【右】 【左】  土屋寛之著  傅染病豫防法   目録  〇腸チフス       《割書:時疫| 一丁》  〇喉頭器官コローフ性炎 《割書:馬皮風| 九丁》  〇小児疫咳       《割書:百日咳| 十二丁》  〇天然痘        《割書:| 十四丁丁》 【印】 東京府書籍館  新門 代三部  四類  三函  三棚  七七六号 【右】    緒言 凡そ人の疾病たは攝養及豫防不注意に原因せざるものなきは既に先哲 明証する所にて更に贅言を俟さるなり殊に傅染病の如きは僅に一戸一人の 不注意より延て一市一邑に及ひ甚しきは遂に全国に蔓延するに至り其害擧 て言可からず實に畏れすんばあるべからざるなり其病勢に於けるや自ら軽重 強弱ありと雖片之を概論すれば其状宛も水の暴漲して群邑を流亡し火の炎 焼して比隣を蘯燼するに異ならず抑暴漲を防くに堤塘の設あり延焼を救ふに 消防夫の備あり豈に特り傅染病に於て之を等閑に付して已むべけんや輓令 本県下各地に発現せし一二の傅染病を観察し爰に簡易の豫防法を編成して之 を将来に実施せしめ以て人民天枕の不幸を未然に防かん丁を希ふのみ   明治十一年三月   編者述 【左】  傅染病豫防法  土屋寛之著    膓窒扶斯豫防心得    膓窒扶斯豫防心得 腸(ちやう)ちひゆす[俗に云ふ時疫の類]も亦(また)虎列刺(これら)病の如 く恐怖(きようふ、をそる)傅染病(でんせんびやう、うつりやまい)にして流行(りうこう)の病(やまい)性により 軽重(けいじう、おもきかるき)ありと雖(いへど)も年(ねん、とし〳〵)々此(この)患(やまい)に感(かん、わづろう)じ非命(ひめい、じゆみやうくほか)の死(し)を遂(とげ) ぐるもの尠(すくな)からずとす其(その)病毒(びやうどく、やまいのをこり)は腐敗物(ふはいぶつ、くさりたるもの)殊(こと、うちことさらに)に動(どう、うをとり) 物性腐敗物(ぶつせいふはいぶつ、けもののにくなどのくさりたるものに)[腐肉敗(くさりたるにくくさりたる)毛(け)髪等(など)]中に発生(はつせい、をこり)して大気(たいき、くうき)中 に蒸散(じようさん、たちまじり)し或(あるひ)は地中(ぢのうちに)に滲透(しんとふ、しみとをり)して井泉等(ヰどでみづなど)に混交(こんこう、まじり)し 【右】 たるものを體内(たいない)に攝収(せつしゆ、はいり)するより發病(はつへい、びやうきつき)し次(つつい)て他(ほかのも) 人(のまても)を侵襲(しんそう、うつる)するものなる故(ゆへ)に腐敗物(ふはいぶつ、くさりもの)、堆積(たいせき、はきだめ)所、墳墓(ふんぼ、はかしよ)、 汚水(をすい、にごりえ)、泥河(でいが、どろかは)、等(など)の近傍(きんばう、ほとり)に居住(きよじう、すまゐ)し或(あるひ)は其地の井水(まへのよろしからたちのヰどみづ)を 用(もちふ)る時(とき)は病原(びやうげん)を醸成(しやうせい)、ヤマイノタネトナルナリ、するなり就中病毒(びやうどく)は井水(せいすい) 及(およ)び患者(くわんじや、びやうにん)の糞尿(ふんによう、くそゆばり)に含(ふく)めるものなれば殊(こと)に之に 意(い、こころ)を用(もち)ひ毫(すこし)も忽(ゆるかせ)にすべからず今/茲(こゝ)に豫防(よばう、ふせぎかた)の要(よう、かな) 領(りやう、め)を掲(かは、あけ)けて世人(せいじん、ひと〳〵)の心得(こゝろえ)に供せんす仍(な)ほ其の詳(しやう、くはしき) 細(さい、わけ)の如きは異日(いじつ、いつれのひか)流行(りうこう、はやるとき)の実地(じつち、そのようすにより)に就(つ)きて指畫(しかく、さしづ)する ところあらんとす 【左】  一 総(すべ)て住居(じゆきよ、すまゐ)は湿地(しつち、しけち)を避(さ)け成丈(なるだ)け高燥(かうそう、しつけなき)の地(ところ)を撰(えら)  ふへし 一 家宅(かたく、いへ)及ひ其/周圍(しうヰ、まはり)は掃除(そうぢ)清潔(せいけつ、きよらか)にいたし腐敗物(ふはいぶつ)  等は悉(こと〴〵)く焼(や)き棄(すて)て[成丈け家屋(いへ)を距(へたゝ)りたる所 