【右】 3652             膝月画丹 こと命の惜しいお方は 此本を見て能々 御心付なせれ又 万々一命のいらぬ 御方は持ていつて 枕紙にでも    なされ ことハイ〳〵これはどの道  頂ておくが燃用じや        エヘゝゝ こと私へは五六冊     下され 虎列刺豫防の心得 【右】    臭気止(にうきとめ)の製法(こしらへかた) 緑礬(ろふば)[薬種屋(きぐすりや)にあり]二十五目に鋸屑(にこぎりくず)一貫目を入れ是を よく混合(まぜあは)せすべて惡(わる)ひ匂(にい)ひのある所/雪隠(せつゐん)[大便(だいべん)をした 度毎(たびごと)になくべし]掃溜(はきだめ)等へ散布(まきちら)せば忽(たちま)ちわるき匂ひを 去ること疑(うたがひ)なし 又/緑礬(ろふば)三百目へ水斗を入れ是をよく混和(まぜあは)せて惡(あし)き 臭(にほひ)のする所へ散布(まきちら)すもよろし 【左】    〇虎列刺豫防之心得 虎列刺(これら)病は傳染(うつ)る病てござり升から常に食物飲物(たべもおのみもの)等に能(よ)く注意(きをつけ)し(も)し消食機病(はらぐわいのわるひやまい) 又は下痢症(くだりせう)を煩(わづら)ふ事あらは速(はや)く醫師(いし)を招(まぬい)て藥用(やくやう)せねはなりませぬ然かるに不欇生(ふやうじやう)に して惡(わる)き食物(しよくもつ)などを食(くら)ひ膓胃(ちやうゐ)を損(そん)ずることあれはこれの虎列刺病(これらびやう)の媒介(なかだち)となるもので ござりますから能(よ)く次(つぎ)に申通り食物(たべも)や飲物(のみもの)はいふに及(およ)ばす萬事(なにごと)にも注意常膓(よくこゝろづけついちやう) 胃(ゐ)を強壮(じようぶ)ならしむる様(やう)に心掛(こゝろが)けさひすれば此病を引受(ひきうけ)るの憂(うれい)はござりませぬぞ 〇食物(ためもの)は総(すべ)て消化(こなれ)のよいものが宜(よろ)しいと申/故魚類(ことゆえさかな)などは成丈(なるたけ)かるい新鮮(あ らし)い物をあ がるが宜しうござり升 〇家鴨(あひる)鴈(がん)豚肉(ぶた)沙狗蟹(ざこ)蛤(はまぐり)章魚(たこ)鰯(いわし)鱅(こはだ)鱃(このしろ)䀋物(しほもの)干物(ひもの)類(るい)は惡うござり升わけ て佳蘇魚(まぐろ)松魚(かつほ)蟹(かに)海老(ゑび)の類(るい)は極惡(ごくわる)うござり升 〇牛(うし)犢(こうし)羊(ひつじ)鶏肉(にはとり)鶏卵(たまご)の類(る)は宜(よろ)しいと申(まふ)す事てござり升が是(これ)も多(おほ)く食(たべ)ては惡(わる)いそう でござり升又少しでも古いのは食べはなりませんぞ 【右】 〇又天麩羅類(またてんぷらるい)は假令青物(たとへあほもの)でも食(たべ)ぬが宜(よろ)し青菜(あほな)里芋(さといも)南瓜(かばちや)牛蒡(ごぼう)苣萵(ちさ)なぞは惡うござ り升/又総(またすべ)ての青物(あほもの)ても日増(ひまし)のものや生熱(なまにへ)のものは惡(わる)いと申ます 〇馬鈴薯(じやがたらいも)蕃薯(さつまいも)長芋(ながいも)紅羅荀(にいじん)大根等(だいこんなど)は能(よく)々煑(に)れば宜(よろ)しうござりますがこれも生(なま)にへ のものは惡(わる)うござり升 〇果物(くだもの)は桃(もゝ)李(すもゝ)梨(なし)林檎(りんご)葡萄(ぶどう)苺(いちこ)なぞの能(よ)く熟(つえ)たものは少(すこ)しづゝ食(たべ)ても宜(よろ)しう御ざり 