【表紙】 【付箋】 NO1552 847 190 【題簽】 痘家初心問答 【右丁】 淡海翁編輯    《割書:千里必究|不許贋梓》 《題:痘家初心問答》      鷦鷯館蔵書 【赤四角印】温故而知新 【赤四角印】■生■ 【左丁】 痘家初心問答序 拱-把 ̄ノ之桐-梓。人苟 ̄モ欲 ̄ス_レ生 ̄ンコトヲ_レ之。皆知 ̄ル_下所_二-以 ̄ノ養 ̄ヲ_一レ之 ̄ヲ 者 ̄ヲ_上。況 ̄ヤ慈-父無 ̄ンヤ_下不 ̄ル_レ愛_二-育 ̄セ其 ̄ノ-子 ̄ヲ_一者_上乎。雖 ̄トモ_レ然 ̄ト。寿-夭 不 ̄ハ_レ同 ̄カラ命 ̄ナリ也。桐-梓殖 ̄スレトモ_レ之 ̄ヲ。若 ̄キハ_二肥-磽 ̄ノ_一則地 ̄ナリ也。嗚-呼。 四-海太-平。元-元浴 ̄シテ_二徳-化 ̄ノ之余-波 ̄ニ_一。而親_二-炙 ̄ス恒 ̄ノ- 産 ̄ヲ_一矣。彼 ̄ノ天-疫流-行 ̄ハ時 ̄ナリ也。人-固(モトヨリ)憂 ̄フ_レ之 ̄ヲ。其 ̄ノ-中痘 滋《割書:〱》-甚 ̄シ。雖 ̄トモ_二 天-命周-行 ̄ト_一。可 ̄シテ_下以_二 人-意 ̄ヲ_一避 ̄ル_上レ之 ̄ヲ。而 ̄シテ至 ̄ルハ正- 命 ̄ナリ也。君-子順 ̄ニ受 ̄ク_レ之 ̄ヲ。何 ̄ソ-独至 ̄テ_二於痘 ̄ニ_一而疑 ̄ハン_レ之 ̄ヲ。越(コヽニ) 【赤四角印】遠加文庫 【赤四角印】帝国図書館蔵 【丸印】 帝図 昭和十八・三 一七・購入・ 【右丁】 【枠外】鷦鷯館蔵書 淡-海-翁 嘗(カツテ)有 ̄リ_二卓-見_一。従-容 ̄ニ所 ̄ノ_二輯-録 ̄スル_一痘-家-初-心- 問-答 ̄ノ書-成 ̄ル。余通-覧 ̄シテ-曰ク。詳 ̄ナル-哉言。思 ̄フニ暁 ̄シ_二庸-俗 ̄ノ之 畏-影 ̄ヲ_一。撫_二-養 ̄スルノ孩-提 ̄ヲ【一点脱ヵ】之一-助。信 ̄ニ是 ̄ノ-書為 ̄ナリ_レ通_二-暁 ̄センカ觳- 觫惻-隠 ̄ノ之情 ̄ヲ_一也。非 ̄ス_二敢 ̄テ達-識 ̄ノ所 ̄ニ_一レ過 ̄ル_レ目 ̄ヲ。故 ̄ニ以 ̄ス_二国- 字 ̄ヲ_一。及 ̄ンテ_レ請 ̄フニ_二其 ̄ノ-序 ̄ヲ_一為(ナス)_二贅-言 ̄ヲ_一。  明-和第-七歳 ̄ハ次 ̄ル_二庚-寅 ̄ニ_一秋九-月             大坂  山川雄駿 選 【左丁】 痘家初心問答(とうかしよしんもんたう) ○弟子(ていし)問(とふ)て曰(いわ)く世人(せじん)子(こ)を育(そだつ)つるに当歳(とうさい)より五六歳に至(いた)る迄(まて)  乳味(にうみ)を与(あた)へ食物(しよくもつ)はわづかつゝ喰(くは)しむいかんして可(か)ならんや  師(し)答(こたへ)て曰く乳味は素(もと)精血(せいけつ)の化(くわ)する所(ところ)の物(もの)なればその性(しやう)  甘寒(かん〳〵)と云(いふ)へし久(ひさ)しく用(もち)ゆれば脾胃(ひゐ)脆(もろ)く《振り仮名:肌肉筋骨|きにくきんこつ・はたへしゝすしほね》も  軟弱(なんじやく)とてたよわし若(もし)蔵府(ざうふ)の厚(あつ)からん事(こと)願(ねが)はゝ二才に  向(むか)ひて乳(ち)の外(ほか)食頃(しはらく)に及(およ)びて米穀(べいこく)野菜(やさい)を少(すこ)しつゝ  《振り仮名:滋味|じみ・うをるい》をもたま〳〵に喰すへし三才に至ては《振り仮名:生硬|せいかう・なまかたき》の熟(こな)れがたき  物も時々(とき〳〵)あたへ自然(しぜん)と脾胃に馴(なれ)しむれは食事(しよくじ)の害(がい)に 【赤印】帝国図書館蔵 【「左ルビ」は、《振り仮名:親文字|右ルビ・左ルビ》の書式で表記する。