々於て行ふべし]水利(すいり、みづはき)を宜(よろし)くし溜水(たまりみづ)、堆塵(ちりだめ)、なき  様/注意(こゝろ)すべし 一 井戸は潦潴(らうちよ、みづだまり)、溝渠(かうきよ、どぶ)、厠(かはや)、塵芥溜(ちりだめ)、埋葬地(まいそうち、はかしよ)、等を遠隔(えんかく、へだつ)し  たる地に設(もう)くべし臨時姑息(りんじこそく、とうはまにあひ)を要(よう、このむ)する時(とき)は井  浚(ざらへ)して水底(すいてい、みなそこ)を清(きよ)くし周圍(しうゐ、まはり)より浅水(せんすい、うはみづ)滲透(しんとう、さきこむ)せざ 【右】  る様/修繕(しうぜん、つくろふ)すべし 一 厠(かはや)、墳墓(ふんぼ、まいそうじよ)、溝渠(かうきよ、どぶ)泥沼(ていしやう、みづたまり)、路頭(ろとう、みちばた)、等(など)に近(ちか)き井水(ゐどみづ)は飲料(いんりよう、のみ)に  供(けふ、もちふる)する勿(かな)れ 一 筧(かけひ)等にて飲水(いんすい、のみみづ)を需(もの)むる家(いへ)は其(その)水源(すいげん、みづもと)及ひ樋中(ひちゆう、とひのうち)  を清浄(きよらか)にし腐陳(ふちん、くさる)したるものは悉皆(しつかい、のこらず)浚(さら)へ除(のぞ)き  筧を取換(とりかふ)ふべし 一 常用水(のみみづ)は平素(へいそ、つねに)清(きよ)きものを精撰(せいせん、えらぶ)し毫(こう、すこし)も臭気(しうき、くさきにほひ)及(および)  異味(いみ、ことなるあぢ)変色(へんしよく、いろづく)あるものは用(もちふ)る勿(なか)れ近所(きんしよ)に良水(りようすい、よきみづ)[有(ゆう、むし  機(き、なとのるい)物(ぶつ)汚泥(をでい、どろくさきぜ)瓦斯(がす)、等を交へざるもの]なきときは 【左】  一度(ひとたび)沸(かわ)かしたるのもを冷(ひや)し精品(せいひん、よろしき)の【四角で囲って塩酸】塩酸(ゑんさん)《割書:藥の|名》 を摘(てき、したゞらし)し聊(いさゝ)か酸味(さんみ、すみ)を帯(お)びたるもの[過酸化満俺(かさんかまんがむ) 水(すい)を代用するもよし此藥の用ひ方は虎列刺(これら) 豫防(よばう、ふせぎ)法に出づ]を用ふべき唯(たゞ)臭気(しうき、くさきひほひ)或は微色(びしよく、すこしのいろ)のみ を有(ゆう、あり)し他(た、ほか)に不健康物(ふけんかうぶつ、やいのたねとなるもの)[有機物、汚泥瓦斯、等]なき を確認(かくじん、みとむる)したるときは清浄乾燥(せいじやうかんそう、きよらかにかはかし)したる木炭(もくたん、おこしずみをくだきみづこし)にて 蘆花(にいれ、みずをこす)し用ふべし 一 家屋(かをく、いへ)は努めて清潔爽凉(せいけつそうりやう、きよくさつぱりするをだいゝちとす)を主(むね)とし必す掃除(そうぢ)を  怠(おこた)る勿(なか)れ障戸(しやうこ、としやうじ)を固閉(こへい、かたくとじ)し火爐(かろ、ゐろり)を近昵(きんじつ、ちかづき)し衆人(しうじん、おほくのひと)群(ぐん、あつ) 【右】 集(しう、まる)等(とう、など)は最(もつと)も避忌(ひき、さける)すべきものとす 一 障戸(しやうこ、としやうじ)窓牖(そうゆう、まど)は時々(とき〳〵、をり〳〵)開排(かいはい、ひらく)して新鮮(しんせん、あたらしき)の大氣(たいき、くうき)を通(つう)し  衾辱(きんしょく、やぐ)は不潔(ふけつ、きたない)ならざる様/注意(こゝろもちひ)すべし 一 病室(びやうしつ、びやうにんのねどころ)並(ならび)に患者用厠等(かんじやようしとう、びやうにんのはいるかはやなど)には常(つね)に【四角で囲って石炭酸水】石炭酸水(せきたんさんすい)或(あるひ)は  【四角で囲ってコロール石灰水】コロール石灰水(せきくわいすい)等(とう)を平皿(ひらさら)に盛(もり)り置(お)き薫散(くんさん、かほらす)すべ  し[其度(そのぶんりよう)は医師の差図(さしづ)を俟つべし] 一 