【題箋】 絵入  竹とり物語 【表紙裏(見返し) 文字無し】   たけとり物語 いまはむかしたけとりのおきなといふもの有 けり野山にましりてたけをとりつゝよろつの 事につかひけり名をはさるきのみやつこと なんいひける其竹の中にもとひかる竹なん 一すちありけりあやしかりてよりて見るに つゝの中ひかりたりそれを見れは三すんはかり なる人いとうつくしうて居たりおきな云やう われ朝こと夕ことに見るたけの中におはする にてしりぬ子になり給ふへき人なめりとて 手にうち入て家へもちてきぬめの女にあつ けてやしなはすうつくしき事かきりなし いとおさなけれははこに入てやしなふ竹とり のおきな竹とるに此子を見つけてのちにたけ 取にふしをへたてゝよことにこかねある竹をみ つくる事かさなりぬかくておきなやう〳〵 ゆたかになりゆく此ちこやしなふほとにすく 〳〵とおほき【注】になりまさる三月はかりになる 程によきほとなる人になりぬれはかみあけな とさうしてかみあけさせきちやうの内よりも 出さすいつきかしつきやしなふ程に此ちこの かたちのけそうなる事世になく屋の内は 【注 字面は「支に濁点が付いたよう」ですが仮名物語にこの字だけ漢字で書き振り仮名を付けるのは不自然なので、変体仮名「き」と書き濁点は誤記かと思われる。】 くらきところなくひかりみちたりおきなこゝ ちあしくくるしき時も此子をみれはくるし き事もやみぬはらたゝしき事もなくなく さみけりおきなたけをとる事ひさしくなるも さかえにけり此子いとおほきに成ぬれば名を みむろといんへのあきたをよひてつけさすあ きたなよ竹のかくやひめと付侍る此程三日う ちあけあそふよろつのあそひをそしけるお とこはうけきらはすよひほとへていとかしこ くあそふ世界のをのこあて【身分が高いこと】なるもいやしき もいかてこのかくやひめをえてしかな【得てしがな】みてし かな【見てしがな】とをとにきゝめてゝまとふ【愛でて惑う=ひどく美しい、可愛いと思う】そのあたりの かきにも家のとにもをる人たにたはやすく 見るましきものをよるはやすきいもねすやみ の夜にもこゝかしこよりのそきかひま見まと ひあへりさるときよりなんよはひとはいひける 人の物ともせぬ所にまとひありけともなにの しるしあるへくも見えす家の人共に物をたに いはんとていひかくれともことゝもせすあた りをはなれぬ君達夜をあかし日をくらす人お ほかりけるをろかなるひとはようなきありき はよしなかりけりとてこすなりにけり其中 【挿絵 文字無し】 【挿絵 文字無し】 になをいひけるはいろこのみといはるゝ人五 人思ひやむときなくよるひるきたりけりその 名一人はいしつくりの御子一人はくらもちの 御子一人は左大臣あへのみむらし大納言一人 は大伴のみゆき中納言一人はいそのかみのもろ たか此人々なりけり世中におほかる人をたに すこしもかたちよしときゝては見まほしうす る人たちなりけれはかくやひめを見まほしう て物もくはす思ひつゝかの家に行てたゝすみ ありきけれ共かひ有へくもあらす文をかきて やれとも返事もせすわひうたなとかきてつ かはすれ共かひなしと思へとも霜月極月の ふりこほりみな月のてりはたゝくにもさはら すきたり此人々あるときは竹とりをよひ出し てむすめを我にたへとふしおかみ手をすりの 給へとをのかなさぬ子なれは心にもしたかえ すとなんいひて月日ををくるかゝれは此人々 家にかへりて物を思ひいのりをしてはんを立 おもひやむへくもあらすさり共つゐに男あは せさらむやはと思ひてたのみをかけたりあな かちに心さしをみえありくこれをみつけてお きなかくやひめにいふやう御身はほとけへんけの 人と申なからこれ程おほきさまてやしなひ 奉る心さしをろかならすおきなの申さん事 きゝ給ひてんやといへはかくやひめ何事をか のたまはんことは承らさらむへんけの物にて 侍けん身ともしらすおやとこそおもひ奉れと いふおきなうれしくもの給ふものかなといふお きな年七十にあまりぬけふともあすともし らす此世の人は男は女にあふ事をす女は男 にあふことをす其後なん門ひろくもなり 侍るいかてかさる事ノなくてはおはせんかく やひめのいはくなんてうさる事かし侍らん といへはへんけの人といふとも女の身もち 給へりおきなのあらんかきりはかうて【こうして】もい ませかしこの人々の年月をへてかうのみい ましつゝのたまふ事を思ひ定めてひとり〳〵 にあひ給へやといへはかくやひめいはく能も あらぬかたちをふかき心もしらてあた心つき なはのちくやしき事も有べきをとおもふ はかりなり世のかしこき人なりともふかき心 さしをしらてはあいかたしとなんおもふといふ おきないはく思ひのことくもの給ふかなそも 〳〵いかやうなるこゝろさしあらん人にか あはんとおほすかはかり心さしをろかならぬ人 人にこそあめれ【有るめれ➝あんめれ➝あめれ=有るらしく思われる】かくやひめのいはくかはかりの ふかきをか見んといはんいさゝかの事なり 人の心さしひとしかんなりいかてか中にを とりまさりはしらむ五人の中にゆかしきも のを見せ給へらんに御心さしまさりたりとて つかうまつらんとそのおはすらん人々に申 給へといふよき事なりとうけつ日くるゝほ とれいのあつまりぬ人々あるひはふえをふき 或は哥をうたい或はしやうかをしあるひはう そ【口笛】をふきあふきをならしなとするにおきな出て いはくかたしけなくきたなけ成ところに年 月をへてものし給ふ【いらっしゃる】事ありかたくかしこま ると申おきなの命けふあすともしらぬをか くの給ふ君達にもよく思ひさためてつかうま つれと申もことはりなりいつれもをとりまさ りおはしまさねは御心さしの程はみゆへし つかうまつらん事はそれになんさたむへき といへはこれ能事【成し遂げなければならないことがら】也人のうらみもあるまし といふ五人の人々も能事なりといへはおきな いりていふかくやひめ石つくり御子には佛 の御石のはちといふ物ありそれを取て給へと いふくらもちの御子には東の海にほうらいと 云山あるなりそれにしろかねをねとしこかね をくきとし白き玉をみとしてたてる木あり