表示例は左記】 《振り仮名:親文字|右ルビ・左ルビ》 【右丁】  あふ事 少(すくな)し丈夫(じやうぶ)なれば諸病(しよびやう)にたへしのぎ易(やす)し尤(もつとも)疱瘡(ほうそう)は  怯(ひわづ)なる児(こ)は却(かへつ)て軽(かろ)く実性(じつしやう)なる児は却て重(おも)きもありといへども  生質(むまれつき)に胎毒(たいどく)の多少(たせう)有(ある)ゆへと見(み)えたり ○又問て曰疱瘡はいづれの時代(じだい)より《振り仮名:流行|りうこう・はやり》して来(きた)るや  師答て曰く痘瘡は中華(から)にも古(こ)代はなし此故(このゆへ)に素問(そもん)  霊枢等(れいすうとう)に《振り仮名:痘瘡|・もかさ》《振り仮名:麻疹|ましん・はしか》の説(せつ)見(み)へず後漢(ごかん)の末(すへ)に至り異(い)  国(こく)より移(うつ)り来りたるにや虜(りよ)瘡と名付(なづけ)たり日本(につほん)にては  聖武天皇(せうふてんくわう)天平(てんへい)七 年(ねん)の夏(なつ)よりはやり始(はしめ)しと伝(つた)ふ ○問て曰 今(いま)此 国(くに)にも終身(しうしん)せざる所もあり流行する地(ち)にも 【左丁】  曽てせさる人(ひと)ありいかん  答て曰痘瘡は一 ̄ッ奇邪(きじや)とて疫癘(ゑきれい)なり大人(たいしん)小児(しやうに)共(とも)時 有(あり)て  其(その)邪人の虚実(きよしつ)によりて侵(おかさ)しかたき時は間(まゝ)のがるゝも多(おふ)し  大人に至て是をうくるも有但し土(と)地《振り仮名:厳密|げんみつ・きひしく》にして侵す事  成(なり)かたき所も有或は胎毒なき人有てせぬもあり ○問て曰土地に依(よつ)て疫邪の犯(おか)ざる事いかん  答て曰厳密の地に居(い)ては疫邪犯さる所あり和州(わしう)吉野(よしの)の  辺(へん)十津川(とつかは)紀州(きしう)熊野(くまの)龍神(りうじん)九州には五嶋(ごとう)平戸(ひらど)天草(あまくさ)等(とう)は  多(おゝ)くせぬよし飲食(のみくい)衣服(きもの)其人に応(わう)ずれば胎毒も少 【右丁】  き理有ん尤 偶(たま〳〵)受(うけ)来るも有是 則(すなはち)胎毒あるか故一時の虚に  乗(じやう)して犯すなるべし又一 ̄ッ生(しやう)の間せざるに二つ有 世(よ)の人 知(し)る  所 天赦日(てんしやにち)に出(しゆつ)生する子は是をまぬかると云(いへ)り又生れ来るより  食 養生(ようしやう)服薬(ふくやく)してのかるゝも有 ○問て曰 中古(ちうこ)以前(いぜん)は痘にて死(し)する事 稀(まれ)にして麻疹にて  過半(くははん)死せりといへりいかん  答て曰 古(いにし)への諺(ことはさ)に疱瘡はみめ定(さだ)め麻疹は命(いのち)定めと  いへり古今 異(こと)なる事有へからす畢竟(ひつきやう)胎毒の多少に由(よつ)て  軽重(けいじう)ありと見えたり其故は《振り仮名:富貴|ふうき・とみたつとく》の家(いゑ)寵愛(とうあい)【注】専(もつは)らにして 【左丁】  衣(い)食とも甘美(かんび)《振り仮名:温飽|うんはう・あたゝかあく》を《振り仮名:長過|ちやうくは・すご》し生来の胎毒に培(つちか)ひ  糞(こや)して肌 体(たい)を軟弱ならしむれは死 証(しやう)も多かるべし  彼(かの)山(さん)《振り仮名:野厳密|・へんひやまよせ》の境(さかい)に至ては衣食共《振り仮名:菲薄|ひはく・うすく》にして曽て  胎を受流のむかしより毒を積(つみ)畜(たくは)へずゆへに死するも少し  只(たゞ)《振り仮名:容貌|ようほう・すかた》の以前(いぜん)とかえるを云なるべし麻疹は人の軽忽(おろそか)に  思(おも)ふ者なれば外来(ぐわいらい)の疫邪 深(ふか)く《振り仮名:腠理|そうり・けのあな》に入て遂(つい)に熱(ねつ)蔵  府を焦(こが)し或(あるい)は解(げ)毒を用ひず又は宿(しゆく)食 風(ふう)寒 虫積(ちうしやく)  の為(ため)に麻毒 発起(はつき)せずして死するを云なるべし ○問て曰 其(その)胎毒と云は産(むま)るゝ時 母(はゝ)の悪(お)露を呑て生する 【注 「寵愛」の振り仮名「とうあい」は「てうあい」ヵ】 【右丁】  と云ものありいかん  答て曰 