病者(びやうしや、にん)の居住(きよじう、ねどころ)したる室内(しつない、ねま)は虎列刺病(これらびやう)に於(おけ)るが  如(ごと)く石炭酸水(せきたんさんすい)を以(もつ)て洗浄(せんじやう、あらふ)するか或は【四角で囲ってコロール亜鉛蒸気】コロール 亜鉛蒸気(あえんしようき、茉名かほり)【四角で囲って、硫黄烟】硫黄烟(いおうえん、茉名けぶり)等(とう)にて燻蒸(くんじよう、かほらず)し全(まつた、のこりなく)病毒(びやうどく)を撲(ぼく、なく) 【左】   滅(めつ、なる)したる後(の)ち入るべし 一 腐敗気(ふはいき、くさりたるき)の蒸散(じやうさん、むしあがる)する場所(びしよ)には乾燥(かんそう、かはきたる)の木炭末(もくたんまつ)と  石灰(せきくわい)とを交ぜ合(あは)せて散布(さんふ、まきちらす)すべし 一體質虚弱(たいしつきよじやく、よわきもの)のものは此病(このやまい)に罹(かゝ、わつらひ)り易い(やす)きを以て平(へい、つ)  素(そ、ねに)摂生(せつせい、やうじやう)を旨(むね、だいゝち)とし體躯(たいく、かrだ)をして強壮(きようそう、じようぶ)なしむべ  し就中(なかんづく、ことさらに)腸胃病(ちやうゐびやう)あるものは尤も感染(かんせん、うつる)し易(やす)きか  故(ゆへ)に流行(りうこう、はやる)の時節(じせつ、とき)は殊更(ことさら)に注意(ちうい、こゝろつけ)し汚水(をすい、けがれみづ)  及ひ果実等(くわじつとう、くだものなど)は別(わけ)て慎(つゝしむ)むべし 一 鳥獣魚(ちやうじうぎよ、とりけものうを)の腸胃(ちやうゐ、はらわた)肉類(にくるい)を飲用水(いんようすい、のみみづ)の近辺(きんへん、あたり)に擲棄(てきき、すてる)す 【右】  勿(なか)れ 一 身躰(しんたい、からだ)は常(つね)に垢(あか)付(つか)ざる様(やう)注意(ちうい)すべきは勿論(もちろん)萬(まん) 一(いち)此病(このやまい)に罹(かゝ、わづろふ)れるものあるときは看護人(かんごにん、かいほうにん)たる  者/微温湯(びをんとう、ぬるまゆ)を蘸(ひと)せる手拭(てぬくひ)にて衣衾(いきん、きものやぐ)の下(した)より時(とき)  々(とき)病者(びやうしや、びやうにん)の全身(ぜんしん、そうしん)を拭(ぬぐ)ひ垢(あか)を去(さ)るべし世俗(せぞく)動(やゝ)も  すれば感冒(かんぼう、やまい)を怖(おそ)れ何程(なにほど)不潔(ふけつ、よごれる)になるとも該病(がいびやう、その)  者(しや、にん)の身躰(しんたい、からだ)を水杯(みづなど)に触(ふ)るゝを甚(はなはだ)に嫌忌(けんき、きろふ)するも  のあるは愚(ぐ、をろかもの)も亦(また)甚(はなはだ)しと云ふべし時宜(じぎ、やまいのようす)により  冷水浴(れいすいよく、みづぶろ)を施(ほどこ)し直(たゝち、すぐに)に温保(をんほう、あたゝめる)すれば却(かへつ)て皮膚(ひふ、はだへ)の興(こう、いき) 【左】   奮力(ふんりよく、ほい)を亢(きは、さかんにし)め良効(りやうかう、せんかい)を得(え)たるの例(れい、ためし)尠(すくな)からざるこ  とあるをや 一 健者(けんしや、まめなるもの)は病人(びやうにん)に近寄(ちかよる)べからす止(やむこと)を得(え)ざるときは  【四角で囲って、石炭酸末】石炭酸末(せきたんさんまつ)等(とう)を所持(しよぢ)しコレラ病/豫防法(やぶうはう)に於(おけ)る  が如(ごと)く所置(しよち)すべし 一該病者(かいびやうしや、このびやうにん)の糞汁(ふんじう、だいしやべん)より蒸散(じようさん、たちあがる)する気中(きちう、きのうち)には必(かなら)す病(びやう、やまいの)  毒(どく、たねとなるどく)を含(ふく)めるか故(ゆへ)に此患者(このかんじや)に用(もちふ)る厠(かはや)及ひ便器(べんき)  [おまるの、類]は決(けつ)して他人(たにん)に流用(りうよう)すべからす 一 患者(かんじや)の排泄(はいせつ)物[糞便血(くそゆばりち)等]を器物(きぶつ、うつはもの)[おまる、ふくさ 【右】  