【表紙】 【検索用タイトル:草木芝居化物退治/そうもくしばいばけものたいじ】 【検索用タイトル:神代杉木目争/じんだいすぎもくめあらそひ/じんだいすぎもくめあらそい】 【タイトル別の表記:神代椙𥄢論/変化退治幕明 /へんげたいじまくあき】 【検索用:泉花堂三蝶/十六兵衛】 【刷りの違う同内容の本: https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100130712/viewer/1 】 草木(そうもく)芝居(しばゐ)化物(ばけもの)退治(たいじ)序 凡(およそ)奇樹(きじゆ)佳木(かぼく)の精(せい)。婦人(ふじん)と顕(あらは)れ。 翁(おやぢ)と替(かわ)り。或(あるひ)は童子(こども)と早代 ̄リ。虚(う) 言(そ)ァねい慥(たしか)な証拠(しやうこ)有。行 ̄ツて三河(みかは)の 長興寺(てうこうじ)二竜(にりう)の松(まつ)の詩(からうた)も倭(やまと)も替(かわ)らぬ 【長興寺二龍の松:松の精が二人の童子となり漢詩(からうた)を書き残したという伝説】 変化(ばけもの)噺(はなし)。併(しかし)箱根(はこね)を越(こす)までは。 気遣(きづかい)ないもの教(おしへ)を守(まも)り。実(ほん)の家(や) 暮(ぼ)と変化(ばけもの)を見たい〳〵と。こゝろざして あくせく。箱根(はこね)を越(こゑ)て行(ゆく)もやつはり 己(うぬ)がきつい野夫(やぼ)と。大通人(だいつうじん)の異見(いけん)を 茶(ちや)にしみた目も永(なが)〳〵と鼻(はな)の下(した) 日本橋(にほんばし)から真直(まつすぐ)と足(あし)に任(まか)する向(むか)ふ より常(つね)に親(したし)き木綿(もめん)屋か遠目(とをめ)に 夫(それ)と ̄ヤアヽ おめい旅立(たびたち)か。《割書:■サ| 》箱根(はこね)へ変化(ばけもの)【カタカナの部分は。と重なっているが「ヲヽサ」か】 退治(たいぢ)《割書:コレハ| 》御苦労(ごくろう)何(なに)をがなお餞別(はなむけ) をと手(て)まへものさらしの手拭(てのごい)轡(くつわ)の 紋(もん)《割書:コレハ| 》何(なに)より重宝(てうほう)な日本橋(にほんばし)でも 知(し)つた人 尚(なお)変化(ばけもの)に大谷(おふたに)とは辻占(つぢうら) 葭簀(よしず)の水 茶(ちや)屋で又 逢(あ)ふ迄(まで)の暇乞(いとまごひ) とさし計(はかり)なる十六兵衛が高慢(かうまん)の【乃=の】噺(はなし) するも公時(きんとき)の気取(きどり)ならんと亭主(ていしゆ) が釜(かま)の下(した)をさしくべ余程(よほど)古(ふる)いがお茶 でも上れ 于時安永九年   庚子皐月下旬  東都泉花堂     三蝶 本名   十六兵衛   口上 東西(とうざい)〳〵高ふは御座りますれ共 箱根(はこね)の山ゟ 御断申上なりまする扨此度 当山(とうざん)権現(ごんげん)の社 にて神ぶるまいの催 ̄ニ付山上の草木集り 花舞木(かぶき)芝居を取組橘の精(せい)桑(くわ)の精 銀杏(いてう) かうぞの類迄不残罷出相勤御覧に入奉り まするしかる所 銀杏(いてう)の精(せい)かうぞの花元ゟ 根のあるいざこざを仕り万木枝葉をさわがし ましてござりまするそのあらましをかいつまみ左 ̄ニ あらはし御覧に入奉りまするさよふ ̄ニ思召下され ませふ   わけて奉申上ます 下手(へた)の長口上 狂言(けふげん)のさまたげに御座りますれ ど草木(そうもく)のるいは上々(うへ〳〵)下々(しも〳〵)にいたる迄御てうあいの 品もおゝくかれ是との上(あ) ̄ケ下(さ) ̄ケを仕ますれば御心い きの草木にあたりさわりはありうちの【ありがちの?】義に御座 ̄リ ますればお腹(はら)が立(たゝ)ば横(よこ)に御寝(ぎよし)なり只何事も夢(ゆめ) ものがたりとお聞(きき)流(なが)しにあそばされふつゝかな趣向(しゆこう)の ありやこりやお笑(わら)ひ草(くさ)の種(たね)をまきてそこで 箱根とぬけました所が十六兵衛が一生の分別(ふんべつ)と 御らん被下ませふ 【左ページ挿し絵中】十六兵衛自画 【自画像背景にある丸に十字が轡の紋。コマ4で餞別にもらった手ぬぐいに轡の紋とあるのがこれだろうか。】   変化(へんげ)退治(たいぢ)幕明(まくあき) 松柏(せうはく)は雪中(せつちう)に清操(せいそう)を失(うしなわ)ず勇者(ゆふしや)は困窮(こんきう)に 其(その)心(こゝろ)を屈(くつ)せずとや《割書:な|》あ ̄ン のそのずく銭(せん)壱文もたね ども心は剛(かう)の武者(むしや)履鞋(わらじ)と星(ほし)の光(ひか)りをてうちん ̄ニ 泊(とま)りさだめぬたびがらすあほうなくせに気(き)ぜう立 ̄テ 行程にける程に小田原の城下(じやうか)をこへ三枝橋にぞ 着(つき)にけり是ゟ右は湯(ゆ)の山にて箱根 七湯(なゝゆ)の 名所なれば当(あて)なき旅(たび)の気散(きさんじ)に一見せはやと 存候 ̄ハヽア すでに日あしも申(さる)の刻(こく)むせうに登(のぼ)る 十六兵衛 勝手(かつて)もしらぬ山上(さんじやう)へわけ入 ̄ル峯(みね)の白雲(しらくも)は めぐつて山の腰(こし)を帯(おび)し布引きの滝姫(たきひめ)が水(みづ)は万(ばん) 斛(こく)の明珠(めいしゆ)峭壁(せうへき)に飛(とび)一条(いちぜう)の白練危岑(はくれんきしん)にかゝる といふにひとしく岩洞(がんとう)に風(かぜ)鳴(なつ)て楽(がく)を奏(そう)する に似(に)たり漸々(よう〳〵)一つの高山(かうざん)によぢ付 ̄キしばらく 労(つかれ)をはらしけるに足手(あして)を猪(しゝ)の皮(かわ)にて包(つゝみ)たる 大男 藤布(たふ)とやらんいふ布(ぬの)を着(ちやく)して火縄(ひなわ)打ふり