【表紙 文字無し】 《題:《割書:地震|奇談》 平安万歳楽(みやこまんざいらく)》 【右丁 下部】 三井寄贈本 4610 【左丁】     大地震録(おほぢしんろく)下 夫天地の理 明(あき)らかなれば物に臆(おく)せず精神(せいしん) 強(つよ)ければ事に驚(おどろ)かずといへどもことわざに 黒犬(くろいぬ)にかまれて灰汁(あく)のたれ糟(かす)とかや 二日の大変誠に肝胆(きも)【膽】に徹(てつ)し少しのドロ〳〵 にも上(かみ)を塞(ふさ)ぎそれより病人 数多(あまた)ある 中に近辺に地震より病気の平愈(へいゆう)したる 人もあり是はまさしく気のはりにて 病をわすれしものならん哉こゝに老人の 狂詩あり 庚-寅七月二日 ̄ノ事   従_二 ̄リ申-上-刻_一【返り点「一」が抜けているがあえて付記】地-震剛 ̄ク /最(サイ)-初(シヨ) ̄ハ寄(ヨリ)集(アツマリ) ̄テ唱_二世直(ヨナヲシ)_一 ̄ヲ【原文は返り点「一」が抜けている】    狼(ウロ)-狽(タエ) ̄テ桑-原至_二 ̄ル線-香_一 ̄ニ 町-家 ̄ノ家藏/壁(カベ) /直(タゝチニ)落 ̄チ   寺-社 ̄ノ塀-垣柱 ̄ト共 ̄ニ/橿(タヲ) ̄ル 婆(ハヽ)-母(ハ)/黄(キイナ)-/声(コエ) ̄テ念-佛/申(モウ) ̄シ   /祖父(ヂイハ)/青顔(アヲイカヲ) ̄テ/祈(イノリ)_レ神 ̄ヲ/懼(ヲソル)【原文の文字に該当する文字がないので取り敢えず使用】 百-姓 ̄ハ/離(ハナシ)_レ/鍬(クハ) ̄ヲ皆入_レ ̄リ藪 ̄ニ   千-頭 ̄ハ捨_レ ̄テ船 ̄ヲ獨 ̄リ上_レ ̄ル/堤(ツゝミ) ̄ニ【塘】 天-地震-動 ̄ウ無_二 ̄シ/仕(シ)-様(ヨウ)_一   上-下 ̄ノ/騒(ソウ)-/動(トウ)暮_二 ̄ル十-方_一 ̄ニ 【左丁】 土埃り宙をくもらす其中に只ドロ〳〵とゆりたへず 心もそゞろに魂(たましい)をとられ肝(きも)を冷(ひや)しうろたへる 者あり周章(あわて)騒(さわく)【送り仮名に「ぐ」があるので、振り仮名の「く」は重複。】ぐも道理こそ二日夜は大道 にて夜を守(まも)らんとするに夜気うけん事を 思ひ板をもて屋根となし又 縄(なわ)を引わたし むしろを覆ひて洛中皆夜明し町々 には厳重(けんちう)に高張(たかはり)【高張提灯】を立て家並(やなみ)にかけあんどう【掛け行灯】 を釣(つ)りて身は陣笠(ぢんかさ)をかふり胸(むね)あてりゝし く馬挑灯(ばちやうちん)をともしをき友 親族(しんるい)へ見舞に 廻る事お互(たかひ)【送り仮名に「ひ」があるので振り仮名の「ひ」は重複。】ひにてころび寐の枕元(まくらもと)へ犬の 這(は)ひ来(く)るもいとおかし井の水は皆 濁(にご)れり 少し気のおさまれる方は大道にて茶をわかし 飯(はん)をものし沢【澤?】をくみ漸(やうやく)食物のんどを通る といへども心はそゞろに只ドロ〳〵とゆりたへず 町内にはかな棒(ばう)わり竹を引鳴(ひきな)らし火用心 触(ふれ)【觸】 歩行(あるく)こと厳(きひ)しく何方(いつく)よりか老(らう)人の来 てまじなひあたへるあり其哥に   ゆるくともよもやぬけしの要石(かなめいし)      鹿嶋(かしま)の神のあらん限(かぎ)りは と皆 書写(かきうつ)し戸口(とくち)の柱或は大極(たいこく)はしらに張付(はりつけ) もつたいなくも天照太神宮の御祓(おはらい)をかしらに 戴(いたゝ)き髷(わけ)にまじなひの秘文(ひもん)をはさみ殊に老人 病人子供を抱(かゝへ)しものは其 心配(しんはい)得(ゑ)もいへす中に 家におされ倒(たを)るゝおり又物にはさまれ塀(へい)に押(おさ) 【右丁】 れてなやみぬる聲(こへ)かまびすくくすしの西東へ 馳(はせ)るを聞につけ見るに迷(まと)ひいと心づかひして 其夜も東じらみ【東の空がしらじらと明るむこと】をまち明(あく)る三日日もかわりなば 些(ちと)ゆるがんことを祈り人の顔色(かんしよく)かわり俗語(そくこ)に 青い顔といゝ【二行後に同じ言葉が使われているので、「ゝ」と思われる。