天明三年 《割書:新|板》間違(まちがひ)狐(きつね)之(の)女郎買(ぢようらうかい)《割書:奥|[下]|村》 【市場通笑・作/鳥居清長・画(コマ17参照)/まちがいきつねのじょろうかい/まちがひきつねのじょうろうがい】 【刷りの違う資料:https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100099001/viewer/1 】 てつほうづの へん玉屋 新兵衛といふもの しゆつしやうは江戸むまれなれど 江戸のものとはうけとるものは なくいつたいかたちのこしらへも とうせいはすこしもなく あをちやつむぎの□【は】をりに【別資料で確認】 とうざんとめ小そて【唐桟留小袖】あるいは すゝたけのはをり【煤竹(色)の羽織】はないろの こそで八丈なとはやう〳〵 きせるづゝにばかりにと 見へるふうそくなんても うちば【内端=内気】に見へる 所がおもひのほか からみそをぶち あげ【味噌を上げ=自信満々に】けんやくかましき ことはすこしもいわすはじめて ほりのふなやと【船宿】よりつゝかけにゆく 【台詞】 どこといふあても       なし        さ さよふても こざり   ます    まへ ほりのていしゆも どこのたれ ともしれねども 見かけが みかけ  ゆへ てまへの こゝろ やすき しかも 中の町の ゆびおりへ つれゆき ずいふん じよさいも なき めきゝ【目利き】   なれと 江戸の ものとは ゆめにも しらず どこぞの くにの はらつ ふくれと【腹っぷくれと=お金持ちと】 おもひ しはらくは ごとう りう【ご逗留】で あろう だいじにして くんなさへと てまへの しんるいとう せんにたのみ 中の町も 江戸は おせまくて ごきうくつで ごさり ましやうと なにか いなかあしらいゆへ玉新もこのちへ あしをふんこむものなれは ぬけめなくさては いなかの大じんと のみこんだと      おもひ それよりしよじ いなかごとする 【台詞】 せんせい   さまの ご■う とくは 玉で よし   さ それよりいつへん御けんぶつに おいてなさりませと二丁めから すみ丁京丁からほん丁 又壱丁目のほうまで あるきくたびれた とこぞへあかろうでは あるまいかといへばおほしめしの ところといふさよふならは しづかさまの所がよかろふか いつそ梅屋のはつねさまが よろしうござりませうと 梅屋へあがり喜八どんや いなかのおきやくたによ【だによ=〜だからの意か】たいしに しもうしてくんなととほうも なくよくつとめしよかいから あんばいよくぬしやあいつかふ【主やぁ一向】 のみなんせん【飲まないんですね。】はからしいねへ わつちものみんせん【(それなら)私も飲みません。】 ばからしうありんすと よつほとにぎやかに なれと玉新は どこ らの くにの ふうに しやふかと おもひ ねつから くちを きかぬゆへ なを あんばいが よく見へて わかいものも くつとうけ     とる 【台詞】 あに さん よし なん し  よふ 玉新ははつねに ふかくなじと【なじみ(馴染=常客)の略ヵ】 かよいけれども いつかうものいりも なくおさだまりの 事ばかり これでは あそびにゆかぬ ものはきつい そんなり やりてといへは なんでもほしがる ものゝよふにおもひ わかいものはとり たがるものとおもひの ほかこのせつく【注壱】は玉さんに いわぬかよい これも よすがよい それもならぬと ちや屋と やりてと わかいもの 三人にて きじやう み【気情=意地を見せての意ヵ】の もとね【元値】あき     ない ほかから もらつた はな【注弐】でも さきへだして やりたい やうなこゝろ もちになり ぬしはたびうと しうの事だ     から いくにちでも いつゞけにいな すつてもよいが やどへの おもわくも あれは あす あたりは かへし もふすが よかろふと そう  たんする 【台詞】 りてうさんには あとのせつくを たのんだ    から    どふ    た    ろふ    か すいふん ゑゝのさ 【注壱 五節句=季節の変わり目に当たる旧暦正月、三月、五月、七月、九月の各節句には、「移替(うつりがへ)」と称して馴染客から衣類を新調してもらう風習があった】 【注弐 花代とは、女郎や芸者の接待料の美称。