あゆみ来(く)るを一 ̄ト目みてたましいを失(うしな)ひてつ きりこいつは定九郎【注】が二代目ならんと公時(きんとき)【=金時】の 気取(きどり)はどこへやら土(つち)にくいつきふるへ居(ゐ)けるを ふしぎそふに打守りそなたはたびの人そふ なが本 海道(かいどう)をふみちがへめされしか爰(こゝ)は箱根 の山中にて此山こそは冠(かんむり)か岳(たけ)といふてずんど すごい山でおんす向ふにみゆる公時山(きんときさん)こちら にあるが鷹(たか)の巣(す)山はるかあなたに見へたるは 駒(こま)か岳(だけ)とてあのよふに不断(ふだん)雲(くも)にてはれ間(ま) なし《割書:アレ〳〵| 》西にちら〳〵と雲かとみれは煙(けむり)なり ̄アレガ かの箱根の地獄(ぢごく) ̄コレガほんの地ごくにも近付(ちかづき)で ないこなたなれ共袖ふりあふも他(たせう)生の縁(ゑん)此方(こち) 【注:定九郎は仮名手本忠臣蔵の五段目に出てくる登場人物で与市兵衛を殺して財布を奪うことから泥棒や追い剥ぎのことを言う】 の内へとめたけれ共 兎(うさぎ)一匹手にはいらずすご〳〵 戻(もど)る猟人(かりうど)なればおやと申さんよふもなし狼(おゝかみ)の 用心してずいぶんかくれていさつしやれといつち 行けんかげもみへずなむさん爰(こゝ)は天狗(てんぐ)の 会所(くわいしよ)しかしあちらが鼻(はな)たかなれば十六兵衛は鼻(はな) 下(した)長(なが)めつたに負(まけ)るもんじやァねいとよふ〳〵 と谷下(たにした)へ這(はい)ずりおり昼(ひる)の侭(まゝ)にて腹(はら)は背(せ)へ 付きそのひだるさこらへがたく運(うん)は天に任(まか)せ ろとあれば天道(てんとう)しだいとひたすらにこくうを 拝(はい)しけるにふしぎや何かぶら〳〵と天窓(あたま)へさわる ものありて手をのばしてにぎり見るに ほどよく熟(つえ)たる橘(たちはな)なり是がほんのありがた 山ともいではくいとつてはしてやり腹(はら)もふくつん となりければさらば明日(あす)まで一 ̄ト ねいりと木の 根を枕(まくら)とさがしみるにかたへに若木(わかき)の山桑(やまくわ) あり流(なか)れにそふてかうぞといふ草 生(はへ)茂(しげ)り 黄(き)なるいつくしき花形(くわぎやう)をあらわし咲きみだれ たるむかふに彼(かの)橘(たちはな)とならひて大木(たいぼく)の銀杏(いてう) あり其外(そのほか)草木(そうもく)枝(えだ)を連(つら)ねものさみしき 谷なり牛満(やつ)の刻ともをもわれ ̄イザヤ 木草(きくさ)も ね入る頃(ころ)十六兵衛も相伴(せうばん)とかの銀杏(いてう)の生際(はへきわ)を 仮(かり)のやどりの木枕(きまくら)とねた気さんじはよけれ共 蚊(か)のくふ針にむくりをにやし日本橋(にほんばし)にて 貰(もらい)たる手のごいを取出し地廻(ぢまわ)り風(ふう)にひつか ぶつてふんばたかつたありさまばけものたいじ の人がらとはみへずねるよりはやくくわや〳〵と 何かしらずわからぬ事をつぶやくも十六島(うつふるい)の 産(さん)にして毛唐人のおとしだねなれば唐人の 寝言(ねこと)といふなるべしはや一 ̄ト 寝入(ねいり)やりしと思ふ 頃(ころ)しもさつと吹(ふき)くる野風(のかぜ)につれ駒(こま)が岳(たけ)より ふきおろす白雲(しらくも)一面(いちめん)に木立(こだち)をまどいさながら 幕(まく)を引(ひき)たるかごとく ̄ハテ いぶかしやと半分 夢(ゆめ)に様子(ようす) をみれば樫(かし)の木(き)の精(せい)一番にあらわれ《割書:カチ〳〵〳〵| 》と ひやうし木の音(ね)をすると又風来 ̄リ て雲(くも)を はらいければ小まかなる草(くさ)の精(せい)ばら〳〵と立 出るをみれば黄色(きいろ)なる花(はな)をもちてづらり とならびけるにまだ夜(よ)ぶかの事なれども あかりをてらしひるのことし是いおふ草(そう)と いふ草(くさ)なるほしそのてい誠(まこと)に芝居(しばゐ)のかゝり にてぶたいともおぼしき脇(わき)に筋違(すじかい)の道(みち)を つけ是にもかのいおう草共すき間もなく ならびけるゆへ花道(はなみち)の心ならんと十六兵衛も おそろしく細目(ほそめ)にあいてけんぶつすれば はやはじまりとみえて滝(たき)の太鼓(たいこ)を打 ならすとつゞみの役(やく)はたんほくの精(せい)あらはれ 笛(ふえ)の役(やく)は芦(あし)の葉(は)と定(さたま)り野菊(のぎく)出(いで)て翁(おきな)の 役をつとめけるも翁草(おきなくさ)のゑんなるべし せんざい菊は千歳(せんざい)の役をつとめすでに式(しき) 三番も相すみければ犬山椒(いぬさんせう)の精(せい)罷いで わたくしめは無げい役なししかし小つぶでも 辛(からい)を味噌(みそ)に口上の役目(やくめ)扨今晩 仕組(しくみ)大 ざらいとござりまして万木千草(ばんぼくせんそう)打 込(こみ)に仕 まして御らんに入奉りまする狂言の外題(げだい) は神代杉木目争夜半続(じんだいすぎもくめあらそいやはんつゝき)に取組 別而(べつして)沢(たく) 瀉(しや)【オモダカ】工夫(くふう)をこらしましたる義にござりますれば あしき所も只よい〳〵と御心いきのほど願上 奉りまするもつとも当座 橘(たちばな)の花舞木(くわぶき)根元(こんげん) 草木(そうもく)狂言は元祖橘工夫をいて相はじめ 寛草(くわんそう)十一戌年ゟ安(あん)じや九年迄凡百四十 八年 枝葉(ゑだは)を枯(から)さぬ根生(ねばへ)の古木(こぼく)此度唐山 権現(ごんげん)の託宣(たくせん)にござりまして只今 序幕(しよまく)始 りにござりまする短夜(たんや)のせつにはござりま すれど東天光(とうてんくわう)〳〵と仕ますまでゆる〳〵との 