夫(それ)然(しか)らす世に袋(ふくろ)子を産(う)む人あり母の《振り仮名:穢気|ゑき・けかれ》を呑  ずといへども痘瘡をやむ母の悪血(あくけつ)にもあらず是は此胎を  《振り仮名:露水|ろすい・さはあひ》の節(せつ)受て本元(ほんげん)の一 ̄ツ気(き)と成(なる)より毒を子に譲(ゆづ)りたる  なり親(おや)かつて父母(ふほ)の精血を以て其体を成(な)しふたゝび妻(つま)  と配合(はいがふ)して是を産(さん)す男女の間 陰陽(いんやう)の《振り仮名:偏勝|へんしやう・けかち》気血の  《振り仮名:清濁|せいだく・すみにごり》精 液(ゑき)を洩(もら)す時 何(なん)ぞ択(ゑら)ぶ事あらんや故に貴《振り仮名:賤|せん・いやし》  等を別(わかつ)といへとも此毒の多少児に遺(のこ)さすんば有べからず  加之(しかのみならず)乳母《振り仮名:哺食|ほじき・くいもの》にも其性の《振り仮名:好悪|こうお・このむにくむ》を考(かんか)へざれは父母より無(む) 【左丁】  毒の出生も自然は胎毒を得(ゑ)ずんはあらず古へ妻(さい)を娶(めと)る  に《振り仮名:同姓|どうせい・おなしうぢ》をさけ異(い)姓をむかへ《振り仮名:妾|しやう・てかけ》をおくにも其姓を《振り仮名:卜|ほく・うらなふ》せり  誠(まこと)に気血の善悪(せんあく)をゑらぶに有 且(かつ)胎《振り仮名:教|けう・おしへ》ありて《振り仮名:妊娠|にんしん・はらむ》せる  婦人(ふじん)を行儀(きやうぎ)正(たゞ)しからしむ然(しかふ)して後(のち)に子生 ̄ルれば《振り仮名:形容|けいよう・かたちすかた》も  《振り仮名:端正|たんせい・たゝしく》にして其 才智(さいち)も人に勝(すぐ)るゝといへり是又《振り仮名:無後|むご・のちなき》の憂(うれへ)  少からしむるなるべし ○問て曰其胎毒の毒たるいかなる気血より生じて《振り仮名:安危|あんき・やすしあやうし》の  別(べつ)ありや  答て曰古へは胎毒少く今(いま)は多しと見ゆ然る所以(ゆゑん)は今や 【右丁】  太平の治(ち)にあふ事すでに百六十年に及べりゆへに衣食の  労(らう)少く身は《振り仮名:安逸|  いつ・やすらか》にして聊(いさゝか)も《振り仮名:奔亡|ほんほう・はしりにぐる》の辛苦(しんく)なく所謂(いわゆる)  父母たるもの温飽の間に病(やまい)を醸(かも)し終(つい)には其子に《振り仮名:種類|しゆるい・たね》  を残(のこ)す況(いわん)や性行も多くは教に肖(に)れるをやその胎毒と  成に三の品(しな)あり血と熱と湿(しつ)なり或は湿熱と合(がつ)し或は血熱  と合し或は偏(ひとへ)に湿或は偏に熱《振り仮名:伝遷|てんせん・つたへうつり》変(へん)化して後胎  内(ない)の一毒と成 癩病(らいびやう)黴瘡(ばいさう)瘵疾(さいしつ)喘息(ぜんそく)癇(かん)積の類(るい)みな  父母の譲り家を継(つく)の病世に多きすべて胎毒といふ共  宜(むべ)なり但し多少時において過不及(くはふぎう)ありて邪のふるゝに 【左丁】  或はかろくしのき或は重くて死すべし生々(せい〳〵)不(ふ)息の理より  考へ見れば天地の間陰陽の偏正 日月(じつげつ)の運(うん)行に連(つれ)て  《振り仮名:寒暑|  しよ・さむさあつさ》《振り仮名:春秋|しゆんしう・はるあき》大過不及の気候(きこう)有に似(に)たり気血も又  虚実の違(たがい)有かゆへなり ○問て曰胎毒の由来(ゆらい)つまびらかに命(めい)を承(うけたまは)りぬ此毒を  《振り仮名:消解|せう  ・けしとく》して痘瘡をあらかしめ防(ふせ)ぎのかるゝ理ありや  答て曰世人 既(すで)に呪法(ましない)を用ひてのがれ仏(ぶつ)神に祈(いのり)て軽  からしむ況や医道(いだう)の聖(せい)たる無(な)しと云べからす其 法(ほう)古  へより伝来に数多(あまた)術(じゆつ)あり 我 