【表紙】 【目録欄に上下段の区切り線、一行ずつの罫線、全体の囲みを省略す】   和国賢女優詞  進物積様之図式   兼房歌道感得図 女三十六歌仙   歌道濫触【觴の誤記ヵ】略由  女中平生身持鑑 目 百首略解并家系 七夕乞巧奠和歌   近江八景図并歌 大和御所言葉   十二月景物和歌 五性名之文字 録 伊勢物語初段図 教歌婦人誰身の上   古今集六歌僊  婚礼式法指南   源氏引哥并香図 十二月往答文章   三夕之図并和歌 小笠原流折形図   色紙短冊之寸法 祝言島台之図式 【題箋】 《割書: 女今川状|百人一首| 女手習状》女教小倉色紙 全 【右丁】   倭国(わこく)賢女(けんじょ) 水無月(みなづき)廿日(はつか)余(あま)りある 殿上人(てんしようびと)きさいの宮(みや)へ参り けるに女房(にようほう)の通(とを)り しをかくれてのぞ きゐける遣水(やりみづ)に 蛍(ほたる)のすだく飛(とび) かふを見て さきの女房(にようぼう) ゆゝしの蛍(ほたる)や 雪(ゆき)を集(あつ)め たるやうに とて過(すぎ)けり 次(つぎ)は銀河(ぎんが) 水(みづ)くらうしてと いふ次(つぎ)は夕殿(せきでん)に 【左丁】 蛍(ほたる)とんでと口 すさむ跡(あと)なる かくれぬ物(もの)は夏(なつ) 虫(むし)のといひける 優(やさ)しく覚(おぼ)へ 男(おとこ)ねづなきし ければ物おそろし ほたるにも 声(こえ)のありける よとおぼめきける今ひ とりの女房(にようぼう)なく虫よりも 思(をも)ひなりと取(とり)なしける世人 清少納言(せいしやうなごん)紫式部(むらさきしきぶ)赤染(あかそめ) 衛門(ゑもん)伊勢大輔(いせのたゆふ)和泉式部(いづみしきぶ) 馬(むま)の内侍(ないし)にてあり         けると            なり 【右丁】 讃岐守(さぬきのかみ)兼房(かねふさ)和歌(わか)に こゝろをよすれとも哥(うた) 上達(しやうたつ)しがたきをなげき 人麿(ひとまろ)を信(しん)じければ 夢中(むちう)に梅花(ばいくわ)のちり しきたる所(ところ)に人麿 のたゝずみ給(たま)ふを 拝(はい)して後(のち)に読(よみ)し 歌(うた)みな秀哥(しうか)ならず といふ事なしこれを 里(さと)の海士(あま)の人麿と いふとかや   梅(むめ)の花(はな)それとも見えず   久(ひさ)かたのあまきる雪(ゆき)の   なべてふれゝば 此哥(このうた)は里(さと)の海士(あま)の人麿(ひとまろ)の哥(うた)といへり 【左丁】 和歌(やまとうた)の始(はしまり)は古今集(こきんしう)の 序(ぢよ)に此うた天地(あめつち)の ひらけはじまりける 時(とき)よりいできにけりと 書(かき)たり久(ひさ)かたの 天(あめ)にしては下照姫(したてるひめ)に 始(はしま)りけれど文字(もじ)も さだかならさりしに 素盞烏尊(そさのをのみこと) 出雲国(いづものくに)に宮作(みやづくり)し給ふとき 八色(やいろ)の雲(くも)たつを 御覧(ごらん)じて   八雲立(やくもたつ)いづも八重垣(やへがき)   つまごめに八重垣つくる   そのやへかきを 此(この)御神詠(ごしんえい)より三十一文字(みそひともじ)に定(さだま)り侍りける 【右丁】 【頭部に右から横書きに標題】 近江八景 【色紙に書ける歌 上段】  唐崎(からさきの)夜雨(よるのあめ) 夜(よる)のあめに  おとを    ゆづりて     夕風(ゆふかぜ)を 余所(よそ)に    名(な)たつる   からさきの松(まつ)   三井(みゐの)晩鐘(ばんしやう) おもふその   暁(あかつき)契(ちぎ)る    はゝ女(め)【別本「はじめ」】 まづ    ぞと   きく     三井の    入相(いりあひ)のかね 【同 下段】  石山(いしやまの)    秋月(あきのつき) いしやまや     にほの海(うみ)てる           月(つき)  明石(あかし)も      影(かげ)   須磨(すま)       は    も  ほか   ならぬ  かは【別本「かな」】  矢橋(やばせの)帰帆(きはん) 真帆(まほ)かけ【別本「ひき」ここに注記を書きます】て  やばせに   帰(かえ)る     ふねは       今(いま) 打出(うちで)の    浜(はま)を  跡(あと)の追風(おひかぜ) 【左丁 上段】  比良(ひらの)暮雪(ぼせつ) 雪(ゆき)はるゝ     比良(ひら)の      高根(たかね)の 花(はな)の  さかり   夕くれ     に     は  すぐる     ころかな  粟津(あわづの)晴嵐(せいらん) 雲(くも)はらふ    あらしに      つれて       もゝ 千船(ちふね)も    船も   波(なみ)の  あわつにぞ      よる 【同 下段】  堅田(かたたの)    落(らく)     雁(がん) 峯(みね)あまた     越(こえ)て   こしぢにまづ       ちかき かたゝに     なびき  おつる    かりがね  勢田(せたの)夕照(せきしやう) 露(つゆ)しぐれ  もる【ママ】山     遠(とふ)く    過(すぎ)き 夕日   つゝ   の    わたる   勢田の      長橋(ながはし) 【右丁】 【頭部標題 右から横書き】 十二月(じうにつき)異名(ゐめう)并(ならび) ̄ニ和歌(わか) 【色紙書き 上段】  正月(しやうくわつ) 睦月(むつき)  初空(はつそら)月    初見(はつみ)月 春(はる)を得(え)て   けふたてまつる        若水(わかみづ)に 千(ち)とせの  影(かげ)やまづうかぶらん   七種(なゝくさ) 君(きみ)が為(ため)なゝつの         朝(あさ)の       七草(なゝくさ)に 猶(なを)つみそへん   万代(よろつよ)の       はる 【同 下段】   屠蘇(とそ) 春(はる)ごとに  けふなめ     初(そむ)る くすり子(こ)の  わかへつゝ見ん   君(きみ)がためとか   蓬莱(ほうらい)  亀(かめ)山とも喰(くひ)つみ         とも          いふ 亀山(かめやま)にいく薬(くすり)のみ    ありければ とゞむるかたも   なき     別(わかれ)かな 【左丁 上段】  二月 《割書:衣更着(きさらぎ) 梅見月(むめみづき)|小草生(こぐさおひ)月》 山桜(やまざくら)いまぞ   ひらくる枝(えだ)      かはす 柳(やなぎ)の   まゆも  花(はな)の   こゝろも   早蕨(さわらび) やまざとは野辺(のべ)の    さわらび     もえいづる 折(をり)にのみこそ   人(ひと)は問(とひ)ける 【同 下段】   梅(むめ)  あやめ        られ          つゝ 梅(むめ)の花(はな)  にほふあたり       の   夕ぐれは あや   なく   人に   鴬(うくひす) 春(はる)たてば   雪(ゆき)の下水(したみづ)    うち たにの とけて   うぐひす  今(いま)ぞ    啼(なく)なる    【右丁 上段】  三月 《割書:弥生(やよひ) 桜(さくら)月|花見(はなみ)月》 斧(おの)の柄(え)も  かくてや人(ひと)の  朽(くち)しけん 山路(やまぢ)おほゆる  春(はる)の空(そら)かな   曲水(きよくすい) 春(はる)を経(へ)て   みなかみ遠(とふ)く     成(なり)に       けり ながれに    うかふ  花(はな)のさかづき 【同 下段】   桃花(もゝのはな) 故郷(ふるさと)の   はなのものいふ     世(よ)なりせば いかに    むかしの  事(こと)をとはま       し   藤(ふぢ)  かゝる        藤(ふぢ)         浪(なみ) 水底(みなそこ)も   むらさき     ふかく 岸(きし)  見ゆる  の  岩(いわ)   かな   根(ね)    に 【左丁 上段】  四月 《割書:卯(う)月 卯の花(はな)月|花残(はなのこり)月》 しら波の  おとせで立(たつ)と    見へつるは 卯(う)の花(はな)    咲(さか)る  垣(かき)   けり   根(ね)なり   遅桜(おそざくら) こゝろして  ほかの散(ちり)なむ    後(のち)に咲(さく) 青葉(あをば)の山(やま)の  おそさくら    かな 【同 下段】   更衣(もろもかえ) 我(われ)のみそ   いそぎたゝ       れぬ     夏 ころも ひとへに  春(はる)を   身(み)         なれ   おしむ     ば   葵(あふひ) けふといへは緑(みどり)   すゞしくかけ     わたす 簾(みす)のあふひの  色(いろ)も    めづら      し 【右丁 上段】  五月 《割書:皐月(さつき) 立花(たちはな)月|月見(つきみ)す月》 磨きなす玉江(たまえ)の   浪(なみ)の十寸(ます)かゞみ  けふより影(かげ)や    うつし初(そめ)けん   橘(たちばな) にはのおもに  咲(さく)たちはなの   しるきかな 桜(さくら)にならぶ   花とお      もへは 【同 下段】   菖蒲(しやうぶ) 万代(よろつよ)に  かわらぬものは    五月雨(さみだれ)の 雫(しつく)に薫(かほ)る  あやめなり      けり   蛍(ほたる) おともせず   おもひにもゆる    ほたるこそ なくむしよりも  あわれなり      けり 【左丁 上段】  六(ろく)月 《割書:水無月(みなつき) 風待(かぜまち)月|鳴神(なりかみ)月 常夏(とこなつ)月》 夏(なつ)の日(ひ)に   なるまてきへぬ       冬籠(ふゆこもり)【篭は俗字】 春(はる)たつ    風(かせ)や  よきて 吹(ふく)らむ   扇(あふぎ)   いかで         こめ うちはとも    けん   みへぬあふぎの     ほどなきに  すゝしき     かせを 【同 下段】   夕立(ゆふだち) 谷川(たにかわ)の  流(ながれ)をみても   しられ     けり 雲(くも)越(こす)   峯(みね)の  夕立(ゆふたち)の空(そら)   蝉(せみ) 村雨(むらさめ)の名残(なこり)の      露(つゆ)は   かづおちて 梢(こすへ)に とまる   蝉(せみ)の    もろ声(こゑ) 【右丁 上段】  七月(しちぐわつ) 《割書:文月(ふみづき)|七夕(たなばた)月》   《割書:涼(すゝみ)月 女郎花(をみなめし)月》 とことはに吹(ふく)夕暮(ゆふぐれ)の     風(かぜ)なれと 秋(あき)立(たつ)   日(ひ)こそ  涼(すゞ)しかりけれ   蘭(らん) 主(ぬし)しらぬ  香(か)こそ   にほえれ 誰(たが)  秋(あき)の  脱(ぬぎ)  野に   かけ      藤(ふぢ)     し      はかま そも 【同 下段】   七夕(たなばた) 秋(あき)の夜(よ)をながき  物(もの)とは星合(ほしあひ)の 影(かげ)見(み)ぬ     人の  いふにぞ    有(あり)ける   薄(すゝき) 鶉(うづら)なく  真野(まの)の    入江の 尾花(をはな)  浜(はま)   浪(なみ)  風(かぜ)    よる  に  秋(あき)の夕(ゆふ)ぐれ 【左丁 上段】  八月(はちぐわつ) 《割書:葉月(はづき)|秋風(あきかぜ)月|月見(つきみ)月》 秋(あき)されは我袖(わかそて)      ぬらす     なみ□【だヵ】 草(くさ)     より  木(き)   の    露(つゆ)も おくにやあるらん   月(つき) 秋(あき)の夜(よ)の  月のひかりし   あかけれは 闇部(くらぶ)の山(やま)も  こへぬ    べうなり 【同 下段】   秋花(あきのはな) 旅(たび)ころも  ひもとく花の     色々(いろ〳〵)も 遠里(とふさと)   小野(をの)の  あたり     朝霧(あさきり)   稲妻(いなづま) 風(かぜ)わたる      浅茅(あさぢ)が       うへの やとり  露(つゆ)に    も   だに  はてぬ 宵(よひ)のいなづま 【右丁 上段】  九月(くぐわつ) 《割書:長月(ながつき) 紅葉(もみぢ)月|寐覚(ねさめ)月》 万代(よろづよ)をつむとも   尽(つき)じ菊(きく)の花(はな) 長月(なかづき)のけふ  あらん   限(かぎ)りは   紅葉(もみぢ) 余所(よそ)に見(み)る   峰(みね)のもみぢや     散(ちり)来(く)る        と 麓(ふもと)の里(さと)は  あらしをぞ待(まつ) 【同 下段】   檮衣(とうゐ) 恋(こひ)つゝや  妹(いも)かうつらん     から衣(ころも) 碪(きぬた)のおとの   空(そら)に    なるまて   初雁(はつかり) 今(いま)よりの衣(ころも)     かりねの 誰(たが)    秋風(あきかせ)に  夜(よ)   寒(さむ)    とか 鳴(なき)て   きぬら      ん 【左丁 上段】  十月(じうぐわつ) 《割書:神無月(かみなつき)|時雨(しくれ)月|初霜(はつしも)月》 神無月(かみなつき)  くれやすき       日の    色(いろ) 霜(しも)の  なれは  下葉(したば)に   影(かげ)もたまらず   木枯(こがらし) ふきおろす   枝(えだ)にはたまる     おとも       なし 松(まつ)の  葉(は)   山(やま)を  つたふ木(こ)がらし 【同 下段】   炉火(ろくわ) 夜をふかみ   かきおこす火(ひ)    幽(かすか)なる ひかり   に【或は「そ」ヵ】きほふ  風(かせ)の     さむけさ   時雨(しぐれ) かきくらし      時雨(しくる)る   空(そら)を眺(ながめ)       つゝ おもひこそ     やれ  神(かみ)   なひの森(もり) 【右丁 上段】  十一月(しういちぐわつ)    《割書:  霜月(しもつき)|神楽(かぐら)月 雪見(ゆきみ)月》 高砂(たかさご)の尾上(をのへ)の鐘(かね)の      音(おと)すなり 暁(あかつき)かけて   霜(しも)や おく        らむ   雪(ゆき) とへかしな   跡(あと)もいとはて    待(また)れ      けり まだ   空(そら)はれぬ 庭(には)  しら  の   ゆき 【同 下段】    氷(こふり) 高瀬舟(たかせふね)   棹(さを)の音(おと)      にも    しられ 足代(あしろ)   ける   の    氷 たとへしに     けり    衾(ふすま) おのつから風(かせ)も    とふさぬ     閨(ねや)の       うちや さえ   ゆく     夜半(よは)       の ふ  すま    なるらん 【左丁 上段】  十二月(しうにぐわつ)   《割書: 四極(しはす)|深冬(みふゆ)月 年惜(としをしみ)月》 石(いわ)はしる初瀬(はつせ)の    河(かは)のなみ      まくら はやくも  年(とし)のくれに    けるかな   寒梅(かんばい) 草(くさ)も木(き)もふり  まかへたる ゆきの   よに 春(はる)まつ    梅(むめ)の  花(はな)のかそ     する 【同 下段】    水鳥(みつとり) はかなしや    さても いく夜(よ)か行水(ゆくみづ)        に 数(かず)かき    わふる 鴛(をし)の  ひとり寐(ね)   炭竈(すみがま) 日かずふる    雪(ゆき)げに  まさる    すみ竈(かま)の 煙(けふり)もさひし  おほはらの      里(さと) 【右丁】  伊勢物語(いせものがたり)初段(しよだん)に 在原業平(ありはらのなりおひら)朝臣(あそん) 春日(かすが)の里(さと)に知行(しるよし) ありて狩(かり)に出ら れける時 其所(そのところ)に いとうつくしき女(むすめ)の 兄弟(はらから)にて住(すみ)けるを 見て心そゞろになりて 着(ちやく)したる忍(しの)ぶずりの かり衣(ぎぬ)を引(ひき)ちぎりて 哥(うた)を書(かき)ておくりける 春日野(かすがの)のわかむら さきのすりころも しのぶのみたれ かきりしられす 女古哥(こか)にてかへし みちのくのしのぶ もぢすりたれ    ゆへに みだれそめにし われなら     なくに 【左丁】  伊勢物語(いせものがたり)廿三段に 業平朝臣(なりひらあそん)河内(かはち) の国(くに)にことつまを もうけて夜毎(よこと)に かよひけれども 此女うらむけしき なくて出しやりければ 男こと心有てかゝるにや あらんと思ひうたがひて 前栽(せんざい)の中にかくれゐて 河内へいぬるかほにて      見れば 風(かせ)ふけばおきつ しら波(なみ)立田山(たつたやま) 夜半(よは)にや君(きみ)は ひとりこゆらん と読けるを聞て そのゝちはかはち えもゆかず  なりし     とぞ 【頭部欄外 右から横書き】 古今六歌仙(こきんろくかせん) 【右丁 上段】  在原業平(ありはらのなりひら) ねぬる夜の  ゆめをはか     なみ まどろ    めば  いやはかなにも    なり      まさるかな 【縦線あり】  僧正(そうじやう)遍昭(へんじやう) 名にめでゝ  おれる   ばかり      ぞ  をみなへし われおち    にきと  人にかたるな 【縦線あり】  文屋康秀(ふんやのやすひで) 吹からに  秋のくさ   木の しほるれば  むべ山かぜを あらしと   いふらん 【左丁 上段】  大伴黒主(おゝとものくろぬし) 思ひいでゝ   恋しき  ときは  はつ鳫     の 鳴てわたると  人はしら     ずや 【縦線あり】  喜撰法師(きせんほつし) 我いほは都の  たつみ  しかぞ   すむ 世をうち山と  人はいふなり 【縦線あり】  小野小町(おのゝこまち) 花の色は  うつりに けりな   いたつら       に わが身よに  ふるながめ   せしまに 【右丁 下段】  女中つね〴〵草 心をつかはず身をつかひ給ふ べしさればとて立居(たちゐ)あら ければ衣装(ゐ▢▢▢)損(そん)じ手足も あらくなる物なり女も男 もつまはづれなり 心をつかはしとすれば物ぐさ になりて愛々しくなき物也 下女などに愛憐(あいれん)のかけて 労(らう)を心のたのしみとし給へ 春の夜は四ッをかぎり冬の 夜は九ッをかぎりにやすみ 給ふべし永居(ながゐ)をすれば 下部くるしむなり いわけなき児(ちご)はあいらしき 物なり姪(めい)甥(をい)のたぐ介(かい) 【左丁 下段】 抱あらば子のごとく能(よく)なづ けて寵愛(てうあい)めされうつくし きもてあそび物とし給へ 秋(あき)より冬(ふゆ)の夜はながし後 達?などあそびかたきとし て哥貝(うたがい)絵貝(ゑかい)かいあはせ文(も) 字札(しふた)拾種香(じしゆかう)などあそび 給へ双六はかしかましくてわ ろしされど女のしらさるは 野(や)なり碁(ご)しやうぎよし 夜なが過(すぎ)はいわけなき子は とく寐(ね)させて人は手習ふみ にてもあそび給へさては 筝(こと)琵琶(びは)しづかに心を楽(たのしむ) ものはから【唐】大和のふみ又は 哥よむなどなり 【右丁】 【頭部 標題 右から横書き】 石山湖水之図(いしやまこすいのづ) 【本文】    紫式部(むらさきしきぶ)源氏物語(げんじものがたり)を作(つく)りし事(こと) 紫式部は人皇(にんわう)六十六 代(だい)の帝(みかど)一条院(いちじやういん)の御后(おんきさき)上東(じやうとふ) 門院(もんいん)の官女(くわんちよ)にして初の名は藤(ふじ)の式部と申けるが 幼(いとけ)なきより和哥(わか)の道(みち)にこゝろざしふかく名哥(めいか)の誉(ほま)れ 多(をほ)き中に千載集(せんざいしう)に撰(ゑら)はれたる哥に    水鳥(みづとり)を水(みづ)のうへとやよそにみん我もうきたる世を すぎしつゝ。かやうの名哥をよみ給ふ其(その)ころ斎院(さいいん)より 珍(めづ)らしき草紙(さうし)物(もの)がたり御覧(ごらん)ありたきよし仰(をふせ)ありしにより 式部に物がたりを作(つく)らしめ給ふ折節八月十五夜の事なりし とぞ石山寺の観世音に参籠し式部は湖水(みづうみ)を眺(ながめ)て 源氏物がたりの趣向(しゆかう)をおもひ出て五十四帖を書つらね 給ふ其中(そのなか)にも若紫(わかむらさき)の巻(まき)ことに面白(おもしろ)く書たりとて 誉(ほめ)給ひしより紫式部と召れけるとなん又ある説(せつ)に 式部は一条院の御乳母(をんめのと)の子(こ)なり門院へ奉りける時(とき)に ゆかりある者(もの)なり哀(あはれ)とおぼしめさせよとありし程にゆかり の色(いろ)といふ心をもて藤(ふぢ)の式部とも又紫とも言(いふ)と也 【左丁】 【上下段に分かれ各段に三項目あり。各項(巻)に源氏香の図あるも省略す】   桐壺     いとけなき 第           初もと               ゆひに          契(ちぎ)る 壱         心(こゝろ)は なりき   きりつぼ   むすび    よを            こめつや   帚木     数(かづ)ならぬ 第         ふせやにをふる            なのうさに            弐        あるにもあらで   はゝき木    きゆるはゝきゞ   空蝉     うつせみの 第         身(み)をかへて                ける          このもとに 三         なをひとからの   うつせみ   なつかしきかな   夕顔     よりてこそ 第         それかとも               みめ          たそかれに 四         ほの〳〵見ゆる   ゆふがほ   はなのゆふかほ   若紫     手(て)につみて 第         いつしかも               みむ            むらさきの 五        ねに   わかむらさき  かよひける            野辺(のべ)のわかくさ   末摘花    なつかしき 第          いろとも              なしに          すへ なにゝこの 六         つむ   すへつむはな    はなを            袖(そで)にふれけ 【右丁】    紅葉賀   ものおもふに 第          立(たち)まふべくも             あらぬ身(み)の          袖(そで) 七         うちふりし   もみちのか    こゝろしり                きや    花宴    いづれそと 第          露(つゆ)のやとりを              わかんまに 八        こさゝかはらに   はなのえん   かせも             こそふけ     葵    はかりなき 第          ちひろの              そこの          おひ   みる 九         ゆく 見(み) ふさの   あふひ    すへは   舞(ん)           われのみそ     榊    神垣(かみかき)はしるしの 第         杉(すき)もなきものを          いかにまがえて 十          おれる   さかき        さか木                 ぞ          たちばなの   華散里      かをなつかしみ 十            ほとゝきす          花           ちる 壱           里を   はなちるさと   たづねてそ                とふ   須磨     うきめかる 十         いせおのあまを              おもひやれ          藻(も) 弐         塩(しほ)たるてふ   すま     須磨(すま)の浦(うら)にて 【左丁】   明石     秋の夜の 十          つきけの               こまよ              わが 三        雲井(くもゐ)を  こふる   あかし       かけれ           時(とき)のまも見(み)ん   澪標     かずならで 十          なにはのことも              かひなきに          なに 四          みをつくし   みをつくし   おもひそめ                けん    蓬生    たづねても 十          われこそ               とはめ          ふ   みちもなく 五         かき   よもきふ   よも もと           ぎが のこゝろを    関屋    あふさかの 十          せきやいかなる              せき          し     なれは 六         げきなげきの   せきや      中(なか)をわくらん    絵合    うきめみし 十         そのおりよりも             けふはまた          すぎにしかたに 七         かへる   ゑあわせ       なみだか    松風    身をかへて 十         ひとりかへれる             ふるさとに          きへ【ママ】しに 似(に)たる 八          まつ    ふ   まつかせ       かせぞ  く 【右丁】    薄雲    いりひさす 十         みねにたなびく            うすぐもは 九        ものおもふ   うすくも      そてに           いろやまがへる    朝顔    みしおりの 二          露(つゆ)わすられぬ          花    あさがほの           の 十          さかりは   あさがほ    すぎやし              ぬらん    乙女    をとめこが 二         神(かみ)さびぬらし 十           あまつ袖(そで)          ふるきよのとも 一         よはひへぬれ   おとめ           ば    玉葛    恋(こひ)わたる 二         身(み)はそれならで 十            玉かずら          いか 二          なる   たまかづら      すしを            尋(たづね)きぬらん    初音    とし月を 二         まつにひかれて 十          ふる人に 三        けふうぐひすの   はつね     初音(はつね)きかせよ    胡蝶    花(はな)そのゝこてふを 二         さえやした 十             くさに          秋(あき)まつむしは 四         うとく   こてふ       見るらん 【左丁】    蛍     声(こゑ)はせで 二           身(み)をのみ 十        いふより  こがす           まさる   蛍(ほたる) 五                こ   ほたる    おもひ      そ            なるらめ    常夏    なでしこの 二         とこなつかしき 十          いろを見(み)ば 六        もとのかきねを   とこなつ    人や             たづねん    篝火    かゝり火に 二          たちそふ 十              恋の         よ   けふりこそ 七        には ほのほ   かゝりひ  たえ    なるら           せぬ     ん   野分     風(かせ)さはき 二          むらくもまよふ 十        わす  ゆふべにも           るゝ 八          まなく  き   のわき     わすられぬ  み   御幸     をしほ山 二           みゆき 十             つもれる          けふ    松(まつ) 九         はかり   ばら   みゆき       なる    に           あとやたづねん    蘭     おなじ野の 三          露にやぬるゝ          あ  ふぢばかま           はれ 十           は   も   ふぢばかま   かけよ ばかり             かごと 【右丁】    槙柱    いまはとて 三         やどかれぬとも 十          なれきつる          まきの 一           はしらよ   まきはしら   われを              わするな    梅枝    花(はな)の香(か)は 三         散(ちり)にし枝(えた)に 十          とまらねど          うつらんそでに 二         あさく   むめがえ     しまめや    藤裏葉   春日(はるひ)さす 三         ふぢのうらはの 十          うらとけて          君(きみ)しおもはゝ 三              たの   ふぢのうらば  われも   まん    若菜    こまつばら 三         すゑのよはひに 十           ひかれてや          野辺(のべ)の若菜(わかな)も 四         としを   わかな 上    つむべき    若菜    ゆふやみは 三          みちたど〳〵し 十            月まちて          かへれ 五          わかせこ   わかな 下   そのまにも見(み)む    柏木    いまはとて 三         もへんけふりも 十           むすぼゝれ          たへぬ     らん 六         おもひ   のこ   かしはぎ      の  や              なを 【左丁】    横笛    よこぶえの 三         しらべはことに 十           かはらぬを          むなしく 七            なりし   よこふへ    ねこそ               つきせね    鈴虫    こゝろもて 三         草(くさ)のやどりを 