地震神考 【左丁】 地震神考 【角印】 国民精神文化研究所図書印 【丸印】 国民精神文化研究所 和漢書 【左丁】 地震神考 文政十三年にあたるとしの【「にあたるとしの」は書き込み文】七月二つかの【「つかの」は書き込み語】日の申の時ばかりの事【本文に「にて侍りしが」と書かれ、見せ消ちにしてその横に「なりけむ」が列記】なりけむ 山城丹波の両国 大那爲(オホナヰ)ふりにき《割書:地震を|那爲と》【この割書は次に長く続くのでここから一行書きにします】 いふは日本紀武烈天皇の巻に見えたり其那爲 といふに種々の説あれどもいづれを好(ヨシ)と決(サタメ)が たし今は世俗 地震(〝シン)【「地」の肩に濁点。】といひなれたれば此下那爲 ふるとは書ず字音にてよまむ【本文に「いはむ」とあり「いは」の横に点を打ち見せ消ちにし「よま」が列記されている。】ため地震と書いつけ【「いつけ」は書き込み語】ぬ 【ここで長い割書が終わり】 《割書:見む人其意|を得べし》其 根本(モト)は愛宕(アタゴ)山の邉(ホトリ)より發(オコリ)しと思はれ【本文に「見」次の行頭の「え」を見せ消ちにしている】 て 其所(ソコ)に近き地(◯)【「地」の左横に点が打ってあるので見せ消ちか。或は右に○を記しているので生きているのか】は殊(コト)に暴(キビシ)く【「て」にも見える。】 京師(ミヤコ)の(○)地(○)【「の地」の左横に点が打ってあるので見せ消ちか。或は右に○を記しているので生きているのか】 □ 強(ツヨ)く 震(フリ)て上は有畏(カシコカレ)ども 天皇(スメラミコト)より下は庶民(モロヒト)に至まて貴(タトキ)も賎(イヤシキ)も冨(トメル)も貧(マドシキ)も 【右丁】 老(オイ)たるも少(ワカキ)も神(カミ)を祈(イノル)者【「者」は挿入字】 も佛を念する人【「人」は挿入字】 も壹(ヒトツ)にぞ皆 震(フリ)にける【次の文字「其」を書きかけて見せ消ちにし左横に小さく「る」と記してある】 其 震(フル)さまは波(ナミ)のうつにひとしく其音 は落(オチ)かゝる雷(イカヅチ)の如し家居(イヘヰ) 傾(カタフ)き土蔵(クラ) 壊(ヤブレ)れ【「れ」が振り仮名と送り仮名とでダブっている。】 なとせ しかば人みな外(ソト)に出(イデ)て立(タチ)さわぎつゝ震(フル)ことの なほ止(ヤマ)ざれは其 夜(ヨ)は人皆【「人皆」は挿入字。】 街巷(チマタ)に群居(ムレヰ)て寝(ネ)もやらざ りし其時の事を思へばいと恐(オソロ)しき事になもありける【本文「事に」に次いで「侍りし」を書くも、の各文字の左側に点々が付けて見せ消ちにし、「なもありける」が列記されている。】 其(ソレ)より以来(コノカタ)三月に満(ミツ)れと其 余波(ナゴリ)なほ止(ヤマ)ずて日(ヒ) 毎【本文に「々」を書きその左横に、点を打ち見せ消ちにし右横に「毎」を列記。】 に微(スコ)しつゝは震(フリ)にけるつら〳〵思ひみれば 地震(ヂシン)は神の所爲(ミシワザ)【ここからは割書になっているが、文が長いので一行書きにする。】 凡(オホヨ)そ人の為(ナサ)ずて天地(アメツチ)の間(アヒダ)に自(オノヅカラ) なることは皆神の所為なり」其 【左丁】 事は予が神爲(シンヰ)辨(ベン)に委(クハシ)く云(イフ)【ここで割書終り。】 にて人の力以(チカラモ)ていかにとも為(ナス)べ きこと能(アタ)はざればたゞ其 神爲(カミワザ)を恐れみ【「恐れみ」は挿入語。】 畏(カシコ)み奉(タテマツ)りて【「て」は挿入字。】 奢(オゴリ)を 省(ハブ)き己(オノレ)を慎(ツゝシ)むより外(ホカ)はなき事ぞかし【ここから割書になるが、文が長いので一行書きにする。】 