コレクション3の翻刻テキスト

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BnF.

【木箱の蓋】
《割書:普門品書画     菊池容斎筆》
 御巻物     二軸
【ラベル「SMITH-LESOUËF/JAP/K 44/1517 F V】

【木箱側面】
【貼紙「■九」】
【ラベル「SMITH-LESOUËF/JAP/K 44/1517 F V】
【丸ラベル「227」】

【木箱側面 ラベル「227」】

【巻子本 題箋】《題: 普門品  上卷》
【ラベル「SMITH-LESOUËF/JAP/K 44(1)/1517 F V】

【巻いた状態の頭部】

【巻いた状態の底の部分】

【巻子本の表紙】
【題箋】《題: 普門品  上卷》
【ラベル「SMITH-LESOUËF/JAP/K 44(1)/1517 F V]

【見返し】

補陀洛伽山全図
青皷雷

飛沙嶴
  香爐山

茶山

 鎮海寺

菩薩頂

千歩沙
摩尼洞

  鷹嵓

金粟庵

  金蓮嶼

象嵓

東天門
飢飽嶺
■【三ヵ】一巌
佛手巌
  仙人井

  金沙灘

 太子塔

  獅子嵓

普陀寺
  放生池
    龍湾

達摩峰
  梵山
金窟崫
普同塔【墖】
  脩竹菴
  善財礁
  司基湾
西天門
  潮音洞
天窓
  龍女洞

一葉扁舟
   白華嶺

玉趣峯
 不二石

總静室
白華峰

説法臺
三官堂

磐陀石

  短姑道頭

二龜聴㳒巌
    新螺礁
 育王院
  㳒華洞

蓮華洋

鹿嶠

  金鉢盂山
 石牛港 

【画】

妙法蓮華経
観世音菩薩普門品
爾時無尽意菩薩即従座起偏袒右肩合掌
向仏而作是言世尊観世音菩薩以何因縁
名観世音仏告無尽意菩薩善男子若有無
量百千万億衆生受諸苦悩聞是観世音菩
薩一心称名観世音菩薩即時観其音声皆
得解脱
【画】

若有持是観世音菩薩名者設入大火火不
能焼由是菩薩威神力故
【画】

【画】

若有百千万億衆生為求金銀琉璃硨磲瑪
瑙珊瑚琥珀真珠等宝入於大海仮使黒風
吹其船舫飄堕羅刹鬼国其中若有乃至一
人称観世音菩薩名者是諸人等皆得解脱
羅刹之難以是因縁名観世音
【画】

若復有人臨当被害称観世音菩薩名者彼
所執刀杖尋段段壊而得解脱
【画】

若三千大千国土満中夜叉羅刹欲来悩人
聞其称観世音菩薩名者是諸悪鬼尚不能
以悪眼視之况復加害
【画】

設復有人若有罪若無罪杻械枷鎖検繋其
身称観世音菩薩名者皆悉
       断壊即得解脱
【画】

若三千大千国土満中
     冤賊有一商主将諸
 商人齎持重宝経過険路
      其中一人作是唱言
諸善男子勿得恐怖
 汝等応当一心称



観世音菩薩名号
   是菩薩能以無畏
  施於衆生
 汝等若称名者
  於此冤賊当得
    解脱衆商人聞
 倶発声言
  南無観世音菩薩称其名故
  即得解脱
【画】

無尽意観世音菩薩摩訶薩威神之力巍々
如是若有衆生多於淫欲常念恭敬観世音
菩薩便得離慾
【画】

若多瞋恚常念恭敬観世音菩薩
便得離瞋
【画】

若多愚癡常念恭敬観世音
菩薩便得離痴
【画】

無尽意観世音菩薩有如是等大威神力多
所饒益是故衆生常応心念
若有女人設欲求男礼拝供養観世音菩薩
便生福徳智慧之男設欲求女便生端正有
相之女宿植徳本衆人憂【愛ヵ】敬無尽意観世音
菩薩有如是力若有衆生恭敬礼拝観世音
菩薩福不唐捐是故衆生皆応受持観世音
菩薩名号
【画】

無尽意若有人受持六十二億恒河沙菩薩
名字復尽形供養飲食衣服臥具医薬於汝
意云何是善男子善女人功徳多不無尽意
言甚多世尊仏言若復有人受持観世音菩
薩名号乃至一時礼拝供養是二人福正等
無異於百千万億刧不可窮尽無尽意受持
観世音菩薩名号得如是無量無辺福徳之
利無尽意菩薩白仏言世尊観世音菩薩云
何遊此娑婆世界云何而為衆生説法方便
之力其事云何仏告無尽意菩薩善男子若
有国土衆生応以仏身得度者観世音菩薩
即現仏【𠏹。亻偏に覀+国】身而為説法【灋】応以辟支仏身得度者
即現辟支仏身而為説法応以声聞身得度
者即現声聞身而為説法【㳒】応以梵王身得度
者即現梵王身而為説法応以帝釈身得度
者即現帝釈身而為説法応以自在天身得
度者即現自在天身而為説法応以大自在
天身得度者即現大自在天身而為説法応
以天大将軍身得度者即現天大将軍身而
為説法応以毘沙門身得度者即現毘沙門
身而為説法応以小王身得度者即現小王
身而為説法応以長者身得度者即現長者
身而為説法応以居士身得度者即現居士
身而為説法応以宰官身得度者即現宰官
身而為説法応以婆羅門身得度者即現婆
羅門身而為説法【㳒】応以比丘比丘尼優婆塞
優婆夷身得度者即現比丘比丘尼優婆塞
優婆夷身而為説法応以長者居士宰官婆
羅門婦女身得度者即現婦女身而為説法
応以童男童女身得度者即現童男童女身
而為説法応以天龍夜叉乾闥婆阿修羅迦
楼羅緊那羅摩睺羅伽人非人等身得度者
即皆現之而為説法応以執金剛神得度者即
現執金剛神而為説法無尽意是観世音菩
薩成就如是功徳以種種形遊諸国土度脱
衆生是故汝等応当一心供養観世音菩薩
是観世音菩薩摩訶薩於怖畏急難之中能
施無畏是故此娑婆世界皆号之為施無畏

【画】
【方印 陰刻 朱】《割書:菊池|武保》【方印 陽刻 朱】《割書:定卿|父》

BnF.

【JAPONAIS】
【212】

《割書:道|行》 戀(こい)濃(の)婦(ふ)登(と)佐(さ)男(を) 上

  序

東西〳〵。高ふハ御座りますれと。是
より口上の男根(へのこ)を以テ。申上ます。此所道行(ミちゆき)
濡(ぬれ)㕝よがりの始り。上/瑠理(るり)穴なら入大更。
三/味線(ミセん)𡱖(つび)【(尸に開か)女陰のこと】沢(ざハ)吾八。相勤ます。氣もゆき
呉(くれ)竹の。夜こと〳〵二番も三番ヽも
幕(まく)なし大道具(とふく)ニてやらかし。まだ
氣もやらぬ其時ハ。是こそ開を大じ
かけ。先は指(ゆび)人形の手/業(わさ)色〻。御覧
に入ます。随分氣なかにさをのミ込

胯(またくら)に。青くさき汗(あセ)を流らし。御見物被
下【くだされ】。御帰りの上ニてはァヽ〳〵いヽあヽいゝ。どをも
〳〵と。感通(かんつう)の。よがり聲を發(いだ)して。
御評判。ヒ下【くだされ】ますなら。惣座中ハ申スに
及ばす御宿元ニても御新造さま【合略?】方。夜分
お楽(たの)しミの。手本共なり下女のおせんさま。
お飯(まんま)焚(たき)の八兵衛どの。物置木部屋にて
出會(でやい)の種(たね)にもとまづハ初り其為
              口上左様カチ〳〵〳〵〳〵〳〵
  アヽ〳〵つヽ
   はつ春

辶□【道上?】


【左頁】

画序

お半
長右衛門

おやごのてまへ
 おきぬが
  おもわくも
もふこう
  なつて
なんのかまふ
ものか
ぎりも
  ほうも
おもて
  むき
 ばかり
いわハ
十四や
そこらの
そなたと
こう
いう

【左頁】

してハ
セさり【せざり?】



人の


い【祓い?】



ぎり
しらづと
いわれへ
よふが人て
なしといわれよふが
ほゝ【ぼぼ】さへすりやァ
  かなふ事ハねへナァおはん
【下へ】
おししやう
 さんの
おしへにハ
女といふ
 ものハ
おつとゝいふハ
いつしやうにたつた
ひとりだから
よるもひるもせい
  だしてたんと
 とぼすかかんじんだ
ふたりとはだをふらぬ
ゆへ三人まへをしいつけろとさ

【右中】
ハはア
きこへた

【左上】
こよひハむこの
くるといふを
きいてまらの
たつたも
そなたか
いとしさ
【左頁】
これあんまり
よかりやん
  な【よがりやんナ】人が
きくと
わるい


ハァモゥ
 いつそアレサ
もつと
 ぐつと
だき

 めて
モツト
こつ
 ちへ
ひつ
 たりと
よんねへ
ヱ〻
 かハ
  いヽのふ

お鶴
才三郎

【下】
ひよつと丈八が
ミつけるとわりい
はやくしないつそ
きがつかわれてねつ
【下へ】
から
しても
身に
ならねへ

おれがどう
ぐハちつと
おかま
にハ
むりだ
わへ

おしりがさけたら
    御めん

【下段】
こゝでおれに
ひとつふる?
まつて
おいてミや
それ
兄弟
 ぶんと
いふもの
だから
おそめ
さんとの
中も
それ
                    上ノ三
【左頁】



さハりなしに
いかふと
いうものだ

こうおれもつらい
めをするからハ
うたざへもんハ
  どうぞ
よしにして
  くだせへ
うまれてはじめて
かまのほられ
はしめだ
ア〻どうか
 いたさうだ

【上段】
アノ善六の
 あくにんづらが


かわいさうに
   わたしゆへに
   久松がつらい
     をもひを
    しやるのふ

お染
久枩

【中段】
こよいも
 これで
  てふど
五ッめだから
本所なら
  らかんさま【合略?】
   だか【本所五ツ目の天恩山五百羅漢寺】
    こヽ
     でハ
      何
      さま
       だ

        らう
         ね


こゝでハ
さ?□
さまさ
                       上ノ四
【左頁上】

なんでも
しんぢう
   するほど
ばかげた
  ことハねへ
いろ事
 なら
  たゞ
  こしの
つゞくたけ
 とぼすが
かんじんさ
 むかしの
  おさん
  茂兵衛
  とハ
  ちつと
  ふうが
   ちかふ
ァヽつかもねへ

おさん
茂兵衛

こうやつていぢつてい
たりとぼしたり
くちをすつたりして
ゐれバぼんも
正月も
くにハ
なら
ねへ
                       上ノ五
【左頁】
清兵衛どのへいゝわけ
長兵衛へのたてひき【達引き】
てめへにたてる
しんじつ
   もふ〳〵
おれがからだほど
いそがしいとハ
ねへ
そして
その
ぶん【その分】

い【躰】


やら



わへ

おその
六三郎

【下へ】
長兵衛さん に
よくつと
めれハ
五ねん
【下へ】
ある
ねん
【下へ】
もだして
やら


ため
になるのが
しミ〴〵
  いやて
どうも
ならねへ

【下段】
そんなに

ぢら
づと
はやく
いれなよ

きよねんの
   くれから
【下へ】
まる一ねんとぼさずに
 いたせいか
【下へ】
いつそ【一層】
きがとうく
なるほど
よくて〳〵

【左上】
ゆうぎり
  なミだもろ
   ともに
  うらみられ
     たり
      かこつのも
    ぼゞのならいていヽ
       ながらそれハ
                       上ノ六
【左頁】
  うハきなきよくどりと
 とりそめたその夜から
こんなへのこがからにもあるか
はてなちやうすが
  うれしくてひとの
 くじりもよのまらも
しらかミ【白紙】でふくつひのつゆ【終の汁】そつと
     とる手もこゝろせき
    おけつのそこのよしあしハ
   うれしいにつけかなしいにつれて
        わすれた事ハない


夕霧
伊左衛門

【左下】
ほんに
おもへ


これ
まで
ぼゞをふいたかみでハ
ふじの山をはりぬき【はりぼて】にし
よふとまゝだ

替(かへ)玉(たま)








                          上ノ八【七は欠番?】

  花廊(くるわ)言葉(ことば)の大きに有んす

世の中に絶(たへ)て桜のなかりせバと。どつと昔(むかし)の大通のことの葉。
今とても替(かわ)る事ハあらしな【あらじナ】。サア中の町に植(うへ)たハ〳〵とのくん
じゆ【群衆?】。ことしハあたらしく。乱(ミだ)れ植(うへ)に江戸町の角から門並(かどなミ)をはづし
花/盛(さかり)は別(べつ)してのながめ。見へぬ按摩(あんま)がめいわく。いづれへ行
あたつても。花の香(か)のにくからぬハ。色でまろめた廊(くるわ)の蘢(はな)。
今を日の出の全盛(ぜんせい)ハ。花扇?屋の花の井とて。何(なんに)も申/分(ぶん)の
なひ無疵(むきづ)もの。前立(まへたち)の新造(しんざう)四人。観音(くわんおん)勢至(せいし)の禿(かふろ)まで
情(なさけ)で丸めた品(しな)かたち。今日此(この)御客(おきやく)バと問(と)へバ。本町邉のむす


こ株(かぶ)。色男のきつすゐ。氣(き)どりハ大通なれども。おしき事は
疵に玉とやら。こんな男に生れて女/嫌(きら)ひ。そんなら堀江六間町【浄瑠璃のことか】
かと思へハ。銅壺(どうこ)の蓋(ふた)たて遊(あそ)ひも嫌ひ。どうした事じや合点(がてん)
が行かぬといふものばかり。ふしぎに此花の井を。過し浅草
詣(まふで)の折から見そめ。けふ漸(やう)〻と出来し初/約束(やくそく)女/藝者(げいしや)
末社(まつしや)とも引つれて。昼(ひる)からの大さわぎ。サア世の中にハ似(に)た
㕝も有れバ有る。此花の井もふしぎに男嫌ひ。つき出し
から三十日ばかり。勤(つとめ)ハ勤けれども只一通りにて。しミた事が
行けぬと。鑓人(やりて)が聞付て強異見(こわゐけん)。何ぼ男が嫌でもこの

                     一ノい

むすこにハと思ハるゝも耻(はづ)しさも忘(わす)れて。初會(くわゐ)からのもてなし。
酒(さけ)が過るやう過す【ず】やら。サア〳〵床(とこ)〳〵とたちまち人切れが無く
なり。三ッふとんの上に。息子ハ禿(かふろ)のたそや【誰哉=遊女?】相人(あいて)に。ばけものはなし
花の井も身しまひはやく来て。ちよくら噺(はなし)を本にして
怖(こわ)かるなど。さすが北廊/育(そだち)のあどけなきも。可愛(かあい)きものぞかし。
息子ハあまりの可愛さに。ふたつ枕に引よせれバ。花の井が方から
口を吸(す)ひ。溜息(ためいき)などしげきに。女きらゐも何国(どこ)へやら。帯(おび)の解(と)く
解(と)かぬ論(ろん)にも及バす。すぐに陰戸(かくしど)へ手をさし入てさぐるに
勤(つとめ)のたしなミハ物かハ。そこらぬら〳〵と。屋鋪(やしき)育(そだち)のものヽ目に合ハ



ざる女のごとく。入れぬ先(さき)から鼻息(はないき)せわ?しく。美(うつく)しき顏(かほ)の
桜色(さくらいろ)に。二タかハ目【二皮目】。とろ〳〵と。男の首すじへまとひ。しきりに氣ざし
たるに。むすここも玉茎(たまぐき)張(はり)さくばかり。押(おし)あてかへども中〳〵這(は)
入ぬハ。道理(どうり)。玉茎の大キなる事なミならず。扨■そ女嫌がしれ
たると。次の間に寐(ね)し連(つれ)の。息(いき)を詰(つめ)て聞くもおかし。花の井も
そつと手をやりておどろき。マアおまちなんし是ハどうした見事
なるものや。何をかくしやせふ。わつちも人なミならぬ生れて有(あり)んす
ゆへ。是までの客衆(きやくしゆ)に逢(あ)ふさへはづかしく。思ひゆんす。ほんに是か〳〵
と和らかな手していぢるほど青すじふとく。亀頭(かりくび)ふくれ上りて

                       上ノ ロ

心地よく。マアそつと入なんしといふにしたがひ。なをワき出るゐん水
を力にもちかくれバ。やう〳〵頭ばかりこミ入られ。マアおまちなんし。
いつそせつないよ。是がミんなは入ッたら。本ンに死んすしづかに〳〵と腰(こし)
をよぢらして請兼(うけかね)るをむすこもたび〳〵の手ごりにやわ〳〵とつかひ
懸(かく)れバ。はやすゝり上〳〵。せつなひなから。そのよく成るにつれてゐん
水あぶれ。わけなきにやう〳〵半分?入て。ふたりが氣をやり夫から
後ハとう〳〵根まで納りしやら。花の井が声しすゝり上〳〵。ヱゝモ
いつそとうしんせうね。根まては入りんしたらとけるやうに成ん
すよ。アレ又いきんすとの睦言(むつごと)に。むすこもはじめてこんな能ひ事を



覺(おほへ)て可愛(かあい)さがかさなり。つとめの身にいわた帯【岩田帯=祝い帯】まてして
身うけが済(す)んたら御新造さまさ

  今いきんすハな馬鹿らしひ

傾城を買(か)ふて遊(あそ)ぶ殿(との)あれバ。夫に買ハるヽ間夫(まふ)あり
世の中に盗喰(ぬすミぐひ)ほどうまき物ハなし。おもしろミ是に有りて
中〳〵女らの誠(まこと)といふは。間夫(まぶ)に極る物ながら一足つかまへに【一束掴に=十把一からげに】
誠なしとハ。うまミをしらぬ大の野暮(やぼ)大通【だいつう=遊び通】の至る所ハ格別(かくべつ)
なれど。何もかもして夫から又。金遣ふて遊ふほど面白(おもしろい)事ハ
有るまじ。是大通とも粋(すい)とも称(せう)すへし。爰に有徳なる身代を

大かたに遣ひなくすを一家一門の異見(いけん)も度(たび)〻(〳〵)終(つい)に二親に
勘當(かんどう)の身ぶんと成りても口はへらず。不断(ふだん)大通を一ッはいに云ひ
あるくをよく聞けバ。當時何屋の誰と呼(よバ)るヽ女ら。此男を可愛
がり。勘當の後ハ引受(ひきうけ)て。揚屋町に預/喰(くひ)ふち雑用(さうよう)ハ勿論(もちろん)。小遣ひ
までをあてがふて置て。かの色男となりて。今宵(こよひ)も新艘(しんぞう)【妹分の女郎】の
七むらが情(なさけ)にて勝手に終の鳴(な)るまへ。うそくらひ【薄暗い】を上/首尾(しゆび)にして。
二/階(かい)へ紛(まぎれ)上り。怖(こわ)ひやりてや若ひ者(もの)の目を抜て。明部(あきへ)屋の恋のやミ
に忍バせ。おゐらが【姉分の遊女】にそつとしらせど。昼(ひる)からの大一座。はむき【歯向=お世辞】とやら
ふるまひ【振舞=接待】とやら。藝者(げいしや)まつしやに新造あまた。座敷ハ弾(ひ)くやら

調(うた)ふやら義太夫やら長唄(ながうた)やら。らんちきちよんく【〳〵?】ちよんの間をぬけて。
おゐらんか【おいらが?】ハ七むらがしらせにさし足ぬき足。こわひ事かおもしろく
㸦(たかひ)【=互】に抱(だき)付くやら吸(すい)付くやら。男も宵(よひ)より張(は)りさくやうにおやし
すましたものを遠慮(ゑんりよ)なくあてがへバ。七越ハつ【=唾】をのミ〳〵。はやく
入なんしいつそ氣がもる【盛る?】やうに成んしたといふに。陰戸をいらへ
バ。粹(すい)も野暮も大通も。そこにかわる事ハなく。毎ばん一義に
あき果て居る女らでも此うまさ。ヲヽ〳〵出るハ〳〵と男ハいそがしき
中にもたのしミ。ぬら付かせてつわなしにからこミ。二ッ三ッつく
内そこらあぶれてごほ〳〵びちや〳〵。ヱヽモはがゆひはやく根まて

入なんし。うすとんらしひモウどふもなりんせんと持上〳〵ワレハァ〳〵
ともがきちらせバ。男ハしつかふしや余り鼻いきがよかり声が高ひと
手を當るやうに思ひながらも。出し入にひやうしを付て。㕝たらぬ
やふに遣へバ。アレサじらしなんする。ヱヽモそれでも。
ソレそんなにいきん
すものをと。二ッめのつゞけよがり。能ひさい中を七むらがかけて
来てモシおゐらかんへ。おさつとんがおまへをたづねんすとのしらせに
男ハいまだ氣が行かず。ヲイがつてんじやと起上る七越をむりに
おし付て。氣をやらんともがくに。どうしても行けず。七越ハ氣を
せひて。はやくやりなんせ〳〵といひながらも男の出し入ひどき

にまたきや〳〵。ソレ又やりんすよハア〳〵に。男もまんちうをうのミ
にするやうに。やう〳〵しやり〳〵。扨せハしなさ。翌日の晩(ばん)ハ中の
町でゆるりつとを。いひすてふ。ヱヽモどふしんせふねばからしひ
わつちを呼んすハね





一之巻終

【なし】

【なし】

【背表紙】
KOHI NO HUTOSAWO.
-
GEN ZI
GO ZIHU
YO ZIYAU.




JAPONAIS
212

BnF.

紫式部は越前守ためときかむすめなり
源氏物語をつくりて
天下に名をひろめ
たりくはしくは
かの物かたりの
おこりに有
神代には
 有もや
  し
   けん
さくら花
 けふのかさしに
       おれるためしは

BnF.

公長略畫 軋

公長畫譜

【七福神の絵】

   正月
正月
      二月
 二月

正月
二月 三月

四月
   五月

三月
四月
   五月

六月 七月
   八月

  九月 十一月
十月

十二月

【絵の内容】
琵琶法師

石蕗?と川の中で立っていると思われる二羽の鷺?

【絵の内容】
屋敷の松林?と桟橋と水車

瓢箪の上に乗る梟

【絵の内容】


羽子?

BnF.

BnF.

《割書:和漢|名筆》畫英

椿水仙

墨竹

琉球傾城之圖

BnF.

【巻物らラベル】JAPONAIS 4606 3

【巻物上or下

【巻物上or下】

【巻物表紙&紐】
【ラベル】JAPONAIS 4606 3

【見返し】

    御行幸の次第目録
一将軍様御むかひに御参内なされ則御ほうれん のさきへ御供の事
一諸大名衆供の事
一御公家衆御供の事
一御鳳輦の事
一関白殿御供の事
【絵の中】
 板倉侍従

【絵の上下二段右から順に】
是よりみな諸大夫
 あかしやうそく
松平和泉守       松平
小笠原         山城守
  右近太夫      松平飛騨守
松平周防守       本田
本多          伊勢守
下総守         牧野駿河守
松平河内守       藤堂大学頭
松平          有馬
對馬守         兵部少輔
加藤式部少輔      浅野采女正
本多甲斐守       水野隼人佐
岡部内膳正       戸田左門
菅沼織部正       京極修理太夫
南部山城守       寺沢兵庫頭
鍋嶋紀伊守       水野
松平加賀守       紀伊守
松平若狭守       松平左近太夫
水野和泉守       戸田采女正
前田大和守       堀
金森出雲守       兵庫太夫
岡部美濃守       堀丹後守
黒田甲斐守       三宅大膳正
畠山長門守       黒田市正
真田河内守       織田
            丹後守
            秋田河内守











杦原伯耆守   溝口
織田越後守   伯耆守
一柳監物    織田
松下      美作守
石見守     九鬼長門守
松浦肥前守   大田原備前守
池田備中守   伊藤修理太夫
中川      小出大和守
内膳正     石川
徳永左馬佐   主殿正
        稲葉讃波路守
木下      賀藤出羽守
右同太夫    佐久間大膳正
森伊勢守    青木甲斐守
谷出羽守    片桐石見守
遠藤      平野遠江守
伊勢守     本多周防守
片桐主膳正   山崎甲斐守
小出      相郎
對馬守     左兵衛
木下      片桐出雲守
宮内少輔     
嶋津      高橋伊豆守
右馬助     長谷川
分部      式部少輔
左京進     竹中
伊藤      丹後守
若狭守     一柳
舞田権助    美作守

五嶋淡路守   桑山左衛門佐
一柳丹後守   松倉長門守
本田      池田出雲守
飛騨守     戸川
立花主殿守   土佐守
溝口出雲守   佐久間
遠藤      信濃守
但馬守     小出大隅守
土方      古田
丹後守     兵部少輔
溝口      相郎
伊豆守     壱岐守
桑山加賀守   関兵部少輔
掘田      細川
兵部少輔    玄番頭
井上      竹中筑後守
淡路守     小出遠江守
秋月長門守   日根野
石川伊豆守   織部頭
横山土佐守   内藤豊前守
竹中      三浦監物
采女正     水野河内守
野次      佐久間
美作守     河内守
土方      三好
掃部頭     越後守
仙谷大和    加賀爪
河勝信濃守   民部輔少







朽木兵部少輔   京極主膳正
有馬蔵人     大家
高力左近太夫   民部少輔
阿部       井上河内守
修理太夫     藤堂左兵衛
本田能登守    本田将監
成瀬伊豆守    田中
掘市正      主殿頭
神尾       三浦
宮内少輔     志摩守
小笠原      水野摂津守
壱岐守      秋田隼人
酒井主膳正    小笠原出雲守
嶋田民部少輔   高林河内守
左野佐京進    酒井
松平       加賀守
兵部少輔     根木民部少輔
池田帯刀     松平伊豆守
脇部玄番頭    安藤右京進
阿部豊後守    稲葉丹後守
内藤伊賀守    酒井讃岐守
松平越中守    

ことねり     同

ことねり
さうしき
酒井雅樂守
   くろしやうそく

【下部に「下七」の文字】
はくてう     はくてう
はくてう廿人   はくてう
         はくてう
         はくてう

これよりたちわきの
衆あさきのかりきぬ
にはくをきて

三好庄左衛門   能勢治左衛門
北条久五郎    長谷川縫殿助
内藤主馬助    内藤傳左衛門
前田与兵衛    森九郎左衛門
花房勘右衛門   跡辻民部少輔
能勢小十郎    駒井次郎左衛門

賀藤勘右衛門   氷見新左衛門
細尾主殿頭    野衛宮外記
新庄勘助     瀧川三九郎
林丹後守     多加左近太夫
井上源助     大久保源次郎
佐藤勘右衛門   粂山内匠頭
徳山五兵衛    加藤平内
松平勘兵衛    一色佐兵衛

随身       随身
井上清兵衛    秋山十右衛門

御長刀   力者
御牛飼副二人
牛二疋
うしかひ二人
   うし飼舎人二人

将軍様   御車

布衣十二人
ゑほしき四人

御牛飼よりもち
権御随身
三人下臈随身
二人御馬や舎人
馬そへ八人

   ほうい   ほうい

尾張大納言くろしやうそく
 うま副六人
 ほうい六人
 そへとねり二人
 はくてう八人

     はくてう

諸太夫 《割書:あか|しやうそく》
           諸太夫
             あかしやうそく
成瀬隼人       竹越山城

   はくてう        はくてう

           ほうい

紀伊大納言
   くろしやうそく
 ともの人数右同然
           はくてう

   はくてう

諸太夫        諸太夫
 あかしやうそく    あかしやうそく

水野淡路       安藤帯刀


     ほうい    ほうい

駿河大納言くろしやうそく

     とものしゆ
     右同然

       はくてう

諸太夫         諸太夫
 あかしやうそく     あか
              しやうそく

朝倉筑後        鳥井土佐

              はくてう
【欄外「下十三」】

       ほうい

水戸中納言
くろしやうそく

ともの人数右同
       はくてう     はくてう

  諸太夫        太夫諸
  あかしやうそく    あかしやうそく

村瀬左馬         中山備前

       はくてう

          ほうい

仙臺中納言
   くろしやうそく

   馬そへ二人
   布衣六人
   副とねり二人
   いかひ【牛馬を預かる者】一人

          ほうい

加賀中納言
    くろしやうそく

   とも右同
          はくてう

薩摩中納言
   黒しやうそく
     とも右同

越前宰相くろしやうそく
     とも右同

備前宰相
   黒しやうそく
     とも右同

會津宰相
   くろしやうそく
   ともの人数右同

是よりみな黒しやうそく
美作中将    秋田少将
長門少将    豊前少将
若狭少将    仙臺少将
米沢少将    因幡少将
毛利甲斐守   丹羽五郎左衛門
沢山少将    森右京太夫
柳川侍従    稲葉侍従
大野侍従    山崎侍従
中務侍従    安波侍従
丹後侍従    伊達侍従
織田侍従    秋田侍従
安藤侍従    對馬侍従
土佐侍従    筑前侍従
肥前侍従    松山侍従
肥後侍従    姫路侍従

出雲侍従

是より四ほんの諸太夫
郡山侍従     松平大和守
松【?】平土佐守 松山右京太夫
有馬玄番     生駒壱岐守
南部信濃守    寺沢志摩守
水野日向守    松平讃岐守
松平丹波守    松平式部少輔

御内供の
うら笠五十本

将軍様御供次第

将軍様 御供次第
   以上
さて此次に右上巻
にしるし申公家しゆ
みな〳〵
御ほうれんのさき
へ御ともなされ候

きょくろく一つ
きんしやうくわう
ていの御ふた
きりの箱四つ
金のほこ一ほん
たい四つ
しよくたい二ほん
 右の奉行出納豊後守
     あかしやうそく

楽人五十人

隼人のひやうし廿人

     ほうい     ほうい

御ほうれん

四ふのかよてう四人
さきかりかよてう四十人
地下外道以下四十人

     はくてう  
     はくてう
     はくてう

近衛殿御家の
公卿殿上人
同諸太夫いつれ
もさきへ騎馬
にて御とも

   近衛関白左大臣

      ほうい   ほうい

酉刻に二条の御城へ

長■■四丁
つりこし十三てう
黒ぬり三てう
   以上

御行幸の次第大かた右のゑにもま
なふといへとも事もおろかや是
は物其数ならすのときのけつかう
さなか〳〵筆舌にもおよひかたし
きやうらくちうのけんふつ国々
よりきゝつたへきせんくんしゆの
てい此くにはしまりてより此方き
ろくにもあらわれすほり川をもて
の■■しきは金きんをもつてか
さりさて御行幸のてい公家てん
しやう人其外やく〳〵の次第けつ
かうさしやうひちりきくわんけん
にてやうかうならせたまへはほん
てんまてもひゝくやらんときこへ
けりかやうの事遠国遠里のかた
わらにはみる人もよもあらし左
様の方〳〵にあらましとはなか
〳〵申すに及はされとも見せ申さん
そのため?大方ゑにもまなふなり
もろこし我朝にもたくい及ふとそ
きこへけり

【文字なし】

BnF.

【表紙】

JAPONAIS.
139

【白紙】

【白紙】

【表紙】
Japonais n 139
RC 8227
【題箋】
播赤聞集 一

【見返し】

R.C. 8227

【白紙】

播赤聞集 一
一二月三日御奉書御到来翌四日伝奏御用被 仰付事
一右に付上野介殿初御勤幷土佐守様より記録御借用且御代り之御方之事
一御馳走下しらへ上野介殿江御懸合御仕方不宜 御扱ひ之儀申上候処追而之思召之事
一右御仕方不宜御欝憤之趣多き事
一三月十一日公家衆御着御跡乗之輩発足之事
一同日より御役人等伝奏屋敷江引越等之事
一同日両伝奏より御使者幷同夕引越之事
一同日内匠頭様御不快御服薬之事

一同日未明に公家衆御着之事
一御対顔御馳走勅答両山御参詣十七日御発駕等三ケ条
一十四日御登 城上野介江御切懸け之事
一田村右京大夫殿江御預け平川口より御越被成候
一右京大夫殿に而御様子之事
一上野介殿御疵幷内匠頭様には御手負被成候事
一御供之者江御目付衆より被仰聞御供引取之事
一上野介殿江御養生筋被 仰出平川口より御下 城之事
一内匠頭様御切腹に付検使幷被 仰渡御請之事

一御切腹之事
一御死体御引取幷御迎に罷越面々右京大夫殿に而取引之事
一泉岳寺江御歛【=斂の誤記ヵ】り御葬送御法名之事
一御忌懸り之事
一御目見御遠慮之御方々幷御免之事
一内匠頭様御跡役被 仰付事
一戸田采女正殿浅野美濃守殿へ御達し之事
一右御両所築地御屋敷江御越御家来江被 仰渡之事
一采女正殿伝奏屋敷江も御越被仰聞幷諸道具入替る事

一築地御屋敷江御目付衆御越伝奏方御用被 召上御預け之段御家来江被仰聞事
一戸田伊豆守殿築地御屋敷江御越御示し幷御徒目付御小人目付も参る事
一御喧嘩御馳走役被 召上段赤穂江早水茅野早使之事
一芸州幷采女正殿より御人築地御屋敷江被差越事
一築地御屋敷騒動不仕候様水野監物殿同所江御越御見合之事
一式部少輔様御遠慮内匠頭様御奥様御引取之御伺幷夫々御差図之事
一御奥様今井御屋敷江御入之事   一御絶髪御院号之事
一御切腹之趣赤穂江原大石早使之事
一御奥様今井江御引取御道具町屋江御預け内匠頭様御道具美濃守殿御支配之事

一三月十五日御射程大学殿閉門之事 附御屋敷木挽町四丁目
一御忌懸り之御一門方御遠慮之事
一赤穂御城請取御在番之事 附り御筋目之御方有之御代り之事
一同十七日築地御屋敷引渡幷御普請奉行衆御受取之事
一同日戸沢殿江御預け之事
一赤坂南部坂御屋敷引渡同十八日相良殿御預り之事
一同十八日本庄御屋敷加藤殿御預り之事
一同廿二日築地御屋敷酒井殿江被下之候事
一同十九日内匠頭様御代々御頂戴之御朱印御返上之事

一同日梶川殿御加増御役替之事
一同廿六日御代官衆赤穂江御暇拝領物之事
一同廿七日上野介殿御願之通御役御免之事
一同廿八日御目付衆赤穂江之御暇拝領物之事
一村松父子赤穂江參る事
一御死体受取に参り候六人之内落髪等之事
一江戸御家老両人無頼心底之事
一堀部存志安井不所存之事
一大学殿閉門御一門中御遠慮築地御屋敷引渡之儀赤穂江聞へ候事

一三月十九日早水茅野赤穂江着之事
一同日赤穂より江戸江萩原荒井早使之事
一札座両替之事     一三月十九日夜原大石赤穂江着之事
一赤穂の面々内蔵助上席にて申談之事 附り《割書:切腹之存寄神文出し候六十|余人役録名前之事》
一片岡磯貝田中之事   一外村広島三次江罷越事
一三月廿五日江戸より町飛脚至来之事
一同廿八日内蔵助九郎兵衛より三次江申上之事
一三次より御使者之事  一伊藤三次江罷越大石大野江被下御書之事
一田中山本江戸江参る事 一三月廿六日広島より小山赤穂江着之事

一采女正殿より土屋殿被仰渡に付而御書付之事
一土屋殿御屋敷御差図御書付之事 一采女正殿より御覚書之事
一土屋殿より采女正殿江御書面之事
一采女正殿江大石初御清書之事   一泉岳寺に而御法事伺之事
一三月廿七日上野介殿御役退御隠居其後御屋敷替之事
一赤穂城御請取御在番衆江戸御立日並之事
一城御請取之日並等之事
一赤穂之面々等寄有之趣相聞へ采女正御内意芸州江も申参り戸田井上被遣事
一三次江伊藤参候に付重而御使者内田被差越御書等之事

一三次御家老より書通之事 一三次より内田着《割書:脇道に而|旅行》取引御口上等之事
一芸州より太田到着之事
一内蔵助初め存念之輩に付多川月岡江戸江参る幷書付之事
     但御目付衆もはや御立跡之事
一田中山本赤穂江帰着に付采女正殿より御書之事
一采女正殿より戸田杉村里見鹿野八田芸州より井上丹羽
 西川赤穂江被遣候事
一戸田大垣より書状之事  一芸州戸嶋寺尾より書状之事
一井上丹羽西川人数幷宿之事

○【朱】  慥成説之印

▢【朱】  不分明印

●【朱】  奥田孫大夫親友 丈右衛門記録を写加印

■【朱】  虚説之印
【以上四種印全て朱書:以下本文では注記省略】

     浅野長矩公吉良義英両家滅亡幷長矩之
     家臣大石良雄亡主報讐次第
○一元禄十四年辛巳年二月三日御用之義候間明四日五半時登
  城可有之旨御老中御連名之御剪紙到来御月番秋元但馬
  守殿 《割書:喬朝従四位下侍従|居城甲州谷村》
○一同四日浅野内匠頭長矩伊達左京亮宗春 《割書:従五位ノ下諸大夫|居城伊豫吉田三万石》
  於 殿中此度従 天子 《割書:仙洞第五皇子|御諱朝【左にアサ】仁》年頭之為御祝義
  勅使両伝奏柳原大納言《割書:後廉【資廉の誤記ヵ】正二位|弐百石余》高野中納言《割書:保春従二位|御蔵米》
  仙洞《割書:後水尾院皇子|御諱識仁》使清閑寺中納言《割書:照定従二位|百八十石》就参向御馳走

  勅使は内匠頭 仙洞使は左京亮江被 仰付旨御老中列御座に而
  被申渡之也奉畏候御請也且亦此度公家衆御馳走之義前々之
  格式御聞合尤高家衆就中吉良上野助江《割書:従四位少将四千石|在所三州吉良》被示
  談首尾能相済候様にと被仰談候儀候と御馳走之義重く相聞へ候間
  万端軽く相調候様被相心得候得と但馬守殿被仰聞
○一右御馳走被 仰付段上野助殿を初に而高家衆へ御案内之使者
  被遣御馳走之義共前々御勤被成候御衆之御格式等御留守居建部
  喜六近藤政右衛門承合に而申上る尤土佐守様より谷口治兵衛被遣
  先年御勤被成候御格式幷御内證帖迄御貸被進候也二月七日

  御代り脇坂淡路守殿被 仰付
○一御馳走之御下しらへ相調候に付上野助殿江御窺被成候処段々不宜御
  仕形共多有之之由上野介殿元来欲深き人故前々御勤之衆前廉
  より御進物等度々有之由に付喜六政右衛門も御用人共【朱挿入】迄申遣御用人共
  も度々申上候得共内匠頭様思召には御用相済候上に而は如何程も
  可被進候得共前廉には度々御音物有之義は如何敷思召之由被仰候
  尤格式之御附届は前廉に被遣候由
○一右上野介殿段々不宜御仕形等有之候故内匠【頭ヌケヵ】様御鬱憤に被思召
  候事多相聞候由

○一三月十日公家衆明十一日御到来御跡乗之役人富森助右衛門
  高田群兵衛両人今朝未明に宿所発足品川江罷越す
○一同日役人等段々伝奏屋敷へ引越同日より裏門出入相止表門より
  上下出入仕候也
○一同日午の刻両伝奏衆より使者有之即刻御対面御料理出る
○一同日夕御膳過未の后刻伝奏屋敷江御引越
○一三月十一日少々御不快之由に而為御保養寺井玄渓【左朱書:三百石十人扶持】某被召上此度
  伝奏之御役義被 仰付候已後昼夜共御精力被尽候故御持病
  之御痞気也夫故殿中の御弁もなく被及御喧嘩候よし

○一同日参向之公家衆未明に伝奏屋敷江御着座也
○一同十二日公家衆 御対顔
○一同十三日御馳走之御能有之
○一同十四日勅答 同十五日上野増上寺御参詣十六日御休息十七日
  御発駕之筈
▢一右十四日公家衆御登 城御馳走方にも御登 城追付御白書院
  江出御可被遊前於 殿中大廊下吉良上野介殿江 御代様附
  御留守居梶川与三兵衛殿御用有之被仰談候所を後より内匠頭様
  兼而意趣有之由に而上野介及口論覚候かと少さ刀を以御言葉
【行頭の○▢は朱】

  を取掛肩先江御切付被成候上野介殿是はと後へ御向候所を又眉間
  へ御切付被成候烏帽子へ当り余り顔江【朱】壱【「二」に見せ消ち符号「ヒ」】太刀当り候得は上野介殿
  其儘御倒に而候内匠頭様をは与三兵衛殿早速抱き留め被成候其
  休内匠頭様上野介比興もの討果せ〳〵とニ声被仰候其外之
  高家衆は右之場所より十三間脇に御座候処早速御かけつけ上
  野介殿を御引立御白書院之御掾江御出し被成内匠頭様をは
  御目付衆裁判御歩行目付四人取すくめ引立中の口坊主部屋へ
  御押入置候由上野介殿御抜合は無之由右之節戸田能登守殿御
  挨拶に内匠頭殿殿中に而御座候と大声に而両度迄御申候

《割書:此御挨拶大声に而御申候故宜敷|相聞候由勤番之衆被申候よし》【朱】此能登守殿御挨拶は○印也
○一内匠頭殿御義早速達 上聞右之通に付内匠頭様於殿中不調
  法之御働被成候依之田村右京大夫殿江 《割書:建形三万石従四位下|諸大夫居城奥州一の関》御預け
  被成平川口より如御大法之駕篭に縄網かけ右京大夫殿家来
  先騎馬士壱人跡騎馬士弐人御駕篭前後左右棒突三四十人取
  囲三道具も持せ候由即刻右京大夫殿御屋敷愛宕の下江御
  引取被成候内匠頭様江書付を以左之通被仰渡之
      《割書:私に云此時之将軍|綱吉公号常憲院殿》
   【朱】此途中駕篭に網を懸け其外取固候趣は▢印也

一右京大夫殿御宅江御着駕篭より御出被成足袋御ぬき被成候由
 其後広間江御通り被成候而御挨拶人江被仰候は自分は全体不
 肖之生付其上持病に痞有之物毎取静候事不被成候今日も
 殿中を不弁不調法之仕形如是何も之世話に成候乍去相手
 方は存分に仕をゝせ責而之義と存候由被仰候其後酒不苦
 候は所望に存候旨被仰御挨拶に罷出候もの御大法に而候間差上
 申間敷由申候たはこは如何と御乞被成候是も右同前之由申上候
 茶を御乞被成候に付茶を差上候也御顔色御息つかひ御平生に
 相替事無之候其后弟大学義如何被 仰付候哉と御尋

  被成候曽而不存由申上候得者定而御預け被 仰付候半と存候由被仰候
  其後は為何義も不被仰候扨御大紋等被為取候由右之趣富森助右衛門
  一類右京大夫殿に居申候故其者直に右之御挨拶申上候由に而助右衛門方
  江其砌参咄候也
○一上野助殿御疵は面弐【右に壱、左に見せ消ち記号】ケ所肩一ケ所何も浅手之由内匠頭様には一ケ
所も御手負不被成候
○一御城江御供建部喜六先番磯貝十郎左衛門中村清右衛門其外例之
  ことく御供罷越候其着前殊外騒立候由然処御目付衆御供之
  者被召呼内匠頭殿被致喧嘩候御少刀【三文字左に見せ消ち記号】御大小持帰候様にと
【上部朱書】
御少刀は
右京様江
    参る

  被仰候御小人目付等裁判に而早速下馬より帰る依之御供之家頼
  中屋敷江引まとひ罷帰候様にと差図に付無是非常之通御供
  を立引取申候尤御道具は伏せ築地御屋敷江引取候也
○一上野介殿御事御同役之高家衆両人抱中の口部屋江入置
    【朱】上野介殿御帰宅之於路次不慮之義有之候而は御城下之騒動御遠慮【次の朱書に続く】
  早速大目付仙石丹波守殿御目付両人御越被成 公儀御押
    【朱】之節に而御直参衆被差添候哉 公儀衆之警固不審
  構ひ無之候間手疵随分養生仕候様にと被 仰出早々御帰
  宅平川口より常のことく駕篭に而左右に御歩行目付跡より
  御目付衆壱人御跡乗被成候
○一内匠頭様御事同日申の下刻切腹被 仰付検使

   大目付 庄田下総守殿 安通《割書:和州|江州》之内
              高二千六百石
   御目付 多田伝八郎殿 百俵【右朱書:七百俵】
   同   大久保権左衛門殿 千石
   御陸目付    四人
   御小人目付   六人
         御陸目付
   介錯       磯田武太夫
  右御越被成何も列座に而下総守殿書付を以被仰渡左之通
   吉良上野介江意趣有之由に而折柄と申不憚
   殿中理不尽に切付候段重畳不届至極に被

    思召依之切腹被 仰付者也
     【朱】此御書付不定慥に不承
○一内匠頭様御装束下白【朱挿入】小袖上熨斗目麻【朱挿入】上下着用
  上意之趣謹而御聞奉畏候由御請なり
○一書院之庭江畳三畳敷其上にふとん敷其上に而御切腹なり
  其座江御直り被成候時脇差之先弐寸計出し奉書紙に而包み水
  引に而結ひ三方に戴出申候御脇差御戴肩衣前計御取押
  はたぬき左之あばらへ押立右之方へ御引廻し御介錯と御声を
  相図に其侭武太夫介錯仕候下総守殿殊外切腹御急きに付ふとん
  も漸々出来合申程之由

    武太夫介錯仕損し申候哉御耳の脇に疵有之候由御死体
    請取に参候者申候尤世上に而も御首打損し候得共内匠
    頭様少しも御動不被成候段風聞有之候由
    武太夫御首を打候と其侭下総守殿方江揚け首に仕候由
    此義下総守殿御差図には似合不申段風聞仕候なり
    【朱】実は御心よく御切腹いたさせ不申候哉御ゑりくつろき申迄に而
       御座候旨御尊体受取候者共申候
○一内匠頭様御死体之義田村右京大夫殿より被相伺候処御一類中
  之内江引取候様にと御月番御老中土屋相模守殿御差図
  に付其趣内匠頭様御舎弟浅野大学殿江右京大夫殿ゟ

  御手紙に而申来る
○一右京大夫殿より申の下刻御死体可相渡旨に付御迎に罷越面々
   粕谷勘左衛門《割書:用人|二百五十石》片岡源五右衛門田中貞四郎《割書:御附届役|百五十石》
   磯貝十郎左衛門同上中村清右衛門建部喜六【以下抹消】
  此外歩行士末々迄右京大夫殿御宅へ暮時参候処御家頼中立合
  御書院椽輪【縁輪=縁側】江呼入段々挨拶有之候上に而御切腹之庭へ致案内罷越
  候処屏風建廻し侍大勢附まとひ罷在候御死体之左之御肩先に御首
  を置請取候而御乗物に乗御棺之内江御大紋御大小右京大夫殿に而受
  取候也御喧 𠵅之節之御少刀御鼻紙袋御足袋御扇子格式之通

  入候なり
    内匠頭様実は御心能御腹不被召御ゑり廻りくつろき申候迄之よし
    御尊体受取参候者申候
○一右御死体受取直に泉岳寺江御供仕軽き御送葬也
  御戒名 春秋三十五歳【朱】開基より九代
              潮音和尚 道号 酬山
      冷光院殿前少府監朝散太夫吹毛玄利代居士
○一御忌掛御続
  【朱】従四位下諸大夫十万石居城美濃大垣屋敷呉服橋之内
  従弟【従弟朱】戸田采女正様【以下朱】氏定 従弟【朱ここ迄】戸田弾正様
  【朱】従四位下諸大夫壱万二千石在所三州半原
  従弟【従弟朱】安部丹波守様【以下朱】信峯 従弟【朱ここ迄】安部小十郎様
     【朱】壱岐守様
  伯父【伯父朱】浅野美濃守様【以下朱】長恒 大伯父【朱ここ迄】内藤伊織様



【名前上部内匠頭との続柄・浅野左兵衛の諱朱書】
    従弟 浅野左兵衛様 長武  舎弟 浅野大学様
    小舅 浅野式部少輔様   大伯父 内藤十之丞様
    伯母 《割書:松平主馬様|   御内儀様》     伯母《割書:戸田采女正様|   御母公様》
    従弟 《割書:松平主税様|   御内儀様》
 一戸田采女正様同弾正様阿部丹波守様安部小十郎様内藤
  伊織様浅野美濃守様浅野左兵衛様 御目見江御遠慮六月
  廿五日御免此内美濃守様には御続近候故十二月之末遠慮御免
  被成
 一式部少輔様には五月六日遠慮御免被成候

○一内匠頭様御跡役戸田能登守殿《割書:従五位下諸大夫六万石居城越後高田|屋敷日比谷御門内忠真君六万八千石とあり》
  被 仰付之
○一采女正殿美濃守殿御事御月番土屋相模守宅江政直《割書:従四位下|侍従》
  《割書:居城常州土浦|七万五千石》被為呼被仰渡御書付之写
            戸田采女正
            浅野美濃守
   浅野内匠義吉良上野介江意趣有之候由に而折柄
   と申不憚 殿中理不尽に切付候段不届至極に被
   思召候依之内匠義今晩切腹被 仰付候知行所

   幷当地之家頼共作法能騒動不仕候様に一類中相談
   可被申付候以上
      三月十四日
○一右之御書付築地御屋敷江御持参御家中之者御屋敷江御呼
  集大学殿にも御列座に而被 仰渡采女殿御申候は屋敷離
  散はニ三日之内いつれも勝手次第と被仰聞
○一右同日戸田采女正殿伝奏御屋敷江御越被成内匠様御喧 𠵅之
  様子被仰聞御跡役戸田能登守江被 仰付候間早々役人共引取
  可申旨被仰聞御目付鈴木源五右衛門殿《割書:五百石|》被相越今日御喧 𠵅

  御預之段被仰聞早速引払候様に被 仰付也午之刻双方御家来
  諸道具共に入替るなり【朱】《割書:龍の口より諸道具船に而御屋敷江引取此御道具共は|過半行方不知紛失》
○一築地御屋敷江御目付近藤平八郎殿  天野伝四郎殿《割書:七百石|》御越被成
  御喧 𠵅に付伝 奏御役被 召上御預之段御家来共江被仰聞
○一戸田伊豆守殿にも築地御屋敷江御出騒動不仕候様被仰渡之
  《割書:千三百石|御児性組番頭》
▢一御陸目付御小人目付衆も追々被参候也【余白に蔵書印】
○一同日於 殿中御喧 𠵅之様子相知候と伝奏御馳走も上り
  候段相聞江早速赤穂江為注進早使両人早水藤左衛門《割書:百五十石|》

  萱野三平《割書:十二両弐歩|三人扶持》同日未之后刻江戸発足也
○一同日昼休より翌暁迄安芸守様幷采女正殿より侍少々
  足軽小人等築地御屋敷江被差越候是は他所之者入込混雑
  仕に付足軽共両御門に而改申候侍分は羽織立附足軽已下は股引
  行烈羽織也 
【下部朱書】
右足軽共御屋敷中之道中を立て切り御家中
諸道具はこひ其外之往来左右をわかちて通し
候故曽而騒動無之也御屋敷外も不絶両御家来見
廻り候に付盗人之類入込候事成不申由前々御家つふれ
御方々之屋敷引払之物語聞伝候処中々か様に穏便
に無之候よし
○一同日築地御屋敷騒動不仕候様にとの義に而御城より直に水野監物殿
  《割書:忠之従五位下諸大夫|居城三州岡崎五万石》被 仰付午之刻ゟ常体之供廻に而御越被成書院

  に御見合被成候御料理出候得共御手不被附候暮時分御帰り被成候騒動
  仕候時之ため惣人数は屋敷近所迄詰懸け罷在候由
○一式部少輔様御遠慮之義将亦内匠頭様御奥様御引取之義
  谷口次兵衛を以御老中方江御伺被成候処御遠慮被成可然候奥方は
  勝手次第御引取被成候様にと土屋相模守殿被仰越同日夜丑之【右朱書:未の】
  刻御迎として大橋忠兵衛木村吉左衛門神谷助右衛門幷松井宗吟
  外様侍弐人御陸目付壱人御陸四人足軽五人召連罷越候御奥様御
  供仕七時過今井江被 入昼より沖三郎兵衛為御附使者被遣中沢
  弥一兵衛と申者《割書:三百石陸頭|御附届役》御供仕候而今井御屋敷江罷越候是は

  御奥様之御供之仕納とて途中啼々参候也夜明に而築地江罷帰候
○一御奥様には十四日之夜中御絶髪被成寿昌院様と御改め被成候
   《割書:五七過瑤泉院様と御改被成候|桂昌院様之昌を御憚被成候而也》
【下部朱書】《割書:此名御改被成候事|安芸守様御差図也》
○一田村右京大夫殿江御預け同晩御切腹被成候様子赤穂江為注進
  早使両人原惣右衛門《割書:三百石|物頭》大石瀬左衛門《割書:馬廻り|百五十石》十四日夜中江戸発足
○一御奥様十四日夜中式部少輔様江御引取被成御道具等は
  深川町人之屋敷御貸被成被遣候由内匠頭様御道具は御伺被成
  被 仰出次第片付候筈に而御屋敷之蔵江入置候其後御道具は構
  無之由に而浅野美濃守殿御支配被成候而相済候也

○一三月十五日御舎弟浅野大学殿評定所江被為 召戸田伊豆守殿
  御同道に而御出被 仰渡之
    内匠義吉良上野介江意趣有之由に而折柄と申不憚
    殿中理不尽に切附候段重々不届至極に被 思召切腹被
    仰付候依之大学義閉門被 仰付旨大御目付溝口摂津
    守殿御目付久留十左衛門殿花房勘右衛門殿御烈座に而被
    仰渡之
○一大学殿御屋敷木挽町四丁目
 一右之外御忌懸り之御一門衆不残遠慮被仰付之

一右同日於 御城中被 仰付之
   播州赤穂之城請取在番
     役高三万五千石  脇坂淡路守忠照
              《割書:従五位下諸大夫居城播州|龍野 五万三千石》
     同壱万五千子石  木下肥後守公定
              《割書:従五位下諸大夫居城備中|足守 弐万三千石》
     御目付      荒木十左衛門《割書:千五百石|御使番》
              日下部【右朱書:坂部】三十郎《割書:五千石|御使番》【以上二人ひと括り】
     御代官      石原新左衛門
              岡田庄大夫【以上二人ひと括り】

    右之通被 仰付之
○一日下部三十郎殿御事内匠頭様へ御筋目有之に付御免為代
  榊原采女殿被 仰付之
○一築地御屋敷に而片岡源五右衛門を始御側之者共打寄不取敢御屋
  敷引渡候事如何敷奉存候最早如斯之時節に候へは御城地同前
  之事に候間上野介殿生死得と聞合引渡申度旨申談候定て
  家老中江も右之存念可申候得共不任心底候哉十七日に引渡相済
       【朱】此後御蔵之諸道具追々本所之かり蔵へ詰替る
○一同十七日築地御普請奉行奥田八郎右衛門殿江引渡《割書:二千五百石|》

 一右同日戸沢上総介殿【挿入朱〇】江御預被成候御在邑に付名代御嫡下野守殿
  政庸御出御請取之由【朱〇前行挿入】《割書:政寔六万八千二百石従五位下諸大夫|居城出羽新荘》
○一赤坂南部坂之御下屋敷は奥田八郎右衛門殿御手代参り相渡同十八日
  相良遠江守殿江御預御家頼中江相渡候由
▢一同十八日本庄御屋敷は加藤遠江守殿江御預け以後大学殿江被下之
○一同廿二日築地御屋敷酒井靫負佐殿《割書:忠囿従五位下諸大夫十万三千五百石|居城若州小浜》
  被下之也
○一同十九日内匠頭様御代々御頂戴被成候御朱印戸田采女正殿ゟ
  御月番御老中土屋相模守殿江以使者被差上候

〇一同日梶川与三兵衛殿義此度被成方神妙に被  思召候に付於
  御前御加増五百石被下都合千石に被成下御腰物奉行被 仰付候也
〇一三月廿六日赤穂江之御暇
       金三枚宛   石原新左衛門
              岡田庄大夫【二人一括り】
〇一同廿七日吉良上野介殿義御願御役御免被成候由高家衆畠山
  下総守殿品川豊後守殿【右朱書:末には豊前とあり】江被 仰付候
〇一同廿八日赤穂江之御暇
     時服二金弐枚宛  荒木十左衛門殿
              榊原采女殿【二人一括り】

〇一村松喜兵衛事《割書:弐十石|五人ふち》御屋敷引渡相済候已後は赤穂表之義
  一同に無心元存三月下旬彼地へ向候節世忰三大夫へ右之存念
  申聞其方儀は上之御扶持等被下候者に而も無之候間老母へ介抱
  のため旁以残り候様にと申付候喜兵衛計出足可仕覚悟に而罷出候
  道中なとも老人無心元候間是非御供可仕迚具足二領荷作り壱
  駄に仕親子替る〳〵乗候而赤穂之三里計手前到着仕候而喜兵衛
  申候は是迄は孝心之道理相立候間最早自是帰候而母養育可仕
  旨申候三大夫申候は母は弟政右衛門居申候へは【朱】《割書:此節政右衛門は小笠原|長門守殿に奉公》気遣
  無之候是迄参候而可帰哉是非〳〵御供与願申候故左候はゝ満足存候

  迚涙と共に【朱挿入:両人】内蔵助江参候内蔵助早速対面何とて親子連に而参
  候哉と申候親子申候は御屋敷も引渡相済申候当御城地終に拝見
  不仕候御厚恩之私事に候へは最早見納と存罷越候由挨拶仕候よし
   【朱】右之挨拶内蔵助直に落合与左衛門江物語之由
  赤穂江一番に参候もの此喜兵衛親子に而候
〇一奥田孫大夫《割書:百五十石|》高田群兵衛《割書:二百石|》堀部安兵衛《割書:二百石|》此三人も同
  意之志に而赤穂へ罷越候也
〇一御死体受取に参候六人之内片岡源五右衛門田中貞四郎磯貝十郎
  左衛門中村清右衛門四人は於泉岳寺落髪仕一七日過候而赤穂へ罷越す
 一此砌江戸両家老安井彦右衛門藤井又左衛門田村右京大夫殿江も

  不罷越泉岳寺江も不参候段無頼心底と何も申候
  【朱】此両人と高田群兵衛三人同志之振舞雖有之已後臆病之働故除之欤
●一堀部安兵衛奥田孫大夫は上野介殿存生之義初は分明不成処に慥に
  聞届て一向に彼之宅へ切入て主之仇を報せんと思へ共上杉家より
  厳敷守護と聞は中〳〵二三人に而討入犬死して笑を残さんより
  はと走廻り同志を催て責て思ひ切たる傍輩弐十人あらは是非
  切入有無之勝負を仕らんと誘引共壱人として思不立結句家老之
  安井彦右衛門磯貝十郎左衛門に向て安兵衛孫大夫は大無分別者なり
  剰人を集む切入て死たくは己〳〵か心底次第人迄も苦む事
  いわれなし亦同心不可有と言を聞て弥歯かみをなし家の長臣

  としておくれたる心入人とは不思迚義絶仕候何とそ赤穂之者共同志も
  有んやと聞たれ共彦右衛門又左衛門何事も秘して聞せすさらは赤
  穂江立越安否を定んと四月五日江戸発足也
〇一大学殿閉門其外御一類中御遠慮又は築地御上屋敷引渡等之
  義赤穂江追々申越也
〇一早水藤左衛門萱野三平三月十九日之寅后刻赤穂江到着大石内蔵
  助江申達し早々致登城何も御用有之迚家中之者共不残呼集
  右之段々彼是大学様ゟ御書被下内蔵助九郎兵衛拝見読聞之
〇一三月十九日午之刻赤穂より江戸江之使者萩原文左衛門《割書:百石|》荒井

  安右衛門《割書:十五石|三人扶持》為早使罷越四月六日赤穂江帰る右両使之意趣は
  藤左衛門三平申来趣之返言之外替事無之
〇一同日より札座江両替之者夥敷詰懸け騒動に付増役人侍五六人
  つゝ相詰る扨亦兼而札座心当之浜手在方等之借し金も不通に
  出し不申候に付出札之高ゟ用意金高不足に付翌廿日ゟ六歩に両替也
〇一原惣右衛門大石瀬左衛門三月十九日之夜戌の后刻赤穂江参着委細
  之義家中之面々城江招申達戸田采女正殿浅野美濃守殿幷
  大学様より内蔵助九郎兵衛田中清兵衛植村与五左衛門江御連名
  之御書被下両人持参御文法不知なり

〇一赤穂之面々江戸より右之通追々申来候に付御道具御片付之事札
  座両替等之事共其外申談不残相済扨御城において大石内蔵助
  上席仕何れもへ存寄申談候処九郎兵衛初臆候哉兎角に衆義一
  決せす席を重たる計に而候依之原惣右衛門申候は兎角不同心
  之御方は此席を立給へと云けれは大野九郎兵衛を初十人計立
  座仕る内蔵助興さめて相見候同志之奥野将監原惣右衛門進藤
  源四郎小山源五左衛門《割書:内蔵助|伯父》河村伝兵衛を初赤穂御城は古内匠
  頭様御取立之事其上上野介殿存生に候へは旁以赤穂離散
  之事甚残念成事に候左候へは迚篭城抔と申事は

  公儀之恐候間 上使御方様御目付衆ゟ検使を請追手に而切腹
  仕る外無他事段申候切腹之節存寄をも申上候はゝ定而上野介殿
  被 仰付様も可有之候哉と相談相極候又大野九郎兵衛《割書:六百五十石|》を
  初兎角御城首尾能引渡其上に而存寄も可有之候御城引渡し
  遅候而は対 公儀鬱悖【憤ヵ】をとけ申仕形に候其上大学様御為不可然
  と申者も大勢有之候得共其節之義に候へは内蔵助初同心之者兎角
  不聞入切腹之相談に相極申候左候而存寄之面々内蔵助宛之神
  文差出し申者六拾余人也所謂
     千五百石  家老  大石内蔵之助

    千石 士大将   奥野将監
    四百石      進藤源四郎
    三百石      小山源五左衛門
    三百五拾石    長澤六郎右衛門
    弐百弐十石    甲斐仁左衛門
    弐百石《割書:外役料百五拾石|》 佐々小左衛門
    弐百石      吉田忠左衛門
    三百石      佐藤為右衛門
    三百石      原惣右衛門

    弐百石      間瀬久大夫
    百五十石《割書:外役料拾石|》 田中権左衛門
    弐百石      多芸太郎左衛門
    弐百石      岡野金右衛門
    百五十石     小野寺十内
    弐百弐拾弐石   稲川十郎右衛門
    百五十石     里村津右衛門
    百五十石     早水藤左衛門
    弐百石      平野半平

    百石       間 喜兵衛
             同 十次郎
    弐拾石五人扶持  大高源五
    金拾両三人扶持  武林只七
    金拾両《割書:三人扶持|蔵奉行》  貝賀弥左衛門
    百石       橋本平左衛門
    百石  祐筆   中村勘助
             岡野九十郎
             中村清右衛門

    弐拾石《割書:五人扶持|広間番》   村松喜兵衛
              同 三大夫
    百石  馬廻り   千馬三郎兵衛
              萱野三平
              豊田八大夫
    弐拾石《割書:五人扶持|勘定奉行》    岡嶋八十右衛門
    百五拾石      灰方藤兵衛
    弐百五拾石 馬廻り 近松勘六
    百石    馬廻り 勝田新左衛門

  弐拾五石五人扶持     矢頭長助
  拾石五人扶持       各務八右衛門
  百石           榎戸新助
  弐百石 国絵図役     潮田又之丞
  弐百弐拾石 壱斗三升六合 山上安左衛門
               間瀬孫九郎
               小山弥六
               陰山惣兵衛
               佐藤兵右衛門

   金五両三人扶持    神崎与五郎
              川村太郎右衛門
              佐々五百右衛門
   百石   馬廻り   菅谷半之丞
   百五十石       上嶋弥助
              奥野弥九郎
              渡部佐野右衛門
              永沢幾右衛門
              山上雲平

   弐拾石五人扶持    矢頭右衛門七
              各務伝三郎
              陰山惣八
   百五十石       渡部角兵衛
   金九両三人扶持    猪子利兵衛
              小野寺幸右衛門
   弐百石        幸田与三右衛門
   百石         仁平郷右衛門
   百石         高谷儀右衛門

   百石         川田八兵衛
              久下織右衛門
   金五両《割書:三人扶持|徒士》     横川勘平
       加東小役人  吉田貞右衛門
       台所小役人  三村次郎左衛門
   金五両《割書:三人扶持|徒士目付》     茅野和助
   弐百石        堀部安兵衛
              高田群兵衛
              奥田兵右衛門

    三百五拾石      川村伝兵衛

  右之面々何も其合点に而内かた腰物等之用意仕候又此外にも
  同志之者有之候得共神文差出し申に不及事に候其節罷出
  切腹さへ仕候得は事済候迚神文をは出し不申族も多有之候
〇一片岡源五右衛門磯貝十郎左衛門田中貞四郎三人共小児性立赤穂へ
  参内蔵助を初何も申合於大手切腹可仕と申候故何も神文仕
  候処右之三人は切腹は仕間敷候格別之私共に候間直に江戸へ罷越
  吉良殿を討可申由申候夫故人数に入不申候

  【朱】此存念白地には不申三人は存寄御座候と申候よし
      依之内蔵助将監なとゝ右三人存念違不和なり
〇一外村源左衛門《割書:番頭四百石|役料百石》広島三次江罷越三月十九日夜中出船意趣
  は札座右之通銀子不足に付才覚又は赤穂表之義為注進罷越
  広島より三次江廿三日未の后刻到着即刻土佐守様御前江被召出御
  用相済同申の刻同所出足赤穂江罷帰三次に而馳走人徳永左次
 兵衛竹腰猪兵衛也
〇一右源左衛門広島に而沖権大夫対談之由様子不相知
〇一三月廿五日夜江戸より町飛脚到来江府御屋敷共御引渡之義
  申来浅野美濃守殿より内蔵助九郎兵衛御状箱到来御文法不知

○一三月廿八日内蔵助九郎兵衛より三次御家老御用人江飛脚を以右之趣申上る
○一土佐守様より赤穂江之御使者徳永又右衛門三月廿一日三次発足同廿三日
  赤穂江到着使者屋敷江罷越馳走人小山源五右衛門折々佐々小左衛門
  見舞候由廿四日朝内蔵助九郎兵衛罷越挨拶
  有之土佐守様より之御使
  者之義に候間城江御出候様にと申候又右衛門申候は御取込中に候間是に而口上
  之趣可申達由申候両人申候は如仰取込居申候間左様にも被成可被下候御
  口上之趣此度内匠頭殿不慮之御仕合絶言語候各心底察入候
  併随分騒動無之様に被申付候様にと以使者申入候由御口上之趣奉畏候
  家中之者共にも申聞候間御請は明日可申上由に而罷帰候同夜

  子の刻計に内蔵介ひそかに無僕に而被参又右衛門江懸御目度候間寝所江可
  罷越由申候に付又右衛門そと申候処被入御念土佐守様ゟ御使は忝奉存候此
  度之義私共心底御案可被下候夫に付上野介殿生死之義未得と聞
  へ不申江戸に居申候安井彦右衛門藤井又左衛門何と合点仕候哉生死之あや
  得と不申越候定而土佐守様には生死御聞可被成候間内匠頭殿義
  を被思召被下候はひそかに御和せ被下候様にと奉願候由申聞候又右衛門得其
  意候由申述候【挿入朱書】内蔵助偏に奉願候由申候而即刻罷帰なり翌廿五日【以上挿入】早朝に内蔵助九郎兵衛罷越御口上之趣家中之者共江
  申聞候奉畏候由御請申上る又右衛門義廿五日赤穂表発足同廿七日之
  夜三次江罷帰る廿八日右の之御請申上る

○一伊藤五右衛門《割書:番頭|》三月廿五日夜三次江出船同廿七日夜亥刻三次江
  到着即刻御屋形江被為召御用有之卯の后刻三次発足仕直に
  罷帰馳走人稲田弥六左衛門磯部左内也意趣は吉良殿生死不相
  知安井彦右衛門藤井又左衛門より得と不申越候に付家中騒動仕候
  何とそ静候様成手筋被 仰出被下候様に両家老より申越也
○一五右衛門罷帰候節土佐守様より被下候御書写
    内匠頭殿仕合に付内蔵助方思寄之趣幷九郎兵衛存寄之
    通令承知候然とも畢竟 上意之趣無違背騒動無
    之様末々迄被申達可然存候依之如此候恐々謹言

    三月廿八日 浅土佐守長澄判
       大石内蔵助殿
       大野九郎兵衛殿
  右之御書持参なり
○一田中権左衛門《割書:大目付|》副使山本左六《割書:歩行八両|三人扶持》義江戸江三月廿五日之夜
  出足四月十二日罷帰其趣意は吉良上野介殿生死之事去る十五日出之
  飛脚に不申来候右生死之義相知不申候に付家中存念之者共御座候に付
  此元致騒動落着不申候右之趣聞届慥成義可被申越候右之通騒
  動に付鎮り候様御一家様方ゟ御下知被仰出候様にと奉存候此旨趣其許

  に而も被申談御一門様方江被相伺少も早く急度可被申越候此段可申達候
  田中権左衛門差下申候善々右申入候義至極御大切成事に候間左様に
  被相心得何とそ采女様幷美濃守様御墨付を以一刻も早く御下
  知被遊候様にと奉存候委細は権左衛門口上に申入候
        三月廿五日
○一三月廿六日広島より小山孫六《割書:物頭|三百五十石》赤穂江到着此度之義
  色々風聞大坂より相聞候に付広島家老中無心元被存候而差
  越候由右口上に云

【裏返し】

 一戸田采女正殿より御使者戸田源五兵衛植村七郎右衛門三月廿八日赤穂江
  到着采女正殿より之御書幷土屋相模守殿被 仰渡候御書付之写
    此度浅野内匠仕合に付従土屋相模守殿各江申達候義被仰
    聞候に付以両使申達候条町宅迄被罷出可有承知者也
      三月十八日 戸田采女正 印判
      浅野内匠
         家老中
         用人中
         目附

○一土屋相模守殿御差図之書付写
      覚
   一御朱印之事
      御清めに而無之日月番之宅迄可被差越候
   一国絵図之儀に付給所村付之目録之事
      井上大和守江被可被差越候
   一武具家財は構無之候但城に有之武具は其儘可被差置候
           以上
      覚

  ○一御判物幷御内書御家老御連判御用向之書類委
    紛失不仕候様に取集め可被差置候此度御目付衆御下知可有
    之哉若御下知於無之は相伺可申候其節御差図無之候は
    不残我方江可差出候御老中江相伺可申候已上
      巳 三月十八日
○一播州赤穂之城為受取脇坂淡路守木下肥後守被差遣候
  来月中旬過に可請取候間被得其意内匠一類中にも此段
  可被申越候御目付も両人被遣候条左様可被相心得候最前も
  申達候通領分幷家中諸事作法能様に念入可被申付候以上

      三月十七日    土屋相模守
      戸田采女正殿
    猶以淡路守義は在番も相勤候事に候以上
○一右両使之旅宿江何も罷越御書付共拝見仕る依之御請仕る
  左之通
    此度内匠仕合に付従土屋相模守様采女正様江以御書
    付被仰渡右御書付之趣私共拝見仕可奉畏旨以御両使
    被仰付奉畏候【候二つ?】已上
             間瀬久大夫在判

             植村与五左衛門同
    巳三月廿八日   田中清兵衛  同
             大野九郎兵衛 同
             大石内蔵助  同
    戸田源五兵衛殿
    植村七郎右衛門殿
 一於芝泉岳寺内匠法事執行之義後に相窺候事
○一三月十廿七日吉良上野介殿如御願御役御免被成候旨畠山下総守殿品川
  豊前守殿被仰渡なり【朱挿入】家督嫡子左兵衛殿江無相違被 仰付

    【朱】隠居は此後之事也
       奥に有之
     其後居屋敷被 召上於本庄【=本所】松平登之助殿上屋敷被下之
○一赤穂江発足日限
      三月晦日   脇坂淡路守殿
      四月二日   荒木十左衛門殿
             榊原采女殿
      四月三日   木下肥後守殿
○一三月廿九日木下肥後守殿江
  御墨印御渡被成城受取は四月廿日前と被 仰出十八日十九日
  之内播州由良手と申所迄御在番之御人数寄合申筈

○一赤穂之面々存念有之候段相聞へ於江戸も色々風聞有之候故に
  候哉安芸守様戸田采女正様御留守居三月晦日土屋相模守殿江被
  召呼来る十九日頃赤穂之城引渡有之筈に候無相違引渡候様にと
  被仰合御家来被遣可然旨御内意有之采女正殿には御家老
  安芸守殿には御側之用人被遣候様にと御差図也依之采女
  正殿より戸田権左衛門安芸守様より井上団右衛門被遣候なり
○一土佐守様より伊藤五右衛門参候に付重而御使者内田孫右衛門《割書:馬廻り|百三十石》
  三月廿八日被遣赤穂江四月朔日到着同五日三次江帰着内蔵助
  九郎兵衛江被下候御書持参写し

    内匠頭殿仕合に付其元別条無之候哉此度 上意之趣家中
    末々迄無違背騒動無之様に被申達可然候依之如此候恐々謹言
      三月廿八日 浅土佐守 長澄判
         大石内蔵助殿
         大野九郎兵衛殿
〇 右に付三次御家老より両人江奉文之写
    一筆致啓上候然は伊藤五右衛門方就罷越候各思召寄之趣
    土佐守殿被致承知面々被存寄之段無余儀被存候得とも
    是非共 上意之趣無違背御家中末々迄騒動無之

    様に御差図被成可然と被存候依之以大札被申入候右之段可
    申達如斯御座候恐惶謹言
             宮尾弥兵衛 在判
             久保田源大夫 同
     三月廿八日   忍 平右衛門 同
             山田 内膳  同
     大石内蔵助様
     大野九郎兵衛様
           人々御中
○一孫右衛門義御口上をも承り廿八日晩方三次罷在晦日之昼備前

  片上迄罷越候処松平伊与守殿ゟ津田左源太幷郡代物頭大
  目付代官等迄罷出相勤候故難通其上赤穂江罷越候者致吟味
  候に付脇道を仕有年村江罷越四月朔日之夜五時前赤穂江到着
  町年寄柳屋と申者江三次より之使者と申候得は早速家老中江
  相達候哉直に使者宿白銀や助右衛門と申者之所江落着馳走人
  物頭八嶋惣右衛門長澤六郎右衛門《割書:上下|長髪》罷越す孫右衛門は立付に而相勤る
  右之御書添書共両人受取即刻内蔵助九郎兵衛上下に而
  使者宿江罷越孫右衛門を上座江通し御口上申演
    内匠頭様御仕合に付其元別条無之候哉此度

    上意之趣家中末々迄無違背騒動無之様可被申付候
  右之段申達両人奉畏候此節之義に御座候間家中之者共江も
  申聞明日御請可申上候今晩は夜に入候間明朝頭立候者共江申聞
  御請可仕候由挨拶罷帰其後三汁八菜之料理出る
  翌二日昼過内蔵助九郎兵衛使者宿江罷越昨日被仰聞候
  御口上之趣何も招寄申聞候御書をも拝見仕せ候処何も
  奉畏候由御請申上候尚亦三次御家老中迄御請仕候由申聞候
  即刻赤穂発足備前領人改仕候に付色々と申たはかり同
  五日三次に帰り右之趣申上る

 一安芸守様より之御使者吉田七郎右衛門《割書:馬廻り|弐百五十石》三月廿九日到着
〇一赤穂に罷在候内蔵助を初存念有之輩其旨趣多川九左衛門《割書:四百石|》
  月岡次右衛門《割書:三百石|》両使を以御目付荒木十左衛門殿榊原采女殿江
  鬱憤之義書付を以申上候写し
    此度内匠頭義不慮之無調法之義に付而切腹被 仰付依之
    城地被 召上候段家中之者共奉畏候当日之次第江戸に罷在候
    年寄共江鈴木源五右衛門様被仰渡之趣其已後土屋相模守様
    に而戸田采女正殿浅野美濃守殿江被仰渡候次第奉畏候迄に
    御座候相手上野助様御卒去之上に而内匠切腹被 仰付候

    義と奉存罷在候処追而之御沙汰承り候処上野介様御卒
    去は無之段奉承知候家中之侍共は無骨之者共一筋に
    主人壱人を存御法式之義も不弁相手方無慮段承之
    城地離散仕候義を相嘆申候年寄頭立候者共末々を
    教訓仕候而も無骨之者共安心不仕候此段年寄共了
    簡を以難申宥候間不顧憚申上候義に御座候乍然上野
    助様江御仕置奉願候と申義に而は無御座候御両所様御
    働を以家中納得可仕筋御立被成被下候は可難有奉存候
    当表御上意之上言上仕候而は城御受取被成候御滞に

    も罷成如何と奉存候故只今言上仕候以上
       三月廿九日
  右之書付受取三月廿九日昼発足仕候而随分急き候而罷越候得共四月
  四日夜四時着府仕安井藤井之両士幷粕谷勘左衛門品川弥助江
  致対面口上書相渡内蔵助其外之存念共申達然処於江戸
  両御目付衆はや御発駕被成候故江戸年寄共致相談戸田采女
  正殿江致持参候
〇一田中権左衛門山本左六罷帰候に付四月三日采女正殿より之御書
  同十一日到着

       口上
    城引渡之義先達而以使者申遣候可被得其意と存候内匠
    日比奉重 公儀被勤仕之段各存知之事候於此度
    之仕合は不及是非候急作法能速其地引払被申義肝要
    に候間猶此旨可被存也
      四月三日   戸田采女正氏定 印判
      浅野内匠
        家老中
        番頭中

       用人中
       目付中
       惣家中
〇一戸田采女正殿より戸田権左衛門杉村十大夫里見孫大夫鹿野治部
  右衛門八田彦大夫安芸守様より用人井上団右衛門持筒頭丹羽
  源兵衛幷西川文右衛門《割書:中小性|》被差遣尤多川月岡江戸着已前右之
  面々江戸出足也兎角赤穂之城無遅滞引渡候様にとの儀に被仰遣候也
〇一采女正殿家老戸田権左衛門ゟ三月丗日之飛札四月三日到来写
    一筆致啓上候此度 内匠頭様御仕合に付其表御城

    為請取脇坂淡路守様木下肥後守様御目付衆来月中旬
    迄御越之由依之采女正方より各様迄以使者被申入候刻
    拙者幷江戸より差越候もの弐人近日其地江罷越候不案
    内に候間乍慮外町宅江之義御役人衆江被仰付置可被下候
    為其以飛札如斯御座候恐惶謹言
      三月晦日    戸田権左衛門 在判
      大石内蔵助様
      大野九郎兵衛様
〇一安芸守様出頭中戸嶋保左衛門寺尾庄左衛門より来状

  四月四日に相届写
    一筆令啓上候此度 内匠頭様不慮之御義乍憚奉
    絶言語候貴様方御心底察入是非可申様も無御座候各別条
    無之候哉承度旨安芸守殿被申候其元御城御受取被
    仰付之御衆中様方近日御越に而可有御座候間其節諸事
    作法宜御城御引渡無滞相済候様にと被存候各江以使者被
    申入候定而追々御家中之面々も御引払候半と被存候差
    支申儀も無之候哉是又承度候右之使者井上団右衛門
    丹羽源兵衛被申付今朝爰元致発足候間委細両人可為

   演説候得共右之趣可得御意態以飛札如此御坐候恐惶謹言
     三月廿六日  寺尾庄左衛門
            戸嶋保左衛門《割書:在判| 》
     大石内蔵助様
     大野九郎兵衛様

     覚
 一上下五拾壱人 乗馬弐疋  井上団右衛門
 一同三十人   乗馬壱疋  丹羽源兵衛

 一同七人        西川文右衛門
  右之通到着之刻宿近所に被仰付置可被下候奉
  頼候多分来月十日頃着可仕と存候以上
     三月廿六日
【蔵書印】

播赤聞集  二2

【文字なし】

【文字なし】

【文字なし】

播赤聞集  二
一赤穂に而惣家中割符金頂戴之事
一割符金藤井又左衛門《割書:江戸|御家老》不受事
一赤穂之士中難鎮土屋殿より御内意に而采女正殿より重而家老其外赤穂へ参事
一右夫々赤穂江着内蔵助初家老之町宅に而申渡し覚書幷采女正殿墨付
 頭書等且御請之事
一御目付御両人より采女正殿江弥来月十五日引払等之懸合之事
一小笠原殿に而芸州御家来江御内意井上初赤穂江参御口上書思召書之事
一芸州御家老より赤穂江附使者之事
【左上頁番号】1

一土佐守様より御徒士赤穂江参候事
一多川月岡采女正殿墨付持参之事 附り両人口上書去?
一田中罷帰候節采女正殿家老江書付持参之事
一采女正殿より亦々使者赤穂江参り墨付持参之事
一城引渡に極り候に付大石大野御請書状等之事
一戸田井上申談幷多川月岡より江戸之様子承之候事
一大石大野より戸田井上江城渡納得之紙面遣候事
一大石初同志之者城渡に相成右しらへ幷御目付御代官衆宿之事
一家中之面々引払に付宿證文幷女切手御渡し之旨之事

一小野寺京都より帰馳走人之事
一大野出奔之事   一右に付御目付衆江鵤村御止宿之節申上之事
一岡嶋大野宅江参り夫より大野立退之事
一萩原兄弟大筒を脇坂殿江売候事   一坊主宗円事
一村々百性公事に而庄や召連郡代江出幷荘屋共自害入水家を潰され候事
一御目付衆御旅宿一泊り之鵤村に而植村江仕構之書付御渡し之事
一同断用人名前供連行列之事
一同断四月十六日赤穂御着大石植村田中等御迎且直に御旅宿江参る事
一戸田井上も御迎幷伺に罷出候事

一同日御目付衆より内蔵助江御紙面に而頭分之者御呼出し之事
一其節御同方より大石初めへ被仰渡之事  一御高札之事
一城中櫓門井之数御尋 附り御答へ之事
一城地被 召上候儀相達候月日赤穂より出候商売物御尋 附り御答へ之事
一御内書御判物御目付衆江大石持参之事
一城中番所船浅野《割書:美濃守殿|左兵衛殿》知行所書付御目付衆江差出事
一四月十七日御代官衆御着御迎之事  一右御手代名前之事
一同十八日城御見分御目付衆より大石江御紙面之事
一御見分に付門番之書付之事  一御見分之節大学殿御事大石願之事

一御旅宿江御戻り之上引渡方御目付衆大石江御称美之事
一荒木殿御家来江城引渡迄近在に罷在者書付出す事
一城渡迄残り候人之事  一城引渡に付所々番人御目付衆江伺書之事
一赤穂領番所之事  一家中幷末々迄金子遣候事
一泉岳寺江御法事料之事 附り足軽も差上る 一札銀引替六歩之事
一木下殿家老杉原行列之事  一脇坂殿赤穂領高返に而野陣之事
一脇坂殿木下殿御迎岡林玉虫出る事  一右御両方立場之事
一四月十九日城御受取右御両方大石奥野作前之事 但岡山より騎馬御附
一戸田杉村里見も御迎之事  一岡山御家老むしあけ迄相詰事

一赤穂より近領江里程之事  一城内𠆀【郭の省画「享」の異体字】家三曲輪其外屋敷帖御代官衆江出事
一櫓引渡に不及鎰に而済候事
一残米高幷引渡 附り御目付衆御取持之処不相調候事
一引渡已後残る人江 公儀より御扶持米被下一件  取続かたき者江雑用銀之事

   〇  慥成説之印
   ▢  不分明印
   ●  奥田孫大夫親友  丈右衛門記録を写加印
   ■  虚説の印
【以上四種の印は全て朱】

〇一四月五日赤穂の城に而割符金大石内蔵助相渡之何も頂戴之
  右之通
   一馬廻り組高百石に付  金拾八両宛
     但高知程減少也
   一中小性組       同拾四両宛
   一中間奴遣       同拾壱両宛
   一歩行組        同拾両宛
   一同並役人       同七両宛
   一小役人        同五両宛

   一持筒足軽水主     米三石宛
   一定番人《割書:但小人之妻持|》    金三両弐歩宛
   一長柄之者《割書:但惣小人之事也|》  米弐石宛
   右之外惣家中江当年分切米相渡す
〇一四月十五日於御城追而割符を以急度となく内蔵助直に
  渡之
   一中小性以上  金六両宛
   一歩行以上   同弐両宛
   一小役人    同壱両宛

      此金〆千三拾弐両
〇一江戸は上り路銀百九拾七両弐歩【朱】此員数本の侭
〇一江戸勤番之者江之割符
    一百石に付    金拾両宛
    一中小性     同八両宛
    一歩行      同六両宛
   右之外足金〆
        七百五拾弐両
        銀壱貫弐百九拾目

       米千弐百五拾石
   都合  金四千七百三拾五両弐歩
       銀拾壱貫百八拾目
【「都合」の下に括り括弧】
    右之外長柄者江 米弐石宛
■一大石内蔵助は割符に入不申候  《割書:内蔵助も割符には|入申候》
〇一藤井又左衛門【朱】存寄有之由に而江戸に而も赤穂に而江戸之足し金被下節も受取不申【見せ消ち符号「ヒ」で抹消部分】「何と存候哉割符等請取不申候」
    【朱】実は役義柄と申已後之取さた如何と遠慮仕其上御外聞悪
      敷程に妻子引払兼も不仕勝手故非本意と存候而右両所にて
      之金受取不申と聞へ候
 一赤穂之士中騒動難鎮候付土屋相模守様より御内々有之采女正殿

 より重而家老戸田権左衛門副使里見孫大夫杉村十大夫三人遣す
 何も美濃大垣より直に赤穂江罷越す
一采女正殿使者戸田権左衛門里見孫大夫鹿野次部右衛門
 八田彦大夫四月六日赤穂江到着但次部右衛門彦大夫は三月廿六日
 江戸発足也赤穂御家老御用人御目付右五人之面々権左衛門町
 宅江集り何も招寄申渡し覚書之写
   今度御当地江御目付衆御城受取之御衆被差遣候に付最前以
   使者申達之通諸事穏便に作法宜御城引渡候様に可
   申達旨重而土屋相模守様より采女正方へ被仰聞候依之

   此度以使者申入候委細之義は紙面に申達候由
 右は一分の覚書
   先達而相達候通御目付衆城受取之御方来月中旬
   過其地江可被参候諸事作法能無滞相渡候様に弥念入
   可被申付旨従土屋相模守殿我等方江被仰聞候間各々得
   其意家中面々相慎候様に可被申渡候依之使者差越候猶
   口上可申述也
      巳三月廿五日   戸田采女正 印判
      浅野内匠

      家老中
      用人中
      目付中
 右之御書付共何も致拝見其後御家中之者共江も申聞其
 後奉畏候由御請申上る御請之写
    先達而被仰付候通御目付様城御請取之御方様当月
    中旬過当地江被成御座候付諸事作法能無滞相渡
    候様弥念入可申付旨従土屋相模守様采女正様江被
仰達候に付御意之趣奉畏家中之者江も申渡候以上

    巳四月六日   間瀬久大夫 在判
            植村与五左衛門 同
            田中清兵衛 同
            大野九郎兵衛 同
            大石内蔵助 同
    戸田権左衛門殿
    杉村十大夫殿
    里見孫大夫殿
〇一右五人之内次部右衛門彦大夫両人は三月廿六日江戸発足四月六日

  に到着則御書付御書共持参候写
      口上
    昨廿五日従土屋相模守殿以切紙赤穂之城渡方之者共幷
    地方役人少々残置其外は勝手次第引払候様に可申付之
    旨我等方江被仰渡候各可被得其意候依之別紙に相記遣候間
    書付之通り相残其外は四月十五日迄に物静に可被引
    払候猶使者口上可申述候也
      巳三月廿六日   戸田采女正 印判
      浅野内匠

     家老中
     用人中
     目付中
 大奉書半切帋
      覚
一赤穂家中之面々四月十五日切に可引払旨先達而被仰聞
 之趣を相守り作法能可被申付事
一此度万端御目付中役人衆差図を可被相守候左に記
 之内たりといへとも従御目付中差図有之品は其趣可被相
 守候事

一城引渡し相済候迄居残り罷在役人衆差図之上に而赤
 穂可引払面々
   大石内蔵助 田中清兵衛 外村源左衛門
   伊藤五右衛門 間瀬久大夫 田中権右衛門
 右之内煩有之は各遂相談同役之内に而可被相残候事
   物頭 四人   給人 四人
 右は大手門塩屋口門二の丸門本丸門四ケ所江弐人宛
 可罷出候右之外之門々常に番人無之所は門を開鎰
に而可被相渡候

   郡代 壱人   在々奉行
   勘定役人    宗門改役人
   惣武具奉行   蔵奉行
   作事奉行    船奉行
   惣鎰改奉行
加東加西両郡之郡代壱人在々奉行右之面々勤来之
役義之品帳面をしらへ役人衆被相尋候節無滞様に仕可
受差図事尤御下知之上は可成程は同役之内申合候而
人少に可被相残候也

一城に有之武具は弥以其儘可被差置帳面に記候而引渡
 し可被申候事
一家中家改目録残置明家之分或は町人或は郷人差置
 可被為相守候事
一城受取之御方幷御目付衆役人衆在宿之義各遂相談
 宜申付候
一城内は不及申道端掃除等心之及候程は可被入念候事
一家中引払之節猶以火之元念入可申付候事
 右書付之趣可被得其意候引払相済各於被退は此

 書付我等方江可被相戻候以上
   巳三月廿六日  戸田采女正 印判
右之御請
 先達而被 仰付候通御目付様城御受取之御方様当月
 中旬当地江被成御座候に付諸事作法能無滞相渡候様に
 弥念入可申付之旨土屋相模守様より采女正様江被仰進候に付
 御意之趣奉畏候家中之者共江申渡候以上
            間瀬久大夫 在判
            植村与五左衛門 同

    四月三日     田中清兵衛 同
             大野九郎兵衛 同
             大石内蔵助 同
    戸田権左衛門殿
    杉村十大夫殿
    里見孫大夫殿
 従土屋相模守様采女正様江被仰遣候は赤穂之城渡
 方之者幷地方役人少々残置其外は勝手次第引払
 候様可申付旨被 仰渡候間私共可奉得其意旨奉畏候

 右に付別帋御書付之通相残其外は当月十五日切に物静
 に引払可申旨奉畏候家中之者共に申渡候已上
            間瀬久大夫 在判
            植村与五左衛門 同
   巳四月六日    田中清兵衛  同
            大野九郎兵衛 同
            大石内蔵助  同
   鹿野治部右衛門殿
   八田彦大夫殿

一右両人は早速赤穂罷立帰着仕る残り三人は引渡し迄滞留也
一四月八日采女様御家頼杉村十大夫より相渡す書付植村与五左衛門
 参請取写
     口上之覚
   私共昨日御暇被下置来月二日当御地致発足同十六日赤穂江
   参着仕候筈に御座候赤穂家中引払之義貴様御取扱被成
   候由弥来月十五日切に引払申候様可被仰付と奉存候且又赤
   穂御用に而残居申候面々仮名相知申候は承度存候赤穂
   引払弥相済候訳残り居申候衆中仮名右両品赤穂に

   被差置候貴様御家来中より私共旅行之内道中迄被申
   聞候様に被仰付可被下候委細使者口上に申含候以上
             榊原采女
     三月廿九日
             荒木十左衛門
     戸田采女正様
一小笠原佐渡守殿宅江安芸守殿御家来壱人御招被仰渡候赤穂
 之者共存意を立不致納得之由に候間安芸守殿には本家之事
 に候間急度申鎮致得心無益之者共は勝手次第引払城別条
 なく相渡候様に可被申付候由に付安芸守殿御家頼井上団右衛門幷

  丹羽源兵衛其外小役人三月廿五日江戸発足被遣候也
〇一安芸守様より之御使者井上団右衛門丹羽源兵衛四月九日到着
  宿赤穂かりや町   且亦道中より先達而丹羽源兵衛組川北
  忠右衛門と申者を進藤瀬兵衛方より《割書:騎馬頭|》進藤源四郎方江飛
  脚に仕差越候宿等見せ候而又途中江出迎候由なり
〇一団右衛門源兵衛内蔵助江立合江戸表之様子安芸守様思召
  段々申達諸事申談候由
〇一安芸守様より御口上書之写
       口上

    今度内匠頭殿不慮之義何も愁傷可被仕候段心底
    察被存候就夫城受取衆被 仰付被相越候其許末々
    迄作法能様に被申付無相違城引渡尤に候為其使者
    差遣し候委細井上団右衛門幷丹羽源兵衛可申達候
         松平安芸守使者
              井上団右衛門
     三月廿五日
              丹羽源兵衛
〇一安芸守様思召書之写
    内匠頭殿此度之仕合 御用被 仰付候当人に候処

   勅答前折柄と申不憚 殿中御大法被相背不届千万
   被 思召候段安芸守迄迷惑至極に存候右之趣に候得は
   各随分被附心作法能城引渡可被申候此上之内匠殿
   御為に候間末々迄忘却不仕引渡等諸事首尾好相
   済候様可被申付候此段可申達旨被申付候以上
          松平安芸守使者
    三月廿五日      井上団右衛門
 右両使着後団右衛門方より案内申遣し家老用人組頭旅
 宿江招之安芸守殿被申遣候口上之趣演説申候何も団

  右衛門江申聞候は於江戸上野介殿生死相知不申其上品宜不被
  仰出内は重而大学殿被召出候品無之城中之若きもの不
  骨之憤有之江戸江先月廿九日多川九左衛門月岡次右衛門両
  人を以願書差上申候兎角此使不罷帰内は是非相知不申
  候に付先御請難仕由に而早速退出なり
 一戸田権左衛門にも右之通之返答なり
〇一四月十一日広嶋御家老より附使者
      浅野甲斐より  内藤伝左衛門
                海野金七郎

     浅野伊織より  八木野右衛門
               長束平内
     上田主水より  野村清右衛門
               末田貞右衛門
  右之者共団右衛門源兵衛迄被附置候由
〇一安芸守様より御歩行之者三人御附置候由
             古田権六
             玖嶋十右衛門
             有田市之丞

〇一土佐守様より御徒永沢八郎兵衛築山新八四月九日三次
  発足赤穂表之義御聞可被成ため御附置候由尤団右衛門方
  江便り居申候同廿二日三次江罷帰る
〇一多川九左衛門月岡次右衛門江戸より四月十一日帰着持参仕候
  戸田采女正殿より之御書付之写
      口上
    多川九左衛門月岡次右衛門両使を以書付被差越候紙面
    之趣家中之面々不骨之至は御当地不案内之故
    に候内匠日来奉重 公儀勤仕被致候段は各存知

    之事に候内匠江家来中奉公之筋は速に其地引払
    城無滞被相渡之段奉重 公義内匠日来之存念
    に可相叶候間不及申候得共追々差図之通に被相守
    之早速穏便に被退候段肝要之事に候此旨家中
    之面々承知之可有納得者也
      巳四月五日 戸田采女正 印判
      浅野内匠
         家老中
         番頭中

       用人中
       目付中
       惣家中
   追而当御地詰合之面々江は最初より右之趣申談候
   事に候以上
〇一右両使口上書
     口上之覚
   一四月四日之夜四時江戸江着彦右衛門殿又左衛門殿粕谷
    勘左衛門品川宗助江口上書入披見何も様之思召申達候

一右に付早速采女正様御家頼中川甚五兵衛江彦右衛門殿
 又左衛門殿より御案内有之候処甚五兵衛此方江早速参委細
 申達口上書相渡申候処何も之思召寄一通りは御尤に存候
 御法式之筋采女正殿にも聞届被申候義も有之候様子
 に而有之候其段可申上由被申候
一翌朝甚五兵衛より年寄衆江手紙に而使者両人同道甚
 五兵衛町宅江罷越候様申来早速彦右衛門殿同道に而両人
 罷越候処甚五兵衛幷御近習番頭高岡代右衛門を以被仰聞
 候は采女正様思召寄をも承り届赤穂之者共納得

 可仕哉是非共に御目付中江可申上儀かと御尋有之候に付
 何とそ筋之立候御意之趣も御座候は御目付中江申上
 候義延引仕罷帰候様に申付候何分にも采女正様御書
 拝見仕候上に而御請可申上旨申達候処左候は拝見仕候様にとの
 義に而御書被相渡候に付彦右衛門両人拝見仕候処御仕置
 之義に而筋之立候御意之趣は相見へ不申候へ共其段は
 上之御仕置之筋采女正様江可被仰聞様も無之たとひ
 御承知之義に而も難被仰聞儀に而 殿様日比 上を
 御大切に被思召御勤仕之義に而いか様に被 仰付候迚も毛

 頭 上江之御存念は無之義に被思召候然上は其所を相
 守御城無滞引渡可申義内匠殿存念にも相叶家中
 之士共忠節にも被思召候御目付中江申上候儀御目付中
 了簡には難及儀定而可達 上聞候然上は大学様
 御一門方御為不宜義と思召候右之通に候得は家中之者共
 も納得可仕儀と思召候皆共いかゝ了簡仕候哉と被申候故段々
 被入御念御意之趣奉畏候申聞候は納得可仕と奉存候
 得共其段難計御座候御目付中様当御地被成御座候
 は尚亦存寄をも可申上候得共先達而御立之義に

 候得は早速罷帰右之段年寄共初家中之面々可申
 聞候由御請申上候事
一御目付中江申上候事御差留被遊と申義御書付江御書
 加へ被下候様仕度と申候処成程尤に存候得共此通り被
 仰出候上は御差留被成候に相知申義に候得は夫には及申
 間敷儀と被申候事
一甚五兵衛咄候様に采女正殿證人に御取御城御渡候事
 に候得は少も越度に罷成儀は無之候段は采女殿より
 御聞届無之と申義は有之間敷由被申候

  右之趣書付両使内蔵助江相渡之
〇一田中権左衛門罷帰候節采女正殿赤穂に被差置候戸田権左衛門
  江被下候御書之写【蔵書印】
    昨五日赤穂家老中より多川九左衛門月岡次右衛門両使を以
    書付差越意趣は家中之輩一筋に主人をしたひ御
    法式之義存忘赤穂之城離散之義歎ケ敷存候旨
    に候此義は当御地不案内故一図に存寄たる趣無余義
    事に候得共内匠頭殿日来之存念奉重 公儀
    勤仕之事に候得は城無滞相渡速に離散之義

    肝要に候旨右之両使江委細申合候猶又納得之ため
    追而印形之紙面を以申聞候条内匠殿家老中江
    此旨可申伸候者也
      四月六日  氏定 印判
           戸田権右衛門とのへ
〇一采女正殿より追而正木笹兵衛荒渡平右衛門両使を以又赤穂
  江四月六日之御書同十二日戸田権左衛門相渡之幷自分江被遣候
  御書も入披見
    昨五日多川九左衛門月岡次右衛門両使到来被申聞候紙

   面之趣家中之面々一筋に主人を被存候段無余儀事
   に存候得共偏に当地不案内故と存事に候尤先達而
   右両使江如申含候奉重 公儀弥城無滞相渡速に被
   退候義内匠殿日来之存念に相叶可為本意候間尚又
   此旨可被存候右為可相達如此候也
      巳四月六日  戸田采女正 印判
      浅野内匠
        家老中
        番頭中

       用人中
       目付中
       惣家中
〇一四月十二日御城引渡極りに付采女正殿江之御請戸田権左衛門江
  申達候得共猶亦江戸へ御請遣す
    一筆致啓上候今度当城引渡之義に付従 采女正様
    被成下御書田中権左衛門多川九左衛門月岡次右衛門致持参
    且亦追而被成下候御書戸田権左衛門殿より御渡被成右何も
    謹而頂戴仕候度々被為入御念被 仰出候趣奉承知難有

   仕合奉存候幷御意之趣を以貴様御口上に九左衛門次右衛門
   江被仰聞候通も致承知奉畏候家中之者共に具に申聞
   候処得心仕奉畏段々爰元引払申儀に御座候追々
   御下知之通城引渡可申候右之御請は戸田権左衛門殿江申上
   候得共猶又御序之刻宜御執成奉頼候恐惶謹言
     四月十二日  大野九郎兵衛
                   判
            大石内蔵助
     中川甚五兵衛様  是は采女正様御家来也
          人々御中

一四月十二日戸田権左衛門井上団右衛門申談大石内蔵助大野九郎
 兵衛方江手紙に而申達す物頭矢田惣左衛門原惣右衛門両人招之
 申談候は先頃江戸江被差遣候両士只今に而も罷帰候は我等共
 旅宿江直に立寄被申候様各より道迄人御出し可被置候江戸
 之様子承届其上に而可及相談と申候処右両士帰着直に御城江
 乗込申候に付八嶋惣右衛門早速罷越則致同道旅宿江参候先々
 江戸之様子相尋候処采女正様より御答計持参に而士中納得
 も可仕筋之由相聞候に付其段申談帰す
一同日暮時分内蔵助九郎兵衛より権左衛門団右衛門江手紙に而申越

  には采女正様より城相渡可申旨御墨付致到来候士共江申渡候処
  何も承之納得仕無用之者来る十四五日迄に引払申筈に申付候由也
〇一右之通御一家様方よりも追々無異義城引渡可申旨御副止に
  候得共内蔵助初同志之者兎角御城離散之義無本意存
  候に付切腹之覚悟相極居申候処多川月岡之両使四月十一日
  に致帰着於江戸之様子申聞せ采女正殿ゟ之御書幷江戸之首
  尾之口上書見せ申候処内蔵助初打寄致相談候は右存念之
  書付責而於大坂成共御目付中様江差出候得は能候に其義無
  之帰着之事心外之至に候押返し大坂迄差出し候内には

  又及延引候其上采女正殿より段々之御副止に候条此上は無是
  非候間御城無異儀引渡し可申候其上に而了簡も可有之と申
  談同志之者共江右之趣申聞せ夫より一図に城引渡之裁判
  に取懸万端之しらへ役々急に相極申候尤是迄も引渡之覚
  語無之に而も無之万々一両使之間違も有之無是非御城
  引渡しに成候節は俄に手を尽可申と致了簡内習しは仕置候由
〇一荒木十左衛門殿御宿  紙屋四郎右衛門《割書:引渡已後岡林杢之助屋敷|表卅二間裏入廿四間半》【一括り】
〇一榊原采女殿御宿    笹や新十郎《割書:引渡後片岡源五右衛門屋敷|表十六間裏入三十四間》【一括り】

〇一石原新左衛門殿御宿  柏屋道閑《割書:引渡後伊藤五右衛門|屋敷》【一括り】
〇一岡田庄大夫殿御宿   和泉や正周《割書:引渡後玉虫十郎右衛門|屋敷》【一括り】
 一家中之面々赤穂引払に付御目付中より宿證文被下候江戸江
  引越候者江は願次第女切手被下候
〇一小野寺十内頃日京都より帰候に付御目付中様御代官中様御
  宿之見分掃除其外御馳走之義諸事見繕候様にと申付
  幷他方より参候御使者宿所是又諸事馳走之義相勤候様に
  内蔵助申付る

一四月十三日大野九郎兵衛より田中清兵衛田中権左衛門江手紙
 を以自分義病気に付尾崎新浜辺江退申候由申越直に船に而
 他所江走去候様風聞有之候故内蔵助方ゟ片岡源五右衛門を以此
 節他領江立退候義は無用之由伊藤五右衛門八嶋惣右衛門方へ申遣
 候得は両人曽而不存候由申越候扨九郎兵衛義は如風聞何国やらん
 同性群右衛門始家内不残同時に立去候由但群右衛門をは取落候由
 風説有之候也
一同十五日御目付中鵤村御止宿之節内蔵助申上候は大野九郎
 兵衛義病気故城内退出仕候御受取御両所様江内蔵助

 壱人に而は首尾難仕候間番頭共之内代々家老家筋之者壱人
 罷出候様可仕哉相伺候処其段尤との義に付奥野将監罷出引渡
 相済申候
一九郎兵衛欠落之次第は札奉行岡嶋八十右衛門義引負有之候様
 に於城中九郎兵衛何も江咄申候由依之八十右衛門承之不届に存四月
 十一日九郎兵衛宅へ罷越候而懸御目度由申候処用事有之とて不
 罷出夫故茶之間口迄仕懸候処仕切之戸をさし内江入不申候夫
 故八十右衛門申候は何と思召如此被成候哉用事有之参候間是非不
 懸御目候而は帰間敷と詰懸候得共色々抜言申候而逢不申候

 に付九郎兵衛弟伊藤五右衛門方江罷越候而九郎兵衛殿御城に而私義
 札引負有之由被申候故其実否を可承と宅江罷越候処ケ様
 〳〵之首尾に而逢不被申候左様可被心得由申達候夫より九郎兵衛
 四月十一日之夜ひそかに息郡右衛門一緒に立退申候由其以後之首
 尾は盟伝に有之候故略す
一萩原兵助同弟儀左衛門勝手宜近国に無隠福人也此兄弟
 大筒を致所持候処離散前彼大筒を脇坂淡路守殿へ売
 候由侍中伝承り不届に存罷在候此旨足軽共迄承伝へ悪き
 振舞かな当時敵之ことくに思ふ脇坂殿江売申候段不届至極

  なり定而五月御百ケ日には花嶽寺江可参其時衣装をはき
  取刀脇差に而殺候より棒を以打殺し其跡を闕所に致候半と足
  軽共悦居申候由此段内蔵助承り大事之前之小事出来候而は
  いかゝと存候而兵助義左衛門を内蔵助宅江招き密に別宅仕候様にと
  申付新浜辺江先欠落仕候由若き者足軽已下迄左様之筋曽而
  無用之段強く制止候に付萩原をは其後打捨置候由盟伝に有之
〇一小納戸坊主多口宗円《割書:五両|二人扶持》と申者数年不手相聞四月
  十三日追放申付候此宗円事於江戸紙蝋燭の出し入仕候処
  私欲仕候段兼而赤穂相聞候引渡前大高源五受取

  所御寝間辺を掃除仕候所江彼之宗円参候而是に御座候かと
  申候故源五申候は如何仕候而参候哉と申候得は先刻江戸より罷帰見
  納と存参候由申候源五左様に而は有之間敷候何そ不手可仕ため
  と見へたり悪きやつと叱り候得は足軽共承り頓而取而おさへ鼻紙
  袋を取出し改候得は金五両有之候に付五人之足軽配分仕宗円
  をは追出し申候其不手数々之由
〇一此度落去に付村々百性共庄屋共と公事有之庄屋共召連
  毎日郡代佐々小左衛門方江参る
〇一 有年(ウネ)村大庄屋弥三兵衛茂右衛門両人百性共よりしばり赤穂

   江引申候様子は近年御年貢方請込御座候間百性共江被下
  候様に郡代佐々小左衛門江相断候得は御詮義之上弥引負に
  極候故如何様共仕合候様にと小左衛門申付候故両人を追出候事
〇一佐用村大庄や彦右衛門是も右之通に付百性共詰懸候に付自害仕候
 一赤松村大庄屋甚右衛門《割書:拾石|》四月十五日百性共より潰し家田地
  家財不残取申候由趣意上ケ米と申候而御年貢之外に石
  壱升五合宛近年取込申候 公儀江は差出し不申由此度顕候
  に付百性より潰し申候
 一尾崎塩浜や又四郎長左衛門庄右衛門其外九拾人江銀子

  九拾貫目御貸被遣候此度御捨被遣候処庄屋より三十貫目
  貸六拾貫目は上納にして取込申候由顕れ尾崎町年寄壱人
  庄屋弐人百性より潰し申候
 一本郷村【右に朱棒線】大庄や彦右衛門《割書:五石|》四月十一日自害仕候是も引負之由【左朱書】「前々出る」
 一東有年村庄屋与三左衛門四月十二日入水仕候是も右同断
  新田村大庄屋又兵衛《割書:八石|》本郷村庄や六郎右衛門両人も百性より
  追出し申候
〇一四月十五日御目付中御旅宿一泊まり之鵤村迄植村与五左衛門
  罷出る其砌御渡し被成候書付尤伺之書付共左之通

      覚
   一番頭弐三人程  一元頭五人程
   一用人壱人    一目付壱人
   一屋敷改役壱両人 一広間番小勢
 右六ケ条之通可申渡之由幷所々番人も半分宛に仕拾人之所は
 五人五人之処は弐三人に可仕旨被仰付候所々番人付奥之一ケ条に案
 内之小頭五人と有之所は拾人に申付置候様にと被仰付
一加東之役人御城下江招寄可申由幷引払之義は可為勝手次第
 先右之趣可申遣由御下知御座候委細明日御着之上被仰付由に候

  一明日御着後赤穂之家老衆御用人等之内五人程御本陣江罷出候様
  に先達而可申遣旨被仰付候
    右は御目附衆御下知に候以上  《割書:此書付与五左衛門より|先達而差越し申候》
       四月十五日
〇一荒木十左衛門殿用人  金子小右衛門  瓦崎浅右衛門
〇一榊原采女殿用人    杉浦忠左衛門  河崎七右衛門
 荒木十左衛門殿行列
  先乗替馬壱疋 鉄砲一挺 台弓一肩 鑓 具足箱
       黒羽織
  指物竿  《割書:徒 同 同 刀筒|徒 同 同 右同》 馬鎗《割書:弐人|》 傘《割書:壱人|》 《割書:挟箱|同》

  乗物 供乗掛《割書:鑓|》 同 供乗掛《割書:無鎗|》 同 同 同 同 
  合羽篭三荷 押壱人
  榊原采女殿行列
                     《割書:黒羽織|》
   先鉄砲壱挺 台弓一肩 具足箱 指物竿 《割書:徒|徒》
  《割書:徒 同 刀筒|徒 同 右同》 馬 《割書:鎗 供三人 挟箱|傘 同二人 同》 乗物 茶弁当
  乗替馬《割書:供壱人|》 供乗掛《割書:鑓|》 同 供乗掛《割書:無鎗|》 同 同
  同 同 長持弐棹 押 弐人
〇一両御目付衆四月十六日御着之刻御領分境迄御迎田中清兵衛罷出
  東町口江大石内蔵助植村与五左衛門罷出候直に内蔵助初其外之面々

  旅宿江御見舞申上る
 一戸田権左衛門は苅屋迄出迎井上団右衛門は御旅宿江伺候
〇一御着後御手紙到来左之通
   先刻は町宅江御見舞候然は申渡候儀候間頭分之衆中
   十左衛門旅宿江只今御出可有之候已上
               榊原采女
     四月十六日
               荒木十左衛門

     大石内蔵助様
〇 右相応之御答申上追付内蔵助岡林杢之助佐々小左衛門川村

  伝兵衛田中清兵衛罷越す
〇一四月十六日十左衛門殿采女殿御列座に而十左衛門殿被仰渡候趣
    内匠仕合に付而城地被 召上請取在番脇坂淡路守木下
    肥後守被 仰付候家中之者作法能引渡候様に相心得可申候
    我々御目付被 仰付候段は先達而可為承知候 御朱印
    御墨印於江戸致頂戴候只今可読聞候得共各服忌有之
    候間是に差置之由被仰候三方に載せ御側に有之候
   一何も引払之義は御代官衆是江到着已後三十日切則高
    札建させ候間何も家中之者拝見可申候御高札も御側に

 有之候
一是は被 仰付に而は無之内匠殿 上江対しいふかき
 御咎め無之御作法に付此通り被 仰付候間家中之者何方に
 有之候共御構無之候右三十日之内緩々引払候様可被仕候
 赤穂領住宅仕度面々は断可被申聞候無断は難成候と
 御内意有之候
一妻子引関東江下り度面々有之候は御関所切手之義
 於江戸埒明来候間諸司代迄可申遣旨被仰候
一家中引払之面々宿證文遣し可申候

一頃日迄に此元引払候面々も少々有之由承り候何人何方へ引払
 候哉可被申聞候此度引払候は可被申聞候
一各頭立候衆当分宿被仕候所書付見せ可被申候
一御尋被成候書付両通は渡し候此両通之義早々書付見せ
 可被申候
一火廻り之義念入可被申付候事
   右之通被 仰渡候
   〇  御高札之写
一今度播磨国赤穂城被 召上候間万事御法度

 之趣堅相守事
一喧嘩【資料は口+花】口論停止之訖若違犯之輩あらは双方可誅罰
 之万一令荷担は其科可重於本人事
一猥に不可伐採竹木幷不可押買狼藉事
一家中之面々武具諸道具可任其身心家中之輩城下引
 払之義十左衛門采女幷御代官到着より三十日限りたるへし
 但給人赤穂領に有之度輩は遂穿鑿心次第先可差
 置候立退度族は先々に而無違犯可宿借旨両人より
 證文可遣候事

    但家中明屋敷之義所々町人百性等可勤之事
一種借之義蔵より出之借付事於無疑は当暮可収納事
    附年貢未進可寄指事
一未進方に取仕男女之義於無其紛は譜代勿論之事
一借物は可為證文次第事
 右之通被 仰出候条堅相守之若於令違犯輩
 は可被処厳科者也
            榊原采女
 元録十四年四月
            荒木十左衛門

〇一同十六日御目付中より書付に而尋
      覚
   一城中櫓数何つ有之候哉  内《割書:本丸に櫓何つ|ニ丸に櫓何つ》【括り付】
   一城中門数何つ  内《割書:本丸江附候門何つ|ニ丸江附候門何つ》【括り付】
   一城中井戸数何つ  内《割書:堀井何つ|水道何つ》【括り付】
      以上
      四月十六日
〇 右之御返答
      覚

   一本丸天守台   壱
   一同弐重櫓    壱
   一同櫓台     三
   一二郭櫓     五 内一重櫓弐
   一同櫓台     壱
   一三之曲輪矢倉  四
   一同矢蔵台    壱
   一本丸門     三口
   一二郭門 外左右之仕切門弐つ  三口

   一三郭門     四口
   一井戸之義当城内水筋悪敷候故前々堀井戸申付候得共出
    来不仕候本城之内二三之郭家中屋敷共に水道用水に
    仕候二之郭之内大手前両所共堀井御座候得共用水に
    難用候に付捨置申候
〇一両御目付衆より御尋之書付
        覚
   一赤穂之城被 召上候段赤穂江相聞候月日書付
   一赤穂より出候品々商売物何々有之哉是又書付可有

   御越候
      四月十六日
〇 右御返答
   一赤穂之城被 召上候段相聞候月日之義当城被 召上候
   との義は終に不申来候去月十日戸田采女正殿より以使者
   土屋相模守様より去月十八日被 仰渡当城御請取之
   御方様御目付御両所様被 仰付候段被申聞候に付当城被
   召上候義治定と奉承知候江戸に罷在候家老共より内意
   申越候飛脚は廿六日夜中に到着仕候

   一従赤穂領出候商売物之儀
     赤穂郡 《割書:加里や浜|尾崎浜》 《割書:塩屋浜|新浜》
    右之村々より塩焼出し申候
         海田村【朱】
     佐用郡 明白村 西本郷村 蔵垣内村
         中山村   
    右四ケ村より三折紙少々漉出し申候
     加西郡  中三原村  上三原村
    右弐ケ村より杉原少々すき出し申候
     加西郡  河原村
     加東郡  河高村

    右弐ケ村より麁相成畳表幷すけ笠売出し申候以上
〇一四月十七日御内書御判物共拾弐通十左衛門殿江内蔵助致持参
  候処戸田采女正殿江可相渡旨御挨拶なり
〇一御目附衆江差出す書付
    越中番所
   一広間番  《割書:給人|中小性》 拾人
    鉄砲五拾挺 長柄五拾本  鉄砲鑓此度被払申候
      是は城附之内に御座候但広間に差置可申哉
   一本城門番  《割書:足軽 三人|下番 弐人》 三つ道具一組

   一同厩口門番  足軽弐人 常は門閉置申候
   一刎橋之門  此所常に番人差置不申候
   一二郭門番  《割書:足軽 弐人|下番 二人》 三つ道具一組
   一同水手門  定番弐人 《割書:常は閉置申候此所に有之|米蔵之番も兼相勤申候》
   一同仕切門    同壱人
   一二郭西之門  此所常に番人差置不申候
   一三郭大手門番  《割書:足軽三人|下番二人》 三つ道具一組
   一同塩屋口門番  《割書:足軽弐人|下番二人》 右同断
   一同川口門番  定番壱人常は閉置申候

   一泻口門   此所番人常に差置不申候
   一東町口惣門 定番弐人 三つ道具一組
   一西町口惣門 右同断  右同
      以上
      覚
   一水主船頭共   三拾壱人
   一船数弐拾弐艘之内
      拾六端より五端迄 十三艘
      荷船拾八端     壱艘

     小早     六艘
     川船     弐艘
    領内船数之覚
   一船大小合六百弐拾四艘  拾七端より三端迄
    此帆数合弐千三百十端
      内
     船数弐十八艘  《割書:此帆数百五十弐端は浦々|大庄屋船無役》【括り付】
    残帆数弐千百五十八端は  船床銀入納
   一川筋高瀬船六拾艘  内三艘在々大庄屋船無役

     残五拾七艘   船床銀入納
   一川筋小船拾九艘  船床銀入納
      以上
      覚
    播磨国赤穂郡之内  浅野美濃守知行所
    高三千五百石
     高須野村 革田村 宮那尾村 若挟野村
     田井村 奥野山村 出村 寺田野村之内
     八洞村 雨内村 入野村 後明新田

       〆拾弐ケ村
   播磨国加東郡之内  浅野左兵衛知行所
   高三千五百石
    見原村 垂水村 久保田村 鳥井村
    家原村 中村 梶原村 仁義井村
    沢部村 田中村 小村之内
     〆拾壱ケ村
      巳五月
  一浅野大学知行所極り不申候蔵米に而三千石相渡之

〇一四月十七日両御代官陸村迄御到着之節為御迎山羽理左衛門罷出る
  東町口迄佐々小左衛門吉田忠左衛門植村与五左衛門罷出御旅宿へ内蔵助
  清兵衛同道に而伺公罷帰候後小左衛門忠左衛門同道に而参上
〇一石原新左衛門殿御手代 松嶋丈右衛門 中村勘大夫
    後藤斧右衛門 貴志園右衛門 片岡宇大夫
  《割書:用人|》倉田広右衛門
〇一岡田庄大夫殿御手代 近藤又右衛門 三輪平之助
    牧田用右衛門 伊藤戸右衛門 松村甚蔵
    大嶋浅野右衛門

〇一同十七日両御目付衆手紙来る
    四月十八日城見分罷出候間案内之者四時可被
    差出候已上
              荒木十左衛門
     四月十七日
              榊原采女
       大石内蔵助様
〇一御城内其外就御見分所々門番申付候
    本丸門 《割書:持筒三人同小頭壱人|下番壱人》 厩門 足軽弐人
    刎橋門 足軽壱人 二丸門 《割書:足軽弐人小頭壱人|下番弐人》

    水手門 《割書:足軽弐人|下番二人》 水手仕切透門 足軽弐人
    西仕切門 足軽弐人
    大手門 進藤源四郎 《割書:足軽三人 小頭壱人|下番二人》
    塩屋口門 佐藤伊右衛門 右同断
    川口門 足軽弐人 下番壱人
   右之通申付候也
〇一四月十八日十左衛門殿采女殿新左衛門殿庄大夫殿御見分に付内蔵助
  将監清兵衛久大夫罷出引橋より二之丸江内蔵助将監御案内
  仕る内山下屋敷は清兵衛久大夫御案内仕る外山下屋敷は横目

  弐人御案内仕る
〇一内蔵助将監両人御案内申候而御屋形之内江御入被成候而金之間
  に御着座被成候節茶持出申候其時内蔵助罷出申候は此度内匠頭
  義城地被 召上候に付家中之者共諸事無滞御引渡可仕義と其段
  委細申含其上内匠一類中よりも度々被入念被申付候に付弥以騒動
  無之様に申含候内匠義不調法之仕形に付御仕置被 仰付候段兎角
  可申上様無御座候古采女正義は 権現様御一統之以前より
  台徳院様江御奉公申上御代々蒙御厚恩候処此節断絶仕
  候義別而残念奉存候弟大学閉門被 仰付置候此者之安否之

  程をも不存知家中離散仕候段安心不仕候体に而於私共不便至極奉存
  候段乍憚御察可被下候大学御奉公相勤候程之首尾にも罷成候様に奉
  願候由申上る乍御四人御返答も無之其所御立座被成候夫より大書院
  江御通り被成候に付内蔵助又右之趣再申上候処是又何も御挨拶不被成大
  書院御立被成候夫より段々御見分被成御帰之刻玄関江御着座被成
  御茶抔出申候時内蔵助亦々罷出再三恐多奉存候得共右にも申上
  候通り内匠不調法之仕合に付御仕置被 仰付候段家中之者共至極仕
  候得共大学安否をも見届不申離散仕候義千万私共江兎や角申
  聞候心底無余儀所も御座候と申上候得は石原新左衛門殿十左衛門殿江

  御問被成内蔵助申分無余義事に候是は御帰府之上御沙汰御座候而も
  苦ヶ間敷哉と存候由御申被成候十左衛門殿御申被成候は成程内蔵助申分一
  通り尤に御座候と被申候故内蔵助申候は御懇意之御詞に付而申上候間
  何分にも御執成を以大学御免を蒙り面目も御座候而再人前をも
  相勤快御奉公をも申上候様に被成被下候は家中之者共忝く安堵仕候義
  に而御座候故憚をも不顧申上と申候得は十左衛門殿被仰候は致帰府候は
  御老中方へ此段物語可仕候哉采女殿いかゝ思召候哉と御挨拶御座候采
  女殿にも成程尤成義と御返答故十左衛門殿内蔵助江御申被成候は
  右之趣帰府次第具に御老中方江御物語可有之候間御家中之者

  江も其段可申聞由被仰候内蔵助何も忝儀に奉存候由御請申夫ゟ段々
  侍屋敷も御見分相済候なり
○一いつれも御旅宿江御帰被成御目付衆より内蔵助被為呼於城中今日
  願之趣且又城内掃除等念入申付諸事仕形無残所儀共感入候
  右之段々則今晩飛脚を以言上候間此旨心得候様にと被仰聞家中
  之者共退散之先々居所之義望次第御目附中ゟ御証文可被下旨
  江戸方江可罷越候は女手形等迄可被下候当地に住居之望候は是又
  願可申旨被仰渡
○一四月十九日荒木十左衛門殿御家来金子小右衛門迄遣す書付

      城引渡迄近在に罷在者共左之通
   一番頭 五人     一者頭 拾人
   一用人 壱人     一目付 壱人
   一船奉行 壱人    一武具奉行 三人
   一作事奉行 弐人   一宗旨奉行 三人
   一屋鋪改奉行      《割書:御代官様方御用相済次第引払|可申候》
     《割書:御代官様方江外山下屋敷御受取次第引払可申候》
    右之者共は定り之日数三十日之内勝手次第引払可申候
○  一城引渡迄残り候面々

    家老   大石内蔵助   郡代   佐々小左衛門

         岡林杢之助        川村伝兵衛
         奥野将監         八嶋惣右衛門
    番頭   玉虫七郎右衛門      進藤源四郎
         外村源左衛門       佐藤伊右衛門
         伊藤五右衛門  物頭   原惣右衛門
                      小山源五右衛門
    用人   田中清兵衛        藤井彦四郎
         植村与五左衛門      多川九左衛門
                      稲川十郎左衛門
    目付   間瀬久大夫        萩原兵助
         田中権左衛門
                 船奉行  里村津右衛門
         安東只右衛門
    在々奉行 前野新蔵         沢木彦左衛門
         山羽理左衛門  武具奉行 三木団右衛門
                      灰方藤兵衛

    宗旨奉行 木村孫右衛門  作事奉行 井上伝八
         堀田政右衛門       磯崎弥七

         山中半四郎  《割書: 高瀬船》
    札座奉行 依田三左衛門  運上奉行 杉浦忠助
         岡嶋八十右衛門      陰山惣兵衛

         矢頭長助         吉沢与一右衛門
    勘定役  畑勘左衛門   屋敷改  白岩五右衛門
         岸佐左衛門        下石平右衛門
        【嶺トモアリ】

         梶友右衛門   広式番  《割書:給人|中小性》拾人
    蔵奉行  中川弥五兵衛
         田中代右衛門  台所番  無足三人
         江田弥四郎

         執筆六人 

    右赤穂町近辺に罷在用事有之者会所江罷出
    相勤る
○一四月十九日引渡に付所々番人前廉に御目付衆江伺申談
       《割書: |番頭袴はおり》
        外村源左衛門  伊藤五右衛門  堀田政右衛門
   一広間番 山中半四郎   中村勘助    杉浦忠助
        岡嶋八十右衛門
      《割書: |羽織袴》
   一台所番 高木庄右衛門  牧野太兵衛
        《割書: |羽織立付》
   一《割書:建家改錠共|所々門櫓之錠共》井上伝八  磯崎弥七
        《割書:御城内は家紋はかまはおり》
   一本丸門《割書:三道具|棒》 藤井彦四郎《割書:持筒五人小頭壱人|下番二人》

   一同厩口門《割書:三道具|棒》 足軽弐人門錠持参
   一刎橋門     無番人
   一二の丸門《割書:三道具|棒》 《割書:羽織はかま》原惣右衛門《割書:足軽五人小頭壱人|下番二人》
   一同水手門 足軽弐人  一西之門 右同断
   一三の丸大手門《割書:三道具|棒》《割書: 右同断》河村伝兵衛《割書:足軽五人小頭壱人|下番二人》
   一塩屋口門     《割書:右同断》八嶋惣右衛門《割書:足軽五人小頭壱人|下番二人》
   一川口門 《割書:足軽壱人|下番壱人》    一潟口門 無番
   一町口東惣門《割書:三道具|棒》《割書:足軽二人|下番壱人》 一同西惣門 同上
   一道案内小頭 八人

     ○赤穂領番所之覚
   一かりや川口 三道具 定番壱人 添番弐人
   一戸嶋浜中水尾    同壱人
   一水撫村之船手    同壱人
   一かうせん川口    同壱人
   一新浜川口 三道具  同弐人
   一坂越浦船宿     同弐人
   一相生浦船手     同壱人
   一陸村領分境     同壱人

   一下田村領分境    常盤定番壱人
   一二木村領分境    同壱人
   一金坂村領分境    同壱人
   一金出地村領分境   同壱人
   一小赤松村領分境   同壱人
   一細念村領分境    同壱人
   一大皆坂村領分境   同壱人
   一行頭村領分境    同壱人
   一船坂村領分境    同壱人

   一大津村領分境    同壱人
 一赤穂士共并末々迄為引料内蔵助より金子差遣割合
   一高百石に付 金拾八両宛  一中小性組江同十四両宛
   一歩行組江 同十両宛  一持筒組江同五両宛
   一足軽以下江 米三石宛
    右配分之処余慶之金子有之に付又少し宛配分之由
 一内匠頭様御法事料 銀拾枚泉岳寺江上る
 一足軽新組六組として銀百三拾目上る
 一札銀引替六歩に替渡す

 一脇坂殿三月廿九日江戸発足同十四日龍野江着同十八日赤穂領
  高返迄出張此所野陣翌十九日未明立場迄御詰行列別に有
 一木下肥後守殿家老杉原丹下騎馬十三人長柄弐十本弓廿張
  鉄炮弐十挺に而来る赤穂領有年江着此所在陣翌日十九日
  未明立場江御詰行列別に有
○一脇坂淡路守殿木下肥後守殿御越に付淡路守殿江御岡林杢之助
  肥後守殿江玉虫七郎右衛門為御迎罷出十八日の暁野中村に而杢之助
  罷出候段申達す
○一四月十九日淡路守殿迎場寺町通り三丁目四丁目一丁目追手

  堀端より東惣門出口迄
  肥後守殿立場 搦手堀端より西馬場筋塩屋口迄十丁程
○一卯中刻城受取之人数城江入引渡等相済淡路守殿肥後守殿
  城中江御入被成候節追手之方江内蔵助塩屋口門之方江将監罷出 
  候筈之処両門江御目付中御差図に而御同道候間内蔵助将監は
  御玄関白砂迄罷出候様にとの儀に付御入之節両人共白砂江罷出其後
  大書院江両人罷出いつれも御列座に而御目見仕候龍野衆披
  露畢内蔵助初城内に相勤候輩川口門之脇に待合一同に
  城外江罷出る

 一岡山より騎馬三騎肥後守殿江御附置
○一戸田権左衛門里見孫大夫杉村十大夫上使為御迎かりや橋詰迄
  出る何もな長髪之由
 一岡山家老伊木清兵衛むしあけと申所迄相詰申候赤穂ゟ
  むし上け迄七里其外片上三石辺相詰
 一赤穂より  岡山江     姫路江 八里  龍野江 五里
        備中芦 堀(森か)江 十三り  広瀬江 十四里
        岡田江十七り 江原江 弐十三里半
 一城内■【「建」の誤記ヵ】家二三之曲輪屋敷山下士屋敷之帖面御代官衆

  江相渡し候事
 一櫓引渡作事奉行申付置候得共不及引渡鎰之義御目付中江
  相伺候処御差図に而御在番方より追手門外江役人共罷出相渡す
 一残米高千弐百拾四石四斗二の丸蔵に詰置候処四月十九日
  木下肥後守殿家来江蔵奉行立合帖面を以引渡す
    右残米最前御目付衆江嘆置候処此度御目付衆より
    右之残米最前申聞候通り弥願申上候哉と御尋に付此段奉願
    とは憚至極に候最初にも申上候通り此米家中引払候ものへ
    割遣度奉存候然共私体奉願とは憚多奉存候御両所様

    御了簡を以御願可被下候は忝儀に奉存候由申候得は其段いか
    にも尤に候願書被差出候事憚被申候は其段委細江戸表江
    可有言上候調申所は如何可有之哉難計存候得共先右之趣
    を以可申上由に候処五月五日十左衛門殿被仰聞候は残米之義思召
    之趣江戸江被仰上候得共右思召有之其上並も有之義故
    不相調候随分情出候得共右之通之由内蔵助江御物語なり
 一城引渡已後相残る人数并公儀より御扶持被下面々
    残り人に被下置候御扶持方請取之下書石原新左衛門殿より
    五月七日御渡し被成候嶺佐左衛門受取罷帰る

      諸取申御扶持方之事
   一弐十九人扶持 千五百石   大石内蔵助
   一拾弐人扶持  三百石    田中清兵衛
   一拾人扶持   弐百石    佐々小左衛門
   一十人扶持   弐百石    吉田忠左衛門
   一十人扶持   百五十石   藤井新蔵
   一七人扶持   百石     山野【羽ヵ】利左衛門
   一拾人扶持   百五十石   渡辺角兵衛
   一十人扶持   弐百石    幸田与三左衛門

   一七人扶持   百石     中村勘助
   一七人扶持   弐十五人扶持 矢頭長助
   一三人扶持   《割書:七石|三人ふち    》 畑勘左衛門
   一四人扶持   《割書:十五石|三人ふち    》 嶺佐左衛門
   一五人扶持   《割書:七石|三人ふち    》 田中徳右衛門
   一三人扶持   《割書:九石|三人ふち    》 吉田貞右衛門
   一三人扶持   《割書:弐十石|五人ふち    》 萩野源之丞
   一五人扶持   《割書:七石|三人ふち    》 人見三大夫
   一三人扶持   《割書:十石|五人ふち    》 内橋吉兵衛

   一四人扶持   《割書:五石|二人ふち    》 高久藤蔵
          《割書:五石二人ふち》  《割書:三両二人ふち》
   一弐人扶持宛  関弥五七   山野茂右衛門
          《割書:右同    》  《割書:六石二人ふち》
   一弐人扶持宛  東惣五郎   川尾源三郎
          《割書:八石三人ふち》  《割書:八石三人ふち》
   一三人扶持宛  長尾源右衛門 小山善七
          《割書:四石二人ふち》  《割書:五石二人ふち》
   一弐人扶持宛  荒木源助   野村平三郎
          《割書:四石二人ふち》  《割書:五石二人ふち》
   一弐人扶持宛  矢田作十郎  小池甚之丞
   一拾人扶持   百五十石   木村岡右衛門
   一十人扶持   右同断    塩谷丈右衛門
   一十人扶持   弐百石    潮田亦之丞

   一拾人扶持   弐百石    木村孫右衛門
   一十人扶持   百五十石   堀田政右衛門
      米合弐拾壱石壱斗八升
    右は播磨国赤穂領浅野内匠上け知御用右之家頼
    相残勤候者共赤穂御城引渡之日より御用相仕舞候日迄
    御扶持被下置候に付御扶持方米之内書面之通り受取申所
    実正也重而日数究り次第本手形差上此手形引替可申候
    依而如件
      元録十四年巳五月十日    置田作平《割書:銘〳〵|印形》

               野村平三郎
               東惣九郎
               関弥五七
               吉田貞右衛門
               橋本次郎兵衛
               矢頭長助
               潮田亦之丞
               堀田政右衛門
               前野新蔵
               田中清兵衛
               大石内蔵助
               小池甚右衛門
               川尾源三郎
               小山善七
               高久藤蔵
               田中徳左衛門

              嶺佐左衛門
              萩野孫之丞
              塩屋丈右衛門
              木村孫右衛門
              幸田与三左衛門
              吉田忠左衛門
              長尾源右衛門
              荒木源助
              内橋善兵衛
              山野茂右衛門
              畑勘左衛門
              人見三大夫
              木村岡右衛門
              中村勘助
              渡部角兵衛

               山羽理左衛門
               佐々小左衛門
      石原新左衛門殿
      岡田庄大夫殿
  右之通相認米之所と名之所に銘々致印形候而五月九日に御目付
  衆江田中清兵衛持参御裏書取之也
    表書之米弐十壱石壱斗八升被相渡重而日数極
    次第本手形可有引替候已上
      五月十日    榊原采女 印形
              荒木十左衛門

  右御裏書有之手形御代官衆江佐々小左衛門五月十一日致持参
  銀壱貫五百四拾三匁壱分四厘吉田貞右衛門受取罷帰る右為御礼
  御代官衆江内蔵助参上なり
○一残人五月十一日より廿一日迄日数十一日分不残相渡候に付手形相認同
  廿二日新左衛門殿江小左衛門忠左衛門佐左衛門持参米七石七斗五升五合代
  銀五百六拾六匁壱分五厘五月廿四日庄大夫殿より御渡被成佐左衛門
  受取罷帰る石七拾三匁相場也手形認様如前奥書宛所等右同断
  両度之米高合弐拾八石九斗三升五合代銀〆弐貫百拾匁二分
  五厘相渡るなり

○一右御扶持方迄に而は難取続何も致難義候に付役義相勤候者へ
  は日数に応し夫々江雑用銀を相渡し候なり

【白紙】

播赤聞集  三

【文字なし】

【白紙】

【白紙】

  播赤聞集 三
 一城附武具帖之事 附り右引渡脇坂殿家来諸取書等之事
 一櫓引渡鎰に而済候事  一残米引渡并受取書等之事
 一城引渡後無用之者可引払残り人之人名  一右人名等之事
 一残り人四月十九日より五月廿一日御扶持方両度に渡る事
 一井上より三次江申上之事 但団右衛門覚悟内蔵助を称美之事
 一城附金無之目録江認之事 一赤穂三ヶ寺江寄附一件
 一遠林寺江金子之事    一足軽共花嶽寺江銀子之事
 一花嶽寺江御法事料之事  一京都紫野瑞光院江寄附之事

 一御目付衆江要用之諸帖等差出目録之事
 一松平伊与守殿御領分掃除并出入制度御家老出張附使者等之事
 一松平土佐守殿松平讃岐守殿より海上堅め等之事
 一赤穂隣国之御衆中并近国より人馬御人数用意等之事
 一赤穂より方々江道法之事  一御目付衆所々御出御見分等之事
 一御代官衆江要用之諸帖等差出事 郷鉄炮猟師筒引渡之事
 一高野山江月牌之事  一五月十一日御目付衆赤穂御立之事
 一原京都江登る事  一五月廿九日御代官衆より諸帖無相違尋問無之
  御扶持方明三十日限りに而可引払達し之事

 一御帰国之節於大坂戸島寺尾江原岡本相勤候書留之事
   但大石ゟ追々申越紙面 附り大野事数々
 一土佐守様御参勤之節於大坂久保田江右両士相勤候品々
 一大野より久保田江書状之事  一蓑美濃守殿御家頼江大石より書状之事
 一京都普門院江大石より書状原持参之事
 一御代官衆手代江大石より具足贈り御目付衆家来江も進物之事
 一五月廿一日石原殿大石江《割書:九郎兵衛事|に而》御応対并道具《割書:大野|郡右衛門妻》江封印大年寄取引之事
 一田中植村大石等引払之事
 一采女正殿遠慮御免美濃守殿御役御免之事

 一御目付衆御帰府之事
 一戸田殿安部殿御目見遠慮御免之事
 一赤穂刈屋村御領主之事 附り内匠頭様御略系御知行御内分等之事

    【○】 慥成説之印
    【▢】 不分明印
    【●】 奥田孫大夫親友 丈右衛門記録を写加印
    【■】 虚説之印

   ○城附武具帖之写
 一長柄鎗《割書:打柄》  五拾本 一鉄炮《割書:壱両玉 》 五拾挺
 一壱両玉    弐千  一薬     弐百五拾貫目
 一竹火縄    千筋  一革胴乱   五十
 一口薬入    五十  一革鉄炮袋  五十
 一鋳形     三膳  一足軽具足  百領
 一番具足    廿領  一塗弓    五十張
 一征矢     弐千  一同根    弐千
    以上

    此度残置候城付武具に而御座候
 一長柄鎗《割書:塗物》 百本  一鉄炮    百九挺
    右は前代松平右近大夫様御屋敷附之分に而御座候以上
           《割書:浅野内匠頭家来》
    元録十四年四月    大石内蔵助
               田中清兵衛
    右之通相違無御座候以上
○一右城附武具武具奉行立合帖面を以引渡す
      覚
    一帳面之通請取申候依而証文如件

               《割書: |脇坂淡路守内》
    元録十四巳年四月十九日    馬場七兵衛 印判
                   嶋田徳左衛門 同
        沢木彦左衛門殿
        三木団右衛門殿
        灰方藤兵衛殿
○一矢蔵引渡之役人作事奉行両人内蔵助申付置候処御在番方より
  役人出不申候に付鍵之義御目付衆江伺候得は御在番方江被仰達大手
  門外得江役人出候而鎰受取申候

○一残米千弐百拾四石四斗二の丸に有之に付四月十九日木下肥後守殿御家来江
  蔵奉行立合帖を以引渡し申候米鮮く候事は従江戸内匠様御仕
  合申来り候上足軽以下江妻子引料として遣候処城付に米も残置候様に
  自江戸申来候に付夫より封印いたし置候なり
      残米之覚
    米千弐百拾四石四斗也
      此俵数三千三十六俵也  但四斗俵
    右俵数前廉御吟味に而御詰置候通以帖面受取申候所
    相違無御座候以上

      元録十四辛巳年四月十九日  田中段右衛門 印
                    瀬川勘左衛門 印
          梶友右衛門殿
          小川源五兵衛殿
          田中代右衛門殿
          江田弥七郎殿
○一四月十九日御目付衆より内蔵助江今日城渡相済候上は引渡役人之外は
  御用無之候間勝手次第引払候様可被申付候御代官方江御用有之者は
  誰々残り候と書付に而見せ可被申候御自分義は未御用候間残り可被申旨

  被仰聞
○一引渡以後残り候役人
    《割書:       》大石内蔵助  《割書:       》佐々小左衛門
    《割書:       》吉田忠左衛門 《割書:       》田中清兵衛
    《割書:       》渡辺角兵衛  《割書:       》幸田与三左衛門
    《割書:       》前野新蔵   《割書:       》山羽利左衛門
    《割書:宗門奉行   |二百石》木村孫右衛門 《割書:宗門奉行   |百五十石》堀田政右衛門
    《割書:絵図奉行   》木村岡右衛門 《割書:絵図奉行   |百五拾石》塩谷武右衛門
    《割書:絵図奉行   》潮田又之丞  《割書:物書     |百石》中村勘助

    《割書:物書|廿五石五人ふち》萩野孫之丞  《割書:物書|七両三人ふち 》人見伝七
    《割書:郡方|七両三人ふち 》橋本次兵衛  《割書:勘定方|廿五石五人ふち》矢頭長助
    《割書:郡方十二両  |四人ふち》畑勘左衛門  《割書:勘定方|十五石三人ふち》岸佐左衛門
    《割書:郡方七石   |三人ふち》田中徳右衛門 《割書:郡方九石   |三人ふち》吉田貞右衛門
 一御帖認之小役人
    《割書:十石|三人ふち   》内橋吉【前出は「善」】兵衛  《割書:五石|二人ふち   》高久藤蔵
    《割書:五石|二人ふち   》関弥五七   《割書:三両弐歩|二人ふち   》山野茂右衛門
    《割書:同      》東惣九郎   《割書:八石|三人ふち   》長尾源右衛門
    《割書:六石|二人ふち   》川越源三郎  《割書:五石|二人ふち   》野村平三郎

    《割書:四石|二人ふち   》荒木源助   《割書:五石|二人ふち   》矢田作平
    《割書:八石|三人ふち   》小山善七   《割書:五石|二人ふち   》小池甚右衛門
右之人名書付差出す
○一城引渡相済候以後御用に而残り候面々共四月十九日より五月廿一日迄御
  扶持方被下両度に相渡
○一井上団右衛門より三次江申上候書付之写
    団右衛門儀御城引渡相済早速両御目付衆江参候処荒木十左衛門殿
    御申候は御城も首尾よく引渡相済珍重存候各にも此間苦労に
    候旨御申候に付【団右衛門申候は】憚多御尋に候得共此度此元引渡等之義如何御見分

  被遣候哉罷帰申候上安芸守江申聞せ安堵仕せ候ため御尋申上候と申候
  得は十左衛門殿御申聞候は従是可申入と存候処返答に相成候此度引渡之
  次第侍中作法等無残所仕形内蔵助【諸事】念入候仕形裁判共別而感入候
  江戸江罷帰候は右之段宜御申達可有之旨御挨拶に候由夫より直に
  采女殿江参候処是又御逢被成此方より御挨拶不申内あなたより
  今日城首尾よく引渡相済珍重存候内蔵助【此節】取込中城内家中
  共所々委細に裁判無残所仕形内匠頭との死後之ため第一御一類中
  江之奉公と存事に候御自分帰府候は安芸守殿江右之段具に御
  心得可有之候御自分にも嘸可被致安堵と存候由御挨拶被成候事

  団右衛門事赤穂之御用被 仰付万々一も内蔵助御城渡申【さす御城内】[間敷と申候は【見消】]
  【に而同志自滅之首尾に成候はなからへ可罷帰覚悟無之】[差違可申覚悟に而有之候由内蔵助も【見消】]其気色に相見候由同人外江物語候
  由なり団右衛門罷帰保左衛門殿庄左衛門殿江御用申談候而其後に内蔵助仕
  形可申所無之いか様にも常之人とは相見へ不申候内蔵助抔と片名に呼可
  申仁体に相見へ不申是非内蔵助殿と唱不申候而は成申さぬ人と相見へ奥ゆか
  しく心体と感心仕候由噂有之候由
○一四月廿二日城付金銀は無之に付其段も目録に相認候而石原新左衛門殿江
  差出す
○一永代為御墓料として寺々江田地寄附之覚

    田畝合三町五反壱畝六歩    花嶽寺江
    同四反六畝四歩        大蓮寺江
    同五反弐畝九歩        高光寺江
      畝数都合四町九反九畝十九歩也
      此銀拾九貫弐百九拾六匁弐分
○一遠林寺江為扶助金五拾両遣之
 一寄附状之写
    播州赤穂郡加里屋村於花嶽寺為花嶽院殿久岳院
    殿景永院殿冷光院殿之墓料浜田三町五反一畝六歩

    《割書:年貢地也》但加里屋村内浜田三町二反三畝六歩塩屋村外浜田
    二反八畝浅野内匠家来共より寄附之畢全断絶無之様に
    永可有相続者也依而如件
    元録十四辛巳年四月十四日 《割書:浅野内匠家老》大石内蔵助
          花嶽寺
  大蓮寺 高光寺 寄附状文言右同断
    但大蓮寺江戒珠院殿 高光寺江高光院殿と調
 一右三ヶ寺より証文之写

      証文之事
   一此度花嶽院殿久岳院殿景永院殿冷光院殿為墓料
    浅野内匠頭殿御家頼中より銀子拾三貫八百壱匁寄附有之
    に付此銀子を以田地五反壱畝六歩相調田地証文七通并添証
    文壱通共請取置申候此田地之義証文之通段々後住江引
    渡可申候寺要用之義に付田地少しに而も売払申間敷候尤
    雖為隠居弟子兄弟俗縁之者江分遣候儀永々迄曽而仕間敷候
    仍而如件
                      花嶽寺

                    恵光 印
                    良雪 同
      元録十四辛巳年五月廿六日  知貞 同
                    梅堂 同
                    智外 同
        佐々小左衛門殿
        前野新蔵殿
        山羽理左衛門殿
    右証文之通永々為無相違印形を加へ各江相渡置候也

                  山羽理左衛門
      元録十四辛巳年五月廿六日  前野新蔵  印判
                  佐々小左衛門

            《割書:  かりや大年寄》新右衛門殿
            《割書:  同庄屋   》市右衛門殿
            《割書:  同町年寄  》平左衛門殿
            《割書:  同福田屋  》弥四郎殿
            《割書:  同いせ屋  》太兵衛殿

            《割書:  かりや笹屋 》新十郎殿
            《割書:  同和泉や  》弥三郎殿
               《割書:弟子》提斗
  大蓮寺  戒珠院殿  貞誉  春良
                 順厳
     文言右同断
  高光寺  高光院殿  日昌《割書:弟子》指道
     文言右同断
○一右之田地就寄附花嶽寺之本寺丹州永沢寺より到来
  之書状之写

  未得御意候得共一翰致啓達候先以御主君之義不慮之至始終
  御悔可申述様も無御座候就夫花嶽寺之義御先祖御居牌
  所此度如何相続之程無心元存候に付最前も恵光長老迄為御
  先祖候得は被入誠情永々相続之義専一之旨申遣候処貴殿至而
  被加情慮田地等寄附被仰付候旨伝承御尤之至に存事に候此度
  久岳寺迄御状并田地書付共被遣則当寺江被相届具に致
  承知永々花嶽寺相続可仕と弥致安悦候偏以賢臣之御働と
  感心申候此後諸事此方より無油断申渡寺繁栄法義如実
  に被相勤候様可申達候条御気遣被成間敷候恐惶不備

      六月十一日    永沢寺  道明【花押】
      大石内蔵助殿
          人々御中
 一遠林寺扶助金預置証文写
      預申金子之事
   一金子五拾両也    但壱両に付五拾五匁かへ
      代銀弐貫七百五拾目
    右之銀預り申所実正也何時に而も御入用次第返納可仕候
    連判之内欠目有之候共返納之義少も相違仕間敷候仍而

    預り証文如件
                  《割書:町大年寄》新右衛門
   元録十四辛巳年五月廿日    《割書:同断  》平左衛門
                  《割書:和泉屋 》弥三郎
                  《割書:笹屋  》太兵衛
        遠林寺
          祐海様
          以泉様
          秀扁様

    右之銀一ヶ年に一割之利足に廻し利銀元銀共に御入
    用次第相渡し可申候以上
▢一足軽新組六組として銀百三拾目花嶽寺江上る
 一為御法事料銀拾枚右同寺江差上る
○一金弐百両京都紫野瑞光院江下賀茂村に而山を寄附仕る
○一御目付衆江差上候品々
   一絵図   《割書:   大小》三枚 一御朱印地并除地帖    一冊
   一城附武具帖   一冊 一塩焇蔵書付       壱通
   一城内建家帖   一冊 一蔵米帖         一冊

   一屋鋪改帖    四冊 一《割書:本高并込高新田|出高小物成浮所務》帖     一冊
   一人数改帖    一冊 一家数町数改帖      一冊
   一牛馬改帖    一冊 一牢人改帖        一冊
   一領分番所書付  一通 一船改帖         一冊
   一内検地帖    一冊 一家中分限帖       一冊
   一鉄炮改帖    一冊 一切支丹類族帖      二冊
     目録有
   一矢蔵数井戸書付 一通 一領分より出る商売物書付 一通
   一領分寺社書付  一通 一残人書付        一通
   一領内引払者書付 一通 一御関所女證文願書    一通


   一宿證文願書  一通 一證文所持之寺社除地    一冊
      以上
▢一松平伊予守殿御領分備前岡山に而道中掃除被入御念いつと川に
  船橋かゝり河原に茶屋三軒立道筋やねの草迄取所々に柴垣等仕
  其外道に手桶出す 上使御馳走之由尤売物下直に仕候様被仰付候由
▢一備前と赤穂との境三石とよけ地と申所に侍相詰往還出入御改帖面に
  書留候由尤海上に遠見も有之候由
▢一備前領之者赤穂江不参赤穂之者一切備前江御入不被成候
▢一同所御家老伊木清兵衛むし上けといふ所に詰片上辺江も侍御出し

  被成候由 《割書:赤穂よりむし上け迄七里津田左源太為先手士両人|足軽五百人》
▢一御請取之衆江御【附】使者有之候由
▢一松平土佐守殿より兵船数多御出し被成候由其外津山姫路辺より
  も何となく御用意と聞へ申候
▢一松平隠岐守殿より大久保主膳を頭として海上に御人数被差出候由
      隣国之衆
   一備前岡山 松平伊与守殿  一備後福山 松平下総守殿
   一備中今市 森和泉守殿   一備中岡田 伊東民部殿
   一備中広瀬 板倉頼母殿

    右は御領内人馬十七日ゟ御差留御用意有之馬も大分御買上け
    有之候由
 一松平讃岐守殿松平淡路守殿播州姫路本多中務太輔殿播州
  明石松平若狭守殿讃州丸亀京極縫殿殿よりは人数会場海上又は御領
  境迄被差出候由
      赤穂より方々江之道法
   一岡山江十二里   一姫路江八里  一播州龍野江五里
   一備中芦森江十三里 一広瀬江十四里 一岡田江十七里
   一備中江原江廿三里

○一四月廿四日御目附衆御代官衆随鴎寺江御参詣
○一同廿五日御四人衆坂越江御越被成同廿八日戸嶋江御越五月朔日
  尾崎新浜御見分同七日庄内筋江御越御帰之刻柏屋道閑裏
  座敷に而御代官衆御振舞 ○同八日当町寺院御見分
○一御代官衆江出す帖面之写
   一絵図  《割書:   大小》三枚 一辰年下け札之写 一冊
   一鉄炮改帖    一冊 一類族帖 二冊
   一宗旨改帖    一冊《割書:但辰年春より取置候證文直に|差出す》
   一牛馬改帖       一領分所々番人之書付

   一寺社本寺證文《割書:取置候を|直に差出す》一役屋敷書付
   一惣寺社寄せ御朱印并除地丁帖   一冊
   一山林竹木改帖    一酒造米帖      一冊
   一牢屋敷書付  一通 一用水井関樋橋数改帖 一冊
   一塩浜年貢運上帖   一御引渡郷村高帖   一冊
   一御引渡郷帖  二冊
      右は御尋に付調上る 御尋之外に上る帖
   一郷郡家数并城下町数帖   一冊
   一人数改帖         一冊

   一酒造運上帖        一冊
   一十分運上帖        一冊
   一御制札建場帖       一冊
   一御尋之書付返答帖     一冊
   一分限帖          一冊
   一除地改村々高畝数増減帖  一冊
      以上
○一郷鉄炮弐百弐拾挺内四挺は猟師筒五月廿二日大手之櫓に而新左衛門
  殿手代中村勘大夫庄大夫殿手代三輪平助方江前野新蔵幸田

  与三左衛門立合相渡す
○一五月五日遠林寺を内蔵助申談花嶽院殿久岳院殿景永院殿冷
  光院殿之ため日拝料持せ高野山江発足同十六日帰着也
○一御目付荒木十左衛門殿榊原采女殿五月十一日朝五時赤穂御発駕被成候
  町内江罷出懸御目候
○一原惣右衛門儀用事申談五月十二日赤穂出足上方江罷登り六月三日
  罷帰る
○一五月廿九日御代官衆より佐々小左衛門吉田忠左衛門 岸佐左衛門(嶺トモアリ)に参候様にと
  申来候に付新左衛門殿江参候処庄大夫殿御列座に而被差出候帖面共しらへ

  させ候処相違も無之候間受取申候明日 公儀御勘定所江遣し申候事に候
  右之分に而差当り尋可申事も無之候御扶持方も明丗日迄相渡候然
  とも扁々と何も引しろい被居候段如何候間明日切に仕廻候而面々住居江
  引払可被申段被仰渡也
○一安芸守様六月御帰国被遊候に付於大坂戸嶋保左衛門寺尾庄左衛門江原
  惣右衛門岡本次郎右衛門相勤候書面
      口上之御覚
   一大野九郎兵衛義赤穂引渡以前家中退散に先達而四月十二日夜中
    城内出奔仕翌十三日用人共方迄病気に付屋敷退出致候段

    断申越候に付近村に罷在候義と存候と処海陸之行方不相知候に付同
    十五日御目付中様江鵤村之於御止宿御断申上候九郎兵衛病気
    に付城内退出仕候御受取方御両所様内蔵助壱人に而は首尾仕
    かたく候番頭共之内代々家老筋目之者壱人罷出候様に可仕哉之段
    相伺候処其段尤に思召候由被仰聞候に付奥野将監罷出首尾調申候
    九郎兵衛儀其後京都辺経廻仕戸田采女正様京都御留守居江も
    致対面候由
      口上之覚
   一最前井上団右衛門殿御物語に而粗御聞【及】も可被な成候大野九郎兵衛儀去

    月十二日赤穂出奔仕候而其以後京都江罷越戸田采女正様御留守居中
    にも致対談無十方申分ん等仕候由伝承候此間赤穂御目付様御帰路
    之節於加子川書付差上訴かましき申上候由赤穂出奔致し已来
    段々不埒之仕形共御座候九郎兵衛自分之申あやまちを仕候而彼
    是と徘徊仕候而は大学殿ため害をなし可申義可有之哉と
    此段別而無心元奉存候得共只今内蔵助并家中之者共了簡に
    及不申儀に御座候間各様迄御内意申事に御座候
   一大野九郎兵衛立退申候前廉より家財赤穂之町人に預置申候
    外々侍共諸道具も入交り預り置候も有之に付散乱之節之

    儀紛敷候に付足軽共に申付改封印仕せ置申候其上に而内意御代
    官衆手代中迄申断置候
   一内蔵助方より申越候は去る十三日御代官石原新左衛門殿手代松嶋
    條右衛門と申者此方より内證用聞に申付候橋本次兵衛と申者に申
    聞候は九郎兵衛義は大学殿初御一家様方より其侭可被差置者に
    無之候間定而急度被仰付に而可有之候無左候而も九郎兵衛人外
    之仕形に候得は諸道具は致闕所追而大学殿御一門方差図
    次第何様共被仰付候ものと被存候内蔵助如何心得居申候哉と申候尤
    此方より相尋たる事に而は無之候処條右衛門申出候由依之内蔵助

    返答に申遣候は此義最前内意申候通り足軽封印附置候迄
    に而其侭捨置引払申候覚悟に而罷在候然共九郎兵衛事大学は
    不及申一門中よりも追而何とそ了簡も可有之哉と存候然とも
    九郎兵衛諸道具其通に打捨候而もいかゝに存候得共取散候も却而
    如何と存候故先其侭捨置可申了簡に罷在候致闕所之義と何も
    被存候は如何様共可仕候乍去内蔵助一分之了簡に而も心落不申候
    一門中江相達差図次第に可致候弥致闕所候得と思召候哉御内意
    被仰聞候事に候得共新左衛門様思召も承届候へは此方慥に存候
    に付迚之事に伺可給こと申遣候処十四日に又申聞候は新左衛門殿江

    相伺候処内蔵助申聞候所尤に思召候御一門中江相伺候而早速に御
    差図可有之段難計候間内蔵助一分之了簡に而諸道具
    不残取集大坂江差登せ売払せ候共又は預置候共片付置大
    学殿御出之節伺候而いか様共可仕候又は御一門中江相伺其上いか様
    共可被仕候当地に捨置候而は以後やかましく有之候右之通取計
    内蔵助誤内無之候我々江相断申付候上は其通之義に候条左様に可
    相心得候明十六日より新左衛門月番に候間来る十八日頃内蔵助罷出申断
    候は其内庄大夫共御内談御極め御差図可有之由新左衛門殿被申
    候由條右衛門申候其後十五日に右次郎兵衛当賀之礼に新左衛門殿江参

    之処御逢候而昨日條右衛門江申談候通聞届二三日中に差図可申と
    挨拶有之候此上十八日頃に内蔵助新左衛門殿江参候而断可申候前に申
    ことく此義此方より内意尋候義に而は無之あの方より申出候九郎兵衛
    段々仕形不届千万人外之事に候第一 公儀之御用をも不相勤
    役柄と申平人と違欠落之義 上江対し不届者に而候得は急
    度御一門方よりも可被仰付事家財は闕所之義と新左衛門殿
    庄大夫殿噂候由條右衛門内意申聞候
  右は内蔵助方より追々申越紙面之趣に而御座候
 一土佐守様御参勤に付於大坂御用人久保田源大夫江原惣右衛門岡本

  次郎右衛門相勤候品々
   一土佐守様当御地御通りに付兼而大石内蔵助罷出御家老衆迄願可
    申と奉存候処未赤穂郷村之御用相仕舞不申内引払之義難仕
    不罷出候依之私儀申含各様江得御意候
   一此一件 土佐守様達 御聴候義今年は芸州様六月御暇之
    様奉承知候 土佐守様御下向之上芸州様江御対談被遊候様可
    奉願候処芸州様此間御帰国に付於此元御近習衆頼入年寄衆
    迄申達候事
   一戸嶋保左衛門殿寺尾庄左衛門殿返答之内内蔵助存念は尤至

    極に候得共只今大学様御閉門之内に而候得は此内は 公儀向諸
    事御遠慮に思召候に付御役人方江御手入なとも難被成儀候尤書
    付之趣は追而可達 御耳に候旨に御座候庄左衛門殿保左衛門殿御了
    簡一通りは尤に承届候乍去閉門之内御手入御遠慮可被遊義と
    御座候得は不及是非奉存候未内蔵助江御両人之御挨拶不申聞
    候得は御家中之存念難黙止内蔵助申上候処は只今閉門之
    内に御手入之願を申上度御座候に付自分之存念又々申置候
    公儀御役人方江此節御直に御手つかひは難被成義と奉察候
    御一家断絶と御歎息之義は 公儀御咎め可有御座儀とも

    末々に而は不奉存候御手を被入被下候儀は御直に無之共いつれ様
    に而も御役人方江御快御もの可被仰聞筋にも手つかひ被遊御
    一家様方之御歎息を汲計御願被成候筋に仕度奉存候尤
    上に御如最可被思召御間柄にも無之候得共申上に不及義なから
    家中之者共大学殿安否不考御一門中様江御一言を被出候
    得は事調可申義を歎き不申上と内蔵助壱人を恨苦しみ
    申体難黙止諸事不顧申達儀に御座候
 一右口上書之趣迄は大学殿閉門之跡難計御免被成候而一規模面
  目有之品も無之候而は罷出候而勤難成義と奉存候事に候

○一大野九郎兵衛より久保田源大夫江書状之写
    一筆致啓上候先以 土佐守様益御機嫌能被成御座奉
    恐悦候先頃其表江罷出候付伺御機嫌申上候猶以御前宜敷御
    執成奉頼候扨又原惣右衛門義当城引渡之義に付一分之申分を
    立企徒党申候就夫其地江罷出申候由御座候此者儀は無理非道
    之者に御座候間左様御心得可被下候猶後音【時】候恐惶謹言
       月日           大野九郎兵衛
       久保田源大夫様
              【此文法不慥乍去此趣には】
              【申越し之由】

○一浅野美濃守殿御家頼江内蔵助遣候書状之写
    一筆致啓上候 美濃守様左兵衛様御家内御機嫌克
    被成ご御座候哉乍憚承度奉存候御遠慮御免被遊候御吉
    左右奉待候
   一此度赤穂城引渡候義前廉土佐守様以御使者御書被成下
    芸州様戸田采女正様よりも御使者被附置段々被仰下候趣共
    家中者共申含無滞去月十九日引渡相済家中退散仕候乍然大
    学様御安否不承届離散仕候段家中之者共安心不仕体不便に
    奉存候大学様御閉門限御座候而御免之上御出候而も御面目も

    有之人前之御交りも御心能御奉公被成候様に仕度家中一同に奉
    願事に御座候御目付中様御着以後城内御見分御出候節右之
    意味を以有増申上候処無拠御下向之上可被仰上旨御挨拶御座候
    其以後御発足前御暇乞に参候節も序能御座候に付弥御両所様
    江御執成奉頼旨委細申上候処に尤に思召候相調候処は難計思召候
    得共先日申上候趣御両所様具に被聞届候被仰合私申上候趣委
    曲御老中様江可被仰上候旨家中之者共心底無余義思召候此
    元江残り罷在候者共江も其段申聞候様にと御懇之御挨拶御座候
   一御目附中様被 仰付候御用之帖面絵図等無滞相認首尾

    能差上申候則今十一日此元御発足被遊候御代官様にも右之帖
    とも其外村方数通之帖出来候間一両日中に差上け申筈に
    御座候此上御好みも無御座候は何も御用相仕廻当地引払
    申儀御座候右之趣御序被仰上可被下候委細之義は時節を以
    可申上候
   一此上善悪共大学様江被仰出品貴様御心得を以早速御知せ
    被下候様仕度候此以後江戸より御左右可承手筋無之故千万
    無心元存候付申進候事に御座候拙者儀伏見近所に罷在候間
    右之様子共被仰聞候は伏見大塚屋小右衛門方迄御状御越し

    可被成候左候へは早速相届申義に御座候小右衛門江も其段申付置候
    遅滞不申相届候様に頼置候其以後は態と差控御機嫌も相伺
    ひ不申此度井上五左衛門殿頼入右為可得御意如斯御座候恐惶謹言
        五月十一日      大石内蔵助
        杉浦藤兵衛様  浅野美濃守殿御家来也
        前田市右衛門様
○一京都普門院江書状遣すなり原惣右衛門致持参候得共不相届
  持帰也  内蔵助心を尽し候所之厚志を爰に出す
        【右普門院は京都六原也赤穂遠林寺住職被勤候故此筋目に而】
        【如斯なり後江戸愛岩別当円福寺住寺なり】

    一筆致啓上候弥御堅固御座候旨伝承珍重奉存候
   一今度赤穂之城引渡之義滞無之様に家中之者共江申含
    候得と松平安芸守殿戸田采女正殿より追々被聞候随分
    相違無之様申渡相済申候弟大学閉門被 仰付候此安否不
    承届家中之者立退候義安心不仕於拙者も致難儀候畢竟家中
    之面々心落不申所有之候此段無余儀存候何とそ於江戸御役
    人中様方江手筋を求大学閉門御免蒙候上人前も宜敷相
    勤候様に仕度候左候へは家中之者共致安堵候依之近頃申兼
    候得共貴院御事江戸江御下り被成 公儀向御取繕頼入

    申度候護持院江は兼而御心易段承及候しからは何とそ宜敷被
    仰談被下様に仕度候且亦中川甚五兵衛殿にも得と被仰談貞凉
    院様弾正様より御手寄之御方様江何分にも御頼被成候様に
    仕度候右之段外江頼入申方無御座候第一貴様御事年来
    懇意之義共家中之者迄承及罷在候故頼入申候此度之義
    に候間乍御太儀思召被立可被下候委細原惣右衛門岡本次郎
    右衛門可得御意候恐惶謹言
         五月十二日      大石内蔵助
         普門院様《割書: |御宿中》

      尚以私義罷登り右之趣可得御意候得共此元末相済申候
      仕廻之程難計御座候間幸惣右衛門次郎右衛門罷登り候に付右之通
      申含候御聞届偏奉頼候両人罷登り候意味も定而御相談
      申に而可有御座候以上
○一両御代官衆之手代中江内蔵助より具足一領宛贈之候此外
  御目付衆并御家頼中両御代官中手代中江も程よき進物共
  仕候由
 一五月廿一日新左衛門殿江参上候処御吸物御酒出申候大野九郎兵衛義
  此元立去申候段至極不届者に御座候に付当町方に預置申候諸道具
  之義追而一類中より御差図御座候迄封を付候而預り主より預り手

  形取置可申候此段御聞届被下候様にと申上候処其段御聞届存寄尤に
  思召候九郎兵衛義不届至極人外に而候平人と違欠落之義 上江
  対し不届者に候得は存寄之通り可被仕候明日庄大夫殿江右之段可被
     【自分にも罷越右之趣申達候様にと被仰聞候手代◦】
  仰談候【◦】松嶋條右衛門申候は右之趣内蔵助殿相伺被申候に而は無御座候右
  之趣御聞届被下候様にと申上候義に御座候と申候得は成程尤之事
  承届候間其通に被申付候様にと新左衛門殿被仰候其以後庄大夫殿江も罷出
  申上候得は是又同様に被仰聞候事
 一頃日上方者之由に而右之道具共受取度之由手代共迄申候に付
  右道具之訳此方に而曽而不承候に付否之差図可申事に無之旨

  申聞せ候へは左様に御座候は上方江罷登り追而参上可仕と申候に付百度参
  候而も差図申儀は不仕と申聞候依之当町大年寄新右衛門呼寄上方
  者之由に而右之通願申候此方より差図申義に而は無之候得共いか様之かたり
  を申参候儀も無覚束候得は右之道具渡遣候義候に而は有之間敷候左
  様心得候様にと申含候と新左衛門殿被仰付庄大夫殿江も致伺公新左衛門殿
  江相達候通申上候且又右に付安藤善大夫神崎与五郎横川勘平江申付右
  之道具相改則右三人致封預り主より手形取来候前廉足軽共附置候
  封印は足軽江戻し御代官衆江右之通り相達預け被置候に付此方より
  改封印申付候段小頭共呼寄申聞候へと申渡し道具預り居申候町人共呼寄

  右之趣佐々小左衛門申渡候事
 一九郎兵衛并郡右衛門妻之諸道具安藤善大夫神崎与五郎横川勘平
  悉く相改致封印候而則預り主かりや町大津や平右衛門中村木屋
  庄兵衛より道具之品々帖面に記奥書に大年寄新右衛門中村庄や
  甚右衛門致加印候由五月廿三日此方江帖面取集候事
○一四月廿二日田中権左衛門引払
○一五月朔日植村与五左衛門引払
○一六月四日大石内蔵助田中清兵衛間瀬久大夫御用相仕舞
  引払此外御用向に而残り候役人共追々引払

○一五月六日 戸田采女正遠慮御免 浅野美濃守殿御役御免被成
  浅野左兵衛殿は御役其侭可被相勤候由
○一五月廿四日 荒木十左衛門殿榊原采女殿赤穂より帰府
○一六月廿六日  御目見遠慮御赦免
           戸田采女正殿  戸田弾正殿
           安部丹後守殿  安部小十郎殿

○ 一播州赤穂郡刈屋村
             池田家
    弐万五千石      松平右京大夫政綱
       嫡子      松平右近大夫輝興
   右輝興乱心に付領地寛永四年月日被召上之
               常州笠間より所替正甫【保】
  長政之三男古采女正長重嫡 二年五万三千五百石にて得替
  一浅野内匠頭長直     加東郡二万石を加
               此城長直築之号赤穂

    長政隠居領五万石を古采女正江被下之
    長政より長矩迄五代也
  母浅野氏
  一同采女正長友      五万三千石
               内《割書:三千五百石弟内記江分|新田三千石同長三郎配分》
  母内藤飛騨守妹也
  一同内匠頭長矩      五万石
    室浅野因幡守      新田三千石《割書:弟大学永広|配分》
    長治之女長広      御旗本寄合

  一長友之妹戸田左門氏包室 采女正氏定母

【白紙】

播赤聞集 四

【文字無し】

【白紙】

【白紙】

  播赤聞集 四
 一大石山科に住居改名同志之族住所江戸通路等之事
 一同人神文不取引亦は遂吟味一味に加へ候事
 一堀部奥田城渡しに寄仇討を進む大石と判談之事
 一大石手に疔出来下向延引大学殿首尾之義手番ひ之事
 一同志之浪人住所之事  一片岡と磯貝田中義絶田中病気等之事
 一巳六月荒木殿御帰府に而大石願之義左兵衛殿御家頼伝ひに而同人江御状の事
 一遠林寺を大石より江戸へ下し護持院伝に而大学殿義取持之事
 一巳八月吉良殿屋敷替之事 附り御隣家蜂須賀殿より御内意之事

 一同十二月上野介殿御隠居左兵衛殿御家督之事
 一同廿五日美濃守殿御遠慮御免
 一午三月上野介殿より御刀差上  一同七月左兵衛殿月次御出仕
 一巳の冬大学殿閉門永引大石下向江戸より懸合答へ并下向之事
 一右下向跡に而残りの之者申値い是又下向之事
 一前原切売者に成本荘に而見及巳の暮同志之事
 一神崎地紙売に成り後みかん売になり改名之事
 一茅野自殺之事  一一味之内病死自害之事
 一午の七月十八日大学殿閉門御免芸州江御引取被 仰出事

 一同日向御屋敷江御引越 附り御奥方も御同様 御里方之儀并御屋敷御預け之事
 一向御屋敷増詰松宮西山御用申談之事
 一右御旅行御住居等御伺之事
 一七月廿九日江戸御立八月廿一日広嶋御着 附り御役人名前之事
 一広嶋に而御用申談之事
 一午八月中迄一味百余人之処大学殿右御様子に而打寄申談并吉良家用心之事
 一一儀之風聞御関所に而浪人を改候沙汰依之相談之事
 一大学殿御迎仮御船奉行進藤登り源四郎と対話之事
 一大石身前之義しん進藤片岡申値い之事

 一右三人不和并下向之儀申談之事
 一何れも存寄延引申遣候処江戸之方不同心に而大石下向之筈之事
 一進藤片岡不同心一味之内退候者有之候事
 一同志追々下り大石下向平間村其後石町住居之事
   但此節より御附之方角江文通不仕事
 一上杉殿御病気上野介殿御見舞大石一儀之事考并上方江退帰者之事
 一上野介殿様子難相知堀部霊夢之事
 一平間村より一味之者江大石掟書差出候事
   附り人々心覚頭書之事

 一大高山田宗偏に便り上野介殿在宅考之事
 一十二月十四日夜討に決し候事
 一右極り候得共猶亦十四日に宗偏宅江大高自在竹持参并吉良
  同前江人を附置弥治定に而支度之事
 一此節に至欠落者有之堅固四拾七人之事
 一毛利小平太欠落之事
 一欠落者名前録之事
 一寺坂吉右衛門事

    【○】 慥成説之印
    【▢】 不分明印
    【●】 奥田孫大夫親友 丈右衛門記録を写加印
    【■】 虚説之印

○一大石内蔵助儀赤穂表御用相仕廻六月四日切に彼地引払申候
  尤妻子は頓に片付申候大学様御安否を見合候内城州山科之
  内進藤源四郎代々之名田地有之先達而源四郎山科江住居極候
  に付是にたより池田久右衛門と改名いたし妻子一緒に先致安座大学様御
  首尾上野介殿様子見合罷在候其外同志之族六拾余人大形は京
  都大坂伏見辺に蟄居仕候江戸詰之者之内より同志之者余程有之
  江戸之様子一々慥成町飛脚を以致通路候
○一内蔵助山科に居申内存念有之者共彼地江立越又は同志之取次
  を以当春於赤穂了簡違に而神文不申候自許心底相違

  無之候間此以後如何様共差図次第可仕旨申込候無二心者共江は遂吟味
  候上に而神文受取候而一味追々相加へ申候
●一最前堀部安兵衛奥田孫大夫赤穂江馳参篭城に定而は城を枕に
  可仕と申又上野介殿を討候催しに御座候は同志可仕と存候処御城引渡
  相済候故両人内蔵助方江行敵討之事達而すゝむ内蔵助始申合候
  【大学様御安否上野介殿御仕置之筋両条】
  通見不定しては如何と了簡不決両人憤て奥野将監江示合すれ
  共是又内蔵助と同意なれは宥々と願筋待合兎も角もと云両人
  悔入て既に七十に近き上野助殿第一病死もあらは千悔すとも不可帰と
  残る用人者頭江致相談といへ共遠々にして事不済兎角内蔵介なら

  ては難済と又内蔵助江理を尽し諫けれは内蔵助近頃厚志之かた
  〳〵かな拙者同心せさるにあらす御名跡断絶は不忠第一と云両人云尊君
  二つなき命を捨代々の家を捨御鬱憤を被散に其事ならす大
  学様御名跡無相違上に唐天竺を御添被下共上野介殿首を不
  得して人前可被成候哉是非思召立たまへと云内蔵助か云始申ことく御願
  申上置其否も不見届しては如何也其上露命難計上野介殿病死
  あらは息左兵衛殿を可討拙者に任せ置て先江戸江下り時節を待た
  まへと様々申達両人も頼母しく少し時日を延共本望をは可達と
  思ふ内慮にて両人連立て江戸江下り申候追々数通之書状往

  来示合なり
○一内蔵助左の手に疔腫出来申候腕面に腫大切也依之此節出府延
  引也大学様御事被 仰付之品も宜敷首尾よき様にと方々江
  手遣ひを仕居申候由
○一牢人居住所之覚 但同志之面々
    小山源五左衛門 川村伝兵衛   潮田亦之丞
    大高源五    杉浦順左衛門  早水藤左衛門
    平野半平    灰方藤兵衛   貝賀弥左衛門
    近藤新五    三輪喜兵衛   同 弥九郎

    井口忠兵衛   近松勘六    小幡弥右衛門
    佐々小左衛門  武林只七    進藤源四郎
    小山弥六    小野寺十内   小野寺幸右衛門
  右京都
    岡本次郎左衛門 同 喜八    粕谷勘左衛門
    粕谷五左衛門  田中序右衛門  近松貞六
    菅谷半之丞   田中権左衛門  田中代右衛門
    山羽理左衛門
  右伏見

    原惣右衛門   原兵大夫    千馬三郎兵衛
    中村清右衛門  中内【田ヵ】藤内    矢頭右衛門七
    嶺善右衛門
  右大坂
    吉田忠左衛門  吉田沢右衛門  渡辺角兵衛
    渡辺佐野右衛門 高谷儀左衛門  河村太郎右衛門
    間瀬久大夫   間瀬孫九郎   多芸太郎左衛門
    木村岡右衛門  高久長右衛門  上嶋弥助
    山城金兵衛

  右賀東郡
    間喜兵衛    同 十次郎   岡嶋八十右衛門
    梶半左衛門   岡野金右衛門  榎戸新助
    大塚藤兵衛   前野新蔵    茅野和助
    各務八右衛門  生瀬十左衛門  幸田三郎右衛門
    佐藤伊右衛門  渡辺半右衛門  鈴田十八
    矢野伊助    井上半蔵    木村孫右衛門
  右赤穂
    山上安左衛門  里村津右衛門  長沢六郎右衛門

  右讃州丸亀
    大石瀬左衛門  同 孫四郎   幸田与三左衛門
  右奈良
    富森助右衛門  赤垣源蔵    矢田五郎右衛門
    松本新五右衛門 片岡源五右衛門 田中貞四郎
    磯貝十郎左衛門 杉野十平次   奥田孫大夫
    奥田小四郎   倉橋十左衛門  前原伊助
    勝田新左衛門  中村勘助    村松喜兵衛
    村松三大夫   神崎与五郎   横川勘平

    堀部安兵衛   同 弥兵衛
   右江戸に居住尤巳之暮より午の春迄之居所なり残り人数元
   より居所不定ものも多し
■一城明渡候故片岡源五右衛門事内蔵助惣右衛門江いろ〳〵申達人数に入
  【此ヶ条相違ヶ様之首尾にあらす】
  申候磯部十郎左衛門田中貞四郎も申達し何も合点故其段内蔵助惣右衛門
  江申達候処承引不仕候依之源五右衛門十郎左衛門源四郎は致義絶候其後
  貞四郎瘡かき崩候故十郎左衛門は源五右衛門江又参候而内蔵助江色々申
  断候而人数に加り申候
○一巳六月荒木十左衛門殿江戸江御帰被成候後浅野左兵衛殿之家頼迄

  被仰聞候は内蔵助在所御存知無之候間左兵衛家頼方より相届可申由に而御
  状被下候右之趣は於赤穂願之趣御帰府之上御序も有之御老中
  御列座之刻に具に御物語被成候処様子能候間可致安心由被仰下候依之
  先見合罷在候
○一赤穂御祈願所遠林寺と申寺之住寺《割書:祐海》志之者に候間内蔵助
  差図に而江戸江差越江戸御祈願所鏡照院伝を以護持院大僧正江
  致対面内匠頭事先領主之義に候得は別而残念存候此上大学閉門
  首尾能御免被遊御奉公も勤申候様にと朝暮願申候由物語仕此義近頃
  乍御世話御取持をも奉願候旨申候得は護持院挨拶も能に付罷帰其段

  内蔵助を初皆々江申聞候猶又見合罷在候
○一巳八月十九日吉良左兵衛殿被為 召鍛冶橋之内上野介殿居屋敷如
  御願被 召上為替松平登之介本所之上屋敷被下之
    鍛冶橋之内屋敷隣蜂須賀飛騨守殿御手寄之御老中方江
    被得御内意候は若隣家及騒動候義も有之にはいかゝ可仕哉と御
    尋候時上野介方騒動候共一切御構ひ有之間敷候自分屋敷之内
    堅固に可被相守旨御返答有之候由
○一同年十二月十三日上野介御願之ことく御隠居御家督左兵衛殿江
  無相違被 仰付候

○一同十二月廿五日浅野美濃守殿遠慮御免被成候
○一午三月十一日上野介殿御隠居に付被差上御刀《割書:法成寺》代金拾枚
○一同七月十二日吉良左兵衛殿月次之御出仕如御願被 仰出来る朔日より
  御出仕之由
○一巳年之冬江戸に罷在候者共より内蔵助方江申遣候は大学様御閉門
  来年迄も永引可申様に取沙汰仕候其上先方老人之義に候得は
  明日にも病死難量候江戸中取さたも無念成事に候迚も大学様
  御身上御出世はか〳〵敷義も有之間敷候近々存寄を可申候間急に
  何も御下向候様にと申遣に付山科辺近方に有合候者共打寄相談仕候江

  戸より申越候趣も尤に御座候得共大学様御身上不相片付内右之通仕候而は
  事を破り申候に而候左候はいか体に可被仰出も知不申其内上野介殿病死
  被致候は此方武運尽果たると申ものに而其時は不残自害可仕候左候へは
  御家之御外聞さまて失ひ候と申程にも無之一分〳〵之存念も相達
  申候今迄さへ見合候間兎角大学様御成行を見届候而以後之義可然と申談候
  然共万一江戸住居之者一分之了簡を以相極候而はいかゝと存荒木十左衛門
  様より御懇之御状被下候に付御礼と申たて実は江戸之様子見繕差留旁
  内蔵助将監并源四郎伝兵衛惣右衛門なと巳の霜月江戸へ下り申候
    江戸に而住所三田松本町前川忠大夫と申日用頭なと仕御用承り候
    者之屋敷を借宅仕候【此節瑤泉院様為御機嫌窺折々罷出る】

○一此者共下りは跡に而近辺に居申候一味之者共申候は何も一儀差留には下り
  候得共若時節能候而事急に存念達候得は無本意事に候迚跡より下り
  可申と申合上方辺に居合候一味之者共は不残罷下り候《割書:借宅|右同断》右之通り
  色めき候得共元より事を破らぬ合点に而下り候事故江戸之様子見
  繕一端承合せ候而何も罷帰候其内江戸に直に居申候者も有之候其後も一両
  人宛往来仕候事は毎度に候得共差而替事は無之候
○一前原伊助事巳の年内匠頭様仕合以後赤穂にも不参一分之存
  念に而巳の三月中に少も有之金子に而絹木綿等之切れ〳〵を調或は
  所持之衣類を切解て切売に成本庄相生町と云所に罷在敵方之

  様子を様々に致方便伺候由且又上野介殿屋敷替被仰付に付本庄屋敷
  修覆之時分日雇取に成入込候而屋敷之模様委細見置候由然処内
  蔵助初大望之志有之由承及候に付伊助も同意之願申込候故巳の暮内
  蔵助下向之節初而申談候由
○一神崎与五郎儀内蔵助差図に而午の四月末江戸江参る前には岡嶋八十
  右衛門を下し申筈之処其砌病気故与五郎に申付差遣候也与五郎義扇
  子の地紙売りに成候而麻布之谷町に罷在候右借宅之大屋義は上野
  介殿之陸之者伯父に而候間乍遠方此所に居申候首尾能候は右之者
  口入を以上野介殿中間に成とも相済可申念願に候得共其儀首尾も

  無之候其後本庄之上野介殿屋敷向江店替仕蜜柑抔之見世を出し
  小豆(美作や)や(トモ)善兵衛と改名して罷在候由其外赤穂浪人地牢人と申触し
  本庄辺に大勢居申候而諸事を申談候由
○一萱野三平児性立に而生質見事成者なり親は萱野七郎右衛門とて摂
  津之国之内大嶋伊勢守殿御領分萱野と申所に引込浪人に而百性仕
  居申候巳の夏於赤穂内蔵助一致に申合居候得共御城引渡済候而御家頼
  致離散候以後親七郎右衛門方江立退罷在候折々山科大坂江も立出時節
  見合罷在候扨亦七郎右衛門常の百性に而無之故領主にも御懇意に而先年
  三平内匠頭様江被召出候刻も右伊勢守殿御頼に而相済申候此度内匠様

  御仕合に付致牢人候而七郎右衛門方に居申候段伊勢守殿聞被申候而何方江成共御頼
  身上むき御世話に可被成候間先夫迄伊勢守殿江奉公勤可申由被仰候両
  親共に右之仰承候而不大形悦候而其旨三平江申聞候得共内匠頭様御
  仕合間もなく主取仕候事非本意奉存其上小々存寄も候間先御免
  被下候様にと断申候得共両親共に老衰仕候哉兎角承引不仕伊勢守殿江は
  大方御請も仕候様子に而候然上は三平も色々了簡仕見候得共内蔵助
  一味之義時節不至見合居申候内に候処右奉公之事は急に相成兎角一
  分之存念さへ達候得は事済候と存候哉覧午四月十四日忠孝に
  せまり候而自殺仕候神妙之仕形と可申哉承候者誉申候者多く

