宮の橋ノ上(ほとり)にて大童子に習たる
とぞいひつたへたる頼能は博雅三位の墓(はか)を知て
とき〴〵三向して拝しけるまことによく数寄た
るゆえなり
【265】知足院殿何事にてかさしたる御のぞみふかゝりけ
る事侍けり御歎のあまり大権坊(たいごんばう)といふ効験(かうけん)の僧
の有けるに咜祇尼(だぎに)の法を行ぜられけり日限(にちけん)をさして
しるしある事なりけりせめての怨切(をんせつ)のあまりに件の
僧を召て仰合られけるに僧の申けるは此法いまだ
【柱】古今巻六 〇二十一
【柱】古今巻六 〇二十一
疵つかず七日が中にしるし有べし若七日に猶しるし
なくは今七日をのべらるべく候哉それにかなはずは
すみやかに流罪(るざい)に行れ候へかしときらびやかに申て
げり仍供物以下の事/注進(ちうしん)に任(まかせ)て給てげりさて
初おこなふに七日に験(げん)なしその時すでに七日に
験(げん)なしいかにと仰られければ道場(どうじやう)を見せらるべく
やたのもしき験候也と申ければ則人をつかはして
見せられければ狐(きつね)一疋来て供物等をくいけり更
に人におそるゝ事なし扨其後七日のへ行はるゝに
まんずる日知足院殿御昼ねありけるに容顔(ようがん)びれ
いなる女房御枕をとをりけりそのかみかさねのきぬ
のすそより三尺ばかりあまりたりけりあまりにうつく
しう候はん【「候はん」、書陵部本「えむ」】におぼしけるまゝにそのかみにとりつかせ給ひぬ
女房見かへりてさまあしういかにかくはと申ける声(こゑ)け
はひかほのやうすべて此世のたぐひにあらず天人の
あまくだりたらんもかくやとおぼへさせ給て弥々
しのびあへさせ給はでつよく取とゞめさせ給ひける
を女房あしく引はなちてとをりぬと覚しめしける程
にそのかみきれにけりかたはらいたくあさましくお
ぼす程に御夢さめぬうつゝに御手にものゝかにして
【柱】古今巻六 〇二十二
【柱】古今巻六 〇二十二
有を御覧しければ狐の尾(を)也けり不思儀(ふしき)に覚しめし
て大権坊を召て其やうを仰られければさればこそ
申候つれいかにむなしかるまじく候年比/厳重(げんぢう)の験(げん)多(おほ)
く候つれ共是程にあらたなる事はいまだ候はず御
望の事明日/午刻(むまのこく)にかならず叶(かな)ひ候べし此上は
流罪の事は候間敷やと狂(くるひ)申出にけりかつ〳〵とて
女房の装束(しやうぞく)一/襲(くだり)かつけ給けり申すがごとく次日午刻
に御よろこびの事公家より申されたりけるとぞ
摂禄(せつろく)の一番の御まつりごとに大権をば有職(ゆうしよく)に被成
けり件のいき尾(を)はきよき物に入てふかくおさめに
けりやがて其法を習(なら)はせ給てさしたる御望なと
の有けるにはみづから行はせ給けりかならず験あり
けるとぞ妙音院(めうをんいん)の護法殿(ごほうでん)にねられけるいかゞ也
ぬらん其いき尾の外も又/別(べち)の御本尊(こほぞん)有けるとかや
花薗(はなその)のおとゞの御/跡(あと)冷泉(れいせい)東洞院(ひかしのとういん)に御わたり有し
時もほこらをかまへていはゝれたりけり福天神とて
其/社(やしろ)当時もおはしますめり此福天神の不思儀おほ
かる中に寛喜元年の比七条院に式部ノ太夫/国成(くになり)と
いふ者あり越前(えちせん)の目代(もくだい)にて侍しかば其時目代入
道とぞ申ける其子息に左衛門尉なにがしとかや云て
【柱】古今巻六 〇二十三
四条大納言の家に祇公(しこう)の間夕暮にかの亭(てい)冷泉
万里小路(までのこうぢ)より退出(たいしゆつ)の時/大炊御門(おほいのみかと)高倉辺にてたち
とゞまりてあなおもしろの筝(さう)の音やといひて行も
やらず打かたぶきて面白かりけりそこにある男に
是はきくかといふ更にきかずとこたへければいかにや是
程に面白き筝をばきかぬとて猶/独(ひとり)心をすまして
立たりけり扨家に行つきてやがて胸(むね)をやみ出して
あさましく大事也其うへ物ぐるはしくて西をさしては
しり出んとしければしたゝか成者共六人して取とゝめ
けるに其力のつよき事いふばかりなしたかくおどりあがり
てかしらを下になして肩(かた)を板敷につよくなげければ
只今に身もくだけぬとぞ見へける其時/法源房(ほうけんばう)いまだ
俗(ぞく)にて大炊御門東洞院の山かの中納言/局(つほね)の家の北
対(たい)をかりうけてゐられたりけり此病者が家はたゞ東
にてぞ侍けるそなたへゆびをさしてゆかんとするを
父たがもとへゆかんと思ひてゆびをはさすぞ西(にしに)藤馬(とうまの)助
こそおはすれかれへゆかんと思ふかと問ければ病者うな
づきけりさらばよび申さんはいかにといへば悦たる気しき
にてうなづきけり其時馬助のもとへ行て此やうを
いひければあやしき事也とて則あひ共に病者の
【柱】古今巻六 〇二十四
【柱】古今巻六 〇二十四
もとへ行ぬ病者馬助を見てさしも狂ひつるがしめ〳〵
としづまりてみづから烏帽子(ゑぼうし)を取て打かづきてふかく
かしこまりたりあたりに六七人ゐたりける看病(かんびやう)の者
共を次第ににらみけりよにあしげに思ひたりければ
みなのけてげり父の入道ばかりかたすみに引入て居た
りけるを猶あしけに思てにらみければそれをもの
けてげり馬助と只(たゝ)弐人むかひて其気しき殊に事
よく心ゆきたるけしき也猶かしこまり恐たる事/限(かきり)
なし扨馬助何しにめされ候けるぞといへばいよ〳〵ふかく
かしこまりて始て詞を出していひけるは御辺ちかく候
物にて候見参に入たく候てといふ馬助さ候へはめしに
したがふて参候何事も仰られ候へといへば病者あまり
に御筝御比巴御こゑわざなどの承たく候といふ馬助やす
き事に候其道にたづさはりたる身にて候へば人をきら
ふ事なしたゞ聞たがる人を悦につかうまつれば仰に随ふ
べしと則比巴を取寄て引てきかするに打うなつき
〳〵て左右へ身をゆるがして心とけたるさまあらは也
引はてゝ置ければ又御筝の承たく候といふ則いふか
ことくに引けり面白かる事先のごとし其後/朗詠(らうえい)
催馬(さいばら)楽などさま〳〵のこゑわざとも所望に随ひ
【柱】古今巻六 〇二十五
【柱】古今巻六 〇二十五
てつくしければあさましくうれしげに思ひたり扨馬助
いひけるは仰に随ひて諸芸(しよげい)共つかうまつりぬ此御
望は幾度成共やすき事也聞度おぼさん時は憚(はばか)り
給べからずかやうによのつねならぬ御気しきならで今
よりはのどまりて仰られよといへば病者又かしこまり
つゝかやうの身がらにてはかくうるはしからては見参の
便宜(べんぎ)候はでといふ馬助左候はゝいとま給はりて罷なん少
物をめし候へかしといへは承伏しけり則白き米をかは
らけに入たるをうちあはひとをおしきに入てとり寄(よせ)
すゝむれは米をうちくゝみてことにはをとよげにから
〳〵とくひけり打あそ【書陵部本「わ」】びをとりあはせて只一両口に
やす〳〵とくいてげり其くいやうも普通(ふつう)の儀にあらず
扨酒をすゝむれは日来(ひころ)はすべて一かはらけたにもえ
のまぬ下戸(げこ)なりけるが大なりし大かはらけにて二度
のみてげり今一度とすゝめて又一度のみつゝ此うへは
さらばとて馬助は帰りぬ去程に暁(あかつき)に及(をよん)て父入道又
来ていふやう御帰の後又くるひ候也さりとては今一度
御渡り候て御覧ぜよといふ則随ひて来ぬ実(げに)も其
狂やうおびたゝ敷おそろしかりけり馬助来ていかに
きやう〳〵に人をばすかさせ給ぞ何事も仰らるゝ
【柱】古今巻六 〇二十六
【柱】古今巻六 〇二十六
随ひてもろ〳〵の事ほどこしてきかせ奉りぬ今は御
心ゆきていとまを給はりて帰つれば心やすくこそ思ひ
給にやがていつしかかくおはすべき事かはとはしたなげ
にいひければその事に候猶所望の事共残て候也比巴
には手と申て目出たき事の候ぞかしそれが承たく
候てといふ馬助やすき事さらば一どにはおほせられで
とて則/風香調(ふうきやうてう)平(へう)一/両(りう)引てきかせけりまめやかに
面白げに思て打かたぶき〳〵聞けり其時比巴の手は
きかせ給ぬ筝の調子はいかにこれ程すかせ給たれば
心おちて引てきかせ奉らんとて三段のほりかきあはせ
【縦長楕円印】BnF/MSS
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【柱】古今巻六ノ 〇又廿六
【柱】古今巻六ノ 〇又廿六
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
弄梅花といふ撥合(はちあひ)など引てきかせければたな心合
て面白がりけりかくする程に夜すでに明て壁(かへ)の
くづれより日/影(かげ)のさし入たる穴より犬の鼻をふき
て内をかぎけるを此病者見て扇をすへ顔色(がんしよく)かはり恐
おのゝぎたる気しき也こゝにかの福天神の所為と悟(さとり)
て犬を追のけつ其後気しきなをりてげり今は心ゆき
ぬらん罷帰らん見参に入候ぬるうれしく候御社へも参
てものゝねあまたそろへて楽(がく)してきかせまいらすべしと
いへは昔つねに承る事にて其御名残なつかしくて
おそれながら申て候つる也とぞの給ひける扨馬助帰
【柱】古今巻六 〇二十七
【柱】古今巻六 〇二十七
ぬ其後病者/打臥(うちふし)申刻(さるのこく)計迄はおきもあがらざりける
此事あはれに覚へて尾張(おはり)の内侍/讃岐(さぬき)などさそひて
かの社に詣て筝(さう)比巴(びわ)引てきかせ奉けるとそ
【266】侍従(じじう)大納言《割書:成通》雲林院(うんりんいん)にて鞠(まり)を蹴(け)られけるに
雨俄にふりたりければ階隠(かいかくれ)の間に立入て階にしりを
かけてしばしはれ間をまたれける程
雨ふれは軒(のき)の玉水つふ〳〵と
いはゝや物を心ゆくまて
といふ神歌を口すさまれける程/格子(かうし)の中より
をしあけて女房の声にてこのほどこれに候人の
物のけをわづらひ候が只今御声をうけ給てあくびて
けしきかはりてみえ候にいますこし候なんやとすゝ
めければ沓(くつ)をぬぎて堂(だう)の中へ入て木丁(きてう)の外に
ゐて
いつれの仏のねかひより千手のちかひそたのも
しきかれたる草木もたちまちに花さきみ
なるとときたれはといふ句をくりかへし〳〵
うたひて又
薬師の十二の誓願(せいくはん)は衆病(しゆひやう)悉除(しつぢよ)そたのも
しき一経其耳はさておきつ皆令満足す
【柱】古今巻六 〇二十八
【柱】古今巻六 〇二十八
くれたり
これらをうたはれけるにものかげ【「ものかげ」、書陵部本「物の気」】わたりてやう〳〵の事
共いひて其病やみにけりかならす法験(ほうけん)ならねとも
道達(どうたつ)せる人の芸(げい)には霊病(れいびやう)も恐(をそれ)をなすにこそ
【267】天永三年三月十八日御/賀(が)の後宴(ごえん)に舞楽(ぶがく)はてゝ
御遊の時中納言/宗忠(むねたゝ)卿拍子治部卿/基綱(もとつな)卿/比巴(ひわ)中
納言中将/筝(さう)中将/信通(のふみち)朝臣/笛(ふへ)少将/宗能(むねよし)朝臣/笙(せう)
伊通/和琴(わごん)越後守/敦兼(あつかね)篳篥(ひちりき)呂(りよは)安名尊(あなたうと)席田(むしろだ)
鳥(とり)律(りつ)は青柳(あをやき)更衣(かうい)鷹子(をうし)万歳楽主上/催馬(さいはら)楽を
付うたはせ給けるめづらしく目出たかりける事也
おほせによりてさらに又更衣鷹子なと数反(すへん)有ける
興ありける事也
【268】京極太政大臣《割書:宗輔》内裏より罷出給けるに月/面(をも)
白(しろ)かりければ心をすまして車の内にて陵王(れうわう)の乱(みたれ)序(しよ)
を吹給けるに近衛(こんゑ)万里小路(まてのこうぢ)にてちいさき人の陵王
の装束(しやうそく)をして車の前にてめてたく舞みえけり
あやしく覚て車をかけはづして榻(しゞ)にしりかけて
一曲みな吹とをし給にけり曲のをはりに此陵王近
衛より南万里小路より東のすみなる社の内へ入に
けり笛曲も神威有けるにこそやむことなき事也
【柱】古今巻六 〇二十九
【柱】古今巻六 〇二十九
【269】舞人/多資忠(おほのすけたゝ)死去の後/胡飲酒(こいんしゆ)採桑老曲(さいさうろうのきう)かの氏に
絶(たへ)にければ久我太政大臣胡飲酒を将曹(しやうさう)多(おほひの)忠方
にをしへ給ひけり採桑老(さいさうらう)はをしふるものなかりけるに
天王寺舞人/秦公貞(はだのきんさた)此曲を伝へたりけれは院の仰
によりて右近/将軍(しやうさう)多近方にをしえてげり
【270】保安五年正月/朝覲(てうきんの)行幸に近方(ちかかた)採桑老をつかう
まつるべきにて有ければ四年十二月一日仙洞にて近
方採桑老をつかうまつりて一院新院御覧ぜられ
けり能俊(よしとし)卿以下御前に候けり近方庭中に出
ける時/楽人(がくにん)公貞/扶持(ふち)しけり舞終て公貞をも
舞せられけり【271】太神元政(おほかのもとまさ)多近方(おゝいちかかた)かもとへ早朝に
来れる事有けり近方いそぎ出合たりけり元政
八幡へまかる使にきと申べき事有て詣てたると
いひけれはしばらくとゞめてはい酌(しやく)なとすゝめける
に元政が云八幡へは罷侍らずけふは元賢に狛(こま)ふえ
ふかせんれうにまいれる也百千の秘事(ひじ)を教(をしへ)たりと
いふ共舞人の御心にかなはざらん笛吹何にても
あるまじ元政年たけて命けふあすともしらず
しかれば是をきかせ申さんと思てけふはぐして参
れり大事あり共たがはずして聞給へといひければ
【柱】古今巻六 〇三十
【柱】古今巻六 〇三十
近方興に入て成方(なりかた)并ニ近久(ちかひさ)がいまだ小童(こわらは)にて有
けるをよひ出して舞せて笛を聞けり終日(しうじつ)ふかせ
て拍子をあくる所事をしたゝめき近方ことに感(かんじ)
申けり元政涙をながして悦事かぎりなし扨元政云
右の楽(かく)はけふしたゝまりぬ秘(ひ)曲をばみな伝(つたへ)教(をしへ)候此
うへはおのづから不審(ふしん)ならん事をばいもうとの女房に
いひあはすへしとそいひける件の妹(いもうと)は女房ながら元
政におとらぬもの也/安井(やすゐ)の尼とぞいひける夕霧(ゆふきり)事か
【272】保延元年正月四日朝覲/幸(ぎやうがう)に多(おゝの)忠方/胡飲酒(こいんしゆ)をつ
かうまつりけるに此曲たび〳〵御覧せられつるに今度
ことにすくれたるよしおほやけわたくしさたあり
けり左大臣勅を承りて一/階(かい)をたぶよし仰下されけれは
忠方/再拝(さいはい)して舞て入けりかゝる程に忠方右舞人たり
といへ共左舞を奏して勧賞(くはんしやう)をかうふる左かならす賞(しやう)
を行はれずとも何事かあらんや又/狛光則(こまのみつのり)多/忠方(たゝかた)い
つれ上/臈(らふ)たるぞやのよし儀定(ぎぜう)ありければ左衛門督雅
定卿申されけるは光則忠方同日に勧賞かうふりて
叙爵(じよしやく)す多は朝臣なるによりて内位(ないゐ)に叙(しよ)す狛は
下姓(かせい)によりて外位(ぐわいい)に叙(じよ)す忠方上/臈(らふ)たるべしとぞ
申されけるよく舞によりて賞をかうふる光則よく
【柱】古今巻六 〇三十一
【柱】古今巻六 〇三十一
舞はゝ行はるべし幽ならずは行はるへからずと申けり
或は左右ともに行はるべきよしをも申けり光則七旬
に及へり哀(あい)憐(みん)【れんヵ愍ヵ】有けるにやつゐに散手(さんしゆ)を奏する時
一階を給てげりむかしはかく芸(げい)によりて賞(しやう)のさた有
けり近比(ちかころ)より其善悪のさた迄もなくてたゝ一者
になりぬれば左右なく賞を行はるゝ習なれは頗(すこふる)
無念の事也
【273】同三年正月四日/朝覲(てうきんの)行幸に輪台(りんだい)いでんとしける
左楽行事にて大炊御門右府の中将とておはしける
がすゝみ参て輪台の垣代の笙吹/雅楽属(うたのすけ)清方
左近/将曹(しやうさう)時秋/音取(ねとり)を相論(さうろん)のよし奏せられけれは
殿下院に申させ給けり院覚しめしえざるよし仰
有けり殿下左大臣に尋申されければ左府申され
けるは笙事の外に勝劣(せうれつ)有先/例(れい)官(くはん)の上下臈
によらず譜代(ふだい)をえらひ用らるゝ事也もし清方を
用られば笙のためきたなき事也と申されければ殿
下此よしを楽(がく)行事の司に仰られけり是を聞て
中院右大臣の大納言にておはしけるをはしめと
して悦(よろこふ)人々おほかりけりかの右府は時秋が弟子
にておはしける故也
【柱】古今巻六 〇三十二
【柱】古今巻六 〇三十二
建長五年正月廿七日八幡行幸の還御(くはんきよ)の次
に鳥羽殿に入らせおはしまして廿八日に朝覲の礼
あり垣代の笛/雅楽(うたの)太夫/戸部政氏(とべのまさうぢ)はふえの一にて
侍れ共左近の将監大神正賢/立(たち)よりてうたへ申て
吹たりしは保延のためしにて侍けるにや戸部氏
こそ本体にて侍しに近代大神氏にほかせをとら
れてかやうに正賢にもこたへられけるにこそ
【274】同三年六月廿三日宇治左府内大臣におはしましける時
院御所ちかゝりける御宿所にて大との筝をおとゝ
権大納言笙六条大夫基通笛にて御あそひあり
けるに孝博月にのりて参りて琵琶を弾しけり天
曙てぞ大納言かへり給ける
同廿六日院御所にて御遊有けり大殿女房右衛門佐
筝新大納言《割書:宗能》孝博(たかひろ)比巴内大臣権大納言《割書:正実》笙
左衛門尉元正笛能登守季行篳篥宮内卿有賢拍
子にて双調(そうてう)盤渉(ばんしきの)調曲を奏せられけり夜ふけて
折櫃のうへに折敷をおきてけつりひ【削氷】をすへて公卿
の前におかれけり院には御台(おんだい)にてぞ供せられける
寝殿(しんでん)の南面にて此あそびは有ける孝博元正は
みぎりのもとにたゝみを敷て候けり夜明る程に
【柱】古今巻六 〇三十三
【柱】古今巻六 〇三十三
ぞ出にけるこれほどに道にたれる人々のうちつゞき
管絃の興ありけるいかにめてだかりけんあり
がたきためし也
【275】同五年の宇治の一切経会に雨ふりて四日行はれ
けり大殿(おほとの)尼北政所(あまきたまんところ)内大臣殿御わたり有けり大
殿牙の笛を清延(きよのふ)に吹(ふき)こゝろみさすべきよし仰
られければ内大臣皇宮亮顕親朝臣をして清延
をめしてたびける事はてゝ返上すとて所々こはき
穴候へとも心えてつかうまつり候へは神妙に候也とぞ
申けるつき〴〵しかりけり清延は清正か子笛の
一のものにてぞはへりける
【276】或所にて会遊ありけるに時元笛を吹けるがし
はらくやすみけるに時廉(ときかど)蘇合(そかうの)序を吹(ふき)けり時
元聞てあはれ正念なく吹物かなかゝらんには興
なくやとて笙をはりて中間に両所(ふたところ)かさねてあけ
て吹たりける誠ニ優美(ゆうび)なりけり侍従大納言のいはれ
ける蘇合序は廿拍子なりしかある今の世には
十二拍子を用て残八拍子をばもちゐぬいはれなき
事也舞又たらずそのゆへは舞は手のあひかはる
五拍子也此五拍子をはじめは東にむきて舞次第
【柱】古今巻六 〇三十四
【柱】古今巻六 〇三十四
に南に向て舞次に西に向て舞次に北に向
て舞各五拍子を舞也同し手を方をかへて舞也
しかあるを近代は南に向て三拍子北に向て五拍
子をまはさる也といはれけれは舞人光近聞て五
拍子方をかへて舞事またくさる事なしとぞいひ
ける抑(そも〳〵)序/奥(おふ)八拍子はたえて久敷なれりしかるを
かの亜相(あしやう)ひとり伝へられたる事もおぼつかなき事
也されば正元/正(まさし)くつたへたりけるにや此事おぼつかなし
蘇合三四帖共に奏する時/籠(こもり)拍子/両帖(りやうでう)にうたすし
て四帖に用事は頼能/是季(これすへ)時元等の説也しかあるを
季通朝臣いはれけるは蘇合は三帖を肝心とする
がゆへにかならず此帖に打べしとぞ侍りける明暹
宗輔等は両帖共に打べきよし申されけり堀河院
御時御遊有けるに蘇合一具とをされけり三帖を奏
して後宗輔卿奏すべきよしを仰下しけりこれ天
気也けるにや此時の楽人元正以下宗輔の与奪(よだつ)
を聞て此人心おとりすとぞつぶやきける是は三帖
にうたずして四帖にうつべき由を思てさらは三帖
の時とぞいはれめと思てかくつぶやきけるなるべし
此条はいはれなき事にや両帖共に打事是又正説
【柱】古今巻六 〇三十五
【柱】古今巻六 〇三十五
也妙音院殿も両帖共に打へき由慥にしるし
おかれたり是によりて其御流をうけたるものみな
両帖にうち侍り宝治三年六月仙洞/御講(ごこう)に蘇合
一具侍しに予太鼓つかうまつりしにも両帖に打
侍き只是法深坊に申あはする所也
【277】知足院殿仰られけるは万秋楽はゆるゝかに吹
へしと人はみなしりけれ共しんじつはせめふせて
吹べき也頼能もさぞ吹けるあひつぎて大納言
宗俊卿もけすらふ時せめふせて吹也
白河院御時新院三条殿にわたらせ給ひしに中門
の廊にて新院件ノ序吹せ給ふに宗能卿御供して
つかうまつる其時も責伏(せめふせ)てぞふかせ給ひける
白河院/寝殿(しんでん)の御簾(ごれん)を褰(かゝげ)て再三御感有て今度
〳〵と仰らるゝ事五六度に及けり故実(こじつ)をしろ
しめして御感有けるとぞいみじき御事なれ
【278】同院筝をひかせ給けるおり初夜のかねはつきぬる
かと御尋有けるに聞たる者なかりけるに釜殿(かまとの)が申
けるは御前のかたにこそかねのこゑは聞え侍つれ
と申けるを人つたへ申けれは我筝はいたりにけり
よき筝はかねのこゑに似たるなりとそ
【柱】古今巻六 〇三十六
【柱】古今巻六 〇三十六
おほせられける
【279】鳥羽院八幡に御幸有て御神楽(みかくら)行はれけるに
みつから御笛をふかせ給けり本(もと)拍子徳大寺
左府納言にてとり給けり末(すへ)拍子/按察(あせち)資賢
卿の殿上人にてとられけり備後(びんご)前司(ぜんじ)季兼(としかね)朝臣
庭火(にはび)の本歌をとなへけるに秦兼弘(はたかねひろ)人長(にんちやう)にて
もろ歌を仰すとて外山なるうたふ時おほせける
にも末句をうたはで季兼朝臣しりぞきにける
其説をしらぬこそと世の人いひけり榊(さかき)のふりに
末句をうたはざるは故実にて侍るとなん季兼朝臣
帰洛しけるに誂道(つくりみち)【書陵部本「作道」】にてうしろのかたよりはせ来る物
有けり見帰(みかへり)たれは多(おほひの)近方也はせつきていひける
は穴かしこ此事ちんじ給なたゝしらざるよしにて
おはしますべし若ちんじ給はゞ秘説(ひせつ)あらはれぬべし
とぞいひける兼方がしらざりければ兼弘はしらぬ
はことはり也拍子とりて出たつとき人長輪を
冠(かふり)にかけて引とゞむるとかや是秘説にて侍り
【280】康治元年三月四日仁和寺の一切経会に両院御
幸有けるに入道殿下参らせ給けり春鶯伝を舞
ける時/行則(ゆきのり)申けるは光時/諷踏(ふとう)【書陵部本「颯踏」】急(きう)
声二反を舞
【柱】古今巻六 〇三十七
【柱】古今巻六 〇三十七
行則一反を舞第二之/切絶(きりたへ)たり入道殿仰られける
は第二反のたひ則舞べからず是によりて第二反
の時はひざまづきて候けり京極大相国宗輔其時
大納言にて候はれけるが申されける康和(かうわの)御/賀(が)に
光時が曾祖父(そうそぶ)光季第二反たゆるよし申侍きいま
光時二反をまふいかゞもし光季秘蔵しけるにや宇治
左府御記には件の卿もとより光時をにくみていはれ
けるにやとぞかき給て侍るなり
【282】同弐年八月新院/青海波(せいがいは)を御覧じけり垣代(かきしろ)の
不足に武者所(むしやところ)をめしたてられけるに胡籙(ゑびら)をおは
ざりけるをみて舞人光時申けるは白河院御時此
儀有しがは武者所みな胡籙(えびら)を負(おふ)て侍き今其
儀なし世の陵遅(りやうち)ことにおきてかくのごとし其後又
此舞を御覧じける時には武者所に仰て胡籙
をおふたりけるは光時か一言/上聞(じやうぶん)に及けるにや
光時に御馬をぞ給はせける
【282】久安三年九月十二日法皇天王寺御幸有けり
内大臣御供に候はせ給ひけり十三日念仏/堂(だう)にて
管絃有けり歌并笛資賢笙内大臣篳篥
俊盛朝臣但不堪のよしを申てふかざりけり比巴
【柱】古今巻六 〇三十八
【柱】古今巻六 〇三十八
信西筝/六波羅(ろくはら)別当/覚暹(かくせん)法皇笛をふかせおは
しますとて沙門の身にて此事あざけりあるべし
とて障子(しやうじ)にゐかくれさせおはしましけり御出家(こしゆつけ)の
後此たびはじめてふかせおはしましけり先ツ双調(ソウテウ)
鳥ノ破(ハ)同/急(キウ)賀殿急(カテンノキウ)安名尊(アナタウト)妹与我(イモトワレ)次ニ平調万歳楽
慶雲楽(ケイウンラク)三台ノ破(ハ)同/急(キウ)五常楽同ク急/扶南(フナン)老君子/廻(クハイ)
忽(コツ)甘州(カンシウ)陪臚(バイロ)伊勢ノ海/我門(ワカカト)更衣/浅(アサ)水/梢(コズヘ)【書陵部本「浅水橋」】鴛鳬(ヲシカモ)盤(ハン)
渉(シキ)調秋風楽《割書:初一帖|後二三帖》
鳥向楽(テウカウラク)万秋楽《割書:一帖》蘇合(ソカウノ)《割書:三五|帖》急(キウ)採桑老(サイソウラウ)蘇真者(ソシンシヤ)【書陵部本「蘇莫者」】
破(ハ)青海波(セイカイハ)竹林(チクリン)楽《割書:二三|帖》拍柱(ハクチウ)千秋楽此外/催馬楽(サイバラ)
有けるとかや朗詠今様風俗など数へん有けり
資賢(すけかた)朝臣ぞつかうまつりける朗詠は法皇/御発言(ごはつごん)
有けるとぞ其後としよりあそん読(どく)経つかうまつり
けり人々興にせうじて覚暹(かくせん)信西/楊真操(やうしんそう)弾(たんし)けり
法皇のおほせに資賢は催馬楽(さいはら)のみちの長者なりと
えいかん有けるは此たびの事也いかにめんぼくに思ひ
けん
【283】同三年十一月卅日院にて舎利講(しやりこう)を行はれけり人々
参て後信西をもて平調/盤渉(ばんしき)調のあいた定め申
べきよしおほせられけれは内府は此道にふかからず
【柱】古今巻六 〇三十九
【柱】古今巻六 〇三十九
とて定め申されず左大将《割書:雅定》中の御門(みかと)の大納言《割書:宗輔》
ぞ平調よろしかるべしと申されける侍従中納言《割書:成道》
は盤渉調(ばんしきてう)たるべき由申されけるとかや平調たるべき
よし勅定有けり内大臣左大将笙侍従中納言左衛門
督ふえ季行朝臣ひちりき読(とく)経ありけり大納言
伊通卿朗詠せられけり右衛門かみ《割書:公教》季兼朝臣い
まやうをうたふ次/壱越調(いちこつてう)又盤渉調曲などもあり
けり左大将/多近方(おほひちかかた)に命(めい)じて国風をうたはせられ
けり扨も今度万歳楽三反有けるにその第三反に
雅楽大夫清延なを半帖をもちゐたりける人あや
しみとしけり
【284】同六年十二月大宮大納言隆季卿殿上人の時左近
府の抜頭(はとう)の面形(をもてかた)を借請(かりうけ)ておかれたりけるに八日の
夜の夢にかちかふりしたるもの来りて彼面形はや
く府にかへすべし久敷わたくしにをく事なかれと
いふと見てさめにけりおどろきて其面形を見けれ
ば裏(うら)の銘(めい)に右相撲司延暦廿一年七月一日/造(つぐる)と書
たりおそれおのゝきてやがて府にかへされにけり
古今著聞集巻之六終
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【柱】古今巻六 〇四十終
【裏表紙】
【背。ラベル 横書き。「總」は青字、「上」は朱字】總上/5/54
【表紙題箋】《題:古今著聞集 《割書:七》》
【前見返し】
古今著聞集巻第七
能書(のうしょ)《割書:第八》
【285】尺牘(せきとく)の書疏(しよそ)は千里の面目なりといへり凡/六文(むつのぶん)八
体(てい)のすがたをあらはす輩(ともから)驚鸞(けうらん)反鵲(へんしやく)のいきほひ
をならふ人わずかに一字の跡をのこしてはるかに万
代のほまれをいたすもろ〳〵の芸能(げいのふ)の中に手跡(しゆせき)
まことにすくれたり
【286】嵯峨(さが)天皇と弘法(こうばう)大師とつねに御手跡をあらそは
せ給ひけりある時御手本あまた取(とり)出させ給ひて
大師に見せまいらせられけり其中に殊勝(しゆせう)の一巻
【蔵書印:朱 陽刻 方形 単郭 篆書体】
《割書:平戸藩|蔵書》
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:楽歳堂|図書記》
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:子孫|永宝》
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【柱】古今巻七 〇一
【柱】古今巻七 〇一
有けるを天皇おほせこと有けるは是は唐人(とうしん)の手跡
也其名をしらずいかにもかくはまなびがたし目出たき
重宝(てうほう)なりとしきりに秘蔵(ひそう)有けるを大師よく〳〵いは
せまいらせてのち是は空海(くうかい)がつかうまつりて候物をと
奏(そう)させ給たりければ天皇さらに御信用なし大きに
御不/審(しん)有ていかでかさる事あらん当時かゝるやうに
はなはだ異(い)するなりはしたてゝ及べからずと勅定有
ければ大師御不審まことに其いはれ候/軸(ぢく)をはな
ちてあはせめを御/叡覧(えいらん)候へしと申させ給ひければ
則はなちて御覧するに其年其日/青龍(せうりう)寺におゐ
て書_レ之/沙門(しやもん)空海と記(しる)せられたり天皇此時御/信仰(しんかう)
有て誠にわれにはまさられたりけりそれにとりい
かにかく当時のいきおひにはふつとかはりたるぞと
たつね仰られけれは其事は国によりて書/替(かへ)て
候也/唐土(とうど)は大国なれは所に相応(さうをう)していきをひかくの
ごとし日本は小国なればそれにしたがひて当時の
やうをつかうまつり候也と申させ給ひければ天皇
大きにはぢさせ給て其後は御手跡あらそひもな
かりけり
【287】大内十二門の額(かく)南/面(をもて)三門が弘法大師西面三門は
【柱】古今巻七 〇二
【柱】古今巻七 〇二
大内記(たいないき)小野/美材(よしき)北の三門は但馬(たしまの)守/橘逸勢(たちはないつせい)各々【名々ヵ】
勅を承て垂露(すいろ)の点(てん)をくだしけり東面三門は嵯峨(さがの)
天皇かゝせおはしましけるまことにや道風(とうふう)朝臣大師
のかゝせ給たる額(がく)を見て難(なん)じていひける美福(びふく)門は
田(た)広(ひろ)し朱雀(しゆしやく)門は米雀(べいしやく)門と略頌(りやくじゆ)につくりてあざけ
り侍ける程にやがて中風(ちうぶ)して手わなゝきて手跡も
異(こと)やうに成にけりかゝるためしおそれられけるにや
寛弘年に行成(こうせい)卿美福門の額の字を修飾(しゆしよく)すべき
よし宣旨(せんじ)を蒙(かうふ)りける時は弘法大師の尊像(そんそう)の御前
に香花の具(ぐ)をさゝげて驚覚(けうかく)して祭文(さいもん)をよまれ
けり件の文は江以言(えのもちとき)ぞ書たりける
恐 ̄クハ拘(カヽハルコトヲ)_レ辞_二 ̄スルニ明詔之朝章_一 ̄ヲ今蒙_二 ̄リテ明-詔_一 ̄ヲ而欲_レ ̄スル下 ̄サント
_レ墨 ̄ヲ則(トキハ)疑 ̄ハクハ有_レ黷(ケガレ)_二聖(セイ)跡 ̄ノ冥(メイ)譴(ケンニ)_一更 ̄ニ憚_二 ̄テ聖跡_一 ̄ヲ而/将(マサニ)【左ルビ「スレハ」】
_レ閣(サシヲカント)_レ筆 ̄ヲ亦恐 ̄クハ拘_レ辞【「拘辞」の右ルビ「カヽハランコトヲ」】_二明詔之朝章_一 ̄ヲ晋退(シンタイ)慚(ハヂ)_レ心 ̄ニ
胡(コ)尾(ビ)失(シツス)_レ歩 ̄ヲ伏 ̄テ乞(コイネカハクハ)尊像示_二 ̄シタマヘ以 ̄テ許(ユルスヤ)否(イナヤヲ)_一若 ̄シ可_レ許
可_レ請 ̄ク者 ̄ハ尋_二 ̄テ痕跡(コンセキヲ)_一而添(ソヘン)_二粉墨(フンボクヲ)_一若不_レ許不_レ ̄ン請
者 ̄ハ随_二 ̄テ形-勢_一 ̄ニ而/廻(メクラセ)_二思慮(シリヨ)_一王事/靡(ナシ)_レ盬(モロイコト)盍(ナンソ)【左ルビ「サラン」】_レ鑒(カンカミ)_二於
此(コノ)尚(シヤウ)饗(キヤウヲ)_一
とぞかゝれて侍りける此門とも或は焼失(せうしつ)しあるひは
顛倒(てんとう)してはわづかに安嘉(あんか)待賢(たいけん)門のみぞ侍りける実(げに)
【柱】古今巻七 〇三
【柱】古今巻七 〇三
や此安嘉門の額はむかし人をとりけるおそろし
かりける事かな
【288】延喜の聖主(せいしゆ)醍醐(たいご)寺を御/建立(こんりう)の時道風朝臣に額
書参らすべき由仰られて額二枚を給はせけり一枚は
南(なん)大門一枚は西門の料(りやう)也/真草(しんそう)両様にかきて奉べき由
勅定有ければ仰にしたがひて両様に書てまいらせ
たりけるを真に書たるは南大門の料なるべきを
草の字の額をはれの門にうたれたりけり道風是を
見てあはれ賢王(けんわう)やとぞ申ける其故は草の額殊に
書すましておぼえけるが叡慮にかなひてかく日/比(ころ)
の義あらたまりてうたれけるまことにかしこき御はから
ひなるべしそれをほめ申なるへし
【289】知足(ちそく)院入道殿/法性(ほうせう)寺殿と久安(きうあん)の比より御中心
よからずおはしましける時法性寺殿まいらせ給たり
けるにこゝろみ申されんれうにや四枚/屏風(ひやうぶ)を一/帖(てう)
召寄させ給ひて是に物書て給へと申されたりける
に御/硯(すゝり)引よせさせ給て墨をしばしすらせ給て
中にもちいさかりける筆をとらせ給て紫蓋之(しかいの)峰(ほう)
嵐疎(らんそなり)と三/句(く)を大文字にて四枚に書みてさせ給
てまいらせられたりけりは禅閣(ぜんかう)御覧じてこれは
【柱】古今巻七 〇四
【柱】古今巻七 〇四
重物なりとてやがて宝蔵に収(おさめ)られけるとぞ
【290】大納言なる人の若公(わかきみ)を清水寺の法師に養(やしな)はせ
けり父もしらざりければ母のさたにてやしなはせ
けるに乳母(めのと)法師になして清水寺の寺僧になして
名をは大納言別当とぞいひけるこちなかりける
名のりかし件の僧以の外に能書をこのみて心
計はたしなみてわれはとぞ思たりける当寺の額
は侍従大納言/行成(こうせい)の書給へる也年ひさしく成て
文字みなきえて計見ゆるに此大納言大別当文
字のみな消うせぬとき我/修復(しゆふく)せんといへは古老
【挿絵】
【柱】古今巻七ノ 〇又四
【柱】古今巻七ノ 〇又四
【挿絵】
の寺僧等さしもやんごとなき人の筆跡をばいかゞ
たやすくとめ給はんとかたふきあひければいか成/聖跡(せいせき)
重宝(てうほう)成共あとかたなく消(きへ)うせんには何の益(ゑき)かあら
ん別してわたくしの点をもくはへばこそ憚(はゞかり)もあらめ
かたばかりも其跡のみゆる時もとの文字の上をとめ
てあざやかになさんは何の難(なん)かあらんふるき仏にもは
くをばおすぞかし抔(など)いへば誠にさも有とてゆるしてけり
其時額をはなちてあらたに地(ぢ)彩色(さいしき)して文字の上
とめてげりかゝる程に次の日俄に雷電(らいでん)おびたゝしく
して額を雨そゝぎみな墨を洗(あら)ひて只もとのやう
【柱】古今巻七 〇五
【柱】古今巻七 〇五
になしてけりふしぎの事也いかなるよこ雨にもかく
額のぬるゝ事はなきにそのうへたとひ雨にぬれん
からにやがてすこしもとにたがはずさいしきも文字
も消うすへき事かは是はたゞ事にあらずおそろし
きわざなりといひてのゝしる程に四五日をへてかの
大納言大別当/夭亡(ようもう)しにけるとなん
【291】法深房(ほうじんばう)が持仏堂(ちふつたう)をは楽音寺(がくをんし)と号(こう)して管絃(くはんげん)の
道場(とうじやう)として道をたしなみける輩たへず入来の所
也後には阿釈妙(あしやくめう)楽音寺と三字をくはへてちい
さき額を書てほとけの帳に打たる也あみだ尺迦
妙音天などを安/置(ち)して常(つね)に法花経を転読(てんとく)し
て音楽を供する故にかくは名付たるなり件の額/誂(あつらへ)
申さんが為に建長三年八月十三日/綾小路(あやのこうし)三位入道/行(ゆき)
能(よし)の本へむかはれたりければ禅門日来/所労(しよろう)にて侍
けるが其比ことに大事にて立居る事だにかな
はざりければふしたる所へ請(しやうし)入てねながら対面
せられけり所労の体まことに大事げなりけり
腹ふくれていきどをしきとて物いはるゝも分明
ならざりけるがかくしていはれけるは今日/病床(ひやうしやう)へ
入申てねながら見参する事は其憚侍れども
【柱】古今巻七 〇六
【柱】古今巻七 〇六
かつは最後(さいご)の見参也御わたり珍敷うれしく侍る
さるにても来り給へるゆへ何の料にて侍るぞと
とはれけれは法深房こたへられけるは凡かく程の
御事にておはしましけるつや〳〵しり奉らずいさゝか
所望の事侍りてまうでつれども此御やう見まいらせ
ては更に其事思ひよるべからず今御/平癒(へいゆう)の時こそ申
さめといはれければ禅門所労はさる事なれ共只仰
られよたま〳〵の見参にいかでかとしゐていはれ
ければ法深房此額の事をいはれてげりその時
禅門大におどろきて掌(たなこゝろ)をあはせ涙をながして
不可思議の事に侍りとてかたられけるは先年近江
国より僧来て申事侍きあさましふるく成たる
寺あり其寺を少もあがめ興隆(こうりう)すれば魔(ま)妨(さまたけ)をなし
て住僧も怖畏(ふい)をなし田園(でんえん)をも損亡(そんもう)せしむる事
年おゝつてはなはだしき也此事をまのあたりみ
ればそのおそれ侍れ共たちまちに荒廃(くわうはひ)せん事
かなしく侍れば猶興隆の思ひあり額書て給へと申
侍りしかば則書てあたへ侍りき其後四御年を
へて件の僧又来て申侍しは此額を打てより魔(ま)
の妨(さまたけ)なし住僧も安/堵(ど)し寺領も豊饒(ふにやう)也喜悦の
【柱】古今巻七 〇七
【柱】古今巻七 〇七
思ひをなすところに此額のゆへなりと夢想(むさう)のつげ有
此事のかたじけなさに参て事の由を申入侍也とて
掌(たなこゝろ)を合てさり侍りき然るに去八日此病につかれて
ふしたるにあかつきに及て夢に見るやう天人と思(おほ)
しき人額をもちて来りて此額の文字損じたる
なをして給へとてたぶと見れば先年書たりし近江国
の額也げにも文字せう〳〵消たる所あり夢の中
になをして奉りつ天人悦けしきにて帰り給はん
とするが見かへりて今五十日がうちに又額あつらへ奉
べき人有必書給へし一仏浄土の縁(えん)たるべき也とて
さりぬと思ふ程に夢さめぬ此事によりて心の中に
日ごとに相待ところにけふ五十日/満(まん)也然るに此額あつ
らへたまふ是一仏浄土のえん也やがて書侍べきに
この額におきては精進(しやうじん)して書侍べしいかにもこれ
書はてん迄はよも死(しに)侍らじとてなく〳〵随喜せられ
ける也抑/天下(あめかした)に道にたづさはる人おほけれ共御/辺(へん)
の道におきては又/対揚(たいよう)なしそれにつきては我道(わかみち)こそ
侍けれ其故は今度/閑院(かんゐん)殿/遷幸(せんかう)に年中行事/障子(せうじ)
を書べきよし宣下(せんけ)せられたりしを入道は此/所労(しよらう)の間
かなはず経朝(つねとも)朝臣は訴訟(そしやう)によりて関東に下向す
【柱】古今巻七 〇八
【柱】古今巻七 〇八
これによりてふるき障子を用らるべきよし其さたあり
けるを武家に其儀不_レ可_レ然いかやう成共かの家の子孫
かき進すへき也と申によりて経朝(つねとも)朝臣が子(こ)生年
九才の小童(こわらは)かたじけなく勅定を承て書進ぜ
をはんぬ是をもて是を思ふに御辺の道(みち)と入道か道(みち)と
こそならぶ人なかりけれと自讃(じさん)せられ侍也世に
管絃者おほかれとも誰(たれ)か御辺とひとしき人有手
かき又おほけれ共/朝(てう)の御太事にあふもたゞ此家
計也さればかゝる夢想も有て一仏土の縁(えん)と成申
べきにこそとて感涙(かんるい)をたるゝ事かぎりなしこのこと
さらにうける事にあらず法深房かたり申されしうへ
三位入道このことをしるしたる状に判を加(くは)へて法深
房のもとへおくりたる状をかき侍也
【292】行成(こうせい)卿いまた殿上人の比殿上にて扇(おふぎ)合と云事
ありけるに人々珠玉をかざり金銀をみがきて我
おとらしといとなみあへりけるかの卿はくろくぬりたる
ほそぼねに黄(き)なるかみはりて楽府(がくふ)の要文(ようもん)を真草
に打まぜてところ〴〵かきていだされたりける御(み)門
御覧ぜられて此扇こそいづれにもすぐれたれとて
御前にとゞめられけるとかや彼卿の孫に帥(そつの)中納言
【柱】古今巻七 〇九
【柱】古今巻七 〇九
伊房とておはしけるもいみじき手書也けり春日大明
神の示現(じげん)によりて御経蔵といふ額を一枚かきて
おき給たりければ只今うつべき経蔵もなければ
いまあるやうあらんずらんとて置たりける程に帥(そつ)も
うせ給てのち遥(はるか)に年月へだゝりて思の外に公家
より一切経を安置(あんち)してまいらせられける時たれか額
をは書べきとさた有けるに彼(かの)帥(そつ)の子孫の中より
かゝる事有てかの帥(そつ)書(かき)をける額ありとて出された
りければうたれけるこそ神慮(しんりよ)にかなひて有ける
事やんことなくおほゆれ
むかし佐理(さり)大弐/任(にん)はてゝのぼられけるにみち
にて伊よの三島明神の託宣(たくせん)ありてかの社の額
かゝれたりけるも目出たかりけり
【293】弘法大師は筆を口にくはへ左右の手に持左右
の足にはさみて一同に真草の字をかゝれけり
さて五筆和尚とも申なるとかやふしぎなるこ
となり
術道(じゆつどう)《割書:第九》
【294】術道一にあらずその道まち〳〵にわかれたり推古天(すいこてん)
【柱】古今巻七 〇十
【柱】古今巻七 〇十
皇(わう)十年/百済(はくさい)国より暦(れき)本天文地理/方術書(はうじゆつのしよ)を
奉りてより此かた道をならひ伝て今にたゆる事
なし其中に秘術しるしをあらはして奇異(きい)多(おほ)く
聞ゆくはしくしるすにいとまあらず
【295】御堂(みどうの)関白殿御物/忌(いみ)に解脱寺(げだつし)僧正観修/陰陽師(をんやうし)
晴明(せいめい)医師(いし)忠明(たゝあき)武士/義家(よしいへ)朝臣参/籠(らう)して侍けるに
五月一日/南都(なんと)より早瓜(はつうり)を奉たりけるに御物忌の中
に取入られん事いかゞあるべきとて清明(せいめい)にうらなは
せられければ清明うらなひて一つの瓜に毒気(とくき)さふら
ふよしを申て一をとり出したり加持せられば毒気/顕(あらは)
れ侍べしと申ければ僧正に仰て加持せらるゝに
しばし念誦の間(ま)にそのうちはたらきうごきけり其時
忠明に毒気治すべきよし仰られば瓜を取まはし
〳〵見て二所に針(はり)を立てげり其後瓜はたらかず成
にけり義家に仰て瓜をわらせられければ腰刀(こしかたな)をぬ
きてわりたれば中に小蛇(こへび)わだかまりて有けり針(はり)は
蛇(へひ)の左右の眼(まなこ)に立たりけり義家何となく中をわ
ると見へつれども蛇の頭(かしら)を切たり名をえたる人々
のふるまひかくのごとしゆゝしかりける事也この事
いづれの日記にみえたりといふ事をしらね共/普(あまね)く
【柱】古今巻七 〇十一
【柱】古今巻七 〇十一
申伝へて侍り【296】陰陽師/吉平(よしひら)《割書:清明子》医師/雅忠(まさたゝ)と酒(さけ)を
のみけるに雅忠/盃(さかつき)をとりてうけてしばしもたれけるを
吉平みて御酒(みき)とくまいり給へ只今ないのふり候はん
するぞといひけり其ことばたがはずやがてふりければ
酒がふときてこぼれにけりゆゝしくぞかねていひ
ける也
【297】九条大/相国(しやうこく)浅位(さんい)の時なにとなく后(きさき)町の井を
立よりて底(そこ)をのぞき給ける程に丞相(せうしやう)のあひ
見へけるうれしくおぼして帰りて鏡(かゝみ)をとりて見
給ければその相(さう)なしいかなることにかとおぼつか
なくて又大内にまいりて彼井をのぞき給ふにさき
のごとく此相見へけり其後しづかにあんじ給にかゞみ
にてちかくみるにはその相なし井にて遠くみるに
は其相あり此事大臣にならんずる事とをかるべし
つゐにむなしからんと思ひ給けりはたしてはるかに
程へて成給にけり此おとゞはゆゝしき相人にておはし
ましけり宇治のおとゝもわざと相せられさせ給
けるとかや
【298】宇治大/宮司(ぐうじ)なにがしとかや癩病(らいひやう)をうけたる由聞へ
有て一/門(もん)の者共/改補(かいふ)せらるべきよし訴(うつた)へ申ければ
【柱】古今巻七 〇十二
【柱】古今巻七 〇十二
大宮司はせのぼりて医師(いし)にみせられて実否(じつふ)をさだ
めらるべきよし奏(そう)し侍ければ和気(わけ)丹波(たんば)のむねと
あるともがらに御尋有けり中原/貞説(ていせつ)もおなしく召
に応(おふ)じて御尋に預りけり各(おの〳〵)白(びやく)らいといふ病のよしを奏(そう)
しけり療治(りやうぢ)すべきよしの勘文奉るへきよし仰下されければ
めん〳〵に罷出てしるして参らすべき由申けるに
貞説申けるは非重代(ならざるぢうだい)の身にて一巻の文書のたく
はへなし知りて侍る程の事は当座にて考(かんがへ)申べし
とて則しるし申けりもろ〳〵の医書共皆/悉(こと〳〵)く引
のせてゆゝしく注(ちうし)申たりければ叡感(えいかん)有て申うくる
に随て和気の姓(せい)を給はせける後には諸陵正(みさゝきのかみ)に
成て子孫いまにたへず
【299】野々宮左府おさなくおはしける時母儀さまをやつし
てぐし奉て播磨(はりま)の相人とてめいよの者ありけるに
行て相を見せさせられけり相人よく〳〵見申て必一に
いたり給べきよしを申けり母儀あらがひて是はさ程
の位にいたるべき人にあらずさふらひ程の子にて侍
なりとの給ひければ相人申けるはまことに侍(さふらい)にておはし
まさは検非違使(けびいし)などに成給べきにやいかにも大臣の
相おはします物をと申けり後徳大寺(ごとくだいじ)左大臣の末の
【柱】古今巻七 〇十三
【柱】古今巻七 〇十三
子にておはしけるがこのかみみなうせ給て家をつきて
大将をへて左右大臣一位にいたりて天下の権(けん)をとり
給けるゆゝしく相し申たりける也此事をおとゝ聞
たもち給て相をならひて目出たくし給ひける
とぞわか寿(ことふき)限なとをもかゝみを見て相してかねて
しり給たりけるとそ
【300】後鳥羽院御/熊野詣(くまのまうて)有けるに陰陽/頭(かみ)在継(ありつく)を召供(めしぐ)
せられけるに毎日御/所作(しよさ)に千手経を被_レ遊ける件の
御経を御経箱に入られたりけるを取出されけるに
その御経見へすいかにもとむれ共なかりければ
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
在継(ありつく)をめしてうらなはせられけるにいかにもうせざる
よしを申て猶よく〳〵もとめらるべしあやまりていまだ
箱の内に候ものをと申けり其後又もとめられけ
れば御経箱のふたに軸(ぢく)つまりてつきたりけるを
え見ざりけり叡感(ゑいかん)ありて御衣(ぎよい)を給はせけるとなん
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
古今著聞集巻之七終
【柱】古今巻七 〇十四終
【裏表紙】
【背。ラベル 横書き「總」は青字】總/5/54
【表紙題箋】《題:古今著聞集 《割書:八》》
【前見返し】
古今著聞集巻第八
孝行(こうこう)恩愛(おんあい)《割書:第十》
【301】孝 ̄ハ者天 ̄ノ之/経(ツネ)也地之/宜(ヨロシキ)也人之行也故 ̄ニ有_二 ̄テヨリ天地人民
以来(コノカタ)斯(コノ)道/著実(イチシルシ)蓋 ̄シ乃立_レ身 ̄ヲ揚(アクル)_レ名 ̄ヲ之本 ̄ト五常百行 ̄ノ
之/先(サキ)也父/雖(イヘトモ)_レ不(スト)_レ父(チヽタラ)子(コ)不(ス)_レ可(ヘカラ)_二以 ̄テ不(スンバアル)_一レ子(コタラ)孝之/至深(シイジン)尤 ̄トモ可(ヘシ)
_レ貴(タツトフ)_レ焉(コレヲ)
【302】式部大輔大江/匡衡(まさひら)朝臣/息(そく)式部権大輔/挙周(たかちか)朝臣
重病を受てたのみすくなく見へければ母/赤染(あかそめ)衛
門住吉に詣て七日こもりて此度たすかりがたく
はすみやかにわが命にめしかふべしと申て七日に
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【柱】古今巻八 〇一
【柱】古今巻八 〇一
みちける日御/幣(へい)のしでにかきつけ侍ける
かはらんといのる命はおしからて
さてもわかれんことそかなしき
かくよみて奉けるに神感有けん挙周(たかちか)が病よく
成にけり母下向して悦ながら此やうを語に挙周
いみじく歎て我いきたり共母をうしなひては何の
いさみかあらんかつは不孝の身なるべしと思て住吉に
詣て申けるは母われにかはりて命をふるべきならば
すみやかにもとのごとくわが命をめして母をたすけ
させ給へと段々いのりければ神あはれみて御た
すけやありけん母子共に事ゆへなく侍けり
【303】六条右大臣/隆俊(たかとし)中納言と大内を見ありき給ひ
けるに大内には子孫の殿上人具せざる人ははだし
にて庭をあゆむ所のあんなるに久我(くがの)大相国幼少
の時両人の沓(くつ)を懐(くわい)中してかの所にてはかせられけり
幼少の人外/祖父(そぶ)をも思ひすてられざりける事有
がたき事也/隆俊(たかとし)卿/感涙(かんるい)をながして母儀のもとに
行てよろこび申されけるとなん
【304】京極大殿の北政所(きたのまんところ)例(れい)ならぬ事おはしましけるに
六条右府御とふらひに参給て則院へ参り給ひ
【柱】古今巻八 〇二
【柱】古今巻八 〇二
けるに御/対面(たいめん)有て世間に何事かあると仰られ
けれは関白の北政所の不例のとふらひに罷向ひて候
つるに病者のかたはらなげしのしりに大臣三人候
つる以外の事也と申されけれはこれらにさほどの
事は有がたしとぞ御返事ありけるまことにゆゝしかり
ける事なり堀河左大臣六条右大臣は北政所の御
せうと也後二条殿は御子にておはします其時は内
大臣にてぞおはしける
【305】軼人/監物(けんもつ)頼能(よりよし)重病をうけたりける時大納言重(しげ)
通(みち)卿みつから行向てとふらはれけり大方/精進(しやうしん)せら
れざりける人の頼能(よりよし)早世(さうせい)の後は其/忌(き)日ごとに魚肉(きよにく)
を食せられさりけり夢中に頼能/清談(せいだん)する事其数
をしらす多かりけり
【306】後白河院/在藩(さいはん)の御時保延五年十二月七日/待賢(たいけん)門
院の御所三条殿にて御/元服(げんぶく)有けり仙院も御座有
けり左大臣ぞ加冠(かくはん)はし給ひける御遊の笙(せう)の事内大
臣に仰られけるに去四日/春宮(とうぐうの)大夫/師頼(もろより)卿うせら
れにしいく程もなくて笙を吹ん事はゞかり有とて
手に所労(しよらう)のよしを申されて吹給はざりけり漢書説(かんじよのせつ)は
近代よみ伝へたる人まれに侍にかの大夫/江家説(こうけのせつ)
【柱】古今巻八 〇三
【柱】古今巻八 〇三
をつたへられければ内府(だいふ)習給けり師をおもんずるれ
いいみじくぞ侍る
【307】師能(もろよし)弁/漢書(かんじよ)の文帝記(ふんていのき)おきうしなひて歎(なげ)き思ひ
けるに先親(せんしん)春宮(とうぐうの)大夫《割書:師頼》夢の中にかの書の有
所を告られたりけり次日其所より求(もと)め出して侍り
けりあはれなる事也_二
【308】宇治左府御記に頼長(よりなか)初以_二 ̄テ母 ̄ノ賎(イヤシキヲ)_一無_二寵愛(テウアイ)_一而及_レ長(ヒトトナルニ)誦(ヨミ)_二_
習九経_一 ̄ヲ嗜(スキ)_二-好五音_一 ̄ヲ不_二請_レ酒 ̄ヲ不_三事_二 ̄トセ遊戯(ユケヲ)_一是以禅閤
及_レ ̄テ吊 ̄ルヽ以為_二家宝_一 ̄ト尊重/甚(ハナハタ)《割書:云| 々》かゝる御覚へにて
おはしましけるゆゝしき御孝養なりし御母は陸奥(みちのくの)
守(かみ)信/雅(まさか)女也御/童(わらは)名太郎御前とぞ申ける久安の
ころ法性寺どの摂(せつ)禄にておはしましけるを宇治左
府にゆつり奉るへきよし知足院殿御/結講(けつかう)有けれ共
申ゆるさゞりけり氏(うぢの)長者には左府つゐに成給ぬ内
覧の宣旨もかうふらせ給てゆゝしかりけり法性寺
殿御うらみふかくて兄弟の御中心よからざりけりと
なん其後殿下左府院の拝礼にまいりあひ給ひ
たりけり人めをおどろかしけり
【309】建(けん)春門院は兵部大輔時信が女(ムスメ)也小弁とて後白河院
にさふらはせ給けり御/寵愛(てうあい)ありて高倉院をうみ
【柱】古今巻八 〇四
【柱】古今巻八 〇四
奉らせ給にけり東宮にたゝせ給て仁安三年御/譲(くに)
位(ゆつり)有けり御/即位(そくゐ)の日女院皇太/后宮(こうくう)に立給ひて
後/朝覲(てうきん)の行幸有けるに宮/簾(れん)中におはしますを
主上拝し参らせさせ給けるをむかし肩(かた)をならべ
まいらせられたりける上/臈(らう)女房たれとかや宮の
御そばへ参て此御目出たさをはいかゞ覚しめすと問
参らせられければさきの世の事なれば何共覚へず
とぞ仰られけるゆゝしかりける御こゝろなるべし
【310】法/深房(じんはう)当公たの【「当公たの」は書陵部本「当道の」】秘事(ひじ)口伝/故実(こじつ)のこる事なく
書て二女/尾張(をはり)内/侍(し)にさづくとておくにかくぞ
かきつけ侍ける
わするなよわが四(よつ)の諸(を)はよるのつるの
子の道にこそねをはおしまね
この以後抄入_レ之
【311】昔/元(げん)正天皇の御時/美濃(みのゝ)国にまづしくいやしき
おのこ有けり老たる父をもちたりけるを此男
山の木草をとりて其あたひをえて父を養(やしなひ)けり
此父朝夕あなかちに酒をあひしほしがりければ
なりひさごといふものをこしにつけて酒うる家に望て
つねにこれをこひて父を養ある時山に入て薪(たきゝ)を
【柱】古今巻八 〇五
【柱】古今巻八 〇五
とらんとするに苔(こけ)ふかき石にすべりてうつぶしに
まろびたりけるに酒の香(か)のしければ思はずにあやし
くて其あたりを見るに石の中より水ながれ出る所有
その色酒に似たりければくみてなむるに目出たき
酒也うれしく覚て其後日々に是を汲(くみ)てあくまで
父をやしなふ時にみかど此事を聞召て霊亀三年九
月日其所へ行幸ありて叡覧(えいらん)ありけり是則/至老(しいかう)
の故に天神地祇あはれひ其徳をあらはすと感(かん)ぜさせ
給て美濃守になされにけり家ゆたかに成ていよ〳〵
孝養の心ふかゝりけり其酒の出る所を養老(やうらう)の滝(たき)と
名付られけりこれによりて同十一月に年号を養
老とあらためられけるとぞ
【312】白河院御時天下/殺生禁断(せつしやうきんだん)せられければ国土に
魚鳥(うをとり)の類(たぐい)絶(たへ)にけり其比まづしきかりける僧の年
老たる母をもちたる有けり其母魚なければ物を
くはざりけりたま〳〵求えたるくひ物もくはずしてやゝ
日数ふるまゝに老の力いよ〳〵よはりて今はたのむかたなく
見へけり僧かなしみの心ふかくしてたつね求(もとむ)れ共得がたし
思ひあまりてつや〳〵魚取すべもしらねどもみづから川
の辺(へん)にのぞみて衣(ころも)にたまだすきして魚をうかゞひ
【柱】古今巻八 〇六
【柱】古今巻八 〇六
てはえといふちいさき魚を一つ二つ取てもちたちけり
謹制(きんせい)おもき比なりければ官(くはん)人見あひてからめとりて
院の御所へゐて参りぬ先子細をとはる殺生禁制(せつせうきんたん)の
世にかくれなしいかでか其由をしらざらんいはんや法師
のかたちとして其衣を着(き)ながらこの犯(ぼん)をなす事/一(ひと)かた
ならぬ科(とが)のがるゝ所なしと仰/含(ふくめ)らるゝに僧涙をながし
て申やう天下に此制おもき事みな承る所也たとひ制
なく共法師の身にて此ふるまひ更にあるべきにあらず
但我年老たる母をもてり只われ壱人の外たのめる
ものなしよはひたけ身おとろへて朝夕の喰(くいもの)たやす
からず我又家まづしく財もたねば心のごとくに
やしなふに力たへず中にも魚なけれ物くはず此ごろ
天下の制によりて魚鳥のたぐひいよ〳〵得かたきに
よりて身力すでによはりたり是をたすけん為に
心のをき所なくて魚とる術(じゆつ)もしらざれ共思ひの
あまりに川のはたにのぞめり罪(つみ)におこなはれん事
案(あん)のうちに侍り但此/取(とる)処の魚今ははなつともいき
がたし身のいとまをゆりがたくはこの魚を母のもとへ
つかはして今一度あざやかなる味(あぢわひ)をすゝめて心やすく
うけ給ひをきていかにも罷ならんと申に是を聞
【柱】古今巻八 〇七
【柱】古今巻八 〇七
人々涙をながさずといふ事なし院聞しめして老養
の心さしあさからぬをあはれひ感(かん)ぜさせ給てさま
〴〵の物共を馬車につみ給わせてゆるされにけり
とぼしき事あらばかさねて申べきよしをぞ仰られ
けるとなり
【313】武則(たけのり)公助(きんすけ)といふ随身父子ありけり右近(うこんの)馬場(はゞ)の
緒弓(のりゆみ)わろく仕りとて子公助をはれ成所にてうち
けるをにげのく事もなくてうたれければ皆人いかに
にげずしてかくはうたるゝぞといひければ若にげ給
なば衰老(すいらう)の父をはんとせん程にたふれなどし侍らば
【挿絵】
【柱】古今巻八ノ 〇又七
【柱】古今巻八ノ 〇又七
【挿絵】
きはめて不便なりぬべければかくのごとく心のゆくほど
うたるゝ也と申けれは世の人いみじき孝子なりと云て
世のおほへこれよりぞ出/来(き)にける
聖徳太子用明天皇の御/枝(つえ)の下にしたがはせ給ひ
けるを思ひ入たりけるにや孔子の弟子/曽参(そうしん)といひ
けるは父のいかりて打けるににけずしてうたれけるを
ば孔子聞給ひて若うちもころされなば父の悪名を
立ん事ゆゝしき不孝也といましめ給けるこれも
ことはり也親の気色によるべきにや凡父母に
つかうまつるべき道くはしく孝経に見へたり廿二章
【柱】古今巻八 〇八
【柱】古今巻八 〇八
のをはりの段を喪親章(さうしんのしやう)となづけて喪礼(さうれい)の儀式(きしき)迄
しるせり是等も見るべし聖教(せうけう)には孝養(けうよう)父母(ぶも)奉仕(ぶし)
師長(しちやう)をもて往生の本とせり身体/髪膚(はつふ)を父母
にうけたり生のはじめなれば恩徳(をんとく)の最高(さいかう)なる父母
にすぐべからず凡人は上には忠貞(ちうてい)のまことをつくし
下には憐愍(れんみん)の思ひをふかくし父母親類には孝行の
心をむねとして友にあらそはず人かろしめずして
仁義礼智信の五常をみだざるをとくとすべし
又夫婦の中をば忠臣の道にたとへたり女はよく夫に
心ざしをいたすべき也さればかしこき女はたがへにそ
なへる日つゝしみしたがふのみにあらずなき跡までも
ひとり貞女(ていじよ)秋【書陵部本「貞女峡」】の月を詠めながら鷰子楼(えんしろう)の中に
とぢこもるたぐひあまた聞ゆ又此世一ならずおな
し道にともなふためしおほかりくはしくしるす
におよばす
【314】中納言/顕基(あきもと)卿は後一条院ときめかし給てわかく
よりつかさ位につけてうらみなかりけり御門に
おくれ奉りにければ忠臣は二君につかへずとて
天台/楞厳(れうごん)院にのぼりてかみをおろしてげり御門
かくれ給へりける夜火をともさゞりければいかにと
【柱】古今巻八 〇九
【柱】古今巻八 〇九
たづぬるに主殿司(とのものつかさ)新主(しんしゆ)の御事をつとむとて参
らぬよし申けるに出家の心つよくなりにけるとかや
あなたこなたにて行はれけるが大原に住ける比
宇治殿かの庵室(あんしつ)に向ひ給て終夜(よもすがら)御物語あり
けり宇治殿後世はかならずみちびかせ給へなどし
めし給てあかつき帰なんとし給ける時/俊実(としざね)は不
覚の者にて候と申されけり其時は何共おもひ
わかせ給はでかへりて後しづかにあんじ給ふにさせる
つゐでもなきに子息の事よもあしきさまには
いはれじ見はなつまじき由也けりと思ひとりて
世をのがるといへとも恩愛(をんあい)は猶すてがたき事な
れば思ひあまりていひいでられけりとあはれに
おほしてことにふれて芳志(はうし)を出されければ大納
言までなられにけり美濃大納言とは此人の
事也
好色(こうしよく) 《割書:第十一》
【315】伊弉諾(いざなき)伊弉冊(いざなみの)二(ふたはしら)の神/礙(をのこ)■【馬+刃、馭ヵ】盧島(ろしま)におりゐて
ともに夫婦となり給時/陰神(めがみ)まづよきかなと
となへ給一書ニ云/鵠(いわく)■(なぶり)【■は食+鳥。鶺鴒にわくなぶりヵ】飛来て其首尾をうごかす
【柱】古今巻八 〇十
【柱】古今巻八 〇十
を見て二神まなびてまじはる事をえたりそれ
より此かた婚嫁(みとのまくばひ)の因縁(ゐんえん)あさからず成にけり
【316】中ノ関白高/内侍(なひし)に忍てかよひ給ひけるを父/成忠(なりたゞ)卿
うけぬ事に思ひけるに或時出給けるをうかゞひみ
てかならず大臣にいたるべき人なりと相してその
後ゆるし奉てけり
【317】一条院御時三条/后宮(きさいのみや)のぼり給ひけるに御おくりの
女房あかつきに及て罷出けるを儀同三司みちび
き給とて佳人(カジン)尽(コト〳〵ク)飾(カサリ)_二於/晨粧(シンソウヲ)_一魏宮(ギキウ)鐘(カネ)動(ウコイテ)遊子(ユウシ)猶(ナヲ)
行(ユク)_二残(ザン)月 ̄ニ【訓点一】函谷(カンコク)_二鶏(ニハトリ)鳴(ナキヌ)と詠し給けるに人みなめで
あへりけるとぞ
【318】道命/阿闍梨(あしやり)と和泉式部と一つ車にてものへ
ゆきけるに道命うしろむきて居たりけるを和泉
式部などかくはゐたるぞといひければ
よしやよし昔やむかしいがぐりの
えみもあひなはおちもこそすれ
【319】刑部卿/敦兼(あつかね)はみめの世ににくさげ成る人也けりその
北の方ははなやかなる也けるが五節を見侍りけるに
とり〴〵にはなやかなる人〴〵の有を見るにつけても
先わが男のわろきを心うく覚へけり家に帰りて
【柱】古今巻八 〇十一
【柱】古今巻八 〇十一
すべて物をもだにいはず目をも見合ず打そばむき
てあればしばしは何事の出きたるぞやと心もえず
思ひゐたるにしだいにいとひまさりてかたはらいたき程也
さき〳〵の様に一処にも居ず方(かた)をかへて住侍けり
ある日形部【刑部】卿出仕して夜に入て帰りたりけるに出居
に火をだにもともさず装束(さうぞく)はぬぎたれ共たゝむ人
もなかりけり女房共もみな御前のまひきに随(したかい)ひて
さし出る人もなかりければせんかたなくて車よせの妻(つま)
戸をおしあけて独(ひとり)ながめ居たるに更闌(こうたけ)夜しづかに
て月のひかり風の音物ごとに身にしみわたりて人の
うらめしさもとりそへておぼへけるまゝに心をす
まして篳篥(ひちりき)を取出て時のねにとりすまして
ませのうちなる白ぎくもうつろふみるこそ
あはれなれ我らがかよひてみし人もかくし
つゝこそかれにし
とくりかへしうたひけるを北の方聞て心はやなをり
にけりそれより殊にながらひ目出たくなりにける
とかや優(ゆう)成北の方の心なるべし
【320】左大弁/宰相(さいしやう)経頼(つねより)卿さきの妻(め)の後に最愛(さいあい)の小
むすめ有けるを車にのせて行幸を見物すとて
【柱】古今巻八 〇十二
【柱】古今巻八 〇十二
供奉(ぐぶ)の人の中にいづれをか殿(との)にせんずるといひ
て人ごとに是はと問(とい)ければみなかしらをふりけるに
隆国(たかくに)卿のわたるを見て是をせんといひければまことに
これに過たる人はあらじと思ひて聟(むこ)に取てげり北方
わがむすめには隆(たか)国よりもよからん人をあはせよと
せめければそれよりまさらん人はありがたけれは
才学(さいがく)に付て資仲(すけなか)卿をあはせてげり彼卿しきりに
隆国をあらそひ思けれども昇進(せうしん)及ばず其/子息(しそく)にて
隆俊(たかとし)卿にさへ従上(じゆしやう)の四/位(ゐ)の所はこえられてげり隆(たか)
俊(とし)中納言の時は資仲(すけなか)卿はいまだ蔵人頭(くらんとのかみ)にだに
もならざりけり
【321】妙音院のおとゞしのびたる女をむかへさせ給て尾張(をはり)
守/孝定(たかさだ)に夜のあけん程はからひて申せと仰られ
たりけるにやう〳〵よく成にける時将軍在_レ ̄リ座 ̄ニ薗(ソノ)之
露/未(イマタ)【左ルビ「ス」】_レ晞(カハカ)僕夫(ボクフ)待_レ ̄ツ菴 ̄ニ雞籠(ケイロウノ)山/吹(ス)【書陵部本「欲」】_レ曙(アケナント)この句を朗詠
にしたりけり孝定(たかさだ)が所(しよ)為かくこそあらまほしき事
なれいといみじきことなりかし
【322】後白河院御所いつよりものどかにて近習(きんじゆ)の公卿両
三人女房少々候て雑談(ざうたん)有ける時仰に身に取
ていみじく思ひ出たるしのびこと何事かありしかつは
【柱】古今巻八 〇十三
【柱】古今巻八 〇十三
懺悔(さんげ)の為(ため)をの〳〵ありのまゝかたり申べしと仰られて
法皇より次第に仰られけるに小侍従(こじじう)が番(ばん)にあたりて
いかにもこゝにそ優(ゆう)なる事はあらんずるなど人々申けれ
ば小侍従打わらひて多く候よそれにとりて生涯(せうがい)の
わすれがたき一ふし候げに妄執(まうしう)にもなりぬべきに御前
にて懺悔(ざんげ)候なば罪(つみ)かろむへかしとて申けるはそのかみ
ある所よりむかへにあはせたる【「あはせたる」は書陵部本「たまはせたる」】事有しにすべて月さへ
ぬ【「月さへぬ」は書陵部本「おぼえぬ」】程にいみじく執し侍し事にて心ことにいかに
せんと思ひしに月さえわたり風はださむきにさ夜
もやゝ更ゆけばちゞに思ひくだけて心もとなさ
かぎりなきに車の音(をと)はるかに聞しかばあはれこれ
にやあらんとむねうちさはぐにからりとやりいるれば弥
心まよひせられて人わろき程にいそぎのられぬさて
行つきて車よせにさしよするほどにさてみすのうち
よりにほひ殊にてなへらかになつかしき人出てすだれ
もてあげておろすにまづいみじうらうたくおぼゆるに
立ながらきぬごしにみしといだきていかなるをぞさぞと
ありし事がら何と申つくすべし共覚へ候はず扨しめや
かにうちかたらふに長き夜もかぎりあれば鐘(かね)の音
もはるかにひゞき鳥のねもはや聞ゆればむつごとに
【柱】古今巻八 〇十四
【柱】古今巻八 〇十四
まだつきやらであさをく霜よりもなをきへかへりつゝ
おきわかれんとするに車さしよするをとせしかば玉しゐ
も身にそはぬ心ちして我にもあらず乗り侍ぬかへり
きても又ねの心もあらばこそあかぬなごりを夢にも
見めたゞよにしらぬにほひのうつれる計をかたみにて
ふししづみたりしにその夜しも人にきぬをきかへら
れたりしを朝に取かへにをこせたりしかばうつりがの
かたみさへ又わかれにし心の内いかにも申/述(のふ)べしとも
覚へずせんかたなくこそ候しかと申たりければ法皇
も人々も誠にたへがたかりけん此うへは其ぬしを
顕(あら)はすべしと仰られけるを小侍従いかにも其事は
かなひ侍らじとふかくいなみ申けるを扨は懺悔(さんけ)の本
意せんなしとてしゐてとはせ給ければ小侍従打わら
ひてさらば申候はん覚へさせおはしまさぬか君の御位の
時其年其比たれがしを御使にてめされて候しは
よも御あらがひは候まじ若(もし)むねたがひてや候と申
たりけるに人々どよみにて法皇はたへかねさせ給て
にげいらせ給にけるとなん
【323】
紫金台寺(しこんだいじ)御室(おむろ)に千/手(じゆ)といふ御/寵童(てうどう)有けりみめ
よく心さま優(ゆう)也けり笛(ふへ)を吹今様などうたひければ
【柱】古今巻八 〇十五
【柱】古今巻八 〇十五
御いとをしみはなはだしかりける程に又/参(み)川といふ童
初て参じたりけり筝(さうのこと)ひき歌よみ侍りけり是も
又/寵(いつくしみ)有て千手がきらすこしをとりにければ面目なし
とや退(たい)出して久敷参らざりけり或日/酒宴(しゆえん)の事有て
さま〳〵の御あそび有けるに御弟子の守覚法親王(しゆかくほうしんわう)など
も其座におはしましけり千手はなど候はぬやらん召て
笛ふかせ今様などうたはせ候はゞやと申させ給ひければ
則御使をつかはしめされけるに此程/所労(しよろう)の事候とて
参らさりけり御使/再(さい)三に及ければさのみは子細/難(かたく)_レ申
て参にけりけん紋沙(もんさ)の両面の水干(すいかん)に袖にむばら
こき雀(すゝめ)の居たるをぞぬふたりけり紫(むらさき)のすそごの
袴(はかま)をきたりことにあざやかにさうぞきたれども物を思
入たるけしきあらはにてしめりかへりてぞ見へける御(を)
室(むろ)の御前に御/盃(さかつき)をさへられたる折にて有ければ
人々千手に今様をすゝめければ
過去(クハコ)無数(ムシユ)の諸仙(シヨセン)にもすてられたるをば
いかゞせん現在(ゲンガイ)【在ザイヵ】十方の浄土にも往生すべき
心なしたとひ罪業(ザイゴウ)おもく共/引摂(インゼウ)し給へ
弥陀仏
とぞうたひける諸仏にすてらるゝ所をばすこし
【柱】古今巻八 〇十六
【柱】古今巻八 〇十六
かすか成やうにぞいひける思ひあまれる心の色あらは
れてあはれなりければ聞人みな涙をながしけり興(けう)
