【下段の記事】 安政二卯年十月二日 夜(よ)四ツ時(どき)大地(だいち)大(おほ)ひに 震(ふる)ひ山(やま)くづれ川うづみ家(いへ)を潰(つぶ)し府庫(くら)を 倒(たほ)し渚(なぎさ)こぐ舟(ふね)は波にたゞよひ道(みち) 行(ゆく)駒(こま)は  足(あし)の立所(たてど)を知(し)らずそのうへに猛火(くわじ) 八方(はつはう) より燃出(もえいで)怪我(けが) 人 死(し)人おびたゞしく猶(なほ)しば〳〵  ゆりかへしの来るに人々恐れおのゝきて   常(つね)には鎖(とざ)しにとざしする家 居(ゐ)もくらも 捨置(すておき)て葛籠(つゞら)を背負(せおひ) 出(だ)す五右衛門あれば   釜(かま)をかたぐる嶋屋の番頭 女房(にようぼ)が  ござは夜たか場如き下女(おさん)が手箱(てばこ)に烏(からす) なき悪(わる)いといふては駆(かけ)【駈は俗字】いだしよいといふては   逃(にげ)はしり其処(そこ)の広場 彼処(かしこ)の空地(くうち)へ 戸(と)を敷(しき)畳(たゝ)みを置(おき)ならべ木(こ)の下蔭(したかげ)の    花(はな)ならで星(ほし)をあるじのやどりには   茅(かや)の屋根だにあらざれば竹のはしらも    風流(いき)ならず建(たて)まはしたる塀風には    いさゝか閨(ねや)のさまあれど箪笥(たんす)の環(くわん)の  なる度(たび)に《割書:スハ》といひて驚(おどろ)くは彼(か)の新婚(しんこん)の   昼間(ひるま)に似(に)ず然(さ)れば常には夜更  ては蕎麦(そば)うつ人の風鈴かむれゐる   犬(いぬ)の鳴音(なくね)より外(ほか)にはたえて物もなき  町家(まちや)はづれの賑(にぎは)ひて昼(ひる)より明(あか)き   挑灯(てうちん)に火の用心(ようじん)をよぶ声(こゑ)と拍子(ひやうし)  木(ぎ)の音(おと)かしましく市(し)ちうはかへつて寂(ひつ)  莫(そり)かんと人(ひと)はありとも思へぬ有(あり)様      実(じつ)に前(せん)代未聞にて後(のち)の     はなしの種なりかし 【上段の図の囲みの中の題字】 《題:地震後野宿(ぢしんごのじゆく)の図(づ)》 【上部右】 〽子ぞうにそろばん  をおしへているとアノ         さわきさ   二日(にゝち)天災(てんさい)の後(ご)  《割書:と|び》            《割書:もの|  か》  地震がいつて    《割書:した》                              荷賃(にちん)が一朱  《割書:人事| 用心》           《割書: の|ため》  ひにちてん  《割書:だから| しかた》   たくの事   《割書: か|ねへ》   主人が   《割書:ひらやの| うちへ》    野ぢん  《割書:こし|たい》     ◑        ◑いやもう         そろ晩(ばん)の事を        おもひだしても          ぞつとする 【中部】     〽ぢしんの晩(ばん)   にはやねがなかつたから  なんぼ天地しんどうでも 我衣ては    ▲ ▲きりに   ぬれつゝには        おそれ          たよ            ○●                 ○●〽もう かう                    かこいができ                       りやア                    野でん                    あんばいよし                          さ       〽地       しんの      さわぎて     いまだにど    きやうがおち   つかねへから一ぱい  のみてへものだナニ かんをすることがで  きねへとそのちや   がまへつゝこみねへ    なんだちろりも        見(み)へ     ねへと      ヱヽまゝよ        ▼▲               ▼▲ひやでやらかせ                   野ぢんのちやまがは                    ちろりなくなり                     とは此事だ                          ろう 【下部】 〽それでも あめがふらな     〽なにさひとあめ   いでしあは     くるとじしんが    せだ       おさまるといふから     よ      ばら〳〵とむらさめ             ぐらいはしてもいゝ                    のさ           太田(をゝた)どうくわんが            そこのところをよんで                   おいた          ゆるがずはゆれまじ           ものを大ぢしんの            跡(あと)より張(は)れる                   のぢん                     の                  むら                   さめ                    と