【表紙 題箋】 《題:源氏百人一首  完》 【資料整理ラベル】 911.108  KUR 日本近代教育史   資料 【右丁】 黒沢翁満大人著 【縦の線引き有り】 《題:源氏百人一首 完》 【縦の線引き有り】       千鐘房  江戸書林 金花堂 合刻       玉山堂 【左丁】 人をつかふはやすかれと。人をしるはかたし。書 を見るはやすけれと。書をしるはかたし。世に ものしり人はあれと。たゝうはへにわしりて。その 深きおくか【奥処】をたとらす。すゝろにおしきはめて。 われひろしとおもへらむ人のおほかるは。かの人を しらすて人をつかふらん。ひとのたくひなりかし。 わかむつたまあへる。葎居の翁こそは。人を□□□ 人をつかひ。書をしりて。書を見る人なりけれ 【頭部欄外のメモ】 911.108  KUR 【下部欄外 蔵書印】 東京学芸大学蔵書 【同メモ】 10901068 【右丁】 もとよりおもたゝしき書のうへにいそしくて物語 書を。心とせるきはにはあらされと。今此ふみの。 大むねをさとされたるも凡ならす。又百まりの 哥のときのことの。世のなみならさるもてもいちし ろし。こは人のもとめにつけるにて。翁のためには。 いとかりそめことなりけれと。花もみちは。一枝見て その色しられ。あやにしきはひときもて其あや しられぬ。書とくたりのふみにても。しる人こそは 【左丁】 見しるへけれ。うへやいにしへのおほきひしり【大聖人】の。 国のたからとしも。めてきこえ賜ひし。この紫の 筆のあやにしあれは。世のわらはへにくちならし。めな らしめおかむと。かくものせられたるそよき。萩をりくれ は。するとなしに。其もすそそまり。桜をたをれは。 移すとなしに。その袖かをるめり。幼き程より。これ を見。これをまさくり。これをもてあそひゆかは。おの つから其人になれ。哥になれ。言になれて。かの物語の 【右丁】 深きこゝろも。いつとなくみゝ近く。成ぬへきなり。子を もたらん親は。乞得て子にあたふへく。おとをもたらん 兄は。もとめて弟にさつくへし。われまつ乞受て。 家のわらはに口ならさしめんと。あつらへやるついて に。うちおもふふしを。いさゝかかきつけておくる になん。天保の九とせ葉月のいつかの日             橘守部 【左丁】 源氏物語一人一首序 紫をくらゐの色のかみのしなと定めら れたるにひとしくむらさきの物かたり はたありとあるむかしかたりのかみのくら ゐにおかれぬ道【へヵ】しいましかの巻々なる 桐壺のみかとより手習の女君まてもゝ【別本による】 たり【百人)】余りの人々のいろ香ことなる言の 【右丁】 葉をつみいてゝひと巻にえらひついてゝ 若紫のうらわかきをみな児のみならふ ためにと其いふかし舞へきふしことにとき言 をさへしるしそへたるは心きゝていといたき わさなりかしこはゝやう嵯峨のわたりのもゝ くさのことの葉の世のめのわらはのもてあつ かひくさとなれるにさしならふともさのみ 【左丁】 けたるゝ色ならしをねすり【根摺り】の衣したにのみ ひきこめたらんは何のはえなきわさ なめり四方の市くらにもていてゝものこ のみの女君たちにまゐらせんにさかにくき ふるこたち【古御達】のわりなう疵もとむるたくひも はひおくれ【灰後れ】たりなとはゐくるへくもあらす めてのゝしる人おほきをきくにけにかうめ【別本による】 【右丁】 つらかにえらひなせる心しらひ【心くばり】はもとより いみしき色あひにいとゝつやうちそへたる いたつきなりとやいふへからむ 天保の十万理一とせといふとしやよひ はしめつかたすかはらの夏蔭しるす 【左丁】 中昔よりいてきにける物語ふみかすおほく あなれと其名計のこりて今は世につたはら ぬもあまたなるへしされと風葉集えらはれける 頃まてはなほのこれりとみえて今の世にしらぬ物 かたりの名とも入られたるもすくなからすなむ 有けるかく今の世につたはれるもつたはらさるも【別本による】 あなる物語のうちに源氏物語はかり巻の数              序一 【右丁】 おほきはなけれとそのかみよりして世々ことにめて つゝもてはやしけれはにや今もまたくつたはり けむかしされは源氏見さる歌よみは遺恨の事 なりなと先達ものたまひけむは作者の面目と いふへしよみ出たる哥は狭衣よりおとりたりとい ひけむをこのものもあれとそはあさましきこ となりや其人々の有様心もちひをよく得 【左丁】 てすかたこと葉似つかはしくよめる口ふり此 ものかたりよくよみたらむ人はしるへきこ となればことさらにめてむもふるめかしけ れと風葉集にえらはれたる人々の哥にて もしらるへきことなりこゝに吾友黒沢ぬしはや くより源氏物語をことにこのまれて明暮に心 をいれてよみ見らるゝあまりいかて此もの語              序二 【右丁】 の哥ともを世のをさなき人々まてもけに口 すさむへきわさをしはしかなとおもはれてかの 小倉の百人一首の常にもてあそひて女のわら はなとの空にもおほえたらむにならひて其人 のさまをゑかき哥をえらひてその心をから ふりにかきて世にあるわらはなとにおほえやす からしめむとてものせられたるをこたひ板に 【左丁】 ゑりて世にひろからしめんとせられて其ゆゑよ しはしかき【端書】せよとのたまへるをきゝておのれ いへ■■そはを科なき人の為のみかもあらす 源氏物語しら■【さ(沙)ヵ】らむ人の此源氏一首をみは なへての巻々をもみむとおもひおこすへきひと つのはしたてとなるへきわさにこそあらめいとも〳〵 よきことなるかなとく〳〵世の人にしらせたまへ 【右丁】 かしとていさゝかかいつくるに              なむ有ける    天保十一年十月     藤原空美 【左丁】 源氏百人一首     〇総論              黒沢翁満述 ○物語(ものがたり)といふ物(もの)は唐土(もろこし)の小説(せうせつ)今(いま)の世(よ)の草双紙(くさざうし)なりされば本よ り跡形(あとかた)もなき事(こと)又(また)はいさゝかの故事(ふること)などを拠(よりどころ)として世(よ)に奇(あや)しく めづらかに見(み)る人(ひと)の目(め)をよろこばしむらん事(こと)などを殊更(ことさら)に 思(おも)ひ設(まうけ)て作(つく)りなせる物(もの)なりさはいへど其(その)作(つく)りざまも又(また)種々(くさ〴〵)有(あり) て或(あるひ)は長(なが)き事(こと)をつゞまやかに短(みじか)く書(かけ)るもあり又(また)は短(みじか)き事 を引延(ひきのべ)てなだらかに書(かけ)るもあれども大方(おほかた)は世(よ)になく奇(あや)しき 事(こと)を世(よ)にあるさまに書(かき)なして男女(めを)のなからひ物(もの)の義理合(ぎりあひ) など人情(にんぜう)にかなへらんやうに作(つく)れる物(もの)なる事(こと)全(またく)今(いま)の草(くさ) 双紙(ざうし)に異(こと)なる事なし其文(そのぶん)の雅(が)なると俗(ぞく)なると趣向(しゆかう)の 【右丁】 古風(こふう)なると今風(いまふう)なるとの差別(さべつ)こそあれ同(おな)じおもむき なる事(こと)彼(かれ)と是(これ)とを見合(みあは)せて悟(さと)るべしさるを今世(いまのよ)の歌学(かかく)【別本による】 者流(しやりう)に是(これ)を事むつかしく云(いひ)なして尊(たふと)げにもてあつかふ 輩(ともがら)などもあるは中々に物語(ものがたり)の本意(ほい)にもそむきていみ じき非(ひがこと)也(なり)唯(たゞ)つれ〴〵のなぐさめに見(み)る為(ため)の物にして古(こ) 代(だい)の草双紙(くさざうし)になんありけるされば昔(むかし)は我(われ)も〳〵といくら も作り出(いだ)したる物なるが中(なか)に其名(そのな)のみ残(のこ)りて今の世(よ)に 伝(つたは)らぬは其 趣向(しゆかう)も如何(いか)なりけん知難(しりがた)けれども大方(おほかた)今(いま)の世 に残(のこ)り止(とゞ)まれるは竹取(たけとり)うつぼ世(よ)つぎいせ狭衣(さごろも)取替(とりかへ)ばやの 類(たぐひ)猶(なほ)彼是(かれこれ)有(ある)皆(みな)其おもむきはかなく本末(もとすゑ)しどけなき やうなる物 而已(のみ)なるを独(ひとり)此(この)源氏物語(げんじものがたり)なん類(るい)をぬけ出(いで) 【左丁】 て実録(じつろく)といはんに覚束(おぼつか)なからず三四代(さんよだい)の間(あはひ)の事(こと)を公(おほやけ)私(わたくし)に 渡(わた)りて細(こまか)に作(つく)りなせる筆力(ひつりよく)凡人(ぼんにん)の及(およぶ)所(ところ)にあらず且(かつ)人情(にんぜう)を よくうがちてそ其(その)文(ぶん)の玅(たへ)なる事 譬(たとふ)るに物なし世(よ)に唐土(もろこし) の小説(せうせつ)の中(なか)には水滸伝(すいこでん)をもて第一(だいいち)の上作(じやうさく)として其書(そのしよ)余(あま)り に妙文(めうぶん)なる故(ゆゑ)に是(これ)を書著(かきあらは)したる作者(さくしや)は子孫(しそん)三代(さんだい)が間(あひだ)瘂(おふし) に生(うま)れしといふ浮説(ふせつ)などもあるは其文(そのぶん)の妙(たへ)なるを限(かぎり)なく ほめたる物也されども今(いま)此(この)源氏物語(げんじものがたり)にくらべ見ればかの 水滸伝(すいこでん)などの文(ぶん)はいと〳〵拙(つたな)く日(ひ)を同(おな)じうして論(ろん)ずべき 物にあらず中(なか)にも伝中(でんちう)人物(じんぶつ)のおもむき始終(しじう)一貫(いつくわん)せざ【別本による】 る物(もの)多(おほ)く始(はじめ)強(つよ)かりし人(ひと)の後(のち)によわくなり始(はじめ)才(さい)有し人の 後(のち)に不才(ふさい)となる類(たぐひ)あげて数(かぞ)へ難(がた)し増(まし)て人々(ひと〴〵)の気質(きしつ)の 【右丁】 細(こまか)なる所(ところ)などに至(いたり)ては殊(こと)に本末(もとすゑ)通(とほ)らずして別人(ことひと)の如(ごと)く 見ゆるさへ多(おほ)きを此(この)源氏(げんじ)におきては物語中(ものがたりちう)数百人(すひやくにん)の き気質(きしつ)を一人〳〵をいと細(こま)やかに書分(かきわけ)て始(はじめ)より終(をはり)迄(まで)長(なが)き 間(あひだ)に聊(いさゝか)も乱(みだれ)ず誰(たれ)は誰(たれ)の気質(きしつ)彼(かれ)は彼(かれ)の本性(ほんぜう)と尽(こと〴〵)く一(いつ) 貫(くわん)せる事 実(じつ)に奇(あや)しき迄 妙(たへ)なる物也 世(よ)にもてはやせ る水滸伝(すいこでん)だに猶(なほ)かくの如(ごと)くなれば増(まし)て其(その)余(よ)は論(ろん)ずるに 足(たら)ずされば和漢(わかん)の小説(せうせつ)物語(ものがたり)類(るい)の中には此(この)源氏(げんじ)ばかりすぐ れたるはなく群(ぐん)を離(はなれ)て独(ひとり)はるかに高(たか)く尊(たふと)く妙(たへ)にめて たき物(もの)なる事(こと)を知(しる)べし然(しか)るを昔(むかし)よりの注訳(ちうさく)【ママ】どもに 益(やく)なき儒書(じゆしよ)よ仏書よとてこと〴〵しく引書(いんしょ)をなしさし も無(なき)事(こと)をほめのゝしりながらかゝる所(ところ)に眼(まなこ)をつけて味(あぢは)ひ 【左丁】 見る人なきはいかにぞや ○此(この)物語(ものがたり)の作者(さくしや)紫式部(むらさきしきぶ)は越前守(ゑちぜんのかみ)藤原為時(ふぢはらのためとき)の娘(むすめ)にて右衛門佐(ゑもんのすけ) 宣孝(よしたか)の室(しつ)となり大弐三位(だいにのさんゐ)を産(うみ)し人(ひと)也(なり)御堂関白(みどうのくわんはく)道長公(みちながこう)の 北方(きたのかた)倫子(りんし)に仕(つか)へて其後(そののち)一条院(いちでうのゐん)の后(きさき)上東門院(じやうとうもんゐん)は則(すなはち)道長公(みちながこう)の御(おん) 娘(むすめ)なるをもて又(また)上東門院(じやうとうもんゐん)の女房(にようばう)となれり此(この)物語(ものがたり)は其(その)程(ほど)に 作(つく)れる物也さて藤原氏(ふぢはらうぢ)の娘(むすめ)なれば藤式部(とうしきぶ)といふべきを紫(むらさき) 式部(しきぶ)としも云(いへ)る名義(なのこゝろ)は清輔(きよすけ)朝臣(あそん)の袋草子(ふくろざうし)に紫式部(むらさきしきぶ)といふ 名(な)二説(にせつ)あり一(ひとつ)には此(この)物語(ものがたり)の中(なか)に若紫巻(わかむらさきのまき)を作(つく)る甚(はなはだ)深(ふか)きの故(ゆゑ)此(この) 名(な)を得(え)たり一(ひとつ)には一条院(いちでうのゐん)御乳母(おんめのと)の子(こ)也(なり)上東門院(じやうとうもんゐん)に奉(たてまつら)しむると て我(わが)ゆかりの者(もの)也(なり)あはれとおぼしめせと申(まう)さしめ給(たま)ふの故(ゆゑ)此(この) 名(な)あり武蔵野(むさしの)の義(ぎ)也(なり)云々(しか)とあるに付(つき)て昔(むかし)より説々(せつ〴〵)あれども 【右丁】 則(すなはち)紫式部(むらさきしきぶ)の書(かけ)る日記(にき)の中(なか)にあなかしこ此渡(このわた)りに若紫(わかむらさき)やさぶ らふと伺(うかゞ)ひ給ふ源氏(げんじ)に似(に)るべき人(ひと)も見え給はぬに上(うへ)はいかゞ 物(もの)し給はんと聞(きゝ)居(ゐ)たり云々(しか〳〵)とあるは左衛門督(さゑもんのかみ)公任卿(きんたふけう)戯(たはふれ)に紫(むらさき) 式部(しきぶ)をさして若紫(わかむらさき)と云(いひ)し也(なり)如此(かくのごとく)云(いひ)し心(こゝろ)は源氏(げんじ)一部(いちぶ)の中(なか) に紫上(むらさきのうへ)は女(をんな)の最上(さいじやう)なればそれになずらへて戯(たはふ)れたるなりもし 紫式部(むらさきしきぶ)男子(をとこ)ならば光源氏(ひかるげんじ)やさぶらふといふべき語勢(ごせい)也(なり)然(しか)れば 其頃(そのころ)紫(むらさき)の物語(ものがたり)とはいはずとも一名(いちめう)をさもいふばかりなりし事 を知(しる)べし其(その)作者(さくしや)なれば藤(ふぢ)は本(もと)より紫藤(しとう)ともいひてかた〴〵 よせあるをもて若紫(わかむらさき)の作者(さくしゃ)よといふ心(こゝろ)に藤式部(とうしきぶ)を紫式部(むらさきしきぶ) とよびかへられたる物(もの)と見ん方(かた)おだやかなるに似(に)たり始(はじめ)より 自(みづから)のよび名(な)に紫(むらさき)の文字(もじ)を付(つき)ながら殊更(ことさら)【別本による】に物語中(ものがたりちう)のすぐ 【左丁】 れたる女(をんな)を紫(むらさき)としも名付(なづけ)ん事(こと)おのづから有(ある)まじき事と聞(きこ)ゆ よく〳〵考(かんが)へ渡(わた)して悟(さと)るべし ○此(この)物語(ものがたり)の注訳(ちうさく)【ママ】は昔(むかし)よりいと〳〵多(おほ)くあれども北村季吟(きたむらきぎん)の   湖月抄(こげつせう)に其要(そのえう)をつみて尽(こと〴〵)く出(いだ)したればそれより以往(あなた)の抄(せう)ど もは湖月(こげつ)にて大方(おほかた)足(たれ)り且(かつ)其後(そのゝち)とても源注拾遺(げんちうしふい)源氏新訳(げんじしんしやく)【ママ】玉(たま) 小櫛(をぐし)など猶(なほ)彼是(かれこれ)手(て)を入(いれ)たる物(もの)も有(あり)て追々(おひ〳〵)に明(あき)らかに成(なり)来(き)に けるを猶(なほ)湖月抄(こげつせう)は本文(ほんもん)ご免に全備(ぜんび)して見(み)るに便(たより)よきをも てとかく是(これ)に而已(のみ)よる人(ひと)多(おほ)し且(かつ)明(あき)らかに成(なり)ぬといへども猶(なほ) いかにぞや覚(おぼ)ゆるふし〴〵も少(すくな)からず殊(こと)に歌(うた)の解(かい)などは語(ご)を 解(とけ)る而已(のみ)にて心(こゝろ)を云(いへ)るはまれなり今(いま)は総(すべ)【惣】てにはかゝはらず唯(たゞ)百(ひやく) 首(しゆ)余(あま)りの歌(うた)のうへ而已(のみ)なれども其(その)解方(ときかた)大方(おほかた)古注(こちう)に異(こと)なる 【右丁】 物(もの)多(おほ)し見合(みあは)せて味(あぢは)ふべし ○世(よ)に紫式部(むらさきしきぶ)は余(あま)りに妙文(めうぶん)を書出(かきいで)たる罪(つみ)によりて地獄(ぢごく)に落(おち) たりといふ浮説(ふせつ)あるは法師(はふし)の輩(ともがら)のわざくれにて尤(もつとも)論(ろん)ずる にたらぬことなれどもつら〳〵思(おも)ふに此(この)物語(ものがたり)を書(かけ)る中(なか)に 罪(つみ)とすべき事(こと)無(なき)にあらず古抄(こせう)どもにとかく物語(ものがたり)の本意(ほい)を まげて強(しひ)て儒(じゆ)に引付(ひきつけ)仏(ぶつ)に引付(ひきつけ)など蛇足(じやそく)の弁(べん)をそへたるは 多(おほ)くてかゝる一大事(いちだいじ)をしも論(ろん)じたる物(もの)無(なき)は委(くは)しからぬ事(こと) 也(なり)いま明(あき)らかに弁(わきまふ)るを見(み)るべしそも〳〵朱雀院(すざくゐん)冷泉院(れんせいゐん)など 歴代(れきだい)の天皇(すべらぎ)の尊号(おほみな)を其(その)まゝに書出(かきいだ)せる事(こと)いと〳〵ゆ有(ある)まじき 大罪(だいざい)ならずや本(もと)より唯(たゞ)其(その)尊号(おほみな)を借(かり)【別本より】たる而已(のみ)の事(こと)ながら 殊(こと)に冷泉院(れんぜいゐん)は母后(ぼこう)源氏(げんじ)と密通(みつつう)の胤(たね)なるよしに書(かけ)るなどは 【左丁】 懸(かけ)てもあるまじき事(こと)なるを思(おも)ふべし発端(ほつたん)の語(ご)に何(いづ)れの 御時(おんとき)にか有(あり)けん云々と書出(かきいで)たる始終(しじう)此心(このこゝろ)【別本による】もてかくべき事(こと)な るをや是(これ)によりて思(おも)ふに上(かみ)に云(いへ)る堕獄(だごく)の浮説(ふせつ)は古(ふる)くかやうの 批判(ひはん)なども有(あり)しを其(その)片端(かたはし)を聞(きゝ)伝(つた)へて法師(はふし)の輩(ともがら)のおの が道(みち)に引(ひき)つけてさる筋(すぢ)はいひ出(いだ)せるにもやあらん其(その)引付(ひきつけ)ごと こそいと悪(にく)けれ罪(つみ)有(あり)としも云(いへ)るはいみじく聞(きゝ)所(どころ)ありて 覚(おぼ)ゆ恐(かしこけ)れど我(わが)皇国(すめらみくに)は神代(かみよ)より今(いま)の人皇(にんわう)に至(いた)る迄(まで)かたじけ まくも皇統(くわうとう)絶(たえ)させ給はず天地(あめつち)とゝもに天(あま)つ日嗣(ひつぎ)知(しろ)しめせば たとへ太古(たいこ)の天皇(すべらぎ)といへども今上皇帝(きんじやうくわうてい)とひとしく敬(うやま)ひ恐(かしこ)み【別本による】 奉(たてまつ)らずしては叶(かな)はざる理(ことわり)なるを中頃(なかごろ)より此心(このこゝろ)を忘(わす)れて道々(みち〳〵)【別本による】 しき書(ふみ)どもなどにも罪(つみ)を犯(をか)せる物(もの)少(すくな)からず増(まし)て今(いま)の世(よ)の 【右丁】 物(もの)などにはおのがじし心々(こゝろ〴〵)に昔(むかし)の天皇(すべらぎ)の大御上(おほみうへ)をよくも悪(あし)くも 書(かき)すざび聊(いさゝか)も憚(はゞか)る事(こと)なきは唐土(もろこし)の振(ふり)の移(うつ)れるものにていみ じき非(ひがこと)の限(かぎり)なるを思(おも)ふべし彼(かの)国(くに)は国王(こくわう)暫(しばらく)も続(つゞ)く事なく たとへば皇国(みくに)の武将(ぶしやう)などの如(ごと)く移(うつ)り替(かは)れば唐(たう)の世(よ)と成(なり)ては漢(かん) の世(よ)は他人(たにん)なれば憚(はゞか)るに及(およ)ばず又(また)明(みん)の世(よ)と成(なり)ては唐(たう)の世(よ)は他人(たにん)な れば憚(はゞか)るに及(およ)ばず代々(よゝ)皆(みな)かくの如(ごと)くなれば彼所(かしこ)の書(ふみ)どもには 総(すべ)【惣】てさるふりにのみ書(かけ)るを爰(こゝ)にも見習(みなら)ひて其風(そのふう)に移(うつ)り本(もと) を忘(わす)れたるよりの非(ひがこと)也(なり)則(すなはち)源氏物語(げんじものがたり)も此群(このむれ)をまぬかるゝ事(こと) あたはざるを知(し)るべし然(しか)るを近頃(ちかごろ)或説(あるせつ)に是(これ)を助(たすけ)て朱雀院(すざくゐん) 冷泉院(れんぜいゐん)などはおりゐさせ給へる院(ゐん)の名(な)にて天子(てんし)をさして申(まう)す にはあらずなどもいへるはなか〳〵に委(くは)しからぬ非(ひがこと)なり其(その)院(ゐん)の名(な) 【左丁】 則(すなはち)御謚(おんおくりな)なる物(もの)をや ○今(いま)此書(このしよ)を作(つく)れる故(ゆゑ)は世(よ)に小倉百人一首(をぐらひやくにんいつしゆ)の普(あまね)く都鄙(とひ)に行(おこな)は れて牛引(うしひく)童(わらべ)糸(いと)くる処女(をとめ)迄(まで)もまだ舌(した)の廻(まは)らぬ程(ほど)よりしたしく 口(くち)にずじ習(なら)ひて忘(わす)るゝ事(こと)なきは何(いつ)の頃(ころ)よりか此(この)百首(ひやくしゆ)を一巻(ひとまき)と なし絵(ゑ)をさへ加(くは)へて世(よ)に弘(ひろ)くなしたるが自(おのづから)目(め)馴(なれ)安(やす)くて童子(わらはべ) の心(こゝろ)に叶(かな)へる故(ゆゑ)也(なり)然(しか)ある而已(のみ)にあらずかるたといふ物(もの)をさへ調(てう)じ 出(いで)て春(はる)の日暮(ひぐら)しもてあそび物(もの)となれるからに弥(いよ〳〵)益(ます〳〵)行(おこな)はれて 老若男女(らうにやくなんによ)ともに歌(うた)といへば百人一首(ひやくにんいつしゆ)と誰(たれ)知(しら)ぬ者(もの)もなく山(やま)の 奥(おく)島(しま)のはて迄(まで)も行渡(ゆきわた)れる也(なり)其後(そののち)は是(これ)に習(なら)ひて何(なに)の歌(うた)がる たくれの歌がるたとやうに追々(おひ〳〵)に調(てう)じ出(いで)たる或(あるひ)は伊勢物語(いせものがたり)或(あるひ)は 古今集(こきんしふ)などを始(はじめ)て則(すなはち)源氏(げんじ)も源氏(げんじ)がるたとて世(よ)にあるは 【右丁】 五十四帖(ごじふよでふ)の巻名(まきのな)の歌(うた)どもをかるたになせる物(もの)也(なり)されど是(これ)は唯(たゞ) 僅(わづか)の歌(うた)をしる而已(のみ)にて物語中(ものがたりちう)の人名(ひとのな)を知(しる)便(たより)にだにならず 増(まし)て其(その)おもむきの片端(かたはし)をも伺(うかゞ)ひ知(しる)べき物(もの)にはあらず且(かつ)此(この)類(るい) のかるたどもは世(よ)に弘(ひろ)く上下(じやうげ)おしなべたるもてあそび物(もの)にあら ずさる物(もの)有(あり)とだに知人(しるひと)まれ也(なり)然(しか)行(おこな)はれざる事(こと)の本(もと)を考(かんがふ)るに 是(これ)其(その)始(はじめ)に絵(ゑ)を加(くは)へたる一巻(ひとまき)の世(よ)に行(おこな)はるゝ物(もの)なければぞかし 