天朝(ミカド)には地震は神(カミ) 為(ワザ)なること其 御伝(ミツタヘ) 【傳】 も有けるにや古(イニシ)へ地震神を 祭らしめ賜(タマヒ)ひ【「ヒ」が振り仮名と送り仮名でダブっている】し事古記に見え使(ツカヒ)を遣(ツカハ)して幣(ニギテ)を 伊勢の大神に幣を【「幣を」は挿入語】 奉り坐(マセ)し事も見えたり此度(コノタビ)の地 震にも伊勢の大神を祭らしめ賜ひ天朝には【「天朝には」は挿入語】 何事をも慎 み坐るよし伝(ツタヘ) 【傳】 聞ぬ然れども野人は何をも辨(ワキマ)へ ず飲楽遊興を好み何につけても利(り)を得むこと を旨(ムネ)と意(コゝロ)得て【「て」を見せ消ちにして、○から○まで、以下の長い文を挿入】○る世のありさまなれは此度の地震に就きても○いよ〳〵人 意(コゝロ)のあしくなりゆく やうに思はれていとなげか は(○)【「は」の左に点を打ち見せ消ちにしているが、右に○を記しているので生きているのか】 しきことなりけ る唐国(カラクニ)【國】 にも易の大伝【傳】 に鬼神 ̄ハ害_レ ̄メ盈 ̄ツ而福_レ ̄ス謙 ̄ニ とあり 神の御威【「の御威」は挿入語。】 を恐敬(オソレイヤマフ)は己(オノレ)を慎み奢(ヲコリ)【「オコリ」とあるところ】 を省(ハブク)にあることになむ【ここ迄で二行書き終り】 然て地震はいかなる神の所爲(ミシワザ)ぞといふに日本 【右丁】 紀二十二の巻(マキ)推古(スイコ)天皇七年の下に夏四月(ナツウツキ)乙未(キノトノヒツシノ) 朔辛酉(ツイタチカノトノトリノヒ) 地動舎屋(チヰフルイヘヤ) 悉破(コト〳〵クヤブレ) 則(スナハチ) 令(オホセテ)_二 四方(ヨモニ)_一俾(シム)_レ 祭(マツラ)_二 地震神(ヂシンノカミ)_一と有(アリ) て地震神といへるはこゝに見えたれども其 名(ナ) をあらはさゞればいかなる神なりや知(シル)こと能(アタ) はず続【續】日本紀三十の巻 称(シヤウ)【穪】 徳(トク)天皇神護景雲四年 の下に六月甲寅祭_二 疫(エヤミ)神 ̄ヲ於京-師 ̄ノ四-隅機内 ̄ノ十-堺_一 ̄ニ と あり又三十一の巻光仁天皇宝亀二年の下に三 月 壬戌(ミツノヘイヌノヒ) 令(オホセテ)_三【「令」の左に「シム」と再読の振り仮名あり。】 天下 ̄ノ諸国 ̄ニ祭_二 ̄ラ 疫神(エヤミカミヲ)【返り点の「一」が抜けている。】 とあり此は地震にあ づからぬ事なれども且(シバラ)く国【國】 史の例を挙(アゲ)て挍(カゝ)へ 【左丁】 見れば神典(カミフミ)に出たる何々の神を指(サシ)て地震神ま た疫神と為(ナス)にはあらで地震は地を動(ウゴカ)す神あり 疫(エヤミ)は疫を行(オコナ)ふ神有(カミアリ)と為(ナシ)て其神を地震神疫神と 名づけて祭らしめ賜ひしと思はるゝなり然て 簠簋(ナキ)【(正しくはホキ)】内傳(ナイデン)を見れば【ここから割書になっているが、長文なので一行書きにする。】 簠簋は阿傍清明の作とあれ ども偽書なりといへる説も 有ればこれに依(ヨル)はいかゞなれども当(ソノ)【當】時(カミ)はいか なる人も仏【佛】 の説に依(ヨラ)ぬはなき時なれば著述の 書も仏【佛】 の説に依(ヨリ)て云(イヒ)たるもの多し簠簋も仏【佛】 説 に依たるものと見ゆれば清明の作といふは偽(イツハリ) にもあれ宣明歴註とあれば決(サダメ) て陰陽者流の著述なるべし【ここで割書が終わっている。】 疫神は牛頭天王 なり今に至まて疫神とて所々に祀(マツリ)あるは皆牛 【右丁】 頭天王なり此名(コノナ)は遠(トホ)き西域(ニシノクニ)の浮屠(フト)の説に出し を【ここから割書が長文なので、一行書きにします。】 