宴(えん)の座も事さめてしめりかへりければ御室はたへ
かねさせも【「も」は、書陵部本「給」】て千手をいだかせて御ね所に御入有けり満(まん)
座いみじがりのゝしりける程に其夜もあけぬ御
室御ね所を御覧じければ紅のうすやうのかさなりたる
をひきやりて歌かきて御/枕(まくら)屏風にをしつけて
有たりける
尋ぬべき君ならませはつげてまし
入ぬる山の名をはそれとも
あやしくてよく〳〵御覧じられば参河が筆也けり
今様にめでさせ給て又ふるきに御心の花をみてかく
読侍けるにこそさて御たつね有ければ行がたをしらず
なりにけり高野にのぼりて法師に成にけるとかや
聞へけり【324】ある○宮ばらにしのびて参りかよひ給しかる
へき上達(かんたち)めおはしけり君もしのびわれも人目をつゝ
み給とてうとくや御中のなりにけん宮より
しのふかなたか野の山のみねにいる
雲のよそにてありしむかしを
いとあはれにおぼしたりければ定めて又心
【柱】古今巻八 〇十七
【柱】古今巻八 〇十七
あらたまりにけんかし
【325】頭中将/忠季(たゞすへ)朝臣/督典侍(かうのすけ)を心がけて年月をかさ
ねけれどもいかにもなびかざりけるに或夜雪のいたく
ふりたりけるに家より馬に乗りて参内しけるみちの
ありさま雪の面白さなどをはじめより絵に書て
六位をかたらひて彼局へなけ入させたり督(かう)のすけ取みて
あはれとや思ひけん又絵にやめでけんそれよりあひに
けり其後久しくかよひて少将/親平(ちかひら)は彼腹(かのはら)に
なんもうけける
【326】大宮権/亮(すけ)といひける人ある宮はらの御方/違(たがい)の御
車よせに参りたりけるに女房の局へしのびて入に
けり還御(くはんぎよ)のよしをきゝてあはてまどひておきてな
をしをきけるほどに何としたりけるにや前をうしろ
にきてげりいかにおかしう見へけんとをしはからる
【327】野々宮左大臣わかくおはしましける時内裏の女房に
物いひわたり給けれ共打とけざりけるに或夜ほい
とげてつぼねよりいづとて我/願(ねがい)既(までに)【すでにヵ】満(みつ)衆望(しゆもう)亦(また)
足(たれり)と誦(じゆ)せられけるを局ならびすみけるふるき女房
これを聞て女房にあひてはやこよひ打とけ給
にけるなると問ければさなきよしあらがひければ
【柱】古今巻八 〇十八
【柱】古今巻八 〇十八
さるにては此文を誦せらるべしやはとて文のこゝろを
いひければあらがはずなりにけり
【328】宮内卿は甥(をい)にてある人に名たちし人也男かれ〴〵
になりにける時よみ侍ける
都にもありけるものをさらしなや
はるかにきゝしおはすてのやま
【329】ある人大原の辺を見ありきけるに心にくき庵あり
けり立入て見ればあるじとおぼしき尼(あま)たゞ独(ひとり)あり
すまひよりはじめて事にをきて優(ゆう)にはづかし
きけしきたりしかるべきさきの世のちぎりやあり
せん【「せん」は書陵部本「けん」】又此人をたふらさんとて魔(ま)や心にかはりけんいか
にも此あるしをみすぐして立かへるべき心地せざり
ければちかくよりてあひしらふに此人思はずげに思ひ
てひきしのぶをしゐて取とゞめてげりあさましう
心うけに思ひたるさまいとゞことはり也何とすとも
只今は人もなしあたりちかく聞おどろくべき庵
もなけれはいかにすまふとてもむなしからしと思て
ねん比にいひてつゐにほいとげてげり力及ばて只
したがひ居たるけしきひとへに我あやまちなれば
かたはらいたき事かぎりなかりけりしたしく成て
【柱】古今巻八 〇十九
後いよ〳〵思そふ心地まさりてすべきかたなかりけれ
共さてしもやがてこゝにとゝまるべき事ならねば能
〳〵拵(こしら)へ置ておとこ帰りにけり扨又二三日ありて
尋来てみればもとのすみかもかはらであるじは
なしかくれたるにやとあなくりもとむれ共/終(つゐ)に
見へずさきにあひたりしところに歌をなんかき
つけたりける
世をいとふつゐのすみかと思ひしに
なをうき事はおほはらのさと
つゐに行かたしらず成にけり兼ての縁(えん)にひかれ
【挿絵】
【柱】古今巻八ノ 〇又十九
【柱】古今巻八ノ 〇又十九
【挿絵】
ておもはざるふるまひをしたれとも宮【「宮」は、書陵部本「実」】に思ひ入
たる人にこそ侍けれ
【330】山に慶澄(けいてう)注記(ちうき)といふ僧有けり件の僧の伯母(をは)にて
侍ける女は心すき〳〵しくて好色はなはたしかりけり
年比のおとこにも少しも打とけたるかだちをみせず
事にをきていろふかく情ありければ心をうごかす
人おほかりけり病をうけて命をはりける念仏
すゝめけれども申に及はず枕なるさほにかけたる物
をとらんとするさまに手をあはせけるがやがて
息(いき)たえにけり法性寺辺に土葬(とそう)にしてげり其後
【柱】古今巻八 〇二十
【柱】古今巻八 〇二十
廿よ年をへて建長五年の比/改葬(かいそう)せんとて墓(はか)を
ほりたりけるにすべて物なし猶ふかくほるに黄色(きいろ)
なる水のあぶらのごとくにきらめきたるぞ涌(わき)出ける
汲(くみ)ほせとも干(ひ)さりけり其油の水を五尺計ほり
たるに猶物なし底(そこ)に棺(くはん)せんと覚ゆる物/鋤(すき)に
あたりければ堀出さんとすれどもいかにもかなは
ざりければ其あたりを手を入てさぐるに頭(かしら)の骨(ほね)
わづかに一寸ばかりわれ残て有ける好色の道
罪(つみ)ふかきことなれば跡までもかくぞ有ける其女
の母をも同時/改葬(かいそう)しけるに遥(はるか)にさきたち死に
たりける者なれどもその体かはらでつゝきながら
にありける
【331】第八十七代の皇帝(みかと)後嵯峨天皇と申は土御門
天皇の第三の皇子也父の御(み)門寛喜三年遠所
にて崩御(ほうぎよ)の事有し後は御めのと大納言/通方(みちかた)
卿のもとにかすかなる御住居にてわたらせ給へば
御位の事覚しめしもよらず大納言さへ身まかり
にければ仁治二年の冬の比八幡へ参らせ給て御出家
の御いとま申せ給ひけるに暁(あかつき)御宝殿の内に徳(とくは)是
北辰(ほくしん)椿葉(ちんようの)影(かけ)再(ふたゝひ)改(あらたむ)と鈴(すゞ)のこゑのやうにてまさしく
【柱】古今巻八 〇二十一
【柱】古今巻八 〇二十一
聞えさせ給ひけれは是こそ示現(じげん)ならめとうれ
しく思召て還御(くはんきよ)ありけり本の通成中将の亭(てい)へは
入らせ給はで御/祖母(そぼ)承明門院の土御門の御所へ入せ
給て其年もくれにけり
同三年正月九日四條天皇十二歳禁中にして崩
御の事あるよしのゝしりけれは後堀川院の御方に
は御位につかせ給ふべき宮もおはしまさず定て佐渡(さどの)
院の宮達そ践祚(せんそ)あらんずらんとてきゝわきたる
事はなけれ共時の卿相雲客(けいしやううんかく)四辻の修明門院へ
参へしといへとも天照太神の御はからひにや侍けん
同十九日関東より城介/義景(よしかげ)早打にのぼりてひそ
かに承明門院へ参て御位は阿波院の宮と定申
侍也公家にはいかゞ御はからひも侍らんと申てやかて
法性寺殿一条大相国へも申入てくたりぬ京中の上下
あはてさわぎて今更土御門女院へ我も〳〵とまいり
つどふある人御なをしをとりあへすまいらせたりけれ
このなをしはことの外にちいさしこと人のれうにやあ
らんとぞ仰られける佐渡院の宮へ参らせんれう
にてこそ有つらめと思召しらせ給ひけるにやと
涙をおさへてとかく申人なかりけり同廿日の夜
【柱】古今巻八 〇二十二
【柱】古今巻八 〇二十二
御元服やがて内裏へ入らせ給ふ四条大納言/隆親(たかちか)卿
の家/冷泉万里(れいぜんまでの)小路の里内裏也三月十八日御とし
廿三にて太政/官庁(くわんちやう)にて御即位あり六月六日前
右大臣のむすめ女御に参り給ふ後には大宮女院
と申て二代の国母におはします女御にも可_レ然人々の
かぎりまいり給ふいやしき女などは御目にだにもかゝら
ず昔に立かへりて御/政(まつり)ごと目出たく御心もちゐも万
たくにみおはしますあまり大井の山庄を仙宮に
うつしおはします造営(ざうえい)の事は権大納言/実雄(さねを)卿の
さたとぞ聞へし水の心ばへ山のけしきめづらかに
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
面白所から也東は広隆(くはうりう)寺ときはの森西は前の中書
王のふるき跡小倉山の麓(ふもと)わざと山水をたゝへざれども
自然(しぜん)の勝地也南は大井河/遥(はるか)に流て法輪寺の橋(はし)
なめらか也北は生身二伝の釈尊/清涼(せいれう)寺におはします
眺望(てうまう)よもにすぐれて仏法/流布(るふ)の所也かゝるはこや【藐姑射】
の山をしめ給御事も此院の御時也いづれの年の
春とかややよひ花のさかりに和徳門の御(み)つぼにて
二条前関白大宮大納言兵部卿三位中将など参りて
御/鞠(まり)侍しに見物の人々に交(まじは)りて女共あまた見へ侍る
中に内の御心よせにおぼしめすありけり鞠(まり)は御心に
【柱】古今巻八 〇二十三
【柱】古今巻八 〇二十三
も入させ給はで彼女房のかたをしきりに御覧すれば
女わづらはしげに思て打まぎれて左衛門の陣のかたへ出
にけり六位を召て此女のかへらん所見置て申せと仰ら
れければ蔵人追付てみるに此女房心へたりけるにや
いかにも此男すかしやりてんと思て蔵人をまねき寄(よせ)
うちわらひてなよ竹のと申せ給へあなかしこ御返事
承らん程はこゝにて待参らせんといへばすかすとは思ひ
もよらず只すきあひ参らせんとするぞと心へて急(いそき)
参りて此よし申せば定めて古歌の句にてぞあるら
んとて御尋有けれ共其座にては知(し)る人なかりければ
為家卿のもとへ御尋有けるにとりあへぬ程にふる
き歌とて
たかしとてなにゝかはせんなよ竹の
一よ二よのあたのふしをは
と申されけれはいよ〳〵心にくゝおぼしめして御返事
はなくて只女のかへらん所をたしかに見て申せと仰有
ければ立かへりありつる門を見るに何かはあらん見へ
ず又参りてしか〳〵と奏(そう)するに御けしきあしくて
尋出さずは科(とが)有べきよし仰られける蔵人あをさめ
にて罷出ぬ此事によりて御/鞠(まり)も事さめていらせ給
【柱】古今巻八 〇二十四
【柱】古今巻八 〇二十四
ぬ其後はにが〳〵しくまめたゝせ給て心くるしき御
事にそ侍けるある時近衛殿二条殿花山院大納言
定雅(さたまさ)大宮大納言/公相(きんすけ)権大納言/実雄(さねを)中納言/通成(みちなり)
などまいり給て御遊有けれ共さき〳〵のやうにもわた
らせ給はず物をのみ思召さまにて御ながめがちなれ
は近衛殿御かはらけをすゝめ申させ給ふつゐでに誠や
ちかき頃ゆくかたしらぬやどのかやり火にこがれさせおはし
ます聞え侍り高力士(かうりきし)に御(み)ことのりして尋させ給は
んかくれあらし物を蓬莱(ほうらい)まてもかよふまぼろしの
ためしも侍りまして都の内の事なればさすかや
すかりぬへしとて御酒まいらさせ給に内も少し
わらはせ給へどもさして興ぜさせ給はずそゞろかせ
給てわらはせ給ぬ其後蔵人はいたらぬくまなく若(もし)
やあふとて求めありきつゝ仏神にさへいのり申せ共
かひなし思わびて文平(ふんひら)と申/陰陽師(をんやうし)こそ此ころ掌(たなこゝろ)
をさして推察(すいさつ)まさしかなれ此事/占(うらな)はせんと思て
罷向てとひければ是は内々承及へりゆゝしき大事
也文平か占は是にて心み給べし火のようをえたり
神門也今日は巳(み)の日也巳はくちなは也此事を推
するに一旦のかくれ也つゐにはあはせ給へし但火
【柱】古今巻八 〇二十五
【柱】古今巻八 〇二十五
のようは夏の季(すへ)に小至りて御祝あるべしくちなはなれば
もとの穴に入てもとの所に出べし夏のうちにかくれ
けん所にてかならずあはせ給ふべしといひけり文平
も凡夫(ほんぶ)なれば一定たのむべきにはあらね共むげに
うはの空なりつるよりはたのもしきかたいできぬる
心ちして常は左衛門の陣の関(コ?ラシ)白(マウシ)【近衛文庫本「開日」】の日(ひ)此女ありしさまを
あらためて五人つれてふと行合ぬ蔵人あまりの嬉(うれし)
さに夢うつゝ共覚へずあやしまれじと思て人にまぎ
れて見ければ仁寿殿(にんしゆてん)の面のひさしに並居(なみゐ)てちやう
もんす講はてゝひしめかん時又見うしなひてはいかゞ
せんと思て任の殿上の口におはする所にて此事
しか〳〵奏し給へとかたらへは只今宮ひと所に御/聴(ちやう)
聞(もん)の程也うちたし【書陵部本「こちたし」】と申ければ力及ず伝奏(てんそう)の人やおは
すると見れ共おはせず一位殿我御局の口に女房と
物仰らるゝを見あひまいらせて畏りて申けるは推(すひ)
参に侍れ共天気にて侍りしか〳〵の事いそき奏
し給へと申ければかねて聞へ有事なればやがて
奏し申させ給に女房して神妙也かまへて此度
は不/覚(かく)せで行方を慥に見置て申せと仰らるゝ程
に講はつれば夕暮にも成ぬ此女共ひとつ車にて
【柱】古今巻八 〇二十六
【柱】古今巻八 〇二十六
帰めり蔵人我身はあやしまれじと思てさか〳〵敷
女を付てみいれさすれば三条白川になにがしの少
将といふ人の家也此由を奏するにやがて御文あり
あたにみし夢かうつゝかなよ竹の
をきふしわふる恋そくるしき
此暮にかならずとばかりあり蔵人御書を顕(あらはし)て彼
所にもてゆくに男有人なればわづらはしうてなげ
くに御使心もとなくて返事をせむればいかにも
かくれあらじと思てありのまゝにかたれば少将さすがに
わづらはしげに思ひておとこの身にて左右なく参ら
せんもはゞかり有あなかしこといさめんも便なかる
べき事也人によりて事ことなる世なれば一つは名聞
也人のそしりはさもあらばあれとく〳〵まいらせ給へと
すゝむるに女うちなげきて叶ふまじき由返〳〵いなひ
ければ少将申けるは此三とせが程をろかなしすえか
はして過ぬるも世々の契り成べし今まためされ
けるも浅からぬ御契ならんかしやう〳〵してまいり
給はすば定めてあしさまなる事にて我身も置
所なきことにや成ぬべしよもあしくははからひ申さじ
とく〳〵まいり給へとすゝめければ女うち涙ぐみて
【柱】古今巻八 〇二十七
【柱】古今巻八 〇二十七
御文をひろげて此暮にかならずと有(ある)下(した)にをといふ
文字(もじ)を只一つ墨ぐろに書てもとのやうにして御使
に給はせてげり御文もとのやうにてたがはぬを御覧
じてむなしくかへりたるよとほひなく思しめすに
を文字ありとかく御思案有けれ共おほしうるかたなか【「り」脱字ヵ】
ければ女房達少々召て此を文字を御尋ありけるに
承明門院に小宰相局にて家隆(かりう)卿の女(ムスメ)のさふらひ
けるが申けるはむかし大二条殿小式部内侍のもとへ
月といふ文字を書てつかは【「さ」脱字ヵ】れたりければさるすき
もの和泉式部がむすめなりければやすく心得て
月の下にをといふ文字計を書て参らせたりける
其心なるべし月といふ文字はよさりまつへし出よと
心へけり又人のめす御いらへに男はよと申女はをと申
也されは小式部内侍其夜上東門院にさふらひけるが
参りたりければいよ〳〵心まさりしてめでおほしめし
けり是も一定まいり侍なんと申ければ御心よげに
おほしめしてしたまたせ給けり夜もやう〳〵更(ふけ)ぬれ
ど入らせ給はずとのゐ申のきこゆるはうしに成ぬる
にやと御心をいたましむる程に蔵人しのびやかに
此女房参り侍よし奏し申ければうれしく思し
【柱】古今巻八 〇二十八
【柱】古今巻八 〇二十八
めされてやがてめされにけり漢武(かんふ)の李夫人(りふじん)に
あひ玄宗の楊貴妃をえたるためしも是にはまさり
侍らじと御心の内も忝さま〴〵かたらひ給程にあけ
やすき短(みじか)夜なれば暁ちかく成ゆくに此女房身の
ありさまをかきくどきこまかにはあらねど心にまかせ
ぬことのさまを申ければまづかへしつかはさてげり【「つかはさて」、書陵部本「つかはされに」】
御心さし浅からねばやがて三千の列にも召をか
れて九重のうちのすみかをも御はからひ有べき
にてありけるをまめやかになげき申てさやうならば
中〳〵御情にても侍らじ渕瀬(ふちせ)をのがれぬ身とも
成ぬべしたゞ此まゝにて人のいたくしらぬ程なら
ばたえずめしにもしたがふべきよしを申ければつゐに
本のすみかへかへされて時々ぞしのびてめされける
彼少将は隠者(いんきよ)なりけるをあらぬかたにつけてめし
出されてよろづに御情をかけられて近習の人
数にくはへられなどして程なく中将になされに
けりつゝむとすれどをのづから世にもれ聞へて人
の口のさがなさは其比のことわざにはなるとの中将
とぞ申けるなるとのわかめとてよきめののほる所な
ればかゝる異名(いみやう)を付たりけるとかやをよそ君と
【柱】古今巻八 〇二十九
【柱】古今巻八 〇二十九
臣とは水と魚とのごとし上としておごりにくまず
下としてもそねみみだるべからずもろこしには椘(そ)【書陵部本「楚」】の
荘王(そうわう)と申君は寵愛(ちうあい)の后(きさき)の衣(きぬ)をひくものをゆる
して情をかけ唐の太宗と申かしこきみかどは
すぐれて思召ける后をも臣下の約束ありとて
くだしつかはされけり我朝にもかゝる古きためし
もあまた聞へ侍にや今の後嵯峨のみかとの御心
もちゐのかたじけなさ彼中将のゆるし申ける
なさけの色何れもまことに優(ゆう)にありがたくため
しに申伝へきものをや君とし臣としては何事も
へたつる心なくてたがひになさけふかきを本とすべ
きにこそとむかしより申伝へたるもことはりに
おほえ侍り
【332】いつの比のことにか男ありけり内の女房をしのび
て物いひわたりけるがある夜局のあたりにたゝ
ずみてこゝにありとしられんとてあふぎのかなめを
ならしてつかひければ女房きゝておもふよし便宜(びんき)あ
しき事やありけん何となきやうにてつぼねの
内にて野もせにすたくむしのねよとうちなか
めたりければおとこ聞てあふぎをつかひやみて
【柱】古今巻八 〇三十終
【柱】古今巻八 〇三十終
げり
かしかまし野もせにすたくむしのねよ
われたになかく【「く」は、書陵部本「て」】物をこそおもへ
このこゝろなるべしおとこも女もいと優にあ【「あ」は、書陵部本「な」】り
けるにや
【蔵書印:朱 陽刻 方形 単郭 篆書体】
《割書:平戸藩|蔵書》
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:子孫|永宝》
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:楽歳堂|図書記》
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
古今著聞集巻之八終
【後見返し】
【裏表紙】
【背。ラベル 横書き。「總」は青字、「上」は朱字】總上/5/54
【表紙題箋】《題:古今著聞集 《割書:九》》
【前見返し】
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:子孫|永宝》
【蔵書印:朱 陽刻 方形 単郭 篆書体】
《割書:平戸藩|蔵書》
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:楽歳堂|図書記》
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
古今著聞集巻第九
武勇(ぶよう)《割書:第十二》
【333】武(ブ)者(ハ)禁(イマシメ)_レ■【書陵部本「暴」】 ̄ヲ戢(ヲサメ)兵(ヘイヲ)保(タモチ)_レ大(タイ)定(サタメ)_レ功(コウヲ)安(ヤスンジ)_レ民(タミヲ)和(クハシ)_レ衆(シユヲ)豊(ユタカニス)_レ財(サイヲ)是(コレ)
武(ブノ)七徳(シツトク)也(ナリ)臨(ノゾンテ)_二征戦(セイセン)之(ノ)場(チヤウニ)_一去(サリ)_二死(シ)於(ヲ)一寸(イツスン)_一尓(ニ)振(フルヒ)_二瞿(カク)【矍ヵ】鑠(シヤク)之(ノ)
勇(ユウヲ)_一貽(ノコス)_二名(ナヲ)拎【於ヵ。書陵部本「於」】万代_一 ̄ニ葢(ケダシ)此(コレ)道/也(ナリ)
【334】嵯峨(さが)の天皇(てんわう)をは人思ひかけまいらせたりけるに田(た)村
丸(まろ)を近衛将監(こんゑのしやうげん)になし給ひて御身ちかく候ければ此
官(くはん)のきて退出(たいしゆつ)の時(とき)を待(まち)ける程(ほと)に少将(せうしやう)になしてなを
祗候(しこう)す四位(しゐ)してのかん時を待(まつ)に中将(ちうしやう)になり大将(たいしやう)に
成て御身をはなれ奉らざりければ逆臣(ぎやくしん)思(をもひ)よらざり
【柱】古今巻九 〇一
【柱】古今巻九 〇一
けりとぞ申/伝(つたへ)て侍る又/白河院(しらかはのゐん)御代を莚(むしろ)のごとくにまき
てもたせおはしましたりしが猶(なを)武者(ぶしや)をたてゝ凡(およそ)たゆま
せおはしまさゞりけり仰事(ほせこと)ありけるは小一条院(こいちてうゐん)は世の
をこの人にて有けるが頼義(よりよし)を身をはなたでもたりけ
るがきはめてうるせくおぼゆる也今はわれが侍ればと
こそ忠盛朝臣(たゝもりあそん)には仰事有けれさもあらん武士(ぶし)壱人
をばたのみてもたせおはしますべき事也とぞ九条大相(くてうのだいしやう)
国(こく)の二条院(にてうゐん)へは申給ひける【335】○頼光朝臣(よりみつあそん)寒夜(かんや)に物(もの)へありき
て帰(かへり)けるに頼信(よりのぶ)の家(いへ)ちかくよりたれば公時(きんとき)を使(つかい)にて
只今(たゞいま)こそ罷過(まかりすき)侍れ此(この)寒こそはしたなけれ美酒(ひしゆ)侍るや
といひたりけれは頼信(よりのぶ)朝臣/折(をり)ふし酒(さけ)のみてゐたり
ける時なりければ興(けう)に入て只今(たゝいま)見様(みんやう)に申給べし此/仰(おほせ)
ことによろこび思ひ給候御/渡(わたり)有べしといひけれは頼光(よりみつ)則(すなはち)
入にけり盃酌(はいしやく)之間/頼光(よりみつ)厩(むまや)の方を見やりたりければ
童(わらは)を一人いましめてをきたりけりあやしと見て頼信(よりのぶ)
にあれにいましめてをきたるものはたそと問(とひ)ければ鬼(き)
同丸(どうまる)なりとこたふ頼光(よりみつ)驚(おとろき)ていかに鬼同丸(きとうまる)などをあれ
ていにはいましめ置(おき)給たるぞをかしあるものならば
かくほどあだには有/間敷(ましき)物をといはれければ頼信(よりのぶ)
実(げに)さる事候とて郎等(らうどう)をよびて猶(なを)したゝかにいまし
【柱】古今巻九 〇二
【柱】古今巻九 〇二
めさせければ金鎖(かなくさり)をとり出てよくにげぬやうに
したゝめけり鬼同丸頼光のの給事を聞より口/惜(をしき)
物かな何とぞあれと夜のうちに此/恨(うらみ)をばむくはんず
るものをと思ひゐたりけり盃酌(はいしやく)数献(すうこん)に成て頼光
も酔(えい)て卧(ふし)ぬ頼信も入にけり夜ふけしづまる程に
鬼同丸/究竟(くつきやう)のものにていましめたる縄金鎖(なはかなくさり)ふ
み切てのがれ出ぬ狐戸(きつねど)より入て頼光のねたる上の
天井(てんぜう)にあり此天井引はなちて落(をち)かゝりなば勝(せう)
負(ぶ)すべき方/異儀(いぎ)あらじと思ためらふ程に頼光
も直(たゞ)人にあらねばはやくさとりにけり落かゝり
なば大事と思ひて天井にいたちよりも大きにてん
よりもちいさきものゝ音(をと)こそすれといひて誰(たれ)か候と
よびければ綱(つな)名乗(なのり)て参りけり明日は鞍馬(くらま)へ可_レ参
いまだ夜をこめて是よりやがて参らんずるぞそれがし
〳〵供すべしといはれければ綱(つな)承りてみな是に候と
申てゐたり鬼同丸此事を聞てこゝにては今は叶(カナフ)
まじ酔卧(えいふし)たらばとこそ思ひつれなまさかしき事し
出てはあしかりなんと思ひて明日の鞍馬(くらま)の道にて
こそと思ひかへして天井をのがれ出てくらまのかたへ
むかひて市原野の辺(へん)にてびんぎの所をもとむる
【柱】古今巻九 〇三
【柱】古今巻九 〇三
に立かくるべき所なし野飼(のがひ)の牛のあまた有ける
中にことに大成を放(ころ)して路次(ろし)に引ふせてうしの
腹(はら)をかきやぶりて其中に入て目計見出して待けり
頼光あんのごとく来りけり浄衣(じやうゑ)に太刀(たち)をぞはき
たりける綱(つな)公時(きんとき)定通(さたみち)季武(すへたけ)等みな共にありけり頼
光馬をひかへて野のけしき興あり牛その数有
をの〳〵牛/追(をふ)物あらばやといはれければ四天王のとも
がら我も〳〵とかけて射(い)けり誠に興有てぞ見へける
其中に綱いかゞ思ひけんとがり箭(や)をぬきて死(し)したる
牛にむかつて弓を引けり人あやしと見る所に
牛の腹のほどをさして箭(や)をはなちたるに死たる
牛ゆす〳〵とはたらきて腹(はら)の内より大の童(わらは)打刀
をぬきて走(はしり)出て頼光にかゝりけり見れば鬼同丸
也けり箭(や)を射(い)たてられながら猶事共せず敵(てき)に
向ひけり頼光は少もさはがず太刀をぬきて鬼同
丸が頭(かうべ)を打おとしてけりやがてもたふれず打刀を
ぬきて鞍(くら)のまへつはをつきたりさて頭(かうべ)はむながいに
くいつきたりけるとなん死ぬる迄たけくいかめしう
侍りける由語りつたへたりまことなりける事にや
扨頼光はそれより帰にける【336】○伊与守(いよのかみ)源頼義(みなもとよりよし)朝臣
【柱】古今巻九 〇四
【柱】古今巻九 〇四
貞任(さだたう)宗任(むねたう)等をせむる間/陸奥(みちのくに)に十二年の春秋を送(おくり)
けり鎮守府(ちんじゆふ)をたちて秋田の城にうつりけるに雪(ゆき)ふり
て軍のおのこどもの鎧(よろひ)みな白妙(しろたへ)に成にけり衣河(ころもかは)の
館(たち)岸(きし)高(たか)く川有ければ楯(たて)をいたゝきて冑(かぶと)にかさね
筏(いかだ)をくみて責(せめ)戦(たゝかふ)に貞任(さだたう)等たえずしてつゐに
城のうしろよりのがれ落(をち)ける一男(いちなん)八幡太郎/義家(よしいへ)
衣川に追(をひ)たてせめあふせてきたなくもうしろを見する
ものかなしはし引かへせ物いはんといはれたりければ
貞任見かへりたりけるに
衣のたてはほころびにけり
といへりけり貞任くつばみをやすらへしころをふり
むけて
年をへし糸(いと)のみだれのくるしさに
と付たりけり其時義家はげたる箭(や)をさしはつ
して帰にけりさばかりのたゝかひの中にやさし
かりける事かな
【337】同朝臣十二年の合戦(かつせん)の後/宇治(うぢ)殿へ参りて戦の間の
物語申けるを匡房(まさふさ)卿よく〳〵聞て器量(きりやう)はかしこき
武者(むうしや)なれ共猶/軍(いくさ)の道をばしらぬと独(ひとり)ことにいはれ
けるを義家(よしいへ)の郎党(ちうとう)【らうとうヵ】聞てきけやきけ【「聞てきけやきけ」は、書陵部本「聞てけやけき」】ことをの給ふ
【柱】古今巻九 〇五
【柱】古今巻九 〇五
人かなとおもひたりけり去程に江帥(ごうそつ)出られけるに
やがて義家も出けるに郎等かゝる事をこその給ひ
つれと語ければさだめて様(よう)あらんといひて車(くるま)
にのられける所へすゝみよりて会尺(ゑしやく)せられけりや
がて弟子(てし)に成てそれよりつねにまうでゝ学問(がくもん)せ
られけり其後/永保(ゑいほう)の合戦(かつせん)の時/金沢(かなさは)の城をせめ
けるに一行(ひとつら)の雁(がん)飛(とび)さりて苅田(かりた)の面(をも)におりんと
しけるが俄におどろきてつらをみだりて飛(とひ)帰ける
を将軍(しやうくん)あやしみてくつはみをおさへて先年/江帥(こうそつ)
の教(をしへ)給へる事有/夫(ぶ)軍(ぐん)野(や)に伏(ふく)す時は飛雁(ひかん)つ
らをやふる此野にかならず敵(てき)ふしたるへしからめ手
をまはすべきよし下知せらるれば手をわかちて
三方をまく時あんのごとく三百/余騎(よき)をかくしおき
たりけり両/陣(ちん)みだれあひて戦(たゝかふ)事かぎりなし
され共かねてさとりぬる事なれば将軍の軍(いくさ)勝(かつ)に
乗(じやうし)て武衡(たけひら)等が軍やぶれにけり江帥(こうそつ)の一言なか
らまじかはあぶなからましとぞいはれける【338】十二年
の合戦(かつせん)に貞任(さたたう)はうたれにけり宗任(むねたう)は降人(かうにん)に
成て来にければゆるしてつかひけり嫡男(ちやくなん)義家朝
臣のもとに朝夕/祗候(しこう)しけり或(ある)日義家朝臣宗
【柱】古今巻九 〇六
【柱】古今巻九 〇六
任(たう)壱人ぐして物へ行けり主従(しゆしふ)共に狩装束(かりそうそく)にて
うつぼをぞおへりけるひろき野を過るに狐(きつね)一/疋(ひき)
走(はしり)けり義家うつぼよりかりまたをぬきてきつね
をおひかけけり射(い)ころさんはむざんなりと思て左右
の耳(みゝ)の間をすりさまにしりへ射(い)たりけれは箭は狐
の前の土にたちにけり狐其箭にふせがれてたふ
れてやがて死(し)にけり宗任馬よりおりて狐を引
あげて見るに箭もたゝぬに死たるといひければ義
家みて臆(をく)して死たるもころさじとて射(い)はあてね今
いき帰なん其時はなつべしといひけり則/箭(や)を
取てまいらせければやかて宗任してうつぼにさゝせ
給けり他(た)の郎等是を見てあぶなくもおはする
物かな降(かう)人に参たりとも本の意趣(いしゆ)は残(のこり)たるらん
ものを脇(わき)をそらして矢をさゝする事あぶなき事
也おもひきる害心もあらばいかゝとぞかたぶきけ
るされ共義家はほとんと神に通(つう)したる人也けり
宗任いかにも思ひよるべくもなかりければたかひにて
身をまかせけるにや或(ある)夜又宗任計をぐして女の
本へ行たりけり家ふるく成て築地(ついぢ)くづれ門
かたぶけり車寄(くるまよせ)の妻戸(つまと)をあけて其内にてあひ
【柱】古今巻九 〇七
【柱】古今巻九 〇七
たりけり宗任は中門に侍けり五月(さつき)闇の空(そら)墨を
かけたるごとくにて雨ふり神(かん)なりておそろしき
事限なしいかにもことあらんずらんと思ひたる所
にあんのごとく強盗(ごうどう)数十人きほひ来にけり門の
前によりそばひて有火をともしたるかけより見
れば廿人計有宗任いかゞはからふべきと思ひたる
に中門の下より犬一疋はしり出てほえけるを宗
任ちいさきひきめをもて射(い)たりけるに犬いられ
てけい〳〵となきてはしるをやがておなしさまに
矢つぎばやに射(い)てけり其時義家朝臣/誰(たれ)候そ
と問たりけれは宗任となのりたり矢つぎのはや
きこそはしたなけれといはれけり強盗(ごうどう)共此こと
葉(は)を聞て八幡殿のおはしましけるぞあなかな
しとてはふ〳〵にげうせにけるとなん
【339】同朝臣/若(わか)さかりにある法師の妻(め)を密会(みつくわひ)し
けり件(くたん)の女の家二条/猪隈(いのくま)へん也けり築地(ついち)に
桟敷(さんじき)をつくりかけて桟敷(さんじき)のまへに堀(ほり)ほりて其
はたに蕀(をとろ)なとをうへたりけりすこぶる武勇立る
法師なりければ用心などしける所也法師の
たがひたる隙をうかゞひて夜ふけてかの堀のかた
【柱】古今巻九 〇八
【柱】古今巻九 〇八
へ車をよせければ女/桟敷(さんしき)のしとみをあげてすたれ
を持(もち)あげける其時とびの尾(を)より越(こへ)入にけり
堀のひろさもまう也けるにうへざまにとび入けん
はやわざの程/凡夫(ぼんぶ)の所為(しよい)にあらず此事たびか
さなりにければ法師聞つけて妻(め)をさいなみ
せためて問ければありのまゝにいひてげりさら
ばれいのやうに我(わか)なきよしをいひて件(くたん)の男を
入まといひければのがれがたなくていふまゝにこと
うけしぬ桟敷をあけてれいのやうに入らん所を
きらんと思て此法師其/道(みち)に囲碁盤(ゐごのばん)のあつ
きを楯のやうに立てそれにけつまづかせんとかまへ
て太刀をぬきてまつ所に案のごとく車をよせ
ければ女れいの定にしけるにとびのをの方より
とび入さまに鳥のとぶがごとく也ちいさき太刀を
ひきそばめて持たりけるをぬきてとびさまに
碁盤(こばん)の角(すみ)を五六寸計をかけてとゞこほりなく
きつて入にけり法師たゞ人にあらずと思ひて
いかにすべしともなくおそろしく覚へければはふ
〳〵くづれおちてにげにけりくはしく尋聞ば
八幡太郎義家也けりいよ〳〵おくする事限
【柱】古今巻九 〇九
【柱】古今巻九 〇九
なかりけり
【340】九郎/判官(はんくわん)義経(よしつね)右大将の勘気(かんき)の間都をおちて西国
のかたへ行ける時わたなべの緩/源(けん)次(じ)馬/允(のぜう)番(つがふが)もとに
よりて事の由をいひければいたう哀みて道おくり
けり後に其事聞へて番(つがふ)関(くわん)東へめされて梶原(かぢはら)に
あづけられにけり十二年迄おかれたりけるに番毎日に
本(もと)鳥をとりて今日やきられんずらんとぞまちける
去程に右大将/高麗(かうらい)国を責し時の追(つい)付使にあま
野の式部太夫遠景むかひけり大将/家(け)のきり物に
て次官(じくわん)藤(とう)内といはれし藤内は是也西国九国を
【挿絵】
【柱】古今巻九ノ 〇又九
【柱】古今巻九ノ 〇又九
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
知行の間そのいきほひいかめし高麗国(かうらいこく)打しなへて
上/洛(らく)の時わたなべにて番が妹(いもと)にとつぎにけり相ぐして
関(くわん)東に下向しければ番が親類郎/等(とう)共悦をなして
さりとも今は馬殿の召籠はゆるされ給なんと悦あへ
りけり遠景(とをかけ)も宿縁あさからず此上はかの御気色
にをきてはいかにも申ゆるすべし御承引なくは遠景
申預かるべしといひければ弥々悦事/限(かぎり)なし扨関東に
下り着(つき)ていつしか使を番が本へつかはしていひけるは
思ひかけずかく侍ゆかりに成参らせて候今にをきては
ひとへに親とも頼奉るべし内外に付て疎略を存
【柱】古今巻九 〇十
【柱】古今巻九 〇十
べからずといひやりたりけり番多年の召人にて
今日切らるべし〳〵といひて十余年に及けれども
かたう人壱人もなければ申なだむるものなしたま〳〵
かゝる縁(ゑん)出来事はいか計かはうれしかるべきに番がいひ
けるは弓/箭(や)とる身のかゝるめに相て召籠(めしこめ)に預る恥(はじ)にて
あらずさこそ無縁(むゑん)の者なれ共あながちに其ぬしこひねがふ
べき聟にあらずとて返事にいひけるはよろこびて奉(うけたまわり)ぬ
誠に傍輩(はうばひ)として申承らん事本意候したしくならせ給
のよしの事存知がたく候番はひとり身の物にて候へば御
ゆかりに成参らすべき事候はずとあらゝかにいひたり
ければ遠景大きにいきどをりやすからぬ事に思ひて
ともすれば大将に番はきはめたるしれものにて候
いかにも猶あしき事しいださんずる者にて候はなち
たてらるまじき也と申ければ弥々をもく成まさりに
けりされ共番は少もいたまずをのこの身はいつかいかに
成べしとても人わろかるべき事はなしとて物ともせ
ざりけりかゝる程に大将康衡を打とて奥(をく)責(せめ)を
思ひ立て兵(つはもの)をそろへらるべき事出来にけり其時
番を召ての給ひけるは汝(なんぢ)をとうにいとまとらすべ
かりしか共此大事を思ひてけふ迄いけて置(をき)たる也身
【柱】古今巻九 〇十一
【柱】古今巻九 〇十一
の安否(あんひ)は此度の合戦によるべしとて鎧馬/鞍(くら)など給け
ればかしこまり悦て向(むか)ひけり誠に身命をおしまず
ゆゝしかりければ勘気ゆるされて本/領(りやう)かへし給りて
二度/旧里(ふるさと)に帰りき此番は無双の手きゝにて侍にけり
渡部にてしかるべき客人(きやくじん)の来りける時/鮒(ふな)はせをし
けるには箭(や)をたばさみておどる鯉(こひ)を一つもはづさず
射けり網(あみ)に入にはもるゝ方もおほし是は一つももら
さずいとめければみな人目をおどろかしけり
【341】強盗入たりけるに貞綱(さたつな)は酒に酔て白拍子(しらびやうし)玉寿
と合宿したりけり思ひもよらぬにね所に打入たり
ければ貞綱(さたつな)太刀をぬきて打はらひて玉寿を引立て
後苑へしりぞきて桧垣(ひがき)より隣へこして我身も共に
逃にけり其事世に聞えて強盗に逃(にけ)たるわろしなど
さたしけるを貞綱かへり聞て今より後成共強盗に
あひて命うしなふまじ幾度(いくたひ)も君の御大事にこそ
命をはおしむまじけれといひけるにあはせて和田左
衛門尉/義盛(よしもり)が合戦の時/昼(ひる)は紅のほろをかけて黒き
馬に乗(のり)夜るは白きほろをかけて葦毛(あしけ)の馬に乗て
軍(いくさ)のさきをかけける誠に一人当千とぞ見へける日来
の詞(ことは)に合てゆゝしくぞ侍りけるつゐに組合者なかり
【柱】古今巻九 〇十二
【柱】古今巻九 〇十二
けらば自害(しかひ)してげり
【342】承久三年のみだれに宇津(うつの)宮越中の前司頼業いま
だ無/官(くはん)なりけるが宇治川をわたすとて押(をし)ながさ
れて水の底(そこ)へ入たりけるに石にかきつけて鎧をぬ
がんとしけるが上帯しめてとけざりけれは引ちぎり
てぬぎておよき上りたりけりさしもはやき川の底(そこ)
にてかくふるまひたりけるゆゝしき事也けり水練
なりけり
弓箭 《割書:第十三》
【343】弓箭之芸其/勢(いきをひ)専一也只省_二 ̄テ上弦之月_一当_二心弦_一 ̄ニ
不(す)_二再(ふたゝひ)権(かゝ)【「権」の振り仮名「はから」ヵ。書陵部本「控」】矢/不(す)_二虚(むなしく)発(はなた)_一百(もゝなから)_中(あつ)古之上手多 ̄ハ伝_二 ̄フ芳誉_一 ̄ヲ
【344】延長五年四月十日/弾正親王(たんぜうしんわう)内裏にて小弓のまけ
わざせさせ給ける酒肴(しゆかう)などはてゝ夕へになりて
清涼殿(せいりやうてん)の東の廂(ひさし)にて又小弓有けり前には弾正
親王重明のちには三品親王清貫民部卿此外の
人々も仕けり女/装束(しやうそく)一かさねかけ物に出されたりけ
るを弾正親王の宮とり給ひにけり勝方(かちかた)の拝(はい)など有
けりとかやそのまけわざは廿三日にこそし給けれ
【345】長暦二年三月十七日殿上人十余人野々宮へ参り
たりけるに御殿の東/庭(には)に畳(たゝみ)を敷て小弓の会有
【柱】古今巻九 〇十三
【柱】古今巻九 〇十三
けり又/蹴鞠(しふきく)も有けり夕に及て膳(せん)をすゝめられける
あひだ簾中(れんちう)より管絃(くはんげん)の御/調度(てうど)を出されたりけれ
ば則/糸(いと)竹/雑芸(ざつげい)の興も有けり又和歌も有ける
とかやむかしはかく期(ご)せざる事もやさしく面白事/常(つね)
のことなりけりいみじかりける世也
【346】寛治八年八月三日/滝(たき)口大/極殿(こくでん)にて賭弓(のりゆみの)事有けり
前の方は退紅(たいこう)の狩衣(かりぎぬ)をぞきたりけるうしろは心に
まかせたりけり故(ふるき)人等も催(もよほ)し有ければ公清(きんきよ)卿等/衣(い)
冠(くはん)にて参たりけり七/双(そう)はてゝ虎皮(とらのかは)をかけ物にて
一度射させられたりけるにあたらざりけり本意
なかりける事也【347】頼光(よりみつ)朝臣の郎等/季(すへ)武が従者(ずざ)究竟(くきやう)
の物有けり季武第一の手きゝにてさげはりをもはづ
さず射ける物也けり件の従者(ずざ)季武にいひけるはさげ
はりを射給ふ共此男が三段計のきておちたらんをは
え射給はじといひけるを季武やすからぬ事いふやつ
かなと思ひてあらがひてげり若(もし)射はづしぬる物ならは
汝がほしく思はん物を所望にしたがひてあたふべしと
定めておのれはいかにといへば是は命を参らするうへは
といへばさいはれたりとてさらばとて立(たて)といへば此男
いひつるがことく三段のきて立たり季武はづすまし
【柱】古今巻九 〇十四
【柱】古今巻九 〇十四
き物を従者一人うしなひてんずる事は損なれども意趣
なればと思ひてよく引てはなちたりければ左の脇
のしも五寸計のきてはづれにければ季武まけて
約束のまゝにやう〳〵の物共とらすいふにしたがひて取つ
其後今一度射給べしといふやすからぬまゝに又あらかふ
季武初めこそふしきにてはずしたれ此度はさりともと
思ひてしばし引たもちて真(まん)中にあてゝはなちけるに
右の脇(わき)下を又五寸計のきてはづれぬ其時此おとこ
さればこそ申候へえ射給ふまじきとは手きゝにては
おはすれ共心ばせのおくれたる人の身ふときといふ共
【挿絵】
【柱】古今巻九ノ 〇又十四
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【柱】古今巻九ノ 〇又十四
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
定めて一尺には過ぬ也それをま中をさしてい給へりつる
をときゝてそとそはへおとるに五寸はのく也しかればかく
侍る也かやうの物をば其用意をしてこそ射給はめと
いひければ季武理にをれていふ事なかりけり
【348】一院/鳥羽(とはの)院にわたらせおはしましける比みさご日ごとに
出きて池(いけ)の魚(うを)を取けりある日是を射(い)させんと思召
て武者所にたれか候と御尋有けるに折ふしむつるが
候けり召(めし)に随(したが)ひて参たりけるに此池にみさごの付
ておほくの魚を取射とゞむべし但射ころさん事は
無慙(むさん)也鳥もころさず魚をもころさじと思召也
【柱】古今巻九 〇十五
【柱】古今巻九 〇十五
あひはからひてつかうまつるへしと勅定ありければ
いなみ申へき事なくて則罷立て弓矢を取て参り
たりけり矢はかりまたにてぞ侍りける池の汀(みきは)の辺(ほとり)
に候てみさごを相待所にあんのごとく来て鯉(こひ)を取
てあがりけるをよく引射たりければみさごはいられ
ながら猶/飛行(とひゆき)けり鯉は池におちて腹(はら)白(しろ)にてうき
たりけり則取あげて叡覧(えいらん)にそなへければみさこの
魚をつかみたる足(あし)をいきりたりけり鳥は足は切
たれ共たゞちにしなず魚もみさこの爪(つめ)立ながらし
なず魚も鳥もころさぬやうにと勅定有けれは
かくつかうまつりたりけり凡夫(ぼんふ)のしわざにあらずと叡
感(かん)のあまりに禄(ろく)を給はりけるとなん
【349】此むつるの兵衛ノ尉/懸矢(かけや)をはがすとてとうの羽(は)を求
けるが不足しければ郎等共にもしや持たるとたつね
ければ上六太夫といふ弓の上手聞て此/辺(へん)にとうや
はみ候見よといひければ下人立出てみて只今河より
北の田にはみ候といふを聞て則弓矢を取て出たるに
とう立て南へとびけるを上六矢をはげて左右なくも
射ずいづれかはこがれたるといひければしりに飛をこ
がれたるといふを聞てなをにいそかずはるかに遠
【柱】古今巻九 〇十六
【柱】古今巻九 〇十六
く成て河の南の岸の上/飛(とふ)ほどになりにける時よく
引てはなちたるにあやまたず射おとしてげりむつる
感興(かんけう)のあまり不審(ふしん)をいたして問けるはなど近(ちか)かり
つるをば射ざりつるぞはるかにはとをくなしては射る
ぞ心へずと尋けれは其事に候近かりつるをいおと
したらば川に落(をち)て其はねぬれ侍りなんむかいの
地に付て射おとしたればこそかくはねはそんぜぬと
ぞいひける心にまかせたる程誠にゆゝしかりける
上手なり
【350】同人のもとに又/賀次(かじ)新太郎といふ弓の上手有ける
年の始に弓を射けるに九度(くと)の弓はつるたび今矢
三あまりたりけり賀次が矢は一すぢ也あたらん事は
不審(ふしん)なけれ共今二の矢がかずあまりぬれば射ても
用事なしと左右ともにいひけるを賀次がいはく
かりまたをゆるされ給たらば諸(を)付をつかうまつり
持(ぢ)にし侍らんといふを主人あしくいふものかな若(もし)
はづるゝ事も有にと思ひけれ共諸人目をすまさ
んがためにゆるしてかりまたをとらせてけり賀次
よく引てはなちたるにいふがごとく諸(を)付を射きり
て的(まと)土におちにけり諸付いつれば矢かず三に
【柱】古今巻九 〇十七
【柱】古今巻九 〇十七
もちゐるならひなれば三のかずを矢一すぢにて
持(ぢ)になりにけりとなん
【351】或所に的(まと)弓射けるに晩(くれ)に及ければ明日(あす)や勝負(かちまけ)
すべきなど人々いひける所源三左衛門尉/翔(かける)来り
けり此さたを聞ていひけるは翔(かける)はいづかたのかたう人(ど)も
すまじ矢を一手給へかしその的串(まとくし)のまへうしろを射
んあたりたらんかたを勝(かち)にし給へといへば人々も興(けう)
に入て則矢をとらせたりければついたちてはや【甲矢】を
射るにまへの串にあたりぬ方(かた)の人のゝしりあへり
けるにをとや【乙矢】にて又うしろの串(くし)をいてけり此うへは
さやうにてこそ候はめとてやみにけりかやうに名を
得たる上手のふるまひ目をおどろく事なりとな
ん【352】左衛門ノ尉/平助綱(たいらのすけつな)はつや〳〵弓引はたらかす事
叶(かな)はざりけるもの也けり家の棟(むね)にとうの飛(とび)きて
ゐたりけるを是はいむなる物をと思て立出てみる
ほどに下人左右なく弓矢をとりてあたへたりけれ
ばなをざりにとりていたりける程にあやまたず射
おとしてげり上手すら猶大事なりさしもの弓
ひかずの射あてたる事身の冥加(めうが)のいたりされ
ばつゞかなかりけりとなんいへり
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【柱】古今巻九 〇十八
【裏表紙】
【背。ラベル 横書き。「總」は青字、「上」は朱字】總上/5/54
【表紙題箋】《題:古今著聞集 《割書:十》》
【前見返し】
古今著聞集巻第十
馬芸(ばげい) 《割書:第十四》
【353】神事の庭(には)には競(くらべ)馬を先とし公事の砌(みきり)には
青(あを)馬を始(はじめ)とすしかのみならず武徳殿(ぶとくでん)に御幸成
てさま〴〵の馬芸(ばげい)をつくさる又/信濃(しなの)の駒(こま)を引て
左右の寮(つかさ)に給て礼儀にそなへらるをこそ此芸
は乗尻(のりしり)の所好(このむところ)也/随身(すいじん)の所_レ専(せんとする)也
【354】正暦二年五月廿八日/摂政殿(せつしやうどの)右近(うこん)の場(ばゝ)にて競馬(けいば)
十(と)番(つがひ)を御覧じけり山井の大納言/儀同(ぎどう)三/司(し)共に
中納言にておはしける左右に分て公卿おほく参
【上欄書入れ】1
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【柱】古今巻十 〇一
【柱】古今巻十 〇一
られけり一番左将/曹(さう)尾張/兼時(かねとき)右将/曹(さう)同/敦行(あつゆき)つ
かうまつりけるが兼時が轡(くつは)たび〳〵ぬけたりけれ共
おつる事はなかりけり去ながもつゐに敦行(あつゆき)勝(かち)
にけり兼時敦行にむかひてまけてはいづかたへ
行ぞといひたりけり人々そのこと葉を感して纒(てん)
頭(どう)しけるとなんいまだ競馬(けいば)にまけざりけるもの
にてかくいひけるいと興あるいひやうなるべし
【355】寛/治(じ)五年五月廿七日二条/大路(のおほち)にてはなちがひし
ける馬をとりて移(うつし)を置(おき)て競馬(けいば)六番(むつがひ)ありけり
殿上人ぞつかうまつりける東の陣(ちん)のまへより西の
【挿絵】
【上欄書入れ】2
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【柱】古今巻十ノ 〇又一
【柱】古今巻十ノ 〇又一
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
中門にむけてぞ■(はせ)【馬+疋。書陵部本「馳」】ける主上太/皷(こ)をうたせ給ひける
たはふれごとなれともめづらしかりける事也
【356】いづれの摂禄(せつろく)の御時にか東三条にて雲分(くもわけ)といふ
あがり馬をのられけるに中門の廊(らう)の中に爪(つめ)がたを
付て車寄(くるまよせ)の戸のそとへとび出たりけり其足の跡の
こひなうしなひそと仰られてちかく迄侍けるとかや
【357】天治元年十一月廿一日鳥羽院寛治の例(れい)をたづね
て高野(かうや)に御幸有けり道の程おぼつかなく思召
て白河院よりひまなく御使有けり廿七日にぞ
中院につかせおはしましける廿八日に奥(おくの)院に
【上欄書入れ】3
【柱】古今巻十 〇二
【柱】古今巻十 〇二
まいらせおはしましける晦日/還御(くはんきよ)のみち長坂
の東野にて御馬をさゝへて競馬(けいは)の事有けり一番
左兵衛督権右中弁/顕頼(あきより)朝臣左勝二番修理太夫
左近将/曹(そう)公俊(きんとし)子右馬いてす左勝三番美作守
顕輔(あきすけ)朝臣左近府/生(しやう)秦兼信(はだのかねのふ)《割書:兼方|子》勝負いかゞなり
けるやらんいと興有ことなり
【358】保延三年八月六日仁和寺殿の馬場にて日吉御
幸の内くらべ七番有けり一院《割書:鳥羽》女院《割書:待賢(たいけん)門院》
今宮五ノ宮前ノ斎(さい)院御覧ぜられけり左大臣以下
参給ひけり一番/左(ひだり)院/将曹(のしやうざう)秦兼弘(はたのかねひろ)《割書:兼久|子》右府
生下野/敦延(あつのふ)《割書:敦高|子》つかうまつりけるに三遅(ち)の後敦延
が馬のひざより血(ち)はしりければ他の馬をのせかへら
れんがためにいれられにけり二番左府生/下野(しもつけの)敦(あつ)
方《割書:敦利|子》右府生/秦兼則(はたのかねのり)うちいでける程に兼則
おとり心地おとりて勝負の心なかりければ追入
られて兼弘(かねひろ)敦延(あつのふ)又打出にけり左の馬もとより
口をうちけれども兼弘ならびなき上手なりければ
馬の失(しつ)をかへり見ずちかくまうけておりかへる事
十度にあまりけれ共敦延追はざりけり兼弘を
はんとしければ敦延ちかくよせずかくて時を送る
【上欄書入れ】4
【柱】古今巻十 〇三
【柱】古今巻十 〇三
程にかならず勝負すべきよし仰下されける時兼
弘をひてげり敦延がかちの袖をとりて引ほころ
ばかしたりけれ共敦延勝にけり兼弘はじめて負(まけ)
にけり大かたのりやう上下目をおどろかしけり院殊
に御感有て両人共にめされけれ共兼弘あとをくら
みて失にけり敦延に方人(かたふど)纏頭(てんどう)せざりければ院し
きりに方人をめされけれ共参者なかりけり右
方の奉行の将にて大炊(おふいの)御門右大臣の中将にておは
しけるぞ女郎花(おみなめし)の織(をり)ひとへをなまじゐに打かけ
られける敦延其禄を鞭(むち)にかけて肩(かた)にはかけざり
けりしたしき物共の有ける所にて師(し)子にや似たる
といひたりければ誰にてか有けんなどゝ問たりけれ
ばくれぬ物をこひ取たればよといひけるにくながら
興有とも沙汰有ける
【359】後鳥羽院の御時の競馬(けいは)に院の左番の長/秦(はたの)頼次
《割書:兼平|子》府生下野/敦近(のあつちか)つかうまつりけるに頼次が乗
たる馬の鞭(むち)を打たりけるに馬場もとへ走(はし)り帰り
たりけるに敦近(あつちか)勝にけり勝負/普通(ふつう)ならずと
さた有て程へて敦近をめされけるに保延の敦延
か事を思ひ出て禄を鞭(むち)のに前かけてしたしき
【上欄書入れ】5
【柱】古今巻十 〇四
【柱】古今巻十 〇四
物共に向ひて師(し)子にや似たるといひたりければ御
気しきあしく成て所帯(しよたい)も相違してげるとかやか
やうの言葉は人によりていふべき也
【360】承安元年に五月会にて侍けるにや秦公景(はたのきんかげ)《割書:公正子》
下野の敦景《割書:敦則子》あはせられたりけるに公景はまう
け上手敦景はをひ上手なりければ案のごとく敦景追
てとりくみて馬場末にてとほりにけりともに興有
ければ両人めされにけり公景はもとより院の召次(めしつぎ)所
に候けり敦景/叡感(えいかん)のあまりに次日召次所に候
べきよし大宮大納言/隆季(たかすへ)卿奉行にて仰下され
けり公景此事を聞て院の中門に主典代(しゆてんたい)庁官(ちやうくはん)な
どが候ける中にて誠にや敦景公景に持したりとて
御所へめされ侍る也公景に勝たらんものはいか程の
目にかあふべきといひたりけるいと興有申事也
【361】小松の内大臣右大将にておはしける時/佐伯(さいきの)国方《割書:重文|子》
一座にて侍けり治承元年三月五日内大臣に成
給ける時番長になされにけり拝賀の夜くせも
なき馬を移(うつし)馬にひかれたりけるに国方近習の者
を呼出して申けるは今夜国方定てくせ物に乗
侍らんずらんと近衛(このえ)の舎人(とねり)等目をすまして侍ら
【上欄書入れ】6
【柱】古今巻十 〇五
【柱】古今巻十 〇五
んずるに無念の馬を仕(つかふ)まつらん事なげき思ふよし
を申ければおとゞこよひは祝の夜にてあるにもし
不慮(ふりよ)の事もあらば公私(こうし)いまはしかりぬべし後〳〵の
せらるべきよし仰られければ国方かさねて申けるは若
落馬仕て侍らば国方か怪異(けい)になし侍りていとま
を給べし猶くせ物に乗らるまじくは番長には
すみやかに他人をなさるべしとしゐて申ければおとゞ
力及はてあがり馬をひかれにけりなかみちにくちを
はつさせてあげけり誠に違失(いしつ)なしおとゞ感に
たえす帰給て纏頭(てんとう)せられけるとそ
【362】播磨の府生/貞弘(さだひろ)が家ちかく陰/陽師(ようし)ありけり馬を
まうけたりけるを貞弘をよびてのり試(こゝろむ)へきよし
いひければ貞弘奇/怪(くはい)に思ひながら行て乗てげり
打まはしてやがて乗ながら家へ帰にけり陰陽師
こはいかにとて馬をこひければさもあらず汝程の
者が貞弘をよびて庭乗せさせてみるべき事かは
馬をとらせんと思へばこそのせつらめとてやがて
領じてげれば力及ばでぞ有ける
【363】後白河院の御時鎌倉の前の右大将御馬を百疋参らせ
たりける下野の敦近(あつちか)召次(めしつき)所に候けるをめして乗
【上欄書入れ】7
【柱】古今巻十 〇六
【柱】古今巻十 〇六
られけるに冬の事なりければいと寒かりけるに
敦近はだにかたびら計を着て参りたりければ寒
げに見へけるが御馬のかずつかうまつりにければ
汗(あせ)くみにけり兼而用意したるほどいみじく見へ
けり叡感(えいかん)ありて御馬一疋えりて給べきよし仰られ
ければ承りける時のりたりける御馬をさうなく申
給にけり乗はてゝ後中門に候けるに宿衣(しゆくい)一領たま
はせければ肩(かた)にかけて出けりゆゝ敷ぞ見へけり
【364】武蔵の国住人つゞきの平太/経家(つねいへ)は高名の馬乗馬/飼(かい)
なりけり平家の郎等なりければ鎌倉右大将めし
取て景時に預られにけり其時陸奥より大きにし
てたけき悪馬(あくば)を奉りたりけるをいかにものる物なかり
けり聞え有馬乗共に面々にのせられけれ共一人も
たまるものなかりけり幕下(ばくか)思ひわづらはれてさるに
ても此馬にのるものなくてやまん事口惜き事也
いかゞすべきと景時にいひあはせ給ひければ東八ケ国
に今は心にくき者候はず但/召人(めしうと)経家(つねいへ)ぞ候と申け
ればさらばめせとて則召出されぬ白(しろき)水干(すいかん)に葛(くづ)
の袴(はかま)をぞ着たりける幕下(ばくか)かゝる悪馬あり仕り
てんやとの給はせければ経家かしこまりて馬は
【上欄書入れ】8
【柱】古今巻十 〇七
【柱】古今巻十 〇七
かならす人にのらるべき器にて候へばいかにたけき
も人にしたがはぬ事や候べきと申ければ幕下入
興せられけりさらばつかうまつれとて則馬を引
出されぬ誠に大きにたかくしてあたりをはらひて
はねまはりけり経家水干の袖くゝりて袴のそば
たかくはさみてゑぼうしかげして庭におり立たる
けしきまづゆゝしくぞ見へけるかねて存知たり
けるにや轡(くつわ)をぞもたせたりける其轡をはげ
てさし縄(なは)とらせたりけるを少も事共せずはね
はしりけるをさし縄にすがりてたくりよりて乗
てけりやがてまかりあがりて出けるを少し走(はし)らせ
て打/止(とゞ)めてのど〳〵とあゆませて幕下(はつか)の前に
むけてたてたりけり見る者目をおどろかさずと
いふ事なしよくのらせ今はさやうにてこそあらめと
の給はせける時おりぬ大きにかんじ給て勘/当(だう)ゆる
されて厩(むまやの)別当になされにけり彼経家が馬/飼(かい)ける
は夜半計におきて何にか有らんしろき物を
一かはらけ計手づから持来りて必/飼(かい)けりすべて
夜〳〵ばかり物をくはせて夜明ればはだけ髪(かみ)を
ゆはせて馬の前には草一/把(は)も置ずさは〳〵と
【上欄書入れ】9
【柱】古今巻十 〇八
【柱】古今巻十 〇八
はかせてぞ有ける幕下富士川あひざはの狩に
出られける時は経家は馬七八疋に鞍(くら)置て手綱(たつな)むす
びて人もつけずうち放して侍ければ経家が馬の
尻にしたがひて行けりさて狩場(かりば)にて馬のつかれたる
折には召にしたかひてぞ参られけるか様に伝へ
たるものなし経家いふかひなく入海(にうかい)して死にけれ
は知るものなし口おしき事也
【365】一条二位の入道のもとに高名のはね馬出来けり
秦(はたの)頼久(よりひさ)を召て乗(のせ)られたりけるに一たまりもせず
はねおとされけるを父/敦頼(あつより)が七十/有余(うよ)にて候けるが
是を見てわろくつかうまつる物かな敦頼はよも落(をち)し
とぞ申けるを老後(らうご)にいかゞとは思ひながらさらばのれがし
といはれたりければやがて乗て少も落さりけり
人々目をおどろかしけり
【366】建仁(けんにん)三年十二月廿日/北野(きたの)宮寺(みやじ)に御幸有て競馬(けいは)十
番有けるに五番めに左院の右番長/秦久清(はたのひさきよ)右に
大将《割書:花山院右府|入道忠経公》下野の敦文(あつふん)つかはせられにけり久清は
上手也敦文は不堪(ふかん)の者也ければ久清合手をきら
ひて辞(じ)し申けれ共/叶(かな)はさりければ心地あしく覚へ
ながらつがふべきに成たりけるにさても中〳〵不
【上欄書入れ】10
【柱】古今巻十 〇九
【柱】古今巻十 〇九
堪(かん)の仁に負(まけ)なば尚本意なかるべしと思ひけりかく
て久清北野の宿所にて出立の程に僧壱人来りて
申べき事有といひけれ共/競(けい)馬の乗尻は其日は殊
に物/忌(いみ)をして法師なとにはあはぬ事にて下人共
聞入ざりけり此僧あながちにいひければ久清に告(つげ)て
けり久清やうこそあるらめと思ひて出あひて尋け
れは僧がいふやう過ぬる夜の夢に此馬場にて
賀茂の神人とおほしくて馬場/末(すへ)によこさまに
縄(なは)を引て勝負の鉾(ほこ)などをさばくりつるを夢の
心ちにあやしみ尋れば院の右之先生の勝負のれう
也と云と思ひてさめぬ賀茂大明神の御はからひにてかた
せ給べしと告(つげ)ければ久清おさなくより賀茂につかう
まつる者なればうれしくたのもしく覚へて勝(かち)て後
悦は申べしといひて返してけり其/期(こ)に成て久清/敦(あつ)
文(ふん)うちつがひて敦文前に立たりけるか少ししどけな
く見へけるを久清かたぎをあなづりて遠なから追て
げり敦文が馬よく出あひてはやく勝にける程に
鞭(むち)さして勝負の桙(ほこ)のもとにて安堵(あんど)して見帰りた
りけるに久清/追着(をいつき)て敦文がくびくみに手をかけ
たりければ敦文落て久清勝にけり勝ながらもあま
【上欄書入れ】11
【柱】古今巻十 〇十
【柱】古今巻十 〇十
りに不思儀(ふしぎ)にて久清丈尺にてうつて見ければ桙(ほこ)
例(れい)よりも一丈あまり遠く立たちげり彼僧か夢も
思ひあはせられて大明神の御はからひかたじけなく
覚へけり例(れい)の寸法にて立たらまじかははやくまけなま
じ不思儀なりける事也此僧にはよろこひいひたり
けるとかや敦文程のものに是程の勝負し出したり
とて勝ながら御気色あしかりとなんまして負まし
かば定てよかるまじきに明神の御はからひ忝かりけり
此久清度々/競(けい)馬仕けれ共一度もまけざりけり数すく
なく乗てまけぬ者はおほかれどもかゝるためしは未
聞さる事也
【367】承元元年より三ヶ年が間/新日吉(しんひよし)に五月/会(ゑ)に北面(ほくめん)
の下臈(けらう)に随身(すいしん)あはせられけり同二年の五番の乗(のり)
尻(しり)左兵衛の尉大江ノ高遠(たかとを)右大将《割書:野々宮|左大臣君継》下臈(けらう)佐伯国文(さいきのくにふん)と
さため下されけり高遠は馬にもしたゝかに乗(のる)上(うへ)大男
にて強力(ごうりき)の聞へ有けり国文は小男無力のもの也ければ疑(うたかい)
なく取て捨(すて)られなんすと人々も思たちけり高遠
も傍輩(はうはい)にあひて高遠が小ゆびと国文がかひなと
いつれかふときなと云けり去程に打ちがひて高遠
前に立たりけるを国文追てやがて高遠を取おとし
【上欄書入れ】12
【柱】古今巻十 〇十一
【柱】古今巻十 〇十一
つ高遠落さまに国文が馬のみづゝきを取てひざま
つき立けるを国文取もあへずをのが馬の手綱(たつな)おもがい
をおしはづして平頭(ひらくび)をうちてけり高遠/轡(くつは)を持なが
ら尻居(しりゐ)にまろびぬ国文が馬轡もなくて走(はしり)けるを
中ノ判官(はんくはん)親清(ちかきよ)馬場末を守護(しゆこ)して候けるが其郎等たか
まとの九郎国文が馬のくびにいだき付て桟敷(さんしき)にをしあ
てゝどゞめてけり高遠むなしき轡(くつは)を持て馬場末
に有けるを国文下人を召て其轡よも御用候はじ
申給らんと江の兵衛殿に申せといひたりけれは国文
が郎等すゝみ寄て其由をいひけば高遠すはとて
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】13
【柱】古今巻十ノ 〇又十一
【柱】古今巻十ノ 〇又十一
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
なげすてたりけり国文轡はげてあげて参たりけ
り舎人(とねり)壱人口に付て禄(ろく)二/領(りやう)たまわりけりことに
叡感(えいかん)ありけるとそかやうの時おもがいをしはづす事
は江帥(ごうそつ)の記しおかれたるは馳(はせ)出して百(もゝ)の術(じゆつ)ありと
侍なる其一なりとぞ【368】坊門の大納言《割書:忠信》左衛門督にて
侍ける時/建暦(けんりやく)の御/禊(はらひの)行幸に一六といふ馬にのりて
供奉(ぐぶ)せられたりけるに二条/室町(むろまち)にて院の御/桟敷(さんしき)の
前の幔(まく)風に吹あげられたりけるにおとろきて御桟
敷の東より引て走(はしり)けるを馬/副(そへ)引まろばかされて
馬をすてゝけりとゞめける程に轡も切にけるを静(しづか)
【上欄書入れ】14
【柱】古今巻十 〇十二
【柱】古今巻十 〇十二
に靴(くつ)をかた足つゝぬぎすて襪(したうつ)ばかりにて鐙(あふみ)をふみ
おほせてのち馬のはなをかきて二条/烏丸(からすまる)なる桟敷
の前にてとゞめられにけり見る者目をおどろかし
けり其桟敷ゆかり有ける人にていそぎ轡をはげて
奉りけりすべて御/禊(はらひ)にはなとやらん馬より落るた
めし多く侍りよく〳〵つゝしむべき事にや彼大納言
交野(かたの)之/御狩(みかり)に同じ馬に乗て鹿(しか)に付て馳(はせ)ける程
に鹿/淀川(よとかは)に入ければ馬もつゞきて入にけり乗人(のりびと)川
にしつみて見へざりければ上下おどろきあざみあ
へりける程にしばし有て物具/水干(すいかん)袴(はかま)みなうき出
たりけり其後はだかにてをよぎ上りけり水の底(そこ)に
てのとかにぬきとかれけり水練(すいれん)の程目出たかりけり
かやうの用意にやかねてたうさきをなんかゝれたり
ける此馬に乗て二たび高名せられたりけるく
せ事になん申あへりける
【369】
建保(けんほう)五年日吉の小五月会に新院番長/秦頼峯(はたのよりみね)
府生同/武澄(たけすみ)つかうまつりけるに頼峯おふて勝にける
が馬場末にて落て死たりけるを郎等はしりて父/頼武(よりたけ)
が御桟敷に候けるに先生殿の死なせ給て候と告(つけ)たり
ければ頼武かいてすて候へといひたりけるに又下人/走(はし)り
【上欄書入れ】15
【柱】古今巻十 〇十三
【柱】古今巻十 〇十三
て生(いき)いでさせ給て候が御/冠(かんふり)のひしげてえまいらせ給は
ぬと告たりければおのれらが烏帽子(ゑほうし)ぞかしといひ
たりければ則下人が烏帽子を引いれてあげて参
たりけるいみじう見へけり
相撲(すまう)強力(かうりき) 《割書:第十五》
【370】相撲は最手【ほて】占手或は左或は右皆/強力(ごうりき)の致所也と
いへども又取手の相度【書陵部本「遮」】事あるにや昔(むかし)は禁中にて其
節を行(をこな)はれ諸国に強力(こうりき)のものを尋めされけり
安元より以来/絶(たへ)て其名のみ聞口おしき事也
【371】延長六年閏七月六日中の六条院にて童相撲の
事有けり廿番はてゝ舞を奏(そう)す左は蘇合(そかう)右は
新鳥蘇(しんとりそ)次に新作の胡蝶(こてう)楽を奏(そう)しけりその曲
笛(ふへ)は忠房(たゝふさ)朝臣舞は式部卿親王作給ひける舞/終(おはり)
て船吉(ふなよし)実散楽を供しけり次に羅陵王(らりやうわう)駒形(こまかた)を
奏す式部卿親王に纒頭(てんとう)ありけるとかや
【372】相撲(すもう)宗平(むねひら)儀同(ぎどう)三司(さんし)の御もとへ参たりけり時弘(ときひろ)は
其御弟/隆家(たかいへ)の帥(そつ)の御方へ参たりけり帥(そつ)の仰に
よりて時弘(ときひろ)しきりに宗平(むねひら)をてこひもしまくるもの
ならば時弘が首(くび)を切られん宗平負は又宗平が
【上欄書入れ】16
【柱】古今巻十 〇十四
【柱】古今巻十 〇十四
首をきらんなど申けるを宗平あながちに固辞(こじ)せ
すして則立まゝに時弘をかきだきて地になげふ
せたりければ時弘しばしはうごかざりけり帥やすから
すやおぼしけん涕泣(ていきう)したまひけるとぞおとゞ宗平
に禄を給はせけるとなん時弘いづとていかりて門
の関(くはん)の木を折てげり
ある時/頼光(よりみつ)朝臣/備前守(ひせんのかみ)にて有けるとき時弘
が家に行て見ければみづから利牛(りきう)を引物有けり
頼光あやしと見ければ時弘にてぞ有ける【373】いづ
れの年にか相撲の節に勝岡(かつをか)と重茂(しけもち)と合たり
けるに重茂(しけもり)が尻(しり)を木にすらせけるを常世(つねよ)みて
只今に大事出きぬといひけるに果(はた)して重茂木
をふみて勝岡(かつをか)にかゝりければ勝岡まろびにけり小
野の宮の右府はら立て出給にけり随身(ずいしん)をして人
をはらはせられける程に秦兼時(はたのかねとき)が冠(かんふり)も打おと
されにけり
今年左の相撲多く負けるを右府あざけらるゝ
よしを聞て左の方より夜の間に勝岡(かちをか)負(まく)べきよし
を祈(いのり)をせさせられにけり此勝岡/常正(つねまさ)にあひたり
けるに勝岡を火焼(ひたき)屋になげ付たりけり後の度は
【上欄書入れ】17
【柱】古今巻十 〇十五
【柱】古今巻十 〇十五
勝負を決(けつ)せす公保(きんやす)常時(つねとき)聞て奇異(きい)の事也かく
計の相撲/声(こゑ)を出して勝負せざる事いまだ聞ざる
事也世の人/推(すい)することの侍けるとかや此事は後一条
院の御時の事にや【374】相撲の節に久光(ひさみつ)といふ相撲
爪(つめ)をながくおふして敵(てき)をかきけるに常世(つねよ)に合られ
たりけるに常世一両度/顔(かほ)の程をかゝれて後久光が
頭(かしら)をづめてせめたりけるに久光/悶絶(もんぜつ)しけり相はなれ
て今より後はかゝることせじとぞいひける其後あへ
て近付ざりけり左大将しきりに近付て勝負
をすへきよしいはれけれ共猶近付ざりけり然ら
ずば禁獄(きんこく)すべきよしを下知せられければ久光いはく
禁獄(きんこく)は命うすべからす常世に近付ては命あるべ
からずとぞ申ける
【375】承徳二年八月三日/滝口(たきくち)所の衆等かたをわけて馬
場殿にて相撲有べしと沙汰有けり舎人(とねり)左の方は
頭弁(とうのべん)基綱(もとつな)朝臣以下右の方は頭(とうの)中将/顕通(あきみち)朝臣以下
を定られけり当日に既(すて)に出御有ける程に院
より子細を申されてとゝまりにけり去ながら夜
深(ふけ)て御殿(こてん)の南西にして密(みつ)〳〵にとらせられけ
るとかや
【上欄書入れ】18
【柱】古今巻十 〇十六
【柱】古今巻十 〇十六
【376】尾張(をはりの)国の住人おこまの権守わかゝりける時京に
宮仕(みやつかへ)して侍けるがある時かの主人行幸/供奉(くふ)の為
に内裏へまいりけるともに侍けり少/遅参(ちさん)したり
けるに陣頭(ぢんとう)に馬車ひしと立たるをわけまいるに
或舎人あやまちせたもふな此御馬は人をふみ候ぞ
といふを権之守少も事共せず主人よりさきにすゝ
みて御馬引のけよ馬の足/損(そん)ずなといひけり舎人
は馬をばなをさず猶あやまちせさせ給なとたび
〳〵いひけりおこまはりうらのかりぎぬの殊にさや