御 見物(けんぶつ)をこいねがい奉(たてまつ)りますると弁舌(べんせつ)をぴり つかせてひつ込(こむ)と楽屋(がくや)ゟ豊後(ぶんご)梅太夫につゝ ゐてぺん〳〵草(ぐさ)は三味線(さみせん)を抱(かゝ)へ皆(みな)一同(いちどう)に 藤袴(ふぢばかま)を着(ちやく)し舞台(ぶたい)の正面(しやうめん)にならびける   題帳(だいちやう)左之通 深山珠味橘盛(みやまにうましたちばなのさかり) 去(さんぬる)  金柑子(きんかうじ)とは唐木(からき)の一名(いちめう)去(こぞ)の実入(みいり)に  うまみを〆た新左衛門は   しん山の立木色事師のかぶを    みぬいた十六兵衛が夢心 雑(ざつ)  雌雄(しゆう)とは雌雄(めすをす)の一名 雌(めんどり)進(すゝめ)た雄(をんどり)の雑説(ざつせつ)に  羽ねをはたかぬ高まんの根ぎわ   持まへの役目をすぐに    みてとつた十六兵衛がうつゝ心 話(わ)  路衡(ろかう)に花咲(はなさく)大木(おゝき)有(あり)お世話(せわ)の瀬(せ)の字(じ)に話(はなし)有(あり)  あてたじまんのかさね菊は   ませかへさせるそうだんに    鳴神のし打を直 ̄ニ十六兵衛が寝言 【下段】 《割書:尾|上|松|風》神代椙柱論(じんだいすぎもくめあらそひ)【注】       夜半続 ̄ニ仕候 【注:「じんだいすぎもくめあらそひ」はコマ12では「神代杉木目争」の字をあてている。】 【注:椙は杉の俗字】 【注:柱の字は、木へんに王の縦線が上に突き抜けた旁の文字で書けないため代用した。木目(跡目の洒落か)の意味で使われている。三蝶について書かれた資料で目へん+木の字をあてるものがあるが、ここにはそういう文字は使われていない】    ○二番目新狂言 幕(まく)明 ̄キ 自(おのづ)から森の体(てい)     後(うしろ)は水湯(すいとう)の流(なが)れ 銀杏(いてう)の精(せい)出 ̄ル 岩上(がんせう)の舞台(ぶたい)へ出て二三篇(べん)        立廻り四方(よも)を流(なが)るていありて みれば今宵(こよい)も牛満(うしみつ)過(すぎ)いづれも枝葉(ゑだは)をうご かさずねむる中にもそれがしは根(ね)ぎわにふかき 望(のぞみ)ありて数日(すじつ)心ををくるしむるを誰(たれ)ゆへなれば《割書:アレ〳〵| 》 あの細谷川(ほそたにがわ)に見るかげなく若木(わかき)のくさに交(まじ)わ りしかうぞといゝしと斗    跡(あと)をいわずしばらく両手を組 ̄ンで工夫(くふう)    のみへあるべし 《割書:ヲヽアレヨ| 》兼(かね)て心を合せたる二木(にぼく)の精(せい)《割書:モヲ| 》きそふ なものじや《割書:ナア| 》 桑(くわ)の精(せい)出 ̄ル 遠近(おちこち)の立木(たつき)もしらぬ山中(やまなか)をおぼつかなく もたゞひとりひめごぜの身でだいたんなと おしかりもかへりみずおこへをきいてとび たつ計《割書:アイ| 》まいりましたでござりまするわい 《割書:ナア| 》 トいふて    あせ手のごいをよりながら尻目遣(しりめづかひ)    の体(てい)なるべし 銀杏 《割書:コレハ〳〵|》御しんせつやくそくちがへぬ桑どのゝ夜 陰の御歩行かたじけなすびの花ざかり下手 な草木の百草より心をあわせし三木が いつちなすものならばならぶ木草はござるまい もふはや木綿も来る刻限《割書:ナゼ|》おそい事じや 《割書:ナア|》 此時中六兵衛がかぶりたる手のごいひら〳〵と飛(とび)上りて 木綿(もめん)の精(せい)となる 《割書:ナンジヤ|》もふはやふたりの衆はさいせんから見へ られたり《割書:チツトモ|》はよふとおもふさかいで《割書:ナニガ|》心が もだ〳〵してあつたなれども十六兵衛めがあごの 下でゆわへておいて来(く)るにこられずゑい やつとといていたのでこくげんもゑんにん【延引=先延ばしにすること】すりや ふたりの衆のをもわくもきのどくの山芝居 どいつもこいつもねているさかいでゑんりよなく 談(だん)じませふかい 銀杏(いてう) うわさをいへばかげさすとてさつそくの御入(ごじゆ) 来(らい)重畳(ちゃう〴〵)千万こよいさらいの新狂言まだ 惣座中の草木たちも白川よふねの 折もよしかの内〳〵のしゆだんをかため外へ もらさぬかなへのだんかう岩のものいふ世の 中じやおもい〳〵のりやうけんを三木(さんぼく)即座(そくぎ)【「そくざ」の誤りか】 の懸合(かけあい)に釘(くぎ)をかたむる箱根の山 手のごいの精(せい)○大音声(たいおんじやう)上(あげ)上方詞にてきやうとくすべし 《割書:イカニモ|》めい〳〵しん腹(ふく)をあかしあかねのさす迄も 桑(くわ)の精(せい) 語(かた)りあふ菊 色(いろ)の関旭(せきあさひ)の鶴(つる)と羽をのして いつもお顔(かほ)を三ツ銀杏(いてう)外へ黄菊(きぎく)は夏菊(なつぎく) の○銀杏(いてう)の精(せい)○《割書:コハ|》ありがてい過(すぎ)し 舞台(ぶたい)の狂(くる)い獅子(じゝ)しだいにお名も高(たか)作(つく) ̄リ きよふな花の禿菊(かぶろぎく)蕾(つぼ)の内に中菊のひいき ます〳〵断(ことはり)や人【へ?】