予は仏【佛】書を学(マナブ) 【學】さ(サ)れは牛頭天王の名は藏経【經】の 中に有や否(イナヤ)を知ねども簠簋の説の如くなれ ば西域より出しと見ゆ然て此牛頭天王は素戔(スサノ) 嗚尊(ヲノミコト)のことなりなどいへる説もあれども其は 中古西部習合の神道といふもの出来 て後の説にて牽強附会【會】【自分の都合のよいように、無理にこじつけること。】と云 ̄ふ者なり【ここで割書が終わる。】  当(ソノ)【當】時(カミ)其説 を取用(トリモチヰ)まして其神を祭らしめ賜ひしにやまた 三界義といへる書【「といへる書」は挿入文】を見れば般泥洹(ハンネイクハン)【振り仮名の更に右側に「ネハン」と、意味を示す振り仮名あり。】経【經】に地動に四種の因縁 有ことを説(トキ)たりと云り其中に地中 ̄ニ有_二大威神力_一 意(コヽロニ)欲_レ ̄シハ動_レ ̄ムト地 ̄ヲ即地動といへることあり《割書:三界義の略|解に智度論》   【『智度論』は仏書名。大品般若経を釈す。】 《割書:に地動に火神動龍神動などの種々|の因縁ありといふことを出セリ》日本紀の祭_二 【左丁】 地震神_一とあり【「る」には見えず。】も疑(ウタガフ)らくは仏【佛】説を取用(トリモチヰ)まして其 神を祭らしめ賜ひしにや其【其」を見せ消ちにして次の「地震神の」を挿入。】地震神の名をあらはさゞれ ば孰(イヅレ)とも知(シル)こと能(アタ)はずまた俗説に地(ツチノ)【「地」の振り仮名の更に右側に「クニ」と注釈あり。】下(シタ)に大魚 ありて其 身(ミ)を動(ウゴカ)せは地震するなり然るを鹿嶋(カシマ) の神常(カミツネ)にこれを抑(オサヘ)て動(ウゴカ)させたまはざるといへ るは《割書:此俗説はいかなる書に出|たるや予はいまた見ず》唐国(カラクニ)の書(フミ)《割書:列子湯|問篇》 に断(タチテ)_二 鼇之足(ガウノアシ)_一 ̄ヲ以立(モテタツ)_二 /四極(シキヨク)_一 ̄ヲと云ひまた渤海之東(ボツカイノヒカシ)不(ズ)_レ 知(シラ)_二 幾億萬里(イクオクバンリ)_一 ̄ヲ有(アリ)_二大壑(タイガク)_一焉《割書:中|略》 其中有(ソノナカニアリ)_二 五山(ゴサン)【ここに返り点の「一」が抜けている。】《割書:中|略》 五山之根(ゴサンノネ)無(ナシ) _レ所(トコロ)_二連著(レンチヨスル)_一【「著」の振り仮名の更に右横に「チヤク」と振り仮名あり。】常随(ツネニシタカヒテ)_二潮波(チヤウハ)_一 ̄ニ上下 往還(ワウクワン) ̄シ不(ズ)_レ得(エ)_二蹔時(シハラクモソバタツコトヲ)_一焉《割書:中|略》使(シム)_二巨鼇(キヨガウ)【大亀】 【右丁】 十五 ̄ニ挙(アゲテ)_レ【擧】 首(カウベ) ̄ヲ 而 戴(イタゞカ)_レ之 ̄ヲ 【ここに返り点「一」が抜けている。】迭爲(タカイニナシ)_二【振り仮名「ナス」とあるところに「ス」を見せ消ちにして更にその右横に「シ」を記す。】三番_一 ̄ヲ 六萬歳 ̄ニ一交 ̄ス焉五山始 ̄テ 峙(ソバタツ)などいへるに附会(フクワイ)【會】して作出(ツクリイダ)せると思はるれ ば論(アゲツラ)に足(タラ)ず然らは地震は如何(イカ)なる神の所爲(ミシワザ)な る【「り」とあるを見せ消ちにしてその右横に「る」を記す。】 や地震も伝(ツタヘ)【傳】有べきごとゝ思へば慎てこれ を神典(カミフミ)に考(カゞフ)るに古事記 須佐之男命(スサノヲノミコト)の條(クタリ)に於是(コゝニ) 速須佐之男命(ハヤスサノヲノミコト)言然者(サラバ) 請天照大御神將罷(アマテラスオホミカミニコヒテマカラムトテ)【「マカラムトテ」はマカラムト「イリタマヒ」を見せ消ちにして「テ」を挿入。】 