TKGK-00061 書名  唐詩選画本,[七編]5巻 刊   5冊 所蔵者 東京学芸大学附属図書館 函号  921.43/TAC 撮影  国際マイクロ写真工業社 令和2年度 国文学研究資料館 【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:七言律》一》 【見返し】 高井蘭山先生著 画狂老人卍翁筆 画本唐詩選 七言律一帙 《割書:天保七年|丙申秋発兌》 嵩山房梓 【序】 唐詩選図会序【印「惜■■」】 滄溟曰。五言律排律諸家概 多佳句。七言律体諸家所難。 盛唐之王維。李頎。頗臻其妙。 即子美篇什雖多自放矣。 作者自苦。《割書:云| 々》因此観是。雖唐 人。無得詩諸体者。書舖嵩山 房嚮刻唐詩選図会。於諸篇 摭三四首五七首去。随意而 無次序。而幸行于世。依之今 茲以先刻所余。為嗣刻。故慣 先版乞詩章之国字略解。令 前北斎為一老人。図画其意。 為後篇。前刻之時。不期後 刊。故五七律五排律諸篇。随 意摘摭。作者時代先後。無 有臈次。此篇亦不得止。而追 之。臆以無初盛中晩之次勿 訝。此篇固不為大人。専為令 児童覚唐詩耳。 天保壬辰孟夏東武南郊 伊皿子隠士高井蘭山叟述       【印「伴寛」「思明」】        蓼洲書【印「蓼洲」】 【小題】海燕   古意(こい)   沈佺期(しんぜんき) 盧家少婦鬱金堂(ろかのせうふうつこんだう)。海燕双棲玳(かいえんさうせいすたい) 瑁梁(まいのうつばり)。九月/寒砧(かんちん)催(もよほす)_二木葉(ぼくえふを)_一。十/年征(ねんせい) 戍(じゆして)憶(おもふ)_二遼陽(れうやうを)_一。白狼河北音書断(はくらうかほくいんしよたへ)。丹(たん) 鳳城南秋夜長(ほうじやうなんしうやながし)。誰為(たれかために)含(ふくむ)_レ愁(うれへを)独不(どくふ) 見(けん)。更(さらに)教(しむ)_三明月(めいげつをして)照(てらさ)_二流黄(りうくわうを)_一。【印「譱靖」「松軒」】 昔(むかし)廬氏(ろし)の家(いへ)に莫愁(ばくしう)と云/少婦(わかよめ)ありて鬱金堂(うつこんだう)と云/奇麗(きれい)な座敷(ざしき)に夫婦(ふうふ)むつま しく住(すむ)時(とき)に海辺(かいへん)から来(き)た番(つがひ)の燕(つばめ)が双棲(ならびすん)で玳瑁(べつかふ)を以(もつ)て飾(かざり)し梁(うつはり)の上(うへ)に居(ゐ)たごとく かゝる目出度(めでたき)仕合(しあはせ)な夫婦(ふうふ)もあるに夫(それ)とはうらはらにて妾(せふ)は奥深(おくふか)き閨(ねや)の中(うち)に独寝(ひとりね)て時(とき)しも 九月ゆゑ所(しよ)々/綿入(わたいれ)の支度(したく)し砧(きぬた)の声(こゑ)に木(こ)の葉(は)落(おつ)るけしきを催(もよほ)し夫(をつと)の居(ゐ)る所(ところ)も寒(さむき)に 向(むかひ)ても誰(たれ)も冬(ふゆ)の支度(したく)する人(ひと)もなく一/年(ねん)や二/年(ねん)にもなく十/年(ねん)征伐(せいばつ)に従(したが)ひ戍(ばんて)を勤(つとめ)遼(れう) 東(とう)に居(ゐ)らるゝゆゑいとなつかしく夜(よ)も寝(ね)られぬ夫(をつと)の居(ゐ)る地名(ちめい)は名(な)もおそろしき白狼(おほかみ) 河(がは)の北(きた)なり音書(をとづれふみ)も断(たへ)手(て)まへの居(ゐ)る京(みやこ)は名(な)もやさしき丹鳳城(たんほうじやう)の南(みなみ)に有(あり)て秋(あき)の夜(よ)も 明(あか)しかねいと長(なが)く覚(おぼ)へかく哀(かな)しき折(をり)から胸(むね)にあまる愁(うれへ)を含(ふくん)で笛(ふえ)の曲(きよく)も多(おほ)き中(なか)に とりわけ独不見(どくふけん)と云(いふ)曲(きよく)を吹(ふく)ゆゑいやましになつかしくなる更(そのうへ)に明月(めいげつ)が閨(ねや)にかけたる流(うすき) 黄(いろ)の帷(とばり)を照(てら)すゆゑ思(おも)ひまさり此明月(このめいげつ)に対(たい)し夫(をつと)と倶(とも)に楽(たのし)みしことも有(あり)しを今(いま)はさび しき帷(とばり)の中(うち)に光(ひかり)がさし込(こみ)照(てら)すといとゝ夫(をつと)につれそひて昔(むかし)たのしみしことを思(おも)ひ出(いだ)し 涙(なみだ)が流(なが)れてしん気(き)なことじや 【挿絵】  龍池篇(りようちへん) 龍池(りやうち)躍(をどらして)_レ龍(りようを)々已飛(りようすでにとぶ)。