白菊のはじめから養(やしなひ)小菊 の根(ね)を継(つい)でその浜(はま)菊のらんじやたい○ 手のごいの精○伽羅(きやら)くさいがやつがれも元は 都(みやこ)の重宝(てうほう)ものきかぬ木綿(きわた)も草(くさ)の種(たね)上 へも下へもむく〳〵と和(やは)らかきのも家(いへ)のもの 紅(べに)しぼりにも鳴見染(なるみそめ)きしやごしぼりの 細(こまか)でもなんでもかでも濃(こい)浅黄(あさぎ)紺(こん)どは銀杏(いてう) を盾(たて)に取 木頭(きがしら)役とうやまいて○銀杏(いてう)○ 茗莪(めうが)にかのふ身の誉(ほまれ)元ゟ我れが高名(かうみやう)はかた じけなくと鶴(つる)が岡(おか)実朝(さねとも)いてうと高まんは 古川薬師(ふるかはやくし)とおぼさんが乳房(ちぶさ)のいてうと いふたならあさぶな奴(やつ)とうたがわれ親鸞(しんらん)虚(う) 言(そ)のない所 杖(つえ)いてうとて人の知(し)る近(ちか)い証拠(しやうこ) に浅草寺(せんそうじ)娘(むすめ)の誉(ほまれ)も身が力(ちから)色事(いろごと)武道 所作(しよさ)事でも此山中にならびなく此 勤功(きんこう) をむざ〳〵と扇の風にちらされて何めん ぼくになるへきそや○手拭(てのごい)の精(せい)○我〳〵とても 此までいごうをさらしの身の上にてもふか 〳〵とつらはぢを布巾(ふきん)地(し)足袋地(たびぢ)とやす くされぞつこんもめる真木綿(しんもめん)是と云(いふ)のも 草の身でよめいもあらぬかうぞの花 己(おのれ)が黄(き) なるを自慢して功者(こうしや)ぶるのが伊勢(いせ)もめん○ 桑(くわ)の精○どうかかうぞの身の上を植替時(うへかへどき)   のこぬ内によそへちらしてやり梅の爰(こゝ)が肝(かん) 心(じん)要(かなめ)ぎわ○銀杏(いてう)○おの〳〵うごかぬ木性(きしやう)なら 《割書:ヤワカ|》かうぞが骨離(ほねばなれ)ばら〳〵扇となさん事 我が土用芽(とようめ)の内にありと《割書:■ヽ|》【才〳〵?】うやまつて申 ̄ス  ○岩石の花道ゟ羽織(はおり)袴(はかま)長脇差(ながわきざし)を帯(たい)し かうぞの精(せい)出 ̄ル 此時 樫(かし)の木の精(せい)影(かげ)を打(うつ)べし 舞台(ぶたい)に居(すわ)り○仕組(しくみ)中ばへ罷出 憚(はばかり)も顧(かへり)みず 我侭(わがまゝ)のふるまい諸草木(しよそうもく)根方にも御 免(めん)蒙(かうふ) り身のあらましを申上たく斯(かく)すい参(さん)のおこ かましさいくへにもおわびを申てざんねんの 趣意(しゆい)を述(のべ)まつた行年(ぎやうねん)七十余歳は草木(そうもく)の 身の上にてわづかわたくし花を顕(あらは)し霜がれに いたる迄に日数合弐百日余の命にて仲間の 内にて壱年切のたのみなき身の上かゝる 身(み)不肖(ふせう)のわたくしなれども木元(きもと)橘のさしづに よりて木頭(きかしら)の役(やく)をつとめ狂言(きやうげん)は勿論(もちろん)一体(いつたい) 仲ヶ間のとい談合(だんかう)何事によらずとりはからひ まする義にて木元のかわりをも勤(つとめ)たてら るゝ身をそねまれ誠(まこと)や老(をい)ぬればきりんも ど馬(ば)におとると金言(きんげん)むなしからず若木(わかき)の おりは日の出と称(せう)されおの〳〵がたにも御ひい きあつく朝貌(あさかほ)【原文は㒵、貌の異体字】に魁(さきがけ)してしのゝめに花を生 じ皮(かわ)は諸国の重宝(てうほう)もの色紙(しきし)短冊(たんざく)文通(ぶんつう) 書籍(しよじゃく)第一初春初日の出先一番に末広(すへひろ)がり 扇(あふぎ)〳〵のめでたさをおりなす地紙(ちがみ)の徳(とく)を 上 ̄ケ貴賎(きせん)片時(へんし)もすてざる身我に上 越(こす) ものあらじと世上のてうあいかぎりなく徳(とく) にはなれ共 損(そん)のないかうぞが株(かぶ)をからさんと 工(たくむ)むやからの無分別(むふんべつ)余命(よめい)はかなき身(み)なれ共 木頭(きかしら)ともちいしは橘(たちはな)のさし図(づ)にて我と望(のそみ) てなりしにあらずしかるをあれなる銀杏(いてう)を始(はじ) ̄メ 木綿(もめん)や桑(くわ)の若芽(わかめ)迄一ッになりて我をうと み此山中をしりぞけん下心(したこゝろ)ひきやう共きた なしともいふに岩間(いわま)の岩蓮華(いわれんげ)心斗ははやれ どもむなしく若木(わかき)の枝葉(しよう)にをされ見る 陰(かげ)もなき谷川の流(なが)れに名(な)のみくだしぬるむね ん骨随(こつずい)狂言(きやうげん)中ばへおこがましく罷出たる 長口上ふとゞきものとのおとがめを顧(かへりみ)ざるは 猿若(さるわか)の猿(さる)住(すむ)箱根の岳(たけ)〴〵にはかうぞが由(ゆ) 縁(かり)の若木(わかき)の松 枝(ゑだ)ぶりつよきも候へば一本立の 身(み)にてもなし此度(このたひ)当所(とうしよ)権現(ごんげん)の神ぶるまいの 新狂言(しんきやうげん)男達(おとこだて)黒木(くろき)の役割(やくわり)も銀杏(いてう)ひとりの 計(はから)いにておのれと望(のぞ)む我侭(わかまゝ)にてきまつた 当山(とうさん)草木(そうもく)地元(ぢもと)橘(たちはな)の何がしゟめい〳〵にあたへを うけ取(とり)木葉(もくよう)花実(くわじつ)の奇羅(きら)【綺羅】を飾(かざ)り勤来(つとめきたり)し 事なるに葉(は)根元(ねもと)ぜんまいかれとうなづき 余(よ)の草木(そうもく)へはあたへを渡(わた)し斯(かく)申かうぞへは 当はる芽(め)出(だ)しの始(はじめ) ̄メよりあたへわづかの金 銭(せん)花(くわ)たつた弐両のあてがいにて雨(あめ)にも露(つゆ)にも たらぬがちたとへあたへはとらずとも橘によし 身のかうぞ只(たゞ)はんじやうこそあらまほしと 実(み)を尽(つく)したるかいもなく水 木(き)の木陰(こかげ)に しかるゝ事山中の面木(めんもく)は何とそゝかん木立 もなし御見物の草木(くさき)衆(しゆ)へふたゝびおめに かゝらんやかゝるまじやのおいとまごい老木(らうぼく)で ない乱木(らんき)てない然(しかれ)ばあい人(て)の悪木(あくもく)ども身(み)の いゝわけもあらしの木(こ)の葉むら〳〵ばつと なき倒(たを)さんに《割書:シヤ|》何ほどの事あらんと扇子(おふぎ)を