めきたるをなん着(き)て馬の尻にわざとあたらんと
とをるを案のごとく馬ふみてげり腰(こし)のほとにはあ
たりぬらんと見へつるにおこまは少も事なし馬は
やがて足を損(そん)してふしにけり其時おこま立かへり
てさればこそいひつれ其御馬は損じぬる物をといひ
て通りにけり馬の足のそんずる程につよくあたり
たるを事共せでありけるつよさのほどおそろ
しきことなり
【377】佐伯氏長(さいきのうじなか)はじめて相撲の節にめされて越前(ゑちせん)の
国よりのぼりけるとき近江の国高嶋の郡(こほり)石橋(いしはし)を過侍
けるにきよげ成女の川の水をくみてみづからいたゞ
【上欄書入れ】19
【柱】古今巻十 〇十七
【柱】古今巻十 〇十七
きて行女有けり氏長きと見るに心うごきてたゞに
打過べき心地せざりければ馬よりおりて女の桶(をけ)とら
へたるかひなのもとへ手をさしやりたりけるに女うち
笑(わらい)てすこしももてはなれたるけしきもなかりけ
れはいとゞわりなく覚へてかひなをひしとにぎりた
りける時桶をばはづして氏長が手を脇(わき)にはさみ
てげり氏長興ありて思ふ程にやゝ久敷なれどもい
かにも此手をはなたざりけり引ぬかんとすれば
いとゞつよくはさみて少も引はなつべくもなけれ
ば力及はずしておめ〳〵と女の行にしたがひて行
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】20
【柱】古今巻十ノ 〇又十七
【柱】古今巻十ノ 〇又十七
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
に女家に入ぬ水打をきて後手をはつして打笑て
さるにてもいか成人にてかくはし給へるぞといふけし
き事がらちかまさりしてたえがたく覚へけり我は越
前の国のもの也相撲の節といふ事有て力つよきもの
を国々よりめさるゝ中に入て参也とかたらふを聞
て女うなづきてあふなき事にこそ侍なれ王城はひろ
ければ世にすぐれたらん大力も侍らん御身もいた
くのかひなしにてはなけれ共さほどの大事に逢べ
き器(き)にはあらずかく見参(けんさん)しそむるもしかるべき事也
彼節の期(こ)日はるかならは爰に三七日/逗留(とうりう)し
【上欄書入れ】21
【柱】古今巻十 〇十八
【柱】古今巻十 〇十八
給へ其程にちととりかひ奉らんといへば日数も有
けりくるしからじと思ひて心のとゝまるまゝにいふに
したがひてとゞまりにけり其夜よりこはき飯(いひ)を多
くしてくはせけり女みつから其/飯(いひ)をにぎりてくはする
に少もくいわられざりけり始の七日はすぎてえくひ
わらざりけるが次の七日よりはやう〳〵くいわられけり
第三七日よりぞうるはしうはくひけるかく三七日が間
よくいたはりやしなひて今はとくのぼり給へ此上
はさりともとこそ覚ゆれといひてのぼせけりいら【いとヵ】
めつらかなる事なりし件の高島のおほ井子は田
などおほく持たりけり田に水まかする比村人水を
論(ろん)じてとかくあらそひておほ井子が田にはあて付ざり
ける時おほ井子夜にかくれて表のひろさ六七尺ばかり
成石の四方成をもて来りて彼水口に置て人の田
へ行水をせきて我田へ行やうによこさまにをきて
げれば水おもふさまにせかれて田うるほひにけりその
あした村人共見ておどろきあざむ事/限(かきり)なし石を引
のけんとすれは百人計しても叶ふべからずさせば田皆
ふみそんぜられぬべしいかゞせんとて村人おほ井子に
降(こう)をこひて今より後は覚しめさん程水をばまかせ
【上欄書入れ】22
【柱】古今巻十 〇十九
【柱】古今巻十 〇十九
るべし此石のけ給へといひければさぞ覚ゆるとて又夜
にかくれて引のけてげり其後はながく水論する事
なくて田やくる事なかりけり是ぞ大井子が力/顕(あらは)し
そむるはしめ也ける件の石大井子が水口石とて彼
郡(こほり)にまだ侍るとなん
【378】宇治の左府随身/公春(きんはる)を不/便(びん)なる物に思召たる事
めたゝしき程の事也或時いか成事か有けんみづから
公春うたんとせさせ給けるに公春おとゝの御手を取
てもしうたせ給はゞ御手を折べし君といふ共いかで
かうたせ給べきと申ければおとゞ罪(つみ)をこはせ給ひて
のがれ給ひにけり公春/笑(わらひ)て申けるは君十人といふとも
公春一人にあたり給ふべからず今より後もかゝる事
なせさせ給ひそと申ければおとゞ承諾(じやうだく)せさせ給ひ
けりそれより御勘当なかりけり公春は大力にてなん
侍ける【379】○中納言/伊実(これさね)卿相撲/競馬(けいば)などを好(このみ)て学問なん
どをばせられざりけるを父のおとゞ伊通公つねに勘(かん)
発(ほつ)し給けれども猶思ひられざりけり其時相撲なにがし
とかやいふ上手有けり歒(てき)の腹(はら)へかしらを入てかならず
くじりまろばしければ是によりて腹くじりとぞ
いひける件の相撲をしのびやかにめしよせてこの
【上欄書入れ】23
【柱】古今巻十 〇二十
【柱】古今巻十 〇二十
中納言相撲をしのび好(この)むがにくきにくじりまろ
ばかせさらば纏頭(てんとう)すべししからずはなくなさんずる
ぞと仰含られにけり則中納言に汝が相撲好む
に此腹くしりとつがひて勝負を決すべし勝たらは
われ制止(せいし)する事有べからず負たらんにをきては永
此事/停止(てうじ)すべしとの給ひければ中納言恐れをなし
てかしこまりておはしけり去程に腹くじり召いた
されてやかて決(けつ)せられける程に中納言は腹く
じりが好まゝに身を任(まかせ)られければ悦てくじり入て
げり其後中納言腹くじりが四辻をとりて前へつよく
ひかりたりければ頭もをれぬ計に覚へてやがてうつぶし
にたふれにけりおとゞ興さめ給ふ腹くじりはちくてんし
にけり其後中納言相撲/制止(せいし)の沙汰(さた)なかりけり
【380】鎌倉(かまくらの)前の右大臣/家(け)に東八ヶ国うちすぐりたる大力の
相撲出来て申て云/当時(たうじ)長居(ながゐ)に手/向(むか)ひすべき人
覚へ候はず畠(はたけ)山庄/司(じ)次郎計ぞ心にくう候それとて
も長居はたやすくはいかでかひきはたらかし侍らん
と詞もはゞからずいひけり大将聞給て此事ねたま
しう思給ひたる折ふし重忠(しけたゞ)出来りけり白(しろき)水干(すいかん)に
葛(くづ)ばかま黄(き)なる衣(きぬ)をぞ着(き)たりける侍(さむらひ)に大名小名
【上欄書入れ】24
【柱】古今巻十 〇二十一
【柱】古今巻十 〇二十一
所もなく居なみたる中をわけて座上にひしと居たり
ける大将猶ちかくそれへ〳〵と有けれ共かしこまりて侍
けり扨物語して抑所望の事の候を申出さんと思ふが
定て不祥(ふしやう)にぞ侍らんずらん思ひ給ひながら又たゝ
にやまんも忍びがたくて思ひわづらひたるとの給はせ
ければ重忠とかく申事はなくてかしこまりて聞ゐたり
けり此事たび〳〵に成ける時重忠ちと居なをりて
君の御大事何事にて候共いかてか子細を申候わんと
いひたりければ大将/入興(しゆけう)し給て其庭に長居めが
候ぞ貴殿と手合をして心見ばやと申也東八ヶ国打
すぐりたるよし自称(じしやう)仕つるがねたましう覚へ候得ば頼朝
成共出て心みはやと思ひ給へ共とりわきそこをてごろ【てごひヵ】申
ぞ心み給へとの給はせければ重忠/存外(そんくわい)げに思ていよ
〳〵ふかくかしこまりていふ事なし大将さればこそ是
は身ながらもひあひの事にて候去ながらも我が所望
此事にありと侍ける時重忠座を立て閑所(かんじよ)へ行て
くゝりすへ烏帽子(ゑぼうし)かけなどしてげり長居は庭に床/子(す)
に尻かけて候けるそれもたちてたうさきかきてねり
出たりまことに体(てい)力士(りきし)のごとくに見へけれは畠山もいかゝ
とぞ覚へける扨寄合たりけるに手合して長居
【上欄書入れ】25
【柱】古今巻十 〇二十二
【柱】古今巻十 〇二十二
畠山がこくびをつよく打て袴のまへごしをとらんと
しけるを畠山左右のかたをひしとおさへて近付ずかく
て程へければ景時(かげとき)今は事から御覧候ぬさやうにてや
候べからんと申けるを大将いかにさるやうはあらん勝負
有べしとの給はせはてねば長居をしりゐにへしすべ
てげりやがて死入て足をふみそらしければ人々寄
てをしかゞめてかき出しにけり重忠は座にかへり
つゝ【くヵ】事もなく一言もいふ事なくて頓而出にけり長ゐは
それより肩(かた)のほねくたけて肩輪(かたは)物に成てすまひとる
事もなかりけりほねをとりひしぎにけるにこそ目お
どろきたることなり
【381】近比近江国かいづに金(かね)といふ遊女有けり其所のさた
の者也ける法師の妻(つま)にて年比すみけるに件の法師
又あらぬ君に心をうつしてかよひけるを金もれ聞て
やすからず思ひけりある夜合宿したりけるに法師
何心なくてれいのやうに彼事くはだてんとてまたに
はさまりたりけるを其よは腰(こし)をつよくはさみてげり
しばしはたはふれかと思ひてはづせ〳〵といひければ
猶はさみつめては法師めが人あなづりして人こそあ
らめおもてをならべたるものに心うつしてねたきめ
【上欄書入れ】26
【柱】古今巻十 〇二十三
【柱】古今巻十 〇二十三
みするに物ならはかさんと云てたゞしめにしめまさり
ければ既(すで)にあはをふきて死なんとしけり其時はづしぬ
法師はくだ〳〵と絶(たへ)入てわづかに息(いき)計かよひける水/吹(ふき)
などして一時計有ていきあがりにけりかゝりける程に
其比東国の武士大番にて京上すとて此かいつに日
たかく宿しけり馬共/湖(みつうみ)に引入てひやしける其中に
竹の棹(さを)さしたる馬のすゞしげなるが物におどろきて走(はし)り
まひける人あまた取付て引とゝめけれ共物ともせず
引かなぐりてはしりげるに此遊女行あひぬすこしも
おどろきたる事もなくてたかきあしだをはきたり
けるに前をはしる馬のさし縄(なは)のさきをむすとふまへ
けりふまへられてかひこづみてやす〳〵ととまりにけり
人々目をおどろかす事かぎりなし其あしだ砂(すな)ごにふ
かく入て足くび迄うづまれにけりそれより此/金(かね)大力の
聞え有て人おぢあへりけるみづからいひけるはわらわ
をばいかなる男といふ共五六人してはえしたがへじと
ぞ自称(じしやう)しけるある時は手をさし出て五のゆびごとに
弓をはらせけり五/張(てう)を一どにはらせけるゆびばかりの
力かくのごとし誠におびたゝしかりける也
【382】鳥羽院の御代相撲の節の後/帥(そつの)中納言長/実(さね)卿の本へ
【上欄書入れ】27
【柱】古今巻十 〇二十四
【柱】古今巻十 〇二十四
小熊(をくま)権之守/伊遠(これとを)と聞ゆる相撲/息男(そくなん)伊成(これなり)をぐし
てまいりたりさるべき方へめし入て酒などすゝめらるゝ
に弘光(ひろみつ)といふすまう又来けり同じく召くはへて盃酌(はいしやく)
たび〳〵に及間弘光/酒狂(しゆけう)のことばを出すあまりに亭主(ていしゆ)
の卿に向ひて申近代の相撲はせいなど大きに成ぬれ
ば左右なくほてをも給はりそのわきにもまかりたつ
めし【書陵部本「めり」】むかしは雌雄(しゆう)をけつして芸能(けいのふ)あらはるゝに付て
昇進(せうしん)をもつかうまつりしかば傍輩口をふさき世の人
是をゆるしき近代はいさみなき世にも侍りなど
申伊遠少し居なをりて是はひとへに伊成が事を
申也/不肖(ふせう)の身今度すでに最(ほ)手の脇(わき)をゆるされぬ
誠に申さるゝ所のがれがたし但ちと心見候へと申ぬ弘
光ほゝゑみてたゞ道理のをす所を申計也心得見ら
れんは又さいはい也とて左の手を出してこひけるを
伊成は袖をかきあはせてかしこまりて猶父のけし
きをうかゞひけるを又弘光かやうに申うへはたゞ心み候へ
とたひ〴〵いひけれは弘光がいだす所の左の手を
伊成が右の手してひしと取てげり弘光引ぬかん
と身をうごかしけれ共たぢろかざりければたはふれ
にもてなして右の手をこしの刀にかけて引ぬかん
【上欄書入れ】28
【柱】古今巻十 〇二十五
【柱】古今巻十 〇二十五
とする気色にてすちなけに見へければいまはさばかり
にて候へと伊遠申ければはなちてげり弘光かやうの手合
はさのみこそ侍れ勝負これによるべきにあらずひと
さし仕べしといひてかくれのはしりよりてふたつの
袖を引ちがへはかまのくゝりたかくかゝみあげて【書陵部本「からみあげて」】庭へ
あゆみ出て是へおり候へ〳〵と申伊成はめかけながら
かしこまりゐたりけるを父伊遠いかにか程に申うへは
はやくまかりおりて一さし仕へしと申に伊成もかく
れのかたにてこしかゞみて【書陵部本「からみて」】庭にをりて立むかひに
けり形体抜群(げうたいはつくん)勇力軼人(ゆうりきてつじん)鬼王(きわう)のかたちをあらはし
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】29
【柱】古今巻十ノ 〇又廿五
【柱】古今巻十ノ 〇又廿五
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
て力士(りきし)の忽(たちまち)に来かと覚たり弘光(ひろみつ)又/敵対(てきたい)にはぢずとみへ
ける凡(をよそ)亭主をはじめとして諸人目を驚(おとろ)かし心をさは
がしてさゞめきあへる程に伊成(これなり)すゝみよりて弘光が手を
取てまへざまへつよく引たるにうつぶしにまろびぬあへなき事
限(かきり)もなし弘光程なく立あがりて是はあやまち也今一度さか
ふべしとてあゆみよるに伊成又父の気色をうかゞひてすゝま
ぬを伊遠(これとを)只/責(せめ)よせて心み候へといひければ又弘光が手を
取てうしろさまにあしくつきたるに滞(とゞこをり)なくなげられて
此度はのけさまにつよくまろびぬと計有ておきあがり
烏帽子(ゑぼうし)の落(をち)たるををし入て帥(そつ)の前にひざま付てほろ
【上欄書入れ】30
【柱】古今巻十 〇二十六終
【柱】古今巻十 〇二十六終
〳〵と涙をこぼして君の見参に入侍らんも今日計に
侍とて走(はし)り出にけり其後やがてもとゞりをし切て法師
に成にけるとぞ法皇此事を聞召てはなはだをんび
んならず最手(ほて)の脇(わき)などに昇進(せうしん)したるものをば公家猶
たやすく雌雄(しゆう)を決(けつ)せられずいかに況(いはん)や私の勝負に生(せう)
涯(がい)をうしなはするらうぜきの至也と仰られて長実(なかざね)卿
御けしきこゝろよからざりけり
【印:朱 陽刻 方形 単郭 篆書体】
《割書:平戸藩|蔵書》
【印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:子孫|永宝》
【印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:楽歳堂|図書記》
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
古今著聞集巻之十終
【後見返し】
【裏表紙】
【背。ラベル 横書き。「上」は朱字】上/5/54
【表紙題箋】《題:古今著聞集 《割書:十一》》
【前見返し】
【印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:子孫|永宝》
【印 朱 陽刻 方形 単郭 篆書体】
《割書:平戸藩|蔵 書》
【印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:楽歳堂|図書記》
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
古今著聞集巻第十一
画図(ぐはと)《割書:第十六》
【383】画(クハ)図(ト)者(ハ)五-色 ̄ノ之/章(アヤ)相(アイ)_二-宜(ヨロシ)万物 ̄ノ形 ̄ニ無(ナカレ)_レ道(イフコト)
容止(ヨウシ)可(ヘシ)_レ観(ミツン)進退(シンタイ)有(アリト)_レ度(ト)自 ̄カラ想(ヲモフ)心(シン)遊(ユフハ)葢 ̄シ即 ̄チ閑(カン)
中 ̄ノ之趣 ̄キ也
【384】南-殿の賢聖(げんじやうの)障子(しやうじ)は寛平の御時始てかゝれける也
其名臣といふは馬周(バシウ)・房玄齢(ハウゲンレイ)・如晦(ジヨクハイ)・魏徴(ギテウ)・《割書:自東》諸(シヨ)
葛亮(カツリヤウ)・遽伯玉(キヨハクギヨク)・張良・第五倫(テイゴリン)・《割書:同二》管仲(クハンチウ)・列禹(リウウ)・子(シ)
産(サン)・蕭何(シヤウガ)・《割書:同三》伊尹(イイン)・傳説(フエツ)・太公望(タイコウバウ)・仲山甫(チウサンホ)・《割書:同四》季(リ)
勣(セキ)・虞世南(グセイナン)・杜預(ドヨ)・張華(チヤウクハ)・《割書:自西回【書陵部本「自西四」】》羊祐(ヨウユウ)【羊祜ヵ】・揚雄(ヤウユウ)・陳寔(チンシヨリ)【チンシヨクヵ】・
【上欄書入れ】1
【柱】古今巻十一 〇一
【柱】古今巻十一 〇一
班固(ハンコ)・《割書:同三》桓栄(クハンヱイ)・鄭玄(デウゲン)・蘇武(ソブ) 倪寛(ケイクハン)・《割書:同二》董仲舒(トウチウジヨ)・
文翁(フンヲフ)・賈誼(カギ) 叔孫通(シユクソンツウ)《割書:自西一》等也此人々の影(えい)をかゝれ
ける彼(かの)麒麟閣(きりんかく)の功臣(こうしん)を図(づ)せられたる跡おはれけ
るにやはじめは色紙形に銘(めい)をかゝれたりけりされば
道風朝臣の申/文(ふみ)にも七度けがせるよし載(のせ)たり其
銘いつ比よりかゝれすなれるにか当時はみえず色
紙形ばかりぞ侍める承元に閑院の皇居(くはうこ?う)焼(やけ)則 ̄チ造(そう)
内裏ありけるに本は尋常(よのつね)の式の屋に松殿作ら
せ給たりけるを此度あらためて大内に模(も)して
紫震(ししん)清涼(せいりやう)宜陽(せんやう)校書殿(けうしよでん)弓場(ゆば)陣座(ちんのざ)など宴領(えんりやう)
の所々たてそへられける土御門の内裏のかゝりける
所とぞ聞えし地形せばくて紫震殿(ししんてん)の間数(まかず)をしゞめ
られける時賢臣の影(えい)もちいさくとゞめられにけり
建長の造内裏の時少々又/用捨(ようしや)せられけるくはし
く尋て注すべし大内にては此障子をみなはなちを
かれて公事(くじ)の時はかりぞ立られける御/秘蔵(ひさう)の儀にて
侍けるにや建暦に閑院にうつされて後はすべて
とりはなたるゝ事なし又/鬼間(をにのま)の壁(かべ)に白沢牛(はくたくぎよく)【書陵部本「白沢王」】をかゝれ
たる事はむかし彼間に鬼のすみけるを鎮(しづめ)られける
故にかゝれたる事とは申つたへたれどもたしか成/説(せつ)を
【上欄書入れ】2
【柱】古今巻十一 〇二
【柱】古今巻十一 〇二
しらず又/清涼殿(せいりやうでん)の弘庇(ひろひさし)についたち障子を立て昆明(こんめい)
池(ち)を図せられたりそのうらに野を書て片方(かたかた)に小屋形
あり又近衛司の鷹(たか)つかひたるをかけり是は雑芸(さつげい)に
侍り嵯峨野に狩(かり)せし少将の心とぞ彼少将といふ
は大井川のほとりすみける季綱(すへつな)の少将事にや
かの大井の家を出て嵯峨野に狩しけるをうつし
けるにこそ又萩の戸のまへなる布(ぬの)障子を荒海(あらうみ)の障
子と名付て手長(てなが)足長なと書たりその北うらは宇治
の網代(あじろ)を書り清少納言が枕草子に此障子の事
も見へたり一条院このかたに書れたるとこそ大
かた清涼殿の唐絵(からゑ)にもみな書ならはせる事共
侍り渡殿(わたとの)にはね馬よせ馬の障子を立て又同じ
渡殿の北/辺(ほとりの)朝(あさ)がれゐの前に馬形の障子侍り陣(ちんの)
座の上に季将軍(りしやうぐん)が虎(とら)を射(ゐ)たる障子をよせかけ校(けう)
書殿(しよでん)には養由基(ようゆうき)が猿(さる)を射たる障子を寄立たり
これみないづれの御時よりといふ事をしらず由緒(ゆいしよ)
かた〴〵おぼつかなし閑院に大内をうつされて後よせ
馬の障子并に季将軍(りしやうぐん)養由(ようゆう)が障子など沙汰な
かりけるを四条の院御時/西園寺(さいをんし)相国(しやうこく)禅門(ぜんもん)修理せ
られける時頭中将/資季(すけとし)朝臣申/起(をこし)て立られたりいと
【上欄書入れ】3
【柱】古今巻十一 〇三
【柱】古今巻十一 〇三
興有事也此障子の絵本共/鴨居殿(かもいとの)の御/倉(くら)にぞ侍
なる建長造内裏のとき絵所の預前の加賀守有/房(ふさ)
絵本をもたざりければ取出してかゝせられけりむかし
彼馬形の障子を金岡か書たりける夜〳〵はなれて
萩(はぎ)の戸の萩をくひければ勅定有て其馬をつなきたる
ていを書なされたりける時はなれず成にけりと申
伝へ侍るは誠なりける事にや
【385】仁和寺/御室(をむろ)といふは寛平法皇の御在所なり其御
所に金岡筆をふるひて絵かける中にことにすぐれ
たる馬形なん侍成その馬夜〳〵はなれて近辺(きんへん)の田
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【挿絵】
【上欄書入れ】4
【柱】古今巻十一ノ 〇又三
【柱】古今巻十一ノ 〇又三
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
をくらひけりなにものゝすると知(し)れるものなくて過
侍ける程に件の馬の足につち付ぬれ〳〵とあること
たび〳〵に及ける時人々あやしみて此馬のしはざ
にやとてかへに書(かき)たる馬の目玉をほりくしりて
げりそれよりまなこなくなりて田をくらふ事
とゝまりにけり
【386】花山法皇/書写(しよしや)上人の徳をたうとび給ふあまり
絵師をめしぐして彼山にのぼらせたがひに御/対(たい)
面(めん)の間に絵師といふ事をばかくして上人のかたち
をよく見せてかくれてうつさせられけり其とき山
【上欄書入れ】5
【柱】古今巻十一 〇四
【柱】古今巻十一 〇四
ひゞき地うごきければ法皇おどろきおぼしめし
ける御心をしりて是は性空(せうくう)がかたちをうつし
給ふ故にないのふり候也と申されければいよ〳〵心(しん)
信(しん)おこせ給ひけり扨ひじりの御/顔(かを)にいさゝかあざの
おはしけるを絵師見おとしてかゝざりけるをないの
ふりけるさはぎに筆をおとしかけたりけるがそこ
にしも筆おちて墨(すみ)つきたりけるがあざにたがはず
なん侍ければみな人ふしぎの事になんおもへり
けるくだんの影(ゑい)今にかのやまの宝蔵(はうぞう)に
ありとなん
【387】弘高(ひろたか)地獄変(ぢこくへん)の屏風を書けるに楼(ろう)のうえより桙(ほう)を
さしおろして人をさしたる鬼(をに)を書たりけるが
ことに魂(たましい)入て見へけるをみづからいひけるはおそら
くは我/運命(うんめい)つきぬとはたしていく程なくてうせに
けり六条宮《割書:具平(ぐへい)》御堂(みだう)に申給けるは布(ぬの)障子の
役【伇】などには今は弘高をばめさるへからず軽々(かる〳〵)なる
べき事也弘高きて自愛(じあい)しけり此弘高は金
岡が曾孫(ひまこ)公茂(きんもち)が孫/深江(ふかへ)が子也/公忠(きんたゞ)《割書:公茂|兄》よりさきは
書たる絵/生(いき)たる物のごとし公茂以下今の体に
は成たるとなん弘高少年の時出家したりけるが
【上欄書入れ】6
【柱】古今巻十一 〇五
【柱】古今巻十一 〇五
後に還俗(けんぞく)したるもの也其/罪(つみ)をおそれてみづから
千体の不動尊(ふどうそん)を書て供養(くやう)しけるとなん【388】帥(そつ)の
おとゞに屏風を売(うる)人有けり公茂(きんもち)弘高(ひろたか)などに
見せられけり公茂弘高をまねきていひけるは此
野筋(のゝすじ)此松侮及べからずおそらくは公忠(きんたゞ)が書所か弘
高承/伏(ふく)しけり公茂が云公忠は屏風を書とては
必その屏風のひらのすみごとおのれが名を書けり
こゝろみにはなちて見るにあんのごとく公忠か字(あざな)あり
けりいみしかりける事也
【389】小野宮のおとゞつゐたち障子に松をかゝせんとて
常則(つねのり)をめしければ他行したりけりさらばとて公
望(もち)をめしてかゝせられにけり後に常則をめして
見せられければかしら毛芋(けいも)に似たり他所/難(なん)なしと
ぞ申ける常則をは大上手公望をば小上手とそ世に
は称しける【390】為成一日が中に宇治殿/扉(とひら)の絵(ゑ)を書たりけるを
宇治殿仰られける弘高は絵様を書て一夜なをよくあんして
こそかきたりしがいかにかく卒爾(そつじ)には書ぞとなん
仰られける常則か書たる師子(しゝ)形を見ては犬(いぬ)ほえ
にらみておどろきけるとなん
【391】成光(なりみつ)閑(かん)院の障子に鶏(にはとり)を書たりけるを実(まこと)の鶏(にはとり)み
【上欄書入れ】7
【柱】古今巻十一 〇六
【柱】古今巻十一 〇六
て蹴(け)けるとなん此成光は三井寺僧/興義(かうぎ)が弟子
になん侍ける
【392】能通(よしみち)絵師/良親(よしちか)に屏風二百帖に絵を書せたり
けり其中/坤元禄(こんげんろく)屏風をは良親(よしちか)相伝の本にて
なん書侍ける大(おほ)女御まいり給ける時二条殿に
まいらせさせてんげり色紙形は四条大納言ぞかゝれ
ける更(さら)に又/為成(ためなり)をしてうつされけり正本は一の人の
御相伝の物に侍にこそ又/和漢抄(わかんのせう)は屏風には中巻
水を書上に唐絵(からゑ)をかき下にやまと絵を書たり
けり唐絵の屏風は実範(さねのり)つたへたりけるを成章(なりあきら)
に沽却(こきやく)しにけるとそ
【393】永承五年四月廿六日/麗景殿(れいけいでんの)女御に絵合ありけり
弥生の十日あまりの比より其沙汰有けるは春の日
のつれ〳〵にくらすよりはつねならぬいどみ事を御前
に御覧ぜさせばやむかしよりきこゆる花合は散(ちり)
てふるき根(ね)にかへりぬればにほひ恋し草合は尋
て本の所へ返しやれば名残うるさし歌林とかいふなる
よりは万葉集まではこゝろもをよばす古今後撰(こきんごせん)
等/青柳(あをやなき)のいとくりかへしみれどもあかず紅葉の錦(にしき)
そめいだす心もふかき色なれとも左右をさだめて
【上欄書入れ】8
【柱】古今巻十一 〇七
【柱】古今巻十一 〇七
歌のこゝろよみ人を絵に書て合られけりいにしへ
の歌のふるきにそへて今のこと葉の浅(あさき)がましりた
らんめづらしくやとて歌三をつらねけり題(たい)は鶴(つる)卯(うの)
花月になん侍りける此比は郭公(ほとゝぎす)などこそあるべきを
大殿の歌合の題に侍ればとて鶴【靏】にかへられける也
相模(さかみ)伊勢大輔左衛門/命婦(めうぶ)ぞ読(よみ)侍ける女房二十人
十人ツヽをわかちて各絵かく人を伝(つて)々に尋て書せ
けり寝殿(しんでん)の東西(ひんかしにし)の母(も)屋/庇(ひさし)を上達部(かんたちめ)の座とす源(げん)
大納言《割書:師房(もろふさ)》小野宮中納言《割書:実平(さねひら)》左衛門督《割書:隆国(たかくに)》三位
侍従《割書:泰平(やすひら)》新中納言《割書:俊家(としいへ)》中宮権太夫《割書:経輔(つねすけ)》右大弁《割書:経(つね)|長(なか)》
などそ参られける殿上人はくらべ馬のさためしける
間なりければ其所より右(みきりの)頭(とうの)中将つき〴〵の八九人計
引つれて参ける御簾(みす)の内には北面(きたむきに)分てゐたり左
なでしこがさね右(みぎ)藤(ふち)がさねの衣をなんき侍けり左(ひたり)かね
のすき箱にこゝろばへしてかれのむすび袋に色々
の玉をむらごにつらぬきてくゝりにして古今(こきん)の絵七
帖あたらしき歌絵のかねのさうし一帖入たり表紙は
さま〳〵にかざりたり打敷/瞿麦(なでしこ)のふせんれうに
卯花を縫(ぬい)たりけり数さしの金の洲浜(すあま)にさしての
をかをつくりて葉(は)山に松おほくうへたり数には松を
【上欄書入れ】9
【柱】古今巻十一 〇八
【柱】古今巻十一 〇八
さしうつすべき也打敷ふかみどりの浜(はま)緑(みとりの)綾(あや)なり右
かゞみ海にかねの鶴かけたりかねの透(すき)箱うけに置て
絵のさうし六帖あたらしき絵の草紙一帖を入表紙の
絵さま〴〵なり打敷/二藍(ふたあい)のさうかに白き文(もん)をぬひ
たる数さしの金の洲浜(すあま)に金の鶴あまたたてり
千(ち)とせつもれるといふこゝろ成べし数にはつるのう
らづたひすべき也打敷ふかみどりのさうかに縫(ぬい)物
をしたり日(ひ)漸(やゝ)暮ぬればこなたかなたに居/分(わけ)たり
大臣殿(おとゝとの)はつゝみ給候【「候」は、書陵部本「御」】/姿(すかた)なれど上/臈(らう)ものし給とて忍
あへ給はす左(ひたり)四位少将/右(みき)兵衛佐かた〴〵の双紙とりて
よみ合するほどに左のかたより頭弁(とうのへん)人々共八人引つれて
参りたりかた〴〵うるはしくなりて三番(みつがひ)上達部の中に
さだめやられざりけるを殿上人の中より勝負(かちまけ)はいみ
有事なと侍しかばげに此絵共おぼろけにてはみさだめ
がたき事のさまなればとて勝負なしなか〳〵かちまけ
あらんよりはみだれておもしろかりけりあたらしき
歌をばをの〳〵つがはれけり相模(さかみ)が卯花の秀歌(しうか)
よみたるは此たひの事也
みはたせはなみのしからみかけてけり
卯の花さける玉川の里
【上欄書入れ】10
【柱】古今巻十一 〇九
【柱】古今巻十一 〇九
かはらけあまたたびになりてひき出ものなど有
けるとかや
【394】玄象(けんじやう)撥面(ばちをもて)の絵は消(きへ)て久しく成たればしれる人な
し二条殿《割書:教道(のりみち)》仰られけるは玄象(げんじやう)撥面(ばちをもて)の絵様は馬
上にて珠(たま)を打物/要目(かなめ)に珠さして舞たるすがた也
良道(よしみち)か撥面(ばちをもて)はくだんの絵を模(も)してかゝれたると
なん此事中納言/師時(もろとき)卿記し置侍りしかあるを
良道か撥面当時其儀なしもしかきあらためられ
たるにやたうしの絵様はあげまきの童子(わらは)龍(りやう)に
乗て水/瓶(かめ)をもちて瓶(かめ)より水をながしたるを書たる
なり後高倉院御時/孝道(たかみち)朝臣勅定によりて比巴(びは)を
造進(ざうしん)しける時仰に比巴には作者の名を付べし
とて孝道(たかみち)をうつされたる也/龍(りやう)にのりたる総角(あげまき)の
童子にて侍なり良道(よしみち)が名も作者の名を付られ
たるとかや又ぬしの名なり共いふいづれか実説(しつせつ)に
侍らん尋ぬへし
【395】鳥羽僧正は近き世にはならびなき絵書也法勝寺
金堂(こんどう)の扉(とびら)の絵書たる人也いつ程の事にか供米(くまい)の
不法(ふほう)の事有ける時絵にかゝれける辻風の吹たるに
米の俵(たわら)をおほく吹上たるが塵灰(ちりはい)のごとくに空に
【上欄書入れ】11
【柱】古今巻十一 〇十
【柱】古今巻十一 〇十
あがるを大童子法師ばらはしりより取とゞめんとした
るをさま〳〵におもしろう筆をふるひてかゝれける
を誰かしたりけん其絵を院御覧じて御入興(ごじゆけう)あり
けり其心を僧正に御たづね有ければあまりに供米(くまい)
不法に候て実の物は入候はで糟糠(ぬか)のみ入て軽(かろ)く
候故に辻風に吹上られ候をさりとてはとて小法師ばら
が取とゞめんとし候がおかしう候を書て候と申されけれ
ば比興(ひけう)の事也とてそれより供米の沙汰きひしく
成て不法の事なかりけり【396】同僧正の許(もと)に絵かく
侍法師有けりあまりに好(よく)ならひければ後さまには
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】12
【柱】古今巻十一ノ 〇又十
【柱】古今巻十一ノ 〇又十
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
僧正の筆をも恥ざりけり此事を僧正ねたましく
や思はれけんいかにもして失(しつ)を見出さんと思ひ給所に
或時件の僧人のいさかひして腰刀にて突(つき)合たる
を書く自愛(じあい)してゐたりけるを僧正見給に其つ
きたる刀せなかへこぶしながら出たりけりよき失(しつ)と
思ての給ひけるはわ僧が絵書/永(なか)くとゞむべしいか成
物か人を突(つく)に拳(こぶし)ながら背へ出る事あるべきつか口
迄つきたるなどをこそいかめしき事にはいふをこ
れはあるべくもなき事也かく程のこゝろばせにては
絵書へからずといはれければ此僧かいかしこまりて
【上欄書入れ】13
【柱】古今巻十一 〇十一
其事に候これは絵の故実(こじつ)に候也といふを僧正いはせ
もはてずわ法師が絵の故実(こじつ)かたはらいたしといは
れけるを少も事とせずさも候はずふるき上手共
のかきて候おそくつの絵などを御覧も候へその物の
寸法は分に過て大に書て候事いかでか実(じつ)にはさは候
べきありのまゝの寸法にかきて候はゝ見所なきもの
に候ゆへに絵そらごとゝは申事にて候実【書陵部本「君」】のあそはさ
れて候物の中にもかゝる事はおほくこそ候らめ
とへりをかずいひければ僧正ことはりにおれて
いふ事なかりけり
【397】後白河院御時年中行事を絵にかゝれて御/賞翫(しやうくはん)の
あまり松殿へ進ぜられたりけりこまかに御覧じて
僻(ひが)事ある所〳〵に押(をし)紙をしてそのあやまりを御自
筆にてしるしつけて返進せられたりけるを法皇
御覧じて絵を書なをさるべきに勅定にこの人
の自筆に押紙したるいかゞはなちすてゝ絵をなを
す事あるべき此事によりて此絵すてに重宝(ちやうほう)と
成たるとて蓮華王(れんげわう)院の宝蔵にこめられにけり
其押紙今に有といといみじき事也
【398】同御時絵/難房(なんぼう)といふ物有けりいかによく書たる
【上欄書入れ】14
【柱】古今巻十一 〇十二
【柱】古今巻十一 〇十二
絵にもかならず難を見いだすもの也けり或時ふるき
上手共の書たる絵本の中に人の犬を引たるに犬
すまひてゆかじとしたる体まことにいきてはたら
くやう也又男のかたぬぎてたつきふりかたげて大木
を切たる有法皇の仰に是をば絵難房(ゑなんぼう)も力及ばし
物をとて即めして見せられければよく〳〵見て見出度
は書て候が難少々候これ程すまひたる犬の首縄(くひなは)
はしたはしのしたよりよくひきすごされて候べき也
是は犬はすまひて縄(なは)普通(ふつう)なる体に見へ候也又木
切たる男目出度候但これほどの大木をなからすぎ切
入て候に只今ちりたるこけら計にて前に散(ちり)つ
もりたるなしこれ大なる難に候と申ければ法皇
仰らるゝ事もなくて絵をおさめられにけり
【399】伊与入道はおさなくより絵をよく書侍り父うけ
ぬ事になん思へりけり無下に幼少の時父の家の
中門の廊(らう)の壁(かべ)にかはらけのわれにて不動(ふどう)の立
給へるを書たりけるを客人(きやくじん)誰(たれ)とかや慥に聞しを
忘(わすれ)にけりこれを見てたがかきて候にかとおどろ
きたるけしきにて問けれはあるし打わらひてこ
れはまことしき物の書たるには候はず愚息(ぐそく)の小(こ)
【上欄書入れ】15
【柱】古今巻十一 〇十三
【柱】古今巻十一 〇十三
童(わらは)が書て候といはれければいよ〳〵尋て可_レ然天/骨(こつ)と
は是を申候ぞ此事/制(せい)し給事有まじく候となんいひ
けるげにもよく絵みしりたる人なるへし
【400】東大寺供/養(やう)の時/鎌倉(かまくら)右大将上洛有けるに法皇
より宝蔵(はうざう)の御絵共を取出されて関東にはあり
がたくこそ侍らめ見らるべきよし仰つかはされたり
けるを幕下(ばつか)申されけるは君の御/秘蔵(ひそう)候御物にいか
でか頼朝(よりとも)が眼(まなこ)をあて候べきとて恐(おそれ)をなして一見も
遣【書陵部本「せ」】で返上せられにければ法皇は定て興に入らん
と思召たりけるに存外にぞ思食されける
【401】後鳥羽院御幸供奉人ども誠にえらはせ給て御あら
ましに此定に御幸あらばやとて信実(のぶざね)朝臣に仰ら
れて三巻(みまき)の絹(きぬ)絵にかゝせられけり八条左大臣/光(くはう)
明峯寺殿(めうぶじとの)左右の大臣にて供奉し給へり目出たき
重宝にてぞ侍し今は修明(しゆめい)門院に侍とかや此御幸
御あらましばかりにて実(じつ)にはなかりけり
【402】順徳院の御位の時あたらしき御/琵琶(ひわ)の有けるをいか
なる名をかつくべきとて蔵人(くらんと)孝時(たかとき)に風俗(ふうぞく)催馬(さいば)
楽(ら)の名并に其歌の詞の中にさもありぬべからん
は申すべきよし勅定有ければ則注進しけり其中
【上欄書入れ】16
【柱】古今巻十一 〇十四
【柱】古今巻十一 〇十四
に大鳥の入たりけるをこれにてこそあらめとて其
名にさだまりにけりさて撥面(はちおもて)の絵にかゝれんとし
ける時そも〳〵此鳥の姿(すがた)はなにものぞ誰が知(し)りたる
と御尋有けるに申人なかりけるに源大納言/通具(みちもと)【みちともヵ】卿
絵様候とて奉りけり此大鳥の色したる鳥の目/觜(くちばし)
などおそろしげなるがふとくみじか成すがた成を書
て参らせたりけり御覧じてこれはなにゝ見へたる
ぞとふるく書たる本の有か又此定なにぞ注した
る物の有かと御尋有に大納言つまびらかに申むね
なし只わがもとにふるくよりうつしもちて候と計
申されけりさては其事正体なし此人はをし事す
る人にこそと沙汰有てもちゐられず成にけりさて
孝(たか)道朝臣に御たづねありければ風俗にうたひて候
やうは大鳥の羽に霜ふれりと候はもし鵲(かさゝき)などにて
や候らんとぞ推(すい)せられて候さらでは口伝も候はず只
歌のことばにてすいし申計にて候と申ければ此事
さも有とて鵲(かさゝき)をかゝれたるとぞ
【403】後堀河院御位すべらせ給て内大臣の冷泉(れいぜい)富小(とみのこう)
路亭(ぢのてい)にわたらせ給けるに天福元年の春の比院
藻壁(そうへき)門院の方をわかちて絵つくの貝(かい)おほひありけり
【上欄書入れ】17
【柱】古今巻十一 〇十五
【柱】古今巻十一 〇十五
大殿摂政殿女院の御方にぞおはしましける一方にしかる
べき女房達四五人計にてひろきには及さりけり先
女院の御方/負(まけ)させ給て源氏絵十/巻(まき)だみたる料紙(れうし)
に書て色〳〵の色紙に詞はかゝれたりけり能書(のふじよ)の聞(きこ)
えある人こそかゝれたるからの唐櫃(からひつ)になん入られたりけ
る御/妬(ねたみ)に院の御方御負ありて小衣(さころも)の絵/八巻(やまき)又さま
〴〵の物語まぜて四季(しき)に書て一月を一巻に十二巻
にせられたりけり料紙(れうし)こと葉源氏の絵のごとし其外
雑(ざう)絵二十/余巻(よまき)あたらしく書出しておなじくからの櫃(ひつ)
二合に入られたりけりあはせて三合也又風流の絵
など小衣(さころも)の絵に入れくはへられたりけるとかや御負
わざの日になりて殿たち女院の御方に参給てせめ申
されければふるき絵のいま〳〵しげにやぶれたるを二三巻
近習(きんじゆ)の殿上人の小童(こわらは)なりけるして進せられければ様々
にきらひ申されていと興有けり其後/秘蔵(ひそう)の絵共は
出されけり両方の御絵ども姫(ひめ)君方へまいらせられけるが
失(うせ)させおはしましてのち四条院へ参りたりけり其後
内侍(ないし)のかみえぞまいりける今はいづくにか侍らん時代
いく程もへだゝり侍らねとも御ぬしはおほくかはらせ
給ぬはかなき筆のすざみなれども絵はのこりてこそ
【上欄書入れ】18
【柱】古今巻十一 〇十六
【柱】古今巻十一 〇十六
侍らめあはれなる事也
【404】同御時/似(にせ)絵を御/好(このみ)ありけるに北面(ほくめん)下臈(げらう)御随身などの
影(えい)を左京ノ権ノ太夫/信実(のふさね)朝臣をめしてかゝせられけるに
太夫ノ尉/永親(ながちか)その様をもしらでなべらかなる白襖(しらあを)きて
北面に候けるがめし出されける時太刀をとりてはきて
参たりけるいみじうなんみえ侍ける
【405】絵師/大輔(たいふ)法眼(ほうげん)賢慶(けんけい)が弟子になにがしとかやいふ
法師有けり賢慶(けんけい)逝去(せいきよ)ののち後家(ごけ)と不使【書陵部本「不快」】に成て
相論(さうろん)の事有けり六波羅に訴(うつた)へけれども事ゆかで程
へければ此法師絵もさかしく書けるものにてくだんの
後家がありさまふるまひをはじめよりかきあらはしてげり
ま男して会合(くはひごう)したる所なとさま〳〵に書てえもいは
ずいろどりて詞(ことば)付て六波羅へ持て行て奉行のもの共
に見せければ訴詔をことに執(しつし)申さんの心はなかりけ
れとも絵其興あるによりてもとかくねてさまよふ
程に両国司まても訴詔のむねくはしくこゝろへほ
ときにけりつゐにかちにけり件の法印摂津国/宇出(うでの)
庄にいまだあり
【406】一條前ノ摂政殿左大臣におはしましける時(とき)居(ゐ)すへたて
まつらんとて一条/室町(むろまち)の御所(ごしよ)を光明峯寺(くわうめうぶじ)入道殿前ノ
【上欄書入れ】19
【柱】古今巻十一 〇十七
【柱】古今巻十一 〇十七
備中守(ひつちうのかみ)行範(ゆきのり)に仰て修理(しゆり)せられにけり寛元三年十
月廿七日御わたまし有けりつくりどもゝ少しあらため
られけり寝殿(しんてんの)二棟(ふたむね)の障子よりつねの唐(から)絵は無念也とて
平等(べうとう)院宝蔵の四季の御屏風を二条関白殿長者に
ておはしましけるに申されて取出してうつされにけり人
〳〵の姿もみな昔絵にてぞ侍るなるいと見所あり
武徳殿(ぶとくてん)の競馬(けいば)の所にみもしらぬ人のすがた共おほかり
嵯峨野(さかの)の御幸に御/輿(こし)の上に虎(とら)の皮をおほひたる
などふるき事共をかゝれたるいと興有/承保(しやうほう)の野
行幸には虎の皮をばおほはれざりけるとなん近衛(こんへ)
大殿の御相伝の屏風どもはみな宝物にて侍うへ
せんしたればとて四季(しき)の大和絵を一月を一帖に書
てあたらしく調せられたるとなん可_レ然事の時(とき)客(かく)の
座に立らるゝ也元日の節会(せちゑ)は豊楽院(ふらくゐん)の義をぞ書
て侍なる延喜の御時の月の宴(えん)御/溝水(かはみつ)のながれやう
などふるきにたがへずかゝれたるいと興ある事に
なん侍なる
【上欄書入れ】20
【柱】古今巻十一 〇十八
【柱】古今巻十一 〇十八
蹴鞠(しうきく) 《割書:第十七》
【407】蹴鞠(しうきく)の逸遊(いつゆふ)は(は)前庭之/壮観(さうくはん)也文武天皇大宝元年
に此興/始(はじ)まりけるとかや白(しろ)妙(たへ)【書陵部本「砂」】之上/緑樹(りよくじゆ)之/景(けい)二六
対(つい)凍(とう)【陣ヵ】殿(てん)翼(よく)相(あい)当(あたる)感(せい)【かんヵ】興(けう)難(かたき)_レ尽(つくし)者也
【408】後二条殿/三月(やよひ)の比白河の斎院へ参給て御/鞠(まり)の会(くわい)有
けるにしばし有てかさみのきたる童(わらは)扇(あふき)をさして
片(かた)手に蒔(まき)絵の手箱の蓋(ふた)に薄様(うすやう)敷て雪をおほく
盛(もり)て日隠(ひかくし)の間の御/縁(えん)に置て帰入にけり御あせなど
たりげにて日隠の間に沓(くつ)はきながら御/尻(しり)かけて御
手などにてはとらせ給はで桧扇(ひあふぎ)のさきにてすこし
すくひてなりけるがしみたる雪にて御/直衣(なをし)にかゝり
たりけるがとけて二重(ふたへ)裏(うら)にうつりていてゞむら〳〵に
見へけるさて御/鞠(まり)有けるいとうつくしうやさしく
なん侍ける
【409】知足院殿わかくおはしましける時白川の辺にてまりの
会してあそばゞやと思候に誰をか召候べきと京極殿
へ申さ給ければしばらく御/案(あんじ)有て源(げん)兵衛佐を召具(めしく)
せよと仰られければ召につかはしてげり即参たり
けるを大とのなにかきたると内(うち)々御たづねありければ
濃青(こきあを)の布(ぬの)狩衣(かりぎぬ)とりどころすこしあかみたる薄紫(うすむらさき)の
【上欄書入れ】21
【柱】古今巻十一 〇十九
【柱】古今巻十一 〇十九
指貫(さしぬき)濃色(こきいろ)の二衣(ふたつきぬ)単衣(ひとへきぬ)きて候よし申ければ大殿されば
こそと仰られけりよく装束(しやうそく)きたりと思食たり
けるとこそ
【410】侍従大納言/成通(なりみち)卿の鞠(まり)は凡夫(ぼんぶ)のしわざにはあらざりけり
彼口伝に侍れば鞠を好みてのちかゝりに下(をり)立(たつ)事七千日
その中日をかゝずとをす事二千日もし病有時は臥(ふし)
ながら鞠を足にあて大雨の時には大極殿(だいこくてん)にゆきて
これをける千日のはてゝの日引つくろひて数三百
あまりあげて落(をち)ぬさきにみづから鞠をとりて棚(たな)を
二(ふた)まうけて一の棚(たな)に鞠を置一の棚にはやう〳〵の供祭(くさい)
を色〳〵にすへて幣(へい)一本をはさみたつその幣(へい)を
取て鞠を拝(はい)すみな座につき饗(けう)をすへて勧盞(くわんはい)有
三/献(ごん)の後身の能(のふ)を各奉る五/献(こん)に事終て禄(ろく)を賜(たまふ)
よろしき人には檀紙(だんし)薄様(うすやう)侍(さふらひ)の輩(ともから)には装束(しやうそkう)を給
事はてゝ人々出ての後夜に入て其事を記せんと
て灯臺(とうだい)をちかくよせ墨をする時棚に置(をく)所の
まり前にまろひて落(をち)きぬあやしうやう有と思ふ
程に顔(かを)は人にて手足身は猿(さる)にて三四歳成小児
ほど成物三人手づからかひて鞠のくゝりめをいだき
たるあさましと思ひつゝ何物ぞとあらくいへば御鞠
【上欄書入れ】22
【柱】古今巻十一 〇二十
【柱】古今巻十一 〇二十
の性(せい)也とこたふむかしより是ほどに御まりこのませ
給ふ人いまだおはしまさず千日のはてゝさま〴〵の
物給はりて悦申さんと思ひ又身のありさま御まり
の事をも能々申さんれうに参たりをの〳〵が名をも
知食(しろしめす)べし是を御覧せよとて眉(まゆ)にかゝりたる髪(かみ)を
押(をし)あけたれば一人か額(ひたい)には春楊花(しゆんやうくは)といふ字有
一人かひたゐには夏安林(かあんりん)といふ字あり一人か額(ひたい)には
秋園(しうえん)といふ字あり文字/金(こかね)の色也かゝる銘(めい)文を
見ていよ〳〵浅猿(あさまし)と思ひて又鞠の玉生(たましい)に問(とふ)様(やう)
鞠は常(つね)になし其時住する所ありや答云御まり
の時はかやうに御まりに付て候御まりの候はぬ時は柳
しげき林きよき所の木に栖(すみ)候也御鞠このませ給ふ
代は国さかへ好人司なり福あり命ながく病なくを後
世までよく候也といふ又問国さかへ官まさり命長く
病せす福あらん事はさもやあらん後世まてこそあ
まりなれといへば鞠(まりの)性(せい)まことにさもおぼしぬべき事
なれど人の身には一日の中にいくらともなき思ひみな
罪(つみ)なり鞠を好せ給へは庭にたゝせ給ぬれば鞠の事
より外に思召事なければ自然(しぜん)に後世の縁(えん)となり
功徳(くとく)すゝみ候へばかならず好ませ給べき也御まりの時
【上欄書入れ】23
【柱】古今巻十一 〇二十一
【柱】古今巻十一 〇二十一
はをの〳〵が名をめせば木づたひにまいりて宮仕(きうじ)は仕り
候也但/庭(には)鞠は御好候まじ木はなれたる宮仕は術(じゆつ)なき
事に候今より後はさる物ありと御こゝろにかけて
おはしまさば御まもりと成まいらせて御鞠をもいよ〳〵
よくなし参らせんずる也といふ程に其形見へず成に
けり是を思ひつゞくるに鞠をうくるにはやくはといひあ
りと云をうと云鞠の性(せい)が額(ひたい)の銘(めい)也尤故ある事也とそ
侍なるすべて此大納言の鞠に不思儀おほかり
或時/侍(さふらい)の大/盤(ばん)の上に沓(くつ)をはきながらのぼりて小鞠
をけられけるに大盤のうへに沓のあたるおとを人
にきかせざりけり鞠の音(をと)計聞へける大/盤(はん)のうへに
只沓を置(をか)んすら音はすべしましてまりを蹴(け)てその
音をきかせぬ事ふしぎの事也さて又/侍(さふらい)七八人をなら
べ居させて端(はし)に居たるより次第に肩(かた)を踏(ふみ)て沓を
はきなから小まりをけられけり其中に法師一人
有けるをはかたよりやがて頭(かしら)をふみてとをられけり
かくする事一両度をりてまりをとりていかゝ覚ゆる
ととはれければ肩(かた)に御沓のあたり候とは覚へ候はず
鷹(たか)を手にすへたる程にぞ覚へ候つると各々申けり
法師は又/平笠(ひらかさ)を着(き)たる程の心ちにて候つるぞと
【上欄書入れ】24
【柱】古今巻十一 〇二十二
【柱】古今巻十一 〇二十二
申ける又/父(ちちの)卿にぐして清水寺に籠(こも)られたりける彼(かの)
舞台(ぶたい)の高欄(かうらん)を沓はきながら渡りつゝ鞠をけんと
思ふこゝろ付て則西より東へ蹴(け)てわたりけり又立帰
西へかへられければ見るもの目をおどろかし色を失
けり民部卿聞給てさる事する物やはあるとて籠(こもり)も
はてさせて追出して一月計はよせられざりけるとそ
又/熊野(くまの)へ詣てうしろ舞の後うしろ鞠をけられける
に西より百度東より百度二反に二百反をあげておと
さゞりけり鞠をふしおがみて其夜西/御前(ごせん)に候はれ
ける夢に別当(へつたう)常住(じやうぢう)みな見知たる者共此まりを興
してほめあひたるが別当いかでかくばかりの事に纏頭(てんとう)
まいらせざらんとてなぎの葉(は)を一枚奉けり夢さめて見る
にまさしくなぎの葉手に有けりまもりに籠(こめ)てそもた
れたりける又父卿の坊門(はうもん)の懸(かゝり)の下にすだれかけぬ車
のありけるを片懸(かたかけ)にして鞠の多く有けるに車の許(もと)
にてたび〳〵かず有鞠をおとしけるに大納言我に
をきてはおとるべからすとてたちかへてまたれけるに
とひのおのかたへ鞠/落(をち)けりまはらば一定落ぬべかり
ければ轅(ながへ)の方よりくゞりこへさまにまりをたび〳〵
出されけり猶なかえのかたへもや落らんと覚しかば
【上欄書入れ】25
【柱】古今巻十一 〇二十三
【柱】古今巻十一 〇二十三
とひの尾(を)のかたより走(はしり)くゞりて越て庭へ出されけり
人々おどろきのゝしりあふ事かぎりなかりけり民部
卿/見証(けんしやう)せられて是程の事なればともかくも云べき
事あらずとぞいはれける鞠はてゝの後車かゝり
ならべてありなんやとすゝめられければ車/宿(やとり)の
くるま三両引出してをくすみにながえの方を一方
になしてたてたるを三両を次第にくゝり越(こへ)られたり
けり大に感(かん)じて纏頭(てんとう)有けりすべてさま〳〵ふしぎ
にありがたき事のみ有ける中にまりをたかく蹴(け)
あくる事なべての人には三(み)かさまさりたりけり或
日まりをたかくあげられたりけるに辻風の物を吹
あぐるやうに鳶烏(とひからす)付たりとのゝしる程に空に上り
て雲の中に入て見へずしてとゞまりにけり不思儀也
けること也此事/虚言(そらこと)なきよし誓(せい)状に書れたる
とぞこれも彼口伝に載(のせ)たり父大納言そのかみ
仏師を召て仏を造(つく)らせてゐられたりける時はし
の御簾(みす)をあけて格子(かうし)のもとをよせかけられたりけ
るに成通卿いまた若(わか)かりけるに庭(には)にて鞠をあ
けられけるがまり格子と簾(すだれ)との中に入けるに
つゞきて飛入られけるが父の前/無骨(ふこつ)なりければ
【上欄書入れ】26
【柱】古今巻十一 〇二十四
【柱】古今巻十一 〇二十四
まりを足にのせてその板敷をふまずして山がらの
もどりうつやうに飛(とび)かへられたりける凡夫のしわざ
にあらざりけり我一/期(ご)に此とんばうがへり一度なり
とぞ自称(じせう)せられける大かた此大納言はかくわかくより
はやわざを好給て築地(ついぢ)のはらもしは桧垣(ひがき)のはら
なとをもはしられけり又屋の上に卧て棟(むね)よりころ
ひて軒(のき)にては安座せらるゝ折も有けり父ノ卿/制止(せいし)
せられけれ共かなはず此事を鳥羽院聞召て御制止(ごせいし)
有けれども猶やまざりければ御前に召て汝が早態(はやわざ)を
このむは何之/詮(せん)か有と仰下されければさしたる詮(せん)は
候はず但/拝趨(はいすう)の間わづかにめし具し候/僮僕(どうほく)一両人
には過ず候雨のふり候日一人は笠をさして車のすだれを
もちあくるものゝ候はぬ時車の轅(ながへ)を土にをきながら片(かた)手
に左右の袴(はかま)を取片手にはすだれを持あげて飛乗(とびのり)候へば
更(さら)に装束(しやうぞく)もそんぜず奉公に第一の用也と申されければ
其後は院御制止なかりけり
【411】宇治左府法成寺に参籠(さんろう)せさせ給たりける時/片岡(かたをか)禰
宜(ぎ)成房(なりふさ)に仰て切立せられてまりの為に家平めされ
けり執行(しゆぎやう)《割書:某》鞠二まいらせたりけるを左府家平を召て
此まり二が善悪をえられけり家平申けるは一つはよく
【上欄書入れ】27
【柱】古今巻十一 〇二十五
【柱】古今巻十一 〇二十五
候一つは二/重(ぢう)鞠にて候と申けるを左府中を見ずして
二重まりと申事ふしん也其鞠をあぐへきなりと仰ら
れければ則件のまりを上るに両三度あかりて枝(えた)に
あたりてさけぬこれを見るにふるきまりの上に薄(うす)きが
わをおほひたりけり左府徳大寺のおとゞ両人の御前
に是を召よせて御らんずるに実に二重也けりおとゞ
頻(しきり)に感(かん)じ給けるとなん
【412】安元ノ御/賀(が)の時三位/頼輔(よりすけ)賀茂神主家平が家
に行向て御/賀(が)の上(うへ)まり仕べきよし勅定有其間
の子細(しさい)訓説(くんせつ)をかうふるべしといはれければ家平いはく
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】28
【柱】古今巻十一ノ 〇又廿五
【柱】古今巻十一ノ 〇又廿五
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
まりは仕候へ共御賀の鞠つかまつる事家に候はねは故(こ)
実(しつ)申がたく候但常の老(らう)もうの人のあげ鞠のていこ
そ候はめと申けり又被_レ参て云かはのくつをはきて三
足けんと思ふなり家平云装束には韈(くつ)候七十の後三
そくの上鞠見苦候なんと申又/彼(かれ)示(しめし)て云人をばしらず
我はさせんと思ふ也家平云さて誰にか鞠をはゆづり
給べき三品の云少将/泰通(やすみち)朝臣にゆづらんずる也家平云
其儀ならば内々申させ給たるや三品云其儀なくとも何
かくるしからん淡路(あはぢ)入道の弟子にて神主あり神主の
弟子に侍従大納言有大納言の弟子にて我ありされば
【上欄書入れ】29
【柱】古今巻十一 〇二十六
【柱】古今巻十一 〇二十六
其相違有べからずとぞいはれける家平されども御文をつか
はして返事を取てもたせ給ひたらん可然候なんと
ぞいひける
【413】治承三年三月五日御方たがへのために院ノ御所七条
殿に行幸有て次日/御壺(みつぼ)にて御まり有けり主上
簾中(れんちう)にわたらせおはしましけり内大臣以下ひろびさし
にぞかたまらせ給ける法皇御付衣にて蹴(け)させおはしま
しけるに公(く)卿おりさせけるは御/気色(けしき)にて有けるにや
形部卿/頼輔(よりすけ)朝臣/赤(あかき)かたびらをぞ着たりける備後(ひんこ)駿河(するが)
などいふ法師/鞠足(きくそく)もめされたりけるとかやめづらし
かりける事なりけり
【414】後鳥羽院は御鞠/無双(ぶそう)の御事也けり承元二年四月七日こ
の道の長者と号し奉べき由/按察使(あせち)泰通(やすみち)卿前ノ陸奥守宗
長朝臣右中将/雅経(まさつね)朝臣/暑(しよ)して表を奉りけり
【415】順徳院御位の時/高陽(かうやう)院殿に行幸成て御/逗留(とうりう)の日御鞠
有けり主上院関白殿前太政大臣殿中納言/忠信(たゝのぶ)卿/有雅(ありまさ)
卿形部卿宗長卿右兵衛督雅経朝臣等也形部経/衣冠(いくはん)にて
上鞠仕けり其外皆/直衣(なをし)也雅経朝臣/赤(あかき)帷(かたひら)を着たりけ
りねこかきをしかれたり此人数有かたきためし成へし
【416】四条院御位の時/仁治(にんじ)の比仁寿殿の東西の御壺(みつほ)に
【上欄書入れ】30
【柱】古今巻十一 〇二十七終
【柱】古今巻十一 〇二十七終
賀茂神主/久継(ひさつく)に仰て切立をせられて常に御鞠有ける
に誠に引つくろはれたる日侍りけるに左大臣右大臣参り
給ひたりけり左大臣/懸(かゝ)りの下へすゝみよりて跪(ひざまつい)て指貫(さしぬき)
のそばをはさませたまひけり右大臣は番長(ばんちやう)頼種(よりたね)
を便宜(ひんき)の所へめして下袴(しもはかま)を御指貫にあはせて切
れて絬(くゝり)【括ヵ】をあげさせ給けりいづれも興ある事に
時の人申けり
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
古今著聞集巻之十一終
【後見返し】
【裏表紙】
【背。ラベル 横書き。「総」は青字】総/5/5
【表紙題箋】《題:古今著聞集 《割書:十二》》
【前見返し】
古今著聞集巻第十二
博奕(ばくち) 《割書:第十八》
【417】天武天皇十四年天皇/御(ぎよしたまひ)_二大安殿_一喚(よんで)_二公卿等_一 ̄を有_二 ̄り
博奕しりれとも【しかれともヵ】そののり物をいましむるが故に
憲章(けんしやう)其/咎(とが)をまうく専(もつは)ら禁すべき事にこそ【418】小(を)
野(のゝ)宮はむかし惟高(これたか)のみこの双六(すごろく)のしちに取給へ
る所也かのみこはたのしき人にてなんおはしましける
むかしもかゝる軽々の事は有けるにこそ
【419】延喜四年九月廿四日右少弁/清貫(きよつら)寛蓮(くはんれん)法師を召て
囲碁(いご)をうたせられけり唐綾(からあや)四段/懸(かけ)物にはいだされ
【蔵書印 朱 陽刻 方形 単郭 篆書体】
《割書:平戸藩|蔵 書》
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:楽歳堂|図書記》
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:子孫|永宝》
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】1
【柱】古今巻十二 〇一
【柱】古今巻十二 〇一
けり寛蓮/勝(かち)て給けり聖代(せいたい)にもか様の勝負/禁(きん)な
かりけるにこそ【420】同御時/基勢(ごせい)法師御前にて囲碁(いご)を仕り
て銀の笙(せう)をうち給りてげり生涯(せうがい)の面目に思ひて死(しに)
けるときは棺(くはん)に入へきよしをなんいひける
【421】承平七年正月十一日右大臣/家(いへ)の饗(きやう)に中/務(つかさ)卿宮おはし
ましたりけるに中務卿と右大臣と囲碁(ゐご)のこと有け
り碁手(ごて)は銭にてぞ有けるむかしはか様のはれの儀
にも懸物にいでけるにこそ近代にはたがひてこそ
侍りけれ
【422】久安元年/列見(せつけん)式日(しきじつ)にをこなはれける宇治左府内大臣
におはしましける参給て事々おこし行はれけり朝所
にて盃酌(はいしやく)の後/囲碁(いご)有けり権右中弁/朝隆(ともたか)朝臣左少弁
師能(もろよし)又少納言/成隆(なりたか)能忠(よしたゞ)等二双つかうまつりけるむかしは
公卿ぞうちける弁少納言つかうまつる事は例(れい)たしか
ならね共時代によりて定られけるとぞ公卿は念人に
てぞ有ける此事/絶(たへ)て久し成てげるにめづらし
かりける事也
【423】花山院右のおとゞのとき侍(さむらい)共七半といふ事を好て
ありとしある物ども夜る昼おびたゝしく打けりお
とゞ制(せい)し給へ共用ず其中にいとまつしき挌勤者(かくごしや)一
【上欄書入れ】2
【柱】古今巻十二 〇二
【柱】古今巻十二 〇二
人有もちたる物なければ其人数にもれてうたざりけり
大納言/定能(さたよし)卿の家の雑仕(ざつし)を妻にてよな〳〵は仁和寺(にんなじ)
へかよひけり或夜このぬし妻と合宿(かうしゆく)したりけるが大息(おほいき)
打つぎてねもいらずして夜もすがら物を思ひたるけし
き也妻あやしみて其こゝろをとひけれ共何事もなき
ぞ只身の程の今更思ひしられてねもいらぬはなとはかり
いひけれどいかにもたゞことにあらずと思てしゐて問
ければ其時男の云様/実(げに)は何事もなし今更身の程の
うきといふは此程花山院殿の殿原(とのばら)わかきも老たるも
七半を打て毎日にことしてこゝろをゆかしあそび
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】3
【柱】古今巻十二ノ 〇又二
【柱】古今巻十二ノ 〇又二
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
あひたるに我其中に有ながら一文半銭だにも持ねば
其人数につらなる事なし大かたそのゆくゑしらぬ身なれば
此事のこのもしう打たきにては更になし只是程に
もてなし興しあへるに身のちからなくてそこばく多
かる殿原の中に我ひとりよそなるが思ひつゞくれば是
ならぬまして大事にもさぞかしと思ふに今更身の程
うたてくてかくてはなにしに人に交(ましへ)るらんとおもふ也と
打くどきいへば妻打なきての給はすること尤その
いはれ有誠にさる事也人に交るならひはよき事
にもあしき事にも其事にもるゝは口をしきなり
【上欄書入れ】4
【柱】古今巻十二 〇三
【柱】古今巻十二 〇三
明ん夜を待給へわらはかまへて奔走(ほんそう)せんといへば同
こゝろに思けるこそ女のならひは何事をいはす博奕
する事をば腹たつことなるにありがたくものたまふ物
かな去ながらもこゝろにくき事なし何としてはげまん
とてかくはの給ぞといへば妻なにしに其事をはいふぞ
今あけんをまてといふさる程に夜明にければおのれ
が一つ着たりける衣をぬぎて人の銭五百文かりてげり
男のもとへもて来ていふ様人の十廿貫にてうたんも
又此少分の物にてうたんも心をやる事はおなじ事也
我こゝろに又おもしろし共思はぬ事なればあながち
におほくうち入てもせんなしといへば男ありがたく
うれしく覚て其あしたやがて此銭ふところにひき
入て殿へ持て参ぬ例の事なればあつまりてのゝ
しる中にまじりぬ心中に思ふやうすべてこの事
いまだせぬ事也朝夕見きけ共我と手をおろして
したる事なければさいの目の勝まけもはか〴〵敷
しらず只人にまかせんと思てかたえの者に其よしを
いへばさしもはやりたる事に只/独(ひとり)ましり給はざり
つれば賢人(けんじん)だてかとおもひて侍けるにいかにして
かくはなどいへば其ことに候今日よりくはゝり候べし
【上欄書入れ】5
【柱】古今巻十二 〇四
【柱】古今巻十二 〇四
とこたへて此銭わつかに五百なればあまたたびに
出さんも見苦たゞ一度にをし出して打とられなば
さてこそあらめと思てよき程つゞきてまはる所に
をし出してかきたりければはやくかきおほせて一貫
に成ぬ我はいまだ一度もしり候はねばとうをば人に
ゆづり申候はんとてまはらん所をかきおとさんと思て
又よき程に一貫をおし出してかくに又かきおほせて
二貫に成ぬ其時思ふやう五百をばとりはなちて本
をうしなはで妻に返しとらせんと思ひてふところに
おさめてげり今一貫五百をとてこれは思ひの外の
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】6
【柱】古今巻十二ノ 〇又四
【柱】古今巻十二ノ 〇又四
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
物也おもふさまにせんと思て又をし出したるにかきおほせ
て三貫に成てげり其後は或は一貫二貫よき程〳〵に
をし出すにおほやうはかきおほせて卅よ貫に成にけり
此上は今は手あらに振まはじと思ひてよき程にして
しばしやすみ候はんとて卅余貫の銭取てしりぞき
にけり傍輩(はうばい)共女/牛(うし)に腹つかれたる心地してあり
けれど今かくかひ付て後をこそなど思ひゐたり
去程に此ぬし其夜やがて仁和寺の妻が本へ此銭
をもたせて行にけり次(つきの)旦(あした)家にて妻にいひあはせて
ゆゝしくことして長櫃のあたらしき両三合たづねて
【上欄書入れ】7
【柱】古今巻十二 〇五
【柱】古今巻十二 〇五
誠にきら〳〵しくしたてゝ第二日の朝とくかゝせて参たり
先/起請文(きしやうもん)一/紙(し)を書て侍(さふらい)の柱(はしら)にをしてげり其起請
文に書様今日以後ながく博打(ばくち)仕べからず過にしかたも
仕らぬ事なれど諸衆の御供して此度始て此事
仕りぬ自今以後もし又か様の事仕らば現当(げんたう)む
なしき身と成べしと書てをしたりけり傍輩(はうばい)ども
かたへはやすからぬことにいひかたへは感ずるも有けり
事はてゝ妻が本へ行て云やう今三十貫有十貫
をば汝にとらせんかくまうけたる併(しかし)汝が恩(をん)なれば
すべて皆とらすべけれ共我/既(すて)によはひたけて残の
年いくばくならず年比出家の志(こゝろさし)あれども一日の斎(とき)
料(りやう)のたくはへなし是に思ひわづらひつる也此二十貫
の銭を持て斎料にして念仏申て後生たすからん
と思ふ也とし比の志わするべからずいとひ給はん迄は
時々は参りて見奉るへし又やれ衣きよむることなど
はとふらひ給へかしといへば妻返々目出たく思ひ
とり給ひたる誠に此世はつねならねば左様に思ひ
とりたまへる事わがためもうれしき事也とてゆるし
てげれば悦て則出家をとげて廿貫の銭を先十
貫もちて四条町にいたりぬある小家に至りて云
【上欄書入れ】8
【柱】古今巻十二 〇六
【柱】古今巻十二 〇六
やう是十貫の銭有奉らん我を一月に十五日此家に
我はかり宿してその程一日に二たびの斎料をこひ銭に
てしてたまへさて用途(ようと)つきなんのちはとゞめたまへと
いへば家のあるじよき事と思ひて事うけしてげり
かくて商売し給ふ所なれば家せばく所なし屋のうへ
にゐたらんはいかにといへばそれは心にまかせ給へといへ
ば悦て家の上(うへ)にのぼりて下(しも)見さげて世の人のさは
ぎはしるさまを見て世間の無常(むじやう)をさとりて念仏
して上十五日をすぐしけり今十貫を持て又七条ノ
町に行て此定にして下十五日をすぐしけり去程に
念仏の功(こう)つもりて運心(うんしん)としをおくりければ在地(ざいち)の者
共たうとみてかつは夢なども見たりけるにや面〳〵
に帰依(きゑ)してけふの斎料をばわれさたせん〳〵とあら
そひ結縁(けちえん)しければ預けたりつる両所の十貫銭
もこと〴〵くもいらず家のあるじの所得(しよとく)に成にけり
かくて往生の期(ご)ちかく成にければ兼(かね)て其/期(ご)を知(しり)
て仁和寺の妻が家に行向ひていとなやむ事も
なくして正念に住して高声(かうせう)念仏おこたらず端(たん)
坐(ざ)合掌(がつしやう)して終(をは)りけり善知織(せんちしき)【「織」は「識」ヵ】大成(おゝいなる)因縁(いんえん)な
れば此妻はゆゝしき善知織【「織」は「識」ヵ】かなこれも阿弥陀
【上欄書入れ】9
【柱】古今巻十二 〇七
【柱】古今巻十二 〇七
如来の御方便にや
【424】後鳥羽院御時伊与国おふてらの島といふ所に
天竺(てんぢく)の冠者(くはんじや)といふもの有けり件の島に山あり
其うへに家を作りて住けりかしこに又ほこらを
かまへて其内に母が死(しゝ)たるを腹の内の物を取/捨(すて)て
ほしかためてうへをうるしにてぬりていはひておき
たりけり山のすそに八間の家を作りて拝殿(はいでん)と名付
て八乙女(やをとめ)以下かぐらおとこなどをすへたりけり此天
竺冠者は空(くう)をかけり水(みつ)をはしる由(よし)聞(きこ)えけ
れは当/国(こく)隣国(りんこく)より人のあつまりきほふ
事おびたゝしかりけりかの冠者あかとり
ぞめ【赤取染】の水干(すいかん)になつ毛(け)のむかばき【夏毛の行縢】をはきて
しげとう【重藤】の弓にのや【野矢】おひて竹笠(たけかさ)をきたり
けり月毛の馬のちいさきにのりて毎日に
山の上の家よりくたりけれは八間のかりや
の者共/皷(つゝみ)をたゝき歌をとなへてはやしけ
れは馬やう〳〵おりくたりてかりやの板敷(いたしき)
の上にのほりてさま〳〵にめぐりおどりて
けにも目をおどろかしけりまいり
の人のそこらあつまれる中に或は目
【上欄書入れ】10
【柱】古今巻十二 〇八
【柱】古今巻十二 〇八
しいたるもあり或はこしゐたるも有此ともから
天竺(てんちく)冠者(くわんしや)にたからをあたへて其いたむ所を
いのれは冠者馬よりおりてさま〳〵の託宣(たくせん)し
てこしおれたるものをば足にてふみなどしけれは
たちまちになをりけり目しいたる者をは
なでなとしけれはみゆるよしいひけりさる
につけてます〳〵きほひ聚(あつま)る事/計(はかり)なし衣裳(いしやう)
をぬき太刀を捧(さゝけ)さならぬ資財(しざい)いくらと云事なく
投(なけ)ける事/夥(おひたゝ)しかりけり冠者(くわんしや)自(みつから)我(われ)は親王(しんわう)なりと