兼(かね)て目(め)馴(なれ)ざればたま〳〵かるたに向(むか)ひても取事(とること)あたはず取事(とること) あたはざれば倦(うみ)て楽(たの)しからざる故(ゆゑ)に自(おのづから)行(おこな)はれ難(がた)き也(なり)けりよて 今(いま)は源氏物語中(げんじものがたりちう)なる人々(ひと〴〵)の歌(うた)どもを一人(いちにん)に一首(いつしゆ)づゝあげて傍(かたはら)に 其(その)詠人(よみびと)の小伝(せうでん)をしるし歌(うた)の注解(ちうかい)をなし尽(こと〴〵)く絵(ゑ)を加(くは)へてひた すらかの小倉百人一首(をぐらひやくにんいつしゆ)に習(なら)へる物(もの)也かくて板(いた)【別本による】にゑり世(よ)に弘(ひろ)くなし 【左丁】 て幸(さいはい)に行(おこな)はれそめんにはかのかるたといふ物(もの)さへ類(るい)ひろく 成(なり)もて行(ゆき)て終(つひ)にはおしなべてのもてあそび物(もの)とならば 自(おのづから)此(この)物語(ものがたり)の片端(かたはし)を世(よ)の童子(わらはべ)に口(くち)ならし目(め)なれしむる 一(ひとつ)のはしだてとも成(なり)ぬべしと誰(たれ)彼(かれ)のそゝのかし乞(こへ)るまゝに 此度(このたび)聊(いさゝか)のいとまのひまに筆(ふんで)を起(おこ)して僅(はつか)の間(あひだ)になし終(をへ)つる也(なり) ○此(この)物語(ものがたり)に出(いで)たる人々(ひと〴〵)其(その)数(かず)凡(おほよ)そ三百卅人(さんびやくさんじふにん)余(あま)りある中(なか)に半(なかば)は名(な) 而已(のみ)有(あり)て其(その)わざなき人々(ひと〴〵)也(なり)たとへば六条(ろくでう)の御息所(みやすどころ)は大臣(だいじん)の 娘(むすめ)にて前坊(ぜんばう)の御息所(みやすどころ)也と云(いへ)る類(たぐひ)大臣(だいじん)と前坊(ぜんばう)は唯(たゞ)御息所(みやすどころ) の身(み)の上(うへ)を知(しら)せん為(ため)に書出(かきいで)たるのみにていはゞ其(その)発端(ほつたん)に用(もち)ひ たる而已(のみ)也(なり)総(すべ)【惣】ての人(ひと)を書出(かきいだ)せるに此類(このるい)いと〳〵多(おほ)し又(また)人(ひと)の子(こ) の生(うま)るゝよしは見えて其子(そのこ)のわざとては無物(なきもの)も多(おほ)し其(その)外(ほか) 【右丁】 いとかりそめに名(な)のみ出(いで)たる人々(ひと〴〵)など彼是(かれこれ)合(あは)せて半(なかば)にも過(すぎ) たりされば此類(このるい)は勿論(もちろん)にて其余(そのよ)物語中(ものがたりちう)にわざある人々(ひと〴〵)といへ ども自然(しぜん)に歌(うた)一首(いつしゆ)も詠(よま)ざる人(ひと)ありとて是等(これら)の類(るい)をのぞき 去(さり)たる上(うへ)にて人(ひと)一人(ひとり)につきて歌(うた)一首(いつしゆ)づゝを撰(えら)び出(いで)たる其(その)数(かず)百(ひやく) 廿三人(にじふさんにん)の歌(うた)になん有(あり)ける ○上(かみ)にも云(いへ)る如く其名(そのな)有(あり)て歌(うた)無(なき)人(ひと)もあれば又(また)歌(うた)有(あり)て名(な)なき 人(ひと)ありたとへば秋(あき)好(このむ)中宮(ちうぐう)の女房(にようばう)たちの詠(よめ)るとて歌(うた)三四首(さんししゆ)も 並(なら)べ出(いだ)し或(あるひ)は殿上人(てんじやうびと)と而已(のみ)有(あり)て誰(たれ)ともいはざる類(るい)也(なり)此類(このるい)も また彼是(かれこれ)あるを今(いま)は其(その)歌(うた)の詞(ことば)を取(とり)て其人(そのひと)の名(な)とし又(また)は其(その) 住処(すみか)もて名付(なづけ)などもして仮初(かりそめ)の名(な)をまうけ出(いだ)せり是(これ)作(さく) 者(しや)の心(こゝろ)にあらざればいかゞともいふべけれどさらではまじるし【目印】と 【左丁】 するよしなく且(かつ)は指喰(ゆびくひ)の女(をんな)蒜喰(ひるくひ)の女(をんな)などの類(るい)も本(もと)より作者(さくしや) の知(しら)ぬ名(な)なれども是等(これら)は物語(ものがたり)の始(はじめ)の方(かた)に出(いで)たる人々(ひと〴〵)なれば おのづから目(め)馴(なれ)口(くち)馴(なる)る人(ひと)の多(おほ)き故(ゆへ)に唯(たゞ)いつとなく然(しか)いひなれ たる名(な)なるを思(おも)ふべしされば今(いま)設(まうけ)たるも則(すなはち)此類(このるい)なればなでふ 事(こと)か有んとてなん ○総(すべ)【惣】ての書(しよ)に官位(くわんゐ)ある人(ひと)は其(その)極官(ごくくわん)を出(いだ)す事(こと)是(これ)大方(おほかた)の定(さだまり)也(なり) 然(しか)れども今(いま)は此例(このれい)にかゝはらずして六条院(ろくでうのゐん)と書(かく)べきを光源氏(ひかるげんじの) 君(きみ)とし柏木権大納言(かしはぎのごんだいなごん)と書(かく)べきを柏木右衛門督(かしはぎのゑもんのかみ)と書(かけ)る類(るい)多(おほ)し 是等(これら)は聊(いさゝか)にても広(ひろ)く世人(よのひと)の耳(みゝ)にふれたる方(かた)を出(いだ)して童子(わらはべ) におぼえ安(やす)からしめんとて也 且(かつ)歌(うた)は有(ある)に従(したが)ひて拾(ひろ)ひ入(いれ)つとは いふ物(もの)の始(はじめ)より順(じゆん)に人々(ひと〴〵)の小伝(せうでん)と歌(うた)の解(かい)とを見合(みあは)せて源氏(げんじ) 【右丁】 一部(いちぶ)の大旨(おほむね)の幽(かすか)にも思(おも)ひたどられなんやうにとて殊更(ことさら)に物(もの) しつるも有(ある)なり ○絵(ゑ)は童子(わらはべ)に目(め)馴(なれ)安(やす)からしめんとてのわざなれば人々(ひと〴〵)の 装束(しやうぞく)【𫌏は『大漢和辞典』にも見当たらず】など唯(たゞ)絵師(ゑし)に任(まか)せて大方(おほかた)に物(もの)せさせつれば見知(みしら)ん 人(ひと)の為(ため)に其(その)よし聊(いさゝか)ことわりおく且(かつ)此(この)書名(しよめい)を源氏百人一首(げんじひやくにんいつしゆ)と しも云(いへ)る事(こと)は其実(そのじつ)は百廿三人(ひやくにじふさんにん)の歌(うた)あるに違(たが)ひていかゞなる やうなれども是(こ)は唯(たゞ)おほよそに源氏(げんじ)の歌(うた)にて小倉百人一首(をぐらひやくにんいつしゆ) の如(ごと)き物(もの)ぞといふことを暗(そら)に知安(しりやす)からしめんとてのわざ也 あやしと思(おも)はん人(ひと)の為(ため)に是(これ)はたことわりおく物(もの)ぞかし 【左丁 上段】 源氏(けんじ)の君(きみ)の御父(おんちゝ)帝(みかど)なり 葵(あふひ)の巻(まき)に朱雀院(すざくゐん)に御位(おんくらゐ)を ゆづり給ひ榊(さかき)の巻(まき)に崩御(はうぎよ)し 給ふ此歌(このうた)は源氏(げんじ)の元服(げんぶく)の折(をり) から引入(ひきい)れの大臣(おとゞ)によみて給へ るにて源氏(げんじ)を此(この)大臣(おとゞ)の娘(むすめ)葵(あふひ) の上(うへ)の聟(むこ)にすべきみけしき 給へる也 心(こゝろ)は総(すべ)【惣】て元服(げんぶく)の時(とき)の 髪(かみ)を紫(むらさき)の組(くみ)たる糸(いと)にてゆふ 是をはつもとゆひといふ故(ゆゑ)に をさなくおひさきある子(こ)ども の長(なが)きちぎりを今日(けふ)の元(もと) ゆひにむすびこめたる心(こゝろ)は ありやと大臣(おとゞ)の心を問(とひ)かけさせ 給へる也いときなきはいとけな きに同(おな)じ稚(をさな)き事(こと)也 【同 下段】  桐壺帝(きりつぼのみかど) いときなき  初(はつ)もと ゆひ  に 長(なが)き世(よ)を 契(ちぎ)るこゝろは  むすび    こめつや 【右丁 上段】 桐壺(きりつぼ)の帝(みかど)の御息所(みやすどころ)源氏(げんじ)の 御 母(はゝ)なり桐(きり)つぼの巻(まき)にうせぬ 此 歌(うた)は病(やまひ)おのりて里(さと)へまか でんとする時(とき)によめる也 心(こゝろ)は 今(いま)は此世(このよ)の限(かぎ)りとて帝(みかど)に 別(わか)れ奉(たてまつ)り出(いで)てゆく道(みち)の 悲(かな)しきにはいきてあらまほし き【注】ものは命(いのち)ぞと也 生(いか)まほ しに行(いか)まほしをかねたり 【注 「ぎ」に見えるが別本にて確認。濁点に見える左側はよごれか。右側は「幾」を字母とする仮名の戈づくりの「点」。】 【同 下段 左から読む】  けり   り 命(いのち)な きは  ほし いかま    きに かなし   道(みち)の  わかるゝ かぎりとて  桐壺更衣(きりつぼのかうい) 【左丁 上段】 禁裏(きんり)の女房(にようばう)なり此歌(このうた)は 桐壺(きりつぼ)の更衣(かうい)うせて後(のち)その 里(さと)へ帝(みかど)の御使(おんつかひ)に行(ゆき)て帰(かへ)らん とする時(とき)に庭(には)の虫(むし)の音(ね)を 聞(きゝ)てよめるな也 心(こゝろ)は虫(むし)のごとく 声(こゑ)の限(かぎ)りを鳴(なき)つくしても 猶(なほ)長(なが)き夜(よ)をあきたらず 泪(なみだ)のこぼるゝ事かなと也 鈴(すゞ) 虫(むし)は声(こゑ)といはんためふる なみだは鈴(すゞ)むしのよせなり 【同 下段】  靫負(ゆげひの)【靱は誤】命婦(めうぶ) 鈴虫(すゞむし)の  こゑの かぎりを  つくし    ても 長(なが)き夜(よ)  あかずふる   なみだかな 【右丁 上段】 按察大納言(あぜちのだいなごん)の北(きた)の方(かた)にて桐(きり) 壺(つぼ)の更衣(かうい)の母(はゝ)なり此歌(このうた)は 上(かみ)の靫負(ゆげひ)の命婦(めうぶ)の哥(うた)の 返(かへ)しなり心(こゝろ)はたゞさへなき くらす浅(あさ)ぢの宿(やど)に命婦(めうぶ)の 御 使(つかひ)として御 出(いで)ありていとゞ 泪(なみだ)をそへたりいふ心(こゝろ)を虫(むし)によ せていへるなり昇殿(しようでん)の人(ひと)を男(をとこ) 女(をんな)にかぎらず雲(くも)の上人(うへびと)といふ也 浅(あさ)ぢふは俗(ぞく)にいふつばなの生(おひ)た るところなり 【同 下段】  更衣(かういの)母(はゝ) いとゞし    く 虫(むし)の音(ね) しげき あさぢふ    に 露(つゆ)おき  そふる 雲(くも)のうへ人(びと) 【左丁 上段】 はじめ大臣(おとゞ)にて源氏(けんじ)の加冠(かくはん) せし人(ひと)也 加冠(かくはん)をつとむるを引(ひき) 入れといふ也 葵(あふひ)の上(うへ)の父(ちゝ)源氏(げんじ) の御 舅(しうと)なりみをつくしの巻(まき)に 太政大臣(だいぜうだいじん)薄雲(うすぐも)の巻(まき)にかくれ 給ふ此 哥(うた)は源氏(げんじ)加冠(かくはん)の時(とき)に 桐壺帝(きりつぼのみかど)○いときなき初元(はつもと) ゆひに長(なが)きよを《割書:云々》の御 哥(うた)を よみかけさせ給へる御 返(かへ)し也 心(こゝろ)は 仰(おほせ)のごとく結(むす)びこめたる我(わが)志(こゝろざし)の 深(ふか)きちぎりに源氏(げんじ)の御 心(こゝろ)だに 替(かは)らずば長(なが)き世(よ)迄(まで)もと也 元服(げんぶく)の 折(をり)なれば総(すべ)【惣】て其事(そのこと)もて作(つく)れる なり紫(むらさき)の組糸(くみいと)を用(もちふ)ること上(かみ)に いへるがごとしあせずはかせずに 同(おな)じ 【同 下段】 引入(ひきいれの)太政大臣(だいぜうだいじん) むすび  つる 心(こゝろ)も ふかき もとゆひ     に こき紫(むらさき)の 色(いろ)し  あせずば 【右丁 上段】 桐壺帝(きりつぼのみかど)の皇子(わうじ)御母(おんはゝ)は桐壺(きりつぼ)の 更衣(かうい)なり御 年(とし)七(なゝ つ)にて源氏(げんじ)の姓(せい)を 給はり十二にて元服(げんぶく)し給ふ帚木(はゝきゞ)【箒は俗字】の 巻(まき)に近衛(このゑ)の中将(ちうじやう)に任(にん)じ給へるを始(はじめ) にて追(おひ)〳〵に数多(あまた)の官位(くはんゐ)を経(へ)て をとめの巻(まき)に太政大臣(だいぜうだいじん)となり藤(ふぢ)の 裏葉(うらば)の巻(まき)に太上天皇(だじやうてんわう)の尊位(そんゐ)に なずらへて六条(ろくでう)の院(ゐん)と成(なり)給ふ此 歌(うた)は 空蝉(うつせみ)のもとに忍(しの)び給へる夜(よ)別(わか)れに よみ給へるにて心(こゝろ)は女(をんな)のつれなさに 其(その)恨(うらみ)をだにいひもはてぬ間(ま)にはや 取(とり)あへず別(わか)るゝ時(とき)に成(なり)ぬるを鶏(とり) のおどろかすらんと也 取(とり)あへぬに 雞(とり)をそへたりしのゝめはねぶた き目(め)のしば〳〵とするを云(いひ)てあ けぼのゝ事(こと)【別本による】なり 【同 下段】  光源氏君(ひかるげんじのきみ) つれな   さを うら   みも はて  ぬ しのゝめに とりあへぬ     まて  おどろ    かすらん 【左丁 上段】 源氏(けんじ)雨夜(あまよ)の物語(ものがたり)のをりに 女(をんな)の品定(しなさだ)めの博士(はかせ)になりし 人(ひと)也 此歌(このうた)は物(もの)ねたみする女(をんな)を うとみて離別(りべつ)せんとせし折(をり)に 女 恨(うらみ)て手(て)の指(ゆび)をくひ付(つき)たる を憤(いきどほり)て別(わか)れ去(さ)る時(とき)によめる なり心(こゝろ)は指(ゆび)を折(をり)て是迄(これまで)逢(あひ) みし間(あひだ)のうきふしを数(かぞ)ふれば 此度ばかりかは此度ばかりには あらずとなり指(ゆび)を喰(くひ)つかれたる よせに手(て)を折(をり)てとは云(いへ)る也 【同 下段】  左馬頭(さまのかみ) 手(て)をゝり    て  あひ   みし こと  を かぞふれば これひとつ     やは  君(きみ)が    うきふし 【右丁 上段】 左馬(さま)の頭(かみ)が指(ゆび)をくひつきた る女にて則(すなはち)上(かみ)の歌(うた)の返(かへ)し也 心(こゝろ)は是迄(これまで)君(きみ)がさま〴〵のう きふしを我心(わがこゝろ)ひとつに数(かぞ)へ つゝすぐし来(き)て終(つひ)に此度(このたび)や 別(わか)るべき折(をり)ならんと也こやは 是(これ)やなり君(きみ)が手(て)を別(わか)るとは 君(きみ)に従(したが)ふ身(み)の別(わか)ると云(いは)んが ごとし総(すべ)【惣】て従(したが)ふる物(もの)を手(て)と いふ軍(いくさ)に手のもの先手(さきて)など いひ俗(ぞく)にも手さきと云り 【同 下段 左から読む】    をり  べき わかる  手(て)を こや君(きみ)が  きて かぞへ 心(こゝろ)ひとつに うきふしを  指喰女(ゆびくひのをんな) 【左丁 上段】 左馬(さま)の頭(かみ)と同車(どうしや)して月夜(つきよ) に女(をんな)をとひし人なり此哥(このうた)は 女の琴(こと)ひきたるにみづから 笛(ふえ)を吹合(ふきあは)せてよめる也 心(こゝろ)は 琴(こと)も面白(おもしろ)く月(つき)もさやけくて ともにたゞならず人(ひと)まち顔(がほ)なる 宿(やど)なれども心(こゝろ)のつれなき男(をとこ)をば 引(ひき)とめ給ふべきかは得(え)引(ひき)とめ 給はじ志(こゝろざし)深(ふか)き我(われ)なればこそ 折(をり)過(すご)さず来(き)つれと也えならぬ は俗(ぞく)にいふにいはれぬといふに 似(に)たり引(ひき)とむるは琴(こと)のよせ也 【同 下段】  琴音(ことのねの)殿上人(てんじやうびと) 琴(こと)のねも  月(つき)も えな らぬ 宿(やど)ながら つれなき     人を  ひきや   とめける 【右丁 上段】 琴(こと)ひきたる女にて則(すなはち)上(かみ)の殿(てん) 上人(じやうびと)への返(かへ)し也 上(かみ)の歌(うた)は此女(このをんな)外(ほか)に 待人(まつひと)などもありげによみかけた るを此 返(かへ)しは又(また)其(その)殿上人(てんじやうびと)をつ れなきものに云(いひ)なせるなり 心(こゝろ)はよそ吹(ふく)風(かぜ)と心(こゝろ)を合(あは)せ給ふ 笛(ふえ)なれば我(われ)は引(ひき)とむべき言葉(ことば) もなしと也 今(いま)十月なれば木(こ) 枯(がら)しといひ言(こと)に琴(こと)をそへたり 【同 下段】  木枯女(こがらしのをんな) こがら  し   に 吹(ふき)あ    はす  める 笛(ふえ)なれば ひき  とゞむべき ことのはもな      し 【左丁 上段】 源氏(げんじ)雨夜(あまよ)の物(もの)がたりのをり 品定(しなさだ)めの席(せき)に加(くは)はりし人(ひと)也 此歌(このうた)はある儒者(じゆしや)の娘(むすめ)とちぎり てとひ行(ゆき)たるに風病(ふうびやう)にて蒜(ひる)を 喰(くひ)たれば今夜(こよひ)は口(くち)くさし此(この)をり すぐしてきたまへといふことを 漢語(かんご)にて述(のべ)たるが女に似げなく うとましければ逃帰(にけかへ)るとてよめ る也 心(こゝろ)は蜘蛛(くも)のふるまひにても 今夜(こよひ)わがきたる事は兼(かね)てし りぬべきを其(その)心得(こゝろえ)もなく蒜(ひる)の 香(か)失(うす)るまであはずとのたまふは わけもなき事よと也○我(わが)せこが 来(く)べきよひなりの哥(うた)にてよめ り蒜(ひる)を昼(ひる)によせたりあやなき は俗(ぞく)にわけなきといふ心也 【同 下段】  藤式部丞(とうしきぶのぞう) さゝがにの  ふる まひ  し  るき 夕(ゆふ)ぐれに ひるま  すぐせと いふがあやなさ 【右丁 上段】 儒者(じゆしや)の娘(むすめ)にてすなはち上(かみ)の 歌(うた)の返(かへ)し也 心(こゝろ)は逢夜(あふよ)へだてず 不断(ぶだん)に添(そひ)とぐる中(なか)ならば 昼間(ひるま)にま見え申(まを)すとも何(なに) の恥(はづ)かしき事かあらむたま 〳〵なればかやうに申(まを)すぞと 也まばゆしは恥(はづ)かしき心也 【同 下段】  蒜喰女(ひるくひのをんな) あふことの 夜(よ)をし  へだてぬ 中(なか)ならば ひるま   も 何(なに)かまばゆ  からまし 【左丁 上段】 父(ちゝ)は引入(ひきいれ)のおとゞ母(はゝ)は桐壺(きりつぼ)の帝(みかど)の御 妹(いもと)也 始(はじめ)蔵人少将(くらんどせうしやう)にて帚木(はゝきゞ)【箒は俗字】の巻(まき)に頭(とう)の中将(ちうじやう) と見えたるより次々(つぎ〳〵)官位(くはんゐ)を経(へ)て藤(ふぢの) 裏葉(うらば)の巻(まき)に大政大臣(だいぜうたいじん)若菜(わかな)の 巻(まき)に致仕(ちじ)の表(へう)を奉(たてまつ)りて隠(こも)りた まふ此 哥(うた)は御 娘(むすめ)雲井雁(くもゐのかり)と夕霧(ゆふぎり) との中(なか)をさけ置(おき)給ひしを今(いま)はゆる さむとおぼして藤(ふぢ)の宴(えん)に事(こと)よせて 夕(ゆふ)ぎりを招(まねき)たる哥(うた)也心は今(いま)我(わが)庭(には) の藤(ふぢ)の盛(さかり)なるたそかれに暮(ぼ) 春(しゆん)の名残(なごり)を尋(たづね)来(き)給はぬといふ 事のあるべきかは尋(たづね)来(き)たまへと 也下の心は女方(をんながた)には待(まつ)頃(ころ)なるを 本(もと)のゆかりをとひ給へといふなり たそかれは誰(た)そ彼(かれ)なりくらくて 見えわかれぬよし也 【同 下段】  致仕(ちじの)大政大臣(だいぜうだいじん) 我宿(わがやど)の 藤(ふぢ)のいろ こき たそ  かれに たづねやは こぬ春(はる)の  なごりを 【右丁 上段】 父(ちゝ)は引入(ひきい)れの大臣(おとゞ)母(はゝ)は桐壺(きりつぼ)の帝(みかど)の御 妹(いもと) にて致仕(ちじ)のおとゞの同母(どうぼの)妹(いもと)也 桐壺(きりつぼ)の 巻(まき)に源氏(げんじ)の北(きた)の方(かた)と成(なり)葵(あふひ)の巻(まき)に夕(ゆふ) 霧(ぎり)を生(うみ)て後(のち)六 条(でう)の御息所(みやすどころ)の霊(れう) にて程(ほど)なくかくれ給ふ此哥は物(もの)のけに くるしみたまふを源氏(けんじ)とひなぐさ め給へる時(とき)に口(くち)ばしりよみたるにて実(じつ)は 御息所(みやすどころ)の心をその魂(たま)の入居(いりゐ)ていはせた る也 心(こゝろ)は物(もの)思(おも)ひに心(こゝろ)乱(みだ)れ空(そら)にぬけ出(いで) たる魂(たま)を君(きみ)が衣(ころも)のつまの下合(したがひ)の所に むすびとゞめてたまはれと也人の 魂(たま)のうかれ出たるを見て衣(ころも)のつま をむすべばとゞまるといふ諺(ことわざ)ある によりてよめるなり下(した)がひは 衣(ころも)の前(まへ)を合(あは)せたる下前(したまへ)の所(ところ)を いふかひはあひ也 【同 下段】 葵上(あふひのうへ) 歎(なげ)き  わび 空(そら)に みだ  るゝ 我(わが)たまを むすびとゞめ     よ した  がひのつま 【左丁 上段】 桐壺(きりつぼ)の帝(みかど)の御 妹(いもと)葵(あふひ)の上(うへ)の 御 母(はゝ)にて源氏(げんじ)の御 姑(しうとめ)也大臣う せ給ひて後(のち)に御髪(みぐし)おろして 藤裏葉(ふぢのうらば)のまきにかくれ給ふ 大宮(おほみや)といふは是也此哥は葵(あふひ) の上(うへ)うせて次(つぎ)の年(とし)の初春(はつはる)に 源氏(げんじ)来(き)給ひて○あまた年(とし) 今日(けふ)改(あらた)めし色衣(いろごろも)きてはなみ だのふるこゝちすると詠(よみ)給へ る御 返(かへ)し也 心(こゝろ)は初春(はつはる)の事(こと)忌(いみ) も得(え)せず娘(むすめ)の歎(なげき)に老人(らうじん)は いつも〳〵なきくらすよし也 【同 下段】 引入(ひきいれの)大政大臣(おとゞの)北方(きたのかた) あたらしき 年(とし)とも  いはず ふるものは ふりぬ   る 人(ひと)の なみ  だ なり けり 【右丁 上段】 桐壺(きりつぼ)の帝(みかど)の御 弟(おとゝ)桃園式部卿(もゝぞのしきぶけう) の宮(みや)の御むすめは源氏(げんじ)と 従弟(いとこ)どち也 榊巻(さかきのまき)に賀茂(かも)の 斎院(さいゐん)と成て薄雲(うすぐも)の巻(まき)に御(み) 髪(ぐし)をおろし給ふ源氏(げんじ)に心(こゝろ)つよく なびかずしてやみし人也 此哥(このうた) は源氏(げんじ)○みし折(をり)の露(つゆ)わすら れぬ槿(あさがほ)の花(はな)の盛(さかり)は過(すぎ)やしぬ らんとよみておくられたる返(かへ)し也 心は秋(あき)過(すぐ)る頃(ころ)まがきにまとへる 槿(あさがほ)の有(ある)か無(なき)かにうつろひすが れたるを我身(わがみ)にたとへたる也 霧(きり)はまがきのよせ又あるか なきかといはん料(れう)にいへる なり 【同 下段  左から読む】  がほ あさ うつる   かに あるかなき むすぼゝれ まがきに  きりの 秋(あき)はてゝ  槿斎院(あさがほのさいゐん) 