TKGK-00060 書名  唐詩選画本,[六編]5巻 刊   5冊 所蔵者 東京学芸大学附属図書館 函号  921.43/TAC 撮影  国際マイクロ写真工業社 令和2年度 国文学研究資料館 【表紙題箋】《題:唐詩選画本 《割書:五言律》 一》 【見返し】 《割書:高井蘭山著|        五言律排律》     画本唐詩選 《割書:         嵩山房梓|北斎為一画》 【序】 絵本唐詩選五七言律序 済南先生之唐詩選。当時三百年間。分_二時 代_一 ̄ヲ為_レ 四 ̄ト。大概自_二武徳_一至_二 ̄マテ開元 ̄ノ初_一 ̄ニ為_二初唐_一 ̄ト。自_二 開元_一至_二 ̄マテ大暦 ̄ノ初_一 ̄ニ為_二盛唐_一 ̄ト。自_二大暦_一至_二 ̄マテ元和 ̄ノ末_一 ̄ニ 為_二 中唐_一 ̄ト。自_二開成_一至_二 ̄マテ五季_一 ̄ニ為_二晩唐_一 ̄ト。帝王二人。 公卿名士一百二十人。旡姓氏三人。緇徒 三人。奇巧妙案。詩通計四百六十五首。詩 之純粋 ̄ナル者也。唐詩画本諸部漸漸上木成。 依_レ之述_二斯事_一 ̄ヲ。抑古聖人刪_二 三百篇_一 ̄ヲ以成_レ経 ̄ト。 雖_下以_二唐詩_一 ̄ヲ不_上レ ̄ト為_レ経 ̄ト。然 ̄トモ窮_レ ̄シテ工 ̄ヲ極_レ ̄ルハ変 ̄ヲ。後世 ̄ノ所_レ不 ̄ル _レ曁也。聖人曰後世可_レ ̄ト懼 ̄ル。宋元明清有_レ世。則 輩出 ̄シテ。不_レ乏_二 ̄カラ名人_一 ̄ニ。奇 ̄ナル哉。天保壬辰季春高井 蘭山叟識     【印「伴寛」】【印「高蘭山/字/曰思明」】 唐詩選画譜(たうしせんぐわふ)は去(さ)る寛政(くわんせい)の頃(ころ)絶句(せつく)より始(はしめ)此所(こゝ)彼所(かしこ)を 抄出(せうしゆつ)して諸部(しよぶ)追々(おひ〳〵)彫刻(てうこく)す其時(そのとき)は嗣刻(しこく)の意(こゝろ)もあら ず幸(さいはい)なるかな大(おほひ)に世(よ)に行(おこなは)れ厥后(そのゝち)は選(せん)の数首(すしゆ)を洩(もら)さず今(いま) 更(さら)諸部(しよぶ)を満尾(まんび)せんことを期(ご)す然(しか)るに此篇(このへん)の序文(じよぶん) にも述(のぶ)る通(とを)り唐(たう)三百年ばかり詞客(しかく)文人(ぶんじん)いづれの世(よ) にもまさりて高(たか)かりけるを初唐(しよたう)盛唐(せいたう)中唐(ちうたう)晩(ばん) 唐(たう)の人物(しんぶつ)時代(じだい)をわかつ年代(ねんだい)の次序(しじよ)もあれは季滄溟(りさうめい)が撰(せん) を一首(いつしゆ)も進退(しんたい)すべきにあらずといへとも止(やむ)ことを得(え)す初(はじめ)に彫(てう) 刻(こく)せしは残(のこ)し其余(そのよ)を集(あつむ)るゆへ甚(はなは)だ本集(ほんしふ)の意(こゝろ)に狠(もと)れり 依(よつ)て書林(しよりん)嵩山房(すうざんばう)の主人(しゆじん)に代(かわ)りて申/訣(わけ)を述(のぶ)かつ又(また)先(せん) 刻(こく)に慣(なら)ひ毎詩(まいし)大意(たいい)を略解(りやくかい)すといへとも猶(なを)くわしき事 は諸先生(しよせんせい)の註解(ちうかい)せし本(ほん)ども嵩山房(すうざんばう)蔵書目録(さうしよもくろく)に弘(ひろむ)る通(とを) 品(しな)〳〵あれば是(これ)をよまば講義(かうぎ)の微細(みさい)を得(え)んものなり  天保三辰年春       高井蘭山再述 【印「哂我ヵ」】 【小題】 鳳闕    從軍行(しうぐんかう)               楊炯(やうけい)   烽火(ほうくわ)照(てらす)_二西京(せいけいを)_一。心中自(しんちうおのづから)不(ず)_レ平(たいらかなら)。牙璋(げしやう)辞(じし)_二鳳闕(ほうけつを)_一。鐵(てつ)  騎(き)繞(めぐる)_二龍城(りようじやうを)_一。雪暗(ゆきくらうして)凋(しぼみ)_二旗画(きぐわ)_一。風多(かぜおほくして)雜(まじはる)_二鼓聲(こせい)_一。寧(むしろ)爲(なるとも)_二  百夫長(ひやくふのおさと)_一。勝(まされり)_レ作(なるに)_二 一書生(いつしよせいと)_一。【印「天真」】 従軍行(しうぐんかう)は辺塞(へんさい)の胡虜(ゑびす)京方(みやこがた)へ入(いり)こみたがるゆへ軍勢(ぐんぜい)多(おほ)く守(まも)りに行(ゆく)其人数(そのにんじゆ)に行(ゆき)油断(ゆだん) せずに戍(まも)れば夜(よる)は火(ひ)をあげ昼(ひる)は煙(けふり)をあげてさま〴〵の注進(ちうしん)あり西京(せいけい)まで人々(ひと〴〵)の心(こゝろ)が不平(おちつかぬ) 禁裡(きんり)より牙璋(わりふ)を大将(たいしやう)へ給(たまは)り征伐(せいばつ)につかはさる是(これ)を鳳闕(ほうけつ)を辞(いとまごひ)し発馬(ほつば)するに云/鉄騎(よろひむしや)大将(たいしやう) に従(したが)ひ匈奴(きようど)の龍城(りようじやう)を取(とり)まわし繞(めぐ)るえびすは早(はや)く寒(かん)を催(もよほ)し九月の比(ころ)より雪(ゆき)が降(ふる)故(ゆゑ) 暗(くら)くなり大将(たいしやう)のもたせた旗(はた)に画(ゑ)があるがたはんで凋(しぼ)むやうな寒風(かんふう)吹(ふい)て軍勢(ぐんぜい)にいさみを つける太鞁(たいこ)の声(こゑ)が雑(まじは)り物騒(ものさわが)しい功(こう)を立(たつ)れは諸侯(だいみやう)にもなるゆゑたとへ百/人(にん)の小頭(こがしら)となりても此(この) 方(はう)などの学問(がくもん)するものにはましぢや七八の句(く)は我身(わがみ)の用(もち)ひられぬを憤(いきどを)りたる心(こゝろ)を含(ふく)む 【挿絵】    杜少府(とせうふ)之(ゆく)_二任蜀州(じんにしよくしうに)_一  王勃(わうぼつ)  城闕輔(せいけつほし)_二 三秦(さんしんを)_一。風煙望(ふうえんのそむ)_二 五津(ごしんを)_一。与(と)_レ君(きみ)離別意(りべつのい)。同(おなじく)  是宦遊人(これくわんゆうのひと)。海内(かいだい)存(そんす)_二知己(ちきを)_一。天涯(てんがい)若(ごとし)_二比隣(ひりんの)_一。無(あぢき)_レ爲(なし)  在(あつて)_二岐路(きろに)_一。児女共(じぢよともに)沾(うるほすことを)_レ巾(きんを)。  【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 杜(と)は氏少府(うぢせうふ)は納戸役(なんどやく)から転(てん)じて蜀(しよく)の役人(やくにん)に任(にん)ぜられ之(ゆく)を送(おく)る詩(し)也/其元(そこもと)のゆく蜀(しよく)の国(くに)は 要害(えうがい)を能(よく)せねばならぬ京(みやこ)に万一(まんいち)不慮(ふりよ)があれば天子(てんし)も行幸(みゆき)あるそれゆゑ京(きやう)の三ヶ所(しよ)の 役所(やくしよ)の手(て)だすかりにある其風煙(そのけしき)は五(いつ)の津(わたし)を望(のぞ)む夷(えびす)が京(みやこ)へ打入(うちい)るに五の津(わたし)を通(とを)らねば こられぬそこで物見(ものみ)の役人(やくにん)が日夜(にちや)五/津(わたし)を望(のぞん)で居(ゐ)る用心(ようじん)せねばならぬ所(ところ)ぢや扨(さて)君(きみ)と離(り) 別(べつ)する意尽(こゝろつき)ぬけれ共/君(きみ)も我(われ)も京(みやこ)から他国(たこく)へ役人(やくにん)と成(なり)て行(ゆく)はしれたことゆへ手前(てまへ)も明日(あす)は 何国(いづく)へ役人(やくにん)と成(なり)て行(ゆき)又(また)逢(あ)ふこともはからぬ身(み)の上(うへ)ぢや海内(かいだい)は万国(ばんこく)同(おな)じことで此天(このあめ)が下(した)何(いづ)くの 国(くに)へ行(ゆく)共/君(きみ)と手前(てまへ)と心(こゝろ)さへ替(かわ)らねは秦(しん)と蜀(しよく)の遠(とを)くはる〴〵天(てん)の涯(かぎり)でも軒比(のきならび)の隣(となり)と思(おも)ふされ 共/別(わか)れ苦(くるし)く無為(うかり)となる別路(わかれぢ)にありて女(をんな)童(わらべ)の様(やう)に共々(とも〴〵)に手巾(てのごひ)を沾(うるほ)すやうに涙(なみた)を流(なが)す上(うは)べは きつとしたことを云(いふ)ても自然(しぜん)と心中(しんちう)の真情(しんじやう)あらはれ名残(なごり)をしきありさまはかく有(ある)べき事(こと)ぢや 【挿絵】    送(おくる)_二崔融(さいゆうを)_一  君王行出將(くんわうゆく〳〵いでゝしやうたり)。書記遠(しよきとをく)從(したがふ)_レ征(せいに)。祖帳(そちやう)連(つらなり)_二河闕(かけつに)_一。軍麾(ぐんき)動(うごかす)_二洛城(らくじやうを)_一。 旌旃朝朔氣(せいきあしたにさつき)。笳吹夜辺声(かすゐよるへんせい)。坐覚煙塵掃(そゞろにおぼふえんぢんのはらふことを)。秋風古北平(しうふういにしへのほくへい)。 -------------------------------------------------------------------------------- 前(まへ)に出(いづ)る崔著作(さいちよさく)東征(とうせい)の詩(し)と合(あは)せみるべし武攸曁(ふしうき)君王(くんわう)に封(ほう)ぜられ契丹(けいたん)に向(むかつ)て 行(ゆく)々(〳〵)出立(いでたち)大将(たいしやう)とならるゝ其元(そこもと)学問(がくもん)才智(さいち)有(ある)ゆゑ文章(ぶんしやう)の書紀役(しよきやく)となり遠(とを)き処(ところ)へ 征伐(せいばつ)に従(したがつ)て行(ゆか)るゝ扨(さて)君王(くんわう)を送(おく)る事ゆへ道(みち)の神(かみ)の塁祖(るいそ)を祭(まつ)り帳(まく)を張(はる)座席(ざせき)が河水(かすゐ)伊(い) 闕(けつ)のあたり迄(まで)つゞくそこで君王(くんわう)の小簱(こばた)を以(もつ)て差図(さしづ)ある日本(にほん)の軍配団(ぶんばいうちは)の様(やう)なるもの 其勢(そのいきほ)ひは洛陽(らくしやう)の城(しろ)も振動(しんどう)する様(やう)ぢや扨(さて)契丹(けいたん)に往(ゆか)れたら旌旗(せいき)を此彼所(こゝかしこ)に建備(たてそな)へ 朝(あさ)な〳〵朔風(きたかぜ)の気(き)で寒(さむ)からんそれに胡(えびす)が笳(か)と云/哀(かなし)い声(こゑ)の笛(ふえ)を吹(ふき)夜(よ)な〳〵は辺塞(へんさい)哀(あはれ)な 事(こと)で心細(こゝろほそ)く有(あり)つらん坐(そゞろ)とはどこともなく覚(おぼふ)は思(おも)ふと云(いふ)きみ此度(このたひ)は大将(たいしやう)と云/其元(そこもと)などの勝(すぐ)れ 者(もの)と云(いひ)それが取計(とりはから)ひするゆへどこともなく思(おも)ひます烽(のろし)の煙(けふり)も馬足(ばそく)の塵(ちり)を蹴立(けたつ)るも埽(はら)ひ 尽(つく)して秋風(あきかぜ)の吹折(ふくをり)から古(いにしへ)の通(とを)り北平郡(ほくへいぐん)も此方(このはう)へ取返(とりかへ)し騒(さわが)しかりし戦(たゝかひ)も鎮(しづま)り治(をさま)りましやう 【挿絵】   扈(こ)_二_従(しようして)登封(とうほうに)_一途中作(とちうにしてつくる)     宋之問(そうしもん) 帳殿鬱崔嵬(ちやうでんうつとしてさいくわい)。僊遊実壮哉(せんゆうじつにさかんなるかな)。曉雲(けううん)連(つらなつて)_レ幕(まくに)捲(まき)。夜火(やくは)雜(まじわつて)_レ星回(ほしにかへる)。 谷暗千旗出(たにくらうしてせんきいで)。山鳴万乗来(やまなりてばんじようきたる)。扈遊良(こゆうまことに)可(べし)_レ賦(ふす)。終(ついに)乏(とぼし)_二掞天才(だんてんのさいに)_一。 -------------------------------------------------------------------------------- 登封(とうほう)とは石(いし)を築(きづ)き天(てん)を祭壇(まつるだん)を封(ほう)と云/帳殿(ちやうでん)は幕張(まくばり)のかり御殿(ごてん)崔嵬山(けわしきやま)にかまへある是(これ)へ 仙遊(みゆき)有(ある)は実(げ)に壮哉(けつかう)なることぢや扨(さて)夜(よ)が明(あけ)て早(はや)く起(おき)たる時(とき)は天(てん)が人(ひと)に交(まじは)ることをのぶ暁(あかつき)の雲(くも)は 幕(まく)と同(おな)じくつゞいて捲(まき)あぐる夕(ゆふべ)に宿(やど)りおる時(とき)は人(ひと)の方(かた)から天(てん)に交(まじは)ることをのぶ炬火(たいまつ)を持(もち) て山(やま)のかり御殿(ごてん)に登(のぼ)れば其(その)あかり星(ほし)とひとつに雑(まじはつ)て 回(かへ)るぢや高(たか)き処(ところ)は早(はや)く明(あく)れ共/大勢(おほぜい) 供奉(ぐぶ)の人々は谷(たに)に宿(やど)りてまだくらけれ共いくらも〳〵旗(はた)を持(もち)て出(いづ)る人声(ひとこゑ)か騒(さわ)がしい山(やま)も 三度(みたび)万歳(ばんぜい)と鳴(なり)わたると万乗玉路(てんしみくるま)にめして来(きた)るやうすかゝる目出度(めでたき)御/供(とも)ゆゑ良(まこと)に いかやうにも恐悦(きようえつ)の詩(し)を賦(ふ)すべけれ共/天(てん)を掞(おほ)ふ才(さい)が乏(とぼし)いゆへ心(こゝろ)ばかりと謙退(けんたい)した様(やう)な れ共/実(じつ)はかゝる大礼(たいれい)の盛事(せいじ)なれば末代(まつたい)にのこす碑文(ひもん)など命(おほせつけられ)ても能(よ)からうと云を言(げん) 外(ぐわい)にもたせた此詩(このし)の中(うち)仙遊(せんゆう)扈遊(こゆう)どちか一/字(じ)誤(あやま)る 【挿絵】    送(おくる)_三沙門弘景道俊玄荘(しやもんかうけいどうしゆんげんしやうが)還(かへるを)_二荊州(けいしうに)_一応制(おうせい)  一乗(いちじよう)帰(かへる)_二浄域(じやうゐきに)_一。万騎(ばんき)餞(はなむけす)_二通荘(とうさうに)_一。就(ついて)_レ日(ひに)離亭近(りていちかく)弥(わたりて) _レ 天(てんに)別路長(べつろながし)。荊南(けいなん)旋(かへり)_二杖鉢(ぢやうはつ)_一。渭北(ゐほく)限(かぎる)_二津梁(しんりやう)_一。何日(いづれのひか) 紆(まとふて)_二真果(しんくわを)_一。還来(かへりきたつて)入(いらん)_二帝郷(ていきやうに)_一。 【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 沙門(しやもん)は天竺(てんぢく)の詞(ことば)訳(やく)して勤息(ごんそく)とす善(ぜん)を勤(つと)め悪(あく)を息(やむる)也/応制(おうせい)は勅(ちよく)をうけ詩(し)を作(つく)る也/一乗(いちじよう)は法華経(ほけきやう) 方便品(はうべんほん)の字(じ)三人の出家(しゆつけ)一ツ車(くるま)にのり荊州(けいしう)に清浄(しやう〴〵)の域【「域」のルビ「かまい」ヵ】が有(ある)其所(そのところ)へ帰(かへ)る天子(てんし)ゟ/命(おほせ)にて万騎(おほぜいのはたもと)に 禁城(きんじやう)御/門前(もんぜん)通荘(ひろみち)まで餞(はなむけ)に出(いで)よと有日(あるひ)は天子(てんし)にたとへ天子(てんし)のひざもとへ就(ちかより)て離亭(はなむけざしき)も近(ちか)く あれ共/天(てん)までおし弥(わたり)て別路(べつろ)が長(なが)い荊州(けいしう)の南(みなみ)に錫杖(しやくぢやう)をたづさへ鉢(はち)を持(もつ)て旋(かへら)るゝゆゑ渭水(ゐすゐ) の北(きた)の京(みやこ)は津(わたし)となり梁(はし)となる衆生(しゆじやう)済度(さいど)はこれらが限(かぎ)りである渭水(ゐすゐ)を云(いふ)たゆゑ津(しん) 梁(りやう)を取合(とりあは)せ面白(おもしろ)く働(はたらい)た真果(しんくわ)は仏道成就(ぶつだうじやうじゆ)を云/何(いづ)れの日(ひ)か仏果(ぶつくわ)をまとひ還来(かへりきた)り帝郷(みやこ) に入ん此詩中(このしちう)就(ついて)_レ日(ひに)何日(いづれのひ)どちらか誤(あやま)る《割書:日の字|二ツあり》 【挿絵】    長寧公主東荘侍_レ宴           李嶠 別業臨_二青甸_一。鳴鑾降_二紫霄_一。長筵 鵷鷺集。僊管鳳凰調。樹接_二南山 近。煙含_二北渚_一遙。承_レ恩_レ咸已醉。恋 賞未_レ還_レ鑣。 【印「松軒」】    ちやうねいこうしゆとうさうにしてえんにしす   りけう べつげふせいでんをのぞみ。