  御座候世上に三平事流布不仕儀残念に候
○一一味同心之内病死仕候三人金右衛門《割書:岡野親也》矢頭長助橋本平左衛門也
  此平左衛門は橋本茂左衛門子也平左衛門義大坂新地しゝみ川に而遊女とすし
  たて午七月十五日夜七時分淡路やと申茶屋に而はつと申遊女刺殺自
  害仕候当年十八歳なり
○一元録十五壬午年七月十八日浅野だ大学殿御事閉門御免被成候に付
  安芸守様江御月番阿部豊後守殿正武《割書:従四位下侍従十万石|居城武州忍》より
  御家頼被差越候様にと申来明石吉大夫被遣候処豊後守殿被仰渡
    浅野大学閉門御免安芸守殿江御妻子共御引取可被成由

    尤急度御預に而は無之候間其旨相心候様にと被仰聞
  吉大夫御請申上御家頼中江諸事承合罷帰其段安芸守様江申上
  役人中申談早速桜田向井御屋敷御取繕なり
○一右同日大学殿御事浅野左兵衛殿御同道に而[加藤越中守殿宅(評定所江)]【左「ヒ」】江被為
  呼閉門御免安芸守殿江妻子共御引取被成筈に候間直に御立越可有之
  由被仰渡之直に左兵衛殿御同道に而向御屋敷江御越被成候なり
    安芸守様御国元江可被相越候此旨安芸守様江御老中様方
    より御達候となり
○一御妻子方には同日夕向御屋敷江御引移り御家頼共半分程御供仕

  御引越也尤外様ものは人々勝手次第に片付候
○一大学殿御妻女は土方市正殿雄豊《割書:従五位下諸大夫壱万|八千石在所勢州》之御娘なり
  御息女壱人あり《割書:【実は市正殿御嫡子杢之助殿御息女なり】|【市正殿御養女に被成なり】》
○一七月廿二日大学殿木挽町四丁目之上屋敷松平駿河守殿江御預け
○一向御屋敷御玄関番御中小性御門番も増御歩行組加る
○一大学殿為御用聞大目付松宮五郎兵衛持弓筒頭西山勘右衛門御附置
 一大学殿路次并住居等之義安芸守様より御伺ひ被成候処に 公儀御構
  無之候間勝手次第可仕旨御差図なり
○一七月廿九日寅刻大学殿御妻子共に江戸御発駕なり家頼都合十

  六人大坂迄東海道同所よりに而八月廿一日広嶋江着物頭天野
  平左衛門持弓同頭道家半兵衛《割書:膳番|仮目付》小山源右衛門《割書:馬廻り》桂善兵衛《割書:同》
  石河伝右衛門《割書:同》神田清大夫
○一於広嶋御用聞《割書:鑓奉行》佐々宇左衛門相勤る《割書:宇左衛門儀大石ト由緒有之|然間如斯か》
○一午の八月中迄一味同心之者都合百弐十人余も候処大学様閉門御免
  安芸守様江御引取り御国元江御妻子共御引取被成候様被 仰出候其砌
  内蔵助妻子致離散京都に居申候に付右大学殿御様子追々江戸
  より注進仕候間近辺居申候一味之者共打寄至極之時節に罷成候間近々
  江戸江下り可申候由一味之者申合用意等仕候内蔵助に先達而参候者も

  追々有之候遠方に居申候者は先京都大坂辺江出可申由申遣候然処
  一身之内か粕谷勘左衛門聟伏見御奉行建部内匠頭殿政信御家中に
  居申候右之縁組は建部殿御在所播州林田に而赤穂之程近互に
  勝手之節之取組申候扨其節は建部内匠頭殿御事伏見江御引越
  御座候に付勘左衛門聟も彼地に居申候近辺に候得は聟方江も参右之
  存念を咄候か建部殿と吉良殿と御縁者に而御座候間家頼江もれ聞へ
  取さた有之其外浪人共随分隠密に仕候得共大勢之事故京大坂
  伏見辺騒き払物等仕候由風聞に付彼の家中より吉良家江内通も
  有之候哉覧彼屋敷用心格別厳敷罷成候由内蔵助方江同心之者

  より申越候
○一上方辺取さたには一儀之事 公儀江も漏れ聞江御関所〳〵江被仰
  付牢人共改強く先江罷越候一味之内も搦被捕候抔と風説も有之
  其外色々之義申触候に付人々覚束なく心底差起り其上に江戸
  吉良上野介殿屋敷用心強候に付旁以奥野将監進藤源四郎
  小山源五左【右】衛門川村伝兵衛抔申合候は尤大切成時節に候只今卒爾に罷
  下り風説之通りに候得は心外に悪名を取り可申候道中無恙参着候
  而も此辺之風聞江戸江聞へ可申候其上彼の屋敷用心厳敷候は大
  に而は存念難達可有之候此節之風聞一さましさまし候而来

  春之事可然と頻て申候間色々と相談之上に而大方其通に相片付申候
 一従広嶋大学殿為御迎船奉行植木小右衛門《割書:病気|忌中》に付仮船奉行進藤
  八郎右衛門江沖権大夫申付差登す此は八郎右衛門義は源四郎《割書:進藤瀬兵衛|兄なり》為
  には伯父に而候兼々権大夫申合候哉覧源四郎一儀之事色々尋
  候得共不申聞候に付内蔵助参候而も中〳〵被云出も不仕模様故亦
  源四郎江申は此度此元之何も之心底只事ならす相見へ候一義
  存立候模様明白に候然処先日より内證之義共尋候処左様無之
  振に被致候何共合点不参候様子承り候上に而は遂相談宜事も候は此
  方よりもすゝめ又心底に不落候は何ヶ度も差留可申候こそ親類之道

  同性之交りに而候然共強く隠密之段畢竟某不甲斐なき心底と
  見届候故と残念に存候と懇に申聞候得は源四郎申聞候は御口上之趣一々
  御尤に奉存候迷惑仕候御自分江対し隠し可申様無之候安芸守様には
  御同性之事に候得は事を破り申候以後御存被遊候而能御座候後難を
  気毒に存御為如何と御自分江も御物語不申様子はヶ様〳〵と有増之義
  源四郎物語申候八郎右衛門承り成程尤なる事いつれも存寄至極に而候乍
  然時節未至り不申候いかさま安芸守様思召にも天下之騒動にも成間敷
  ものに而無之候兎角存留り候得かしと思召候様にも承り候其上此節は
  吉良殿御方角いかふ用心厳敷候間万一にも仕損し候へは如何敷事

  是非おもひ留り候様に申聞るいつれも一筋に思寄り有之候は時節被相待候様にと
  八郎右衛門色々申聞候源四郎も得其意内蔵助将監源五右衛門江も右之物
  語仕候由
 一内蔵介事全体活気成生質故於京都遊山見物等之事に付不宜風
  説行跡も有之金銀等もおします遣ひ捨申候此事古風なる源四郎
  源五右衛門なと強く気毒におもひ異見も切々に而大切之身のいか様之虚
  事可有之も難計か又此後金銀も入用数多可有之候夫に右之不行
  跡と致千悔候由
    内蔵助不行跡は心得有之の義也依之上野介殿より之隠し目付共

    中〳〵あの通りに而は此方江意趣なと含候趣無之候而京都より
    追々引取候由風説なり
 一右之首尾故内蔵助と源四郎源五右衛門なと中も不快諸事隔意ヶ
  ましく相成候扨江戸江下り申候事も此度は延引被致候様にと留申候間内
  蔵助も大形致同心一端は延引之筈に極り江戸江も其段可申遣由に而江戸江
  申遣候なり
 一何も存寄延引可仕旨江戸一味之面々にも如何と申遣候処江戸に而も打寄
  致示談返事に其段不可然候道中も只今迄は無滞追々致着候又敵
  方用心厳敷候は何も討死さへ仕候得は事済申事に而候是は余り

  延々之詮義と若輩之衆致立腹同心不仕夫故堀部弥兵衛吉田
  忠左衛門等以連紙内蔵助江及返答候は被仰下候趣御尤に奉存候然共私共儀
  老人之事に候得は来春迄之存候故不定に御座候若此度御下り不
  被成候は御一左右次第一分之存念達し可申との返答故内蔵助殊外
  せき候て源四郎抔か申分聞入不申是非共下り候相談に相極申候
 一是に付進藤源四郎小山源五右衛門等了簡には江戸者のいきかた死を急き
  申候事世上の風聞にのみかゝわり大切之忠節を不存と相見へ候大学様御
  仕合以後間もなく大勢之者入込候而いかに広き江戸に而も道中筋へかけ
  知不申事有之間敷候左候得は専一之相手を打洩し候事必定にて候

  何分にも此方之者共は此節之ほめき一さましさまし候而上【に而】追々罷下りて
  然と申あわせ内蔵助と同心不仕候此度下り候者共は内蔵助初め前々の行跡
  に而は大方事を仕損し候而御家之名まて下し可申と我意を立居申候
  然間一味之者共もめ合候而内蔵助上方発足仕候節に至り手を離候者
  六十余人有之候此者共不残臆病に而は無之定而内蔵助仕損して
  申候左候は二の前と存候哉武運尽たるか勇気たるみ臆病心出来候か
  源四郎将監等か申分に仕退候者数多有之一味之内もめ合も申候
○一内蔵助事同志之者先達而追々差下し内蔵助義は十月七日京都
  発足いたし候扨又江戸表に而之取さたを憚り先鎌倉江五六日逗留

  川崎之宿脇平間村と云所に落着其後石町に借宅此所に家打入候まて
  罷在候江戸御城下江は承合旁折々罷出敵方之様子品々手を廻し承合
  候得共本庄之屋敷には御座候と相知候得共得と仕たる事は聞へ不申候
     【此節よりは内蔵助始厯々の者共瑤泉院様附之方角江通し曽而不仕候】
     【御後難を憚り候而右之通に候】
○一上杉弾正大弼殿綱憲《割書:従四位下侍従拾五万石居城|奥州米沢屋敷桜田御門外》
  右上野介殿御実子なり弾正大弼殿午の夏頃より御病気に而冬に至り
  候而も大切之御容体故上野介殿昼夜弾正殿方に御座候由相聞へ又茶之
  湯御好に而其会会に御忍に而脇江も御越被成候由手前江も御客切々
  有之兎角首尾無之故若者共は急に理不尽に討可申と申候得共

  内蔵介承引不仕是非共に能時節を待可申とて見合居申候夫故勇気
  たるみ候哉上方に而は必死と極め江戸迄一緒に参候者共之内親子兄弟
  立別臆病心も出来霜月中に上方江逃帰候者も弐三人有之候
  尤書【置】等も有之候《割書:【此節連中之住宅かうし町二三四丁之内又は浜町】|【米沢町源介町抔に打寄〳〵罷在候なり】》
〇一右之通に而延引心を附候得共彼屋敷用心故様子聢と知不申候間
  何とそ能手筋聞出し可申と毎日一味之内弥近辺徘徊仕試候得共
  能事も無之心配仕候
●一堀部弥兵衛は息安兵衛励廻るを悦ひ其身は蟄居して知略肺
  肝をくたき候なり弥兵衛午の十二月十二日にあらたに霊夢を蒙り

    雪はれておもひを遂る朝かな   金丸
  朝起て大きに悦ひ急き祝せむとて同志内蔵助を初古傍輩両
  三人合壁之者呼集て酒一通り廻し勝手より昆布勝栗菓子盆に入
  出せは内蔵助下戸之肴には賞翫と悦ひ気附たる貴々と手にうけ
  網の小謡【注】をくり返し謡候得は一座心なき者はおかしく思ひ候となり
  是は十二月十四日上野介殿宅江惣込内匠頭様御忌日と云【願候処】幸なりと日取り
  極候といへ共其頃打続き雪雨繁けれは若者共勢のたゆむへきかと智略の
  夢物語とそ聞し
〇一川崎之宿脇平間村より内蔵助一味之衆江遣す書付写
【網の小謡=謡曲「桜川」の「網の段」。川面に散る桜の花びらを網で掬う場面。】

    覚
 一拙者宿所は平間村に相極候間此所より同志之衆中江自身諸
  事可申談事
 一打込之節衣類は黒き小袖を用ひ可申候帯の結めは右之脇可然候下
  帯は前之下りはつれさる様に御心得可有候股引脚半わらし用
  可申事
    附相印合言葉は追而可申談候事
 一惣而面々得道具を勝手次第持参可申と存候鑓半弓等用可
  被申候衆中は可被仰聞候申談支度可申付事

 一同心何も無滞致下宿候上は諸事無油断左右次第懸付申心得
  に而入用之道具は取集置急成る節之筈を合せ申候様朝暮
  心懸勿論無用之他言を相止一家親類之間附届も相互に可致
  無用事
 一同志一同に本意を可達と堅く申合候上は若道路に而相手に行合
  勝負可成時節有之候共壱人之仇に而無之候間独立本意を遂申
  間敷事
 一同志衆儀一決申候得共相手住居之有無を慥に不承候内は猥に
  取懸かたき事に候間品々により数日見合不申候而は不成義も

  可有之候間人々飢に不及覚悟可有之候条衣食遊興に諸事
  費無之様に心懸第一に存候血気之勇にまかせ相手取不得
  にも不構屋敷江切込計を本意と存事相互に夢々有之間敷事
 一同志寄合之節雑談朝暮之言行慎専用に存候此段おろそかに
  候は先方江洩聞へ候義も可有之候間堅相慎可申事
 一志之相手は上野介殿息左兵衛殿に候得は同志いつれも右両人に目
  をつけ外を構不申候は若本人紛れ打もらし候儀も可有之候間打
  込候は男女之無差別壱人も不洩様に何も心懸肝要に候屋敷之内
  手配りを能相定表門裏門新門此三ヶ所堅相守其外に而も内

  より乗越可申場を考内外人数配り可申合事
 一相手方雑兵百人余も可有之候間同志之衆も五拾人余も
  有之殊に必死之覚悟に候得は相手二三人此方壱人宛勝負かけ
  合候而も全得勝利可申と安心之事
 一同志之衆中一同に此度又改候而神文に而弥無復【腹】蔵堅く可
  申合と存候追而文言相認可申談事
  右之趣差当り存寄候義共書付懸御目候猶思召も候は無御遠
  慮委曲被仰聞可被下候其上致了簡追々可得御意候以上

    人々心覚
 一定日相極候は兼而定之通惣勢内々之三ヶ所江集可申事
 一屯場林町弐丁目之借宅に相定候事
 一兼而定候刻限に可相立事
 一敵之印揚候時は首尾次第其骸之上着をはき包候而持参
  可申事
 一御見分之御方有之節挨拶之事
  此印は亡主之墓所江持参仕度存念に御座候然共御免無之
  候得は不及是非候御厯々之御印むさと打捨かたく奉存候

  御下知を以彼屋敷江被遣候様にも可有御座歟其段御差図次第
  可仕候首尾さへ能候は何とそ泉岳寺江持参御墓所江備可申事
 一御息之印揚候以後不及持参打捨候覚悟尤候事
 一味方之手負は随分成次第引取り可申分別肝要に候肩にかけ候
  而も遁可申候は肩にかけ退可被申候引取候義難成首尾に候は印を
  揚候而引取可申候事
 一父子討相済候而相図は笛を吹順々に吹次可申事
 一鉦之相図は惣人数引取候節打可申事
 一引取候場は無縁寺たるへく候但無縁寺江入不申候は両国橋之東

  之橋際広場江打寄可有罷在事
 一引退候刻途中江近所之屋敷方より人数を出し押留候節挨拶之事
 一其実否を告候而私共何方江も隠去候事更々無之候無縁寺迄
  引取候而 公儀御見分使を請意趣可申上と志候無御心元思召候は
  寺迄御附可被成候壱人候而も退散之者無之と可申事
 一屋敷より追而人出し追かけ候者有之候は惣人数鎮り踏留り
  勝負可致候事
 一勝負之内御検使有之は門を閉くゝりより壱人外江出候而御挨
  拶可申上候尤勝負半に候は■(本ノ侭)【「悉」の写し間違いヵ】済之上御挨拶之心得之事

  其実否を告而唯今当人をは討留候趣に御座候活残り申候者
  呼集候而追付罷出御下知を受申覚悟に御座候右私共存念
  最前申上候通に候得は壱人も退散可申者無之候と可申事
 一又門内江御入御見分可被成候間門を開候様にと被仰候共門を明不申
  御挨拶可申上事
 一打入候者屋敷中に打散罷在候間門内江御入被遊候節若卒に
  も有之候得は如何に奉存候もはや打寄せ候間追付門を開き可懸
  御目旨申上候而堅く門開き申間敷事
 一退口は可為裏門事

   一討入之覚悟勿論事には候得共惣様必死之心底決定之事に候
    右退口之節之事申合置は時に至り心得之ために而候退候節之
    覚悟胸中にふくみ候而は討入候所強臆も可有之か然共退去候
    而も必死之面々に候得は討入候所丈夫之覚悟専要に候不及申
    候得共銘々治定紛【粉ヵ】骨之働尤に候以上
           【右之書付老功之者と遂相談調廻す之よし】
      月日
            【宗丹[旦ヵ]一弟子ト云】
〇一千宗易之嫡伝《割書:利休事》山田宗徧と申茶之湯者は小笠原佐渡守様
  御扶持人に而本庄御屋敷に居申候此宗徧上野介殿之御肝煎に而佐
  渡守様江相添旁以上野介殿御心易切々御出入御茶湯之相手に相成

  候由承出し候付一味之内大高源五をわたや新兵衛と申大坂町人に
  拵立宗徧弟子に相成候由源五事前方少々上方ものに茶之湯
  之事承置に付つてを以宗徧江茶湯懇望申候へは宗徧機嫌にて
  指南可仕由受合候故宗徧方江次第に心易罷成書物なとをも調候程
  に相成候其時分源五申候は御自分様には方々江御越可被成と察申候当時誰
  様御功者に而御座候哉抔と遠くかけに申懸候得は誰々と申扨吉良上野介殿
  殊外数寄に而候只今は隙に御暮し候故猶更切々会も有之拙者も参候
  由物語仕候夫より段々に咄申候而何とそ上野介様御次迄成共相詰候而御手
  前をも拝覧仕度由申候へはいつそ折も可有之と宗徧返答仕候得共

  兎角其事は埒明不申候夫より上野介殿江会日承候而段々様子慥に
  知れ申候間大方会日之夜は可被致在宿と察仕懸可申と申合せ霜月
  廿三日之夜に極候処様子有之俄に相延候而又極月六日之夜に候処
  御成に而彼方会も相延其日も成不申候
〇一極月十日頃宗徧所江源五見廻候而私儀も近々上方江罷帰候又来
  春は早々下り可申候得供其内今少し茶湯も仕上け能事も承度
  奉存候間近日御隙之節参上可仕と申候へは十四日迄は毎日隙入候間十五日に
  可参との事故何方様江御出被成候哉と尋候得はどこ〳〵と申内に十四日
  には上野介殿会日に而候由申候御相客様はとなた〳〵と承候へは誰々

  と申候夫故罷帰内蔵助始何も江申達し評定之上打込之定日
  十四日に極申候
 一右之通会日十四日に極り候得共万一相違も可有之哉と何も評定
  之上十四日之朝宗徧所江源五自在竹になる竹を致持参候而明日
  参候様に被仰候得共今日少々御隙に御座候は御差図に而右之もの拵明
  日亦々御指南受可申と存持参仕候由申込候得は宗徧返答に明日一日に
  何も角も自由に出来申候今日は右申候通り上野介殿江参申候少はやく
  参候様にとの事故被見候通早や供も拵罷出候間明日可参との事故
  弥会日今日と皆々致安悦候乍此上念のため上野介殿門前に一味

  之内を附置客衆誰々と其内に宗徧も参候哉見可申と申含候処弥右之
  人数無相違被参候由一左右御座候而是非今日と相極め[小豆(本庄住)や(宅)善兵衛切売(之もの共方へ)]
  [五兵衛]方江そろ〳〵と寄合候様にと相談仕支度等仕候
〇一此節に成候而欠落仕候者有之堅固者四十七人也
〇一毛利小平太事常体之他出之様に仕罷出不罷帰候此者は一味之内に而も
  分て志深く気軽成る生付故小者中間に身をやつし吉良殿屋敷
  江も出入仕江戸中はせ廻り是迄は随分心労仕候処右之通欠落仕候大形
  は戸田弾正殿家中に小平太兄相勤候後難を恐れ達而差留たるもの
  に候哉一味之者殊外残念かり申候

 一欠落仕候者中村清右衛門鈴田十八《割書:児小性三十石|三人ふち》田中貞四郎中田■【利?】平次
  《割書:百石|馬廻り》小山田庄左衛門《割書:江戸者|百石馬廻り》潮【瀬】尾孫左衛門《割書:大石内蔵助|家来》矢野伊助《割書:足軽|五人ふち》
 一吉田忠左衛門足軽寺坂吉右衛門信行《割書:五石|二人ふち》四十七人之内に而致同道
  何も乗込候迄は居申候夫よりはつし見へ不申候何も着用仕そろ候羽織なと
  門外にぬき捨置申候是を盗取帰候となり
    右寺坂吉右衛門事後に吉田忠左衛門妻子物語には其場より立退候て
    不苦之旨内蔵助より墨付取本多中務太輔様御城下播州姫路に
    忠左衛門妻子罷在候故立帰右之者共見届け罷暮候由御所替に付越後
    村上江も俱に引越し今以彼地に罷在候由物語なり

播赤聞集 五

【文字なし】

【文字なし】

【文字無し】

  播赤聞集 五
 一夜討之次第之事 附り小内九ヶ条
 一本荘に而両家江集り大高間一番乗越候事
 一表門裏門大石父子に而入込次第之事
 一吉良殿家来小林を討取事 一同断働者之事
 一同隣家并近辺之輩之事 一両隣家人数被差出駆合之事
 一近松切結ひ之事 一上野介殿寐間を心差切入事
 一一味痛く可働候得共打散候に付相知かたく候事
 一右寐間之張付へ茅野大文書候事

 一上野介殿得尋不当尚又所々浚へ終には討取候事
 一其以後壱人相戦候処長刀投捨逃去り候左兵衛殿哉之事
 一上野介殿死骸は尋常に致置候事
 一相図吹人数揃寺坂不見へ事 一女人老人不討 原痛所之事
 一蝋燭相用候仕方之事 一神崎横川怪我之事
 一勝閣【鬨】之事 一火之元念入引取之事
 一上野介殿御首引纏之事 一手負之覚之事
 一吉良家討死手負并働之事 附り無別条者欠落者之事
 一屋敷前之仕立や打捨之事 一左兵衛殿疵療治之事

 一上野介殿死骸疵等見分之事
 一屋鋪に捨置品々之事 附り其外所々捨置品々之事
 一御首泉岳院江持参之事 附り猶又火之元見合之事
 一無縁寺門不入れ事 一同寺より途中間武林物語并泉岳寺次第之事
 一道筋之事 附り途中に而湯漬之事并辻番所に而差留め之事
 一吉田富森途中より仙石殿江参る事 附り書置差上る事
 一書付写之事 一仙石殿に而御尋之事 附り御料理之事
 一仙石殿御用番江御出御登 城并御下城等之事
 一御徒目付御小人目付仙石殿より泉岳寺江参る事

 一仙石殿御出前御問書之事 一泉岳寺に而次第 附り鑓長刀等持参之事
 一同寺に而米沢討手侍覚悟之事 一同寺より寺社御奉行衆江注進物頭参る事
 一同寺之和尚へ大石切腹之義申述差留め之事
 一御首一先物仏前江置左兵衛殿江遺り万松院江請取候事
 一和尚粥を出し候事 一堀部和尚と咄し之事
 一和尚より酒を進め候事 一給仕之者吉良家働尋答へ之事
 一仙石殿に而御徒目付対談之事 一泉岳院江御徒目付参候様申渡之事
 一御預り方受取之人数一先引取り之事
 一仙石殿より何れも参候様御歩行目付泉岳寺江被差遣候事

    附り跡よりも御歩行目付并御小人目付参り候事
 一御同人御宅へ同寺よりいつれも参り候事
 一隠州公御不参御預け之趣御奉達并御人数之事仙石殿に而御渡之御文通
 一泉岳寺より之途中見たる者有之事
 一同寺駕篭用意原近松相用ひ其外歩行之事 一道筋示し之事
 一仙石殿門前に而一味鑓長刀捨置何も暇乞門入候より次第并大石江問尋等之事
    附り残り之者岡林藤井大野安井之義且主税事等も有之
 一御尋事相済并仙石殿鈴木殿水野殿御称美之事
 一仙石殿御家来江吉田今朝之御礼之事

 一毛利公水野公隠州公より之請取役手人名等之事
 一長道具四家江御渡并受取之事 一駕篭網懸に不及御引取之事
 一熊本公受取役手人名等之事 附り水野公人数之事
 一四家江御引取之上御届之事 一御預り方御人名一味名前役録等之事
 一御預り方に而御取引等二ヶ条 一上野介殿跡屋敷江御見廻之事
 一左兵衛殿より御用番江御達し之事 一御同人御屋敷御見分之事
 一土屋主税殿牧野一学殿松平兵部太輔殿より御届之事
 一左兵衛殿并家老口上書之事 一吉良家来手負口上書之事
 一十四日夜近松家来を使として落合江算用帖遣し附り井上江書状之事

 一細川殿に而梅花御手折御酒之事 一水野家に而御扱ひ并御自身は御用意之事
 一吉良系図之事 一上杉殿続き三ヶ条之事
 一上野介殿法名之事 一御同人徒士足軽番人等口上書五ヶ条
 一安井藤井存念違ひ落合江彦右衛門より文通之事
    附り大野藤井居所之事
 一一味五十余人之内死失等之事
 一旧臘十三日大石より落合江要用懸合之事
 一大石去々年下向之節落合江申通し文通等仕間敷咄し之事
 一一味変心人名之事

    【○】 慥成説印
    【▢】 不分明印
    【●】 奥田孫大夫親友 丈右衛門記録を写加印
    【■】 虚説之印

    総州本庄夜討之次第
〇一四拾七人之面々当夜之装束は何となく火消役人之体に出立
  肌に致着込其上に過半紅裏之半着物股引脚半頭には
  甲の八鉢金計を火事頭巾へ縫包着仕候籠手臑当仕候者も
  少々有之候右半着物之上に羽織を着仕候而白きたすきを
  懸け申候由惣体は思ひ〳〵の支度に而候対之装束と申触候は
  虚説也帯には鏁を入候て縫込候由
   《割書:是は堀部安兵衛差図也安兵衛高田馬場に而伯父之助太刀討候砌帯をも切|心細く有之候と何れもへ申達鏁入候由後に安兵衛妻物語也《割書:【此助太刀もけなけ】|【なる働のよし】》》
  相印白ねり帯(布)【左「ヒ」】を面々両袖の後ゟ前之方へ向け附申候泉岳寺江

  立退候節鞘なき刃物とも包み申は此布にて可有之候右之者共
  右之肩先に延金或はいため革に而四寸計長さ有之札に仮名実名
  書記し付候而相用ひ候由夜討之支度は平場之如法三人組に手
  組を定め大手搦手に分る由
〇一相言葉 《割書:たそといへは     山といへは 洞と答|洞といへは 山と答》
▢一道具は銘々得道具持参鑓は柄を切ちゞめ候由鑓《割書:十七本》半弓
  《割書:四張》長刀等也斧鎌木でこ橋子高釣灯蝋燭等也
     《割書:兼而此類善兵衛五兵衛|借宅に用意之由》
▢一刀脇差之柄くすねに而詰め目釘は二つ三つ打申候由巾着之内に気附血

  留め梅干持参なり
〇一羽織は屋敷前にてぬき捨候由
▢一何れもさばき髪茶せん髪も有之由
▢一大石主税装束は黒き表に紅裏広袖之着物上に白き
  たすきかけ之由
▢一道路に而尋候は火消方役人と答可申由申合せ候也
〇一人数手組手配り之事
表門  《割書:【鑓】|【鑓】|【鑓】》《割書:内蔵助|惣右衛門|久大夫》  《割書:【半弓】|【半弓】|【鑓】》《割書:藤左衛門|与五郎|右衛門七》 新蔵方《割書:【鑓】|【鑓】| |【鑓】| 》《割書:弥兵衛|喜兵衛|金右衛門|勘平|弥左衛門》

  《割書:【長カタナ】| |【鑓】》《割書:源五|勘六|十次郎》  《割書:【長カタナ】|【鑓】|【鑓】》《割書:孫大夫|五郎右衛門|新左衛門》  《割書:【鑓】|【長刀】|【鑓】》《割書:源五右衛門|助右衛門|唯七》

     《割書:   | | | 》《割書:沢右衛門|八十右衛門|幸右衛門|吉右衛門》

裏門  《割書:【鑓】|【鑓】| 》《割書:主税|又之丞| 》       《割書:伊助|十平次|源蔵》    《割書: |【鑓】|【長刀】》《割書:勘助|貞右衛門|孫九郎》
【此分西組ト唱】
  《割書: |【鑓】|【長カタナ】| 》《割書:伝助|十郎左衛門|安兵衛| 》  《割書:【鑓】|【鑓】|【鑓】| 》《割書:忠左衛門|十内|喜兵衛| 》    《割書:【鑓】| |【鑓】| 》《割書:瀬左衛門|半之丞|三大夫|次郎左衛門》

    《割書:【半弓】|【弓】|【弓】》《割書:三郎兵衛|新六|和助》   《割書:【鑓】|【鑓】| 》《割書:岡右衛門|数右衛門| 》

  右之通三四人宛組々を定懸引共一緒に仕候様にと申合せ候也
〇一何れも致用意本庄堀部安兵衛【左「小豆屋善兵衛」】杉野十平次【左「切売五兵衛」】借宅〳〵寄合
  両所に而装束仕替認等仕寅之上刻罷出上野介殿屋敷脇
  に而定之如く二手に分り表門寄手之内大高源五間十次郎
  両人かけぬけ屋敷前之町屋に火用心に懸置候橋子弐つ追
   【右両人橋子はづし申に心付不申若者とも致油断候由此橋子之節品々有不慥】
  取是をかけ塀へ打懸け右之弐人一番乗仕候
〇一表門大将は内蔵助裏門は主税忠左衛門也先表門ゟ橋子内外へ

《割書:「上段」|【此辺之文段】|【内蔵助より】|【落合与左衛門へ】|【之書中ヲ以】|【改直ス】》
  懸追々長屋の屋ね塀を乗裏門をはかけやを以打放し門
  番人をしはり付番人を夜討方ゟ入替候而門を堅め裏門に而
  相図の鉦を打裏門に而合せ候時松明一同に灯し切込申候入る者は
  後を不顧屋敷中へ乱れ入前後ゟおめき立数百人取懸候様
  に見せ先玄関の戸を打はなし広間へ揚り申候其時当番之
               【此鑓弓之仕形不審】
  侍四五人走り懸るを即時に切殺しかざり弓の弦を切夫ゟ
  鑓之間へ行鑓拾四五本る切折候時次之間に而騒敷致騒動候
  屋敷を防く者ともは只今狼藉者切入候と触けり心有者は日頃
  思ひ設けたる事なれ共既に二十三ヶ月を隔てたれはやわりと

  油断しけるにやおつ取刀にて寐眼をする〳〵走り懸るを一と
  太刀一鑓宛切捨歩行不叶者は其侭捨置申候又新手之
  者へ渡り合討て懸る内蔵助下知して火之元に心を付火災
  無之様にと申触る四拾六人之者とも大音に而浅野内匠頭家来
  亡主の敵討と声々に五拾人組百人組と呼り前後ゟ切入候故
  寄手の人数難計屋敷之者とも夥敷寄手有之と驚き
  申候由玄関と鑓之間に而当番之士防き申候内非番之者共
  馳付少々切合申候内近習之者共上野殿を隠し申候由居
  間之方へ切入候処小姓に鈴木貞之進坊主に牧野春喜立合候而

  随分は働候へ共多勢故不叶深手数ヶ所負両人共両所に倒れ
  申候後には死候由   《割書:此朱書は前にアリ此所は非也|【此辺之文段内蔵助ゟ落合与左衛門之書中ヲ以改メ直ス】【左「ヒ・」】》
▢一上野介殿か家来小林平八鑓をひつさけ勢ひを振ふて
  所々にて鑓を合せ防き候へとも数多に出合候故終に討留る
▢一吉良殿方に而強く働候者広間に而六人台所に而侍壱人此外
  弐人つよく働き申候  《割書:【内蔵助ゟ与左衛門江之書中に立合勝負致候者は】|【三四人に過す其外は通り合に打捨候と有之】》

▢一表門之向牧野長門守殿北隣本多孫太郎殿土屋主税殿右
  之騒動に付出火やらんと各駆出見れとも火之手不見る夥敷

  騒く体を聞扨は浅野家来意趣を【左「ヒ」】討と察し屋敷之内
  高釣灯を灯し若狼藉者や有んと侍共屋敷境へ詰
  懸候長門守殿は駿府在番孫太郎殿には在国夫故留守居
  之面々御目附衆江相達し主税殿ゟも注進有之西南は
  道を隔て町家也町人ともは身を縮め昼時分迄見世を
  明けさる也
〇一右之通故両隣ゟ人数被差出見合せ居申候に付屋ねへ源五
  右衛門惣右衛門十内かけ揚り敵打之由相断侍は相互之義御構
  被下間敷候是非御構ひ候はゝ其元江及狼藉可申と断候故

  初めは御人数を以御噯可有之様子に候へとも右之断故か何となく
  釣灯数多御出し守り居申候也立退候節源五右衛門塀越に
  声をかけ主税殿孫太郎殿家来へ一礼申立退候也
〇一何者とは不知壱人刀を以切て出近松勘六と切結ひ候処真甲
  弐つ三つ続け打に打けれはさしもの勘六目くらみ請太刀に
  なる内に大勢之方へ切入らんとかけ返す勘六声をかけいづくへ
  行そ男とて追駆行しか手の指と股に手負其上庭のすへ
  石にけしとみ泉水へこけ落申候相手押込候て其場に而討れ可
  申処切殺と存候やらん引取候間起上り追懸右之男を討留め

  申候勘六か疵成程軽き事に而候引取候節内蔵助差図
  に而駕籠に乗申候
          【内蔵助ゟ与左衛門へ之書中に手負は勘六勘平両人】
          【迄に候勘六事誤而泉水へ落候を敵立かゝり切付候】
          【故数ヶ所かす手負候勘平はわずか之事に而本庄】
          【より芝泉岳寺仙石様へも歩行候程之事に候如此】
          【有之】

〇一夫より上野介殿寐所江志し切入申候内へ切入者共は先足軽を
  壱人搦捕引立上野殿寝間を聞何れもたやすく寝間
  迄乱入候処御寝道具計に而上野介殿不相見何れも十方に
  暮兎や角詮義仕候内茅野和助心を附夜着之間へ
  手を入見申候処いまた温り有之候扨は只今此所御立去りと

  相見へ候早々尋可申由呼はり候に付人々力を得組々た立分り
  尋申候
 一此間に方々にて手痛き働等も可有之候へとも四拾七人打
  散候事故様子委細難相対候
〇一右之寝間に硯箱有之候間茅野和助立留り墨すり
  申候而かたへの張付に浅野内匠頭家来大石内蔵助を初若
  者共四拾七人此所迄押込候処上野介殿此所に不被成御座と大
  字に書付置候也
          【此張付落着以後去御籏本衆所望に而かけ物に】
          【被成候由慥なる事なり】
          【但此事無覚束騒動之跡に而其侭可有之事に無し】
          【家来共へぎ可捨事也】

〇一夫より色々尋候へ共御在所知れ不申候内蔵助諸人に向ひ申候
  【か程手間入尋候とは不相聞】
  は是程は肺肝を砕き打入たる甲斐なく上野介殿を打
  洩し候而は無詮事也いざ一緒に自害すべし乍去死は易し
  今一度可尋とて広間書院対面所鑓之間取付いろ
  り之間小座鋪かこひ納戸くりや二階廊下其外無残所
  明松釣灯ふり立〳〵尋れとも其行方更になし然る処台所の方雑
【勝手ノ方炭部屋と相見候処トアリ】【数寄屋之脇に炭其外茶湯道具之物置共云】
  物等入置候様なる部屋有之候彼処詮義可仕とて立寄候へは
  内より何者やらん切て出申候処を堀部弥兵衛(・・・・・)一討に仕る跡より出るを
                       【〇つぶて打候而防きたるとも云】
  矢田五郎右衛門(・・・・・・・)討留申候而内を見込候へはいまだ人影見へ申候間【〇】武林

  只七(間十次郎)大身の鑓を以突付首は間十次郎(武林只七)切揚申候何とやらん其
  様子あやしく候間松明にて首を見候へは老人に而四方髪其上
  むくろ衣類之体上野介殿之様に被存候間見覚申候者に見せ候
  処 堀部安兵衛富森助右衛門見候而(・・・・・・・・・・・・・・・・・)去々年疵可有之とて見候処
  疵も有之上野介殿に紛れ無之候へとも為念搦置候敵方之者に
  見せ可申とて引立上野介殿に而無之哉真直に不申候はゝ一打に可仕と
  申候故命さへ御助け被成候はゝ可申候とて成程主人上野介殿之
  頸に而候由申候何れも歓事無限なり
           【此文法之内不分明之義共も入交候といへとも改めず】
           【星付置之分不定也】

▢一上野介殿討取候以後壱人も出合候者無御座候然る処上野介殿
  御首間十次郎揚候時何も遂本望打寄悦申其節廿計之
  男長刀を以出る然れ共不叶とや思ひけん取て返し逃行を追
  懸候処長刀を捨逃去申若き者共右之長刀泉岳寺迄
  杖につき罷越見申候処金拵に而金物に桐のとうの毛彫も有
  之候間定而御嫡子左兵衛殿に而可有之哉と何も推察仕候事
〇一上野介殿死骸高家之御歴々に而候間麁末に成間敷とて
  夜着蒲団取出し尋常に仕置候様にと何れも申談候也
〇一右之通に付何れも相図のよふこを吹屋敷中に打散申候味方

  不残相集め玄関前にて人数改め申候処壱人も討れ不申其
  内寺坂吉右衛門と申足軽相見へ不申候是は何れも乗込候節
  逃去候由に候
    後御預り方に而吉右衛門事尋候へ共返答不分明候由吉右衛門事宜敷様に
    挨拶は有之候へ共実ははづし候由
▢一女人老人小児之類無用之輩討候かと内蔵助しらへ候処左様之
  類壱人も討不申候也
 一原惣右衛門[武林只七]【左にヒ】両人塀乗候節足を強くくぢき候へとも
  泉岳寺迄無異儀歩行仕候休息仕候内に余程腫上り立居も
  人に被助仕合之由

 一兼而蝋燭松明等致持■候へ共彼地に而わつは【わっぱ=童?】壱人相近け
  蝋燭有之所致案内候はゝ命を助け可申と申聞候へは蝋燭
  出し呉候に付右之者相助け申候由
▢一神崎与五郎横川勘平少々宛致怪我候由
〇一右之外手負并強怪我仕候者壱人も無之由
■一内蔵助申候は武法に候間勝鬨之式可然とて密に三度勝
    【不可有也】  【此儀〇印也】
  鬨之声を揚申候由其後何れも出合候様にと高声に而呼り候へ共
  壱人も出合不申候
 一焼討之後難如何に候間火之用心念入候様にと申談松明蝋燭

  火燵之所々迄もしめし候而引取候由
〇一上野介殿頸を長刀之柄にくゝり付尤白小袖之袖に包候由
  若もの共引纏候也
      手負之覚
    《割書:目の上少し 》近松勘六  《割書:右眼の上少し》前原伊助
    《割書:左中指少し 》木村岡右衛門    ┃原惣右衛門
    《割書:同  少し 》吉田忠左衛門    ┃武林只七
    《割書:左の股|左手小指少し》横川勘平  《割書:怪我仕候者》┃神崎与五郎
    《割書:左の足少し |左股少し》間 十次郎     ┃奥田小四郎

  右之趣は松平隠岐守殿様御家来安藤源右衛門と申者大高
  源五を預り申候其後尋候へ共曽而物語不仕候其後佐々利右衛門
  縁者に而落合与左衛門と心安其上
       様之御聞にも可被為達候間承度旨申候へは扨は左様に
  候歟とて右之趣其物語仕候
▢一吉良家討死手負并働之書附
《割書:    家老 |  上杉殿附人》小林平八《割書:書院前 》     《割書:   坊主》鈴木正斎《割書:内玄関前》
《割書:    用人 |  上杉殿附人》大須賀治部右衛門《割書:台所口 |三十歳》 《割書:   用人》鳥井利右衛門《割書:広或庭|六十歳》
《割書:    中小姓》左右田源八《割書:玄関|四十歳 》  《割書:左兵衛殿| 中小姓》斎藤清左衛門《割書:小部屋》

《割書:   上野介殿|     用人》清水一学《割書:台所口|廿三歳 》    《割書:   近習》新見弥七郎《割書:玄関|四十歳》
《割書:    祐筆|    料理人》関原長右衛門《割書:書院次|廿五才 》  《割書:  料理人》小塚源五郎《割書:玄関|廿二歳》
《割書:    役人 》柳原平右衛門《割書:台所口 》  《割書:   坊主》牧野春喜《割書:小部屋》
《割書:    取次 》須藤与一右衛門《割書:書院次 》 《割書: 足軽| 表門番人》森半右衛門
     台所役人《割書:台所  》        中間 壱人 《割書:内玄関前》
    合拾六人
  右何れも討死内拾壱人刀に血附居申候残五人働不知
《割書:  中手弐ヶ所|  矢疵太刀疵》松原多仲《割書:家老|四十一 》    《割書:深手数ヶ所|強働》清水団右衛門《割書:取次|四十》
《割書:   深手鑓疵|   三ヶ所》斎藤十郎兵衛《割書:取次|廿五  》  《割書: 中手二所》山好新八《割書:近習|上杉家附人》

《割書:  中手三ヶ所》宮石所左衛門《割書:用人|五十五 》  《割書: 深手一ヶ所》宮石新兵衛《割書:近習|中小姓|廿三才》
《割書:かすり手一ヶ所》加藤太右衛門《割書:中小姓 |五十五》  《割書:面の内太刀疵|三ヶ所》永松九兵衛《割書:近習|廿一才》
     石川彦右衛門《割書:中小姓 》       大内河六郎左衛門《割書:足軽小頭|表門番人》
     天野貞之丞《割書:中小姓 |丗四》        堀江勘左衛門《割書:中小姓|三十五才》
《割書:   かすり手》伊藤喜左衛門《割書:中小姓 |廿三才》       杉山与五左衛門《割書:中小姓》
     足軽三人《割書:森半右衛門 【此半右衛門か討死之部】|岡田弥三兵衛【にもあり】》中間三人《割書:門下番 太左衛門|駕籠者 八大夫|厩之者 茂左衛門》
     合手負弐拾壱人
  別条無之面々
     左右田孫兵衛《割書:家老|六十五才》       岩瀬舎人《割書:取次》

     馬場治部右衛門         斎藤宮内《割書:左兵衛殿|家老|六十歳》
     小笠原忠五郎
     足軽拾弐人           中間九拾弐人
  孫兵衛宮内は壁を切破り逃除向の町家傘屋三右衛門と申者方に隠れ居
  申候事済候而又右之穴ゟ逃入申候由前々自身番ゟ見付候由三右衛門右之趣申
  出相知れ申候孫兵衛宮内舎人申合候而額に疵を拵候由刀鑓疵とは不見髪刺
  疵之様に有之に付無疵者之内へ入之由
     平沢助大夫    新見伝蔵     粕谷平馬
   《割書:中小姓》       《割書:歩行》
     村山甚五左衛門  石原弥左衛門   柳原五郎左衛門
   《割書:歩行》
     古沢吉右衛門
  右欠落生死不知分

▢一上野介殿屋敷前に居申候仕立屋長右衛門兼而用聞故火事
  と心得鳶口かたけ参候処手向ひと心得打捨申候
▢一左兵衛殿御手疵後に少有之候向疵薄手一ヶ所けさ一ヶ所
  七寸程少し深手也栗原【「崎」の誤記】道有療治之由
▢一上野介殿骸に両手之内に三ヶ所左之股に一ヶ所膝頭に弐ヶ所
  こぶらに壱ヶ所疵有之候脇差に血附こほれ柄に切込有之
  刀弐尺三寸無銘拵鹿相に相見へ申候脇差は相見へ不申候
  左右田孫兵衛岩瀬舎人斎藤宮内三人とも研究見分之節
  出合申候

▢一左兵衛殿屋敷に捨置申候品々
    弓 弐張 内半弓一張弦切れ 根矢廿本袋入
    根矢 三拾本 内《割書:五本は茅野常成と有之|二十本は早水満堯と有之》
    鎗 三本 《割書:切折鉾なし|素鑓十文字》
    竹札に名書附 弐拾三枚  鎌附之細引 三筋
          【勝守と云者無し刀の銘乎】
    刀之鞘 壱本 勝守と名書付  斧 弐挺
    かけや 弐挺  手木 一本  長刀 四振
    笛 一管  太刀鞘 壱本  白鞘 壱本 勝守
▢一酒井壱岐守殿御組牧野一学殿屋敷は吉良殿屋敷向也

  一学殿門前に捨有之
    十文字鎗 壱本 鞘なし 山鳥羽矢《割書:根無之》一筋
    鑓之鞘五本 浅野内匠頭家来村松三大夫と云札 二十枚
  右之通捨有之
〇一此上は泉岳寺へ罷越彼首御廟所へ奉備其後何れも
  切腹可仕と申合心静に引取最初如示合途中引まとひ
  吉良殿首を小袖の袖に包長刀の柄に括り附先無縁寺
  辺に而可致休息候其内に上杉家ゟ討手可参候間快勝負
  可致と寅之後刻屋敷を引取申候然る処猶又火之元無心元

  何れも立帰屋敷内松明等見繕ひ夫ゟ猶又一同に
  無縁寺迄引取申候追手らしき者壱人も不相見屋敷内
  もしつまりて人音も無之由
〇一無縁寺へ罷越門を叩き起し門番【人】を以右之段々申達
  寺内へ相入休息申度由申達候処住寺へ可申聞旨に而其後
  罷出住寺へ申聞候処寺法に而旦那亡者之外暮六時ゟ明六時
  迄不通さ他人之出入停止に付何方へなり共御立退可被成との返
  答に付再往申込候得共不叶段断候故任其意両国橋迄
  罷越何れも屯仕上杉家の討手相待居申候夜無程明候也

■一無縁寺江引取候時分間十次郎上野殿首を取たるをいかめ
  敷言けるを武林只七我突伏し死人の首取たるはさもなき
  事也外の面々江向つてか様の事は後日に批判も有もの也
  証人に立て給れと申けるなり其後泉岳寺へ引取首を
  手向為焼香之時内蔵助申けるは十次郎一番に焼香可被致
  とて二番に内蔵助其次平生之勤の格式に段々焼香仕る也
〇一道筋は新大橋を渡木挽丁ゟ塩留橋松平陸奥守様之
  御屋敷前鉄炮洲内匠頭様古御屋敷前ゟ泉岳寺へ引取也
〇一築地を通候刻みなと町と申所に数年御屋敷へ出入申候菱屋

  三十郎と云豆腐屋居申候此者之所へ何れも立寄湯茶
  抔給申候弐三人は湯漬致所望給申候也
〇一無縁寺より之道筋松平遠江守殿御屋敷辻番所に而留め
  申候に付立留り居申候内留守居罷出候故堀部弥兵衛出合申候
  兼而存知之者故扨々久敷候此方如何如此と有増咄し候へは
  彼留守居も珍重〳〵早く御通候へと申留守居は其侭引込申候
  松平陸奥守殿御屋敷前に而も右之通之首尾之由泉岳
  寺迄無滞引取申候
             【新橋辺ならん途中よりと書中に有之】
〇一十二月十五日之朝六半時過無縁寺ゟ直に吉田忠左衛門富森助右衛門

  両人大御目附仙石伯耆守殿《割書:久尚愛宕ノ下|千八百石》御宅江罷越御注進之
  者と申則門内へ入申候右両人内玄関へ参致案内御取次頼度と
  申候取次之者罷出障子を開け見申候へは両人異形の体に相見申候
  只今御案内は御両人に而候哉と承候其時両人名字を名乗拙者共
  義は浅野内匠頭家来浪人に而御座候兼而御存知之通吉良上野介殿
  御事は亡主内匠頭敵に而御座候に付昨夜上野介殿御宅江推参仕
  遂本望則御首は一味之者共持参仕只今芝泉岳寺へ引取申候
  此旨御注進可申上と参上仕候何分にも宜敷御指図奉頼候若御尋
  之義御座候はゝ一味之者共只今是江可被召寄候依之両人罷越

  御玄関江差付参上可仕候得共御公用に而御通り之所故態と是迄
  参上仕候右一味之書付を差上候
 一何れも必死之覚悟故書置有之に付持参仕則差上る
〇一右書置之書付之写
    此書置は(も)【左に「ヒ」】何れも打寄認候と聞へ申候書置一通を持参仕彼宅に而いか様にも成候はゝ竹に
    夾み突立置候筈に相究候処首尾能候に付以両使伯耆守殿へ差出候由此外に草案
    壱通原惣右衛門懐中仕居申候由是は家中に而沙汰仕たる能書故懐中仕候歟又は本書捨候
    事も可有之歟と懐中仕候歟右之草案惣右衛門小舅大土半助と申者保科兵部少輔様に
    勤居申候此者早速泉岳寺へ馳付候に付形見にと半助へとらせ申候其外は一通も無之候也
 一去年三月内匠頭儀伝 奏御馳走之儀に付吉良上野介殿へ含
  意趣罷在候処於 御殿中当座難遁義御座候歟及刃傷候不弁

  時節場所之働不調法至極に付切腹被 仰付領地赤穂之城被
  召上候義家来共畏入奉存候請 上使之御下知城地差上家中早速
  離散仕候右喧嘩之節御同席に御押留之御方有之上野介殿討留め
  不申内匠末期残念之心底家来共難忍仕合に御座候対高家之御
  歴々挟鬱憤候段憚奉存候得共君父之讐共不可戴天之義難黙
  止今日上野介殿御宅へ推参仕候偏継亡主之意趣志而已に御座候私共
  死後若御見分之御方様御座候はゝ御披見奉願如此御座候以上
            浅野内匠頭長矩家来
  元禄十五壬午年十二月     大石内蔵助

                 吉田忠左衛門
                 原 惣右衛門
                 片岡源五右衛門
                 磯谷十郎左衛門
                 間瀬久大夫
                 小野寺十内
                 大石主税
                 堀部弥兵衛
                 近松勘六

                 富森助右衛門
                 潮田又之丞
                 堀部安兵衛
                 赤垣源蔵
                 奥田孫大夫
                 矢田五郎右衛門
                 大石瀬左衛門
                 早水藤左衛門
                 間 喜兵衛

                 中村勘助
                 菅谷半之丞
                 不破数右衛門
                 千馬三郎兵衛
                 木村岡右衛門
                 岡野金右衛門
                 岡嶋弥三右衛門
                 貝賀弥左衛門
                 大高源五

                 武林只七
                 倉橋伝助
                 村松喜兵衛
                 杉野十平次
                 勝田新左衛門
                 前原伊助
                 吉田沢右衛門
                 間瀬孫九郎
                 小野寺幸右衛門

                 間 十次郎
                 奥田貞右衛門
                 矢頭右衛門七
                 村松三大夫
                 茅野和助
                 横川勘平
                 間 新六
                 三村次郎左衛門
                 神崎与五郎

                 寺坂吉右衛門
  右之書付取次 桑名武左衛門(・・・・・・)請取早速伯耆守殿江申上候処 朝(・)
  五時前之事故未御出勤不被成(・・・・・・・・・・・・・)に(・)付即刻袴羽織(・・・・・・)に(・)而刀御差用人両(・・・・・・・)
  脇(・)に(・)引添内玄関口御出浅野内匠頭殿家来浪人忠左衛門助右衛門(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)は(・)
  両人之事(・・・・)に(・)而候哉(・・・)と(・)御尋御答(・・・・)に(・)私共(・・)に(・)而御座候早速御出被遊御目(・・・・・・・・・・・・)
  見仕難有仕合存候由申上(・・・・・・・・・・・)る(・)【▢】伯耆守殿上野介を討候哉と御尋に付両人
  答て慥に御印を見申由申上る右書付受取申候間御老中方江
  申達し差図可申候先両人共草鞋ぬき上り休息致し可被相待候
  衣服等も心次第直し候様にと御申書院江通り候様にと被仰御入

  被成候両人書院之白洲江通り候時洗足之湯を出し候に付辞義
  仕手を上け戴き入御念被仰付候忝旨申候而草鞋をぬき洗足
  致し仰にまかせ小袖着直し可申候余り尾籠なる体に御座候と申
  候故書院の次之番人少し退き申候忠左衛門肌をぬき帯仕直し候
  時茶通ひ之坊主に向ひ辞義致し袖のうちゟ米を出し
  むさきものに而候間御捨可被下と申候昨夜之様なる時は息きれ
  に能候と申候助右衛門も肌をぬき帯仕直し申候助右衛門下に
  白小袖着し申候其断と聞へ坊主に向ひ若きものへ不似
  白小袖着と可被思召候是は訳有之候某母壱人持申候昨夜為

  暇乞母方へ罷越候処此度は奉公之仕納めに候間随分最後快可
  仕候見苦敷候而は我身よみじの障りに候母に添そと存此下着
  着し候様にと申候此小袖を呉候由申候上着は大きなる袖口白小袖は女
  袖口に而之由両人共に胴着を着し股引仕候忠左衛門は新敷浅
  黄の下着両人共に上着は黒き小袖紋付之由忠左衛門は白髪
  交之四方髪助右衛門は月代すり立年若く茶洗髪候由
▢一書院之次へ通し御料理被下用人取次馳走に出る
▢一伯耆守殿即刻御月番稲葉丹後守殿《割書:正道御老中従四位下侍従|十万三千石居城下総佐倉》
  江御越被成御相談被成候歟夫ゟ御登 城被成昼九半過御帰り

  五十人前之料理被仰付候由又御出被成八時過御帰被成右両人へ御逢
  何れも招寄可申承候内蔵助気遣ひにも可有之候間各ゟも手紙
  遣し可被申候我等ゟも御歩行目附三人申付遣候旨被仰候に付内蔵助へ
  手紙遣候也
▢一伯耆守殿御宅へ鈴木源五右衛門殿杉田五左衛門殿其外御歩行目附
  九人石川弥一右衛門松永小八郎野村新八梶山与三兵衛  文右衛門
    庄右衛門  助右衛門  九兵衛御小人目附大勢参門を
  堅め出入稠敷被申付御徒目附三人泉岳寺へ被遣候也八つ時過に参候由
▢一伯耆守殿御登 城前に問書一通御書せ被成候左之通

▢一四拾七人之者共十四日之夕迄は方々借宅仕罷在候昨夜暮迄に借
  屋共に透と仕舞候而両国橋辺迄罷越茶屋抔に而休み時刻を
  待合せ夜七時前上野介様御屋敷へ罷越表門裏門へかゝり長
  屋を越塀を乗裏門をも押破不残内へ乱入本家を取巻相図
  夫々に固め申候節内へ入候もの有玄関ゟ戸を打破座鋪へ入申候
  其節番人壱人搦捕案内を仕らせ蝋燭抔取出させ火を灯し
  段々奥へ討入出合申者は即時に討捨申候上野介様御寝所と見
  申候所へ打入見申候処はや御立去之体に而夜着抔引散し刀は其
  侭有之候間方々とさがし候へとも御見へ不被成候故惣様打入色々尋候へ共

  御見へ無之三度に及ひ家内尋申候処寐間之奥物置候様成
  所に人音有之様に心付鑓之石突に而戸を打破見申候得は三人程
  居申体に付上野介殿に而は無之候哉御出合可被成候無左は上野介殿之
  御座所を申聞候様にと再三声々に申候得共兎角へ返答無之
  色々のものを投出し申候に付此方ゟ半弓を射込鑓を入さがし
  申候処両人出合候を即時に討留め申候今壱人と存候へ共一同見へ
  不申候付又鑓を入さがし候処に武林只七と申者十文字に而突付候
  得は小脇差を抜合せも申候処を間十次郎と申者太刀に而首を討
  申候上野介様を見知申者無之候へ共此人下に白無垢上に綾嶋之

  小袖を着し小脇差之体年来之格好上野介様と被存候に付去年
  内匠頭切懸候手疵を見申候処是又有之に付弥と被存候へ共猶又右
  搦置候番人にむくろの肌ぬかせ見申候処六寸程の手疵首のよご
  れも洗候て見せ候処慥に上野介殿と申候其後左兵衛様何方に御入
  被成候そ御出合候へと口々に■【「喚」の誤記ヵ】り候へとも御出合不被成候若手負又は即
  死之内に而も無之哉と致穿鑿候へとも相見へ不申候其内に夜明け
  近く罷成候に付惣様集り口上書箱に入玄関前に差置屋敷
  立退申候上野介様長屋に居合候者有之様に相見候へ共戸を建
  居申候間其分に仕置申候夫ゟ吉田忠左衛門先達而無縁寺迄罷

  越案内申入再三申候へ共門明け不申断り故内蔵介申候は左候はゝ門外に
  居て御訴可申上と存候内夜明候に付往来多き所如何と存乍遠方
  泉岳寺へ右之御印持参仕廟所へ手向可申と罷越候其内路
  次に而不慮之事も有之候はゝ夫迄之義と泉岳寺迄立退申候
  私共へも若慕ひ来候者も可有御座哉と心配仕候へ共無異儀是
  迄参上仕候私共義は無縁寺ゟ直に御届参上仕候
  右之問書相調候而伯耆守殿早々御登 城被成昼過御退出也
〇一十二月十五日之朝五時過四十六人之面々芝泉岳寺へ各籠手
  指候侭に而打損したる鑓長刀血付候まゝに而上州之首を守護し

  持参仕候寺内騒動仕先門を堅め申候何れも申候は浅野内匠頭家来
  今暁亡主之敵吉良殿を討執是迄参候しかし何れも命助かり
  度ために而は無之候尤御寺へ狼藉可致様も無之候上野介殿首を亡主
  之墓所へ備申度迄に而候此式相済候迄は御門御差堅め可被下候と頼
  則内匠頭様御墓所へ直に参候而香炉に抹香を備手桶に水を
  汲上野介殿首を洗ひ御石塔之二段目に差置其後内蔵助
  披露に而銘々仮名実名を名乗立如実検仕候事済候而皆一
  同に声を揚け愁涙に絶たる由其後方丈へ参内蔵助和尚へ
  逢委細申達候也

 一直鎗八本十文字六本鎌鎗七本長刀二振仕込刀四本
  《割書:但刀に柄付|候もの也》右弐十七本泉岳寺迄持参
〇一何れも山門へ這入候節原惣右衛門申候は当院は門三ヶ所に有之候間
  いつれも左様に可被相心得と申夫ゟ御墓所へ参申候事済に而本堂
  左之方衆寮廻廊抔に集草鞋はき替只今にても上杉家ゟ
  討手参候はゝ無油断様にと何もへ下知仕候其内一両人かわる〳〵御墓
  所之首之番仕候方丈ゟ粥なと出し炭火を起しあたらせ候由何も
  夜前之草臥に而臥り折居申候得は大石主税罷出無行義之臥り
  不申様にと申候に付何れも任其意候と也

〇一泉岳寺より以使僧寺社御奉行阿部飛騨守殿へ《割書:豊後守嫡|一万石》
  注進仕る
〇一飛騨守殿ゟ即刻物頭弐組川久保小右衛門本多九左衛門火之用心
  之為とて被差越御心持は堅め之心之由
▢一内蔵助和尚へ申候は私共切腹可仕候間左様に御心得被下候様にと申
  達候処和尚答に致承知候得共今少し御待被下候へ此上は御切腹は
  いつに而も成申候間先御無用其上当寺之義をも思召被下候はゝ是
  非御待被下候様にと達而断申候由残り候者共申候は最早此世の礼義
  相済申候上野介様之御家来衆も只今迄我等共如所存嘸御無念に

  可被存候定而追懸可被参候上杉様へも米沢拾五万石御指
  上候而も御実父様之御事に候へは御自身御出に而可被遊哉と被存候此上は
  私共無力に相成候而御門外へ罷出候而四十六士討れ可申候間其時
  は早〳〵御門御開き可被下候中々尾籠之働不仕と申候和尚是
  以御待可被下と達而差留申候由《割書:【仙石殿へ両人遣候上は兎も角も御下知を可相待事也】|【卒尓に切腹と申事如何不分明】》
〇一上野介様御頸最早此方入用無之に付和尚へ相渡申候高家御
  歴々之首汚し候事法外之至に候御出家之事に候へは宜敷御執計可
  被成旨内蔵助及挨拶申候由和尚請取仏前へ納め置左兵衛殿
  御宅へ泉岳寺ゟ使僧を以贈之彼方に而御家来斎藤宮内

  左右田孫兵衛万昌院謁使僧御首請取候也
    追書に上州之首泉岳寺に十六日迄預置候而同寺ゟ寺社【御】奉行へ
    相伺候処上野介旦那寺へ送候様にと差図有之候然れ共旦那寺ゟ
    又上野介殿宅へ遣候而も如何候存候や泉岳寺ゟ答申候へは如何様共
    上之御構無之儀に候間勝手次第可仕旨被仰聞候に付十六日に夜に入
    左兵衛殿へ泉岳寺ゟ出家弐人相添持せ遣候由
〇一和尚粥を出し被申候節皆々戴き土中之骸骨等不存寄和尚様
  之御弔ひに預り申候とて笑ひ給申候由
▢一堀部弥兵衛粥給候時和尚へ申候は何れもは切腹仕候面々に候へは御引
  導頼申度由申候へはされはこそ常々拙僧共之心懸申第一之志は
  各々只今之御心持こそ修行仕候事に候各々は即心即仏体と申に而候

  我等体も今各之御志しにあやかり度と存候事に候と被申何も
  興に入申候
▢一方丈被申候は当寺は禁盃之事に候得共今朝別而寒気も強く
  又いつれも尋常にかわり候へは御酒壱つ宛被聞召候へと自手銚子
  土器取持て不怪馳走之体に相見候へとも内蔵助何れも申候は
  御厚情不浅千万忝存候当寺御禁盃之所に而酒給候事非
  本意候へは給申間敷と再三申候へ共方丈達而不苦候旨申候に付
  内蔵助申候は然は御志を給不申候は却而慮外にも候へとて各大盃
  を以数盃かたむけ興に入申候兵者の交り頼み有中の酒

  宴かなと二三返押返し謡ひ申候《割書:【酒出し候事は可有之謡ひ之事は評に不及】|【誤伝也】》
▢一給仕之者上野介様御父子御働は如何と尋候へは御父子ともに随
  分見事成る働に而御座候其外御家来中も恥しからぬ
  働有之由申候此外兎角之義咄し不申候
 一御城に相詰居申候御徒目附八人仙石伯耆守殿宅へ罷越
  家来万右衛門と申者へ致対談候様にと御歩行目付組頭依田十郎兵衛申渡す
 一伯耆守殿十五日昼九時過 御城ゟ御帰右注進に参候両人に
  御歩行目付を付置御目附水野小左衛門鈴木源五右衛門罷越し泉
  岳寺に而御預被成候筈に有之処又伯耆守殿宅へ呼取候筈に相成候間

  御徒目附之内鬮取に致候而泉岳寺へ罷越召連可参旨被申渡
〇一お御預り方四ヶ所ゟ昼時過為請取御人数被差越候処如何仕
  たる御相談やらん何れも引取申候 【様子奥に有之】
〇一八半時過仙石伯耆守殿ゟ為御使御徒目附石川弥一右衛門野村
  新八松永小八郎御小人目付拾人罷越被申渡候は大石内蔵助へ
  伯耆守申候は各被仰合夜前吉良上野介宅へ打入被申候旨
  両人物語に而令承知候得とも猶又可承子細有之候条各御同道
  只今拙宅へ可被参由右両人ゟ之手紙も届申候内蔵助奉畏候
  何れも参上可仕由御請申上る右三人之御徒目附承知之返簡

  被下候様にと申候に付内蔵助硯乞返答認三人へ相渡三人共罷帰る
 一跡ゟ参候御歩行目附原田与一右衛門江口文左衛門田中九兵衛山尾
  助右衛門増野庄右衛門宮田孫三郎梶山与三兵衛御小人目付拾人御使
  者九人
 一伯耆守宅へ七半時罷越右之者共芝泉岳寺ゟ伯耆守宅へ
  参候由注進追々有之只今罷越候由長道具持参仕候処伯
  耆守門前に而捨置候由右四拾四人門内へ入壱人つゝ呼出し大小を
  取通し御預け相済候節夜八半時に相成候由
〇一十二月十五日浅野内匠頭様御家来四ヶ所へ御預け之段殿中に而

  夫々へ被仰渡松平隠岐守殿病気に付登 城無之御奉書
  を以被 仰付左之通
    浅野内匠頭家来拾人其方へ御預け被成候右之者共芝
    泉岳寺に罷在候仙石伯耆守鈴木源五右衛門杉田五左衛門
    罷越候間泉岳寺へ家来者共差越可被請取候以上
      十二月十五日    御老中御連名
      松平隠岐守殿
  右御請相済候也御奉書十五日之昼過 御城ゟ直に被遣候
  御請は即御使へ被相渡御用番へ御使者を以御奉書之趣奉得

  其意候旨被申越即刻泉岳寺江留守居三浦七郎兵衛松浦
  作左衛門へ人数そへ被遣候
    中老弐人  物頭弐人  大目附弐人
    給人拾人  徒目付四人 下目付四人
    足軽弐百人 小人百人  駕籠拾挺
    高釣灯弐十 箱釣灯弐十《割書:【此人数不慥其内釣灯廿宛は慥に泉岳】|【寺へは不参候仙石殿屋敷へ之事にや】》
  右之人数留守居召連芝泉岳寺へ参候処に七時過伯耆守殿
  源五右衛門殿五左衛門殿御連名之御手紙隠岐守殿上屋敷へ到来
  之趣

    浅野内匠頭家来於泉岳寺可被相渡旨先刻従
    稲葉丹後守被仰渡候得共伯耆守宅に而相渡可申
    旨丹後守殿ゟ被仰聞候間御家来伯耆守宅へ御差
    越可被成候以上
                 杉田五左衛門
      十二月十五日     鈴木源五右衛門
                 仙石伯耆守
      松平隠岐守様
  右手紙参候間早速重役之者申付泉岳寺へ遣候に付
  留守居人数引連直に伯耆守宅へ罷越最早暮合に而門
  を固め候故御小人目付へ其段申入候伯耆守殿式台へ御出四ヶ所之

  留守居ヱ御逢人数召連候而罷越候段御聞届被成候御預け之
  者いまだ泉岳寺ゟ不参候間従是案内可有之候間人数
  門外遠のけ横合に片付目立不申様に差図可申旨被仰渡四
  ヶ所之人数片付罷在候戌之下刻御預け之者伯耆守殿宅
  江参候此内駕籠に而参候外は皆歩行也
▢ 此時三田町弐丁目に而見たる者有先出家壱人立其後跡弐行に
  列歩す皆鑓長刀を持昨夜之装束也駕籠拾六挺
▢一泉岳寺ゟ伯耆守殿御宅へ罷越候に付駕籠四拾六挺寺ゟ
  申付候処いつれも断申候其内惣右衛門勘六は行歩難成に付駕

  籠に而罷越す
▢一愛宕之下ゟ泉岳寺迄道筋町通り裏屋小路迄御徒
  目附つき見物に立留り候者道具に而も持せ候【者】か少にてもあや
  しき者有之候はゝ早速申出候様にと相触候也
▢一四拾六士討損したる鑓長刀致持参候得共伯耆守殿門外に而
  最早不入とて鑓長刀共溝へ捨置候而互に辞かけ合今生之
  暇乞仕候其段注進仕候処門内へ入候様にと被申渡御小人目付門を
  開き名を聞段々に呼入門を打申候大石内蔵助門内へ入
  致下座手を突御門前迄鑓抔持参仕候御門内入不申表に

  差置候由断申候に付相応之挨拶有之也伯耆守殿玄関前に
  大桶に水を入手拭数多出し手水仕候様に差図に而何れも草鞋を
  取足を洗ひ式台へ揚り申候其時内蔵助初壱人つゝ呼上け申候御
  目附衆何れも揃候哉と尋に付不残揃候由答申候内蔵助玄
  関へ上り刀を抜候処御徒目付立合御法之事に候間大小とも
  相渡候様にと被申両腰懐中之物迄受取申候右之内に懐中
  脇差持参之者も有之候由四拾六人右之通相改書院へ通し
  壱人手前に紙差置御徒目付罷出何も親類を書付申候
  四拾六人共に装束何れも腰切之上着下着浅黄小袖上着は

  紋付いろ〳〵替候へとも下着は大形同様尤桃色裏も有之也
  何も月代すり立髪はわけ申候も茶洗髪も相見へ申候大小之柄
  不残切柄さなだに而巻申候頭巾は上は革の火事頭巾中は鉢を入
  候由玄関に捨置申候何れも取上け積置申候伽羅焼入不申は
  壱つも無之由手負五人之内両人手重く相見御徒目付二三
  人つゝ介抱仕候座付に而もよりかゝり筋違に居申程に有之伯耆守殿
  三人之御目付中列座之節御徒目付罷出越中守殿ゟ請
  取之使者門前に相詰候由申候呼入候様にと伯耆守殿御申候右請
  取使者壱人留守居立付羽織弐人は麻上下を着し罷出申候

  其時伯耆守殿列座へ会釈有之被 仰渡候浅野内匠家来
  浪人拾七人細川越中守へ御預け被成候旨被申渡三人之者奉畏
  候旨御請申上る其後二列に居申候へ御向伯耆守殿如前
  会釈有之被申渡候は其方共拾七人細川越中守へ御預被成候と
  被申渡拾七人之者頭を下け初より終迄何も謹而居申候伯
  耆守殿御申候は大石内蔵助とは御自分かと御尋之時内蔵助
  謹而大石内蔵助とは私事に而候と申上れは伯耆守殿被仰候は
  如何様之義故上野を討候哉と御尋之時書置一通に記したるのみ
  に而御座候其時伯耆守殿御申に内匠殿事 公儀を不恐於

  殿中不調法之働被致候に付御法式之通被 仰付候上は奉対
  上御恨ヶ間敷義有之間敷所々各及騒動之事重々不届之
  旨御申に付内蔵助申候は対 上御恨ヶ間敷義毛頭無御座候へ共
  上野介殿御存生之処家来共鬱憤に奉存夜前致推参奉討
  候上は如何様に被 仰付候迚も少しも御恨に不奉存義と申候其方は
  在所勝手之者に候哉と御尋に付在所勝手之者之由申上る上野介
  宅へ何時参候哉《割書:内蔵助|忠左衛門》答八つ時過にも可有御座と申上る夜討
  之義火は釣灯を用候哉松明を用ひ候哉両人答 御城下火之元
  之義厳密に被仰付候に付堅く申合火を持参不仕候参候時分は

  闇く可有之【哉】と御尋両人答昨夜は晴月に而光強く何も難義仕候
  夜討之合言葉を申合候哉両人答成程申合候相印は如何と被仰候
  白き布を用申候と申上る内へは如何して入候哉と御尋両人答門を破
  入申候内之明りは如何仕候哉両人答乱入之節彼方番人壱人召捕候を
  羽かい〆に仕此者に蝋燭之有所を承入物を取出し数を改出し玄
  関の灯に而蝋燭を灯し立内へ乱入湯殿并縁下迄も尋候へとも
  上野介様御見へ不被成と申時居間へは参候哉と両人答慥に御居間と
  存候処へも参り候次之間に番人之夜具と相見へ数多ぬき捨有之候
  其内間十次郎と申者炭部屋へ参り戸を打離し候時内に人音有

  之に付鑓の石突に而さがし申候其時内ゟ壱人刀を抜出に而殊外働
  申候を寄合討留申候又内へ半弓を射込申候夫計かと御尋候
  両人答て炭茶碗抔投出し申候と笑顔に而申候其内に又壱人
  切て出申候間十次郎手燭を持参仕見申候処長持之上に人居申候
  上に茶の亀あや嶋下に白小袖ねまき帯に而居申候よもや上
  野介様に而は有之間敷と何れも立寄主人之有所を申候へと
  声々に申候へとも無言で而居申候に付武林只七鑓に而顔をつき
  申候此炭部屋と申は物置所と相見へ申候上野を何れも覚居
  候哉脇差を抜候哉刀は如何と御尋に付御刀は御居間と存候処に有

  之候只七鑓付候時御脇差を御抜御出被成候其時十次郎御印を揚
  申候十次郎只七右之通に候哉と御尋十次郎只七末座ゟ罷出
  内蔵助申上候通に御座候と申外頭を下け若輩共は一
  言も不申上候上座内蔵助忠左衛門計答申候内蔵助申上候は
  上野介様面何も見覚不申候へとも白小袖を着候事家来に而は
  有之間敷と存御髪かき揚見申候処五寸計後ろに疵之跡有
  之候是は去年亡主切付申候疵と存候然れ共無覚束存し
  守袋御懸候をはづし御鼻紙袋共に取添御下着之小袖に包み
  帯に而結ひ御居間之長刀に懸置申候而最前搦置候者之前へ

  致持参上野介殿御印に候哉と相尋候処慥に御印と申候唯七目の上
  の疵は如何と御尋に而只七答て鑓の石突に而戸を打放し候時
  戸たおれかゝり戸の角に而すりこかし候由申上候左兵衛は手疵
  負候哉と御尋両人答其段は不存候左兵衛らしき仁壱人も相
  見へ不申候左兵衛様には御恨無之に付兼而申合御手向不被成候
  得は此方ゟ手向ひ不何様に申談置候
▢一討留候者何人程候哉働候者も有之哉と御尋両人答討留候者拾
  四五人かと覚申候上野介様御家来夜中と申人少に御座に付壱
  人に四五人つゝかゝり討留申候其後長屋へ廻り此節志候者は

  出合候様に申候へとも一人も出合申者無之候夫故火之元気遣ひに存
  部屋〳〵迄立入火に水を懸灯をしめし蝋燭之灯しさしは一所に
  集め数を改め水を懸引取申候定而御見分之御方様御覧可
  被成と奉存候裏之塀に切明け候様成所御座候是ゟ落退候
  者も多御座候哉と奉存候其後四十六人之者御門披き引取申候
  定而左兵衛様御家来衆慕ひ可申と心静に廻向院迄罷越
  相待候へとも相見へ不申候御下知相待候義憚入奉存候得共無是非
  泉岳寺へ罷越申候
▢一於 御城下打入候に大勢相催し咎も無之大勢切殺弓箭飛

  道具を帯する事無憚事に内蔵助申候は左様に而御座候
  兼而一味之者共多人数之義分け難去御座候其上五七人に而
  中々入込候而も可達本意と不被存候長道具は武士之可持
  義是又大勢に渡り合【候時】遂本望可申ため也上を憚奉存候印には
  甲冑を着不仕鉄炮を持参不仕候多人数を殺申事兼而
  申合に而左様無之様にと奉存候得共彼方に而も主人を囲ひ防戦
  敵対仕候本人を討候事妨に相成申候故右之通に御座候此方ゟ強而
  殺不申候証拠には壱人としてとゞめ差不申候只打伏せ働不申
  迄に仕置候と申上る

 一此度残候者或は妻子扶助之ため奉公仕候者も可有之候将又岡
  林杢之助藤井又左衛門大野九郎兵衛安井彦右衛門抔出合不申候哉其
  外一味之者無之哉と御尋被成候く内蔵助答に何れも家中一同に
  存寄罷在候得共江戸に居合候者之内此度之事急に取懸り
  申候に付此様子不存此方よりも難知せ御座候に付洩申候者多く
  御座候既に遠国之者は猶以之義に御座候大野九郎兵衛義は私同役
  相勤罷在候処内匠頭義申来候と別而十方を失ひ申候内匠頭幼年
  より誠に懐内に而守育申候者故年寄に而万事放心仕候に付御城引渡
  前他国へ立退せ申候由申上る

▢一夜中認めは如何仕候哉と御尋両人答廻向院前茶屋に而認め仕候
▢一大石主税と申は何れに而候哉と御尋五六番目之座ゟ罷出私に而
  御座候歳はいくつそと御尋主税十五歳に罷成候由申候恰好大く
  器量すこやかに相見候声はいまだ若輩に候へ共形は大男に
  相見へ尤元服に而御座候列座之衆能き器量之誉被申候
  主税江戸住居に候哉同人答て在所に罷在候由申候其時忠左衛門
  申候は私足軽寺坂吉右衛門と申者夜前上野介様門前迄罷
  越候処相見へ不申候門内に而は誰も見懸不申由に御座候夫故拾
  六人に而御座候と申上る

▢一伯耆守殿御申候は最早尋候事無之候間御預け方へ可被相越候
  追付可被 仰付候旨鈴木源五右衛門殿水野小左衛門殿御列座に而被
  仰渡何れも奉畏候由申上る
▢一水野小左衛門殿御申候は内匠頭殿には能家来を被持御用にも可相
  立候処残念之由被申候列座之衆何も同前之挨拶有之候何れ
  も頭をさげ居申候
▢一忠左衛門罷立候節伯耆守殿家老井上万右衛門へ向ひ今朝ゟ段々
  被入御念御馳走被仰付可奉忘置様も無御座難有仕合に御座候
  由両度迄操返し〳〵一礼申達候

 一毛利甲斐守殿ゟ  家老  田代要人
           番頭  原田将監
           留守居 金子六郎右衛門
 一水野監物殿ゟ   家老  水野主馬
           留守居 山田太右衛門
               山川九郎右衛門
 一松平隠岐守殿ゟ  家老  奥田次郎大夫
               用人津久田喜兵衛

           留守居 松浦八郎右衛門
               三浦七郎兵衛
    右仙石伯耆守殿水野小左衛門殿鈴木源五右衛門殿申渡也
 一長道具四つに分四ヶ所へ渡す左之通
  一《割書:鑓八本半弓一張長刀一振|仕込刀壱》  《割書:細川越中守家来|    安場市平へ渡》
  一《割書:鑓四本仕込刀壱    |半弓一張》  《割書:松平隠岐守家来|    佐々六右衛門へ渡》
  一《割書:長刀弐二振仕込共鑓四本|半弓一張》  《割書:水野監物家来|    水野主馬へ渡》

  一 十文字鎗五本仕込刀壱  《割書:毛利甲斐守家来|    金子六郎右衛門へ渡》
▢一十五日之夜六時刀脇差御預り方へ被相渡候に付者頭壱人給人
  壱人残し置請取帰り申候
▢一駕籠に網かけ申候に不及由御差図也御預り方ゟ壱人に侍三人つゝ
  足軽取囲み銘々屋敷へお引取被成候
▢一細川越中守殿ゟ馬廻り拾五騎歩士雑兵弐千計
           家老   三宅藤兵衛
           用人   白坂平兵衛
           留守居  堀内平八

  越中守殿ゟ乗物拾七挺門内に入式台に而壱人つゝ請取懐中
  改乗物に乗せ拾七人不残乗仕舞一挺つゝ段々に門を出し人数
  かこみ罷帰候
▢一水野監物殿ゟ馬廻り丗騎歩卒五百乗物一様に錠前
  末々迄着込くゝり鉢巻仕候由
▢一右御預り人銘々屋敷へ参着四ヶ所ゟ以使者稲葉丹後守殿へ
  御届被仰遣其外之御老中へも御知せ候由伯耆守殿御目付衆へも
  使者に而御知せ被仰入候由
〇一御預け所謂

    細川越中守殿江 《割書:綱利従四位下少将五十四万五千石|居城肥後熊本 屋鋪芝》
    《割書:家老|千五百石  》大石内蔵助《割書:二巴 》  《割書:加東郡郡代  |二百五十石》吉田忠左衛門《割書:丸ノ内花菱》
                    《割書:此五十石ハ役料ニ而現米| 》
    《割書:者頭|三百石   》原惣右衛門《割書:角ノ内|立葵》  《割書:用人小姓頭  |三百五十石》片岡源五右衛門《割書:瓜ノ内ニ|釘貫》
    《割書:大目附二百石|役料現米十石》間瀬久大夫《割書:巴  》  《割書:近習者頭並|百五十石書方 》磯貝十郎左衛門《割書:立モツコウ》
    《割書:京都留守居 |百五十石|役料七十石》小野寺十内《割書:唐花 》  《割書:隠居前留守居|隠居料高五十石》堀部弥兵衛《割書:重四ツメ結》
    《割書:馬廻り|弐百五十石 》近松勘六《割書:六星 》   《割書:馬廻り    |弐百石》富森助右衛門《割書:丸ノ内|【図】》
    《割書:馬廻り   |弐百石》赤垣源蔵《割書:   》   《割書:馬廻り    |弐百石》瀬田又之丞
    《割書:江戸武具奉行|百五十石》奥田孫大夫《割書:   》  《割書:馬廻り    |百五十石》大石瀬左衛門《割書:二巴|内蔵助従弟》
    《割書:馬廻り|百五十石  》矢田五郎右衛門《割書:蘘荷【=茗荷】ノ内|矢》  《割書:馬廻り|百五十石》早水藤左衛

    《割書:馬廻り百石|役料四石五斗》間喜兵衛
    松平隠岐守殿江  《割書:定直 従四位下諸大夫 拾五万石|居城伊予松山 屋敷愛宕之下》
    《割書:内蔵助嫡  》大石主税《割書:二巴   》  《割書:父金右衛門二百石|舟奉行物頭並|近年病死ニ付忰|九十郎金右衛門ニ改》岡野金右衛門《割書:釘貫》
    《割書:馬廻り   |二百石》堀部安兵衛《割書:四メ結二ツ》 《割書:代官|百五十石     》木村岡右衛門
    《割書:先知百石  》不破数右衛門《割書:三ヶ年以前御暇被遣浪人岡野|次大夫ト云【御】用人ノ三男也》
    《割書:馬廻り   |百石》菅野半之丞     《割書:膳番|廿石五人扶持   》大高源五《割書:小野寺十内|甥》
    《割書:祐筆    |百石》中村勘助      《割書:国蔵奉行|十両三人扶持   |外ニ五石》貝賀弥左衛門
    《割書:宗門改役  |米三十石》千馬三郎兵衛《割書:千葉之嫡流也然レ共卑士之高名ヲ汚事ヲ憚千馬ト号ス|依之紋所月ニ星ヲ略シ七星ノ内ニ太ク月ヲ記スモノ也》
    毛利甲斐守殿江  《割書:綱元従四位下侍従 五万石|居城長門長府 屋鋪赤坂》

    《割書:次番|廿石五人扶持 》倉橋伝助《割書:三カイ菱 》    《割書:次番|十両三人扶持》武林只七《割書:巴》
    《割書:次番|八両三人扶持 》杉野十平次《割書:雁金   》   《割書:忠左衛門惣領》吉田沢右衛門《割書:丸ノ内|花菱》
    《割書:十内惣領   》小野寺幸右衛門《割書:実大高  |源五弟》 《割書:江戸蔵奉行|廿石五人扶持》村松喜兵衛
    《割書:中小姓|廿五石五人扶持》岡嶋八十右衛門《割書:原惣右衛門|弟》 《割書:中小姓|廿石三人扶持》勝田新左衛門
    《割書:銀奉行中小姓並|十五石三人扶持》前原伊助        《割書:喜兵衛次男 》間新六
    水野監物殿江  忠之 【前に有之故略之】
    《割書:久大夫嫡子  》間瀬孫九郎       《割書:孫大夫嫡子 》奥田貞右衛門
    《割書:喜兵衛嫡子  》間十次郎        《割書:長助忰|廿五石|五人扶持  》矢頭右衛門七《割書:長助は勘定奉|行去年病死|也》
    《割書:喜兵衛嫡子  》村松三大夫       《割書:徒目付五両 |三人扶持|役料五石》神崎与五郎《割書:蛇ノ目》

    《割書:徒目付|五両三人扶持|役料五石》茅野和助《割書:輪ニ剣違》  《割書:徒目付|五両三人扶持》横川勘平《割書:横木瓜|十文字》
    《割書:浦方奉行|七石三人扶持》三村次郎左衛門
    右之通四ヶ所江御預け也
▢一御預け之先々之内松平隠州公に而は小屋付之者給人四人
  徒士四人下男弐人早速行水取拾人之面々江料理二汁五七
  菜酒心次第夜着《割書:羽二重|絹類》蒲団小袖三つ上帯下帯《割書:楊枝|鼻紙》御渡
  被成不自由無之様にと被仰付尤御座舗之内放し囚人に而被差
  置尤大体煙草盆伺被成候処外之御預けとは違候に付御差図
  は不被成候間御見合次第之儀と御申候由尤侍足軽数多御附置

  家老用人切々咄之相手にで出る何も如形行義正敷候由御料理等も軽
  被成下候様度々御断申上候
▢一御預之面々御屋敷へ参着早々何れもへ御逢候由内隠岐守殿には御病
  気故御逢無之候細川越中守殿に而は御逢候而此度皆々被致大
  儀候由御申惣礼終而大石内蔵助申上候は乍憚存命之内御厄介に
  可相成旨御請申候由皆下屋敷へ被遣十五日之夜伯耆守殿に而立
  合被申候御徒目附抔と御届有之由
▢一上野介殿跡宅へ見舞被申候一類衆
    《割書:上野介|従弟違》荒川丹波守殿  《割書:上野介甥|能登守養子》東條隼人殿

    《割書:上野介弟》東條能登守殿  《割書:上野介|従弟》酒井主馬殿
    《割書:又従弟 |聟》高木宇右衛門殿 《割書:従弟聟》伊藤志摩守殿
    《割書:従弟聟|妻は死す》津軽采女殿
▢一吉良左兵衛殿ゟ御家来粕谷平馬を御使者として御月番稲葉
  丹後守殿へ十五日に相届る口上書
    夜前八つ時浅野内匠頭家来共私宅へ切込同姓上野介致
    殺害に付私立合相働申候深手数多負申候当番之家来共
    拾四五人討れ申候狼藉者共之内にも深手負候者も有之候得共引ま
    とひ立退候故死骸は残り不申候事急に御座候故口上に而申上候

    丹後守殿には御清め御用故土屋相模守殿へ持参仕候由
▢一十五日吉良左兵衛屋敷見分
    安部式部殿
    杉田五左衛門  被 仰付
    御徒目付四人  伊谷茂右衛門 神谷伝五右衛門 星野嘉左衛門
            樋口弥右衛門
    御小人目付五人 落合権蔵   石野平吉    山田作右衛門
            伯渕源七   白井八右衛門
▢一土屋主税殿口上書

    昨夜七時隣家吉良上野介屋敷騒敷候間火事に而候哉と罷出候
    得は喧嘩之体に相聞候故家来召連境迄罷出堅め居申候得は
    塀越に声をかけ浅野内匠頭家来片岡源五右衛門小野寺十内原
    惣右衛門と申者に而御座候我等は遠国之者上野介殿を見知不申候目
    明し之者証拠に仕只今上野介殿を討取達本望候由申候夜明前裏
    門前人数五六拾人程も罷出候様に相見へ申候尤火事装束之様に相
    見申候闇に而聢と様子は相見へ不申候此外様子不存候以上
      月日
 一駿府在番留守に付牧野一学家来茂木藤大夫ゟ相届候口上書

    昨夜七時分火事之様に方々致人声候に付罷出見合候処吉良
    左兵衛様門内声高に相聞候得共様子相知不申に付手前門外に
    押之人も付置候処其後何之物騒敷様にも無之につに付其通りに仕
    居申候其外可申上義無御座候以上
 一松平兵部太輔殿家来本多孫太郎真柄甚大夫口上書
    昨夜七時分何哉らん物騒敷火事抔之様に御座候得共聢と知
    不申内其内に静り申候其節之義は曽而様子不存候以上
 一吉良左兵衛殿口上書
    昨夜八つ過上野介并拙者罷在候宅へ浅野内匠家来と名乗

    大勢火消装束に相見押込申候節長屋二ヶ所へ橋子を掛裏
    門扉を破大勢押込太鼓抔打火消之体に仕其上弓矢長刀抔持
    参仕所々ゟ切込申候家来大勢防候へ共兵具に而身をかため候哉此方
    家来死人手負多く乱入之者共手負たる計に而討留不申候拙者
    儀も長刀に而防申候処二ヶ所手負申候其節眼へ血入気遠に成り候へ共
    上野介儀無心元居間江罷越見申候得共もはや討れ申候其後
    乱入之者共引取相見へ不申候以上
      月日
 一上野介殿家老用人口上書

    昨夜八過火事と申候に付小屋に臥り居申候者早々罷出見申候処
    小屋一間に三四人程宛鑓持並居申候戸明候而のそき申候へはかすり
    疵受申候依之見合居申候其後罷出見申候へは上野介相果申候此
    外様子不存候以上
                《割書: |六十四歳》
      十二月十五日     斎藤宮内
                《割書: |六十七歳》
             手内疵 左右田孫兵衛
                《割書: |丗七歳》
             月代疵 岩瀬舎人
                 【岡瀬トモアリ】
   ▢吉良左兵衛殿家来手負口上書
 一松原多仲口上昨夜八半時火事と申裏門に物音仕候に付私小屋は門脇に

  御座候故早速罷出候処弓に而被射矢疵負申候得共大勢に向ひ申候
  処門打破り申候槌に而打倒され右之疵に而働き不罷成候
 一同人申上候乱入之者共一所にかたまり裏門ゟ込申候門ゟ外之分は手負働
  不相成に付見届不申候小屋門の脇故右之通見届申候以上
 一取次玄関に而手負斎藤十郎兵衛口上私儀当番に而広間に臥り
  罷在候処大勢切込申候に付働候而手負申候手疵重く候故働兼申候
 一取次小屋口に而手負清水団右衛門口上小屋に罷在候処火事と申候に付罷
  出候へは鑓長刀に而刃向ひ申候に付大勢故鑓疵刀疵も負申候屋形迄可
  罷出候処深手に而倒れ申候

 一用人小屋宮石所左衛門口上小屋に罷在候処騒動仕に付早速罷出候処
  小屋前に而大勢向ひ手負働罷成不申候
 一中小姓近習番所に而手負宮石新兵衛口上私儀近習泊り番に而
  罷在候処大勢切込申候に付左兵衛寝間へ参候得は大勢に而向ひ申候に付
  手疵負申候
 一山吉新八口上私儀小屋に罷在候処火事と申候に付罷出候得は鑓長刀に而
  刃向ひ候へ共切抜旦那居間近所迄参候処乱入候者罷在候に付相働手
  負申候重手故其後働れ不申候
 一役人小屋口に而手負加藤太左衛門口上私儀小屋に罷在候処右之騒動に付

  罷出候処小屋前に而手負申候
 一中小姓近習泊り番に而手負永松九郎兵衛口上近習泊り番に而罷在
  候処大勢切込候に付働申候而手負申候
 一同松山三左衛門口上私儀屋敷騒き申候に付罷出候処小屋前に而四五人も罷
  在刃向ひ申候に付何卒切抜申度候得共手負働兼申候
 一同玄関に而手負天野貞之進口上広間当番に而罷在候処大勢
  切込申候に付働申候へ■【「ど(と)」と思われるが字母不明】も深手故旦那近所之座舗に而倒れ申候
 一同中小姓座敷当番に而手負倒れ申候堀江勘左衛門口上書院近所
  座敷に罷在候処乱入之者切込申候に付働き手負申候

 一同小屋口に而手負伊藤喜右衛門口上小屋に罷在候処早速罷出小屋
  前に而手負働兼申候
 一左兵衛役人小屋口に而手負石川彦右衛門口上右同断
 一左兵衛役人杉山与五右衛門口上右同断
 一裏門番人足軽小頭小河内六郎左衛門口上裏門番に而罷在候処大勢
  罷越し屋敷之内火事有之候間門明候様にと申候に付門之間ゟ見申
  候へは火事装束に而参候へ共屋敷之内火事も無之に付門明不申候に付
  何も門打破大勢入申候其節火消之道具に相見へ申候私罷出候処疵
  蒙り申候

 一足軽弐人台所番に而罷在候処大勢切込申候に付出向ひ疵蒙り申候
 一門番之下番中間口上大勢切込申候に付出向ひ申候へは疵蒙り申候
  右之通に御座候尤乱入之者とも疵負申候得共騒動故覚不申候以上
    元禄十五年十二月十五日
  右之御吟味十八日之晩相済申候其内御差図無之上下共に死骸片
  付不申候十九日之夜夫々片付申候尤御内差図相伺候而右之通漸
  相済候由
〇一十四日之夜近松勘六家来甚七と申者惣打込之節も表門迄参
  首尾能仕廻候後罷出候則瑤泉院様御家老落合与左衛門江罷越

  是は今宵打込候由依之金銀相払何角之諸帖差越尤瑤泉院様
  御金千両之内七百両は返上残三百両は此度之為入用拝領仕何も仕払
  内蔵助有金をも不残打込皆済仕候由算用帖共不残差越其外
  書付類も不残差上候由
〇一右之節井上団左衛門へ之書状差越与左衛門ゟ相届呉候様に申越候由
  是は 安芸守様思召に浪人無心元思召候様に去春近藤八郎右衛門
  山科進藤源四郎抔へ申達候噂も有之に付上野介殿を此度討申候
  始終 安芸守様思召迷惑仕候段申遣候由
▢一細川越中守殿正月の末梅花白一枝御手折被成御持出被成梅花盛

  なれは可被詠と内蔵助へ被下候由謹而再拝し各御厚恩を忝と
  申上は花に泪をそゝぐやと即時に感悦仕候也越中守殿いざや此花
  を興に宴を儲んとそれ〳〵とて美酒佳肴席にみち主賓
  を仁愛礼譲いとも目出度風情数刻に及ひ越中守殿被為入候而
  内蔵助初め拾七人之面々難有事と思ひ家老中迄御礼申上る
  其後内蔵助何もへ向ひて我等とも最期近々と覚候と語る
▢一水野監物殿九人之面々江被仰候は決断之日迄は万事我に可被任
  聊疎意不可有類家知旁之者尋来候は可有対面と被免か書通も
  不苦候との義に而候由下知を待面々なれは自害等不可有各なれ

  は大小をも渡し置逃去人々ならねど門外へは無用此段気つまり
  にやと御笑被成候かまへて枕を高く安臥可被致とて通ひ之為小童
  五六人御附置被成候由自分には御寝所に御具足を被置次に士五六人
  尤寝番を被差置乗馬等昼夜共御用意其外御用心厳
  敷候由也    【如此取り〳〵に風説有之候へ共何も不分明】

     吉良家系図 幕紋桐ノトウ
  足利左馬頭義氏三男
    長氏《割書:吉良上総介従五位下 |左衛門尉》  満氏《割書:吉良三郎左衛門尉|従五位上》
  吉良正統
              国氏《割書:今川四郎|今川之大祖》

    貞義《割書:吉良弥太郎 上総介|左京大夫 従五位下|上総入道省観号実相寺》  満義《割書:吉良左兵衛佐 従五位下 |左京大夫 昇殿|引付役人号寂光寺》
    満貞《割書:吉良三郎兵衛佐   |治部太輔》  俊氏《割書:吉良左兵衛佐|勘解由小路》
    有義《割書:同四郎 左馬介   》  女 《割書:義時朝臣之室》
    義尊《割書:中務太輔      》  朝氏《割書:中務太輔》
    義直《割書:吉良左兵衛佐    》  義元《割書:吉良左兵衛佐》
    義藤《割書:吉良|応仁之乱に宗全方  》  義富《割書:吉良上総介》
    義堯《割書:吉良左兵衛佐    |四位》  義康《割書:吉良左兵衛佐》
    義定《割書:吉良上野介     》  義助《割書:吉良上野介|四位少将》

    義英《割書:吉良上野介|四位少将》    義周《割書:吉良左兵衛| 》
 一上杉弾正大弼綱憲実父吉良義英之嫡子也室は紀伊大納言
  光興公之御娘也《割書:中納言綱教公|之姉也》
 一上杉播磨守殿弾正殿を養子に被仕弾正殿子息弐人嫡子は
  上杉民部太輔次男吉良左兵衛《割書:十八歳実上野介殿|孫也》
〇一吉良上野介殿御内室は上杉播磨守殿《割書:綱勝| 》之御息女也
〇一上野介殿御戒名
      元禄十五壬午年十二月十五日
    霊性院殿実山相公大居士    異に霊性寺殿とあり
      従四位上左近衛少将吉良前上野介源義英朝臣

      導師 牛込曹洞宗久宝山万松院《割書:第六世| 》元住大忠和尚
 一上野介殿歩行之者口上一昨夜八つ時過長屋屋根騒敷火事と申候
  に付罷出候処鑓を持大勢押込申候に付小屋へ這入申候処外ゟ戸を
  押へ出し不申候何人参候哉其段見不申候此外可申上義無之候以上
    岡田五右衛門  星野八右衛門  岩船新右衛門
    近藤徳兵衛   山下岡右衛門
 一上野介殿足軽口上昨夜八半時裏門ゟ火事と申大勢這入申候出向
  ひ申候へ共先手之者壱人鑓に而被突申候に付先小屋へ引申候処外ゟ戸を

  押へ出し不申候此外可申上義無御座候以上
    須田作左衛門  富永次郎左衛門  磯六兵衛
    谷惣兵衛    荒木一郎兵衛   鈴木杢兵衛
    杉山伝右衛門
 一表門番人口上書昨夜八半時何方ゟ入申候哉相知れ不申大勢屋敷
  内江入乱れ森半右衛門と申傍輩出向ひ申候へは突殺され申候何人参候
  哉人数見分け不申候此余可申上義無御座候以上
    番人    中軍仁右衛門
 一裏門番人口上昨夜八半時裏門打破大勢這入申候に付出向候へは傍輩

  壱人突れ申候拙者共両人に而叶不申に付其通りに仕置申候尤何人に而
  候哉見分け不申候此外可申上義無御座候以上
      番人    丸山清左衛門
 一左兵衛殿仲間頭并中間共口上
    昨十四人之夜八時過何人共不相知大勢屋敷内江押込我等共
    居申候部屋之口に罷在外へ出し不申候に付何人参候哉曽而不存
    候相果候者壱人手負三人此者共いかゝ致候而出向ひ候哉此段も
    不存候此余申上候義無御座候以上
      十二月十五日    中間頭 ■【笠ヵ】間七左衛門
                中間  拾九人

 一安井彦右衛門藤井又左衛門存念内蔵助とは最初ゟ相違仕候に付是迄
  申通しも不仕候夫故内蔵助江戸江下り候へとも彦右衛門不存候由旧冬落合
  与左衛門江彦右衛門手紙に而此度内蔵助初一味同心之者働き瑤泉院様
  御心地能可被思召と奉恐察候か様之義少しに而も承候はゝ相俱に押込
  可申処曽而不存失面目申候向後は窺御機嫌にも罷出間敷候蟄居
  仕候間以来与左衛門へも逢申間敷旨申越候由
 一藤井又左衛門は播州網干に居申候九郎兵衛義は京都に罷在候由
 一去年赤穂之城相渡間敷と内蔵助一味同心之者五拾余人之内
  三人相果追々退申候者も有之候内蔵助江戸江参候後御当地に而一味

  仕候者此度之人数に余程有之候
 一旧臘十三日晩方内蔵助方ゟ与左衛門方江書状箱壱つこさ包壱つ
  京都より之町飛脚に作り立持せ越申候赤穂之城引払ゟ此度上州江
  押込迄之万帖共赤穂に而寺々江為御菩提田地等附置候書付并京都
  紫野瑞光院に石塔建立御茶湯料に山を付置候様子委曲書付
  証文其外書付等を取集め差越候由与左衛門披見瑤泉院様
  大学様も申上可然存候はゝ宜頼入候由申越候
 一内蔵助去々年暮江戸江罷下り窺御機嫌罷出候時分に存念有之
  に付御機嫌窺ひ申間敷由与左衛門へ申達其後文通も不仕候由与左衛門咄し申候

 一内蔵助赤穂引払之自分ゟ一味返変心之者共
    奥野将監    佐々小左衛門  川村伝兵衛
    進藤源四郎   佐藤伊右衛門  稲川十郎左衛門
    粕谷助左衛門  長沢六右衛門  月岡次左衛門
    多巻太郎右衛門 田中権左衛門  多川九左衛門
    里村津右衛門  岡本次郎右衛門 渡部角兵衛
    山羽理左衛門  前野新蔵    木村孫右衛門
    井口半蔵    田中貞四郎   牛田与三右衛門
    大久孫四郎   高田群兵衛   井口忠兵衛

    平野半平    山上安左衛門  川田八兵衛
    近松貞六    中村清左衛門  上嶋弥助
    田中代右衛門  灰方藤兵衛   酒度作右衛門
    仁生郷右衛門  田中広右衛門  小幡弥右衛門
    松本新五右衛門 塩谷武右衛門  榎戸新助
    馬久長右衛門  中田理平次   嶺善兵衛
    小畠庄左衛門  三谷儀左衛門  佐々三左衛門
    河村太右衛門  小山弥吉    猪子理兵衛
    近藤新五    田中六右衛門  久下織右衛門

    大塚藤兵衛  生瀬十左衛門  毛利小平太
    豊田八太夫  杉浦作右衛門  鈴田十八
    梶半左衛門  陰山惣兵衛   各務八右衛門
    古田宇右衛門 三輪喜兵衛   粕谷五左衛門
    長沢幾右衛門 渡部佐野右衛門 岡本喜八郎
                  《割書: |原惣右衛門足軽》
    木村伝左衛門 三輪弥九郎   矢野伊助
   《割書: |吉田忠左衛門足軽》 《割書: |大石内蔵助家来》
    寺坂吉右衛門 瀬尾孫左衛門
       合七十一輩

播赤聞集 六

【文字なし】

【文字なし】

【文字なし】

  播赤聞集 六
 一未正月御預け之者親類書御尋之事
 一同二月四日荒川殿猪子殿上杉家江御越夫より左兵衛殿評諚所江御同道之事
 一同日左兵衛殿御事諏訪殿江御預け之事
 一同日上野介殿弟東条殿御事南部家江御預け之事
 一左兵衛殿御預けに付御親類方御遠慮御達し之事
 一上杉殿御遠慮并四月朔日御免之事
 一左兵衛殿諏訪殿江御引取之事 但供人名共
 一義士御預り方江御奉書之事  一隠州江同断之事

 一義士二月四日切腹被 仰付上使検使之事
 一右義士江被仰渡之事  一細川家に而荒木殿大石江物語之事
 一隠州に而杉田殿駒木根殿取引并切腹之式之事
 一主税御請之事  一同人内蔵助江書通之事
 一細川家に而拾七人江御家老応対之事
 一同方に而切腹之式之事 一大石作前之事
 一切腹之者之子共遠嶋十五才以下御預け女子無御構 附り被仰渡之趣有之
 一右子共之内大石木村出家之事  一切腹之節着服等之事
 一介錯人名之事     一吉田大石江物語之事

 一介錯仕様之事  一堀部介錯之事  一大石切腹之子事
 一潮田作前之事  一大石瀬左衛門同断之事
 一着替後間合有之壮気之者之事  一主税作前之事
 一杉野作前之事  一義士死骸取置方之事
 一法事料等之事  一御預り方式之事
 一義士法名実名年齢之事  一御預り方より御伺死骸御送り法事料之事
 一同親類江戸に罷在候者共遠慮に不及候事
 一泉岳寺和尚并由来之事  一義士行跡之事附り堀部事
 一岡林之事    一小山田自殺之事 一豊田事

【○】  慥成説印

【▢】  不分明印

【●】  奥田孫大夫親友 丈右衛門記録を写加印

【■】  虚説之印

 一元禄十六癸未年正月に廿二日稲葉丹後守殿ゟ御預け四ヶ所之留守
  居役被召呼四十六人之者共親類書認上け候様にと被 仰付追而差上申候
〇一二月四日荒川丹波守殿猪子左大夫殿御両人上杉弾正殿宅へ御越夫ゟ
  吉良左兵衛殿御同道被成評定所へ被差控
    千石 荒川丹波守《割書:左兵衛|従弟》 千四百石 猪子左大夫《割書:御先手也| 》
〇一大御目附仙石伯耆守殿町御奉行丹羽遠江守殿御目附長田喜左衛門殿
  《割書:千五百石| 》御列座に而被仰渡也 但御徒目付六人御小人目付七人相詰候由
〇一吉良左兵衛へ被 仰渡書付之写
    吉良上野介儀去々年口論之節尤雖重 公務

    無詮蒙疵令退去之段対内匠江鄙胸之至に候得共奉可
    無懈怠相勤候故其分に而差置候処無覚悟之至に候依之
    此度内匠家頼共押寄候時分も未練之様に相聞へ候親之恥辱
    為子難遁依之諏訪安芸守江御預け被成候
      未二月四日
〇一上野介弟東條隼人儀南部信濃守江御預け被成候旨被 仰渡
〇一左兵衛江右之趣被 仰渡候上に而
    浅野内匠頭家来吉良上野介を討候節左兵衛仕形不届に付
    領知被 召上諏訪安芸守江御預け被成候例之通親類聟舅

    小舅迄可被致遠慮候
      二月四日
〇一上杉弾正大弼殿左兵衛殿御事に付御伺ひ被成候処御遠慮被成《割書:但四月朔日|御赦免》
〇一諏訪安芸守殿《割書:忠庵従五位下諸大夫三万二千石|居城信州高島》
 一右之趣伯耆守殿被 仰渡直に左兵衛殿諏訪安芸守殿御請取御家
  来警固仕屋敷江引取申候   猪子左大夫殿同道
▢一左兵衛殿配所江之供 左右田孫兵衛 山吉新八郎也
▢一御預り方四ヶ所江に二月四日御老中方ゟ御奉書到来
    浅野内匠家来共為継亡主之意趣吉良上野介を討取候

    事武士之道殊勝之至令感心所也雖然上野介対内匠江
    不致手向強而は対高家狼藉之段難遁其罪候仍而銘々
    於宅切腹被 仰付之条可被得其意候以上
      二月四日   御老中
      細川越中守殿
      水野監物殿
      毛利甲斐守殿
      松平隠岐守殿
            此御書付偽なるへし

〇一松平隠岐守殿江御奉書之趣  是は当病に依る也
    被預置候浅野内匠家来共御仕置被 仰付候追付御目付
    杉田五左衛門御使番駒木根長三郎罷越候御自分も其場江被罷
    出に不及候以上
      二月四日   御老中
      松平隠岐守殿
〇一四拾六人之面々二月四日切腹被 仰付依之お御預け之四ヶ所江
  上使検使被 仰付左之通
  一細川越中守殿江

      《割書: |御目付千五百石 》    《割書: |御徒目付七人  》   《割書: |御小人目付六人》
    上使 荒木十左衛門殿   村山角右衛門   近藤喜八郎
      《割書: |御使番四千石  》     畦柳弥一兵衛   小泉半十郎
    検使 久永内記殿     江口文左衛門   柳川五郎大夫
                 三宅権七     安藤助八
                 大橋源兵衛    磯山角右衛門
                 伊藤杢右衛門   原佐五八郎
                 安田藤兵衛
  一毛利甲斐守殿江
      《割書: |御目付八百石  》    《割書: |御徒目付五人  》   《割書: |御小人目付五人》
    上使 鈴木次郎左衛門殿  神戸十大夫    長坂彦八
      《割書: |御使番千七百石 》     小山十郎右衛門  友田与次右衛門
    検使 斎藤次左衛門殿   水嶋三十郎    黒川理介
                 竹内与十郎    高橋半次郎
                 神谷伝五左衛門  能嶋甚五郎

  一松平隠岐守殿江
      《割書: |御目付千五百石 》    《割書: |御徒目付五人  》   《割書: |御小人目付五人》
    上使 杉田五左衛門殿   都筑又左衛門   荒木六右衛門
      《割書: |御使番千七百石 》     浅野小十郎    永田平八郎
    検使 駒木根長三郎殿   上田五郎兵衛   杉野甚左衛門
                 太田彦左衛門   中村忠八郎
                 磯次文右衛門   杉山伝七
                 [龍野八郎右衛門] [二野平吉]
  一水野監物殿江
      《割書: |御目付千石   》    《割書: |御徒目付五人  》   《割書: |御小人目付五人》
    上使 久留十左衛門殿   服部惣大夫    鈴木源五左衛門
      《割書: |御使番六百石  》     桜井惣右衛門   波田惣大夫
    検使 赤井平左衛門殿   関口文左衛門   梶間勘十郎
                 伊藤新八     儀野杢右衛門
                 堤野庄左衛門   竹木伝十郎

〇一右之御衆四ヶ所江御越被 仰渡之趣左之通
      浅野内匠家来江被仰渡之覚
    浅野内匠儀 勅使御馳走之御用被 仰付置其上
    時節殿中を不憚不届之仕形に付御仕置被 仰付候吉良
    上野介儀御構無之被差置候処主人之讐を報と申立内匠
    家来四十六人致徒党上野介宅江押込飛道具抔持参
    上野介を討取之始末 公儀を不恐之段重々不届に候依之
    切腹申付候者也
      二月四日

  右之通上使之衆書付を以被仰渡之何れも上下着 上意之趣
  謹而承之武法に被 仰付候段別而難有仕合に奉存候由一同に御請申上る
〇一細川殿に而荒木十左衛門殿被申候は内蔵助には先年於赤穂得御意候
  今度之始末是非不申及先以御本望被遂御満足押計候然れ共今日
  上使を以被 仰出候趣近頃以御残多存候乍然今日吉良左兵衛義も
  領知被召放諏訪安芸守江御預け被成候尤此段 上意に而は無之候へ共
  御自分為御心得申入候由御申候へは内蔵助申候は御心入之御意不浅忝
  仕合奉絶言語辱奉存候左兵衛殿には曽而御恨も無御座候誠に以
  此期に至御懇之御言葉に預忝存候先年赤穂江御越被成候時

  分も何角と御苦労なる義共申上候処不被捨置諸事様子能様にと
  御執成御心入共に奉預誠に今以第一之御物語に而安堵仕候人に神霊と申
  者有之候得は生々世々難忘忝奉存候由御返答申上候
▢一杉田五左衛門殿駒木根長三郎殿昼八時過御出御対談早速御料理
  出候処御断に而不被給膳引菓子出る右畢而御預り之面々江被 仰
  渡之義候間出候様にとの事に而御両人大書院に御出同席へ十人之者
  被召寄御書付を以被仰渡之畢而右之書付御懐中扨何も支度
  被致候様にと被仰十人之者御座敷溜り之間江退出暫して何も支度
  済被出候様にと被仰順々書付を以御徒目付差図也切腹場所

  大書院之白砂江浅黄幕に而囲ひ畳六畳敷一番に主税罷出る真
  剣を旁に戴出し主税前に置載候処を介借仕候首を実検之礼
  式に御目に懸候残る者共は首を落し候を御覧候へは能候と被仰死骸其侭
  浅黄ふとんに包み桶に収め順々に出申候幕之内番頭物頭給人三人幕
  之内外に股立仕大小帯し居申候同道の留守居は刀は席に置脇差
  計御目付衆御退出之節隠岐守殿は最前御逢被成候侭に而御暇
  乞無之候
▢一大石主税江 上意之趣被 仰渡候節主税御請に武法に被仰付候
  段身に余り難有仕合と御受申候若輩之者には能御請と江戸中感心也

 一切腹今日に究候時主税申けるは苦しかる間敷候はゝ父内蔵助方へ
  最期之一通遣し度と申候苦しかる間敷との儀に而相互に死を今日
  に贈(本ノ侭)ふ本懐不過之候於泉下奉期拝顔候はんと申贈る内蔵助
  致披見我子之手跡なつかしく(本書に懐敷とあり)数日面話せさるに文体の健かなる
  彼是思ひ合せたるや暫し落涙のよし為継亡主之報執達
  本望今日□露命喜悦之至也潔く可被致自害候此表之事
  聊被案思間敷との返翰也主税も此文を三度拝し候由也
          【此書中往来偽なるへし】
▢一越中守殿御家老拾七人に向て永く下し可預候様に上下共に待居申候処

  不存寄事不及是非仕合越中守を始残念不過之候被仰置度事も
  有之候はゝ不何寄可任御望候拙者江具に被仰置候様に被申候へは内蔵
  助申候は是迄多日之御厚恩死後迄も不奉忘候宜御執成奉頼
  候由申候下拙共打入之夜を至死と究め申候処なれは何おか存し置
  事可有之哉併何れも所存有らは不苦はや〳〵仰に可被任候と也残る
  輩一同に内蔵助申上候通り無外之由申候
▢一細川越中守殿に而仰渡候節上座には御目付次に御使番向に
  越中守殿御徒目付衆越中守殿家老用人迄段々列座に而扨内蔵助
  は一間江被召出残る輩は敷居を隔並居十左衛門殿被仰渡何も罷立候と

  其侭場所為見分先達而御目付衆越中守殿にも御見分直に
  御着座其間に何れも支度仕る家老案内に而御小人目付左右に付
  候而内蔵助罷出候而切腹仕候其侭に障子屏風を引骸を隠し申候
  段々右に通り壱人宛罷出切腹仕候場所は書院の白砂に畳五畳敷
  上に白木綿ふとんを敷其上に敷革を敷申候場所之候白紋之幕
  張置候処へ引取申候右壱人宛畳にふとんとも敷替申候場所之近所に砂を
  置血こほれ候処へ振かけ候由四ヶ所共大概右之通之由
▢一内蔵助罷出候節常之通之様子に而越中守殿之住居抔御気之附候
  物語抔仕候而心静に出何れも御列座之所迄参見合候体に而与風御方々

  を見附候様なる体に而下に居り御目付衆江之御挨拶首尾残る
  所無之由
〇一此度切腹被 仰付候者之子共遠島被 仰付候拾五歳以下
  之者は結縁之者江御預け被成候女子は御構無之候
  《割書:内蔵助二男十三歳   |東福寺に而出家》大石吉千代  《割書:内蔵助三男 二歳  | 》大石代三郎
  《割書:源五右衛門嫡子 十二歳| 》片岡新六   《割書:源五右衛門三男 九歳| 》片岡六之助
  《割書:忠左衛門二男 廿五歳 |姫路に罷在本多政武に仕故に不預事 》吉田伝内   《割書:惣右衛門嫡子 五歳 |後に出家す号春行》原十次郎

  《割書:久大夫二男 二十歳|右同断異本に定八定六と有》間瀬惣八   《割書:五郎右衛門嫡子|九歳》矢田作十郎
  《割書:助右衛門嫡子      |二歳》富森長太郎  《割書:定右衛門嫡子 |二歳》奥清十郎
  《割書:勘助二男十五歳     |又九歳 八歳》中村忠三郎  《割書:勘助三男   |五歳》中村勘次郎
   《割書:松平大和守殿領分に在| 》
  《割書:岡右衛門嫡子      |九歳》木村惣十郎  《割書:数右衛門嫡子 |五歳》不破大五郎
  《割書:喜兵衛二男       |廿三歳》村松政右衛門 《割書:岡右衛門二男 |八歳》大岡次郎四郎
   《割書:小笠原長門守殿に仕| 》         《割書:大岡藤右衛門江養子| 》
  《割書:八十右衛門嫡子     |十歳》岡嶋藤松   《割書:八十右衛門二男|七歳》岡嶋五郎助

  《割書:和助嫡子|四歳》 茅野猪之吉
  右之者共江被 仰渡左之通
    父共儀主人之仇を報と申立四十六人致徒党吉良
    上野介宅江押込飛道具抔持参上野介を討捕候始末
    公儀不恐之段不届に付切腹申付候依之世忰共遠嶋申付
    者也
      二月四日
    女子は御構無之候事
  右書付町御奉行保田越前守殿ゟ秋元但馬守殿江被相渡稲葉

  丹後守殿列座被 仰付候幼少之子は母親類江御預け十五歳ゟ遠嶋也
 一大石吉千代木村惣十郎出家之願相叶出家仕候
▢一切腹之時は何れも下に白小袖熨斗目麻上下着一度に両人宛罷
  出切申候介借前廉御預け方御伺ひ被成御差図有之也
 一細川越中守殿宅に而介借人
    大石内蔵助   介借人 安場市平 四二
    吉田忠左衛門  同   富森清大夫 同
    原惣右衛門   同   増嶋貞右衛門 二八
    片岡源五右衛門 同   二宮新右衛門 三八

    間瀬久太夫   同   本庄喜助 三二
    小野寺十内   同   横井儀右衛門 二五
    間喜兵衛    同   栗屋平右衛門 三四
    磯貝十郎左衛門 同   吉田五左衛門 二九
    堀部弥兵衛   同   米良一右衛門 四二
    富森助右衛門  同   氏家平吉 二四
    潮田又之丞   同   一色源四郎 三四
    早水藤左衛門  同   魚住惣右衛門 三二
    近松勘六    同   横山作之丞 二九

    赤垣源蔵    同   中村角大夫 三三
    奥田孫大夫   同   藤崎藤右衛門 二八
    矢田五郎左衛門 同   片田平大夫 三二
    大石瀬左衛門  同   吉田孫四郎 二九
 一松平隠岐守殿宅に而介借人
    大石主税    介借人 波田清大夫 丗五
    堀部安兵衛   同   荒川十大夫 同
    貝賀弥左衛門  同   大嶋半平 四四
    菅谷半之丞   同   宮原久大夫 三四

    木村岡右衛門  同   加藤分左衛門 三七
    千馬三郎兵衛  同   波田清大夫
    不破数右衛門  同   荒川十大夫
    中村勘助    同   大嶋半平
    岡野金右衛門  同   加藤分左衛門
    大高源五    同   宮原久大夫
 一毛利甲斐守殿に而介借人
    勝田新左衛門  介借人 鵜飼惣右衛門
    村松喜兵衛   同   江良清吉

    武林只七    同   榊原正右衛門
    倉橋伝助    同   田上五左衛門
    杉野十平次   同   近藤猪右衛門
    吉田沢右衛門  同   鵜飼惣右衛門
    小野寺幸右衛門 同   江良清吉
    前原伊助    同   榊原正右衛門
    間新六     同   田上五左衛門
    岡嶋八十右衛門 同   近藤猪右衛門
 一水野監物殿に而介借人

    神崎与五郎   介借人 稲垣左助 三五
    村松三大夫   同   広瀬半助 五六
    横川勘平    同   山中団六 二八
    間十次郎    同   青山武助 二九
    奥田貞右衛門  同   杉野源内 三五
    矢頭右衛門七  同   横山笹右衛門 三四
    間瀬孫九郎   同   小池権六郎 三九
    茅野和助    同   徳山文蔵 二五
    三村次郎左衛門 同   田口安右衛門 三四

▢一吉田忠左衛門申候は此度夜込之頭取は内蔵助并に私に而御座候間
  何れもへ先達而私可仕候間内蔵助殿には何れも最期の様をも
  御見届跡ゟ追付御続可被成候内蔵助申候は如御望御自分御先江
  可被成候追付御跡ゟ追着可申候忠左衛門老年之義に候へは息きれ
  如何とまた股江突立弐つ三つ突立其後介借をと声をかけ申候由
              【此次第不審】
▢一初弐三人迄は尋常に押立せ声を懸申候時分介借仕候得共四五人
  目ゟは脇差を取上け戴き候処を討候に付内蔵助申候は何れも
  尋常に仕度願に御座候存分に押立させ御介借頼入申候由に候間瀬

  久太夫は先之者とも脇差を取載候所を討申候に付其侭直に押立
  載き不申候由    【此類様〳〵人名をかへ風説す】
▢一堀部弥兵衛は某七十三に罷成しわ腹は切れましく見苦敷可有之
  候相図次第御介借頼申候由勿論年寄は肉すき骨堅く御討
  かたく可有之とて首筋をひたものひねり其後両の股へ三刀宛突
  立其後に御介借頼と申候
▢一吉田忠左衛門を初め何れも致切腹内蔵助壱人に相成候時検使之衆
  御目付衆江申候は此度上野介殿を奉討遂本望候上は如何様に被
  仰付候共少も御恨無之処 上使を以切腹被 仰付候段武門之

  名利に相叶難有仕合奉存候然る上は存分に切腹仕度存候へは
  某声を相図に御介借奉頼候と申候而扨左之あはら下へ押立
  右之方へ引廻し又鳩尾先江押立臍下迄押下け十文字に切り
  脇差を三方にのせひちを張首を■【述ヵ】介借頼申と申候而首を
  被討候由     【内蔵助跡に残り切腹の下如何】
▢一潮田又之丞は首半かゝりけれは自身左の手に而押上けふへ
  かゝりたり〳〵と二声迄申候由
▢一大石瀬左衛門は末席に出ぬれとも聊気おくれたる体なく静かに
  礼儀を述数日寝席を俱にせし人今既に去て跡なし我も

  追着なんと独言して存分に切腹しける由
 一松平隠岐守殿御預け之大石主税万端残る所なき仕形之由大
  高源五事十人目に出申候而押はたぬき脇差を戴き不申直に
  腹に押立右之脇江引廻し候所を首を打申候年若者には能仕形
  と誉申候
▢一毛利甲斐守殿御預之内杉野十平次事脇差を戴申候所を介
  錯仕候かゝつたと申候少しかゝり候由
    【切腹前よほとの間有之候故上下を頓に着し隙に罷在候とて今世】
    【之仕おさめにと一同に役を定築地御屋敷に而はやり申候枕拍子を】
    【おとり申候由毛利殿之十人は何も若き者共故御預之内か様之事に而日を暮由】
    【此事余り健気過にくき程に有之由甲斐守殿留守居中慥に物語之由】

▢一四拾六人之死骸壱人宛ふとんに包桶に入銘々名を札に書付その其上
  を大風呂敷に包乗物に而泉岳寺江御預け方ゟ被遣候尤法事
  料も被遣候由
〇一其夜越中守殿ゟ取置料として金五拾両[銀五拾枚]隠岐守殿ゟ
  銀[廿枚(五拾枚)]甲斐守殿監物殿ゟ銀[三百枚宛(弐拾枚宛被遣)][御三家方ゟも銀弐百]
  [枚三百枚宛被遣其外(後々迄法事料とては不被遣之由)衣類大小等も不残泉岳寺へ被遣]四十六人
  之為とて泉岳寺山門を作る造立被仕候由【此山門之事如何不審】
    右当寺山門は古昔ゟ有之候再興と相見候由
 一四ヶ所に而切腹之規式或は幕を張白張之屏風白砂之上に筵を敷

  厚畳三畳を敷袷ふとん又は毛氈等家々の古実に而切腹
  仕らせ介借仕候而は引廻し〳〵物影へ入替けると也
 一四十六士之戒名
    忠誠院刃空浄剣居士 大石内蔵助《割書:良雄|四十二》
    刃仲光剣信士    吉田忠左衛門《割書:兼亮|六十三》
    刃峰毛剣信士    原惣右衛門《割書:元辰|五十六》
    刃勘要剣信士    片岡源五右衛門《割書:高房|三十六》
    刃周求剣信士    磯貝十郎左衛門《割書:正久|二十五》
    刃譽道剣信士    間瀬久太夫《割書:正明|六十四》

    刃以串剣信士    小野寺十内《割書:秀和|六十一》
    刃毛知剣信士    堀部弥兵衛《割書:金 丸(ツネ)|七十七》
    刃随露剣信士    近松勘六《割書:行重|三十四》
    刃勇相剣信士    冨森助右衛門《割書:正因|三十四》
    刃広忠剣信士    赤埴源蔵《割書:重賢|二十五》
    刃窓空剣信士    潮田又之丞《割書:高教|三十一》
    刃察周剣信士    奥田孫太夫《割書:重盛|五十五》
    刃寛徳剣信士    大石瀬左衛門《割書:信清|二十七》
    刃法参剣信士    矢田五郎右衛門《割書:助武|二十九》

    刃破了剣信士    早水藤左衛門《割書:満堯|四十》
    刃泉如剣信士    間喜兵衛《割書:光延|六十九》
    刃上樹剣信士    大石主税《割書:良金|十六》
    刃回逸剣信士    岡野金右衛門《割書:包秀|二十四》
    刃雲輝剣信士    堀部安兵衛《割書:武庸|三十四》
    刃通普剣信士    木村岡右衛門《割書:貞行|四十一》
    刃観祖剣信士    不破数右衛門《割書:正種|三十四》
    刃水流剣信士    菅谷半之丞《割書:政利|四十一》
    刃無一剣信士    大高源五《割書:忠雄|三十二》

    刃露白剣信士    中村勘助《割書:正 辰(トキ)|四十八》
    刃道至剣信士    千馬三郎兵衛《割書:光忠|五十一》
    刃電石剣信士    貝賀弥左衛門《割書:友信|五十四》
    刃煅錬剣信士    倉橋伝助《割書:武幸|三十四》
    刃性眷剣信士    武林只七《割書:隆重|三十二》
    刃可仁剣信士    杉野十平次《割書:次房|二十七》
    刃当掛剣信士    吉田沢右衛門《割書:兼定|二十九》
    刃風颯剣信士    小野寺幸右衛門《割書:秀富|二十八》
    刃有梅剣信士    村松喜兵衛《割書:秀直|六十三》

    刃袖払剣信士    岡島八十右衛門《割書:常 樹(ムラ)|三十八》
    刃量霞剣信士    勝田新左衛門《割書:武堯|三十四》
    刃補天剣信士    前原伊助《割書:宗房|四十》
    刃模唯剣信士    間新六《割書:光風|二十三》
    刃太及剣信士    間瀬孫九郎《割書:正 辰(タツ)|二十七》
    刃湫跳剣信士    間十次郎(奥田貞右衛門)《割書:光興|二十六》
    刃澤蔵剣信士    矢頭右衛門七(間十次郎)《割書:教兼|十八》
    刃擲振剣信士    奥田貞右衛門(矢頭右衛門七)《割書:行高|二十六》
    刃清元剣信士    村松三太夫《割書:高直|二十七》

    刃利教剣信士    神崎与五郎 《割書:則休|三十八》
    刃響機剣信士    茅野和助《割書:常成|四十》
    刃常水剣信士    横川勘平《割書:宗利|四十》
    刃珊瑚剣信士    三村次郎左衛門《割書:包常|三十七》

 一御預四ヶ所ゟ御伺芝泉岳寺江死骸御送り葬送被仰付細川殿ゟ
  銀百枚隠岐守殿ゟ銀五拾枚毛利殿ゟ銀三拾枚水野殿ゟ銀三拾枚
  為施物被遣法事相応営申候【此法事料之事如何】
 一四十六士之親類江戸に罷在候者共遠慮に不及旨被 仰出

 一万松山泉岳寺九代目道号酬山潮音和尚導師也
    但開起之事聢と無之由広地之様なる所を
    家康公御爪の端なる出家源恵と申人取立被申候と聞へ候
    常州辺に泉岳寺と申寺有之其住寺之由然れ共様子有
    之開基とは不申由に候寺領無之候旨長音和尚咄し被申候

  ●四十六士行跡之事
 一大石内蔵助此度騒動之初より聊も見苦敷体なく取静め城
  引渡以下御目付衆も感心之由家中離散山科に蟄居しなから

  浅野家の可立事を謀又吉良家江御仕置之筋可有儀を願
  此度迄右之落着を待ける故臆したると取沙汰有ける也かゝる忍
  ひ難きおも聞ぬ体に而家に忠をのみなさむと志ける然れ共両品共に
  不叶故思ひ立に及ひては死を決し妻子を捨主税壱人具足して
  武州江下りける
 一大石主税辛巳春十四歳にして此災難を聞より死を一図に
  して義にすゝむ未幼若の身としておさ〳〵敷風情誠にせん
  だんは二葉よりかうばしと打入之夜の働退口の武者振最期に
  父の事を不忘末期の一通を以暇乞を告父の心を安からしむる

  忠有孝有勇智仁天然と備るもの歟
 一大高源五器用人に勝れ弁舌之者なれはこそ大坂町人綿屋
  新兵衛と変名して吉良家江出入之数寄者に因み謀をなし
  万端を伺ひ知りて事をなし侍る其功一方ならす
 一神崎与五郎吉良家の辺に商人となり美作屋善兵衛と号し
  初め岡嶋八十右衛門に附属して可罷下処八十右衛門煩に付内蔵助此神崎
  に申付敵伐伺せける心労之体不大形赤城盟伝と云書なし
  置る也格式軽き賊族なれとも志の実有事を見て遠検に頼
  ける也

 一原惣右衛門始於赤穂内蔵助と申合花獄寺に而切腹と定めたる
  六人之内にして四人は変すれとも此者は不変始終志を立たり籠
  城之詮儀不決時も壱人進出諸士之中に而言難き口上を述る
  諸士を励しける其功抜群也
 一瀬田又之丞名を原田斧右衛門と改江戸山科に往来して諸士を
  催しけり
 一武林只七天然勇者にして義たるを聞てより死を一図にして事
  を謀ける所に不斗間違之事有て瀬田大高之両士口論
  を聞て両士江向て大音を発し各両人大き成腰抜なり義を

  見て何之猶予有哉我等は急に下り候迚走り出る源五袖を
  ひかへ夫には所謂有心を静訳を得と聞給へと云て縁に立て引
  止めしを引はなし縁の柱に頭を打つけ〳〵声を立て落涙し
  主の仇を眼前に置て宥々たる評定扨も口惜き心底と大に
  怒てかけ出する足を源五大に感心仕けるとかや
 一矢頭右衛門七は父長助連判の人数たりしか病死せし後衆儀区々
  にして不同心の方数多なれは其分に成しか後に義たるを聞改て
  死を決し未若輩に而誰教候者もなきに先非を改て義に進む
  勇士也

 一中村勘助江戸往来して事を謀也
 一近松勘六森清介と改赤穂東武に往来して事を謀功を立る
  召使者にも憐愍を加へ情ある士と見へて打込候夜迄甚七と云家来
  前後を見届候とかや其身福者にして甚七へも金五拾両其外形見
  送りける也左右之指に手負細川殿に而外療を被仰付右之手は
  療治を受左の手は頓而朽骨の身なれは療治に不及とて療治不受也
 一吉田忠左衛門笹原多兵衛と改又田口一身とも改る勘六と同前功をなす
  組を預り平常情有けるにや足軽寺坂吉右衛門と云者此忠左衛門
  を見届とて連判に入と聞へけり

 一前原伊助は切売と身をやつし吉良殿門前に神崎与五郎と
  同宿して万事を伺ひける
 一吉田沢右衛門間瀬孫九郎小野寺五郎右衛門間十次郎同新六奥田
  貞右衛門等は父とも義に死するを感し死をと俱にする族也
 一木村岡右衛門君籠【寵の誤記ヵ】を不受して命を捨家の忠をなし祖父の
  功労を継て義に死す
 一片岡源右衛門磯貝十郎左衛門は長矩公の尊骸を請取落髪迄
  仕候者共也一度はたゆみて人口にも懸りしか終には本心に返りて義に死す
 一富森助右衛門大有徳の人也百年をもゆたかに暮す程に而何不足

  なき身なれとも武の本意を不取違金銀財宝妻子を捨義
  之為に死す
 一村松喜兵衛入道して蔵原隆円と号平日好たる医師となり
  今日之便として居たり其身既に六十有余なれとも赤穂籠城
  之沙汰を聞一番に走登り打込し一両日以前にも或人之元へ暇乞
  之文歌なし送る風雅之人也
 一同氏三大夫常に武の道を磨きし人也隆円赤城へ籠らんとの
  沙汰を聞俱に三大夫も出立しける隆円制して汝は残て孝を母に可致
  是両親へ之孝也と様々諫れとも一向に承引せす跡ゟ旅立路中

  今六里にして父に追付是非御供と云父も志を感し連立て
  登りしか赤城三里こなたに昼休して又々留れと云是迄は汝
  か心を感し召連たり忠孝共に道も立候得は最早是ゟ可帰毛頭
  おくれに非す母を養ふ事を頼むとて涙と共に諫ける赤穂程近
  して領内に入ては可帰様なし達而是より江戸へ可越と再三いへとも
  中々う承引不仕老父之死を見捨て人道可立哉偏に御免可有と
  申切て供せし也討込候夜も裏門一番鑓に名乗真先に突かけ
  手に合候事無隠働也切腹之時も前之二三人おし肌ぬく所を
  討しとさゝやくを聞て残念にや思ひけん席に出て介借人に挨

  拶する体に而衣装をぬかす直に腹へ突返し首を討れけり
 一奥田孫大夫常に無類之実体人堀部安兵衛へ功を同し水魚の
  ことく交り赤穂往来も倶にして諸士を励し山科も堀部奥田
  両判の書通数々を以大功知る所也誠に此者兵法剣術の達
  者討込候時分も刀弐尺七寸を以働ける切腹之後此刀堀部奥田に
  有緒之者寺より請返し諸人是を見るさくらの如く成鍔
  柄にも切込候所有しと也扨此奥田いつその程より妻子つれなく
  して妻深く是を悲む養子貞右衛門は実近松勘六か弟也此者
  妻は孫大夫娘也是も同敷妻にうとく養母も荒々敷体なれは

  母娘とも打寄泪のかわく隙もなく候既に本望を遂るの後見
  送しものに有増伝へ越妻や娘に送る詞に
    今そしるつらき詞は情あり思ひを残す肩身なりけり
 一堀部弥兵衛隠居して老衰の身なれとも采女正様ゟ内匠頭様
  迄得御厚恩隠居料迄給りい一方ならす思ひ詰けるにそ馬渕
  一郎左衛門と改名して内蔵助同意に仇討之謀をなし吉良家之虚
  実を聞き討入之夜も若者十八人を六手に分口々ゟ切入残兵は詰り〳〵
  に配り寄手弐三百人も有之体に下知をなし勝理を得たる謀
  計明白也

 一同安兵衛討入之夜も強き働也先年松平左京大夫頼純《割書:従四位少将|三万石在所》
  《割書:伊予|西条》方に相勤候内にも高田於馬場伯父喧嘩之刻助太刀して相手
  を首尾よく討留
    其節相手打留候後下人に帯を被切心細く覚申候由夫に付此
    度申合皆々帯江くさりを入申候由
▢一岡林杢之助赤穂籠城之相談之砌内蔵助ひそかに申談試候処
  臆病者にや色変しわな〳〵と振ひ申候に付一向に人数にも入不申
  其後は相談にも不相加候由也
    此人御籏本松平左門殿弟なりしか所縁有て父杢之助方江

    養子に仕赤穂落去之後は兄左門殿《割書:小十人|番頭》之方江身を寄せ
    有しか所用有て他行す斯て十二月十四日之一乱果て二
    三日過立帰此有増を聞て一同に不討入事を悔自殺して
    失しと也一説に御籏本に所縁有故大事の洩ん事を
    思ひ内蔵助人数に不加とも申候又一説におめ〳〵と存命成へ
    からすとて親兄之諫に而自殺すとも申候
     ▢左門殿御支配方江被達候趣杢之助儀拙者手前に
      養置候処用事有之当霜月上方江罷越し一昨日
      罷帰候処自害仕候色々遂吟味候へ共書置等も無之

      様子相知不申候内匠頭家来父方之大伯父先岡村
      杢之助方江養子に遣右之留守上野介討候事
      残念に存致自害候哉と被達候由夫故乱心之沙汰に
      相成相済申候
〇一小山田一閑と云者八十歳有余成しか息庄左衛門連判を仕なから
  一同に不打入事口惜思ひ夜中に自殺仕候
 一豊田九八郎と云者四十六士切腹已後必御寺江参自害可仕と
  申候而其後欠落仕候由

播赤聞集 七

【文字なし】

【白紙】

【白紙】

 播赤聞集 七
一十二月十五日上杉家江上使之事
一上野介殿江上杉殿御家来諫之事
一御同人上杉殿江御預り分并万事御用心之事
一泉岳寺覚書之事 一御墓所に而大石読上け方丈に出会之事
一御首左兵衛殿江渡候様被仰出 一義士刀脇差銘寸尺之事
一横川書状之事 一うどんや久兵衛口上書之事
一酒や十兵衛口上書之事 一十四夜近所之者物語之事
一押入る時刻早成事 一上野介殿家来無疵并祐筆妻之事

一浪人之内手に合候分相知候輩之事
一上杉家より夜込可討取旨之処御家老差留之事
一十七日上野介殿死骸取置之事 一討死之家来法名之事
一上野介殿法名旧代と同様に而替り候事
一御預り方に而覚書之事但主税事
一細川殿に而二月二日鶴之御料理之事
一大石妻子引連富岡に而妻二男義絶主税元服之事
   附り大石見持并京都に而上杉殿家来江手を尽し候事
一大石系図之事 一原母之事

一木村書置之事  一義士泉岳寺に而辞世数々
一切腹前辞世   一小野寺妻より歌并返歌之事
一右妻自害之事  一元録十六未九月上杉殿御隠居之事
一落書数々    一本荘逃盛
一いろは歌    一かそえ歌
一上野介殿辞世

    【○】 慥成説印
    【▢】 不分明印
    【●】 奥田孫大夫親友 丈右衛門記録を写加印
    【■】 虚説之印

 一十二月十五日暮六時過畠山民部太輔殿為 上使上杉弾正大弼殿へ
  被遣候家中騒動不仕候様に急度可申渡旨被仰遣候なり
 一上野介殿御喧嘩以後上杉弾正大弼殿近習役人何某と申者上野介殿前
  江出直に申候は此度之義不慮之御災難と申なから御前御存命に而は
  御為不宜又弾正様之御首尾も如何敷猶不意之御難はかたりかたく
  奉存候以愚意憚多申分に而候得共御覚悟を急度御定め御切腹被遊
  可然と諫申候処上野介殿以之外立腹に而其方乱心と相見候引立よとの
  事に而不及是非罷去候由追付上野介殿より弾正殿江使者を以何某と申もの
  推参千万成申分仕候間急度曲事に可被申付候旨具に御申遣候弾正殿

  御返答に委曲承知仕候御尤至極に奉存候急度可申付義御座候得共常々
  我侭に而無遠慮存分のみ申候得共当家に而段々訳有之者に而御座候
  に付何事も差免置候上杉家江御対し御赦免被成可被下候幾重にも
  私御侘事申上候尤役人共を以迷惑仕候様に叱せ置可申との事に而候得共
  其通りにも兎角済かたく彼者後に御暇被遣候由
 一上野介殿御事弾正殿御願に而御預り分に而は牢人共之義御気遣ひ
  に付初は弾正殿御居屋敷に御住居被成其後は左兵衛殿御屋敷へ御越
  五七日も御逗留又弾正殿にも御越し五七日も御逗留兎角御住
  居御定め不被成昼夜共女乗物に而御往来女中之共廻り之由夜中

  御寐所をも御替候而御側に女中は不被差置侍計被召仕新参者は
  無之由小人中間迄も米沢之者被召仕候本庄之御屋敷も二階作り
  に而事急成時は二階より隣屋敷江飛移り候様に何角御用心候由尤
  弾正殿よりも外聞忍ひ等を以様子御聞被成候得共浪人散々に罷在
  に付曽而色をも不立候に付御用心も怠り勝に相聞へ候弾正殿より御
  家来も多く御差添候由
 一泉岳寺覚書之写
   一今朝五時何事とは不知大勢手ことに鑓を持候而手負を
    肩に懸け走込寺中夥敷騒動致候先門を差堅め申候処

    皆々申聞候は浅野内匠頭家来牢人主人之仇吉良上野
    介殿今朝討取申候而是迄参上申候立退候而御寺江欠込候訳に而は
    無之候又於御寺狼藉仕候に而も無之候上野殿首を内匠頭
    墓前江備申迄に而候夫迄は御門を御差堅め置可被下と申置候
    て直に墓所江通り申候何も寮之内より罷出候得は香炉抹香
    御越候様にと申候則相渡候右之内より両人墓所之側之手桶に
    水汲来り首を洗候而内匠頭様石塔之二段目江備候而皆々
    石塔を取巻かしこまり両手地につけ居被申候首を洗候内
    内蔵助筆紙を乞何哉覧書状抔認候様に候か墓所之前

    に而読被申候口上書に而は其後内蔵助懐中より合口を取出し
    抜候て石碑之上段に柄を石塔江向け差置候而内蔵助一番に
    自名乗致焼香候右之合口を取上野介殿之首之上に三度
    当て退被申候残輩壱人宛名乗候而焼香相済候而内蔵助
    口上書を高く読上け被申候残之輩墓所に平伏に而居被申候
    右口上書を読仕舞候と皆々一同に泣被申候右終て首を
    本堂江持参此首もはや入用無之候主君には敵に而候得共
    我等共は意趣無之高家歴々之御首を穢し申事
    法外之至りに候御出家之事に候間宜御取計候得迚和尚

    江相渡申候に付請取仏前に差置申候何れも被申候はもはや
    此世の礼儀相済申候上野介殿御家来只今迄我々存候通嘸
    無念に可被存候定而追懸可被参候弾正様にも米沢拾五万
    石被差上候而も御実父之御首御自身御出に而御揚可被遊候
    もはや此上は我々無刀に相成候而御門外江罷出四十六人之首可進
    之候早々御門御開き置可被下候中〳〵賤敷働仕間敷候間
    可被御心安候と申候而追手之人数を相待居被申体に御座候已上
       十二月十五日
     内蔵之助口上書墓所に而読候写

    元録十五壬午年十二月十五日只今面々名乗申上候通り大石
    内蔵助を初として足軽に至迄都合四十六人死不盗 ■(本ノ侭)【注①】士之臣
    等謹而奉供亡君尊霊候去年三月十四日尊君被及刃場
    上野介殿其子細は不奉存然処尊君は御切腹上野介殿御
    存生 御公裁之上卑臣等如斯之企尊君之不応賢
    慮却而御怒奉恐入候得共私共は尊君之臣に而厚録を
    喰申候倶に不可戴【注②】天之義難黙止同く不踏地之文豈不恥
    哉然共録を可給之主なく昼夜細涙沈罷在候仮令抱恥空
    敷相果候共於泉下可申上詞も無御座依之可奉継御意

【注① 字面は「金+戒」に見えるが、本来は「賊」と思われる。おそらく、この資料を書写する際に用いた底本も写本であり、既に誤写されていて、見えた侭に書写したものと思われる。】
【注② この字面は五行目の「公裁」の「裁」と同じに見えます。これも理由は注①と同じかも。】

    趣と奉存候以来今日を相待事一日三秋之思ひに御座候
    四十余輩之者共雨に彳二日三日漸一食仕候老
    衰病身之者聢々死を進候得共蟷螂ひちをたのむの笑
    を相招弥尊君之恥辱を残し可申かと延留仕候昨夜半頃
    各申合上野介殿御宅江推参仕候而尊君之依加護哉日来
    之積鬱一時に果して今上野介殿御首を御供申是迄参上
    仕候且亦此短刀は尊君往昔御秘蔵に而臣内蔵助江被下
    贈候乍恐只今返上仕候条尊君之御志に於相叶は二度ひ
    御手を被下御鬱憤を被遂おわしまし候へ右之趣四十

    六人【之者】一同に申上畢
  右相済候而方丈江参り各刀のしなへを直し討手を相待わらし
  なとはき替申候内蔵助方丈江対面被申夜前は緩々得御意辱
  存候然は夜前是に而参会仕候実は夜討之云合仕夫より上野介殿
  御宅江押込思ひ之侭に討おゝせ又こそ参上候と申方丈被申候は
  扨々不存寄御手便先以各被遂御本望珍重〳〵先々是江御
  通り候へとて書院之方江請嘸御方労れ候半と粥出し被申候其砌給仕
  之者上野介殿御父子御働いかゝと尋候得は御父子共随分見事
  なる御働に而候御家来衆も恥敷からぬ働と申候而兎向之義

  不被申候
 一上野介殿御首左兵衛殿江相渡候様被 仰出
 一義士刀脇差等寸尺之覚
   内蔵助 《割書:刀則長二尺八寸|脇差同作二尺   》 忠左衛門《割書:刀志津二尺|脇差安光壱尺八寸》
   主税  《割書:刀直国二尺壱寸五歩|脇差広重壱尺》 久太夫 《割書:刀道高二尺壱寸|脇差吉綱二尺》
   瀬左衛門《割書:無銘弐尺|脇差壱尺七寸   》 惣右衛門《割書:刀広国二尺九寸|脇差国助二尺》
   藤左衛門《割書:脇差安光|鑓大身不動梵字  》 弥兵衛 《割書:刀無銘三尺太刀拵|脇差長刀拵》
   喜兵衛 《割書:刀弐尺九寸|脇差壱尺一寸輝広 》 孫大夫 《割書:刀国高二尺|脇差元安壱尺》

   十次郎《割書:刀政次二尺五寸 |脇差吉光二尺》 源五右衛門《割書:刀国光二尺|脇差国重壱尺八寸》
   新六 《割書:刀国助二尺三寸 |脇差同作》 助右衛門《割書:刀吉綱二尺八寸|脇差光重》
   十内 《割書:刀道長二尺九寸|脇差光国壱尺八寸》

   横川勘平致懐中罷在候書状之写
  一筆致啓上候其後は打絶御左右も不承候朝暮御床敷
  存候時分柄甚寒に候得共貴様御家内弥以御堅固御座候哉
  承度存候拙者儀七月末より当表江罷越し只今迄は無異

  罷在候其元滞留之内は諸事預御厚情不浅忝存候拙者
  共存念之義も最早一筋に相極死も近々と相覚候於此世
  は此書中限り之御暇乞と罷成候間別而〳〵御残多奉存候日頃
  はヶ様之節に及候而は人に勝れ木石之様に而去る勇士そかし
  と自慢に存候しか不日之命にせまり候ては其御地皆様抔
  之御事存し出しいつより御名残惜しく存候しかし是は武士
  の常に而候得は於最後之働は唐之はんくわい築紫の八郎
  殿にもおさ〳〵労り申ましくと兼而覚悟之事に候間遖いさ
  きよく討死可仕と御察可被下候委細得御意度候得共死出之

  旅一筋に急身に候得は心も何とや覧閙敷さつと如斯
  御座候筆末に候得共御内室様江可然御心得奉頼候随分
  宿所親共事可然御引廻し偏に奉頼候此度之一札荒々
  書付懸御目候御歴に可被成候
   必死一蓮爰に記
  大石内蔵助同主税原惣右衛門吉田忠左衛門同沢右衛門片岡
  源五右衛門間瀬久大夫同孫九郎小野寺十内同幸右衛門
  田中貞四郎磯貝十郎左衛門早水藤左衛門間喜兵衛同十次郎
  千鳥三郎兵衛菅谷半之丞潮田又之丞近松勘六間新六

  大石瀬左衛門中村勘助富森助右衛門赤垣源蔵矢田五郎
  右衛門奥田孫大夫小山田庄左衛門奥田小四郎大高源五
  岡崎八十右衛門武林只七杉野十平次倉橋伝助村松喜
  兵衛同三大夫毛利小平太岡野金右衛門不破数右衛門茅野
  和助木村岡右衛門三村次郎左衛門瀬尾孫左衛門矢野伊助寺坂
  吉右衛門
 一堀部弥兵衛同安兵衛此者大丈夫七月上旬赤穂江罷越
  同志之者かたらい七八月中にも可討果覚悟を極たる
  者なり

 一前原伊助神崎与五郎此両人商人に身をやつし敵の
  屋敷江度々忍ひ様子伺ひ候者也尤内蔵助差図也
  此詞を用る事多し
   欠落者爰に記
 一中村清右衛門鈴田十八中田利平治此三人江戸迄一所に罷越
  し此元之取沙汰も悪敷由を聞色を変し大に驚
  利平治は去月廿日清右衛門十八は去月廿九日夜に入欠落
  す比興哉〳〵
 一小山田庄左衛門此者去る二日小袖金子等盗取欠落不及舌

  田中貞四郎此者も同前同四日欠落す
 一今日迄丈夫無二心者拙者共に五拾人也
 一去年夏篭城之覚悟之節臆病を働前非を悔候間
  大学殿善悪を様々之手立をいたし内蔵助方江参り
  首を下け手を束右同士之人数に入又此度之首尾
  驚逃る大臆病を爰に記粕谷勘左衛門井口忠兵衛杉浦
  順右衛門此者共悪き奴也当春討て捨申筈に候処世上之
  唱を気毒に存遁置候而残念に候此後此者へ御逢候は
  ヶ様に申たると御申可被下候

  田川九左衛門酒依唯右衛門木村孫右衛門田中六郎左衛門松下新五左衛門
  橋本次兵衛井口半蔵土田三郎右衛門大塚藤兵衛生瀬十左衛門三輪
  喜兵衛田中代右衛門前野新蔵此度必死之人数なり
  里村伴右衛門田中序右衛門梶半左衛門近藤新五此内京都迄
  出る者多き中に土田三郎右衛門生瀬十左衛門儀は京都江は不日に罷越
  右之一義を聞届身振して逃帰候由此元に而内蔵助物語に而
  承り候一笑〳〵是等は軽き者之事に而さのみ驚き不申候
  又筆にも言葉にも及さる者爰に記
 一奥野将監川村伝兵衛小山源五左衛門進藤源四郎此四人大

  臆病者不及評取分伝兵衛悪敷見ゆる
 一平野半平此者は逃る上に大石か家之払物代金三拾両盗
  取京都に小路隠れ候由前代未聞かな
 一岡本次郎左衛門同喜八郎此者先度迄は金石之様に申なし誠の
  きわにはつし申候佐々小左衛門同三左衛門此者共先日迄色よく
  見へしか赤城守護之御着を聞奉公之望出来に而はつし申候
  御召抱候而又々能志を可仕と被存候御主人之為笑止〳〵
 一上嶋弥助田中権左衛門幸田与三左衛門稲川十郎右衛門榎戸新助新助
  山上安左衛門仁平郷右衛門高谷儀左衛門多芸太郎左衛門豊田

  八大夫此者共大臆病者なり
 一各務八右衛門此者御存之通り拙者由緒之者に候至極之年に
  成命を惜候而悪名を取申候家之面目御察可被下候
 一陰山惣兵衛渡部角兵衛川田八兵衛久下織右衛門猪子利兵衛
  佐藤伊右衛門同兵右衛門此者共は夏色よく候得共此節に成引
  はつし申候比興かな
 一原惣右衛門養子兵大夫事先月大坂に而欠落す此際に成
  養父を見捨逃候段比興かな〳〵天命如何人々身の上
  気毒存候右之通に候委細申入度候得共此節之儀閙敷

  亦は皆々様江御暇乞申度状数相認候付不能一二候恐惶
  謹言
   十二月      横川勘平 宗利判
   三原屋長左衛門様
   同  七左衛門様
           参
  此状杉野十平次家来森蔵三原や方江持参仕候由

一うとん屋久兵衛口上書
  十四日昼七時分私近付之浅野内匠頭様浪人堀部弥兵衛

  と申仁被参そは切給候而物語に二三日以前店を返し宿なし
  に而候依之うとんそは切なと食事として打過候由被申候私
  申候は如何様之事に而店を御上け候哉と相尋候得は旦那弟
  大学殿閉門御免安芸守殿江御預け被成候左候得は頼も
  無之其上八木高直に而割烟草つれに而は中〳〵渡世も
  難成候故懇之者申合明朝赤穂江罷帰候古郷之事に候へは
  如何様にも渡世も可致と申者有之候夫に付昼は氷も解て
  道あしく候間夜中道のはか取候様に今夜九つに発足可申
  候間うとんそはきり六十人前致用意酒も調置候得と

  頼むとの事に而金子三両取出し給候故致用意置候処
  九つ過に皆々被参うとんそは切なと給被申候其内に私たは
  こ盆持出候得は其方は何を家業に仕候哉うとんそは切計かと
  尋被申候故私申候は此間は温飩そはきりも売不申候に付徘徊
  之取次抔仕候由申候浪人衆之内被申候更は面白き前句か冠
  はいかゝと被尋候に付冠はなんのそのと申候いさ附候半とて
   なんのその岩をもとをせ桑の弓
  最早道具も着船すへし命も有ば対面も発足被申候
  右之外別事無御座候以上

一酒屋十兵衛口上書
  昨十五日明け六時過見せ戸を明候処何者とは不知大勢血
  まふれに成て口々に被申候は弾正殿より追手来ること必定也
  足手達者之輩四五人早々御墓所江首を持参被申候へ残輩
  命あらん限りは弾正殿と可相果なり是は何事そと存戸
  を立可申と存候処江五六人押込湯壱つ此手負に振舞候へと
  被申候故湯未無之と申候へは不及是非【余り】労候侭酒壱つ振廻候へと
  被申候に付店酒は御法度之旨申候得は天下第一之御法度
  さへ用不申候何之御法度とはとて酒代と云て鼻紙袋より

    小判一両なけ出しみせの四斗樽取出し手鎗の石突
    にて鏡を突抜茶碗に而皆々給被申候亭主硯紙を
    出せと被申候に付持出候得は鼻紙に書付被申候
     山をぬく刀も折て雪の松 大高源五 子葉
    此手は手負に而殊外いたみ候様に相見申候此手負を兎哉
    角致世話候人我等も可仕とて書付被申候
     寒塩の毛をむしらるゝ行衛哉 富森助右衛門春抱【俳号は春帆とあるので誤記か】
    更は首に追付やとて立被申候なけ給候鼻紙袋之内に金
    子弐両御座候粘封し〆其上に書付

    元録十五壬午年十二月十四日
    浅野内匠頭家来大高源五打死死骸取捨候仁江
    酒代右之通に御座候已上
   右之外相替儀無御座候以上
一十四日之夜近所より見分に出申候者之物語
  上野介殿之屋敷を百人余に而取巻表門前に三人引は
  なれ居候而下知仕候壱人は挟箱に腰を懸居申候如何様之
  義かと尋可申と近寄候処あの方より挨拶に御気遣は
  無之候御用候は可被仰聞と申候故近寄候得は挟箱に腰掛

  居申候もの嘸御聞及も可有之候浅野内匠頭家来主人之
  仇上野介殿江今晩夜討仕候御気遣無之候間御通り可被成候
  御見物被成候事に而は無之候御見物は互之為不宜候是非御覧
  候は物陰より御覧候へと申候故遠方ゟ見物申候屋敷取巻候時
  分は九半時過に而候半時程過候而太鼓打表門より押込候追続
  表門より松明に而打入候又一時計物音静に有之男女の泣声
  夥しく聞血の匂はつと仕候又暫時之間泣声止不申又其後
  屋敷外江半分過も残り候而外廻りを堅め申候引払候節五十人
  程に而回向院江参候様に相見申候

   十二月十五日
一内蔵助物語に兼而夜深に押入候而は自然同士討候而は見苦
 敷事に候七時分より明方迄之間に勝負可然と申合候得共人々
 先を心懸候故少しはやく押込申候
一上野介殿に而無疵之者家老斎藤宮内松原多仲左右田孫
 兵衛取次役書上原藤十郎平沢助大夫三田八左衛門
一上野介殿祐筆   と申す者騒動を承寐顔を摺々廻腰
 に而罷出候処を一討に被伐候由其音を聞妻かけ出右之通りを見
 及候に付脇差刀を取て死骸にさゝせ刀をは抜手に持せ置候由

 翌日御見分首尾よく候由此妻女之事江戸中之評判之由
一浪人之内手に合候分相知候輩
  間十次郎  上野介殿首を揚又附添之士討取
  武林只七  上野介殿を鑓付又左兵衛殿附添之士討取
  間新六   上野介殿附添之士《割書:働有|》壱人討取
  近松勘六  小林平八郎を討取
  小野寺十内 上野介殿家来壱人討取
  原惣右衛門村松三大夫 壱人宛討取
一十五日早朝上野介殿御事上杉家江聞へ付夜討之者共対面

 可申と有之候処家老 公儀を憚先つ其通りに被成
 候様に申諫暫見合候由其後御月番御老中より 公儀捌に
 被 仰付候間御構無之様にと申【来】候共申候なり
一十七日上野介殿死骸取置候様にとの事故菩提所赤木明神
 之下万松院に而葬送有之候由
  即翁元心居士 小林平八郎
  端翁元的居士 清水逸角
  罷翁元休居士 新見弥七郎
  松翁元来居士 斉藤清左衛門

  心翁元無禅定門 牧野春斎
  右之通万松院寺中上野介殿石塔之脇に墓所
  有之候由
 既に首を継葬礼事済ける上野介殿四代之祖吉良若狭
 守天正年中十二月十四日織田上総介信長之為に被害
 大井川之辺に而首を拾ひ継之三州之寺に葬ける
 円(本ノ侭)山常公と戒名す月日の同しける上に彼領地より数代
 奉公せし者三州之寺江参詣しけれは上野介殿をも円山
 常公と戒名有故和尚にしか〳〵と申けれは後に改て霊

 性寺【左「本ノ侭」】殿実山相公と改けるとなり誠に寄異の事共也
一御預け之方に而之覚書
  大石主税儀隠岐守殿一度御逢被成候迄に而人体御見覚
  もなく候間御見知有之度旨取次を以被仰聞候処主税
  申候は若輩者に御座候故愚父申教候は上野介殿御屋敷江打
  込候迄は必死之存念勿論之事首尾に寄屋敷に而切
  腹可仕候左も無之弾正殿御人数を以御加勢候は様子に寄
  場を不言討死可仕事も可有之候左様も無之存念達し
  無異儀泉岳寺江引取候而切腹可仕義も可有之候夫も差

  延御預けに相成候事も可有之候配所に而は貴人之御前江
  は不罷出ものと申聞候間乍憚御断申上度と申候此旨隠岐守殿
  被聞召内蔵助教候を相守所若輩之身に而は尤之事に
  候得共内蔵助事も越中守殿折々御逢被成候事に候間不
  苦義に候罷出候様に被仰候旨主税承り左様に候は随貴命可
  罷出と夫より罷出候隠岐守殿御尋に母事は如何様之様子
  に而何方に居申候やと被仰候処主税兎角之義不申上頭を下け
  赤面泪をなかし取乱たる体に而退き手水を乞顔なと
  洗候而出合候者江御前に而慮外之体憚をも不存面目

  次第も無之候由申候此旨隠岐守殿御聴被成又御呼出し被成候
  主税罷出私母は京極甲斐守殿御家来石束源五兵衛娘
  に而御座候源五兵衛御在所に居住仕候内父内蔵助赤穂立
  退候に付母私弟十一歳に相成を召連豊岡江立越源五兵衛方江
  参候内蔵助存念有之に付妻子之義は今日より義絶仕
  候間何分にも宜様に介抱頼存候存念之義は具に不申及
  と申候源五兵衛得其意何とも可仕とて座を立申候内蔵助
  勝手口之戸を立閉候而四人近寄母申候は義絶とは不聞女
  迚も君父江之志達候は相応之働可仕是非一所にいか様

  共可相成覚悟に而御座候何地迄も召連候様にと申候内蔵助
  申候は女迚も志を立候事成間敷に而は無之候其段は了簡
  申候得共女と一列申候而は第一内匠頭様御為不宜候
  次男事は幼少之者其上未主君江御目見も不仕候故召連
  不申候出家に成共了簡次第義絶之上は構不申候主税事
  は嫡子と云亡君江御目見へも仕相応之御恩をも請候故
  一所に召連申候私事未其時前髪有之に付如何と申座敷
  之手水鉢に而髪を洗ひ内蔵助自手元服仕せ呉申候
  母も右之趣得心仕候而ヶ様之節は暇乞に盃は仕事に候

  責而盃を仕度と申候内蔵助尤と承届候乍然取乱たる
  体共源五兵衛家来共に見せ申義も如何に候迚何事も同
  前に候侭水に而盃可仕とて手水鉢之水を汲茶碗に而盃仕
  暇乞仕申候源五兵衛も暇乞仕せ早速召連罷立候道に而私江内
  蔵助申候は弥母も弟も無之と存せよ只寐ても覚ても
  上野介殿首を可討と一心に念願仕候へと申聞候より已来母
  事は毛頭不存出可達存念と存候計に候処思之侭に遂
  本望大悦仕候此上は何事も不存末期之首尾計を心
  懸け候計に候母事御尋に付右之義共存出し失十方落

  涙仕候と申候由言舌慥に遖成様子に候由聞人泪をしほらぬ
  は無之候
 一細川越中守殿に而未の二月二日之朝何も被召出御座敷に而御料
  理被下候とて御対面に而此間何之馳走も不致候今朝は馳走いたし
  候様に申付候御家老脇より挨拶に旦那義何そと申付候故鶴を料理
  仕候緩々と御賞味可有之候と申候内蔵助承之此間永々御馳走罷
  成候上只今之御意之趣難有次第に奉存候何も之内未鶴は給不
  申者も可有之候間緩々と頂戴可仕と別而忝次第奉存候其後いつ
  れも江申候は最期も近々と覚申候由密々語申候由

 一内蔵助義妻子引れ但州豊岡江参舅石束源五兵衛宅江罷越妻
  と二男を致義絶源五兵衛江相渡主税には元服仕せ父子弐人豊岡を罷立
  江府江も罷越し様子見合夫より京都江罷越し町人に成り不行跡之
  体絶言語候扨上杉弾正殿御蔵屋敷京都屋敷預り之者江手を尽し
  取入候様子難尽筆上候内蔵助病気に付気晴之ため遊山遊所江
  罷越五七日も病気分にして引込居申候右之趣共屋敷番之仁も心入
  之様子互に馴染に而存念不残体に成将亦内匠様浪人共京都に
  有之分は大形志無之者に候得は尚又無心元様子も無之候故弾正
  殿より忍ひ外聞之者も有之候得共余り気遣ひも不仕体に相聞

  候尤右之様子共弾正殿にも注進有之候由内蔵助病気と偽
  弾正殿屋敷江も四五日は不参密に父子共京都を発足致
  候よし

   大石系図
ー大石内蔵助《割書:母は先内匠頭様御息女|知行千五百石》ー同権内《割書:妻備前池田主水|姉 良勝》ー
             ー源五左衛門ー
ー大石頼母《割書:古内匠頭様御取立|知行千石母は右同》ー

女子《割書:松平主馬室》
浅野壱岐守殿《割書:室は木下肥後守殿姪》
浅野左兵衛殿《割書:初大石金三郎と云父頼母名跡相続之処|浅野内記殿養子になる依之実家頼母|家は断絶》


弥六ー瀬左衛門《割書:弐百石》
女子《割書:潮田又之丞妻》


大石内蔵助《割書:千五百石|室石束源五兵衛女》ー同主税
             外に男子弐人


池田出羽《割書:備前第一の家老|三万弐千石》ー同主水ー
         ー女子《割書:大石権内良勝室|内蔵助母也》

ー池田玄蕃《割書:実子無之に付|太守末子を以為養子|相続す三万石》ー峯千代《割書: |伊与守殿末子》

  原惣右衛門母之事 《割書:惣右衛門元は一学とて京極対馬守殿|小性にて三四年勤宮津滅亡以後浪人|なり》
   【此惣右衛門母之事虚説なるへし】
一惣右衛門赤穂之城退散之節尤母引具し城近き町に有けれは折々
 内蔵助方江文通して事を問合ける然る処に七月末京江出内蔵助
 申合兎も角も事を可遂と思ひ何となく母江申けるは我等事可

 申合事に而京都江上候大方十日廿日も致逗留候半事に寄夫ゟ直に
 江戸江下り申候事も候半頓而帰懸御目候半侭其間無御障様に被成
 御座候得と言けれは此母古は京極殿に《割書:丹後守殿|》仕へし人なりしか
 其後赤穂江嫁して来りける若き時より心さま人に勝れてやさしく
 又たけ〳〵しくも有けるか惣右衛門に申けるは遥々之旅行心労に覚へ候
 つく〳〵こしかた行末を思ふにそなたの親祖父より内匠殿之恩顧
 に而今まて家を継来れり然るに士は名こそ惜め此度之旅行は
 定而御主の恩をも報し親祖父の名をも穢さじとの心成へし
 我女なりとも察せさらんや哀れ我男の身なりせは一所に行て

 兎も角も成へけれ共女之身こそかなしけれ人之親の子を思ふは
 常の事まして数多持たる子をたにいつれおろかはなきときく
 其方事は只壱人に而月にもかへしとこそ思ひけるそたゝに愛して
 人之しをも不知は鳥類畜類之子を愛するに同しきそ何とそ
 一たひ御主之御憤をもやすめ草の影にても御恩を報し奉り身
 は東の土に埋るゝとも親之名をも穢さぬ様にと心得給へ若物前に
 て傍輩衆に先達て討死したりと聞こそ母はいかはかり嬉しかるへき
 そ是我志を養ふ第一之孝行成へし身を立父母を顕して命終る
 を孝の終りとこそ聞け若母有事を思ひ未練の働ある有成は命

 有たり共二度我に対面有へからす其方の父も武士也我も亦
 武士の娘なりいつれに付而も武士の名負たるものなれは返す〳〵
 名に恥有へしとまことに無余義諫ける惣右衛門も兼而母斯甲斐〳〵
 しけれは思ひ立事露はかりもほのめかし聞せむと思ひけれ共女の
 ことなれは色にも出して若や人にも知られて事露顕してはと今迄
 語り聞せさりしかとも母はや如斯云けれは此上は何をか忍ひけんと
 おもひて申けるは如仰我等祖父父より亡君の厚恩を蒙る事に候
 得は頓にも其恩を報し可申了簡に候得共内蔵助よりしか〳〵之思ひ
 立候へは何国迄も一所にこそと申合候いつまても附添奉りて御先途

 をも見届奉り可申身にて候得共如是珍事出来り此場難遁候何
 事も皆天命のしからしむる所と思召小も御悔かましくは有しに
 替りて諸事心に任ぬ御暮し御心苦しく思召候半と是耳心にかゝり候と
 云けれは母申けるは前にも申通り我事必々心に懸給ふへからす
 はやく旅の支度有へし長途なれは歩行にて行給ふへからす草伏
 ては時之用に立へからす馬か駕籠にてもし馬に乗ならは能心を
 附て乗給へいねむりて落給ふな小者之壱人もつれされは嘸不自由に有
 へし抔と念頃に云て傍輩衆と能〳〵云合て事をなし給へと返す〳〵
 念頃に暇乞して別れける惣右衛門山科江出内蔵助と言合七月末に江

 戸江下けるか其時分内蔵助散々煩けれは暫快気を待とて時移りける
 まゝ此内に今壱度母に逢ふて帰らんとて又播州江趣母か在所江立越
 案内す母聞て惣右衛門か来るとかや定て兼而之事首尾能候て社
 来る覧手は不負かいかにと云惣右衛門其義に而はなく候と有し事共
 語りて夜に入けれは寐て夜明て起出しに母見へす下女に聞はいつも早
 御目覚させ給ふか今朝はいかゝ被成候哉遅く候云老人之事心元なく惣右衛門
 行て見よと下女を遣せしに下女行て見あつといふて出る惣右衛門驚き
 急き行てみれは母は守刀に而自害しあけに成て死居たり惣右衛門
 を初め下女共あきれ涙の外は事そなき側に有ける一通の書置

 を見れは其文に曰
  過にしわかれの折から返〳〵も母ありと思ふへからす候よし
  申候へともまた立帰り我を弔ふこと是孝に似たる不幸なり
  先我先達て死を教へ武士の恥ならん事を示す是また
  子を愛する道にもあらむかと女こゝろの一すしにおもひ極て
  斯なりし侍るものなりかしこ
      十一月六日      はゝ
      原惣ゑもんとの まいる
 惣右衛門是を顔押あてあやまりあゝ悔泣〳〵葬礼のいとな

 み夫より江戸へこそ下りけれ
一木村岡右衛門書置
  浅野内-匠長-矩為 ̄ニ_二独夫吉良 ̄カ_一棄_レ世 ̄ヲ焉初 ̄メ於_二殿中 ̄ニ_一有 ̄ルノ_レ事
  之-日不 ̄シテ_レ遂_レ志 ̄ヲ而独-夫全 ̄ス_レ頸 ̄ヲ故 ̄ニ臣-等遺-恨暫 ̄モ不_レ息 ̄マ従_レ是
  同-志 ̄ノ之義-士相-謀 ̄テ欲 ̄ス_レ刺 ̄ント_二独夫 ̄ヲ_一然 ̄レトモ時未 ̄タ_レ到 ̄ラ而覃今-月今
  日嗚-呼愚-祖-父木村吉兵衛奉_レ仕_二浅野霜-台長政 ̄ニ_一
  而息受 ̄ク_二采-女-正長-重 ̄ノ之-恩 ̄ヲ_一故 ̄ニ愚-父木-村惣-兵-衛眤-_二
  近 ̄シテ故内-匠-頭長-直 ̄ニ_一而請_二慈-愛 ̄ヲ_一愚不-肖 ̄ニシテ雖_レ不 ̄ト_下敢 ̄テ
  受_上_二長-矩 ̄ノ寵 ̄ヲ_一依 ̄テ_二祖-父 ̄ノ之功労 ̄ニ_一俸-禄無_レ違 ̄コト養 ̄ヒ_二妻-子 ̄ヲ_一

  育 ̄シ_二奴-僕 ̄ヲ_一恩-沢莫_二外 ̄ニ-望 ̄ムコト_一而送 ̄ル年-月 ̄ヲ_一今-也
  踏_二白刃 ̄ヲ_一決_二必-死 ̄ヲ_一欲 ̄ス_レ無 ̄ンコトヲ_レ辱 ̄ムルコト_二君-臣 ̄ノ義 ̄ヲ_一何 ̄ノ-幸 ̄カ
  如 ̄ンヤ之 ̄ニ哉冀 ̄フ_下得 ̄テ_二吉-良上-野吉-良左-兵-衛 ̄カ頸 ̄ヲ_一献 ̄ンコトヲ_中
  長-矩君 ̄ノ之影-前 ̄ニ_上者-也尚 ̄ヲ綴 ̄テ_二野-詩一-絶 ̄ヲ_一以 ̄テ
  其 ̄ノ述_レ志 ̄ヲ

   身 ̄ヲ寄 ̄ス_二寒-雲 ̄ニ_一江-海 ̄ノ東 ̄シ
   命 ̄ヲ愆 ̄ツ_二恩-義 ̄ニ_一世-塵 ̄ノ中

   看_レ花 ̄ヲ酌 ̄テ_レ酒 ̄ヲ躋(ワタル)_二幾 ̄ク-歳 ̄ヲ_一
   時 ̄ナル-矣暁-天霜-雪 ̄ノ風
              木村岡右衛門《割書:貞行|四十五歳》

  本意を遂泉岳寺に至りて
おもひきや我武士の道ならてかゝる御法の縁に逢ふとは
              富森助右衛門春帆
寒塩の毛をむしらるゝ行衛かな
              大高源五子葉

山をさくちからもなくて松の雪
武蔵野や一度にひらく花の春   春帆母
天地の外はあらしな千種たに   茅野和助
 もと咲野辺に枯るゝと思へは
世や命咲野にかるゝ世や命    仝
人の世の道しわかすはおそくとも 神崎与五郎
 消る雪にもふみまよふへき

  切腹前辞世の詩歌

武士の命に高き名をかへて        大石内蔵助
 誰かかくこそあらまほしけれ
品もなく活過たりとおもひしに      堀部弥兵衛
 今残りたる老のたのしみ
雪解て心に叶ふあしたかな        間瀬久大夫
死ての旅手に手を取て行からは      大石主税
 六のちまたの道しるへせん
麟鳳自宿 ̄ス東武門更 ̄ニ無_二忠孝二義 ̄ノ昏 ̄キ_一  中村勘助
若王 畢(本ノ侭)竟依 ̄ル_二仁厚 ̄ニ_一撮髪 ̄ノ男児重_レ王 ̄ヲ思

花紙に爪て経書試筆かな    大高源五
梅て呑茶やもあらしな死出の旅 仝
あら楽や思ひは晴るゝ身は捨る 内蔵助
 浮世の月にかゝる苦もなし
兼てより君と母とに知せんと  惣右衛門
 人より急く死出の山路に
君かためおもひに積る白雪を  忠左衛門
 ちらさは今朝の峯の松風
人や世に道し分けすは遅くとも 神崎
 消る雪にも踏まよふへき

仕合しや仕死出の山路は花盛       只七
何- ̄ソ怨 ̄ン殺 ̄コトヲ_二我-身 ̄ヲ_一 一-朝乍 ̄チ作 ̄ル_レ塵 ̄ト 内蔵助
唯-歓 ̄フ達_二君-志 ̄ヲ_一長 ̄ク不_レ失_レ為 ̄ルコトヲ_レ臣
けふははや言の葉草もなかりけり     十内
 何のためとて露結ふらん
我罪は人の菩提にまさるとは       忠左衛門
 仏のしなすちかふ山風
まてしはし死出に遅速【は】あらねとも 勘平

   先さきかけて道しるへせん
一小野寺十内主税を同道にて京より江戸へ下るとて箱根にて
 友に逢京の妻へ状遣しける其返事之内に 妻
  筆の跡見るそ涙の時雨来て
   いひ返すへき言の葉もなし
    右の返し十内
  限り有て帰らんと思ふ旅にたも
   猶九重の恋しきものを
一右十内妻元録十六未年七月十八日京都■【注】国寺に於て
【注 字面は「東」に見えるが小野寺十内妻自害の寺名から「本」と思われる。】

自害仕辞世  法名 赤心院妙蓮日姓信女
  うつゝともおもわぬ内そ夢覚て
   妙なる法の花に乗なん
  妻や子の待らんものをいそけとて
   何にか此世に心残覧
一元録十六未九月 上杉弾正大弼殿願之ことく御隠
 居御家督御嫡民部大輔殿江無相違被
 仰付

  落書
   本書に落書数々有之といへとも事繁くして
   其意味不知もの多き故是を除き其内宜なるも
   のを撰て左に記のみ
〇疵をいたみつらうつ恥の己のみ切られて物をおもふ上野介
〇よい事を見ぬ振はせぬ与三兵衛内匠切ったて加増一陪
〇上野は湯漬食かや浅野間に内匠か者にくひ吉良れけり
〇大石に打つふさるゝ吉良の【「家」】根を直すへき上杉もなし
〇内匠けり軽薄武士のめをさます浅野中にも楠そある

心-肝卓-立 ̄タル至-忠 ̄ノ士 軽 ̄シ_レ死 ̄ヲ重 ̄ス_レ君 ̄ヲ金-鉄 ̄ノ臣
四-十余-人報 ̄スル_レ恩 ̄ヲ処 功顕 ̄レ_二 天-下 ̄ニ_一令-名新

  本荘の逃盛
扨も本庄の夜討破れしかは間十次郎内蔵助か前にはせ
参上申けるは十次郎こそきいの親仁とくんて首取て候へ大将
かと見れは続く家来もなし又家来かと見れは白無垢
を着したり名乗れ〳〵と責れとも終に名乗らす声は関東
声にて候と申せは内蔵助遖夫は上野介殿にてや有らんしからは

〇首はとふからたは残る世の中にさこそ左兵はつれなかる覧
〇年を経て恥の鏡となるそとは底ある吉良を曇るといふらん
〇少将の首を小桶に入置て寺から里へ送る初もの
〇景虎も今は猫よりおとりけり長尾を振て逃げる弾正
〇奥の知恵何と将監曇しやあふないさきへ行ぬ分別
〇藤の花いつ咲事を又さめは有やなしやと犬もとふまし
〇いや大野請合なしに逃たりし身の行末も金九郎兵衛
〇吉良れたる親上野はおくしたか古高家にて底か抜たか
〇上杉の枝をおろして酒はなし武士は成まい酒みせを出せ

 原惣右衛門こそ去年伝奏の時節見知たる覧とよはゝれは惣右衛門
 まいり只一目見てから〳〵と笑ひあら嬉しや是こそ上野介殿ニ而候い
 けるそや吉良殿常に被申しは若夜討なと入たらは若殿原と打
 あいて伐れん事もかなしかるらん又老人とて逃ん事も口惜し所詮
 能所に隠れんとの玉ひしか誠に隠れて候然共血にそみて首も慥に
 みへわかす候程に洗わせて御覧候へと申もあへす首をもち座敷を
 立てあたりなる此手水鉢の側に望て白 髪(ひん)の顔をなて氷解
 ては水らうたいの首を洗て見れはあら血は流れてもとの上野と
 見へにけりけに名を穢す腰抜けは誰もかくこそあるへ

けれあら浅増やとてみな一同に笑ひけれ

  いろは短歌
い かに弾正 聞給へ
ろ う人共の 集りて
は ちをかゝせし 笑止さに
に くや諸人に 慮外して

ほ むる者なき 上野を
へ いひとへ成る 家作り
と を見横目を 付けさるは
ち ゑの浅くや おわすらん

り こうな家来 なき故に
ぬ かつた事を しておいて
る いもあらさる 敵打
を もひの侭に 引とらせ

わ らひ草とは 成そかし
か ねて大勢を つかわして
よ まわりねす 番致せは
た とへ夜討か 入とても

れ き〳〵防き 玉ふなら
そ つしの負は 有まいに
つ ね〳〵油断 有ゆへに
ね らふ事をは 夢すけて

な を流したる 浅ましや
ら ちなく家を ふみちらし
む くろは外へ けおとされ
う たてや首は 泉岳寺

ゐ んくわや墓へ 手向られ
の ひ〳〵として 置たるは
お く病神の 氏子とや
く ちおしとは おほさぬか

や や時過る 比まても
ま ぢ〳〵として 涙くみ
け ふさめ顔て 居給ふは
ふ かいなしとや 申すらん

こ しの抜たる なりをして
え 戸の住居も けからはし
て ん下の人の 爪はしき
あ さましき身 の風情かな

さ すか由緒の 有ゆへに
き らの家より やしなはれ
ゆ みやの家来 うとけれは
め いわくさうな 顔をして

み くるしいめに 逢給ふ
し しても恥は ぬけまいそ
ゑ きなき命 延んより
ひ そう石ても 呑給へ

も しなからへて 居るならは
せ 上の人の あなとられ
す いさんせられ 其後は
京 の批判も 恥の上杉

 かそへ歌
一とや人の悪みし上野か二とや弐つともなき首とられ三とや

 見ても気【「味」】よき敵打ち四とや夜明て知らぬ上杉の五とやいつまて
 生きて恥かくそ六とやむりに病気に取なして七とやなく〳〵
 左兵衛逃らるゝ八とややくに立さる家来共九とやこゝやかしこ
 の笑ひ草十とや兎にも角にもゆ弾正

一上野介殿辞世
  きられての後の心にくらふれは
    むかしの疵は痛まさりけり

【文字なし】

【文字なし】

【文字なし】

【裏表紙】

【背表紙】
TCHEU CHEU
TSI.

JAPONAIS
139

【本の天か地】

【小口】

【天か地の部分】

BnF.