十           いとへども          なを 八          すゝむしの   すゝむし    声(こゑ)ぞふりせぬ    夕霧    やまざとの 三         あはれをそふる 十           ゆふぎりに          たち 九         いでんかたもなき   ゆふきり      こゝちして    御法    たえぬべき 四         みのりなからそ             たのまるゝ 十        よゝにとむすぶ   みのり     中(なか)のちぎりを     幻    おほぞらを 四         かよふまぼろし 十           夢(ゆめ)にだに 一        見えこん玉の   まほろし    行衛(ゆくゑ)しら               せよ    匂宮    おぼつかな 四         たれにとはまし 十           いかにして 二        はじめもはても   にほふみや   しらぬわか身ぞ 【右丁】    紅梅    こゝろありて 四         風(かぜ)のにほはず 十          そのゝむめに 三        まつうぐひすの   こうばい    とはずやあるべき    竹川    たけかはの 四         はしうちいでし 十           ひとふしに          ふかき 四           こゝろの   たけかは    そこは              しりきや    橋姫    はしひめの 四         こゝろをくみて 十           たかせさす          さほのしつくに 五         袖(そで)ぞぬれ   はしひめ        ぬる    椎本    たちよらん 四         かけとたのみし 十           しゐかもと          むなしきとこと 六         なりにける   しゐかもと        かな    総角    あけまきに 四         ながきちぎりを 十           むすびこめ          おな 七          しところに   あげまき    よりもあはなむ    早蕨    此春(このはる)は 四           たれにか 十        かたみに 見せむ            つめる なき 八         みねの   人の   さわらび      さわらび 【左丁】    宿木    やどりきと 四          おもひいですは 十            このもとの 九        たびねもいかに   やとりき    淋(さび)しからまし    東屋    さしとむる 五         むぐらや             しげき             あつまや 十        あまり    の   あつまや      ほとふる           あまそゝぎかな    浮舟    たちばなのこじまの 五        いろはかはらじを 十         此  よるべ            うき  しら 一           ふね  れぬ   うきふね        ぞ    蜻蛉    ありとみて 五         手(て)にはとられず 十           みればまた          行衛(ゆくえ)もしらず 二   かげろふ    きえしかげろふ    手習    身(み)をなけし 五          なみたのかはの 十           はやきせを          しがらみ 三           かけて   てならひ    たれかとゝめし   夢浮橋    のりのし【法の師】と 五         たづぬる道(みち)を 十           しるべにて 四        おもはぬやまに 帖(でう)         ふみ 終(をはり) ゆめのうきはし  まよふかな 【右丁】 【囲みの頭部に右から横書き】 三夕之図(さんせきのづ)并(ならび) ̄ニ和歌(わか)  寂蓮法師(じやくれんほうし) さびしさは  その色としも    なかりけり 槙たつ山の  秋のゆふぐれ 【縦線あり】  西行法師 こゝろなき身にも  あはれは    しられける 鴫たつ沢の   秋の夕くれ 【縦線あり】  藤原定家(ふぢはらのていか) 見わたせば  花ももみち      も なかりけり    うらの      とまやの  秋のゆふ暮 【左丁 上段】 ○天智天皇 てんぢとにこるへし 舒明天皇(じよめいてんわう)の御(おん) 子(こ)也(なり)御 母(はゝ)は皇極(くはうきよく) 天皇の別号(へつごう)斉(さい) 明(めい)天皇はしめは 中(なか)の大兄皇子(をゝゑのわうじ)と 号(こう)す又 葛城皇子(かつらきのわうじ) とも開別(ひらきわけ)皇子 共(とも) 申ける大化(だいくは)十二年壬 戌十二月三日 崩(ほうじ)給ふ 五十歳又四十六とも 日本記(にほんき)【紀の誤】には癸亥十二 月廿一日 近江宮(あふみのみや)にて 崩御(ほうぎよ)と云 在位(さいい)十年 また一 説(せつ)には山科(やましな)へ行幸(みゆき) 有(あり)てかへり給はず天に 昇(のぼり)たまふにや御履(おんくつ) ばかりとゞまるゆへに 其(その)所(ところ)に陵(みさゝき)を立ると 云々今も山科に陵 はあり其野(そのゝ)を御 廟(べう) 埜(の)と所謂(いはゆる)十 陵(れう)の 第一なり 【同 中段】 此哥の心は秋の田の庵の時分に秋の すゑに成ゆきとまなども朽はてゝ 露をふせぐ便りもなく露たぶ〳〵と おきあまりたるごとく我袖ぬるよし也 王道の御しゆつくわいの哥なりていか 此うたを百首のはじめにゑらひ入 らるゝは民をあはれみ給ふなれは もとゝせりかりほはかりなる庵也 万葉に借菴と書り御説と云々 ○季吟注に曰万乗の主として 民をあはれみ給ふは聖主賢王 の事なりと殊に田夫の業のてい をつぶさに思召入こと御心正於仁 なり 【同 下段】  天智天皇(てんぢてんわう) 秋(あき)の田(た)     の かりほの 庵(いほ)の とまを  あらみ 我(わが)衣手(ころもで)は  露(つゆ)にぬれつゝ 【右丁 上段】 ○持統天皇 ぢどうとにごり てよむなり 女帝(によてい)也(なり)御母(おんはゝ)は越(を) 智姫大臣(ちひめのだいじん)蘇我(そがの) 山田石川丸(やまたいしかはまるの)女(むすめ)なり 天智天皇(てんちてんわう)第二の 皇女(くわうじよ)天武(てんむ)天皇の 后(きさき)なり草壁皇子(くさかべのわう) 子(じの)母后(ぼこう)なり在位(ざいい) 十一年 都(みやこ)は大和国(やまとのくに) 高原郡(たかはらのこほり)藤原(ふぢはら)の 都(みやこ)なり 大宝(たいほう)二年十二月十 日に崩御(ほうぎよ)した まふなり 【同 中段】 此哥の心は卯月朔日衣がへの御歌也 春三月は霞たる山の今日ははや霞 はれて雲の白〳〵とさなから夏衣 をも干たることくに見ゆる昔此山人 天人衣をかけほしたるゆへかく山とは よめり新古今の夏の部の巻頭 に入たりいせ物がたりに露とこたへ てきへなましものをといふにつき てあいじやうの部に入たりいづれも よく見て入たり部立わけて然る べきの集といふはかくのことくのこと なるべし ○季注に曰たゞ夏といふよりも春 すぎて夏来といへば首夏の 次第なり 【同 下段 左から読む】 かく山(やま) 天(あま)の てふ  ほす 衣(ころも) 白妙(しろたへ)の  けらし   夏(なつ)きに 春過(はるすぎ)て  持統天皇(ぢたうてんわう) 【左丁 上段】 ○柿【柹】本人麿 天智天皇(てんちてんわう)の御 時(とき)の人と《割書:云| 云》 敦光卿(あつみつきやう)人丸の 讃(さん)にいわく太夫 姓(せい)は柿(かきの)【柹】本(もと)名(なは)人(ひと) 丸(まる)蓋(けだし)【盖は俗字】上世(しやうせい)の哥(か) 人なり持統(ぢたう)文(もん) 武(む)の聖朝(せいてう)につか え遇(あふと)_二新田(につた)高市(たかいち) 乃 皇子(わうじ)_一と《割書:云| 云》 正徹(しやうてつ)の曰人丸の 御忌日(きよきにち)は秘事(ひじ)に するなりさる程(ほど) になへて知(しり)たる 人まれなり 三月十八日にて あるなり 【同 中段】 此哥の心は足引とは山をいはんため又 山鳥はなが〳〵しなどいはんための枕 ことば也秋の夜ながきに二人ねてさへ うかるべきにひとりねられまじきと なり第一はかうらい国にて王軍にうち まけきさきをつれて山谷落給ふ時 后あしをいたみ給ふゆへ足引の山とも いひつたへる也別なる儀などはさらに なしたゞあし引のと打出したるに より山鳥の尾のしだりをのといひ て長〳〵し世をといへるさまいかほども かぎりなき風情もつともたけたかし ○季注に曰たゞ長き夜といふよりも なが〳〵し夜といふにてひとりねの わびしき無■【渟ヵ】方きこゆ 【同 下段】  柿本人麿(かきのもとのひとまろ) あし曳(ひき)の  山鳥(やまとり)の おの しだり   をの なが〳〵    しよを ひとり    かもねむ 【右丁 上段】 ○山辺赤人 あかみとゝよむ説(せつ) あれ共たゞ赤人(あかひと)と よむがよきなり 父祖(ふそ)不(す)_レ詳(つまひらかなら) 神亀(じんき)の比(ころ)の人也 是(これ)は人丸と同じく 秘伝(ひでん)ある事(こと)也 山辺(やまべ)は姓(せい)なり所(ところ) の名(な)なりそれを 姓(しやう)とす人丸の后(きさき) を犯(おかし)て流(なが)されしが 万葉(まんよう)の時(とき)召(めし)かえ されて赤人(あかひと)と名(な)を かへたりと云 説(せつ)あた 古今序(こきんのじよ)に山辺赤人(やまべのあかひと) といふ有人丸は赤人 が上に立(たゝ)んことかたく 赤人は人丸が下に たゝんことかたくなん ありけるとあり 別人(べつしん)なる事(こと)    明(あきら)けし 【同 中段】 此哥の心は田子の浦に船さし出てかへり 見るに富士の高根の雪も見へ眺望 かぎりなくして心詞に及ぬに高根に 雪をみたる心を思ひ入てぎんみすべし 海辺のおもしろきこと共をも高根の妙 なるをも詞にはたす事なくてその さまはかりをいひのべたること尤なるに こそある人の哥をば古今にも哥にあ やしくたへ成といへりきめうの心なり なを此雪はふりつゝといへる余情かぎり なし ○季注に曰田子の浦に出て富士の 高嶺を見つる景気言説に及 所になければ其てい計をいひて 風致おのづからこもれり然は此哥を ことはるも又舌頭の及所にあらず 【同 下段】  山辺赤人(やまべのあかひと) 田子(たご)のうらに  うちいでゝ みれは 白(しろ)  妙(たへ)の 富士(ふし)の高根(たかね)に  雪(ゆき)はふりつゝ 【左丁 上段】 ○猿丸太夫 古伝(こでん)に云 官(くわん)姓(せい)時(じ) 代(だい)等(とう)不_レ知_レ之或は 系図(けいづ)に曰 用明(やうめい)天 皇 聖徳(しやうとく)太子山 背大兄王(うしろのおほえきみ) 弓削大王(ゆげのおゝきみ)猿丸(さるまる)太 夫と号(ごう)すと《割書:云|々》鴨(かも) 長明(のてうめい)方丈記(ほうでうのき)に云 近江国(あふみのくに)田上(たかみ)に猿丸 太夫が旧跡(きうせき)ありと《割書:云|々》 祇注(ぎちう)に云 天武(てんむ)御子(おんこ) 弓削道鏡(ゆげのだうきやう)を号(こう)す と云々 此説(このせつ)不(ず)_レ審(つまひらかなら) 聖徳(しやうとく)太子の御孫 弓削王(ゆげわう)を猿丸(さるまる)と 号(こう)したるを道鏡(とうきやう) 法師(ほつし)といへるは弓(ゆ) 削(げ)につけておもひ あやまるなるべし 【同 中段】 此哥の心は秋は初秋よりあはれなる程 とは申せども草花ちり乱れ露も 月もおもしろく万の虫の音もおもし ろかるべし秋の末になりて其けしき もつきておちば物すごきに鹿は妻 こひかねてなく時節こそ秋はかなし きなりおく山にといへる五もじまた 干心なりもとのしやうにはは山のもみぢ ちりて次第に秋のいつの時かなしきと いへばしかの打わびてなく時の秋がいた りてかなしきといふ儀なり此秋は世間 の秋なり ○扶桑隠逸伝(ふさういんいつでん)に云夫は深草(ふかくさ)のさと の人なり今に至て土人深草と名付 て曰爰を猿丸の郷(さと)と云不_レ詳何の代の 人といふ事を知ず又元慶の比也といふ 【同 下段】  猿丸大夫(さるまるたゆふ) おく山(やま)に  紅葉(もみぢ) ふみ分(わけ) 啼(なく)  鹿(しか)の  こゑきく 時(とき)ぞ秋(あき)はかなしき 【右丁 上段】 ○中納言家持 天平(てんへい)元年己巳生ず 安丸(やすまるの)孫(まご)旅人(たびんと)子云云 大伴宿祢(をゝとものすくね)安麿(やすまろ)大 納言 贈従(ぞうしう)二位 大(をゝ) 伴宿祢(とものすくね)旅人(たひんど)家持(やかもち) 大納言 従(じう)二位 八(や) 雲御抄(くもごせう)に曰 万葉(まんよう) の作者(さくしや)おほけれ共 家持(やかもち)人丸赤人など を棟梁(とうりやう)とせり一 説(せつ)に天智(てんち)天皇 大(おゝ) 伴皇子(とものわうし)予多都(よたと) 无麿(むまろ)黒主(くろぬし)が弟(をとゝ)の 夜須良丸(やすよしまる)は安(やす) 麿(まろ)と同人也可_レ尋(たづぬ) _レ之(これを)従(じう)三位中納言 東(とう) 宮(ぐう)太夫 右大弁(うたいべん)太宰(たざい) 少弐(せうに)抔(など)を経(へ)たり又 征夷将軍(せいいしやうぐん)に任(にん)ず延(えん) 暦(りやく)四年八月 陸奥国(むつのくに) にて薨(こう)す 【同 中段】 此哥の心ははうゑひに月おちからす なきて霜天にみつといへる儀ばかり なりやかもちがあんやにあふて月も なくさへたる天にむかひてぎんじ思へる なりしも天に向ひてみちたるとて 目前にふりたる霜にあらず晴夜(せいや) の寒天(かんてん)さながら霜のみちたると 見ゆるやうなる体也此義は御説也 かさゝぎからすのことなり七夕のあふ ときからすの羽をならべてはしに なすをうじやくかうやうの橋とは いふなり ○季注に曰冬の夜の更たる景(けい) 気(き)を直(す)ぐにうつしたり 【同 下段】  中納言家持(ちうなごんやかもち) かさゝきの  わたれる 橋(はし)に をく  霜(しも)の しろき    を みればよぞ更(ふけ)     にける 【左丁 上段】 ○安倍仲麿 中務(なかつかさ)太夫 舟守(ふなもり)の 子也 元明天皇(げんみやうてんわう)和(わ) 銅(どう)元年に生(むまる)云云 元正(けんしやう)天皇の御宇(ぎよう) 霊亀(れいき)二年八月に 遣唐使(けんとうし)大伴山守(をゝとものやまもり) に同船(どうせん)して十六 歳(さい)に て入唐(につとう)せり唐(もろこし)にて ものまなびして才(さい) 智(ち)高(たかく)なりて姓名(せいめい)改 朝衡(てうかう)といへり唐帝(とうてい) 其 才(さい)を愛(あい)して官(くわん)を すゝめて秘書監(ひしよかん)に 至(いたり)かさねて撿挍(けんこう)にうつ り左補闕(さほけつ)をへたり 年(とし)久(ひさ)しくありて日本 にかへる聖武(しやうむ)天皇 天(てん) 平勝宝(へいせうほう)五年に再(ふたゝ)び 唐(もろこし)におもむけり玄宗(けんさう) 天宝(てんほう)二年なり宝亀(ほうき) 元年に卒(そつ)す時(ときに)七 十九 歳(さい)と云云 【同 中段】 此哥の心はもろこしにて月を見て読 るむかし仲麿もろこしへ使にまかり てわが国を思ひやりて住なれたる たびゐのなごりをも思ひつゞけ我 国のならの京みかさの山に出し月 とをなじあはれもふかくよせいかぎ りなきてい也此仲丸は久しく在 唐してきてうのとき唐人はなむ けの詩を作りし時也土佐日記に曰 むかしあべの仲丸といゝける人は唐 にいたりてかへりきけるときに舟 に乗るべき所にてかの国の人に別 をゝしみてかしこのから哥つくり なんどしけるとあり 【同 下段】  安倍仲麿(あべのなかまろ) 天(あま)の原(はら)  ふり   さけ みれ  ば かすが    なる 三笠(みかさ)の    やまに 出(いで)し月(つき)かも 【右丁 上段】 ○喜撰法師 哥式を作(つく)る同人と 云云 一 説(せつ)基泉(きせん)同人 と云又 別(べつ)人とも云 鴨長明(かものちやうめい)無名抄(むみやうせう)に云 三室戸(みむろと)の奥(おく)に二十 余(よ)町ばかり山中へ入て 宇治(うぢ)山の喜撰(きせん)が住(すみ) ける跡(あと)あり家(いへ)はな けれとも石塔(せきとう)など のさだかに侍(はべる)なり 是(これ)を見(みる)べしと云云 元亨(けん▢う)釈書(しやくしよ)十八 神(しん) 仙伝(せんてん)に釈窺仙(しやくのきせん)居(いて)_二 宇治山(うぢやま)_一持(ぢし)【二点脱】密咒(みつじゆを)【一点脱】兼(かね) て求(もとめ)_二長生(ちやうせいを)【一点脱】辟(さけ)【レ点脱】穀(ごくを)服 _レ餅(もちを)一旦 乗(のり)【レ点脱】雲(くもに)去(さり)云云 喜撰(きせん)窺仙(きせん)同人 にや 【同 中段】 此哥の心はきせんほうし都の巽うぢ 山に庵をしめてすめり人はよをう ち山といへとも我はたのみてかくの ごとく心よく住といへり都のたつみとは 方角をさして云り古今序にも 始をはりたしかならすといへるよをうぢ 山と人はいへ共と云べきを人はいふなり といへる所をさしていへり又秋の月を 見るに曙の雲にあへるがことしと書 ことはよもすがらはれたる月の俄に 雲のかゝりたるをは始終たしかならず といへり ○季注に三間(サンケン)茅屋(ハウヲク)従来(シウライ)住(チウス)一道(イチドウ) 神光(シンクワウ)万境間(ハンキヤウノアイタ)莫(ナカレ)_レ把(イタクコト)_二是非(ゼヒヲ)_一来(キタツテ)弁(ベンス) 我(ワレ)浮生(フセイ)穿鑿(センサク)不(ズ)_二相関(アイアツカラ)_一 【同 下段】  喜撰法師(きせんほつし) 我(わが)いほは  都(みやこ)の たつみ しかぞ   すむ 世(よ)をうち    山(やま)と  人(ひと)はいふなり 【左丁 上段】 ○小野小町 出羽郡司(ではのぐんじ)小野秀(おのゝひで) 澄(すみの)女(むすめ)常澄(つねずみ)と云云 或説(あるせつ)に出羽郡司(だはのぐんじ) 小野 良実(よしさね)が女(むすめ)又 常澄(つねすみ)女(むすめ)とも云り 三光院殿(さんくわういんでん)御説(おんせつ)に 当澄女(まさすみむすめ)と云云 仁明(にんみやう) 時(とき)承和(しやうわ)の比(ころ)とあり 古今集(こきんしう)目録(もくろく)并に 拾芥抄(じうがいしやう)に曰 出羽郡司(ではのぐんじ) 女(むすめ)仁明(にんめう)時(とき)承和(しやうわ)の 比(ころ)と云云 つれ〳〵草にいわく 小野小町か事はきは めてさだかならすお とろへたるていは玉(たま) 作(つくり)といふふみに見え たり此ふみ清行(きよつら)が 書りと云説あれとも 高野大師(かうやだいし)御位の目(もく) 録(ろく)に入る大師は承(しやう) 和(わ)の初(はじめ)にかくれ     給ふなり 【同 中段】 此哥の心は我身の世にふる老をくわん じて花によそへて思をいひのべたり小 町か古今にて第一の哥なり彼集の 後に入たる哥なり此うたに表裏の 洸あり表は花の咲たらば花に身を なさんと思ひしも世にすめばことしげ くてとやかくやうちまきれて過たる 花也みぬ花なれうつりにけりなと 取ふしていふなり裏の説は身の裏 も我とはしらぬもの也花のおとろへ を見てわが身もかくうつりてこそあ らめとおもひやる義なり ○季注にいわく小町はかたちのおと ろふるをなげきたる哥おほしと いへり就中此哥多情なり 【同 下段】  小野小町(おのゝこまち) 花(はな)の  色(いろ)は うつり   に けりな いたづら    に 我(わが)みよに ふる詠(ながめ)せし      まに 【右丁 上段】 ○蝉丸 逢坂(あふさか)のせみ丸は仁(にん) 明(めう)も時の道人(どうにん)也 常(つね)に髪(かみ)をそらず 世の人 号(こうす)翁(おきな)と或(あるひ)は 仙人ともいへり 三光院(さんくわういん)の御 説(せつ) 世人 盲目(もうもく)といへるは 誤(あやまり)なり後撰(ごせん)この うたの詞書(ことはかき)に相坂(あふさか) の関(せき)にて往来(わうらい) の人を見てと云云 盲目(もうもく)ならば見る事 有べからずといへり 又世に延喜(ゑんぎ)の皇(わう) 子(じ)なりと云も誤(あやまり) なり或抄にいわく 或人の申は古(ふる)き物に あふ坂の翁(おきな)と書り 俗(ぞく)也と云り或は 童(わらべ)あるひは法師(ほうし) と云り禿丁(とくてう)なれば いづれも相違(さうい)なき也 【同 中段】 此哥の心はゆくものかへるものしれる者 しらさるものしはらくわかれてさまよ ひしやうじの関を思ひては出ず然共 法性の都へいたらんには此関を思ひては あひがたしと世の中をくはんじてよみける なりし此哥後撰にはわかれつゝと有又 詞書にあふ坂の関に庵室をつくりて 住侍るに行かふ人を見てとあり是や このとはあふさかのせきに落つく五もし也 おもては旅客の往来のさまなる物也 下の心はゑしやでうりのこゝろなり ○隠逸伝(インイツテン)ニ曰 蝉丸(セミマル)ハ不_レ知_二何ノ地ノ人 ト云事ヲ_一自 締(ムスヒ)_二草庵ヲ於 相坂(アフサカ) ノ関(セキニ)_一往得和哥又 善(よくス)_二和琴(ワゴンヲ)_一蝉丸 自(ミツカラ)離(ハナル)_二見濁(▢▢▢▢)_一故(ユヘ)ニ称(セウスル)盲目(モウモク)ト而已(ノミ) 【同 下段】  蝉丸 これやこの ゆくも  帰(かへ)るも わかれ  ては しるも   しらぬも  逢坂(あふさか)の関(せき) 【左丁 上段】 ○参議篁 姓(しやう)は小野(をの)参議(さんぎ)左(さ) 大弁(だいべん)号(ごうす)野相公(やさうこうと) 敏達天皇(びたつてんわう)の苗裔(びやうゑい) 参議(さんぎ)峯守卿(みねもりきやう)の 御子なり官(くわん)は文(ふん) 章(しやう)の生(せう)弾正少忠(たんしやうせうちう) 大内記(たいないき)蔵人(くらんど)式部少(しきぶのせう) 丞(ぜう)太宰少弐(だざいせうに)東宮(とうぐう) 学士(がくし)弾正少弼(たんじやうせうひつ)美作(みまさか) 等(とう)を歴(へ)たり 承和(しやうわ)元年正月廿 九日 遣唐使(けんとうし)を 奉(たてまつ)るさて唐使(とうし)の 四舶(しはく)次第(しだい)海(うみ)にうか みしにたかむら 病(やまひ)によつて進発(しんはつ) することかなはず 小野篁(をのゝたかむら)は破軍星(はぐんせい) の化身(けしん)なり 【同 中段】 此哥の心はまん〳〵たる海のおもてしま 〳〵のかぎりなきゆくえを思ひけり ことになかさるゝ人の心はこゝろぼそく 我かたへ帰るつり舟あまの心なき ものにつげよとわびたるかなしさ云ん やうなし古今詞書におきの国にながさ れける時舟に乗て出立時京なる人の もとに遣しけると有心はまづ和田の 原と云出たるあはれ深きにや大かたの 人だに海路の旅におもむくべきはかなし かるべきにましてや是は流人と成てしら ぬ浪路をわたる心はたとへかたき也いせ物 がたりに京にその人のもとにとてふみ かきておしへるするがなるうつの山べのうつ つにも夢にも人にあはぬなりけりさればこゝ にもわがつまをさして人の許とも云と也 【同 下段】  参議篁(さんぎたかむら) 和田(わだ)の原(はら)  八十島(やそしま) かけ  て 漕(こぎ)  出(いで)ぬ    と 人には    告(つげ)よ   ■(あま)【海+虫】の釣船(つりぶね) 【右丁 上段】 ○僧正遍昭 俗名(そくみやう)良峯宗貞(よしみねのむねさだ) 号(こうす)_二花山僧正(くはさんのそうじやうと)_一釈(しやく) 遍昭(へんせう)門下(もんか)侍郎(じらう) 良安世(りやうのやすよ)の子(こ)也 早(はや)く 羽林(うりん)と昇(のほり)殊更(ことさら)仁(にん) 明帝(みやうてい)の加近侍寵 遇日渥 嘉祥(かしやう)三年 三月 上帝(しやうてい)崩(ほうじ)たま ひぬ不(す)_レ堪(たへ)_二哀慕(あいぼに)_一登(のほり)【二点脱】 叡山(ゑいさん)【一点脱】剃髪(ていはつ)す猶(なを) 元享釈書(けんこうしやくしよ)に祥(つまひらか) なり大和物語(やまとものがたり)に も此趣(このおもむき)なり嵯峨(さが) 天皇の后(きさき)に浮名(うきな) 立けるゆへに出家(しゆつけ) すと云 説(せつ)は非(ひ)なる か寛平(くわんへい)二年正月十 九日 滅(めつす)七十六歳 【同 中段】 此哥の心は雲吹風も雲の通ひ路を ふきとぢよしからば乙女のすがたしばし とゞめて見んとねがひたるさま也古今 には五節のまひ姫をみてよめりと あれば宗貞とあるべきを爰には ていかきやうのへんぜうとのせられ たり此うた今の舞姫をむかし の天女によみなせりされは舞の なごりを思ひて雲のかよひぢふ きとぢよといへりしばしといひたるに てとゞめえぬ心聞えたりあながち に舞姫に心をかくるにあらず舞の おもしろきをいふ也玄旨法印が曰 五節の事日本記【紀の誤】にものせず本朝 月令といふものにあり 【同 下段】  僧正(そうじやう)遍昭(へんせう) あまつ風(かぜ)  雲(くも)の かよひ   ぢ 吹(ふき)とぢよ  乙女(おとめ)のすがた しばしとゞめん 【左丁 上段】 ○陽成院 諱(いみな)は貞明(さたあきら)清和(せいわ) 天皇(てんわう)第一之御子 御 后(きさき)皇大后(くわうたいこう)藤原(ふぢはら) 高子(たかご)号(かうす)_二 二条后(にてうのきさき)_一 貞観(じやうくわん)十年十二月十 六日 降誕(こうたん)天暦(てんりやく)三 年九月九日 崩(ほうす)在(ざい) 位(い)八年御歳八十一 此帝(このみかと)を二条院(にでうのいん)と 号(ごう)す事は御譲位(ごじやうい) の後(のち)に此院(このいん)におはし ますゆへなり 但 貞観(じやうくわん)十一年二月 一日 皇太子(くわうたいし)二 歳(さい)同 十八年十一月九日 受(じゆ) 禅(ぜん)九歳 元慶(げんけい)六年 正月二日 元服(げんぶく)十五 歳同八年二月四日 譲位(しやうい)十七歳 【同 中段】 此哥の心はいかなる大河も水上はわづか なるこけのしたゞりおちあつまりて末は 底もしれぬ川となれり見そめたる俤 ほのかなりしおもひもつもりぬれは忍 かたき心となりぬるよしのたとへなりつ くば山みなの川皆ひたちの名所也 此川の東はさくら川へおつるといへり つくはねよりまさごの下をくゞりて 川とも見へず一わたりにながれてすへ は川となれり総【惣】して序哥なり うたの心は大りやく此分也恋の御うた にて心おもしろく侍るにや天子の御 身には少の事も思召とは善は天下の 徳となり悪は天下のうれえと なれり大かたの人も分にしたがつて 此心をおもふべしと云々 【同 下段】  陽成院(やうせいいん) つくばね    の 峯(みね)  より おつる みな   の    川(がは) 恋(こひ)ぞ   積(つも)りて  ふちとなりぬる 【右丁 上段】 ○河原左大臣 源融(みなもとのとをる)嵯峨(さが)第十 二源氏母正四位下 大 原金子(はらきんご)六条川 原院 摸(うつす)_二塩竈浦(しほがまのうらを)_一  嵯峨天皇(さがてんわう)    仁明天皇    源 融(とをる) 左大臣従一位号川 原左大臣は男女 皇(わう) 子(じ)五十人の内也 弘仁(こうにん) 三年壬辰生 淳和(じゆんわ) 天皇(てんわうの)為(すと)_レ子(こと)栖霞観(せいかくわん) 大臣の山庄(さんしやう)と云々 承和(しやうわ)五年十一月廿七 日正四位下 元服(げんぶく)貞(でう) 観(くわん)十四年八月廿五日 任(にんず)_二左大臣【一点脱】 仁和(にんわ)三年 十一月十七日御 即位(そくい) 同七年八月廿五日 薨(こうす) 七十四歳 【同 中段】 此哥の心はたれゆへにみだれそめしわが心は 君ゆへにこそみだるれといへる義也をう州 しのぶのこほりよりおるころも也あやの みだれにいひよそへしゆへしのぶといひあ まりてみだれたりといへり古今題しら ずの内の哥也心は上二句はみだるゝとい はんとての序也古今にはみたれんと 思ふわかならなくにといへり又曰奥州 しのぶのこほりにしのぶ草を紋に付 てするなり紋をみだれすり付たる ゆへにみだるゝといはんための序なり いせ物語にそめにしとあり伊勢 ものがたりにてはしのぶのみだれかぎり しられそ【ママ】と業平の読るかへしに 付ておもしろければ返歌○恋にかく思 ひみたると知せはや心のをくの忍もちすり 【同 下段】  河原左大臣(かはらのさだいじん) みちのくの 忍(しの)ぶ もぢ ずり 誰(たれ)ゆへに  みだれそめ にし  我(われ)なら    なくに 【左丁 上段】 ○光孝天皇 諱(いみな)は時康(ときやす)号(こうす)_二小(こ) 松帝(まつのみかとゝ)_一御 母(はゝ)は藤(ふぢ) 原沢子(はらのさはご)贈(そう)大政大 臣 総継(ふさつぐ)之 女(むすめ)天長(てんちやう) 七年 庚戌(かのへいぬ)降誕(こうたん)承(しやう) 和(わ)三年正月七日 叙(しよす)_二 四品(しほん)【一点脱】同十二年二月 元(けん) 服(ぶく)同十五年正月 常陸守(ひたちのかみ)嘉祥(かしやう)三 年五月 中務卿(なかつかさきやう)仁(にん) 寿(じゆ)元(けん)年十一月廿一日 三品卅三歳 貞観(じやうぐわん) 六年 上野大守(かうつけのたいしゆ)同 十二月廿七日二品四十 一歳同十八年十月 式部卿(しきぶきやう)元慶(けんけい)六年 正月七日一品五十四歳 同八年正月 太宰帥(だざいのそつ) 同二月四日 画禅(ぐはせん)五 十四歳 仁和(にんわ)三年八 月廿六日 譲位(しやうい)五十 八歳 崩御(ほうぎよ)小松山(こまつさん) 陵(りやう)ニ薨(かうす)ナリ 【同 中段】 此哥の心は正月七日七種のわかなを人に 給ひける時あそばし給ふとなり御位に つかせたまはていまだ親王にておはしまし ける時きみがため春の野にいでゝ わかなつむによかんはなはたしく雪の 御衣にかんなんに思召ながら人のため をおぼしめす御心入ありかたし此うた 仁和のみかどみこにおはしましたる時に 人にわかな給ひける御哥と有仁和 のみかどは光孝の御こと也わかな給ふ とは賀(が)を給ふ義なり誰共なし人日 に菜羹をふくすれば百病をのぞく なりと云事 荊楚歳時記(けいそさいじき)大宗家(たいさうか) 訓(くん)といふものにあり七 種(くさ)とはある哥に せり五行なづなはこべら仏の座 すゞなすゞしろこれや七くさとあり 【同 下段】  光孝天皇(くわうこうてんわう) 君(きみ)がため  春(はる)の野(の)に  出(いで)て 若菜(わかな)   つむ 我(わが)衣手(ころもで)に  雪はふりつゝ 【右丁 上段】 ○中納言行平 在原氏(ありわらうち)ノ号(こうす)納言(なごん) 桓武天皇(くわんむてんわう)  平城天皇(へいせいてんわう)  阿保親王(あほうしんわう) 大江音人(おほゑのおとゝふ)【ママ コマ29左丁には同人を「おとふど」とあり】 《割書:中納言権帥正三位|民部左兵衛督》 在原行平(ありわらのゆきひら) 《割書:按察仁和三年|致士配流》 在原守平(ありわらのもりひら) 在原 業平(なりひら) 在原 仲平(なかひら) 【同 中段】 此哥の心は行平いなばの守になりて みのゝ国を知行してかの国に下りけるに 友だち馬のはなむけに出しときいつ帰り 給ふべきとのべればかくよめりいなは山みの の国のめい所也たちわかれいなばといゝ みねにおふる松としきかばといひみな序 哥のていなり古今には題しらずと あり但かの卿いなばのかみなりしが住 はてゝ都へのぼりけるに思ふ人によみて つかはすともいへり哥の心はまつ人だに あらばやがてかへりこんの心にかくいへば 待人もあらじといふ ○季注 耳底記(にていき)に問ていわく言は五句 ながらつゞきたるがよきか其旨答て曰 あしき也〽立わかれし此哥つゞき過せ共 今かへりこんといへるが疎句なるによつて面白也 【同 下段】  中納言行平(ちうなごんゆきひら) 立(たち)わかれ いなばの 山(やま)の  みねに   おふる 松(まつ)としきかば   今(いま)かえりこん 【左丁 上段】 ○在原業平朝臣 平城天皇(へいしやうてんわう)御孫 阿保親王(あほうしんわう)之御子也 母(はゝ)は伊豆内親王(いづのないしんわう)桓(くわん) 武(む)第八 皇女(くわうぢよ)也 阿(あ) 保(ほう)親王(しんわう)の五男に て在原(ありわら)氏なれば 在五中将(さいごちうせう)共いふ也 天長(てんちやう)二年八月 七日に誕生(たんじやう)して 元慶(げんけい)四年五月 廿八日 卒(そつす)歳五十 六なり系図(けいづ)行(ゆき) 平(ひらの)所にあり爰(こゝ)に 略(りやく)す もみぢする  みねのかけはし   見わたせば  くれなひ     くゝる   秋の山人 【同 中段】 此哥の心はちはやふるかみと此心は いはんまくらことばなりたつた川 にもみぢのちりうかひたるおもし ろさ神代にはたへなることのみ有 といへどもその神代にもきかずから くれないのにしきのうへに水のくゞる とはといへるていたへなり又曰詞書に 二条のきさきの春宮のみやす所と 申ける時に屏風にたつた川にもみぢ ながれたるかたを書たりけるをか【ママ 「た」の誤】い にて読ると有もみぢの立田川に ひまなくちりたると也八雲御抄 にいわく立田川古今には三室の山 のすえと見ゆかつらきもちかし 後撰にはいはせのもりちかしとあり 【同 下段】  在原業平朝臣(ありわらのなりひらのあつそん) 千早振(ちはやふる)  神代(かみよ)も きかず 龍(たつ)  田(た)   川(がは) からくれ    なひに  水(みづ)くゞるとは 【右丁 上段】 ○藤原敏行朝臣 蘇生後(そせいのゝち)一切経(いつさいきやう)を 書(かき)し人なり母(はゝ)は 名虎(なとら)の女(むすめ)也大臣 南家(なんけ)武智丸(たけちまる)六代 の後胤(こういん)也 肥後守(ひこのかみ) 田村丸(たむらまるの)孫(まご)古今集(こきんしう) の作者(さくしや)なり  武智麿(たけちまる)  《割書:不比等ノ一男正一位左|大臣贈大政大臣任式|部卿御号式家》   巨勢麿(こせまろ)   《割書:三木従三位|式部卿》   真作(まつくり)《割書:三河守|従五位上》   林田(はやしだ)《割書:讃岐守|従四位下》   富士丸(ふじまる)《割書:従四位下》    《割書:按察陸奥守》   敏行(としゆき)《割書:従四位下| 右大将》   《割書:大内記右兵衛督|二行目》   伊衡(これひら)《割書:三木正五位下》 【同 中段】 此哥の心は住の江のきしによるさへや といはん序のていなり夜ゆめのかよ ひちには人をよぐへきにもあかね共 そのゆめにさへ心にしのびたるなら ひとてよぐとみへて心まゝにもなら ねはいかなることぞとなげきたるてい なりたかき峯にこそ浪のうちたる はゆもさむべきことなれ是は南海なり ことにすみの江のきしはあらき浪 もよせぬ所なるにわか恋路(こひち)のちきり のごときゆへにとき〴〵心のおどろ きぞとなり 古今集第十二恋哥に詞書に寛平 の御時きさいの宮の哥合のうたと なり 【同 下段】  藤原敏行朝臣(ふぢはらのとしゆきあつそん)【注】 すみのえの  きしに  よる波(なみ) よる さへや  夢(ゆめ)のかよひ       ぢ  人めよぐらむ 【注「臣」とあるところ「宮」に見える】 【左丁 上段】 ○伊勢 祭主(さいしゆ)輔親(すけちかの)母(はゝ) 上東門院女房 仍(よつて)号_二伊勢大輔_一 系図(けいづ)大中臣 能(よし) 宣(のぶ)ガ所(ところ)ニアリ 上東門院中宮 ノ時候(しこう)ト云々 玉簪(キヨクサンニ)曰天子門 九ツアリ  謂開門(イカヰモン)  遠郊(エンカウ)門  近郊(キンカウ)門  城(ジヤウ)門  皐(カウ)門  庫(ク)門  雉(シ)門  応(ヲウ)門  路(ロ)門 【同 中段】 此哥の心はあしをいはんとてなにはかた とていひみじかきほどのふしのまと人 とぬる間わづかなるによせていひあは て此よをすごせとやといふこの世もあし のふしの間のよをいひかけたるなり すこしの間もぬるよなしにすごさんと いへりなにはかたとは大やうにいひ出したり 五もじに君臣ありこれは君のかたの 五もじこひしといひつめてちうとなる もありよく〳〵分別すべきことぞ 心は今まてつもりし思ひをかぞえ あげたるなり 恋に始中終あり此哥は終の心也 かやうの哥をばおほよそに見ては 曲あるべからざると云々 【同 下段】  伊勢(いせ) 難波(なには)  かた 見じ  かき あしの ふしのま    も あはで  この世(よ)を 過(すご)してよとや 【右丁 上段】 ○元良親王 陽成院(やうぜいいん)第一ノ御 子二 品(ほん)兵部卿(ひやうぶきやう) 母ハ主殿頭(とのものかみ)遠長(とをなが) ノ女(むすめ)ナリ 陽成院ー元良 天慶(テンケイ)三年七月廿 三日 薨(コウス)五十四 歳(サイ) 神皇正統記(シンクワウシヤウトウキ)ニ 曰 皇子(ワウジ)ヲ親王(シンワウ) ト云事四十一代 文武(モンム)ノ御 時(トキ)ヨリ 始(ハジ[マ])ル 【同 中段】 此哥の心は今はとは今まさにと心得 べし身をつくし海のふかきしるしに立 るくひこれもみをつくしのごとく朝 夕思ひわび袖をほすまのなくとも 一たびあひつたへたらんにはかなりこの 哥詞書にこと出きて後に京極の 御息所につかはしたるとあり是は宇多 の御門の御時此みやす所時平公母に 忍びて通ひけるがあらはれて後につか はしける哥也事の出きてとはくせつわざ わひのできしことをいふ也此わびぬれば といふ五もじ大かたにてはあるべからす 袖中抄に云国史には難波津に初て みをつくしをたつるよし也其年 いまだかんがへずと《割書:云々》 【同 下段】  元良親王(もとよしのみこ) わびぬれば  今(いま)はた おなじ 難波(なには)   なる 身(み)をつくし      ても あはむ    とぞ     思(をも)ふ 【頭部欄外の手書きの筆文字】 もとよしのみこ    しんのう■の文 【左丁 上段】 ○素性法師 俗名(そくめう)玄利(はるとし)又ハ 僐時(あきとき)ト云 良峯(よしみねの) 宗貞(むねさだ)ノ男(むすこ)也 遍昭(へんせう)のもとへゆき たれば法師(ほうし)の子は 法師こそよけれ とて出家(しゆつけ)にし 給ふよしやまと ものがたりに     見えたり 隔日恋 みか月のわれて  あひ見し   おもかけの 在明まてに  なりに    けるかな 【同 中段】 此哥の心は一夜の義にあらす初秋 の比より今こんといひしはかりの あることをさりともとまち〳〵て はや長月のあり明の比まで待出る かなといへりあはれふかし此哥は有明 の月をまち出つるかなといふを顕(あきら) 照(かなる)は一夜のこといへりていか卿の心は 又一ツなり月のいくよをかさねしと 初秋の時分よりはや秋もくれ月 も有明に成たると也他流当流の かはり目なり 祇注にありあけの月をまち出る心 よせはしとくしたる哥とぞ            云々 【同 下段】  素性法師(そせいほつし) 今(いま)こむと  いひし ばかり   に 長月(ながづき)   の 有明(ありあけ)の 月(つき)をまち  出(いて)つるかな 【右丁 上段】 ○文屋康秀 先祖(せんぞ)不(ず)_レ見(みへ)字(あざな)は文(ぶん) 琳(りん)縫殿助宗于(ぬひのすけむねゆきの) 男(むすこ)也 字(あざな)は琳(りん)といふなり それに文屋の文の 字(じ)をつけて文琳(ぶんりん)と いふなり儒者(じゆしや)にて ありしぞ 古伝(こでん)に曰(いはく)陽成院(やうせいいん) の御 時(とき)の人と《割書:云々》 任(にんず)_二 三河 丞(ぜうに)_一成は 中納言 朝康(ともやす)の 子と《割書:云々》 【同 中段】 此哥の心はあき風の吹からに草木の しほりはてゆくにしたがひてげにも山 風と書てあらしとよむもじは此とき より思ひ合たるなりむべはげにも也 元はこれさだの御子の家見哥合の 哥なりとあり古今の序に詞たくみ 成さかひにいへり説〳〵の多き哥也 木ごとに花ぞさきにけるを木へんに 毎の字をゝくゆへ梅の字の心といひ 山かふりに風書てあらしの字の心と いふ説あり用ひがたし只あらき風也 むべは宜応此字なりげにもといふ心也 康秀家集には野辺の草木と あり昔はあらしを秋に用ひたると也 それを勿論と思ひてのべの草木 とよみたり 【同 下段】  文屋康秀(ぶんやのやすひで) 吹(ふく)からに  秋(あき)の 草(くさ)  木(き)   の しほるれ     ば むべ   山風(やまかぜ)を あらしと    いふらん 【左丁 上段】 ○大江千里 伊予守(いよのかみ)正五位下  或(あるひは)従(じう)五位下 内(く) 蔵少允(らのせうぜう)  平城天皇(へいせいてんわう)  阿保親王(あほうしんわう)   在原行平(ありわらのゆきひら)   大江音人(おほえのおとふど)   在原業平(ありわらのなりひら)   千古(ちふる)《割書:従四位上|式部権大輔》   千里(ちさと)《割書:音人|五男》 【同 中段】 此哥の心は月をみればいろ〳〵の事共 おもわれてかぎりなきかなしさの身にま とひたるやうに思はるゝちゞとは千の字 なり秋は我みひとつのあきにはなけれ どゝいへる成べし又いわく日は陽の気 なればむかふに心の和するなり月は陰 の気なればうちながむるに心も すみあわれもすゝむものなりさればちゞ にものこそかなしけれといへりちゞにと いふはかずもかぎりもなくかなしけれと いへるを只千文選のかたちよみなり 此ちゞとおなじこゝろなり古今集 秋上詞書にこれさだのみこの家の哥 合の哥とあり其旨のいわく日は 陽の気なればむかふに心の和する也 【同 下段】  大江千里(おほえのちさと) 月(つき)みれば  千(ち)ゝ(ゞ)に もの こそ かなしけれ 我身(わがみ)  ひとつの 秋(あき)にはあらねど 【右丁 上段】 ○菅家 右大臣正三位右大将 贈大政大臣(ぞうだいじやうだいじん)正一位 天照太神(てんせうだいじん)第二 御子(おんこ) 天穂日命(あまのほひのみことの)苗裔(ひやうゑい)是(ぜ) 善公(せんこう)之(の)男(むすこ)也今之 北野(きたの)天神(てんじん)也 巨儒(こじゆ)而(にして) 詩文(しぶん)ニ達(たつ)シ然(しかも)哥文(うたふん) 子(し)ニ長(ちやう)シ給(たま)ヘリ元(けん) 慶(けい)六年 鄙海(ひかい)之 使(し) 者(しや)来(きたつ)テ諸儒(しよじゆ)ニ見(まみへ)又 使者(ししや)右大臣ノ詩藁(しこう)【豪の誤ヵ】 ヲ見(ミ)テ称(せう)シテ風製(ふうせい) 白楽天(はくらくてん)ニ似(に)タリト云(いひ) ケルト也 垂仁天皇(すいにんてんわうの)御宇(きよう)賜(たまふ)_二 土師臣姓(はじのしんのせうを)【一点脱】三世 孫身(そんしん) 臣(しん)仁徳天皇(にんとくてんわう)御宇 改(あらためて)賜(たまふ)_二土師連姓(はじのむらじのせうを)十一 世 孫(まご)古人(ふるひと)等天平 元年六月廿五日改 賜(たまふ)_二菅原姓(すがわらのしやうを)_一 【同 中段】 此哥の心は手向山へ御幸のとき供奉 にてよみ給ひし哥なり此たびは 御とものことなれはぬさもとりあへずと なりぬさとは神にさゝぐるへいはくのこと なり手向山にあるもみぢのにしきを そのまゝにたむけ奉るといへり神の まに〳〵とは神心にまかせ奉るといふ ことなり詞書にしゆしやく院のならにお はしましける時にたむけ山にてよみける とあり是は寛平の御時の御幸也此たび は旅の字といふ義もありその心たがふ べからずといへ共猶たひの字よく侍る なりぬさとは幣帛のこと也むかしは錦を以 てせしと也神のまに〳〵とは万葉に 随意とかけり神の御心のまゝにと         いふところなり 【同 下段】  菅家(かんけ) 此(この)たびは ぬさも  とり あへ   ず  手向山(たむけやま) 紅葉(もみぢ)の  にしき   神(かみ)のまに〳〵 【左丁 上段】 ○三条右大臣 定方(さたかた)内大臣(ないだいしん)高藤(たかふぢ)公 二 男(なん)母(はゝは)宮内大輔(ぐないのたゆふ)弥(いや) 益(ます)女(むすめ) 良門(よしかど)ー利基(としもと) 《割書:内舎人勸修寺家恒|閑院左大臣冬嗣六男》   高藤《割書:利基弟》   《割書:勸修寺内大臣》   定国(さだくに)《割書:泉大将》   定方(さだかた)《割書:右大臣左大将|三条右大臣》   兼輔(かねすけ)《割書:中納言》   惟正(これまさ)《割書:従五位下|刑部卿大輔》   為時(ためとき)《割書:従五位下》   紫式部(むらさきしきぶ)    《割書:源氏物語作者》 【同 中段】 此哥の心はあふ坂といふ名におへるならば やくそくをたがへずまことにくるよしもがな といへる也さねはしんじつの事也さねか づらつたの類也かづらといふよりくる とはゑんをとりたる也人にしられてと はかつらのしげみのいづれともしられぬ やうに忍びてくるよしもかなと願ひたる なり詞書に女のもとにつかはしけると《割書:云々》扨 さねかづらは是を引とるにしげみあるもの なればいづくよりくるとも見えぬものなり そのごとく我思ふ人も世にしらずしてくるよし もがなといへるなりさこ[ゝ]ろに思ひ出る のち中〳〵わびしきもこよなふ目さ ましかりける道しばの露の名残なり かしあふさかのさねかづらは人しれぬ御心 中ばかりにおぼしたえず 【同 下段】  三条右大臣(さんでうのうだいじん) 名(な)にし    おはゞ 逢坂山(あふさかやま)  の さね  かづら 人にし   られで くるよしもがな 【右丁 上段】 ○貞信公 忠平(たゞひら)《割書:拾遺ニ有》 《割書:小一条大政大臣|照宣公(せうせんこう)四男》  冬嗣(ふゆつぐ)   《割書:閑院左大臣》  良房(よしふさ)   《割書:忠仁公》  基綱(もとつな)   《割書:照宣公》   時平(ときひら)《割書:本院贈大政|大臣》   仲平(なかひら)《割書:枇杷左大臣》   兼平(かねひら)《割書:中納言宮内》   忠平(ただひら)  《割書:贈正一位摂政関白|五条大政大臣号小一条》    師輔(もろすけ)《割書:九条|右丞相》 【同 中段】 此哥の心はていしゐん大井川に御幸ありて 行幸もあるべき所と奏聞あらんと思召 てよませ給ひけると也おぐら山のもみ ぢ心もあらば今一たびのみゆき待つる までちりなくぞとあそばしたるなり 心なきものにむかひて心あらばといひたる皆 わかの心ざしにしてゆうなる情也詞書に ていしゐん大井川に御幸ありて行幸も ありぬへき所也と仰給ふに事のよしそう せんとて此哥を読りと云々うたの心は 御幸はすでにありとてものごとに散すして 行幸をまちつけよと也もみぢに たいしていへり心はあきらかなり大鏡に はもみぢの文も心あらばとあり 【同 下段】  貞信公(ていしんこう) をぐら山(やま)  峯(みね)の 紅葉(もみぢ)ば 心(こゝろ)  あらば いま一たび     の みゆき   またなん 【左丁 上段】 ○中納言兼輔 左中将(さちうせう)利基(としもとの)男(むすこ)号_二 堤中納言(つゝみちうなごん)【一点脱】左衛門 督(かみ)従三位 系図(けいづ)三条右大臣ノ 所ニ見(み)エタリ 承平(せうへい)三年五十七 歳(さい)ニテ薨(こうず) 引哥  月かけもけふ   みかのはら   浪にやとりせ    今しばし       見ん  都出て   けふみかのはら     いつみ川  かわ風さむみ    ころも     かせ       やま 【同 中段】 此哥の心は水のわくことく人を恋る 心のかきりはてなきをたとへていひ泉 川いづみきとてかとかさね河にいひながし たる也いつのほどに見聞てかくこひしとは 水のわくことく思ふらんとわれと我心を ことはりたるなりみかのはら泉川名所也 新古今にだいしらずとあり哥の心は あふてあはさるこひとまたいまだあはざ る恋との両様也わきてながるゝはいづみ の縁の字也いつみきといはんためなり 是も序哥也心はふかくみしやうの人の 今はたへはてゝ覚えぬばかりなり猶 おもひやまずこひわびてわがこゝろを せめていへるなり又一向にあひ見る事も なき人を年月へて思ひわび打かへしいつ あひ見たるまゝにて思へるぞと我心にいふ也。 【同 下段】  中納言(ちうなごん)兼輔(かねすけ) みかの原(はら)  わきて ながるゝ 泉(いづみ)  川(がは) いつみき   とてか 恋(こひ)しかるらん 【右丁 上段】 ○源宗于朝臣 一品(いつほん)式部卿(しきぶきやう)本康(もとやす) 親王(しんわう)一 男(なん)寛平(くわんへい)六 年正四位下又 三(さん) 光院(くわういん)御 説(せつ) ̄ニ云 光孝天皇(くわうこうてんわう)  是忠親王(これたゞしんわう)  宗于(むねゆき)  閑院(かんいん)  《割書:続古今作者》 かくのことく但(たゞし)帝王(ていわう) の系図(けいづ)に《振り仮名:不_レ載_レ之|これをのせず》 いかゞある説(せつ)に光孝 天皇 御孫(みまご)右京大夫 致正(むねまさの)子(こ)と《割書:云| 云》致 正又 帝王(ていわう)の系図(けいづ) にこれなしいかゞ 【同 中段】 此哥の心はおもてのまゝなり山ざと ながら春秋は花もみぢにたより有べき が冬はさう〳〵人めも草もかれぬといへる こと也さびしさは山里のもの成又とり わけ冬さびしさもまさるといひ人めくさ ともにかれたるとよせいかぎりなき也冬の 哥とてよめるとあり山は四時さひしき ものなり冬ぞの文字に心をつけ 次に山里はのはもじにこゝろをつく べしと三光院の御説なり ○季注山ざとはいつも人めなくさ びしきに冬は草までもかれて なをさびしさのまさるとなり  とふ人もあらしと思ひし山ざとに  花のたよりに人めみるかな 【同 下段】  源宗于朝臣(みなもとのむねゆきあそん) 山里(やまざと)は冬(ふゆ) ぞさび   しさ ま さり  ける 人めも草(くさ)     も かれぬと    思(おも)へば 【左丁 上段】 ○凡河内躬恒 古伝(こでん)ニ云 先祖(せんぞ) 《振り仮名:不_レ見|みへず》甲斐小目(かひのこもく) 御厨子所(みづしところ)預(あづかり) 延喜(ゑんき)七年正月 十三日 任(にんず)_二丹波掾(たんばのぜうに)_一 大目(たいもく)任(にんず)_二淡路掾(あはぢのぜうに)_一 祇注 行氏(ゆきうじの)孫(まご)諶 利子 凡(おふし)者姓也 又 甲斐小目(かひのこもく)良(よし) 高(たかの)子(こ)ト云云 古今集撰者(こきんしうせんじや)也 引哥 心あてに  わくとも   わかし  さくら花 ちりかふ     里の  春の   あは     ゆき 【同 中段】 此哥の心はしらきくの花に霜の おきわたしたるはいづれか霜ぞとまど ひたる也心あてにおらんよりほかなしと よみたり心あてはすいりやうにていへる ことばなり此哥しらきくのはなを よめるとありさておらばやをらんとは かさね詞也おらはおりもやせめといふ 場也いづれもあらましことなり菊 をも霜をもともにあひしたる哥也 はつ霜の初の字に力を入て見る哥 なり初霜をも未見ならはぬと也 ○季注に霜もきくも一色にしろ ければこれや花ならん心あてにおら ばやおらんさだかには見わけ          られぬとなり 【同 下段】  凡河内躬恒(おほちかうちのみつね) 心(こゝろ)あてに  おらばや おら  む 初霜(はつしも)の  をきまどは       せる しらぎくのはな 【右丁 上部】 ○壬生忠峯 壬生(みふ)すみてよむ なり杢介(もくのすけ)忠(たゞ) 衡(もりの)子(こ)泉大将(いづみたいしやう) 定国(さだくに)随身(ずいしん)右衛(うゑ) 門(もん)府生(ふしやう)御厨子(みづし) 所(ところ)定外 膳部(せんぶ) 摂津大目(せつつのだいもく) 暁の恋引哥 つれなさの  たぐひまて     やは つらからぬ  月をも   めでし  有明の空 あふと見る  なさけも    つらし  あかつきの 露のみふかき  夢の   わかれぢ 【同 中段】 此哥の心はとひゆけとも人のつれ なくてあはぬにさりともとをり つゞひくほいなくかへりたる心也有 明の月はつれなくのこり夜は明ぬ るにあはで別のつらさ是より暁はかり 世にうきものはなしとひとへに思ひたる さまなり此うた名誉のうた也 是はあふてじつなきこひなり扶(ふ) 桑葉林集とて百帖あるもの なりさがてんわう此かたの哥を あつめたるもの也それにはあはずして かへる恋とあり他流には逢て別るゝ恋 なり心は右の注共に明也まことに手 だてのおもしろき哥なるべし 【同 下段】  壬生忠峯(みぶのたゝみね) 有明(ありあけ)の つれなく 見え し 別(わかれ)より  暁(あかつき)   ばかり うき物(もの)はなし 【左丁 上段】 ○坂上是則 大内記(だいないき)従五位下 加賀介(かがのすけ)御書所預(こしよところあづかり) 坂上田村丸(さかのうへたむらまる)  広野(ひろの)  当常(まさつね)  好蔭(よしかげ)  是則(これのり)  望城(もちき)  《割書:後撰撰者|五人之内》 よるならは  月とそ   見まし  我やとの 庭白妙に  ふれる   しら    雪 【同 中段】 此哥の心はあかつきかたみよしのゝ山の くさ木をみれはあり明の月のやう に白〳〵とはつ雪のうす〳〵とふりたる をよめるてい也名所のはつ雪の題 にてあきらかに見えたり此うたの注 やまとの国にまかれるとき雪のふりける を見てよめるとありたてあさぼらけ は夜明行時分也朝旦朝朗明旦 いつれもあさほらけとよむ也里と ほめてはいわぬなりあり明の月空 になくてこゝにはかけのあるあひだ ちか〴〵とみてかくのことくよむ也 ○季注あけ方の月は影うすくして さすがに明白なれば雪のうすく ふりけるに見まがふなり 【同 下段】  坂上是則(さかのうへのこれのり) 朝(あさ)ぼらけ  有明(ありあけ)の 月(つき)  とみる  までに よし野(の)ゝ   さとに ふれるしら雪(ゆき) 【右丁 上段】 ○春道列樹 従五位下 雅楽頭(うたのかみ) 新名宿祢(にいなのすくね)之一男 文章博士(ぶんしやうのはかせ)正六位上 壱岐守(いきのかみ)出雲守(いづものかみ)  自問自答(しもんしたう)の哥  とていせ物かたりに  秋やくる   つゆや      まかふと   おもふまて  あるはなみたの   ふるにぞ     ありける 後撰集に  大井川風の   しからみ    かけて      けり  もみぢのいかだ   ゆきやらぬ      まで 【同 中段】 此哥の心は山河に風の木のはを多く ふきかけたるは水のしからみとなりて ながれもあへぬていなり風のかけたる しがらみは何ものぞと見れはなかれも あへぬもみぢ成けりとわれととひ われとこたへる哥のさまなり風のかけ たるがめづらし此うたの注しがの山ごえ にて読るとあり此五もじ山から川との ことに万葉にいへる有その時は河の字 をすむ也是はたゞ河の字にごるべし 木の葉のながれてせかれたるしがらみ といふにてはなし風のしがらみといへり 一説に北白川の滝のかたはらより上り てによいのみね越てしがへ出る道なり といへりあへぬは敢(かん)の字也敢は果也 とてながれもはてぬこゝろなり 【同 下段】  春道列樹(はるみちのつらき) やま川(がは)に 風(かぜ)の かけ  たる しがらみは   ながれも あへぬ   紅葉(もみぢ)なりけり 【左丁 上段】 ○紀友則 紀有友(きのありともの)子(こ)と云云 あるひは長谷雄卿(はせおきやう)の 末(すへ)と云云 有明(ありあきら)とあら たむると云云 孝元天皇(こうけんてんわう)  彦太忍信命(ひこふとをしまことのみこと)  《割書:此命ヨリ十六代ノ孫》  梶長(かぢなが)   《割書:中納言》  興道(おきみち)ー本道(もとみち)  名虎(なとら)ー有常(ありつね)  有友(ありとも)   友則(とものり)   女子   友則《割書:一本上|如此》  望行(もちゆき)《割書:宮内少輔》  貫之(つらゆき)《割書:従五位下土佐守|杢頭》   時文(ときふみ)《割書:内藏内能書|御撰五人ノ内》   女子《割書:典内侍》  宗庭(むねには)ー行広(ゆきひろ)  勝庭(かつには)《割書:古今作者》  承均《割書:同》 【同 中段】 此哥の心は雨風に花のちり侍ることは 申事なしかぜもふかでのと〳〵し 侍るに花のしづかにもなくちることの うらめしきといふことなりのどけき日 に何事ぞ花はいそかはしくちるといふ にてちるらんのはね字も聞えたる也何事 ぞと心を入て見侍るべし詞書にさくら の花のちるをよめるとあり為家卿に 此心は人の心か花の心かと人の尋ねし にいづれにてもしかるべしとこたへられしと なり花の心と見るがまされるなり うらのせとこたへられしとなり此哥花 ぞちりけるなどゝもあるへき所なるに ちるらんといへるにてれいらくすること をふかくおしむ心ありよく〳〵沈 吟すべし 【同 下段】  紀友則(きのとものり) 久(ひさ)かたの  ひかり のど  けき 春(はる)の日(ひ)に 賎心(しづこゝろ)なく  花(はな)のちるら       む 【右丁 上段】 ○藤原興風 ある説にいわく 下総権守(しもふさこんのかみ)正六位 上 治部少掾(ぢぶせう〴〵) 麿(まろ) 《割書:号 ̄ス_二京家贈大政大臣 ̄ト_一》  浜成(はまなり) 《割書:三木作_二和哥式 ̄ヲ_一》  永谷(ながたに) 《割書:従五位下皇后宮亮》  道成(みちなり) 《割書:正六位相模守》  興風(おきかぜ) 《割書:或説ニ興風ハ浜成ノ孫道成ノ子ト 云云》 【同 中段】 此哥は題しらずのうたなり我年老て 後いにしへよりさま〳〵になれにし人も あるひは此世にながらへたるもあり或は さきたちてとゞまるもありいろ〳〵に なりてたゞひとりのこりつゝ朋友の 心したるもなき時高砂の松こそい にしへより年たかきものなれど思ふに 此松もまた我むかしの友ならねばと うちなけきてたれをかもしる人に して心をものべんといへる心なり宗長 聞書にすへから五もしを心得べしと有 また高砂は山の総【惣】名なるべし しかれども高砂住江の松も相生のやう にとあればたしかに名所に見ても過ち あるまじきにや尾上のさくらさきに けりの高砂は此限にはあるべからずと也 【同 下段】  藤原興風(ふちはらのをきがせ)【「かぜ」とあるところ】 たれをかも  しる人に せむ 高(たか)  砂(さご)の 松(まつ)もむかしの  友(とも)なら     なくに 【左丁 上段】 ○紀貫之 古今集(こきんしう)にいわく 御書所(ごしよところ)之 預(あづかり) 新撰(しんせん)にいわく玄(げん) 番頭(ばのかみ)従五位(しうこいの)上 孝元天皇(こうげんてんわう)ノ御(おん) 末(すへ)紀望行(きのもちゆきが)子(こ)也 或(あるひ)ハ文幹(ぶんかんの)男(むすこ)云云 童名(わらべな)阿久曽(あくそ)  此哥の返歌 花たにも  おなじ    むかし      に  さくものを うへたる人の  こゝろ   しら    なむ 【同 中段】 此哥の心ははつせにもふてゝぬる度 ことやとりて久しくをとつれさりけれは あるしうらみけるにそこに有ける梅 をおりてよめる也その人の心のまこと いつわりはしらずまづ花はむかしの匂ひ にかわらずとよめるなりいざはしら ずと書たるなり詞書にはいせにまふ でつることにつらゆき家集にはむかし はつせにとあり古今にはつらゆき詞 をなをして入たりつらゆき宿坊に 中絶してきたりたるをあるじうら みてかくのごとし貫之はむかしはせの 観音の示現にまふけたる子也やがて くわんおんの夢想に内 坊と名付よと 有しによりてつらゆきわらべのとき はせにての名とせり 【同 下段】  紀貫之(きのつらゆき) 人はいざ    心(こゝろ)も しらず 故郷(ふるさと)   は 花(はな)ぞ  むかしの 香(か)に  にほひける 【右丁 上段】 ○清原深養父 先祖(せんぞ)《振り仮名:不_レ見|みへず》云云 一 説(せつ)ニ豊前守(ぶぜんのかみ) 房則(ふさのり)が男(むすこ)ト云云 一 説(せつ)ニ筑前守(ちくぜんのかみ) 海雄(かいをの)孫(まご)房則(ふさのりの) 子(コ)ト云云《振り仮名:可_レ尋|たつぬべき》也 従五位下(じうごいのけ)内匠允(たくみのぜう) 蔵人所(くらんどところの)雑色(ざうしき) 又曰 内藏頭(くらのかみ)云云 為家卿此哥を とりて  卯の花の   かきねは  雲の    いつこ      とて   あけぬる     月の    かげ     やとるらん 【同 中段】 此哥の心は夏のよのあけやすきになを 月をめであはれむ空のみじかさまだ宵 ながらあけたるやうにおもわるゝに月は 雲のいづこにやとりけんとをしみうらみ たるていなり誠にゆうにあはれなる 哥也詞書に月のおもしろかりける夜 あかつきがたによめるとあり心はたゞ夏 の夜のとりあへずあけぬるほとに月は いまだ半天にもあらんと見る月入ぬれ ばかくよめるたゞさへみじか夜なるを月 に向てはいよ〳〵みぢかく覚ゆべしそれを 又よひながら明ぬるとおさへていひたる おもしろしと也雲のいつことはかなら ずしも雲に用はなけれどもことば のかゝりにいえり 【同 下段】  清原深養父(きよはらのふかやぶ) 夏(なつ)のよは  まだ   よゐ ながら 明(あけ)  ぬる    を 雲(くも)の   いづこに  月(つき)やどるらん 【左丁 上段】 ○文屋朝康 先祖(せんぞ)《振り仮名:不_レ見|みへず》文(ぶん) 屋康秀(やのやすひでの)男(むすこ)云云 延喜(ゑんぎの)比之(ころの)人 ̄ト云 延喜二年 任(にんず)_二 大舎人允(おほとねりのすけ) ̄ニ_一云云 