升が熟(つえ)ない青(あほ)いのは決(けつし)て食(たべ)てhあなりませんぞ又/菌類(きのこるい)は御見合(をみあわ)せなされ 〇暑(あつ)さの時分(じぶん)は私共始(わたくしどもはじ)め湯水(ゆみづ)を多(おほ)く飲(のみ)ますが常(つね)に下痢症(くたりせう)の御方(おかた)なぞは成丈(なるたけ)お扣(ひかへ)なさ れまた又/沸騰(にへたつ)た湯(ゆ)を水に冷(ひや)してお飲(のみ)なされば宜(よろ)しう御ざり升か沸騰(にたつ)た湯(ゆ)は蒸發気(じようはつき)が たつて仕舞(しも)ふ故甘(ゆえうま)く御ざりませんからこれに葡萄酒(ぶどうしゆ)か茶(ちや)の又(また)は焼酎(しやうちう)を少(すこ)し入れて御(おん) 飲(のみ)さなるが宜(よろ)しい 〇牛(うし)の乳(ちゝ)の古(ふる)いの又あん気(け)の少し酸気(すゐ)の附(つき)たる物其他何品(ものそのたなにしな)によらず油(あぶら)こき物(もの)はすべ て少(すこし)ても食(たべ)てはなりませんぞまた餅類(もちるい)團子(だいご)等の消化(こなれ)の惡(わる)いものは必(かな)らづ御無用(ごむよう)に 【左】 なされませ 〇か様にあれもこれ惡い〳〵と言(いへ)へば食(く)ふ物(もの)はない様(やふ)に思(おも)はれませうがそういふ 譯(わけ)ではありません何(なん)でも消化(こなれ)のよい物(もの)を扣(ひか)へめに食(しよく)し[空服(すきはら)は宜(よろ)しからず]身体(からだ)を程(ほと) 能(よ)く運動(うごか)し[大骨折(おほほねをり)は宜(よろ)しからず]朝(あさ)は早(はや)く起(お)きて遊歩(ゆふほ)をなし[暑(あつ)ひとて夜歩行(よあるき)は宜(よろ) しからず]家室(すまひ)雪隠(せつゐん)[糞尿(くそしようべん)を多(おほ)く溜(た)め置(お)く時(とき)は終(つひ)にコロリの傅染媒介(うるつなかだち)となるものな り]等は能く掃除(そふぢ)をなし庭掃溜(にははきだる)を清浄(きれい)になし下水(げすい)の流(なか)れを通(とほ)しすべて新鮮空気(あたらしひくうき)の流 通様(よふよふ)に志(こゝ)づけ我(わ)が精神(こゝろ)を養(やしな)ひて体(からだ)の疲労(つかれ)ざる様になし又/憂(うれ)ひ愁(かなし)みあるいは憤怒事(はらのたつ)を せぬ様(やう)に氣(き)をつけ神思活發爽快(こゝろいき〳〵どこゝろよく)今日を送(おく)様(やう)にすれば決(けつし)てコレラに取付(とりつか)るゝの患(うれひ)は ござりませんぞ 〇夫(そ)れ金魚(きんぎよ)や鮒(ふな)は水(みつ)の中(なか)に生活(いき)て居(ゐ)り人間(ひと)は空氣(くうき)の中(なか)に生活(いき)て居(ゐ)もの故常(ゆえつね)によき 空氣(くうき)の中(なか)に居(ゐ)る様(やう)にすれば病氣(やまひ)も發(は)す又/惡(わる)い空氣(くうき)の中(なか)に居(ゐ)れば病(やまひ)を受(う)けるは自然(しぜん)の 理(わけ)で御ざり升マア心見(こゝろみ)に汚穢(きたなき)水の中(うち)へ金魚(きんぎよ)でも鮒(ふな)でも入れて置(おひ)て御覧(ごらん)なされ叚(だん)々に 【右】 かつて終(つひ)には死(しん)でしまいますそコレハどふいふわけじやといふに水がくされると自(し) 