「ふ」と書きかけて、踊り字を打ったのでは。】ふらせしもむべなる哉只火用心 盗賊(とうそく) 随分心得て油断(ゆたん)なく日夜心を配(くは)りけん異説(いせつ) 浮(ふ)説をいゝふらすものありて捕(とらは)るゝもあり中に 盗(ぬす)みはたらく悪党(あくとう)【黨】は天の罪(つみ)眼前(がんぜん)たり町々 【左丁】 家並に水 鉄炮(てつほう)をかまへ家根へ水を遣(や)り常に 手 荒(あら)き事もとりあへぬおのこも土足(はだし)になり 水を汲(くみ)はこびぬるもいとおかし藪持(やふもつ)人は藪 或は野へ食物をはこび老人子供の手を引 連行(つれゆく)も有三日夜もまさ〳〵【まざまざ】明しぬるに明(あ)ケ 六ツ時やゝ曇(くも)りて雨ぱら〳〵と振(ふり)出しけるに 跡一天 雲(くも)やけ【雲が赤く焼けるように見えること。】となりて一めん黄色(きいろ)になり 誠におそろしきけしきなるを皆人の取〳〵 沙汰しける中にもドロ〳〵と時をたがへずゆり たへず又古家古土蔵のたをれかゝるに杖を つきつつぱりしてとゞめたるは/夥敷(おひたゝしく)/数多(あまた)有 俄(にはか)の家がへする人あちこちにかしましくて 四日も程なく夜はいかなる者も少し身の/労(つか)れ 出てたゞまどろむうち五日となり手の/舞(まい) 足の/踏(ふむ)ところもしらず六日七日八日夜も空(そら)は 曇(くも)りて雨は少しも降(ふ)らず夜八ツ時七ツ時に 【左丁】 大分つよくドロ〳〵とゆり来り皆大道へ又/出(いで) て取沙汰も是が七日七夜のはねなるかと言ゝ 呪(ましな)ひ居るに九日になりていまたドロ〳〵と時々 鳴(な)り止ます誠に前代未聞の大変(たいへん)にて只 神を祈(いの)り仏を信(しん)じ身を慎むより他事(ほか) なし心得の哥に   かみなりはあたま叩(たゝ)かれ地震とて    /尻(しり)つめらるゝ天のおしかり 其外 洩(も)れたるは後偏に出す此 草紙(さうし)は今度の 大変 他国(たこく)へ文通(ぶんつう)【振り仮名が「ぶんつう」に見えない】にてしらせる人此小冊にてこと くはしく相 分(わか)り是又後世迄のこし置なば其 心得にもならんことを深(ふか)く思ひてこゝにしるす            洛住  東 鹿齊【齋】作   文政十三年      寅七月 【左丁】 《割書:地震|奇談》 平安万歳楽(みやこまんさいらく) 【左丁】      大地震録 比は文政十三《割書:庚|寅》のとし七月二日昼七ツ時京都 大地震にて始めドロ〳〵とゆり出し其後ひき 続(つゝい)て大地震となりやゝしばらく家居倒(いへいたを) るゝ斗りにて只思ひがけなく皆地に伏(ふ)し 畳に伏し柱(はしら)をいだき垣(かき)を杖(つへ)にするも皆 其身の全(まつた)き事のみ祈(いの)る中に老(らう)人の出て 大道へ出よとのゝしるを聞伝【傳】へ銘々板を並べ 【右丁】 畳(た■■)【振り仮名は多分「たゝみ」】を敷(しい)て皆大道へ出けん扨 古家古土蔵(ふるいへふるくら)は 皆 倒(たを)れ其外 神社仏閣(しんしやぶつかく)石鳥井石 燈籠(とうろう)或 は築(つい)地 高塀(たかへい)の倒るゝこと夥敷(おひたゝじく)たとへ丈武の 土蔵たり共ひびりの入らぬはなし棚(たな)の諸道具 落損(おちそん)じ竃(かまど)倒れ襖戸障子(ふすまとしやうじ)はいふも更なり 家居たわみて戸のしまり悪敷(あしき)は皆一統中に 古家の類地しんよりゆかみ戻り戸のしまり ■■有もいとおかし其物音天地に響(ひゞ)き 【左丁】 扨十日も少しドロ〳〵時々 鳴動(めいどう)する十一日には暮過(くれすぎ) より雨ばら〳〵と降出(ふりいだ)し夜七ツ時ドロ〳〵と 大分 剛(つよく)ゆる十二日 都而(すべて)日々に四五度は時をたがへ つドロ〳〵と十三日に至り土蔵のいたみたる まゝに雨をうけて時となく土のずり落(おち)し は実に其音すさまじく夜はわけて世 間(けん)も物しずかになれば其おどろき合点(がてん) ゆかずひそ〳〵と語(かた)りぬるもいとおかし 【右丁】 そな土蔵のずり落しは数多あり家 居(ゐ) たわみて往来御用心と張札所々に先ゆれ 十四日は夜半比大分つよく七ツ時に又トロ〳〵と 鳴動すこの日は二季【盆前と年末の決算期。