はらいて厳然(げんぜん)たり○此所 岩間(いわま)よりせり上ケ○蒼述(そうじゆつ)【=蒼朮】のにほひ甚し 木元(きもと)橘(たちばな)の精(せい)出 ̄ル○色(いろ)づく顔(かほ)あかく自(みづから)の葉(は)を惣 身にまとい山まゆの鈴(れい)をふりうづ巻(まき)のばくの縄(なわ)を もち○善哉(ぜんざい)〳〵我こそは此山中の香味(かうみ)の 身(しん)橘の精霊(せいれい)なりさなせそ〳〵そこつは無用さい ぜんゟなんぢらがいどみあらそふいち〳〵は一部始終(いちぶしじう)聞(きゝ) とゞけたわれ山中の諸木(しよぼく)のみなかみ名(な)に橘の高(かう) 名(めい)はたれしらぬ火の筑紫(つくし)がた六十余州の外迄 も珍味(ちんみ)の聞(きこ)へありそ海(うみ)ふかき心のあればこそかう ぞを当座の木頭(きかしら)とさだめたる掟(おきて)をそむき銀(い) 杏(てう)が我意(がい)をふるふ事 無道(ぶどう)とや非義(ひぎ)とや云(いわ)ん ことさら木綿(もめん)はそのむかしかうぞが世話も なりたる身 銀杏(いてう)はもちろん大恩(だいおん)あれば 報(ほう)ずべきをあたをもつくしかうぞをうとむ のふりやうけん桑(くわ)の若芽(わかめ)も葉をたれて 一身なすとは女桑(めくわ)の身にあるまじき下こゝろ 今よりいつれも和談(わだん)なし根(ね)にもつな葉(は)を ならすな 銀杏(いてう)の精(せ )【ルビ「せい」の「い」が消えている】○橘(たちはな)の仰さる事ながら是には段〳〵 意味(いみ)の深長(しんちやう)事(こと)をわけて申さんなれども 横雲(しのゝめ)のあけがた近(ちか)く先(まつ)今晩(こんばん)は是切と口上 の所へ樫(かし)の木出て《割書:カチ〳〵〳〵|》○白雲(しらくも)の幕(まく)引 わたらんとする所へ○東西(とうざい)〳〵声(こゑ)かけて 半分はうつゝたわい寝言(ねごと)まじへうつつ立上る 十六兵衛見物の草木始 ̄メ舞台(ぶたい)の草木(くさき)も誉(ほめ) 詞(ことば)とこゝろへ花道にかしこまれば《割書:イヤ〳〵|》なんの誉(ほめ) 詞(ことば)じやないぞや此十六兵衛が声(こゑ)かけておつとめたの はにくまれ詞《割書:コレ|》そこな橘どの夕へ【ゆうべ】ひだるひ 腹(はら)をうめたすかつた恩報(おんほうじ)に抱(かゝへ)の草木へいらざる 寸志(すんし)横合(よこあい)から十割(じうわり)と十六兵衛がいらざる理屈(りくつ) とは何(なに)夕顔(ゆふかほ)のへちまの皮(かわ)花の御江戸でいわれ ぬ一ッはい一ッ国(こく)をいふてのけるも鳥無き里(さと)の かうもりて山中(さんちう)の太平 楽(らく)とはふるいけれども 古きをとりて新(あたら)しく取なし新(あらた)をもつて古(ふる) びを付るを狂言の種(たね)として趣向(しゆかう)をこじつけ それかと見せてそれでなくそれとみせて それとしらせ口もとをあるいたり奥(おく)深(ふか)くやつ たりせねは上留理ても狂言てもはたくに隙(ひま)なし 只むしやうにあたらしくみせたいとて犬(いぬ)に羽(はね)が 生(はへ)てもつまらず花舞木(かぶき)のたてはどふかしら ねど歌舞伎(かぶき)狂言(きやうけん)操芝居(あやつりしばゐ)上留理【浄瑠璃】の趣向(しゆかう)文(もん) 句(く)の気取(きどり)今は昔(むかし)にふる沢の岸(きし)をはなれた 上方 作(さく)はとんとはめに月夜(つきよ)ざし闇雲(やみくも)に 江戸作者は日にましてふへるがゆへに我おとら じと趣向をあみて昔(むかし)八丈から本町むすめ とひろく白石 噺(ばなし)とひやうばん高く歌舞妓(かぶき)は 追々(おい〳〵)跡(あと)をだして道成寺(どうじやうじ)は中富(なかとみ)を生捕(いけどり)鳴神は 四方にひゞき太平の御代のありがたきといふも おそれあるくらいの事也草木衆もこゝろはかわら すとかく狂言上留理の批判(ひはん)してあそこが長い の爰(ここ)がわからぬのとさま〴〵のむだをいへども狂 言上留理の趣向(しゆかう)といふものそふ計でゆくに あらず仁義(じんぎ)釈教(しやくけふ)恋(こい)無常(むじやう)といへども此 教計(をしへばかり) にてゆくにもあらずその折(おり)〳〵の気取(きとり)が肝(かん) 心(じん)のはたらきにて笑(おか)しい跡が無常(むじやう)にかわり 泣(なき)つくした跡がわつさりとにきやかにかわり文(もん) 談(たん)のおもしろみ狂言はつゝねのつゞきどことつて いわれんようなしそれを自分(じぶん)が気に入らぬと よしあしのひやうばんそのどくをいふ人につくら さして見たし一ッ葉もいけぬものなり文章(ぶんせう)の 意味(いみ)あいは博学(はくが)計でゆくにもあらず口合よく てゆくにもあらず一体(いつたい)のたてが有事にて 笑(わら)ふほどにつくらるゝならつくらせて見たし《割書:ヤレ|》 あのまゝはきつふ長く退屈(たいくつ)をしたの口上が長いのと いへども其 長(なが)いまゝ長口上で次(つぎ)の幕(まく)短(みしか)く訳(わけ) のよくわかるがためなり退屈(たいくつ)なしに短(みじ)かくすると なんの事やらわからすにしまい百三十弐文を だして無筆(むひつ)もんもうが詩(し)の会(くわい)に行(ゆく)にひとしく そこらをぬからす作(つく)るがゆへに教(をし)へとなりて忠(ちう) 孝(かう)の両道(りやうどう)いきじの意(い)味をもわきまへ樽(たる)ひろ いが口から大ぼうの心をしらんの大功は細(ざい)きん【細瑾=少しの過ち】を かへりみぬのといふ詞(ことば)をもおぼへ声(こわいろ)のまねする だけがありがたいといふものじや扨と宵(よい)からうつ ら〳〵見て居(ゐ)るにおの〳〵の狂言中〳〵おもし ろく此山中の狂言 沢瀉(たくしや)【注】流(なか)れに生立(をいたつ)て木(き) 交(まぢり)をせぬ草ゆへ銀杏(いてう)どのゝ我意(がい)おされて 一言もなかつたかしらず新狂言の木伊達(きだて)黒(くろ) 木(き)の役(やく)は此 峯(みね)を三ッ三ヮ越(こし)て十町斗あなた なる大きな谷(たに)の間(あいだ)にはへしばせをの【生へし、芭蕉の】広葉(ひろは) 家(くさ)がら芸(げい)なるよし橘殿のはなしそのやくを かいとつて銀杏(いてう)とのがこじつけあたればよいが 【注:沢瀉(たくしや)はオモダカという水辺に生える植物のこと。