称(せう)し鳥居(とりい)を立て額(がく)を親王高【宮ヵ。書陵部本「親王宮」】と書て打たりけり此
事を院/聞召(きこしめ)されからめとられけり神泉苑(しんせんゑん)に御幸(みゆき)
成て件(くだん)の冠(くはん)者をめしすへて汝神通の物にて空を
とび水の面はしるなるに此(この)池面(いけのおも)走(はしる)べしとて池につけ
られたりけるにあへて其儀なし馬によく乗て山の
峰(みね)よりはしりくだすなるにとてあがり馬にのせられ
たるに一たまりもせざりけり大力の聞へ有とて賀茂
の神主/能久(よしひさ)と相撲(しまう)をとらせられけるに能久取て
池の面へ七八尺はかりなげすてたりければ水におぼれ
てうきあがりけるを大ひきめ【引目】にてい【射】させられけり
かくせめられてのち獄定(ごくぢやう)せられけるとぞ此男
【上欄書入れ】11
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【柱】古今巻十二 〇八
【柱】古今巻十二 〇八
もと伊与国の者なりけり高名のふるばくちにて
打はうけてすべてまけ博奕打(ばくちうち)八十よ人同意して諸
国に分ゐて天竺冠者がかく厳重(げんぢう)なるよしを人に
かたり或は人にもいはせてわゝくりたりけるがあまりに
ことすぎて京迄聞へてかゝる目にあひにけり
【425】鎌倉の修理太夫/時房(ときふさ)朝臣のまへにて双六の勝負有
けり九郎/三河房(みかはばう)信濃(しなのゝ)七郎など有けるに懸物を出
してひき目うちたらんもの取べしと定てげり一番
に信濃七郎すゝみて筒(どう)をしばしふりてぬきければ三
を打たりけり次に三河房すゝみ調一(でつち)を打たりけり
人々目をおどろかして此うへは何をかうたん三河房懸
物とりつとのゝしりあへるに九郎すゝみてよく久しく
筒をふりて調一(てつち)をおり重たりけり凡夫のしわざに
あらずとて九郎三とりてげり
【426】建長五年十二月廿九日/法深房(ほうじんばう)のもとに形部房(ぎやうぶばう)と
いふ僧有かれとふたり囲碁(ゐこ)を打ける程に法深房の
方の石目一つくりて其うへこうを立たりければたゞには
とらるまじといはれけり形部房云目は只一也こう有
とても又目つくるべき所なしそばにせめあふ石もなし
にげて行べき方もなしいかてかとらざらんと法深房
【上欄書入れ】12
【柱】古今巻十二 〇九
【柱】古今巻十二 〇九
が云それはさる事なれ共外に両こうの所有是をこう
にしゐたらんずればまさる歒(てき)を取て勝べし両こうの
石をおしまれは目一のうへのこうつがさすまじければ也
形部房云両こうはさる事にて候へ共それをたのみて
目一の石いくまじきをせめてかへといはれなき事也と
たがひにあらそひてことゆきがたきによりて懸物を定(さだ)
めてあらがひに成にけり当世/囲碁(ゐご)の上手共にこと
はらせける先備中法眼/俊快(しゆんくわい)にとひたりければ両こう
にかせう一つとはこれか事なり法深房の理(ことは)り也と定(さだ)
めつ次に珍覚僧都(ちんかくそうづ)にとふに又法深房の理也と
さだむ次に如仏(ぢよふつ)にことわらするに判に云目一ありと
いへ共両こうのあらんには死石にあらずといへり自筆に
勘(かんかへ)て判形くはへてをくりたりけり此上は又判者なけれ
ば法深房の勝に成りてげり形部房懸物わきまへ
風呂たきなどしてきらめきたりけり抑しはすの二十
九日さしものまぎれの中に囲碁(いご)をうつたに打まか
せては心/付(つき)なかりぬべきに所々人つかひをはしらかして
判ぜさせけるこそ罪(つみ)ゆるさるゝ程の数寄(すき)にて侍れ
俊快(しゆんくわい)法眼は感歎(かんたん)入興しけるとぞ
【上欄書入れ】13
【柱】古今巻十二 〇十
【柱】古今巻十二 〇十
偸盗(ちうとう) 《割書:第十九》
【427】盗賊(トウゾク)者(ハ)刑獄(ケイコクノ)之/法改辜(已下如写本)行除之心絶暗/求(モトメ)_二浮(フ)
雲(ウンノ)之/富(トミヲ)_一常(ツネニ)成(ナス)_二深夜(ジンヤノ)之希_一之都鄙/不(ス)_レ可(ヘカラ)_レ禁(キンス)
【428】元興寺といふ琵琶(びわ)左右なき名物也/紫檀(したん)のこうふ
と絃(を)ほそ絃(を)あひかなひて音勢も有て目出度比巴
にてそ侍ける件の比巴はむかし彼寺修理の時/用途(ようと)
のために是【其ヵ】寺の別当うりけるを後朱雀院春宮
の御時/買(かい)めされにけり修理をくはへらるべき事ありて
保仲(やすなか)がもとへつかはしける時何と有けることにか其
使/念珠(すゝ)引が妻(め)なりけり其間に彼使の男これを
見て甲(かう)のしりのかた三寸計【ばかり】をぬすみてきりてけり
あさましなともいふはかりなしさてあらぬ木にてつがれ
にけりいく程の所得(しよとく)せんとてかくばかりの重宝をかたば
かりなしけん盗人(ぬすひと)の心いづれとはいひながらうたてく
口をしかりけるものかな
【429】博雅(はくがの)三位の家に盗人(ぬすひと)入たりけり三品(さんほん)板敷の下ににげ
かくれにけり盗人帰りさて後はひ出て家中を見るに
残たる物なくみな取てげり篳篥(ひちりき)一を置物/厨子(つし)
に残したりけるを三位とりてふかれたりけるを出て
さりぬる盗人はるかに是を聞て感情(かんせい)をさへがたくし
【上欄書入れ】14
【柱】古今巻十二 〇十一
【柱】古今巻十二 〇十一
て帰来て云やう只今の篳篥のねを承にあはれ
にたうとく候て悪心みなあらたまりぬ取(とる)所の物ども
こと〴〵くに返し奉るべしといひて皆置て出にけり
昔の盗人は又かくゆう成心も有けり
【430】又/篳篥師(ひちりきし)用光(ようくわう)南海道(なんかいどう)に発向(はつかう)の時/海賊(かいそく)にあひ
けり用光を既(すて)にころさんとする時/海賊(かいそく)に向ていはく
我久敷篳篥をもて朝(てう)につかえ世にゆるされたり今
いふかひなく賊徒(ぞくと)のために害(がひ)されんとす是/宿業(しゆくごう)のし
からしむる也しばらくの命得させよ一曲の雅声(がせい)をふかん
といへば海賊ぬける太刀をおさへてふかせけり用光
最後(さいご)のつとめと思て泣々(なく〳〵)臨(のそみ)調子/次(ついて)にけり其時なさ
けなき群賊(くんぞく)も感涙(かんるい)をたれて用光をゆるしてげり剰(あまさへ)
淡路(あはぢ)の南流(なる)と迄をくりておろしをきけり諸道に長(たけ)ぬ
るはかくのごとくの徳を必あらはする事也末代なをしか
ある事共多かり
【431】南都(なんと)に或人/五部(ごぶ)大/乗(じやう)経書て春日(かすがの)宝前(はうぜん)にて供養(くやう)せん
と思て澄憲(てうけん)法印を導師(どうし)に請(しやう)し下さんとしけるを衆徒(しゆと)聞て
南都(なんと)の碩学(せきかく)共を閣(さしおき)て山法師を請(しやう)する事/苦(くるし)き事也
と憤(いきとを)り其事とまりにかゝる程に大明神の御/託宣(たくせん)に
我国第一の能説(のうせつ)をきかん事を悦思ふにいかにてさま
【上欄書入れ】15
【柱】古今巻十二 〇十二
【柱】古今巻十二 〇十二
たけをばなすぞとしめしたまひければ恐なして本儀(もとのき)
にまかせて請じ下してげり誠に富楼那の弁説(べんぜつ)をはき
て衆人/感涙(かんるい)を垂(たれ)ぬはなかりけり随喜のあまり南都
こぞりてわれも〳〵と臨時(りんし)の仏事をはじめて請じ
ける程に布施(ふせ)はしたなく多く取てのぼるとて日
たけて出たりけるに奈良坂(ならさか)にて山だち待まうけて布
施物みなうばひ取てげり力者以下みなうちすてゝ散々(とり〳〵)
に逃(にげ)さりにければ只ひとり輿(こし)に乗(のり)て忙然(ばうぜん)としてゐたり
おそろしき事せんかたなけれ共いつかたへ逃(にけ)のがるべく
もなしさりながら山だちの主領(しゆりやう)とおぼしきもの事をき
て候有けるを法印まねきければ何しにめされ候
ぞといひながら四五人つれて来れりけり法印しばし
物申候はんとて十二/因縁(いんえん)のこゝろを目出たく説(とき)きかせ
て教化(けうけ)せられたりけるに山だち共忽に悪心をあら
ためて帰伏(きぶく)せるけしきに成てうばひ取所の物共
こと〴〵く返しあたへてげりさて法性寺迄/守護(しゆご)し
て送(をく)りたりけり法印不思儀に思ひてこと故なく坊
に帰りぬ次の日小/童(わらは)一人小袋に物を入て持来て
案内する何者ぞととはすれば昨日なら坂にて見(げん)
参(ざん)に入て候し者のもとよりといひければ山だち
【上欄書入れ】16
【柱】古今巻十二 〇十三
【柱】古今巻十二 〇十三
よと心得ておぼつかなさにいそぎ袋をひらきて見
ればもとゞりを三/切(きり)て入たりけり消息(せうそく)有けりあ
けてみれば昨日の御/教化(けうけ)を承て忽(たちまち)に発心(ほつしん)のもの
三人かれがもとゞりに候と書たりけりあはれにふしぎ成
事也今此けうけによりて悪心をあらためけん事
有/難(かたき)事也/澄憲(てうげん)が高名(かうみやう)不思儀此事に侍り
【432】いづれの比の事にか西の京成者夜ふかく朱雀門(しゆしやくもん)の
前を過けるに門のうへに火をともして侍りけり此門
にはむかし鬼(をに)すみけると聞に今もすみ侍るにや
とおそろしさ限なくて過ぬ其後又ある夜とをるに
さきのごとく火をともしたり此事あやしくて在地
に披露(ひろう)しければ死生不知(しせうふち)の村人共/評定(ひやうでう)していざ
行て見んとてそこばく来りて門にのぼりて見ければ
いとなまやか成女房一人臥たりけり思ひよらぬ事なれは
ばけ物なめりとおそろしながらことの子細(しさい)をとふに
はやく盗人なりけりとし比此門に住て夜るはがう
だうをしてすぎけるが此程手を負(をい)てやみふして
侍りける也
【433】隆房(たかふさ)大納言/検非違使(けびゐし)別当のとき白川に強盗(ごうとう)入に
けり其家にすくやか成者有て強盗とたゝかひ
【上欄書入れ】17
【柱】古今巻十二 〇十四
【柱】古今巻十二 〇十四
けるがなにとなくて強盗の中にまぎれまじはり
来けるうちあはんにはしおほせん事かたく覚へければ
かくまじはりて物わけん所に行て強盗の顔(かほ)をも見
又ちり〴〵にならん時に家をも見入んと思ひてかくは
かまへけり扨ともなひて朱雀門の辺(ほとり)に渡(わたり)ぬをの〳〵
物わけて此男にもあたへてげり強盗の中にいと
なまやかにてこゑけはひよりはしめてよに尋常(じんじやう)成
男のとし廿四五にもやあるらんと覚ゆる有どう腹巻(はらまき)
に左右ごてさして長刀を持たりけりひをくゝりの直(なを)
垂(し)はかまにくゝりたかくあげたり諸(もろ〳〵)の強盗の主(しゆ)と
おぼしくてことをきてければみな其下知にしたがひ
て主のごとくになん侍りけり扨ちり〴〵に成ける時この
むねとの者のゆかん方を見んと思て尻(しり)にさしさがりて
見がくれ〳〵行に朱雀(しゆしやく)を南へ四条迄行けり四条を東
へくしげ迄はまさしく目にかけたりけるを四条大宮の
大理(たいり)の亭(てい)の西の門の程にていづちかうせにけんかき
けすがごとく見へず成にけりさきにもそばにもすべて
見へず此/築地(ついぢ)を越て内へ入にけりと思ひてそこゟ
帰りぬ朝(あした)にとく行て跡を見れば件の盗人手を負(をい)
て侍けるにや道に血(ち)こぼれけり門のもとにてとゞ
【上欄書入れ】18
【柱】古今巻十二 〇十五
【柱】古今巻十二 〇十五
まりければうたがひもなく此内の人也けりと思ひて
立帰りて此やうを主(ぬし)に語(かた)りければ大理の辺に参り
通ふ者なりければ則参てひそかに此様を語り申
ければ大理聞おどろかれて家の中をせんぎせられ
けれ共更にあやしき事なかりけり件の血(ち)北(きた)の対(たい)の
車/宿(やとり)迄こぼれたりければつぼね女房の中に盗人を
こめ置たるしわざにこそとてみな房共をさがされん
ずる儀に成て女房共をよばれけり其中に大納言
殿とかやとて上/臈(らう)女房の有けるが此程風のおこり
てえなん参らぬよしをいひけり重(かさね)てたゞいかにもして
人に成共かゝりて参り給へとせめられければのがるゝ
方なくてなまじゐに参りぬ其跡をさがしければ血
付たる小袖有あやしくていよ〳〵あなぐりて坂板(さかいた)を上(あげ)
て見るにさま〴〵の物共をかくし置たりげり彼男が云(いひ)
つるにたかはずひをくゝりの直垂(なをし)袴(はかま)なども有けり面(をもて)
形一つ有けるは其ふるき面(おもて)をして顔(かを)をかくして夜な〳〵
強盗(がうどう)をしけるなりけり大理(たいり)大にあざみて則/官(くはん)人
に仰て白昼(はくちう)の禁獄(きうごく)せられける見物の輩(ともがら)市をなし
て所もさりあへざりけるとぞきぬかづきをぬがせて
おもてをあらはにして出されけり諸人見てあさましと
【上欄書入れ】19
【柱】古今巻十二 〇十六
【柱】古今巻十二 〇十六
思へり廿七八計成女のほそやかにてたけだち髪(かみ)の
かゝりすべてわろき所もなくゆう成女房にてぞ侍
けるむかしこそ鈴香山(すゞかやま)の女盗人とていひつたへたる
にちかき世にもかゝるふしぎ侍けることにこそ
【434】中納言/兼光(かねみつ)卿/建(けん)久二年十二月廿八日に検非違使(けんひゐし)
別当に成て庁務(てうむ)ことにおこし沙汰ありけるに賎(いやしき)者
の小屋にちいさき釜(かま)のうせたりけるを隣(となり)なりける
腰居(こしゐ)がぬすみたりけると云つぎ有て臓物(そうもつ)【贓物】をさがし
出したりけるに腰居(こしゐ)申けるは手をもちてこそゐざり
ありき候へ手をはなれてはいかでか取侍べき他人ぞ盜
をきて侍らんと陳(ちん)しけれはまことに申所/理(ことわり)也と沙汰
有けれどぬすまれたる者の訴訟(そせう)つよくて大理の門
前に召出して内問(ないもん)有けり相論(さうろん)事ゆかざりけるに
別当/謀(はかりこと)をめくらして此/腰居(こしゐ)申所不便也たゞ此釜を
腰居にとらすべしと仰下したりければ腰居悦て
かしらにうちかづきていざり出けるをみて実犯(じつぼん)なりけり
かたはの身なれ共かくしてぬすみてげるとさとりて
科(とが)にをこなはれけりゆゝしかりけるはかりこと也
【435】正上座といふ弓の上手わかゝりける時参河の国より
熊野(くまの)へわたりけるに伊勢国いらこのわたりにて海賊(かいぞく)
【上欄書入れ】20
【柱】古今巻十二 〇十七
【柱】古今巻十二 〇十七
にあひにけり悪徒(あくと)等か舟すで近付て御米まいら
せよといひけるを正上座人を出していはせけるは是は
熊野へ参る御米也/贓徒(ぞくと)等のぞみ有へからず悪徒
等かく云を聞て熊野の御米と見ればこそ左右なく
はとゝめねしからすはかくまで詞にていひてんやといふ
上座その時/腹巻(はらまき)きてひきめ一じんどう一/進(すゝみ)とりぐし
てたてつかせて船のへにすゝみ出て悪徒等が望み
申事いかにも叶ふへからず止(とめ)ぬべくは御米成共とゞめよ
かしといふを海賊(かいぞく)一人ものゝぐして出向てこと葉だ
たかひをしけり海賊が船に幕(まく)引まはしてたてを
つきて其中に悪徒/等(ら)其数多く有しばし詞だゝかひ
して上座まづひきめもて海賊を射(い)たるに海賊
くゞまりて箭(や)を上へとをしけりひきめ耳をひゞかし
て通ぬれば則立あがる所をいつのまにか矢つぎし
つらんしんとうをもてたちあがる目のあひを射て
うつぶしにいふせてげり此矢つぎのはやさに海賊ら
おどろきて是は誰にておはしまし候ぞと問たりければ
汝らじらずや正上座/行快(ぎやうくわい)ぞかしと名乗(なのり)て此辺
の海ぞくは定て熊野だちの奴原(やつはら)にてこそ有ら
めと思へは優如(ゆうじよ)してこれをもて手なみをば見する
【上欄書入れ】21
【柱】古今巻十二 〇十八
【柱】古今巻十二 〇十八
ぞといひたりけるに海ぞく等(ら)さらば始よりさは
仰られで希有(けう)にあやまちすらんにとてこぎかへ
りにけり
【436】後鳥羽院御時/交野(かたのゝ)八郎と云強盗の張本(ちやうほん)あり
けり今津(いまつ)に宿したるよしきこしめして西面(さいめん)
の輩(ともから)をつかはしてからめ召れけるやがて御幸成て
御船にめして御覧せられけり彼(かの)奴(やつ)は究竟(くきやう)のもの
にてからめて四方をまきせむるにとかくちがひて
いかにもからめられず御船より上皇みづからかいを
とらせ給ひて御をきてありけりそのとき則からめら
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】22
【柱】古今巻十二ノ 〇又十八
【柱】古今巻十二ノ 〇又十八
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
れにけり水無瀬殿(みなせとの)へ参たりけるにめしすえて
いかに汝程のやつがこれほとやすくは搦(からめ)られたるぞと
御たつね有けれは八郎申けるは年来からめ手向ひ候
事其数をしらす候山にこもり水に入てすへて人
をちかづけす候此度も西面の人々向ひて候つる程は
物の数共覚へず候つるが御幸ならせおはしまし候て御みづ
から御をきての候つる事忝も可申上には候はね共/船(ふね)のかい
ははしたなく重(おも)き(き)物にて候を扇等(おふきなと)をもたせ候/様(やう)に御
片手(かたて)にとらせおはしましてやす〳〵ととかく御をきて候
つるを少みまいらせ候つるより運(うん)つきはて候て力よは〳〵と
【上欄書入れ】23
【柱】古今巻十二 〇十九
【柱】古今巻十二 〇十九
覚へ候ていかにものがるべくも覚へ候はでからめられ
候へぬると申たりければ御気しきあしくもなくて
をのれめしつかふへき事也とてゆるされて御/中間(ちうげん)に
なされにけり御幸の時は烏帽子(ゑぼうし)かげしてくゝりたかく
あげてはしりければ興ある事になんおぼしめされ
たりけり
【437】承久の比/内裏(たいり)へ盗人を追(をい)入たりけるを所の衆/行(ゆき)
実(さね)記録(きろく)所辺にてからめ取けり行実(ゆきさね)件の盗人に
しろき水干袴に紅のきぬ着(き)せてざうもつくびに
かけさて北陣をわたして検非違使(けびいし)にうけとらせられ
けり行実は衣冠(いくわん)に巻纓(まきえい)して深沓(ふかくつ)をぞはきたりける
佐々木判官/廣綱(ひろつな)白襖(しらあを)に毛沓(けぐつ)はきて郎等廿人に一色
の鎧(よろひ)きせうけ取けりゆゝしき見物にてぞ侍ける北陣
の門前に犯人(ぼんにん)を引すへたりけるを廣綱が下/部(べ)すゝみて
うけ取て引たつる所に犯人がいはくしばらくまたせ給へ
申上べき事候とて一首の歌を詠し侍ける
あふみなる鏡(かゝみ)の山に陰(かけ)見へて
さゝきのへとてわたりぬるかな
かゝる中にいづくに胆魂(きもたましい)有てあんじつゞけるにかあ
はれなりといふことはなくて盗人たましゐの程あらは
【上欄書入れ】24
【柱】古今巻十二 〇二十
【柱】古今巻十二 〇二十
れていとゞおそろしといふ沙汰にてぞありける主上は殊
に御口びるの色もかはらせ給けりおぢさせ給けるとぞ
【438】木幡(こはた)にて四月(うつき)の比ぬす人をとらへてとひいましめて置
たりけるにそのぬす人のよみ侍ける
はさまれて足はうつきの時鳥
鳴はをれともとふ人もなし
【439】或所に強盗(ごうどう)入たりけるに弓とりに法師をたてたり
けるが秋の末つかたの事にて侍けるに門のもとに柿(かきの)木
の有ける下に此師かたて矢はげて立たる上よりうみ
柿(かき)の落(をち)けるがこの弓とりの法師がいたゞきにおちて
つぶれてさん〴〵にちりぬ此/柿(かき)のひや〳〵としてあたるを
かいさぐるに何となくぬれ〳〵と有けるをはや射
られにたりと思ひておくしてげりかたへの輩(ともから)と云
やうはやくいたでを負(をひ)ていかにものぶべくも覚ぬに
此/頭(くび)うてといふいづくぞととへば頭(かしら)を射られたるぞと
いふさくれば何とはしらずぬれわたりたり手にあかく
物付たればげに血(ち)なりけりと思てさらんからにけしう
はあらじひきたてゝゆかんとて肩(かた)にかけて行にいや
はやいかにものぶべくも覚ぬぞたゞはやくびを切と
しきりにいひければ云(いふ)にしたがひて打おとしつ扨其
【上欄書入れ】25
【柱】古今巻十二 〇二十一
【柱】古今巻十二 〇二十一
首をつゝみて大和国へ持て行て此法師が家になげ入
てしか〳〵いひつることゝてとらせたりければ妻子なき
かなしみて見るに更に矢の跡なしむくろに手ばし
負たりけるかと問にしかにはあらず此かしらの事
計をぞいひつるといへはいよ〳〵かなしみ悔(くゆ)れ共かひ
なしおくびやうはうたてきもの也左様のこゝろぎはに
てかく程のふるまひしけんおろか也とぞ
【440】或所に偸盜(ちうどう)入たりけりあるじおきあひて帰らん
所を打とゞめんとて其道を待まうけて障子(しやうし)の破(やぶれ)
よりのぞきをりけるに盗人物共少々取て袋に
入てこと〴〵くも取ず少々を取て帰らんとするが
さけ棚(たな)の上に鉢(はち)に灰(はい)を入て置たりけるをこの
盗人何とる【「る」は「か」ヵ】思ひたりけんつかみ食(くい)て後袋に取入
たる物をば本(もと)のごとくに置て帰りけり待まうけ
たる事なればふせてからめてげり此盗人のふる
まひ心得がたくて其子細を尋ければぬす人いふ
やう我(われ)本(もと)より盜の心なし此一両日/食物(しよくもつ)絶(たへ)て
術(じゆつ)なくひだるく候まゝにはじめてかゝるこゝろ付
て参侍りつる也然るに御棚に麦(むぎ)の粉(こ)やらんと
おぼしき物之手にさはり候つるを物之ほしく候
【上欄書入れ】26
【柱】古今巻十二 〇二十二
【柱】古今巻十二 〇二十二
まゝにつかみくいて候つるがはじめはあまりうへたる
口にて何の物共思ひわかれずあまたゝびになり
てはじめて灰(はい)にて候けるとしられて其後はたへず
なりぬ食物ならぬものをたべては候へ共是を腹(はら)に
くい入て候へば物のほしさがやみて候也是を思ふに
このうへにたべずしてこそかゝるあらぬさまの心も付
て候へば灰をたべてもやすくなをり候けりと思ひ
候へば取所の物をも本(もと)のごとくに置て候也といふ哀(あは)れ
にもふしぎにも覚へてかたのごとくのざうせちなど
とらせて返しやりにけり後々にもさほどにせん
つきん時は不_レ憚来ていへとてつねによぶらひけり
ぬす人も此心あはれ也家のあるじのあはれみ
また優(ゆう)なり
【441】大殿(おほとの)小殿(ことの)とてきこへある強盗の棟梁(とうりやう)ありけり
大殿は後鳥羽院の御と時【「御と時」は書陵部本「御時」】】からめられけり小殿は
高倉(たかくら)判官章久(はんくわんあきひさ)が本へ行ていひけるは日来(ひころ)年来(としころ)
からめかねてあなぐりもとめられ候小殿と申強
盜こそ思ふやう有て参て候へはやくうけとらせ給
へといふ章久まことしからず覚ながらおろ〳〵子細を
とへば小殿いはく御/不審(ふしん)候事尤其いはれ候へども
【上欄書入れ】26 bis
【柱】古今巻十二 〇二十三
【柱】古今巻十二 〇二十三
先思召候へたゞのしら人が強盗とみづから名乗(なのり)て命
をまかせ参らせて何のせんか候べきといへば実(げに)も理(ことわり)
にて委(くはし)く問答するに小殿が云やう年ごろ西国
の方にて海賊(かいぞく)をし東国にては山だちをし京都
にては強盗(ごうどう)をし辺土(へんど)にてはひきはぎをして過候
つる也かゝる重罪(ぢうざい)の身を受候ぬれば此世にても安き
心候はず夜も安くねず昼も心打くつろぐ事なし
世のおそろしく人のつゝましき事かなしき苦患(くげん)にて候
也扨も一/期(ご)事なくて有べき身にても候はずつゐに
定てからめ出されてはぢをさらしかなしき目をこそ
見候はんずれ年来の罪(つみ)をも報(むく)はんが為に頭(かうべ)を
のべて参候といへば章久(あきひさ)あはれに覚て左右なくも
受取べけれ共其儀なくして答けるは今は使庁(してう)の
庁務(てうむ)停止(てうじ)したる也かつは聞へ及らん年来作置る
楼(ろう)も皆打/破(やふり)て仏殿に作なをして一/向(かう)庁務(てうむ)を
とゞめて後世の事をいとなむ也徳大寺殿に祗候(しこう)
の源(げん)判官/康仲(やすなか)こそ当時ことに高名を立んとする
人なれかしこに行て此子細をいはゞ定て悦思はん
ずらんといへば左候はゞ御文を給はり候へ源判官殿へ
参候はんといへばそれはやすき事也とて文(ふみ)書とら
【上欄書入れ】27
【柱】古今巻十二 〇二十四
【柱】古今巻十二 〇二十四
せければ則持て康仲(やすなか)がもとへ行て章久(あきひさ)がもと
にていひつるがごとくにいひて若(もし)万が一命をいけて
召もつかはれ候はゝ別の奉公には余党(よとう)其数おほく候
を一々にからめさせ参らせんといへば康仲興有事
に思ひて受取てつかひけり給物(きうもつ)三十石をとらせて朝
夕めしつかふに事にをきてかひ〴〵敷/大切(たいせつ)の事共多かり
ければ大納言/家(け)に此様を内々申入たりけるにいと興
有事にこそ左様のものは中〳〵さるかたもあるなり
我にえさせよ召つかはんと仰られければ参らせてげり
侍(さふらひ)ゆるされてめし仕けり康仲が恩(をん)の上に五十石
の給物(きうもつ)をたまはせたりければ小殿悦て今はかくて
一期身やすくてやみなんすれば思ふ事候はず祗候(しこう)の
間にはいかにも御所中并/御近辺(ごきんへん)には狼藉(たうぜき)の事
あらすましく候とて一向に御とのゐして奉公をいたし
ければ誠にかひ〴〵敷其あたりには夜るの恐なかり
けりかゝる程に真木島(まきのしま)の十郎といふ強盗(がうどう)の張本(ちやうほん)有
年比/使庁(してう)武家(ぶけ)うかゞへ共いかにもからめえざりける
を康仲此小殿に云やう汝がはじめより約束/偽(いつはる)
所なくは彼十郎からめさせよと云小殿則/承伏(じやうぶく)し
にけり小殿が云く十郎はゆゝしきつは物也たやすく
【上欄書入れ】28
【柱】古今巻十二 〇二十五
【柱】古今巻十二 〇二十五
からめらるべからずすくやか成人を三十余人給りて向
侍べし又何にても臓物(ざうもつ)【贓物】を一給らんといへは云がごとく
にさたして鞦(しりがい)一かけをとらせてげり件の鞦(しりがい)をふところ
に入て卅よ人の輩あひぐしてまきの島へむかひぬ
のがれ逃(にげ)んずる道々を教(をし)へてみなそこ〳〵に分て
たてつゞきていらんものなど其器(き)りやうをはからひ
て定つゝ近辺にかくし置つゝ扨をのが身ひとり入
ていだきてえい声(ごゑ)を出さん時/続(つゞき)て早(はや)く入べしと
いひをしへて日暮て行ぬ則十郎が家の門をほと〳〵
とたゝく十郎内よりたそと問ければ平六が参り
たるぞあけ給へといへば十郎何心もなく小袖
打かけ烏帽子(ゑほうし)引入て其用意もなくて出たり
小殿ふところより鞦(しりがい)を取出し是あつけ参らせん
只今外へ罷通にといふ十郎/鞦(しりがい)を取ていづこなり
ける鞦ぞと問ば夜部(よべ)あそびをしてまうけたる也と
答て通りなんとしけるを十郎さるにても入給へ
酒すゝめんといへばよき事と思ひて内へ入ぬ見
れれば又男もなし女の独(ひとり)有つるをば酒たづねに
やりてたゞはしりむかひ居たり案じすましたる
事なればむかひざまにおとりかゝりていだきてけり
【上欄書入れ】29
【柱】古今巻十二 〇二十六
【柱】古今巻十二 〇二十六
則えたりや〳〵と大/声(こゑ)を出す時まうけたる者共
つゞきて入て安(やす)くからめてげり十郎あはれやすか
らぬもの哉腹くろきむしにくらはれぬとぞいひける
則/康仲(やすなか)が家へぐして行たれば康仲悦思ふ事
かぎりなし康仲が第一の高名にてゆゝしくのゝし
られけるは併(しかしなから)小殿が忠節也此小殿平六はすべて
さる悪賊(あくぞく)とも覚へず事にをきてなだらかにみめ
ことがらも清げにてかひ〴〵敷つかひよかりければ
大納言家にも大切の者におぼして一向とのゐに
たのみ給へるのみにあらず何事にも召つかひけり或
時とみのこと有て宇治/布(ぬの)十/端(たん)入るべかりけるに
只今は戌刻(いぬのこく)ばかり也此用は明日/巳刻(みのこく)以前の事也
さたしいだしがたかりけるをさるにても宇治へ尋て
こそきかめとて用途(ようと)をもたせてつかはしけり小殿を
兵士(へいし)のためにそへてつかはしけるに小殿たかしこか
きおひて真(ま)弓打かたげてひらあしだはきて行け
り用途もたる物は高名のはや足の力者をえらひ
定められけるか此小殿があゆむにいかにおくれじと
あせかきけれどかなはずをそかりければ七条河原
にて小殿云やう其あゆみやうにては急(いそき)の御太事
【上欄書入れ】30
【柱】古今巻十二 〇二十七
【柱】古今巻十二 〇二十七
かけぬべし其用途たべ我ひとり持行て布をば取
て持まいらんといふを力者(りきしや)うたがひをなして御身は兵
士のためにそへられたる計也われこそ承て侍る
ことなれば手はなち侍らん事かなはしとてとらせざ
りければ小殿打笑てうたがひをなしてかくはの給か
我その用途をとらんと思はゞ汝壱人あんをんにあらせ
てんや汝我にたてあはん心おさなき事ないひそたゞ
其用途をこせよとにもかくにも御事をかゝじとて
かくはいふぞといへば力者理におれて用途をあたへ
てげり汝は是よりとく徳大寺殿へ参て此よしを申へし
とてやりぬ力者七条河原より帰り参るに子刻(ねのこく)の
始計に参りつきて此やう申せばかたへの輩はうた
がひ思ひてあさみさはきなどしける折に小殿布持て
参たり上下おとろきあざむ事かぎりなし鳥の飛も
いかでかこれほとはやき事は侍べき七条河原より帰
たる使とたゞ同じ程に走帰りたる事おそろしき事
也人のふるまひ共覚へず山をはしり水に入てふるま
へるさま凡夫(ぼんぷ)の所為にはあらざりけり昔は八幡の児(ちご)
にて侍けり篳篥(ひちりき)など優(ゆう)にふきて世おぼへも侍
けるが所領(しよりやう)相論(さうろん)の事有之/叔父(をぢ)をころしてけり
【上欄書入れ】31
【柱】古今巻十二 〇二十八
【柱】古今巻十二 〇二十八
それより八幡にも安堵(あんと)せずなりてかゝる身と成にけり
とぞ徳大寺殿に祗候(しこう)の時も篳篥(ひちりき)つかうまつり
て内々の講演(こうゑん)などにはふかせられけるとぞ此小殿
が語けるはわかくより武勇(ふゆう)をしてみるにまさりたる
者もすくなく候けりたゞ一人ぞ候し大殿と申し強
盗と同宿し山/崎(ざき)に候し時夜のしら〳〵と明わたる
程にあやしく犬のほえ候を我は何共思ひもとがめず
候しを大殿が聞とがめてやだまれ平六此犬のほえ
さ【書陵部本「やう」】は聞とがめ給はぬかあやしきさま也出て見給へ
しと申し時に弓矢かきつけて出て見侍しにしろき
直衣(なをし)にひきいれ烏帽子(ゑほうし)したる男下人両三人具して
とをる有其さきにたけたちすかたけにいとすくやか
げ成法師物具はせで只大成さいほう計持て通り
侍ぬ此やうを帰て大殿にかたればあはれ左様のもの
こそあやしけれ行がたをば見入給へるかといへばしらざ
るよしをこたふればわ殿を頼み申て同宿したるは
ケ様のときの料/也(なり)などか見入給はぬといへばその言
葉に付て又立出てみるに大殿がいふにたがはず早
くとをりぬとおもふ法師此家の門に向てたちたり
はやこと有と思ひて矢をうちくはせてよくひきて
【上欄書入れ】32
【柱】古今巻十二 〇二十九
【柱】古今巻十二 〇二十九
中にあてゝはなちたるに少もはづるべし共おもはぬ
をおとりあがりて矢をしたに六寸計さげて通しつ射
られてやりてはねてかゝるにいかにも又矢つぎすべし
共おぼへで竹折戸の内へはしり入侍しを大殿さる
心はやき者にて事有とさとりて中戸に太刀を
ぬきて入らんものを切んと待て立たり平六がいる
をとく入(いれ)と手をあがきしかばはやくいりしにこの法
師つゞきて入候を大殿ぬきまうけたる太刀にて
よく切侍ぬと見へし程に法師取もあへずさいぼう
にてあはせて則大殿が額(ひたい)を打てうつべしに打ふせ
候ぬそれを見しに立帰りてむかいあはんと思ひしか
どもいかにもたてあひぬべき心地もせず候しかばうし
ろより逃(にけ)出て河に入て水の底(そこ)をくゞりて八幡へ罷
て其度はたすかりて候きやがて大勢つゞき入て大
殿はからめられて候し也一/期(ご)にそれ程手ばやく
心かうなる者見候はずとなんかたりけり
【442】くらままうでの者の夕暮に市原野(いちはらの)を過けるに
盗人に行あひて着(き)たる物はぎとられて剰(あまさへ)きず
を負(をふ)て侍と人のかたるをきゝて慶算(けうざん)がよみ
侍りける
【上欄書入れ】33
【柱】古今巻十二 〇三十
【柱】古今巻十二 〇三十
夕暮に市原野にておふきすは
くらまきれとやいふへかるらん
【443】澄恵僧都(てうゑそうづ)いまだ童(わらは)にて侍ける時かいしやくし
ける僧かみけづらんとて手箱をこひけるに其手箱
うせにけりいかに求(もとむ)れ共見へずはや盗人のとりてげる
なり其時この児とりもあへずよみ侍ける
しらなみのたちくるまゝに玉くしけ
ふたみの浦のみえすなりぬる
【444】此僧都の坊のとなり也ける家の畠(はた)にそばをうへ
て侍けるを夜る盗人みな引て取たりけるを聞
てよめる
ぬす人はながはかまをやきたるらん
そはをとりてぞはしりさりぬる
【445】花山院の粟田口(あはたくち)殿の山のわらびをあまりに人のぬ
すみければこもり縁浄(ゑんじやう)法師よみ侍ける
山守のひましなければかきわらひ
ぬす人にこそいまはまかすれ
【446】横川(よかは)の恵心僧都(ゑしんそうづ)の妹(いもと)安養(あんやう)の尼(あま)のもとに強
盜入にけり物どもみな取て出にければあま
うへは紙ふすまといふもの計を引着て居られ
【上欄書入れ】34
【柱】古今巻十二 〇三十一
【柱】古今巻十二 〇三十一
たりけるに姉(あね)なる尼のもとに小尼君とてあり
けるがはしりまいりて見ければ小袖をひとつとり
をとしたりけるをとりてこれをぬす人とりお
として侍けりたてまつるとてもちてきたりけ
れば尼うへのいはれけるはこれもとりて後はわが物
とこそおもひつらめぬしの心ゆるさざらんものをばいかゞ
きける盗人はいまだとをくはよもゆかじとり〴〵
もちておはしましてとらさせ給へと有ければ門の
かたへはしり出てやゝとよびかへしてこれをおとさ
れにけりたしかにたてまつらんといひけれは盗
人ども立とまりてしばしあんじたるけしきにて
あしくまいりにけりとてとりたりける物共をも
さながら返しをきてかへりにけりとなん
古今著聞集巻之十二終
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】35
【柱】古今巻十二 〇三十二
【裏表紙】
【背。ラベル 横書き。「上」は朱字】上/5
【表紙題箋】《題:古今著聞集 《割書:十三》》
【前見返し】
古今著聞集巻第十三
祝言(しゆうげん) 《割書:第二十》
【447】流俗(リウゾク)之(ノ)習(ナラヒ)触(フレ)_レ境(ケウニ)随(シタカツテ)_レ事(コトニ)皆(ミナ)成(ナス)_二佳祝(カシユウヲ)_一雖(イヘトモ)_レ為(タリト)_二浮詞(フシ)
依(ヨツテ)_二其(ソノ)機限(キゲンニ)_一多(ヲホク)符号(フガフスル)者(モノ)歟(カ)
【448】延長弐年壱弐月廿二日/内裏(だいり)御/賀(が)を中宮奉らせ給
けるに清涼殿(せいりやうでん)にて遊宴(ゆうえん)有けり弾正親王(だんぜうのみこ)笛(ふへ)を吹
左大臣/和琴(わごん)を弾(たん)じ給ひけり中宮の御かたより楽(がく)
器(き)を奉られける中に北辺の左大臣の清和御時/手自(てづから)
かゝれたる春鴬囀(しゆんあうてん)の筝(さうのこと)の譜(ふ)を木の枝に付て奉ら
れけるめづらしくやさしき御をくりものなりかし
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:子孫|永宝》
【蔵書印 朱 陽刻 方形 単郭 篆書体】
《割書:平戸藩|蔵 書》
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:楽歳堂|図書記》
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】1
【柱】古今巻十三 〇一
【柱】古今巻十三 〇一
【449】承平四年三月廿六日天子/常寧殿(じやうねいでん)にて皇太后(くわうだいこう)の
五十算(いそじの)の賀(が)せさせ給けり廿七日/後宴(ごえん)に式部卿の親王(みこ)
以下参り給/舞曲(ぶきよく)を御覧ぜられけるに左大臣右大臣
右大将/保忠(やすたゞ)卿大納言/恒佐(つねすけ)卿庭におりて崑崙(こんろん)を舞
給けりこれ故実(こじつ)たるよし吏邦王(りほうわうの)記(き)し給ひて侍とかや
其後なを管弦(くわんげん)の興有けり
【450】康(かう)和四年二月九日御/賀(が)の試楽(しがく)ありけり左右内大
臣以下参給けり参入/音声(をんぜい)に賀王恩(がわうをん)を奏(そうす)先/万歳(まんざい)
楽(らく)右大臣御前にして筝(さうのこと)を弾(たん)じ給/次(つぎに)地久次に春鴬囀(しゆんあうでん)
この間に管弦物具を楽(がく)屋へくだされける左大弁/毘(び)
琶(は)を弾ず宰相(さいしやう)中将笛を吹右大弁/笙(さうのふへ)を吹けり次/古(こ)
鳥蘇(とりそ)次/胡飲酒(こいんしゆ)中院右府/童(わらは)にておはしけるが仕給け
り内大臣一家の人々を卒(そつ)して楽(がく)屋へ向ひ給て扶持(ふち)し
給けり内府/帰着(きちやくし)給て後ぞ舞をば奏(そう)し侍ける年
わづかに九歳の時也けるに一曲もあやまちなかりければ
万人/感歎(かんたん)する事かぎりなかりけり去年/資忠(すけたゞ)父子
共に害(がい)せられて後此曲/絶(たへ)けるを父おとゞ治暦三年
に九歳にて舞給ひけるをけふ世につたへられぬる
めでたかりける事也/胡飲酒(こいんしゆ)の童をめして御/衵袙(あこめ)を
給はせ給ひけるを右大臣伝へ給ひければ童/領舞(れうふし)て
【上欄書入れ】2
【柱】古今巻十三 〇二
【柱】古今巻十三 〇二
かつかりける父のおとゞ座を立て御衣を取てあふきに
かけて左の手に笏(しやく)を取て弘庇(ひろひさし)にて此舞の破(は)を舞
給ける見る者目をおどろかしけり童父の持給たる
御衣つたへ取て又舞て入給けり内大臣/拝賀(はいが)申され
けり次右大弁子息の童/陵王(りやうわう)を奏す納蘇利(なふそり)次に
輪台(りんだい)両貫首(りやうくわんしゆ)以下/垣代(かきしろ)に立けり右衛門督/宗通(むねみち)卿た
ちくはゝりて笛を吹右大弁笙を吹左京の権ノ太夫/俊頼(としより)朝
臣/篳篥(ひちりき)備後ノ介/有賢(ありかた)朝臣/唱歌(しやうが)左近ノ将監/狛光季(こまのみつすへ)
左兵衛佐/宗能(むねよし)ぞまはれける次に散手(さんしゆ)次ニ太平楽次に
皇仁(わうにん)次に賀殿(がてん)次ニ林歌(りんか)退宿音声(たいしようをんせい)【書陵部本は「退出音声」】長/慶子(けいし)也けり
次ニ御遊右大臣/筝(さうのふへ)【さうヵ】右衛門督笛右大弁/拍子(はうし)左大弁/比巴(ひは)
刑部卿/顕仲(あきなか)朝臣笙/有賢(ありかた)朝臣/和琴(わごん)左中将/宗輔(むねすけ)朝臣
笛(ふへ)俊頼(としより)朝臣/篳篥(ひちりき)越前守/家保(いへやす)笙/呂(りよ)は安名尊(あなたうた)席田(むしろた)
鳥破(とりは)律(りつ)伊勢ノ海三/台急(だいのきう)なりけり十八日鳥羽南殿
に行幸なりて御賀事有けり廿日後宴を行はれ
ける舟楽(しうかく)などはてゝ舞を御覧ぜられけり春鴬囀(しゆんあうでん)
古鳥/蘇(そ)輪台(りんだい)青海波(せいがいは)の曲の間に主上時々御笛を
ふかせ給けり垣代(かきしろ)には殿上人とも立けるに右衛門督
笛右大弁唱歌して立くはゝられける顕仲朝臣笙
俊頼朝臣篳篥/光季(みつすへ)詠をとなふ青海波/七切(なゝきり)にて
【上欄書入れ】3
【柱】古今巻十三 〇三
【柱】古今巻十三 〇三
拍子をはふ【「はふ」は書陵部本「くはふ」】次ニ藤平(とうへい)【「藤平」は書陵部本は「散手」】次ニ胡飲酒(こいんしゆ)内大臣童舞れける
次ニ納蘇利(なふそり)童(わらは)季輔(としすけ)日暮ければ次第をまもらず
童/舞(まひ)を先めされけり次ニ賀殿次ニ林歌次ニ三台次ニ
皇仁(わうにん)退宿(たいしう)音声(をんせい)【書陵部本は「退出音声」】蘇合(そかう)の急(きう)をぞ奏し侍ける
【451】仁平二年正月七日法皇五十にみたせ給御賀有ける
前ノ日鳥羽殿に行幸なりてふるき跡を尋ては法会
行はれけり大炊(おほひの)御門左大臣妙音院太政大臣殿ともに宰
相中将にて楽(がく)行事はせさせ給けり舞人左少将/宗持(むねもち)
朝臣右中将/実長(さねなか)朝臣/定房(さだふさ)朝臣/隆(たか)長朝臣/実定(さねさた)蔵人
左衛門佐/忠親(たゝちか)右少将/公親(きんちか)朝臣左少将/利通(としみち)朝臣左少将/公(きん)
保(やす)朝臣楽人左ハ皇后宮ノ亮(すけ)師国(もろくに)朝臣/鞨鼓(かつこ)治部大輔/雅頼(まさより)
摺皷(すりつゞみ)左馬頭/隆季(たかすへ)朝臣摂津守重家朝臣/笙(さうのふへ)備後守
季/兼(かね)朝臣/篳篥(ひちりき)上総ノ介/資賢(すけかた)朝臣侍従成/親(ちか)笛右
中将/師(もろ)仲朝臣大/皷(こ)大納言/教宗(のりむね)鉦皷(せうご)右少納言成/隆(たか)
朝臣三/皷(こ)中務権ノ大輔季家朝臣侍従/信能(のふよし)ふえ土佐守
季行朝臣/篳篥(ひちりき)頭中将/伊方(これかた)朝臣ふえ右中将/行通(ゆきみち)朝臣
太/皷(こ)少納言/実経(さねつね)鉦皷(せうご)かくぞ侍ける右兵衛佐/実(さね)国
笛にて侍けるが遅参(ちさん)せられたりけり八日後宴に
御拝/献物(けんもつ)御膳などはてゝ舞を奏す右大臣侍従大納
言成通卿新大納言/公教(きんのり)仰を承て春鴬囀(しゆんあうてん)のとき
【上欄書入れ】4
【柱】古今巻十三 〇四
【柱】古今巻十三 〇四
御階のまへをへて楽屋へ向ひて右大臣は笙を吹両納言
は笛をふかれけり中宮権ノ太夫/将通(まさみち)卿も同く楽屋に
向て鞨鼓(かつこ)をうたれけり隆(たか)長朝臣/実定(さねさた)青海波(せいがいは)をま
はれければ左大臣一家の人々を卒(そつ)して楽(がく)屋へむかひ給
垣代(かきしろ)には左大臣笙民部卿宗輔卿笛/季兼(すゑかね)朝臣/篳篥(ひちりき)
舞人光時東の輪ほとりにゐて詠(ろく)【詠(うた)ヵ、(えい)ヵ】をとなふ師(もろ)仲朝臣
童(わらは)胡飲酒(こいんしゆ)を舞けるに曲おはりて退(しりぞ)きけるを御座
のかたはらにめされて関白殿御あこめとりて給はせ
けり扇にかけて舞て退きけるを右大臣童を扶(ふ)
持(ち)し給て右の肩(かた)に御衣(ぎよい)をかけ左手に笏(しやく)を持て
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】5
【柱】古今巻十三ノ 〇又四
【柱】古今巻十三ノ 〇又四
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
西対代の南のはなちいでにて一曲を舞給けり童階
のもとにおりたちて後右大臣坤の庭にて舞踏
し給けり其後御馬ひかれて御遊あり左大臣右大臣笙
内大臣拍子民部卿/筝(さうのこと)藤大納言/琵琶(ひわ)侍従大納言笛
資賢朝臣/和琴(わごん)伊実朝臣付歌季兼朝臣篳篥
呂律(りよりつ)の曲畢/勧賞(けんしやう)おこなはれけり
【452】建長元年十二月十八日日吉の祢/宜(ぎ)成茂(なりもちの)宿祢(すくね)七(なゝ)
十(そじの)賀をしけり家に例あるとかや院の御製(ぎよせい)を下さる
七十年のけふのためとや神もさは
やしろの数を定(さため)をきけん
【上欄書入れ】6
【柱】古今巻十三 〇五
【柱】古今巻十三 〇五
藤(とうの)大納言為家卿/鳩(はち)の杖(つえ)をつくりてをくるとて
神山の千世にさかゆる榊もて
つくれる杖もきみか為とそ
哀傷《割書:第二十一》
【453】正長【書陵部本「延長」】八年九月廿九日延喜聖主/崩御(はうぎよ)十月十一日
醍醐寺(だいこし)北山の陵(みさゝき)にわたし奉りけるに御硯御/書(ふみ)三
巻(まき)黒漆筥(こくしつのはこ)一合/琴(こと)《割書:青眼》筝《割書:秋風/吏部王記(リホウワウノキ)|風雨と仰られたり》和/琴(ごん)
《割書:中宮/弘徽(コウキ)殿御賀|にけんせられける》御笛など入られけり内蔵介/良岑(よしみね)
義方(よしかた)和琴をしらぶ楽所(かくしよの)預舟治【「舟治」は書陵部本「丹後」】ノ良名琴をしらぶ
みな平調(へうでう)にしらべけり和琴をば律調(りつのしらべ)にぞしらべた
りける今は土にこそなり侍ぬらめあはれ成事也
【454】空(そし)【祖師ヵ】や上人路を過給けるにある家の門に年七歳
ばかりなる小児なきて立たり上人などなくぞと
問給ひければ小児答けるは二歳と申けるに父
にをくれぬ只ひとりたのみて侍つる母に此暁又
をくれ侍ぬ今はたれをたのみて身をたていづれの世
にかふたゝび見ることを得んといひければ上人聞てな
なきそとこしらへて弾指(たんじ)しての給ける
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】7
【柱】古今巻十三 〇六
【柱】古今巻十三 〇六
朝夕(テウセキ)歎心(タンシン)忘(バウ)後(ゴ)前立(センリウ)常習(ヂヤウシウ)
と唱へて過給にけり小児此文を聞てすなはち
なきやみにけり村人さしもかなしみつるになどなき
やみたるぞと問ければ上人のさづけ給つる文有
其心はとていひける
朝夕になけく心をわすれなん
をくれさきたつつねのならひそ
七歳の人のかく心得ときけるもたゞ人にはあらず
これも権宿なりけるにこそ
【455】法興院入道殿かくれさせ給て御葬送(ごそう〳〵)の夜山作所にて
万人騒動の事有けり町尻殿おどろかせ給て御/往反(わうへん)
有けり御(み)賞(だう)【堂ヵ】殿はすこしもさはがせ給はで人々にたづね
きかせ給て馬のはなれたるにぞと仰られけり頼光(よりみつ)
きゝてかくのごとくの主(しゆ)将軍たるべしとぞ感(かん)じ奉り
けるあはれ成中にうちさましたることなるべし此中
に又たけき心にはかく思ひ参らせてかんじ申けるこそ
いみじく覚けれ
【456】後(のち)の中書王/雑仕(ざうし)を最愛(さいあい)せさせ給ひて土御門(つちみかど)の右大
臣をばまうけ給ける也朝夕是を中にすへてあ
ひし給事/限(かきり)なかりけり月のあかゝりける夜件の
【上欄書入れ】8
【柱】古今巻十三 〇七
【柱】古今巻十三 〇七
雑仕をぐし給て遍昭(へんぜう)寺へおはしましたりけるに
かの雑仕物にとられてうせにけり中書王なげき
かなしみ給/理(ことはり)にも過たり思あまりて日比ありつる
まゝにたがへず我御身とうせにし人との中にこの
児をおきて見給へる形(かたち)を車の物見の裏(うら)に絵
にかきて御覧じけるさる程に寛弘(くはんこう)の中殿(ちうでん)の
御作文にまいり給て其車を陣(ぢん)にたてられたり
ける程に物見落たりけるを牛飼(うしかい)たつるとて
あやまりて裏(うら)を面(おもて)にたてゝげり其後あらため
らるゝことなくて今におほがほの車とてかの家に
乗り給へる此故に侍とぞ申伝たるしかあるを土御
門のおとゞの母は式部卿為平の御子の御むすめの
よし系図に注【註ヵ】せるおぼつかなき事也尋侍へし
【457】敦光(あつみつ)朝臣/江帥(ごうそつ)の旧宅(きうたく)をすぐるとて
往時(わうじ)眇茫(びやうばうとして)共(ともにか)_レ誰(たれと)語(かたらん)
闇庭(あんてい)唯(たゝ)有(あり)_二不言(ふげんの)花(はな)_一
と作りたりけるいとあはれにこそ侍れ後京極殿詩の
十体をえらばせ給けるに此詩をは幽玄(ゆふけん)の部に入させ給
たりける【458】○二条右衛門佐/重隆(しけたか)没期(もつご)に冥官(めうくはん)に成にける
白河院善と御罪ひとしくおはします間御生所定ら
【上欄書入れ】9
【柱】古今巻十三 〇八
【柱】古今巻十三 〇八
せ給はぬよし冥官申とある人の夢に見たりけり重(しけ)
隆(たか)旧臣(きうしん)のよしみにてかく申けるにこそあはれ成事也
鳥羽院此事を聞召てさま〳〵の御事共ありてとふら
ひまいらせられけり
【459】
仁平元年九月七日夜/菅登宣(すげのなりのぶ)が夢に故(こ)式部権少輔
成佐(なりすけ)法師かたちにてやせいま〳〵しげにてあをき衣に
はかま着て三/途(づ)をのがれざるよしをかたる登宣平
生にたつる所の義いかにと尋ければ炎魔(えんま)王の疑難(ぎなん)
をえては其儀のぶる事あたはずといひけり成佐/漢(かん)
才(さい)に長じてよく仁義礼智信をしりたりけれ共後生
の事をさとらずしてかゝるくるしみをえけるにやかな
しむべきことなり同十一月廿九日宇治のおとゞ成佐が
弟子どもに支配(しはい)して一日に三尺の地蔵𦬇【艹+廾。菩薩】の像(ぞう)を図(づ)絵
し法花経壱部を書写(しよしや)して成佐が妻(つま)がもとにて
供養(くやう)せられけりおとゞは成佐が弟子にておはしけり
久寿元年の春の比おとゞの勾当(こうとう)有忠(ありたゞ)が夢に成佐
鬼道(きどう)にありといへども人を害(がい)する心なしと見たりけり
いかなりけることにか
【460】鳥羽院かくれさせ給て御葬送(ごそう〳〵)の夜西行法師思は
ざるほどに高野(かうや)よりいでゝこのことにまいりあひて
【上欄書入れ】10
【柱】古今巻十三 〇九
【柱】古今巻十三 〇九
よみ侍ける
こよひこそおもひしらるれあさからす
君かちきりのある身なりけり
おなし夜よみ侍ける
みちかはるみゆきかなしきこよひ哉
かきりのたひと見るにつけても
御をくりの人々帰けれどもひとり残ゐてあくる迄
御墓(みはか)にてとふらひまいらせて
とはゝやと思ひよらてそなけかまし
昔なからの我身なりせは
【461】二条院かくれさせ給て中納言/実(さね)国卿白川宮に参り
て見まいらせけるに故(こ)院にあさましく似まいらせ給ひ
たりければあはれに覚て次日/前(さきの)左衛門督/公光(きんみつ)卿
のもとへ申をくりける
みしまゑのたつのけしきそなつかしき
なれし雲井も思ひなされて
【462】高倉院の女房世をいとひてさまかへたる人侍けり幾(いく)
程なくて院かくれさせ給にしかは大納言/実(さね)国卿かの
女房のもとへ申つかはしける
月影をみすてゝ入しことはりは
【上欄書入れ】11
【柱】古今巻十三 〇十
【柱】古今巻十三 〇十
雲かくれぬるいまこそはしれ
【463】冷泉ノ内大臣文治四年二月廿日年廿二にてうせ給
て後三七日の夜/後(ご)京極殿の二位中将にておはしまし
けるに御夢に六韻(ろくいん)の詩(し)をあらはしてかゝせ給べき由
申されけり御夢覚て後詩一句計を覚させ給ける
春月(しゆんけつ)羽林(うりん)悲(かなしむ)_二自(みつから)秋(あきを)_一
とぞ侍ける平生の御風情にかはらざりけれは悲涙(ひるい)
をのごひて六/韻(いん)の詩(し)をつくらせ給ける中に
再会(さいくはい)夢中(むちうに)談(だん)_二往時(わうじ)_一
遺文(いふん)詩上(ししやうに)識(しるす)_二春愁(はるのうれへを)_一
誠にさこそおぼしめされけめあはれなる事也
【464】中宮ノ権ノ太夫家房卿建久七年七月七日にうせ給て
後の春/後(ご)京極殿かのいへを過させ給とて平生の作(さく)
文(ふん)の席(せき)につらなり侍し事思食出て独吟(どくきん)せさ
せ給ひける
花(はな)尚(なを)春(はるの)花(はな)留(とゝまつて)有(あり)_レ露
宅(いゑは)斯(この)旧宅(きうたく)廃(はいして)無(なし)_レ 人(ひと)
【465】西行法師当時より釈迦如来御入滅の日終をとら
んことをねかひてよみ侍ける
ねかはくははなのもとにて春しなん
【上欄書入れ】12
【柱】古今巻十三 〇十一
【柱】古今巻十三 〇十一
その二月のもち月のころ
かくよみてつゐに建久九年二月十五日に往生をと
げてげり此事を聞て左近中将定家朝臣/菩提(ほだい)
院三位中将のもとへ申つかはし侍ける
もち月の比はたかはぬ空なれは
きゝ【書陵部本は「きえ」】けん雲の行ゑかなしな
返し
むらさきの雲ときくにそなくさむる
きゝ【書陵部本は「きえ」】けんそらはかなしけれとも
【466】後京極殿は詩歌の道に長じさせ給て寛弘(くはんこう)寛/治(ぢ)
の昔の跡を尋て建永元年にて三月に京極殿にて曲
水ノ宴(えん)を行(おこな)はんとおぼしたちける也/字(じ)の潺演(せんえん)【書陵部本「潺湲」】をながし
住吉の松を引うへなどしてさま〴〵に御いとなみありける
に熊野山/炎上(えんしやう)のきこへ有ければ三日/延(のび)て中の巳(み)
を用られたる例(れい)も有とて十二日さだめられける程に
七日の夜俄に失(うせ)させ給にけり人々の秀句(しうく)むなしく
いへにのこりてこそ侍らめ御歳廿八也おしくかなし
き事也定家卿此事をなげきて家隆卿のもとへ
申つかはしける
昨日まてかけとたのみし桜花
【上欄書入れ】13
【柱】古今巻十三 〇十二
【柱】古今巻十三 〇十二
一夜の夢の春の山風
返し
かなしさのきのふの夢にくらふれは
た【書陵部本「う」】つろふはなもけふの山風
其/御子(みこ)の前ノ内大臣大納言の時三十首歌を人々
によませて撰定(せんぜう)してつかはする時/慈鎮(じちん)和尚往時
を思し出給て寄(よする)_レ水(みづに)懐旧(くはひきう)によみ給ける
思出てねをのみそなく行水に
かきし巴の字の春のよのゆめ
定家卿おなし心を
【挿絵】
【上欄書入れ】14
【柱】古今巻十三ノ 〇又十二
【柱】古今巻十三ノ 〇又十二
【挿絵】
せく水もかへらぬ浪のはなのかけ
うきをかたみの春そかなしき
【467】承久の乱によりて中御門中納言宗行卿関東へ
よびくだされけるに菊河といふ所にてうしなはる
べた【「た」は書陵部本「き」】よしきゝて遊女(たはれめ)の家の柱(はしら)に書付給ける
昔(ムカシ)南陽縣(ナンヤウケンノ)菊水(キクスイ)汲(クンテ)_二 下流(カリウヲ)_一延(ノブ)_レ齢(ヨハヒヲ)
今(イマ)東海道(トウカイドウノ)菊川(キクカハ)於(ヲイテ)_二西岸(セイカンニ)_一而失(ウシナフ)_レ命(イノチヲ)
けふすくる身をうきしまか原にきて
つゐのいのちをまたさためつる
さしもの事に取あへず案じつらねられけるあはれ
【上欄書入れ】15
【柱】古今巻十三 〇十三
【柱】古今巻十三 〇十三
にいみじき事也それ書付たりける柱はたび〳〵の
焼亡(じやうもう)是を大事に取出しけるがちかくありける火
にやけにける
【468】後鳥羽院【書陵部本「後高倉院」】かくれさせ給て四十九日の御/導師(だうし)に
聖覚(せうがく)法印参たりけるに御仏事座をかさねて
ことおはりて罷出けるを奉行人すゝみよりて七条
院の御さたにて臨時(りんじ)の御仏事あるべししばらく候は
せ給へといひて則仏経とりぐしたりければ聖覚(せうがく)礼(らい)
盤(はん)にのぼりて恒例(ごうれい)の仏経さんたんはてゝ結句(けつく)に生(いき)
ての別(わかれ)を天下に尋れば蜀山(しよくさん)の雲/遂(つゐ)【書陵部本「はるか」】にへだゝり
死しての悲(かなしみ)を地下にもとむれば覇淩(はりやう)【書陵部本「覇陵」】の水/転(うたゝ)明(あきらか)也
分段の習こりはてぬ親共ならじ子ともならじ上界
の望は猶ふかし我ためにも人の為にも只此句計
をいひてかねを打たりける取あへぬ程にめてたく
ぞつらねたりける生(いき)ての別(わかれ)天外に尋れば蜀山(しよくさん)
の雲はるかに隔(へたゝ)れるといへるは隠岐(をき)の御所の事
也かれも是も誠にかなしき事也前後相違の御
追(つい)善あはれつきがたき事也
【469】従二位/家隆(かりう)卿はわかくより渡世のつとめなかりけ
るか嘉禎二年十二月廿三日病におかされて出(しゆつ)
【上欄書入れ】16
【柱】古今巻十三 〇十四
【柱】古今巻十三 〇十四
家七十九にてなられけるやかて天王寺へ下りて次年
或人の教(をしへ)によりて俄に弥陀の本願に帰して他事
なく念仏を申されけり四月八日/宿執(しゆくしう)や催(もよを)されけ
ん七首の和歌を詠せられける
ちきりあればなにはのさとにやとりきて
浪の入日をおかみつるかな
なはのうみを雲井になしてなかむれは
とをくもあらす弥陀の御国は
二なくたのむちかひは九品の
はちすの上のうへもたかはす
八十にてあるかなきかの玉の結は
みたさてすくへ救世のちかひに
うきものと我ふる郷を出ぬとも
難波の宮のなからましかは
あみた仏と十たひ申てをはりなは
たれもきく人みちひかれなん
かくはかりちきりましますあみたふを
しらずかなしき年をへにける
かくて九日かねて其/期(ご)を知て酉刻(とりのこく)に端居(たんきよ)合掌(がつしやう)
して終られにけり本尊をも安/置(ち)せざりけり只
【上欄書入れ】17
【柱】古今巻十三 〇十五
【柱】古今巻十三 〇十五
今/生身(せうしん)の仏/来迎(らいかう)し給はんずれば本尊よしなしとそ
いはれけりさていたゞきあらひてよきむしろなどしかせ
られけり親父身まかりてつきの年服ぬぎす【「す」は「得」ヵ。書陵部本「侍」】て後
いせに下りて侍しにいく程なくて母又身まかりしかば
いそぎのぼりて侍しに隆祐(たかすけ)のもとより
たちかへりふちの衣やしほるらん
つくしはてにし涙とおもへは
いかはかりおりしくなみにたちにけん
人もかれにしいせのはまおき
【470】生者必滅(せうしやひつめつ)のことわり会者(ゑしや)定離(でうり)のならひたかきも
くたれるものがるゝ事なければわきておどろくべきに
あらね共ちかくまのあたりかなしかりしは四条院の御
事也玉体ことにつゝかなくて御みめもたぐひなくわた
らせおはしましゝに仁治三年正月六日俄に御/不予(ふよ)の
事有て七日節会に御出もなし前ノ大僧正/良尊(りやうそん)
法印房能/清厳(せいごん)など心肝(しんかん)をくだきて祈(いのり)奉りしか
ども其しるしもなし廿二社の奉幣(はうへい)非常赦(ひぢやうのしや)をみ【「み」は書陵部本「こ」】なは
れしか共更に益(えき)なし九日/寅刻(とらのこく)に御歳わづかに十二
にてかくれさせ給にし事たとへをとるにためしなき
事也十九日御入/棺(くはん)廿五日御/葬送(そうそう)也中十六日をき
【上欄書入れ】18
【柱】古今巻十三 〇十六
まいらせしかば玉体みなかはりはてゝなつかしううつくし
かりし御にほひもあらぬ御事にならせ給し事心なき草
木まてもみなうちしほれたる世のしきいまださめやらぬ
ゆめの心地也かぎりのたびの行幸には左大臣【藤原良実】右大臣【藤原実経】
前内大臣【藤原家嗣ヵ】按察使(あぜち)【藤原伊平】大宮大納言【藤原公相】高倉大納言【藤原実持】万里小路
大納言【藤原公基】帥(そつ)【藤原資頼】大宮中納言【藤原実雄】中御門二位【藤原宗平】侍従宰相【藤原資季】右宰相中
将【藤原公光】右兵衛督【源有資】六条ノ三位【藤原家清】以下/侍臣(じしん)数輩(すはい)衣冠(いくはん)に纓(えい)をまき
てわら沓(くつ)をはきて供奉有し目もあてられざりし
事也当御時蔵人をへたる諸太夫六人おなしく衣冠に
纓(えい)をまきて火をともして御/車(くるま)の左右につかうまつり
き前後の武士其数をしらず其夜/泉涌(せんゆう)寺の山に
おさめ奉りて立帰る人々の心の中をはかるべし大臣三
人かく供奉し給事むかしも有がたきためしにや西山
の澄月(てうげつ)上人申されけるは此御事などを見て厭離穢土(えんりゑど)
の心もなからん程の人はいかにも道心おこりて仏道に
至らん事はあるまじき也是程にあはれにかなしき事
はいかでかあらんとぞの給ひける此事げにもとおほへ
侍る也
【471】明義門院寛元元年三月廿九日にかくれさせ給ひ
しに侍従/隆祐(たかすけ)備後ノ国にて聞参らせて読て送侍し
【上欄書入れ】19
【柱】古今巻十三 〇十七
【柱】古今巻十三 〇十七
袖の上に弥生の雨のはれやらて
かけとたのみし花や恋しき
此歌をはるかに程へて持て来られしに其年の
九月に又陰明門院うせさせおはしまししかは醍醐(たいご)殿
の御葬に家にこもり侍しにかの使下るとて返事こひ
侍しかは人にかゝせてつかはし侍し
思ひやれ弥生の雨もはれやらて
又しくれそふ秋の山里
【472】花山院御時中納言/義懐(よしかね)は外戚(くはいせき)権右中弁/惟成(これなり)
は近臣にてをの〳〵天下の権(けん)をとれり然に御門(みかど)
ひそかに内裏を出させ給て御出家有けり惟成(これなり)すなはち
もとゝりを切て義懐(よしかね)卿にいひけるは貴殿忝も外/戚(せき)と
しておもくおはしつるに外人と成て今更なる世にまじ
はらん事はいかゝ案じ給ふと義懐(よしかね)我も其由を存じ
まうけたりといひて同しく出家してげり教訓(けうくん)にてし
給たればいかゞと世の人思ひけるに始終たうとくて
過終けり飯室(いむろ)にすみてよまれける
見し人もわすれのみゆく山里に
心なかくもきたる春かな
扨も彼御門世をそむかせ給事のおこりいと哀(あはれ)に
【上欄書入れ】20
【柱】古今巻十三 〇十八
【柱】古今巻十三 〇十八
かなし法住寺相国の御むすめ弘徽殿(こきでん)の女御とて
さふらはせ給けるがかぎりなく御心ざしふかゝりける
にをくれさせ給て御なげき浅からず世中心ぼそく
おぼしみだれたりける比粟田ノ関白いまだ殿上人
にて蔵人ノ弁と申けるがあふぎに
妻子(サイシ)珍宝(チンポウ)及(ギウ)主従(ワウイ)【「主従」は書陵部本「王位」】
臨(リン)命(メウ)終(シウ)時(シ)不(フ)随(ズイ)者(シヤ)
といふ文を書てもたれたりけるを御覧ぜられける
よりこそいとゞ御心おこりにけれ此世のたのしみは夢
まぼろしの程なり国/王(わう)の位よしなしなど思食
とりてたちまちに十善の王位をすてゝ一/乗(しやう)菩提(ぼだい)の
道に入らせ給にけりすでに内裏を出させ給ひける
夜寛和二年六月廿三日なりける有明の月くまな
かりければいかにぞや御心地のおぼへ給てたちやすら
はせ給けるにおりしも村雲の月にかゝりければ
我願すでに満(まん)すとてぞ貞観(でうぐはん)殿の高妻戸(たかつまと)よりお
どりをりさせ給けるそれよりぞかの妻戸はうち付
られにけるとぞ粟田(あはた)殿は御修行あらば同じさま
にていかならん所迄もと契(ちぎり)申されて其夜も御
供せさせ給たりけれ共さもなかりけりあまさへ
【上欄書入れ】21
【柱】古今巻十三 〇十九終
【柱】古今巻十三 〇十九終
法皇の御事ありて後五ケ月のうちに正三位中納
言までになられにけり二心おはしましたばかり奉ら
れにけるとぞ世の人は申ける天徳元年に関白に
成給ふといへども程なくうせ給にけり世には七日関
白とぞ申ける
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
古今著聞集巻之十三終
【後見返し】
【裏表紙】
【背。ラベル 横書き。「總」は青字、「上」は朱字】總上/5/54
【表紙題箋】《題:古今著聞集 《割書:十四》》
【前見返し】
古今著聞集巻第十四
遊覧(ゆうらん)《割書:第二十二》
【473】周覧(シウラン)之(ノ)遊(アソヒ)其(ソノ)興(ケウ)太(ハナハタ)多(ヲホシ)春(ハルハ)有(アリ)_二万樹(ヨロツノキ)之(ノ)花(ハナ)_一夏(ナツハ)有_二
百尺(ヒヤクセキ)之(ノ)泉(イツミ)_一秋(アキハ)有(アリ)_二千里(チサトノ)月(ツキ)_一冬(フユハ)有_二 ̄リ数重(スヂウ)之(ノ)雪(ユキ)_一
各(ヲノ〳〵)就(ツイテ)_二勝地(セウチニ)_一弥(イヤ)_二-添(マス)景色(ケシキヲ)_一者(モノ)也(ナリ)
【474】寛治六年十月廿九日殿上/逍遥(せうよう)ありけり其時
の皇居は堀河院也ければその北なる所にて人々
あつまりたりける次第に馬をひかせての北陣の
上をわたして叡覧(えいらん)有けり人々三条/猪熊(いのくま)にて
そ馬に乗ける頭弁(とうのべん)季仲(すへなか)朝臣頭ノ中将/宗通(むねみち)朝臣
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:子孫|永宝》
【蔵書印 朱 陽刻 方形 単郭 篆書体】
《割書:平戸藩|蔵 書》
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:楽歳堂|図書記》
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】1
【柱】古今巻十四 〇一
【柱】古今巻十四 〇一
烏帽子(ゑほうし)直衣(なをし)其外の人々は狩衣(かりきぬ)をぞ着(き)たりけ
る所ノ衆/滝口(たきくち)小舎人(ことねり)あひしたがひける大井河にいた
りて紅葉の船に乗て盃酌(はいしやく)ありけるには太夫
季房(すへふさ)侍従宗/輔(すけ)実隆(さねたか)などは年をさなければ貫(くわん)
首(しゆ)の上にぞ着たりける夜に入て集会(しゆくわひ)の所にかへり
て各(をの〳〵)冠(かふむり)などしかへて内裏へまいりて宮の御かたにて
和歌を講(こう)じけり先/盃酌(はいしやく)ありけるとかやむかしは
このことつねのことなりけるに中ごろよりたへにけり
くちをしき世なり
【475】白川院/深雪(みゆき)の朝(あさ)雪見に御幸有べしとて御供の
人少々めさるゝ事ほのきこえし程にやがて
出御(しゆつぎよ)ありておもしろき雪かないづかたへかむかふ
べき小野の皇太后宮(くはうだいこうぐう)のもとへむかはゞやと仰られ
けるを御随身(みずいじん)承はりて従者(すざ)を馬にのせて彼宮
へはせまいらせてかゝる事にすでに御車奉りて
候也御用意候べしと申たりければ紅の衣/五具(いつくだり)有
けるをせわり【背割り】にふつときりて寝殿(しんでん)十間(とま)になん
いだされたりけりみづから入て御覧らん【「らん」衍字ヵ】ずる事
もあらばいかゞと申人有ければ皇太后宮?雪
見る人は内へ入事なしとてさはぎたる御けしき
【上欄書入れ】2
【柱】古今巻十四 〇二
【柱】古今巻十四 〇二
なくてなんおはしましける程にやがて御幸なり
て御車やり入て階隠(はしかくし)の間(ま)さしよせておはし
ましければみきをなんすゝめ奉られける朽葉(くちば)の
かざみ【汗衫】きたる童(わらは)二人ひとりは沈(ぢん)の折敷に玉のさかづき
銀(しろかね)のさらに金(こかね)の橘(たちはな)一ふさをもられたるをもちたり
けり一人は片(かた)口のてうしにさけを入て持たり二人
の童/寝殿(しんでん)のまへをへて階の子(こ)をなゝめにおり下(くだ)
て御車へまいりけるさまいみしく優(ゆう)になん見へ侍る
酒はうるはしうならせ給ける橘は季通(すへみち)御供に候ける
に給はせけり上皇かへらせおはしましけるまゝに
ゆかしくなつかしき世にてこそおはしましけれ
とて庄一所まいらせられたりければ只今御幸
なるよしつげまいらせたりける御随身になん
あづけ給ける【476】○同院鳥羽殿におはしましける
時きのふより雪ふりてけふ一日ふりくらしける
夜半ばかり迄なをふりければ院おきさせ給て
備後(びんごの)守/季通(すへみち)が御前に臥(ふし)たりけるに雪はいく
らほどたまりたるぞなをふるかと見て参れと
仰られければ吹ためたる所は一尺にあまり候/庭(には)
は八九寸ばかりと申ければゆゝしき大雪にこそ
【上欄書入れ】3
【柱】古今巻十四 〇三
【柱】古今巻十四 〇三
只今尺に満(みち)んずと仰られて近衛舎人(こんゑとねり)のちかく
ゐるやあるしかるべき近衛/司(つかさ)のちかきはたれかある
など御けしきつかせ給ておはしけるほどにかねの
をとしければ後(ご)夜かなと仰られてしばし有ける程に
さうめきたる人のさや〳〵として参るをとし
ければたそとみてまいれと仰られければいそぎ
出て見れば淡路(あはぢ)守/盛長(もりなが)殿下の御使として参
て候以外の大雪にてこそ候めれ定て御覧じ候
らん只今参候也と申させ給たりければ御手を
はたとうたせ給てさ思ひつる事こそいかゞせんずる
とさはがせ給て殿上人御随身のしかるべきもの
ども只今いそぎ参れとめしにつかはせと仰られて
やがて御/装束(しやうそく)四五具【「具」の右上に濁点「゛」あり】取出させ給ひていづれを
かめすべきとて御/鬢(びん)かゝせおはしまして引つく
ろひておはしますが夜のしら〳〵とあくる程に
殿下くろき馬にうつしをきたるに奉りて教時(のりとき)
に口をさせてまいられ給ひたりければやがて出御(しゆつぎよ)
ありて馬場(ばば)殿へ御幸ならせ給て秋の山のかたへ
いらせ給けるにくぼみたる所に雪のふりつみ
たるをしらせ給はで殿下の御馬をうち入させ給
【上欄書入れ】4
【柱】古今巻十四 〇四
【柱】古今巻十四 〇四
たりければかいこづむ所にて御随身/敦(あつ)時/有長(ありなか)あな