もの等]に受(う)けたるときは直(たゝち、ぢき)に消毒薬(しやうどくやく)を  注(そゝ)きて屋外(やぐわい、そと)に持(も)ち運(はこ)べし  病者(びやうしや)の糞尿(ふんねう、くそゆばり)血汁(けつじう、くたりたるち)は家内(かない)の便所(べんしよ)に捨(す)つべから  す止(やむこと)を得ざる時(とき)は必(かな)らす【四角で囲って、コロール亜鉛水】コロール亜鉛水(あえんすい)【四角で囲って、明礬強溶水】明礬(みやうばん)  強溶水(きょうようすい)【四角で囲って、硫酸銕水】硫酸銕水(りうさんてつすい)【四角で囲って、コロール石灰水】コロール石灰水(せきくわいすい)【四角で囲って、石炭酸水】石炭酸水(せきたんさんすい)[調製(てういせい)  法(ほう)等は虎列刺豫防法に出つ]等(とう)を注(そゝ)きたる後(の)  ち投棄(とうき、すてる)すべし 一 糞(ふん)、尿(ねう)、血汁(けつじう)、を[但病者のもの]運搬(うんぱん、はこぶ)するには必す  先(ま)づ其上(そのうへ)に右(みぎ)の薬液(くすり)を注(そゝ)き器物(きぶつ)[糞桶(こへだめ)等]の蓋(ふた) 【左】   を密封(みつふう)し成丈(なるだ)け人家(じんか)懸隔(けんかく、へだつ)の地(ち)を通行(つうこう、とをる)すべし 一右(みぎ)排泄物(はいせつふつ、大小便のるい)を野外(やぐわい、のやまでんはた)に擲棄(てきき、すてる)するときは深(ふか)く地中(ちゝう)に  埋(うづ)むべし[但井戸は成る丈け離れさるべから  す] 一 此(この)患者(かんじや)に支用(しよう、もちひたる)せる器物(きぶつ、うつはもの)は総(すべ)てコレラ病/消毒(しやうどく)  法(はう)に於(おけ)るが如く【四角で囲って、石炭酸水】石炭酸水(せきたんさんすい)等にて洗(あら)ひ或ひは【四角で囲って、石炭酸】石(せき)  炭酸(たんさん)蒸気(しようき)【四角で囲って、硫黄】硫黄(いおう)烟等(えんとう)を以て燻(くん、かほらす)すべし 一 衣衾(いきん、きものやぐ)は寒暑(かんしよ、さむさあつさ)を凌(しの)き清潔(せいけつ、きれい)なるを主(むね、もつぱら)とし決(けつ)して  垢染(あかじ)みたるものを着用(ちやくよう、きる)すべからす既(すで)に支用(しよう) 【右】  したるものは必(かなら)らす前條(ぜんじじょう、まへのかじようをみる)に準(じゆん)すべし 一 食料(しよくりやう、くひもの)は総(すべ)て健不健者(けんふけんしや、じようぶなるものびやうにん)拘(かゝ)わらす新鮮(しんせん、あららしき)の物(もの)を  撰用(せんよう、えらびもちふ)し聊(いさゝ)かたりとも溶崩腐敗(ようほうふはい、くさりかゝりたるもの)に傾(かたむ)きなるも  のを用(もちふ)る勿(なか)れ 一 患者(かんしや、びやうにん)の食料(しよくりやう、くひもの)には流動滋養(りうどうじよう、やわらかにやんないとなるもの)の[肉羹の汁(そつふ、うしにはとりnおにしる)、牛乳(ぎうにう、うしのちゝ)、半熟(はんじく、たまごのなま)  卵(らん、にへ)、米(べい、か)、粥(じゆく、ゆ)汁(じう)等(とう)]を撰用(せんよう)し必(かなら)ず成糞物(せいふんぶつ、だいべんとなるもの)及(およ)び醴(れい、あまざけ)を興(あたふ)  る勿(なか)れ古醫法の断食(だんじき)等は無芸(ぶげい)の極(きよく)と云ふべ  し 一 湯茶等(ゆちやとう)総(すべ)て熱物(ねつふつ、あつきもの)は決(けつ)して宜(よろ)しからす該病者(がいびやうしや、このびやうにん) 【左】   は口(こう、くち)、舌(せつ、した)の傷爛(しやうらん、やけど)をおほへざれば頻りに熱物を  好(この)むゆへ宜(よろし)く注意(ちうい)すべし清良水(せいりやうすい、きよきみづ)は害(がい)なし 一 該病(がいびやう)は恰(あたか)も疱瘡(ほうそう)に於(おけ)るが如(ごと)く再感(さいかん)すること  極(きは)めて稀(ま)れなるものなれば看護人(かんごにん)には成丈(なるだ)  