【左丁 上段】 中納言(ちうなごん)の娘(むすめ)伊予介(いよのすけ)の北方(きたのかた)源(げん) 氏(じ)につれなくて過(すぎ)し人(ひと)也 関屋巻(せきやのまき) に夫(をつと)におくれて尼(あま)となる後(のち)に源(げん) 氏(じ)六条院(ろくでうのゐん)に住(すま)しめ給ふ此歌(このうた)は 源氏(げんじ)の忍(しの)び給(たま)へる夜(よ)衣(きぬ)を脱(もぬけ)にし て遁(のがれ)去(さり)たるを恨(うらみ)て源氏(げんじ)○空蝉(うつせみ) のみを替(かへ)てけるこのもとに猶(なほ)人(ひと) がらのなつかしきかなと詠(よみ)て贈(おくり)た まへる時(とき)に詠(よめ)る也 心(こゝろ)は茂(しげ)き梢(こずゑ)に居(ゐ) る蝉(せみ)の羽(は)に置(おく)露(つゆ)は木葉(このは)に隠(かくれ)て よそめには見えねどもひそか にぬるゝが如(ごと)く忍(しの)び〳〵に袖(そで)をぬ らすと也 空蝉(うつせみ)はたゞ蝉(せみ)の事(こと)也 古(ふる) くは現(うつゝ)にある身(み)の事(こと)を現身(うつせみ)と いひしを中頃(なかごろ)より蝉(せみ)の名(な)と なれり 【同 下段】  空蝉尼(うつせみのあま) うつせみの 羽(は)におく 露(つゆ)の こが□□□ しの□□□□□  ぬる□□    かな 【注】 【注 この歌の全文は「うつせみの羽におく露のこがくれてしのびしのびにぬるる袖かな」】 【右丁 上段】 伊予介(いよのすけ)の娘(むすめ)にて空蝉(うつせみ)のまゝ子(こ) 也 後(のち)に蔵人少将(くらんどのせうしやう)の北方(きたのかた)となる 此歌(このうた)は源氏(げんじ)一夜(ひとよ)逢(あひ)給(たま)ひて後(のち) ○ほのかにも軒端(のきば)の荻(をぎ)を むすばずば露(つゆ)のかごとを何(なに) に懸(かけ)ましと詠(よみ)ておくり給(たま)へ る返(かへ)し也 心(こゝろ)はかやうにほのめ かし給(たま)ふ御文(おんふみ)に付(つき)て一夜(ひとよ)の 御情(おんなさけ)とのみ思(おも)ひわびつる恋(こひ)も また片心(かたこゝろ)にゆかしく心(こゝろ)のむす ぼゝれはべるといふこゝろを 荻(をぎ)の下折(したをれ)の風(かぜ)にそよぎ半(なかば)は 霜(しも)にこりたるにたとへたり 【同 下段】  軒端荻君(のきばのをぎのきみ) ほのめ   かす 風(かぜ)につけ     ても 下荻(したをぎ)の 半(なかば)は霜(しも)   に  むすぼゝれ      つゝ 【左丁 上段】 三位中将(さんゐのちうじやう)の娘(むすめ)也 致仕(ちじ)のおとゞに 逢(あひ)て玉葛(たまかづら)を生(うめ)り後(のち)に源氏に おもはれて夕顔(ゆふがほ)の巻(まき)にうせ給ふ 此 哥(うた)は源氏 同車(どうしや)して何(なに)がしの 院(ゐん)へともなひ給へる夜(よ)の明方(あけがた)に ○古(いにし)へもかくやは人のまどひけん我(わが) まだしらぬしのゝめの道(みち)とよみ 給へる返(かへ)し也 心(こゝろ)は月(つき)をかくすも のは山(やま)の端(は)也 その山のはの心をも しらずして行(ゆく)月は中 空(ぞら)にて 影(かげ)のきえむ事も計(はか)り難(がた)しと 也源氏を山の端にたとへ我 身(み)を 月にたとへてかくのごとく友な はれ出たる行末(ゆくすゑ)を覚束(おぼつか)なくお もふ心也 【同 下段】  夕顔上(ゆふがほのうへ) 山(やま)のはの  こゝろも しらて ゆく月(つき)は  うはの そら  にて 影(かげ)や たえ  なむ 【右丁 上段】 夕顔(ゆふかほ)の上(うへ)の五条(ごじやう)の宿(やど)に仕(つかふ)る 女房(みようばう)也源氏 御随身(みずゐじん)に仰(「お」ほせ)て 夕顔の花(はな)を折(をら)せ給ふ時に 扇(あふぎ)に書(かい)て出せる哥(うた)也心は只(たゞ) 今(いま)此門(このかど)の内(うち)の夕顔を折せて 花の面目(めんぼく)を添(そへ)たまへるは推(おし) あてに光(ひかる)源氏の君(きみ)とこそ推(すい) し奉(たてまつ)りたれと也心あては 推当(おしあて)也面目を露(つゆ)の光(ひかり)といひ なせる也 【同 下段】  夕顔宿(ゆふがほのやどの)女房(にようばう) こゝろあてに  それかとぞ みる 白(しら)  露(つゆ)   の ひかり  そへたる   夕顔(ゆふがほ)の花(はな) 【左丁 上段】 大臣家(だいじんけ)の娘(むすめ)にて前坊(ぜんばう)の御息所(みやすところ) 秋好中宮(あきこのむちうぐう)の御 母(はゝ)也 榊(さかき)の巻(まき)に斎(さい) 宮(ぐう)に具(ぐ)して伊勢(いせ)へ下(くだ)りみをつ くしの巻に御ぐしおろしてかくれ 給ふ源氏の思ひ人の一人(ひとり)にて物(もの)の けと成(なり)し人也此うたは源氏 久敷(ひさしく) おとづれ賜(たま)はで御ふみのみありし 返(かへ)りごと也心は物おもひに袖(そで)ぬ らすべき恋(こひ)ぞとは始(はじめ)より半(なかば)は 知(しり)ながらなびきそめたる我(わが) 身(み)こそうけれかくいやしき身 に御こゝろざしの浅(あさ)きはことわ りぞと也恋路に泥(こひぢ)をそへた り泥の中(うち)におりたち袖ぬらす 賎(いや)しき田子(たご)を我身にたとへ しなり 【同 下段】  六条御息所(ろくでうのみやすどころ) 袖(そで)ぬるゝ  こひぢと   かつは しり  ながら おち  たつ たごの みづか  らぞ うき 【右丁 上段】 六条(ろくでう)の御息所(みやすどころ)の女房(にようばう)也此 哥(うた)は 源氏 御(み)やす所の御もとに通([か]よ)ひ たまへる時(とき)朝(あした)の御わかれにこの女 房御おくりつかうまつりたるを とらへて源氏○さく花(はな)にうつる てふ名(な)はつゝめども折(をら)で過(すぎ)う きけさの朝皃(あさがほ)とよみかけ給へる かへし也心は霧(きり)のはれまも待(また)ずし て御やす所の方(かた)は夜(よ)ぶかく 帰(かへ)り給ふ御けしきにてよその 花々(はな〴〵)しきあたりに御心をとめた まへるよと見たてまつると也 わざと我身(わがみ)の上と聞(きゝ)しらぬ ふりにてみやすどころの事(こと) にとりなせる也 【同 下段】  中将君(ちうじやうのきみ) 朝霧(あさぎり)の はれまも  またぬ けしき  にて 花(はな)に   心(こゝろ)を とめぬ  とぞみる 【左丁 上段】 北山(きたやま)の僧都(そうづ)の妹(いもうと)按察大納言(あぜちのだいなごん) の北方(きたのかた)にて紫上(むらさきのうへ)の母方(はゝかた)の祖母(おほば)也 この歌(うた)は紫上(むらさきのうへ)の幼(おさな)くて母(はゝ)にお くれ給へるを我手(わがて)一(ひとつ)に養(やしな)ひて われさへ又(また)病(やまひ)重(おも)りたる時(とき)に詠(よめ) る也 心(こゝろ)はおひ立(たち)給(たま)はん行末(ゆくすゑ)の 落付(おちつき)も知(しら)ぬ人をあとに残(のこ)し おくらかして我身(わがみ)さきだち 死(しな)ん事(こと)心(こゝろ)ならず悲(かな)しと いふ事を若草(わかくさ)の露(つゆ)によせ て云(いへ)る也おくらすはおくらかす 也 空(そら)はかゝる所(ところ)に付(つけ)て云(いへ)るは 心(こゝろ)といふに当(あた)る也 俗(ぞく)にも見る 空聞(そらきく)空(そら)などもいへり 【同 下段】  北山尼(きたやまのあま) おひ たゝむ ありかも  し   らぬ 若草(わかくさ)を おくらす   露(つゆ)ぞ きえん  そらなき 【右丁 上段】 紫上(むらさきのうへ)の乳母(めのと)にて後(のち)に源氏(げんじ)須(す) 磨(ま)へさすらへ給(たま)へる時(とき)にあとの 事どもゆだね置(おき)給(たま)ひし人(ひと)なり 此歌(このうた)は上(かみ)の尼君(あまぎみ)の歌(うた)を哀(あはれ)と聞(きゝ) て則(すなはち)其(その)返(かへ)しに詠(よめ)る也こゝろは 紫上(むらさきのうへ)のおひさきもしられぬうち に何(なに)とてさやうに御心(おんこゝろ)よわく 死(しな)んとはおぼしめすぞとなり 心(こゝろ)を慥(たしか)に療治(れうぢ)し給へといふ 心(こゝろ)を含(ふく)めり初草(はつくさ)は若草(わかくさ)に おなじ 【同 下段 左から読む】   すらむ  きえんと   露(つゆ)の いかてか   に しらぬま  さきも おひゆく 初草(はつくさ)の  少納言乳母(せうなごんのめのと) 【左丁 上段】 北山(きたやま)の尼(あま)の兄(あに)にて紫(むらさき)の上(うへ)の母(はゝ) の叔父(をぢ)也此 哥(うた)は源氏 瘧病(わらはやみ)の 加持(かぢ)しに北山におはしましたる 時(とき)に山の花を愛(めで)て○宮人(みやびと) にゆきてかたらんやまざくら かぜよりさきにきてもみるべく とよみたまへる返(かへ)し也心は三千(みち) 年(とせ)に一度(ひとたび)咲(さく)といふ優曇華(うどんげ)の 花を今の現(うつゝ)にまち得(え)たる やうにおぼえて辺鄙(へんぴ)のさくら などには目もうつりはべらずと也 源氏をうどんげにたとへて御登(ごとう) 山(さん)をよろこべる也 優曇鉢華(うどんばつげ)は 霊瑞華(れいずいくは)ともいふ実(み)ありて花 なき木(き)也 【同 下段】  北山僧都(きたやまのそうづ) うどんげの  花(はな)まち えた  る こゝち  して 深山桜(みやまざくら)に  めこそ   うつらね 【右丁 上段】 源氏の瘧病(わらはやみ)を加持(かぢ)したる 聖人(ひじり)也 上(かみ)と同(おな)じ時(とき)に源氏の 御 盃(さかづき)をたまはりてよめる哥(うた) 也心は山(やま)深(ふか)き一室(いつしつ)の外(ほか)には出(いで)た る事なき聖人(ひじり)のたま〳〵 貴人(きにん)の御 前(まへ)に出ていまだ見し らぬ御容体(ごようたい)をみたてまつる といふ心を花によせていへる也 花の顔(かほ)は撰集(せんしふ)にもあまたよ めり 【同 下段】  何某寺聖人(なにがしでらのひじり) 奥山(おくやま)の  松(まつ)の とぼ  そを まれに   あけて まだみぬ花(はな)の  かほを    見るかな 【左丁 上段】 式部卿(しきぶけう)の宮(みや)の御 娘(むすめ)母(はゝ)は按察(あぜちの) 大納言(だいなごん)のむすめ也 稚(をさ)なくて母 におくれ祖母(そぼ)の尼(あま)にやしなはれ て北(きた)山におはしゝを源氏に迎(むか)へ られて御法(みのり)の巻(まき)にかくれ給ふ 六条院(ろくでうのゐん)に数多(あまた)すゑ賜(たま)へる源 氏の思ひ人の第一也 春(はる)の上(うへ)といふ 此 歌(うた)は正月元日 餅鏡(もちかゞみ)を祝(いは)ひて 源氏○うす氷(ごほり)とけぬる池(いけ)のかゞ みには世にみのりなき影(かげ)ぞなら べるとよみ給へる返(かへ)し也心は御 庭(には) の池水の鏡の如(ごと)くなるを万代(よろづよ) かけて君と住(すむ)べき影の明(あき)らか にみえたると也池水を餅鏡に よそへて住に澄(すむ)をかねたり 【同 下段】  紫上(むらさきのうへ) くもりなき  池(いけ)の鏡(かゞみ)に 万代(よろづよ)を  住(すむ)べき     影(かげ) しる   ぞ  く みえ  け   る 【右丁 上段】 京極(けうごく)中川(なかがは)に住(すめ)る人也此 歌(うた)は 此女(このをんな)に源氏 一(ひと)だび逢(あひ)たまひて 後(のち)ほどへて其(その)家(いへ)の前を通(とほ)り 給ふ時に○をちかへりえぞ忍(しの) ばれぬほとゝぎすほのかたらひし 宿(やど)のかき根(ね)にとよみていひ いれさせたまへる返し也こゝろ はおとづれたまふはその君(きみ)と 推(すい)したれどもあら不審(ふしん)やた えはてゝひさしくおはせねば今 更(さら)思ひよらずといふこゝろをほと とぎすの声(こゑ)の五月雨(さみだれ)にまぎ れてきこえかぬるにたとへたり 【同 下段】  中川女(なかがはのをんな) ほとゝぎす かたらふ 声(こゑ)は それ  なれど あなおぼつか       な  五月雨(さみだれ)の    そら 【左丁 上段】 先帝(せんだい)の后(きさい)ばらの四(し)の宮(みや)也 桐壺(きりつぼ) の巻(まき)に桐壺の帝(みかど)の女御(にようご)となり 紅葉(もみぢ)の賀(が)の巻に冷泉院(れんぜいゐん)を生(うみ) たまひ榊(さかき)の巻に御髪(みぐし)をおろして 薄雲(うすぐも)の巻にかくれたまふ此 歌(うた)は 源氏○見てもまた逢夜(あふよ)まれ なる夢(ゆめ)の内(うち)にやがてまぎるゝ 我身(わがみ)ともがなとよみたまへる 御 返(かへ)し也 心(こゝろ)は源氏とみそか事 ありしを深(ふか)くはぢて悔(くい)たまへる よしにて世(よ)にたぐひなくうき わざせし我身の上をたとへ夢 のごとくなしはてゝも猶(なほ)世(よ)がた りにあさましき名や残(のこ)らんと なり 【同 下段】  薄雲女院(うすぐものにようゐん) 世(よ)がたりに  人(ひと)やつたへん たぐひなく 浮身(うきみ)  を さめぬ 夢(ゆめ)  に なし て も 【右丁 上段】 末摘花(すゑつむはな)の女房(にようばう)也此うたは源氏 すゑつむ花に通(かよ)ひそめ給ひて ○いくそたび君(きみ)がしゞまにまけ ぬらん物(もの)ないひそといはぬこの みにと詠(よみ)給へる時(とき)末摘花に 替(かは)りて答(こたへ)たるうた也 心(こゝろ)は御(おん) いらへをせずしてやみなんとは さすがに思(おも)ひはべらず又御いらへ を申すにはつゝましく我(われ)なが らわけもなく思ひみだれ侍(はべ) りと也 童子(どうじ)のしゞまあそび は鐘(かね)つきて無言(むごん)になるより かくはいふ也 【同 下段】  侍従(じじう) かねつき    て とぢ   めん ことは さすが  にて こたへ    ま  うきぞ かつはあやなき 【左丁 上段】 常陸(ひたち)の宮(みや)の御娘(おんむすめ)也すゑつむ 花(はな)の巻(まき)に源氏にあひそめ蓬(よもぎ) 生(ふ)の巻に東(ひがし)の院(ゐん)に移(うつ)され給ふ みめよからぬ姫君(ひめぎみ)也此うたは 正月元日源氏の御装束(おんしやうぞく)に とて色(いろ)古(ふる)びたる直衣(なほし)を贈(おく)り 給へる時(とき)のうた也心は君が御心(みこゝろ) の浅(あさ)くつらければかくのごとく なみだに袂(たもと)のそぼちぬれて 色のかはりたると也から衣(ころも)は 君の枕(まくら)ことばながらに今(いま)贈る ものなればいへる也 【同 下段】  末摘花(すゑつむはなの)姫君(ひめぎみ) から衣(ころも)君(きみ)が  心(こゝろ)のつら    ければ 袂(たもと)は  かく   ぞ そ ぼ  ち つゝ  の  み 【右丁 上段】 父(ちゝ)は兵部(へうぶ)の大輔(たいふ)母(はゝ)は左衛門□乳(めの) 母(と)也 禁裏(きんり)の女房(にようばう)にて源氏に 末摘花(すゑつむはな)の仲立(なかだち)せし人也この うたは末摘花より源氏へ元日 の装束(しやうぞく)をおくられたるいろ合(あひ) みぐるしきにつけて且(かつ)その容(よう) 儀(ぎ)の見ぐるしきを源氏のわら ひたまへる時(とき)によめる也こゝろは いろうすき衣(ころも)は思召(おぼしめし)にか叶(かな)はずとも ひたすらわろしといひくたし たまはずばうれしからんと也下の 心(こゝろ)にはすゑつむ花の容儀(ようぎ)あし くともひろき御心に用捨(ようしや)して たまはらばの心をふくめりひと 花衣は一度(ひとたび)染(そめ)たるをいふくたす は朽(くた)しむる也 【同 下段】  大輔命婦(たいふのめうぶ) くれなゐの  ひと   花衣(はなごろも) うすく  とも ひたすら  くたす 名(な)をし  たてずば 【左丁 上段】 桐壺(きりつぼ)の帝(みかど)の頃(ころ)のないしのすけ 修理大夫(しゆりのたいふ)の妻(つま)也 後(のち)に尼(あま)となる 老(おい)てこゝろ若(わか)くいろめきたる 人(ひと)也このうたは源氏(げんじ)たはふれに もののたまへるときに詠(よめ)る也 心(こゝろ)は君(きみ)かよひ来(き)てだに給はらば 我年(わがとし)老(おい)てさかりすぎたれど もむつましくもてなし奉(たてまつ)らん といふ心を乗(のり)ならしたまへる 駒(こま)に若草(わかくさ)ならずとも刈(かり)かはん といへる也○森(もり)の下草(したくさ)老(おい)ぬれ ば駒(こま)もすさめずといふうた又 ○ひとむらすゝきかりかはん 君(きみ)が手(た)なれの駒(こま)もこぬかな といふうたによりてよめり 【同 下段】  源内侍(げんないし) 君(きみ)しこば  たな   れの こまに かり  かはん さかり  すぎたる  下葉(したば)なり    とも 【右丁 上段】 二条(にでう)のおとゞの御娘(おんむすめ)にて弘徽([こ]き) 殿(でん)の大后(おほきさい)の御妹(おんいもと)也 葵(あふひ)の□【ま】きに 朱雀院(すざくゐん)に参(まゐ)りてみくしげ 殿(どの)と申し榊(さかき)の巻(まき)に内侍(ないし)の督(かみ) となるこのうたは源氏(げんじ)に始(はじめ)て あへる夜(よ)此後(このゝち)おとづれせんため 名(な)のりし給へとありし答(こたへ)に詠(よめ)る なりこゝろは我身(わがみ)このまゝ死(しに) て草葉(くさば)の蔭(かげ)にかくれなばそ の草(くさ)の原(はら)をばたづねとふらはん とは思召(おぼしめさ)ずやと也 名(な)のらずば 此まゝ捨(すて)はてんとおもひ給ふ かととがめたる也 【左丁 下段 左から読む】  ふ おも とや  じ とは    をば  草(くさ)の原(はら)  たづねても  やがてきえなば 浮身(うきみ)世に  朧月夜(おぼろづきよの)内侍督(ないしのかみ) 【左丁 上段】 朱雀院(すざくゐん)の母方(はゝかた)の御祖父(おほぢ)朧(おぼろ) 月夜(づきよ)の父(ちゝ)也 榊巻(さかきのまき)に太政大臣(だいぜうだいじん) と成(なり)明石巻(あかしのまき)にかくれたまふ此(この) 哥(うた)はみづからの家(いへ)に花(はな)の宴(えん) したまはんとて早(はや)く源氏に 約束(やくそく)し置(おき)つれども至(いた)りたまは ざりければ御 迎(むかへ)に使(つかひ)しておく られたる哥(うた)也 心(こゝろ)は我宿(わがやど)の花(はな) もし世(よ)の常(つね)の色(いろ)ならばいかで かしひて御 出(いで)を願(ねが)はん大方(おほかた)な らずよき花(はな)なればこそ待(まち)ま ゐらすれと也 【同 下段】  二条太政大臣(にでうのだいぜうだいじん) 我宿(わがやど)の花(はな)し  なべての 色(いろ)な  らず 何(なに)かは  さらに 君(きみ)を   待(また)ま     し 【右丁 上段】 前坊(ぜんばう)の御 娘(むすめ)御母は六 条(でう)の御息([み]やす) 所(どころ)也 葵巻(あふひのまき)に伊勢(いせ)の斎宮(いつきのみや)に 立(たち)賜(たま)ひ絵合巻(ゑあはせのまき)に冷泉院(れんぜいゐん)の 女御(にようご)と成(なり)処女巻(をとめのまき)に中宮(ちうぐう)御(み) 法巻(のりのまき)に皇太后宮(くわうたいこうぐう)と成(なり)賜(たま)ふ 此哥(このうた)は斎宮(いつきのみや)と成(なり)て下(くだ)り賜(たま)ふ 時(とき)に源氏○八島(やしま)もる国(くに)つみ神(かみ) も心(こゝろ)あらばあかぬ別(わかれ)の中(なか)を ことわれと詠(よみ)おくりたまへる 御 返(かへ)し也心は神(かみ)の心(こゝろ)もて明(あき)ら かに見通(みとほ)し賜(たま)ふ物(もの)ならば あかぬ別(わかれ)などのたまふ君(きみ)が なほざりの偽(いつはり)をまづ正(たゞ)し賜(たま)ふ べき物(もの)ぞと也 国(くに)つ神(かみ)は天(あま)つ神(かみ) にむかへていふ地祇(くにつかみ)の事(こと)也 【同 下段 左から読む】  さむ たゞ  や まづ 事(ごと)を 等閑(なほざり) 中(なか)ならば  ことわる 《振り仮名:国つ神|くにつかみ》空(そら)に  秋好中宮(あきこのむちうぐう) 【左丁 上段】 薄雲(うすぐも)の女院(にようゐん)の御 兄(あに)也 始(はじめ)は 兵部卿(へうぶけう)にて処女巻(をとめのまき)に式部(しきぶ) 卿(けう)に成(なり)賜(たま)ふ此 哥(うた)は桐壺(きりつぼ)の帝(みかど)か くれさせ賜(たま)ひて後(のち)女院(にようゐん)を我(わが) 御方(おんかた)へ御 迎(むかへ)に参(まゐ)り賜(たま)へる時(とき)に 御 庭(には)の五葉松(ごえふのまつ)の下葉(したば)の雪(ゆき)に 枯(かれ)たるを見(み)て詠(よみ)たまへる也 心(こゝろ)は 枝(えだ)ざし高(たか)く蔭(かげ)の広(ひろ)さに隠(かく) れて頼(たの)もしく思(おも)ひし松(まつ)の枯(かれ) たるにやあるらん下葉(したば)の散々(ちり〴〵) になる年(とし)の暮(くれ)にもあるかな と也 帝(みかど)の広(ひろ)き御恵(おんめぐみ)の蔭(かげ)を 頼(たの)みしもかくれたまひて女院(にようゐん) の退出(たいしゆつ)したまふを歎(なげ)きたる なり 【同 下段】  式部卿宮(しきぶけうのみや) 蔭(かげ)広(ひろ)み  たのみし   松(まつ)や 枯(かれ)に  けん 下葉(したば)  ちり行(ゆく) としの    くれ哉(かな) 【右丁 上部】 薄雲(うすぐも)の女院(にようゐん)の女房(にようばう)にて源 氏の御 心(こゝろ)しり也この哥(うた)は則(▢すなはち)上(かみ)と 同(おな)じく女院(にようゐん)退出(たいしゆつ)したまふ時(とき)に 源氏○さえ渡(わた)る池(いけ)の鏡(かゞみ)の さやけきに見馴(みなれ)し影(かげ)をみぬ ぞ悲(かな)しきと詠(よみ)給へる返(かへ)し也 心(こゝろ)は帝(みかど)かくれさせたまひて女(によう) 院(ゐん)は渡(わた)らせ賜(たま)ひ御つき〴〵 迄(まで)も人 目(め)かれゆくを岩井(いはゐ)の氷(こほり) に人影(ひとかげ)のあせて見(み)えぬに よせて云(いへ)り 【同 下段】  王命婦(わうめうぶ) とし  くれ   て 岩井(いはゐ)  の 水(みづ)も氷(こほり)  とぢ みし  人影(ひとかげ)の あせも  行(ゆく)かな 【左丁 上段】 源氏の忍(しの)びて通(かよ)ひ賜(たま)へる 女(をんな)也 此哥(このうた)は源氏 外(ほか)より帰(かへり)た まふ朝(あさ)此女(このをんな)の門(かど)を過(すぎ)たまふ とて○朝(あさ)ぼらけ霧立(きりたつ)空(そら) のまよひにも行過(ゆきすぎ)難(がた)き妹(いも)が 門(かど)かなといひ入(いれ)させ賜(たま)へる返(かへ)し 也(なり)心(こゝろ)はさほど過(すぎ)うくおぼし めさばはかなき門(かど)に障(さは)り 賜(たま)ふべきにあらず御 志(こゝろざし)あらば 入たまふべき也といふ心(こゝろ)を霧(きり) の前垣(まがき)の越(こえ)難(がた)きと草(くさ)の戸(と) ざしの入安(いりやす)きもて云(いへ)る也 霧(きり) は隔(へだつ)れば垣(かき)といひ草(くさ)はとづ れば戸(と)と云 【同 下段】  