ここでは作者(さくしゃ)の洒落】 若(もし)はたくまいともいわれずいかに木ぶりのさた がよいとて人はともあれ我よかれとはあんまりな しこなしそれとても木頭(きかしら)のかうぞどのへも だんかうして沢瀉(たくしや)衆(しゆ)とも評義(ひやうき)の上がよかるへし 銀杏(いてう)どのはおてまへの名につれて銀(かね)の工面(くめん) も出来るよしいかうをもつて木頭にすわり たいとはいらぬ木取の間違(まちかい)といふもの我この まづに木元(きもと)より立らるゝ所がほんの事なり 金つかふて身にも応(をふ)ぜぬのぞみをたつし ぬれ共その役ほどのいせいがなければ《割書:ナンノ|》役に たゝずといふものむごたらしうかうそ殿を いびり廻(まわ)し追(おひ)のけんとは敵役(かたきやく)にもをとつた しうち同気(どうき)相(あい)もとむるのどうりにて木綿(もめん) 丈(じやう)も一ッになり桑(くわ)どの迄(まで)がしりもちとは 何がうらみでかうぞどのをにくしむのじや又 葉根元(はねもと)のぜんまいどのがわるいといふものわた せば随分(ずいぶん)わたさるゝ金があるにかうぞ殿へは ふつていにみせかけおのづからひかるゝよふに はかりことをしたのも銀杏(いてう)どのとぐるから おこり《割書:イカニ|》かうぞの心よしやわらかな花じや とてそふわせぬもの面(つら)にくやかねの工面(くめん)も算(さん) 用(よう)ももとがからくりものじやからぜないどのゝ 葉根元(はねもと)とはきつい事じや《割書:アレ|》あのよふにかうぞ とのが広言(くわうげん)をならべてじやにいゝわけあらば いふたがよい一言(いちごん)も出(で)ぬといふはみんな木(こ)の葉(は) をかぶつたのじや銀杏(いてう)どのが第一わるい木頭(きかしら) にもなる木(き)なら外の草木(くさき)のぶしだらも異(い) 見(けん)をする身の上でおとなしくないといふもの なんぼう当世(とうせい)きゝもの【利者=権勢のある人】でもこなたひと木(き)であた るじやない相人(あいて)〳〵のもち合でおのづからおちの 来(く)る事 人参(にんじん)は能(のう)ある身(み)なれど一分(いちぶん)計(はかり)ではね はとられぬ余(よ)の薬種衆(やくしゆしゆ)にくわゝつてあたると おもへばめい〳〵のつゝしみになる心付 ̄ケ じや さればたとへにいふとをり樹(き)高(たか)ければ風の為(ため)に 破(やぶ)られ人(ひと)賢(けん)なれば侫(ねい)の為に破らるゝとて 第一(だいいち)の慎(つゝしみ)所(ところ)銀杏(いてう)丈(じやう)も桑(くわ)丈も木綿(もめん)どのも 年(とし)々に枝(ゑだ)ぶりの広(ひろ)がるまゝ人もなげなるふる まいおゝし一寸(いっすん)の草(くさ)に五分(ごぶ)のたましい若木(わかき)を もちいててうあいする所(ところ)と古木(こぼく)を称美(せうび)する 所とにふたつありて古(ふる)木とて片付(かたつけ)がたしすねる ほど可愛(かあい)がらるゝ庭(には)の松(まつ)といふ事もあれば 美(び)なる計が自慢(じまん)にもあらず強(つよ)き計がみそにも ならず木元(きもと)葉根元(はねもと)沢瀉(たくしや)まで合体(がつたい)せねば ゆかぬ事今こそ追込(おいこみ)めさつたけれどもかうぞ殿の 若ざかり旭(ひので)の頃(ころ)を今時の草(そう)木たちにみせ たきものなり一体(いつたい)の枝(ゑだ)葉ぶり根生(ねばへ)の丈夫(じやうぶ) 何をさせても落葉(おちは)のないまれものまだその 頃(ころ)は銀杏(いてう)殿はみるかげもない実生(みせう)にて茶(ちや)の 木の花じやといゝましたその心はといふにさる人の 付 ̄ケ合に○茶(ちや)の花(はな)はなんぞの花を見るついでと いふ心にてかうぞ殿やその外(ほか)の立(たて)草木(そうもく)の中へ まじり埋草(むめくさ)の数(かず)にはへられ外の花をみる序(ついで)に 見られし身の上今の若芽(わかめ)の草木衆は御 存(そんし) ないがいかにかうぞの世 話(わ)になられ尻(しり)くらい観音(くわんおん) 草(そう)たのもしくない木 立(だて)の親(おや)玉 羅漢樹(らかんじゆ)迄(まて)おし なべてひいきに預(あつか)りそふ枝(ゑた)が高(たか)くなると此山   の鼻(はな)高とのか木さまの梢(こすへ)を腰(こし)かけにせらるゝぞや 茶の木に手鞠(てまり)が高(かう)まんで高木の衆ともつき合 るゝ人がらなりや第一木ざしが肝心(かんじん)といふものものことに 自(し)まんは実(み)があつてぎんなんのうぬぼれ煮大豆(にまめ) にまじわり煮物につらなり三ッ角(かと)ありてさんごじゆ のかわりを勤(つとめ)二役(ふたやく)も三役もやらずのがさず葉(は)は書(しよ)物 の間(あいた)にまじり少(すこ)しは四 角(かく)な文字にもつきあいもの 知(し)りじまんと風のたよりにきゝましたがほんの所を 覚ぬから論語よみの論語しらずといふもの也ぜんたい は薬(くすり)でないこなたの性分(せうぶん)《割書:ニア|》是迄(これまで)にかいつまんでこれ からが木綿殿じや元来(ぐわんらい)こなたは草仲(なか)ヶ間(ま)木綿と