めいらんしせうよりくだる。ちやうえんゑんろあつまり。せんくわん ほうわうとゝのふ。きなんざんにせつしてちかく。けふりほくしよをふくんではるかなり。おんを うけてみなすでにゑふれんしやうしていまだくつばみをかへさず。 -------------------------------------------------------------------------------- 新唐書(しんたうじよ)に長寧公主(ちやうねいこうしゆ)は中宗(ちうそう)の女(むすめ)楊慎(やうしん)の妻(つま)となる此別業(このしもやしき)東(ひがし)の方(かた)草木(さうもく)青(せい)〳〵としげ りし甸(むら)を見おろし景色(けしき)よきゆゑ公主(ひめみや)が車(くるま)にのり銮(すゞ)をならし雲(くも)の上(うへ)より降(くだ)らるゝ長筵(ひろざしき) に鵷鷺(ゑんろ)大(おほひ)なるは先(さき)小(ちいさ)なるは跡(あと)から飛(とぶ)やうに行儀(ぎやうぎ)正(たゞ)しく席(せき)を順(じゆん)にして集(あつま)る簫(せう)の笛(ふえ)を吹(ふく) と鳳凰(ほうわう)の声(こゑ)がして調子(てうし)が能(よく)とゝのふと云/公主(ひめみや)ゆゑ弄玉(ろうぎよく)のこと含(ふく)み云/公主(ひめみや)の夫(をつと)楊慎(やうしん)も来(きた)る ゆへ雄雌(をめ)の鳳凰(おほとり)をかこつけて云/庭(には)のけしき向(むかふ)の遠(とを)き南山(なんざん)に接(つゞき)目(め)の前(まへ)に引付(ひきつけ)間近(まぢか)くみゆる 煙(けふり)のたな引(びく)はそばの北渚(ほくしよ)を含(ふくみ)はるかに遠(とを)くみへる南山(なんざん)は外(そと)にあるを近(ちか)しと云/北渚(ほくしよ)は庭(には)の内(うち)へ 流入(ながれこむ)を遥(はるか)と云/近遥(きんえう)の二字(にじ)を苟且(かりそめ)につかはぬ公主(ひめみや)より皆(みな)酒(さけ)をのめと仰(おふせ)の恩(おん)を承(うけ)て皆々(みな〳〵)もはや たべ酔(ゑひ)ましたが此風景(このふうけい)に感(かん)じ思召(おほしめし)はあつし名残(なごり)をしく賞(ほめ)まして馬(うま)に乗(のり)くつばみをならし て帰(かへ)る心(こゝろ)がござりませぬと御/礼(れい)をものべ御/庭(には)のけしきに心(こゝろ)のこるをのべたり 【挿絵】   恩勅麗正殿書院(おんちよくありてれいせいでんのしよゐんにして)賜(たまふ)_レ宴(えんを)応制(おうせい)得(えたり)_二林字(りんのしを)_一 張説(ちやうえつ) 東壁図書府(とうへきとしよのふ)。西園翰墨林(せいゑんかんぼくのはやし)。誦(しようして)_レ詩(しを)聞(きく)_二國政(こくせいを)_一。講(かうして)_レ易(えきを)見(みる)_二 天心(てんしんを)_一。 位(くらゐは)竊(ぬすみ)_二和羹(くわかうの)重(おもきを)_一。恩(おんは)叨(みだりにす)_二醉(ゑふことの)_レ酒(さけに)深(ふかきを)_一。載(すなはち)歌春興曲(うたふしゆんきようのきよく)。情竭(じやうつくすは)爲(ためなり)_二知音(ちいんの)_一。 -------------------------------------------------------------------------------- 唐(たう)の開元(かいげん)中/張説文章博士(ちやうえつぶんしやうのはかせ)の頭(かしら)にて礼(れい)せらる。諸学者(しよがくしや)を召(めし)て酒宴(しゆえん)を給(たま)はり勅(ちよく)にて詩(し)を作(つく)る 韻(ゐん)を分(わか)ち林(りん)の字(じ)を得(え)たり東壁(とうへき)の二星(じせい)は書籍(しよじやく)を司(つかさど)る図書(しよもつ)の府(ふ)とは集(あつま)る処/魏(ぎ)の曹子建(さうしけん) 西園(さいえん)に翰墨(がくしや)を林集(おほくあつめ)しことあり諸国(しよこく)の詩(し)をあつめ政(まつりごと)の善悪(ぜんあく)を改(あらた)め易(えき)を講(かう)じ諸有司(しよやくにん) の勤方(つとめかた)天心(てんしん)にかなふやいなやを見る和羹(くはかう)は尚書(しやうしよ)説命(えつめい)の文(ふん)を取(とり)天下(てんか)を料理(れうり)するにたとへ不才(ふさい) にて及(およば)ぬことを勤(つとむ)るは位(くらゐ)をぬすむにあたるを云みだりに御/恩(おん)の酒(さけ)に酔(ゑい)音曲(おんぎよく)に情(じやう)の有(あり)たけを つくすは天子(てんし)聞(きゝ)わけて給れと也/鍾子期(しようしき)よく音(おん)を弁(べん)ぜしが死(し)して伯牙(はくが)琴(きん)を破(やぶ)り今(いま)天下(てんか) に音(おん)を知(し)るものなしとて一生(いつしやう)弾(ひか)ざりし故事(こじ)こゝは天子(てんし)聞(きゝ)わけて給れとの心(こゝろ)なり 【挿絵】    還(かへつて)至(いたる)_二端州駅(たんしうえきに)_一前(さきに)与(と)_二高六(かうりく)_一別処(わかれしところなり) 旧館分江口(きうくわんぶんかうのほとり)。凄然(せいぜんとして)望(のぞむ)_二落暉(らくきを)_一。相逢(あいあふて)伝(つたへ)_二旅食(しよしよくを)_一。臨(のぞんで) _レ別(わかれに)換(かふ)_二征衣(せいいを)_一。昔記山川是(むかしきすさんせんしなり)今傷人代非(いまいたむじんたいのひなるを)。往來(わうらい) 皆此路(みなこのみち)。生死(せいし)不(ず)_レ同(おなじうせ)_レ帰(おもむきを)。 【印「栖■」栖霞ヵ】 -------------------------------------------------------------------------------- 端州(たんしう)は張説岳州(ちやうえつがくしう)に貶(へん)せられし時(とき)高六(かうりく)とわかれし所(ところ)にて高六(かうりく)が死(し)を悲(かなしん)て作(つく)る高(かう)は氏(うぢ)名(な)は戩(せん)六(りく)は兄(けい) 弟(てい)の順(じゆん)也/旧(むかし)館(やど)をかりしは分江(ぶんかう)の入口(いりくち)でありし今年(こんねん)手前(てまへ)は京(みやこ)へ帰参(きさん)を許(ゆる)され生(いき)て帰(かへ)れども高六(かうりく)は 死去(しきよ)せりたゞさへ落暉時(いりひとき)はもの淋(さび)しきに凄然(あはれ)に落日(いりひ)のけしきを臨(のぞ)み昔(むかし)此処(こゝ)て相逢(あひあふ)てはたごや 飯(めし)を手(て)から手(て)へつたへ喫(くらひ)しことあり左遷(さすらへ)の行先(ゆくさき)が違(ちが)ふゆへ別(わかれ)にのぞみ衣類(いるゐ)を取(とり)かへ互(たがひ)に日夜(にちや) 思(おも)ひ出(いだ)さんと約(やく)せし見し山(やま)や川(かわ)は其時(そのとき)の通(とを)りにて傷(いたま)しいは人(ひと)の代(よ)のうつり替(かわ)るわかれの時(とき)も帰(かへ)る も同(おな)じ此路(このみち)なるに高六(かうりく)は死(し)し此方(このはう)は生活(いきながらへ)とも〴〵京(みやこ)へ帰(かへ)ることもならぬ    宿(しゆくす)_二雲門寺閣(うんもんじのかくに)_一   孫逖(そんてき)  香閣東山下(かうかくとうざんのもと)。煙花象外幽(えんくわしやうぐわいにゆうなり)。懸(かく)_レ燈(ともしびを)千嶂夕(せんしやうのゆふべ)。  巻(まく)_レ幔(まんを)五湖秋(ごこのあき)。画壁(ぐわへき)余(あまし)_二鴻雁(かうがんを)_一。紗窓(しやそう)宿(しゆくす)_二  斗牛(とぎう)_一。更疑天路近(さらにうたがふてんちのちかきと)。夢(ゆめに)与(と)_二白雲(はくうん)_一遊(あそふ)。【印「栖■」栖霞ヵ】 -------------------------------------------------------------------------------- 雲門寺(うんもんじ)は浙江(せつかう)にあり寺(てら)はすべて香(かう)の字(じ)をつけて云/此香閣(このかく)は寺(てら)の東山(とうざん)の下(もと)に有(ある)其煙華(そのけしき)は象(このよを) 外に【「外に」のルビ「はなれ」】幽夜(おくふかいよ)に入(いつ)て高閣(かうかく)にともすゆゑ灯(ともしひ)を懸(かゝぐ)と千嶂(おほくのやま)も夕(ゆふべ)のけしき静(しづま)りかへる嶂(しやう)は山(やま)の屏風(ひやうぶ)の如(ごと)く なる也/幔(たれまく)を巻(まき)あげて望(のぞ)めば五湖(ごこ)の秋(あき)げしき一/面(めん)にみゆる扨(さて)寺(てら)の古(ふる)めかしきを云て画(ゑがけ)る壁(かべ)に鴻(かう) 雁(がん)も古(ふる)くなりちぎれ〳〵なるを余(あま)ると云/閣(にかい)の高(たか)きを云て紗(しや)の切(きれ)で張(はり)し障子窓(しやうじまど)のあたり此地(このち) の分野(わりつけ)の斗牛(とぎう)の星(ほし)が宿(やど)りてみへる疑(うたがは)しき事は帝釈天(たいしやてん)兜率天(とそつてん)三十三/天(てん)にも上(のぼ)る路(みち)が近(ちか)いやうに あるゆへ一宿(いつしゆく)して寐入(ねいり)たれば夢(ゆめ)に白雲(はくうん)が迎(むか)ひに来(き)て雲(くも)とともに天(てん)にあそぶことを見た 【挿絵】    幸(みゆきして)_レ蜀(しよくに)西(にしのかた)至(いたる)_二剣門(けんもんに)_一  玄宗皇帝(げんそうくわうてい)  剣閣(けんかく)橫(よこたはつて)_レ雲峻(くもにけはし)。鑾輿出狩回(らんよいでかりしてかへる)。翠屛千仞合(すゐへいせんじんがつし)。丹(たん) 嶂五丁開(しやうごていひらく)。灌木(かんぼく)縈(まとふて)_レ旗(はたを)転(てんじ)。仙雲(せんうん)払(はらつて)_レ馬(うまを)来(きたる)。乗(じようずること)_レ時(ときに) 方(まさに)在(あり)_レ德(とくに)。嗟爾(さじす)勒(ろくする)_レ銘(めいを)才(さい) 【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 蜀(しよく)の剣閣山(けんかくざん)は空(そら)に在(あり)雲(くも)の上(うへ)に横(よこ)たはり嶮(けわし)銮(すゞ)の音(をと)ある車(くるま)に召(め)され蜀(しよく)の方(かた)を巡見(じゆんけん)して帰(かへ)らる翠(みどり) 色(いろ)の屏風(びやうぶ)を建(たて)しごとく千仞(せんじん)も高(たか)い山(やま)がつらなり合(あ)ふてある丹(あか)き石(いし)有(ある)嶂(やま)は昔(むか)し五人の大力(だいりき)なる若者(わかもの)が 路(みち)を開(ひらき)切通(きりどを)しを拵(こしらへ)しが山路(やまみち)せまく灌木(しげれるき)に路(みち)をふさぎ簱(はた)がからみてあちこち転(めぐ)る山(やま)からおこる雲(くも)が 御/馬(うま)の鼻先(はなのさき)をすり払(はらつ)てくる此処(このところ)に晋(しん)の張載(ちやうさい)が石碑(せきひ)を立置(たておい)たるを叡覧(えいらん)有(ある)に銘(めい)の句中(くちう)に時(とき)に乗(じよう)じ 天下(てんか)を保(たもつ)ことは徳(とく)にある要害(えうがい)堅固(けんご)はけつく脆(もろし)と有故(あるゆゑ)さても〳〵と御感有(ぎよかんあり)銘(めい)を石(いし)に勒(ほり)つけたをほめ給ふ 嗟爾(さじす)とは感(かん)じ入(いる)こと横(よこたはる)_レ雲(くもに)仙雲(せんうん)どちらか誤(あやまり)也《割書:雲の字詩の|中に二ツあり》玄宗帝(げんそうてい)安禄山(あんろくさん)が乱(らん)にて蜀(しよく)へのがれ乱(らん)治(をさまり) て還御(くわんぎよ)有(ある)を狩(かり)に出(いで)給ふに云(いふ)たもの也/二十以上(はたちいじやう)の若男(わかをとこ)を丁(てい)と云(いふ)とあり五丁(ごてい)は五人なり 【挿絵】 【挿絵】 【挿絵】洎夫藍(さふらん) 【裏表紙】 【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:五言律》 二》 【小題】少婦    塞下曲(さいかのきよく)        李白(りはく) 虜(さいりよ)乗(じようして)_レ秋(あきに)下(くだる)。天兵(てんへい)出(いづ)_二漢家(かんけを)_一。将軍(しやうぐん)分(わかち)_二虎竹(こちくを)_一。戦士(せんし)臥(ふす)_二龍沙(りようしやに)_一。 辺月(へんげつ)隨(したがひ)_二弓影(きうえいに)_一。胡霜(こさう)払(はらふ)_二剣花(けんくわを)_一。玉関殊(ぎよくくわんことに)未(いまだ)【左ルビ「ズ」】_レ入(いら)。少婦(せうふ)莫(なかれ)_二長嗟(ちやうさすること)_一。 -------------------------------------------------------------------------------- 塞上塞下(さいしやうさいか)すべて胡(えびす)をおさへ軍場(いくさば)を云/秋(あき)になると胡(えびす)が京(みやこ)へ軍(いくさ)を仕(し)かけたがる胡(えびす)は地高(ぢだか) 也/京師(みやこ)は低(ひく)いゆゑ下ると云/油断(ゆだん)がならぬ故(ゆゑ)天子(てんし)ゟ/将軍(しやうぐん)を申付/軍兵(くんびやう)を揃(そろ)へ家(いへ)を出(いで)て 征伐(せいばつ)に向(むか)ふ将軍(しやうぐん)へ丸竹(まるだけ)に虎(とら)の画(ゑ)をかき二ツに割(わり)一ツは将軍(しやうぐん)に給(たまは)はり一ツは天子(てんし)に留(とゞ)め割符(わりふ)にす 大勢(おほぜい)の戦士(せんし)もえびすの龍沙(りようさ)に陣取(ぢんどり)して起臥(おきふ)し夜(よる)も寐(ね)ずに戍(まも)り居(ゐ)れば辺塞(へんさい)に 弦(つる)を張(はり)たる弓(ゆみ)の影(かげ)に月(つき)もともに照(てら)し胡(えびす)の天(てん)より霜(しも)のふりかゝるごとくに剣(けん)を振回(ふりまわ) すと其光(そのひかり)が花(はな)の乱(みた)るゝ如(ごと)くじや払(はらふ)はふります意(こゝろ)まだ玉門関(ぎよくもんくわん)に入(いら)ぬに戦(たゝかひ)が有(ある)くらゐ なれば何(いつ)の年(とし)帰(かへ)らるゝやら京(みやこ)に待在(まちある)少(わか)き婦(つま)も長(なが)く嗟(なげ)かず思(おも)ひ切(きつ)ておれと表向(おもてむき)は 武士(ぶし)の心(こゝろ)強(づよ)くいへ共/内心(ないしん)つらいかなしひ人情(にんじやう)かく有(ある)べき事(こと)じや 【挿絵】    秋思(しうし) 燕支黃葉落(えんしくわうえふおつらん)。妾望自(せふのぞんでみつから)登(のぼる)_レ台(だいに)。 海上碧雲断(かいしやうへきうんたへ)。単于秋色來(ぜんうしうしよくきたる)。 胡兵沙塞合(こへいしやさいにがつし)。漢使玉関回(かんしぎよくくわんよりかへる)。征客(せいかく)無(なし)_二帰日(きじつ)_一。空(むなしく)悲(かなしむ)_二蕙草摧(けいさうのくだくることを)_一。。 -------------------------------------------------------------------------------- 秋(あき)は来(く)れ共/夫(をつと)は辺塞(へんさい)にとゞまり帰(かへ)らずもの思(おも)ひすることを作(つく)る燕支山(えんしざん)は胡(えびす)にあり紅(べに)の出(いづ)る所(ところ) かの山(やま)も黄葉(くわうえふ)落(おつ)るならんせめて妾(わたくし)が望(のぞん)でみたいと思(おも)ふゆゑ自(われをわすれ)高(たか)き台(うてな)にのぼり見わたせば 夫(をつと)の行(ゆか)れし海上(かいしやう)は碧雲(へきうん)もかすかになり断(たへ)てみへぬ単于(ぜんう)の胡地(えびすち)よりあはれなる秋(あき)のけしきは 来(く)るやうな聞(き)けば胡(えびす)の軍兵(ぐんひやう)が沙(すな)はらの塞(ばんしよ)に集(あつま)り合(あひ)て戦(たゝかひ)はやまぬと云(いふ)よし京(みやこ)から胡(えびす)の様子(やうす) を見に遣(つかは)された使(つかひ)が玉門関(ぎよくもんくわん)から先(さき)へは行(ゆか)れぬと云て回(かへ)りしさすれば征客(をつと)はいつかへると云 日限(ひぎり)はないとやかくする内(うち)年月(としつき)は行過(ゆきすぎ)役(やく)に立(たゝ)ぬ事ながら悲(かな)しい蕙草(かほりぐさ)の摧(くだ)けしぼ むやうに我顔容(わがかほかたち)もおとろへ朽(くち)はてぬらん 【挿絵】     送(おくる)_二友人(ゆうじんを)_一 青山(せいざん)橫(よこたはり)_二北郭(ほくくわくに)。