それ一えたおりてたまはらんといふ今ひとり にはもろこしに有火ねすみのかはきぬを給へ 大伴の大納言にはたつのくひに五色にひかる 玉ありそれを取てたまへいそのかみの中納言 にはつはくらめのもたるこやすの貝取て給へ といふおきなかたき事にこそあなれ此国に 有ものにもあらすかくかたき事をはいかに申 さんといふかくやひめなにかかたからんといへ はおきなともあれかくもあれ申さんとて 出てかくなん聞ゆるやうに見給へといへは御(み) 子(こ)たち上達部(かんたちめ)きゝてをいらかに【あっさりと】あたりより たになありきそとやはのたまはぬと云てうん して【倦んじて=気がくじけて】みなかへりぬなを此女見ては世にあるまし き心ちのしけれはてんちくに有物ももてこ ぬ物かはと思ひめくらしていしつくりの御子は こゝろのしたく有人にて天ちくに二つとなき はちを百千万里のほといきたりともいかてか 取へきとおもひてかくやひめのもとにはけふ なん天ちくへ石のはちとりにまかるときかせ て三年はかり大和の国とをちのこほりにある 山寺にひんする【賓頭盧】のまへ【前】なるはちのひたくろに すみ【墨】つきたるをとりてにしきのふくろに入て つくり花のえたにつけてかくやひめの家に もてきて見せけれはかくやひめあやしかりて みれははちの中に文ありひろけて見れは うみ山のみちに心をつくしはてないしのはち の涙なかれけかくやひめひかりや有と見るに ほたるはかりのひかりたになし   をくつゆのひかりをたにもやとさまし    おくらの山にてなにもとめけん とて返し出すはちを門に捨て此哥の返しをす   しら山にあへはひかりのうするかと    はちをすてゝもたのまるゝかな とよみて入たりかくやひめ返しもせすなりぬ みゝにもきゝ入さりけれはいひかゝつらひて【「言い拘ひ」=うまく言えず難儀して】 帰りぬ彼はちをすてゝ又いひけるよりそおも なき事をははちをすつるとは云けるくらも ちの御子は心たはかり有人にておほやけには つくしの國にゆあみにまからんとていとま 申てかくやひめの家には玉のえたとりになん まかるといはせてくたり給ふにつかうまつる へき人々みな難波まて御をくりしける御子い としのひてとの給はせて人もあまたゐておは しまさすちかうつかうまつるかきりして出給ひ 御をくりの人々見奉りをくりて帰りぬおはし ましぬと人には見え給ひて三日はかり有てこ き給ぬかねてことみな仰たりければ其時一つ のたからなりけるうちたくみ六人をめし取て たはやすく【たやすく】人よりくましき【人寄り来まじき】家をつくりてかま とを三へにし籠てたくら【「たくみら」とあるところ】を入給ひつゝ御子も 同所にこもり給ひてしらせ給ひたる【(まるで)お治めになっている】限十六そ【全十六ヶ所(の所領地)】 をかみに【の上に】くと【くど=竃の煙出しの穴】をあけて玉のえたをつくり給 かくやひめの給ふ様にたかはすつくり出つい とかしこくたはかりてなにはにみそかにもて 出ぬ舟にのりて帰りきにけりと殿につけやり ていといたくくるしかりたる様して居給へり むかへに人おほく参たり玉のえたをは長ひつに 入りて物おほひて持て参るいつか聞けんくらも ちの御子はうとんてゑの花持てのほり給へり とのゝしりけりこれをかくやひめきゝて我は 此御子にまけぬへしとむねつふれておもひ けりかゝる程に門をたゝたきてくらもちの御子 おはしたりとつく旅の御姿なからおはしたりと 【絵画 文字無し】 【絵画 文字無し】 いへはあひ奉る御子の給はく命を捨て彼玉 のえた持てきたるとてかくやひめに見せ奉り 給へといへはおきな持ていりたり此たまの枝 にふみそつけたりける   いたつらに身はなしつとも玉のえを    たおしてさらにかへらさらまし 是をも哀ともみてをるに竹取のおきなはしり 入りていはく此御子に申給ひしほうらいの玉 のえたを一つの所をあやまたすもておはしま せり何を持てとかく申へき旅の御姿なからわ か御家へもより給はすしておはしましたり はや此御子にあひつかうまつり給へといふに 物もいわすつらつえ【頬杖】をつきていみしくなけか しけに思ひたり此御子今さへ何かといふへから すと云まゝにえんにはひのほり給ぬおきな理 に思ふ此國にみえぬ玉の枝なり此度はいかて かいなひ申さん人様もよき人におはすなとい ひゐたりかくやひめの云様おやのの給ふ事を ひたふるにいなひ申さんことのいとおしさに取 かたき者をかくあさましくもて来る事をね たく思ひおきなはねやのうちしつらひなとす おきな御子に申様いかなる所にか此木は候ひ けんあやしくうるはしくめてたき物にもと 申御子こたへてのたまはくさおととしの二月 の十日ころに難波より舟にのりて海中に出 てゆかん方もしらす覚えしかと思ふ事なら て世中にいき何かてせんと思ひしかはたゝ むなしき風にまかせてありく命しなはいかゝ はせん生てあらん限かくありきてほうらいと 云らん山にあふやと海にこきたゝよひありき て我國の内をはなれてありき罷しに有時は 波あれつゝうみのそこにも入ぬへく有時には 風につけてしらぬ國に吹よせられて鬼のやう なる物出来てころさんとしき有時にはこしかた 行すゑもしらてうみにまきれんとし有時には かてつきて草のねをくひものとし有時いはん かたなくむくつけけなるものゝきてくひかく らんと□【「し」ヵ】き有時はうみのかいを取て命をつく 旅のそらにたすけ給ふへき人もなき所に色々 の病をして行方空も覚えす舟の行にまかせ てうみにたゝよひて五百日と云たつのこく計 にうみの中にわつかに山見ゆ舟の内をなんせ めて見るうみのうえにたゝよへる山いとおほき にてあり其山のさま高くうるはし是やわか もとむる山ならむと思ひてさすかにおそろし く覚えて山のめくりをさしめくらして二三 日計見ありくに天人のよそほひしたる女山の 中より出きてしろかねのかなまるを持て水をく みありく是を見て舟よりおりてこの山の名を 何とか申ととふ女こたへて云これはほうらいの 山なりとこたふ是を聞にうれしき事限なし 此女かくのたまふは誰そととふ我名ははうかん