伊勢此哥の引哥 あをやきの  枝にかゝれる    春雨は  糸もて   ぬける  玉かとぞ     見る 【同 中段】 此哥の心はあきのゝのえもいはれぬ 千ぐさの花のうへにおきたる露を風 の吹しきたればちりみだれたるさま つらぬかぬ玉のごとく也とよめる也めで あはれむ心のたへにしてことのはのゆう にまことなるものなり此風のふきしくは しきりにあらき風なりこの哥は別に 心なし当意の風吹たるけいき也 つらぬきとめぬとは玉をば糸にて つらぬくものなればこれをぬきみだ しかといへる心なり総【惣】のこゝろは秋 の所せきまでおきみちたる露の おもしろきなり ○季注につらぬきとめんとするとも 風つよく急に散ゆへ         とまらぬなり 【同 下段】  文屋朝康(ぶんやのあさやす) しら露(つゆ)に  かぜの 吹(ふき)し   く 秋(あき)の野は つらぬき   とめぬ 玉(たま)ぞちりける 【右丁 上段】 ○右近 右近少将(うこんせう〳〵)藤(とう)ノ 季縄(すへつな)【「なは」の誤】ノ女(むすめ)此 季(すへ) 縄(つな)【ママ】ヲ号(こう)_二ス交野(かたのゝ) 少将(しやう〳〵と)_一  女のうたおもしろ  きとて定家卿  の哥に  身を    すてゝ   人のいのち        を   をしめとも    ありし     ちかひ        の   おぼえ      やは      せん 【同 中段】 此哥の心はわすられはつる我身 をば思はすしてちかひをかけてかは らじわすれしといひし人のいのち の神のたゝりにて死なんこそおしく かなしけれと読たる也又ある注に たゞ人の千々のやしろを引かけて もし心かはらばいのちもたへなんと ちかひたる人のへんじたる時に読り 心はあきらかなり但かくちぎれる 人のかはり行をばうらみずして猶 その人のいのちをおもふ心もつとも あはれふかきうた成べし ○季注わすらるゝつらさはおもはず してあだ人の身の上を猶おもふ ことよとわがこゝろの       はかなきを云たるか 【同 下段】  右近(うこん) 忘(わす)ら  るゝ 身(み)をば 思(をも)はず ちかひ  てし 人の命(いのち)の おしくも  あるかな 【左丁 上段】 ○参議等 美濃守(みのゝかみ)左中弁(さちうべん) 勘解由(かげゆ)長官(ちやうぐわん) 天暦(てんりやく)五年三月十日 薨(かうず)七十二 歳(さい) 嵯峨天皇(さがのてんわう)  弘(ひろむ)  《割書:広橋大納言|正三位賜源姓》  希(ねかふ)  《割書:中納言従三位》  等(ひとし)  《割書:右大弁|頭三木正四位下》  済(わたす)  《割書:従四位下淡路守》 【同 中段】 此哥の心はあさぢふはおのをいはんため しのはらへしのぶといはんためなり かやうにしのぶとは思へともいかでか あまりてものをおもふよしの人めに みへ侍らんと心ならぬをもひをいひ のべたるなり是も序哥也あさぢふ の小野ゝ名所にあらずうたの心は 忍へとも〳〵あまりてといふ心也たゞわが こひもそのごとくにつゝむとすれともめ にもあまりて見ゆるぞとなり我心 にしのぶとしりたらばなど心に余り てはこひしきぞとなりなとかと我 心にとがめていへる哥なり思ふには忍 る事のまくるならひにてしのべども〳〵 猶こひしき也かやうにやすく聞ゆる 哥をばなを〳〵あちはふべきなり 【同 下段】  参議等(さんぎひとし) あさぢふの  をのゝ しの原(はら) 忍(しの)ぶ  れと あまり   て などか  人の恋(こひ)しき 【右丁 上段】 ○平兼盛 従五位(じうごゐ)駿河守(するがのかみ) 光孝天皇(くわうかうてんわう)  是忠親王(これたゞしんわう)  興雅王(おきまさわう)  篤行(あつゆき)  兼盛(かねもり)  赤染右衛門(あかそめゑもん)   《割書:上東門院女房》 後撰集(ごせんしう)には 兼盛王(かねもりあふきみ)とあり 袋双紙(ふくろざうし)に天暦(てんりやく) の比(ころ)より平(たいら)の 姓(しやう)にかへるよし あり 【同 中段】 此哥の心は人にしられしとしのぶ〳〵 とおもへとも忍びあまりてはやもの おもひをするやと人もとふまで色に 出けりとよめるなりてんとくの哥 合のうたなりうたの義はあきらか也 心を守る事城くわくのことくなりと いへりしかればずいふん我はしのぶと 思ひしを人の不審するに付てさほど まで思ひよはれるを心にうちなげきて いへるもつともあはれふかし宗長聞書に 年月ふる心を下にもたせたるなり おもひよれるさまを人にとがめられてお どろくなり ○季吟のいわくいろに出にけりと いふにてさてもいろに出けるよと      おどろくていに聞えたり 【同 下段】  平兼盛(たいらのかねもり) 忍(しの)ぶれど   いろに 出(いで)に  けり 我恋(わがこひ)は  ものや   思(おも)ふと 人(ひと)の   とふまで 【左丁 上段】 ○壬生忠見 本名(ほんみやう)忠実(たゞさね) 忠峯(たゞみねの)男(むすこ)云云 天徳(てんとく)二年 任(にんす)摂津大目(せつつのさくわんに) 沙石集(させきしう)にいわく 天徳(てんとく)の御哥合 の時 兼盛(かねもり)忠見(たゞみ) 左右につかひて けり初恋(はつこひ)といふ 題を給はりて忠見 秀哥(しうか)よみ出したり といひて兼盛も いかで是ほどの哥 よむへきと思ひける 恋すてふ我名は まだき立にけり ー扨(さて)既(すで)に御前に て判せられけるに かねもりが哥に つゝめともいろに出 けり我恋はー 共に秀哥なり 【同 中段】 此哥の心はこひすてふはこひすれば也 またき名のたつははやく名のたちける 事よ人はよもしらじと忍びたるに我 をもほへずその色にも見えけるとなり 天徳の哥合に前のうたとつゞひたる 哥なり祇注にいわくをくのうたは すこしまさりけるよしをいえり 誠にことばづかひ比類なきものなり またきははやきなり詠哥一体には まへのうたを猶ほめたり此うたも 心はまへの哥にをなじくとあり ○季吟のいわくおもひそめしより ほとなくはや名の立ける事かな人 しれすおもひ初しかどもをもひの ふかきゆへにはやあらはれたる           こゝろきこゆ 【同 下段】  壬生忠見(みぶのたゞみ) 恋(こひ)すてふ  我名(わがな)は まだき たち  にけり 人しれず    こそ 思日(おもひ)そめしが 【右丁 上部】 ○清原元輔 肥後守(ひごのかみ)従五位(しうごい) 上(じやう)深養父(ふかやぶの)孫(まご) 泰光(やすみつの)男(むすこ) ̄ト云 イ ̄ニ顕忠(あきたゞ)母(はゝ)ハ筑前(ちくぜんの) 守(かみ)高向利生(たかむかふとしなり)女(むすめ)  君をおきて  あだし心を   我もたは    すゑの     松山      浪も       越        なん  松山と   ちぎりし     人は    つれ      なく        て  浪越す   袖に    やどる     月かけ 【同 中段】 此哥の心はすえの松山は奥州の名所 なり君をおきてあだし心を我もたは すへの松山波もこへなんといふ本哥 よりよみたる也かたみとはたがひの ことなり此哥本縁この山を浪の こへん時我ちぎりはかはらんといひし ことありこと〳〵くみなそれにて よめり心はさてもあだにかくかはる ものを互に袖をしぼりて松こさ じとちぎりけるよとすこしはぢ しむるやうにいへるこゝろなり 又かはるをは中〳〵うらみずして仇なる 人としり侍らばちきらしものをと歎心也 ○季吟のいわくかく変するをしら ずちぎりきなとはかなきわが心 をとがむるなり 【同 下段】  清原元輔(きよはらのもとすけ) ちぎり  きな かた  みに 袖を  しぼり     つゝ 末(すへ)の松山(まつやま)  波(なみ)こさじとは 【左丁 上段】 ○権中納言敦忠 時平公(ときひらこう)三 男(なん)母(はゝ)ハ筑(ちく) 前守(せんかみ)在原棟梁(ありわらのとうりやうの)女 敦忠(あつたゝ)《振り仮名:実ハ|じつハ》国経(くにつねの)子(こ) ̄ト 云云 母(はゝ)始(はしめ)ハ為(なる)_二国経(くにつねの) 御妻(おんつま) ̄ト【一点脱】後(のち)ニ嫁(かす)_二時平(しへい) 公(こう) ̄ニ_一依(よつて)実(じつ)ハ国経(くにつねの)子(こ)《割書:云|云》 忠仁公(ちうにんこう)ー《割書:国経(くにつね)|昭宣公(せうせんこう)》  敦忠(あつたゞ)  時平(ときひら)  貞信公(ていしんこう) 拾遺第八雑上云 権中納言敦忠か西 坂本の山庄の跡の 岩にいせか書付ける おとは川せき   入ておとす   滝つせに 人の心に(の)   見えも    する哉 【同 中段】 此哥の心は君をおもひそめてより たゞ一すじにあひ見まくほしとのみ なげきつるが一よあひてはわかれ のあしたよりあわぬむかしとわかれ て後のうさをくらぶれは中〳〵む かしはものをも思はぬやうに思はれ 猶思ひのましたる心也又はしのぶと いふ事のくはゝるほどにあはさりし さきはものおもふまてもなかりしと也 またおもひのきざしてはかたちをも 見ばやと思ふおもかけをみては詞 を通ぜんとおもひし也拾遺集第 十二恋に題しらすとあり此うた やすく聞えたれともその心ふかき うたなり 【同 下段】  権中納言敦忠(ごんちうなごんあつたゞ) あひみて    の のちの  心(こゝろ)に  くら ぶれば  むかしは   ものも 思(おも)は   ざり     けり 【右丁 上段】 ○中納言朝忠 従二位中納言 号(ごうす)_二土御門(つちみかどゝ)_一 中 納言右衛門 督(のすけ) 母中納言 山蔭(やまかげ) 女 内大臣(ないだいじん)高藤(たかふぢ)  定国(さだくに)《割書:泉大将》  定房(さだふさ)《割書:三条右大臣》  朝忠(ともたゞ)《割書:従三位|中納言》  朝頼(ともより)   《割書:勸修寺当流》  たぐへやる   我たましゐを    いかにして  はかなき    空に  もて  はなるらん 【同 中段】 此うたの心はあふといふことの世の中に たへてなきことならは中〳〵によからん しからば人もうらめしくおもふともなく 身をうらむる事もなからんあひみる といふことのあるゆへにものを思ふと あらぬことにこゝろをよせておもひ あまりたるつらさをいひ出せりこれ はあふてあはざるこひのこゝろ にてよめり心をつくしきて のことなり世の中にたへてさくらの なかりせは人の心はといひたる同意 なり中〳〵といふ事只はいらぬ也 ○季吟のいわく一義はつかにも逢 まほしき本意なるをかくかれ〳〵に なる思ひの切なれは中〳〵始にあふ 事の絶てなくはうらみもあらしと也 【同 下段】  中納言(ちうなごん)朝忠(あさたゞ) あふことの  たえてし なくは 中(なか)〳〵    に 人をも  身(み)をも うらみざら     まし 【左丁 上段】 ○謙徳公 一条摂政(いちでうせつしやう)伊尹公(これまさこう) 九条(くてう)右丞相(うせう〴〵)師輔(もろすけ) 公(こうの)一男 母(はゝは)武蔵守(むさしのかみ) 経邦(つねくに)女 天禄(てんろく)三十 二 薨(こうす)三十九 歳(さい)此 公 御撰集(ごせんしう)ヲ撰(ゑらば)レ シ時(とき)蔵人少将(くらんどせう〳〵)ニ テ和哥所(わかところ)ノ奉行(ぶきやう) 也謙徳公ハ謚名(をくりな) 也大政大臣ノ当官(たうくわん) ニテ薨(こうじ)タル人必(かなら)ス 在(あり)_レ之(これ)一 国(こく)封(ふう)セラル 仍(よつて)中古(ちうこ)以来(いらい)無(なし)_レ之(これ) 必 薨(こう)スル時(とき)辞退(じたい) スルナリ 貞信公(ていしんこう)  師輔(もろすけ)《割書:九条右少将》  伊尹(これまさ)《割書:摂政》  義孝(よしたか)《割書:従五位下|春宮亮》  行成(かうせい)《割書:権大納言》 三 蹟(せき)之内 号(こうす)_二権蹟(ごんせきと)_一 【同 中段】 此哥の心はあはれ共いふべき人は うつゝなくかはりはてぬればいふに たらずわきにも人のしりてあはれ むものもなけれはたゝ我みのいた つらに何の事ともなしにならんより とてはくちをしき身のはてかなと よめる哥なり詞書にものいひ ける女の後につれなく侍りて 更にあわず侍りければとあり 此いふへき人はおもほえでとはくがいの 他人をさしていへり我思ふあひてを はいふにたらざることなるべし ○季吟のいわく此人は世間の人と 聞ゆれど底はつれなき人なるべし 【同 下段】  謙徳公(けんとくこう) あはれ   とも いふべき  人は おもほ  えで 身(み)の   いたづらに  なりぬべき哉 【右丁 上段】 ○曽祢好忠 先祖(せんぞ)不(ず)_レ見(みへ) 寛和(くわんわ)之(の)比(ころ)人 ̄ト云云 任(にんず)_二丹波掾(たんばのせう) ̄ニ_一云云 仍(よつて)号(こうす)_二曽丹(そたんと)_一 新古 紀の国やゆらの  みなとに   ひろふてふ 玉さかに  だにあひ  みてしかな  引哥  梶をたえ   いのちも    たゆと  しらせはや   なみたの    うらに   しづむ     舟人 【同 中段】 此哥の心は我こひのみちのいひ よるべきたよりもなくさながら おもひすてられずつもり つもれる思ひはゆくへもしらぬ なり由良のとをわたる船人 のかぢをたちたることくなりと たとへたるなり由良の湊は 紀伊国也玄旨のいわくこの 由良のとは浪のあらき所なるべし 心は大海をわたる舟のかぢなからん はたよりをうしなふべき事也其 舟のことくわが恋ぢのたのむ たよりなく行えもしらぬよ しなり 【同 下段】  曽祢好忠(そねのよしたゞ) ゆらのとを   わたる 舟人(ふなびと) かぢ  を  たえ 行衛(ゆくえ)も  しらぬ 恋(こひ)の道(みち)かな 【左丁 上段】 ○恵慶法師 ゑきやうほうし とよむべし 先祖(せんぞ)不)(ず)_レ見(みへ) 寛和(くわんわ)比(ころ)之(の)人(ひと) 播磨国(はりまのくにの)講師(こうし) 家集(いへのしう)ニ有 続古今  中務卿親王 人とはむ  むくらの   やどの    月かげ       に つゆこそ   みえね  秋かせ     そ    ふく 【同 中段】 此哥の心はかやうに八重むぐらの やどながら秋はかならす〳〵とひ くるとなりついに人はかやうの 宿はとはずとなりむぐらのやどは かたにも秋のものなり宗祇云 詞書にてこゝろはあきらかに きこへ侍れど往古とほるのおとゞ の□【「さ」ヵ】かえも夢のやうにてむかし わすれぬ秋のみかへる心をあはれと うちことはりたるさまたぐひなく やよく〳〵河原院のむかしをおもひ つゞけて此哥をば見侍るべきとぞ ○季注むぐらのやどのさびしきに 人こそとはざらめあまつさへ秋さへ きにけりとなり 【同 下段】  恵慶法師(ゑけうほうし) 八重(やえ)むぐら  しげれる 宿(やど)の さび  し   き    に 人こそ   見えね  秋はきにけり 【右丁 上段】 ○源重之 兼信(かねのぶの)子(こ)叔父(おぢ)兼(かね) 忠(たゞの)為(なる)_レ子(こと)云云 清和天皇(せいわてんわう)  《割書:号四品閑院》  貞元親王(さだもとしんわう) 《割書:三木治部卿 正四位下|賜源姓》   兼忠(かねたゞ)  《割書:三河守侍従賜源姓》   兼信(かねのふ) 《割書:右馬介 従五位下》   重之(しけゆき) 《割書:相模守》    《割書:冷泉院方々時|帯刀》 待賢門院堀川 あらいその  岩に   くだくる   なみ    なれや つれなき   人に    かへ【ママ】る   こゝろは 【同 中段】 此哥の心は万葉のうたに山ぶしの こしにつけたるほらのかいをづ〳〵とし て岩にあてゝくだけてものを思ふ ころかなといふ本哥をとりされば つれなきは岩ほのことくいくたび なみの思ひかくれともちり〴〵に くだくる也我つれなき人をみて 恋せむとはなけれどもおのづから ものを思ふなり ○季注にいわく一儀おのれのみは 世間に    わればかり心折を      くだきて       ものおもふと           なり 【同 下段】  源重之(みなもとのしけゆき) 風(かぜ)をいたみ  岩(いわ)うつ 波(なみ)の をのれ   のみ くだけ    て  物(もの)を思(おも)ふ     比(ころ)かな 【左丁 上段】 ○大中臣能宣朝臣 祭主(さいしゆ) 祭主 頼基(よりもとの)男(むすこ) 天児屋根(あまつこやね)  常盤大連公(ときはのおほむらじのきみ)  可多能(かたの)大連公  国子(くにこの)大連公  国足(くにたる)  意美麿(いみまる)  清麿(きよまろ)  今麿(いままろ) 常麿(つねまろ)ー岡良(おかよし) 輔道(すけみち)ー頼基(よりもと) 能宣(よしのぶ)ー輔親(すけちか) 輔経(すけつね) 伊勢太輔(いせのたゆふ) 【同 中段】 此哥の心はみかきもりとは大門の かゞり火のやく人也衛士とはゑ もんつかさなり此ゑしがたく火 も夜ばかりものをおもふよし なり昼夜のものおもひをはよ めるうたなりゑじのたく火のやう によるはもえてと字をくはえて心 えべきなり其旨のいはく衛士 は左衛門の下につかふ士なり左衛門 は外衛の御垣をまもるなり 心は吾人目をよぐる故にひるは 火のきゆるやうなれどもよるは またもゆるとなり 宗祇のいわくひるはきゆるおもひ を休したるさまなり 【同 下段】  大中臣能宣(おほなかとみよしのぶの)朝臣(あつそん) みかきもり  衛士(ゑじ)のたく   火(ひ)の よるは  もえ ひるは   消(きへ)つゝ ものを    こそ思え 【右丁 上段】 ○藤原義孝 右少将(うせう〳〵)従五位下(じゆごいのげ) 謙徳公(けんとくこうの)三男(さんなん)号(ごうす)_二 後少将(ごせう〳〵と)_一母(はゝ)中務(なかつかさ) 卿(きやう)代明親王(たいめいしんわうの)女(むすめ) 元享釈書(けんかうしやくしよ)曰 羽(う) 林次将(りんじしやう)藤原義(ふぢわらのよし) 孝(たか)者(は)大師(だいし)謙(けん) 徳公(とくこう)第四子(だいしのこ)也(なり) 朝事(てうじの)隙(ひまに)誦(じゆす)_二法花(ほうけを)_一 永(ながく)絶(たへ)_二腥葷(せいきんを)_一 天暦(てんりやく) 二年 秋(あき)染(いたむ)_レ病(やまひを) 誦(じゆして)_二方便品(ほうべんほんを)_一而 逝(せい) 去(きよす)下略  西行法師 新古  逢までの   いのちも     かなと      おもひしは くやしかりける   わがこゝろかな 【同 中段】 此哥の心は後朝の哥なり逢ぬほどは いのちにもかへてあひたくおもひしに命 あれはこそあひたるらん今はなをい のちをしきよしなり尤あはれふかゝ るべし心は大かたにあきらかなれども 思ひけるかなといへる詞に見所あり 人を思ふ心の切なるまゝにわが心の いつしかながくも思ひ侍ることもと云 所をよく見侍るべきとぞ此哉をば かへるかなといふなり又ぬる哉といふは 過去の心有けるかなは当うたの心也 ○季注にいわくきのふまであひにし かへばとおもひし命の一夜あふ てけふはまた逢までのいのちをお もふ事一しほふかきこひなる            べし 【同 下段】  藤原義孝(ふぢわらよしたか) 君(きみ)がため  おしから ざりし いのち    さへ ながくも  がなと思日(おもひ)      ぬる哉 【左丁 上段】 ○藤原実方朝臣 右中将(うちうぜう)正四位下 陸奥守(むつのかみ) 貞信公(ていしんこう)  師尹(もろまさ)《割書:小一条左大臣|従一位》  定時(さだとき)《割書:従五位下|哥人》 《割書:長徳四年十一月十一日》  実方(さねかた)《割書: |於_二任国_一卒》 下野国いぶき山也 能因法師 あぢきなや  いぶきの山の   さしもぐさ  おのが     思ひに   みをこがし       つゝ 【同 中段】 此哥の心はかくとたにはかくともえ云 出しゑぬといふ事也さしもぐさとは ゑもぎの事也まことに身に火を付て かんにんして侍るほどの事なれども終に いわぬは此心を人もしるましきなり 此実方は行成と同時の殿上人にて 口論をして行成の冠を笏にてうち おとされしをさらぬていにて冠を着 かみかき合色をもそこなはずして しらけて立けり主上此事を御覧せら れて実方をは哥枕見て参れとて 陸奥守になして遣はされしと也 ○季注己か思ひに身をこがしつゝと云身 をや焼らんと云哥によりて読りされ 共さしも草さしもとうけもゆるおも火 と云にてよく聞へ侍はなり 【同 下段】  藤原実方朝臣(ふぢわらのさねかたのあそん) 閑(か)くとだ    に えやは いぶ き  の さしも草(ぐさ) さしもしら     じな もゆる思(おも)ひを 【右丁 上段】 ○藤原道信朝臣 恒徳公(かうとくこうの)四男(しなん)母(はゝ)ハ 謙徳公(けんとくこう)女(むすめ) 師輔(もろすけ)《割書:九条右丞相》  恒徳公(かうとくこう) 《割書:師輔九男母経邦女》  道信(みちのぶ) 《割書:左中将従四位上|正暦五年卒|    廿三歳》 拾遺  いつしかとくれを   まつ間の     大そらは  くもるさへこそ   うれしかりける 万葉  うば玉のこの   よなあけそ     明ゆかば  あさゆく君を   まてば    くるし      きに 【同 中段】 此哥の心は後のあしたの哥なり あけて暮侍るべきはしりたれとも 人にあはんことのかたければ猶うら めしき朝ぼらけとは読し也後 拾遺第十二恋に【「二」の誤ヵ】詞書に女のもと より雪のふり侍る日かへりて遣し けるとありて哥二首ならびて 入けるかへるさの道やはかはるかはら ねととくるにまどふ今朝のあは ゆき今一首はあけぬればの うた也しりながらといへるに深き 心侍るあけぬればくるゝ理を       しらぬならはと          いふなり 【同 下段】  藤原道信朝臣(ふぢわらのみちのぶのあそん) 明(あけ)ぬれば  くるゝ ものとは しり  ながら 猶(なを)うら  めしき 朝(あさ)ぼらけ    かな 【左丁 上段】 ○右大将道綱母 藤原倫寧(ふぢわらのともやすの)女(むすめ)東(ひかし) 三条入道 関白(くわんばく) 兼家公(かねいへこうの)室(しつ)本朝(ほんてう) 古今(ここん)之(の)美人(ひじん)三人 之 内(うち)也 道綱(みちつな)ハ 九条 右丞相(うせう〴〵)師(もろ) 輔公(すけこうの)孫(まご)兼家公(かねいへこう) 之三 男(なん)也 師輔(もろすけ)  兼家(かねいへ)  道隆(みちたか)  道兼(みちかね)  道長(みちなが)  道綱(みちつな) 【同 中段】 此哥の心はこの所へ関白大臣かよ はれしに戸などおそく明侍り ければ恨みられしこと也そなた にはいつもふたり侍りて我方へは まれに問侍なりいつもひとりね てのみ明やらぬこといかばかりならん 今戸ちとをそくあけらるゝを さへ恨給ひけるよといへる哥也 拾遺集第十四恋四詞書に入道 まかりたるに門をおそくあけゝれ ば読て出しけるとあり五文字 あさる【ママ】見るべからず待わつらひ給ふ なるをなげきつゝひとりぬるよ の明るまはいかばかりひさしき ものとうらむるていなり 【同 下段】  右大将道綱(うたいしやうみちつなの)母(はゝ) なけ   き  つゝ ひとり  ぬる   よの あくる  まは いかに久し      き 物(もの)とかは    しる 【右丁 上段】 ○儀同三司母 高階(たかしな)《割書:後拾遺有》 作者部類(さくしやぶるい)ニ曰 従三 位(ゐ)成忠(なりたゞの)女(むすめ) 掌侍(しやうし)貴子(きし)号(かうす)_二 高内侍(かうのないしと)【一点脱】中関(なかのくわん) 白(ばく)道隆公(みちたかこうの)室(しつ) 也 儀同三司(ぎとうさんし)伊(い) 周公(しうこうの)母(はゝ)也 伊周公 長徳(てうとく)二年二月廿 四日 有(ありと)_レ事(まつりこと)左遷(させんす)_二【迁は俗字】太(だ) 宰府(ざいふに)_一同三年四 月三日 帰京(ききやうす)号(こうす)_二 帥内大臣(そつのないだいじん)儀同(きとう) 三司(さんし)【一点脱】私曰儀同 三司ハ三 公(こう)ニ准(じゆん) スル義ナリト云云 【同 中段】 此哥の心はある人のかたへ通れしに 男の心さだまらざれば今おはるゝ とき命もきへばはとなりあかれて 後くへてもかいなしと也新古今集 恋哥に巻頭にありことば書に 中の関白通そめ侍る比とあり 踏雪の云哥の心はいくとせをふる ともわすれしとはいふ共世間のあり さま反じやすき習なれはわすれし とは思ひ給ふべけれとわすれずに ある事はかたきものなれはわすら れたる時うき物思ひをせんよりはと也 ○季注に忘るらんと思ふ心のうた がひにありしよりけにものぞ          かなしき 【同 下段】  儀同三司(ぎどうさんしの)母(はゝ) 忘(わす)れ  じ  の 行末(ゆくすへ) までは かた  ければ けふを  かぎり    の 命(いのち)  ともがな 【左丁 上段】 ○大納言公任 権(ごん)大納言正二位 別当(へつとう)号(ごうす)_二 四条(しでう)大 納言 ̄ト_一 広義公(ひろよしこう)関白(くわんばく)太(だい) 政大臣(じやうたいしん)頼忠(よりたゞの)一 男(なん)母(はゝは)代明親王(たいめいしんわうの) 女(むすめ)也(なり)和漢朗詠(わかんらうゑい)拾(しう) 遺抄(いしやう)ナトヲ撰(せん)シ 給ヘリ能書(のうしよ)ニシテ和(わ) 漢(かん)ノ才人(さいじん)也(なり) 引哥  行すへを   思ふも     かなし  津の国の   なからの    はしも   名のみ    なり     けり 【同 中段】 此哥の心はむかし大かく寺に滝の 侍りける此寺へ見にまかりければ はやその滝はたへ侍りたれ共名のみ はよにもなかれ聞へけると也昔 の滝殿ありし也大学寺もとは学 問せし所也後に覚の字に改る と云云其旨の云心は此滝殿さ しもいかめしく作れりあとのふり はへてさひしきさまを詠つゝ思 ひ入てよめる哥なり ○季注に聞伝ふる人もなき跡は おのづからあはれもとゞまらす埋 もれぬ名の残るにてむかしの しのばれぬる感情をもよほ すことなり 【同 下段】  大納言公任(だいなごんきんたう) 滝(たき)の音(をと)は たえて 久(ひさ)しく 成(なり)ぬれど 名(な)こそ  ながれて 猶(なを)き   こえけれ 【右丁 上部】 ○和泉式部 上東門院(じやうとうもんいん)の女房(にようぼう) 大江雅致(おゝえのまさたかゝ)女(むすめ)母(はゝ)は越(ゑつ) 中守(ちうのかみ)保衡(やすひら)が女 弁(べん) 内侍(のないし)と云々又 母(はゝ)は昌(しやう) 子(し)内親王(ないしんわう)御 乳母(めのと) と云 和泉守(いつみのかみ)道(みち) 貞(さだ)が妻(つま)となる故(ゆへに) 和泉式部(いつみ[し]きぶ)と云云 一 説(せつに)高遠(たかとを)大弐(たいに)正 二位 資高(すけたか)筑前(ちくせん) 守(のかみ)従四位下 女子(によし) 上東門院女房 号(ごうず)_二和泉式部 ̄ト_一母 越中守(ゑつちうのかみ)保衡(やすひら)女 性空上人よみて       やる くらきより  くらき道にて    入にける はるかにてらせ  山のはの      月 【同 中段】 此哥の心は御れいたゞならさりし とき我ともだちの方へよみおくりし うた也今をかぎりなれば此世 のほかの思ひ出に今一たび逢 侍りたきよし也いつみの守道貞 か妻となるさていつみ式部と云 詞書に心ち例ならず侍りける ころ人のもとに遣はしけると有 心はかく打たへて問れぬ身に命 のほども久しからぬ世になり ぬれば逢ずしてはてなんとなり ○季注に今生の思ひ出ははや命 も程あらしなくれ恋しき人にせ めて今一たびあひて来生の 思ひ出もかなとなり 【同 下段】  和泉式部(いづみしきぶ) あら  ざらん 此世(このよ)の ほかの 思日(おもひ)   出(で)に 今(いま)一 度(たび)   の あふ  ことも    がな 【左丁 上段】 ○紫式部 母(はゝは)常陸介(ひたちのすけ)摂津(せつつの) 守(かみ)藤原為信(ふぢわらのためのふの)女(むすめ) 上東門院(じやうとうもんいんの)女房(にようぼう) 或(あるいは)鷹司殿(たかつかさとの)女房 閑院左大臣(かんいんさだいしん)   冬嗣公(ふゆつぐこう)六男  良門(よしかど)   利基(としもと)   高藤(たかふぢ)    兼輔(かねすけ)    惟正(これまさ)    為時(ためとき)    紫式部(むらさきしきぶ)     《割書:源氏物語作者》    兼茂(かねもち)    女子 【同 中段】 此哥の心はたび立てはる〴〵有て かへりきたり侍るに我見なれし とものいまだそれ共みもわかぬに かくれ侍りし事を雲かくれにし 夜半の月にはよそへよめる哥也 玄旨法印の抄に人に逢てやがて わかれたるさまさながら月のごとく なりとよめり人を月にたとへ ていへる詞づかひぼんりよの及 所にあらず詞書の月にきほふ とはあらそふ心なるべし侍りは やくよりとははじめよりと       いふ義もあり 【同 下段】  紫式部(むらさきしきぶ) めぐり  あひ    て 見し  や それ  とも わかぬ  まに 雲かくれ  にしよはの   月(つき)かな 【右丁 上段】 ○大弐三位 右衛門佐(うゑもんのすけ)宣孝(のふたか)女(むすめ) 母(はゝは)紫式部(むらさきしきぶ)後(のち)一 条(てう) 院(いん)御 乳母(めのと) ̄ト云云 大弐(だいに)成平(なりひらの)妻(つま)タリ 故 ̄ニ号_二大弐三位 ̄ト【一点脱】云云 高藤(たかふぢ)  定方(さたかた)  朝頼(ともより)  為輔(ためすけ)  宣孝(のぶたか)  女子《割書:賢子大弐|三位》   狭衣作者 【同 中段】 此哥の心はありま山はいなのさゝはら をいはんための枕詞なり我忍び ける比いまだその人をわすれたま わずやととひければいかでか左様 にはやく忘れ侍るべきといへる うたなりかれ〴〵なるおとこの おほつかなくなんと云たりけるに よめるとありこれは序哥也いで そよといわんためいなのさゝはら 風ふけばと云へり ○季注に曰いでそよわすれやはする といふ所に人はさしもわすれやす らんわれはさやうにはわすれず といふ心言外にきこゆ 【同 下段】  大弐三位(だいにのさんみ) 有馬(ありま)   山(やま) ゐなの さゝ原(はら) かぜ ふけ   ば いで  そよ 人を忘(わす)れ やはする 【左丁 上段】 ○赤染衛門 上東門院(しやうとうもんいん)女房 或 鷹司殿(たかつかさとの)女房 一説 ̄ニ 光孝天皇(くわうこうてんわう)  是忠親王(これたゝしんわう)  平等行(たいらのあつゆき)  平 兼盛(かねもり)  赤染衛門(あかそめえもん)  妹《割書:中関白密道|ノ人ナリ》   此哥ノ詞書 ̄ニ有 或(あるひは)大隅守(をゝすみのかみ)時用(ときもち) ̄ノ女 江記云赤染ハ赤 染 ̄ノ時用ノ女ナリ 依(よつて)_レ歴(ふるに)_二右衛門 志(し) 府(ふ)等(とうを)_一号 ̄ス_二赤染右 衛門 ̄ト_一実兼盛ノ 女ナリ 【同 中段】 此哥の心はこうくわいしたるうた也 ある人かならずといひてとはざり けれは心のほどをみへ侍りぬる ことこうくわいの哥なりされば これは女の哥なれはにあひ侍ると なりおとこのうたならばかやう にはあるましくとなり玄旨法 印のいわくやすらはてねずして もしやとまちやすらひてこう     くわいしたるなり       やすらふはなを         予【豫】する心なり 【同 下段】  赤染衛門(あかぞめのゑもん) やすら   はで ねな まし  もの    を さよ  深(ふけ)て かたふく までの 月を   みしかな 【右丁 上段】 小式部内侍 和泉守(いつみのかみ)橘道貞(たちはなみちさだ) 女(むすめ)母ハ和泉式部 上東門院女房 橘諸兄公(たちはなのもろえこう)十一世 ○仲遠(なかとを)  道貞(みちさだ)  小式部内侍(こしきぶのないし) 新続拾 夏くさは  しけりに   けりな    大江山 越ていくのゝ  道見えぬ    まて 【同 中段】 此哥の心は小式部内侍いつみ式部が 子なり大内にて哥あわせのとき かの母のあまのはしだてに読 けるがたのみてうたなとよませ けるなどゝ申あふ人ありしをり しも大内にて哥あわせの有し おりしもある人の小式部か袖を ひかへて天の橋立よりはやく きたれるやと有しとき則此哥 をよみて人このふしんをはれ たる哥なり此はしだていまだ 見ずましてふみにて申かよはし たる事はなきといへる哥なり 小式部若年なるゆえ    人不審し侍りし          となり 【同 下段】  小式部内侍(こしきぶのないし) 大江山(をゝえやま) いく野(の)ゝ みちの とを  ければ まだ  ふみも 見ず あまの橋立(はしだて) 【左丁 上段】 ○伊勢 前(さきの)大和守(やまとのかみ)従五位(じうごゐ)上 藤原継蔭(ふぢわらのつきかけ)【ママ】ノ女(むすめ)継(つく) 蔭(かけ)元(もと)為(たる)【二点脱】伊勢守(いせのかみ)【一点脱】 故(ゆへに)為(す)_二女之名(むすめのなを)伊勢(いせと)_一【「名」に付いている一点は誤】 物語作者也 寛平法皇(くわんへいほうわう)にも近(ちか) くつかまつりて仰(きやう) 明親王(めいしんわう)を生(うめり)し 事(こと)の侍(はべ)りされば 源氏物語(げんじものがたり)大和物 語などにもいせの ごと云り女御(にようご)と いふこゝろなりとぞ 内麿(うちまろ)ー真夏(まなつ)    《割書:日野家元祖》 浜雄(はまを)ー家宗(いへむね)《割書:三木|左大弁》 《割書:従五位下民部少輔》 関雄(せきを) 《割書:治部少輔号東山進士|古今ノ作者》 継蔭(つぐかげ) 【同 中段】 此哥の心はむかしならの京を今の 九重へうつし侍しとき八重桜 をみて今の九重に うつりたる 都なればさくらはけふは九重に 匂ふべきとはしうくの哥なり いにしへならの都は人皇四十三代 元明天皇よりはしまり四十九 代光仁天皇まて七代有し也 しかるを桓武天皇ゑんりやく 三年十一月に山城国乙訓の郡 にうつして長岡の京と号す 同十三年十月に今の平安城 にうつさるゝなり 【同 下段】  伊勢大輔(いせのたゆふ) いにし   へ   の ならの 都(みやこ)の 八重桜(やえさくら) けふ  こゝのへ      に にほひ  ぬるかな 【右丁 上段】 ○清少納言 清原元輔(きよわらのもとすけ)ノ女(むすめ) ト云云 深養父(ふかやぶ)ノ(の)曽孫(そうそん) 一条院(いちでうのいん)皇后宮(くわうこうぐう) 女房  枕草紙作者   実方 わすれずよ  またわすれ     ずよ  かはらやの    したて   烟のした    むすび     つゝ【注】 【同 中段】 此哥の心は此かたへある人の通はれし に夜ふかりけるゆへ今は関の戸 をあけましければしつかにかへり 給へといふ哥なりゆへはむかし 唐土に孟照君といひし人 いくさに打まけくわんこく関と云 せきぢを通し夜ふかくして関の 戸を明ず臣下にけいめいとて よくにはとりのまねしけれは夜あけ たりとてせきのとを明て通し けるそれはたばかりても通りしが 今のきぬ〳〵にあとでたばかりて もせきのといまだあけ侍るまし きと也後拾遺第十六雑二       ことは書あり 【同 下段】  清少納言(せいせうなごん) よをこめて  鳥(とり)の そら  ねは はかる  とも 世(よ)に  あふ 坂(さか)の関(せき)は ゆるさじ 【左丁 上段】 ○左京大夫道雅 帥内大臣(そつのないたいじん)伊周公(いしうこう) 男(むすこ)母(はゝは)大納言(たいなごん)重(しげ) 光(みつの)女(むすめ)  伊周(これちか)  道雅(みちまさ)  女子 上東門院女房 哥人(かしん)宣旨(せんし) 後拾遺作者(ごしういさくしや) 【同 中段】 此哥の心はせつなる恋なりた ま〳〵いひよる事も人つてばか りなりたとへあえで恋しぬる共 人づてならでいひよりて しに侍りたきなり今ははや思ひ たへなんとかこちたる心なり 後拾遺集第十三恋三詞書に 伊勢斎宮わたりより罷上りて 侍りける人に忍びて通侍り ける事をおほやけもきこしめし てまもりめなんどつけさせ たまひてしのびにもかよはす なりにければ       よみ侍りける 【同 下段】  左京大夫(さきやうのだいふ)通雅(みちまさ) いまはたゝ  おもひ   たえ な  ん   と ばかりを  人 伝(つて)なら      で いふよし    もがな 【注 正しくは下の句が「かはらやのしたたく烟したむせびつゝ」】迪 【右丁 上段】 ○権中納言貞【定の誤ヵ】頼 権中納言(ごんちうなこん)正二位 公(きん) 任卿(たうきやうの)男(むすこ)母(はゝ)ハ昭平(せうへい) 親王(しんわうの)女(むすめ)也 父(ちゝ)ニ孝(こう)アリシ人ト云 職原(しよくけん)ニ曰  中納言  今 外官(くわいくわん)也 権官(ごんくわん)古来(こらい)在(あり)_レ之(これ) 相(あい)_二当(あたる)今(いまの)従三位(しうさんみに)【一点脱】 唐名(からのな)納言(なごんは)竜(りう) 作(さく)黄門(くわうもん) 【同 中段】 此哥の心はたびは川辺のてうほう なりうぢの川ぎりのたへ〳〵なる まよりあじろ木のほの見へ侍る をもしろき也千載集第六冬 部詞書に宇治にまかりて侍り ける時に読るとあり人丸の哥 にものゝふの八十宇治川のあじろ 木にいざよふなみのゆくえしら ずもといふをとれりあじろは うをゝとるものなり近江の田上 川に□【「て」ヵ】もれたる氷魚を宇治 河にてとると云々 絶(たへ)〳〵は絶(たへ)つたへずなり 【同 下段】  権中納言定頼(ごんちうなごんさだより) 朝(あさ)ぼらけ  宇治(うぢ)の 川(かは)  霧(きり) たえ〴〵に あらはれ  わたるせゞの あじろ木(き) 【左丁 上段】 ○相模 先祖(せんぞ)不(ず)_レ詳(つまびらかなら) 入道(にふだう)一 品宮(ほんのみや)女房 本名(ほんめう)乙侍従(おとのじしう)或(ある) 説(せつに)相模守(さがみのかみ)大江(おほえ) 公資(きんすけの)女(むすめ)或(あるひは)妻(つま)正 説云云 此故(このゆへに)号(ごうすと)【二点脱】相模(さがみと)_一云 又一 説(せつに)母(はゝは)能登守(のとのかみ) 慶滋保胤(よししげやすのりが)女(むすめ) 云云 【同 中段】 此哥の心はうらみわびほさぬ 袖はくつべけれどそれさへある ものをこひにむなしく下さん 名をおしみたるなり玄旨か 曰恋にくちなん名こそをし けれとはもろ共にあひ思ふこひ ぢならば名にたゝんこともせめて 成べきもといふ心也 ○季注にうらみわぶるは切なる ならひなりわかるゝなみだの 隙なく袖の朽るはいよ〳〵思ひ ふかきを猶又名までも朽 なんこと身にあまりたる       なげきなるべし 【同 下段】  相模(さがみ) うらみ  わび ほさぬ 袖(そで)だに ある  もの    を 恋(こひ)に   朽(くち)   なむ 名(な)こそ    惜(をし)けれ 【右丁 上段】 ○大僧正行尊 三井寺 円満院(ゑんまんいんの)祖(そ) 師(し)天台座主(てんだいのざす)法(ほう) 務(む) 元享釈書(げんくわうしやくしよに)曰 行(きやう) 尊(そん)ハ諫儀(かんぎ)大夫 源(みなもとの) 基平(もとひらの)子(こ)也年十二 ニシテ投(たうして)_二 三井 明行(みやうきやう) ̄ニ_一 出家(しゆつけす)ト云云 続世継(ぞくよつき)ニ云 平等(ひやうとう) 院(いんの)僧正(そうじやう)行尊(ぎやうぞん)ト テ三井寺ニヲワセ シコソ名高(なたか)キ験(けん) 者(じや)ニテヲワシケル 大峯(をゝみね)カツラキハサル コトニテ遠(とを)キ国々 山々ナト久(ひさ)シクヲ コナヒ給(たま)フトナリ 【同 中段】 此哥の心は大みねへ入給ひしとき この山のありさま草木まで見 なれず心ほそきにさくらの さきたるもとに立より花も われもともにあはれをしるより 外なしと読りやごとなき御み をやつし此山に入て行ひ給ふ折 からかゝる桜を見給ひけるときの さまをよく〳〵思ひ入て見侍る べし ○季注 異郷(いきやう)莫(なかれ)_レ恨(うらむること)知音(ちいん)少(すくなきことを) 細柳(さいりう)於(をいて)_レ 人(ひとに)先(まづ)眼(まなこ)青(あをし) 【同 下段】  大僧正(だいそうじやう)行尊(ぎやうそん) もろとも    に あはれ    と おもえ 山ざ  くら 花(はな)より   外(ほか)に しる人もなし 【左丁 上段】 ○周防内侍 仲子(なかご)後冷泉院(これいせいいんの) 女房 或(あるひは)宗仲(むねなかの)女 葛原親王(くすはらしんわう)八世 孫(まご)棟仲(むねなか)女ト云云 桓武天皇(くわんむてんわう)  葛原親王(くつはらのしんわう)  《割書:一品 式部卿》  高棟(たかむね)《割書:従二位|大納言》  維範(これのり)《割書:従三位|中納言》    《割書:左大将》  時望(ときもち)ー真材(さねあり)  親信(ちかのぶ)ー重義(しげよし)  継仲(つぐなか)  周防内侍(すわうのないし)    《割書:仲子》 【同 中段】 此哥の心は大内にて夜ふかせし ころ内侍まくらもがなとたづ ねられしにある人かいなをみす のうちへ入てこれをまくらにと ありけれはよめる詞書に二月 ばかり月のあかき夜二条院 にて人〳〵あまた居なして侍ける に周防内侍より伏て枕をがな と忍びやかに云を聞て大納言 忠家是を枕にとてかいなを みすの下よりさし入て侍り ければよみ侍けるとなり 【同 下段】  周防内侍(すほうのないし) 春(はる)の  夜(よ)の 夢(ゆめ)  ばかり   なる 手枕(たまくら)に かひ   なく たゝむ 名(な)こそ  おしけれ 【右丁 上段】 ○三条院 諱(いみな)は居貞(すへさた)冷泉(れいせい) 院(いん)第十一の御子 在位(ざいゐ)五年 母(はゝは)贈(そう) 皇太后(くわうだいこう)超子(てうし)東(ひかし) 三条入道 兼家(かねいへ) 公(こうの)女(むすめ) 天延(てんゑん)四年正月三日 降誕(こうたん)寛和(くわんわ)二年 七月十六日 東宮(とうぐう) 寛弘(くわんこう)八年六月十三 日 即位(そくい)廿八歳 長和(てうわ)五年三月廿 九日 譲位(じやうい)寛仁(くわんにん)元 年四月廿九日 出家(しゆつけ) 同五月九日 崩御(ほうぎよ) 四十一 歳(さい) 【同 中段】 此哥の心は御ふれいたもならざり しとき御くらゐをゆづらせ 給はんとおぼしめし御心ならず もしながらへさせたまはゞ此秋 の大内の月思めし出させ給ふ べきといへる哥なり ○季注に曰ほんゐにもあらで ながらへは見なれし金殿玉楼 の月のいかばかりこひしかる べきとなり夜半の月のみにかぎり て見るべからすむかしを    しのび給ふ事      おほかるべし 【同 下段】  三条院(さんでうのいん) 心(こゝろ)にも  あらで 浮世(うきよ)に な からへは 恋(こひ)し  かるべ     き 夜半(よは)の  月(つき)かな 【左丁 上段】 ○能因法師 俗名(ぞくみやう)永愷(ながやす)長門(ながとの) 守(かみと)云云 号(ごうす)_二古曽部入道(こそべのにふどうと)_一 肥後守(ひごのかみ)元愷(もとやすの)子(こ) 橘諸兄公(たちばなのもろゑこう)  奈良丸(ならまる)  島田丸(しまだまる)  常王(つねわう)  安吉雄(あきを)  吉種(よしたね)  純行(すみゆき)  忠望(たゞもち)  元愷(もとやす)  能因(のういん) 【同 中段】 此哥の心はみむろの山のもみぢを あらしのふきちらしたるをけうなし と思ふべからずたつた川のにしきと あらしのふきなしたるおもしろき なり後拾遺集秋下詞書に 永承四年内裡の哥合のとき よめるとあり此哥かくれたる所なし たゞ時節の景気と所のさまと を思び【ママ】合て見侍るへきなりあり 〳〵と読出す事その身の粉骨也 ○季注三室よりながれ出至て下 はたつた川也あらしにちる三室 の山のもみぢはすなはち立田 川のにしきとなり 【同 下段】  能因法師(のういんほつし) 嵐(あらし)ふく  三室(みむろ)   の 山(やま)の もみぢ   ばは たつ田(た)の    川(かは)の 錦(にしき)なりけり 【右丁 上段】 ○良暹法師 父祖(ふそ)不(ず)_レ詳(つまびらかなら) 祇園(きをんの)別当(へつとう)    住(じうす)_二大原(おゝはら) ̄ニ_一 一 説(せつに)母(はゝは)実方(さねかた)朝(あつ) 臣(そん)家(いへの)女房(にようほう)白(しら) 菊(きく)云云 引哥  なかめわひぬ   秋より    外の   やとも      かな   野にも    山にも   月や    すむらん 【同 中段】 此哥の心はわがやどのさひしきかと 立出てうちなかむれば秋のゆふ ぐれのさびしさはいづくもおなし と人のうへまではかりしりたる こゝろなり玄旨の曰心は大かた 明なりなをいづくも同しに 心あるべし我やどのたへがたき までさひしきと思ひわびて いづくにもゆかずやと立いでゝ うちながむれば何所も又吾心 の外のことは侍らざるとなり ○季注さひしさのやるかたありや と宿立出ても秋より外の宿 もなければはなはだかたき       心見へたり 【同 下段】  良暹法師(りやうぜんほつし) さびしさに やどを 立(たち) 出(いで)て 詠(ながむ)れば いづくも   おなじ 秋(あき)のゆふ暮(ぐれ) 【左丁 上段】 ○大納言経信 権帥(ごんのそつ)民部卿(みんぶきやう) 正二位権大納言 中納言 源道方(みなもとのみちかた) 男(むすこ)母(はゝは)源 国盛(くにもり)女(むすめ) 宇多天皇(うだのてんわう)  敦実親王(あつさねしんわう) 《割書:一品式部卿宇多|第九皇子或七》  雅信(まさのぶ)  《割書:一条左大臣》  重信(しげのぶ)  《割書:六条左大臣》  道方(みちかた)  《割書:中納言》  経信(つねのぶ)  俊頼(としより)  《割書:従四位下杢頭》  俊恵(としよし)  《割書:号太夫》 【同 中段】 此哥の心はゆふべになれば秋かぜの ほのかにたちて門田はいなばをふき なびかしたれか秋のいたるにしたがつ てをとつれあしの丸やにすさまじく 夕へ〳〵にときのきたれるをいひ のべたるなり其旨法印の曰あし の丸やとはさながら蘆【芦は略字】計にて作れ るを云なりその門田のいなばに 夕ぐれの秋かせそよ〳〵と吹と見 れば聞もあへずやがてあしのふぜ いをもつての心あり ○季注に曰田家か秋かぜのけいき をすぐにうつして         聞えたり 【同 下段】  大納言(だいなごん)経信(つねのぶ) 夕(ゆふ)されは 門田(かどた)   の 稲葉(いなば) をとづれ     て  あしの まろやに秋(あき)  かぜぞふく 【右丁 上段】 ○祐子内親王     家紀伊 紀伊守(きのかみ)重経(しげつね)妻(つま) 故ニ紀伊(き)と云(いふ)き とばかり読(よむ)なり 摂津(せつつ)をもつと ばかりよむ 桓武天皇(くわんむてんわう)  葛原親王(くずわらしんわう)  高棟(たかむね)  惟範(これのり)  時望(ときもち)  真材(さねあり)ー親信(ちかのぶ)  行義(ゆきよし)ー範国(のりくに)  信方(▢▢▢た)  女子《割書:紀伊》 《割書:金葉三宮紀伊有》 【同 中段】 此哥の心はたかしのはま名所なり仇 なる人とはをとにきくも名たかき といふによそへたるなりそのあだ なみをかけたらばこなたの袖の さすがちぎりし人と思はゞあだ人 なりともすてられまじきほどに はじめよりさやうの人にはいなと いふかへしの哥なり袖のぬるゝとは なみだのこと也音にきくといふより 袖のぬれもこそすれまでみな おもてはなみのえんなり心ことば かけたる所なくいひおほせたる うたなり ○季注ぬれもこそすれとはぬれふ づといふこゝろなり 【同 下段】  祐子内親王(ゆうしないしんわう)     家紀伊【左ルビ:いへのき】 音(おと)  に きく た かしの 浜(はま)のあだ   なみは かけじや     袖(そで)の ぬれもこそすれ 【左丁 上段】 権中納言匡房 母(はゝ)橘孝親(たちはなのよしちかの)女(むすめ) 正二位 大蔵卿(おゝくらきやう) 太宰(だざい)権帥(ごんのそつ)号(ごうす)_二江(ごう) 帥(そつと)_一 大江音人(おほえのおんど)  千古(ちふる)ー維時(これとき)  光重(みつしけ)ー匡衡(まさひら)  挙周(たかちか)ー成衡(なりひら)  匡房(まさふさ) 正二位権中納言 和漢才人儒主 和歌同之  江ノ次第作者 【同 中段】 此哥の心はたかさごはめいしよ又山 のそう名にて高山なりはなの さかぬほどの山もかすみのみねに かゝりたるもおもしろし花さきて は霞むやうのことなりたゝすもあ らんといへり玄旨の曰此たかさご は山の惣名也名所にあらず心は明也 正風体の哥也只詞づかひさはやか にたけ有哥也但能因か嵐ふく みむろの山よりは少しいろへたる 所あり ○季注に咲にけりといふにあらたに 桜を見て興したる         心あり 【同 下段】  前中納言(さきのちうなごん)匡房(まさふさ) 高砂(たかさご)の おのへの さくら 咲(さき)に  けり とやまの かすに  たゝずもあらなん 【右丁 上段】 ○源俊頼朝臣 金葉集(きんやうしうの)作者(さくしや) 経信卿(つねのぶきやうの)男(むすこ) 母(はゝは)貞高(さだたかの)女(むすめ) 引哥  としもへぬ   いのるちきり         は  はつせやま   をのへの    鐘の     よそ       の    夕くれ 【同 中段】 此哥の心はいのりてあはぬ恋也一たひ はあふよしもかなといろ〳〵祈りけれ ども人のつれなきがあらしのことく はげしきばかりにてかいなしといへる 哥也千載第十二恋哥二詞書に権 中納言俊忠家に恋の十首の 哥よみ侍ける時いのれとも逢ざる こひといへる心をよめるとあり定 家卿のを代秀哥此うたを見れ ば心深くよめると有心にまかせ 学ふとも云つゞけかたくまことに およぶまじきすがたなりといへり 五文字うかりける人とは         つゞきたり 【同 下段】  源俊頼朝臣(みなもとのとしよりのあつそん) 宇(う)かりける   人を はつせ  の 山(やま)おろ  し はげし   かれとは いのらぬものを 【左丁 上段】 ○藤原基俊 俊成卿(しゆんぜいきやう)和哥之(わかの) 師匠(しせう)二条家(にてうけ)和(わ) 歌之(かの)祖也(そなり) 新撰朗詠集(しんせんらうえいしう) 撰者(せんしや)和漢之(わかんの)才(さい) 子也(しなり) 頼宗(よりむね)  俊家(としいへ)  基俊(もととし)  宗通(むねみち)  成通(なりみち) 【同 中段】 此哥の心はある僧の基俊を頼て ならのゆいまえ【維摩会】のかうしを望み けるにもれければもととしいかゝと法 性寺殿へうらみ申されけれはしめし がはらのさしもぐさの哥の心なり 又此秋もゝれければもととしよめりさ せもか露をいのちはかなき世に またことしもゝれたりと恨申たる心也 公事根元に云維摩会是は十 月十日より十六日まで七ヶ日のあいだ かうふく寺にてゆいま経を講せ らるゝ十六日は大しよくかんの御忌日 なるゆへなり ○季注いぬめり去の字也講師 の宣秋の中よりあたるべきにや 【同 下段】  藤原基俊(ふじはらのもととし) 契(ちきり)をきし  させ   もが 露(つゆ)  を いのち   にて あはれ  ことしの 秋(あき)もいぬめり 【右丁 上段】 ○法性寺入道前  関白大政大臣 忠道公(たゞみちこう)摂政関白(せつしやうくわんばく) 大政大臣(たいしやうたいじん)従(しう)一 位(ゐ)法(ほう) 名(めう)円規知足院(ゑんきちそくいん) 関白(くわんばくの)一 男(なん)母(はゝは)六条(ろくてう)右 大臣 顕房(あきふさの)女(むすめ) 御堂関白(みだうのくわんはく)  道長(みちなが)ー頼道(よりみち)  師実(のりさね)ー師通(のりみち)  忠実(たゞざね)ー忠道(たゞみち) 法性寺(ほうせうし)関白(くわんはく)白 花鳥(くわてう) 云法性寺ハ貞信公(ていしんこう) 建立(こんりう)也 尊意座主(そんいざす) ハ貞信ノ師檀(しだん)ナル 故ニ法性寺ト云ル ナリ 【同 中段】 此哥の心はわだのはらは海の惣名也 はるかに船をこきいでゝながむれば まことに雲と浪一つになりてはる 〳〵と見わたされたる也久かたは 雲をいはん枕詞なり海のほとり なきていをよくけいきをうかべて いひ出したる哥也よせいかぎりなし 新院位におはしましゝとき海上 遠望といふことをよませ給ひ けるによめるとあり玄旨の曰心 は明なり我舟にのりて出るなり 大かた眺望の題はつねに詠めやり たるやうにのみよむをこれは ふねにてよめる心なを          おかしくや 【同 下段】 法性寺入道(ほうしやうじにうどう)前関白大政大臣(さきのくわんばくだいじやうだいじん) わだの原(はら) 漕(こぎ) 出(いで)て みれば 久(ひさ)かたの 雲井(くもゐ)に   まがふ 奥津(おきつ)しら波(なみ) 【左丁 上段】 ○崇徳院 後鳥羽院(ごとばのいん)第(だい)一ノ 皇子(わうし)諱(いみな)ハ顕仁(あきひと)母(はゝ) ハ中宮(ちうぐう)藤原璋子(ふぢはらのせうし) 待賢門院(たいけんもんいん)と号(ごう) す大納言(だいなこん)藤原(ふぢはらの) 公実(きんざねの)女(むすめ)但(たゝし)白川院 御 猶子(ゆうし)ト云云 元永(けんゑい)二年五月廿八 日 降誕(こうたん) 保安(ほうあん)四年正月廿八 日 譲(ゆつり)を受(うくる)同二月 十九日 即位(そくい) 永治(ゑいぢ)元年十二月 七日 譲位(しやうい)在位(ざいい)十 八年 長寛(ちやうくわん)二年八月廿 六日 於(をいて)_二配所(はいしよに)_一崩御(ほうきよ) 歳四十六 追(おつて)号(こうす)_二崇(しゆ) 徳院(とくいんと)_一 【同 中段】 此哥の心ははやき瀬の岩にくだ けたるなみもわれてはすへにあふもの なれどもきみと我中はわかれては あひがたきとなりわれてもはわり なくもといふに同し岩うつなみの われてすゑにあふごとくあふよし もがなとねがひたるなり玄旨法 印がいわく心は岩にせかるゝ水はわれ ても末に逢物也つらき人に別て後 は逢かたきをわりなくても末に逢 むと思ふははかなきことぞと也 ○季注に岩にせかるゝといふて逢 ぬ心をのべわれてもといふて是非 あはんとおもふ心をのべたり 【同 下段】  崇徳院(しゆとくいん) 瀬(せ)を  はやみ 岩(いわ)に せか  るゝ 滝川(たきがは)の  われても 末(すへ)にあはむ  とそおもふ 【右丁 上段】 ○源兼昌 源俊輔(みなもとのとしすけ)二男(じなん)従(じう) 五位下 皇后宮(くわうこうぐう) 小進(せうしん) 宇多天皇(うだのてんわう)  教実親王(のりさねしんわう)  雅信(まさのぶ)  時中(ときなか)《割書:イニ仲》  朝任(ともたう)  師定(もろさだ)  俊輔(としすけ)  兼昌(かねまさ) 【同 中段】 此哥の心はさひしきすまのうら にたびゐしてねさめのちどりを きゝてたへがたかりしにつけて かやうの所のせきもりとなりて いくよねさめのちどりをきゝて たへわひつらんとわがたびゐの かりなるよりつねに住なれたる関守 のつらきをおもひやりたる哥なり すまのうらは源氏物語にも海士 の家だにもまれになんと書り我 一夜のたびねざめさへあるに関もり の心はさこそとなり ○季注にいくよねさめぬる夜 な〳〵ねざめぬらんとなり 【同 下段】  源兼昌(みなもとのかねまさ) あはぢ島(しま)  かよふ 千鳥(ちどり)  の なく声(こへ)に いくよ  寝覚(ねさめ)ぬ すまのせきもり 【左丁 上段】 ○左京大夫顕輔 修理太夫(しゆりのだいふ)顕季(あきすへ) 三 男(なん)詞花集(しくはしう)撰(せん) 者(じや)六条家(ろくてうけ)和歌(わか) 一 流(りう)  中〳〵に   くもる      と    見えて  はるゝよの  月の   光は  そふこゝち     する 【同 中段】 此哥の心は秋風の雲を所〳〵つき はらしたるより月のかけのさし 出たるはせいてんのけしきより猶 月もあきらかなるやうにおもし ろき事もなきやうなれとも よせいありておもしろき哥也 玄旨曰心は明也但さやけさとい へるより心少しかはれり月も 雲間を出たるはあらたにさやか にしてしかもおもしろく見ゆる 心まちてさやかなる月は今見 初たるやうなり ○季注に   西風(せいふう)磨出(みかきいだす)白雲月(はくうんのつき) 【同 下段】  左京大夫(さきやうのだいぶ)顕輔(あきすけ) 秋(あき)かぜに  たなひく 雲(くも)  の 絶間(たえま)  より もれ出(いつ)る    月(つき)の 影(かげ)の   さやけさ 【右丁 上段】 ○待賢門院  堀川 神祇伯(しんぎはく)顕仲(あきなか)女(むすめ) 具平親王(ともひらしんわう)  師房(もろふさ)  顕房(あきふさ)  顕仲(あきなか)  堀川(ほりかは)《割書:待賢門院|女房》 待賢門院(たいけんもんいん)ハ鳥羽(とはの) 院(いんの)后(きさき)崇徳院(しゆとくいん)白(しら) 川院(かはのいん)二代(にたい)ノ母后(ぼこう) 大納言(だいなごん)公実(きんさねの)女(むすめ) 白川院 御嫡子(おんちやくし) 云云 【同 中段】 此哥の心はのちのあしたつかわしたる 哥なりながからんとはくろかみのゑん ご又けさわかれていつをかまたん といふ事によそへてよみたる也 くろかみといふよりみだれてもの をもふといひたるゑんなりなが からんは人の心をさして云みだれ てはわが心なり長からん心もしら ずとはゆくすへかけてちぎりしこと 人の心はかはるならひなればいかゞ あらんもしらす今朝のわかれにて おもひみだれるとなり ○季注今朝の字 後朝(こうてう)の心        あきらかなり 【同 下段】  待賢門院(たいけんもんいん)     堀川(ほりかは) ながゝ  らむ 心(こゝろ)も しら  ず くろかみ    の みだれ    て けさは 物(もの)をこそ    思(をも)へ 【左丁 上段】 ○道因法師 為輔(ためすけ)《割書: |高藤公》  《割書:罡?