白水(はくすゐ)遶(めぐる)_二東城(とうじやうを)_一。此地一(このちひとたび)為(なし)_レ別(わかれを)。孤蓬万里征(こほうばんりにゆく)。 浮雲游子意(ふうんゆうしのこゝろ)。落日故人情(らくじつこじんのじやう)。揮(ふるつて)_レ手(てを)自(より)_レ茲(これ)去(さる)。蕭二(せう〳〵として)班馬鳴(はんばなく)。 -------------------------------------------------------------------------------- いかなる山水(さんすゐ)絶景(ぜつけい)も其土地(そのとち)に住(すみ)て平生(へいぜい)眺(ながむ)れば常(つね)のことニ而/面白(おもしろ)く思(おも)はぬ青山(せいざん)が北(きた)の郭(くるは)に横(よこ)に つゞき白水(はくすゐ)が東城(とうじやう)を遶(めぐ)りて流(なが)るゝけしきも常(つね)に見れは何共(なにとも)思(おも)はざりしが今日(けふ)友(とも)だちに別(わか)るゝ になつて殊(こと)さら目(め)に附(つき)此(この)けしきを見捨(みすて)て其元(そのもと)はなぜ旅立(たびだち)なさるゝと不審(ふしん)に思(おも)ひます 此面白(このおもしろ)き土地(とち)で一(ひと)たび別(わかれ)をなし蓬(よもぎ)のかれてちるごとく遠(とを)き万里(ばんり)に征(ゆか)るゝ浮雲(うきくも)のぶら〳〵 行(ゆく)ごとく遊子(たびゞと)の意(こゝろ)はつらからん落日(いりひ)のさびしき折(をり)からは今(いま)はいづくに宿(しゆく)して居(ゐ)らるゝ【「らるゝ」は「たる」ヵ】ことゝ故人(なじみ) の情(なさけ)は忘(わす)れはせぬすべて唐人(たうじん)は別(わか)るゝ時(とき)互(たがひ)に手(て)を握(にぎ)り合(あふ)て名残(なごり)を惜(をし)む手(て)を揮(ふり)はなし これより行去(ゆきされ)ば蕭々(ものあはれ)になり東西(とうざい)に班(わかれ)ゆく馬迄(うまゝで)がいなゝく馬(うま)にはなく実(じつ)は手前(てまへ)がなくじや 【挿絵】    送(おくる)_二友人(ゆうじんの)入(いるを)_一レ蜀(しよくに) 見説蚕叢路(みるならくさんさうのみち)。崎嶇(きくとして)不(ず)_レ易(やすから)_レ行(ゆき)。山(やま)従(より)_二 人面(じんめん)_一起(おこり)。雲(くも)傍(そふて)_二馬頭(ばとうに)_一生(しやうず)。 芳樹(はうじゆ)籠(こめ)_二秦棧(しんさんを)_一。春流(しゆんりう)遶(めぐる)_二蜀城(しよくじやうを)_一。升沉(しようちん)応(まさに)【左ルビ「べし」】_二已定(すでにさだまる)_一。不(ず)_三必(かならずしも)問(とは)_二君平(くんへいに)_一。 -------------------------------------------------------------------------------- 見説(みるならく)とは手前(てまへ)も見ておる蚕叢(さんさう)の開(ひら)きし山路(やまぢ)はさがしくて行易(ゆきやす)からず殊(こと)の外/難所(なんじよ)じや前後左(ぜんごさ) 右(ゆう)が山(やま)つゞきゆへ鼻先(はなさき)よりそびへ雲(くも)は馬(うま)の頭(かしら)のわきから生(おこ)るしかし旅立(たびたち)の時節(じせつ)がよい京(みやこ)は二三月が花(はな) 盛(ざかり)なれ共/蜀(しよく)は山中(さんちう)寒(さむ)き処ゆゑ五月花も咲(さき)氷(こほり)もとくる花咲(はなさき)芳樹(かうばしきき)に秦桟(かけはし)をこめかくしうつ くしからん雪水(ゆきみづ)が解流(とけなが)れ蜀(しよく)の城(しろ)を取廻(とりまわ)し山水(さんすゐ)のけしき面白(おもしろ)からん友人(ともだち)をなぐさめ人(ひと)の身(み)の升沈(うきしづみ) はとくに定(さだま)るものゆゑ君平(くんへい)ごとき占者(うらないじや)に逢(あふ)ても身(み)の上(うへ)を占(うらなつ)てもらふことはせぬがよい心(こゝろ)を安(やすん)じ蜀(しよく)に落着(おちつき) 給へ漢(かん)の厳君平(げんくんへい)は蜀(しよく)の成都(せいと)にて売卜(ばいぼく)せしすぐれたる名人(めいじん)也/蜀(しよく)の先祖(せんぞ)は大古(たいこ)の人にて国(くに)をひらく蚕叢(さんそう) といへば蜀(しよく)のことになる文選蜀都帆賦(もんぜんしよくとのふ)にみへたり秦桟(しんさん)とは秦(しん)の時(とき)かけはし出来(でき)たる也 【挿絵】    秋(あき)登(のぼる)_二宣城謝眺北楼(せんじやうのしやてうがほくろうに)_一 江城(こうじやう)如(ごとし)_二画裡(ぐわりの)_一。山暁(さんけう)望(のぞむ)_二晴空(せいくうを)_一。両水(りやうすゐ)夾(さしはさみ)_二明鏡(めいきやうを)_一。 双橋(そうけう)落(おとす)_二彩虹(さいこうを)_一。人煙(じんえん)寒(さむく)_二橘柚(きつゆ)_一。秋色(しうしよく)老(おう)_二梧桐(ごとうに)_一。 誰念北楼上(たれかおもはんほくろうのうへ)。臨(のぞんて)_レ風(ふうを)懷(おもはんとは)_二謝公(しやこうを)_一。【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 唐(とう)の謝眺(しやてう)【謝朓ヵ】南斉(なんせい)の人(ひと)宣城(せんじやう)の内史(きろくやく)となりしが北楼(ほくろう)を建(たて)た両水(りやうすゐ)は宛渓(ゑんけい)句渓(こうけい)の流(なかれ)が宣城(せんじやう)の左右(さゆう) を繞(めぐ)るぞ双橋(そうけう)とは鳳凰橋(ほうわうけう)済川橋(せいせんけう)也/江辺(こうへん)に築(きづき)し城(しろ)の北楼(ほくらう)に登(のぼ)りみれは彩色画(さいしきゑ)の裏(うち)に 在(ある)ごとくじや山々(やま〳〵)暁(あかつき)になり晴(はれ)たる空(そら)に見渡(みわた)せば二ツの谷川(たにがは)の水城(みづしろ)の左右(さゆう)にながれ朝日(あさひ)の光(ひかり)を 夾(はさみ)いろどる虹(にじ)が空(そら)から落(おち)たと思(おも)はる楚(そ)の地(ち)暖(あたゝか)な処ゆゑ人煙(いへのけふり)立(たち)のぼる中(うち)に橘柚(みかんゆず)が寒(さむ)く みへ秋(あき)のけしきふけて梧桐(きり)も老(はおち)閑(さひしく)なるけしきじや誰(たれ)か念(おもふ)ぞや北楼(ほうろう)より風(けしき)を臨(みおろ)し謝公(しやこう)の 詩(し)を賦(ふ)し楽(たのしま)れしを懐出(おもひいだ)すべき此方(このはう)などは謝公(しやこう)の相手(あいて)にも成(なる)べきと思(おも)へばこそ懐出(おもひいだ)すなれ 【挿絵】 【印「松軒」】   終南山     王維  太乙近_二 天都。連山  到_二海隅_一。白雲迴_レ望  合。青靄入_レ看無。分  野中峰変。陰晴衆  壑殊。欲_下投_二 人處_一宿_上。  鬲_レ水問_二樵夫_一。     【印「譱」】 【印「靖」】 【挿絵】       しうなんざん               わうゐ たいおつてんとにちかく。れんざんかいぐうにいたる。はくうんぼうをめぐらせばがつし。 せいあいちかきにいつてなし。ふんやちうほうへんじ、ゐんせいしうがくことなり。 じんしよにたうじてしゆくせんとほつし。みづをへだてゝせうふにとふ -------------------------------------------------------------------------------- 終南山(しうなんざん)の一/名(みやう)太乙山(たいおつさん)と云とりわけ高(たか)いから天帝(てんてい)の都(みやこ)に近(ちか)しと云(いひ)禁裡(きんり)の向(むかふ)にある故 天子(てんし)の都(みやこ)に近(ちかい)と云/議(ぎ)もあり山(やま)の麓(ふもと)に連(つゞ)く山々(やま〳〵)四方(よも)の海(うみ)の隅(はて)まて根(ね)はりがある一の句(く)山(やま)の 高(たか)きを云二の句(く)広(ひろ)きを云(いふ)山(やま)の峰(みね)に白雲(はくうん)の起(たつ)を見てふりかへりみる内(うち)には雲(くも)が一ツに合(あふ)た 遠(とを)くからみるに青(あをく)こんもりと一面(いちめん)にみへしが看(ちかく)に入(いり)たれば無(な)くなつた山(やま)が広(ひろ)いゆへ峰(みね)のまん 中(なか)より二十八/宿(しゆく)分野(わりつけ)の星(ほし)も左右(さゆう)に分(わか)つて変(へん)じてあるそれに陰(くもつ)た所(ところ)も晴(はれ)た所(ところ)もあり 多(おほ)くの壑々(たに〳〵)が有(あり)あまり面白(おもしろ)くかけ廻(まわ)りたれば日(ひ)が晩(くれ)るから今夜(こんや)は此山中(このやまなか)に人の在所村(ざいしよむら) があらん是(これ)を投(たの)んで一宿(いつしゆく)せんと欲(おもふ)するゆへ渓(たに)を隔(へだて)向(むかふ)に樵夫(せうふ)が通(とを)るからいづくに人家(じんか)は あるやと問(とひ)かけた 【挿絵】   過(よぎる)_二香積寺(かうしやくじに)_一 不(す)_レ知(しら)香積寺(かうしやくじ)。数里(すうり)入(いる)_二雲峰(うんほうに)_一。古木(こぼく)無(なく)_二 人径(じんけい)_一。 深山何処鐘(しんさんいづれのところのかねぞ)。泉声(せんせい)咽(むせび)_二危石(きせきに)_一。日色(じつしよく)冷(すさまし)_二青(せい) 松(しよう)_一。薄暮空潭(はくぼくうたんの)曲(くま)。安禅(あんぜん)制(せいす)_二毒龍(どくりようを)_一。【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 此奥山(このおくやま)に寺(てら)が有(ある)とは聞(きゝ)しかどどこに有(ある)か奥深(おくふかい)ゆへしれぬ山路(やまぢ)にすゝみ行(ゆく)に四五/里(り)も雲(くも) の有(ある)峰(みね)にのぼる路(みち)のやうすは古(ふる)き大木(たいほく)が生揃(はへそろ)ふて誰(たれ)も参詣(さんけい)する人(ひと)がないから通(とを)る 径(みち)はない段々(だん〳〵)登(のぼ)れば奥深(おくふか)き山(やま)のあなたに所(ところ)もしれぬ鐘(かね)が聞(きこ)ゆる寺(てら)に行(ゆき)つきてみれば 澗川(たにがは)の泉(いづみ)の声(こゑ)が危石(さしでたるいし)にあたり人(ひと)の咽(むせ)ぶごとくあはれに音(おと)がする日(ひ)の光(ひかり)もしげりし青松(せいしよう) の下(した)はてらさぬゆへ冷々(ひえ〴〵)しく日(ひ)も暮(くれ)に及(およ)び潭(ふち)の水(みづ)の曲(まがり)めに静(しづか)に心(こゝろ)を安(やす)んじ居(ゐ)たれば 毒龍(どくりよう)にたとへたる心中(しんちう)の利欲(りよく)にくらまされる煩悩(ぼんなう)を制(おさへ)つけ心(こゝろ)が明(あきらか)になるやうじや 【挿絵】    登(のぼる)_二弁覚寺(べんがくじに)_一 竹径(ちくけい)従(したがひ)_二初地(しよちに)_一。蓮峰(れんほう)出(いだす)_二化城(けじやうを)_一。窓中三楚(そうちうさんそ)尽(つき)。林外九江平(りんぐわいきうかうたいらかなり)。 嫩草(どんさう)承(うけ)_二趺坐(ふざを)_一。長松(ちやうしよう)響(ひゞく)_二梵声(ぼんせい)_一。空居法雲外(くうきよはふうんのほか)。観(くわんじて)_レ世(よを)得(えたり)_二無生(むしやうを)_一。 -------------------------------------------------------------------------------- 寺(てら)の地名(ちめい)がないゆへしれぬ詩(し)で考(かんがふ)れば楚地(そち)に在(ある)寺(てら)ならん竹(たけ)やぶの有(ある)処(ところ)に径(みち)が有(ある)そこに 入口(いりくち)の門(もん)が有(ある)を初地(しよち)と云ただん〳〵のぼれば蓮華(れんげ)の様(やう)な峰(みね)の上(うへ)に化城(ほんだう)がある高(たか)き所(ところ)ゟ見渡(みわた) せば座敷(ざしき)の窓(まど)の中(うち)から東南西(とうなんさい)の三/方(ばう)におしわたりておる楚国(そこく)が残(のこ)らず見(み)ゆる林(はやし)の外(そと)を打(うち) こして九江(きうかう)の入込(いりこみ)洞庭湖(とうていこ)がだぶ〳〵と平(たいら)かにみへる庭(には)に嫩(やわら)かな草(くさ)が心有(こゝろあり)げに生(はへ)て僧徒(そうと)の坐(ざ) 禅(ぜん)する趺坐(ふざ)をうけふとんのかはりになる様(やう)じや長(なが)くそびへし松風(まつかぜ)は経陀羅尼(きやうだらに)声(こゑ)がひゞく かと思(おも)はれ空居天(くうごてん)と仏書(ぶつしよ)あるをかりてこゝでは世(よ)を忘(わす)れ無念無一想(むねんむいつさう)になりて居(ゐ)るは法雲(はふうん)の 無生法忍(むしやうはふにん)と云(いふ)世(よ)をはなれ心(こゝろ)をあきらかにする大悟(たいご)を得(え)たりと思(おも)はる 【挿絵】    送(おくる)_二平淡然判官(へいたんぜんはんぐわんを)_一 不(ず)_レ識(しら)陽関路(やうくわんのみち)。新(あらたに)従(したがふ)_二定遠侯(ていえんこうに)_一。黃雲(くわううん)断(たへ)_二春色(しゆんしよく)_一。画角(ぐわかく)起(おこる)_二辺愁(へんしう)_一。 瀚海経年別(かんかいけいねんのわかれ)。交河(かうが)出(いでゝ)_レ塞(さいを)流(ながる)。須(すべからく)【左ルビ「へじ」】_レ令(しむ)_二外国使(ぐわいこくのつかいをして)知(しら)_一レ飲(のむことを)_二月氏頭(げつしとうに)_一。 -------------------------------------------------------------------------------- 平淡然(へいたんせん)が判官(はんぐわん)になり胡地(こち)へ行(ゆく)陽関(やうくわん)へ行(ゆく)路(みち)はしらねども新(あら)たに定遠侯(ていえんこう)共云べき大将(たいしやう)に 従(したがつ)て行(ゆく)しかし胡地(こち)へ行(ゆき)つかれたならば京(みやこ)とは気候(きこう)がちがひたゞ黄色(きいろ)のゆきげ雲(くも)ばかりで春(はる) のけしきは断(たへ)てあるまい夫(それ)に聞(きゝ)なれぬ画角(ぐわかく)はあはれな声(こゑ)がすると辺塞(へんさい)に居(お)る愁(うれへ)が起(おこ)りて たへられまい其上(そのうへ)瀚海(かんかい)に留(とゞま)り年(とし)を経(ふ)る別(わかれ)となり交河(かうが)の塞(とりで)を出(いで)て流(なが)るゝ遠(とを)き処ゆへ音(ゐん) 信(しん)も出来(でき)ぬ須(すべからく)とはせねば叶(かなは)ぬと云こと外国(えびす)から使(つかひ)が来(き)たり前漢(ぜんかん)の時(とき)におとらず月支王(げつしわう)の 頭(かしら)を切(きつ)て夫(それ)を盃(さかづき)にして酒(さけ)を飲(のむ)ことをしらせねば叶(かなは)ぬとても行(ゆく)なら軍功(ぐんこう)を立(たて)られよ後漢(ごかん)の 班超(はんてう)西(にし)の戎(えびす)五十/余国(よこく)を降参(かうさん)させ其大功(そのたいこう)に依(よつ)て定遠侯(ていえんこう)に封(ほう)ぜられた    送(おくる)_三劉司直(りうしちよく)赴(おもむくを)_二安西(あんせいに)_一 絕域陽関道(ぜつゐきやうくわんのみち)。胡沙(こさ)与(と)_二塞塵(さいぢん)_一。三春時(さんしゆんのとき)有(あり)_レ雁(がん)。万里(ばんり)少(まれなり)_二行人(かうじん)_一。 苜蓿(ぼくしゆく)随(したがひ)_二 天馬(てんばに)_一。葡萄(ふだう)逐(おふ)_二漢臣(かんしんを)_一。当(まさに)【左ルビ「べし」】_レ令(しむ)_二外国懼(くわはこくをしておそれ)_一。不(ず)_三敢(あへて)覓(もとめ)_二和親(くはしんを)_一。 -------------------------------------------------------------------------------- 劉(りう)は氏(うち)司直(しちよく)は軍功(ぐんこう)を吟味(ぎんみ)する為(ため)に安西(あんせい)にゆく司直(しちよく)は君(きみ)に近(ちかづ)く奉仕(ほうし)の官(くわん)詩中(しちう)絶(ぜつ)とは 遠(とを)きことえびすの陽関(やうくわん)を越(こえ)て行道(ゆくみち)は胡地(こち)の沙原(すなはら)と戦場(せんじやう)に塵(ちり)の立(たつ)を見るばかり夫(それ)に 気候(きこう)が寒(さむ)いから三ヶ/月(つき)春(はる)の終(おは)る迄/雁(がん)がある万里(ばんり)の遠(とを)い所(ところ)ゆへ行人(かうじん)も少(まれ)にして さびしきこと也/乍去(さりながら)行着(ゆきつか)れて其元(そこもと)と吟味(ぎんみ)が正(たゞ)しいから胡(えびす)が懼(おそ)れて苜蓿(ぼくしゆく)と云/馬(うま)の 薬(くすり)になる草(くさ)を献(けん)じ胡(えびす)から出(いづ)る天馬(てんば)も夫(それ)にしたがつて献(けん)ずるであらうとてもの事(こと)に 名産(めいさん)の蒲萄酒(ぶだうしゆ)も献(けん)ぜんと其元(そこもと)の跡(あと)を遂(おひ)かけて来(きた)るならん当(まさに)はかうせよと云ことまさ には外国(ぐわいこく)の胡共(えびすども)をおそれしむるやうにせよ敢(あへ)ては■【えヵ】ことのことにて■■【えゝヵ】和親(わしん)の中直(なかなを)りなどは せぬ様(やう)に臆病(おくびやう)などをもとめぬ様(やう)に致(いた)されよ 【挿絵】    送(おくる)邢桂州(けいけいしうを)_一 鐃吹(だうすゐ)喧(かまびすし)_二京口(けいこうに)_一。風波(ふうは)下(くだる)_二洞庭(とうていに)_一。赭圻将赤岸(しやきはたせきがん)。撃汰復(げきたいまた)揚(あぐ)_レ舲(れいを)。 日落江湖白(ひおちてかうこしろく)。潮来天地青(うしほきたつててんちあをし)。明珠(めいしゆ)帰(はへる)_二合浦(がつほに)_一。応(まさに)【左ルビ「べし」】_レ逐(おふなる)_二使臣星(ししんのほしを)_一。 -------------------------------------------------------------------------------- 邢氏(けいし)が桂州(けいしう)に行(ゆく)其出立(そのでたち)に従者(じうしや)の人々(ひと〴〵)鐃笛(どらふえ)にて京口(みやこぐち)から船(ふね)に乗出(のりだ)す喧(かまびす)しく賑(にぎ)やかな風波(ふうは)も静(しづか) にして洞庭(とうてい)の城下(じやうか)を乗下(のりおろ)す舟中(しうちう)からみればむかし呉孫権(ごのそんけん)が屯(たむろ)した所(ところ)の赭圻(しやき)又/赤岸山(せきがんざん)でござる と話(はなし)ながら山下(やました)を通(とを)り汰(なみ)に撃(さをさし)ろかい拍子(ひやうし)を取(とり)復(また)船(ふね)の窓(まど)を揚(あけ)てけしきを見る赭圻(しやき)のあた りで日(ひ)も落(おち)たゆへ江湖(かうこ)の水(みづ)も白(しろ)くみへわたり赤岸山(せきがんさん)の下(した)を通(とを)る時(とき)は潮(うしほ)が満来(みちき)て天地(てんち)もひとつゞ きに成(なつ)てまつ青(さを)である邢氏(けいし)行(ゆき)つかれて治方(おさめかた)が宣(よろし)きゆへ他国(たこく)へうつりし明珠(めいしゆ)も民(たみ)の産業(すぎわひ)になる様(やう)に 合浦(がつぽ)に帰(かへ)らん桂州(けいしう)は古(いにしへ)の合浦(がつほ)じやから云(いた)た使臣(ぶぎやう)となる邢氏(けいし)に星(ほし)が守護(しゆご)してついて行跡(ゆくあと) を彼明珠(かのめいしゆ)が負(まけ)ず劣(おと)らず遂(おひ)かけてうつるならん珠(たま)と星(ほし)とつり合(あは)せて句作(くづく)りをせしもの じや合浦(がつほ)の司(つかさ)かよいと珠(たま)が寄(よる)と云は故事(こじ)ぞ 【挿絵】   使(つかいして)至(いたる)_二塞上(さいしやうに)_一。 单車(たんしや)欲(ほつす)_レ問(とはんと)_レ辺(へんを)。属国(しよくこく)過(すぎ)_二居延(きよえんを)_一。征蓬(せいほう)出(いで)_二漢(かん) 塞(さいを)_一。帰雁(きがん)入(いる)_二胡天(こてんに)_一。大漠孤煙直(たいばくこえんなをく)。長河落(ちやうがらく) 日円(じつまとかなり)。蕭関(せうくわん)逢(あひ)_二候騎(こうきに)_一。都護(とご)在(あり)_二燕然(えんせんに)_一。【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 胡(えびす)が降参(かうさん)したを吟(ぎん)味する使(つかい)となりて塞上(いくさのほとり)に至(いた)るにわづかな供(とも)をつれかざりなく単(ひとつ)の車(くるま)に 乗(のり)て辺塞(いくさば)の消息(おとづれ)を問(とは)んとて属国(はたしたのくに)より居延城(きよえんじやう)を通(とを)り過(すぎ)て征処(ゆくところ)が蓬(よもき)のあてもなく飛(とび) 散(ちる)ごとく漢塞(かんのとりで)を出てゆく折(をり)ふし帰雁(きがん)とともに胡(えびす)の天(そら)に入込(いりこん)だ大漠(えびす)の陣屋(ぢんや)の一筋(ひとすぢ)の煙(けふり)が 直(なを)くたち升(のぼ)り長河(ちやうが)へ来(きた)れば落日(いりひ)が円(まろ)くなつて落(おつ)るそこで蕭関(せうくわん)に来(きたり)て侯騎(ものみ)に逢(あふ)た ゆへ都護(かしら)は何(いづ)くに陣取(ぢんとり)て居(ゐ)るぞと問(とふ)たれば燕然山(ゑんねんざん)の下(した)にござると云たが是(これ)からまだ遠(とを)き ことにあらんと推量(すゐりよう)した大漠(たいばく)は砂漠(さばく)にて胡地(えびすのち)也 【挿絵】   送(おくる)_三張子(ちやうしが)尉(ゐたるを)_二南海(なんかいに)_一   岑参(しんじん) 不(ざることは)_レ択(えらま)_二南州尉(なんしうのゐを)_一。高堂(かうだう)有(あればなり)_二老親(らうしん)。楼台(ろうだい)重(かさなり)_二蜃気(しき)_一。 邑(ゆふ) 里(り)雑(まじふ)_二鮫人(かうじんを)_一。海暗三山雨(うみはくらしさん〴〵のあめ)。華明五嶺春(はなはあきらかなりごれいのはる)。此郷(このきやう) 多(おほし)_二宝玉(はうぎよく)_一。慎(つゝしんで)勿(なかれ)_レ厭(いとふこと)_二清貧(せいひんを)_一。  【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 南海(なんかい)の役人(やくにん)は皆(みな)いやがる中(なか)に尉(ゐ)をも択(えらま)ざるは高堂(ざしき)に老親(としよりおや)があるゆへのこと南州(なんしう)はもの すごいそうな時(とき)しも海中(かいちう)から楼台(ろうたい)が浮(うか)び上(あが)るは蜃龍(みづち)が気(き)を吐(はい)て重(かさな)るそれに海(うみ) 辺(べ)の村里(むらさと)は鮫(さめ)が人(ひと)に化(ばけ)て絹(きぬ)を売(うる)それ計(ばかり)でもない南海(なんかい)が暗(くらく)て三山(さん〴〵)のあたり雨(あめ)はもの さびしく降(ふり)熱気(ねつき)の早(はや)い所(ところ)ゆへ花(はな)も明(さかり)であらん五嶺(ごれい)の春(はる)もけつくあはれにあらん南海(なんかい) の郷(さと)は宝玉(はうぎよく)多(おほ)く出(で)る所(ところ)なれ共/孝行(かう〳〵)でゆかるゝゆへ慎(つゝしん)で無欲(むよく)なる清(きよ)き心(こゝろ)の貧(ひん)をいとひ きらふとなく勤(つとめ)られよくいましめてやる 【挿絵】 【挿絵】椰子(やし) 【裏表紙】 【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:五言律》 三》 【小題】金僊    登(のぼる)_二総持閣(そうちかくに)_一       岑参(しんじん) 高閣(かうかく)逼(せまり)_二諸天(しよてんに)_一。登臨(とうりん)近(ちかし)_二日辺(じつへんに)_一。晴開万井樹(はれてひらくばんせいのき)。愁看五陵煙(うれへみるごりようのけふり)。 檻外(かんぐわい)低(たれ)_二秦嶺(しんれい)_一。窓中(そうちう)小(せうなり)_二渭川(ゐせん)_一。 早(はやく)知(しらば)_二清淨理(しやう〴〵のりを)_一。常(つねに)願(ねがはん)_レ奉(ほうずることを)_二金仙(きんせんに)_一。 -------------------------------------------------------------------------------- 総持(そうち)は陀羅尼(だらに)の訳言(やくごん)にて仏書(ぶつしよ)の字(じ)也/寺(てら)の閣(かく)じや此高閣(このかうかく)は欲界(よくかい)の六/天(てん)色界(しきかい) の十八/天(てん)無色界(むしきかい)の八/天(てん)へ逼(ちかよ)るほどに登臨(とうりん)したれば禁裏(きんり)に近(ちか)くある雲(くも)晴(はれ)のど か故/京(みやこ)の万井(まち〳〵)樹(うゑごみ)などもみへあはれなるは前漢(ぜんかん)の五代(ごたい)の陵(みさゝぎ)が煙(けふり)のたな引(びく) 処(ところ)にみゆる閣(かく)が高(たか)いから欄檻(らんかん)の外(ほか)に出(で)て居(お)る終南山(しうなんざん)が低(ひき)くみへ窓(まど)の中(うち)から 遠(とを)くが見へる京(みやこ)にある渭川(ゐせん)が小(ちい)さくみゆるもちつと年若(としわか)なら世(よ)をはなれた 清浄(しやう〴〵)の理(ことはり)に気(き)が附(つい)て知(し)るならば平生(へいぜい)金仙(きんせん)の仏(ほとけ)に奉(つかふ)ることを願(ねが)はんものを 秦嶺(しんれい)とは終南山(しうなんざん)のこと也 【挿絵】  送(おくつて)_三劉評事(りうひやうじ)充(あてらるゝを)_二朔方判官(さくはうのはんぐわんに)_一賦(ふし)_二_得(えたり)征馬嘶(せいばいばふを)_一 高適(かうせき) 征馬(せいば)向(むかふ)_二辺州(へんしうに)_一。蕭(せう)々(〳〵として)嘶(いばふて)未(いまだ)【左ルビ「ず」】_レ休(やすま)。思深経帯(おもひふかくつねにおぶ) _レ別(わかれを)。声断(こゑたふるは)為(ためなり)_レ兼(かぬるが)_レ秋(あきを)。岐路風(きろかぜ)将(まさに)【左ルビ「す」】_レ遠(とをざからんと)。関山月(くわんざんげつ) 共愁(ともにうれふ)。贈(おくり)_レ君(きみに)従(より)_レ此(これ)去(さらば)。何日大刀頭(いづれのひかたいたうとう)。 【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 朔方(さくはう)は北(きた)の胡(えびす)にとなる地(ち)旅(たび)に征馬(ゆくうま)が辺州(へんしう)えびすに向(むかつ)てすゝむゆへ蕭々(ものあわれ)に嘶(いばひ)やまず かなしみ思(おも)ふがしみ込(こん)でふかいゆへふだん別(わか)れ苦(くる)しきを帯(おび)たそれ声(こゑ)のなき入(いり)たる秋(あき)の かなしみを兼(かね)るが為(ため)であらう岐路(おひわけ)にて風(かぜ)が将(おしつけ)遠(とを)い処(ところ)から吹(ふき)それにのつてゆく楽府(がふ) に関山月(くわんざんげつ)と云が有(ある)それを含(ふくん)で関(せき)や山路(やまぢ)にあはれな月(つき)がてらすそれとともに愁(うれへ)が まさるであらん君(きみ)に此詩(このし)を贈(おくり)別(わか)れ去(さり)いづれの日(ひ)か又(また)京(みやこ)へ大刀頭(かへらるゝ)であらう刀(かたな)のつか頭(かしら) に環(くわん)がある環(くわん)は還(くわん)と通(つう)じ帰(かへ)ると云(いふ)義(ぎ)に用(もちい)たり 【挿絵】   送_三鄭侍御謫_二閩中_一 謫去君無_レ恨。閩中我旧過。大都 秋雁少。只是夜猿多。東路雲山 合。南天瘴癘和。自当_レ逢_二雨露_一。行 矣慎_二風波_一。  【印「松軒」】     ていしぎよがみんちうにたくするをおくる たくきよきみうらむことなかれ。みんちうわれもとよぎれり。おほむねしうがんすくなく。 たゞこれやえんおほし。とうろうんざんがつし。なんてんしやうれいくわす。おのづから まさにうろにあふべし。ゆけふうはをつゝしめ。 -------------------------------------------------------------------------------- 鄭(てい)は氏(うぢ)侍御(しぎよ)は目付役(めつけやく)のこと罪有(つみあつ)て辺地(へんち)の役(やく)におとされゆくを謫(たく)と云/日本(にほん)の左遷(さすらへ)なり 去行処(さりゆくところ)を君恨(きみうら)むることなかれ閩中(みんちう)は我昔通過(われむかしとおりすぎ)しがあまり苦労なることもない本心(ほんしん)は きのどくに思(おも)へども表向(おもてむき)は慰(なぐさめ)てたゞいやなことは大都(おほむね)秋(あき)になりても雁(がん)の少(すくな)き処じやそれは なぜなら衡陽(かうやう)限(ぎり)て南(みなみ)にわたらぬ所(ところ)が有(ある)ゆへ音信(をとつれ)がならぬ是(これ)の字(じ)は下(した)へ書(かき)おろす 処(ところ)に置(おく)ゆへ只是(たゞこれ)にこまりしは夜半(やはん)に猿(さる)が多(おほ)く啼(なく)ゆへそれにつけては故郷(こきやう)を思出(おもひだ)して悲(かなし)くなる 東(ひがし)の路筋(みちすぢ)には雲(くも)が山々(やま〳〵)に聚(あつま)り合(あひ)て日(ひ)の光(ひかり)もてらさぬ様(やう)な所(ところ)を通(とを)らるゝなれ共そこ を慰(なくさ)めて行(ゆか)るゝ時(とき)がよろしく南天(なんてん)も秋(あき)にも有(あり)し故(ゆへ)瘴癘(ねつき)も和(やわら)ぎてあてらるゝ心配(こゝろくばり)は ない時代(じだい)もけつかうな故(ゆへ)自然(しぜん)とまさに雨露(うろ)の恵(めぐ)みに逢(あは)るゝであらう息災(そくさい)に行(ゆか)れ よ矣(い)はきつと云とむる詞(ことば)風波(ふうは)の難(なん)をつゝしみ身(み)の上(うへ)を太切(たいせつ)にして京(みやこ)へ帰参(きさん)を待(まつ)て居(ゐ)られよ 【挿絵】    使(つかいして)_二清夷軍(せいいぐんに)_一入(いる)_二居庸(きよように)_一 匹馬行(ひつばゆく〳〵)将(まさに)【左ルビ「す」】_レ夕(ゆふへならんと)。征途去転難(せいとさつてうたゝかたし)。不(ず)_レ知(しら)_二辺地別(へんちのべつなることを)_一。祗(まさに)訝(いぶかる)_二客衣単(かくいのひとへなるを)_一。 渓冷泉声苦(たにひやゝかにしてせんせいくるしみ)。山空木葉乾(やまむなしうしてぼくえふかはく)莫(なかれ)_レ言(いふこと)関塞極(くわんさいきはまると)。雨雪尚漫漫(うせつなをまん〳〵)。 -------------------------------------------------------------------------------- 清夷軍(せいいぐん)と云/夷(えびす)の降参(かうさん)を承(うく)る陣(ぢん)やに御/使(つかひ)にゆき居庸関(きよようくわん)を通(とを)る時(とき)作(つく)る也/供(とも)も少(すくな)く 一匹(いつひき)の馬(うま)に乗行(のりゆく)ほどに将(おしつけ)夕(ゆふべ)ならんとする征路(せいろ)をいそぎ去(さる)先(さき)〴〵転(いよ〳〵)難所(なんじよ)が有(ある)日々(ひゞ) に行処(ゆくところ)が同(おな)じ様(やう)なけわしき処を通(とを)りし故(ゆへ)幾日(いくか)過(すぎ)ても辺塞(へんさい)の地(ち)の別(べつ)なることを知(し)ら ざるが祗(まさに)はこれと云ことこれは〳〵客衣(たびごろも)が破(やぶ)れてちぎれ〳〵に単(ひとり)になりしを訝(ふしんな)ことじやと 思ひしが日(ひ)数(かず)へて来(き)たゆへ衣服(いふく)も損(そん)じた渓川(たにがは)なども冷(ひや)やかに泉(いつみ)の声(こゑ)は苦(くるし)げに 鳴音(なるをと)し山(やま)も空(むなし)く木葉(このは)も乾(かわ)くはなしにも言(いひ)つくすこと莫(なか)れ関塞(くわんさい)は是限(これぎり)で極(きはま)る と又(また)此上(このうへ)行先(ゆくさき)が雪(ゆき)が降(ふつ)て尚(まだ)漫々(はてしも)ないしんどい事じや 【挿絵】   酔後(すゐご)贈(おくる)_二張九旭(ちやうきうきよくに)_一 世上漫謾相識(せいしやうまんにあいしる)。此翁殊(このをうことに)不(ず)_レ然(しから)。