有と申たりけるを院/還御(くはんきよ)の後(のち)関白の馬のつま
づきたるを随身かいかにやりたりつるこそおもしろ
かりつれと仰事ありけり
【477】保安五年閏二月十二日法皇新院御同車にて白川
の花を御覧ぜられけり殿下太政大臣以下/騎馬(きば)に
て供奉(ぐぶ)せさせ給けり中宮の女房車一両やり
たてゝ見物せられけり法勝寺の西門より御車
を引入て花のもとにたてられけり其/後(のち)白川の
御所へ入御ありて人々に饌(をもの)を給はせける頭ノ中将
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】5
【柱】古今巻十四ノ 〇又四
【柱】古今巻十四ノ 〇又四
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
忠宗(たゝむね)朝臣ぞ勧盃(くはんはい)せられける太政大臣/盃(さかづき)を取
給ひて殿下にさしまいらせられけり其後新院
出御ありて和歌を講(こう)ぜられける頭弁/雅兼(まさかね)
朝臣/講師(こうし)なりけり内大臣/序(しよ)をかき給けるに
海内(かいだいの)苗(なへ)安(やすき)日(ひ)洛外(らくぐはい)花/開(ひらく)之(の)時とかみおろしに
かき給たりけるいと興ありけり
御製をは中納言実行卿そ講し給ける
たつねつる我をや花のまちつらん
けふそさかりににほひましける
太政大臣
【上欄書入れ】6
【柱】古今巻十四 〇五
【柱】古今巻十四 〇五
白川のなかれ久しきやとなれは
花のにほひものとけかりけり
殿下
つねよりもめつらしきかな白川の
花もてはやすけふのみゆきは
内大臣
かけきよき花のかゝみと見ゆるかな
のとかにすめるしら河の水
此外の歌どもことながければしるさず
【478】承元五年閏正月二日の朝(あした)目もおどろくばかり
雪ふりつもりけるに九条大納言参内せられて此
ゆきは御覧ずやとて人々いざなひて車/寄(よせ)に車
さしよせて別当(べつたう)の三位かうのすけ以下内侍たち引
ぐ【「具」の右上に濁点「゛」あり】してやり出されけり中宮は后(きさき)町よりいまだ入
せおはしまさねば中ノ御門殿へやりよせて宮の女房一
車やりつゞけて大内/右近(うこん)馬場(はゞ)賀茂(かも)の方ざまへあこ
がれゆかれける大納言/直衣(なをし)にて騎馬(きば)せられたり
けりさらぬ人々も或は直衣或は束帯(そくたい)にて六位
まで供(ともな)ひたりけり賀茂の神主(かんぬし)幸平(ゆきひら)狩装束(かりしやうそく)
して車のともに参れりむかしはかゝる雪には
【上欄書入れ】7
【柱】古今巻十四 〇六
【柱】古今巻十四 〇六
馬に鞍(くら)置(をき)まうけてこそ侍しに今はかやうの事
たえて侍つるにめづらしくやさしく候ものかなと
てわかき氏人(うぢと)どもおなじく狩装束(かりそうそく)してみな〳〵
鷹(たか)手にすへてかんだちへのかたへ御ともつかうまつ
りて雪の中のたかゞりして御覧ぜさす道すから
いと興有事共ありけり宮の女房内の女房
いひかはしつゝやさしき事共おほく侍けり後の
朝に大納言宮の御かたの按察(あせち)殿のもとへ
この春はけにふることそ思ひいつる
かはらぬやとのゆきを詠(なかめ)て
むかし見し庭の雪とはおもはねと
たかためならぬやとの恋しき
白雪のふれはかひある世なれとも
むかしよいかにわすれわひぬる
堀川殿いそのかみふりにし事を返事に
万代もゆきつもるへき雲の上に
たゝ思ひやれあきの宮人
紅のうすやうに書ておなじ色のうすやうにて
たてぶみして所の衆をつかひにて中宮の按察(あせち)殿
のつぼねにさしおかせける
【上欄書入れ】8
【柱】古今巻十四 〇七
【柱】古今巻十四 〇七
此/贈答(ぞうとう)のやうおぼつかなし
くはしう尋てなをすべし
【479】亭子(ていじの)院の御時/昌泰(しやうたい)元年九月十一日大井川に行
幸ありて紀貫之(きのつらゆき)和歌の仮名(かな)序(じよ)かけり
あはれわが君の御代なが月の
こぬか【「こぬか」は書陵部本「こゝぬか」】と昨日いひてのこれる
きくみ給はんまたくれぬべき
秋をおしみ給はんとて月の
かつらのこなた春の梅津より
御ふねよそひてわたしもりを
めして夕月夜小倉の山のほとり
ゆく水の大井の川辺にみゆき
し給へば久かたの空にはたなび
ける雲もなくみゆきをさふらひ
ながゝる【「ながゝる」は書陵部本「なかるゝ」】水はそこににごれるちり
なくておほん心にそかなへる今
みことのりして仰給ふことは秋
の水にうかびてはなかるゝ木葉(このは)と
あやまたれ秋の山を見ればをり
ひまなき錦とおもほえ紅葉
【上欄書入れ】9
【柱】古今巻十四 〇八
【柱】古今巻十四 〇八
の葉あらしにちりてもらぬ
雨と聞えきくの花のきしに
のこれるを空なるほしとおどろ
き霜の鶴【靏】川辺にたちて雲の
おるかとうたがはれ夕の猿山の
かひになきて人のなみだをおと
したびのかり雲ぢにまどひて
玉札(たまつさ)とみえあそぶかもめ水に
すみて人になれたる入江の松
いく世へぬらんといふことをよませ
たまふわれらみじかきこゝろの
このもかのもにまとひつたなき
ことのはふく風の空にみだれつゝ
草の葉の露とともに涙おち岩
浪ととものよろこぼしき心ぞ
たちかへるこのことのは世の末
までのこり今を昔にくらへて
のちのけふをきかん人あまのたぐ
なはくりかへししのぶのくさの
しのばざらめや
【上欄書入れ】10
【柱】古今巻十四 〇九終
【柱】古今巻十四 〇九終
太政大臣 貞信公(ていしんこう)
小倉山もみちのいろもこゝろあらは
いま一たひのみゆきまたなん
躬恒(みつね)
わひしらにましらなゝきそ足引の
山のかひあるけふにやはあらぬ
此行幸の年紀并歌仙等之事かた〳〵おぼつかなし
こまかに尋てしるへし
古今著聞集巻之十四終
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【後見返し】
【裏表紙】
【背。ラベル 横書き。「總」は青字、「上」は朱字】總上/5/54
【表紙題箋】《題:古今著聞集 《割書:十五》》
【前見返し】
古今著聞集巻第十五
宿執(しゆくしう)《割書:第二十三》
【480】宿執(シユクシウ)者(ハ)天性 ̄ノ之/所(トコロ)_二染著(ゼンヂヤクスル)_一【「著」は書陵部本「着」】也/文武(ブンフ)以下(イゲ)諸(シヨ)雑(ザツ)
芸(ゲイ)禀(ウケ)_二其 ̄ノ道 ̄ヲ思(ヲモフ)_二其 ̄ノ名_一 ̄ヲ之/者(モノ)雖(イヘトモ)_レ臨(ノゾム)_レ老(ヲヒニ)難(カタシ)_二奇捐(キエンシ)_一【「奇捐」は書陵部本「棄捐」】人
皆(ミナ)有(アリ)_レ癖(ヘキ)不(ス)_レ能(アタハ)_レ欲(ホツスルニ)_レ罷(ヤメント)是( レ)又(マタ)前業(ゼンゴウノ)之/令(シムル)_レ然(シカラ)歟(カ)
【481】いづれのとしの事にか有けん高湯(かうゆう)院にて競馬(くらべむま)有
けるに狛助信(こまのすけのふ)のりじりに入にけりゆゝしき上手にて
たび〳〵つかうまつりけれ共いまだまけぬものなりけり
鞭(むち)の加持(かじ)を其時の御室(をむろ)に申たりければこのたびは
まけよとおぼしめすよしを仰られければ助信その
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:子孫|永宝》
【蔵書印 朱 陽刻 方形 単郭 篆書体】
《割書:平戸藩|蔵 書》
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:楽歳堂|図書記》
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】1
【柱】古今巻十五 〇一
【柱】古今巻十五 〇一
ゆへを尋申せば此たび勝(かち)なば命有べからずと仰られ
けり助信(すけのふ)たゞ勝(かち)て死(し)ぬべきよしをしゐて申入ければ
かぢして給はせてげり其日に成て尾張(をはり)の種武(たねたけ)に
あひて勝(かち)にけるが馬場(ばゞ)すへに門の有けるがあきた
りけるに関(くわん)の木(き)のさしいでたりけるに首(くび)をかけて
落(をち)て死にけり禄(ろく)をば移(うつす)にそかけられける種武(たねたけ)は
わきじろといふ馬に乗(のり)たりけるも究竟(くきやう)の馬にて
有ければ乗(のり)けるものいまだ負(まけ)ざりけるに此度種武
乗て始(はしめ)て負(まけ)にけりわきじろ馬場(ばゞ)のすへにて種
武をはねおとしてくいころしてげり彼つがひ二人
ながら同時に死にけりふしきの事也此事いづれ
の日記に見へたりといふ事たしかならねどかく申
つたへたり江帥(ごうそつ)のしるされたるは宇治殿の御記に
昔有_二駿馬(シユンメ)_一負(マク)_二競馬(ケイバニ)_一食(メシ)_二殺(コロシタリ)其 ̄ノ乗尻(ノリジリヲ)_二到_二 ̄テ坂東(バントウニ)_一成(ナス)_二神馬(ジンメト)
《割書:云| 々》かゝるためしも侍りけるにこそ
【482】承保二年八月廿八日同院に行幸なりて競(くらべ)馬有けり
秦近重(はだのちかしけ)と下野助友(しもつけのすけとも)とつがひけり近重は御室(をむろ)に
参(さん)じて鞭(むち)加持(かじ)の事を申入助友は御室にひとし
き有験(うげん)の僧たれかはあらんと思めぐらして義範(ぎはん)
僧都(そうづ)のもとへむかひて申けり義範(ぎはん)のいはれけるは
【上欄書入れ】2
【柱】古今巻十五 〇二
【柱】古今巻十五 〇二
今度加/持(じ)汝かちて死なんとや思ふまけていきん
とやおもふ両やうを思ひさだむべしといはれければ
助友(すけとも)たゞかちてしぬべきよしをいふさらばとて加/持(じ)
せられけり其日左右打出て鞭(むち)をあてたりけるに
助友すでにぬけて勝(かち)けるとき御室見物して
おはしけるが五鈷(ごこ)をなげ出されし時助友落馬し
てやがて死にけり命にかへておぼへけん執心(しうしん)のふ
かさよしなき事也此事/助信(すけのふ)がつかひにたゞおなし
さまに聞へ侍るは同時の二/度(ど)侍りけるにやくはし
く尋しるへし但(たゝし)承保の江記(ごうき)に侍は近重(ちかしげ)かちすへに
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】3
【柱】古今巻十五ノ 〇又二
【柱】古今巻十五ノ 〇又二
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
て助友が馬近重をふむいくばくの日をへず死ぬ
承保以後の競馬(けいば)の記とも助友つかうまつりたるよし
見へて侍りされば助友が死にたるよし見へたるは
近重をかきあやまてらる【「あやまてらる」は書陵部本「あやまてる」】にやかた〴〵おぼつかなし
【483】平等(べうどう)院には此比も宇治殿すませ給とかやとり
わきおはします間の侍るなる一の人御参のときは
こゝより【「こゝより」は書陵部本「ことに」】その間(ま)をばおそれさせ給とぞ京極殿にも
大殿御/束帯(そくたい)にて時々/承仕(しやうじ)なとに見へさせ給とかや
御/執心(しうしん)のとゞまる故にや
【484】叡山(えいざん)千手院に廣清(くはうせい)とふ僧有けりつねに
【上欄書入れ】4
【柱】古今巻十五 〇三
【柱】古今巻十五 〇三
法花経をよみ奉て極楽に詣(まう)でたるよし人の
夢に見へたり没後(もつご)にかの墓(はか)所に夜ごとに経壱
部(ぶ)よむ声をこたらざりけり改葬(かいそう)して其/墓(はか)所を
他所にわたしたりける時も猶経の声をこたらざり
けり在生(ざいせい)の時より執(しゆ)し奉れる故に没後(もつご)も其
おこなひをこたらぬ也善悪につけて執心ある
事は生をへだてつれどもかゝるにこそ
同/西塔(さいとう)の僧/圓久(ゑんきう)も此/定(ちやう)也けり但し是は七々日
ごとによみけるとぞあはれ成事也又/壱睿(いちえい) と云
僧有けり是も多年法花経に帰して修行し
ける間紀伊国/完背(しゝかせ)山【宍背山ヵ】にいたりて宿したりける夜
其人は見へずして法花経をよむ声聞えけり一/部(ぶ)
読終(よみをは)りて経の声やみぬあやしく思て朝(あした)に其
程を見るに年/序(じよ)へたる白骨(はくこつ)あり更(さら)に分散(ぶんさん)せず
して正/体(たひ)みなつゞきたりその髑髏(どくろ)の中に赤(あか)き
舌(した)あり壱睿(いちえん)髑髏(どくろ)に向て其/因縁(ゐんえん)を問ければ
舌(した)こたへていはく我はこれ叡山(えいざん)の僧名をば圓善(ゑんぜん)と
いひき修行の間此山に至(いた)りて文亡(ようばう)【夭亡ヵ】す前生に
法花経六万部を読(よみ)奉らんと願(ぐはん)をおこして生(せう)
分(ふん)はすでにをはりにたりはからざるに生をへだつ
【上欄書入れ】5
【柱】古今巻十五 〇四
【柱】古今巻十五 〇四
といへ共其願を誦満(しゆまん)せんがために猶/誦(しゆ)する也
今年すでによみをはりてまさに兜率(とそつ)の内院
に生ずべしといひけり壱睿(いちえん)此事を聞て礼拝
をなしてさりにけりかくのごとくのためしおほし
靈異記(れいいき)にもくまの山およびきんぶせんに誦(じゆ)経の
髑髏(どくろ)あるよし見へたりこれらみな執のふかき人
の至也善事は執にひかれて善所にまうづ悪事
にふかき執こそよしなき事なれ
【485】堂僧(どうそう)済範はふかく音楽(をんがく)にふけるものなりけり
さいごの時万秋楽を聞て三帖/喚頭(くわんとう)にいたる程に
遷化(せんげ)しにけりこれも宿執のふかき至り也
【486】白河院の御時/時資(ときすけ)をめして御(ご)寵(はう)【てうヵ】童(どう)二郎丸
に貴徳(きとく)納蘇利(なふそり)等の秘(ひ)事さづくべきよし勅定
有けるに時資(ときすけ)再(さい)三/辞(じ)し申て教(をし)へずかやうのわらは
当時こそ候へ成人(せいじん)の後はわが業(げう)にあらねば是を
秘すべからず世のため道のため凌遅(れうち)のもとゐに
候とてつゐにさづけずこれによりて天気心よから
ず成にけり其後/則季(のりすへ)をめして青海波楽(せいがいはのがく)の左(ひだり)
のまひの秘じ共をつたふべきよし仰られければ
勅に応じてこと〳〵くさづけてげり是によりて
【上欄書入れ】6
【柱】古今巻十五 〇五
【柱】古今巻十五 〇五
則季(のりすへ)ほくめんゆるされて左兵衛に任ぜられにけり
其後二郎丸が寵(てう)さがりてやう〳〵しりぞけられに
けれは伯耆(はうき)の国におちくたりて有ける間に清海(せいかい)
波(は)の秘事せう〳〵ちらしけるとかや院そのよしを
聞し召て時資(ときすけ)が先年の言葉むなしからす
相かなひて侍りとぞ仰事有けり其後/八幡(やばた)別(べつ)
当(たう)礼清(れいせい)が寵童(てうどう)小院《割書:基政(もとまさ)也》石寿(せきじゆ)《割書:清方(きよかた)也》をの〳〵
舞を習(なら)はせけり小院をは光季(みつすへ)につけて陵王(れうわう)
をならはせければ一事残さずこと〳〵くつたへた
るよし起請(きしやう)を書て渡しけり石寿をば助忠(すけたゞ)に
つけて納蘇利(なふそり)をつたへけり手にをきては是をせず
口伝はひかへたるよし申て起請文に及ず頼清(よりきよ)ふかく
うらみて院に申ければ勅定に此事力及ばざる事
也はやく二郎丸が青海波に事切にき如_レ此に秘す
ればこそ道はみちにてあれとぞ仰られける誠に
なにのいみじき事とてもあさ〳〵敷ちりぬれば
念なかるべし又かたく秘するもつみふかしとにも
かくにも諸道の宿執よしなき事にや【487】六はらの別
当長/慶(けい)は院/禅(ぜん)がびはのでし也/最後(さいご)の時/時元(ときもと)とぶら
ひに来りたりけるにかきをこされて倍臚(ばいろ)の唱歌(せうが)
【上欄書入れ】7
【柱】古今巻十五 〇六
【柱】古今巻十五 〇六
今一度し給へ承らんといひければ時元いふがごとくに
しければほろ〳〵となきて聞けり入滅(にうめつ)の時は秋風
楽を聞て三帖/喚頭(くはんとう)に至程に遷化(せんけ)しにけり
【488】保延年中より中ノ院右大臣は左大将徳大寺左大臣は
右大将にてあひならび給ひけるほどに仁平四年五月
廿八日に右大臣出家し給ひぬかくて年月を過しけるに
保元の乱いできて程なくしづまりければ左大臣の
世おぼえいと目出たくおはしけるかいく程もつかへ給はず
病つきてあやうくおはしければ保元二年七月十五日
出家し給て菩提院にわたり給ひけるに墨染の衣
はかまをそ着給たりけり蔵人五位一人僧一人御車
のしりへにうちたりけり扨右府入道のとぶらひにおはし
たりけるに御子の大炊御門(おほいのみかと)右府の大将にておはし
ましけるにて中ノ院右府入道殿に申給ひけるは見参し
奉るべけれ共左右の大将にてひとしく相ならび奉り
たりしに我身は病にしづみてのち出家しては侍れ共
けふあすともしらず侍りそれよりはおぼしめすさまに
出家とげ給てかくつよくおはしますに狼藉(らうせき)にて
見へ奉らん事猶ほひなかるへければ万が一此度命
いきて侍らばそれへ参べしと申されければ猶執おはし
【上欄書入れ】8
【柱】古今巻十五 〇七
【柱】古今巻十五 〇七
ます物かなと右府入道思給ひてかへり給ければ大将
右(みきり)にをり立てふかく礼答ありて公保(きんやす)大納言中将
にておはしましける門のもと迄/送(をく)り申されけり六十
二にぞ成給ひける此左府入道は花薗(はなその)の左大臣の御
ゆづりにて右府入道をこへて大将に成給ひたりしに
其うらみをもわすれてかやうにとぶらひ申されける
あはれに有がたき事也
【489】仁平三年の比より孝博(けうでん)入道重病を受(うけ)たりけるに
次の年の二月十一日に妙音院入道殿/宰相(さいしやう)中将にておは
しましけるがとふらひの為に彼家にわたらせ給ひ
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】9
【柱】古今巻十五ノ 〇又七
【柱】古今巻十五ノ 〇又七
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
たりけるに孝博病をたすけておきあがりて楽を承
らば苦(く)病しはらく休(やみ)ぬべしと申たりければ冷人(れいしん)を召
て管弦(くはんげん)有けり妙音院殿は琵琶(ひわ)を弾(たん)じ給ひけり
孝博(たかひら)心神/安楽(あんらく)なりとぞ申けるやゝ久敷有て妙音院
殿はかへらせ給ひにけりあはれにやさしかりける御渡り
也孝博/老後(らうご)に重病を受ては念仏などをこそ申
べきに宿執にひかれて楽(がく)を聞たがりけるこそ
あはれに侍れ【490】京極大相国つねにの給けるは死去は
人のをはり也つゐとしてのがれざる理(ことは)り也死におゐ
てはくゆべからずたゞし一事忍びがたき事有死し
【上欄書入れ】10
【柱】古今巻十五 〇八
て後ながく笛(ふへ)をとるべからざる事をとぞ侍りける
応保二年正月に出家同月卅日とし八十六にて
うせ給ひにけり其後二条院御時かのおとゝの作り
給たる笛譜(てきふ)の説(せつ)を妙音院殿に勅問有けるにいか
にぞやある故を少々/奏(そう)せさせ給へりけるをおとゞの
御夢に彼大相国の御/消息(ぜうそく)あり宗輔と書れたりけ
り失(うせ)にし人はいかにとあやしくてひらきて御覧ずれ
ばそのかみ習(なら)ひし道をかたぶけ奏(そう)し給事こそ口
おしふ侍れと書れたりけりおどろきおぼして御参
内有て彼譜に申候ひし事はみなもろ〳〵ひが覚へ
に候けりと奏しなをさせ給けり世をへだて生をかへて
猶さほどの執心ふかゝりけんこそいとつみふかう
おぼえ侍れ
【491】知足院殿に小物御ぜんと申御/寵物(てうもつ)有けり後には
播磨(はりま)どのと申ける知足院に御殿(ごてん)を立給はせけり入道
どのうせさせ給て後わかくおはしましける時の御影(みえい)を
かけて御かたみにはせられけり其御かたはらに御筝
壱張を立られたりけり播磨殿より普賢寺(ふげんじ)殿の
御むすめに此殿をはつたへまいらせられけり夜ふくる
程には時々その御筝のなり侍とかや入道殿の御
【上欄書入れ】11
【柱】古今巻十五 〇九
【柱】古今巻十五 〇九
宿執にてひかせ給にや物をねき申さるなればその
ことのかなふべきしるしには必又御筝のをとの聞ゆる
也あはれにふしき成事也
【492】大監物(たいけんもつ)藤原の守光(もりみつ)は侍(さふらひ)学生の中には名誉(めいよ)の者
にてなん侍ける嘉応年中にむこ薩摩(さつま)守/重綱(しげつな)にあひ
ぐして彼国へくだりたりけり承安三年重病を
うけて日比なやみけるが少よく成たりけれ共猶/例(れい)の
様にはなかりけり去ながら八月いぜんに上洛して釈尊(しやくそん)
にまいらんと思ひたりけりしたしき者共/制(せい)しけれども
猶しゐてのぼりぬ八月七日/疲極(ひきよく)しながら小袖のうへ
にしたがさねうへのきぬ計をきて病門(びやうもん)に参りたりける
に宴座(えんざ)とまりければ罷出にけりさしもはるかの道
を然も病につかれたる身にてからぐしてのぼりたるに
むなしくて出にけるいかにほいなかりけん志の至り是も
宿執にひかれてあはれ也
【493】藤大納言/実国(さねくに)寿永元年にれゐならずおはしまし
けるが清暑堂(せいしよだう)の御社参に本(もと)拍子にもよほされ
ければ子息二人の肩(かた)にかゝりをさへて参給けり其
後いとゞをもくなられにければ八条相国の御むすめ
大教院一品宮の御/猶子(ゆうし)にておはしける人とふらひに
【上欄書入れ】12
【柱】古今巻十五 〇十
【柱】古今巻十五 〇十
おはしたりけるに大納言かりぎぬひきかけて申され
けるは故内府(こないふ)は清暑堂(せいしよたう)の御神楽の末(すへ)拍子一どを
こそとられたりしに実国は四度其座をけがすうち
二度は本(もと)拍子をとり侍り父にはまさりてこそ侍れ
と申給ひけり父おとゞは大臣の大将迄上り給ける
に官途(くわんど)のおよばざる事をはなを次にして音曲笛
などのことを執しおぼしけるにこそされば最後(さいご)
にも左様にはの給けれつゐに同二年正月二日うせ
給ひにけり道の執心つみふかき事にや
【494】西行法師出家よりさきは徳大寺左大臣の家人
にて侍りけり多年修行の後/都(みやこ)へ帰りて年比の主
君にておはしますむつましさに後徳大寺左大臣の
御もとにたどり参てまづ門外より内を見入ければ
寝殿(しんでん)のむねになはをはりけりあやしう思て人に
尋ければあれはとびすへじとてはられたるとこたへ
けるを聞てとびのゐる何かくるしきとてうらみて帰
ぬべきに実家(さねいへ)の大納言はいづくにぞと尋聞けるに
北のかたのおもふ様にもおはせざりければあながちに
利をもとめたる御ふるまひうたてしとて尋ゆかず実(さね)
方(かた)の中納言ははやうせ給にけり公衡(きんひら)の中将の有所
【上欄書入れ】13
【柱】古今巻十五 〇十一
【柱】古今巻十五 〇十一
を尋聞て菩提(ほだ)院へ行ぬうかゞひ見れば花たのしろ
うらの狩衣(かりきぬ)におり物のさしぬきふみくゝみて庭の
桜を詠てかうらんに寄(より)いたるけしきいと優(ゆう)にて徳大
寺の御跡は此人におはしけりと思ひて左右なく桜
の本(もと)に立寄たりければ中将いかなる人にかと尋ら
れけるに西行と申者の参て候と申ければとし比
見参したかりけるにと殊に悦給て縁(えん)の上によび
のぼせてむかし今の事語られける日やう〳〵暮に
ければ西行も帰りぬ其後つねに参て物語しけり
かゝる程に任(にん)大臣有べしと聞へけり蔵人頭にかの中
将なるべき仁にあたり給ひたりけるに院は中将成経
朝臣をなさんとおぼしめしけり殿下は又大蔵卿頼宗
朝臣を推挙(すいきよ)ありければ両/闕(けつ)共に叶(かな)ふまじげに聞え
けるを西行聞ていそぎ中将のもとに詣(まう)でその由
をかたりて人にこえられ給ひなば定めて世をのがれ給は
んずらんなど申けるを中将聞て誠にさこそ有べけれ
共/母尼堂(ぼにだう)を立べき願有て其間の事を中将たゞ出
家の身にて口入(くにう)せん事すゝめ法師ににたらんずれば
其願とげて後相はからふべしと答られければ西行
こゝろをとりして帰りぬ任(にん)大臣のつゐでに聞えしが
【上欄書入れ】14
【柱】古今巻十五 〇十二
【柱】古今巻十五 〇十二
ごとく宗頼成経朝臣藤ノ蔵人頭に補せられにけり
其/朝(あさ)西行弟子を中将のもとへやりてもしやとて事
がらを見せけるにあへて日来(ひころ)に替事なかりければ
又ふみを持て申候し事はいかにと尋たりけるに見参
の時委は申べきと返事せられたりければむげの人
にておはしけりとて其後はむかはずなりにけり
世をのがれ身をすてたれ共こゝろは猶むかしに
かはらずだて〳〵しかりける也
【495】山にうへすきの僧都と云人有けり法に執ふかくて
たやすく弟子などにもさづけざりけり死てのち
住房(ぢうばう)の天井(てんぜう)のうへにおもき音なひしておちかゝる物
聞へけりあらくるしやとぞいひける聞人/怖畏(をそれ)をなし
ながらたれ人にてかくはと問ければわれはそれがし也法
慳(けん)■(どん)【貪ヵ飩ヵ恡(りん)ヵ】の罪(つみ)によりて手もなき鬼(をに)となれる也とぞいひ
ける秘(ひ)すべき事もいたく過ぬるは罪(つみ)と成にこそよく
心得べき事也
【496】孝道(たかみち)朝臣わかかりける時さして其病と云事なきに
なやみて日数を送ける次第に大事に成て飲食(いんしひ)
も不通して存命あぶなく見へければ妙音院どの大に
おどろかせ給てかの病席(びやうせき)におはしまして所労(しよろう)のやう
【上欄書入れ】15
【柱】古今巻十五 〇十三
【柱】古今巻十五 〇十三
くはしく御尋有ければ孝道(たかみち)たすけをこされて申ける
はさして痛(いたむ)所も候はず又くるしき事も候はずいかにと
候哉覧【候やらん】物のたべられ候はで日数つもり候ぬる間無
力にて気よはく覚候也と申ければおとゞよく〳〵御覧
じて汝は実(まこと)の病にてはなかりけりさだすけが啄木(たくぼく)
をやむ也其儀ならば慥に物くへさだすけにはやくそく
したれ共/経信(つねのふ)の流(りう)の啄木(たくぼく)を教(をし)へんずる也それは汝
うれへおもふべからず我見ん前にて物くへ見て心安
く思はんとせめさせ給て飯(いひ)を水づけにしてすゝめ
させ給にかひ〳〵敷くいてげりさればこそとて御心安
なりてかへらせ給けりまことに道をおもくせんにはあ
またにあさくならん事は口/惜(をし)かるべしされば南宮譜(なんきうふ)
序(じよ)にも物以秘為_レ貴故待續【「続」は『南宮琵琶譜』「價」】■【偏「糸」旁「㑒」ヵ。『南宮琵琶譜』「深」】蔵音以希見重故
待【「待」は『南宮琵琶譜』「得」】人傳と侍ぞかしかなしきかな世末に成てこの道
やうやく陵違(れうい)【書陵部本「陵遅」】せり委しるすに憚り有そも〳〵恐
有事なれ共此次てに申侍べし後鳥羽院はかの卿に
候【「候」は書陵部本「御」】琵琶ならはせ給ひて既に写瓶せさせ給べきに
成にける時孝道朝臣ほくめんに候て申侍けるは恐は
あれ共君の御比巴は束帯(そくたい)たゞしくしたる人の折
ゑぼしちやくしたるに似させ給たるとつぶやきけるが
【上欄書入れ】16
【柱】古今巻十五 〇十四
【柱】古今巻十五 〇十四
御所さまにもれ聞へにけり則かの朝臣を弓場(ゆば)殿のかた
へめして坊門(ばうもん)の内府(だいふ)をもて申所のゆへを御尋ありけれ
ば孝道申けるは其事に候定輔卿の比巴は楽説其
外手撥合まてみな当流にて候を入眼(にうがん)の啄木(たくほく)に至り
て桂(かつら)の流(りう)をつたへたる人なり妙音院殿両院をきはめ
させ給てむかし今をかんがみてその渕底(えんてい)をあなぐら
せ給に当流を正として桂流をば次にせさせ給ひて
あながちに御/秘蔵(ひさう)のきなく候き然るにかの卿の啄(たく)
木は桂(かつら)流也御尋あらんに更にかくれ候まじされば余(よ)
曲は当流にて目出たく候入眼にゐたりてかく候えは
束帯(そくたい)に折ゑぼしなどはたとへ申て候ぞかしと申たり
ければ内府このやうを奏し申されにけり是により
て定輔卿をあらためて孝道朝臣に御/伝授(でんじゆ)有べきに
さだまりにけるを彼卿つたへ聞てさわぎ参りて申され
けるは始より教へ奉らせて御写瓶の時にいたりて
孝道に改められん事いきながら命をめさるゝにこと
ならず年来(としころ)孝道をば小師に付参らせたる事にて候
生/涯(がい)のうらみ此事候是程の直勘何事にか候猶此
義に定り候はゞすみやかに定輔を死流(しりう)せられ候えと
なく〳〵申されければ此事其いはれなきにあらねば
【上欄書入れ】17
【柱】古今巻十五 〇十五
【柱】古今巻十五 〇十五
ふびんなりとて猶定輔卿にならはせ給にけりみちの
執心めんぼくをほどこすにつけて罪ふかき事なり
【497】法深(ほうじん)坊生年二十の年より熊野(くまの)へ詣てゝ我みち若(もし)
父の芸におよはずばすみやかに命をめすべしとこぞ
申されけれ起請(きせい)のむね神慮(しんりよう)にかなひてみちの棟梁(とうりやう)
たり口きたなくていふべからず嫡女(ちやくじよ)孝孫七歳のとし
あまりにふようにてはしりあそびけけるをこらさん
とて所持の小/琵琶(ひわ)を取かくしてはやくふようを
道にたてゝ比巴なとをば心になかけそとてしばし
取かくしたりけるをおさなき心にあさましくなげ
きてうはにともすれはうれへたいじやう【怠状】しけれともな
をゆるさずかゝる程に母賀茂へまうでけるに此少人を
ぐしたりけり下向の後さても賀茂にては何事を
申つるぞととはれてたゞ比巴をよくひかせさせ給へと
こそ申つれとぞ答へける此こと葉をあはれみてかん
だうゆるして小琵琶返しあたへければ悦て是より
心に入て道をたしなみ功をいれたる事第一也とぞ
重代の人はあはれふしぎ成事也七才の心にみちの
執心あはれなる事也
【498】行願寺に全舜(せんしゆん)法橋(ほつきやう)といふ者有けり鞠足(きくそく)筝(せう)
【上欄書入れ】18
【柱】古今巻十五 〇十六
【柱】古今巻十五 〇十六
ひきなりけりゆゝしきすきものにて侍けるが不
食(しよく)の所労(しよらう)おもりてすでに食終(しよくじう)の期(ご)に成て木工(もくの)
権頭(こんのかみ)孝道朝臣のもとへ使者をやりていひけるは所労
大事に罷成て命/旦暮(たんぼ)に有今一度見参に入てよ
みぢやすくまからばやと御わたり有なんやといへり
ければ孝道(たかみち)朝臣則来られにけり対面(たいめん)してこゝろに
懸りたる事候て申侍つる也万秋楽の序(じよ)の聞度(きゝたく)
侍る也此/辺(ほとり)にも管弦(くはんげん)は候へ共同じくは御/琵琶(ひわ)にて
聴聞(てうもん)仕たき也といひければ則琵琶たづね出して
弾(たん)ぜられけり病者みづから善知識(せんちしき)の前なる磬(けい)
をとりて大/皷(こ)のつぼに打あてゝ涙をながしつゝ聞居
たりけり扨則終りけりあはれ成ける事なり
【499】陵王(りようわう)荒序(くわうじよ)は笛に取て尤秘曲也/大神基政(おほがもとまさ)この
曲を習(ならひ)伝へては子孫のでしならぬものはこれを
吹事なし基賢(もとかた)宗(むね)賢/景(かげ)賢次第に相伝し侍り
ける程に景賢がをとゝ成賢(なりかた)つたへたる由を申
ければ景賢いきどをり申て後鳥羽院の御とき
此曲におきては嫡(ちやく)々に相伝して吹べきよし院宣(ゐんぜん)を
給てげりかゝる程に景賢(かげかた)が子景/基(もと)に伝へて
後父景賢うせにければ景基(かげもと)重服(ぢうぶく)にて侍りける
【上欄書入れ】19
【柱】古今巻十五 〇十七
【柱】古今巻十五 〇十七
に其年の放生会(はうじやうゑ)に荒序(くわうじよ)有べしとて成賢(なりかた)つかうま
つるべきよし聞へければ景基(かけもと)重服(ぢうぶく)の身ながら厳(げん)
重(ぢう)の神事の庭に参て此事をうたへ申けり上卿源ノ
大納言道具卿別当/幸清(たかきよ)成賢をひきてふかせんと
せられけり既(すで)に一笛也景基下/臈(らう)たるうへ当時
重服也うたへ申むね其いひなき由を上卿下知せら
れけるを景基申けるは上卿は神事のやうを行ひ
給ふべし此道の事にをきては先々事きれ候ぞ
重服の身にて侍る時/楼門(ろうもん)のしたにてあまだりの
外へ出ずして仕たる事/先例(せんれい)候と悪口(あくこう)にをよびけれ
ば京へ人をはしらかして此由を奏せられければ摂政
殿此条にをきてはたやすく仰下されがたしかつは神
事をおさへらるゝ事其恐ありしかし今度荒序
なる【「る」は書陵部本「か」】らんにはと仰られければとゞまりけるとなん
景基ゆゝ敷侍ける申むねことわり也神慮重服
の御いましめもなし昇進(せうしん)今はとゞこほりなく
していまだ家になき五位/将監(しやうげん)までのぼりにける
めでたき事也
【500】前中納言/定嗣(さたつぐ)卿/和漢(わかん)の才先祖にもはぢざり
ければ寛元四年の脱履(だつり)のはじめより仙洞の
【上欄書入れ】20
【柱】古今巻十五 〇十八
【柱】古今巻十五 〇十八
執権(しつけん)を承て殊に清廉(せいれん)のきこへ有ける程に菩提(ほだい)
の道(みち)心の底(そこ)にや催(もよほ)しけん建長元年の比/葉室(はむろ)大
納言のむかしの栖(すみか)の辺(ほとり)に山庄をかまへられける
二年八月十三日に殊にひきつくろひて院摂政前ノ
摂政殿などへ参られたりけるに上皇御すい【推】や有けん
女ばうしてとゞめ仰られければ一/切(さい)に其儀なきよし
を申て同十四日のあかつき詣(まうで)の体(てい)にて夜に入て
かしらをおろしけるに宿執にもよほされて詩歌
につくりける
建長第二年/予(ワガ)齢(ヨハイ)四十三仲秋八月三五前ノ
夜出_二俗塵(ゾクジン)_一 ̄ヲ入_二 ̄ル仏道_一 ̄ニ感(カン)懐(クハイ)内 ̄ニ催 ̄シ独吟外 ̄ニ形(アラハル)而已(ノミ)
新発意(シンボチ)定然(デウネン)
遥(ハルカ) ̄ニ尋_二 ̄ト祖跡_一 ̄ヲ思依_レ ̄テ然 ̄ニ葉室 ̄ノ草庵雲石 ̄ノ前願 ̄ハ以_二
勒(ロク)王多日 ̄ノ志_一 ̄ヲ転(ウタヽ)為(ス)_二見仏一乗 ̄ノ縁_一 ̄ヲ暁(アカツキ)辞_二 ̄シテ東洛 ̄ノ紅
塵_一 ̄ヲ暗(クレ) ̄ノ秋過_二 ̄ル西山_一 ̄ニ白月円 ̄ニ発露涙/零(ヲチ) ̄テ除(ハラフ)_二鬢艾_一 ̄ヲ
開花勢盛 ̄ニシテ観_二 ̄ル心 ̄ノ蓮_一 ̄ヲ長寛亜相/逢(アフ)_二名夜_一 ̄ニ請/節(セツ)【靖節】
先生掛_レ ̄ノ官 ̄ヲ年 ̄ニ陶令亮(トウレイリヤウ)之/帰(カヘ)_レ ̄リ休春秋四十三
曽祖令_レ遁(ノカレ)_二昨 ̄ノ仕-朝_一 ̄ヲ端何 ̄ノ所 ̄ニ恥(はぢ)【耻】_レ ̄ン俗 ̄ヲ八月十四日
景気(ケイキ)逢(アフ)_レ ̄テ境(キヤウ) ̄ニ自然(シセン)銘(メイ)_レ ̄ス肝(キモ) ̄ニ
葉室山あとはむかしにおよはねと
【上欄書入れ】21
【柱】古今巻十五 〇十九
【柱】古今巻十五 〇十九
いりぬる道は月そかはらぬ
極楽の道のたゝち【直路・直道】をふみそめて
都のにしはこゝろこそすめ
やがて世に聞へて此道をたしなむ人〳〵かんじあは
れみけり長/寛(くわん)の月日をたがへず陶令(とうれい)が齢(よわい)を思はれ
たりけるはかねてより思ひ定られけるにこそ世の人
たしなむ事かぎりなし三品経範卿詩を和し
たりけるいと興有事也
宿執畢
闘争(とうじやう)《割書:第廿四》
【501】闘争(トウシヤウノ)之/起(ヲコリ)自(ヨリ)_レ少及_レ ̄ヒ大 ̄ニ匪(アラサル)_二啻(タヽ)闘雄(トウユフ)多 ̄クハ以_レ ̄テ決 ̄ヲ死 ̄ヲ凡 ̄ソ有_二 ̄ル
血気_一皆 ̄ナ有_二争(アラソフ)心_一能 ̄ク忍_二 ̄テ小/忿(フン)_一 ̄ヲ勿_レ ̄レ致_レ ̄コト奮(フン) ̄ヲ未然(ミゼン) ̄ニ可_レ ̄シ慎 ̄ム
《割書:云| 々》然 ̄トモ而/先賢(センケン)間(マヽ)有_レ之後愚/誡(イマシメン)_レ何(?) ̄ゾヤ
【502】保元六年夏の比/瀧(たき)口源の備(そなふ)宮/道(みちの)惟則(これのり)いさかひ
をして備(そなふ)ころされにけり帯刀(たてはき)先生源/義賢(よしかた)惟則(これのり)
をからめて後に義賢/犯人(ぼんにん)と心をあはせたるよしさた
出来て義賢帯刀の長(ちやう)をとられにけり又犯人に
とはれけれ共承伏せざりけるはいか成ける事にか別
功にもよく〳〵はからふべき事也
【上欄書入れ】22
【柱】古今巻十五 〇二十
【柱】古今巻十五 〇二十
【503】仁平元年九月七日賀茂行幸に樋(ひ)口東洞院にて
左大臣のうつし馬の居飼(いかい)雑人(ざうにん)をはらひける程に太刀
をぬきたる者二人おとゞの馬の前にはしり来ける
をわづかに一丈あまりにやと見へけるに随身左近ノ府生
秦公春(はだのきんはる)馬を打入てへだてけり公春下人三郎/冠者(くわんじや)
壱人をばからめとりつ今一人は走(はし)りかゝりて三郎冠者が
頭(かうべ)を切てげり去ながら取たりけるものをばはなた
ざりけり公春が童(わらは)力王(りきわう)丸/刀(かたな)をぬきて三郎冠者きり
たるものをばつきてけりつかれて逃(にげ)【迯】はしりけるを公春
が下人/定方(さだかた)からめ取つ犯人(ぼんにん)をの〳〵従者(ずさ)一人ぐしたり
ける一人をばとねりからめてける一人をば左近の番(ばんの)長
秦(はだ)の兼清(かねきよ)が下人からめてげり其主人二人太夫ノ尉/将義(まさよし)
が郎従(らうじう)のよし名乗けれ共まことは皇后宮の侍長(シチヤウ)源ノ
有治(ありはる)が郎従(らうじう)成けり則随身をもて検非違使(けんびいし)をめし
けれ共をそかりければ犯人四人馬/副(ぞへ)の瀧(たき)口に預けら
れにけりかゝりける程に馬/副(ぞへ)ぐし給はざりければ左大
将のをぞ四人かりわたされにける件の犯人四人検非違
使/資持(すけもち)にたびてげり有治(ありはる)はおとゝの前駈(せんく)したりけ
るが閑道(かんどう)より下社へまゐりまうけたりけるが此事
を聞て恐をなして罷帰りにけり彼犯人等は大和国
【上欄書入れ】23
【柱】古今巻十五 〇二十一
【柱】古今巻十五 〇二十一
と紀伊国との境(さかい)に住たりけるがけふ始て都をば
見たりける者也さて狼籠(らうろう)【書陵部本「狼藉」】をも引出したりけるにこそ
おとゞは内覧の後はじめて供奉し給ひけりつきの馬
一疋太刀一/腰(こし)公春をめしてたびてげり有治をば宮の
さふらひをのぞかれて弓場(ゆば)にくだされけり
【504】静賢(せうけん)法印のもとに馬允(むまのぜう)なにがしとかやゆゝ敷力つ
よくけなげ有男有けり或時こともあらぬ小冠(せうくわん)と双六
をうちける程に口/論(ろん)をしあがりて此小冠を引寄
てへその下をつきてげり柄口(つかくち)迄つきたりければいき
ことすへくもなかりけるに小冠者少もおどろきたる
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】24
【柱】古今巻十五ノ 〇又廿一
【柱】古今巻十五ノ 〇又廿一
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
けしきもなくやがて敵(かたき)にしがみつきて刀をうばひ
取てさしも大力の大男を押(をし)ふせてうへに乗て刀を
さしあてゝ既(すで)にころしてんとしけるがいかゞ思けん
先わが腹(はら)をかき出してきずを見て云様汝これほど
に成たれば害(がい)せん事/滞(とゝこほり)有べからず但我きず痛手(いたて)
にて必死すべき身也/功徳(くどく)に汝が命たすけん最後(さいご)
に罪(つみ)つくりてよしなしと云て事なくておはりぬさて
法印の前に行てかゝる事こそ候つれとて事の次第
始めより申てやがてたふれ臥(ふし)て死にけりゆゝしかり
けるかうの者也しぞかし敵(かたき)の男/日来(ひころ)大/力(りき)者とて
【上欄書入れ】25
【柱】古今巻十五 〇二十二
【柱】古今巻十五 〇二十二
人におぢられつれ共さばかりの小冠をかたきにえて
つきころしたるだにおもはずなるにはてにはおしふ
せられて刀うばひとられて既(すで)に害(がい)せられぬべかりけるが
慈悲(じひ)にぢうしてゆるされにける日比のかうの者の覚
何の役(やく)か侍るや彼男此事をくひて死たる小冠が父
の本に行ていひけるは我はかゝるあやまりを仕て侍る
既にころされぬべかりつるをしか〳〵の給て命をばゆるし
給へる也くひてもあまり有彼/怨敵(をんでき)なればはやくいかに
もし給べしと云けるを父聞て思ふやう有てこそ左様
にもゆるし申さめ汝をころしたりとても我子/生(いき)かへり
て来るまじとてともかくもせざりけり其時此男やがて
そこにてもとゞり切て彼父にとらせて高野へとてぞ
行(ゆき)ける人を害(がい)す程にては此やうも又しかるべからず事
にをきてふかく也ける男也去ながら一/旦(たん)も発心(ほつしん)して
かしらをそりて高野にこもりにけるこそ先世の善(ぜん)
知識(ちしき)なれ
【505】かまくらの右府将軍家に正月朔日大名共参りたりけ
るに三浦の介/義(よし)村もとよりさふらひておほさふらひ
の座上に候けり其後/千葉(ちば)の介/胤綱(たねつな)参りたりける
いまだ若者にて侍りけるに多くの人をわけ過て
【上欄書入れ】26
【柱】古今巻十五 〇二十三
【柱】古今巻十五 〇二十三
座上せめたる義村が猶上に居てげり義村しかる
べくも思はでいきどをりたる気色にて下総(しもおさ)いぬは
ふしどをしらぬぞよと云たりけるに胤綱(たねつな)すこしも
気色かはらで取あへず三浦犬は友をくらふ也と云たり
けり輪田(わだ)左衛門が合戦(かつせん)の時の事を思ひていへるなり
ゆゝ敷とりあへずはいへりけり
【506】天福元年/祇園(きをん)【薗】十列(しうれつ)に院の左将曹(さしやうさう)秦久治(はだのひさはる)母の服(ぶく)
にて出/仕(し)せざりけるが忍びて車に乗て路しをうかゞ
ひ見けるに大殿の雑色長(さうしきちやう)府生(ふせう)秦兼友(はだのかねとも)おなじく
車にのりて見ける程にはからざるに久清にさん〳〵
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
にかけられたりけるよしうれへ申ければ久清を召て
御尋有ければ久清申けるは思ひかけぬ物にのりて候て
かゝるふしぎを引出してさふらふいかやうにも御かんたう
候べしと申たりければおもひかけぬ物にのりての申
やう興ありてさたなく成にけりまことにずい人
ののり物に車はおもひかけぬ物也
古今著聞集巻之十五終 【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】27
【柱】古今巻十五 〇二十四
【裏表紙】
【背。ラベル 横書き。「總」は青字。】總/5/54
【表紙題箋】《題:古今著聞集 《割書:十六》》
【前見返し】
古今著聞集巻第十六
興言(こうげん)利口(りこう)《割書:第廿五》
【507】興言(コウゲン)利口(リコウ)者(ハ)放遊(ハウユフ)得(トク)境(キヤウ)之(ノ)時(トキ)談話(ダンワ)成(ナス)_二虚言(キヨゴンヲ)_一
当座(トウザ)殊(コトニ)有(アル)_二取(トリ)_レ笑 ̄ヲ驚_一レ ̄スコト耳 ̄ヲ者(モノ)也
【508】下野(しもつけ)の敦末(あつすへ)競馬(けいば)をつかうまつりけるが十度むな
はせ【空馳】をしたりけるを経信(つねのぶ)大納言見られて不/幸(かう)の
ものゝ十列(しうれつ)歟(か)といはれたりける比興(ひけう)の事也けり
【509】知足院殿大とのとておはしましける侍を御かん
どう有けるには千秋万歳をもちてはやさせて其
侍をまはせられけりさる御かんだうやはあるべき
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:子孫|永宝》
【蔵書印 朱 陽刻 方形 単郭 篆書体】
《割書:平戸藩|蔵 書》
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:楽歳堂|図書記》
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】1
【柱】古今巻十六 〇一
【柱】古今巻十六 〇一
【510】久安の比宇治左府うちへおはしましけるに有盛(ありもり)
朝臣/装束(しやうぞく)を車にぬぎ置てありきけるがおとゞ
にあひ奉りにけり主君の御車と見て物きるに
およばずまどひおりたりけるいかにおかしとおぼしけん
【511】仁平二年三月廿五日/八幡(やはた)行幸有けるに蔵人
判官藤原の範貞(のりさた)舞人をつとめたりけるに
宮寺にて左大臣わたくしに奉幣(ほうへい)せさせ給ひて
南階(なんかい)をおり給ひけるに範貞(のりさた)立むかひてうやまふ
けしきなかりけりおとゞふしぎと覚してひそかに
われをばしらぬかと問給ひたりければいまだ見しり
奉らぬよしをこたへ申けるいふはかりなくておとゞ
すき給にけり内覧の大臣を見しり奉らぬ蔵
人ふしぎ成ける事也彼/範貞(のりさた)は式部大輔/永貞(ながさだ)が息(そく)也
【512】藤原中納言家成卿くろき馬を持たりけるを下野(しもつけの)武
正しきりにこひけるを汝がほしう思ふ程に我はおしう
思ふぞとてとらせざりければ武正(たけまさ)力及ばで過(すぐ)しける
に雪のふりたりけるあした中納言のもとへ盃酌(はいしやく)
有けるが武正(たけまさ)御/鷹飼(たかかい)にて侍ければ鳥をゑだに
つけてもて来りけり中納言/侍(さふらひ)をもて武正は何色
の狩衣にいかてい成馬に乗(のり)たると見せければかちかへ
【上欄書入れ】2
【柱】古今巻十六 〇二
【柱】古今巻十六 〇二
しの狩衣にことにひきつくろひて侍るあしげなる
馬のふかしぎ成にこそ乗て候へといひければ此うへは
ちからなしかなしうせられたりとて秘蔵の馬を給はせ
てげりおなじ卿(きやう)の大和国なる所領より物を上ける
さたの物夫(ものぶ)よりはるかにさきだちてのぼりける程
にはや馬ねぶりをしてたづなうちすてゝ馬にまか
せて行程に此馬大和国の家のかたへ行けりつや〳〵と
しらずしてはるかに帰りにけりさる程さかりて
のぼる夫(ぶ)に行あひてければ夫(ぶ)これも何方へおはする
ぞといふ時はじめておどろきにけりねほけてかく
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】3
【柱】古今巻十六ノ 〇又二
【柱】古今巻十六ノ 〇又二
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
いふ夫を逃てくだるぞと心へてぜひなくしかりて
やがて件の夫をからめたりける夫の不/祥(しやう)こそお
かしく候つれ
【513】法性寺殿てんわうしへ参らせ給ひけるに武正御供し
たりけるが山/崎(ざき)にて馬より落にけり其後又山崎
を過させ給とて先日の落馬の事を覚し出て爰
が武正が所など仰られければ武正さん候と申て
それよりやかて領知(りやうち)してげり殿下の武正が所なと
仰られんうへはなんの子細有まじとぞいひける本主
力及ばず不祥きはまりなし其所今に武正が子孫
【上欄書入れ】4
【柱】古今巻十六 〇三
【柱】古今巻十六 〇三
相伝したりとぞ此武正は容(よう)儀などもよかりければ
ゆゝしき名誉(めいよ)の者にてぞ侍ける競馬(けいば)をたび〳〵
仕けれ共一度も勝(かた)ざりけり負(まけ)ながらかたへへ【書陵部本「かたへへ」は「かた屋へ」】帰り
寄て酒肴などおこなひければしたしき者共いかに
かくは有ぞといひければ競(けい)馬にまけたるものは死に
うするかといひてあへて用ひさりけり武正ならさら
んものかやうの事してんや
【514】修理太夫/行通(ゆきみち)卿大蔵卿に成たりける時或人のもと
より今は徳つき給なんするにまひなへかしといひたり
ける返事に
たてそめてまた物つまぬ大蔵は
もとの修理にもまさらさりけり
【515】中比/六(むつ)のあしげといふあがり馬有けりいづれの
御室(をむろ)にか大法をおこなはせ給ひけるに引せられ
にけるをある房官(ぼうぐわん)に給はせてげりあがり馬ともし
らで乗ありきける程に有時京へ出けるに知(しり)たる
人道にあひて此馬を見ていかにさしものあがり馬の名
物六のあしげにはかく乗給へるぞといひたりけるに
おくしてたづなをつよくひかへたりけるにやがてあがり
てなげゝるにてんさかさまに落てかしらをさん〳〵に
【上欄書入れ】5
【柱】古今巻十六 〇四
【柱】古今巻十六 〇四
つきわりにけりおかしかりける事也
【516】雨ふり風おどろ〳〵しかりける夜二条中納言/実綱(さねつな)
卿家に侍(さふらひ)共あつまりてすゞろ物語しけるにたゞいま
いづくへ行なん東三条の池の辺へむかひなんやなど
いひけるをある侍(さふらい)かしこう罷るよと云たりければあ
らがひかためてげる其しるしには池の中島にくゐを
打べし其後をの〳〵行て見るべしといへばさらなりと
て此ぬし立(たち)ぬ傍輩(はうばい)共思やう此者しぶときおこの者
にてせらるゝ事もぞあるいざさきだちておくする
やう成はかり事めぐらさんとて両三人いひあはせて
さいぼう一つ讃岐(さぬき)わらざ一枚を持ていそぎさきたち
て待所に此男案のごとく池をわたりて中島に来て
くゐをうたんとす其時木のうへよりさぬきわらざを
なげをとしたりければ此男すこし立しりぞきて三
帰(き)を唱(とな)へてゐたる所に重(かさね)てさいぼうをなげおとし
たりければ池になげ入られて水音たかゝりけるにおど
ろきまどひてたをれふためきてにげにけり傍輩(はうばい)共
しおほせて木よりおりてさりげなしにて待【「待」は書陵部本「侍」】に帰り
ゐたる所に此男あをざめて出来たりけりいかにと問
ければ一番からかさ成物おちきつれば命にまさる
【上欄書入れ】6
【柱】古今巻十六 〇五
【柱】古今巻十六 〇五
ものあらじと思へばにげて参たるといひけりさてまけ
わざの事し侍りけるとぞ
【517】松殿摂禄の御時/春日詣(かすがまうで)とかやに秦(はだ)の兼(かね)国をかり
にめされたりけり其比までは府(ふ)の役ちからなしとて
きらはざりけれ共いと面目なき事なればびんをもかき
あけずいま〳〵しげなるかちきにて参りたりけり殿
下其由を聞召て引つくろひて参べきよし仰出され
ければなましゐにびんかきあげて供奉しけり其後
兼国なをさるやうなりとて官人の闕(けつ)にめされける
を番長(はんちやう)下野ノ敦景(あつかけ)がみにくはゝるとていきどをり
申とて瑕瑾(かきん)あるよしを申入けり殿下其故を御たづね
有ければ兼(かね)国あまりにわびしき者にて彼/薗(その)【「彼薗」は書陵部本「後薗」】に
みづから井を掘たる也と申ければ殿のおほせに
身につかはれたる瑕瑾(かきん)なしよくいひことのなければ
こそ是をば申らめとてつゐにめされにけり此事
たしかに申つたへ侍れども兼国松殿の官人となり
たる事たしかならず猶尋べし
【518】秦兼任(はだのかねたう)まづしかりける比たゝ独/従者(ずざ)を持たりけり
後白河院の御時/召次(めしつき)の長になされたりけるに一門の
者共悦につどひにき【「にき」は書陵部本「けるに」】兼任年比のひとり従者を召
【上欄書入れ】7
【柱】古今巻十六 〇六
【柱】古今巻十六 〇六
いだしければいか程の目にあはんずらんと人々いみじく
見けるに兼任は大力成けるがはしりたちて此ひとり
従者(ずざ)をふみふせてもとゞりを切てげりしたしき者共
いかにとあざみければ年比たゞ独めしつかひつるにふて
ことゞもしてやすからず覚へしかども勘当しては
いかにせんぞとおもひねんじて過侍りぬ只今こそは
日比の腹をばすへ侍らめとてかくし侍ぞかしとぞ
いひけるさはしながら又年におはするべきやうなし
とて召次(めしつぎ)一ばんの所をとらせてげり
【519】妙音院入道殿仰らるべき事有て孝道(たかみち)朝臣のわか
かりける時けふたがはて祇候(しこう)すべきよし仰ふくめ
られたりけるに孝道仰を承ながらうせにけり
ひめもすあそびありきて夕べに帰り参(さん)じたりけ
れば入道殿大きにいからせ給ひて御勘発(ごかんほつ)のあまり
に𤍽(にへ)【埶+火】殿(との)の別当(べつとう)なりける侍(さふらひ)を召て麦飯(むきいゐ)に鰯(いはし)あは
せてにて只今/調進(てうしん)すべきよし仰られければ則参
らせたりけるに孝道にくはせられけり日暮(ひぐら)し遊(あそ)び
こうじて物之ほしかりける時にてかひ〴〵敷皆くいて
げり其時いよ〳〵しかり給ひて三千三百三十三度の
拝(はい)をせよと仰られければ孝道本よりすくよか成
【上欄書入れ】8
【柱】古今巻十六 〇七
【柱】古今巻十六 〇七
者にて侍うへに只今物よくくいて力も有て顔(かを)こえ【「顔こえ」は書陵部本「おほえ」】
けるまゝにいとやす〳〵としはてにけり其時入道殿
かしらがきをせさせ給ひてやすからぬものかな法師は
しなばやと仰られたりける上/臈(らう)しかりける御かん当
なりかし此/飯菜(はんさい)をうとましき事に思召取たる事は
御遠行(ごえんぎやう)の時しろしめしたりけるとかやさなくては
誠にいかでかさる物あり共しろしめすべき
【520】近江法眼/寛快(くわんくわい)いまだ凡僧(ぼんそう)にて有ける時六条殿の
御/懺法(せんぼう)にめされたりけるに供米(くまい)のいま〳〵敷不法成
けるを僧どもさたの物を不/当(とう)に思ひあへりたりけれ
どもうたへ申べきにもあらですぎ侍けるに此/寛快(くわんくわい)がし
ゆくしたる所の軒(のき)に箕(み)をかけて置たり其比は法皇
毎日に御覧じめくらせ給ければ見ぐるしき物などは引
かくしさうじすべきに寛快がもとにかゝる見/苦敷(くるしき)
物をかけたるを奉行の者見付てこはいかに只今御幸
成て御覧じまいらせ給はんずるに是取かくし給へ
といへば寛快少もおどろかず何かはくるしう侍るべき
大方奉行の人の御科候まじ見ぐるしき事仕たるとて
あしさまなる御気色にならば寛快こそはともかくも
なり侍らんずらめあまりに供米(ぐまい)の不法にてたゞ
【上欄書入れ】9
【柱】古今巻十六 〇八
【柱】古今巻十六 〇八
ぬかのみおほく候へはそれをひさせんとて置たる物をば
いかでか取/捨(すて)候べきなじかはさらば不法の供米を下行(げぎやう)
せらるゝと言葉もはゞからず云ければ奉行人尤さ
いはれて候是は奉行の越度(おちと)に候/雑掌(さつしやう)が不/当(とう)不/日(しつ)に
さたしなをすべく候これより後不法の時いか成御訴訟
も候へ今度計は取のけ給へと念比にいひければ左
様に候はんにはとてとりのけてけり其後はげにもてい
ねいにぞ下行しける余僧(よそう)共かしこう近江/阿闍梨(あじやり)
の参りてとよろこびけるとぞ同人たゞ力者(りきしや)二人にかゝ
れて御室へ参けるにたえがたげなりけるを見てかは
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】10
【柱】古今巻十六ノ 〇又八
【柱】古今巻十六ノ 〇又八
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
れやれ〳〵と輿(こし)の内よりいひけるを力者きゝて只二人
が外又もなしいかにと替(かは)り候はんぞとにく〳〵と返
事しければさもあらずうしろはまへ前はうしろに
かはらぬかといひけるさる事やは侍るべき比興の事也
〽或日又こし車にひかれて参りけるに円宗寺の前にて
たけたかく大成法師のかきのかたひら計に袈裟(けさ)か
けたるが同行と覚しき僧四五人具したるが行をみて
こしくるまゟ飛(とび)おりて何といふ事もなくしやこくびを
かきて相撲(すまう)をとりけりたがひにひし〳〵と取/組(くみ)て此法
師をうちまろばかしてげり其後をのれは聞ゆる文学(もんがく)
【上欄書入れ】11
【柱】古今巻十六 〇九
【柱】古今巻十六 〇九
かなといへばそへにといらへておれば聞ゆる壇光(だんくはう)かな
といふ又そへにとこたふいざゝらば今一度とらんとて
又寄あひてとるに此度は壇光うてにけり其後いざ
れたかをへかいもちいくれうといへばさらなりとて
そこよりやがてぐして高雄(たかを)へ行にけりそれよりとい
になりけるとぞ
此/壇光(たんくはう)房を蓮花王院(れんげわういん)の供僧(くそう)になされたりけるに
大かた勤(つとめ)をせざりければぶぎやうの弁(へん)着到(ちやくたう)しておきた
りけれ共ふつと参らざりければ弁着到をとりよせて寛
快がつとめ日々に不参と《割書:云| 々》と書付てげり寛快(くわんくわひ)見て
そばに如_二供米_一 ̄ノ〳〵と書てげり比興の事にて上聞
にもおよばてやみにけり
【521】粟田口(あはたぐち)大納言《割書:忠良》ふるき大納言にておはしながらいと
も出仕などもせで籠(こも)りておはしける比公家に大納
言の御用ありげに聞へければさだめてはがれ給ひ
なんと世にいひけるに其儀なかりければあがためし徐(ぢ)
目(もく)のあした普賢寺(ふげんじ)入道殿かの卿がもとへつかはされける
人よりも皮いちもちにみゆるかな
このいけはきにせられさりつる
御返事
【上欄書入れ】12
【柱】古今巻十六 〇十
【柱】古今巻十六 〇十
いけはきにせられさらんとかとはりや【「とかとはりや」は書陵部本「もことはりや」】
ほねとかわとのひつきさまには
此大納言はやせほそりたる人にておはしけれはかく返
しまいらせられけるとぞ
【522】皇太后宮太夫俊成/最勝光(さいせうくわう)院の花見侍ける次而
に御堂(みどう)をあけさせておがまんとて預(あづか)りを尋けるがを
そく来ければいかにと重(かさね)ていはするに鎰(かぎ)をもとめ
うしなひてと答けるを聞て何となく口すさみ
にかぎあづかるもじやうの大事やといはれたりけるを
こともなき女房の有けるが打聞て取あへず
あけくれはさせることなき物ゆへに
と付たりけるたはふれにても俊成卿のいひ出し
たる事にきもふとくそ付たる女はなをそろし【「なをそろし」は書陵部本「なをおそろし」】
きもの也
【523】北院(きたのゐん)御室(をむろ)或(ある)かた夕ぐれに御前に人も候はてたゞ
一所御念/誦(じゆ)して御座有けるにいづこよりか来り
つらん大/床(ゆか)の辺(ほとり)より世におそろしげなる白髪(しらが)の
うば参りたりけりまたすをやをら引あけてゑみ
〳〵としていかにおそろしく思召候らんなど申て
きら〳〵とわらひて候げり御室(をむろ)の御心の内をしはか
【上欄書入れ】13
【柱】古今巻十六 〇十一
【柱】古今巻十六 〇十一
るべしされ共少もさはがせ給はで何ものぞととは
せ給ければ御返事をば申さでたゞきら〳〵とのみ
笑けりしばし有て松井/法橋(ほつきやう)といふ人参ておびえ
まどひけり去程に人々参りて見て是は法金剛(ほうこんごう)
院の宗/門(もん)に侍る物/狂(くるひ)也と申て則そくびつきてげり
御室はばけものなめりとそ覚しめしける
【524】同御室随身/中臣近武(なかとみのちかたけ)がはかまぎを執し覚し召
けるに何事のはれにてか有けん上童(うへわらは)を召供せら
るゝ事有けるに近武(ちかたけ)を召て汝がはかまぎは殊に
執し覚しめさる此童に其/定(ぢやう)に着(き)せてとらすべし
と仰られければ近武承て則かの童の出立の所
へ行にけり先酒をこひ出していひけるは大(おほ)がうしにて
五ど召べし其後たか枕(まくら)をしてしばしねべきよしをいひけれ
ば童も堪能者(かんのうのもの)にて有けるにやかひ〴〵敷いふがごとくに
のみてねにけりしばらく有てをこして装束(しやうそく)取きせ
て袴(はかま)の裏(うら)うへをあららかにとりてむず〳〵とひろげら
れてうつくしき装束さん〴〵に成にけり御室(をむろ)御覧じて
こはいかなるやうぞと御尋有ければ近武申けるは此/定(じやう)
にこそ仕候へ進退(しんたい)かよく候へは君の御目にもよく見へ
まいらせ候也此/児(ちこ)は無進退(ぶしんたい)の人にてかく近武にも
【上欄書入れ】14
【柱】古今巻十六 〇十二
【柱】古今巻十六 〇十二
似(に)候はざらんは力をよばぬ事なりと申ければ道理
にて扨やみにけり
【525】一條二位入道《割書:能保(よしやす)》のもとに下太友正(しもだともまさ)と云随身おさ
なくよりみやづかへけり禅門天下/執権(しつけん)の後/諸(しよ)太夫
さふらひおほに初参(しよさん)したりけるに此友正われひとり
こそ年比の者にては侍れとて一座をせめけるを
傍輩(はうばい)共にくむ事かぎりなし去程に其/近辺(きんへん)に事
なのめならず人くふ犬有けり侍(さふらひ)共寄会たりけるが
其犬とりてんやと何となく云出したりけるに友正やす
く取てんといひけるを傍輩共よきつゐでにくはせん
と思てみな一方に成てあらがひてげり友正云やう
したゝめおほせたらば殿原(とのばら)みな引出物を一つゝ友正
にたべてはかりなき事をすべし若(もし)取得ぬ物なら
ば友正其ぢやうにきらめくべしといひかためてげりかく
て友正くずばかまにそばとりて件の犬の前を過ける
に案のごとく犬はしりかゝりて大口あきてくいつか
んとするを友正こぶしをにぎりて犬の口へつき入て
ければ犬あへてくはず今/片(かた)手にてかうづか【髪束】をとりて
死ぬ計打てげり其後此犬人くふ事なく成にけり
あらがひつる侍共目もあやにおぼへてゆゝしき事
【上欄書入れ】15
【柱】古今巻十六 〇十三
【柱】古今巻十六 〇十三
して引出物とらせけりすべてあらがひおこの事也
【526】随身(ずいしん)下野ノ武守がむすめを秦頼武(はだのよりたけ)むかへけるに
武守いだしたてゝやるとて物にものせずしてあゆま
せけるだにふしき成に狩衣にさよみのはかま着たる
郎等二人を供せさせたりけり人々ふしぎの行粧也と
いひければ近衛/舎人(とねり)がむすめ何にかはのるべき馬に
のせてやおくるべかりつらんとぞいひける此頼武何事
故に侍けるやらん周防(すはうの)太夫/判官(はんくわん)季国(すゑくに)に預け給ひたり
けるにかくなんよみ侍ける
風をいたみすはうの浦によりたけか
しやうあらんとてひちりきそふく
かくよみければやがてゆるされにけり
【527】坊門院に年比めしつかふ蒔絵師(まきゑし)有けり仰らる
べき事有て急度まいれと仰られたりければ
あさましき大/仮名(かな)にて御返事を申ける
たゝいまこもちをまきかけて候へはまき
はて候てまいり候へしとかきたりけりこの
文のことばゝあしさまによまれたりこは何事の申やう
ぞとて台(だい)所の沙汰しける女房其文見さしてなげ
たりける是によりて蒔絵師がもとへかさねてい
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】16
【柱】古今巻十六 〇十四
【柱】古今巻十六 〇十四
かにかやう成/狼藉(らうせき)のことばをば申ぞ只今の程に
慥に参れと仰られければ蒔絵師あはてふためき
参たりけるに此御返事のやういかなる事也とて見
せられければすべて申すこしたる事候はず唯今
御物【ごもち】をまきかけて候へば蒔はて候てまいりさふら
ふべしとこそ書て候へと申ければげにもさにて有
けり仮名(かな)はよみなしと云事誠におかしき事也
【528】同院の侍(し)長に兵庫(ひやうごの)介/則宗(のりむね)と云者きけりむげに
としわかき者にて侍りけるが侍の雑仕(ざつし)に小松と
て六十計成老女を妻愛(さいあい)しけり傍輩(はうばい)共/笑(わらひ)て
小松まぎ〳〵といひける程に或日/台盤所(たいばんところ)にて女
房さふらひをめしてこまつなぎ近【急ヵ】度〳〵参らせよと
仰られけるを此/小侍(さぶらい)物さはがしう聞て小松まき近【急ヵ】
度参と仰られるぞと心えて思もかけぬ兵庫
助を召て参たりければこは何事ぞと仰ければ
さも候はす小松まぎきとまいらせよと仰に候えは
めしてまいりて候ぞかしと申けるおかしかりけ
る事かな
【529】松尾ノ神主/頼母(たのも)がもとにたつみの権守といふ翁(をきな)有
けりわづかに田をもたりけるに争論(さうろん)の事有て
【上欄書入れ】17
【柱】古今巻十六 〇十五
【柱】古今巻十六 〇十五
六波羅にて問注(もんちう)すべきに定りにけり其日に成て
出ぬ此ぬしはまうにおこがましき者成ければいか成事
かしゐでんずらんと神主思ひゐたるに晩頭(くれほと)にこの
権守神主が家のまへをとをりけり神主よび入て
いかに問注はしなしたるぞおぼつかなくて待居たる
になどよそには過侍ぞといひければ権ノ守居なを
りて過失(くはしつ)なげなるけしきにてなじかは仕損(しそん)じ候
べき是程に道理/顕然(けんぜん)の事なれば一々つまびら
かに申て候へば敵(てき)口をとぢて申むねなく候是程に
心地よくつめふせたる事こそ候はねあはれきかせ給
て候はゝぎよかんはかふり候なまし人〳〵もみゝ
をすましてこそ候つれとあふぎひらきつか
いてゆゝしげにいひければ神主うちうなづ
きてさてはこゝろやすく侍り今は事は
さだまりぬればいかならん世までもくだんの田
はさういあるまじなどいえば権ノ守とりもあ
へずいや田におきてははや〳〵とられぬと
いひたりけりおかしさこそさてはさは何事を
ゆゝしくいひたりけるにかふしぎのおこのもの也
【530】後鳥羽院の御とき性親(せうしん)があしげといふあがり馬
【上欄書入れ】18
【柱】古今巻十六 〇十六
【柱】古今巻十六 〇十六
ありけりたまるものすくなかりける中にしも
つけの武景(たけかげ)かみをおほくとりぐしてのりけれ共
猶おちけりそれによりてかみをみじかくきり
てあぶらわたをぬられたりければたけかげ
いよ〳〵たまらざりけりそれよりぞ武景をば善
知識(ちしき)の府生とは人いひける
【531】同御時/南都(なんと)の僧六人に風流/棚(だな)をめされ
たりけるにめん〳〵にしたてゝまいらすとて棚
ごとに歌をよみて付たりけりえいらんありて此
かへしたれかすべき秦覚(しんがく)よろしかりなんとてめさ
れにけるすなはちまいりたるに此歌のかへし
つかうまつるべしたゞし六首を一首にてかへすべ
しと仰くだされければとうざにつかうまつりける
ならさかのさかしきみちをいかにして
こしをれとものこへてきつらん
院しきりに御入興有けるとなん
【532】治部卿/兼定(かねさだ)滋野井(しけのい)の泉(いづみ)にて納涼(せうりやう)【なふりやうヵ】せられける
に増圓(そうゑん)法眼(ほうげん)その座につらなりけり盃酌(はいしやく)のあ
ゐだ治部卿さふらひむまの允なにがしとかやいひ
ける者/香(かう)のひたゝれのしほれたるをきて尩(わう)
【上欄書入れ】19
【柱】古今巻十六 〇十七
【柱】古今巻十六 〇十七
弱(じやく)の体にて物くひて居たりけるか衰老(すいらう)のもの
にて歯(は)もなくてくひわづらひたるを見て増圓連
歌をしける
老むまは草くふへくもなかりけり
治部卿いげ興あり句なりとてどよみのゝし
るを馬のかみ聞て
おもつらはけて野はなちにせん
と付たりけるに満座にがりけりかやうの荒言(くわうごん)は
よく〳〵ひかふべき事也
【533】此増圓/醍醐(だいご)寺のさくら会(え)見物のとき舞のさい
ちうに見物をばせずして釈迦堂(しやかどう)のまへのさくらの
もとにて鞠(まり)をけらる程にだいご法師にをひちら
かされてからき目見たりけり方〳〵にげのがれに
けれどよくきたわれ【「きらわれ」ヵ。書陵部本「またはれ」】たるによりてうとめ増圓と
ぞ人はいひける
【534】進士(シンシ)志(サクハン)定茂(サダモチ)といふさむらい学生(がくせう)ありけるある人
のもとに有馬(ありま)の湯(ゆ)へ行とて行縢(むかばき)を人にかりた
りけるに一/懸(かけ)かしたりけるを見て二まてかし
たる過分なりとてかた〳〵をばかへしてげり其あ
かつきになりてかた皮(かは)に左右のあしを入て馬に
【上欄書入れ】20
【柱】古今巻十六 〇十八
【柱】古今巻十六 〇十八
のらんとしけるになじかはのられんあひにあひたる
下人ありてをしのせけれどもかなはずかくのりわづ
らふ程に人見あひてあれはいかにといひわづらひけ
るをりはじめてさとりにけりおこがまし
さよとぞ
【535】馬介入道くわんとうへ下向のときもかゝること侍りき
中太(ちうだ)冠者(くわんじや)といふとし比の中間(ちうけん)おとこに行騰【縢ヵ】の
あまりたりけるを一かけとらせたりけるを此定には
きて今かた皮をは我はくべきものとも思はであれ
をばさてたがはき候はんぞと人にとひたりけるたゞ
おなじほどのくせ事なき此やうを馬助入道
かたるをきゝてつかうまつれる
はきさして人のためにはのこすとも
かたむかはきにたれかなるへき
【536】彼定茂承元二年十月廿八日/文殿(ぶんとの)の作文(さくぶん)に
まいりたりけるに夏袍(なのぼう)を気(き)たりけるを
みて上下わらふ事かぎりなし定茂(さたもち)われを
わらふとは知げもなくて其日はやみにけり後
にあるかんだちへのもとへさんじて申けるはひとひ文(ぶん)