け曾(かつ、さきに)て同病(どうびやう)を患(うれひ、やみし)ひし者を撰ぶへし      赤痢豫防心得 赤痢(しやくり)とは俗(ぞく)に云(い)ふ痢病(りびやう)にして日夜(にちや)数回(すうかい、たび〳〵)便所(べんしよ、かはや)に 通(かよ)ひ毎回(まいかい、そのたびごと)腹(はら)搾(しぼ、いたむ)り後重(こうのちやう、いたみたつ)するも僅(はづか)の粘液(ねんえき、あめのごときくそに)に血(ち)の交(まじ) りたるものを漏(もら、くだ)すものなり之(これ)に傳染(でんせん、うつる)するもの 【右】 も否(しか、さもなき)らざるものとの二種(にしゆ、ふたいろ)なり其傳染(そのせん)するもの は、コレラ、腸チㇶユス(じえき)の如(ごと)く主(おも)に汚穢物(をかいぶつ、くさりたるもの、どく)、寒暖不整(かんたんふせい、じこうのふじゆん) 湿気(しつき、しつけ)、多人雑居(たにんざつきよ、おほくのひとせまきところにこもる)、飲食不良(いんしよくふりやう、くひものゝあしき)、[植物(しよくぶつ、くさき)性(せい)、及動物(どうぶつ、いきもの)性(せい)、の物品(ぶつひん) の腐(くさ)りかゝれるより發(はつ、おこる)する毒(どく)にあたり又は氣(き、じ) 候(こう、こう)の不順(ふじゆん)にて俄(にはか)に寒暖(かんだん)の差(さ、たがひ)を生(しやう)ずるより物(もの)の 腐敗(ふはい、くさり)を促(うなが、もよほす)して毒(とく)を発生(はつせい、おこる)し又(また)は居家(きよか、いへ)の位置(いち、たてたるちのとこらがら)よろ しからずして湿(しつ、しけ)け或は湿気(しつき、しめり)のある衣服(いふく、きもの)を着(ちやく)す る等より皮膚(ひふ、はだへ)の蒸発氣(じようはつき)を妨(さまた)け又は一/屋(おく)に多人(たにん) 数(すう)雑居(ざつきよ)して各自(かくじ、ひと〳〵)の身躰(しんたい、からだ)より排泄(はいせつ、すたる)する剥皮(はくひ、ふけ)毛髪(もうはつ) 【左】  等の聚積腐敗(しうせきふはい)より毒氣(どくき)を生(しやう)じ又は飲食(いんしよく、くひもの)上(じやう、うへ)にも 不良(ふりよう、よからぬ)の物(もの)を用ひ冷水(れいすい、ひやみづ)を飲(の)みすごし菓実(かじつ、くだもの)の過料(かりやう、くひすぎ) 又は裸体(らたい、はたか)にて轉寝(うたゝね)し泥沼等(でいしやうとう、ぬまなど)の如(ごと)き湿気(しつき)ある近(きん、あ) 傍(はう、たり)の家(いへ)に臥(がう、ふ)し夜間(やかん、よる)蒸発(じようはつ)する寒冷汚穢(かんれいをかい)の湿気(しつき) に暴触(ぼうしよく)する等(とう)より疾(やまい)に罹(かゝ)る]等(とう、など)より発起(はつき、おこる)し多分(たぶん、おほく) は瘧(ぎやく、おこり)と共(とも、いつしよに)に並(なら)び行(おこな、はやる)はれ其毒(そのどく)を病者(びやうにん)の糞尿(ふんし、たいべん)衣衾(いきん、きものやぐ) 器具(きぐ、うつはもの)等(とう)に含蓄(がんちく、こもる)して漸々(ぜん〳〵)他人(たにん)を侵襲(しんそう、うつる)するものな れは未崩(みほう、きざ、ぬさき)に十全(じうぜん)の豫防法(やばうはう)を行(おこな)ひ既(すで)に發疾(はつしつ、おこる)する 家(いへ)にありては宜(よろし)く消毒法(しやうどくはう)を行(おこな)ひ専(もつは)ら傳染(でんせん)を防(ふせ) 【右】 ぐべし 一 居宅(きよたく、すまい)、土地(とち、とちがら)、飲食(いんしよく、くひもの)衣服(いふく、きもの)、器具(きぐ、うつは)、糞尿(ふんねう、くそゆばり)、の取扱(とりあつかえかた、わけ)等(とう、など)は総(すべ)  て前(まへ)の腸(ちやう)チㇶユスの條下(しようか、ところ)に掲(かゝ)げたる法(ほう)を守(まも)り季(き)  候(こう)の寒暖(かんだん)に應(をう)じて身(み)には適宜(てきぎ、ほどよき)垢付(あかつか)ざる衣(い、きもの)  を着(ちやく)し感冒(かんぼう、かぜひき)を避(さ)け必(かなら)す湿衣(しつい、しめりたるいふく)を纏(まと、きる)ふなかれ 