るりと云てふと山の中に入ぬその山を見るに さらに上るへき様なし其山のそはひら【傍平=かたわら】をめく れは世中になき華の木共たてり金しろかね るり色の水山より流出たるそれには色々の玉 の橋渡せり其あたりにてりかゝやく木共立り 其中に此取て持てまうてきたりしはいとわろ かりしか共の給ひしにたかはましかはとこの 花を折てまうて来る也山はかきりなく面白し 世にたとふへきにあらさりしかと此えたを折 てしかは更に心もとなくて船にのりておひ風 吹て四百余日になんまうてきにし大願力にや 難波よりきのふ南都にまうてきつる更に塩に ぬれたる衣たにぬきかへなてなん立まうてき つるとの給へはおきな聞て打なけきてよめる   くれ竹の世々の竹とり野山にも    さやはわひしきふしをのみ見し 是を御子聞てこゝらの日ころ思ひわひ侍つる 心はけふなんおちゐぬる【落ち着く】とのたまひて返し   わかたもと【袂】けふかはけれはわひしさの    千草のかすもわすられぬへし との給ひかゝる程に男共六人つらねて庭に 出来一人の男ふはさみ【文挟み】文をはさみて申くも むつかさのたくみあやへのうちまろ申さく玉 の木をつくりつかふまつりし事こ國をたち て千余日に力をつくしたる事すくなからす然 にろくいまた給はらす是を給ひてわろきけこ【家子(けご)=下僕】に 給せんと云てさゝけたる竹取のおきな此たく みらか申事は何事そとかたふき【首をかしげる】おり御子 われにもあらぬ氣しきにてきもきえ【肝消(ぎ)え=肝がつぶれる】居給へり 是をかくやひめきゝて此奉る文をとれと云て みれは文に申けるやう御子の君千日いやしき たくみらともろとも同所にかくれ居給ひて かしこき玉のえたをつくらせ給ひてつかさも たまはらむと仰給ひき是を此比あんするに 御つかひとおはしますへきかくやひめのえう し【要じ=是非にと欲しがる】給ふへきなりけりと承て此宮より給はら むと申て給へきなりといふをきゝてかくやひめ くるゝ【暮るる】まゝに思ひはひ【思い侘び】つる心地わらひさかへ【笑い栄え=満面に笑みをたたえ】 ておきなをよひとりて云やう誠ほうらいの木 かとこそおもひつれかくあさましきそらこと にて有けれははや返し給へといへはおきなこた ふさたかにつくらせたる物と聞つれはかへさんこ といとやすしとうなつきをりかくやひめの 心ゆきはてゝありつるうたの返し   まことかと聞て見つれはことのはを    かされる玉のえたにそありける といひて玉のえたも返しつ竹取のおきなさは かりかたらひつるかさすかにおほえて【わざと】ねふり をり御子はたつもはした【中途半端】居るもはしたにて居 給へり日の暮ぬれはすへり出給ひぬ彼うれへ せしたくみをはかくやひめよひすへてうれし き人ともなりといひてろくいとおほくとらせ 給ふたくみらいみしくよろこひて思ひつる様 にもあるかなと云ひて帰る道にてくらもちの御 子ちのなかるゝ迄調させ給ふろくえしかひも なく皆とり捨させ給ひてけれはにけうせにけ りかくて此御子一しやうのはち是に過るはあら し女を得すなりぬのみにあらす天下の人の おもはん事のはつかしき事との給ひてたゝ一所 ふかき山へいり給ぬ宮つかささふらふ人々 皆手をわかちてもとめ奉れ共御死にもやし 給ひけん得見つけ奉□【らヵ】す成ぬ御子の御供にか くし給はんとて年頃見え給はさりける也是を なん玉さかるとは云はしめける右大臣あへの みむらしはたからゆたかに家ひろき人にて おはしける其年きたりけるもろこし船のわ うけいと云人のもとに文を書て火ねすみのか はといふなる物かひてをこせよとてつかうまつる 人の中に心たしかなるをえらひて小野のふさ もりと云人をつけてつかはすもていたり彼から にをるわうけいに金をとらすわうけいふみを ひろけて見て返事かく火ねすみのかはころも 此國になき物也をとにはきけ共いまたみぬ物 なり世に有物ならは此國にももてまうてきな ましいとかたきあきなひ也然共もし天ちくに 玉さかにもて渡なは若長者のあたりにとふ らひもとめんになき物ならは使いにそへて金を は返し奉らんといへりかのもろこしふねきけ り小野のふさもりまうてきてまうのほる【参上する】と云 事を聞てあゆみとうする【動揺する】馬をもちてはしら せんかへさせ給ふ時に馬にのりてつくしより只 七日にまうて来る文を見るに云火ねすみのか は衣からうして人を出してもとて奉る今の世 にも昔の世にも此かははたはやすく【たやすく】なきものな りけりむかしかしこき天ちくのひしり此國に もて渡りて侍りける西の山寺にありときゝ及 ておほやけに申てからうしてかい取て奉る あたひの金すくなしとこくし使に申しかは わうけいの物くはえてかひたり今こかね五十両 給るへし舟の帰らんに付てたひをくれもし かねたまはぬ物ならは彼衣のしち返したへと いへる事を見て何おほすいまかね少にこそ あなれうれしくしてお□せたるかなとてもろ こしのかたにむかひてふしおかみ給ふ此かは きぬ入たるはこを見れはくさ〳〵のうるはし きるりをいろえてつくれりかはきぬを見れは こんしやうの色るりけのすゑにはこかねの光 しさゝやきたりたからと見えうるはしき事 并へき物なし火にやけぬ事よりもけうら【清ら】 なる事限なしうへかくやひめこのもしかり給 ふにこそ有けれとのたまひてあなかしことて はこに入給ひてものゝえたにつけて御身の 【絵画 文字無し】 【絵画 文字無し】 けさういといたくしてやかてとまりなんもの そとおほしてうたよみくはへてもちていまし たりそのうたは   かきりなき思ひにやけぬかはころも    たもとかはきてけふこそはきめ といへり家の門にもていたりてたてり竹取出 きてとり入てかくやひめに見すかくやひめの かは衣を見て云うるはしきかはなめりわきて 誠のかはならん共しらす竹取こたへていはく ともあれかくもあれ先しやうし入奉らん世中 に見えぬかはきぬのさまなれは是をと思ひ給 ひね人ないたくわひさせ給ひ奉らせ給ふそと 云てよひすえたてまつれりかくよひすえて此 度はかならすあはんと女の心にも思ひをり此 おきなはかくやひめのやもめなるをなけかしけ れはよき人にあはせんと思ひはかれとせちに いなといふ事なれはえしひぬは理也かくやひめ おきなに云此かは衣は火にやかんにやけすは こそまことならめと思ひて人のいふ事にもま けめ世になき物なれはそれをまことゝうたか ひなく思はんとの給ふ猶是をやきて心見んと 云おきなそれさもいはれたりと云て大臣にかく なん申といふ大臣こたへて云此かははもろ こしにもなかりけるをからうしてもとめたつ ね得たる也なにのうたかひあらんさは申とも はややきて見給へといへは火の中に打くへ てやかせ給ふにめら〳〵とやけぬされはこそ こと物【異物=別物】のかはなりけりといふ大臣是を見給ひ てかほは草のはの色にて居給へりかくやひめは あなうれしとよろこひてゐたりかのよみ給ひ ける哥の返しはこに入て返す   名残なくもゆとしりせはかわころも    思ひのほかにをきて見ましを とありけるされは帰りいましにけり世の人々 あべの大臣ひねすみのかは衣をもていまして かくやひめに住給ふとなこゝにやいますなと とふある人の云かははひにくへてやきたりし かはめら〳〵とやけにしかはかくやひめあひ給 はすといひけれは是を聞てそとけなきもの【遂げなきもの=やり遂げることができない】を はあへなしと云ける大伴のみゆきの大納言は 我家にありとある人をあつめてのたまはくた つのくひに五色のひかりある玉あなりそれを 取て奉りたらん人にはねかはん事をかなへん とのたまふをのこ共仰の事を承て申さく 仰の事はいともたうとし但この玉たはやす く得とらしをいはんやたつのくひの玉はいかゝ とらんと申あへり大納言の給ふ天のつかひと いはんものは命をすてゝもをのか君のおほせ 事をはかなへんとこそ思へけれ此國になき てんちくもろこしの物にもあらす此國の海山 よりたつはおりのほる物也いかに思ひてか汝 らかたき物と申へきをのこ共申様さらは いかゝはせんかたき物成共仰事にしたかひても とめにまからんと申に大納言見わらひてなん ちらか君の使と名をなかしつ君の仰事をは いかゝはそむくへきとの給ふたつのくひの玉 とりにとて出したて給ふ此人々のみちのかてく ひものに殿の内のけぬ【きぬ(絹)の誤記】わた【綿】せに【銭】なとある限取 出してつかはす此人々とも帰るまていもゐ【斎=ものいみ】を して我はおらん此玉とりえては家に帰りくな との給はせたりをの〳〵仰承て罷りぬ龍の首 のたま取得すは帰りくなとの給へはいつちも 〳〵あしのむきたらんかたへいなんすかゝるす き事をし給ふ事とそしりあへり給はせたる 物をの〳〵わけつゝ取或はをのか家にこもり 居或はをのかゆかまほしき所へいぬ親君と 申共かくつきなきことをおほせ給ふ事とこ とゆかぬ物ゆへ大納言をそしりあひたりかくや ひめすへん【据ゑん=住まわせる】にはれいやう【例様=普段のさま】には見にくしとのた まひてうるはしき家をつくり給ひてうるしを ぬりまき絵して返し【別本には「壁し」】給ひて屋の上にはいと をそめて色々ふかせてうち〳〵のしつらひに はいふへくもあらぬあやをり物にゑをかきて まこと【間ごと】はり【貼り】たりもとのめともはかくやひめを かならすあはんまうけ【娶る準備】してひとり明しくらし 給ひつかはしゝ人はよるひるまちたまふに 年こゆるまてをともせす心もとなかりていと しのひてたゝとねり二人めしつきとしてやつれ たまひて難波のあたりにおはしましてとひ給ふ 事は大伴の大納言の人や舟にのりてたつ ころしてそかくひのたまとね【「れ」の誤記ヵ】るとや聞ととは するに舟人こたへていはくあやしき事かなと わらひてさるわさする船もなしとこたふるに をちなき【考えが浅い】事する舟人にもあるかなえしらて かくいふとおほしてわか弓の力はたつ【龍】あらはふ といころしてくひの玉はとりてんをそくく るやつはらをまたしとの給ひて舟に乗て海 ことにありき給ふるにいと遠くてつくしの方の 海にこき出給ぬいかゝしけんはやき風吹世界 くらかりて舟をふきもてありくいつれの方共 しらす舟を海中にまかり入ぬへくふきまはし て波は船にうちかけつゝまき入神は落かゝる様 にひらめきかくるに大納言はまとひてまたか かるわひしきめ見すいかならんとするそとの給 ふかち取こたへて申こゝら舟に乗て罷ありくに またかゝるわひしきめを見すみ舟うみのそこに いらすは神おちかゝりぬへしもしさいはひに 神のたすけあらは南海にふかれおはしぬへし うたて有【嘆かわしい】主のみもとにつかうまつりてすゝろ【思いがけないさま】 なるしにを【死にを】すへかめるかなと梶取なく大納言 是を聞ての給はくふねに乗てはかちとりの 申事をこそ高き山とたのめなとかくたのもし けなく申そとあをへと【青へど。注】をつきての給ふかち取 こたへて申神ならねは何わさをかつかうまつ らん風ふき波はけしけれ共神さへいたゝきに  おちかゝるやうなるは龍をころさんともとめ給 候へはある也はやて【疾風】もりうのふか【吹か】する也はや神 に祈り給へと云能事なりとてかち取の御神 きこしめせ音なく心をさなくたつをころさん と思ひけり今よりのちは毛一すちをたにうこ 【注 苦しんで吐くなまなましいへど】 かし奉らしとよこと【寿詞…祈願のことば】をはなちて立居なく〳〵 よはひ給う事千度計申給ふけにやあらんや う〳〵神なりやみぬ少ひかりて風は猶はやく吹 梶取のいはく是は龍のしわさにこそ有けれ此 ふく風はよき方の風也あしき方の風にはあら す能かたに趣てふくなりといへ共大納言は是を  聞入給はす三四日ふきてふき返しよせたり はまをみれははりまのあかしのはまなりけり 大納言南海のはまにふきよせられたるにやあ らんとおもひていきつき【いきづき(息吐き)=苦しい息をする】ふし給へり舟にある をのことも国につけたれ共国のつかさまうて とふらふにも得おきあかり給はて船そこに ふし給へり松原に御むしろしきておろし奉る 其時にそ南海にあらさりけりと思ひからう しておきあかり給へるを見れは風いとおもき 人にてはら【腹】いとふくれこなたかなたの目には すもゝを二つけたる様也是を見奉りてそ国の