興来書自(きようきたつてしよおのづから) 聖(せいなり)。醉後語尤顛(すゐごごもつともてんず)。白髮(はくはつ)老(おい)_二閑事(かんじに)_一。青雲(せいうん)在(あり)_二 目前(ぼくせんに)_一。牀頭一壺酒(しやうとういつこのさけ)。能更幾回眠(よくさらにいくたびかねむる)。【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 世上(せじやう)の人/漫(めつた)にひろく相識(ちかづき)にならるゝやうに仕(し)たがるが此翁(このおきな)は殊(とりわけ)然(しか)ることあらず一杯飲(いつはいのん)で興(きよう)じ 来(きた)ると草書(さうしよ)が自(おのづか)ら聖(すぐれ)た酔(ゑつ)た後(あげく)は話(はなし)まで尤(はなはだ)間違(まちがひ)が自満(じまん)ばかりで顛(きちがひ)の様(やう)じや白髪(しらが) になるまで酒(さけ)と文字(もじ)を書(かく)ことで閑(ひま)な事(こと)で老(くら)す青雲(りつしん)の事(こと)が目前(めのまへ)に有(あり)ても羨(うらや)む事(こと)は なし扨(さて)此方(このはう)と其元(そこもと)とは真(まこと)の相識(ちかづき)ゆへ床(とこ)の上(うへ)に一/壺(のぼ)の酒(さけ)を倶々(とも〴〵)に飲(のん)でよくことさら相対(あいたい) していく度(たび)も酔(ゑひ)て眠(ねむ)るやうにあれかしとねんごろに贈(おく)ることばじや    房兵曹胡馬(ばうへいさうのこば) 胡馬大宛名(こばたいゑんのな)。鋒稜瘦骨成(ほうりようさうこつなる)。竹批双耳峻(ちくひさうじけはしく)。風入四蹄軽(かせいつてしていかろし)。 所(ところ)_レ向(むかふ)無(なく)_二空闊(くうくわつ)_一。真(しんに)堪(たへたり)_レ託(たくするに)_二死生(しせいを)_一。驍騰(けうとう)有(あり)_レ如(ごとき)_レ此(かくの)。万里(ばんり)可(べし)_二橫行(くわうかうす)_一。 -------------------------------------------------------------------------------- 房兵曹(ばうへいさう)が胡馬(こば)に乗(のつ)て京(みやこ)に帰(かへ)りしが大宛国(だいゑんこく)から出(で)る名(な)の高(たか)い馬(うま)じや鋒(ほこさき)の稜(とがつ)たやう に痩(やせ)て骨(ほね)ぐみがしやんとつよく成(そろう)てをる竹筒(たけへら)を𠜱(そい)【卑+刂】だやうに双耳(りやうみゝ)が峻(とがつ)ておる又(また)駈(かけ)る時(とき)は 風(かぜ)が足(あし)もとより起(おこ)り夫(それ)に乗(のつ)て行(ゆく)ごとくゆへ蹄(あしどり)が軽々(ひら〳〵)する向(むかつ)て行処(ゆくところ)はどのやうな空闊(とをくひろい) を無(ない)がしろにする軍(いくさ)の時(とき)真(ほんま)のことぢやまけて逃(にげ)るが早(はや)い勝(かち)ては敵(てき)を追(おひ)かけ追(おひ)つめ る死生(しせい)の二ツを託(たのみに)するにたえた驍騰(をどりあがる)の勢(いきほ)ひ此(この)ごとく有(ある)ゆへ万里(ばんり)の遠(とを)きも 横行(じゆうにゆく)すべきことじやと全篇(ぜんへん)馬(うま)のことを褒(ほめ)たなれども実(まこと)は房氏(ばうし)の勇気(ゆうき)を これにかこつけほめたものじや 【挿絵】    春(はる)宿(しゆくす)_二左省(さしやうに) 花隠掖垣暮(くわゐんえきえんくる)。啾啾棲鳥過(しう〳〵としてせいてうすぐ)。星(ほしは)臨(のぞんで)_二万戸(ばんこを)_一動(うごき)。月(つきは)傍(そふて)_二 九霄(きうせうに)_一多(おほし)。 不(ずして)_レ寝(いね)聴(きく)_二金鑰(きんやくを)_一。因(よつて)_レ風(かぜに)想(おもふ)_二玉珂(ぎよくかを)_一。明朝(めいてう)有(あり)_二封事(ほうじ)_一。数問夜如何(しば〳〵とふよいかん)。  -------------------------------------------------------------------------------- 左(ひだり)の省(やくしよ)につめて居(ゐ)るもはや花(はな)も穏(みへぬ)やうになり掖垣(おついぢ)も暮(くれ)かゝる啾々(ちゝくら〳〵)とて棲(ねぐら)へかへる 鳥(とり)も通(とを)り過(すぐ)る夜(よ)に入(いつ)て星(ほし)の光(ひかり)が戸口(とぐち)に望(のぞん)で動(きら〳〵)するこれも上(かみ)の治(をさめ)かたがあしきと 星(ほし)が動(うご)くことをは含(ふくん)だ月(つき)は九霄(こゝのへのそら)にちかくて光(ひかり)が満(みち)わたるを多(おほ)しと云た明旦(みやうたん)は言(ごん) 上(じやう)したいことが有(ある)ゆへねてはならぬゆへ寝(ね)ずして御/門(もん)のかぎのなり音(をと)を聞(きい)て居(ゐ)る又(また) 風(かぜ)の吹来(ふきく)る音(をと)につけて参内(さんだい)の役人(やくにん)が馬(うま)の玉珂(たまのかざり)をならして来(く)るひゞきを聞耳(きゝみゝ)をして 思(おも)ひやるなせなれば明朝(みやうてう)は存寄(ぞんじより)を書(かい)て封事(かきつけ)を上(あげ)ねばならぬゆへ終夜(よもすがら)下役人(したやくにん)へも 数(しば〳〵)問(とひ)たづねる夜(よ)はもはやいかなる時刻(じこく)ぞやと 【挿絵】  秦州雑詩 鳳林戈未_レ息。魚海路常難。 候火雲峰峻。懸軍幕井 乾。風連_二西極_一動。月過_二北庭_一 寒。故老思_二飛将_一何時議_二 築壇_一。【印「栖霞ヵ」】      しんしうざつし ほうりんくはいまだやまず。ぎよかいみちつねにかたし。こうくはうんほうさかしく。 けんぐんばくせいかわく。かぜはせいきよくにつらなつてうごき。つきはほくていを すぎてさむし。こらうひしやうをおもふ。いづれのときかちくだんをぎせん。 -------------------------------------------------------------------------------- 秦州(しんしう)に客居(かくきよ)して世上(せしやう)の騒(さわが)しき雑(いろ〳〵)の詩(し)を作(つく)りし鳳林関(ほうりんくわん)のあたりも千戈(いくさ)がいまだ 止(やま)ぬゆへ魚海県(ぎよかいけん)なども路(みち)が常(つね)々(〳〵)通(とを)りがたし第(たい)二/句(く)をうけて候火(のろし)があかる雲(くも)の取(とり) まく峰(みね)も峻(さかし)く第(たい)一/句(く)をうけて懸軍(たかみにぢんどり)にありしゆく幕(おほひ)をしておくやうに井戸(ゐど)の水(みづ)を くみ乾(ほし)た後漢(ごかん)の耿恭(かうきよう)陣中(ぢんちう)に水(みづ)なく渇(かつ)したゆへ天(てん)を祈(いのり)たれば水(みづ)がわき出(いで)し様(やう)にあ れかしと云(いふ)を含(ふく)んだ風(かぜ)は西(にし)の極(はづれ)に連(つゞい)てなり音(をと)して動(うごき)わたり月(つき)は北庭(ほくてい)をわたり過(すぎ)て 寒(ものすごい)故老(としより)共が飛将軍(ひしやうくん)とほめられた李広(りくわう)が様(よう)な人(ひと)を大将(たいしやう)にしたいと思(おも)ふいづれの 時(とき)か上(かみ)に御めがねが有(あつ)て早く壇(だん)を築(きづい)て将軍(しやうぐん)を上(のぼ)せて命(めい)を下(くだ)すことを評(ひやう) 議(ぎ)があらうと此(この)此七八の句(く)は郭子儀(くわくしぎ)が讒言(ざんげん)に遇(あひ)引籠(ひきこん)で居(ゐ)たゆへ再(ふたゝび)是(これ)を用(もち)ひ られたならば乱(らん)も止(やま)んと云ことを含(ふくん)だ 【挿絵】   送(おくる)_レ遠(とをきに)     杜甫(とほ) 帯甲(たいかふ)滿(みち)_二 天地(てんちに)_一。胡為君遠行(なんすれぞきみえんかうす)。親朋(しんほう)尽(つく)_二 一(いつ) 哭(こくに)_一。鞍馬(あんば)去(さり)_二孤城(こしやうを)_一。草木歳月晩(さうもくせいげつくる)。関河霜(かんかさう) 雪清(せつきよし)。 別離已昨日(べつりすでにさくじつ)。因見古人情(よつてみるこじんのじやう)。【印「天真」】  -------------------------------------------------------------------------------- 遠方(えんはう)に行人(ゆくひと)に別(わか)るゝ時(とき)送別(そうべつ)の詩(し)を作(つくら)ぬゆへ程過(ほとすぎ)て跡(あと)から送(おく)るとみへたり左(さ)な ければ七/句(く)の昨日(さくじつ)と云(いふ)が聞(きこ)へぬ帯甲の【「帯甲の」ルビ「よろひをきた」】戦士(せんし)が天地(てんち)に満(みち)はびこる時節(じせつ)胡為(なぜ)君(きみ)は遠(えん) 行(かう)するぞ世(よ)が乱(みだ)れて親類(しんるい)も朋友(ほうゆう)も一/同(どう)に哭(なげき)を尽(つく)しておるに鞍置馬(くらおきうま)に乗(のつ)て孤城(ひとつのしろ) を思(おも)ひ切(きつ)て去(さる)ぞ時節(おりふし)草木もかれ歳月(としつき)も晩(くれ)しゆへ関(せき)も河辺(かわべ)も霜(しも)や雪(ゆき)で清(さむ)く て難義(なんぎ)な事(こと)ならん別離(べつり)したはもはや昨日(きのふ)となりしかど其元(そこもと)を忘(わすれ)ず此詩(このし)を 贈(おく)るに因(より)て見られよ故人(こじん)の情(じやう)のあつき事(こと)を 【挿絵】   題(だいす)_二玄武禅師屋壁(げんぶぜんじのおくへきに)_一。 何年顧虎頭(いづれのとしかこことう)。滿壁(まんへき)画(ゑがく)_二滄洲(さうしうを)_一。赤日石林気(せきじつせきりんのき)。青天江海流(せいてんかうかいながる)。 錫飛常(しやくとんでつねに)近(ちかつき)_レ寉(つるに)。杯渡(はいわたれども)不(ず)_レ驚(おどろかさ)_レ鷗(あうを)。似(にたり)_下得(えて)_二廬山路(ろさんのみちを)_一。直(たゞちに)隨(したがつて)_二恵遠(ゑをんに)_一遊(あそぶに)_上。  -------------------------------------------------------------------------------- 何(いづれ)の年(とし)に晋(しん)の顧虎頭(こことう)と云/名画(めいぐわ)なる人が満壁(かべいつはい)に仙人(せんにん)の住居(すまゐ)する滄州(さうしう)を画(ゑ)がゝれた 赤(あか)き色(いろ)の日(ひ)が上(あが)りて石(いし)や林(はやし)にあたゝかな気(き)がうつりてみゆる色(いろ)といわずに気(き)と云たが 画(ぐわ)の妙(めう)をよくのべた青天(せいてん)と一つゞきになり江海(かうかい)の流(ながれ)はてもなく広(ひろ)く画(ゑ)がいた扨(さて)錫杖(しやくぢやう) を飛(とば)したる羅漢(らかん)の傍(そば)に常平生(つねへいぜい)鶴(つる)が近(ちか)づき馴(なれ)ておる杯(さかづき)を舟(ふね)にして渡(わた)りし名僧(めいそう)が泛(うか)ん で行(ゆく)そばに鴎(かもめ)が驚(おとろか)ずになじんておる是(これ)も常(つね)と近(ちかつく)と不(ふ)の字(じ)で皆(みな)画(ゑ)のことになる生(いき)て 居(を)れば寉(つる)も鴎(かもめ)も飛(とび)かけることもあらん杯渡(はいと)は小舟(こぶね)のことを云たもの扨(さて)今日(けふ)禅師(ぜんじ)に逢(あふ)たは 廬山(ろさん)の路(みち)を得(え)は恵遠法師(ゑおんはふし)にしたがつて遊(あそ)ぶやうに思(おも)はるゝと七八の句(く)は手前(てまへ)の事をのべた 【挿絵】    玉台観(ぎよくだいくわん) 浩劫(こうかふ)因(より)_二王造(わうざうに)_一。平台(へいだい)訪(とふ)_二古遊(こゆうを)_一。綵雲蕭史駐(さいうんせうしとゞまり)。文字魯恭留(もんじろきようとゞまる) 宮闕(きうけつ)通(とをじ)_二群帝(ぐんていに)_一。乾坤(けんこん)到(いたる)_二 十洲(じつしうに)_一。人伝(ひとはつたふ)有(あり)_二笙鶴(しやうくわく)_一。 時(ときに)過(すぐと)_二北山頭(ほくさんのほとりを)_一。 -------------------------------------------------------------------------------- 唐(たう)の滕王元嬰(とうわうけんえい)の開基(かいき)にて日本修験者(にほんしゆげんじや)の祈念(きねん)する様(やう)に老子(らうし)を本尊(ほぞん)にして仙人(せんにん)の 道(みち)を学(まな)ぶ道士(だうし)が居(ゐる)処を観(くわん)の閣(かく)のと名付(なづけ)て住居(すまゐ)する此観(このくわん)の浩劫(はしまり)はよしある人の造(つく)ら れけつかうなることは梁(りやう)の孝王(かうわう)の築(きづい)た平台(へいだい)にも劣(おと)らぬ古(いぬしへ)滕王(とうわう)の遊(あそび)の有(あり)し所(ところ)を訪(たづね)た さて観(くわん)の欄間(らんま)には蕭史(せうし)弄玉(ろうきよく)が蕭(せう)を吹(ふき)駐(とゞまり)て鳳凰(ほうわう)が舞(まふ)けしきなどを彫物(ほりもの)にして ある玉台観(ぎよくだいくわん)の額(がく)の文字(もじ)は滕王(とうわう)の染筆(ぜんひつ)に有(ある)を魯(ろ)の恭王(きようわう)になぞらへ其手跡(そのしゆせき)が留(とゞまり)て みへる此処(このところ)の宮闕(きうけつ)より四方(しはう)を司(つかさど)る神々(かみ〳〵)の群帝(ぐんてい)へも通(つう)ずるであらう又(また)此(この)乾坤(けんこん)は仙人(せんにん)の 居(ゐ)る処(ところ)十洲(じつしう)へも到(いた)るであらう扨(さて)所(ところ)の人々(ひと〴〵)伝(つた)へ云には周(しう)の霊王(れいわう)の太子(たいし)晋(しん)が笙(しやう)の笛(ふえ)を吹(ふき) 鶴(つる)に乗(のり)仙人(せんにん)となり虚空(こくう)を飛行(ひぎやう)すると云(いふ)夫(それ)と同(おな)し事(こと)で此所(このところ)を開基(かいき)有(あり)し滕王(とうわう)も笙(しやう)を 吹(ふき)鶴(つる)に乗(のり)時々(とき〳〵)北(きた)の玉台山(ぎよくだいさん)の頭(ほとり)をとびゆき過(すぎ)らるゝと云(いふ)げにもさもあらんと思(おも)はるゝ -------------------------------------------------------------------------------- 【挿絵】   観(みる)_三李固請司馬(りこせいしばが)題(だいするを)_二山水図(さんすいのとに)_一 方丈渾(はうぢやうすべて)連(つらなり)_レ水(みづに)。天台総(てんだいすべて)映(えいず)_レ雲(くもに)。人間長(にんげんとこしなへに)見(みる)_レ画(ぐわを)。老去(おいさつて)恨(うらむ)_二空聞(むなしくきくことを)_一。 范蠡舟偏小(はんれいふねへんせう)。王喬鶴(おうけうつる)不(ず)_レ群(ぐんせ)。此生(このせい)隨(したがふ)_二万物(ばんふつに)_一。何処(いづれのところにか)出(いださん)_二塵氛(じんふんを)_一。 -------------------------------------------------------------------------------- 李(り)は氏(うぢ)固請(こせい)は字(あざな)司馬(しば)は軍(いくさ)奉行/方丈(はうぢやう)は海中(かいちう)の島(しま)にて仙人(せんにん)のすまゐする処が渾(いちめん)に水 に連(つゞい)てあるを画(ゑ)に書た天台山(てんだいさん)は陸地(くがち)にある仙境(せんきやう)なるが総(どこもかも)雲(くも)の光(ひかり)に映(てら)されてみへる人間 の身の上では長(なが)く画を見るばかりしかし壮年(わかき)ならば仙道(せんだう)を修(しゆ)して行ことも有(あら)うが老(とし)より 去(さつ)て空(むだに)聞てばかり居(お)るは恨(のこりおほひ)ことじや方丈(はうじやう)の水の辺(あたり)に范蠡(はんれい)が五湖(ごこ)に引込(ひきこむ)けしきがある其舟は 偏(ひと)しを小(ちいさ)く画(ゑがい)てある天台の雲の中(うち)には周(しう)の霊王(れいわう)の太子/晋(しん)の王喬(わうけう)が乗(の)らるゝ鶴(つる)とみへ 群(なみ〳〵)のことではない舟と鶴との故事(こじ)にかこつけ七八句に感(かん)を起(おこ)して此生(このみのうへ)は妻子(さいし)兄弟(きやうだい)世上(せじやう)の万(いろ〳〵) 物(さま〴〵)に随(ひかさるゝ)ゆへ何れの処(ところ)に居(ゐ)たら塵氛(さわがしきうるさき)を出(いづ)るであらうか歎(なげ)かはしきことにあらずや 【挿絵】 【挿絵】胡椒(こしやう) 【裏表紙】 【表紙題箋】《題:唐詩選画本 《割書:五言律》 四》 【小題】秋風   禹廟(うべう) 禹廟空山裏(うべうくうざんのうち)。