邦(くに)にも試(こゝろ)み用て俗(そく) 【右丁】  間(かん)にも略(ほゞ)知る人あり八丈 嶋(がしま)に朝夕(あさゆう)喰物にして益(ゑき)ある  よし都菅草(あしたばくさ)と云あり此物胎毒を生ぜざるにや  曽て痘瘡なしといへり然れば養生 禁忌(きんき)して免(まぬか)  るゝ品なきに非(あら)ず是故に世の人用て効(しるし)を得(ゑ)たるを以(もつ)  て左(さ)の末に記(しる)して知しむ ○問て曰 證治準縄(しやうちじゆんじやう)に《振り仮名:生下|むまれおち・ げ》して其子の臍帯(ほそのを)を焼(やき)て  児に服(ふく)せしむれば痘瘡を免れ或は軽しと云へり或(ある)人  是を用ひしに三子の内(うち)一人は死し二人は全(まつた)く治(ぢ)したり  といへりしかれば八丈草も信(しん)しがたきに相(あい)似たり 【左丁・白紙】 【右丁・白紙】 【左丁】  答て曰 臍帯(さいたい)にてかろからぬは前条(せんでう)に述(のぶ)る通り遺毒の  深(ふか)きゆへに死するも重きも有べしわづかに用ゆる臍帯  を頼(たの)みてしかり菜力の加工(かせい)を入て救(すく)ふべし痘の出心  よくしてのち邪熱入又は他病元気のつかるゝに乗し  本より其子 自己(じこ)の《振り仮名:癇癖|  へき・かたかい》虫積( ・むし)にて死するも有へし  格致余論(かくちよろん)に一儒生(いちじゆせい)五子有しにみな痘にて死せりと  て李東垣(りとうゑん)に告しに東垣その人 紅孫瘤(こうしりう)病毒有  事を診(しん)し得て治せられし後子を痘に失(うしな)はずと云  説あれは父母より生する根ざしを察(さつ)すべき事なり 【右丁】 ○問て曰初心の者痘の期(き)日を知らずいかゞして可ならんや  答て曰 凡(およそ)日限三日つゝを定候(でうかう)として三五十五日を大  法とす十候を立たるもあり左に記す 大法 発熱(ほつねつ)    報痘(ほうとう)    起脹(きてう)    貫膿(くわんのう)    収靨(しうゑん) 十候 初(しよ)熱《割書:ほとほり|》 初 出(しゆつ)《割書:ほみせ|》  出斉(しゆつせい)《割書:でそろい|》 起 泛(はん)《割書:みづもり|》      行漿(こうしやう)《割書:あかうみ|》 漿足(しやうそく)《割書:やまあげ|》 回水(くわいすい)《割書:ふでゆい|》 収(しう)靨《割書:かれしほ|》 【左丁】  発熱《割書:ほとほり|三日》一 ̄ッに序(じよ)病とも云   此証風寒食 傷(しやう)等にまぎるゝゆへ薬(くすり)は升麻葛根湯(せうまかつこんとう)加   減(げん)敗毒(はいとく)散を用て汗を出さしむれば熱解して痘出る也   但し《振り仮名:看法|かん  ・みやう》あり手の中 指(し)耳(みゝ)の輪(わ)鼻(はな)の頭(かしら)尻(しり)の尖(とが)り   足(あし)の指(ゆび)冷(ひゆ)る有或は頭痛(づつう)腰痛(こしいたみ)腹(はら)痛 吐逆(ときやく)煩(はん)熱 甚(はなはた)し   きも有小児は搐搦(ひくめき)客忤(おびへ)天吊(そらめつかい)する也大人は只煩   熱頭痛腰 脚(あし)だるく煩疼(いきれいたむ)多し左の一 ̄ツ方(ほう)は予(よ)が   先考(ちゝ)多く用て効(しるし)を得られし故こゝにのす   蘓陳(そちん)湯 紫蘓葉(しそよう) 陳 橘皮(きつひ) 糸瓜(しくわ)《割書:|各等分》 【右丁】   甘草(かんざう)《割書:少|》 生姜(しやうきやう)《割書:一 片(へき)|》 右大小に応し分 量(りやう)して   煎(ぜん)じ用ゆる事三日の内汗を発(はつ)せばかぎりとす   べし強(しい)てすゝむべからず熱さり痘 快(こゝちよ)く出るなり 報痘《割書:ほみせ|三日》出そろいをかねて云  頭 粒(りう)を俗に御先頭(おせんとう)と云はやく出たるの義也出かぬるに  虚証ならば保元(ほうけん)湯にて出すへし通用(つうよう)は紫草 化斑(けはん)  湯又は透肌(とうき)散にて出す此時吐 瀉(しや)あるは熱つよきわ  ざなり神 功(かう)散に升麻少し加(くわ)へ用ゆ顔(かほ)の色一 ̄ツ片(へん)に赤(あか)  きには前胡(せんご)を倍(ばい)し加ふへし 【左丁】 起脹《割書:みつもり|三日》此時を起泛とも云  此時起脹かひなきはむつかしく外邪に押(おさ)へらるゝは千金内托(せんきんないたく)  散にて発すべし虚して起脹せぬせぬは帰茸(きじやう)湯或は十 全(せん)大  補(ふ)湯に鹿(ろく)茸を加へ与べし若毒気 強(つよ)く稠密(ちうみつ)とて  地 界(がい)分(わか)たずべつたりとするは犀角消毒飲(さいかくせう  いん)瘡毒(くさけ)  多くして起脹せぬは散は消毒丸(せう ぐわん)を用て解散すべし惣(そう)  身(み)くさ気にて痒(かゆ)がるは此丸薬用てよし血気不足し  かゆがりかき破(やぶ)りもだへるは参芪(じんぎ)桂附(けいぶ)【注】の類に乳汁(にうしう)酒(さけ)丁(てう)  香(かう)などを内托八物の類に加へ用ゆへし但し起脹せば 【注 「桂附」は「桂枝加朮附湯」ヵ】 【右丁】  薬剤(やくざい)を緩(ゆる)くして用ゆ桂附多けれは上(かみ)を《振り仮名:薫蒸|くんじやう・むし》して  眼(まなこ)へ毒入へし余(よ)熱にて腫(しゆ)物多く出る事有 貫膿《割書:山あけ|三日》漿足とて血にと〳〵く化して膿(うみ)と成也  みちふくるゝを善(よし)とす此時しらけ色(いろ)にはりなきは冷(ひ)へ  たるか瀉(くだ)りたるゆへに山あけぬ也内托散に丁香乳汁  糯米(もちこめ)を加へ用ゆれば貫膿する也此時《振り仮名:寒戦|かんせん・ふるふ》《振り仮名:咬牙|かうけ・はぎり》  あるは甚た虚証なり附子理中(ぶしりちう)湯用ゆべし若《振り仮名:周身|しうしん・みがら》  《振り仮名:擦破|さうは・すりやふる》するは新(あたら)しき瓦(かはら)の粉(こ)を以て摻(ひね)りかくべし乾嘔(からゑづき)  には異功(いこう)散用ゆべしとかく油断(ゆたん)なく看病すべし 【左丁】 収靨《割書:かれしほ|三日》回水をかねて見るへし  此時回水とて膿《振り仮名:汁|じう・しる》内より小 便(べん)に下りて痂(ふた)つくる也  何れも追々(おい〳〵)かせるものなり此時惣身の気血衰へ  物事におそるゝ也はやく元気を引立へし若 初(はしめ)に解  毒の薬を用ひざれば収靨しかぬるなり発熱して煩  《振り仮名:渇|かつ・かわく》するには甘露(かんろ)回天飲を用ゆ但し一大 碗(わん)用て熱 去(さり)  かせる也多く用ゆれば蚘(くわい)虫とて食虫(わきむし)を呼出(よびいた)すもの也  蚘虫多く吐(はく)はむつかしく此時 瘀(お)血腹に滞(とゞこほ)り腹痛せは  手捻(しゆねん)散を用ゆへし通用(つうよう)の引立薬は保元湯 補中(ほちう) 【右丁】  益気(ゑきき)湯加減して用ゆへし 結痂《割書:はいとまり|三日》痘瘡かわらき痂作るを云  其 状(かたち)海贏(ばい)の尻のことく中 高(たか)にかさふたの成は吉(きち)症也  此時に先達(さたたつ)てさゝゆとて湯(ゆ)を浴(あみ)する也若余毒 尽(つき)  ざれは湯にてうみかへる也是を俗にうら打(うつ)と云はやき  故なり其時は消風(せうふう)散消毒飲をゑらび用ゆべし湯を  浴する事おそくすべし元気 復(ふく)せざれは風なと引て  あしくとくと整(とゝのい)て後にすへし通用の薬は加減補中  益気湯 斟酌(しんしやく)して用ゆ大補湯八物湯見合せ用ゆ 【左丁】  若結痂して虚煩とて熱出食すゝみがたきは加味  保元湯用ゆへし 還元《割書:しあけ|三日》結痂をい〳〵落(おつ)る時也  此時は元気甚た疲(つか)るゝ也八物湯大補湯ゑらび用ゆべし  痂落ても余毒あれは腹痛多し午房子飲を用  ゆべし宿食あらば香附子(かうぶし)宿砂(しゆくしや)を以て《振り仮名:消導|  どう・こなす》すべし  