つかさもほうえみたる国に仰給てたこし【手輿】つく らせ給ひてにやう〳〵【うんうん唸りうめき】になはれて家に入給ひ ぬるをいかてかきゝけんつかはしゝをのこ共 参りて申様たつの首の玉を得とらされしか は南殿へも得参らさりし玉の取かたかりし事を しり給へれはなんかんたう【勘当】あらしとて参つる と申大納言お起居 てのたまはくなんちらよ くもてこす成ぬ龍はなる神のるいにこそあ りけれそれか玉をとらんとてそこらの人々の かいせられんとしけりましてたつをとらへた らましかは又こともなく我はかいせられなま しよくとらへす成にけりかくやひめてうおほ 盗人のやつか人をころさんとするなりけり家 のあたりたに今はとをらし男共もなあり きそとて家に少のこりたりける物共はたつの 玉をとらぬ者共にたひつ是を聞てはなれ給 ひしもとの上はかたはらいたくわらひ給ふい と【糸】をふかせ【葺かせ】つくりし屋はとびからすのすにみ なくひ【喰い】もていにけり世界の人の云けるは大伴 の大納言はたつのくひの玉取りておはしたる いな【否】さもあらす御まなこ二にすもゝのやうな る玉をそそへていましたるといひけれはあな たへかた【食べ難】といひけるよりも世にあはぬ事をは あなたへかたとはいひはしめける   たけとり物語上終 【裏見開き】【裏表紙の見返しヵ】 【左上角】 Japonais 5600  (1) 【左下】 Acq  83-416 【裏表紙】 【書票】 JAPONAIS 5600 1 【本の背】 【冊子の天或は地の写真】 【本 小口】 【本の地或は天の写真】 《割書:絵|入》竹とり物語   【見返し】 【種々の印】 【上の印】 高等女 学校図 書之印 【中段の大きな角印】 女子高等 師範学校 図書之印   たけとり物語下 中納言いそのかみのまろたかの家につかは るゝをのことものもとにつはくらめのすくひ たらはつけよとの給ふを承りてなにの用にか あらんと申こたへての給ふやうつはくらめの もたるこやす貝をとらんれうなりとのたまふ をのこともこたへて申つはくらめをあまたこ ろして見るたにもはらになきものなりたゝ し子うむ時なんいかてかいたすらんと申 人たに見れはうせぬと申又人の申やう おほいつかさのいひかしく屋のむねにつくの  あなことにつはくらめはすをくひ侍るそれに まめならんをのこともをひて【率て】罷りてあくら【足場】を ゆひあけてうかゝはせんにそこらのつはくらめ 子うまさらむやは扨こそとらしめたまはめと 申中納言よろこひ給ひておかしき事にも 有かなもつともえしらさりけりけう【興】有事申 たりとの給ひてまめなるをのことも廿人はかり つかはしてあなゝひ【足場】にあけすへられたり殿よ り使ひまなく給はせてこやすのかひとりたる かとむかはせ給ふつはくらめもひとのあまた のほり居たるにおちて【懼ぢ】すにものほりこすかゝる よしの返しを申しけれは聞給ひていかゝすへき とおほしわつらふに彼つかさの官人くらつ丸 と申おきな申やうこやす貝とらんとおほしめ さはたはかり【策略】申さんとて御前にまいりたれは 中納言ひたひをあはせてむかひ給へりくらつ まろか申やうこのつはくらめこやす貝はあし くたはかりて【不適当に計略して】とらせ給ふなりさてはえとらせ 給はしあななひにおとろ〳〵しく【人目を驚かす様で】廿人上りて 侍れはあれて【離れて】よりまうてこす也せさせたまふ へきやうは此あなゝひをこほちて【こぼちて=壊して】ひとみなしり そきてまめならん人一人をあらたにのせすへ てつなをかまへて鳥の子うまん間につなを つりあけさせてふとこやすかひをとらせ給ひ なはよかるへきと申中納言のたまふやうい とよき事なりとてあなゝひをこほし人みな 帰りまうてきぬ中納言くらつ丸にのたまは くつはくらめはいかなる時にか子をうむとし りて人をはあくへきとのたまふくらつ丸申様 つはくらめ子うまんとする時は尾をさゝけて 七度めくりてなんうみおとすめる扨七度めく らんおりひきあけてそのおりこやすかひはと らせ給へと申中納言よろこひ給て万の人 【図 石上中納言】 【図】 にもしらせ給はてみそかにつかさにいまして をのこ共の中にましりてよるをひるになして とらしめ給ふくらつ丸かく申をいといたくよ ろこびてのたまふこゝにつかはるゝ人にも なきにねかひをかなふる事のうれしさとの 給ひて御そ【衣】ぬきてかつけ給ふつ?【「給ひつ」とあるところか】さらによさり 此つかさにまうてことの給ふてつかはしつ 日暮ぬれは彼つかさにおはして見給ふに誠つ はくらめすつくれりくらつまろ申やうおう けて【尾浮けて】めくる【廻る】あらこ【粗籠=目のあらい籠】に人をのほせてつりあけさ せてつはくらめのすに手を指入させてさくる に物もなしと申すに中納言あしくさくれは なき也とはらたちてたれはかりおほえんにと て我のほりてさくらんとの給ひてこにのりて つられ上りてうかゝひ給へるにつはくらめお をさけていたくめくるにあはせて手をさゝけ てさくり給ふに手にひらめる物さはる時に我 物にきり【握り】たり今はおろしてよおきなしえたり との給ひてあつまりてとくおろさんとてつな をひき過してつなたゆる則にやしまのかなへ【注】 の上にのけさまにおち給へり人々あさまし かりてよりてかゝへ奉れり御目はしらめ【白眼】にて 【注 八島の鼎=宮中の大炊寮にあった八個の竈にかかっている八個の鼎】 ふし給へり人々水をすくひ入奉るからうして いき出給へるに又かなへの上より手とり足取 してさけおろし奉るからうして御ここちは いかゝおほさるゝととへはいきの下にて物は 少覚ゆれとこしなんうこ【「と」と見えるは誤記か】かれぬされとこやす 貝をふとにきりもたれはうれしくおほゆる也 まつしそく【脂燭】してこゝのかいかほ見んと御くしも たけて御手をひろけ給へるにつはくらめのま り【大小便をする】をけるふるくそをにきり給へるなりけりそ れを見給ひてあなかひなのわさやとのたまひ けるよりそ思ふにたかふ事をはかひなしと 云けるかひにもあらすと見給けるに御心ち もたかひてからひつのふたに入られ給ふへく もあらす御腰はおれにけり中納言はいくいけ たる【別本に「わらはげたる(童げ)」とあり】わさしてやむことを人にきかせしとし 給ひけれとそれをやまひにていとよはくなり 給ひにけりかひをえとらすなりにけるよりも 人のきゝわらはん事を日にそへておもひ給ひ けれはたゝにやみしぬる【病み死ぬる】よりも人きゝはつか しく覚え給ふなりけりこれをかくやひめ 聞てとふらひにやる哥   年をへて波立よらぬすみの江    まつかひなしときくはまことか とあるをよみてきかすいとよはき心にかしら もたけて人にかみをもたせてくるしき心ちに からうしてかき給ふ   かひはかくありける物をわひはてヽ    しぬるいのちをすくひやはせぬ と書はつるたえ入給ひぬ是を聞きてかくやひめ 少あはれとおほしけりそれよりなん少うれし き事をはかひありとは云けるさてかくやひめ かたちの世に似すめてたき事を見かときこ しめして内侍なかとみのふさこにの給おほく の人の身をいたつらになしてあはさるかくや ひめはいかはかりの女そとまかりて見てまい れとの給ふふさこ承てまかれりたけとりの家 に畏てしやうじいれてあへり女に内侍の給ひ 仰事にかぐやひめのうち【別本に「かたち」とある】いう【優】におはすなり能 見てまいるへきよしの給はせつるになん参り つるといへはさらはかく申し侍らんといひて入 ぬかくやひめにはやかの御使にたいめんし給 へといへはかくやひめよきかたちにもあらすい かてか見ゆべきといへはうたてものたまふかな 御門の御使をはいかてかをろかにせんといへは かくやひめのこたふるうやう御門のめしてのた まはん事かしこし共おもはすといひてさらに 見ゆへくもあらすむめる子のやうにあれと いと心はつかしけにおろそかなるやうにいひ けれは心のまゝにもえせめすないしのもとに 帰り出て口おしくこのおさなきものはこはく 侍る者にてたいめんすましきと申しないしか ならす見奉りてまいれと仰こと有つる物を見 奉らてはいかてか帰り参らん国王の仰事を まさに世に住み給はん人の承たまはてありなん やいはれぬこと【訳の分からないこと】なし給ひそとことははちしく【「はちかしく」とあるところか】 云けれは是をきゝてましてかくやひめ聞へく もあらす国王の仰事をそむかははやころし 給てよかしと云此内侍帰り参て此由をそうす 御門きこしめしておほくのひところしてける心  そかしとのたまひてやみにけれと猶おほしお はしましてこの女のたはかりにやまけんとお ほして仰給ふ汝か持て侍るかくやひめ奉れ かほかたちよしときこしめしておつかひたひ しかとかひなく見えす成にけりかくたひ〳〵 しくやはならはすへきと仰らるゝおきな畏て 御返事申やう此めのわらははたへて宮仕 つかうまつるへくもあらす侍をもてわつらひ 侍さり共罷りておほせ給はんとそうす是を聞召 て仰給ふなとかおきなのおほしたてたらん物 を心にまかせさらむ此女もし奉りたるも のならはおきなにかうふり【冠り=官位】をなとかたはせ【賜ばせ=下さる】さ らんおきなよろこひて家に帰てかくやひめに かたらふやうかくなん御門の仰給へるなをや はつかうまつりたまはぬといへはかくやひめこ たへて云もはらさやうのみやつかへつかうま つらしとおもふをしゐてつかうまつらせたま はゝきえうせなんす【消え失せなんず=消え失せてしまうだろう】みつかさかうふり【官爵】仕てし ぬはかり也おきないらふる様なし給ひそかう ふりもわか子を見奉らでは何にかせんさは有 共などか宮つかへをし給はさらん死給ふへき やうや有へきといふなをそらことかとつかま つらせてしなすやあると見たまへあまたの人 の心さしをろかならさりしをむなしくなして しこそあれきのふけふみかとののたまはん事 につかん人きゝやさし【恥ずかしい】といへはおきなこたへ て云天下の事はと有ともかゝりとも御命の あやうきこそおほきなるさはりなれは猶つか うまつるましきことを参りて申さんとて 【挿絵】 【挿絵】 参りて申やう仰の事のかしこさ【畏れ多くもったいなさ】に彼わらは をまいらせんとてつかうまつれは宮つかへに 出したておはしぬへしと申すみやつこ丸か手に うませたる子にてもあらずむかし山にて見付 たるかゝれは心はせも世の人に似す侍ると そうせさす御門おほせ給はくみやつこまろか 家は山もとちかく也御かりみゆきしたまはん 様にてみてんやとのたまはすみやつこまろか 申様いと能事也何か心もなくて侍らんにふ とみゆきして御覧せられなんとそうすれは 御門俄に日を定て御かりに出給ふてかくや姫の 家に入り給ふて見給に光みちてけうら【清ら】にて居た る人有是ならんとおほしてにけて入袖をとら へ給へはおもて【面】をふたきて【覆って】候へとはしめよく御 らんしつれはたくひなくめてたく覚えさせ 給ひてゆるさしとすとてゐて【率て】おはしまさんと するにかくやひめこたへてそうす【奏ず】をのか身は 此国に生て侍らはこそつかひ給はめいとゐて おはしまし難くや侍らんとそうす御門なとか さあらむなをゐておはしまさんとて御こし【輿】を よせ給ふに此かくやひめきと【急に】かけ【影】に成ぬはか なくくちおしとおほしてけにたゝ人にはあら さりけりとおほしてさらは御ともにはゐて【率て】い かしもとの御かたちとなり給ひねそれを見て たに帰りなんと仰らるれはかくやひめもとの  かたちに成ぬ御門猶めてたくおほしめさるゝ 事せきとめかたしかくみせつる宮つこ丸を よろこび給ふさて仕まつる百くはん【百官=多くの官吏】人々ある しいかめしう【盛大に】つかうまかる【饗応する】みかとかくやひめ をとゝめて帰給はん事をあかす口おしくおほ しけれと玉しゐをとゝめたる心ちしてなんかへ らせ給ひける御こしに奉て後にかくや姫に   帰るさ【帰る折】のみゆき物うくおもほえて    そむきてとまるかくやひめゆへ お返事   むくらはふ下にも年はへぬる身の    なにかは玉のうてなをも見ん これを御門御らんしていかゝかえり給はんそら もなくおほさる御心は更にたち帰るへくもお   ほされさりけれとさりとて夜を明し給ふへき にあらねはかへらせ給ひぬつねにつかうまつる 