孫中納言》  惟孝(これたか)《割書:従五位下》  惟憲(これのり)《割書:大弐|正五位下》  憲房(のりふさ)《割書:四位下》  敦輔(あつすけ)  清孝(きよたか)《割書:治部卿》  敦頼(あつより)  《割書:従五位下|   左馬頭》   道因法師 【同 中段】 此哥の心は恋にせつかく思ひわび きえはてぬへきいのちながら扨も あるものをとよみ出したゝうきに たへすかぎりもなくこほるゝは なみだ也けりとわが心をことはり てなげきたる也此五文字に思ひ わびとは思ひふり〳〵ていへる也 さりともと思ふ人はつれなくなり はてゝきはまり行すへの心なり ○季注おもひわびさやうにて たにもいのちは有をうきに     かんにんならざる           かと      なみたを諫言し     たるていあるか 【同 下段】  道因法師(どういんほつし) おもひ  わび さても 命(いのち)  は ある  もの    を うきに   たえぬは なみだなりけり 【右丁 上段】 ○後徳大寺左  大臣 実定公(さねさだこう)母(はゝは)中納(ちうな) 言(ごん)俊忠(としたゞの)女(むすめ) 公実(きんざね)  実行(さねゆき)  通季(みちすへ)  実能(さねよし)  待賢門院(たいけんもんいん)  公能(きんよし)  実定(さねさだ) ほとゝきす   なきて    過行   山のはに 今一こゑと  月そ   のこれる 【同 中段】 此哥の心はほとゝぎすを待こゝろ 幾夜かあかしはてつれなく過 つる一こゑを夢かと聞てゆくべき かたなき空をながめしたへば只 有明の月のこりたるまて なりよせいほとゝきすを思ひ 入まちたるていゑんかぎりなし ほとゝぎすはいろ〳〵にこゝろを くだきてながむる類多きを これはたゞ微細にいわでしかも心 をつくしたる所かぎりなくこそ 時鳥の哥第一とも可謂にや ○季注あり明の月残るにて暁 の景気もあか〳〵と         見えたり 【同 下段】  後徳大寺左大臣(ごとくだいじさだいじん) ほとゝぎす  啼(なき)つる かた  を ながむれ     ば たゞ有明(ありあけ)     の 月(つき)ぞ残(のこ)れる 【左丁 上段】 ○皇太后宮大夫  俊成 顕輔卿(あきすけきやうの)為(なる)_レ子(こと)号(ごうす)_二 顕広(あきひろと)_一後(のち)改(あらたむ)俊成(としなりと) 安元(あんかん)【注】二年九月十八日 出家六十三歳 元久(けんきう)元年十一月晦 日 薨(こうす)九十一歳 去(きよ) 年(ねん)於(おいて)_二和哥所(わかところに)_一賜(たまふ)_二 九十 賀(がを)_一 道長(みちなが)ーーー長家(ながいへ) 《割書:御堂関白》 《割書:道長公六男》 忠家(たゞいへ)ーーー俊忠(としたゞ) 《割書:大納言正二位》 《割書:中納言従三位》 俊成(としなり) 《割書:号_二 五条三位_一》  定長(さたなが)《割書:従五位下|法名寂蓮》  定家(さだいへ)《割書:中納言|正三位》  女 【正しくは「あんげん」】 【同 中段】 此哥の心はうきよとてのがるゝに道 もなし山のをくに引こもりて 身をかくせはその所にも一たんかな しきしかのこへせりと世をわび たるてい也玄旨の曰うたの心は いろ〳〵世のうき事を思ひ取て 今はとおもひ入山のをくにしか のものかなしけにうちなくを 聞て山のをくにも世のうき事 はありけりと思ひて世中よの がるべき道こそなけれとうち なげく心はありと也 ○季注に曰何こともきかじと するための山のをくては色かゆる 松風のこゑ 【同 下段】  皇太后宮太夫(くわうたいこうぐうのたゆふ)俊成(しゆんぜい) 世中(よのなか)与(よ)  道(みち)こそ なけれ 思(おも)日(ひ)  入(いる) 山(やま)のおく     にも  鹿(しか)ぞ鳴(なく)なる 【右丁 上段】 ○藤原清輔 皇太大后宮(くわうだいたいこうくう)前大(さきのたい) 進(しん)正四位下 《割書:房前五十二代左京大夫従三位》 顕輔(あきすけ)   清輔(きよすけ) 《割書:大弐正三位》  季経(すへつね) 重家(しけいへ) 顕昭(あきてる) 経家(つねいへ)《割書:正三位》 顕家(あきいへ)《割書:従三位》 有家(ありいへ)《割書:正三位大蔵》 保季(やすすへ)  知家(ともいへ)《割書:正三位》  有季(ありすへ) 行家(ゆきいへ)《割書:従二位左京》 澄博(すみひろ)《割書:従二位大蔵卿》 澄敦(すみあつ)《割書:従二位侍従》 【同 中段】 此哥の心はなからへはこのごろの事も またやしのび侍らんうしかなし といひし世を今したふにつけ てゆくすへの事をかねてより思ひ やりたるなり何事もすみ〳〵に おとろへ行むかしににぬうらみ也 玄旨の曰哥の心は明なり次第〳〵 にむかしを思ふほとに今のうさと おもふ時代をもこれより後には忍 ばんずるかと万人の心に観する哥 ぞとなり只世の中の人たのむ まじき行すえをたのむなり ○季注に過にしかたのこひし さの切なるときのうたか 【同 下段】  藤原清輔朝臣(ふぢわらのきよすけのあつそん) ながらへは    また 此(この)ごろや 忍(しの) ばれむ うし  と見し    世(よ)ぞ 今(いま)は恋(こひ)しき 【左丁 上段】 ○俊恵法師 経信卿(つねのぶきやうの)孫(まご)俊頼(としより) 朝臣(あつそんの)子(こ)  系図(けいづ)有(あり)_レ前(まへに) 引哥  ふるさとの   板井の  しみつ   見え    そめて【ママ】  月さへ   すます  なりに    けるかな 【同 中段】 此哥の心は物おもふ夜はあけがたき にねやのすきかげのひまさへつれ なくあけやらぬとなげきたる うたなり宗祇の曰ねやのひまさへ といへる詞めつらしく思ひのせつ なる所もみえ侍るにやうらむま じものを恨みなつかしからまし 物を其面影にすること恋路の ならひ也よく〳〵ねやのひまさへと うちなげきたる所を思ふべしと云々 山城久世のあたりに桜【ママ】田寺と云 しはしゆんゑほうしのすみし 所なりといへるなり 【同 下段】  俊恵法師(しゆんゑほうし) よもすから 物(もの)おもふ  比(ころ)は 明(あけ)やら    で ねやの  ひまさへ つれなかりけり 【右丁 上段】 ○西行法師 俗名(そくみやう)義清(のりきよ)或(あるひ)は 則(のり)清又 憲(のり)清 藤原康清(ふぢわらのやすきよ)が子(こ) 又 泰清(やすきよ) 鳥羽院(とばのいん)下北面(しものほくめん) 藤成(ふぢなり)  豊沢(とよさわ)  林雄(はやしを)  秀郷(ひでさと)  于常(ゆきつね)  文修(ふみはる)  文行(ふみゆき)  公光(きんみつ)  秀清(ひできよ)  義清(のりきよ)   《割書:法名円位|元西行》 【同 中段】 此哥の心は物おもひをするはわれ からなり人のたのみたる事にも あらずひるはまきれもしてくらせ どもよる月にむかひて人の思れ ぬるかなしさ月の物をおもはする やうなれども思ひとけば月の思 するにもあらずかこちがほに我 なみだはおつるものかなとわか心の おろかなるをさすが思ひさつする事 なりかこちがほなる我なみだかな といへる心をとがめていえるなり やはと云詞こゝろをつくべしかこ つは所によりて心かはれり此かこつは くる心なり    うらむる心も侍るなり 【同 下段】  西行法師(さいきやうほうし) なげゝとて 月やは 物(もの)を 思(おも)はする  かこち   がほなる わがなみだ      かな 【左丁 上段】 ○寂蓮法師 俗名(そくみやう)定長(さだなが)中(なか) 務(つかさの)少輔(せうゆふ)入道(にうとう) 俊成(しゆんぜい) 俊海阿闍梨(しゆんかいあじやり)  定長(さだなが) 寂蓮(じやくれん)也(なり)俊成卿(しゆんぜいきやうの) 猶子(ゆうし)実(じつは)俊海(しゆんかい)ノ 子(こ)也(なり)  寂蓮 逝去(せいきよ)の時  定家卿(ていかきやう)の哥  玉きはる   かのことはり         も  たどられず  おもへば   つらき    すみよし       の       神 【同 中段】 此哥の心はまきなどある山は いかにもふかき山とこゝろえべし 秋の夕くれはゑもいわれずおもし ろきにむらさめのして一そゝぎそ そぎたる露もいまだひざるに 霧のたち上りたるけいきいわん やうなし哥は其時その心に成 てみ侍らずはよせいのけいきほ ねじみがたし三十一字につくし かたきめう也秋は地中に陽 気があるゆへに雨水がかゝれば むせてきりと     たちのぼる         なり 【同 下段】  寂蓮法師(じやくれんほつし) むら雨(さめ)の  露(つゆ)も   まだ ひぬ 槙(まき)の  葉(は)に 霧(きり)たち のぼる秋(あき)の   夕(ゆふ)ぐれ 【右丁 上段】 ○皇嘉門院別当 皇嘉門院(くわうかもんいんの)別当(へつとう)ハ 源俊隆(みなもとのとしたか)ノ女(むすめ)皇嘉 門院ハ法性寺(ほうしやうじ)関(くわん) 白(ばく)ノ女(むすめ)母(はゝ)ハ大納言 宗(むね) 通(みちの)女(むすめ)崇徳院(しゆとくいんの)后(きさき) 近衛院(こんゑのいんの)准母(じゆんぼ)ナリ 別当ハ物(もの)を司(つかさ)どる 職(しよく)なり 具平親王(ともひらしんわう)  師房(もろふさ)  師澄(もろすみ)  師忠(もろたゞ)  俊澄(としすみ)  女子  皇嘉門院別当  ナリ 【同 中段】 此哥の心は旅宿に逢恋といふ 心をよめりなにはへまづ旅宿と 見べしその所のなにおへるあし のかりねとよそへてあしはふし あり一よといへるゑんごあり身 をつくし又これもなにわのうら によみ侍る哥おほしふねのしる べのつなぎはしらをみをつくし といへるなり一よのかりのなじみ さへおもひはせつなりまして馴 なつかしみたるちきりはいかなら んとおもへる哥なりはて〳〵は いかゞあるべきとの       こゝろなりと云々 【同 下段】  皇嘉門院(くわうかもんいんの)別当(べつたう) 難波江(なにはえ)   の あし  のかり ねの 一夜(ひとよ)   ゆへ 身(み)をつくしてや  恋(こひ)わたるべき 【左丁 上段】 ○式子内親王 後白川院(ごしらかはのいん)第(だい)三 皇女(くわうじよ)一 斎院(いつきのいん)准三宮(しゆんさんのみや) 母従三位 成子(なりこ)大納言 季成(すへなり)女(むすめ)《割書:又》萱斎院(かやのさいいん) ̄ト申 後白川院(ごしらかはのいん)  《割書:鳥羽院第四皇子|在位三年母待賢門院》 二条院(にてうのいん)《割書:第一宮在位七年|母右大臣経宗女》 高倉院(たかくらのいん)《割書:第二宮在位十二年|母建春門院亮子》 殷富門院(いんふもんいん)《割書:第 皇女母|従三位成子》 式子内親王(しよくしないしんわう)《割書:第三皇女|萱斎院》  安徳天皇(あんとくてんわう)  後鳥羽院(ごとばのいん)  《割書:隠岐国配流》 土御門院(つちみかとのいん)《割書:土佐国へ|配流》 順徳院(じゆんとくいん)《割書:佐渡国へ|配流》 【同 中段】 此哥の心はしのぶ恋のこゝろ也玉 のをはいのち也我いのちたへはたへよ ながらへなば大かた忍ぶ心のよはりて はては人もしりあたなる名をもらし て人のため我ためはかなきことに なりなんと思ひたる哥也玉のおと いふよりたへなばたへねといひ今の 思ひよりゆくへをおもひやればなが らふるほどあさましきことにならん と也 ○季注にたへなばたへねとは絶ばたへ もせよとなり白露はけ【消】なばけなん などいふがことしよはりもぞする とはよはりもせうずらふといふ          てにはなり 【同 下段】  式子内親王(しよくしないしんわう) 玉(たま)の緒(を)よ   たえなば 絶(たへ)ね  ながらへ    は 忍(しの)  ぶる ことの よはり もそ する 【右丁 上段】 ○殷富門院大輔 後白川院(ごしらかはのいん)の皇女(くわうじよ) 右に委(くは)し 為輔(ためすけ)《割書:高藤公四代孫》 説孝(ときたか)《割書:中納言》 頼明(よりあきら)《割書:左大弁》 憲輔(のりすけ)《割書:三木》 朝憲(とものり)《割書:従五位上》 行憲(ゆきのり) 信成(のぶなり)《割書:従五位上》  《割書:本名説輔》 女子 殷富門院 女子 同院大輔 【同 中段】 此哥の心はをしまは名所也あまの そでさへぬることはぬるれども袖 のいろのかはるといふ事はなしをじ まのあまの袖のぬるゝにわか袖の なみたのかはく事なきにたれとも いろのくれないにかはるはあまの袖 にくらべられぬところのきかきこと は我袖にあり是を人に見せばや といへり ○季注に小島のあまのそでほど ぬるゝともふかきおもひの涙なる をなをいろのなるおもひの     切なるほどを       しらせたき          とぞ 【同 下段】  殷富門院大輔(いんふもんいんのたゆふ) 見せばや   な をじ  まの 海人(あま)の 袖(そで)だに   も ぬれ  にぞ ぬれ  し 色(いろ)は  かわらず 【左丁 上段】 ○後京極摂政  前大政大臣 良経公(よしつねこう)系図(けいづ)法(ほう) 性寺殿(しやうじどの)の下(した)に有(あり) 後法性寺(ごほうしやうし)前関(さきのくわん) 白(はく)兼実公(かねざねこうの)二男(じなん) 母(はゝは)従(しう)三位 藤季(とうのすへ) 行(ゆき)女(むすめ) 引哥  ほとゝきす   なくや    さ月の みしか夜も  ひとり    し   ぬれは  明し    かね     つゝ 【同 中段】 此哥の心は霜夜の比さむしろに ひとりねてきり〳〵すのとこの ほとりになくこゑをきゝ夜もす からさびしくもあはれにもか なしくも思ひつゞけてながきよ をあかしたる心ばへまことにその 人になして見侍らばゆうに哀 なるべしさむしろはたゞむしろなり せばきむしろとかけりひとり かもねんによくいひかなへたる也     あし引の哥の        こゝろを       おもひ侍らん 【同 下段】  後京極摂政(ごきやうごくせつしやう)前太上大臣(さきのだいじやうだいじん) きり〳〵す 鳴(なく)や霜(しも)  よの さむ し  ろに 衣(ころも)かなし     き ひとり   かもねむ 【右丁 上段】 二条院讃岐 正三位 頼政(よりまさ)の二 女と云云 二条院(にてうのいん) は後白川院(ごしらかはのいん)第一 の皇女(くわうしよ) 清和天皇(せいわてんわう)  貞純親王(さだすみしんわう)  経基(つねもと)《割書:六孫王》  満仲(みつなか)  頼光(よりみつ)  頼綱(よりつな)  仲政(なかまさ)  頼政(よりまさ)  頼行(よりゆき)  女子宜秋門院  女子二条院讃岐 【同 中段】 此哥の心はわか袖のかはくまもな きはおきの石のことくしほひ に見ゆるものならば人も見侍る べしこひのふかきあさきの思 ひをはなれて人も思ひしらぬ わが袖のものおもひ海中の石 のもとよりかはきたる事はなき は中〳〵人のなきともありとも しるべきにあらずとよみたる哥 のこゝろなり ○季注に曰人はしらねともかわく 間もなしといふにはあらすかはく まもなき思ひを人もしるべき ことなるに難面【つれなく】しらぬよし也 【同 下段】  二条院讃岐(にでうのいんさぬき) 我袖(わがそで)は  しほひ    に みへぬ沖(をき)  の石(いし)の 人(ひと)こそ  しら    ね かはくまも    なし 【左丁 上段】 ○鎌倉右大臣 源実朝公(みなもとのさねともこう)右大(うだい) 将(しやう)頼朝(よりともの)二男(しなん)母(はゝは) 平時政(たいらのときまさ)女(むすめ)二位 尼(あま) 政子(まさご)也 清和源氏八幡太郎 義家(よしいへ)  為義(ためよし)《割書:六条判官》  義朝(よしとも)《割書:左馬頭|昇殿》  頼朝(よりとも)《割書:従二位|征夷大将軍》  《割書:住鎌倉 大納言》  頼家(よりいへ)《割書:征夷大将軍|左衛門督》  《割書:母平時政女政子》  実朝(さねとも)《割書:右大臣|正二位》  《割書:母同上|  号鎌倉右大臣》 【同 中段】 此哥の心はよの中をつねになして 見侍りまほしき物なりたゝな ぎさこぐあまのおぶねのあと もなきことくにはかなき事を あはれみてつらねたる哥なり つなでかなしもとはほしき命も つなぎとめぬことくにあまの をぶねもつなぎとめずして目 のまへにわがよのはかなきをは たとへたるなり舟のながめを あいじやくして    うきことを思量し           たる         感情なり 【同 下段】  鎌倉右大臣(かまくらのうだいじん) 世中(よのなか)は  常(つね)にも がもな  な ぎさこぐ 海士(あま)のを    ぶねの つなで   かなしも 】 ○参議雅経 刑部卿(きやうぶきやう)頼経朝(よりつねあ) 臣(そんの)男(むすこ)飛鳥井(あすかいの)祖(そ) 和歌(わか)并 蹴鞠(しうきく)ノ達(たつ) 人《割書: |新古今撰者ノ内》 《割書:京極》 師実(もろさね)  忠教(たゞつね)《割書:正二位|権大納言》  頼輔(よりすけ)《割書:刑部卿|従三位》  頼経(よりつね)《割書:刑部卿|従四位下》   宗長(むねなか)《割書:刑部卿|従三位》   《割書:蹴鞠難波流祖》   雅経(まさつね)《割書:三木|左兵衛督》   《割書:蹴鞠飛鳥井流祖》 【同 中段】 此哥の心はみよしのゝ山のあき風 にさと深たる比までをそばたて てきけば秋のあはれのせつなるに ことにふるきさとにうつもうつ也 きぬたのこへしてひとへにひと り寝のさむきをさへひえあるし たるていなりきり〳〵すなく やしもよの哥の心に思ひめくら して見侍るべしこともなきやう なれともあはれふかし ○季注に天武天皇よしのゝ国栖 がくさ魚ねせりなと供御に 奉り舟の下にかくし置       奉りなとし           て也 【同 下段】  参議(さんぎ)雅経(まさつね) みよしのゝ 山(やま)の 秋(あき)かぜ さ夜(よ)  ふけて 故郷(ふるさと)さむく  衣(ころも)うつなり 【左丁 上段】 ○前大僧正慈円 諱(いみなは)道快(だうくわい)第六十 二代 座主(ざす)謚(おくりなを)号(こうす)_二 慈鎮(じちんと)_一号(こうす)_二吉水和(よしみつくは) 尚(しやうと)_一養和(やうわ)元十一月 六日 改(あらたむ)_二慈円(じゑん[と])【一点脱】久(きう) 寿(しゆ)二年己亥四月 十五日 誕生(たんじやう)嘉禄(かろく) 九年九月廿五日 入滅(にうめい)【ママ】《割書:七十|一歳》嘉禎(かてい) 三年三月八日 謚(おくりな) 号(ごうす)_二慈鎮(じちんと)_一滅後(めつご) 十三年也  系図(けいづ)有(あり)_レ前(まへに) 【同 中段】 此哥の心はおほけなくはをよび なくといふことは也我たつそま とはひゑい山をいひたるなり此 山にすみて世の中のたみをは 子のことくあはれみ袖をおほふべき なる此行者なれともおもひな き我こときのものはいたづらに 此山のあるしとなりて住ばかり なりと身をかへりみて読たる也 ○季注に浅智寡徳の身にて 天下安穏を護持する座主 に備る事こと    謙退旱下の心なり 【同 下段】  前(さきの)大僧正(だいそうしやう)慈円(じゑん) おぼけ【注】    なく うき 世(よ)の 民(たみ)に おほふかな 我(わが)たつ杣(そま)に  墨染(すみぞめ)の袖(そで) 【注 「おぼけなく」と「おほけなく」とは語義が違う。ここでは「おほけなく」とあるところ。この資料の「百首略解并家系」の項(18~68コマ)の下段の和歌の散らし書きの地の文の濁点は、すべて白抜きの小丸「◦」二つで表記されていますのに、この語だけ墨で二つの黒点が付いているのは、後の付記かと思われる。】 【右丁 上段】 ○入道前大政大臣 公経公(きんつねこうと)申(もうす)内大臣 実宗公(さねむねこうの)男(むすこ)母(はゝは)入(にふ) 道(とう)中納言 基宗(もとむね)女(むすめ) 通季(みちすへ)《割書:大宮中納言|大納言》 公道(きんみち)《割書:正二位|大納言》 実宗(さねむね)《割書:坊城内大臣》 公経(きんつね) 西園寺(さいをんじ)大政大臣 又 号(こうす)_二 一条(いちでうと)_一 嘉禄(かろく)年中建_二立 西園寺(さいをんじを)_一 【同 中段】 此哥の心ははなはあらしのさそひ ちらしても雪とみて道をもは らはで見るといへどもわが身の をいたるはあさましき事にこそ 侍れといふ心をふりゆくものはわが 身なりけりといへり雪ならで といふよりふり行ものといひ たるしんたへなるなり ○季注に総【惣】じて飛花落葉 を見て無常転変をさとる 事霊山の釈迦已前の   独覚も有しと       見へたり 【同 下段】  入道(にうどう)前(さきの)太政大臣(だいじやうたいじん) 花(はな)さそふ  あらし の 庭(にわ)の 雪(ゆき)なら    で ふり行(ゆく) ものは  わが身(み)なりけり 【左丁 上段】 ○権中納言定家 俊成卿(しゆんせいきやうの)男(むすこ)母(はゝは)若狭(わかさの) 守(かみ)親忠(ちかたゞ)女 号(こうす)_二京極(きやうごく)【一点脱】 中納言 入道(にふとう)定家(ていか) 卿(きやうの)母(はゝ)親忠(ちかたゞ)女は美福(びふく) 門院(もんいん)女房 伯耆(ほうき)と 云 初(はしめ)藤原為経(ふぢわらのためつね)に 嫁(か)して生(うむ)_二澄信朝(すみのぶあ) 臣(そんを)_一正 二位 民部卿(みんぶきやう) 貞永(ていゑい)元十一月に出(しゆつ) 家(けす)法名(ほうみやう)明静(めうじやう)仁(にん) 治(ぢ)二年八月廿日に 薨(こうす)《割書:八十|歳》本名(もとのな)光(みつ) 季(すへ)改(あらたむ)_二季光(すへみつに)_一後(のち)に 定家(さたいへ)と改 新古今(しんこきん)撰者(せんじや)五人 の随一(すいいち)なり 新勅撰(しんちよくせんの)撰者 記(き)を号(ごうす)名月(めいげつ)と  系図(けいづ)前(まへ)に有(あり) 【同 中段】 此哥の心は松尾のうら名所なり こぬ人を待といひかけ夕なきと まつ比をいひのべたりやくやもし ほと松かせのうらの物をその まゝにいひ身もこかるゝと我まつ おもひを夕しほにやくにたとへ たるなり夕はけふりのおほくたつ にくるゝにしたがひて其いろみな けふりとひとしきに我思ひの こがれてせつなるにたとへていへ りあまたのうたありつれんなれ と此百首にのせしなり 【同 下段】  権中納言(ごんちうなごん)定家(さだいへ)【左ルビ:ていか】 こぬ人(ひと)を まつほ   の 浦(うら)の 夕(ゆふ)  なぎに 焼(やく)やもしほの  身(み)もこがれつゝ 【右丁 上段】 ○正三位家隆 前(さきの)大納言(だいなごん)太宰権(だざいごんの) 帥(そつ)光隆(みつたかの)二男 本名(もとのな)号(こうす)_二雅隆(まさたかと)_一 母(はゝは)皇太后宮(くわうだいこうくうの)亮(すけ)実(さね) 兼(かね)朝臣(あつそんの)女(むすめ) 俊成卿(しゆんせいきやうの)門弟(もんてい)一人 云云 寂蓮法師(じやくれんほつし) 之 聟(むこ)也号(こうす)_二壬生(みぶ)二 位 宮内卿(くないきやうと)_一 新古今(しんこきん)撰者(せんじや)    五人之内  みそぎする   ならの    小川の   河風に  いのりぞ     わたる   下に    たへ     し      と 【同 中段】 此哥の心はならの小川めい所也みな 月ばらへする川なり風そよぐ ならとうへ物にいひよせたる也 すゞしかるべきていなり夕ぐれ なを深しきにあすはあれと思 ひ此夕なればたゝみそぎするにて なつとはいふなるべし秋のけしき はらへをもまたぬてい也なごしの 祓はやく秋にうつし侍らんと いふまつりこと也よくかなひて よめるなり ○季注にそよくはうへ物なくてはいは れずならを楢(なら)にもたせたり風そ よぐ川夕ぐれいづれもすゞしき物なれ ば夏のけしきは只みそぎばかり             なり 【同 下段】  正三位(じやうざんみ)家隆(かりう)【左ルビ:いへたか】 風(かぜ)そよぐ   ならの 小川(をがは)の 夕(ゆふ)  ぐれは 御祓(みそぎ)ぞ   夏(なつ)の しるしなりける 【左丁 上段】 ○後鳥羽院 諱(いみなは)尊成(たかなり)高倉院(たかくらのいん) 第四御子 母(はゝは)贈(そう)左 大臣 信澄(のぶすみの)女(むすめ)植子(たねこ) 七条院ト申 治承(ぢしやう)四年七月十四日 降誕(こうたん)寿永(じゆゑい)二年八 月廿日 践祚(せんそ)四歳 同三年七月 即位(そくい) 建久(けんきう)三年七月八 日 於(をいて)_二鳥羽殿(とばとのに)_一御 出(しゆつ) 家(け)法名(ほうみやう)良然(りやうねん)同 月十三日 奉(たてまつる)【レ点脱】移(うつし)【二点脱】隠岐(をきの) 国(くにゝ)【一点脱】延応(ゑんをう)元年二月 廿二日 崩(ほう▢)【「す」ヵ】六十歳或ハ 六十一歳同五月廿九日 可(へき)_レ 奉(たてまつる)_レ号(こうし)_二顕徳院(けんとくいんと)_一宣(せん) 下(げ)仁治(にんぢ)三年七月八日 以(もつて)_二顕徳院(けんとくいんを)_一奉(たてまつる)_レ号(こうし)_二後(ご) 鳥羽院(とばのいんと) 【同 中段】 此哥の心は人もをしとは世の中のたみ をいたはりおほしめす也しかれども 御心のやうによの中おさまらずして 王道すたれやる時代とてたみの ためおぼしめすにつけて人もうら めしと御心をなやましおぼしめす なり是によりてあぢきなく世を思 ゆへにもの思ふとあそばしたる也 かたじけなき御心にあらずや無端御 心を傷しむると也その徳沢の至 らさる所のある事は    尭舜もそれを     やめりとなんされば   天下のうきに先たつて      ありかたき御心ざし         なるべし 【同 下段】  後鳥羽院(ごとばのいん) 人も   おし  ひとも うら  めし あちき  なく よをおもふ ゆへに物(もの)をもふみは 【右丁 上段】 ○順徳院 諱(いみな)ハ守成(もりなり)後鳥羽(ことばの) 院(いん)第二 皇子(わうし)在位(ざいい) 十一年 母(はゝは)修明院(しふみやういん)藤(ふぢ) 原重子(わらのしげこ)贈(そう)左大臣 範(のり) 季(すへの)女(むすめ) 正治(しやうぢ)二年十月五日 立(たつ)【二点脱】太子(たいしに)_一 四歳 承元(しやうげん)四年十一月廿五 日 受禅(しゆせん)十四歳 承久(しやうきう)三年四月廿日 譲位(しやうい) 同七月 奉(たてまつる)_レ移(うつし)_二佐渡(さどの) 国(くにゝ)_一 仁治(にんぢ)三年九月十二日 崩(ほうず)四十六歳 於(おいて)_二佐渡(さどの) 国(くにゝ)_一 【同 中段】 此哥の心は百敷とは内裏百官の座 席なりふるきのきばとは王道のすた れたる事をなげきおほしめしのきば といふよりしのぶとあそばしたる也 しのぶ草の事なり軒にをふるもの なりしのぶにもなをあまりある むかしぞとをとろへたるわうたう をおぼしめしなげかせ給ふ也巻頭の 秋の田はおさまれる御代のたみを思 めしたる御こゝろなり ○季注にしのぶといふ詞堪しのぶ 隠しのぶ恋しのぶなどみな心     かはり侍る爰の       むかししのぶは        したふこゝろ也 【同 下段】  順徳院(じゆんとくいん) 百敷(もゝしき)や  ふるき 軒(のき) 端(ば)の  しのぶに      も 猶(なを)あまり     ある むかし成(なり)けり 【左丁】 紫式部(むらさきしきぶの)曰(いはく)皆(みな)人毎(ひとこと)にものゝ ならざるうちは人のいさめ をもよく入れ道(みち)を守(まも)る の心あり其(その)のそみを かなえ得(え)て心のまゝなる 時は皆(みな)おごりになりて 貴(たつと)きをいやしめいやし きをあなどるこのゆへ にそもろ〳〵の仏神(ぶつじん) の望(のそみ)をかなへかね 給ふなり其(その)望(のぞみ) をかなへてあし からしめんより かなへずしてよから しめんは誠(まこと)に大慈(たいじ) 大悲(だいひ)なるべし 【右丁】 【見出しの囲み】 三保浦(みほのうら)富士山之景(ふじさんのけい) 縹渺(ひやう〴〵たり)春(しゆん)-天(てんの)百(ひやく)-万(まん)-家(か) 疑看(うたがひみる)双(さう)-鳳(ほうの)下(くだることを)_二煙霞(ゑんかに)_一 依々(いゝたり)十(じう)-二(に)-通(つう)-門上(もんのうへ) 洗出(あらひいだす)芙(ふ)-蓉(よう)一(いち)-朶(だの)花(はな)  夜(よ)もすがら       富士(ふじ)の   高根(たかね)に      雲(くも)消(きへ)て  清見(きよみ)が      をき        に    すめる       月影(つきかげ) 【左丁 挿絵だけ】 【右丁 上段】 ○色紙(しきし)短冊(たんざく)書(かき)やう《割書:并》寸法(すんほう)の事 【縦線有り】 大 色紙(しきし)《割書:堅六寸四分|横五寸六分》小色紙《割書:堅六寸|横五寸三分》 短冊(たんざく)寸法 堅(たて)一尺弐寸 横(よこ)一寸八分 又 二条家(にじやうけ)は《割書:長壱尺二寸|横壱寸》冷泉家(れいぜいけ)は《割書:長壱尺三寸|横壱寸七分》 【四角い囲みの右側】   すたつといふ年にやみよしのゝ  題のなき短冊は    山もかすみてけさは見ゆらん  下の句一字さげて                   書(かく)べし 【四角い囲みの左側】    此里の真萩にすれる衣手を   題あるは上下の頭(かしら) 遠郷萩               をそろへ名乗(なのり)書    ほさて都の人に見せはや俊成  ほどあけべし 【四角い囲みの上側】    【四角い囲みの下側】        くもり      詠有明月和歌  影きよ     も          俊成     き  あへ                     ぬ     秋の夜のふ□【「か」ヵ】きあ  月の鏡  ゆきは      はれは有あけの月    の           見るよりそしられそ       ふり       女尓之【めにし】  池水に   つゝ 【囲み上側の左】 色紙(しきし)ちらし書(かき)此法(このほう)の外(ほか)に さま〳〵あれども是(これ)を略(りやく)す 【囲み下側の左】 懐紙(くわいし)の書(かき)やう右(みき)のごとし 終(をはり)三 字(し)を万葉書(まんやうがき)にす 【左丁 上段】 進物(しんもつ)積様(つみやう)之(の)図式(づしき) 【縦線有り】 絹(きぬ)   鰹(かつを) 巻(まき)   節(ぶし) 物(もの) 真(ま)   延(のべ) 綿(わた)   紙(かみ) 【右丁 下段】   女(をんな)三十六歌仙(さんじうろくかせん)絵抄(ゑしやう)  左 小野(をのゝ)     小町(こまち) おもひつ   ぬれはや     人の  みえつらん   夢(ゆめ)としり       せば  覚(さめ)さら     ましを  右 式子内親王(しよくしないしんわう) わすれては   うちなげかるゝ     ゆふべかな 我(われ)のみ  しり    て  すくる   月日     を 【左丁 下段】  左 伊勢(いせ) 三輪(みわ)の   山 いかに  待(まち)みん   とし    ふとも たつぬる    人も  あらし     と  おもへ     ば  右 宮内卿(くないきやう) みわたせは    ふもと計(ばかり)        に さき  そめ   て 花(はな)も  おく   ある みよし  のゝ    山 【右丁 上段】         広蓋(ひろぶた)に 上(かみ)       小袖つむ         には下まへ 下(しも)       を上になし         つむなり 雁(かん) 鴨(かも)       魚(ぎよ)るい          祝言(しうけん)の 祝言       ときは の時は      腹(はら)を合 頭を       せて むかひ       つむ 合す         べし 祝言(しうげん)          道服(とうぶく) 向ひ       は 小袖(こそで)       かま 【左丁 上段】 ちりめんは    川魚(かはうを)はせなかを かくのこと    むかふへかしら く        をもち出 つむ       る人の右 なり       の方へ          なして          つむ也          数(かず)多き 菓(くは)        ときは 子(し)        頭をむ の        かふへなし 折(をり)        せなかを          もち出る          人の左へ          なしつむ          べし          海魚(うみうを)は          はらを 鳫(がん)鴨(かも)       むかふへ          なして つねの      つむ也 つみ       数(かず)多き やう        時 頭(かしら)を左(ひだり)     頭(かしら)をむ の羽(はね)の      かふへせ 下へ入る     なかを右へなしてつむなり 【右丁 下段】  左 中務(なかつかさ) 秋風(あきかぜ)の  ふくに   つけ    ても とはぬ    かな  おきの   葉(は)なら     ば をとは  して    まし  右 周防内侍(すはうのないし) ちきりしに  あらぬ   つらさ      も 逢(あ)ふ事   の  なきには    えこそ  うらみ     さり       けれ 【左丁 下段】  左 殷富門院(いんふもんいん)       太輔(たゆふ) なにかいとふ  よもながらへし   さのみやは うきに  たへたる いのち  なるべ    き  右 俊成卿(しゆんせいきやうの)女(むすめ) 俤(おもかげ)のかすめる     月そ       やとり はるや    ける  むかし    の 袖(そで)の  なみ    だ    に 【右丁 上段】 女中(ちよちう)平生(へいせい)身持(みもち)鏡(かゞみ) 【縦線有り】 それ紅粉(かうふん)翠黛(すいたい)は女色(ぢよしよく)を彩(いろどる)の具(ぐ) なりと漢家(かんか)本朝(ほんてう)に至(いた)りてこれを 愛(あい)す代々(よ〳〵)の美(び)人みな軽粉(けいふん)をたや さぬことは哥(うた)によみ詩(し)につくりたりさ れば女の白粉(はくふん)紅粉(こうふん)をもつていろどる ことあながちに顔色(がんしよく)をますばかりの 事にあらず是(これ)女の礼(れい)なれは其 心(こゝろ)を