咽喉(のんど)の痛には麦門冬(ばくもんとう)湯又は山豆根(さんづこん)一味を煎し服  すべし咳嗽(がいさう)痰喘(たんぜん)には清(せい)金散の類を用ゆべし  収靨まて三五十五日也結痂還元合して廿一日に本 【右丁】  復するを善とす症によりて養生服薬を主とせよ結  痂より以後風引食あたりはら泻しやすきゆへなり ○弟子問て曰右の日 数(すう)の内に変(へん)症有て治しがたきは  いかん  師答て曰変症数症あり定候の内甚しきも有 発熱之時 狂躁(きやうさう)とて物ぐるわしき事 驚怖(きやうぶ)とて  おどろきおそるゝ事 天弔(てんてう)直視(じきし)とてそら目(め)つがい  めを見すゑる事 煩(はん)悶とて熱気つよく身もだへ  なやむ事 気 絶(ぜつ)とて目を見つめたえ入事 【左丁】  右はほとほりの常候といへとも甚しきは不治の病也  熱つよきがよきとて油断すべからす 報痘之時 痘 皮(かは)へ重内に在て出かね熱に焦れて  黒(くろ)く地はだと等(ひと)しきは急(きう)に発起すへし金銀  の入たる奇方を用ひよ世上にては金壱歩を煎し  用ゆるも熱毒を解し表(ひやう)をすかすこゝろ也治せ  ざれはけはしく危(あやう)し 起脹之時 痘の出たる中に赤く黒みがち成出もの又  むらさきにて蒲萄(ぶどう)の熟(じゆく)したるやう成は痘丁と云 【右丁】  或は紅(くれない)の糸(いと)すしを引有痘中に丁を発したるなり  急に針刺て悪血を去べし跡へ雄黄(おわう)紫草二色  細末(さいまつ)してふさぐべし貫膿の時にも有もの也 貫膿(〽[朱] )結痂の内痘毒眼へ入 星(ほし)など出或は烏睛(くろたま)あか  く後どみるもの也大 杼(じよ)の穴に灸すべし直(なを)るなり  外にあしき事あれば少しおそくても灸治すへし 結痂之時 痘癩とて手足の指覚へずして落る  なり不治の症也おちかゝりは血を増(ます)りやうちにて肌肉  を活(いか)し筋骨を補(おきな)へばよき事も有 【左丁】 ○凶(けう)症あり手の折(おり)かゞみ尺沢(しやくたく)の穴其ほとりむらさき  或はあかき筋出るものは重きと知へし急に針せよ  尺 沢(たく)と是の折かゝみの委中(いちう)の穴と足の腨(こふら)の承山(しやうさん)の  穴俗にうら三里と云以上三ヶ所より三 稜針(れうしん)を以て  《振り仮名:浮血|ふ ・うきち》を刺取べし深く刺事なかれ ○出痘して蚕種(さんしゆ)蚊咬(ぶんかふ)とて蚊(か)の吶痕(くいど)ひへの粥(かゆ)のこと  きものは悪(あし)し夾疹(けふしん)夾斑(けふはん)とて麻疹 発斑(はつはん)のまじりたる  也ゆへに難治の症とす細(こまか)なるも王蜀黍(なんばんきび)の粒(つぶ)を撫(なづ)るに  ひとしくしつかりとするはよし俗にいばらものと云 【右丁】 ○初熱より八九日に及て湯にむせ乳にむせて鼻へふき  出すものあり此 頃(ころ)は咽喉の道(みち)より内面(うちつら)へ痘出るゆへに  声(こゑ)もかるゝなり《振り仮名:呼吸|こきう・いき》の妨(さまたけ)に成てむする也丈夫に呑  喰するものは半分(はんぶん)たらず落つくゆへに別条(べつでう)なし尤も  これなくめいわくするは胃気つかれてああうし見点(でかけ)  のせつ声かわりたるは先(まづ)内面より痘出るが故に逆(ぎやく)  症なりきわめて不治の候とすへし    痘毒を除(のぞ)き生を延(のぶ)る薬法 【左丁】 延生(ゑんせい)第(たい)一方  児の臍の帯落てのち焼て性を存(そん)し霜(しも)とす  右(みぎ)之霜重さ五分有は朱砂(しゆしや)二分五 厘(りん)用ゆ  生地黄(しやうぢわう)当帰身(とうきしん)二味の煎汁を蜆殻(しゝみから)に一二 杯(はい)入  朱砂臍帯を和(くわ)しとゝのへ児(こ)の上腭(うはあご)或は乳母(うば)の乳(ち)  房(ふさ)に着(つけ)て呑しむ一日の内に用ひ尽すへし翌日(あくるひ)  大便に悪しき物下りて一生ほうさうをのがるゝ也 