【外表紙】

【表紙見返し】
日本語 347

【表紙見返し】

1801

【表紙、題箋】
繪本前太平記 一
【付箋】
「 3
 Je hon Zen dai Fei Ki
   Illustrations de l'Histroire
 de la Maison Dai Fei des
  Japon
   Ohosaka 1824, 5 Vol,」

【熟語、名詞、人名の中央、右旁、左旁に棒線あり、これを略す】
近代丹靑 ̄ノ諸家。和漢雜出 ̄シ。
萬象子細極 ̄メテ_レ竒 ̄ヲ盡 ̄シ_レ精 ̄ヲ競 ̄テ
為(ナス)_レ巧 ̄ミヲ。然 ̄レトモ筆勢繊弱 ̄ニシテ而 失(ウシノフ)
古法 ̄ヲ_一者不 ̄ル_レ鮮 ̄ナカラ矣。今乃(イマシ)江南
法橋岡田玉山 ̄カ所 ̄ロノ_レ製 ̄スル繪本
前太平記。衣冠甲冑。各〳〵用 ̄ヒ_二

古代之製 ̄ヲ_一。戦争角逐。凛乎 ̄コトシテ
如 ̄シ_レ生 ̄スルカ_レ風 ̄ヲ可 ̄シ_レ謂 ̄ツ善 ̄ク合 ̄スル_二 天機 ̄ニ_一
者 ̄ナリト也。聊 ̄カ記 ̄シ_二其 ̄ノ概 ̄ヲ_一應 ̄スト_レ需 ̄ニ云
寛政甲寅仲冬
  平安  荼蘼園主人
       【角印】

【肖像画あり】
清和(せいわ)天皇(てんわう)第六(だいろくの)
宮(みや)中務(なかつかさ)卿(けう)正(しやう)四(し)
位(い)上(じやう)貞純(さだずみ)親王(しんわう)

【幡、剱を受ける図】
抑(そも〳〵)源家(けんけ)の濫觴(らんしやう)を尋(たつぬる)に人 王(わう)五十六
代清和天 皇(わう)第(たい)六の宮(みや)中務(なかつかさ)卿(けう)
貞純(さだずみ)親王(しんわう)と申たてまつるは
一条大宮 桃園(ももその)の宮(みや)に住(すま)せ玉ふ
御 子(こ)經基(つねもと)王(おヽきみ)は第六の皇子(わうじ)の御(おん)
孫(まご)なるにより六 孫王(そんわう)と称(しやう)し
奉(たてまつ)る延喜(ゑんき)七年十月五日御年
十五 歳(さい)にて御 元服(げんぶく)あり右馬介(むまのすけ)
に任(にん)し正(しやう)六位(ろくい)上(せう)に叙(じよ)せらる
此時 始而(はしめて)源(みなもと)の姓(せい)をたまはり
日本の大(だい)将軍(しやうぐん)武士(ぶし)の棟(とう)
梁(りやう)たるべしとて白 幡(はた)
一ながれ螺鈿(るてん)の
御剱(きよけん)一 振(ふり)を相(あい)
そへて下(くだ)し
玉わりける

【剱を授ける貞純親王】
經基(つねもと)王(きみ)謹(つヽしん)で
頂戴(てうだい)あり大
将軍(しやうぐん)の職(しよく)は
臣(しん)が才(さい)にあ
らすと再(さい)三
謙辭(けんじ)し
給(たま)へども勅(ちよく)
命(めい)已(やむ)ことな
く領掌(りやうじやう)ある
まことに由々(ゆヽ)敷(しく)
こそ見へにける是(これ)
則(すなわち)源氏(げんじ)の大 祖(そ)一 流(りう)
 の正統(しやうとう)もつとも
  かくこそあるへけれと
   称嘆(しやうたん)せぬは
    なかりける

【出産の祝いの使者たち】
經基(つねもと)の王(おヽきみ)の御(ご)簾中(れんちう)
は武蔵(むさしの)守(かみ)橘(たちはな)の敏有(あつあり)
の御むすめなり
懐妊(くはいにん)の御気(みけ)しき
まし〳〵月(つき)満(みち)て延(ゑん)
喜十二年四月十日
西(にし)八 条(じやう)の宮(みや)にて
御産(ごさん)恙(つヽが)なく御
男子(なんし)誕生(たんじやう)まし
〳〵ける後(のち)に
多(たヾ)田の満仲(まんぢう)と
て文武(ぶんぶ)兼備(けんひ)の
良将(りやうしやう)は此(この)若(わか)
君(きみ)の御(おん)事なり
祖父(そふ)の親王(しんわう)父(ちヽ)の
王(おヽきみ)は申も愚(おろか)なり

【御所の様子】
御(こ)所中(しよちう)のよろこ
び御 門葉(もんよう)はいふ
にをよばす諸国(しよこく)
の大 名(めう)小名(しよふめう)
より綾羅(りやうら)
金銀 馬(むま)鞍(くら)
など我(われ)おと
らしと舁(かき)
續(つゞけ)させ賀(が)し
申されけり
誠(まこと)に源(げん)家
繁榮(はんゑい)の相(そう)
 なりとめで
  たかりける
   ことども
      なり

【夢を見る氏光】
同十六年五月七日 貞純(さたすみ)
親王(しんわう)桃園(もヽその)の宮にて薨(こう)
じさせたまひける爰(こヽ)
に府生(ふしやう)紀(きの)氏光(うぢみつ)といふ
もの夢(ゆめ)に朱樓(しゆらう)金(きん)
殿(でん)いらかをなら
べたる仙 室(しつ)に
いたるに其(その)長
十丈 計(はかり)の威(ゐ)
神(しん)貞純(さたつみ)親王(しんわう)
にむかひて曰(いわ)く
我(われ)汝(なんじ)をして
此(この)粟散(そくさん)國に生(しやう)せ
しめ王法(わうはう)佛法(ふつほう)を
護(まも)らしめんと約(やく)し
ぬ汝(なんし)今(いま)已(すで)に子孫(しそん)

【水面の龍の図、◆白龍ではない】
ありて金 闕(けつ)の守(まもり)
にたれりはやく
去(さつ)て本土(ほんど)に帰(かへ)る
べしとの給へば貞
純親王の御 姿(すがた) 忽(たちまち)
五丈 餘(あまり)りの白 龍(りう)と
成(なつ)てしら波(なみ)を巻(まき)
かへし水 底(そこ)
に入たもふと
見てゆめ覚(さめ)
たり氏 光(みつ)奇(き)
異(い)のおもひをなし
桃園(もヽその)の宮にいたり
みれば親王(しんわう)已(すで)に
薨去(こうぎよ)し玉へり不思(ふし)
儀(ぎ)なりし事とも也

【牡鹿に向かおうとする武者の図】
六十一代 朱雀(しゆじやく)帝(てい)と
申たてまつるは醍醐(たいこ)天
皇(わう)第十一の皇子(わうし)延(ゑん)
長八年十一月御
年八 歳(さい)にて御 即(そく)
位(い)あり年号(ねんごう)を
承平(しやうへい)と改元(かいげん)あ
る其二年の
秋(あき)貞觀(じやうくはん)殿(てん)の
築(つき)山にいづく
ともなく牡(を)
鹿(しか)一 疋(ひき)躍出(おとりいで)
玉体(きよくたい)に飛(とび)かゝ
る殿上人(てんしようひと)達(たち)
あわて騒(さわき)我(われ)も
〳〵と太刀(たち)引

【射られて倒れる牡鹿】
抜(ぬき)て払(はらひ)玉へば
庇(ひさし)の上(うへ)にとびあ
がり鏡(かヽみ)の如(こと)き眼(まなこ)
を開(ひら)き皇居(こうきよ)を
にらんでゐたりける
經基(つねもと)かぶら矢(や)
打(うち)つかひしばし
たもつて發(はな)ち玉ふ
矢坪(やつぼ)をたかへず
ひだりの耳根(みヽね)より
右(みぎ)の草分(くさわけ)まで矢(や)
しりしろく射(い)出(いだ)
したり鹿(しか)はたまらず
どふと落(おつ)れは堂上(どうしやう)堂下
ゐたり〳〵と称(ほむ)る声(こへ)し
ばしは鳴(なり)も止(やま)ざりけり

【平貞盛の行列】
爰(こヽ)に桓武(くわんむ)天皇(てんわう)曽孫(そうそん)前(せん)将軍(しやうぐん)
良将(よしまさ)の男(なん)瀧口(たきくち)小(こ)
二郎(じろう)相馬(そうま)
将門(まさかど)といふもの
あり其(その)為人(ひとヽなり)狼戻(ろうれい)に
して礼法(れいほう)をしらず
将門(まさかど)が従弟(いとこ)に平(たいらの)貞盛(さだもり)
といふものあり仁和寺(にんわじ)
にもふでけるが供人(ともひと)
あまた引具し行(きやう)
列(れつ)あたりを拂(はらつ)
て来(く)るもの有(あり)
親王(しんわう)摂家(せつけ)の
公(きん)だちにてや
あらんと道(みち)の
傍(かたわら)に蹲踞(そんこ)し

【将門に話しかける従者】
てちかくなりて
よくみれば小二郎
将門(まさかど)なり穴(あな)ふ
しぎや分限(ぶんげん)不(ふ)
相應(そうおう)の行粧(きやうそう)こ
そ意得(こころへ)て疑(うたかい)な
く逆心(きやくしん)の色(いろ)あ
らわれたりと殿下(てんか)
にまふし奉(たてまつ)り早(はや)
く誅伐(ちうばつ)あるべし
と再四(たび〳〵)申すヽめけれ
ども唯(たゞ)一 門中(もんなか)の不(ふ)
和(わ)より私(わたくし)の偏執(へんしう)なら
んと許容(きよよう)さらになかり
しか後(のち)にぞおもひ合(あわ)
されたり

【純友と将門】
又 伊豫掾(いよのせう)藤原(ふしわら)の
純友(すみとも)といふ
ものあり在(ざい)
京(きやう)の時(とき)比叡(ひへい)
山(ざん)に詣(もふで)ける中堂(ちうとう)
のまへにて将門(まさかど)
にあひたり
互(たがい)にもたせし
破子(わりご)など
取(とり)ちらし
酒宴(しゆえん)を
催(もよふ)しけるが
将門はるかに
平安城(へいあんせう)を
見おろし
暫(しばらく)ため息(いき)

【将門と純友】
つぎてゐ
たりければ
純友(すみとも)怪(あやし)みてその故(ゆへ)を
問(と)ふに将門か曰(いわく)抑(そも〳〵)此(この)平(へい)
安城(あんぜう)は桓武(くはんむ)天皇(てんわう)延暦(ゑんりやく)
十二年 此地(このち)に移(うつ)されてより
連枝(れんし)相續(あいつゞき)て位(くらい)を踏(ふむ)
我(われ)も桓武(くはんむ)の流(なが)れに生(むま)れ
なから奴僕(ぬほく)と同しく枯(くち)
はてんはくちおしきこと也
我 聊(いさゝか)おもひ立事の候 与(くみ)
し給(たび)てんやと申けれは純
友 欲心(よくしん)熾盛(しせい)のぶこつもの
なれば早速(そうそく)に領掌(りやうじやう)しより〳〵
叛謀(むほん)の計(はかりこと)を企(くはたて)ける後(のち)将門
同時(とうじ)に兵(へい)を起(をこせし)は此時(このとき)よりの根ざし也

【荒夷の着なれぬ衣冠姿】
将門(まさかと)は下總國(しもをさくに) 猿(さな)【ルビ画像不鮮明】しまの
郷(ごうに) 大裏(たいり)を建(たて)て南北
三十六丁 東西(とうざい)二
十丁七十二の前(ぜん)
殿(でん)三十六の後(こう)
宮(きう)何殿(なにてん)何 門(もん)
軒(のき)をならべさ
しもいみじく
作(つく)りたり自(みつから)
平親王(へいしんわう)と号(ごう)し
百宦(ひやくかん)をそなう
衆職(しうしよく)を置(をき)その
闕(かけ)たるは只(たヽ)暦博士(れきはくし)
ばかりなり頑(かたく)なる
荒夷(あらえびす)ども着(き)なれ
ぬ衣冠(いくわん)をちやくし

【倒れ伏すぶざまな荒夷】
横(よこ)さまにかむりを
引立または前軀(ぜんぐ)の
者(もの)の裾(きよ)をふまへ覆(うつぶし)に
たをすもあり或(あるい)は
何某(なにがし)の大納言(だいなごん)のもとに
今宵(こよい)褒貶(ほうへん)のうたあ
わせあつてまかるなんど
こと〴〵しくのヽしりてさ
まよひありくさてもいか
成うたをか詠(よみ)けん何事(なにこと)
  をか云(いヽ)けんつたへ
  聞(きく)さえ恥(はづ)かしヽいと
  むくつけきふるまひ
    やと心(こころ)ある人(ひと)は
    みなまゆをぞ
    ひそめあひけり

【諫言して腹を切ろうとする公連】
さるほどに将門(まさかと)は一 族(そく)良從(らうじう)を
あつめて謀叛(むほん)の企(くわだて)評議(へうぎ)しける
か異見(いけん)區々(まち〳〵)にてさらに一 定(しやう)
せずときに将門が従弟(いとこ)に六郎
公連(きんつら)といふものあり末(はつ)
座(ざ)よりすゝみ出(いで)泪(なみだ)を
はら〳〵と流(なが)し穴(あな)浅(あさ)ま
し斯(かヽ)る忌(いま)わしき企(くわだて)こそ
候はね天地(てんち)開(ひらけ)け【「け」重複】始(はじまり)てより
以来(このかた)君(きみ)を弑(しい)して宗廟(そうひやう)
をたもちしもの和漢(わかん)とも
にいまだきかず今(いま)無為(ぶい)
の浪(なみ)四海(しかい)に溢(あふ)れ万民(ばんみん)其(その)
化(くわ)に誇(ほこ)るの時(とき)みだりに干(かん)
戈(くわ)を邦内(ほうだい)に動(うごか)さんこと
恐(をそ)るへし〳〵

【公連を苦々しく見る将門】
當家(とうけ)のめつ
亡(ほう)を見(み)んより
は身(み)をいさぎ
よくして死(し)せ
んかはとて押(をし)はだ
脱(ぬき)て左(ひだり)の小脇(こばら)
に刀(かたな)を突立(つきたて)
右(みぎ)の傍腹(そばばら)
まで切目(きりめ)長(なが)く
引廻(ひきまは)しはら
わたをたぐり
出(だ)しうつぶしに
臥(ふし)て死(しヽ)たりける
満座(まんざ)是(これ)に興(けう)さ
めてその日の評(へう)
儀(ぎ)はやみにける

【天変地異、異形の物を見て怪しむ人々】
承平(しやうへい)四年五月二十
七日 洛中(らくちう)旋風(つぢがぜ)おびた
たしく吹(ふき)て沙(いさこ)を巻(まき)
石(いし)を走(はし)らせ咫尺(しせき)の
中をも見えわかず
いか成(なる)變異(へんい)申らんと
怪(あやし)みおもふ処(ところ)に坤(ひつじさる)の方(かた)
より艮(うしとら)へさして大地(だいち)も
崩(くづるゝ)はかり震動(ふるひうこき)民屋(みんおく)
はさらなり厳(おごそか)に建(たて)な
らべたる神社(しんしや)佛閣(ぶつかく)
のこりなくぐづれて
また俄(にはか)に水(みづ)涌(わき)い
でゝ天(てん)にみなぎり
山(やま)さけて谷(たに)を埋(うづ)む
する墨(すみ)を流(なが)せし

【空に現れた怪異におびえる人々】
大空(おゝそら)に長(なか)さ三十丈
もやあるらんと覚(おぼへ)し
き蛟(みつち)のことく成(なる)異(い)形(ぎやう)
のものふたつ現(あらは)れつく
息(いき)は炎(ほのふ)にてその鳴(なり)はた
めくこと百千の雷(いかづち)の
一どにおちかゝるかと
あやしまる人々 肝(きも)を冷(ひや)し
魂(たましい)を飛(とば)しいかなる前表(ぜんひやう)
にやと悲(な)しまぬ
ものはなかりけり
是(これ)則(すなはち)朝敵(てうてき)蜂起(はうき)
すべき気(き)ざし
  なりとおそ
   ろしかりき
    ことどもなり

【純友の船を離れる海賊】
藤原(ふじわら)の純友(すみとも)は本國(ほんごく)伊豫(いよ)へ下(くだ)るとて
播州(ばんしう)室(むろ)の海上(かいじやう)にて風(かぜ)を見(み)合(あわせ)いた
りしが純友(すみとも)を始(はじ)め良從(らうじう)のこらず
船(ふね)にゆられ前後(ぜんご)もしらず寐(ね)
入たり爰(こゝ)に海賊(かいぞく)数(す)十人 商人(あきうど)
船(ふね)とやおもひけん屋形(やかた)の内(うち)へ入
きたり金銀(きんぎん)衣服(いふく)調度(ちやうど)まて
のこりなく奪(むば)ひ取(とり)おのが
ふねにはこひ入ゆくえもし
れず去(さ)りにけり賊首(ぞくしゆ)なる
もの唯(たゝ)二人あとにのこりて
純友か秘藏(ひそう)せし藤(ふじ)
丸(まる)といふよろいの有(あり)
けるをうばひ
とらんとて誤(あやまつ)て
うつふしにたおれ

【強盗を組伏せる純友】
ける純友 是(これ)にめ覚(さめ)
たれと燈(ともしび)きえて
真暗(まつくらかり)足音(あしおと)をしる
べに無一(むず)と組(くん)て揉(もみ)
合(あい)しか賊(ぞく)は二人 純(すみ)
友(とも)はたゝ壱人にてあ
しらいかねて強盗(ごうとう)を
くみとめたり起(おき)よ者(もの)
どもと呼(よば)るに良等(ろうどう)若(わか)
黨(とう)をき合(あわせ)て折重(おりかさなり)て高(たか)
手 小(こ)手にからめける扨(さて)燈(ともしひ)を
点(てん)じて屋方(やかた)の内(うち)をみれば
調度(てうど)金銀(きんぎん)のこりなく盗(ぬすみ)とら
れたれば純友大きに怒(いか)り強(つよく)
  いましめて本(ほん)ごくへ
     とそ帰(かへ)りける

【紀淑人図】
武内(たけのうちの)大臣(だいじん)
十八 世(せの)孫(そん)
紀(きの)長谷雄(はせを)
之(の)男(なん)式部(しきふの)
少輔(しやうゆう)伊豫(いよの)
守(かみ)紀(きの)淑人(よしひと)

【白紙、下に朱蔵書印】

【裏表紙、藍色紙】

【表紙、題箋】
繪本前太平記 二

【見返し、白紙】

【平将門図】
桓武(くわんむ)天皇(てんわう)之(の)曽孫(そうそん)前(せん)
将軍(しやうぐん)良将(よしまさ)之(の)男(なん)
瀧口(たきくち)平(たいらの)小二郎(こしろう)
相馬(そうま)将門(まさかと)

【庭に引きだされた海賊たち】
純友(すみとも)は本國(ほんごく)に歸(かへり)てより
晝夜(ちうや)隠謀(いんぼう)の企(くわたて)に心(こころ)を
くるしめけるが吃(きつ)とを
をひ出し彼(かの)船中(せんちう)にて
生捕(いけどり)し海賊(かいそく)を庭上(ていしやう)に引(ひき)
出(いた)し面(おもて)を和(やわ)らせて申けるは
平 親王(しんわう)将門(まさかと)東国(とうごく)にて義兵(きへい)
を揚(あげ)られ威勢(いせい)関(くわん)八州(はつしう)に普(あまね)
し我(われ)この君(きみ)にたのまれま
ゐらせ當國(とうごく)にて旗上(はたあげ)せん
とす汝等(なんじら)後日(ごにち)の富貴(ふうき)
をおもはゞ徒黨(ととう)をまねき
あつめ軍忠(くんちう)を
盡(つく)すべし親王(しんわう)
より下(くた)し玉はる
令(りやう)旨 謹(つゝじん)で拝(はい)

【令旨を捧げる純友】
聴(ちやう)せよとかねて
拵置(こしらへおき)し令旨(りやうし)
とり出しよみ
聞(きか)せければ
貪欲(とんよく)ふてき
の海賊(かいぞく)ども
小おどりして
よろこひ我々(われ〳〵)
は国(くに)〳〵に相觸(あいふれ)れ【ママ】
与力(よりき)の軍勢(くんぜい)驅(かり)
催(もよふ)し不日(ふにち)に馳参(はせさんす)
べしと子細(しさい)なく
領掌(りやうしやう)しければ純(すみ)
友(とも)大きに悦(よろこ)ひ黄(わう)
金(ごん)十兩(ちうりやう)太刀(たち)をあた【へ脱ヵ】
て打(うち)たゝせける

【七言律詩を賦す有智子内親王】
承平(せうへい)六年(ろくねん)春(はる)三月 紫(し)
宸殿(しんでん)にて花(はな)の宴(ゑん)を
もふけらる抑(そも〳〵)花(はな)の
宴(ゑん)とまふすは異國(いこく)の
對策(たいさく)及第(きうだい)にな
ぞらへて嵯峨(さが)天皇(てんわう)
弘仁(こうにん)三年 神泉(しんせん)
苑(ゑん)に御幸(みゆき)あつて
花(はな)のもとにて宴(ゑん)
を開(ひら)かる其(その)頃(ころ)加 茂(も)
齋院(いつきのみや)有智子(ゆうちし)内親(ないしん)
王(わう) 塘光行蒼(とうこうこうそう)の韻(いん)
を得(ゑ)て七 言律(ごんりつ)の
詩を賊(ふ)【賦】せらる
寂々幽荘【牀、有智子内親王漢詩により誤りを正す】迷【水】樹
裏仙輿一降一池

【宴に集う人々】
塘棲【栖】林孤鳥識
春澤隠澗寒光具【花見】
日光泉聲近
報新【初】雷響山
色高明【晴】旧【暮】雨行
從此更知恩顧
渥生涯何以
答穹蒼
とぞ聞(きこ)へける時に
御 年(とし)十七にぞなら
せられける其(その)後(のち)
此(この)例(れい)にて今(いま)の御宇(ぎよう)
までもとしごとにおこな
はるゝことに
      なん
        あり
         ける

【書状を読む平忠平】
花(はな)の御遊(きよゆう)も事(こと)
終(を)り各(をの〳〵)禄(ろく)玉
わりて退去(たいきよ)
せんとし玉
ひし処(ところ)へ
伊豫(いよ)の
国(くに)より
■(ひ)【にくづき+布】力(きやく)到(とう)
着(ちやく)す
藤原(ふじわら)の
純友(すみとも)山陽(さんよう)
南海(なんかい)西海(さいかい)の
海賊(かいぞく)をかたらひ
千 余艘(よそう)の兵舩(ひやうせん)
をつらね狼藉(らうぜき)
におよひ候 早(はや)く

【命を承る紀淑人】
国司(こくし)を下向(けこう)
させられ追(つい)
罰(ばつ)あるべくと
注進(ちうしん)す摂政(せつせう)
忠平(ただひら)公(こう)聞(きこ)しめし
おどろき玉ひいそ
ぎ守護(しゆご)を下し
制(せい)せらるべしとて在(ざい)
京(きやう)の武士(ぶし)の中(なか)に式部少輔(しきぶのせうゆう)
紀(きの) 淑人(よしひと)は武勇(ふゆう)のほまれ
高(たか)ければ則(すなはち) 伊豫守(いよのかみ)に
   任(にん)じふ日(じつ)に下向(けこう)し
 純友(すみとも)を退治(たいし)すべしと仰(おゝせ)
   ありけれは淑人 眉目(ひもく)
   施(ほこ)し喜(よろこ)ひて
   退出(しりそいで)られける

【指揮を執る紀淑人】
去(さる)ほどに紀(きの)淑人(よしひと)は兵舩(へうせん)を
艤(ふなよそおひ)して明石(あかし)の戸(と)まで下(くだ)
りけるが賊(そく)の舩(ふね)と見へ
て色(いろ)〳〵の旗(はた)立(たて)ならべ
二三百 艘(そう)さゝえたり
すわや敵(てき)よと見る
ところに小舩(こぶね)一
そう国司(こくし)の舟(ふね)
を目(め)かけて漕(こぎ)
きたり申けるは
抑(そも〳〵)我(わか)輩(ともから)純友(すみとも)
恩顧(おんこ)のものにも
あらず只(たゞ)一旦(いつたん)
の催促(さいそく)にし
たがひ命(いのち)を
助(たすか)らん為(ため)斗(ばかり)

【淑人に申し開きをする者】
にて候いかでか
國司(こくし)にたひし
弓(ゆみ)を引(ひき)候わん
已後(いこ)朝家(てうか)の御(おん)
為(ため)に身命(しんめう)を
なげうち軍忠(ぐんちう)を
励(はげむ)べきあいだ一 旦(たん)
の罪(つみ)を免(めん)ぜられ候へと
いんぎんにのべにけり
淑人(よしひと)許容(きよよう)ありて則(すわち)
手下(てした)に属(ぞく)せしめけれ
ばそれよれ後(のち)敢(あへ)て
海路(かいろ)をさえぎる敵(てき)も
 なくて四月二十日と
  いふに伊豫國(いよのくに)にそ
    つきにける

【奮戦する藤原純友】
廿一日のまだしのゝ
めの頃(ころ)よりも
淑人千八百 余(よ)
騎(き)にて純友(すみとも)かこ
もりたる高縄(たかなは)
の城(しろ)へおしよする
たかひに鯨(とき)の
声(こへ)を合(あわし)討(うち)つ
うたれつ時(とき)う
つるまで戦(たたかい)


純とも
精好(せいこう)の大(おゝ)
口(くち)に黒糸(くろいと)
おどしの
鎧(よろい)を着(ちゃく)

【奮戦する純乗、純行兄弟】
十一丈
余(あまり)の樫(かし)の
棒(ぼう)を輕(かろ)〳〵と打振(うちふり)
舎弟(しやてい)純乗(すみのり)同純行
主従(しう〳〵)三十七 騎(き)轡(くつはみ)
をならへ打ていて追(おふ)つ
かへしつ七八 度(ど)ほともん
たりける宦軍(くはんくん)是に碎(へき)
易(えき)してしどろになつて
見へける処(ところ)にからめての寄(よせ)
手(て)城内(しようない)にまぎれ入 火(ひ)を
かけて切(きつ)て出(いつ)れは純(すみ)とも
いまは是までと一 方(はう)
を打破(うちやふ)りかけぬけて
落(おち)たり其(その)のち生死(しようし)
をしらずなりにけり

【斬り結ぶ敵味方】
純友(すみとも)か弟(おとゝ)八郎 純業(すみなり)といふ者
三百五十 余騎(よき)のつわものを
引卒(ゐんそつ)し讃岐路(さぬきち)より来(きた)
りしが高縄(たかなは)の城(しろ)没落(ほつらく)
して敵(てき)の火をかけたる
を味方(みかた)の相圖(あいづ)の
けむりぞと心(こころ)えて
揉(もみ)にもんで馳(はせ)たり
ける宦軍(くわんぐん)の御内(みうち)
に波多野(はたの)右衛門(ゑもん)五
百 騎(き)にてふせぎ
たゝかふ純業(すみなり)血気(けつき)
 の若武者(わかむしや)なれ
  ば真先(まつさき)に
    すゝんて
   馳(はせ)たる処(ところ)に

【胸を射抜かれる純業】
  たれが
   射(い)るとも
     しらぬ
  なかれ矢(や)
ひとつ
  胸板(むないた)を
ぐさと
 射(い)ぬき
    たり
大事(たいじ)の手(て)なれ
は馬(むま)より倒(さかしま)
におつれば宦軍(くわんぐん)勝(かつ)
にのつて懸立(かけたつ)るそ
大 将(しやう)をうたれ何(なに)かは
もつてころふべき
さん〳〵に成(なつ)て落行(おちゆき)ける

【闘鶏に興じる人々】
紀(きの)よし人(ひと)はすみともち
くてんして國中(くにちう)の
賊徒(ぞくと)を討降(うちくだ)るものは
仁愛(じんあい)をもつてなつけ
けれは国中 無事(ふし)に
治(おさま)りける扠(さて)も都(みやこ)
には純友(すみとも)ちくてん
のよし聞(きこ)えければ
上下 安堵(あんど)のおもひ
をなしけるに同七年
四月の比(ころ)より地震(じしん)を
びたゝしく彗星(すいせい)夜(よる)
〳〵あらわれければ天(てん)
文(もん)博士(はくし)を大内(をゝうち)にめされ
占(うらなは)せらるに逆臣(けきしん)蜂起(ほうき)
すべき前瑞(せんすい)なりとて

【闘鶏】
よろづの御つゝしみ大
かたならず其頃(そのころ)都(と)下
の貴賤(きせん)もつはら
闘鶏(とうけい)の戯(たわむれ)をな
しけるがしだい
〳〵増長(そうちやう)して鶏(にはとり)
あまた飼立(かいたて)四本(しほん)
柱(はしら)の土俵場(どひやうば)をかまへ
日毎(ひごと)に鶏(にはとり)をもち
きたりて闘(たゝかは)す一鶏(いつけい)の
價(あたへ)万銭(まんせん)に下(くだ)らず漸(やう〳〵)に
家業(かぎやう)を忘(わす)る諸卿(しよきやう)僉儀(せんぎ)
ありてかゝる奇事(きじ)の流行(りうこう)
するも乱(らん)起(おこる)べき前表(ぜんへう)なりとて
かたく此(この)戯(たわむれ)を停止(てうし)せられ年(ねん)
号(こう)を改元(かいけん)有(あり)て天慶(てんけい)に移(うつ)されたり

【命を承る御厨三郎将頼ヵ】
東國(とうごく)には平(たいら)将門(しやうもん)逆心(きやくしん)日(にち)〱(〳〵)に増長(そうぢやう)
し先(まつ)隣國(りんこく)を討ほさんと宗徒(むねたう)
の一 族(ぞく)を集(あつめ)合戦(かつせん)の評定(ひやうちやう)區々(まち〳〵)也(なり)
爰(こゝ)に平の兼任(かねとう)といふものあり
常陸(ひたち)の大掾(だいじやう)国香(くにか)の三 男(なん)貞盛(さだもり)の
弟(をとゝ)将門とはいとこなりかゝる
企(くはだて)ありとはしらず催(もよふ)しに
隨(したが)ひ列座(れつさ)してゐたりしか
評議(ひやうぎ)終(おわり)て皆(みな)〱退去(たいきよ)す
兼任(かねとう)も何気(なにき)なき体(てい)にて
去 出(いで)て心(こころ)によろこび駒(こま)を
はやめて常陸(ひだち)に帰(かへ)りぬ
あとにて将門(まさかど)申けるは今日(けふ)
の参會(さんくわい)に諸人(しよにん)のまうす
異見(いけん)を申 出(いで)ら
るゝに独(ひと)り兼(かね)

【下知を与える平将門ヵ】
任(とう)のみ一 言(ごん)の
いらえなく
立帰(たちかへ)りしは
二心(ふたこゝろ)あるに必(ひつ)
定(でう)せりはやく
討(うた)ずんばゆゝ
しき大事(だいじ)
におよぶべし
と舎弟(しやてい)御(み)
厨(くりや)三良 将頼(まさより)
に国中(こくちう)の軍(くん)
勢(せい)二千五百
 余騎(よき)をあた
  え常陸(ひたち)の
   国へと押(おし)
    よする

【奮戦する平繁盛、兼任】
平(へい)三(そう)兼任(かねとう)は父(ちゝ)の居城(きよしやう)土浦(つちうら)に
きたり将門(まさかど)がむほんいさゐに
語(かた)りけれは父 国香(くにか)大きに
おどろき 事(こと)の微(び)なる
うちに退治(たいぢ)すべし
と国中(こくちう)の軍勢(ぐんぜい)千(せん)
三百 余騎(よき)をあつめ
長男(ちやうなん)貞盛(さだもり)は
在京(ざいきやう)にて居(ゐ)あわ
さず二男(じなん)繁盛(しげもり)
三男 兼任(かねとう)を兩(りやう)
大将(たいしやう)として城(しろ)より
三 里(り)いでゝ陣(じん)をとる
繁盛(しげもり)は態(わざ)と五十余丁
退(しりそき)て兵(へい)を伏(ふせ)てぞ待(まち)
かけたり御厨(みくりや)三郎 将(まさ)

【奮戦する御厨三郎将頼】
頼(より)敵(てき)爰(こゝ)まで出向(てむく)べし
とはおもひもよらず
矢(や)合(あわせ)の鏑(かぶら)射(い)ちかふほど
こそあれ射(い)しらまされ
半里(はんり)はかり退(しりぞく)処(ところ)へ伏(ふせ)
いたる繁盛(しけもり)の八百
余騎(よき)横(よこ)さまに
おめいて懸(かたり)
将頼を中に
とりこめ余(あま)
さじと攻(せめ)たり
けれは将頼の
兵(へい)我(われ)先(さき)にと
迯(にげ)たりければ
討(うた)るゝものその
かずをしらず

【進言する平繁盛】
御厨(みくりや)三郎 打負(うちまけ)てはう〳〵帰(かへ)り
ければ将門(まさかど)大きに驚(おどろき)いまは
みづから討(うつ)べしと二万五千
余騎の大軍(たいぐん)を卒(そつ)し常陸(ひたち)
の国へ発向(はつこう)す國香(くにか)は此(この)よし
つたへきゝ一 族(ぞく)等をあつめ
軍(いくさ)の評定(ひやうしやう)せられけるに
今度(こんど)もまた道(みち)の切(せつ)
所(しよ)に討出(うちいで)て防(ふせく)べし
と定(さため)けるを繁盛(しげもり)
すゝみ出(いて)て申され
けるは此(この)ごろの勝利(しやうり)
は敵(てき)の不意(ふい)を討(うち)し
ゆへなり今度(このたび)将門(まさかど)大
軍にて攻(せめ)きたる小勢(こせい)
をもつていかんぞ出(いて)

【進言を聞く国香】
て戦(たゝか)わんや只(たゝ)城(しろ)を
守(まもり)てかたく防(ふぜ)ぎ
早馬(はやむま)を以て
都(みやこ)にすくひ
を乞(こひ)敵(てき)の機(き)を
見て拉(とりひしか)は必(かなら)ず
勝利(しやうり)あるべし
と申されけれど
いや〳〵此(この)小城(こしろ)に
て大敵(たいてき)にかこま
れ兵粮(へうろう)【食+良・𩛡】の用意(ようい)も
なく十日ともこらへ候
まじ兎角(とかく)難所(なんじよ)に討(うつ)
て出(いで)勝負(しやうぶ)を一 時(じ)に決(けつ)す
へしと衆儀(しゆぎ)定(さだま)りて藤代(ふじしろ)
川(かは)を前(まへ)にあて陣(しん)を取(とり)て扣(ひかへ)たり

【平将平、将頼】
将門(まさかど)之(の)
弟(おとゝ)大葦(をゝあし)
原(わら)四良(しろう)
将平(まさひら)

同(おなしく)弟 御(み)厨(くりや)
三良 平(たいらの)将頼(まさより)

【見返し、白紙】

【紺地裏表紙】

【表紙】
繪本前太平記  三

【見返し、白紙】

【俵藤太秀郷】
大職冠(たいしよくくん)鎌足(かまたり)公(こう)
七世(しちせ)之(の)孫(そん)河内(かわちの)
守(かみ)村(むら)
雄(を)之(の)
男(なん)從(じう)
四(し)
位(い)
下(げ)下野(しもつけの)押(をう)
領(りやう)使(し)俵(たわら)
 藤太(とうだ)秀郷(ひでさと)

【射抜かれた国香】
扨(さて)も将(まさ)かどか大軍(たいぐん)
国香(くにか)が勢(せい)と
藤代川(ふぢしろがは)にて
戦(たゝかい)勝負(しやうぶ)の色(いろ)は
見へざるところに
将門(まさかと)其日(そのひ)の出(いで)
立(たち)に紺地(こんぢ)の錦(にしき)の
ひたゝれ赤糸(あかいと)
威(をどし)の鎧(よろい)裾(すそ)かな
もの繁(しげ)く打(うち)たる
を草摺(くさすり)長(なが)に着(き)く
だし金作(こかねづくり)の太刀(たち)に
熊(くま)の革(かは)の尻(しり)ざやか
け鷹(たか)の羽(は)にてはいだる征(そ)
矢(や)筈(はづ)高(たか)に負(おゝい)なし求(もとめ)
黒(くろ)といふ荒駒(あらごま)に白(しろ)ふく

【矢を放った将門】
りんの鞍(くら)おいて打
のり弓杖(ゆんづへ)ついて申
けるは夫(それ)に扣(ひかへ)たる武(む)
者(しや)は大将(たいしやう)国香(くにか)と見たり
矢(や)ひとつ受(うけ)てごらん
あれと弦音(つるおと)高(たか)く切(きつ)て
放(はな)つ矢面(やおもて)に立(たち)たる笠(かさ)
間行(まめゆき)国(くに)か胸(むな)いたつと
射(い)ぬひて大将(たいしやう)国(くに)か
の妻手(めて)の乳(ち)の
したへくつ巻(まき)せめ
て立(たち)たりける痛手(いたて)
なれば馬(むま)よりどふど
落(おち)たりけれは将門(まさかど)が軍(ぐん)
勢(せい)一度(いちど)にどつとおめひて
かけ立(たて)ければ討(うた)るゝ者(もの)数(かず)を
            しらず

【土浦城にとりつく長挟保時】
繁盛(しけもり)兼任(かねとう)兄(きやう)
弟(だい)はよう〳〵に
父(ちゝ)をたすけ
城中(ちやうちう)へ迯帰(にけかへ)り
さま〳〵看病(かんびやう)
しけれども大(たい)
事(じ)の手(て)なれば
終(つい)にこときれた
まひけり此度(こんど)
の合戦(かつせん)繁盛(しけもり)
の異見(いけん)の如(こと)く
籠城(ろうじやう)して
敵(てき)を待(また)ば
かくむざ〳〵と
大将(たいしやう)は討(うた)す
まじきを

【もぬけのからの土浦城】
是非(ぜひ)もなき事ともなり
既(すで)に大将 討(うた)れたまひければ
我(われ)も〳〵と落行(おちゆき)て今(いま)は此(この)城(しろ)にて敵(てき)
にあたらんと叶(かのふ)まじく旗(はた)斗(はかり)を
櫓(やぐら)に結(ゆひ)つけ夜(よ)にまぎれて落行(をちゆき)
けり将門(まさかど)は大軍(たいぐん)を引卒(いんそつ)し押(おし)よせて鯨(とき)
の声(こへ)を揚(あげ)しかど城中(しやうちう)さらに音(をと)もせず
よせ手(て)も左右(さう)なく寄(より)つかず打(うち)かこんて詠(なかめ)ゐ
たり安房国(あわのくに)住人(しうにん)長挟(なかさ)七良 保時(やすとき)といふ者(もの)
出(だ)し屏(へい)の下(もと)に立(たち)よりて見(み)あげたれば
櫓(やぐら)の上屏(うへへい)の小間(こま)に鳥(とり)の羽(は)たゝく
音(をと)しければさればこそ人もなき空城(あきしろ)
なりと楯(たて)の板(いた)を梯(はしご)とし屏(へい)のうへにさら〳〵
とのぼりしづ〳〵と城中(しやうちう)を見 廻(めぐ)りたれ
と敵一人もあらざれは城戸(きど)押開(をしひ)らぎ味方(みかた)
勢(せい)をまねきけれは大軍(たいくん)城中に入て宿(しゆく)しける

【国司を詰問する勅使】
国香(くにか)討(うた)れ玉ひて土浦城(つちうらしやう)
没落(ほつらく)ときこへけれは近国(きんこく)
の軍勢(くんせい)我(われ)先(さき)にと馳(はせ)あ
つまり雲霞(うんか)の
ごとくなりにけり
かゝるほどに下(しも)
野(つけ)の国司(こくし)の方(かた)へ
勅使(ちよくし)下向(げこう)の由(よし)
のゝめきけれ
ば国司(こくし)うや〳〵
しく出迎(いでむか)ふ勅
使(し)の行粧(きやうそう)異体(いてい)
にて上卿(じゆうけい)と覚(をぼ)
しき人 衣冠(いくわん)の
下(した)に服巻(はらまき)を着(ちやく)
しさま〳〵に鎧(よろふ)たる

【畏まる国司】
武者(むしや)二百騎はかり
庭上(ていしやう)に列坐(れつざ)すときに
上卿(じようけい)申けるは平親王(へいしんわう)き
のふ當国(とうごく)に御着(おんちやく)有(ある)ところ
今に國司(こくし)ふ参(さん)の条(ちやう)誅伐(ちうばつ)
を加(くは)へらるべきか否(いな)の勅答(ちよくとう)
申されよと宣(のへ)たりける国司(こくし)
おもひ煩(わつら)へる氣色(けしき)に見へけるを
執事(しつし)入道(にうとう)某(それかし)きと目くわせ
したりけれは国司(こくし)其(その)意(い)を
さとり謹(つゝしん)て領掌(りやうしやう)し一 族(そく)
等(とも)に相觸(あいふれ)れ【ママ】時日を移(うつ)さず
参上(さんじよう)いたすべきよしいらへければ
穴賢(あなかしこ)疎略(そりやく)のふるまひ有へから
すとていかめしくひぢをはり
供(とも)人ひきつれかへりけり

【酒色に耽る平将門】
下野(しもつけ)の國司(こくし)は執事(しゆつし)入道と
計(はか)りてその夜(よ)ひそかに北(ほく)
国(こく)さして落(おち)ゆきけり
かゝるほどに将門(まさかど)は関(くわん)八
州(しう)に敵(てき)答(とふ)ものなく気(き)
ゆるまり軍(いくさ)のこと
は忘(わすれ)たるごとく
晝夜(ちうや)酒色(しゆしよく)に
のみふけり美(み)
目よき女を国(くに)
〳〵にもとめけ
る何(なに)をがな氣(け)
色(しき)にゐらんとする
大名(だいめう)国司(こくし)我(われ)おとらじ
と容色(ようしよく)勝(すぐ)れし女
を撰(ゑら)び五人十人つゝ

【酒宴に侍る美女】
贈(おく)りけるほどに余(あま)
多(た)の美女(びしよ)花(はな)をかざり
錦(にしき)をよそをひ綾(りやう)
羅(ら)の袖(そで)をかへし頻(びん)
蛾(が)の音(こへ)を和げ郢(ゑい)
曲(きよく)謳歌(おうか)せしありさま
は蜀山(しよくざん)の阿房宮(あぼうきう)に
三千の美女(びしよ)嬋娟(せんけん)を
争しことかくやとおもふ
ばかりなり或(あるひ)は父母(ふぼ)の
睦(むつ)びを引分(ひきわか)ち夫(ふう)
婦の契(ちぎ)りを
おし離(はなさ)れあらぬ
別(わか)れをかなしむ
美女幾百人(いくひやくにん)といふ
かずをしらず

【魅かれ合う男女―男図】
中(なか)にあわれをとゞめしは上野(かうつけの)
國(くに)沼田(ぬまた)の荘(せう)になにがしか女(むすめ)は
二八の春秋(はるあき)をかさね来(き)て紅(こう)
粉(ふん)のいろを借(から)ずしておのづ
から芙蓉(ふよう)のかほばせ柳の
まゆ視(みる)もの心をなやまし
ぬおなじ国(くに)玉村(たまむら)といふ所に
一人の男(おとこ)あり此(この)むすめを
垣間(かきまに)見(み)てそゞろにあく
がれ去年(こぞ)の冬(ふゆ)の中比(なかば)
よりことしの秋(あき)の末(すへ)
までも露霜(つゆしも)にし
ほたれ雨(あめ)風を凌(しの)ぎ
夜(よ)ごとにかよひ詣(もふ)で
来(き)ぬれは今は女も
いなにはあらで早(はや)

【魅かれ合う男女―女図】
下紐(したひも)の打(うち)とけて
深(ふか)き中とぞ成(なり)に
けり女の親(をや)此事(このこと)
をゆるして調度(てうど)
なと取したゝめ
玉村の里(さと)へ送(おく)り
けり男も女も世(よ)
に嬉(うれ)しくて輿(こし)
に打(うち)のせ行道にて
兵(つはもの)あまた出来り是(せ)
非(ひ)なく女を奪(うばひ)とり
将門が旅館(りよくはん)にいたりぬ
女は目(め)くれ心も消(き)へ絶入(たへいる)
ばかりなきくづれたるを
ひざもとにひき寄(よせ)て是(これ)を
酒宴(しゆゑん)の興(けう)にそなへける

【指揮を執る源経基王】
六孫王(ろくそんわう)源(みなもと)経(つね)基王(もとわう)は去年(きよねん)
より武蔵守(むさしのかみ)を兼(かね)て武州(ふしう)
箕田(みた)の城にぞおわしける将
門(かど)が弟(をとゝ)大葦原(をゝあしわらの)四良将平
二万 余騎(よき)を引卒(ゐんそつ)し
わつかなる小城を十(と)
重(へ)二十重(はたへ)に取(とり)か
こみ息(いき)をもつがず
攻(せめ)たりけりされ
ども城中すこしも
騒(さわ)がず雨のごとくに
射けるほどに寄手(よせて)
毎日三百五百づゝ討(うた)れ
攻(せめ)あぐんで見へにける城中
には此ていを見て物馴(ものなれ)た
る足軽(あしがる)五十人敵の陣中

【忍びの者を捕える武士たち】
へ入置風はけしき夜(よる)火(ひ)のて
を揚(あげ)させ城中ゟ切て出んと斗(はかり)
けるがいかゞしてけん此(この)計(はかりこと)も
れ聞へければ扨は敵方ゟ
城中へ忍びの者有と
覚ゆ割符(わりふ)を以(もつ)て
捜(さぐ)るべしと其手(そのて)
〳〵を改らる惣而(そうじて)
此城中の掟(おきて)に長
二尺幅五寸の白布(しらぬの)
にて割符(わりふ)をこし
らへ鎧(よろい)の上帯(うはをび)
に納置(おさめをき)て味方(みかた)の
隠符(いんふ)とせられけるが
果(はた)して是をもたざる
もの十二人までぞゐたりける

【堀の掘削、櫓高塀構築に従事する人々】
やがて忍(しの)びの奴原を搦(からめ)とり首を
刎(はね)んとひしめきけるを經基(つねもと)君(きみ)とゝ
め玉ひ彼等(かれら)がいましめをときて
引出物(ひきでもの)など給り汝等(なんじら)か勇壮(ゆうそう)を
かんじ味方(みかた)に扶助(ふじよ)したく思(おも)へ
ども敵(てき)は日々に勢(せい)加(くわゝ)る味方(みかた)は
既(すで)に兵粮(ひやうろう)つき今は此(この)城(しろ)こらへ
がたし今宵(こよい)何方(いつかた)へも落(おち)ゆ
きてかさねて勢(せい)催(もよふ)し朝敵(てうてき)
を追伐(ついばつ)すべしとおもふあいだ
そのときみかたに馳(はせ)さんじ
軍忠(ぐんちう)をつくすべしとその
まゝにて城中(じやうちう)に置(おか)れ其中
に小山忠太といふもの城中
をのがれ出(いで)大将(たいしやう)将平(まさひら)に
かくと告(つけ)しらせければ

【工事人夫を監督する侍】
すは城兵(しやうへい)は落行
ぞ用意(ようい)せよとて軍勢(ぐんせい)
を所々へ分ち落ゆく
敵を討(うた)んとす城兵は
おもふ圖(づ)に敵を十方に
分(わか)ち遣(や)り本陣(ほんぢん)をめがけ
切(きり)てかゝる将平(まさひら)おもひよら
ざることなればさん〳〵に成(なり)
て迯失(にけうせ)けり将門また
大軍(たいぐん)を卒(そつ)して攻(せめ)きたる
よし聞(きこ)へければ箕田城(みたのしろ)には
堀(ほり)をふかくほらせ出(た)し櫓(やくら)高(たか)
塀(へい)などげんぢうにかまへ城(しろ)の四
方(はう)の在家(ざいけ)ども二里(にり)があいだ燒(やき)
はらひきびしく柵(さく)を結(ゆわ)せ今(いま)や
きたるとまちゐたり

【君恩に報じる討死を決意して落涙する武士】
さても将門(まさかど)は八万 余騎(よき)を引卒(いんそつ)し
箕田城(みたのしろ)へおしよせ四方(しほう)八面(はちめん)にとりまきて
食攻(じきせめ)にこそしたりける城中(しやうちう)是(これ)に
力盡(ちからつき)いまは快(こゝろよく)討死(うちしに)せばやと皆(みな)甲(かつ)
冑(ちう)を帯(たい)しさわぎける渡辺(わたなべ)
仕(つかふ)といふ士(し)夜廻(よまわ)りするとて
此ていを見てその故(ゆへ)を問(と)ふ
皆(みな)答(こたへ)ていふ城中(しやうちう)兵粮(ひやうりう)既(すて)
につき外(ほか)にすくひの
勢(せい)もなく此 侭(まゝ)
にて飢(うへ)て死(しな)ん
より心よく討(うち)
死(しに)して君恩(くんおん)を
報(ほう)ぜんと仕はら〳〵と
泪(なみた)を流(なが)し有難き
かた〳〵の御志やさらば

【落涙の訳を問う渡辺仕】
我(わか)計(はかりこと)にて一先(ひとまつ)この城(しろ)
を落(おと)しまゐらせかさねて
計策(けいさく)をめぐらさんとて
城中(しやうちう)にかへり忠(ちう)のもの有
よしにて敵将(てきしやう)多治(たし)經明(つねあきら)
が方(かた)へ内通(ないつう)の書翰(しよかん)を贈(おく)
らせ火(ひ)を揚(あぐ)るを相図(あいづ)に
寄(よせ)給(たま)へ内應(ないおう)すべきと云遣(いゝつかは)し
大将を始(はしめ)とし士卒(しそつ)までみな
笠印(かさじるし)かなぐり捨(すて)櫓々(やくら〳〵)に火(ひ)
をさして五人七人 別(わかれ)〳〵に成(なり)て
騒(さわ)ぎにまぎれ都(みやこ)をさして落(おち)たり
ける寄手(よせて)數万騎(すまんぎ)すわや相圖(あいづ)の
火を上(あぐ)るぞと声(こへ)〳〵に鯨(とき)をつくり
我(われ)さきにと込入(こみい)りけれど敵(てき)ははや
落失(おちうせ)てたゝ同士討(どしうち)をぞしたりける

【勢田橋に住む大蛇の化身の女】
爰(こゝ)に下野国(しもつけのくに)の押領使(おうりやうし)俵(たわら)藤(とう)
太(た)秀郷(ひでさと)といふものあり家(いへ)
冨(とみ)一 族(そく)廣(ひろ)ふして東(とう)
国(ごく)にかたをならぶる
ものなし去(さん)ぬる
承平(しやうへい)のはじめ近江(あふみ)
の国(くに)に住(すみ)しとき勢田(せた)の
はしを渡(わた)りけるに長(たけ)
二十 餘(よ)丈(ちやう)の大蛇(だいじや)橋(はし)の上(うへ)に
横(よこ)たはり伏(ふし)たり秀(ひで)
郷(さと)すこしも動(とう)ぜす大
蛇の背中(せなか)を荒(あら)らかに
ふみて過(すぎ)ゆきける
所(ところ)に美(うるは)しき女(おんな)
一人あらわれ
出(いて)我(われ)は此(この)橋下(きやうか)に

【大蛇の化身の女の話を聞く秀郷】
年久(としひさ)しく住(すみ)
侍(はへ)るもの也 年(とし)
頃(ころ)我(われ)に仇(あた)をな
す敵(かたき)あり我(わか)為(ため)
に討(うつ)てたび
玉ひなんやと
ねんごろに頼(たの)む
にぞ秀郷(ひでさと)子細(しさい)
なく領掌(りやうじやう)し此(この)女を
先(さき)に立(たて)また勢田(せた)の橋に
立戻(たちもど)り湖水(こすい)の浪(なみ)を分(わけ)て
水中(すいちう)に入(いる)こと五十 余丁(よてう)忽(たちまち)
金殿(きんでん)玉楼(きよくろう)其(その)奇麗(きれい)いまだ
目(め)にもみざる一 世界(せかい)へ出(いで)たり
しばらくありて衣冠(いくわん)正(たゞ)しき
大王(たいわう)秀郷(ひでさと)をむかへ客居(きやくい)に請(せう)し

【大王に迎えられる秀郷】
山海(さんかい)の珍味(ちんみ)をつらね酒(しゆ)
宴(ゑん)数刻(すこく)におよぴ夜(よ)
已(すで)に深更(しんこう)になりぬる
時(とき)すわや敵(てき)のよせ
来(く)るはと座中(さちう)さはぎ
まどふ秀郷(ひてさと)一生涯(いつせうがい)身(み)
を離(はな)さず持(もち)たる弓(ゆみ)
矢(や)を手挟(たばさみ)いか成(なる)ものか
よせ来(く)るやと見や
りたれば比良(ひら)の高(たか)
根(ね)のかたより
その長(たけ)五十丈(こしうちやう)
もあらんとおぼしき
百足蚿(むかで)此(この)龍宮(りうぐう)
城(しやう)をめがけて
出来(いてきた)る秀郷(ひてさと)矢(や)

【秀郷を迎える大王】
尻(しり)につばきをぬり
付(つけ)眉見(みけん)の真中(まんなか)喉(のんど)
の下(した)まて射(い)つけ
たり龍王(りうわう)甚(はなは)だ悦(よろこ)び
太刀(たち)鎧(よろい)巻絹(まききぬ)とり
分(わけ)て小俵(こだわら)ひとつ
を秀郷(ひでさと)に与(あた)へ
けり此(この)俵(たわら)の中(なか)に
金銀(きん〴〵)米銭(へいせん)かすかぎ
りなく納(おさめ)入ていかに
とり遣(つか)へどもつく
ることなし是(これ)より
世(よ)の人 俵(たわら)秀郷(ひでさと)と云
ならわせしとぞ
けにありがたき勇(ゆう)
士(し)なりけらし

【藤原純友】
房前(ふささき)大臣(たいしんの)三男(さんなん)藤原(ふぢわら)
眞楯(またて)之(の)苗裔(べうゑい)伊豫(いよの)大(たい)
掾(しやう)藤原(ふぢわら)純友(すみとも)

【裏見返し、白紙】

【裏表紙】

【表紙、題箋】
繪本前太平記 四

【表見返し、白紙】

【平貞盛】
常(ひ)陸(だち)大掾(たいじやう)國香(くにか)之(の)男(なん)
従(じう)五 位(い)下(げ)常陸 守(かみ)平(たいら)
貞盛(さだもり)

【平将門への案内を乞う俵秀郷】
秀郷(ひてさと)つく〴〵思(おも)ふよふ将門
関(くわん)八州(はつしう)を切靡(きりなひき)経基公(つねもときみ)
さへ跡(あと)を失(うしな)ひ給ふ先(まつ)彼(かれ)が
館(やかた)にゆきて其(その)高喚(こうくわん)の
相(そう)ありや否(いな)を伺(うかゝ)はんと
将門(まさかど)が館にいたり案(あん)
内(ない)しければ将門大きに
よろこび秀郷を客居(きやくい)
に請(せう)じ折節(おりふし)例(れい)の
妓女(ぎしよ)に髪(かみ)けづらせて
ゐたりけるが喜悦(きゑつ)の
餘りに乱髪(らんはつ)をも揚(あげ)
ず大わらはにてゑ
ぼし引入(ひきいれ)あわてさは
ひで走(はし)りいでゝ
對面(たいめん)すそのいふ

【櫛けずらす将門】
詞一 言(こと)として
追従(ついせう)ならさること
なし秀郷(ひでさと)いとま
を乞(こい)て下野(しもつけ)に
帰(かへ)り爪弾(つまはしき)を
して申けるは
凡(およそ)国(くに)に王(わう)たる人
は寛仁(くわんじん)大度(たいと)の器(き)
にあらずんば人君(じんくん)
たることかたし将門
が行粧(ぎやうそう)甚(はなは)だ無骨(ふこつ)也
かさねて節度使(せつとし)下
向あらば相斗(あいはかり)て誅(ちう)す
べし彼(かれ)が首は我
ものぞと内(ない)〻(〳〵)便宜(びんき)の
兵(つはもの)を催(もよふ)しける

【注進を聞く源経基】
かくて都には東国 騒動(さうとう)も
のよし風聞(ふうふん)ありといへども
実況(しつきう)はいまだ聞(きか)ずいかゞ
あらんとおもひ玉ひける
処(ところ)に源 経基(つねもと)王(おゝきみ)都(みやこ)に上(ぢやう)
着(ちやく)し玉ひ東国(とうごく)軍(いくさ)の
しだひいさひに奏聞(そうもん)
し玉ふにまた西国(さいこく)の
早馬(はやむま)當着(とうちやく)して
伊豫掾(いよのせう)純友(すみとも)また
残黨(さんとう)をあつめ備(び)
前(ぜん)釜嶌(かましま)といふ
ところに城を
かまへ勢(いきほ)ひ近
国にふるひ候
   はや〳〵

【注進を聞く天上人】
御勢(おんせい)を下し
玉(たま)はるべきよし
注進(ちうしん)す
  主上(しゆじやう)を
はしめ奉(たてまつ)り
國母(こくも)皇后(こうごう)
女院(によゐん)内侍(ないし)
命婦(めうぶ)女房(にようほう)
までこはそも
何事(なにこと)の出来(でき)る
 ぞと早(はや)
   洛中(らくちう)に
 敵(てき)の襲(おそい)入たる
   よふに騒(さはき)
    あひ給ひ
      ける

【東国下向を願出る平貞盛】
平(たいら)国香(くにか)の長男(ちやうなん)上 平太(へいだ)
貞盛(さだもり)は土浦(つちうら)の城(しろ)没落(ぼつらく)
して父(ちゝ)國香(くにか)討死(うちしに)のよし
きゝしより晝夜(ちうや)心を
くるしめ居(ゐ)たりしが舎弟(しやてい)
繁盛(しけもり)か方より書翰(しよかん)到来(とうらい)
して軍(いくさ)の始終(ししう)つま
びらかに申送けれ
ば貞盛(さだもり)はいとゞ肝(きも)
きへ心もまよひ
殿下(てんか)に集りて東(とう)
國(こく)下向(げこう)の儀を
ぞねがひけるやが
て此事 奏聞(そうもん)あ
りて上(うえ)にも感(かん)
じおぼしめし則(すなはち)

【勅許により下賜される鎧と釼】
勅許(ちよくきよ)ありて
唐革(からかは)といふ
よろひ小 烏(からす)
の御釼(きよけん)を賜(たまは)り
はやく敵(かたき)を討(たい)
治(じ)して帰(かへ)り
登(のぼ)るべきよし
 仰(おゝせ)下され
  けれは
    貞盛(さたもり)
心にいさみよろ
  こび東国(とうこく)
     下向(けこう)の
  用意(ようい)をぞ
   したり
     ける

【大威徳の法を修する浄藏】
天慶(てんけい) 三年正月 朝敵(てうてき)追伐(ついばつ)の御いのり
とて雲居寺(うんきよし)の浄藏(しやうそう)貴所(きしよ)におゝせて
横川(よこがわ)におゐて大威徳(たいいとく)の法(ほう)を
修(しゆ)せしめ給ふ不思儀(ふしぎ)や壇上(たんせう)に
将門(まさかど)が姿(すがた)弓箭(きうせん)を帯(たい)し顕(あらは)れ出(いて)
くるしげに悶絶(もんせつ)して炎(ほのほ)の中(うち)に
真倒(まつさかさま)になつて躍(おとり)くるひし
有様(ありさま)を伴僧(ばんそう)の目(め)にも見へに
けりいかさま朝敵(てうてき)も亡(ほろ)び
失(う)せ万民(ばんみん)泰平(たいへい)を喜(よろこ)ぶ
べき奇持(きどく)にてそと
 ありがたくぞ
 おほえ
   けれ

【壇上に現れた悶絶する将門の姿】

【清見が関の風景】
東征(とうせい)の大将軍(たいしやうぐん)には参儀(さんき)右衛門 督(かみ)
藤原 忠文(たゝぶん)副(ふく)将軍には同(おなじく)
舎弟(しやてい)刑部(きやうぶ)忠舒(ただみね)また武蔵(むさしの)
守(かみ)源 経基(つねもと)両人(りやうにん)うけ玉はる
其勢(そのせい)都合(つこう)四万六千 余(よ)き
二月二日にみやこを立て
同月十五日 駿河国(するがくに)
冨士(ふじ)のすそ野(の)に着(つき)玉ふ
このところは清見(きよみ)が関(せき)とて
街道(かいとう)第(だい)一の風景(ふうけい)なり
 軍監(ぐんかん)清原(きよはら)滋藤(しけとう)
     口(くち)づさみに
 漁舟(きよしう)火影(くはへい)
 冷(さまうして)燒波(なみをやき)
 驛路(ゑきろ)鈴聲(れいせい)
 夜(よる)過山(やまをすぐ)

【富士山を仰ぐ陣営】
と七 言(ごん)對句(つゝく)
をつゝりける
折(おり)から優(ゆう)にぞ
聞(きこ)へける

【氷川明神から飛び出る白き鳥】
上平太(しやうへいだ)貞盛(さだもり)は節(せつ)
度使(とし)に先立(さきたつ)て正
月廿四日 武蔵國(むさしのくに)に
下着(げちやく)せり舎弟(しやてい)
繁盛(しげもり)兼任(かねとう)にも
たいめんし其(その)
勢(せい)八百 余騎(よき)
にて打(うた)せける
氷川(ひかは)明神(めうじん)の
社(やしろ)に参詣(さんけい)し
願書(くわんしよ)をさゝげ
奉(たてまつ)り兄弟(けうたい)謹(つゝしん)
で禮拝(れいはい)しける
処(ところ)に社壇(しやだん)より
白き鳥(とり)一 羽(は)とび
出て旗(はた)の上(うへ)を翩(へん)■(ほん)【扁+飛・飜(=翻)の誤記ヵ】

【白鳥を見やる繁盛、兼任兄弟】
して艮(うしとら)をさして
飛(と)びゆきけり是(これ)
當社(とうしや)明神の護(まもり)を
給ふところなりとて
諸卒等(しよそつら)勇(いさ)み
      よろこび
ける然(しか)る処(ところ)へ下野(しもつけの)
国(くに)俵(たわら)秀郷(ひでさと)が方(かた)
より使者(ししや)到着(とうちやく)して
相供(あいとも)に力(ちから)を合(あわ)せ
朝敵(ちやうてき)将門(まさかと)を追伐(ついばつ)す
べきよしまふしこしければ
さてこそ白鳥(しらとり)の應(をう)い
ちじるしとて直(すぐ)に
   下野(しもつけ)の国(くに)へと
      いそぎける

【陣を張る秀郷】
去(さる)ほどに秀郷(ひてさと)貞盛(さだもり)
合体(がつたい)して
相馬(そうま)の
将門(まさかど)
を攻(せめ)らるゝ
    よし聞(きこ)へ
ければ當國(とうごく)はいふに
およばず常陸(ひだち)奥州(をうしう)
武藏(むさし)相模(さがみ)甲斐(かい)信(しな)
濃(の)越後(ゑちご)上野(こうづけ)の
  兵(つはもの)ども或(あるひ)は
       千 騎(ぎ)
または二千 騎(ぎ)
我(われ)も〳〵と馳集(はせあつま)り
正月二十八日の着到(ちやくとう)
都合(つこう)五万三千 余騎(よき)

【陣を張る貞盛】
とぞ記(しる)したり
まことに雲霞(うんか)
  のごとくにて
木(き)の下(した)
   岩(いわ)の蔭(かげ)
     までも
 軍勢(ぐんせい)の
  宿(やど)らぬ
     所(ところ)も
  なかりける

【東条二良兵衛入道道玄】
秀郷(ひでさと)貞盛(さたもり)合体(がつたい)して攻(せめ)
寄(よする)よし将門(まさかと)か方(かた)へ聞(きこ)へけ
れば御厨(みくりや)三良 将頼(まさより)を大将(たいしやう)
として安房(あは)上總(かつざ)の勢(せい)二
万五千 余騎(よき)を引卒(いんそつ)し
下野國(しもつけのくに)へ押寄(おしよす)る宇都宮(うつのみや)にて
互(たかい)に時(とき)の声(こへ)を合(あわせ)
火花(ひはな)を散(ちら)して戦(たゝかひ)
ける秀郷(ひてさと)が陣中(じんちう)
より津川(つかは)平六(へいろく)貞(さた)
包(かね)と名(な)のり三尺
四寸の大太刀(をゝたち)真向(まつさき)
にかさし敵陣(てきじん)を
にらんでたつたり
ける将頼(まさより)が陣中よ
り東条(とうじやう)二良(じろ)兵衛(ひやうへ)入(にう)

【「陣」「陳」はしばしば混用されるので「陣」を用いた】

【津川平六貞包】
道(とう)道玄(どうけん)と名(な)のり
兩方(りやうはう)馬(むま)を掛合(かけあは)せ
受(うけ)つ流(なか)しつ二時(ふたとき)
計(はかり)ぞ戦(たゝかふ)たり
いつまでか罪(つみ)
つくりて何(なに)かせ
んとてしづ〳〵と
上帯(うはおび)とき互(たがい)に
突(つき)ちがへてぞ死(しゝ)
たりけり平六
貞包 行年(こうねん)五十
六 歳(さい)東条入道
六十二歳はな〳〵
しき討死(うちしに)なりと
  かんせぬもの
   こそなかりける

【利根川対岸の将頼陣に扇を開く常陸助玄茂】
其日(そのひ)は戦(たゝかい)くらして相引(あいひき)にぞ引たりける
丑(うし)の尅(こく)ばかりより大雨(たいう)車軸(しやぢく)を流(なが)し
次(つぎ)の日(ひ)も猶(なを)止(やま)ざりければ両陣(りやうじん)軍使(ぐんし)を
立(たて)て軍(いくさ)を休(やす)み雨(あめ)の晴(はるゝ)をまちゐ
たり其夜(そのよ)将頼(まさより)が陣中(じんちう)に手(て)あや
まちして役所(やくしよ)の内(うち)に火(ひ)もへ
出(いて)折節(おりふし)東風(こち)はげしく炎(ほのふ)四(し)
方(はう)へ吹飛(ふきとば)しければすわや夜(よ)
打(うち)ぞとひしめきて同士軍(としいくさ)
をぞしたりけり秀郷(ひてさと)
貞盛(さたもり)是(これ)を見て敵方(てきかた)に
かへり忠(ちう)のものありと覚(おほ)
ゆるぞ時(とき)の声(こへ)を合(あは)せ
かけちらせよと下知(けぢ)
せられければ敵(てき)いよ〳〵
是に度(ど)を失(うしな)ひ

【将頼陣から玄茂に遣わされる馬】
さん〳〵に落行(おちゆき)ける
常陸助(ひたちのすけ)玄茂(はるもち)只(たゝ)
一人 利根川(とねかは)まで
落(をち)ゆきけるに
頃日(このころ)の大雨(たいう)に
川水(かはみづ)増(まさ)りわ
たるべきよふ
もなくはるか
向(むかふ)のきしに其
勢(せい)三百 騎(き)斗(はか)り
まくを打て扣(ひかへ)たり
旗(はた)の紋(もん)をみれ
ば御厨(みくりや)三良 将(まさ)
頼(より)なり玄茂(はるもち)嬉(うれ)
しく扇(あふぎ)をひらき
玄茂にて候そ御(おん)

【雨の如くに射かくる矢】
馬(むま)一 疋(ひき)拝借(はいしやく)仕たしと大 音声(おんせう)
にて申ければ将頼(まさより)やがて乗(のり)がへ
一 疋(ひき)川中(かはなか)へ追入(おいいれ)させければこなた
のきしにて着(つき)たりける玄茂(はるもち)
喜(よろこ)び打のりてやす〳〵と川を
越(こ)し互(たかい)に無事(ぶじ)をよろこびける
かゝる処(ところ)に秀郷(ひてさと)の男(なん)千晴(ちはる)
二千 余騎(よき)を引卒(いんそつ)し
もみにもんで追来(おゝいきた)る将(まさ)
頼(より)一人 引(ひき)かへし千晴(ちはる)を
目(め)かけ組(くま)んずものと從(ぢう)【縦】
横(をう)無盡(むじん)に切(きり)まくりかけ
ぬけて味方(みかた)をみれば
玄茂(はるもち)を始(はしめ)として
八十 余(よ)人 討(うた)れたり
今(いま)は是(これ)までと物(もの)

【射貫かれる将頼】
の具(ぐ)ぬぎすて
自害(しがい)せんとさし
ぞへ逆手(さかて)にとり
直(なを)したるに
雨(あめ)の如(ごと)く射(ゐ)か
くる矢(や)将頼が
左(ひだり)の脇腹(わきはら)にぐ
さと立(たつ)元来(もとより)
戦労(たゝかいつかれ)たる上(うへ)な
ればしばしも
こらへず矢庭(やには)に伏(ふし)
てぞ死(しゝ)たりける
千晴 敵(てき)の首(くび)ども
とりあつめ勝(かち)どき
つくりて本陣(ほんしん)へにそ
    かへりけ李(り)

【平繁盛、兼任兄弟】
國香(くにか)之(の)二男(じなん)
上總守(かずさのかみ)平(たいらの)繁盛(しげもり)
同(おなじく)三男 上野(かうつけの)
守(かみ)平 兼任(かねとう)

【裏見返し、白紙】

【裏表紙】

【表紙、題箋】
繪本前太平記 五

【表紙見返し、白紙】

【源経基】
貞純(さだずみ)親王(しんわう)之(の)御子(おんこ)正四位上(しやうしいじよう)
鎮守府(ちんしゆふ)将軍(しやうぐん)兼(けん)太宰(ださい)
大貮(たいに)源(みなもと)朝臣(あつそん)
經基(つねもと)
王(おゝきみ)

【取り押さえられた坂上近高と藤原玄明】
坂上(さかのへ)近髙(ちかたか)藤原(ふちわら)玄明(はるあき)兩人(りやうにん)は
将門(まさかと)の腹心(ふくしん)にて将頼(まさより)か後詰(こつめ)の
ため常陸國城(ひたちくにしろ)をかま
えてゐたりしが味方(みかた)
うち 負(まけ)て将頼 討死(うちしに)
のよしきこへければ
本國(ほんごく)へ帰(かへ)らん計(はかりこと)に
いやしき百姓(ひやくしやう)の女(にやう)
房(ぼう)一人かたらひ出(いた)
しよき絹(きぬ)打(うち)き
せ張輿(はりこし)にのせ
二人とも奴僕(ぬほく)と
身をやつし繁(しげ)
盛(もり)の役所(やくしよ)のまへをと
おりける番人(ばんにん)見とがめ
あやしきぞとまり

【詰問される百姓女房】
候へと声(こへ)かけければ是は
御旗本(おんはたもと)の内室(ないしつ)をぐして
参(まゐ)り候 通(とを)し給(たま)へといゝけれ
ばあなけしからずや此(この)陣(じん)
中(ちう)に女(おんな)禁制(きんせい)のよし先達(さきだつ)
てかたき御諚(おんおきて)なるに
いかさま癖物(くせもの)なんめれからめ
とれとて二三十人をり
重(かさなり)て生(いけ)どりける
件(くだん)の女を引出(ひきいだ)し事の
よふをたづねければ
しか〳〵のよし語(かた)りける
に扨(さて)こそとて大将の
御前(ごせん)にて両人の首(くび)を
刎(はね)女にはとがなしと
そのまゝに帰(かへ)されけり

【城塀にとりつく敵兵に大木、大石を投げる将門軍】
去(さる)ほどに将門(まさかと)は島廣(しまひろ)
山(やま)の要害(ようかい)に立籠(たてこも)る
秀郷(ひてさと)貞盛(さたもり)大軍(たいくん)にて
おしよせ鯨(とき)の声(こへ)
を揚(あげ)たりける将(まさ)
門(かと)はおもふ圖(づ)へ敵(てき)を
引よせ出(だ)し屏(へい)
の上より大木(たいぼく)
大 石(せき)雨(あめ)の如(ごと)く
になげ掛(かけ)け
れば先(さき)にすゝ
んだる兵(つわもの)
五百人ばかり
弥(いや)か上に重(かさな)
りて死(しゝ)たり
けり城兵(しやうへい)

【矢が飛ぶしどろの戦場】
敵(てき)のいろめく
をみて城(き)
戸(ど)押開(おしひら)き一
度(ど)にどつと切(きつ)
て出(いづ)れは秀郷(ひてさと)貞(さだ)
盛(もり)心は武(たけ)しと
いへどもこの勢(いきお)ひ
にあたりがたくしどろになつて
引しりぞく将門が大将(たいしやう)に権(ごん)の守(かみ)
興世(をきよ)手勢(てぜい)引(ひき)ぐし八 方(ほう)に切(きつ)て廻(まわ)れ
ばよせ手いよ〳〵乱(みだ)れ騒(さわ)ぎ右(う)
往左往(わうざわう)ににけちりて貞盛(さたもり)秀(ひで)
郷(さと)も既(すて)に討(うた)れぬべくみへたりしを
やう〳〵に切ぬけ一 里余(りあま)り退(しりそき)て
陣(ぢん)を取(とり)敗軍(はいぐん)をあつめけるに落(おち)
残(のこ)る兵(つはもの)一万にはたらざ 李(り)けり

【嶋廣山の城に向かう兼任軍の兵】
嶋廣山(しまひろやま)の城(しろ)のからめてはけんそをた
のんでさらに用意(ようい)もせず兼任(かねとう)が
組下(くみした)の兵(つはもの)に岩付(いわつき)吉次(きちぢ)といふもの
三百五十 騎(き)を引(ひき)ぐし木(き)の根(ね)
にとりつき岩角(いわかど)を踏(ふみ)とかく
辛労(しんろう)して髙櫓(たかやぐら)のもとまで
すゝみよりたり吉次やぐら
のさまに熊手(くまで)打(うち)かけさら〳〵
と傳(つた)ひ登(のぼ)り塀(へい)を飛越(とびこ)し城(き)
戸(ど)押開(おしひら)き味方(みかた)を引入(ひきいれ)役所(やくしよ)〳〵に
火(ひ)を付(つけ)たり折節(おりふし)朝嵐(あさあらし)はけしく
吹(ふき)て炎(ほのほ)天(てん)をこがしけれは三百
五十人の者供(ものども)こゝかしこに打
ちりて切(きつ)て廻(まわ)れば
寐(ね)おびれたる城(しやう)
兵(へい)甲冑(かつちう)も打(うち)すて

【櫓に熊手をかけて登る岩付吉次】
我(われ)先(さき)にて落(おち)
ゆきける将(まさ)かど
從(じう)るい二百余
人 鉾先(ほこさき)を
ならべ防戦(ふせきたゝかへ)ど
も火勢(くはせい)盛(さかん)
にして黒烟(くろけむり)
眼(まなこ)を塞(ふさ)ぎ
今(いま)は是非(ぜしひ)な
く東(ひかし)の門(もん)を
ひらきて落(おち)たりける
此時(このとき)諸方(しよほう)の寄手(よせて)
一 度(ど)に打寄(うちより)なば将(まさ)
門(かと)も討(うた)るへかりしを
宵(よひ)の敗軍(はいぐん)にちり〳〵に
成(なつ)てより合(ある)ざりける

【大太刀を振るう武蔵五郎貞世】
權守(こんのかみ)興世(をきよ)が一 子(し)武蔵(むさし)五良 貞(さだ)
世(よ)生年(しやうねん)十九歳きのふの戦(たゝかひ)に父(ちゝ)
興世(をきよ)生死(しやうじ)しれずなりければ
討死(うちじに)とおもひ定(さだ)め本陣(ほんぢん)
に参(まい)り将門(まさかと)にいとまを
乞(こひ)て立出(たちいつ)る将門しば
しと留(とゝ)め杯(さかづき)とりて
三度(さんと)傾(かたむけ)させ宿(さひ)■(つき)【鴾】
毛(げ)といふ馬(むま)を引(ひか)
せてあたへける
貞世(さだよ)喜(よろこ)び陣前(じんぜん)
にかけ出(いて)三尺五
寸の大太刀(ほたち)真(まつ)
向(こう)にさしかざし
八 方(はう)に切(きつ)て廻(まわ)り
ければさしもの

【貞世の勢いに逃げ惑う兵たち】
大 勢(せい)貞世(さたよ)一人に
きりまくられ四方(しはう)
へばつとにげちりけり
貞世は討死(うちしに)とおもひ
さだめたる事(こと)なれば
一足(ひとあし)も引(ひか)ずよき敵(てき)も
あらば組(くま)んものと眼(まなこ)を
くばり戦(たゝかへ)ども勇力(ゆうりき)に
おそれ近寄(ちかよる)ものなく
唯(たゝ)遠矢(とふや)にぞ射(い)たり
ける身内(みうち)に立(たつ)矢(や)
蓑毛(みのげ)の如(こと)く太刀(たち)を
倒(さかさま)に杖突(つへつき)てたち
   づくみに
    成(なつ)て死(しゝ)
      たりける

【将門の相馬の内裏に火をかけた貞盛軍】
将門が勢(せい)次第(しだい)〳〵に落失(おちうせ)
あるひは降人(こうにん)に出(いで)ければ
今(いま)ははや将門が運命(うんめい)も
さばかりたもたじと覚(おぼ)
えける文屋(ぶんや)好兼(よしかね)といふ
ものかためゐたる濵(はま)の手(て)
より軍(いくさ)破(やぶ)れて貞盛(さたもり)が
軍勢(くんせい)乱(みだ)れ入りさしも
いみしく建續(たてつゝき)
たる相馬(そうま)の
大裏(たいり)に火(ひ)を掛(かけ)
たれば猛火(めうくは)天地(てんち)
を掠(かす)め黒(くろ)けむり
東西(とうざい)を蔽(おゝ)ひ金(きん)
銀(〴〵)をちりばめ
たる宮殿(きうでん)楼閣(ろうかく)

【逃げ惑う人々】
凡(すへ)て四百五十
余所(よしよ)一宇(いちう)ものこ
らず灰燼(くはひじん)とな
りぬ煙(きふり)に迷(まよ)へる
女(おんな)童(わらへ)火(ひ)の中(なか)剱(つるき)
の上(うへ)ともいわずた
おれ轉(まろ)ぶありさまは
焦熱(しやうねつ)大焦熱(たいしやうねつ)の
くるしみも
   かくやと
     おもひ
 しられて
    あさまし
     かりし
  こと
    とも
     なり

【将門と六人の影武者】
将門(まさかど)は
合戦(かつせん)の
度事(たびこと)に我(われ)に
等(ひと)しき兵(つはもの)六人 一様(いちよう)
の物(もの)のぐさせ同(おな)じ
毛(け)の馬(むま)に打(うち)のり
進(すゝ)むも退(しりぞく)も一体(いつたい)
のごとくにていづれ
を将門 何(いつ)れを
良従(らうじう)ともさらに
見分(みわけ)得(へ)
さりける今(いま)も
猶(なを)その如(ごと)く七
騎(き)の将門 轡(くつは)を
ならへて打せしが
手痛(ていたき)き【ママ】

【将門と六人の影武者】
戦(たゝかい)に六騎の
兵(へい)皆(みな)〳〵
討(うた)せ将門
只(たゝ)一人にて
七十 余(よ)人
切(きつ)て落(おと)し
太刀(たち)も打
おれたれば
大手(おゝで)を
ひろ
げて
近付(ちかつく)敵(てき)を
ひきよせて
ねぢ首(くひ)に
 こそしたり
     ける

【将門めがけて矢を射る貞盛】
平(たいらの)貞盛(さたもり)は父(ちゝ)の仇(あた)
なれば将門(まさかと)を
一矢(ひとや)射(い)んと十三 束(ぞく)
三伏(みつふせ)ひきしぼつて
声(こへ)をかけて切(きつ)て
發(はな)つ将門か眉見(みけん)
の真中(まんなか)を腦(のう)
を碎(くたい)て立(たつ)た
りけりさし
も無双(ふそう)の猛(もう)
将(しやう)なれども
急所(きうしよ)なれは
眼(まなこ)くらみ馬(むま)より
とふど落(おち)たり
    ける藤太(とうだ)
  ひでさと走(はしり)り

【眉間を射貫かれる平将門】
      きて起(おこ)
       しも
  立(たて)す首(くび)
    かき落(をと)し
   たぶさつかんで
     たちあがる
大軍(たいくん)いちどに楯(たて)を
たゝき勝(かち)ときどつと
上(あけ)たりけり道(みち)に
そむき法(ほう)に戻(もと)【=悖】れる
天罰(てんはつ)にて忽(たちまち)ほろび
失(うせ)けるこそ
     日月(じつけつ)いまだ
       地(ち)に落(お)ちす
       奇特(きとく)のほどそ
          ありかたき

【死に物狂いで戦う五郎将為】
大葦原(おゝあしわら)の四良 将平(まさひら)
は将門(まさかと)うたれぬと
聞(きゝ)自害(しがい)して死(し)す
五良 将為(まさため)は死物(しにもの)ぐ
るひに戦(たゝかひ)けるに
荒川(あらかは)弥(や)五郎と
名(な)のり将為と
おしならべて
組(くん)で落(おち)上(うえ)を
下(した)へと揉合(もみあい)
けるが将為(まさため)
力(ちから)やまさり
けん弥五郎
を下(した)に組(くみ)
しき首(くび)を
掻(かき)て立(たち)あがるを

【将為の首を剥んとする荒川弥八郎】
弥五郎が弟(おとゝ)荒川(あらかは)彌(や)
八良 是(これ)をみて走(はし)り
きたりて将為が真向(まつこう)
五六寸 切割(きりわり)たり切(きら)れ
てひるむ所(ところ)を草(くさ)
摺(すり)を畳(たゝみ)上げ三刀(みかたな)
まで刺通(さしとを)し引た
をして首(くひ)かき落(おと)し
味方(みかた)の陣(ぢん)へぞ入にけり
   前後(せんご)十四日の
    あいたたゝかひしに
   将門が一門(いちもん)
     從類(ちうるい)こと〴〵く
       滅亡(めつぼう)し
    東國(とうごく)すでに
      静謐(せいひつ)せり

【興世を詮義する農民たち】
武藏(むさし)權守(こんのかみ)興代(をきよ)はさても勇(ゆう)
猛(もう)の将(しやう)なりしが運(うん)つきぬれ
ば命(いのち)のおしくて何(いつ)くをあて
ともなく足(あし)にまかせて落(おち)ゆき
ける上総国(かつさのくに)伊北(いきた)といふ處(ところ)
にて百姓(ひやくしよう)どもにみあ
やしめられ
いろ〳〵と
わびけれど
百姓さらに
聞(きゝ)入れず似(に)せ
公家(くげ)めらおもひ
しれやとて我(われ)
も〳〵と農具(のうぐ)
おつとり半死(はんし)
半 生(しよう)に打擲(ちやうちやく)

【引きたてられる興世】
したてにひき
横(よこ)に提(さげ)て秀郷(ひてさと)
貞盛(さたもり)の役所(やくしよ)へつれ
ゆきやがて御前(おんまへ)へ
引出しけれはま
ごふへくもあらぬ
權守(こんのかみ)興世(をきよ)なり
けるにそのまゝ
首(くび)を刎(はね)られて
   百姓どもに
  引出物(ひきでもの)
    給(た)びて
     かえ
      され
       けり

【除目の様子】
坂東(ばんとう)こと〳〵く平治(へいぢ)しければ
将門(まさかど)が首(くび)をもたせ都(みやこ)へこそは
開陣(かいじん)ある則(すなはち)叙位(じよい)除目(ぢもく)あり
て秀郷(ひでさと)は從(じう)四 位(い)下(け)に叙(じよ)
せられ武藏(むさし)下野(しもつけ)
の守(かみ)に任(にん)ぜらる
貞盛(さだもり)は從(じう)五 位(い)下(げ)
に叙(じよ)し常陸(ひだち)
下總(しもおさ)を給(たまは)る
平二(へいじ)
繁(しげ)
盛(もり)
は上(か)
總(つざ)
守(かみ)
兼(かね)

【除目の様子】
【上段】
任(とう)

上(かう)
野(づけ)
守(かみ)

の外(ほか)
軍(いくさ)の
功(こう)に
隨(したが)ひ
五 ケ所(かしよ)
十ケ所
の所領(しよりやう)
をたまわり
安堵(あんど)せぬ者(もの)は
なかりけり
【下段】
将門(まさかと)叛逆(ほんきやく)の
始(はしめ)承平(しやうへい)二年より
今(いま)天慶(てんけい)三年まで
九年が間(あいた)坂(はん)
東(どう)に威勢(いせい)を
ふるひしこと天誅(てんちう)のがるゝ方(かた)
なく一時(いちじ)にほろび失(うせ)ける
こそめでたかりける
      ことどもなり

【奥書】
浪華 法橋岡田玉山畫【篆印】岡田尚友【篆印】子■■

寬政七年卯正月吉祥日
        《割書: |二条通堺町東《割書:江》入町》
           今村八兵衞
 皇都書林    《割書: |御幸町通御池下《割書:ル》町》
           菱屋孫兵衞

【ノンブル】巻五ノ十一
【印】BIBLIOTHÉQUE NATIONALE MSS R.F.
【印】BIBLIOTH NATIONALE MSS

【遊び紙】

【印】BIBLIOTHÉQUE NATIONALE MSS R.F.

【効き紙】

N.5
5 d■■■■■■■

【効き紙】

【遊び紙】

【遊び紙】

【遊び紙】

【効き紙】

【裏表紙】

【背】

【天】

【小口】

【罫下】

.

【表紙題箋】
繪本合邦辻 一

【題箋に印】
BIBLIOTHEQUE NATIONALE MSS
R.F.

【右下に円形ラベル】
JAPONAIS
911
1

速水春暁齋画
繪本合邦辻
  文栄堂梓

【頁上部に円形ラベル】
JAPONAIS
911
1

【欄外に「本定」】
絵本合邦辻序
夫報_二 ̄スル父兄 ̄ノ云讎 ̄ヲ_一固 ̄ヨリ不_二易事 ̄ニ_一
也昔時北藩 ̄ニ有_二髙橋氏者_一
捨 ̄レ生以 ̄テ報_二兄 ̄ノ讎_一其 ̄ノ跡■_二尤 ̄モ
難 ̄キ者_一鳥■ ̄ント則其 ̄ノ為_レ仇邦君
云同胞 ̄ニメ而属_二 ̄ス主家云宗籍_二 ̄ニ

論_二 ̄レハ其分_一 ̄ヲ則猶_二 ̄ヲ君臣_一 ̄ノ較_二 ̄レハ其勢_一 ̄ヲ
則不_二啻(タタ)鄒魯_一 ̄ノミ然 ̄ルニ■_レ ̄メ云而不
_レ疑投_レ ̄メ簪 ̄ヲ以冒_二 ̄ス必死之険_一 ̄ヲ其
去就云間正_二 ̄メ其■_一 ̄ヲ而不_レ ̄ル謀_二 ̄ヲ
其功_一 ̄ヲ者有 ̄リ■非_二 ̄ンハ割膓卓識 ̄ノ
丈夫_一 ̄ニ■ ̄カ能 ̄ク為_レ ̄ニ云豈 ̄ニ可_レ不_レ謂

尤難者_一烏乎吾 ̄カ友其深 ̄ク憾_三 ̄ム
其傳云不_レ廣 ̄カラ使_二 ̄ルヲ烈日云規
摸 ̄ヲメ湮没_一 ̄セ於_レ是/乎(カ)輯-_二録其本
末_一 ̄ヲ圖-_二画其形状_一 ̄ヲ上_レ ̄セテ梓 ̄ニ以 ̄テ行_一 ̄ヲ
于世_一 ̄ニ烏是 ̄ノ擧 ̄ヤ也不_下唯欽_二 ̄メ遺
風_一而然_上 ̄ルノミ蓋 ̄シ無慮頑立情之

微意 ̄ナリ也讀 ̄ム者其 ̄レ思_レ旃 ̄ヲ文化
巳丑孟春源静序
【印】【印】

繪本合邦辻惣目録
 巻之壹
   発(ほつ) 端(たん)
     小枝(さえだ)慶(けい)次郎 寒中(かんちう)水風呂(すいふろ)を設(まうく)る圖
     小枝 駿馬(しゆんめ)松風(まつかぜ)に鞭打(むちうつ)て立退(たちの)く圖
   小枝(さえだ)慶(けい)次郎 漫行(いたつら)の話
     圍碁(ゐご)の賭(かけもの)順禮(じゆんれい)林泉寺(りんせんじ)を撲(う)つ圖
     慶(けい)次郎 脇指(わきざし)を帯(たい)して浴室(よくしつ)に入(い)る圖
   小枝 勇武(ゆうぶ)の話
     大字(たいじ)の指物(さしもの)諸將(しよしやう)を驚(おどろか)す圖
   髙橋(たかはし)清(せい)左衛門小枝が託(たく)を受(うく)る話
     慶次郎 妾(せう)を髙橋(たかはし)に送(おく)る圖

 巻之弐
  大膳(たいぜん)亮(のすけ)殿(どの)暴慢(わがまゝ)の話
    小(さ)枝(えだ)大膳(だいぜん)亮(のすけ)殿(どの)乱(らん)行(ぎやう)の圖
    其 二
    小(さ)枝(えだ)大膳(だいぜん)亮(のすけ)殿/放鷹(たかがり)の圖
    其 二
  高橋(たかはし)清(せい)左衛門/直言(ちょくげん)の話
    高橋清左衛門大膳亮殿問答の圖
    高橋/農民(のうみん)を/謀(をと)す圖
  小枝/敏起公(としおきこう)高橋へ内命(ないめい)の話
  高橋/大(だい)長(ちやう)寺(じ)に至(いたつ)て内(ない)意(ゐ)を述(のべ)る話
    大膳亮殿/途(と)中(ちゅう)に高橋を/避(さく)る圖

 巻之三
  小枝/敏高(としたか)高橋が所(しよ)為(ゐ)を/怒(いかり)給ふ話
    小枝/敏通公(としみちこう)敏高(としたか)を/譬誡(いましめ)給ふ圖

繪本合邦辻巻之壹
     目録(もくろく)
  発端(ほつたん)
    小枝(さゑた)慶(けい)次郎 寒中(かんちう)水風呂(すいふろ)を設(まうく)る圖(づ)
    小枝(さゑだ)駿馬(しゆんめ)松風(まつかぜ)に鞭打(むちうつ)て立退(たちの)く圖
  小枝(さゑだ)慶(けい)次郎 漫行(いたづら)の話
    圍碁(ゐご)の賭(かけもの)順禮(じゆんれい)林泉寺(りんせんじ)を撲(う)つ圖
    慶(けい)次郎 脇差(わきざし)を帯(たい)して浴室(よくしつ)に入(い)る圖
  小枝(さゑだ)勇武(ゆうぶ)の話

    大字(たいじ)の指物(さしもの)諸將(しよしやう)を驚(おどろか)す圖
  髙橋(たかはし)清左衛門 小枝(さゑだ)が託(たく)を受(うく)る話
    慶(けい)次郎 妾(せう)を髙橋(たかはし)に送(おく)る圖

繪本合邦辻巻之壹
    発端(ほつたん)
往昔(むかし)漢(かん)の武帝(ぶてい)の時 東方生(とうばうせい)あり博聞(はくふん)強智(けうち)の才(さい)を懐(いたひ)て
僅(わづか)に執戟郎(しつげきらう)となり談笑(だんせう)を事として心を冨貴(ふうき)に累(わづらは)さず
故(ゆへ)に人 以(もつ)て狂(きやう)なりとす東方生(とうばうせい)笑(わらつ)て曰(いわく)古(いにしへ)の人 世(よ)を深山蒿盧(しんざんこうろ)
の下(もと)避(さく)我(われ)は世を朝庭(てうてい)【朝廷の異体字】金馬門に避(さく)るなりとて客難(かくなん)一 編(ぺん)を作(つくり)
て其 志(こゝろざし)を述(のべ)し例(ためし)あり我朝の往時(むかし) 應(おう) 永の頃北越の士(し)に小枝(さえだ)
慶(けい) 次郎 敏泰(としやす)と云(いふ)者あり文は経傳(けいでん)百家に渉(わた)り歌道(かだう)乱舞(らんぶ)に
長じあるは源氏(げんじ)伊勢(いせ)の物語(ものがたり)を講(かう)じ勇 畧(りやく)武伎(ぶき)は元 来(より)其(その)性(せい)
の長(ちやう)ずる所にして勇名(ゆうめい)一時(いちじ)に擅(ほしゐまゝ)なり然(しかれ)ども爵禄(しやくろく)顕栄(けんゑい)を
意(こゝろ)とせず行處不羈(をこなふところものにかゝはら)ず高(たか)く避世(よをさくる)の人に類(るい)せり其 行事(かうじ)の

【本文】
大畧(たいりやく)を尋(たづぬ)るに初(はしめ)北越(ほくゑつ)の鎮撫(ちんふ)小枝(さえた)亞相(あしやう)敏家(としいへ)卿(きやう)に仕(つかへ)て數々(しば〱)
先登(せんとう)踏陣(とうぢん)の功(こう)あり敏家(としいへ)卿(きやう)其 勇壮(ゆうそう)を稱(しやう)し且(かつ)同姓(どうせい)の族籍(ぞくせき)
に系(かゝ)るを以(もつて)芽土(ばうと)の封爵(ほうしやく)を与(あた)へ給ふべき意(こころ)ありと雖(いへども)敏泰(としやす)が
気質(きしつ)世事(せじ)を軽(かろん)じ常(つね)に嬌慢(けうまん)なる行(おこなひ)をなせば一郡(いちぐん)一邑(いちゆう)の主(しゆ)となし
給ふとも行事(かうじ)を慎(つつしま)ず民(たみ)を治(おさむ)る次第(しだい)麁畧(そりやく)ならんを恐(をそ)れ給ひて
慶次郎 敏泰(としやす)を御前(おんまへ)に召(めさ)れ行状(ぎやうじやう)を改(あらた)め萬事(ばんじ)を慎(つゝしむ)べき由(よし)淳〱(くれゞ)
教示(しめし)給ひしかば慶次郎 深(ふか)く前非(せんぴ)を悔(くひ)向後(けうごう)を謹(つつしむ)べき由 答(こたへ)し
かば敏家卿御 悦(よろこび) 限(かぎり)なく頓(やが)て采地(ちぎやう)五千 石(ごく)を賜(たまふ)の命(めい)ありしかば
慶次郎密(ひそか)に思ふやう浮世(ふせい)夢(ゆめ)のごとし歓(よろこび)をなす幾(いくばく)もなし□
今 許多(そくばく)の禄を受(うけ)て食(しよく)は山海(さんかい)の珍味(ちんみ)を備(そなへ)る共 喰(くらふ)所は腹(はら)に満(みつ)
るに過(すぎ)ず身(み)に綾羅(りやうら)を纏(まとひ) 衣筐(いきやう)充満(みちみつる)とも詮(せん)とする處は寒(かん)を

【枠内】
  繪本合邦辻巻一      三

【枠内】
繪本合邦辻巻一      三

【本文】
小枝(さえだ)
    慶(けい)次郎
寒中(かんちう)
   水風呂(みづぶろ)を
  設(まふく)る圖

凌(しのぎ)暑(しよ)を避(さくる)の用(よう)に備(そなふ)るのみなり然(しかる)に是が為に区(く)々として細(さゐ)
行(こう)を謹(つゝしみ)心を縮(ちゞめ)身を検(くゝら)んは所謂(いはゆる)五斗米(ごとべい)の為に膝(ひざ)を屈(くゞむ)るとな何(なん)ぞ
異(ことな)らん封禄(ほうろく)を捨(すて)て他邦(たほう)に走(はしり)心にて適(かなふ)行事(かうじ)を為(なし)楽(たのしん)で生(せい)を遂(とく)
るにしかじと量見(りやうけん)を定(さだめ)けるが又思ひけるは我(われ)禄(ろく)を捨(すて)て当所(たうしよ)
を立 退(のか)ば復(ふたゝび)帰(かへり)来るべき期(ご)なし密(ひそか)に立 退(のかん)も無念(むねん)なれば故郷(こけう)を
去(さ)るの名残(なごり)に興(きよう)ある挙動(ふるまひ)をなして走(はし)るべしと工夫(くふう)をなし翌日(よくじつ)
早(はや)く出仕(しゆつし)して敏家卿の前(まへ)に出 某(それがし)不肖(ふせう)にして憍慢(ほしゐまゝ)なる界(けう)
境(がい)に数年(すねん)を送(をく)り数々(しば〳〵)御 意(こゝろ)に忤(たがひ)しを宥免(ゆうめん)あるのみならず今(この)
今(たび)抜群(ばつくん)の封禄(ほうろく)を賜(たまは)るは憚多(はゞかりおほく)も族籍(ぞくせき)の端(はし)を汚(けがす)を思召ての哀(あは)
憐(れみ)と肝(きも)に銘(めい)して難有(ありがたく)候 向後(けうかう)は仰に従(したが)ひ万事(ばんじ)を謹(つゝしみ)可申候よつて
今日は洪恩(かうおん)の万一を報(はう)じ奉るべき為 茅屋(ばうをく)にて麁茶(そちや)献(けん)じ度

BnF.

【資料整理ラベル】        
JAPONAIS
617

【表紙 題箋】
 江戸勝景  上










【右丁 頭部欄外 資料整理ラベル】
JAPONAIS
 617

【同 手書き文字】
Acq. 16713

JAPON. 617

【本文】
高輪の暁鳥【四角で囲んでいる】
不峯の積雪

佐保姫の
めした
 霞の
袖の
 うら
一はん
 からす
 墨を
 つけ
  たり

 壷墨楼
  奈良輔

【左丁】
  歌船亭
   千綱
不二山のおろし
だいこに
さゝ波のさしみ
作れる
海の大鉢

【右丁】
旭 元船参初【?】 【この一行、四角く囲っている】
房総  春暁

  遊友舘
    春道
見渡せは
 霞の
  綱の
 ひきはへて
千万艘の
 けさの乗初

【左丁】
  壷玄楼
    万盃
遠つ帆は
蝶とも見えて
うつ浪の
はなの中ゆく
千ふね百船

【右丁】
 甲羅千人

船つくた
てうと
恵方に
真住よし
 巳午の
   間
  よろつ
   藤棚

【左丁】
 巌
  亀子

春風に
 入来る
  帆とも
 見ゆる
   なり
 筑地の
  沖に
 あくる
  袖凧


【右丁】
三俣の  白魚【この行、四角く囲む】
永代春風

   金守門
 水の面に
  糸の白魚
   あつまれは
  浪に
   かゝりを
  みつまた
    の川

【左丁】
   鶴 毛衣

 にきはへる
  永代橋に
   やり梅の
 かほりも
  たえす
  わたる
    春風

【右丁】
市中の  花【この行、四角く囲む】
新寺の新樹

   桐政女

 家つとの
  桜の枝は
   手折
    しと
  あと
  つけかほに
   蝶の
    おひ
     来る

【左丁】
   京
   唐橋
    村雄
 
 日の影の
  もらぬ
   木立は
   ふくろうの
  目も
   見ゆる
    かと
   おもふ
    まくらさ

【右丁】
    竹女
 波風の
  なかすの
   かたは
  かすみにも
 手伝はせ
  たるはるの
    細引【細引き網】

【左丁】
 やよ親の
  音を
   まなへかし
     二声と
 なかすの
  かたへ行
   ほとゝきす
  壷鶯楼
    可知輔

元柳橋の 子規
大橋の  細引【この行、四角く囲む】





【右丁 文字無し】
【左丁】
   京
    俵藤子
 水うちて
  涼しき門へ
    笛売の
  秋を
    告たる
   日くらし
    のこゑ

   貢計舎
    升盛
 両国の
  橋の
   たもとの
    夕風は
  そてから
   袖へ
 ぬける
  すゝしさ


広小路の 群集
御船蔵の  蚒

其二【四角く囲む】

    三巴園
     蓬室

 おしあふて
  足さへ地には
   つかぬ
     ほと
 身も
  かるわさの
   芝居
  にきはふ

   貢光軒
    宇寿喜

 立かはり
 茶みせに
 人のよる
 まても
  幾せん
  群集を
  なす
  広小路






【白紙】

【裏表紙】

【冊子の背の写真】

【冊子の天或は地の写真】

【冊子の小口の写真】

【冊子の天或は地の写真】

BnF.

BnF.

【表紙 題箋】
花様藻

【左上ラベル】
■■

【左下 資料整理番号のラベル】
JAPONAIS
 5386

千早振
かもの社の
姫小松
よろつ代ふとも
色はかはらし

千早振
かもの社の
姫小松
よろつ代ふとも
色はかはらし

【右上の附箋】
Peintures d`oiseaux et de fleurs
58. Precieux album d`oiseaux neints d`a■■■

       音こそ
         たてね
        色は

 あしのやの
  つたはふ軒の
    村時雨
かくれ
   す

さきしより
   散はつる
 まてみし
     程に
  花のもと
   にて
はつ
  か
   へに
   け
    り

 和哥の浦に
  塩みちくれは    なき
   かたをなみ     渡る

あしへ
  を
 さし
   て
 田鶴

おく山に
  ちしほの
    もみち

 色そこき
   みやこの

  しくれ
     いかゝ

   そむ
     らむ

吉野山こその
 しほりの
  道かへて
 また見ぬ
     方の
    花を
      尋
       ね
        ん

なこの
     ま
 海の   より  いり
     なか
かすみ        日を
      む
 の     れ   あらふ
        は
            おき
              つ
             しら
              な
               み

      忘るゝ君か
       こゝろとそ
住吉の        きく
 あら人
神に
 ちかひ
  ても

有明の月
    も
 あかし
    の
  浦かせ
     に
 なみはか
     リ
  こそよる
      と
   みえし
      か

秋ちかう
 のはなりに
  けりしら
 つゆの
  をける
    草葉
 色かは  も
   りゆく

うつら
   鳴
 まのゝ
   入江の

  はまか
    せに

     おはな
      波
       よる
       秋の
        夕暮

うつしうへは千世
まて匂へ菊のは
      な
君か老せぬ
 秋をかさ
    ねて

くらふ
   山
 下てる
   みち
     は
 みちとせ
     に
    咲てふ
  桃の花
     にそ
    有ける

春ふかき
 いろにも有哉
     住江の
  底もみとりに
    見ゆる浜
        松

【裏表紙見返し 文字無し】

【裏表紙 文字無し】

【附箋】
東園殿基長卿【注】 よるの雨に 角印

【注 江戸時代中期の公卿】

【本文】
  唐崎夜雨

 よるの雨に音を
唐  ゆつりて夕風を
 崎  よそにそたて
  の松      る

【附箋】
中山殿兼親卿【注】おもふその 角印

【注 江戸時代中期の公卿】

【本文】
 三井晩鐘
おもふそのあかつき
契るはしめそと
入相  先きく
 の鐘  三井の

【附箋】
石井殿行豊卿【注】 雲はらふ

【注 江戸時代前期~中期の公卿】

【本文】
 粟津晴嵐
雲はらふあらしに
 つれて百ふ【「ゆ」に見えるが「ふ」の誤記】ねも
  ちふねもなみの
   あはつにそよる

【附箋】
持明院殿基雄朝臣【注】 露しくれ 角印

【江戸時代中期の公卿】

【本文】
 勢田夕照
露しくれもる山
 とをくすきゝつゝ
ゆうひの  せたの
  わたる  なかはし

【附箋】
園殿基香朝臣【注】 いしやまや 角印

【注 江戸時代中期の公卿】

【本文】
 石山秋月
いしやまやにほの
 うみてるつきかけ
         は
あかしもすまも
   ほかならぬか
         な

【附箋】
万里小路殿尚房卿【注】 まほひきて 角印

【注 江戸時代中期の公卿】

【本文】
 八橋帰帆
まほひきてやはせに
 かへるふねはいま
うちての浜をあとの
     追風

【附箋】
川鰭殿意陳朝臣 雪はるゝ 角印

【本文】
 比良暮雪
雪はるゝ比良の
 たかねの夕くれは
はなのさかりに
  すくる春かな

【附箋】
清水谷殿雅季朝臣【注】 峯あまた 角印

【江戸時代中期の公卿】

【本文】
 堅田落雁
峯あまたこえて
こし路にまつちかき
  かたゝになひき
  おつるかりかね

【附箋】
山本大納言殿 浅みとり

【本文】
   僧正遍昭
浅みとり糸より
      かけて
 しら露を
     玉にも
  ぬける春の
     柳か

【附箋】
今城中納言殿 月やあらぬ

【本文】
   在原業平朝臣
月やあらぬはるや
   むかしの春ならぬ
 わか身ひとつは
    もとの身にし
          て

【附箋】
花園宰相殿 我か庵は

【本文】
   喜撰法師
我か庵は
  みやこのたつみ
   しかそすむ
 よを宇治山と
      人は
        いふなり

【附箋】
愛宕三位殿 吹からに

【本文】
  文屋康秀
吹からに
      むへ
  野へ【ママ】の  山風を
 草木の   あらしと
  しほるれ
     は   いふら
            む

【附箋】
野宮中納言殿 色見えて

【本文】
人の    ものは
 こゝろ   世の中
    の    の

    小野小町

花にそ   色見えて
 あり
  ける   うつろふ

【附箋】
油小路大納言殿 思ひ出て

【本文】
  大伴黒主
思ひ出て
 恋しき時は
   はつかりの
 鳴てわたると
  人しるらめや

BnF.

BnF.

BnF.

【表紙 題箋】
絵本時世粧 坤

【資料整理ラベル】
JAPONAIS
 632
 2

【資料整理ラベル】
JAPONAIS
  632
 2

【下部の手書き文字】
Dom.7605

二八佳人巧様粧
洞房夜々換新郎
一隻玉【𤣪ヵ】手千人枕
半点朱唇万客嘗

【頭部欄外 手書き文字】
JAPON. 632(2)
【大がっこで括る】

《割書:其|続》仲街(なかのてう)茗舎図(ちややのづ)
   《割書:附り》芸者仁和歌

《割書:其|次》河岸見世(かしみせ)《割書:此外は略す》

【文字無し】

             歌川豊国作
北方(ほつほう)に佳人(かじん)あり一(ひと)たび笑(ゑめ)【㗛は笑の俗字】ばその城(しろ)を傾(かたふ)け二(ふた)たび
歓(よろこ)べはその国(くに)を傾(かたむ)くとす美女(びぢよ)を賞(ほめ)たる詩(からうた)を今の
遊女(ゆうぢよ)の名(な)に呼(よ)ぶを契情(ちぎるなさけ)と更(あらため)しはわが 本邦(ひのもと)
のいさほ【?】しなり或(あるひ)はたはれ女(め)。うかれ女(め)と云(い)ひ或(あるひ)は
傀儡(くゞつ)あそび女(め)と。名(な)はかはれども川竹(かはたけ)の。流(なかれ)のふし
のうき枕(まくら)いづれをいづれ定(さだ)めなくかはす枕の
一夜妻(ひとよつま)げに梵悩(ぼんのう)の虚(うそ)の闇(やみ)実想(じつれう)の誠(まこと)の月(つき)迷(まよ)ふ
も悟(さと)るも此君(このきみ)にして江口(ゑぐち)神崎(かんざき)のむかし行く高尾(たかを)

うす雲(くも)の後(のち)の世にいたるまで身(み)は中流(りう)
の船にひとしくてくだの帆足(ほあし)をかけつ
はづしつ客(きやく)の機嫌(きげん)をとりかぢおもかぢ
地色(ぢいろ)の暴風(はやて)にそらされて終(つい)には密夫(まぶ)
のふかみにはまりておのが身(み)をはたす事
しばらく也 是(これ)を思へば板(いた)子 一枚上(いちまひうへ)の住居(すまゐ)
凡 蒲団(ふとん)三ツの上(うへ)のくらしもおなじ道理(どうり)
にこそあれ花(はな)はさかりの仲(なか)の町(てう)月(つき)は隈(くま)
なき茶屋が二階にのみ見るものかは色(いろし)

客(きやく)のもの思ひにうちしほれたるすがた
を見ては心のくもりに泪(なみだ)の雨(あめ)を催(もよほ)すなどさ
ながら月花(つきはな)の詠(ながめ)にやまさるべきされば紅粉(かうふん)
におもてを粧(よそほ)ひ錦繍(きんしう)にすがたをかざり
琴棋書画(きんぎしよぐわ)に心(こゝろ)をゆだねてヲスザンスの
里(さと)なまり雲(うん)上に高(たか)くして甚(はなはだ)世事に
疎(うと)し常(つね)に伴新(ばんしん)の言(こと)を守(まも)りて魂胆(こんたん)手
くだのかけひきをおぼへ内 所(しよ)やりての
気兼(きかね)気(き)つかひ茶屋に宿(やど)のつけとゞけ

仮令(たとひ)ゆもじははづず【ママ】とも傍輩(ほうばひ)の義理(ぎり)は
たゞしく昼(ひる)見世の座(ざ)は乱(みだ)るゝとも交(つきあひ)の
礼(れい)をみださず四時(しいじ)の苦労(くらう)十年の辛抱(しんぼう)
やりてがしかる言(ことば)に似(に)て実(じつ)にあまくちの
事にあらずそも〳〵大 堤(てい)羽織(はおり)と俱(とも)に
ながく又 客(きやく)の鼻毛(はなげ)に似(に)たり鼻 唄(うた)うたふ
日 和下駄(よりげた)の音(おと)は按摩(あんま)の笛(ふゑ)をあらそひ
宙(ちう)を飛(と)ばす𫅋(よつで)駕籠(かご)は田町を上つて
より寛(ゆるやか)なり茶屋が床机(せうぎ)に物あんじ

なるはせかれし内の首尾(しゆび)をおもふやと
しのばしく夕(ゆふべ)は衣紋(えもん)坂にかたちを繕(つくろ)ふ
て悦(よろこ)ひ顔(かほ)なるも見 返(かへ)り柳(やなぎ)の糸(いと)にひかるゝ
きぬ〳〵のおもひげにや喜怒哀楽(きどあいらく)の四
の街(ちまた)行(ゆ)くも帰(かへ)るもわかれてはしるもしら
ぬも大門に入り来(く)る客の心といふは千 差(しや)
万 別(べつ)さま〳〵なれども皆惚(みなほれ)られたる心にて
色男きどりならぬぞなきすなはち是(これ)が
たのしみの要(かなめ)にて野暮(やぼ)もなければ粋(すい)も

わからず粋(すい)がなければ野暮(やぼ)もわからず只
何事も入我我入漢字(にうががにう)の粋(すい)不 粋(すい)意気(いき)と不
意気(いき)を噛分(かみわけ)てはりといきぢのよし原
に禿立(かふろだち)から見ならへる情(なさけ)の切売(きりうり)恋(こい)のせり
売 強飯(こはめし)くさき頃(ころ)よりもこわきやりてが目
をしのびてしのび〳〵のさゝめことも浮虚(うはき)の
風に吹(ふき)ちらされて果(はて)は折檻(せつかん)のからき目
見るなど勤(つとめ)の内のたのしみとそいゝながら
跡(あと)の苦(くる)しみいかばかりぞや早(はや)つき出し【注】の

【注 十四、五歳の娘が買い取られて、禿にならずにいきなり遊女の勤めに出されること。また、その遊女。】

身となりては百 倍(ばい)の辛苦(しんく)筆(ふで)にもつきず
いつまでか斯(かく)内所(ないしよ)がゝりにて住果(すみはつ)べくも
あらじと為(ため)になる客(きやく)にたのみごとして
心に思はぬ指切断髪(ゆびきりかみきり)空誓(そらせい)文の千 枚起請(まいきせう)【注①】
は烏(からす)につもらるゝも恥(はづか)しながら義理(ぎり)に
せまりし不 心実(しんじつ)をまざ〳〵しく【本当らしく】いつはり
あるひはかき又はのぼさしめて夜具(やぐ)は
誰(たれ)人敷初(しきぞめ)【注②】の蕎麦(そば)【注③】はぬしさん新 造出(ぞうだ)
し【注④】は何某(なにがし)の君(きみ)と夫〳〵にくゝり付る


【注① 非常に多くの起請文。「起請文」とは、江戸時代、男女の愛情のかわらないことを誓った文書。】
【注② 江戸時代、吉原で、遊女がなじみの客から贈られた三つ蒲団、夜着などを、娼家の店頭に飾り披露した後、その夜具を敷いて初めて寝ること。また、その披露。】
【注③ 敷き初めの蕎麦=敷き初めのとき、妓楼内や茶屋などに配るそば。】
【注④ 「新造」=江戸中期以降の吉原では、姉女郎の後見つきで新しくつとめに出た禿上りの自分の部屋をもたない若い遊女をいう。    「新造出し」=新造として遊客に応対させる】

それか中にも何屋の誰と名たかき契情(きみ)
は殊更(ことさら)に出せわしく跡(あと)より追(おは)るゝ心地(こゝち)して
紋日物日の胸(むね)につかへて癇癪(かんしやく)の病(やま)ひ間(ま)
なく時なく発(おこ)り待(まち)人の呪(まじなひ)をたのみに
思へとも畳算(たゝみざん)【注】あたるも不 思議(しぎ)あたらぬも又不
仕合の紋日前は上 手(ず)ごかしに逃(にげ)らるゝあれば
色 仕掛(じかけ)に捕損(とらへそこな)ふ事あり朝精進(あさせうじん)は親(おや)
のために堅(かた)くつゝしみ塩(しほ)物 禁(だち)は色男
の為に守(まも)る事きびしきも彼(かの)川柳点(せんりうてん)の


【注 占いの一。簪を畳の上に落し、その脚の向き方、または落ちた場所から畳の縁までの編目の数の丁半によって吉凶を判じる】

むべなるかな孝行(〳〵)にこられつる身もすん〳〵は
不孝の人にゝけ出(いだ)さるゝ一生(いつしやう)の貧福(ひんぷく)は悉(こと〴〵)
く定(さだま)りありといへども羅綾(らりやう)【美しい衣裳】のたもといつしか
つぎ合(あは)せたるつづれをまとふもあればさ迄
よき位(くらひ)にもあらぬ局(つぼね)見世の流(なが)れのすへに
黒鴨(くろがも)【注】つれたる玉(たま)の輿(こし)に乗(の)るも諺(ことはざ)に云へる
人の行ゑと水(みづ)の流(ながれ)はしれがたきものなり
こゝにある大人(うし)のよみ給へる哥とて吉原
の春の夕 暮(ぐれ)来(き)て見ればはりあひの鐘(かね)


【注 江戸時代、大家出入りの仕事師や職人、あるいは従僕などの称】

に花ぞ咲(さき)けるとなむ花の色 香(か)をうばひ
たる道中すがたのたをやかなるは天乙女(あまつおとめ)の
くだれるかとうたがひつん〳〵【とりすまして、あいそのないさま】たるおいらん
中 眼(がん)【目を半分開いていること】にすましてその内に愛敬(あいきやう)こもりたる
さま田舎道者(いなかどうしや)のきもをおびやかすもことはり
なるかな両てんのかんざし【注】禿(かふろ)のおもたげに
ふりかへる姿(すかた)はた右と左りにきらめき渡(わた)る
さまは空(そら)にしられぬ雪(ゆき)の降(ふり)たるやと思ふ
若者が肩(かた)にかゝりて威風(いふう)りん〳〵【凜々】たる鉄(かな)

【両天の簪=江戸末期の婦女の髪飾りの一種。笄(こうがい)の代りに平常用いるもので、二本の棒の端に一対の定紋や造花をつけ、二本の棒を中央で差し込んで用いる】

棒(ぼう)五町分の提灯(てうちん)さきを払(はら)ふがごとし箱
てうちんは若者より大くして茶屋の送(おく)り物
に行違(ゆきちが)へて頭上(かしら)にさゝげくり出(いだ)す外(そと)は文
字蹴出(じけだ)し【裾除け】褄(つま)の縫模様(ぬひもやう)翩飜(へんぽん)とひるがへり
駒下駄(こまげた)の音(おと)は両 側(かは)にひゞきておいらん
お目出たふの声(こえ)門竝(かどなみ)に繁(しげ)し茶屋の
御 亭(て)さんは江戸へ行なんして内の事に
かまはずおかさんの挨拶(あいさつ)かん高にてう〳〵
しき【軽薄で馴れ慣れしくお世辞たっぷりである】を真向(まむき)にうけこたへて客人を横に

見て行くは世利売【せり売り=行商】か 自惚(うぬほれ)のふたつなるべし
たいの末社(まつしや)が口(くち)〳〵にきつい御勿体(ごもつたい)とはお定
の愛相(あいそう)に極(きはま)りいざこちらへをにつしりに【とっくりと】見
しらせて【見てわからせて】客の脇(わき)に座(すは)るあれば袖引煙草(そでひきたばこ)【注①】
によんどころなく横(よこ)に背(そむ)きて腰(こし)をかくれば
伴新(ばんしん)【注②】うしろの襟(ゑり)を直(なを)して万事(ばんじ)しこなし
て風(ふう)ありおいらん長煙管(ながきせる)を捻(ひねり)てお客のお噂
べん〳〵と【注③】ながし禿(かふろ)が口上(こうぜう)アノネ〳〵を禁(いまし)むる
時は一言(ひとこと)も用(よう)を弁(べん)ぜず風呂鋪包(ふろしきつゝみ)の早(はや)


【注① 遊女などが、客を招く手段として、タバコに火をつけて差し出すこと。またそのタバコ】
【注② 「番新」とある所。「番頭新造」のこと。吉原遊郭でおいらんについて身のまわりや外部との応対など諸事世話をする新造。袖留めをし、眉毛をそらず、紅白粉で化粧しないのが特徴。世話女郎。番頭女郎。】
【注③ むなしい行為、無用の事柄などで時間を費やすさま】





歩行(あし)は一寸やりくりの使者(ししや)と見へ内所禿(ないしよかふろ)
のちよこ〳〵走(ばしり)はてれん茶屋の相図(あひづ)なるべし
大封(おほふうじ)の文(ふみ)【長文の手紙】は一座の捌役(さばきやく)にたのみて茶
屋がもとへ人を走(はし)らせ番新(ばんしん)【番頭新造】に美人(びじん)すくなく
振新(ふりしん)【注①】後世(こうせい)おそるへき有てすへ頼(たのみ)なき禿(かふろ)の
ぶ人相(にんそう)【愛敬のない顔】は当(あて)のなき年明前(ねんあきまへ)の女郎と同日(どうじつ)に
論(ろん)ずべし附金(つけがね)【注②】は神棚(かみだな)のおた福(ふく)とさし向(むかひ)
棒(ぼう)のなき箱てうちんたゝむ隙(ひま)なき茶屋が
にぎはひ二挺鼓(にてうつゞみ)も三弦(さみせん)もいさ発足(ほつそく)の声(こへ)


【注① 「振袖新造」のこと。江戸時代、吉原の遊郭で振袖を着て出る禿あがりの若い新造級の遊女。まだ見習い期間で、姉女郎に属して出た。部屋を持たず、揚げ代は二朱。】
【注② つけ届として贈る金銭。特に遊女が茶屋へ贈る金銭をさすことが多い。】





もろとも神をいさめのたいこもちは客
人の宮(みや)先(さ)きにたて末社(まつしや)のかみ〳〵一 ̄ト むれ
に浮(う)くもうかぬもひき立(たつ)るすがゝき【和琴の弾き方の一。】の音
格子(かうし)にたへず人の心を二階(にかい)へ飛(と)ばし
大切(たいせつ)の魂(たましい)を床(とこ)の内にうばはるゝは有頂(うてう)
天(てん)にほどちかき欲界(よくかい)の仙都(せんと)昇平(しやうへい)の
楽国(らくこく)なりと彼清朝(かのせいてう)のしやれ者がいへる
も尤(もつとも)なるかな女色(ぢよしよく)【女との情事】のまどひも去(さ)り
かたきものぞかしよく〳〵此道に

あきらかなる時はおとし穴に落(おち)いるゝ
事あるまじ近(ちか)く譬(たと)へば先(さき)に地(ぢぬ)主の
くつがへるを見て後(のち)の店子(たなこ)の戒(いましめ)と
                すべし
          穴(あな)かしこ
             〳〵



絵本時世粧下之巻《割書:終》

        式亭主人三馬閲
     文画  歌川一陽齊豊国撰
     剞劂  山口清蔵刀

絵本(ゑほん)時世粧(いまやうすがた)後編(こうへん) 《割書:追出| 全三冊》 《割書:前編は豊国作に御座候|後編は三馬先生の文を乞》
          《割書:同画》   《割書:もとめて残りたる女画を委|しくす》

享和二稔壬戌春王正月発兌
        芝神明前三島町
 東都書林 甘泉堂 和泉屋市兵衛蔵版

【前31コマの裏から見た写真】

【白紙】

【裏表紙】

【冊子の背】

【冊子の天或は地の写真】

【冊子の小口の写真】

【冊子の天或は地の写真】

BnF.

一  /愛宕山細見圖(アタゴザンサイケンノヅ)
  愛宕山神社祭神二座
 /伊弉冉尊(イサナミノミコト) /火産(ホノムスビ)尊 カグツチホノ神 火サイヲツカタ
 トリイフ此/御(ゴ)神/往古(ワウシへ)ハ/鷹峯(タガミ子)ノ/東(ヒカシ)ニ有 人/皇(ワウ)四十九代
 /光(カウ)仁天皇ノ/御宇(ゴヨウ)天/応(ヲウ)元年/釈慶俊(シヤクケイシユン)今ノ霊地ニ/移勝軍(ウツシシヤウグン)
 地/蔵(ソウ)ノ/法(ホウ)ヲ/行(ヲコナ)ヒ則本 /地(ぢ)トナシ /朝日峯(アサヒノミ子)白 /雲寺(カンジ) ト/号(ゴウ)ス /是(コレ) 
 愛宕山ノ大権現ナリ /奥(ヲク)ノ社ヲ太郎坊ト /号(ゴウ)ス夫当山ハ /産(サン)
  /穢(エ)ヲ/深忌(フカクイミ)イフニヨリフミア /合火(アイビ)ヲ /慎(ツゝミ)参ルベシ /粽(チマキ)ハ則 /火炎(クハサイ)
 災ヲフセグ処ノ /理(リ)ナル ヲ以/求(モトメ)帰ルナリ此山元来丹 /波(バ)
  /桑(クハ)田 /郡属(コヲリソク)セシガ今山城ヲタギ郡ニツケリ /委(クハシキ)事畧之

二  《割書:和州|南都》 /春日若宮(カスガワカミヤ)御 /祭(マツリ)之 /圖(ヅ)
 御本社春日ノ御祭ハ毎年二月ト十一月ノ申ノ日上 /卿弁(ケイベン)御
  /参向(サンカウ)有テ /規式(ギシキ)ノ事ドモ有トイヘトモ /知(シ)ルベキニアラズ今
  /爰(コク)ニ /若(ワカ)宮ノ御祭ヲ圖セリソモ此御祭ハ毎年六月ニ /事(コト)
  /始(ハジマリ)十一月二十七日ニトリヲコナハルゝ御事ナリ /行列(キヤウレツ)目録 /祝(イワヒノ)
 御 /幣(ヘイ)《割書:先へ|二人》十 /列(レツ)ノ /児(チゴ)《割書:二人|》日ノ /使(ツカイ)。《割書:鳥ノヒガサナリ|》 /陪従神子郷神(ベイジウミコガウミ)
  /子奈良(コナラ)神子 /拝殿(ハイデン)八 /乙(ヲト)女 /細男(セイヲト)〇二本ヘイノ次ナリ /猿楽(サルガク)四
 座ナリ馬長/児(チゴ)〇馬ノリ一ツサゝ持籠イタゞク/競馬射(ケイハイ)
 /手児(テノチゴ)〇馬ノリ/隋兵(ズイヒヤウ)〇武者ナリ/乗込(ノリコ三)馬〇スハフ馬/将(イサセ)軍〇馬
 バカリ/野(ノ)太刀/長刀(ナキナタ)〇是モラス/願主(グワンシユ)人〇社人ナリ御師馬/場役(バヤク)六月

  /数繾(スヤル)《割書:〇是モラス|》 /田楽(テンガク)法師《割書:一ラウトル一五ラウ迄》
  /高足刀(タカアシカタナ)玉ノ /曲(キヨク)《割書:テンカクホウシ跡ナリ|》右以上是迄松ノ下 /渡(ワタリ)トイフ
三〇松ノ下ノ /渡(ワタ)リト云ハ 大 /鳥(トリ)居へ入東御 /旅(タビ)所迄渡ㇽ
 又 /猿楽(サルガク)ハ /影向(ヤウガウ)ノ松ノ /前(マヘ)《割書:ニ一ㇽ》 /開口(カイコウ)祝言弓矢ノ立合船ノ立
 合ト /云(イフ)事ヲ観世今春今剛保生ノ四 /座勒(ザツトム)之 /其(ソノ)郡山。
 伊賀。高取。小泉。 /抔(ナド)之御 /俱(トモ)行 /列多畧(ワツヲゝシリヤクス)之

四   /大公望(タイゴウボウ)
 大公 /望姓(ボウセイ)ハ /姜字(キヤウアサナ)ハ /呂尚(リシヤウ)ト云 /紂(チウ)王ノ /時(トキ)世ヲノガレ /釣(ツリ)ヲタレ
 テ /住周文王或(スメリシウノフンワウアル)時 /猟(カリ)ニ/出(イデ)給ヒ/公(コウ)ヲ/召(メシ)テ/師(シ)トシイフ/武(フ)王ヲ
 /助紂(タスケチウ)王ヲ/亡斎(ボロフセイ)ノ国ニ/封(フウぜ)ラㇽ

五 /管仲(クワンチウ)
 名ハ/夷吾斎(イゴトキ)太/夫(ブ)ト云/或(アル)時/小白(セウハク)ト云者莒国ノ/勢(セイ)ヲ/卒(ソツシ)国
 ニ帰ㇽ/管(クハン)仲是ヲ/留植公位即(トゞメリクハンコウクライニツキ)テ小白ニ是/矢(ヤ)ヲ/射(イ)シ/仇(アダ)ヲ/赦(ユル)
 シ/賢(ケン)ヲ/尊(タツトも)テ/斎(セイ)ノ/相(ソウ)とシ/仲(チウ)ガ/謀(ハカリト)ヲ用ヒ/織(アヤ)ヲ給フ
六 /范蠡(ハンレイ)
 /越(エツ)ノ/太夫(ダイブ)ナリ呉滅シケレバツイニ/舟(フ子)ニ/乗(ジヤウ)ジ五/湖(コ)ニトゞヨウ
 /越王其功(エツワウソノコウ)有事ヲ/感(カン)ジ/黄金(ワウゴン)ヲイテ/像(ゾウ)ヲ/鋳写(イウツ)サシメ給ヘリ
七  /張良(チヤウリヤウ)
 /字(アザナ)ハ/子房韓国(シボウカンコク)ノ諸公子也/黄石公(ワウセキコウ)三/畧(リヤク)ノ/書(シヨ)ヲ跡/兵法秘(ヒヤウホウヒ)
 /術(ジユツ)ヲキハム/漢(カン)ノ/沛公(ハイコウ)ニ/力(チカラ)ヲ/合秦(アルシシン)ヲ/亡(ホロフ)シ/項(コウ)王ヲ/討終(ウチツイ)ニハ

 /漢(カン)ノ天下トナシニケリ
八  /韓信(カンシン)
 /准陰(ジンイン)ノ人ナリト云/蕭何曰如信(シヤウガガゴトキシンガ)ノ/者(モノ)ハ国/士無双(シフサウ)ナリトテ
 /漢(カン)王/檀(ダン)ヲモウケ礼ヲ/具(ソナ)フ /拝(ハイ)シテ大/将(シヤウ)トス/張(チヤウ)良/蕭何與(シヤウガヨ)
 /漢(カン)ノ三/傑(シヤウ)トナルトナリ
九  諸葛亮
 /諸葛亮(シヨカツリやウ)
 /字(アザナ)ガ/孔明(コウメイ)トイフ三/国(コク)ノ時/後漢(ゴカン)ノ/獻帝建安(ケンテイケンアン)十二年/蜀(シヨク)ノ
 /先主挙(センシユアゲテ)諸/葛亮(カツリやウ)ヲ/卿候(ケイコウ)二/封(フウ)ゼシメ給フ也
十  /関羽(クハンウ)
 /身(ミ)ノ長サ九尺五寸有/髭(ヒゲ)長サ一尺有テ/面体異相(メンテイイソウ)ナリ/字(アザナ)

 ハ/雲長(ウンチやウ)ト云/魏(ギ)ノ/曹操玄德(ソウソウゲントク)ヲセメ/破(ヤブ)ル/関羽(クハンウ)ハ人/物衆(ブツシユ)二/秀(ヒイデ)
 /武芸(フゲイ)ハ三/軍(グン)二/冠(クハン)タリトイヘリ
十一  /焚噲(ハンクハイ)
 大/勇力(ユウリキ)ニシテ/武芸(ブゲイ)人ニ/越(コへ)タリ/身(ミ)ノ/長(タケ)九尺アリ/主君沛公(シユクンハイコウ)
 /項羽(コウウ)ガ/為(タメ)ニ/命(イノチ)アヤウカリケレハカツテ/門(モン)ヲ押ヤブリ内
 ニ入テ/主君沛公(シユクンハイコウ)ヲタスケケルトナン
十二  /張飛(チヤウヒ)
 /字(アザナ)ハ/翼徳(ヨクトク)ト云/身(ミ)ノタケ八尺/面(カホ)・/豹(ベウ)ノ如シ/声雷(コへライ)ノ如ク/玉眼(ギヨクガン)
 /赤色虎髭(シヤクシキトラノヒゲ)ナリ/蛇矛(ジヤホコ)ヲ/持(モツ)イカル時ハ/髭倒(ヒゲサカサマ)二上リ/獅シ(シ子)ノイ
 カリヲナシ/眼逆(マナコサカ)二サケ/光髭左右(ヒカリヒゲサユウ)二ワカレ/悪鬼羅刹(アツキラセツ)二事ナラ

 ザル/異相(イソウ)也
十三  /趙雲(チヤウウン)
 /常(ジヤウ)山ノ/趙子龍(チヤウシリウ)トイヘリ/主君玄徳(シユクンゲントク)ニ/忠(チウ)アリテ/敵(テキ)ノ大/将(シヤウ)
 /歩(カチ)立ヲヒキテトリマキ/曹洪(ソウコウ)ガ/子(手)ト安/明(メン)トイフ大/将(シヤウ)三
 /尖両刃(センリヤウジン)ノツルギヲ/舞(マイ)シテ/只(タゞ)一/合(ゴウ)ニウチケルトナリ
十四  本/朝将軍始(チヤウシヤウグンノハジメ)伝
 人/皇(ワう)十代/崇神(ジユジン)天/皇(ノウ)ノ十年二大/彦命(ヒコノミコト)ヲ/将軍(シヤウグン)トシ/北陸(ホクロク)
 道/遣(ツカハ)シ。丹波/道主(ヂヌシ)命ヲ丹/波路(バヂ)ニ/遣(ツカハ)シ。/武(タケヌ)渟/河別(カ
ハワケ)命ヲ
 /東海道遣(トウカイドウツカハ)シ
十五  /大彦命(ヲゝヒコノミコト)

十六 /丹波道主命(タンバヂヌシノミコト)
十七 /武渟河別命(タケヌカハワケノミコト)
十八 /吉備津彦命(キビツヒコノミコト)
十九 /吉備津彦命(キビツヒコノミコト)ヲ四/海(カイ)道へ/遣(ツカハ)シ給ヒテ/逆徒(ギヤクト)ヲヲサメシメ
 イフ是ヲ四/道(ドウ)ノ/将軍(シヤウグン)ト/号(ゴウ)シテ日本将軍ノハジメナリ/其(ソノ)
 /後(ノチ)ハ。/鎮守府(チンジユフ)。/征西(セイセイ)。/征夷使(セイイシ)ト叚ニ有共天下ノ/主(アルジ)ニアラズ右
 大将/頼朝(ヨリトモ)トル/征夷(セイイ)大将/軍(グン)ノ/任官始(ニンクハンハジメル)ナリ
二十〇中/興武将(コウブシヤウ)ノ/記(キ)
 人/皇(ワウ)五十六代清和天皇十代ノ/後胤(コウイン
)左/馬頭義朝(マノカミヨシトモ)三/男(ナン)也
 /建(ケン)久三年二/征夷(セイイ)大/将軍(シヤウグン)ト/成右(ナリウ)大/将(シヤウ)ト/任官(ニンクハン)ス

廿一 《割書:第|一》/源頼朝公(ミナモトヨリトモコウ)《割書:第|ニ》/頼家(ヨリイへ)《割書:三代将軍|トイフ》《割書:第|三》/実朝(サ子トモ)《割書:第|四》/頼経(ヨリツ子)《割書:第|五》/頼嗣(ヨリツグ)
 是ヨリ王子将軍トナリ《割書:第 御紋|六 菊也》/宗尊(ソウソン)親王《割書:後サガ第一  同|ワウジナリ  七》/維康(コレヤス)
 親王《割書:宗ソンシンワウ 同|長子ナリ    八》/久明(ヒサアキラ)親王《割書:後フカクサ第 同|二ノワウジ  九》/守邦(モリクマ)親王《割書:久アキラノ|長子ナリ》
 《割書:同|十》/尊雲(ソウウン)親王《割書:後タイゴ第二 同|ノワウジ   十一》/成良(ナリヨシ)親王《割書:同第八ノワウ|ジナリ》廿二/足利尊氏(アシカゞタカウチ)《割書:第十|二代》
 清和天皇十六代足利/讃岐(サヌキ)守源/貞氏(サダウチ)二男号/等持(トウヂ)院
《割書:第|十三》/義詮(ヨシノリ)《割書:第|十四》/義満(ヨシミツ)《割書:第|十五》/義持(ヨシモチ)《割書:第|十六》/義量(ヨシカズ)《割書:第|十七》/義教(ヨシノリ)《割書:第|十八》/義勝(ヨシカツ)《割書:第|十九》/義政(ヨシマサ)
 《割書:第|二十》/義尚(ヨシヒサ)《割書:第|廿一》/義桓(ヨシサ子)《割書:第|廿二》/義澄(ヨシズミ)《割書:第|廿三》/義晴(ヨシハル)《割書:第|廿四》/義輝(ヨシテル)《割書:第|廿五》/義栄(ヨシマサ)《割書:第|廿六》/義昭(ヨシチカ)
 /慶(ケイ)長二年/足利家(アシカゞケ)十五代迄/続(ツゝク)合二百三十九年此時/亡(ホロフ)也
廿三 /織田信長(ヲダノブナガ)《割書:第二十|七代》桓武帝三十五代平清盛二十一代織田/信秀(ノブヒデ)
 二男治世十年《割書:第二十|八代》《割書:信長孫信忠ノ|長子治世三年》/秀信(ヒデノブ) /豊臣秀吉(トヨトミヒデヨシ)《割書:二十|九代》/筑(チク)阿


 彌子/太閤(タイコウ)関白大/政(ジヤウ)大臣ニ/任(ニン)シ正一位ニ/叙(ヂヨ)ス治世十五年
 《割書:第|三十》/秀次(ヒデツゝ)《割書:第|卅一》/秀頼(ヒデヨリ) /源家康公(ミナモトイへヤスコウ)《割書:第|十二代》清和天皇二十五代/新(ニツ)
 田/贈(ゾウ)大/納言(ナゴン)源/広忠卿(ヒロタゞキヨウ)ノ長子也中/興(コウ)将軍/家(ケ)ノ/祖(ソ)治世十四年
 /慶(ケイ)長八年/征夷(セイイ)大/将軍(シヤウグン)ニ/任給(ニンジ)フ元和二年四月十七日/夢去(ホウキヨ)御/寿(コトフキ)
 七十五/東照(トウテウ)大権現申ス
二十五 源/秀忠(ヒデタゞ)公《割書:第三|十三》 家/康(ヤス)公三男治世十六年/寛(クハン)永九年正月二
 十四日/薨(コウ)去御寿五十一歳/台徳(タイトク)院殿ト号
二十六 《割書:第三|十四代》源/家光(イへミツ)公 秀忠公/長子(チヤウシ)治世二十一年也/慶(ケイ)安四年四 
 月二十日/薨(コウ)去御寿四十八才大/猷(イウ)院殿ト申
二十七 《割書:第三|十五》源/家綱(イへコナ)公家光公長子治世三十年延宝八年五月

 八日/薨(コウ)去也御寿四十才/厳有(ゲンユウ)院殿ト申
廿八〇《割書:第三|十六》源/綱吉(ツナヨシ)公家光公二男治世三十年宝永六年正月十
 日/薨(コウ)去御寿六十四才/常憲(ジヤウケン)院殿
廿九〇《割書:第三|十七》源/家宣(イへノブ)公家光公三男治世四ケ年正徳五年十月十四
 日/薨(コウ)去御寿五十一文/昭(シヤウ)院殿ト申
三十〇《割書:第三|十八》源/家継(イへツク)公治世四ケ年正徳六年四月二十九日/薨(コウ)去
 御寿八才/有章(ユウシヤウ)院殿
卅一〇《割書:第三|十九》源/吉宗(ヨシム子)公正徳六年八月/将軍宣下任(シヤウグンセンゲニン)内大臣ニ
 右大臣任征夷大将軍ニ
 源家重公 従二位大納言右近衛大将

 源家治公 従二位大納言 御治世万々歳
卅二  /台物積方圖(ダイノモノツミカタノヅ)
 〇木/具台(グダイ)ニ/扇(アフギ)ノ/積双(ツミアラヒ)ハ/数(カズ)ノヲゝキ時ハ/要(カナメ)ノカタヲムカフノ方
 エタテニナラべ置ナリ
卅三〇/台(ダイ)ニ小/袖(ソデ)ヲツムトキヒダリノ手ニ小袖ヲモチ右ノ/手(テ)ニテ
 /恐(ヱ)リヲ/持(モチ)下マヱヲ上へナシ二ツニ/折(ヲリ)左トル右へ/双(ナラベ)テツミ。袖
 ヲ一ツツゞ折ベシ但シハジメ一ツノ/袖(ソデ)二ツカエスナリ上ニノ
 シヲ置
 〇小袖ニ/太刀(タチ)ヲ/組(クミ)ソへㇽニハ右ニソデ左ニヱリヲ持ウハマへ
 ヲ上へナシテ/折(ヲㇽ)右トル左ノ方へツム右ノゴトク/袖(ソデ)ヲカへシ太

.

【表紙】

【見返し ラベル「JAPONAIS/180」】

【白紙】

【白紙】

【表紙題箋】《題:《割書: □「参ヵ」|考》北條時頼記圖會  一》

【見返し】

北條時頼記旧序
子思子曰、上 ̄ナル焉者、雖_レ善無_レ徴、無_レ徴不_レ信、
上世之事、雖_レ善矣人或不_レ信之、豈非_レ以_二文
献之不_一レ足乎、若_二康元間、相模守時頼北
條公_一、承_二父祖之緒_一、仁厚莅_レ 下、天下又安、所_レ
謂善人之治_レ国者也、其能以_レ貴下_レ賤、以_二
桑門苾蒭之容_一、巡_二-行諸国_一、憐_二居民之
艱苦_一、而交_二通有無_一、覩_二農夫之耘耔_一、而

補_二-助不_一レ賑、試_二器械之良窳_一、観_二俗化之
誠偽_一、察_二賢否之所_一レ在、識_二政刑之夷陂_一、而
其自脩恭倹、無_レ可_二間然_レ一是豈可_下以_三陪臣
執_二国命_一貶_上レ之乎哉、但歴_レ年既久、文籍
不_三多伝_二于世_一、故記録者、挙_二大概_一而漏_二其
詳_一、是為_レ可_レ恨、今此書細大不_レ遺、履歴
略備、如_二常世之事_一雖_二或可_一レ疑而公之勤
懇求_レ賢、一言之間、乃能抜_二-擢藤綱_一則未_レ可_レ

認_三必無_二其事_一、况疑以伝_レ疑、古人自有_レ例
乎、故推_二-述作者之意_一、為作_二之序_一、読
者疑_二其可_一レ疑信_二其可_レ信而可也
 時【旹】元禄四重光協洽大簇穀旦
   洛下隠士蓬累子撰

自序
豊けき 大御代の春かせに梅にほふ
なにはより客の訪来てひとまきのふみ
う【まヵ】ちひらきこはいにしへ岡【崗】本ぬしかものせし
時頼の朝臣天下のまつりことに深くも心を
もちひ給ひしをち〳〵を書たる物かたりなりけりされと
急【兼ヵ】て伝へ聞たることさへもかす〳〵漏したるかいとも
くちをし願くは猶つはら〳〵にして世につたへ侍らん

事をとおのれ原より学ひ幼くてこれかよさし【「よさし」は「任」ヵ】
をうくへくもあらねと幸に彼あそ【朝臣】のこと書たる文
とももてるをこれかれ考合せてうへ【宜】さもありぬへく
思ふことゝもかき加へ〳〵て終に十巻とは成にたれと
猶もとつ文のいさをしを失しと漢文のはしかきを
其まゝに載せてしりへに此ことはりを伸になむ
      東籬のあるし 【角印】《割書:東|籬|亭》

参考(さんかう)北條(ほうでう)時頼(じらい)記(き)図会(づゑ)
  惣目次(そうもくろく)
   巻 一
  時政(ときまさ)参籠江島(えのしまにさんろうして)蒙(かうふる)_二示現(じげんを)_一
  右大将(うだいしやう)頼朝(よりとも)草(さう)_二-業(ぎやうす)鎌倉(かまくらを)_一
  比企(ひき)判官(はんぐわん)謀(はかつて)欲(す)_レ伐(うたんと)_二-北条(ほうでうを)_一
  小御所(こごしよ)合戦(かつせん)比企(ひき)滅亡(めつぼう)
  仁田五郎(につたごらう)逸(はやつて)断(たつ)_二家名(かめいを)_一

  実朝公(さねともこう)補(ふ)_二-任(にんす)三代将軍(さんだいしやうぐんに)_一
   巻 二
  戒寿丸(かいじゆまる)幼智(やうち)救(すくふ)_二 人民(じんみんを)_一
  戒寿丸(かいじゆまる)賢才(けんさい)戒(いましむ)_二従臣(じうしんを)_一
  戒寿丸(かいじゆまる)元服(げんぶく)賜(たまふ)_二諱字(いみなのじを)_一
  時頼(ときより)蒙(かうふりて)_レ命(めいを)勤(つとむ)_二流鏑馬(やぶさめを)_一
  正覚房(せうかくばう)鉄心(てつしん)潔(いさぎよくす)_二末期(まつごを)_一
  頼嗣(よりつぐ)元服(げんふく)頼経(よりつね)上洛(しやうらく)
  時頼(ときよりの)一言(いちげん)挫(ひらく)_二光時(みつときの)企(くはだてを)_一

   巻 三
  時頼(ときより)憐(あはれみ)_二無冤(むじつを)_一謀(はかつて)捕(とらゆ)_二犯人(いみんどを)_一
  駆込(かけこみの)狼藉(らうぜき)重経(しげつね)隠顕(せいすい)
  野父(やふ)交争(たがひにあらそひて)不(ず)_レ私(とら)_二至財(こがねを)_一
  松下尼(まつしたに)質素(しつそ)解(とく)_二義景(よしかげを)_一
  鎌倉(かまくら)海陸(かいりく)種々(しゆ〴〵)怪異(けい)
  三浦(みうら)泰村(やすむら)隠謀(いんばう)露顕(ろけん)
  時頼(ときよりの)仁慈(じんじ)令(しむ)_レ解(とか)_二泰村(やすむらを)_一
  正治(まさはるが)妻(つま)以(もつて)_レ死(しを)顕(あらはす)_二貞操(ていさうを)_一

   巻 四
  筋違橋(すぢかひばし)合戦(かつせん)三浦(みうら)滅亡(めつぼう)
  上総権介(かづさごんのすけ)秀胤(ひでたね)自害(じかい)
  宗尊親王(さうそんしんわう)被(らる)_レ任(にんぜ)_二将軍(しやうぐんに)_一
  小次郎(こじろう)謀(はかる)_二島田大蔵(しまだだいざうを)_一
  時頼(ときより)慈恵(じけい)復(うつ)_二父之(ちゝの)讐(あたを)_一
  時頼(ときより)薙髪(ちはつ)号(がうす)_二最明寺(さいみやうじと)_一
  諏訪(すは)刑部(ぎやうぶ)射(ゐる)_二伊具(いぐ)入道(にうだうを)_一
   巻 五

  青砥左衛門尉(あをとさゑもんのぜう)藤綱(ふぢつなが)伝(でん)
  時頼(ときより)藤綱(ふぢつな)閑(かん)_二-談(だんす)政道(せいたうを)_一
  藤綱(ふぢつな)令(しむ)_二於滑川(なめかはに)探(さぐら)_一レ銭(ぜにを)
  時頼(ときより)詠(ゑいじて)_二和歌(わかを)_一鎮(しづむ)_二怪異(くわいいいを)_一
  藤綱(ふぢつな)解(といて)_二是非(ぜひを)_一返(かへす)_二贈物(おくりものを)_一
  時頼(ときより)六斉日(ろくさいにちに)禁(きんず)_二殺生(せつしやうを)
  時頼(ときより)入道(にうどう)僭(ひそかに)出(いづる)_二鎌倉(かまくらを)_一
    前帙五巻目次畢

静以脩身倹以養
性君臣相得民服
善政

【挿絵】
正四位下北條相模守平時頼朝臣

儒仏兼脩政治績成一時愛恵及
蒼生施工式目称貞永抜擢賢
寸是最明残醤対斟来客夜荒
村投宿旅僧情太郎更助家翁
美掃蕩胡元百万兵
   小竹散人題

【挿絵】青砥左衛門尉藤綱

夢非徴■【招ヵ】草野賢風雲遇合建
長年話言補綴陪臣政倹素扶
持累世権旱歳施僧牛溺水暗
宵買燭僕撈銭休将仲父論功
業清約豪奢自判然
   小竹散人題

参考(さんかう)北條時頼記(ほうてうしらいき)図会(づゑ)巻一
   目 録
  時政参籠江島江島蒙示現(ときまさえのしまにさんろうしてじげんをかうふること)   同図(おなじくづ)
   《割書:并》北条氏定紋由来(ほうでううぢでうもんゆらい)《割書:附》箱根法師(ほこねはふし)之事
  右大将頼朝草業鎌倉(うだいしやうよりともかまくらさうぎやう)話
   《割書:并》石橋山合戦(いしばしやまかつせん)之事《割書:附》八的原怪異(やまとがはらくわいい)之事
  比企(ひき)判官(はんぐわん)謀欲伐北条(はかつてほうでうをうたんとす)話
   《割書:并》頼家公遺命落飾(よりいへこうゆいめいらくしよく)【餝】之事 尼御台明智(あまみだいめいち)之事
  小御所(こごしよ)合戦(かつせん)比企(ひき)滅亡(めつぼう)話   同図

   《割書:并》大輔房(たゆふばう)遺骨(ゆひこつ)を求(もとむ)る事《割書:附》義盛(よしもり)治世(ちせい)の計(はかりこと)を論(ろん)ずる事
  仁田五郎(につたごらう)逸(はやつて)断家名(かめいをたつ)話    同図
   《割書:并》江馬亭(えまてい)合戦(かつせん)之事《割書:附》加藤治(かとうぢ)が臣(しん)忠常(たゞつね)を射(い)る事
  実朝公任三代将軍(さねともこうさんだいしやうくんににんず)話   同図
   《割書:并》時政(ときまさ)密計(みつけい)成(なら)ず入道(にうだう)之事《割書:附》公暁禅師弑実朝(くげうぜんじさねともをしいする)事

参考(さんかう)北條時頼(ほうでうじらい)記(き)図会(づゑ)巻一(けんのいち)
           洛士 東籬主人悠刪補
   時政(ときまさ)参(さん)_二籠(ろうして)江島(えのしまに)_一蒙(かうふる)_二示現(じげんを)_一話(こと)
夫文武両道天下治世之経緯(それぶんぶれうだうはてんかちせいのけいゐ)。国家安民之綱紀也(こくかあんみんのこうきなり)。乱時則(と?たるゝときは)良(れう)
将逞武威而静四海於太平之地(しやうぶゐをたくましうしてしかいをたいへいのちにしづめ)。治世則明君修道徳而(よをさまるときはめいくんだうとくをおさめて)。浴万(ばんみんを)
民於淳化之沢矣(じゆんくはのたくによくせしむと)。于爰征夷代将軍源頼朝卿補翼(こゝにせいゐたいしやうぐんみなもとよりともけうほよく)の権臣伊豆(けんしんいづの)
国北条遠江守時政朝臣(くにほうでうとふ〳〵みのかみときまさあそん)。世々将軍家執権(よゝしやうぐんけしつけん)として。九代連々(くだいれん〳〵)と相続(さうぞく)して
栄花(ゑいくは)の春秋(はるあき)をかさねたる。其始祖(そのしそ)を尋(たづぬ)るに。人皇(にんわう)五十代/桓武天皇三代(くわんむてんわうみよ)の孫(まご)
高見王(たかみわう)の男(なん)。高望王(たかもちわう)六代の末裔(はつゑい)時方(ときかた)。伊豆国北条(いづのくにほうでう)に住(ぢゆ)し。始(はじめ)て北条(ほうでう)を以(もつ)て氏(うぢ)とす。
其子(そのこ)五郎/時綱(ときつな)。其子四郎/大夫時家(たゆうときいへ)。遠江守時政(とを〳〵みのかみときまさ)は。則時家(すなはちときいへ)の嫡男(ちやうなん)にて。
天稟怜悧聡明英才最文武両道(てんりんれいりさうめいゑいさいもつともふんぶれうたう)に秀達(しうたつ)す。故(ゆゑ)に領民(れうみん)よく。帰随(きずい)して。国富(くにとみ)
家(いへ)も豊(ゆたか)なり。或時相州榎島(あるときさうしうゑのしま)に鎮座(ちんさ)まします。弁財尊天(べんざいそんてん)に参籠(さんろう)して

武備長久子孫後栄(ぶびちやうきうしそんこうゑい)を懇願(こんぐわん)し。社頭(しやとう)に宿籠(しゆくろう)する事三七日。既(すで)に満(まん)する
夜(よ)の暁天(あかつき)に。五衣着(いつゝきぬき)たる端厳美麗(たんごんびれい)の女房(によばう)。忽然(こつぜん)と時政(ときまさ)の座前(ざせん)に来(きた)りて。
汝(なんぢ)が懇願既(こんぐわんすで)に神明納受(しんめいのうじゆ)まします。故(かるがゆへ)に告(つぐ)る事(こと)あり。抑(そも〳〵)汝(なんぢ)が前世(ぜんしやう)は相州(さうしう)箱(はこ)
根山(ねさん)に住(ぢう)せし一法師(いちはふし)にて。常(つね)に法華経(ほつけきやう)を書写(しよしや)する事六十六部(ろくしうろくぶ)。これを本朝(ほんちやう)六
十六ヶ国(かこく)の霊地々々(れいち〳〵)に奉納(はふなふ)す。其(その)功績(こうせき)の広大(くわうだい)なる事。神霊(しんれい)仏陀(ふつだ)の愛愍(あいみん)なし。
給ひて。今世(こんぜ)北条(ほうてう)が家(いへ)に再誕(さいたん)なさしめ。子孫(しそん)栄茂(ゑいも)を守護(しゆご)なし給ふところ也。
若(もし)朕(わが)いふ処(ところ)を狐疑(こぎ)なさんには。国々(くに〴〵)の霊地(れいち)に納(をさむ)る処(ところ)の経巻(きやうくはん)を見てしるべし。
勉哉北条(つとめよやほうてう)。謹哉時政(つゝしめやときまさ)と宣(のたま)ひて。社殿(しやてん)の扉(とびら)を八字(はちじ)に開(ひら)き内陣(ないぢん)に入(いり)給ふ。
と覚(おほ)えしは。所謂(いはゆる)これ南柯(なんか)の一夢(いちむ)にして。金烏(きんう)波瀾(はらん)を払(はら)ふて赫々(かく〳〵)たり。時政
忙然(はうぜん)として。倩(つら〳〵)夢(ゆめ)の容(よう)を按(あん)ずるに。我(われ)子孫繁栄(しそんはんゑい)を祈願(きくわん)なせる心(こゝろ)よりして。斯(かゝ)る
正(まさ)なき夢(ゆめ)を見た処(ところ)か。しかれども箱根法師(はこねはふし)が再誕(さいたん)なる事/思(おも)ひ設(まうけ)ざることなれは。
思夢(しむ)にあらずして虚夢(きよむ)とやいはん。然(しかし)なから又(また)余(わが)丹精(たんせい)若(もし)くは神(しん)も納受(なふじゆ)まし〳〵。

前生(ぜんじやう)今世(こんぜ)を示(しめ)し給ふにやと。半信半疑(はんしんはんぎ)なす処(ところ)に。膝下(しつか)に光輝物(ひかるもの)見えたり。
何心(なにごゝろ)なく取上(とりあけ)見るに。寸(すん)に余(あまり)たる鱗(うろこ)三ツありけり。時政(ときまさ)濶然(くわつぜん)として疑(うたが)ひ開(ひら)け。
伝(つた)え聞(き)く尊天(そんてん)の。其(その)本体(ほんたい)は宇賀神(うがのしん)にましませは。正(まさし)き神告(しんこう)疑惑(ぎわく)なから
しめんため。この顕証(けんしやう)を残(のこ)し給ふに必(ひつ)せりと。更(さら)に感佩(かんはい)身に余(あま)り。数回(あまたゝび)拝謝(はいじや)
して。彼(かの)鱗(うろこ)を畳(たとう)の紙(かみ)に押取(おしとり)。帰館(きくわん)なすと其まゝ。三ツ鱗(みつうろこ)を旌旗の(はた)記号(しるし)と
なせしが。これより北条家(ほうでうけ)代々(よゝ)の定紋(でうもん)となりたりける。扨(さて)示現(じげん)にまかせて。
国々(くに〳〵)の霊地(れいち)に人(ひと)を馳(はせ)て。法花経(ほけきやう)を見せしめらるゝに尽(こと〴〵)く巻尾(くわんび)に大法師(だいはうし)
時政(じせい)とぞ記(しるし)たる。音訓(おんくん)の相違(さうゐ)ながら。正しく諱(いみな)と同字(とうじ)なる物(もの)から。いよ〳〵
尊天(そんてん)の示現(じげん)を尊(たふと)み。日夜(にちや)の渇仰(かつごう)一方(ひとかた)ならざりけり
   右大将頼朝鎌倉草業話(うだいしやうよりともかまくらさうげうのこと)
正二位(せうにゐ)右大将兼征夷大将軍(うたいしやうけんせいゐだいじやうくん)源頼朝卿(みなもとよりともけう)は。清和天皇(せいわてんわう)十代の後胤(こういん)。左馬権(さまごんの)
頭(かみ)源義朝(みなもとよしとも)の三男(さんなん)にして。後白川天皇(ごしらかはてんわう)の御宇(ぎよう)保元(ほうげん)三年二月。いまた十二/歳(さい)

【挿絵】
北條時政(ほうでうときまさ)
尊天(そんてん)の
示現(じげん)を
蒙(かうふ)る

にして。皇后宮権少進(くわうこうぐうごんのしやうしん)に補任(ふにん)せられ。平治元年(へいぢぐわんねん)十二月/右兵衛佐(ひやうゑのすけ)に転任(てんにん)
し。朝家(ちやうか)の寵遇(ちやうぐう)ことに深厚(しんこう)なりしが。同年十二月廿七日。右衛門督(ゑもんのかみ)藤原(ふぢはら)
信頼卿(のぶよりけう)謀叛(むほん)を発(おこ)し。頼朝(よりとも)が父(ちゝ)左馬頭(さまのかみ)義朝(よしとも)を頼(たの)み。籏(はた)を上(あげ)られだりしが。
藤原信頼(ふぢはらのよぶより)軍慮(ぐんりよ)に拙(つたな)く。剰(あまつ)さへ義朝(よしとも)の軍謀(ぐんばう)を用(もち)ひざるがゆゑ。一日(いちにち)も堪(こた)
へがたく。平氏清盛(へいじきよもり)がために軍(いくさ)破(やぶ)れ。これに仍(よつ)て源家(げんけ)没落(ぼつらく)し。義朝(よしとも)も東国(とうごく)
方(かた)に趣(おもむ)く折(をり)から。家(いへ)の子(こ)長田荘司忠致(おさだのさうじたゞむね)が宅(いへ)に宿(しゆく)せしを。忠致(たゞむね)反心(はんしん)して
謀(はかつ)て義朝(よしとも)を弑(しい)す。頼朝(よりとも)此とき十四/歳(さい)。平家(へいけ)の士(さふらひ)弥平兵衛(やへいびやうゑ)宗清(むねきよ)に生捕(いけと)
らる。清盛(きよもり)已(すて)に誅(ちう)を加(くは)へんとするを。池(いけ)の禅尼(ぜんに)が申/宥(なだ)めにより。伊豆国(いづのくに)蛭(ひる)が
小島(こじま)に流罪(るざい)となりて。伊藤入道祐親(いとうにうだうすけちか)がもとに。預(あづ)ケ(け)人(びと)となり。有(あり)しに変(かは)れる
さまなるに。加之(しかのみならず)。清盛入道(きよもりにうだふ)の内命(ないめい)を承(うけ)て。密(ひそか)に頼朝(よりとも)を害(がい)して。源家(げんけ)の枝(し)
葉(えう)を断(たゝ)んとす。頼朝(よりとも)元原(もとより)怜悧(れいり)なれば。祐親(すけちか)が動静(やうす)に細心(こゝろをつけ)。粗(ほゝ)其機(そのき)を
察(さつ)し。或夜(あるよ)深更(しんかう)に。伊藤(いとう)が館(やかた)を忍(しの)び出て。直(たゞち)に北条(ほうでう)に走(はしり)て時政(ときまさ)を頼(たのみ)給ふ

時政(ときまさ)大に雀躍(よろこび)て。謹(つゝしん)で領承(れうじやう)し。我館(わがやかた)に忍(しの)ばせ奉り。朝暮(ちやうぼ)の尊敬(そんけう)大方(おほかた)なら
ず剰(あまつさ)へ時政(ときまさ)の嫡女(むすめ)。いまだ破瓜(にはち)の風姿(ふうし)容色(ようしよく)なるを。妻室(さいしつ)に奉(たてまつ)りて。二十
余年(ようねん)撫育(ぶいく)なし奉(たてまつ)る。頼朝(よりとも)すでに三十四歳に成(なり)給ふ折(をり)から。時(とき)は治承(ぢせう)四年四月。
院(いん)の北面(ほくめん)源三位頼政卿(げんざんみよりまさけう)の勧(すゝめ)によりて。高倉宮以仁親王(たかくらのみやもちひとしんわう)。平家(へいけ)を亡(ほろぼ)【亾】さ
ん事を思召立(おほしめした)ち。諸国(しよこく)の源氏(げんじ)を招(まねき)給ひ。則/頼朝(よりとも)にも令旨(れうじ)を賜(たま)はりけり。然(しか)
るに其(その)御隠謀(ごいんばう)早(はや)く平家(へいけ)に露顕(ろけん)し。終(つひ)に宇治川(うちがは)の一戦(いつせん)に宮方(みやがた)利(り)を失(うしな)ひて。
頼政父子(よりまさふし)及(およ)び一族(いちぞく)。ともに川瀬(かはせ)に名(な)を流(なが)し。空(むなし)く水泡(みなわ)と消(きゆ)といへども。清盛(きよもり)猶(なほ)も
憤怒(いかり)のあまり。令旨(れうじ)を奉(うけ)し諸国(しよこく)の兵将(へいしやう)。就中(なかんつく)兵衛佐頼朝(ひやうゑのすけよりとも)。勅勘(ちよくかん)の身(み)
をも憚(はゞか)らず。剰(あまつ)さへ我(わ)が助命(じよめい)の恩恵(おんけい)を思(おも)はず。平家(へいけ)追伐(ついばつ)の令旨(れうじ)を承(うけたまはり)しは
もつての外(ほか)の癡者(しれもの)なり。誓(ちかつ)て安穏(あんおん)ならしめじと。頼朝(よりとも)追討(ついたう)の勢(せい)を催促(さいそく)す。
此旨(このむね)早(はや)く豆州(づしう)へ聞(きこ)えしかば。頼朝(よりとも)つら〴〵思惟(しゆ)し給ふは。我(われ)此所(このところ)に安居(あんきよ)して
都(みやこ)の追討使(ついたうし)を引請(ひきうけ)んには。北条一家氏族(ほうてういつかしぞく)の外(ほか)。誰(たれ)か味方(みかた)に馳参(はせさん)じ。忠(ちう)

戦(せん)なさんずもの有(あり)とも思はず。不如(しかず)徒(いたづら)に追討(つひたう)の兵(へい)を待(また)んより。寧(むしろ)運(うん)を天に
まかせ。遮(さへぎつ)て平家(へいけ)を追罰(ついばつ)なさんにはと。密(ひそか)に謀略(ばうりやく)を運(めぐら)し給ふ折節(をりふし)。洛北(らくほく)
高雄山(たかをさん)の文覚上人(もんがくせうにん)。平家追伐(へいけついばつ)の院宣(いんせん)を頼朝(よりとも)に下(くっだ)され。早(はや)く誅伐(ちうはつ)せん
事を勧(すゝ)む。頼朝(よりとも)内々(ない〳〵)思(おほ)し立(たち)給ふ折(をり)からなれば。謹(つゝしん)で領承(れうせう)じ。直(たゞち)に時政(ときまさ)と商(しやう)
議(ぎ)して。則(すなはち)安達藤九郎盛長(あだちとうくろうもりなが)を使(つかひ)として。源家(げんけ)恩顧(おんこ)の輩(ともがら)を招(まね)くに。土肥(とひの)七郎
実平(さねひら)。同/男(なん)遠平(とをひら)。岡㟢(おかざき)四郎/義真(よしざね)を始(はじめ)として。佐々木(さゝき)。工藤(くどう)。宇佐美(うさみ)。加藤(かとう)等(ら)
召(めし)に応(おう)じて参集(さんしふ)し。軍議(ぐんぎ)計策(けいさく)を定(さだ)め。北条時政(ほうでうときまさ)を大将(たいしやう)とし。嫡子(ちやくし)宗(むね)
時(とき)。弟(おとうと)義時(よしとき)。佐々木太郎(さゝきたろう)。兄弟(けうだい)四人(よにん)。土肥(とき)【とひヵ】。土屋(つちや)。左奈田(さなだ)。猿嶋(さるしま)。其外(そのほか)家子(いへのこ)郎(らう)
等(どう)。屈強(くつけう)の兵(つはもの)八十五/騎(き)を以(もつ)て。先(まづ)当国(とうごく)の目代(もくだい)。八牧(やまき)に住(ぢゆ)せし和泉判官兼隆(いづみはんぐわんかねたか)
を夜討(ようち)にして。一挙(いつきよ)に兼隆(かねたか)を打亡(うちほろば)し。首途(かどいで)よしと大に勇(いさ)に【「に」は「み」ヵ】。夫(それ)より北条(ほうでう)を出(いで)て
相州土肥郷(さうしうとひこう)に出張(しゆつてう)し。其勢三百/余騎(よき)にて。石橋山(いしばしやま)に陣(ぢん)し給ふ。平家(へいけ)の士(さふらひ)大庭(おほば)
三郎/景親(かげちか)。俣野(またの)五郎。梶原(かぢはら)曽我(そが)等三千/余騎(よき)にてこれを支(さゝ)ゆ。北条

已下(いか)の勇将(ゆうせう)これに向(むか)ふて。千辛万苦(せんしんばんく)の戦(たゝかひ)をなすと雖(いへど)も。十/倍(ばい)の多勢(たせい)に敵(てき)し
がたく頼朝(よりとも)の軍(いくさ)敗績(はいせき)し。剰(あまつ)さへ北条が嫡子(ちやくし)宗時(むねとき)。左奈田(さなだの)与一/武藤(ぶとう)三郎/等(ら)
討死(うちしに)す。頼朝/走(はしつ)て杉山(すぎやま)に馳登(はせのぼ)り。伏木(ふしき)の中(うち)に隠(かく)るゝを。梶原平三(かぢはらへいざう)景時(かげとき)追(おつ)
懸来(かけきた)り。既(すで)に危(あや)ふく見えたる処(ところ)。梶原いかゞ思ひけん。其(その)在所(ありどこ)は知(しり)ながら。味方(みかた)の
諸軍(しよぐん)を詭(いつは)りて。頼朝を助(たすけ)奉り。平軍(へいぐん)を退(しりぞ)かしむ。北条(ほうでう)土肥(とひ)近藤(こんどう)岡㟢(おかさき)に
商議(せうぎ)なし。蜜(ひそか)【密ヵ】に土肥の真名鶴(まなつる)が崎(さき)より船(ふね)に取乗(とりの)り。安房国(あはのくに)に渡(わた)り給ふ。是を
世に七騎落(ひちきおち)と唱(とな)へて。謡曲(ようきよく)にも諷(うた)ふ。則/安房国(あはのくに)の住人(ちうにん)三浦介義澄(みうらのすけよしずみ)頼朝を
迎(むか)へ奉る。頼朝は些(ちつ)とも屈(くつ)し給はず。猶も源家(げんけ)譜代(ふだい)の輩(ともがら)を催促(さいそく)したまふに。
小山(こやま)。豊嶌(てしま)。下河邊(しもかうべ)。甲斐源氏(かひげんじ)には。武田(たけだ)太郎一条次郎。千葉介常胤(ちはのすけつねたね)等(ら)手(て)
勢(せい)を引率(いんそつ)して参集(さんしう)し。其(その)勢(せい)又六百/余騎(よき)にぞ成(なり)たりける。爰(こゝ)に上総権介(かづさごんのすけ)
廣常(ひろつね)。軍勢(ぐんぜい)を調練(ちやうれん)し。弐万余騎引率して参上(さんじやう)す。頼朝/宣(のたま)はく。廣常(ひろつね)が
遅参(ちさん)甚(はなはた)以(もつ)て其(その)意(い)を得(え)ず。先(まづ)後軍(ごぐん)にひかへて下知(げち)を待(まつ)べしと。以(もつて)の外(ほか)の気色(けしき)

成(なり)しかば。廣常(ひろつね)はじめ到参(とうさん)の人々。斯(か)ばかり大勢(おほせい)を卒(そつ)し参(まゐり)たれば殊(こと)に喜悦(きゑつ)も
有(ある)べきに却(かへつ)て遅参(ちさん)をとがめらるゝ大量(たいれう)。いかさま天下を平治(へいち)たまふべき。御大将(おんたいせう)
の御器量(ごきれう)なりと恐(おそ)れ入てぞ感(かん)じけり。爰(こゝ)に千葉介常胤(ちはのすけつねたね)言上(ごんぜう)しけるは。今此/御(ご)
陣(ぢん)は専用(せんよう)の地(ち)にあらず。相州(さうしう)鎌倉(かまくら)こそ曩祖(のうそ)の勝地(しやうち)にして。地形(ちげう)堅固(けんご)の
要害(やうかい)。こと更(さら)四方(しはう)の国郡(こくぐん)に便宜(びんぎ)ありと申により。衆評(しゆひやう)しば〳〵ありて。御陣(ごちん)を
鎌倉(かまくら)へ移(うつ)されんがため。先(まづ)御館(おんやかた)を造営(ざうゑい)せしめ。良辰(れうしん)を籤占(えらん)て御移住(ごゐぢう)
ありし程(ほど)に。畠山(はたけやま)。葛西(かつさい)。足立(あだち)を始(はじめ)として。譜代(ふだい)恩顧(おんこ)の大名小名。われも〳〵と
馳参(はせまゐ)り。既(すで)に御勢(おんせい)百万/騎(き)にも余(あま)りしかば。各位(おの〳〵)第宅(やしき)を造立(ざうりう)なすほどに。茅(ばう)
屋(おく)転(てん)じて殿舎(でんしや)となり。荒原(くわうげん)変(へん)じて城廓(ぜうぐわく)となる。原来(もとより)海郎野人(れうしひゃくせう)の外(ほか)は住(す)む
人なかりしも。日々(ひゞ)に諸物(しよぶつ)の市(いち)をたて。店(みせ)を餝(かざ)り。商賈(せうか)東西(とうさい)に走(はし)り。工職(こうしよく)南北(なんぼく)に
廻(めぐ)り。町を作(つく)り小路(こうじ)を開(ひら)き。おさ〳〵都(みやこ)におとらさる。繁花(はんくは)の地(ち)とはなりにける。
去程(さるほと)に都(みやこ)には。此(この)注進(ちうしん)日々に櫛(くし)の歯(は)を引(ひく)がことく。早(はや)く頼朝を誅罰(ちうばつ)したまは

ずんば。関東(くわんとう)の大小名(だいせうめう)。こと〴〵く味方(みかた)を背(そむ)き。源家(げんけ)に属(しよく)し申べしと聞(きこ)えければ。
相国入道清盛(さうこくにうたうきよもり)大(おほひ)に怒(いか)り。おのれ頼朝(よりとも)の小冠者(こくわんじや)め。疾(とく)捻殺(ひねりころ)さんずるものを。由(よし)
なき禅尼(ぜんに)の申なしにより。助命(じよめい)放生(はうしやう)をなし遣(やり)たる。其(その)厚恩(かうおん)を讐(あだ)にて返(かへ)し。
我(われ)に敵対(てきたう)大胆不敵(だいたんふてき)。速(すみやか)に踏破(ふみやぶつ)て。頼朝が素頭(すかふべ)引抜(ひきぬき)朕(われ)に見せよと。嫡子(ちやくし)小(こ)
松(まつ)故(こ)内府(だいふ)重盛公(しけもりこう)の嫡男(ちやくなん)左近衛少将(さこんゑのしやうせう)維盛卿(これもりけう)を惣大将(さうたいしやう)とし。副将(ふくせう)には正三位(せうさんみ)
薩摩守(さつまのかみ)忠度卿(たゞのりけう)。侍大将(さふらいたいしやう)には。上総守(かづさのかみ)忠清(たゞきよ)。斉藤(さいたう)別当(べつたう)実盛(さねもり)。其勢/都合(つがう)三万
余騎(よき)にて発向(はつかう)せしむ。諸将(しよしやう)日(ひ)を経(へ)て。駿河国(するがのくに)富士川(ふしかは)に参着(さんちやく)せしに。此事(このこと)相州(さうしう)
に聞(きこ)えしかば。頼朝卿(よりともこう)十万余騎を引率(いんそつ)し。同しく川の東岸(とうがん)に陣(ぢん)を敷(しい)て平軍(へいぐん)を
向(むか)ふ。関東(くはんたう)の諸将(しよせう)弐万三万の軍兵(くんびやう)を卒(そつ)して。御陣(ごぢん)に参(まい)り。御味方(おんみかた)に属(ぞく)せる者。日夜(にちや)
引(ひき)もきらす。家々(いゑ〳〵)の簱(はた)川風(かはかせ)に靡(なび)かせ。威気(いき)稟々(りん〳〵)として見えけれは。平家(へいけ)の諸将(しよせう)
大に恐怖(けうふ)し。あな夥(おびたゝ)しの軍兵(ぐんべう)やな。名(な)にし負(おひ)たる坂東(ばんとう)の荒武者(あらむしや)。雲霞(うんか)にひとしく
見えたるに。味方(みかた)纔(わづか)に三万/余騎(よき)。須波(すわ)合戦(かつせん)といふならば。味方(みかた)一戦(いつせん)はこたへまじと

互(たがひ)に後(おく)れて見えたるが。或夜(あるよ)何(なに)事にか驚(おどろ)きけん。富士河(ふしがは)に群集(むれゐ)たる。数千(すせん)の水鳥(みづとり)。
たてる羽音(はおと)の物凄(ものすさまじ)きに驚(おどろ)き周障(ふためき)【周章】。すはや夜討(ようち)を掛(かけ)たると。誰(たれ)か弓曳くものもなく。
一戦(いつせん)にも及(およ)ばゝこそ。大崩(おほくづれ)となりて我一(われいち)と。都をさして逃登(にげのぼ)る其折(そのをり)から。木曽義仲(きそよしなか)
北国(ほくこく)より起(おこ)りて。平家(へいけ)を倶利加羅谷(くりからたに)に追(おひ)おとし。続(つゞい)て都(みやこ)へ乱入(らんにう)せしかば。平家は
都(みやこ)に留(とゞま)りがたく。主上(しゆじやう)を守護(しゆご)して西国(さいこく)に下(くだ)り給ふ。爰(こゝ)に於(おゐ)て木曽義仲(きそよしなか)。朝日将(あさひしやう)
軍(ぐん)の宣下(せんけ)を蒙(かうふ)り。都の守護職(しゆごしよく)となりたるが。次第(しだい)に驕慢(けうまん)増長(ざうてうし)乱暴(らんばう)狼藉(らうせき)甚(はなはだ)し
く成(なり)り【「り」衍字ヵ】しかば。又義仲/追討(つひとう)を頼朝に命(めい)じ給ふ。于爰(こゝに)頼朝卿(よりともけう)の舎弟(しやてい)。九郎/義経(よしつね)。
奥州(おうしう)より押上(おしのほ)り。絶(たえ)て久しき頼朝に面会(めんくわひ)し。則(すなはち)頼朝の代官(たいくわん)として上洛(しやうらく)し。速(すみやか)に
義仲(よしなか)と宇治川(うぢがは)に戦(たゝか)ふ。義経の軍慮(ぐんりよ)励(はげし)ふして。終(つひ)に義仲を粟津(あわつ)が原(はら)に誅伐(ちうばつ)
し。続(つゞい)て平家の一類(いちるい)を。八島(やしま)壇(だん)の浦(うら)の浪間(なみま)に沈亡(ちんはう)【兦・亾】せしむ。時(とき)これ元暦(げんれき)二年
三月廿四日なり。天下初めて平治(へいち)なりしかば。此(この)恩賞(おんせう)として頼朝に。正二位(ぜうにゐ)右近衛大(こんゑのだい)
将(しやう)に。任(にん)し給ひ。征夷大将軍(せいゐたいしやうぐん)の院宣(いんせん)を給り。六十余州/総追捕使(さうつひふし)となし給ふ

是(これ)より頼朝卿(よりともけう)の武威(ぶゐ)旭(あさひ)の登昇(のぼる)が如(ごと)く。天下(てんか)皆(みな)武家権勢(ぶけのけんせい)に伏(ふく)して。靡(なびか)ぬ
草木(くさき)もなかりけり。実(げに)や歓楽(くわんらく)極(きはまつ)て哀情(あいじやう)多(おほ)しと。于爰(こゝに)稲毛(いなげの)三郎/重成(しげなり)か室(しつ)
は。頼朝卿の御台(みだい)政子(まさこ)の前(まへ)が御/妹(いもうと)なりしに。不慮(ふりよ)にして卒(そつ)せしかば。其(その)追福(つひふく)
供養(くやう)のためとて。相模川(さがみがは)に橋(はし)を造立(さうりう)せしめ。建久(けんきう)九年十二月/橋供養(はしくやう)
をぞ修(しゆ)せられける。此(この)とき頼朝卿も結縁(けちえん)のためとて相模川(さかみがは)に出馬(しゆつば)まし
まし。黄昏(たそかれ)に帰館(きくわん)なし給ふ道(みち)。八的原(やまとのはら)《割書:又は稲|村ヶ崎》にて。俄(にはか)に一天(いつてん)掻曇(かきくも)りて。
暗夜(あんや)の如(ごと)くなると等(ひと)しく。余人(よじん)は見る事(こと)なけれども。卿(ケウ)の御目(おんめ)にさへぎるもの
ありけん。忽(たちまち)眩暈(めくら)【目偏に暈。「暉」ヵ「睴」ヵ】みて馬(うま)より嘡(どふ)と落(おち)給ふ。供奉(ぐふ)の諸将(しよせう)驚(おどろ)き騒(さわ)ぎて。
御輿(おんこし)に抱(いだ)き乗(の)せ参(まゐ)らせ。急(いそぎ)々/帰館(きくわん)なし奉(たてまつ)る。これより御心地(おんこゝち)悩(なや)ませた
まふにより。典薬博士(てんやくはかせ)さま〴〵薬鍼(やくしん)を奉(たてまつ)り。神仏(しんぶつ)陰陽(おんやう)種々(しゆ〴〵)祈誓(きせい)し奉(たてまつ)
れども更(さら)に其(その)功験(こうけん)を奏(さう)【賞ヵ】せす。終(つひ)に正治(せうぢ)元年正月十三日/御寿(おんことぶき)五十三/歳(さい)にて
薨去(かうきよ)なし給ふ。因茲(これによつて)御嫡男(おんちやくなん)右近衛少将(うこんゑのせうしやう)頼家朝臣(よりいゑあそん)。十八/歳(さい)にて御家督(ごかとく)を嗣(つぎ)

給ひ。二代将軍(にだいしやうくん)と崇(あが)め奉(たてまつ)り。いまだ御若年(ごじやくねん)に在(まし)ませばとて。北条相模守時政(ほうでうさがみのかみときまさ)
執権職(しつけんしよく)となつて。天下(てんか)の政道(せいとう)を掌握(しやうあく)し。其(その)権勢(けんせい)已然(いせん)に十倍(じうばい)して。大名小名(だいめうせうめう)
誰(たれ)あつて肩(かた)を比並(ならふる)なく。馬前(はぜん)の塵(ちり)を払(はら)はん事(こと)を願(ねが)ふ。実(げに)も弁財尊天(へんざいそんてん)の
御/示現(じけん)有(あり)し。武運(ふうん)開発(かいほつ)の時(とき)今(いま)こゝに到来(とうらい)と。時政/心中(しんちう)に歓喜(ぐわんき)の眉(まゆ)をそ開(ひらき)ける
  比企(ひき)判官(はんぐわん)叛逆(ほんぎやく)頼家卿(よりいへけう)落飾(らくしよくの)話(こと)
左近衛中将頼家(さこんゑのちうせうよりいえ)卿。既(すで)に二代の将軍(しやうぐん)に任(にん)ぜられ。惣追捕使(さうつひふし)を職(つかさとり)せ給ふ
といへども。未(いまだ)御若年(ごちやくねん)とは謂(いひ)ながら。先君(せんくん)には聊(いさゝか)も似(に)させ給はず。文武(ぶんぶ)の道(みち)に
疎(うと)くまし〳〵。天下(てんか)の政治(せいじ)は一円(いちゑん)時政(ときまさ)にうち任(まか)せ。昼夜(ちうや)酒宴(しゆえん)遊楽(ゆふらく)を事(こと)とし。
諸侯(しよこう)および万民(ばんみん)の患苦(くわんく)はいさゝかも知(しらせ)給はず。殊(こと)に女色(ぢよしよく)を好(この)みて。四民(しみん)を撰(えら)は
ず。人(ひと)の令娘(むすめ)或(あるひ)は妻室(さいしつ)といはず。容色(ようしよく)心(こゝろ)に叶(かなひ)たるを宮中(きうちう)に奪入(うはひいれ)。剰(あまつさ)へ安達(あたち)
弥(や)九郎/景盛(かけもり)が最愛(さいあひ)の妾(せう)を。謀(はかつ)て宮中(きうちう)に入(いれ)て帰(かへ)し給はず。万(よろづ)正道(せうだう)に戻(もと)り
給ふ故(ゆゑ)にや。鎌倉(かまくら)に種々(しゆ〴〵)怪異(けゐ)とも有(ある)が中(なか)にも。鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)の鳩(はと)。数十羽(すじつぱ)

故(ゆゑ)なくして社前(しやぜん)に死(し)する事(こと)三度(さんと)。諸人(しよにん)怪(あやしみ)思(おも)ふ処(ところ)に。建仁(けんにん)三年七月
廿日。頼家卿(よりいへけう)卒爾(にわか)に御発病(ごほつびやう)まし〳〵。時(とき)となく心身(しん〴〵)悩乱(のうらん)し絶倒(ぜつとう)昏冥(こんめい)般々(しば〳〵)【「般々」「数々」ヵ】
なり。内外(うちと)の男女(なんによ)驚(おどろ)き騒(さわ)ぎ。和丹両流(わたんれうりう)の典医(てんい)博士(はかせ)。昼夕(よるひる)御/病状(びやうじやう)に昵近(ちつきん)
して。薬治(やくぢ)の術(じゆつ)を尽(つく)すといへども。更(さら)に怠(おこた)り給ふ色(いろ)なく。八月/下旬(げじゆん)にいたりては。
いよ〳〵危急(ききう)に迫(せま)り給ふ。抑(そも〳〵)頼家卿(よりいゑけう)に御子(みこ)三人まします。御嫡男(ごちやくなん)を一幡君(いちまんきみ)と
申。比企判官能員(ひきのはんぐわんよしかず)が娘(むすめ)の腹(はら)に出生(しゆつせう)し給ふ。第(だい)二は女子(によし)にて。則/四代将軍(よだいしやうぐん)の御台(みたい)
所(ところ)に備(そな)はり給ひ。第三/善哉君(ぜんさいきみ)。後(のち)鶴(つる)ヶ(が)岡(おかの)別当(べつたう)たらんとす。頼家卿(よりいへけう)北条(ほうでう)及(およ)ひ
比企能員(ひきよしかず)。其外/老臣(らうしん)の面々(めん〳〵)を枕上(まくらもと)に近付(ちかづけ)給ひ。朕(われ)不幸(ふかう)にして沈痾(ちんあ)に罹(かゝり)
命(めい)已(すで)に旦夕(たんせき)に迫(せま)る。かるがゆゑ今日(けふ)よりして。天下(てんか)の政道(せいたう)を弐(ふたつ)に分(わか)ち。関(せき)より
東(ひがし)三十三ヶ国を。嫡男(ちやくなん)一幡丸(いちまんまる)へ譲(ゆづ)り。関西(くわんさい)三十三ヶ国(こく)を。我弟(わがおとうと)千寿丸(せんじゆまろ)に
《割書:実朝|公なり》与(あた)ふ。尤(もつとも)時政(ときまさ)執権(しつけん)して。両人互(ふたりとも)に睦(むつましく)して。仮初(かりそめ)にも隔心(きやくしん)なからしめよ。
比企能員(ひきよしかず)は殊更(ことさら)に。一幡(いちまん)には所縁(しよゑん)あれば。時政(ときまさ)と心(こゝろ)を合(あは)せ。よく守護(しゆご)な

せよと命(めい)し給ひ。猶(なを)姫君(ひめきみ)。三男/善哉君(せんざいぎみ)の事。其外/女房(にようはう)近習(きんじゆ)の者(もの)へも。そのほど
程(ほど)に遺物(ゆいもつ)とし。金銀(きん〴〵)重器(ちやうき)武具(ぶぐ)太刀(たち)等(とう)を譲定(じやうでう)なし給へば。北条(ほうでふ)已下(いか)昵近衆(ちつきんしゆ)
女房等(にようばうらも)涙(なみだ)をおさへて承(うけたまは)【「承」のフリガナ「うけ給は」】れば。頼家卿/此(この)とき飾(かざり)をおろし。入道(にうだう)染衣(ぜんゑ)の身(み)と
なり給ひ。専(もつぱ)ら終焉(しうゑん)を待(まち)給へえり。然(しか)るに一幡丸(いちまんまる)の外祖(くはいそ)。比企判官(ひきのはんぐわん)能員(よしかず)は。この
遺命(ゆいめい)を承(うけたまは)るより。心中(しんちう)大に惑溺(わくてき)し。惣(さう)じて文武(ぶんぶ)の習(なら)ひにて父(ちゝ)の遺跡(ゆひせき)相違(さうゐ)なく
嫡男(ちやくなん)たる者(もの)。相続(さうぞく)なすこと正道(せうだう)なれ。しかるを天下(てんか)を弐(ふた)つに分(わか)ち。嫡男(ちやくなん)と舎弟(しやてい)に
与(あた)へ譲(ゆづ)る事(こと)。和漢(わかん)とも希(まれ)なる計(はから)ひ。察(さつ)する処(ところ)一幡君(いちまんきみ)。三代/将軍(しやうぐん)となり給はゞ権(けん)は
我家(わかいゑ)にあつて。北条(ほうてう)の武威(ぶい)忽(たちまち)薄(うす)からん事(こと)を思(おも)ひ。尼君(あまきみ)と商議(しやうぎ)なし。一旦(いつたん)天下(てんか)を
弐つとすれど。終(つひ)には一幡君(いちまんぎみ)を癈(はい)し除(のぞ)き。千寿君(せんじゆきみ)を将軍となして。権(けん)を一人(いちにん)
握(にぎ)らん結構(けつこう)。茲(こ)は暫(しばら)くも猶予(ゆうよ)做(し)がたしと。其夜(そのよ)密(ひそか)に頼家卿に謁(ゑつ)し。侍女(しぢよ)らを
遠(とふざ)け密(ひそか)に言上(ごんせう)なしけるは。今日(こんにち)御遺命(ごゆいめい)の趣(おもふき)謹(つゝしん)て承伏(せうふく)し奉る去(さり)ながら。倩(つら〳〵)
時勢(じせい)を考(かんがふ)るに今(いま)天下国家(てんかこくか)の権勢(けんせい)は。時政/壱人(いちにん)に帰(き)するが故(ゆゑ)に政事(せいじ)に非道(ひだう)の

事(こと)多(おほ)く。故(かるがゆへ)に大小名(だいせうめう)はもとより。天下(てんか)の人民(じんみん)密(ひそか)に恨(うら)み憤(いきどふ)らざるはなく。然(しか)れ
ども将軍(しやうぐん)の御外祖(ごぐわいそ)たるを憚(はゞか)り。誰(たれ)か其(その)非(ひ)を訴(うつた)ふる者(もの)なし。かゝる折(をり)から
今般(こたび)御譲補分(ごしやうほわけ)の御沙汰(ごさた)にて。西国(さいこく)三十三ヶ/国(こく)を。千寿君(せんじゆきみ)へ附(ふ)し給はゝ。君(きみ)
百年(ひやくねん)の御後(おんのち)に。自然(しぜん)争(あらそ)ひ東西(とうさい)に発(おこ)らば。一幡君(いちまんぎみ)の御身(おんみ)のため甚(はなはだ)よろしからず
希(こひねがは)くは臣(しん)能員(よしかず)に。北条(ほうでう)の一類(いちるい)追討(つひとう)の。御内命(ごないめい)を下(くだ)し置(おか)れなば。一挙(いつきよ)に
北条(ほうてう)氏族(しぞく)を誅(ちう)して。君意(くんい)を安(やす)んじ。且(かつ)一幡君(いちまんぎみ)の後栄(こうゑい)。万々歳(ばん〳〵ぜい)の計(はかりこと)ならん
と。老実(らうじつ)を面(おもて)に飾(かざり)て言上(ごんじやう)せしかば。元(もと)より浅慮(せんりよ)の大将(たいしやう)といひ。ことに病苦(びやうく)の疲(ひ)
労(らう)にて。心神(しん〴〵)恍惚(くわうこつ)たる折(をり)なれば能員(よしかず)が偽奏(きさう)を信(まこと)として。汝(なんぢ)宜(よろ)しく思慮(しりよ)を
めぐらし。一幡(いちまん)が後栄(こうゑい)を量(はか)るべしと宣(のたま)ふ。能員(よしかず)心中(しんちう)に笑(えみ)を含(ふく)み。何気(なにげ)なき
体(てい)にて。退出(たいしゆつ)なし。一族郎等(いちぞくらうとう)をあつめて。密(ひそか)に君(きみ)の命(めい)なりと号(ごう)し。其(その)謀略(はうりやく)
を調練(てうれん)せり。扨(さて)も尼御台政子(あまみだいまさこ)の前(まへ)は。元来(もとより)暁(さと)き天禀(おんみ)といひ。こと更(さら)頼家卿(よりいへけう)。
危急(ききう)の折(をり)からなれば。人心(じん〳〵)更(さら)に計(はかり)がたく思召(おほしめし)。昼夜(ちうや)密(ひそか)に心(こゝろ)をくばり給ふ処(ところ)