霧籬女(きりのまがきのをんな) たち とまり きりの  籬(まがき)の すぎ  うくば くさの戸(と)  ざしに さはりしも   せじ 【右丁 上段】 大臣家(だいじんけ)の御娘(おんむすめ)桐壺(きりつぼ)の帝(みかど)の 女御(にようご)にて花散里(はなちるさと)の御姉(おんあね)也 此 哥(うた)は桐壺(きりつぼ)の帝(みかど)かくれさせ 賜(たま)ひて後(のち)御はらから物(もの)あは れに住(すみ)賜(たま)へるを源氏とぶら ひたまひて○橘(たちばな)の香(か)をな つかしみ時鳥(ほとゝぎす)はな散里(ちるさと)を 尋(たづね)てぞとふと詠(よみ)賜(たま)へる御 返(かへ) し也心は人目(ひとめ)もなく荒(あれ)は てたる我宿(わがやど)は軒(のき)の橘(たちはな)こそ 君(きみ)にとはるゝ種(たね)とは成(なり)けれと 也 軒(のき)の端(は)を軒(のき)のつまとも いへばとはるゝはしの心(こゝろ)をよ せたり 【同 下段】  麗景殿女御(れいけいでんのにようご) 人目(ひとめ)なくあれ  たるやどは     橘(たちばな)の 花(はな)こそ   軒(のき)の つま   と な り け れ 【左丁 上段】 麗景殿(れいけいでん)の女御(にようご)の御 妹(いもと)にて 源氏の思(おも)ひ人 後(のち)に六 条院(でうのゐん)に数(あま) 多(た)すゑ賜(たま)へる中(なか)の一人(ひとり)也 夏(なつ)の 御方(おんかた)といふ此哥(このうた)は源氏 須磨(すま) へさすらへ賜(たま)ふ御暇乞(おんいとまごひ)に渡(わた)り 賜(たま)へる時(とき)に詠(よめ)る也 心(こゝろ)はかく君(きみ) にとはるゝ我身(わがみ)こそ数(かず)なら ずとも此度のあかず悲(かな)しき御(おん) 別(わかれ)を心ばかりはさへぎりとゞ め度(たく)思(おも)ふといふ心(こゝろ)を源氏を 月(つき)に譬(たと)へ我身(わがみ)の数(かず)ならぬ を袖(そで)のせばきによせて泪(なみだ)に 影(かげ)をとゞむる由(よし)にいへる也 【同 下段】  花散里上(はなちるさとのうへ) 月影(つきかげ)の 宿(やど)れる   袖(そで)は せば  くとも とめて   も 見ば  や あかぬ 光(ひか)り  を 【右丁 上段】 伊予介(いよのすけ)の子(こ)也 始(はじめ)右近将監(うこんのしやうげん)な りしを源氏 除名(じよめう)に付(つき)是(これ)も 除籍(じよしやく)せられ須磨(すま)の御ともし て後(のち)みをつくしの巻(まき)に蔵(くら) 人靫負尉(うどのゆげひのぞう)に成(なり)此哥(このうた)は源氏 須磨(すま)へ移(うつ)り給(たま)ふ御暇乞(おんいとまごひ)に父(ちゝ) 帝(みかど)の御廟(ごびやう)へ詣(まうで)たまへる御とも に参(まゐ)り賀茂(かも)の社(やしろ)を見(み)て其(その) 以前(かみ)斎院(さいゐん)の御禊(ごけい)に源氏の 御ともせし事(こと)を思(おも)ひ出(いで)て詠(よめ)る 也 心(こゝろ)は源氏と御馬(おんうま)を引連(ひきつれ)て 葵(あふひ)をかざしたりし其時(そのとき)の勢(いきほひ) を思(おも)へば今(いま)かゝる世(よ)と成(なり)し事(こと) 神(かみ)もつらく恨(うらめ)しと也そのかみ に神(かみ)を兼(かね)たり瑞垣(みづがき)はほめて いふ也 【同 下段】  蔵人靫負尉(くらうどのゆげひのぞう) 引連(ひきつれ)て あふ   ひ かざし そのかみを おもへば    つらし  加茂(かも)のみづ垣(がき) 【左丁 上段】 源氏の乳母(めのと)大弐(だいに)の尼(あま)の子(こ)也 始(はじめ)民部大夫(みんぶのたいふ)処女巻(をとめのまき)に摂(つ) 津守(のかみ)梅枝巻(うめがえのまき)に宰相(さいしやう)と成(なる) 源氏の殊(こと)に親(した)しく召仕(めしつか)ひたま ふ人也 此哥(このうた)は須磨(すま)へ源氏の 御ともして鴈(かり)を見(み)て詠(よめ)る 也 心(こゝろ)は鴈(かり)の心(こゝろ)から故郷(こけう)の常(とこ) 世(よ)の国(くに)を捨(すて)て来(き)てかゝる 旅(たび)の空(そら)に鳴(なく)声(こゑ)をきけば 悲(かな)しき物(もの)を昔(むかし)はよその事(こと) のやうに思(おも)ひ居(ゐ)たる事(こと)かな と也 今(いま)の身(み)にてきけば我(われ) も旅(たび)なれば更(さら)によその上(うへ) とは思(おも)はれずといふ心(こゝろ)をふく めり 【同 下段】  藤原惟光(ふぢはらのこれみつ) こゝろ   から とこよを  捨(すて)て  なく  鴈(かり)を くものよそ     にも  おもひ   けるかな 【右丁 上段】 前(さきの)播磨守(はりまのかみ)の子(こ)にて源氏の 親(した)しく召(めし)つかひ給ふ人也 始(はじめ)蔵(くら) 人(うど)にてかうむり賜(たま)はり明石(あかしの) 巻(まき)に少納言(せうなごん)みをつくしの巻(まき) に靫負佐(ゆげひのすけ)処女巻(をとめのまき)に右中弁(うちうべん) と成(なる)此 哥(うた)は則(すなはち)上(かみ)の哥(うた)と同(おなじ) 時(とき)によめる也 心(こゝろ)は鴈(かり)は其(その)時分(じぶん) の友(とも)にはあらねどもそれを 見(み)れば昔(むかし)の事ども取集(とりあつめ)て 思(おも)ひ出らるゝよと也かきつら ねは物(もの)を連(つらぬ)る心(こゝろ)にて集(あつ)め と云(いふ)が如(ごと)し 【同 下段】  源義清(みなもとのよしきよ) かきつらね 昔(むかし)のことぞ おもほゆ   る 鴈(かり)は  そのよの 友(とも)ならねども 【左丁 上段】 近衛中将(こんゑのちうじやう)を去(さり)て播磨守(はりまのかみ) となり終(つひ)に入道(にふだう)して明石(あかし)の 浦(うら)に住(すめ)り年(とし)老(おい)て山(やま)深(ふか)く隠(かく)れ 入(いり)ぬ此歌(このうた)は源氏(げんじ)須磨(すま)のさす らへのをり入道(にふだう)が娘(むすめ)を一人寐(ひとりね) の慰(なぐさ)めにせんとのたまへる答(こたへ) に詠(よめ)る也 心(こゝろ)はひとりねのつれ〴〵 と物思(ものおも)ひ明(あか)す淋(さび)しさを此(この)ほ どの御旅寐(おんたびね)に君(きみ)も思召(おぼしめし)知(しり)ぬ 事かと也 娘(むすめ)の一人住(ひとりずみ)なる事(こと)を 思(おも)はせたる也うらさびしは心淋(こゝろさび)し 也心をうらといふ明石(あかし)の浦(うら)と いひ懸(かけ)たる也 【同 下段】  明石入道(あかしのにふだう) ひとり寐(ね)は  君(きみ)もしりぬや つれ〴〵と 思(おも)ひ  あかしの うらさび  しさを 【右丁 上段】 入道(にふだう)前(さきの)播磨守(はりまのかみ)の娘(むすめ)源氏(げんじ)に 仕(つか)へて明石中宮(あかしのちうぐう)を産(うめ)り六条(ろくでうの) 院(ゐん)に数多(あまた)の思(おも)ひ人(びと)居(すゑ)給へる中(なか) の一人(ひとり)也 冬御方(ふゆのおんかた)といふ此歌(このうた)は 源氏(げんじ)始(はじめ)て忍(しの)び給へる夜(よ)○むつ ごとを語合(かたりあは)せん人(ひと)もがなうき 世(よ)の夢(ゆめ)も半(なかば)さむやとゝ詠(よみ)給へ る返(かへ)し也 心(こゝろ)は無明(むめう)の眠(ねぶり)のさめや らぬ心(こゝろ)にはいづれをゆめいづれを 現(うつゝ)とも分(わき)て語(かたら)んやうなしと也 【同 下段 左から読む】  らん かた   て わき 夢(ゆめ)と   を いづれ      は  こゝろに    へる  やがてまど あけぬ夜(よ)に  明石上(あかしのうへ) 【左丁 上段】 太宰大弐(だざいのだいに)の娘(むすめ)也 源氏(げんじ)の逢(あひ) 賜(たま)ひし人(ひと)也 父(ちゝ)とゝもに筑紫(つくし) に下(くだ)りて須磨巻(すまのまき)にのぼる 此哥(このうた)は源氏すまにさすらへ 賜(たま)ひし頃(ころ)ふみにて尋(たづね)奉(たてまつ)りし 事あり其後(そのゝち)帰京(きけう)し給へるを 又 使(つかひ)して御歓(おんよろこび)を申(まう)す哥(うた)也 心(こゝろ)は須磨(すま)の御座所(おましところ)迄(まで)も心(こゝろ)を よせて尋(たづね)奉(たてまつ)りし我身(わがみ)の御 さすらへを歎(なけき)て泪(なみだ)に朽(くち)はて たる袖(そで)を見せ奉りたしと也 やがては則(すなはち)また直(すぐ)にといふ 心也 我身(わがみ)を舟人(ふなびと)に譬(たと)へて 袖(そで)の波(なみ)に朽(くち)たるやうに云(いへ)る也 【同 下段】  五節君(ごせちのきみ) 須磨(すま)の  浦(うら)に 心(こゝろ)を  よせ   し ふな人(びと)の やがて  くたせる 袖(そで)を  見せばや  【右丁 上段】 禁裏(きんり)の女房(にようばう)也 此哥(このうた)は秋好(あきこのむ) 中宮(ちうぐう)と弘徽殿(こきでん)の女御(にようご)と左(さ) 右(ゆう)に方(かた)を分(わけ)て絵合(ゑあは)せありし 時(とき)此女房は左(ひだり)の秋好 方(がた)に侍(はべ)り て左 伊勢物語(いせものがたり)右(みぎ)正三位(せうさんゐ)を合(あは) せたる時に詠(よめ)る也心は伊勢 物語の深(ふか)き趣(おもむき)を探(さぐら)ずし て唯(たゝ)古(ふる)めかしといひけす事 の有(ある)べきかはと也右方より古 めきたりと論(ろん)ぜしを云(いひ)返(かへ) せる也伊勢の名(な)につけて 海(うみ)といひ又(また)波(なみ)とも云(いへ)り 【同 下段】  平内侍(へいないし) 伊勢(いせ)の  うみの ふかき   心(こゝろ)を たどら  ずて ふり   にし    跡(あと)と 波(なみ)やけつべき 【左丁 上段】 是(これ)も禁裏(きんり)の女房(にようばう)にて同時(おなじとき) 右(みぎ)のこきでん方(がた)に侍(はべ)りて上(かみ)の 歌(うた)の返(かへ)しに詠(よめ)る也 心(こゝろ)は雲(くも)の 上(うへ)に高(たか)く思(おも)ひあがりたる心(こゝろ)よ り見(み)れべ伊勢(いせ)の海(うみ)の千尋(ちひろ)と 深(ふか)き底(そこ)も猶(なほ)遙(はるか)に下(した)に見(み)な すと也 伊勢物語(いせものがたり)を見下(みくだ)せる 也 正三位(せうさんゐ)は今(いま)の世(よ)に伝(つたは)らぬ昔(むかし) 物語(ものがたり)也 其中(そのなか)に雲(くも)の上(うへ)に登(のぼり) し事(こと)などありし成(なる)べし 【同 下段】  大弐内侍(だいにのないし) 雲(くも)の上(うへ)に  思(おも)ひ のぼれる こゝろには ちひ  ろの そこも はるか  にぞ見る 【右丁 上段】 桂中務宮(かつらのなかつかさのみや)の孫(まご)明石入道(あかしのにふだう)の 北方(きたのかた)也 娘(むすめ)明石上(あかしのうへ)に倶(ぐ)して都(みやこ) に登(のぼ)る時(とき)に入道(にふだう)は一人(ひとり)明石(あかし)に とゞまれる名残(なごり)を惜(をし)みて詠(よめ) る也 心(こゝろ)はむかし入道(にふだう)は播磨守(はりまのかみ) に成(なり)し時(とき)は夫婦(ふうふ)諸(もろ)ともに都(みやこ) を出(いで)しに遙(はるか)の年(とし)を経(へ)て此(この) 度(たび)は一人(ひとり)別(わかれ)ゆく旅(たび)なれば野路(のぢ) などにや迷(まよは)んとなり度(たび)に 旅(たび)を兼(かね)たり 【同 下段】  明石尼(あかしのあま) 諸(もろ)ともに  都(みやこ)は いでき 此(この)たび    や ひとり  野中(のなか)の みちに  まどはむ 【左丁 上段】 桐壺(きりつぼ)の帝(みかど)の皇子(わうじ)にて源氏 の御兄(おんあに)也御 母(はゝ)は弘徽殿(こきでん)の大后(おほきさき) と申す二条(にでう)のおとゞの御 娘(むすめ)也 桐壺 巻(まき)に東宮(とうぐう)に立(たち)葵(あふひの)巻 に御 位(くらゐ)につかせ給ひみをつ くしの巻に御位を冷泉院(れんぜいゐん) にゆづりておりゐさせ給ふ若(わか) 菜(なの)巻に御ぐしおろして西山(にしやま) の御寺に移(うつ)り住(すま)せ給ふ此 哥(うた) は此帝の御むすめ女三宮(によさんのみや)に おくらせ給へるにて心は此世を 別(わか)れて死出(しで)の山路(やまぢ)に入なん 事は我身(わがみ)におくれ給ふとも終(つひ) には極楽(ごくらく)の一ッ所(ところ)を君(きみ)も尋(たづ)ね 来(き)給へと也 【同 下段】  朱雀院(すざくゐん) 世(よ)にわかれ 入(いり)なむ道(みち)は お くる  とも 同(おな)じ  ところ     を きみも  尋(たづ)ねよ 【右丁 上段】 桐壺(きりつぼ)の帝(みかど)の皇子(わうじ)源氏の 御 弟(おとゝ)也御 母(はゝ)は薄雲(うすぐも)の女院(にようゐん)と申す 紅葉賀巻(もみぢのがのまき)に生(うま)れさせ給ひ葵(あふひ) の巻に東宮(とうぐう)に立(たち)みをつくしの 巻に御位につかせたまひわか なの巻に御位を東宮にゆづり ておりゐさせ給ふ此 哥(うた)は源氏 桂(かつら) の院にて月の夜(よ)遊(あそ)び給ふを 羨(うらやま)しうおぼしやりて詠(よみ)ておくらせ 給へる也心は桂川(かつらがは)のあなたの里(さと)な ればさぞ月 影(かげ)のゝどか成(なる)らんと いふ事をかへさまにいへる也からぶみ に月中(げつちう)《振り仮名:有桂樹|けいじゆあり》と云(いへ)るより月 の桂など多くいひならへり今(いま)は 桂といふ名(な)につきてそれにな ずらへて云る也 【同 下段】  冷泉院(れんぜいゐん) 月(つき)のすむ 川(かは)のをち なる さと  なれば 桂(かつら)のかげは  のどけ   かるらむ 【左丁 上段】 源氏 桂院(かつらのゐん)へおはしましける時(とき) に同車(どうしや)し給へる人也 此哥(このうた)は 同(おな)じ院にて月(つき)の宴(えん)して須(す) 磨(ま)の浦(うら)の事を思ひ出(いで)給ひ て源氏○めぐりきて手(て)に 取(とる)ばかりさやけきや淡路(あはぢ) の島(しま)のあはと見し月と詠(よみ) 給へる返(かへ)し也 心(こゝろ)は世(よ)の騒(さわぎ)にて 暫(しばし)須磨へ移(うつ)され給ひしも 帰京(きけう)有(あり)て事(こと)明白(めいはく)に成(なり)たま へる御代(みよ)の行末(ゆくすゑ)ぞのどか成(なる) べきと也源氏を月によせて 祝(いは)へる也 【同 下段】  頭中将(とうのちうじやう) うき雲(くも)に しばし   まがひ     し  月影(つきかげ)の すみ はつ  るよぞ 長閑(のどけ)かる    べき 【右丁 上段】 是(これ)も同(おな)じ時(とき)の月(つき)の宴(えん)に侍(はべ) りて詠(よめ)る也 此人(このひと)は老人(らうじん)にて 桐壺(きりつぼ)の帝(みかど)に親(した)しく仕(つか)へ奉(たてまつ)り し人(ひと)ゆゑ其(その)昔(むかし)を恋(こひ)たる也 心(こゝろ)は天子(てんし)の尊(たふと)き御位(みくらゐ)を捨(すて) ていかなる所(ところ)へ御身(おんみ)を隠(かく)し 賜(たま)ひけるやらんと桐壺の帝 を月によせて云(いへ)る也 住(すみ)かは 住処也所をかといふ事 多(おほ)し よはゝよひに同じはとひと 通(かよ)へる也 住家(すみか)夜半(よは)の字(じ)の 心と思ふは非(ひ)也 【同 下段】  右大弁(うだいべん) 雲(くも)のうへの すみかを  捨(すて)て よは  の月(つき) いづれの    谷(たに)に  影(かげ)かくし      けむ 【左丁 上段】 父(ちゝ)は参議(さんぎ)宮内卿(くないけう)母(はゝ)は宣旨(せんじ)也 明石(あかし)の上(うへ)の御産(ごさん)の時(とき)に源氏 かの浦(うら)に下(くだ)し賜(たま)ふ松風巻(まつかぜのまき)に 姫君(ひめぎみ)にぐして京(けう)に登(のぼ)る此(この) 哥(うた)は姫君(ひめぎみ)を紫(むらさき)の上(うへ)の御方(おんかた)へ 渡(わた)し賜(たま)はんとする時(とき)明石(あかし)の上(うへ) 別(わかれ)を惜(をし)みて○雪(ゆき)深(ふか)きみ山(やま) の路(みち)ははれずとも猶(なほ)ふみ通(かよ)へ 跡(あと)絶(たえ)ずしてと詠(よみ)たる返(かへ)し也 心(こゝろ)はたとへ雪(ゆき)のふらぬひまな き吉野山(よしのやま)にこもり賜(たま)ふとも 必(かなら)ず尋(たづね)まゐらすべきに凡(およ)そ 心(こゝろ)の行通(ゆきかよ)ふ跡(あと)の絶(たゆ)べきこと かは絶(たゆ)る物(もの)にあらずと也 此山(このやま) 里(ざと)などは増(まし)てと云(いふ)心(こゝろ)也 【同 下段】  明石乳母(あかしのめのと) 雪間(ゆきま)  なき よし   野(の)の  山(やま)を 尋(たづね)ても 心(こゝろ)の通(かよ)ふ あと絶(たえ)め   やも 【右丁 上段】 父(ちゝ)は源氏 母(はゝ)は葵(あふひ)の上(うへ)也 葵巻(あふひのまき) に生(うま)れて処女巻(をとめのまき)に元服(げんぶく)文(もん) 章生(じやうせい)に補(ほ)し侍従(じじう)になれる を始(はじめ)にて追々(おひ〳〵)に官位(くわんゐ)を経(へ)て 匂宮巻(にほふみやのまき)に左大臣(さだいじん)となる此哥(このうた) は雲井鴈(くもゐのかり)との中(なか)をさけられ たる頃(ころ)冬(ふゆ)の空(そら)曇(くも)りたる朝(あさ) まだきに詠(よめ)る也 心(こゝろ)は霜(しも)も氷(こほり) もうたてしくむすぼゝれたる 朝(あさ)ぼらけのそらにかきくらし て雨(あめ)とふる我(わが)泪(なみだ)かなと時(とき)のけ しきもて思(おも)ひを述(のぶ)る也うた てはうたゝとも言(いひ)て俗(ぞく)にうたて しと云(いふ)は同(おな)じ明(あけ)ぐれは夜明(よあけ) のまだ暗(くら)き程(ほど)をいふこと也 【同 下段】  夕霧左大臣(ゆふぎりのさだいしん) 霜(しも)こほり うたて む す  べる あけぐれの 空(そら)かき   くらし ふるなみだかな 【左丁 上段】 父(ちゝ)は致仕(ちじ)のおとゞ母(はゝ)は後(のち)に按察(あぜちの)大(だい) 納言(なごん)の北方(きたのかた)と成(なり)し人(ひと)也 始(はじめ)より夕(ゆふ) 霧(ぎり)と心(こゝろ)を通(かよ)はして藤裏葉巻(ふじのうらばのまき) に終(つひ)にゆるされて北方(きたのかた)となり子(こ)ど もあまた生(うみ)給ふ此哥(このうた)はさけられし頃(ころ) 忍(しの)びあひたるを乳母(めのと)の見付(みつけ)て夕霧(ゆふぎり) の位(くらゐ)低(ひき)く浅(あさ)ぎの袍(はう)なるを六位(ろくゐ)すくせ と恥(はぢ)しめたる事あり其時(そのとき)に夕霧(ゆふぎり)○ 紅(くれなゐ)の泪(なみだ)に深(ふか)き袖(そで)の色(いろ)を浅(あさ)みどりとや いひしほるべきと詠(よみ)たる返(かへ)し也 心(こゝろ)はかく さま〴〵の事(こと)に付(つき)て身(み)のうさ【ママ】のしらるゝ はいかなる因果(いんぐわ)の中(なか)ぞと也 紅(くれなゐ)みどりな ど云(いへ)るをうけて色々(いろ〳〵)といひ衣(ころも)とも 云(いへ)る也 中(なか)の衣(ころも)は男女(なんじよ)相逢(あひあ)ふ中(なか)に隔(へだつ) る衣(ころも)の事(こと)也 今(いま)は其心(そのこゝろ)に用(もち)ひたるには あらず唯(たゞ)詞(ことば)のよせに云(いへ)るのみ也 【同 下段】  雲井雁上(くもゐのかりのうへ) いろ〳〵に   身(み)の うきほど     の しら  るゝは いかに 染(そめ)ける 中(なか)の ころも   ぞ 【右丁 上段】 桐壺(きりつぼ)の帝(みかど)の皇子(わうじ)源氏の御弟(おんおとうと) 也 始(はじめ)はそちの宮(みや)といひしを 処女巻(をとめのまき)に兵部卿(へうぶけう)と成(なり)紅梅(こうばいの) 巻(まき)にかくれ賜(たま)ふ此哥(このうた)は玉葛(たまかづら)を 恋(こひ)て詠(よみ)かけ賜(たま)へるにて心(こゝろ)は 鳴声(なくこゑ)もなき蛍(ほたる)の思(おも)ひだに 外(ほか)より消(け)すにきゆる物(もの)か消(きゆ)る 物(もの)にはあらずまして人(ひと)の思(おも)ひ こがるゝはいかにしてもやみ難(がた)し と也 思(おも)ひに火(ひ)をそへたり 【同 下段】  蛍兵部卿宮(ほたるのへうぶけうのみや) なく声(こゑ)も き こえ  ぬ むしの  おもひだに 人(ひと)のけつには  きゆるものかは 【左丁 上段】 父(ちゝ)は太宰少弐(だざいのせうに)母(はゝ)は夕顔(ゆふがほ)の 乳母(めのと)也 夕顔(ゆふがほ)うせて後(のち)玉(たま) かづらをぐして父母(ちゝはゝ)と共(とも)に 筑紫(つくし)に下(くだ)り年(とし)経(へ)て玉葛(たまかづら) 帰京(きけう)の時(とき)は彼所(かしこ)にとゞまりし 人也 下(しも)の兵部(へうぶ)の君(きみ)の姉(あね)也 此歌(このうた)は筑紫(つくし)へ下(くだ)る時(とき)に舟哥(ふなうた) のあはれなるを聞(きゝ)てよめる也 心は我身(わがみ)こそ夕顔(ゆふがほ)をこひし くおもふなれ舟人(ふなびと)も誰(たれ)を恋(こふ) とてかうら悲(がな)しげに声(こゑ)の聞(きこ) ゆると也 大島(おほしま)は筑前(ちくぜん)也 大島(おほしま) の浦(うら)といひ懸(かけ)たりうらが なしは心悲(こゝろがな)し也 【同 下段】  兵部姉(へうぶのあね)御許(おもと) 舟人(ふなびと)も   たれを  こふとか  大島(おほしま)の うら がなし  げに 声(こゑ)の   聞(きこ)ゆる 【右丁 上段】 父母(ちゝはゝ)は姉(あね)おもとに同(おな)じ幼(よう) 名(めう)はあてきといへりこれも玉(たま) かづらに倶(ぐ)してくだり帰京(きけう) の時(とき)も従(したが)ひ登(のぼ)れる人也 此(この) うたも上(かみ)と同(おな)じ時(とき)に詠(よめ)るに て心(こゝろ)は来(き)し方(かた)も行先(ゆくさき)も知(し)ら ず四方(しはう)渺々(べう〳〵)たる沖中(おきなか)に漕(こぎ) 出(いで)ては我身(わがみ)の上(うへ)も定(さだ)まら ねばいづかたに落付(おちつき)て君(きみ)を 恋(こふ)る身(み)とならん事(こと)ぞと也 あはれはあゝと云(いふ)歎詞(なげきことば)はれ といふ嘆詞(なげきことば)を一ッにしたる 物(もの)にて俗(ぞく)にも息(いき)を長(なが)く あゝと引(ひく)に同(おな)じなげき ことば也 【同 下段】  兵部君(へうぶのきみ) 来(こ)しかたも ゆくへも  し  らぬ 沖(おき)に  出(いで)て あはれはいづ     くに きみを  こふらむ 【左丁 上段】 肥後(ひご)の国人(くにうど)太宰太監(だざいのたいげん)也 此うたは田舎心(ゐなかごゝろ)に玉かづら を恋(こひ)て忌(いみ)きらはるゝをも しらずしてよめる也 心(こゝろ)は君(きみ) に対(たい)して万(まん)一 心替(こゝろがは)りする 物(もの)にもあらば肥前国(ひぜんのくに)松浦(まつらの) 郡(こほり)鏡(かゞみ)の明神(めうじん)を懸(かけ)てち