一 湿床(しつしよう、しめりけのあるねどこ)に臥(ふ、ねる)し及(およ)び裸体(らたい、はだか)にて就眠(じゆみん、ねる)する等(とう)尤(もつと)も慎(つゝし)  むべし 一 流行時(りうこうじ、はやるとき)には殊(こと)に腹部(ふくぶ、はら)下脚(げきやく、あし)を温包(おんほう、あたゝめ)し腹上(ふくじやう)には  腹掛(はらかけ)の類(るい)を纏(まと、あてる)ひ脚(きやく、あし)に股引(もゝひき)の類(るい)を穿(うがつ、はく)つべし[醫(い) 【左】   師の差圖にて冷すことある時は妨げなし] 一 既(すで)に此(この)症(しやう、やまい)に罹(かゝ)りたるを知るときは寝床(びしやう、ねどこ)に静臥(せいぐわ、しづかにふし)  し全身(ぜんしん、からだ)を温保(おんほう、あたゝかに)すべし 一 病室内(しつない、びやうにんのへや)には平皿に醋(す)を盛り微火(びか、みるび)に上(のぼ)せて其  蒸気(じようき、にほひ)を燻散(くんさん、かほらす)するもよし    喉頭気管コロープ性炎豫防心得《割書:馬皮風|》 馬皮風(はひふう)は春秋寒風に侵(をか)され又は偶(たま〳〵)患児(やまいをやむこども)の粘液(ねんゑき、せきいだしたる) の粉末(ふんまつ、きり)を《割書:他児の|》吸込(すひこむ)より發り大抵二歳より五歳頃ま 【右】 での小児に多し其初は夜/間(る)に熱(ねつ)を發し少しく 空咳(からぜき)して其/響(ひゞ)き嗄(しほか)れ晝間(ひる)は玩弄物(もてあそびもの)などに戯(たわむ)れ 少も苦煩(くるしき)の景況(ようす)なく素人(しろと)は只一《割書:ト|》通りの風感(ひきかぜ)と 侮(あなど)り藥も與(あた)へず温保(あたゝかに)もせざるより遂(つい)に救(すく)ふ可(べ) からず重症(おもきしよう)に陥(おちい)るなり誠に恐るべき病なれ ば少にても嗄咳(せき)を撥するときは早く手当を致 し且醫師を招(まね)き治療(りやうぢ)を請(こ)ふべし病をうけたる 小児には他(ほか)の児童(ことも)を近寄(ちかよせ)せざる様用心すべし 醫師の来診(きたる)遅(おそ)き時は脚湯(きやくとう)又は腰湯をさせ 【左】  [仕方は熱(あつ)すぎぬ湯(ゆ)にて両足をあたゝめ暫くし て出し能く吹き直(ぢき)に暖(あたゝ)かなる寝床(にどこ)に臥(ふ)さしめ 左の藥を飲(のま)しむべし但脚湯をするとき腰より 上は能く衣類にて包み冷ぬ様にすべし]且木綿(もめん) 片(きん)を二重(ふたへ)三重(みへ)に折(をり)水を蘸(ひた)し断えす咽(のど)の上を冷(ひや) すべし薬法は色々あれとも劇薬(つよきくすり)は素人(しろと)にて取 扱ふときは却(かへり)て過(あやま)ちを生するものなれば醫者 の来(こ)ぬ間(あひた)或は醫師無(な)き地(ところ)にては左の藥を與(あた) へ醫師の来診(くる)を待(まつ)べし 【右】 薬法  四歳以上六歳まての小児は   〇茴香油(ういきようゆ)   三四滴(てき、しづく)   〇重炭酸曹達(じうたんさんそーだ)  《割書:目方|  三分》   〇極上白砂糖   《割書:目方|  五分》 右三味を通例(なみ)の猪口(ちよく)一盃(はい)程(ほど)の水に溶(とか)し四つ に分て一日四度に用ふべし  四歳以下二歳までの者は   〇茴香油(ういきようゆ)   三滴 【左】    〇重炭酸曹達(じうたんさんそーだ)  《割書:目方|  二分五厘》   〇極上白砂糖   《割書:目方|  三分三四分》 右三味前の如く水に溶かし四五度に分ち用ふ  二歳以下なれば   〇茴香油(ういきようゆ)   二滴   〇重炭酸曹達(じうたんさんそーだ)  《割書:目方|  二分》   〇極上白砂糖   《割書:目方|  三分》 右用ひ方前に同し且五六度に分ち用ふべし 製法(こしらへかた)は初めに重炭酸曹達を猪口に入れ水に 【右】 溶し茴香油/及(また)砂糖を加(くわ)へ能(よ)く攪(か)き廻(まわ)すべし 