いふて畑(はたけ)そだち夫(それ)から段(だん)〳〵のし上り此大 ̄キなる谷へ 上りてとやかくと口きくも此十六兵衛が飛入(とびいり)させたおか げしやねいかこなたもあのかうぞとのにはお世話に なつた身の上成 ̄ルべし此度の神詫【神託】狂言 黒木(くろき)の株(かぶ)は さいぜんもいふとをり是ゟ十町計あなたの根生(ねばへ)の 広葉(ひろは)どのにさせるよふにとも〴〵にすゝめはせいで 銀杏(いてう)どのに合体(がつたい)するとは持(もち)まへの株(かぶ)をしやるの 種(たね)は上(かみ)から東(あづま)へまかれ上手(じやうず)〳〵とほめられてこなた もおし付 生所(はへど)に迷(まよ)ふ葉(は)をうなだれるがむごらしい 畑(はたけ)の中に生立(はへたつ)てもゝといふもの【注】がなると一日 日向(ひなた)に ぶら付(つい)て口をあき中でいたつて大 ̄キ いのは十 文字(もんじ) にひら〳〵と口から木綿(きわた)を吐出(はきだ)しその実(たね)は油(あぶら)に しぼられすたるといふではなけれども又その上に 油(あぶら)をとられにつちもさつちもいけないよふになら ぬ用心が肝(かん)じんじや高慢(かうまん)つのりて鼻高(はなたか)どのゝかる さんの真(しん)にでも入られぬ身がまへしやれ只何事 もまん丸や角なしにしたいもの也こなたの木名(きめい)を 【注:綿花の実は桃に似ていることから、桃と呼ばれることがある】 山 科(しな)やとはきついあたり《割書:コレ|》こちらな桑(くわ)の木(き)どの かわいらしい木(き)ぶりをしてひとつになつていらぬ枝(ゑだ) たておれが枯(かれ)たらこまろふなどゝ人もなげなる ふるまい《割書:イヤ|》もふきつい鼻高(ぐひん)達(たち)で誠(まこと)の天狗(てんぐ)は はだしで飛(とぶ)ぞやよふ〳〵此頃 若芽(わかめ)をふきだしをふ 大木(たいぼく)の生(はへ)ぎわとはふといの根じやと草双紙(くさそうし)の株(かぶ)に あるぞやましてや女木(めぎ)はつみ深(ふか)くいふは古(ふる)いが外面(げめん) 如菩薩(にょぼさつ)内心(ないしん)は道成寺(とうしやうじ)の鐘(かね)の内にておそろしい 心入じやその木質(きしつ)を直(なを)さぬと木仲ヶ間をはづ されて鬼百合(おにゆり)ともならるべし上をみれば青空(あをぞら) じや下をみれば掘抜(ほりぬき)じやこなたひとりがひいきかへ 外にはないとおもふがこけじや上 手(づ)にならばなをひげ して下からでるが上手といふもの枯てゆかれし 王子の神木(しんぼく)へどろをぬらぬよふにおしやれ《割書:ヲヽ|》 笑止(せうし)といやつたぢぶんをふだん心にわすれまいぞやむかし の人の狂歌(けうか)にも○牛の子が窓(まど)をくゞりていづれども 尻尾(しりを)の先(さき)につかへぬるかな此心がこなた衆の身の 上に引あてゝはつめいする名歌(めいか)なり扨と是から かうぞ殿へもいゝぶんあるでもなしないでも梨(なし)の木 もふきかれは十六兵衛がいゝかたがむりか道理(どうり)か橘どのも きこしめせまつこなたといふ古木(こぼく)の木頭(きがしら)やすくする 草(くさ)木があらばなぜあいたいにりくつを付 ̄ケ てどふ ともたてをしたがよいどこのくにゝあろふ事か余(よ)の 草木(そうもく)衆もよねんなく銘(めい)々のあたへをだして たのしんでいらるゝ中へ長(なが)彦をさしこわらし弁(へん) 舌(ぜつ)にまかせて一ッ国(こく)をやらるゝ所はきついよふて却而(かへつて) 弱(よわ)しその覚悟(かくご)なら人にもしらざず木元(きもと)へ計いゝ 置(おい)て打果(うちはた)すなら勝手(かつて)次(し)第めい〳〵の生(はへ)ぎわへ つけかけたがよいといふものとめろがしの下心で さりとはきのどく木元(きもと)の内 幕(まく)あらいざらいぶち まけてたつた弐両の三両のと大せいの草木衆へ はなさるゝ事じやない《割書:イヤハヤ|》げびたと申そふかきたない と申そふか是ばつかりは木からに似合(にあわ)ぬすれは少(すこ)し は老木(らうぼく)か乱(らん)木かもうけあいがたしこなたのゆかりに 松といふ根生(ねばへ)があつて只さへ此木はちから自(じ)まん 木の短(みしか)い生(をい)たちなればかうぞ殿の尻(しり)をもつ て銀杏の枝(ゑだ)をおらうもしれず草木(そうもく)芝居(しばい) にかぎらずして何芝居でもこいじがわるくそねみ ねたみの心があるとふだんがくやがぐわたひしして 和合(わがう)せぬもの魚(うを)と水とにまじわらぬとする芸(げい) の木取(きどり)があわぬもしもぶたいでにんじやうにも およんだら木元(きもと)めいわく見物(けんぶつ)のそうどうけがの もといおの〳〵いざこざ葉(は)をかけかまいない見物 へなんぎをかけるは堂々と和漢(わかん)の故事来暦(こじらいれき)【来歴】 ものゝ道理(どうり)も仕分(しわけ)るつとめににやわぬと いふものじやちつとは心のいましめにもならふ筈(はづ)じやに わきまへのないおの〳〵なれば此すへ迚(とて)も覚束(おぼつか) ない古いとてすてるにあらず新(あたら)しきとてもち ゆるにあらず井戸縄(いどなわ)のすたれるがすたに【ずたに(寸に)】きざ まれ古帷子(ふるかたびら)は京(きやう)へのぼりこゝそといふ粉(こ)にはた かれもりとめの役(やく)をつとめ古綿(ふるわた)のいけぬのが 下駄(げた)のはな緒(を)の真(しん)をつとめやぶれ笠(がさ)は水仙 の霜(しも)をふせぎ小鳥の糞(ふん)はきめをなをし後家(ごけ) のきせるはあめと代りはいふきは南天(なんてん)のこやしと なるもお寺(てら)の大黒(だいこく)のなれの果(はて)が庫裏(くり)ばゞと なるがごとし何一ッすたれるものなしもとより かうぞは心よしの生(せう)とく花は人の心をなぐさめ 