然其中(せんそのなか)へ少(ちいさ)な虫(むし)がわき之(これ)が金魚(きんぎよ)につきます故(ゆえ)に其為(そのため)に死(しん)で仕舞ので御ざり升ジヤニ よつて人間(ひと)も惡(わる)ひ空氣(くふき)の中(なか)に毎(まい)日/居(い)れは終(つひ)に 病(やまひ)を引受(ひきうけ)ますなぜなれば惡(わる)い空氣(くうき)の中(なか) には自然一種(しぜんひとつ)の菌草(もの)が出來(てき)てこれが人間(にんげん)の口(くち)から這入(はい)れば忽(たちま)ち膓胃(ちやうゐ)ついて病(やまひ)を發(はつ) し吐(は)き瀉(くだ)しをしますこれコレラ病(びやう)なりよつて前(まへ)にも申す通(とほ)り雪隠(せつゐん)下水(げすい)掃溜等(はきだめなど)の常(つね)に 惡(わる)い臭氣(にほい)のする所(ところ)へは臭氣止(しうきとめ)を散布(まき)て空氣(くうき)を清浄(きれい)にするが第一(だいいち)で御ざりますなんと 諸君御合點(みなさんごがてん)か参(はひ)りましたかね 〇入湯(いりゆ)又/行水(ぎやうずい)は度(たび)々つかふが宜(よろ)しう御ざり升が濡(ぬれ)た身体(からだ)を能(よ)い心待(こゝろもち)じやと風(かぜ)に吹(ふか)せ るは誠(まこと)に惡(わる)う御ざり升から湯(ゆ)より出(で)たらば直(すぐ)に能(よ)く身体(からだ)を拭(ふ)ひて衣服(きもの)をめしませ又(また) 轉寝(うたゝね)晝寝(ひるね)は常(つね)でさへ宜(よろ)しくないと申ます故此節柄(ゆへ このせつがら)はなさらねが専一(せんいち)で御ざり升 〇大酒(たいしゆ)は基(もと)より惡(わるう)ふり升が別(わけ)て此節は傅染病(うつりやまひ)の流行時節故五合(はやりじせつゆえごんがふ)のむ御方(おかた)は三合(さんがふ)に三(さん) 合(がふ)の御方(おかた)は一合(いちがふ)になさいまし又/交合(よるのこと)は御慎(おつゝしみ)なされ[酒店(りようりや)又/妓楼(ぢようりや)の御主人(ごしゆじん)にはちと] 【左】 萬々一突然服(まん〳〵いちふいごはら)が少(すこ)しも痛(いた)まずして水瀉(くだ)り又嘔吐(またはき)たらば直(すぐ)に胃部(みづおち)へ芥子(からし)の粉(こ)へうどん 粉(こ)を交(ま)せ之(これ)を水(みつ)にて解(と)き紙(かみ)にのべてはり置(お)き又芥子(またからし)を入(い)れたる湯(ゆ)へ腰(こし)より下(した)を入(い)れ て能く暖(あたゝ)め置(お)き直(すぐ)に醫師(ゐし)を呼(よひ)にいらつしやれ油断(ゆだん)して居(ゐ)て一度(いちど)が二度(にど)と嘔吐下痢(はきくだ)し 終(つひ)に蛋白質(しろみづ)の様(よふ)なものが下痢(くだ)りだしたらもう叶(かな)ひませんそ  明治十二年七月廿一日御届   編輯並出版人    小石川區               礫川水道町三十9番地                橋 爪 貫 一      閲      同區醫                新 村 惇 庵                石 井 脩 軒  並紙名札 百枚 金五銭 何れも御好次第差上可申候問  見畱判  一箇 金一銭 澤山御用向奉願上候     但肉入附  金二銭五厘 【文字なし】 【右】 05947―000―9 特24―78  虎列刺病予防の心得 橋爪 貫一 著  M12 CBF―0100