人を見給ふにかくやひめのかたはらによるへ くたにあらさりけりこと人よりはけうらなり とおほしける人のかれにおほし合すれは人にも あらすかくやひめのみ御心にかゝりてたゝひとり 過し給ふよしなく御かた〳〵にも渡り給はす かくやひめの御もとにそ御文をかきてかよは させ給ふ御かへりさすかににくからすきこえか はし給ひて面白く木草に付けても御哥をよみ てつかはすかやうにて御心をたかひになく さめ給ふ程に三年はかり有て春の初めよりかく や姫月のおもしろう出たるを見てつねよりも 物思ひたる様也有人の月かほ見るはいむ【忌む】事と せいし【制し】けれ共ともすれは人ま【人間=人のいないすき】にも月を見ては いみしくなき給ふ七月十五日の月に出居て せちに物思へるけしき也ちかくつかはるゝ人 人竹取のおきなにつけて云かくやひめれいもえ 月をあはれかり給へ共此頃となりてはたゝ事 にも侍べらさめりいみしくおほしなけく事有 へしよく〳〵見奉らせ給へといふをきゝてか くやひめに云様なんてう【なんでふ=何という】心ちすれはかくもの を思ひたる様にて月を見給ふそうましき【満ち足りて快い】世に と云かくやひめ見れはせけん心ほそく哀に 侍るなてう【なでふ=どうして】物をかなけき侍るへきと云かくや ひめの有所【居る所】にいたりて見れは猶物思へるけし きなり是を見て有仏何事思ひ給ふそおほす らん事なにことそといへば思ふ事もなし物 なん心ほそくおほゆるといへはおきな月な見 給ふそ是を見給へは物おほすけしきは有そと いへはいかて月をみてはあらんとて猶月出れ は出居つゝなけき思へり夕やみには物思はぬ けしき也月の程に成ぬれはなを時々は打なけ きなきなとす是をつかふものともなを物おほす 事有へしとさゝやけと親をはしめて何事とも しらす八月十五日はかりの月に出居てかくや ひめいといたくなき給ふ人目も今はつゝみ給 はすなき給ふ是をみて親共も何事そととひさ はくかくや姫なく〳〵云先々も申さんと思ひ しかともかならす心まとはし給はんものそと 思ひて今を過ごし侍りつる也さのみやはとて打 出侍りぬるそをのか身は此国の人にもあらす つきの都の人也それをなんむかしのちきり有 けるによりなん此世界にはまうてきたりける 今はかへるへきに成にけれは此月の十五日に 彼もとの国よりむかへに人々まうてこんすさら す罷ぬへけれはおほしなけかんかかなしき事 を此春より思ひなけき侍るなりといひていみ しくなくをおきなこはなてう事をの給ふ そ竹の中より見つけきこえたりしかどなたね の大きさをおはせしをわかたけたちならふま てやしなひ奉りたるわか子を何人かむかへ聞 えんまさにゆるさんやと云て我こそしなめと てなきのゝしる事いとたえがたけ也かくやひめ 云月の都の人にて父母ありかた時の間とてか のくによりまうてこしかともかく此国にはあま たの年をへぬるになんありける彼国の父母の 事も覚えすこゝにはかく久敷あそひきこえ てならひ奉れりいみしからん心地もせすかな しくのみあるされとをのか心ならす罷りなんと するといひてもろともにいみしうなくつかは るゝ人も年比ならひて立ちわかれなん事を心  はえなとあてやかにうつくしかりつることをみ ならひてこひしからん事のたへかたくゆ水のま れず同し心になけかしかりけりこの事を御 門きこしめして竹取か家に御使つかはさせ給ふ 御使に竹取出あひてなく事限なし此事をな けくにひけもしろくこしもかゝまり目もたゝ れにけりおきな今年は五十はかりなりけれ とも物思ひにはかたとき【短期間】になん老になりにけ りとみゆおつかひおほせ事とておきなに云 いと心くるしく物思ふ成は誠にかと仰たまふ 竹取なく〳〵申此十五日になん月の都より かくや姫のむかへにまうてくなるたうとくとは せ給ふ此十五日には人々給はりて月の都の人 □うてこは【来ば】とらへさせんと申御使帰り参りて おきなの有様申してそうしつる事共申を聞 召ての給ふ一目見給ひし御心にたに忘れ給 はぬに明暮みなれたるかくやひめをやりてい かゝ思ふべきかの十五日つかさ〳〵におほせて ちよくし少将高野のおほくにと云人をさして 六ゑのつかさ【六衛の司】合て二千人の人を竹取か家に つかはす家に罷てつゐ地の上に千人屋の上に 千人家の人々おほかりけるに合てあけるひま もなくまもらす此まもる人々も弓矢をたいし【帯し】 ておもや【家の中央の部分】の内には女ともはん【番=警固】におりて守らす 女ぬりこめの内にかくや姫をいたかへており おきなもぬりこめの戸さしてとくちにおり おきなの云うかはかり守る所に天の人にもまけ むやといひて屋のうへにおる人々にいはく露も 物そらにかけらは【翔けらば=空を飛び廻れば】ふといころし給へまもる人 人の云かはかりしてまもるところにかはり【別本には「蝙蝠」とあり】一た にあらはまついころして外にさらさんと 【挿絵】 【挿絵】 おもひ侍るといふおきなこれをきゝてたのもし かりおり是をきゝてかくやひめはさしこめて まもりたゝかふべきしたくみをしたり共あの国  の人を得たゝかはぬなり弓矢していられ【射られ】し かくさしこめて有共彼国の人々はみなあきな むとす相たゝかはんとす共彼国の人きなは たけき心つかう人もよもあらしおきなの云様 御むかへにこん人をは長きつめしてまなこを つかみつふさんさかゝみ【さがかみ(其髪)=そいつの髪】をとりてかなくりお とさんさかしりをかきいてゝこゝらのおほやけ 人に見せてはちをみせんとはらたちおるかく や姫いはくこはたかになのたまひそ屋の上に おる人共のきくにいとまさなし【見苦しい】いますかりつる 心さしともを思ひもしらて罷りなんする事の 口おしうはべりけりなかきちきりのなかりけれは 程なく罷ぬへきなめりと思ひかなしく侍る也 親達のかへり見をいさゝかたにつかうまつらて まからん道もやすくも有ましきに日頃も出居 てことし計のいとまを申しつれとさらにゆる されぬによりてなんかく思ひなけき侍る御心 をのみまとはして【惑わして】さりなん事のかなしくたへ かたく侍也かの都の人はいとけうらにおひをせ すなん思ふ事もなく侍るなりさる所へまか