ここでは、他の客からの花代を融通してやりたいほどの気になり、の意】 玉新は川とめ くらいのものいり【川止め位の費用】 にてきん〳〵と あそびこんど 初音がしん ぞうも かまくらの さるおやしきの おかたのおせわで いだしやすと いろおとこ どうせんに とりあつ かわれいつかの 日ときゝ てぬくいの ほうかむりにて 大門のひの とほるを【灯るを】 まち梅屋の まへにきて 見れば そらじまい【臨時休業】 にてせい ろうの 山をつみ けいしやが どろ〳〵 いりこむ やらかた〴〵 そはを かつきこむ たれも しら ねども てまへ ひとりで おふあせを かき このごろに くるにしても しきへか【=しきいがの江戸訛】 あたこの 坂より たかく 見へる よふに おもふ 【台詞】 けし  からぬ にぎ  やかだ はつねはしんそう さわきに十四五日 いそがしきあいだ あれほどしげ〳〵の 玉さんのほうから たよりもなし ふみをやろふとおもひ 喜八をよんでたのみ けれはなんほじやう ぶに見へるきやくでも ふなやどもちや屋も わかいものもうち【家】も しらずあんまり つまりんせんと かぶ【株=得意】のぱか らしいを 百八十   ほど いふも その  はづ   なり 【台詞】 ほんに ばか ら しい 【左ページ、ここより中巻か】 玉新は となりの 子のさみ せんのけいこを きくにつけ     ても やぼなら かうした うきめも みまいいつそあわぬか ましじやいなといまさら はつねがほうからくるな           とも いわすいつそ身うけ しやうかとおもへはし事が おふきし【仕事が大きい】心中には【心中立てをしようにも】さきが どふかがてんがゆかず【どう言うか確信が持てず】 なかしておくも ひきやうでもあり おしくもあり おふかたはうぬほれな ものなれとよもや〳〵と こゝろを いためる 【台詞】 金  なら たつた ひと はこ  も おしい 玉しんしあんにも おちづはづかし かれどこゝろやすき 所へはなしに ゆきけれは なんぼくちが しれぬとて もししつて いまいものても ないわしが りやうけんを ひとつやつて みなへむかし宗十郎【注壱】が きつね女郎かいと いふをしたかけし からぬ大あたり わしか十八九のしふん もふ三十 七八ねんに なろふ とらと 十郎が なかを さく つもりで 本名 とつし【本命同士ヵ。この部分詳細不明】が京の二郎て【注弐】 とらがきやくになり いぬのあしをきつて とらがさしきへあしあとを つけとらにきつねのきやくが あるといやがらせるつもり ちかころも こふ らい や【注三】が き つねの 女郎  かい さくら   たが かいた【注四】 そうだが そのときは わしはかみがたへ いつて見ま せぬうち のしれぬを さいわいにきつねといふしゆ かうにきやうけんをかいて【趣向に狂言を書いて】 さきからいやかるように するかよか ろふといふ 【台詞】 今の てう  しで【調子で】 したら あつ ちへは おちか【怖気が】  こよふ いか  さまの【いかにも】 【注壱 美男で有名だった歌舞伎役者の初世沢村宗十郎か】 【注弐 曽我兄弟の異父兄であった京小次郎か。この部分、兄の十郎と虎御前との恋の逸話を下敷きにしている模様】 【注三 高麗屋は今も続く歌舞伎役者の屋号のひとつ】 【注四 鶴屋南北の師、狂言作者(芝居の脚本家)初代桜田治助のことか】 玉新おもひも よらず廿日 ぶりほど にて中の丁へ きたりけれは 梅屋へ ちうしんくしのはを ひくがごとく【注】初音も こま下太を いたさせ 中の丁    まて しゆつば せんと したく   に かゝり たい いち ばんに はつむめ    と いふ かむろを さき がけ   させて おいらんの いてたま わぬ   うち つれだち きたり かうし さき から だい おん じやう 玉さんが おいて なんし たと かふみやう てがらを あら  わし どた〴〵 ばた〴〵    と にかいへ あがる 【台詞】 さき  でも ござる  きと 見へ  ます   が なに   か さし つかい   の ある やうすと 見どう しに うら  なふ なに□【なにも/別資料で確認】 ごよ□【ごよう/別資料で確認】 【注 櫛の歯を挽く 櫛の歯はひと歯ずつ鋸でひいて作ることから、物事が絶え間なく起こること。