【挿絵】
比企能員(ひきのよしかず)
隠謀露顕(いんばうろけん)
して誅(ちう)せら
    る

能員(よしかず)夜陰(やいん)に病牀(ひやうせう)に参(さん)じ。密奏(みつさう)なすをいをいぶかしと。障子(せうじ)の陰(かけ)に息(いき)をころし。
一伍一什(いちぶしじう)を聞取(きゝとり)給ひ。大に驚(おとろ)き。直(たゞち)に密使(みつし)をもつて時政(ときまさ)に告(つ)ぐ。時政も驚(きやう)
怖(ふ)して。急(いそ)ぎ大膳大夫(だいぜんのたいぶ)大江廣元(おおえのひろもと)を招(まね)き。蜜話(みつは)をなし。猶(なほ)民部入道蓮景(みんぶにうだうれんけい)。
仁田(につたの)四郎/忠常(たゞつね)を招(まね)き。密計(みつけい)を授(さつ)け置(お)き。さて比企(ひき)が方(かた)へ使者(ししや)を以て(もつ)。
仏事(ぶつじ)に託(たく)して能員(よしかず)を。北条(ほうてう)が館(やかた)へまねきけり
    小御所合戦(こごしよかつせん)比企兄弟滅亡之話(ひきけうだいめつばうのこと)
比企判官能員(ひきのはんぐわんよしかず)が第(やしき)には。一族郎党(いちぞくらうとう)群集(ぐんさん)して。専(もつぱ)ら軍議(ぐんぎ)をなす折(をり)から。北
条/亭(てい)より使節(しせつ)を以(もつ)て招(まね)きしかば。能員(よしかず)諾(だく)して行ん事(こと)を答(こた)ふ。使節(しせつ)帰(かへ)
りて後(のち)。郎等(らうとう)諫(いさ)めて。北條へ向(むか)はん事(こと)をとゞむ。能員/頭(かしら)を左右(さゆう)に振(ふり)。否々(いな〳〵)
我(わが)今(いま)行(ゆか)んは。却(かへつ)て時政に心(こゝろ)をゆるさせ。且(かつ)は亭(てい)の容静(やうす)を窺(うかゞ)はんためなりと。
態(わざ)と従者(じうしや)小勢(こぜい)にて。密計(みつけい)の夙(と)く露顕(ろけん)せし事(こと)は夢(ゆめ)にもしらず。やがて
北條が館(やかた)に入来(いりきた)り。奥(おく)の口(くち)に入らんとする処(ところ)を。思(おも)ひもかけず物陰(ものかげ)より

仁田忠常(につたたゞつね)踊(をど)り出(いで)。無図(むづ)と能員(よしかず)の両手(れうて)を取(とれ)ば。心得(こゝろえ)たりと能員(よしかず)は。振離(ふりはな)さ
んとする処(ところ)に。民部入道(みんぶにうだう)走(はし)りより。刀(かたな)を抜(ぬく)よと見えけるが。能員(よしかず)が首(くび)は前(まへ)に落(おち)たり
ける。比企(ひき)の従者(じうしや)此由(このよし)をきゝ。息(いき)を切(きつ)て館(やかた)にかへり。能員(よしかず)討(うた)れ給ふと告(つぐ)るに。
嫡子(ちやくし)比企(ひき)四郎/殊(こと)に驚(おどろ)き。此上は何(なに)をか期(ご)せんと。一族郎党(いちぞくらうとう)を引率(いんそつ)して。
一幡君(いちまんぎみ)の御在所(ございしよ)。小御所(こごしよ)に駈参(かけまゐ)り。門戸(もんこ)を固(かた)め郎等(らうどう)に守(まも)らせ。自(みづ)から幼君(やうくん)
を守護(しゆご)なし奉り。謀叛(むほん)の色(いろ)をぞあらはしける。時政(ときまさ)廣元(ひろもと)兼(かね)て期(ご)したる事なれば
江馬(えまの)四郎同太郎を大将(たいしやう)として。小山(こやま)畠山(はたけやま)三浦(みうら)和田(わだ)の一族等(いちそくら)。手勢(てせい)引具(ひきぐ)し駈(は)せ
向(むか)ひ。先(まつ)箭軍(やいくさ)を始(はじ)め。箭種(やだね)を惜(をし)まず散々(さん〴〵)に射立(いたて)しかば。敵(てき)も味方(みかた)も手負(てをひ)死人(しにん)。
一時(いちじ)に山(やま)をなすといへども。互(たがい)に知合(しられあふ)たる対戦(たいせん)なれば。我(われ)人(ひと)名(な)を恥(は)ぢ。見聞(けんもん)を憚(はゞか)り。身(しん)
命(めい)を惜(をし)まず。踏越(ふみこえ)〳〵既(すで)に門塀際(もんぎは)まで攻付(せめつけ)たり。此(この)動乱(とうらん)を聞(きく)よりも。須破(すは)軍(いくさ)こ
そ始(はじ)まりたると。人民(じんみん)上(うへ)を下(した)へと悶着(もんぢやく)す。大名小名(だいめうせうめう)御家人(ごけにん)等(ら)。何(なに)の趣意(しゆい)とはしらね
ども。将軍(しやうぐん)の御所(ごしよ)へ参(まゐ)るあれば。北条亭(ほうてうてい)を守護(しゆご)し。或(あるひ)は寄手(よせて)の後陣(ごぢん)に加(くは)はり。東西(とうざい)

南北(なんほく)に馳違(はせちが)ひ。鎌倉市中(かまくらしちう)に充満(じうまん)せり。されども誰(たれ)か一騎(いつき)小御所(こゞしよ)へ参(まゐ)り。能員を救(すく)
はんとする者(もの)なく。追々(をひ〳〵)寄手(よせで)は重(かさな)りければ。比企(ひき)の一類郎等(いちるい)これを見て。今(いま)は既(すで)に是(これ)まで也と。
殿舎(でんしや)に所々(しよ〳〵)火(ひ)をうけて。比企(ひきの)四郎/一幡丸(いちまんまる)をいだき。猛火(めうくは)の中(なか)に飛入(とびいり)たり。一類郎等(いちるひらうどう)
遁(のが)るゝに道(みち)なく。差違(さしちがふ)るあれば自殺(じさつ)もありて。壱人(ひとり)も残(のこ)らず失(ほろび)にけり。此日(このひ)いかなる
日(ひ)ぞや。由(よし)なき比企(ひき)の偏執(へんしう)より。未(いまだ)幼稚(やうち)の一幡丸(いちまんまる)。栄花(ゑいくわ)を火中(くはちう)にとゞめ給ふ事
誰(たれ)かはこれを悲(かなし)まざる。殊更(ことさら)わづか未(ひつじ)の刻(こく)より。申(さる)の刻(こく)まで一時(ひとゝき)の争戦(さうせん)に双方(さうはう)の
死人(しにん)八百/余人(よにん)。手負(ておひ)弐千人に余(あま)りたるとぞ。頼家卿(よりいへけう)に秜(ちつ)【昵ヵ】近(きん)せし。大輔房源性(たいふばうげんせい)と
いふもの。若君(わかぎみ)の死(し)を悲(かな)しみ。軍(いくさ)散(さん)じ火鎮(ひしづま)つてのち。荒々(くわう〳〵)たる焦土(やけはら)累々(るい〳〵)たる死人(しにん)を
掻(かき)わけ。一幡君(いちまんぎみ)の亡骸(なきから)を索(さぐ)るに。寝殿(しんでん)と覚(おぼ)しきあたりに。一塊(いつくわい)の焦炭(やけすみ)の如(こと)きに。
菊(きく)の折枝(をりえだ)の繍(ぬひもの)したる。綾(あや)の衣(きぬ)の五寸/計(はかり)。物(もの)に覆(おほ)はれて残(のこ)りたるは。これ御最期(ごさいご)
まで着用(ちやくやう)の御服(ごふく)なれば。これを験(しるし)に御遺骨(ごゆひこつ)を拾聚(ひろいあつ)め。泣々(なく〳〵)高野山(かうやさん)に納(をさ)め
奉る。去程(さるほ)に頼家卿(よりいゑけう)は。御病牀(ごびやうせう)にまし〳〵ながら。何(なに)となく四面(しめん)の物怱(ぶつさう)【忩】なるを。何(なに)

事(こと)あり哉(や)と尋(たつね)給へば。侍臣等(じしんら)包(つゝむ)によしなく。比企能員(ひきよしかず)が隠謀(いんばう)あらわれ。則(すなはち)北
条にて能員(よしかす)を切害(せつかい)す。故(かるがゆゑ)に嫡子(ちやくし)四郎。小御所(こゞしよ)に籠(こも)り。江馬(えま)太郎同四郎。
其外/三浦(みうら)和田(わた)等(とう)の。勢(せい)を引受(ひきうけ)合戦(かつせん)におよぶ処(ところ)。多勢(たせい)に防戦(ばうせん)かなひがたく。終(つひ)
に小御所(こゞしよ)に火(ひ)を放(はな)ち。恐(おそれ)なから比企四郎。若君(わかきみ)を懐(いだ)き猛火(めうくは)に飛入(とびいり)。比企(ひき)の一類(いちるい)
悉(こと〴〵)く亡(ほろひ)たる由。只今(たゞいま)注進(ちうしん)ありし処(ところ)なりと告(つげ)奉る。頼家卿(よりいゑけう)は暫(しば)し忙然(はうぜん)として在(ましませ)しが。
朕(われ)憗(なまじひ)に死(しに)もやらず。斯(かゝ)る愁(うれひ)を聞(きく)こそ悲(かな)しけれ。嗟嘆(あゝ)憐(あはれむ)へきは一幡(いちまん)。および比企一類(ひきいちるい)。
悪(にく)むべきは北条氏族(ほうでうしぞく)。たとへ能員(よしかず)が非道(ひだう)なるとも。一幡に何(なに)の恨(うら)みかある。諾(うべ)も能員
が申せしごとく。叛逆(ほんぎやく)の志(こゝろ)あるに極(きはま)れり。此上は忍(しの)ぶべからずと。昵近(ちつきん)堀藤次親家(ほりとうしちかいへ)を以(もつ)て。
北条(ほうでう)誅伐(ちうばつ)の御書(ごしよ)を。和田(わた)左衛門尉/義盛(よしもり)。仁田(につた)四郎/忠常(たゞつね)にたまふ。義盛(よしもり)御書
を拝(はい)し。一驚(いつけう)せしが謹(つゝしん)て領承(れうぜう)し。使節(しせつ)を返(かへ)して後(のち)。急(いそ)ぎ忠常(たゞつね)を招(まね)き申やう。君(くん)
命(めい)もだし難(かたし)し【「し」衍字ヵ】といへども。我(われ)倩(つら〳〵)考(かんかふ)るに。将軍(せうぐん)一旦(いつたん)の御/怒(いかり)はさる事なれ共(とも)。恐(おそれ)ながら先君(せんくん)には
事変(ことかは)り。天下(てんか)の政務(せいむ)はいさゝか掛念(けねん)し給はず。朝暮(てうぼ)遊楽(ゆふらく)に長(てう)せさせ給ひ。剰(あまつ)さへ女(ぢよ)

色(しよく)に耽(ふけ)りて。無道(ぶだう)の行(おこな)ひ一方(ひとかた)ならず。文武(ぶんぶ)および人民等(じんみんら)も。君(きみ)を恨(うら)み。罵(のゝし)る者(もの)少(すくな)
からず。今般(こたび)能員(よしかず)が隠謀(いんばう)も。君(きみ)は讒奏(ざんさう)によつて北条を憎(にくみ)給へども。全(まつた)く君家(くんか)の御為(おんため)
ならず。己(おのが)後栄(こうゑい)を計(はか)らんためなり。故(かるがゆへ)に天これを罰(ばつ)して一朝(いつてう)にして亡(ほろ)ぶ。抑(そも〳〵)天下(てんか)は一人(ひとり)の天
下に非(あら)ず。則(すなはち)天下(てんか)の天下なり。是(こゝ)を以(もつ)て考(かんが)ふれば。たとへ時政(ときまさ)に内謀(ないはう)あるとも。即今(いま)
算(かぞ)ふべき罪(つみ)なくして。却(かへつ)て其(その)罪(つみ)君(きみ)にあり。台命(くんめい)に戻(もと)り随(したが)はざるは。最(もつども)不忠(ふちう)不義(ふぎ)
には似(に)たれども。先君(せんくん)蛭小島(ひるがこじま)より起(おこ)り。千辛万苦(せんしんばんく)を凌(しの)ぎ。鎌倉(かまくら)を草業(さうげう)し給ひ。
日本(につほん)惣追捕使(さうつひふし)の基(もとひ)を開(ひら)き。漸(やう〳〵)栄花(ゑいぐは)の御身(おんみ)と成(なり)給ひしに。当君(たうくん)かくのごとく
文武(ふんぶ)に疎(うと)く。人民(しんみん)の望(のぞみ)を失(うしな)ひ給へば。今(いま)北条(ほうでう)及(およ)び我々(われ〳〵)まで。補佐(ほさ)し奉るがゆゑ
にこそ。国家(こくか)先(まづ)安穏(あんおん)に似(に)たりといへども。徒(いたづら)に北条の氏族(しぞく)を斃(たふ)さば。人心(じんしん)忽(たちまち)交(こも〳〵)
離(はな)れ。天下動乱(てんかとうらん)を曳出(ひきいだ)すべきか。不如(しかず)此(この)有増(あらまし)を北条に告(つげ)て。無難(ぶなん)に当君(たうくん)を
退(しりぞ)け奉り。御幼稚(ごようち)なれども千寿公(せんきゆこう)を。三代将軍(さんたいせうぐん)と仰(あふ)ぎ。老臣(らうしん)の面々(めい〳〵)一致(いつち)して
幼君(やうくん)補佐(ほさ)なさば。仮令(たとひ)北条/内謀(ないはう)を発(はつ)す共(とも)。奚(なん)ぞ恐(おそ)るゝに足(た)らん哉(や)と

顔色(がんしよく)を正(たゞ)し。理非明白(りひめいはく)に述(のべ)畢(おは)れば。四郎/忠常(たゞつね)手(て)を拍(うつ)て。爾也(しかなり)〳〵某(それがし)が臆(おく)
念(ねん)と。符節(ふせつ)を合(あは)せたるが如(ごとく)なり。此上(このうへ)は貴老(きろう)密(ひそか)に北条亭に行向(ゆきむかい)ひ時政に告(つげ)て
商議(せうぎ)あるべし。我(われ)も同道(どう〳〵)なさんなれど。他(ひと)の見聞(けんもん)も憚(はゞかり)あれば。後日(ごじつ)行(ゆい)て計謀(ことをはか)るべし
とて。義盛(よしもり)壱人(いちにん)深更(しんかう)に忍(しの)びて北条が館(やかた)にいたり。時政に密旨(みつじ)を告(つ)ぐ。時政
義盛(よしもり)が手(て)を執(とり)て拝謝(はいじや)し。貴老(きろう)が老実(らうじつ)にあらずんば。時政いかて生(しやう)を得(う)べき。最(もつとも)
先刻(せんこく)尼御台(あまきみ)より。頼家(よりいへ)密(ひそか)に親宗(ちかむね)を以(もつ)て。直書(じきしよ)を何方(いづかた)へか遣(つかは)し給ふ。其(その)趣意(おもふき)
更(さら)に別(わき)がたしと雖(いへど)も。察(さつ)する処(ところ)当家(たうけ)氏族(しぞく)に事あるべし。由断(ゆだん)あるべからずと知(し)
らせ給へり。されども其/結構(けつこう)別(わか)り難(がた)かりしに。今/其(その)実(じつ)を得(え)て歓喜(くわんぎ)に堪(たへ)ずと。これ
より義盛(よしもり)と額(ひたゐ)を合(あは)せ。膝(ひさ)を重(かさ)ね。密談(みつだん)既(すで)に鶏鳴(けいめい)におよべば。義盛/一先(ひとまづ)帰宅(きたく)せり
    忠常舎弟麁忽亡仁田家名話(たゞつねがしやていそこつにつたのかめいをほろぼすこと)
斯(かく)て翌朝(よくてう)時政(ときまさ)より。忠常(たゞつね)に使節(しせつ)ありて。比企能員(ひきよしのぶ)を亡(ほろぼ)せし。其(その)恩賞(おんせう)を行(おこな)はん
に託(たく)して。別館(べつくわん)名越(なこし)の亭(てい)へ招(まね)かる。忠常(たゞつね)は思ひ設(まう)くる処(ところ)なれば。使節(しせつ)に応(わう)じて

亭(てい)へ参(まゐ)る。しかるに既(すで)に。其日(そのひ)申(さる)の刻(こく)にいたると雖(いへど)も退出(たいしゆつ)なし。従者等(じうしやら)余(あま)りの
遅刻(ちこく)に不審(ふしん)なし。館(やかた)の容静(やうす)を伺(うかゝ)ふに。何(なに)とやらん騒々敷(さう〴〵しく)。役所(やくしよ)々々(〳〵)には。甲(かつ)
冑(ちう)剱戟(けんげき)を取散(とりちら)し。弓(ゆみ)おし張(はり)箭根(やのね)を磨(みが)き。今(いま)も出陣(しゆつぢん)なさんありさまに。従卒(じうそつ)
ます〳〵怪(あや)しみ。密(ひそか)に人(ひと)を馳(はし)らして。忠常(たゞつね)が舎弟(しやてい)に此よしを告(つ)ぐ。忠常が舎弟(しやてい)五郎
なるもの。元来(もとより)気早(きばや)の生質(うまれ)なるが。いかゝ心得(こゝろえ)たりにけり。大に驚(おどろ)き且(かつ)怒(いか)り。扨(さて)は昨日(きのふ)
御所(ごしよ)よりの内命(ないめい)。時政(ときまさ)早(はや)くこれを知(しつ)て。能員(のぶかず)【よしかずヵ】がごとく忠常(たゞつね)をも。透(すか)し招(まね)きて
切害(せつがい)したりと覚(おほ)ゆるぞ。其上(そのうへ)出張(ではり)の設備(やうい)とり〳〵なる社(こそ)。当家(たうけ)に押(おし)よせ一類(いちるい)
の。根(ね)を枯(から)さんとの結構(けつこう)ならん。此上(このうへ)は舎兄(しやけい)の冥魂(めいこん)を弔(とふら)ひのため。北条の類族(るいそく)
壱人(いちにん)なりとも打取(うちとつ)て。同(おな)じ黄泉(くわうせん)に追付(おひつか)んと。武具(ものゝぐ)とつて一縮(いつしゆく)し。次男(じなん)六郎/諸(もろ)
とも。奔馬(ほんば)に鞭打(むちうつ)て。江馬(えま)が館(やかた)に馳向(はせむか)ふ。家子郎等(いへのこらうどう)これを見て。主(しう)を討(うた)せて安穏(あんおん)
なるべきと。我(われ)も〳〵と得(え)もの引(ひつ)さげ。都合(つがう)上下(しやうげ)三十四人/江馬(えま)が館(やかた)に乱入(らんにう)し。表(おもて)
の侍(さふらひ)三五人。有無(うむ)の対談(たいわ)にも及(およ)ばずして切捨(きりすて)たり。江馬が家臣等(かしんら)これを見て。

思(おも)ひ寄(よら)ざる事(こと)なれば。大に周障(しうしやう)なすといへ共(ども)。流石(さすが)戦国(せんごく)に馴(なれ)たる輩(ともがら)。銘々(めい〳〵)
得(え)もの取(とる)と等(ひと)しく。追(おつ)つ帰(かへ)しつ討(うた)つ討(うた)れつ。こゝを詮処(せんど)といどみ合(あ)ふ。此(この)騒動(さうどう)を
聞くともがら。又(また)/江馬(えま)どのに軍(いくさ)ありと。大名(だいめう)小名(せうめう)我一(われいち)にこれを援(すくは)んと馳向(はせむか)ふ。
仁田兄弟郎等(につだけうだいらうどう)は。元(もと)より死(し)を極(きは)めたる事(こと)なれば。更(さら)に恐(おそ)るゝ色(いろ)もなく。思(おも)ふ侭(まゝ)
戦(たゝか)ひて。仁田(につた)五郎は。北条(ほうでう)が家子(いへのこ)。波多野(はたの)次郎/忠綱(たゞつな)と組(くん)で討死(うちぢに)し。弟(おとゝ)の六郎は
台盤所(だいはんところ)に切入(きりいり)て。青侍(あをさふらひ)三人/切斃(きりたふ)し。八人に手(て)を負(おふ)せ。腹搔(はらかき)きつて死(しゝ)たりける。
家臣(いへのこ)従卒(じうそつ)これ迄と。縦横無尽(じうわうむじん)に切廻(きりまは)り。爰彼所(こゝかしこ)にて討死(うちじに)せり。于爰(こゝに)仁田
四郎/忠常(たゞつね)は。時政(ときまさ)と閑談(かんだん)数刻(すこく)にして。已(すで)に黄昏前(くわうこんぜん)に。名越(なごし)の館(やかた)を立出(たちいで)しが。
この騒動(さうどう)を聞(きゝ)いかて驚(おどろ)かざらん。先(まづ)舎弟等(しやていら)が卒忽(そこつ)を止(とゞ)めんと。馬(うま)を飛(とば)して江馬(えま)
が館(やかた)に向(むか)ふ処(ところ)に。北条(ほうでう)が家臣(いへのこ)。加藤次景廉(かとうじかげかど)といふ者。端(はし)なく忠常(たゞつね)に行合(ゆきあひ)たり。
景廉(かけかど)それと見るよりも。須破哉(すはや)忠常のがさしと。手勢(てせい)三千余/討(うつ)てかゝる。忠(たゞ)
常(つね)は一概(いちがい)に。舎弟(しやてい)が卒忽(そこつ)を詫(わび)んと計(はか)るを。景廉(かげかと)が手勢(てせい)に藤次郎(とうじろう)何某(なにがし)

密(ひそか)に弓(ゆみ)に箭(や)を番(つが)ひ。ねらひ寄(よつ)て兵(へう)と射(い)る。忠常の運命(うんめい)こゝにや尽(つき)けむ。
胸板(むないた)はつしと射込(いこみ)られ。馬上(ばしやう)にたまらず嘡(どう)と落(おつ)るを。景廉(かけかど)すかさず走(はしり)よつて。
終(つひ)に首(くび)を討落(うちおと)せり。無慙(むざん)といふも余(あま)りあり。軍(いくさ)散(さん)じてのち。時政(ときまさ)は此/騒動(さうどう)を聞(きゝ)。
殊(こと)に驚(おどろ)き且(かつ)傷(いた)み。其/本末(もとすへ)始終(しじう)を糺問(きつもん)【きうもんヵ】するに。江馬(えま)が館(やかた)に兄弟(けうたい)が。是非(ぜひ)の
問答(もんだう)にも及(およ)ばずして。切入(きりいり)たるより事発(ことおこ)れば。江馬(えま)の臣等(しんら)を咎(とがむ)べきにあらず。
企(まつた)【全ヵ】く兄弟(けうだい)か短慮(たんりよ)より。さしも名家(めいか)を斃(たふ)せしは。比企能員(ひきよしかず)が幽魂(ゆいこん)の。恨(うらみ)を
かへせし処(ところ)ならんと。恐怖(けうふ)するものも多(おほ)かりけり。斯(かく)て頼家(よりいへ)卿は。仁田忠常(につたたゞつね)一類(いちるい)
死亡(しばう)せし由(よし)を聞(きゝ)たまひ。卒忽(そこつ)より起(おこ)りし事(こと)はしろし召(め)さで。嗟呼(あゝ)我(われ)過(あやま)てり
過(あやま)てり。あたら武士(ものゝふ)を殺(ころ)せしは。我(わが)刃(やいば)にて害(がい)せしに等(ひと)しと。ひたすら後悔(こうくわい)なし給ふ。
斯(かゝ)りし程(ほど)に時政は。尼御台(あまみだひ)の計(はから)ひとして。頼家卿(よりいへけう)を伊豆(いづ)の国(くに)。修善寺(しゆせんじ)に
御移住(ごいぢう)なし奉る。御治世(ごちせい)漸(やう〳〵)五年なり。其後(そのゝち)時政の密意(みつい)によつて。修善(しゆせん)
寺(じ)に刺客(しかく)をつかはし。謀(はかつ)て浴室(よくしつ)にて弑(しい)し奉る。御/歳(とし)いまだ廿三歳。さしも

栄花(ゑいくは)の御身(おんみ)なりしも。一朝(いつてう)の露(つゆ)と消失(きえうせ)て。永(なが)く一堆(いつたい)の塚(つか)のみ残(のこ)れるは。
哀(あはれ)はかなき事(こと)なりける
    実朝公任三代将軍話(さねともこうさんたいしやうぐんににんずること)
故右大将頼朝卿(こうだいしやうよりともけう)。御次男(ごしなん)千寿君(せんじゆきみ)は。御舎兄(ごしやけう)頼家卿(よりいへけう)将軍職(しやうぐんしよく)に備(そなは)り給ひし
後(のち)は。何(なに)となく世(よ)を狭(せば)められて在(ましま)しけるに。今般(こたび)頼家卿(よりいへけう)職(しよく)を辞(じ)し。法体染衣(ほつたいぜんえ)と
成(なら)せられ。剰(あまつさ)へ豆州(づしう)修善寺(しゆぜんじ)に移住(いぢゆう)まし〳〵し上(うへ)は。天下一日(てんかいつじつ)も君(きみ)なくんば有(ある)べから
ずと。千寿君(せんじゆぎみ)御家督(ごかとく)あるべき旨(むね)。京都(みやこ)へ御披露(ごひろう)あつて。元文(げんぶん)元年/御元服(おんげんふく)まし
まし。三代将軍従五位下(さんだいしやうぐんしゆごゐげ)右近衛少将実朝君(うこんゑのせうしやうさねともぎみ)と称(しやう)し奉(たてまつ)り同十二月十日/都(みやこ)より
坊門大納言信清卿(はうもんたいなごんのぶきよけう)の姫君(ひめきみ)を迎(むか)へて。御台所(みだいところ)に備(そなへ)奉る。是(こゝ)におゐて人民(じんみん)始(はじめ)て
安堵(あんど)の思ひを倣(な)し。皆(みな)万歳(ばんぜい)をぞ祝(しゆく)しける。爰(こゝ)に時政(ときまさ)の簾中(れんちう)牧(まき)の方(かた)といへるは。
前簾中(さきのれんちう)卒(そつ)せられし後(のち)。迎(むかへ)られし所(ところ)にて。嫡子(ちやくし)義時(よしとき)。政子(まさこ)。時房(ときふさ)のためには継(けい)
母(ほ)にして。当腹(たうふく)には。左馬権頭政範(さまごんのかみまさのり)と。武蔵守朝雅(むさしのかみともまさ)の室(しつ)と弐人也。無左(さなき)だに

偏執(へんしう)嫉妬(しつと)は女のならひなるに。殊更(ことさら)嫡子(ちやくし)義時(よしとき)舎弟(しやてい)時房(ときふさ)は。父(ちゝ)時政(ときまさ)舎弟(しやてい)時房(ときふさ)は。父(ちゝ)時政(ときまさ)にも劣(おと)
らぬ権勢(けんせい)。就中(なかんづく)政子(まさご)の前(まへ)は。法尼(はふに)ながらも。大小名(だいせうめう)に尊崇(そんさう)を請(うけ)給ひ。惣(さう)じて先(せん)
腹(ばら)の一族(いちそく)威勢(いせい)盛(さかん)なるを。常々(つね〳〵)憎(にく)み折(をり)も哉(かな)。義時(よりとき)【よしときヵ】時房(ときふさ)を滅亡(めつばう)させ。実子(じつし)政(まさ)
範(のり)を以(も)て執権職(しつけんしよく)とし。終(つひ)には将軍(しやうぐん)も備(そな)へんと胆(きも)太(ふと)くも工(たく)まれしが。天(てん)其(その)不貞(ふてい)
を憎(にく)み給ひ。愛子(あいし)なる権頭(ごんのかみ)政範(まさのり)実朝君(さねともきよ)【「きよ」は「きみ」ヵ】の御台所(みだいところ)迎(むかひ)として。善美(せんび)を尽(つく)して上(せう)
京(けう)せしが帰路(きろ)におよんで発病(はつびやう)し。漸(やう〳〵)鎌倉(かまくら)に帰館(きくわん)して。程(ほど)なく卒(そつ)せられければ。牧(まき)の方(かた)
の歎(なげ)き諭(たとふ)るに物(もの)なく。これよりは心(こゝろ)も和(なご)むべきに。愈(いよ〳〵)邪慳(じやけん)増長(ざうてう)し。斯(かく)■(べん)々(〳〵)【緩々(かんかん)ヵ】と時節(じせつ)
を待(まつ)がゆゑ。思(おも)はざる歎(なげ)きも有(あ)れ。此上(このうへ)は不日(ふじつ)に実朝卿(さねともけう)を人しれず害(がい)し。聟(むこ)朝雅(ともまさ)
を以(も)て。四代/将軍(しやうぐん)と倣得(なしえ)ずして有(ある)べきやと。武蔵守(むさしのかみ)に内謀(ないばう)を告(つ)げ。己(おのれ)に諂(へつ)らふ
大小名(たいせうめう)を。勧(すゝ)めて昇進(しやうじん)なさしめ。心に随(したが)はざるを讒(ざん)して退去(たいきよ)せしめ。既(すで)に忠勇(ちうゆう)無二(むに)と
いふなる。畠山重忠(はたけやましげたゞ)一類(いちるい)。無冤(むじつ)の讒(ざん)に亡(ほろ)びしも皆(みな)牧(まき)の方(かた)の所為(なすところ)なり。実哉(げにや)天(てん)
不言(ものいはず)人(ひと)をして言(いは)しむの金言(きんげん)。此頃(このころ)牧(まき)の方(かた)の隠謀(いんばう)により。不日(ひならず)に大乱(たいらん)あるべしと

人口(じんこう)喧(かまびす)しく罵(のゝし)るに。原来(もとより)才智(さいち)の嫡男(ちやくなん)義時(よしとき)。夙(とく)も其儀(そのぎ)を察察(さつ)すると雖(いへど)も
継母(けいぼ)の罪(つみ)を員(かぞ)へん事(こと)を憚(はゞか)り。内々(ない〳〵)時房(ときふさ)と心(こゝろ)を合(あは)せ。君(きみ)を守護(しゆご)し申により
父(ちゝ)時政(ときまさ)も。容易(やうい)に事(こと)を発(はつ)せざる処(ところ)に。尼御台(あまみだい)。これを聞(きゝ)て驚(おどろ)き給ひ。即日(そくじつ)
三浦義村(みうらよしむら)。結城(ゆふき)七郎/朝光(ともみつ)。長沼(ながぬま)五郎/宗政(むねまさ)。天野(あまの)六郎/政景(まさかげ)を召(めさ)れ。思召(おぼしめ)す
ことあるにより。昼夜(ちうや)非常警固(ひじやうけいご)のためと。寝殿(しんでん)に宿直(とのゐ)せしめ給ひ。又/左馬権頭(さまのごんのかみ)
朝雅(ともまさ)。その頃/帝都守護職(ていとしゆごしよく)として在洛(ざいらく)せしを。則(すなはち)在京(ざいけう)の武士(ものゝふ)五条判官有範(こでうはんくわんありのり)。
後藤(ごとう)左衛門/尉(ぜう)基清(もときよ)に。台命(たいめい)をつたへて。朝雅(ともまさ)を誅(ちう)せしむ。こゝに於(おい)て時政(ときまさ)も。
何(なに)となく後(うしろ)めたく。同年十二月。心(こゝろ)にあらで落飾(らくしよく)なし。執権職(しゆけんしよく)を嫡子(ちやくし)右京大夫(うけうのたゆふ)
義時(よしとき)に譲(ゆづ)り。其身(そのみ)は隠逸(いんいつ)の身(み)となりしかば。牧(まき)の方(かた)は朝雅(ともまさ)誅伐(ちうはつ)せられて後(のち)
は。怒気(どき)愈益(いやませ)と詮(せん)便(すへ)なく。望(のぞ)みの迚(とて)も叶(かなは)ざるを知(し)りて。本国(ほんこく)伊豆(いづ)の国(くに)へ引退(ひきしりぞ)く。
扨(さて)も実朝卿(さねともけう)は。其後(そのゝち)追々(おひ〳〵)昇進(しやうじん)し給ひ。建保(けんほう)六年/内大臣(ないだいじん)を経(へ)て。同十二月に
右大臣(うだいじん)と成(なり)給ふ。御拝賀(おんはいが)のためにとて。翌(よく)七年正月廿七日。善美(せんび)をことに尽(つく)し

【挿絵】
鶴岡(つるがおか)
 神前(しんぜん)に
公暁(くぎやう)
 実朝公(さねともこう)
     を
  害(がい)す

給ひ。鶴岡八幡宮(つるかおかはちまんぐう)に参詣(さんけい)し給ふ。爰(こゝ)に頼家卿(よりいへけう)の御末子(ごばつし)善哉君(ぜんざいきみ)は。元文(げんぶん)三年
十一月。実朝公(さねともこう)の猶子(ゆうし)とし。当社(たうしや)の別当(べつとう)尊暁(そんけう)が附弟(ふてい)となし。則(すなはち)公卿禅師(くげうぜんじ)と
号(こう)せしが。其姿(そのすがた)に似気(にげ)なくして。心飽(こゝろあく)まで逞(たくま)しく。実朝(さねとも)は亡父(ちゝ)の仇(あだ)。何卒(なにとぞ)彼(かれ)を
討(うつ)て孝養(こうやう)に備(そな)へ。己(おのれ)頼家(よりいへ)の嫡々(ちやく〳〵)たれは。直(たゞち)に四代将軍(よだいせうぐん)に昇(のぼ)り。天下(てんか)を掌握(しやうあく)
せんと工(たく)まれしが。今日(けふ)実朝(さねとも)の社参(しやさん)こそ。天(てん)の与(あた)ふる時(とき)也けれと。衣(きぬ)深々(ふか〴〵)と被(かづき)て
面(おもて)をかくし。上臈(しやうろう)の社参(しやさん)見物(けんぶつ)する体(てい)にて。彼方(かなた)こなたにたち忍(しの)び。実朝公(さねともこう)車(くるま)より
下(お)り。社壇(しやだん)の石階(せきかい)に昇(のほ)らんとし給ふ処(ところ)を。公暁禅師(くきやうぜんじ)警固(けいご)を突退(つきのけ)。する〳〵
と走(はし)りより。隠(かく)し持(もつ)たる利刀(りとう)の光(ひか)り。微乱離(ひらり)と見えしが実朝公(さねともこう)の首級(しるし)を引提(ひつさげ)
群(むらか)り立(たつ)たる見物(けんふつ)にまぎれ。終(つひ)に行方(ゆくかた)を隠(かく)し給ふ。此(この)御社参列粧(ごしやさんれつさう)を見(み)んため
鎌倉中(かまくらぢう)はもとより。隣国(りんごく)近郷(きんかう)より群参(ぐんさん)の貴賤(きせん)。その趣意(しゆい)はしらずといへども。
須破(すは)人殺(ひとごろ)し盗賊(とうぞく)よと。呼(よば)はる声(こゑ)を聞(きく)よりも。我一(われいち)に逃(のが)れんと。忽(たちまち)鼎(かなへ)の湧(わく)がごとく。
これがために供奉(ぐぶ)の大小名(だいせうめう)。却(かへつ)てその敵人(てきじん)を捕(とらゆ)る事/能(あた)はず。されども天(てん)の照(せう)

覧(らん)蔽(おほ)ひがたく。禅師公暁(ぜんじくげう)の所為(しわざ)なりと。異口同音(いくどうおん)に申せしかば。三浦義村(みうらよしむら)
が臣(しん)。長尾新六定景(ながをしんろくさだがけ)。忍(しの)び〳〵に穿鑿(せんさく)するに。天網(てんまう)終(つひ)に遁(のが)れなく。翌日(よくじつ)
雪(ゆき)の下(した)にて出会(いであひ)。定景(さたかげ)公暁(くげう)を討(うち)奉る。鳴(あゝ)哉/頼朝卿(よりともけう)より三代(さんだい)にして。源家(けんけ)
の正統(せうとう)わづか四十年/已(すで)に血統(けつとう)こゝに絶(せつ)す。可惜(おしむへし)可悲(かなしむべし)。これによつ営中(ゑいちう)
には諸臣(しよしん)等しば〳〵評議(ひやうぎ)をなして。都(みやこ)関白(くわんばく)左大臣/道家公(みちいへこう)の公達(きんだち)三虎公(さんとらこう)。
いまだ弐/歳(さい)に成(ならせ)給ふを迎(むか)へて。四代将軍/頼経公(よりつねこう)と仰(あふ)ぐ。此(この)公(きみ)と申は。故(こ)頼(より)
朝卿(ともけう)の姉君(あねぎみ)。中納言/能保卿(よしやすけう)へ入輿(じゆよ)し給ひ。其(その)御腹(おんはら)に生(うま)れ給ふ姫君(ひめきみ)を。後京極(ごきやうごく)
摂政(せつせう)良経公(よしつねこう)の北(きた)の方(かた)と成(なし)給ひ。左大臣/道家公(みちいへこう)を生(うみ)給ふ。故(かるがゆへ)に外戚(くわいせき)ながら
御血筋(おんちすぢ)なるがゆゑ也けり。いまだ御幼稚(ごやうち)にましませば。尼御台(あまみだい)簾中(れんちう)に出(いで)て
天下(てんか)の政道(せいだう)を聞(きゝ)たまひ。簾外(れんぐわい)には。執権(しつけん)義時(よしとき)同/泰時(やすとき)等(ら)。北条/一族(いちぞく)補佐(ほさ)
なすが故。自(おのづ)から北条が権威(けんゐ)天下にはびこり。富貴(ふうき)繁昌(はんじやう)この時(とき)にして武(ふ)の勢(いきほ)ひ
日々(にち〳〵)に盛(さかり)に。文(ふん)の威(ゐ)は月々(つき〳〵)に衰(おとろ)へ奢侈(しやし)驕慢(けうまん)の心(こゝろ)より。院旨(いんし)勅命(ちよくめい)をも拒(こは)み

奉る事/間(まゝ)多(おほ)かりけり。此時/京都(みやこ)。院御所(いんのごしよ)とは。後鳥羽院(ごとばのいん)と申奉り。この
君(きみ)御在位中(ございいちう)。武威(ぶい)さかんにて。諸事(しよじ)叡慮(えいりよ)の侭(まゝ)ならざるを逆燐(げきりん)まし〳〵。御位(みくらひ)
をは第(だい)一の皇子(わうじ)に譲(ゆづ)り給ふ。土御門院(つちみかどのゐん)と申し奉る。此帝(このみかと)御在位(ございい)十二年のゝち。何(なに)の
子細(しさい)もましまさぬを。院(いん)の御計(おんはからひ)として。俄(にはかに)御位(みくらい)をおろし奉り。院(いんの)第三の皇子(わうし)《割書:土御門院|御弟》を
御位に即(つけ)奉る。順徳院(じゆんとくいん)と称(せう)し奉り。先帝(せんてい)を新院(しんいん)と申奉る。去(さる)から院(いん)と
新院(しんいん)の。御父子中(ごふしなか)御隔心(ごきやくしん)まし〳〵。何事(なにこと)も院(いん)と当今(たうぎん)と。叡旨(えいし)を談(たん)じ合(あひ)給ふ。
鎌倉(かまくら)には時政(ときまさ)既(すて)に卒(そつ)して。義時(よしとき)執権(しつけん)とし。我意(がい)の振舞(ふるまひ)。ます〳〵盛(さかん)なり
しかは。今(いま)は忍(しの)びかね給ひて。院(いん)御隠謀(ごいんばう)を企(くはだて)給ひ。承久(じやうきう)元年。北条追討(ほうてうつひたう)の御籏(みはた)
を挙(あげ)給ふ。これを世(よ)に承久乱(じやうきうらん)といふ。されども官軍(くわんぐん)終(つひ)に利(り)なふして。剰(あまつ)さへ公卿(くげう)を
はじめ。御味方(おんみかた)申せし武官(ぶくわん)法師(はふし)等(ら)。こと〴〵く誅伐(ちうばつ)せられ。一院(いちいん)を土佐(とさ)。新院(しんいん)をは
佐渡(さど)。今上(きんしやう)をば隠岐(おき)の国(くに)へ遷幸(せんこう)なし奉り。高倉院(たかくらのいん)の御孫(おんまご)をもつて。今上(きんじやう)と
なし奉り。後堀河院(ごほりかはのいん)と称(せう)し奉る。されば天下(てんか)の逆乱(げきらん)やうやく鎮(しづ)まるといへども

ます〳〵北条が権勢(けんせい)凄(すさま)じく。既(すで)に天下は。義時(よしとき)一人に帰(き)するが故(ゆへ)に。傍若無人(はうじやくぶしん)
の事(こと)とも有(あり)て。恨(うらみ)を含(ふく)み。拳(こぶし)を握(にぎ)る者(もの)多(おほ)し。嫡子(ちやく)泰時(やすとき)これを愁(うれ)ひ。より〳〵
義時(よしとき)をいさめて。其/権(けん)を防(ふせ)ぐこと又(また)少(すくな)からず。斯(かく)て年月(としつき)を経(へ)て。元仁(けんにん)元年六月
義時(よしとき)病(やまひ)を得(え)て。医療(いれう)のしるしなく。同十三日に卒(そつ)せらる。時(とき)に六十三才。則/泰時(やすとき)
相続(さうぞく)して執権(しつけん)となり給ふ。泰時(やすとき)は父(ちゝ)には似(に)ず。内(うち)に仁智(じんち)を治(をさ)め。外(ほか)に礼譲慈(れいじやうじ)
悲(ひ)を専(もつは)らとし。日夜(にちや)治国(ちこく)の計(はかりこと)をなして。幼君(やうくん)を守護(しゆご)なし給へば。人民(しんみん)はじめて
天日(てんじつ)を仰(あふ)ぐ心地(こゝち)して。此君(このきみ)万歳(ばんせい)ととなへける。翌年(よくねん)改元(かいげん)あつて。嘉禄(かろく)元年
尼御台二位政子(あまみだいにいまさこ)の前(まへ)。仮初(かりそめ)の風(かぜ)の御心地(おんこゝち)なりしも。いつしか重(おも)らせ給ひて。七月
十一日六十九歳にして薨去(かうきよ)なし給ふ。抑(そも〳〵)頼朝卿(よりともけう)。蛭(ひる)が小島(こじま)に籏(はた)をたて。鎌倉(かまくら)に
源家(げんけ)再興(さいかう)し給ふ迄。倶(とも)に安危(あんき)を謀(はかり)給ひ。寝食(しんしよく)をだに安(やす)んじ給はず。漸(やう〳〵)天下一統(てんかいつとう)
のゝち。始(はじめ)て綾羅(れうら)の茵(しとね)に起臥(おきふし)給ふ程(ほど)もなく。頼朝卿/薨(かう)じ給ひてのち。幼君(やうくん)を
補佐(ほさ)して。天下(てんか)の政事(せいじ)に御心(みこゝろ)を休(やす)め給ふ事なし。加之(しかのみならす)頼家卿(よりいへけう)。実朝公(さねともこう)。刃(やいば)の露(つゆ)

と消(きえ)給ふ。其(その)御嘆(おんなけき)の内(うち)よりも。幼君(やうくん)を守護(しゆご)し給ふ事。実(まこと)に賢女(けんぢよ)とも列女(れつぢよ)とも
称(せう)し奉(たてまつ)るべき御事なり
    編者(さ?んじや)申。此初巻中(このはじめのくはんちう)は。専(もつは)ら源家(げんけ)三代(さんだい)の事蹟(
じせき)をのべて。時頼(ときより)
    に預(あづか)らざる事と雖(いへど)も。北条(ほうぜう)の始祖(しそ)および五代(こだい)連綿(れんめん)を顕(あら)はさ
    んがため。其/一二(あらまし)を摘要(てきやう)せり。委(くはし)くは保元平治乱(ほうげんへいぢらん)源平盛衰記(げんへいせいすいき)
    其外(そのほか)諸書(しよ〳〵)にあり。又/承久(ぜうきう)の一乱(いちらん)は。余(よ)か先年(せんねん)著(あらは)せし。鎌倉太(かまくらたい)
    平記(へいき)あるがゆゑ。これ又其/始終(しじう)を尽(つく)さず。看客(かんかく)其(その)麁漏(そろう)を
    あやしみ給ひそ



参考北條時頼記図会巻一畢

参考北條時頼記図会(さんかうほうてうしらいきつゑ)巻二
    目録
 戒寿丸幼智救人民(かいじゆまるやうちじんみんをすくふ)話  同図
 《割書:并》即智(そくち)謎々(なぞ〳〵)の事《割書:附》貞永式目(ぢやうゑいしきもく)之事
 戒寿丸/賢才(けんさい)戒従臣(じうしんをいましむ)話
 《割書:并》明王堂(めうわうだう)建立(こんりう)之事《割書:附》唐(とう)の何尚元(かしやうげん)が事
 戒寿丸/元服賜諱字(げんぶくいみなのしをたもふ)話 同図
 《割書:并》幸氏射術(ゆきうぢしやじゆつ)の故実(こじつ)を述(のぶ)る事《割書:附》鷹(たか)の緒(を)を射(い)る事
 時頼蒙命勤流鏑馬(ときよりめいをかうぶりやぶさめをつとむる)話

 《割書:并》鶴(つる)ヶ(が)岡八幡宮由来(おかはちまんぐうゆらい)《割書:附》放生会(はうじやうゑ)之事
正覚坊鉄心潔末期(せうかくはうてつしんまつこをきよくす)話  同図
 《割書:并》雪枝(ゆきえ)女/孝心(かうしん)之事《割書:附》正覚坊/男色(なんしよく)に迷(まよ)ふ事
頼嗣元服頼経上洛(よりつくげんふくよりつねせうらく)話
 《割書:并》正覚坊が行跡(けうせき)を天下(てんか)に示(しめ)す事《割書:并》雪枝立身(ゆきえりつしん)之事
時頼一言挫光時企(ときよりのいちごんみつときのくはたてひしぐ)話  同図
 《割書:并》経時卒去(つねときそつきよ)之事《割書:附》時頼(ときより)人命(しんめい)を害(かい)せざる事

参考北條時頼記図会巻二(さんがうほうてうじらいきづゑけんのに)
             洛士 東籬主人悠刪補
    戒寿丸幼(かいじゆまるいとけなうして)救(すくふ)_二 人民(じんみんを)_一即智話(そくちのこと)
栴檀(せんだん)は二葉(ふたば)にして芳薫馨(にほひかんばし)く。龍蛇(れうじや)は一寸(いつすん)にして登天(てんにのぼる)の気(き)を得(うる)と
宜(うべ)なるかな。于爰(こゝに)三代の執権(しつけん)北条右京大夫兼武蔵守平泰時(ほうでううきやうのたゆうけんむさしのかみたいらのやすとき)の嫡(ちやく)
孫(そん)。北条相模守(はうてうさかみのかみ)平/時頼(ときより)と聞(きこ)えしは。父(ちゝ)を修理亮(しゆりのすけ)平/時氏(ときうし)といひて則(すなはち)
泰時(やすとき)の嫡男(ちやくなん)。母(はゝ)は秋田城介(あきたじやうのすけ)の娘(むすめ)。後(の)ち薙髪(ちはつ)して松(まつ)の下(した)に関居(かんきよ)し給ふ
により。松下(まつした)の禅尼(ぜんに)と称(しやう)ず。安貞(あんてい)元年の春(はる)誕生(たんじやう)にして。天(てん)の為(な)せる伶俐(れいり)
賢才(けんさい)。他(た)の児童(じどう)の及(およ)ぶ処(ところ)にあらず。故(かるがゆへ)祖父泰時(そふやすとき)も。寵愛(てうあひ)殊(こと)に深(ふか)かりしが
四/歳(さい)にして父(ちゝ)時氏(ときうぢ)におくれ。母(はゝ)禅尼(せんじ)の手(て)に養育(やういく)せられ。幼名(やうめい)を戒寿(かいじゆ)
丸(まる)と号(なづけ)ける。寬喜(くわんき)四年の。春雨(はるさめ)のつれ〴〵。禅尼(ぜんに)侍女(じちよら)を集(つど)へて。四方山(よもやま)の
物語(ものがたり)をなし。興(けう)に入(いり)給ふ折(をり)から。侍女等(じぢよら)申すは。今(いま)民間(みんかん)に謎々(なぞ〳〵)といふ事

流行(りうかう)して。市人(いちびと)の行違(ゆきちが)ふにさへ。謎(なぞ)をかけ。直(たゞち)に解得(ときえ)ざるを笑(わら)ふ。是(こ)は唐(もろ)
土(こし)にも有(ある)ことにや。史記(しき)とかいへる書(ふみ)にもありと聞(きゝ)き。又/我朝(わがてう)にもふるくより
いへることにて。智(ちゑ)の浅深(せんしん)を知(し)るといふ。曽祢(そね)の好忠(よしたゞ)が。えもいはしろの結(むすび)まつ。
千歳(ちとせ)ふるとも。誰(たれ)かとくべき。といへるも。謎(なぞ)を詠(よめ)ると承(うけたまは)りぬと語(かた)るに。戒寿丸(かいじゆまる)
乳母(めのと)の膝(ひざ)に居(ゐ)て。倩(つら〳〵)これを聞(きゝ)。謎(なぞ)とはいかなる事(こと)をいふやと尋(たづぬ)るに。侍女(ぢしよ)答(こたへ)
て申は。古(ふる)くより申/伝(つた)えたるは。春(はる)の雪(ゆき)とかけて。繻子(しゆす)の帯(おび)と解(と)く。其/心(こゝろ)はとけ
安(やす)し。又ふるき傘(からかさ)とかけて。花(はな)ちる里(さと)ととく。心はさいたる跡(あと)なんど。此外/数多(あまた)有(ある)
よしを申。戒寿丸(かいじゆまる)四面(あたり)をながめ。庭前(には)に咲(さき)たる梅(うめ)が枝(え)を指(ゆひざ)し。是(これ)はいかにと云(いふ)。
侍女等(じちよら)頭(かしら)を傾(かたぶ)け。さま〳〵考(かんが)ゆるといへども。とくる言葉(ことば)をしらず。禅尼(ぜんに)嬉(うれ)しげ
に打笑(うちほゝゑ)みて。是(こ)は内裡(だいり)の上臈(ぜうろう)と解(とく)にやとのたまへば。戒寿丸(かいじゆまる)さやうに候。
后(きさき)と申/心(こゝろ)也と宣(のたま)ふ。並居(なみゐ)る侍女(ぢちよ)等これを聞(きゝ)て。始(はじめ)てその才智(さいち)に驚(おゝどろ)き。
いまだ六歳の御身(おんみ)にて斯(か)ばかり頓作(とんさく)ましますこと。いかさま名将(めいしやう)と成(なり)給ふべしと

聞(き)く人/舌(した)を捲(まい)てぞ恐怖(おそれ)ける。同年四月/改元(かいげん)ありて貞永元年(てうゑいくわんねん)と改(あらた)む今年(ことし)
五月に。武蔵守泰時(むさしのかみやすとき)。兼(かね)て天下の政道(せいたう)の定式(ぢやうしき)を立(たて)られんとて。玄番允康(げんばのぜうやす)
連(つら)に仰合(おほせあは)せられ。法橋圓全(ほつけうゑんせん)をして執筆(しゆひつ)せしめ。則(すなはち)五十ケ/条(でう)を定(さだ)めらる。同七月
十日/政道(せいたう)に私(わたくし)なき趣(おもふき)を起請文(きしやうもん)して。評定衆(へうでうしゆ)十一人/連署(れんちよ)す。則/相模守(さがみのかみ)時(とき)
房(ふさ)。武蔵守泰時(むさしのかみやすとき)。此(この)起請文(きしやうもん)に印形(いんげう)を居(すへ)られ。今日(けふ)よりして後(のち)。訴論(そろん)の是(ぜ)
非邪正(ひじやせう)。堅(かた)くこの法を守(まも)りて。裁断(さいだん)すべくの旨(むね)を定(さだ)められしは。伝(つた)へ聞(き)く
藤原淡海公(ふぢはらたんかいこう)。養老(やうらう)二年に。律令(りつれい)を撰(せん)せられし。夫(それ)は天下(てんか)の亀鑑(きかん)。これは
関東(くわんとう)の鴻宝(こうはう)。今世迄(いまのよまで)も。貞永式目(てうゑいしきもく)と仰(あふ)ぎ。天下/国家(こくか)の政(まつりこと)皆(みな)これに
漏(も)るゝことなく。仁譲廉義(しんじやうれんぎ)の軌範(きはん)。国家安泰(こくかあんたい)の宝典(はうてん)といふべし。扨(さて)も泰時(やすとき)
斯(か)ばかり国政(こくせい)に私(わたくし)なく。仁施(じんせ)を専(もつぱ)らとせらるゝと雖(いへど)も。いかなる天の機運(きうん)にや
去年(きよねん)今(こ)とし打継(うちつゞ)き。風雨(ふうう)時(とき)となく屢々(しば〳〵)起(おこ)り。洪水地震(こうずいぢしん)度々(たび〴〵)にして。天災(てんさい)
地妖(ちよう)止(やむ)ときなし。これが為(ため)天下(てんか)飢饉(きゝん)して。米穀(べいこく)の尊(たふと)き事(こと)は珠玉(しゆきよく)のごとく

柴薪(さいしん)の高直(かうぢき)なる事/桂樹(けいじゆ)のごとし。人民(じんみん)困窮(こんきう)して。親(おや)を捨(すて)。子(こ)を売(うり)て。米(べい)
粟(ぞく)を求(もと)むといへども。朝夕(てうせき)の炊煙(すいえん)終(つひ)に竃(かまど)に絶(たえ)て。飲食(いんしよく)の便(たより)を失(うしな)ひ。面(おもて)を
さらして。道路(たうろ)に出(いで)。袖(そで)を広(ひろけ)て資銭(しせん)を乞(こ)ひ。名(な)を通(つう)じ高貴(かうき)の門(もん)に入て
腰(こし)を屈(くつし)て余糧(よれう)を求(もと)む。困民(こんみん)皆(みな)飢渇(きかつ)にせまり。阡陌(せんはく)溝涜(かうとく)に行倒(ゆきたふ)
れて。餓死(がし)するもの充満(みち〳〵)つゝ。見(みる)に魂(たましひ)を飛(とば)し。聞(きく)に胸(むね)を痛(いたまし)む。泰時(やすとき)見聞(けんもん)
に堪(たえ)ず。矢田(やた)六郎左衛門に命(めい)じ。米粟(べいそく)一万/石(こく)を窮民(きうみん)にあたふ。此とき
戒寿丸(かいじゆぐわん)十歳にて。泰時(やすとき)か膝下(しつか)に畏(かしこま)り。祖父(そふ)に願(ねが)ひ奉(たてまつ)る事の候。今天下(いまてんか)
飢饉(きゝん)して。人民(しんみん)困窮(こんきう)するが故。祖父君(そふぎみ)には数多(あまた)の米粟(べいぞく)を施(ほどこ)し給ふ。願(ねがは)くは
己(おのれ)にも米壱石(こめいちこく)と。薪一駄(たきゞいちだ)を与(あた)へ給(たま)はんや。泰時(やすとき)うち笑(わら)ひて。我(われ)今般(こたび)施米(せまい)
するは。貧民(きうみん)餓(うゑ)て業(ぎやう)を廃(はい)し。明日(あす)の命(めい)保(たもち)がたきを憐(あはれ)む処(ところ)也。御身(おんみ)は祖父(そふ)
に養(やしなは)れながら。何(なに)が故(ゆゑ)に施行(ほどこし)を請(うけ)んことを乞(こふ)や。戒寿丸(かいじゆまる)つゝしんで。仰(おほせ)のごとく。
われ倖(さいはひ)北条(ほうでう)の家門(かもん)に生(うま)れ。結構(けつこう)身(み)にあまり。何物(なにもの)としてか足(た)らずといふ事なし

しかれども。物見(ものみ)より市中(しちう)を臨(のぞむ)に。往返(わうへん)の人民(じんみん)飢渇(きかつ)に堪(たえ)かね。全身(ぜんしん)張(はれ)
満(ふくれ)し。眼鼻(めはな)凹(くほ)み。見る〳〵。餓鬼道(かきどう)の有(あり)さま。見るに忍(しの)びず。故(かるがゆへ)に己(おのれ)も
施行所(せぎやうしよ)を定(さだ)め。茶粥(かゆ)を焚(に)て手(て)づから是を施(ほどこ)さんがため也/泰時(やすとき)うち
合点(うなづき)。幼稚(やうち)ながらも仁慈(じんじ)の志(こゝろざし)満足(まんぞく)せり。去(さり)ながら流石(さすが)は幼(いとけな)し。数万(すまん)を
以(もつ)ても員(かぞへ)がたき飢人(うへびと)に。わづか一石米(いちこくのこめ)一車薪(いちだのたきゞ)を以(も)て。いかでか是(これ)に宛(あた)ら
んや。戒寿丸(かいじゆまる)又いはく。仰(おほせ)のごとく乞(こ)ふ処(ところ)の米薪(べいしん)。九牛(きう〴〵)が一毛(いちもう)には候えども
すこし存(そん)ずる旨(むね)も候えば。先(まづ)これを与(あた)へ給へと。平天(ひたすら)に懇望(こんもう)したまへば
泰時(やすとき)も不審(いふがし)ながら。兼(かね)て伶俐(れいり)の者(もの)なれば。乞(こふ)がごとく一石米(いちこくべい)一駄薪(いちだしん)を与(あた)
ふべき旨(むね)并(ならび)に施行所(せぎやうしよ)等の事。乳母子(めのとこ)長兵衛尉/忠廣(たゞひろ)に命(めい)し給ふ。戒(かい)
寿丸(じゆまる)感佩(かんはい)し。忠廣(たゞひろ)を以(も)て大路(おほぢ)に施行所(ばしよ)を建(たて)。大釜(おほがま)を数多(あまた)すへて
粥(かゆ)を焚(たか)ん用意(ようい)を做(なさ)しむ。忠廣(たゞひろ)申けるは。纔(わづか)一石米(いちこく)の粥(かゆ)に。かく大釜数(かまかず)
を居(すゑ)給はん事(こと)不用(ふよう)ならん。戒寿丸/打(うち)わらひ。先(まつ)我(わが)いふ侭(まゝ)に調(とゝの)へよ迚(とて)

【挿絵】
戒寿丸(かいしゆまる)
 秀才(しうさい)
侍女(じぢよ)に
 謎詞(なぞ〳〵)
  を
 掛(かく)る

用意十分(よういじうぶん)なりしかば翌朝(よくてう)戒寿丸。かの施行所(せぎやうしよ)に出(いで)て。一石米(いちこくべい)を粥(かゆ)とし
て。戒寿丸/自(みづ)から杓(しやく)を取(とつ)て。往来(わうらい)飢渇(きかつ)の者(もの)に与(あた)へ給ふ。此事(このこと)一時(いちじ)に
鎌倉(かまくら)中に聞(きこ)え。御幼稚(ごやうち)の御身(おんみ)ながら。慈悲(じひ)哀憐(あいれん)を垂(たれ)たまふを感佩(かんはひ)し
老少(らうせう)をいはず戒寿丸が。手(て)づからの施物(せもつ)を賜(たま)はらんと。群参(ぐんさん)蟻(あり)の聚(あつまる)が
ごとく。一石米(いちこく)の粥(かゆ)忽(たちまち)に尽(つき)んする処(ところ)に。北条(ほうでう)が氏族(しぞく)および家門(かもん)より。戒寿
丸の見舞(みまひ)として。菓子(くはし)又は果物(くだもの)を進(しん)ぜらるを。厚(あつ)く礼謝(れいしや)し。直(たゞち)に
記帳(てうにしるさ)しめ。其/品々(しな〳〵)をこと〴〵く施物(せもつ)の資料(たし)となし。是(これ)は北条(ほうてう)何某(なにがし)ゟ。
或(あるひ)は某(それかし)の前司(せんじ)より。朕(われ)に饋(おく)られしを。汝等(なんちら)に与(あた)ふるなりと告(つげ)給ふて
施(ほどこ)し給へば。貧民(ひんみん)も物(もの)の多少(たしやう)によらず。一入(ひとしほ)仁恵(じんけい)を感佩(かんはい)し。涙(なみだ)を流(なか)さゞ
るは無(な)かりけり。此事(このこと)追々(おひ〳〵)世評(せひやう)高(たか)きにより。大小名(たいせうめう)はいふに及(およ)はず。御家人(ごけにん)
等(ら)まで。分限(ぶんげん)に応(わう)し。米銭(べいせん)焼飯(やきいひ)握飯(にぎりいひ)。あるひは餅(もち)団子等(たんごなど)。みな資(ほどこしの)
施(たすけ)として。施行所(せぎやうしよ)に奉(まいらす)る事/引(ひき)もきらず。戒寿丸/使者(ししや)に対面(たいめん)して。

厚(あつ)く礼謝(れいしや)をのべ。懇(ねんごろ)に使者(ししや)をねぎらはる。爰(こゝ)によつて時々刻々(しゞこく〳〵)のおくり物(もの)。
矢来(やらい)の内外(うちと)に山(やま)をなす。泰時(やすとき)も。爰(こゝ)に始(はじめ)て其(その)遠計(ゑんけい)をしり。則(すなはち)見(み)
舞(まひ)資施(しせ)として。米弐百石/鳥目(てうもく)百貫を賜(たま)ひ。猶(なほ)日々(にち〳〵)に品々(しな〳〵)の資(し)
料(れう)を与(あた)へらる。故(かるがゆへ)に数日(すじつ)施(ほどこす)といへども。物(もの)尽(つく)ることなく。尤(もつとも)往来(わうらい)の旅人(りよじん)には。
その行(ゆく)べき行程(かうてい)の日数(ひかず)をはかり。焼米(やきこめ)又は餅等(もちとう)をたまひ。孤独(こどく)の者(もの)
は仮屋(かりや)にとゞめて。薪水(しんすい)の役(やく)をつとめさせ給ふが故。溝壑(かうがく)に顚倒(てんとう)せず。
道(みち)に餓死(がし)を見ず。自(おのづ)から日々(にち〳〵)に国民(こくみん)穏(おだやか)にして。おのれ〳〵が職業(しよくけう)を励(はげ)み。
これ全(また)く若君(わかぎみ)の仁恵(じんけい)による処(ところ)と。貴(き)となく賤(せん)となく。戒寿丸を尊(たふと)み。
嗚呼(あゝ)此君(このきみ)。早(はや)く天下(てんか)の政治(せいじ)を執(とり)給へかしと。願(ねが)はぬ者(もの)はなかりけり
   戒寿丸謙遜戒従臣話(かいじゆまるけんそんしうしんをいましむこと)
寬喜(くわんき)三年十月。将軍家(しやうぐんけ)御祈願(ごきくはん)の事(こと)まし〳〵。二階堂(にかいたう)のうちに。五大(ごたい)
明王堂(めうわうだう)を御建立(ごこんりう)あるべき台命(たいめい)あつて。工匠棟梁(たいくのとうれう)。矢切(やきり)次郎大夫/奉(うけ給はり)。

昼夜(ちうや)怠(おこた)りなく鑿鋸(さくきよ)【左ルビ「のみのこぎり」】の功(こう)を積(つみ)て。翌(よく)嘉禎(かてい)元年二月。御堂(みだう)成(じやう)
就(じゆ)なりしかば。大仏師法橋定朝(だいぶつしほつけやうでうてう)が。精神(せいしん)をこらせし明王(めうわう)の尊像(そんさう)を安置(あんち)し。
明王院大行寺(めうわういんだいきやうじ)と号(こう)せらる。同年六月廿九日/御堂供養(みだうくやう)を修(しゆ)せられ。
頼経卿(よりつねけう)も御参詣(ごさんけい)まし〳〵。供奉(ぐぶ)の大小名(だいせうめう)花美(くはび)をかざり。堂上堂下(どうしやうどうか)に
参列(さんれつ)す。衆僧(しゆさう)内陣(ないぢん)に列立(れつりう)して。鐘鼓(せうこ)の音(おと)諷経(ふぎん)の声(こゑ)。実(げに)も諸仏(しよぶつ)茲(こゝ)に
来降(らいかう)ましますかと疑(うたがは)れ。さながら極楽浄土(ごくらくじやうど)に至(いた)るかと惑(まど)ふ。これが法式(はふしき)を
拝(おがま)んとて。貴賤(きせん)老少(らうしやう)。ことに衣服(いふく)の美(び)を尽(つく)し。花奢(きやしや)を競(きそ)ふて群参(ぐんさん)し。流石(さすが)
に広(ひろ)き境内(けいだい)も。更(さら)に寸地(すんち)も見えざりける。折(をり)から北条(ほうでう)戒寿丸(かいじゆまる)従者(じゆしや)わづかに
五六人を率(そつし)て。忍(しの)びて参詣(さんけい)ありけるが。彼施行(かのせぎやう)にて御容貌(ごようはう)を知(し)り。その上
三鱗(みつうろこ)の定紋(でうもん)顕然(げんぜん)たるを見て。御家人(ごけにん)は更(さら)にもいはず。心なき雑人(ざうにん)迄(まで)も。
須破(すは)若君(わかぎみ)の御参(おまゐ)りよと。異口同音(いくどうおん)に云伝(いひつた)へ。誰(たれ)警蹕(けいひつ)はなさゞれども。自(みづ)から
身(み)を縮(ちゞ)め。脊(せ)を屈(くつ)し。左(さ)ばかりの群参(ぐんさん)の中(うち)。忽(たちまち)御堂(みだう)まで一筋(ひとすぢ)の道(みち)をひらく

供奉(くぶ)の面々(めん〳〵)十分(じうぶん)に肩臂(かたひぢ)を張(は)り。猶(なほ)道狭(みちせば)しと左右(さゆう)を白眼(にらみ)心易(こゝろやす)く参(さん)
詣(けい)し。去(さる)にても此君(このきみ)の御威光(ごゐくはう)。いまだ大幼稚(ごやうち)なれど斯(か)ばかりの崇敬(そんけう)。成(せい)
長(てう)の後(のち)にこそ。実(げ)に(に)飛鳥(とぶとり)も羽(は)を畳(たゝ)み。走(はしる)獣(けもの)も足(あし)を屈(かゞむ)べし。あな目出(めで)
度(た)の大将(たいしやう)やと。蜜(ひそか)【密ヵ】に驕(ほこ)り呟(つぶや)くを。戒寿丸(かいじゆまる)これを制(せい)し。法会(はふゑ)畢(おはり)て
帰館(きくはん)のゝち。直(たゞち)に供奉(くぶ)の面々(めん〳〵)を招(まね)き。今日(けふ)群参(ぐんさん)の其中(そのなか)にて。我(われ)に過(すぎ)
たる権威を褒(ほむ)る事。我心(われこゝろ)に快(こゝろよし)とせず。必(かならず)しも我(われ)を敬(うやま)ふならずして。祖(そ)
父(ふ)を尊(たふと)ふ処(ところ)なり。それ執権職(しつけんしよく)は天下(てんか)の達尊(たつそん)。万民(ばんみん)恐(おそ)るゝ処なり。我(われ)
倖(さいはひ)に其孫(そのまご)と生(うま)れたるが故(ゆへ)。斯(かく)国民(こくみん)の尊崇(うやまひ)をうくれども。是(こ)は北条氏(ほうでうし)を
恐(おそ)るゝにあらず。其(その)職名(しよくめい)を尊(たふと)ふ処(ところ)なり。唐土(もろこし)宋(そう)の国(くに)に。何尚元(かしやうげん)といふ人。吏(り)
部郎(ぶろう)《割書:日本/式部丞(しきふのぜう)|にあたる》といふ官(くはん)に登庸(のぼり)て。勢(いきほ)ひ高(たか)く威(ゐ)を輝(かゝや)かす。或時(あるとき)父(ちゝ)の
病(やまひ)を問(とは)んため。暫(しば)しの暇(いとま)を願(ねが)ひて旧里(きうり)に帰(かへ)らんとす。禁中(きんちう)の官人(くはんにん)餞(はなむけ)を
おくるもの数百人(すひやくにん)。父(ちゝ)何叔度(かしゆくど)問(と)ふていはく。汝(なんぢ)帰国(きこく)の首途(かどいで)に。餞(はなむけ)するもの

多(おほ)かるべし。尚元(せうげん)答(こた)へて数百人(すひやくにん)なり。父(ちゝ)笑(わら)ふて曰(いはく)。いにしへ殷詰(いんきつ)といふもの
汝(なんぢ)がごとく。父(ちゝ)の病(やまひ)を訪(とむら)はんと。旧里(きうり)豫章(よしやう)に帰(かへ)るとき。送別(さうべつ)数千人(すせんにん)。其のち
殷詰(いんきつ)。帝(みかど)を諫奏(かんさう)し奉(たてまつ)りしを罪(つみ)として。官(くはん)を罷(やめ)られ旧里(きうり)に帰(かへ)るとき。
新古(しんこ)の官人(くはんにん)一人(ひとり)だに送(お)る者(もの)なしといへり。汝(なんぢ)も又(また)斯(かく)の如(ごと)し。これ汝(なんぢ)を送(おく)る
にあらず。吏部(りふ)の官(つかさ)を尊(とふと)み送(おくる)る也。必(かならす)驕慢(けうまん)すべからずといさめし也。
我(われ)も又(また)これに同(をな)じく。汝等(なんぢら)も又(また)同(をな)じ。慎(つゝしむ)べし驕(おこ)るべからずと制(せい)したまふ。
いまだ幼稚(やうち)の身(み)ながらも。父祖(ちゝぢい)の物がたり等(など)を。記憶(きゝおぼえ)得意(がてん)して。又(また)人(ひと)を
さとす事。凡俗(ほんぞく)の及(およ)ぶ処(ところ)ならずと。聞人(きくひと)恐怖(けうふ)なしたりけり
     戒寿丸元服(かいじゆまるけんぶく)給(たまふ)_二諱字(いみなのしを)話(こと)
光陰如飛箭(くわういんとぶやのごとく)盈昃似奔馬(みちかけはしるうまににたり)。嘉禎(かてい)三年の陽春(やうしゆん)。将軍頼経卿(しやうぐんよりつねけう)。
已(すで)に十九/歳(さい)にならせ給ふ。元(もと)より才智(さいち)聡明(さうめい)にわたらせ給へども。流石(さすが)文(もん)
官(くはん)の家(いへ)に生(うまれ)給ふゆゑ。武門(ぶもん)の政(まつごと)【まつりごとヵ】を心憂(こゝろう)く思(おほ)し。泰時(やすとき)に悉皆(しつかい)うち任(まか)せ

たゞ敷島(しきしま)の道(みち)のみ。御心(おんこゝろ)を寄(よせ)られ。月花(つきはな)はさらなり。四季(しき)折々(おり〳〵)に女房(にようばう)
昵近(ちつきん)を集(つど)へ。臨時(りんじ)の御当座(ごたうざ)。あるひは歌合(うたあはせ)等に。秀吟(しうぎん)には御褒美(ごはうび)を下(くた)
され。専(もつぱ)ら和歌(わか)を詠(よま)しめ給ふ。しかるに今度(こたび)。左京権大夫泰時(さきやうこんのたいぶやすとき)が館(やかた)にて
将軍(しやうぐん)御当座(ごたうざ)あるべきよし。台命(たいめい)ありしかば。泰時(やすとき)謹(つゝしん)て御請(おんうけ)を申上。新(あら)たに
御所(ごしよ)を新造(しんざう)し。檜皮(ひはだ)ぶきの棟門(むなもん)を付(つけ)て。殿内(でんない)は金銀(きん〴〵)を以(もつ)て鏤(ちりば)め綺(き)
麗(れい)壮観(さうくはん)十分(じうぶん)を尽(つく)せり。御所(ごしよ)やう〳〵に落成(らくせい)せしかば。則四月廿二日/朝(あさ)
まだきに将軍(しやうぐん)入(い)らせ給ひ。寝殿(しんでん)の南面(なんめん)にて御当座(ごとうざ)まし〳〵。次(つぎ)に管弦(くはけん)
の御遊(きよゆふ)。将軍(しやうぐん)横笛(よこぶえ)を吹(ふか)せられ。能登前司(のとのせんじ)琵琶(びは)をつとめ。二条中将(にでうちうじやう)
琴(こと)を奏(さう)し。壬生(ふみの)【みふのヵ】侍従(じじゆう)唱歌(せうか)せられ。太平楽(たいへいらく)をかなずるに。笙(しやう)瑟(ひつ)律呂(りよりつ)
すみわたり。心(こゝろ)なき東武者(あつまぶし)も。おの〳〵頭(かうべ)を傾(かたぶけ)ける。音楽(おんがく)了(おはり)て御宴(ぎよえん)をはじめ
られ。山海(さんかい)の美味(ひみ)珍肴(ちんこう)。数(かず)を尽(つく)して奉(たてまつ)る。頼経卿(よりつねけう)殆(ほとん)と興(けう)に入(いり)たまひ
頗(すこぶ)る酔(ゑい)に和(くは)し給ふ。将軍/泰時(やすとき)を近(ちか)く召(め)され。汝(なんぢ)が嫡孫(ちやくそん)戒寿丸(かいじゆまる)。いまだ

幼童(ようどう)なりといへども。才智(さいち)抜群(ばつくん)なる由(よし)兼(かね)て聞(きゝ)たり。即今(そくこん)目見(めみ)へ致(いた)さす
べしと宣(のたま)へば。泰時(やすとき)御請(おんうけ)を申。其旨(そのむね)を通(つう)ずれば。此とき戒寿丸(かいじゆまる)十
一/歳(さい)。原来(もとより)童形(どうぎやう)の出(いで)たち。緋(ひ)の綸子(りんず)に繍(ぬひもの)したる小袖(こそで)に。精好(せいこう)に菊緘(きくとぢ)
したる小袴(こばかま)を着(ちやく)し。徐歩(しづ〳〵)と御前(ごせん)に出(いで)。遥(はるか)に下(さが)つて拝謁(はいえつ)す。将軍/則(すなはち)
土器(かはら)を取(とつ)て一献(いつこん)飲干(のみほ)し下(くだ)し給へば。戒寿(かいじゆ)突(つ)と立(たつ)て速々(する〳〵)と歩(あゆ)み。程(ほど)
よく執行(しつこう)して。土器(かわらけ)を掌(たなごゝろ)に居(すゑ)。しさつて本座(もとのざ)に復(かへ)り。謹(つゝしんて)頂戴(てうだい)し。
列座(れつさ)の面々(めん〳〵)に一礼(いちれい)して退(しりそ)く。其(その)進退(しんたい)起居動静(ききよどうせい)。こと〴〵く法(はふ)に
合(かな)ひ。律(りつ)に正(たゞ)しく。頼経卿(よりつねけう)にも愛(めで)の余(あま)り。又(また)泰時(やすとき)に宣(のたま)ふやう。こと倉(さう)
卒(そつ)には(に)似たれども。当日(けふは)最上良辰(さいぜうきちにち)なれば。戒寿(かいじゆ)に首服(しゆふく)を加(くは)へ得(え)
させん。其(その)備設(やうゐ)せよと宣(のたま)へば。泰時/面目(めんぼく)身(み)にあまり。急(いそ)ぎ全(し)
備(たく)なさしめ。則(すなはち)駿河前司義村(するがのせんじよしむら)。理髪(りはつ)に候(こう)し。頼経卿(よりつねけう)加冠(かくはん)なし
給ひて。御諱(おんいみな)を一字(いちじ)給(たまは)り。五郎/時頼(ときより)とぞ号(なづ)けられ。御引出(おんひき)もの

数々(かす〴〵)給(たま)はりけるに。泰時(やすとき)君恩(くんおん)を感佩(かんはい)し。更(さら)に賀筵(がゑん)をひらき勧(くはん)
盃(はい)とり〴〵なりけるが。頼経卿(よりつねけう)も満足(まんぞく)のあまり。泰時(やすとき)に宣(のたま)ふは。時頼(ときより)
が動静(ふるまひ)を鑑(み)るに。器量(きれう)卓才(たくさい)凡庸(つね)ならず。行末(ゆくすゑ)汝(なんぢ)にまさるとも
をさ〳〵劣(をと)るべうは見えず。天晴(あつはれ)天下(てんか)の柱石(ちうせき)たるべし。これに依(よつ)て来(きた)ル(る)八月
鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)。奉納(はふなう)の流鏑馬(やぶさめ)を。五郎/時頼(ときより)に勤(つと)めさせよ。嘸(さぞ)な見事
に仕(つかまつ)るべしと宣(のたま)ふ。時頼(ときより)は重々(かさね〴〵)の面目(めんぼく)。泰時(やすとき)の喜悦(よろこび)譬(たとふる)にものなく。
感佩(ありがたく)御請(おんうけ)を申奉る。すでに其夜(そのよも)鶏鳴(けいめい)に近(ちか)ければ。御遊宴(ごゆうえん)を止(とゞ)められ。
御帰館(ごきくはん)を促(うなが)し給ふ。泰時(やすとき)時頼(ときより)駿馬(じゆんめ)に跨(またがり)て。御輿(ぎよよ)の前後(せんご)に供奉(ぐぶ)し
御所(ごしよ)まで送(おく)り奉(たてまつ)る。其/体粧(ていさう)。実(げに)も北條(ほうてう)の繁昌(はんぜう)は。此ときとこそ見えたり
ける。斯(かく)て時頼(ときより)は流鏑馬(やぶさめ)の台命(たいめい)を蒙蒙(かうふ)りてより。設備(やうゐ)区々(まち〳〵)にして既(すで)に
七月十九日。鶴(つる)ヶ(が)岡(おか)の馬場(ばゞ)に於(おゐ)て。稽古(けいこ)あるべきとて。泰時(やすとき)時頼(ときより)流(や)
鏑馬舎(ぶさめや)に出(いて)給へば。駿河前司(するがのせんじ)をはじめ。宿老(しゆくろう)の面々(めん〳〵)も参集(さんしう)せられて

其(その)稽古(けいこ)を見物(けんぶつ)せらる。于爰(こゝに)海野(うんの)左衛門/督(せう)幸氏(ゆきうぢ)といふ者(もの)あり。故頼朝(こよりとも)
卿(けう)の御(おん)とき。天下(てんか)に八人の射手(ゐて)に撰(えら)はれたる一人(いちにん)にて。射術(しやじゆつ)の好手(めうじゆ)故実(こじつ)堪(かん)
能(のふ)の者(もの)なりしが。今日(けふ)泰時(やすとき)。此(この)幸氏(ゆきうぢ)を招(まね)きて。時頼(ときより)の稽古(けいこ)を見せしめ
てのち。幸氏(ゆきうぢ)に宣(のたま)ひけるは。抑(そも〳〵)当社(たうしや)流鏑馬(やぶさめ)は。元来(もとより)天下安全(てんかあんせん)国家(こくか)
長久(ちやうきう)の神事(じんじ)にして。聊(いさゝか)も非礼(ひれい)あるまじき事/勿論(もちろん)なり。しかるに今般(こたび)五郎
時頼(ときより)台命(たいめい)によつて。射人仕(ゐてにつかふまつ)ると雖(いへど)も。いまだ幼稚(やうち)にして其任(そのにん)に堪(た)えざらん
事を恐(おそ)る。尤(もつとも)射芸(しやげい)は未熟(みじゆく)なりとも。流石(さすが)に進退(しんたい)の礼式(れいしき)。作法(さはふ)を乱(みだ)
さゝらん事を希(こひねが)ふ。貴老(きらう)この術(じゆつ)に感能(かんのう)なれば。些少(すこし)も憚(はゞか)り隔(へだ)つる
事(こと)なく。遺失(ゐしつ)あらば教諭(きやうゆ)を加(くは)へ給へと有(あり)ければ。幸氏(ゆきうぢ)頓首(とんしゆ)して。物員(ものかず)
ならぬ某(それがし)に。斯(かく)懇(ねんごろ)に宣(のたま)ふこと。家(いへ)の面目(めんぼく)。犬老(けんらう)の身(み)に於(おい)て感佩(ありがたく)こそ
思ひ侍(はべ)れ。たゞ今(いま)時頼君(ときよりぎみ)。御稽古(ごけいこ)を拝見(はいけん)仕(つかまつ)る処(ところ)。生得(せうとく)の堪能(かんのう)。その
始末(しまつ)神妙(しんめう)なること。憚(はゞかり)ながら感(かん)ずるに堪(たえ)たり。去(さり)ながら。今(いま)進(すゝ)み出(いで)給ふ時(とき)

弓(ゆみ)を一文字(いちもんじ)に持(もた)せたまふ事(こと)。尤(もつとも)其法(そのはふ)なりと雖(いへど)も。去(さん)ぬる文治(ふんぢ)二年
八月十五日。故頼朝卿(こよりともけう)。当社(とうしや)に詣(まうで)給ひし折(をり)から。一人(ひとり)の旅僧(たびそう)。この華表(とりゐ)の
ほとりに徘徊(はいくはい)するを。卿(きやう)逸目(はやみ)見とがめ給ひ。梶原景季(かぢはらかげすゑ)をもつて名字(な)を
問(とは)しめ給ふに。西行法師(さいぎやうはふし)なりと答(こた)ふ。卿(けう)心中(しんちう)満足(まんぞく)したまひ。西行(さいぎやう)は俵(たはら)藤
太/秀郷(ひでさと)の後胤(こういん)。佐藤右兵衛督憲清(さとうびやうゑのでうのりきよ)とて。弓馬(きうば)の名家(めいか)なれば。懇(ねんごろ)に
いひて殿中(てんちう)にとゞめ置(おく)べしと宣(のたま)ふ。景季(かげすゑ)うけ給り。慇懃(いんきん)にして殿中(でんちう)に
迎(むか)へ。種々(しゆ〴〵)饗応(けうわう)してとゞめ置(お)く。頼朝卿(よりともけう)帰館(きくはん)のゝち対面(たいめん)あり。歌道(かだう)及(およ)
び弓馬(きうば)の故実(こじつ)を尋(たづ)ねさせ給ふに。西行(さいぎやう)申さるゝに。愚僧(ぐそう)在俗(ざいぞく)の古(いに)しへ
は。憖(なまじい)に家風(かふう)裔流(ゑいりう)とか唱(とな)へて候えども。保延(ほうえん)三年八月/遁世(とんせい)の折柄(をりから)。元祖(くはんそ)秀(ひで)
郷(さと)より。九/代(だい)の嫡家(ちやくけ)相承(さうじやう)の兵書(へいしよ)。こと〴〵く焼失(しやうしつ)す。其後(そのゝち)これを思(おも)へば罪(ざい)
業(ごう)の因(いん)なるを以(もつ)て。今(いま)は露(つゆ)ばかりも心底(しんてい)に残(のこ)し申さねば。こと〴〵く忘却(はうきやく)仕り侍(はべ)る。
また和歌(わか)の道(みち)は。たゞ月花(つきはな)に対(たい)して。其(その)景色(けしき)実体(ありさま)の。心(こゝろ)に浮(うか)みたるを

五言(いつこと)に申のぶる計(はかり)にして。更(さら)に奥旨(おゝし)【おうしヵ】は覚悟(かくご)し侍(はべ)らず。しかれども恩問(おんもん)等(なほ)
閑(ざり)ならねば。いさゝか心(こゝろ)に残(のこ)り覚(おぼ)えたるを申上なりとて。弓馬(きうば)の故実(こじつ)を演説(ゑんせつ)
せられ。則(すなはち)この流鏑馬(やぶさめ)の論(ろん)ありしが。かの法師(はふし)が申せしは。弓(ゆみ)は拳(こぶし)より押(をし)
立(たて)曳(ひく)べきやうに持(もつ)べし。ことに流鏑馬(やぶさめ)に矢(や)を挟(はさ)むのとき。弓(ゆみ)を真一文字(まいちもんじ)に
持(もつ)は非礼(ひれい)なりと申し候(さふら)ひき。誠(まこと)に至極(しごく)の事(こと)と覚(おぼ)ゆ。弓(ゆみ)を一文字(いちもんじ)に持(もて)
るときは。引体(ひくてい)いさゝか遅(おそ)く見ゆるなれば。弓(ゆみ)の上鉾(かみほこ)を少(すこ)し上(あげ)られ。水走(みづはしり)
にかけて持(もち)たるぞ。然(しか)るべく侍(はんべ)ると言舌(ごんせつ)堂々(だう〳〵)と述(のべ)ければ。側(かたはら)に候(こう)する。下河(しもかう)
辺行平(へゆきひら)工藤景光(くどうかげみつ)。和田(わだ)望月(もちつき)等(とう)にいたるまで。何(いづ)れも其(その)理(り)当然(たうぜん)たらんと
甘心(かんしん)せしに。三浦義村(みうらよしむら)討ち合点(うなづき)。誠(まこと)に其時(そのとき)某(それがし)も君前(くんぜん)に候(こう)して承(うけたまは)りた
るが。老耄(らうもう)して忘却(ばうきやく)し。今(いま)幸氏(ゆきうぢ)の説(とく)に就(つき)て思(おも)ひ出(いだ)し。更(さら)におもしろく
感心(かんしん)のいたりなり。願(ねがは)くは改(あらた)められて然(しか)るべし。泰時(やすとき)満足(まんぞく)斜(なゝめ)ならず。我(われ)倩(つら〳〵)
其(その)説(とく)ところを以(も)て考(かんがふ)るに。理(り)あつて非(ひ)ならず。正(たゝ)しくして邪(よこしま)ならず。向後(けうこう)

已来(いらい)此(この)故実(こじつ)を守(まも)るべしと定(さた)めたまふ。幸氏(ゆきうぢ)も面目(めんぼく)を施(ほどこ)し。それより笠掛(かさがけ)
艸鹿(くさしゝ)なんどの才覚(さいかく)。大略(たいりやく)を儀論(きろん)を做(な)す。泰時(やすとき)殆(ほとん)ど興(けう)に入(い)り。やがて帰館(きくはん)の
道(みち)すがら馬場(はゞ)の並松(なみまつ)の梢(こすへ)に。撲羽(はた)々々(〳〵)と物音(ものおと)するを。何(なに)やらんと仰(あふ)ぎ見れば。
喬木(けうぼく)の梢(こずへ)に。何地(いづち)よりか翥(それ)来(き)にけん。小鷹(こたか)一もと繳緒(へを)を枝(えだ)にまとひ。居(ゐ)もやら
ず飛(とび)も得(え)ず。泰時(やすとき)はじめ宿老(しゆくらう)の面々(めん〳〵)。誰(たれ)か攀(よぢのぼ)りて渠(あれ)助(たす)けよと。侍等(さふらひら)に
命(めい)ずれど。流石(さすが)に喬木(きやうぼく)の梢(こずへ)。加之(しかのみならす)丈余(じやうよ)さし延(のべ)たる枝(ゑた)の末(すへ)なれば。登(のほ)るに危(あやふ)く
伝(つた)ふに便(たより)なし。如何(いか)にせん〳〵と憋(あせ)る後(うしろ)に。豈計(おもひもかけず)彎離(ひいふつと)。弦音(つるおと)高(たか)く一筋(いとすち)の
飛箭(や)。彼(かの)足緒(へを)をふつと射切(いきる)と見え。鷹(たか)は損(いたみ)たる体(けしき)もなく。羽(は)たゝき做(な)して
翔(とび)去りぬ。衆人(しゆじん)驚(おどろ)き後(うしろ)を見れば。射人(ゐて)はこれ別人(へつじん)ならず。五郎/時頼(ときより)弓(ゆん)
杖(つえ)突(つい)て。鷹(たか)の行(ゆく)かたを仰(あふ)ぎゐたるが。泰時(やすとき)を見て一礼(いちれい)す。泰時うれしさの余(あま)り
射(ゐ)たりや五郎(ごらう)。仕(つかまつ)りたりや時頼(ときより)と。大音(だいおん)に褒詞(はうし)すれば。衆人(しゆじん)も共(とも)に射(い)たりや〳〵と。
其(その)射術(しやじゆつ)即智(そくち)を感(かん)じける。泰時(やすとき)も心中(しんちう)に。斯(かく)ては当日(たうじつ)の流鏑馬(やぶさめ)も。やはか

【挿絵】
時頼(ときより)幼(いとけなふ)して
 喬木(きやうほく)に纏(まと)ふ
足緒(あしを)を射(ゐ)て
 鷹(たか)を助(たす)く

仕損(しそん)じあるまじと。笑を含(ふくみ)て。其日(そのひ)を俟(ま)つ
    時頼(ときより)蒙(よつて)_二台命(たいめいに)_一勤(つとむる)_二流鏑馬(やぶさめを)_一話(こと)
鶴(つる)ヶ(が)岡八幡宮(おかはちまんぐう)と崇奉(あがめまつ)るは。古(いにし)へ人皇(にんわう)七十代 後冷泉帝(ごれいぜいてい)の御宇(おんとき)。永承(ゑいせう)
年間(ねんかん)。奥州(おうしう)阿部頼時(あべのよりとき)。王命(わうめい)を背(そむ)き。東国(とうごく)を逆乱(げきらん)なすにより 伊予守(いよのかみ)
源朝臣頼義(みなもとのあそんよりよし)に勅(ちよく)して。叛族(はんぞく)を征伐(せいはつ)なさせ給ふ。頼義(よりよし)東国(とうごく)へ進発(しんはつ)の
折(をり)から。石清水八幡宮(いはしみづはちまんぐう)に祈願(きぐはん)して。終(つひ)に頼時(よりとき)を誅伐(ちうばつ)し。帰洛(きらく)に及(およ)んで
この鎌倉(かまくら)由井郷(ゆいのこう)に。宮居(みやゐ)一宇(いちう)造営(ざうゑい)し八幡宮(はちまんぐ)を勧請(くはんじやう)し給ふ。時(とき)これ
康平(かうへい)六年/秋(あき)八月の事(こと)なりけり。其後(そのゝち)永保(ゑいはう)元年二月。頼義(よりよし)の嫡男(ちやくなん)
陸奥守源朝臣義家(むつのかみみなもとあそんよしいゑ)。あらたに修理(しゆり)を加(くは)へたまふより以来(このかた)。源家(げんけ)累代(るいたい)の
祖神(そじん)と崇(あが)め奉(まつ)りて。宮居(みやゐの)荘厳(さうごん)赫々(かく〳〵)たりしが平治(へいぢ)の乱(みだれ)より。源家(げんけ)衰(おとろ)へ。
平家(へいけ)世(よ)を取(とつ)て五十年。久(ひさ)しく幣帛(へいはく)を捧(さゝぐ)る人(ひと)なく。いつしか宮居(みやゐ)神(かみ)さびて。
殆(ほとん)ど荒廃(くはうはい)せんとせしに。故頼朝卿(こよりともけう)。鎌倉(かまくら)に入給ひてより。修造(しゆざう)遷宮(せんくう)なし

給(たま)ひ走湯山(はしりゆさん)の住侶(ぢうりよ)専光坊良暹(せんくはうばうれうせん)を。別当職(へつたうしよく)に補(ほ)し給ひ。爾来(しかしよりこのかた)。代々(よゝ)
の将軍(しやうぐん)。年々歳々(ねん〳〵さい〳〵)に修理(しゆり)を加(くは)へ給ふが故(ゆへ)。御燈(ごとう)の光(ひか)りは神殿(しんでん)に充(みち)て。自(おのづか)ら
神威(しんゐ)を顕(あらは)し。宮前(きうぜん)の奉華(りつくは)は日々(ひゞ)に栄盛(ゑいせい)して。見る〳〵神徳(しんとく)を表(しめ)す。
読経(とけう)の声(こゑ)振鈴(しんれい)の音(おと)。朝暮(てうぼ)の雲(くも)に響(ひゞ)き。鼓笛(こてき)の調(しらべ)霊香(れいかう)の薫(かほり)。朱(あけの)
籬(たまがき)にみち〳〵て。実(げに)も源家(げんけ)の繁栄(はんゑい)甍(いらか)に現然(げんせん)たり。将又(はたまた)今日(けふ)放生会(はふじやうゑ)
を執(しゆ)する事(こと)は。養老(やうらう)四年。人皇四十四代/元正天王(げんせうてんわう)の御宇(おんとき)。蛮夷(はんゐ)起(おこつ)
て。隅州(おほすみ)日州(ひうが)に逆乱(けきらん)す。是故(このゆゑ)に豊前(ぶせん)宇佐八幡宮(うさはちまんぐう)へ御祈誓(ごきせい)ありて。
則(すなはち)祢宜(ねぎ)辛島勝波豆米(からしまかちはづめ)といふ者(もの)に。神軍(しんぐん)を引率(いんそつ)せしめて。かの夷(ゐ)
賊(ぞく)を征伐(せいばつ)させ給ふに。神力(しんりき)のふしぎによつて。忽(たちまち)賊徒(ぞくと)を亡(ほろぼ)し。両国(れうごく)とも平治(へいち)
せり其後(そそのゝち)【そのゝちヵ】神託(しんたく)有(あり)けるは。抑(そも)今度(このたび)の合戦(かつせん)に。敵味方(てきみかた)性命(せいめい)を害(がい)せしむる事
幾千人(いくせんにん)。これが冥魂(めいこん)を慰(なぐさ)めんため。生(せう)あるものを放(はな)ちて命(めい)を助(たす)くべしと告(つげ)
給ふ。これより魚鳥(ぎよてう)を放(はな)ち神慮(しんりよ)をすゝめ奉る。所謂(いはゆる)放生会(はうじやうゑ)の由縁(ゆゑん)なり

殊(こと)に当社(たうしや)は。故頼朝卿(こよりともけう)。蛭(ひる)が小島(こしま)より起(おこつ)て。平家(へいけ)を西海(さいかい)に沈没(ちんほつ)せしむる
までに。人命(じんめい)を害(かい)する事/幾万人(いくまんにん)。よつて文治(ぶんち)四年/已来(このかた)毎年(としごと)に数万(すまん)の
魚鳥(ぎよてふ)を放生(はうじやう)し給ふ事/殊更(ことさら)厳重(けんぢう)なり。去程(さるほど)に北条(ほうでう)五郎/時頼(ときより)は。今(け)
日(ふ)流鏑馬(やぶさめ)の台命(たいめい)を蒙(かうふ)り。朝(あさ)まだきより設(まうけ)の席(せき)に着座(ちやくざ)して。その
時刻(じこく)を待(まち)けるに。恒例(かうれい)の法式(はふしき)。さま〳〵終(をは)りて。已(すで)に其時(そのとき)に及(およ)びしかば。
時頼(ときより)其日(そのひ)の行装(いでたち)には。薄紅梅(うすかうばい)の肌着(はだき)に紫錦(むらさきにしき)の裲襠(れうとう)を掛(か)け。白綾(しらあや)の
小袴(ごはかま)に。豹(ひやう)の皮(かは)の行縢(むかはぎ)。騎射笠(きしやかさ)には真紅(しんくれなひ)の紐(ひも)をしめ。連銭葦毛(れんぜんあしげ)の
馬(うま)に。五禄(ごろく)の鐙(あぶみ)をかけ。金/覆輪(ふくりん)の鞍(くら)を置(おき)。緋(ひ)の三(さん)がいに厚総(あつぶさ)かけたるに打(うち)
跨(またが)り。徐々(しづ〳〵)と歩(あゆま)せたるさま。実(げに)も北条の公達(きんだち)の。威(い)有(あつ)て猛(たけ)からず見えたり
ける。泰時(やすとき)はじめ一門(いちもん)家族(かぞく)。其余(そのほか)大名小名(だいめうせうめう)御家人等(ごけにんら)。片唾(かたづ)を飲(かん)【のんヵ】で見(けん)
物(ぶつ)ある。左(さ)なきだに物見長(ものみだけ)なる人民(じんみん)。ことに才智(さいち)の聞(きこ)えある。時頼(ときより)の流鏑(やぶさ)
馬(め)。左(さ)こそ目醒(めさま)しかるらんと。弥(いや)が上(うへ)に群集(くんじゆ)し。瞬(またゝき)もせで見物(けんぶつ)す。時頼(ときより)

聊(いさゝか)臆(おく)する気色(けしき)なく。法(はふ)を正(たゞ)して馬場(はゞ)に入(いり)三度(さんど)巡乗(わのり)し一鞭(ひとむち)打(う)ち。馬(うま)ををど
らせ一二三(いちにさん)。たてたる的(まと)の真直中(まつたゞなか)。将発々々(はつし〳〵)【為発ヵ】射(い)すまし給ふ。射術(しやじゆつ)馬術(ばじゆつ)の式(しき)
法(はふ)節度(せつと)。一(ひとつ)も欠(かけ)たる事なければ。知(しる)もしらぬも数万(すまん)の見物(けんぶつ)。異口同音(いくどうおん)に
射(い)たり〳〵と感称(かんしやう)の声(こゑ)止(やま)ざりけり。夫(それ)より十/番(ばん)の競馬(くらべうま)。佐渡前司(さどのせんし)已下(いか)是(これ)
を勤行(つとめ)。目出度(めでたく)諸儀式(しよぎしき)をはりける。抑(そも〳〵)時頼(ときより)幼稚(やうち)にして。才智(さいち)抜群(ばつくん)発(ばつ)
明(めい)し。諸術(しよじゆつ)にも又(また)暗(くら)からぬ。其(その)神妙(しんめう)上(か)み将軍(しやうぐん)より。下(しも)賎女(しづのめ)まで恐(おそ)れつゝ
此君(このきみ)成長(せいてう)して執権(しつけん)となり給はゞ。彼(かの)堯(けう)舜(しゆん)の御代(みよ)に等(ひと)しく。万民(ばんみん)歓楽(くはんらく)の
果(くは)を得(う)べしと。行末(ゆくすゑ)頼母(たのも)しくそ仰(あふ)ぎける
    正覚坊鉄心潔死話(しやうがくばうてつしんけつしのこと)
嘉禎(かてい)四年/改元(かいげん)ありて。歴仁(れきにん)と号(がう)し。又/二年(にねん)にして。延応元年改(ゑんわうくはんねんとあらた)む。今(こ)
年(とし)承久乱後(ぜうきうらんご)。隠岐(をき)の国(くに)へ遷幸(せんかう)ましませし。後鳥羽院(ごとばのいん)。かの島(しま)にて崩(はう)じ
たまひ。鎌倉(かまくら)には北条時房(ほうでうときふさ)および三浦義村(みうらよしむら)卒去(そつきよ)ある。翌年(よくねん)又/改元(かいげん)

ありて仁治(にんぢ)と改(あらた)む。しかるに同(おなじく)三年六月の末(すゑ)より。右京権大夫泰時(うきやうごんのたゆぶやすとき)重病(ちうびやう)に
かゝり給へば。将軍家(せうぐんけ)を始(はじ)め。嫡孫(ちやくそん)左近将監経時(さこんのせうげんつねとき)。同/舎弟(しやてい)五郎/時頼(ときより)以下(いか)
北条(ほうでう)の一門(いちもん)はいふに及(およ)はず。勤仕(きんし)の大名(たいめう)小名にいたるまで。汗(あせ)を握(にぎ)り息(いき)を呑(の)み。
寺社(じしや)の祈祷(きたう)医鍼(いしん)の療術(れうじゆつ)。其外(そのほか)百計(ひやくけい)をめぐらさると雖(いへど)も。毫毛(かうもう)の霊(れい)
験(げん)もあらず。終(つひ)に春秋(しゆんじう)六十二/歳(さい)。草頭(さうとう)の露(つゆ)とゝもに。消果(きえはて)給ふぞ悲(かな)しけれ。
これによつて泰時(やすとき)嫡孫(ちやくそん)左近将監経時(さこんのせうげんつねとき)を武蔵守(むさしのかみ)に任(にん)ぜられ。執権職(しつけんしよく)を
ぞつとめける。于爰(こゝに)鎌倉(かまくら)の東北(とうぼく)なる。花(はな)ヶ(が)谷(やつ)といへる処(ところ)に。阿曽氏(あそうぢ)と名(な)
乗(のり)。一人(ひとり)老母(らうば)と。雪枝(ゆきへ)といへる処女(むすめ)とすみけり。原(もと)は和田義盛(わだよしもり)の一族(いちぞく)なりしが。
和田(わた)一軍(いちぐん)のとき。父何某(ちゝなにがし)戦死(うちじに)のゝちは。此所(このところ)に侘居(わびすみ)して。細(ほそ)き煙(けふり)を立(たて)けるに。
雪枝(ゆきえ)すでに二八(にはち)の春(はる)をむかへ。天(てん)の做(な)せる美艶(びゑん)にして。巫山(ふさん)の神女(しんぢよ)も
これに増(まさ)るべうは見えざりけるが。極(きはめ)て貞操(ていさう)純孝(じゆんかう)にして。老母(らうぼ)に仕(つか)ゆる事
甚(はなは)だ厚(あつ)く。朝夕(あさゆふ)の孝養(かうやう)怠(おこた)る事(こと)なかりしが。此頃(このころ)老母(らうば)。風(かぜ)の心地(こゝち)とて伏(ふし)けるに。

原来(もとより)七十歳(なゝそぢ)の齢(よはひ)なれば。日(ひ)を経(へ)て頼(たの)み少(すくな)く見えぬれば。雪枝(ゆきえ)が悲(かな)しみ比(たと)
類(ふる)に的(もの)なく。希(こひねがは)くは身(み)を贄(にへ)とし。母(はゝ)の命(めい)を延(のべ)ばやと。十七八町ばかり東方(ひがし)なる。
瀬戸(せど)の明神(めうじん)へ立願(りうぐはん)し。七日(なぬか)ヶ(の)間(あひだ)日参(につさん)の志願(ねがひ)をおこしけるが。流石(さすが)若(わか)き女(をんな)の
身(み)。孤独(ひとり)は道(みち)のさはりも有(あら)んと。丈(たけ)なる髪(かみ)を惜気(をしげ)もなく。小短(みじかく)きりて男髷(をとこわげ)と
し。子童(わらは)の体(てい)に行装(いでたち)て。母(はゝ)の熟寝(うまね)のひま〴〵に。忍(しの)びて明神(かみ)へまうでつゝ。
南無(なむ)瀬戸(せど)の明神(めうじん)。老母(はゝ)が所労(いたはり)今一度(いまいちど)。希(ねがは)くは快気(くはいき)なさしめ給へ。若(もし)も天寿(てんじゆ)
こゝに限らば。我生命(わがいのち)を以(も)て換(かへ)させたまへ。只(たゞ)ひたすらに愛愍納受(あいみんなうじゆ)なしてたべと。
一心(いつしん)に懇願(こんぐはん)する事(こと)。已(すで)に三夜(みよさ)に及(およ)ぶ。爰(こゝ)に又(また)金蔵院(こんざういん)といへる寺門(てら)の学侶(でし)に。
正覚房(せうがくはう)といふものあり。此僧(このさう)弐歳(にさい)のとき父母(ちゝはゝ)におくれ。七才にして釈門(しやくもん)に帰入(きにう)し。
諸経(しよけう)に眼(まなこ)をさらし。身(み)には三衣(さんえ)の破裂(はれつ)をも厭(いと)はず。心(こゝろ)は三毒(さんどく)の霧(きり)に犯(おか)され
ず。行(おこな)ひすまして有(あり)けるが。猶(なほ)其勤行(そのごんきやう)。怠慢心(たいまんしん)のあらん事(こと)を恐(おそ)れて。堺(さかひ)の地蔵(ぢざう)
尊(そん)に立願(りうぐはん)し。日々(にち〳〵)参詣(さんけい)なしたるに。此日(このひ)は師(し)の坊(はう)に諸侯(しよこう)の来賓(らいきやく)ありて。其(その)

饗応(もてなし)に奔走(ほんさう)し。やう〳〵二更(にこう)すぎて隙(ひま)を得(え)しかば。さらば此間(このひま)に参詣(さんけい)せんと。晴(はれ)
わたりたる月(つき)に乗(じやう)し。清光(せいくはう)に心(こゝろ)を澄(すま)して。彼(かの)地蔵堂(ぢざうだう)に詣(まう)て良(やゝ)祈願(きくはん)なし。既(すで)
に身(み)を起(おこ)し帰(かへ)らんとする折(をり)から。雪枝(ゆきえ)も明神(めうじん)より帰(かへ)り来(き)たり。此(この)地蔵堂(ぢざうだう)
の前(まへ)を過(すぎ)んとするに。豈不計(おもひもよらず)人(ひと)の突出(つといで)しに。心中(しんちう)に驚(おどろき)しが。殊勝気(しゆしやうげ)なる僧(しゆつ)
侶(け)なれば。些(すこ)し心(こゝろ)を休(やす)んじ。一揖(ゑしやく)して過(すぐ)るに。正覚坊(せうがくばう)もいぶかしく。未(いまだ)年若(としわか)き
小童(わかしゆ)の。深更(しんかう)といひ供(とも)もなく。忍(しの)びやかに打過(うちすぐ)るは。若哉(もしや)狐狸(こり)の類(たぐ)ひならめやと。
吃度(きつと)【屹度ヵ】目(め)をとめ熟(よく)見るに。袗(えり)【衿ヵ】元(もと)宛(あたか)も雪(ゆき)を欺(あざむ)き。乱(みだ)れたれども髪際(かみぎは)美(うるは)しく。
緑(みどり)の黒髪(くろかみ)手房(たぶ)やかにして。其(その)風姿(ふうし)艶容(えんやう)たたふるに【たとふるにヵ】物(もの)なし。正覚坊(せうかくはう)猶(なほ)も不(ふ)
審(しん)し。小童(わらは)が後(しりへ)に随(そ)ふて行(ゆく)に。雪枝(ゆきえ)も純孝(じゆんかう)の志(こゝろざし)は雄々(をゝ)しけれど。流石(さすが)女の
心/細(ほそ)く。僧徒(さうと)の事(こと)なればよき道(みち)の辺(べ)の力艸(ちからぐさ)と。徐々(しづか)に歩行(ゆけ)は正覚坊(せうかくばう)。やがて
おし並(なら)び面(おもて)を見るに。原(もと)より十二分(しうにぶん)の顔色(がんしよく)。ことさら男行装(をとこでたち)に猶(なほ)麗(うるは)しく。愛敬(あいけう)
盈(こぼ)るゝ計(ばかり)なるに。左(さ)ばかり堅固(けんご)の鉄心(てつしん)も。こゝに蕩(とろけ)て淫念(いんねん)発動(きざし)。我(われ)を忘(わす)れて

言葉(ことば)をかけ。いかに公達(きんだち)。斯(か)ばかり小夜(さよ)も更行(ふけゆき)て。漁人(きよじん)の往来(わうらい)も絶(たへ)たる浜辺(はまべ)を。
雄々(をゝ)しくも独歩(ひとりだち)給ふは。何地(いづち)いかなる上臈(じやうらう)に。心通(こゝろかよ)はせ給ふらん。いと妬(ねたく)こそ侍(はべ)りけれ。
されど夫(そ)は兎(と)まれ角(かく)まれ。同(おな)じ道(みち)を帰(かへ)らんには。君(きみ)が館(たち)に送(をく)り参(まゐ)らせん。今夜(こよひ)は
月(つき)の清(きよ)けれど。仰指(あれ)御覧(ごらん)ぜよ浮雲(うきくも)の。屡々(しば〳〵)光(ひかり)を隔(へた)つれば。浜松(はまゝつ)が根(ね)にや爪(つま)
突(つぎ)給はん。御手(おんて)を取(とら)させ給へよと。慾念(よくねん)満面(まんめん)に顕(あら)はせば。雪枝(ゆきえ)は驚(おどろ)きその手(て)を
払(はら)ひ。左(さ)やうに浮(うき)たる事(こと)には侍(はんべ)らず。老母(はゝ)の病(いたづき)祈念(いのり)のため。瀬戸(せど)の御神(みかみ)へ参(まゐ)りし
なり。さこそは病母(はゝ)の俟(まち)給はんと。心忙(こゝろせは)しく侍(はへ)れば。免(ゆる)させ給へと行(ゆか)んとす。正覚(せうかく)
袂(たもと)を聢(しか)と取(と)り。我(われ)も斯(か)ばかり淫念(いたづらこゝろ)。これまで仮(かり)にも発(いで)ざるに。いかなる因果(えにし)か
はじめて見し。衆童(しゆどう)すがた艶々(なよやか)なるに心(こゝろ)動(うご)き。我(われ)にもあらで乱(みだ)れたり。いざや兄弟(けうだい)
の因(ちなみ)せんと。帯際(おひぎは)とつて引(ひき)よすれば。雪枝(ゆきえ)は漸(やうや)く其意(そのい)をさとりて。其手(そのて)を取(とつ)
て慇懃(いんぎん)に。今(いま)は何(なに)をか包(つゝむ)べき。男姿(をとこすがた)に省(やつせ)ども。実(まこと)は男(をとこ)には候(さふら)はず。これ見て諳(さとり)
り給ふべしと。胸(むね)おしわけれ?乳(ち)を顕(あらは)し。凡(およそ)女(をんな)は老若(らうにやく)を撰(えら)はず。三衣(さんえ)法身(はふしん)に

【挿絵】
正覚坊(せうかくばう)
 雪枝(ゆきえ)に
 懸想(けさう)す 

親近(ちかづく)こと。仏神(ぶつしん)の冥慮(めうりよ)空恐(そらおそ)ろし。况(いはん)や祈願(きぐはん)の身(み)にしあれば。免(ゆる)させ給へと
詫(わび)ければ。正覚(せうかく)この理(ことはり)を聞(きゝ)て。忙然(ばうぜん)として立(たつ)たる隙(ひま)に。足(あし)を速(はや)めて遁(のが)れ去(さる)。
正覚(せうがく)は漸(やう〳〵)心(こゝろ)われに帰(かへ)り。且(かつ)驚(おどろ)き且(かつ)歎(なげ)き。嗟呼(あゝ)悲(かなしき)かな〳〵。慾念(よくねん)に眼(まなこ)蔽(おほひ)て。
男女(なんによ)の境(さかひ)をだに見る事(こと)を得(え)ず。知(しら)ざる事(こと)にも女(をんな)に戯(たはぶ)れ。艶言(うつゝこと)を吐(はき)て誘(いさな)はん
とし。尊(たふと)き仏意(ぶつち)を汚(けが)したる。我心(わかこゝろ)こそ浅(あさ)ましけれと。三衣(さんえ)を払(はら)ひ本坊(ほんはう)に帰(かへ)り。
直(たゞち)に本尊(ほんそん)に向(むか)ひ奉(まつ)り。観念(くはんねん)の座(ざ)に入(いり)て。更(さら)に意(こゝろ)を。清浄界(しやう〴〵かい)に遊(あそ)ばんとするに。
忽(たちまち)先(さき)に見し。童(わらは)の面影(おもかげ)目前(もくぜん)に遮(さへぎ)り。妄執(もうしう)の雲(くも)座禅(ざぜん)の床(ゆか)に蔽(おほふ)ふ。是(こ)は
浅猿(あさまし)く忌(いま)はしゝ。女(をんな)と知(し)りなば忽(たちまち)に。妄念(まうねん)も頓(とみ)に晴(はる)べきに。一たび眼(まなこ)にさへぎる
処(ところ)。早(さや)くも心(こゝろ)に染(そみ)うつり。去(さら)んとすれど立(たち)も離(はな)れず、破戒(はかい)堕落(だらく)の身(み)と
なる歟(か)と。本尊(ほんぞん)に投伍(とうご)して。清浄心(しやう〴〵しん)を求(もと)むれども甲斐(かひ)なし。於是(こゝにおゐて)正覚(せうがく)
房(ばう)。つく〳〵と思(おも)へらく。抑(そも〳〵)不動明王(ふどうめうわう)の利剣(りけん)といつは。煩悩(ぼんにふ)【ぼんなふヵ】の離(はな)れがたきを。絶(たち)給ふ
の刃(やいば)なれば。我(わ)が一心(いつしん)を以(も)て。明王(めうわう)の冥助(めうじよ)を祈(いの)らば。いかでか慾念(よくねん)断(たゝ)ざるべき。

爾也(しかなり)〳〵と。我(われ)に問(と)ひ。我(われ)に答(こた)へて。直(たゞち)に身(み)を翻(ひるがへ)して。行合(ゆきあひ)川(かは)の源(みなもと)なる。音無(おとなし)
の滝(たき)の逆流(げきりう)に身(み)を浸(ひた)し。偏(ひとへ)に愛欲(あいよく)の念(ねん)を断(た)ち。清浄(しやう〴〵)心地(しんち)に至(いたら)ん事(こと)を立(りう)
願(ぐはん)し。三日三夜(さんしつさんやの)荒行(あらぎやう)し。目瞬(めまじろが)ず肌緩(はだへたゆま)ず。清涼水(しやうれうすい)にて我(わが)明鏡(めいけう)をそゝぐさま。
彼高雄(かのたかを)なる文覚上人(もんがくしやうにん)。那智(なち)の瀑泉(たき)に行(ぎやう)せしも。是(これ)にはいかで益(まさ)るべきと。殊(こと)に
尊(たふと)く覚(おぼ)えけり。実(げに)にや一心(いつしん)動(うご)かざれば。万物(ばんもつ)転倒(てんどう)せずと。明王(めうわう)の冥助(みやうじよ)こゝに
奇瑞(きずい)を得(え)て。迷路(めいろ)の霞(かすみ)忽(たちまち)はれ。快然(くはいぜん)たる事/夢(ゆめ)の覚(さめ)たるがごとく。本原(ほんげん)【左ルビ「もと」】
の潔白堺(けつはくかい)【左ルビ「きよきこころ」】に帰生(きしやう)【左ルビ「かへり」】せしかば。正覚(せうがく)は歓喜踊躍(くはんきゆやく)して。明王(めうわう)を礼拝(らいはい)し了(おはり)て。熟(つく〳〵)
と思ひけるは。夫(それ)娑婆世界(しやばせかい)にあること須臾(しばらく)なりといへとも。凡身(ぼんしん)未練(みれん)の浅猿(あさまし)
さは。六根(ろつこん)の迷(まよ)ひ何時(いつ)をはかるべからず。抑(そも〳〵)我(われ)七才にて釈門(しやもん)に入(いり)経論(けうろん)に眼(まなこ)を晒(さら)
し。法聞(はふもん)に耳(みゝ)を洗(あら)ふ事(こと)三十/年(ねん)。日々(ひゞ)の勤行(ごんぎやう)更(さら)に怠(おこた)らざるが故(ゆへ)。曾(かつ)て思(おも)ふ。何(なに)
者(もの)か我(わが)この眼目(がんもく)。この心意(しんい)を犯(おか)し汚(けが)し得(え)んやと。難有(ありがた)かりしも自然(をのつから)。驕慢(をこりあなどる)
の心(こゝろ)より。一時(いちじ)に淫念(いんねん)発動(ほつどう)し。眼心(がんしん)ともに迷冥(めいめう)して。既(すで)に大罪極悪(だいざいごくあく)の人(ひと)と

ならんとせし。これ仮(かり)の世(よ)に有(ある)が故(ゆゑ)。迷雲(まよひくも)にも蔽(おほは)れぬれ。今(いま)幸(さいはひ)の明王(めうわう)の。利(り)
剣(けん)を以(もつ)て。執着(しうぢやく)の念(おもひ)をたちて。潔白(けつはく)清浄心(しやう〴〵しん)となりぬれば。此時(このとき)を過(すご)さず。菩(ぼ)
提(だい)の門出(かどで)なさば。極楽(ごくらく)仏国(ぶつこく)にいたらん事(こと)。何疑(なにうたがひ)かあらん。暫(しばら)くも此(この)穢土(えど)に
有(あ)るこそ恐(おそ)ろしけれと。此始末(このしまつ)を具(つぶさ)に遺書(いしよ)して。数丈(すでう)の飛泉(たき)を攀登(よぢのほ)り。
眼下(がんが)の峨々(がゝ)たる岩上(がんせう)に。身(み)を倒(さかさま)に投落(なげおとし)て。頭(かしら)を砕(くだ)き死(しゝ)たりけるも。嗚呼(あゝ)末(まつ)
世(せ)の今(いま)の僧徒(さうと)には。有難(ありがた)かりける志(こゝろざ)しなり
    頼嗣公元服頼経公上洛話(よりつぐこうげんぶくよりつねこうせうらくのこと)
寛文(くはんぶん)【「寛文」に取消線。上欄に書込み「恐天文乎 寛元」】二年の春(はる)。将軍頼経公(しやうぐんよりつねこう)。倉卒(にはか)に鎌倉(かまくら)の神社仏閣(じんじやぶつかく)。巡覧(じゆんらん)し給はん
命令(めいれい)によつて。供奉(ぐぶ)には北条(ほうてう)五郎/時頼(ときより)を上供(ともがしら)とし。其外(そのほか)近仕(きんしゆ)外侍(とさま)の輩(ともがら)。
少々計(せう〳〵ばかり)召連(めしつれ)られ。質素(しつそ)を専(もつぱ)らとして巡見(じゆんけん)ある。是(こ)は此二三ヶ/年(ねん)。打(うち)つゞきて
風雨(ふうう)火災(くはさい)あり。田畠(でんはた)民家(みんか)損亡(そんばう)多(おほ)く。四民(しみん)の恐怖(けうふ)止(やむ)ときなく。六ヶ/年(ねん)に五ヶ
度(と)の改元(かいげん)なし。諸社(しよしや)諸山(しよさん)に。奉幣(はふへい)法楽(はふらく)屡(しば〳〵)にて。天神地祇(てんじんちぎ)及(およ)び仏陀(ぶつだ)の。

加護(かご)を求(もと)め給へども。猶(なほ)種々(さま〴〵)の怪異(けい)ありしかば。将軍(せうぐん)御意(みこゝろ)を悩(なやま)し給ひ。
兎角(とかく)に遁世(とんせい)の御意(みこゝろ)まし〳〵。遠(とを)からず将軍(しやうぐん)を辞(じ)し遁(のが)れ。御故郷(おんふるさと)都(みやこ)に
隠栖(いんせい)なし。自(おのづか)らなる月花(つきはな)を楽(たの)しみ給はん臆念(おくねん)にて。東国(とうごく)の名残(なごり)も此春(このはる)
ばかりと。巡見(じゆんけん)を催(もをふ)【もよふヵ】し給ふとぞ。先(まづ)鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)に参詣(さんけい)あり。天下安全(てんかあんせん)の御(ご)
丹誠(たんせい)まし〳〵。猶(なほ)風色(ふうしよく)を御覧(ごらん)あるに。後(うしろ)は峨々(がゝ)たる鎌倉山(かまくらやま)。松樹(せうじゆ)深々(しん〳〵)として昏(くれ)を
過(あやま)り。前(まへ)には由井(ゆゐ)の浜/塩(しほ)の干潟(ひかた)に蜑人少女(あまをとめ)。玉藻(たまも)ひろひつ磯菜(いそな)つむ容(さま)。
只(たゞ)写(うつ)し絵(ゑ)を見るがごとく。過難(すきがて)にこそ思召(おぼしめす)なれ。夫(それ)より所々(しよ〳〵)を廻覧(みめぐり)し給ふ。その
日(ひ)も金烏(きんう)西山(せいざん)に舂(うすつ)き。晩鐘(ばんしやう)黄昏(くはうこん)を告(つぐ)る程(ほど)に。御輿(みこし)を早(はや)めて御帰館(ごきくわん)
を急(いそ)ぎ。腰越村(こしごへむら)をすぎて。行合川(ゆきあひがは)を越(こ)させんとするに。所(ところ)の荘官(せうや)及(およ)び
役人(やくにん)。御列(おれつ)の先手(さきて)へ申やう。只今(たゞいま)この川上(かはかみ)音無(おとなし)の滝(たき)に。非常(ひじやう)の穢(けが)れ出来(いできたり)
たれば。御通行(ごつうこう)いかゞ候(さふら)はんと言上(ごんしやう)なせしかば。御先手(おさきて)より時頼(ときより)に伺(うかゞ)ふ。時頼/則(すなはち)
荘官(さうや)どもを馬前(ばせん)に召(めさ)れ。其子細(そのしさい)を尋(たづぬ)るに。阿曽氏(あそうぢ)が事(こと)より。正覚坊(せかくばう)が

始末(しまつ)并(なら)びに遺書(ゆいしよ)の趣(おもふき)。逐一(ちくいつ)に申上しかば。殆(ほと)んど時頼(ときより)感(かん)じ入(いり)。御先衆(おさきしゆ)を招(まね)き。
凡(およそ)川水(かはみづ)は。八/尺(しやく)流(なが)るゝ時(とき)は清(きよ)し。况(いはん)や正覚房(せうがくばう)。一度(ひとたび)淫念(いんねん)に心意(しんい)を穢(けが)すと
いへども。既(すで)に末期(まつご)には。清浄界(しよう〳〵かい)に入し上(うへ)は。強(あなが)ち流(なが)れを穢(けが)すにはあらず。苦(くる)し
からず御通行(ごつうこう)有べしと。行合川(ゆきあひがは)を越(こし)て御帰館(ごきくはん)なし奉る。かくて翌日(よくじつ)評定(へうでう)
所(しよ)にて舎兄(しやけう)経時(つねとき)。其外(そのほか)老臣(らうしん)列座(れつざ)にて時頼(ときより)正覚房(せうがくばう)鉄心(てつしん)をかたり。かの
遺書(ゆいしよ)を披(ひら)きて論(ろん)じ給ふは。今(いま)の世(よ)には難有(ありがたき)僧徒(さうと)なり。これ併(しかし)ながら仏(ふつ)
門(もん)のみにあらず。君(きみ)に仕(つかふ)る者(もの)も又/斯(かく)のごとし。忠心(ちうしん)義胆(きだん)の外(ほか)に。私(わたくし)の念(ねん)を有(ある)は。
僧徒(さうと)邪念(じやねん)あるに異(こと)ならず。左(さ)有(あら)ば皆人(みなひと)の亀鑑(きがん)といふべきか。就中(なかんづく)僧徒(さうと)
の輩(ともがら)。兎角(とかく)に行状(けうじやう)正(たゞ)しからず。故泰時朝臣(こやすときあそん)かたく成敗(せいばい)の法(はふ)を出(いだ)したまふと
いへども。猶(なほ)放逸(はういつ)の僧侶(そうりよ)多(おほ)し。これらの戒(いましめ)且(かつ)は後代(こうだい)の鑑(かんがみ)に。この事蹟(しせき)遺書(ゐしよ)
等(とう)を書写(かきうつ)せしめ。諸寺(しよじ)諸山(しよさん)に。触(ふれ)知(し)らせて然(しか)るべからんと申されければ。経時(つねとき)始(はじめ)
老臣(らうしん)。皆(みな)尤(もつとも)と同(どう)じ。軈(やが)て諸国(しよこく)に相/触(ふれ)給ふ。扨又/阿曽氏(あそうぢ)か孝女(かうちよ)雪枝(ゆきえ)を

召出(めしいだ)し給ふに。此(この)とき老母(らうぼ)既(すで)に死(しゝ)て。雪枝(ゆきえ)ひとり歎(なけ)きの中(うち)に。喪(も)を勉(つとむ)るよし
を申上ければ。時頼(ときより)舎兄(しやけう)と談(だん)じ。その純孝(じゆんかう)を厚(あつ)く賞(しやう)し。金銭(きん〴〵)多(おほ)く賜(たま)はり。
心(こゝろの)まゝに仏事(ぶつし)作善(さぜん)なさしめ。五旬(ごしゆん)の喪(も)果(おは)りてのち。時頼(ときより)の計(はから)ひとして。御簾中(ごれんちう)
に仕官(みやづかへ)なさしめ。食禄(しよくろく)あまた賜(たま)ひける。去程(さるほど)に将軍頼経(せうぐんよりつね)公には。御嫡男(ごちやくなん)頼嗣(よりづく)
君(ぎみ)。いまだ六/歳(さい)にならせ給ふを。倉卒(にはか)に御元服(おげんぶく)の儀式(ぎしき)を
執行(とりおこなは)しめ給ふ。織部正(おりべのかみ)
晴賢(はるかた)。日時(にちじ)の勘文(かんぶん)を奉(たてまつ)り。御理髪(ごりはつ)北条時頼(ほうでうときより)。御加冠(ごかくはん)は武蔵守経時(むさしのかみつねとき)ぞ
つとめらる。時(とき)これ寛元(くはんげん)二年四月廿一日。抑(そも〳〵)頼嗣公(よりつぐこう)の御母(おんはゝ)は。所謂(いはゆる)大納言(だいなごん)
定能卿(さだよしけう)の御孫(おんまご)。中納言親能卿(ちうなごんちかよしけう)の御息女(ごそくじよ)にて。二棟(ふたむね)の御方(おんかた)と申けり。されば
新左衛門尉盛時(しんざゑもんのでうもりとき)を以(もつ)て。頼嗣(よりつぐ)将軍(せうぐん)たらん事を奏(そう)せしめ給ふ。盛時(もりとき)台命(たいめい)
を畏(かしこ)み。即日(そくじつ)鎌倉(かまくら)をうち立(たつ)て。昼夜(ちうや)をわかたず上洛(せうらく)し。台命(たいめい)の趣旨(おもむき)を
奏(そう)し奉(たてまつ)るに。首尾(しゆび)よく宣下(せんげ)の綸旨(りんし)を給はり。則五月五日に鎌倉(かまくら)に帰着(きちやく)
なし。直(たゞち)に綸旨(りんし)を奉(たてまつ)れば。頼経(よりつね)公/満足(まんぞく)し給ひ。こと(こと)更(さら)菖蒲(あやめ)の佳辰(かうしん)【かしんヵ】也とて

今日(こんにち)より征夷大将軍頼嗣公(せいゐだいせうぐんよりつぐこう)と崇(あがめ)奉(たてまつ)り。十下(せうげ)万歳(ばんぜい)をぞ唱(とな)べける。前将軍(さきのせうぐん)
頼経公(よりつねこう)には。年来(ねんらい)の素懐(そくはい)を遂(とげ)給ひ。同七月五日に。御/飾(かざり)を薙(おろ)させ給ふ。
御戒師(おんかいし)には。岡崎大僧正成厳(をかざきだいそうしやうじやうげん)。御/剃刀(かみそり)は帥僧正(そつのさうぜう)。指燭(しそく)は院円法印(ゐんゑんほういん)こ
れを勉(つと)め。御法号(ごほうかう)を行智(ぎやうち)とぞ尊称(そんしやう)し奉る。来春(らいしゆん)は上洛(せうらく)まし〳〵て。都(みやこ)
六波羅(ろくはら)に御所(ごしよ)を造営(ざうゑい)して。世塵(よのちり)をはらひ褥茵(ぢよくいん)を脱(だつ)して。世涯(せうがい)を逸(いつ)
楽(らく)なし給はん設備(ようい)をなし給ふ。これ御在職(ございしよく)の中(うち)。国家(こくか)穏(おだや)かならざるにより。
御慎(おんつゝし)みのため御譲補(ごじやうほ)ましますといへど。実(じつ)は北条義時(ほうでうよしとき)より。今(いま)経時(つねとき)にいたる迄。
家(いへ)の権柄(けんへい)盛(さかん)にし。将軍(せうぐん)は名(な)のみにて。天下(てんか)の政務(せいむ)一円(いちゑん)に。北条(ほうでう)が計(はか)らひを
患(うれ)ひ給ひ。密(ひそか)に思召(おぼしめし)を。三浦康村(みうらやすむら)に告(つげ)て。斯(かく)遁世(とんせい)はなし給ふ。翌年(よくとし)七月
十一日/住馴(すみなれ)給ひし星月夜(ほしづきよ)。鎌倉山(かまくらやま)をあとに見て。都(みやこ)の空(そら)にいぞがせつゝ。
同しく廿七日/六波羅(ろくはら)新造(しんざう)御所(ごしよ)に入せ給ひ。終(つゐ)に御一生(ごいつせう)を送(をく)らせ給ひけり
    時頼任執権(ときよりしつけんとなつて)挫(ひしく)_二光時叛心(みつときかはんしんを)_一話(こと)

寛永(くはんゑい)三年の冬(ふゆ)の頃(ころ)より。執権武蔵守経時(しつけんむさしのかみつねとき)。はからざるに黄疸(わうたん)の病(やまひ)を
煩(わづら)ひ給ひ。始(はじめ)のほどは更(さら)に恐(おそ)れもあらざりしが。追々(をい〳〵)重病(じうびよう)となり。全身(ぜんしん)さながら
黄金(わうごん)の肌(はだ)の如(ごと)く。気色(きそく)喘急(ぜんきう)して苦悩(くのう)甚(jはなはだ)しく。御傍(おそば)に候(かう)ずる近仕(きんし)侍女(じじよ)。
面部(めんぶ)手足(てあし)衣体(ゑたい)まで。こと〴〵く黄色(わうしよく)を帯(をひ)て。中々(なか〳〵)御本(ごほん)■(ぶく)【復ヵ】の気色(けしき)更(さら)になし。
元来(もとより)医術(ゐじゆつ)種々(さま〴〵)にて。倉公華佗(さうこうくわだ)が秘術(ひじゆつ)を奉(たてまつ)れども。其功(そのかう)些少(すこし)も奏(そう)せず。
諸寺(しよじ)諸山(しよさん)の祈祷(きとう)奉幣(ほうへい)も。聊(いさゝか)奇験(きずい)あらずして。翌(よく)四年四月/一日(ついたち)三十三/才(さい)
にて卒去(そつきよ)せり爾之(これによつて)執権職(しつけんしよく)を。舎弟(じやてい)時頼(ときより)にぞ台命(たいめい)ある。時頼(ときより)さま〴〵
辞退(じたい)し給へども更(さら)に免(ゆる)し給はねば。終(つゐ)に補任(ほにん)し。五代の執権左近将監時頼(しつけんさこんのせうげんときより)
相続(さうぞく)して。頼嗣将軍(よりつぐせうぐん)を補佐(ほさ)なし給ふ。鎌倉(かまくら)の人民(じんみん)。前将軍(さきのぜうぐん)は御譲補(ごじやうほ)
まし〳〵。執権経時(しつけんつねとき)の卒去(そつきよ)を惜(おし)み奉(たてまつ)るといへども。兼(かね)て聡明(さうめい)の聞(きこ)えある。時(とき)
頼(より)執権(しつけん)と成(なり)給へば。始(はじめ)て天日(てんじつ)を仰(あほ)くがごとく。上下(じやうけ)万民(ばんみん)挙(こぞつ)ては万歳(ばん〳〵ぜい)をぞ
唱(とな)へける。于爰(こゝに)計(はか)らざる珍事(ちんじ)こそ出来(いできた)れれ。其所以(そのゆへ)は故武蔵守泰時(こむさしのかみやすとき)の

舎弟(しやてい)に。名越遠江守朝時(なごしとう〳〵みのかみともとき)の嫡子(ちやくし)。越後守光時(えちごのかみみつとき)といふものあり。父(ちゝ)朝時(ともとき)は
去年(きよねん)卒(そつ)し。則(すなはち)光時(みつとき)家督相続(かとくさうぞく)なしけるが。光時(みつとき)兼(かね)て思(おも)ふやう。我(われ)いやしくも
泰時(やすとき)が甥(をい)に生(うま)れながら。北条(ほうでう)の氏(うじ)をも名乗(なの)らで。殊(こと)に我(わが)従父弟(いとこ)の子(こ)
に執権(しつけん)を奪(うばさ?)はれ。おめ〳〵膝下(しつか)に手(て)を拱(こまぬ)き。その命令(めいれい)を受(うく)る事(こと)。彼是(かれこれ)
無念(むねん)の事(こと)どもなり。哀(あは)れ折(をり)も哉(がな)。北条一家(ほうでういつけ)を打斃(うちほろぼ)し。一度(いちど)執権(しつけん)の職(しよく)を
努(つとめ)て。天下(てんか)の権勢(けんせい)を握(にぎ)らん事。武門(ぶもん)の誉(ほま)れ。此上(このうへ)やあるべきと。専(もつは)らその
時節(じせつ)を伺(うかゝ)ふ処(ところ)に。今般(こんはん)経時(つねとき)卒去(そつきよ)にのぞみ。須破(すは)この時(とき)を捨(すて)べからずと。
一族(いちぞく)但馬前司定員(たじまのぜんじさだかす)。同/嫡子(ちやくし)兵衛大夫定範(へうゑのたゆふさだひろ)【さだのりヵ】等(ら)を。密(ひそか)に話合(かたらひ)。その設備(ようい)
を做(なす)ところに。壁牆(へきしやう)に耳(みゝ)あり。岩石(かんせき)に口(くち)ある金言(きんごん)。誰(たれ)いふとなく在鎌倉(ざいかまくら)の
大名(たいめう)に。反逆(ほんぎやく)の設(まうけ)ありて。不日(ふじつ)に合戦(かつせん)あるべきと。一犬(いつけん)吼(ほゆ)れば。万犬(ばんけん)の諺(ことわざ)。商工(せうこう)
の輩(ともがら)老(をひ)を脊負(せおひ)。子(こ)を抱(いだ)き。資財(しざい)を肩(かた)にして山林(さんりん)にかくれ。又(また)は隣国(りんごく)に遁(のがれ)
さらんと。阡陌(せんはく)を縦横(じうわう)に奔走(ほんさう)せしかば。諸侯(しよこう)御家人等(ごけにんら)魁夫(はやりを)の面々(めん〳〵)は。甲冑(かつちう)に

身(み)をかため。弓箭(きうせん)鎗刀(さうとう)を横(よこ)たへ。将軍(せうぐん)の御所(ごしよ)へ駆(はし)るもあれば。北条(ほうでう)が館(やかた)へ参(まい)【まいるヵ】
もあり。一時(いちじ)に鎌倉中(かまくらぢう)。上(うへ)を下(した)へと■(もん)【悶ヵ】着(ぢやく)す。こゝに頼経(よりつね)公の近仕(きんし)。太宰少(だざいのせう)
弐(に)忠重(たゞしげ)は。此(この)騒動(さうどう)を聞(きく)よりも。誰(た)が反逆(ほんぎやく)とはしらねども。将軍(せうぐん)の御所(ごしよ)こそ
大事(だいじ)なれと。甲冑(かつちう)花奢(はなやかに)行装(いでたち)。従卒(じうそつ)三十/人計(にんばかり)引具(ひきぐ)して。北条(ほうでう)が館(やかた)の
表通(おもてとほ)り。中下馬(ちうげば)の橋(はし)を駆(かけつ)て行所(ゆくところ)に。渋谷(しぶや)の一族(いちぞく)。北条亭(ほうでうてい)を固(かた)め居(ゐ)たり
しが。渋谷(しぶや)が家(いへ)の子(こ)金刺五郎(かなざしごらう)。少弐(せうに)が馬前(ばぜん)にたち塞(ふさが)り。忠重(たゞしげ)どのに於(おい)ては。
いさゝかも疑(うたか)ひ申には非(あら)ざれど。今日(こんにち)不意(ふゐ)の此(この)騒動(さうどう)。事(こと)の実否(じつふ)紛々(ふん〳〵)たれば
北条殿(ほうてうどの)を守護(しゆご)ならば格別(かくべつ)。御所(こしよ)へ参(まゐ)り給ふとならば。やはか壱人(いちにん)も通(とう)すまじ。
太宰少弐(だざいのせうに)大(おほひ)に怒(いか)り。推参(すいさん)なり金刺(かなざし)五郎。忠重(たゞしけ)は将軍(せうぐん)昵近(ちつきん)の者(もの)。北条氏(ほうてううじ)
の臣(しん)ならず。いかでか御所(ごしよ)へ参(まい)らずして。北条氏(ほうでううじ)を守護(しゆこ)せんや。勿論(もちろん)かゝる
珍事(ちんじ)と聞(き)かば。北条殿(ほうでうどの)にも一番(いちばん)に。御所(ごしよ)へ馳向(はせむか)ひ給ふべきに。自宅(じたく)に引籠(ひきこも)り
居(ゐ)給ふさへに。御所(ごしよ)を守護(しゆご)する我々(われ〳〵)を。引止(ひきとゞ)めらるゝ不審(ふしぎ) さよ。余人(よじん)は兎(と)

【挿絵】
頼(ときより)の
 一言(いちごん)
 万卒(ばんそつ)を
  伏(ふく)せしむ

あれ忠重(たゞしげ)に於(おゐ)ては。通(とふさ)じとて通(とほ)らでやは。弥(いよ〳〵)通(とほ)さじと支(さゝ)ゆるは。御所(こしよ)に向(むか)ひて
弓曳(ゆみひく)に同(おな)じ。有左(さあら)ば猶更(なほさら)その備(そな)へ。うち破(やぶ)つても通(とほ)るべし。渋谷一党(しぶやいつとう)も大(おほひ)に
いかり。こは狼藉(ろうぜき)也/物(もの)ないはせそと。既(すで)に矢軍(やいくさ)を始(はじ)めんとす。此時(このとき)北条時頼(ほうでうときより)は。
馬上(ばでう)に狩衣(かりぎぬ)を着(ちやく)し。泰然(たいぜん)と両軍(りうぐん)の間(あいだ)に馬(うま)をとゞめ。執権時頼(しつけんときより)かた〴〵に。
申/示(しめ)す一儀(いちぎ)あり。鎮(しづ)まるべしと宣(のたま)へば。これを見て従卒等(じうそつら)。箭(や)を捨(すて)戈(ほこ)を
伏(ふせ)て平伏(へいふく)す。時頼(ときより)完(かん)【莞ヵ】爾(じ)として少弐(せうに)に向(むか)ひ。互(たがひ)の接話(せつは)。道理(どうり)を尽(つく)せり。
去(さり)なから。双方(さうほう)が行装(いでたち)更(さら)に心得(こゝろえ)ず。誰(たれ)を敵(てき)し何(なに)を仇(あだ)とし。甲冑(かつちう)兵杖(へうでう)は帯(たい)
し給ふや。巷(ちまた)の風説(ふうせつ)其原(そのもと)も糺(たゞ)さず。みだりに武器(ぶき)を携(たつさ)へ給ひて。御所(ごしよ)へ
向(うか)ひ給ふが故(ゆへ)押止(をしとめ)たるも一理(いちり)あり。又(また)此(この)騒動(さうどう)の其(その)根本(こんほん)。われ兼(かね)て其人(そのひと)
なるはしるといへども。更(さら)に驚怖(きやうふ)すべきにあらず。その所以(ゆへ)は。聊(いさゝか)将軍家(せうぐんけ)に
逆(ぎやく)せるにはあらず北条(ほうでう)が権勢(けんせい)を。羨(うらや)み妬(そね)む心(こゝろ)より。我一家(わかいつけ)を倒(たをさん)する隠謀(いんほう)
なり。故(ゆへ)に我(われ)直(たゞち)に御所(ごしよ)へ参(まい)らば。却(かへつ)て災(わざは)ひ䔥牆(せう〳〵)の内(うち)に起(おこ)らん。斯(かく)いはゞ

時頼(ときより)こそ臆(おく)しけれと。謗(そし)る者(もの)もあるべけれど。我(われ)今(いま)天下(てんか)の執権(しつけん)として。
其(その)政務(せいむ)に邪曲(じやきよく)あらば。神明(しんめい)いかでゆるし給はん。去(さ)あらば譬(たと)へ。鉄壁(てつへき)城(じやう)に隠(かく)るゝ
とも。犬(いぬ)猫(ねこ)のためにも害(がい)せらるべく。又(また)偏執(へんしう)疾妬(しつと)の心(こゝろ)をもて。我(われ)を仇(あだ)とし討(うた)んと
せば。皇天(かうてん)の冥助(めうぢよ)によつて剣刀(つるぎ)の林(はやし)に入(いる)といへども。更(さら)に我身(わがみ)に害(がい)あるまじ
尤(もつとも)我(われ)おもふ子細(しさい)あれば。此(この)騒乱(さうらん)明日迄(あすまで)にはおよふべからず。少弐(せうに)どのにも改服(かいふく)
あつて。早々(さう〳〵)御所(ごしよ)へ昵近(ちつきん)し。非常(ひじよう)の警衛(けいご)しかるべし。又(また)渋谷(しぶや)の一党(いつとう)も早(はや)
く阡陌(まち〳〵)に徘徊(はいくはい)し。物(もの)に早(はや)まる若殿原(わかとのばら)。または人民(じんみん)の騒動(さうどう)を鎮(しづ)め申さる
べしと。理非(りひ)分明(ふんめう)に演舌(ゑんぜつ)あれば。双方(さうほう)の従卒等(じゆうそつら)。互(たが)ひに我身(わがみ)をかへり見て。
密(ひそか)に弓箭(ゆみや)を後(うしろ)におし隠(かく)し。剣刀(けんとう)を鞘(さや)に納(をさむ)るも可笑(をかし)。少弐(せうに)従者(じゆうしや)に命(めい)じて。
挟箱(はさみばこ)より狩衣(かりぎぬ)を取出(とりいだ)さしめ。直(たゞち)に甲冑(かつちう)を解(と)き改服(かいふく)し。我(われ)執権(しつけん)の下知(げぢ)
をも俟(また)ず。漫(みだ)りに兵具(へうぐ)を帯(たいし)たるは。某(それがし)が過(あやまり)なり。後日(ごしつ)に怠状(たいでう)をさし出(いだ)し
候はん。時頼(ときより)打笑(うちゑ)み。危急(ききう)に及(およ)んでは計(はか)らざるの過(あやまち)も有(ある)ものなり。更(さら)にこれを

咎(とがむ)にもあらず。常衣(じよい)用意(ようい)ありしは。流石(さすが)の動静(ふるまひ)なり。君(きみ)にも俟(また)せ給ふべし。
早(はや)く伺公(しこう)いたさるべしと。慇懃(いんぎん)に応接(わうせつ)し。時頼(ときより)も館(やかた)へ帰(かへ)られけり。此(この)時頼(ときより)
が演舌(ゑんせつ)を聞(きく)もの。有難(ありがた)き執権(しつけん)の直言(ことば)かなと。皆(みな)感涙(かんるい)をながしつゝ。是(これ)より
人心(じんしん)温和(おんくは)を得(え)て。騒動(さうどう)は良(やうやく)鎮(しづ)まりたり。于爰(こゝに)張本人(てうほんにん)越後守(ゑちごのかみ)は。我身(わがみ)
より出(いで)し動乱(とうらん)とはしらで。此(この)虚(きよ)に乗(じよう)して事(こと)をなさんと。態(わざ)と御所(ごしよ)に昵近(ちつきん)
せしに。家(いへ)の子(こ)源藤太(げんとうだ)馳参(はせさん)じ。光時(みつとき)を呼出(よひいだ)し。君(きみ)にはいかで猶予(ゆうよ)なし給ふ哉(や)。
既(すで)に今朝(こんてう)よりの騒乱(さうらん)は。日頃(ひごろ)の御隠謀(ごゐんほう)露顕(ろけん)より事(こと)を発(はつ)せしなり。御謀(ごはう)
計(けい)にては候(さふら)はんなれど。此処(このところ)にかく打(うち)とけ給はんは最危(いとあやふ)し。早(はや)く御帰館(ごきくはん)あつて
急(きう)に事(こと)を謀(はかり)給へと。密(ひそか)に容静(ようす)を告(つげ)ければ。光時(みつとき)は大(おほひ)に驚(おどろ)き。是非(ぜひ)の返(へん)
答(とう)にも及(およ)ばす。直(たゞち)に御所(ごしよ)を罷出(まかりいで)。門前(もんぜん)より馬(うま)に鞭(むち)うつて。走帰(はせかへ)ると其(その)まゝ。
かねて示(しめ)し合(あわ)せし。一族(いちぞく)従類(じゆうるい)。人(ひと)を走(はせ)て催(もよほ)すといへども。不測(ふしぎ)に一人(いちにん)も着到(ちやくとう)
せず。日来(ひごろ)股肱(ここう)と頼(たの)みし従卒(じゆうそつ)。死(し)を誓(ちか)ひたる郎等(ろうどう)も。皆(みな)ぬけ〳〵と逃(にげ)

失(うせ)てわづか十五六人ぞしたがひける。光時(みつとき)は惘然(ぼうぜん)として。年月(としつき)の千慮(せんりよ)忽(たちまち)に
砕(くだけ)て。今(いま)は我身(わがみ)の置処(おきどころ)さへなき心地(こゝち)して。是非(ぜひ)なく髻(もとゞり)を押切(をしきつ)て。某(それがし)更(さら)
に一族(いちぞく)として。北条家(ほうでうけ)に叛心(はんしん)なし。しかるに何者(なにもの)か某(それがし)に。隠謀(ゐんぼう)ありと罵(のゝしつ)て。
けふの騒動(さうどう)におよぶ事(こと)。時(とき)に取(とつ)て申/開(ひら)きがたし。故(ゆへ)に即日(そくじつ)武門(ぶもん)を棄(すて)て。
仏門(ぶつもん)に帰入(きにう)す。こゝを以て我(わが)赤心(せきぢん)を察(さつし)給へと。実(まこと)しやかに誓紙(せいし)を書(かい)て。
法名蓮心(ほうめうれんしん)と墨(すみ)ぐろに記(しる)し。彼(かの)切髪(きりかみ)をそえて。時頼(ときより)におくる。時頼(ときより)は空(そら)
誓紙(せいし)なるを知(しる)といへども。一門(いちもん)の貴士(きし)に何(なに)の疑(うたが)ひかあらん。しかれども人口(しんこう)黙止(もだし)
がたければ。暫(しばら)く事(こと)の穏(おたやか)ならんまては。秋田城介義景(あきたじやうのすけよしかげ)かもとに。蟄(ちつ)せらるべしと
申/送(おく)り。義景(よしかげ)より迎(むか)ひの武士(ぶし)を遣(つか)はし。囚人(めしうと)の作法(さはふ)にて。義景(よしかげ)預(あづか)り。
一室(いつしつ)に篭置(こめおかれ)たり。但馬前司定員(たじまのぜんじさだかず)。同/嫡子定範(ちやくしさだのり)も。一味(いちみ)同心(どうしん)なした
るを。誰(たれ)とがめねど落髪(らくはつ)して。おめ〳〵と罪(つみ)を宥(なだ)められん事(こと)を乞(こ)ふと
いへども。暫(しばら)く館内(くはんない)に篭(こめ)おき。与力(よりき)の輩(ともがら)爰(こゝ)かしこより。探出(さくりいだ)されしを。時(とき)

頼(より)の計(はか)らひとして。悉(こと〴〵)く死罪一等(しざいいつとう)を減(けん)じ。諸所(しよ〳〵)へ遠島流罪(ゑんとうるざい)せられ。
叛逆(はんぎやく)の張本(てうぼん)たる。光時入道蓮心(みつときにうどうれんしん)をも。同(おな)じく死罪(しざい)を宥免(さしゆる)し。伊豆(いづ)の国(くに)へ
配流(はいる)なし。光時(みつとき)が舎弟(しやてい)尾張守時章(おはりのかみときあきら)は。元(もと)より謙退(けんたい)辞譲(じじやう)の性質(せいしつ)。
にて。光時(みつとき)が野心(やしん)に。組(くみ)すべきならざるを。時頼(ときより)兼(かね)てしるがゆゑ。名越(なごし)の家(か)
督(とく)相続(さうぞく)なさしめ。諸領(しよれう)所帯(しよたい)こと〴〵く。時章(ときあきら)に下(くだ)し給ふ。されば反逆(ほんぎやく)の従類(じゆうるい)
は。枝葉(しえう)を枯(か)らす先言(せんげん)も。罪(つみ)を憎(にくん)で人(ひと)を憎(にくま)ざる。時頼(ときより)の仁慈(じんじ)。又(また)其(その)行状(けうでう)の
正路(せうろ)を挙(あげ)て。逆臣(ぎやくしん)の弟(おと〳〵)【おとゝヵ】たる。時章(ときあきら)に家督(かとく)なさしめ。かゝる騒乱(さうどう)に。死罪(しざい)一人も
行(おこな)ひ給はざるは有難(ありがた)かりつる裁断(さいだん)也。又(また)日来(ひごろ)荷胆(かたん)の輩(ともがら)の。こと〴〵く離(はな)れ従(したが)はざ
るは。太宰少弐(だざいのせうに)と接話(せつは)の始末(しまつ)。忽(たちま)ち巷街(ちまた)に噂(うはさ)高(たか)く。荷担(かたん)の者(もの)もこれを聞(きゝ)き。
忽(たちまち)約(やく)をそむき。徒党(ととう)するものなかりしは。実(げに)有道(ゆうたう)の君子(くんし)ともいふべし。

参考北條時頼記巻弐畢

参考北條時頼記図会(さんこうほうてうじらいきづゑ)巻三
    目 録
  時頼憐無寃謀捕犯人(ときよりむじつをあわれんてはかつてつみんどをとらゆ)話
   《割書:并》鰥婦殺害(やもめをんなせつがい)せらる事《割書:附》済田地蔵(さいだぢざう)之事
  駆込狼藉重経隠顕(かけこみらうぜきじけつねせいすい)話
   《割書:并》弥三郎蒙賞(やさふらうせうをかうふる)事《割書:附》諏訪入道簾直(すはにうたうれんちょく)之事
  野父交争不私至財(やふたがひにあらそひたからをとらざる)話  同図
   《割書:并》周(しう)の虞芮(ぐぜい)之事
  松下尼質素解義景(まつしたにしつそよしかげをとく)話  同図

   《割書:并》時頼義景慚愧(ときよりよしかげざんぎ)之事
  鎌倉海陸種々怪異(かまくらかいりくしゆ〴〵くはいい)話
   《割書:并》古老往古(こらうむかし)の治乱(ちらん)を説(と)く事
  三浦泰村隠謀露顕(みうらやすむらいんばうろけん)話  同図
   《割書:并》御台逝去(みだいせいきよ)之事《割書:附》盛時塀(もりときへい)を飛越(とびこゆる)事
  時頼仁慈令解泰村(ときよりじんじやすむらをとかしむ)話
   《割書:并》泰村詭(やすむらいつはつ)て和(わ)を乞(こ)ふ事
  正治妻以死顕貞操(まさはるがつましをもつてていさうをあらはす)話  同図
   《割書:并》関口流言(せきくちりうけん)を聞(きゝ)て途中(とちう)より軍(いくさ)をかへす事

参考北條時頼記図会(さんかうほうでうじらいきづゑ)巻三
           洛士 東籬主人悠補編
   時頼(ときより)憐(あはれみて)_二済田(さいだが)無寃(むじつを)_一顕(あらはす)_二犯人(ほんにんを)話(こと)
逆臣(ぎやくしん)既(すで)に亡(ほろび)国家(こくか)穏(おだやか)なる世風(よかぜ)にして。愁訴(しうそ)対論(たいろん)久(ひさ)しくなく。盛徳(せいとく)の
折節(をりふし)。鎌倉(かまくら)名越(なごし)の切通(きりとを)しといへる処(ところ)に。鰥(やもめ)の婦人(ふじん)あり。夫(をつと)は仁治年(にんぢねん)
間(かん)に没(もつ)し。独子(ひとりご)さへもあらざれば。又/便(たよる)べき一族(いちぞく)もなかりし程(ほど)に。彼(かの)牆壁(しやうへき)荒(あれ)
て月(つき)深閨(しんけい)を照(てら)し。屋上(おくせう)破(やぶれ)れ雨(あめ)寝衣(しんい)を湿(うるほす)といふべき容(さま)なり。されどもこの
女(をんな)甲斐(かひ)〴〵しき者(もの)にて。恒(つね)の産(さん)には麻苧(あさを)を賃(ちん)績(うみ)し。又荒布(あらたへ)を洗濯(すゝぎあらひ)し。
平日(つね)に質素(しつそ)を専(もつぱ)らとせしほどに。富(とめ)りとにはあらざれど。又(また)困窮(こんきう)にもなかりしが。
いかなる宿業(しゆくごう)にか有(あり)けん。頃(ころ)は四月/下旬(げしゆん)風雨(ふうう)殊(こと)に烈(はれ)【はけヵ】しき夜(よ)。壱人(ひとり)の男(をのこ)忍(しの)
ひ入(いり)。是非(ぜひ)の問答(もんたう)にも及(およ)ばゝこそ。即然(やにわ)に婦人(ふじん)を差殺(さしころ)し。金銭(きんせん)衣服(いふく)を
引攫(ひきさらへ)。なほ物足(ものた)らずや思(おも)ひけん。着(ちやく)せし処(ところ)の寝衣(ねまき)まで剥取(はぎとつ)てこそ立退(たちのき)けれ。

独身(ひとりみ)の悲(かな)しさは誰(たれ)かこれを知(し)るものなく。漸(やう〳〵)其(その)夜明(よあけ)てのち。合壁(となり)の者(もの)これ
を見付(みつけ)。俄(にはか)に驚(おどろ)き騒(さわぎ)つゝ。早速(さつそく)官(くはん)へ訴(うつた)ふれば。則(すなはち)鑑察使(けんし)歩卒(あしがる)を将(つれ)て
行向(ゆきむか)ひ。その始末(しまつ)を点検(ぎんみ)し給ふといへども。原(もと)より趣意(しゆい)は知(し)るべうも非(あら)ず。何分(なにぶん)
盗賊(とうぞく)の仕業(しわざ)に定(さだま)る。しかるに里人等(さとびとら)。又(また)俄(にはか)に東西(とうざい)に走(はし)り。軈(やか)て里吏(むらやく)鑑(けん)
察使(し)の前(まへ)に出(いで)て申は。即今(たゞいま)この西(にし)の方(かた)。済田何某(さいたなにがし)と申/者(もの)の軒下溝(のきしたのみぞ)の中(なか)
に。脇差(わきざし)一腰(ひとこし)泥中(でいちう)に埋(うづ)みたるを見付(みつけ)たりと申。さらばとて鑑察使(けんし)行(ゆき)むかふて
引上(ひきあ)げ。水(みつ)以(も)て濯(そゝ)ぎ。鞘(さや)を離(はな)ち見るに。鮮血(せんけつ)いまだ滴々(したゝり)【滾々ヵ】しかば。是(これ)ぞ彼女(かのをんな)
を害(がい)したる事/顕然(げんぜん)たり。抑(そも)何者(なにもの)の差料(さしれう)やと。使(けんし)熟覧(じゆくらん)なすに。刃(やいば)の匂(にほ)ひ
柄前(つかまへ)の荘飾(こしらへ)。天晴(あつはれ)の差料(さしれう)にて。商工(せうこう)黎民(ひやくせう)の所持(しよぢ)にはあらず。所(ところ)の者(もの)見識(みしら)
ざるやと問(と)ふに。知(し)る者(もの)ありて。是(こ)は則(すなはち)済田(さいだ)が所持(しよぢ)の佩刀(わきざし)に髣髴(さもにたり)。ことに
縁頭(ふちかしら)に金無垢(きんむく)の四目結(よつめゆひ)こそ。則(すなはち)渠(かれ)が所紋(でうもん)なれ。旁(かた〴〵)いぶかしと額(ひたい)に
八字(はちじ)を顕(あら)はす。使(けんし)はこれを聞(きく)と等(ひと)しく。歩卒(ほそつ)に夫(それ)と目知(しらすれ)ば。直(たゞち)に済田(さいだ)を

無体(むたい)に召捕(めしとつ)て評定所(ひやうでうしよ)へ立帰(たちかへ)り。一伍一什(いちぶしじう)を言上(ごんしやう)せしかば。時頼(ときより)速(すみやか)に
出座(しゆつざ)ありて。済田(さいだ)を庁前(ちやうぜん)に引出(ひきいだ)し。倩(つら〳〵)其人柄(そのひとがら)を見(み)て。抑(そも)汝(なんぢ)はいかなる者(もの)
ぞ。済田(さいだ)慎(つゝしん)て頭(かしら)を下(さ)げ。某(それがし)は済田嘉傳次(さいだかてんじ)と申て。元(もと)は秩父家(ちゝぶけ)に仕(つかふまつ)りし
者(もの)。主家(しゆか)荒廃(くはうはい)して後(のち)。二君(じくん)に仕(つか)ゆる志(こゝろざし)なく。いさゝか里(さと)の子(こ)を集(あつ)め。手跡(しゆせき)
素読(そどく)を教導(きやうどう)して。煙(けふり)を細(ほそ)く立(たて)て候と申。公(こう)重(かさ)ねて。其(その)脇差(わきざし)は汝(なんぢ)が所持(しよぢ)
なりや。さん候/尊命(そんめい)の如(ごと)く。元来(もとより)某(それがし)が秘蔵(ひさう)に候(さふら)ひしが。当春(とうはる)正月/五日夜(いつかのよ)。
近隣(きんりん)へ年酒(ねんしゆ)に迎(むか)へられ。尤(もつとも)孤独(こどく)の身(み)に候へば。戸〆(とじまり)厳重(きびし)に(く)仕(つかふまつり)たるに。その
留主(るす)を考(かんが)へ。いかゞしてか盗人(とうじん)忍(しの)び入(いり)。余物(よのもの)は其侭(そのまま)。此差料(このさしれう)のみ奪取(うばひとつ)て
候/哉覧(やらん)。其のち不通(ふつ)に紛失(ふんじつ)せしに。今暁(こんけう)しかも某(それがし)が。軒下(のきした)の洫(みそ)に有(あり)し事。
誠(まこと)に不審(ふしん)に候よしを答(こた)ふ。公(こう)のいはく。家秘(かひ)の剣方(けんたう)を奪(うばは)れたらんに。何故(なにゆへ)官(くはん)へ
訴(うつた)へざる。済田(さいだ)恐入(おそれいり)て。御察当(ごさつとう)申/披(ひらく)に由(よし)なく候。去(さり)ながら。家(いゑ)に伝(つた)えたる重(てう)
宝(はう)を。人に盗(ぬす)み取(と)られたるは。皆(みな)某(それがし)が不覚(ふかく)にて。全(まつた)く此身(このみ)の恥辱(ちじよく)なるを。

【挿絵】
松下尼公(まつしたのにこう)
  物理(ものゝことはり)を
 解(とい)て義景(よしかげ)を
   伏(ふく)せしむ

官(くはん)に訴(うつた)へ奉(たてまつ)らば。御威光(ごゐくはう)をもて忽(たちまち)に。其(その)盗人(たうじん)は顕(あら)はるべし。命(いのち)にかへて盗(ぬす)み
するは。我(われに)等(ひと)しき貧人(ひんじん)にて。困窮(こんきう)遁(のが)るゝに道(みち)なく。拠(よき)なくも奪(うば)ひしならめ。
其(そ)を軽重(けいちう)とも罪(つみ)なはんは。情(なさけ)なく不便(ふびん)にて。迚(とて)も花咲(はなさく)春(はる)なき老木(らうほく)。此(この)
まゝに朽果(くちはてん)には。用(よう)なき品(しな)と思(おも)ひ捨(すて)。親族(うから)にも包(つゝ)み隠(かく)し侯得は。盗(ぬすみ)たるを
知(し)るものなく候と答(こた)ふ。公(こう)の曰(いはく)。汝(なんぢ)が申/披(ひらき)。其(その)理(り)あるには似(に)たれども。盗(ぬすみ)まれし
証(あかし)なくては。女(をんな)を害(がい)したるの疑(うたがひ)。解(とく)に道(みち)なかるべし。併(しかし)猶(なほ)其/証(あかし)の筋(すぢ)あらば。
追(おつ)て申/出(いづ)べしとて。其侭(そのまゝ)禁獄(きんごく)せられ。日(ひ)を重(かさ)ね月(つき)を越(こえ)て。さま〴〵穿鑿(せんさく)
ありといへども。他(ほか)に怪(あや)しき事(こと)もあらねば。重(かさ)ねて済田(さいだ)を召出(めしいだ)し。申/披(ひら)きの
筋(すぢ)やあると尋(たつね)給ふに。済田(さいた)謹(つゝしん)で。難有(ありがたき)君(きみ)の仁恵(じんけい)。骨(ほね)に彫(えり)て忘失(ばうしつ)仕(つかまつり)がたし。
去(さ)れども無冤(むじつ)に身(み)を果(はた)すは。是(これ)定(さだま)りたる悪因(あくゐん)にて。誰(たれ)を恨(うら)みん由(よし)もなし。
希(こひねがは)くは一日(いちにち)も早(はや)く刑戮(けいりく)を加(くは)へ給ふべし。時頼(ときより)かさねて。罪(つみ)の疑(うたがはし)きは軽(かろ)く
なせとの先言(せんげん)あれども。人(ひと)を害(がい)し物(もの)を奪(うば)ふ其(その)罪(とがは)。死(し)を以(も)てせずんば

あらずと。地獄(ぢごく)ヶ(が)谷(やつ)にて死刑(しけい)にぞ定(さだま)りける。抑(そも〳〵)時頼(ときより)執権(しつけん)と成給ひて
後(のち)は。仁慈(じんじ)を宗(むね)とし。憐愍(れんみん)を主(しゆ)とし給ひ。悪(あく)を懲(こら)し善(せん)を勧(すゝ)むるがゆゑ。
断罪(だんざい)に処(しよ)すべき犯人(ほんにん)もなかりしが。今般(こたび)済田(さいだ)の刑(けい)に処(しよ)せらるゝを聞(きゝ)。
其日(そのひ)朝(あさ)より。老少(らうせう)貴賤(きせん)群(むらかり)て見物(けんぶつ)す。既(すで)に其時刻(そのじこく)になりしかば。済田/嘉傳(かでん)
次(じ)を刑所(けいしよ)に引出(ひきいだ)す。兼(かね)て期(ご)したる事ながら。流石(さすか)一期(いちご)の際(きは)なれば。羊(ひつじ)の歩(あゆみ)
飄々(ひやう〳〵)と。軈(やか)て死地(しち)に座(ざ)するといな。太刀(たち)取(とり)後(うしろ)に廻(まは)り。明(めい)光々(くはう〳〵)たる刃(やいば)をふり
上。既(すで)に首前(くひのまへ)に落(おち)んとせしに。いかゝなしけん太刀取(たちとり)は。呍(うん)と仰向(のつけ)に反(そり)へへり。其侭(そのまゝ)
大/地(ち)に絶倒(せつとう)せり。是(こ)は如何(いか)にと見る間(ひま)に。後(うしろ)に扣(ひか)へし太刀取(たちとり)の。落(おち)たる刃を
ふり上て。首(くひ)を打(うた)んとする処(ところ)に。不審(ふしき)や先(さき)の太刀取(もの)のごとく。又(またも)仰向(のつけ)に嘡(どふ)と倒(たを)
る。警固(けいご)の官人(くはんにん)大に驚(おどろ)き。水(みづ)をそゝぎて両人(れうにん)を呼(よぶ)に。漸(やうや)く正気(せうき)に立(たち)かへりて。
鑑察使(かんさつし)の前(まへ)に蹲(うづくま)り。去(さる)にてもふしぎ成(なる)は。刃(やいは)を取(とり)て振上(ふりあぐ)ると等(ひとし)く。壱人の
脊高(せたか)なる僧(そう)某(それがし)が利腕(きゝうて)を取(とる)と覚(おほ)えしが。其後(そのゝち)は何事(なにこと)をも覚えず。今(いま)一人(ひとり)の

者(もの)申は。某(それがし)も同然(どうぜん)にて。太刀(たち)ふり上(あく)るとせしに。眼(まなこ)眩(くらん)で打倒(うちたふ)れしに。壱人の僧(さう)
某(それがし)を白眼(にら)まへ。女(をんな)を害(がい)し調度(てうど)を掠(かすめ)し者(もの)は。済田(さいだ)にあらずして。此(この)見物(けんぶつ)の
うちに紛(ま)きれ居(お)る。早(はや)く召捕(めしとり)嘉伝治(かてんぢ)を助(たす)くべしといふ声(こゑ)。今(いま)に耳根(みゝね)に残(のこ)り
たりといふ。鑑察使(かんさつし)済田(さいだ)を見るに。斯(かゝ)る騒動(さうどう)も更(さら)にしらずや。只(たゞ)目(め)を閉(とぢ)
て眠(ねむ)るかごとし。官人(くはんにん)済田(さいだ)を叱(しつし)て使(し)の前(まへ)に居(す)へ。汝(なんぢ)先刻(さき)よりの始末(しまつ)をし
る哉(や)。済田(さいた)此とき面(おもて)を上(あ)げ。四面(あたり)を詠(なが)めて打驚(うちおどろ)き。我(わが)生(せい)いまた此世(このよ)に
あり哉(や)。あら有難(ありがた)や尊(とふと)やと。数行(すこう)の涙(なみだ)にむせふ容(さま)。官人(くはんにん)も由縁(ゆゑ)ある
事(こと)と察(さつ)し。其故(そのゆへ)を問(と)ふに。済田(さいだ)謹(つゝしん)で。今(いま)は何(なに)をか包(つゝ)み申さん。我(われ)曽(かつ)て切(きり)
通(とふし)の地蔵尊(ちさうそん)を信(しん)じ。常(つね)に日参(につさん)怠(おこた)らざりじか。此(この)暁天(あかつき)に獄舎(ごくしや)の中(うち)へ。老僧(らうさう)
一人(いちにん)来(きた)り。朕(われ)は汝(なんぢ)が常(つね)に信(しん)ずる。切通(きりどふ)しの地蔵(ぢざう)なり。今度(こんど)汝(なんぢ)無冤(むじつ)に陥(おちいり)て。
既(すで)に刑罪(けいはつ)に処(しよ)せられんとす。朕(われ)汝(なんぢ)を助(たす)くべし。死地(しち)に至(いた)らば余念(よねん)をおもはず。
一向(いつこう)に朕(わが)名(な)を称(とな)ふべし。必(かならず)生(せう)を全(まつた)ふすべしと。告(つげ)給ふと思(おも)ひしは南柯(なんか)の夢(ゆめ)

なり。これを憑(たのむ)とにはあらざれど。終焉(をはり)を潔(いさぎよふ)せんがため。一向(ひたすら)に眼(まなこ)を閉(とぢ)て。
地蔵(ぢさう)の尊号(そんがう)を称(とな)へ居(ゐ)たるより外(ほか)なしと答(こた)ふ。諸官人(しよやくにん)ら重々(ぢう〳〵)のふしぎなれば。
早馬(はやうま)を以(も)て執権(しつけん)に言上(こんぜう)せしかば。往古(いにしへの)盛久(もりひさ)も。清水(きよみつ)大悲(だいひ)の加護(かご)により。
刃(やいは)の下(した)に命(いのち)を助(たすか)る。まづ今日(けふ)の刑罰(けいばつ)を延引(えんいん)して。示現(しげん)のごとく余盗(よとう)を探(さぐ)
るべしと下知(げぢ)し給ふ。則(すなはち)其旨(そのむね)を刑所(けいしよ)にて。鑑察使(かんさつし)に伝(つた)ふ。こゝによつて斬罪(ざんざい)
延引(えんにん)のよしを見物(けんぶつ)に触示(ふれしめ)せば。群集(ぐんさん)の見物(けんぶつ)も。正(まさ)しく不惻(ふしぎ)【不測ヵ】を見る処(ところ)な
れば。済田(さいだ)か無冤(むじつ)を始(はじ)めて知(し)り。又/地蔵尊(ぢざうそん)の霊験(れいげん)を見て。あつと感(かん)
ずる計(はかり)なり。斯(かく)て警固(けいご)の面々(めん〳〵)。済田(さいだ)を召連(めしつれ)評定所(へうでうしよ)へ帰(かへ)る折(をり)から。歩卒(ほそつ)
の族(ともがら)。若者(わかもの)一人(ひとり)を。高手小手(たかてこて)にいましめて。時頼(ときより)か前(まへ)に引(ひつ)すへ。兼(かね)ての御下知(ごげぢ)
に随(したが)ひ。刑所(けいしよ)の四方(しはう)に徘徊(はいくはい)し。其人(そのひと)あらんを窺(うかゝ)ふ処(ところ)に。此奴(こやつ)顔色(かんしよく)土(つち)の
ごとくなりて。群立(むらがりたつ)たる人(ひと)を押分(おしわけ)。息(いき)を切(きつ)て走出(はしりだ)すを。御下知(ごげぢ)の奴(やつ)これなる
べしと。馳(はせ)よつて声(こゑ)を掛(かく)れば。我々共(われ〳〵とも)の行装(いでたち)を見て。弥(いよ〳〵)恐懼(けうく)の形容(やうす)にて

返答(へんとう)にも及(およ)はず逃(にげん)とするを。則(すなはち)追伏(おつふせ)召捕(めしとり)たるよしを申に。時頼(ときより)さもあらん
と打点頭(うちうなづき)。済田(さいだ)に命(めい)じて。其者(そのもの)を見せしむるに。豈(あに)計(はか)らんや。害(かい)せられたる女(をんな)
の合壁(となり)なる。忠五郎(ちうごらう)といへるもの也。時頼それ〳〵其奴(そやつ)糺問(きうもん)せよと命(めい)し給へば。
歩卒(ほそつ)厳(きび)しく鞭(むち)うては。初(はじ)めはさま〴〵に陳(ちん)ぜしが。鞭(むち)の数(かず)屡(しば〳〵)なるがまに〳〵。
苦(くる)しみに絶(たへ)かねて。済田(さいだ)が刀(かたな)を掠(かすめ)し事。又/女(をんな)を害(がい)して調度(てうど)金銭(きんせん)を奪(うば)ひ。
其/罪(つみ)をのがれんため。其刃(やいば)を又/済田(さいだ)が軒(のき)に埋(うづ)めし件々(てう〴〵)。有(あり)のまゝに白状(はくしやう)
に及(およ)べば。時頼(ときより)直(たゞち)に忠五郎を禁獄(きんごく)させ。他日(たじつ)死罪(しざい)に処(しよ)せられたり。さて
済田(さいだ)および両人(ふたり)の太刀取(たちとり)を召(めさ)れ。汝(なんぢ)両人/朕(わが)命(めい)を守(まも)りて能(よく)勤(つとめ)たりと。密(ひそか)に
白銀(しろかね)を給り。又/済田(さいだ)に宣(のたま)ふは。汝(なんぢ)が生質(ひとゝなり)を熟思(じゆくし)するに。至極(しこく)老実(らうじつ)にして。
しかも慈愛(しあい)深(ふか)し。故(ゆへ)に其罪(そのつみ)汝(なんぢ)にあらさる事(こと)を知(し)る。今日(けふ)より我(われ)に仕(つか)へん
哉(や)。嘉伝次(かてんぢ)は頓首(とんしゆ)なし。再生(さいせい)の鴻恩(かうおん)。願(ねがは)くは犬馬(けんば)の労(らう)をたすけて。報謝(はうしや)
し奉(たてまつ)らん。時頼/満足(まんぞく)の色(いろ)をなして。家人(けにん)の列(れつ)に加(くは)へ給ひ。又/白銀(しろかね)許多(あまた)

給りて。汝(なんぢ)兼(かね)て信仰(しんかう)する処(ところ)の。地蔵堂(ぢざうだう)を修造(しゆざう)して。衆人(しゆじん)に其(その)霊験(れいげん)の
掲然(いちじるき)をしらすべし。嘉伝次(かでんじ)は重々の恩恵(おんけい)身にあまり。これ全(まつた)く延命(えんめい)尊(そん)の
冥助(めうじよ)なれはとて。堂宇(だうう)の荘厳(さうごん)結構(けつかう)を尽(つく)す。里人(さとひと)はさなきだに。刑所(けいしよ)に
ての不測(ふしぎ)を見聞(みきゝ)のうへ。済田(さいだ)か助命(じよめい)のみならず。北条(ほうてう)の家人(けにん)となりし
を仰(あふ)ぎ。かばかり出世(しゆつせを)なすは。全(まつた)く此尊(このそん)の御蔭(おかげ)なりとて。出世地蔵(しゆつせぢざう)。または済田(さいだ)
地(ぢ)蔵と尊号(そんごう)して日々(ひゞ)群参(ぐんさん)して諸の。所望(のぞむところ)を祈誓(きせい)するに。実(げに)や信(しん)あれば
徳(とく)ありと。其(その)御利益(ごりやく)も多(おほ)かりけり。後(のち)日/密(ひそか)にきけば。此一件(このくたり)皆(みな)時頼が仁慈(じんじ)の
心(こゝろ)より出(いづ)る処(ところ)にして。太刀取(たちとり)の悶絶(もんぜつ)。嘉伝次(かてんじ)の仰告等(おつげとう)の奇謀(はかりこと)によつて。探(さぐ)
り難(かた)き犯人(つみんど)を得(え)たる処(こと)。其/遠計(ゑんけい)俊才(しゆんさい)。凡慮(ほんりよ)の及(をよ)ばざる処(ところ)也と。内々(ない〳〵)
計策(けいさく)を知(し)るものは舌頭(した)を巻(まい)てぞ恐(おそれ)ける
    駆込狼藉紀重経隠顕話(かけこみらうぜききのしげつねせいすいのこと)
同十二月廿八日の黄昏(くれとき)。四十/計(ばかり)なる男壱人。何事(なにこと)にや有(あり)けん。大童(おほわらは)となり。

将軍(しやうぐん)の御所(ごしよ)御台所(おんだいところ)へ走り入(いり)。爰(こゝ)かしこと狼狽(うろたへ)たる有(あり)さまに。又同じ年齢(としごろ)
の者(もの)一人。太刀(たち)抜挿(ぬきかざし)のがすまじと追(おつ)かけ来(きた)り。続(つゞい)て御台所(おんだいどころ)へかけ込(こん)だり。御門(ごもん)
を守(まも)る歩卒(あしがる)ども。こは何者(なにもの)ぞ白刃(はくじん)をもて。御所にかけ入/曲者(くせもの)ども。あれ組伏(くみふせ)
よと悶着(もんちやく)す。折節(おりふし)中門警固(ちうもんけいご)の武士(ぶし)。松田弥三郎常基(まつたやさふらうつねもと)これを見て。
憎(にく)き奴原(やつばら)の動静(ふるまひ)かな。たとへ喧嘩(けんくは)にもあれ科人(とがにん)にもせよ。御所(ごしよ)へ追(おひ)
込(こむ)こそ大胆(だいたん)なれ。理非(りひ)は後日(ごにち)にあるべしと。まづ白刃(はくじん)を持(もち)たる者(もの)にむかひ。
鉄杖(てつでう)を以(もつ)て走(はし)りより。利腕(きゝうで)を丁(でう)と打(うつ)ほどに。持(もち)たる刃(やいは)を取落(とりおと)すを。透(すか)
さず付入(つけい)り諸足(もろあし)かいて引伏(ひつふす)れば。歩卒等(あしかるら)折重(おりかさ)なつて搦(からめ)とる。先(さき)に入(いり)し
男(をとこ)此体(このてい)を見て。身(み)を翻(ひるがへ)して逃出(にけいで)んとするを。弥三郎(やさふらう)飛(とび)かゝり。難(なん)なく
これをもいましめて。直(たゞち)に引(ひい)て評定所(へうでうしよ)に出(いづ)る。時頼(ときより)出座(しゆつざ)ありて。事(こと)の
次第(しだい)を糺問(きつもん)あるに。跡(あと)より追込(おひこん)だる者申やう。某(それがし)は丹後宮津(たんこみやづ)なる。紀(きの)七郎
左衛門/重経(しけつね)が臣(しん)に。藤太春常(とうだはるつね)と申/者(もの)にて候。昨年秋(さくねんあき)重経(しげつね)が所領内(しよれうない)の

沖(おき)の明神(めうしん)破損(はそん)に及(およ)び。寝殿(しんでん)空(むな)しく草露(さうろ)に傾(かたぶく)が故(ゆへ)。主人(しゆじん)これを修造(しゆざう)
し給ひ。其務(そのかゝり)を某(それがし)に命(めい)じ給ふ。折(をり)から其奴(そやつ)は彦五郎(ひこごらう)と申て。則(すなはち)宮津(みやづ)の者(もの)。
これが日雇(ひよう)仕(つかまつ)り候しが。一日(あるひ)社殿(しやでん)の荘厳(さうごん)。又/神宝(じんはう)を奪(うば)ひ。忽(たちまち)亡命(かけおち)して
行方(ゆきがた)しれず。故(かるがゆへ)に迷惑(めいわく)某(それがし)に帰(き)して。暫(しばら)く蟄居(ちつきよ)を命(めい)ぜらる。其後(そのご)不測(ふしぎ)
に。神宝(しんはう)は売物(うりもの)に出(いで)しを。重経(しげつね)贖(あがなひ)得(え)て。元(もと)の如(ごと)く神庫(しんこ)に納(おさ)め。其/歓(よろこび)にと
て重経(しげつね)が。格別(かくべつ)の仁慈(いつくしみめぐみ)を以(も)て。某(それがし)が失錯(あやまち)は免(めん)ぜらるれど。兼(かね)て渠奴(きやつ)が行方(いきかた)を
探(さぐ)り候/処(ところ)。豈計(あにはか)らんや此地(このち)に匿(かくるゝ)とは。即今(たゞいま)米屋町(こめやまち)にて出会(いであひ)しに。渠奴目(きやつめ)
疾(はやく)某(それがし)を見て。逸足出(いちあしだ)し逃駆(にげはし)り。此所(このところ)へ馳込(はせこみ)しを。己(おのれ)遁(のが)さし。逃(にが)さじと。思(おも)ふ
心(こゝろ)の一図(いちづ)にて。御所(ごしよ)とも更(さら)に弁(わきま)へず。駆込(はせこみ)て推参(すいさん)無礼(ぶれい)恐(おそ)れ入奉(いりまつ)ると言上(ごんぜう)
す。猶(なほ)彦五郎(ひこごらう)を糺問(きつもん)するに。藤太(とうだ)申に相違(さうゐ)無之(これなし)と。さし俯(うつぶき)て罪(つみ)を俟(ま)つ。
時頼(ときより)則(すなはち)彦五郎(ひこごらう)が無頼(ぶらい)。論(ろん)ずる処(ところ)なしと。死罪(しざい)を処(しよ)せられ。藤太春(とうだはる)
常(つね)を召出(めしいだ)し。汝(なんぢ)一旦(いつたん)の怒(いかり)によつて。彦(ひこ)五郎を討捨(うちすてん)とせし段(だん)尤(もつとも)なれど。御所(ごしよ)

へ駆込(かけこみ)剰(あまつ)さへ。白刃(はくじん)を持(もち)て騒(さわが)せたる科(とが)。法(はふ)によつて宥(ゆる)しがたし。不便(ふびん)ながらも
佐渡(さど)の島(しま)へ。遠流(おんる)申/付(つく)ると演聞(のべきか)さるれは。春常(はるつね)は頓首(とんしゆ)なし。感佩(ありがた)き
御裁断(ごさいだん)。仮令(たとへ)死刑(しけい)に処(しよせ)らるとも。御場所(ごばしよ)弁(わきま)へ奉らざる段(だん)。恐入(おそれいり)奉る処(ところ)也と。
速(すみやか)に配所(はいしよ)に赴(おもむ)く。又/紀重経(きのしげつね)事(こと)。此(この)一件(いつけん)に於(おゐ)ては。自作(みづからなせ)るには非(あ)らざれども。
兼(かね)て家人(けにん)の示戒(しめしかた)正(たゞ)しからざるが故(ゆゑ)にこそ。斯(かゝ)る狼藉(らうぜき)も出来(いでく)めれ。これ重経(しげつね)。
君(きみ)を軽(かろん)じ奉るに相当(あた)れりと。平左衛門尉諏訪入道(ひらざゑもんのぜうすはにうたう)を台使(つかひ)として。重経(しげつね)に
其罪(そのつみ)を責(せめ)て。則(すなはち)丹後(たんご)の所領(しよれう)を没収(もつしゆ)し。領地(れうち)を入道(にうだう)に預(あづけ)られ。重経(しげつね)には
下総(しもふさ)の国内(こめち)にて。纔(わづか)の所領(しよれう)を給(たま)ひて。蟄居(ちつきよ)せしむ。其後(そのゝち)松田弥(まつたや)三郎を
召(めし)て。非常(ひじやう)を事(こと)故(ゆへ)なく取鎮(とりしづめ)たる体(てい)。神妙(しんめう)の動静(ありさま)なりとて。白銀(しろかね)に太刀(たち)
一振(ひとふり)をぞ給りたり。かく賞罰(しやうばつ)顕然(たゞしく)と裁断(さいだん)ありしかば。諸国(しよこく)の管領(くはんれい)にいたる
まで。家臣(かしん)をいましめ。無礼(ぶれい)を禁(きん)じ。君徳(くんとく)を重(おも)んじ奉(たてまつ)る事(こと)。日頃(ひごろ)に倍(ばい)し。倍臣(ばいしん)
の輩(ともがら)まで。謙退辞譲(けんたいじじやう)して。非礼(ひれ)いさゝかも無(なか)りしかば。自然(しぜん)上下和座(じやうかくはぼく)の境(さかひ)

にいたる。時頼(ときより)其時世(そのじせい)を考(かんが)へ。翌年(よくねん)の春(はる)。重経(しげつね)春常(はるつね)主従(しうじゆ)を。鎌倉(かまくら)へ召(めさ)
れ。貴殿(きでん)自(みづから)犯(おか)せし罪(つみ)ならねども。春常(はるつね)が麁忽(そこつ)によつて。国郡(くにこふり)の領地(れうち)を召(めし)
上(あげ)られ。わづかの采地(さいち)に蟄居(ちつきよ)させらるれども君命(くんめい)戻(もと)る事(こと)なふして。慎(つゝしん)て身(み)を
守(まも)らる。これに仍(よつ)て在府(ざいふ)在国(さいこく)の諸侯(しよこう)。管領(くはんれい)地頭(ぢとう)にいたる迄。君(きみ)を重(おもん)じ家人(けにん)
を戒(いまし)め。自(おのづ)から尊卑(そんひ)を分(わか)つて。無礼(ぶれい)非義(ひぎ)の動静(ふるまひ)なく。是(これ)全(まつた)く足下(そつか)君命(くんめい)を
守(まも)らるゝが故(ゆゑ)にして。暗(あん)に天下国家(てんかこくか)を治(おさむ)る一助(いちじよ)となる。将軍(せうぐん)御満足(ごまんぞく)し給ひ。則(すなはち)
御褒称(ごはうしやう)として。今(いま)下(くだ)し置(おか)れたる采地(さいち)の上(うへ)に。丹後(たんご)の国(くに)なる旧領(きうれう)。元(もと)の如(ごと)く下(くだ)し
賜(たまは)る。又/藤太春常(とうだはるつね)も。主命(しうめい)を重(おもん)するが故(ゆゑ)。彦五郎(ひこごらう)が旧悪(きうあく)を憎(にく)む。これまた
忠心(ちうしん)の一端(いつたん)ならんか。よつて遠流(をんる)を許(ゆるし)し。元(もと)の如(ごと)く重経(しげつね)に復(かへ)さるゝと演(のべ)らるれば
主従(しうじゆ)面目(めんぼく)を施(こどこ)【「ほどこ」ヵ】し。君恩(くんおん)とは雖(いへども)も是(これ)皆(みな)執権(しつけん)が慈恵(じけい)なりと。深(ふか)く時頼が
厚情(かうじやう)を謝(じや)し。速(すみやか)に本領(ほんれう)に帰城(きじやう)せしかば。諏訪入道(すはにうだう)。兼(かね)て執権(しつけん)が内意(ないゐ)を得(え)た
るにや。家財(かざい)調度(てうど)雑物(さつぶつ)にいたる迄。悉(こと〴〵く)倉庫(くら)に納(おさ)め封印(ふういん)と【「と」は、もヵしヵ】。木石(ほくせき)一ツも動(うご)かす