殿(との)のさくぶんに夏袍を着てまいりて侍りしを
【上欄書入れ】21
【柱】古今巻十六 〇十九
【柱】古今巻十六 〇十九
人々見候てあまりに学問をして四季をたに
しらぬやさしさといふさたにこそのりて候へと自(じ)讃(さん)
しけれはきくもの嘲哢(てうろう)する事かぎりなかりけ
り此定茂あたらしく車をしたてたりけるをいかに
も人にかす事などもなくて秘蔵(ひさう)して持たりける
にのりて通方(みちかた)の大納言のいまだ殿上人にておはし
ける時かの亭へ参りたりける程ににはかに雨
ふりければいそぎたちて此くるまを門の中へ引入
てくるまやどりなき亭主(ていしゆ)のくるまをば引出して
雨にぬらしておのれがくるまをくるまやとりに立
てける所司(しよし)見つけていかにかゝる事をばするぞと
とがめければ殿はいくたびも調(てう)じかへ給はん事や
すかるへし定茂が一車をぬらしては又とゝのへ
しがたけれはかくしたるぞといひければ所司力
およばずやみにけり
【537】後鳥羽院御時いづれのところの競馬(けいば)にか侍りけん
下野の種武(たねたけ)御点(ごてん)【點】に入たりければ本座より催(もよほ)し
たりけるに大/仮名(かな)のいま〳〵しけなるにて種武か
むまはせたる証(せう)人候はゝつかうまつらんとかきたり
けるを聞しめしてさるずいじんの散状(さんでう)やはある
【上欄書入れ】22
【柱】古今巻十六 〇二十
【柱】古今巻十六 〇二十
べきとてしきりにわらはせまし〳〵て御ゆるし
ありけるとそ
【538】順徳院御くらゐの時あるところの格勤者(かくごんしや)より
あひて雑談(ざうだん)しけるに内裏の番かはり此たびは
以の外にきびしくてなどいふをひとりが云やう
いかにきびしくとも我は高あしだはきてとをり
てんすこしもとゞめらるましといひければのこり
のともがらなりかゝりておこづきけりさらばあらかひ
給へかしたゞ今に見えんずる事をといふを興有
事なりとてみなともがら一はうにて此ぬし一人に
かゝりてあらがひかためてげりわきまへのあるへき
やう引出物の程らひなどさだめてさらばをの〳〵陣
ぐちへいさなへとて引ぐしていぬ人〳〵目をすま
したるに此主ことにたかきあしだはきて二条
あぶらのこうじを南へとをるにあんのごとく大ばんの
ものあの男のあしだはなどいふをすこしもきゝ入
ぬやうにてにらみまはしてなを行を大番の者
はしり出てとらへんとする時此ぬしきしよくかは
りたる事もなくてさもあらずあたらしき事
いふ大番かな南圓堂(なんえんだう)のより人の陣口物はきて通
【上欄書入れ】23
【柱】古今巻十六 〇廿一
【柱】古今巻十六 〇廿一
事をばしらざりけるか大番をうけたまはる程の
ものにていかでかはわが氏をば存ぜさりけるといひ
てことゝもせざりければ主人の武士やうれ〳〵なん
ゑんだうの寄人は物はきてとをるくるしからぬ
事それとゞまれとなまりごえにて高声(かうせう)に
をきてければはしりたちてとゞめけるもの帰
にけりさて事なくとをりにければかなし【「かなし」は書陵部本「かなしく」】しおほ
せられて名【「名」は書陵部本「各々」】こといかめしうして面々に引出ものを
とらせけり院きこしめしてくだんのおとこめし
出してそのあらがひたりけんまゝにふるまへと仰
ごと有ければすこしもたがはすふるまひたりけ
ればしきりに興に入らせおはしましけるとなん
【539】同御時小川/瀧(たき)口/定継(さたつぐ)といふ御けしきよきぬし
侍けり四臈座(しろうさ)にて上臈(じやうらう)をこして久しく奉公し
てげり名月の夜主上南殿に出御(しゆつぎよ)ありて御遊
ありけるにかの定継(さだつぐ)が下人くろ戸のかたの御/厩(むまや)の
ほとりにいねぶりして候けるがにはかにはしりた
ちて中将/宣忠(のふたゞ)朝臣のあやのこうじの家へさかいき
になりてはしりむかひていふやうたゞ今内裏へ急
度まいらせ給へなを〳〵きと〳〵といひけり中将
【上欄書入れ】24
【柱】古今巻十六 〇廿二
【柱】古今巻十六 〇廿二
さしもの急事何事にかとあやしう候ひてたが
奉行ぞとたづねられければ小川(をかは)瀧口(たきくち)殿のうけ
給はらせ給ふて候といひてやがてはしり帰りける
程に中将あはてさはぎてはせまいりてうかゞひけ
ればたゞ今なんでんにわたらせ給ふよし女房申せ
ば御/後(うしろ)のかたにてをとなふにたそと御たづねあ
れは宣忠(のふたゝ)朝臣めされ候つるほどにまいりたるよし
申ければ大かたさる事なければふしぎに覚し召
てくはしく御たづね有ければ使のいひつるごとく定
継が承候【「候」は書陵部本「と」】て其下人にて候よし申ければ定継承て
相たつぬるにはやくかの下人ねほれ【「ねほれ」は書陵部本「ねほけ」】てかくめしたり
けるなりあまりにはしりけるほどに二条あぶら
のこうぢを南かいおりける時/築地(ついじ)の角(すみ)にはしり
あたりてかほさきつきかきてありけり其よしを申あげ
ければ比興の沙汰にてやみにけり定継が申ける
はこれは勝事にて候ねほれ【「ねほれ」は書陵部本「ねほけ」】候はんからにさる事
やはつかうまつるべきまさか【「まさか」は書陵部本「まさる」】さまのくせごとをもぞ
引いだし候とて此下人をやがてつかはず成にけり
おかしき事也
【541】此女院の女房共の中にいとおかしき事おほく侍
【上欄書入れ】25
【柱】古今巻十六 〇廿三
【柱】古今巻十六 〇廿三
けり医師(いし)時成(ときなり)がむすめ備後(ひんご)とて候ける仏師
雲慶(うんけい)がむすめ越前(えちぜん)とて候けるにある日越前が額
に瘡(かさ)の出たりけるをびんごにむかつてやおつぼね
此かさ見てたび候へさすが御身ぞ見しらせ給はん
といひたりけるをびんごとりもあへず見るまゝに
みけんをいれたまへるをばなにとかはし侍べきと答へ
たりけるこゝろのはやおかしかりけりたがひに
かくざれあふ事をのみしける蓮尊房(れんぞんばう)は尾張(をはり)とて
候けり正月の朔日に時成(ときなり)がむすめにむかつてあひ
がたきは友(とも)なりうしなひやすきは時成と申事の候
などとひたりければびんご孟春(もうしゆん)早(はやく)きたつてたのし
むべき時なりとぞしりて候とこたえけるこれもい
みじくいひて侍るにこそ尾張が咳(かい)病をして
わづらひけるを備後とふらふとて何をやみ給ふぞと
いひたりける返事に餓鬼病(がきひやう)をやみ候ぞとこたへ
たりければ備後さらばひんさうしを煎(せん)じてめせと
いひたりけりすべてかやうのことばたゞかひつねの事也
【542】同院にへひりの判官代(はんぐわんだい)といふものありけり後
には宮内ノ太輔になりて侍りしにやおさなきより
不便(ふびん)のものに覚しめしてちかくめしつかひけるが
【上欄書入れ】26
【柱】古今巻十六 〇廿四
【柱】古今巻十六 〇廿四
へをひるよりほかの事なかりけり立にもひり居
るにもひりはたらくひやうしごとにひりけりわざと
せんとしもなかりけれどもやまひにてかく侍ける
とかや上をはじめて皆ならびにければおかし
みにわらふ事もなかりけり或日/孝道(たかみち)朝臣まいり
たりけるに女院御けうかい【興懐】に判官代をめし
て仰られけるはあれにまいりたるものこそを
のれがやまひをばよく療治(りやうじ)するものにて侍べれ
あひてとへかしと仰られければいまだなれぬ者
にて候いかゞ候べからんと申ける何かはくるしからん
とおほせられければはしりむかひてすゝみ出て
いふやうかへす〳〵思ひかけぬ申事にては候へども世
にあさましきやまひをもちて候をそれによく療
治のやうをしらせ給たるよしうけ給はり候間無礼を
わすれてまいりて候といひければ孝道朝臣何事
にか候といへばいとすゞろぎてとみにいひもいださず
とばかり有てべちの事には候はずへのいたくひ
られ候也立はたらくにしたがひてすゞろにひられ
候へばはれにてもえひかへ候はず御所にてもつかうま
つられ候へばかつはひんなきかたも候いかゞつかうまつる
【上欄書入れ】27
【柱】古今巻十六 〇廿五
【柱】古今巻十六 〇廿五
べきといひければ孝道こゝろはやきものにて
はやく人にけさゝせられにけりと心得て世にやす
き事にて候くすりも候やく所も候それもうるさ
く候にやすきりやうぢには御しゆくしよに出てしば
しこれを大事とおもふさまいきづみてひられん
を期(ご)にひらせ給へいつも〳〵かくのみいきづみならひ
候ぬれはをのづからはれにてはこれは人まへぞかしと
おもふこゝろ候ていきづみ候まじければひられ候はぬ
ぞない〳〵にてよく〳〵いきづまれ候てひりつくされ
候へしといひければまことにやすきりやうぢに候すみ
やかにさしてこゝろみ候へしとてやがてまかり出ておし
えつるがごとくにするにいよ〳〵ならひになりてひり
まさりければせんかたなくぞ侍りける比興の療治
しやうなりかし
【543】持明(ぢめう)院になつめだうといふ堂(だう)あり淡路(あはぢの)入道/長蓮(ちやうれんの)
が堂(だう)也つゐぢのくづれたりけるをつかせけるに
つくもの共をのがどち物がたりすとて聖覚(しやうがく)法師
の説経(せつきやう)の事などをかたりけりその折しもせう
がくほつし輿(こし)にかゝれてそのまへをとをりけるに
これらが物がたりに聖覚のといふをともなる力(りき)
【上欄書入れ】28
【柱】古今巻十六 〇廿六
【柱】古今巻十六 〇廿六
者(しや)法師きゝとがめておやまきの聖覚やはら
まきの聖覚やなどねめつゝ見かへりかへりに
らみけりつゐぢつきをのるにてはあれども
たうざにはしうをのるとぞ聞へけるかゝる不/祥(しやう)
こそ有しかと彼法印人にかたりて笑けり
【544】外宮権禰宜/渡會(わたらへ)の神主/盛廣(もりひろ)三河国なる
女をむかへて妻(つま)にしたりけるにかの女がつかひける
ものゝ中につくしの女ありけりそれを此盛廣
こゝろにかけてひまもがなと思ひけれどもたより
あしくてむなしく過けりある時思ひかねて妻に
むかつていひけるは申につけてそのはゞかりあ
れどもうらなく申さばよもこゝろをきたま
はじとて申いづるぞそのつくしの女われに
あはせ給へたえがたくゆかしき事侍りといへ
は妻のこたふるやうあながちにみめかたちの
よきにもなしふるまひことがらのすぐたるに
もあらず何事のゆかしくてかくはの給ふぞと
いへば盛廣(もりひろ)いまだしり給はぬかつびはつくし
つびとて第一の物といふなりさればゆかしくて
かく申ぞといひけるをきゝて妻世にやすきこ
【上欄書入れ】29
【柱】古今巻十六 〇廿七
【柱】古今巻十六 〇廿七
と也されどのたまふまことならば不定の事也
まらは伊勢まらとてさいじやうの名をえたれ共
御身の物は人しれずちいさくよはくてあるにかひ
なき物なりつくしの女の物もさぞあらん此事
おもひとまるべしといひたりければ盛廣くちを
とぢて云事なかりけり
【545】いづれの比の事にか山僧あまたともなひて児
などぐして竹生嶋(ちくふしま)へまいりたりけり巡礼(しゆんれい)はてゝ
今はかへりなんとしける時児どもいふやう此島の
僧たちは水練(すいれん)を業(ぎやう)としておもしろき事にて侍る
なりいかゞして見るべきといひければ住僧の中
へ使をやりて少人たちの所望かく候いかゞ候べき
といひやりたりければ住僧の返事にいとや
すき事にて候をさやう事つかうまつる若者(わかきもの)
只今たがひ候て一人も候はずかへす〳〵口をしき
事也といひたりければちからおよばてをの〳〵
かへりけり舟にのりて二三町ばかりこぎ出たり
ける程にはり衣のあざやかなるに長絹の五/壱帖(てう)
の袈裟(けさ)のひだあたらしきかけたる老僧七十余り
にやあるらんと見ゆる一人はぎをかきあげて海
【上欄書入れ】30
【柱】古今巻十六 〇廿八
【柱】古今巻十六 〇廿八
のをもてをさしあゆみて来るあり船をとゞめて
ふしぎの事かなと目をすまして見ゐたる所に
ちかくあゆみよりていふやうかたじけなく少人たち
の御使を給て候折ふしわか者共みなたがひ候て御
所望むなしく御帰り候ぬる生涯(せうがい)のいこんにさふらふ
よし老僧の中より申せと候也といひてかへりにけり
是に過たる水練(すいれん)の見物あるべきやと目をおどろ
かしたりけり
【546】ある宮ばらの女房みそか法師をもちて夜な〳〵
つぼねへ入れけりある夜法師しとのしたかりけ
れはいづくにかあなあると女房にたづねければその
さほの下にこそ穴は侍れさぐりてし給へとをしへ
ければ此法師はひよりてさぐるにあなにさぐり
あひにけりすでにせんとしける程に折ふしあしく
へのひられんとしければしとをねうしてためらひ
居たりしとをいきづまば一定(いちでう)もろ共に出ぬべくて
ひかへたるをばしらずして女房あなをさぐりえぬと
心得てはいよりていづくにぞとさぐる程にあやま
たず僧のわきへさしいれてげる此僧こそばゆさに
たえぬものなりけるにやをびえて身をふるう程に
【上欄書入れ】31
【柱】古今巻十六 〇廿九
【柱】古今巻十六 〇廿九
へもしとも一度に出にけり穴に取あてたるまらも
はづれてしとさん〴〵にはせちらされにけり隣(となり)
の中のへだてのやり戸に穴のありけるよりしと通(とを)
りてやどりのそばにねたりける女房の顔(かほ)にかゝり
ければかくとはしらで雨のふりてもるぞと心得て
さはぎまどひけるおかしかりける事かな
【547】あるなま蔵人の妻(つま)のいと物ねたみする女有けり
男あぢきなき事に思ひていかゞして此女にはな
れなんと思ひけれ共さすが又すぐせ【宿世】つきねばながらへ
てすぐしければある事かなき事かに付てさいな
まれて年をおくりけり男あんじめぐらして亀を
一つもとめて首(くび)を引出て三四寸ほどに切てげり
紙につゝみてふところに入かくして持(もち)妻と又事を
あやまちていさかひてたがひにさま〴〵にいひて男いふ
やうはせんずるところかやうの口舌(くぜつ)のたへぬもこれゆへ
にこそとてかたなをぬいてをのれがまらを切よし
をしてふところに持たる亀のくびをなげ出したりけり
血(ち)みどろ成物の三四寸ばかりなれば其物にたがはざり
けり妻あさましげに成ておほかたの道理をこそ
申つれ是程ににが〳〵しく思ひとり給ふべき事かと
【上欄書入れ】32
【柱】古今巻十六 〇三十
【柱】古今巻十六 〇三十
あきれてゐたりけり扨今は心やすくて彼きれを引
そばめて立のきにけり其後はしばし此きずの跡
病(やむ)よしして打ふしてのみすぐしけりさて月ころ
へて女/昼(ひるの)つれ〴〵なりけるにはぬいといふ物して
うずくまりて居たりけるを見ればまた程にくろき
ぬのを引まとひたりけり男あやしみ思てそれ
なるくろき物は何ぞととへば女はたゞといひて
とかくこたふる事なしあながちに問ければさのみ
かくしはつべきことならねばこれはこひとのため
よとこたへけり其こゝろをえずして故ひとゝは何
ぞととへばさはきりてすて給ひしこ人がために
いかでかはこゝに素服(そぶく)きせざらんとて服きせたるぞか
しといひけりめづらしかりける素服(そぶく)也おもかげをし
はかられておかしくこそ侍れ
【548】しきりにたけたかき女と殊にたけひきかりけるおとこ
ねたりけるに女のまたの程に男のかほあたりて侍けり
おとこねざめてをのが口の女のまへのほどあたりた
りけるを顔(かを)ぞと思ひてあさましの御口の香(か)のくさ
さやといへりければ女も又ねほけておとこの口
ぞとは思ひよらでほかの人のいふぞと心へてなむ
【上欄書入れ】33
【柱】古今巻十六 〇三十一
【柱】古今巻十六 〇三十一
其となりさかしらぞとこたへたりけるおかしかり
けること也
【549】此比天王寺よりある中間法師京へのぼりける
道にて山ぶし一人又いもじする男一人行つれて上り
けるをの〳〵三人あゆみつれて行に今津辺(いまづへん)にて
日くれてげれば三人一宿にとまりにける家のあるじ
は遊女にてぞ侍りけるをの〳〵打やすみてねぬれば
あるじもぬりごめに入てねにけり人しづまる程に
此山ぶしおきゐてかみをもとゞりにとりけりいもじ男
はたゞよくねいりぬ法師はそらね入して此山ふじが
ふるまひ見ゐたる程にもとゞりとりはてゝねゐりた
るいもじがゑぼしをとりて着(き)てげりさて遊女がねたる
ぬりごめのもとに至りてやをらたゝきければすな
はちあけてたそと問ば我はやどりう人(ど)とて侍りこ
れの御かまをみれば片(かた)かま計有てわきがまなしさだ
めてほしく思はせ給はんかく候物はいもじにて候ぞ
まいらせんはいかにといひければ君いとよき事と思ひ
て則内へ入てねにけりさて事共よくして其着た
りつるゑぼしをば君がまくらにとゞめをきてあから
さま成やうにて出にけり其後もとのごとくに髪(かみ)乱(みだ)
【上欄書入れ】34
【柱】古今巻十六 〇三十二
【柱】古今巻十六 〇三十二
してかたのごとくおこなひするよししてのこりのとも
がらにいふやうつれ立奉るべく候へ共いそぎたる用
あればさきだちてのぼり侍ぞといへばいかにいでたち
の事したゝめてこそはなどとめけれ共きかでいでぬ
其後此いもじゑぼしを求めけれ共なかりければお
ぼつかなき事かぎりなし去程に夜あけにければ
君おきていもじにいふやう約束のかまはいづくにある
ぞはやくたべとせむれば大かたしらぬ事なればかた
くあらがふ其時君そらぼけなしたまひそゑぼうしは
こゝに有はたれにぬりつけんとてかくほどに人をだし
ぬかんとするぞすみやかにやくそくのまゝに給はる
べしとせめかければいもじあきれさはぎていかに
も〳〵さる事侍らずいかにかゝる無実(むしつ)をばげに〳〵と
の給ふぞとこたへゐたれ共あへてもちゐず何とわ
ぜうめいふぞとしはよりたれ共ちうほうは六寸ばかり
にてわかき物よりはしたゝかにしたりつるはといふ
にいもじ聞もあへずあなみやうが天道神仏は
おはしましけるぞ是見給へ六寸の物はかゝるやう成
物かとてわづかなる小まらのしかもきぬかづきした
るをかき出したりければ君いふ事なかりけり隣(となり)
【上欄書入れ】35
【柱】古今巻十六 〇三十三
【柱】古今巻十六 〇三十三
のもの迄も聞て此山ぶししてげりとよみわらひ
けり扨いもじが難(なん)はのがれてのぼりにけるとなん
【550】或所によき声をそろへて念仏を申させけるに
ちやうもんの女房の中にある念仏者を心かけたる
有けりいかてかな物いひかはさんと思ひつれ共人目しげく
かなはざりければとかくためらひて行道の時少あし
をつみて其気色を見せて何となく立あがりてうし
ろどのかたにてちと物申さんといひかけたりける
を返事いはゞ人聞とがむべかりける程に念仏の
をんぎよくにまぎらかして南無阿みた仏の南無を
さもあみた仏と申たりけるいかにおかしかりけん
【551】此比一生不/犯(ぼん)の尼(あま)きたりいまだよはひさかりにて
見め殊にきよげなりけり世さまもわびしからず
ぞ侍ける物まうでしける時ある僧此あまを見
てたへがたくえんに覚へけれ共いかゞはせん思ひのあまり
に家を見せ置て帰りにけり其後思ひわするゝ事
もなくひしと心にかゝりて日数を送りけりいかにも
さてやむべき心地もせねば人しれぬ思ひをしるべにて
かのあまのもとに尋行ぬ此僧見め事がら世に尼
に似たりければ尼のまねをしてつかはれてひまを
【上欄書入れ】36
【柱】古今巻十六 〇三十四
【柱】古今巻十六 〇三十四
うかゞはんと思ひて行たりけりかしこにて物申さんと
あないしければやがてあるじのあま出て誰(たれ)にかと問(とへ)
ば此僧むねうちさはぎていよ〳〵たへがたく覚ゆるをね
んじてべちの事には候はず世にうはの空成やうに候へ
共みやづかへつかうまつらんとて参りて候也としごろ
頼て侍し男におくれてたのむかたなきひとりうど
にて候男むなしくなりし日よりさまをかへて候へは
よのつねのみやつかへなどもかなふまじく候へばかやうの
御とんせいの御あたりにはをのづからめしつかはるゝ事
もや候とて参て候といひければげにもうはの空
にはおほゆれ共さしあたりて人もほしかりければ
其心のそこをばしらね共物うちいひたるさまなども
やさしげなればさうなくうけとりてげり此僧まづし
あふせたる心ちしてすへもたのもしうこそ思ひける
みやづかふにかひ〴〵敷まめにしてしかも又女とも覚へ
ずすくよかなるかたさへ有てことにをきてたいせち
なりければ一すぢに家の中の事いひつけて又なき
大事のものにてぞ侍けるかくてことしも過ぬ今は
是程の大事のものに思はれぬればたゞ世わたりに
もふそくなければ心の中の本意をばとかく思ひなぐ
【上欄書入れ】37
【柱】古今巻十六 〇三十五
【柱】古今巻十六 〇三十五
さみてすぐしける次の年の冬の比よりは夜るさむから
ん今は我衣のしたにもねよなどいへばうれしき
事かぎりなしさるにつけてもいよ〳〵心のはたらく事
しづめがたければ猶とかく心にからがひて其年も暮
ぬ此あま正月七日は別(べつして)而/持仏堂(ぢぶつだう)に候て斎(とき)ひじの折
計ぞ出んずるとて其間の事共此今参りのあま
によくいひ置て朔日より仏の御前におこなひて
候けり七日が間つとめよくして八日は例(れい)のごとく
にて有ける日比成しやうしんなるうへさま〴〵のつとめ
に身もくたびれにけるにやその夜はだらりとして
ねたりけり此僧思ふやうかぞふればことしは三年
に成ぬ同【「同」は書陵部本「何」】事を旨としてかくは侍ぞいかにもあらば
あれ只今取付て本意をとげんとおもひよくね入
たるあまのまたをひろげてはさまりぬかねてより
しかたくみまうけたる事なればおびたゝしき物を
苦(く)もなくねもとまてつき入けりおほきにおびへま
どひて何といふ事もなくひきはづして持仏堂の方
へはしり行ぬ此僧あはれさ思ひつる事を今はよき事
あらじいかゞせんづるとむねさはぎて角(すみ)もとにかゞまり
ゐてきけば此尼持仏堂にてかねをあまたたゝき
【上欄書入れ】38
【柱】古今巻十六 〇三十六
【柱】古今巻十六 〇三十六
ちやう〳〵と物さはがしげに打て何とやらん物申/音(をと)
してかへりき此僧いか成みゝきかんずらんといよ〳〵とが
のがれつべくもおぼへ侍らぬに此尼おもはずにけし
きあしからでいづくにぞとたづぬるこゑするうれしく
覚へてこゝに候とこたへければやがてまたをひろげ
てかほをはりかゝりてければかへす〳〵思ひの外に覚
てやがてをしふせて年比の本意おもひのまゝに
せめふせてげりさても何とて一ばんには引ぬきて
持仏堂へは入給へるぞと問ければその事也これ
程に心地よき事をいかゞはわれ計にてはあるべき上
聞ほとけにまいらせんとてかね打ならしに参たり
つるぞと答(こたへ)ける其後はうちとけてひまもなくしら
れければ女男になりてぞ侍ける
【552】南都に又一生不/犯(ぼん)の尼ありけりつゐにあしさま成
名立たる事もなくてやみにけり臨終(りんじう)いかゞあら
ん世にありがたきためしに人々いひける程に病
をうけて大事になりければぜんちしきのために
小僧を一人しやうじて念仏をすゝめければ念仏を
ば申さでまらのくるぞや〳〵といひてをはりにけり
一/期(ご)が間ゆゝしく思ひとりては侍れども心の中
【上欄書入れ】39
【柱】古今巻十六 〇三十七
【柱】古今巻十六 〇三十七
には此事をかけたりければこそかくをはりのことば
にもいひけめ何事もたゞ心の引かたが善悪のむ
くひをさだむる也よく〳〵用意有べき事にこそ
【554】周防(すはうの)国に曽祢といふ所をしりてくだりける人いろ〳〵
しき者にてよきあしきをきらはず女といへばこゝろ
をうごかしけりはうしとてわらはべをいれてつかはせ
けるに此/領所(れうしよ)いひけるはをのれがあねに侍なる女は世
にさはやかにてみめもよきよし聞にしのびやかによび
てわれにまいらせよといひければ子童はやすきほどの
事にて候但をれが母にて候ものこそあねよりも
よく候へ母をまかせ給へかしといひたりけるふしぎなる
いひやうなるべし
【555】此比ぶさたの知了房(ちりやうはう)といふもの有ける能書にて
なん侍けるある人古今を書うつしてたべとてあつ
らへたりけるを受取ながらおほかたかゝざりければ
主しかねて今はたゞかゝず共かへし給ふべしと
いひければ智了房こたえけるは過にし比/痢病(りびやう)
をつかうまつりしに紙おほく入候にしに術(じゆつ)つきてさり
とてはとてその古今の料紙(りやうし)をみなもちゐて候也と
いひければぬしいふはかりなくおほへて料紙こそ
【上欄書入れ】40
【柱】古今巻十六 〇三十八
【柱】古今巻十六 〇三十八
さやうにもし給ひたらめ本は候はんそれを返し給ら
んといへば智了房其事に候其本をも紙みそうつ【味噌水】
にみなつかうまつりて候をはいかゞして候べきといへりけ
りともかくもいふはかりなくてやみにけりぶさた
の名を付けれども以の外にさたきゝてぞふる
まひたりける
【556】坊城(ばうじやう)三位入道/雅隆(まさたか)のもとに正月朔日ふかくさかは
らけ持てまいりたりけるに酒などのませてくはし
とらせけるにもちゐかゞみをぐしてとらせたりけるを
あまりによろこびてことしよりはおほやけわたくし
浄頗梨(じやうはり)の鏡(かゝみ)にむかひ候たるといひたりけるふくたの
しさいふはかりなし
【557】彼三位入道うせられたりける時太夫/阿闍梨(あしやり)順聖(しゆんせう)
といふ僧としごろ其へんの者なりけるば籠(こもり)僧に入
てげり五七日の導師(どうし)にて仏供養しけれ説法に
今日は聖霊(せうりやう)この界(かい)をさりまし〳〵て五七日の忌辰(きしん)
に相あたりたりさだめて性霊/炎魔(ゑんま)法皇の庁(てう)【廰】廷(てい)
に牛頭(ごづ)馬頭(めづ)らにひはられてこそおはしまし候らめと
うちあげたりけるあはれなる事に興さめてぞ
侍ける誠に比興のいひやう也
【上欄書入れ】41
【柱】古今巻十六 〇三十九
【柱】古今巻十六 〇三十九
【558】嵯峨(さが)の釈迦堂に人あまた参りて通夜しけるに
夜うちふけて僧の有けるが経為_二題目_一仏為_レ眼といふ
句を朗詠にしたりけり心計はすると思たりけり
孝道(たかみち)朝臣折ふしまいりあひて聞居たりけるが朗
詠はてゝ孝道かの僧にむかひておもしろう候つる物
かなと式代(しきだい)したりけるを僧心ちよげに思て少居な
をりて是はずいぶんに孝道にならひて候し也といひ
たりけり此句の事中/御門(みかと)右大臣《割書:宗能》知足院殿の
御時九十句を撰定(せんぢやう)のゝち妙音院殿また百廿句を
せんじくはへさせ給けるかれこれ合弐百十句也其中
にもかの句入らすかだ〳〵おかしきいひやう也たゞしみな
これを詠じあひけり
【559】孝道入道仁和寺の家にてある人と双六をうちけるを
となりにある越前房(ゑちぜんばう)といふ僧きたりて見所(けんしよ)すとて
さま〴〵のさかしらをしけるをにくし〳〵と思ひけれども
物もいはでうちゐたりけるに此僧さかしらしさして
立ぬかへりぬと思て亭主此越前房はよきほとのも
のかなといひたりけるにかの僧いまだかへらで亭主の
うしろに立たりけりかたきまた物いはせじとて亭主
のひざをつきたりければうしろへ見むきて見れば此僧
【上欄書入れ】42
【柱】古今巻十六 〇四十
【柱】古今巻十六 〇四十
いまだありけり此時とりもあへず越前房はたかくもなし
ひきくもなしよきほどの物なといひなをしたりける
心はやさいとおかしかりけり
【560】前ノ大和守/時賢(ときかた)が墓(はか)所は長谷(はせ)といふ所にありそこ
の留す【留守】する男くゝりをかけて鹿(しか)を取ける程に
或日大/鹿(しか)かゝりたりける此男が思ふやうくゝりかけて
取たらんいとねんなし射ころしたりといひて弓の
上手のよし人にきかせんと思ひてくゝりにかけたる鹿
にむかつて大がりまたをはげて射たりける程に其
箭(や)しかにはあたらずしてくゝりにかけたりけるかづら
にあたりたりければかづらはきれてしかは事ゆえ
なくはしりにげて行にけり此男かしらかきをすれ
どもさらにゑきなし
【561】縫殿頭(ぬいのかみ)信安(のふやす)といふ者ありけり世の中に強盗(ごうどう)はやり
たりける時もしけ【家】さがさるゝ事もぞ有とて強
盗をすべらかさんれうに日暮れば家にくだといふ
小竹のよ【節】をおほくちらしおきてつとめてはとりひそ
めけり或夜まいりみやづかひける公卿の家ちかく焼亡(せうもう)
の有けるにあはてまどひて出るとて其くだの小
竹にすべりてまろびにけり腰(こし)をうち折てとし
【上欄書入れ】43
【柱】古今巻十六 〇四十一
【柱】古今巻十六 〇四十一
よりたるものにてゆゝしくわづらひて日数へてぞ
よくなりにけりいたく私宅【支度】のすぐれたるも身に
引かづくこそおかしけれ
【562】壬生(みぶの)二品/家隆(いへたか)の家にてある人の子を男になす事
侍り隆祐(たかすけ)朝臣の子になしてやがてかの朝臣加冠は
しけり名をば何とか付(つく)べきなど沙汰しけるをあつみ
の三郎/為俊(ためとし)といふ田舎(いなか)さふらひ聞て進み出ていひ
けるは此殿に御一家はみな隆(たか)の字をなのらせいへたか
とや付参らせらるべく候らんとゆゝしくはからひ
申たりけるにていふを人々わらひのゝしる事かぎり
なし為俊(ためとし)が父/図書允(づしよぜう)為弘(ためひろ)聞ていかに汝ふしきをは
申ぞ殿の御名乗をしりまいらせぬかといへばいかでか
しり参らせぬ事有べきといふさるにはかゝる事をば
申かといはれてさも候はず殿の御なのりをは家隆(かりう)と
こそしりまいらせて候へ世にも又さこそ申候なれと
陳(ちん)じたりける比興の事かの卿きかれて入興せられ
けりとなん
【563】同卿の許に権/寺主(じしゆ)圓慶(ゑんけい)といふ僧侍りけり件の
僧ひへどりをかひけり毛(け)をおそくかへけるをいら〳〵
しき物にて其鳥をとらへて毛をつるりとむしりて
【上欄書入れ】44
【柱】古今巻十六 〇四十二
【柱】古今巻十六 〇四十二
げり二品きかれて比興の事に思ひて歌をよみて
ふだにかきて壬生の辻に立られける
ひへ鳥をむしりつくみのはたかはら
しりすゝにしてなをわたるなり
【564】堀河内府入道大納言の時くどく【功徳】遊(ゆふ)有ける念仏
礼讃(らいさん)などはてゝ朗詠ありけるに少納言/阿闍梨(あじやり)
なにがしとかやいひけり僧東方五百之/塵(ちり)といふ
句を詠ずとて五百の字をあやまりて八十の塵と
詠じたりけるを尾張の内侍/簾中(れんちう)にてきゝて
八十といひだにはてぬに今四百二十/落(をち)ぬといひ出し
たりける心はやさの程(ほと)ありがたき事也
【565】橘ノ蔵人太夫/有季(ありすへ)入道の許に年比の青侍(あをさふらい)有けり
一/期(ご)不運(ふうん)にてやみにけり無食(むじき)にて両三日/経(へ)にけれ
ば存命もほとんどあぶなく覚ける飢饉(ききん)の年た
ま〳〵吹田庄(すいたのせう)より給(きう)物を以テ来りけりうちまかせ
てはよろこびさはぎて取入べきに日のわろければ
よからん日こそおさめとてとなりの家にやとしをき
て又両三日の日をむなしくすぐしけりとかくいふ計
なきあり様也くだんのおとこ鞍馬(くらま)の月詣ふてをし
けりすべて以の外の苦行者(くきやうじや)成けり或日有季入道
【上欄書入れ】45
【柱】古今巻十六 〇四十三
【柱】古今巻十六 〇四十三
いふべき事有て尋ければくらま参りて候はぬよしいひ
けれはよし〳〵只今びしやもんの福たまはらんずれは有季
が小恩物のかずならしとて吹田の給物をとゞめてげり
其後/憂悲(ゆうひ)苦悩(くのふ)する事かきりなかりけり
【566】天福の比ある上達部(かんだちめ)嵯峨(さが)辺(へん)にざうさくせんとて見
ありきけるに大覚寺の池の辺にて破子(わりご)をひらき
たりけるところを老僧のつえにすがりたる一人通り
けり件の僧をよびよせて其辺の事共たづね
ければえもいはずこまかにこたへければいと興ある
老僧なりとて酒をすゝめければ断酒(だんしゆ)のよしを
いひてのまずさらばとて破子を一合あたへければ今
日はときにてあるよしをいひてくはずさらば後〳〵に
必まいれとくいなりて嵯峨の案内者にたのまんなど
いひて家いづくぞ又名をば何といふぞと問ければ
老僧のいひけるは此辺の人は左府入道とこそ申侍
れと答に此公卿あざみまどひて破子の沙汰にも
およばずにげにけり
【567】前ノ隠岐(をきの)守/永親(なかちか)がしたしき者に左衛門尉何がしとかや
いふもの有けり永親が家と此ぬしが家とむかひ
あはせにちかゝりければつねに行かよひけりつとめ
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】46
【柱】古今巻十六 〇四十四
【柱】古今巻十六 〇四十四
てとくたゞひとり永親がもとへ行ける程にわすれ
てゑぼうしをもせでもとゞりはなちながら門(かど)をあ
ゆみ入けるを人々見てふしぎの事かなと笑(わらひ)あひ
けれどもことばにいふ事なければ我事とは思ひもよら
である程に朝日のかげにもとゞりのうつりて見へけれ
ばはじめてさどりてかしらをさぐるにゑぼうしなかり
ければあはてまとひてはしりかへりにけるうしろす
がたおもかげさこそおかしかりけめ
【568】将軍入道殿はじめて上洛の時清水の橋を渡り
たりけるにいづれの武者の分にてか有けんしろき
ひたゝれ着たる男のたけたちことがらさる体なるが
奉行して有けるが文を見て立たりけるをわかき女
房の清水もうでする物と見へたるが此男のもとへ
立寄ていひかけたる
たちろくかわたしもはてゝふみ見るは
といへりけるを此男つけんずるきそく【気色】にてしばしうち
あんじけるが此心やまはらざりけん大声を出して
いかに将軍の渡させ給ふ橋をたぢろくかとはとがめ
ければおそろしくて足はやにさりにけり
【569】四條院/崩御(はうぎよ)のとき醍醐(たいこ)大僧正の弟子何がし房
【上欄書入れ】47
【柱】古今巻十六 〇四十五
【柱】古今巻十六 〇四十五
とかやいひける僧大僧正のもとへ消息(せうそく)をやるとてさん
ぬる九日/国王(こくわう)俄(にわかに)に【「に」衍字ヵ】死去(しきよすと)云々尤ふびんの事歟と書
たりけるふしぎなる文章成かし僧正/腹腸(はらわた)を切て
其状を人に見せられけるとなん
【570】寛元ノ御禊(ごけい)に院の御さんじきの前にて右少弁/顕雅(あきまさ)
供奉人をとひけるに馬允(むまのぜう)なにがしとかや三度なのり
たりける人々/嘲哢(てうろう)しけり
【571】宝治の日吉の御幸にある上達部供奉有けるに
侍五人ぐせられたりけりめん〳〵にきらめきたる
中に一人の侍うす色の白裏(しろうら)の狩衣(かりきぬ)を着たりける
が色を染そんじてよにわろく見へけるを後に長(なか)
門(と)ノ守/盛重(もりしけ)の侍にあひて先日の御供の侍共面々に
きらめきて侍りしにうす色のかり衣着て候し
あしき男はたれにて候ぞと問たりけるめんほくな
く覚へてたれにて候けるやらんとぞこたへける
おかしかりける事也
【572】建長元年/閑(かん)院殿/焼失(せうしつ)の次(つきの)日宮ノ左衛門何がしと
かやいふものぼんのくぼに太刀はき袖くゝりて昨日の
焼亡(せうもう)に醍醐(だいご)に候所にまかり候てはせまいらず候
とて大納言の二品のつほねへ参りたりける人〴〵
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】48
【柱】古今巻十六 〇四十六
【柱】古今巻十六 〇四十六
平給する事かきりなし
【573】同四年の維摩会(ゆいまえ)の延年(えんねん)に児(ちこ)白拍子(しらひやうし)のれうに
春日の社の神人/季綱(すへつな)《割書:号_二黒(くろ)|祢宜_一》をつゝみ打に召ぐし
たりけり此ごろより男/皷(つゝみ)うちあしとて大衆(たいしゆ)うつ事に
なりにける時くだんの黒祢宜/大便(たいべん)をもよほしければ
かしらをつゝみながら猿沢(さるさは)の池(いけ)のはたに行てしりを
かきあげてかまへけるを衆徒(しゆと)見て大衆のいかにかゝる
見ぐるしきふるまひする稀有(けう)也かしらはげといらて
ける時に季綱(すへつな)にて候ぞと名のりたりければさる
大衆の名乗(なのり)やうや侍べき奇怪(きくわい)なりといへば手を
すりてかしらをむきてこもとゞりをさゝげて皷
打にて候ぞといひければわらひてのきにけり
【574】少将入道善忍と云人の許(もと)に男の下人有けりかの
入道たびせんとて人に鞍(くら)をかりて其下人してとりに
やりたりけりしばし有て持きたり鞍(くら)の具足なに〳〵
有ととひければ鞭(むち)あふりなど一々に具足いひて
猶物をいひはてぬけしきなりけれければさて〳〵又何か
有とたび〳〵いはれてはゞかりたる気色にて御をも
づらも候といひたりけるおかしき事歟
【575】ほり川の院の御時中宮の御方の御はしたものに
【上欄書入れ】49
【柱】古今巻十六 〇四十七
【柱】古今巻十六 〇四十七
沙金(しやきん)といひてならびなき美女(びじよ)ありけり兵庫(ひやうご)ノ頭(かみ)
仲正(なかまさ)なん思てひさうしけり其時殿下の前駆(せんく)の人々
鴨井(かもゐ)殿にあつまりて酒のみける次てにある人かの
沙金が事をかたりいで一日内裏にてねりいてたり
しかぎりあれば天人もこれにはまさらじとこそ見へし
が世にあらばかやうのものをこそおもひ出にもせまほし
けれなどいふ鬼こゝめをも物ならす思へる武士(ぶし)はおそ
ろしき物ぞおもふとも叶(かな)ふべからずいひさたせで有
なんと人々いふを佐実(すけさね)と云者さかしだちたる本性
にていなや武士も女のかたにはほるゝ物也我はぬす
まんとだに思はゞ仲正いかにまもる共それにさはらじ
といふより何をあたにか思ひけん仲正が事を嘲(あざけ)り
おこづくやうにいひければかたへはことばすぐなにて
やみにけり此事たれか中/言(こと)したりけん仲正かへり
聞てやすからね事也おのこどもいかゞすべきかれ弓
矢のもとすえしらずかたきにあたはねばよしなき事
なれどさりとてはやすからずことがらはかりおとさん
と思ふ也といひあはせければいとやすき事也とて
夕闇(ゆふやみ)の比殿下より出けるを待うけて車より引
おろしてさることいはじと怠状(たいでう)をせさせけり是
【上欄書入れ】50
【柱】古今巻十六 〇四十八
【柱】古今巻十六 〇四十八
を仲正が郎等の中にことに物の心もしらずなさけ
もあはれもかへりみぬ田舎武者一人有けるが此事
を後につたへ聞てむまにてはせきけるが此/佐実(すけさね)
はからくしておきあがりて小家にはひいらんとしける
時/行(ゆき)あひて何共いはず引出してもとゞりをきり
てげりやがて仲正が許へ行て是奉らんといひければ
仲正かく程にはおもはずふしきの事したるといひなが
らかひなき事なればさてやみにけり此事/佐実(すけさね)こそ
我身のためを思てくちよりとへもいださねどかば
かりの事さてやまんやは院聞しめして仲正がしよ行(きやう)
然るべからずとて下手人などめし出されんずるにて
きびしく御沙汰ありける程に佐実(すけさね)もきられずと
申けり仲正もきらすと申けるによりて重き罪には
あたらざりけれど切たる者それがしと慥に聞し召て
その郎等をめすにあとをくらめてうせぬ仲正/力(ちから)及
ばざりければ院覚しめしわつらひて其時/盛重(もりしけ)が検(けん)
非違使(ひいし)にて候けるを召て此もとゞり切たりと聞へる
男かまへてとらへてまいらせよと仰られければ承て
中〳〵かれがゆかりを尋て母の尼公(にこうが)家をあかつき夕暮
ごとにうかゞひけりかゝる程にある朝ぼらけに法師
【上欄書入れ】51
【柱】古今巻十六 〇四十九
【柱】古今巻十六 〇四十九
の女のすがたをつくりて門(もん)をたゝく事有これたゞには
あらじとあやしめてやがてからめて是を問にわれは
あやまたずかの人の有所は清水坂のしか〳〵の所也其
使に詣(まう)で来る計也とあはてさはぎければわ法
師をいかにすべきにはあらずかしこのしるべのれう
なりとて程へばかへりもそきくとてやがてうち立て
からめに行てかしこにも思ひよらぬ程なりければ
わづらひなくからめ取てかへるに盛重思ふやう六波
羅には刑部卿/忠盛(たゝもり)居られたり其かたはらを過は
うばゝれんずおこの事になりなんと思てすゞろなる
法師をとらへておかしの物につくりなしてそなたへ
やりてまことの物をば人ずくなにて祇園中路と
いふかたよりしのびやかにぐしてやりてげりさりければ
忠盛朝臣はよしなしとや思ひけんおとなくてぞ過け
る其時清水の大衆おこりて此御寺のほとりにて
すゞろに人からめる事むかしよりなしたとひおかし
のもの也共別当にふれられてこそからめられめといひ
てあつまりむらかりていかにもとをざしとしければ
わづらはしくてふところの中にてたゝう紙を文に
つくりてさし出て云やういかでかふれ奉らではからめ
【上欄書入れ】52
【柱】古今巻十六 〇五十
【柱】古今巻十六 〇五十
侍らんかれにきかせじとかくしつれは披露ばせぬに
こそあれ此あかつき別当坊へ別当/宣(せん)をつけられ
たり其請文是に有とてさし出したりければさるにて
は左右におよはずとてとをしやりてげり此次第院聞
しめして誠に感じ覚しめしけり扨かのおとこはめし
とはせければ何しにかはかくし侍らん切候にきと申ける
を佐実も当時(たうじ)こもりゐねば真実(しんじつ)のやうきこし
めさまほしく思召て又盛重に佐実がもとゞり
切きらずたしかに見てきなんやと仰下されければ
勅定又のがれがたくて領(れう)状申て出さまに北面に
安忠が候けるをいざ給へ人のもとへ酒のみにまかる
にともなひ給へかしとさそひけり時のきり物なれば
よろこんで相ぐして行(ゆく)いづくなるらんと思ふ程に此
佐実(すけさね)がもとにゆきて事のつゐでつくりいでゝさま〴〵
の事いひあはせさだむる程に二時計に成ぬあるじ酒取
出てのませける程にわれも人も興に入てあるじに
かわらけさすとてをそれたるよしにてへいじとりて
よりてあしいくふるまへるさまをしてゑぼうしをつきおとし
いみじきあやまりともてさはぎながら是を見ればめぐり
をうつくしくあみてゑぼうしを着たりける也安忠に
【上欄書入れ】53
【柱】古今巻十六 〇五十一
【柱】古今巻十六 〇五十一
目をくはせければ其時にこの証人のために早くさそ
ひけるよと心得てげり盛重ゆゝしきあやまちしたる
つらつくりておそれくるめきて事はてぬれば院へ帰り
参りて此よしを申てそれがし証人のために相ぐして侍りつ
と奏しければ一人罷たればとてうたがひ覚しめすまじ
けれ共証人をさへぐしたれば殊に厳重(げんぢう)也と仰られ
て仲正が罪おもく成にけりかゝれ共佐実はあらかひ
たるやうにて出仕しありきけり人わらひけれどさて
のみ過にけり其時/花薗(はなその)のおとゞいまだ司もあさく
おはしけるに御文の師にて敦(あつ)正といひける者参り
けるをいと文のかたにすぐれたる聞えもなかりけるにや
此佐実花薗殿に参りて物語申ける次てに御文談の
候はん時は佐実もめされ候べき物を敦(あつ)正にはよもおと
り候はしとてかれがあしき事共を書つくし聞へければ
心得ずおぼしながらさる程にあひしらひ給をまことにや
思ひけん又申けるはいみじき秀句をこそ仕て侍れと申
ければ興有事かないかにと問給ふに
有(アリ)_レ花(ハナ)々々(〳〵)敦正(トンセウ)山之(サンノ)春霞(ハルカスミ)紅(クレナヒ也)と申けれはあるじ
の殿わらはせ給ひていみじき秀句也と感じ給ければ
ゆゝしく罷出にけりかくいふは此敦正は鼻(はな)のおほきに
【上欄書入れ】54
【柱】古今巻十六 〇五十二
【柱】古今巻十六 〇五十二
て赤(あか)かりけるをおこづきてかくかきてげり殿いまだわかき
御ほどなれば敦正が参たりけるに此次第をかたらせ給ふ
に大にいかりて弓矢とる身にて候はゝ仲正かやうになき
目をも見せつべく侍れ共其事身に似ぬわざ也此下
句をこそ付侍らめとて
無(ナシ)_レ鳥(トリ)々々(〳〵)佐実(サジツ)園(エン)之(ノ)冬(フユ)雪(ユキ)白(シロシ)とぞ申たりける
殿いみじくかんじ給けり世の人其比の物がたりにてぞ
有けるもとゞり切られてそれにもこりず猶利口し
ありきける程にまた付られにけりとなん
【576】後嵯峨院(ごさがの)院の御時亀山殿御所の比/高倉(たかくら)宰相/茂通(しけみち)
卿と栄性(ゑいしやう)法眼(ほうけん)とはむかしよりの知音(ちゐん)にて有けるに
亀山殿の宿所むかひあはせにて有ければあさゆふ
よりあひてあそびけるに茂通(しげみち)卿栄性が亭へ行向ひ
けるやうは本鳥(もとどり)をはなちて小袖びやくえにて門を入ゟ
して栄性法眼めおやまけ〳〵と大/声(こへ)にていひて縁(えん)を
のぼりければ栄性とりもあへず簾(すだれ)の中より茂通め
もおやまげ〳〵とぞいひけるさて其後よりあひて雑(ざう)
談(たん)酒宴(しゆえん)などしけるとかや知音もかゝる事やは侍るべき
人の利口にに【「に」衍字ヵ】て有けるやらんかの栄性法眼は忍てある
尼(あま)をかたらひて持たりけり同宿はしながらさすが同
【上欄書入れ】55
【柱】古今巻十六 〇五十三
【柱】古今巻十六 〇五十三
所にはをかで中/一間(ひとま)をへたでゝぞすまひける此事の
したく成ける時はひる中にもまへをかきあけて一尺寸
はんの小仏(こふつ)頭(かしら)ふりて参たりといひて尼がもとえ
あゆみ行ければ此尼とりもあへず又まへをはたけて
三間(さんけん)四面(しめん)の小御堂(こみどう)御戸(みと)ひらきてまいり候とこたへて
中の間(ま)へ引合てはじめけるとなん比興の事也し
【577】桂(かつら)に漏尅(ろうこく)博士(はかせ)季親(すへちか)といふ者有けり周易(しうゑき)の博士
にて其道におぼへ有けれど風月のかたことなる
聞えなかりけりある文章の連句の座にのぞみたり
けるに上句の番にあたりておそく出ければ其中に
むねとの儒者(じゆしや)の有けるが是をあなづりたりけるやらん
閉【閇】_レ口/後(こう)来客(らいのかく)
かく上句をそばにていひたりければ季親(すへちか)
含(ふくむ)_レ陰(ゐんを)先達(せんだちの)儒(じゆ)
とぞ付たりけるかの儒者(じゆしや)物いふ事なかりけり是も
利口の過たりける故也
【578】賀縁(かえん)阿闍梨(あしやり)と聞へし人何事の意趣(いしゅ)か有けん慈
恵(ゑ)僧正を濫行(らんぎやう)肉食(にくじき)の人たるよし不実利口を申
たりけるを僧正かへりきゝ給ていきどをりて起請文(きしやうもん)
を書て三塔(さんたう)に披露(ひろう)せられけり其詞に云
【上欄書入れ】56
【柱】古今巻十六 〇五十四
【柱】古今巻十六 〇五十四
若(モシ)謂(イハヽ)_レ令(シテ)【左ルビ「セシムト」】_下二破戒(ハカイ)無慙(ムサン)之(ノ)僧(ソウヲ)_一住(チウ)_上二持(ジ)天(テン)台(ダイ)座(ザ)
主(スニ)_一者(バ)恐(ヲソラクハ)胎(ノコシ)_二狐疑(コキノ)於/先賢(センケンニ)_一方(マサニ)致(イタサン)_二狼藉(ロウゼキヲ)於
後輩(コウハイニ)_一者(モノ)歟(カ)固(ヨツテ)_レ茲(コレニ)今(イマ)対(タイシテ)_二/三宝(サンホウニ)_一披(ヒ)_二陳(チンス)此事(コノコトヲ)_一
持律(ぢりつ)の人にそら事を申付たるむくゐとてくるひ
ありきけるとぞ起請(きしやう)のおこりこれなり
古今著聞集巻之十六終
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【後見返し】
【裏表紙】
【背。ラベル 横書き。「總」は青字、「上」は朱字】總上/5/54
【表紙題箋】《題:古今著聞集 《割書:十七》》
【前見返し】
古今著聞集巻第十七
怪異(けい)《割書:第廿六》
【579】怪異(けい)のおそれ古今(ここん)つゝしみとすしかあれともかの
白氏文集/凶宅(けうたく)の詩(し)にいへるがことく人凶(じんけう)也/非(あらす)_二宅凶(たくけうに)_一
もろ〳〵の怪異もさこそ侍らめなずらへてしる
べき事にや
【580】延長八年七月十五日とりの時におほき成/流星(りうせい)東北
をさして引けるかその跡(あと)化(け)して雲となりにけり
同廿日くろき雲にして【「にして」は書陵部本「西」】南より来りて龍尾壇(りやうびたん)を
おほふすなはち風吹て大じやの五六丈ばかりなる
【蔵書印 朱 陽刻 方形 単郭 篆書体】
《割書:平戸藩|蔵 書》
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:楽歳堂|図書記》
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:子孫|永宝》
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】1
【柱】古今巻十七 〇一
【柱】古今巻十七 〇一
おちかゝりて高欄(かうらん)やぶれにけれど蛇(しや)は見へざりけり
【581】出雲国/秋鹿(あきしかの)郡の北の海にくろしまといふ小しま有
海草(かいさう)などおほくおひけり天慶三年十二月上旬に
にはかにきえうせて見へず成て其あとに大成石ぞ
其かずしらずそばだちて有ける
【582】同四年正月下旬に国々【「国々」は書陵部本「同国」】海辺/戛(たま)をうつこゑ聞へけり
夜あけて見ればしまねのこほりのさかひより楯縫(たてぬいの)
郡(こほり)のさかひまで一町あまりが程こほりをかさねて塔(たう)
をつくりてならべたてたりけりをの〳〵高さ三丈
あまりめぐり七八尺ぞ有ける後にはきえやうせ
けん何のしさひといふことをしらずおそろしかりけ
る事也
【583】後朱雀院の代のすえに除目(ぢもく)をこなはれけるに大成
人あかきくみをくびにかけて四季(しき)の御/屏風(びやうぶ)のうへ
より見へけるが主上御覧じてのち御こゝちれい
にたがはせ給ひていくほどなくて崩御(ほうぎよ)ありけり
おそろしかりける事也世の人/八幡(やわた)の御体(ごたい)かとぞ申
ける何の故にてさはいひけんおぼつかなき也
【584】崇徳(しゆとく)院御位のとき保延六年の秋の比御夢に白河の
僧正/増知(ぞうち)まいりたるよし申ければしばらく候へとて御
【上欄書入れ】2
【柱】古今巻十七 〇二
【柱】古今巻十七 〇二
たいめん有けるに僧正かきのすりすいかんを着て久しく
見参に入らざるよしを奏し侍りけり御夢さめさせ
給ひてのち御心れいならずおはしまして時々朗詠/読(どく)
経(きやう)などせさせ給ひけりある時は御てうづめして西に
むかはせ給ひて生身(せうしん)の成仏などおほせられけり或
ときは又/故(こ)僧正増智なりなどゝなのらせ給けり
ふしぎなりける事也さりながらのち〳〵はべちの御
事もなかりけるにや
【585】治承二年六月十二日ひつじの時/未申(ひつしさる)の方の星(ほし)地
にをちたりけり其てい水精(すいしやう)のことし尾(を)の長さ二丈
あまり也中たへて又七八尺計有けり大膳の権の太夫安
倍の泰親(やすちか)朝臣ぞ奏(そう)し奉りける
【586】同四年四月廿九日/未(ひつじの)時ばかりにつじ風吹たりけり
九条のかたよりおこりけるが京中の家或はまろび或は
はしら計のこれり死ぬるもの其かずをしらずしとみ
やり戸さらぬ雑物(ざうもつ)雲の中に入て風にしたがひて飛(とび)
けりある所には雨ふり或所にはいかづち鳴(なる)九条の坊門
東洞院辺には雪ふりたりけり其比かゝるたび〳〵
ふきけれ共此度は第一にをびたゝしかりけりたびごと
に戌亥(いぬい)の方より辰巳(たつみ)へぞふきけるおそろしき事
【上欄書入れ】3
【柱】古今巻十七 〇三
【柱】古今巻十七 〇三
いふはかりなりけり
【587】清長(きよなか)卿/貫首(くわんしゆ)のとき殿上人どもあひともなひてふな
をかにむかひてむしをとりけるに風あらく吹て清長
朝臣のかふりを吹おとしてげり件の冠(かふむり)とをくふかれ
行て死人の頭(かうべ)の有けるに人のわざときせたるやう
にかゝりにけり人々あざみあへりけりさてしもあるべ
き事ならねばいぶせながら其冠を取て着(き)てげり
其後四五年ばかり有てうせられにけりかやうの事はあ
やしむべき事也
変化(へんげ)《割書:第廿七》
【588】千変万化(せんへんばんくは)未(いまた)【左ルビ「アラス」】_二始(はしめて)有(あら)_一レ極(きはまり)むかしより人の心をまどはす
といへども猶其信をとりかたき事也
【589】仁和三年八月十七日亥の時計【ばかり】にある者みち行人
に告(つげ)けるは武徳(ふとく)殿の東の松はらの西にみめよき女
房三人ひがしへ行けり松の下に容色(ようしよく)美麗(びれい)なる男
いできて一人の女の手をとり物がたりしけるが数剋(すこく)
を経(へ)てこゑもきこえず成ぬおどろきあやしみ
て見ければ其女手足おれて地にあり頭(かしら)は見えず
右衛門さひやうゑ陣に宿(しゆく)し侍したる男この事を聞
【上欄書入れ】4
【柱】古今巻十七 〇四
【柱】古今巻十七 〇四
てゆきて見ければ其かばねもなかりけり鬼(をに)のしは
ざにこそ次の日/諸(しよ)寺の僧を請(しやう)ぜられて読経(とくきやう)の
事有けり其僧共は朝堂(てうどう)院の東西の廊(らう)に宿(しゆく)
侍(じ)したりけるに夜中はかりに騒動(さうどう)のこゑのしけれ
ば僧共坊のそとへ出て見ればやがてしづまりてなに
事もなかりけり是はされば何事によりて出つるぞ
とをの〳〵たがひに問けれ共誰もわきまへたる事なか
りけり物にとらかされたりけるにこそ此月に宮中
京中かやうの事共おほくきこへけり
【590】延長七年四月廿五日の夜/宮(きう)中に鬼のあと有けり
玄輝(げんき)門内外桂芳坊のほとり中宮庁常寧殿の内
などにぞ有ける大なる牛の跡にぞ似たりける其ひづめ
の跡青赤色をまじへたりけり一二日の間に次第に失(うせ)
けり北の陣の衛士がみけるには大なるくま陣中に入て
則見へず其鬼のあとの中におさなきものゝ跡もまじ
りたりけりとぞおそろしかりける事哉
【591】同八年六月廿五日/宇多(うだの)院の御随身/近衛(こんえ)右近(うこん)の陣(ぢん)を
すきけるに三位一人五位一人人に火をともさせて右
近の陣を入と見る程に誠にはなかりけり是も鬼の
しはざにやとぞ世の人おぢける
【上欄書入れ】5
【柱】古今巻十七 〇五
【柱】古今巻十七 〇五
【592】同七月五日夜右近衛下野の長用殷富門よりまいりて
武徳殿(ふとくでん)に至る程にさきにくろき物着て太刀はきた
る者人をとらへてひとり行けり長用追付て見け
れば此ものかへりしろき笏(しやく)をぞもたりける扨ゑもん
の陣にいたりぬ陣の内より三位一人出あひたり供の
もの火をともしたりけり三位/光臨(くわうりん)を相まつとて他事
をもかたらひけり火をともしたるものはすりぎぬを着
たり長用鬼神にこそとおそれ思て先かへりて殷富(いんふ)
門(もん)のもとに至りてさきの所を見るに火百あまりと
もしたる物見えけりやゝひさしく有てぞきえける
【593】承平元年六月廿八日未の刻(こく)に衣冠(いくわん)着たる鬼の
たけ一丈あまり成が弘徽殿(こうきでん)のひかしの欄(をばしま)のほとりに
げんじてやがてうせにけりあるひは夢想とも人申けり
一/定(でう)をしらず其比十ケ夜ばかり暁(あかつき)に及て八省(はつせう)ゐん
となかづかさ省(せう)のひがしのみちとのあいだに人馬の
こゑひがしにむかひておほくきこへけり誠にはなか
りけり是も鬼のしわざにや
【594】天慶八年八月五日の夜宣陽建秋両門の間に馬
二万ばかりの音(をと)しけり内裏引いるゝほど数刻を経け
り左近のわきの陣に候近衛佐兵衛の陣の吉上(きちじやう)みな
【上欄書入れ】6
【柱】古今巻十七 〇六
【柱】古今巻十七 〇六
是を聞けりはじめは馬のをとなひ也けるが後には
又人数百人がをとなひにてきこえける
同十日あしたに又/紫震殿(ししんでん)のまへのさくらの下より
永/安門(あんもん)まで鬼のあし跡馬のあし跡などおほく見え
けりむかしはかゝる事つねに有けるにこそ
【595】むかし玄象(げんじやう)のうせたりけるに公家おどろき覚し
めして秘法(ひほう)を二七日しゆせられけるに朱雀門(しゆしやくもん)の上
よりくびに縄(なは)をつけておろしたりける鬼のぬす
みたりけるにや修法(しゆほう)のちからによりておろしたり
けるむかしはかく皇感(くはうかん)も法験(ほうけん)も厳重(げんぢう)なりける
めでたき事也
【596】五の宮の御室(をむろ)しづかなるゆふへたゞいま御手水めし
てたゞ一所おはしましけるに御簾をかゝげてたけ一尺七八
寸ばかり成物のあし一つ有顔すがたは人のやう也
けり御前に候けるをあれは何物のやうだひぞと
仰られければをのれはがきにて候也水にうえたる
事たへがたく候世間に人のわづらゐ候をこり心地と
申候事はをのれが致事に候われと水をもとめ候
へばいかにも得がたく候て人につきてそれがのみ候
にうえをやすめ候也然るをもろ〳〵の人きみに申
【上欄書入れ】7
【柱】古今巻十七 〇七
【柱】古今巻十七 〇七
候て御手跡にても御念誦(こねんしゆ)にてもたまはり候はゞ身
にふれ候者はわれにをかさるゝ事候はずまして御
加持(かじ)など候ぬれはあたりへだにもよらず候是により
候て水のほしう候事たへしのぶべくも候はずたすけ
させおはしませと申けれはいとおしく覚し召て誠に
きくがごとくならば不便なる事也これより後こそ其
心をえめとて御たらひにみづから水を入させ給ひて
給はせければうつぶきてよに心よげにすば〳〵と皆
のみてげり猶ほしきかととはせ給へばすべてあく
ときなく候と申ければ水生の印をむすばせ給て
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】8
【柱】古今巻十七ノ 〇又七
【柱】古今巻十七ノ 〇又七
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
御ゆびをひとつ口にさしあてさせ給へばうれしげ
に思ひてすいつきまいらせけりさる程に其御ゆび
より次第に御くつうありて御身までせきのぼれば
はらひすてさせ給て火の印をむすばせ給ひければ
御心地もとのごとくならせ給ひにけり
【597】久安四年の夏のころ法勝寺(ほうしやうじ)の塔(たう)のうへに夜な
がめける歌
我いなばたれまたこゝにかはりゐん
あなさだめなの夢のまくらや
てんぐなどのながめ侍りけるにや
【上欄書入れ】9
【柱】古今巻十七 〇八
【柱】古今巻十七 〇八
【598】二でうの御時五せつ卯日の夜とのもづかさしそくを
さして南でんの東北のすみのはしをとをりけるに
うしろよりくびのほどをおすもの有けり則とのも
づかさたえ入にけりあはてゝ紙燭(しそく)をふところ
に入たりける程に衣(い)しやうに火もえ付てすでに
死ぬべかりけるがからくして命計はいきたりけり
ばけ物のしはざにこそ
【599】承安元年七月八日伊豆の国/奥嶋(をきのしま)のはまに船一さう
つきたりけり島人ども難風に吹よせられたる
舟ぞと思ひて行むかひて見るに陸路(りくぢ)より七八
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
段ばかりへだてゝ舟をとゞめて鬼/縄(なは)をおろし
て海(かい)ていの石に四方をつなぎてかの鬼八人船より
おりて海に入てしばし有て岸(きし)にのぼりぬしま人
粟酒(あわさけ)をたびければのみくひける事馬のごとし鬼
は物いふ事なし其かたち身八九尺計にて髪(かみ)は
やしやのごとし身の色/赤黒(あかくろ)くまなこまろくして
猿(さる)の目(め)のごとしみなはだか也身に毛(け)おひす蒲(がま)をくみて
腰(こし)にまきたり身にはやう〳〵の物のかたをゑり入たり
まはりにふくりんをかけたりをの〳〵六七尺計なる
つえをぞ持たりける島人の中に弓矢持たる有
【上欄書入れ】10
【柱】古今巻十七 〇九
【柱】古今巻十七 〇九
けり鬼こひけり島人おしみければ鬼ときをつくり
てつえをもちて先弓持たるをうちころしつをよそ
うたるゝもの九人がうち五人は死ぬ四人は手を負(おひ)なから
いきたりけり其後鬼/脇(わき)より火を出しけり島人
皆ころされなんずと思ひて神物(しんもつ)の弓矢を申出し
て鬼のもとへむかひたりければ鬼海に入て底(そこ)よ
り船のもとに至りてのりぬ則風にむかにてはしり
さりぬ同十月十四日/国解(こくげ)をかきておとしたりける
帯(をび)をぐして国司(こくし)に奉りたりけり件の帯は蓮花王(れんけわう)
院の宝蔵(ほうぞう)におさめられけるとかや
【600】東大寺の聖人/青(せい)【「青」は書陵部本「春」】舜(しゆん)坊はもとは上(かみ)之/醍醐(たいこ)の人也
そのかみ上(かみ)之/醍醐(だいご)にて女法経(によほうきやう)をかきておはしけるに
かきの衣はかま着たる法師のいとおそろしげなる
がいづくより共なくいできたりて上人をかきおひて
そらをかけて行けり三千世界/眼前(がんぜん)に見へていた
らぬ所なしさていづく共しらぬ山の中にゐで行て
うちおろしてげりあさましく思てゐたる程に又同
さまなる法師共其かずおほく見へきたる何とやらん
めん〳〵に物をいひあへりかゝる程に其中にむねとの
物とおぼしき僧いで来て上人を見て云やういかに
【上欄書入れ】11
【柱】古今巻十七 〇十
【柱】古今巻十七 〇十
此御坊をばかゝる所へはぐし奉りたるぞはなはだ有
まじき事也すみやかにもとの所へおくり奉るべしと大に
おどろきたるけしきにていひければありつる法師又かき
おひて行かと思ふ程に上のだいごの本坊にうちをき
たりけりこれ天/狗(ぐ)のしよゐ也
【601】とのもの頭(かみ)光任(みつとう)朝臣/法住寺(ほうぢうじ)をめぐりける時/子息(しそく)
近江守/仲兼(なかかね)毎日(まいにち)奉行して参(さんじ)けり或(ある)日/退出(たいしゆつ)しける
程に日/暮(くれ)てのち東寺辺をとをりけるに相/供(ぐ)し
たる下人共みな車のさきにはしりたりけるあいだに
車のうしろには人もなかりけりよの中くらくてわ
づかに星のひかりほのかなるに見れば白きひたゝれき
たる法師一人車のうしろにあゆみ来けりあやし
う思て後(うしろ)のすだれをかゝげて見れば父朝臣が許
にめしつかふ中間次郎ほうし也けり其比件の法師
をかんだうして追出したる比也只今こゝに来るは
我ををかさんと思ふにこそとおもふよりきつくわひ
に覚て下人共にかくといはず車/刀(かたな)の有をとりて
うしろよりおどりをりて此法師に云やう汝は次郎法し
めが何の故に只今こゝには来ぞきつくわひのやつかな
とてはしりかゝりたるを此次郎法しと思ふ程に其たけ
【上欄書入れ】12
【柱】古今巻十七 〇十一
【柱】古今巻十七 〇十一
次第に大きに成てかきけすやうにうせにけりと思ふ
ほどに空(そら)より仲兼がゑぼうしを打おとしてもとゞり
を取て引あげゝりその折車刀にてあげさまにさし
たりければ手ごたえしけりよくさしつと思ふほどに
もとゞりをはづしてつちへおとしげり白青のかりぎぬ
を着たりけるに血(ち)おほくながれ付たりみぎの手など
にもつきたりけり扨下人は主人のかゝる共しらず車に
のりたるぞとおもひて父朝臣が亭きりつゝみへやりて
行ておろさんとするに主人なしおどろきさはぎ則人
勢おこして火おほくともしてもとむるに東寺の
南つくり道の田中にてもとめ出してげり太刀を手に持
ながら死て有けり則かきもて行て数日(すじつ)護身(ごしん)などして
もとのごとくに成にけりその太刀をば法皇のめして
蓮花王院の宝蔵におさめられにけり
【602】後鳥羽院の御時八条殿に女院わたらせ給けるころ
かの御所にばけもの有よし聞えければ院の御所より
庄田(せうた)若狭(わかさの)前司(せんじ)頼度(よりのり)がいまだ六位なりけるをめして
件のばけ物見あらはして参られと仰られて彼御
所へまいらせられにげり頼度(よりのり)すなはち八条殿に参
て寝殿(しんでん)のきつねどに入て待けり六ケ夜迄待たりけ
【上欄書入れ】13
【柱】古今巻十七 〇十二
【柱】古今巻十七 〇十二
れどもあへてあやしき事なし御所様にも其程はさせる
事なかりけり七日にあたる夜待かねて少しまどろみたり
けるにかはらけのわれをもて頼度(よりのり)が頭(かうべ)にばら〳〵となげ
かける此時居なをりて物は有けりと思て待ゐたるに
又さきのごとくばら〳〵なげゝりされ共目に見ゆる物は
なししばし計有て頼度がうへをくろき物がはしりこへ
けるを下よりむずと取とゞめてげり見れば古狸(ふるたぬき)の
毛(け)もなきにてぞ侍けるやがてをしふせてさしぬきの
くゝりをぬきてしばりていきながら院の御所へゐて
参たりければ御/感(かん)のあまりに御太刀ほうびを給はせ
けり其後はかの御所にばけ物なかりけり
【603】水無瀬(みなせ)山のおくにふるき池有みづとりおほくゐたり
くだんのとりを人とらんとしければ此池に人とり有て
おほく人しにけり源馬允(みなもとのむまのぜう)仲隆(なかたか)薩摩守(さつまのかみ)仲/俊(とし)新馬介
仲/康(やす)此兄弟三人院の上北面にて水無瀬殿(みなせとの)に祗候(しこう)
の比をの〳〵相(あい)儀(ぎ)してかのみづとりとらんとてもちなは
のぐなど用意して行むかはんとするをある人いさめ
て其池にはむかしより人とり有ておほくとられぬはな
はだむかふべからずといひければまことに無/益(やく)の事也とて
とゞまりぬ其中に仲俊(なかとし)一人思ふやうさるとても人に
【上欄書入れ】14
【柱】古今巻十七 〇十三
【柱】古今巻十七 〇十三
いひおどされてさせるみたる事もなきにとゞまるべきか
きたなきこと也我ひとり行て見んとて小冠者(こくはじや)一人
に弓矢もたせてわが身は太刀計打かたげて闇(やみ)の夜に
道もみへねどしらぬ山中をたどる〳〵件の池のはた
に行てげり松の池へおひかゝりたるが有けるもとに
居て待所に夜ふくる程に池のもしんどうしてなみ
ゆはめきておそろしき事かぎりなし弓矢はげて
待にしばし計有て池の中ひかりて其体は見へねども
仲俊が居たる所の松の上にとびうつりけり弓ひかんと
すれば池へとびかへり矢さしはつせば又もとのごとく
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
松へうつりけりかくする事たび〳〵になりければこの
ものの射(い)とめん事はかなはじと思て弓をうちおきて
太刀をぬきて待所に又松にうつりてやがて仲俊がゐたる
そばへ来りけりはじめは只ひかり物とこそ見るに近付(ちかづき)
たるを見れば光の中にとしよりたる姥(うば)のゑみ〳〵と
したるかたちをあらはして見へけりぬきたる太刀にて
きらんと思ふにむげにまぢかきをよく見れば物がら
あんへいに覚へければ太刀をうちすてゝむずととらへ
てげりとられて池へ引入らんとしけれど松のねを
つよくふみはりて引入られずしばしからかひて腰刀(こしかたな)
【上欄書入れ】15
【柱】古今巻十七 〇十四
【柱】古今巻十七 〇十四
をぬきてさしあてければさゝれてはちからもよはり
ひかりもうせぬ毛(け)むく〳〵と有物さしころされて有を
見れば狸(たぬき)也けり是をとりて其後御所参てつほね所へ
行てねぬ夜あけて仲隆(なかたか)等来て夜前ひとり高名
せんとて行しがいか程の事したるぞとて見ければ
すは見給へとて古狸(ふるたぬき)をなげ出したりけりかなしく
せられたりとて見あざみけるとなん
【604】建保の比/大原(おほはら)の維蓮(ゆいれん)坊/五種行(ごしゆぎやう)をはじめ行(おこな)はれける
に天/狗(ぐ)たび〳〵さまたげをなしけり維蓮坊は書写法(しよしやはう)に
て侍けるにある昼(ひる)つかたあかりしやうじのそとにて聞もしらぬ
こゑにて維蓮坊と呼(よぶ)人有たそと計こたへていては
あはずさる程にうしろ戸(と)のかたより此人入くるを見れば
いとおそろしげ成山ぶし也天狗にこそと思ふよりおそ
ろしき事限なしたゞ十羅刹(じうらせつ)を念じ奉て又目もあは
せず書写(しよしや)するに此山ぶしあゝたうとげにおはする物哉
といひて其日はかへりぬ其後又見もしらぬ中間(ちうげん)法師
一人来て云やう只今僧正御房/御入室(ごにうしつ)候/見参(げんざん)せんと
有といへば其時は天狗ども思ひもよらでいそぎいでゝ
見るに実(げに)も僧正のあまたの僧をぐしておはしたり爰(こゝ)
へとよばれければ其めいにしたがひてよりゆくに爰許(こゝもと)
【上欄書入れ】16
【柱】古今巻十七 〇十五
【柱】古今巻十七 〇十五
と思ふに次第にとをく成けりこはいかにとあやしく思ふ
程に此僧共立かこめて其中に一人かづら縄(なは)をもちて
維蓮坊(ゆいれんぼう)に打かけゝりはやくしはらんとするにこそと思
て剱(けん)をぬきてこれをあはくにかづらみなきられてのき
にけりかくする事たび〳〵に成けれどもしらずして法師共
うせぬそれより維蓮坊はかへりて猶此行をいたす又次
の日山ぶしあかり障子(しやうじ)をあけて来れりさきのごとく
他念なく十/羅刹(らせつ)を念じ奉てゐたるに天狗手をさし
やりて維蓮坊のかいなをとりていざ給へといひて引いだ
さんとしけり維蓮坊すまひて出ずかくからかふ程に
硯に小刀有けるを取てもたりける程に小刀を天狗の
かいなにいさゝかつき立てげり其時天狗このぎならん