又方  糸瓜(へちま)蔓(つる)藤ともに陰乾(かけぼし)にして浴し并(ならび)に煎汁を 【右丁】  呑すへし痘出る事稀なり 一方  生地黄一味 濃(こ)く煎し児産れて一声も啼(なか)ぬ  内に二 口(くち)三口用ゆへし其子無病にて痘疹を免る 一方  鶏(にはとり)の卵(たまご)の内へ頸(くび)すじ白(しろ)き蚯蚓(みゝず)一 条(すじ)を入 立春(りつしゆん)  の日 煮熟(にじゆく)し児に喰しむればほうさうかろし   世上試み来る妙(めう)方 【左丁】 ○白楊(まるはやなきの)蠧虫(むし)豆油(しやうゆ)に浸(ひた)し焙(あぶ)り食せしむ痘出て用ゆれば  かゆきを治し毒を消す常(つね)にさい〳〵喰すへし ○鼠(ねつみ)の肉(み)を豆油に漬(ひた)し焙りさい〳〵喰すれは痘軽し  予も二方とも試しに効を覚へたり ○子規(ほとゝきす)の黒焼を用て痘かろし予か父効を記せり ○又 草薢(ところ)を煑て汁を呑しめ并浴すれはよし和州  南都(なんと)には専ら是を用ゆるよし聞(きゝ)伝へぬ ○又 枳梖子(けんほなし)を喰せしむるもよし梨子(なし)の木(き)の枝(ゑだ)を煎  して呑しむるも痘をかろからしむといへり 【右丁】 ○又 木通(あけび)の実(み)を喰せしめて甚たかろしといへり   或人の母七十 余(よ)歳にて疱瘡かろくせり幼(いとけなき)とき   山 家(が)に在しか此実を喰せし事多かりきかく年(とし)   月を経(へ)しも此しるしにやかろくしのき九十歳余   に及べりと聞つたへて我子にこゝろみぬ《振り仮名:市中|し ・まちば》は得かた   き故 尋(たづ)ね求(もとめ)て少しばかりを用ひしに其効あり   ときゝ侍(はべ)りぬ    疱瘡養生の法 【左丁】 ○ほうさうあやかるといふ事あり本疫気に有形(うけい)の神  無(む)形の神有てふれおかすなれは不浄(ふじやう)の事あれば  痘いろ変じくろくくぼみこすりやぶり血をながす  也たとへ難治にて壱 両人(りやうにん)は死し壱人は別条なきも  あれば信ずるにたらねど先は不浄をいみて害ある  まじき也わかき女(おんな)の《振り仮名:経水|けいすい・つきのさわり》有時又は鉄漿を以て歯(は)  を染(そめ)たる時は其 場(ば)へのぞむべからず不浄を行(おこのふ)べからず  あやかる時は胡荽(こずい)酒を寝所(ねま)の四壁(かべ)に吹(ふき)かくべし ○ほうさうかゆきは乳香(にうかう)を衣衾(ふとん)の下(した)にてたくべし 【右丁】  其まゝやむ菓子盆(くわしぼん)の底面(うらそこ)を爪(つめ)にて掻(かき)てやむも有 ○痘瘡水もりして目戸(まど)をふさぐ事有むせては眼(がん)  中に星なと出る也天 目(もく)に汲(くみ)立の清(きよ)き水を十分に  入て其児の寝所の入口につり置(おく)べし少しは見ゆる也 ○眶(まぶた)に紅粉(べに)を濃く水にてときぬるべし目に入ぬためなり  顔内へぬるはあと ○痘瘡の痕(あと)つかぬやうには痂落て直に酥油(そゆ)を塗(ぬる)べ  し山 吹(ふき)の花(はな)かげぼしを胡麻(ごま)の油(あぶら)にてねり付べし ○ほうさうのあいだにむせて虱(しらみ)蛆(うじ)なと生ずるときは 【左丁】  柳(やなぎ)の葉(は)をしきねに多くしくべし虫こと〳〵く去也 ○弟子の曰く右(みぎ)件(くたん)の方法のこる所なく領掌(れうしやう)せり請問(こいとふ)世人  うにかふるを用て妙なる事を知れりしかれども其 功(こう)  なきはいかん  師答て曰 必(かならず)難治の時においてはうにかふるも治する事を  得ず世の親たる人重きに至て直(あたい)の貴(たつと)きを頼む誠  に渇して井を鑿(ほる)にあらずや不治の症に壱弐分の  薬 乃至(ないし)五六分用ゆとも其危きを転(てん)し善候(せんかう)と成 【右丁】  べきで汝(なんぢ)か為(ため)に是をいわん夫 一角(いつかく)は何(なに)のけものぞや世に  