乃(スナハチ)参上(アメニマヒ) 天時(ノホリマストキ) 山川(ヤマカハ)悉動(コト〳〵クウゴキ)国土皆震(クニツチミナフルフ)と云ひ【ここから割書になるが少し長文にて一行書きにする。】日本紀 神代(カミヨ)の巻には素戔鳴尊 昇(アメニ) 天(ノホリ)_レ【レ点の位置が違っている。】 之時(マストキ) 溟渤(ウナハラ) 以之(コレヲモテ) 鼓盪(ナリウコキ) 山岳(ヤマオカ)爲之鳴(コレカタメニナリ) 呴(ナル)比 ̄レ則 神性(カミサカ) 雄健(タケキ) ̄カ 使之然也(シカラシムルナリ)と云り【ここで割書終わり。】 また大穴牟遅(オホナムヂノ) 神(カミ)の條(クダリ)に大國主神(オホクニヌシノカミ) 亦名(マタナハ ) 【言偏に田+口」の該当する漢字は見当たらず。「イフ」に当たる漢字なので「謂」として次に記す。】 謂大穴牟遅神(オホナムチノカミトイフ)《割書:中|略》 其御祖(ソノミオヤ) 【左丁】 《割書:中|略》 告其子言汝在此間者遂爲八十神所滅(ソノコニツゲテナンヂコゝニアラバツイニヤソカミニホロボサレム)【「ナンヂ」のところ「ナムヂ」とあったところが、更に右横に「ナン」と記入あり。】《割書:中|略》 可参(スサノヲノ) 向須佐能男命所坐之根堅州國(ミコトノヰマセルネノカタスグニゝマヰムカフベシ) 必其大神議也(カナラズソノオホカミハカラムヤノリタマヒキ) 故(カレニ) 隨詔命而参到須佐之男命之御所者(ミコトノリノメイニシタカヒテスサノヲノミコトノオホムトコロニマヒタレバ) 其女須勢理(ソノムスメスセリ) 毘賣出見爲目合而(ビメイデミメアハセナシテ) 相婚(アイコビタ)《割書:中|略》 負其妻須世理毘賣(ソノツマスセリビメヲオヒ)即(スナハチ) 取持其大神之生大刀與生弓矢及其天沼琴而(ソノオホカミノイクタチトイクユミヤトソノアメノヌゴトゝヲトリモチテ)逃(ニゲ) 出之時(イツルトキ) 其天沼琴拂樹而(ソノアメノヌゴトキニフレテ) 地動鳴(ツチウゴキナル) と云(イヘ)る二件(フタクダリ)あり 此は正(マサ)しき地震の伝(ツタヘ)【傳】と思はるゝなり此文等(コノフミドモ)に 依(ヨリ)て見れば山川國土(ヤマカハクニツチ)の震動(ウゴク)は須佐之男命(スサノヲノミコト)の天(アメ) に上(ノボ)りませし時に初(ハジマ)り其大神 永(ナガ)く根(ネ)の国(クニ)【國】に《割書:根|の》 【右丁 前頁の最後から割書になっているが長文なので一行書きにします。】 国【國】といふは地中(ツチノナカ)を指(サシ)ていふなるべく高天原(タカマノハラ)と いふは地上(ツチノウヘ) 空虚(ウツホ)なる所(トコロ)【處】 を指(サシ)て人より見上るを 以て高天原とはいふなるべし然るに日輪を指 て高天原なりといひ月輪を指て根の国【國】なりと いへる説有れども其は大御国(オホミクニ)【國】の 古意(イニシヘコゝロ)にいたく違(タガ)へりゆめな惑(マドヒ)そ【ここで割書終わり。】入坐(イリマセ)し後(ノチ)は 大穴牟遅神(オホナムヂノカミ) 根(ネ)の国【國】を出ます時 持(モチ)ませる天(アメ)の沼(ヌ) 琴(コト) 樹(キ)に払(フレ)【拂】て地動鳴(ツチウコキナリ)しにぞ有ける然れは地震は 須佐之男命(スサノヲノミコト)に本縁(モトツキ)大穴牟遅神(オホナムヂノカミ)に係(カゝ)りて地震神 と称(マヲ)し奉(タテマツル)べきは此 二神(フタハシラ)なる【「なる」の左側本文の行に「にて坐」をミセケチ】こといと著(イチジルシ)きを や【ここから割書になっているが、長文故一行書きにします。】旧【舊】事本紀といへる書は古事記と日本紀とを取合せ闕(カケ)たることを補(オギナ)ひ偽撰(イツハリエラミ)し書と見ゆれ どもいと旧(フル)【舊】□□□と見えて其中に地祇本紀を 作て素戔鳴尊(スサノヲノミコト)と大已貴尊(オホアナムチノミコト)とを地祇の総括(スメクゝリ)と為(ナシ) 【左丁】 たるは古意(イニシエコゝロ)□□てぞ有ける此はこゝにあづから ぬことなれ□□地震は二神に係(カゝ)れることを言(イフ) につけて思ひ出 れば書つけぬ【ここまでが割書。本文を続ける】 かく神典(カミフミ)に伝(ツタヘ)【傳】の明(アキラ)かなるを先(サキ) 々の人は地震の伝(ツタヘ)【傳】とは思はざりしにやそれと 解説(トケ)るものもそあらざりき然れども山川国【國】土震 動と云ひ地動鳴といへるを今いふ地震のこと と為(ナサ)ずて何とか為(ナサ)む既(スデ)に日本紀に地震を地動 とも書きたれは古事記に【「古事記に」は挿入文】地動鳴と書たるに合(カナヒ)ていよ〳〵 明かなるを世に地震神といふを知(シ)る人 稀(マレ)にし て剰(アマツサ)へ其 神為(カミワザ)を恐(オソ)るゝこともなくなりゆくこ 【右丁】 【この書者は振り仮名と送り仮名を重複して記すことがあります。】 との嘆(ナゲカハ)しければかく愚(オロカ)なる 攷(カヾヘ)【「カンガヘ」の「ン」の表記が脱落したもの。「ん」の省略はよく見られる。】を書(カイ)【 見せ消ち カキ 】記(シル)して人に 其神を知らしめ其 神為(カミワザ)を恐れみ【「恐れみ」は挿入 語】畏(カシコ)ましめむと欲(ホシ)【ママ】する のみ【ここから三行に渡る長い割書計六行】 かくいへばとて鄙夫の身を以て其神を祷(ネギ )【禱】 祭(マツ)れよといふにはあらず神を祭(マツ)りませる は 【闕字】朝廷(ミカト)にこそあれ鄙夫野人の身を以て神を 祭るは古の道にあらず野人はたゞ神威(カミノミイヅ)を恐れみ【「恐れみ」は挿入語】畏(カシコ)み 奉心のみ必(カナラズ) な誤(アヤマ)りそ   【「な・・・そ」は優しい禁止表現。 大穴牟遅(オホナムチ)乃 持坐沼琴(モチマスヌゴト)物(モノ)に払(フレ)時々(ヲリ〳〵)地(ツチ)は動(ウゴキ)鳴(ナル)かも 文政十三年□□【「初冬」or「孟冬」ヵ】十月   戸田通元愼識 【左丁】 追加 或人問ひけらく須佐之男命の天へ上り坐しし時に地の震動せし も大穴牟遅神の沼琴を持ちて根の国を出てませし時に地の 動鳴しも皆はるかに過にし神代の事にて今は其の神は在さヽ れは今の世の地震は二神の所為とも思はれす其は何とか意 得むや予答へけらく神典の主意を知らされは然う思ひ つらむも理そかし【ことわりぞかし】そも神代といへははるかに古昔の事と思てと 其の神等は今もなほ其のまゝにて在せは天地のあらん際 りはなほ神代ともいふへきものなり かけまくもあやに貴き 天照大御神は高天原をしろしめし月読命は夜の食す国を しろしめし又た【この「た」は不要。語尾のダブり】蒼海の潮の八百重をしろしめす事なとは今 も現に見さけ奉る事なれば須佐之男命の根の国をしろし めし大穴牟遅神の八十垧にかくりて幽事を主りませる事も 推して知らるゝ事にて天地のあらむ際りて常盤に垣盤にかくの 如くて幾千万の歳も経【經】るとも更に変る事はなきものならん 然るに天照大御神は既神去りませしと思ひ其の世に在せし都 城も論ひ甚しきに至りては其の山陵の御在所を 求メする族の有るてこれそ護意の人とはいふへかりけるまた大御 国【國】の神の道せて学へるにも地震の如き災異あれて其を 過津日神の所為と思へるそなほこたてしそも〳〵過津日神 も称すこと遖【あっぱれ 国字】なるものゝ枉【まが】れる名にして災異にあつかる神にも あらす故次に遖日神そあれます【生れ坐す=出現なさる。】