若(もし)茴香油無(な)くば茴香水(ういきようすい)或は桂枝水(けいろすい)へ重炭酸 曹達、砂糖の二味を上(かみ)顕(あらは)す夫(それ)々の分量(ぶんりよう)を加(くは) へ用ふべし茴香水は小茴香を蒸溜器(らんびききかい)にて蒸(らん) 溜(びき)に為(し)たるものを云 該症は父母の怠(をこた)りより危険症(あやうきしよう)に陥(おちい)る者なれ ば請々用心いたし豫防/誤(あやま)る勿(なか)れ    小児疫咳豫防《割書:併|》養生心得《割書:百日咳|》 【左】  百日/咳(せき)は感冒(ひきかぜ)より發(おこ)る病(やまい)にして傳染(うつる)する事あ り宜しく注意(こゝろつけ)豫防すべし 〇此患児[百日咳を病むこども]は咳嗽(せき)の時(をり)に方(あた)り 吸息(ひくいき)に一種の響(ひゞ)き恰(あたか)も鴉聲を帯(おび)たる痙攣(ひきつる)性の 咳嗽(せき)を發(おこ)し傍人(かたはらにおるひと)をして大に感を起さしめ多分 の粘痰(たん)を吐出(はきいだ)したる後は咳嗽(せき)休止(やみ)し更に新堆(しんき) の粘痰(たん)を生せざるの間(あひだ)は患児の敢(あへ)て苦(くる)しむ様(やう) 子(す)もなく平常(つね)の如くやすらかなるものなり已(すで) にして漸(やうや)く粘痰(たん)を喉頭胸中(のんどむねのうち)に潴積(たまる)すれは幼孩(いとけなきもの) 【右】 は啼泣(なき)して其の苦情(くるしみ)を訴(あらはす)へ稍(やゝ)年長(せいちやう)の児は強(つと)めて 静座(こゝろをしづめ)し咳嗽(せきの)発作(をこる)を避(さけ)んとするも早晩(をそかれはやかれ)発作を免(まぬか) るゝ事能(あた)はずして咳嗽(せき)復(ま)た起(おこ)るものなり通例(つうれい) 六七週(五十日)を経(す)れは病の勢(いきほい)次第(しだい)に衰(おとろ)へ発作(せきかず)漸(やうや)く減(げん)す れども適宜(ほどよく)に治療(りやうぢ)を加へざれば荏苒(ながびき)二十週(百五十日)に も至り種々の餘症(やまひ)を残(のこ)し後悔(こうかい)する事あり病の 初めより少し熱(ねつ)の出(で)るものあり 〇百日咳の発作は一晝夜(いつちうや)に十回乃至(とたびより)十二三/回(たびに) 劇(いたりはげし)きは毎半時(三十分時)に一發(とたひをこり)し粘痰(たん)愈々(いよ〳〵)粘膠(ねばる)なれは咳嗽(せき) 【左】  益/持続(なかく)し咯痰(たんをはく)するにあらされば決(きはめ)して咳(せき)の止 む事なし少し理會(がてん)も出来る児(こども)は咯痰(たんをはきだす)すれとも 無智(ちえつなぬ)の幼孫(あかご)は後口内(くちのおく)に粘痰出(たんのいつ)るも直に嚥下(のみこま)む とし動(やゝ)もすれば喉頭(のんど)に退(しりぞ)きて之が為に咳嗽(せき)遷(なが) 延(びく)して大に疲労(つかるゝ)するれ害(うれひ)あれば看護(かんびやう)する者は 発作(せのをこる)の時は児体を抱(いだ)きて少しく前向きに屈(かゝま)し め児頭(しおうにのかしら)を自分[看護人]乃/胸廓(むね)部に抱定(だきとめ)し布片(ぬのきれ)を 示指(ひとさしゆび)に絡(まと)ひ口中(病児の)に入れて咯出(はきいだす)する痰(たん)を丁寧に 拭(ぬぐ)ひ去るへし発作(せきのをこる)の前徴(やうす)ある時(とき)は温(あたゝか)なる飯を 【右】 木綿布(もめんきれ)に包み是を小児の胸(むね)に當(あ)てゝ暖(あたゝ)むるを 尤良(もつともよし)とす患児童は可成丈(なるたけ)外出(そとへいづる)を止(とゝ)め朝夕は褥中(しとねのうち) に居らしめ毛織物類(けをりものるい)[フランネルを最も良とす]の胸 掛を着せ頸周(くびまはり)を木綿/綿(わた)にて温包(あたゝめつゝみ)衣服(いふく)は寒暖(じこうの) 度(かげん)に過(す)きざる様注意いたし飯(めし)、鶏肉(にはとりのにく)《割書:小|片》杯(など)時々(をり〳〵)喫(くは) しめ粘痰希釈(たんこのうすくする)の為に毎日二三回(ど)つゝ微温浴(ぬるまゆ)を 