根は色子(いろこ)の重宝(ちやうほう)とせられ皮(かわ)はさきほどの給ふ ごとく片時(へんし)もなくてかなわざる紙(かみ)のとくあん どうに夜なべのあかりをよくするといへどもある 針(はり)さしはあそばせてづぶり〳〵とつらぬかれまた 色里(いろざと)のうきくろうはかうぞどのゝ夢(ゆめ)にもしられ ぬよそのくぜつをもつて来(き)てじれつたいとて かんざしでつきぬかれ是(これ)計(ばかり)にあらずさま〳〵のかん なんくらふそれをも苦(く)にせぬ心からよつほどの 上人(しやうにん)上 木(ほく)こよいのよふにはら立(たゝ)るゝはたいていの 事ではなしとかく諸事(しよじ)のいさ葉(は)こざ葉なに から生(は)へるとおもふてみるにそれに付 ̄ケても 葉根(はね)のほしさよ理屈(りくつ)も道理(どうり)もさしおゐて かうぞ殿をたてさへすりやおのづから銀杏(いてう)どのも 評判(ひやうばん)よくねがわずとても木頭(きかしら)ものじやむかし からのことの葉(は)にも君と我とは朽木(くちき)の伽羅(きやら)よ 中のよいのは人しらずとうたへども中のわるいは はめをはづしておもてむきからみへすゝきのどく【みへすくきのどく(見へ透く気の毒)?】 元禄十七《割書:甲| 申》年二月の中の九日に浮世(うきよ)の隙(ひま) をあけられし門誉入室覚栄(もんよにうしつかくゑい)は植物(うへもの)ずき であつたから此 芝居(しばゐ)をみせたならさぞやさぞ 口おしがりて草(くさ)のかげからなげかるゝであらふ といふも箱根(はこね)の変木(へんき)を頭痛(づつう)なれども草木(そうもく) 国土(こくど)しつかいじやうぶつときくなればきのどくさ にあほうがさしでて大帳(だいちやう)へはんぜうをぶちこんだも 扇(あふぎ)にお瀬話(せわ)といふものならんかと谷水(たにみづ)にのどを うるほし腹(はら)いつぱいをいゝければ橘(たちはな)の精(せい)にとく とゑみをふくみたん〳〵のこじつけまて木元(きもと)は 息(いき)を休(やす)めたり《割書:アレ〳〵|》今のおしへのごとくあれも 中よふして木元(きもと)のためになり給へといふかと おもへば吹(ふき)来(く)る野風(のかぜ)いふかとおもへばふきくる 野(の)かぜありつる草木(そうもく)ばら〳〵ともとの木立(こだち)と なりければ十六兵衛はさつぱりと今こそ夢(ゆめ)の覚(さめ) 心《割書:ハアヽ|》かわつた夢をみた銀杏(いてう)の精(せい)はきこへたが 木綿(もめん)はもとの十 文字(もんじ)こいつもしれたが桑(くわ)の精 とかうぞがわからぬ《割書:ムヽ|》桑(くわ)はおこ【蚕】といふ虫(むし)のゑじき その葉(は)をくふてわたをはく《割書:ソノ|》わたをかふしてそして 《割書:ムヽ|》結綿(ゆいわた)といふ心そこでかうぞはちとむづかしいその 皮(かわ)を紙(かみ)にすいて扇(あふき)の地(ぢ)がみ《割書:ムヽ|》よめたこふせずと もやつぱり柏(かしは)の精(せい)とでりや手(て)みじかでよめやす いに地がみとはまわりどをい化(ばけ)よふをしたものじやが しかし爰(ここ)が狂言(けうげん)じや桑(くわ)とかうぞがわからぬも見物(けんぶつ)に考(かんがへ)へ させて切(きり)狂言(けうげん)にわかるとは沢瀉(たくしや)の趣向(しゆこう)当世(とうせい)は此よふ ̄ニ 入くまぬとむかぬ世の中 草木芝居(そうもくしばゐ)もばかにされぬとひとり かんしん股(またを)くゞるすごい浮世(うきよ)におれほどあほうな十六兵衛 も又とひとりはあるまいとおのづからじゆつくわいするもよく〳〵 のぬけさくとおはらをたゝずどちらもこちらもひい木(き)なく 一(ひ) ̄ト なぐりになぐつた枝葉(ゑだは)どなたも御 免(めん)下(くだ)されませと一冊(いつさつ)の 小本となすも十六兵衛がほんのむだ書(がき)と筆(ふんで)を草家(そうか)の机(をしまづき)に捨(すつ)ると                   思へは誠(まこと) ̄ニ夢(ゆめ)はさめにけり 跋(はつ) 陰陽(いんやう)之(の)老変(らうへん)五行(ごぎやう)之(の)相生(そうぜう)四季(しき)之 移替(うつりかわ)が如(ごと)し 其(その)始(はじめ)之(の)気(き)を不尽(つくさざる)内(うち)は次(つぎ)之(の)気(き)を不生(せうぜす)寸木(すんもく) 尺樹(せきじゆ)も木生(もくせう)火(くわ)の道理(とうり)こもり尚(なを)未(いまだ)木(き)の気(き)を 満(みて)ねば火(ひ)の気(き)を生(せうず)るに及(およ)ばず草木(そうもく)変化(へんげ)の 説(せつ)に唐(とう)の武三思(ぶさんし)が家(いえ)に仕(つか)へし美女牡丹(びぢよぼたん)の精(せい) 化(け)して寵愛(てうあい)の恩(をん)を謝(じや)す狄仁傑(てきじんけつ)が道徳(どうとく)に恐(をそ) れて去(さ)ると開天遺事(かいてんいじ)に記(しる)し亦(また)芭蕉(ばせう)の女(をんな)と変(へん)じ けるも長遍(ちやうへん)の詩(し)に残(のこ) ̄リ幽冥録(いうめいろく)にあらはし其品(そのしな)あげて 算(かぞへ)がたし猫(ねこ)も杓子(しやくし)も通(しやれ)の世(よ)の中(なか)草木(そうもく)の身振(みぶり)謦(こはいろ) あるまじとも不言(いわれず)狄仁傑(てきじんけつ)がごとき道徳(どうとく)のなき十六兵衛は 却(かへつ)て夢中(むちう)に飛入(とひいり)のつらね假令(けりやう)見人(みて)がなければこそよけ れと翌日(あした)堂(どう)ヶ(が)島(しま)の辺(ほとり)を吟行(さまよい)夢窓国師(むそうこくし)の座禅(ざぜん)石(せき) の傍(かたはら)にあんころ餅(もち)を食々(くい〳〵)記(しる)す 【裏表紙】