もつておしろひをかろく紅粉(べに)など つくるもそのこゝろえあるべきなり ○眉(まゆ)は貴賤(きせん)をしなへて今はすみを ひくなり是むかしの遊女(ゆうちよ)の風(ふう)なり それ眉のかゝりはほのかなるを遠山(ゑんざん) のかすみにたとへ又 弓張月(ゆみはりつき)のいるに もたとへたりたゞゆふ〳〵にしてけ 【左丁 上段】 ば〳〵しからぬをよしとすべし ○ひたいの際(きは)墨(すみ)はいかにもほのかに うす〳〵とあるべしそのさま雲(くも)ゐの 鳫(かり)の羽(は)をのしてかすみをのするに たぐひすといへり 【縦線有り】 打(うち)みだりのかさりの図(づ)                これは                箱の                うち                  に                 かざる                  也 【箱の中】    くし四手          はさみ ひたい       あて  そへ        すみ まゆ  つけ びん  くし びん  くし 【右丁 下段】  左 右近(うこん) あ【ママ】ふことを   待(まつ)に  月日は  こゆる    ぎの 磯(いそ)に出(いで)て     や【ママ】  今は    うら      みん  右 待賢門院(たいけんもんいん)      堀川(ほりかは) うき人を  忍(しの)ぶへし   とは おもひ  きや わか  心さへ などか  はか【ママ】  らん 【左丁 下段】  左 右大将(うたいしやう)道綱(みちつなの)母(はゝ) たえぬるか  影(かげ)たに見えは とふへき     を かたみの  水は みくさ  いに   けり  右 宜秋門院丹後(きしうもんいんたんご) なにと   なく 聞(きけ)は   なみた     そ  こほれけ【ママ】る 苔(こけ)の  袂(たもと)に かよふ  松(まつ)かせ 【右丁 上段】 もとゆひ箱        但しふたばかり    の図(づ)        をもちゆ これは           まるゆひ はこの           ひらゆひ ふたに           のし  かざる 【箱の中】   こんぶ  なり   基巾      ききん                 壱わげ                 壱なる 【縦線有り】 髪(かみ)は当世(たうせい)のゆひやうしな〳〵ありと いへともみな遊女(ゆうぢよ)などのゆひ始(はじ)めて はやり出す物(もの)なればいづれ其風(そのふう)はでに していやしく見ざめのする物也 只(たゞ)それ〳〵 のにあはしき風(ふう)にゆひ給ふべしさり ながら御所方(ごしよがた)武家(ぶけ)方 町(まち)方の風(ふう)と それ〳〵のわかちもあればとかく其処(そのところ) のふうに随(したが)ふへし古風(こふう)なるがよしとて むかしの髪(かみ)のゆひやうにもならず 【左丁 上段】 わかき女中は時(とき)の風俗(ふうぞく)にしたがふは宜(よろ) しけれどもあまり目(め)にたゝぬやうに ゆひ給ふべし老(おひ)たる人のくせとして 我(わが)わかゝりし時(とき)の風(ふう)をいひ出して 今の風(ふう)をそしる物なれど是(これ)大(おゝい)なる あやまり也 万(よろつ)のことにとき〳〵うつりか はる事は髪(かみ)の風(ふう)ばかりにあらず小袖(こそで) の染色(そめいろ)もやう其外(そのほか)櫛(くし)かうがいのなり まで十年廿年の内にはこと〳〵くかはる物也 かはればこそ職人(しよくにん)も商人(あきんど)もはんしやう 【縦線有り】 櫛(くし) 笥(げ) 【右丁 下段】  左 馬内侍(むまのないし) あふことは   是(これ)やかぎり        の たひ  ならん 草(くさ)の  まくら    も 霜(しも)かれ   に  けり  右  嘉陽門院(かやうもんいん)      越前(えちせん) 夏引(なつひき)の  手(て)ひき     の 糸(いと)のとしへ    ても たえぬ   思ひに  むすほゝれ       つゝ 【左丁 下段】  左 赤染衛門(あかそめゑもん) つねよりも  またぬれ   そひし  たもとかな むかし   を  かけて   おつる【ママ】  なみた     に  右 二条院(にでうのいん)     讃岐(さぬき) 一 夜(よ)とて  こかれし   床(とこ)の    さむし      ろ       に やかても  ちりの つもり  ぬるかな 【右丁 上段】 する事なり ○白粉(をしろい)はうすきがよしつねに顔(かほ)を能(よく) みがきて薄(うす)く付れはそこつや【底艶】あり て美(うつく)しき物(もの)なり ○歯黒(はぐろ)は毎朝(まいてう)すべし歯(は)さきの白(しろ)く はけたるは見くるしき物(もの)なり総【惣】じて 女のけわいは早朝(さうてう)の事(こと)なり人 未(いま)だ おきざるうちに顔(かほ)あらひ髪結(かみゆふ)こと 女の作法(さほふ)なり 【縦線有り】 角盥(つのたらい)    粉(ふん)        黛(たい) 鏡台(きやうだい) 【左丁 上段】  春秋(はるあき)祝(いわ)ひ月(づき)の事《割書:并 吉書哥|  七夕哥》 【縦線有り】 正月を睦月(むつき)といふことは常(つね)にうと〳〵 しき一門(いちもん)一家(いつけ)友(とも)ほうばいまでも日毎(ひこと) により来りて酒宴(しゆえん)しむつましく交(まじは)る より名付しとかやしめかさりは是(これ)ぞ 神(かみ)の御国(みくに)のしるしにて門(かど)に松竹(まつたけ) 立るは蓬莱山(ほうらいさん)をかたどり不老不死(ふらうふし) のことぶきをいはふ総(すべ)【惣】て此月は年(とし) の始(はじめ)月日のはじめ何(いづ)れめでたきことを 取そろへ一年の凶事(けうじ)をのぞき吉事 をまねくのいわれなり 書初の哥 あら玉のとしのはじめに筆(ふで)とりて  よろつのたからかきぞをさむる われ見ても久しくなりぬ住(すみ)よしの  きしの姫(ひめ)まついく代(よ)へぬらん 【右丁 下段】  左 和泉式部(いつみしきぶ) もろともに  苔(こけ)の   下には 朽(くち)す  して うつもれ    ぬ 名(な)を  見るぞ  かなしき  右 小(こ)     侍(じ)     従(しう) しきみ   つむ  山路(やまぢ)の    露に  ぬれにけり あかつき    おきの すみ  そめの袖(そで) 【左丁 下段】  左 蔵人左近(くらんどさこん) 沼(ぬま)ことに  袖(そで)はぬれ     ける あやめ   くさ こゝろに  にたる   ねを もとむ   とて  右 後鳥羽(ごとばの)     院(いん) 心(こゝろ)して 下野(しもつけ)  いたくな なきそ  きり〳〵す かことかまし      き  老(おひ)の   ねさめ     に 【右丁 上段】 君(きみ)が代(よ)はちよに八千世(やちよ)にさゝれ石の  いわほとなりて苔(こけ)のむすまで 君か代は天(あま)の羽衣(はころも)まれにきて  なづともつきぬいわほなるべし 春(はる)たつといふばかりにやみよしのゝ  山もかすみてけさは見ゆらん 【挿絵あり】 【左丁 上段】 七月を文月(ふみつき)といふは文書(ふんしよ)の虫(むし)はらひ するより名付るとなり盂蘭盆(うらんぼん)は 目蓮(もくれん)母(はゝ)の為(ため)に十五日に行(おこな)はれし法(ほう) 会(え)にて日本(につほん)にては聖武天皇(せうむてんわう)天平(てんへい) 五年七月に始(はじめ)て行(おこな)はれしより始(はじま)る 此月 諸人(しよにん)踊(をどり)をなすは秋(あき)は律(りつ)にして 人の心も陰(いん)になるゆへ引(ひき)立んとの ことにて始(はじめ)しとなり又 家々(いへ〳〵)の門(かと)にとも す灯籠(とうろう)は亡者(もうじや)の為(ため)とかや哥に  なき人の闇路(やみぢ)てらせとともす火(ひ)を   おのがためとてをどるうなひ子 七夕祭(たなはたまつり)を乞巧奠(きつこうてん)といふはよきことをね がふゆへなりとぞ五色(ごしき)の糸(いと)を棹(さほ)に かけ借物(かしもの)を備(そな)ふ何事にても一ツ祈(いのり) ぬるに三年の内にかならす成就(じやうじゆ)する ことをいひのこせり 【右丁 下段】  左 紫式部(むらさきしきぶ) 見し人の   煙(けふ)り     と なりし  ゆふべ    より なぞ   むつまし      き  塩(しぼ)かま【濁点の打間違い】    のうら  右 弁内侍(べんのないし) をく露(つゆ)は  草葉(くさば)    の うへと   おもひ    し     に 袖(そで)さへ   ぬれて 秋(あき)は   来(き)に     けり 【左丁 下段】  左 小式部内侍(こしきぶのないし) しぬばかり  歎(なけ)きに こそは  なけき   しか いきて  とふへき みにし   あら    ねば  右 少将内侍(せうしやうないし) 恨(うらみ)てもなきて       も  なにを   かこたまし 見し夜(よ)の  月の   つらさ    なら     では 【右丁 上段】 七夕(たなはた)のうたづくし  たなばたのいのる手向(たむけ)やしげからん   あけてそかへるかぢのことの葉(は)  夜(よ)もすから星合(ほしあい)の空(そら)にたてまつる   香(かう)のけふりや雲(くも)となるらん  七夕の逢ふ夜(よ)の庭(には)にをくことの   あたりにひくはさゝがにのいと  たきものを雲(くも)の衣(ころも)に匂(にほ)はせて   七夕つめのくれをまつらむ  しら露(つゆ)の玉(たま)のをことの手向(たむけ)して   庭(には)にかゝくる秋(あき)のともしひ  七夕のいほはたたてゝをるぬのの   あきさり衣(ころも)たれかそめけん  天(あま)の川くらしかねたるともし妻(つま)   わたるをいそくぬさ手向(たむけ)なり  かきつくるかぢの七葉(は)のおもふこと 【左丁 上段】   なをあまりある秋の夕くれ  七夕のたへぬ契(ちぎ)りをそえんとや   はねをならぶるかさゝぎのはし  ひこ星(ほし)の天(あま)の岩舟(いはふね)ふなでして   こよひやいそに磯(いそ)まくらする  天の川こよひあふせのゆくすえを   万代(よろづよ)かけてなをちぎるらん  ひとゝせに一夜(ひとよ)とおもへと七夕の   あひ見ん秋のかぎりなきかな 【縦線有り】 【挿絵】 【右丁 下段】  左 斎宮女御(さいくうにようこ) なれ行(ゆけ)は うき世  なれはや 須磨(すま)の  あまの しほやき   ころも まとを  なるら    ん  右 伊勢(いせの)      太輔(たゆふ) わかれにし   その日はかり        は  廻(めぐ)り    来(き)て またも  かへらぬ 人そ  かなし    き 【左丁 下段】  左 清少(せいせう)    納言(なこん) たより   ある 風(かぜ)もや   ふくと 松(まつ)しま    に よせて   久しき あまのつり舟(ふね)  右 土御門院(つちみかどのいん)小宰相(こざいしやう) 春(はる)はなを  かすむに つけて  ふかき夜(よ)      の あはれを  見する 月の  かけ   かな 【右丁 上段】 新改(しんかい)御所言葉(ごしよことば) 【縦線有り】 小そてを     ごふくといふ おびを      おもじといふ 夜着を      よるの物といふ かやを      かちやうといふ ぬのこを     おひえといふ わたを      おなかといふ ゆぐを      ゆもじといふ しめしを     むつきといふ 紅粉を      おいろといふ 水を       おひやといふ 米を       うちまきといふ めしを      ぐごといふ さけを      くこんといふ みそを      むしといふ ごとみそを    さゝぢんといふ せきはんを    こわぐごといふ もちを      かちんといふ ちまきを     まきといふ ぼたもちを    おはぎといふ 【左丁 上段】 あづきもちを   あかのかちんといふ よもぎもちを   くさのかちんといふ しんこを     しらゐとゝいふ さゝげのしんこを ふじのはなといふ そうめんを    ぞろといふ でんかくを    おてんといふ しやうゆうを   おしたじといふ とうふを     おかべといふ とうふのかすを  からといふ だんこを     いし〳〵といふ なすびを     なすといふ 大こんを     からものといふ ごぼうを     ごんといふ 香のものを    かう〳〵といふ くきを      くもじといふ さかなを     おまなといふ たいを      おひらといふ いわしを     おほそといふ たこを      たもじといふ あまざけを    あまくこんといふ 【右丁 下段】  左 大弐三位(だいにのさんみ) うたかひし  いのちはかり        は ありなから ちきり    し  中の たえぬへき     かな  右 八条院高倉(はちてうのいんたかくら) くもれかし  ながむる   からに 悲(かな)し   きは 月におほゆる  人の   をもかけ 【左丁 下段】  左 高内侍(たかのないし) 独(ひと)りぬる    人や しるらん     秋(あき)の ながし   夜(よ)を   と たれか  君(きみ)に   告(つぐ)ら     ん  右 後嵯峨院(ごさがのいん)中納言典侍(ちうなごんのすけ) いつはりと  思(をも)はゞ【ママ】     人も ちきり   けん  かはる   ならひ      の   世(よ)こそ     つら      けれ 【右丁 上段】 女中(ぢよちう)五性(ごしやう)【注①】名頭(ながしら)字(じ) 【縦線有り】 木性(きしやう)【隅黒四角の中】福(ふく ) 繁(しげ) 半(はん) 文(ふみ) 満(みつ) 道(みち) 米(よね) 国(くに) 光(みつ) 留(とめ) 金(かね) 由(よし) 沢(さは) 連(れん) 類(るい) 谷(たに) 弁(へん) 竹(たけ) 梅(むめ) 輪(りん) 麻(あさ) 頼(らい) 蘭(らん) 房(ふさ) 品(しな) 勘(かん) 富(とみ) 大(だい) 運(うん) 勘(かん)【四字上と重複】 火性(ひしやう)【隅黒四角の中】床(ゆか) 吉(きち) 【左ルビ:よし】岩(いわ) 虎(とら ) 幾(いく) 庫(くら) 久(ひさ) 菊(きく) 花(はな) 為(ため) 艶(つや) 吟(ぎん) 越(ゑつ) 塩(しほ) 猶(なを) 益(ます) 園(その)【注②】 延(のぶ) 梶(かぢ) 玉(たま) 金(きん) 曲(くま) 亀(かめ) 源(げん) 高(たか) 極(きは) 今(いま) 国(くに) 薫(くん) 蝶(てう) 土生(つちしやう)【隅黒四角の中】重(しげ) 中(なか) 島(しま) 蝶(てう) 伝(でん) 楠(くす) 長(ちやう) 徳(とく) 六(ろく) 藤(ふぢ) 町(まち) 楽(らく) 滝(たき) 等(しな) 陸(りく) 流(りう) 千(せん) 政(まさ) 丹(たん) 笛(ふえ) 台(たい) 大(だい) 金性(かねしやう)【隅黒四角の中】幸(ゆき) 恒(つね) 好(よし) 熊(くま) 安(やす) 由(よし) 市(いち) 峯(みね) 縫(ぬひ) 豊(とよ) 民(たみ) 門(もん) 坂(さか) 楽(らく) 糸(いと) 末(すへ) 浜(はま) 愛(あい) 閑(かん) 里(さと) 常(つね) 鳴(なる) 鶴(つる) 雪(ゆき) 毎(こと) 茅(かや) 文(ふみ) 与(あて) 中(なか) 虎(とら) 水性(みづしやう)【隅黒四角の中】継(つぐ) 千(せん) 種(たね) 秋(あき) 常(つね) 哥(うた) 松(まつ) 晴(はる) 善(ぜん) 石(いし) 岩(いわ) 政(まさ) 光(みつ) 月(つき) 市(いち) 十(じう) 作(さく) 勝(かつ) 七(しち) 三(さん) 小(しやう) 春(はる) 次(つぐ) 琴(こと) 崎(さき) 京(きやう) 谷(たに) 元(もと) 宮(みや) 脇(わき) 才(さい) 村(むら) 霜(しも) 初(はつ) 清(せい) 関(せき) 辰(たつ) 空(そら) 木性は水性の文字。火性は木性の字。土生は 火性の字。金性は土生の字。水性は金性の字よし 【注① 五性……五行思想で、人は木火土金水のいずれかをその本性として持つと考える場合、五行を五性という。日本では五行の相生(そうせい)、相剋(そうこく)の順によって相性(あいしょう)のよしあしがいわれる。『日本国語大辞典より】 【注② 振り仮名から、「園」が考えられるが字面は門構えに見え、「門+遠」は辞書に見当たらない。】 【右丁 下段】  左 一宮紀伊(いちのみやきい) 浦(うら)かせに   吹(ふき)あけの はまの  浜(はま)   千(ち)    鳥(とり) 浪(なみ)たち  くら   し  夜半(よは)に   なく    なり  右 式乾門院(しよくけんもんいん)御匣(みくしげ) 身(み)をさらぬ  おなし   うき    世と おもはす     は  岩(いは)の中    をも  たつねみて    まし 【左丁 下段】  左 相模(さかみ) もろともに  いつか    とく      へき あふ事    の  片(かた)むすひ    なる 夜半(よは)の  下ひも  右 藻壁門院(さうへきもんいんの)少輔(せうゆふ) それをたに  心のまゝの 命(いのち)とて やす〳〵【「く」の誤】も  恋(こひ)に   身(み)    をや  かへてん 【両丁 上段挿絵】 【右丁 下段】 今川(いまがは)になそらへ て自(みつから)をいましむ 制詞(せいし)の条々(てう〳〵) 一 常(つね)の心(こゝろ)さしかたま  しく女(をんな)のみち 【左丁 下段】  明(あき)らかならさる事 一わかき女 無益(むやく)の  宮寺(みやてら)へ参(まい)り楽(たの)  しむ事 一 少(すこし)きあやまちとて 【右丁 上段】 【太枠の囲み内 見出し】教訓(けうくん)短我(たが)身(み)の上(うへ) ふりくらしぬる あめのうち 筆(ふで)にまかする 言(こと)の葉(は)は うはの空(そら)なる ことならず よそのことゝな 思ひそよ 人たるをやの ならひにて としのよるをば かへりみず 子供(こども)のいつか せいじんし をとなしやかに あれかしと おもふがをやの ならひなる あさ夕(ゆふ)こゝろ つくせ共 子どもはそれと 思(おも)はねど それをにくしと おもはねは 【左丁 上段】 をやたる人の あはれ也 されば天地(てんち)の その内(うち)に みちはさま〴〵 おほけれど おやかう〳〵が もとぞかし たにんの中も たのもしく 神(かみ)やほとけも まもるべし ことにをんなは ほどもなく 余所(よそ)へむかへて ゆくなれば をやにそふ間は しばしぞや 心をつくし かうなれや えんにつきての その後(のち)は とのごをあがめ かりそめも しこなしだてに ものいふな まづしき人に そふことも 【右丁 下段】  不(ず)_レ改(あらため)敗(やぶ)れに至(いた)り  て人を恨(うらむ)る事 一 大事(だいじ)をも弁(わきまへ)【辨】  なくうちとけ  人にかたる事 【左丁 下段】 一 父母(ちゝはゝ)の深(ふか)き恩(おん)を  忘(わす)れ孝(こう)のみち  疎(おろそか)になる事 一 夫(おつと)をかろしめ  われを立(たて)て天(てん) 【右丁 上段】 智恵(ちゑ)のあさきに そふことも みなえんづくの 物(もの)なれば 夫(おつと)をかろしめ かりそめも ことばをもどく ことなかれ とはずがたりに をやざとの よきうはさなど すべからず 人がきゝても おこがまし さて又しうと しうとめは 本(もと)がすゝりの たにんゆへ 心のあふは まれぞかし 何(なに)ほどあしき 人にても 又よきことの 有(ある)ものぞ あしき所(ところ)は きにとめず よきに目(め)を付 ちなむべし 【左丁 上段】 くだらぬことを いふとても まづよひ程(ほど)にあひしらひ いつぞのきげん 見あはせて しづかにわけを いふぞよき はらたつ時は たれとても よきこといへど きゝわけず しんるい中を はじめつゝ あたり出入(いでいり)の 人までも あしき人を もそらすなよ ひ人あひしらい あしければ 出入ものも うとくなり 世帯(せたい)よろづに そんおほし 人あいよきは ひともとで 手(て)もとをみずは うたがふな 【右丁 下段】  道(みち)を恐(おそれ)ざる事 一 道(みち)に背(そむき)ても栄(さか)  ゆるものをうら  やみねがふ事 一 正直(しやうちき)にして衰(おとろへ) 【左丁 下段】  たる人をかろ  しむる事 一 遊(あそ)びに長(ちやう)じ或(あるひ)  は座頭(ざとう)を集(あつ)め  或(あるひ)は見物(けんふつ)を好(すき) 【右丁 上段】 大事(だいじ)を人に かたるなよ 麤末におくる 大事のもの いちの大じは 火(ひ)の用心(やうじん) 裁(たち)縫(ぬふ)ことに きをつくせ たらんやうは しよたい向(むき) わが身(み)の程(ほど)を しるぞよき 分(ぶん)にすぎたる 衣装(いしやう)きな かりておきたる 道具(だうぐ)をば またはかる共 はやかへせ われを利口(りこう)と こゝろへて おつとの口を いひかすめ さしてゝ物(もの)を いふものは そばから見ても にくひもの 身(み)だしなみをも 伊達(だて)すぎて 【左丁 上段】 世上(せじやう)の人の 気(き)をさつし 暑(あつ)さ寒(さむ)[さ]を 思ひやれ 有徳(うとく)な人の 子なり共 はなにかけては ひけらかし 大きなかほを するものは 人のにくがる たねぞかし 人のあしきを きく時(とき)は 【縦線有り】 【挿絵】 【右丁 下段】  このむ事 一 短慮(たんりよ)にしてしつ  との心ふかく人  の嘲(あざけり)を不(さる)恥(はち)事 一女の猿利根(さるりこん)【注】に 【左丁 下段】  迷(まよ)ひ万事(ばんじ)に  つき人を譏(そしる)事 一人の中(なか)言(こと)を企(くわだて)  ひとの愁(うれひ)を以(もつ)て  身(み)を楽(たの)しむ事 【注 猿知恵に同じ】 【右丁 上段】 わが身(み)の上を かへり見よ 後生(ごしやう)ねがふと いふとても あまり出家(しゆつけ)に したしむな しうと夫(おつと)の きに入て 家(いへ)さへみごと おさむれば それがすなはち ほとけぞや いかにぜんごん なすとても 人のつまとも なるものは つまたるみちが とゝのはで 神(かみ)もほとけも うけがはず よからぬ女の くせとして くはれいに物(もの)を とりさばき しよたいのことは ゆめしらず けんぶつごのみ 物まいり 【左丁 上段】 人ごといひて じまんして なが茶(ちや)を呑む(のみ)て 気(き)みじかく ぢやうはこはくて きげんかい【機嫌買】 物をくやみて よくふかく 人のなかごと 人なぶり 鼻(はな)さきしあん とりしめず さしあししては たちぎゝし 人のはなしの 腰(こし)をおり きよくる【曲る】やうに 物(もの)いひて ゑぐりわるく あてこといひ 短気(たんき)でことを しそこない むか腹(はら)たちて こゑをはり るすにもなれは 人よせし 男(をとこ)ましりの 大ぐるひ 【右丁 下段】 一 衣類(いるい)道具(だうく)己(おのれ)  美麗(ひれい)を尽(つく)し  召仕(めしつかひ)見苦(みぐるしき)事 一 貴(たつとき)も賤(いやしき)も法(ほう)  ある事を不(す)弁(わきまへ)【辨】 【左丁 下段】  気随(きずい)を好(このむ)事 一人の非(ひ)をあげ  我(われ)に智(ち)ありと  おもふ事 一 出家(しゆつけ)沙門(しやもん)に対(たい) 【右丁 上段】 たとへみめこそ あしくとも 心はなをる 物でかし 三十二 相(さう)も むねに有 後世(ごせ)がおもしと いひなせど 陰陽(いんやう)なふては 道(みち)もなし けん女なりしも 世に多(をゝ)し をやかう〳〵に あひらしく しうとしうとめ むつましく おつと大事に 家(いへ)もちて 兄弟(きやうだい)までも いとをしみ 他人(たにん)の中も しんじつに 道をたがへず くらしては ぢごくといへど こはからず それを地獄(ぢごく)へ おとすなら 【左丁 上段】 それは閻魔(ゑんま)の あやまりぞ あさ夕(ゆふ)かゞみに むかひつゝ けしやうけはい の折からに 心のあかも 清(きよ)むべし こゝろたゞしく 身(み)を持(もち)て 子供(こども)まごども はんじやうし いく千代(ちよ)や経ん ひめ小まつ をしゆる道(みち)を まもりつゝ さかゆくすへを わかみどり いくよろづ代も にぎやかに めでたきはるを おくるべし 此国(このくに)の人の道(みち)とは      とにかくに  たゝ正直(しやうぢき)を    おしへぬるかな 【右丁 下段】  面(めん)すといふ共  側(そば)近(ちか)くなる事 一 我(わが)分際(ぶんざい)を不(ず)知(しら)  或(あるひは)驕(おごり)或(あるひは)不 足(そく)の事 一下人の善悪(ぜんあく)を 【左丁 下段】  弁(わきま)へず召仕(めしつかひ)やう  正(たゞ)しからざる事 一 舅姑(きうこ)【左ルビ:しうとしうとめ】にそまつにし  て人の譏(そしり)を得(う)る事 一 継子(まゝこ)に疎(おろそか)にして 【右丁 上段】 【太線枠内 見出し】婚礼(こんれい)式法(しきほう)指南(しなん) ○媒(なかうと)行来(ゆきゝ)して約(やく)だくを なし聟(むこ)の方(かた)より結納(たのみ)の 祝義(しうぎ)つかはすべし俗(ぞく)にた のみといふ此 礼(れい)をなしては 二たび変(へん)ずる事なき ふうふやくそくのはじめ の礼なりむかしは言入(ゆひいれ) と書たり近代(きんだい)は結納(ゆひいれ)と 書義理(ぎり)にかなひてよき とぞ其あらましは上 輩(はい) は七 荷(か)七 種(しゆ)中輩は五か 五種下は三か三種たるべし 【左丁 上段】 しうとへも太刀(たち)目録(もくろく)樽(たる) 肴(さかな)しうとめへも小袖(こそで)樽(たる) さかな何れもぶんげん 相応(さうをう)につかはすべし 舅(しうと)より聟(むこ)の方へも祝 義 同格(どうかく)たるべし女 より夫(おつと)へはつかはすに及(およば) 【縦線有り】 【挿絵】 【右丁 下段】  他人(たにん)の嘲(あざけり)を不(ざる)恥(はぢ)事 一 男(おとこ)たるには縦(たとへ)間(ま)  近(ちか)き親類(しんるい)たり共  親(した)しみを過(すご)す事 一 道(みち)を守(まも)る人を 【左丁 下段】  嫌(きら)ひ我(われ)に諂(へつら)ふ  友(とも)を愛(あい)する事 一 人(ひと)来(きた)る時(とき)わか不 機(き)  嫌(けん)に任(まか)せいかりを  伝染(うつ)し無礼(ぶれい)の事 【右丁 上段】 ざるなり今しうとより 聟(むこ)へしうぎなきは甚(はなはだ) 非礼(ひれい)なりぶんけんに おうじて樽(たる)肴(さかな)ばかり にてもつかはすべし ○婚礼(こんれい)床(とこ)のかさりは上々 のこんれいは座敷(ざしき)も新(あらた) にたて床も三げんど こたるべし二 間床(けんどこ)なら ば外に又つけ床ある べし二 重(しう)手がけとう かざり物 法(ほう)あるべし外 ̄ニ 夫(おつと)の衣服(いふく)をかけ夜着(よぎ) ふとんは納戸(なんど)にあるべし 【左丁 上段】 女房の道具は前日(ぜんしつ)に女 中きたりてかざるべし さもなきはいろなをし のあいだに付 来(きた)りたる 女中かざるべしみづし くろだなはもとふくろ棚(たな) といへども婚礼(こんれい)にふく ろといふ言葉(ことば)をいみて 黒(くろ)だなといふなり是に かざるたうくおき処(ところ) あり貝(かひ)おけは床(とこ)に錺(かさ)る べし床なくは納戸(なんど)の 戸(と)をあけていづれもみ やるやうにかざるべし女房 【右丁 下段】 右此 条々(でう〳〵)常(つね)に心(こゝろ) にかけるべき事 珍(めづ)らしからずと いへども猶(なを)もつて 慎(つゝ)しむべき事也 【左丁 下段】 先(まづ)家(いへ)を守(まもる)べき には志(こゝろさし)すなほに して毎事(まいじ)我(われ) をたてず夫(おつと)の 心に随(したが)ふべしそれ 【右丁 上段】 のいふくは別(べつ)にいかうに かけてかざるべし上 輩(はい) はその夜七ツかけ三ツめに とりかへて五ツかけ五ツめに 三ツかけべし衣桁(いこう)は二ツ も三ツもあるべし手ぬ ぐひかけはいかうより上 座たるべし寐間(ねま)には 女房のもたせたる夜着(よぎ) ふとんけしやうの間な くば爰に化粧道具(けしやうだうぐ)を かざるべしびやうぶなと は其 夜(よ)たつべからずよく 日見あはせてよき所に 【左丁 上段】 立べし大かいかくのごとし ○小袖台(こそでだい)につみやうは つねのごとくにして袖を かへさぬなり ○むかひ小袖とて其夜(そのよ) にいたりむこの方より 遣(つか)はすなり小袖一かさ ねなり襟(ゑり)と襟(ゑり)とを あはせいとにてとぢる なりとぢやう口伝(くでん)あり ○輿(こし)うけ取わたしは 家(いへ)のおとなたがひに 出て門前(もんぜん)にむしろを 敷(しき)こしをすへたがひに 【右丁 下段】 天(てん)は陽(よう)にして強(つよ) く男(おとこ)のみち也 地(ち)は陰(いん)にして和(やはらか) く女の道(みち)なり 陰(いん)は陽(やう)にしたがふ 【左丁 下段】 事天地 自然(しぜん) の道理(どうり)なるゆへ 夫婦(ふうふ)のみち天地 に縦(たとへ)たれは夫を 天のことく敬(うやま)ひ 【右丁 上段】 祝義(しうぎ)をのべてそれより 此方の人こしを請取(うけとり) なり貝桶(かいをけ)あらばこし の次(つぎ)に是もおとなしき 人請取わたしあるべし ○夫(おつと)へ女より持参(ぢさん)は小袖 一かさね上下一 具(く)上帯(うはをび) 一 筋(すじ)下おび一筋 扇(あふぎ)一本 畳紙(たとうがみ)五くみ刀(かたな)一こし 以上七種ひろぶたにて 出すなり ○上らう出立(いでたち)は下に白 小袖上に幸菱(さいわいびし)の白小袖 を着(き)ねりの白きあはせ 【左丁 上段】 をかつき座(ざ)につきて此 あはせをすぐにこしまき にするなり ○夫婦(ふうふ)座(さ)のことはおつと は客位(きやくい)婦(おんな)は主位(しゆい)に座(さ) すべしあまりに真向(まむき) に座(ざ)せず少しすみ 【縦線あり】 【挿絵中の文字】 二重   左   ゑび こぶ くり          かき いわし かうじ             手掛(てかけ)                右              くしこ              くしあはび              まきするめ              小鳥やきて   梅干  こい     むすびのし       の汁      