秋風落日斜(しうふうらくじつなゝめなり)。荒(くわう) 庭(てい)垂(たれ)_二橘柚(きつゆ)_一。古屋(こおく)画(ゑがく)_二龍蛇(りようだを)_一。雲気(うんき) 生(しやうじ)_二虛壁(きよへきに)_一。江声(かうせい)走(はしる)_二白沙(はくしやを)_一。早知(はやくしる)乗(のりて)_二 四載(しさいに)_一。疏鑿(そさくして)控(ひくことを)_二 三巴(さんぱを)_一。 【印「譱靖」「松軒」】 -------------------------------------------------------------------------------- 禹王(うわう)は舜(しゆん)の天下(てんか)を補佐(ほさ)し後(のち)に天下(てんか)を譲(ゆづ)られ夏(か)の代(よ)を開(ひら)きし人(ひと)天下(てんか)洪水(こうずゐ)を 治(をさ)め万民(ばんみん)を救(すく)はれし大功徳(たいこうとく)に依(よつ)て諸国所々(しよこくしよ〳〵)に廟(べう)を立(たて)て祭(まつ)る是(これ)は忠州臨江県(ちうしうりんかうけん) に在(あ)る廟(べう)也/此廟(このべう)が空山裏(さびしきやまのうち)にある空山(くうざん)の二/字(じ)より前対後対(せんついごつい)を産出(うみだ)した扨(さて)拝(はい) 礼(れい)した時(とき)が秋風(しうふう)が吹(ふき)落日(いりひ)は斜(すぢかひ)さびしき折(をり)から掃(そう)除もせず荒(あれ)はてた庭(には)に橘(みかん)や柚(ゆづ)が すゞなりに生(なり)ておるがはやり神(かみ)で参詣(さんけい)でも沢山(たくさん)あらば橘(みかん)も柚(ゆづ)も取(とる)ことなかれの禁制(きんぜい) の札(ふだ)を立(たて)ても満足(まんそく)で置(おく)ものではない古(ふる)き屋上(てんじやう)に龍蛇(りようだ)が画(ゑかい)て此句(このく)を決前生後(けつぜんしやうご)の法(はふ)と 云(いふ)て龍蛇(りようだ)から雲(くも)を引出(ひきだ)した山中(さんちう)に在(ある)廟(べう)ゆへ雲(くも)の気(き)が虚壁(しらかべ)から生(おこ)る廟(べう)より四五町も ある岷江(みんがう)より水(みづ)の流(ながれ)の声(こゑ)に白沙(しらす)の走(はし)るやうすが聞(きこ)へるこれも水(みづ)を治(をさ)められたことを 云(いひ)たく有(ある)ゆへ此句(このく)がある此処(このところ)へ来(く)るとはや知(し)りましたその昔(むかし)天下(てんか)洪水(こうずゐ)の時(とき)陸(くが)や 泥(どろ)の中(なか)や水(みづ)の上(うへ)山(やま)へ登(のほ)るなどには四通(よとを)りの載(のり)ものに乗(のつ)て水道(すゐだう)を疏(とを)し鑿(さらひ)三巴(ぱ)とゝて 蜀(しよく)に出(で)る大川(おほかわ)へ控(ひい)て仕舞様(しまふやう)に骨(ほね)を折(をり)せは致(いた)され天下(てんか)の民(たみ)の難義(なんぎ)を救(すく)はれしとかや 天下(てんか)の洪水(こうずゐ)を治(をさむ)ること八/年(ねん)が間(あいだ)懸(かゝ)り久(ひさ)しき間(あいだ)に家(いへ)の前(まへ)を三/度(ど)迄/通(とを)られけれ共/宅(たく)へ 入(いら)ず手(て)も足(あし)も胼胝(ひゞあかゞれ)だらけにして水(みづ)を治(をさむ)るに懸(かゝ)りて居(ゐ)られた人(ひと)も居(きよ)を安(やす)んじ田(でん) 畑(はた)も作(つく)られるみな其丹精(そのたんせい)のゆへ也/聖人(せいじん)の心(こゝろ)は一時(いつとき)も早(はや)く万民(ばんみん)の難義(なんぎ)を救(すく)はんと のみ思(おも)はるゝゆへ也 【挿絵】    登(のぼる)_二岳陽楼(がくやうろうに)_一。 昔聞洞庭水(むかしきくとうていのみづ)。今上岳陽楼(いまのぼるがくやうろう)。呉楚東南坼(ごそとうなんにさけ)。乾坤日夜浮(けんこんにちやにうかぶ)。 親朋(しんほう)無(なし)_二 一字(いちじ)_一。老病(らうびやう)有(あり)_二孤舟(こしう)_一。戎馬関山北(じうばくわんざんのきた)。憑(よりて)_レ軒(けんに)涕泗流(ていしながる)。 -------------------------------------------------------------------------------- 昔(むかし)より聞(きゝ)つたへて洞庭(とうてい)の水(みづ)の大(おほ)に広(ひろ)きことを今日(こんにち)は岳陽楼(がくやうろう)に上(のぼ)りて誠(まこと)に見わたして 驚(おとろき)し呉(ご)楚(そ)は東南(とうなん)に坼分(さけわかつ)て乾坤(けんこん)の間(あいだ)に在(あり)色々(いろ〳〵)の物(もの)が日(ひる)も夜(よる)も水上(すいしやう)にうつり 浮(うか)んでみへる此打開(このうちひらい)た遠(とを)く迄見へるにつけ京(みやこ)の方(かた)を眺(ながめ)やり親類朋友(しんるいほうゆう)よりも 一/字(じ)の音信(おとづれ)して来(く)ることもなく老(おい)はてはする病身(びやうしん)にはなる便(たより)にするものは孤船(ひとつのふね)が あるばかりいかなる不仕合(ふしあはせ)なことぞや夫(それ)と云も戎馬(かつせん)が関山(ぐわんさん)の北(きた)の京(きやう)に在(ある)から世(よ)が 騒(さわが)しくて帰(かへ)ることもならずそこで此楼(このろう)の軒(のきば)に憑(より)かゝつて涕泗(なみだ)をしきりに流(なが)す憑軒(ひようけん) の文字(もじ)門選(もんせん)王粲(わうさん)が登楼(とうろう)の賦(ふ)に有(ある)ゆへしたしいじや    江南旅情(かうなんりよじやう)        祖詠(そゑい) 楚山(そざん)不(ず)_レ可(べから)_レ極(きはむ)。帰路但蕭條(きろたゞせうでう)。海色晴(かいしよくはれて)看(みる)_レ雨(あめを)。江声夜(かうせいよる)聴(きく)_レ潮(うしほを)。 剣(けんは)留(とゞまつて)_二南斗(なんとに)_一近(ちかく)。書(しよは)寄(よせて)_二北風(ほくふうに)_一遙(はるかなり)。為報空潭橘(ためにほうずくうたんのきつ)。無(なし)_レ媒(なかだち)_レ寄(よするに)_二洛橋(らくけうに)_一。  -------------------------------------------------------------------------------- 祖詠(そゑい)が楚(そ)を出(いで)暫(しばら)く呉(ご)に行(ゆき)又(また)楚(そ)へ帰(かへ)る時(とき)作(つく)りし也/楚国(そこく)へ帰(かへ)る山路(やまぢ)も極(はて)もなし 帰路(きろ)たゞ蕭條(ものさびし)いことぢや海(うみ)の気色(けしき)晴(はれ)やかなれど夫(それ)にかたしぐれで雨(あめ)のふるやうすも みへ江水(えみづ)の声(こゑ)が昼(ひる)は物(もの)に紛(まぎれ)て聞(きこ)へかぬるが夜(よ)になり静(しづか)になると潮(うしほ)のわくひゞきが 聞(きこ)へる腰(こし)に剣(けん)を帯(おび)南斗(なんと)の星(ほし)の近(ちか)き処(ところ)に留(とゞま)り書札(しよさつ)は北風(ほくふう)に寄(たのん)で遥(はるか)の所(ところ)に遣(つかは)す 何(なに)とぞ報(つげ)て遣(や)りたい呉楚(ごそ)の空潭(くうたん)のあたりの橘(みかん)は名産(めいさん)ゆへ北方(ほつはう)の洛橋(らくけう)に寄(やり)たい と思(おも)ふても媒(なかだち)になりせわしてくれるものがない実(じつ)は他国(たこく)に居(ゐ)て不自由(ふじゆう)なことを 歎(なげい)たのぢや寄(き)の字(じ)二ツ有(あり)一方(いつはう)写(うつ)し誤(あやまり)ならん   望(のぞむ)_二秦川(しんせんを)_一   李頎(りき) 秦川朝望迥(しんせんてうばうはるかなり)。日出正東峰(ひはいづせいとうのみね)。遠近(えんきん) 山河浄(さんがきよく)。逶迤城闕重(いいとしてじやうけつかさなる)。秋声万戸(しうせいばんこの) 竹(たけ)。寒色五陵松(かんしよくごりようのまつ)。客(かく)有(あり)_二帰与歎(きよのたん)_一。淒(せい) 其霜露濃(きとしてさうろこまやかなり)。 【印「譱靖」】【印「松軒」】 -------------------------------------------------------------------------------- 秦川(しんせん)は京(きやう)のこと也/早朝(さうてう)に望(のぞめ)は迥(はるか)なる処がみへる朝日(あさひ)が正東(まひがし)の峰(みね)に出(いで)てかゞやく遠近(おちこち) の山河(さんが)も晴(はれ)たゆへ浄(きよ)げにみへ逶迤(ながくつゞく)京(きやう)の城闕(じやうけつ)が重(かさな)り合(あふ)てみへ秋風(しうふう)の声(こゑ)京(きやう)の万戸(おほくのいへ)に 竹(たけ)が植(うゑ)てあるにひゞきて聞(きこ)へ寒色(ものすごく)みへる前漢(ぜんかん)の五代(ごたい)の陵(みさゝき)に松(まつ)が茂(しげ)りて有(ある)扨(さて)故郷(こきやう)へ帰与(かへりたい) と歎(なげき)があるなぜなれば淒其(ぞつとさむく)として霜露(しもつゆ)濃(こまやか)に置(おく)につけ月日(つきひ)も過行(すぎゆけ)ばなり   宿(しゆくす)_二龍興寺(りうこうじに)_一 綦毋潜(きぶせん)  香刹夜(かうせつよる)忘(わする)_レ帰(かへるを)。松清古殿扉(まつはきよしこでんのとびら)。 灯明方丈室(ともしびはあきらかなりはうぢやうのしつ)。珠繫比丘衣(たまはかくびくのころも)。白(はく) 日伝心浄(じつでんしんきよく)。青蓮喩法微(しやうれんゆはふびなり)。天(てん) 花落(くわおち)不(ず)_レ尽(つくさ)。処々鳥銜飛(しよ〳〵とりふくんてとぶ)。【印「栖霞」】 香刹(てら)へ来(き)て心閑(こゝろしづか)に面白(おもしろ)きゆへ夜(よ)に入(いる)まで帰(かへ)ることを忘(わすれ)た松(まつ)も清(きよ)げに古殿(こでん) の前(まへ)に秀(ひい)でゝみへる扨(さて)夜(よ)に入(いつ)て灯(ともしび)も明(あか)るくてらして方丈(はうちやう)の室(おく)にある是(これ)は仏(ぶつ) 祖(そ)よりうけ来(きた)る法(のり)の絶(たえ)ぬことを灯(ともしび)を段々(だん〳〵)ついで消(きえ)ぬ事(こと)にたとへて維摩経(ゆいまきやう)に 有(ある)を含(ふくん)だ珠(たま)を衣(ころも)の裏(うち)にかくる事も世(よ)にそまぬいさぎよき心(こゝろ)にたとへて法(ほ) 華経(けきやう)楞厳経(りやうごんきやう)などに有(ある)をどこともなく句(く)の中(うち)にもたせて珠(たま)は繫(かけ)て和尚(をしやう)の 衣(ころも)にある比丘(びく)は天竺(てんぢく)の詞(ことば)で和尚(をしやう)と云こと珠(たま)は数珠(ずじゆ)のことも含(ふくん)であるいづれ 灯(ともしび)と珠(たま)と取合(とりあは)せた白日(あきらかなるひ)のごとく仏(ほとけ)の心(こゝろ)を伝(つた)へ来(きた)るごとく浄(きよ)く青蓮(しやうれん)の泥(どろ)に染(そま) らぬ様(やう)に法(のり)のことを喩(たと)へ微妙義(おくふかきぎ)じや扨(さて)天(てん)から曼荼羅華(まんだたけ)が空(そら)にひら〳〵とし 地(ち)の上(うへ)に落尽(おちつく)さぬ夫(それ)ゆへ処々(あちらこちら)鳥(とり)が銜(くわへ)て飛(とび)かける此詩(このし)前後(ぜんご)つり合(あひ)あしく 七八の句(く)がつまらぬ題(だい)に宿(しゆくす)とあつて夜(よる)の趣(おもむき)をのぶるに鳥(とり)か飛(とび)まわるそれも 暁(あかつき)の事(こと)にもあらば聞(きこ)へる于鱗(うりん)の選(せん)に入(いり)しはいかゞ承当(うけがふこと)しがたしと千葉(ちば) 玄之(げんし)評(ひやう)せり 【挿絵】   胡笳曲(こかのきよく)     王昌齢(わうしやうれい) 城南虜已合(じやうなんえびすすでにがつす)。一夜幾重囲(いちやいくへかかこむ)。自(をのづから)有(あり)_二金笳引(きんかのひく)_一。能(よく) 令(しむ)_二出塞飛(しゆつさいをしてとば)_一。聴(きくことは)臨(のぞんで)_二関月(くわんげつに)_一苦(くるしく)。清(すむは)入(いつて)_二海風(かいふうに)微(びなり)。三奏(さんそうす) 高楼暁(かうろうのあかつき)。胡人(こひと)掩(おほふて)_レ涙(なみだを)帰(かへる)。  【印「譱靖」「松軒」】 -------------------------------------------------------------------------------- 城南(しやうなん)に虜(えびす)が已(すで)に寄集(よりあつまり)一夜(いちや)幾重(いくへ)にも囲(かこん)だかゝる折(をり)から能(よく)出塞(しゆつさい)の曲(きよく)の声(こゑ)が吹(ふき)わ たり飛(とん)だそれを聞(きけ)ば関山月(くわんざんげつ)の曲(きよく)に臨(のぞ)むゆへ苦(くるし)くひゞく清(すん)だ声(こゑ)は海風(かいふう)の曲(きよく)に入(いつ)て 微(かすか)に聞(きこ)ゆる三たび奏(あらた)めて曲(きよく)を吹(ふき)しは高楼(かうろう)の暁(あけ)がたに有(あり)しが手(て)ごわき胡人(こひと)共/涙(なみた) をながし手拭(てぬぐひ)で掩(おをふ)て帰(かへ)りし 【挿絵】   同(おなじく)_二王徴君(わうちようくんと)_一洞庭(とうていに)有(あり)_レ懐(おもふこと)    張謂(ちやうゐ) 八月洞庭秋(はちげつとうていのあき)。瀟湘水北流(せうしやうみづきたにながる)。還(かへる)_レ家(いへに)万里夢(ばんりのゆめ)。為(なる)_レ客(かくと)五更愁(ごかうのうれへ)。 不(ず)_レ用(もちひ)レ開(ひらくことを)_二書帙(しよちつを)_一。偏(ひとへに)宜(よろしく)【左ルビ「べし」】_レ 上(のほる)_二酒楼(しゆろうに)_一。故人京洛満(こじんけいらくにみつ)。何日復同遊(いづれのひかまたどうゆうせん)。 -------------------------------------------------------------------------------- 王(わう)は氏(うぢ)徵君(ちようくん)とは天子(てんし)よりめされても世(よ)に望(のぞみ)なく出(いで)ず浪人(らうにん)して居(ゐ)る人を云八/月(くわつ)は 水気(すゐき)が盛(さかん)になりしゆへ洞庭(とうてい)の秋(あき)もすゞしくおしわたり瀟湘(せうしよう)の二ツの水(みづ)の流(ながれ)もすさ まじくみへる此処(このところ)に長逗留(ながとうりう)して故郷(こきやう)をなつかしく思(おも)ひしゆへ在所(さいしよ)に帰(かへ)り妻子(さいし)親(しん) 類(るい)に逢(あふ)た夢(ゆめ)を見てうれしく有(あり)しに夢(ゆめ)がさめたらもとの旅客(たびゝと)で五更(ごかう)の七/時比(ときごろ)又(また) 愁(うれへ)がまして来(き)た此様(このやう)なういつらい時(とき)には書物(しよもつ)の帙(ちつ)を開(ひらい)てみることを用(もち)ひられぬ 鬱散(うつさん)すべき為(ため)に偏(ひとへに)酒(さけ)を沽(うる)楼(ろう)にても上(のぼ)るがよい故人(なじみ)の輩(ともから)洛陽(らくやう)に満(みち)て居(お)れ共/何(いつ) の日(ひ)にか復(また)同(おな)じく遊(あそ)ぶことあらん 【挿絵】   破山寺後禅院(はさんじのうしろのぜんゐん)  常建(じやうけん) 清晨(せいしん)入(いり)_二古寺(こじに)_一。初日(しよじつ)照(てらす)_二高林(かうりんを)_一。曲径(きよくけい)通(つうじ)_二幽処(ゆうしよに)_一。 禅房花木深(ぜんばうくわぼくふかし)。山光(さんくわう)悦(よろこばしめ)_二鳥性(てうせいを)_一。潭影(たんえい)空(くうす)_二 人心(じんしんを)_一。万籟此倶寂(ばんらいこゝにともにしづかなり)。惟聞鐘磬音(たゞきくしやうけいのおと)。