致(つか)はせ[沸騰散(ふつとうさん、薬名)]少許(すこしばかり)づゝ水に溶(とか)し用ふるを可と す総(すべ)て飲料(のみもの)の多用(おほき)は宜(よろし)からす動(やゝ)もすれば喉頭(のんど) に流(なが)れ易くして咳嗽(せき)を招(まね)くの恐(おそれ)あれば假(たとへ)令/牛(うしの) 【左】  乳(ちゝ)の如く(ごと)き滋養(やくしよう)物とても妄用(みだりにもちふる)する勿(なか)れ仍(な)ほ醫者 に頼みて適宜(ほどよく)の治療養生法等を受くへし    痘毒撲滅法《割書:疱瘡|》 疱瘡(ほうそう)は恢復期(ひだちぎは)におきて殊(こと)に傳染(でんせん)し易(やす)きものな れば痘痂残(かさぶたのこ)らす落(お)ちて後(のち)身體(からだ)を洗(あら)ひ一切(いつない)衣服(きもの) を着更(きかへ)るまでは他人は勿論(もちろん)親族(みうち)たりとも同居(どうきよ) すべからす 〇天然痘を患ふる者あれば其/家(いへ)は勿論(もちろん)村中の 【右】 未痘児(みとうじ)は速(すみや)かに種痘(しゆとう)し又(また)已(すで)に種痘せしものも 尚(な)ほ再三種(さいさんうえ)試(こゝろ)むべし 〇痘瘡人のある際(あいだ)は其家(そのいへ)の児童(こども)をば学校に入 ることを許(ゆる)さす 〇痘瘡人の衣類(いるい)は勿論其/室(へや)に備(そな)へたる日用(にちよう)の 道具(どうぐ)はすべて病毒(びやうどく)に染(そ)みたるものと知(し)るべし 故(ゆへ)に左(さ)の浄除法(いよめのぞくほう)を行(おこな)ふまでは他(ほか)に持出(もちだ)し又は 他人に用(もち)ふべからす 〇病中/着用(ちやくよう)したる衣類/夜具(やぐ)は直(すぐ)に觧(と)きて石炭(せきたん) 【左】  酸水[水三升二合に粗製石炭酸三十二銭(もんめ)を加へ たるもの]又は過満俺酸剥篤亜細亜斯(くわまんがんさんぼつたあす)或は格魯児加(コロール カ) 児基(ルーキ)四/銭(もんめ)を水三升二合に溶(とか)したる薬水(やくすい)を交(ま)ぜ たる水或は明礬強溶水(みようばんきょうようすい)[粗製明礬(そせいみようばん)の過量(たぶん)を水中 に投じ能く攪拌(かきまわ)し其/上液(うはみづ)を取り用ふべし]に漬(つ) け置(お)き後(のち)熱湯(あつゆ)を灌(そゝ)ぎ洗濯(せんたく)して屋根(やね)に出(いだ)し或は 空室(あきへや)に掛(か)け置(お)きて乾(かは)かすべし  但麁末(そまつ)なる品(しな)の汚(けが)れたるものは焼(や)き捨(すて)さる  方(かた)をよしとす《割書:手巾(てぬぐい)紙屑(かみくず)等は必す焼捨つべし|》 【右】 〇痘瘡人に用ひたる膳椀皿鉢(ぜんわんさらはち)の類(るい)は石炭酸水 に浸(ひた)し能(よ)く洗(あら)はざれば他人に用ふべからす 〇痘瘡人の便器(べんき)には豫(かね)て硫酸鐵(りうさんてつ)水[水三升二合 に硫酸鐵に斤を溶したるもの]少許(すこしばかり)を入れ置き て大小便(だいせうべん)の通利(つうじ)ごとに直に取除(とりのぞ)くべし 〇痘瘡人の死骸(しがい)は石炭酸水を以て沾(うるほ)したる布(ぬの) にて包(つゝ)み二十四時の間(あいだ)に埋葬(まいそう)すべし婢僕(げじよ げなん)と雖(いほとも) 猥に死骸(しがい)の周辺(あたり)に近寄(ちかよる)ることを戒め(いましむ)むべし 〇痘瘡人の病室は病人を他(た)に移(うつ)し或は死去(しきよ)し 【左】  て空室(あきへや)となる時は速(すみやか)に硫黄(いわう)を以て薫(かほら)すべし 【右】 【左下に印鑑?】 定價金六銭 【左】  岐阜縣病院藏版  明治十一年四月出版     著者  石川縣士族           土屋寛之            岐阜縣下第一大區三小區            今泉村寄留     賣弘所 岐阜縣平民           玉井忠造             岐阜縣下第二大區四小區笠松村           同人出店             岐阜縣下第一大區三小區             今泉村七間町 【裏表紙 記述なし】