事なかりしかば。重経(しげつね)益(ます〳〵)時頼が下知(げち)を感佩(かんはい)せり。嗟呼(あゝ)時頼/元(もと)より仁慈(じんじ)ふ
かしといへども。法(はふ)によつては依怙(えこ)の沙汰(さた)なく。改(あらたむ)るに及(およ)んでは其人(そのひと)を憎(にく)まず。重経(しげつね)が
不慮(ふりよ)の災(わざはひ)。春常(はるつね)が意外(いぐはい)の失(しつ)を憐(あはれ)みて。斯(かく)は計(ばかり)候ひ給ひければ。諸侯(しよこう)これを
伝聞(でんぶん)して。其(その)仁恵(じんけい)をぞ尊(たふと)みける
    野父交争不取財宝話(やふこも〴〵あらさふてざいはうをとらざること)
同年十二月/朔日(ついたち)。執権時頼(しつけんときより)。いさゝか宿願(しゆくぐはん)の事あるにより。従者(じうしや)わづかを将(い)て。
暁(あかつき)を払(はらふ)て出立(いてたち)。江(え)の島(しま)に参詣(さんけい)し給ふ。天(てん)未明(いまだあけざれ)ども。地上(ちしやう)の満霜(まんさう)残月(ざんげつ)の心地(こゝち)し
て。馬(うま)の足掻(あがき)を早(はや)め。腰越村(こしごへむら)といふに至(いた)り給ふ。民家(みんか)いまだ門戸(もんこ)を開(ひらか)ず。守(しゆ)
犬(けん)軒下(けんか)に眠(ねぶ)る頃(ころ)。とある農家(のうか)の軒(のき)に物(もの)こそ懸(かゝ)れり。従卒(じうしや)たち寄(より)て
取上(とりあげ)見れば。財布(さいふ)に黄金(くはうきん)三十/斤(れう)を包(つゝ)み。横大路村(よこおほぢむら)傳像(てんざう)と記(しる)したり。
従士(じうしや)此よしを申上れば。時頼/馬(うま)をとゞめてこれを見。子細(しさい)ぞあらん。其軒(そののきの)
主(あるし)を召(め)せと宣(のたま)へば。従士(じうし)畏(かしこま)り馳(はせ)よりて。門(かど)の戸(と)荒々(あら〳〵)と打叩(うちたゝ)き。亭主(あるじ)出(いで)は【「は」は「よ」ヵ】

呼(よば)はるに。寝乱髪(ねみだれがみ)の下卑女(げすをんな)。朝(あさ)まだきにと呟(つぶや)きながら。戸(と)を打明(うちあけ)てさし
覗(のぞ)けば。侍(さふらひ)多(おほ)く囲繞(ゐにやう)して。壱人(ひとり)の大将(たいじやう)馬上(ばしやう)の体(てい)を。いかゝ心(こゝろ)に驚(おどろ)きけん。須破(すは)
盗賊(ぬすひと)の来(きた)りたり、起合々々(おきあひ〳〵)と喧(わめ)くほどに。亭主(あるじ)をはじめ有合(ありあふ)もの。突々(むく〳〵)と起(おき)
たちて。棒千切木(ばうちぎりき)と騒(さわ)き立(たつ)。時頼/寛爾(くはんじ)と打(うち)わらひ。さる無頼(ぶらい)の者(もの)ならず。
意(こゝろ)鎮(しづめ)て亭主(あるじ)に来れ。亭主(あるじ)此とき心付(こゝろつき)。目(め)を定(さだ)めて是を見れば。三ツ鱗(みつうろこ)
の烑(てう)【燈ヵ挑ヵ】灯(ちん)燈点(ともし)つれたり。亭主(あるじ)驚(おどろ)き持(もち)たる棒(ばう)を後(しりへ)へ投捨(なげすて)。馬前(ばせん)に蹲踞(そんきよ)し
卒忽(そこつ)を詫(わ)ぶる。時頼(ときより)其/狼狽(うろたへ)たる容(さま)を見て。却(かへつ)て興(けう)し。こはかの女(をんな)か暁(あかつき)まで。
盗難(とうなん)に逢(あひ)し夢(ゆめ)哉(がな)見つらん。苦(くる)しからず心(こゝろ)落居(おちゐ)よ。其時(そのとき)財布(さいふ)を主(あるし)が前(まへ)に
置(おか)せ。其金子(そのきんす)は汝(なんぢ)の軒(のき)に掛(かけ)たり。覚(おぼ)えありや。主(あるし)此とき頭(かしら)をあげ。私儀(わたくし)は
七郎兵衛と申。当所(たうしよ)の百姓(ひやくせう)にて候が。昨日(さくしつ)所用(ようじ)ありて。西(にし)の在郷迄(ざいまで)参(まい)り候
処。路傍(みち)に此財布(このさいふ)を拾(ひろ)ひ斯(か)ばかりの員数(いんじゆ)の金(かね)。失(うしな)ひし人の身(み)にては。左
こそ悲歎(ひたん)し有(ある)らんと。則(すなはち)横大路(よこおほち)なる傳蔵(でんざう)が許(もと)を尋(たづ)ね。かの主(あるじ)に面会(めんくはい)

【挿絵】
時頼(ときより)
 民戸(みんと)に
  掛(かけ)たる

 財布(さいふ)
  を
 拾(ひろ)ふ

して。拾(ひろ)ひし金子(かね)を戻(もど)したるに。彼(かの)傳蔵(てんざう)は某(それがし)が。厚意(かうい)を深(ふか)く謝(じや)し了(おは)り。
扨(さて)いふやう。我(われ)今朝(こんてう)職業(せうばい)の取引(とりひき)にて。金子(かね)を懐中(ふところに)して西(にし)の郷(かう)まで
行(ゆ)く序(ついで)。従来(じうらい)の得意(とくい)へ立寄(たちより)しが。折節(をりふし)主人(あるし)独杓(どくしやく)にて。酒(さけ)打飲(うちのみ)たる所
とて。能(よく)こそ来(きた)れり敢々(いざ〳〵)と。勧(すゝ)めの随々(まに〳〵)数盃(すはい)を傾(かたふ)け。軈(やが)て其家(そのや)を出(いで)
けるに。いか計(ばかりか)過酒(すご)しけん。十二分(しうにぶん)の酔(ゑい)を発(はつ)し。志方(こゝろさすかた)へは行(ゆき)がたく。漸々(やう〳〵)にして
帰宅(きたく)せしに。其折(そのをり)から落(おと)したる処(ところ)也。是(これ)我(われ)大切(たいせつ)なる国宝(しな)を携(たづさ)へながら。
過酒(くはしゆ)して前後(ぜんご)を弁(わきま)へざりしは。天(てん)われを懲(こら)し戒(いまし)め給ふ処(ところ)にて。落(おと)せし
金子(きんす)我(わが)ものならず。往来(ゆきゝ)許多(あまた)の大道(だいどう)にて。御身(おんみ)の手(て)に拾(ひろ)ひ給ふは。所謂(いはゆる)
天(てん)の与(あた)ふ処(ところ)にて。既(すで)に御身(おんみ)の至宝(たから)也。しかるを態々(わざ〳〵)持来(もちきた)り給ふ。其(その)老実(らうじつ)
は感(かん)ずるに余(あま)りあれど。我(わが)所得(もの)とはなしがたしと。彼(かの)財布(さいふ)をおし戻(もど)せり。
某(それがし)が申は。是(こ)は理(り)に似(に)たるの非(あやまり)なり。其所以(そのわけ)は。天(てん)御身(おんみ)が酒癖(しゆへき)を懲(こら)さん
が為(ため)に。至宝(たいせつ)の金(かね)を失(うしなは)しめ給ふ。しかれども我(われ)これを拾(ひろ)ひて帰(かへ)し来(きたる)

事は。天(てん)われをして。御身(おんみ)に返(かへ)さしむるならん。天(てん)に順(したが)ふものは存(そん)し天(てん)に
逆(さか)ふものは亡(ほろ)ぶとかいふ事(こと)を聞(きけ)り。不如(しかず)納(をさ)め給へと勧(すゝ)めしかば。傳蔵(でんさう)申は陳(ちん)
文漢語(ふんかん)はわれば知らず。御身(おんみの)拾(ひろ)ひし上(うへ)は御身(おんみ)の物(もの)。我(われ)故(ゆへ)なふして取(と)る
理(り)あらんやと承引(せういん)せず私(わたく)【わたくしヵ】思ふは。所詮(しよせん)論(ろん)は無益(むやく)なりと。彼財布(かのさいふ)を傳蔵(でんざう)の
膝下(まへ)に置(お)き。身(み)を翻(ひるがへ)して走(はし)り出(いで)。漸(やう〳〵)私宅(したく)に帰(かへ)る家辺(かとべ)にて。傳蔵(でんざう)私(わたくし)
が跡(あと)を追来(おひきた)りて。此財布(このさいふ)を。無体(むたい)にわが懐中(ふところ)へ押入(おしいれ)んとするを。取(と)らじ
と争(あらそ)ひ。隙(ひま)得(え)て。家(いへ)に入(いり)門戸(かど)を引(ひき)たて内(うち)に入(いれ)ざりしかば。門辺(かとべ)にて何(なに)か
独言(ひとりこと)をいひて帰(かへ)りしかど。其侭(そのまゝ)門戸(もんこ)を〆切(しめきり)て臥(ふし)たる迄(まで)にて。其後(そのご)の事は
更(さら)に存(そん)せず候。察(さつ)する処(ところ)。猶(なほ)も己(おのれ)に与(あた)へんとて。軒(のき)に置(おき)たるにや候(さふらは)んと一伍(いちふ)
一什(しじう)恐(おそ)る〳〵言上(ごんぜう)せしかば。時頼/殆(ほとん)ど感(かん)じ給ひ。尋常(よのつね)ならぬ両人(ふたり)の
潔白(けつはく)。さらは明日(めうにち)早天(さうてん)荘官(せうや)召(めし)つれ。評定所(ひやうでうしよ)にいたるべし。かの傳蔵(でんさう)を
召出(めしいで)し。汝(なんぢ)が本意(ほんい)のごとく戻(もど)し遣(つか)はさん。夫(それ)までは汝(なんぢ)預(あづか)り置(おく)べしと宣(のたま)ふ。

七郎兵衛/謹(つゝしん)て。命令(おほせ)畏(かしこま)り奉る。去(さり)なから此金子(このかね)に於(おい)ては。しばらくも
我家(わがや)に留置(とゞめおか)ん事(こと)。甚(はなはだ)迷惑(めいわく)に存(そんじ)。且(かつ)は盗難(とうなん)の恐(おそ)れも御座(こざ)候えは
希(こひねがは)くは君(きみ)御/預(あづか)り被下候はゝ。此上(このうへ)なく難有(ありかたき)よしを申。時頼(ときより)うち笑(わら)ひ。則(すなはち)
処(ところ)の庄官(せうや)を召(め)され。爾々(しか〳〵)の旨(むね)を告(つげ)て。此金子(このきんす)を預(あづ)け。明朝(めうてう)七郎兵衛と
倶(とも)に持参(ぢさん)仕(つかふまつ)れと下知(げぢ)し給ひ。駒(こま)を急(いそ)がせ。江(え)の島(しま)にまうで給ふ。斯(かく)て翌(よく)
二日/早天(さうてん)。横大路村(よこおほちむらの)荘官(せうや)傳蔵(でんざう)を召連(めしつれ)。腰越村(こしこへむら)庄官(せうや)七郎兵衛を将(い)て
評定所(ひやうでうしよ)へ罷出(まかりいづ)。時頼/出座(しゆつざ)ありしかば。腰越(こしこへ)の荘官(せうや)預(あづか)り奉(まつ)りし財巾(さいふ)
を御前(ごぜん)に置(おく)。時頼/先(まづ)傳蔵(でんざう)に向(むか)ひ。財巾(さいふ)を落(おと)せし子細(しさい)を尋(たづね)給ふに。
七郎兵衛が申に露違(つゆたが)はず。時頼/両人(れうにん)に向(むか)ひ。汝等(なんぢら)が老実(らうじつ)にして無(む)
慾(よく)潔白(けつはく)。今(いま)の世(よ)には有難(ありがた)し。左有(さあ)らば道路(たうろ)にすたれるこの金(かね)。則(すなは)ち
将軍(せうぐん)へ捧(さゝ)ぐべし。両人とも申/分(ぶん)なきや。傳蔵七郎兵衛/頭(かしら)をさげ。我物(わがもの)なら
ねど。此金子(このきんす)。執権(しつけん)の御執計(おんとりはからひ)以(も)て。将軍家(しやうぐんけ)に納(おさ)まり候事。いか計(ばかり)有難(ありがた)く

存(ぞんず)る由(よし)両人(れうにん)等(ひと)しく対(こた)へしかば。時頼(ときより)打合点(うちうなづき)。近士(きんし)に目(もく)して奥(おく)へ納(おさむ)る。
時頼/又(また)傳蔵(でんさう)に向(むか)ひ。汝(なんぢ)我過(わかあやまち)を知(しつ)て。道(みち)を正(たゞ)しく。人欲(しんよく)をさるの心底(しんてい)。
将軍家(せうくんけ)にも感(かん)じ思召(おほしめす)処(ところ)なり。汝(なんぢ)不聞哉(きかずや)。善(せん)は益(ます〳〵)勧(すゝ)め。悪(あく)は愈(いよ〳〵)懲(こら)し
むるは。天下第一(てんかたいいち)の則(のり)にして。故泰時(こやすとき)が至教(しきやう)なり。よつて汝(なんぢ)が。無慾(むよく)にして。
道(みち)正(たゞ)しきを感(かん)じ給ひ。御褒美(ごほうび)を下(くだ)し置(おか)る難有(ありがたく)頂戴(てうだい)せよ。夫々(それ〳〵)と下知(けぢ)
し給へば。近士(きんし)広蓋(ひろぶた)に彼財巾(かのさいふ)を戴(のせ)て。傳蔵(てんざう)が前(まへ)にさし置(お)く。傳蔵/是(これ)
を見て一驚(いつけう)するといへども。改(あらた)め上(かみ)より賜(たまは)る上(うへ)は。違背(いはい)するに道(みち)なく。難有(ありがたく)
拝受(はいじゆ)の旨(むね)を申上る。時頼(ときより)も満足(まんぞく)し。猶又(なほまた)七郎兵衛にむかひ。汝(なんぢ)道路(だうろ)に
捨(すて)たるを拾(ひろ)ひ隠(かく)さず。剰(あまつ)さへ遥々(はる〳〵)尋(たづ)ねて其主(そのぬし)に返(かへ)し。猶(なほ)門戸(もんこ)に置(おき)て
も取得(とりえ)ざる。老実(らうしつ)潔白(けつはく)無慾(むよく)。所謂(いはゆる)途(みち)に落(おち)たるを拾(ひろ)はずとは聖賢(せいけん)
の教(おしへ)に合(かな)ふ。君(きみ)又(また)これを褒称(はうしやう)し給ひ。肥田(ひた)三十町を永々(ゑい〳〵)下(くだ)し置(おか)るゝ
条(てう)。墨印(こくいん)の御書(ごしよ)を賜(たまは)りければ。七郎兵衛いかで驚天(きやうてん)せざるべき。暫(しば)し

忙然(あきれ)て御請(おうけ)も出(いで)ざりしかは。時頼/重(かさ)ねて呼哉(こや〳〵)々々七郎兵衛。上(かみ)より賜(たまは)る御(ご)
褒賞(はうしやう)。難有(ありがたく)拝領(はいれう)すべし。心得違(こゝろえちがひ)すべからずと。示(しめ)し給へば七郎兵衛。漸(やう)〳〵(〳〵)
御請(おうけ)申上しに。時頼も満面(まんめん)に笑(ゑん)をふくみ。弥(いよ〳〵)両人(れうにん)とも篤実(とくじつ)の行跡(きやうせき)こそ
希(こひねが)ふ処(ところ)なるよしを宣(のたま)へば。両人も感涙(かんるい)とゞめ兼(かね)て御前(ごぜん)を退出(まかで)けり。昔(むか)し
唐土周(もろこしのしう)の文王(ふんわう)のとき。虞(ぐ)といひ芮(ぜい)といへる。隣国(りんごく)の君(きみ)。互(たがひ)に其(その)堺彊(さかひ)を争(あらそ)
ふこと年(とし)久(ひさ)し。故(かるがゆへ)に両国君(れうこくのきみ)申/合(あは)せ。文王(ぶんわう)に是非(ぜひ)を受(うく)べしと。馬(うま)を並(なら)べて周(しう)
の国(くに)に向(むか)ふ。既(すで)に周(しう)の封彊(さかひ)にいたり見れば。行人(ゆくひと)は道(みち)を傍(かだよ)り。農夫(のうふ)は互い(たがひ)に
田圃(でんほ)を譲(ゆづり)て耕(たがや)す。其村里(そのむらざと)に入(いり)て見れば。若(わか)きは老(おひ)を助(たす)け。男女(なんによ)交(まじはつ)て語(かた)
らず。其朝廷(そのてうてい)に入(いり)て見れば。諸士(しよし)は大夫(たいふ)のために礼譲(れいじやう)を厚(あつ)ふし。大夫(たいふ)は又(また)
公卿(くけう)を尊敬(そんけう)す。上(かみ)に仁慈(しんじ)深(ふか)く。下(しも)節義(せつぎ)を厚(あつ)ふす。両国(れうこく)の君(きみ)見る処(ところ)
聞(き)く所(ところ)一ツも争(あらそ)ひ背(そむ)くの志(こゝろざし)なく。其(その)謙譲(けんじやう)を専(もつぱ)らとするを見て。自(をのづ)から
恥(はぢ)て。かゝる純(しぜん)直(ちよく)なる国(くに)に入て。我々(われ〳〵)ごとき小人(せうしん)の領知(れうち)を争(あらさ)ふて【「て」は「こと」ヵ】。いかでか訴訟(そせう)

なす事(こと)を得(え)んやと。両国(れうごく)の主(あるじ)交争(たがひにあらそひ)の慾念(よくねん)をたち。忽(たちまち)馬(うま)の頭(かしら)を返(かへ)し。
自国(じこく)々々(〳〵)に立(たち)かへり。争(あらさ)ふ所(ところ)の田地(でんち)を譲(ゆづ)らんとすれども。又(また)互(たがひ)に辞(じ)して納(をさ)め
ず。両国(れうこく)の領民(れうみん)心(こゝろ)を一(ひとつ)にし。これを間田(かんてん)と号(がう)して作(つく)り。これが米粟(べいぞく)二(ふた)ツ(つ)に
分(わか)ち。半(なかば)づゝを領民(れうみん)より。両国(れうこく)の君(きみ)に奉(たてまつ)れり。此(この)始末(しまつ)追々(おひ〳〵)天下(てんか)に聞(きこ)え。諸侯(しよこう)
互(たがひ)に争戦(さうせん)して。犯奪(おかしうば)ふ処(ところ)の地(ち)を返(かへ)し。親(したしみ)を結(むす)ぶ事四十/余国(よこく)に及(およ)ぶとかや。
これ文王(ふんわう)の聖徳(せいとく)。万国(ばんこく)に充満(じうまん)し。其(その)化(くは)にしたがふ処(ところ)也。誠(まこと)なる哉(かな)。上(かみ)一人(いちにん)の心(こゝろ)は
則(すなはち)万人(ばんにん)の心(こゝろ)。源(みなもと)清(きよ)ふして下流(かりう)濁(にご)らず。時頼/多年(たねん)邪(じや)を防(ふせ)ぎ。道(みち)を進(すゝ)む事(こと)
色(いろ)を好(この)むがごとくし。悪(あく)をにくみ不潔(いさぎよからぬ)を去(さ)り。人欲(じんよく)の私(わたくし)を亡(ほろほ)し。明徳(めいとく)至善(しせん)に
止(とゞま)るがゆゑ。かゝる田夫野人(でんぶやじん)も。其(その)人欲(しんよく)を去(さつ)て。正道(せうだう)を守(まも)るは。全(まつた)く時頼(ときより)の
政徳(せいとく)の余沢(よたく)なりと感激(かんげき)せざるは無(なか)りけり
    松下禅尼質素解義景話(まつしたがぜんにしつそよしかげをとくこと)
秋田城介義景(あきたじやうのすけよしかげ)といへるは。幼年(やうねん)より時頼(ときより)とは竹馬(ちくば)の友(とも)にして。互(たがひ)に生(ひ)

長(と)となりても殊(こと)に親(した)しく交(ましは)りける。左(さ)るから時頼(ときより)の母公(ぼこう)へも常(つね)に親(した)しく
参(まゐ)られけり。或時(あるとき)月次(つきなみ)の嘉祝(かしゆく)申さんとて。松下(まつのした)へ伺公(しこう)せしに居間(ゐま)に
通(とふ)さしむ。義景(よしかげ)何心(なにごゝろ)なく掾側(えんかは)にいたるに。豈計(あにはか)らん尼公(にこう)手(て)づから障子(しやうじ)
の小破(こやれ)を綴(つゞ)り張居(はりゐ)給ふ。義景(よしかげ)先(まづ)今日(こんにち)の嘉祝(かしゆく)を申上。さて申けるは。
尼公(にこう)いかなれば。此等(これら)の業(わざ)自(みづ)から手(て)を下(くだ)し給ふべき。侍女(じちよ)小侍(こざふらひ)ともゝ
仕(つかふまつ)るべし。殊更(ことさら)障子(しやうじ)の斑(まだら)々なるは。見易(みやす)からぬものにて候。尽(こと〴〵)く張(はり)かへさ
しめ給へかし。禅尼(ぜんに)眉(まゆ)をよせて。足下(そのもと)は諸侯(しよこう)の家(いへ)に生(うま)れて。殊(ことに)今(いま)天(てん)
下(か)治(をさま)る御代(みよ)なるから。左覚(さおほ)しつるも断(ことは)りなり去(さり)ながら。我子(わがこ)時頼(ときより)既(すて)に
天下(てんか)の執権(しつけん)として。人民(じんみん)までの尊敬(そんきやう)を請(う)け。何(なに)不足(ふそく)ありとも思(おも)ひ侍(はべ)らず。
若哉(もしや)此(この)機(き)に乗(じやう)じて。驕奢(けうしや)の志(こゝろざし)や侍(はべ)らんかと。旦暮(あけくれ)心(こゝろ)くるし。せめて
時頼(ときより)が冥伽(めうが)のため。愚息(ぐそく)に更(かは)りて此(この)尼(あま)が心(こゝろ)ばかりに質素(しつそ)を守(まも)らば
やと。常(つね)に用(よう)なき此(この)尼(あま)が。手(て)に合(あ)ふ事は勤(つとむ)るなり。又/此(この)障子(せうじ)の破(やぶれ)をも

小(すこし)き内(うち)に繕(つくら)ふことは安(やすふ)して。又(また)費(つひへ)なく而(しか)も大破(たいは)にいたるべからず。小事(せうじ)を顧(かへりみ)
ざれば大事(だいじ)となり。障子(しやうじ)こと〴〵く大破(たいは)なさば。全(まつたく)張(はり)かへずんば用(よう)を做(な)さず。
左(さ)あれば其/費(ついへ)多(おほ)くして。綴(つゞる)には十倍(じうばい)の労(らう)あるべし。かるがゆゑ故泰時公(こやすときこう)の
貞永式目(ていゑいしきもく)にも。小破(せうは)のとき修理(しゆり)を加(くは)ふべしと掟(おきて)なし給ふ。天下(てんか)を治(をさ)め。
政事(せいじ)を執(と)るの家(いへ)。古(いにし)へより小破(せうは)を謾(あなど)りて大義(たいぎ)をまねき。驕奢(けうしや)を極(きは)め
人(ひと)をも世(よ)をも憚(はゞから)で。国家(こくかを)失(うしな)ひ天下(てんか)を乱(みだ)す。和漢(わかん)に例(れい)多(おほき)ぞかし。穴賢(あなかしこ)
御身(おんみ)には。時頼(ときより)と別(わき)て親(した)しければ。斯(かゝ)る言(こと)を此(この)尼(あま)が。申せし由(よし)を吃度(きつと)な
く。事(こと)の序(ついで)に申させたまへと宣(のたま)へば。義景(よしかげ)も感心(かんしん)のあまり。兎角(とかう)答(こたふ)
るに詞(ことば)もなく。諾(いゝ)々としてぞ退(しりぞ)きけるが。早速(さつそく)時頼(ときより)に一々(こま〴〵)落(おち)なく告(つげ)し
かば。時頼(ときより)満身(まんしん)に汗(あせ)なしツゝ。席(せき)を改(あら)ため。禅尼(ぜんに)の方(かた)を遥拝(ようはい)し。伝(つた)へ聞(きく)
孟母(まうぼ)は三度(さんど)其居(そのきよ)を替(かへ)て教(おし)へ給ふと。我(われ)に孟子(もうし)の徳(とく)あらねども禅(せん)
尼(に)の一言(いちごん)骨髄(こつずい)に徹(てつ)して。終身忘却(みをおはるまでばうぎやく)なし申さじ。御意(みごころ)易(やす)くまし〳〵給へと

涙(なみだ)を流(なが)して拝謝(はいしや)し給ふ。此母(このはゝ)にして此子(このこ)あり。尼公(にこう)の戒示(かいじ)。時頼(ときより)の謹(きん)
行(こう)豈(あに)孟母子(もうぼし)に劣(おと)らめや
    鎌倉海陸種々怪異話(かまくらかいりくしゆ〴〵けいのこと)
寛元(くはんけん)五年二月廿八日/改元(かいけん)あつて。宝治年(ほうぢ)元年と改(あらため)られしか三月十一日
の暁(あかつき)。由比(ゆひ)が浜(はま)の浪上(なみのうへ)。見る〳〵血(ち)に変(へん)し。潮(うしほ)の色(いろ)朱(しゆ)のことく。ことさら
旭(あさひ)に映(ゑい)じて。赤色(あかいろ)天(てん)を焦(こがす)が如(ごと)し。貴賤(きせん)老若(らうにやく)立走(たちはし)り。群(むらが)り見て
これを怪(あや)しみ。心中(しんちう)何(なに)となく危(あや)ぶむ処(ところ)に。翌(よく)十二日/戌(いぬ)の刻(こく)に大流星(おほりうせい)。
艮(うしとら)の方(かた)より坤(ひつじさる)に飛行(とびゆく)其音(そのおと)。宛然(あたかも)雷鳴(らいのなり)磤(はためく)がごとく。其(その)光暉(ひかり)暫(しばら)く
白昼(はくちう)に異(こと)ならず。又同十七日/何方(いづかた)よりともなく。黄色(きいろ)の蝶(てふ)一/塊(かたまり)飛来(とびきた)
ると覚(おぼ)えしが。四方紛々(よもふん〳〵)として。須臾(しはらく)に又/空中(くうちう)より群(むらか)り下(くだ)り。広(ひろ)さ
十/丈(でう)。長(なが)さ三段余(さんだんあまり)にして。宛(あたか)も黄絹(きぎぬ)を引(ひき)はへたる如(ごと)く。これが為(ため)に朱(やし)
門(き)商戸(あきんどや)も皆(みな)黄色(きいろ)に映(ゑい)じて。黄金(こがね)もて門戸(もんこ)を造(つく)るがと怪(あや)しまる

良(やゝ)ありて一陣(いちじん)の風(かせ)につれ。四方(よも)に散乱(さんらん)なし行方(ゆくがた)をしらず。重々(かさね〳〵)の珍(ちん)
事(じ)に人民(じんみん)恐怖(けうふ)して昼夜(ちうや)易(やす)き心なく。時頼公も心神(しん〴〵)をいため。陰陽(おんやう)
故実家(こじつか)に勘文(かんもん)を書(かゝ)しめらるゝ。折柄(をりから)陸奥(むつ)の国守(こくしゆ)より注進(ちうしん)せるは。
去(さん)ぬる三月十一日。陸奥国(むつのくに)津軽(つがる)が浦(うら)に。ふしぎの大魚(たいきよ)流(なが)れより。その形(かたち)
頭(かしら)は魚(うを)にして手足あり全身(ぜんしん)か魚鱗(うろこ)の重りたるが。原(もと)より死体(したい)にて浮(うき)上
る。これが死せるによりてか。海水(かいすい)こと〴〵く血(ち)になりて。紅(くれなひ)の波(なみ)岸(きし)をあら
へば。千入(ちしほ)にそむる苔(こけ)の色(いろ)。藻(も)くずに交(まじ)りて錦(にしき)のごとく。誠(まこと)に前代未聞(せんだいみもん)の
怪事(かいじ)。諸人(しよにん)驚怖(きやうふ)すと注進(ちうしん)す。時頼いち【「いち」は「いよ」ヵ】〳〵驚(おどろ)き。其(その)先蹤(せんじう)をたづね
らるゝに古老(こらう)の曰(いはく)。文治五年の夏(なつ)此魚(このうを)浮(うかみ)上つて死(し)す。其ころ泰衡(やすひら)
滅亡(めつほう)の事(こと)。建仁(けんにん)三年の夏(なつ)。秋田(あきた)の浦(うら)に怪魚(くはいぎよ)死(し)して波(なみ)に洋々(ゆられ)て磯(いそ)に
あがる。源/頼家(よりいへ)御/事(こと)まし〳〵建保(けんはう)元年四月に大/魚(うを)出現(しゆつけん)して波上(はしやう)に
死(し)す。和田義盛(わたよしもり)滅亡(めつほう)に及ぶ此度(このたび)の怪魚(くはいぎよ)も動乱(どうらん)の兆(きさし)御/慎(つゝし)みあるべき

旨(むね)を申。又/黄蝶(くはうてふ)の事(こと)は。往昔(いにしへ)朱雀(しゆじやく)天皇の御宇(おんとき)。丞平(しやうへい)のはじめ。黄(くはう)
蝶(てふ)山野(さんや)の間に充満(じうまん)す。相馬将門(さうままさかど)反逆(ほんきやく)し又。後冷泉(これいぜい)天皇/天喜(てんき)二年
奥羽(おうう)常野(じやうや)の四ヶ国(こく)に黄蝶(くはうてふ)むらがる。阿部貞任(あべのさだとう)反逆(ほんぎやく)す。旁(かた〴〵)兵乱(へうらん)の前(ぜん)
兆(てう)なりと申せしより。いよ〳〵四民(しみん)恐怖(けうふ)して。産業(さんげう)をもなし得(え)ず。他国(たこく)に
奔走(ほんさう)せんとぞはかりける
    三浦泰村隠謀露顕話(みうらやすむらいんばうろけんのこと)
于爰(こゝに)三浦若狭前司泰村(みうらわかさのせんじやすむら)は。大介義明(おほすけよしあきら)の孫(まご)。駿河守義村(するがのかみよしむら)の嫡子(ちやくし)
にして。次男(じなん)光村(みつむら)。三女(さんじよ)は故泰時(こやすとき)が室(しつ)となり。修理亮時氏(しゆりのすけときうぢ)が母(はゝ)なり。
斯(かゝ)る一族(いちぞく)なれば。時頼(ときより)も外(ほか)ならざる親(したし)みあれば。国家(こくか)の政務(せいむ)をも。
倶(とも)に是非(ぜひ)を談(だん)じらるゝまゝ。自(をのづ)からその権勢(けんせい)高(たか)く。諸人(しよにん)の尊敬(そんけう)も浅(あさ)
からざりける余(あまり)に。密(ひそか)に舎弟(しやてい)光村(みつむら)家村(いへむら)已下(いか)の一族(いちぞく)を語合(かたらひ)。北条/時頼(ときより)
を亡(なきものと)し。当将軍(とうしやうくん)を追退(おいしりぞ)け。前将軍頼経公(さきのせうぐんよりつねこう)を都(みやこ)より。ふたゝび向(むか)へて

我(われ)執権(しつけん)とならはやと。種々(こま〴〵)【「こま〴〵」は「さま〴〵」ヵ】思慮(しりよ)をめぐらして。専(もつは)ら時節(じせつ)を待居たるが又
こゝに。彼(かの)秋田城介景盛入道覚地(あきたしやうのすけかけもりにうどうかくち)が嫡子(ちやくし)義景(よしかげ)は藤(とう)九/郎盛長(らうもりなが)の嫡(ちやく)
孫(そん)にて。家門(かもん)に於て人に恥ず。殊更(ことさら)義重(よしかす)。当時(とうじ)執権時頼(しつけんときより)とは交(まじは)り最(もつと)も
深(ふか)かりしかば。自(おのづ)から其(その)威勢(いせい)肩(かた)をならぶる者(もの)もなく。実(げに)哉/両雄(れうゆう)威(い)を逞(たくましく)
するときは。一方(いつほう)傷(きづゝく)の金言(きんごん)。義景(よしかげ)は泰村(やすむら)を悪(にく)み。三浦(みうら)は秋田(あきた)が身(み)に凶事(けうし)
あらん事を思ひ。互(たがひ)に其中(そのなか)よからざりしが。いかゞして聞出(きゝいた)しけん三浦に隠謀(ゐんほう)を企(くはたて)
を知(し)り。須波哉(すはや)三浦(みうら)を斃(たを)さんは。此/時(とき)なりと密(ひそか)に歓(よろこ)び。父/入道覚地(にうだうかくち)なる
者(もの)は。高野山(かうやさん)隠栖して。今は武門(ふもん)に交(まじは)らざるを家(いへ)にむかへ泰村が企(くはたて)のあら
ましを語(かた)り。則(すなはち)覚地(かうち)を以(もつ)て。時頼(ときより)に通(つう)ぜしむ。時頼も兼(かね)てより。泰村(やすむら)が心(しん)
中(ちう)を察(さつ)すといへども。今/是(これ)を糺(たゞ)さんとすれば。一/族(ぞく)の親(したしみ)を破(やぶ)り。加之(しかのみならず)天下の
騒動(さうどう)万民(はんみん)の恐怖(けうふ)ともならんを憚(はゞか)り。よし哉(や)彼(かれ)いか計(ばかり)の謀計(ほうけい)ありとも。
我行跡(わかげうせき)。天道(てんとう)に叛(そむ)かずば。いかで本意(ほんゐ)を達(たつ)する事を得(え)んと。いよ〳〵信義(じんぎ)を

厚(あつ)くし給ふ。されども泰村(やすむら)が叛心(ぎやくしん)日夜(にちや)に増長(さうてう)し今は将軍(せうぐん)が命令(めいれい)。執(しつ)
権(けん)が下知(げち)といふ共/更(さら)に謹承(きんしやう)の心なく。我意(がゐ)の事蹟(ふるまひ)多かりしかば。自然(しぜん)に
人口(じんかう)喧(かしま)しく。又も動乱(とうらん)近(ちかき)にありと。人心(じんしん)又/騒(さは)がしく。いさゝか穏(おだやか)ならざりけり。時(とき)
頼(より)これを患(うえ)へ。いかにもして彼(かれ)が心を宥(なだ)め。世(よ)の物(ぶつ)怱(さう)【忩】を治(おさ)めばやと。泰村(やすむら)が
次男(じなん)駒石(こまいし)丸といへるを。時頼が養子(ようし)たるべき約諾(やくだく)を做(なす)といへども。面(おもて)には歓(くはん)
喜(き)の色(いろ)を見すれども。内謀(ないぼう)いかで止るべき。密(ひそかに)武具(ぶぐ)兵器(へいき)の設(まうけ)とり〴〵なり。
于爰(こゝに)此頃(このころ)将軍頼嗣公(せうぐんよりつぐこう)の御台所(みだいところ)御不例(ごふれい)にて。典医(てんゐ)神薬(しんやく)霊剤(れいざい)を
捧(さゝ)げ。諸山(しよざん)大法(だいほう)秘法(ひほう)を尽(つく)すといへども。天寿(てんじゆ)けふに止(とゞ)まりけん。五月十三日
の暁(あかつき)。十八歳を一期(いちご)とし。艸頭(さうとう)の露(つゆ)と卒去(そつきよ)し給ふ。抑(そも〳〵)此/御台(みたい)は。故修理亮(こしゆりのすけ)
時氏(ときうじ)の女(むすめ)にして。則(すなはち)時頼の妹(いもと)なれば。殊更(ことさら)北条一族(ほうでういちぞく)の残念(ざんもん)【ざんねんヵ】。いふべうも有
らず。是(こゝ)によつて。時頼(ときより)も着服(ちやくふく)なしたまひ。則(すなはち)三浦(みうら)泰村か館(やかた)の一室(いつしつ)に。今日(こんにち)
時頼/引移(ひきうつ)り。着服(ちやくぶく)の暇(いとま)籠(こも)り給ひ。呪経(しゆけう)弔礼(てうらい)の外(ほか)はなかりけり。一族(いちぞく)も

多(おほ)きに。野心(やしん)の噂(うはさ)種々(とり〳〵)なる三浦(みうら)が館(やかた)に引/籠(うつ)るは。これ心ある深計(しんけい)にて
一(ひとつ)には人民(じんみん)の疑心(ぎしん)を解(と)き。二(ふたつ)には泰村(やすむら)の心を和(なご)【「なご」は「なだ」ヵ】め。三には動静(ようす)をも探(さぐらん)ため也
然(しか)るに同十七日。三浦が一族(いちぞく)忍(しの)び〳〵に。泰村(やすむら)が館(やかた)に集会(しうくはい)し。奥(おく)まりたる
室(しつ)に籠(こも)り。額(ひたひ)を合(あわ)せ密話(みつわ)なし。夜(よ)に入て具足(ぐそく)を運(はこ)び。弓箭(ゆみや)を取扱(とりあつかひ)
馬(うま)に鞍(くら)さへ置(おか)する容(さま)。時頼(ときより)密(ひそか)にこれを見て。嗚呼(あゝ)悲哉(かなしひかな)天(てん)三浦(みうら)か家
を亡(ほろぼ)し給へり。已(やみ)なん〳〵と嘆(たん)じつゝ。近臣(きんしん)五郎四郎/只(たゞ)一人を召連(めしつれ)。太刀(たち)のみを持(もた)せ
密(ひそか)に三浦亭(みうらのてい)の後門(うしろもん)を忍(しの)び出。北条亭(ほうてうてい)に帰(かへ)らせ給ひ。直(たゞち)に近江(あふみ)四郎左衛門
氏信(うしのぶ)といふ。剛(かう)の者(もの)に機密(きみつ)を告(つげ)て。三浦(みうら)がもとへ使(つかは)し給ふ。偖(さて)も泰村(やすむら)は。今度(このたひ)
料(はか)らずも時頼(ときより)着服(ちやくふく)にて。我館(わがたち)に来る事(こと)。天/我(われ)をして北条(ほうでう)を討(うた)しめ内謀(ないぼう)
成就(しよじゆ)なさしめ給ふと。己(おのれ)が邪曲(じやきよく)に理(り)を附(ふ)して。倉卒(にはか)に徒党(ととう)の一類(いちるい)を集(あつ)
め。今宵(こよひ)密(ひそか)に。時頼(ときより)が寝首(ねくび)を掻(か)き。明暁(めうあさ)旌籏(せいき)を天に翻(ひるがへ)し。北条氏族(ほうてうしぞく)を
討(うつ)て。枝葉(しよう)を枯(から)し。一時(いちぢ)にことを計(はか)らんと。夫々(それ〳〵)へ向(むか)ふ討(うつ)手を分(わか)ち。其(その)役備(ようい)全(まつたく)

整(とゝの)ひしかば。左(さ)らば先(まづ)時頼(ときより)を刺(さゝ)んと。密(ひそか)に一室(いつしつ)を窺(うかゞ)ふに。経巻(けうくはん)を納(をさ)め調度(ちやうど)を
片寄(かたよせ)。其(その)形容(さま)奇麗(きれい)にして。其人あらず。是(こ)は如何(いか)にと不審(ふしん)なす処(ところ)に。時頼(ときより)過刻(くはこく)
四郎五郎を将(い)て。忍(しの)びて御/館(やかた)に帰(かへ)り給ひしと。しる者(もの)有て告(つげ)しかば。泰村(やすむら)は仰天(ぎやうてん)蹉(あし)
跎(ずり)し。無用(むよう)の長穿鑿(ながせんぎ)に袋(ふくろ)の鼠(ねずみ)。とり逃(にが)したる残念(ざんねん)さよ。已(すで)に其/機密(きみつ)をしら
せし上(うへ)は。此侭(このまゝ)には止(やみ)がたし。不如(しかず)運(うん)を天(てん)にまかせ。花々敷(はな〴〵しき)合戦(かつせん)せん。敢(いざ)打立(うちたゝ)んと
鬩(ひしめ)く処(ところ)へ。時頼(ときより)より使節(ししや)として。四郎左衛門/尉(でう)氏信(うじのぶ)入来(じゆらい)のよしを通(つう)ぜしかば。
泰村(やすむら)一族(いちぞく)と評(へう)す。斯(かく)隠謀(ゐんぼう)露顕(ろけん)して。今(いま)打将(うちいで)ん折(をり)からに。何(なに)をか聞ん。何(なに)
をかいはん。直(たゞち)に追返(おつかへ)し給ふべし。異議(ゐぎ)に及(およ)ばゝ門出(かどて)の血祭(ちまつり)。渠(かれ)が素頭(すかうべ)を刎(はね)
なんと。血気(けつき)の勇(ゆう)に逸(はや)るあれば否々(いな〳〵)近江氏信(あふみうじのぶ)は剛(かう)の者(もの)。ことに打/向(むか)はんの
時(とき)をしり。緩々(ゆう〳〵)として来る者(もの)を。疎略(そりやく)に事を計(はか)らんは。却(かへつ)て不覚(ふかく)の基(もとひ)なり
先(まづ)使旨(かうでう)を聞てのち。臨機応変(りんきをうへんの)計(はからい)かたあるべしと一決(いちけつ)し。則(すなはち)書院(しよゐん)へ通(とう)し。
泰村(やすむら)面会(めんくはい)して使旨(かうでう)を聞(きく)に。氏信(うじのぶ)臆(おく)する気色(けしき)なく。此度(このたび)三浦家(みうらけ)一(いち)

族(ぞく)を語合(かたらい)隠謀(ゐんぼう)を企(くは)だてらるゝ旨(むね)。人口(じんこう)喧(かまび)【「かまび」は「かまびす」ヵ】し。之(これ)がため鎌倉(かまくら)の人民(じんみん)以(もつて)の外(ほか)
騒動(さうどう)し将軍(せうぐん)にも御驚(おんおどろき)少からず。又(また)此頃(このころ)承(うけたまは)れば。時頼(ときより)に遺恨(いこん)をさし挟(はさ)
まるゝとも聞(きこ)えたり。一門(いちもん)といひ別(べつし)て親(した)しき三浦氏族(みうらしぞく)へ。非義(ひぎ)非道(ひだう)の取(とり)
計(はからひ)身(み)に執(とつ)て更(さら)に覚(おほ)えず。されども兵革(へいかく)を発(はつ)し。人馬(にんば)を苦(くる)しめて。時頼(ときより)を
討(うた)んとせらるゝには。止(やみ)がたき遺恨(ゐこん)ありてならん。其(その)件々(でう〳〵)一々(いち〳〵)申さるべし。若(もし)我(われ)に
非道(ひどう)ありて。陳(ちん)じがたきの事(こと)あらば忽(たちまち)執権(しつけん)を辞退(じたい)して蟄居(ちつきよ)なさむ。
抑(そも〳〵)一家一門(いつけいちもん)の其間(そのあいた)。親睦(しんぼく)を厚(あつ)になすは。則(すなはち)君(きみ)への忠義(ちうき)治国(じこく)の道(みち)。又(また)
一族類家(いちそくるいけ)相互(あいたかひ)に。遺恨(いこん)を挟(はさ)み隔(へだ)つるは。上(かみ)への不忠(ふちう)乱世(らんせい)の機(き)也
所詮(しよせん)時頼(ときより)の身命(しんめい)とも。兼(かね)て君(きみ)に捧(さゝげ)奉(たてまつ)る故(ゆへ)に。君命(くんめい)ならんは是非(ぜひ)なし
といへども。私(わたくし)の遺恨(いこん)によりては。時頼(ときより)より矢(や)を放(はな)たず。しかれども非道(ひだうの)戟先(ほこさき)
は。君(きみ)の為(ため)に防(ふせ)くべし尤(もつとも)時頼(ときより)に於(おい)ては。いさゝか隔心(ぎやくしん)なく。貴士(きし)の返答(へんとう)に
よつて拠(よんところ)なく干戈(かんくは)を動(うこが)すべく。心底(しんてい)包(つゝ)まず明(あか)し申さるべしと。言語(げんぎよ)堂々(よどまず)

【挿絵】
比田盛時(ひたもりとき) 
怒(いかつ)て塀(へい)を
   飛越(とびこ)す

相述(あいのぶ)れば。泰村(やすむら)額(ひたひ)に汗(あせ)して答(こたへ)けるは。貴命(きめい)のごとく此頃(このころ)世(せじやう)に物忩(ぶつさう)の事(こと)は
泰村(やすむら)が身(み)の不運(ふうん)と覚(おぼ)えたり。其(その)所以(わけ)は。某(それがし)兄弟(けうたい)。いづれも他門(たもん)の宿老(しゆくらう)に
超(こえ)て。朝散大夫(てうさんだいぶ)を辱(かたじけの)ふし。其外(そのほか)一族(いちぞく)に於(おゐ)ても。多(おほ)く官位(くはんゐ)を帯(たい)し。守(しゆ)
護職(ごしよく)数(す)ヶ(か)国(こく)。荘園(さうゑん)数千町(すせんてう)を賜(たまは)り。君恩(くんおん)身(み)にあまり。三浦(みうらの)一家(いちか)の栄(さか)え
こゝに極(きは)む。彼(かの)喬木(けうぼく)風(かぜ)に折(をら)るゝ古語(こご)のごとく。他門(たもん)の讒訴(ざんそ)屢(しは〴〵)なるがゆへ。北条(ほうてう)
氏族(しぞく)もこれをいかり。無冤(むじつ)の三浦(みうら)を斃(ほろぼ)し給はん計謀(ぼうけい)ありなんと。予(よ)が一門(いちもん)又は
郎従(ろうどう)。彼方(かなた)爰方(こなた)にて承(うけたまは)るが故(ゆへ)。拠(よんどころ)なく防禦(ばうぎよ)の備(そなへ)をなせし也。仰越(おほせこさ)るゝ執(しつ)
権(けん)の心底(しんてい)ならんには。何(なに)を以(もつ)てか兵革(へいかく)を動(うご)かさん哉(や)。しかれども一旦(いつたん)事(こと)を宥(なだ)
め置(おか)れ。事(こと)不意(ふい)に起(おこつ)て絶根(ぜつこん)の計策(けいさく)もや候はん。氏信(うじのぶ)大(おほひ)に笑(わら)ひて。こは
泰村主(やすむらぬし)とも覚(おぼ)えざる一言(いちごん)。時頼公(ときよりかう)の親睦(しんぼく)の厚(あつ)き事(こと)は。申までもなく兼(かね)
て知(しり)給ふごとし。尤(もつとも)一旦(いつたん)の計策(けいさく)にて。其虚(そのきよ)を討(うた)んは。これ戦国(せんごく)の習(なら)ひなれど。
今(いま)泰平(たいへい)の御代(みよ)といひ。殊更(ことさら)一門(いちもん)の御中(おんなか)にて。何条(なんでう)後難(かうなん)を疑(うたが)ひ給ふべけん

愈(いよ〳〵)以(もつ)て貴兄弟(きけうだい)に。邪曲(じやきよく)非道(ひどう)の手謀(しゆだん)なくんば。人伝(ひとづて)を頼(たのみ)給ふまでも候(さふら)は
ず。貴老(きらう)北条亭(ほうてうてい)に参(まい)り給ひ。赤心(せきしん)を見せ給はんには。時頼公(ときよりかう)にも歓(よろこび)て
愈(いよ〳〵)親族(しんぞく)の御間(おんあいだ)睦(むつ)まじからんか。泰村(やすむら)自得(じとく)の容(さま)にて。何様(いかさま)某(それかし)伺公(しかう)して
首尾(しゆび)申/開(ひら)かん。併(しかし)ながら宜(よろしく)取成(とりなし)なし給へと。互(たがひ)に式礼(しきれい)を厚(あつ)ふして。氏信(うじのぶ)は
立帰(たちかへ)り。泰村(やすむら)の答話(へんとう)くはしく述(のべ)て。さて三浦(みうら)の心底(しんてい)を考(かんが)ふるに。中々(なか〳〵)隠謀(ゐんほう)
止(とゞま)まるべきならず。兼(かね)て不意(ふい)を防(ふせ)ぐの其(その)備(かまへ)こそ。専用(せんよう)なれと申すれば。
時頼(ときより)打点頭(うちうなづき)ながら。防禦(ばうぎよ)の体(てい)いさゝかもなかりけり。去程(さるほど)に三浦氏族(みうらのしぞく)。已(すで)に
叛逆(ほんぎやく)の色(いろ)を顕(あら)はし。明暁(めうてう)は打出(うちいで)ん結構(けつこう)なりといふ程(ほど)に。在鎌倉(ざいかまくら)の大小名(だいせうめう)。
今宵(こよい)夜討(ようち)をかけんも知(し)れず。猶予(ゆうよ)なすべき事(こと)ならずと。手勢(てせい)を引連(ひきつれ)〳〵
て。我先(われさき)にと馳集(はせあつま)り。北条(ほうでう)が四面(しめん)をかこみ。一夜(いちや)の間(うち)に雲霧(うんか)【「雲霧」は「雲霞」ヵ】のごとく。小路(こうぢ)〳〵に充(みち)
満(みち)たり。爰(こゝ)に比田(ひた)五郎左衛門/尉盛時(でうもりとき)といへるは。別(わき)て時頼(ときより)と因(ちな)み厚(あつ)かりしが。
此噂(このうはさ)を聞得(きゝえ)る事(こと)の遅(をそ)かりけん。人々(ひと〴〵)に後(おく)れ参(まい)りけるが。早(はや)門々(もん〳〵)をさし固(かた)めて

通路(つうろ)既(すで)に隔(へだて)たりければ。馬(うま)を門前(もんぜん)にすゝめ。当御門(とうごもん)を守護(しゆご)し給ふ人々(ひと〴〵)。
比田(ひだ)五郎左衛門/尉盛時(でうもりとき)。北条殿(ほうでうどの)を守護(しゆご)せんがために参(まい)りたり。御門(ごもん)を開(ひら)か
れ給へと。高声(かうせう)に呼(よば)ばれば。門内(もんない)より答(こた)へて。比田殿(ひだどの)には北条家(ほうてうけ)に。殊更(ことさら)交(まじは)り
深(ふか)しと兼(かね)て聞(きく)に。かゝる大事(だいし)の御時(おんとき)に。御猶予(ごゆうよ)あるこそ不審(ふしん)也。夫(それ)は兎(と)あれ。
北条(ほうでう)どのを守護(しゆご)せんは。我々(われ〳〵)も同(おな)し処(ところ)なり。さらば時頼公(ときよりかう)の下知(げぢ)もなきに。
比田(ひだ)どのにもあれ。御門(ごもん)を得(え)こそ通(とふ)すまじ。御門外(ごもんぐはい)に陣(ぢん)し給ひて。重(かさ)ねての
御下知(おんげち)を待(まち)給へと答(こた)ふ。盛時(もりとき)大(おほひ)に立腹(りつふく)し。かゝる折(をり)から論(ろん)は無益(むやく)。門(もん)を通(とふ)
さずは通(とふ)さぬまでと。馬上(ばじやう)に真(すつく)と起(たつ)よと見えしが。曳(ゑい)と一声(ひとこへ)掛(かけ)ると等(ひと)しく。
門腋(もんわき)の塀屋根(へいやね)に飛上(とびあが)り。又(また)も一跂(ひとはね)はね飛(とん)で。門内(もんない)固(かた)めたる武蔵(むさし)の党(とう)が。頭(づ)
上(ぢう)を越(こへ)て。五丈(ごじやう)ばかり彼方(あなた)なる。庭上(てうせう)に下(お)り立(たつ)形容(ありさま)。飛鳥(ひてう)の如(ごと)く見えし
かば。門(もん)の内外(うちと)かためたる軍兵(ぶんべう)。我(われ)を忘(わす)れて飛(とん)だりや盛時(もりとき)。越(こへ)たりや比田(ひだ)五郎と
一同(いちど)に鬨(どつ)と褒(ほめ)たりける。盛時(もりとき)は耳(みゝ)にも掛(かけ)ず。直(たゞち)に時頼(ときより)の前(まへ)に出(いで)て。その

遅参(ちさん)を詫(わぶ)る。軍(いくさ)散(さん)じてのち。盛時(もりとき)か奇代(きたい)の振舞(ふるまひ)。時頼(ときより)聞(きゝ)て甚(はなはだ)感(かん)じ
諏訪入道(すはにうだう)をもつて。卯花威(うのはなおどし)の鎧(よろひ)一領(いちれう)給りけり
    時頼仁慈(ときよりのしんじ)伏(ふくする)泰村(やすむき)【「やすむき」は「やすむら」ヵ】話(こと)
去程(さるほど)に三浦泰村(みうらやすむら)は。近江氏信(あふみうぢのぶ)を詭(いつは)り。無異(ぶゐ)の返答(へんたう)をなすといへども。
さらに止(とゞ)まるべき心(こゝろ)あらず北条(ほうでう)に心(こゝろ)を緩(ゆる)させ。不意(ふい)に明暁(めうきやう)押寄(おしよせ)て。
一挙(いつきよ)に事(こと)を計(はか)らんと。態(わざ)と其夜(そのよ)は鎮返(しづまりかへ)り。夜明(よあけ)遅遅(おそ)しと待居(まちゐ)るに。やがて
鶏鳴(けいめい)も近付(ちかづく)らんと思(おも)ふ処(ところ)に。家(いへ)の子(こ)藤次宗近(とうじむねちか)といふもの。遽敷(あはたゝしく)泰村(やすむら)に
向(むか)ひ。君(きみ)未知哉(しらずや)。某(それがし)たゞ今(いま)物見(ものみ)より。時刻(じこく)をはかりつる処(ところ)。夕辺(ゆふべ)は有(あり)とも存(そんぜ)ぬに。
北条亭(ほzうてうてい)の四面(しめん)大路(おほぢ)小路(こうじ)。家々(いへ〳〵の)旌籏(はた)朝風(あさかぜ)に飜(ひるがへ)り。軍兵(くんべう)にあらざる処(ところ)なし。
ひそかに斥僕(ものみ)遣(つかはし)候えは。猶(なほ)も弐百/騎(き)三百/騎(き)打つれ〳〵。北条(ほうでう)守護(しゆ?ご)と馳付容(はせつくさま)。
味方(みかた)与力(よりき)の人々(ひと〳〵)も。敵(てき)の大軍(たいぐん)に憶(おく)しけん。俄(にはか)に勢(せい)を引(ひい)て帰(かへ)るあれば。変心(へんしん)
して北条氏(ほうてううち)へ向(むか)ふもありて。夕部(ゆふべ)まで充満(じうまん)したる兵卒(へいそつ)も。残(のこ)り少(ずく)なに相成(あいなり)

て。夫(それ)さへ隙(ひま)あらば逃(のが)れんの容静(ありさま)。迚(とて)も今朝(こんてう)打出(うちいで)ん事(こと)。難(かた)かるべしと告(つげ)
ければ。泰村(やすむら)は大にいかり。頼甲斐(たのみがひ)なき輩(ともがら)かな去(さり)ながら。軍(いくさ)は勢(せい)の多少(たせう)によらず
木曽義仲(きそよしなか)は三千の兵士(へい)を以(も)て。平家(へいけ)三万/騎余(ぎよ)を追崩(おひくづ)し。漢(かん)の高祖(かうそ)三千
の困兵(こんへい)を以(もつ)て。項羽(こうう)が百万(ひやくまん)の甲兵(かうへい)を討(う)つ。其外(そのほか)和漢(わかん)に先蹤(せんしう)多(おほ)し。一戦(いつせん)
にも及(およ)ばずして。敵(てき)の多勢(たせい)に恐怖(けうふ)なし。逃設備(にげじたく)する臆病武者(おくべうむしや)。あつて用(よう)なく
無(なく)て事/欠(かゝ)ず。軍(いくさ)は時(とき)の運(うん)なるぞと。残兵(ざんへい)を勇(いさむ)れども。不果敢(はか〴〵しく)も見えざ
りければ。日頃(ひごろ)工(たく)みに巧(たく)みし謀計(ばうけい)も。一夜(いちや)のうちに齟齬(くひちがいし)かば。流石(さすが)の泰村(やすむら)も
無為便(せんすべなく)。急(きう)に邪計(じやけい)をめぐらしつ。心利(こゝろきゝ)たる郎等(らうどう)。小平太行宗(こへいだゆきむね)といへるに。
使命(こうじやう)を含(ふく)めて北条亭(ほうてうてい)につかはす。時頼(ときより)館内(やかた)に通(とほ)さしめ面会(めんくはい)して使旨(こうぜう)
を聞(きく)に。泰村(やすむら)が一類(いちるい)毛頭(もうとう)野心(やしん)を存(ぞん)せず。然(しか)れども他人(たにんの)讒訴(ざんそ)によつて。我等(われら)
一類(いちるい)を亡(うしなは)るべき。風聞(ふうぶん)区々(まち〳〵)につき。拠(よぎ)なく一類(いちるい)防禦(ばうぎよ)仕る処(ところ)。夜前(やぜん)近江氏(あふみうぢ)
信(のぶ)を以(も)て。更(さら)に隔心(きやくしん)無之由(なきのよし)仰越(おほせこ)され。先以(まづもつて)安堵(あんど)の思(おも)ひを做(な)し。今朝(こんてう)は

泰村(やすむら)罷出(まかりいで)。心諸(しんてい)申/伸(のべ)んと覚悟(かくご)せしに豈計(あにはか)らんや。夜中(やちう)に数千(すせん)の兵(へい)
軍(ぐん)を集(あつ)め。旌籏(せいき)鎗戈(ひやうぐ)を立連(たてつらね)給はんとは。昨夜(さくや)の使旨(かうでう)に反(はん)じて。三浦(みうら)を
討(うた)んとしたまふ哉(や)。爰(こゝ)を以(もつ)て泰村(やすむら)伺公(しかう)を憚(はゞか)る処(ところ)なり。若又(もしまた)他人(たにん)の邪(じや)
を責(せめ)んため。兵(へい)を集(あつ)め給ふとならば。物(もの)其(その)員(かず)にはあらざれど。三浦(みうら)の一類(いちるい)
引卒(いんそつ)して。君(きみ)が一臂(いつぴ)を助(たす)けつゝ。命(いのち)を軍門(ぐんもん)に軽(かろん)ぜんは。我党(わがとう)兼(かね)て願(ねがふ)ふ処(ところ)
なりと。誠(まこと)しやかに相述(あいのぶ)れば。時頼(ときより)完然(くはんぜん)として面(おもて)を和らげ。今(いま)に始(はじ)めざる
泰村(やすむら)が厚意(かうい)。且(かつ)申/越(こさ)る条々(でう〳〵)尤千万(もつともせんばん)なり。尤(もつとも)諸士(しよし)の馳参(はせまい)る事(こと)。神(しん)以(もつ)て
我(わが)招(まね)きしにはあらず。風評(ふうへう)の喧(かしま)しきによつて。遠近(ゑんきん)をいはず馳参(はせあつま)りし厚志(かうし)を。
いかで無足(むそく)にはなし難(がた)く。故(ゆへ)に今朝(こんてう)は其党(そのとう)々々(〳〵)に面会(めんくはい)し。礼謝(れいしや)を伸(のべ)て
退去(たいきよ)せしめんとす。抑(そも〳〵)此度(このたび)の騒動(そうどう)。ひとへに天魔(てんま)の所為(しよい)なるべき歟(か)。
泰村(やすむら)に別心(べつしん)なくんば。時頼(ときより)にも隔意(きやくゐ)なく。此上(このうへ)は館(やかた)を守護(しゆご)する大小(だいせう)
の軍兵(ぐんべい)。夫々(それ〳〵)に退去(たいきよ)なさせん。其方(そのほう)にも助勢(じよせい)の一族(いちそく)を帰(かへ)さしめて。人民(じんみん)の

驚動(きやうどう)を鎮(しづ)めん計略(けいりやく)こそ願(ねが)はしけれど。老実(ろうじつ)なる返答(へんとう)に。子平太(こへいだ)大(おほひ)に
屈伏(くつふく)しいそぎ帰(かへ)りて泰村(やすむら)に通(つう)じ。急に武器(ぶき)を取(とり)かくし。氏族等(しぞくら)をも一先(ひとまづ)
帰(かへ)し。門(もん)をひらきて。合戦(かつせん)の体(てい)をとゞめけるに。北条方(ほうでうかた)にも馳集(はせあつ)まりし軍(ぐん)
兵(へい)に。それ〳〵の引出(ひきいで)もの賜(たま)ひ。厚(あつ)く礼謝(れいしや)しいとまを給りければ。軍兵(ぐんべう)どもは
心(こゝろ)を易(やす)んじ。時頼(ときより)の仁慈(しんじ)を感称(かんせう)し。太刀(たち)は鞘(さや)。弓(ゆみ)は袋(ふくろ)にし。皆(みな)万歳(ばんぜい)を
となへつゝ自第(じてい)自国(じこく)に帰りけり
    正治室(まさはるのしつ)以(もつて)_レ死(しを)顕(あらはす)_二貞潔(ていけつを)話(こと)
こゝに三浦方(みうらがた)に与力(よりき)せし。関(せき)左衛門/尉(でう)政泰(まさやす)といへるは。若狭前司泰村(わかさのぜんしやすむら)が
妻(つま)の兄(あに)なれば。今度(このたび)泰村(やすむら)が招(まね)きに応(おう)じ。中門(ちうもん)を固(かた)め守(まも)りたるに。双方(さうほう)
和平(わへい)調(とゝの)ひ。両家(れうけ)に集(あつまり)たる軍兵(ぐんへう)夫々(それ〳〵)に立帰(たちかへ)る。政泰(まさやす)も本国(ほんごく)常陸(ひたち)へ下(くだ)
る道(みち)にて。何物(なにもの)が讒(ざん)しけん。此度(このたび)北条(ほうでう)の和平(わへい)は。一旦(いつたん)三浦(みうら)の一族(いちぞく)を宥(なだ)め。
不意(ふゐ)に誅伐(ちうばつ)せん時頼(ときより)の謀計(ぼうけい)。それともしらず。三浦(みうら)の一族(いちぞく)。おめ〳〵国(くに)へ

帰(かへ)らるゝこそ不覚(ふかく)なれと言出(いひいだ)しければ。正泰(まさやす)これを聞(きゝ)て思ふやう。われ
一/旦(たん)泰村(やすむら)に与力(よりき)せし上は。たとへ本国に帰(かへ)りたりとも。再(ふたゝ)び三浦を征(せい)さんには
やはか安穏(あんおん)なるべきや。不如(しかず)泰村(やすむら)と死生(しやうし)を供(とも)にせんにはと。中途(ちうと)より引/返(かへ)し
三浦(みうら)が館(やかた)に入て。泰村等(やすむらら)に其/旨趣(しゆゐ)を告(つ)げ。再(ふたゝ)ひ防禦(ばうぎよ)の備(そなへ)をなす。
これを見るより鎌倉中(かまくらぢう)又(また)忩々敷(さふ〴〵しく)。北条亭(ほうてうてい)を守護(しゆご)する輩(ともがら)。東西(とうざい)に
奔走(ほんさう)す。爰(こゝ)に毛利(もうり)左衛門/尉(てう)正治(まさはる)は。時頼(ときより)とは其(その)親(した)しみ厚(あつ)しといへども。
今度(このたび)の動乱(とうらん)に。始(はじめ)より北条亭(ほうてうてい)へ馳参(はせまゐ)らず。只(たゝ)士卒(しそつ)には武具(ぶぐ)を着(ちやく)させ。
己(おの)が宿所(しゆくしよ)を厳(きび)しく守(まも)り。鎮(しつま)り返(かへ)つて居(ゐ)たりける。其(その)所以(わけ)いかにといふに正治(まさはる)
が室(しつ)は。則(すなはち)三浦泰村(みうらやすむら)が妹(いもをと)にて。容顔(ようがん)ことに美麗(びれい)なりしを。正治(まさはる)曽(かつ)て
垣間見(かいまみ)て。さま〴〵と心(こゝろ)を砕(くた)き。終(つゐ)に妻(つま)とせしものから。比翼連理(ひよくれんり)は物(もの)
かは其間(そのあいだ)には水(みづ)さへ洩(もら)さじと契(ちぎり)しより。北条(ほうでう)へ加胆(かたん)すれば三浦(みうら)へ信(しん)なく
泰村(やすむら)に与力(よりき)すれば北條(ほうでう)へ義(き)を失(うしな)ふ。故(かるかゆへ)に双方(さうほう)へ与力(よりき)せずして居たり

【挿絵】
正治(まさはる)が室(つま)
 夫(おつと)の為(ため)
     に
  身命(しんめい)を
   害(かい)す

けり。正治(まさはる)が妻(つま)これを察(さつ)し。六月四日の夜半(よわ)。侍女(じじよ)壱人を具(ぐ)して。密(ひそか)に
第(やしき)を忍(しの)び出(いで)。直(たゞち)に三浦(みうら)が西門(さいもん)にいたり。門(もん)を叩(たゝく)といへども。女ながらも夜分(やぶん)の
事(こと)なれば。容易(ようい)に門戸(もん)を明(あけ)されば。かの女(をんな)いへるは。斯(かく)物忩(ふつさう)の折(をり)からなれば
通(とう)されざるは去事(さること)なり。くるしからざる侭(まゝ)。門(もん)を守(まも)る輩(ともがら)よく聞(きゝ)て。泰村(やすむら)どのへ
伝(つた)ふべし。妾(わらは)は毛利正治(もうりまさはる)が妻(つま)にて。泰村君(やすむらきみ)はわが兄(あに)なり。元来(ぐはんらい)我夫(わがつま)正(まさ)
治(はる)は。将軍家(せうぐんけ)の近臣(きんしん)にて。北条(ほうでう)ぬしとは断琴(だんきん)の交(まじはり)なり。三浦家(みうらけ)には
妾(わらは)によつて親(したし)き縁者(ゑんじや)なれば。彼(かれ)に従(したが)へば是(これ)に叛(そむ)き。是(これ)を助(たす)くれば彼(かれ)
に仇(あた)たり。故(ゆへ)に門(もん)を閉(とち)て双方(さうほう)へ参(まゐり)給ず。左(さ)こそ心(こゝろ)くるしく侍(はべ)るべし。兎(と)
に角(かく)われだに無(なき)ならば。将軍(せうぐん)を守護(しゆご)し。忠義(ちうき)を全(まつと)ふなし給ふべく。仍(よつ)て
今生(こんぜう)の御名残(おんなごり)に。これ迄(まで)参(まゐ)りたるよし伝(つた)へよと。言葉(ことば)のうちより氷(こふり)なす。
守刀(まもりかたな)をぬき放(はな)ち。仏号(ぶつごう)を唱(とのふ)る声(こへ)諸(もろ)とも。胸元(むなもと)合破(がは)と貫(つらぬ)きて。腑臥(うつぶけ)に
伏(ふし)ければ。侍女(しぢよ)是(これ)を見(み)て一驚(いつけう)せしが同(おな)じく守刀(まもりかたな)もて。後(おく)れはせじと自害(しがい)

せり。兄(あに)泰村(やすむら)これを聞(きゝ)て。悲歎(ひたん)数刻(すこく)におよびしが。先(まつ)両女(ふたり)が死骸(なきから)を
門内(もんない)に舁入(かきいれ)させ。人(ひと)を馳(はせ)て正治(まさはる)に告(つ)ぐ。正治(まさはる)いかで驚(おとろ)かざらん。我心(わがこゝろ)
を易(やす)からしめんと。百年(ひやくねん)の寿(ことふき)を。縮(ちゞめ)る事(こと)こそ不便(ふびん)なれ。されどもわれ
に不/義(ぎ)の名(な)を。受(うけ)させじとの貞心(ていしん)いかで空(むな)しく為(なす)べきと。直(たゞち)に設備(やうい)の
手勢(てせい)を引具(ひきぐ)し。先(まつ)北条亭(ほうでうてい)にいたり。此(この)趣旨(おもむき)をのべ。将軍(しやうぐん)の御所(ごしよ)を警(けい)
衛(ゑい)せり。此(この)動乱(とうらん)鎮(しづまつ)【しづまりヵ】てのち。時頼/此(この)両女(ふたり)が貞忠(ていちう)を称嘆(しやうたん)して。厳重(げんちう)
の仏事(ぶつじ)を修(しゆ)せしめ給ひしとかや。三浦(みうら)が館(たち)へ。関政泰(せきまさやす)か取(とつ)て返(かへ)し。門(もん)
戸(こ)を固(かた)めしより。又/北条亭(ほうでうてい)へも軍勢(ぐんぜい)到着(とうちやく)し。既(すで)に矛盾(むじゆん)の色(いろ)見へければ。
時頼大に嘆(たん)じ給ひ。右馬入道浄意(うまのにうだうじやうい)。左衛門入道/盛阿(せいあ)。両人(れうにん)をもつて
泰村(やすむら)に申/遣(つか)はさるゝは。漸(やう〳〵)世上(せじやう)穏(おたやか)なるを以(も)て。時頼(ときより)歓喜(よろこび)に堪(たへ)ざる処(ところ)。
あらぬ巷(ちまた)の雑説(ざうせつ)に迷(まよ)ひ。又も門戸(もんこ)を固(かた)めらるゝは。近頃(ちかごろ)卒忽(そこつ)のいたり
ならんか。君子(くんし)一言(いちげん)を重(おも)んずと。我(われ)に君子(くんし)の徳(とく)なしといへども。信義(しんぎ)に

於(おゐ)ては棄(すつ)る事(こと)なし。早(はや)く人民(じんみん)の困苦(こんく)救(すく)はるべしと有(あり)しかば。泰村
こゝに疑(うたが)ひ解(とけ)て。政泰(まさやす)をも帰国(きこく)なさしめ。再(ふたゝ)ひ門(もん)をぞひらきける。嗚呼(あゝ)
時頼(ときより)已(すで)に泰村(やすむら)が為(ため)に計(はか)られんと做(し)給ひながら。誅罰(ちうばつ)もなさで。却(かへつ)て度々(しば〳〵)
辞(ことば)を丁寧(ていねい)にして。其乱(そのらん)を脩(おさ)めんとし給ふ。寛仁大度(くはんじんたいと)且(かつ)は其罪(そのつみ)を憎(にく)
めども。一門(いちもん)親族(しんぞく)の仁愛(じんあい)に。その人(ひと)を憎(にく)み給はざるこそ有難(ありがた)けれ






参考北條時頼記巻三畢

参考北條時頼記図会(さんかうほうてうじらいきつゑ)巻四
   目 録
  筋違橋合戦三浦滅亡(すぢかひばしかつせんみうらめつぼう)話 同図
  《割書:并》伊沢五郎(いさはごろう)女色(ぢよしよく)を溺(おほ)るゝ事《割書:附》八木左右七(やきさうひち)弓勢(
ゆんぜい)之事
  上総権之介秀胤自害(かづさごんのすけひでたねじがい)話 同図
  《割書:并》金毬藤次勇力(かなまりとうじゆうりき)之事
  宗尊親王被任将軍(そうそんしんわうしやうぐんににんぜらる)話
  《割書:并》御前角力(ごせんずまふ)之事
  小次郎謀島田大蔵(こじろうしまただいさうをはかる)話

  《割書:并》大蔵旧悪露顕(だいざうきうあくろけん)之事
  時頼慈恵復父之讐(ときよりじけいちゝのあだをかへす)話 同図
  《割書:并》時頼小次郎(ときよりごじろう)を戒(いましめ)て薙髪(ちはつ)せしむる事
  時頼薙髪号最明寺(ときよりちはつさいめうじとごうす)話
  《割書:并》時重卒去(ときしげそつきよ)之事《割書:附》時頼執権(ときよりしつけん)を辞(じ)する事
  諏訪刑部射伊具入道(すはぎやうふいぐにうたうをいる)話 同図
  《割書:并》白拍子松寿(しらびやうしせうじゆ)之事

参考北條時頼記図会巻四(さんかうほうでうじらひきづゑまきのよつ)
           洛士 東籬主人悠補編
   筋違橋合戦三浦家滅亡話(すぢかひばしかつせんみうらけめつばうのこと)
人者(ひとは)可(べし)_レ欺(あざむく)天者(てんは)不(ず)_レ可(べから)欺(あざむく)矣と。誠(まこと)なる哉(かな)。三浦前司泰村(みうらのせんじやすむら)。従来(じゆうらい)の
隠謀(いんばう)。既(すで)に事(こと)成(なら)んとするに及(およ)んで。天(てん)時頼(ときより)を助(たすけ)て。計策(けいさく)忽(たちまち)に崩(くづ)れ
しかば。泰村(やすむら)己(おの)が罪(つみ)己(おのれ)を責(せめ)て。倉卒(にはか)に叛逆(ほんぎやく)の簱(はた)を飜(ひるがへ)せしを。時頼(ときより)
国家(こくか)の騒(さわ)きを鎮(しづ)めんがため。態(わざ)と其罪(そのつみ)を問(と)はず。却(かへつ)て和平(わへい)を調(とゝな)ふるを。
泰村兄弟(やすむらけうだい)それと暁(さと)らず。己(おの)が権(けん)には時頼(ときより)さへ。畏惶(おぢおそるゝ)と心(こゝろ)に慢(まん)じ夫(それ)より已後(いこ)は
猶更(なほさら)に権勢(けんせい)を恣(ほしいまゝ)にし。諸大名(しよだいめう)をも蔑(ないがしろ)にし。我意(がい)我慢(がまん)増長(ざうてう)せしかば。暗(あん)に
恨(うら)みを結(むす)ぶ者(もの)又(また)少(すくな)からず。爰(こゝ)に秋田前城助入道覚智(あきたさきのじやうのすけにうだうかくち)。同(おなじく)男(なん)景盛(かげもり)は。倩(つら〳〵)
三浦泰村(みうらやすむら)が動静(ようす)を伺(うかゞ)ふに。平和(へいわ)のゝち聊(いさゝ)か慎(つゝしみ)の色(いろ)もなく。時頼(ときより)が仁慈(じんじ)に
驕(をこ)り。奢侈(しやし)日々(にち〳〵)増長(ざうちやう)して。傍若無人(はうじやくぶじん)耳目(にもく)を驚(おどろ)かす。斯(かく)てあらば我家(わがいへ)

も。終(つひ)には渠(かれ)が掌握(しやうあく)の下(しん)に墜(おち)ん。不如(しかず)今般(こんど)の費(ついへ)に乗(でう)し。三浦一家(みうらいつけ)を亡(ほろほ)
さんには。所謂(いはゆる)先刻(さきんずるとき)制(せい)し後刻(おくるときは)制(せい)せらる。左(さ)れども無名(むめう)の軍(いくさ)せは私(わたくし)の偏執(へんしう)
遺恨(ゐこん)に落(おち)て。亦(また)止事(やむこと)を得(え)ず。我家名(わがかめい)失(しつ)せん事(こと)も量(はかり)がたしと。種々(さま〳〵)思慮(しりよ)
をめぐらして。専(もつぱ)ら時宜(じき)を窺(うかゞ)ひける。于爰(こゝに)三浦(みうら)の家臣(いへのこ)。伊沢五郎(いざはごろう)といふ
者(もの)あり。勇武(ゆうぶ)人(ひと)に超(こえ)て。一騎当千(いつきたうぜん)の将(もの)といへども。性質(うまれつき)好色(こうしよく)の癖(くせ)ありて。
間(まゝ)狼藉(らうせき)も多(おほ)かりしが。城介(ぜうのすけ)が腹心(ふくしん)の郎等(ろうどう)。久田藤五郎(ひさだとうごらう)といへる者(もの)とは。
別(へつし)て親(した)しく交(まじは)りしに。或(ある)とき藤五郎(とうごろう)伊沢(いざは)を招(まね)き。酒(さけ)を酌(く)みて闌(たけなは)に及(およ)ぶ。
頃(ころ)。風姿(ふうし)容色(ようしよく)の一婦人(いつふじん)。瓶子(へいし)を携(たづさ)へすゝみ出(いで)。媚(こび)を献(けん)じて酒(さけ)をすゝむ。伊(い)
沢(ざは)はこれか為(ため)に数盃(すはい)を傾(かたぶ)け。十二三分(しうにさんぶん)の酔(ゑい)を尽(つく)し。目(め)を斜(なゝめ)にして一向(ひたすら)に。
婦人(ふじん)の顔(かほ)のみ打守(うちまも)り。艶言(ゑんげん)を吐(は)き恋情(れんじやう)を通(つう)す。女(をんな)も目元(めもと)に情愛(じやうあい)を
含(ふく)み。憎(にく)からぬ色(いろ)を見するに。五郎/今(いま)は包(つゝむ)に堪(たえ)かね。藤五郎にむかひ更(さら)に
一礼(いちれい)し。今宵(こよひ)の燕楽(ゑんらく)謝(しや)するに物(もの)なく。加之(しかのみならず)秉酌(へいしやく)の淑女(しゆくぢよ)を賜(たま)ふ。これに過(すぎ)

たる饗応(けうわう)なし。抑(そも)この婦人(ふじん)は何人(なんびと)ぞ。藤五郎(とうころう)は微笑(ひせう)して。是(こ)は己(おの)が
家室(かしつ)の姪(めい)なるが。都(みやこ)より来(きた)つて某(それがし)に憑(より)て。良家(れうか)に宮仕(みやづかへ)せん事をもとむ。
貴殿(きでん)卑(いや)しきを忍(しの)ひ給はゞ。薪水(しんすい)の助(たすけ)をなさしめんはいかに。伊沢(いざは)満面(まんめん)に笑(ゑみ)
を含(ふく)み。謙退(けんたい)の問答(もんだう)無益(むやく)なれば。希(こひねがは)くは請得(こひえ)て帰(かへ)らん。藤五郎も喜(よろ)
雀(こび)の顔色(がんしよく)にて。貴殿(きでん)実(じつ)に召仕(めしつか)はんとならば。これに過(すぎ)たる幸(さいはひ)なし左(さ)らはその
由(よし)家室(つま)にいひ聞(きか)せんと。其坐(そのざ)を立(たつ)に伊沢(いざは)五郎。是非(ぜび)をもいはず女(をんな)か手(て)を
取(と)り。さま〴〵に戯(たはふれ)をなす。彼女(かのをんな)うち笑(ゑ)みつゝ。静(しづか)に伊沢(いざは)を座(ざ)に居(お)らしめ。まづ其(その)
厚情(かうじやう)を謝(じや)しさていへるは。有難(ありがた)き君(きみ)が言葉(ことば)は。いか計(ばかり)かは嬉(うれ)しけれど。恐(おそ)らくは
酒興(しゆけう)にて。醒(さめ)ての後(のち)は棄(すて)給はん。伊沢(いざは)目(め)を細(ほそ)ふし唾(つ)を飲(のみ)て。汝(なんぢ)奚(なん)ぞ。我(われ)を
疑(うたが)ふや。我(われ)誓(ちか)つて終身(しうしん)を供(とも)にせん。われ今(いま)こそ斯(かく)痩禄(やせぜたい)なれど。早(はや)からは
三十日(さんじうにち)遅(おそ)かりとも半年(はんねん)のうち。武勇(ふゆう)を天下(てんか)に耀(かゝやか)し。諸侯(しよこう)の列(れつ)に加(くは)はるべし。
しかれば供(とも)に栄花(ゑいぐは)の床(とこ)に。比翼(ひよく)を契(ちき)らんは楽(たの)しからずや。彼女(かのをんな)は頭(かしら)を

【挿絵】
伊沢(いざは)五郎
 酒癖(しゆへき)に

 よつて
  生涯(しやうがい)を
   過(あやま)つ

左右(さゆう)にふり。泪(なみだ)をさへ流(なが)して答(こた)へず。伊沢(いざは)しきりに其故(そのゆゑ)を問(と)ふに。女(をんな)は袖(そで)以(も)
て涙(なみだ)を押(おさ)へ。君(きみ)が心(こゝろ)いよ〳〵浅(あさ)し。妾(せう)は富貴(ふうき)を尊(たつと)しとせず。君(きみ)不聞哉(きかずや)。女(をんな)は
其(その)媚(こび)らるゝ人(ひと)の為(ため)に容(かたちづくり)すと。たとへ匹婦匹夫(ひつふひつふ)たりとも。心(こゝろ)隈(くま)なく思(おも)ひ隔(へだて)なき
をこそ。女(をんな)の本意(ほゐ)とは做(なす)べけれ。されば富貴(ふうき)栄耀(ゑいよう)を以(も)て。妾(せう)が心(こゝろ)を率(ひき)給(たまふ)は
皆(みな)偽(いつはり)の証(しるし)とせん。伊沢(いざは)これを聞(き)き憤然(ふんぜん)とし。左らは秘中(ひちう)の秘(ひ)なれ共(ども)
汝(なんぢ)を思(おも)ふの切(せつ)なるを。知(し)らせんが為(た)めかたり聞(きか)せん。必(かならず)人(ひと)にな洩(もら)し給ひそ。抑(そも〳〵)我(わが)
党(とう)の母屋(おもや)たる。三浦前司泰村(みうらのせんじやすむら)。先将軍(せんせうぐん)に憑(たのま)れ奉(たてまつ)り。かね〳〵陰謀(いんばう)を
なすといへども。不幸(ふこう)にして其機(そのき)を暁(さと)られ。已(すで)に対戦(たいせん)なさんとせしに。時頼(ときより)
愚昧(ぐまい)にしてこれを知(し)らず。却(かへつ)て誓詞(せいし)さま〴〵和平(わへい)を乞(こ)ふ。故(かるがゆへ)にこれを
幸(さいはい)とし。随従(ずいじう)の色(いろ)を見するといへども。今にも時(とき)を得(え)なば北条(ほうでう)を亡(ほろほ)し。先将(せんせう)
軍(ぐん)を御代(みよ)に出(いだ)し。泰村(やすむら)執権(しつけん)たらんとす。さあらんには某(それがし)も。武名(ぶめい)を天下(てんかに)顕(あら)はす
ほどの。合戦(かせん)に分捕(ぶんとり)高名(かうめ)なして。官禄(くはんろく)心(こゝろ)のまゝに得(え)ん事(こと)は。この掌(たなごゝろ)のうちに

あり。これ人(ひと)に告(つく)べきならねど。汝(なんぢ)が疑念(ぎねん)を晴(はら)さんため。密(ひそか)に語(かた)り聞(きか)すなり。猶(なほ)
これにても疑(うたが)ふやと。女(をんな)の肩(かた)を丁(てう)と打(うて)ば。是(これ)や相図(あいづ)と成(なし)たりけん。豈(あに)計(はか)らんや
四隅(よすみ)より。力者(ちきしや)数十人(すじうにん)込入(こみいり)て。伊沢(いざは)が手(て)どり足(あし)を取(とり)。折重(をりかさ)なつて起(おこ)しも立(たて)ず。
高手小手(たかでこで)に紲(いましめ)たり。伊沢(いざは)は酩酊(めいてい)十二分(じうぶん)の上(うへ)。女(をんな)がため前後(せんご)を忘(ばう)じ。心神(しん〴〵)
恍惚(くはうこつ)たる折(をり)からなれば。左(さ)ばかりの強勇(きやうゆう)といへども。手(て)も無(な)くやみ〳〵生捕(いけとら)れ
けり。此旨(このむね)景盛入道(かげもりにうだう)へ直(たゞち)に注進(ちうしん)なすと其(その)まゝ。須破哉(すはや)時(とき)こそ来(きた)りけり。
敢(いざ)うち立(たゝ)んと入道景盛(にうだうかげもり)。鎧(よろひ)とつて一縮(いつしゆく)す。城介義景(じやうのすけよしかげ)。男泰盛(なんやすもり)。兼(かね)て
期(ご)したる事(こと)なれば。承(うけたまは)るといふまゝに。物具(ものゝぐ)犇々(ひし〳〵)と固(かた)めつゝ。馬引(うまひき)よせてゆらり
と乗(の)れば。大曽根左衛門尉長泰(おほそねさえもんのじやうながやす)。武藤(ぶどう)左衛門/尉景頼(ぜうかげより)。立花薩摩十郎(たちばなさつまじうらう)
助宗(すけむね)已下(いか)の一族(いちぞく)一門(いちもん)。今宵(こよひ)密(ひそか)に集会(しうくはい)し。久田(ひさだ)が音(おと)づれを待居(まちゐ)たれば。
各(おの〳〵)家臣(かしん)郎従等(らうじゆうら)。都合(つがう)その勢(せい)三百/余騎(よき)。其夜(そのよ)も既(すで)に明(あけ)近(ちか)く。甘縄(あまなは)の
館(やかた)を打立(うちたち)て。同(おなじく)小路(こうぢ)を東(ひがし)に打(うた)せ。若宮大路(わかみやおほぢ)。中下馬(ちうげば)の橋(はし)にいたり。鶴岡(つるがおか)の

赤橋(あかばし)より神護寺(じんごじ)の門前(もんぜん)にして。鬨(とき)の声(こゑ)を上(あげ)け。五石畳(いついしだゝみ)の定紋(でうもん)。朝風(あさかぜ)に
飜(ひるがへ)し違向橋(すぢかひばし)の北(きた)に陣(ぢん)を敷(し)き。逆賊(ぎやくぞく)三浦(みうら)の一族(いちぞく)慥(たしか)に聞(き)け。汝(なんぢ)が
叛逆(ほんぎやく)疾(とく)に露顕(ろけん)なすといへども。執権時頼(しつけんときより)仁慈(しんじ)を以(もつ)て。これを免許(ゆるす)
こと屡々(しば〳〵)なれど。皇天(くはうてん)いかで許(ゆる)し給はん。秋田景盛等(あきたかげもりら)に天使(てんし)降(くだつ)て誅伐(ちうばつ)
せん事(こと)を告(つげ)給ふ。早(はや)く先非(せんひ)を悔(くひ)て縲紲(いましめ)を請(うけ)よ。無左(さなき)に於(おゐ)ては景盛父子(かげもりふし)
即今(たゞ)一戦(いつせん)に踏破(ふみやぶ)つて。泰村親子(やすむらおやこ)の首(くび)を抜(ぬか)ん。惑(まどひ)を取(とり)て後悔(ごうくはい)すなと。
口々に呼(よば)はつて。どつと押(おし)よせ一斉(ゐつせい)に。雨霰(あめあられ)の如(ごと)く箭を放(はな)つ。三浦(みうら)の館(たち)には
大(おほひ)に騒(さは)ぎ。さればこそ和平(わへい)は詭(いつはり)也けれ。我(われ)かれを計(はか)るとせしは。却(かへつ)て我(わが)はかられ
たるなり。此上(このうへ)は運(うん)を天(てん)に任(まか)せ。太刀(たち)の目釘(めくぎ)の続(つゞ)かんほど。敵(てき)と戦(たゝか)ひ討(うち)
死(じに)せん。者(もの)ども臆病軍(きたなきいくさ)をして。名(な)を後代(こうだい)に穢(けが)すべからずと。流石(さすが)の泰村(やすむら)
士卒(しそつ)を下知(げぢ)し。両陣(れうぢん)互(たがひ)に箭軍(やいくさ)なし。徒(いたづら)に時(とき)をうつしけるが。在鎌倉(ざいかまくら)の大(たい)
小名(せうめう)。又もや合戦(かせん)始(はじま)りたりと。御所(ごしよ)へ参(まゐ)るあれば。北条(ほうでう)に馳行(はせゆく)もありて。上(うへ)を下(した)

へと悶着(もんぢやく)す。三浦一党(みうらのいつとう)同心(どうしん)の輩(ともがら)。これを聞(き)くより後駆(おくればせ)に馳付(かけつく)る。中(なか)にも佐原(さはら)
十郎/左衛門尉泰連(ざゑもんのぜうやすつら)。同十郎/頼連(よりつら)。能登(のと)左衛門尉/仲氏(なかうぢ)。郎等(らうどう)合(あは)せ五十
余人。砂煙(すなげふり)を立(たて)て走来(はせきた)り。秋田勢(あきたぜい)が先陣(せんぢん)に、どつと喚(おめ)いて突(つい)てかゝる荒手(あらて)
といひ其勢(そのいきほ)ひに的(あた)りがたく。色(いろ)めき立(たつ)て見たる処(ところ)に。三浦泰村(みうらやすむら)これを見て。
すはや此期(このご)と士卒(しそつ)を下知(げぢ)し。門戸(もんと)さつと八字(はちじ)に開(ひら)かせ。三浦(みうら)が腹心(ふくしん)の郎等(ろうどう)。柳川(やながは)
八郎/飛騨(ひだの)五郎。三好(みよし)十郎を始(はじ)めとし。屈強(くつけう)の輩(ともがら)弐十余人。戟先(ほこさき)を斉(そろ)へて
殺出(さつしゆつ)し。秋田(あきた)の先陣(せんぢん)に突(つき)かゝれば。左無(さなき)だに隊伍(たいご)みだせし。先手(さきて)の軍兵(ぶんびやう)。立足(たつあし)
もなく左歩右歩(しどろもどろ)に。壱町計(いつてうばかり)颯(さつ)と引(ひ)く。弐陣(にぢん)に扣(ひか)へたりし。立花薩摩(たちはなさつま)十郎/公員(きみかず)
これを見るより大(おほひ)に怒(いか)り。馬上(ばしやう)に長刀(なぎなた)水車(みづぐるま)に廻(まは)し。柳川(やながは)八郎にわたり合(あひ)。一薙(ひとなぎ)
に八郎を打(うつ)て捨(すて)。猶(なほ)飛騨(ひだの)五郎に討(うつ)てかゝる。五郎は眼前(がんぜん)に柳川(やながは)が死(し)を見て。臆病(おくびやう)
風(かぜ)には誘(さそは)れけん。馬(うま)の頭(かしら)を立直(たてなほ)し。一鞭(ひとむち)あてゝ門内(もんない)に逃込(にげこん)だり。穢(きたな)し返(かへ)せと
追懸(おつかく)る処(ところ)に。三浦(みうら)が郎等(らうとう)小河次郎(をがはじろう)。館(やかた)の物見(ものみ)より射(ゐ)おろす箭(や)に。憐(あはれむ)

べし公員(きみかず)が。首(くび)の骨(ほね)を箆(の)ぶりに射(ゐ)られ。真倒(まつさかさま)に落(おち)たりけり。立花(たちはな)が郎等(ろうどう)馬(うまの)
五郎/忠賢(たゞかた)。主君(しゆくん)の首(くび)を渡(わた)さじと。走(はせ)よる所(ところ)を。片切(かたぎり)五郎が射下(ゐくだ)す箭(や)に。真(まつ)
甲(かう)ずはと射(ゐ)ぬかれて。嘡(とう)と倒(たふ)れて死(しゝ)たりける。義景(よしかげ)遥(はるか)にこれを見て。憎(につ)くき
両人(れうにん)か挙動(ふるまひ)かな。渠(かれ)射(ゐ)て取(とれ)と下知(げぢ)のした。大曾称(おほそね)左衛門が郎等(らうとう)に八木左右(やぎさう)
七郎といふ。強弓(つよゆみ)の士(さふらひ)。承(うけたまは)ると三束三伏(さんそくみつぶせ)ぎり〳〵と引絞(ひきしほ)り。暫(しば)し固(かた)めて兵(ひやう)と
射(ゐ)るに。小河(をかは)次郎は公員(きんがす)を射落(ゐおと)し。為仕顔(したりがほ)に其処(そこ)立去(たちさら)ず。左右(さゆう)の士卒(しそつ)を下(げ)
知(ぢ)する処(ところ)を。胸板(むないた)ずはと射通(いとをふ)して。余(あま)る矢先(やさき)に後(うしろ)に立(たつ)。川北(かはきた)七郎/腋下(わきした)射込(ゐこま)れ。
倒(たをれ)もやらず両人(れうにん)は。立死(たちしに)にこそ死(しゝ)たるは。心地(こゝち)よくこそ見えにける。後日(ごにち)時頼(ときより)これを
聞(きゝ)て。八木左右(やぎさう)七郎を召(めさ)れ。射術(しやじゆつ)抜群(ばつくん)を称誉(しやうよ)ありて。青銅(あをざし)百貫文を賜(たまは)
りけり。去程(さるほど)に秋田(あきた)三浦(みうら)の両軍(れうぐん)入(いり)みだれて。鎬(しのぎ)を削(けづ)り。火花(ひばな)をちらして。
こゝを詮所(せんど)と戦(たゝか)ふほどに。三浦勢(みうらぜい)は不意(ふい)に事起(ことおこ)り。ことに小勢(せうせい)なりといへども。
迚(とて)も逆賊(ぎやくぞく)の名(な)を負(おひ)て。活(いく)べき身(み)ならぬを期(ご)したれば。死(し)を軽(かろ)んじ名(な)を重(おも)んじ

誉(ほまれ)を後代(こうだい)に遺(のこ)すべしと。思(おも)ひ定(さだ)めし軍兵(ぐんびやう)なれば。親(おや)うたるゝとも子(こ)助(たす)けず。
子(こ)死(し)すとも父(ちゝ)かへり見ず。乗越々々(のりこえ〳〵)戦(たゝか)ふほどに。寄手(よせて)大勢(おほぜい)なりといへども。
良(やゝ)もすれば切(きり)たてられ。秋田一族(あきたいちぞく)の家(いへ)の子(こ)郎等(らうどう)。数(かず)おほく討死(うちじに)して。
既(すで)に敗軍(はいぐん)に及(およ)ばんとす。執権時頼(しつけんときより)此よしを聞(きゝ)。泰村(やすむら)が再三(さいさんの)合戦(かつせん)。此上(このうへ)は
忍(しの)ぶべからすと。北条陸奥守実時(ほうでうむつのかみさねとき)を以(も)て。将軍(しやうぐん)の御所(ごしよ)を守護(しゆご)せしめ。
同六郎/時定(ときさだ)を大将(たいせう)として。一千(いつせん)余騎(きよ)【よきヵ】にて。泰村(やすむら)追討(ついとう)として向(むか)はしめらる。是(これ)を
見て大小名(だいせうめう)。我(われ)劣(をと)らしと援兵(ゑんへい)と号(がう)し。家々(いへ〳〵の)定紋(でうもん)の簱(はた)おし立(たて)て。時定(ときさだ)の
後(うしろ)につき。ゑい〳〵声(こゑ)して進(すゝ)みけり。秋田勢(あきたぜい)はこれに気(き)を得(え)て。立直(たちなほ)つて攻戦(せめたゝか)ふ。
泰村方(やすむらかた)はこれにも恐(おそ)れず。千騎(せんき)が一騎(いつき)に成(なる)までもと。踏(ふん)ごみ〳〵戦(たゝか)ふたり。
寄手(よせて)のうちに諏訪兵衛入道空阿(すはひやうゑにうとふくうあ)信濃(しなの)四郎左衛門尉/行忠(ゆきたゞ)。館(やかた)の北方(ほつはう)を
責立(せめたつ)る。此手(このて)の防禦(ふせぎ)は佐原泰連父子(さわらやすつらふし)。能登仲氏(のとなかうち)大手(おほて)の軍(いくさ)に勝驕(かちほこ)り。
爰(こゝ)に鋭気(ゑいき)を養(やしな)ひ居(ゐ)たるに。諏訪信濃等(すはしなのら)が寄(よす)ると等(ひと)しく。士卒(しそつ)を下知(けぢ)し

て。射立(いたつ)る箭先(やさき)。篠(しの)をみだすが如(ごと)くにて。勇(いさ)み立(たつ)たる先手(さきて)の軍兵(ぐんびやう)。浮足(うきあし)に成(なつ)て
見えたりける。諏訪入道(すはにうだう)大(おほひ)に憤(いか)り。斯(かく)■(べん)々(〳〵)【経々ヵ軽々ヵ便々ヵ】と軍(いくさ)せば。何時(いつ)を果(はて)ともしるべからず。
凡(およそ)軍(いくさ)は是做(こうする)ものぞ。若殿原(わかとのばら)の手本(てほん)にせよと。大太刀(おほだち)真向(まつかう)にさしかざし。真先(まつさき)に
馬(うま)を蒐出(かけいだ)し。悪声(あくせい)を発(はつ)して敵中(てきちう)に突(つい)て入(いり)。能登仲氏(のとのなかうぢ)を一刀(いつとう)に切(きり)て落(おと)し。
返(かへ)す刀(かたな)に郎等(らうとう)弐人(にゝん)。右(みぎ)と左(ひたり)へ切倒(きりたを)し。当(あたる)を幸(さいわ)ひ切(きり)まくる。信濃行忠(しなのゆきたゞ)これをみて。
いかて入道(にうどう)に劣(をと)るべきと。大長刀(おほなぎなた)を水車(みづぐるま)に廻(まは)し。群(むら)がる兵(へい)に殺入(さつにう)し。向(むか)ふ処(ところ)の佐原(さわら)
十郎(じうろう)を同(をな)じく一刀(いつたう)に薙落(なぎおと)し。更(さら)の人馬(しんば)の嫌(きら)ひなく。薙立(なぎたて)〳〵切(きり)まくる。両大(れうたい)
将(しやう)の其勢(そのいきをひ)宛(あだか)も二王(にわう)の荒廻(あれまは)るが如(ごと)く。佐原(さわら)左衛門は眼前(かんぜん)に。我子(わがこ)を討(うた)れし
当(とう)の敵(てき)。信濃(しなの)を討(うた)んと乱軍(らんぐん)に紛(まぎ)れ。東南西北(かなたこなた)と付(つけ)ねらふ。諏訪入道(すはにうたう)
これを見て。我子(わがこ)を討(うた)れ親(おや)の身(み)の。いつまで修羅(しゆら)に迷(まよ)ふらん。坊主(はうす)天窓(あまた)の
役目(やくめ)には。引導(いんどう)わたして成仏(じやうぶつ)させんと。太刀(たち)振上(ふりあげ)て駈向(かけむか)ふ。泰連(やすつら)も大太刀(おほだち)
かざし。互(たかひ)に挑(いと)み戦(たゝかひ)しが。終(つひ)に入道(にうたう)に討(うた)れけり。大将(たいしやう)討(うた)れて其郎等(そのらうとう)。いかでか

生(しやう)を欲(ほつ)せん哉(や)。敵(てき)と引組(ひつくみ)さし違(ちが)へ。或(あるひ)は討死(うちじに)さま〴〵に。此手(このて)の防兵(ぐんびやう)一人(ひとり)も
残(のこ)らず討(うた)れにけり。大手(おほて)の方(かた)は。両軍(れうぐん)の戦(たゝかひ)ことに烈(はげしく)して。敵味方(てきみかた)の喚(おめ)く声(こゑ)
天(てん)に響(ひゞ)き地(ち)に充(みち)て。いつ果(はつ)べしとも見えざりしかば。大将時定(たいせうときさだ)思ふやう。斯(かく)力(ちから)
競(くらべ)の軍(いくさ)せば。いたづらに軍卒(ぐんそつ)の損亡(そんばう)多(おほ)し。不如(しかず)火(ひ)を以(も)てせんにはと。伊豆(いづ)の
国(くに)の住人(ぢうにん)。軽又八義成(かるのまたはちよしなり)といふ者(もの)に。密(ひそか)にこれを命(めい)ずれば。義成(よしなり)承(うけ給は)り。風(かせ)
の手(て)を考(かんが)へ。泰村(やすむら)が館(たち)の。南(みなみ)の小家(こやに)責上(せめのぼ)り。支(さゝ)ゆる敵兵(てきへい)三人を切伏(きりふ)せて。
所々(しよ〳〵)の小屋(こや)に火(ひ)をさしければ。折節(をりふし)南風(みなみかぜ)つよく吹(ふい)て。忽(たちま)ち四方(しはう)へ焼広(やけひろ)がり。
瞬(またゝく)うちに一円(いちゑん)の火(ひ)となり。黒煙(くろけふり)火焔(くはゑん)を巻(まい)て雲(くも)に冲(ひい)り。散火(ひのこ)は雨(あめ)の脚(あし)
より夥(おびたゞ)しかりしかば。三浦(みうら)の軍卒(ぐんそつ)。火(ひ)を防(ふせ)がんとすれば敵(てき)攻(せめ)よせ。敵(てき)に向(むか)へば
火(ひ)益(さか)■(ん)【「■」は「火+盛」ヵ熾ヵ】となり。防戦(ぼうせん)既(すで)に尽果(つきはて)しかば。平判官義有(へいはんぐはんよしあり)。泰村(やすむら)が前(まへ)に動(どつ)
下(か)と坐(ざ)し。我々(われ〳〵)が運命(うんめい)これ迄(まで)にて。迚(とて)も遁(のが)るゝに道(みち)なし。いたづらに
焦死(やけしな)んよりは。一方(いつはう)を打破(うちやぶ)り。法花堂(ほつけだう)に引退(ひきしりぞ)き。故殿(こどの)の御影前(みゑいせん)にて

【挿絵】
橘(たちはな)公員(きんかず)
 勇戦(ゆうせん)
  討死(うちじに)

潔(いさぎよ)く生害(しやうがい)なし。前代(ぜんだい)の恩(おん)を謝(しや)し奉(たてまつ)り。後代(こうだい)の巻(まき)を残(のこ)さんと諫(いさめ)ければ。
泰村(やすむら)以下(いか)尤(もつとも)と同(どう)じ。諏訪入道(すはにうだう)がかためたる。北(きた)の方(かた)を打破(うちやぶ)り。難(なん)なく法華(ほつけ)
堂(だう)へ引籠(ひきこも)る。舎弟(しやてい)能登守光村(のとのかみみつむら)は。永福寺(ゑいふくじ)に陣(ぢん)を取(とり)。士卒(しそつ)を下知(げち)して。
居(ゐ)たりしが。此由(このよし)を聞(きく)と等(ひと)しく。左(さ)あらば法華堂(ほつけだう)にいたらんと。手勢(てせい)八千余
騎(き)を真円(まんまる)に備(そな)へ。鬨(どつ)と喚(おめい)て突(つい)て出(いで)。向(むか)ふ敵兵(てきへい)をうち破(やぶ)り。法花堂(ほつけだう)に至(いた)
りしかば。須波(すは)や三浦(みうら)の一類(いちるい)。落失(おちうせ)るぞと呼(よばゝ)るより。数千(すせん)の軍兵(ぐんびやう)跡(あと)に
付(つい)て押来(おしきた)り。法花堂(ほつけだう)を十重廿重(とえはたへ)に囲(かこ)み。我(われ)討(うち)入らんと鬩(ひしめ)く処(ところ)を。三(み)
浦(うら)が郎等(らうとう)白川(しらかは)七郎/同(おなじく)十郎。岡本(おかもと)次郎/埴生(はにふ)小太郎。其外(そのほか)屈強(くけう)の従(じう)
卒等(そつら)。死(し)を究(きは)めて防(ふせ)ぎければ。寄手(よせで)これに辟易(へきゑき)し。攻口(せめぐち)少(すこ)し引退(ひきしりぞ)く。され
ども外(ほか)に援兵(ゑんへい)なく。今朝(こんてう)よりの戦(たゝかひ)に。大小(だいせう)の手疵(てきず)負(おは)ざるはなく。心計(こゝろばかり)は剛(ごう)なれ
ども。或(あるひ)は討(うた)れ又はさし違(ちが)ふ。三浦前司泰村(みうらのぜんじやすむら)。舎弟(しやてい)光村(みつむら)。毛利入道西(もりにうだうさい)
阿(あ)。大隅前司重隆(おほすみせんじしげたか)。美作前司時綱(みまさかのせんじときつな)。甲斐前司實章(かひのせんじさねふさ)。関(せき)左衛門尉

政泰(まさやす)以下(いか)の一/族(ぞく)。各(をの〳〵)頼朝卿(よりともけふ)の影像(えいざう)の前(まへ)に並居(なみゐ)て。迭(たが)ひに最期(さいご)の暇乞(いとまこひ)
し。高(たか)〳〵かに仏号(ぶづかう)を唱(とな)へ。一/族(ぞく)弐百七十六人/郎等(らうとう)家臣(いへのこ)弐百弐十余人。
同時(とうじ)に腹(はら)をぞ切(きり)たりける。時(とき)是(これ)宝治元(ほうぢくはん)年六月五日。申(さる)の刻(こく)の事(こと)成(なり)ける。
嗟嘆(あゝ)此日(このひ)いか成/日(ひ)ぞや。さしも累代(るいたい)旧功(きうこう)の三/浦氏(うらうち)。一族(いちぞく)尽(つく)して滅亡(めつはう)せしは。
叛心(はんしん)ゆゑとは云(いひ)ながら。最惜(いとおし)むべき事(こと)になん。翌日(よくじつ)時頼(ときより)城介入道景義(ぜうのすけにうだうかげよし)
を召(めさ)れ。一/旦(たん)平和(へいわ)調(とゝの)ひし三浦(みうら)。いか成(なる)所以(ゆゑ)にか軍(いくさ)は発(おこ)りしぞと尋(たつね)たまへば。
景義(よしかげ)【かげよしヵ】則(すなはち)伊沢(いざは)五郎を。縄付(なわつき)ながら引/出(いだ)し。兼(かね)て泰村兄弟(やすむらけうたい)が陰謀(いんばう)かく
れこれ無(な)く候へども。猶(なほ)云々(しか〳〵)の事(こと)よりして。其(その)実情(じつじやう)を聞(きく)と其まゝ。天下(てんか)の
為(ため)に誅戮(ちうりく)せしよしを答(こた)ふ。則(すなはち)伊沢(いざは)を糺問(きうもん)するに。五郎も既(すで)に三浦一(みうらいち)
族(そく)滅亡(めつはう)せし由(よし)を聞(き)く上(うへ)は。誰(た)が為(ため)に陳(ちん)ずべきと前将軍(ぜんしやうぐん)の御憑(おんたのみ)に仍(よつ)て。
内謀(ないばう)を企(くはだて)し次第(しだい)。縡(こと)明白(めいはく)に言上(ごんじやう)せしかば。則(すなはち)五郎は由比(ゆひ)が浜(はま)にて誅罰(ちうばつ)
し。猶(なほ)其(その)余類(よるい)を穿鑿(せんさく)せり

    上総権介秀胤自害話(かつさごんのすけひてたねじがいのこと)
上総国(かづさのくに)一の宮(みや)。大柳(おほやき)の城主(じやうしゆ)上総権介秀胤(かづさごんのすけひでたね)は。三浦前司泰村(みうらのぜんじやすむら)が。妹(いもうと)
聟(むこ)にて。殊(こと)に親(した)しき交(まじはり)なれば此度(こんど)三浦(みうら)に同意(どうい)して。密(ひそか)に兵革(へいかく)を
備(そな)へ。専(もつぱ)ら音信(おとづれ)を俟(まち)いたるに。豈計(あにはから)らんや。一朝(いつてう)にして一族(いちぞく)滅亡(めつばう)の由(よし)を聞(きゝ)。
且(かつ)驚(おどろ)き且(かつ)思(おも)ふは。斯(かく)てあらば鎌倉(かまくら)より。やはか安穏(あんおん)に做得(なしえ)んや。不如(しかず)
討手(うつて)を引請(ひきうけ)。花々敷(はな〴〵しく)一戦(いつせん)して。潔(いさぎよ)く討死(うちじに)し。後世(こうせい)に美名(びめい)を輝(かゝやか)
さん社(こそ)。武士(ものゝふ)の本意(ほい)なれど。堅固(けんご)に要害(ようがい)をかまへ。近在(きんざい)近郷(きんこう)を掠(かす)
めて兵粮(へうろう)を奪(うば)ひとり。反心(はんしん)の色(いろ)を顕(あら)はせしかば。北条時頼(ほうでうときより)この
注進(ちうしん)を聞(きゝ)給ひ。其儀(そのぎ)ならば捨置(すておき)がたしと。大須賀左衛門尉胤氏(おほすがさゑもんのぜうたねうぢ)。
東(とう)中務(なづかさ)【「なづかさ」は「なかづかさ」ヵ】入道素進(にうだうそしん)を両大将(れうたいせう)として。弐千/余騎(よき)を副(そへ)て進発(しんはつしんはつ)せしむ
秀胤(ひでたね)は兼(かね)て期(ご)したる事(こと)なれば。城(しろ)の四面(しめん)に炭(すみ)薪(たきゞ)をつみ渡(わた)して
寄手(よせて)既(すで)にをし来(きた)るを見て。一斉(いちどき)に火(ひ)を放放(はな)ちしかば。焰(ほのふ)炎々(ゑん〳〵)と燃上(もえあが)り

寄手(よせて)は人馬(じんば)とも近寄(ちかよる)ること能(あた)はず。徒(いたづら)に鬨(とき)の声(こへ)を上(あ)げ。遠矢(とをや)を射(いる)
より外(ほか)なかりけり。これを見て秀胤(ひでたね)は。すはよき時(とき)ぞと八十/余騎(よき)。城(じやう)
門(もん)さつと開(ひら)かせて。轡(くつわづら)を並(なら)べ蒐出(かけいで)つゝ。水はじきを以(も)て一方(いつはう)の火(ひ)を鎮(しづ)め。
どつと喚(おめい)て寄手(よせて)の先陣(せんぢん)。築山兵庫(つきやまひやうご)がひかへたる。真中(まんなか)へに突(つい)て入(い)り。
当(あた)るを幸(さいは)ひ切(きり)たて薙(なぎ)たて。忽(たちまち)十七八/騎(き)首(くひ)をとり。弐十四五人に手(て)を
負(おは)せければ。此/勢(いきほひ)に辟易(へきゑき)し。捲立(まくりたて)られ弐/陣(ぢん)になだれ掛(かゝ)る。弐陣(にぢん)に
ひかへし小野寺(をのてら)小次郎/通業(みちなり)。手勢(てせい)弐百/余騎(よき)左右(さゆう)にひらき。鬨(とつ)と
掛(かけ)よせ。秀胤勢(ひでたねせい)を中(なか)に包(つゝみ)み。独(ひとり)も余(あま)さじとする所(ところ)に。秀胤(ひでたね)はるかに
これを見て。あれ討(うた)すなと下知(げぢ)のした東小平治(とうのこへいぢ)。御厨(みくりや)五郎。葛西(かつさい)
忠次(ちうじ)天野(あまの)八郎/已下(いか)。究竟(くつけう)の城兵(じやうへい)五十余人。得(え)もの〳〵を引提(ひつさげ)て。小(を)
野寺(のてら)が勢(せい)に討(うつ)てかゝり。瞬(またゝく)うちに三十/余騎(よき)。人馬(じんば)もろとも薙倒(なぎたふ)せば。
内(うち)に包(つゝまれ)たる城兵(じやうへい)も。これに気(き)を得(え)て四角(しかく)に割付(わりつけ)。八面(はちめん)に蒐通(かけとふ)り

難(なん)なく一/方(はう)を打破(うちやぶ)り。一手(ひとて)になつて戦(たゝか)ふほどに。小野寺勢(をのでらぜい)は堪(たま)り得(え)ず。散(さん)
散(ざん)に崩(くつれ)たつ。城兵(じやうへい)もはげしき戦(たゝか)ひに。薄手(うすで)痛手(9たで)を負(おふ)たれば。逃(にぐ)るを
追(おは)ず僥(さいはひ)に。城門(しやうもん)ひらき引入(ひきい)らんとす。小野寺(をのでら)は郎等(らうどう)従卒(じうそつ)。あまた討(うた)せ
て大にいかり。馬上(ばしやう)に突立(つゝたち)屹度(きつと)見て。すは城兵(じやうへい)の引入(ひきいる)ぞ。付入(つけいり)にせよや
者(もの)どもと。扇(あふぎ)を上(あげ)て下知(けぢ)すれど。浅深(せんしん)の手疵(てきず)負(おひ)たる軍兵(ぐんびやう)。誰(たれ)か一/人(にん)
頭(かしら)を廻(めく)らす者(もの)もなし。こゝに通業(みちなり)が郎等(らうどう)に。金毬(かなまり)藤次/行景(ゆきかげ)とて。
大力(たいりき)無双(ぶさう)の剛者(がうのもの)。黒革威(くろかはおどし)の鎧(よろひ)に。同(おな)じ毛(け)の甲(かぶと)の緒(を)を卜(し)め。八尺計
の樫(かし)の棒(ぼう)に。筋鉄入(すぢかねいり)たるを引(ひつ)さげ。只(たゞ)一/騎(き)かけ出(いで)て。引入(ひきいる)城兵(ぜうへい)を追(をひ)すが
ひて。木戸(きど)の内(うち)に入(い)らんとす。胤秀(たねひで)が郎等(らうとう)に臼井平六義成(うすゐへいろくよしなり)といふ者(もの)。
大長刀(おほなぎなた)を水車(みづくるま)にまはし。走(はし)り来(きた)りて行景(ゆきかげ)が木戸(きど)を越(こさ)んとする処(ところ)を。長刀(なぎなた)
の石突(いしづき)にて。丁(てう)と突(つ)けば。いかゞなしけん行景(ゆきかげ)は。仰向(のつけ)さまに倒(たふ)れたり。平六(へいろく)
得(え)たりと長刀(なぎなた)取直(とりなほ)し。尖(きつさき)を以(も)て内甲(うちかふと)に。突入々々(つきいれ〳〵)。首(くび)をかゝんとする処(ところ)を。

倒(たをれ)ながら行景(ゆきかげ)は。持(もつ)たる棒(ばう)にて打払(うちはら)ふに。手負(ておひ)ながらも大力(たいりき)に打/払(はら)はれ
十丈(じうでう)ばかり中天(ちうてん)に打(うち)上られ。落(おつ)る処(ところ)の岩角(いはかど)にて。頭(かしら)を砕(くだ)かれ死(しゝ)たりける
行景(ゆきかげ)も痛手(いたで)ながら。これを見て莞爾(につこ)と笑(わら)ひ。立もあからず死たれば。敵(てき)も
味方(みかた)も大力(だいりき)を見て。惜(をし)み思(おも)はぬはなかりけり城主(ぜうしゆ)権助秀胤(ごんのすけひでたね)は頼切(たのみきり)たる
郎等(らうどう)を討(うた)せて。いつまでか罪作(つみつく)らん。殊(こと)に四方(しはう)に焚(たき)たる火勢(くはせい)早(はや)消々(きえ〴〵)
と成ければ。寄手(よせて)は。荒手(あらて)を以(も)て攻寄(せめよせ)〳〵。己に城門(じやうもん)を破(やぶ)らんとす。軍(いくさ)も
今は是までと嫡子(ちやくし)式部大輔時秀(しきぶのたゆうときひで)。次男(じなん)修理亮政秀(しゆりのすけまさひて)。三男(さんなん)左衛門尉(さゑもんのせう)
泰秀(やすひで)。四男/六郎景秀等(ろくろうかけひでら)。一室(いつしつ)に集(あつま)り互(たがひ)に名残(なごり)の酒宴(しゆえん)なし。館(やかた)の四方(しはう)
に火をかけつゝ。猛火(めうくは)のうちに座(ざ)を卜(しめ)て。心静(こゝろしづか)に自害(じがい)せり。されども火勢
燼(さかん)に燃上(もえあか)り。焰(ほのふ)天(てん)を焦(こが)しければ。寄手(よせで)近付(ちかづく)ことを得(え)ざるほどに一族(いちぞく)の
屍(かばね)こと〴〵く焼失(やけうせ)て。首(くび)一級(いつきう)も得ざりけり。寄手(よせて)やう〳〵火(ひ)を鎮(しづ)め。中務(なかつかさ)
入道(にうだう)暫(しばら)く城(しろ)を預(あつか)り。大須賀(おほすが)諸勢(しよせい)を引具(ひきぐ)して。鎌倉(かまくら)にこそ帰りけれ

    宗尊親王(そうそんしんわう)補(ほする)_二将軍(しやうぐんに)_一話(こと)
三浦泰村(みうらやすむら)反逆(ほんぎやく)により。一族(いちぞく)門葉(もんは)滅亡(めつぼう)の事(こと)。早/飛脚(びきやく)を以(も)て京都(みやこ)へ注進(ちうしん)
なし。并(ならび)に六波羅守護職(ろくはらしゆごしよく)なる。北條重時(ほうでうしげとき)を鎌倉(かまくら)へ招(まね)き帰(かへ)さる。よつて
同七月/重時(しげとき)鎌倉(かまくら)に帰りければ。時頼(ときより)諸事(しよじ)の政務(せいむ)を談(だん)し。連署等(れんしよとう)万端(ばんだん)迄。
一己(いつこ)の慮見(れうけん)更(さら)に無(な)く。委(こと〴〵)く重時(しげとき)に談(だん)ぜられしより。自(おのづ)から両執権(りよしつけん)のごとく。
これ時頼(ときより)の深慮(しんりよ)ありての事(こと)と聞(きこ)えし。此とき時頼(ときより)を相模守(さがみのかみ)。重時(しげとき)を
陸奥守(むつのかみ)たるべき由/京都(みやこ)より申/来(きた)り。猶又(なほまた)建長(けんてう)三年七月/将軍家(しやうぐんけ)。従(じゆ)
三位左近衛中将(さんみさこんゑのちうぜう)に任叙(にんじよ)し。相模守時頼(さがみのかみときより)を。正五/位下(ゐげ)に叙(しよ)せしめたまふ。
其年もいつしか暮(くれ)て。明(あく)れば建長(けんてう)四年の春(はる)。時頼(ときより)重時(しげとき)と密談(みつだん)なし。
忍(しの)びて都(みやこ)へ使節(しせつ)を立(たて)て。後嵯峨天皇(ごさがてんのう)に密奏(みつさう)し奉るは。当将軍頼(とうせうぐんより)
嗣公(つぐこう)。成長(ひとゝならせ)給ふに従(したが)ひ。文武(ふんぶ)の才(さい)に疎(うと)くまし〳〵。国家(こくか)の政務(せいむ)一向(いつかう)心に懸(かけ)
させ給はず。爰(こゝ)に於(おゐ)て武威(ぶんゐ)おのづから軽薄(けいはく)し。諸人(しよにん)心中(しんちう)更(さら)に重(おも)んじ奉らず

斯(かく)ては乱臣(らんしん)逆士(げきし)。間(ひま)を伺(うかゞ)ふの大事(たいじ)あらん。希(こひねがは)くは第一(だいいち)の宮(みや)。宗尊親王(さうそんしんわう)
を迎(むか)へ奉(たてまつ)りて。鎌倉(かまくら)の主君(しゆくん)と仰(あほ)ぎ奉らば。正(たゞち)に天下泰平(てんかたいへい)の時を得(え)て。
時頼重時等(ときよりしげときら)をはじめ。武門(ぶもん)の面々(めん〳〵)いか計か難有(ありがた)からんと奏(さう)し奉(たてまつ)る。院(ゐん)僭(ひそか)【潜ヵ】に
御喜悦(おんきゑつ)まし〳〵。懇願(こんぐはん)の如(ごと)く免許(めんきよ)ありて。一の宮(みや)御下向(ごけかう)あるべき宣旨(せんじ)
ありければ。鎌倉(かまくら)には時頼(ときより)已下(いか)。将軍(せうぐん)御譲補(ごじやうほ)の事(こと)申啓(まうしあげ)しに。頼嗣(よりつぐ)
卿(けう)も。兼(かね)て思(おも)ひ設(まうけ)給ふ御事あれば。直(たゞち)に御所(ごしよ)を退(しりぞき)給ひ。越後守時盛(ゑちごのかみときもり)
入道(にうだう)か家(いへ)に入(いり)給ふ。其後(そのご)四月三日/若君(わかみや)以下(いか)を引具(ひきぐ)して。都(みやこ)に帰(かへ)り給ひ
けり。扨(さて)も宗尊尊王(そうそんしんわう)と申/奉(たてまつ)るは。後嵯峨院(ごさがのゐん)第一(たいいち)の皇子(わうじ)。御/母(はゝ)は准后(じゆかう)
棟子(むねこ)と申/奉(たてまつ)る仁治(にんぢ)三年。御降誕(こかうたん)。建長(けんてう)四年正月八日。院中(ゐんちう)にて御/元(げん)
服(ぶく)まし〳〵。三/品(ほん)に叙(じよ)せられ則(すなはち)三月十九日。都(みやこ)を御/首途(かどいで)あつて。道路(だうろ)警(けい)
固(ご)善美(せんび)を尽(つく)し。四月一日/時頼(ときより)の館(やかた)に入給ひ。同五日/御所(ごしよ)に入給ひて
征夷大将軍(せいいだいせうぐん)の任(にん)を請(うけ)給ふ。これに仍(よつ)て同七日。鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)に御/社(しや)

参(さん)あり。御下向(ごげかう)のゝち。政所(まんどころ)始(はじめ)の御儀式(おんぎしき)。時頼(ときより)重時(しげとき)伺侯(しこう)し。吉書御覧(きつしよごらん)。御/弓(ゆみ)
始等(はじめとう)目出度/相(あい)とゝのひ。御歳(おんとし)十一/歳(さい)にして六代将軍(ろくだいしやうぐん)と仰(あふが)れ給ひ。みな
万成(ばんぜい)を祝(しゆく)しける。後(のち)密(ひそか)に聞(きけ)ば。前々将軍(ぜん〴〵せうぐん)頼経公(よりつねこう)。三浦泰村(みうらやすむら)に託(たく)し給ふ
御/事(こと)ありしより。これを僥(さいはひ)として陰謀(ゐんぼう)を企(くはだ)てし結構(けつこう)。頼嗣卿(よりつぐけう)には更(さら)に是
を。知(しめ)しめすべきにはあらざれど。御実子(ごじつし)の御/事(こと)なれば。諸人(シヨ人)の疑(うたが)ひ逃(のがれ)させ給はず
よつて時頼等(ときよりら)の計(はか)らひとし。無拠(よんどころなく)御譲補(ごじやうほ)にはなりたるとなり。其後(そのご)五月
朔日。将軍家(せうぐんけ)御酒宴(ごしゆゑん)の事まし〳〵。時頼(ときより)重時等(しげときら)をも召(めし)て。倶(とも)に酔(ゑい)を
勧(すゝ)め興(けう)に乗(じよう)ずる折から。時頼(ときより)謹(つゝしん)で。今天下/泰平(たいへい)の徳沢(とくたく)に俗し。
自(おのつ)から武家(ぶけ)花奢(きやしや)を好(この)み。風流(ふうりう)の遊芸(ゆうげい)を嗜(たしみ)て。武辺(ぶへん)の術(じゆつ)を薄(うす)んずる
者あらんか。頗(すこぶ)る比興(ひけう)の挙動(ふるまひ)なり。凡(およそ)武門(ぶもん)に生(うま)るゝ輩(ともがら)。たとへ一日半夜(いちにちはんや)た
りとも忘(わす)るべからざるば弓馬(ぎうば)の道。君(きみ)漸々(やう〳〵)に上覧(せうらん)あつて。其/甲乙(かうをつ)を試(こころ)み
給ひなば。其術(そのじゆつ)錬磨(れんま)の輩(ともがら)は。いか計(ばかり)か難有(ありがた)からん。先(まづ)当座(たうざ)に於(おゐ)て。角力(すもふ)

の勝負(しやうぶ)を召(めさ)るべきかと申上(まうしあぐ)るに将軍(しやうぐん)にも興(けう)ある事と思召(おぼしめし)。いそぎ仕(つかふまつ)れ
と宣(のたま)へば。則(すなはち)増田五郎(ましだごろう)。仁木新吾(にきしんご)吉田(よしだ)八郎。道守藤太郎(みちもりとうたろう)力量(ちから)に覚(おぼ)
えある輩(ともがら)を召(めさ)れ。相撲(すもふ)六/番(ばん)御覧(ごらん)あり。勝(かち)たる称(しやう)には太刀(たち)時服(じふく)を賜(たまは)り。
負(まけ)たる者(もの)には大盃(おほさかづき)にて酒(さけ)を給ふ。近(ちか)き頃(ころ)には弓馬(きうば)の術(じゆつ)上覧(せうらん)あるべしと
宣(のたま)へば。是(これ)より諸士(しよし)の輩(ともがら)。日夜(ちうや)武芸(ぶげい)を修錬(しうれん)し。遊舞(ゆふぶ)の枝芸(しげい)は捨(すた)れ
つゝ。自然(しぜん)鎌倉(かまくら)風儀(ふうぎ)改(あらた)まりけり
    嶋田大蔵(しまたたいさう)対(たい)_二話(けつの)【「話」は「決」ヵ】小次郎(こじろうと)_一話(こと)
建長(けんてう)六年の夏(なつ)北條時頼(ほうてうときより)心願(しんぐはん)の事(こと)あるにより。炎暑(ゑんしよ)ながら江島(ゑのしま)
に参詣(さんけい)まし〳〵。既(すで)に帰路(きろ)に赴(おもむ)き給ふ処(ところ)に年将(としごろ)十五六/歳(さい)の童(わらべ)一人
路傍(ろはう)に蹲踞(うづくまつ)て御行粧(おんげうさう)を拝見(はいけん)して居(ゐ)たりしが時頼(ときより)面前(めんぜん)を過(すき)んと
する折(をり)。突(つ)と起(たつ)て馬前(ばぜん)にする〳〵と進(すゝ)み。執権時頼君(しつけんときよりくん)に言上(ごんしやう)仕(つかまつ)る
事(こと)有(あり)之。暫(しばら)く。御馬(おんうま)を止(とゞ)め下さるべしと申にぞ。近士(きんじゆ)青侍(せいし)ら大(おほに)に叱(しか)り。

訴訟(そせう)あらんには。評定所(ひやうぢやうしよ)へ参(まい)るべし。無礼至極(ぶれいしごく)立去(たちさ)れやつと罵(のゝし)りつゝ。立(たち)
よりて引立(ひきたて)んとす。時頼(ときより)這奴(こや)〳〵と声(こへ)かけ給ひ。公用(こうよう)登城(とじやう)の折(をり)からは格外(かくへつ)。私(わたくし)
の物詣(ものまうで)に。訴訟(そせう)を空(むなし)くなさんこと。其理(そのことはり)なきに似(に)たり。苦(くる)しからず近(ちか)く参(まい)れと。
童(わらは)を馬前(ばぜん)に召(めし)よせて。其訴(そのうつたへ)の趣意(しゆい)を問(とふ)に。小童(わらは)砂上(しやしよう)に頓首(とんしゅ)して。私(わたくし)■(ぎ)【儀ヵ】
は本国(ほんこく)但馬(たじま)の者(もの)にて。原田何某(はらだなにがし)といへる者(もの)の子(こ)。小次郎(こしろう)と申/者(もの)にて。父(ちゝ)は夙(とく)
死去(しきよ)仕り母(はゝ)の手(て)に養育(よういく)せられ候。しかるに私家(わがいへ)に世々(よゝ)持伝(もちつた)へたる太刀(たち)一振(ひとふり)
有(あつ)て。尤(もつとも)其(その)所以(ゆゑ)は存(そん)じ不申/候得共(さふらへとも)。大切(たいせつ)の品(しな)と申/伝(つた)え候/処(ところ)に。三(さん)ヶ(が)年(ねん)已前(いぜん)。
同国(どうこく)の浪士(らうし)。島田大蔵(しまだたいぞう)と申もの。此(この)太刀(たち)を盗(ぬす)み亡命(かけおち)仕たり夫(それ)より已来(このかた)
渠(かれ)が在所(ざいしよ)を窺(ひそか)に尋(たづね)索(さぐ)る処(ところ)に。当国(とうごく)鶴岡辺(つるがおかへん)に住(すめ)るよしを承(うけたまは)るまゝ。
夜(よ)を日(ひ)に次(つい)て馳登(はせのぼ)り。今朝(こんてう)当所(とうしよ)に着(ちやく)仕(つかまつ)り則(すなはち)猶(なほ)も住所(ぢうしよ)を尋(たづ)ねて
取返(とりかへ)さんとは存(ぞんじ)候得共。人(ひと)の品(しな)を盗取(ぬすみとり)国遠(たちのく)ほどの者。容易(やうい)には戻(もど)し申
間敷(まじく)。却(かへつ)て拐児(かたり)よ刁民(もがり)の名(な)を負(お)ひ。取返(とりかへ)さゞる事(こと)やあらん。所詮(しよせん)

柄家(おかみ)の虎威(ごいくはう)を借(か)り奉(たてまつ)りて。無難(ぶなん)に太刀(たち)を取戻(とりもど)さんと。御館(みたち)へ推(すい)
参(さん)候/処(ところ)に。当社(とうしや)へ御参詣(ごさんけい)と承(うけたまは)り。あまりに捷経(こゝろいそぎ)【捷径ヵ】憚(はゞかり)をも顧(かへりみ)す。道路(とうろ)に
訴訟(そせう)し奉(たてまつ)る。哀(あは)れ御仁恵(ごしんけい)を以(もつ)て。右(みき)大蔵(だいざう)を糺問(きつもん)なし給ひ。彼(かの)太刀(たち)戻(もと)
し侯やう。仰付(おほせつけ)られ候はゞ難有(ありがた)からんと述(のべ)ければ。時頼(ときより)逐一(ちくいつ)聞(きこ)し召(めし)いかゞ
思(おぼ)しけん。些(すこ)し疑惑(ぎわく)の容(かたち)にて。小童(こわつは)が面(おもて)を屹(きつ)と見給ひしが又/何(なに)か自(じ)
得(とく)なし給ひけん面(おもて)を和(やわ)らげ。汝(なんぢ)いまだ総角(あげまき)の身(み)として遠(とを)き但州(くに)より遥々(はる〴〵)と
来(く)る志(こゝろざし)神妙(しんべう)也。まづ当国(とうごく)に其者(そのもの)の有無(うむ)を糺(たゞ)して居(お)るならば。対決(たいけつ)
申付べしと直(たゞち)に馬廻(うままは)りの壮士(さふらひ)に命(めい)じ。鶴岡(つるがおか)の庄官等(せうやら)に触(ふれ)しめ其者(そのもの)あらば
召連(めしつる)べしと申/達(たつ)し。其日(そのひ)は帰館(きくはん)なし給ひ明朝(あす)夙(つと)めて評定所(へうでうしよ)へ出(いで)
給ひ。嶋田(しまだ)が動静(やうす)を俟(まち)給ふに小童(せうどう)がいへる如(こと)く。八幡宮別当(はちまんぐうべつとう)のわたりに。
大蔵(だいさう)と呼(よべ)る者(もの)あり。則(すなはち)庄官(せうや)具(ぐ)して庁(てう)に出(いづ)るに年齢(としは)四十/計(ばかり)にして。
脊高(せたか)く骨太(ほねぶと)にして。一辟(ひとくせ)ある者(もの)と見えたるが小次郎(ごじろう)も諸(とも)に庭上(ていせう)に蹲(うづくまり)

執権(しつけん)の辞(おほせ)を俟(まち)ゐたる。時頼(ときより)まづ大蔵(だいざう)の容姿(かたち)を見給ひて。いかに大蔵(だいさう)。汝(なんぢ)
三ヶ/年(ねん)已前(いぜん)。生国(せうこく)但馬(たじま)に於(おゐ)て原田何某(はらだなにがし)が秘蔵(ひざう)の太刀(たち)を掠取(かすめとつ)て
国遠(ちくてん)せしよし。これなる童(わらは)小次郎が訴(うつた)ふ。身(み)に覚(おぼ)えあるならんには。包(つゝ)まず
有状(そのよし)申べしと宣(のたま)ば。此とき大蔵(だいざう)頭(かしら)を挙(あ)げ。何事(なにごと)の御尋(おたづね)にやと存(そん)ぜし
に更(さら)に覚語(かくご)せざるゝ処(ところ)也。其上(そのうへ)生国(せうこく)は但馬(たぢま)の者(もの)にも候はず。此奴(こりや)小童(こわつぱ)。
汝(なんぢ)某(それがし)但馬(たぢま)国にて嶌田大蔵(しまだだいざう)といひて。家(いへ)につたふる太刀(たち)を奪(うば)ひたる
と申か。小次郎(こじらう)答(こたへ)て。いかにも其状(そのとふり)。大蔵(たいざう)大(おほひ)の眼(まなこ)にて。小次郎(こじろう)を撲(はた)と白眼(にらみ)。
汝(なんぢ)ごとき小童(こわつぱ)に。問答(もんどう)せんは無益(むやく)なれど。公庁(ごぜん)なれば申/聞(きか)す。耳(みゝ)
をさらへて能聞(よくきく)べし。某(それがし)生国(せうこく)は若州(わかさ)の産(もの)にて。年(とし)廿才(はたち)より摂津国(つのくに)の
管領家(くはんれいけ)に奉仕(はうし)しありしが。十四ヶ年/以前(いぜん)。子細(わけ)あつて仕官(つかへ)を辞(じ)し。
東国(とうごく)処々(しよ〳〵)を遊覧(ゆふらん)して。当春(たうはる)此地(このち)に来(きた)りて足(あし)をとゞめ。生国(せうこく)にさへ足(あし)を
入ず。いはん哉(や)。但州(たぢま)に於(おゐて)をや。将又(はたまた)。我(われ)いやしくも部門(ぶもん)に生(うま)れし身(み)の。人(ひと)も

多(おほき)に土百姓(どびやくしやう)の。持伝(もちつた)えたる鍋掻(なべこそけ)盗取(ぬすみとつ)て何為(なにせん)や。察(さつ)する処(ところ)小童(こわつば)
ながら。斯(かゝ)る奸曲(かんきよく)を申/立(たて)。多少(たせう)の償財(まいない)を取(と)らんとするかと少(すこ)しも辞(ことば)に
淀(よどみ)なく。弁舌(べんぜつ)瞠々(だふ〳〵)と答(こた)へしかば。小次郎は頭(かしら)を低(たれ)て答(こた)へをなさず。時頼(ときより)
小次郎にむかひ。今(いま)彼(かれ)が陳(ちん)ずる処(ところ)。いさゝか偽(いつはり)有(あり)とも覚(おほ)えず。定(さため)て訴訟(うつたへ)は
人違(ひとちかい)なるべし。小次郎/頭(かしら)を下(さ)げ。昨日(きのふ)も申上しごとく。太刀(たち)を奪(うば)はれしは。
島田大蔵(しまだだいざう)と申/者(もの)に相違(さうい)なく。しかるに彼者(かのもの)は若州(わかさ)の産(さん)にて。津国(つのくに)に
成長(ひとゝなら)れし由(よし)。承(うけたまはり)て不審(ふしん)に候。併(しかし)彼者(かのもの)。元来(もとより)嶋田大蔵(しまたたいざう)と申候/哉(や)。または
後(のち)に改名(かいめい)いたし候/哉(や)。御聞(おんきゝ)被下度(くだされたく)と申。大蔵(だいざう)大(おほひ)に笑(わら)ひ。湿過度(しつくどき)問(とい)ごと哉
と打呟(つふや)きて時頼(ときより)に向(むか)ひ。只今(たゞいま)渠(かれ)に言聞(いひきけ)たるごとく。若州(わかさ)の産(うまれ)にし
て。旧名(もとのな)は大村彦次郎(おほむらひこじろう)と号(ごう)し。津国(つのくに)管領家(くはんれいけ)に奉仕(はうし)つかまる【「つかまる」は「つかまつる」ヵ】処(ところ)。傍輩(ほうばい)
の妬(そねみ)を請(う)け。十四ヶ年の昔(いぜん)。俄(にはか)に致仕(ちし)して所々(しよ〳〵)経歴(けいれき)し。漸(やう〳〵)当春(とうしゆん)始(はじめ)て
此(この)鎌倉(かまくら)に足(あし)をとめ。猶(なほ)金門(おんぶけがた)に仕官(つかへんこと)を願(ねが)ふ処(ところ)なり。恐(おそれ)ながら柄家(しつけん)。爰(こゝ)

を以(もつ)て。彼(かれ)が訴(うつた)ふ処(ところ)の偽(いつはり)を察(さつ)し給ふべし。此時(このとき)小次郎/容(かたち)を改(あらた)め。時頼(ときより)に
向(むか)ひ。恐(おそれ)ながら申上度/一件(いつけん)御座候。某(わたくし)太刀(たち)を盗(ぬす)まれしと申/儀(ぎ)は。且(かつ)不通(ふつ)
無之(これなく)。全(まつた)く虚言(いつはり)に御座(ごさ)候。其所以(そのわけ)は。我(わたくし)生国(せうこく)は津国(つのくに)の百姓(ひやくせう)にて。父(ちゝ)を
六郎助(ろくろすけ)と申。尤(もつとも)先祖(せんぞ)は錆刀(さひがたな)をも差(さし)たる者(もの)のよし。然(しか)るに管領家(くはんれいけ)御家臣(ごかしん)。
大村彦次郎(おほむらひこじろう)と申/仁(ひと)の。甚(はなはた)入魂(じゆこん)にて度々(たび〳〵)入来(じゆらひ)ありしが。則(すなはち)私(わたくし)が母(はゝ)なみと
申/者(もの)に不義(ふぎ)をいひかけ。数通(すつう)の艶書(ゑんしよ)。度々(とゞ)の狼藉(らうせき)。されども母(はゝ)身(み)を堅(かたふ)し
道(みち)を守(まも)り。彼(かれ)が心(こゝろ)に従(したがは)ざりしを。夫(おつと)ある故(ゆゑ)に免(ゆる)さしとおもひけん。又(また)は遺恨(いこん)
を散(さん)ぜんとにや。父(ちゝ)六郎助(ろくらすけ)隣村(りんそん)へ行(ゆき)て。深更(しんかう)に帰(かへる)を路(みち)にて殺害(せつがい)なす。
尤(もつとも)何人(たれ)の仕業(わざ)とも知(し)れざる処(ところ)。死骸(なきから)の傍(かたはら)に。金無垢(きんむく)の藤(ふぢ)の丸(まる)の定紋(でうもん)
に。浪(なみ)の彫物(ほりもの)したる赤胴(しやくだう)の小柄(こづか)あり。是(こ)は彼(かの)彦次郎(ひこじろう)が。好(このみ)にて打(うた)せし処(ところ)にて
或時(あるとき)母(はゝ)に見せて。其許(おんみ)の名(な)を柄(つか)に彫(ほら)せ。動(うごき)なき定紋(でうもん)を居(すへ)て。武士(ものゝふ)の
魂(たましひ)てふ佩刀(わきざし)に蔵(おさ)め。昼夜(ちうや)身(み)を離(はな)たず佩(おぶ)る心中(しんぢう)。豈(あに)憎(にく)むべきにあ

らずやなんど戯(たは)れし折(をり)。母(はゝ)熟(とく)と覚(おほ)えたれば。兼(かね)ての行跡(げうぜき)もあれば。旁(かた〳〵)
彦次郎(ひこじろう)に必(ひつ)せるよし。管領家(くはんれいけ)へ申上しを。彼(かれ)早(はや)く聞聞(きゝ)しり。忽(たちまち)国遠(こくゑん)なしたり。
管領家(かんれいけ)にも便(びん)なく哀(あはれ)と覚(おぼ)し。厳敷(きびしく)吟味(ぎんみ)を下(くだ)し給ふといへ共(ども)。其在所(そのありどころ)更(さら)
にしれず。其折柄(そのをりから)わたくし未(いまだ)三/歳(さい)にて。東西(なにごと)も一向(さらに)しらず。夫(それ)より母(はゝ)に
養育(やういく)せられ。成長(ひとゝなる)に及(およ)んで。はじめて其(その)始末(しまつ)を聞(き)き。無念(むねん)止(やみ)がたく。仮令(たとへ)。
百姓(ひやくせう)なりとても。不倶戴天(ふぐたいてん)の父(ちゝ)の讐(あだ)。一太刀(ひとたち)恨(うら)みて黄泉(くはうせん)の。父(ちゝ)が冥魂(めいこん)
を祭(まつ)りばやと。心(こゝろ)のみは逸(はやれ)とも。母(はゝ)壱人(いちにん)を置(おか)ん事(こと)本意(ほゐ)ならず。さりとて的(あて)なき
旅(たび)の長途(ながぢ)を。伴(ともな)ひ行(ゆか)ん事も難(かた)ければ。心外(こゝろならず)も年月(としつき)を空(むら)しうせしに。
去冬(きよふゆ)母(はゝ)も病(やもふ)によりて。黄客(なきひと)となりしかば。心(こゝろ)ばかりに五旬の喪(も)を勉(つと)めし後(のち)。
纔(わづか)に残(のこ)りし田圃(たはた)以(も)て。路費(みちのつひえ)の代(しろ)となし当国(たうごく)は繁栄(はんゑい)の地(ち)なれば。若哉(もしや)
手繰(てがゝり)もあらん哉(や)と。当春(とうはる)より此地(このち)に彾俜(さまよひ)。専(もぱ)ら八幡太神(はちまんぐう)に祈誓(きせい)せしに
神明(しんめい)微孝(びかう)を憐(あはれ)み給ふにや。私(わたくし)が故郷(ふるさと)津国(つのくに)より。当地(たうち)へ下(くだ)る絹商人(きぬあきひと)に逢(あひ)

たるに。彼者(かのもの)よろこひ。私(おのれ)を茶店(さてん)の閑所(かんじよ)へ連行(つれゆき)。密(ひそか)に告(つげ)て申やう。私(われ)過(せん)
日(ころ)鶴(つる)が岡八幡宮(おかはちまんぐう)の別当職(べつとうしよく)のもとにいたり。業(なりはひ)の絹(きぬ)を取広(とりひろ)げ商(あきなひ)居(ゐ)たる
折柄(をりがら)。壱人(ひとり)の浪士(らうし)めける者(もの)入来(きた)りて。彼家(かのいへ)の青侍(さふらひ)らと。心無隈(こゝろやすく)説話(はなし)するを
見るに。別人(べつじん)ならす大村彦次郎(おほむらひこじろう)なり。我(われ)は一驚(いつけう)なすといへども。渠(かれ)幸(さいは)ひに
我(われ)を知(し)らず。暫(しば)し雑談(ざうだん)して帰(かへ)りし跡(あと)。何人(なんひと)なり哉(や)と夫(それ)となく。住所(すまゐ)姓名(なまへ)
を尋(たづ)ねしに。当春(とうはる)より、此館(このやかた)の裏辺(うら)に仮住居(かりすみ)する。嶋田大蔵(しまたたいざう)といふ
浪士(らうにん)にて専(もつぱ)ら仕官(ほうこう)を求(もと)むる間(ひま)に。儒書(うつしもの)を業(わざ)として。弊敷(やつ〳〵しく)すめると聞(きゝ)
得(え)るまゝ。早(はや)く其許(おんみ)にしらせんと。業(なりはひ)終(をはり)て帰村(きそん)せしに。豈(あに)図(はか)らん。彼者(かのもの)を
索捜(たづねん)と所(ところ)を去(さり)たるとは。其(その)残念(さんねん)いふばかりなかりしが。不測(ふしぎ)に于爰(こゝにて)相逢(あふ)た
るよしを聞(き)き。天(てん)の与(あた)ふ処(ところ)なりと。直(たゞち)に彼家(かのいへ)に。踏込(ふんごま)んとは存(そん)じ候へども。
元来(もとより)私(われ)彼(かれ)を見しらず候故。彼(かれ)いかゝ陳(ちん)ぜんも計(はかり)がたく。故(かるがゆへ)に恐多(おそれおほく)も。君(くん)
庁(ちやう)に空言(いつはり)を申上候儀は。渠(かれ)か本名(ほんめう)を明(あか)させん謀(われ)ために候/処(ところ)。不測(ふしぎ)に自(みづか)ら

本名(ほんめう)相名乗(あいなのり)。且(かつ)管領家(くはんれいけ)亡命(かけおち)の始末(しまつ)。一々(いち〳〵)符合(ふごう)仕。暗(あん)に旧悪(きうあく)白状(はくぜよ)仕候/上(うへ)は
何卒(なにとぞ)御憐愍(ごれんみん)を以(もつ)て。敵討(かたきうち)御赦免(ごしやめん)下(くだ)され度。尤(もつとも)申/迄(まで)もなく。土百姓(どひやくせう)の私(わたくし)。迚(とて)も
本意(ほんゐ)を達(たつ)すること難(かた)く。此儀(このぎ)は兼(かね)て覚語(かくご)仕(つかまつり)候得ども。一太刀(ひとたち)刃向(はむかひ)候/上(うへ)は。彼(かれ)が
白刃(やいば)の露(つゆ)と成(なり)候とも。更(さら)に遺念(いねん)なき由(よし)。涙(なみだ)と共(とも)に懇願(こんぎはん)するに。大蔵(だいざう)は始(はしめ)の
勢(いきほ)ひには似(に)もやらで。首(かうべ)を低(たれ)て答(こたへ)なし。時頼(ときより)。小次郎に向(むか)ひ。始(はじめ)より子細(しさい)有(あつ)
て。做(こと)のこゝに及(およ)ばん事(こと)をしる。汝(なんぢ)小童(こわらべ)には似気(にげ)なき智謀(ちぼう)の者(もの)なり。追(をつ)
て。双方(さうほう)へ沙汰(さた)あるべしと。当番の士(し)鈴木判官政秀(すゞきはんぐはんまさひで)に大蔵(たいぞう)を預(あづ)け。金(かな)
沢前司氏信(ざはぜんじうじのぶ)に小次郎を託(たく)し其日(そのひ)は各(おの〳〵)退出(たいしゆつ)せり
    由比(ゆひ)ヶ(が)浜復讐時頼仁慈話(はまにてかたきうちときよりじんじのこと)
時頼(ときより)は摂津(せつつ)の国(くに)へ早使(はやつかい)を以(もつ)て。国老(こくろう)の輩(ともがら)を鎌倉(かまくら)へ召登(めしのぼ)せ。彦(ひこ)次郎
の始末を尋(たづ)給ふに。小次郎(こじろう)より言上(ごんぜう)のごとく。聊(いさゝか)相違(さうゐ)あらざれば。老臣等(ろうしんら)評(へう)定(でう)の上(うへ)。建長六年(けんてうろくねん)七月二日。由比(ゆひ)が浜(はま)に於(おゐ)て。方壱町(はういつてう)の行馬(やらい)を結(ゆは)せ。

金沢前司氏信(かなざはぜんじうじのぶ)を奉行(ぶぎやう)として。讐復(かたきうち)の勝負(たちあひ)を免(ゆる)さる。此事(このこと)鎌倉(かまくら)
に噂(うはさ)高(たか)ければ。武辺(ぶへん)に奔(わし)る若壮士(わかとのばら)。町人(てうにん)百姓(ひやくせう)にいたるまで。珍(めづ)らしき敵討(かたきうち)
よと。貴賤(きせん)老少(ろうせう)由比(ゆひ)ヶ(が)浜(はま)に群(むら)がりしは。針(はり)を立(たつ)べき隙(ひま)もなし。其時刻(そのじこく)にも
成(なり)しかば。大村彦(おほむらひこ)次郎。年齢(ねんれい)已(すで)に四十二/才(さい)。元来(ぐはんらい)力(ちから)飽(あく)まで強(つよ)く。釼刀(けんとう)頗(すこぶ)る名(めい)
誉(よ)なるが。三尺弐寸(さんじやくにすん)の大脇着(おほわきざし)を横佩(よこたへ)。悠々(のさ〳〵)と西(にし)の木戸(きど)より入来(いりきた)る。東(ひがし)の口(くち)
より百姓(ひやくせう)小次郎。生年(せうねん)いまだ十六/歳(さい)。角前髪(すみまへがみ)の小童(こわつぱ)にて。弐尺計(にしやくばかり)の
小脇差(こわきざし)を帯(たい)し。互(たがひ)に式礼(しきれい)作法(さほう)の如(ごと)く水(みづ)を呑乾(のみほ)し。左右(さゆう)へ別(わか)れ。小次郎
先(まづ)辞(ことば)をかけ。いかに大村彦次郎(おほむらひこじろう)。今(いま)の名(な)は島田大蔵(しまだだいざう)十四ヶ(か)年(ねん)以前(いぜん)三
月七日。汝(なんぢ)が為(ため)に討(うた)れたる。百姓(ひやくせう)六郎助(ろくろすけ)が一子(いつし)小次郎。不倶戴天(ふぐたいてん)の父(ちゝ)の
仇(あだ)。尋常(じんじよう)に恨(うらみ)の刃(やいば)。請取(うけとれ)喝(やつ)と小脇(こわき)ざしを。真向(まつかう)にかざして立向(たちむか)ふ。大蔵(たいざう)は
憤然(ふんぜん)として。侍(さむらひ)ぐさき敵(かたき)よばゝり。土鑿(つちほぜり)の分(ぶん)として。似合(にあふ)たる唐棹(からさほ)はうたて。
この彦(ひこ)次郎を討(うた)んとは。蟷螂(とうろう)が斧(をの)猿猴(ゑんこう)が月(つき)。汝等(なんぢら)ごときに刃を合(あは)すは

奈何(いか)にも大人気無(おとなげな)けれ共。六郎助(ろくろすけ)を切(きつ)たる此刀(このかたな)にて。同(おな)じく汝(なんぢ)も此世(このよ)の
いとま。今(いま)とらせんと抜手(ぬくて)を見(み)せず。只(たゞ)一討(ひとうち)と斬(きり)かゝるを。左(さ)知(しつ)たるはと小次郎
が。飛蝶(ひてう)の如(ごと)く飛(とび)しざり。互(たがひ)に窺(うかゞ)ふ虚々実々(きよ〳〵じつ〳〵)。打(うで)は披(ひら)きひらけは附入(つけいり)。
千変万化(せんへんばんくわ)と切結(きりむす)ぶ。元来(ぐはんらい)土民(どみん)の小童(こわつは)。一(ひと)たまりも有(ある)まじと。衆人(しゆしん)これ
を憐(あはれ)む処(ところ)に。何処(いづこ)にて修錬(しゆれん)せしにや。中々(なか〳〵)尖(するど)き錬磨(れんま)の切先(きつさき)。彦(ひこ)次郎
も心中(しんちう)に驚(おどろ)き。精神(せいしん)を励(はけま)し戦(たゝか)ひしが。大蔵(だいざう)は聞(きこ)ゆる手錬(しゆれん)。良(やゝ)もすれば
小次郎は。請太刀(うけだち)になりて危(あや)ぶかりしかば。数万人(すまんにん)見物(けんぶつ)手(て)に汗(あせ)をにぎり。
息(いき)をつめたる形容(ありさま)は。唯(たゞ)無人城(むにんぜう)に異(こと)ならざりしが。彦(ひこ)次郎いらつて
畳(たゝみ)かけ。打込(うちこむ)太刀(たち)を小次郎は。何(なに)とか做(し)けん請損(うけそん)じ。左(ひだり)の肩(かた)さき切(きり)こまれ。
ひるむ処(ところ)を飛(とび)かゝり。切伏(きりふせ)んとする処(ところ)に。奉行(ぶぎやう)金沢前司(かなざはぜんじ)。走(はし)りかゝりて
大蔵(たいざう)を聢(しか)と抱(いだ)き。上意(ぜうい)なり暫(しばら)く待(まつ)てと。彦(ひこ)次郎が刃(やいば)を止(とゞ)む。此隙(このひま)に
本外(ほんがい)。の医者(ゐしや)立(たち)より。小次郎が疵口(きずぐち)を療(りよ)じ。薬湯(やくとう)を与(あた)ふ。金沢前司(かなざはぜんじ)は

【挿絵】
由井(ゆゐ)が
  濱(はま)
復(かたき)
 讐(うち)

彦次郎に向(むか)ひ。驚(おどろ)き入(いり)たる其許(なんぢ)の手錬(しゆれん)。中々(なか〳〵)小腕(こうで)の及(およ)ぶ処(ところ)ならず
と。一向(ひたすら)に称嘆(せうたん)し。扨(さて)重(かさね)ての上意(せうい)には。百姓(ひやくせう)小次郎が健気(けなけ)の願(ねが)ひ黙(もだ)
止(し)がたく。父(ちゝ)の敵討(かたきうち)申/付(つけ)しに。既(すで)に小次郎/疵(きず)を蒙蒙(かふむ)る。こを以(もつ)て勝負(せうぶ)正(まさ)に
顕然(げんぜん)として。敵討(かたきうち)の旨趣(しゆい)は済(すみ)たり。しかるに嶌田(しまだ)大蔵。旧名(きうめい)大村(おほむら)彦次郎。
元来(くはんらい)武家(ぶけ)に奉公(ほうこう)し。士分(しぶん)の連(れつ)に有(あり)ながら。夫(をつと)ある土民(どみん)の妻(つま)を恋慕(れんぼ)なし。
したがはざるを遺恨(ゐこん)とし。罪(つみ)なき夫(おつと)六郎助(ろくろすけ)を殺害(せつがい)し。国遠(こくゑん)せし罪(つみ)。逃(のが)れ
がたし。仍(よつ)て改(あらた)め縛首(しはりくび)申/付(つくる)処(ところ)と。述(のぶ)る詞(ことば)の下(した)よりも。捷卒等(あしがるら)ばら〳〵と折重(をりかさな)り。
彦(ひこ)次郎を搦(から)め取(と)り。直(たゞち)に北面(ほくめん)に引居(ひきすへ)たり。彦次郎(ひこじろう)は夢見(ゆめみ)し心地(こゝち)に
て。一言(いちげん)の詞(ことば)もなく。只(たゞ)虚路(うろ)〳〵と四方(しほう)を見(み)いたる。前司(ぜんじ)又(また)小次郎にむかひ。時(とき)
頼君(よりくん)の仰(おほせ)たしかに聞(き)け。汝(なんぢ)が切(せつ)なる志(こゝろざし)を感(かん)じ給ひ。願(ねが)ひのごとく敵打(かたきうち)を免(ゆる)し
給へども。元(もと)国法(こくほう)を犯(おか)せし罪人(つみんと)なれば。斯(かく)搦取(からめとつ)て大法(たいほう)に行(おこな)ふ処(ところ)なり。尤(もつとも)
思召処(おほめすところ)ありて。彦次郎が太刀取(たちどり)を。汝(なんぢ)に命(めい)じ給ふ間(あいだ)。心静(こゝろしづ)かに宿志(しゆくし)を

遂(とげ)よと相述(あいのぶ)るに。小次郎は勇(いさ)み立(たち)。大蔵(だいさう)が太刀取(たちどり)を。私(わたくし)に仕(つかまつ)れとや重(じう)
重(じう)難有(ありがた)き御仁慈(ごしんじ)。肝(きも)に銘(めい)じて忘(わすれ)がたしと。身(み)の痛手(いたで)をも打忘(うちはす)れ。踊(おど)り
上(あが)りていかに彦次郎。今日(こんにち)こそ復(かへ)す父(ちゝ)の仇。おもひ知(し)れよといふかと思(おも)へば
彦(ひこ)次郎が首(くび)は前(まへ)にぞ落(おち)たりけり。前司(せんじ)小次郎を打扇(うちあふ)ぎ。首尾(しゆび)よく復讐(ふくしう)仕(し)
課(おふ)せて。左(さ)こそ本懐(ほんぐはい)なるべしと。称(せう)する声(こへ)と諸(もろ)ともに。数万(すまん)の見物一同(けんふついちど)に
あゝ斬(きつ)たりや。討(うつ)たりやと。褒(ほめ)るもあれば。時頼(ときより)が仁慈(しんじ)の計(はからい)を感(かん)ずる声(こへ)も。
広(びろ)き浜辺(はまべ)も動揺(どうよう)せり。斯(かく)て金沢前司(かなさばぜんじ)。津国(つのくに)より召登(めしのぼ)せたる輩(ともがら)に。
彦次郎が首級(くび)。ならびに旧悪(きうあく)を記(しるし)たる板札(ふだ)を渡(わた)し。津国(つのくに)にて梟木(ごくもん)
に掛(かけ)させ。人心(ひとごゝろ)を懲(こらさ)しめ。小次郎は客舎(きやくや)に於(おゐ)て。疵(きづ)平癒(へいゆ)をなさしむ。
後日(ごじつ)本快(ほんくはい)の節(とき)時頼(ときより)小次郎を召出(めしいだ)させ。本国(ほんごく)へ送(おく)り遣(つかは)すべき哉(や)と
尋(たづね)給ふに。小次郎/謹(つゝしん)で。此(この)始末(しまつ)ども厚(あつ)き執権(しつけん)の仁愛(にんあい)を謝(しや)し奉(たてまつ)り。
私義(わたくしぎ)。幼(おさな)くして父(ちゝ)を失(うしな)ひ。又/若冠(とりわか)【としわかヵ】にして母(はゝ)に別(わか)れ。今(いま)は孤独(こどく)の身(み)に

候/得者(へば)。父(ちゝ)母のため。又(また)は亡敵(ばうてき)のため。剃髪染衣(ていはつせんえ)と形(さま)をかへ。諸国(しよこく)を遍(へん)
歴(れき)して。三人の菩提(ぼしだい)を吊(とむら)ひ申/度(たく)旨(むね)答(こた)へしかば。時頼(ときより)うち黙頭(うなづき)。尤(もつとも)
なる望(のぞみ)なり。汝(なんぢ)先(さき)に我馬前(わがばぜん)にて。但馬(たじま)の者(もの)なる由(よし)を申といへども。汝(なんぢ)
が言語(ものいひ)形姿(ふるまい)を見るに。更(さら)に山谷(さんこく)の者(もの)ならず。此奴(こやつ)子細(しさい)ある者(もの)と思(おも)ひ。
態(わざ)と。汝(なんぢ)が申/随意(まゝ)に計(はか)らひ得(え)させたりしに。果(はた)して先言(せんげん)偽(いつわり)にて。終(つゐ)に縡(こと)の
爰(こゝ)に及(およ)ぶ。しかれども父(ちゝ)の仇(あだ)を討(うた)んがため。拠(よんどころ)なく偽(いつはり)を以(もつ)て其仇(そのあだ)を知(し)る事(こと)。
其(その)辛苦(しんく)純孝(じゆんこう)を感(かん)ずるが故(ゆへ)願(ねがひ)のごとく宿志(しゆくし)を果(はた)さしめたり。しかれども其(その)
計略(けいりやく)。小童(わらべ)には似気(にげ)なき大胆(だいたん)。このまゝに成長(ひとゝ)ならば。己(おのれ)が才(さい)にて終身(しうしん)を
全(まつとふ)する事/難(かた)からん。不如(しかず)。出家(しゆけ)入道(にうだう)して。深(ふかく)仏門(ぶつもん)に帰入(きにう)し。堅(かた)く五戒(ごかい)を保(たもち)
なば。却(かへつ)て後栄(ごゑい)有(ある)べきぞ。構(かまへ)て俗間(ぞくかん)に交(まじは)るべからずと。厚(あつく)教諭(けうゆ)なし
給ひ。猶(なほ)十/両(れう)の金(こかね)を与(あた)へ。幼(おさな)ふして父(ちゝ)が仇(あだ)を復(かへ)せし。孝義(かうぎ)の褒美(ほうび)として賜(たまは)りけ
れば。小次郎は難有(ありがたき)の余(あま)り。落涙(らくるい)ながらに頂戴(てうだい)し。軈(やが)て公庁(こうてう)を退(しりぞ)かんと

するを這奴々々(こや〳〵)と呼止(よびとゞ)め。近士(きんし)を召(めし)て彼童(かのわらは)。親孝(しんかう)ゆゑとは云(いひ)ながら。
偽(いつはり)を以(もつ)て公庁(こうてう)に訴(うつた)ふる。其科(そのとが)遁(のが)るべからず。禿(かぶろ)となして追放(をひはなつ)べし。夫々(それ〳〵)
と目(もく)し給へば。近士(きんし)心得(こゝろえ)庭上(ていせう)に於(おゐ)て。髪(かみ)を剃(そつ)て入道(にうどう)とす。時政(ときまさ)莞爾(につこ)と
して目出(めで)たし〳〵。空阿(くうあ)と名乗(なのり)よと宣(のたま)ひて。衝(つ)と立(たつ)て入(いり)給ふ。小次郎
は斯(か)ばかりの憐愛(れんあい)に。益(いよ〳〵)感涙(かんるい)をとゞめ兼(かね)て。直(たゞ)ちに諸国(しよこく)巡業(しゆんぎやう)し。亡父(ぼうふ)
母(ぼ)および亡敵(ぼうてき)の菩提(ぼだい)を吊(とむら)ひける
    相模守時頼薙髪話(さがみのかみときよりちはつのこと)
光陰(くわういん)暫時(ざんじ)もとゞまらず。建久(けんきう)八年の春(はる)を迎(むか)ふるに。流石(さすが)に御裳濯(みもすそ)
川(がは)の御流(おんながれ)。的々(てき〳〵)たる宗尊親王(そうぞんしんわう)。将軍職(せん?ぐんしよく)を執(とら)せ給ふに。御若年(ごじやくねん)とは申
ながら。自然(しぜん)に天威(てんゐ)備(そなは)り給へば。武門(ぶもん)の輩(ともがら)高下(かうげ)を論(ろん)ぜず。十分(じうぶん)帰合(きごう)
尊崇(そんそう)の色(いろ)見えて。関東(くはんとう)関西(くはんさい)最(いと)穏(おだやか)に。枝(えだ)を鳴(なら)さぬ御代(みよ)となり。目出(めで)た
かりける事(こと)也けり。然(しか)るに正月/下旬(げじゆん)。陸奥守重時(むつのかみしげとき)。図(はか)らざる重病(じうびやう)に冒(おか)

され。程(ほど)なく本復(ほんぶく)は有(ある)といへども。身体(しんたい)疲労(つかれ)甚(はなはだ)しく。病牀(びやうせう)に臥(ふ)す事(こと)
屡々(しは〴〵)なれば。執権(しつけん)の政務(せいむ)を辞(じ)し。三月十一日/出家(しゆつけ)なし。法名(ほうめう)観覚(くはんがく)と
号(がう)せる。則(すなはち)執権(しつけん)は。重時入道(しげときにうどう)の舎弟(しやてい)政村(まさむら)に補(ほ)し。時頼(ときより)と両執権(りうしつけん)と
なす。今年(こんねん)十月五日/改元(かいげん)あつて。康元(かうげん)と号(こう)せらる。于爰(こゝに)相模守(さがみのかみ)
時政(ときまさ)は。嘗(かつ)て仏法(ぶつはふ)に深(ふか)く帰入(きにう)し給ひ。去(さん)ぬる宝治年間(ほうぢねんかん)に。蜀(しよく)の
隆蘭渓(りうらんけい)。日本(につほん)に渡(わた)り。仏心宗(ぶつしんしう)を弘通(ぐつう)の折(をり)から。寛元(くはんげん)四年/鎌倉(かまくら)の
寿福寺(じゆふくし)に下向(げこう)ありし時(とき)。時頼(ときより)政事(せいじ)の暇日(かじつ)毎(ごと)に参禅(さんぜん)し。仏法(ぶつはふ)の大(たい)
道(どう)を問(とひ)明(あき)らめ。建長(けんてう)二年に建長寺(けんてうじ)を建立(こんりう)し。道隆禅師(だうりうぜんし)を開山(かいさん)
とし。後(のち)又(また)蜀国(しよくのくに)の僧(さう)普寧禅師(ふねいぜんし)。本朝(ほんてう)に来(きた)りしを。建長寺(けんてうじ)にとゞめて
参礼(さんらい)し。見性(けんしやう)せんことを求(もと)め。さま〴〵工夫(くふう)を凝(こら)して終(つひ)に森羅万像(しんらまんざう)山河(さんか)
天地(てんち)与(と)_二自己(じこ)_一无二(むに)无別(むべつ)の理(ことはり)を明(あき)らめらる。普寧(ふねい)こゝに於(おゐ)て
  青々(せい〳〵たる)翠竹(すいちく)尽(こと〴〵く)是(これ)真如(しんによ) 欝々(うつ〳〵たる)黄花(くはうくは)無(なし)_レ不(ならざるは)_二般若(はんにや)_一 と示(しめ)され

しかば時頼(ときより)言下(ごんか)に契悟(けいご)し。二十年来(にじうねんらい)旦暮(たんぼ)の望(のぞ)み満足(まんぞく)すと。九拝(きうはい)
歓喜(くはんき)せらる。斯(かく)仏法(ぶつはふ)に志(こゝろさし)厚(あつ)かりしかば。今(いま)天下国家(てんかこくか)幸(さいわい)に穏(おだやか)にして
万民(ばんみん)徳(とく)を厚(あつ)ふするの時(とき)。此(この)折柄(をりから)に遁世(よをのかれ)ずんば。いづの時(とき)をか期(ご)すべきと。
則(すなはち)執権(しつけん)致仕(ちし)の表(ひやう)を捧(さゝげ)て。康元(かうげん)元年十一月廿三日。内山(うちやま)最明寺(さいめうじ)に
て出家(しゆつけ)し給ひ。法名(ほうめう)覚了房道崇(がれうばうどうそう)と号(がう)しける。生齢(とし)いまだ三十/歳(さい)。
日頃(ひごろ)の素懐(そくはい)は■【とヵ】げ給へども。武門(ぶもん)の人々(ひと〳〵)は更(さら)なり。怪(あやし)の民間(みんか?)にいたるまで。
惜(おし)まぬ人(ひと)はなかりけり。執権職(しつけんしよく)は武蔵守長時(むさしのかみながとき)に譲(ゆず)らせらるといへども
猶(なほ)も国家(こくか)静謐(せいひつ)の政事(せいじ)を聞(きゝ)て。人民(じんみん)安穏(あんをん)の仁徳(しんとく)を。心(こゝろ)に込(こめ)られた
まふは。最(いと)有難(ありがた)き御/事(こと)なり
    諏訪刑部入道(すはきやぶにうだう)害(かいする)_二伊具(いぐを)_一話(こと)
正嘉(せうか)元(くはん)年二月廿七日。前相模守時頼入道(さきのさがみのかみときよりにうどう)が嫡子(ちやくし)正壽丸(せうじゆまる)。いまだ七
歳(さい)なりといへども。父(ちゝ)時頼(ときより)が勤労(きんろう)を慰(い)せんため。将軍(せうくん)の御所(ごしよ)に於(おゐ)て

【挿絵】
伊具(いぐ)
 入道(にうとう)
建長(けんてう)
 寺(じ)の
門前(もんぜん)
  に
 横死(わうし) 
   す

元服をなさせ給ひ。親王(しんわう)御諱(おんいみな)を一字(いちじ)賜(たま)はりて。時宗(ときむね)と号(ごう)せらる。同
年八月十六日。将軍(せうぐん)鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)に御参詣(ごさんけい)まし〳〵。流鏑馬(やぶさめ)已下(いげ)古(こ)
例(れい)のごとく行(おこ)【おこなヵ】はれ。黄昏(くはうこん)に御所(ごしよ)に還(かへ)らせ給ふ。今日(けふ)供奉(ぐぶ)のうちに伊具(いぐ)
四郎/入道(にうどう)は。将軍(せうぐん)還御(くはんぎよ)のゝち。己(おの)が館(やかた)山内(やまのうち)に帰(かへ)らんと。召供(めしぐ)のものを前(ぜん)
後(ご)にうたせ。建長寺(けんてうじ)の東門外(ひがしもんぐはい)を通(とほ)りし。折節(をりから)小雨(こさめ)降出(ふりいだ)しにければ。入道(にうどう)は
馬(うま)を早(はや)めて通(とほ)る処(ところ)に。蓑笠(みのかさ)を着(ちやく)して馬(うま)に跨(またが)り。下部(しもべ)一人(いちにん)めし
連(つれ)たる者(もの)。伊具入道(いぐにうどう)が左(ひだり)の方(かた)を行違(ゆきちが)ふて駈(はしり)けるが。伊具(いぐ)四郎/入道(にうどう)いかゞ
做(なし)けん。馬(うま)より嘡(どう)と落(をち)たりける。郎従(ろうとう)驚(おどろ)き。走入寄寄(はしりよつ)て引立(ひきたて)んとするに。
不測(ふしぎ)や。何方(いづかた)より射(ゐ)たりけん。左(ひだり)の肋(わきばら)より大(だい)の箭(や)一筋(ひとすぢ)射込(ゐこん)だり。ことさら鏃(やじり)に
毒(どく)や塗置(ぬりおき)し。五躰(ごたい)の支節(ふし〴〵)離々(はなれ〴〵)となり。宛(あだか)も瓦石(くはせき)を袋(ふくろ)に入(いれ)たるが
ごとく。原(もと)より一言(いちごん)も物(もの)いはず。其侭(そのまゝ)有にて【「有にて」は「にこそ」ヵ】死(しゝ)たりける。郎従等(ろうどうら)がしらせに。
親族等(しんるいら)驚(おどろ)き惑(まど)ひ。直(たゞち)に時頼入道(ときよりにうどう)に訴(うつた)ふ。即(すなはち)鑑察使(けんさつし)を遣(つかは)して

その死体(ありさま)を検察(ぎんみ)せしめ。射込(いこみ)し箭(や)を取(とり)よせ其時(そのとき)のさまを聞(きく)と等(ひと)
しく。對馬前司氏信(つしまのぜんじうちのぶ)に命(めい)じ。諏訪刑部左衛門入道(すはぎやうぶざへもんにうだう)を召捕(めしとら)しめて。
糺問(きつもん)させらる。氏信(うちのぶ)さま〴〵賺(すか)しこしらへ。其(その)実蹟(じつせき)を索(さぐる)といへど。刑部(ぎやうぶ)入道
更(さら)にこれをしらず。殊(こと)に昨(さく)十六日は。平内左衛門尉俊職(へいないざゑもんのぜうとしもと)。牧(まき)左衛門/入道等(にうだうら)
私宅(したく)にて酒宴(しゆゑん)物語(ものがたり)して。一切(いつせつ)他(た)に出(いで)申さず。いかでか此事(このこと)に。不審(ふしん)を
蒙(かうふ)る筋(すぢ)これ無(なし)と。両人(れうにん)を証拠(しやうこ)とす。仍之(これによつて)両人(りやうにん)をも召(めし)て問(とは)るゝに。相違(さうい)
あらじ。某等(それがしら)。未刻(ひつじのこく)より参集(さんしう)して。戌刻(いぬのこく)に退出(たいしゆつ)せし趣(よし)を申。たしかに
証人(せうにん)に相(あひ)たちければ。是非(ぜひの)決断(けつだん)なしがたく。此趣(このおもふき)を時頼(ときより)に申す。時頼(ときより)打(うち)
点頭(うなづき)。則(すなはち)刑部(きやうぶ)入道/壱人(ひとり)を。閑所(かんじよ)へ招(まね)き蜜(ひそか)【密ヵ】に申さるゝは。今般(こたび)伊具入道(いぐのにうどう)
が横死(わうし)によつて。貴辺(きへん)の心労(しんろう)左(さ)ぞあらん併(しかし)ながら。兼(かね)ての遺恨(いこん)を一箭(いつせん)に
晴(はら)し。本懐(ほんくはい)察(さつ)し入所(いるところ)なり。尤(もつとも)氏信(うぢのぶ)にさま〴〵陳(ちん)じ申さるゝ由(よし)。仮初(かりそめ)の行(ゆき)
違(ちがひ)に。矢束(やつか)の延(のび)たると射様(ゐざま)の結構(けつこう)。今(いま)天下(てんか)弓取(ゆみとり)多(おほ)しといへども。貴辺(きへん)

にあらで誰(たれ)かよくこれを射(い)ん。其上(そのうへ)伊具入道(いぐのにうだう)と。意恨(いこん)を結(むす)ぶ其所以(そのもと)は
朕(われ)以前(いぜん)より能(よく)知(し)れり。たとひ私(わたくし)の宿意(しゆくい)たりとも。恨(うらみ)をだに晴(はら)せし上(うへ)は。速(すみや)
に名乗出(なのりいで)んをこそ。武門(ぶもん)に於(おゐ)て潔(いさぎよし)とす。希(こひねがは)くは明白(あからさま)に。実状(じつじやう)を述(のべ)ん
事(こと)を。猶(なほ)も惑(まど)ひ陳(ちん)じ給はゝ。意恨(いこん)の根本(こんほん)たる者(もの)を召取(めしとり)。人中(じんちう)にて
面転(めんばく)【面縛ヵ】せん哉(や)と。仁慈(じんじ)を加(くは)へて述(のべ)らるれば。刑部入道(ぎやうぶにうたう)額(ひたい)に汗(あせ)を流(なが)し。
仰(おふせ)の赴(おもふき)恐入(おそれいる)ところ。此上(このうへ)はいかでか陳(ちん)じ申べき。忍難(しのびがた)きこと屡(しば〳〵)にして。
拠(よぎ)なく一箭(ひとや)に宿意(しゆくい)を散(さん)じたれば。いかやうに仰(おふせ)を蒙(かうふ)るとも。更(さら)に恨(うら)み
奉(まつ)る事(こと)なしと。潔白(あきらか)の返答(へんたう)に。時頼(ときより)ことに感称(かんしやう)し。対馬前司(つしまのせんじ)に
預(あづ)けおき。評定所(ひやうでうしよ)に於(おい)て。両執権(れうしつけん)奉行(ふぎやう)頭人(とうにん)着座(ちやくざ)にて。其罰(そのつみ)を
定(さだ)めし給に。流罪(るざい)押込(をしこみ)死罪(しざい)なんど評議(ひようぎ)区々(まち〳〵)にて一決(いつげつ)せず。執権(しつけん)
長時(ながとき)諸士(しよし)に向(むか)ひ。刑部(きやうぶ)左衛門が其罪(そのつみ)は。是非(ぜひ)を論(ろん)せず死刑(しけい)たるべし
対馬前司(つしまのぜんし)其所以(そのゆゑ)を問(とふ)ふ。長時(ながとき)が曰(いは)く。兼(かね)て時頼(ときより)某(それがし)に告(つげ)て。可看(みよ〳〵)

伊具(いく)と諏訪(すは)。幾程(いくほど)なく確執(かくしつ)を生(せう)せん。朕(われ)其/争根(もと)を尋(たづぬる)に。近頃(ちかきころ)より
雪(ゆき)の下(した)に母子(ぼし)住(すめ)る。松寿(せうじゆ)といへる白拍子(しらびやうし)あり。彼(かれ)原(もと)は京方(みやこかた)より来(きた)る。
其(その)風姿(すがた)容貌(かたち)十人(ひと)に冠(まさ)る故(ゆへ)に。武家(ぶけ)町家(てうか)のわかちなく。招(まね)きに応(わう)じ。
歌舞(かぶ)をなして酒興(しゆけう)を添(そゆ)る。刑部(きやうぶ)左衛門これに懸念(けねん)し。度々(たひ〴〵)迎(むか)へて酌(しやく)を
とらせ。又/国宝(きん〴〵)を散(さん)じて。終(つひ)に枕席(ちんせき)を交(まじ)へ一向(ひたすら)に最愛(さいあい)す。然(しか)るに伊具(いぐの)
四郎も。又(また)松寿(せうしゆ)を愛(あい)して。度々(どゝ)館(やかた)に迎(むか)へて。財(さい)を積(つん)で密会(みつくはい)す。其後(そのゝち)
諏訪入道(すはうにうたう)が始末(こと)を聞(きゝ)て。恋情(つながるゑん)を断(きる)べきなるを。却(かへつ)て諏訪(すは)を廃(はい)せし
めて。己(おの)が物(もの)とせんと。猶(なほ)財宝(さいはう)を抛(なげうつ)て。彼(かの)母子(おやこ)が心を誘(さそ)ふ。もとより財(ざい)の
ために艶(ゑん)を献(けん)ずる遊女(うかれめ)なれば。伊具(いぐ)を厚(あつ)くして。諏訪(すほう)に疎(うと)し。刑部(きやうぶ)
これよりして。伊具(いぐ)に遺恨(いこん)を挟(はさ)み。其間(そのあいた)疎遠(そゑん)なり。こゝを以て確執(くはくしつ)
あらん事を知(し)ると告(つげ)給ひしが。終(つひ)に明察(めいさつ)に遠(たが)【「遠」は「違」ヵ】はで事(こと)こゝにおよぶ。これ
君禄(くんろく)をはみて君忠(くんちう)を忘(わす)る。いかでか助命(じよめい)の便(たより)あらんと。予(あらかし)め時頼(ときより)の明(めい)

察(さつを)述(のべ)られければ。対馬前司(つしまのせんじ)を始(はじめ)め重職(ぢうちよく)頭人(とうにん)まで。時頼(ときより)が諸事(しよじ)に
明細(めいさい)にして。諸士(しよし)の行跡(ぎやうせき)。善悪(ぜんあく)邪正(じやせう)を察知(さつち)あるを恐怖(きやうふ)して。誰(たれ)か言(ことば)
を出(いだ)すものなく諾(だく)して一決(いつけつ)す。是(これ)によつて対馬(つしま)が館(たち)にて諏訪入道(すおふにうだう)に
死(し)を賜(たま)ひ。牧左衛門(まきさへもん)尉は伊豆(いづ)の国(くに)。平内(へいない)左衛門尉は硫黄(いわう)が島(しま)へ流(なが)さる。
此/平内左衛門(へいないざへもん)は。平判官康頼(へいはんぐはんやすより)か孫(まご)にして。祖父(そふ)左遷(させん)の旧地(きうち)へ。又(また)流(なか)されし
は因縁(いんゑん)にやと恐(おそ)れける





参考北條時頼記図会巻四《割書:畢》

参考北條時頼記図会(さんかうほうてうじらいきづゑ)巻五
   目 録
  青砥左衛門尉藤綱(あをとさゑもんのぜうふぢつなの) 話  同図
  《割書:并》片瀬川(かたせがは)に牛(うし)の尿(いばり)を論(ろん)ずる事《割書:附》藤綱仕官(ふぢつなしくはん)之事
  時頼藤綱閑談政道(ときよりふぢつなせいたうをかんたんの)話
  《割書:并》藤綱忠言(ふぢつなちうげん)の事《割書:附》密使(みつし)を以(もつ)て邪悪(じやきよく)を正(たゝ)す事
  藤綱令於滑川探銭(ふちつななめりかはにぜにをさぐらしむる) 話  同図
  《割書:并》藤綱是非(ふぢつなぜひ)を解(とい)て加恩(かをん)を請(うけ)ざる事
  時頼詠和歌鎮怪異(ときよりわかをえいしてくはいいをしづむ)話  同図

  《割書:并》狐火(きつねび)を鎮(しづむ)る事
  藤綱解是非返贈物(ふぢつなぜひをといておくりものをかへす)話  同図
  《割書:并》一藤太(いつとうた)民(たみ)を虐(しへた)ぐ事《割書:附》小八郎(こはちろう)銭(ぜに)を贈(おく)る事
  時頼六斉日禁殺生(ときよりろくさいにちせつしやうをきんずる)話
  《割書:并》阿曽経邦(あそつねくに)之事《割書:附》大仏道隆(おほさらきみちたか)之事
  時頼入道潜出鎌倉(ときよりにうたうひそかにかまくらをいづる)話

参考北條時頼記図会巻五(さんかうほうでうじらいきづゑけんのご)
           洛士 東籬主人悠補編
   青砥左衛門尉藤綱(あをとさゑもんのぜうふぢつなの)話(?)
夜光(やくはう)垂棘(すいきよく)の珠(たま)も知(し)る人(ひと)なき則(とき)は瓦石(ぐはせき)に等(ひと)しく。聾者(しうしや)【左ルビ「つんぼ」。「しうしや」は「ろうしや」ヵ】瘖子(あんし)【いんしヵおんしヵ】の
儕(ともがら)も使(つか)ふ人(ひと)ある則(とき)は事(こと)を弁(べん)ず。况(いはん)や賢才(けんさい)徳行(とくかう)の君子たるをや。
于爰(こゝに)最明寺(さいめうじ)時頼入道道崇(ときよりにうだうだうさう)の交(ましはり)深(ふか)き。青砥左衛門尉藤綱(あをとさゑもんのぜうふぢつな)といふ
士(し)あり。其(その)先代(せんだい)を尋(たつ)ぬるに。原(もと)は伊豆国(いづのくに)の住人(ぢうにん)。大場(おほば)十郎/近郷(ちかつね)と
いふ者(もの)。去(さん)ぬる承久(ぜうきう)の兵乱(ひやうらん)に。北條義時(ほうでうよしとき)の招(まね)きによつて。宇治(うぢ)の手(て)に
向(むか)ひ。官軍(くはんぐん)と戦(たゝか)ひ。抜群(ばつくん)の軍功(ぐんこう)ありしにより。其勧賞(そのけんしやう)として。上総(かづさの)
の国(くに)青砥庄(あをとのせう)を給(たま)はる。これより青砥(あをと)に移住(いぢう)して。代々(よゝ)青砥(あをと)を性(うぢ)とす。
藤綱(ふぢつな)が父(ちゝ)を青砥左衛門尉藤満(あをとさゑもんのぜうふぢみつ)といふ。しかるに藤満(ふぢみつ)子(こ)数多(あまた)にして藤綱(ふぢつな)
は其(その)末子(はつし)。ことに妾腹(せうふく)に生(うま)れたれば迚(とて)も頒(わかつ)【「頒」は「領」ヵ】べき程(ほど)の地(ち)も多(おほ)からざれば。

終身(すゑ〳〵)出家(しゆつけ)になさんとて。十一/歳(さい)の春(はる)。同国(どうごく)真言密宗(しんごんみつしう)の寺門(じもん)に其頃(そのころ)
大徳(たいとく)の聞(きこ)えありし。普照禅師(ふせうぜんじ)の附弟(ふてい)とす。原(もと)より此児(このじ)幼(いとけな)くして聡明(さうめい)
叡智(ゑいち)なる事。群童(ぐんどう)の更(さら)に及(およ)はざりしかば。師(し)の坊(ばふ)もことに寵愛(てうあい)なし。
経論(けうろん)を教諭(けうゆ)するに。一(いち)を聞(きい)て十(じう)を知(し)るのみならで。其(その)法味(はふみ)をさへ自得(じとく)せ
しかば。師(し)の坊(ばふ)は元(もと)より。檀越(だんおつ)出入(でいり)の輩(ともがら)まで。終(つひ)には大徳(たいとく)知識(ちしき)と成(なり)なんと。末(すゑ)
頼母(たのも)しく思(おも)ひたりしが。いかなる所存(しよぞん)か発興(おこり)けん。廿一/歳(さいの)秋(あき)。師(し)の坊(はう)に
永(なが)の法縁(はふゑん)を絶(ぜつ)して還俗(げんぞく)し。自(みづ)から青砥孫三郎藤綱(あをとまごさぶらうふぢつな)と名乗(なのり)。
鎌倉(かまくら)に来(きた)りて。其頃(そのころ)名高(なたか)き行印(ぎやうゐん)といへる。儒学(しゆがく)の沙門(しやもん)に随順(すいじゆん)して。
日夜(にちや)経伝(けいでん)の趣旨(ししゆ)を切磋(せつさ)なす。尤(もつとも)其(その)行跡(みもち)正(たゞ)しく。仮(かり)にも道(みち)に背(そむ)ける
做(こと)を為(なさ)ず。正路(せうろ)にすゝみ。倹(けん)を専(もつぱ)らにして美(び)を好(この)まず。仁義(じんぎ)廉直(れんちよく)な
りしかば。行印(きやうゐん)も若冠(としわか)にして。聖教(せいぎやう)を守(まも)るを愛(あひ)し。猶更(なほさら)厚(あつ)く教授(けうじゆ)な
したりける。或時(あるとき)藤綱(ふぢつな)申は。我師(わがし)の慈恩(じおん)を蒙(かうふ)る事/已(すでに)八年。われ聞(きく)