かま                ぼこ       食 腹  あわせ     饗食膳(きやうしよくぜん) 【右丁 下段】 尊(たふと)ふは是 則(すなはち)天地(てんち) の道(みち)也されは幼(いとけなき) より心はへやさし く直(すなほ)なる友(とも)に 交(まじは)りかり初(そめ)にも 【左丁 下段】 猥(みたり)かはしく賎(いや)しき 友に近(ちか)よるへからす 水(みづ)は方円(ほうゑん)の器(うつはもの) に随(したか)ひ人は善悪(せんあく) の友(とも)によるといふこと 【右丁 上段】 かへるやうに座すべし ○三ツ盃(さかづき)せんぶとうの 次第(しだい)は二重手がけ饗(きやう) の膳(せん)せきれいの台(だい)ほ うらいの台(たい)置(をき)鳥おき 鯉(こい)へいじ三ツさかづき 銚子(てうし)ひさげをかざり置 なり平(へい)人は分限(ふんげん)に応(をう) じ床(とこ)のかさりすべし 手がけ三ツ盃(さかづき)はかならず 有べし扨(さて)待(まち)上らう娵(よめ) を化粧(けしやう)の間へいざない ゑもんなとつくろひ て座敷(さしき)へつけ座(さ)さだ 【左丁 上段】 まりて先手かけを出し 待上らう目出度あ いさつして夫婦(ふうふ)にのし こんぶかちぐりを取て まいらすべし扨おと なしき女房二人かざ りたるへいじを取て 下座にさがり杓(しやく)とり 二人 銚子(てうし)提(ひさけ)を取(とり)て 下座(げさ)にさがり扨へいじ の男蝶(をてう)を取てあを むけにをき酒(さけ)を提(ひさげ)に うつし又 女蝶(めてう)を取て 男蝶(をてう)の上にうつむけ 【右丁 下段】 実(まことなる)哉(かな)爰(こゝ)を以(もつ)て よく家(いへ)を治(おさむ)る 女は正(たゞ)しき事(こと)を 好(この)むよし申 伝(つたふ)る なり人の善悪(せんあく)を 【左丁 下段】 知り給ふべきは其 人の親(したし)む輩(ともから)を見 て伺(うかゝ)ひ知(し)るといふ 事あれは誠(まこと)に 恥(はつか)しき事なり家(いへ) 【右丁 上段】 にかさね是もさけを ひさげにうつし扨 提(ひさげ) より銚子(てうし)へよきほどに うつして杓(しやく)わがまへ にひかへて待べし扨ひき わたし出 夫婦(ふうふ)と待上 らうにすへしそのとき 本 杓(しやく)三ツ盃(さかづき)を娵(よめ)の まへに持参(ぢさん)すよめ其 上の盃(さかづき)にてする時は 床(とこ)にかざらずかつ手 より出べし錫(すゞ)には 蝶(てう)を付ることなし ○色(いろ)なをしはむかし 【左丁 上段】 は三ツめ五ツめに色をな をしつれども近代(きんだい)は 九こんすぎてなをす ことになりぬよろしき 礼(れい)なりとぞ此とき よめはむかい小袖を着夫 はよめより持参(ぢさん)の小袖上 下 ̄モ たるべし右ふうふ のさかづき夫より呑(のみ)は じめ女にさすといふ流(りう) ありよく〳〵道しれる 人にたづねさだむべし ゆるかせにすべからず ○舅(しうと)げんざんの事は右 【右丁 下段】 を乱(みだ)す女はかた ましく気隋(きずい)なる 事をこのむといへ は朝夕(あさゆふ)われと心を かへりみてあしき 【左丁 下段】 をさり善(ぜん)に移(うつ)り すむへし五常(ごじやう) の理(り)をうけて 生(むま)れたりといへ共 或(あるひ)は善(ぜん)人となり 【右丁 上段】 の祝儀(しうぎ)すみて待(まち)上 らういざなひしうとの 前(まへ)に出べしよめより舅(しうと) 姑(しうとめ)其外こじうと等迄 小 袖(そで)樽(たる)さかな相応(さうをう)の 祝義有べし盃(さかづき)はまづ 手がけを出し扨三ツさ かづき出引わたしを舅(しうと) 姑(しうとめ)よめ三人へすへ舅三 こんのみてよめにさす 嫁(よめ)二こんのむときに舅 三こんのみてよめに指(さす) よめ二こんのむときにし うとより引出物(ひきでもの)ある 【左丁 上段】 べしよめ一こんくわへ 舅(しうと)へかえすしうと三 こんのみておさむる也 こゝにて打み出す平(へい) 人ならば雑煮(さうに)也しう とめ第一こん呑(のむ)と提(ひさげ) より銚子(てうし)へさけを少 【縦線有り】 【挿絵と説明】  三ツ盃(さかつき)     置(をき)     鳥(とり) 置(をき) 鯉(こい) 【右丁 下段】 あるひは悪(あく)人と 替(かは)る事 皆(みな)いとけ なきよりの習(ならひ)に よるへし男子(なんし)には 師(し)をとり身(み)を脩(おさむる) 【左丁 下段】 道(みち)をならはしむる も有といへとも女 としては学(まな)ふ者 希(まれ)也此 故(ゆへ)に女の 法(ほう)ある事をしらす 【右丁 上段】 くはふ此 夜(よ)しやくを結(むすぶ) といふはこゝなり扨一こん くわへて以上三こん也 酌(しやく)人其 盃(さかつき)を夫(おつと)に持(ぢ) 参(さん)すおつと二こん呑 とき酒をくわゆ以上 三こん右のごとし其か はらけを下へかさねて 床(とこ)に直(なを)すべし次(つぎ)に雑(ざう) 煮(に)を出す此度は盃(さかづき)を 夫へ持参(ぢさん)す夫のみ様 初のごとくしてよめ《割書:ニ》差(さし) 嫁(よめ)も初のごとくのみて 盃(さかづき)を下へ重(かさね)て置(をく)を 【左丁 上段】 床(とこ)になをし扨ひれ の吸物(すいもの)出す此たびは 初のことく嫁(よめ)のみて夫 にさす呑(のみ)やう初のご とし以上三々九ど也 扨おつと座を立てく つろぐ扨 吸物(すいもの)出て待 上らう共 盃(さかづき)右のごとく 有べし此こん過(すぎ)て嫁(よめ) 色(いろ)なをしすべし扨夫 出て座(さ)につきて其時 食(しよく)を出す五々三にても 五三二にても分限(ぶんげん)によ るべし高砂(たかさご)の台(だい)など 【右丁 下段】 かたましく邪(よこしま)に なりゆく事 誠(まこと)に 口惜(くちをしき)次第(しだい)也いく 程(ほど)なく他(た)の家(いへ)に 行(ゆき)夫(おつと)に随(したが)ひ舅(しうと) 【左丁 下段】 姑(しうとめ)につかふる身(み)なれ は父母(ちゝはゝ)の許(もと)に留(とゞま)るは 暫(しばらく)のうちなれは孝(かう) 行(こう)を尽(つく)す事 第(だい)一也 面(おもて)に白粉(はくふん)【左ルビ:をしろい】を錺(かざり)髪(かみ) 【右丁 上段】 あらば此とき出すべし 酒(さけ)もかんをすべしさて 菓子(くはし)を出す五 種(しゆ)か七 種(しゆ)あるひは折(をり)三方にて も扨 茶(ちや)出て夫立て くつろぐべし錫(すゞ)にて二 のかはらけにて三こんのみ てよめにさす嫁(よめ)二こん 呑(のむ)ときしうとめより引 出物(でもの)有べし嫁一こんく わへてしうとめへかへす しうとめ三こんのみて 納(おさむ)るなりこゝにてわた入 平(へい)人は吸物(すいもの)遣すよめ第 【左丁 上段】 三の盃にて一こんのみて しうとにさす舅(しうと)三 こんのみて嫁(よめ)にかへす よめ二こん呑(のみ)て姑(しうとめ)にさす 姑三こんのみて納(おさむ)るなり 是にてしうとしうとめ 嫁いづれも三々九ど也 酌(しやく)くはへ右のごとし ○聟(むこ)入は手かけ置鳥(をきとり)置(をき) 鯉(こい)とうのかざりを長持(ながもち) に入てしうとの方へ遣(つかは)し ほかいに五百八十の餅(もち)を 入て遣(つかは)す半切(はんぎり)に入るは 本式(ほんしき)にあらず舅(しうと)姑(しうとめ)へ 【右丁 下段】 形(かたち)を粧(よそほ)ふのみにて 心のゆがみを揉(ためん)と する人 稀(まれ)也心さし 直(すなほ)に貪(むさぼ)る事なくは 貧(まづしく)おとろへたり共 【左丁 下段】 恥(はぢ)ならす邪(よこしま)なれは 富(とめり)と云は智(ち)ある人に 疎(うと)まれぬへし総(さう)【惣】して 我(わが)善悪を知(し)らんと思 は夫の心 穏(おだやか)ならば 【右丁 上段】 祝義右の心なり盃の 次第(しだい)三々九 度(ど)もしうと けんざんのごとく也 ○舅(しうと)入の事右 聟(むこ)入かくを 以てしんしやくあるべし 総【惣】して式法(しきほう)あるひは 過(すき)あるひはおよはざるは 礼(れい)にあらず中にも こんれいは賤(しづ)の男(を)賤(しづ) の女(め)も相応(さうをう)の礼(れい)をば かくべからず先祖(せんぞ)より子(し) 々孫々(しそん〴〵)にいたる迄の吉(きつ) 凶(けう)を相 定(さたむ)る所なれば よく〳〵尋(たづね)はからふべし 【左丁 上段】 男(を)てふのをりかたを松とゆ づり葉と銚子(てうし)の口へ金水引(きんみづひき) 五筋(すし)にてむすび付水引に からみかける 【男蝶,女蝶に折った図】 男(を)   女(め) 蝶(てふ)  蝶 女(め)てふはをりかたを松(まつ)と橘(たちばな)と かんなべの口にむすび付て銀(きん) 水引にて男(を)てふの通(とをり)にすべし 瓶子(へいじ)  【二本の瓶子の図】 【右丁 下段】 わか行(おこなひ)善(ぜん)と思ふへし せはしく短慮(たんりよ)ならば 我(わが)心 正(たゞ)しからさると 知(しる)へし人を召仕(めしつか)ふ こと日月(じつけつ)の草木(さうもく) 【左丁 下段】 国土(こくど)を照(てら)し給ふ ことく心(こゝろ)を廻(めぐら)し 其(その)人々に随(したがつ)て 召仕(めしつかふ)へき事也 【右丁 上段】 提(ひさげ) 提(ひさげ)の手(て) を長柄(なかえ) の通(とをり)に紙 にて十二まくなり         長柄(なかえ)のゑ    銚(てう)   をまくは         月の数(かず)に          なぞらへ    子(し)   十二 巻(まく)閏(うるふ)有         年は十三也 【左丁 上段】 【太線の囲み 見出し】女 文章(ぶんしやう) 十二つき   正月  《割書:御とし| こさせ》 あ(新)ら玉の    《割書:給ふ| へし|  と》    御いわひ 《割書:めて| たく》  い つ(何方)かたも  《割書:存まいらせ候》め てた(目出度)く 申おさ(納)めまいらせ候           こと(殊)に  の と(長閑)やか【ルビ「長閑」に更に「のとか」のルビあり】      にて 《割書:猶》  その御もと 《割書:すへ》     まいらせ候   お子 《割書:はん》   様かた 《割書:しやう|  に》 《割書: さかへ|  給はんと》 御 そく(息災)         才   《割書:思ひ|  まいらせ候》にて    《割書:めてたく| かしく》【注】 【右丁 下段】  女(おんな)手(て)ならひ  教訓(きやうくん)の書(しよ) 古(いに)しへは物(もの)かゝ ぬ人も世(よ)におほ かりしとは聞(きけ) 【左丁 下段】 共 今(いま)此(この)めて度(たき) 御代(みよ)にむまれ て物(もの)をかゝねは 常(つね)にふじゆう なるのみにあら 【注 下記のネット情報参照 http://www.bekkoame.ne.jp/ha/a_r/D1edo9.htm】 【右丁 上段】  初春 御返事 御し(示)めしのと を(通)り とし(年)たちかへり候へは         よも(四方) の けし(気色)きも     ひ とし(一入)ほ しつ(静)やかとて     めてたく そんしまいらせ候その 御もとさま さそ(嘸)〳〵 御 に(賑)きはしくおはし まし候はんと さつ(察)し まいらせ候 いく(幾)ちよ(千世)の御 いわゐめてたく      かしく 【左丁 上段】  二月 明(みやう)日 ひかん(彼岸)まいりの も や(催)うしとて      こ ゝも(爰元)と やう(家内)ち み(皆)な〳〵       まいり まいらせ候御まいり       なされ候はゝ 御 とふ(同道)〳〵いたし 候べく候少々 へん(弁当)         たう 持(もた)せまいり候此 かた(方)へ さして御 こし(越)まち入 まいらせ候子とも衆        ふたり なから御 つれ(連)候べく候       かしく 【右丁 下段】 す人と交(まじは)りて 見おとされわら はるゝ事(こと)あれは 口(くち)をしき事そ かしされは上(かみ)は 【左丁 下段】 れき〳〵より軽(かろ) き下々まても 先(まづ)手(て)ならふ事 をおしゆるは 何国(いづく)も同(をな)しこと 【右丁 上段】  御返事 よ(能)くも御しらせ       給り かた(忝)しけなくそんし まいらせ候 こな(此方)たにも まい(参)り た(度)く思ふ折 ふ(節)しに候へは御 と(供)も        いたし たくそんしまいらせ候 そな(其方)たさまへ     さして そう〳〵まいり 候べく候   かしく 【左丁 上段】   三月 つゐ(遂)に しほ(汐干)ひ     まいり いたしたる御事 御さなく候 せつ(節句)くには かならす〳〵御さそひ 給るへく候そもしさま 御まいりならは      ぬし(主)も 御 かて(合点)んにて       御さ候 ひと(偏)へに     た の(頼)み入まいらせ候 その は(筈)つになされ         給り 候べく候    かしく 【右丁 下段】 なり中(なか)にも 女子(によし)は年(とし)もつ もれは物縫(ものぬふ)わさ を学(まな)ふものなれは いとけなきより 【左丁 下段】 外(ほか)のわさを置(をい)て まつ習(ならふ)へし第(だい)一 女子は一生(いつしやう)を親(おや) の許(もと)にてはくら さすおとなしく 【右丁 上段】   御返事  御文給り   《割書:四日| 五日》   なかめ(詠)    《割書:も》 《割書:おなし| 御事に》 入まいらせ候  《割書:候間》   さて        しも すみよ(住吉)し   まふ(詣)ての 《割書:その| 御心へ》   御事  三日は    あま(余)り 《割書:おはし| まし》  人 こみ(込)て 《割書:まいらせ候|  めて》  まゝ   《割書:たく| かしく》   四月 此中(このぢう)はよふ■〳〵 花(はな)さら(皿)御もとめ       なされ 御こし給り     うれ     しく 【左丁 上段】 そんしまいらせ候        扨しも 庭(には)の卯(う)の花一 もと(本) おくり(送)まいらせ候それに つき(就)まし日よりよく 多く御 たんじ(誕生)やうまいり なされ候はゝ御とも       いたし 候べく候     かしく 【右丁 下段】 成(なり)ては余所(よそ)へ 嫁(か)してゆく〳〵は 他人(たにん)の中(なか)の住(すま) 居(ゐ)しておくる ものなれは縦(たとへ) 【左丁 下段】 親里(おやざと)よろしく みめ容(かたち)よく生(むま)れ 付(つき)ても物(もの)かく事 のつたなけれは 夫(おつと)の方(かた)の親類(しんるい) 【右丁 上段】   御返事 見こと 《割書: さいわひ》    なる《割書: 花の》     卯(う)の 《割書:しつく》 《割書:御身|こしらへ》 花 《割書:もとめに|まいり》  たく(沢山)さん 《割書:たく| 候》 《割書:なされ》  に    給(たまは)り 《割書:こなたへ》   か す(数〱)〳〵 《割書:御こし| まち入》 御 嬉(うれ)しく  なかめ(詠)入 《割書:候べく候》 まいら        せ候  めてたく   かしく 【左丁 上段】   五月 あや(菖蒲)めの   御いわひ     めてたく 申 納(をさめ)まいらせ候   是は     さもしき ものに   候へとも      ちまき(粽) 五 れ(連)ん を(送)くり    まいらせ候  せんもし【注】は     何より      見事 ゆかた(浴衣)   なる  おしほ     かたへ   御とらせ給り 扨〳〵  よろこひ(悦)    まいらせ候     めてたく      かしく 【注 「先文字」=先日】 【右丁 下段】 中(ぢう)また出入(いでいる)もの にも見(み)けなされ て中(なか)〳〵はつ かしき事 多(をほ)し 又(また)手(て)なとうつく 【左丁 下段】 しう書(かき)ぬれは をや達(たち)をも人 のほめるもの なれは孝行(こう〳〵) の一ツなり折(をり)ふし 【右丁 上段】   御返事 しやうふの御こと       ふき        とて いつも〳〵うつく(美敷)しき 御ちまき十(と)ふさ(房)       給り かず(数々)〳〵うれしく いわゐ(祝)まいらせ候        とれ 〳〵さまへも    よろ しく(宜敷) 御心へ給るへく候        ちと 〳〵御こし(越)まち入 まいらせ候めてたく        かしく 【左丁 上段】   六月 内々(ない〳〵)御や くそ(約束)くいたし まいらせ候とをり        こん(今)日 ふな遊(あそ)ひに参り候 此 はう(方)の はま(浜)にふね つな(繋)かせしそう〳〵 御出なされまいらせ候        ことしは ね(練)り物(もの)も     多(おほ)く候よし すい(随分)ふんはやく      まいらるへく候 いそひて〳〵御出       まち入 候べく候めてたく      かしく 【右丁 下段】 の文(ふみ)のとりかはし にも筆(ふで)かなはねば ぶんしやうもふつゝ かさに先(さき)にて打(うち) 寄(より)わらひ草(ぐさ)と 【左丁 下段】 なるこそほゐ なけれ召(めし)つかふ 下々(した〳〵)さへ物(もの)なと 能(よく)書(かき)ぬれはそだ ちの程(ほど)おもはれ 【右丁 上段】   御返事 御文のおもて(表)   詠(ながめ)入まいらせ候 《割書:しかし》  成ほと  《割書:げい子》  心へ 《割書: おなつ》 まして候 いまたに参(まい)らす       候まゝ  むかひ(迎)を       遣候べく候 つれだ(連立)ち  ほとなふ  参し    まいり   候べく候   候半   今すこしの間 御まち給り候べく候  まつ〳〵今日は 御せわさまにて御さ候        かしく   七月 御 井戸(ゐど)かへなされ候         よし さそにきはしく      候はんと さつし候べく候さやうに           候へは 【左丁 上段】 せうふん【少分】におはしまし 候へとも三輪(みは)そうめん 二十把(は)から(甜瓜)ふり【注】         二 かしら(頭) けふのごしうき送り まいらせ候 猶(なを)いく(幾)千代(ちよ)と いわひ入まいらせ候       めてたく         かしく 【注 からふり=からうり(唐瓜)=まくわうりの異名。甜瓜。】 【右丁 下段】 てけに〳〵しく 覚(おぼ)ゆるもの也 扨(さて) また縁(えん)にもつき て後(のち)はよきこと につき悪(あ)しき 【左丁 下段】 事(こと)につきても 親(おや)さとへひそかに 云(いひ)やり度(たき)こと必(かならず) ある物也 事(こと)に よりて使(つかひ)の者(もの 【右丁 上段】   御返事    《割書:井(い)の神(かみ)へ》 御心に 《割書:そなへ|まいらせ》   かけさせ 《割書:けふの|もてなし|    に》御人給る      さへある 見事 成(なる)   に  そうめん 《割書:とり|はやし》まくは瓜     とりそろへ をくり給り 《割書:まいら|  せ》  何より   ち(調)やうほう(宝) かたしけなく    そんし 《割書:候べく候》 まいらせ候 《割書: 又々|かしく》  かしく 【左丁 上段】   八月 けふの頼母(たのも)の     風(かせ)もなく いつかたも心しつかに 治(をさま)り よろ(悦)こひ     まいらせ候 さてしもめつらかなる物 にてもあらす候へ共 ぶど(葡萄)う《割書:五ふさ》柿(かき)《割書:二えた》 すそわけいたし      まいらせ候 御子たちへ     しんせ させられ給り     候べく候   めてたく    かしく 【右丁 下段】 にもきかせられ ぬ事あるとき 筆(ふで)かなはねは心 におもふ程(ほど)書(かき)とら れず文しやうも 【左丁 下段】 ふつゝかなれはかた こと云(いふ)のやうにて わかおもはくとた かふ事あれは心 の程(ほど)はつうせず 【右丁 上段】   御返事 仰(あふせ)のことく物(もの)しつか なるけふの御 悦(よろこび)之 扨(さて)しも見事(みこと)成(なる) ふとうめつらしき 枝(えだ)なりの柿(かき)送り 給りかたしけなく 打(うち)をかずし やう(賞翫)くわん いたし(致)候べく候又此 《振り仮名:まん|饅 頭(ぢう)》よそより   見えまいらせ候         ゆへ ため(溜)のしるし      をくり まいらせ候    めてたく     かしく 【左丁 上段】   九月 きく(菊)の御 しう(祝義)き となたもめてさた おなし御事に     いわゐ まいらせ候 扨(さて)は此 くり(栗)           一かこ 送(おくり)しんしまいら        せ候 たくさん成もの       にて 候へとも せつ(節句)くの 御 いわゐ(祝)の     しるし はかりに  御はしまし候   めてたく    かしく 【右丁 下段】 してよめかぬる 故(ゆへ)里(さと)にて気(き)つ かはする事(こと)あり よみ書しては年(とし) へて久(ひさ)しきことも 【左丁 下段】 記(しるし)置(をき)ぬれは忘(わすれ)す 遠国(ゑんごく)のおとつれ をも互(たがひ)に問(とひ)きゝ また世(よ)の中(なか)の 楽(たの)しみ悲(かな)しみ 【右丁 上段】   御返事 せつ(節句)くの御 いわゐ(祝) として見事成 くり一 籠(かこ)をくり(送) 下されさて〳〵 かた(忝)しけなく     そんし まいらせ候又この菊(きく) の花(はな)には(庭)に咲(さき)     まいらせ候        まゝ おくりまいらせ候    まこと(誠)に〳〵 きく(菊)かさね(重)の しるし(験)まてに      御さ候   めてたく     かしく 【左丁 上段】   十月 一 ふて(筆)申入候べく候はや(早) すゝ風(かせ)も身にひや〳〵 と火燵(こたつ)のほこり はらふ(払)につき参らす ゐ(猪)の子 餅(もち)こゝろ いわゐの しるし(印) まてにはやしまいらせ候ゆへ さもしき物(もの)なから 送(をくり)まいらせ候御ふうみ 給るへく候     めてたく     かしく 【右丁 下段】 古(いにしへ)の事(こと)迄(まで)をも わきまへしることは みな是(これ)物(もの)かく徳(とく) なれやむかし 名女(めいぢよ)たちの源氏(けんじ) 【左丁 下段】 いせ物(もの)かたり栄花(えいぐわ) 物語(ものかたり)をかけるも ものかく事(こと)が もとそかし昔(むかし) より世上(せじやう)にて 【右丁 上段】   御返事 ゐの子の御 しうき(祝儀) いし〳〵一重送り 下されうれしく そんしまいらせ候 仰(あふせ)のとをり暑(あつさ) の たへ(堪)かたきもい つのむかし つゐ(終) 十 や(夜)お みゑかう(御影講)に 成まいらせ候ちと〳〵 夕(ゆふ)かた御こしまち 入まいらせ候めてたく        かしく 【左丁 上段 挿絵のみ】 【右丁 下段】 物(もの)かゝぬをは目(め)の みへぬにひとしと 誰(たれ)しもいふこと也 たとへは盲人(もうじん)【左ルビ:めくら】のあ またの医師(いし)に 【左丁 下段】 みせても何(いづ)れ の医師(いし)もれうし 叶はぬといふても 亦(また)上手(じやうず)ありと いへはもしかと 【右丁 上段】   霜月 こと(殊)な(外)ふ ひへ(冷)まいらせ候に 御 ゐんき(隠居)よさま京(きやう)へ 御 のほり(登)あそは      され候 よし さそ(嘸)〳〵ひえ させ給はんとさつ(察)し まいらせ候 此(この)御所柿(ごしよがき)《割書:一籠》 御 留守(るす)の御なく(慰) さみにとそんし をくり(送)まいらせ候        よく 〳〵御るす遊(あそば)され 候べく候めてたく       かしく 【左丁 上段】   返事 よき(能)御つれ(連)候て 一昨日(いつさくじつ)上かたへ登り まいら(参)れ候によくそ 御 見まひ(見舞)給り忝(かたじけなく) そんしまいらせ候 その(其) うへ(上)見事なる御 くわし(菓子)沢山(たくさん)給(たまは)り かす(数)〳〵うれしく 思ひまいらせ候ことのほか さみしく候まゝちと〳〵 御こし(越)   まち(待)入まいらせ候          かしく 【右丁 下段】 おもふ心から幾人(いくにん) にもみするは眼(め) の明(あき)たさの余(あま)り にて病人(びやうにん)のなら ひなり物(もの)かく事 【左丁 下段】 は習(なら)ひさへすれは 一 代(だい)明(あ)く眼(め)をあか すにくらさんは 口をしきことなら ずや書(かき)うかへて 【右丁 上段】   十二月            《割書:御たのみ》  御そく(息)もし【注①】さま《割書:なされ|  候》   御手ならひに 《割書:御所火をけ》【注②】    御やりなされ候 《割書:の事| あつらへ》   よし   いかふ 《割書: |をき》  かん(寒)し 《割書: 候べき候へは》 候べき候に    やう〳〵出来(いでき)まいらせ候ゆへ    御をとな(成人)しう       よくも 《割書:持せ| しんし|   まいらせ候》   御ゆき(行) 《割書:もやう| なと》 あそは 《割書:此ほとの|  そんしつき》【注③】され候     のよし 《割書:いかゝ御さ候や》  御覧なさるへく候        かしく 【注① 息文字=息災の女性語】 【注② 御所風の火桶(木製の丸火鉢)】 【注③ 存じ付き=思い付き。気づいたこと。】 【左丁 上段】   御返事 《割書:かへす〳〵もやう|       といひ》 時分(じぶん)から《割書:ふう| といゝ》   御いそ(鬧)     もしの 《割書:のこる| かたなく》 中へ 《割書:しほ》御むつか(六ヶ敷)しき 《割書:らしう| 出来》   御事  《割書:まいらせ候》 とも  たのみ(頼)《割書:かへす〳〵も》    まし 《割書:さためし》   《割書:あり| かたふ》   はやく(早) 《割書:むすめに》  御きかせ 《割書: 見せ候はゝ》   給り  扨(さて)〳〵   《割書:そんじ| まいらせ候|   かしく》 《割書:さそ| 〳〵》  あり(有) 《割書:よろこひ》  かたく(難) 《割書:申へく》  そんし  《割書: と》    まいらせ候 《割書:思ひ候べく候》          かしく 【右丁 下段】 は身に付(つき)たる 宝(たから)にて火(ひ)にも やけすとり落(おとす) 事もなく仕(つかひ)て へりもせす 【左丁 下段】 用心(やうじん)せぬ共ぬす まれもせす現世(けんぜ) 来世(らいせ)の宝(たから)なり また物(もの)かくゆへに 身(み)をたて仕合(しあはせ)能(よき) 【右丁 上段】 【太線での囲みの中 見出し】小笠原流(をかさはらりう)折形(をりかた) 男てふ    いたのもの 女てふ    真のいたのもの 真(しん)ののしつゝみ おび 草(さう)ののし   たんざく くさ花    きやら 木の花    かけがう 【左丁 上段】 すへひろ    くし あふぎ     しほつゝみ やうじ         こせうのこ すみふて 鷹(たか)のあしかり  ゆがけ 手拭(てぬぐひ)ふくさ   中の帯(をひ) 【右丁 下段】 女 性(しやう)も世(よ)に多(おほ)し ならひ給へや   習(なら)ふへし    めて     たく      かしく 【左丁 下段】 むかしより手習(てならひ)の状(じやう)とて男子(なんし)には手(て) 習(ならひ)をいさめ励(はげま)する書(しよ)のありて世(よ)に 弄翫(もてあそ)ぶ事としひさしいかなれば女 子には手ならふことをすゝむる文書(ふみ)の なき事(こと)こそほゐなけれなどや 女子にもいさめてならはせざらん とてある方(かた)にて門弟(もんてい)の女子(ちよし)に書(かい)て あたえ給ふをひたすら乞(こひ)もとめて 世上(せじやう)の幼女(やうぢよ)手ならふ。いさみのために さくら木(き)に彫(ゑり)て世(よ)に弘(ひろむ)るものなり 必(かならず)しも家(いへ)ごとにたくはえ教(をしへ)ばなんそ 衛(ゑい)夫人(ふじん)のごときも出(いで)ざらめや 【右丁 上段】 【太線囲みの中 見出し】祝言(しうげん)島台之図(しまだいのづ) 蓬莱(ほうらい)の    台(たい) 高砂(たかさご)   の  台(たい) 【左丁 上段】 門松(かどまつ)の台(だい) 王祥(わうしやう)の   台(たい) 【右丁 下段】 それ十二 一重(ひとへ)といふは雲(くも)の 上人(うへひと)のめさるゝ礼服(れいふく)にて中人(ちうにん) 以下にしりて益(ゑき)なしまつ 女の礼服(れいふく)は地黒(ぢくろ)地赤(ぢあか)を 第一とす地(ぢ)白地(しろち)うこん を次とす其外(そのほか)の染色(そめいろ)は 礼(れい)にたらずうちかけの 下はひぢりめんたるべし 扨(さて)もやうは御所方(ごしよかた)武家方(ぶけかた) 町風(まちふう)の差別(しやべつ)あれば一 概(がい)に 言(いひ)がたし素縫(すぬひ)のもやうは 町(まち)かたは用(やう)なしといへども 高位(かうい)の御方の召(めさ)るゝ物(もの) なればはゞかるべきこと也 扨(さて)綿入(わたいれ)の服(ふく)は三月卅日まで 四月朔日より袷(あはせ)をきる五月 五日より帷子(かたびら)を着すかた びらは地黒(ぢくろ)地 白(しろ)うこんを 重(をも)とす扨八月朔日より袷(あはせ) の物なれども八月の初(はじめ)は残暑(さんしよ) さらに退(しりそか)ずよつて九月朔日より 袷(あはせ)をきる物(もの)のやうに覚(をぼ)ゆるはあやまりなり 九月九日より綿入(わたいれ)の服(ふく)なり衣桁(いこう)かざり衣裳(いしやう)は時節(しせつ)の色(いろ)を第一とす 春(はる)は青色(あをいろ)夏(なつ)は赤(あか)。土用(どやう)は黄(き)。秋(あき)は白(しろ)。冬(ふゆ)は黒(くろ)と時(とき)のいろを上にすると心(こゝろ)得べし 【下部欄外蔵書印と整理番号】 東京学芸大学蔵書  10807406 【左丁 下段】 【行間に罫線と上下段の境界に横線あり】 女要明鑑小倉錦 《割書:大百人一首|  近刻》  猨山四季かな文 近刻 綾羅百人一首花文庫 近刻  定家かなづかひ 近刻 錦繍百人一首千種織 近刻  女重法記    一冊 連珠百人一首色紙箱 近刻  三十六歌仙   一冊 千歳百人一首吾妻織 近刻  伊勢物語    二冊 宝玉百人一首女訓抄 出来  女今川姫かゞみ 一冊 福寿百人一首翁草  出来  鴨長明方丈記《割書:小本》一冊 猨山流百人一首《割書:手習本》 出来  新錦木物語   五冊   寛政五癸丑歳九月吉日       江戸下谷池之端仲町    書林     須原屋 伊八 【裏表紙】