かひを立(たて)んと也 鏡(かゞみ)の神(かみ)は 神功皇后(じんぐうくわうごう)の御鏡(みかゞみ)を神(かみ)と まつれる也 【同 下段】  大夫(たいふのげん) きみにも   し  こゝろ たがはゞ 松浦(まつら)  なる 鏡(かゞみ)の神(かみ)を  かけて   ちかはむ 【右丁 上段】 太宰少弐(だざいのせうに)の北方(きたのかた)にて兵(へう) 部(ぶ)の君(きみ)等(ら)が母(はゝ)也此うたは 上(かみ)の大夫(たいふ)の監(げん)が哥(うた)の返(かへ)し せぬもきのどくなれば唯(たゞ) 思(おも)ふ儘(まゝ)に云(いひ)て返(かへ)しの替(かは)り にしたる也 心(こゝろ)は玉(たま)かづらの身(み) の上(うへ)を幸(さいはひ)あらせたまへと 祈(いの)る願(ねがひ)の趣(おもむき)に違(たが)ひてかゝ る男(をとこ)の勢(いきほ)ひにせまりてもし 手(て)ごめにあふやうなる事(こと) もあらば神(かみ)の利生(りせう)をつら しとおもふべしと也 【同 下段】 夕顔乳母(ゆふがほのめのと) 年(とし)を   経(へ)て いのる   心の たがひ  なば 鏡(かゞみ)の  神(かみ)を つらしとや    みむ 【左丁 上段】 父(ちゝ)は致仕(ちじ)のおどゝ【濁点の位置違い】母(はゝ)は夕顔(ゆふがほ)也 たまかづらの巻(まき)に源氏の 養女(やうぢよ)となり藤袴(ふぢばかま)の巻(まき)に 内侍督(ないしのかみ)と成(なり)槙柱(まきばしら)の巻(まき)に 鬚黒(ひげぐろ)の北(きた)の方(かた)と成(なり)て子(こ)あ また生(うみ)たまふ此(この)うたは蛍(ほたる) 兵部卿(へうぶけう)の宮(みや)○鳴声(なくこゑ)も聞(きこ) えぬ虫(むし)のおもひだに人(ひと)のけつ には消(きゆ)る物(もの)かはと詠(よみ)たまへる 返(かへ)し也 心(こゝろ)はのたまふごとく 鳴声(なくこゑ)はせずして身(み)をこがす 蛍(ほたる)こそかへりておもひは 深(ふか)かるべけれ言(こと)に出(いで)ていふは 中々(なか〳〵)に浅(あさ)しと也 【同 下段】  玉葛内侍督(たまかづらのないしのかみ) こゑはせて  身(み)をのみ  こがす 蛍(ほたる)こそ いふより 増(まさ)る おもひ なる らめ 【右丁 上段】 夕顔(ゆふがほ)の女房(にようばう)也 夕(ゆふ)がほうせ て後(のち)源氏の御方(おんかた)に仕(つか)ふ 此うたは玉(たま)かづらの行(ゆく)へを しらん為(ため)に初瀬(はつせ)に詣(まう)です なはち玉かづらにめぐり合(あひ) たる時(とき)に詠(よめ)る也 心(こゝろ)は此はつ せにいのりて尋(たづね)はべらずば 年(とし)を経(へ)てこゝに二(ふた)たび めぐり合(あひ)奉(たてまつ)るべきやと也 ○初瀬川(はつせがは)古川(ふるかは)のべに二本(ふたもと) ある杉(すぎ)年(とし)を経(へ)て又(また)も 逢(あひ)みん二本(ふたもと)ある杉(すぎ)のうた にてよめりたちどは立(たて)る 所(ところ)也 【同 下段】  右近(うこん) ふたもとの 杉(すぎ)の  たち どを たづね   ずば 古川(ふるかは)野(の)べ   に きみを  見ましや 【左丁 上段】 源氏の御 娘(むすめ)にて御 母(はゝ)は明石(あかし)の 上也みをつくしの巻(まき)に生(うま)れ 薄雲(うすぐも)のまきに紫(むらさき)の上(うへ)の養(やう) 子(し)となり藤(ふぢ)のうら葉(は)の巻 に東宮(とうぐう)の女御(にようご)に参(まゐ)りて皇(わう) 子(じ)を御誕生(ごたんぜう)あり御法(みのり)の巻 に中宮(ちうぐう)と成(なり)たまふ此 哥(うた)は 正月 子(ね)の日に明石の上○とし 月をまつに引れてふる人に けふ鴬(うぐひす)のはつねきかせよと よみおこせたる返(かへ)し也心ははや くより引(ひき)わかれ人にやしなは れて年(とし)経(ふ)れどもまことの母(はゝ)を 心にわするべきかはわすれは せずといふ心をうぐひすに よせてよめる也 【同 下段】  明石中宮(あかしのちうぐう) ひきわかれ 年(とし)はふれ    ども  鴬(うぐひす)の すだち   し 松(まつ)の根(ね)を わす  れ め  や 【右丁 上段】 これより下(しも)の四人はみな秋好(あきこのむ) の女房(にようばう)也 紫(むらさき)の上の御方の 花見に召(めし)よばれて舟(ふね)にの せられ池(いけ)をめぐりてよめ るうたども也心は風(かぜ)吹(ふけ)ば花の やうに波(なみ)のたてるその波 さへ移(うつ)れる影(かけ)にて誠(まこと)の 山ぶきのいろに見ゆるは是(これ)や 名(な)にたてる山ぶきの崎(さき)な らんと也山ぶきのさきは 近江国(あふみのくに)の地名(ちめい)といへり 【同 下段】  山吹女房(やまぶきのにようばう) 風(かぜ)ふけば 波(なみ)の花(はな)   さへ いろ  見えて こや名(な)   に たてる 山(やま)ぶき   のさき 【左丁 上段】 これも此 所(ところ)をほめてよめる 也心は此春の御前(おまへ)の池水(いけみづ)は 井手(ゐで)の川瀬(かはせ)に通(かよ)へるにや あるらん岸(きし)の山 吹(ぶき)影(かげ)うつり て水底(みなそこ)までもにほへるけ しき得(え)もいはれずと也井手 は山城(やましろ)の国(くに)山吹(やまぶき)の名所(めいしよ)也 【同 下段】  井手女房(ゐでのにようばう)  春(はる)の池(いけ)や 井手(ゐで)の 川瀬(かはせ)に かよふらん きしの  山ぶき そこも  匂(にほ)へり 【右丁 上段】 亀(かめ)の上の山(やま)とは蓬莱山(ほうらいさん)を いふ漢書(かんじよ)に亀の脊(せ)に負(おふ) といへるによりて也心は蓬莱 の山も尋(たづ)ね求(もとむ)るに及(およ)ばず 此舟(このふね)のうちの面白(おもしろ)さに物(もの) おもひもわすれ心も若(わか)やぐ こゝちすれば不老不死(ふらうふし)の 名(な)をこの所(ところ)に残(のこ)しとゞめんと 也蓬莱を尋(たづぬ)る程(ほど)に童子(どうじ) 舟(ふね)の内(うち)にて老(おい)たりといふ故(こ) 事(じ)によりて此舟のうちには 老ざるよしに云る也 【同 下段】  亀上女房(かめのうへのにようばう) かめのうへの 山(やま)も尋(たづ)ね   じ ふねの  うちに 老(おい)せぬ 名(な)をば こゝに  のこさむ 【左丁 上段】 今(いま)目(め)の前のけしきを詠(よめ)る 也春の日のうら〳〵と 影(かげ)さしてのどけき池(いけ)の 面(おも)に棹さしめぐれば棹(さを) の雫(しづく)も花(はな)の散(ちる)やうに 見えて面白しと也日影 と棹とにさしといふ詞(ことば)を 懸(かけ)たり 【同 下段】  春日女房(はるのひのにようばう) 春(はる)の日(ひ)の うらゝ  に さして ゆく船(ふね)は さをの しづくも 花(はな)ぞ  ちり   ける 【右丁 上段】 父(ちゝ)は致仕(ちじ)のおとゞ母(はゝ)は二 条(でう)の おとゞの娘(むすめ)也 処女(をとめ)の巻(まき)に 左近少将(さこんのせうしやう)とあるを始(はじめ)て 追々 昇進(しようしん)し柏木の巻に 権大納言(ごんだいなごん)となりてうせぬ 此うたは辞世(じせい)に女三宮(によさんのみや)へ おくれる也心は火葬(く▢)さうの烟(けふり)の 行(ゆく)へもなく空(そら)に消(きえ)うする 身と成とも魂(たましひ)は残りて君 があたりを立 離(はな)れじ と也 【同 下段】  柏木右衛門督(かしはぎのゑもんのかみ) ゆくへなき  空(そら)の けぶ り  と なりぬとも おもふあたりを  たちは   はなれじ 【左丁 上段】 父(ちゝ)は致仕(ちじ)のおとゞにて柏木(かしはぎ)の 同母(どうぼ)の弟(おとゝ)也 初音巻(はつねのまき)に弁(べん)の 少将(せうしやう)と見えて終(つひ)に竹川(たけがはの)巻 に右大臣(うだいじん)兼(けん)右近大将(うこんのだいしやう)となる 此うたは兄(あに)柏木のうせたるを かなしみてよめる也心は恨(うら) めしき事かな墨(すみ)の衣(ころも)を 誰(たれ)にきよとてか定(さだ)まりの 齢(よは)ひをも待(また)ず盛(さか)りの身 にて死(しに)うせけんと也 霞(かすみ)の衣 に墨の衣をかねたり喪(も)に こもる人はにび色(いろ)とて黒(くろ)ね ずみの衣を用(もちふ)るこれを墨 染(ぞめ)といふ也 【同 下段】  紅梅右大臣(こうばいのうだいじん) 恨(うら)めしや  かすみの 衣(ころも) たれ きよと 春(はる)より   さきに 花(はな)の  ちりけむ 【右丁 上段】 致仕(ちじ)のおとゞのおとり腹(ばら)の娘(むすめ)也此 うたは姉(あね)雲井の鳫(かり)と夕 霧(ぎり)との中をさけられて 歎(なげき)居る頃(ころ)夕霧に詠(よみ)かけ たる也心はおもふ人によりが たくてたゞよひ給(たま)はゞわが 身そのかはりに君(きみ)になび かんとこそ思へこゝろをさ だめて返事聞せ賜はれ といふこゝろを沖(おき)こぐ舟(ふね)に よそへて云る也 【同 下段】  近江君(あふみのきみ) おきつ船(ふね) よるべ  なみぢに たゞよはゞ さをさ  し よら  む とまり をしへよ 【左丁 上段】 弘徽殿(こきでん)の女御(にようご)の女房(にようばう)也此 うたはあふみの君(きみ)の許(もと)より 御姉(おんあね)こきでんの女御(にようご)の御 方(かた)へ のふみに○くさ若(わか)み近江(あふみ)の 海(うみ)のいかゞ崎(さき)いかであひみん 田(た)ごの浦浪(うらなみ)とよみておこせ たる返(かへ)しを女御(にようご)に替(かは)りて よめる也こゝろは立出(たちいで)て来(き)た まへ待(まつ)といふことを常陸(ひたち)駿河(するが) 摂津(せつつ)筑前(ちくぜん)の四国(しこく)を入(い)れて わけもなくつゞりたるもの也 近江(あふみ)の君(きみ)のうたのわけなき に付(つけ)て戯(たはふ)れたる也 【同 下段】  中納言君(ちうなごんのきみ) ひたち  なる する   がの  海(うみ)の すまの  浦(うら)に なみたち 出(いで)よはこ  ざきの松(まつ) 【右丁 上段】 左大臣(さだいじん)の子(こ)藤袴(ふぢばかま)の巻(まき)に 右大将(うだいしやう)若菜(わかな)の巻(まき)に右大(うだい) 臣(じん)となる此うたは兼(かね)て心(こゝろ) を懸(かけ)たる玉(たま)かづらの十月 には入内(じゆだい)あるべきよしを聞(きゝ)て 詠(よみ)おくれる也こゝろは我身(わがみ) 人数(ひとかず)ならば忌(いむ)べき物(もの)をせ めて此(この)長月(ながづき)と命(いのち)とつり 替(がへ)に恋(こひ)するははかなき事 よと也 九月(ながづき)は男女(なんによ)の婚(こん)を 忌(いむ)といふならはしあれば也 【同 下段】  鬚黒右大臣(ひげぐろのうだいじん) 数(かず)ならば  いとひも せまし 長(なが) 月(づき)  に いのちを   かくる ほどぞはかなき 【左丁 上段】 式部卿(しきぶけう)の宮(みや)の御(おん)子にて 紫(むらさき)の上(うへ)の兄弟(けうだい)也此うたは 玉(たま)かづらに心(こゝろ)を懸(かけ)たるほどに 近日(きんじつ)入内(じゆだい)あるべきよしを聞(きゝ) てよみおくれる也 心(こゝろ)は入内(じゆだい)と 定(さだ)まり給(たま)ふからはかひな き恋(こひ)なれば今(いま)はわすれ腎 はてんとおもふにもはやま づ悲(かな)しく堪難(たへがた)きをいよ〳〵 入内(じゆだい)あらばいか様(やう)にせんと いふこゝろを強(つよ)く重(かさ)ねて いへる也 【同 下段】  左兵衛督(さへうゑのかみ) わすれ  なむと おもふも 物(もの)のかなしきを いかさまに     して いかさまに     せむ 【右丁 上段】 鬚黒(ひげぐろ)のおとゞの妾(せふ)なり 此うたはおとゞ玉(たま)かづらに心(こゝろ) をうつされて北(きた)の方(かた)心(こゝろ)乱(みだ) れ火取(ひとり)のはひをおとゞに なげかけて衣(きぬ)なども 焼(やき)たる時(とき)に詠(よめ)る也こゝろは 北(きた)の方(かた)の見捨(みすて)られて一人(ひとり) 居(ゐ)たまへるより物(もの)おもひに こがるゝ胸(むね)のくるしさをこ らへ兼(かね)たまへるうはなりんね たみに心(こゝろ)を焼(やき)てかゝる事 も出来(いでき)し也と北(きた)の方(かた)を取(とり) なして自(みづから)の妬(そね)みをもかす めし也 独(ひとり)に火取(ひとり)をよせ たり 【同 下段】  杢君(もくのきみ) 独(ひとり)居(ゐ)て こがるゝ  むねの くるし  きに おもひ  あまれる ほのほとぞ   見し 【左丁 上段】 父(ちゝ)はひげぐろのおとゞ母(はゝ)は式部(しきぶ) 卿宮(けうのみや)の御娘(おんむすめ)也 蛍(ほたる)の宮(みや)のおも ひ人となり宮(みや)うせたまひて 後(のち)紅梅(こうばい)のおとゞの北(きた)の方(かた)と 成(なる)此(この)うたは母(はゝ)に従(したが)ひて父(ちゝ)の 家(いへ)を出(いで)さる時(とき)に柱(はしら)につけて 残(のこ)し置(おけ)るうた也 心(こゝろ)は今(いま)を かぎりとて此やどを離(はな)れ ゆけどもあけくれ馴(なれ)きつ る槙柱(まきばしら)よ我(われ)を忘(わする)る事(こと)な かれたとへ人はわするとも と云心也 宿(やど)かれは夜(よ)かれな ども云(いふ)に同(おな)じまきは真木(まき) にてひの木(き)をいふ 【同 下段】  槙柱上(まきばしらのうへ) 今(いま)はとて  やどかれぬ     とも なれきつ 槙(まき)の る はしらよ 我(われ)を わす  るな 【右丁 上段】 式部卿(しきぶけう)の宮(みや)の御娘(おんむすめ)にて紫(むらさき) の上(うへ)の姉(あね)也おとゞ玉葛(たまかづら)に 心を移(うつ)せるより上(うは)なり妬(ねた) みにて槙柱巻(まきばしらのまき)に父宮(ちゝみや)の 許(もと)に帰(かへ)り給(たま)ふ物(もの)のけにて 心のくるへる人(ひと)也此のうたは父(ちゝ) 宮(みや)のもとに帰(かへ)らんとし給ふ 時(とき)御娘(おんむすめ)槙柱(まきばしら)の上(うへ)○今(いま)はと てやどかれぬとも馴(なれ)きつる のうたを詠(よみ)給(たま)へる返(かへ)し也 こゝろはたとへ柱(はしら)は馴(なれ)けりと おもひ出るにもせよ何(なに)し に立(たち)とまるべき物(もの)ぞと也 いたく腹(はら)だてるなり 【同 下段 左から読む】  はしらぞ   槙(まき)の べき  とまる たち 何(なに)により   出(いづ)とも  おもひ なれきとは  鬚黒大臣北方(ひげぐろのおとゞのきたのかた) 【左丁 上段】 ひげぐろの北(きた)のかたの女房(にようばう)也 たまかづらのさわぎにより て北(きた)の方(かた)出(いで)たまへば我身(わがみ)も それに従(したが)ひ行(ゆく)を杢(もく)の君(きみ)は 此所(このところ)に止(とゞ)まれる事(こと)を詠(よみ)たる 哥(うた)也心は北(きた)のかたにくらべて は杢(もく)の君(きみ)は折々(をり〳〵)に召(めさ)れたる のみにて契(ちぎり)あさけれども 其(その)浅(あさ)きかたは此所(このところ)に住(すみ)はて 宿守君(やどもるきみ)とまします北(きた)の方(かた)は 懸離(かけはな)れ出去(いでさり)給(たま)ふといふは いかなる因果(いんぐは)ぞと歎(なげ)きたる 也 澄(すみ)に住(すみ)を兼(かね)懸(かけ)に影(かげ)を そへたり 【同 下段】  宿守中将君(やどもるちうじやうのきみ) あきけれど  岩間(いはま)   の 水(みづ)は  すみはてゝ 宿(やど)もる   きみや かげはなる     べき 【右丁 上段】 藤原惟光(ふぢはらのこれみつ)の娘(むすめ)にて五節(ごせち)の舞(まひ) 姫(びめ)に出(いで)し人(ひと)也 藤裏葉巻(ふぢのうらはのまき)に内(ない) 侍(し)のすけになる夕霧(ゆふぎり)の思(おも)ひ人(びと)也 この歌(うた)は夕霧(ゆふぎり)に逢(あひ)て後(のち)程経(ほどへ)て 加茂祭(かもまつり)の時(とき)に夕霧(ゆふぎり)○何(なに)とかや今(け) 日(ふ)のかざしよ且(かつ)見(み)つゝおぼめく 迄(まで)も成(なり)にけるかなとよみおくり 給(たま)へる返(かへ)し也 心(こゝろ)は今(いま)かくとはれても 奇(あや)しく思(おもふ)ばかり逢事(あふこと)のまれに成し 故(ゆゑ)は学問(がくもん)して物知(ものしり)にまします君(きみ) が御心(おんこゝろ)にこそ知(しり)給(たま)ふべけれといふ心(こゝろ)を 逢(あふ)を葵(あふひ)によせて云(いへ)る也 漢書(かんじよ)に 桂(かつら)を折(を)る故事(こじ)あるより及第(きふだい)の 事(こと)にいひならひて今(いま)も夕霧(ゆふぎり)は 文章生(もんしやうせい)にてありし人(ひと)なれば加茂(かも) 祭(まつり)の葵(あふひ)桂(かつら)のよせもていへる也 【同 下段】  藤内侍(とうないし) かざしても かつたどら るゝくさの  名(な)は かつらを  折(をり)し 人(ひと)やしる   らむ 【左丁 上段】 雲井雁(くもゐのかり)の乳母(めのと)にて前(さき)に夕(ゆふ) 霧(ぎり)の位(くらゐ)低(ひき)くあさぎの袍(うへのきぬ)なるを 六位(ろくゐ)すくせと云(いひ)てあざけりし 人(ひと)也 此歌(このうた)は後(のち)に夕霧(ゆふぎり)中納言(ちうなごん) に成(なり)て○あさみどり若葉(わかば)の 菊(きく)を露(つゆ)にてもこき紫(むらさき)の色(いろ) とかけきやとそのかみあざけ りしをいひ返(かへ)し給へる時(とき)の返(かへ)し 也 心(こゝろ)は幼(いとけな)きより尊(たふと)き御筋目(おんすぢめ)の 君(きみ)なれば始(はじめ)の程(ほど)の御位(おんくらゐ)の高下(かうげ) などを彼是(かれこれ)申す事(こと)は聊(いさゝか)もなか りしと也 名(な)たゝるは名立(なたゝ)る也 夕(ゆふ) 霧(ぎり)を菊(きく)によせて陳(ちん)じたる也 【同 下段】  大輔乳母(たいふのめのと) 二葉(ふたば)  より 名(な)たゝる そのゝ菊(きく)   なれば あさき  いろわく 露(つゆ)も  なかりき 【右丁 上段】 夕霧(ゆふぎり)の乳母(めのと)にて始(はじめ)に雲井(くもゐの) 鳫(かり)との中(なか)を取持(とりもち)たる人(ひと)也 此歌(このうた)は はじめ其中(そのなか)をさけたる父(ちゝ)大(お) 臣(とゞ)後(のち)にゆるして夫婦(ふうふ)となし 給(たま)へる時(とき)に始(はじめ)のつらさを忘(わす)れず して大臣(おとゞ)にきけかしに詠(よめ)る也 心(こゝろ)は夕霧(ゆふぎり)は勿論(もちろん)雲井鳫(くもゐのかり)をも 我為(わがため)には主人(しゆじん)とたのもしく思(おも) ふ其故(そのゆゑ)はをさなきより思(おも)ひ かはし給へるどちの行末(ゆくすゑ)なればと いふ事を松(まつ)によせていへる也 二葉(ふたば)も蔭(かげ)もそのよせなり 【同 下段】  宰相乳母(さいしやうのめのと) いづれをも  かげとぞ たのむ ふた葉(ば)  より 根(ね)ざし  かはせる   松(まつ)のすゑ〴〵 【左丁 上段】 三条(さんでう)の女三宮(によさんのみや)の御乳母(おんめのと)の娘(むすめ) にて則(すなはち)この宮(みや)に仕(つか)ふ柏木(かしはぎ)に 仲立(なかだち)頼(たの)まれし人(ひと)也 此歌(このうた)は柏木(かしはぎ) はじめて女三宮(によさんのみや)を見初(みそめ)し 頃(ころ)○よそに見て折(をら)ぬ歎(なげき)はし けれども名残(なごり)恋(こひ)しき花(はな)のゆふ かげと詠(よみ)ておくられし返(かへ)し也 心(こゝろ)は源氏(げんじ)に定(さだま)り給へるうへは今(いま) 更(さら)及(およ)びなき女三宮(によさんのみや)に心(こゝろ)を懸(かけ) たりといふ事を人(ひと)の知(し)るべく 色(いろ)に顕(あらは)し給ふなとなり宮(みや)を 桜(さくら)によそへたり 【同 下段】  小侍従(こじじう) いまさらに 色(いろ)にな  出(いで)そ 山(やま)ざくら およばぬ  枝(えだ)に こゝろ   かけきと 【右丁 上段】 紫上(むらさきのうへ)の女房(にようばう)也 此歌(このうた)は源氏(げんし)思(おも)ふ 人々(ひと〴〵)を倶(ぐ)して住吉(すみよし)に詣(まうで)給へる時 に紫上(むらさきのうへ)○すみの江(え)の松(まつ)に夜深(よふか) くおく霜(しも)は神(かみ)の懸(かけ)たるゆふか づらかも明石中宮(あかしのぢうぐう)○神人(かみびと)の手(て) にとりもたる榊葉(さかきば)にゆふ懸(かけ) そふる深(ふか)き夜(よ)の霜(しも)など詠(よみ) 給へるをうけて詠(よめ)る也 心(こゝろ)は祝(はふり) 子(こ)が手向(たむく)る木綿(ゆふ)にまがひて おのづから霜(しも)のおきたるはなる ほど神(かみ)の納受(なふじゆ)あきらけきしる しかと也 祝子(はふりこ)は神官(しんくはん)なりいち じるきは明(あき)らけきこゝろなり 【同 下段】  中務君(なかつかさのきみ) はふり子(こ)が ゆふうち  まがひ おくし   もは げに  いち じる  き 神(かみ)のしるしか 【左丁 上段】 朱雀院(すざくゐん)の皇女(わうぢよ)にて三宮(さんのみや)也 御母(おんはゝ)は藤壺女御(ふぢつぼのにようご)といふ薄雲女(うすぐものによ) 院(ゐん)の御妹(おんいもと)也 若菜巻(わかなのまき)に源氏(げんじ)の 北方(きたのかた)と成(なり)て二品(にほん)し給ふ柏木巻(かしはぎのまき) に薫大将(かをるだいしやう)を生(うみ)て後(のち)尼(あま)になりて 三条宮(さんでうのみや)に住(すみ)給ふ此歌(このうた)は尼(あま)に成(なり) 給(たま)へる時(とき)に源氏(げんじ)○蓮葉(はちすば)をおな じうてなと契(ちぎ)りおきて露(つゆ)の わかるゝ今日(けふ)ぞ悲(かな)しきと詠(よみ)給へ る御返(おんかへ)し也 心(こゝろ)は御自(おんみづか)ら柏木(かしはぎ)との みそか事(ごと)有(あり)し御(おん)あやまちより 世(よ)をそむき給(たま)へるなればたとへ 後(のち)の世(よ)のひとつ蓮(はちす)のちぎりを なしても君(きみ)の御心(おんこゝろ)にすまずお ぼしめすらんと也 【同 下段】  三条女三宮(さんでうのによさんのみや) へだてなく 蓮(はちす)の宿(やど)を ちぎりて   も 君(きみ)が  心(こゝろ)や すま じ とす ら  む 【右丁 上段】 朱雀院(すざくゐん)の更衣(かうい)にて落葉宮(おちばのみや) の御母(おんはゝ)也 此歌(このうた)は落葉宮(おちばのみや)柏木(かしはぎ) の北方(きたのかた)となり給ひて後(のち)に柏(かしは) 木(ぎ)うせたるを夕霧(ゆふぎり)とぶらひ て○時(とき)しあればかはらぬ色(いろ)に 匂(にほ)ひけり片枝(かたえ)枯(かれ)にし宿(やど)の 桜もとよみかけられたる返(かへ)し也 心(こゝろ)は今年(ことし)の春(はる)は柏木(かしはぎ)の行方(ゆくへ) しれず死(しに)うせたるなげきは 