凡(およそ)人(ひと)は三十歳に及(およ)んで身(み)を脩(をさめ)ずんば。終(つひ)に道(みち)に立留(たちとゞま)る事/難(かた)しと。
我(われ)今(いま)二十八/歳(さい)。希(こひねが)はくは身(み)を立(たつる)の設備(そなへ)を做(なさ)んとす。師(し)これを許(ゆる)し
給はんや。行印(きやういん)喜(よろこん)て。足下(おんみ)既(すで)に身(み)を立(たつ)るに足(た)れり。開業(かいぎやう)して可(か)ならんか。
藤綱(ふぢつな)則(すなはち)赤橋(あかばし)の辺(ほと)りに仮家(こいへ)を求(もと)め。こゝに移住(いぢゆう)して儒業(しゆぎやう)を開(ひら)き。
幼童(やうとう)に句読(よみもの)を授(をしへ)て。細(ほそ)き炊煙(けふり)を立(たて)たりけり。扨(さて)も今年(ことし)五月(ごぐはつ)の下(す)
旬(ゑ)より。七月(ひちくはつ)におよんで降雨(あめ)なく。これが為(ため)炎暑(ゑんしよ)ことに厳(はげ)しく。田野(でんや)は宛(あたか)
も枯野(かれの)の如(ごと)く。些(いさゝか)も緑色(みどりいろ)なく。皆(みな)黄色(きいろ)を帯(おび)て。穀粒(ごこく)更(さら)に熟(みの)らず。殆(ほとん)
ど餓莩(かへう)の容(いろ)を顕(あら)はしければ。時頼(ときより)種々(さま〴〵)心(こゝろ)をいため。神仏(しんぶつ)に祈雨(きう)の奉(はう)
幣(へい)法会(はふゑ)ありといへども。其(その)応験(わうげん)もなかりしかば。時頼(ときより)自身(じしん)に三島明神(みしまめうじん)に
参詣(さんけい)ありて。専(もつば)ら雨(あめ)を祈(いのり)給ふて下向(げこう)なし給ふ後(のち)。路次(ろし)の入用(いりよう)の雑(ざつ)
具(ぐ)どもを田牛(いなかうし)にとり付(つけ)鎌倉(かまくら)に帰(かへ)るに。片瀬川(かたせがは)を歩渉(かちわたり)する中流(ながれのなか)
にて。此牛(このうし)滔々(とう〳〵)と尿(いばり)をなす。折(をり)から若士(わかうど)壱人(ひとり)。同(おな)じく渉(わたり)ながら是(これ)を見(み)て

憐(あは)れ己(おのれ)は。守殿(かうどの)の遠忌(ゑんきの)。作善(させん)に似(に)たる挙動(ふるまひ)かな。流石(さすが)は畜生(ちくしやう)なり
けりと。独(ひとり)呟(つぶや)きて通(とふ)りけるを。此牛(このうし)の宰領(さいれう)せる士(さふらひ)は。二階堂(にかいだう)の郎等(らうどう)
なるが。是(この)独言(つぶやく)を聞(きゝ)とがめ。異(こと)なる比諭(たとへ)を引(ひけ)る物かなと。彼若士(かのわかうど)が袖(そで)
を曳(ひい)て。其許(おんみ)今(いま)牛(うし)の尿(いばり)を見て。守殿(かうどの)の御仏事(おんぶつし)に似(に)たるといへるが。
いかにしても解(けし)がたし。願(ねが)はくは其所以(そのわけ)を聞(きか)ん。彼士(かのし)打笑(うちわら)ひ。此頃(このころ)数日(すじつ)
喜雨(あめ)なきが故(ゆゑ)。田圃(たはた)に青(あを)き色(いろ)を見ず。諸民(しよみん)心(こゝろ)を悩(なやま)す折柄(をりから)。此牛(このうし)も
心(こゝろ)あらんには。田圃(たはた)路傍(みちばた)に尿(いはり)せば。忽(たちまち)纔(わづか)の潤沢(うるほひ)ともなるべきに。川(かは)の
中流(ちうりう)にて捨流(たれなが)するは。鎌倉(かまくら)とのゝ御遠忌(ごゑんき)を修(しゆ)し給ふごとし。抑(そも〳〵)当国(とうこく)
今(いま)繁昌(はんじやう)の時によつて。寺院(しいん)甍(いらか)を並(なら)べ。仏閣(ぶつかく)門扉(もんひ)を対(たい)す。しかれ共(とも)
名徳(めいとく)智行(ちぎやう)の高僧(かうそう)の住侶(ちうぢ)は。貧(ひん)にして飢(うへ)に苦(くるし)み。自(をのづ)から堂舎(どうしや)破壊(はえ)し。
無智(むち)無慙(むざん)の愚僧(ぐそう)現住(ぢうしよく)は。却(かへつ)て富有(ふゆう)にして食(しよく)に飽(あ)き。既(すで)に堂塔(どうとう)
赫然(かくぜん)たり去(さん)ぬる春(はる)の御仏事(おんぶつじ)。善美(ぜんび)を尽(つく)し給ふ御法会(ごはふゑ)ながら。皆(みな)

破戒(はかい)無徳(むとく)の福僧(ふくさう)を召(めし)て。修法(しゆはふ)読経(どきやう)なさしめ。許多(そこばく)の嚫金(しんきん)の賜(たま)ひ。
実(じつ)に持戒(ぢかい)有徳(ゆうとく)の名僧(めいさう)は。壱人(ひとり)も召(め)されず。勿論(もちろん)施(ほどこ)し給ふ事なし。されば
此(この)御供養(おんくやう)は慈悲(じひ)の作善(させん)にはあらで。只(たゞ)外見(くはいけん)名聞(めうもん)に似(に)て。所謂(いはゆる)高(たかき)に
土(つち)を置(かふ)てふ諺(ことはさ)のごとく。是(これ)牛(うし)の流(なかれ)に尿(いばり)するに不異(ことならず)やと。憚(はゞか)る気(け)もなくうち
笑(わら)へば。此(この)宰領(さいれう)も手(て)を拍(うち)て。実(げ)にも左(さ)なり解得(ときえ)て理(り)なり。かく是非(ぜひ)
を論(ろん)ずる御身(おんみ)は誰(た)そ。願(ねがは)くは住所(ぢうしよ)処名(せいめい)聞(きゝ)まほし。若士(わかうと)答(こた)へて。赤(あか)
橋辺(はしへんの)腐儒(ふじゆ)。青砥三郎藤綱(あをとさぶろうふぢつな)と申なり。再(かさね)て尋(たづね)給へとて行過(ゆきすぐ)る。二階堂(にかいだう)
の郎等(し)は館(やかた)に帰(かへ)り。雑具(さうぐ)を夫々(それ〳〵)取納(とりをさ)め。扨(さて)前司(せんし)入道(にうだう)に。藤綱(ふちつな)が一伍(いちふ)
一什(しじう)を語(かた)りければ。入道(にうだう)甚(はなは)だ感心(かんしん)のあまり。人(ひと)をして密(ひそか)に藤綱(ふぢつな)か行跡(ぎやうせき)を
聞糺(きゝたゞ)し。則(すなはち)最明寺殿(さいめうじとの)に落(おち)なく語(かた)られしかば。時頼(ときより)全身(ぜんしん)に汗(あせ)を流(なが)して。
藤綱(ふぢつな)が高論(かうろん)。些少(いさゝか)も陳(ちん)ずる処(ところ)なし。凡(およそ)仏事(ふつじ)作善(させん)といふは。慈悲(じひ)
愛憐(あひれん)を主(しゆ)として人民(じんみん)を恵(めく)み。就中(なかんづく)貧(ひん)を救(すく)ひ乏(ぼく)【「ぼく」は「ぼう」ヵ】を助(たす)くるをこそ供養(くやう)

【挿絵】
青砥(あをと)
 藤綱(ふぢつな)
時頼(ときより)に
 謁(ゑつ)す

追善(つひせん)なれ。実(げ)に彼(かれ)か申すごとく。近頃(ちかごろ)の仏事(ふつじ)といへば。重職(ぢうしよく)頭人(とうにん)評定(へうでう)の末(ばつ)
子(し)。或(あるひ)は親族(しんぞく)有/縁(ゑん)の僧徒(さうど)のみにて。元(もと)より財宝(ざいはう)に不足(ふそく)有(ある)べしとは
覚(おほ)えざれども。学徳(がくとく)道行(だうこう)の聞(きこ)え有(ある)ことなく。高(たかき)に土(つち)かふ謗(そしり)。遁(のが)るゝ処(ところ)なし。
これ全(まつた)く将軍(しやうぐん)の知(しろ)し召(めす)処(ところ)ならで。皆(みな)我(わが)誤(あやまり)なり。抑(そも〳〵)藤綱(ふぢつな)が心中(しんちう)一(いつ)もつて
これを貫(つらぬ)く。奥床(おくゆか)しく末頼(すゑたの)もし。急(いそ)ぎ其者(そのもの)を召(めす)べしと有(あり)しかば。信濃(しなの)
入道(にうだう)使(つかひ)を走(はせ)て。北條(ほうてう)が館(たち)に招(まね)く。青砥藤綱(あをとふちつな)不図(おもひよらざる)使節(ししや)を受(うけ)て。
心中(しんちう)不測(ふしぎ)ながら。北條(ほうてう)にいたり。時頼(ときより)に謁(ゑつ)す。入道(にうたう)莞爾(くはんじ)として汝(なんぢ)藤(ふぢ)
綱(つな)と名乗(なのる)は。左衛門(さゑもん)尉/藤満(ふぢみつ)が庶子(しよし)ならんか。何(なに)が故(ゆゑ)に民間(みんかん)に碌々(ろく〳〵)たるや。
藤綱(ふぢつな)謹(つゝしん)で。尊命(そんめい)のごとく藤満(ふぢみつ)が末子(ばつし)たりといへども領(りう)【「領」は「頒(わか)」ヵ】つべき庄里(せうゑん)とも
有(あら)ざれはとて。幼(いとけな)きより梵刹(せんでら)に登(のぼ)せて桑門(しゆつけ)たらしむ。勤学(きんがく)する事(こと)已(すでに)
に十余年(しうよねん)。然(しか)れども愚(おろか)にして其要(そのよう)を極(きわ)めず。故(かるがゆゑ)にや仏門(ぶつもん)の大綱(たいこう)たる
方便(はうべん)てふ事(こと)。更(さら)に心(こゝろ)に快(こゝろよから)ず。仍(よつ)て廿一才にて師父(しふ)の命(めい)に背(そむき)。永(なが)く法縁(はふゑん)

断(たち)て。明白(あからさま)に下山(げさん)帰俗(きぞく)なし。当鎌倉(たうかまくら)なる行印法師(ぎやういんはふし)に従(したが)ひ。聖語(せいご)の
片端(かたはし)を聞覚(きゝおぼえ)て。漸(やう)く(〳〵)幼童(やうどう)に授(さづ)くる処(ところ)なりと。聊(いさゝ)も言(ことば)を飾(かざ)らず啓(けい)す
れば。時頼入道(ときよりにうだう)。熟(つら〳〵)動静(どうせい)を看(み)るに。其(その)容貌(かたち)まづ威(ゐ)あつて猛(たけ)からず。謙遜(けんそん)
辞譲(じじやう)深(ふか)くして。身体(しんたい)質素(しつそ)を守る状(さま)。兼(かね)て行跡(古まひ)を聞(きく)といへとも今(いま)見(み)る処
聞(きく)に増(まさ)りて。心中(しんちう)に深(ふか)く愛憐(あいれん)し。改(あらた)めて述(のべ)らるゝは。今度(こたび)将軍(しやうぐん)思召(おほめし)
あつて。新(あら)たに采地(さいち)を賜(たま)はつて。御家人(ごけにん)の連(れつ)に加(くはへ)給ふ。常(つね)に勤仕(きんし)怠(をこた)る
べからず条(てう)。時頼入道道崇(ときよりにうたうとうすう)奉(うけたまは)つて執達(しつたつ)すと宣(のたま)へば。藤綱(ふぢつな)一に驚(おどろ)き
一に恐縮(けうしゆく)し。豈計(そんじよらざる)不肖(ふせう)の某(それがし)御家人(ごけにん)と成(なし)給ふ事(こと)。冥加(めうが)至極(しこく)の趣(おもふ)【「趣」は「赴」ヵ】き
謹(つゝしん)で申上るに。時頼(ときより)も殊(こと)に喜悦(きゑつ)し。時服(じふく)調度(てうど)を賜(たまは)りしかば。藤綱(ふじつな)は
面目(めんほく)を施(ほどこ)し。軈(やが)て退出(たいしゆつ)したりける。嗟呼(あゝ)藤綱(ふぢつな)が行状(きやうでう)富(とん)で驕(おこ)らず。
積(つん)て施(ほどこ)し。後年(かうねん)追々(おひ〳〵)加恩(かおん)ありて。数十箇所(すじつかしよ)の所領(しよれう)を知行(ちぎやう)して
家(いへ)富(とみ)豊(ゆた)かなりとへども【「とへども」は「といへども」ヵ】。身(み)には細布(さいみ)の直垂(ひたゝれ)。布(ぬの)の大口(おほくち)を着(ちやく)し。絹布(けんふ)を

身(み)に着(つけ)ず。朝夕(あさゆふ)の饌部(ぜんぶ)に。乾魚(ほしうを)焼塩(やきしほ)より外(ほか)は食(しよく)せず。出仕(しゆつし)の時(とき)は。
木鞘巻(きざやまき)の刀を帯(たい)し。評定衆(へうでうしゆ)に登傭(とうよう)せられ。官階(くはんかい)の後(のち)は木太刀(きだち)
に弦袋(つるふくろ)を付(つけ)たり。必(かならず)しも吝惜(りんしやく)にはあらで。貧窮(ひんきう)を救(すく)ひ。孤独(こどく)に施(ほどこ)し
惣(さう)じて人(ひと)を慈愛(じあい)する事(こと)。蓋(けだし)神仏(しんぶつ)の悲願(ひぐはん)にも劣(をとる)まじ。さればとて親(した)しく共(とも)
悲(ひ)を覆(おほ)はず。仮(かり)にも依怙(えこ)の沙太(さた)なく。私(わたくし)を捨(すて)て正直(せうぢき)を本(もと)とす。故(かるがゆゑ)に密(ひそか)
に私欲(しよく)奸曲(かんきよく)を工(たく)む輩(ともがら)は。自(おのづ)から我(われ)と恥(はぢ)恐(おれ)れて。篤実(とくじつ)に帰(き)して志(こゝろざし)を
改(あらた)む。かゝる賢人(けんじん)を一言(いちげん)の下(した)に察知(さつししり)て。後(のち)天下(てんか)の奉行(ぶきやう)に挙庸(あげ)られたる。
時頼(ときより)の明察(めいさつ)。所謂(いはゆる)周文王(しうのふんわう)は謂濱(いひん)に呂望(りよぼう)を得(え)。漢高祖(かんのかうそ)は圯橋(いきやう)
に張良(てうれう)を師(し)とせられたるに等(ひと)しと。時(とき)の人(ひと)驚嘆(けうたん)なしにける
    時頼(ときより)与(と)_二藤綱(ふぢつな)_一閑談政道話(せいたうをかんだんのこと)
最明寺(さいめうじ)時頼入道(ときよりにうだう)道/崇(さう)は。天下(てんか)の政理(せいり)正(たゞ)しからん事(こと)。倉爾顛沛(さうじてんはい)【造次顛沛ヵ】も
心(こゝろ)に怠(おこた)り給はず。仁慈(じんじ)を専(もつぱ)らとし。徳行(とくこう)を治(おさ)め給ふといへども。時已(ときすで)に

澆落(きやうらく)に降(くだ)り。人(ひと)また奸智(かんち)の盛(さかん)なる故(ゆゑ)にや。正道(せうだう)日々(ひゞ)に廃(すた)れ。非法(ひはふ)
月々(つき〳〵)に行(おこな)はれけん。自(をのづ)から互(たがひ)に恨(うらみ)をいだき。愁訴(しゆそ)歎願(たんぐはん)次第(しだい)に多(おほ)く。故(かるがゆゑ)に
罪(つみ)を請(う)け。罰(はつ)を蒙(かうふ)るもの又/少(すくな)からず。重職(じうしよく)頭人(とうにん)私欲(しよく)にからまれ。廉直(れんちよく)
実義(しつぎ)を失(うしな)ひ。露顕(ろけん)なしては。職(しよく)を免(めん)ぜられ所領(しよれう)に放(はな)るゝ輩(ともがら)。交々(こも〴〵)
絶(たゆ)ることなし。時頼入道(ときよりにうたう)これを深(ふか)く歎(なげ)き。青砥藤綱(あをとふぢつな)を召(めし)て閑室(かんしつ)に招(まね)
き。其許(おんみ)聖賢(せいけん)の道(みち)を尊(たふと)び。廉直(れんちよく)正義(せいき)を原(もと)として。是非邪正(ぜひじやせう)を分(わか)つ事
頗(すこぶ)る法度(はふと)に合(かな)ふ。故(かるがゆゑ)に今(いま)密(ひそか)に私意(しい)を告(つ)ぐ。抑(そも〳〵)時頼(ときより)。苟(いやし)くも天下(てんか)の
執権(しつけん)として。撫民(ぶみん)の政理(せいり)を重(おも)くし。賞罰(しやうばつ)を明(あき)らかにし。無欲(むよく)を専(もつは)ら
とすといへども。無是(むし)の訴論(そろん)公聴(こうてう)に絶(たえ)す。非理(ひり)の歎願(たんぐはん)権門(けんもん)に競(きそ)ひて。
四民(じみん)人欲(じんよく)の盛(さかん)なる事/防(ふせ)ぎ難(がた)し。これ我(わが)行跡(ぎやうせき)に非(ひ)ある故(ゆゑ)か。自(みつか)ら省(かへりみ)
るといへども。其(その)是非(ぜひ)を知(わかち)がたし。汝(なんぢ)兼(かね)て見聞(けんもん)する処(ところ)明白(あからさま)に聞(きか)せよ。必(かならす)
其許(おんみ)の異見(いけん)とは思(おも)はず。天(てん)藤綱(ふぢつな)をして告(つげ)給ふと。謹(つゝしん)で承(うけたまは)るべし。少(すこ)しも

覆蔵(ふくざう)すべからずと宣(のたま)へば。藤綱(ふぢつな)低頭(ていとう)して答(こたへ)けるは。愚蒙(ぐまう)短才(たんさい)の某(それがし)。君(きみ)が
慈恵(じけい)によりて。権門(けんもん)に列立(れつりう)すれども。我身(わがみ)をだに未(いま)だ修(をさ)めがたく。いはんや
名君(めいくん)の是非(ぜひ)を争(いかで)か見咎(みとが)め奉(たてまつ)るべき。然(しか)れども御鬱懐(ごうつくはい)を述(のべ)給ふを
無下(むげ)に黙止(もだし)奉(たてまつ)らんも恐縮(おそれいり)候えは。愚意(ぐい)の奔(わし)る処(ところ)言上(ごんぜう)仕るべし。抑(そも〳〵)
近来(きんらい)天下(てんか)の人民(じんみん)。重(おもん)じ慎(つゝしむ)べき政法(せいはふ)を軽(かろん)じ。犯(おか)し誡(いましむ)へく畏(おそる)べき非義(ひぎ)
を恣(ほしいまゝ)にし募(つの)ることは。全(まつた)く君(きみ)の御行跡(ごぎやうせき)の非(ひ)なるにはあらず。又(また)政道(せいたう)を誤(あやま)り
給ふにも候はず。只(たゞ)是(これ)。上(かみ)は下(しも)に遠(とを)く。下(しも)は上(かみ)に遥(はるか)にして。上下(しやうか)懸隔(けんかく)のその
中央(あいだ)に。猶(なほ)不祥(ふしやう)の雲霧(くもきり)たち覆(おほふ)が故(ゆゑ)。上(かみ)は人民(じんみん)の困苦(くるしみ)を臨(のぞ)みたまふ
事かたく。下(しも)は上(かみ)の仁慈(いつくしみ)を仰(あふ)ぐに便(たより)なく。是(これ)よりして私欲(しよく)無道(ぶたう)の争論(そうろん)
発生(おこり)て。互(たがひ)に己(おのれ)を是(よし)とし。人(ひと)を非(あた)として。争論(あらそひ)止(やみ)がたく。仍(よつ)て。明裁(めいさい)を蒙(かうふり)て
邪正(じやせう)を分(わか)たんと。公聴(こうてう)に訴(うつた)ふ。しかるに頭人(とうにん)評定等(へうでうら)。あるひは内縁(ないゑん)の依怙(えこ)。
又(また)は賄賂(わいろ)の贔屓(ひいき)によつて。彼(かの)不祥(ふしやう)の雲隔(くもへだゝ)りて。上(かみ)に訴(うつたへ)を通(つう)せず

剰(あまつ)さへ其非(そのひ)も黄金(こがね)の光輝(ひかり)にまぎれて理(り)となり。邪(じや)も綾羅(あやにしき)に裏蔵(つゝみかく)
されて正(しやう)と変(へん)ず。故(かるがゆへ)に愚者(ぐしや)はこれを国政(こくせい)なりと歎(なげ)き。智者(ちしや)は上(かみ)
を恨(うら)みて憤(いきどふ)り。自(をのづか)ら遺恨(いこん)を含(ふく)めり。是(こゝ)を以(もつ)て遠境(とふきくに)の守護(しゆご)目代(もくだい)
も。頭人(ぢうしよく)評定衆(へうでうしゆ)に内縁(ないへん)あらん事(こと)を欲(ほつ)し。珍器(ちんき)重宝(てうはう)をもつて親睦(したしみ)を
結(むす)ふ。左(さ)有(ある)則(とき)は。たとへ百/姓(せう)を虐(しいた)げ。他領(たれう)を押領(わうれう)すといへども。其罪(そのつみ)を問(と)ふ
事(こと)なく。適(たま〳〵)評定所(ひやうでうしよ)に愁訴(しうそ)すといへども前件(ぜんけん)のごとし。故(かるがゆへ)に天下/自(おのづか)ら
穏(おたやか)ならず喧(かまびす)しといへども。中間(ちうけん)に蔽隔(へたて)あるが故(ゆへ)。君(きみ)さらに知(しろ)し召(め)されず。
これ上下(せうか)遠(とふ)く在(ある)が故(ゆへ)なり。凡(およそ)人の歩(かち)を行(ゆく)もの。一日に十里を分限(ぶんげん)と
す。君(きみ)堂上(とうしやう)に。在(あり)し事(こと)を。十日にして聞(きこ)し召(め)るゝは。百里の情(しやう)に遠ざか
り。堂下(たうか)に事(こと)あつて三ヶ月(けつ)に及(およ)びて聞(きこ)し召(め)さるゝは。千里に遠(とふ)ざかり。
門庭(もんてい)に事あれども一年までも聞(きこ)え上(あげ)ざるは。万里に遠(とふ)ざかるにて。重職(じうしよく)
頭人(とうにん)評定人(へうでうにん)君(きみ)の耳目(じもく)を蔽(おほ)ひ塞(ふさ)ぎ。下(しも)の情(じやう)上(かみ)に達(たつ)せざれば。君/居(ゐ)な

がらにして。百千万/里(り)を遠(とを)ざかり給ふなり。事々(じゝ)斯(かく)のごとくならんには。国民(こくみん)
互(たがひ)に怨(うら)みを含(ふく)み。遺恨(いこん)を挟(さしはさ)みて。終(つひ)には天下の乱(みたれ)ともなるべき歟(か)。将又(はたまた)
当時(とうじ)。在鎌倉(ざいかまくら)の儒学(じゆかく)を業(ぎやう)とする者(もの)。聖賢(せいけん)の経伝(けいでん)を句授(くじゆ)し。
講席(かうせき)を啓(ひら)くこと。軒(のき)を並(なら)ぶといへども。学者(がくしや)の行状(ぎやうでう)さらに聖(ひじり)の掟(おきて)を守(まも)
らず。佞奸(ねいかん)多欲(たよく)なること。却(かへつ)て常人(じやうじん)にまされり。次(つぎ)に仏法(ぶつはふ)はこれ王法(わうはふ)
の外護(ぐはいご)。国家(こくか)平治(へいち)の資(たすけ)とし。大徳(たいとく)殊勝(しゆしやう)の上人あつて。四海安穏(しかいあんおん)の
祈(いの)りをいたし。生死(しやうじ)出離(しゆつり)の教(をしえ)を弘(ひろ)め。凡俗(ぼんぞく)男女(なんによ)を善道(せんだう)に導(みちび)くこそ。仏(ふつ)
法(はふ)の正理(せいり)なり。しかるを今(いま)鎌倉諸寺(かまくらしよじ)の法師等(はふしら)。多く仏祖(ぶつそ)の教(をしへ)に
戻(もと)り。無智無学(むちむがく)の輩(ともがら)も。国宝(こくはう)をもつて住持職(ぢうぢしよく)となり。剰(あまつさ)へ僧綱(くはん)
高(たか)く進(すゝ)み。身(み)には綾羅(れうら)を餝(かざ)り。食(しよく)には美味(ひみ)に飽(あ)き甚(はなはだ)しきに至(いた)り
ては。五戒(ごかい)を破(やぶ)り。貪欲(とんよく)を逞(たくましう)し。檀越(だんおつ)を虐(しいた)ぐ。しかれども十(とを)に八九は。皆
重職(ぢうしよく)評定衆(へうでうしゆ)の類族(るいぞく)。又は内縁(ないゑん)を曳(ひく)が故(ゆへ)に。口を閉(とぢ)を?其不/法(はふ)を

咎(とがめ)ず適(たま〳〵)。学智(かくち)碩徳(せきとく)の高僧(かうそう)あれども。徳(とく)を識(し)る人(ひと)稀(まれ)なる故(ゆへ)自(おのづ)から貧(ひん)
窮(きう)にして世(よ)に蔵(かく)る。次(つぎ)に神職(しんしよく)祝部(はふり)の輩(ともがら)も。その道(みち)の深理(しんり)を取(とり)うしなひ。
祈祷(きとう)に事(こと)よせて初穂料(はつほれう)を貪(むさぼ)り。託宣(たくせん)の詞(ことば)をかりて寄進(きしん)を募(つのり)。
利欲(りよく)を専(もつは)らとす。其(その)余(よの)芸術(げいじゆつ)を教諭(きやうゆ)する者(もの)枚挙(まいきよ)するに遑(いとま)なし。斯(かく)
上(か)み重職(ちうしよく)の族(ともがら)より。下(しも)百姓(ひやくせう)にいたるまで。皆(みな)邪欲(じやよく)に迷(まよ)ひて。迭(かたみ)に怨(うら)み
交(こも〳〵)も怒(いか)り。表(おもて)には無事(ふじ)安穏(あんおん)の容(さま)を見するといへども。天下(てんか)久(ひさ)しくは平(へい)
治(ち)しがたしと。憚(はゞか)る処(ところ)なく演(のべ)しかば。時頼入道(ときよりにうたう)全身(ぜんしん)に汗(あせ)を流(なが)し。頭(かしら)を低(たれ)
て聞居(きゝゐ)給ひしが。此(この)とき大息(おほいき)をつき。暫時(しばし)詞(ことは)も得出(えいだ)し給はざりしが。良(やゝ)あ
つて宣(のたま)ふは。今(いま)国政(こくぜい)既(すで)に乱(みだ)れて。天下(てんか)殆(ほと)んど危(あや)ふき条々(てう〳〵)。一点(いつてん)の覆蔵(ふくさう)
もなく。朕(われ)に明(あか)ら容(さま)に告(つく)るこそ。皇天(くはうてん)の冥助(めうじよ)。且(かつ)は故泰時君(こやすとききみ)の。其許(おんみ)
に託宣(たくせん)し給ふと。難有(ありかたく)こそ覚(おほ)えけれ。重職(ぢうしよく)評定等(へうでうら)の。朕(わか)耳目(じほく)を
掠(かす)むるを覚知(さとりえ)ざるは朕(わが)過(あやまち)なり。又(また)上下(せうか)懸隔(けんかく)に。聞(きく)に遅(おそ)きは兼(かね)て計(はか)

らざるには非(あらざる)なり。猶この事(こと)に於(おゐ)ては重(かさ)ねて談(だん)すべしと。引物(ひきもの)多(おほ)く今日(けふ)
の賞(しやう)と給はり。其日(そのひ)は軈(やが)て退出(たいしゆつ)せり。かくて時頼(ときより)は二階堂(にかいだう)信濃入道(しなのゝにうたう)
を招(まね)き。藤綱(ふちつな)が忠言(ちうげん)一什一伍(いちぶしじう)を告(つげ)給ひて。密話(みつは)数刻(すこく)にし。則(すなはち)昵近(ちつきん)の内(うち)
廉直(れんちよく)の者(もの)十弐人を選出(えらみいたし)。密(ひそか)に鎌倉中(かまくらぢう)に散在(さんざい)せしめ。重職(ぢうしよく)老臣等(らうしんら)の
是非(よしあし)を探聞(さぐら)しめ。又三十人をすぐり五畿七道(ごきひちどう)に密行(しのば)させ。諸国(しよこく)の探題(たんだい)
目代(もくだい)の正邪(せいじや)をかんがへさせ給ふに。藤綱(ふぢつな)が申/如(ごと)く。重職(ぢうしよく)其外(そのほか)評定衆(へうでうしゆ)を始(はしめ)。
其(その)職分(しよくぶん)に依怙(えこ)の沙汰(さた)。又は賄賂(わいろ)によつて理非(りひ)を転(てん)じ。無道(ぶたう)非法(ひはふ)の
輩(ともがら)三百/余人(よにん)を記(しる)し出(いだ)す。又(また)諸国(しよこく)へ遣(つか)はせし者(もの)とも。又弐百/余人(よにん)を
聞出(きゝいだ)す。時頼(ときより)信濃入道(しなのゝにうたう)および藤綱等(ふぢつなら)。夫々(それ〳〵)商議(せうき)決断(けつだん)して。一々(いち〳〵)に召(めし)
出(いだ)し。新古(しんこ)の罪(つみ)の理非(りひ)を正(たゞ)し。科(とが)の軽重(けいぢう)深浅(せんしん)にしたがひ。或(あるひ)は死(し)を賜(たま)ひ
遠島追放蟄居(ゑんたうつひはうちつきよ)等に処(しよ)し給ひしかば。諸士(しよし)を始(はし)め宿老(しゆくらう)の面々(めん〳〵)までも。
各(おの〳〵)恐怖(きやうふ)の色(いろ)見えて其(その)職々(しよく〳〵)を相守(あひまもり)けり

    青砥藤綱(あをとふぢつな)於(に)_二滑川(なめりかは)_一探(さぐる)_二 十文銭(じうもんせんを)_一話(こと)
最明寺(さいめうじ)時頼入道(ときよりにうだう)は。青砥藤綱(あをとふぢつな)の忠言(ちうげん)によつて。鎌倉(かまくら)及(およ)び諸国(しよこく)
の探題(たんだい)目代等(もくだいとう)にいたるまで。其(その)行跡(ぎやうせき)且(かつ)は黎民(たみ)の撫育(ぶいく)の是非(ぜひ)を糺(たゞ)し
給ふにより。各(おの〳〵)恐怖(けうふ)驚嘆(きやうたん)して。身(み)を慎(つゝし)み行(おこなひ)を正(たゞし)ふせしかば。自(をのづか)ら人気(じんき)も
和睦(くはぼく)し。上下(せうか)交(こも〴〵)穏(おだやか)にして。歎願(たんぐはん)愁訴(しうそ)も止(とゞま)りしに。時頼/心中(しんちう)些少(いさゝか)は易(やす)
しといへども。猶(なほ)も国家(こくか)静謐(せいひつ)のため。鶴(つる)ヶ(が)岡八幡宮(おかはちまんぐう)に参詣(さんけい)まし〳〵て。
神明(しんめい)の応護(わうご)を祈(いの)り。奉幣(はうべい)をなし給ひ。此夜(このよ)は神前(しんぜん)に通夜(つや)あり
けるが。暁方(あかつき)におよんで。新(あら)たなる霊夢(れいむ)を蒙(かうふ)り給ひ。扨(さて)は神明(じんめい)朕(わが)微(び)
忠(ちう)を憐愍(れんみん)なし給ふ処(ところ)にやと。厚(あつ)く報謝(はふしや)の賽(かへりまふで)し給ひ。夙(つと)に帰館(きくはん)を促(うながし)給ふ。
于爰(こゝに)此夜(このよ)。青砥藤綱(あをとふぢつな)。所用(しよよう)あつて他行(たぎやう)し。戌刻(いぬのとき)に立帰(たちかへ)り。滑川(なめりかは)の橋(はし)を
わたる折(をり)から。燧袋(ひうちぶくろ)に入(いれ)たりし鳥目(ぜに)十文(じうもん)。いかゝなしけん此袋(このふくろ)の口(くち)緩(ゆる)みて。鳥目(てうもく)
破落々々(ばら〴〵)と員(かず)を尽(つく)して川中(かはなか)ひ落(おち)たり。藤綱(ふぢつな)大に驚(おどろ)きたる容(てい)にて

【挿絵】
藤綱(ふぢつな)
滑川(なめりかは)に
拾文(じうもん)の
 銭(ぜに)を
探(さぐら)しむ

従者(じうしや)を川向(かはむかふ)の民家(みんか)に走(はし)らせ。五七/人(にん)の人歩(にんぶ)を雇(やと)はせ。又/数十把(すじつぱ)の松明(たいまつ)
を求(もと)めさせ。灯燈(てうちん)の燈(ひ)を移(うつ)させ。人歩(にんぶ)の手(て)に〴〵にもたせ。水中(すいちう)に落(おと)し
たる銭(ぜに)を。索探(さぐりもとめん)ことを下知(げぢ)せらる。従者(じうしや)人歩(にんぶ)の輩(ともがら)は。小事(せうじ)に大層(たいそう)なる
此(この)挙動(ふるまひ)を。心中(しんちう)に忙(あき)【「忙」は「惘」ヵ】るゝいへども。命(めい)に任(まか)せて橋下(はしじた)の左右(さゆう)を求(もとむ)るに。土泥(どてい)自(をのづか)
ら濁(にご)り。殊(こと)に暗夜(あんや)といひ。容易(ようい)にこれを取揃(とりそろ)へがたく。漸(やう〳〵)暁(あかつき)にいたりて
十文(じうもん)の員数(かづ)揃(そろ)ひければ。藤綱(ふぢつな)大に雀躍(よろこび)。十文銭(じうもんせん)を押(おし)いたゞき。元(もと)の
如(ごと)く燧帒(ひうちぶくろ)に納(をさ)め。先(さき)に従者(じうしや)をして。鳥目(てうもく)五貫文(ごくはんもん)取寄(とりよせ)たるを。松明(まつ)の
価(あたひ)と人歩(にんふ)の賃銭(ちんせん)とに与(あた)へ。懇(ねもごろ)に会釈(ゑしやく)し従者(じうしや)を率(ひい)て帰(かへ)りける。
人歩共(にんぶとも)は思(おも)はざる利徳(りとく)を得(え)て。焚(たき)さしたる松明(まつ)を一(ひと)ツ(つ)に燃(もや)し。川岸(かはぎし)
に腰(こし)打(うち)かけ。莨(たばこ)を飲(のみ)て休息(いこひ)つゝ。藤綱(ふぢつな)どのは智仁勇(ちじんゆう)とやらんを兼(かね)
たる良臣(ひと)なりと。北条殿(ほうでうどの)の眼(め)がねをもつて。日夜(にちや)に出身(しゆつしん)し給ひて。左衛門督(さゑもんのぜう)
と昇進(しやうじん)し。今(いま)天下(てんか)の評定衆(へうでうしゆ)と仰(あふが)れ給ふ人の。わづか十文の銭(ぜに)を失(うしなは)じと

五貫文(ごくはんもん)の銭(ぜに)を出(いだ)して探求(さぐりもとめ)させしは。所謂(いはゆる)小利(せうり)大損(たいそん)かな。流石(さすか)は大(だい)
名(めう)の腹(はら)より出(いで)て。大名(たいめう)と成(なり)給ふ故(ゆへ)。算勘(さんかん)には疎(うと)かりけりと打笑(うちわら)へば。魁(かしらとり)たる
者(もの)頭(かしら)を左右(さゆう)に振(ふ)り。否々(いな〳〵)其許(おんみ)の見(けん)誤(あやま)れり。我(われ)も不測(ふしぎ)に思(おも)ひしゆゑ。
恐(おそ)る〳〵其始末(そのわけ)を伺(と)ひたりしに。殿(との)莞爾(くはんじ)として宣(のたま)ふは。汝(なんぢ)か不審(ふしん)尤(もつとも)
なり。落(おと)す処(ところ)の銭(ぜに)は纔(わつか)なりといへども。天下(てんか)の国宝(こくはう)。今(いま)索(もと)め探(さくら)ずんば。忽(たちまち)
泥底(どろのうち)に沈没(しづみすた)れて。終(つひ)に国宝(たから)を永(なが)く失(うしな)ふべし。又(また)松明(たいまつ)の価(あたひ)。および。汝(なんぢ)
等(ら)に遣(つかは)す許多(そこばく)の銭(ぜに)は。其許等(なんぢら)の家(いゑ)にとゞまりて。徒(いたづら)に失(うしな)ふ事(こと)なし。
さらば我(わ)が損(そん)は汝等(なんぢら)が徳(どく)なり汝等(なんぢら)が得分(とくふん)は則(すなはち)我(わが)過(あやま)ちならずや
これ小事(せうじ)といへども。天下(てんか)の大理(たいり)なり。豈(あに)珍(めづ)らしき事(こと)かはと。御館(みだち)に人(ひと)
を走(はし)らせて。許多(あまた)の鳥目(てうもく)を取(とり)よせ。翌日(あす)ともいはで直(すみやか)に。賃銭(ほねをるしろ)をた
まふ仁慈(じんじ)明徳(めいとく)。中々(なか〳〵)われら如(ごと)きの心(こゝろ)を以(も)て。仮(かり)にも誹謗(ひはう)すべきに
はあらざりけりと煙管(きせるを)膝(ひざ)に突立(つきたて)て語(かたる)に。余(ほか)の人歩等(にんぶら)は始(はじめ)て会得(こゝろづき)

けん。更(さら)に賃銭(ちんせん)をあまたゝび押/戴(いたゞき)て。その仁恵(じんけい)を感(かん)じける。折柄(をりから)
時頼入道(ときよりにうどう)。鶴(つる)ヶ(が)岡(おか)より帰館(きくはん)あり。此処(このところ)を過(すぎ)させ給ふに。人歩等(にんぶら)は驚(おどろ)き
騒(さわ)ぎ。松明(たいまつ)踏消(ふみけ)し擲消(たゝきけ)し。大道(だいだう)に平伏(へいふく)す。時頼(ときより)其(その)さま尋常(よのつね)ならぬ
を。不審(ふしん)に覚(おほ)し近士(きんし)に命(めい)じ。何(なに)が故(ゆゑ)に朝(あさ)まて。松明(まつ)さへ焚(たき)て。群(むらが)る
やと。馬(うま)をとゞめて問(とは)せ給へば。人歩等(にんぶら)は恐(おそ)れ入(いり)。藤綱(ふぢつな)の頼(たの)みによりて云々(しか〳〵)
の事(こと)に候と。賃銭(ちんせん)を得(え)たるまで申上れは。時頼(ときより)聞(きゝ)て思(おも)はずも。嗟呼(あゝ)
賢(けんなる)哉(かな)藤綱(ふぢつな)と。良(やゝ)感嘆(かんたん)して帰館(きくはん)なし。直(たゞち)に藤綱(ふぢつな)を召(めさ)れける。藤(ふぢ)
綱(つな)は終夜(よもすがら)。川辺(かはべ)にたちて銭(せに)を索(さぐ)らせ。暁(あかつき)に帰(かへ)りて息(いこひ)もせず。出仕(しゆつし)の
支度(したく)なす処(ところ)へ。早(はや)召使(めしつかひ)をたまはれば。何事(なきこと)にやと心(こゝろ)いそぎ。北条(ほうでう)が館(たち)に
参出(さんしゆつ)し。時頼入道(ときよりにうたう)に謁(ゑつ)すれば。入道(にうたう)常(つね)よりも顔色(がんしよく)麗(うるは)しく藤綱(ふぢつな)に向(むか)ひ。
其許事(そのはうこと)未(いまだ)新参(しんざん)なりといへども。抜群(ばつくん)の忠勤(ちうきん)称(しやう)するに絶(たえ)たり。仍(よつ)て将軍(しやうぐん)
思召(おほしめす)事あるにより。某(それがし)が奉(うけ給は)つて。自筆(じひつ)の加恩状(かおんじやう)を給ふとて。券紙(すみつき)を取(とり)

出(で)て下(くだ)し給へば。藤綱(ふぢつな)謹(つゝしん)で頂戴(てうだい)し。押披(おしひら)きてこれを見るに大庄(たいせう)八(はつ)ヶ(か)所(しよ)。
三万貫(さんまんぐはん)を宛行(あておこな)ふ自筆状(じひつじやう)なりければ。藤綱(ふぢつな)驚(おどろ)き巻収(まきをさ)め。有難(ありがた)き御(こ)
加恩(かおん)。心魂(しんこん)に徹(てつ)して忘却(ばうきやう?)しがたし。しかれども今(いま)何事(なにごと)かありて斯(かく)過分(くはぶん)の庄園(せうゑん)
を給(たま)はり候やらん。時頼入道(ときよりにうだう)うち笑(ゑみ)て。兼(かね)て汝(おんみ)が忠誠(ちうせい)感(かん)するの所。殊(こと)さら
過日(くはじつ)忠言(ちうげん)によつて。天下(てんか)穏(おたやか)に上下(しやうか)親睦(しんぼく)。四民(しみん)安堵(あんど)の思(おも)ひを為(なす)こと。全(まつた)く
其許(おんみ)の忠勤(ちうきん)なり。加之(しかのみならず)。国家鎮護(こくかちんご)祈願(きぐはん)のため。朕(われ)鶴(つる)が岡(おか)に参籠(さんろう)せし
に。既(すで)に今暁(こんきやう)衣冠(いくはん)正(たゞ)しき老翁(らうじん)の来(きた)りて。汝(なんぢ)正道(せうだう)を守(まも)りて天下(てんか)を平治(へいち)し。
慈悲(じひ)をもつて民(たみ)を養(やしな)ひ。仁義(じんき)廉直(れんちよく)惻隠(そくいん)辞譲(じじやう)の志(こゝろざし)。天地神明(てんちしんめい)に通(つう)じ
観応(かんわう)まします処(ところ)。猶(なほ)政道(せいたう)を直(なほ)くし永(なか)く安全(あんせん)の世(よ)を保(たもた)んと欲(ほつ)せば。聊(いさゝか)も
私(わたくし)を存(ぞん)せず。よく物理(もつり)に通(つう)じたる。青砥藤綱(あをとふぢつな)と。国政(こくせい)を談(だん)すべしと。灼然(あり〳〵)
と示(しめ)し給ふと覚(おほ)えしは是(これ)暁(あかつき)の霊夢(れむ)なり。仍(よつ)て将軍(しやうぐん)より賜(たま)ふ処(ところ)なれと。
全(まつた)く八幡宮(はちまんぐう)の神勅(しんちよく)なれば。必(かならず)謙退(けんたい)あるべからず。又(また)朕(われ)帰路(きろ)にて。滑(なめり)

川(かは)に十文銭(じうもんせん)を索(もと)めんとて。数貫文(すくはんもん)の費(ついえ)せし事(こと)を聞(き)く。これ所謂(いはゆる)程(てい)
子(し)が雍花(ようくは)に遊ぶのとき。従(したが)ふ処(ところ)の弟子(でいし)。壱貫文(いつくはんもん)の銭(ぜに)を湖水(こすい)に落(おと)せし
に。十倍(しうばい)銭(せん)を出(いだ)して。程子(ていし)これを拾(ひろ)ひ上(あげ)たるに等(ひと)しく。賢人(けんしん)の道(みち)に合(かな)
ふ処(ところ)なり。夫(それ)国(くに)に老子(ろうし)あれば。褒(はうび)を給(たま)ふ。况(いは)んや忠臣(ちうしん)賢者(けんしや)に於(おいて)をや。
君(きみ)いかでか賞(せうし)給はずんばあるべからずと宣(のたま)へば。藤綱/謹(つゝしん)でこれを承(うけたま)はり。
補任状(ふにんでう)を入道(にうどう)の膝下(まへ)に置(お)き。重々(かさね〴〵)感佩(ありがたき)尊命(そんめい)。謝(しや)し奉(たてまつ)るに物(もの)なし。併(しかし)
ながら。八幡宮(はちまんぐう)の神託(しんたく)ならんには。猶更(なほさら)拝領(はいれう)仕がたく。且(かつ)君命(くんめい)の程(ほど)さへ
却(かへつ)て歎(なけかはし)く候。其(その)所以(ゆゑ)は既(すで)に金剛経(こんがうきやう)に如夢幻泡影(によむけんばうゑい)。如露亦如電(によろやくによでん)と
説(とか)れて候。君(きみ)専(もつぱ)ら国政(こくせい)に御心(みこゝろ)をいためしめ。数(かず)ならぬ短才(たんさい)の某(それがし)を。慈愛(じあひ)し
給ふ御心(みこゝろ)より。斯(かゝ)る夢(ゆめ)をも御覧有(ごらんあり)しもの乎(か)。若又(もしまた)藤綱(ふぢつな)大胆(だいたん)不忠(ふちう)のもの
なりと夢見(ゆめみ)給はゝ。聊(いさゝか)犯(おか)せる科(とが)あらずとも。夢想(むさう)示現(じけん)の旨(むね)にまかせ。死(し)
罪(ざい)にも処(しよせ)られんか。凡(およそ)君(きみ)に事(つかふきつる)もの。忠義(ちうぎ)を尽(つく)さゞる者(もの)なく。元来(もとより)報(はう)

国(こく)の忠(ちう)薄(うす)くして。超涯(てうがい)の賞(しやう)を蒙(かうむ)らん事は。所謂(いはゆる)国賊(こくぞく)とも禄盗人(ろくぬすびと)
とも申べき。臣藤綱(しんふぢつな)に於(おゐ)ては愧(はぢ)憚(はゞか)る処(ところ)なり。君恩(くんをん)を辞(じ)し奉(たてまつ)る其罪(そのつみ)
不軽(かろからず)といへども。希(こひねがはく)は公(かう)に預(あづ)け奉(たてまつ)り度(たく)。若亦(もしまた)君命(くんめい)辞(じゝ)がたく。拝領(はいりやう)なさで
叶(かなは)まじくは。即時(そくじ)に辞職(じしよく)致仕(ちし)つかまつり可申と。憚(はばか)りなく反命(もほしあけ)しかば時頼(ときより)
其/廉直(れんちよく)を感(かん)じ給ひ。左(さ)あらんには少頃(しばらく)朕(われ)これを預(あつか)るべしと。補任状(ふにんじよう)を
取納(とりをさめ)給ふ。此/理(ことはり)を見聞(けんもん)の族(ともから)。自(みづか)ら己々(おのれ〳〵)が身(み)を顧(かへりみ)て。理非(りひ)の所得(しよとく)。非義(ひぎ)
の所存(しよぞん)を深(ふか)く慎(つゝし)み守(まも)りける
    時頼詠歌鎮怪異話(ときよりゑいかけいをしづむること)
于爰(こゝに)奇怪(きくはい)の事こそあれ。時頼入道(ときよりにうどう)斯(か)ばかり政治(せじ)に心(こゝろ)を委(ゆた)ねた
まひて。寝食(しんしよく)をだに甘(あまん)じたまはずまし〳〵けるに。殊更(ことさら)今年六月/炎暑別(ゑんせうわけ)
て甚(はなはだ)しく。夜(よる)さへも昼(ひる)の余炎(よゑん)に涼気(れうき)を得(え)ざりしかば。人皆(ひとみな)端居(はしゐ)して更闌(かうたけ)
るをも知(し)らざりけるが。廿八日の夜半(よは)ばかりに。時頼(ときより)書院(しよゐん)の椽際(ゑんがは)に出て。書見(しよけん)

なし居(ゐ)給ひしに。原来(もとより)宏々(くわう〳〵)たる広(ひろ)き前栽(せんさい)。向(むか)ふ遥(はるか)に山(やま)を築(きづ)き。前(まへ)には清々(せい〳〵)
たる流水(りうすい)を引(ひい)て。花木(くわほく)緑樹(りうじゆ)梢(こすへ)を争(あらそ)ひ枝(ゑだ)を交(まじ)へ。奇石(きせき)珍岩(ちんがん)巧工(たくみ)を尽(つく)し
たるが。不図(ふと)築山(つきやま)のもとより。小(ちいさ)き陰火(ゐんくわ)現(あらは)れ出(いで)て。看々(みる〳〵)其/団火(だんくわ)分々(ぶん〳〵)として
三(み)つとなり五(いつ)つとなり。一瞬(またゝく)うちに数百(すひやく)となり。築山(つきやま)の上下(うへした)。樹間(じゆかん)の左右(さゆう)飄々(ひやう〳〵)
転々(てん〳〵)として漂(たゝよふ)がごとく歩(あゆむ)に似(に)たり。館内(くわんない)の仕女等(しぢよら)は。あつと喚(さけ)びて部屋々々(へや〳〵)に
逃入(にげい)り。壮士等(そうしら)は得物(えもの)を提(さけ)て立騒(たちさわ)ぐを。時頼(ときより)これを制(せい)しつゝ。枕箱(まくらばこ)より
燧帒(ひうちふくろ)を取出(とりいだ)し。石金(いしかね)を合(あは)して丁(てう)と打(うち)給へば。不測(ふしぎ)や彼方(かなた)に充々(みち〳〵)たる陰(ゐん)
火(くわ)。忽(たちまち)破多(ばた)〳〵と消(きへ)て。一箇(ひとつ)も残(のこ)るはあらざりけり。近士等(きんしら)は又(また)一驚(いつけう)し
其故(そのゆへ)を伺(うかゞ)ふに。時頼(ときより)莞爾(くわつし)として。この陰火(ゐんくわ)は狐(きつね)の仕業(しわさ)にして。俗(ぞく)に狐(きつね)の
千火(せんび)といへり。燧火(ひうち)を以(もつ)てこれを滅(めつ)せしむるは。彼(かれ)は陰火(ゐんくわ)これは陽火(ようくわ)。陰(ゐん)の
陽(よう)に敵(てき)する事(こと)を聞(きか)かず。故(かるかゆへ)に一打(ひとうち)にして消(け)せしむるは。更(さら)に怪(あやしむ)にたらずと
泰然(たいぜん)として答(こたへ)給ふに。近士等(きんしら)其(その)即智(そくち)を感嘆(かんたん)なしたりける。かくて良(やゝ)

夜(よ)も更(ふけ)ぬれば時頼(ときより)も寝処(しんぢよ)に入(いり)給ひ。近士等(きんしら)も斧己々(おのれ〳〵)が臥処(ふしど)に入(いれ)ど、何(なに)
となく曩時(さき)の狐火(きつねび)に心動(こゝろうご)き。甘寝(うまい)もなさて有(あり)けるに。遥(はるか)に吼々(こう〳〵)と狐(きつね)の
鳴声(なくこへ)聞(きこ)えしかば。須破(すは)また狐火(きつねび)ごさんなれと。面々(めん〳〵)燧(ひうち)を取出(とりだ)し。丁々丁(てう〳〵てう)と
と【「と」は衍字ヵ、「今」ヵ】館内(やかたのうち)。喧(かまひす)しきまで打立(うちたつ)れども。原来(もとより)狐火(きつねひ)にはあらで只(たゞ)。狐声(こせい)のみ追々(おい〳〵)
夥(おひたゞ)しく。数百(すひやく)の声々(こへ〴〵)四面(しめん)に聞(きこ)えしかば。侍女等(しぢよら)の狐火(きつねび)に恐怖(けうふ)せし。折(をり)からなれば。
身(み)を縮(ちゝ)め衣被(きぬかづ)き。仏号(ふつごう)を唱(とな)ふる外(ほか)なかりしが。漸(やう〳〵)其夜(そのよ)も八声(やこゑ)の鳥鳴(とりのなく)なへに。
狐声(こせい)は止(やみ)て音(おと)もなし。明仄(ほの〳〵)と明(あく)る翌朝(あした)より。男女(なんによ)互(かたみ)に打寄(うちより)々々(〳〵)宵(よひ)の狐(きつね)
火(び)後(のち)の狐声(こせい)の怪異(けい)。これ徒的(たゞこと)には非(あら)ず。凡(およそ)時(とき)ならず狐(きつね)の鳴(なけ)ば。其家(そのいへ)に必(かならす)
凶事(きようじ)災害(さいかい)ありと聞(きけ)り。是(こ)は水火(すいくは)剣戟(けんげき)の災(わざはひ)あるか。又(また)面々(めん〳〵)の身(み)に凶事(きよじ)
ある兆(しるし)なめりと。終日(ひめもす)恐怖(けうふ)の色(いろ)見(み)えけるに其日(そのひ)は何(なに)の怪異(かはり)もあらざりしが
此夜(そのよ)三更(さんかう)の頃(ころ)より。又/吼々(こう〳〵)々々(〳〵)と聞(きこ)ゆると等(ひと)しく。既(すで)に四面(しめん)に喧(かまびす)し。物(もの)に速(はや)る
壮士等(わかとのばら)は。己(おの)が得物(ゑもの)を引提(ひつさげ)々々(〳〵)。声(こへ)を目的(めあて)に打(うつ)といへども。其機(そのき)を察(さつ)して

【挿絵】
時頼(ときより)
 倭歌(わか)を
  詠(えい)して
怪奇(けい)
  を
 鎮(しづ)む

今(いま)爰(こゝ)に鳴(な)くかとすれば彼方(かなた)に啼(な)き。東西(こゝ)と聞(きけ)ば南北(かしこ)に聞(き)ゝ。前(まへ)に鳴(なく)かとすれば
後(うしろ)に聞(きこ)え。良(やゝ)もすれば心惑(こゝろまど)ひ。木根(きのね)に爪突(つまづき)。泉水(せんすい)に陥(はま)り。流石(さすが)の壮士等(さうしら)も
忙然(ぼうぜん)たり。時頼(ときより)此体(このてい)を見(み)て大(おほひ)に制(せい)し。少頃(すこし)沈吟(ちんきん)なし給ひ。一首(いつしゆ)の歌(うた)を詠(よみ)給ふ
  夏(なつ)もきつねになく蝉のから衣(ころも)おのれ〳〵が身(み)のうへにきよ
斯(かく)短冊(たんざく)に書(かき)たまひ。書斎(いま)の庭上(には)に投出(なけいだ)し給へば。暫時(しばし)ありて為撥(ばつたり)と声(こへ)
を止(とゞ)めたり。近士等(きんしら)又(また)其所以(そのゆゑ)を伺(うかゞ)へば。翌(あす)こそ知(しる)らめとて寝所(しんじよ)に入(いり)給ひしが。
翌朝(よくてう)下部等(しもべら)。是彼辺(こゝかしこ)に死(し)せる狐(きつね)を見付(みつけ)。追々(をい〳〵)拾(ひろ)ひ来(き)て庭上(ていせう)につみ
上(あげ)しが。三十七/疋(ひき)に及(および)たり。此旨(このむね)言上(ごんぜう)したりしかば。更(さら)に驚(おどろ)きたる気色(けしき)もなく。
左(さ)もあるべし去(さり)ながら。畜類(ちくるい)ながらも朕(わが)一言(いちごん)に。其義(そのぎ)をしつて命(めい)を絶(たち)しは。最(いと)
不便(ふびん)の事(こと)なれば麁略(そりやく)なすべからずと。地獄(ちごく)ヶ谷(や)の郊外(こうぐわい)に。大(おほひ)なる穴(あな)を堀(ほら)しめ。
これに委(こと〴〵)く埋(うづ)めさせ。一塚(いつたい)の塚(つか)を造(つく)り。狐塚(きつねづか)と号(がう)し。厚(あつ)く供養(くやう)をなさしめ
給ひしが其後(そのゝち)は怪異(けい)もなかりけり。人々(ひと〳〵)時頼(ときより)が高徳(かうとく)をます〳〵感嘆(かんたん)して

これより人民(じんみん)己(おの)が家(いへ)に狐(きつね)啼(なく)ことあれば。此歌(このうた)を書て張(はる)に。忽(たちまち)其音(そのこへ)をとゞめ
災害(わざはひ)を免(まぬか)る。其不測(そのふしぎ)を語(かたり)つぎ言次(いゝつぎ)て。数百年(すひやくねん)の今の世(よ)まで。咒(まじなひ)となりしは時頼(ときより)の
績(いさほ)にして。最(もつとも)尊(たつと)むべきことにこぞ
    藤綱廉直論音物是非話(ふじつなれんちよくいんもつのせひをろんすること)
摂津国大江(せつのくにおほえ)の辺(ほとり)に小八郎といへる者(もの)あり。元来(ぐはんらい)富有(ふゆう)にして田圃(でんはた)多(おほ)く持ち
召遣(めしつかひ)数多(あまた)にして有徳(うとく)の者(もの)なるが。女児(むすめ)壱人もてり照子(てるこ)と名づけて。春秋(とし)
既(すでに)二八の春(はる)を迎(むかふ)るに。風姿(すがた)艶容(かたち)を譬(たと)ふるに。西施貴妃(せいしきひ)。衣通(そとをり)小町を以て
すとも。猶(なほ)事足(ことた)らずと思(おほ)ゆめれ。ことさら志(こゝろざ)し貞実(ていじつ)にして。而(しか)も怜悧(れいり)なれば読(とく)
書(しよ)紡績(はうせき)はもとより。糸竹(いとたけ)の業(わざ)までも。人/並々(なみ〳〵)に勝(まさ)れしかば。これを見聞(みき)く
遠近(へんきん)の壮夫等(わかうど)。貴(たかき)も賎(いやしき)も心を動(うごか)さゞるは無(なか)りしが。両親(りやうしん)寵愛(てうあい)誠(まこと)に掌(しや)
玉(きよく)のごとく。何卒(なにとぞ)花洛(みやこ)より。良縁(よきゑにし)を以て聟(むこ)を養(やしなは)めと専(もつは)ら索求(たづねもと)めける。
爰(こゝ)に当郷(たうこう)の領主(りうしゆ)有田治部(ありたちぶ)左衛門といへるは。北條氏族(ほうてうしそく)に聊(いさゝか)内縁(ないゑん)ありといへ

とも。些少(すこし)も其威(そのゐ)を示(しめ)さず。慈恵(じけい)老実(らうじつ)なりしかは。領民(れうみん)も帰降(きがう)して互(たかひ)に
争(あらそ)ひ募(つの)る事を■(はぢ)【愧ヵ恨ヵ】おもひ。郷村(かうそん)甚(はなは)だ親睦(しんほく)和合(わかう)して。殊(こと)に穏(おだやか)なりし程(ほと)に。
泰時(やすとき)及(およ)び時頼(ときより)よりも。度々(たび〳〵)褒美(ほうび)に預(あつか)りしが。一/朝風(てうかせ)の心地(こゝち)にて臥(ふし)たりしに
終(つい)に天寿(てんじゆ)の限(かぎり)にや。黄客(こうかく)の員(かず)に入しより。嫡男(ちやくなん)一藤太といへる三十/未満(みまん)
の壮士(そうし)。家督相続(かとくさうぞく)なすといへども。生質(せいしつ)父(ちゝ)に似気(にげ)なく。奸曲(かんきよく)邪智(じやち)深(ふか)ふして
仁慈(じんじ)をしらず。強欲(けうよく)逞(たくまし)ふして。剰(あまつ)さへ女色(ちよしよく)に耽(ふけ)り度々(たび〳〵)無懶(ぶらい)のこととも
多端(おほかりし)。なれども北條の支流(わかれ)なれば。自然(しぜん)恐(おそ)れて強訴(がうそ)する者(もの)なく。領民(れうみん)
これがため。他領(たれう)に移住(いぢう)する者(もの)もありとかや。一藤太(いつとうだ)はかの小八郎の富(ふく)
有(ゆう)なるが故。度々(たび〳〵)課役(くはやく)無心(むしん)を申(いひ)かけて。金銀(きん〴〵)を慾(むさぼる)といへども領主(れうしゆ)の事(こと)と
いひ。俗(ぞく)にいへる有袖(あるそで)は振易(ふりやす)しと。異議(いぎ)なく調達(てうたつ)なしたるが。いかなる折(をり)にか彼(かの)
照子(てるこ)を垣間看(かいまみ)。春情淫欲如奔馬(ほれ〳〵としたるこゝろとゝめがたく)。人をして己(おの)が妻(つま)たらん事を申納(いひいるゝ)と
いへども。小八郎は兼(かね)て一藤太が無懶(ふらい)を怨憎(うらみにくみ)。其(その)うへ一子なれば他(た)に嫁(か)せ

しむるの心(こゝろ)更(さら)にあらず。其(その)趣意(しゆい)を伸(のべ)て懇(ねんごろ)に断(ことわる)を。一藤太(いつとうだ)大(おほい)に怒(いか)り。我(われ)先祖(せんぞ)
より代々(たい〳〵)此地(このち)を領(りう)する事(こと)。鎌倉将軍(かまくらせうぐん)及(およ)び北條執権(ほうでうしつけん)の命令(めいれ?)なれば。我(わ)が
下知(げぢ)は台命(たいめい)に同(おな)じ。しかれば一人児(ひとりこ)にもあれ孖(ふたご)にもせよ。慎(つゝしん)で畏(かしこ)み奉(たてまつ)るべきに。
必究(ひつけう)郷民(がうみん)百姓(ひやくせう)の家名(かめい)。嗣子(つぐこ)なくして潰(つぶれ)たるとも何事(なにごと)かある。よし〳〵此上(このうへ)は腐女(くされをんな)
懇望(のぞみ)ならず。台命(たいめい)を違背(いはい)申/其(その)科(とが)軽(かろ)からざれば。召捕(めしとつ)て禁獄(きんごく)させん。若(もし)も夫(それ)
悲(かな)しくと思(おも)ふならば。償料(くわれう)として三千/貫文(ぐわんもん)を。明朝(めうてう)運送(うんさう)なすべし。猶又(なほまた)それ
も拒(こばみ)て倣(なさ)ずとならぱ。重々(じう〳〵)罪科(ざいくわ)助(たす)けがたく。永蟄(ゑいろう)させて家財(かざい)没収(もつしゆ)せん
と。無体(むたい)の条々(でう〳〵)厳重(げんぢう)に命(めい)ぜしかば。流石(さすが)温順(おんじゆん)老実(らうじつ)の小(こ)八郎も。此(この)とき怒(いかり)
心頭(しんとう)に発(おこ)り。従来(これまで)領主(れうしゆ)の命(めい)なりと。国宝(きん〴〵)を掠(かすめ)らるゝ事/屡(たび〳〵)なれども。膝(ひざ)を
屈(くつ)して聞(きく)に乗(でう)し。無体(むたい)の有丈(ありでう)。之(これ)をも忍(しの)ぶべくんば孰(いづれ)をか忍(しの)ぶべからず。不如(しかず)鎌(かま)
倉(くら)に訴(うつた)へ。裁判(さいばん)を請(うけむ)にはと。其夜(そのよ)密(ひそか)に支度(したく)なし。先(まづ)妻子(さいし)を近郷(きんがう)なる親(しん)
類(るい)に預(あづ)け。家財(かざい)は老菅家(いへのおとな)に守(まも)らしめ。今(いま)は心易(こゝろやす)しと。心利(こゝろきゝ)たる奴僕(ぬぼく)をつれ

駅馬宿駕(うまかご)にて道(みち)を急(いそ)がせ。五日(いつか)にして鎌倉(かまくら)に着(ちやく)し。従来(これまで)有田(ありた)が無体(むたい)を
承(うけたまは)り来(きた)りと雖(いへど)も。今度(このたび)爾々(しか〳〵)の命令(いひつけ)。承伏(せいふく)仕(つかまつ)りがたき趣(おもむき)を以(もつ)て。評定所(へうでうしよ)に
訴(うつたへ)れば。則(すなはち)領主(れうしゆ)一藤太(いつとうだ)を急(きう)に召(めし)て。双方(さうほう)対決(たいけつ)なさしむるに。小(こ)八郎か申/状(でう)
明白(めいはく)にして。一事(いちじ)も滞(とゞこふ)る事なし。却(かへつ)て有田(ありた)が返答(へんとう)甚(はなはだ)胡乱(うろん)にて。申訳(まをしわけ)取(しど)
次筋計(ろもとろ)成(なる)。其首尾(そのしゆび)貫(つらぬ)き難(がた)く。於茲(こゝをおゐて)理非(りひ)明白(めいはく)にして。小(こ)八郎が申/条?(でう)に
違(たが)はずといへども。其処(そのところ)の領主(れうしゆ)といひ。殊(こと)に北条氏族(ほうてうしぞく)に内縁(ないゑん)もあれば。旁(かた〳〵)以(もつ)て先(まづ)
其日(そのひ)の決断(けつだん)を延引(えんいん)し。重職(ぢうやく)評定衆(へうでうしゆ)さま〴〵内評(ないだん)して。流石(さすが)に領主(れうしゆ)を倒(たふ)
さんも。後日(ごにち)執権(しつけん)の聞(きこ)へも如何(いかゞ)なれと。領主(れうしゆ)にも非(ひ)を曲(まげ)て利(り)を付(つけ)。双方(さうほう)五部(こぶ)
五部(ごぶ)の判断(はんだん)をぞ付(つけ)たりける。青砥左衛門尉藤綱(あほとさへもんのでうふぢつな)。其頃(そのころ)既(すで)に評定衆(へうでうしゆ)に連(つら)な
りしが。始(はしめ)より一言(いちごん)をもいはで有(あり)しが。此期(このとき)辞(ことば)を発(いだ)し。有田一藤太(ありたいつとうだ)の一条(いちでう)弥以(いよ〳〵)
左(さ)の裁許(さいばん)あらんには。我(われ)只今(たゞいま)表(ひやう)を上(あげ)て。此職(このしよく)を辞(じ)し申さん。其後(そのご)決談(けつだん)致(いた)
さるべし。抑(そも〳〵)評定所(へうでうしよ)といへは理非(りひ)明白(めいはく)邪正(じやせう)決断(けんだん)【「けんだん」は「けつだん」ヵ】の場所(ばしよ)なるに。彼(かれ)を曲(まげ)

て是(これ)を利(り)とし給ふは何事(なにごと)ぞ。北條氏(ほうてううじ)に内縁(ないゑん)あらんには。猶更(なほさら)明白(めいはく)の判断(はんだん)
こそ有(あり)たけれ。一藤太(いつとうだ)先(まづ)第一(だいゝち)其身(そのみ)領主(れうしゆ)に有(あり)ながら。慈悲(じひ)愛憐(あいれん)の心(こゝろ)なく。領民(れうみん)
を虐(しへた)げ財宝(ざいほう)を掠(かすめ)む。これ罪(つみ)の一。凡(およそ)諸侯(しよこう)御家人(ごけにん)にいたる迄(まで)。妻室(さいしつ)を求(もとむ)るに。
先(まづ)公庁(こうてう)に達(たつ)し免許(めんきよ)を蒙(かうふ)つて。配偶(はいぐう)する事/大法(たいほう)なり。しかるを自侭(じまゝ)に妻縁(さいゑん)
を計(はか)る。其罪(そのつみ)二(ふたつ)。己(おのれ)が邪淫(じやいん)を逞(たくま)しうして。領民(れうみん)の家名(かめい)を失(うしな)ふ事(こと)を思(おも)はざる。
其罪(そのつみ)三(み)ツ。無体(むたい)の恋慕(れんぼ)を。君命(くんめい)に託(たく)せる其罪(そのつみ)大(おほひ)にして四(よ)ツ。公(こう)に訴(うつた)へ命令(めいれい)
なきに。私(わたくし)に償料(つくなひれう)三千/貫(ぐはん)を掠(かす)めんとす其罪(そのつみ)五(いつ)ツ。我意(がい)に募(つの)り家財(かざい)を
没収(もつしゆ)せんと計(はか)る其罪(そのつみ)六(む)ツ。かゝる大罪人(だいざいにん)を。いかでか五部(ごぶ)の理(り)あらんや。希(こひねがは)くは
賞罰(しようばつ)を正(たゞ)しうせん事(こと)をと。旧臣(きうしん)連席(れんせき)をも憚(はばか)らず演(のべ)ければ。評定人等(へうでうにんら)は
一/言(ごん)の返答(へんとう)もなく。終(つゐ)に藤綱(ふぢつな)が申/条(でう)。理非(りひ)を糺(たゝ)して一/藤太(とうだ)が罪(つみ)を問(と)ひて。
其償料(そのつくなひれう)として。従来(これまで)小(こ)八郎より掠(かす)め取(とり)たる金銭(きんぜに)を。小(こ)八郎に借(かへ)さん事(こと)を
命(めい)ぜしは。猶(なほ)藤綱(ふぢつな)が深(ふか)き憐愍(れんみん)としられたる。小(こ)八郎は愁訴(しうそ)半(なかば)は非(ひ)に

落(おち)ん容(やう)なるを。藤綱(ふぢつな)が廉直(れんちよく)にて。十二/分(ぶん)の勝利(せうり)を得(え)て。所帯(しよたい)安堵(あんど)し
たりければ。其(その)老実(ろうじつ)を感佩(かんはい)なし。何哉(なにかな)礼謝(れいしや)なさん事(こと)を欲(ほつ)すれども。
無欲(むよく)第一(だいゝち)にして聊(いさゝか)の贈進(おくりもの)といへども請(うけ)ざれば。猶(なほ)工夫(くふう)を凝(こら)し。銭(ぜに)三百/貫文(くはんもん)
を俵(たはら)に込(こめ)て。密(ひそか)に藤綱(ふぢつな)が第宅(やしき)の後(うしろ)の小高(こたか)き岡(おか)の上(うへ)より。夜(よ)のうちに
転(ころば)し入(いれ)て。暁天(あかつき)に鎌倉(かまくら)を出立(しゆつたつ)し帰国(きこく)せり。青砥(あほと)が奴僕(ぬぼく)。後園(こうゑん)にかの
銭(せに)を入(いれ)たる俵(へう)を見付(みつけ)。此旨(このむね)を藤綱(ふぢつな)に達(たつ)すれば。直(たゞち)に下知(げち)して評定所(へうでうしよ)に
運(はこ)び入(いれ)しめ。藤綱(ふぢつな)継(つゞい)て評定所(へうでうしよ)に出(いで)て。重職(ぢうやく)同僚(どうれう)に此銭俵(このぜにたはら)の。後園(こうゑん)
に有(あり)し次第(しだい)を語(かた)り。これ察(さつ)する処(ところ)。彼(かの)小(こ)八郎が所為(しはざ)ならん。直(たゞち)に津(つ)の国(くに)へ
送(おく)り帰(かへ)さんとするよしを相届(あひとゞ)くるに。同僚(どうれう)異口(くち〴〵)に。藤綱(ふぢつな)どのゝ廉直(れんちよく)さも有(あり)なん
去(さり)ながら。其姓名(そのせいめい)をも記(しる)さで後園(かうゑん)に捨(すて)たるは。所謂(いはゆる)天(てん)の賜(たまもの)ならん。不如(しかず)受(じゆ)
納(のう)なし給はんには。藤綱(ふぢつな)頭(かしら)を振(ふつ)て。否々(いや〳〵)抑(そも〳〵)此度(このたび)の訴訟(そせう)。衆人(しうじん)の志(こゝろざし)を破却(はきやく)
して理非(りひ)を分(わか)ちしは。これ小(こ)八郎が為(ため)にはあらずして。一(ひと)ツ(つ)には君(きみ)への微忠(びちう)。

二ツには。領土有田(れうしゆありた)へ依怙(えこ)なり。其(その)ゆゑは今(いま)先評(せんへう)の如(ごと)く。半(なかば)たりとも領主(れうしゆ)へ
理(り)を付(つく)るとき。之(これ)を能(よし)として愈(いよ〳〵)無懶(ぶらい)増長(ぞうてう)し。終(つひ)に領民(れうみん)の怨(うらみ)を請(うけ)て。甚(はなはだ)し
きに至(いた)りては。領民等(れうみんら)か【「か」の右横に◦】為(ため)に。身(み)を害(がい)せらるゝ事(こと)もあらん。左(さ)なくとも天(てん)の責(せめ)を
請(うけ)て。終身(しうしん)全(まつた)かるまじ。今般(こたび)幸(さいわひ)に。領主(れうしゆ)の非(ひ)を挙(あげ)たるが故(ゆへ)。重(かさ)ねて無(ぶ)
懶(らい)邪曲(じやきよく)を慎(つゝし)み。領民(れうみん)を撫育(ぶいく)せんには民(たみ)是(これ)までの無懶(ふらい)無慈悲(むじひ)を謗(そし)
らで。却(かへつ)て尊崇(そんそう)を請(うけ)て。其任(そんにん)を全(まつた)くすべし。左(さ)あらばこれ悪名(あくめう)を除(のぞ)き
参(まい)らせたる。某(それがし)が老婆心(しんせつ)なり。しからば一藤太(いつとうだ)よりこそ。引出音物(ひきでいんもつ)は請(うく)べ
き筋(すぢ)なれども。小八郎は元(もと)より直(ちよく)にして。些少(すこし)も邪曲(しやきよく)なし。直(たゞしき)を直として
曲(まが)れるを倒(たを)するは天理(てんり)にして。厚配(かうはい)慈恵(じけい)の恩遇(おん)にあらず。いかでか彼者(かのもの)
より。一/粒(りう)一/銭(せん)も請(うく)べきの理(り)あらんと打笑(うちわら)へば。老臣(ろうしん)評定衆(へうでうしゆ)も感服(かんふく)し。
倶々(とも〳〵)計(はか)つて遥々(はる〴〵)津国(つのくに)へ彼銭(かのせに)を。其(その)まゝ運送(うんさう)して小八郎へ返(かへ)されけり。
誠(まこと)に物理(ふつり)を能守(よくまも)り。私欲(しよく)を忌避(いみさく)るは。類(たぐ)ひ稀(まれ)なる賢臣(けんしん)なり。鎌倉(かまくら)北(ほう)

【挿絵】
津国(つのくに)の
 郷士(がうし)
 密(ひそか)に
 藤綱(ふぢつな)
   に
 恩(おん)を
  謝(しや)す

条(てう)報光寺(はふくわうし)。最勝園寺(さいしやうおんし)。相州(さうしう)二代(にだひ)天下(てんか)の政道(せいだう)あきらかに。静謐(せいひつ)の世(よ)と
称(たゝ)へしは。亦(また)此(この)藤綱(ふぢつな)が功績(いさをし)なりけり
    時頼六斉日殺生禁断話(ときよりろくさいにちせつしやうきんだんのこと)
其頃(そのころ)鎌倉(かまくら)をはじめ。諸国(しよこく)の容(さま)を見(み)るに。士農工商(しのうかうせう)をいはず。貴賤(きせん)を
論(ろん)ぜず。旦暮(たんぼ)殺生(せつしやう)を好(この)みて。猟漁(れうぎよ)の道(みち)を専(もつは)らとし。鷹(たか)を臂(ひぢ)にし。犬(いぬ)を引(ひき)
山(やま)には罠(わな)をかけ。水(みづ)には網(あみ)を布(しい)て。獣鱗(じうりん)を苦(くるし)め。肉(にく)を割(さ)き。生(いける)を殺(ころ)す。鳥(てう)
獣(じゆ)魚甲(きよかう)。それ〳〵に品(しな)を異(こと)にし。形(かたち)は違(たが)ふといへども。生(しやう)を貪(むさぼ)り死(し)を恐(おそ)るゝ事(こと)
彼(かれ)も人(ひと)も皆(みな)同(おな)じ。故(ゆへ)に獣(けもの)は圏(おり)に囚(とらは)れて山林(さんりん)をしたひ。鳥(とり)は籠中(こちう)に
翼(つばさ)を縮(ちゞ)めて雲(くも)をおもふ。これらは只(たゞ)目(め)を喜(よろこば)す迄(まで)にて。生(せう)は断(たゝ)されとも
愁苦(しゆく)せしめ。甚(はなはだ)しきに至(いた)つては。咎(とが)なくして俎上(まないた)に命(めい)を断(た)ち。過(あやま)ちなくして
釜中(ふちう)に煮(に)らる。所謂(いはゆる)十善(ぢうぜん)の内(うち)。命(いのち)を救(すく)ふを専一(せんいち)とし。十悪(ぢうあく)の中(うち)殺生(せつせう)を
最大(さいだい)とす。時頼入道(ときよりにうとう)兼(かね)てこれを歎(なげ)きて。老臣(ろうしん)頭人等(とうにんら)と示(しめ)し合(あはせ)。たとへ

在俗(さいぞく)の者(もの)たりとも。常(つね)は格別(かくべつ)毎月(まいげつ)六斉日(ろくさいにち)ならびに二季彼岸(にきひがん)には殺(せつ)
生(せう)を忌憚(いみはゝか)るべしと文書(もんじよ)を出(いだ)さしめ給ふ其文(そのふん)にいはく
   六斉日幷二季彼岸殺生事(ろくさいにちならひににきひかんせつしやうのこと)
  右魚鼈之類(みきぎよべつのたぐひ)。禽獣之彙(きんじうのたぐひ)。重(おもんずること)_レ命(めいを)逾(こへ)_二山岳(さんかくに)_一。護(まもること)_レ身(みを)同(おなし)_二 人倫(じんりんに)_一。
  因(よつて)_レ茲(これに)罪業之甚(ざいごうのはなはたしきは)。無(なし)_レ過(すぎたること)_二殺生(せつしやうに)_一。是以仏教之禁戒惟重(こゝをもつてぶつけうのきんかいこれおもし)。聖(せい)
  代格式炳然也(たいかくしきへいゑんなり)。然則件日々(しかればすなはちくだんのひゞ)。早(はやく)禁(きんじ)_二魚網(きよもうを)於紅海(きうかいに)_一宜(べき)_レ停(とゞむ)_二
  狩猟於山野(しゆれゑをさんやに)_一也(なり)自今以後固(じこんいごかたく)守(まもり)_二此制(このせいを)_一 一切(いつさい)可(べし)_レ随(したがう)_二停止(てうじに)_一
  若猶(もしなほ)背(そむき)_二禁遏(きんあつを)_一。有(あらは)_二違犯輩(ゐほんのともがら)_一者/至(いたりては)_二御家人(ごけにんに)_一者。令(せしめ)_レ注(ちう)_二-進(しん)
  交名(けうみやうを)_一。於(おゐては)_二凡下輩(ぼんげのともがらに)_一。可(べき)_レ加(くわふ)_二罪科(ざいくわを)_一之由(のよし)。可(べし)_レ被(らる)_レ仰(おほせ)_二諸国之守(しよこくのしゆ)
  護幷地頭等(ごならびにちとうらに)_一。但(たゞし)至(おくりては)【いたりてはヵ】_二有(ある)_レ限(かぎり)神社之祭(じんしやのまつりに)_一者。非(あらす)_二禁制限(きんせいのかきり)_一矣。
と記(しる)されて。関東(くはんとう)はいふに及(およ)ばず。諸国(しよこく)に普(あまね)く触(ふれ)られて。殺生(せつしやう)の非道(ひどう)を
いましめ給(たま)ふほどに。国々(くに〳〵)暫(しばら)く殺生(せつしやう)を憚(はゞか)り。自(おのづ)から慈悲(じひ)の心(こゝろ)うつりける。于爰(こゝに)

下野(しもふさ)【しもつけヵ】の国(くに)阿曾沼(あそぬま)に住(すめ)る。阿曽(あそ)十郎/経邦(つねくに)。常(つね)に殺生(せつしやう)を好(この)み。此制止(このきんし)を聞(きく)
といへども。六斉日(ろくさいにち)の憚(はゞがり)もなく。日々(ひゞ)に山林(さんりん)に遊(あそ)び。江川(かうせん)に出(いで)て。鳥類(てうるい)を射取(ゐとつ)て
上(うへ)なき楽(たの)しみとす。或時(あるとき)朝未明(あさまだき)より弓箭(きうせん)を携(たづさ)へ出(いで)て。山野(さんや)に猟(かり)し。多(おほ)く鳥(てう)
獣(しう)を獲(え)て。暮(くれ)に及(およ)んで帰(かへ)る道(みち)。沢水(さはみづ)の真菰(まこも)隠(がく)れに。番(つがひ)の鴛鴦(おしどり)。所得容(ところえがほ)に
遊(あそ)ぶを見(み)て。迚(とても)の家土産(いへづと)に是(これ)を得(え)てんと。弓(ゆみ)に矢(や)つがひ切(きつ)て放(はな)ては過(あやま)たず。鴛(おし)の
雄(をとり)の首(くび)を射切(ゐきつ)れば。雌(めとり)は驚(おどろ)き飛去(とひさ)りぬ。やがて射取(ゐとり)たる。鴦(おし)をも提(さげ)て家(いへ)に帰(かへ)
れば。妻(つま)なるものこれを見(み)て。是は浅猿(あさし)き業(わざ)做(なし)給ひつれ。惣(そう)じて生(しやう)あるもの
死(し)を悲(かな)しむは。いづれ勝劣(まさりおとり)はあらぬ物(もの)から。中(なか)にも鴛鴦(えんわう)の契深(ちぎりふか)きことは。和漢(わかん)
の文書(ふみ)にも屡(しば〳〵)見(み)え侍(はべ)る物(もの)を。ことさら今日(こんにち)は斉日(さいにち)なるに。雌(め)の悲(かな)しはいか計(はかり)。
又(また)公(こう)の制止(きんし)もあり。此世(このよ)後(のち)の世(よ)の罪(つみ)も恐(おそろ)しけれど。涙(なみだ)を流(なが)して怨(うらむ)れば。経邦(つねくに)
うち笑(わら)ひ。惣(そう)じて魚鳥獣類(きよてうじゆるい)は皆(みな)これ人間(にんげん)食用(しよくよう)の備(そな)へなれば。殺(ころ)すとも
いかでか罪(つみ)を得(え)ん。尤(もつとも)六斉日(ろくさいにち)彼岸(ひがん)なんど。皆(みな)天竺(てんじく)の制度(はつと)にて。日本神国(につほんしんこく)には

いかでか。取用(とりもち)ゆる業(わざ)には非(あらざ)りけりと。傍若無人(ばうじやくふじん)に言散(いゝちら)し。得(え)たる鳥(とり)を料理(りやうり)な
し。酒(さけ)うち飲(のみ)て臥(ふし)たりしが。女房(によぼう)も左(さ)のみは諫(いさめ)かねて。同(おな)し臥処(ふしど)に入(い)らんとするに。夫(おつと)が
枕上(まくらもと)に衣体(ゑたい)麗(うるは)しき女房(によぼう)の。一人(ひとり)物淋(ものさび)し気(け)に立居(たちゐ)つゝ
  日(ひ)くるればさそひし物(もの)を阿曾沼(あそぬま)の真(ま)こもがくれのひとり寝(ね)ぞうき
と打誦(うちず)し。いもせの中(なか)をさかれ参(まい)られし。悲(かな)しみはいかで思(おも)はずや。夫(おつと)の讐人(あだびと)
いかでやは。此(この)まゝ易(やす)らに置(おく)べきかと。経邦(つねくに)が胸元(むなもと)に乗掛(のりかゝ)り。拳(こぶし)を固(かた)めて三打(みうち)
うつ。妻(つま)この体(てい)を見(み)て止(とゞ)めんとせしは南柯(なんか)の一夢(いちむ)。今(いま)見(み)し女(をんな)もあらざれと。経邦(つねくに)
の方(かた)を見(み)てあれば臥(ふし)たる侭(まゝ)にて鮮血(せんけつ)口(くち)より迸(ほとばし)り。息(いき)さへ絶(たへ)たる容静(ありさま)に。驚(おどろ)き
騒(さわ)ぎ医師(いし)をむかへ。専(もつは)ら蘇生(そせい)を求(もと)むといへども。六脈(ろくみやく)既(すで)に絶(ぜつ)して。即死(そくし)せり。
妻(つま)の悲歎(ひたん)比類(たとへん)かたなく。其坐(そのざ)に黒髪(くろかみ)おし切(きつ)て。夫(おつと)のため且(かつ)は鴦(おしとり)のため永(なが)く
仏門(ふつもん)に帰入(きにう)して。諸国(しよこく)修行(しゆぎよ)の身(み)となれば。いまだ嗣子(じし)もあらざる上(うへ)。時頼(ときより)の戒(かい)
辞(じ)を用(もち)ひざる聞(きこ)え有(あり)ければ。旁(かた〳〵)領地(れうち)没収(もつしゆ)して。阿曽(あそ)の氏名(いへ)は絶(たへ)たりける

又(また)同(おな)じ頃(ころ)伊豆国(いづのくに)の地頭(ぢとう)なる大佛(おほさらぎ)八郎/道隆(みちたか)といふもの。これも兼(かね)て
狩猟(かり)をこのみしが。或日(あるひ)山中(さんちう)に狩(かり)して。猿(さる)一/疋(ひき)を生捕(いけどり)。引(ひい)て帰(かへ)り。家(いへ)の柱(はしら)に
つなぎ置(おき)。明(あけ)なは打殺(うちころ)して皮(かわ)を剥(はが)んとす。道隆(みちたか)か母公(ぼこう)。兼(かね)て慈悲心(しひこゝろ)ふかき
人(ひと)なるが。道隆(みちたか)にいへるは。斯(かく)戒(いましめ)られたる此猿(このさる)の。いか計(ばかり)かは悲(かな)しかるらん。こと(こと)更(さら)
猿(さる)は人間(にんげん)に間近(まちか)きものと兼(かね)て聞(きけ)ば。曲(まげ)て母(はゝ)へたびてん哉(や)と。掻口説(かきくどき)乞(こ)ふ程(ほど)に。
流石(さすが)は母(はゝ)の歎願(たんぐはん)を。空(むな)しくも成(なり)がたく。此上(このうへ)は兎(と)に角(かく)に。母公(ほかう)のまに〳〵做(なし)
給へと。いふに嬉(うれ)しく則(すなはち)尼公(にかう)。手(て)づから縛(いましめ)を解(とき)ければ。かの猿(さる)は涙(なんだ)をながし
尼公(にかう)を伏拝(ふしおがみ)みて。何地(いづち)ともなく逃行(にげゆき)しが。頃(ころ)しも夏(なつ)の折(をり)からなれば。翌(よく)
朝(あさ)暁(あかつき)に。端居(はしゐ)に念珠(ねんじゆ)くり居(ゐ)たるに。昨日(きのふ)放(はな)ちたる猿(さる)の。前栽(せんざい)より出来(いできた)り
楢(なら)広葉(ひろは)に。覆盆子(いちご)を包(つゝ)みて。尼公(にかう)の前(まへ)におき。数度(あまたゝひ)額突(ぬかつき)て去(さ)りぬ。
其(その)のちも打(うち)つゞきて。四季折々(しきをり〳〵)の菓(くだもの)を持来(もちきた)りて尼公(にかう)に供(くう)ず。道隆(みちたか)も
此挙動(このふるまひ)を見(み)しよりも。何(なに)となく殺生(せつしやう)快(こゝろよ)からず。終(つゐ)に殺生(せつしやう)を止(とゞま)りける。此事(このこと)

時頼入道(ときよりにうどう)聞(きこ)し召(めし)いと有難(ありかだ)き者(もの)ども哉(かな)と。折(をり)を得(え)て許多(あまた)の加恩(かおん)を賜(たま)ひ
けるとかや
    時頼入道密国々経歴話(ときよりにうだうひそかにくに〳〵けいれきのこと)
最明寺時頼入道(さいめうじときよりにうだう)は。先達(せんだつ)て青砥藤綱(あほとふぢつな)の忠言(ちうげん)より。密(ひそか)に諸国(しよこく)経歴(けいれき)の
思(おもひ)たちまし〳〵。二階堂信濃入道(にかいどうしなのにうだう)。および青砥藤綱(あほとふぢつな)をまねき。閑談(かんたん)度々(たび〳〵)
ありて後(のち)。重職(てうしよく)頭人(とうにん)評定衆(へうでうしゆ)。其外(そのほか)老臣(ろうしん)の輩(ともがら)を。自亭(じてい)へ招(まね)きて宣(のたま)ひけるは。
抑(そも〳〵)予(われ)短才(たんさい)の身(み)を以(もつ)て。天下(てんか)の執権(しつけん)を冠(かうふ)る事は。祖父(そふ)泰時(やすとき)の命令(めいれい)にて。
拠(よんどころ)なく権(けん)を執(とり)しより以来(いらい)。国家安全(こくかあんせん)上下(ぜうげ)和睦(わぼく)を。朝夕(あさゆう)心(こゝろ)を尽(つく)すといへ
ども。過(すぎ)つる頃(ころ)のごとく。諸国(しよこく)の無道(ふだう)非儀(ひぎ)を正(たゞ)し。犯罪(ぼんざい)数百人(すひやくにん)におよび。
三浦泰村父子(みうらやすむらふし)の反逆(ほんぎやく)より已来(このかた)。これほど。一時(いちぢ)に人多(ひとおほ)く損(そん)ぜし事(こと)なし。
尤(もつとも)其罪(そのつみ)を蒙(かうむ)りし輩(ともがら)。原(もと)其身(そのみ)の奸曲(かんきよく)より起(おこ)るといへども。全(まつた)く我(わ)が愚(く)
昧(まい)より。下(しも)の歎(なげ)きを知(し)らざるより。斯(かく)万民(ばんみん)を悩(なや)ます。これ皆(みな)朕(わが)過(あやまち)にして

各位等(おの〳〵たち)に面(おもて)を合(あは)すも愧入処(はぢいるところ)なり。しかはあれども。時宗(ときむね)のいまだ幼若(ようじやく)
なるが故(ゆへ)。拠(よんどころ)なく入道(にうだう)の身(み)にて。是(これ)までは政事(せし)をとる。然(しか)るに時宗(ときむね)幸(っさいは)ひに
良(やゝ)成長(せいてう)に及(およ)びて。外(ほか)に学問(かくもん)をこのみ。内(うち)に道徳(どうとく)をたしなみ。進(すゝ)んでは
仁(じん)を専(もつは)らとし。退(しりぞひ)ては行(おこなひ)に失(しつ)あらん事(こと)を顧(かへり)み。頗(すこぶ)る賢者(けんじや)の徳(とく)備(そなは)りて。
実(げに)も天下(てんか)執政(しつせい)の器量(きりやう)あり。仍之(これによつて)向後(いご)時宗(ときむね)に悉皆(しつかい)委(ゆだ)ねんとす。重職(てうしよく)
頭人(とうにん)評定衆(へうでうしゆ)。其外(そのほか)老臣(ろうしん)の面々(めん〳〵)も。此旨趣(このししゆ)を存(ぞん)じ。弥以(いよ〳〵もつて)邪(よこしま)非道(ひどう)を禁(きん)し。
故泰時君(こやすとききみ)の式目(しきもく)にしたがひ。国家鎮護(こくかちんご)をはかり給ふべし。又(また)朕(われ)入道(にうとう)に
於(おひ)ては。すでに多(おほ)くの人民(じんみん)を苦(くる)しめて。既(すで)に現当(げんとう)二世(にせ)の。願意(ぐはんい)を失(うしな)はん
とせしなれば。仏神(ぶつしん)の冥慮(めうりよ)まことに恐(おそ)るべし。父祖(ふそ)の善悪(ぜんあく)は必(かならず)子孫(しそん)に
報(むく)ふときけば。因果(ゐんぐわ)の道理(だうり)のがるまし。されば向後(いご)最明寺(さいめうじ)に閑居(かんきよ)して。
北条(ほうでう)の子孫(しそん)後栄(こうゑい)。及(およ)びわが罪障(ざいしやう)消滅(せうめつ)。未来(みらい)安穏(あんをん)を仏祖(ぶつそ)に祈(いの)り申
さん。よつて各(おの〳〵)に対面(たいめん)も今日(けふ)を限(かき)りなるべしと宣(のたま)へば。並居(なみゐ)る重役(ぢうやく)以(い)

下(か)宿老(しゆくろう)の輩(ともがら)。いづれもはつとひれ伏(ふし)て。頭(かしら)を挙(あげ)る人(ひと)なかりけり。去程(さるほど)に
時頼(ときより)は此日(このひ)より。最明寺(さいめうじ)に閑居(かんきよ)したまひ。親類(しんるい)家族(かぞく)たりとも面会(めんくはい)なく。
たゞ二階堂(にかいどう)と藤綱(ふぢつな)両人(りうにん)は。折(おり)〳〵参(まい)る事(こと)を免(ゆる)し。其余(そのよ)且(かつ)て室(しつ)に
入(い)られず。朝夕(あさゆう)仏名(ぶつめう)を唱(とな)へ。現当(げんとう)二世(にせ)を願(ねが)ひ給ふより外(ほか)なし。理(ことは)りなる哉(かな)
時頼入道(ときよりにうだう)は。天台法相律三宗(てんだいはふさうりつさんしう)の知識(ちしき)に相看(さうかん)し。仏法(ぶつほう)の奥儀(おくぎ)を
極(きは)め。又(また)大覚禅師(だいがくせんじ)其外(そのほか)あまたの大徳(たいとく)に逢(あい)て。心地(しんち)大悟(たいご)せられたり。
故(よつ)に【「故に」は「ゆえに」ヵ「よつて」ヵ】武門(ぶもん)をすてゝ。一大/因縁(ゐんゑん)の工夫(くふう)にのみ。光陰(かうゐん)を過(すご)し給ひしに。文応(ふんわう)
二/年(ねん)の秋(あき)の末(すへ)より心地(こゝち)例(れい)ならず病床(びやうしよ)に臥(ふし)給ふといへども。曽(かつ)て医師(ゐし)
鍼博士等(しんはかせら)を召(め)させ給はず。諸寺(しよじ)諸山(しよさん)の祈祷(きとう)を一切(いつさい)とどめ給ひて。たゞ
天寿(てんじゆ)こゝに尽(つき)て。諸仏(しよぶつ)の来迎(らいがう)をまち給ふより。外(ほか)あらざるよし聞(きこ)えけ
れば。執権時宗(しつけんときむね)さま〴〵心(こゝろ)をいため給へども。一切(いつさい)対面(たいめん)をなし給はねば。
一入(ひとしほ)御歎(おんなげき)ふかくまし〳〵給ふ。重職(でうしよく)頭人(とうにん)評定衆(へうでうじゆ)は。もとより鎌倉中(かまくらぢう)是(これ)を

聞(き)くもの。皆(みな)赤子(あかご)の母(はゝ)を失(うしな)ふがごとく。貴賤(きせん)これを歎(なげ)き。磯打浪(いそうつなみ)。松(まつ)ふく
風(かせ)も。おのづから音高(おとたか)からず覚(おぼ)えて。四海(しかい)打嚬(うちしほれ)てぞ見えにけりこの形容(ありさま)
を聞(きゝ)給ひて。須波(すは)時節(じせつ)こそ到来(とうらい)せりとて。二階堂入道(にかいだうにうどう)と倶(とも)に怪(あや)し
げなる麻(あさ)の衣(ころも)を着(ちやく)し。網代笠(あじろがさ)にて面(おもて)を覆(おほ)ひ。信濃入道(しなのにうだう)と只(たゞ)弐人(ふたり)裾(すそ)
高(たか)くからげ。廻国行脚(くわいこくあんきや)に身(み)をやつし。密(ひそか)に鎌倉(かまくら)を立出(たちいで)給ひ。何地(いづち)をか
志(こゝろざ)し給ひけん。御行方(おんゆきがた)を更(さら)にしる人(ひと)なかりけり

   編者(へんじや)申て曰(いはく)時頼入道(ときよりにうどう)諸国(しよこく)を経歴(けいれき)し給ふ条(でう)に。最明寺(さいめうじ)に
   籠居(ろうきよ)なし文応(ふんおん)二/年(ねん)の秋(あき)卒去(そつきよ)し給ひ。二階堂入道(にかいだうにうだう)も殉(じゆん)
   死(し)したりと披露(ひろう)あつて。形(かた)のごとく葬送(のべおくり)をもいとなみ。時宗(ときむね)
   も喪(も)を発(はつ)し。種々(しゆ〴〵)の仏事執行(ぶつじしゆきやう)ありしかば。鎌倉(かまくら)の人民(じんみん)天(てん)に
   かなしみ。地(ち)に哭(こく)しける。かくて時頼(ときより)信濃入道(しなのにうだう)を具(ぐ)して。密(ひそか)に

   鎌倉(かまくら)を忍(しの)ひ出(いで)給ふよしを書(かけ)り。余(よ)倩(つら〳〵)考(かんが)ふるに。流石(さすが)に天下(てんか)
   の執権(しつけん)。こと更(さら)其篤行(そのとくこう)の聞(きこ)えある。時頼(ときより)卒去(そつきよ)といはんには。
   将軍家(しやうぐんけ)は元来(もとより)。朝廷(てうてい)へも奏(さう)し。両六波羅(れうろくはら)も喪(も)を発(はつ)して。
   これ容易(ようい)の事(こと)ならざるべし。将又(はたまた)国家平治(こくかへいち)の為(ため)とはいへど。
   朝廷(てうてい)を始(はじ)め奉(たてまつ)り。一天下(いつてんか)を偽(いつは)る事(こと)。最明寺(さいめうじ)などの誠忠(せいちう)
   なるには。いかでかゝる謀計(たばかり)あらんや。頗(すこぶ)るうたがはし。故(かるがゆへ)にたゝ。重(ぢう)
   病(びやう)を得(え)給ふとのみ記(しる)して。其卒去(そのそつきよ)をいはず。其(その)是非(ぜひ)看客(よむひとの)
   の後評(こうひやう)を俟(ま)つ



参考北條時頼記図会巻五《割書:終》       前帙大尾

弘化五年戊申春発兌
  皇都書林  山城屋佐兵衛
        近江屋佐太郎

        河内屋喜兵衛
  浪華書林  藤 屋善 七
        藤 屋禹三郎

  東武書林  須原屋茂兵衛
        山崎屋清 七

平安 東籬亭悠翁編 【印「東籬亭」】
浪速 松川半山画  【印「半山」】

【上段】
 《割書:同 著》
《割書:参|考》北條時頼記圖会後扁
 《割書:同 画     全部五巻》
【下段】
《割書:最明寺入道(さいめうじにうだう)諸国(しよこく)を経歴(けいれき)し|
勧善懲悪(くはんせんちやうあく)の条々(でう〳〵)青砺藤綱(あをとふぢつな)|
廉直(れんちよく)慈恵(じけい)の裁断(さいだん)の件々(けん〳〵)及(および)|
入道卒去(にうたうそつきよ)までの奇事(きじ)数々(かず〳〵)を|
挙(あ)け万民(ばんみん)歓楽(くはんらく)を得(う)る事を述(のふ)る》

【前頁の裏面】

【白紙】

【白紙】

【後見返し】

【裏表紙】

【表紙】

【見返し】【シール[JAPONAIS/181]】

【見返し】

【見返し】

【表紙 題箋】
《割書:参|考》北条時頼記図会 《割書:後編|   一》

【見返し】

このものかたり■【はヵとヵ】去年の春風にとくる
氷とゝもに世にもれ出し水茎も流石に
春の手つさみとなれるにやその続々をと
こはるれと家業のことにしけくてとみに
なし得さる間に未た新玉の春立しより
いよゝます〳〵文乃屋か其怠りをせむるに

今朝詫るよすかもあらねは更に文ともとり
広けつゝ机に頬杖つき心のみ急きにいそけと
老か身は足のみか筆の歩みも進みかね
おくれなからも後の五巻を物したれと学の
深からぬ山の井の蛙の声今様ものすなる
みやひ雄の耳には早苗とり〳〵賎の女か
うたふ田歌のつき〳〵しかるへく吾妻詠に

照そふ紅葉の錦なす空【言ヵ】の葉にくらへては霜に
かれ伏す真柴に異ならねと原来なにはの
よしあしを勧め謀るの本意なれは其ふしの
賤しきを恥へきかはと心に心を免せしも未た
おこなれるわさならむかし【「かし」は「かしく」ヵ】
     六十二翁
      東籬主人誌【印「正韶之印」】【印「東籬」】

【挿絵】
最明寺時頼入道
 二階堂信濃入道

躬自不驕由祖訓児能
破虜見孫謀何須■【八ヵ】使
問民病飛錫逍遥六
十州 旭荘【印「廣瀬謙印」】【印「吉甫」】

【挿絵】
佐野源左衛門常世
 難波の禅尼

【印「風月」】
大雪圧以詹々勢危炉紅
一点欲消時無薪何以
留佳客剪尽盆梅不
自知 旭荘【印「廣瀬謙印」】【印「吉甫」】

参考北條時頼記図会後編(さんかうほうでうじらいきづゑこうへん)
   総目録(さうもくろく)
    巻 一
  律師良賢(りつしれうけん)企(くは)_二-跂(たつ)陰謀(ゐんばうを)_一
  小串重意室女(をくししげよしのつま)諫(いさむ)_レ夫(をつとを)
  九郎範行(くろうのりゆき)征(せい)_二-伐(ばつ)良賢(れうけん)_一
  法場変忽(はふじやうへんじてたちまち)成(なる)_二修羅境(しゆらかいと)_一
  山内別荘勤士闘諍(やまなかのべつさうきんしとうじやう)

   巻 二
  大橋團平(おほはしだんへい)被(るゝ)_レ奪(うばゝ)_二佩刀(かたなを)_一
  《割書:並》藤綱一挙(ふぢつないつきよに)捕(とらふ)_二奸賊(かんぞくを)_一
  寡婦謀(かふはかつて)欲陥(おとしいれんとす)_レ鶴(つる)_二子(こを)_一【「欲_レ陥_二鶴子_一」ヵ】
  《割書:並》蔓子(つるこ)守(まもつて)_レ貞(ていを)逃奸計(かんけいをのかる)
  追(おふて)_二奸士(かんしを)_一而 甚左横死(じんざゑもんわうし)
  青砥藤綱(あほとふぢつな)察(あらはす)_二見(み)奸士(かんしを)
  藤綱遠計(ふぢつなゑんけい)勾(こう)_二-引(いんす)反賊(はんぞくを)_一
  《割書:幷》藤綱青眼(ふぢつなせいがん)看(み)_二_破(やぶる)邪術(しやじゆつを)_一

   巻 三
  最明寺禅公諸国巡行(さいめうじぜんこうしよこくじゆんこう)
  《割書:幷》坂田新室(さかたのしんしつ)愧(はづかしめる)_二河谷奸(かうだにのかんを)_一
  禅公(ぜんこう)看(かん)_二-破(ぱす)仏尊来現(ぶつそんのらいげんを)_一
  《割書:幷》前司言下(ぜんじいちごんに)退(しりぞく)_二奇怪(きくはいを)_一
  佛平六(ほとけへいろく)語(かたる)_二両君(れうくんの) ̄ノ旧恩(きうおんを)_一
  難波播磨両禅尼(なにははりまのれうぜんに)
   禅公(ぜんこう)詠(よむ)_二難波江歌(なにはえのうたを)_一
  龍田孝子邦忠後栄(たつたのこうしくにたゞこうゑい)

   巻 四
  最明寺禅公(さいめうじぜんこう)登(のぼる)_二高野山(かうやさんに)
  《割書:幷》旅僧(りよそう)語(かたく)【かたるヵ】_二平野之仁恵(ひらのゝじんけいを)_一
   藤井後妻霊(ふぢゐかうさいのれい)害(がいす)_二継子(まゝこを)_一
  禅公(ぜんこう)通(つ)_二-夜(やす)籠堂(ろうだうに)
  《割書:幷》異僧終夜(ゐさうよもすがら)論(ろんず)治乱(ちらんを)_一
  禅公(ぜんこう)懲(こらし)_二 一男(いちなんを)_一救(すくふ)_二 一女(いちぢよを)_一
  禅公(ぜんこう)宿(やどる)_二佐野常世宅(さのゝつねよがいへに)_一

   巻 五

  浦尾奸(うらをがかん)計(はかる)_二廣川貫二(ひろかはくはんじを)_一
  最明寺禅公(さいめうじぜんこう)帰(き)_二-館(くはん)鎌倉(かまくらに)
  国々四民邪正賞罰(くに〴〵のしみんじやせうしやうばつ)
  原田常直(はらだつねなほ)【𥄂】帰(き)_二-城(じやうす)筑府(ちくぜんに)_一
  禅公(ぜんこう)立(たつる)_二 三十余箇法制(さんじうよかのはふせいを)_一
  最明寺時頼禅公逝去(さいめうじときよりぜんこうせいきよ)
  時宗(ときむね)相(さう)_二-続(ぞく)六代執権(ろくだいのしつけん)_一
    総目 畢

参考北條時頼記図会後編(さんかうぼうてうじらいきづゑかうへん)巻一
   目 録
  律師良賢陰謀(りつしれうけんいんばう)を企(くはだ)つ話
  《割書:幷》良賢俗姓(れうけんぞくせう)之事《割書:附》反賊入鎌倉(はんぞくかまくらにいり)候事 同図(おなじくづ)
  小串重意(をぐししげよし)の妻(つま)夫(をつと)を諫(いさむ)る話  同図
  九郎範行(くろうのりゆき)良賢(れうけん)を征伐(せいばつ)の話
  《割書:幷》堺地蔵合戦(さかひのぢざうかつせん)之話
  法場修羅界(はふじやうしゆらかい)と変(へん)ずる話
  《割書:幷》秋田故義景遠忌(あきたこよしかげおんき)之事《割書:附》藤綱(ふぢつな)仁慈(じんじ)之事

  山内別荘騒動(やまのうちのへつさうそうどう)之話   同図
  《割書:幷》藤綱理非(ふぢつなりひ)を明(あきらか)にして両家断絶(れうけだんぜん)之事

参考北條時頼記図会後編巻一(さんかうほうじやうじらいきづゑこうへんけんのいち)
         洛士   東籬主人悠刪補
    良賢律師陰謀(れうけんりつしいんばう)を企(くはた)つる話
夫(それ)為(たる)_レ 人(ひと)哉(や)。立(たて)_レ身(みを)旌(あらはす)_レ功(こうを)者(もの)。不(ならず)_レ所(ところ)_二 一朝一夕之為(いつちやういつせきのなす)_一。不(されば)_下積(つみ)_二歳月(せいけつを)_一歴(へ)_中辛苦(しんくを)_上不(ず)
《割書: |レ》成(なさ)_レ功(こうを)焉。凡天地四時之運行(およそてんちしじのうんこう)。無(なし)_二 一息之間断(いつそくのかんだん)_一。故古往今来(かるかゆへこわうこんらい)非(あらず)_二止事(やむこと)_一
而悠久也(してゆうきうなり)。是以君子法(こゝをもつてくんし)法(のつとる)_レ之(これに)矣。宜(うべなる)かな。鎌倉五代執権(かまくらごだいのしつけん)北条相模(ほうてうさがみの)
守平時頼朝臣(かみたひらのときよりあつそん)。天下泰平万民歓楽(てんかたいへいばんみんくわんらく)の太免(ため)。昼夜(ちうや)に心胆(しんたん)を疾(やまし)め。
青砥左衛門尉藤綱(あをとさゑもんのぜうふぢつな)。二階堂信濃入道(にかいたうしなのにうたう)に蜜意(みつい)を告(つ)げ。次男時宗未(しなんときむねいまだ)
幼年(やうねん)なりといへども。仮(かり)に執権(しつけん)を与奪(よたつ)なし。其身(そのみ)は別舎(しもやしき)最明寺殿(さいめうじどの)に引(ひき)
籠(こも)り。所労沈痾(しよろうちんあ)と称(せう)して親族(しんぞく)だに対面(めんくわい)を禁(きん)じ。蜜(ひそか)に二階堂入道(にかいたうにうだう)
壱人(ひとり)を具(ぐ)し。抖擻行脚(とさうあんぎや)に姿(すかた)を窶(やつ)し。金殿玉楼(きんてんきよくろう)に枕(まくら)を高(たか)ふし。錦繡(きんしゆう)
綾羅(れうら)に纏纒(まとは)れ給ふべきを。身(み)には荒布(あらたへ)の裳(もすそ)をからげ【「からげ」は「かゝげ」ヵ】。あや菅笠(すげがさ)に面(おもて)を掩(おほ)ひ。

踏(ふみ)も習(なら)はぬ草鞋(わらじ)を着(は)き。小竹(をだけ)の笻(つえ)を力(ちから)にて。二階堂(にかいだう)に扶助(たすけ)られ。夜半(よは)
にまぎれて星月夜(ほしつきよ)。鎌倉山(かまくらやま)を越(こえ)給ふを。知る人/更(さら)に非(あらざ)れば。最明寺殿(さいめうじどの)こそ。
沈痾(おもきやまふ)かゝり給ひけれとも。最早(もはや)黄客(くわうかく)と成(なり)給ふとも。とり〴〵種々(さま〴〵)の雑説(ひやうばん)に。鎌(かま)
倉中(くらぢう)の士民(しみん)。首(かうへ)を疾(やま)しめ額(ひたい)を蹙(しばめ)て。自然(をのづから)薄氷(はくひやう)を踏(ふめ)る心地(こゝち)なりしが。
北条時宗(ほうてうときむね)いまだ弱冠(としわか)なりといへども。叡才(えいさい)怜悧(れいり)なれば。理非(りひ)分明(ふんめう)にして
その良(よろしき)に戻(もと)らず。殊(そのうへ)青砥藤綱(あをとふぢつな)これを補佐(ほさ)なすが故(ゆゑ)。人心(じんしん)漸(やうや)く治(をさま)り。
良(やゝ)安堵(あんと)の境(さかひ)にいたりける。其頃(そのころ)にあたつて伊豆(いつ)の御山(みやま)に。律師良賢(りつしれうけん)
といへる僧(ひじり)あり。其俗性(そのそくしやう)を尋(たづぬ)るに。先年(せんねん)滅亡(めつばう)せし三浦義村(みうらよしむら)が幼児(こ)清壽(せいじゆ)
丸(まる)と号(がう)せしが。義村兄弟討死(よしむらけうだいうちじに)のとき未(いま)だ四/才(さい)なりしを。義村(よしむら)が命(めい)によつて。
乳母子(めのとご)秦十郎(はだのじうろう)といへるもの。清壽丸(せいじゆまる)を母衣(ほろ)の内(うち)に隠(かく)し。千辛万苦(せんしんはんく)して
一方(いつはう)を切抜(きりぬけ)。鎌倉(かまくら)を落(おち)のび。東南西北(かなたこなた)に身(み)を忍(しの)び。終(つひ)に当山(たうさん)に潜(ひそ)み
居(ゐ)たりしが。其後(そのゝち)十郎も病死(びやうし)なし。孤独(ことく)の身(み)となりしを。別当(べつとう)の愛育(あいいく)

によりて。漸(やうや)く長(ひと)となるに及(およ)んで。良賢(れうけん)と名乗(なのら)しむ。元来(もとより)十知(じつち)の才(さい)ある
が故(ゆへ)に。学業(がくげう)も日々(ひゝ)に進(すゝ)みしかば。別当(べつたう)もいよ〳〵愛憐(あいれん)ふかゝりけり。この話(こと)
疾(と)く北条(ほうてう)家に聞(きこ)えけれ共(ども)。慈恵(しけい)深(ふか)き時頼朝臣(ときよりあそん)。ことさら得道出家(とくたうしゆつけ)と
なりたるを。更(さら)に捕(とら)へて刑戮(けいりく)せんも。便(びん)なき業(わざ)と思(おぼ)しつゝ。不識容(しらぬかほ)にて
置(おか)れたり。抑(そも〳〵)良賢(れうけん)が生質(ひとゝなり)。奇才(きさい)怜悧(れいり)人(ひと)に超(こ)へ。蛍雪(けいせつ)の功績(いさほし)を積(つま)ず
して諸経(しよきやう)を暗(そらん)し鍼縄(しんでう)の自戒(いましめ)を俟(また)ずして議論(きろん)を悟(さと)る。かるがゆゑに
別当(べつとう)の覚(おぼ)えも目出(めで)たく。一山(いつさん)の若僧原(しやくさうばら)。其碩学(そのせきかく)多才(たさい)を称誉(しやうよ)なし。
自然(おのつから)位威(いきほひ)肩(かた)を並(なら)ぶるものなく。こと更(さら)力量(ちから)また衆(ひと)に超(こへ)て百斤(ひゃくきん)を
挙(あぐ)るに労(くろう)なく。加之(しかのみならす)いかにしてか伝(つた)えけん。隠形(みかくし)の奇術(きじゆつ)をさへ修練(しうれん)なし。
事(こと)に興(けう)して其不測(そのふしぎ)をみせしかば。山内(さんない)の侍分(さふらひ)青坊主(あほはうづ)をはじめ。近郷近村(きんかうきんそん)
の侠客等(おとこたて)。又(また)其(その)力量(りきれう)剣法(けんはふ)。あるは隠形(みがくし)の教(をしへ)をしたひ。これが膝下(しつか)に
諂諛(べんゆ)【てんゆヵ】する者(もの)多(おほ)かりける。斯(かく)僧徒(さうと)に似気(にげ)なき動静(ふるまちひ)【ふるまひヵ】なして衆人(しゆにん)を

伏(ふく)せしむる趣意(しゆい)は。彼亡父(かのほうふ)三浦泰村兄弟(みうらやすむらけうだい)が志(こゝろざし)を継(つ)ぎ。時節(しせつ)を窺(うかゝ)ひ
人気(じんき)を計(はか)り。一般(ひとたひ)三浦(みうら)の弔軍(とふらひいくさ)して。北条一族(ほうてういちぞく)を斃(たふ)し。当将軍(たうせうぐん)を廃(はい)して。
先将軍頼経公(せんせうぐんよりつねこう)を重補(てうふ)し。おのれ天下(てんか)の執権(しつけん)たらん事(こと)を欲(ほつ)するが故(ゆへ)
なり。されば放逸無頼(はういつぶらい)を厭(いと)はず。己(おのれ)に順従(じゆんじう)するを恵(めぐ)み。又(また)財宝(さいほう)を与(あた)へ
て志(こゝろざし)をむすび。猶(なほ)忍(しの)び〳〵に。譜代(ふだい)の郎等(らうとう)が子孫(しそん)なんど。爰(こゝ)かしこに隠(かくれ)ある
を探索(さぐりもと)めて。密(ひそか)に計策(けいさく)を授(さづ)け置(おき)。専(もつは)ら時節(しせつ)を俟居(まちゐ)たるに此ころ
時頼入道(ときよりにうたう)沈痾(おもきやまひ)に罹(かゝ)るとも。既(すて)に没(ぼつ)したりとも数口(まち〳〵)の風評(うわさ)喧(かまびす)しく。人気(じんき)
これが為(ため)に穏(おたやか)ならざれは須波哉(すはや)時(とき)こそ到(いた)れるぞ。今斯(いまかく)氷(こほり)を踏(ふむ)が如(ごと)く。
危(あやぶ)み思(おも)ふ虚(きよ)に乗(てう)し。縡(こと)を一挙(いつきよ)に定(さだ)めんには。日頃(ひころ)の本懐(ほんくはい)を達(たつ)すべきと。
予(あらかじ)め示(しめ)し置(おき)たる譜代家(ふたいのいへ)の子(こ)の子孫(しそん)その外(ほか)悪徒等(あくとら)と牒(てう)じ合(あは)するに。
類(るい)を以(もつ)て集(あつま)る俚言(ことはざ)。招(まね)かざるに山賊(さんぞく)野武士等(のぶしら)。進(すゝ)んで党(とう)に加(くは)はる者(もの)
都合(つがう)三百八十/余人(よにん)。良賢(れうけん)ことに満足(まんぞく)し。今(いま)は発表(あらは)に反逆(ほんぎやく)の籏(はた)。おし

立(たて)んこと心易(こゝろやす)し去(さり)ながら。当国(とうごく)は北条(ほうでう)が旧里(きうり)にて。一族郎従(いちぞくらうじゆ)諸所(しよしよ)にあれ
ば。爰(こゝ)にて勢(せい)を発(はつ)せんは。謀(はかりこと)なきに似(に)たるべしと。手符(てわけ)を定(さだ)め謀計(はかりこと)を含(ふく)め。
三人五人(さんにんごにん)ヅヽ姿(すかた)を窶(やつ)し。忍々(しのび〳〵)に鎌倉(かまくら)に登(のぼ)せ。爰彼所(こゝかしこ)に散在(さんざい)せしめ。良(れう)
賢(けん)ばしめ羽翼(うよく)の臣(しん)。十六人は優婆塞(うばそく)に形容(いでたち)て。日々(にち〳〵)御所(ごしよ)および北(ほう)
条亭(でうてい)に徘徊(はいくわい)して。専(もつぱ)ら地理(ちのり)人和(ひとのくは)をさぐり。夜(よる)は鎌倉(かまくら)より一許里(いちりばかり)有
地蔵堂(ぢざうどう)に参会(さんくはい)して。軍議(ぐんぎ)数(しば〳〵)調練(てうれん)し。来(きた)る八月十五日。鶴(つる)が岡八幡宮(おかはちまんぐう)
放生会(はうしやうゑ)修行(しゆぎやう)の折(をり)から。例(れい)によつて執権(しつけん)社参(しやさん)あれば。その帰路(かへりみち)に埋伏(まいふく)し。
不意(ふい)に起(おこつ)て時宗(ときむね)を討取(うちとり)なば。諸侯等(しよこうら)阡陌(せんはく)に周障(しゆうせう)すべし。その虚(きよ)
に乗(でう)じて御所(ごしよ)へ切入(きりいり)。狼唄(うろたへ)武士(ぶし)を叩(たゝき)たて。柔弱(じうじやく)の将軍(しやうぐん)を捕固(とりこ)とし
大小名(たいせうめう)を伏(ふく)せしめんに。誰(たれ)か随順(ずいじゆん)せざらん哉(や)と軍議(ぐんぎ)こゝに一決(いつけつ)し。さて
鶴(つる)が岡(おか)へは良賢(れうけん)はじめ。屈強(くけう)の輩(ともから)八十/余人(よにん)御所(ごしよ)へ討入輩(うちいるもの)弐百人
其外(そのほか)百余人(ひやくよにん)は。市中(まちなか)爰(こゝ)かしこに潜居(ひそみゐ)て。機(き)により変(へん)に応(わう)じ。強(つよ)きを

【挿絵】
逆徒(げきと)形姿(いでたち)を
 変(へん)して鎌倉(かまくら)を
      伺(うかゞ)ふ

討(うつ)て弱(よは)きを扶(たす)け。将(はた)所々(しよ〳〵)に放火(ばうくは)せしめて。人民(しんみん)を恐怖(きやうふ)せしめんと。夫々(それ〳〵)に
手分(てわけ)分配(ぶんはい)を定(さだ)め。其日(そのひ)遅(おそ)しと俟居(まちゐ)たり
    小串重意(をぐししけよし)が室(しつ)夫(をつと)を諫(いさむ)る話
于爰(こゝに)新宮弥次郎重意(しんぐうやじろうしげよし)といふ者(もの)あり。其原(そのもと)は熊野(くまの)の別当(べつたう)阿(あ)
闍梨定禅(じやりでうぜん)が嫡男(ちやくなん)なるが。其生質(そのひとゝなり)堕弱(たじやく)傲誕(ぞんざい)にして。父(ちゝ)の教誡(いましめ)他(た)の
諫言(かんげん)。さらに馬耳風(こゝろにかけず)して己(おの)が随意(まに〳〵)挙動(ふるまひ)しかば。自(おのづ)から非道(みちならぬ)ことの数回(あまた)
ありけり。父(ちゝ)定禅(てうぜん)。迚(とて)も別当職(べつとうしよく)を譲与(ゆづる)べき者(もの)ならずと。重意(しけよし)廿歳(はたち)と
いふ春(はる)これを義絶(かんどう)なして追遣(おつはら)半。重意(しけよし)初(はじ)めは中々(なか〳〵)心軽(こゝろかろ)しと。胆太(きもふとく)
も家(いゑ)を離(はなれ)て。彼(こゝ)に十日(しうじつ)爰処(かしこに)廿日(はつか)と日(ひ)を送(おく)りしが。実哉(けにや)金銭(きん〴〵)多(おほ)からざ
れは交(まじはりも)また厚(あつ)からずと。勢(いきほ)ひある定禅(でうぜん)が息(こ)なるが故(ゆへ)。自(おのづか)ら重意(しけよし)が無頼(ふらい)なる
を。人(ひと)も堪忍(たへしの)びて交(まぢはり)しかとも。いつしか人心(じん〳〵)頼(たのみ)なく。昨日(きのふ)まで兄弟(けうたい)の親(したし)み
なりし朋友(はうゆう)も。今日(けふ)は何(なに)となく気疎(けうと)き色(いろ)顕(あらは)れ。次第(しだい)〳〵に零落(れいらく)し。

BnF.

.

東□□□□覧 □【東都勝景一覧 下】

Toto  meicho itchiran T.II
【貼紙】
JAPONAIS
633
2
【下部手書き】
Don 7605.

183

湯島(ゆしま)天満宮
    座巳登々丸
きのふまで
 つゞきし雨(う)ごの
  みはらしは
愛宕(あたご)にまけぬ
 ゆしま天神

    苫家明風
坂の名に男女を
 わくるとも
現金湯嶌人の
    いりごみ

【右丁】
不忍(しのはず)池

  末広庵
    長清
早起(はやおき)の
 自慢(じまん)心に
  花みれば
いつしか
 おきし蓮の
   しら露

  涼窓亭裏風
弁天のやうな
娘(むすめ)のはすはかも
人目忍ふか岡
  よりぞみ見る
【左丁】
  無能庵
    山猿
ひちりこの
 中ふみ込て
  とる蓮の
池は上野の
 山の足もと

  桜川亭近柎?
咲はすの
 花は君子と
 ほむるとも
徳にたとふる
 風はいとへり

【右丁】
新吉原
   八朔

  機音亭
足跡の
 なきこそよけれ
 八朔の
小袖の雪に
 まぶの通路(かよひぢ)

  甘露斎
   道遠
八朔に内は
 灯籠の
 ほとほりが
さめねと
またもいさ
 ゆき見かた
【左丁】
  藤棚
   長房
帷子(かたびら)の
 越後は
  きのふ
 けふは雪
人ふり袖や
 さとの八朔

  門前市成
ふりつもる
 雪の小袖の
  道中は
 ひたひに富士
      も
  見ゆる
    傾城(けいせい)

【右丁】
 芝神明

  万歳逢義
此 宮居(みやゐ)鮨(すし)の
 おしあふ参詣(さんけい)に
  つけこんてうる
 生姜(しやうが)あき人

  気面堂行成
あま口な
  ことではゆかず
 はしやうがの
 からきめをする
   市の人こみ
【左丁】
  善亭
   実成
商人は
 夫婦の
  やうに
 むつましく
火打のはかね
 土 生姜(せうが)売

  玉葉庵広道
神明の市も
 秋とてたつた山
なかばもみぢの
 葉生姜の色

【右丁】
深川
 八幡祭礼

  文章亭
御祭(みまつり)に芸者(けいしや)の
 供もやとはれて
 さんせん箱を
  かつぐ深川

  紀於佐丸
仲町を
 わたる家台(やたい)の
  たいこもち
けふ武蔵野の
 つき出しもあり
【左丁】
  目利
   面人
八まんの
きをん
はやしの
鼓(つゞみ)ほど
宮居に
 鳩(はと)も
たゝつ
 ぽう〳〵

  一睡舎夢成
富が岡神の
 御輿(みこし)のそのうへに
月さえ渡る秋の
    夜すがら

【右丁】
  目黒
   三曲庵音成
尻(しり)からはおひ
 まくらるゝ
  いそがしさ
あめやもけふの
    廿八日

      鴨浮丸
ちりかゝる瀧の
  きりやのあめならん
 見世をひらくも
     からかさの下
【左丁】
  橘鈴成
咲つゞく
 秋は目黒に
 つき立の
庭のもち花
野路の草花

 田原常則
此瀧は
 えぞの錦の
  竜(たつ)の口
五爪(ごつめ)と
 みゆる秋の
  もみちは

【右丁】
 堀之内(ほりのうち)
 雑司谷(ぞふしがや)
   会式詣(ゑしきまうて)

  六蔵亭
御会式の
さくらは和州(わしう)
よし野紙
朝(あさ)な〳〵の
くもつにもさす

  小川清志
雑司谷
  脚半(きやはん)腰帯(こしおび)
   むすびあけ
妻(つま)は乳(ち)のたる
  願(ぐわん)ほどき哉
【左丁】
   雪下亭
     呉明
法の場
 かさるや
  菊のつくり花
祖師におわたを
 着せ申す日は

  楊口亭彳
さふしかや
 みちの
  おち葉の
   風車
これも会式の
 土産とも
    なれ

【右丁】
  愛宕(あたこ)山
   手脚延人
登りては
 うへ見ぬ鷲よ
  あたこやま
木の葉猿をも
  風そつれ行

  桂花影
山のはな高き
 おたきのこからしに
このは天狗の
  飛おつる見ゆ
【左丁】
  百番亭外也
あたご山
 落葉を風の
  手になげて
土器(かはらけ)町(まち)へ
 ひら〳〵とちる

  桂楼舎風
愛宕山
 こだちしなひて
   額(がく)にある
 小太刀落せし
  風むてき流(りう)

【右丁】
 境町(さかひてう)

  松梅亭広丸
はま弓の
 二丁のやなみ
  賑(にぎ)はしく
弦(つる)をも
 はると祝ふ
   顔見世

  高陽亭丸寐
一陽(いちやう)となりては
 水もぬるむらんの
なまづ坊主(ばうず)の
  出るかほみせ
【左丁】
  木白雪
盃の大入
 うけて
  見物を
ひとのみに
 するえひの
  㒵見世

  一声舎喜丸
顔見せは
 鳥居が
  絵かく
 役者附
出世もみやる
 稲荷町まて

神田明神

  夏引糸人
明神の影に
 そひてや髪置も
なゝつはかりに
   見ゆる大から

  巻上次女
しやうさまの
 祝中華の
   芥子坊主
いまた言葉に
 つうしまみいる

  平方庵早樹
柚味噌(ゆづみそ)の
  取手(とつて)ほどなる
    髪置の
わんぱくさまに
  口もすくなる

   貢庵
利口(りこう)ぞと
 おもふ
  三つ子の
 たましひを
祝ひてあげた
  百の御 初穂(はつほ)

 浅草年市(あさくさとしのいち)

  真砂庵
ものゝ具(ぐ)も
  市の直段の
    やす国や
 桶(をけ)の兜(かぶと)に
  すりこ木の
      太刀(たち)

  千種庵
裏白(うらしろ)の出来も
 ことしはうすば
      にて
浅草市の
 きれものと
     なる

  浅草庵
あぶりこの
 網(あみ)から神の
  宮(みや)戸川
 直段(ねたん)にかゝる
  観(くわん)音の市

画工   北斎辰政
彫工   安藤円紫
寬政十二《割書:庚| 申》正月開版
   御江戸本町筋北《割書:江》八丁目通油町
 書林     蔦屋重三郎板

大津丁
  五味氏

【裏表紙】

BnF.

【表紙】
名家画帖

浄土にも
剛の者
とやおもふ   松斎雪堤【印=長谷川】
らむ西に
むかひて
うしろ
見せねは
   好古書


法橋雪旦図【印=岩岳】
【左端にフランス語か付箋】

【前コマと同じ 付箋上げ】

      翠溪【希唐菴】

ことさへく
 からなてしこの
   そてとめて
 たちもはなれぬ
   野への小すゝめ
       扶社子

       蹄斎【印=北馬】

木のめつむをとめ
かうたも永き日に 
  めさましくさの
  ほとゝきすかな
      【印=文雄】

       白鯉【印2】

百尺松高白鶴眠
泥亀曳尾自堪憐
西湖今日無和靖直
擬長鳴万日辺
  雲鳳女史題【印】

     月窓【印:月窓(窗)】

君本超塵外
写作眼中人
猶見虚心趣
一嚢伴此身
 文鳳題【印:文鳳】

      鴎嶼守邨約【印】

掀天裂地怒濤裏憑仗
一枝蘆葉過爾後何
人知者意孤舟赤壁老
東坡  雲山外史【印】

     椿年【印=運霞】


霧鬣雲鬃出帝閑誰将
図画落人間奚官飽牧無
余事独立春風憶崋山
   天翁泡士書【印】

     翠雲斎筆【印=翠雲】
     ■桃筆【印】

【印=孫陀ヵ】
不管賞
心秋色
老冷香
只在折
残枝
■■【孫陀ヵ】【印】【印=公行ヵ】

      雪谿【印=雪ヵ】【印=谿】

【印】
池塘夢回後春
色入蒼茫寸《割書:ヒ|》
舗満地和風十
里香 米庵【印=三亥】

秋光未老仍漸暖恰
以梅花結子時 観斎【印】


  雲峰【印】【印=化鶴ヵ】

    𦴭庵
露ふかきあきの
はなのゝ
ちくさにもわきて
色ある
やまとなてしこ
         六復【印=経山寺■】

淮山千尺網々永珊瑚枝移
之庭階上丹光覚出煒
   児謙謹題


江山翁写【印=■佛】

         文信【印=文信】


四海一家皆帝力
千秋白雪御前山
    茂樹【印2▢ 原】

      閑林練【印=閑林】


霜衣来菅沼
潨頂覓鮮鱗
警爾元■■【煎館ヵ】
忘機莫泥身
  泉斎【印=水水泉】

         秋香女史【印2=秋香】

  小香【印】

このとのは
 うへもとみけり
   さき草の
  みつ葉
   よつはに
  殿つくり
     せり
     ■■書

         可中女【印=可中】

牡丹殊■委春風籬
菊蕭疎愁晩簫何
以此花栄艶也四時
常放浅深紅 綾瀬【印3】
  翠声【印】


  為一【印2】

【印】
檐鐸鏘然破
暁風秋芳園
裏撿幽莱牽
牛満架花斎
発猶是隣家
半夢中
  鴎■【印】


  孤村【印=周弐】

          鶯卿女史【印=莫秋庵】

染露金風裏宜霜
玉水浜莫嫌開最
晩元自不争春
  関思亮録【印=東陽】


  武清筆【印=武清】

       文二【印=谷氏文弐】


但使姚家鎮無
恙沈香亭畔不
叱塵 五山【印】

 文雍筆【印=文雍】

形葉宛如
秋日菊春
畦々裏秀
香英
  廬山【印】

     其一筆【印】


赤翅晶蛍何処帰秋
来清響傍庭闈
  江山為宝書【印=江山】

江上蓴鱸
不用思秋
風吹破緑
荷衣何妨
夜圧黄花
酒笑擘霜
螯紫蟹肥
 松軒
  【印=松軒】

    庚寅夏日
    崋山外史
      【印=崋山】

        雲潭【印=雲潭】

【印】
緑鄂経春
開籠日
黄金満樹
入篋時
 恭斉三千録【印2】

文晁【印=文晁】


     墨妙自知能解
     醒酔余揮灑不
     勝清如何盛得
     金盤上嚼碎垂々
     黒水精
       酔石恒題
         【印】【印=酔石■■】

【印】
待看啼々食苹
逡吹笙鼓瑟慶筵

   梧堂閑人【印=石■之印】【印=梧堂閑■】


          竹谷筆【印=■谷】

  董烈【印】


【印=楽■】
清風秋気爽露
裛日南葵大暑
去酷吏衛足亦
何為
   善庵【印=朝川鼎】【印=五鼎】

   武筆【印】
         凌霜留晩
         節壂歳奪
         春華
          関亨明【印=亨明】

  南嶺【印=紀順】


咲ぬへき枝は残して
一かたに処せけなる
あちさゐの花 真澄

         木積【印】

     雪居【印】

秋ふかき
 ゆふへの雨を
わひしけに
 草紫をつ
たふかたつ
  ふりかな
    さな子

かぜにをれ
 あめにやふれて
  あらそはぬ
 庭のはせうの
  こゝろひろしや
     五月とみ

     南湖画山【印=南湖】

昨夜灯前
与君約故
衝風雨過
渓来
 竜何績書【印2】

           南溟【印=南溟】

【文字なし】

【端面 文字なし】

【端面 文字なし】

【端面 文字なし】

【端面 文字なし】

BnF.

\t【表紙】

【前見返し】
【丸ラベル JAPONAIS/311/1】

【見返し】

【白紙】

【白紙】

【書き込み「R.B.」と「1843」を中括弧で結び、その右に「3267」】
3267
R.B.
1843
【書き込み 1058に取消線あり、その下に311】1058 311 

【白紙】

【横書き】

訓蒙図彙大成 Kin mô dsu I dai sei . 12 巻 in 10 Voll.■
■■■■■■■・・・・・

増補訓蒙図彙序 
蓋聞 ̄ク陋-巷無‾術之徒 ̄ノ育_レ ̄スル子 ̄ヲ乳-哺含-飴
之餘 ̄リ動 ̄モスレバ輒 ̄チ喋々 ̄タル乎無‾稽之説以 ̄テ引_二‾伸 ̄シ怪-乱【亂】之
事_一 ̄ヲ不_レ ̄ト已 ̄マ惟 ̄レ襁‾褓 ̄ノ所_レ熟 ̄スル為_レ ̄リ性 ̄ト附_レ ̄クノ朱 ̄ニ之物為_レ ̄ルトキハ丹 ̄ト則 ̄チ
我 ̄レ恐_三 ̄ルト窃【竊】‾癖姦‾疾之子弟出_二 ̄コトヲ其 ̄ノ間_一 ̄ニ云 ̄フ昔 ̄シ者婦人
身(ハラム)_レ子 ̄ヲ自‾持有_レ ̄レトモ厳 ̄ナル猶且 ̄ツ堤_二-防 ̄ス視-聴 ̄ノ或(モシクバ)不_一レ ̄ンカト正 ̄シ及_二其
【角印 陰刻】《割書:自■【盈ヵ】|楽■【才ヵ】》
【丸印 朱  中央に冠を頂く鳥(鷲ヵ鷹ヵ)の図を囲むように円形の文字列】BIBLIOTHÉQUE IMPÉRIALE MAN.
【二重丸印 朱】 R.F./BIBLIOTHÉQUE NATIONALE :: MSS ::
【上欄書入れ】Fase.1        1
    【柱】頭書増補訓蒙図彙序     甲

    【柱】頭書増補訓蒙図彙序     甲
已 ̄ニ生_一 ̄ルヽニ雖_二不_レ知不_一レ ̄ト議択_レ ̄ンデ人 ̄ヲ使_レ ̄ム為_二 ̄サ之 ̄レガ則_一 ̄リヲ故 ̄ニ邪‾色
不_レ染焉淫‾声無_レ触 ̄ルヽ焉唯《割書:〴〵》善是 ̄レ倣 ̄フ所_レ謂
嬉-戯之設_二 ̄ル礼-容_一 ̄ヲ有_レ ̄ンカ本 ̄ヅノコト焉乎本立 ̄テ而道
生 ̄シ根固 ̄シテ而材成 ̄ル自_レ古記_レ之亦【今ヵ】夫 ̄レ道徳之広
皆本_二 ̄ヒテ于文-字_一 ̄ニ而問【向ヵ】_二 ̄フトキハ其津_一 ̄ヲ則 ̄チ学‾者以_レ識_レ ̄ルフ【ルヲヵ】字 ̄ヲ為
_レ本 ̄ト無_二異論_一而 ̄レドモ筆研之於_二 ̄ル孩-提_一 ̄ニ其 ̄ノ始 ̄メ若_レ ̄ク苦 ̄キガ
【二重丸印 朱】 R.F./BIBLIOTHÉQUE NATIONALE :: MSS ::

若_レ ̄シ辛 ̄キガ自_レ ̄リハ非_レ ̄ル有_二 ̄ルニ善‾誘 ̄ノ在_一 ̄ル殆 ̄ド不_レ可_レ得於_レ是有_二 ̄リ
若(カクノゴトキ)中‾村‾氏訓‾蒙図‾彙之術_一可_レ ̄シ謂 ̄ツ善‾誨
不_レ ̄ル倦者 ̄ノト頃 ̄ロ又其増‾補刻成 ̄ル其人使_三余 ̄ヲシテ讃_二
一-辞_一 ̄ヲ余一 ̄タビ披_レ ̄キ巻 ̄ヲ閲_レ ̄ス之 ̄ヲ数【類ヵ】 ̄ト与方‾名 ̄トハ不_レ容_レ ̄レ言 ̄ヲ
啓‾蒙之要‾訣記‾字之捷‾径上 ̄ミ自_二雲‾行雨‾
施之略_一不 ̄モ至_二鳥‾飛魚‾躍之状_一 ̄ニ品‾物畢 ̄ク陳 ̄ネ
【上欄書入れ】2
    【柱】頭書増補訓蒙図彙序     乙

    【柱】頭書増補訓蒙図彙序     乙
図‾象可_レ愛 ̄ス設(モシ)令_レ ̄ムモ有_二 ̄ラ陋‾巷無‾術之徒_一当_下 ̄テ諸 ̄レヲ
無-稽之説引_二-伸 ̄スル怪-乱_一 ̄ヲ者_上 ̄ノニ為_二 ̄ストキハ顧-復【後ヵ】之資_一 ̄ト則 ̄チ
襁-褓 ̄ノ所_レ熟為_レ性附_レ ̄クノ朱 ̄ニ之物 ̄ハ為_レ丹乃古之道 ̄ノ之不
_レ遠 ̄カラ文 ̄ノ之習 ̄ノ之所_レ導 ̄ビク自‾然向_二 ̄ンモ立‾身之階‾梯_一 ̄ニ亦何 ̄ゾ
疑 ̄ン盛 ̄ナルカトキ哉時 ̄カ乎時也此 ̄レヲ為_レ序 ̄ト戊‾申 ̄ノ冬十一月望
            越前 力丸光撰【印 陰刻】《割書:東|山》 《割書:力印|之光》

訓蒙図彙叙
夫 ̄レ学 ̄ハ須_レ ̄ク愛_レ ̄ム日 ̄ヲ也無用 ̄ノ之弁 
不急 ̄ノ之察 ̄ハ君-子棄 ̄テ而不_レ治 ̄メ
然 ̄トモ力-行 ̄ノ之余 ̄マリ游-芸 ̄ノ之際 ̄タ
凡 ̄ソ典-籍 ̄ニ所_レ ̄ノ載 ̄スル之品-物欲_レ
 ̄スルトキハ窮_二 ̄ント其 ̄ノ微意 ̄ノ之所_一レ ̄ヲ寓 ̄スル則必
【上欄書入れ】3
    【柱】頭書増補訓蒙図彙旧序    一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙旧序    一
因_二 ̄テ其名_一 ̄ニ以審_二 ̄ニシ其象_一 ̄ヲ以察_二 ̄ニス
其_情_一 ̄ヲ矣夫-子以_三多 ̄ク識_二 ̄ヲ鳥
-獣草-木 ̄ノ之名_一 ̄ヲ為_二 ̄ルコト学_レ ̄ノ詩 ̄ヲ之
一-益_一 ̄ルト蓋為_レ ̄メナラン之 ̄カ也名-義情-状 ̄ハ
皆可_下以_二訓-釈_一 ̄ヲ認_上レ ̄ム之 ̄ヲ若_二 ̄キハ夫形-
象儀-文_一 ̄ノ則不_レ如_下 ̄カ験_二 ̄ムルカ于図 ̄ニ

之亮_上 ̄ナルニ於_レ是 ̄ニ乎後-世有_二 ̄リ百
-藥 ̄ノ之図_一有_二 ̄テ六経 ̄ノ之図_一而至 ̄ル
_レ有_二 ̄テ三才 ̄ノ之図【訓点一】焉近 ̄コロ又得_下 ̄タリ一
巻 ̄ノ雑-字書画対-照 ̄シテ以便_二 ̄スル
于啓-蒙_一 ̄ニ者_上 ̄ヲ矣吾_家 ̄ニ有_二児
-女_一皆方 ̄ニ垂-髫焉内 ̄ニ無_二 ̄ク姆 ̄ノ可_一 ̄キ
【上欄書入れ】4
    【柱】頭書増補訓蒙図彙旧序    二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙旧序    二
_レ従 ̄フ外無_二伝 ̄フノ可_一レ ̄キ就 ̄ク乃倣_二 ̄テ対-照 ̄ノ
之制_一 ̄ニ連_二-綴 ̄シ四-言 ̄ノ千-字_一 ̄ヲ副 ̄ルニ
以_二 ̄シ國字_一 ̄ヲ傍 ̄ルニ以_二 ̄シテ画象_一 ̄ヲ而授_レ之 ̄ヲ
矣児-女尽_日 ̄ス翫-覧 ̄シテ不_レ釈 ̄テ焉
自_ ̄ヨリ後/稍(  〳〵)覩_レ ̄テ物 ̄ヲ呼_レ ̄ヒ名 ̄ヲ聞_レ ̄テ名 ̄ヲ
弁_レ ̄シテ物 ̄ヲ以 ̄テ至_三 ̄ル略識_二 ̄ルニ字-様_一 ̄ヲ意(アヽ)

芸文 ̄ノ之学 ̄タモ猶及_二 ̄テ于実-践 ̄ノ
之暇_一 ̄ニ而多-識 ̄ノ之資 ̄ケハ又得_二于文
学 ̄ノ之余_一 ̄ニ况此閑雑 ̄ノ之事 ̄ヲヤ乎
但用_レ ̄ルコト之 ̄ヲ当_二 ̄ルトキハ其可_一 ̄ニ則亦 ̄タ不_レ為
_レ無_レ ̄ト所_レ補焉微-物 ̄ノ之難_レ ̄コト棄 ̄テ
也如_レ ̄キカ斯 ̄ノ夫此-隣 ̄ニ有_二 ̄リ書肆_一 一-閲 ̄シテ
【上欄書入れ】5
    【柱】頭書増補訓蒙図彙旧序    三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙旧序    三
欲_レ ̄ス梓_レ ̄ニセント之 ̄ヲ初以_レ非_レ ̄ルヲ所_二 ̄ニ嘗 ̄テ期_一 ̄スル辞
_レ之 ̄ヲ然 ̄トモ以_二屡_請 ̄テ不_一レ ̄ルヲ已 ̄マ故 ̄ニ不_レ得_二
固 ̄ク拒_一レ ̄コトヲ之 ̄ヲ於_レ是 ̄ニ重-修有_レ ̄テ日而
成 ̄ル焉列_レ ̄ヌルコト図 ̄ヲ凡 ̄テ一千其_間有_二 ̄テ
複-名 ̄ノ者_一該_レ ̄ルコト字 ̄ヲ一-千一百有六-
十 ̄ニシテ而相_二_避 ̄ク同-文_一 ̄ヲ矣附 ̄スル者又四-百

余-図通-編分 ̄テ為_二 十-七類二十
巻_一 ̄ト簽 ̄シテ曰_二訓-蒙図-彙 ̄ト奈_何 ̄カセン其
所_レ ̄ノ纂 ̄ル名-物出_二 ̄ル於億-度_一 ̄ニ者雖【訓点二】
別_レ ̄テ之 ̄ヲ不_一レ ̄ト混 ̄セ而猶不_レ免_二 ̄レ間(マ)有_一レ ̄コトヲ強 ̄ルコト
_レ所_レ不_レ ̄ル知 ̄ラ且印 ̄シテ而行_レ ̄トキハ之 ̄ヲ則遣_二 ̄ルノ惑 ̄ヲ
于人_一 ̄ニ之罪実 ̄ニ莫_二 ̄シ得 ̄テ辞(し)_一 ̄スルコト焉
【上欄書入れ】6
    【柱】頭書増補訓蒙図彙旧序    四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙旧序    四
深 ̄ク恨謀_レ ̄コトノ始 ̄ヲ之不_レ ̄シテ謹 ̄マ而今剞-
劂 ̄ノ之事已 ̄ニ就_レ ̄トキハ緒 ̄ニ則無_二 ̄コトヲ以 ̄テ及_一 ̄フ矣
斯 ̄レ不_レ ̄ル得_レ已 ̄コトヲ耳何 ̄ソ敢 ̄テ逃【訓点二】 ̄ン識 ̄ル_者 ̄ノ之
譏_一 ̄ヲ唯恐 ̄クハ不_レ ̄ル識 ̄ラ者採_レ ̄テ之 ̄ヲ不_レ ̄ンコトヲ択 ̄ハ
也乃叙_二 ̄シ纂-輯 ̄ノ之所_一レ ̄ヲ由 ̄ル并 ̄ニ條_二 ̄シテ其 ̄ノ
凡-例_一 ̄ヲ以属_二 ̄クト于肆_一 ̄ニ云寛-文丙午

秋七月惕-斎識 ̄ス
【上欄書入れ】7
    【柱】頭書増補訓蒙図彙旧序    五

    【柱】頭書増補訓蒙図彙旧序    五
三才千字文序(さんさいせんじもんのじよ)
先(それ)人(ひと)の智(ち)あるは自然(しぜん)也(なり)見聞(けんもん)する所(ところ)を心(こゝろ)に記(しる)して事物(じぶつ)の理(ことはり)
を弁(わきま)ふるに賢愚(けんしぐ?)の別(べつ)ありといへど其/馴(なる)るに随(したが)ひて其(その)端(はし)を覚(さと)
らざる者(もの)なし学問(がくもん)の優劣(ゆうれつ)他(た)なし只(たゞ)識(しき)と不識(ふsきき)とにあり近世(きんせい)
惕斎先生(てきさいせんせい)訓蒙図彙(きんもうづい)を著(あらはし)て童蒙(どうもう)に便(たより)す則(すなはち)人をして品物(ひんぶつ)の名象(めいしやう)
を識(しら)しめんとする已而(のみ)吾家(わがいへ)の児女(じじよ)輩(はい)此書(このしよ)を玩(もてあそん)で先生(せんせい)の余沢(よたく)を蒙(かうむ)る
事(こと)少(すくな)からす故(ゆへ)に能書生(のうしよせ)某(それがし)に属(ぞく)し書中(しよちう)の四言千文(しごんせんもん)を筆(ひつ)せしめ剞劂(きけつ)
に附(ふ)して世(よ)に伝(つた)へ童子(どうじ)をして是(これ)を玩(もてあそば)しめ傍(かたはら)書学(しよがく)に便(たより)せんとす就中(なかんづく)
本書(ほんしよ)に考(かんが)へて図画(づぐわ)訳文(やくもん)を見時(みるとき)は童稚(どうち)の識(しること)を博(ひろ)くするの一助(いちじよ)ならずや
天明元辛丑之夏謙斎序

増補訓蒙図彙凡例(ぞうほきんもうづいはんれい)
一/凡(およそ)此(この)_編(へん)事(じ)-物(ぶつ)之(の)名(めい)-称(しやう)雖(いへとも)_下/皆(みな)以(もつて)_二漢字(かんじを)_一題(だいすと)_上レ/之(これに)而(しかも)実(じつは)以(もつて)_二和(わ)-
 名(みやうを)_一為( す)_レ主(しゆとす)【「しゆとす」の「す」は衍字ヵ】蓋(けだし)本(ほん)-邦(ほう)中(ちう)-華(くは)風(ふう)-土(ど)之(の)殊(ことなる)如(ごときだも)_二乾(けん)-象(しやう)坤(こん)-儀(ぎ)之(の)名(めい)-
 状(じやう)飛(ひ)-潜(せん)動(どう)-植(しよく)之(の)形(けい)-色(しよく)【訓点一】猶(なほ)不(す)_二必(かならずしも)-同(おなじから)_一矣/況(いはんや)人(にん)-俗(ぞく)工(こう)-技(き)之
 所(ところ)_レ習(ならふ)堂(だう)-宇(う)器(き)-服(ふく)之(の)所(ところ)_レ制(せいする)豈(あに)得(ゑんや)_二牽(けん)-強而(きやうして)合(あはすることを)_一レ之(これに)故(ゆへに)随(したがつて)_二国(こく)-
 俗(ぞくの)称(しやう)-呼(こに)_一各(おの〳〵)取(とりて)_二漢(かん)-字(じ)之(の)事(じ)-義(ぎ)形(けい)-状(じやう)近(ちかく)_似(にたる)者(ものを)_一以(もつて)名(なづく)_レ之(これに)観(みる)_
 者(もの)須(すべからく)【左ルビ「べし」】_二先(まづ)知(しる)_一レ之(これを)其(その)未(いまだ)【左ルビ「ざる」】_レ得(ゑ)_二 以(もつて)名(なづくること)_一レ之(これに)之(の)字(じ)者(をば)欲(ほつす)_下題(だいするに)以(もつて)_二和(わ)-名(みやうを)_一
 続(つがんと)_上レ之(これに)然(しかれども)未(いまだ)【左ルビ「ず」】_レ暇(いとまあら)_レ及(およぶに)_レ此(これに)
一/凡(およそ)一(いち)-事而(じにして)数(すう)-名(めいなる)者(ものは)以(もつて)_二正(せい)-名(めいを)_一為(して)_レ標(へうと)而/注(ちうす)_二異(い)-名(みやうを)于/其(その)_下(したに)_一
 或(あるひは)為(ため)_レ拘(かゝはるが)_二于/属(ぞく)-対(たいに)_一或(あるひは)為(ために)_レ避(さるが)_二于/重(ぢう)-字(じを)_一題(だいするに)以(もつてする)_二異(い)-名(みやうを)_一則(ときは)注(ちうするに)以(もつてして)_二
【左頁上欄書入れ】8
    【柱】頭書増補訓蒙図彙凡例    一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙凡例    一
 正(せい)-名(めいを)_一曰(いはく)某(それがし)_也/曰(いはく)某(それが)_之/一(いち)-名(みやう)曰(いはく)某(それ)謂(いふと)_二之(これを)某(それと)_一若(もし)一(いち)-類而(るいにして)
 殊(しゆ)-品(ひん)一(いつ)-体而(たいにして)分(ふん)-支(しする)者(ものは)則/注中(ちう〳〵)隔(へだてゝ)_レ圏(けんを)而/附(つく)_レ之(これを)標(へう)-題(だいを)為(して)
 《割書: |レ》綱(かうと)而/余(よを)皆(みな)為(するなり)_レ目(もくと)也/其(その)所(ところ)_レ図(づする)倶(ともに)主(しゆとす)_二正者(せいなるものを)_一若(もし)併(ならびに)画(ゑがく)_二附(ふする)者(ものを)_一
 則(ときは)就(つひて)_二図(づ)-中(ちうに)_一識(しるし)_二-別(わかつ)之(これを)_一
一/諸(しよ)-品(ひんの)名(めい)-称(しやう)大(おほ)-抵(むね)漢字(かんじは)以(もつて)_二方(はう)-俗(ぞく)従(じう)-来(らい)熟(じゆく)-知(ち)慣(くはん)-用(よう)者(するものを)_一為(す)
 《割書: |レ》標(へうと)異(い)-称(しやうは)以(もつて)_二近(ちかく)_レ俗(ぞくに)宜(よろしき)_レ今(いまに)者(ものを)_一属(つく)_レ之(これに)其(その)和(わ)-名(みやうも)亦(また)有(ある)_二俗(ぞく)-呼(こ)_一則(ときは)
 必(かならず)採(とつて)_レ之(これを)不(ず)_レ避(さけ)_二鄙(ひ)-俚(り)猥(わい)-雑(ざつを)_一皆(みな)欲(ほつしてなり)_二幼(ち)【稺】童(どう)蒙士(もうしをして)易(やすからんことを)_一レ暁(さとり)
一/諸(しよ)-品(ひんの)形(けい)-状(じやう)並(ならびに)象(かたどる)_二茲(この)邦(くに)之(の)風(ふう)-俗(ぞく)土(と)-産(さんに)_一矣/凡(およそ)所(ところの)_二目(もく)-撃(げきする)_一者(ものは) 
 便(すなはち)【𠊳】筆(ひつして)_而/摹(もす)【うつすヵ】_レ之(これを)或(あるひは)拠(より)_二画家(ぐはか)之(の)所(ところに)_一レ写(うつす)或(あるひは)審(つまびらかに)問(とひ)_二識(しる)_者(ひとに)_一然(しかして)_後(のち)
 侖(ろんじて)_レ工(こうに)描(べう)_二-成(せいす)之(これを)_一其(その)間(あひだ)有(ある)_二本(ほん)-土(との)所_レ無(なき)及(および)有(う)-無(む)未(いまだ)【左ルビ「ざること」】_一レ審(つまびらかなら)則(ときは)並(ならびに)

 以(もつて)_二異(い)-邦(はうの)風(ふう)-物(ぶつを)_一補(おぎなふ)_レ之(これを)然(しかれども)豊(ほう)-偉(い)之(の)体(てい)非(あらず)_三小(せう)-図(づの)所(ところに)_二能(よく)_容(いるゝ)_一繊(せん)
 宻(みつ)之(の)_文(ぶん)非(あらず)_三曲(きく)-鑿(さくの)所(ところに)_二能(よく)_鐫(ゑる)_一況(いはんや)只(たゞ)墨(ぼく)-印(いんして)而/無(なきをや)_レ施(ほとこすこと)_二暈(うん)-彩(さいを)_一乎
 所(ところ)_レ得(うる)止(たゞ)依(い)-稀(ちたる)【依稀「いき」ヵ。絺「ち」。】疎(そ)-影(ゑいをや)乎
一/引(いん)-証(しよう)之(の)図(と)-書(しよ)漢字(かんじは)以(もつて)_二/三(さん)-才(さい)図(ず)-会(ゑ)農(のう)-政(せい)全(ぜん)-書(しよ)及(および)諸(しよ)-家(かの)
 本(ほん)-草(ざう)之(の)図(づ)-説(せつを)_一/為(す)_レ主(しゆと)凡(およそ)訓(くん)-詁(こ)注(ちう)-疏(そ)稗(はい)-史(し)雑(ざつ)-編(へんの)-中(うち)有(ある)_二明(めい)
 徴(てう)_一則(ときは)採(さい)-摭(しやして)【採摭「さいせき」ヵ「さいしゃく」ヵ】以(もつて)稗(ひ)-益(ゑきす)矣/国書(こくしよは)以(もつて)_二源氏(げんじが)和(わ)-名(みやう)-集(しうを)_一/為(し)_レ本(もとゝ)以(もつて)_二
 林(りん)-氏(しが)多(た)-識(しよく)-編(へんを)_一継(つぐ)_レ之(これに)凡(およそ)類(るい)-編(へん)雑(ざつ)-抄(せう)如(ごとき)_二字(じ)-鏡(きよう)壒(あい)-囊(のう)下(か)-学(がく)
 節(せつ)-用(やう)之(の)等(たぐひの)_一並(ならびに)参(まじへ)_レ之(これに)補(おぎなふ)_レ之(これを)若(もし)質(たゞし)_二諸(これを)華(くは)-人(じんの)帰(き)-化(くはする)者(ものに)_一問(とひ)_二諸(これを)
 交(かう)-游(ゆうの)博(ひろき)_レ物(ものに)者(ひとに)_一咨(とひ)_二諸(これを)技(き)-術(じゆつ)親(しんする)_レ事(ことに)者(ものに)_一詢(とひ)【訓点二】諸(これを)樵(せう)-魚(ぎよ)処(しよする)_レ野(やに)者(ものに)_一
 合(がつ)-巧而(こうして)独(どく)_二-断(だんする)之(これを)_一則(ときは)必(かならず)称(しようして)_二今(こん)-按(あんと)_一以(もつて)別(わかつ)_レ之(これを)其(その)未(いまだ)【左ルビ「さる」】_レ審(つまびらかにせ)者(ものは)称(しようして)_二
【左頁上欄書入れ】9
    【柱】頭書増補訓蒙図彙凡例    二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙凡例    二
 或(あるひは)_曰(いはくと)_一以(もつて)備(そなふ)_二参(さん)-閲(ゑつに)_一矣/敢(あへて)正(たゞすとなれや)_二其(その)-名(なを)_一也哉/即(すなはち)以(もつて)_レ疑(うたがひを)伝(つたふる)_レ之(これを)耳(のみ)
 弁(べん)_二-明(めい)揀(れん)_三-繹(ゑきすることは)之(これを)_一在(あり)_レ/人(ひとに)也
一/今(いま)以(もつて)_二目(もく)-次(し)之(の)数(すうを)_一別(べつに)為(なし)_二大(たい)-字(じの)冊(さく)-子(しと)_一呼(よんで)曰(いふ)_二/三(さん)-才(さい)千(せん)-字(じ)-文(もんと)_一
 無(なし)_レ他(た)便(たよりすとなり)于/戯筆(きひつに)_一也
一/原(げん)-本(ほんの)図(づ)-彙(いに)所_二遺漏(いろうする)_一随(したがつて)_レ得(うるに)補(おぎなふ)之(これを)然(しかれども)事(じ)-物(ぶつ)之(の)無(なき)_レ限(かぎり)可(べき)_レ玩(もてあそふ)
 者(もの)亦(また)多(た)-端(たん)近(ちかごろ)尋(たづね)_レ彼(かれに)問(とひ)_レ此(これに)撰(ゑらび)_下益(ゑきある)_二于/愛(あい)-玩(ぐはんに)_一者(もの)数(す)-百(ひやくを)_一【訓点「上」ヵ】為(なす)_二続(ぞく)-
 編(へんと)_一其(それ)行(ゆく〳〵)将(まさに)【左ルビ「すと」】_レ嗣(つがんと)_レ刻(こくを)云(いふ)

頭書増補訓蒙図彙目録(かしらがきぞうほきんもうづゐもくろく)
  巻(くはん)之(の)一  天文之部(てんぶんのぶ)
両儀(りやうぎ)     七政(しちせい)     太極(たいきよく)     陰陽(いんやう)    倭国(わこく)
国常立尊(くにとこたちのみこと) 秋津洲(あきつす)     日本国(にほんごく)    大唐 (たいとう)   盤古氏(はんこし)
北辰(ほくしん)     列宿(れつしゆく)     日(じつ)《割書:ひ》     月(げつ)《割書:つき》     星(せい)《割書:ほし》
斗(と)《割書:北斗(ほくと)》    晦(くはい)《割書:つごもり》    朔(さく)《割書:ついたち》   弦(けん)《割書:ゆみはり》     望(ばう)《割書:もちづき》
参(しん)《割書:からすきぼし》  昴(ばう)《割書:すばるぼし》   彗(せい)《割書:はゝきぼし》   孛(はい)《割書:ぼつせい》     日蝕(につしよく)《割書:むしくひ》
月蝕(ぐわつしよく)《割書:むしばむ》 天漢(てんかん)《割書:あまの| がは》   牽牛(けんぎう)《割書:ひこぼし》  織女(しよくじよ)《割書:たなばた|  つめ》 長庚(ちやうかう)《割書:ゆふづく》
太白(たいはく)《割書:あかぼし》  虚空(こくう)《割書:そら》    雲(うん)《割書:くも》     煙(ゑん)《割書:けふり》     風(ふう)《割書:かぜ》
露(ろ)《割書:つゆ》     霧(む)《割書:きり》     雨(う)《割書:あめ》     氷(へう)《割書:こほり》     雪(せつ)《割書:ゆき》
【上欄書入れ】10
    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録        一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録        一
虹(こう)《割書:にじ》   暈(うん)《割書:かさ》    雷(らい)《割書:いかづち》 電(でん)《割書:いなづま》 雹(はく)《割書:あられ》
氷柱(へいちう)《割書:つらゝ》
  巻(くわん)之(の)二  地理(ちり)之(の)部(ぶ)
山(さん)《割書:やま》   巓(てん)《割書:いたゞき》  峰(ほう)《割書:みね》   坂(はん)《割書:さか》   嶽(がく)《割書:だけ》
巌(がん)《割書:いはほ》  谷(こく)《割書:たに》    瀑(はく)《割書:たき》   丘(きう)《割書:をか》   盤(はん)《割書:いは》
崖(がい)《割書:かけぎし》  麓(ろく)《割書:ふもと》  桟(さん)《割書:かけはし》  洞(とう)《割書:ほら》   岬(かう)《割書:みさき》
村(そん)《割書:むら》   林(りん)《割書:はやし》   川(せん)《割書:かわ》   洲(しう)《割書:す》   岸(がん)《割書:きし》
海(かい)《割書:うみ》   島(とう)《割書:しま》   波(は)《割書:なみ》   渦(くは)《割書:うづ》   浜(ひん)《割書:はま》
畔(はん)《割書:くろ》   田(でん)《割書:た》    塚(ちよう)《割書:つか》   井(せい)《割書:ゐ》   韓(かん)《割書:いづゝ》
独梁(どくりやう)《割書:ひとつ| ばし》 溝(かう)《割書:みぞ》   場(ぢやう)《割書:ば》   沢(たく)《割書:さは》   池(ち)《割書:いけ》

礫(れき)《割書:さゞれいし》 石(せき)《割書:いし》   沙(しや)《割書:すな》   泉(せん)《割書:いずみ》  塘(たう)《割書:つゝみ》
道(どう)《割書:みち》   野(や)《割書:の》    畷(せつ)《割書:なはて》  園(ゑん)《割書:その》   圃(ほ)《割書:はたけ》
閭(りよ)    衢(く)《割書:ちまた》   城(じやう)《割書:しろ》   塹(せん)《割書:ほり》   封疆(はうきやう)《割書:どて》
橋(きやう)《割書:はし》  市(し)《割書:いち》    津(しん)《割書:つ》   堤(てい)《割書:つゝみ》   浮橋(ふきやう)《割書:うき| はし》
水柵(すいさく)《割書:しがら|  み》 閘(かう)《割書:ひのくち》  堰(ゑん)《割書:ゐせき》  森(しん)《割書:もり》   関(くわん)《割書:せき》
峠《割書:とうげ》   沼(せう)《割書:ぬま》   薮(そう)《割書:やぶ》   牧(ぼく)《割書:まき》   墓(ぼ)《割書:はか》
  巻之三  居処(きよしよ)之(の)部(ぶ)
殿(てん)《割書:との》   棟(とう)《割書:むね》   檐(ゑん)《割書:のき》   楹(ゑい)《割書:はしら》   摶風(はふ)
蔀(ほう)《割書:しとみ》   階(かい)《割書:きざはし》 礎(そ)《割書:いしずへ》  欄杆(らんかん)   扉(ひ)《割書:とびら》
廊(らう)《割書:ほそどの》  庭(てい)《割書:には》   門(もん)《割書:かど》   牆(しやう)《割書:かき》   磚(せん)《割書:しきがはら》
【上欄書入れ】11
    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録        二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録        二
砌(せい)《割書:みぎり》  華表(くはへう)《割書:とりゐ》 宮(き)《割書:みや》   瑞籬(ずいり)《割書:みづ| がき》  楼(ろう)《割書:たかどの》
雪打(ゆた)     宅(たく)《割書:いゑ》   櫺(れい)《割書:まど》   厨(ちう)《割書:くりや》   窖(かう)《割書:あなぐら》
寺(じ)《割書:てら》   塔(たう)《割書:あらゝぎ》  亭(てい)《割書:あばらや》  廬(ろ)《割書:いほり》   屋(をく)《割書:や》
厠(し)《割書:かはや》  坊(ばう)《割書:まち》   店(てん)《割書:いちぐら》  槅子(かうし)    倉(さう)《割書:くら》
廡(ぶ)《割書:ひさし》  斎(さい)     窓(さう)《割書:まど》   戸(と)《割書:と》    瓦(ぐは)《割書:かはら》
蟆股《割書:かへる|   また》楗(けん)《割書:くわんのき》 扃(けい)《割書:とざし》   臥房(ぐはばう)《割書:ねや》   鋪首(ほしゆ)
壁(へき)《割書:かべ》  庁(ちやう)【廳】《割書:まんどころ》厩(きう)《割書:むまや》牢獄(らうごく)《割書:ひとや》  柵(さく)《割書:しがらみ》
閨(けい)《割書:ねや》  籬(り)《割書:ませがき》 浴室(よくしつ)《割書:ゆどの》  枢(すう)【樞】《割書:くろゝ》駅(ゑき)《割書:むまやど》
護摩堂(ごまだう)  台(たい)【臺】《割書:うてな》櫓(ろ)《割書:やぐら》 桟敷(さんじき)     蹴鞠坪(しうきくのつぼ)
輪蔵(りんざう)   護朽(ごきう)    榱(さい)《割書:たるき》   枅(けい)《割書:ひぢき》    桁(かう)《割書:けた》

藻井(さうせい)   枓(と)《割書:ますがた》  窯(よう)《割書:かはらがま》
  巻(くはん)之(の)四  人物(じんぶつ)之部
公(こう)《割書:きみ》   卿(けい)《割書:きみ》   士(し)《割書:さふらい》  女(じよ)《割書:をんな》  嬰(ゑい)《割書:みどりこ》
童(どう)《割書:わらはべ》   翁(おう)《割書:おきな》  婆(ば)《割書:うば》   兵(へい)《割書:つはもの》  農(のう)《割書:ものつくり》
工(こう)《割書:だいく》  商(しやう)《割書:あきびと》  賈(こ)《割書:あきびと》 医(い)《割書:くすし》   卜(ぼく)《割書:うらなひ》
膳夫(ぜんふ)《割書:かしはで》 画工(ぐはこう)《割書:ゑし》  巫(ぶ)《割書:みこ》   祝(しく)《割書:かんぬし》  僧(そう)《割書:よすてびと》
尼(に)《割書:あま》   鍛(たん)《割書:かぢや》  冶(や)《割書:ゐものし》  陶家(たうか)《割書:すへもの| つくり》 鬼(き)《割書:おに》
仙(せん)《割書:やまびと》  仏(ぶつ)《割書:ほとけ》  薩(さつ)《割書:ぼさつ》  樂官(がくくはん)《割書:がく| にん》 伶人(れいじん)《割書:まひ| びと》
俳優(はいゆう)《割書:わざ| おき》 染匠(せんしやう)《割書:そめ| どの》 蚕婦(さんふ)《割書:こがひ》 機女(きぢよ)《割書:はた| をり》 弓人(きうじん)《割書:ゆげし》
矢人(しじん)《割書:やはぎ》 函人(かんじん)《割書:よろひ|  し》 玉人(ぎよくじん)《割書:たま| ざいく》 硯工(けんこう)《割書:すゞり|  きり》櫛引(くしひき)
【上欄書入れ】12
    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録        三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録        三
銀匠(ぎんしやう)《割書:しろかね| ざいく》 褙匠(はいしやう)《割書:ひやうぐ|   し》烏帽子折(ゑぼうしをり) 皮匠(ひしやう)《割書:かはざいく》 傘工(さんこう)《割書:かさ| はり》
針磨(はりすり)    牙婆(がは)《割書:す| あひ》  薦僧(こもぞう)   筆工(ひつこう)《割書:ふで| ゆひ》 石工(せきこう)《割書:いし| きり》
圬者(うしや)《割書:かべ| ぬり》  相撲使(ことりづかひ)《割書:すもふ| とり》 扇工(せんこう)《割書:あふぎ|  や》漆匠(しつしやう)《割書:ぬし》  侏儒(しゆじゆ)《割書:一寸| ぼうし》
兎脣(としん)《割書:いくち》  駝背(だはい)《割書:せむし》  蜑人(ゑんじん)《割書:あま》 釣叟(てうさう)    樵夫(せうふ)《割書:きこり》
猟師(れうし)《割書:かりう|  ど》  瞽者(こしや)《割書:もう| もく》  乞兒(きつじ)《割書:もの| もらひ》販婦(はんふ)《割書:ひさき|  め》  漁夫(ぎよふ)《割書:すなどり》
舟子(しうし)《割書:ふなこ》  牧童(ぼくどう)《割書:うしかひ| わらは》 鏡造(かゞみつくり)  娼婦(しやうふ)《割書:うかれめ》 遊女(ゆうぢよ)《割書:うかれめ》
渉人(せうじん)《割書:わたし| もり》  駕輿丁(かよてう)《割書:かご|かき》 浪人(らうにん)   傀儡師(くわいらいし)《割書:てくゞつ》馬借(ばしやく)《割書:むまさ|   し》
伯楽(はくらく)《割書:むま|くすし》  車借(くるまがし)   問丸(とひまる)   土器師(かはらけし)   《割書:大(お)|原(はらの)》黒木女(くろぎめ)
屠者(としや)《割書:ゑた》   中国(ちうごく)    朝鮮(てうせん)   蕭慎(しくしん)   蒙古(もうこ)
天竺(てんぢく)    琉球(りうきう)    安南(あんなん)   東番(とうばん)《割書:たか| さご》 暹羅(せんら)《割書:しや| むろ》

占城(せんせい)《割書:ちやん| はん》 東夷(とうい)《割書:ゑぞ》  南蛮(なんばん)《割書:みなみの| ゑびす》 呂宋(りよそう)《割書:るすん》  長脚(ちやうきやく)《割書:あしなが》
長臂(ちやうひ)《割書:てなが| じま》 崑崙(こんろん)《割書:くろ| ぼう》 長人国(ちやうじんこく)  小人国(しやうじんこく)
  巻(くはん)之五  身体(しんたい)之部
頭(づ)《割書:かしら》  口(こう)《割書:くち》   眉(び)《割書:まゆ》    目(もく)《割書:め》     耳(に)《割書:みゝ》
鼻(び)《割書:はな》   歯(し)《割書:は》   舌(ぜつ)《割書:した》     鬚《割書:したひげ》  髭(し)《割書:うはひげ》
鬢(びん)    髪(はつ)《割書:かみ》   筋(きん)《割書:すぢ》    毛(もう)《割書:け》     顱(ろ)《割書:はち》
骨(こつ)《割書:ほね》   腹(ふく)《割書:はら》   背(はい)《割書:せなか》   手(しゆ)《割書:て》     脚(きやく)《割書:あし》
拳(けん)《割書:こぶし》  指(し)《割書:ゆび》   肋(ろく)《割書:あばらぼね》  乳(にう)《割書:ち》     心(しん)《割書:こゝろ》
肺(はい)《割書:ふく〳〵し》 脾(ひ)《割書:よこし》  腎(じん)《割書:むらと》   肝(かん)《割書:きも》    膽(たん)《割書:ゐ》
腸(ちやう)《割書:はらわた》 大腸(だいちやう)   小腸(せうちやう)    胃(い)《割書:くそぶくろ》  膀胱(ぼうくわう)《割書:ゆばり》
【上欄書入れ】13
    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録        四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録        四
包絡(はうらく)    臓腑(ぞうふ)    胞胎(はうたい)《割書:はら| ごもり》 胎衣(たいい)《割書:ゑな》
  巻(くはん)之六  衣服(いふく)之部
冕(べん)《割書:たまのかむり》 纓(えい)    冠(くはん)《割書:かむり|官品玉冠(くわんひんのぎよくくはん)》幞(ぼく)    巾(きん)《割書:頭巾(づきん)|唐巾》
帽(ばう)     帽子(もうす)    笏(こつ)《割書:木笏(もくしやく)|牙笏(げしやく)》  烏帽子(ゑぼし)   緌(い)
袞(こん)     裳(しやう)《割書:も》    袍(はう)《割書:うへのきぬ》  衫(さん)《割書:かたびら》  袴(こ)《割書:はかま》
裙(くん)《割書:も》    珮(はい)《割書:をもの》   帯(たい)《割書:をび》    靴(くわ)《割書:くわのくつ》 半臂(はんひ)
缺掖(けつゑき)    布衣(ほい)    奴袴(ぬこ)     襟(きん)《割書:ゑり》   裾(きよ)
衿(れい)《割書:ゑり》    袖(しう)《割書:そで》   袈裟(けさ)     直掇(ぢきとつ)   魚袋(ぎよたい)
革帯(かくたい)《割書:いしの| をび》  韈(べつ)《割書:したうづ》  深衣(しんい)     幅巾(ふくきん)   絡子(らくし)《割書:くはら》
履(くつ)《割書:浅履(あさぐつ)|■(くり)【烏ヵ】皮履(かはのくつ)》被(ひ)《割書:ふすま|睡襖(すいをう)》帨(ぜい)《割書:てのごひ》   帕(はく)    緇布冠(しふくはん)

毛裘(もうきう)《割書:かは| ごろも》 涎衣(ぜんい)《割書:よだれ| かけ》  裹脚(くわきやく)《割書:きや| はん》 幄(あく)     帳(ちやう)《割書:かや》
幔(まん)《割書:とばり》   幕(ばく)《割書:まく》    座具(ざぐ)   縁道絹(えんどうのきぬ)   夾衣(きやうい)《割書:あわせ》
褥(し)《割書:しとね》   降緒(かうしよ)《割書:さげを》  雨衣(うい)《割書:かつは》 浴衣(よくい)《割書:ゆかた| びら》  蔽膝(へいしつ)《割書:まへだれ》
鞋(かい)《割書:糸(し)【絲】鞋(かい)《割書:いと| ぐつ》|草鞋(さうかい)《割書:わら| ぐつ》》 屐(げき)《割書:あしだ|木履(ぼくり)》
  巻(くはん)之七  宝貨(はうくは)之部
金(きん)《割書:こがね》   銀(ぎん)《割書:しろかね》  鈆(ゑん)【鉛】《割書:なまり》鐵(てつ)《割書:くろがね》 銅(とう)《割書:あかゞね》
銭(せん)《割書:ぜに》    珠(しゆ)《割書:たま》   玉(ぎよく)《割書:たま》   礬(はん)     硃(しゆ)《割書:朱砂(しゆしや)|銀朱(ぎんしゆ)》
硫(いわう)《割書:ゆのあわ|発燭(はつしよく)》 硝(せう)《割書:芒硝(ばうせう)|牙硝(げせう)》   磁(じ)《割書:はりすい|   いし》 砒(ひ)《割書:どくいし|砒霜(ひさう)》  砥(し)《割書:あはせど》
礪(れい)《割書:あらと》   玻璃(はり)    瑪瑙(めのう)    硨磲(しやこ)    瑠璃(るり)
珊瑚(さんご)    琥珀(こはく)    琅玕(らうかん)    玳瑁(たいまい)    紗(しや)《割書:もじ》
【上欄書入れ】14
    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録        五

    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録        五
熨斗目(のしめ)   錦(きん)《割書:にしき》   繍(しう)《割書:ぬひもの》  縠(こく)《割書:ちりめん》   綾(りやう)《割書:あや》
綃(せう)《割書:すゞし》  緞(たん)《割書:どんす》    絹(けん)《割書:きぬ》   繻珍(しゆちん)    繻子(しゆす)
紅染(もみぞめ)   加賀絹(かがぎぬ)   線(せん)《割書:よりいと》  絛(たう)《割書:くみひぼ|《割書:又》組(そ)《割書:又》紃(しゆん)《割書:同》》 糸(し)【絲】《割書:いと》
綿(めん)《割書:わた》   八/丈島(じやうじま)  絨(しう)《割書:びらうど》  氈(せん)《割書:もうせん》   金薄(きんばく)
水銀(みづかね)   高麗織(かうらいをり)   皮(ひ)《割書:かは》   革(かく)《割書: |韋(い)》   鉄(てつ)【鐵】線(せん)《割書:はり| がね》
水精(すいしやう)《割書:みづとり|  たま》火精(くわしやう)《割書:ひとり| だま》 緑青(ろくしやう)   白粉(はくふん)《割書:おしろい》  雲母(うんも)《割書:きらゝ》
石膽(せきたん)《割書:たんはん》浮石(ふせき)《割書:かろいし》 温石(をんじやく)   滑石(くわつせき)    鱉甲(べつかう)
麒麟血(きりんけつ)  幣(へい)《割書:にぎて》   木綿襷(ゆふだすき)  石灰(せきくわい)《割書:いし| ばひ》  海鹽(かいゑん)
  巻(くはん)之八  器用(きよう)之部
紙(し)《割書:かみ》   筆(ひつ)《割書:ふで》   墨(ぼく)《割書:すみ》   硯(けん)《割書:すゞり》   書(しよ)《割書:本 横巻|冊子》

画(ぐは)《割書:ゑ》    裱(へう)《割書:へうし》   帙(じつ)《割書:ふまき》   牋(せん)《割書:しきし》   印(ゐん)《割書:をして》
印色(いんしよく)《割書:いんにく》 符(ふ)《割書:わりふ》   簿(ほ)    暦(れき)《割書:こよみ》   扇(せん)《割書:あふぎ》
団扇(だんせん)《割書:うちは》  翳(ゑい)《割書:は》    筭(さん)《割書:そろばん》  尺(しやく)《割書:ものさし|摺尺(せうしやく)》 払塵(ふつぢん)《割書:ほつす》
如意(によい)    几(き)《割書:をしまづき》  案(あん)《割書:つくゑ》   蝋燭(らうそく)   鐘(しやう)《割書:つりがね》
笛(てき)《割書:ふゑ》    尺八(しやくはち)《割書: |竪笛(しゆてき)》 横笛(わうてき)《割書:よこ| ぶゑ》 鐸(たく)《割書:すゞ》   風鈴(ふりやう)
鈴子(れいし)《割書:すゞ》   鈸(はつ)     鉦(しやう)     土拍子(とびやうし)   籥(やく)《割書:こまぶえ》
鼓(こ)《割書: |大鼓也(たいこなり)》  笙(しやう)     簫(しやう)     柷(しく)     磬(けい)《割書: |銅磬(どうけい)》
律(りつ)《割書:づだけ》   琴(きん)《割書:こと》    瑟(しつ)     筝(さう)《割書:さうのこと》 阮(げん)《割書:阮咸(げんかん)|月琴(げつきん)》
琵琶(びは)    篳篥(ひちりき)     軫(しん)《割書:琴軫(ことのしん)|比巴軫(びはのしん)》 柱(ちう)     敔(ぎよ)《割書:さゝら》
枹(ふ)《割書:大鼓枹(たいこのばち)|羯鼓枹(かつこのばち)》 撥(ばち)《割書:比巴撥(びはのばち)|三絃撥(さんけんのばち)》  塤(けん)    鼗(たう)《割書:ふりつゞみ》 三絃(さんけん)《割書:さみ| せん》
【上欄書入れ】15
    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録        六

    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録        六
繫爪(けつさう)   仮面(かめん)《割書:まひの| おもて》  銅鑼(とうら)   銅鉢(とうはち)《割書:きん》  羯鼓(かつこ)
腰鼓(えうこ)   風鐸(ふうたく)《割書:はう| ちやく》  雲版(うんはん)《割書:ちやう| はん》 嗩吶(さのう)   喇叭(らは)《割書: 同|銅角(とうかく)》
六采(りくさい)《割書:すご| ろく》 棊(き)《割書:ご》     枰(へい)《割書:ごばん》  簺(さい)《割書: |骰子(たうし)》  象棋(しやうぎ)
硯屏(けんびやう)   水滴(すいてき)《割書: |水中丞(すいちうぜう)》書鎮(しよちん)   筆架(ひつか)    界方(かいはう)《割書:ひぢやう|   ぎ》
圧尺(あつしやく)《割書:けさん》 眼鏡(がんきやう)《割書:めがね》 爪杖(さうぢやう)《割書:まごの|  て》 鞠(きく)《割書:まろ》   燭台(しよくだい)
燭奴(しよくど)   灯籠(とうろう)    灯檠(とうけい)    油瓶(ゆびやう)    燭𤋎【「前+火」。燭剪ヵ燭翦ヵ】《割書:しん| きり》
灯(とう)《割書:ともしび》 挑灯(てうちん)《割書:同|提灯》  方灯(はうとう)《割書:あん| どう》  烟火(ゑんくわ)《割書:はなび》  拍板(はくはん)《割書:びん| ざゝら》
香炉(かうろ)   筋瓶(ぢよびやう)    佩香(はいかう)《割書:にほひ|のたま》  線香(せんかう)    薫籠(くんろう)《割書:ふせご》
香餅(かうべい)《割書:たどん》 空鐘(くうしやう)《割書:たう| ごま》 毬杖(きうぢやう)《割書:ぎつ| ちやう》 投壺(とうこ)《割書:つほ| なげ》  爆竹(はくちく)《割書:さぎ| ちやう》
紙鳶(しゑん)《割書:いかの| ぼり》 竹馬(ちくば)《割書:たけ| むま》  風車(ふうしや)《割書:かざ| ぐるま》 木偶(もくぐう)《割書:にん| ぎやう》 陀螺(だら)《割書:ぶしやう|  ごま》

  巻(くはん)之九  器用(きよう)之部
幢(とう)《割書:はた》   幡(ばん)《割書:はた》   旗(き)《割書:はた》   纛(たう)《割書:はた》   羽葆幢(うはうとう)
銅雀幢(とうじやくとう)  兵幡(へいはん)   仏幡(ぶつはん)   鉾(ぼう)《割書:ほこ》    楯(しゆん)《割書:たて》
鎧(がい)《割書:よろひ》  冑(ちう)《割書:かぶと》   刀(たう)《割書:かたな|短刀(のだち)長刀(ながだち)》鎗(さう)《割書:やり》   鈇(ふ)《割書:をの》
鉞(ゑつ)《割書:まさかり》  戈(くわ)《割書:ほこ》   戟(げき)《割書:ほこ》   柄(へい)《割書:え》  䂎(さん)《割書:いしづき|鐏(そん)《割書:同》䥞(げき)【鐓ヵ】《割書:同》》
幟(し)《割書:はたしるし》 剣(けん)《割書:つるぎ》   鐔(たん)《割書:つば》   鞘(せう)《割書:さや》   欛(は)《割書:つか》
矢(し)《割書:や》    鏃(ぞく)《割書:やじり》   靫(さ)《割書:うつぼ》  箙(ふく)《割書:やなぐひ》  弓(きう)《割書:ゆみ》
弩(ど)《割書:おほゆみ》  砲(はう)《割書:いしはじき》 銃(しう)《割書:てつはう》  韘(てう)《割書:ゆがけ》   韝(こう)《割書:ゆごて》
的(てき)《割書:まと》   垛(た)《割書:あづち》   鞍(あん)《割書:くら》   鐙(とう)《割書:あぶみ》   鞦(しう)《割書:しりがひ》
䪊(りう)《割書:おもがひ》  銜(かん)《割書:くつわ》   鑣(せう)《割書:くつわの|  かゞみ》 韁(きやう)《割書:たづな》  鞭(べん)《割書:むち》
【上欄書入れ】16
    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録        七