にとりてはといひてあらく引出していぬそらをかけるか
とおほしくて行(ゆく)心もこゝろならず只夢のごとしよもの
木(こ)ずへなどのしたにみくだされけるにぞ空(そら)を行(ゆく)とは
しられける扨ある山の中にをきついさゝか竹の門有
いゑのふるびたるにをきてあかり障子(しやうじ)の有けるを引
あけてこれへと請(しやう)じ入ければ是程の儀になつては
いなんともかなはじと思ひていふにしたがひて入ぬ内
のかたをきけばこのまうけいとなむとおぼしくて人あま
【上欄書入れ】17
【柱】古今巻十七 〇十六
【柱】古今巻十七 〇十六
たがをとなひしてひしめきいとなむ客人(きやくしん)入らせ給
たりといふ程に法師一人/高杯(たかつき)にさかな物すへてもて
来てすえたり又/鋹(てう)【書陵部本「銚」】子(し)に酒入て来れり是まいり候へ
とすゝむるを見れば此さかなにもれるもの共すべて
見もしらぬ物也ともかくも物いはずたゞ三宝に身を
まかせてかひつくなひてゐたればしきりに是をすゝ
む断酒(だんしゆ)のよしをいひてのまねば此/酌(しやく)取の法師いか
にも御酒(みき)まいらぬよしをおくのかたへいひければさらば
是をまいらせよとて則ゆゝしき美膳(びせん)を取出したり
是も又つや〳〵見もしらぬ物共をとりそなえたり
御酒をこそまいり候はざらめ是をばまいり候べき也
とすゝむれば持斎(ぢさい)のよしをいひてくはずしゐてなを
すゝむれどもいまだくはずしていよ〳〵ふかくきねんを致
所に竹の戸のかたに人の音(をと)するを見やりたれば白装束
成童子二人ずはへを持ておはします是を此天狗法
師うちみるよりやがてうせにけりさしもをくのかたに
ひしめきのゝしりつるおとないどもすべて息(いき)をもせず成ぬ
木の葉を風にさそひていぬるがごとし其時/維蓮(ゆいれん)坊房
心神やすく成て恐事なしあまりのふしぎに家のおく
さまに行て見あぐるにすべて人なし十羅刹のたす
【上欄書入れ】18
【柱】古今巻十七 〇十七
【柱】古今巻十七 〇十七
け給ふにこそとたうとく忝事限なしさるにてもそ
こらの物共もいづちへうせぬらんと思ふに或は縁のつかば
しらのかくれ或はなげしたるきの間なんどにわづかに
ねずみ計の身に成て小法師ばら身をそばめ世を
おそれてかくれまどひおりけり維蓮房を見ておそれ
たる事あさましげ也其童子ひじりをよびておそれ
思ふ事なかれとて一人はさきに立壱人はうしろにたちて
おはしますはじめきたる時ははる〳〵と野山をこえ空をかけり
やゝひさしかりつるに此童子の御うしろにしたがひては
たゞ須臾のあひだに本坊に行つきにけりとなん
是更にうきたる事にあらず末代といひながら信
力にこたへて法験のむなしからざる事かくのことし
【605】これも建保の比御/湯殿(ゆとの)の女官(によくわん)高くらが子に七才に成
あこ法しといふ小童子(こわらへ)有けり家は樋口(ひくち)高倉(たかくら)にて有
ければちか〳〵に小童子あそび伴(ともな)ひて小六条(ころくでう)へ行に
けりかいくらみ時に小六條にて相撲(すまう)をとらんとてねり合(あい)
たる所にうしろに築地(ついぢ)のうへより何とは見へわかずたれ布(ぬの)
のやう成物のうちおほふと見へける程に此あこ法師うせ
にけりおそろしき事限なしかたへの童部みなにげぬ
おそれをなして人にもかく共いはず母さはぎかなしみて
【上欄書入れ】19
【柱】古今巻十七 〇十八
【柱】古今巻十七 〇十八
いたらぬ所もなくもとむれ共見へず三日といふ夜の
夜はん計に女官が門をこと〳〵しくたゝくもの有おそ
れあやしみてさうなくあけずして内よりたそと問に
うしなへる子とらせんあけよといふ猶おそろしくてあけず
さるほどに家の軒(のき)にあまた声してばあとわらひて廊(らう)
のかたに物をなげたる音(おと)しけりおそろしながら火をと
もして又見れば実(げに)うしなへる子也なえ〳〵としていける
物にもあらず物もいはずたゞ目計しはたゝきけり
験者(げんざ)よりましなどすへていのるにものおほく付たり
見れば馬のくそ成けり三たらひ計ぞ有けるされ共
猶物いふ事もせずよみがへりのごとくにて十四五ばかり
迄はいきてありし其後いかゞ成侍りけんと其時見たり
ける人のかたり侍りしなり
【606】大納言泰通の五条/坊門(ばうもん)高倉(たかくら)の亭(てい)は父/侍従(しじう)大納言
の家にてふるき所也相つゞきてすまれける程にきつね
おほく常(つね)にばけゝりされ共ことなる事などし出したる
事もなければ扨過られけるに年をへてます〳〵に
ばける程に大納言いかり給てきつねがりをしてたね
をたちてんと思て侍(さふらひ)共にみな其用を仰せてげりあす
下人共あまたぐしてひとりももれず皆参べし面々
【上欄書入れ】20
【柱】古今巻十七 〇十九
【柱】古今巻十七 〇十九
につえ又弓矢など用意すべきよし仰つあす四方を能
かためてついちのうへ屋の上に人を立又天井のうへに人
を入てみな狩(かり)出して出ん所を打ころし射ころさんと
さだめてげり去程に其あかつきがたに大納言の夢に
見給ふやう年たけしらがしろき大/童子(わらは)のとくさのかり
衣きたる一人西向のつぼの柑子(かうじ)のもとにかしこまりて居た
り大納言あれは何ものぞととひければおそれ〳〵申ける
は是は年比此殿の御(み)内に候もの也われ二代迄相つぎ
候ほどに子共孫まであまたいできて候をのずから狼
藉(ぜき)をふるまひ候事など心のをよび候ほどは制(せい)し
仕候へ共用ひ候はぬによりて今かたじけなく御勘気に
あづかり候事尤其いはれある事に候明日みな命を
たゝれまいらすべきよしを承候御さたのやう承及候に
まことにいかでか一人もにげのがるゝもの候べきこよひばかり
の命かなしく候ておそれ〳〵うれへ申上候はんとて参候也
まげて此度の御勘当をばゆるし給はり候へ今より後
をのづからもしれごと仕候はゞ其時いかなる御勘当も候べ
き也わかく候やつばらに此御気色のやう申ふくめ候なば
いかでかこり侍らず候べきあやまりて御まもりと成て候
はゞ今より後は御内の吉事などをばかならず告(つげ)しら
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】21
【柱】古今巻十七 〇二十
【柱】古今巻十七 〇二十
しめまいらすべく候といひてかしこまりゐたるとみる
ほどに夢さめぬ夜もあけてしら〳〵と成にければ大納言
をき給ひてはしのやり戸あけて見出されければ夢に
これ大童子が居たると見つる木のもとに老狐(らうこ)の毛(け)なき
が一匹有大納言を見奉ておそれたるていにてやをやをら【「やをやをら」は書陵部本「やをら」】すの
この下へはひ入にけりふしぎにおぼえて其日のきつねがり
はとゞめてげり其後はばけものながくなく成ぬ家中に
吉事あらんとてはかならずきつねないてつげければ
かねて思ひしりけるとぞ
【607】斎藤(さいとう)左衛門尉/助康(すけやす)丹波の国へ下向したりけるにかりを
して日くれたりけるにふるき堂(だう)の有けるに内へ入て夜
をあかさんとしけるを其辺の子細(しさい)しりたる者此堂には
人とりするものゝ侍るにさうなく御とゞまりはいかゞと云
けるを何事のあらんぞとて猶とゞまりぬ雪ふり風吹
てきつるにあはせて世中をむつかしくおぼえて正/面(めん)の
まにはしらによりかゝりてゐたりけるに庭(には)のかたより物
のきほひたるやうにしければあかり障子(しやうじ)のやぶれより
きつと見れば庭には雪ふりてしらみわたりたるに
堂の軒(のき)とひとしく法師のくろ〳〵として見えけりさり
ながらさだかには見えず去程にあかり障子のやぶれより
【上欄書入れ】22
【柱】古今巻十七 〇二十一
【柱】古今巻十七 〇二十一
毛むく〳〵とおひたるほそきかいなをさし入て助/康(やす)がか
ほをなでくだしけりそのをりきと居なをればひき入
けり其後あかり障子のかたにむかひてかたまりねて
待程に又さきのごとく手を入てなでける手をむずと
取てげりとられて引かへしけれ共もとよりすくやか成物
なればつよく取てはなさずしばし取からかひける程に
あかり障子引はなちてひろびさしへ出ぬ障子を中に
へだてゝうへにのり居にけり軒(のき)とひとしう見へつれと
障子の下に成てむげにちいさし手も又ほそく成
にければいとゞかつにのりてへしふせてをるにほそ声(こへ)を
出してきゝとなきけり其時下人をよびて火を打せ
てともしれみれば古狸也けりあした村人に見せんとて
下人にあづけたりけるを下人共いふかひなく焼(やき)くらひて
げり次日をきて尋ければかしら計残したりけり正体
なくて其かしらをぞ村人に見せけり其後はながく此堂
に人をり【「をり」は書陵部本「とり」】する事なかりけり
【608】三条の前の右のおとゞのしらかはの亭(てい)にいづこより共なく
てつぶてをうちけること雨のごとし人々あやしくおどろ
け共何のしはざといふ事をしらず次第に打はやり
て一日一夜に二興(ふたをこり)ばかりなどうちけり蔀(しとみ)やり戸を打
【上欄書入れ】23
【柱】古今巻十七 〇二十二
【柱】古今巻十七 〇二十二
とをせども其跡なしさりけれども人にあたる事はな
かりけり此事いかにしてとゞむべきと人々さま〴〵議(ぎ)す
れ共しいだしたる事もなきにある田舎(いなか)さふらひの申け
るは此事とゞめんいとやすき事也/殿原(とのばら)めん〳〵に狸(たぬき)を
あつめ給へ又酒を用意せよといひければ此ぬしは田舎だ
ちのものなればさだめてやう有てこそいふらめと思ひて
をの〳〵いふがごとくにまうけてげり其時此おとこさふらひ
のたけ【「たけ」は、書陵部本「たたみ」】をきたのたいの東の庭にしきて火をおびたゝ敷
をこしてそこにて此狸をさま〳〵調(てう)してをの〳〵能々くら
いてげり酒のみのゝしりて云やういかでかおのれほどの奴(やつ)
めは大臣家をばかたじけなくうちまいらせけるぞかゝる
しれごとする物共かやうにためすぞとよく〳〵ねきかけ
てきたは勝菩提院(せうぼだいゐん)なればそのふるつゐぢの上へほね
なげあげなどしてよくのみくいてけり今はよも別の
事さふらはじといひけるにあはせて其後ながくつぶて
打事なかりけり是/更(さら)にうげることにあらすちかきふしき
也うたかひなき狸のしはざなりけり
【609】観教(かんけう)法印が嵯峨(さが)の山庄(さんぜう)にうつくしきからねこのいづ
くよりともなく出きたりけるをとらへてかひけるほどに
件のねこ玉をおもしろく取ければ法印/愛(あい)してとらせ
【上欄書入れ】24
【柱】古今巻十七 〇二十三
【柱】古今巻十七 〇二十三
けるに秘蔵のまもり刀を取いでゝ玉にとらせけるに
件のかたなをくわへてねこやがてにげはしりけるを人々
追てとらへんとしけれ共かなはず行がたをしらずうせ
にけり此ねこもし魔(ま)のへんげして守(まもり)りを取てのち
憚(はゞかる)所なくをかして侍るにやおそろしき事也
【610】仁治三年/大嘗会(だいじやうゑ)に人多く参りつどひけるに外記(けきの)
庁(てう)のうちひがしのかたなるもみの木のこずえにかみを
つかみなる法師一人ふしたりけり人あやしみさはぎて
とかく取おろしたれば死ゝたるがごとく成けり春日(かすが)
町(まち)辺(へん)成ものにてぞ侍ける天/狗(く)のしはざにやふし
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】25
【柱】古今巻十七ノ 〇又廿三
【柱】古今巻十七ノ 〇又廿三
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
ぎなりしこと也
【611】これも仁治の比伊勢の国書生庄より百姓成ける
法師のぼりて五条/坊門(はうもん)とみの小路(こうぢ)にやどりて居た
りけり役(やく)はてゝくだりけるに同庄にあひしりたる山
寺法師に行あひぬいつくへ行ぞと問ければ庄へ下る
よしをかたれば我も下る也さらば同道せんといひければ
ぐしてくだると思ふ程に其道にもあらで思ひかけぬ
法勝寺(ほうせうし)法成(ほうじやう)寺などにきにけりいも【「いも」は「いとも」ヵ。書陵部本「心も」】心ならず鬼(おに)にみとら
れたるさま也去程に又七条/高倉(たかくら)にきぬ此山寺法師
云やうあちこちとありきて喉(のど)のかはきたるに其/指(さし)たる
【上欄書入れ】26
【柱】古今巻十七 〇二十四
【柱】古今巻十七 〇二十四
刀にて酒/買(かへ)かしわれものみそこにものんどうるへ給へと
いへばわれにもあらず買つさて二人のみてぐして行程
に比叡山(ひゑいさん)の辺に来ぬ去程に又もしらぬ山ぶし三人
あひたり此山伏を見て此法師/恐(をそれ)をのゝきるけしきにて
しゝかゞまりてすゝまず三人の山伏の中に主領とおぼ
しきが云やうわ法師ぞせんなき事するなどいひて
にらみてたてり此法師弥々恐入たりいかなるやうにと
見る程にかくいひたる計にて三人ながら過ぬ其時この
人々はたそ又かく物いひつる人の名をば何といふぞと
とへばあれをばたてるやと申也とこたへて又ぐして
清水にいたりぬ鐘楼(しゆろう)のうへにゐて行ていかにか
したりけん檜皮(ひわだ)と裏板(うらいた)とのあはひにかつらを持
てなが〳〵としばりからめてつりつけて天狗はうせ
にけり刀をさしたりつる程はかくおもふさまにはえせざ
りつるに刀をなくせさせて後かくはしたるなめり
鐘突(かねつき)に人のおり立けるにものゝうめきければ寺僧
どもにつげて裏板(うらいた)をはなちてとかく命いけて問(とい)
ければかくかたりけるとなん
古今著聞集巻之十七終
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】26
【柱】古今巻十七 〇二十五
【裏表紙】
【背。ラベル 横書き。「總」は青字、「上」は朱字】總上/5/54
【表紙題箋】《題:古今著聞集 《割書:十八》》【書入れ (18)】
【前見返し】
古今著聞集巻第十八
飲食(いんしひ) 《割書:第廿八》
食 ̄ハ者人 ̄ノ之本 ̄ト也(ナリ)八/政(セイ)猶(ナヲ)以_レ ̄テ食 ̄ヲ為(ス)_レ首(ハシメト)就(ツク)_レ 中(ナカン)醸(カモスコト)_レ酒 ̄ヲ
者(ハ)起_レ ̄レリ自_二 ̄リ素(そ)盞(サノ)烏(ヲノ)尊(ミコト)_一凡 ̄ソ酣楽(カンラク)之(ノ)興(ケウ)何(ナニ)物 ̄ノカ若(シカン)_レ之 ̄ニ三(サン)
友 ̄ノ之其 ̄ノ一 ̄ツ放遊(ハウユウ)之(ノ)紹介(セウカイ)也(ナリ)
中の関白春日の行幸に供奉(くぶ)し給たりけるに御
車の内に酒饌(しゆせん)をまうけられて閑院(かんゐんの)大将/御堂(みだう)入
道殿などよびのせ奉りて沈酔(ちんすい)の事共有けり人々
紐(ひぼ)などはづされてげり御(み)堂どのはおそれ有とて物
まいりて後はやがておりて供奉せさせ給ひけるとて
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:子孫|永宝》
【蔵書印 朱 陽刻 方形 単郭 篆書体】
《割書:平戸藩|蔵 書》
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:楽歳堂|図書記》
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】1
【柱】古今巻十八 〇一
【柱】古今巻十八 〇一
この日のさほうによりてわれ神恩(しんをん)をかうふると
ぞ後に仰られける中の関白はかくさけをこのみ給て
つねのことくさに極楽世界に按察(あせち)なくはわれ
又往生すべからずとぞ仰られける賀茂詣ての
時もゑひてねふり給ける車のうちにて御冠
おちにけりやしろちかく成て人の其よし申ければ
おどろき給ひてあふぎをもちてびんをなをし給
ければもとのごとくめめたく【「めめたく」は書陵部本「めてたく」】なんおはしけるとぞ御
容儀(ようぎ)よくおはしけるによりてかくなん侍ける也
【614】寛弘三年三月四日東三条より一条院に行幸有
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
けり告【「告」は書陵部本「先」】家の賞をおこなはれのち御/作文(さくふん)管げん
など有けり又/盃酌(はいしやく)の興もありけり内大臣御盃
を奉らる中納言/俊賢(としかた)卿御/銚子(てうし)を取左府/天盃(てんはい)を
給はりてれいのごとくかはらけをうつしてのみて南(なん)
階(かい)をおりて拝舞(はいぶ)有けり池辺(ちへん)のさくらのえだを
折て西階(にしのはし)をのぼりて袖をひるがへして警(けい)𨆅(たく)【足偏に睪。警柝ヵ。「警𨆅」は書陵部本「警蹕」】をか
まへて主上に奉けり其後人々のかざしも有けり
【615】万寿(まんじゆ)二年正月三日関白いげ大后へまいり給て盃(はい)
酌(しやく)の事有けり人々/酔(えい)て後相引て皇太后宮へ
参られたりけるに又酒をすゝめられけり関白より
【上欄書入れ】2
【柱】古今巻十八 〇二
【柱】古今巻十八 〇二
してはじめてみな酔(えい)て歌舞(かぶ)におよびにけり
殿下出させ給ひけるに春宮(といくうの)太夫/頼宗(よりむね)大納言《割書:能信》
続松(たいまつ)を取ておくり奉給けり中納言/道方(みちかた)御車の
すだれかゝげられけりいみじかりけること也小野の宮
の記に見へたり
【616】道命(どうめい)阿闍梨(あじやり)修行しありきけるにやまうどの物を
くはせたりけるをこれはなにものぞと問ければかし
こにひたはへて侍るそまむぎなんこれなりといふを
聞てよみ侍ける
ひたはへてとりだにすへぬそまむぎに
しゝつきぬべきこゝちこそすれ
【617】あやしげなるげすおとこの禅林寺僧正に瓜を
四奉りたりければ
夫凡(ぶほん)やつ四果(しくは)のうりをそえさせたり
ひしりのつらにならんと思ふか
【618】長谷(はせ)の前の大僧正五月五日人々にちまきをくはり
けるに俊恵(しゆんゑ)法師聞て其うちにいるべきよし申
つかはすとてよみける
あやめをばほかにかりてもふきつへし
ちまきひくなるうちにいらはや
【上欄書入れ】3
【柱】古今巻十八 〇三
【柱】古今巻十八 〇三
返し僧正
はづかしやよとのあやめをおきながら
ちまきひくなのそらにたちぬる
【619】知足院殿中納言のとき堂(たう)院【「堂院」は書陵部本「当院」】にまし〳〵て中納言
《割書:宗輔》に筝をならはせ給ける時/辰(たつ)の刻より申(さる)に
いたるまで他事なかりけりその時/盃饌(はいせん)をまうけ
られてさい〳〵にすゝめられけり源中納言/国信(くにのふ)
卿其時てんじやう人にて亭主の陪膳(はいせん)しけり政長朝
臣納言の饌をすへけり道良(みちよし)朝臣/瓶子(へいし)をとる亭
主/盃(さかづき)を納言にさし給ふ納言盃給はりてのまん
とする時道長朝臣人まいれやと呼て銚子を他
人にゆつらんとすすなはち清実(きよさね)盛長(もりなか)有賢(ありかた)等参
其時納言のいはく今日は御/師匠(しせう)を饗応(けうをう)せらるゝ日
也道長なんぞ瓶子(へいし)を他人にゆづるべきや道良もつ
ともしかりとてすゝめければ納言うち笑あひして
のまれけり人々見てあはれしたりがほなる人かな
なを家の子なりとぞいひける道良はおよすけも
のなり京ごくの大とのに堀川の左府六条のゆうふ
ちうぐうの太夫もろたゞなどつねに参らせられて
盃酌の有ける時も殿下の前のほかは一度も他
【上欄書入れ】4
【柱】古今巻十八 〇四
【柱】古今巻十八 〇四
人の瓶子にはよらざりけり有賢等にぞ譲(ゆつり)ける
【620】左京太夫/顕輔(あきすけ)卿のもとへ或人ことをしておくりたり
けるにさくらばなかざしなとしたりけるを僧
どもおほらかにくらひけるを三品の連歌になん
し侍りける
春のはなえたしてみせよかし
證尊(しやうぞん)法印つける
さくらはむにはなにかたうべき
【621】同卿のもとに盃酌有けるにたゝみめにこもの
こをさかなにしたりけるを見てあるじ
たゝみめにしくさかなこそなかりけれ
前に有けるあをさふらひつけ侍ける
こものこのみやさしまさるらん
【622】式部太夫/敦光(あつみつ)朝臣のもとへならなりける僧の
あすかみそといふ物をもてきたりけるにいつのぼ
りたるぞととひければ僧かくなん
きのふいてゝけふもてまいるあすかみそ
敦光朝臣
みかのはらをやすきてま【「ま」は書陵部本「き」】つらん
【623】法性寺(ほつせうし)殿元三に皇嘉門(くわうかもん)院へまいらせ給ひけるに
【上欄書入れ】5
【柱】古今巻十八 〇五
【柱】古今巻十八 〇五
御くた物をまいらせられたりけるにをこしごめをとら
せ給ひてまいるよしして御口のほどにあてゝにぎり
くだかせ給ひたりければ御上のきぬのうへにはら〳〵
とちりかゝりけるを打はらはせ給たりけるいみ
じくなん侍ける
【624】鳥羽院御くらゐのとき在良(ありはら)【ありよしヵ】朝臣/御侍読(ごじどく)にて
つねにまいりける時〳〵さけをのませられけるは
後【「後」は書陵部本「彼」】朝臣/愛(あい)酒にて侍けるにや
【625】保延三年九月廿三日《割書:宝金剛院|仁和寺》仙洞に行幸有て
十ばんの競馬(けいば)を御覧せられけり日くれければ
廿四日にぞ六番以下をば御覧じける次第の事
どもをこなはれて廿五日告【「告」は書陵部本「先」】御遊あり主上/出御(しゆつぎよ)院
は簾中(れんちう)に候けり笙(せう)内大臣権大納言/笛(ふへ)宰相中
将さねひら朝臣たゞもと朝臣中将/公能(きんよし)朝臣ひちりき
左衛門佐すゑかぬ琵琶(びわ)左大臣新大納言/筝(さう)左衛門の
かみ和/琴(ごん)宮内卿/拍子(ひやうし)佐兵衛のかみ双調(そうてう)平調(へうてう)つねの
御(み)遊にはにず平調/数反(すへん)有けり盃酌(はいしやく)献(こん)の後に
今様(いまやう)神楽(かくら)朗詠(ろうえい)など有けり人々ゑいてのち白
薄様うたひて殿上人上達部下臈より乱舞(らんぶ)摂禄(せつろく)
左大臣なども舞給ひけるためしすくなく侍る
【上欄書入れ】6
【柱】古今巻十八 〇六
【柱】古今巻十八 〇六
ことにや其後また数反ありて又いとたけの興も
ありけり又白薄様うたひて上達部ばかりぞ舞
ける殿下舞給ひて逃(にげ)させ給ければ人々も座を
たゝれけりそのゝち和歌の会(くわい)あり題は菊(きく)に契(ちぎる)_二
千秋_一 ̄ヲとぞ侍ける按察(あせち)大納言/序(じよ)をば奉りけり
そのゝち勧賞(けんしやう)御引出物有て還御(くわんぎよ)成にけり
【626】同六年十月十二日白河仙洞に行幸の時御前にて
盃酌(はいしやく)有けり家成(いへなり)卿右兵衛のかみにて侍けるに包(はう)
丁(てう)すべきよしさた有けれども辞(じ)し申けるをある
殿上人/鯉(こい)を彼卿のまへにをきてげり徳大寺左大
臣右大将にて侍りけるが天気をまつにこそと奏
せられたりければ主上わたらせ給ひてすゝめさせ
おはしましければ家成つかうまつりけり群(くん)臣興に
入て目をすましけるとぞ
【627】中の院の右大臣鳥羽殿へ参られたりけるにさけをなん
すゝめられけるに御前にさかなもの有けり右府の
まへにもませくだ物すへられたり其間に院御
笛にて胡飲酒(こいんしゆ)をふかせおはしましたりけるに右
府/柑子(かうじ)を箸(はし)にさして祓(はらへ)【「祓」は書陵部本「撥ヵ柭(桴)ヵ」】にしてひさうの手を
つくしてまはれたりけるいと興有てぞ侍ける
【上欄書入れ】7
【柱】古今巻十八 〇七
【柱】古今巻十八 〇七
【628】仲胤(ちういん)僧都法勝寺/御八講(みはつこう)にをそく参たりければ
追出されて院の御/気色(きしよく)あしくてこもりゐたり
けるに次の年の春人のもとよりこぶしのはなを
おくりけるを見てよめる
くびつかれかしらかゝへて出しかど
こふしの花のなをいたき哉
【629】観知(くわんち)僧都(そうづ)九条の太政大臣のもとへひら茸(たけ)をお
くるとてそえ侍りける
たいらかに平(たいら)のきやうにすむ人は
ひらたけをこそくふべかりけれ
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】8
【柱】古今巻十八ノ 〇又七
【柱】古今巻十八ノ 〇又七
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
かへし相国
平/茸(たけ)はよきむしやにこそにたりけれ
おそろしながらさすがみまほし
【630】俊頼朝臣秋のすゑつかたにたなかみといふ所/罷(まかり)たり
けるにいねをかけつみたるをあれはなにといふいねぞ
ととひければ法師子のいねなりといひける又あした
にきのふの法師子のいねにて御みそうつとてくはせ
たりけれはよみ侍ける
きのふみし法し子のいねよのほどに
みそうつまてに成にけるかな
【上欄書入れ】9
【柱】古今巻十八 〇八
かへし相国
平/茸(たけ)はよきむしやにこそにたりけれ
おそろしながらさすがみまほし
【630】俊頼朝臣秋のすゑつかたにたなかみといふ所/罷(まかり)たり
けるにいねをかけつみたるをあれはなにといふいねぞ
ととひければ法師子のいねなりといひける又あした
にきのふの法師子のいねにて御みそうつとてくはせ
たりけれはよみ侍ける
きのふみし法し子のいねよのほどに
みそうつまてに成にけるかな
【上欄書入れ】9
【柱】古今巻十八 〇八
けるをの〳〵扈従(こしう)し給けり亭主/手輿(てこし)を用意して
ひとへかりぎぬきたるさふらひ六人にかゝせて左府の
車のもとへむかへにまいらせられたりけるにしきり
にのがれ申されけれどもあながちに申されければのり
て泉へわたり給ひけり一条二位の入道/能保(よしやす)右衛門
のかみにて侍ける盃酌まうけて候/設(まうけ)られける
盃酌すこんありてゆきたかめしいだされて縁(えん)に
候して鯉(こひ)きりたり左府ゆきたかにしめし給けるは
鯉(こひ)調備(てうび)するやうをば存知たり共/食(くい)やうをばしらじくふ
て見せんものし給ひけりまことにやう有げにて
【上欄書入れ】10
【柱】古今巻十八 〇九
【柱】古今巻十八 〇九
めでたかりけり人々目をさまさすといふ事なしかへ
り給ひける時馬牛など引しんぜられけり幕下(ばつか)
大理(たいり)にはむまばかりをぞ奉られけるかゝる人々の
会合(くわひがう)ありがたき事也其次日北の院/御室(をむろ)威法寺(いほうじ)法
印もて寺中にさふらひながら此事をしらず遺恨(いこん)の
こと也と申されければ御返事にはかたのごとく小(こ)泉を
かまへて候に左府をし入候き入御(じゆぎよ)候はゞめんぼくの
よし申されたりければやがて渡御(とぎよ)有けり又盃酌
あり初献(しよこん)は御室取あげさせ給ひ二献はおとゞ取
あげて御室へまいらせられけり御引出物には御
牛などまいらせられけるとぞ
【633】暁行(けうぎやう)法印人の許へまかりたりけるに瓜(うり)を取出
たりけるがわろく成て水くみたりければよめる
山しろのほそぢと人やおもふらん
水くみたるはひさこなりけり
人々あつまりて瓜(うり)をくいける所にて或人万法は
みな空(くう)なりと言法問を出したりけるを聞て
寂蓮(じやくれん)法師よみ侍ける
なにもみなくうになるべき物ならば
いさこのうりにかも【「かも」は書陵部本「かはも」】のこさじ
【上欄書入れ】11
【柱】古今巻十八 〇十
【柱】古今巻十八 〇十
【634】滋井(しげのい)の入道宰相中将にて侍ける時/梶井宮(かちゐのみや)にまいり
けるに盃酌有けり終座(しうざ)に成て宰相中将今は柚(ゆ)
まいらばやと侍ければすなわち参らせたりけり或
上達部《割書:経家|卿と云々》柚(ゆ)八/柑(かうじ)七とこと葉をつかひて八にきりた
りけるを宰相中将見てあしく切つる物かなと思ひて
ともかくもいふことなかりけり宮も御らんじて
何とも仰られざりけりとばかり有て行/算(さん)まい
れやと仰られければ等身衣にかりはかま着(き)たるさ
ふらひ法師のみめよくつき〴〵しげなるまいりたり
其柚きりてまいらせよと仰られければこしより
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】12
【柱】古今巻十八ノ 〇又十
【柱】古今巻十八ノ 〇又十
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
包丁刀(はうてうかたな)をぬきたりけりまつ興有てぞ見へけるぞん
する所切てまいらせたりければ宮以下入興有けり
くだんの行算さゑもんばうは行孝(ゆきたか)が弟也けりその
げい舎兄(しやきやう)にもはぢざりけるとぞ柚をば三切に
ぞ切たるをよそ柚をきることは盃酌/至極(しこく)の時
の肴(さかな)物也/盃(さかつき)を取(とる)人/必(かならす)三度呑事にて侍とや其のみ
やうきるを見て一/度(と)盃(さかつき)に入て一/度(と)しよくして一度也
宰相中将はこの定に呑れたりけるいみしくそみへ侍【「侍」は書陵部本「侍ける」】
【635】順徳院の御時/新蔵人(しんくらんと)源の郡時(くにとき)【「郡時」は書陵部本「邦時」】分配(ぶんはい)をしける極(きよく)
臈(らう)以下とさふらひにて次第の事共おこなひけり
【上欄書入れ】13
【柱】古今巻十八 〇十一
【柱】古今巻十八 〇十一
三献の後一臈判官藤原のやすみついひけるは今夜
新蔵人ふるまはれて候やすみつすでに沈酔(ちんすい)に及べり
此うへにあやにくしてねがひ物にをよぶべしといふ
郡時(くにとき)【「郡時」は書陵部本「邦時」】みな存知つかうまつられて候仰をあひまつ
也といふ康光(やすみつ)いはく藤兵衛尉/孝時(たかとき)を尋出され候
て琵琶(びわ)をかきならさせて朗詠(ろうえい)をすゝめられ候へ
かしさやうに候はゞ猶/数盃(すはい)もかたぶけ侍ぬべしと
いひけり孝時(たかとき)其日/子細(しさい)有てしこうしながら其座
にはつらならざりけり主上の御ともして時のふだ
のもとの格子(かうし)に穴(あな)をあけて御覧ぜられける所に
しこうしたりけり主上此こと葉を聞しめして孝
時これはきくか其用意もせぬかいかゞして出べきと
仰事有けるに新(しん)蔵人は御所のかたへ参りて孝時(たかとき)
をたづぬるにあはずちからをよばでかへりつきてその
よしをいふに康光(やすみつ)がいはくむかし雪中のたかんな
しはすのやまもゝもねがふにしたかひてもとめ
出しけりこれこゝろざしのふかきによりて也藤兵衛尉
まさしくけさ迄つねの御所に候つる也すみやかに
内侍(ないし)などにうかゞひ申され候へといふ主上又孝時
此うへは只出よわざと中〳〵取つくろふべからずそれ
【上欄書入れ】14
【柱】古今巻十八 〇十二
【柱】古今巻十八 〇十二
はあしかりぬべしとて御みづから孝時(たかとき)がびんをし
もへなでくださせおはしましてかふりのつのをおらせ
給ひけりたゞ今うへぶしして候つる此ていにてはいかゞ
まいり候べきとしばらくすまへとをしへさせ給ければ
此まゝに新蔵人にあひしらふをしゐていひければ
すまひ〳〵出にけり極臈(きよくらう)すゝめて非職(ひしよく)一高(いちたか)兵衛尉
知経(ともつね)がうへにすへけるを知経(ともつね)いきどをりて座頭(ざがしら)を
みだされ候事めんぼくなく候へばいとまを申て罷
たゝんといふを三臈にて大膳の亮(すけ)範綱(のりつな)が有けるが
知経がいふことを聞てあれはおなじ非職(ひしよく)なれば
いたみ申され候にこそ範綱(のりつな)座をくだりてすへ申べしと
て居くだりけり範綱いみじく見へ侍りけるさて三
臈のかみにつきて侍ける当座のめんぼくゆゝし
かりけり此後/極臈(きよくらう)つねの御しよに候御/琵琶(ひわ)をぬす
み出され候へかしといふ新蔵人すなはち座を立
て参る時そのつゐでに御ふえをおなじくうかゞ
はれ候へといひけりすなはち両物をもて来ければ
藤兵衛/比巴(びわ)をしらぶ一臈ふえをねとり其後朗詠
あり孝時新豊の酒色の句を詠す極(きよく)臈ならびに
非職知経助音すおの〳〵興にのりて数献(すこん)に及て
【上欄書入れ】15
【柱】古今巻十八 〇十三
【柱】古今巻十八 〇十三
事はてにけり分配近年たえて侍ことを郡時(くにとき)【「郡時」は書陵部本「邦時」】おこ
しおこなひたりけるいみじかりけり此のちは又たゑ
て今はきこえず
【636】七月七日むぎなはの房中にたるまじきよし申ける
を聞てよめる法眼長真
いかなれば世にはおほかるむきなはの
一房にたにたらぬなるらん
【637】季経(すへつね)卿/泰覚(たいかく)法印がもとへ瓜(うり)をつかはして此瓜
くいてこれがかはりには此/般若(はんにや)かきてとてれうし
一両巻をくりたりける返事に
なめ見つる五の色のあぢはひも
きはだの紙ににがくなりぬる
同法印が家のれい飯(はん)を米の飯(いぬ)にしたりければ
人はみなこめをぞいいにかしくめる
このみかしきは飯をこめにす
ゐのこのもちをよめりける
なによりも心にそつくゐのこもち
びんぐうすなる物とおもへば
木(こ)ねりの柿をよみ侍りける
霜をけるこねりのかきはをのづから
【上欄書入れ】16
【柱】古今巻十八 〇十四
【柱】古今巻十八 〇十四
ふくめばきゆる物にぞ有ける
【638】九条の前内大臣家に壬生(みぶ)の二位参て和歌のさた
有けるに二月の事なりけるに雪にあまづらをかき
て二品にすゝめられけりくいはてゝ此雪猶候はば
給て二条中納言定高のもとへつかはし候はんかの
卿は雪くいにて候也と申ければすなはち硯のふた
にもりて出されにけるをつかはしたりければかの卿
の返しに
心さしかみのすちともおほしけり
かしらの雪かいまのこのゆき
よまれにけりとて二品しきりに興に入けり
【639】同二品不食の所労の比はすのみばかりをしよく
するよし聞て坊城殿の池の蓮のみを所望し
てをくり侍し返事に
老の身にねかふはちすの花のみに
君のちとせののちやむまれん
【640】醍醐(だいご)大僧正/実賢(じつけん)もちをやきてくひけるに
きはめたるねぶり人にてもちを持ながらふら
〳〵とねぶりけるにまへに江次郎といふ格近者(かくごしゃ)【恪勤者】
の有けるが僧正のねぶりてうなづくをわれに
【上欄書入れ】17
【柱】古今巻十八 〇十五
【柱】古今巻十八 〇十五
此もちくえとけしき有ぞと心得てはしりより
て手に持たるもちを取てくいてげり僧正おどろき
て後こゝに持たりつるもちばと尋られければ江次郎
其もちははやくへと候つれはたべ候ぬとこたへける
僧正比興の事なりとてしよにんにかたりて
わらひけるとぞ
【641】石泉(せきせん)法印/祐性(ゆふしやう)くらまでらの別当にてかれより
すゝをおほくまうけたるをある人のもとへつか
はすとてよめる
このすゝはくらまのふくにてさふらふぞ
さればとてまたむかでめすなよ
【642】聖信房(せうしんばう)弟子共くゝたちを前にてゆでけるになべ
のはたよりくゝたちの葉のさがりたりけるを見て其
座に有ける人のいひける
くゝたちのやいばはたりて見ゆる哉
房主うち聞てつける
なまいてたれかつくりそめけん
めでたくこそつけられ侍れ
【643】別当入道北しら川にすみ侍ける比山のわらび
をおりて相国の許へつかはせり返事に
【上欄書入れ】18
【柱】古今巻十八 〇十六
【柱】古今巻十八 〇十六
思ひやる二木の松の下わらび
おりてきつらんみねぞしらるゝ
【644】三条中納言《割書:某卿》は人にすぐれたる大/食(しよく)にてぞ
有けるさるにつけてはおびたゝしく肥(こえ)ふとりて
夏などに成ぬればくるしくせられけり六月の比
医師(いし)をよびてかく身のくるしきをはいかゞ療治(りやうじ)
すべきなどいひて物くふやうをもくはしく語ければ
医師ういちうなづきて申けるはいかにも此/肥満(ひまん)その
ゆへにてぞ候らん良薬もあまた候へ共先朝夕
の御飯を日ごろよりはすこししゞめられ候てけふ
あすはあつくも候へば水飯つけを時々まいり候て
御身のうちをすかされるべかしとはからひければ実(げに)
もさやうにこそせめとて医師はかへりにけりある
時水飯くふやう見せんとてかの医師をよびたり
ければ来てげりまづしろかねのはちを口一尺五六
寸ばかりなるに水飯をうづだかにもりておなじき
かいをさしてあをさふらひ一人おもげに持て前に置
たり又一人鮎のすしといふ物を五六十計おかしら
をしてそれもしろかねのはちにもりて置たりいづ
れもあなおびたゝしやわれにも饗応せんずる料
【上欄書入れ】19
【柱】古今巻十八 〇十七
【柱】古今巻十八 〇十七
やらむと医師(いし)は思ひけるほどに又あをさふらひ一人たか
つきに大成銀のうつは物二すへて中納言のまへに置
此二のうつは物に水飯を入てすしをさながら前へを
しやりたれば此水飯を二かきばかりに口へかき入て
すしを一二【「一二」は「三」ヵ】つ宛一口にくひてげりかくする事七八度
になりぬればはちなりつる水飯も鮎のすしもみな
に成にけり医師これを見て水飯もかやうに
参り候はんにはとばかりいひてやがてにげ出にけ
るとかや
【645】ある人のもとにわかきさふらひ共よりあひて大雁
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
をくはんとてしたゝめける所へ年寄たるさふらひ
一人来たりければいかゞして此雁をくはせじとお
もひて殿へめされ給にいそぎ参り給へとわかき
侍共いひければ老たる侍この雁をわれにくはせじ
とてかくいふとは思ながら其座を立てかた〳〵にて
かくぞよみける
こゝろえつ雁(かり)くはんとてわかたうが
老たる物をはじきだすとは
古今著聞集巻之十八終
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】20
【柱】古今巻十八 〇十八
【裏表紙】
【背。ラベル 横書き。「總」は青字、「上」は朱字】總上/5/54
【表紙題箋】《題:古今著聞集 《割書:十九》》【書入れ (19)】
【前見返し】
古今著聞集巻第十九
草木《割書:第廿九》
【646】草木 ̄ハ者有_レ ̄リ時 ̄キ以(ソノ)【「以」は書陵部本「以死」】昔(カミ)伊弉諾伊弉冊 ̄ノ尊 ̄ト既 ̄ニ生(ウミ)_二
木 ̄ノ祖(ヲヤ)句々迺馳(クヽツチ)_一 ̄ヲ次 ̄ニ生(ウム)_二草野姫(カヤノヒメヲ)_一於(ア)戯(ゝ)春 ̄ハ有_二桜梅(ヨウバイ)
桃李(トウリノ)之花_一秋 ̄ハ有_二紅蘭紫菊(コウランシキク)之(ノ)花_一皆 ̄ナ是 ̄レ錦繍(キンシユフ) ̄ノ之
色/酷烈之(ハナハタシキ)匂(ニヲヒ)也然 ̄レトモ而/昨(キノフ)開 ̄クルモ今(ケフ)落(ヲチ)遅速(チソク)雖_レ ̄トモ異(コトナリト)随(シタカヒ)
《割書: |レ》風 ̄ニ任_レ ̄セ露 ̄ニ変衰(ヘンスイ)不(ス)_レ遁(ノガレ)似(ニテ)_レ楽_二 ̄ニ有(ウ)為(イ)_一 ̄ヲ可(ベシ)_レ観_二 ̄ズ無常_一 ̄ヲ矣
【647】延喜十三年十月十三日 ̄ノ御記 ̄ニ云 ̄ク仰_二 ̄テ侍臣(ジシン)_一 ̄ニ令(シテ)【左ルビ「シメ」】_下二新菊花/各(ヲノ〳〵)
十本_一 ̄ヲ分(ワカタ)_中 三番【「三番」は書陵部本「一二番」】_上 ̄ニ相_二争(アラソヒ)勝/劣(ブ)_一 ̄ヲ賭(カケモノ)以_二 ̄テ申(サルノ)時_一 ̄ヲ各(カク)方/領(レウ)_レ ̄シテ花 ̄ヲ参入
《割書:一番入_レ自(ヨリ)_二仙花_一|二番入_レ自_二瀧口_一》次第進花立庭中《割書:一番種‐花以_二右洲【「右洲」は書陵部本「石洲」】形_一 二番栽_二|火桶_一各蔵人所二人取 ̄テ立_二御前_一 ̄ニ》
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:子孫|永宝》
【蔵書印 朱 陽刻 方形 単郭 篆書体】
《割書:平戸藩|蔵 書》
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:楽歳堂|図書記》
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】1
【柱】古今巻十九 〇一
【柱】古今巻十九 〇一
左衛門督藤原朝臣/候(コウス)_二御前_一 ̄ニ傅作_二勝負_一惣(スヘテ)十番勝 ̄チ方(カタ)
簾中(レンチウ)拝舞(ハイブ)選(エラミ)_二進(スヽメテ)菊 ̄ノ中(ウチ)各(ヲノ〳〵)四本_一 ̄ヲ栽(ウエ)_二西方 ̄ノ小庭_一 ̄ニ十二月九日二
番/侍臣(ジシン)献(ケンズ)_二負(マケテ)柚(ユ)_一 ̄ヲ《割書:菊 ̄ノ時負物也此柚 ̄ハ於/射庭(イハ)|可_レ献而貢献違失也》入_レ夜出_二待賢門 ̄ヲ_一
左衛門督権中納言侍_レ之 ̄ニ飲(ノム)_レ酒 ̄ヲ
【648】貞信公(ていしんこう)なつめをあひしてまいりけり式部卿親王の
家によきなつめの木ありけり其木をおろし枝に
せられて手づから身づから花山院の北対(きたのたい)のにしの
妻戸(つまど)の庭前にうへ給ひけり是によりて其木左右
なき名木にていまだ有花山院太政大臣の三位
の中将の時法性寺殿摂政にて六条坊門烏丸の御
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
亭(てい)より土御門(つちみかとの)内裏(たいり)へまいらせ給ふには近衛東洞院
は便路(ひんろ)なればもつとも此大路をこそとをらせ給へきに
いかにもよけさせ給ひけりをのづから此大路をすぎさせ
給とては東洞院にしの四足(よつあし)をばすぎてその棟門(とうもん)の
まへにては御車のすだれをおろされ前駆(せんく)以下を馬ゟ
おろされけり人あやしみて其子細を尋申ければときの
摂政三位中将をうやまふにあらず亭に貞信公のま
さしく手づからうへ給へる名木ありかれに礼を致也
此事京極大殿つぶさにしめし給旨分明也とぞ仰
られける又池の中島にもちの木あり貞保(さたやす)親王の
【上欄書入れ】2
【柱】古今巻十九 〇二
【柱】古今巻十九 〇二
木の下に岩のうへに座し給てつねにふえをふかせ
給けり又四面のついぢのうへには瞿麦(とこなつ)をひしとうへ
られたりければ花の盛(さかり)には色々さま〴〵にて錦を
山におほへるに似たりこれによりて花山の号はありと
申けるまことにや
【649】天暦七年十月十八日殿上の侍臣(じしん)左右をわかちて
をの〳〵残菊を奉りけり主上/清涼殿(せいりやうてん)東の孫庇(まごびさし)
南の第三の間に出御(しゆつぎよ)王卿(わうけい)東の簀子(すのこ)に候(さむらふ)仰に云
延喜十三年/侍臣(じしん)献(けんず)_レ菊(きくを)かの日只左衛門藤原定公
一人候仍不_レ相_二分左右_一 ̄ニ至_二 ̄テ于今日_一 ̄ニ数人既 ̄ニ候可_二相分_一
とて右大臣大納言源朝臣/参儀(さんき)師氏(もろうぢ)朝臣三人を
左右【「左右」は書陵部本「左方」】とす大納言藤原朝臣左衛門督藤原朝臣二人を
右方とす左菊いまだ仰かうむらざるさきに弓場殿(ゆばとの)
にかきたつ其後/召(めし)によりて御前の東庭にまいる
洲浜(すあま)に菊一本をうへたる蔵人所衆六人してこれを
かく仁寿殿(じじゆでん)の西(にし)の砌(みきり)にしの辺に兵衛府の円座(ゑんざ)
一牧をしきて殿上の小舎人(ことねり)壱人/矢(や)三をもちて候
洲浜(すあま)の風流(ふうりう)さま〴〵なり中に銀の鶴(つる)に菊の枝
をくはへさせて其葉に歌一首をかく其後右菊やゝ
ひさしうしてまいらせざりければたび〳〵もよほし
【上欄書入れ】3
【柱】古今巻十九 〇三
【柱】古今巻十九 〇三
おほせらるゝほどに秉/燭(しよく)に及て奉りけばそれも
所衆ぞかきたりけるかすさしの円座はなし風流左
におとりたりけりしろかねの鶴にきくをくはえさせて
歌を書たる事左におなじ右大臣奏し申されける
は右花其/粧(ソウ)劣(ヲトレハ)也/加之(シカノミナラズ)数度雖_レ ̄トモ召 ̄ト良【やや】久/不(ス)_レ献(ケンゼ)然則(シカルトキハ)
第一花可_レ為_レ左勝_一仰 ̄ニ云事/理(コトハリ)也仍 ̄テ左かずをます其時
大臣座を立て負方(まけかた)の公卿に罰酒(ばつしゆ)をこなはれけ
り勝負あるごとにかくなんをこなはるべきに左第二
花をたてまつる其花あざやかなれどかたぶきふし
たりければ仰によりて負(まけ)に成にけり仍左/数(かず)をぬく
第三の花左かちてすなはち乱声(らんせい)をはつして龍王
を奏す左衛門の権の佐公輔息に小舎人橘の知信(とものぶ)がつかう
まつるけふ次左の方の公卿侍臣前庭にして拝舞(はいぶ)あり
けり其後左の方/有相(ありすけ)朝臣右の方延光朝臣に仰て
つるのふくむ和歌をめさるをの〳〵とりてまいりて
御座の南/辺(へん)にこうす則両人をもてよませられけり
《割書:左歌》ちとせふるしものつるをはをきながら
きくのはなこそ久しかりけれ
《割書:右歌》たつのすむ汀(みきは)のきくはしらなみの
おれとつきせぬかけそ見へける
【上欄書入れ】4
【柱】古今巻十九 〇四
【柱】古今巻十九 〇四
其後舞を奏(そう)す左方/渋川(しぶかはの)辺【「渋川辺」は書陵部本「渋河鳥」】左近将曹/船木茂(ふなぎしげ)真
舞師/長尾秋吉(ながをあきよし)ぞつかうまつりける右の方/綾切(あやきれ)右衛
門の府生(ふせう)秦良佐(はたのよしすけ)近衛/身高(みたか)つかうまつる後〳〵舞
くだんの四人に奉仕(ぶじ)しけり左右たゞ勝負まひの
まうけばかりにて他(たの)舞のまうけなかりけるを俄(にはか)
の仰によりて余(よ)曲をば供(ぐ)しけり左の方/万歳楽(まんざいらく)太
平楽右/石川楽(いしかはらく)長保楽/等(とう)也舞終て更に双調(そうてう)を
奏す管弦にたえたる侍臣等河竹の北辺に
こうす又楽所の輩も同所のひがしの辺に候て或
は謡或は吹弾此間に御膳を供ず又侍臣に仰て御筝を
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】5
【柱】古今巻十九ノ 〇又四
【柱】古今巻十九ノ 〇又四
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
奉るこれよりさきに御座の南の辺に置(をき)物御/厨子(ずし)
一/脚(きやく)をたてゝくだんの御筝をきまうけたり式部卿の
親王(みこ)和/琴(ごん)を弾(たん)じ源大納言/琵琶(びわ)を弾じけり御遊
をはりて王卿(わうけい)以下に禄(ろく)を給ふ又御みきまいりて
式部卿親王にたまはせける親王すなはち御前の階(みはしの)間
より庭にをりて拝舞(はいぶ)し給ひけり南の長階(なかはし)より
のぼりて座につくさらに盃をとりて次第に
くだりけり納言御/挿頭(かざし)のまふけ有/献(けん)ずべきよし
申されけり
【650】南殿の桜は村上の御時式部卿/重明(しげあき)親王の家の桜
【上欄書入れ】6
【柱】古今巻十九 〇五
【柱】古今巻十九 〇五
匂ひ異なりとてうつしうへられけるとて其後たび〳〵の炎(えん)
しやうにやけにければ又あらぬ木をぞうへかへられける代
〳〵の御門(みかど)此はなを賞(しやう)ぜさせ給ひて花の宴(えん)を行(おこ)なはる
承久(しやうきう)に右馬の権の頭頼茂朝臣うたれし時又やけにけりやがて
造内裏(ざうだいり)ありしにこの桜のたね大/監物(けんもつ)源の光行(みつゆき)が家
にうつしうへたるよし聞へてめしてうへられけるとぞ
いづれの時のたねにてか有けんおぼつかなし其桜も
いく程なくてやけぬれば今はあとだにもなしくち
おしきこと也
【651】康保(かうほう)三年閏八月十五日/作物(つくも)所/画(ゑ)所あいわかつて
殿(てん)の西の小庭に前栽(せんさい)をうへられけり右大将藤原
朝臣治部卿源朝臣/朝成(ともなり)朝臣/中(なかの)渡殿(わたとの)に候(さむらふ)侍臣等/後涼(こうりやう)
殿(てん)のひかしのすのこにこうすつきに両所/酒饌(しゆせん)をもて
男女房(おとこにようばう)にたまふ夜に入て侍臣(ししん)唱歌(しやうか)し管弦を奏
す又高光永頼に花の枝にゆひつくりところの和歌を
とりてよませられけり公卿侍臣に仰てうたを奉ら【「奉ら」は書陵部本「奉らせ」】
けり右大将/延光(のぶみつ)朝臣ぞ題(だい)をば奉りける十五夜/翫(もてあそふ)_二後(こう)
庭(ていの)秋花(しうくわを)_一とぞ侍ける深更(しんかう)に及で侍臣和歌を奉る保
光朝臣をしてよませられけりさらにまた管弦の興ありて
其後公卿に禄(ろく)を給はせけり
【上欄書入れ】7
【柱】古今巻十九 〇六
【柱】古今巻十九 〇六
【652】天禄三年八月廿八日/規子(きし)内親王野々宮にて御前
の面(をも)に薄(すゝき)蘭(ふしはかま)紫/苑(をん)単香(たんかう)【「単香」は書陵部本「草香」】女郎花(をみなめし)萩(はぎ)などをうへさせ
給て松むし鈴(すゞ)むしをはなたせ給けり人々【濁点「〝」付の々】にやがてこの
ものにつけて歌を奉らせられけるにをのが心々に我
も〳〵と或は山ざとのかきねにさほしかのたちより或は
すはまのいそにあしたづのおり居るかたを作りて草
をもうへ虫をもなかせたりおほせごとゝて花のあり様
むしのすみか何れも〳〵いとおかしかりけり歌のをとりま
さりは定(さため)てや有べき誰(たれ)をしてか定め申べきと仰給ふ
に是かれと申す前の和泉の守源の順(したがふ)朝臣なんおほやけには
梨壺(なしつほ)の五人が中に定められ宮にはおもと人八人が
うちにてさふらふ人也是をめしてこそ定めさせられ
めと申によりて其事とはなくて今夜すぐまじきさ
だめ事なんあるとてめしたりかみのつかさたゝすへか
さのおほいすけの君だちあなたこなたにさふらひ給ふ
加賀のぜうたちばなの正道によみあげさせて順朝臣
にことわらせ学生/為憲(ためのり)してけふの事をかきをかせ
給ふ中に為憲なんおなじ源といふべくもなく千草(ちくさ)
ににほふ花のあたり庭もきくのやうにまじりにくゝて
侍ればやむごとなくはみやまのもとよりおひいでたる
【上欄書入れ】8
【柱】古今巻十九 〇七
【柱】古今巻十九 〇七
草のゆかりにて仰ごとのいなひがたさに心もともに
つひにける水ぐきしてたてまつりをくその歌ども順
朝臣さだめ申せる判かくなん
侍従(じじう)御許(をもと)
花のみなひもとく野へにしのすゝき
いかてか露のむすひをきけん
長門権守/有忠(ありたゝ)
くらふ山ふもとの野辺の女郎花
露のしたよりうつしつるかな
ひょうえのきみ
さほしかのすたくふもとのした萩は
露けきことのなくもあるかな
もちきの朝臣
萩の葉にをく白露のたまりせは
はなのかたみはおもはさらまし
判のことばのこりのうたどもあまりにおほくてかき
もとゞめぬなり
【653】宇治殿四条大納言/公任(きんたう)卿いま春秋の花いづれか
すぐれたると論ぜさせ給ひけり春はさくらをもて
第一とす秋は菊をもて第一とすと宇治殿仰ら
【上欄書入れ】9
【柱】古今巻十九 〇八
【柱】古今巻十九 〇八
れければ大納言梅の候はんうへはさくら第一にては
いかゞ候べきと申されけれは梅と桜との論に成て
自余(じよ)の花のさたはつぎになりにけり大納言/恐(おそれ)を
なしてつよく論じ申されずながら猶春のあけぼのに
紅梅の艶(ゑんなる)いろすてられがたしと申されける優(ゆう)
にぞ侍ける江(ごう)記に見へたり
【654】長元元年十二月廿二日/昭陽舎(せうやうさ)のさくらを壱本/清(せい)
涼殿(りやうでん)ひがしきたの庭にうつしうへられけるに殿上人
どもおりたちてふみいためけりいと興ある事也
むかしはかやうにあちこちほりわたし又はじめても
うへられけるちか比はかぎりある木の外はうへらるゝ
事もなきにや
【655】永承六年五月五日内裏に菖蒲(あやめ)の根(ね)合有けり
此こと去る三月晦日/堪能(かんのふ)の上達部(かんたちべ)ひとりふたり
殿上人等をめして弓の勝負ありけり又/鶏(とり)合も有
けり其/勝負(かちまけ)なきによりて菖蒲(あやめ)の根(ね)をあはせて
勝負を決(けつ)せられける也御/装束(しやうぞく)永承四年十月
歌合の儀のごとし中宮皇后宮みなさふらはせ給ふ
内大臣/頼宗(よりむね)民部経長家/按察(あせち)大納言信家小野宮
中納言/兼頼(かねより)さへもんのかみ隆(たか)国侍従中納言/信(のぶ)長
【上欄書入れ】10
【柱】古今巻十九 〇九
【柱】古今巻十九 〇九
二条中納言俊家中宮の大夫経輔左宰相中将能長三位の
中将俊房三位の少将忠家など参り給ひけり左右の方
人夕へにおよんでまいりけりまづ御殿にあぶらを供
ず其後左右の文台をたつ高サ四尺なりけり南の
ひさしの座の東の間に東/面(をもて)の妻(つま)にかきたつ洲浜(すはま)
をつくりてしろかねの松をうへたり又おなじき鶴亀を
すへたり沈香(ぢんかう)をもて岩石を作りたてたり其あいだ
に銀のやり水をながして其前に机(つくへ)を立てそのうへに
書(ふみ)一巻ををく像眼(ぞうかん)をもて紙して色紙形(しきしがた)摸(よこ)して
をの〳〵和歌五首をかくしろかねをのべて表紙と
して彩色(さいしき)あをくみどり也/虎魄(こはく)を軸(ちく)としてしろかね
をひもとすすはまにうちしきありあをき色のうす
ものをもて浪(なみ)の文(もん)になずらふ長根(ながね)五筋(いつすぢ)をわかねて
松の上にをき洲(す)のほとりにをけりかずさしの洲のうへ
にもをけり又/薬玉(くすだま)五流(ごりう)わかねて洲(す)のうへにをく方
の人々東のゑんの上に候つぎにかすさしのすはま
をたつ蔵人(くららう)是をかきて文台(ぶんたい)のひがしにをく石たてゝ
小松をうへたり菖蒲をつくりてかすさしの物とす
沢に又蔵人右の方の文台をかきたつ方二尺ばかりなる
其うへに大鼓(たいこ)だいを立て其上に大/鼓(こ)をたつそのまへ
【欄書入れ】11
【柱】古今巻十九 〇十
【柱】古今巻十九 〇十
に蝶舞(てうのまい)の童六人をつくりたてゝ其根の上にをの〳〵
和歌をかくみな銀をもてつくれり又薬玉ながき根
をわかねてすはまの辺(へん)にをく薬玉みな金銀にてつく
れり方の人西のすのこに候(こう)す次に等判(とうはん)のすはまを
たつ蔵人一人これをかきて文台の西のかたにをく
すはまに竹(ちく)台のていをつくりて竹(たけ)をうへてかすさし
の物とす其後仰によりて公卿をわかちて左右とす左
のかたの公卿相引て御前の簀子(すのこ)をへて東にわたり
て座につく内大臣/師方(もろかた)卿/兼頼(かねより)卿/信長(のぶなが)卿/経輔(つねすけ)卿/俊房(としふさ)卿
也左頭/頭弁(とうのへん)経家朝臣右頭頭中将/資綱(すけつな)朝臣すゝみて
文台の下に候す此間に左右のかざしの童(わらは)をの〳〵
一人其所に候くだんの童二人/隆国(たかくに)卿の子息(しそく)也みな殿
上に候しけり頭(とうの)弁経家朝臣/良基(よしもと)朝臣を召(めし)頭(とうの)中将
資綱(すけつな)朝臣基家朝臣を召(めす)左右あひわかつて御まへに
候す経家朝臣ながき根を取て良基朝臣にさづけて
南のひさしにのべおかしむ右又かくのごとし其/長(なか)みじかを
あらそふ左の根一丈一尺右の根一丈二尺にて右/勝(かち)にけり
但右かたすこしまさりたりけるによりて勝に定めら
れけり三番を限(かぎ)りとしてとゞめられぬ次に和歌五
首をよむ左の講師(こうし)長方朝臣/読師(どくし)経家朝臣右の
【欄書入れ】12
【柱】古今巻十九 〇十一
講師/隆俊(たかとし)朝臣読師/資綱(すけつな)朝臣也/判者(はんしや)内大臣なり
題(だい)菖蒲(あやめ)郭公(ほとゝきす)早苗(さなへ)恋(こひ)祝(いはひ)也をの〳〵よみ終りてしり
ぞきて本(もと)の座にかへりつく次に管弦の御調度を
めす和琴民部卿筝二位中納言琵琶経信朝臣笙
定家朝臣笛篳篥隆俊唱歌資仲朝臣子調子の
のち内大臣御気色によりて笏をさして御笛を取
て御座の下にすゝみてこれを奉る主上御ふえを
とらせおはしまして後拍子/奉仕(ぶじ)せらるべきよし内大
臣に仰らる大臣仰を承て座に帰りつきて安名尊(あなたうと)
をとなふ律曲の終りに諸卿に御衣(ぎよい)をたまはす
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【欄書入れ】13
【柱】古今巻十九ノ 〇又十一
【柱】古今巻十九ノ 〇又十一
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
をの〳〵退出今度殿上人の禄はなかりけるとかや
【656】経信卿/太宰師(ださいのそつ)に任じてげかうの時八月十五夜に
筑前国/莚田駅(むしろだのむまやと)につきたりけるに天はれ月あきらか
なるに館(たち)の前におほき成/槻(つき)ありけり枝葉(えたは)ひろくさし
おほひて月をへだてければ人をめしあつめてたちまち
に其木を切はらはせて月にむかひて夜もすがら
枇杷をかきならして心をすまして天(そら)あけぬれは
たゝれにけりかゝるすき人も今はなき世なりけり
【657】堀川院の御時五月五日/江師(ごうそつ)菖蒲(あやめ)をたてまつり
【欄書入れ】14
【柱】古今巻十九 〇十二
【柱】古今巻十九 〇十二
進上 水辺菖蒲(すいへんのあやめ)
千年(ちとせ)五月五日 大江の為武(ためたけ)
この状を殿上にいだされて人々によめと仰られ
けれ共/誰(たれ)も其心をしる人なかりけるに師頼卿其時
弼(ひつの)少将とてさふらひけるがあんじえてよみ侍ける
たてまつりあぐるかはべのあやめぐさ
《割書:進 上 水 辺 菖 蒲》
ちとせのさ月いつかたへせん
《割書:千 年 五 五 日 大 江 為 武》
【658】嘉保二年八月廿八日上皇鳥羽殿にて前栽(せんざい)合
ありけり兼日(けんじつ)に方人(かたふど)をわかたれけり公卿殿上人蔵
人所の衆御随身に至迄左右をわかたれけり権中納
言基忠卿を左右の頭(かしら)とすをの〳〵宰相中将宗通卿
を左右の頭とす此外公卿二人殿上十余人相わかれけり
南でんの寝(ねま)のたつど【「たつど」は書陵部本「巽」】のすみの南面の女院の御方なり
かしこにての興ありまづ大殿くわんばく殿左大将あ
ひわかつて左の方に候(こう)じ給ひけり大臣中宮太夫民部卿
右の方にさふらふこれらは仰によりて当座にわかれける也
方人左ゑもんのかみ《割書:公実》藤中納言《割書:基忠》江の中納言《割書:匡房》
右さへもんのかみ《割書:俊実》治部協《割書:通俊》宰相中将《割書:宗通》みな直衣(なをし)
大殿は烏帽子(えぼうし)直衣(なをし)也まづ右方の人々参りて灯台(とうたい)
をたつかねての仰によりて風流(ふうりう)并にかすさしの
【欄書入れ】15
【柱】古今巻十九 〇十三
【柱】古今巻十九 〇十三
具(ぐ)はとゞめられけり然而(しかうして)灯台など美麗(びれい)にて銀
のさらをすへたりけりせんさい五なり櫃(ひつ)武者所/各(をの〳〵)
二人かきて階(みはし)の西にこれををく透長櫃(すきながびつ)に丹青(たんせい)を
ほとこしてつくりはなをもてかざりたりけり殿上人
方人以下みな布衣(ふい)也けり次に左方をもよほす花并に
掌灯(てともし)等(とう)遅(ち)々して時刻をしうつりけり掌灯(てともし)の具(ぐ)
は右方の人に取かくされたりけるにや頗(すこぶる)めんぼくな
くぞ侍けるやゝひさしくして灯台(とうだい)を殿上の六位
して立させたりけり其後せんざい五ながびつを供
ずをの〳〵にしきのうちしきありすはまのうへに
ませをゆひてせんざいをうへたりけり左右をの〳〵
萩(はぎ)女郎花/薄(すゝき)菊などをもりけりこれ則今日の和歌
の題也とぞ左方和歌/鏡(かゝみ)を畳(たゝみ)にしきに付て鏡のうへ
に歌をかきたりけり右方くれないのうすやうに書たり
けり木工助源の明国は扇にぞ書たりける其後方の
六位庭中におりて和歌を取て御前に置けり其
後講師をめす左/宗忠(むねたゝ)右/能俊(よしとし)也左右の殿上人
階(みはし)をはさめて欄干(らんかん)に候てをの〳〵和歌を講じけり
一番講ぜらるゝ間右方むしを籠(かご)に入て二籠奉り
たりけり其籠にも歌を付たりむしの声(こゑ)〳〵身に
【欄書入れ】16
【柱】古今巻十九 〇十四
【柱】古今巻十九 〇十四
しみていと興有事也けりこんや仰によりて左大臣
和歌をはんじ給ふ右方勝にけり人々退出す右方
猶御前に候じて和歌を詠じけるとぞ中右記(ちうゆうき)
に見へたり
【659】長治二年後二月廿日あまりの比内の女房殿上人
せう〳〵花を見侍りけるに廿三日に一/枝(えた)ををりて奉べき
よし天気有けれ共日くれて奉らざりけり其うらみ
有とて次の日左右をわかちて花を合られけり左方
の人々桜の枝を折てゑもん陣の後にうつしたてゝ五枝
をえらびてもて参けり備後介(びんごのすけ)有賢(ありかた)朝臣拍子取て
桜人をうたひけり管弦をもつけ侍けり此花を泉の
御所にうつしうへてつり殿にて御遊有けり右の方花
をそかりければ上達部五人をつかはされけり洲浜(すはま)に
たてゝもて参けり其後/満座(まんざ)和歌を奉へき由勅定
有て人々つかうまつりけり《割書:為範記に見へたり》
【660】嘉応二年九月上旬京中桜梅/桃(もゝ)李(すもゝ)花開て春の
そらのごとく成けり延喜九年八月にもかゝる事侍り
けるとかやそのたびは藤(ふち)柚(ゆ)柿(かき)子どもさきたりけり
聖(せい)代に此事有いか成/瑞(ずい)にか侍らん
【661】五月の比/円位(ゑんゐ)上人/熊野(くまの)へ参ける道の宿にあやめ
【欄書入れ】17
【柱】古今巻十九 〇十五
【柱】古今巻十九 〇十五
をばふかでかつみをふきたりけるを見てよみ侍
りける
かつみふく熊野まうてのやとりをは
こもくろめとそいふべかりける
【662】承元四年正月の比内裏《割書:大炊殿》にて日給(じつきう)はてゝ源の
仲朝以下蔵人町へ罷けるに大炊御門(おほいのみかと)おもてのから
もんよりなえ〳〵とある衣冠の人参けり主殿官人が
朝きよめに参るにやと見侍ればしりさへよられ
たるうすあをのひとへ狩衣着たる侍一人ぐしたり
たれやらんと見けるに冷泉中将定家也けり只
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【欄書入れ】18
【柱】古今巻十九ノ 〇又十五
【柱】古今巻十九ノ 〇又十五
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
今なにしに参やらんとあやしく見るに南殿へ向て
わたとのゝ前なる八重桜(やへさくら)のもとにいたりて立たり花
のころにもあらぬに梢(こずへ)を見あげてやゝひさしく程へて
侍(さふらひ)を木にのほせて枝をきらせておろさるその枝を
袍(うへのきぬ)の袖くゝみに取て出にけりことの様何とはしらねど
優(ゆう)に覚へければ内々其やうをひらうしてげり花を賞し
てつぎ木にせんとてとらせけるにこそと御さた有て
其しるしいひやるべしみことのり有ければ女房/伯耆(ほふき)紅(くれない)
のうすやうに書てつかはしける
なき名そとのちにとがむる八重さくら
【欄書入れ】19
【柱】古今巻十九 〇十六
【柱】古今巻十九 〇十六
うつさんやとはかくれしもせし
返し
くるとあくと君につかふる九重や
やへさくはなのかげをしそ思ふ
【663】順徳院御時十月のころ侍従宰相定家卿大蔵卿為長参
内してをの〳〵鬼(をに)の間(ま)にてやまとからの物かたりして
さふらひける所へ御前より蒔絵したる硯(すゝり)のふたに
きくした絵にしたる檀紙(だんじ)をしきてきくの花を一えだ
入て両人よみてまいらせよとて兵衛の内侍にもたせて
出されたりければ定家卿ははしり立てにげにけり
為長卿は詩を作りて奉りけるとなんいと興有事也
くだんの詩たづねてしるすへし定家卿にげられけるも
さだめてやうあるらんゆかしくこそ
【664】同御時内裏にて花あはせ有けり人々めん〳〵に風流
をほどこして花奉けるに非蔵人(ひくらふと)孝時大なる桜の枝
を両三人してかゝせて南殿の池のはたにほり立たり
ける簡(ふだ)を付て大花と書たりけり此事は孝道がた
うはみな鼻(はな)のおほき成によりて院の仰にも鼻が
たうとぞ有けるこれによりて大花と簡を付たり
けり比興のさたにこそ侍ける
【欄書入れ】20
【柱】古今巻十九 〇十七
【柱】古今巻十九 〇十七
【665】泰覚(たいかく)法印五月五日人の許へ菖蒲をつかはすとて
よみ侍りける
わりなくそあやめのふちを心ざす
ちまき馬をや引いたすとて
【666】後堀河院の御時嘉禄二年九月十一日/例幣(れいへい)に頭(たうの)中
将/宣経(のふつね)朝臣以下/職事(しきじ)どもまいりて出御まつ程
人々鬼の間(ま)によりあつまり居て何となき物語し
けるに大/盤(はん)所には内侍どもさらぬ女房立も候けり
わた殿には貫首(くわんしゆ)にしたがひたる蔵人共ならびゐて
うちもともなくさま〳〵の物語いひかはすに少将内
侍/台盤(たいばん)所の御(み)つぼのかえでの木を見出して此かえで
にはつもみちのしたりしこそうせにけれといひたりけ
るを頭中将聞ていづれの方にか候けんとて梢(こすへ)を見上
ければ人々もみな目を付て見けるに蔵人/永綱(ながつな)とり
もあへずにしの枝にこそ候けめと申たりけるを右中
将/実忠(さねたゝ)朝臣/御剱(ぎよけん)の役の為に参て同其所に候ける
が此ことばをかんして此比は是程の事も心とくうち
いづる人はかたきにてあるに優に候物かなとてうちめき
たるに人々みな入興して満座かんたんしけりまことに
取あへずいひ出るも又聞とかむるもいと優にぞ侍り
【欄書入れ】21
【柱】古今巻十九 〇十八
【柱】古今巻十九 〇十八
ける古今歌に
おなし枝をわきて木の葉の色つくは
にしこそ秋のはしめなりけれ
と侍るをおもはへていへりけるなるべし
【667】二品《割書:時賢経》の綾小路(あやのこうぢ)壬生(みぶ)の家に鞠(まり)のかゝりに柳(やなぎ)三本
有けり其内戊亥のすみの木に烏すをくひ侍けるを
いかゞおもひけん其からす其すをはこびてむかひの
桃(もゝ)の木につくりてげり人々あやしみあへりけるほどに
一両日を経(へ)て関白殿より楊をめされたりけり二品其
とき他所にいられたりける程成ければ御つかひに
むかつて御教書(みげうしよ)を付たりければすみやかにむかひて
いづれにてもはからひてほりて参べきよしいひけ
れば御つかひかのていにむかつて其柳のうち二本を
ほりて参うちからすのすくひたりし木をむねと堀(ほり)
てげり烏(からす)は此事をかねてさとりけるにこそ此木
一条殿にうつられたりけるが二本ながらかれにけり
それに本所に今一本残りたるも同かれにけるおぼ
つかなき事也友木かるればかゝる事にやちかく滋(しげ)
野井(のゐ)の柳を一本他所へうつしうへたりけるにも此
定に残の木ゆへなくかれたりけるとぞ
【欄書入れ】22
【柱】古今巻十九 〇十九
【柱】古今巻十九 〇十九
【668】建長元年二月前の大政大臣家に行幸ありてしばし
内裏にて侍けるころ一院梅花さかりなるよし聞し
めして人してその梅の木にむすび付させられける
御歌に
色も香もかさねてにほえ梅のはな
九重になるやとのしるしに
【669】ある貴所より仰をうけ給て梅【「梅」は書陵部本「桜」】をあまたうへける
折ふし隆祐(たかすけ)朝臣白河の花すでにちり侍也たゞ今
見にまかり侍にといざなひければけふかゝる事に
かゝりてえなんともなふまじきよし申ければをしかへし
よみつかはしける
うつしうふる花はちとせの物なれは
ちる木のもとをいそけとそおもふ
返し聞侍しをわすれ侍にけり
【670】金光(こんくわう)院に人々にあてゝ梅【「梅」は書陵部本「桜」】をうへられ侍りしに
むすひ付侍し歌
君がためうつしそうふる八重さくら
かさねて千代の春ににあへとて
【671】松樹(せうじゆ)を貞木(ていぼく)といふ事はまさしく人のためにかの
木の貞あるにはあらず霜雪のはげしきにも色
【欄書入れ】23
【柱】古今巻十九 〇二十
【柱】古今巻十九 〇二十
をあらためずいつもみどりなればこれを貞心にくら
ふる也貞松は年のさむきにあらはれ忠臣は国の
あやうきに見ゆと潘安仁(ばんあんじん)が西征賦(せいいのふ)にかけるも
このこゝろなり
菅家(かんけ)太宰府(ださいふ)におほしめしたちける比
こちふかばにほひをこせよ梅のはな
あるしなしとて春なわすれそ
とよみをき給ひてみやこをいでゝつくしにうつり
給ひてのちかの紅梅殿(こうばいとの)の梅の片(かた)えた梅に
むかひ給ひて
ふるさとの花の物いふ世なりせは
いかにむかしのことをとはまし
とながめさせ給ひたりければかの木
先久(センキウ)於(ヲ)故宅(コタク) 廃籬(ハイリ)於(ヲ)久年(キウネン)
麇鹿(ビロク)於(ヲ)住所(チウシヨ) 無主(ムシユ)又(ユフ)有花(ウクハ)
かく申たりけるこそあさましともあはれとも
こゝろもことばもおよはね
古今著聞集巻之十九終
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【欄書入れ】24
【柱】古今巻十九 〇二十一
【裏表紙】
【背。ラベル 横書き。「總」は青字、「上」は朱字】總上/5/54