涙(なみだ)の玉目(たまめ)に絶(たえ)ずと也 柳(やなぎ)の芽(め) に露(つゆ)の玉(たま)貫(ぬき)たるにいひかけ て柏木(かしはぎ)の死(し)を花(はな)の散(ちり)しによ そへたり 【同 下段 左から読む】  ねば しら 行方(ゆくへ) 花(はな)の 咲散(さきちる)   ぬく  玉(たま)は     ぞ 柳(やなぎ)のめに 此春(このはる)は 一条御息所(いちでうのみやすどころ) 【左丁 上段】 朱雀院(すざくゐん)の皇女(わうぢよ)にて二宮(にのみや)也 御(おん) 母(はゝ)は下﨟(げらふ)の更衣腹(かういばら)若菜(わかなの) 巻(まき)に柏木(かしはぎ)の北方(きたのかた)となり柏(かしは) 木(ぎ)うせて後(のち)夕霧(ゆふぎり)の思(おも)ひ人(びと) となり給(たま)ふ一条(いちでう)の宮(みや)とも 小野宮(をのゝみや)ともいふ此歌(このうた)は御母(おんはゝ) 更衣(かうい)うせてのち夕霧(ゆふぎり)に むかへられて一条院(いちでうのゐん)にわたり 給(たま)はんとする時(とき)に詠(よみ)給(たま)へるにて 心(こゝろ)は御母(おんはゝ)の火葬(くはさう)の煙(けぶり)ともに 此身(このみ)も消(きえ)うせてこゝろにそ まぬ一条(いちでう)の方(かた)へは行(ゆか)ぬやう にせまほしきものよと也 【同 下段】  落葉宮(おちばのみや) のぼりにし みねのけぶり     に たち  ま じり 思(おも)はぬ かた  に なび かずも がな 【右丁 上段】 紫上(むらさきのうへ)の童女(わらは)也この歌(うた)は紫(むらさきの) 上(うへ)大病(たいべう)の時(とき)によりましとて 物(もの)の気(け)を此童(このわらは)によせて口(くち) ばしらしむるに此度(このたび)むら さきのうへをかくなやます物(もの) の気(け)何物(なにもの)ぞ名告(なのり)せよと 源氏(げんじ)の問(とひ)給(たま)へるに答(こた)へたる歌(うた) 也 心(こゝろ)は我身(わがみ)こそ今(いま)は生(せう)を替(かへ) て本(もと)の姿(すがた)ならねども君(きみ)はそ のかみのまゝの君(きみ)にて在(あり)な がら空(そら)知(しら)ず顔(がほ)し給(たま)ふはつれ なしと也 六条(ろくでう)の御息所(みやすどころ)の 死霊(しれう)の 入(いり)て詠(よま)せたる歌(うた)也 【同 下段】  物気童(ものゝけのわらは) 我身(わがみ)こそ あらぬさま  なれ それながら そらおぼれ  する君(きみ)は   きみなり 【左丁 上段】 紫上(むらさきのうへ)の女房(にようばう)なりこの歌(うた)は 紫上(むらさきのうへ)かくれ給ひて一周忌(いつしうき) のはてにみづからの扇(あふぎ)に かきつけて源氏(げんじ)に御覧(ごらん)ぜさ せし歌(うた)也こゝろはむらさきの うへを恋(こひ)なく涙(なみだ)はいつを限(かぎ)り ともなきものを世(よ)に一周(いつしう) 忌(き)とて今日(けふ)をはてといふ は何(なに)のはての心(こゝろ)やらんと也 きはは極(きは)にて限(かぎり)り【衍】とのふに 同(おな)じ 【同 下段】  六条院中将君(ろくでうのゐんのちうじやうのきみ) きみ恋(こふ)る なみだは   際(きは)も なき  ものを けふ  をば 何(なに)の  はてと いふらむ 【右丁 上段】 紫上(むらさきのうへ)うせ給へる年(とし)の暮(くれ)に六(ろく) 条院(でうのゐん)にて行(おこな)はれたる仏名(ぶつめう)の 導師(だうし)也此 歌(うた)は源氏(げんじ)御歎(おんなげき)の 余(あま)りに御遁世(ごとんせい)の用意(ようい)あり 此(この)をりにもお前(まへ)に導師(だうし)を めして御盃(おんさかづき)給ふとて○春迄(はるまで) のいのちもしらず雪(ゆき)のうち に色(いろ)づく梅(うめ)を今日(けふ)かざし てんと詠(よみ)給(たま)へる返(かへ)し也 心(こゝろ)は仏(ぶつ) 名(めう)には豊国(ほうこく)安民(あんみん)延命(ゑんめい)等(とう) を祈(いの)るなれば其(その)梅(うめ)を千代(ちよ) かけて見(み)給(たま)ふべく源氏(げんじ)の御身(おんみ) をいのり申して我(われ)こそは齢(よはひ) ふるびて侍(はべ)れといふ事(こと)を 雪(ゆき)のふるに懸(かけ)ていへり 【同 下段】  仏名導師(ぶつめうのだうし) 千代(ちよ)の春(はる) みるべき 花(はな)と 祈(いの)り置(おき)て 我身(わがみ)ぞ   雪(ゆき)と ともに  ふりぬる 【左丁 上段】 玉葛(たまかづら)の女房(にようばう)なりこの歌(うた)は玉(たま) 葛(かづら)の姫君(ひめぎみ)たちに心(こゝろ)をかけて蔵(くら) 人(うどの)少将(せうしやう)の通(かよ)へるころ薫(かをる)も来(き)た まひて酒宴(しゆえん)など有(あり)しにつきて もしそれになびきやしつると疑(うたが) ひて少将(せうしやう)○ひとは皆(みな)花(はな)に心(こゝろ)をう つすらん一人(ひとり)ぞまどふ春(はる)の夜(よ)の やみと詠(よみ)たる返(かへ)し也ころは思(おも) ひを懸(かけ)て誠(まこと)をつくすからに こそは此方(こなた)よりもあはれと思(おも)ふ べけれ唯(たゞ)一通(ひとゝほ)りこゝろやすくし たりとてなびくべきにあらず といふ心(こゝろ)を梅(うめ)の花(はな)も手折(たをる)か らこそあはれもしれ香(か)ばか りには移(うつ)らじといへる也 如此(か)ば かりを兼(かね)たり 【同 下段】  梅花女房(うめのはなのにようばう) をる からや あはれ   も しらむ  梅(うめ)の花(はな) たゞ香(か)  ばかりに うつり   しも   せじ 【右丁 上段】 父(ちゝ)は鬚黒(ひげぐろ)母(はゝ)は玉葛(たまかづら)也 竹川巻(たけがはのまき) に頭中将(とうのちうじやう)になる此歌(このうた)はひと日(ひ) 薫(かをる)の来(きた)れる時(とき)に催馬楽(さいばら)の竹(たけ) 川(がは)うたひて遊(あそ)びしを急(いそ)ぎ て薫(かをる)の帰(かへ)りし事(こと)ありさて 薫(かをる)の許(もと)より○竹川(たけがは)のはし打(うち) 出(いで)し一節(ひとふし)に深(ふか)き心(こゝろ)の底(そこ)は 知(しり)きやと詠(よみ)おこせたる返(かへ)し 也 心(こゝろ)は竹川(たけがは)うたひ遊(あそ)びし夜(よ)に 更(ふか)さじとていそぎ帰(かへり)給(たま)ひ し様子(やうす)もいかやうのふしを 思(おも)ひおき給ふべきやさる様(やう) 子(す)はなかりしと也○竹川(たけがは)の橋(はし)の つめなるや花園(はなぞの)に我(われ)をばは なてめざしくはへてといふ催(さい) 馬楽(ばら)によりての贈答(ぞうたふ)也 【同 下段】  藤侍従(とうじゞう) 竹川(たけがは)に  夜(よ)を ふか  さ じと いそぎしも いかなる   ふしを おもひ  おかまし 【左丁 上段】 父(ちゝ)は鬚黒(ひげぐろ)母(はゝ)は玉葛(たまかづら)也 竹川巻(たけがはのまき) に冷泉院(れんぜいゐん)の女御(にようご)と成(なり)て姫宮(ひめみや) 二柱(ふたばしら)をうめり此歌(このうた)はいまだ家(いへ) に在(あり)し程(ほど)に妹(いもうと)の姫君(ひめぎみ)と庭(には)の 桜(さくら)をかけ物(もの)にして左右(ひだりみぎ)を分(わか) ち碁(ご)うちたる時(とき)に負(まけ)てよ める歌(うた)也 心(こゝろ)は負(まけ)ても勝(かち)ても やはり心置(こゝろおき)なく見る花(はな)ながら も大事(だいじ)と思(おも)ふ桜(さくら)故(ゆゑ)にはまけ たる碁(ご)にこゝろのさわぐと いふことを花(はな)さそふ風(かぜ)に心(こゝろ) を痛(いたむ)るによせていへり思(おも)ひ ぐまなきは心(こゝろ)の隔(へだて)なき也 【同 下段】  負方女御(まけがだのにようご) 桜(さくら)ゆゑ風(かぜ)    に こゝろの 騒(さわ)ぐかな おもひ ぐま  なき 花(はな)と みる  〳〵 【右丁 上段】 玉葛(たまかづら)の女房(にようばう)にて上(かみ)と同(おな)じ 碁(ご)の勝負(しようぶ)の時(とき)に左(ひだり)に付(つき)て 負(まけ)がたの方人(かたうど)せし人(ひと)也 歌(うた)の こゝろは桜(さくら)といふ物(もの)はさくと見(み) ればかたへより散(ちり)うする物(もの)な れば勝(かち)たりとて倫(りん)もなく負(まけ) たりとて深(ふか)く恨(うらむ)るにもたら ずといひなせる也 【同 下段】  宰相君(さいしやうのきみ) さくとみて かつは  散(ちり)ぬる 花(はな)なれば 負け(まく)るを  ふかき 恨(うら)みとも   せず 【左丁 上段】 負方(まけがた)の女御(にようご)の妹(いもうと)也 母(は)玉葛(たまかづら) のゆづりをうけて内侍督(ないしのかみ)と 成(なり)し人也 此歌(このうた)は上(かみ)と同(おな)じ時(とき) 碁(ご)にうち勝(かち)て詠(よめ)る也 心(こゝろ)は 風(かぜ)の為(ため)に花(はな)の散行(ちりゆく)は世(よ)の常(つね) の事(こと)にてめづらしからねど も是(これ)は木(き)ごめに此方(こなた)の物(もの)と 移(うつ)り来(き)しなれば何(なに)とも思(おも)ひ 給(たま)はぬ事(こと)はあらじ遺恨(いこん)なる べしと也 枝(えだ)ながらは本(もと)の木(き)と もにといふ心(こゝろ)也 上(かみ)の宰相(さいしやう)の 歌(うた)にあたりてよめる也 【同 下段 左から読む】   見じ しも  たゞに 花(はな)を  ろふ うつ 枝(えだ)ながら  つね 世(よ)の  ことは 風(かぜ)にちる  勝方内侍督(かちがたのないしのかみ) 【右丁 上段】 同所(おなじところ)の女房(にようばう)にて是(これ)は同(おな)じ 時(とき)の勝(かち)がたの方人(かたうど)也 歌(うた)の心(こゝろ)は 桜(さくら)も心(こゝろ)有(あり)て此度(このたび)みぎ方(がた)の 勝(かち)なるによりて則(すなはち)池(いけ)の右(みぎ) のかたに落(おつ)る花(はな)よたとへ水(みづ) の沫(あわ)と成(なり)てもやはり我方(わがかた) に流(ながれ)よるべしと也 花(はな)に物(もの)を いひつくるやうにいひて負(まけ) 方(がた)にねたがらしむる也 汀(みぎは)に 右(みぎ)をかねたり 【同 下段】  大輔君(たいふのきみ) 心ありて いけの みぎはに 落(おつ)る花(はな) あわと  なり   ても 我方(わがかた)に   よれ 【左丁 上段】 おなじく右 方(がた)につきて方人(かたうど) せし女童(めのわらは)なり庭(には)にちり たる花を拾(ひろ)ひ来(き)てよめ る歌(うた)也こゝろは空吹(そらぶく)風に 花のちれども其(その)散(ちり)たる花も 則(すなはち)我(わが)方の物なればかくの 如くかき集(あつめ)てもてはやし 見るぞとなり 【同 下段】  勝方童(かちがたのわらは) 大空(おほぞら)の  風(かぜ)に ちれ  ども さくら花(ばな) おのが    物(もの)とぞ  かきつめて      見(み)る 【右丁 上段】 女童(めのわらは)の名(な)也是は左(ひだり)につきて 負方(まけがた)の方人(かたうど)せし人(ひと)也 歌(うた)の 心はさばかり我(わが)物 顔(がほ)にもたま へども花(はな)は風(かぜ)の自由(じゆう)に吹散(ふきちら) す物(もの)なるを其(その)匂(にほ)ひをも人(ひと) のかたへは散(ちら)さじと思召(おぼしめす)と も大空(おほぞら)をおほふ程(ほど)の大(おほき)なる 袖(そで)は世(よ)にある物かはありはせず と云おとしたる也右の大空(おほぞら) の風に散(ちれ)どもといふを受(うけ)て ○大空(おほぞら)をおほふばかりの袖(そで) もがなといふ歌(うた)にてよめる なり 【同 下段】  馴公(なれき) さくら花(ばな) 匂(にほ)ひあま  たに ちらさ じと おほふ ばか  りの 袖(そで)は   ありやは 【左丁 上段】 同所(おなじところ)の女房(にようばう)也此 歌(うた)は蔵人少(くらうどのせう) 将(しやう)上(かみ)の件(くだり)なる碁(ご)のあらそひ をかいまみて我(わが)心よせの姉君(あねぎみ) の負(まけ)たるを悔(くや)しく思ひて傍(かたはら) に在て助言(じよごん)したらば勝(かた)せん 物(もの)をとて○いてやなぞ数(かず) ならぬ身(み)にかなはぬは人(ひと)にまけ じの心(こゝろ)なりけりと詠(よみ)たる 返(かへ)し也心は是非(ぜひ)もなき事 をのたまふ事かな打(うつ)人の 強(つよ)きよわぎに依(よ)る勝負(かちまけ) なるを外人(ほかびと)のこゝろ一ッにい かにしてまかする物ぞと 也わりなしは理無(わりなし)也 【同 下段】  督殿中将君(かんのとのゝちうじやうのきみ) わりな  しや 強(つよ)きに よらむ かちま  けを こゝろ ひとつに いかゞ  まかする 【右丁 上段】 源氏(げんじ)の御子にて母は朱雀院(すざくゐん) の女(によ)三の宮也 若菜巻(わかなのまき)に生れ 匂宮(にほふみやの)巻に元服(げんぶく)して四位 侍(じ) 従(じう)となり次々 昇進(しようしん)して宿(やどり) 木の巻に権大納言(ごんだいなごん)兼(けん)右大将(うだいしやう) となる此 歌(うた)は宇治宮(うぢのみや)をとぶら ひ行(ゆく)路(みち)すがらのけしきに哀(あはれ) を催(もよほ)して詠(よめ)る也心は山おろし の風に堪(たへ)ずして散(ちる)もろき木(こ) の葉(は)に置(おき)たる露(つゆ)はいとゞもろ きを猶(なほ)それよりももろく こぼるゝわけもなき我 涙(なみだ)哉(かな) といへる也あやなくは俗(ぞく)に訳(わけ) も無(なき)といふこゝろなり 【同 下段】  薫大将(かをるだいしやう) 山(やま)おろしに 堪(たへ)ぬこの 葉(は)の 露(つゆ) よりも あやなく   もろき 我(わが)なみだかな 【左丁 上段】 玉葛(たまかづら)の女房(にようばう)後(のち)に碁(ご)に負(まけ)たる 姉君(あねぎみ)に従(したが)ひて冷泉院(れんぜいゐん)へ参(まゐ)れる 人也此 歌(うた)は其(その)後 男踏歌(をとこだふか)に竹(たけ) 川うた ひて薫(かをる)の院中へ来(きた) れる時(とき)に詠(よみ)かけたる歌(うた)也心は先(さき) だちて玉 葛(かづら)の方(かた)にて藤侍(とうじ) 従(じう)と竹川うたひて遊(あそ)び給ひし 夜(よ)の事は今日(けふ)思(おも)ひ出 給(たま)はず や勿論(もちろん)忍(しの)ばしく思召(おぼしめす)ほどの むつまじき交(まじは)りには無(な)かりしか どもと也 其頃(そのころ)薫も此 姉君(あねぎみ) に心を懸(かけ)て居(ゐ)たりしを今(いま)は 女御(にようご)と成(なり)て其かひなきに 今日 又(また)竹(たけ)川をうたへるにつき て如此(かく)はいふ也 【同 下段】  竹川女房(たけがはのにようばう) 竹川(たけがは)の そのよの ことは   おもひ いづや 忍(しの)ぶ ばかりの ふしは  なけれど 【右丁 上段】 桐壺帝(きりつぼのみかど)の皇子(わうじ)源氏(げんじ)の御弟(おんおとうと)也 世(よ)を遁(のがれ)て宇治(うぢ)の里(さと)に住(すみ)給(たま)ふ故(ゆゑ) に宇治宮(うぢのみや)とも云(いふ)御髪(おんぐし)はおろさ ずして仏道(ほとけのみち)にいりたちおはし ませばうばそくの宮(みや)とも云(いへ)る也 優婆塞(うばそく)は形(かたち)は俗(ぞく)ながら仏弟子(ぶつでし) に入人をいふ也此 歌(うた)は御 子(こ)二人 まうけて後(のち)に北方(きたのかた)のうせたるを 歎(なげき)給へるにて仮(かり)の此世にかりの 子をよせたりかりはかる鴨(がも)とて鴨 の一 種(しゆ)也 鴛鴦(をし)に限(かぎ)らず水 鳥(とり)は総(すべ)【惣】 て雌雄(めを)むつまじき物(もの)故(ゆゑ)男女(なんによ)の 中に多(おほ)くたとへ云り心は北方は我身(わがみ)を 打捨(うちすて)てうせ給ひぬるかりそめの世 に小(ちひ)さき子どもの中に我(われ)一人 死(しに)おくれけ ん事(こと)よと也鴨の子に姫君(ひめぎみ)たちをそへたり 【同 下段】  優婆塞宮(うばそくのみや) うち捨(すて)て つがひ さりに  し 水鳥(みづとり)の かりの  この世(よ)に たち   おくれけむ 【左丁 上段】 優婆塞宮(うばそくのみや)の御 娘(むすめ)にて母(はゝ)は 右大臣(うだいじん)の娘也 総角巻(あげまきのまき)にかくれ 給(たま)ふこの歌(うた)は父(ちゝ)宮もうせ給ひける 頃(ころ)薫(かをる)のとぶらひて○色(いろ)かは るあさぢを見(み)ても墨染(すみぞめ)に やつるゝ袖(そで)を思(おも)ひこそやれと 詠(よみ)たる返(かへ)し也 心(こゝろ)は墨染に色 かはれる袖をなみだの宿(やど)り にて我身(わがみ)ぞなげきにせん方(かた) なく十方(とはう)にくれたると也 涙(なみだ)を 露(つゆ)といへるより置(おき)所なしと はいへる也墨染は喪服(もふく)にて 黒(くろ)ねずみ色也 【同 下段】  総角姫君(あげまきのひめぎみ) いろかはる袖(そで)  をば露(つゆ)の 宿(やど)りにて 我身(わがみ)ぞ さらに おき どこ  ろ なき 【右丁 上段】 新帝(しんてい)の皇子(わうじ)にて御母(おんはゝ)は明(あか) 石中宮(しのちうぐう)也 匂宮巻(にほふみやのまき)に元服(げんぶく) して兵部卿(へうぶけう)に成(なり)給(たま)ふ此歌(このうた) は宇治(うぢ)の花見(はなみ)におはしまし ける時(とき)優婆塞宮(うばそくのみや)より○ 山 風(かぜ)にかすみ吹(ふき)とく声(こゑ)はあ れど隔(へだち)て見ゆる遠(をち)のしら なみと詠(よみ)贈(おく)り給へる御 返(かへ)し 也心は川のあちこちと隔ち て汀(みぎは)の波(なみ)に路(みち)はなくとも 風に吹かよへとなりさて今(いま) まのあたりあはずとも心(こゝろ)は通(かよ)は し給へといふ心なり 【同 下段】  匂兵部卿宮(にほふへうぶけうのみや) 遠(をち) 近(こち)の みぎはの なみは  へだつとも なほふきかよへ  うぢの     川かぜ 【左丁 上段】 優婆塞宮(うばそくのみや)の御娘(おんむすめ)総角姫(あけまきのひめ) 君(ぎみ)の同胞(はらから)の妹(いもうと)也 総角巻(あげまきのまき)に 匂宮(にほふみや)に逢(あひ)そめ早蕨巻(さわらびのまき)に 同宮(おなじみや)の二 条院(でうのゐん)に迎(むかへ)られて 御子(おんこ)生(うみ)給ふ此歌(このうた)はまだ宇治(うぢ) の里(さと)にすみ給へる頃(ころ)匂宮(にほふみや)の 御許(おんもと)より○ながむるはおなじ 雲井(くもゐ)をいかなればおぼつかな さをそふる時雨(しぐれ)ぞと詠(よみ)て おくり給(たま)へる返(かへ)し也 心(こゝろ)は都(みやこ)に 時雨(しぐれ)ふるころは山里(やまざと)は霰(あられ)ふ りて物思(ものおも)ひに朝夕(あさゆふ)ながむる 空(そら)も心(こゝろ)もかきくらしわびしと也 【同 下段】  宇治中姫君(うぢのなかひめぎみ) あられふる  深山(みやま)の里(さと)は 朝夕(あさゆふ)に ながむる  空(そら)も かき くら  し つゝ 【右丁 上段】 優婆塞宮(うばそくのみや)の御娘(おんむすめ)にて母(はゝ)は 中将君(ちうじやうのきみ)といひし女房(にようばう)也 四阿(あづまやの) 巻(まき)に薫(かをる)の思(おも)ひ人(びと)と成(なり)て 宇治(うぢ)に住(すみ)給ひ浮舟巻(うきふねのまき)に 匂宮(にほふみや)と密通(みそかごと)して蜻蛉巻(かげろふのまき) に身(み)をなげ給へるを横川(よかはの)僧(そう) 都(づ)の妹(いもうと)の尼(あま)に養(やしなは)れて手習(てならひの) 巻(まき)に尼(あま)と成(なり)給(たま)ふ此歌(このうた)は薫(かをる)の 許(もと)より○うぢ橋(はし)のながき契(ちぎり)は 朽(くち)せじをあやぶむ方(かた)に心(こゝろ)さ わぐなと詠(よみ)おこせたる返(かへ)し也 心(こゝろ)は通(かよ)ひ給(たま)ふ事(こと)の絶間(たえま)勝(がち)な ればあやふくこそおもへ然(しか)る に猶(なほ)朽(くち)せぬ契(ちぎり)ぞと頼(たの)もし く思(おも)へと仰(おほせ)らるゝかとなり 【同 下段 左から読む】  とや 頼(たの)め  猶(なほ) 物(もの)と くちせぬ  宇治橋(うぢはし)を あやふき  世(よ)には 絶間(たえま)のみ  浮舟姫君(うきふねのひめぎみ) 【左丁 上段】 父(ちゝ)は夕霧(ゆふぎり)母(はゝ)は雲井鳫(くもゐのかり)也 此(この) 歌(うた)は十月(かんなづき)朔日(ついたち)匂宮(にほふみや)宇治山(うぢやま)に 紅葉(もみぢ)の宴(えん)し給(たま)へる時(とき)御供(おんとも) に参(まゐ)りて詠(よめ)る也 心(こゝろ)は過(すぎ)し年(とし) の春(はる)同宮(おなじみや)の御供(おんとも)にて花見(はなみ) に来(きた)りしをりはうばそくの宮(みや) のまだ世(よ)におはしけるを今(いま)は かくれ給(たま)ひて姫君(ひめぎみ)たちのさ ぞさびしくやおはすらんと いふ心を花(はな)の春(はる)と暮秋(ぼしう) のさびしさもて云(いへ)るにて 木本(このもと)に子(こ)の許(もと)をよせたり さへは大方(おほかた)の梢(こずゑ)どもにむかへ て云(いへ)る也 【同 下段】  宰相中将(さいしやうちうじやう) いつぞやも  花(はな)の 盛(さかり)に ひとめ  見(み)し このもと   さへや 秋(あき)は   さびしき 【右丁 上段】 父(ちゝ)は夕霧(ゆふぎり)母(はゝ)は藤内侍(とうないし)なり この歌(うた)も上(かみ)とおなじ紅葉(もみぢ)の 宴(えん)に此人(このひと)はあとより明石中(あかしのちう) 宮(ぐう)の御使(おんつかひ)にて参(まゐ)りてよめる なりこゝろはこの山里(やまざと)の紅葉(もみぢ) の蔭(かげ)の面白(おもしろ)さにわれはこゝ を行過(ゆきすぎ)うく思(おも)ふを秋(あき)はこれ を見捨(みすて)ていづくより行(ゆき)けん 事(こと)ぞと也 【同 下段】  右衛門督(ゑもんのかみ) いづこより  秋(あき)は行(ゆき) けん 山里(やまざと)の もみぢの かげはすぎ  うきもの      を 【左丁 上段】 父(ちゝ)は致仕(ちじ)のおとゞ母(はゝ)は後(のち)に按察大(あせちのだい) 納言(なごん)の北方(きたのかた)と成(なり)し人也 始(はじめ)より夕(ゆふ) 霧(ぎり)と心(こゝろ)を通(かよ)はして藤裏葉巻(ふぢのうらばのまき) に終(つひ)にゆるされて北方(きたのかた)となり子どもあ また生(うみ)給ふ此哥(このうた)はさけられし頃(ころ)忍(しの)び あひたるを乳母(めのと)の見付(みつけ)て夕霧(ゆふぎり)の位(くらゐ)低(ひく) く浅(あさ)ぎの袍(はう)なるを六位(ろくゐ)すくせと恥(はぢ)しめ たる事あり其時(そのとき)に夕霧(ゆふぎり)○紅(くれなゐ)の泪(なみだ)に 深(ふか)き袖(そで)の色(いろ)を浅(あさ)みどりとやいひしぼ るべきと詠(よみ)たる返(かへ)し也 