真(しん)の一角を相(めきゝ)する人稀也我先師よく別(わか)てり本草  犀角の条下(でうか)に通天犀あり是その角也 独角獣(とくかくじう)と  覚へたる人多し此獣《振り仮名:頭|・かしら》上《振り仮名:額|かく・ひたい》上 鼻頭(びとう)ともに眉間(みけん)の  真中(まんなか)通り ̄に在て三ヶ所一角づゝ有を以て一角と呼(よぶ)その  内鼻角は小(ちい)さし頭額の角は大(おゝ)いなりほうさうには  鼻角一名食角一名 奴(ぬ)角と云を用ひてよく毒を  消し熱を解し悪気をさり《振り仮名:怔忡|せいちう・むねさわぎ》をしづめ動(どう)気を  安(やす)んず余(よ)の角(つの)も用て試むるに奴角にはおとりぬ 【左丁】  水死中毒《振り仮名:骨咬|こつかう・のとけ》傷寒発狂陰症中寒 霍乱(くわくらん)中  風《振り仮名:麻木|まほく・しひれすくむ》《振り仮名:丹毒|たんどく・はやくさ》《振り仮名:発斑|・ほろせ》等いづれも症に臨(のぞん)て二三分よ  り五六分 不知(きかぬ)ときは壱 銭(せん)目余もさゆ又は煎じ用ゆ ○弟子問て曰 牝牡(ひんほ)の角かたち同(おな)じきや真偽(しんぎ)ともにいかん  師答て曰牝牡 異(こと)なり牝(め)の角は形(なり)多く檘(ひら)【注】み外面(そとつら)は  縦(たて)にあさき溝(みそ)あり色は淡(あわ)く黄(き)にして截口(きりくち)外と内と  の分ち雪(ゆき)の輪(わ)を見るごとく中の文理(もく)は象牙(ざうげ)のことく  牡(ほ)は略丸く外面 粟(あは)粒の小きを并べたるごとく斜粉(なゝこ)の  細工(さいく)にも似て左りまきの縄(なわ)目あるに似たり外と内の文 【注 「檘」は「辟」又は「闢」ヵ】 【右丁】  理は牝牡ともに同しく象牙の腠理(きめ)に類せり大 扺(てい)象牙  のかさ程(ほど)をかけて見れば象牙はかろく一角は甚た重し  細工にしては其状別ち かだ([ママ])し《振り仮名:鯨骨|けいこつ・くしら》はいつわり作りて象  牙にも肖る事あたはずあらわに見ゆる物なり直(あたい)の高  きとて偽(いつわる)物を用へからす何の益か有べき其上難治の  罪を真(まこと)の一角に保(おふ)せて無失(むしつ)の疵(きす)を蒙(かふむ)らしむべからす  予か家(いへ)秘蔵(ひさう)せし所の通(つう)天 梅花片(ばいくはへん)の一方一角の入たる  霊剤(れいざい)なり汝か知れる所の治験(ちけん)にて真なるを得(う)べし ○又問ふ世間 紅毛(おらんだ)伝来する所のテリヤアカと云物効シ 【左丁】  ありと云へり用べきやいかん  答て曰本草に底野迦(ていやか)と出(いで)たり此物 諸獣(しよじう)の脂(あぶら)血を  以て《振り仮名:香竄|かうざん・にほひいり》の気薬をねり合せたる也水もり山あけ  に効有とて用ゆ《振り仮名:汚穢|を ・けがれたる》の《振り仮名:雑|ざつ・まじへ》物なれは用べからす鹿茸を  薬に加て用ゆるがよし同類(とうるい)なるを以て重宝(ちやうほう)せらるゝ  と見ゆとかく病症に臨て治方考べし此かぎりには  あらす術を行ふはひろく書を見るにしかず 【右丁・白紙】 【左丁】 此書素は淡海先生初心の諸生に示し たる辞なり予思わく世の人痘瘡に 依て児を失ふ事多くあれは不幸の 死をうらみ悔る事かきりなからん爰に 先生の先考寿庵先生仁術にふけり 曽て痘瘡治験録あり今其一方を 此篇発熱証治の下に著す其余は 【右丁】 期日の方名を載すといへとも薬品分量は 医家者流の預る所なれは俗人の知りて 惑ひと成へきゆへ本書に譲りて是を省 き只論弁の取捨をさとさしめ且世の わけなき人の砭針ならん事をとこゝかしこ 要又を指みて導ぬ医方家の見る爲 にはあらす大槩を挙るのみ 【左丁】  于時 明和六己丑年春三月    淡海先生門人 街立蔵識 明和八年辛卯正月鏤也   浪華書肆發行 柏原屋清右衛門          田原屋平兵衛 裏表紙