なり大御国【國】の神の道は水には 水の神罔象あり火には火の神加遇突智あり地震も地震の 神ありて洪水火災地震は皆其の神のあらひませるものなれ は其の神の御心をなこめまつるそ大御国【國】の道の旨趣 なりける然れは地震の神と称し奉るも今予か考ふる須佐之男命 大穴牟遅命の二神にて地震は此の神のあらひませるものな れは人皆其の神の稜威を恐れみ慎むより外はなき事 なりける      地震新考 ことし七月二日申刻□□いたく地震けるか今日も尚(ナホ)曽(ソ)の余【餘】波 の有に就て世の学者等(タチ)の論を聞に皆かの囀哉西 ̄ノ蕃(クニ)人の所謂(イハユル)陰の下に 伏して清気升むとして升事不能地中の火気舒むとして舒る事を 得ぬと意(イ)る類(タクヒ)なるが果して其言の如くならは爭かふり出(イテ)ぬ前に先 地面(ツチノオモ)に細き壤(ツチクレ)を噴き野原に煙をする如く【「如く」の「く」を○で囲み、「如く」の右肩に「生るか」と記入あり。】きを見井の水卒(ニハカ)に濁湯 涌(ワ)き雲(クモ)の近く成を見むやそれ地気の上升【「昇」に同じ。】ならは舒(ノヒ)受(ス)【打消しの助動詞「ず」】升(ノホラ)さるには あらざるをや是を神【「袖」に見える】典に考に日本書紀一書に伊弉諾尊田我所生之国 唯有_二朝霧_一而 薫(カホリ) 満之哉(ミテリヤト)の吹撥(フキハラフ)之気(イキ)他為_レ神號曰_二級長戸辺【邊】命_一《割書:亦|曰》 《割書:級長伊|彦命》 是(コレ)風の神也と見え延喜式巻八然田風神 ̄ノ祭 ̄ノ祝詞(ノリト)に皇御孫 命大御夢に悟奉又天下の公民(オホミタカラ)の作 ̄ル 作 ̄リ物【送り仮名を「ニ」と振り、棒線で消している。】悪 ̄キ風震 ̄キ水に相 つゝ不成傷は我【本文に「吾」と書きミセケチにしている。】御名は土【左横に「チ」と記す。】の御程の命国の御程の命と御名は悟奉氏【 「と」から「氏」までは挿入文】云とあり そも〳〵風は天(アメ)また国を支(サヽ)へ持つ真(ミ)程なるが其風を風たラ【「ら」と書いてその右に「ラ」と記す。】令(シム)るは 級長津彦 ̄ノ命級長戸辺【邊】 ̄ノ命の幸(サチ)に因る事に《割書:てか|》若(モシ)此神の幸ひ 【右丁】 賜ぬ処【處】あれは其御程戯【この字とても悩ましい字です。偏は「劇」にあらず、旁は「戯」の旁にも見えず。「戯」に「けわしく」の意がありますので「戯」としておきます】ク埋(クツ)れ夜霧薫 ̄リ満 ̄チて爾【「尓」を仮名の「に」と読むと言葉が変なので漢字の「爾」のよみの「しか」と読めばと思いますが。】地 靡(ナヒ)き動くなり 其 証(アカシ)【證】は二三日も前より海原を渡る舟の帆に風を不_レ持 ̄タ或は霧満 ̄チて 雨を催を見て舟人は其 兆(キザシ)をしり群鳥の空中にして飛えぬも大 路に敷 物(モノ)して寝(イヌ)る人の灯火の焔(ケフラカ)【「けぶらかす」=くすぶらせる。】ぬもみな風なき故なり已(ステ)に意(イ)る 震兆また直に傍人の半身已上の見えぬも日光にはへ【「はへ」の右に「映」と記されている】盈【みち】て虹影を 見るも皆同理之争【爭】か三日も七日も前より地気上升【「昇」に同じ】して後に大二落の 理(コトワリ)有んや地焼【火偏には見えにくいのですが他に適当な文字見当たらず】最【すべて】に潤を注て見よ水の潟涌も荒水と養を成ぬ 水をすへ言へるまて心得へし予はこの年頃穀の値(アタヒ)【價】の尊(タツトキ)さへ思ひ合さくを 最の畏なん  文政十五年九月十八日                    山城国綴喜郡宇治田原   松浦通輔先生国【「國」】   門人  高清助八郎定国【國】述 【左丁 左下の印】 国文学研究資料館  昭和51年12月3日 【裏表紙にて文字無し】