ここでは注進=玉新が来たという報告が矢継ぎ早に次々と届くようす】 それよりはつねが ざしきにて やりてもわかい ものもくちを そろへて太夫 さんのわたし どもをおしかり なさるも むりでは なしにどや さんどの おきやくでは なしおやども しらぬと いふやうな ことがある ものかと いゝなさる これがない しやうへ    でも しれると わたし    どもは おふかぶり【かぶり=失敗】 このぢう【次頁以降の「家じう」の表記から、その略と類推】 から中の 丁でも たいてい こまつた 事では ござり やせぬ おつれは なし あん まり みん なが とふり もの【通り者。通を気取りすぎたの意】 すき やし  たと やぶいり     の きた よふに よろこび きやうは おやども おつしやれほんに おをきく おいらんに しかられ やしたのふ 喜八どんと     いふ 【台詞】 ゆふべおいでなさつた  ゆめを見やした おまへ さま   は ばく ろう 丁に おいで なさり ますか どこそへ いきなん したろふ なにも わけは ないよ【よそで浮気していたわけではない、の意】 玉新 なに こゝろ なく【なに心無く=無心に】 あそび いつの まに かわ そつと かへり うち じうを たづねわかいものも あきれはて ざしきにたはこ ばかりおとして【煙草入れだけを(わざと)落として】 ゆきなかに はこべがいつはい ありたはこ ほんのひき だしをあけかけて かきの□□【かきのはか=柿の葉が//別資料で確認】 四五 まい あり さては かの人じやと きもをつぶし どふりで うちをきかれて ばけをあら わしたと 見へると 初ねが しやくを おこす やらほうばいぢうが こわ がる やら おふ さわき やりて まで しやく けは よく〳〵 の事 なん にも せよ つがも ない 事と  あきれはてる 【台詞】 此かきのはでは これまでもらつた も          □□【紙の汚れか】          □ろ【つかつ//別資料で確認】          たが         ました ほんに はからしいぞ? 玉新いつはい いたしたよふなれと そこきみわるく やふすをきく たよりもなし みつけられぬやふに どてのあたりを ぶらり〳〵ひが くれたらかうし さきまでもいつて みやうとおもひあさじが 原をいつたりきたりで いれは梅屋の喜八みちにて でやいつかまいる事は さておきなむ さんぼうと おもふも もつとも 所はわるし まゆけを ぬらし ながらあとをも 見す にげ   たす 【台詞】 喜八 おれた   よ 〳〵 【ここより下巻か】 玉新はあまりぶら つきすぎがらし? まゆけをかぞへられ【眉毛を数えられる=化かされること】 はつねさまより おふみがまいり ましたとわたし ひらいて見れは せんもじは御たまし【おだまし(お騙し)/別資料で確認】 なされ御かへりあそはし 給へとも御やどもおなも 此かたにてそんしおりまいらせん【知らないという意味】 そのせつひきだしへかきのはを いれておいでなされ ぶしつけながら きんす御いりやうに候はゝ いくらでも御やうだち 可申候なにさま 御いでまち候  かしこと よむ 【台詞】 さき ほど 喜八が おみかけ 申まし    た 玉しんいつはい やらかしたとおもひ てまへは又?【五?】はいほど くらい中の丁と おほしき所 きつねびにて まんどの□□【まんどごとく(万灯のごとく)/別資料で確認】 あかるければ こそでを きて いながら とうろう【注壱】の きになり さけの なる くちへ【成口=酒飲み。