ぼんくれ。】の極(きわ)なるに其 掛乞(かけとり)の いつよりも物 淋(さび)しきはいかにや十五日になり て少し雨降出し中へも又ドロ〳〵と時々 鳴 止(やま)ず最早(もはや)地震なれて仇(あた)にも交(まじ)れど 心はさなく 祈(いの)りけん十六日も打つゞき 【左丁】 雨ふれば過(すき)し大変より屋根瓦(やねかわら)ずりおり 番匠(だいく)瓦 師(し) 左官(さくわん) 手伝(てつたい)【傳】等も中々 数(す)ケ(か)所(しよ)のしつ らひゆへ手廻(てまわ)り兼(かね)所々雨もりて難義(なんぎ) 之 方(かた)多くみゆる又土蔵の傍(そば)に建(たつ)小 家(いへ)は 土のずり落ん事をも恐(おそ)れて案(あん)じ過(すご) して夜な〳〵他所へ泊(とま)りに行人も多(おゝ)く あるよし十七日いまだ雨つよく降八ツ時 少々 晴間(はれま)ありて日暮過西に稲光(いなびか)り少々 【右丁】 あり十八日朝より大雨しきりにふり雷(らい) 地震打 交(まぜ)て雨は車軸(しやぢく)を流(なが)すが如く忽(たちまち) 加茂川堀川西洞院桂川へ水一てきに出 て川 添(そい)の家は水多く這(は)入て皆其辺大 騒動(そうどう)するに爰(こゝ)に音羽(おとは)川とて洛東(らくとう)清水寺 の音羽の瀧(たき)の流れ落来る小川すへは加茂川 へながれ落る此水実に多く出て川すじ 伏見 街道(かいとう)鞘(さや)町問屋町辺はわけて大 洪(こう)水 【左丁】 にて人家の床(ゆか)より一尺も上(うへ)へ水 越(こ)し其辺 大家に油商売(あぶらや)【賣】あり地にいけし【地面に入れ込むこと。】 油壷(あふらつほ)へ水 流れ込(こみ)出て其辺油くさき事 得(ゑ)【振り仮名は「え」とあるところ。】もいえず 水 引去(ひきさ)りて後(のち)其近辺の井中へ油流れ込 実に困り果(はて)しとかや此時清水寺の廊下(らうか) 崩(くづ)れ倒(たを)るゝよし是等も前代未聞(ぜんたいみもん)の事 どもにて是が止(と)どなる歟と皆いへりそも 日本は神国(しんこく)にて萬代(ばんたい)ふ易(ゑき)【「えき」とあるところ。】の国なり雷(らい) 地震は陰陽(いんよう)水火のたゝかひにて国を動(うこ)かす にあらず只土のうごき亦(また) 土生金(どしやうきん)とてつれ てかねもうごきめぐる俗語(そくご)に雨降て地(ち)かた まると地震も納(おさま)り世なをしとかやます〳〵 五穀(ここく)は豊作(ほうさく)下(し)も万民(はんみん)のうるおひ 御代(みよ)万歳楽とうたひめて度〳〵  天(あめ)か下(した)うごかぬ国(くに)とおさまりて   うるおひ廻(めく)るあらかね【土の枕詞】の土(つち)   京中町破損入用銀  凡壱町 ̄ニ付弐拾貫目宛にして   凡銀八万六千貫目  此金六五 ̄ニ して   凡金百三拾弐万三千〇七十六両三歩弐朱             三匁壹分弐り■も   土蔵破損 一統 無難はすくなし   建屋倒分 数しれず    但し高塀小屋物入之分数多し 其外破損数多有之略之 寺社方の破損申にたへずこと繁けれは略之   怪我人其数しれず 【右丁】 文政十三《割書:庚|寅》年     七月         洛住 東 禄作     京松原通新町西へ入町          みのや平兵衛 板 【裏表紙 文字無し】