心(こゝろ)はかくさま〴〵のこと に付(つき)て身(み)のうさのしらるゝいかなる因(いん) 果(ぐは)の中(なか)ぞと也 紅(くれなゐ)みどりなど云(いへ)るをう けて色々(いろ〳〵)いひ衣(ころも)とも云(いへ)る也 中(なか)の衣(ころも)は 男女(なんによ)相逢(あひあ)ふ中(なか)に隔(へだつ)る衣(ころも)の事(こと)也 今(いま)は 其心(そのこゝろ)に用(もち)ひたるにはあらず唯(たゞ)詞(ことば)の よせにいへるのみなり 【同 下段】  雲井雁上(くもゐのかりのうへ) いろ〳〵に身(み)の うきほどの  しらるゝは いかに  染ける 中(なか)の ころ も  ぞ 【右丁 上部】 桐壺(きりつぼ)の帝(みかど)の皇子(わうじ)源氏の御(おん) 弟(おとゝ)也 始(はじめ)はそちの宮(みや)といひしを 処子巻(をとめのまき)に兵部(へうぶ)卿と成(なり)紅(こう) 梅巻(ばいのまき)にかくれ賜(たま)ふ此哥(このうた)は玉 葛(かづら)を恋(こひ)て詠(よみ)かけ賜(たま)へるにて 心(こゝろ)は鳴声(なくこゑ)もなき蛍(ほたる)の思(おも)ひだ に外(ほか)より消(け)すにきゆる物(もの)は 消(きゆ)る物(もの)にはあらずまして人(ひと)の 思(おも)ひこがるゝはいかにしてもや み難(がた)しと也 思(おも)ひに火(ひ)をそ へたり 【同 下段 左から読む】  ものかは きゆる  には けつ 人(ひと)の   に おもひだ  むしの きこえぬ なく声(こゑ)も  蛍兵部卿宮(ほたるのへうぶけうのみや) 【左丁 上段】 父(ちゝ)は左中弁(さちうべん)母(はゝ)は柏木右衛門(かしはぎのゑもんの) 督(かみ)の乳母(めのと)也 宇治宮(うぢのみや)に仕(つか)へて 総角(あげまきの)姫君(ひめぎみ)かくれ給ひて後(のち)早(さ) 蕨巻(わらびのまき)に尼(あま)に成(なり)ぬ此歌(このうた)は則(すなはち) 姫君(ひめぎみ)のうせ給へるをなげきて 詠(よめ)る也 心(こゝろ)は何事(なにごと)につきても まづ涙(なみだ)のこぼれて川(かは)となる ばかりなるを其(その)涙(なみだ)の川(かは)に 身(み)をなげたらば姫(ひめ)ぎみにも おくれず死(しな)るべかりけりと也 【同 下段】  弁尼(べんのあま) さきにたつ なみだの 河(かは)に 身(み)を   なげば 人(ひと)におくれぬ  命(いのち)なら    ま    し 【右丁 上部】 始(はじめ)宇治宮(うぢのみや)に仕(つか)へ後(のち)二条院(にでうのゐん)に 侍(さむら)へる女房(にようばう)也 此歌(このうた)は中姫君(なかひめぎみ) 匂宮(にほふみや)に迎(むか)へられて二条院(にでうのゐん)に 移(うつ)り給(たま)ふ時(とき)に詠(よめ)る也 心(こゝろ)は世(よ)に 長(なが)しく在(あり)経(へ)て見(み)ればかゝる 嬉(うれ)しき時(とき)にもあひける物(もの)をもし 今迄(いまゝで)に時(とき)に合(あは)ざる身(み)をう き物(もの)に思(おも)ひわびて川(かは)に投(なげ) などもしたらば此悦(このよろこび)は有(ある)まじ きをと也 身(み)を用(よう)無(なき)物(もの)に思(おも) ひ捨(すて)たらばの心(こゝろ)を如此(かく)はいふ也 憂(う)を宇治(うぢ)にいひ懸(かけ)たり嬉(うれ) しき瀬(せ)といふも川(かは)のよせ也 【同 下段】  二条院大輔君(にでうのゐんのたいふのきみ) ありふれば  嬉(うれ)しき 瀬(せ)にも あひける    を 身(み)を 宇治川(うぢがは)    に なげて  まし   かば 【左丁 上段】 同所(おなじところ)の女房にて同時に よめる歌也心は過去(すぎさり)給(たま)ひし 総角(あげまきの)姫君(ひめぎみ)の恋(こひ)しさも忘れ 得ねども今日(けふ)はまた中姫君 のめでたき御門出(おんかどで)にて一番 に心の浮(うき)たつ事かなと也はた は又と云におなじ 【同 下段】  行心女房(ゆくこゝろのにようばう) すぎにしが 恋(こひ)しき ことも 忘(わす)れ  ねど 今日(けふ)はた まつも ゆく心(こゝろ)かな 【右丁 上段】 朱雀院(すざくゐん)の皇子(わうじ)御母(おんはゝ)は承香殿(しようきやうでんの) 女御(にようご)鬚黒大臣(ひげぐろのおとゞ)の妹(いもうと)也 標柱巻(みをつくしのまき) に東宮(とうぐう)に立梅枝の巻に御元服(ごげんぶく)若(わか) 菜巻(なのまき)に御位につかせ給ふ此歌は 此帝(このみかど)の皇女の二宮(にのみや)の御母 藤壺(ふぢつぼの) 女御うせ給ひて後女二宮の御心 細(ぼそ)くおはしますを薫(かをる)の北方に給 はらんと思召て則薫にほのめかし 給(たま)へる御願也心は病(やまひ)に堪(たへ)ずしてか くれいにし母女御に捨(すて)られ給へる 女二宮なれども残(のこり)止(とゞま)りて盛(さかり)の 御年におはしますといふ事を霜(しも) 枯(がれ)の園(その)に咲(さき)残たる菊の移(うつろ)はぬ 色(いろ)になずらへて詠給へる也あへ ずはたへず也あせずはかせずと云 におなじ 【同 下段】  新帝(しんてい) 霜(しも)にあへ  ず かれ  に し  そのゝ 菊(きく)なれど 残(のこ)りのいろは  あせずも   あるかな 【左丁 上段】 三条宮(さんでうのみや)の女房(にようばう)にて薫(かをる)の思(おも) ひ人なり此歌は薫の夜深(よふか)く別(わか) れて出るを恨(うらみ)て詠(よめ)る也 心(こゝろ)は目 に見るのみにて逢事(あふこと)はゆる し給(たま)はぬ程(ほど)の中なる物を 馴(なれ)そめて居(ゐ)るらんやうに 外人にはいはれん名(な)のみなるが 惜(をし)きといふ心を逢坂の関(せき)の 小川によせてよめる也 打渡(うちわたし)は 見渡(みわたし)におなじ見馴(みなれ)に水馴 をそへたり 【同 下段】  按察君(あぜちのきみ) うちわた  し 世(よ)にゆる しなき せき   川(がは)を みなれ初(そめ) けん名(な)こそ  をしけれ 【右丁 上段】 新帝(しんてい)の女二宮(によにのみや)に心を懸(かけ)し 人也 然(しか)るを薫(かをる)に下し給(たま)ふ べく定(さだめ)られて明日(あす)女二宮を 薫(かをる)の方へ渡さるべき前日(まへび)藤(ふぢ) 壺(つぼ)にて藤(ふぢ)の宴(えん)ありし時に 此歌は詠(よめ)る也心は世(よ)の常(つね)の御(ご) 贔屓(ひいき)とも思(おも)はれず帝(みかど)の御 かしづき娘(むすめ)の聟(むこ)に撰(えらま)れて 成上(なりあが)れる薫はよく〳〵の果(くは) 報者(はうもの)よといふこゝろを高(たか)き梢(こずゑ) にまとひのぼのぼれる藤によせ ていへる也 妬(ねた)き心を含(ふく)めり 【同 下段 左から読む】  みの花 藤な  る け たちのぼり  雲居(くもゐ)まで いろとも見えず 世(よ)の常(つね)の  按察大納言(あぜちのだいなごん) 【左丁 上段】 始(はじめ)中将君(ちうじやうのきみ)と云(いひ)て優婆塞宮(うばそくのみや) に仕(つか)へ浮舟姫君(うきふねのひめぎみ)を産(うみ)て後(のち) 常陸介(ひたちのすけ)の妻(め)と成(なり)し人(ひと)也 此(この) 歌(うた)は浮舟姫君(うきふねのひめぎみ)を少将(せうしやう)に逢(あは)せ んと思(おも)ひつるを少将(せうしやう)の心(こゝろ)移(うつり)て 常陸介(ひたちのすけ)が実(じつ)の娘(むすめ)の方(かた)に定(さだま) りたる時(とき)に少将(せうしやう)に詠(よみ)懸(かけ)たる 也 心(こゝろ)は約束(やくそく)したる我子(わがこ)の方(かた) は違(たがは)んともせぬをいかに移(うつ)れる 御心(おんこゝろ)ぞといふ事(こと)を花(はな)は乱(みだれ)ず して露(つゆ)に下葉(したば)の移(うつろ)ふに よせたりしめゆふは領(れう)する事 にて今(いま)は約束(やくそく)したるをいふ 【同 下段】  常陸北方(ひたちのきたのかた) しめ  ゆひ   し こ萩(はぎ)が  うへも まよはぬに いかなる露(つゆ)    に うつるした    葉(ば)ぞ 【右丁 上段】 上(かみ)の歌(うた)の返(かへ)し也 心(こゝろ)は優婆塞(うばそくの) 宮(みや)の御子(おんこ)也といふ事(こと)を知(しり)たらば 聊(いさゝか)も外(ほか)へ心(こゝろ)を移(うつ)す事(こと)などは 有(ある)まじき物(もの)を唯(たゞ)ひたちの 介(すけ)がまゝ子(こ)と而已(のみ)聞(きゝ)たるから に思(おも)ひおとして今更(いまさら)残念(ざんねん) 也(なり)といふ心(こゝろ)也 宮城野(みやぎの)のこ萩(はぎ)に 宮(みや)の御子(おんこ)といふ事(こと)をそへたり 宮城野(みやぎの)は陸奥(みちのく)萩(はぎ)の名所(めいしよ)也 【同 下段】  少将(せうしやう) 宮城野(みやぎの)の こはぎが もとゝ しらませば つゆも  こゝろを わかずぞ  あらまし 【左丁 上段】 明石中宮(あかしのちうぐう)の御腹(おんはら)なる一品宮(いつぽんのみや) の女房(にようばう)にて薫(かをる)の思(おも)ひ人(びと)也(なり)此(この) 歌(うた)は浮舟姫君(うきふねのひめぎみ)はかなく成(なり)て 後(のち)薫(かをる)の歎(なげき)甚(はなはだ)しきと【注】とぶ らひたる也 心(こゝろ)は世(よ)の哀(あはれ)を知事(しること) は人並(ひとなみ)におくれず君(きみ)が御歎(おんなげき) をも心(こゝろ)に推量(おしはかり)てはあれども 御(おん)とぶらひなど申(まう)すほどの 人数(ひとかず)にもあらぬ身(み)なれば 心(こゝろ)のみ消(きゆ)ばかりに物(もの)思(おも)ひて 日(ひ)を経(ふ)ると也 【同 下段】  小宰相君(こざいしやうのきみ) あはれしる  心(こゝろ)は人(ひと)   に おくれねど かずならぬ   身(み)に きえつゝぞ   ふる 【注 字面をよく見ると「を」の上部が欠損した形に見え、文意からも「を」の方がしっくりくる。】 【右丁 上段】 同宮(おなじみや)の女房(にようばう)也 此(このうた)は女房(にようばう) どち物語(ものがたり)して居(ゐ)たる所(ところ)へ 薫(かをる)のより来(き)てたはふれに ○女郎花(をみなべし)乱(みだ)るゝ野辺(のべ)にま じるとも露(つゆ)のあだ名(な)をわれ にかけめやとは詠(よみ)かけられたる 返(かへ)し也 心(こゝろ)は女(をんな)はあだなる物(もの)の やうに名(な)に立(たち)てこそあれども 一通(ひとゝほ)りの男(をとこ)に心(こゝろ)を乱(みだ)すもの かはみだす物(もの)にあらずといふ心(こゝろ) を女郎花(をみなべし)の露(つゆ)によそへて いへる也 【同 下段 左から読む】      する   みだれやは     露(つゆ)に  なべての   女郎花(をみなべし)  あだなれ 名(な)こそ  いへば 花(はな)と 一品宮中将君(いつぽんのみやのちうじやうのきみ) 【左丁 上段】 おなじ宮(みや)の女房(にようばう)にて上(かみ)と おなじ時(とき)によめる歌(うた)なり心(こゝろ)は さやうに口清(くちぎよ)くのたまへども 猶(なほ)さかりの色(いろ)にはこゝろの 移(うつ)る物(もの)かうつらぬものか女(をんな)の 中(なか)に宿(やど)りして自身(じしん)を試(こゝろみ)給(たま)へ と也 是(これ)も薫(かをる)の歌(うた)に答(こた)へた る也 【同 下段】  弁御許(べんのおもと) 旅寐(たびね)  して 猶(なほ)こゝろ   みよ をみなべ    し 盛(さかり)のいろ    に うつり  うつらず 【右丁 上段】 小野尼(をのゝあま)の娘(むすめ)の聟(むこ)也 此歌(このうた)は 娘(むすめ)うせて後(のち)に小野尼(をのゝあま)浮舟(うきふねの) 姫君(ひめぎみ)を養(やしな)へるを恋(こひ)てよめ る也 心(こゝろ)は外(ほか)の人(ひと)のいひよるとも なびく事なかれかならず 我物(わがへもの)と領(れう)せんよしや都(みやこ)より 小野(をの)迄(まで)路(みち)の程(ほど)は遠(とほ)くとも といふ心(こゝろ)を女郎花(をみなべし)によそ へて云(いへ)る也しめゆふは領(れう)する 事(こと)也あだし野(の)は他国(たこく)をあだ し国(くに)他人(たにん)をあだし人(ひと)と云(いふ)に 同(おな)じく他所(あだしところ)の野(の)をいふ也 【同 下段】  中将(ちうじやう) あだし野(の)の 風(かぜ)になびく       な  女郎花(をみなべし) 我(われ)しめ ゆはん 路(みち)とほく   とも 【左丁 上段】 横川(よかはの)僧都(そうづ)の妹(いもうと)也 此歌(このうた)は浮(うき) 舟姫君(ふねのひめぎみ)を養取(やしなひとり)てより娘(むすめ)の 替(かは)りに聟(むこ)の中将(ちうしやう)に逢(あは)せん と尼(あま)が心(こゝろ)にも思(おも)ひて種々(くさ〴〵)進(すゝ) むれども浮舟(うきふね)の聞入(きゝいれ)ざるを わびて則(すなはち)上(かみ)の歌(うた)の返(かへ)しに詠(よめ)る 也 心(こゝろ)は色々(いろ〳〵)うき事のある世(よ)の 中(なか)の厭(いとは)しさにこそ世(よ)をそ むきたる草(くさ)の庵(いほり)なる物(もの)を 此(この)姫君(ひめぎみ)養初(やしなひそめ)てより尼(あま)に似(に)げ なき物(もの)あつかひをして心(こゝろ)を 労(なやま)し侍(はべ)るといふ事(こと)を庵室(あんじつ) の庭(には)に女郎花(をみなべし)移(うつ)し植(うゑ)た るによそへて云(いへ)り 【同 下段】  小野尼(をのゝあま) うつし   うゑて  おもひ みだ れぬ 女郎花(をみなべし) うき世(よ)を そむく  草(くさ)の庵(いほり)に 【右丁】 天保十年己亥十二月発行       松軒田靖書       棔斎清福画       玉山書堂梓 【左丁】  金花堂蔵板目録      《振り仮名:    須原|日本橋南通四町目》屋佐助 【縦線あり】 【上段】 源氏忍草(げんじしのぶくさ) 《割書: |五冊》 成島公序  《割書:此書は源氏物語一部の大意(たいい)を初学の心|得やすからんために耳(みゝ)ちかきことばにて|さとしたるなり源氏を学び給ふ人は必(かなら)ず|まづよみ味(あぢは)ひ給ふべき書なり》 【縦線あり】 万葉楢落葉(まんえふならのおちば) 《割書: |五冊》 正木千幹大人輯  《割書:此書は哥(うた)よみ物かゝんとする初学のために|万葉集の中のおもしろくめづらしき詞を類(るゐ)|をわかち題(だい)をまうけて五巻(いつまき)とす》  《割書:一の巻 天象(てんしやう)の部 二の巻 地儀(ちぎ)の部|三の巻 神祇(じんぎ)釈教(しやくけう)人倫(じんりん)国郷(こくがう)居処(きよしよ)の部》  《割書:四の巻 腹食(ふくしよく)器財(きざい)の部 五の巻 鳥獣(てうぢう)魚虫(ぎよちう)草木(さうもく)の部|座右(ざいう)におきて哥学(かがく)考証(かうしやう)に備(そな)ふべき書なり》 【縦線あり】 千鳥之跡(ちどりのあと) 《割書: |一冊》 中臣親満大人著  《割書:此書は詠草(えいさう)懐紙(くわいし)短冊(たんざく)等のとりしたゝめ|様(さま)を古人の真蹟(しんせき)或ひは古書等によりて|考(かうが)へ定(さだ)められたる書なり》 【下段】 明季遺聞(みんきゐぶん) 《割書: |四冊》 清鄒錫山先生著  《割書:此書ハ清ノ鄒錫山(スウシヤクサン)ノ手輯(シユシフ)ニシテ明末(ミンマツ)李自成(リジセイ)|ノ乱ヲ倡ヘシ本末ヨリ清ノ閩広(ミンクワウ)ヲ平定スル|事ニイタル国姓爺(コクセンヤ)ノ事実(ジシツ)等コノ書ニ詳|ナリ》 【縦線あり】 歴代帝王承統譜(れきだいていわうしやうとうふ) 《割書:折本|一冊》 紀藩春川先生校閲  《割書:此書ハ唐虞(タウグ)以来清ノ道光帝(ダウクワウテイ)ニイタルマデ|スヘテ漢土歴代 承統(シヤウトウ)ノ主(シユ)ヲ系譜(ケイフ)ニ作リテ|歴史(レキシ)ヲヨムモノニ便(タヨ)リス》 【縦線あり】 草聖彙弁(さうせいゐべん) 《割書: |八冊》 《割書:清朱迦陵先生摹弁|皇国永根文峯先生校宇》  《割書:漢土(モロコシ)ニテ歴代(レキダイ) ノ草法(サウホフ)ヲ集(アツ)メタル書(シヨ)数多(アマタ)アルカ中ニ|此編ノ精善(セイセン)ナルニ如(シク)ハナシ我朝 兼明(カネアキラ)親王ノ書》  《割書:ヲモ此編ニオサメ出セリ始メニ二 画(クワク)ヨリ三十画ニ|至ルマデノ撿字(ケンジ)アリ此(コレ)ニヨリテ字を【ママ】索(モト)ムベシ第八》  《割書:巻ニ草法 母観(ボクワン)ヲ付(フ)シタリ草書ヲ学ビ玉フ君(クン)|子(シ)珍(チン)セズハアルベカラザル書ナリ》 【右丁 上段】 古今選(ここんせん) 《割書: |三冊》 《割書:本居先生輯|村田並樹大人校》  《割書:此書は本居(もとをり)大人哥よみ習(なら)ふ人のために|廿一代集の中(うち)よりことにすぐれたる哥を》  《割書:撰(えら)びとられて常によみうかべて姿(すがた)詞(ことば)の手|本にもとて物せられたる書なり》 【縦線あり】 類題和歌晡補闕(るゐだいわかほけつ)《割書: |六冊》 加藤古風大人撰  《割書:この書は世に行はるゝ類題和哥集(るゐだいわかしふ)の題(だい)のみあげ|て哥の闕(かけ)たる二千九百余首なるをうらみ代との|勅撰家々(ちよくせんいへ〳〵)の集哥合などより広(ひろ)く採集(とりあつ)め》  《割書:且題の誤字(ごじ)を考へ訂(たゞ)されたればよむ人の|かならず机辺(きへん)におき給ふべき書なり》 【縦線あり】 唐物語(からものがたり) 一冊 《割書:西行上人作|清水浜臣大人標注》  《割書:この書はもろこしの故事(こし)どもをわが国の |ことばにやはらげてをもしろく書なし|たるなり西行上人の作なるよし言伝(いひつた)え》  《割書:たる実(じつ)に文体(ぶんたい)哥詞(うたことば)その頃のものと思はるゝ|よし浜臣(はまおみ)大人の説(せつ)なり》 【同 下段】 草書前赤壁賦(さうしよぜんせきへきのふ) 《割書: |一冊》 天民先生書  《割書:此書ハ前赤壁賦ヲ詩仏(シブツ)先生ノ書レタル|ナリ筆法一 家(カ)ノ風(フウ)ニシテ激(ゲキ)セズ励(レイ)セズ|手本トスベキ書ナリ》 【縦線あり】 小学題辞(せうがくだいじ) 《割書: |一冊》 龍澤先生書  《割書:此書ハ宋(ソウ)ノ朱文公ノ小学 題辞(ダイジ)ヲ龍澤(リウタク)|先生ノ書レタルナリ筆力 怒張(トチヤウ)唐人(タウジン)ノ風|アリ》 【縦線あり】 滝本気霽帖(たきもときせいでふ) 《割書: |一冊》 猩々翁真蹟  《割書:此書は朗詠集(らうえいしふ)の詩哥を抄出して|猩々翁(しやう〴〵をう)のうるはしく書給へるなり》 【縦線あり】 《割書:貫之朝臣書》 堤中納言家集(つゝみちうなごんかしふ)  《割書:この書は堤中納言 兼輔卿(かねすけきやう)の家集(かしふ)を|紀貫之(きのつらゆき)の書給へるが稀(まれ)に伝はりたるを》  《割書:板にゑりたる也 仮字(かな)古法にかなひ疑(うたが)ひ|なき書なり》 【左丁 上段】 仮字考(かなかう) 二冊 《割書:岡田真澄大人著|鵬斎先生漢文序|浜臣大人かな序》  《割書:この書は仮字(かな)はもと草書(さうしよ)の手よりながれ|来れる所なるにつひには其 源(みなもと)の文字の》  《割書:しれがたくなりぬるもあるを五十 音(いん)の次第(しだい)に|したがひてくはしう考へられたるなり頭書(かしらがき)に》  《割書:古人の書体(しよたい)をもあげられたれば書法を|学ぶ人にも大に益(えき)ある書なり》 【縦線あり】 新朗詠集(しんらうえいしふ) 一冊 《割書:真海柏木先生輯|素堂山本先生校》  《割書:この書は詩(し)は上(かみ)文武帝(もんむてい)より下(しも)保元(ほうげん)の比(ころ)に|至るまでの人物(じんぶつ)を撰(えら)み其 時世(じせい)の前後(ぜんご)を》  《割書:正(たゞ)してこれを出し哥は詩に相似(あいに)たるものを|撰(えら)び出す故に作者の時世にかゝはらず春夏》  《割書:秋冬四時に分(わか)つ事一に本集(ほんしふ)の如し巻首(くわんしゆ)|に引書目録あり終(をはり)に四時の題(だい)を大書せり》 【縦線あり】 歌仙絵抄(かせんゑせう)一冊 《割書:藤原正臣先生著|喜多武清先生模画》  《割書:此書は作者の家譜(かふ)及び哥の心を頭書(かしらがき)とす絵(ゑ)は|本図(ほんづ)より武清(ぶせい)先生の手に出たり尤 美本(びほん)也》 【同 下段】 草書千字文(さうしよせんじもん) 《割書: |一冊》 屋代先生書  《割書:此書ハ輪池屋代(リンチヤシロ)先生の筆法(ヒツホフ)ヲ見ル|ベキ刻本(コクホン)ナリ》 【縦線あり】 玄對(げんたい)【対】先生画譜(せんせいぐわふ) 《割書: |三冊》 玄對【対】翁筆  《割書:此書ハ人物(ジンブツ)花鳥(クワテウ)ノ類(タグヒ)ヲ玄對(ゲンタイ)先生ノ画|習(ナラ)フ人ノ手本ニトカヽレタルナリソノ奇(キ)絶(ゼツ)|ナルコト本書ヲ開(ヒラ)キテ見(ミ)玉フベシ》 【縦線あり】 幼稚画手本(えうちゑてほん) 《割書: |一冊》 柳烟堂主人筆  《割書:この書も山水人物 花鳥(くわてう)の類(たぐ)ひを画|ならふ人の手本にとて柳烟堂翁(りうえんどうをう)の|かゝれたるなり》 【縦線あり】 西音発微(さいおんはつび) 二冊 《割書:柳圃先生遺教|大槻玄幹先生著》  《割書:此書ハ西洋書(セイヨウシヨ)飜釈(ホンヤク)ノ時 西洋語(セイヨウゴ)ニアタル|和音(ワオン)唐音(タウイン)ヲ撰(エラ)ビ対註(タイチユウ)ノ仕様(シヤウ)ヲ詳ニサトシ|西洋 字原考(ジゲンカウ)ヲ付(フ)シタリ》 【右丁 上段】 言元梯(げんげんてい) 《割書: |一冊》 大石千引先生著  《割書:この書は詞(ことば)の元(もと)の義(ぎ)を詳に考(かうがへ)定(さだ)められ|たる也 体言(ていげん)は清音(せいおん)のみにて用言(ようげん)には濁(だく)》  《割書:音(いん)まゝある事 詞(し)の言出(いひだ)しを濁(にご)る例(れい)は一切|無之事また字音(じおん)の詞(ことば)音訓(おんくん)相 混(こん)ずる詞》  《割書:などを詳にす次第は五十 音(いん)分(わけ)ヶにして|検出(けんしゆつ)に便(べんり)ならしむ》 【縦線あり】 仮字便覧(かなべんらん) 《割書: |一冊》 大野広城先生輯  《割書:此書 対類(たいるゐ)音便(おんびん)字音(じおん)濁語(だくご)仮字便覧(かなべんらん)と|唱(とな)ふ雅語(がご)はもとより字音俗語までの|仮字(かな)を詳にすひ【右横に長四角】の音便はい【右横に長四角】ゐ【右横に長四角】にまがひ》  《割書:へ【右横に長四角】の音便はえ【右横に長四角】ゑ【右横に長四角】にまがふ類をわかり安き|やうにさとされたる書なり》 【縦線あり】 古今和歌集新校正(こきんわかしふしんかうせい) 二冊 《割書:賀茂翁考正|鈴屋翁再訂》  《割書:是は古今集の善本(せんほん)なり》 【縦線あり】 後撰和歌集(ごせんわかしふ) 《割書:小|本》二冊  《割書:世に流布(るふ)する後撰集の刻本(こくほん)大冊(たいさつ)のみにて》 【左丁 上段】  