【表紙題箋】《題:古今著聞集 《割書:二十》》【書入れ (20)】
【見返し】
古今著聞集巻第二十
魚虫(きよちう)禽獣(きんしう)《割書:第卅》
【672】禽獣(キンジウ)魚虫(ギヨチウ)其(ソノ)彙(タグヒ)且(カツ)千(セン)皆(ミナ)雖(イヘトモ)_レ不(ス)能(アタハ)_レ言(モノイフコト)各以 ̄テ【「以」は書陵部本「似」】有(アル)_レ所(トコロ)
《割書: |レ》思(ヲモフ)者也(モノナリ)
【673】右近の少将/廣継(ひろつぐ)朝臣/太宰少弐(ださいのせうに)になりて天平(てんへい)十二年
宰府(さいふ)にくだりたりけるに十月の比/郭中(くわくちう)に一/声(せい)につゞ
けて七/声(こゑ)いばゆる馬のこゑ聞えけるを尋て高直に
買とりていたはりかひければ龍馬(りやうめ)にてぞありけるそ
れに乗(のり)て牛【午ヵ】刻よりかみには都府(とふ)の政(まつりこと)にしたがひ午
の時より後には朝家(てうけ)の公事(くじ)をぞつとめける一千五百
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:子孫|永宝》
【蔵書印 朱 陽刻 方形 単郭 篆書体】
《割書:平戸藩|蔵 書》
【蔵書印 朱 陽刻 正方形 単郭 篆書体】
《割書:楽歳堂|図書記》
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】1
【柱】古今巻二十 〇一
【柱】古今巻二十 〇一
里の道を時のまにかよひけるたゞ人にはあらずつゐに
かの少将は神となりてかゞみの尊廟(そんびやう)【庿】とぞ申なるむかし
の館(たち)の跡もかの社(やしろ)のほどにてなん侍るとぞ
【674】桓武御門(くわんむみかと)御まつりごとの後は衣/冠(くわん)をぬがせおはし
まして御ぜんまいりて鷹司(たかつかさ)の御鷹を庭(には)にめして餌(え)
をかはせさせ給けりある時は又御手づから嘴(はし)爪(つめ)抔(など)を
つゞらせ【「つゞらせ」は書陵部本「つくらせ」】給ひけりむかしは鳥さうしにも人の引出物/抔(など)
には鷹(たか)馬(むま)をぞしける【675】延喜/野(の)行幸に御剱(ぎよけん)の石付(いしづき)おとさ
せ給ひたりければ稀有(けう)の事也ふるき物をとてお
ぼしなげかせ給ひてたかきつりか【「つりか」は書陵部本「つか」】のうへにうちあがら
せ給て御覧じければ御犬くだんの石付をくはへて参り
たりけるこれは剱(けん)の高名なり其剱は雷鳴(かんなり)のときは
みづからぬくといへり然あれ共いまの世にはしらず京極
大殿はおそれをなしてぬくへからずとぞ仰られける
しかあれどもふしんによりてある人を以てぬかせて御
覧じければみねのかたによりて金をもて坂上の宝(ほう)
剱とまきたりけり知足院殿つたへてもたせ給ひたり
けるを白河院よりめされければ参らせられにけり
式部卿/敦実親王(あつざねのみこ)の剱と今は是と也
【676】承平の比/狐(きつね)数百/頭(かしら)東大寺の大仏を礼拝しけり
【上欄書入れ】2
【柱】古今巻二十 〇二
【柱】古今巻二十 〇二
諸人これを追ければその霊(れい)人につきていひけるは
久しく此寺にすむ今/尊像(そんぞう)をいたましめやかんと
するが故に礼拝をいたす也とぞいひける
【677】永延元年五月九日右近の馬場にて競馬(けいば)五番あり
けるに三番左府生/下野公里(しもつけのきんさと)穂坂(ほさかの)七(なゝ)葦毛(あしげ)に乗(のり)た
りけり右近衛三宅忠正同/九(こゝのつの)鴾毛(つきげ)に乗たりけるに
左五尺勝にけり鴾毛(つきげ)次日の朝やまひもなきに目に
涙(なみだ)をうかべてやがて死にけり獣なれども負たる事を
思ひ入たりけるにや不思儀なる事也
【678】一条院御時御/秘蔵(ひさう)の鷹ありけりたゞしいかにも鳥を
【貼紙ヵ】
天武朝白鳳三年九月辛卯
三位/朝績(ヲウミ)王有罪流于因幡
国一子流伊豆島一子流/血(チ)_鹿(カ)島
《割書:日本記 天武代》
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】3
【柱】古今巻二十ノ 〇又二
【柱】古今巻二十ノ 〇又二
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
とらざりけり御/鷹飼(たかがい)どもめん〳〵にとりかひけれども
すべて鳥に目をだにかけさりければしかねてくだんの
鷹を粟(あわ)田口十禅寺の辻につなぎて行人に見せら
れけりもしをのづからいふ事也あるとて人を付られ
たりけるにたゞのひたゝれ上下にあみがさきたるの
ぼり人馬よりおりて此鷹を立まはり〳〵見てあはれ
逸物(いちもつ)上(うへ)なきもの也たゞしいまだとりかはれぬ鷹な
ればよもとらじといひて過る者有けりその時
御鷹飼出てかの行人にあひて只今のたまはせつる
事すこしもたがはす是は御門の御鷹也しかるべくは
【上欄書入れ】4
【柱】古今巻二十 〇三
【柱】古今巻二十 〇三
とりかひて叡感(えいかん)にあづかり給へといへば此ぬしとり
かはんこといとやすき事也われならでは此御鷹とりかひ
ぬべき人覚へすといへばいと稀有(けう)也すみやかに此由
叡聞(えいぶん)にいるべしとて宿などくはしくたづね聞て御
鷹すえて参りて此よし奏聞(そうもん)しければ叡感有て
すなはち件の男めされて御鷹を給はせけりすべて
罷出てよくとりかひて参りたり南殿(なんてん)の池の汀に候て
ゑいらんにそなへけるに出御(しゆつぎよ)の後池にすなごをまきけれ
ば魚あつまりうかびたりけるに鷹はやりけばあはせ
てげり則大なる鯉(こい)をとりてあがりたりければやがて
とりかひてげり御門(みかと)よりはじめてあやしみ目をおどろ
かして其ゆへをめしとはれければ此鷹はみさご腹(ばら)の
鷹にて候まづかならず母が振舞(ふるまひ)をして後に父が芸(げい)を
ばつかうまつり候を人そのゆへをしり候はで今迄鳥をとら
せ候はぬなり此後は一つもよもにがし候はじ究竟(くきやう)
の逸物(いちもつ)にて候也と申ければ叡感(えいかん)はなはだしくて所望
何事かある申さんにしたがふべきよし仰下されけれ
ば信濃(しなのゝ)国ひちの郡に屋敷/田園(でんえん)などをぞ申うけ
けるひちの検校(けんげう)豊平(とよひら)とはこれが事也大番役
にのぼりける時の事也
【上欄書入れ】5
【柱】古今巻二十 〇四
【柱】古今巻二十 〇四
【679】御堂殿(みだうとの)儀同三司(ぎとうさんし)の御車にのりぐし給て御ありきあり
けるに辻をかいまはりける所を牛(うし)殊によく引たり
ければ御堂殿/感(かん)ぜさせ給ひて此牛はいづくより
出きたりけるぞと尋申されければ儀同三司これは
祇園(ぎをん)【薗】へ人の誦経(じゆきやう)にまいらせたりけるを人のたびたる
とこたへ申されければ御堂おどろかせ給ひて御車
をめしよせてぞべちにてかへらせ給ける神物を恐
させ給ひけるゆへなり
【680】越後の国に乙(きのとの)寺といふ寺に法花経持者の僧住て
朝夕/誦(じゆ)しけるに二の猿(さる)来りて経を聞けり二三日を
【挿絵】
【上欄書入れ】6
【柱】古今巻二十ノ 〇又四
【柱】古今巻二十ノ 〇又四
【挿絵】
へて僧こゝろみに猿(さる)に向て云やう汝(なんぢ)なにのゆへに
常(つね)に来るぞもし経を書奉らんと思ふかといへば二
の猿/掌(たなこゝろ)を合て僧を頂礼しけりあはれに不思儀に
思ふほどに五六日をへて数百の猿あつまりかうぞの
皮【彼】をおふて来りて僧の前にならべおきたりこの時
僧これを取て料紙(りやうし)にすかせてやがて経を書奉る其間
二の猿やう〳〵くだものをもちて日々に来りて僧にあたへ
けりかくて第五巻にいたる時此猿見へずあやしく思て
山をめぐりてもとむるにある山のおくにかたはらに
山のいもををきてかしらをあなの中に入てさかさま
【上欄書入れ】7
【柱】古今巻二十 〇五
【柱】古今巻二十 〇五
にして二の猿/死(し)ゝ(ゝ)て有山のいもをふかくほり入て穴(あな)に
落(をち)入てえあがらずして死ゝたるなめり僧あはれにかなし
き事かぎりなし其猿のかばねをうづみて念仏申
て廻向して帰りぬ其後経をばかきをえずして寺の
仏前のはしらをゑえりてその中に奉納(ほうのふ)してさりぬ其
後四十よ年をへて記躬高(きのみたか)朝臣当国の守(かみ)になりて
くだりたりけるに先かの寺に詣(まうて)て住僧をたづねて
問やうもし此寺に書(かき)をはらざる経やおはしますと
尋ればそのむかしの持経の僧いまだいきて八旬の
よはひにて出て此経の根元(こんげん)をかたる国司(こくし)大きに
歓喜(くわんき)していはくわれ此願をはたさんがために今当
国の守に任(にん)じてくだり来れりむかしの猿はされば
我也経のちからによりて身をえたる也とて則/更(さら)に
三千部を書奉りかの寺いまだありさらにうき
たる事にあらず
【681】ある男日くれてのち朱雀(しゆしやく)の大路(おほち)を通りけるにえも
いはぬ美女(びぢよ)一人あひたりけり男よりてかたらふにもて
はなれたるけしきもなしいみじくちかまさりていかに
も見のがすべくも覚へざりければさま〴〵にかたらひ
ちぎりて交通(まくばい)をなさんとすれば女のいはくかく程
【上欄書入れ】8
【柱】古今巻二十 〇六
【柱】古今巻二十 〇六
になりぬればうちとけ奉らん事はやすけれ共もし
さもあらばかならず死に給ふべき也といひてきかず
おとこたへしのぶべくもおほえずして猶あながちに
いへば女せんかたなくおぼへてかくまでねんごろに仰ら
るゝ事なればいなみがたしさらばわれ御命にこそか
はりて仰られんにしたがひ侍らめ其心さしをあは
れとおぼさばわがために法花経をかき供養(くやう)して
とふらひ給ふべしといひてうちとけたれば男さし
もの事はあらじとや思ひけんはやくほいとげてげり
夜もすからかたらひなくさふに思はしき事かぎり
なしさて夜もあけがたになりければ女おきわかれん
とて男の扇子をこひていふやうわが申つる事いつは
りにあらず御身にかはりぬる也そのしるしを見んと
おぼさば武徳殿(ぶとくでん)のほとりを見給ふべしといひてわ
かれぬ男あしたに武徳殿に行てみれば一の狐(きつね)扇を
おもてにおほひて死(しゝ)てふしたり男あはれにかなしき
事かぎりなし七日ことに法花経一/部(ぶ)を書くやう
してとふらひけり七々日にあたる夜の夢に此おんな
天女に囲遶(いによう)せられてかたりていはくわれ一/乗(じやう)のち
からによりて今/忉利(とうり)天にむまるゝなりとつげて
【上欄書入れ】9
【柱】古今巻二十 〇七
【柱】古今巻二十 〇七
さりにけり《割書:此物かたり法花伝|にも見へたり》
【682】山城国/久世郡(くぜのこほり)に人のむすめ有けりおさなくより
観音につかへけり慈悲(にひ)ふかくして物をあはれふに
人かにを取てころさんとしけるを見てあはれみて買(かい)
とりてはなちてげり其/父(ちゝ)田をすかすとて田づら
に出たりける時くちなは蛙(かへる)をのみて有けるをうちは
なたんとすれどもはなたざりければ誠【「誠」は書陵部本「試」】になをさり
かてら其かへるはなでさらば聟(むこ)にとらんといひかけ
たりける時くちなは此ぬしが顔(かを)をうち見てのみ
かけたるかへるをはき出して藪(やぶ)の中へはひ入ぬ実(げに)は
よしなき事をいひつる物かなくちなはゝさる物にてある
にとくやしく思へどかひなし扨家に帰ぬ夜にも入ぬれば
いかゞとあんじゐたるに五位のすがたしたる男入来れり今
朝の御やくそくによりて参たるよしをいふさればこそ弥
あさましくくやしき事かぎりなし何といふべきかたなくて
今両三日をへて来るべきよしをいひければ則帰ぬむすめ此
事を聞てをぢわなゝきてね所などふかくかためてかく
れ居たり両三日をへて来り此たびはもとのくちな
はのかたち也むすめのかくれゐたる所をしりてその
あたりをはひめぐりて尾(を)をもちて其戸をたゝきを【「を」は書陵部本「け」】り
【上欄書入れ】10
【柱】古今巻二十 〇八
【柱】古今巻二十 〇八
これを聞ぬ【「聞ぬ」は書陵部本「きくに」】いよ〳〵おそろしき事せんかたなし心をいたし
て観音経(くわんをんぎやう)をよみ奉てゐたりかゝる程に夜半ばかりに
至りて百千のかにあつまりて此/蛇(へひ)をさん〴〵にはさみ切
てかには見へず此事/信力(しんりき)にこたへて観音/加護(かご)し給ふ
故にかとかに【「かとかに」は書陵部本「かに」】又恩を報じける也其夜観音経をよみ奉て
他念なく念じ入たりけるに御たけ一尺計なる観音
げんぜさせ給ひて汝(なんち)恐(をそる)ゝ事なかれと仰られけるとぞ
此むすめ七才より観音経をよみ奉て十八日ごとに持齋
をなんしける十二才よりは更(さら)に法花経一/部(ぶ)を読(よみ)奉りて
げり法力まことにむなしからず現当(げんたう)ののぞみたれか
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】11
【柱】古今巻二十ノ 〇又八
【柱】古今巻二十ノ 〇又八
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
うたがひをなさんや
【683】寛治五年十月六日殿上人所の衆/瀧(たき)口/小舎人(こどねり)左右をわかち
て小鳥合の事有けり公卿はまいられず殿下三位中将
ばかりぞさふらはれける殿上人左の方頭の中将仲実朝臣
右の方中将宗通朝臣以下/夏(なつ)の袍(はう)ともに冬(ふゆの)指貫(さしぬき)をぞ着
たりける左勝て殿上にとまりて朗詠今様/猿楽(さるがく)など
有けり右はみな逃(にげ)ちりにけり小鳥は後に院へ参ら
せられにけり《割書:くはしくはへちの記に有》
【684】嘉保二年八月十二日殿上のおのこ共/嵯峨(さが)野に
むかつてむしを取て奉るべきよしみことのりありて
【上欄書入れ】12
【柱】古今巻二十 〇九
【柱】古今巻二十 〇九
むらごの糸にてかけたる虫の籠(かこ)を下されたりければ
貫首以下みな左右/馬寮(むまりやう)の御馬にのりてむかひける
蔵人弁時範馬のうへにて題を奉りけり野経(やけいに)尋_レ ̄ヌル虫 ̄ヲ
とぞ侍ける野中にいたりて僮僕(どうぼく)をちらして虫をば
とらせけり十余町計はをの〳〵馬よりをり歩行
せられけりゆうべにをよんでむしをとりて籠(かこ)に入て
内裏へかへりまいり萩女房花などをぞ籠(かこ)にはかざり
たりけり中宮の御方へまいらせてのち殿上にて盃(はい)
酌(しやく)朗詠など有けり歌は宮の御方にては講ぜられ
ける簾中(れんちう)よりもいだされたりけるやさしかり
【挿絵】
【上欄書入れ】13
【柱】古今巻二十ノ 〇又九
【柱】古今巻二十ノ 〇又九
【挿絵】
ける事なり
【685】同二年冬のころ石見守/宗季(むねすへ)もろこしの鷹を
まうけたりけるはぎたかくて尾みじかくしてよの常(つね)
のにも似(に)ざりけり足緒(あしを)などもつきたりけるは人の
飼(かひ)たりけるにこそ人にあづけてかはせける程に
かひそんじにければ院よりめされけれども参
らせざりけり
【686】保延のころ宰相中将なりける人の乳母(めのと)猫(ねこ)をかひ
けりその猫たかさ一尺ちからのつよくて綱(つな)をきり
ければつなぐ事もなくてはなちかひけり十歳
【上欄書入れ】14
【柱】古今巻二十 〇十
【柱】古今巻二十 〇十
にあまりける時夜に入て見ければせなかに光(ひかり)有かの
乳母つねに此ねこにむかひてなんぢしなん时われに
見ゆべからずとをしへけるはいかなるゆへかおぼつかな
き事也十七に成ける年ゆくかたをしらずうせに
けりとぞ
【687】ある貴(たつとき)所にしろねといふ猫(ねこ)をかはせ給ひける
その猫ねずみすゞめなどを取けれどもあえて
くはざりけり人のまへにてはなちけるふしぎ成
ねこなり
【688】久安の比/毛(け)生(おひ)たる龜を西国の人知足院殿へ参ら
せたりけり甲三寸ばかり也其上に青色(あをいろ)の毛(け)おひたり
ながさ一寸にをよべり瑞龜(ずいき)とぞさたありけるうぢ左
府見させ給ひける時はかぶりなをしにてぞおはし
ましける
【689】後白河院の御時兵衛尉/康忠(やすたゝ)といふもの候けり三条
烏(からす)丸殿の兵乱の夜うせにしもの也仁安の比くろまだ
らなるおとこ犬の霊体(あやしきすかた)なる院中に見へけりある者
の夢に康忠院中に祗候(しこう)のこゝろざしふかくて此
犬になりたる由見たりけるあはれ成事也
【690】承安二年五月二日東山の仙洞にて鶏(とり)合の事ありけり
【上欄書入れ】15
【柱】古今巻二十 〇十一
【柱】古今巻二十 〇十一
公卿侍従/僧徒(そうと)上下の北面の輩(ともから)つねに祗候(しこう)のものども
左右をわかたれ左の方頭の内蔵の頭(かみ)親信朝臣右の方頭の右近
中将/定能(さたよし)朝臣也前夜/寝殿(しんでん)の巽(たつみ)にあたりて地台一
面ををく五節/遠物(とをもの)の台(だい)のごとし款冬(くわんどう)をむすべてうへ
たり其上に銀の賢木(さかき)をうへて葉枝(はえた)に用_レ之銀/台(だい)
をすへたりたかさ八尺計也色どりて藤の花をむすびて
かけたり葉柯の南に玉の鶏籠(とりこ)をおく其北に銀の鶏(とり)
を入てをくかり屋の東の砌(みぎり)に第一の間にあたりてかざし
の花の台(だい)をたてゝ勝負の算とす其北に錦(にしき)の円座(えんざ)
をしきて太鼓(たいこ)鉦鼓(せうご)をたつかり屋の艮(うしとら)に盧橘樹(ろきつのじゆ)を
つくりてうへたり同北の妻には薔薇(さうび)をつくりてうへたり
牡丹(ぼたん)款冬(やまふき)などをつくりてうへたり左の方の令人(れいじん)御前に
参集(さんしう)す右の方の令人は蓮華王院に集会(しうくわひ)しけりをの
〳〵皆参の後/列参(れつさん)して西南の門より入て殿上に
参着しけりたゞし公卿の外はつかず右の方頭の中将/定(さた)
能(よし)朝臣事/具(ぐ)するよしを奏すすなはち法皇出
御ありて人をめす権の中弁/経房(つねふさ)朝臣おほせを承て
はやくはじむへきよしをおほす其後/卿相(けいしやう)以下にしの
中門の外にくだり立けり先左の方令人/着座(ちやくざ)次に右の方
令人西の中門を入て参進のあひだまいり音声(をんせい)あり
【上欄書入れ】16
【柱】古今巻二十 〇十二
【柱】古今巻二十 〇十二
竹屋をつくりて黒(くろ)木の屋に擬(なそらへ)して春日まうでに
准(じゆん)じけり新源中納言/拍子(ひやうし)を取て春日なる御堂(みだう)の山の
あをやまのとうたふ右の中将定能朝臣/篳篥(ひちりき)をふく右少
将/雅賢(まさかた)和琴(わごん)を弾(たん)ず府の随身(ずいじん)二人《割書:壺(つほの)脛_巾|差_二【「差」は書陵部本「着」】乱 ̄レ緒_一 ̄ヲ》和琴をかく
くだんの両人助音しけり又陪従信綱も同くつけゝり
右兵衛の佐/基範(もとのり)笛をふく令人中雅賢朝臣元範朝臣
家保(いへやす)等(ら)舞人の装束をして参進見る人/嵯歎(さたん)【嗟歎】せずと
いふことなし令人等右に着座の後左右の頭(かしら)をめす左
方伊予守/親信(ちかのふ)朝臣右の方右中将定能朝臣御前に参る
左右の鳥同時に持参すべきよしをおほすすなはち
両方の鳥を持参して南階の間のすのこにをく一
番左右衛門督の鳥/字(あざな)無名丸左少将盛頼朝臣持参
す右五条大納言の鳥/字(あざな)千与丸右少将雅賢朝臣
持参す左右ともにうそをふく其興なきにあらず
勝負いかやうにみゆるやうのよし定能朝臣をもてたつね
仰られければ右のとり終(をはり)頭(かしら)理(り)ありといへ共中間に
又左の鳥理を得たりかつ又一番右かつをそれあり
とて左右/持(ぢ)にさだめられにけりよて両方かずを
さす左の方のかずの判蔵人右少弁親宗銀鴨一羽
とりて《割書:兼置|鳥屋内》参進して葉柯につく次に雅賢朝臣
【上欄書入れ】17
【柱】古今巻二十 〇十三
【柱】古今巻二十 〇十三
まつ挿冠(かさし)の花をぬきて錦(にしき)円座(ゑんさ)につく次鳥を取て
しりぞきいる盛頼朝臣おなじく鳥を取てしりそき
入其後十二番有けり左の方勝四番右の方勝二番持六
番也次左の方楽器をたつ次楽人参進して楽を奏
す次陵王《割書:醍醐童也》陵王の終頭に右の方より定能朝臣
をもて如此の興遊に左右勝負舞を奏する事先
例有いかやうにぞんずべきやのよし奏しければ用
意の事等をの〳〵つとむべきのよしおほせられけり
次に納蘇利(なふそり)を奏す右近の将曹(しやうそう)多/好方(よしかた)右近多成長
等つかうまつりけり次に右の方楽人散楽北面下臈等
にしきの地舗(ちしき)【鋪】を庭上に敷て舞台(ふたひ)に擬(ぎ)す妓女(きによ)二人
甘洲(かんしう)をまふ負方妓女/舞奏(ぶそう)する事いはれなき事
なれども用意のこと懃仕(ごんじ)すべきよし仰下さるゝ間奏
しける也源中納言/鞨鼓(かつこ)をうちてたかく唱歌(しやうが)有けり
此間/盃(はい)をすゝむ右の方人座を立て退去(たいきよ)して中門の廊(らう)の
辺に徘徊(はいくわい)しけり次に左右/歌女(うため)唱歌舞妓なを興(けう)
遊(ゆう)にたえず公卿以下庭上にて乱舞(らんぶ)有けり一日の放(はう)
宴(えん)たりといへどもさだめて備(そなふ)_二万代之美談_一 ̄ニ昏黒事
をはつてをの〳〵退出此事中御門左大臣殿の御たづね
によりてぶぎやうにん経房(つねふさ)朝臣かきてたてま
【上欄書入れ】18
【柱】古今巻二十 〇十四
【柱】古今巻二十 〇十四
つりける也
【691】同二年/祇園会(ぎをんゑ)を管博士行衡(かんのはかせゆきひら)三条堀川にて見け
るに車のうしろのかたを引てすぎける牛(うし)とみのを
のかたより車のしたに入て車にかけたる牛の左の
腹をつきてげり行衡(ゆきひら)が牛おどろきはしりければ
つきたる牛もおなじくはしりけり引てすぎつる
童うしろの方より綱(つな)を取て引かへしけるほどに
車をうちかへさんとして敷板(しきいた)もうしのつのに
あたりてやぶれにけりふしぎにあさましかり
ける事なり
【692】東大寺の上人/春豪房(しゆんかうばう)伊勢海(いせのうみ)いちしのうらにて海(あま)人
はまぐりを取けるを見給ひてあはれみをなしてみな
買(かい)とりて海(うみ)にいれられにけりゆゝしき功徳(くどく)つくりぬと
おもひてふし給ひたる夜の夢にはまぐりおほくあつ
まりてうれへていふやうわれ畜生(ちくしやう)の身をうけて出離(しゆつり)
の期(ご)をしらずたま〳〵二ノ宮の御ぜんにまいりてすでに
得脱(とくだつ)すべかりつるを上人よしなきあはみをなし給ひ
て又/重苦(ぢうく)の身と成て出離(しゆつり)の縁(えん)をうしなひ侍りぬる
かなしきかなや〳〵といふと見て夢さめにけり上人
啼位(ていきう)【「位」は書陵部本「泣」】し給ことかぎりなかりけり
【上欄書入れ】19
【柱】古今巻二十 〇十五
【柱】古今巻二十 〇十五
主計頭(かすへのかみ)師員(もろかす)も市に売(うる)【「うる」は書陵部本「うり」】けるはまぐりを月ごとに四十八
買(かい)て海にはなちにける程にある夜の夢に畜生(ちくしやう)の
むくひをうけたるがたま〳〵生死(しやうじ)をはなれんとする
をかくし給へば猶もとの身にてくるしみをはなれぬ
よしをあまどもがなげきてなくと見てそれより此
事とゞめてげるとなん放生(はうしやう)のくどくもことによるべ
きにこそたゞの人の放生するをすらなげき侍る
なればまして太神宮の御前にまいりて生死をはな
れん事はまことにうたがひあらじ
【693】文治のころ伊賀国の住人女子をもちたりけるを
同国/三室池(みむろのいけ)の龍(りやう)にとられけり龍王(りうわう)よな〳〵かよひけるを
ある夜ぐして行を父(ちゝ)ゆきがたを見てげり後日に
其所へ行て此/女(むすめ)にあひたりければ檜皮屋(ひはだや)の家(いへ)を現(げん)
じてぞ見せけるがまことにはなかりけりその女明年
の七月/河尻(かはしり)へゆくべしとなんいひける
【694】摂津(せつつの)国ふきやと云所に下女ありけり夏(なつ)昼(ひる)ねしたり
けるに家のたる木に大成くちなはまとひ付てあり
けり此女のうへにて尾(を)をはたる木にまとひてかしらを
さげて落(をち)かゝらんとしけるが又ひきかへし〳〵する事
たび〳〵になりにけり女が夫ふしぎのやうかなとおもひて
【上欄書入れ】20
【柱】古今巻二十 〇十六
【柱】古今巻二十 〇十六
事のやうを見はてんと思ひて追(をひ)ものけずしてかくれ
よりのぞき居たりかくたび〳〵しけれ共いかにもおち
かゝらざりければあやしくて女をよりてみればかたびらの
むねに大なる針(はり)をさしたりけるがきら〳〵として見へ
けりもしこれにおそるゝかと思て針(はり)をぬきて又もと
の所にて見るにやがてくちなは落(をち)かゝりにけり其とき
よりて打はなちつすなはち女おどろきて語りけるは
夢にもあらずうつゝにもあらでうつくしきおとこの来て
われをけざうしつるをなんぢきて追さまたげつるなり
とぞいひけるされば人の身には鉄(てつ)のたぐひをば必もつ
べき也わづかなる針にだに毒虫(どくちう)おそれをなす事かゝり
いはんや太刀(たち)におひてをやかならず武勇(ぶよう)をたてず共
まもりのためにもつべきこと也
【695】渡辺(わたのへ)に往年(そのかみ)の堂(だう)あり薬師堂とぞいふなる源三左衛門
かけるが先祖(せんぞ)の氏寺也つがふの馬允(むまのせう)が時此堂を修理(しゆり)し
けるにもとこけらぶきにて有けるが年久しくなりて
みな朽(くち)てさりて侍けるをふきかへんとてうへを取やぶり
て侍けるに大なるくちはな有けり何とかしたりけん
おほきなる釘(くき)に打付候て年比はたらきもせでかく
てありける也其時此堂/建立(こんりう)の年紀をかぞふれば
【上欄書入れ】21
【柱】古今巻二十 〇十七
【柱】古今巻二十 〇十七
六十余年になりにけりその間かく打つけられなが
ら生(いき)て有ける命ながさおそろしき事也其/蛇(へび)【虵】の
有けるしたの裏板はあぶらみがきなどをしたるやう
にてきらめきたりけりいか成故にかおぼつかなし
是はまさしくかけるが語りける也
【696】或田舎人京上して侍けるが宿にて天道(ひなた)ぼこし
て居たりけるにくびのかゆかりけるをさぐりたれば
大なる白虫(しらみ)のくいつきたりける也それを何となくて
腰刀(こしかたな)をぬきてはしらを少けづりかけて其中にへし
こめてはたらかぬやうにをしおほひてげりさて此
ぬしゐなかへくだりぬ次の年のぼりて又此宿にとゞま
りぬありし折の柱(はしら)を見て扨もこの中にへし入し
しらみいかゞ成ぬらんとおぼつかなくてけづりかけた
る所を引あけて見れば白虫のみもなくてやせがれて
いまだ有/死(し)にたるかとみれば猶はたらきけりふしきに
覚へて己(をの)がかいなにをきて見ればはたらきてかいなに
くい付ぬいとかゆく覚へけれ共いまだ生たるむざんさに
事のやう見んとて猶くはせをりけるほどに次第に
くいて身あかみけるおりはらひすてゝげりそのはい
たる跡あさましくかゆくてかきゐたりけるほどに
【上欄書入れ】22
【柱】古今巻二十 〇十八
【柱】古今巻二十 〇十八
やがてはれていく程もなくおびたゝしき瘡(かさ)に成に
けりとかく療治(れうち)すれ共かなはずつゐにそれをわづらひ
て死にけり白虫は下臈(げらう)などはなべてみな持たれ共
いつかは其くいたる跡かゝる事ある是は去年(こぞ)よりへし
つめられて過したる思ひとをりてかく侍けるにやあ
からさまにもあとなき事をばすまじき事也
【697】文覚(もんがく)上人/高雄(たかを)興隆(こうりう)の比見まはりけるに清滝(きよたき)川
の上(かみ)に大なる猿(さる)両三疋有けるが一の猿(さる)岩(いは)のうへに
あふのきふしてうごかず二疋は立のきてゐたりけり
上人あやしみ思ひてかくれて見ければ烏(からす)一両/飛来(とひき)
て此ねたる猿(さる)かたはらにゐたりしばし計ありて
猿のあしをつゝきけり猿猶はたらかず死にたる様に
てあれば烏(からす)次第につゝきてうへにのぼりて目をくじ
らんとしける時猿烏の足を取てをきあがりにけり
其時残の猿二疋出来りて長きかづらを持てからすの
あしに付てげり烏とびさらんとすれ共かなはず扨やがて
川におりて烏をば水になげ入てかづらのさきを取て一
疋は有今二疋は川上より魚(うを)をかりけり人の鵜(う)つかひ
けるをみて魚をとらせんとしけるにやふしぎにぞ思
よりたりける烏は水になけ入られたれ共其ゑき
【上欄書入れ】23
【柱】古今巻二十 〇十九
【柱】古今巻二十 〇十九
なくてしにゝければ猿共は打すてゝ山へ入にけり
ふしぎなりし事まのあたり見たりしとて則
上人かたりける事也
【698】近比/常陸(ひたち)国たかの郡(こほり)に一人の上人有けり大なる
猿をかひけりくだんの上人如法経かゝんとてかうぞを
こなして料紙(りやうし)すきけり【「り」は書陵部本「る」】時この猿にむかひてなんぢ
人なりせは是程の大/願(くわん)に助成(じよしやう)などはしてまし畜生(ちくしやう)
の身口をしとは思はぬかといひたりければ猿うち聞
て何とかいふらん口をはたらかせ共きゝしる人なし
かくて其夜猿うせにけり朝(あした)にもとむれ共すべて
行方をしらずはやく此猿/他(た)の郡へ行てげり或人
のもとに白栗毛(しらくりけ)なる馬をかひける馬屋に至て
くだんの馬をぬすみてげりいづくにてか取たりけ
ん下臈(げらう)の着(き)るてなしといふ布着物を着てかまを
腰(こし)にさしてあみがさをなんきたりける其馬に打
のりてひじりの許へ行けるを馬ぬし追(をひ)て来けり
猿かねて其心をえて人ばなれの山のそは野中などを
来ければ馬ぬしもみあはで人々に問ければ其山のそは
其野の中をこそ十四五計成/童(わらは)その毛の馬にのり
て行つれとこたへければ其道にかゝりて追て行に
【上欄書入れ】24
【柱】古今巻二十 〇二十
【柱】古今巻二十 〇二十
はやく馬主のこざりけるさきに此さるひじりのもと
に来て馬つなぎて何とかいふらんひじりにむかひ
てさま〴〵にくどきごとをしける折ふし馬主追て来
けり上人此次第をありのまゝにはじめよりかたりて
猿を見せければ馬ぬしかく程のふしぎにて候はんいか
でか此馬返し給候べき畜生(ちくしやう)だにも如法経の助成(じよじやう)
のこゝろざし候てかゝるふしぎを仕候にまして人倫(じんりん)
の身にてなどか結縁(けちえん)したてまつらざらんすみやかに
此馬を法花経に奉るべしといひてかへりにけり
なさけ有馬ぬし也此事更にうきたる事にあら
ずまさしくその猿見たりしとてかたり申人侍り此
事は畠山庄司(はたけやませうじ)次郎がうたれし年の事になん
侍ける《割書:建仁二年壬戌年也》
【699】建保の比/北小路(きたこうぢ)堀川辺の在家に女有けり湯(ゆ)をわかして
釜(かま)のまへに火をたきて居たりけるに三尺計成/蛇(へび)来
其かまのまへなるねずみの穴(あな)へ入にけり女おそろしく
思ひていかゞせましと思たる所に隣(となり)なる女来りけるに
只今かゝる事こそ有つれよにけむつかしくてなど云を
聞て此女何かおそれ給ふいとやすくしたゝめてん其/湯(ゆ)
のにえたるを穴のくちにくみ入たまへさらばあつさにた
【上欄書入れ】25
【柱】古今巻二十 〇二十一
【柱】古今巻二十 〇二十一
へずしてはひ出なんと云まことにとていふまゝにかへりた
る湯(ゆ)を穴の口にくみ入たりける程にあんにたがはず蛇(へひ)
出てびり〳〵とひろめきてやがて死(し)ぬかしこくをしへ
てん【「ん」は書陵部本「む」】さんなれ共いかゞはせんとてすてゝげり其次日の未(ひつじ)の
時斗【斗(ばかり)】にも其湯くみ入よとおしへつる女俄に病(やみ)出てあら
あつや〳〵とおめきいりくるめく事おびたゝし験者(げんざ)を
よびていのらするにくちなはの霊(れい)病者にあらは
れていかにいのる共かなふまじ大路(おほち)にてわらは人に
さいなまれつるたえがたさにしばし身をたすからん
とて其穴にはひ入たるは何のくるしければよしなきこと
をいひをしへてわが命をばころしつるぞといひてやがて
とりころしてげり其身を見ればくちなはのやけたる
にたがはずたゞれやぶれたりけり其/刻限(こくげん)もやがて昨日
くちなはのやかれたりしほどなりけりかやうの事は
ながく人のすまじき事也
【700】承久四年の夏のころ武田太郎信光/駿河国(するかのくに)あさま
のすそにて狩(かり)をしけるにむら猿(さる)を町中へ追出して
面々(めん〳〵)に射(い)けるに三疋をころし三疋をばいけどりにし
てげり其猿共を家に帰りていけ猿をばつなぎて其
前に死にたるさる共置たりけるに一疋の猿/死(しに)たる
【上欄書入れ】26
【柱】古今巻二十 〇二十二
【柱】古今巻二十 〇二十二
猿をつく〳〵とまもりて其猿にひしといだき付/頓而(やがて)
是も死にけりをのが妻などにて有けるにこそむざん
なりける事也召人にて武田があづかりたる其狩
にぐせられてまさしく見たりしとてかたりし也
又同五郎/信正(のぶまさ)が狩をしけるに大成猿を一疋木に
追のぼせていころさんとしけるに其猿ゆびをさして
物ををしふる体(てい)也人心を得ずあやしみてさうなくも
射(い)ころさでしばし見ゐたるに猶しきりにゆひをさし
ければ其ゆびさすかたに人をやりて見すれば大成女
鹿(しか)一疋ふしたりけりあの鹿(しか)を射(い)てわれをたすけよと
をしへけるにこそをしへにつきて鹿をばやがて射ころし
てげり猿をばゆるすべきにそれをもやがて射てげり
信正折〳〵此事のむざんにおぼゆるとて如法経を
書たりしとかたり侍りけり
【701】近江国/高島郡(たかしまこほり)に平等院(べうどうゐん)河上庄(かはかみせう)といふ所に武蔵(むさし)
阿闍梨勝覚(あじやりせうがく)といふ僧有くだんの勝覚が父(ちゝ)家(いへ)にかひ
ける牛夜ごとにかならずうめく事侍けり其うめき
こゑたゞにあらで物を云やうに聞へければ人あやしみて
耳(みゝ)をたてゝ聞ければあみだ経になん聞なしてげり
もしひが聞かと人をかへてきかするにみなおなじさま
【上欄書入れ】27
【柱】古今巻二十 〇二十三
【柱】古今巻二十 〇二十三
にきくうめきはじむるよりこゑをあはせてあみだ経
をよむに首尾あひかなひてはてけりかならず夜に一度
かくうめきける先生のあみだ経の持者の畜生(ちくしやう)道に
入にけるにやあはれ成事也
【702】野々宮左府一の上(かみ)の時牛犬/鶏(にはとり)唐人烏帽子等を大外
記師季にたびけりそのゆへといふことをしらず定て
しさひ有事にや一上外記にうしをたまはせたるこ
とは先例(せんれい)も侍とかや一条殿も左大臣のとき大外記
師兼師光などはうしを
たまはせたりけり
【703】二条中納言定高卿放生会に参向の時二条
宰相雅経卿のもとへ馬をかるとてよみ侍りける
八月の放生大会にまいるへき
さふらひのせん馬やあるかせ
かへし
あふさかのせきにひとしきいはし水
かねてひくへしもち月のこま
【704】宮内卿家隆卿ひさうのひよどりおぎのはといふを
子息の侍従すみよしへもちてくだりたりけるを
とりにやるとてはやまといふ鳥をかはりにややり
【上欄書入れ】28
【柱】古今巻二十 〇二十四
たりければ侍従おぎのはををくるとて鳥に
つけ侍りける
すゝしさはは山のかけもかはらねと
なをふきをくれ萩のうはかせ
このうたをかんじてやがて又おぎのはをかへしやる
とて宮内卿
これも又秋のこゝろそたのまれぬ
はやまにかはるおきのうはかせ
【705】後久我(ごこがの)太政大臣家におもながといふ鵯(ひへどり)の有けるを
家隆卿所望せられけるをおとゞしばしつき見
給ひければよみてつかはしける
いかにせん山鳥のをもなかき夜を
おひのねさめに恋つゝそなく
すなはちつかひにつけてをくられけりさだめて
かへしありけんかしたづねてしるべし
【706】二条中納言宣高卿いがるかを家隆卿のもとへ
をくるとてよみ侍ける
いかるかよまめうましとはたれもさそ
ひしりこきとは何をなくらむ
【707】後堀川院御位の時所下人末重丹波国/桑原(くははら)の
【上欄書入れ】29
【柱】古今巻二十 〇二十五
【柱】古今巻二十 〇二十五
御厨(みくりや)供御備進(ぐこびしん)のためにくだりける時くだんのみ
くりやに山ありその山にわさび多くおひたるよし
を聞て取にまかりけり或山ぶしの有ける一人同道
して行たりけるに件の山にはやをといふ蛇あり
長さ二丈あまり計也かまくびをたてゝ此二人の輩(ともがら)
にかゝりて大口をあきてのまんとしけりさはぎま
どひてにげゝれ共はやき事かぎりなくていかに
ものかるべきかたなし其(そこ)にくりの木有けるもとに
枝の有けるを取むかひたり山ぶしはうち刀をぬきて
むかふ此時くちなはえよらでしゞかまりたりけり
末重(すへしけ)にげんにはいかにも追ふせられぬべし又いつを
いつとかくてためらひたてらんぞと思ひて杖(つえ)をよこ
たへてそばよりする〳〵と寄(より)てくびのねをつよく
打たりければうたれてひるみける所を山ぶしうち刀
を持てきりふせつ其後/希有(けうの)いのちいきて両人
かへりにけり
【708】安貞(あんてい)の比伊与の国/矢野保(やのほ)のうちに黒島(くろしま)といふしま
有人/里(さと)より一/里(り)ばかりはなれたる所也かしこにかつら
はざまの大/工(く)といふあみ人有/魚(うを)をひかんとてうかゞひ
ありきけるに魚の有所より【「より」は書陵部本「夜る」】ひかりて見ゆるにかの
【上欄書入れ】30
【柱】古今巻二十 〇二十六
【柱】古今巻二十 〇二十六
島のほとりの磯(いそ)ことにおびたゝ敷ひかりければ悦て
あみをおろし引たりけるにつや〳〵となくてそこばく
のねずみを引あげて侍けり其ねずみ引上られ
てみな〳〵ちり〴〵ににげうせにけり大工あきれてぞ
ありけるふしぎの事也すべてかの島には鼠みち
〳〵て畠(はた)の物などをもみなくゐうしなひて当時(とうじ)
迄もえつくり侍らぬとかやくがにこそあらめ海の
そこ迄ねすみの侍らん事まことにふしぎに
こそ侍れ
【709】宮内卿なりみつ卿のもとに盃酌の事ありけるに
すびつの辺ににしをおほく取置たりけるに亭主(ていしゆ)
酒にえひて其すびつを枕(まくら)にしてね入にけり其夜の
夢にちいさき尼(あま)その数おほくすびつの辺になみゐて
めん〳〵になきかなしみてさま〴〵くどきごとしけりおど
ろきてみれば物もなし又ねいればさきのごとくに
見ゆかくてたび〳〵になりけれどもおほかたその心を
えぬに暁(あかつき)にのぞみて又目をもてあげて見るににし
の中に小尼せう〳〵まじりてうつゝに見へてやがて
うせにけりおどろきあざみてそれよりながくにし
をばくはざりけり又/右近(うこん)太夫信光といひしものは
【上欄書入れ】31
【柱】古今巻二十 〇二十七
【柱】古今巻二十 〇二十七
はまぐりを此やうに夢に見てはなちたりけるとかや
にしはまぐりはまさしくいきたるをくい侍ればかく
夢にも見ゆるにこそむざんの事也
【710】寬喜(くわんき)三年夏の比/高陽院殿(かやゐんどの)の南の大路に堀有
蝦(かへる)数千あつまりて方ぎりてくひあひけりひとつがい
〳〵くひあひて或はくひころし或はかたいきしてはら
じろに成て有けり又も〳〵多くあつまる事かぎり
なしある者心みにくちなはを一もとめてその中へ
なげ入たりけるにすこしもおそるゝ事なしくちなは
も又のまん共せずにげさりにけり京中の者市
をなして見物しけりふるくも蝦(かへる)のたゝかひ
はありけるとかや
【711】遠江守朝時朝臣のもとに五代(ごたい)民部/丞(ぜう)といふもの
有けりくだんの民部丞あを毛(け)なる犬のちいさき
をかひけり此犬十五日十八日廿七日月に三度はいかに
も魚鳥のたぐひをくはざりけり人あやしみてわざ
とくゝめけれ共猶くはざりけり十五日十八日はあみだ
観音の縁日(えんにち)なれば畜生なれ共心あればさも有
ぬべし廿七日は何故にかくあるにかとおぼつかなし
是をよく〳〵あんずれば此犬いまだおさなかりける
【上欄書入れ】32
【柱】古今巻二十 〇二十八
【柱】古今巻二十 〇二十八
をかの民部丞が子息の小童(こわらは)かひたてたりける也
くだんの小童そのかみうせにけりかの月忌(ぐわつき)廿七日
にて有けるをわすれずしてかゝりけるにやあはれ
ふしぎ成事也仏/菩薩(ほさつ)の縁(えん)日并に主君の月忌
をわすれず恩(おん)をほうずる事人/倫(りん)の中にもあり
がたき事にて侍にいふかひなき犬畜生のかくし
けんことありがたき事也
又/越中(えつちう)国/宮崎郡(みやさきこほり)に左兵衛尉平の行政(ゆきまさ)といふ者のまだ
らなる犬をかひけるが月の十五日にはかならず断(だん)
食(じき)をなんしける魚鳥のたぐひにかぎらずすべて
物をくはざりけるこれもあみだぶつの悲願(ひくわん)をほう
じ奉故にやふしぎにありがたき事也
【712】伊勢国/別保(べちほ)といふ所へ前の刑部(げうぶの)少輔/忠盛(たゝもり)朝臣くだり
たりけるに浦人日ごとに網(あみ)を引けるにある日大成
魚をかしらは人のやうにて有ながらははこまかにて
うをにたがはず口さし出て猿(さる)ににたりけり身はよ
のつねの魚にて有けるを三喉(さんこう)ひきいだしたりけるを
二人してになひたりけるが尾(を)なをつちにおほくひかれ
てげり人のちかくよりければたかくおめくこゑ人のごと
し又なみだをながすも人にかはらずおどろきあざみて
【上欄書入れ】33
【柱】古今巻二十 〇二十九
【柱】古今巻二十 〇二十九
二/喉(こう)をば忠盛朝臣のもとへもて行一/喉(こう)を浦人に
かへしてげれば浦人みな切くらひてげりされ共あへて
ことなしそのあぢはひことによかりけるとぞ人魚(にんきよ)と
いふなるはこれていの物なるにや
【713】みちのくに田村の郷(ごう)の住人馬の允(ぜう)なにがしとかや云おのこ
鷹(たか)をつかひけるが鳥を得ずしてむなしく帰りけるに
あかぬまといふ所にをし鳥一つがひゐたりけるをくる
りをもちていたりければあやまたずおとりにあた
りてげり其をしをやがてそこにてとりかひてえがら
をばえぶくろに入て家にかへりぬ其次の夜の夢に
いとなまめきたる女のちいさやかなるまくらにきて
さめ〴〵となきゐたりあやしくて何人のかくはなくそ
と問ければきのふあかぬまにてさせるあやまりも侍ら
ぬにとしごろのおとこをころし給へるかなしびにたへ
ずして参りてうれへ申也此思ひによりてわが身も
ながらへ侍まじき也とて一首の歌をとなへてなく
〳〵さりにけり
日くるればさそひし物をあかぬまの
まこもかくれのひとりねそうき
あはれにふしぎに思ふほどに中一日ありて後えがら
【上欄書入れ】34
【柱】古今巻二十 〇三十
【柱】古今巻二十 〇三十
を見ればえぶくろにをしの妻(め)とりのはらをおのが
はしにてつきつらぬきて死にて有けりこれをみて
かの馬の允やがてもとゞりを切て出家してげりこの所は
前の刑部太輔/仲能(なかよし)朝臣が領(れう)になん侍也
【714】天福の比殿上人のもとにもろこしの鴨(かも)をあまた
かはれける中にみめはよけれ共/片(かた)目つぶれて有
けりその鴨行がたをしらずうせたりければいか成
ものゝぬすみたるやらんともとめられけれども
見へず四五日計有て此鴨出来にけりそのはね
にふだを付たりけるをあやしくて取て見れば
かくなん書たりける
ふるさとにめくりあへとてをくるまの
かたはのかもをかへしやる哉
【715】大津馬のあめのふりたる日あはた口の大道をと
をりけるに道あしくてあしげなる馬どろかたに
なりたりけるをみて縁浄(えんじやう)法印よみ侍ける
しろ馬はとろかたにこそなりにけれ
つちあしけとやいふへかるらん
【716】足利(あしかゝ)左馬の入道/義氏(よしうち)朝臣/美作国(みまさくのくに)より猿(さる)をまうけたり
けり其さるえもいはずまひけり入道将軍の見参
【上欄書入れ】35
【柱】古今巻二十 〇三十一
【柱】古今巻二十 〇三十一
に入たりければ前の能登守光村につゞみ打(うた)せられて
まはせられけるに誠に其興ありてふしぎ也けり
けんもんさのひたゝれこばかまにさやまきまかせて烏(ゑ)
帽子(ほうし)をさせたりけりはじめはのどかにまひてすゑ
ざまにはせめふせければ上下目をおどろかして興
じけり舞はてゝはかならず纏頭(てんとう)をこひけりとらせ
ぬかぎりはいかにも出ざりければ興有事にてまは
せてはかならず纏頭(てんとう)をとらせけり件の猿やがて光(みつ)
村(むら)あづかりて養(かい)けるを馬屋の前につなぎたりける
にいかゞしたりけん馬にせなかをくはれたりけり其
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】36
【柱】古今巻二十ノ 〇又三十一
【柱】古今巻二十ノ 〇又三十一
【挿絵】
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
後舞事もせざりければ念なき事かぎりなし
【717】豊前(ぶせん)の国の住人太郎入道といふもの有けり男なりける
ときつねに猿(さる)を射(い)けり或日山を過るに大/猿(さる)有
ければ木に追のぼせていたりけるほどにかせぎに
いてげり既(すで)に木よりおちんとしけるが何とやらん
物を木のまたにおくやうにするを見ければ子(こ)ざる
なりけるををのがきずをおひて地におちんとすれ
ば子(こ)ざるをおひたるをたすけんとて木のまたに
すてんとしける也こざるは又/母(はゝ)につきてはなれじと
しけりかくたび〳〵すれ共猶子ざるとりつきけれ
【上欄書入れ】37
【柱】古今巻二十 〇三十二
【柱】古今巻二十 〇三十二
ばもろともに地におちにけりそれよりながく
猿を射(い)る事をはとゞめてげり
【718】摂津の国/岐志庄(きしのせう)に一丈あまりばかりなる蛇(じや)の耳(みゝ)おひ
たる時々/出現(しゆつげん)して人をなやましけり見あふもの必
やみければ此/蛇(じや)出たると聞ては村人/門戸(もんこ)をとぢ
てにげかくれける程に同住人左近の将監なにがしとかや
いふなるおのこくまたかを養(かひ)けりある日此蛇いで
たりけるにれいのことなれば里人かくれまよひける
に蛇くまたかに目をかけてはい行(ゆく)くまたかもまた
身をほそめ毛をひきて蛇に目をかけてありける
ほどにしばしばかりありて此蛇くまたかのをりのもと
にすてに近付ぬ件のをりはほそき木をつちに打立て
有物にて侍るを此蛇をりのはざまよりかしらをさし入
てのまんとするをくまたか蛇の頭(かしら)よりも下(しも)五六寸計をさげ
てむずとつかみてげりつよくつかまれて蛇をりをひし〳〵
とまきけるが次第につよくまかれてをりの屋のうへ
やぶれて一所へとりよせたるやうになりにけりしもは
つちに打入たればはたらかず其時くまたか蛇のくび
をくいきりにければまとひつるもとけにけりそれゟ
蛇うせて人なやむ事なくなりて村里のよろこび
【上欄書入れ】38
【柱】古今巻二十 〇三十三
【柱】古今巻二十 〇三十三
にてぞありける
【719】阿波の国に智願(ちぐわん)上人とて国中に帰依(きゑ)する上人有
めのとなりける尼(あま)死(し)に侍りて後上人のもとに
おもはざるに駄(だ)を一疋まうけたりけり是に乗(のり)て
ありくに道のはやきのみにあらずあしき道を行(ゆき)河を
わたる時もあやうき事なくいそぐ要(よう)の事有時は
むちのかげを見ね共はやく行のどかに思ふ時はしづ
かなりことにをきてありがたくおもふさまなる程に
此馬ほどなく死にければ上人おしみなげきける程に
すこしもたがはぬ馬出来にければ上人よろこびて先(さき)
のやうにひさうして乗ありきけるに或尼に霊つき
てあやしかりければたれ人の何事におはしたるぞと
とひければ我は上人の御めのと也し尼也上人の御事
をあまりにをろかならず思ひ奉りしゆへに馬と成て
ひさしく上人をおひ奉てつゆも御心にたがはざりき
程なく生をかへて侍しかども上人猶わすれがたく思
奉りし故に又おなじさま成馬と成て今もこれに
侍也といふ上人是を聞に年比もあやしく思ひし
馬のさまなれば思ひあはせらるゝ事共あはれに覚へ
て堂を立仏を作り供養じてかのぼだひをとぶら
【上欄書入れ】39
【柱】古今巻二十 〇三十四
【柱】古今巻二十 〇三十四
はれけり馬をばゆゝしくいたはりてぞおきたりける
執心(しうしん)のふかきゆへにふたゝび馬に生れて心ざしを
あらはしけるいとあはれなりこれ建(けん)長の比の事
なれば今の事也
【720】白拍子(しらびやうし)ふとだまわうが家にある女にある僧かよひ
けるを本/妻(さい)あさましく物ねたみの者にていかに
せんとねたみけれ共猶もちゐずかよひける程に
建(けん)長六年二月二日の夜又この僧かの女に合宿(かつしゆく)して
こと共くはだてけるがかの女をこそするに本/妻(さい)を
するこゝちに覚へければあやしうおそろしく覚へて
引はなれて見れば此/愛物(あいもつ)の女也又すれば本妻を
する心ち也猶おそろしく覚へければはひおりたり
けるに五六尺計成くちなはいづくよりか来たり
つらんくだんの頭(かしら)にあやまたずくゐ付にけりふりはな
たんとすれ共いよ〳〵くゐつきて口はさけゝれども
はなれざりける時にしかねて刀をぬきてくちなはの
口をさきてげりさかれてやがてくちなはゝ死ぬ其後
此僧くだんの物はれて心身もなやみてゐける正/体(たい)
もなかりけり件のくちなはをば堀川にながしたり
ければ京わらはべあつまり見けりまことにやこの
【上欄書入れ】40
【柱】古今巻二十 〇三十五
【柱】古今巻二十 〇三十五
本妻もその夜よりなやみてやがてうせにける
と申侍りおそろしき事也
【721】院の御随身(みずいしん)右府生/秦頼方(はたのよりかた)みやこどりを或殿上
人にまいらせたるを成季(なりすへ)にあづけられて侍りく
ゐ物などもしらで万の虫をくはせ侍も所せく覚へ
てゆゝしきものかいなるによりて小田河美作(をだがはみまさか)茂(もり)【「もり」は「もち」ヵ】
平(ひら)がもとへやりてかはせ侍しを建長六年十二月
廿日/節分(せつぶん)の御かたたがへのために前の相国の富小(とみのこう)
路(ぢ)の亭(てい)に行幸なりて次の日一日御/逗留(とうりう)ありし
相国みやこ鳥をめして叡覧(えいらん)にそなへられけり
返歌つかはすとて少将内侍/紅(くれなひ)のうすやうに歌を
書て鳥につけて侍ける
春にあふ心ははなのみやことり
のとけき御代のことやとはまし
おとゞ又女房にかはりて檀紙(だんし)にかきておなじく
むすびつけける
すみた川すむとしきゝしみやこ鳥
けふは雲井のうへに見るかな
此事/兼直宿祢(かねなをのすくね)つたへ聞て本/主(しゆ)に申こひて
見侍て返すとて
【上欄書入れ】41
【柱】古今巻二十 〇三十六
【柱】古今巻二十 〇三十六
都鳥/芳名(はうめい)昔 ̄シ聞_二 ̄ク万里 ̄ノ跡(アト)_一 ̄ヲ微禽(ビキン)寄体(キテイ)【「寄躰」は書陵部本「奇躰」】
今 ̄マ遂(ツイニ)一見 ̄ノ之望 ̄ミ畏(カシコマリ)悦_レ ̄ノ之 ̄ヲ余 ̄リ謹 ̄テ述(ノフ)_二心/諸(シヨ)_一 ̄ヲ而已
前 ̄ノ三河守/卜部兼直(ウラベノカネナヲ)上 ̄ル
にこりなき御代にあひみるすみた川
すみける鳥の名をたつねつゝ
【722】もろこしに北叟(ほくそう)といふおきな有けりかしこくつ
よき馬をなん持たりけるこれを人にもかしわれも
つかひつゝ世をわたるたよりとしける程に此馬いかゞし
たりけんいづち共なくうせにけりきゝわたる人いかばかり
なげくらんと思ひてとぶらひければくゐず斗【ばかり】といひ
てつゆもなげかざりけりあやしとおもふ程にこの馬
おなじさまなる馬をあまたぐして来にけりいとあり
がたき事なればしたしきうときよろこびをいふかゝれど
又よろこばずといひて是をもおどろくけしきなしかく
て此馬あまたをかひてさま〴〵につかふ間におきなが子
今いできたる馬にのりて落て右のかいなをつきおり
てげりきく人又おどろきとふにも猶くゐずといひて
けしきかはらず去程に俄に軍(いくさ)おこりて兵をあつめら
れけるに国のうちにさもと有ものゝ残りなく軍に
出てみな死にけり此おきなが子かたは成によりて
【上欄書入れ】42
【柱】古今巻二十 〇三十七
【柱】古今巻二十 〇三十七
此なかにもれにげれば片手ばおれたれ共命はいまだ
のがれけりこれかしこきためしにいひつたへたる唐(もろこし)
の事なれ共いさゝかこれをしるせり
【723】楚襄王(そのじやうわう)晋国(しんのくに)をうたんとす孫叔教(そんしゆくけう)【孫叔敖】これをいさめ申て
いはくそのゝ楡(にれ)の木のうへに蝉(せみ)の露をのまんとする
有うしろに蟷螂(とうらう)のをかさんとするをしらず蟷螂また
蝉をのみまもりてうしろに黄雀(くはうじやく)のをかさんとするを
しらず黄雀又蟷螂をのみまもりてにれの木の許に
弓を引く童子のをかさんとするをしらず童子また
黄雀をのみまもりて前に深谷(じんこく)うしろに堀株(ほりくひ)のある
事をしらずして身をあやまてり是みな前利(せんり)を思ひ
て後害(こうがい)をかへりみぬ故也と申せり王此時さとりをひら
きて晋(しん)をせめんといふ事を思ひとゞまりにけり
【724】衛(えいの)𡄻(い)【壹+咨】公(こう)と申ける王(わう)は心つたなくおはしましてかしこ
き臣下などをば賞(しやう)し給はで鶴(つる)をのみあひし給ひ
てみゆきの折はおなじくこしにのせなとし給ける
にゑびす来りて国をほろぼす時鶴君のかたきをば
しりぞくべしといひてふせぐ人なかりければえびす
𡄻(い)【壹+咨】公(いう)をころしてみなくらひてそのきも計を地の
うへに残してかへりにければ𡄻【壹+咨】公の臣/弘演(こうえん)といふ
【上欄書入れ】43
【柱】古今巻二十 〇三十八
【柱】古今巻二十 〇三十八
人天にはぢてをのれがはらをさきて君の肝(きも)を入
て死にけり鶴そのゑきなくや
【725】荘子(さうじ)山を過給に木を切もの有すぐ成木をば切て
ゆがめるをばきらず又人の家にやどり給ふに雁(かり)二有
ぬしよくなくをばいけてよくなかざるをばころしつ
あくる日弟子荘子に申 ̄テ云 ̄ク昨日の山中の木はすぐ成
をば切てゆがめるをばきらず又家の二つの雁(かり)はよくなく
をばいけてなかざるはころしつよき木もきられよから
ざる雁もころされぬと荘子のいはく世中のためし
これにありとこたへ給へり
文集 ̄ノ詩 ̄ニ云 ̄ク
木(ボグ)雁(カン)一篇(イツヘン)須(スベカラク)【左ルビ「ヘシ」】_二記(キ)取(シユス)_一 致(イタス)_レ身(ミヲ)材(サイト)与/不材間(フサイノアイダナリ)
とあるは是なり又/陸士衡(りくしかう)か文賦(ぶんのふ)には
在(アリテ)_レ木 ̄ニ闕(カク)_二不材(フサイ)之(ノ)質(シツヲ)_一 処(シヨシテ)_レ雁(カンニ)■(トボシ)【「食」ヵ。書陵部本は「乏」】_二善鳴(センメイ)之(ノ)分(ブン)_一
ともかけり又藤原の篤茂が長句には
昨日山中 ̄ノ之木材取_二諸/己(ヲノレニ)_一今日庭前 ̄ノ
之花/詞(コトハ)慙(ハヅ)_二於/人(ヒトニ)_一
此一篇などは禽獣(きんしふ)の部(ぶ)に入べきにあらず去ながら
二つの雁のためしに
しるし入侍るなり
【上欄書入れ】44
【柱】古今巻二十 〇三十九
【柱】古今巻二十 〇三十九
【726】伶人(れいじん)助元(すけもと)府役(ふやく)懈怠(けだい)の事により左近府の下倉(したくら)に
めしこめらる此下倉には蛇蝎(じやかつ)のすむ成ものをと恐
をなす所にあんのごとく夜中ばかりに大蛇来れり
かしらは師子(しゝ)に似たりまなこはかなまりのごとくにて
三尺ばかりなるしたをさしいだして大口をあきて既(すで)に
のまんとす助元たましゐうせながら最後(さいご)とおもひ
きりてこしなる笛をぬきいでゝ還城楽破(げんじやうらくのは)をふく
大蛇きたりとゞまりて首(くび)をたかくもてあげてしばら
く笛をきくけしきにてかへりにけり○此集のおこりは
われそのかみ詩歌(しいか)管弦(くわんげん)のみち〳〵に時に取てすぐ
れたる物がたりをあつめて絵にかきとゞめんかために
と石上(いそのかみ)ふるきむかしのあとよりあさぢがすゑのなさけ
にいたる迄ひろく勘(かんが)へあまねくしるすあまり他の物語
にもをよびてかれこれ聞すてず書あつむる程に夏の
野の草/殊(こと)しげく森の落葉(をちは)かずそひ侍りにけり
これそこはかとなきこゝろ【「こゝろ」は書陵部本「すゝろ」】ことなれ共いにしへ
よりよき事もあしき事もしるしおき侍らずは
たれかふるきをしたふなさけをのこし侍べきこれに
よりて或は家々の記録(きろく)をうかゞひ或はところ〴〵の勝絶(せうせつ)
を尋ねしかのみならずたまぼこのみちゆきふり
【上欄書入れ】45
【柱】古今巻二十 〇四十
【柱】古今巻二十 〇四十
のかたらひあまさがるひなのてぶりのならひにつけて
たゞにきゝづてに聞事をもしるせばさだめて
うける事も又たしかなる事もまじり侍らん
かしつゐに部をわかち巻を定て卅篇二十巻
とす篇(へん)のはし〴〵にいさゝかその事の起(おこり)をのべて
つぎ〳〵にその物かたりをあらはせり建長六年十
月十六日をはりの宴になずらへて詩歌管弦の
興をもよほすかつは此集かの三の道よりおこれ
るによりて白楽天人丸/廉承武(れんしやうぶ)の画影(くはえひ)を
かけて其まへ〳〵に色々の供物をそなへ又酒【「酒」は書陵部本「酒脯」】
菜菓の尊をまうくまづ序よりはじめて三十
篇のはしがき并に物語一段をよみあぐ次に糸竹
の声をあはせて呂律(リヨリツ)の曲をとなふ次に詩を講ず
題 ̄ニ云 ̄ク冬は来_二 ̄ル文学の家_一 ̄ニ《割書:一字》次 ̄ニ和歌を講ず題に
は朝 ̄ニ残 ̄ル菊夕に落 ̄ル葉寄_レ ̄ル鶴 ̄ニ祝をの〳〵披(ヒ)講畢 ̄テ
朗詠あり嘉辰(カシン)令月次に泰(タイ)山不_レ譲(ユツラ)_二土壌(トジヤウ)_一次に
今生世俗の句等也予みな是をいたす人々こゑを
たすく此三ケの郢曲(エイキヨク)の心をもて竟宴(キヤウエン)の旨趣(シシユ)とする
もの也次に一/献(こん)の盃をすゝむ二献に箸(ハシ)をたつ
三献に郢(エイ)曲ありそのゝち数(ス)献にをよぶ冬の夜
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【上欄書入れ】46
【柱】古今巻二十 〇四十一
【柱】古今巻二十 〇四十一
やうやくあげなんとして人々座をたついま多年/収(シユ)
拾(シフ)の功をとけて一部竟宴の儀をいたす今日の綺(キ)
こゝろざしのゆくところ也
抑此集におひては他見をゆるすへからす若(もし)子孫(しそん)の
中に此/鑑誡(かんかい)にそむきて閽外(こんくわい)に出すものあらは我(わか)
子孫たるへからず氏(うち)の明神かならす照罰(せうはつ)を加(くは)へ給へ
き者也但人によりて許否(きよひ)あるへし事(こと)に随(したかひ)て思(し)
惟(ゆい)をいたすへし繊芥(せんかい)の隔(へたて)なく等閑(とうかん)の儀/浅(あさ)からさらん
には間これをゆるすべし倩これらの趣(おもむき)を思へは皆(みな)𦸵(しよ)【艹+處。他本「蘧」】
氏(し)之/非(ひ)に似(に)たりすみやかに三十巻/狂簡(きやうかん)の綺語(きご)を
もてひるかへして四八/相値偶(さうちぐ)の勝因(せういん)とせん麁言(そごん)
柔軟語(にうなんのご)之/文(もん)仏/種従(じゆじう)_レ縁起(ゑんき)之/教(をしへ)を此取信といふ
事なり
建長六年十月十七日/宴後朝(エンゴノアサ)右筆(ユフヒツ)
記 ̄ス_レ之(コレヲ)当時(トウシ)凍雲(トウウン)片々(ヘン〳〵)青嵐(セイラン)漠々(バク〳〵トシ)満_レ ̄ル籬(マカキ)
之 ̄ノ残菊(ザンキク)黄紫(クハウシ)交(マシユ)_レ色(イロヲ)引(ヒク)_レ砌(ミキリニ)之 ̄ノ小泉/鴛鴦(エンアフ)
双(ナラベ)_レ翅(ツハサヲ)閑庭(カンテイ)之(ノ)物(モノ)足(タル)_レ動(ウコカスニ)我情(ワカジヤウヲ)_一者也
暦応二年十月十八日/染(ソメ)_二 六旬 ̄ノ之老筆_一 ̄ヲ
終(ツイニ)二十帖之/写(シヤ)功(コウ)畢 ̄ス且 ̄ハ為(タメ)_レ休(ヤメン)_二当-時 ̄ノ之徒
【上欄書入れ】47
【柱】古今巻二十 〇四十二終
【柱】古今巻二十 〇四十二終
然(センヲ)_一且 ̄ハ為(タメ)_レ備(ソナヘン)_二後日 ̄ノ才学_一 ̄ニ也/可(ヘシ)_二秘蔵(ヒソウス)《割書:々| 々》
老桑門《割書:在判》
古今著聞集巻之二十終
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元禄三庚午年正月開板
明和七庚寅年三月求板
《割書:心斎橋筋順慶町》
柏原屋清右衛門
大坂書林 《割書:同》
河内屋茂八
【縦長楕円印 朱】BnF/MSS
【見返し】
【裏表紙】
【背。ラベル 横書き。「54」】
LES CONTES DU VIEUX JAPON.
LA BATAILLE
DU SINGE ET DU CRABE.
版権所有
CONTES DU VIEUX JAPON.
猿蟹合戦
ドウトルメル訳述
明治十八年九月十六日版■■■同十一月出版【?】
発行者 東京京橋区日吉町十番地 長谷川武次郎
SAROU KANI KASSEN (La bataille du singe et du crabe.)
traduits par J. DAUTREMER:
publiés par T. HASEGAWA 10 Hiyoshicho TOKIO
La bataille
du singe et du crabe.
Un singe et un crabe
se rencontrèrent
un jour au
pied d'une
montagne.
Le singe avait un pépin de Kaki,
et le crabe portait dans ses pinces
un morceau de gâteau de riz grillé.
Le singe, malin, apercevant cette
bonne aubaine et voulant en faire
son profit, dit au crabe: \Je t'en
prie, échange moi ce gâteau contre
ma graine.\ Sans rien répondre,
le crustacé se contenta de donner
son gâteau et prit la graine qu'il
planta.
A peine était elle en terre, qu'un
arbre en sortit et poussa à une
telle hauteur qu'il fallait lever les
yeux pour le voir. L'arbre était
couvert de Kakis mais le crabe
n'avait aucun moyen de parvenir
jusqu'en haut. Aussi pria-t-il le
singe de monter, et de lui envoyer
quelques fruits. Ce dernier grimpa
aussitôt sur une des branches de
l'arbre et se mit en devoir de faire
【全面イラスト】
la cueillette.
Mais il mettait tous les beaux
Kakis dans sa besace et lançait
tous les mauvais au crabe qui, en
dessous de l'arbre, finit par être
tout meurtri, et s'enfuit dans son
trou le dos brisé; il y resta sans
pouvoir faire un seul mouvement.
Quand les parents et les amis du
crabe virent l'état où il se trouvait,
ils furent pris de colère et résolurent
de le venger. Ils lancèrent, pour
cela, un défi au singe; mais celui-ci
amena avec lui une troupe de ses
compagnons, et les malheureux
crabes, se voyant incapables de
lutter contre une si grande force, se
retirèrent dans leur trou plus furieux
que jamais; là ils tinrent conseil et
préparèrent un plan d'attaque. A eux se
joignirent un mortier à riz, un pilon, une
abeille et un œuf et ils discutèrent en-
semble sur la manière de vengeance q'il
couviendrait d'adopter. Ils résolu-
rent de demander la paix, et, par
ce moyen, réussirent à attirer chez
eux le roi des singes. Celui-ci vint
sans se douter de ce qui était tramé
contre lui, et s'assit tranquillement.
Tout en causant, il avait pris
les \hibashi\ et remuait les char-
bons prêts à s'éteindre, quand tout
à coup, l'œuf qui se trouvait dans
les cendres, éclata avec un grand
\bang\ et lui brûla tout le bras.
Surpris et blessé, le singe se hâta,
pour calmer sa douleur, d'aller
plonger son bras dans le tonneau
à vinaigre de la cuisine; mais
l'abeille qui s'y
trouvait cachée lui sauta au visage
et le piqua jusqu'à lui faire venir
des larmes. Sans se donner le temps
de chasser l'abeille, il se sauva, en
poussant de grands cris, du côté de
la porte; mais justement il y avait
là quelques herbes marines qui s'en-
lacèrent dans ses jambes; il glissa
et tomba. Par dessus lui tomba
le pilon, et le mortier, arrivant
en roulant jusqu à lui, le meurtrit
tellement et le rendit si faible,
qu'il fut impossible au malheureux
singe de se relever. Il était donc
ainsi à la merci des crabes
qui, arrivant leurs pinces en
l'air, se mirent à le déchirer
à qui mieux
mieux.
【裏表紙】
【管理番号?】
SMITH-LESOUËF
JAP
257
【背】
【天】
【前小口】
【地】
【表紙】
【題字なし】
【「けむじものかたり」(源氏物語)の分冊の一つ】
【管理タグ】
SMITH-LESOUËF
JAP
52-9
【白紙】
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【白紙】
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【裏表紙】
【小口】
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