    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録        七
長剣(ちやうけん)《割書:なぎ| なた》 鋼叉(かうさ)《割書:十もん|   じ》 鉄把(てつは)《割書:つく| ぼう》  鉄鞭(てつべん)《割書:かな| むち》  火箭(くわせん)《割書:ひや》
飄石(へうせき)《割書:づん| ばい》  発貢(はつこう)《割書:いし| びや》 鹿砦(ろくさい)《割書:さか| もぎ》  障泥(しやうでい)《割書:あをり》 屧脊(せうせき)
鉗(けん)《割書:くびがね》  枷(か)《割書:くびかし》  笞(ち)《割書:しもと|杖(じやう)《割書:つえ》》  棒(ばう)《割書: |棍(こん)《割書:同》》   吾杖(ごぢやう)《割書:きりこ》
碇(てい)《割書:いかり》   車(しや)《割書:くるま》   輦(れん)《割書:てぐるま》  兜(とう)《割書:かぶと》   輿(よ)《割書:こし》
輪(りん)《割書:わ》   輞(まう)《割書:おほわ》  轂(こく)《割書:こしき》  輻(ふく)《割書:や》   軸(ぢく)《割書:よこき【よこがみヵ】》
轅(ゑん)《割書:ながえ》   軛(やく)《割書:くびき》   桊(けん)《割書:はなぎ》  桟【棧】車(しや)《割書:にぐる|  ま》 籃輿(かんよ)【らんよヵ】《割書:あんだ》
帆(はん)《割書:ほ》    檣(しやう)《割書:ほばしら》  柁(た)《割書:かぢ》   舟(しう)《割書:ふね》    舶(はく)《割書:ふね》
艜(たい)《割書:ひらた》   艇(てい)《割書:をぶね》   㯭(ろ)    棹(たう)《割書:かい》    筏(はつ)《割書:いかだ》
篷(ほう)《割書:とま》   野航(やかう)《割書:わたし| ぶね》  番舶(ばんはく)《割書:ゑびす| ぶね》 車蓋(しやかい)《割書:くるまの| やかた》  轄(かつ)《割書:くさび》
軌(き)【䡄】《割書:くるまの|  よこぎ》

  巻(くはん)之十  器用(きよう)之部
犂(り)《割書:からすき》  耙(は)《割書:むまくは》  鑱(さん)《割書:からすきの|    さき》 鐴(へき)《割書:からすきの|    へら》鎌(れん)【鐮】《割書:かま》 
擔(たん)《割書:あふご》   輭擔(せんたん)《割書:やま| あふご》匾擔(へんたん)《割書:たび| あふご》 钁(くわく)《割書:すき》   鍤(さう)《割書:くは》
鎛(はく)《割書:こぐは》   鏟(さん)《割書:こずき》  櫌(いう)《割書:つちわり》  杈(さ)《割書:またぶり》  杷(は)《割書:さらひ》
竹杷(ちくは)《割書:こま| ざらひ》 木杷(もくは)    朳(はつ)《割書:えぶり》   鉄搭(てつたう)《割書:くまで》 火叉(くはさ)
蓑(さ)《割書:みの》    笠(りつ)《割書:かさ》   畚(ほん)《割書:ふご》   籠(ろう)《割書:
かご》   篠(でう)《割書:あじか》
簣(き)《割書:あじか》   礱(ろう)《割書:すりうす》  磨(ま)《割書:いしうす》  碓(たい)《割書:からうす》  榨(さ)《割書:うちひ》
銀剪(きんせん)《割書:かな| ばさみ》 石鏨(せきせん)《割書:いしきり|  のみ》 連耞(れんか)《割書:から| さほ》 機(き)《割書:はた》   杼(ぢよ)《割書:ひ》
筬(せい)《割書:をさ》   綜(そう)《割書:へ》    筟(ふ)《割書:くだ》    篗(わく)    績纒(せきてん)《割書:へそ》
絡柅(らくち)《割書:たゝ|  り》  績桶(せきとう)《割書:おごけ》 紡錘(はうすい)《割書:つむ》  布機(ふき)《割書:しも| はた》 撥柎(はつふ)《割書:まひ|  ば》
【上欄書入れ】17
    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録        八

    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録        八
搗砧(たうちん)《割書:きぬた》 繰車(さうしや)《割書:おほが》  繀車(さいしや)《割書:ぬき| かぶり》撹車(かうしや)《割書:きわた| くり》 紡車(はうしや)《割書:いとより| くるま》
蚕連(さんれん)   蚕簿(さんはく)《割書:えびら》  針(しん)《割書:はり》   熨(い)《割書:のし》   規(き)《割書:ぶんまはし》
矩(く)《割書:まがりがね》 準(じゆん)《割書:さげすみ》  縄(じやう)《割書:すみつぼ》 釿(きん)《割書:てをの》  鐁(し)《割書:かな》
鉋(はう)《割書:つきかんな》 鋸(きよ)《割書:のこぎり》  槌(つい)《割書:つち》   木槌(もくつい)《割書:こづち》 㭬鏨(たくげき)《割書:あいづち》
柊楑(しうき)《割書:さい| づち》  鑿(さく)《割書:のみ》   鑽(さん)《割書:きり》   錐(すい)《割書:きり》   /𣖯(しん)【木偏に竹+心】《割書:すみさし》
鏝(まん)《割書:こて》   鑢(りよ)《割書:やすり》   鏨(せん)《割書:たがね》   鑕(しつ)《割書:かなしき》 鋏(けう)《割書:かなばし》
鎚(つい)《割書:かなづち》  鐇(ばん)《割書:まさかり》  斧(ふ)《割書:をの》   鞴(はい)《割書:ふいがう》  堝(くわ)《割書:るつぼ》
削刀(さくたう)《割書:こがた|   な》 裁刀(さいたう)《割書:ものたち| がたな》 楔(せつ)《割書:くさび》  釘(てい)《割書:くぎ》   索(さく)《割書:なは》
橛(けつ)《割書:くひ》   鉸具(かうぐ)《割書:てふつ|  がひ》  箍束(こそく)《割書:わ》  篾箍(べつこ)《割書:たけわ》  鉄束(てつそく)《割書:かなは》
釣鉤(てうこう)《割書:つり| ばり》  砧(ちん)《割書:あて》   轆轤(ろくろ)《割書:くる| まき》 桔槹(けつかう)《割書:はね| つるべ》 瓦竇(ぐわたう)《割書:かわら|   び》

綿弓(めんきう)《割書:きわた| ゆみ》  旋盤(せんはん)《割書:すへ| ものゝ|   ぐ》 牽鑽(けんさん)《割書:ろくろ| かな》  木梴(もくてい)《割書:てこ》  鉄梃(てつてい)《割書:かな| てこ》
絞車(かうしや)《割書:まき| ろくろ》 趕網(かんまう)《割書:さで》  攩網(とうまう)《割書:すくひ| だま》  罾(そう)《割書:よつで》   羅(ら)《割書:とりあみ》
笯(ど)《割書:とりこ》   囮(くわ)《割書:おとり》   弶(りやう)《割書:わな》   矟(さく)《割書:やす》    雀竿(しやくかん)《割書:とり| ざほ》
鷹架(ようか)《割書:たかの| ほこ》  炉工台(ろくだい)【爐工臺】籞(きよ)《割書:いけす》 石籠(せきろう)《割書:しや| かご》 筒車(とうしや)《割書:みづ| づるま》
水筧(すいけん)《割書:かけ|  ひ》 翻車(はんしや)【飜車】《割書:りう| こつしや》戽斗(ことう)《割書:なげ| つるべ》塘網(たうまう)《割書:ひき| あみ》撒網(さんまう)《割書:うち| あみ》
案山子(かゞし)   魚簗(ぎよりやう)《割書:やな》  魚簄(ぎよこ)《割書:えり》   楨榦(ていかん)《割書:ついぢ| いた》  榰柱(しちう)《割書:つかへ》
水平(すいへい)《割書:みづ| ばかり》 縄車(じやうしや)《割書:なはなひ》 障子(しやうじ)   土圭(とけい)
  巻(くはん)之十一  器用(きよう)之部
簾(れん)《割書:すだれ》  屏(へい)《割書:びやうぶ》  囲屏(いびやう)【圍屏】《割書:をり| びやう|   ぶ》枕(しん)《割書:まくら》 席(せき)《割書:むしろ》
椅子(いす)    牀(しやう)《割書:ゆか とこ》 杌(ごつ)《割書:こしかけ》   墩(とん)《割書:こしかけ》  匜(い)《割書:はんざう》
【上欄書入れ】18
    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録        九

    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録        九
盥(くわん)《割書:たらひ》  鏡(きよう)《割書:かゞみ》  剪(せん)《割書:はさみ|摺(しう)【ろうヵ。訓蒙図彙は「せう」】剪(せん)。夾剪(けうせん)》 鑷(てふ)《割書:けぬき》  笄(けい)《割書:かんざし》
髪(ひ)《割書:かづら》  櫛(しつ)《割書:くし》  梳(しよ)《割書:すきぐし》  挿(さう)【㮑ヵ】《割書:さしぐし》枇(ひ)《割書:ほそぐし》
鏡台(きやうだい)《割書:《割書:かゞみ|  かけ》|鏡架(きやうか)》粉匣(ふんかう)《割書:おしろい|  ばこ》 壺(こ)《割書:つぼ》    瓶(へい)《割書:かめ》   樽(そん)《割書:たる》
櫑(らい)《割書:もたひ》  盃(はい)《割書:さかづき》  盞(さん)《割書:ちよく》   巵(し)《割書:さかづき》  爵(しやく)《割書:すゝめかうろ》
鼎(てい)《割書:あしかなへ》 鍋(くは)《割書:なべ》   釜(ふ)《割書:かま》    甑(そう)《割書:こしき》   鼎炉(ていろ)《割書:かうろ》
匙(し)《割書:かひ》   飯匙(はんし)    茶匙(さじ)    薬匙(やくじ)    香匙(きやうじ)
飯臿(はんさう)《割書:いひ| かゐ》 筋(ぢよ)《割書:はし》   火筋(くはぢよ)《割書:ひばし》  碗(わん)《割書: |盂(う)》    茶碗(ちやわん)
木椀(もくわん)   碟(せう)《割書:さら》    托(たく)《割書:ちやだい》  盤(ばん)《割書: |台盤(だいばん)》  盞盤(さんはん)《割書:さかづき|  だい》
盒(がう)《割書:じきろう》  鉢(はち)     盆(ぼん)《割書:さはち》   甕(おう)《割書:もたひ》   缶(ふ)《割書:つるべ| 汲桶》
桶(とう)《割書:をけ》   槽(そう)《割書:ふね》    杓(しやく)《割書:ひしやく》  筅(せん)《割書:ちやせん》  筅帚(せんさう)《割書:さゝら》

箕(き)《割書:み》    篩(さい)《割書:ふるひ》  筲(さう)《割書:いかき》  籃(かん)【らんヵ】《割書:かご》 竈(さう)《割書:かまど》
炉(ろ)《割書:ひたき》   燧(すい)《割書:ひうち》  火(くは)《割書:ひ》    升(せう)《割書:ます》    合(がふ)
杵(しよ)《割書:きね》   臼(きう)《割書:うす》   唾壺(だこ)《割書:ぢんこ》  湯婆(たうば)《割書:たんほ》  温壺(うんこ)
觶(たん)《割書:さかづき》  觚(こ)《割書:さかづき》 彛(い)《割書:たる》    洗(せん)《割書:はんだう》   尊(そん)《割書:たる》
罍(らい)《割書:もたひ》   簠(ほ)    簋(き)     鍑(ふ)《割書:さかり》    鐺(たう)《割書:さしなべ》  
樏(るい)《割書:わりご》   笥(し)《割書:はこ》  漏斗(ろと)《割書:じやうご》  湯鑵(たうくはん)《割書:やくわん》 水罐(すいくはん)《割書:みづ| かめ》
風炉(ふうろ)    雪洞(せつとう)   銅銚(とうてう)《割書:てう|  し》  銅提(とうてい)《割書:ひさげ》  提炉(ていろ)《割書:ちや|べん| たう》
提盒(ていがう)《割書:さげ| ぢう》  耳壺(じこ)   嚢(のう)《割書:ふくろ》   鎖(さ)《割書:じやう》   吹筒(すいとう)《割書:ひふき》
絹篩(けんさい)《割書:きぬ| ぶるひ》 糊刷(こせつ)《割書:のり| ばけ》 砧板(ちんはん)《割書:まな| いた》割刀(かつたう)《割書:はう| てう》麺(めん)【麪】杖(ぢやう)《割書:むぎ| をし》
薑擦(きやうさつ)《割書:わさび| おろ|   し》 豆(とう)  擂盆(らいぼん)《割書:すり| ばち》 天平(てんへい)《割書:てん| びん》 法(はう)【㳒】馬(ば)《割書:ふん| どう》
【上欄書入れ】19
    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録        十

    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録        十
秤(せう)《割書:はかり》錘(つい)《割書:はかりの|   おもし》橐(たく)《割書:おびぶくろ》/𨰉(さつ)【金+算+斤】《割書:くすり|  きざみ》 碾(てん)《割書:やげん》
鑰(やく)《割書:かぎ》    帚(しう)《割書:はゝき》   檯(だい)     櫉(ちう)《割書:づし》   箱(さう)《割書:はこ》
櫃(き)《割書:ひつ》 傘(さん)【𠎃】《割書:からかさ》 蓋(かい)【葢】《割書:きぬがさ》 拐(かい)《割書:かせづえ》 杖(ぢやう)《割書:つえ|拄杖》
炬火(こくは)《割書:たいまつ》 燎火(れうくは)《割書:にはび》  唧筒(そくとう)《割書:みづ| はじ|  き》 俎(そ)《割書:つくえ》   竿(かん)《割書:さほ》
梯(てい)《割書:はしご》   凳(とう)《割書:くらかけ》  標榜(へうはう)《割書:ふだ》  署扁(しよへん)《割書:がく》  胡床(こしやう)《割書:あぐら》
渾儀(こんぎ)     磁針(じしん)     佛龕(ぶつがん)《割書:づし》  仏座(ぶつざ)    華鬘(けまん)
木魚(もくぎよ)    鈴杵(れいしよ)    五鈷(ごこ)    三鈷(さんこ)    独鈷(とくこ)
宝(はう)【寶】■(ら)【偏「片」旁「票」】《割書:ほらの|  かい》 錫杖(しやくじやう)  手炉(しゆろ)《割書:えがう|  ろ》  数珠(すうじゆ)《割書:じゆす》  椸(い)《割書:いかう》
筁(きよく)《割書:をい》  石灯(せきとう)【燈】《割書:いし| どう|   ろ》 石碑(せきひ)《割書:いし| ぶみ》 神主(しんしゆ)  霊牌(れいはい)《割書:いはゐ》
押桶(おしおけ)    魚箸(ぎよちよ)《割書:まな| ばし》  摺畳椅(しうてうい)  交椅(かうゐ)《割書:きよく| ろく》  羽子板(うしはん)《割書:はご|いた》

酒帘(しゆきん)《割書:さか| ばやし》 鎹(そう)《割書:かすがい》 草薦(さうせん)《割書:こも》  竹席(ちくせき)《割書:あじろ》  鎖(さ)《割書:くさり》
𣞙(さう )【壴+桑】《割書:つゞみのどう》和卓(くはしよく)《割書:おしき》寶蓋(ほうかい)《割書:てん| がい》棺(くわん)《割書:ひつき》輀(じ)《割書:ひつき|  ぐるま》
龕(がん)     㡠禙(とうほい)   短冊(たんざく)    啄木(たくぼく)    要(かなめ)
紙手(かうで)    紙缕(しらう)《割書:かう| より》 土瓶(どびん)    滴器(できき)《割書:げすい》  柳筥(やないばこ)
皺皮(すうひ)《割書:ひき| はだ》  煙盃(ゑんはい)《割書:きせる》 抽匣(ちうかう)《割書:ひき| だし》
  巻(くはん)之十二  畜獣(ちくしう)之部
麒麟(きりん)    獬豸(かいち)    獅子(しし)    騶虞(すうぐ)    虎(こ)《割書:とら》
豹(へう)《割書:なかづかみ》 犀(さい)     象(ぞう)     熊(いう)《割書:くま》    獏(ばく)【貘】
豺(さい)《割書:やまいぬ》  狼(らう)《割書:おほかみ》  鹿(ろく)《割書:しか》   麑(げい)《割書:かのこ》   麞(しやう)《割書:くじか》
麋(び)《割書:おほしか》  麢(れい)《割書:にく》   麝(じや)《割書:しやかう》  綿羊(めんよう)《割書:むく| ひつじ》 羊(よう)《割書:ひつじ》
【上欄書入れ】20
    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録       十一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録       十一
野猪(やちよ)《割書:ゐの| しゝ》 山猪(さんちよ)《割書:やま| ぶた》  豕(し)《割書:ぶた》   豚(とん)《割書:ゐのこ》   馬(ば)《割書:むま》
駒(く)《割書:こま》   驪(り)《割書:くろごま》  騮(りう)《割書:かげのむま》 驄(そう)《割書:あしげ》   駁(はく)《割書:ぶち》
牛(ぎう)《割書:うし》《割書:特牛(こというし) 牝牛(めうし)|黄牛(あめうし) 犂牛(ほしまだらうし)》 犢(どく)《割書:こうし》   驢(ろ)《割書:うさぎむま》 駝(だ)《割書:らくだのむま》
狐(こ)《割書:きつね》   狸(り)《割書:たぬき》  貉(かく)《割書:むじな》   貒(たん)《割書:みだぬき》  猫(めう)《割書:ねこ》
犬(けん)《割書:いぬ》   㺜犬(のうけん)《割書:むくいぬ》 獒犬(がうけん)《割書:たう| けん》 霊猫(れいめう)《割書:じやかう|  ねこ》 蝟鼠(ゐそ)《割書:くさぶ》
兎(と)《割書:うさぎ》   獺(だつ)《割書:かわをそ》  貂(でう)《割書:りす》   猿(ゑん)《割書:さる》   猴(こう)《割書:ましら》
鼯(ご)《割書:むさゝび》  鼲(こん)《割書:てん》   海狗(かいく)《割書:おつと| せい》  海獺(かいだつ)《割書:うみ| をそ》  猩猩(しやう〳〵)
狒々(ひひ)   水牛(すいぎう)  鼠(そ)《割書:ねずみ》  鼴(ゑん)【鼹】《割書:うごろもち》 鼷(けい)《割書:はつか|  ねずみ》
蹄(てい)《割書:ひづめ》   騣(そう)《割書:たてがみ》  牙(げ)《割書:きば》   角(かく)《割書:つの》    鼬(いう)《割書:いたち》
  巻(くはん)之十三  禽鳥(きんてう)之部

鳳凰(ほうわう)   孔雀(くじやく)    錦鶏(きんけい)【雞】白鷴(はくかん)【鷳】鶴(くはく)《割書:つる》
鸛(くわん)《割書:こうづる》 鶬鴰(さうくわつ)《割書:まな| づる》 鴻(こう)《割書:ひしくひ》  鵠(こう)《割書:はくてう》  鵞(が)《割書:とうがん》
雁(がん)【鴈】《割書:かり》鴎(をう)【鷗】《割書:かもめ》鳬(ふ)《割書:かも》 鶩(ぼく)《割書:あひる》  鴛鴦(ゑんわう)《割書:をし| どり》
鸊鷉(へきてい)《割書:かいつ|  ぶり》 鷺(ろ)《割書:さぎ》   鵁鶄(かうせい)《割書:ごい|さぎ》  紅鶴(こうくはく)《割書:とき》 鷸(いつ)《割書:しぎ》
鸕鷀(ろじ)《割書:う》   鷲(しう)《割書:わし》   皂鵰(さうしう)《割書:くまだか》 鷹(よう)《割書:たか》   隼(じゆん)《割書:はやぶさ》
白鷹(はくよう)    鷂(よう)《割書:はしたか》 兄鷂(けうよう)《割書:このり》  雀(じやく)𪀚(しう)【偏「鳥」旁「戎」】《割書:ゑつさい》雀鸇(さしば)
鶲(ひたき)  鶯(あう)【鷪】《割書:うぐひす》鷦鷯(せうれう)《割書:みそ| さゞひ》  山鷄(さんけい)《割書:やま| どり》 啄木(たくぼく)《割書:てら| つゝき》
雲雀(うんじやく)《割書:ひばり》 雉(ち)《割書:きじ》   鵐(ぶ)《割書:しとゝ》   練鵲(れんじやく)   鶉(じゆん)《割書:うづら》
吐綬雞(とじゆけい)   山鵲(さんじやく)   鶤雞(こんけい)《割書:たう| まる》 雞(けい)《割書:にはとり》  燕(ゑん)《割書:つばくら》
雛(すう)《割書:ひよこ》  鷽(よ)【鸒】《割書:うそ》矮雞(わいけい)《割書:ちやぼ》 鳩(きう)《割書:はと》   青鳩(せいきう)
【上欄書入れ】21
    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録       十二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録       十二
鳲鳩(しきう)《割書:かつこ》 鴿(がう)《割書:いへばと》  鶫(とう)《割書:つぐみ》   鵙(げき)《割書:もず》   鶸(じやく)《割書:ひわ》
画眉(ぐはび)《割書:ほゝ| じろ》 鶖(しう)《割書:かしどり》  鶺鴒(せきれい)《割書:いし| たゝ|  き》 杜鵑(とけん)《割書:ほとゝ|  ぎす》 鵯(ひ)《割書:ひよ| どり》
翠雀(すいじやく)《割書:るり》 蝋嘴(らうし)《割書:まめ| どり》 烏鳳(うほう)《割書:おなか| どり》  雀(じやく)《割書:すゞめ》  鸚鵡(あふむ)
竹鶏(ちくけい)《割書:やま| しぎ》 蝙蝠(へんふく)《割書:かふもり》 鸜鵒(くよく)《割書:はゝ| てう》 鴉(あ)《割書:からす》  烏(う)《割書:からす》
鳶(えん)《割書:とび》   角鴟(かくし)《割書:みゝづく》 怪鴟(くはいし)《割書:よたか》 梟(けう)《割書:ふくろう》 鵲(しやく)《割書:かさゝぎ》
秧雞(あうけい)《割書:くひな》 鴗(りう)《割書:かはせみ》  火雞(くはけい)   羽斑鷸(はまだらしぎ)  鶚(かく)《割書:みさご》
鴋(ばん)     椋鳥(むくどり)《割書:大むく|小むく》 菊戴(きくいたゞき)  文鳥(ぶんてう)    四十雀(しじうから)
鴰(ひがら)    山雀(さんじやく)    小雀(しやうじやく)《割書:こから》尾長(ゑなが)    繍眼兒(めじろ)
駒鳥(こまとり)   九官(きうくはん)    喉紅鳥(のごどり)  風鳥(ふうてう)   /𪈿(ひよくのとり)【蠻+鳥】
深山頬白(みやまほじろ)  黄雀(きすゞめ)    鸞(らん)    蒼鷺(さうろ)《割書:あを| さぎ》  葦雀(おげら)

鴆(ちん)   雉鳩(きじばと)   犳(しやく)【杓ヵ】鴫(なぎ)  都鳥(みやこどり)  音呼(ゐんこ)
羽(う)《割書:は》    翼(よく)《割書:つばさ》   嘴(し)《割書:くちばし》 尾(び)《割書:を》    卵雛(らんすう)《割書:たまご》
  巻(くはん)之十四  竜魚(りようぎよ)之部
蛟(こう)《割書:みづち》  龍(りよう)《割書:たつ》    螭(ち)《割書:あまれう》 鯪(りよう)《割書:せんざんかう》 鯨(げい)《割書:くじら》
魚虎(ぎよこ)    鰐(がく)《割書:わに》    鯖(せい)《割書:さば》  鯵(さん)《割書:あぢ》    鯼(そう)《割書:いしもち》
鮸(ばん)《割書:くち》   鯛(てう)《割書:たひ》    鮏(せい)《割書:さけ》  鰩(よう)《割書:とびうを》   鰷(でう)《割書:せいご》
鰶(せい)《割書:このしろ》 黄檣(わうしよく)【穡ヵ】《割書:はなをれ|  だひ》烏頬(うけう)《割書:すみ| やき|  だい》 尨魚(ばうぎよ) 馬鮫(ばかう)《割書:さはら》
江鮏(こうせい)《割書:あめ》  海鰻(かいまん)《割書:はも》  鰛(うん)《割書:いわし》   梭魚(さぎよ)   鰈(てう)《割書:かれい》
鯧(しやう)《割書:まながつほ》 鯔(し)《割書:ぼら》   鱸(ろ)《割書:すゞき》   鱈(せつ)《割書:たら》  䰵(し)《割書:ゑぶな》
鰹(けん)《割書:かつほ》   鰧(ちん)【䲍】《割書:おこじ》鱪(しよ)《割書:しいら》 魴鮄(ほうぼ)   江豬(こうちよ)《割書:いるか》
【上欄書入れ】22
    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録       十三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録       十三
鱣(てん)《割書:ふか》   鱠残魚(くはいざんぎよ)《割書:きす| ご》 鯄(きう)《割書:かながしら》 鮫(かう)《割書:さめ》   鯉(り)《割書:こひ》
鯽(せき)《割書:ふな》   鮧(い)《割書:なまづ》   杜父(とふ)《割書:うし| ぬす|  びと》鮞(し)【鰣ヵ】《割書:はす》鰻(まん)《割書:うなぎ》
鱓(せん)《割書:やつめ|  うなぎ》 年魚(ねんぎよ)《割書:あゆ》  黄鱨(わうしやう)《割書:ぎゞ》  金魚(きんぎよ)   鰌(ゆう)《割書:どぢやう》 
河㹠(かとん)《割書:ふぐ》  鮅(ひつ)《割書:うぐひ》   鱭魚(せいぎよ)《割書: たちを》 鯃(ご)《割書:こち》   鱵(しん)《割書:さより》
魥(きう)《割書:はまち》  小鮦(しやうとう)《割書:こん| ぎり》  鱒(そん)《割書:ます》   河鰕(かか)《割書:かは| えび》 鰕(か)《割書:えび》
鰝(かう)《割書:うみえび》  醤蝦(しやうか)《割書:あみ》  麪條(めんでう)   蝦姑(かこ)《割書:しやく|  なぎ》 鰤(し)《割書:ぶり》
鰚魚(せんぎよ)《割書:はらか》 鰣(じ)《割書:ゑそ》    青前(せいせん)《割書:さごし》 矢幹魚(しかんぎよ)  鯡(ひ)《割書:にしん》
鱓(せん)《割書:ごまめ》  水母(すいも)《割書:くらげ》  土肉(とにく)《割書:なまこ》  海牛(かいぎう)   海馬(かいば)
章挙(しやうきよ)  烏賊(うぞく)《割書: いか》  鱝(ふん)《割書:えい》    海月(かいげつ)   鮪(い)《割書:しび》
䱱(てい)《割書:さんせう|    いを》鱲子(らうし)《割書:からすみ》 鰊鯑(とうき)《割書:かずの|  こ》  乾鱖(かんけつ)《割書: から| ざけ》 魚子(ぎよし)《割書:はら| らご》

鯣(しやく)《割書:するめ》  鰭(き)《割書:ひれ》   鱗(りん)《割書:うろこ》   鰓(さい)《割書:えら》   鰾(へう)《割書:ふえ》
  巻(くはん)之十五  蟲介(ちうかい)之部
亀(き)《割書:かめ》   鼈(べつ)《割書:すつほん》  蟹(かい)《割書:かに》   鱟(こう)《割書:かぶとがに》 蟳(じん)《割書:しま| がに》
䘂(しん)《割書:がざめ》  螺(ら)《割書:さゞへ》   田螺(でんら)《割書:たにし》 螄(し)《割書:ばひ》   螺螄(らし)《割書:みな》
蛤(がう)《割書:はまぐり》  蚶(かん)《割書: あかゞひ》 蚌(ぼう)《割書:からすがひ》 蜆(けん)《割書:しゞみ》  毛亀(もうき)《割書:みの| がめ》
貝(ばい)《割書:たからがひ》 蟶(てい)《割書:まて》   鰒(はく)《割書:あわび》   蠣(れい)《割書:かき》   車渠(しやきよ)《割書:ほたて| がひ》
辛螺(しんら)《割書:にし》  淡菜(たんさい)《割書:みる| くひ》 梭(さ)《割書:ほらの|  かひ》  香螺(かうら)《割書:なが| にし》  玉珧(ぎよくたう)《割書:たいら|  ぎ》
帽貝(ばうばい)《割書:ゑぼし| がひ》 海燕(かいゑん)《割書:たこの| まくら》 海膽(かいたん)《割書:かぶと| がひ》 寄蟲(きちう)《割書:かうな》  郎君(らうくん)《割書:すがひ》
蛬(きやう)《割書:きり〴〵す》 螻(ろう)《割書:けら》   絡線(らくせん)《割書:こう| ろぎ》 螇蚸(けいせき)《割書:しやう|  れう》 蟷螂(たうらう)《割書: かま|  きり》
竈馬(そうば)《割書:まる| いとゞ》 蜻蛉(せいれい)《割書:とん| ぼう》 赤卒(せきそつ)《割書:あか| ゑんば》 䘀螽(ふしう)《割書:いなご》 /𧐍(しよう)【偏「虫」旁「舂」】𧑓(しよ)【偏「虫」旁「黍」】《割書:はた〳〵》
【上欄書入れ】23
    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録       十四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録       十四
蝶(てふ)《割書:あげは》  灯蛾(とうが)《割書:ひとり| むし》  蠅(よう)《割書:はへ》   金亀(きんき)《割書:たま| むし》  馬蜂(ばほう)《割書:くま| ばち》
叩頭(こうとう)《割書:ぬかづき|  むし》金鐘(きんしやう)《割書:すゞむし》𧉟(たい)【偏「虫」旁「台」】《割書:まつむし》齧髪(けつはつ)《割書:かみ| きり》鑾蟲(らんちう)《割書:くつは| むし》
斑蝥(はんばう)《割書:はん| めう》 紺蠜(かんはん)《割書:かねつけ| とん|  ばう》 蓑蟲(さちう)《割書:みの| むし》 蠧(こ)【とヵ】《割書:のんし》蝉(せん)《割書:せみ》
蜂(ほう)《割書:はち》   蟢(き)《割書:あしたかぐも》 蝸(くわ)《割書:かたつぶり》 虻(ばう)《割書:あぶ》 蛾(が)《割書:ひゝり【ひゝるヵ】》
気蠜(きはん)《割書:へふり| むし》  蠮螉(ゑつをう)《割書:さゝり》 蚊(ぶん)《割書:か》    蚋(ぜい)《割書:ぶと》   蝌蚪(くわと)《割書:かへるこ》
蛙(あ)《割書:かはづ》   青蛙(せいあ)《割書:あま| がへる》 孑孑(けつ〳〵)《割書:ぼう| ふり|  むし》蛭(しつ)《割書:ひる》   蠼螋(くしう)《割書: はさみ| むし》
蜈蚣(ごこう)《割書:むかで》  百足(はくそく)《割書:をさ| むし》 蟾蜍(せんじよ)《割書: ひき| がへる》 蝦蟇(がま)《割書:かへる》 蚰蜒(いうゑん)《割書:げじ| 〳〵》
蟫(いん)《割書:しみ》   蠓(もう)《割書:しやう〴〵》 蚯蚓(きういん)《割書:みゝ|  ず》  蠐螬(せいさう)《割書:きり| うじ》 蛜蝛(いい)《割書:おめ| むし》
蚤(さう)《割書:のみ》   虱(しつ)《割書:しらみ》  蟻(ぎ)《割書:あり》    糞蛆(ふんそ)《割書:くそ| むし》 蛆(そ)《割書:うじ》
蚘(くわい)《割書:はらのむし》 蠶(さん)《割書:かひこ》  蛣蜣(きつきやう)《割書:くそ| むし》 蜘蛛(ちちう)《割書:くも》  蠑螈(ゑいげん)《割書:いもり》

蜥蜴(せきてき)《割書:とかけ》 蝘蜓(ゑんてん)《割書:やもり》 水馬(すいば)《割書:しほ| うり》  土蠱(どこ)   水蚤(すいさう)《割書:とび| むし》
木虱(もくしつ)《割書:たにこ》 滑蟲(くはつちう)《割書:あぶら| むし》 殻(かく)《割書:から》   甲(かう)     蛻(たい)《割書:もぬけ》
繭(けん)《割書:まゆ》   蝉蛻(せんたい)《割書:うつ| せみ》 蛅蟖(せんし)《割書:いら| むし》 蚇蠖(しやくくわく)《割書:しやく| とり》 豉蟲(しちう)《割書:まひ〳〵| むし》
蛞蝓(くわつゆ)《割書:なめ| くぢ》 螲蟷(ちつたう)《割書:つち| ぐも》 壁銭(へきせん)《割書:ひらた| ぐも》 蝿虎(ようこ)《割書:はへとり|  ぐも》 螵蛸(へうせう)《割書:おほぢ| が| ふぐり》
雀甕(じやくよう)《割書: すゞめの|    たまご【たんごヵ】》蟒(もう)《割書:うばばみ》 蛇(じや)  蝮(ふく)《割書:まむし》 両頭(りやうとう)
岐首(きしゆ)    烏蛇(うじや)《割書:からす|  へみ》 銀蛇(ぎんじや)《割書:しろ| へみ》 蝆虫(へいちう)《割書:こめ| むし》 吉丁虫(きつていちう)《割書:かぶと| むし》
蛅蟖(せんし)《割書:けむし》  蠛蠓(べつもう)《割書:かつほ|  むし》 螱(い)《割書:はあり》  芋蠋(うしよく)《割書:いも|  むし》
  巻(くはん)之十六  米穀(べいこく)之部
粳(こう)《割書:うるしね》  糯(だ)《割書:もちのよね》 稷(しよく)《割書:きび》   粟(ぞく)《割書:あわ》   稗(はい)《割書:ひえ》
麻(ま)《割書:あさ》   蕎(きやう)《割書:そば》   麦(ばく)【麥】《割書:むぎ》菉(りよく)《割書:ぶんどう》 豇(こう)《割書:さゝげ》
【上欄書入れ】24
    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録       十五

    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録       十五
豌(ゑん)《割書:ゑんだう》  藊(へん)《割書:いんげんまめ》菽(しゆく)《割書:まめ》   荅(たう)《割書:あづき》   胡麻(ごま)
蜀黍(しよくしよ)《割書:たう| きび》 罌粟(あうぞく)《割書:けし》 玉黍(ぎよくしよ)《割書:なんばん|  きび》蚕(さん)【蠺】豆(づ)《割書:そら| まめ》燕(えん)麦(ばく)【麥】《割書:からす|  むぎ》
刀豆(たうづ)《割書:なた| まめ》 黎豆(れいづ)《割書:八升| まめ》  藁(かう)《割書: わら》  穂(すい)《割書:ほ》    穀(こく)《割書:もみ》
箕(き)【萁ヵ】《割書:まめがら》 莢(けう)《割書:まめの|  さや》 飯(はん)《割書:いひ》  餅(へい)《割書:もち》  糖(たう)《割書:あめ》
糉(そう)《割書:ちまき》  饅頭(まんぢう)    索麺(さくめん)   餢飳(ぶと)    環餅(くはんへい)《割書:まがり》
巧果(あぶらもち)   煎餅(せんべい)    焼餅(やきもち)   酢漿(さくしやう)《割書:すはま》 粔籹(きよぢよ)《割書:おこし| ごめ》
  巻(くはん)之十七  菜蔬(さいそ)之部
蕪菁(ぶせい)《割書:な》   莱菔(らいふく)《割書:だい| こん》 芹(きん)《割書:せり》   葱(そう)《割書:ひともじ》  蒜(さん)《割書:にんにく》
韮(きう)《割書:にら》   薤(がい)《割書:おほにら》  菠薐(はれう)《割書:からな》 胡葱(こそう)《割書:あさ| つき》  芋(う)《割書:いも》
芋魁(いもがしら)《割書: |蹲鴟(そんし)トモ》牛蒡(ごばう)   薯蕷(しよよ)《割書:やまの| いも》  胡蔔(こふく)《割書:にんじん》 苣(きよ)《割書:ちさ》

薺(せい)《割書:なづな》  芥(かい)《割書:からし》   莙薘(くんたつ)《割書:たう| ぢさ》 天蓼(てんれう)《割書:またゝ|   び》 蕗(ろ)《割書:ふき》
莧(けん)《割書:ひゆ》   野莧(やけん)《割書:くさひゆ》 蘘荷(めうが)    独活(どくくはつ)《割書:うど》  瓜(くは)《割書:うり》
冬瓜(とうぐは)《割書:かも| うり》 醤瓜(しやうくは)《割書:あを| うり》 胡瓜(こくは)《割書:き| うり》  糸瓜(しくは)《割書:へちま》 山葵(さんき)《割書:わさび》
蕈(たん)《割書:たけ》   松蕈(まつだけ)   香蕈(かうたけ)    瓢(へう)《割書:なりひさご》 蒲盧(ひやくなり)
瓠(こ)《割書:ゆふがほ》  藜(れい)《割書:あかざ》  茄(か)《割書:なすび》   水茄(ながなすび)   馬莧(ばけん)《割書:すべり| ひゆ》
薊(けき?)《割書:あざみ》  薑(きやう)《割書:はじかみ》 蘩蒌(はんる)《割書:はこべ》  蔏陸(しやうりく)《割書:やま| ごぼう》 蒟蒻(こんにやく)
蒲英(ほゑい)《割書:たん| ほゝ》  雞腸(けいちやう)《割書:よめが|  はぎ》鹿角(ろくかく)《割書:ひぢき》 芝(し)《割書:れいし》   蕨(けつ)《割書:わらび》
瓣(へん)《割書:うりの|  へた》  瓤(じやう)《割書:うりの|  なかご》 狗脊(くせき)《割書:ぜん| まい》 蓴(しゆん)《割書:じゆんさい》 石花(せきくわ)《割書:ところ| てん》
海帯(かいたい)《割書:あらめ》 紫菜(しさい)《割書:あま| のり》  昆布(こんぶ)   水松(すいせう)《割書:みる》  苔菜(たいさい)《割書:あを| のり》
燕窩(えんくは)   萆薢(ひかい)《割書:とこ|  ろ》  木耳(もくに)《割書:きくら|  げ》  石耳(せきじ)《割書:いわ| たけ》 
【上欄書入れ】25
    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録       十六

    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録       十六
  巻(くはん)之十八  果蓏(くはくは)之部
杏(きやう)《割書:あんず》  梅(ばい)《割書:むめ》   桃(たう)《割書:もも》   李(り)《割書:すもゝ》  梨(り)《割書:なし》
柰(たい)《割書:からなし》  棗(さう)《割書:なつめ》  栗(りつ)《割書:くり》   柚(ゆ)     柑(かん)《割書:くねんほ》
枳(し)《割書:きこく》   橘(きつ)《割書:みかん》  榧(ひ)《割書:かや》   榛(しん)《割書:はしばみ》  椎(すい)《割書:しい》
柿(し)【柹】《割書:かき》楉榴(じやくりう)《割書:ざくろ》来禽(らいきん)《割書:りんご》  金柑(きんかん)   銀杏(ぎんきやう)《割書:ぎん| あん》
鴨脚(いてう)樹   苺(ぼ)《割書:いちご》  樹苺(きいちご)    覆盆子(つるいちご)  蛇苺(へびいちご)
香椽(かうゑん)《割書:ぶしゆ| かん》 茘支(れいし)    枇杷(びは)    枳椇(しく)《割書:けんほ| の|   なし》胡頽(こたい)《割書:ぐみ》
楊梅(やうばい)《割書:やま| もゝ》 梬棗(ていさう)《割書:さる| がき》 菱(れう)《割書:ひし》    椒(せう)《割書:さんせう》 茶(ちや)
胡桃(こたう)《割書:くるみ》  榲桲(うんほつ)《割書:まる| める》 木瓜(もくくは)《割書:ぼけ》  葧臍(ぼつせい)《割書:くわい》 慈姑(じこ)《割書:しろ| ぐわい》
松子(せうし)《割書:からまつ|  のみ》 胡椒(こせう)    龍眼(りうがん)   鴉瓜(あくは)《割書:からす|  うり》 燕覆(ゑんふく)

甘蔗(かんしや)《割書:さたう| だけ》 甜瓜(てんくは)《割書:から| うり》 苦瓜(くくは)《割書:つる| れい|   し》 白柿(はくし)《割書:つり| がき》  烏柿(うし)《割書:あま| ぼし》
蔕(てい)《割書:へた》   莍(きう)《割書:かさ》   核(かく)《割書:さね》    仁(にん)    沙糖(さたう)《割書:しろ| ざたう》
紫糖(したう)《割書:くろ| さたう》 氷糖(へうたう)《割書:こほり| ざたう》
  巻(くはん)之十九  樹竹(じゆちく)之部
松(しやう)《割書:まつ》   楓(ふう)《割書:かいで》  桧(くわい)《割書:ひのき》  檉(てい)《割書:むろ》   円柏(ゑんはく)
仙桧(せんはく)《割書:いぬ| まき》 杉(さん)《割書:すぎ》   南燭(なんてん)   桜(ゑい)《割書:さくら》  山茶(さんさ)《割書:つばき》
海棠(かいだう)   羊躑躅(れんげつゝじ)   映躑躅(あかつゝじ)  杜鵑花(さつき)  木蘭(もくらん)《割書:もく| れん|  げ》
厚朴(かうぼく)《割書:ほうの|  き》 辛夷(しんい)《割書:しで| こぶし》 槿(きん)《割書:むくげ》  芙蓉(ふよう)《割書:き|はちす》 蜀漆(しよくしつ)《割書:くさぎ》
冬青(とうせい)《割書:もち| のき》 女貞(ぢよてい)《割書:ねづ| もち》 粉団(ふんだん)《割書:てまり》 紫陽(しやう)《割書:あぢ| さひ》 薜茘(へいれい)《割書:まさき| の|かづら》
梔(し)《割書:くちなし》  錦帯花(やまうつぎ)  楊櫨(やうろ)《割書:うつ|  ぎ》  棘(きよく)《割書:いばら》  角楸(かくしう)《割書:あづさ》
【上欄書入れ】26
    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録       十七

    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録       十七
木槵(もくげん)《割書:つぶの|  き》 椶櫚(しゆろ)    黄楊(わうやう)《割書:つげ》  衛矛(ゑいぼう)《割書:にし| きゞ》 鉄蕉(てつせう)《割書:そてつ》
𣖾(はい)【「備」の人偏を木偏に】木(ぼく)《割書:ぬるで》 楮(しよ)《割書:かぢ》   㯃(しつ)《割書:うるし》   木樨(もくせい)   桐(とう)《割書:きり》
梧桐(ごとう)    櫟(れき)《割書:くぬぎ》   槲(こく)《割書:かしわ》  檗(はく)《割書:きわだ》  紫荊(しけい)   
石南(しやくなんげ)  瑞香(ずいかう)《割書:ちんてう|   け》 狗骨(くこつ)《割書:ひいら|  ぎ》 接骨(せつこつ)《割書:には| とこ》  桑(さう)《割書:くわ》
棟(れん)《割書:せんだん》 五加(ごか)《割書: うこぎ》  枸杞(くこ)   樟(しやう)《割書: くすのき》 紫薇(しび)
石(せき)𣞀(たん)【木偏に面+且】《割書:とねり|  こ》合(がう)歓(くわん)【歡】《割書:ねむの|  き》  楡木(ゆぼく)《割書:にれ》  葉(えう)《割書:は》    株(ちゆ)《割書:かぶ》
蘖(かつ)《割書:ひこばへ》  芽(げ)《割書:ぬきざし》  寄生(きせい)《割書:やどり|  き》 白楊(はくやう)《割書:はこ| やなぎ》 水楊(すいやう)《割書:かわ| やなぎ》
柳(りう)《割書:しだり|  やなぎ》 皂莢(さいけう)《割書:さいかし》 槐(くわい)《割書:ゑんじゆ》 椋(りやう)《割書:むく》   栴檀(せんだん)
伽羅(きやら)    柴(さい)《割書:しば》    薪(しん)《割書:たきゞ》  竹(ちく)《割書:たけ》   篁(くわう)《割書:たかむら》
篠(でう)《割書:しのざゝ》  筍(しゆん)《割書:たけのこ》  箬(じやく)《割書:さゝ》  蘆竹(ろちく)《割書:なよ| たけ》  椶竹(そうちく)《割書:しゆろ| ちく》

扶竹(ふちく)《割書:ふた| また|  だけ》 紫竹(しちく)   /𥳇(ふく)【竹冠+復】《割書:さゝめ|  ぐり》籜(たく)《割書:たけの|  かは》 筒(とう)《割書:つゝ》
篾(べつ)《割書:たけの|  かつら》 無節竹(むせつちく)《割書:らう| だけ》幹(かん)《割書:から》    枝(し)《割書:えだ》   梢(せう)《割書:こずへ》
根(こん)《割書:ね》    炭(たん)《割書:すみ》   杮(し)《割書:こけら》
  巻(くはん)之二十  花草(くはさう)之部
牡丹(ぼたん)    芍薬(しやくやく)   桜草(さくらさう)   錦葵(きんき)《割書:こあふ|  ひ》  葵(き)《割書:あふひ》
蜀葵(しよくき)《割書:から| あふひ》 芙蓉(ふよう)   龍膽(りうたん)    秋葵(しうき)《割書:かうそ》 莠(いう)《割書:はくさ》
金銭花(きんせんくは)  蘭(らん)《割書:ふじばかま》 秋海棠(しうかいたう)   鶏冠(けいくわん)《割書:けいとう|   げ》剪秋羅(せんしうら)
剪春羅(せんしゆんら)《割書:がん|  ひ》薏苡(よくい)《割書:ずゞ|  だま》 山丹(さんたん)《割書:ひめ|  ゆり》 巻丹(けんたん)《割書:おに|  ゆり》百合(ひやくがう)《割書:ゆり》
他偸(たゆ)《割書:ゑびね》  麗春(れいしゆん)《割書:びじん|  さう》金盞花(きんせんくは)  春菊(しゆんきく)《割書:かうらい|   ぎく》蒲公英(ほこうゑい)《割書:たん| ほゝ》
菫菜(きんさい)《割書:すみれ》 虎杖(こじやう)《割書:いた| どり》 酢漿(さしやう)《割書:かた| ばみ》  萱草(くはんざう)《割書:わすれ|  ぐさ》射干(やかん)
【上欄書入れ】27
    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録       十八

    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録       十八
蝴蝶花(こてうくは)   夏枯草(かこさう)   馬蘭(ばりん)    鴟尾(しび)《割書:いち| はつ》  杜若(とじやく)《割書:かきつ|  ばた》
菖蒲(しやうぶ)《割書:あやめ》  様錦(やうきん)《割書:もみぢ|  ぐさ》 桔梗(けつかう)《割書:きゝ| やう》 烏頭(うづ)《割書:とり| かぶと》 鳳仙花(ほうせんくは)
番椒(ばんせう)《割書:たう| がらし》 丈菊(じやうきく)《割書:てんがい|  ばな》杜蘅(とかう)    薔薇(しやうび)   慎火(しんくは)《割書:いは| れん|  げ》
苔(たい)《割書:こけ》   旋覆(せんふく)《割書:をぐる|   ま》 酸醤(さんしやう)《割書:ほう| づき》 藤(とう)《割書:ふじ》   石斛(せきこく)
棣棠(ていとう)《割書:やまぶ|  き》 巻栢(けんはく)《割書:いはひば》 玉栢(ぎよくはく)《割書: まんねん|  ぐさ》葦(い)《割書:あし》   蓮(れん)《割書:はちす》
菖蒲(しやうぶ)   菰(こ)《割書:まこも》   萍(へい)《割書:うきくさ》  蒲(ほ)《割書:がま》   薜(せつ)《割書:すげ》
莕(きやう)《割書:あさゞ》  藺(りん)《割書:ゐ》   芡(げん)《割書:みづぶき》  藎(じん)《割書:かりやす》  萹蓄(へんちく)
葒(こう)《割書:けたで》  蘇(そ)《割書:しそ》   蓼(れう)《割書:たで》   水蓼(すいれう)《割書:いぬたで》 菊(きく)
莣(ばう)《割書:すゝき》  荏(じん)《割書:え》    牽牛(けんこ)《割書:あさ| がほ》 鼓子(くし)《割書:ひる| がほ》  蒴藋(さくてき)《割書:そく|  づ》
水仙花(すいせんくは)  麦門冬(ばくもんどう)《割書:ぜうが| ひげ》瞿麦(くばく)《割書:なでしこ》 玉簪(ぎよくさん)《割書:ぎぼう|  し》 石竹(せきちく)

蒼朮(さうじゆつ)《割書:おけら》  木賊(もくぞく)《割書:とく|  さ》 山葱(さんさう)   馬勃(ばぼつ)    石荷(せきか)《割書:ゆきの|  した》
石韋(せきい)《割書:ひとつ|  ば》 螺厴(らゑん)《割書:まめづる》 芭蕉(ばせを)    薢(かい)《割書:ところ》  苧(ちよ)《割書:まを》
艾(がい)《割書:よもぎ》  華蔓(けまん)    鼠麴(そきく)    羊蹄(ようてい)《割書:ぎし〳〵》 藍(らん)《割書:あゐ》
陵苕(れうてう)   茜(せん)《割書:あかね》   山薑(さんきやう)《割書:いぬ| はじ|  かみ》蓖麻(ひま)《割書:たうごま》 沢漆(たくしつ)
車前(しやぜん)《割書:おほ| ばこ》 蒼耳(さうに)    龍芮(りうぜい)   防風(ばうふう)    紅花(こうくは)《割書:べにの|  はな》
積雪(しやくせつ)《割書:かきど|  をし》苦参(くじん)    蛇床(じやしやう)  鼠莽(そまう)《割書:しきみ》  紫草(しさう)《割書:むら| さき》
葛(かつ)《割書:くず》   鴨跖(かうせき)   天南星(てんなんせう)  防已(ばうい)    絡石(らくせき)《割書:ていかゝ|  づら》
水莨(すいらう)   牛膝(ごしつ)    茴香(ういきやう)   /𦻎(ち)【艹+稀。豨(き)ヵ】 薟(れん)《割書:めなも|  み》  天茄(てんか)
青蒿(せいかう)《割書:かはら| よも|  ぎ》 茺蔚(じうい)《割書:めはじき》 玄及(げんきう)《割書:さね| かづら》 茵蔯(いんちん)   地膚(ぢふ)《割書:はゝ| きゞ》
忍冬(にんどう)   茅(ばう)《割書:かや》    藻(さう)《割書:も》    萍蓬(へいほう)《割書:かう| ほね》 萩(しう)《割書:はぎ》
【上欄書入れ】28
    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録       十九

    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録       十九
菝葜(はつかつ)    建蘭(けんらん)   金灯(きんとう)   石帆(せきはん)《割書:うみ| まつ》  薹(たい)《割書:たう》
茎(きやう)《割書:くき》   蔓(まん)《割書:つる》   苞(はう)《割書:つぼみ》  葩(は)《割書:はなびら》  蕋(ずい)《割書:しべ》
萼(がく)《割書:はなぶさ》
  巻(くはん)之廿一  雑類(さうるい)
右弼金剛(うひつこんがう) 左輔金剛(さほこんがう)  持国天王(ぢこくてんわう) 毘沙門天王(びしやもんてんわう) 韋駄天(ゐだてん)
鐘馗(しやうき)   弁才天女(べんざいてんによ) 福禄寿(ふくろくじゆ)  大黒天(だいこくてん)   蛭子(ゑびす)
布袋(ほてい)    寿老(じゆらう)   神農(しんのう)   伏(ふつ)𦏁(き)【羲】 倉頡(さうけつ)
黄帝(くわうてい)   老子(らうし)    孔子(こうし)   許由(きよゆう)   山越弥陀(やまごしのみだ)
維摩(ゆいま)   聖徳太子(しやうとくたいし) 出山釈迦(しゆつさんのしやか) 誕生仏(たんじやうぶつ)  達磨尊者(だるまそんじや)
不動明王(ふどうみやうわう) 龍猛(りうみやう)   善導大師(ぜんどうだいし) 天台大師(てんだいだいし)  伝教大師(でんげうだいし)

六祖大師(ろくそだいし)  役行者(ゑんのぎやうじや) 寒山(かんざん)   拾得(じつとく)    巨霊人(これいじん)  
琴高(きんかう)   費長房(ひちやうばう)  太公望(たいこうばう)  上利剱(じやうりけん)   張九哥(ちやうくか)
鐡枴仙人(てつかいせんにん) 蝦蟇仙人(がませんにん) 西王母(せいわうぼ)   通玄(つうげん)    迦陵頻(かれうびん)
天人(てんにん)   衣通姫(そとをりひめ)  人麿(ひとまろ)    赤人(あかひと)《割書:以上/和歌(わかの)|三/神(じん)》白楽天(はくらくてん)
東坡(とうば)《割書:以上| 詩人(しじん)》 晋王(しんのわう)𦏁(ぎ)【羲】之(し) 小野道風(をのゝとうふう)《割書:以上|  筆道(ひつどう)》琴(きん)《割書:こと》
香(かう)     蹴鞠(しうきく)《割書:まり》  目利(めきゝ)   筭術(さんじゆつ)   諸礼(しよれい)
弓(きう)《割書:ゆみ》   馬(ば)《割書:むま》   剱術(けんじゆつ)   囲碁(ゐご)    将棋(しやうぎ)
茶湯(ちやのゆ)    立花(りつくは)   山伏(やまぶし)   鷹匠(たかじやう)    能(のう)
狂言(きやうげん)   浄留理大夫(じやうるりだいふ) 三絃(さんせん)   小弓(こきう)    芝居役者(しばゐやくしや)
人形芝居(にんきやうしばゐ) 軽業(かるわざ)   鉢敲(はちたゝき)   鹿島事触(かしまのことふれ)  猿舞(さるまはし)
【上欄書入れ】29
    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録       二十終

    【柱】頭書増補訓蒙図彙目録       二十終
万歳楽(まんさいらく)








頭書増補訓蒙図彙目録終

頭書増補訓蒙図彙(かしらがきぞうほきんもうづゐ)巻(くはん)之(の)一
  天文(てんぶん)《割書:此部(このぶ)には日月(じつげつ)星辰(せいしん)雨露(うろ)霜雪(さうせつ)のたぐひあり|日月(じつげつ)星辰(せいしん)は天(てん)の文章(ふんしやう)なれば也/易(ゑきに)曰/仰(あふひで)見(みる)_二於/天文(てんぶんを)_一》
【上段】
  両儀(りやうぎ)
天地開辟(てんちかいひやく)のときかるくして
清(すめ)るはのぼりて天(てん)となりおもく
してにごるはくだりて地(ち)となる
天(てん)を陽(やう)とし地(ち)を陰(ゐん)とす陰(ゐん)
陽(やう)を両儀(ちやうぎ)といふなり
○七政(しちせい)とは日月(じつげつ)と五/星(せい)と合(あは)せ
ていふ又は七/曜(よう)ともいふなり
日月五/星天(せいてん)の政(まつりこと)をなすなり
木星(もくせい)を歳星(さいせい)といひ火星(くはせい)を熒(けい)
惑(こく)といひ土星(どせい)を鎮星(ちんせい)と云/金(きん)
星(せい)を太白(たいはく)といひ水星(すいせい)を辰星(しんせい)
【下段】
両儀(りやうぎ)
 日(じつ)
 月(げつ)
   木星(もくせい)
   火星(くはせい)
   土星(とせい)
   金星(きんせい)
   水星(すいせい)
【上欄書入れ】Fase.2        2   30
    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         一

   【柱】頭書増補訓蒙図彙一         一
【右頁上段】
といふ木(もく)火(くは)土(ど)金(ごん)水(すい)の五/行(きやう)の
星(ほし)をめぐりて陰陽(いんやう)をなし歳(とし)
をわす此(この)五/星(せい)を五/緯(い)ともいふ
○太極(たいきよく)は天地(てんち)いまたわかれず
陰陽(いんやう)わかれざるとき渾沌(まろがれ)たる
事/鶏子(とりのこ)のごとし溟滓(くゞもり)て牙(きざし)
をふくめりこれを鴻毛(こうもう)の未判(びはん)
といふ其(その)清(すみ)陽(あきらか)なるものは薄(たな)
靡(びき)て天(あめ)となり重(おもく)濁(にごる)ものは淹(とゞ)
滞(こほり)て地(つち)となるこゝにおゐて天(てん)
地(ち)開闢(かいひやく)して其間(そのあいだ)に万物(ばんぶつ)生(しやう)ず
開闢(かいひやく)以前(いぜん)を太極(たいきよく)といひ天地(てんち)
陰陽(いんやう)わかれたるを両儀(りやうぎ)といふ
○国常立尊(くにとこだちのみこと)は天地(てんち)既(すで)にわかれ
て其中(そのなか)に物(もの)ありかたち葦牙(あしがい)
【右頁下段】
大極(たいきよく)

    国常立(くにとこだち)
倭国(わこく)
【左頁上段】
のごとし則(すなはち)化(くは)して神(かみ)となる
これを国常立尊(くにとこたちのみこと)といふ人の
始(はじめ)なり日本(につほん)を芦原国(あしはらごく)といふも
此(この)義(ぎ)なり是(これ)より天神(てんじん)七/代(だい)地(ぢ)
神(じん)五/代(だい)あひつゝきて人の代(よ)と
なれり唐(もろこし)にては天地(てんち)開闢(かいひやく)し
て盤古氏(ばんこし)はじめて出(いづ)是(これ)人の
始(はじめ)なりこれより三/皇(くはう)五/帝(てい)三/王(わう)
とつゞきて人の代(よ)となる
○倭(やまと)は日本(につほん)を倭(やまと)と号(なづく)る事/天(てん)
地(ち)開闢(かいひやく)の後(のち)は地(ち)は皆(みな)山(やま)にして平(たいら)
なし人の代(よ)となりて山(やま)をひら
き平地(へいち)となして住(すめ)りよつて
日本(につほん)を山跡(やまあと)といふ義(ぎ)をもつて
倭国(やまとごく)とはいふなり
【左頁下段】
唐土(たうど)《割書:もろこし》
    盤古氏(はんこし)
【上欄書入れ】31
    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         二
【右頁上段】
○秋津洲(あきつす)といふは
人皇(にんわう)のはじまりを
神武(しんむ)皇帝(くはうてい)と申
奉(たてまつ)る即位(そくゐ)三十一年
四月/帝(みかど)諸国(しよこく)に幸(みゆき)
ましまし日本(につほん)の地(ち)
形(きやう)蜻蛉(あきつむし)に似(に)たるを
もつて秋津洲(あきつす)と
名(な)づけたまふ
○それ日本国(につほんごく)は唐(もろこし)
中華(ちうくは)の地(ち)より東(ひがし)に
あたるゆへに日東(につとう)と
も扶桑国(ふさうごく)ともいふ
又/須弥山(しゆみせん)の南(みなみ)にあ
たるゆへに南瞻部(なんせんぶ)
【右頁下段】
日本(につほん)六十四/州(しう)
   外に二/州(しう)
女護島(によごのしま)
小人嶌
【横書き】秋津洲(あきつす) よし嶌
ゑぞがしま  松前(まつまへ)
【東山道】松嶌 陸奥(むつ) 出羽(では) 上野(かうづけ) 下野(しもつけ) 信濃(しなの) 飛騨(ひだ) 美濃(みの) 近江(あふみ)
【東海道】常陸(ひたち) 下総(しもおさ) 上総(かづさ) 安房(あわ) 武蔵(むさし) 相模(さがみ) 伊豆(いづ) いをしま 大嶌 みやけじま 八丈嶋 甲斐(かひ) 駿河(するが) 遠江(とを〳〵み) 三河(みかは) 尾張(をばり) 伊賀(いが) 伊勢(いせ) 志摩(しま)
【北陸道】あをしま 佐渡(さど) 越後(ゑちご) 越中(ゑつちう) 越前(ゑちぜん) 能登(のと) 加賀(かゞ)若狭(わかさ)
【畿内】山城(やましろ) 大和(やまと) 河内(かはち)
【南海道】紀伊(きい)
【左頁上段】
州(しう)ともいふ用明天皇(ようめいてんわう)
のとき五/畿(き)七/道(とう)を
さだめ給ふ文武天皇(もんむてんわう)
の御代(みよ)に六十六ヶ国(こく)
にわかちて諸国(しよこく)に守(しゆ)
護(ご)をすへ東武(とうぶ)に将(しやう)
軍(ぐん)ありて諸国(しよこく)を守(しゆ)
護(ご)せしめ西京(せいきやう)中国(ちうごく)に
天子(てんし)の都(みやこ)をかまへた
まひぬ田地(てんぢ)の数(かず)凡(すべて)
九十四万七千八百一町
米高(こめだか)弐千弐百八
万五千四百八十弐
石なりとそ
【左頁下段】
日本国(につほんごく)【「日本国」は横書き】

倭国(わこく)

朝鮮国(てうせんごく)

【畿内】摂津(せつつ) 和泉(いづみ)
【山陰道】丹後(たんご) 丹波(たんば) 但馬(たじま) 因幡(いなば) 伯耆(はうき) 出雲(いづも) 石見(いはみ) 隠岐(をき) いわき
【山陽道】播磨(はりま) 美作(みまさか) 備前(びぜん) 備中(びつちう) 備後(びんご) 安藝(あき) 長門(ながと) 周防(すわう) 上関
【南海道】八島 淡路(あはぢ) 讃岐(さぬき) 阿波(あは) 伊豫(いよ) 土佐(とさ)
【西海道】對馬(つしま) 壱岐(いき) 大嶋  筑前(ちくぜん) 筑後(ちくご) 豊前(ぶぜん) 豊後(ぶんご) 日向(ひうが) 肥後(ひご) 肥前(ひぜん) 大隅(おほすみ) 薩摩(さつま)  平戸 五嶋(ごとう)
琉球国(りうきうごく)
【上欄書入れ】32
    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         三
【右頁上段】
○日(ひ)は陽(やう)の精(せい)なり空虚(くうきよ)にして
かたどりがたしよつて烏(からす)をもつて日
の形(かたち)とす陽鳥(やうてう)なればなり三/足(そく)と
するは陽数(やうすう)のこゝろなり
○月(つき)は陰(いん)の精(せい)なり空虚(くうきよ)にして
かたどりがたしよつて兎(うさぎ)をもつて月
の形(かたち)とす兎(うさぎ)は陰(いん)の獣(けだもの)なればなり
白兎(はくと)陰(いん)の色(いろ)なり
○北辰(ほくしん)は北極(ほくきよく)ともいふ天(てん)の枢(くろゝ)なり
一周(いつしう)天のめぐる事/此(この)北辰(ほくしん)を枢(くろゝ)か
なめとしてめぐるなり北(きた)に位(くらい)して
諸(もろ〳〵)の星(ほし)これにむかふ也/北辰(ほくしん)の座に
七/星(せい)あり四/星(せい)あり
○列宿(れつしゆく)此星(このほし)天(てん)の東西南北(とうざいなんぼく)に位(くらい)
して四/方(ほう)各(おの〳〵)七/星(せい)づゝなり合(あはせ)て二十
八/宿(しゆく)なり是(これ)を三十日にくばりて
毎日(まいにち)をつかさどるなり
【右頁下段】
日(じつ)【左ルビ「にち」】《割書:ひ》
   《割書:景(けい)《割書:ひ|かげ》|晷(き)《割書:同》》
北辰(ほくしん)
《割書:  紐星(ちうせい)|四輔(しほ)》
月(げつ)【左ルビ「くわつ」】《割書:つき》
   《割書:月は日の|ひかりを| うく| てらさ| ざる| 所を|魄(はく)といふ》
列(れつ)
宿(しゆく) 《割書:列(れつ)はつらなるとよむ二十八/星(せい)列座(れつざ)しつらなる也|宿(しゆく)は左伝(さでん)に音秀(おんしう)とよめり座(ざ)なり》
角(かく)《割書:東方》 亢(かう) 氐(てい) 房(ばう)
心(しん) 尾(び) 箕(き) 斗(と)《割書:南方》
牛(ぎう) 女(ぢよ) 虚(きよ) 危(き)
室(しつ) 壁(へき) 奎(けい)《割書:西方》 婁(ろう)
胃(い) 昴(ばう) 畢(ひつ) 觜(し)
参(しん) 井(せい)《割書:北方》 鬼(き) 柳(りう)
星(せい) 張(ちやう) 翼(よく) 軫(しん)
【左頁上段】
○晦(くわい)毎月(まいけつ)大なれば三十日小な
れば二十九日を晦(くわい)といふ月/地下(ちか)に
かくれて光(ひかり)なしよつて晦(くわい)の字(じ)
をくらしとよむなり昏晦(こんくわい)暗晦(あんくわい)
のこゝろなり
○朔(さく)は蘇(そ)なりよみがへるとよむ月
は十五日より晦日(つもごり)までにかけつきて
又/朔日(ついたち)よりよみがへりてはじめて
明(めい)を生(しやう)ずるといふ義(ぎ)にて朔(さく)といふ
○弦(けん)は上十五日を上弦(しやうげん)といひ下十
五日を下弦(げげん)といふ上/弦(げん)は西(にし)の方
下弦(げげん)は東(ひがし)の方(はう)なり上/弦(げん)は七日
八日九日下/弦(げん)は廿二日廿三日廿四日
にあり月の光(ひかり)よこにあり
○望(ばう)は十五日の事なり十五日は
日月/東西(とうさい)にあひ望(のぞ)むゆへに望(ばう)
といふ又もち月ともいふなり日
【左頁下段】
晦(くわい)《割書:つごもり》      朔(さく)《割書:ついたち》
弦(けん)《割書:ゆみはり》       望(ばう)《割書:もちづき》
   上弦 日入
   下弦 日出 
【上欄書入れ】33
    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         四
【右頁上段】
月/相対(あひたい)して月の光(ひかり)地(ち)の方(はう)に有
て天(てん)になし故(ゆへ)に満月(まんげつ)なり
○日蝕(につしよく)は日月/天(てん)に有て日(ひ)は上(かみ)
なり月は下(しも)なり朔日(ついたち)は日月の
会(くわい)なり日月/上下(しやうか)にありて道(みち)を
同(おなしく)して会(くわい)すれば地(ち)より見(み)るとき
は日は月のためにおほはる是(これ)を日蝕(につしよく)
といふなり
○月蝕(くはつしよく)は月はもと光(ひかり)なし日の
光(ひかり)を受(うけ)て明(あきらか)なるものなり日月
道(みち)を同(おなじう)して相(あひ)むかふ地(ち)は月にあた
るゆへに日の光(ひかり)地(ち)に遮(さへきつ)而(て)月蝕(ぐはつしよく)す
○星(ほし)は陽精(やうせい)なり陽精(やうせい)日(ひ)となる
日わかれて星(ほし)となる故(ゆへ)に日(ひ)生(しやうず)
とかきて星(ほし)とよむ
○斗(と)は北斗(ほくと)なり七/星(せい)有一二三四
を魁(くわい)とし五六七を杓(ひやう)とす揺光(ようくはう)は
【右頁下段】
日蝕(につしよく)《割書:むしばむ》 月    月蝕(ぐわつしよく)《割書:むしばむ》地影 地 日

星(せい)《割書:ほし》
《割書:日月/星(せい)を三/光(くはう)|といふ》
《割書:ほしのひかりを芒(ほう)と|いふ流星りうせい|よばいぼし》

斗(と)
枢(すう) 璇(せん) 璣(き) 権(けん) 玉衝(ぎよくかう) 開陽(かいよう) 揺光(ようくはう) 輔星(ほせい)

参(しん)《割書:からすき|   ぼし》
【左頁上段】
破軍星(はぐんせい)なり輔星(ほせい)はそへぼし也
○参星(しんせい)は西方(さいはう)七/宿(しゆく)の一なり俗(ぞく)
に是(これ)をからすきぼしといふ也
星(ほし)の列座(れつざ)からすきに似(に)たり
○昴星(ばうせい)は西方(さいはう)の一/宿(しゆく)なり旄(はう)
頭星(とうせい)ともいふ俗(ぞく)にすばる星(ぼし)と
いふ是(これ)なり星(ほし)の列座(れつざ)間(あひ)せまく
してすばりたり
○牽牛(けんぎう)は星(ほし)の名(な)おたなばたなり
ひこぼしともいふ又/河鼓星(かこせい)とも
いふ七月七日/織女(しよくぢよ)牽牛(けんぎう)に嫁(か)す
と桂陽(けいやう)の武丁(ぶてい)といふ仙人(せんにん)がいひし
より七夕(たなはた)といふ事/始(はじま)れり
○織女(しよくぢよ)は星(ほし)の名(な)めたなばたなり
七月七夕/瓜菓(くは〳〵)を庭上(ていしやう)にそなへ五
色(しき)の糸(いと)を竿(さほ)に掛(かけ)て願(ねか)ふことをいのる
に三/年(ねん)の内(うち)に必(かならず)かなふと也/是(これ)を乞(きつ)
【左頁下段】
織女(しよくぢよ)《割書: | |たな| ばた|  づめ》
天漢(てんかん)
《割書:あまの| がは》
牽牛(けんぎう)
 《割書:ひこ| ぼし》
昴(はう)《割書:すばる|  ぼし》
孛(はい)
《割書:ぼつせい》
彗(せい)
《割書:ずい| | はゝき|   ぼし》
【上欄書入れ】34
    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         五 

    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         五
【右頁上段】
巧奠(こうでん)とも七夕祭(たなはたまつり)ともいふ
○天漢(あまのかは)は天河(てんか)とも銀河(きんか)ともいふ七夕
に烏鵲(うじやく)翼(つはさ)をのべて橋(はし)とし此(この)河(かは)を渡(わた)し
牽牛(けんぎう)織女(しよくぢよ)の二/星(せい)あひ合(あふ)といへり
○孛星(ほつせい)は妖星(ようせい)なり此(この)星(ほし)出(いづ)るとき
は旧(ふるき)をのぞきて新(あたらしき)に改(あらため)又は火災(くはさい)に
たゝるの瑞(ずい)有/俗(ぞく)に是(これ)を御光星(ごくはうぼし)と云
○彗星(はゝきぼし)は妖星(ようせい)なり色(いろ)青(あをき)は王候(わうこう)【「候」は「侯」ヵ】死(しす)
赤(あかき)は強国(きやうこく)おこる白(しろき)は兵乱(へうらん)おこる天(てん)下
に災(わざはひ)あるときあらはるゝ星(ほし)なり
○太白星(たいはくせい)は金星(きんせい)なりあかぼしとな
づく俗(ぞく)にあかつきの明星(みやうじやう)といふ日にさ
きだちて出(いづ)るなり啓明(けいめい)ともいふ
○虚空(こくう)はそらともおほぞらとも
よむ太虚(たいきよ)太空(たいくう)ともいふ天(てん)なり天は
円(まとか)にして空々(くう〳〵)として物(もの)なくかたち
なしよつて虚空(こくう)となつく
【右頁下段】
太白(たいはく)
《割書:あか| ぼし》

日出

虚空(こくう)《割書: |そら》

霧(む)《割書:きり》

煙(ゑん)
《割書:け|ふ| り》
【左頁上段】
○霧(きり)は陰陽(いんやう)のみだれより生ず
地気(ちき)のぼつて天気(てんき)応(あふ)ぜざるを
霧(む)といふ天気(てんき)くだつて天気(てんき)応(あふ)せ
さるを雺(ぼう)といふ風(かぜ)吹(ふい)て土をふら
すを霾(つちふる)といふ
○煙(けふり)は火(ひ)の昇(のほ)る気(き)なり烟(けふり)同し
又/水(みづ)より煙(けふり)いづる
○長庚(ゆふづく)は金星(きんせい)なり日(ひ)におくれ
て入/是(これ)を長庚星(ちやうかうせい)といふ俗(ぞく)に是(これ)
をよひの明星(みやうじやう)といふ
○風(かぜ)は大塊(だいくわい)の噫気(あいき)なり陽(よう)の体(たい)
にして散(さん)じて陰(いん)の用(よう)となる故(ゆへ)に
風(かぜ)吹(ふく)ときは土(つち)必(かならず)かはく又/旋風(せんふう)飊(へう)
風(ふう)はつじかぜ
○露(つゆ)は夜気(やき)露(つゆ)となる陰(いん)の液(ゑき)也
白虎通(びやくこつう)に露(つゆ)は霜(しも)の始(はじめ)なりと
いへり露(つゆ)をばをくといふ降(ふる)といわず
【左頁下段】
長庚(ちやうかう)
《割書:ゆふづく》

入日

風(ふう)《割書: | |かぜ|のわき》

露(ろ)《割書:つゆ》
【上欄書入れ】35
    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         六 

    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         六
【右頁上段】
○雲(くも)は山川(さんせん)の気(き)なり地気(ちき)のぼ
りて雲(くも)となり天気(てんき)くだりて雨(あめ)と
なるなり雲(くも)は陰(いん)の体(たい)なり昇(のぼり)て
陽(やう)の用(よう)となるみな雨湿(うしつ)の気(き)なり
○雨(あめ)は水(みづ)蒸(むし)て雲(くも)となりくだつて
雨となるむらさめを暴雨(ばうう)といひ
ながあめを霖雨(りんう)といひ夕(ゆふ)だちを
驟雨(すうう)といひ時雨(しくれ)を澍(えう)といふ
○雷(らい)は陰陽(いんよう)あひ激(げき)する声なり
王充(わうしう)論衡(ろんかう)といふ書(しよ)に雷(らい)の形は一人
の力士(りきし)ありて累々(るい〳〵)たる連皷(れんこ)を左(ひだり)に
持(もち)右(みぎ)の手(て)に鞭(むち)をもつてうちて声(こへ)
をなすといへり
○電(いなびかり)は二月に有(あり)この月/陽気(ようき)漸(やうやく)
さかんにして陰気(いんき)をうつその激(げき)す
るひかりを電(でん)といふ俗(ぞく)にいなびかり
いな妻といふ雷神(らいじん)を電母(でんぼ)といふ
【右頁下段】
雲(うん)《割書:くも》

雨(う)《割書:あめ》

雷(らい)《割書:いか| づち》
《割書:なる| かみ》
《割書:かみ| なり》

電(でん)《割書:いなつま|いなびかり》
【左頁上段】
○暈(うん)は日月のかたはらの気(き)
なりかさといふ日/暈(かさ)あるとき
はひでりし月/暈(かさ)あるときは
三日のうちに雨(あめ)ふるといへり
○雪(ゆき)は雨(あめ)こりて雪となる天地(てんち)
の積陰(せきいん)あたゝかなるときは雨と
なりさむきときは雪(ゆき)となる
花をなすを雪(ゆき)といひ円(まとか)なる
を雹(あられ)といふ又/銀花(ぎんくは)とも六出(りくすい)
花(くは)とも銀屑(ぎんせつ)ともいふ
○氷(こほり)は陰気(いんき)のあつまるところ
もれざるときはむすぼふれて
■(こほり)【「冫+氷」冰ヵ】となる氷(へう)と書(かく)はあやまり也
■(へう)【「冫+氷」冰ヵ】と書(かく)べし■(こほり)【「冫+氷」冰ヵ】つもれると凌(へう)【訓蒙図彙は「れう」】と
いふ■(こほり)【「冫+氷」冰ヵ】さかんなるを凍(とう)といふ■(こほり)【「冫+氷」冰ヵ】
ながるゝを凘(し)といふ■(こほり)【「冫+氷」冰ヵ】とくるを泮(はん)
といふ氷室(へうしつ)はひむろなり
【左頁下段】
暈(うん)《割書: |かさ》

雪(せつ)《割書: |ゆき》

氷(へう)
《割書:こほり》
【上欄書入れ】36
    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         七

    【柱】頭書増補訓蒙図彙一         七 
【右頁上段】
○虹(にじ)は日雨(ひあめ)と交(まじはり)て質(かたち)となす也
日のひかり雨にうつるによつて虹(にじ)
あらはる朝(あした)には西(にし)にあり暮(くれ)には
東(ひがし)にあり色(いろ)鮮(あさやか)なるを雄(おにじ)とし
闇(くらき)を雌(めにじ)とす俗(ぞく)に蛇(じや)のいきといふ
螮(てい)蝀(とう)霓(けい)同ともににじなり
○雹(あられ)は雪(ゆき)こほりて円(まとか)なるを
雹(あられ)といふ寒気(かんき)つよきときは雪(ゆき)と
なりて軽(かろ)し寒気(かんき)うすきときは
雪(ゆき)おもくしてとけやすし又/雹(あられ)となる
瑗瑶(ゑんよう)玉粒(ぎよくりう)砕玉(さいぎよく)銀米(ぎんべい)明珠(めいしゆ)
同し雪(ゆき)雨(あめ)にまじはりふるを霰(みぞれ)
といふ
○雪水(ゆきみつ)寒(かん)にむすぼふれて軒(のき)
のしたゞりこほりて氷柱(つらゝ)となる
氷筋(へうきん)氷条(へうでう)とも書(かく)べし又/氷筍(へうじゆん)
ともいふなり
【右頁下段】
虹(こう)《割書: |にし》

雹(はく)《割書:あられ》

氷柱(へうちう)
《割書: つらゝ》
【左頁】
頭書増補訓蒙図彙(かしらがきぞうほきんもうづゐ)巻(くはん)之(の)二
   地理(ちり)《割書:此部(このぶ)には山川田園(さんせんでんゑん)林丘村市(りんきうそんし)のたぐひあり|地(ち)の条理(ぢうり)なり易云(ゑきにいはく)俯察(ふしてさつす)_二於/地理(ちりを)_一》
【左頁上段】
○山は高大(かうたい)にして石(し)あるを
いふ広雅云(くはうかにいはく)山(さん)は産(さん)なりよく
万物(ばんぶつ)を産(さん)するなり説文(せつもん)に山(せん)
は宣(せん)なり
○峰(みね)は山の端(はし)なり山大にし
て高(たかき)を峰(はう)といふ山小にして
たかきを岑(しん)といふともにみね
なり唐(もろこし)にては香爐峰(かうろはう)日(に)
本(ほん)にては冨士峰(ふじはう)なと也/嶺(みね)同
○巓(いたゞき)は高山(かうざん)のいたゝきなり絶(ぜつ)
頂(てう)なり詩経(しきやう)に采(とり)_レ苓(れいを)采(をとる)_レ苓(れいを)
首陽(しゆやう)之(の)巓(いたゞき)といへり山巓(さんてん)とも又
【左頁下段】
山(さん)
《割書:やま》

巓(てん)
《割書:いたゞ|   き》

峰(ほう)
《割書: みね》

坂(はん)《割書:さか》
【上欄書入れ】37
    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         八 

    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         八 
【右頁上段】
高巓(かうてん)ともいふ
○坂(さか)は坡坂(ははん)なり山中(さんちう)の高(たか)
くけはしき所なり小坂(こさか)を嶝(とう)
といふ磴(とう)同し
○嶽(だけ)はけはしき高山(かうざん)をいふ
山城(やましろ)如意嶽(によゐがだけ)近江(あふみ)の比良(ひら)の
が嶽なとなり
○谷(たに)は両山(りやうさん)の中(なか)の流水(りうすい)なり
渓(けい)谿(けい)同し水(みつ)谿(けい)にそゝくを谷(たに)
といふ山(やま)の間(あいた)に水あるを澗(かん)と
いふたにがはとよめり
○丘(おか)は土(つち)の高(たか)き所(ところ)をいふ又/四方(しはう)
たかくして中央ひくきを丘(きう)といふ
ともあり阜(ふ)同狐(きつね)死(し)するとき
は丘(をか)を枕(まくら)とす 
○盤(ばん)は大石(たいせき)なり盤石(ばんじやく)ともいふ
俗(ぞく)に大盤石(たいばんじやく)といふは重言(ぢうごん)
【右頁下段】
谷(こく)《割書: |たに》

丘(きう)
《割書: をか》

嶽(かく)
《割書: だけ》

盤(ばん)《割書: |いは》
【左頁上段】
なるべし
○巌(かん)はいはほなりさゞれ石(いし)
のいはほとなりてとよめるなり
石窟(せきくつ)を巌(がん)といふ石(いし)のするど
にしてたかくそびへたるをいふ
詩経(しきやう)に維石巌々(これいしがん〳〵たり)といへり
岩(がん)同
○崖(かけきし)は山辺(さんへん)なり山(やま)の一/片(へん)に
そはだちのそみたるをいふ厓(かい)
同し又/懸崖(けんかい)ともいふかけぎし
補/俗(ぞく)にがけといふなり
○瀑(はく)は滝(ろう)とも書(かく)なりながれ
おつる色(いろ)白(しろ)くして布(ぬの)を瀑(さらす)が如(ごと)
くなるによつて瀑布(はくふ)とも云
日本にも布引(ぬのびき)のたきといふ
ありもろこしには廬山(ろさん)に名(な)
高(だか)き滝(たき)あり又/滝(たき)を飛泉(ひせん)
【左頁下段】
巌(がん)《割書: |いはほ》

瀑(はく)
《割書: たき》

崖(かい)
《割書:かけ| ぎし》
【上欄書入れ】38
    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         九

■   【柱】頭書増補訓蒙図彙二         九 
【右頁上段】
ともいふ
○桟(さん)は棚(はう)なり閣(かく)なり木(き)を閣(かく)
して道(みち)をなすを桟道(さんどう)とも閣(かく)
道(どう)ともいふ《割書:補》けんその山坂(やまさか)補【□の中に「補」】道(みち)
きれて通(かよ)はれざるに橋(はし)をかけて
道(みち)としかよひとするをいふ
○洞(ほら)は深(ふかく)通(つう)ずるを洞(とう)といふいは
あなありて道(みち)を通(つう)ずる所(ところ)也
仙洞(せんとう)は仙人(せんにん)のすむ洞(ほら)なり峒(とう)同じ
山に岩穴(がんけつ)ありて袖(そで)に似(に)たるを
岫(しう)といふくきなり
○麓(ふもと)は山足(やまのふもと)なり林(はやし)山(やま)につゞく
を麓(ろく)といふ麓(ろく)は鹿(しか)のあるところ
かるがゆへに字(じ)鹿(しか)に従(したがふ)【从】なり鹿(しか)は
このんで林(はやし)にすめばなり
○林(りん)は平地(へいち)にして叢(むらがる)木(き)ある所を林(りん)
といふ又/野外(やぐはい)を林(りん)と云/樹林(じゆりん)松林(せうりん)竹(ちく)
【右頁下段】
桟(さん)《割書:かけ| はし》

麓(ろく)《割書:ふ| もと》

洞(とう)《割書: |ほら》
【左頁上段】
林(りん)などいへり木(き)のあつまり生ず
るを林(りん)といひ草(くさ)のあつまり生ず
るを薄(はく)といふ薄(はく)はくさむら叢(さう)同し
○岬(みさき)は山(やま)のかたはらなり海(うみ)
などへつき出(いて)たる所をいふ也
越前(えちぜん)に金岬(かねがみさき)などいふ所有
○村(むら)は人のあつまりゐる所也
村落(そんらく)といふ本(もと)は邨(そん)につくる字(し)
通(つう)に経史(けいし)に村(そん)の字(じ)なし邨(そん)は
邑(ゆう)に従(したが)【从】ひ屯(あつまる)に従(したがふ)【从】別に村(そん)につく
るは非(ひ)なり今(いま)通(つう)じもちゆ
邑(ゆう)同し
○川(せん)は穿(せん)なり地(ぢ)を穿(うがつ)てなが
るゝの心をもつて川(せん)となづく又
河(かは)とも書(かく)なり補【□の中に「補」】大なるを大
河といひ小なるを小川といふ
なり補【□の中に「補」】江はゑなり
【左頁下段】
林(りん)《割書: |はや| し》

岬(かう)
《割書:みさき》

川(せん)
《割書: かわ》

村(そん)
《割書:む| ら》
【上欄書入れ】39
    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十 

    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十 
【右頁上段】
○洲(す)は水中(すいちう)の居づき所なり
人(ひと)鳥(とり)などのあつまり息(いこふ)所也
小洲(しやうしう)を渚(しよ)といふなぎさなり水
渚(しよ)石(いし)あるを磧(せき)といふいそなり
水(みづ)沙上(しやじやう)にながるゝを瀬(せ)といふ湍(たん)
同/磯(き)はいそなり
○波(なみ)は風(かぜ)水(みづ)をうつて紋(もん)をなすを
波(なみ)といふ水波(すいは)は水紋(すいもん)なり浪瀾(らうらん)
ともに同し大波(たいは)を涛(とう)といふ又
漣(れん)はさゞ波(なみ)なり又/濤(なみ)を潮頭(てうとう)と
いふなり
○渦(うづ)は水(みづ)めぐるなり水めぐつて
巴(は)【左ルビ「ともへ」】の字(じ)をなすといへり又/泡漚(はうをう)
沫(まつ)はあわなり
○島(しま)は海中(かいちう)に山ありてよるべき
を島(とう)といふ隝(とう)嶋(とう)嶼(よ)ならびに
同じ蓬莱(はうらい)方丈(はうじやう)瀛洲(えいしう)を海(かい)
【右頁下段】
波(は)
《割書:なみ》

渦(くは)
《割書:うづ》

洲(しう)
《割書:す》
【左頁上段】
中(ちう)の三島といふ
○海(かい)は晦(くわい)なり荒遠(くはうゑん)にして冥(めい)
昧(まい)なる意(こゝろ)なり又/海(かい)は穢(けがれ)をうけ
て其(その)水(みづ)く黒(くろく)して晦のごとしとも
いへり湖(こ)はみづうみなり潮(てう)はうし
ほなり
○岸(がん)は水/涯(ぎの)の高(たか)き所をいふ
住(すみ)の江(え)のきしによる浪(なみ)よるさへや
とよみ又/岸(きし)の姫松(ひめまつ)と歌(うた)によめり
○浜(はま)は水際(すいさい)なり涯(かい)はほとり浦(ほ)は
うらならびに同し水際(すいさい)の平(へい)
沙(さ)を汀(てい)といふみぎはとよむなり
海浜(かいひん)ひろきを㵼(しや)といふかたなり
河浜(かひん)水浜(すいひん)海浜(かいひん)ともにはま也
○田(た)は土(つち)を耕(たがやす)の名(な)囗は田(た)の四方
のかまへなり中に十の字(じ)は田(た)の
阡陌(せんはく)とてみぞのこゝろなり畎(けん)【左ルビ「たみぞ」】
【左頁下段】
島(とう)《割書:しま》

海(かい)
《割書: うみ》

岸(がん)
《割書:き| し》

濱(ひん)
《割書: はま》
【上欄書入れ】40
    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十一

【右頁上段】
畝(ほ)【左ルビ「うね」】町(てう)【左ルビ「まち」】畔(はん)【左ルビ「くろ」】
○畔(はん)は田(た)の界(さかひ)なりぐろとも又は
あぜともよむなり又/塍(せう)【左ルビ「ぐろ」】堘(せう)【左ルビ「あせ」】同じ
周(しう)の国(くに)には耕(たがやす)ものは畔(くろ)を譲(ゆづる)と
いふなり
○溝(みぞ)は田間(でんかん)の水(みづ)なり溝(かう)は構(かう)なり
たてよこにまじへかまへたるなり
渠(きよ)同
○独梁(ひとつばし)は独木梁(どくぼくりやう)ともいふなり
又/狐橋(こきやう)ともいふ丸木(まるき)ばし一本(いつほん)
橋(ばし)などいふ
○塚(つか)は平(たいらか)なるを墓(ぼ)といひ土(つち)を
封(はう)ずるを塚(ちよう)といふ又すぐれて
高(たか)きを墳(ふん)といふともにつかなり
塚(つか)のうへにしるしの木(き)をうゆる
事なり
○場(ちやう)は五穀(ごこく)をおさむる圃(はたけ)なり
【右頁下段】
畔(はん)
《割書: ぐろ| あぜ》

塚(ちよう)《割書: |つか》

溝(かう)《割書: |みぞ》

田(でん)
《割書: た》


独梁(どくりやう)
《割書:ひとつ|  ばし》
【左頁上段】
土(つち)を築(きつく)を壇(だん)といふ地(ち)を除(はらふ)を
場(ぢやう)といふ神(かみ)をまつる所なりと
あり農民(のうにん)の米穀(へいこく)をこなす所
を場(ぢやう)といふ又ほしばなどゝいふ
市場(いちば)売場(うりば)などいふ又/塲(ば)とも
かくなり
○井(せい)は伯益(はくゑき)といふ人くつりはじ
め給ふなり鴆(ちん)は毒鳥(どくてう)なり羽井(はねゐ)
の内(うち)におちて人その水(みづ)をのめば
死すよつて井(ゐ)のもとに桐(きり)を
うゆ鴆(ちん)は鳳凰(はうわう)を懼(をそる)鳳凰(はうわう)は梧(き)
桐(り)にすむものなれば鳳(はう)のゐ
んことを鴆(ちん)に懼(おそれ)しめん為(ため)也
○幹(かん)は井垣(せいゑん)なりとあり俗(ぞく)に
いげたゐづゝといふ井筒(ゐづゝ)と書(かく)
はあしゝ韓(ゐづゝ)のかたはらに竹(たけ)を
うゆべし鳳凰(はうわう)は竹(たけ)の実(い)をくら
【左頁下段】
塲(ちやう)
《割書: ば》

幹(かん)
《割書:い| づゝ》

井(せい)
《割書: ゐ》
【上欄書入れ】41
    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十二

ふものなれば鴆(ちん)をおそるゝがた
めなり
○沢(さは)は水(みづ)のあつまり聚(あつまる)ところ
なり沢(さは)には杜若(かきつばた)河骨(かうほね)蓴(しゆん)さ
いなどはへ螢(ほたる)とびかふ夏(なつ)の夕暮(ゆふぐれ)
の景色(けしき)もおもしろし
○石(いし)は山骨(さんこつ)なり塊(つちくれ)久(ひさ)しうして
石となる石(いし)変(へん)じて金銀(きん〴〵)銅(どう)鉄(てつ)
を生(しやう)ず星(ほし)おちて石(いし)となる木(ぼく)
石(せき)に怪(くわい)あり石より火を生(しやう)ず
○礫(れき)は小石(しやうせき)なりさゞれいしとも
又つぶてともよむなりその石(せき)
礫(れき)にならつて璃龍(りれう)の蟠(わだかまる)とこ
ろをしらすといへり
○沙(いさご)は細散(さいさん)の石(いし)なり別(べつ)に沙(しや)【頭書訓蒙図彙「砂」】とかく
はあやまりなり説文(せつもん)に水少(すいしやう)に
したがふ水(みづ)少(すくなき)ときは沙(すな)あらわる
【右頁下段】
澤(たく)
《割書: さは》

礫(れき)
《割書: さゞれ|   いし》

石(せき)
《割書:いし》

沙(しや)
《割書:すな|いさご》
【左頁上段】
の義(き)なり繊沙(せんしや)はまなごなり
まさごいさこすなご同訓(とうくん)なり
○池(いけ)は地(ち)をうがつて水を溜(たむ)る
をいふ沼(せう)も同じ四/角(かく)なる
池(いけ)を方池(はうち)といふ
○泉(いづみ)は源水(けんすい)なり下(した)より涌(わき)
出(いづ)るを濫泉(らんせん)といふ垂(たれ)いづるを
沃泉(ようせん)といふ穴(あな)より出るを汎(はん)
泉(せん)といふ病(やまひ)を治(ぢ)するを温泉(をんせん)
といふいでゆなり地下(ちか)を黄泉(くはうせん)
といふ
○塘(つゝみ)は池塘(ちとう)なり池(いけ)のほとり
のつゝみなり俗(ぞく)にためいけと
いふ柳(やなぎ)をうへたるを柳塘(りうとう)
といふ柳塘(りうとう)莫々(ばく〳〵)暗(くらし)_二啼(てい)鴉(あ)_一と
詩(し)にもつくれり
○園(ゑん)は果(くだもの)をうゆる所なり又/鳥(とり)
【左頁下段】
池(ち)
《割書: いけ》

泉(せん)《割書: |いづみ》

塘(とう)《割書: | |つゝ|  み》
【上欄書入れ】42
    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十三
【右頁上段】
けだものをやしなふ所を苑
といひ垣(かき)あるを園(ゑん)といふいづ
れもそのと訓ず補【四角枠の中に「補」】園(その)は今/俗(ぞく)
にうらせどなとゝいふ
○圃(ほ)は菜(さい)をうゆる所をいふ也
又/果(このみ)瓜(うり)をうゆるを圃(ほ)といふと
もいへり又はたけなり我(われ)不(ず)
_レ如(しか)_二老圃(らうほに)_一と孔子(こうし)ものたまへる事
論語(ろんご)に見(み)へたり
○閭(りよ)は里門(りもん)なり今(いま)いふ在所(ざいしよ)
の惣門(さうもん)なり又/家(いゑ)二十五/軒(けん)
ほどある在所(さいしよ)を閭(りよ)といふ閭(りよ)
巷(こう)といふ
○郊外(かうぐはい)を野(の)といふなり野(の)は
ひろくして平(たいらか)なるをいふ
高(たか)くして平(たいらか)なるを原(げん)と云
これをあはせて野原(のはら)といふ
【右頁下段】
閭(りよ)
《割書: さと》

園(ゑん)
《割書: その》

圃(ほ)
《割書: はたけ| その》
【左頁上段】
埜(や)同し墅と書はあやまり也
○道(とう)は道路(どうろ)なり途(と)同し
径(けい)はこみちなり
用明天皇(ようめいてんわう)のとき五/畿(き)七/道(どう)に
わかつ文武天皇(もんむてんわう)のとき六十六
箇国(かこく)をわかつ
○畷(てつ)は田(た)の間(あいた)のみちなりなは
てなり俗(ぞく)に縄手(なはて)と書(かく)は縄(なは)を
引(ひき)たるがごとく直(なを)けれはなり
○衢(ちまた)は四/達(たつ)の道(みち)なりよつて
十/字街(じかい)といふちまたなり俗(ぞく)
に辻(し?う?)の字(じ)を書(かき)てつじと読(よむ)
街衢洞達(かいくのとうたつ)とあり
○城(しろ)は黄帝(くはうてい)つくりはじめ
たまふとも又/鯀(こん)といふ人つくり
はじめ給ふともいふ内(うち)を城(せい)と
いひ外(ほか)を郭(くはく)といふ天守(てんしゆ)狭間(さま)
【左頁下段】
道(とう)
《割書:み| ち》

野(や)《割書: |の》

衢(く)
《割書:ちまた》

畷(てつ)
《割書:なは|  て》
【上欄書入れ】43
    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十四

【右頁上段】
多門(たもん)  武者屯(むしやだまり) 櫓(やぐら) 犬走(いぬはしり)
虎魚(しやちほこ)
○塹(ほり)は城(しろ)をめくる水なり又
坑塹(あなほり)なり坑(かう)壕(かう)ならびに同
城郭(しやうくはく)のほりなり
○封疆(はうきやう)は土(つち)を封(はう)じて疆(さかひ)をか
ぎるをいふ俗(ぞく)にこれをどてと
いふ洛陽(らくやう)にむかし大閤秀吉公(たいかうひでよしこう)
のとき東西南北(とうざいなんぼく)に封疆(どて)をつき
て竹(たけ)をうへ給ふ今にあり
○橋(はし)はもろこし禹王(うわう)といふ聖(せい)
人(じん)つくりはじめたまへり梁(はし)とも
書(かく)なり矼(こう)はいしばしなり圯(い)
はつちはしなり板橋(はんきやうは)いたばし
石橋(せききやう)はいしばし土橋(どきやう)はつちばし
歩橋(ほきやう)はふみこへばし
○市(いち)は神農(しんのう)はじめたまふ
【右頁下段】
城(じやう)《割書: |しろ》

橋(きやう)
《割書:は| し》

塹(せん)
《割書:ほり》

封疆(はうきやう)《割書: |どて》
【左頁上段】
又祝融(しゆくゆう)はじめ給ふともいふ
売買(ばい〳〵)の所(ところ)を市(いち)といふ補【四角枠の中に「補」】今
俗(ぞく)に是を店(たな)といふ魚(うを)のたな
呉服(こふく)だななどゝいふなり
○津(つ)は水(みづ)の会(あつまる)ところなり舟
つき又わたしばなり難波津(なにはつ)
大津(おほつ) 今津(いまづ) 甲斐津(かいづ)など
いふたぐひなり伯(はく)【訓蒙図彙「泊」】はとまり也
○浮橋(ふきやう)はうきはし又/浮梁(ふれう)と
も書(かく)べし又ふなばしは舟(ふね)をつ
なぎならべてはしとする也
水(みづ)ふかくして橋(はし)ぐい立かたき所
などふなばしをかくるなり
○堤(つゝみ)はふさぐともとゞこほる共
よむ土(つち)をもつて水(みづ)をふさぎと
どこほらしむるをもつて堤(つゝみ)と
いふ隄(てい)とかくはあしゝ塘(とう)堤(てい)同
【左頁下段】
市(し)
《割書:いち》

浮橋(ふきやう)
《割書: うきは|   し》

津(しん)《割書: |つ》
【上欄書入れ】44
    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十五

    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十五
柳堤(りうでい)は補【四角枠の中に「補」】堤(つゝみ)に柳(やなぎ)を植(うへ)たるを云
○閘(かう)は水門(すいもん)なり俗(ぞく)にこれを
樋(ひ)の口(くち)といふ田(た)に水(みづ)を入るとき
は引(ひき)あげ入ざるときはおろす
○堰(いせき)は蛇籠(じやかご)に石(いし)をいれて水(みづ)を
ふさくものなり又/埭(たい)とも書也
水辺(すいへん)に田地(でんぢ)又は屋敷(やしき)あれば堰(いせき)
をするなり補【四角枠の中に「補」】俵(たわら)に土砂(どしや)を入て水(みつ)
ふせぎともするなり
○水柵(すいさく)は竹木(ちくほく)をあんでこれをつ
くる水よけなりうたにも
山川に風のかけたるしがらみは
なかれもあへぬもみち成けり
とよめるなりしがらみといふは
水柵(すいさく)なり
○関(せき)はゆきゝのうたかわし
き人をとゞめたゞす所(ところ)なり
【右頁下段】
水柵(すいさく)
《割書: しがら|     み》

堤(てい)
《割書:つゝ|  み》

閘(かう)
《割書: ひのく|   ち》

堰(ゑん)
《割書:ゐせき》
【左頁上段】
不破(ふは)の関(せき) 鈴鹿関(すゞかのせき) 逢坂関(あふさかのせき)
これを天下(てんか)の三/関(せき)といふ今は
たへてなし箱根(はこね)の関(せき)といふ
あり其外(そのほか)関所(せきしよ)あり
補【四角枠の中に「補」】峠(とうげ)は山坂(やまさか)をのぼりおはりて
いたゞきの所をいふあるひは山中(やまなか)
の峠(とうげ)鈴鹿(すゞか)の峠(とうげ)なといふ山道(やまみち)の
往来(わうらい)には峠(とうげ)をいくつもこゆる事
なり
補【四角枠の中に「補」】森(もり)は木(き)の多(おほ)くな生(はへ)しげりた
る所といふ狐(きつね)の森(もり)螢(ほたる)のもり
又/鷺(さぎ)の森(もり)などいふ所あり
○牧(まき)は六/畜(ちく)をやしなふ所を
いふ又/郊外(かうぐはい)を牧といふ言(いふこゝろ)は六
畜(ちく)をはなち牧(まき)すべき所なり
国(くに)の守護(しゆご)を牧(ぼく)といふも民(たみ)
をやしなふの義(き)にとる
【左頁下段】
《割書:補》森(しん)
《割書: もり》

𨵿(くわん)
《割書: せき》

《割書:補》峠
《割書:とう| げ》
【上欄書入れ】45 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十六

    【柱】頭書増補訓蒙図彙二         十六
○墓(ぼ)は慕(ぼ)の字(じ)の意(こゝろ)にて
したふといふ事なり子孫(しそん)か
先祖(せんぞ)を思慕(しぼ)するなり塚(ちよ)も
同し天子(てんし)のはかを陵(みさゞき)といふ
塋(ゑい)同し壙(くはう)つかあななり
補【四角枠の中に「補」】沼(ぬま)は池(いけ)の大(おほい)なるものをいふ
又/水(みづ)少(すくな)く泥土(でいど)なるものなり池(いけ)
沢(さわ)沼(ぬま)は同じたぐひなり山(やま)
城国(しろのくに)伏見(ふしみ)に大沼(おほぬま)あり葦(よし)芦(あし)
など多(おゝ)くはへ水鳥(みづとり)の住所(すみどころ)也
補【四角枠の中に「補」】薮(やぶ)は竹林(ちくりん)なり苦竹(まだけ)淡竹(はちく)の
二/種(しゆ)を用(もち)ひて其(その)性(じやう)かたくよつて
薮となして造作(さうさく)又は器財(きざい)に用(もち)
ゆる事かぞへがたし
【右頁下段】
墓(ぼ)《割書:は| か》

沼(せう)《割書:ぬま》

牧(ぼく)
《割書: まき》

薮(すう)《割書:やぶ》 
【左頁】
頭書増補訓蒙図彙(かしらがきぞうほきんもうづゐ)巻之三
  居処(きよしよ) 《割書:此部(このぶ)には宮殿(きうでん)門戸(もんこ)壁檣(かべかき)庭窓(にはまど)のたぐひ|すべて家居(いゑゐ)宅所(たくしよ)につきての文字(もじ)あり》
○殿(てん)は堂(だう)の高(たか)くして大(おゝい)なる
ものなり天子(てんし)の居(ゐ)給ふ所を殿(てん)
といふ殿(てん)の天井(てんじやう)に藻(も)をゑがくは
藻(も)は水草(すいさう)なれは火災(くはさい)をさく
るのころゝろなり
○棟(むね)は屋極(をくきよく)なり屋脊(をくせき)を甍(ほう)
といふいらかなり鴟尾(しび)はくつかた
蚩吻(しふん)おにがはら
○檐(えん)は簷宇(ゑんう)同し遶(めぐる)_レ檐(のきを)点(てん)
滴(てき)如(ごとし)_二琴筑(きんちくの)_一と詩(し)にもつくれり
又/檐(のき)のあやめ檐(のき)の玉水(たまみづ)などゝ
歌によめるなり
【左頁下段】
棟(とう)
《割書:むね》

殿(てん)
《割書: との》

檐(ゑん)
《割書:のき》

榑風(はふ)【搏風ヵ】

蔀(ほう)
《割書:しと| み》

楹《割書:ゑい》
《割書:はしら》

礎(そ)
《割書:いしずへ》

階(かい)
《割書:きざは|  し》

欄干(らんかん)
《割書: おばしま》
【上欄書入れ】46
    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         十七

    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         十七
○楹(はしら)は殿門(てんもん)の両方(りやうはう)にありよつ
て両楹(りやうゑい)といふ柱(はしら)同じ短柱(たんちう)は
つかばしらなり
○欄杆(らんかん)は階除(きざはし)の木句欄(きこうらん)なり
闌干(らんかん)とも書(かく)なり干(かん)又/檻(かん)に作(つく)
るおばしまなり直欄(ちよくらん)横杆(わうかん)
○階(きざはし)は砌(みぎり)なり堂(だう)に昇(のぼ)る道(みち)也
階級(かいきう)階除(かいぢよ)階梯(かいてい)ともいふ俗(ぞく)
にきざはしといふ堦(かい)につくるは
あやまりなり
○摶(は)【搏ヵ】風(ふ)は風(かぜ)を摶(うつ)【搏ヵ】とよむ火災
をさくる為(ため)の名(な)なり■【逆五角形の中に○の図形。『頭書増補訓蒙図彙』では下段図中の懸魚の図形】是(これ)を
懸魚(げんぎよ)といふ魚(うを)は水に住(すむ)もの
なれば火災(くはさい)をさくるの名也
○蔀(しとみ)は屋(いへ)の檐(のき)につりあげ
て光明(あかり)をさらへおほふものなり
俗(ぞく)にうはしとみといふつれ〴〵
【右頁下段】
庭(てい)《割書:には》

廊(らう)
《割書:ほそ| どの》

牆(しやう)《割書:つい|ぢ》
《割書:かき》

門(もん)
《割書:かど》

扉(ひ)《割書:とび|ら》

磚(せん)
《割書:しき|がはら》

砌《割書:せい| みぎり》
【左頁上段】
草(ぐさ)にもやり戸(ど)は蔀(しとみ)の間よ
りもあかしといへり蔀はうは
あかりなり
○礎(いしずへ)は柱(はしら)の下の石(いし)なり詩(し)を
作(つく)るに韻字(ゐんじ)をふむを礎(そ)と云
磉(さう)礩(しつ)并(ならび)に同し 
○庭(には)は門屏(もんへい)の内(うち)を庭(には)と云
又/砌(みぎり)といふも庭(には)なり
○門(もん)は両戸(りやうこ)あはするを門(もん)と云
楣(まくさ)閾(しきみ)棖(ほこたて)みな門(もん)にあり
○廊(ほそどの)は殿下(てんか)の外屋(ぐはいをく)なりと
ありわたりどの共云/廊下(らうか)廻(くわい)
廊(らう)などなり本殿(ほんでん)へかよふ
ひさしなり
○牆(かき)は墻(しやう)垣(ゑん)墉(よう)並(ならひ)に同又門
屏(へい)を蕭墻(しやう〳〵)といふ蕭(しやう)が言(こと)は
粛(しゆく)なり君臣はあひまみゆる
【左頁下段】
華表(くはへう)《割書: |とりゐ》

瑞(ずい)
籬(り)
《割書:みつ|がき》

宮(きう)《割書: |みや》
【上欄書入れ】47
    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         十八

    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         十八
【右頁上段】
の礼(れい)は門屏(もんへい)にいたりて粛(しゆく)
敬(けい)をくはふるなり
○扉(とびら)は木(き)にて作(つく)るを扉(ひ)といふ
竹(たけ)にてつくるを扇(せん)といふ門扉(もんひ)は
戸扉(こひ)柴扉(きいひ)【さいひヵ】竹扉(ちくひ)などいふ
○磚(せん)はしきがはらなり又/㼾(ろく)
甎(せん)ともいふ又/壁磚(へきせん)ともいふ
塼(せん)磚(せん)並同/禅堂(せんたう)などに有
○砌(みぎり)は階甃(かいしう)なりいしだゝみ俗(ぞく)
にいふいしかき通(つう)じて庭(には)の
事なり
○宮(みや)は唐(もろこし)にては至尊(しそん)の居所(ゐどころ)
を宮(きう)といふ和朝(わてう)にては神(かみ)の
居(ゐ)たまふ所を宮(きう)といふ又/社(しや)
とも祠(し)ともいふなり
○華表(とりゐ)は神前(しんせん)にたつる鳥(とり)
井なりとりゐといふ事は神(しん)
【右頁下段】
樓(ろう)
《割書:たか| どの》

雪(ゆ)
打(た)

宅(たく)
《割書:いゑ》

櫺(れい)
《割書: まど》
【左頁上段】
門なりともいふ又/天(てん)の字(じ)のかた
ちなりともいふ鳥井(とりゐ)と名づくる
事/火災(くはさい)をさくるのこゝろの名なり
○瑞籬(みづがき)は神前(しんぜん)社前(しやせん)のかき也
玉垣(たまがき)ともいふ不浄(ふじやう)の人これ
より内(うち)へ入(いる)べからず
○楼(たかどの)は重屋(ちやうをく)なり高(たか)くかさね
上(あげ)て物見(ものみ)をするなり今(いま)俗(ぞく)
にちんといふ
○櫺(れい)は隔子(かくし)なり櫺子(れんじ)なり俗(ぞく)
にむしこといふ木(き)のまどを櫺子(れんじ)
といふ土のまどを土窓(つちまど)といふ
○雪打(ゆた)は仏殿(ぶつでん)楼閣(ろうかく)又は二/階(かい)
などに有物なり雨(あめ)雪(ゆき)などの
打(うち)かゝるをうくるものなり俗(ぞく)
にあま戸(ど)といふなり
【左頁下段】
厨(ちう)
《割書:くり|  や》

窖(かう)《割書:あな| ぐ|  ら》
【上欄書入れ】48
    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         十九

    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         十九
【右頁上段】
○宅(たく)は択(たく)なりよき所を択(ゑらん)
でいとなみたつるゆへなり又
人の詫(たく)する所といふ義も有
舎(しや)家屋(かをく)ともに同又は第宅(だいたく)
○厨(くりや)は烹飪(かうじん)する所なり今云
料理所(れうりどころ)なり又/庖厨(はうちう)といふ略(りやく)
してくりともいふ補【四角枠の中に「補」】俗(ぞく)に名付て
台所(たいどころ)といふなり
○窖(あなぐら)は地蔵(じざう)なり丸(まるき)を竇(とう)と云
方(けた)なるを窖(かう)といふともにあな
ぐらなり地(ぢ)をほりて穴をこし
らへ家財(かざい)を入/置(をく)所(ところ)なり
○寺(てら)はもと官人(くはんにん)の居(ゐ)る所(ところ)の
名なり天竺(てんぢく)より仏経(ぶつきやう)を白(はく)
馬(ば)におほせて鴻臚寺(こうろじ)といふ
官人(くはんにん)の居(ゐる)所へ来りしより仏氏(ぶつし)
の居所(ゐどころ)の名(な)とす
【右頁下段】
塔(たう)《割書: |あら| らぎ》

寺(じ)
《割書: てら》

亭(てい)《割書:あば| らや》
【左頁上段】
○塔(たう)はもろこしの長安(ちやうあん)に慈(じ)
恩寺(をんじ)といふ寺あり塔(とう)あり鴈(がん)
塔(とう)といふ進士(しんじ)名(な)をその下に
題(たい)す塔婆(とうば) 浮図(ふと)同じ
○亭(あばらや)は道路(だうろ)の舎(やどる)所(ところ)なり亦(また)
行旅(かうりよ)宿会(しゆくくはい)の館(やどる)【舘】所(ところ)なり
ともいへり俗(ぞく)にひとやどりまた
はたごやなり高(たか)くた立(たて)たる楼(ろう)
をも亭(ちん)といふ
○屋(をく)は舎(しや)なり大屋(たいをく)を厦屋(かをく)と
いふ又まやともいふ家(いゑ)の真中(まんなか)を
母屋(もや)といふ四方面(しはうめん)の家(いへ)を四阿(あづま)
屋(や)といふ俗(ぞく)に屋(や)をやねといふ
○廬(いほり)は田(た)の中の屋(いゑ)なり稲(いね)など
かり入る所なり草(くさ)にてやね
をふきたる屋(いゑ)をいふ菴(いほ)同
かりほの廬(いほ)のといふに廬(いほ)の字(じ)
【左頁下段】
廬(ろ)
《割書: いほ|   り》

屋(をく)《割書: |や》

厠(し)
《割書: かはや》
【上欄書入れ】49
    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         二十

    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         二十
【右頁上段】
を書(かき)たり
○厠(し)は圊(せい)なり溷(こん)なり俗これ
を雪隠(せつちん)といふ古は清(せい)といふ不(ふ)
潔(けつ)を清(きよめ)除(のぞく)をもつての名なり
釈名(しやくめう)に雑(ざう)なり人そのうへに
雑厠(ざうし)するなり
○坊(まち)は邑里(ゆうり)の名ちまたなり
町(まち)なり京(きやう)二/条通(でうとをり)を銅駝坊(どうたばう)と
いふがことし又は別屋(べつをく)を坊(はう)と
いふ僧坊寺坊(そうはうじばう)などなり
○店(いちくら)は物(もの)をひさく所なりたな
なり茶店(さてん)酒店(しゆてん)などいふなり
店屋物(てんやもの)などゝもいふ肆(し)㕓(てん)
舗(ほ)同し心(こゝろ)なり
○槅子(かうし)は格子(かうし)とも書(かく)なり組(くみ)
入槅子(いれかうし)狐槅子(きつねかうし)釣槅子(つりかうし)台槅(だいかう)
子なとあり禁裏(きんり)又は寺社(ししや)など
【右頁下段】
坊(ばう)《割書: |まち》

槅子(かうし)

店(てん)《割書: |いち| ぐら》

倉(さう)《割書:く| ら》
【左頁上段】
にあるは狐槅子(きつねかうし)なり
○倉(くら)は五/穀(こく)を入(いる)るを倉(さう)といふ
米を入るを廩(りん)といふ財宝(ざいほう)を
いるゝを蔵(さう)といふ書物(しよもつ)を入るを
庫(こ)といふ土庫(とこ)はぬりごめなり
府(ふ)もくらなり
○斎(さい)は潔(けつ)なり心(こゝろ)を洗(あらふ)を斎(さい)と
いふ学問所(がくもんじよ)をいふ又/燕居(ゑんきよ)の室(しつ)
なり学問(がくもん)をする人/斎号(さいがう)を
付(つく)ことは我(わが)学問所(がくもんじよ)の号(な)をつく
なり
○廡(ひさし)は堂下(たうか)の周廊(しうらう)なり大屋(たいをく)
の四辺の重(かさなる)檐(のき)なり
○窓(まど)は釈名(しやくめう)に窓(さう)は聡(さう)なり
内(うち)より外(ほか)をうかゞひてもつて
聡(みゝとき)をなすの義なり牕(さう)牗(よう)並
に同し紙窓(しさう) 紗窓(しやさう)
【左頁下段】
齋(さい)

廡(ふ)
《割書:ひさし》

窻(さう)《割書: |まど》

瓦(ぐは)《割書: |かは|ら》

蟆股《割書:かへる|また》

戸(こ)
《割書:と》
【上欄書入れ】50
    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         二十一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         二十一
○戸(と)は一/枚(まい)とびらの門(もん)を戸(と)
といふ又/内(うち)を戸(と)といひ外(ほか)を門
といふともいへり民家(みんか)ならび
つらなるを編戸(へんこ)といふ
○瓦(かわら)は唐(もろこし)夏(か)の昆吾(こんご)といふ人つ
くり始(はしめ)しなりめがわらを瓪(はん)といふ
おかわらを𤭆(とう)【瓦+同】といふ又/魏(ぎ)の文帝(ぶんてい)
瓦(かわら)をちて鴛鴦(をしとり)となると夢(ゆめ)
見給ふといふ故事(こじ)ありよつて
鴛鴦瓦(ゑんおうぐは)といふ
○蟇股(かへるまた)は榑風(はふ)の下にあり蟇(かへる)
の股(また)に似(に)たればなり蟇(かへる)は水中(すいちう)に
住(すむ)ものなれば火災(くはさい)をさくる為(ため)
なり鴨居(かもゐ)といふも同(おなじ)意(こゝろ)也
○臥房(ぐはぼう)は寝室(しんしつ)ともいふ又/閨(けい)
房(ぼう)ともいふ天子(てんし)の御寝所(きよしんじよ)を
夜殿(よんのおとゞ)といふ
【右頁下段】
楗(けん)《割書:くわんのき》

扃(けい)《割書:とざし》

卧(ぐは)
房(ばう)
《割書:ねや》

鋪首(ほしゆ)

壁(へき)《割書:かべ》
【左頁上段】
○楗(くわんのき)は限(かきる)門(もんを)木(き)【門を限る木】なり今いふくは
んの木(き)なり𢩠(せん)【戶+睘】閂(せん)並に同
○扃(とざし)は外(ほか)より閉(とづ)る関(くはん)なり又
門(もんの)扉(とびら)のうへの鐶(くはん)鈕なり又/関(くはん)
戸(こ)の木(き)なりくはんの木(き)又は鎖(じやう)也
○鋪首(ほしゆ)は今/按(あん)ずるに門(もん)又は
襖(ふすま)障子(しやうじ)などのひきて鐶(くはん)なり
鈕(ちう)はつほなり
○壁(かべ)は城(しろ)のかべを壘(るい)といふしらかへ
を粉壁(ふんへき)といふ又/画壁(ぐはへき)板壁(はんへき)など
あり室(しつ)の屏(へい)蔽(へい)なり
○廳(まんところ)は政(まつりこと)をきく所なり検非(けび)
違使(ゐし)のゐる所なり公事(くじ)訴訟(そしやう)
をとりさばきする所をいふなり
庁(ちやう)同
○厩(むまや)は馬舎(ばしや)なり猿(さる)の異名(ゐみやう)を
馬(ば)父といふによつて厩(むまや)に猿(さる)
【左頁下段】
廳(ちやう)
《割書:まん| どころ》

《割書:ひと| や》 牢(らう)獄(ごく)

厩(きう)《割書: |むまや》

柵(さく)
《割書:し|がら| み》
【上欄書入れ】51
    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         二十二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         二十二
【右頁上段】
をもつて祈祷(きとう)とするとぞまた
厩(むまや)の上に馬をつなく木を猿(さる)
木(き)といふ
○牢獄(たうごく)は罪人(つみびと)を囚ところなり
皐陶(かうよう)といふ人つくりはじめ給ふ
なり周(しう)の代(よ)には囹圄(れいぎよ)といふ今
籠(ろう)と書(かく)はあやまりなり
○柵(しからみ)は木(き)をあみて是(これ)をつくる軍(ぐん)
陣(ぢん)にて人馬(じんば)をふせぐものなり
笧(さく)同し俗(ぞく)に駒(こま)よせとも馬(むま)ふ
せぎともいふ
○閨(ねや)は婦人のねやなり東坡(とうば)
が月(つき)の夜(よ)故郷(こきやう)の妻(め)をおもふの
詩(し)にも閨中(けいちう)唯(たゝ)独(ひとり)看(みるらん)と作(つく)れり
○浴室(ゆどの)は沐浴(ぼくよく)して身(み)をきよむ
る所なり俗(ぞく)に湯殿(ゆどの)といふ禅(ぜん)
寺(でら)には風呂屋(ふろや)を浴室(よくしつ)と額(がく)す
【右頁下段】
閨(けい)
《割書:ねや》

籬(り)《割書:ませ| がき》

浴室(よくしつ)
《割書:ゆどの》

樞 《割書:く|るゝ》
【左頁上段】
○籬(まがき)はませともいふ竹(たけ)にてあ
みたるかきなり藩芭(はんは)ともに同
陶淵明(とうえんめい)が詩(し)に 採_二 ̄テ菊 ̄ヲ東-
籬 ̄ノ下_一 ̄ニ悠-然 ̄トシテ対 ̄ス南山_一 ̄ニ
○枢(すう)はくるゝなり言行(げんかう)は君子(くんし)
の枢機(すうき)なりといへり又/北極(ほくきよく)は
天(てん)の枢(すう)なりともいへり門枢(もんすう)戸(こ)
枢(すう)扉枢(ひすう)などいふ
○駅(むまやど)は道中(どうちう)のはたごや馬(むま)つ
ぎをいふ駅館(えきくはん)とも又/駅舎(ゑきしや)
とも駅伝(ゑきでん)ともいふ
○護摩堂(ごまたう)は護摩(ごま)は梵語(ぼんご)
なり焚焼(くんしやう)【ふんしやうヵ】と翻訳(ほんやく)すしか
れば護摩(ごま)たくといふは重言(ぢうごん)
なり護摩(ごま)を修(しゆ)する護摩(ごま)
するなとゝいふべしとぞ
○台(うてな)は四/方(はう)にしてたかきものを
【左頁下段】
驛(ゑき)
《割書:むま| やど》

護(ご)
摩(ま)
堂(だう)
【上欄書入れ】52
    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         二十三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         二十三
【右頁上段】
台(たい)といふ台上(たいしやう)に屋(をく)を架(か)する
を台門(たいもん)といふ又/楼台(らうたい) 舞(ぶ)
台(たい)歌台(かたい)うてな
○櫓(やぐら)はやぐらなり城上(じやうじやう)の望(ばう)
楼(ろう)なり狭間(さま)をあけて歒(てき)の
多少(たしやう)をうかゞひのぞみ弓(ゆみ)鉄(てつ)
炮(はう)をいだす所なり又/戦棚(せんはう)と
もいふなり
○桟敷(さんじき)は見物(けんぶつ)の棚(たな)なり桟(さん)
敷(じき)はうつ又はかけるなどゝいふ
べからず桟敷(さんじき)かまゆるといふ
べしとぞ
○蹴鞠坪(しうきくのつぼ)といふは鞠蹴場(まりけば)也
四/本(ほん)がゝりとて四/隅(すみ)に松竹
桜(さくら)楓(かへで)をうゆるなり鞠(まり)はもろ
こし蚩尤(しゆう)がかうべをかたどり
てける事なり
【右頁下段】
臺(たい)
《割書: うてな》

桟(さん)
敷(じき)

櫓(ろ)《割書:やぐ|  ら》

蹴(しう)
鞠(きくの)
坪(つぼ)
【左頁上段】
○輪蔵(りんざう)は一切経(いつさいきやう)を入/置(をく)蔵(くら)也
転(まわる)やうにこしらへたるによつて
輪蔵(りんざう)とも転蔵(てんざう)とも経蔵(きやうざう)と
もいふ一/度(と)転蔵(てんざう)をまわせば一
切経(さいきやう)を転読(てんどく)したる道理(だうり)なり
前(まへ)に居(ゐ)るは傅大士(ふだいし)といふ人なり
仏(ぶつ)在世(ざいせ)一/切経(さいきやう)を守護(しゆご)せし人也
○護朽(こきう)は今いふ擬宝珠(ぎぼうし)なり
橋(はし)又は高欄(かうらん)にあり
○枅(ひぢき)は臂木(ひぢき)と俗(ぞく)に書(かく)雲(くも)がた
をほり付(つく)るゆへに雲臂木(くもひぢき)と云
曲(まかれる)枅(ひぢき)を栱(けう)とも欒(らん)ともいふ枓(ますがた)
をのする木なり
○枓(ますがた)は柱(はしら)の上の四/角(かく)なる栱(ます)
斗なり方枓(はうと) 栱枓(けうと) 枡枓(せうと)
ともいふ又は欂櫨(はくろ)ともいふ
○桁(けた)は屋(いゑ)の横木(よこぎ)なり又足がせ
【左頁下段】
輪(りん)
蔵(ざう)

護(ご)
𣏓(きう)【木+亐】
【上欄書入れ】53
    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         二十四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙三         二十四
【右頁上段】
頸(くび)かせを桁(かう)といふ事もあり
又/衣類(いるい)をかくるを衣桁(いかう)といふ
翡翠(ひすい)鳴(なく)_二衣桁(いかうに)_一と杜子美(としみ)が詩(し)に
つくれり
○榱(たるき)は椽(たるき)なりもろこし秦(しん)の
世(よ)には椽(えん)といふ周(しう)の世には榱(さい)と
いふ齊(せい)の世(よ)にはこれを桷(かく)といふ
○藻井(さうせい)は天井(てんじやう)なり藻(も)をゑかく
によつて藻井(さうせい)といふ藻(さう)といひ
井(せい)といふみな火災(くはさい)をさくるこゝろ
なり天井(てんじやう)と書(かく)も此(この)意(こゝろ)なり
みな水(みづ)の縁(ゑん)をとる
○窯(かはらかま)は瓦竈(ぐはそう)なりかはらやくかま
なり窰(よう)同このかまのうちにかは
らを入/柴(しば)にてふすべやくなり
炭(すみ)やくかまも此たぐひなり
【右頁下段】
榱(すい)《割書:はへ| き》
《割書:たるき》

枅(けい)《割書: |ひぢき》

桁(かう)《割書:けた》

枓(と)《割書:ます| かた》

藻井(さうせい)

窯(よう)
《割書: かはら|   がま》
【左頁】
頭書増補訓蒙図彙(かしらがきぞうほきんもうづゐ)巻(くはん)之(の)四
   人物(じんぶつ) 《割書:此部(このぶ)には士農工商(しのうこうしやう)そのほか異朝(ゐてう)の国(こく)|俗(ぞく)をすべて一さいの人類(じんるい)をあつむるなり》
【左頁上段】
○公(こう)は三公(さんこう)なり
太政大臣(だいじやうだいじん) 左大臣(さだいじん)
右大臣(うだいじん)を三公(さんこう)といふ
内大臣(ないだいじん)ともに公(こう)なり
唐名(からな)は大師(だいし) 大傅(だいふ)大(たい)
保(ほ)といふ補【四角枠の中に「補」】図(づ)する処(ところ)は
束帯(そくたい)の図(づ)なり束(そく)
帯(たい)には帯剣(たいけん)なり是(これ)
公卿(くぎやう)ともに式礼(しきれい)の
服(ふく)なりくつも靴(くわのくつ)を
めさるゝなり
【左頁下段】
公(こう)《割書:きみ》
【上欄書入れ】Fasc.3  3  54
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         一
【右頁上段】
○卿(けい)は公卿(くぎやう)なり
大納言(たいなごん)中納言(ちうなごん)三(さん)
位(み)以上(いじやう)を公卿(くきやう)と云
又/月卿(げつけい)ともいふ
天子に付(つき)そひ給ふ
故(ゆへ)の名也補【四角枠の中に「補」】三位/以(い)
下(げ)を殿上人(てんしやうびと)といふ
図(つ)する処(ところ)は衣冠(いくわん)
のていなり是(これ)常(つね)
の服(ふく)にて裾(きよ)なく
下はさし貫(ぬき)なり
束帯(そくたい)はさしこ【指袴】なり
装束(しやうぞく)の色(いろ)は四/位(ゐ)以
上は黒(くろ)五/位(ゐ)は赤(あか)六
位は青色(あをいろ)なり
【右頁下段】
卿(けい)《割書: | |きみ》
【左頁上段】
○士(し)は《割書:補》さふらひ也
 学問(がくもん)して
位(くらゐ)にあるを
 学士(がくし)といふ《割書:補》又
  文官(ぶんぐわん)とも
いふなり剣(けん)を
 帯(たい)し甲冑(かつちう)を
  着(ちやく)するを
武士(ぶし)といひ《割書:補》これ
 を武官(ぶくわん)と称(しやう)ず
四民(しみん)といふは
 士(さふらひ)農人(のうにん)工(しよくにん)
  商人(あきひと)なり
 すべては万民(ばんみん)とは
   いふなり
【左頁下段】
士(し)
《割書:さふ| らい》
【縦長楕円印 朱】MSS/BIBLIOTH NATIONALE 
【上欄書入れ】55
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         二
【右頁上段】
○女(をんな)はいまだ
  嫁(よめいり)せさるを
   女(ぢよ)といひ
すでに嫁(よめいり)
 したるを婦(ふ)
といふ嫁(よめいり)しても
 父母(ふぼ)よんで
   女(むすめ)といふ
○婆(ば)は嫗(あう)媼(おう)
  ならひに同じ
とりあけうばは
  穏婆(をんば)
   とも
 早婆(さうは)とも
  いふなり
【右頁下段】
婆(ば)《割書: | |うば》

女(ぢよ)《割書:をんな|むすめ》
【左頁上段】
○嬰(ゑい)は人(ひと)始(はじめ)てむまる
るを嬰児(ゑいじ)といふ胸(むね)の
前(まへ)を嬰といふこれを
嬰前(ゑいぜん)にかゝへて乳養(にうよう)
す故(ゆへ)に嬰といふ又女を
嬰(ゑい)と云/男(おとこ)を児(じ)と云
○童(どう)は男(おとこ)十五/以下(いか)を
童子(どうじ)といふ童(とう)は獨(どく)
なり言(いふこゝろ)はいまだ室家(しつか)
あらざるなり鬣子(うないこ)【𩮓子】
総角(あげまき)みな童子(どうじ)の
事なり
○翁(おう)は長老(ちやうらう)の称(しやう)也
又人の父(ちゝ)を称(しやう)じて
翁(おう)といふ叟(そう)【左ルビ「おきな」】同
【左頁下段】
童(どう)《割書:わら|  はべ》

嬰(ゑい)《割書:みどり|   こ》

翁(おう)《割書: |おきな》
【上欄書入れ】56  
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         三
○兵(へい)は武具(ぶぐ)の
  惣名(さうみやう)なり
今(いま)甲冑(かつちう)を
 帯(たい)する武士(ぶし)
  を兵(へい)といひ
ならはせり
 戎(つはもの)同し
《割書:補》
頭(かしら)たる者(もの)を
  将(しやう)といひ従者(じうしや)
   を士卒(しそつ)と
 いふ又軍士(ぐんし)
  軍兵(ぐんべう)など
   いふなり
軍勢(ぐんぜい)は士卒(しそつ)の
 惣名(さうみやう)なり
【右頁下段】
兵(へい)《割書: | |つはも|   の》
【左頁上段】
○農(のう)は厲山氏(れいさんし)子(こ)
  あり農(のう)と
    名(な)づく
百穀(ひやくこく)をうゆる
 事(こと)を能(よく)す
  よつて物(もの)を
作(つく)るものを農人(のうにん)
 といふ又/神農(しんのう)
   五穀(ごこく)を植(うゆ)
る事をおしへ
 たまふよつて
  農(のう)と名(な)
 づくるとも
  いふなり
【左頁下段】
農(のう)
《割書:もの| つくり》
【上欄書入れ】57 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         四
○工(こう)は百工(ひやくこう)とて
   もろ〳〵の
    細工人(さいくにん)
 の惣名(さうみやう)なり
  工匠(こうしやう)ともいふ 
 木工(もくこう)は大工(だいく)なり
   漆工(しつこう)は
    塗師(ぬし)也
《割書:補》
其外(そのほか)指物(さしもの)
 桧物(ひもの)ざいく
絹布(けんふ)織物(をりもの)るい
 金物(かなもの)ざいく
すべて工(こう)といふ
 是(これ)を職人(しよくにん)と
    もいふ也
【右頁下段】
工(こう)《割書:たくみ| だいく》
【左頁上段】
○商(しやう)はひさき人(びと)
  又あきびと也
居(ゐ)ながら売(うる)を
 賈(こ)といひもち
   ゆきて
うるを商(しやう)といふ
 商(しやう)と書(かく)べし
  啇(しやう)とかくは
あやまりなり
 《割書: |補》商(しやう)賈(こ)通用(つうよう)す
    ともにあき
人の事なり
 販(ひさく)といふは
   売(うる)事
    なり
【左頁下段】
賈(こ)《割書: |あき| びと》

商(しやう)
《割書:あき| びと》
【上欄書入れ】58 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         五

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         五
○医(い)は病(やまひ)を治(ぢ)
  するには酒(さけ)を
もつて薬(くすり)を製(せい)
 すよつて酉(ゆふ)の字(じ)
に書(かく)と有/和朝(わてう)
 いにしへは和気(わけ)
丹気(たんけ)といふ医家(いけ)
 あり俗人(ぞくじん)なり
○卜(ぼく)は卜筮(ぼくせい)なり
 卜(ぼく)は赴(ふ)なり来(らい)
者(しや)の心(こゝろ)を赴(むかふる)なり
 亀(かめ)を灼(やい)てうら
なふを卜灼(ぼくしやく)といふ
 又/蓍(めど)をとりて
   うらなふ
【右頁下段】
醫(い)《割書: | |くすし》
卜(ぼく)《割書: | |うら|  なひ》
【縦長楕円印 朱】MSS/BIBLIOTH ・ NATIONALE
【左頁上段】
○膳夫(ぜんぶ)は腹部(かしはて)【膳部ヵ】
  ともいふなり
    今いふ
料理人(れうりにん)なり
 包丁(はうてう)といふ人
    能(よく)牛(うし)を
解(とく)事(こと)を得(え)たり
 今その名(な)を
   かつて
刃物(はもの)の名(な)とす
 又/膳夫(ぜんぶ)の名(な)
   として
  包丁人(はうてうにん)とは
    いふ
     なり
【左頁下段】
膳夫(せんふ)《割書:かしはで》
【上欄書入れ】59
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         六

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         六
【右頁上段】
○画工(ぐわこう)は絵師(ゑし)
なり《割書:補》唐(もろこし)には名(めい)
画(ぐわ)あまたありて
かぞふるにいとま
あらず日本(ひのもと)にて
は巨勢(こせ)の金岡(かなおか)
古法眼元信(こほうけんもとのぶ)又
雪舟(せつしう)などむかし
の名画(めいぐわ)なり中(ちう)
古(こ)は永徳(えいとく)探幽(たんゆう)
等(とう)その外(ほか)あまた
あれどもこれを
略(りやく)す土佐家(とさけ)は
禁裏(きんり)の御/絵所(ゑどころ)
なり
【右頁下段】
画(ぐわ)
 工(こう)
《割書: ゑし》
【左頁上段】
○祝(しく)は祭(まつる)に賛(さん)
 詞(し)をつかさどる
者(もの)なりとあり
 神前(しんぜん)にてのつ
とをあぐる神主(かんぬし)
 なり《割書:補》又/神職(しんしよく)
ともいふあるひは
 祢宜(ねぎ)ともいふ
○巫(ふ)は女(をんな)の神(かみ)に
 つかゆるもの也
巫(ふ)は神(かん)をよろこば
 しむるものなり
ともあり《割書:補》按(あん)する
 に神楽(かぐら)みこ
  なるへ
     し
【左頁下段】
祝(しく)《割書:かんぬ|   し》
《割書: はふ|  り》

巫(ふ)《割書:かん| なぎ》
《割書: み|  こ》
【縦長楕円印 朱】MSS/BIBLIOTH. NATIONALE ・
【上欄書入れ】60
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         七

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         七
【右頁上段】
○僧(そう)は浮図(ふと)の
教(をしへ)にしたがふ者(もの)
なり沙弥(しやみ)沙(しや)
門(もん)委門(さうもん)比丘(びく)苾(ひつ)
芻(すう)ともいふなり
又/僧正(そうじやう)僧都(そうづ)上(しやう)
人(にん)和尚(おしやう)長老(ちやうらう)など
は《割書:補》僧官(そうぐわん)なり国師(こくし)
大師(だいし)号(がう)あり
○尼(じ)は女僧(ぢよそう)なり
比丘尼(びくに)なり仏(ほとけ)の
四/部(ぶ)の弟子(でし)なり
尼姑(じこ)ともいふ《割書:補》
尤(もつとも)宗門(しうもん)によりて
僧官(そうぐわん)異(こと)なり
【右頁下段】
尼(に)《割書:あま》

僧(そう)《割書:よすて|  ひと》
【左頁上段】
○鍛(たん)は磨(ま)なり
   推錬(すいれん)なり
金(かね)を治(ぢ)する
 にて鉄(てつ)を
  鍛ものなり
鍛冶(たんや)といふべし
 鍛治(かぢ)と字(じ)
似(に)たるかゆへ
 にむかしより
あやまり
 きたりて
鍛治(かぢ)とはとな
 ふるなり
  といへり
【左頁下段】
鍛(たん)
《割書:かぢ| や》
【上欄書入れ】61
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         八

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         八
【右頁上段】
○陶家(たうか)は土(つち)にて
茶碗(ちやわん)鉢(はち)皿(さら)などを
つくるものをいふ陶(たう)
冶(や)ともいふ《割書:補》瓦工(ぐはこう)は瓦(かはら)
さいくしなり舜(しゆん)
河濱(かひん)にすへものつ
くりすといへりしか
れば此さいくは舜(しゆん)を
はじめとするか
○冶(や)は鋳匠(たうしやう)とも
炉匠(ろしやう)ともいふ《割書:補》鍋(なべ)釜(かま)
火鉢(ひばち)其外(そのほか)金(かな)どう
具(く)をゐるものなり
唐(もろこし)の蚩尤(しゆう)といひし
ものつくりはしめし
とかや
【右頁下段】
陶家(たうか)
《割書: すへもの|   つくり》

冶(や)《割書: |ゐもの|   し》
【左頁上段】
○鬼(き)は人(ひと)死(し)して
肉(にく)骨(こつ)は土(つち)に帰(き)【皈】し
血(ち)は水(みづ)に帰(き)【皈】し魂(こん)
気(き)は天(てん)に帰(き)【皈】すそ
の陰気(いんき)せまり
存(そん)して依(よる)ところ
なしかるがゆへに
鬼(き)となる
○仙(せん)は遷(せん)なり飛(ひ)
行(ぎやう)してこの山(やま)より
かしこの山へうつ
るゆへに仙人(せんにん)と名(な)
づく《割書:補》唐(もろこし)にはあまた
有/和朝(わてう)にも久米(くめ)
の仙人(せんにん)とて有
【左頁下段】
鬼(き)《割書:おに》

仙(せん)《割書:やま|  びと》
【上欄書入れ】62
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         九

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         九
【右頁上段】
○仏(ぶつ)《割書:補》は西方(さいはう)の
 聖人(せいじん)なり
如来(によらい)ともいふ
 仏(ほとけ)は人に弗(あらず)
とよむ凡人(ほんにん)に
 あらざれば
     なり
○薩(さつ)は菩薩(ぼさつ)
 なり菩(ぼ)はあま
ねく薩(さつ)はすくふ
 とよむあまね
く衆生(しゆじやう)を
 すくふといふ
  こゝろなり
【右頁下段】
薩(さつ)《割書:ぼさつ》

仏(ぶつ)《割書:ほとけ》
【左頁上段】
○楽(がく)は八/音(をん)を
  ならして
奏(そう)するなり
《割書:補》楽人(がくにん)といふ
黄帝(くわうてい)のとき
 伶倫(れいりん)といふ者(もの)
楽(がく)をよくす
 よつて楽人(がくにん)
を伶人(れいじん)といふ
《割書:補》楽(がく)を管絃(くわんげん)
ともいふ日本(ひのもと)の
 楽(がく)を神楽(かぐら)
といふかぐら男(お)
 などいふもの
     あり
【左頁下段】
楽官(がくくわん)
《割書: がく|   にん》

伶(れい)
 人(じん)
《割書: まひ|   びと》
【上欄書入れ】63
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十
【右頁上段】
 俳優(はいゆう)《割書:わさ| をき》
○俳優(はいゆう)は雑戯(ざうけ)
 なりとあり
しかれば今(いま)いふ
  狂言師(きやうげんし)の
 たぐひ
  なるべし
猿楽(さるがく)の類(るい)
 とはすこし
  違(ちが)ひある
    べし
素盞烏(そさの)の
  みことより
 はじまると
    いへり
【右頁下段】
俳優(はいゆう)《割書:わざおき》
【左頁上段】
○染匠(せんしやう)はべにや
紺屋(こんや)茶染屋(ちやそめや)な
どのるいなり
○蚕婦(さんふ)は蚕(かいこ)をか
  ひてわたを
とる女(をんな)なりむかし
 親(おや)に孝行(かう〳〵)なる
女(をんな)死(し)して
  蚕(かいこ)といふ
むしとなり
 庭(には)の桑(くわ)の木(き)に
きたり綿(わた)を
 はきて親(おや)を
やしなひけるより
 はじまれり
【左頁下段】
染匠(せんしやう)
《割書:そめどの》

蠶婦(さんふ)《割書:こがひ》
【上欄書入れ】64
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十一
【右頁上段】
 機女(きぢよ)《割書:はた| をり》
○機女(きぢよ)はもろこし
 より呉服(くれは)
  綾織(あやは)と
いへる二人の
  女きたりて
をりはじめ
《割書:補》これよりくは
   しくなり
しとかや上機(かみはた)は
 万(よろづ)の織物(をりもの)を
をる下機(しもはた)は
 布(ぬの)木綿(もめん)
  などをる
     なり
【右頁下段】
機女(きぢよ)《割書:はたをり》
【左頁上段】
○矢人(しじん)は矢作(やはぎ)なり
矢(や)は唐(もろこし)にては牟夷(ぼうゐ)と
いふ人/作(つく)り始(はじ)む又/浮(ふ)
遊(ゆう)と云人/始(はじむ)ともいへり
和朝(わてう)は神代(かみよ)に始(はじま)る
○弓人(きうじん)は弓削師(ゆげし)也
弓(ゆみ)は庖犧氏(はうぎし)より始(はじまる)
又/黄帝(くわうてい)尭(げう)舜(しゆん)より
始(はじまる)とも又/黄帝(くわうてい)の臣(しん)
揮(き)と云人/始(はじむ)ともいふ
日本にては神代(かみよ)に始(はじまる)
○函人(かんじん)は鎧(よろひ)ざいく也
鎧(よろひ)は蚩尤(しゆう)始(はじめ)て作(つく)る
又/黄帝(くわうてい)の時/玄女(げんぢよ)
始(はしめ)て作(つく)るともいふ
日本は神代(かみよ)に始(はしま)る
【左頁下段】
矢人(しじん)《割書:やはぎ》

弓人(きうじん)《割書:ゆげし》

凾人(かんじん)《割書:よろひ| ざいく》
【上欄書入れ】65
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十二
【右頁上段】
○硯(すゞり)は黄帝(くわうてい)玉(たま)を
以(もつ)て始(はじめ)て造(つくり)給ふ
と有/硯(すゞり)を墨池(ぼくち)と云
○銀匠(ぎんしやう)は白(しろ)かねざいく
をいふ刀(かたな)のかざり目(め)
貫(ぬき)又/鍼(はり)等(とう)のさいく
人なり
○玉人(きうじん)は玉(たま)を琢磨(たくま)
するものなり山よ
り出(いづ)るたまを玉(きよく)と云
海(うみ)より出(いづ)るを珠(じゆ)と云
○櫛(くし)は伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
の御ときつくりは
じめたり是(これ)を楊(ゆ)
津(づ)の爪櫛(つまぐし)と
    いへり
【右頁下段】
櫛引(くしひき)

硯工(けんこう)
《割書: すゞり|   きり》

銀匠(ぎんしやう)
《割書: しろかね|    ざいく》

玉(きう)
 人(じん)
《割書:たま| ざい|   く》
【左頁上段】
○烏帽子折(ゑぼうしをり)は京(きやう)
都(と)室町(むろまち)三/条(でう)に
あり烏帽子(ゑぼうし)は立(たて)
烏帽子(ゑほうし)是は高位(かうゐ)
の着(ちやく)し給ふ物なり
風折(かざをり)梨打(なしうち)左折(ひたりをり)
右折(みきをり)小結(こゆひ)荒目(あらめ)
等(とう)なり
○褙匠(はいしやう)は今いふ
  表具師(へうくし)の
    事なり
表補(へうほ)とも表褙(へうはい)
 ともいふ表(へう)
  紙(し)も同
     じ
【左頁下段】
烏帽子折(ゑぼうしをり)

褙匠(はいしやう)
《割書: ひやうぐ|     し》
【上欄書入れ】66
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十三
【右頁上段】
○傘工(さんこう)は雨傘(あまがさ)日(ひ)
傘(がさ)挑灯(ちやうちん)をはる
さいく人(にん)なり
○皮匠(ひしやう)は今いふ足(た)
袋屋(びや)などなり
又/切付(きりつけ)屋とて
皮(かは)ざいくする人
をもいふ
○針磨(はりすり)は京(きやう)姉(あねが)
小路(こうぢ)の名物(めいぶつ)なり
今は三/条(でう)寺(てら)町の
辺(へん)に多(おほ)く有み
すやといふ者(もの)長崎(ながさき)
より針(はり)を取よせ
売弘(うりひろ)めたるより名(な)
        付(づく)
【右頁下段】
皮匠(ひしやう)
《割書: かはざいく》

傘(さん)
 工(こう)
《割書:かさ| ばり》

針磨(はりすり)
【左頁上段】
○牙婆(かば)は今いふ
すあひなり衣(い)
類(るい)をきもいりて
うりかいするもの
なり
○筆工(ひつこう)は筆結(ふでゆひ)也
筆(ふで)はもろこしに
て蒙恬(もうてん)といふ人
つくりはじめ給ふ
○薦僧(こもぞう)は梵論(ぼろ)と
もいふ梵論字(ほんろんじ)漢(かん)
字(し)ともいふ又/暮(ぼ)
露(ろ)とも書(かく)なり尺(しやく)
八(はち)をふき諸国(しよこく)を修(しゆ)
行するなり
【左頁下段】
薦僧(こもぞう)

牙婆(がは)
《割書: す|  あひ》

筆(ひつ)
 工(こう)
《割書:  ふで|   ゆひ》
【上欄書入れ】67
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十四
【右頁上段】
○石工(せきこう)は石(いし)を切(きり)て
石/垣(かき)石/灯籠(とうろう)いし
橋(ばし)石塔(せきたう)などする
ものなり石にて
器(うつはもの)をつくるさいく
人をもいふ石を芋(いも)
茎(じ)をもつて煮(に)れ
はやわらかになるとぞ
○圬者(うしや)は今いふ
左官(さくわん)なり圬人(うじん)
とも泥工(でいこう)とも泥(でい)
匠(しやう)ともいふなり
圬(う)は杇(う)【𣏓】につくるべし
竈(へつい)その外(ほか)土(つち)ざいく
するものも同じ
【右頁下段】
石工(せきこう)《割書: | |いし| きり》

圬者(うしや)
《割書: かべぬり》
【左頁上段】
 相撲使(ことりづかひ)
○相撲(すもふ)は乃見(のみの)
  宿祢(すくね)と
   橛速(くゑはや)【蹶速ヵ蹴速ヵ】と
いふもの二人
 取(とり)はじめ
   たり
 角抵(かくてい)と云
  膂力(りよりよく)を
   争ふ
  わざ
    なり
【左頁下段】
相撲使(ことりづかひ)
《割書: すもふ|   とり》
【上欄書入れ】68
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十五

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十五
【右頁上段】
○扇(あふぎ)はもろこし
  にては舜(しゆん)と
いふみかどつくり
 はじめ給ふ
日本(につほん)にては
 神功(しんごう)皇后(くわうかう)の
とき蝙蝠(かふもり)の羽(はね)
 を見てつくり
はじめしとなり
 京(きやう)にてはみゑい
堂(どう)を賞(しやう)ず
○漆匠(しつしやう)はうるし
 ざいくするもの
をいふ今は
 塗師(ぬし)といふ
【右頁下段】
扇工(せんこう)
《割書:あふ| ぎ|  や》

漆(しつ)
 匠(しやう)
《割書:ぬ| し》
【左頁上段】
○侏儒(しゆじゆ)はかたち短(みじか)
き人をいふ今いふ
一寸(いつすん)ぼうしなり短(たん)
人(しん)ともいふ
○駝背(たはい)はせむし也
医書(いしよ)にては亀背(きはい)
といふ背(せ)の高(たか)き馬(むま)
を橐駝(たくた)といふ駝馬(だば)
に似(に)たるゆへせむしの
人を駝背(たはい)といふ也
○兎唇(としん)は欫唇(けつしん)とも
兎欫(とけつ)ともいふ兎欫(いぐち)
は赤子(あかご)のとき上手(じやうず)
の外科(げくわ)に切てぬ
はすれば成人(せいじん)して
みへぬものなり
【左頁下段】
駝背(だはい)
《割書: せむし》

侏儒(しゆじゆ)《割書: |一寸|  ぼうし》

兎唇(としん)
《割書:いくち》
【上欄書入れ】69
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十六

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十六
【右頁上段】
○蜑(あま)人は海中(かいちう)
 に入て蚫(あはび)貝(かい)
昆/布(ぶ)あらめの
  たぐひを
     とる
ものなり
  海人(あま)とも書(かく)
女(をんな)の業(わざ)なり
  又/塩(しほ)くむ女
   もあまと
いふいづれ海(かい)
  辺(へん)のわざ
 なればともに
  同じ類(たぐひ)
   なるべき
      か
【右頁下段】
蜑(あま)
 人(しん)
《割書:  あま》
【左頁上段】
○釣叟(てうさう)はつり
  するおきな
をいふ太公望(たいこうばう)
 厳子陵(けんしれう)が
  たぐひなり
《割書:補》日本(ひのもと)にも神代(かみよ)
  よりありし
   よしなり
○樵夫(せうふ)は薪(たきゞ)を
  とるものなり
又は山賤(やまがつ)とも
 いふ《割書:補》木(き)つくり
   杣人(そまひと)なども
此たぐひのもの
 なるべし
【左頁上段】
釣叟(てうさう)

樵夫(せうふ)
《割書: きこり》
【上欄書入れ】70
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十七

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十七
【右頁上段】
○猟師(れうし)は弓(ゆみ)
  鉄炮(てつはう)を以(もつ)て
鳥(とり)獣(けたもの)をとる
   ものなり
虙羲氏(ふつきし)の世(よ)に
 天下(てんか)に獣(けたもの)多(おほ)く
田畠(でんはた)をそこ
 なふ故(ゆへ)に人に
猟(かり)をおしへ給ふ
 より始(はじま)りし
     とそ
《割書:補》
冬(ふゆ)の猟(かり)に利(り)
 ありとす又
海(うみ)河(かは)にて魚(うを)を
 とるを魚猟(きよれう)と云
【右頁下段】
猟師(れうし)
《割書: かり|  うど》
【左頁上段】
○瞽者(こしや)は目(め)なき
  ものなり盲(もう)
   目(もく)盲人(もうじん)とも
いふ論語(ろんご)に冕(へん)
 者(しや)と瞽者(こしや)とを
  見(み)てはと有
《割書:補》
又/琵琶法師(びわほうし)とも
 いひてむかしは
びわを弾(たん)じ平家(へいけ)
 をかたりし今は琴(こと)
  三絃(さんけん)をわさとす
 座頭(ざとう)ともいふ尤(もつとも)
  検校(けんげう)勾当(こうとう)四分(しぶん)
   などゝて位階(ゐかい)
       あり
【左頁下段】
瞽者(こしや)
《割書: もう|  もく》
【上欄書入れ】71

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十八

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十八
【右頁上段】
○販婦(はんふ)はあき
  なひをする
女(をんな)をいふ買婆(ばいば)
  ともいふなり
《割書:補》
都(みやこ)にはすくなし
 鄙(いなか)におほく
  あるもの也
○乞児(きつじ)は乞丐人(こつがいにん)
  なり又/乞(こつ)
   食(じき)とも
     いふ
ものもらひ
 なり又/非人(ひにん)
   ともいふ
人/非(ひ)人/外(ぐわい)の義
     なり
【右頁下段】
乞児(きつじ)
《割書:  ものもらひ》

販婦(はんふ)《割書: | |ひさき|    め》
【左頁上段】
○漁父(ぎよほ)はすな
  どりするもの
なり燧人氏(すいじんし)の
 世(よ)に天下(てんか)に水(みづ)
おほし故(ゆへ)に人(ひと)
 におしゆるに
漁(すなどり)をもつてす
 《割書:補》
  今/猟師(れうし)と
   いふなり
○舟子(しうし)は今いふ
  船頭(せんどう)なり海(うみ)
を渡(わた)す舟(ふね)に有
 又/篙工(かうこう)とも棹(とう)
子(し)ともいふ但(たゝ)し
 川舟(かはふね)にも船頭(せんどう)と
        云
【左頁下段】
漁父(きよほ)
《割書: すなどり》

舟(しう)
子(し)
《割書:ふなこ》
【上欄書入れ】72 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十九

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         十九
【右頁上段】
○牧童(ぼくどう)は広野(くわうや)
  にて牛馬(きうは)
   に牧(まき)する
 童(はらわ)なり牧童(ほくとり)
  遥(はるかに)指(さす)杏花(きやうくはの)
   村(そん)と詩(し)に
 も作(つく)れり牛飼(うしかひ)
  はらわなり必(かならず)
    笛(ふへ)を吹(ふく)
 よつて牧笛(ぼくてき)と
いふ詩(し)に牧童(ぼくどう)寒(かん)
  笛(てき)倚(よつて)牛(うしに)吹(ふく)と
 いへるも太平(たいへい)
     の姿(すかた)
      なり
【右頁下段】
牧童(ぼくどう)
《割書: うし|  かひわら|      わ》
【左頁上段】
○鏡造(かゞみつくり)鏡(かゞみ)と
  いふは神代(かみよ)に
天(あま)の糠戸(ぬかど)といふ
 神(かみ)天照太神(てんしやうだいしん)
  の御影(みかげ)を
うつして始(はしめ)て
 つくり給ふと也
《割書:補》
鏡(かゞみ)は姿(すかたの)善悪(よしあし)
 を見(み)るも心(こゝろ)の
   曲直(きよくちよく)を
正(たゞ)し改(あらた)めんが為(ため)
 なりとかや
神前(しんぜん)に鏡(かゞみ)を
 掛(かゝ)るもこの
  いわれなるべし
【左頁下段】
鏡造(かゞみつくり)
【縦長楕円印 朱】MSS/BIBLIOTH. NATIONALE ・
【上欄書入れ】73 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿
【右頁上段】
○娼婦(しやうふ)は倡優(しやうゆう)と
て女の楽(かく)を奏(そう)する
ものなり娼(しやう)は誤(あやま)り
なり倡(しやう)と書(かく)べし
又/倡妓(しやうき)ともいふと有
《割書:補》
是むかしの事にて
今は絶(たへ)てなき也/敢(あへ)
て聞及(きゝおよ)ばす中比(なかごろ)白(しら)
拍子(びやうし)といふものあり
今いふ遊女(ゆふぢよ)舞子(まいこ)
などの類(たぐひ)ならんか
傾城(けいせい)又/傾国(けいこく)など
いふものは別(べつ)なるもの
ならんむかしより
ありしやうに聞(きゝ)
   及びしなり
【右頁下段】
娼婦(しやうふ)
《割書:   うかれめ》

遊女(ゆうぢよ)《割書: |う| かれめ》
【縦長楕円印 朱】MSS/BIBLIOTH. NATIONALE ・
【左頁上段】
又/髹工(きうこう)ともいふ
 蒔絵師(まきゑし)と
いふも此(この)類(るい)の
  ものなり
○渉人(せうじん)は渡(わたし)
   守(もり)なり
大河(おほかは)小川(こがは)を
 舟(ふね)にてむか
ふのきしへわた
 すものなり
大河(おほかは)には
  所々(しよ〳〵)に舟(ふな)
 わたしありて
往来(わうらい)の人の
 たすけと
  なるなり
【左頁下段】
渉(せう)
 人(じん)
《割書:わた|  し| もり》
【上欄書入れ】74 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿一
【左頁の「髹工ともいふ蒔絵師といふも此類のものなり」は106コマ「漆匠」の乱丁か。】

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿一 
○駕輿丁(かよてう)は
  駕輿(かご)かきの
    事なり
酒(さけ)を漉酌(こしかい)
  藤二【杜氏】を漉酌(ろくしやく)
   といふすぐれ
て大なる男(おとこ)とも
 なり駕(かご)かく男(おとこ)
  も漉酌(ろくしやく)といふ
○浪人(らうにん)とは所領(しよれう)に
  はなれて流(る)
    浪(らう)する
人をいふ牢人(らうにん)と
 書(かく)はあやまり
    なり
【右頁下段】
駕(か)輿(よ)
 丁(てう)
《割書: かごかき|  ろく|   しやく》
【左頁上段】
○傀儡師(くわいらいし)は
  人形(にんぎやう)まはし
の事なり
 でくゞつと
いふ淡路島(あはぢしま)
  といふ所より
毎年(まいねん)正月に
 きたりしよし
近年(きんねん)絶(たへ)てこの
 ものなし又
田楽法師(でんがくほうし)と
 いふものありし
よし今(いま)はその
 名(な)ばかり残(のこ)
    れり
【左頁下段】
傀儡師(くわいらいし)《割書:でくゞつ》
【縦長楕円印 朱】MSS/BIBLIOTH. NATIONALE ・
【上欄書入れ】75 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿二
【右頁上段】
○車借(くるまかし)は車(くるま)つかひ
の事なり鳥羽(とば)白(しら)
川(かは)にあるよし庭訓(ていきん)
にみへたり今はさが
其外(そのほか)所々(しよ〳〵)にある也
天子(てんし)の車(くるま)つかひを
御者(ぎよしや)とも徒御(くるまぞへ)と
も舎人(とねり)ともいふ
○問丸(とひまる)は今(いま)いふ問(とひ)
屋の事なり売買(ばい〳〵)
の相場(さうば)を毎日(まいにち)問(とひ)
あはする宿(やど)なり
よつて問(とひ)屋と云
又/道中(だうちう)にて問(とひ)屋
といふは馬(むま)駕輿(かご)を
出す所(ところ)なり
【右頁下段】
くるま
  つかひ

問(とひ)
 丸(まる)
《割書: とひや》
【左頁上段】
○馬借(ばしやく)は馬奴(まご)
又は馬口労(ばくらう)とも
いふ大津(おほつ)坂本(さかもと)の
馬借(ばしやく)と庭訓(ていきん)に
あり今(いま)は馬(むま)さし
を馬借(ばしやく)といふ又
馬口労(ばくらう)といふもの
別(べつ)にありて牛馬(ぎうば)
の売買(うりかい)のせわを
する者(もの)なり
○伯楽(はくらく)は馬(むま)の病(やまひ)
をりやうぢする人
を伯楽(はくらく)といふむか
しは京(きやう)室町(むろまち)にゐ
けるにや室町の
伯楽(はくらく)と庭訓(ていきん)に有
【左頁下段】
馬借(ばしやく)
《割書: むまさし》

《割書:むま| くすし》  伯楽(はくらく)
【上欄書入れ】76
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿三
○土器(かはらけ)は京(きやう)
  西山(にしやま)嵯峨(さが)
又/北山(きたやま)畑枝(はたゑだ)
 下(しも)は深草辺(ふかくさへん)
よりつくり出(いだ)
  せり庭訓(ていきん)
にも嵯峨(さが)
 がはらけとあり
○大原(おはら)の黒木女(くろぎめ)は
  京/北山(きたやま)大原(おはら)
の女(をんな)黒木(くろぎ)をいたゞ
 きて京(きやう)に出(いで)て
あきなふ事は
 むかし平(たいら)の惟盛(これもり)
の妻(つま)阿波(あわ)の内侍(ないし)
 平家(へいけ)亡(ほろ)びて後(のち)
【右頁下段】
土器(かはらけ)
  師(し)

大原(おはらの)
 黒木女(くろぎめ)
【左頁上段】
おはらに住(すみ)
 て世(よ)わたり
のため売(うり)給ひし
 より始(はじま)れり
そのほか八瀬(やせ)
 又は雲(くも)が畑(はた)高(たか)
雄(を)の梅(むめ)が畑(はた)など
 同く女(をんな)木柴(きしば)
をあきなふなり
○屠者(としや)は牛(うし)馬(むま)の
  肉(にく)を屠(ほふり)割(さく)もの
なり今いふ
  穢多(えた)なり
 又/屠児(とじ)とも
   いふなり
【左頁下段】
《割書: ゑた》
屠(と)
 者(しや)
【縦長楕円印 朱】MSS/BIBLIOTH. NATIONALE ・
【上欄書入れ】77
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿四
○中国(ちうごく)は中華(ちうくは)とも漢(かん)
とも唐(とう)どもいふ近(ちか)き比(ころ)
まで明(みん)といひしが韃(たつ)
靼(たん)にしたがひ今(いま)は大(たい)
清(しん)といふみやこなり
○朝鮮国(てうせんごく)はむかしは三(さん)
韓(かん)とて三/国(ごく)なり新羅(しんら)
百齊(はくさい)高麗(かうらい)といひしが
今(いま)は一/国(こく)もなる日本(につほん)に
したがふなり
○琉球国(りうきうごく)は中山国(ちうざんごく)と名(な)
つく日本(につほん)にしたがへり男(おとこ)
は羽毛(うもう)をもつて冠(かんふり)とし
珠玉(しゆぎよく)をかざる女(をんな)は白羅(うすもの)
をもつて帽(はう)として雑(ざつ)
毛(もう)を衣(ころも)とす
【右頁下段】
中国(ちうごく)

琉球(りうきう)

朝鮮(てうせん)
【左頁上段】
○天/竺(ちく)は仏(ほとけ)出(いて)し所(ところ)也
また大国(たいこく)の大熱国(だいねつこく)
なり国内(こくない)に聖水(せいすい)あ
りてよく風濤(ふうたう)をや
む商人(あきびと)瑠璃(るり)の壺(つぼ)を
もつて水(みづ)をもりたくはふ
○蒙古(もうこ)は韃靼(たつたん)の一種(いつしゆ)
なりむかし日本(につほん)へ攻(せめ)来(きた)り
神風(じんふう)に吹(ふき)破(やぶ)られしと
なり是(これ)を蒙古国(むくりこく)裏(り)といふなり
○肅慎(しくしん)は女直(ぢよちよく)とも女(じよ)
真(しん)ともいふ国人(くにひと)足(あし)かる
くして道(みち)をゆく事
鳥(とり)のとぶかごとしよつ
てあしはせと名(な)づく
【左頁下段】
天竺(てんぢく)

蒙古(もうこ)

肅慎(しくしん)
【縦長楕円印 朱】MSS/BIBLIOTH. NATIONALE ・
【上欄書入れ】78
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿五

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿五
【右頁上段】
○占城(せんせい)はちやんはん
といふ安南(あんなん)に近(ちか)
き国(くに)なり大象(だいざう)
多(おほ)し国に鰐(わに)有
公事(くじ)訴訟(そせう)の者(もの)
ありて《割書:補》理非(りひ)分明(ふんみやう)
なれば鰐(わに)にあたふ
科(とが)あるものは鰐(わに)こ
れを食(くらふ)といへり
○安南国(あんなんこく)は交趾(かうち)
とも東京(とんきん)とも云
男子(をとこ)は盗(ぬすみ)をこのみ
女は淫(いん)をこのむ女(をんな)
をめとるに媒(なかだち)なし
みづからあひ合(あふ)国(くに)
に肉桂(につけい)おほし《割書:補》他国(たこく)
【右頁下段】
占城(せんせい)
《割書: ちやん|   はん》
【左頁上段】
にいだす此/国(くに)の肉(につ)
桂(けい)を上品(じやうひん)とす
○暹羅(せんら)は国(くに)に海(かい)
浜(ひん)おほし男子(なんし)はい
とけなきより陽(やう)を
さく甘波邪(かぼちや)とも
いふ此国(このくに)の染色(そめいろ)を
にせて日本(につほん)にしや
むろといふなり
○東番(とうばん)はたかさご
《割書:補》
とも又たいわん国
ともいふ安南(あんなん)にちか
きゑびす国(くに)なり
《割書:補》
むかし国性耶(こくせいや)この
国(くに)をきりとり住(ぢう)せ
しなり今(いま)唐(とう)に従(したが)ふ
【左頁下段】
安南(あんなん)《割書:かうち》

暹羅(せんら)
《割書:  しやむろ》

東番(とうばん)
《割書:  たかさご》
【縦長楕円印 朱】MSS/BIBLIOTH. NATIONALE ・
【上欄書入れ】79
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿六

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿六
【右頁上段】
○南蛮(なんばん)は阿媽港(あまかう)
人(じん)なり阿蘭陀(おらんだ)も
此/類(るい)なり《割書:補》すへて
南(みなみ)の島国(しまぐに)をなん
ばんといふ其(その)品類(ひんるい)
多(おほ)くありて人物(じんぶつ)
種々(しゆ〴〵)にわかれり
西(にし)のゑびすを西(せい)
戎(じう)といふ是(これ)もその
数(かず)多(おほ)くあり
○東夷(とうゐ)は蝦夷人(ゑぞびと)
なり人物(じんぶつ)勇猛(ゆうまう)に
して常(つね)に山野(さんや)に
出(いで)て獣(けだもの)を射(ゐ)とり
《割書:補》
又は海中(かいちう)の魚類(きよるい)
をとりて食(しよく)とす
【右頁下段】
南蛮(なんばん)《割書:みなみの| ゑびす》

東夷(とうゐ)《割書:ひがしの| ゑびす》
《割書: ゑぞ》

呂宋(りよそう)《割書: |るすん》
【左頁上段】
○惣(さう)じて中国(ちうこく)より
東(ひがし)にある島国(しまぐに)を
東夷(とうゐ)といひ西(にし)に有
島国(しまぐに)を西戎(せいじう)といひ
南(みなみ)にあるを南蛮(なんばん)
といひ北(きた)にあるを
北狄(ほくてき)といふ
○呂宋(りよそう)はるすんと
て中国(ちうごく)にちかき
国(くに)なりよく器(うつはもの)を
製(せい)し絹(きぬ)をおり
いだす
○長脚(ちやうきやく)は足(あし)ながき
国(くに)なりよくはし
る事/獣(けだもの)のごとし
【左頁下段】
長脚(ちやうきやく)
《割書: あし|   なが》
【縦長楕円印 朱】MSS/BIBLIOTH. NATIONALE ・
【上欄書入れ】80
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿七

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿七
○長臂国(ちやうひごく)は
東海(とうかい)の
 しまぐになり
国人(くにびと)手(て)ながく
 して地(ち)にたる
布衣(ふい)をきる
 長(たけ)一/丈(じやう)三尺八寸
又/臂(ひぢ)なき
 くにもあり
 無臂国(むひごく)といふ
又/臂(ひぢ)ひとつ
  ある国(くに)も
 あり一臂国(いつひこく)
   といふ
     なり
【右頁下段】
長(ちやう)
臂(ひ)
国(ごく)
《割書: てなが|   じま》
【左頁上段】
○崑崙(こんろん)は西南(せいなん)
の海中(かいちう)の島国(しまぐに)也
その人物(しんぶつ)色(いろ)くろ
きこと黒漆(こくしつ)のご
とし海底(かいてい)に入(いり)て
自由(じゆう)をなすまた
よく高(たか)きにのぼる
ことを得(え)たりと
よつて異国(ゐこく)の渡(と)
海(かい)の船(ふね)にはかならず
此(この)崑崙(くろんぼう)をした
がへりといふ世(よ)に色(いろ)
黒(くろ)きものを崑崙(くろん)
坊(ぼう)といふなり
【左頁下段】
崑(こん)崙(ろん)
《割書: くろ|  ぼ|   う》
【上欄書入れ】81
    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿八

    【柱】頭書増補訓蒙図彙四         廿八
【右頁上段】
○小人(しやうじんごく)此(この)国(くに)東(とう)
方(ばう)にあり身(み)の長(たけ)
九/寸(すん)又は一/尺(しやく)五/寸(すん)と
もいふ此(この)国(くに)に鶴(つる)に
似(に)たる鳥(とり)ありて小(しやう)
人(じん)をとりくらふこれを
おそれてひとり行(ゆく)
ことなしあまたつれ
たちゆくといへり
○長人国(ちやうしんごく)はむかし明(みん)
州(じう)の人(ひと)難風(なんふう)に船(ふね)を
吹(ふき)ながされてある
島(しま)にいたる人(ひと)の長(たけ)
一/丈(じやう)余(よ)なりよく水(みづ)
をおよぐとなり
【右頁下段】
長人(ちやうじん)
 国(ごく)
《割書: せたかじまと|      いふ》

小人(しやうじんごく)
《割書: こびとじまと|     いふ》
【左頁】
頭書増補訓蒙図彙(かしらがきぞうほきんもうづゐ)巻(くはん)之五
   身体(しんたい)【體】《割書:此部(このぶ)には耳目(みみめ)鼻口(はなくち)毛髪(けかみ)頭足(かうへあし)のたぐひ|すへて人(ひと)の身(み)のうへの事あるなり》
【左頁上段】
○頭(づ)頂(いたゞき)顖(おどりこ)蟀谷(こめかみ)【蜶谷】額(ひたい)頬(ほう)輔(つら)
車(がまち)頷(おとがい)頸(くび)結喉(のんど)このほか靨(ゑくぼ)
黒子(ほくろ)黒痣(あざ)皺(しは)など有/首(しゆ)同
○口(くち)吻(ふん)咡(じ)ともにくちわき
とよめり脣(しん)はくちびる人中(にんちう)
ははなの下のみぞ齶(がく)はあぎと
○目(め)眼(まなこ)は肝(かん)の臓(ざう)のつかさ
どる所なり睛(ひとみ)眸(まな)眶(まかぶら)瞼(まぶた)外(ま)
眥(しり)内眥(まがしら)眵(まぐそ)翳(まけ)【「翳」ひまけヵ】涙(なみだ)雀目(とりめ)近(ちか)
視(め)瞟眼(すがめ)

○耳(みゝ)は腎(じん)のつかさとる所也
【左頁下段】
頭(づ)《割書:かしら》

   蜶谷(こめかみ)     頸(くび)
       頬(ほう) 輔車(つらがまち)
顖(あたま) 額(ひたい)      頷(おとがい) 結喉(のんど)
       頬(ほう) 輔車
   蜶谷(こめかみ)     頸(くび)

耳(に)《割書:みゝ》 輪廓(りんかく) 垂珠(すいしゆ)

鼻(び)《割書: |はな》

口(こう)
《割書:くち》

目(もく)
《割書:め》 上瞼 外眥 下瞼 上眥

眉(び)
《割書:まゆ》

歯(し)
《割書:は》 牙(げ)《割書:きば》
  板(いた)歯(ば)
【上欄書入れ】Fasc.4   4  82
    【柱】頭書増補訓蒙図彙五         一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙五         一
【右頁上段】
輪廓(りんくわく)はみゝのわ垂珠(すいしゆ)はみゝの
たびら耳門(にもん)はみゝのあな完(くわん)
骨(こつ)はみゝのほね■(てい)【日+丁、耵ヵ】聹(ねい)はみゝ
くそ聤耳(ていに)はみゝだり聾(しう)は
みゝしひ
○鼻(はな)は肺(はい)のつかさとる所
なり頞(あつ)ははなばしら鼻梁(びりやう)
同/準(じゆん)はなさき皶鼻(さひ)はざ
くろばな洟(てい)すゝばな衂(ちく)は
はなぢなり
○眉(まゆ)年(とし)たけたるを眉寿(びじゆ)
といふ睫(まつげ)
○歯(は)は骨(ほね)のあまり腎(じん)のつか
どる【つかさどるヵ】所なり牙(きば)板歯(むかば)齨(うす)
歯(ば)齲歯(むしくひば)齦(はぐき)齗(同)歯(は)■(がすみ)【「浦+土」。歯垽(はがすみ)ヵ】
○舌(した)は釈名(しやくみやう)に舌(ぜつ)は巻(けん)なり
【右頁下段】
舌(ぜつ)《割書:した》 鬚(すう)《割書: |したひげ》 髭(し)《割書:うは|  ひげ》 鬢(びん)

髪(はつ)《割書: |かみ》  筋(きん)《割書:す| ぢ》

毛(もう)《割書:け》 顱(ろ)《割書:は| ち》 骨(こつ)《割書: |ほね》
【左頁上段】
食物(しよくもつ)を巻(まき)制(せい)して落(おち)ざら
しむ涎(ぜん)はよだれ唾(だ)はつば
き心(しん)の臓(さう)これをつかさどる
○髪(ばつ)は頭髪(づばつ)なり胎髪(たいばつ)
はうぶかみ髻(けい)はもとゞりなり
鬟(くわん)はみづら
○鬚(すう)は釈名(しゃくみやう)に秀(しう)なり
物(もの)成(なつ)て秀(ひいで)人(ひと)成(なつ)て鬚(ひげ)生(しやう)
す髯(せん)はほうひげ
○髭(し) 字彙(じい)に髭(し)は口上(こうじやう)
の毛(け)を髭(し)といふ下にある
を鬚(すう)といふ頬(ほう)にあるを髯(せん)
といふなり
○鬢(びん)は額(ひたいの)傍(かたはら)の髪(かみ)也/鬂(びん)髩(びん)
同/䭮(ふつ)はひたいがみ蝉髩(せんびん)はつと
○筋(すぢ)は絡脈(らくみやく)【脉】なり肝(かん)の臓(ざう)
【左頁下段】
腹(ふく)《割書:はら》
   肋
缺盆 胸 鳩尾 臍 小腹
   肋

背(はい)《割書:せなか》
 腢   膁     臀
  胛 ■【月+毎】
項  脊     尻
  胛 ■【月+毎】
 腢   膁     臀
【上欄書入れ】83
    【柱】頭書増補訓蒙図彙五         二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙五         二
【右頁上段】
のつかさどる所なり色(いろ)あをし
醋(す)をのめば筋(すぢ)ゆるぐ
○毛(け)は血(ち)のあまりなり毫(がう)
同/肺(はい)のつかさどる所なり
旋毛(せんもう)つし皮(ひ)かわ膚(ふ)はだへ
皴(しゆん)しは
○顱(ろ)は頭骨(づこつ)なり顱会(ろくはい)は
頭(かしら)のはち髑髏(どくろ)はしやれかう
へ脳(のう)はなづき
○骨(こつ)は肉核(にくかく)なり骸(かい)同/髄(すい)
ほねのあぶら節(せつ)ふし
○腹(はら)欠盆(かたほね)【缺盆】胸(むね)肋(あはらぼね)鳩尾(みづをち)
臍(ほそ)小腹(ほがみ)乳(ち)肚(わきばら)前陰(ぜんいん)陰(いん)
茎(きやう)陰嚢(いんのう)脂似(しじ)なり
○背(せなか)項(うなじ)肩(かた)腢(かたさき)胛(かひかね)■(そじゝ)【月+毎。膂宍(そじし)】腰(こし)
膁(よはごし)髂(こしぼね)尻(しり)臀(いざらひ)膂(せほね)脊(せ)
【右頁下段】
脚(きやく)
《割書: あし》
腿(たい)
《割書:もゝ》
膕(くわく)《割書:ひかゞみ》  腓(ひ)《割書: |こむら》  内踝(ないくわ)《割書:うち| くるぶし》
踵(てう)
《割書:きび| す》
内臁(ないれん)
《割書: むかばき》
跗(ふ)
《割書:あしの| かう》
蹠(せき)
《割書:あしの| うら》

手(しゆ)
《割書: て》
掌(しやう)《割書:たな| ごゝろ》
腕(わん)
《割書:うでくび》
臂(ひ)《割書: ひぢ》 肱(かう)《割書:かい| な》 肘(ちう)《割書:ひぢしり》
【左頁上段】
○手(て) 掌(しやう)はたなごゝろ腕(わん)は
たゞむきうで臂(ひ)はひぢ肘(ちう)は
ひぢしり肱(かう)はかいな
○脚(あし) 足(そく)同/胯(こ)また腿(たい)もゝ
膝(しつ)ひざ脛(けい)はぎ臁(れん)むかばき
膕(こく)ひつかゞみ腓(ひ)こむら跗(ふ)あし
のかう蹠(せき)あしのうら踵(てう)くびす
○指(ゆび)大指(たいし)おほゆび拇(ぼ)同/食(しよく)
指(し)ひとさしゆび中指(ちうし)たけたかゆ
び又/将指(しやうし)ともいふ無名指(むみやうし)べに
つけゆび小指(しやうし)こゆび又季指(きし)共いふ
○掌(けん)は手(て)を屈(かゞむ)るなりにぎ
りこぶしなり
○乳(ち) 説文(せつもん)に人(ひと)および鳥(とり)子(こ)
をうむを乳(にう)といふ獣(けだもの)を産(さん)と
いふ嬭(ねい)奶(ない)ならびに同じ
【左頁下段】
拳(けん)《割書:こぶし》

肋(ろく)
《割書:あばら| ぼね》
指(し)《割書: |ゆび》
心(しん)《割書:むね|こゝろ》 《割書:肺系|脾系|肝系|腎系》   肺(はい)《割書:ふく〳〵|   し》
乳(にう)《割書:ち》
脾(ひ)《割書:よこし》
【上欄書入れ】84
    【柱】頭書増補訓蒙図彙五         三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙五         三
【右頁上段】
○肋(あはらほね)は釈名(しやくみやう)に肋(ろく)は勒(ろく)なり
五/臓(ざう)を検勒するゆゑん也
かたはらぼねたすけのほね
あばらぼね液(えき)脇(けう)脅(けう)なら
びにわきなり
○心(しん)は五/臓(ざう)のうちにして
一身(いつしん)の主(しゆ)なり胸(むね)のあいだ
にあり色(いろ)あかし火(ひ)なり
○肺(はい)は五/臓(ざう)のうちなり胸(むね)
のあいたにあり蓮花(れんげ)をうつ
むけたるかたちのごとし
六/葉(よう)両耳(りやうに)あり孔(あな)ありて
よく声(こゑ)をいだし痰(たん)を生(しやう)
ず色白し金(かね)なり
○脾(ひ)は五/臓(ざう)のうちなり土
なり食(しよく)ふくろなり色(いろ)黄(き)
【右頁下段】
腎(じん)《割書: |むらと》 膽(たん)《割書:ゐ》

肝(かん)《割書:きも》

膀(ぼう)
胱(くわう)《割書: |ゆばり》

包絡(はうらく)   胃(い)《割書:くそ| ぶくろ》
【左頁上段】
なり腹(はら)の中脘(ちうくわん)にあり
○腎(じん)は五/臓(ざう)のうちなり
腰(こし)にあり水(みづ)なり色(いろ)くろ
しかたち卵(たまご)のごとし左(ひだり)
にあるは腎(じん)なり右(みぎ)に有
は命門(めいもん)なり
○肝(かん)は五/臓(ざう)のうちなり
左(ひだり)のわきにあり木(き)なり
【左頁下段】
臓(ざう)
腑(ふ)

腸(ちやう)《割書:はらわた》

小(せう)
腸(ちやう)

大(だい)
腸(ちやう)

胞胎(はうたい)《割書:はら| ごもり》
 胎衣(たいい)《割書:ゑな》

膻中  臍  丹田  溺道  精道  穀道  尻

脳 髄海 至陰 通骶 喉通気 咽通食 肺 肺 肺 肺 肺 肺 心 心包 脾系 胃系 肝系 腎系 隔膜 脾 脂𫆳【月+曼】 幽門 胃 賁門 肝 肝 肝 肝 肝 肝 膽 腎 小腸【膓】 闌門 大腸【膓】膀胱 命門 直腸【膓】  
【上欄書入れ】85
    【柱】頭書増補訓蒙図彙五         四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙五         四
【右頁】
色(いろ)あをし七/葉(よう)あり魂(こん)のかくるゝ所なり○膽(たん)は肝(かん)の臓(ざう)の腑(ふ)なり肝(かん)の下に有
膽(たん)のぼるときは人いかりを生(しやう)ず○小腸(しやうちやう)は心(しん)の臓(さう)の腑(ふ)なり色(いろ)あかし小便(しやうべん)
これよりつたへて膀胱(ばうくわう)にいづるなり○大腸(だいちやう)は肺(はい)のさうの腑(ふ)なり腰(こし)にあり
十六/廻(くわい)あり色(いろ)しろしはらわたといふはこれなり○胃(ゐ)は脾(ひ)のざうの腑(ふ)なり食(しよく)
物を脾(ひ)よりつたへて大腸(だいちやう)にをくるくそぶくろなり○包絡(はうらく)は心包絡(しんはうらく)なり命門(めいもん)
の下/右腎(うじん)の上にあり心包絡(しんはうらく)といふその腑(ふ)を三/焦(せう)といふ○膀胱(はうくわう)は腎(じん)の臓(ざう)の腑(ふ)
なり小便(しやうべん)ぶくろなり水分(すいぶん)の穴にて水(すい)穀(こく)分利(ぶんり)して穀(こく)は大腸(だいちやう)へゆき水(みづ)は膀胱(ばうくわう)
へゆくなり
○臓腑(ざうふ) 心(しん) 肝(かん) 腎(じん) 肺(はい) 脾(ひ)を五/臓(ざう)といふ小腸(しやうちやう) 大腸(だいちやう) 胃(ゐ) 膀胱(ばうくわう) 三/焦(せう) 膽(たん)を六/腑(ふ)と
いふ○包胎(はうたい)はらごもりなり五/臓論(ざうろん)に曰一月は珠(たま)露(つゆ)のごとし二月は桃花(もゝのはな)のごと
し三月は男女(なんによ)わかる四月は形象(かたち)そなはる五月は筋(すじ)骨(ほね)なる六月は毛(け)髪(かみ)生(しやう)ず
七月はその魂(こん)をあそはしむ児よく左(ひだり)の手(て)をうごかす八月はその鼻(はな)をあそばしむ
児(に)よく右(みぎ)の手(て)をうごかす九月は三たび身(み)を転(てん)す十月は気(き)をうくる事/足(たる)
【左頁】
頭書増補訓蒙図彙(かしらがきぞうほきんもうづゐ)巻之六
  衣服(いふく)《割書:此部(このぶ)には衣裳(いしやう)冠帯(くわんたい)すべて|きる物(もの)のたぐひあり》
【左頁上段】
○冕(へん)は天子(てんし)の冠(かふり)なり十二/流(りう)有
前(まへ)にたれたるは邪(よこしま)を見まじき
ためなり旁(かたはら)に黈纊(とうくはう)といふ物あり
讒言(さんげん)を聞(きく)まじき為(ため)なり
○冠(くわん)は貫(くわん)なり髪(かみ)を貫(つらぬき)つゝむ也
と釈名(しやくみやう)にみへたり冠(かんむり)は首(かしら)にある
ゆへ元(けん)に从(したが)ふ法制(ほうせい)有ゆへ寸(すん)に从
○和冠(わくわん)は漆塗(うるしぬり)にして紗(しや)也/髪(かみ)を
おほふ物を巾子(こし)と云うしろに立(たち)
たる物を羅(ろ)と云/貫(つらぬく)物を串(くし)
といふ又/簪(かんざし)ともいふ
○纓(ゑい)は冠(かむり)のうしろにたるゝ物也
今/燕尾(ゑんび)といふ紗(しや)にて作(つく)る
【左頁下段】
○冕(べん)
《割書:たま| の|かむり》

冠(くわん)《割書:かう| ぶり|かむり》
巾子  簮  串
緌(い)
纓(えい)

唐冠(たうかふり)

品ノ
玉-

【上欄書入れ】86
    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         一
【右頁上段】
○幞(ぼく)は後周(ごしうの)武帝(ふてい)のつくり
はじめ給ふ唐人(とうじん)のかむり也
幅巾(ひとはゞのぬの)を戴(たい)して四/脚(あし)を出す
○緌(い)は両方(りやうはう)耳(みゝ)をおほふ物なり
冠(かむり)の紐(ひも)なり領【訓蒙図彙では「頷」】の下に垂(たる)る物也
○巾(きん)は頭巾(づきん)なりその製(せい)品(しな)
おなじ方(けた)なるを巾(きん)といひ円(まとか)
なるを帽(ばう)と云ともいへり
○帽(ばう)は頭衣(づい)なり唐(もろこし)には上
官(くわん)より下官(げくわん)にいたるまでも
帽(はう)をきる冠(かむり)の下(した)にきる物なり
○帽子(もうす)は僧(そう)の冠(かむり)なり仏会(ぶつゑ)
法事(はうじ)のとききるなり
○笏(こつ)は手板(しゆはん)なり天子(てんし)は玉(たま)
諸候(しよこう)【「候」は侯の当て字】は象牙(ざうげ)太夫(たいふ)は魚須(うをのひれ)文(ま)
竹(だけ)士(し)は木(きに)籀文(こもんじ)をほりてみな
用(もち)ゆ官人(くわんにん)の手(て)にもつ物なり
○烏帽(うばう)は紙(かみ)にてつくり漆(うるし)に
【右頁下段】
幞(ぼく)
幞頭

唐巾 巾(きん) 頭巾(づきん)

帽(ばう) 帽子(もうす)

笏(こつ)《割書: |しやく》  木笏(もくしやく) 牙笏(げしやく)

烏帽(うばう)
《割書: ゑ|  ぼし》
【左頁上段】
てぬるなり左折(ひたりをり)は侍従(じしう)以上
着(ちやく)す右折(みきをり)は五/位(い)已上(いしやう)これを
着(ちやく)す侍従(じじう)以上(いじやう)は糸(いと)の緒(を)四
位(い)已下(いげ)は紙(かみ)の緒(を)にて結(むす)ぶ
○袞(こん)は天子(てんし)の御衣裳(おんいしやう)なり
一に龍(れう)二に山(さん)三に花虫(くはちう)【雉子】四に
火(くは)五に虎(とら)以上/衣(ゐ)に有六に
藻(さう)七に粉米(ふんべい)【米粒】八に黼(ほ)【斧の形】九に黻(ふつ)【「亜」字形】
以上/裳(しやう)にありこれを九/章(しやう)
の御衣(ぎよい)といふ
○裳(しやう)は上(うへ)を衣(い)といひ下(した)を
裳(しやう)といふ裳(しやう)の紋(もん)の事/藻(さう)
粉米(ふんべい)黼(ほ)黻(ふつ)なり九/章(しやう)の内(うち)
なり天子(てんし)御衣(きよい)の裳(しやう)なり
○珮(はい)は官人(くわんにん)の腰(こし)におぶるもの
なり上(かみ)に双衡(さうかう)あり衡(かう)の長(なが)
さ五寸ひろさ一寸/下(した)に双璜(さうくはう)
あり璜(くはう)のわたり三寸也/蠙(ひん)
【左頁下段】
袞(こん)