上戸】 むしやうに あつき もちを しよ しめ はつねが むかいに くれば いゝつこ なしと しやれぬしやあ ばからしいとこぞへ いきなんすか□【ら】あいそ【別資料で確認】 つかしをして あそびなんす わつちもたて ひき【立引・達引=気前よくおごる行為】とやら なんとやら 身あ うりを しても ほかへは やり もふしん せん かねかおいりなんす ならおかしもふしん しやうにくらしいね ばからしいねと そかの十郎 かちわら 源太 のみ こみに とり あつ かふ 【台詞】 いまに つるへ そは【注弐】を あけやす うつくしいもの      たぞ いつそもふ どふ しん しやふ 【注壱 登楼。妓楼(ぎろう)にあがって遊興すること】 【注弐 釣瓶蕎麦。新吉原大門口外または五十間道近辺で増田屋半次郎が売った名物グルメ】 両かへ屋に五人や十人【別資料で確認】 おぢさまがあつて□【←あと一文字あるかもしれない。たとえば「も」とか/別資料もここは小さな点があるのみ、汚れか?】 此くらいつかふ事は なるまいとおもふほと 玉新もきのへる やうにまきちら せば十月しぶん ならこんな こつちやあ ありん せん ぬしの すきに やりなん しと そう ばな【総花=遊客が使用人全員に出す祝儀】 こばん 一両つゝ いちぶも よし きんも なしに【余し金もなしに、ヵ】つかい はつねが 見ぬ間 にはどん ぶりの なかへ 五枚七枚 つゝくすね おごつたり【別資料で確認】 かねをもふけ たりすいふん ふところの おゝきいも はやれと ちとなみに はづるゝ ほどに しめ この うさ きに【占め子の兎に】 して ばか され たとも ゆめではない かど【と】もおもわず しうぶんいろおとこの きになりきん〳〵と しやれのめす 【台詞】 まつさきは とうだ あしたは むかふ しまへ いらしん しやふ 梅やにては玉新に そんもなしすいふん こぬふんはちやあふうに【ちゃあふうにする=おしまいにする、ばかにする】 しておけともま事の【別資料で確認】 こん〳〵【狐の鳴き声と玉新が来ぬ来ぬがかかっている】てはきがなかばし【気がなか(ない)と中橋をかけた洒落】 はつねにきつねのきやくが きたといわれてはたいじの しろものへわるいふてうか【符丁が(印が)】 つきだいいちうちじうの 子がきみをわるかり 此さたが せけんへ しれては おどけた 事では なし しやう ばいの す?わりになる【「さわりになる」の訛りか】 事もしやそふは ないかのみやの ないいそうろう でやいのわるさでは ないかときかつき きうにあたらしき ほこらをこしらへ ほういんさまをたのみ わるい事をしつこなしと  きとうする 【台詞】 玉さんと いつただけ   あやしい 【台詞】 ずいぶん けがの ない  よふに かいし  よせう    ぞ 【本文】 きつねの御やく人 いゝわたすおもむき ありと大ぜひみやの ないてやいをよび あつめ此たび よしわらの 梅屋といふもの あらたにほこらを こしらへしかもふしん【普請】もいき【粋】にてき事に【節季毎に】【もしくは「殊に」の当て字か】あつきめし とうふなどは山やのなれはいつゞけのこゝろもち このしろのひち〳〵するやつにおみきもやま〳〵印【=沢山】と ねんいれはてうめんにうつしそくさいゑんめいは うけやい【息災延命は請合】しやがむかふにひとつねかいかあるしろうとめが そのほうたちのまねをしていちばんきやうけんを かいたけな【狂言を書いたそうだ】 きけはみなのものもそいつをちや□して【茶にして=化かして】 あそふといふ事うけ給わりおよふにくいやつとはゆふものゝ そうしておいては梅屋のめいわくもはやそう〳〵 かへしてやれしかしなからきつねてないと梅やに しれ□やうにしてやれきつねでなければ みやたけのむだとおもひおろふがそのかわりに はんじやうさせてやろふ 玉新はきつねが はなれこゝろつきて てまへもあきんとなに しやうばいもおなし事 はつねがあくみやうを ぬかんとなところを【名・所を】 あらわしほかにやくそくの 所てもあるかさもなくは のそみの所へゆくがよかろう いつしやうのとか?に【「一生の科(罪)に」か】 身うけしてやろうと うそからでた ま事にて すこしの うちのそんを 梅やが しやわせに    なりけり 【台詞】 たいぎ  〳〵 通笑作 清長画 【裏表紙】