らんするもいみしく侍らす老おとろへ給へる さまを見奉らさらむ事こひしからめといひて おきなむねいたき事なし給ふそうるはしきす かたしたる使にもさはらしとねたみおりかゝる 程によひ打過ぎてねのこく計りに家のあたりひる のあかさにもすきてひかりたりもち月のあか さを十あはせたるばかりにて有人の毛のあなさへ 見ゆる程なり大空より人雲にのりておりき て土より五尺はかりあかりたる程にたちつらね たり内外なる人の心とも物におそはるゝやう にて相たゝかはん心もなかりけりからうして 思ひおこして弓矢をとりたてんとすれ共手に 力もなくなりてなへかゝりたる事に心さかし きもの【しっかりしている者】ねんして【念じて】いんとすれともほかさまへいき けれはあれも【荒も】たゝかはて心地たゝしれにしれて【ぼんやりして】 まもりあへりたてる人共はさうそく【装束】のきよら なる事物にも似すとふ【飛ぶ】車一くしたり【具したり】らかい【羅蓋】さ したり其中に王とおほしき人宮つこまろ 家にまうてこといふにたけく思ひつるみやつこ まろも物にゑひたるこゝちしてうつふしにふ せりいはく汝おさなき人いさゝか成くとくを おきなつくりけるによりて汝かたすけにとて かた時の程とてくたしゝをそこらの年頃そこ らのこかね給ひて身をかへたるかことくなり にけりかくやひめはつみをつくり給へりけれ はかくいやしきをのれかもとにしはしおはし つるなりつみのかきりはてぬれはかくむかふ るおきなはなきなげくあたはぬ事也はや返 し奉れといふおきなこたへて申かくやひめ をやしなひたてまつる事廿余年に成ぬか た時との給うにあやしく成侍りぬ又こと所に かくや姫と申人そおはしますらむと云こゝに おはするかくやひめはおもき病をし給へはえ 出おはしますましと申せは其返事はなくて 屋の上にとふ車をよせていさかくやひめきた なき所にいかてか久敷おはせんといひたてこめ たる処の戸則たゝあきにあきぬかうし共も 人はなくしてあきぬ女いたきて居たるかくや 姫と【外】に出ぬえとゝむましけれはたゝさしあふ きてなきおり竹とり心まとひてなきふせる所 によりてかくや姫いふこゝにも心にもあらて かくまかるにのほらむをたに見をくり給へと いへとも何しに【どうして】かなしきに見をくり奉らん我 をいかにせよとてすてゝはのほり給ふそくして ゐておはせねとなきてふせれは御心まとひぬ 文を書置てまからんこひしからん折々取出 て見給へとて打なきて書ことはは此国に生れ ぬるとならはなけかせ奉らぬほとまて侍らて 過わかれぬる事返す〳〵ほゐなくこそ覚侍れ ぬきをく衣をかた見と見給へ月の出たらん夜 は見をこせ給へ見捨奉りてまかるそらよりも 落ぬへき心地すると書をく天人の中にもたせ たるはこ有あまの羽衣いれり又あるは不死の くすり入りひとりの天人云つほなる御くすり 奉れきたなき所の物きこしめしたれは御心地 あしからん物そとてもてよりたれはいさゝか なめ給ひて少かた見とてぬき置ころもにつゝ まんとすれはある天人つゝませす御そ【御衣=お召もの】をとり 出してきせんとすその時にかくや姫しはし まてといひきぬきせつる人は心ことに成なり といふもの一こといひ置へきことありけりと云 て文かく天人をそしと心もとなかり給ひかく や姫物しらぬ事なのたまいそとていみしくし つかにおほやけ【天皇】に御文奉り給ふあはてぬさま なりかくあまたの人を給ひてとゝめさせ給へと ゆるさぬむかへまうてきてとりいて【率て】罷ぬれは 口おしくかなしき事宮仕つかうまつらす なりぬるもかくわつらはしき身にて侍れは 心得すおほしめされつらめとも心つよく承は らすなりにし事なめけなるもの【無礼な者】に思召とゝ められぬるなん心にとまり侍りぬとて   今はとてあまの羽ころもきるおりそ    君をころも【あはれカ】とおもひいてたる とてつほのくすりそへて頭中将をよひよせて 奉らす中将に天人とりてつたふ中将とり つれはふとあまの羽ころもを打きせれりつれは おきなをいとおしかなしとおほしつる事も うせぬ此きぬきつる人は物思ひなくなりに けれは車にのりて百人はかり天人くして上 りぬ其後おきな女ちのなみたをなかしてまと へとかひなしあの書とをきし文をよみてきかせ けれと何せんにか命もおしからんたかためにか 何事もようもなしとてくすりもくはすやか ておきもあからてやみふせり中将人々ひき くじて【「引き具して」の意。濁点を打ち間違い】帰りまいりてかくや姫を得たゝかひと とめす成ぬるをこま〳〵とそうすくすりのつ ほに御文そへて参らすひろけて御覧して いとあはれからせ給ひて物もきこしめさす 御あそひなどもなかりけりだいじん上達部(かんたちめ)を め□【「し」ヵ】ていつれの山か天にちかきとゝはせ給ふ にある人そうすするかの国にあるなる山なん 此都もちかく天もちかく侍るとそうすこれを きかせたまひて   あうこともなみたにうかふ我身には    しなぬくすりも何にかはせん かの奉る不死のくすりに又つほくして御使に 給はすちよくしには月のいはかさといふ人 を召てするかの国にあなる山のいたゝきにもて つくべき由仰給ふみねにてすへきやうをしへ させ給ふ御文ふしのくすりのつほならへて火 をつけてもやすへきよし仰給ふそのよし承て 兵者もあまたくして山へのほりけるよりなん 其山をふしの山とは名付ける其けふりいま た雲の中へたちのほるとそいひつたへたる 茨城多左衛門板   【蔵書印 外円】 BIBLIOTHEQUE NATIONALE MSS 【同 内円】 R.F. 【裏見開き 書き込みあり】 【左上に】 Japonais 5600 (2) 【左下に】 Acq. 83-4 【裏表紙 書票】 JAPONAIS 5600 2 【冊子の背の写真】 【冊子の天或は地の写真】 【冊子の小口の写真】 【冊子の天或は地の写真】 【帙  外側】 書票 JAPONAIS 5600 1-2 【帙 書店の書票に】 《割書:絵|入》竹取物語  二冊 茨城多左衛門板 【書票下に左からよむ】 玉英堂書店 東京•神田  電話 294 − 8045