裳(しやう)
《割書: も》

珮(はい)《割書:をもの》  帯(たい)《割書: |をび》
【上欄書入れ】87
    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         二
【右頁上段】
珠(しゆ)をその間(あいた)におさむ
○帯(たい)は字(じ)のかたち珮玉(はいぎよく)を
つなぐかたちなり石帯(いしのおび)
あり下帯(さげおひ)有/掛帯(かけをび)あり
○袍(はう)はながき繻絆(じゆばん)なり
今(いま)朝廷(てうてい)へ出仕(しゆつし)のとききる
服(ふく)を袍(はう)といふ又ふるわたを
いれたる服(ふく)を緼袍(をんはう)といふそ
めたるを素袍(すはう)といふ
○衫(さん)は小襦(しやうじゆ)なりはだぎ也
袖(そで)端(はし)なきを衫衣(さんい)といふ又
紗衫(しやさん)布衫(ふさん)偏衫(へんさん)あり
類(るい)おなじ公服(こうふく)の下着(したぎ)なり
○袴(こ)は股衣(こい)なり又/大口(おほくち)
袴(はかま)あり襞襀(ひだ)あり俗(ぞく)に
上下(かみしも)といふ上(かみ)を褶(しう)といひ下(しも)
を袴(こ)といふ
○靴(くわ)は革(かは)のくつなり官人(くわんにん)
【右頁下段】
袍(はう)《割書:うへの| きぬ》

衫(さん)
《割書: かた|  びら》

袴(こ)《割書: |は| かま》   靴(くわ)《割書: |くわのくつ》
【左頁上段】
これをはく石公(せきこう)が靴(くつ)李白(りはく)
が殿上(でんじやう)の靴(くつ)これなり日本(につほん)に
ては鞠(まり)の靴(くつ)これなり官人(くわんにん)
僧(そう)などの韈(くつ)は異(こと)なり
○裾(きよ)は衣裳(いしやう)のあとにさがる
ものなり俗にとびの尾(お)と
いふなり
○裙(くん)は婦人(ふじん)の下(した)にきる裳(も)
なり帬(くん)につくるべし唐(から)に
もあかく染(そむ)るゆへに茜(せん)【左ルビ「あかね」】裙(くん)と
いふなり
○半臂(はんひ)は楽人(がくにん)又/能衣裳(のふいしやう)
などにあり袖(そで)のゆきみじ
かくして半(なかば)臂(ひぢ)いづるゆへに
なづくるなり
○奴袴(ぬこ)はさし貫(ぬき)のはかま也
禁中(きんちう)にて女中(ぢよちう)のきるは
かまなり女のきるは色(いろ)赤(あか)く
【左頁下段】
裾(きよ)   裙(くん)《割書:も》

半臂(はんひ)   奴袴(ぬこ)《割書:かり| ば|  かま》
【上欄書入れ】88 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         三 

    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         三
【右頁上段】
そむるなり
○欠(けつ)【缺】掖(ゑき)は大臣(だいしん)のしやうぞく
又は能衣裳(のふいしやう)にあり両掖(りやうわき)
欠(かけ)【缺】ほころびたるゆへになづく
○襟(きん)は衣(ころも)の衽(ゑり)にまじはる
所なり内襟(ないきん)はしたがひ外(げ)
襟(きん)はうはがひなり
○袊(れい)はころものくびなり領(れい)
とおなじ綱領(かうれい)要領(ようれい)といふ
も領(れい)は衣(ころも)のゑりぐひの事
にとる
○布衣(ほい)は狩衣(かりきぬ)に紋(もん)なきを
いふ下官(げくわん)の服(ふく)するものなり
紋(もん)あるを狩衣(かりぎぬ)といふこれは
高位(かうい)のめさるゝ服(ふく)なり
○袖(しう)は衣(ころも)の袂(たもと)なり長袖(ちやうしう)はふ
りそで袪(きよ)はそでぐち
○袈裟(けさ)は大衣(たいゑ)七/条(でう)五/条(てう)是(これ)
【右頁下段】
缺(けつ)
掖(ゑき)

袊(れい)
《割書:ゑ|り》

襟(きん)
《割書:ゑり》   布衣(ふい)

袖(しう)
《割書:そ|で》
【左頁上段】
を三/衣(ゑ)といふ大衣(たいゑ)は九/条(てう)より
二十五/条(てう)にいたる僧衣(そうい)なり
○直掇(ぢきとつ)は僧服(そうふく)なりいにしへ
は偏衫(へんさん)𢂽(くん)【巾+君】子(す)を服(ふく)すのちに
上下(じやうげ)をつらねて直掇(ちきとつ)と名(な)
つくるなり
○魚袋(ぎよたい)は官人(くわんにん)の腰(こし)に帯(おぶ)る
ものなり公卿(くぎやう)は金魚袋(きんぎよたい)四(し)
品(ほん)以下(いげ)は銀魚袋(ぎんぎよたい)なり
○革帯(かくたい)は公家衆(くげしう)装束(しやうぞく)の
上(うへ)にする帯(をび)なり金帯(きんたい)玉(ぎよく)
帯(たい)石帯(せきたい)角帯(かくたい)あり
○韤(べつ)はたびなり足袋(たび)と
も単(た)【單】皮(び)とも書(かく)なり又は
韤子(へつす)といふ
○絡子(らくし)は又/掛子(くはし)となづく又
掛絡(くはら)ともいふ俗(ぞく)あやまつて
環(くわん)を掛落(くはら)とよぶ
【左頁下段】
袈裟《割書:けさ》   直掇(ぢきとつ)

魚袋(ぎよたい)

韤(へつ)
《割書:したう|   づ》

革帯(かくたい)
《割書:いし|  の| をび》
【上欄書入れ】89 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         四
○幅巾(ふくきん)は白(しろ)ききぬにてつ
くる深衣(しんい)をきて緇布冠(しふくわん)
してこれをもつて冠上(くわんじやう)
をつゝむなり唐人(とうじん)の装(しやう)ぞく也
○緇布冠(しふくわん)はくろきぬのにて
つくるなり
○帨(せい)は手(て)のごひなり帨巾(せいきん)
ともいふ手(て)のごひかげを帨(せい)
架(か)といふ
○帕(はく)は紅絹(もみのきぬ)にて額(ひたい)を■(つゝむ)【抺ヵ】
をいふとあり帛(はく)はふくさ物
帊衣(はい)包袱(はうふく)並同
○履(り)は草(くさ)を屝(ひ)といふ麻(あさ)を
屦(ろう)といふ皮(かわ)を履(り)といふされ
ども木(き)にてつくる
○被(ひ)は寝衣(しんい)なり俗(ぞく)に夜(よ)
着(ぎ)といふ又/睡襖(すいをう)ともいふ
又/被(かふむる)_レ襖(ふすまを)
【右頁下段】
絡子(らくし)《割書: | |くは|  ら》

履(り)
《割書:く|つ》 ■(くり)【烏ヵ】皮履(かはのくつ) 淺履(あさぐつ)

幅巾(ふくきん)

緇(し)
布(ふ)
冠(くわん)

被(ひ)《割書:ふすま》 睡襖(すいをう)

帨(せい)《割書: |ての| こい》

《割書:ころも|つゝみ》
帕(はく)
【左頁上段】
○毛裘(もうきう)は鹿子(かこ)又/狐(きつね)の皮(かは)にて
つくる衣服(いふく)なり寒気(かんき)を
よくふせぐ異朝(いてう)にて上人(じやうにん)
冬月(とうけつ)これをきる
○深衣(しんい)は儒者(じゆしや)の着(ちやく)する
衣服(いふく)なり白(しろ)き布(ぬの)にてつ
くる帯(をび)も白(しろ)し五采(さい)の糸(いと)
をもつて帯(をび)のむすひめを
固(かた)む又/黒色(くろいろ)にそむるも有
○涎衣(せんい)は小児のよだれか
けなり■(い)【湋ヵ瑋ヵ。「幃」の当て字ヵ。】涎(せん)同
○裹脚(くわきやく)ははゞきなり脚(きや)
絆(はん)なり裹脚(くわきやく)は裹(つゝむ)_レ脚(あしを)と
よめり又/脛巾(けいきん)行纏(かうてん)行(かう)
縢(とう)ならびにはゞきとよむ
○幄(あく)は上下/四方(しはう)こと〴〵く
まとふて宮室(きうしつ)にかたど
るを幄(あく)といふ大将(たいしやう)の居(ゐる)所
【左頁下段】
毛(もう)裘(きう)《割書:かはごろも》   涎衣(ぜんい)《割書:よだれかけ》

深(しん)
衣(い)

裹(くわ)
脚(きやく)《割書:きや| はん》
【上欄書入れ】90 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         五

    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         五
なり物見(ものみ)なきを幄(あく)といふ
周(しう)の世(よ)よりはじまれり
○幕(まく)は周(しう)の世(よ)よりはじまれ
りよこ幅(はゞ)にして物見(ものみ)あるを
幕(まく)といふ布(ぬの)十二/端(たん)を二/張(はり)と
して十二/月(つき)を表(へう)し乳数(ちかず)廿
八を廿八/宿(しゆく)に表(へう)す
○幔(まん)は十二/幅(はゞ)紋(もん)を出(いだ)さず竪(たて)
幅(の)ばかりにして上(うへ)のよこ■(の)【田+町】
なし下(した)のぬひはづし纐(きく)
纈(とぢ)なし乳付(ちつき)又はぬひなく
■【見ヵ】にもするなり
○座具(ざぐ)は僧衣(そうい)なり仏(ほとけ)を礼(らい)
するとき下(した)にしく物也/三衣(さんゑ)一(いち)
鉢(はつ)座具(ざぐ)漉水嚢(ろくすいのふ)これを僧(そう)
の六/物(もつ)といふ
○縁道絹(えんどうのきぬ)は法事(はうじ)のとき客(きやく)
殿(でん)より堂(だう)へ行(ゆく)道(みち)に布(ぬの)をしく
【右頁下段】
幄(あく)《割書:あ|げ|ば|り》

幔(まん)《割書:と|ば|り》
《割書:まだ| ら|まく》

幕(はく)
《割書:ま| く》

座具(ざぐ)
【左頁上段】
を云又/打敷(うちしき)水引(みづひき)を云ともいへり
○夾衣(かうい)は今(いま)云あはせなり裌(かう)
袷(く)同し単衣(たんい)はひとへもの
絮衣(ぢよい)はわたいれ 表(へう)《割書:お|も|て》裏(り)《割書:う|ら》
○帳(ちやう)は女(をんじゃ)のかたなる【元禄八年版「かくるる」】所也/几帳(きちやう)
帷帳(いちやう)なり又/蚊帳(かちやう)緞(どん)帳/綿(めん)
帳(ちやう)紙帳(しちやう)あり
○褥(じく)はしとねなり臥具(ぐはぐ)なり
蓐(しく)茵(いん)并(ならびに)同/蓐茵(しくいん)は草(くさ)のし
とねなり褥(しく)は絹(きぬ)のしとねなり
俗(ぞく)に蒲団(ふとん)とするは非(ひ)なり
蒲団(ふとん)は円座(えんざ)の類(るい)なり
○降緒(さげを)は刀(かたな)にあり太刀(たち)のは
平緒(ひらを)といふ
○雨衣(うい)はあまがつはなり襏(はつ)
襫(せき)とも云/紙(かみ)にてつくるを油(ゆ)
衣(い)といふ毛織(けをり)の類(るい)にてする
を氈(せん)【毡】衣(い)と云/此(この)図(づ)は異朝(いてう)の
【左頁下段】
縁(えん)
道(どうの)
絹(きぬ)

降緒(さげを)

帳《割書:ちやう|かや》

夾(きやう)
衣(い)
《割書:あ| わ|  せ| き|  ぬ》

褥(しく)《割書:し|とね》
【上欄書入れ】91 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         六

    【柱】頭書増補訓蒙図彙六         六
【右頁上段】
氈(せん)【毡】衣(い)なり
○浴衣(よくい)はゆかたびらなり又/明(めい)
衣とも書(かく)なり又ゆてのごひ
を浴巾(よくきん)といふ
○蔽膝(へいしつ)ひざをおほふとよめり
まへたれなり韠(ひつ)同
○鞋(かい)は糸鞋(いとぐつ)麻鞋(まぐつ)あり草鞋(わらんぢ)
は屩(わらぐつ)とも屝(わらぐつ)とも書(かく)べし
○屐(げき)は木履(ぼくり)なり俗(ぞく)にあし
だといふはなをゝ屐系(げきけい)と云
又/鼻縄(びじやう)といふ又/檋(や?しき)【かしきヵ。かんじき】といふ物
あり雪中(せつちう)にはく物なり
○嚢(ふくろ)底(そこ)あるを嚢(のう)といひ底(そこ)
なきを橐(たく)といふともにふく
ろなり袋(たい)同
○道服(だうぶく)は道者(だうしや)の衣服(いふく)なり
胴服(どうぶく)とかくはあしゝ俗(ぞく)これを
はおりといふ
【右頁下段】
雨衣(うい)
《割書:あま| がつは》

蔽膝(へいしつ)
《割書: まへだれ》

浴(よく)
衣(い)
《割書:ゆ| かた| び|  ら》

嚢(のう)《割書:ふくろ》

鞋(かい)《割書:いと| ぐつ》
絲鞋(しかい)

《割書: わら| ぐつ》
草(さう)
鞋(かい)

屐(げき)
《割書:あし|  だ》
木(ぼく)
履(り)
【左頁】
頭書増補訓蒙図彙(かしらがきぞうほきんもうづゐ)巻之七
  宝貨(はうくは)《割書:此部(このぶ)には金銀(きん〴〵)珠玉(しゆぎよく)銅鉄(とうてつ)石(せき)甲(かう)錦(きん)|鏽(しう)【元禄八年版は「繍」】綾羅(れうら)すべて一さいの宝(たから)をあつむ》
【上段】
○金(きん)は紫磨(しま)黄金(わうこん)沙金(しやきん)な
どあり日本(につほん)にてはむかし
奥州(おうしう)より出(いで)たり鍍金(ときん)はめつ
きなり
○銀(ぎん)は白銀(はくぎん)なり南鐐(なんりやう)銀(ぎん)
鉼(べい)など有/俗(ぞく)にはへぶきと云
又/銀鈑(ぎんはん)といふはいたがねなり
○鉛(えん)は青金(せいきん)なり錫(しやく)しろ
なまり俗(ぞく)にすゞなまりと云
白鑞(びやくらう)同/鉛(なまり)をやいて丹(たん)となる
○鐵(てつ)は黒金(こくきん)なり鉄(てつ)同/鉎鐵(せいてつ)
はなまがね鍒(しう)同し鋼鐵(かうてつ)はは
がね鏽(しう)はさびなり日本(につほん)むかし
【下段】
金(きん)《割書:こがね》   銀(ぎん)《割書:しろ|か|ね》   鉛(ゑん)《割書:なまり》

鐵(てつ)
《割書:くろ| かね》

銅(とう)《割書: |あか| がね》   銭(せん)《割書:ぜ| に》   珠(しゆ)《割書:たま》
【上欄書入れ】92 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙七         一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙七         一
【右頁上段】
は越中(えつちう)より出たり
○銅(とう)は赤金(しやくきん)なり黄銅(くわうとう)鍮(ちう)
石(しやく)真鍮(しんちう)あり又/紫銅(しとう)はから
かねなり褐銅(かつとう)同し白銅(はくとう)
はさはりかね紫金(しきん)はしやく
どうともに山より出る
○説文(せつもん)に銭(ぜに)の字(じ)の旁(つくり)上(うへ)に
一の戈(ほこ)の字(じ)下(しも)に一の戈(ほこ)の字(じ)有
銭(ぜに)は人をころす物にして人
さとらずといへり孔方(こうはう)青銅(せいとう)
鵝眼(ががん)ともに銭(ぜに)の異名(いみやう)なり
○珠(しゆ)は海(うみ)より出るたまを云/珊(さん)
瑚珠(ごじゆ)真珠(しんじゆ)のたぐひなり珍(ちん)
珠(じゆ)蠙珠(ひんじゆ)は貝(かい)のたまなり龍(りやう)
魚(ぎよ)虫(ちう)蛇(じや)の類(るい)みな珠(たま)あり
○玉(ぎよく)は山(やま)より出(いづ)るたまな
り石(いし)の美(び)なるものを玉といふ
璞(はく)はあらたまいまだみがゝさる
【右頁下段】
玉(ぎよく)《割書:たま》
《割書:     璞》

礬(はん)

硃(しゆ)《割書: |朱砂  銀朱》

硫(いわう)《割書:ゆの| あわ》    《割書:発|燭》

硝(せう) 《割書:𦬆【芒】硝》
《割書:牙|硝》

磁(じ)《割書:はり| すい| い| し》

砒(ひ)《割書:どく| いし》  《割書:砒霜》

瑪(め)
瑙(のう)    玳瑁(たいまい)
【左頁上段】
物なり唐(もろこし)崑崙山(こんろんさん)より
玉(たま)をいだす
○礬(はん)は礬石(はんせき)なり和名(わみやう)たう
すといふ光明(くわうめい)なるを明礬(みやうばん)
といふ黒色(くろいろ)なるを黒礬(こくはん)と
いふ緑色(みとりいろ)なるを緑礬(ろはん)と云
やきて赤(あかき)物(もの)を絳礬(かうはん)と云
○硃(しゆ)は朱砂(しゆしや)なり辰州(しんしう)より出(いづ)
るを辰砂(しんしや)といふ又/水銀(みうかね)を化(くは)
して朱(しゆ)とするを銀朱(ぎんしや)と云
朱砂(しゆしや)は服(ふく)すれば心(しん)を鎮(しづ)め
神(しん)をやしなふ
○硫(いわう)は石硫黄(せきいわう)土硫黄(といわう)あり付(つけ)
木(き)を発燭(はつしよく)といふ硫黄(いわう)の出(いづ)る
山にはかならず温湯(いでゆ)あり
摂州(せつしう)有馬(ありま)又/加州(かしう)の山中(やまなか)
なとのごとし
○硝(せう)は硝石(せうせき)なり木硝(もくせう)につくる
【左頁下段】
硨磲(しやこ)    瑠璃(るり)

琥(こ)
珀(はく)

玻瓈(はり)

琅玕(らうかん)
《割書: あをだま》

砥(し)
《割書:あは| せ| ど》

珊瑚(さんご)    熨斗目(のしめ)

礪(れい)
《割書:あら| と》

紗(しや)
《割書:も|じ》
【上欄書入れ】93 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙七         二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙七         二
【右頁上段】
焔硝(えんせう)火硝(くはせう)ともに同しよく
火(ひ)につく鉄鉋(てつほう)にもちゆ又/芒(はう)【𦬆】
硝(せう)牙硝(げせう)は薬石(やくせき)なり痰(たん)をの
ぞき燥(かわき)をうるほし小便(せうべん)を
通(つう)ずる能(のふ)あり
○磁(じ)は山(やま)の陽(みなみ)に鐵(てつ)を産(さん)す
るものは陰(きた)にかならず磁石(じしやく)
あり二/物(ぶつ)同気(どうき)なればなり
よく針(はり)を引(ひき)すものなり
○砒(ひ)は砒石(ひせき)なり大毒(だいどく)あり練(ねり)た
る物を砒霜(ひさう)といふ腫物(しゆもつ)の
毒(どく)を消(せう)し瘧(おこり)をきる外科(げくは)
の用(もち)ゆる石(いし)なり斑猫(はんめう)と同
しく毒(どく)あり
○瑪瑙(めのう)は玉(たま)なり七/宝(はう)の内(うち)
なりこの玉(たま)の色(いろ)馬(むま)の脳(のう)に似(に)
たりよつて馬脳(めのう)となづく色(いろ)
黄(き)なり
【右頁下段】
綿《割書:きん》【訓蒙図彙では「錦」】
《割書:に|し|き》     繍《割書:しう|ぬい| もの》

絨(しう)
《割書:びらう| ど》    紅染(もみぞめ)

加(か)
賀(が)
絹(ぎぬ)

縠(こく)《割書:ちり| めん》
《割書:あこ| め》    繻子(しゆす)    繻珍(しゆちん)

綾(りやう)《割書: |あや    》綃(せう)《割書: |すゞし》    緞(たん)《割書:どん|  す》
【左頁上段】
○硨磲(しやこ)は玉(たま)の名(な)七/宝(ほう)の一つ也
石(いし)の玉(たま)に似(に)たるなり一/名(めい)海(かい)
扇(せん)和名(わみやう)いたやがい
○玳瑁(たいまい)は亀(かめ)の名(な)甲(かう)に文(もん)あり
器(うつはもの)につくるべし櫛(くし)簪(かんざし)香(かう)
合(ばこ)などにつくる
○瑠璃(るり)は玉(たま)の名石(ないし)のひかり
あるものなり七/宝(ほう)の内(うち)なり
色(いろ)あをし
○琥珀(こはく)は松脂(まつやに)地(ち)におちて
千年(せんねん)にして琥珀(こはく)となる能(よく)
塵(ちり)をすふ玉(たま)なり色(いろ)黄(き)也
○玻瓈(はり)は玉(たま)の名七/宝(ほうの)一つ也
西国(さいこく)の玉(たま)なり頗黎(はり)とも
かくへし
○琅玕(らうかん)は玉(たま)のひかりあるもの
なり崑崙山(こんろんざん)に琅玕樹(らうかんじゆ)有
色(いろ)あをし
【左頁下段】
絹(けん)
《割書:き|ぬ》    線(せん)《割書:より|いと》

絲(し)
《割書:い| と》

絛(たう)  組  紃
《割書:くみ| ひ| ぼ》

綿(めん)《割書: | |わた》    八/丈嶋(じやうじま)

氊(せん)
《割書: もう|  せん》

金(きん)
薄(ばく)    水銀(みづかね)

高麗(かうらい)
  織《割書:を| り》
【上欄書入れ】94 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙七         三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙七         三
【右頁上段】
○珊瑚(さんご)は海中(かいちう)の珠(たま)なりいろ
あかし鐵網(てつもう)をもつて是(これ)を取(とる)
七/宝(ほう)の一つなり
○砥(し)は細(さい)砺(れい)【礪】石(せき)なり硎(まと)とも書(かく)べ
し黄砥(わうし)はあはせどなり
○礪(れい)は麁砺石(それいせき)なりあらとなり
磑(あらと)とも書べし
○紗(しや)は金紗(きんしや)銀紗(ぎんしや)紋紗(もんしや)等(とう)
ありうすものなり又/法螺漏(ほらろ)
などいふ有/戻子(もじ)といふも有
○熨斗目(のしめ)は筋(すぢ)ある織物(をりもの)也
祝義(しうき)に侍(さふらひ)のきる服(ふく)なり
又/能役者(のふやくしや)などもきるなり
○錦(きん)は五色(ごしき)の糸(いと)を織(をり)て錦(にしき)
とす俗(ぞく)にいふ金襴(きんらん)の類(たぐひ)也
○繍(しう)は五/采(さい)の刺文(しもん)なり
ぬいもの
○絨(じう)は細毛布(さいもうふ)なりその美(び)な
【右頁下段】
革(かく)
《割書:つくり| かは》  《割書:韋》  《割書:革》    鐵線《割書:はりがね》

皮(ひ)
《割書: かは》

水精(すいしやう)《割書:みづとり|  だま》    火(くわ)精《割書:ひ| とり| だま》    緑青(ろくしやう)

雲(うん)
 母(も)
《割書:き| らゝ》
【左頁上段】
る物を天鵞絨(ひらうと)といふ褐(かつ)
子(す)氆氌(ふら)兜羅綿(とらめん)みな毛(もう)
布(ふ)なり
○紅染(もみぞめ)は紅なり紅梅(こうばい) 緋(ひ)
桃色(もゝいろ)中紅(ちうもみ)茜(あかね)などあり共(とも)
にあか色(いろ)なり
○加賀絹(かがきぬ)は加州(かしう)小松(こまつ)よりお
りいたす絹(きぬ)なり
○縠(こく)は縐紗(そうしや)なり今(いま)いふちり
めんなり俗(ぞく)に縮緬(ちりめん)とかく
○繻子(しゆす)は五/色(しき)有/島(しま)もあり
○繻珍(しゆちん)は五/色(しき)あり繒(かとり)【縑ヵ】を
もつて織(をる)なり
○綾(りやう)はあやなり又/綾子(りんす)也
花綾(くはれう)は紋綾子(もんりんず)なり光(くはう)
綾(れう)はぬめ綾子(りんず)なり
○綃(せう)はすゞしなり生綃(さんせう)と
書べし熟絹(じゆくけん)はねりぎぬ
【左頁下段】
白(はく)
粉(ふん)《割書:おしろい》

石膽(せきたん)
《割書:たん|はん》

浮石(ふせき)
《割書:かろ| いし》

温石(をんじやく)

滑(くわつ)
石(せき)

鱉(べつ)
甲(かう)

麒(き)
麟(りん)
血(けつ)    幣(へい)《割書:にぎて》    木綿襷(ゆふだすき)
【上欄書入れ】95 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙七         四

綿(めん)はまわた絮(ちよ)は木(き)わたなり○八/丈島(じやうじま)は日本(につほん)八/丈(じやう)か島(しま)よりをりいだす公方様(くばうさま)へ
貢(みつぎ)にそなゆるなり外(ほか)に八/丈島(じやうしま)といふはみなにせをりなるよし○氈(せん)【氊】はむしろ
なり毛氈(もうせん)あり線氈(せんせん)あり花氈(くはせん)あり毛氈(もうせん)のすぐれたるを山/水(すい)といふ○金薄(きんばく)は
金(きん)をうすくのべたる物(もの)なれば薄(はく)といふなり薄(はく)はうすしとよむ銀(ぎん)銅(あかゞね)の薄(はく)同箔(はく)
同じ○水銀(みづかね)は性(しやう)寒(かん)なり毒(どく)あり馬歯莧(すべりひゆ)にも水銀(みづかね)あり又/汞(みづかね)とも書(かく)丹砂(たんしや)より
いづるなり○高麗織(かうらいをり)は京(きやう)西陣(にしぢん)よりをりいだす○皮(ひ)かはけだものゝ皮(かは)に毛(け)あるとき
の名(な)なり虎皮(とらのかは) 豹皮(へうのかは) 熊皮(くまのかは) 狐皮(きつねのかは) 麑皮(?にゝのかは)【鹿兒皮ヵ】などなり○革(かく)はけだものゝ皮(かは)なり毛(け)をさる
を革(かく)といふ生(しやう)なりあらかは熟(じゆく)するを韋(い)といふなめしかはなり○鐵線(てつせん)ははりがね
なり銅線(とうせん)はあかゞねのはりがね又/銅糸(とうし)ともいふなり○水精(すいしやう)みつとりだまなりい水中(すいちう)の石(いし)の美(び)
なる物(もの)をいふ水晶(すいしやう)同し又/硝子(せうし)もみづとりだまなりびいどろなり○緑青(ろくしやう)は石緑(せきろく)とも
いふ銅(あかゞね)のさびなり銅緑(とうろく)ともいふ水飛(すいひ)して画工(ぐはこう)采(いろとり)の具(く)とす○火精(くわしやう)ひとりだまなり火(くは)
斉(せい)同この火(ひ)をとりて灸(きう)をすゆれは虚熱(きよねつ)をさます○雲母(うんも)はきらゝ也/廬山(ろさん)の中(うち)よりいづる
五/色(しき)あり白(しろ)きものよし服(ふく)する事十/年(ねん)すれは雲気(うんき)つねにその上(うへ)におほふ膏薬(かうやく)
にねる又/地紙(ぢかみ)にぬる○白粉(はくふん)おしろいは鉛粉(えんふん)なり鉛(なまり)をやきてつくるとうのつちといふ
又/銀粉(ぎんふん)ははらや粉霜(ふんさう)はやきかへし白粉(おしろい)は蕭史(しやうし)といふ人つくりはじめて秦(しんの)穆公(ぼくこう)のむ
すめ弄玉(ろうぎよく)にぬらしむとなり○石膽(せきたん)たんはんは銅(あかゞね)ある所より出(いづ)煎(せん)し煉(いり)てなる石中(せきちう)
【上欄書入れ】96 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙七         五

    【柱】頭書増補訓蒙図彙七         四
【右頁上段】
○緞(だん)は段子(どんす)なり花段(くはだん)錦(きん)
段(だん)毛段(もうたん)金段(きんだん)あり
○絹(けん)は加州(かしう)より出(いで)丹後(たんご)より
いづる縑(けん)はもろぎぬなりまた
かとりなり
○線(せん)《割書:補》はよりいとなりいとすじ
とよむ綫(せん)同/漢(かん)の宮女(きうぢよ)冬(とう)
至(じ)の日より日ながくなりて
一/線(せん)のながきをそふると
いへり
○糸(し)【絲】はいとなり蚕(かいこ)【蠺】のはく所
なり緒(しよ)はいとくち纇(るい)いとふし
縷(ろ)いとすぢ経(けい)たて緯(い)ぬき
麻(ま)苧(ちよ)紵(ちよ)まを纑(ろ)うみを【績麻】
○絛(たう)はくみひぼなり匾(ひらたき)を組(そ)
といふ円(まるき)を紃(しゆん)といふ
○綿(めん)わた也/蚕(かいこ)【蠺】をかふてとる
精(くはしき)を綿(めん)といふ麁(あらき)を絮(ちよ)と云
【右頁下段】
海盬(かいゑん)
《割書: しほ》

石(せき)
灰(くわい)
《割書:いし| ば| ひ》

頭書増補訓蒙図彙(かしらがきぞうほきんもうづゐ)巻之八
  器用(きよう) 《割書:此部は武具(ぶぐ)農具(のうぐ)そのほか|日用(にちよう)のうつはものをしるす》
【上段】
○紙(かみ)は楮(かち)の木(き)にてつくる
後漢(ごかん)の祭敬仲(さいけいちう)といふ人
始(はじめ)てつくるといへりむかしは
帛(きぬ)に物(もの)をかきしゆへに紙(かみ)
といふ字(じ)糸篇(いとへん)をかける
○筆(ふで)は秦(しん)の蒙恬(もうてん)といふ人
つくりはじむとなり蒙恬(もうてん)
此(この)功(こう)によつて管城(くわんじやう)といふ
所に封(ほう)せらるよつて筆(ふで)の
異名(ゐみやう)を管城子(くわんじやうし)といふ
○硯(すゞり)は黄帝(くわうてい)玉(たま)をもつて
【下段】
紙(し)《割書: |かみ》
 帋(し)同    牋(せん)《割書:し|き|し》

筆(ひつ)《割書:ふで》
 筆管(ひつくわん)
 《割書: ふでのぢく》
   筆帽(ひつほう)《割書:ふでの| さや》

墨(ぼく)
《割書:もく》
すみ

硯(けん)
《割書:すゞ|  り》
研(けん)同

書(しよ)
《割書: ふみ》
本同  《割書:横|巻》  《割書:冊子》

裱(へう)《割書:へう| し》
【上欄書入れ】97 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙八         一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙七         五
の汁(しる)なり膽礬(たんはん)なり○浮石(ふせき)かるいしは水花(すいくは)ともいふ水(みづ)のあわ化(け)して浮石(かるいし)となる
西国(さいこく)よりいづる○温石(をんじやく)は一/名(めい)烏滑石(うくはつせき)といふ和漢(わかん)ともにあり■(い)【硫ヵ】黄(わう)のある山より出(いづ)
る正真(しやうじん)まれなり火(ひ)にあたゝめて熨(のす)ときはよく痼疾(こしつ)をいやし瘀血(をけつ)を散(さん)ず
○滑石(くはつせき)はかわきをとめ小べんをつうじ油(あぶら)のものにしみたるに滑石(くはつせき)をふりかくれば
油(あぶら)けとるゝ白色(はくしき)なる物よし○鼈(べつ)【鱉】甲(かう)たいまい也/鼈(べつ)【鱉】は海中(かいちう)の大かめなり甲(かう)をはぎて
うすくすけば斑文(はんもん)いづるこれを櫛(くし)笄(かんざし)香盒(かうばこ)等(とう)のうつは物につくる玳瑁(たいまい)といふ
も同し又/藥(くすり)に用(もち)ゆ○麒麟血(きりんけつ)は麒麟(きりん)の血(ち)なりといへとも麒麟(きりん)といふけだもの
つねに有ものにあらず馬血(ばけつ)なり血(ち)とめによし○幣(へい)はにぎて𧸁(へい)【敝+貝】とも書(かく)葈(からむし)にて
するを白和幣(しらにきて)といふ麻(あさ)にてするを青和幣(あをにぎて)といふ串(くし)をもつてはさむ神(しん)
前(ぜん)秡(はらひ)【「祓」の誤字ヵ異体字ヵ】の具(ぐ)なり手(て)ににぎるといふ義訓(ぎくん)なり○木綿襷(ゆふだすき)は幣(へい)をとる時(とき)にかく
るたすきなり木綿(もめん)のくみひぼなりむかしは楮(かうつ)の皮(かわ)にてつくれる幣を白木(しらゆふ)
綿といふ○海(かい)塩(ゑん)【盬】しほ也/食(しよく)塩(ゑん)【盬】なり海中(かいちう)の潮(うしほ)をくんで竈(かま)にてにて塩(しほ)【盬】とす賢(しん)に入(いり)
て歯(は)をかたくす鹵(ろ)あらしほ鹵(ろ)丘(きう)【坵】はしほしり塩盤(ゑんはん)はしほがま○石灰(せきくはい)は火(ひ)にて石(いし)を
やきて灰(はい)となす毒(どく)あり一切(いつさい)の腫物(しゆもつ)を治(じ)す又/白堊(しらつち)にして壁(かべ)をぬる

    【柱】頭書増補訓蒙図彙八         一
【右頁上段】
はじめてつくり給ふといふ
○墨(すみ)は煤(すゝ)に膠(にかわ)を合(あはせ)てつくる
油煙(ゆえん)松煙(せうえん)あり子路(しろ)といふ
人つくりはじむといふ
○書(しよ)はむかしは竹(たけ)をあみ小(こ)
刀(がたな)にて彫付(ほりつけ)てこれを書(しよ)と
すよつて巻(くわん)とも冊(さつ)とも云
○裱(へう)は裱紙(へうし)なり書(しよ)のうは
紙(がみ)なり褾(へう)同/簽(せん)は外題(げだい)也
○画(ぐは)【𦘕】は絵(ゑ)なり采(いろどり)たるを
絵(ゑ)といふ唐(もろこし)にては舜璵(しゆんきよ)日(につ)
本(ほん)にては雪舟(せつしう)今(いま)は狩野家(かのけ)
其外(そのほか)名人(めいじん)あり
○帙(じつ)は書(しよ)のうは包(つゝみ)なり袠(ぢつ)
同じ又/文巻(ふまき)文匣(ぶんかう)あり又
書(しよ)をすべて帙(じつ)ととなふ
【右頁下段】
𦘕(ぐは)【畫】 掛軸(くはちく)《割書:かけもの》 驚燕(きやうゑん)《割書:ふうたい》 

帙(じつ)
《割書:ふ|ま|き》    簿(ほ)

印(ゐん)《割書:をして》  印色(いんしよく)《割書:いんにく》

扇(せん)《割書: あふぎ|箑(さう)同》 團扇(だんせん)《割書: |うちわ》    尺(しやく)《割書:ものさし|摺尺(せうしやく)》    暦(れき)《割書: |こよみ》
【左頁上段】
○璽(じ)は王者(わうしや)の印(いん)なり玉
をもつてつくる庶人(しよじん)は金石(きんせき)
にてつくる
○扇(あふぎ)は舜(しゆん)つくり給ふ共また
武王(ぶわう)つくり給ふともいへり日(につ)
本(ほん)にては神功皇后(じんぐうくわうこう)三韓(さんかん)
征伐(せいばつ)のとき蝙蝠(へんふく)の羽(は)を
見てつくりたまふ
○尺(しやく)は粟(あわ)より生(しやう)ず十/粟(ぞく)
を分(ぶ)とし十/分(ぶ)を寸(すん)とし十
寸(すん)をを【「を」一字衍字】尺(しやく)とす尺(しやく)は人(ひと)の体(たい)を
もつてはかる指(ゆび)を布(しゐ)て尺(しやく)
を知(しる)股(ひぢ)【肘・肱の誤字ヵ】をのべて尋(ひろ)しる
尋(ひろ)は八尺なり
○簿(ぼ)は手板(しゆはん)なり事(こと)を書(かき)
しるすものなり簿書(ほしよ)簿(ほ)
【左頁下段】
符(ふ)《割書:わりふ》    筭(さん)《割書: そろ|  ばん| |さんぎ》

几(き)《割書:をしま| づき》    如意(によい)    蝋燭(らうそく)

翳(ゑい)《割書:は|さしは》    拂塵(ふつじん)《割書:はいはらい| |ほつす》
【上欄書入れ】98 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙八         二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙八         二
【右頁上段】
籍(せき)と云今いふ帳(ちやう)なり
○暦(こよみ)は黄帝(くわうてい)つくり給ふとも
いふ又/容成(ようせい)つくるとも又/𦏁(ぎ)【羲】
和(くは)つくるともいへり
○符(ふ)は符契(ふけい)符信(ふしん)といふ
わりふなり竹(たけ)長(なが)さ六寸にし
て分(わけ)て相合(あいあはせ)て信(しん)とす又/木(き)
にてもつくるなり
○几(き)は今いふつくゑなりまた
脇息(けうそく)なり憑几(へうき)なり又/几(き)に
つくる
○筭(さん)は長(なが)さ六寸/暦数(れきすう)を
もつてはかるものなり黄帝(くわうてい)
のとき頴首(ゑいしゆ)【隷首ヵ】算数(さんすう)をつくる
筭(さん)はあやまりなり算(さん)につくるべし 
○蝋燭(らうそく)は蝋(らう)に油(あぶら)をいれてね
【右頁下段】
案(あん)《割書:つくゑ》    鐘(しやう)《割書:つりがね》    鐸(たく)《割書:すゞ》

笛(てき)《割書: |ふえ》
《割書:尺八(しやくはち)|《割書: 竪笛(しゆてき)》》  《割書:横(くわう)|笛(てき)》
風鈴(ふりやう) 《割書:鈴子(れいし)|《割書: すゞ》》    鈸(はつ) 《割書: | | |土(と)|拍(びやう)|子(し)》
【左頁上段】
り竹(たけ)の筒(つゝ)に入かため燭(ともしび)とす
銀蝋燭(ぎんらうそく)あり朱蝋燭(しゆらうそく)あり
○如意(によゐ)は木(き)竹(たけ)又/象牙(ざうげ)玳瑁(たいまい)
などにてつくる物(もの)をわすれ
まじきために書付(かきつけ)手(て)にもつ
物(もの)なり文殊(もんじゆ)の持(もち)給ふ物なり
○翳(ゑい)は天子(てんし)のうしろにかざす
物なり女嬬(によじゆ)の役(やく)なり
○払塵(ふつぢん)ははいはらひなり禅家(ぜんけ)
には払子(ほつす)といふ揮指(しき)する具(ぐ)
なり麈(しゆ)の尾(を)白熊(はぐま)にて作(つくる)
○案(あん)は今(いま)いふ几(つくゑ)なりふつくゑ
又/卓(しよく)ともいふ几案(きあん)ともいふ
○鐘(しやう)つきかねは十二/調子(てうし)の中(うち)
黄鐘(わうしき)の調子(てうし)をよしとすよ
つて鐘(しやう)といふ
【左頁下段】
籥(やく)
《割書:こま| ぶえ》    鼓(こ)《割書:たいこ 大鼓(たいこ)なり》    鉦(しやう)

柷(しく)

簫(しやう)    笙(しやう) 《割書:管(くだ)》 《割書:匏(ほう)《割書:つぼ》》 《割書:簧(わう)《割書:した》》
【上欄書入れ】99 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙八         三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙八         三
○笛(ふえ)は篴(てき)同/漢武帝(かんのぶてい)の時(とき)
丘仲(きうちう)といふものつくれりと
云日本にては天(あま)の香久(かく)
山(やま)の竹(たけ)にてつくる
○鐸(たく)は金鐸(きんたく)は金鈴(きんれい)金舌(きんせつ)也
軍法(ぐんほう)にこれを用(もち)ゆ木鐸(ぼくたく)は
金鈴(きんれい)木舌(ぼくせつ)なり文(ぶん)教(かう)【けうヵ】に用(もち)ゆ
○鈴(れい)は風鈴(ふれう)なり一/名(みやう)簷鈴(ゑんれい)
といふ○鈴子(れいし)はすゞなり一/名(みやう)を
円鈴(ゑんれい)といふ
○鈸(はつ)は僧具(そうぐ)なり銅鈸子(どうはつし)は土(と)
拍子(びやうし)なり南齊(なんせい)の穆七素(ほくしそ)
といふ人(ひと)つくれり
○籥(やく)は高麗笛(こまぶえ)なりふく所
をのぞいて六の穴(あな)あり又/穴(あな)三
つあるもあり
【右頁下段】
磬(けい) 《割書:石(せき)|磬(けい)》  《割書:銅(どう)|磬(けい)》

律(りつ)《割書: |づだけ》    琴(きん)《割書:こ| と》    瑟(しつ)    筝(さう)《割書:さう| の|こ| と》

塤(けん)    鼗(たう)《割書: |ふり| つゞみ》
【左頁上段】
○鼓(こ)は大鼓(たいこ)なり楽器(がくき)なり
○柷(しく)は木音(もくゐん)なり中(なか)に柄(え)有
これをうごかして左右(さゆふ)にうた
しめて楽(がく)をおこすものなり
○鉦(しやう)は小鐘(ちいさきかね)なり楽器(がくき)なり
鼓(つゞみ)を節(ほとよく)し鼓(つゞみ)を止(やむる)ときうつ
なり鐘鼓(しやうこ)となづく
○簫(しやう)は楽器(がくき)なり小竹管(せうちくくわん)を
あみてつくる鳳凰(ほうわう)の翼(つばさ)にか
たどる大(おほひ)なるは二十三/管(くわん)長(なが)さ
尺(しやく)四寸/小(せう)なるは十六/管(くわん)長(なが)さ
尺(しやく)二/寸(すん)なり
○笙(しやう)は女媧(ちよくは)これをつくる大(たい)
笙(しやう)は十九/簧(わう)小笙(せうしやう)は十三/黄(わう)
○磬(けい)は冉句氏(せんこうし)【冉は毋ヵ。母句氏】のつくりはしめ
たるものなり石磬(せきけい)あり銅(とう)
【左頁下段】
篳篥(ひちりき)

敔(ぎよ)《割書:さゝら》

琵(び)
琶(わ)
    撥(ばち) 《割書:琵琶撥(ひわのばち)|三(さん)|絃(けんの)|撥(ばち)》

三絃(さんけん)
《割書:さみ| せん》    柱(ちう)《割書: | |こと|  ぢ》

阮(けん)《割書:阮咸(けんかん)|  月琴(げつきん)》
【上欄書入れ】100 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙八         四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙八         四
【右頁上段】
磬(けい)あり磬(けい)をかくるものを簨(しゆん)
簴(きよ)といふ
○律(りつ)は楽器(がくき)なり陽律(やうりつ)六/陰(ゐん)
律(りつ)六/合(あはせ)て十二/律(りつ)なり六/律(りつ)
六/呂(りよ)ともいふ黃帝(くわうてい)の臣(しん)作(つく)る
○琴(きん)はむかし五十/絃(けん)あり
後(のち)に二十五/絃(けん)となる今は十
三/絃(けん)あり日本(につほん)にては天(あま)の
香弓(かゆみ)をならべ絃(つる)をかけて
ならしはじむ
○瑟(しつ)は絃(けん)数(かず)多少(たせう)あり大瑟(たいしつ)
は五十/絃(けん)なり舜(しゆん)これを作(つくる)
ともに楽器(がくき)なり大なるを
瑟(しつ)といふ小なるを琴(きん)と云
○筝(さう)は秦(しん)の蒙恬(もうてん)つくり出(いだ)
せり長(たけ)一/尺(しやく)絃(けん)十三/絃(けん)柱(ちう)の
【右頁下段】
軫(しん) 《割書:琵(び)|琶(わの)|軫(しん)| |琴軫(ことのしん)》    枹(ふ) 《割書:大鼓枹(たいこのばち)|羯鼓枹(かつこのばち)》

《割書:かけ|づめ》 繫爪(けいそう)    銅鉢(とうはち)《割書:きん》

羯(かつ)
鼓(こ)    腰鼓(えうこ)

銅(とう)
鑼(ら)
【左頁上段】
高(たか)さ三寸十一二三の三/絃(けん)を
斗(と)為(い)巾(きん)といふ 
○塤(けん)は土(つち)をやいてこれをつく
る六の孔(あな)ありてこれをふく
楽器(がくき)なり
○鼗(たう)は鞉(てう)【たうヵ】と同(おな)じ楽器(がくき)也
一名を揺鼓(ようこ)といふふりつゞみ
○篳篥(ひちりき)は一名/笳管(かくわん)と云
楽器(がくき)なり胡人(こひと)ふいて馬(むま)を
おどろかす
○敔(ぎよ)は木虎(ぼくこ)なりせなかに
くひちがひをきざみ木(き)を以(もつ)
てこれをすりて楽(がく)をやむ
るものなりさゝらなり竹(たけ)を
破(わり)てもつくるなり
○琵琶(びわ)は長(たけ)三/尺(じやく)五寸四/絃(けん)也
【左頁下段】
假面(かめん)
《割書:まひの| おもて》

雲版(うんはん)
《割書:ちやう| はん》

喇叭(らは) 《割書:  嗩吶(さのう)【さとつヵ】| 喇叭|銅角(とうかく)》
【上欄書入れ】101 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙八         五

    【柱】頭書増補訓蒙図彙八         五
【右頁上段】
下(しも)より逆鼓(さかさまにひく)を琵(ひ)といふ
上(かみ)より順鼓(しゆんにひく)を琶(わ)といふ一名
胡琴(こきん)漢(かん)の王昭君(わうせうくん)ひけり
○阮咸(けんかん)は四/絃(けん)十/柱(ちう)あるひは
五/絃(けん)十三/柱(ちう)なり月琴(げつきん)同し
○三絃(さんけん)は三味線(さみせん)なり三絃(さんけん)
子(し)といふ琉球国(りうきうごく)より渡(わた)りし
楽器(がくき)といふ
○撥(ばち)は琵琶(ひわ)の撥(ばち)三絃(さんけん)の撥(ばち)
羯鼓(かつこ)の撥(ばち)みなかたちもちが
ひ文字(もんじ)もちがひ有/棙(れい)同(おなし)
○柱(ちう)は琵琶(びわ)にては柱(ちう)ととな
へ琴(こと)にてはことぢといふかたち
すこしちがひあり
○軫(しん)は琴軫(きんしん)転手(てんじゆ)なり琵(び)
琶(わ)三味線(さみせん)ともにあり
【右頁下段】
風(ふう)
鐸(たく)《割書: はう| ちやく》

棊(き)
《割書: ご》

六采(ろくさい)
《割書:すご| ろく》

象(しやう)
棊(ぎ)

枰(へい)《割書:ごはん》

簺(さい)
《割書:骰子(たうし)》
【左頁上段】
○枹(ふ)は大鼓(たいこ)のばちなり桴(ふ)
とも書(かく)べし棙撥(れいはつ)は琵琶(びわ)の
撥(ばち)又/三味線(さみせん)の撥(ばち)なり
○繋爪(けいさう)はことのつめなりかけ
つめといふ義甲(ぎかう)仮甲(かかう)なら
びに同し
○銅鉢(とうばち)は僧家(そうけ)には磬(きん)といふ
きんは唐音(とういん)なり
○羯鼓(かつこ)は楽器(がくき)なり唐(とう)の玄(げん)
宗(そう)よくうちて花(はな)を催(もよほ)す
○腰鼓(ようこ)は腰前(ようぜん)にさしはさむ
つゞみなりつねの鼓(つゞみ)を指鼓(しこ)
といふ
○銅鑼(どら)は今(いま)いふさふらなり
楽器(がくき)なり一/説(せつ)に臍(へそ)ある鉦(しやう)と
いへり
【左頁下段】
鞠(きく)《割書:まり》    硯屏(けんびやう)    書鎮(しよちん)

壓(あつ)
尺(しやく)
《割書:け|さ|ん》

水(すい)
滴(てき)    水中丞(すいちうぜう)

爪杖(さうぢやう)
《割書: まごのて》    筆架(ひつか)
【上欄書入れ】102 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙八         六

    【柱】頭書増補訓蒙図彙八         六
【右頁上段】
○仮面(かめん)は今いふ舞(まひ)の面(おもて)なり
代面(たいめん)とも戯面(きめん)ともいふ能(のう)又は
楽(がく)に着(き)るなり
○雲版(うんはん)はちやうはんなり飯斉(はんさい)
の時(とき)大衆(たいしゆ)をあつむるときう
つものなり
○嗩吶(さのう)は大平簫(たいへいしやう)といふふえ
なり嗩哪(さの)鎖(さ)■(の)【口偏+柰。柰=奈、「㖠」ヵ】ならびに同
○喇叭(らは)◦銅角(とうかく)ともに唐人(とうじん)
ぶゑなり又/唐音(とうゐん)にてちやる
めろといふ
○風鐸(ふうたく)は宝鐸(ほうちやく)なり又は檐(ゑん)
鐸(たん)ともいふ堂(だう)の檐(のき)にあり
○棊(ご)【碁】は帝尭(ていぎやう)つくり始(はじめ)給ひて
子(こ)の丹朱(たんしゆ)にをしへ給ふ所なり
黒白(こくびやく)の石(いし)は昼夜(ちうや)にかたどり
【右頁下段】
界(かい)
方(ほう)
《割書:ひ|ぢ|や|う|ぎ》

眼鏡(がんきやう)
《割書:め|が|ね》    燭臺(しよくだい)    燭奴(しよくど)

燈(とう)《割書:ともしび》    燈檠(とうけい)

燭(しよく)
剪(せん) 《割書:しんきり》

油(ゆ)
瓶(ひやう) 《割書:あぶら| がめ》
【左頁上段】
三百六十は日(ひ)の数(かず)を表(ひやう)する
なり碁(ご)いしを碁子(きし)といふ
碁笥(ごけ)を碁奩(きれん)といふ
○枰(へい)は碁盤(ごばん)なり又/棊局(ききよく)
ともいふ棊盤(ごばん)の目(め)を路(ろ)と云
棊石(こいし)を子(し)といふ棊笥(ごげ)を
奩(れん)といふ
○六/采(さい)は双六(すごろく)なり黒白(こくびやく)の石(いし)
は昼夜(ちうや)なり十二の目は十二月
なり盤(ばん)を局(きよく)といふ
○簺(さい)は日月の二つに表(ひやう)す四
角(かく)は四/方(はう)にかたどる骰子(たうし)は
筒(つゝ)なり杸子(とうし)【投子】同
○象(しやう)棊(ぎ)【棋】は周公旦(しうこうたん)作(つくり)出して成王(せいわう)に
教(をし)へ給ふとなり大中小の将棊(しやうぎ)有
又摩訶陀象戯(まかだしやうぎ)といふもあり
【左頁下段】
燈籠(とうろう)    挑燈《割書:ちやうちん》 提燈(ていとう)《割書:ちやうちん》

方(はう)
燈(とう)《割書:あんどう》

烟火(ゑんくは)
《割書:はな|  び》

《割書: びん|  さゝ|   ら》
拍板(はくはん)
【上欄書入れ】103 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙八         七

    【柱】頭書増補訓蒙図彙八         七
【右頁上段】
○鞠(まり)は蚩尤(しゆう)が頭(かうべ)をかたどり
て蹴(ける)なり飛鳥井(あすかゐ)どのこの
家(いゑ)なり地下(じげ)には左近(さこん)と云
ものあり
○硯屏(けんべう)は硯(すゞり)のむかふにたつ
る屏風(べうぶ)なり硯(すゞり)の墨(すみ)を風(かぜ)
にかはかせまじきため又/塵(ちり)
ふせぎなり
○書鎮(しよちん)は風(かぜ)ふくときの書
おさへなり文鎮(ぶんちん)とも圧(あつ)【壓】書(しよ)
ともいふ
○圧(あつ)【壓】尺(しやく)は卦筭(けさん)なり具足(ぐそく)
の草摺(くさずり)を卦筭(けさん)といふかた
ちににたれは卦筭(けさん)といふ
○水滴(すいてき)みづいれは硯(すゞり)のみづいれ
なり玉蟾蜍(きよくせんぢよ)ともいふ蟾蜍(ひきがへる)
【右頁下段】
香(かう)
爐(ろ) 《割書:香鼎  香猊(かうけい)|香鴨(かうあう)  香毬(かうきう)》

香(かう)
盒(がう)

線(せん)
香(かう)

香(かう)
案(あん)    筋瓶(ちよびやう)
【左頁上段】
のかたちにつくる水いれ也
又/硯滴(けんてき)ともいふ
○爪杖(さうじやう)は掻杖(さうじやう)ともいふ麻(ま)
姑(こ)といふ仙女(せんぢよ)の手(て)鳥(とり)の爪(つめ)
のごとしよつて麻姑(まご)の手(て)
○筆架(ひつか)は筆(ふで)もたせなり
筆格(ひつかく)筆峰(ひつほう)筆山(ひつさん)とも云
○界方(かいはう)は今(いま)いふ樋定木(ひでうぎ)
なり
○眼鏡(かんきやう)はめがねなり靉靆(あいたい)
ともかくなり
○燭台(しよくだい)は蝋燭(らうそく)たてなり又
燭架(しよくか)ともいふかたちさま〴〵
かはりあり
○燭奴(しよくど)はらうそくたてに人(にん)
形(ぎやう)あるをいふなり
【左頁下段】
薫(くん)
籠(ろう)
《割書:ふ|せ|ご》    佩香(はいかう) 《割書:にほ|ひ| の|たま》

毬杖(きうちやう)《割書:ぎつちやう》

空鐘(くうしやう)
《割書:たう| こま》

投壺(とうこ)《割書:つぼなげ》

香(かう)
餅(べい) 《割書:たどん》
【上欄書入れ】104 
【柱】頭書増補訓蒙図彙八         八

    【柱】頭書増補訓蒙図彙八         八
【右頁上段】
○燈(とう)は灯(とう)同し燈盞(とうさん)はあぶ
らつき燈心(とうしん)は燈柱(とうしゆ)ともいふ
燈花(とうくは)はちやうじかしら
○燈檠(とうけい)は長檠(ちやうけい)あり短檠(たんけい)
あり灯台(とうだい)といふもありまた
灯架(とうか)といふ
○燭剪は今いふしんきりなり
○油瓶(ゆへう)は今(いま)いふあふらさし
なり又/油注(ゆちう)ともいふ
○燈籠(とうろう)は燭篭(しよくろう)とも灯毬(とうきう)と
もいふ又/灯篝(とうこう)ともいふ
○挑燈(ちやうちん)は丸(まるき)を俗(ぞく)に酸槳(ほうづき)挑(ちやう)
灯(ちん)といふ紗(しや)にて張(はり)たるを
紗篭(しやらう)といふ
○方燈(はうとう)は今(いま)いふ行燈(あんとう)なり四
方なるゆへ方燈(はうとう)といふ紗(しや)にて
【右頁下段】
爆竹(はくちく)《割書:さぎちやう》    竹馬(ちくば)《割書: | | |たけ| む|  ま》

紙(し)
 鳶(ゑん)
《割書:いかの|  ぼり》    木偶(もくぐう)《割書:にん|   ぎやう》

風車(ふうしや)《割書:かざ|  ぐる|   ま》    陀螺(だら)《割書:ぶしやうご|     ま》

【左頁】
○はるを紗篭(しやろう)といふ○提燈(ていとう)は今(いま)いふ挑灯(ちやうちん)なり懸火(けんくは)ともいふ○烟火(えんくは)ははなびなり花炮(くはほう)
ともいふ地鼡(ちそ)花兒(くはじ)流星(りうせい)走線(そうせん)なとの名あり○柏(はく)【訓蒙図彙では「拍」】板(はん)は今(いま)いふびんざゝらなり又/柏(はう)【訓蒙図彙では「拍」】子(し)と
もいふ○香炉(かうろ)は薫炉(くんろ)ともいふ又は香(かう)晢(てい)【鼎ヵ】香猊(かうけい)香鴨(かうあう)などの名(な)ありかたちによつて名
のかはりあり香毬(かうきう)は俗(ぞく)にまはり香炉(かうろ)○香毬(かうきう)はてまりのごとくなるをいふまはり香炉(かうろ)なり
鴨(かも)のかたちにつくりたるを香鴨(かう〳〵)といふ○香盒(かうがう)は香(かう)ばこなり漆盒(しつかう)磁盒(じかう)および金銀(きん〴〵)銅(どう)
錫(しやく)等(とう)にてつくる○香案(かうあん)は今(いま)いふ卓(しよく)なり又は香几(かうき)といふ○線香(せんかう)は線(せん)はいとすじとよむ
いとすじのごとくなる香(かう)なり炷香(しゆかう)ともいふなり南京(なんきん)よりきたる○筋瓶(じよへい)はひばし
をさすものなり火筋(ひばし)をこぢといふ火筋(こぢ)をさしはさむものなりと○薫籠(くんろう)は今(いま)
いふせごなり又/火篭(くはろう)とも衣篝(いかう)ともいふ○佩香(はいかう)は今(いま)いふにほひのたまなり腰(こし)
におぶるものなり香嚢(かうのう)はにほひぶくろ○毬杖(きちやう)は蚩尤がかうべにかたどりて正月にうつ
なり玉毬春(たまきはる)ともいふ○空鐘(くうしやう)はとうこまなり独楽(とくがく)ともいふ小児(せうに)のもてあそびもの
なり○香餅(かうへい)は今(いま)いふ炭団(たんどん)なり又は炭餅(たんへい)ともいふ火(ひ)いけなり又/炭墼(たんげき)とも炭麟(たんりん)
ともいふ○投壺(たうこ)はもろこしの射法(しやほう)なり壺(つぼ)に矢(や)をなげいるゝ事(こと)なり○爆竹(はくちく)
は竹(たけ)の火(ひ)にもゆる声(こゑ)このこゑをきゝて役鬼(えきき)おそるとよつて年(とし)のはしめに
爆竹(さぎちやう)すとなり又/天竺(てんぢく)より中国(ちうごく)へ仏経(ぶつきやう)わたりしとき仏経(ぶつきやう)を左(ひたり)道経(どうきやう)を
右(みぎ)にをき火(ひ)をかけたれば仏経(ぶつきやう)やけずよつて左(さ)の義長(ぎちやう)ずるとて左義長(さぎちやう)ともいへり
【上欄書入れ】105 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙八         九

    【柱】頭書増補訓蒙図彙八         九
○竹馬(ちくば)はわらんべのたわむれなりいとけなきときの友(とも)を竹馬(ちくば)の友といふなり
○紙鳶(しゑん)はいかのぼりなり紙鴟(しし)風鳶(ふうゑん)ともいふ声(こゑ)あるを風筝(ふうさう)といふ○木偶(もくくう)は木(き)にてつくりたる人形(にんぎやう)をいふ土(つち)にてつくりたるを土偶人(どくうじん)といふ紙(かみ)にてつくりたるを紙偶人(しくうじん)と云
○風車(ふうしや)はかざぐるまなり○陀螺は今いふぶしやうごまなり辺土(へんど)の小児(しやうに)のもてあそぶもの也

頭書増補訓蒙図彙(かしらがきぞうほきんもうづゐ)巻之九
  器用(きよう) 《割書:注(ちう)前(まへ)に見(み)へたり》
【上段】
○幢(とう)は翳(ゑい)なり旗(き)旂(き)のた
ぐひなり楚(そ)には幬(とう)といふ
關(くわん)の東西(とうせい)には幢(とう)といふ
○銅雀幢(とうしやくとう)は幢(はた)のかしら
に雀(すゞめ)を銅(あかゞね)にてつくりたる
なり此(この)幢(はた)にてまねくとき
ははやくきたること雀(すゞめ)のごと
くなりとかや
○幡(はた)は兵家(へいか)に立(たつ)るはたなり
源家(けんけ)は白(しろ)平家(へいけ)は紅(もみ)藤氏(ふぢうち)
は水色(みづいろ)橘家(たちばなけ)は黄色(きいろ)なり
其外(そのほか)は家々(いゑ〳〵)のこのみによるなり
【下段】
幢(とう)《割書:はた》 《割書:羽葆幢(うはうとう)|銅雀幢(とうぢやくとう)》    纛(たう)《割書:はた》

幡(ばん)《割書:はた》 《割書:兵幡(へいはん)|佛幡(ぶつはん)》 
【上欄書入れ】Fasc.5   5  106
    【柱】頭書増補訓蒙図彙九         一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙九         一
○纛(とう)は皂(しろ)【「皂(くろ)」の誤りヵ】糸にてつくる
蚩尤(かうゆう)【元禄八年版では「蚩尤(しゆう)」】が首(くび)ににたり黄帝(くわうてい)
のとき玄女(げんぢよ)これをつくる
○旗(き)ははたの惣名(さうみやう)なりと
黄帝(くわうてい)よりはじまる軍将(くんしやう)
のたつる所なり幟(し)ははた
じるし旈(りう)ははたあしなり
○冑(かぶと)は兜䥐(とうほう)といふ黄帝(くわうてい)
これをつくり給ふ■(しころ)【韋+每。𩊱ヵ】の板(いた)の
数(かず)にて何(なん)■(まい)【韋+每。𩊱ヵ、枚ヵ】冑(かぶと)といふ
○鎧(よろひ)は金物(かなもの)は十三所/上座(しやうざ)上(あげ)
巻(まき)矢返(やがへし)志加(しか)【志加は執加緒の執加(しか)ヵ】の鐶(くわん)水呑(みづのみ)の
鐶(くわん)再幣付(さいはいづけ)等(とう)こと〴〵
くそなはれり故(ゆへ)に具足(ぐそく)
といふ
○鉾(はう)は長(なが)さ二/丈(じやう)兵車(へいしや)に
【右頁下段】
旗(き)《割書:はた》  《割書:幟(し)《割書:はた| じる|  し》》

冑(ちう)
《割書:かぶと》

鎧(き)《割書:よろ|  ひ》

鉾(ほう)《割書: |ほこ》
鎗(さう)《割書:やり》
鈇(ふ)《割書:をの》
鉞(ゑつ)《割書:まさ| かり》
【左頁上段】
たつるものなり矛(はう)同
○鎗(やり)は応仁(おうにん)分明(ぶんめい)の比(ころ)より
つくり始(はじめ)たり唐(もろこし)にては黄(くわう)
帝(てい)蚩尤(しゆう)たゝかひの時(とき)始(はじま)る
○鉞(ゑつ)は斧(をの)の大(おほい)なるものなり
重(おも)さ八/斤(きん)あり柯(え)大なり
○刀(かたな)は黄帝(くわうてい)首山(しゆさん)の銅(あかゞね)を
とつて始(はじめ)て鋳(い)て刀(かたな)とす
○短刀(たんたう)は能太知(のだち)今(いま)いふわき
ざしなり
○楯(たて)は榎木(ゑのき)樟木(くすのき)等(とう)を
もつて作(つく)るあつさ三四五
寸はゞ一二尺の内外(うちそと)長(ながさ)三
五尺/盾干(しゆんかん)樐(かつ)【訓蒙図彙では「樐(ろ)」】牌(はい)並同
○柄(へい)は剣(けん)【劔】頭(とう)なりつかといふ
鎗(やり)長刀(なぎなた)にてはゑといふなり
【左頁下段】
刀(たう)《割書:かたな》《割書:長刀《割書:ながたち》|短刀《割書:のだち》》

楯(しゆん)《割書:たて》

柄(へい)《割書: |ゑがら》
《割書:つか  から|え   かひ》

䂎(さん)《割書:いし| づき》
《割書:鐏《割書:そん》|䥞(けう)【訓蒙図彙は「鐓(たい)」】》

戈(くわ)《割書:ほこ》
戟(げき)《割書:ほこ》
【上欄書入れ】107
    【柱】頭書増補訓蒙図彙九         二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙九         二
【右頁上段】
桿(かん)同
○鐏(そん)は柄(え)の底(なみ)【そこヵ】の鋭(するど)なるを云
○鐓(たい)は柄(え)の底(なみ)【そこヵ】の平(たいら)なるを
いふともにいしつき
○戈(くは)は双(ならび)たる枝(ゑだ)あるを戟(げき)と
し単枝(ひとつゑだ)を戈(くは)といふ
○戟(けき)は両辺(りやうへん)へよこに出(いで)たる刃(やいば)
長(なが)さ六/寸(すん)中(なか)の刃(やいば)長(なが)さ七寸
半(はん)よこの刃(やいば)柄(え)にまじはる
所/長(ながさ)四/寸(すん)半(はん)ひろさ寸(すん)半(はん)
○剣(けん)【劔】は葛天盧(かつてんろ)の山(やま)をあばひ
て金(きん)を出(いだ)す蚩尤(しゆう)うけて
剣(けん)【劔】をつくるこれ剣(けん)【劔】のはじ
めなり
○鞘(さや)は鞩(さや)とも遰(さや)とも書(かく)べし
刀室(とうしつ)なり𩏪(たく)【韋+睪】䪝(ご)はをひとり
【右頁下段】
劔《割書:けん|つるぎ》

鐔(たん)
《割書:つば》

鞘(せう)《割書: |さや》

𣠽(は)【木+覇】
《割書: つか》

矢(し)《割書: |や》  靫(た)《割書:うつ|  ぼ》  鏃(ぞく)《割書:|やじり》
【左頁上段】
鏢(へう)はこじり
○鐔(たん)は剣(けん)【劔】鼻(び)人(ひと)のにきる所
の下にあるよこに出るもの也
鍔(がく)同
○𣠽(は)【木+覇】は杷(つか) 柄(つか)同/琫(こいぐち)【鯉口】鐺(こじり)栗(くり)
形(かた) 切羽(たつは)【せつはヵ】 反角(かへりつの) 裏瓦(うらのかはら)
○矢(や)は牟夷(はうゐ)といふ人/初(はじめ)てつくる
箭(せん)同/矢(や)はたけ三/尺(しやく)羽(は)六/寸(すん)
箆(の)簳(から)筈(はづ)
○鏃(やじり)は鏑根(やしりね)等(とう)の名(な)あり
そのほか雁(かり)【鴈】また蟇目(ひきめ)猪(ゐの)
目(め)等(とう)あり
○靭(うつぼ)【靱】は箭(や)をもる室(いへ)なり又
箭(や)を入(いる)る所を空(うつ)といふ上(うへ)に
穂(ほ)を付(つけ)たるゆへ空穂(うつぼ)と云
○平(ひら)箙(やなぐひ)はかたち平(たいら)なるゆへ
【左頁下段】
箙(ふく)《割書:やなぐひ》  《割書:つぼやなぐひ》
《割書:ひら| やなぐい》  《割書:ゑびら》

垛(た)
《割書:あ|づち》

的(てき)
《割書:ま| と》

韝(こう)《割書:ゆごて》

韘(てう)
《割書: ゆがけ》

弓(きう)《割書:ゆみ》
《割書:   彇(ゆはづ)弣(ゆづか)弦(ゆづる)幹(ゆがら)弓袋(ゆぶくろ)》

銃(しう)
《割書:てつ|は| う》
【上欄書入れ】108
    【柱】頭書増補訓蒙図彙九         三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙九         三
【右頁上段】
の名(な)なり弓矢(ゆみや)を入(いる)る
ものなり
○壺箙(つぼやなぐゐ)は弓矢(ゆみや)をもる物
なりかたち壺(つぼ)のごとくな
るゆへつぼやなぐゐと名(な)
づくゑひらともいふ
○箙(ゑびら)は弓矢(ゆみや)をもるうつは
物(もの)なり獣皮(けだものゝかわ)をもつてつく
る胡籙(やなぐゐ)も同(おな)じ箙(ゑびら)に矢(や)
をさす事(こと)廿四すぢ又五
筋(すぢ)もさすなり
○弓(ゆみ)は黄帝(くはうてい)つくり始(はじめ)給ふ
日本(につほん)にては神代(かみよ)より始(はじめ)る
○的(まと)は尭(ぎやう)舜(しゆん)のときより
はじまる大的(おほまと)小的(こまと)あり
○𢁿(せい)【巾+正】臬(けつ)同し
【右頁下段】
砲(はう)
《割書:いし| はじ|  き》

長劔(ちやうけん)《割書:なぎなた》

鋼叉(かうさ)《割書:十もんじ》

鐵(てつ)
杷(は)  《割書:つくぼう》

弩(と)《割書:おほ| ゆみ》  火箭(くわせん)《割書:ひや》

鐵鞭(てつへん)《割書:かなむち》
【左頁上段】
○韘(ゆがけ)は的(まと)韘(ゆがけ)は右(みぎ)の手(て)ばかりに
かくるなり三/指(し)にさすは略(りやく)
用(よう)なり弽(せう)同
○韝(ゆごて)は射(いる)とき左(ひだり)の臂(ひぢ)を
つゝむ弦(つる)を利するものなり
捍(かん)同
○垛(た)は的をたつるあづち
なり又/垜(だ)とも書(かく)べし
寸法(すんほう)射家(しやけ)に定(さだまり)あり
○銃(じう)は鉄炮(てつはう)なり鳥銃(てうじう)と
いふ波羅多国(はらだこく)【ナバラ王国】の仏来釈(ぶつらいのしやく)
古(こ)【フランシスコ 】といふものはじめて作(つく)る
○砲(はう)は機(き)をもつて石(いし)を発(はつ)
して城(しろ)をせむるの具(ぐ)なり
○長剣(ちやうけん)【劔】今(いま)いふ長刀(なぎなた)なり
薙刃(なぎなた)【䉜刄】とも偃月刀(なぎなた)眉尖刀(なぎなた)
【左頁下段】
鞍(あん)《割書:くら》    鐙(とう)《割書: |あぶみ》

銜(かん)
《割書:くつ|  わ》
鏕(へう)【鑣(へう)の誤りヵ】
《割書:くつわの|  かゞみ》

鞦(しう)
《割書:しり| がい》

䪊(りう)《割書:おも|がい》    鞭(べん)《割書: |むち》
【上欄書入れ】109 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙九         四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙九         四
【右頁上段】
とも書なり
○鋼叉(かうさ)今(いま)いふ十/文字(もんじ)の鎗(やり)
なり又/鏜釵(とうさ)といふ
○鉄杷(てつは)は釠棒(つくばう)鉄鈀(てつは)同
○弩(と)は黄帝(くはうてい)つくり給ふ又
楚(そ)琴氏(きんし)始(はじめ)てつくるともいへ
り弓(ゆみ)をよこたへ臂(ひぢ)につけ機(き)
をほどこし郭(くわく)をもふけ是(これ)
に加(くはふ)るに力(ちから)をもつてす
○火箭(ひや)は敵(てき)【歒】の陣屋(ぢんや)へ射(ゐ)
てやぐらをやくものなり炮(はう)
樚火矢(ろくひや)大国火矢(たいこくひや)などゝて
あるなり
○鉄鞭(てつべん)は雑色(ざうしき)のもつかな
ぼうなりかなぶちといふ
○鞍(くら)は■(あん)【穴+革。鞌ヵ】同鞍橋(あんきやう)くらぼね
【右頁下段】
韁(きやう)
《割書:たづ| な》    屧脊(せうせき)《割書:はだ| つけ》    障泥(しやうでい)《割書:あをり》

鉗(けん) 《割書: |くび| がね》

枷(か)《割書: |くびかし》    發貢(はつこう)《割書:いし| びや | 》
【左頁上段】
鞍(くら)は三/代(たい)のとき制(せい)す鞍(くら)に
名所(なところ)多(おほ)し今(いま)略(りやくす)_レ之(これを)鞍褥(あんにく)
くらしき鞍被(あんひ)は鞍(くら)おほひ
綏(すい)はしほてなり
○鐙(あふみ)は鐙(あふみ)の頸(くび)逆靻(ちからかわ)をかく
る所を鉸具(かく)といふ頸(くび)の
輪(わ)を鉸具頭(かぐがしら)といふ
○銜(かん)はくゝみ又はくつばみとも
いふ馬銜(ばかん)なり又は馬勒(ばろく)啣(かん)
鉄(てつ)ならびに同し馬口(ばこう)の
うちにあり俗(ぞく)にくゝみと云
○鑣(せう)は馬口(ばこう)のほかにあり俗(ぞく)
にくつわのかゞみといふ又響(きやう)
鉄(てつ)ともいふ轡(ひ)同
○鞦(しりがい)は馬(むま)の尾(を)の間(あいだ)をはさ
むものなり䋺(しう)同/当胸(むながい)【當胷】
【左頁下段】
笞(ち)《割書:しもと》

杖(ぢやう)《割書:つえ》

棒(はう)《割書:ぼう》 《割書:棒|棍(こん)》

吾杖(ごぢやう)

鹿(ろく)
砦(さい)《割書:さかもぎ》    碇(てい)《割書:いかり》
【上欄書入れ】110 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙九         五

    【柱】頭書増補訓蒙図彙九         五
【右頁上段】
腹帯(はらおび)
○䪊(おもがい)は馬(むま)の頭(かしら)をまとふ飾(かざり)
なり又/絡頭(らくとう)とも書(かく)べし
○鞭(むち)は策(むち)筴(むち)同又/檛(むち)と
も書(かく)べし馬(むま)のむちなり
○韁(きやう)は手綱(たづな)なり口(くち)にある
を鞿(き)といふ八/尺(しやく)又は九尺二
三/寸(すん)のものなり
○屧脊(せうせき)は鎧(よろひ)のしたにきる
はだつけなり鉄(てつ)にてつくる
○障泥(しやうでい)は鞍(くら)のかざりなり韂(せん)
𩍲(し)【革+𤕨(爾の異体字)】同/熊(くま)鹿(しか)の皮(かわ)にて作(つく)る
○鉗(けん) 枷(か)ともに罪人(つみひと)を禁(きん)
獄(ごく)する具(ぐ)梏(くびかせ)【てかせヵ。くびかせは鉗・枷等】桎(てがせ)をくはへて
三ツ道具(どうぐ)といふ
○枷(か)はくびかしなり脚械(そくかい)とも
【右頁下段】
輿(よ)《割書: |こじ》

兜(とう)《割書:たご|し》

車(しや)
《割書:きよ》《割書:くる|  ま》    輦(れん)《割書:てぐる|   ま》
【左頁上段】
いふ梏(こう)は手がしなり手械(しゆかい)と
もいふ
○発貢(いしびや)は西漢(せいかん)といふ州(くに)より
つくりはじむ南蛮(なんばん)より房(はう)
酉(いう)といふもの日本(につほん)に献(けん)ず
○笞(ち)はしもとなり杖(じやう)はつえ
なり
○棒(はう) 棍(こん)も棒(ばう)なり
吾杖(ごじやう)は今(いま)いふ切木棒(きりこのばう)也
○飄石(へうせき)は今(いま)いふづんばいなり
又/礫(づん)■(ばい)【礫碆ヵ】とも書(かく)べし
○鹿砦(ろくさい)は■(いばらの)【木+棘。棘ヵ】木(き)なり地(ち)に
うへて人馬(にんば)のあゆみをさま
たげて軍(いくさ)の要害(ようがい)とす
○碇(いかり)は舟(ふね)を鎮(しづ)むる石(いし)なり
といへり𦩘(てい)【舟+定】同(おなじ)いかりなり
【左頁下段】
輞(まう)《割書:おほわ》

輪(りん)《割書:わ》

轂(こく)《割書:こし|  き》

軸(ちく)
 《割書:よ|こ|か|み》

轅(ゑん)
《割書:なが| え》

桊(けん)《割書: |はなぎ》    輻(ふく)《割書: |や》
【上欄書入れ】111 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙九         六

    【柱】頭書増補訓蒙図彙九         六
【右頁上段】
纜(ともつな)𥾣【糸+支】《割書:ひきづな》
○車(くるま)は少昊(しやうかう)のとき牛(うし)を駕(か)
し禹(う)のとき馬(むま)を駕(か)す今(いま)
図(づ)する所は日本(につほん)の五緒(ごしよ)
車(くるま)なり天子(てんし)女御(にようご)など乗(のり)
たまふくるまなり
○輦(れん)は天子(てんし)ののり給ふ御(み)
輿(こし)なり御輦(ぎよれん)とも玉輦(ぎよくれん)と
もいふ又/鳳輦(ほうれん)ともいふ
○輿(こし)は手輿(たこし)なり肩(かた)にのせ
かくを肩輿(けんよ)といふ竹(たけ)にて
あみたるを竹輿(ちくよ)といふ今(いま)
いふかごなり
○兜(とう)は手(た)がしなり兜橋(とうきやう)
とも腰輿(ようよ)ともいふ和尚(おしやう)上人(しやうにん)
国師(こくし)禅師(ぜんじ)などのる輿(こし)也
【右頁下段】
軛(やく)
《割書:く| び|  き》    棧車(さんしや)《割書:に|くる| ま》
籃輿(かんよ)【らんよヵ】《割書: |あん|  だ》    柁(た)《割書: |かぢ》
㯭(ろ)
棹(たう)《割書:かい》 
【左頁上段】
○輞(まう)は車(くるま)の輪(わの)外(そと)のかこみ
なり大輪(おほわ)なり輮牙(しうか)と云
○輪(わ) 車輪(しやりん)は古(いにしへ)の聖人(せいじん)轉(てん)
蓬(ほう)を見(み)て車(くるま)をつくる
○轂(こしき)は輻(や)の湊(あつまる)所/轂口(こくこう)の錧(てつ)
をは釭(こう)といふ
○軸(ぢく)は車(くるま)の輪(わ)をもつもの
なり轄(かつ)はくさひなり
○轅(ながへ)は車(くるま)の前(まへ)の曲(まがり)たる木(き)を
いふ輈(しう)同
○桊(けん)は牛(うし)の鼻(はな)をつらぬく
ものなり牶(けん)■(けん)【龹+石+廾。𢍕[卷+廾]ヵ】並同
○輻(や)は轂(こしき)につく三十の木(き)也
○軛(やく)は牛(うし)の頸(くび)にかゝる所なり
軛(やく)衡(かう)ならびに同
○桟車(さんしや)今(いま)いふにぐるまなり
【左頁下段】
艇(てい)
《割書:を|ぶね| |はや|ふね》

檣(しやう)《割書: | |ほばし|   ら》    帆(はん)《割書:ほ》    艜(たい)《割書: |ひらた》

舶(はく)
《割書:ふ| ね》

舟(しう)
《割書: ふね》
【上欄書入れ】112 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙九         七

    【柱】頭書増補訓蒙図彙九         七
【右頁上段】
役車(えきしや)を車なり
○籃輿(かんよ)【らんよヵ】は今(いま)いふあんだ
あをだなり箯輿(べんよ)竹輿(ちくよ)
同し
○柁(だ)は舟(ふね)のかぢなり柁(だ)舵(だ)
同又/櫂(かぢ)とも書(かく)べし
○㯭(ろ)は櫓並同/縦(たて)に用(もちゆる)を
櫓(ろ)といふ横(よこ)に用(もちゆる)を槳(かぢ)と云
ともに舟具(ふねのぐ)なり
○棹(かい)【左ルビ「さほ」】は舟(ふね)をやる物なり篙(さほ)
おなじ
○舟(ふね)は黄帝(くはうてい)の二/臣(しん)共鼓(くはうく)
貨狄(くはてき)舟(ふね)をつくる又/虞姁(ぐこう)舟(ふね)
をつくる又/伯益(はくえき)つくる工倕(こうすい)
つくるとまち〳〵説(せつ)おほし
○艇(てい)は船(ふね)のちいさくして
【右頁下段】
筏(はつ)《割書: |いかだ》

《割書:わた|し| ぶ|  ね》
野(や)
航(かう)

篷(ほう)
《割書:と| ま》

番(ばん)
 舶(はく)
《割書:ゑびす|  ぶね》
【左頁上段】
長(ながき)をいふ又二百/斛(こく)以上を
艇(てい)といふ舸同
○舶(はく)は海中(かいちう)の大船(たいせん)なり
市舶(しはく)商人ぶね米ぶね也
○艜(たい)も小船(しやうせん)なりひらたふ
ね船(ふね)ちいさくしてふかき物
舼(きよう)ともいふ俗にたかせといふ
○帆(ほ)は舟上(しうしやう)の幔(まん)なり風(かぜ)に
したがひて船(ふね)をうかむるもの
なり帆維(はんい)はほなはなり
○檣(しやう)は桅(き) 帆竿(はんかん)ともに同
ほばしらなり○篷(とま)は𥴣(とま)【竹冠に艂】同/竹(たけ)ををりて箬(たけ)をあみて船(ふね)をおほふものなり
○野航(やかう)は小船(しやうせん)なりわたしぶね舴艋(そもう)【さくもうヵ】同○筏(いかだ)は竹(たけ)を編(あむ)をいふ水(みづ)をわたるものなり木を
■(ひ)【篺(ひ)ヵ𥴖(べ)[竹冠に椑(ひ)]ヵ】といふ竹(たけ)を筏(ばつ)といふ桴(ふ)同○番舶(はんはく)は南蛮(なんばん)ふねなり○軌(き)【䡄】はくるまのよこ木なり
○轄(くさび)は車の輪(わ)にあるものなり
○車蓋(しやかい)は車(くるま)のやかたなり■(こう)【𨎐(ち)ヵ】同一に黄屋(くわうをく)ともいふ蓋(かい)はきぬがさなり
【左頁下段】
車蓋(しやかい)《割書:くるまの|  やかた》    轄《割書:くさび》

《割書:くるまの| よこ|   ぎ》
䡄(き)
【上欄書入れ】113 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙九         八

頭書(かしらがき)増補(ぞうほ)訓蒙(きんもう)図彙(づゐ)巻之十
  器用(きよう) 《割書:注(ちう)前(まへ)に見(み)へたり》
【上段】
○犂(り)からすき
◦轅(えん)はとりくひ俗(ぞく)に是(これ)を
ねりといふ◦底(てい)はのきり【「のきり」は訓蒙図彙「ゐさり」】
俗(ぞく)にこれをとこといふ
◦梢(せう)はをひたて◦箭(せん)はたゝ
りがた◦槃(はん)はしりがせ
○鑱(さん)は犂(からすきの)鉄(かね)なり
○鐴(へき)は犂(すきの)耳(みゝ)なり
○耙(は) むまぐは 䎱(は)同
耖(さう)耙(は)なり 馬杷(ばは)同
【下段】
犂(り)《割書: |から| すき》
梢《割書:おひ| たて》  箭(たゝりかた)  底(とこ)  轅(ねり)
槃(はん)
《割書: しり|  がせ》
鐴(へき)《割書: からすきの|  へら》
鑱(さん)《割書:からすきの|    さき》

耙(は)《割書:むまくは》  䎱(は)同

鐮(れん)《割書: | |かま》
【上欄書入れ】114 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙九         八

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         一
【右頁上段】
○鎌(れん)【鐮】はかま 鍥(かま)なり
新月(しんけつ)似(にたり)_レ磨(みがくに)_レ鐮(かまを)と杜甫(とほ)
が詩(し)にもつくれるなり
○鍤は鍫(くは)なり
𦥛(さう)【臿】 𠚏(さう)【「臿」の臼の中央にある「一」を「人」に替る】 鍫(せう) 鍬(せう)ならび
に同じ
○钁(くわく)な大鉏(おほすき)なり
農具(のうぐ)は黄帝(くはうてい)これを
つくり始(はじめ)て民(たみ)におしへ
て田地(でんぢ)をうへしめ給ふ
鐯(ちやく) 钃(そく)ならひに同
○鎛(はく)はこぐはなり
【右頁下段】
鍤(さう)
《割書:く| は》

钁(くわく)
《割書:す| き》


《割書:こぐ| は》

鏟(さん)
《割書:こず| き》

櫌(いう)
《割書:つち| わり》

朳(はつ)
《割書:え|ぶり》
【左頁上段】
これはせまき田地(でんぢ)の草(くさ)
をさる具(ぐ)なり
○鏟(さん)はやすりなり
杴(けん)をこずきとよむ杴(けん)は
鏟(さん)のたぐひなり
○櫌(いう)はつちわりなり
耰(いう) 堛(ふく) 槌(つい)ならびに同じ
◦櫌(いう)は塊(つちくれ)をうつ槌(つち)なり又
田(た)を摩(する)器(き)なり
○杷(は)は田具(でんぐ)なり麦(むぎ)を
おさむる器(き)なりこまざら
ひなり木(き)にてつくる
【左頁下段】
杷(は)《割書:さら|  ひ》
《割書:こま| さら|  ひ》
竹(ちく)
杷(は)

鉄(てつ)
搭(たう)
《割書:く|ま|で》

木(もく)
杷(は)

杈(さ)
《割書:また| ぶり》


 叉

輭(せん)
擔(たん)



【上欄書入れ】115
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         二
【右頁上段】
○鉄搭(てつたう)は塔(たう)はつくともかゝると
もよむ俗(ぞく)にくまでといふ
○竹杷(ちくあ)はこまさらひといふ木(この)
葉(は)をかくものなり竹(たけ)にて作(つく)る
○朳(はつ)は㭭(はつ)同えぶりなり朳(はつ)は
杷(さらひ)に歯(は)なきものなり土(つち)を
かきよするものなり
○檐(たん)はになふなり背(せなか)を負(おふ)と
いふ荷(になふ)を檐(たん)といふ檐杖(たんしやう)輭(せん)
檐(たん)はやまあふご匾擔(へんたん)はたび
あふごなり
○杈(さ)は岐枝木(またゑだのき)なりまたぶり
○蓑(さ)は雨衣(うい)なり田夫(でんふ)の服(ふく)也
みのなり
○笠(かさ)は箬笠(たけのこがさ)なり天(てん)のかた
ちは笠(かさ)のごとしよつて敗(やぶれ)笠
【右頁下段】
蓑(さ)
《割書:み| の》

笠(りつ)
《割書:かさ》    籠(ろう)《割書:かご》
畚(ほん)《割書: |ふご》    簣(き)《割書: | |あじ| か》
篠(でう)《割書: | |あじ|   か》

《割書: からさほ》
連(れん)
耞(か)
【左頁上段】
を破天公(はてんこう)といふ
○籠(かご)は土(つち)をあぐる器(うつはもの)なり竹(たけ)
にてつあくる
○畚(ふご)は土(つち)をもる器(うつはもの)なり藁(わら)
にて作(つく)るふごといふ
○篠(あじか)は草(くさ)を去(すつる)うつはものなり
わらにてつくる
○蕢(あじか)は土(つち)をもるかごなり
竹(たけ)にてつくる
○連耞(からさほ)は麦(むぎ)粟(あわ)などをうち
て穂(ほ)をくだく具(ぐ)なり
○礱(ろう)はもみすりうすなり土(つち)
あるひは木(き)にてつくる䉪(らい)
礧(らい)ならびに同し
○磨(うす)はみがくともするとも
よむよくすりみがきて精(くはしく)す
【左頁下段】
銀(ぎん)
剪(せん)
《割書:かな|ば|さ| み》

石(せき)
鏨(せん)
《割書:いしきり|  のみ》

礱(ろう)《割書:すりうす》    磨(ま)《割書:いしうす》

榨(さ)
《割書:うちひ》

碓(たい)
《割書: から|  うす》
【上欄書入れ】116 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         三
【右頁上段】
るなりすりうすなり䃺(ま)磑(ぎ)
いしうす𠏉(かん)【龺+余。訓蒙図彙は「榦」、異体字ヵ】はひきゞなり
○銀剪(ぎんせん)ははさみなり俗(ぞく)に
こみばさみといふ夾剪(けうせん)同 
○榨(うちひ)は醡(さ)と同(おな)し酒(さけ)又は油(あぶら)
をしぼる具(ぐ)なりしめ木(ぎ)なり
○石鏨(せきせん)は石(いし)をきるのみなり
石匠(せきしやう)これをもつ
○碓(からうす)は宓犧(ふつき)杵(きね)臼(うす)を制(せい)す後(のちの)
世(よ)に巧(たくみ)をくはへ身(み)を借(かり)て碓(からうす)
をふむ利(り)十/倍(ばい)す
○機(き)ははたなり織(をる)なり経(たて)
をもつものを榺(ちきり)といふ緯(ぬき)
をもつものを杼(をさ)といふ椱(いしあし)【いのあしヵ】
卧機(くつむき)【くつびきヵ】機躡(まねき)
○綜(そう)は機(はた)をおるへ【遍】なりまた
【右頁下段】
機(き)《割書:はた》   綜(そう)《割書: | |へ》   杼(ちよ)《割書:ひ》   筬(せい)《割書: | |を| さ》
筟(ふ)《割書:くだ》   篗(わく)

 績(せき)
纒(てん)
《割書: へ|  そ》

《割書:つ| む》紡(はう)錘(すい)
【左頁上段】
紉綜(じんそう)【綜絖ヵ】とも書(かく)べし
○杼(ちよ)はひなり梭(さ)同/機(はた)を織(をる)
とき緯(ぬき)をもつものなり
○筬(せい)はをさなり紉梳(しんじよ)同し
簆框(こうきやう)は今いふおさかまち
○筟(ふ)は筳(てい)と同/繀(さい)はくだいと
○篗(わく)は籰(わく)𧤽(わく)【角+閒】榬(わく)同し
わくの柄(え)を柅(ぢ)といふ又/檷(ぢ)
鑈(ぢ)ならひに同
○績纏(せきでん)は苧(お)をうみためて
丸(まる)くまきたるが臍(へそ)のごと
くなるより名(な)づく
○紡錘(はうすい)はつむなり又は楇(くは)
とも瓦(くは)とも書(かく)へし
○撥柎(はつふ)はわくのめくり舞(まふ)
ものなり蟠車(はんしや)とも撥車(はつしや)
【左頁下段】
撥(はつ)
柎(ふ)《割書:まひ|  ば》

絡柅(らくち)
《割書:たゝ|  り》

績桶(せきとう)
《割書:おご|  け》

布機(ふき)
《割書: しも|   はた》
【上欄書入れ】117 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         四
【右頁上段】
ともいふ
○絡柅(たゝり)は糸(いと)をくる台(だい)なり
絡垛(たゝり)とも書(かく)なり
○布機(ふき)は布(ぬの)をおるはたなり
機(はた)に上(かみ)はた下(しも)はたあり
これは下はたなり
○績桶(せきとう)はをおけ【苧桶(おぼけ)ヵ】なりあやま
りておごけといふ茶釜(ちやがま)を
ちやまがといふたくひなり
○繰車(さうしや)は蚕(かいこ)をにて糸をとる
具(ぐ)なり繅車(さうしや)同又/縿車(さうしや)と
も書なり
○蠺連(さんれん)は蚕種紙(さんしゆし)なりかい
ごたねをいふ
○蠺薄(さんはく)は蚕(かいこ)をうくる具(ぐ)
なり筁(きよく)同じえびら
【右頁下段】
繰(さう)
車(しや)
《割書:おほ| が》

蠶(さん)
薄(はく)《割書:えびら》

蠶連(さんれん)
《割書:かひこだね》

繀(さい)
 車(しや)
《割書: ぬきかぶり》
【左頁上段】
○繀車(さいしや)は糸(いと)を筟(わく)につくる
具(ぐ)なり緯車(いしや)同
○紡車(はうしや)は糸(いと)よりくるま也
綿筒(めんとう)を俗(ぞく)にあめといふ
○攪車(かうしや)は木綿(きわた)をくりて
核(さね)を攪(かき)とる車なり
○搗砧(とうちん)はきぬ巻(まき)をうつを
いふ卧杵(くはしよ)はよこづちなり
○火熨(くはい)は火(ひ)をもつてしは
を熨(のす)なり鈷䥈(こまう) 鈷鉧(こもう)な
らびに同し
○針(はり) 物(もの)ぬふと病(やまひ)を治(ぢ)する
と同(おなし)く通(つう)じ用(もち)ゆ医者(いしや)鍼(はり)
をもつて病(やまひ)を治(ぢ)すよつて人(ひと)
をいましむるを箴(しん)といふ視(しの)
箴(しん)聴箴(ていのしん)のごとし
【左頁下段】
紡(はう)
車(しや) 《割書:いとより| くる|   ま》

攪(かう)
車(しや) 《割書:き|わた|くり》

搗(たう)
砧(ちん)
《割書:きぬた》

火(くわ)
熨(い)
《割書:ひのし》 《割書:ひ|の|し》

針(しん)
《割書: は|  り》
【上欄書入れ】118 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         五

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         五
【右頁上段】
○矩(く)は方(けた)【かたヵ】なるをつくるもの也
匠人(しやうじん)の具(ぐ)なり曲尺(きよくしやく)なりま
がりがねといふ
○規(き)は円(まとか)なるをつくるもの也
俗(ぞく)にいふぶんまはし
○準(じゆん)【凖】は水(みづ)をもつて高下(かうげ)をは
かるものなり水(みつ)もりさげず
み垂準(すいじゆん)同じ
○縄(じやう)はなわを引(ひい)て物(もの)の高下(かうけ)を
はかるものなり番匠(ばんしやう)のもつ
すみつほなり墨斗(ぼくと)といふ
○/𣖯(しん)【木偏に竹+心】は竹筆(ちくひつ)なり䈜(しん)同じ
番匠(ばんしやう)のすみさしなり
○釿(きん)は手斧(てをの)なり
○鐁(し)は木(き)を平(たいらか)にするものなり
つき鐁(かんな)やり鐁(かんな)あり
【右頁下段】
矩(く)《割書:まがり|  がね》

鐁(し)
《割書: かな》
    《割書:やり| がん|   な》

釿(きん)
《割書: てを|   の》

規(き)《割書:ふんまは|   し》

準(じゆん)《割書:さげ| ずみ》

鋸(きよ)
《割書:の|こ|ぎ|り》    鉋(はう)《割書: | | |つき| かん|  な》

縄(じやう)
《割書:すみ|つ|ぼ》

𣖯(しん)
《割書:すみ| さし》
【左頁上段】
○鋸(つきかんな)は刀鋸(とうきよ)なり大(おほい)なるを前(まへ)
引(びき)といふのこぎりなり
○鉋(つきかんな)は木(き)を平(たいらか)にする具(ぐ)なり
推刀(すいたう)敲刀(かうたう)同
○鑿(さく)は鏨(のみ)なり三/分(ぶ)鑿(のみ)五/分(ぶ)
のみとてあり刻刀(こくたう)はくはのみ捲(けん)
鑿(さく)はまるの
○錐(すい)は円錐(ゑんすい)はつきとをし方(はう)
錐(すい)は四方(しはう)ぎり
○鑽(さん)は物(もの)をうがつ錐(きり)なりとを
しぎり三ツめぎりといふ
○槌(つい)はうつとよむ又かけや【掛矢・椓撃】といふ
もあり柊楑(さいづち) 椓撃(あいつち)
○鑢(りよ)は摩錯(まさく)の器(き)なりやすり
なり錯鏟(さくさん)ともに同
○鏨(せん)は金石(きんせき)をきるたがねなり
【左頁下段】
鑿(さく)
《割書:の| み》

鑽(さん)
《割書:き| り》

錐(すい)
《割書:き| り》
《割書:四| 方|き|り》

《割書:椓撃(たくげき)《割書:あいづち》》   《割書:柊楑(しうき)《割書: | |さい|づち》》
槌(つい)《割書:つち》
《割書:木(もく)|槌》
《割書:こ|づち》

鑢(りよ)
《割書:やすり》

鏝(まん)
《割書:こて》

鏨(せん)《割書: |たがね》    鎚(つい)《割書:かな| づち》
【上欄書入れ】119 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         六

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         六
○鏝(まん)は壁(かべ)をぬる具(ぐ)なり釫(う)
杇(う)【𣏓。偏「木」+旁「亐」】圬(う)同(おな)じこてなり
○鎚(つい)は金槌(かなづち)なり
○鋏(けう)はかなばさみ火鉗(くはけん)火鈐(くはげん)同
○鑕(しつ)は鉄砧(てつちん)なり鉄鍖(てつちん)鉄鉆(てつちん)
同かなしきなり
○削刀(さくたう)は小刀(こがたな)なり
○裁刀(さいとう)図(づ)のごとしものたちこが
たななり
○鐇(はん)は刀斧(とうふ)なり斧(よき)の刃(は)ひ
ろきなり
○斧(をの)は神農(しんのう)始(はじめ)てつくり給ふ
木(き)をきる具(ぐ)なり柯(か)はをのゝ柄(え)
○釘(てい)はくぎなり物(もの)にうつて
はなるゝを閉(とづ)るものなり
○楔(せつ)は木釘(きくぎ)なり又/栓(せん)といふ字(じ)
【右頁下段】
鋏(けう)
《割書:かな|ば|し》    鑕(しつ)《割書:かな|しき》

《割書:こが|た| な》
削(さく)
刀(たう)
《割書: |ものたちがたな》裁刀(さいとう)

鐇(ばん)
《割書:まさ| かり》     斧(ふ)《割書: |をの》    釘(てい)《割書:  | |くぎ》《割書:浮漚釘(ふをうてい)|砲頭丁(はうとうてい)》   楔(せつ)《割書:くさ| び》
【左頁上段】
の音(こゑ)をもつてよぶ
○索(さく)は大(おほひ)なるを索といひ小(すこしき)
なるを縄(じやう)といふ
○浮漚釘(ふをうてい)はのがたのくぎなり
俗にいふくわんかう鐶甲(くわんかう)なり
砲頭丁(はうとうてい)は俗(ぞく)にいふべう
○堝(くわ)はるつぼなり坩堝(かんくわ)とも云
壦(けん)同/型(けい)模塑(ほさく)は並(ならび)にいかた
○鞴(ふいかう)は槖籥(たくやく)とも書(かく)べし蹈(たう)
鞴(はい)はたゝら
○橛(けつ)は木段(もくたん)なり杙(くゐ)なり橜(けつ)
樁(さう)ならびに同くゐなり
○鉸具(かうぐ)は蝶(てふ)つがひ鐷(えう)■(えう)【偏「金」+旁「棄」】同
○釣鉤(てうこう)はつりばりなり釣(てう)
竿(かん)はつりざほ釣線(てうせん)はつりいと
餌(じ)はゑ泛子(はんし)はうけなり
【左頁下段】
索(さく)《割書: | |なは》    堝(くわ)《割書:る|つぼ》    鞴(はい)《割書:ふい| がう》

橛(けつ)《割書: |くひ》    鉸具(かうぐ)《割書: | |てふ|つがひ》

釣鉤(てうこう)《割書: | |つり|ばり》    《割書:たけわ|篾箍(べつこ)|鉄束(てつそく) 《割書: | |かな|  わ》》箍(こ)束(そく)
【上欄書入れ】120
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         七

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         七
○鉄束(てつそく)かなわなり鉄箍(てつこ)同
○箍束(こそく)は桶(をけ)の輪(わ)なり竹に
てつくる篾箍(べつこ)ともいふ
○砧(ちん)はあてなり枮(ちん)碪(ちん)同共
に衣(きぬ)をうつ具(ぐ)なりきぬた
ともいふ
○桔槹(けつかう)ははねつるべなり𣚃(けつ)【偏「木」+旁「絜」】
槹(かう)同し
○轆轤(ろくろ)は水(みづ)をくむ《割書:補》つるべにかく
る具(ぐ)なりくるまきといふ独楽(かま)【こまヵ】
ざいくに轆轤(ろくろ)といふ物(もの)あり
○瓦竇(ぐはたう)かはらにてつくれる樋(ひ)
なり陰溝(いんかう)むめみぞ又/暗溝(あんかう)
とも書(かく)なり
○綿弓(めんきう)は木(き)わたをうつゆみ
なり弓(ゆみ)に唐(たう)ゆみ小弓あり
【右頁下段】
砧    桔槹(けつかう)《割書: | |はねつるべ》

瓦(くわ)
竇(たう) 《割書:か| わ|  ら|   び》
轆(ろく)
 轤(ろ)
 《割書:くるまき》

 《割書:き|わた| ゆ|  み》
綿(めん)
弓(きう)
【左頁上段】
○牽鑽(けんさん)はろくろかな錫(すゞ)又/角(つの)
などをひく物(もの)なり車鑽(しやさん)同
○旋盤(せんはん)は茶碗(ちやわん)天目(てんもく)をつくる
くるまなり釣(きん)均(〳〵)ならびに同
すへものつくりのくるま
○木梃(もくてい)はてこなり鉄梃(てつてい)はかな
てこなり
○攩網(たうまう)は俗(ぞく)にすくひだまと
いふなりながれ川(かわ)の子魚(こうを)を
すくふあみなり《割書:補》たまさでと
もいふ
○弰(さく)【矟ヵ】は鯨(くじら)鼈(すつほん)【鱉】などをつく物(もの)
なりもろこしにては馬上(ばしやう)に
もつほこを弰(さく)【矟(さく・ほこ)ヵ】といふ■(く)【竹冠+由+衣の亠を除く。籗(ひし・たく)ヵ】同
一名(いちめい)魚叉(ぎよさ)といふ
○絞車(かうしや)はまきろくろ大石(たいせき)又は
【左頁下段】
木(もく)
梃(てい)《割書: |てこ》    鉄梃(てつてい)《割書:かなてこ》

牽(けん)
鑽(さん)
《割書:ろくろ|かな》
攩網(たうまう)《割書: | |すくひ| だま》    矟(さく)《割書:やす》

旋(せん)
盤(はん)
《割書:すへ| ものゝ|  ぐ》

絞(かう)
 車(しや)
《割書:まき|ろく| ろ》
【上欄書入れ】121
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         八

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         八
家(いゑ)蔵(くら)堂(たう)などをひくろく
ろなり
○趕網(かんまう)攩網(たうもう)ともに小/魚(うを)を
とる具(ぐ)なり俗(ぞく)に左手(さで)と云
○罾(そう)はうをとるあみなり又
方張(はうちやう)といふ此たぐひのあみ
数品(すひん)あり此(この)図(づ)は四ツでといふ
あみなり
○網(もう)はあみなり庖犧氏(ふつきし)の
つくりはじめ給ふ罟(こ)同し
俗(ぞく)にとうあみ又うちあみと
いふなり
○羅はとりあみなり芒氏(ばうし)
はじめて羅(あみ)をつくる鳥罟(てうこ)也
絹糸(きぬいと)又/麻糸(あさいと)にてつくる也
かすみといふ有又たちこし
【右頁下段】
趕網(かんまう)
《割書:さ| で》

羅(ら)《割書:とり| あみ》

罾(そう)
《割書:よ|つ| で|又|はう|ちや|  う》

囮(くわ)
《割書:おとり》    網(まう)《割書:あみ》
【左頁上段】
○囮(おとり)はなれたる鳥(とり)をつな
いで外(そと)の鳥(とり)をいざなひ来(きた)
らしむるを囮(おとり)といふなり
㘥(くわ) 媒鳥(はいてう)同
○雀竿(じやくかん)は黐竿(ちかん)同ゑさ
しさほなり黐(ち)はとりもち
なり
○笯(ど)はとりかごなり庭篭(にわこ)
丸篭(まるこ)などあり
○炉工台(ろくだい)は釜(かま)をかけて火(ひ)
をたく台(だい)なり俗(ぞく)にをき
へついといふ
○鷹架(たかほこ)は鷹(たか)のとまる
木なり
○弶(りやう)は罟(あみ)をみちにもふけて
狐(きつね)兎(うさぎ)などをとるものなり
【左頁下段】
笯(ど)
《割書:とり|  こ》

雀(じやく)
竿(かん)
《割書:とり|ざ|ほ》

弶(りやう)
《割書: わな》

爐工䑓(ろくだい)

 《割書:たかの|   ほこ》
鷹架(ようか)
【上欄書入れ】122
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         九

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         九
○陥阱(かんせい)おとしあななり
○石篭(せきろう)は水(みづ)ふぜきなり
竹(たけ)を《割書:補》あみかことし中(なか)へ石(いし)を
入て堤(つゝみ)の水(みづ)をよけるもの也
臥牛(くはぎう)ともいふ俗(ぞく)にいふじや
かごなり
○撒網(さんもう)【訓蒙図彙は「さつもう」】は魚(うを)をとるあみなり
罨(あう)罩(さう)同俗にうちあみと云
又とうあみともよぶ
○魚簄(ぎよこ)は海中(かいちう)にて魚(うを)を
とる竹(たけ)なり俗(ぞく)にえり【魞】といふ
魚箔(ぎよはく)なり槮(しん)ふしづけ【柴漬】
○籞(いけす)は池(いけ)のうち《割書:補》又川などに
竹(たけ)がきをあみて魚(うを)をやし
なふものなり簖(たん)同
【右頁下段】
石籠(せきろう)
《割書:じや|かご》    魚簄(ぎよこ)《割書: | |え|り》

撒(さつ)
網(まう)《割書:うち|あみ》

籞(ぎよ)《割書:いけ| す》
【左頁上段】
○翻車(はんしや)は龍骨車(りうこしや)なり
日(ひ)でりのとき田地(てんぢ)に水(みづ)を
とる具(ぐ)なり《割書:補》ひきゝ【低(ヒキ)し 連体形】所(ところ)の水
を高(たか)き田(た)へ入(いる)るに用(もち)ゆ
○筒車(とうしや)はみづぐるまなり
淀河(よどがは)《割書:補》そのほか所々(しよ〳〵)にあり
これもひきゝ所(ところ)の水(みづ)を高(たか)
き田(た)へとるものなり又/水(みづ)の力(ちから)
をかりて米穀(べいこく)をしらげは
たくの具(ぐ)なり
○水筧(すいけん)はかけひ山より水(みづ)を
とるものなり連筒(れんとう)同 梘(けん)
はとゐなり又/槽(さう)につくる
○案山子(かがし)は鳥(とり)おどしなり
人(ひと)かたをつくりて田(た)の中(なか)に
立(たて)て鳥(とり)けだものをおどす物也
【左頁下段】
水筧(すいけん)
《割書: かけひ》

翻(はん)
 車(しや)
  《割書:りう|こつ|しや》

案山子(かがし)
 《割書:とり| おど| し》

筒(とう)
 車(しや)
 《割書:みづ| ぐ| る| ま》
【上欄書入れ】123
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         十

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         十
【右頁上段】
○戽斗(こと)は桶(をけ)になわをつけ
て田(た)へ水(みづ)を入るものなり是(これ)
もひでりのときもちゆる具(ぐ)
なり戽桶(ことう)同
○魚梁(ぎよりやう)は海中(かいちう)に竹(たけ)の簀(す)
を入(いれ)て魚(うを)をとるものなり
罶(りう)同/俗(ぞく)にやなといふこれ
なり筍(じゆん)同
○塘網(たうあみ)は引(ひき)あみといふ《割書:補》大海(だいかい)に
て魚(うを)をとるあみなり方(はう)一里(いちり)
にうけの桶(おけ)をつけて大(おほ)ぜい
の人/引(ひき)よするなり
○榰柱(しちう)は家(いゑ)のゆがみたるを
なをすつかへなり牮(たい)【訓蒙図彙は、牮(せん)】は今(いま)
いふうしなり
○楨幹(ていかん)【𠏉「龺+余」】は両題(りやうたい)を楨(てい)といふ
【右頁下段】
戽(こ)
斗(とう)
《割書:なげ| つるべ》

塘(たう)
 網(まう)
  《割書:ひき| あみ》

魚(ぎよ)
梁(りやう)
《割書:や| な》
【左頁上段】
両傍(りやうはう)を幹(かん)【𠏉「龺+余」】といふついぢいた
なり
○水平(すいへい)はみづばかりなり
水(みつ)なわを引(ひき)て高下(かうけ)を
はかるものなり《割書:補》番匠(ばんしやう)に
もちゆる具(ぐ)なり度竿(とかん)
同じ
○土圭(とけい)は図(と)【圗】景(けい)とも時計(とけい)とも
書(かく)なり昼夜(ちうや)十二/時(とき)を
はかるうつはものなり
《割書:補》しやくどけいといふあり時(と)
計(けい)に大小(だいしやう)あり
○障子(しやうじ)は障(しやう)の字(じ)へだつ
るとよむ風(かせ)をへたてふせく
のこゝろなり子(じ)は付字(つけし)也
あかり障子(しやうし)腰障子(こししやうじ)あり
【左頁下段】
 《割書:つかへ》
榰(し)
柱(ちう)

水(すい)
平(へい)
《割書:みづ| ばかり》

楨(てい)
 榦(かん)
  《割書:ついぢ| いた》
【上欄書入れ】124
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         十一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十         十一
【右頁上段】
○戸(と)はひらき戸(ど)たて戸(と)引(ひき)
戸(ど)妻戸(つまど)あり杉戸(すぎど)まいら
戸(ど)【舞良戸】などその品(しな)多(おほ)くありいら
戸(こ)といふあり
○縄車(じやうしや)はろくろ縄(なわ)幕(まく)の
縄(なわ)なとをよる車(くるま)なり
【右頁下段】
土(と)
圭(けい)

障(しやう)
  子(じ)

戸(と)

縄(じやう)
  車(しや) 《割書:なは| なひ》
【左頁】
頭書(かしらがき)増補(ぞうほ)訓蒙(きんもう)図彙(づゐ)巻之十一
  器用(きよう) 《割書:註(ちう)前(まへ)に見(み)へたり》
【上段】
○屏(へい)は屏風(べうぶ)なり画(ぐは)【畫】屏(べう)
繍屏(しうべう)金屏(きんべう)石屏(せきへう)硯屏(けんへう)
格子屏(かうしへう)あり又/囲(ゐ)【圍】屏(べう)と云
○簾(れん)はすだれ箔(はく)同/翠(すい)
簾(れん)みすなり簾/鈎(かう)はつり
ばりなり
○枕(しん)は珊瑚(さんご)の枕(まくら)瑪瑙(めのふ)の
枕など有/貉枕(かくしん)などゝいふ
もあり
○杌子(ごし)はこしかけなり
○椅子(ゐす)は方椅(はうゐ)あり円(ゑん)【圓】椅(ゐ)
あり交椅(かうゐ)あり椅踏(ゐたう)は今(いま)
【下段】
屏(へい)
《割書:びやう|  ぶ》

簾(れん)
《割書: すだれ》

圍屛(いびやう)
《割書:をり| びやう|  ぶ》

枕(しん)
《割書:ま| く| ら》

杌(ごつ)《割書:こし| かけ》
【上欄書入れ】125
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         一
【右頁上段】
いふ承(ぜう)【𣴎。「羔」のレッカを外して下に「水」】足(そく)なり
○席(せき)はむしろなり筵(ゑん)同
蒲席(ほせき)莞席(くはんせき)竹席(ちくせき)あり
○牀(しやう)は榻(しち)なりゆかともとこ
ともいふ八尺を牀(しやう)といふ身(み)
を安(やすん)ずる物(もの)なり牀几(しやうぎ)
○匜(い)ははんざうなり柄(え)のな
かに水(みづ)のいづる道(みち)あり柄(え)の
半(なか)ばその内(うち)に挿(さしはさ)むよつて
半挿(はんざう)といふ
○盥(くわん)はたらひなり盥盤(くわんはん)
盥盆(くわんぼん)同又/頮(くはん)につくる匝盤(いはん)
はみゝたらひ角盤(かくはん)はつのだらひ
○墩(とん)は腰(こし)かけなり坐(ざ)【㘴】墩(どん)とも
いふ又は草墩(さうどん)といふもあり
○鏡(かゞみ)は天照太神(てんせうだいじん)のかげをう
【右頁下段】
椅(い)
子(す)
《割書:椅(い)|踏(たう)》

匜(い)
《割書:はん| ざう》    

《割書:匜盤(みゝたらひ)》
盥(くわん)
《割書: たらひ》
 《割書:角(つの)|盥(だらひ)》

牀(しやう)
《割書:ゆかとこ》

席(せき)
《割書:む| し|  ろ》

《割書:こしかけ》
 墩(とん)
【左頁上段】
つしてゐ給ふより初(はじま)る今の内(ない)
侍所(しどころ)といふは神鏡(しんきやう)なり手鏡(しゆきやう)
は柄付(えつき)のかゞみ円(えん)【圓】鏡(きやう)はまるかゞみ
鏡奩(きやうれん)はかゞみのすなり
○鏡台(きやうだい)【臺】は鏡架(きやうか)ともいふ又
粧台(さうたい)【臺】ともいふなり今/按(あん)ずる
にかゞみかけ
○粉匣(ふんかう)はおしろいばこなり
○剪(せん)ははさみ剪刀(せんとう)なり
剪子(せんし) 剤刀(せいたう)ならびに同今
按(あん)ずるに夾剪(けうせん)摺剪(らうせん)有
○鑷(でう)はけぬきなり鼻鑷(びてう)は
はなげぬきなり
○笄(かんざし)は女(をんな)の髪(かみ)にさす具(ぐ)
なり楴(てい)同/抿(みん)子かうがい
○櫛(せつ)はくし総名(さうみやう)なり梳(しよ)は
【左頁下段】
鏡(きやう)《割書: |かゞみ》

《割書:鏡架(きやうか)|  かゞみかけ》
鏡(きやう)
臺(だい)

剪(せん)《割書:はさみ》 《割書:摺(らう)|剪|  夾|  剪(せん)》    鑷(てふ)《割書:けぬき》

《割書:おしろいばこ》
粉(ふん)
匣(かう)

笄(けい)
《割書:かんざし|かうがい》

櫛(せつ)
《割書: くし》  《割書:枇(ひ)《割書:ほそぐし》》
《割書:梳|すき| ぐ|  し》   《割書:挿【㮑ヵ】|さ|し|ぐ|し》
【上欄書入れ】126
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         二
すきぐし枇(ひ)はほそぐし挿(さう)
梳(しよ)はさしぐしなり
○髲(ひ)は髢(てい)と同かづらなり
𩫹(しゆ)【髟+巾】 鬠(くわい)もとゆひ
○壺(つぼ)は酒(さけ)をいるゝうつは物也
又/陶(とくり)ともいふ
○樽(たる)は酒(さけ)をいるゝうつはもの
なり木樽(もくそん)あり漆樽(しつそん)あり
瓦樽(くはそん)あり陶樽(たうそん)あり榼(かつ)【かふヵ】同
○瓶(へい)はかめなり水瓶(すいひん)酒瓶(しゆひん)
尿瓶(しひん)あり鉼(へい)同
○注子(ちうし)は水(みづ)さし湯盥(たうくはん)湯(たう)
釜(ふ)に湯(ゆ)のあつきとき水を
うめる具(ぐ)なり
○櫑(らい)は酒(さけ)をいるゝたるなり
雲雷(うんらい)のかたりをゑがくよつ
【右頁げ段】
髲(ひ)
《割書: かつら》    壺(こ)《割書:つぼ》
樽(そん)《割書: |たる》    瓶(へい)《割書:」|かめ》    注子(ちうし)《割書: |みづさし》

櫑(らい)
《割書: もたひ》

盃(はい)
《割書:さ|か|づ| き》    琖(さん)《割書: |ちよく》
【左頁上段】
て櫑といふ
○盃(はい)は盞(さん)ともにさかづき也
𨢩(しやう)【傷の人偏を酉偏に替える】とも書(かく)べし又/鸚鵡盃(あふむはい)
椰子盃(やしはい)瑪瑙盃(めなふはい)など有
○琖(さん)は猪口(ちよく)とも書(かく)なり
○巵(し)はさかづきなり玉巵(ぎよくし)と
いへり𨢩(しやう)【傷の人偏を酉偏に替える】同
○爵(しやく)はさかづきなり爵(すゞめ)は
淫乱(いんらん)なるものなり酒(さけ)を
のめば淫乱(いんらん)なるゆへに
さかづきに爵(すゞめ)をほり付
ていましめとすその盃(さかづき)
を爵(しやく)といふ又/爵炉(しやくろ)【爐】は香(かう)
炉(ろ)のかたち爵(すゞめ)に似(に)たれは
なり
○鼎炉(ていろ)【爐】は香(かう)をたくもの
【左頁下段】
巵(し)《割書:さかづき》    爵(しやく)《割書:すゝめかうろ| さかづき》

鍋(くわ)《割書:なべ》
《割書:鑊(くわく)|鏊(かう)|砂鍋(さくは)》     釜(ふ)《割書:かま》

鼎(てい)
爐(ろ)
《割書:かう| ろ》

鼎(てい)
《割書:あし|か|なへ》

甑(そう)
《割書:こ|し|き》

筋(ちよ)《割書:は| し》   火筋(くはちよ)《割書:ひばし》
【上欄書入れ】127
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         三
【右頁上段】
なり
○鼎(てい)はあしかなへなり五
味(み)を煮(に)和(くわ)するうつはもの
なり方鼎(はうてい)あり円(ゑん)【圓】鼎(てい)あり
○甑(そう)は物(もの)をむすこしき也
鬵(しん)同■(へい)【単のツ冠を竹冠に替える。箄ヵ】はこしきのすだれ
炊巾(すいきん)はこしきぬのなり
○鍋(くわ)大なるなべを鑊(くわく)といふ
あさきなべを鏊(かう)といふ又/砂(さ)
鍋(くわ)はいりかはら
○釜(ふ)はかまなり鬴(ほ)䥖(てん)鍑(ふ)な
らびに同じ瓦釜(ぐわふ)はつち
がまなり
○筋(ちよ)箸(ちよ)櫡(ちよ)ならびに食(しよく)
筋(ちよ)なりはしなり
火筋(くはちよ)は火ばし
【右頁下段】
碗(わん)
《割書:盂(う)| |茶(ちや)|碗(わん)》   《割書:木椀(もくわん)》    碟(せう)《割書:さら》

匙(し)   《割書:薬匙(やくじ)》
《割書:飯(はん)|匙(し)》   《割書:茶(さ)|匙(じ)》   《割書:香(きやう)|匙(し)》   《割書:飯臿(はんさう)| いひ| かゐ》

盤(ばん)
《割書:托(たく)|ちや|だ| い》   《割書:盞(さん)|盤(はん)|さかづき|   だい》   《割書:臺盤(だいばん)》     鉢(はち)
【左頁上段】
○碗は食碗(しよくわん)茶碗(ちやわん)あり木(もく)
椀(わん)磁椀(じわん)あり大なるを盂(う)と
いふ深(ふかき)を甌(おう)といふ今(いま)いふ天(てん)
目(もく)建盞(けんさん)なり
○碟(せう)は土(つち)の皿(さら)を磁碟(じせう)といふ木(き)
の皿(さら)を漆碟(しつせう)といふ碟(さら)は皿(さら)也
又/木(き)ざら楪子(ちやつ)
○香匙(きやうじ)は香(かう)すくひ
○飯匙(はんじ)は律僧(りつそう)禅家(ぜんけ)に
用(もちゆ)るものなり飯(はん)をすく
ひくふ物なり
○茶匙(さじ)は茶杓(ちやしやく)【𣏐。偏「木」旁「夕」】なり
○薬(やく)【藥】匙(じ)は医家(いか)に用(もち)ゆる
茶匙(さじ)なり
○飯(はん)■(さう)【亠+𦥔。元禄八年版は臿の異体字「𦥛」。揷の旁。】は今(いま)いふいゐがひ也
𣠺(さう)【木+簽】同し
【左頁下段】
《割書:じ|き|ろ|う》
盒(がう)

盆(ぼん)《割書:ほ|と|ぎ》   《割書:磁(じ)|盆(ぼん)|さはち》

甕(おう)
《割書:も| たひ》   《割書:瓿(ほう)》

《割書:汲桶(きうとう)《割書:つるべ》》
缶(ふ)
《割書:つるべ》

桶(とう)
《割書: をけ》   《割書:浴桶(よくとう)《割書: |ゆぶ| ね》》   《割書:提桶(ていとう)《割書:てを|  け》》   酒桶(さかをけ)
【上欄書入れ】128
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         四

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         四
【右頁上段】
○盤(ばん)はすべて物(もの)の台(だい)【臺】なり
円(まとか)【圓】なるを盤(ばん)といふしかれ
ども方(けた)なるをも通(つう)じて
盤(ばん)といふ事もあり
○台(だい)【臺】盤(だい)は今(いま)いふ三方(さんばう)なり
○托(たく)は茶碗(ちやわん)天目(てんもく)の台(だい)【臺】也/托子(たくし)
托盤(たくばん)並同又/槖(たく)につくる
○鉢(はち)は仏(ぶつ)【佛】氏(し)の盂(ほとぎ)なり鉄(てつ)
鉢(はち)あり銅鉢(どうはち)あり木鉢(もくはち)有
仏(ほとけ)【佛】のもち給ふは鉄鉢(てつはち)なり
○盞盤(さんばん)はさかづきの台(だい)【臺】なり
○盒(がう)は合子(がうし)なり今いふ食篭(じきろう)
なり本(もと)円(まろ)【圓】き器(うつはもの)なり今は方(けた)に
もするなり
○盆(ぼん)はまるきうつはものゝ名(な)
盎(あう)同/磁盆(じぼん)はさはち【砂鉢】なり
【右頁下段】
槽(そう)《割書:ふね》
《割書:さ|か|ぶ|ね 酒(しゆ)|  槽(そう)》   《割書:む|ま|ぶ|ね| 馬(ば)| 槽(そう)》

竃(さう)
《割書:かま| ど》

杓(しやく)
 《割書:ひ|しや| く》

《割書:筅(せん)|帚(さう)|《割書:さゝ| ら》》
筅(せん)
《割書:ちや|  せん》

篩(し)
《割書:ふ|る|ひ》

火(くわ)
《割書:ひ》
燧(すい)
《割書:ひ|うち》    爐(ろ)《割書:ひ| たき》
【左頁上段】
○甕(おう)もたい■(をう)【雍+厶+巫。訓蒙図彙は「罋」】瓮(をう)■(たん)【偏「金」旁「曇」。罎ヵ】■(たん)【偏「金」旁「曇」。罎ヵ】
共(とも)に同大なるを甕(をう)といひ小(すこしき)なるを
瓿(ほう)と云ともに酒(さけ)を入るつぼなり
○桶(とう)はおけなり提桶(ていとう)は手(て)をけ
浴桶(よくとう)はゆぶね杅同
○酒桶(さかをけ)は五/石(こく)入(いれ)十/石(こく)入ありよく
口(くち)をふうじてたくはふ
○缶(ふ)はつるべなり瓦(かはら)にてつくり
水をくむものなり綆(きやう)つるべなわ
繘(きつ)汲索(きうさく)ならびに同し
○汲槽(きうとう)は木(き)にて作(つく)りたるつるべ也
○酒槽(しゆさう)さかぶねなりこの槽(ふね)に
酒袋(さけぶくろ)を入しぼりて桶(おけ)に入たくはふ
○馬槽(ばさう)はむまふねなり馬(むま)の
四/足(そく)【『元禄八年版「馬の四足(すそ)」=裾(すそ)】するふねなり槽櫪(さうれき)は
むまだらいなり
【左頁下段】
《割書:合(がう)》
升(せう)
 《割書: ます》

臼(きう)
《割書:うす》

杵(しよ)
《割書:き|ね》

筲(さう)
《割書:い|かき》【笊籬(いかき)】
籃(らん)
《割書:かご》    箕(き)《割書: |み》
【上欄書入れ】129
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         五

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         五
【右頁上段】
○杓(しやく)は水をくむもの勺瓢(しやくへう)なら
びに同/俗(ぞく)にひしやくといふ
○筅(せん)は茶(ちや)を泡(あは)だつるものなり
悪茶(あくちや)を茶筅(ちやせん)にてふりたつる
を蟹眼(かいかん)【左ルビ「かにのめ」】といふ
○竈(さう)はかまどなり灶(さう)同 行(ぎやう)
竈(さう)はくどなり烓(けい)同
○篩(し)は簁と同又/籭(さい)とも書(かく)
へしふるひなり
○燧(すい)は木(き)をもみ石(いし)をすりて
火(ひ)をもとむるなり火鑚(くわさん)同
○炉(ろ)【爐】はひたきなり火函(くはかん)【凾】火牀(くはしやう)
ならびに同/地炉(ちろ)はすびつ俗
にいろり地炕(ちかう)同/焙炉(ほいろ)火燵(こたつ)
○火(ひ)は煨(わい)煻(たう)ならひにおき也
燼(じん)もへくひ焰(えん)炎(えん)ならびに
【右頁下段】
唾(だ)
壷(こ)《割書:ぢんこ》

《割書:さかつき》
觶(たん)     湯婆(たうは)《割書:たんほ》

婆(うん)
壷(こ)     觚(こ)《割書:さかつき》

罍(らい)
《割書:もた| ひ》

鐺(たう)
 《割書:さし| なべ》

漏(ろ)
斗(と)《割書:じやうご》
【左頁上段】
ほのほ灰(くわい)はい煙(えん)けふり煤(はい)すゝ
○升(せう)は一/升(しやう)ます斗(と)はとます
十/龠(やく)【𠎤。「龠」の口を一つ外す】を合(がう)とし十/合(ごう)を升(しやう)
とし十/升(しやう)を斗(と)とし十/斗(と)を斛(こく)
とす概(がい)【槩】はとかきともますか
きとも又/斗格(とかく)とも書(かく)べし
○筲(さう)は竹器(ちくき)なり俗にいふ
いかき䈾(さう)䉛(をく)淘(たう)籮(ら)並(ならびに)同
○籃(らん)は竹器(ちくき)なり篭(かご)なり
筐(きやう)同かたみともいふ
○箕(み)は物を簸(ひる)ものなり
○臼(きう)はつきうすなり
○杵(しよ)はきねなり味噌(みそ)又は
餅(もち)をつく杵(きね)なり細腰杵(さいえうきよ)
は手(て)ぎねなり
○唾壺(だこ)【壷】は痰(たん)はきなり今按
【左頁下段】
彛(い)
 《割書:たる》    簠(ほ)

尊(そん)【酋+寸】
 《割書:たる》

笥(し)
 《割書:はこ》

湯鑵(たうくはん)《割書:やくはん》    《割書:はん|だう【飯銅】》洗(せん)
【上欄書入れ】130
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         六 

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         六
【右頁上段】
するに塵壺(ぢんこ)【壷】の事か
○温壺(うんこ)【壷】はいにしへ湯(ゆ)を入て手(て)
足(あし)をあたゝむるものなり今
は花瓶(くはひん)にもちゆ
○觶(たん)はいにしへのさかづきなり
今は花瓶(くはひん)にもちゆよつて花(くは)
觶(たん)といふないり
○觚(こ)はいにしへのさかづきなり
唐音(たうゐん)にこれをこつふと云
今(いま)花瓶(くはひん)にもちゆ
○罍(らい)はもたいなり酒(さけ)を入る
ものなり雲雷(うんらい)のかたちを
ゑがくゆへ罍(らい)といふ
○鐺(たう)はなべのたくひ耳(みゝ)足(あし)有
酒鐺(しゆたう)薬(やく)【藥】鐺(たう)などあり
○湯婆(とうば)はたんほなり桐(きり)銅(あかゞね)
【右頁下段】
耳壷(じこ)     簋(き)

鍑(ふ)
《割書:さ|か|り》     風爐(ふうろ)

樏(るい)
《割書:わ|り|ご》

水(すい)
 罐(くはん)《割書:みづ| かめ》
【左頁上段】
陶(つち)などにて作(つく)り湯(ゆ)を入て足(あし)
をあたゝむるもの也/脚婆(きやくは)湯媼(たうあう)
ともいふ今は酒器(しゆき)に用(もち)ゆ
○漏斗(ろと)は今いふ上戸(じやうご)なり酒(さけ)を
うつすものなり
○尊(そん)【酋+寸】はいにしへの酒(さけ)を入るたる
なり今は花瓶(くはひん)にもちゆ
○彝(い)【彛】は古(いにしへ)の酒尊(しゆそん)なり今(いま)香(かう)
炉(ろ)【爐】とす彝(い)【彛】炉(ろ)【爐】といふ
○笥(し)はげなり箱(はこ)の通称(つうせう)なり
食物(しよくもつ)又は/衣類(いるい)を入るはこなり
○洗(せん)は古(いにしへ)に盥洗(くはんせん)のすて水(みづ)をうくる
の器(き)也/俗(ぞく)にこれを飯銅(はんとう)といふ
○簠(ほ)は古(いにしへ)の祭(まつり)のうつはもの
なり黍(あわ)稷(きび)をもるものなり
○湯鑵(たうくはん)は湯(ゆ)をわかすなべなり
【左頁下段】
銅銚(とうてう)
《割書:てう| し》

銅提(とうてい) 
《割書:ひ| さげ》     雪洞(せつたう)

囊(なう)
《割書:ふ|く|ろ》

吹(すい)
筒(とう)
《割書:ひ|ふ|き》

提爐(ていろ)
《割書:ちや| べんたう》

提(てい)
盒(がう)《割書:さげぢう》     鎻(さ)《割書:じや| う》
【上欄書入れ】131
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         七

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         七
【右頁上段】
銅(あかゝね)にてつくるを銅鑵(とうくわん)といふ今
は薬鑵(やくわん)といふ
○耳壺(じこ)【壷】はいにしへの酒(さけ)を入る
つぼなり今は花瓶(くわひん)とす
○鍑(ふ)ははがまなり又くわんす
なり茶(ちや)を煮(にる)【煑】かまなり
○簋(き)は簠(ほ)と同し祭器(さいき)也
食物(しよくもつ)を入て先祖(せんぞ)にそなへ
まつるものなり
○樏(るい)は食物(しよくもつ)を入る物なり
今いふわりごなり
○風炉(ふろ)【爐】は茶炉(ちやろ)薬炉(やくろ)とも
に同又/釜櫓(ふろ)とも書(かく)べし塗(ぬ)
師(し)のふろは蔭室(ふろ)
○水缶(すいくはん)【罐】はみづを入るかめな
り罐(くわん)と鑵(くわん)と同
【右頁下段】
絹篩(けんさい)
《割書:き| ぬ|ぶ| る|ひ》      豆(とう)

薑(きやう)
擦(さつ)
《割書:わさ| びお|  ろし》     麪杖(めんぢやう)《割書: | | |むぎ| を|  し》

擂盆(らいぼん)
《割書:すり| ばち》     割刀(かつたう)《割書: |はうてう》

砧(ちん)
板(はん)
《割書:まな| いた》
【左頁上段】
○銅銚(とうてう)は今いふ銚子(てうし)なり
酒(さけ)をいるゝものなり
○銅提(とうてい)は今いふ提子(ひさげ)也
酒(さけ)をくはゆるものなり
○提炉(ていろ)【爐】は今いふ茶弁当(ちやべんたう)
なり又/携炉(けいろ)【爐】ともいふ
○提盒(ていがう)は今いふ提重(さげぢう)なり
又/行厨(あんちう)ともいふ
○雪洞(せつとう)は一に育(いく)とも云/茶(ちや)
炉(ろ)をおほふものなり竹に
紙(かみ)をはりてつくる
○囊(のう)は袋(たい)帒(たい)ならひに同
○吹筒(すいとう)は火ふきなり篍火(しうくは)
管(くはん)ともいふ今すつほんと
いふ火(ひ)ふきあり
○鎖(じやう)【鎻】は音(こゑ)未(いまだ)【左ルビ「す」】_レ詳(つまびらかなら)ひつを鎖(さ)【鎻】
【左頁下段】
糊(こ)
刷(せつ)《割書:のり|はけ》

天平(てんへい)《割書:てん|び| ん》     法馬(はうば)《割書: | | |ふん| ど| う》
秤(せう)
《割書:は| かり》
錘(つい)《割書:  || |はかり|  の|おもし》

橐(たく)
《割書:おび| ぶくろ》
【上欄書入れ】132
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         八

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         八
【右頁上段】
管(くはん)といふはねを鎖須(さじゆ)と云
○絹篩(けんし)はきぬふるいなり
今(いま)按(あん)するに薬(くすり)をふるふを
羅合(らがう)といふ麵(めん)【麪】粉(こ)をふるふを
羅斗(らと)といふ
○擂盆(らいぼん)はすりばちなりおと
雷(らい)のごとしよつて擂盆(らいぼん)と云
擂木(らいき)擂槌(らいつい)はともにすりぎ也
○豆(とう)は祭(まつり)に肉(にく)をのするもの
なり仏氏(ぶつし)には菓子(くはし)をのす
○薑擦(きやうさつ)はわさびおろし也
○砧板(ちんはん)は今(いま)いふまないた也
又/㭢几(けいき)とも書(かく)べし肉机(にくき)
魚盤(きよはん)ならびに同
○割刀(かつたう)は今(いま)いふ包丁(はうてう)なり魚(うを)
をきる刀(かたな)なり菜刀(さいたう)はながたな
【右頁下段】
𨰉(さつ)【金+算+斤】
《割書:く| すり|きざ|  み》
碾(てん)
《割書:や|げ|ん》

鑰(やく)
 《割書:かぎ》

帚(しう)
《割書:は|は|き》

櫃(き)
《割書:ひ|つ》

櫉(ちう)
《割書:づし》
【左頁上段】
○麺杖(めんじやう)は今いふ麺棒(めんばう)なり
一に衦麺杖(かんめんじやう)ともいふ
○天平(てんびん)は今(いま)いふはり口(ぐち)なり
平は秤(ひん)の字(じ)の略(りやく)なりそら
につりたる秤(はかり)なり
○法馬(はうば)は今(いま)いふ分銅(ふんどう)なり
法子(はうし)鋾馬(とうば)ともいふ
○秤(せう)は釐等(れてぐ)なりさう【「さう」は「さら」ヵ】を
盤(はん)といふさほを衡(かう)といふおも
りを権(けん)【權】とも錘(つい)ともいふなり
杠秤(こうせう)はちぎなり
○錘(つい)ははかりのおもしなり鎚(つい)
権(けん)【權】ならびに同/衡(かう)ははかりの
さほ梁(りやう)同
○糊刷はのりばけなり
○橐(たく)は底(そこ)なきふくろなり
【左頁下段】
檯(だい)     箱(さう)《割書:はこ》

傘(さん)
 《割書:から| かさ》

杖(ぢやう)《割書: | |つえ》
《割書:拄杖》
《割書:拐(かい)|かせづえ》
【上欄書入れ】133
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         九

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         九
【右頁上段】
俗(ぞく)にうちがへといふ
○/𨰉(さつ)【金+算+斤】は薬刀(やくたう)なりもとは草(くさ)を
きる具(ぐ)なり今(いま)はくすりきざ
みにもちゆ
○碾(てん)はもと農具(のうぐ)なり今は薬(くすり)
を粉(こ)にする具(ぐ)とすよつて薬(やく)
碾(てん)とも薬研(やげん)ともいふ
○櫃(き)はひつなり書物(しよもつ)衣服(いふく)を
入るものなり唐櫃(からひつ)半櫃(はんびつ)長(なが)
櫃(びつ)あり
○橱(ちう)は厨子(づし)なり書厨(しよちう)なり
又衣厨(いちう)といふもあり
○鑰(やく)は鍵(けん)鎰(えき)ならびに通(つう)じ
もちゆかぎなり
○帚(しう)は箒(しう)同/條帚(でうしう)はわら
はゝき掃帚(さうしう)はたけばゝき独(どく)
【右頁下段】
蓋(かい)《割書: | |きぬ| がさ》

凳(とう)
《割書:くら| かけ》

梯(てい)《割書: | |はし|  ご》

炬火(こくは)
 《割書:たい| まつ》

燎火(れうくは)
 《割書:にはび》

唧筒(そくとう)
 《割書:みづは|  じ|   き》
【左頁上段】
帚(しう)ははゝき木(き)はゝき棕帚(そうしう)は
すろはゝきなり
○檯(たい)は几案(きあん)のたぐひなり
食物(しよくもつ)の檯(たい)を飯檯(はんだい)といふ
○箱(はこ)は篋(けう)匣(かう)ともに同じ筥(はこ)
とも書(かく)なり屧(てう) 【訓蒙図彙は「屜」】はかけご【掛子・懸け籠】抽匣(ちうかう)は
引(ひき)ごしなり蓋(かい)はふたなり
○傘(さん)はからかさなり雨傘(うさん)は
あまがさ涼傘(りやうさん)はひがさ
○杖(じやう) 鳩杖(はとのつえ)は鳩(はと)は物(もの)にむせぬ
鳥(とり)なりよつて老人(らうじん)の物に
むせぬためとて杖(つえ)のかしら
に鳩(はと)のかたちをきさみたるを
鳩杖(はとのつえ)といふなり
○蓋(かい)はもろこしには車上に
たつるかさなり
【左頁下段】
爼(そ)《割書: | | |つく| え》      竿(かん)《割書: |さ| ほ》

標榜(へうはう)
 《割書:ふだ》

胡床(こしやう)
《割書:あ| ぐ|  ら》      署扁(しよへん)《割書: |がく》
【上欄書入れ】134
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         十

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         十
【右頁上段】
○梯(てい)は俗(ぞく)にいふのぼりはし
なり又はしご
○凳(とう)はくらかけなり踏凳(たつとう)
ともいふ
○炬火(こくは)たいまつなりたち
あかしともいふ松明(せうめい)同
○燎火(りやうくは)にはびなり庭燎(ていりやう)
とも門燎(もんりやう)ともいふ神代(じんだい)より
はじまる禁中(きんちう)節会(せちゑ)に有
○唧筒(そくとう)は今いふ水はじき
なり火事(くはじ)のときもちゆ
又は庭(には)の樹木(じゆもく)に水をうつに
もちゆるなり
○俎(そ)は祭(まつり)にいけにへをのす
るものなりまないたと訓(くん)
ずつくえなり
【右頁下段】
渾儀(こんぎ)《割書:こんてんぎ》

磁(じ)
針(しん)

佛(ぶつ)
龕(がん)《割書:づし》      佛𫝶(ぶつざ)【座】

錫杖(しやくじやう)

花(け)
鬘(まん)
【左頁上段】
○胡床(こしやう)は俗(ぞく)にこれを床(しやう)
机(ぎ)といふ又あぐらとふ
○竿(かん)はさおなり笐(かう)は物
ほしさほ𥮕(かう)【竹冠に抗】同
○標榜(へうはう)はふだなりまた
簡版(かんはん)
○署扁(しよへん)は今いふ額(がく)なり
扁額(へんがく)扁牌(へんはい)ならひに同
○渾儀(こんぎ)は渾天儀(こんてんぎ)又は璇(せん)
璣玉衡(きぎよくかう)ともいふ日月の運(うん)
行(かう)をはかる物なり
○磁針(じしん)は磁石(ししやく)に針(はり)をさし
て東南(とうなん)をしるものなり広(くはう)
野(や)海上(かいしやう)にたづさゆる物也
○仏龕(ぶつがん)は今いふ仏像(ぶつざう)を
いるゝ厨子(づし)なり
【左頁下段】
椸(い)《割書:みそ|かけ》  《割書:い| かう》

木(もく)
魚(ぎよ)

鈴(れい)杵(しよ)
《割書:鈴(れい)|五鈷(ごこ)|三鈷(さんこ)|獨鈷(とくこ)》

手爐(しゆろ)
《割書:えがうろ》

寶(はう)■(ら)【偏「片」旁「票」】
《割書:ほ| らの|  かい》

《割書:じゆず》
数珠(すうじゆ)

筁(きよく)
《割書:を》【「を」は元禄八年版「をい」】
【上欄書入れ】135
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         十一

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         十一
【右頁上段】
○仏座(ぶつざ)は蓮座(れんざ)なり獅子(しし)
座(ざ)須弥座(しゆみざ)荷葉座(かようざ)岩(いわ)
座(ざ)唐座(からさ)等(どう)なり
○華鬘(けまん)は西域(さいいき)の女(をんな)の首(かしら)
のかざりなり瓔珞(やうらく)なり頸(くび)
のかさりなり
○錫杖(しやくじやう)は梵(ぼん)には隙棄(げきき)
羅(ら)といふなり
○椸(い)は衣服(いふく)をかくるものなり
又/衣桁(いかう)とも衣架(いか)ともいふ
○木魚(もくぎよ)は木(き)にて鯨魚(くじら)のかたち
をつくりその声(こゑ)の大(おほい)なるにとれ
りよつて鐘(つりがね)を鯨(げい)といふ禅家(ぜんけ)
にもちゆ
○鈴(れい)は口金舌(こうきんぜつ)なり真言(しんごん)修(しゆ)
法(はう)の具(く)なり
【右頁下段】
押(おし)
桶(おけ)      石燈(せきとう)《割書:いしどう|  ろ》

 《割書:まなばし》
魚(ぎよ)
箸(ちよ)

《割書:摺疊椅(しうでうい)》    交椅(かうゐ)《割書:きよく|   ろく》

神主(しんしゆ)    霊牌(れいはい)《割書: |いはゐ》
【左頁上段】
○杵(しよ)は独鈷(とくこ)三/鈷(こ)五/鈷(こ)の三色
ありともに真言家(しんごんけ)の具(ぐ)なり
○手炉(しゆろ)【爐】はえがうろ和尚(おしやう)上人(しやうにん)
是(これ)を持(ぢ)して仏前(ぶつぜん)にむかふ
○数珠(じゆず)は念珠(ねんじゆ)なり諸宗(しよしう)かは
りあり
○宝(はう)■(ら)【偏「片」旁「票」】はほらのかいなり海中(かいちう)
の梭尾螺(さひら)をふくなり法螺(はうら)と
も梵貝(ほんはい)ともいふ修験(しゆげん)の家又
は軍陣にふく
○筁(きよく)はおいなり山伏(やまぶし)のおふ
ものなり笈(おい)とも書(かく)べし
○押桶(をしおけ)は産(さん)のとき胎衣(ゑな)を
入る桶(おけ)なりまげ物にじて鶴(つる)
亀(かめ)をゑがく
○石灯(せきとう)【燈】は仏神(ぶつじん)の前(まへ)にあり
【左頁下段】


板《割書:はごいた》      石碑(せきひ)《割書:いしぶみ》

酒(しゆ)
帘(きん)
《割書:さか| ばやし》

鎻(さ)《割書:く|さり》      鎹(そう)《割書: | | |かす|がい》

𣞙(さう)【壴+桑】
《割書:つゞみ| の|だ| う》

和(くは)
卓(しよく)《割書:おし| き》

草(さう)
薦(せん)
《割書:こも》

竹(ちく)
席(せき)
《割書:あ|じ|ろ》
【上欄書入れ】136
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         十二

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         十二
【右頁上段】
又/在家(さいけ)手水鉢(てうづばち)の前(まへ)にも立る
いしどうろ
○魚箸(ぎよちよ)はまなばし也/魚鱠箸(まなばし)
又は肉箸(まなばし)とも書(かく)べし
○交椅(かうい)は今いふ曲录(きよくろく)のこ
となり字未不(しいまだつまびらかなら)【「なら」は「ならず」ヵ】
○摺畳椅(しうでうい)はたゝみ曲录(きよくろく)なり
○神主(しんしゆ)は廟主(べうしゆ)なり儒者(じゆしや)
のいはゐなり神主(しんしゆ)をおほ
ふさやを櫝(とく)といふ
○霊牌(れいはい)は仏者(ぶつしや)のいはゐ也
かたちさま〴〵かはりあり
○石碑(せきひ)は墓所(むしよ)にたつる石(せき)
塔(たう)なりいしぶみといふ碑(ひ)に
銘(めい)を書(かく)なり
○羽子板(はごいた)は正月に羽(はね)をつく
【右頁下段】
㡠禙(とうほい)

短(たん)
冊(さく)      要(かなめ)

啄(たく)
木(ぼく)

紙手(かうで)

紙(し)
缕(らう)
《割書:かう|よ|り》

土(ど)
瓶(びん)

滴器(てきき)
《割書:げすい》

柳(やない)
筥(ばこ)      抽匣(ちうかう)《割書:ひきだ|  し》

煙(ゑん)
盃(はい)
《割書:きせ|る》

皺(すう)
皮(ひ)
 《割書:ひ|き|は|だ》
【二重丸印 朱 R.F./BIBLIOTHÉQUE NATIONALE :: MSS::】
【左頁上段】
ものなり胡鬼板(こきいた)ともいふ
○酒(しゆ)帘(うん)【「うん」は「れん」ヵ】はきかばやし【「きかばやし」は「さかばやし」ヵ】なり
一に望子(ばうし)ともいふ酒望子(さかばうし)
といふをあやまりてさかばや
しといふ
○鎹(そう)はかすがいなり鉄(てつ)にて
これをつくる鈌(けう)【けつヵ。「鈌」は元禄八年版「鋏(けう)」】同
○鎖はくさりなり鉄鎖(てつさ)銅(とう)
鎖(さ)ならびに同又/鋃鐺(らうたう)とも
書(かく)べし
○/𣞙(さう) 【壴+桑】はつゞみのたうなり又
■(くは)【偏「木」旁「瓦」】とも書(かく)なり
○和卓(くはしよく)はこゑをあやまりて
をしきといふよつて折敷(をしき)
とも書なり
○草薦(さうせん)はこもなりわら
【左頁下段】
寶蓋(ほうかい)
《割書:てん|がい》

棺(くわん)
《割書:ひ|つ|き》
輀(し)
《割書:ひつ| き|ぐる| ま》
龕(がん)
【上欄書入れ】137 
    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         十三

    【柱】頭書増補訓蒙図彙十一         十三
にておりたるむしろなり○竹席(ちくせき)は今(いま)いふあじろなり簟(たん)同し篾(べつ)【𥯣】席(せき)も同し
たかむしろ○㡠禙(とうほい)はかけ物に小べりなき■(ひやう)【表ヵ】具(ぐ)をいふ道背(たうほ)㡠補絵(とうほゑ)とも書(かく)なり
へりほそきを輪補(りんほ)といふ○紙手(りうで)【元禄八年版「かうで」】は物を入る紙(かみ)のふくろなりかうでんといふはあやまり也
紙縷(しらう)【缕】はかうより○短冊(たんざく)は一に短籍(たんしやく)とも探䇿(たんさく)とも書(かく)べし色紙(しきし)○要(かなめ)はあふきのかな
めなり一に鹿目(かなめ)とかく○啄木(たくほく)は表具(ひやうぐ)の紉(ひも)なり組糸(くみいと)のかたち鳥(とり)の木(き)を啄(つゝき)たるあとに
にたれは啄木(たくぼく)といふ○柳筥(やないばこ)はをくり経歌(きやううた)の題(だい)又は硯(すゞり)鞠(まり)冠(かふり)などのする台【臺】なり木(き)の数(かす)
丁半(てうはん)のわかちあり○抽匣(ちうかう)は箱(はこ)のひきだしなり又は抽斗(ちうと)とも書(かく)なり○土瓶(どひん)は陶(つち)に
てつくり茶(ちや)を煮(にる)器(き)なり○滴器(てきき)はげすいなり下水(げすい)とも書(かく)べし水(みづ)こぼしなり
○煙盃(えんはい)はたばこをのむきせるなり但(たゝ)し和字(わじ)なるべし○皺皮(ひきはた)はしぼみかわなり
刀(かたな)わきざしのすふくろなり蟇皮(ひきはだ)同○宝蓋(はうかい)は天蓋(てんがい)なり仏(ほとけ)のうへにおほふものなり
○棺(くわん)はひつきなり死人(しにん)をいるゝはこなり■(すう)【柩(キュウ・ひつぎ)ヵ。偏「木」旁「肉」ヵ】同/棺(くわん)をいるゝ外(そと)を槨(くわく)といふ寸法(すんほう)さだまり
あり○輀(じ)は喪車(そうしや)なり今(いま)は大輿(たいよ)【轝】竹格(ちくかく)をもちゆ僧家(そうけ)にこれを龕(がん)といふ
【丸印 朱  中央に冠を頂く鳥(鷲ヵ鷹ヵ)の図を囲むように円形の文字列】BIBLIOTHÉQUE IMPÉRIALE  MAN.
【二重丸印 朱】 R.F.|BIBLIOTHÉQUE NATIONALE :: MSS ::

【白紙】

【白紙】

【白紙】

【白紙】

【白紙】

【白紙】

【白紙】

【見返し(遊び紙)】

【後見返し(効き紙)】

【裏表紙】

【背:KIN MÔ/DSU I/DAI SEI   I   】
【丸ラベル JAPONAIS/311/1】

【天】

【小口】

【地】

BnF.

【題読めず】
【ラベル】JAPONAIS 5345 1 RESERVE
1517 F. III

ころは九月廿日あまりの事
なれはしくれはよもの山めくり
もろきこのははみちをうつみ
あらしこからしみちすからなさけを
かくる人もなくしも夜のかねの
とこさしてこかけさひしきあけ
ほのにやもめからすのうかれこゑ
きりたちこむるあさちかはら
をくしらつゆのたまちりてなみた
にあらそふそてのうへはらひかね
たるたひころもしくれのそらそ
はれまなきつくりみちをもうち
すきてとはのみなみのもんより

【右頁】
ふねにのりあかひかはらをうちすきて
よとのわたりを見給へはみきはの
とりはかたよりてうはけのしもを
うちはらひさい中将のいにしへあつ
まへくたり給ひしにすみたか川のほとり
にてみやことりいさこととはんとな
かめけんふるさとしのふねをなき
てといまさらなかめ給ひけるも
おもひしられてあはれなりおとこ
山をふしおかみなむしやう八まん大
ほさつねかはくはあかてわかれし
中将殿わか君二たひみやこへわれ
らをかへしてみせ給へとてふしおかみ
【左頁】
給ふ中にもいつそや中将殿のしやう
けいにたち給ひし御おもかけいま
さらの心ちしておつるなみたははく
せんかうはんしはみなゆめのことし
うき身のつらさはかきりなし中将の
かの所へはしめてわたり給てちよ
ふる心ちこそすれとの給ひしこと
かす〳〵思ひいたしてたえこかれ又
わか君のこひしさはたとへんかたも
さらになしいたきまいらせていてし
そのおもかけいつの世にかはわするへき
かみならぬ身のかなしさはそれをか
きりとしらさりけるこそかなしけれ

【右頁】
かゝるへしとしらましかはよく〳〵
みるへかりける物をとてちたひくや
しき御ことのみおほかりけりきのふ
まてはみやこのたよりもきゝし
うちのそら物おもはぬたひならは
いかはかりおもしろくこそ侍らめみや
こに心ありし人々にみせたてま
つりてといひて御なみたのひま
よりかくなん
  ものうさをなけく
     なみたのつゆけさに
    またうちそふる
       わかのうらなみ
【左頁】
いつしかふねのうちのさひしさつれ〳〵
かきりなしありしことのみかたりいた
してすけもろともにたもとは
なみたにしほれけりさてかいまん〳〵
となかめやるかきりあらんいのち
のいまいくるかはゆきめくりてさの
み物をおもはんとかなしけれはそこ
のみくつともなりはてんと思ふに
たゝわかれし人々のこひしさかきり
なけれは又たちかへりかひなきい
のちもおしかりけりしのふにたへぬ
おもひのいろは御ともなるおのことも
いみしくいたはしくあはれにおもひたて

【右頁】
まつるさもそうつくしかりける御あり
さまかな中将殿いかになけかせ給ふ
らんわれらまてかへりきこしめさん
事おそろしくおほしていろ〳〵
の御くた物ところにつきたる御さかな
まいらせたれともつゆも御らんせ
られすたゝむかしにかはる身のあり
さまになさけもありかたくこそとて
たゝつゆよりもろきなみたはか
りにて見いれ給ふ事もなかり
けり
【左頁絵】

【右頁】
さてみやこには大みやのひめ君
の御返事をひめ君たちとのへ
もちておはしましてはゝうへにみせ
たてまつりてなけき給へはけにいか
はかりおほしけんこれほとみめかたちを
はしめて心さまふるまひやさしき
人はありかたくこそいかに〳〵中将の
なけきたまはんすらんとかねて
おもふも心くるしくおほす中将は
此御事はゆめにもしりたまはすたゝ
ぬれはゆめさむれはおもかけのみ
たちそひてこひしくかなしくおほし
めす御事かきりなしひめ君はたゝ
【左頁】
わか君の御事をのみの給ひておと
なしきものならはいかに〳〵たつね
給はんすらんなとたゝおなしことを
のみの給ひてなきふし給へりすけ
もろともにうちはひつゝうらめしき
世のならひかなさりとも中将殿は
それほとはおほしすてたてまつり
給はし物をとすけ申しけれはひめ君
いさとよおとこの心と川のせは
夜のまにかはるならひなりまして
めつらしき花のたもとになれそめ
てはかなき身にはつゆのなさけを
もかくへきにあらすなと夜もすから

【右頁】
かたりあかしてあかつきかたになり
ぬれは月も山のはにかたふきて
あけぬとつくるとりのねもほの
めきわたれはすけ此とりのねかね
のこゑをきゝても人まちたてま
つるおりとおもはゝせめてうれし
かりなんと申せはひめ君の給ひ
けるは中将のかのところへゆき
そめ給ひしあかつき夜ふかくかへり
おはしてとりのねかねのこゑいと
心くるしくまちかね給ひけんと
の給ひし事もいと心くるしく
いまのやうにおほゆるとの給へはすけ
【左頁】
とりあへす
  なに事も見はてぬ
     ゆめとおもふにも
    いとゝつゆけき
       そてのうへかな
ひめきみ
  さそなけにうきも
     つらさもをしなへて
    みはてぬゆめの
       心ちこそすれ
夜あけぬれはふねさしよせて
のせまいらせてゆくほとにふる
さとはくもゐはるかにこきすきて

【右頁】
きんやかたのをうちすきてくすは
のさとをすくるには人のうらみも
よしなくてわたなへのはしにも
つきぬゆくすゑはるかなるしま
ありあのしまをはなにといふそと
おほせられけれはおともの人あれ
なんあはちしまと申又あれに
みえたるゆきの山はみむろの山
と申侍るときこゆれはなにのみ
きゝしをいまみる事のはかなさ
よとひめ君はいよ〳〵おもひしつみ
給ふあしやのさともかすかにてひな
のすまゐそあはれなりあまの
【左頁】
つりふねとにかくに物思はぬ人たに
もたひのあはれはある物をおきつ
しらなみたゝよひてこきゆくふねも
うきしつみなにそ入えのみおつくし
つくす心もよしなしやなみにむれ
ゐるうきとりのゆきかたしらすたち
まよひこゑ〳〵になきわたりあ
はれのとりやなにといふとりそと
とひ給へはふな人ちとりと申みやこ
にてはいくとし月をふるともみる事
あらしともまとはせるむらちとりとは
これなりとおほしてかきくらす心の
うちいはんかたなし

【右頁絵】
【左頁】
さていつくともしらぬあしのやの
みなみむきにすみたる所にいれ
たてまつる物あはれにさすかに
みやこ人のすみかにやしやうしに
ゑなとかきすさみて心あるさま
にそみえたるをくりおきまいらせ
て御ともの人々はみなかへりにけり
あるしのあま君あないとおしいかゝ
してかゝるところにすみわたり給ふ
へきといたはしくていたはりかしつき
たてまつれとも日にしたかひみ
やこのこひしさわか君のおほつかなき
御事のみ思ひ給ふ事かきりなし

【右頁】
なにはのあまはみたてまつりて
あなうつくしかゝる人も世にはおはし
けることよたかきもいやしきも
おんあひのみちはおなし心なる也
あかぬ御中のわかれにてわたらせ
給ふらんよとてさま〳〵なくさめ
たてまつりたゝいにしへのこひしさを
いかにしてたへしのひ給ふへきあけ
くれはふししつみ給て中将わか君
見なれにし人々こひしくて心に
御なみたひまもなし此御ありさま
いかゝしてなくさめたてまつらんと
申けれともかひなき御ありさまなり
【左頁】
松風なみのをとしきりにして心
ほそさかきりなしちとりこゑ〳〵
うちなきてたちさわきけれは
みやこのともゝこひしくていとゝかき
くらしけれは
  なに事もはかなき
    ゆめとおもひなさは
   さむるこゝろの
      せめてあれかし
御つれ〳〵かきりなきまゝなかうたを
かきをき給へる
 うき世をは はかなきゆめと
 みるものと おもひなせとも

【右頁】
 いとゝなを さむるこゝろの
 なきわひて うきことのみは
 日にそへて なにあやにくに
 まさるらん つきぬ思ひは
 ふるさとに とゝめをきにし
 みとりこの みしおもかけの
 わすられて しつのをたまき
 くりかへし むかしをいまに
 なすよしも かなはぬ身には
 かくはかり そてのしからみ
 せきあへす なにはのうらに
 なくちとり うき身をつくし
 なみをわけ かはくまもなき
【左頁】
 からころも さてやはてなん
 しもかれの あしのうらはに
 風さして  物あはれなる
 ふゆのゆふくれ
おもひいりえにうちなきつゝなかめ
ゐ給へるさまなまめかしくうつ
くしき御事かきりなしあま君
はいたはしく心くるしくそおもひ
きこし給へる

【右頁絵】
【左頁】
さるほとに中将は此御事をは
ゆめにもしりたまはすとかくひま
をうかゝひて大みや殿へおはしたり
けれは人もおはせすいかにと御むね
うちさはきて大かた殿へやおはせ
たるとおもひひめ君のすみ給ひし
所へ入て御らんすれはすみあらし
たるさまにて御しやうしにうた
ともあまたかきすさみたりこれを
みるにあやしきさまなれはめも
くれ心もきえてさなからゆめの
心ちしてうつゝともさらになかり
けりわれとおはしけるにや又殿より

【右頁】
かくし給へるにやとふしきにて
とのもりのいやしきしも女をめし
いたしてたつねさせ給へはいつかたとも
うけたまはらすにはかにあかつきかたに
御くるままいりていてさせ給ひ候つる
御なけき中々申もをろかにていても
やらせおはしまさゝりしをしきりに
御ともの人々申ていたしたてまつり
しかはたかひになく〳〵わかれまいら
せて候と申もあへすそてをかほに
をしあてゝなきけれは中将は物も
おほしたまはすさてわか君はとおほせ
られけれはよひのほとにあはのつ
【左頁】
ほねいたきまいらせていてさせ給ひ
しと申けれはさてはおおかた殿より
よそへやらせ給ひけるとおほすうら
めしのうき世の中のありさまやよし
いまはみやこのうちにあとをとゝめて
みえたてまつらはこそとおほしてあは
のつほねはしりたるらんとていそき
おはして大みやのひめ君はいつくへそ
ととひ給へはあはのつほね御いたは
しくてかくと申さはやと思へとも
大将殿此事申たらんものはとかに
をこはふへしとかへす〳〵おほせられ
けれはおそろしくていさやしりたて

【右頁】
まつらすと申おさあひものはとたつ
ね給へはそれはわらはか御むかひに
まいりてこれへはいれまいらさせ給ひ
て候と申けり中将はたのみたり
つるあはのつほねさへしらぬと
申けれはたれにたつね給ふへき
かたもなしあきれたるさま中〳〵
いふはかりなししはしありてわか
君これへとおほせけれはつれたて
まつりてまいりぬ中将いたき給て
あなむさんやさりともおとなしき
ものならははゝのゆくゑはしりな
ましありしをかきりにてありける
【左頁】
よとてしのひかねたるなみたの
いろいふはかりなしあはのつほね
もけにさこそおほすらんとともに
なみたをなかしけり

【右頁絵】
【左頁】
とのゝひめ君御ふたり一ところにて此
御事ともの給ひけるところへ中将
おはしてさても大みやのひめ君は
いつかたへとかきこしめして候と申させ
給へはもとより此ひめ君に申かよ
はすとてわれ〳〵にはかくさせ給ひたる
御事なれはいさやしりまいらせす候
にはかに物へ御まいりときゝまいらせ
たりしほとにとりあへす御ふみをまい
らせたりし御返事あり御らんせよ
とてとりいたし給へりとりて見給へは
かきくらすなみたはつゝみあへ給はす
もののすかたもみえ給はす御かほに

【右頁】
をしあてゝうつふし入ておはしけり
一かたのなけきをたにもかほとおほす
に大みやのひめ君の御思ひさこそ
とをしはかられてあはれさかきりなし
中将はつく〳〵と思ひつゝくるにわか
君の御わかれふるさとをたにいたさ
れてさこそかなしくもうらみふかく
おほすらんとおもひやらるゝにきえも
うせぬへし中将はなみたのひまより
おほせられけるはさりともくやしく
おほされんすらめとて御そてを
かほにあてゝたち給ぬ
【左頁絵】

【右頁】
又なく〳〵大みやへわたり給てひめ
君のおはせしところにうちふし給
てなにとなく御あたりをみ給へは
まくらのしやうしのやふれにかみを
さしはさみたりとりて見給へは御て
ならひのほうくなりさま〳〵のこと
かき給へる中にことにあはれなるは
  あひみすは人に
     うらみはよもあらし
    なか〳〵いまは
       くやしかりけり
まことになつかしくうちむかひたる
心ちして御かほにをしあてゝなき
【左頁】
ふし給へりその夜は大みやにふし
給ひて夜あけぬれともおきも
あかり給はすふししつみてそおはし
ける御ともに候はりまのかみをめし
おほせられけるは此人のゆくゑ
をきかすは世になからへてあるへし
ともおほえすいかゝしてせめてゆめ
にもみるへきとの給へははりまのかみ
こひしき人をゆめにも見たく候
にはその人ときたるきぬをかへし
てぬれはかならすゆめにみるとうけ
たまはり候と申しけれは中将うれしく
おほしてみなみのたいへおはして

【右頁】
めしたる御とのい物をとりよせて
うちかへしてひきかつきてふし
給へりされともまとろむ事なけ
れはゆめもむすはすいとかなしくて
 さ夜ころもかへして
     ぬれとまとろます
   ゆめにも君を
      みぬそかなしき
いかなるところにわれをもわかきみ
をもこひしくみやこもしのはしく
てあかしくらし給ふらんと思ふに
御むねせきあけてくるしかりけり
いかにしてあり所をきかましとて
【左頁】
 こひわふるこゝろは
     はやきみなせ川
   なかれあふへき
      すゑをしらせよ
とうちなかめてたゝ思ひやる人の
心のうちせんかたなし
 とにかくに物そ
     かなしきさよころも
   そてのみぬれて
      ゆめもむすはす
むかしけんそうくはうていあんろくさんと
いふものはくわいかのへにてやうきひを
ころしてしよくのくにゝ世をいとひて

【右頁】
あけくれおほしなけきてはるの風
にとうりの花のひらく日を御らん
してもうれへのなみたをこほし
あきのつゆにことうのはのおつる
をきこしめしてかなしみのおもひを
ますふるきまくらふるきふすま
たれをともとかせんとて御なけき
ありけんもかくやと思ひしられたり
かんのりふしんはんこんかうの
けふりに身をこかし給ひしふていの
御思ひも身にしられて思ひむすほゝ
れてなみたにむせひつゝおはしける
ところに
【左頁絵】

【右頁】
大将殿より御つかひありていらせ
給へと申けれときくもいれたまはす
御つかひひまなくまいりけれとも
おはせすしてその夜もなきあかし
て夜もすからなけきつゝいまは人
にもしたかひまいらせはこそこれから
ゆきかたしらすあしにまかせてと
にもかくにもなりなんとふかくおほし
けれともわか君をいま一め見はやと
おほしめして殿へおはしましてわか
御かたにわたらせ給てあはの
つほねにわか君くしてまいれと
おほせけれはいたきたてまつりて
【左頁】
まいりたりいたきまいらせてつく〳〵
まもり給へはわか君いかゝおほしけん
うちゑみ給へりにほやかなる御すかた
うつくしくはゝ君の御おもかけ
さなからおほしいて給ふあなむさん
やなはゝにこそわかれめ又われに
さへすてられてはたれかなんちを
あはれみはくゝむへきとてはら〳〵と
うちなき給ひてわか君いたき
なからあねきみの御かたへまいり
給ひていまは此こをあはれむへき
人も侍らすはゝにもわかれ又みつ
からもおもひたつ事侍れはみなしこ

【右頁】
になりはて候はんする事のみゆく
さきのさはりともなり侍らんとかな
しくおほし侍るなりふひんにおほ
しめしてわかかたみとも御らんせよ
とて御ひさのうへにうちをき給ぬ
あさましやいかなる御事をおもひ
たち給ふらんと心くるしくてそて
をそひほり給ふ
【左頁絵】

【右頁】
さて中将はよろつ心うくて大かた
殿へもまいり給はすはゝうへはこれ
をきゝ給ひてよしなきことかな
かやうにもてなしかなしむも中将を
おもふゆへにこそかなと心くるしく
物をおもはせうきめをみせたまふ
事のつみふかさよと殿に申させ
給へはいふかひなしとてきゝいれたま
はすさりなから世に心くるしくそ
おほしめしける中将はかくて物をもふ
も心うしとてはりまのかみたゝ一人
めしくして御むまにてたちいてた
まひぬこれをかきりの事はれはみや
【左頁】
このなこりちゝはゝ御をとゝいの御
なこりわか君一かたならぬかなしさ
たとへんかたなしさりとてはとゝ
まりて世にたちましるへき心ち
もせねはいつくをさすともなくこま
にまかせてたちいてゝうはのそら
にまよひ給ふ御心のうちせんかたなし
 なけきわひこまに
    まかせてわけゆけは
  ゆめちをたとる
     心ちこそすれ
かやうにうちなかめていかならんれい
ふつれいしやにもまいりて身の

【右頁】
ゆくすゑをもいのり申さはやとおほし
めしてまつ津のくになにはかたは
ひろきところなれは心にくしとて
いそき給ひけりつくりみちをも
うちすきてやはたの御かたをふし
おかみその夜はつのくになにはと
いふところにとゝまり給ひぬもの
おもはぬ人たにもたひねのとこは
つゆけきにたつねわひたるこひの
みちいかてまとろみたまふへきふし
のけふりのなかそらにて夜もすから
おもひあかし給ふほとにあたりち
かき所に物すこきこゑにてなかめけるは
【左頁】
 こひしさはおなし
     心にあらすとも
   こよひの月を
     君見さらめや
と心ほそけになかめけれはわれなら
ぬ人もおもひはするやらんといとゝもよ
ほすそてのうへとこもまくらも
うくはかりなりその夜はあかし給て
しはのとほそ【芝のとぼそ(枢)。「あけ」に続く序詞。】のあけかたにそこ
ともしらぬたひころも又たちいて
てあさきりのあとをたつねて
山と【大和】をしまつ心さすかたなれは
てんわうし【天王寺】へまいり給ふ


【右頁絵】
【左頁】
かたしけなくもしやうとくたいしの
御こんりうふつほうさいしよのれい
ちにてふつしやりをわうくうにのこし
まつせのしゆしやうをみちひかん
ためなりしかれはふつほうしゆこの
こうりうはたいたうのしたをみやこ
とさため日々におかみをいたすかめ
いのみつと申はほたいしんをもて
のみぬれはすなはちわれほとけ
なり又あしき心もすなほになる
御ちかひなれはこんせこせたのも
しくおほゆるしかるへくはたつぬる
人にいま一とあはせてたはせおはし


【右頁】
ませとふかくきせい申てさいもん
にてはるかににしをみわたせはかす
かにみゆるあはちしまかよふちとり
のこゑ〳〵にともよひかはすこゑすみ
てこきつらねたるあまをふねなみ
にたゝよふありさまはわか身のうへ
とあはれなりこゝすみよしの松
みえて人まつ風そ身にはしむ
いく世へぬらんきしのひめ松と
うちなかめ給てうそふき給ける
そよしなき神ならぬ身のかなし
さはなにはのうらにすみなからたか
ひにしりたまはぬこそかなしけれ
【左頁】
物まうての人々おほくゆきかふも
わかおもふ人ににたるやおはすると
人しれす心をつくし給ひけるひめ
君は風のたよりにもみやこのをと
つれやあるとうはのそらにまち
くらしたまふいかなるつみのむ
くひにておなしさとにありなから
御心をくたき給ふらん

ひめ君の御心のうち物によく〳〵
たとふれはむかしちやうあんし?
かのむすめのあき人にすてられ
てしんやうのえのほとりにて
たゝひとりひはをたんし給ひけん
かくやとおもひしられてあはれ
なりさても中将はすみよしの
みやうしんはあら人かみにてまし
ますなれは身のゆくすゑをもい
のり申さんとてすみよしへまいり
給ひてみやしろをふしお

【右頁】
かく申て七日さんろうし給ひける
ころはしも月の廿日あまりの事
なれはあらしのをとたかく松風
はけしくこうようにはにちりし
きてをらぬにしきとうたかはれ
しも夜のつるのもろこゑはわかみ
のうへとなきあかし物をおもはぬ
人なりともあはれなるへきにおりふし
みやこのうちかみさひて心すむ事
かきりなしさりともみやうしんは
すてたまはし物をとふかくたのみ
をかけたてまつりてこほりをくた
きてこりをかきひねもすに
【左頁】
三千三百三十三とのらいはい
を申て五たいをちにつけて
一しんにまことをいたしておもふ
人あんをんにていま一とあひみ
せ給へときせいしてさま〳〵の【下に赤印中にBnF MSS】
りうくはんをそたてられける

【文字無し

【裏表紙】

BnF.

【表紙】
【右上端ラベル】341 Hok’sai 9256 -gg-
【右下端ラベル】JAPONAIS 608

    自序
古往(イニシエ)より物の象を写す事。天に日(ジツ)月(ゲツ)星(セイ)。
地に山(サン)林(リン)魚(ギヨ)鳥(テフ)あり。門(モン)と書 家(イエ)と読 田舎(イナカ)と
唱ふ。始形に起り後理に寄か。篆書(テンシヨ)すらかくのことし。
世に画工の名を呼(ヨバルヽ)に及んては。宮室精舎も
其 繽紛(イリクミ)たる処豈能画かさらむや。爰に雛形□
表題して久く世に行る物あり。書肆是□
続篇を画けと乞ふ。元本は匠工の著 ̄ス所伝るに

法を以 ̄テ教 ̄ユ。今も新 鄙形(ヒナカタ)は画の為に象を
尽(ツクサ)ん事を主とす虎に似たる猫鷹に等しき
鳶(トビ)とやせんされと能 ̄ク晴雨を知つて啼。鼠を形に
至ては虎も亦しかす。一 失(シツ)一 能(ノウ)各造化の命
すはる所。必 ̄ズ用 ̄ルる時あらは。崐(コン)山の片(ヘン)玉。桂林の
一枝と。誇(ホコラ)む事を思ふのみ。
          画狂世人卍述【印】
 天保七丙申の
     孟春    董斎盛義書【印】
【左帖上側】
昔より委からさるを顕し画に志す人々の便となす
神社仏閣の写法 四柱の鳥居 八棟の楼門
船館 鐘楼門 鐘の画法 六重の党塔 三十六棟作【?】
廊下橋 無杭橋 橋の反 ̄リ幕の法 水車の自左【?】
《割書:葛飾|画本》新鄙形(しんひなかた)
畳の祖神 箭大臣 隋身の形 風吹の天 ̄マ狗
五大尊明王 忿怒の二王 花形 ̄ウ虹梁蟇股
龍の類 双 ̄ヒ鳳凰 喰合獅子 亀魚 風下ノ流
登 ̄リ浪下 ̄リ浪 干珠満珠 飛泉 諸薬看板向 ̄キ
【左帖下側】
禽獣虫魚の類
三方正面の意
諸細工の下絵
勇猛力士羅漢
仙人風流遊客
山水の人物等

宮殿楼閣堂塔迦檻は木匠之家々の
秘説にして容易に画工の知るへき事に
あらすさるからに往古より委く画く事を
せさる也たま〳〵需る人有に任せ不得已
時々に此法を定め画を学ん者の要に
依る已而猶高楼深殿等眼の及さるも
多く円方長短の誤り尺寸の違ひは
言ふへくもあらす挌好の善悪抔是や
昔よりいゝ伝ふ絵虚咅なれは其道の人々
咎め叱する事を赦して只々一笑あれかし
 分登る麓の道はおゝけれと
 おなし高根の月を見るかな

【①】斧の類は 
    神農氏より 
       発ると也
【②】鋸(のこぎり)鑿(のみ)は 
    周の代魯国の臣 
       孟荘子作ると云
【③】矩尺(さしかね)斗墨(すみつぼ)は
    黄帝の時に
       始りしとか

【①\t】船楼館(ふなやかた)
     剖劂の労甚しきを
     厭ひて大略して只其
     形而已を出す
【②\t】畳の縁の分
     固に
     たゝみの
     濫觴を
     次キに出ス
【③\t】片妻は
     裏より
     写すへし

【右帖】
日本記神代巻曰一云以無目堅間為浮木以細縄繋著
火々出見尊而沈之所謂堅間是今之竹籠也于時海底
自有可恰小汀乃尋汀而進忽到海神豊玉彦之宮云云
此彦火々出見尊と奉号は地神四代の御神也此神
竜宮国《割書:今の琉球|国なり》に御出有時海神の娘豊玉媛
奉見父豊玉彦小告給豊玉彦則
八重畳を敷て
彦火々出見尊を奉迎是
日本にて畳の始なり
【左帖】
古事記に海驢の皮畳八重に其上に敷と有
尤【㔫左ヵ】尊奉敬の儀也今田舎にて貴人或は珍客
来迎の時は畳の上に表敷亦は花胡座等を敷
其上に居らしむ是八重畳の其縁也
神代の昔は山に住居貴人は鹿の皮
海辺に住居する貴人は海驢の皮
其外諸の神達は蘽を編或は
茅を編てしき物とし給となり
今用る畳は海の宮の八重畳より発
故に海神を祖神と奉崇祭者也

  天保六辛未年仲秋 敬写  故人藤原興宣門人
                  藤原秀国敬白

【①\t】紙中狭く其上
    剞劂の労を
    おもふがゆゑに多く
    形を略すとしるべし
【②\t】欄干の右の鼻は
    此節まで写して
    裏返して次く也
【③\t】鐘の画キ方
     寸法は
    家根の
     次にしるす 

【①\t】傍に鬼板の形を
    出す抑ふきの形は
    末にゑかく
【②\t】前にもいふことく
    紙中狭く猶さらに
    剞劂の労甚し
    からんを思ひて
    大小略すとしるべし
【③\t】猶委しくせんと
    おもふ人は山門の
    箱むねへ登りて
    見給ふへし遠見
    大図のみ也
【④\t】此印よりの左を
    うつしうらがへし
    右の軒へ合せて
     ぜんたいを
      なすべし

【①\t】かねは丸みあり
    ゑはひら【かヵ=両論あり得る】みにて
    寸法あまる也
【②\t】かねは右の除法
    入らずとしるべし
【③\t】口のわたり三寸ならばめぐりは九寸としるべし
【④\t】これゟ下を四ツに割り其四ツ一トぶんを又四ツにわりて立すじとすべしかねには九寸ヲ四ツに割り其一ト分ヲ四筋にワル
【⑤\t】四句の文によりてかこと〴〵く
    四ツの数を用すとみへたり
    すぼりもさし渡シ三寸を四ツに
    割其一ツをすぼむなるべく
    りうずも右のわりとみゆる也
    かさ中カといへるならんかたゞし
    かさ下タの割は追て
    いだすべし
【⑥\t】丈ケ四寸二分」四ツにワル」一寸五リン也」上の一寸五リン」を二ツにワリ」五分二リン五毛」これをかさに」とり残リ」三寸一分五リンヲ」四ツにワリて」本形をくらべ」かんべんすべし
【⑦\t】 是生滅法
    諸行無常
    生滅々已
    寂滅為楽
【⑧\t】四ツ割」の内ヲ」半分」笠に」とる也
【⑨\t】撞木の長サは鐘の惣高サに積ルをよしとするとか
【⑩\t】口のわたり三寸也四分ヲマシ惣丈ケ四寸二分トスル

【①\t】鐘工にては此形ヲ
     笠下タの割とか
     云へきか笠の寸法ヲ
     増たるゆへに
     形チ長シ
【②\t】笠に七の穴を穿ツ
     螺髪なく隷書か一百八字有リ
【③\t】此図は墨賦【目偏】に
     有ルを爰に出ス
     板本にあらす奉書に
     押シたる物にて書画共に
     左表なるを其儘に写す
【④\t】鐘工伯陵が事を誌せしとか云
     磨滅して読ム者なし

【①\t】豊磐間戸ノ命
     櫛磐間戸ノ命
     衣冠相同シ故に一神ヲ略す
     白衣也
【②\t】祭神に寄ツて画くべし
     矢太神と称するの始メか
        常に在ル処の
           隋臣の像
     左右等しけれは
     一体を画く
【③\t】二王と唱るものこれにあらず
     次キの篇にいふ
【④\t】金剛垣の形は
     末に出す也
     左右共に
     岩台に立ツべし

【①\t】辺鄙
     雪解の比
     而已あり
     踈ノ嬾サ橋
     般に用る
     偸懶帚と
     名付ルの
     たぐひより
      かく呼ならんか

【①\t】華形ウ
     雌雄の
     鳳凰
     黒白には
      あらず
【②\t】自流の彩色
     画具のたかい等
     別巻に
       出すべし
【③\t】辺鄙谷の渡
     麻の糸に小石を
     くゝり向岸へ
     投越しそれに
     麻縄を引カせ
     次第に大綱を
     引渡すと也その
     丹誠思ひ斗ルべし
【④\t】晩春より初冬迄
     往来す其余は
     通路を禁す
【⑤\t】桧綱九寸
       廻りなりとか

【①\t】橋の反りヲ画くの心へは
     向ふの岸よりこなたへ
     図のごとく水縄を
     引わたしその
     なはのたるみを
     つもりて
     かつこうを
     つくべきか
【②\t】河の幅長短により
     水縄の目方にて
     たるみ不同あり
     そのたるみ中ほど
     にて何丈
     何尺とつもりて
     そのたるみたるを上へ
     打かへしてはしの
     そりとなすのこゝろにて
     ゑがくべしされは
     長キはそり高く短キは
     そりなきにて
          しるべし
【③\t】そりはしは丸を
     中カよりわる事
     もちろんなれども
     これにも唐やうの
     画き方あり
     末篇橋の編に
     くわしくいふべし

無杭橋

天明の比本所
堅【竪が正ヵ】川三ツ目に
掛たりしか委クは
其地の古老に
たつねべし

【①\t】
般橋末篇に出
略したる仕方
【②\t】
水田深く
橇轎の
及さる所に
用ると也

【①\t】
角亢氐房心尾箕斗
逆に返して後順なり軍器の法なるや
【②\t】
牛女虚危室壁奎婁 下略
【③\t】
陽のまゝは縫目上より伏へく乳かづ二十八有
天此二十八宿に表スなるべし上に記す
陰のまゝは縫目下より上を包み乳のかづ
三十六 地の三十六禽に象るか末に記す
物見九つ有ルべし 上の二ケ所は大将の物見に
次□三ケ所は侍大将の物見下の四ケ所は
平士の物見なるべし 紐は三色なり
白は天浅黄は人なり黒は地は地とさつすべシ
【④\t】
軍器とは
  別物也
廊下橋
【⑤\t】
蜻蛉頭は
古法九ツに割と也

臨兵闘
者皆陣
列在前

【①\t】
惣領の幕をかくと心得て画くべしや
【②\t】
二男のまくはかくあるべきなり《割書:物見九ツを九曜星に象るもあり但シ|日やうせい月ようせいを上に名付ル故にまへに同じ》
【③\t】
三男の幕これにてしかるべしや
【④\t】
四男より以下のまくの形右にてしかるべし

【①\t】
和州西の京
 西大寺にも
    此形見へたり
【②\t】
九輪の挌好亦品々ある也
追々画くへし
仏経に定寸有へからす

【①\t】
六重の塔
其製作一ならす紙中狭く猶
剞劂の労をさつして漸く
十にして其三ツをあらはす
外に曼陀羅やうの外組み亦
多宝塔追々に画くへし
【②\t】
目録にいふ八ツ棟の楼門
三十六棟の宝塔をもらす
巻中丁数限り有ル故に
上事【るヵ】を次の冊におくる

【文字なし】

【右帖】
客来ツて叱つて曰ク
足下の細画委きに
過たり故にゑにあらずと
譏る人多し改ルにしかじ
答て智者は其智に誇る
業等閑にして文雅を
礼としあるは流行を常
として智を以て世に鳴ル
わざ鈍キは老て下タる事
速なり幸に天我をして
遇ならしむ剩文盲にして
古法に縄セられず去年
を悔ヒきのふをはぢひとり
塞翁が馬に鞭うつて
此道に走る事をほしひ
まゝにす齢八旬にちかしと
いへど眼気筆力壮年に
かわらず百歳の命を
保チて独立のこゝろざしを
じやうじゆせん事を思ふ
是客も命あらば老人が
言の違ざるを見給ふべし
客いかつて帰る不学者の
論一笑に備ふ而已
【左帖】
齢七十七《割書:前北斎為一改》画狂老人卍筆【印】
 剞劂        江川留吉【印=五常亭】
《割書:諸識|画本》葛飾新鄙形(かつしかしんひながた)《割書:出来|発兌》《割書:界方木(ひじやうき)に馴(な)れさる初心(しよしん)の人〳〵の|為(ため)に其(その)大体(たいてい)を略(りやく)すのみ余(よ)は冊々(さつ〳〵)|を操返(くりかへ)して自得(じとく)し給ふべし》
同  中編《割書:初編目録(しよへんもくろく)に漏(もれ)たるを著(あらは)し猶(なほ)つくさざる後(のち)の巻(まき)に画(ゑが)く|画(ぐわ)を学(まな)ぶの外(ほか)諸細工(しよさいく)の一助(いちじよ)とならん事を要(えう)すされば|宮殿堂塔(きうでんだうたふ)の外 数々(しば〳〵)の形像(けいぞう)を写(うつ)すものなり》
同  下編《割書:前の二冊は初学(しよかく)の■安(いりやす)きのみを専(もつは)らにす三 編(へん)に至(いたつ)て|良(やゝ)往昔(わうせき)より写(うつ)しがたきむづかしき形(かた)入組(いりくみ)たるを著(あらは)す|桟(さん)船(セん)水車(すゐしや)器材(きざい)等 人物(じんぶつ)鳥獣虫魚(でうじうちうぎよ)に至(いた)る迄を図(づ)する也》
新鄙形続編(しんひながたぞくへん)《割書:見馴(みなれ)ざる上世(じやうせい)の製作(セいさく)偶(たま)〳〵存在(そんざい)するといへとも層(そう)〳〵たる|徑路(けいろ)或(あるひ)は険岨(けんそ)にして雅地(がち)にあらざれば風流(ふうりう)の遊客(ゆふかく)は|さら也 旅人(りよじん)も爰(こゝ)に入事 稀(まれ)なるべしと其(その)珍(めづら)しきを出(いだ)すのみ》

天保七申年正月
        京都寺町通松原
            勝村 治右エ門
        大坂心斎橋安堂寺町
            秋田屋太右エ門
 三都書林   江戸日本橋通弐丁目
            小林 新兵衛
        同 四丁目
            須原屋佐 助
        同 壱丁目
            須原屋茂兵衛

【文字なし】

【裏表紙 文字なし】

【背面 文字なし】

【上側面】

【側面】

【下側面】

BnF.

Japonais
 321

1069

Licenca
Eu Geromymo Rodrigues da Companclia de