《割書:懐宝(くわいはう)に便(びん)ならざるが故に小冊となし且|諸先生家の《振り仮名:秘本|ひほん》【別本による】をもて校正(かうせい)を加へ専(もは)ら|会席(くわいせき)旅行(りよかう)の便利(べんり)に備(そな)ふ》 【縦線あり】 《割書: |元和帝御撰》 集外歌仙(しふぐわいかせん)《割書: |一冊》《割書:一名 近代歌仙》  《割書:是はかけまくもかしこき後水尾の上皇(じやうくわう)の撰(えら)ばせ|給ふて 東福門院の御 屏風(びやうぶ)におさせ給へりし|三十六歌仙なり終(おはり)に作者の姓名(せいめい)を付したり》 【縦線あり】 正誤仮字遣(しやうごかなづかひ) 《割書: |一冊》 《割書:賀茂末鷹縣主輯》  《割書:此書は古事記(こじき)日本紀万葉集 和名抄(わみやうせう)等にもと|づきて詞の仮字(かな)をいろはにして引出すに|便(べん)ならしむ》 【縦線あり】 源氏百人一首(げんじひやくにんいつしゆ) 《割書: |一冊》 《割書:黒澤翁満大人著》  《割書:此書は定家卿の小倉式紙(をぐらしきし)にならひ源氏物語の中(うち)|より百人を撰(えら)びおの〳〵その名哥(めいか)一首ッヽを出して|児(じ)女子(ぢよし)のわかり安きやうに註釈(ちゆうしやく)を加へられたり》  《割書:本書は大部(たいぶ)のものなればまづこの書によりて|源氏の大意(たいい)をさとり給ふべし》 【右丁 下段】 単騎要略(たんきえうりやく) 《割書: |五冊》 村井昌弘先生編輯  《割書:此書ハ甲冑(カツチウ)ノ着用(チヤクヨウ)故実(コジツ)褌 襯衣(ホロ)等ノ付|ヤウ頭盔(カブト)ノ緒(ヲ)ノシメヤウ背旗(ウシロハタ)ノサシヤウ等》  《割書:マデオノ〳〵図ヲ設(マウ)ケテ詳ニサトシ手ニ|携(タヅサユ)る【ママ】処ノ鎗刀(ソウタウ)器械(キカイ)ニ至ルマデ其故実ヲ》  《割書:明ラカニシ一 騎(キ)前(マヘ)ノ要領(エウレイ)ヲ尽(ツク)セリ武家方ハ|サラナリ有職(イウシヨク)ノ学シ玉フ人ハ必 坐右(ザイウ)ニ置(オク)》  《割書:ベキ書ナリ村井先生ハ神武迪精武学先入|等ノ作者ニシテ其名高シ》 【縦線あり】 足利家武鑑(あしかゞけぶかん) 《割書: |一冊》 間鐘先生校  《割書:この書は足利 将軍家(しやうぐんけ)の武鑑にして其比(そのころ)の|記録諸家 紋帳(もんちやう)等によりて委(くは)しく考記(かうき)し|学者の助(たすけ)になる事多し》 【縦線あり】 弓箭図式(きうせんづしき) 《割書: |一冊》 栗原先生著  《割書:此書ハ先生 著(アラ)ハス処ノ武林法量中弓(ブリンホフリヤウチウキウ)|箭(セン)ノ一節(イツセツ)タリ武家方カナラズ見玉フ|ベキ書ナリ》 【左丁 下段】 掌中古刀名鑒(しやうちうこたうめいかん) 一冊 《割書:臣檀園輯》  《割書:此書ハ先ニ銘尽(メイツクシ)数多(アマタ)アリトイヘトモ其(ソレ)ト事替(コトカハ)リ|当 同前専両作一伝ノ次第 珍敷(メツラシキ)作人》  《割書:其外吉野年号打作人刃丈 中心(ナカゴ)鎬(シノギ)広狭(クワウキヤウ)|帽子(ボウシ)ノ箇条(カデウ)肌(ハダ)《振り仮名:煮|ニヱ》《振り仮名:鑪|ヤスリ》【鈩 別本による】目(メ)造(ツク)リノ様子 梵字(ボンジ)并》  《割書:彫物(ホリモノ)之次第 鑒定会(カンテイクワイ)ノ入札ノ答(コタ)ヘヨリ致シ|鍛冶(カヂ)ノ官名(クワンメイ)作人 位列(ヰレツ)鍛冶ノ系図(ケイヅ)并 名寄(ナヨセ)》  《割書:等ニ至ルマデ委シク弁(ベン)ジ難(カタ)キハ図(ヅ)ヲ出シ疑敷(ウタガハシキ)|事ハ載(ノセ)ズ奇大(キタイ)ノ珍書(チンシヨ)ナリ》 【縦線あり】 甲冑図式(かつちうづしき) 一冊 《割書:栗原先生著》  《割書:此書ハ武林(ブリン)法量(ホフリヤウ)二編ニテ甲冑ノ図(ヅ)ヲツマ|ビラカニス》 【縦線あり】 武器袖鏡(ぶきそでかゞみ) 一冊 《割書:同 著》  《割書:此書ハアラユル武器(ブキ)ヲ図式(ヅシキ)ニアラハシテ且 付言(フゲン)|ニ兵士ノ事ニ付 精(クハ)[シ]キ考(カンガ)ヘアリ》 【縦線あり】 武器袖鏡(ぶきそでかゞみ)後編 一冊 《割書:同 著》  《割書:此書ハ甲 半首(ハツムリ)喉輪(ノドワ)ヨリ馬具(バグ)旗指物(ハタサシモノ)》 【別本 https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko30/bunko30_a0276/bunko30_a0276.pdf を参照す】 【右丁 上段】 うすやう色目(いろめ) 小本綵色摺 一冊  《割書:詠草(えいさう) 消息(せうそく) 等に用ゆるうすやう四季に|より定まれる組合(くみあい)あることより消息のかき|かた色紙(しきし)のちらしかたをしるせる書なり》 【縦線あり】 県居雑録補抄(あがたゐざつろくほせう) 一冊 《割書:賀茂真淵大人著|長野美波留大人標註》  《割書:この書は賀茂翁(かもをう)のいろ〳〵の書(ふみ)ともを見給へるに|したがひて心あることばともをゑりいてゝ五十 音(いん)》  《割書:にわかち給ひてみつからの考へをもそへ給へるに|美波留(みはる)大人の標註(へうちゆう)し給へるなりまことに古へ》  《割書:学びのおやともおふぐなる賀茂の翁のあつ|め給へるに美波留大人の博覧(はくらん)秀才(しうさい)にまか》  《割書:せて和漢(わかん)数百 部(ぶ)の書籍(しよじやく)を引て標註し|給へるなればこの道にたづさはらん人かならす》  《割書:ふところをはなすましくかつは此書いできて|のちは一日も坐右(ざいう)におかざれはかなふまじき|書なり》 【縦線あり】 截縫早手引(たちぬひはやてびき) 《割書:横|本》一冊 《割書:女中必用》  《割書:この書はうぶ着(ぎ)の截方(たちかた)男女 守縫(まもりぬひ)陰陽(いんやう)つけ|紐(ひも)の法(ほふ)一ッ身(み)三ッ身(み)のたちやう羽織(はおり)上下(かみしも)袴(はかま)》 【左丁 上段】  《割書:馬乗袴(うまのりはかま)野袴(のは▢▢)合羽(かつは)ばつち夜具(やぐ)又はうち幕(まく)|そと幕(まく)のぬひ方(かた)【別本による】にいたるまでちりめん唐桟(たうざん)》  《割書:純(どん)【ママ】子(す)毛織(けおり)片面(かためん)【別本による】ものなどつもりにくき物を|ひなかたにあらはし截方(たちかた)縫(ぬひ)やう微細(ひさい)にしるし》  《割書:たればはじめて截(たち)ものする人にもたち損(そん)じ|なくこゝろ易(やす)く出来(でき)て稀代(きたい)の重宝(ちやうはう)の|書なり》 【縦線あり】 繭養法秘伝抄(まゆかひほふひでんせう) 一冊  《割書:此書は山まゆ種(たね)見やう同 飼(かひ)やう取(とり)やう|糸まゆむしやうの次第(しだい)より始(はじめ)て織(おり)やうの》  《割書:秘伝(ひでん)までくはしく図(づ)にあらはして重宝(ちやうはう)の|書なり》 【縦線あり】 皇和魚譜(くわうわぎよふ) 《割書: |二巻》 丹洲栗本先生纂  《割書:此書巻一ニハ河魚類(カハウヲルイ)凡(オヨソ)五十一 種(シユ)ノ図説(ヅセツ)ヲアゲ|巻二ニハ河海(カカイ)通在(ツウザイ)ノ魚類(ギヨルイ)一十三種ノ図説(ツセツ)》  《割書:ヲアゲラレタリ海魚(カイギヨ)ノ類(ルイ)ハ近刻ニ出ス魚類ノ|性味(セイミ)良毒(リヤウドク)ノ弁(ベン)ジカタク混(コン)ジヤスキモノ此書ヲ|ヨミ玉ハヾ分明(フンミヤウ)ナルベシ》 【縦線あり】 穂立手引草(ほたちてびきくさ) 《割書: |一冊》 醉吟居主人編著 【右丁 下段】  《割書:等ニ至リスベテ武器(ブキ)ノ図式(ヅシキ)ナリ》 【縦線あり】 武器袖鏡(ぶきそでかゞみ)三編 《割書: |一冊》 《割書:同 著》  《割書:此書ハ現在(ゲンザイ)する【ママ】古甲冑(コカツチウ)五十二 種(シユ)ノ威色(ヲドシイロ)|を【ママ】彩色(サイシキ)図(ヅ)ニアラハシ甲冑 製作(セイサク)便(ベン)ナラ|シム》 【縦線あり】 武家用文章(ぶけようぶんしやう) 一冊  《割書:此書は武家方の文章 公用向(こうようむき)の切紙(きりかみ)より|はじめて詞書(ことばがき)願書(ぐわんしよ)届書(とゞけかき)結(むすび)状 裏白(うらしろ)もの類》  《割書:結納(ゆひなふ)帯代(おびだい)等の目録に至るまで巨細(こさい)にしるし|家々(いへ〳〵)によりていさゝかづゝの違(ちが)ひあり共大かた|この書を規矩(きく)にしてたがふ事なし》 【縦線あり】 広益諸家人名録(くわうえきしよかじんめいろく) 一冊 《割書:詩仏|五山》両先生序  《割書:此書は現存(げんぞん)の儒家(じゆか)書画家(しよぐわか)国学家(こくがくか)有職家(いうしよくか)|より篆刻家(てんこくか)鑒定家(かんていか)に至るまで姓氏別号》  《割書:住所会日等までくはしくしるしたれば諸大家を|尋(たづ)ね求むるにいとよき書なり》 【縦線あり】 臨時客応接(りんじきやくおうせつ) 一冊 未学堂先生秘授 【左丁 下段】  《割書:此書は先 綿襷(わたたすき)前垂(まへだれ)がけにて 取次(とりつぎ)ある時の|用意より坐敷(ざしき)給仕(きうじ)のたちまはり小田はら》  《割書:ふ落(ら)挑灯(ちやうちん)【ぶら提灯】の供(とも)の支度(したく)に至(いた)るまで客人(きやくじん)の|入来(いりきた)るより帰(かへ)る間の饗応(もてなし)万事(ばんじ)手おもからず》  《割書:してもてなし行とゞきたとへ思ひがけなき珍(ちん)【珎は俗字】|客(きやく)の入来(じゆらい)にも台所(だいどころ)の間をあはせるこゝろ得》  《割書:塩魚(しほうを)とうふなど手元(てもと)有合(ありあひ)のものにて四季(しき)|献立(こんだて)料理(れうり)のしかた又庵茶 霰湯(あられゆ)の手まはし》  《割書:葛水(くつみつ)【「くすみつ」とあるところ】出しやう便所(べんじよ)の案内(あんない)行水(ぎやうずい)の挨拶(あいさつ)長坐(ちやうざ)の|あひだ打盹脚病にてくるしき時のあしらひ》  《割書:客人 醉(ゑふ)て坐(さ)をたつときの介抱(かいほう)の事にいたる|まですべて百ヶ条(てう)平がな付にてさとしやすく》  《割書:山出しの召仕にても覚(おぼえ)やすく出来やすくしかも|礼法(れいほふ)にかけず規矩(きく)をはづさずして便利(べんり)なる|事近世 未曾有(みぞう)の珍【珎は俗字】書なり》 【縦線あり】 富士根元記(ふじこんげんき) 一冊 《割書:鈴木頂行先生校》  《割書:この書は鈴木翁諸国を経歴(けいれき)せしつい|でに駿河の富士をはじめ津軽ふじ》  《割書:築紫(つくし)ふじ伊豆 有馬(ありま)その外国々に|あるふじの地理(ちり)を委(くは)しくさぐり図(つ)に》  《割書:あらはし諸書によりて古哥などをあげて|風流(ふうりう)の士(し)の一覧に備(そな)ふ》 【右丁 上段】 金生樹譜(きんせいじゆふ) 三冊 《割書:長生舎主人編》  《割書:この書は草木(さうもく)鉢植(はちうゑ)の培養(やしなひ)室(むろ)のかこひやう|接木(つきき)のしたてやうなどを図(つ)【別本による】を設(まう)けて委(くはし)く》  《割書:しるし又諸国の名木(めいほく)を図してその来由を|説(と)けり草木を愛翫(あいぐわん)し給ふ人は必 熟覧(じゆくらん)し|給ふべき書なり》 【縦線あり】 、松葉蘭譜(まつばらんふ) 一冊  《割書:此書は松葉らん雲竜獅子(うんりやうじし)より富士雪(ふじのゆき)に|いたりすべて名闌(めいらん)六十 種(しゆ)の図(づ)をあつめて|好事(かうじ)の清翫(せいくわん)に備(そな)ふ》 【縦線あり】 古今名物類聚(ここんめいぶつるゐじゆ) 《割書: |全十八冊》 《割書:不昧公著》  《割書:此書は諸家(しよけ)に秘蔵(ひさう)し給ふ漢製(かんせい)和製(わせい)の名物|茶器(ちやき)香合(かうがふ)及(および)古切(ふるきれ)等を図(づ)にあらはし其 手筋(てすぢ)》  《割書:竈(かま)の鑒定(かんてい)をしるす茶道(さどう)に遊び給ふ人は必|所持(しよぢ)し給ふべき書なり》 【縦線あり】 日光山誌(につくわうざんし) 五冊 《割書:植田孟縉編》 【縦線あり】 更科日記(さらしなにき) 二冊 【左丁 上段】 須磨(すま)のかいさし 一冊 《割書:中臣親満大人遺文》  《割書:此書は源氏物かたりの中なる須磨の巻を親|満翁の書さして身まかられしが其文のいと》  《割書:うるはしくものかく人の益にもなりぬべければ|摺巻としたるなり》 【縦線あり】 張氏医通(ちやうしいとう) 廿七冊 《割書:明張路玉著編》 【二行分位の枠を黒塗り】 言志録(げんしろく) 一冊 《割書:佐藤一斎先生著》 【縦線あり】 江戸町鑑(えどちやうかん)        二冊 【縦線あり】 江戸町(えどまち)つくし      一冊 【縦線あり】 袖珍名鑑(しうちんめいかん)        一枚 【右丁 下段】 古今和歌六帖標注 《割書:契沖阿闍梨|加茂真淵翁》校本《割書:平田豆流校定|山本明清校注》  《割書:此書は万葉集古今集御撰集につきて昔より歌学に|心ある人は机上に備置れ証歌になす事は各曽て知る所也》  《割書:され共はやうより善本うせけるにや流布の本誤多したま|たま桂園の主契沖阿闍梨加茂県主両大人の校正標注本》  《割書:をえて山本明清先生に校注を加へさせたる証歌第一の珍本也|巻中に部類をわかつ事凡廿五題をまうくることすべて》  《割書:五百十六題なり第一帖は歳時天象の部第二帖第三|帖は地像の部第四帖は恋祝別雑体【別本による】第五帖に又雑思》  《割書:あり第六帖は草虫木鳥魚すべて題のまうけさま意味あり|こと共也集中の作者すべて百九十三人各儀に父祖の名をあげ|たり巻中の歌数四千五百十八首也》 【縦線あり】 産家心得草(サンカコヽロヱクサ) 《割書: |二冊》 《割書:羽佐間先生口訣》  《割書:此書ハ不婦人(フジン)妊娠(ニンシン)ヨリ小児(セウニ)出生(シユツシヤウ)無病(ムビヤウ)ニ成長(セイチヤウ)|セシムル手当(テアテ)温涼(ウンレウ)調理(テウリ)飲食(インシヨク)好悪(カウオ)宜忌(ギキ)等(トウ)|ヲ平仮字(ヒラカナ)ニ書シテ心得(コヽロヱ)ヤスカラシム》 【縦線あり】 為己執記(ゐこしつき) 一冊 《割書:羽佐間芝瓢先生著》  《割書:此書ハ医道(イダウ)ハ人ノ為(タメ)ニスルワザト心得ズ己ガ為(タメ)一スルノ仁(ジン)|道(ダウ)也ト心懸(コヽロガケ)ルガ肝要(カンエウ)タルコトヲ弁(ベン)ジタル書ナリ》 【左丁 下巻】 勧善忠義伝(くわんぜんちうぎでん) 二冊  《割書:此書は宝暦(はうれき)の比(ころ)忠義(ちうぎ)者と名の聞(きこ)えし内田屋|太右衛門五代に及ぶまで家声をおとさず》  《割書:発明(はつめい)にて慈悲(じひ)ふかく召仕(めしつかひ)のもの迄(まで)にその|徳(とく)に化(くわ)して》  《割書:上の御 賞美(しやうび)に預り(あづか)りし者も此 門(もん)より出たる|ことを通俗文(つうぞくぶん)に記せる書なり》 【縦線あり】 画本勲功草前集(ゑほんくんこうさうぜんしふ) 五冊 《割書:山崎知雄大人輯|喜多武清先生画》  《割書:此書は古今の英雄(えいゆう)豪傑(がうけつ)の名誉(めいよ)ありし事(じ)|蹟(せき)を古事記日本紀以下今昔物語宇治》  《割書:拾遺盛衰記東鑑太平記等数十部の国(こく)|史(し)雑史(さつし)軍記(ぐんき)類(るゐ)を徴(しるし)としいさゝかも不稽(ぶけい)の》  《割書:説(せつ)をまじへず仮字文(かなぶん)に記したれば童子輩(どうじはい)|といへども一たび是を読(よむ)ときはすこぶる古へを》  《割書:知(し)るの一 助(じよ)ともなりぬべく且画は可庵翁の|妙手(めうしゆ)をふるひ数部(すぶ)の画巻物(ゑまきもの)および先哲(せんてつ)の》  《割書:図を準拠(じゆんこ)とし彩色(さいしき)の美(び)を尽(つく)し画かれたれば|画を好み給ふ諸君の蔵本(ざうほん)にも備(そな)ふべきものに》  《割書:して是まで俗間(ぞくかん)流布(るふ)の武者絵(むしやゑ)などゝは同日の|論(ろん)にあらざる事一たび書をひもときて察(さつ)し給ふ|べし  後集(こうしふ)は近刻《割書:ニ》仕候》 【右丁 上段】 小説土平伝(せうせつどへいでん) 一冊 【縦線あり】 俳諧人名録(はいかいじんめいろく) 《割書:二冊》 《割書:東都惟草庵【葊は古字】先生輯》  《割書:此書は当世(たうせい)の俳諧家(はいかいか)の人名(しんめい)をいろは分(わけ)にして|各(おの〳〵)その下に其 発句(ほつく)を出したり》 【縦線あり】 俳諧職業尽(はいかいしよくげふづくし) 二冊 《割書:茶静大人撰|梅令大人校》  《割書:此書は筵織(むしろおり)茄子苗作(なすなへつくり)牛飼(うしかひ)雀取(すゞめとり)の類(たぐひ)いまだ|何(いつ)れの書にも見及ばざる職業(しよくげふ)の類をあつ》  《割書:めて画図(ぐわと)にあらはし傍註(はうちゆう)を加(くは)へさて其 間々(あひだ〳〵)に|天明 以来(いらい)当世(たうせい)現存(げんぞん)に至るまでの人々の句(く)を》  《割書:撰(えら)びて左右(さいう)にわかちて是を合せたり只 俳(はい)|諧(かい)に遊(あそ)ぶ人のみならずこの書をよみ給はゞ》  《割書:益(えき)にもなりなぐさみにもなり且 句案(くあん)の|たねとなるべき書なり》 【縦線あり】 俳諧年表録(はいかいねんへうろく) 一冊 《割書:咫尺斎豊山翁著》  《割書:此書は貞徳(ていとく)芭蕉(ばせを)の両翁をはじめつき〳〵の名家(めいか)の|生没(せいぼつ)奇事(きじ)雅談(がだん)等【別本による】を委(くは)しくしたる書なり》 【縦線あり】 《振り仮名:諷本百二十番|観世織部太夫校正》 十珍本薄用  《割書: |全二十二冊》 【左丁 上段】 同外   近刻 【縦線あり】  早引(はやひき)二体(にたい)節用集大成(せつようしふたいせい)  全一冊 【縦線あり】 大宝百人一首紅葉錦(たいはうひやくにんいつしゆもみぢのにしき)  同【仝は古字】 【縦線あり】 桃花百人一首(たうかひやくにんいつしゆ)      同 【縦線あり】 錦百人一首(にしきひやくにんいつしゆ)《割書:書猨山流彩色入》 同 【縦線あり】 瀧本六旬(たきもとろくしゆんでふ)       同 【縦線あり】 同三十六 歌仙(かせん)      同 【縦線あり】 千蔭(ちかげ)先生書 【縦線あり】 山居帖(さんきよでう)         全一冊 【縦線あり】 同 新百人一首(しんひやくにんいつしゆ)      同 【縦線あり】 万葉新採百首(まんえふしんさいひやくしゆ)      同 【縦線あり】 大歌所御歌(おほうたところのみうた)       同 【右丁 下段】 絵本三国妖婦伝(ゑほんさんごくえうふでん) 《割書:上編五冊|中編五冊|下編五冊》 合十五冊  《割書:此書は高蘭山(こうらんざん)先生の校本(かうほん)にて世上(せじやう)みな知る所の|玉藻前(たまものまへ)の読本(よみほん)なり作意(さくい)尤深長(しんちやう)大 流行(りうかう)の|書なり》 【縦線あり】 魚猟手引種(ぎよれふてびきくさ) 一冊 【縦線あり】 五百崎(いほざき)虫(むし)の評判(ひやうばん) □【「一」ヵ】冊 【縦線あり】 俳諧発句題叢(はいかいほつくだいさう) 《割書: |四冊》 《割書:椿丘太筇翁輯》  《割書:此書は和哥 題林抄(だいりんせう)【別本による】にならひて近代の作家(さくか)|二千七十二人の発句をあつむ巻首に国分(くにわけ)にして|其 各家(かくか)の名号(めいがう)をあげたり》 【縦線あり】 《割書:古|今》千五百 題(だい)発句集(ほつくしふ) 二冊 《割書:黒瀬曽見翁校輯》  《割書:此書は古今名人の発句(ほつく)を類題(るゐだい)にしてはじめて俳(はい)|門(もん)にあそぶ人のたよりぶみとす古人は肩(かた)に古の|字(じ)を付て今人とわかてり》 【縦線あり】 芭蕉発句小鏡(ばせをほつくこかゞみ) 一冊 《割書:雪中庵蓼太翁述|門人 三鴼著》 【左丁 下段】  《割書:此書は発句(ほつく)案(あん)じ方(かた)の事 趣向(しゆかう)をとる事より|すべて俳諧 仕立(したて)の心得かたを教へたる書なり》 【縦線あり】 梅室家集(ばいしつかしふ) 二冊 《割書:梅室先生自撰の集なり》 【縦線あり】 梅室大人付句抜粋(ばいしつたいじんつけくばつすゐ) 二冊 《割書:勢南菊所翁編輯なり》 【縦線あり】 今人明題集(こんじんめいだいしふ) 二冊 《割書:双雀庵氷壺翁輯》  《割書:此書は天保の初比より世に聞えたる作家(さくか)の|秀句を類題にして句案(くあん)の一助としたる書也》 【縦線あり】 禾葉俳諧集(くわえふはいかいしふ) 五冊 《割書:双雀庵禾葉翁の家集也》 【縦線あり】 俳諧発句朗詠集(はいかいほつくらうえいしふ) 《割書:初|編》一冊 《割書:一名口調亀鑑》  《割書:此書は宗匠家(そうしやうか)の撰(えら)びおの〳〵同じからざれども|百花 色(いろ)ことにしてみなおの〳〵の風骨(ふうこつ)ある》  《割書:ことをしめさんがため諸家(しよけ)の評(ひやう)ある発句(ほつく)を|あつめたるなり》 【縦線あり】 俳諧合鏡(はいかいあはせかゞみ) 《割書:懐中|本》一冊 《割書:拙堂芦丸翁撰》 【右丁 上段】 同 古今(こきん)【別本による】かな序(じよ)  同【仝は古字】 【縦線あり】 同 往(ゆき)かひ振(ぶり)       同 【縦線あり】 真草(しんさう)【艸】千字文(せんじもん)   同 【縦線あり】 同 用筆類(ようひつるゐ)     大中小 色々 【縦線あり】 同 御好短冊式紙(おんこのみたんざくしきし)      色々 【縦線あり】 百瀬商売往来(もゝせしやうばいわうらい)      全一冊 【縦線あり】 同みやこ名所往来(めいしよわうらい)     同 【縦線あり】 草(さう)【艸】書(しよ)千字文(せんしもん)《割書:天民先生書》同 【縦線あり】 猨山庭訓往来(さやまていきんわうらい)       同 【縦線あり】 万宝古状揃(ばんはうこじやうそろへ)        同 【縦線あり】 御家流商売往来(おいへりうしやうばいわうらい) かな付  同 【縦線あり】 実語教(しつごけう)童子教(とうじけう)       同 【同 下段】  《割書:此書はいにしへ今の名(な)高(たか)き人の句を四季(しき)に|部分(ぶわけ)して当坐(たうざ)探題(たんだい)などの便(たよ)りとしたる|書なり》 【縦線あり】 抱一先生画譜(はういつせんせいぐわふ) 《割書:彩色入善本》 【縦線あり】 近代名家画帖(きんだいめいかぐわでう) 二帖 【縦線あり】 名家画譜(めいかぐわふ) 一冊 【縦線あり】 彫物画手本(ほりものゑてほん) 二冊 【縦線あり】 絵本百物語(ゑほんひやくものがたり)      全五冊 【縦線あり】 絵本大和錦(ゑほんやまとにしき) 《割書:近代各人》  全三冊 【縦線あり】 古今名馬図彙(ここんめいばづゐ)     全三冊 【縦線あり】 絵本金剛伝(ゑほんこんがうでん)      全二冊 【縦線あり】 絵本武者揃(ゑほんむしやぞろへ)      全二冊 【縦線あり】 絵本勇士鑑(ゑほんゆうしかゞみ)      全二冊 【左丁 白紙】 【裏表紙】