【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 破山寺(はさんじ)は常孰県(じやうじゆくけん)に在(あり)後(おくやま)の禅院(あんじつ)清(すみ)わたる晨(あさ)古寺(ふるてら)に入(い)りし時(とき)初日(あさひ)が上(あが)り高林(たかはやし)を照(てら)す あちらを曲(まが)りこちらを曲(まが)り小径(こみち)を行(ゆき)幽処(おくふかきところ)に通(とを)り着(つき)たれは禅房(あんじつ)の辺(あたり)花(はな)の咲(さき)し木(き)が 奥深(おくふか)くある山(やま)〳〵に朝日(あさひ)の光(ひか)りがてらし鳥(とり)も性(せい)のまゝに飛(とび)かけり悦(うれ)しげにさへづる潭影(ふちみづのかげ)の すみわたりしこと人心(ひとごゝろ)もけがらはしき世(よ)のうるさき事(こと)をあらひそゝひで空(から)になつた万籟(ばんらい)は 風(かぜ)が吹(ふい)て色々(いろ〳〵)の鳴音(なりおと)のことなれ共こゝは人間(にんげん)の騒(さわが)しきことにするがよいそれが皆(みな)共に遠(とを) ざかり寂(しづま)りかへり唯(たゞ)聞(きこ)ゆるものは仏前(ふつぜん)の誦経(じゆきやう)に鐘(かね)や磬(きん)をならす音(をと)のするのみ 【挿絵】   聞_レ笛    張巡 岧嶤試一臨。虜騎附_二城陰_一。不_レ弁_二 風塵色_一。安知_二 天地心_一。門開辺月 近。戦苦陳雲深。旦夕更楼上。遙 聞横笛音。  【印「譱靖」「松軒」】     ふえをきく           ちやうじゆん せうげうこゝろみにひとたびのぞめば。りよきじやうゐんにつく。ふうぢんのいろを わきまへず。いづくんぞてんちのこゝろをしらん。もんひらいてへんげつちかく。たゝかいくる しんでぢんうんふかし。たんせきかうろうのうへ。はるかにきくくはうてきのね。 -------------------------------------------------------------------------------- 岧嶤(たかきところ)より試(ためし)に一臨(ちよとのぞめ)は虜騎(えびすぜい)が城陰(しろぎは)まで蟻(あり)の附(つい)た様(やう)に集(あつま)りおる風塵(さはがしき)の色(やうす) どうなり行(ゆく)やら弁(わきまへ)ぜられぬ天下(てんか)の治(をさま)るも乱(みだ)るゝも天地(てんち)のなす事(こと)じぢから此様(このやう)に 乱(みだれ)ては安(どう)して天地(てんち)の心(こゝろ)もしれるものではない睢陽(しよやう)は辺塞(へんさい)ではなけれども城門(じやうもん)を 開(ひらい)ておれば辺塞(へんさい)のあはれな月(つき)が照(てら)すやうじや戦(たゝかひ)も官軍(くわんぐん)は利運(ちうん)なく兵粮(ひやうらう)も尽(つき) 飢死(うゑじに)に及(およ)ぶ苦(くる)しみゆへ陳(ぢん)の上(うへ)に雲(くも)があはれにこんもりと深(ふか)くとりまく旦(あさ)も夕(ばん)も 更々(かはる〴〵)のぼる楼(ろう)の上(うへ)から敵(てき)の動静(やうす)を窺(うかゞ)ふに遥(はるか)に聞(きこ)ゆるは横笛(わうてき)のかなしき音(ね)が ひゞく此詩(このし)句々(くゝ)聞(ふえ)_レ笛(をきく)情(じやう)をのべ結句(けつく)に至(いたつ)て笛(ふえ)の字(じ)をあらはす按(あん)ずるに張巡(ちやうじゆん)が 討死(うちじに)の前(まへ)に作(つく)りし詩(し)ならん 【挿絵】   穆陵関北(ぼくりようくわんのきたにして)逢(あふ)_三 人(ひとの)帰(かへるに)_二漁陽(ぎよやうに)_一 劉長卿(りうちやうけい) 逢(あふ)_レ君(きみに)穆陵路(ぼくりようのみち)。匹馬(ひつば)向(むかふ)_二桑乾(さうかんに)_一。楚国蒼山古(そこくさうざんふり)。 幽州白日寒(ゆうしうはくじつさむし)。城地百戦後(じやうちはくせんののち)。耆旧幾家(ききういくか) 残(そこなはる)。処処蓬蒿徧(しよ〳〵ほうかうあまねし)。帰人(きじん)掩(おほふて)_レ涙(なみだを)看(みる)。【印「栖霞」】 -------------------------------------------------------------------------------- そこもとに逢(あふ)たは穆陵関(ぼくりようくわん)の北(きた)の路(みち)じやが一匹(いつひき)の馬(うま)に乗(のり)桑乾(さうかん)に向(むか)ひゆかるゝ楚国(そこく) の穆陵(ぼくりよう)は蒼山(さうざん)古(ふ)りて其(その)まゝに有(ある)べきが行(ゆか)るゝ幽州(ゆうしう)の漁陽(ぎよやう)は安禄山(あんろくさん)が謀叛(むほん)にて戦(たゝかひ) を始(はじめ)た所(ところ)ゆへ今更(いまさら)其跡(そのあと)荒(あれ)はてゝ白日(ひるなか)といへども寒(すご)くあらう城(しろ)も池(ほり)も百(たび〳〵)の戦(たゝかひ)の後(ご)ゆへ 耆旧(としより)の人々もいかほどの家(いへ)が残(そこなは)れしぞや処々(あちらこちら)も蓬蒿(よもぎ)の草(くさ)が遍(あまね)く茂(しげ)り野原(のはら)の様(やう)に なつたゆへ帰(かへ)らるゝ人(ひと)のそなたが涙(なみだ)を手拭(てぬくひ)で掩(おほふ)て見らるゝであらう 【挿絵】   聖果寺(せいくわじ)     釈処黙(しやくしよもく) 路(みちは)自(より)_二 中峰(ちうぼう)_一 上(のぼる)。盤回(はんくわいして)出(いづ)_二薜蘿(へいらを)_一。到(いたつて)_レ江(えに)呉地尽(ごちつき)。隔(へだてゝ) _レ岸(きしを)越山多(えつざんおほし)。古木(こぼく)叢(あつまり)_二青靄(せいあい)_一。遥天(えうてん)浸(ひたす)_二白波(はくはに)_一。下方(かはう) 城郭近(じやうくわくちかし)。鐘磬(しやうけい)雑(まじはる)_二笙歌(しやうかに)_一。 【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 此寺(このてら)の路(みち)は峰(みね)の中(なか)ほどより上(のぼ)るあちらこちら盤回(めぐり〳〵)して松(まつ)や杉(すぎ)に薜蘿(つらかづら)の下(さが)つて あるをくゞり出(いで)て寺(てら)へ行(ゆき)つき処々(あちらこちら)を見/渡(わた)せば浙江(せつかう)の西北(にしきた)に到(いたつ)て呉(ご)の地(ち)が残(のこ)らず 見ゆる浙江(せつかう)の岸(きし)をへだて東南(とうなん)の方(かた)は越(えつ)の山(やま)が立並(たちなら)んで多(おほ)くみへる古木(こぼく)がしげり青(こき) 靄(きり)が叢(しげ)り遥(はるか)なる天(てん)も浙江(せつかう)の白波(しらなみ)と一/枚(まへ)になつて浸(ひたつ)たやうにみへる山(やま)の下方(したかた)は銭(せん) 塘(たう)の船着場(ふなつきば)ゆへにぎやかに城郭(じやうくわく)も近(ちか)くみへる寺(てら)の仏前(ぶつぜん)にて誦経(じゆきやう)の時(とき)鐘(かね)をならし 磬(きん)を打音(うつをと)が山(やま)の下(した)の笙歌(しやうか)のさわがしきとひとつに雑(まじはつ)て聞(きこ)ゆる 【挿絵】 【挿絵】丁子(ちやうじ) 【裏表紙】 【表紙題箋】《題:唐詩選画本 《割書:五言排律》 五》 【小題】琴尊【琴樽ヵ】   送(おくる)_二劉校書(りうかうしよか)従(したがふを)_一レ軍(いくさに)   楊炯(やうけい) 天将(てんしやう)下(くだり)_二 三宮(さんきうを)_一。星門(せいもん)列(つらぬ)_二 五戎(ごしうを)_一。坐謀(ざぼう)資(たすけ)_二廟略(べうりやくを)_一。飛(ひ) 檄(げき)佇(まつ)_二文雄(ぶんゆうを)_一。赤土流星剣(せきとりうせいのけん)。烏号明月弓(うがうめいげつのゆみ)。秋(しう) 陰(ゐん)生(しやうじ)_二蜀道(しよくだうに)_一。殺気(さつき)繞(めぐる)_二湟中(くわうちうを)_一。風雨何年別(ふうういづれのとしのわかれぞ)。琴(きん) 樽此日同(そんこのひおなじ)。離亭(りてい)不(ず)_レ可(べから)_レ望(のぞむ)。溝水自西東(かうすゐおのづからさいとうす)。【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 天子(てんし)より将軍(しやうくん)に印(ゐん)を給(たま)はりどこそこへ征伐(せいばつ)に参(まゐ)れと命(めい)あるを天将(てんしやう)と云なり 三宮(てうてい)を下(くだ)る明堂(めいだう)辟雍(へきよう)霊台(れいたい)を三/宮(きう)と云/故(ゆへ)朝廷(てうてい)のこと也/京(きやう)の北西(きたにし)に出(いづ)る横門(よこもん)を固(かた)め 五ツ通(とをり)の兵器(へいき)を建(たて)ならべる陣(ぢん)や同坐(どうざ)して謀(はかりこと)を考(かんがへ)るも御廟(ごべう)の内(うち)で策(はかりごと)の相談(さうだん)になる ことを資(たすけ)られ軍中(ぐんちう)の飛檄は文【「飛檄は文」のルビ「はやふれながしぶん」】があしきと心得違(こゝろえちがひ)が出来(てき)るゆへ文(ぶん)をすぐれて書人(かくひと)を ほしきとたゝずみ佇(まち)て居らるゝにつき其元(そこもと)を召出(めしだ)したであるさて出立(でたち)の猛(たけ)きことは 赤土(せきと)を以(もつ)てとぎたつた星(ほし)のやきばを附(つけ)た流星(りうせい)といふ名剣(めいけん)をおび烏号(うがう)となづけ弦(つる)を 一(いつ)はいに張(はる)と円(まろ)く明月(めいげつ)のごとくなる弓(ゆみ)をもたせらる秋(あき)は陰気(ゐんき)にて草木(さうもく)をそぎからす それと同(おな)じやうに秋陰(しうゐん)のものすさましきが蜀(しよく)の道(みち)を通(とを)る時(とき)生(おこ)るであらう軍(いくさ)のこと ゆへ人をいためる殺気(さつき)が蜀(しよく)の湟中(くわうちう)をかこみ繞(めぐる)であらう風(かせ)の吹(ふい)て雨(あめ)の散(さん)ずる如く何(いく) 年(ねん)も別(わか)るゝことならん又/一説(いつせつ)に軍中(ぐんちう)に行(ゆき)つき風雨(ふうう)の有(ある)さびしき時(とき)は何(いづ)れの年(とし)に別(わか)れ しやと思(おも)ひ出(いだ)すであらん扨(さて)琴(きん)を弾(たん)じ樽(そん)をひかへて暫(しばら)く相同(あいおなじ)くしてをる又(また)一説(いつせつ)には琴(きん) 樽(そん)を復(また)此日(このひ)の様(やう)に同(おな)しく楽(たのし)むは何(いづ)れの時(とき)であらん別(わかれ)を送(おく)りし後(のち)此離亭(このりてい)から 望(のぞ)むべからずなぜなれば溝(ほり)の水(みづ)が自(おのづ)から西東(にしひがし)へ分(わか)つて流(なが)るゝはそこもとは西(にし)の遠方(えんはう)へ行(ゆき) 我(われ)も東(ひがし)の方(かた)に有て隔(へだゝ)りをるをいとゞ思(おも)ひ出(だ)しなつかしくなる詩(し)の八/句目(くめ)に湟中(くわうちう)とある は明(みん)の時(とき)陝西(せんせい)臨洮(りんてう)の地(ち)じや又/廟略(べうりやく)は先祖(せんぞ)の廟(べう)に策(はかりこと)を密談(みつだん)して先霊(せんれい)へも聞(きく)に 達(たつ)する意(こゝろ)にて帝(みかど)も大/将(しやう)も廟(やしろ)に会談(くわいだん)すること也 【挿絵】   霊隠寺(れいゐんじ)       駱賓王(らくひんわう) 鷲嶺鬱岧嶢(じゆれいうつとしてせうげう)。龍宮鎖寂寥(りようきうさしてせきれう)。楼(ろうには)観(みる)_二滄海日(さうかいのひを)_一。門(もんは) 対(たいす)_二浙江潮(せつかうのしほに)_一。桂子月中落(けいしげつちうにおち)。天香雲外飄(てんかううんぐわいにひるかへる)。捫(からみて)_レ蘿(つたを) 登(のぼること)_レ塔(たふに)遠(とほく)。刳(くぼめて)_レ木(きを)取(とること)_レ泉(いづみを)遙(はるかなり)。霜薄華更発(しもうすふしてはなさらにひらき)。氷軽葉(こほりかろふしては) 互凋(たがひにしぼむ)。夙齢(しくれい)尚(たつとび)_二遐異(かいを)_一。披対(ひつい)滌(あらふ)_二煩囂(はんげうを)_一。待(まつて)_レ入(いるを)_二 天台(てんだいの) 路(みちに)_一。看余(みよよが)度(わたることを)_二石橋(しやくけうを)_一。   【印「譱靖」「松軒」】 霊隠寺(れいゐんじ)は天竺(てんぢく)の鷲嶺(じゆれい)のごとくにして鬱(こんもり)と岧嶢(たかい)山寺(やまでら)ゆへ参詣(さんけい)する人もなく龍(ほん) 宮(ぐう)も戸(と)を鎖(とざし)て寂寥(しづか)になること也しかし景色(けしき)はよい山門(さんもん)の楼(ろう)から見ると滄海(さうかい)より 上(のぼ)る旭(あさひ)のけしきをみる門(もん)は浙江(せつかう)の名高(なたか)い大浪(おほなみ)の立(たつ)潮(しほ)に対(たい)し扨(さて)此寺(このてら)の実事(じつじ)を述(のべ)て 云(いふ)ふしぎなるかな秋(あき)の夜(よ)此地中(このちちう)に桂(かつら)の子(み)が珠(たま)の如(こと)くにて月中(げつちう)より落(おち)て天香(てんかう)の妙(たへ)なる 匂(にほひ)わたり雲(くも)の外迄(あたりまで)飄々(ぽつ〳〵)とした此(この)二/句(く)を流水対(りうすゐつい)と云/高(たか)き所(ところ)に路(みち)がないゆへ懸崖(がけ)に生(はへ) 下(さが)りし蘿(つた)を手(て)に捫(から)みつけ塔(たふ)へ登(のぼ)るに遠(とを)い所(ところ)じや木(き)を刳(くぼめ)筧(かけひ)にして寺の庫裏(くり)に泉(いづみ)を 取(とる)遥(はるか)な山奥(やまおく)なれど時節(じせつ)が霜(しも)がうすく降故(ふるゆへ)花(はな)もこゝかしこに開(ひら)き氷(こほり)も軽(かろ)くあるゆへ 葉(は)もあちこちと互(たがひ)に凋(しぼ)む手前も夙齢時(わかきとき)より此様(このやう)な世(よ)を遐(はるか)にする異(こと)なる処(ところ)を尚(たつ)とぶ 悦(よろこば)しきことは今日(けふ)襟(えり)を披(ひら)き相対(あいたい)して世(よ)のわづらはしき囂(かまびす)しきけがれたことを滌(あらひ)そゝひで 心(こゝろ)がいさぎよいとこれ迄(まで)宋之問(そうしもん)が作(つく)りしを賓王(ひんわう)がつぎたしてから詩(し)になりしゆへ賓王(ひんわう)とした とみへるまだ此寺(このてら)ばかりでない天台山(てんだいさん)へ入(いる)を待(まつ)て見よ余(よ)が石橋(しやくけう)のせまくて底(そこ)のしれぬ 谷(たに)を見おろす処(ところ)を渡(わた)り役(やく)を世(よ)に汚(けが)れぬ心(こゝろ)をしれと自慢(じまん)したのじや 【挿絵】    宿(しゆくして)_二温城(をんじやうに)_一望(のぞむ)_二軍営(ぐんえいを)_一 虜地寒膠折(りよちかんかうをれ)。辺城夜柝聞(へんじやうやたくきこゆ)。兵符(へいふ)関(くわんし)_二帝闕(ていけつに)_一。天策(てんさく)動(うごかす)_二将軍(しやうぐんを)_一。 塞静胡笳徹(さいしづかにしてこかてつし)。沙明楚練分(いさごあきらかにしてそれんわかる)。風旗(ふうき)翻(ひるがへし)_二翼影(よくえいを)_一。霜剣(さうけん)転(てんず)_二龍文(りようふんを)_一。 白羽揺(はくううごいて)如(ごとく)_レ月(つきの)。青山断(せいざんきれて)若(ごとし)_レ雲(くもの)。煙疎(けふりおをそかにして)疑(うたがひ)_レ巻(まくかと)_レ幔(まんを)。塵滅(ちりめつして)似(にたり)_レ銷(せうするに)_レ氛(ふんを)_一。 投(たうじて)_レ筆(ふでを)懷(おもひ)_二班業(はんげふを)_一。臨(のぞんで)_レ戎(いくさに)想(おもふ)_二顧動(こどうを)_一。還(かへつて)応(まさに)【左ルビ「べし」】_下雪(きよめ)_二漢恥(かんちを)_一。持(ちして)_レ此(これを)報(ほうず)_中明君(めいくんに)_上。 -------------------------------------------------------------------------------- 虜(えびす)の地(ち)も秋(あき)の陰気(ゐんき)に向(むか)ひ弓(ゆみ)の膠(にかは)もかわき折(をれ)る其時(そのとき)を相図(あいづ)にして寇(あた)をするゆへ辺塞(へんさい)の城(しろ) も油断(ゆだん)してはならぬゆへ夜廻(よまわ)りの柝(ひやうしぎ)をたへず打(うつ)てまわる天子(てんし)給はる兵符(へいふ)は半(なかば)は帝闕(きんり)に 関(あづか)り半(なかば)は大将(たいしやう)に遣(つか)はされ臣(しん)として君(きみ)を奉(たいせつ)にする処を関(くわん)の字(じ)で聞(きか)せた天子(てんし)より策(はかりごと)を 相談(さうだん)なされ其威(そのゐ)が将軍(しやうぐん)にのりうつり震(ふる)ひ動(うご)く動(どう)の字(じ)で君(きみ)より臣(しん)に命(めい)ぜらるゝ ことを含ませた大将(たいしやう)の下知(げぢ)がよいゆへ塞上(ぢんや)も静(しづか)にして胡笳(こか)の声(こゑ)が徹(きこへ)わたる月光(げつくわう)が輝(かゞや)き 沙(いさご)はらの戦場(せんじやう)も明(あき)らかにして先陣(せんぢん)後陣(ごぢん)の人も間違(まちがは)ぬやうに合印(あいぢるし)をし楚練(しろきぬ)を襟(えり)に ぬひつけ袖(そで)にぬひつけたるははつきりと分(わか)れてみへる風(かぜ)が吹(ふけ)ば建(たて)ならべた旗(はた)に鳥(とり)の画(ゑ)が 書(かい)てある翼(つばさ)の影(かげ)が翻(ひらめ)くやうな翼(つばさ)の字(じ)は陣取(ぢんと)りの宜(よき)を含(ふく)んで云/霜(しも)のふりかゝりしごとく ぞつとしたる剣(つるぎ)は龍(りよう)の文(もやう)を転(てん)ず龍文(りようぶん)は軍兵(ぐんびやう)威勢(ゐせい)のすさまじきを含(ふくん)で云又/名剣(めいけん)が龍(りよう) に化(け)したることが有(ある)をも含(ふくま)せた白羽(はくう)の箭(や)を帯(おび)たる軍勢(ぐんぜい)が往来(ゆきゝ)して揺(うご)き度(わた)るは月(つき)の 照(てら)すごとくそれが青山(せいざん)のふもとを往来(わうらい)するゆへ中(なか)が断(きれ)てみへぬ雲(くも)のちら〳〵あるゝ【「あるゝ」は「あるく」ヵ】様(やう)に思(おも)はる 又一説(またいつせつ)には諸葛孔明(しよかつこうめい)が白羽扇(はくうせん)を持(ち)し三軍(さんぐん)を指揮(さしづ)する其扇(そのあふぎ)の揺(うご)くやうすは月(つき)のごと くにある軍兵(ぐんひやう)の屯(たま)りし青山(せいざん)のふもとの中(なか)ほどが断(きれ)て雲(くも)のちら〳〵とするごとくに有(ある)煙(けふり)も まばらにきれ〴〵に有(ある)は陣(ぢん)やの幔(まく)を巻(まき)あぐるかと疑(うたが)ひ天気(てんき)がさへわたり蹴立(けたつ)る塵(ちり)も 滅(きへ)なくなり氛(ふん)と云あしき兵気(へいき)が銷(きえ)るやうに似(に)るかゝる時(とき)は学問(がくもん)をやめ軍(いくさ)をし功(こう)を 立(たて)たく有(ある)ゆへ筆(ふで)を投(なげ)すて班超(はんてう)がした功業(こうげふ)を懐(おもひ)てしたひ此戎(このいくさ)に臨(のぞん)で晋(しん)の顧栄(こえい)が謀(む) 叛人(ほんにん)の陳敏(ちんびん)を亡(ほろほ)した功勲(こうくん)をしたひ思(おも)ふ還(かへつ)てとはこゝでは必(かならす)とみるがよい必(かなら)ず漢(かん)の高祖(かうそ)が 匈奴(きようど)にまけて匈奴(きようど)を婿(むこ)にしたやうな恥(はぢ)を雪(すゝい)で班超(はんてう)顧栄(こえい)のした軍功(ぐんこう)を持(ち)して 明君(めいくん)の恩(おん)を報(ほう)ぜんと思ふ 【挿絵】   在(あつて)_レ広(くわうに)聞(きく)_三崔馬二御史並(さいばにぎよしがならびに)登(のぼるを)_二相台(しやうだいに)_一 蘇味道(そみだう) 振鷺纔飛日(しんろわづかにとぶひ)。遷鶯遠聴聞(せんあうとおくてうぶんす)。明光共(めいくわうともに)待(まち)_レ漏(ろうを)。清覧各(せいらんおの〳〵)披(ひらく)_レ雲(くもを)。 喜(よろこび)_レ得(うるを)_二廊廟挙(らうべうのきよを)_一。嗟(なげく)_レ為(なすことを)_二台閣分(だいかくのぶんを)_一。故林(こりん)懐(おもひ)_二柏悦(はくえつを)_一。新握(しんあく)阻(へたつ)_二蘭薫(らんくんを)_一。 冠去神羊影(かんむりはさるしんやうのかげ)。車迎瑞雉群(くるまはむかふずゐちのむれ)。遠(とをく)従(より)_二南斗外(なんとのほか)_一。遥(はるかに)望(のぞむ)_二列星文(れつせいのぶんを)_一。 -------------------------------------------------------------------------------- 南(みなみ)の広州(くわうしん)に役(やく)を勤(つとむ)る時(とき)崔氏(さいし)馬氏(ばし)二人(ふたり)の御史(めつけ)が宰相(さいしやう)の台(やくしよ)に登(のほ)ると聞(きゝ)悦(よろこん)で贈(おく)る詩(し)也 振鷺(しんろ)はむれさぎ大(だい)は先(さき)小(せう)は後(あと)よりなみよく並(なら)び飛故(とぶゆへ)二人/方々(はう〴〵)振鷺(しんろ)の如(ごと)くなみよく わづかに飛(とび)ゆくごとき日(ひ)も有(あり)しに此度(このたび)喬木(けうぼく)に遷(うつ)る鶯(うぐひす)の様(やう)に立身(りつしん)役(やく)がへ有(あり)しを遠(とを)くに 居(ゐ)て聴聞(せうち)いたした今(いま)は中書郎(ちうしよらう)尚書郎(じやうしよらう)となり宰相(さいしやう)の台(やくしよ)に勤(つとめ)られ明光殿(めいくわうでん)に詰(つめ)られ 綸言(りんげん)を書(かく)ことも二人共に明六時(あけむつどき)の漏刻(とけい)を待(まつ)て居(ゐ)られやう綸言(りんげん)の文(ぶん)を清覧(おめどをり)に備(そなへ)る ことは二人共に各(おの〳〵)雲(くも)を披(ひらひ)て白日(はくじつ)を望(のぞ)むごとく直(たゞち)に龍顔(りようがん)を拝(はい)するであらう重(おも)き役(やく)を 命(めい)ぜらるゝには廊廟(らうべう)にて天子(てんし)宰相(さいしやう)相談有(さうだんあり)御先祖(ごせんぞ)へ達(たつ)する意(こゝろ)也しかしこゝでは廊廟(らうべう)は 朝廷(てうてい)と見るがよい二人/朝廷(てうてい)へ召(めさ)れ挙(あげ)らるゝことを喜(よろこ)ぶ也さりながら二人が一人は鸞台(らんだい) 一人は鳳闕(ほうけつ)と役所が分(わか)つて勤(つとめ)をなすこと嗟(なげ)かしく思(おも)はれん故林(ふるきなかま)の人々も冬木(ふゆき)の松(まつ)が茂(しげ)る と同性(どうしやう)の柏(かく)が悦(よろこ)ぶやうに元(もと)の仲間(なかま)の人(ひと)〳〵も云には外(ほか)の役所(やくしよ)から相台(しやうだい)に登(のぼ)るもしかたも ない此方(こなた)の御史(めつけ)の中(うち)から出(いで)られたれば悦(よろこば)しき事(こと)と懐(おも)はれん御史(めつけ)の役所(やくしよ)に柏樹(はくじゆ)の有(ある) ことが漢書(かんじよ)にある夫(それ)をも含(ふく)み林(はやし)の字(じ)から柏(はく)の字(じ)を産(うん)だ御/側(そば)に出(いづ)る者(もの)は香(かう)を懐(ふところ)にし て出(いづ)る二人が新(あら)たに手(て)に蘭(らん)を握(にぎり)つけて居(い)る其蘭(そのらん)の薫(かほ)りはふるき仲間(なかま)の人(ひと)には阻(へだゝ)り 遠(とを)ざかり心安(こゝろやす)く近(ちか)よることが出来(でき)ぬ御史(めつけ)を勤(つとめ)て居(ゐ)らるゝ時(とき)の冠(かんむり)は去(のけ)て神羊(しんやう)と云/恐(おそろ)しい 影(かげ)はなくなり郎官(らうくわん)に移(うつ)られ車(くるま)に乗(のつ)て参内(さんだい)あるに漢(かん)の蕭芝(せうし)を見る様(やう)に瑞(めで)たき雉(きじ)が群(むらかり) て送迎(おくりむかへ)するであらう手前(てまへ)も遠(とを)く南斗(なんと)の外(あたり)より遥(はるか)に天帝(てんてい)の座(ざ)にちかき列星(れつせい)の文(ぶん)を仰(あをひ)で 望(のぞ)みあれが郎官(らうくわん)になられた所(ところ)を羨(うらやま)しく思(おも)ふと南斗(なんと)の星(ほし)と列星(れつせい)とつり合(あは)せて文字(もじ)を用(もちひ)たは働(はたらい)たものじや 【挿絵】   奉(たてまつる)_レ和(わし)_レ幸(みゆきするを)_二韋嗣立山荘(ゐしりふがさんさうに)_一応制(おうせい)   李嶠(りけう) 南洛師臣契(なんらくししんかなふ)。東巌王佐居(とうがんわうさのきよ)。幽情(ゆうせい)遺(わすれ)_二紱冕(ふつべんを)_一。宸眷(しんけん)矚(みる)_二樵漁(せうぎよを)_一。 制下峒山蹕(せいはくだるとうざんのひつ)。恩回灞水輿(おんはめぐるはすゐのよ)。松門(しようもん)駐(とゞめ)_二旌蓋(せいかいを)_一。薜幄(へきあく)引(ひく)_二簪裾(さんきよを)_一。 石磴(せきとう)平(たいらかに)_二黃陸(くわうりく)_一。煙楼(えんろう)半(なかばなり)_二紫虚(しきよ)_一。雲霞仙路近(うんかせんろちかく)。琴酒俗塵疎(きんしゆそくぢんそなり)。 喬木千年齢外(けうほくせんれいのほか)。懸泉百丈余(けんせんひやくぢやうよ)。崖深(きしふかうして)経(へ)_レ練(ねることを)_レ薬(くすりを)。穴古旧(あなふるうしてもと)蔵(をさむ)_レ書(しよを)。 樹宿(きにはしゆくす)摶(はうつ)_レ風(かせに)鳥(とり)。池潜(いけにはひそむ)縱(ほしひまゝなる)_レ壑(たにゝ)魚(うを)。寧知天子貴(むしろしらんやてんしのき)。尚(なを)憶(おもふ)_二武侯廬(ぶこうのろを)_一。 -------------------------------------------------------------------------------- 南洛(なんらく)にある山荘(やまやしき)は伊尹(いゐん)太公望(たいこうばう)などの臣(しん)として師範(しはん)となる師臣(ししん)に契(かな)ふ嗣立(しりふ)の居(おる)山荘(やまやしき) じや東巌(とうがん)に住(すみ)なれても天子(てんし)の補佐(ほさ)となる嗣立(しりふ)が居所(ゐどころ)じや夫故(それゆへ)天子(てんし)も此山水(このさんすゐ)の幽情(ゆうせい) を悦(よろこび)給ひ紱冕(そくたい)の位(くらゐ)を忘(わすれ)て幸(みゆき)ある宸眷(ねんごろ)に思召(おぼしめし)樵漁(せうぎよ)のごとくしておる嗣立(しりふ)を尋(たづ)ね矚(み) 給ふ御制(みことのり)が下(くだ)り広成子(くわうせいし)が峒山(とうざん)に居(をる)ごとくなる嗣立(しりふ)の処(ところ)へ幸(みゆき)するゆへ蹕(ともまはり)をそろへよその 恩(おぼしめし)は長安(ちやうあん)の東(ひがし)にある灞水(はすゐ)より輿(こし)を回(めぐら)し幸(みゆき)せらる山荘(やまやしき)ゆへ仮(かり)に松(まつ)の木(き)で門(もん)を建(たて)たる 其中(そのうち)に旌(はた)や蓋(ひがさ)を駐(とゞめ)られ薜(つた)をからませ幄(とばり)をかけしめ其中(そのなか)に簪(かんざし)をさし冠(かんむり)をいたゞき長(ちやう) 裾(きよ)を引(ひき)群臣(ぐんしん)を引(ひい)て奥(おく)に入(い)れる黄陸(くわうりく)は天(てん)の日(ひ)の通(とを)る路(みち)を云/石磴(いしだん)なども天子(てんし)の幸(みゆき) あるは黄陸(くわうりく)となつて平(たいらか)にあるきよき煙(けふり)のたな引(びく)楼(ろう)も天子(てんし)の御座(こざ)の間(ま)となつて禁虚(きんり) が半(なかば)ある雲霞(うんか)も天子(てんし)幸(みゆき)ある仙路(せんろ)に近(ちか)くおこり琴(きん)を弾(たん)じ酒(さけ)を酌(くむ)も世(よ)の俗塵(ぞくぢん)の やかましき事(こと)は疎(とを)くなり是(これ)より以下(いけ)は山荘(やまやしき)の古(ふる)めかしきことを云(いふ)年月(としつき)を経(へ)たる喬木(けうぼく)は千(ち) 齢(とせ)の外(ほか)も越(こえ)しと思(おも)ひ岩間(いわま)より落(おち)くる懸泉(たきのみづ)は百/丈余(ぢやうよ)も有/先祖(せんぞ)より持来(もちきた)りし山荘(やまやしき)ゆへ 古(ふる)めかしく山崖(やまぎし)の深(ふか)き処(ところ)は経(かつ)てと訓(くん)ずるもよし薬(くすり)を煉(ねり)し処もみへる昔(むかし)仙人(せんにん)が住居(すまゐ)せし ならんと思はれ山(やま)に穴(あな)の有(ある)は旧(むか)し書(しよ)を蔵(をさめ)た処(ところ)なると思(おも)はれさて嗣立(しりふ)がことをほめて樹(じゆ) 木(もく)のしげりし中(なか)に宿(しゆく)せし鳥(とり)は風(かぜ)に搏(はうつ)て九/万里(まんり)を凌(しの)ぐ鵬(ぼう)ならんと池水(いけみづ)に潜(かく)れをる壑(たに) 一(いつ)はいにはだかる魚(うを)があるとこれにかこつけ嗣立(しりふ)が大(おほひ)なる器量(きりやう)を称(ほめ)た此(こゝ)で嗣立(しりふ)に恩(おん)をかけ て云/寧(なん)そ知(ち)がついたか今(いま)の天子(てんし)はもとより生(はへ)ぬきの天子(てんし)ゆへ自然(しぜん)に貴(たつと)くまします劉備(りうび)などの 様(やう)に軽(かろ)きよりへのぼり天子(てんし)にならんとせしゆへ武侯(ぶこう)の廬(いほり)を三度(みたび)顧(かへりみ)て行(ゆか)れしが今(いま)の天子(てんし)は 其元(そこもと)武侯(ぶこう)の様(やう)に有(あり)共/何(なに)も用(もちゆ)ることがないから其元(そこもと)の廬(いほり)を憶(おもは)ずとすむことじや 【挿絵】  白帝城懷古(はくていじやうくわいこ) 陳子昂(ちんしごう)  日落滄江晚(ひおちてさうかうのくれ)。停(とゞめて)_レ橈(かぢを)問(とふ)_二土風(どふうを)_一。城(しろは) 臨巴子国(のぞむはしくに)。台没漢王宮(だいはぼつすかんわうきう)。荒服(くわうふく) 仍周甸(なをしうでん)。深山尚禹功(しんざんなをうこう)。巌懸青(いわほかゝつてせい) 壁断(へきたえ)。地険碧流通(ちけんにしてへきりうとうず)。古木(こぼく)生(しやうじ)_二雲(うん) 際(さいに)_一。帰颿(きはん)出(いづ)_二霧中(むちうに)_一。川途去(せんとさつて)無(なし)_レ限(かぎり)。 客思坐何窮(かくしそゞろになんぞきはまらん)。  【印「譱靖」「松軒」】 作者(さくしや)は蜀(しよく)の人此/時(とき)楚(そ)に行舟に乗(のり)三峡(さんかふ)よりこゝを通り此/詩(し)と峴山懐古(けんさんくわいこ)が出(で) 来(き)た日は西に落(おち)滄江(さうかう)も暮(くれ)に成(なり)心は急(いそ)げどもあまり古跡(こせき)の有/山水(さんすゐ)ゆへ船(せん) 頭(とう)にしばらく橈(かぢ)を停(とゞめ)よそこで土地(とち)の風景(ふうけい)を何〳〵に問(とひ)たれば答(こたへ)て云には 向(むかふ)の城(しろ)から臨(みおろ)すは巴子国(はしこく)でござる台(だい)はなくなりましたが漢王(かんわう)と呼(よば)れし 劉備(りうび)の居(ゐ)られし永安宮(ゑいあんきう)の跡(あと)でこざる辺鄙(へんひ)を荒服(くわうふく)と云此/周甸(しうでん)は禹(う) 貢(こう)に有のではないたゞ周(しう)の土地(とち)と云こと此/辺鄙(へんひ)なれども仍(なを)周(しう)の土(と)地ならん 深山(しんざん)の下(ふもと)水の流(なが)るゝは尚(なを)禹(う)の功(いさほ)が残(のこり)てみへる仍(しよう)尚(しよう)の二字/考(かんがへ)て遣た文字じや 感慨(かんがい)のあまり所がみへる扨(さて)荒服(くわうふく)深山(しんざん)ゆへ巌(いわほ)が高く懸(かゝ)りて青壁(せいへき)のごとく なる処が中から断(たち)ちぎれその/険阻(けんそ)の地へ碧流(へきりう)が通るゆへ水/勢(せい)がはやい古木(こぼく)が 茂(しげ)り雲の間に生(はへ)ておる帰舟(きしう)に帆(ほ)をかけたれば三/峡(かふ)の間(あいだ)が冥(くら)きゆへ霧(きり)の中(なか)を 出(いで)てゆく川の途(みち)すぢが去て行先(ゆくさき)がはても限(かぎ)りもなく遠(とを)けれども客中(かくちう)に 古(いにしへ)を思ふ処が坐(おもはずしらず)にて何ぞ窮(きはま)り尽(つき)んや 【挿絵】 画本唐詩選《割書:五言古|七言古》全五冊 翠渓先生画  画本唐詩選《割書:七言律》全五冊 前北齋為一老人画 -------------------------------------------------------------------------------- 天保四年癸巳春正月          彫工 杉田金助      日本橋通弐丁目 東都書林    小林新兵衛 【裏表紙】