龍德(りようとく) 先(さきだつて)_レ 天(てんに)々(てん)不(ず)_レ違(たがは)。池(いけ)開(ひらき)_二 天漢(てんかんを)_一分(わかち)_二 黃道(くわうだうを)_一。龍(りよう)向(むかつて)_二 天門(てんもんに)_一入(いる)_二紫微(しびに)_一。邸(てい) 第楼台(だいろうたい)多(おほし)_二気色(きしよく)_一。君王鳧(くんわうのふ) 雁(がん)有(あり)_二光輝(くわうき)_一。為報寰中(ためにほうずくわんちう) 百川水(はくせんのみづ)。来(らい)_二_朝(てうして)此地(このちに)_一莫(なかれ)_二東(とう) 帰(きすること)。 【印「譱靖」「松軒」】 -------------------------------------------------------------------------------- 玄宗皇帝(げんそうくわうてい)まだ親王(しんわう)なりし時(とき)の邸(やしき)に龍池(りようち)と云/処(ところ)が有(あつ)た夫(それ)ゟ龍(りよう)が躍(をどり)あがり龍(りよう)の徳(とく)天(てん)に飛(とび) 上(あが)るやうにあらんと天(てん)より先(さき)だつてしらせありしに違(たがは)ず玄宗(げんそう)天子(てんし)に成(なり)給ふそこで龍池(りようち)の二/字(じ) を句(く)の頭(がしら)に置(おき)其池(そのいけ)は天漢(あまのがは)を開(ひらい)たやうにて其/辺(あたり)に黄道(くわうだう)と云て天子(てんし)の行幸道(みゆきみち)が分(わかつ)てある 其池(そのいけ)に住(すん)だ龍(りよう)は天門(てんもん)に向(むかつ)て紫微(きんり)に入(いり)もとの邸第(やしき)楼台迄(ろうたいまで)気色(けしき)華(はな)やかに過(すぎ)池(いけ)に浮(うか) びし鳬(かも)や雁(がん)まで光輝(いろめき)うきたつ為(ため)に報(つげる)ぞや天下中大小(てんかぢうだいせう)の百川(ひゃくせん)此地(このち)に来朝(いりこん)で東海(とうかい) に帰(き)するに及(およば)ぬと云は天下(てんか)の大小名(だいせうみやう)此地(このち)に来朝(たいてう)し東方(とうばう)の海(うみ)に入こむには及(およば)ぬぞや姚(よう) 崇(そう)沈佺期(しんぜんき)などに命(めい)ぜられ龍池楽章(りようちがくしやう)十/章(しやう)を作(つく)らしめらる其中(そのうち)の一/章(しやう)が是(これ)なり 黄道(くわうだう)は日(ひ)の行道(めぐるみち)是(これ)を天子行幸(てんしみゆき)の道(みち)によそへ云也 【挿絵】   侍(しす)_二宴安楽公主新宅(えんにあんらくこうしゆのしんたくに)_一応制(をうせい) 皇家貴主(くわうかのきしゆ)好(このむ)_二神仙(しんせんを)_一。別業初開雲漢辺(べつげふはじめてひらくうんかんのへん)。山出尽(やまいでゝこと〴〵く)如(ごとし)_二鳴鳳(めいほう) 嶺(れいの)_一。池成(いけなつて)不(ず)_レ譲(ゆづら)_二飲龍川(ゐんりようせんの)_一。粧楼翠幌(さうろうすいくわう)教(しむ)_二春住(はるをしてとゞめ)_一。舞閣金鋪借(ぶかくのきんふかりて) _レ日(ひを)懸(かく)。敬(けい)_二_従(しようして)乗輿(じようよに)_一来(きたり)_二此地(このちに)_一。称(あげ)_レ觴(さかづきを)献(けんじて)_レ寿(ことぶきを)楽(たのしむ)_二鈞天(きんてんを)_一。 【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 中宗(ちうそう)の女(むすめ)安楽公主(あんらくこうしゆ)武崇訓(ぶそうきん)に嫁(か)し権威(けんゐ)を専(もつぱ)らにし臨川公主(りんせんこうしゆ)の第(やしき)を奪(うば)ひ新宅(しんたく)を作(つくり) 山水(さんすゐ)の奇麗(きれい)をつくし天子行幸(てんしみゆき)有(あり)群臣(ぐんしん)を宴(えん)す勅(ちよく)を奉(うけたまはつ)て詩(し)を作(つく)る也/皇家(てんしのいへ)の貴主(ひめみや)神(しん) 仙(せん)をこのむ別業(べつけふ)を開(ひら)きしが雲漢(うんかん)の辺(あたり)を見るやうな山(やま)を築出(きづきいだ)した処は尽(とこもかも)鳴鳳山(めいほうざん)のごとく 此二/句(く)に織女(しよくぢよ)と簫史(せうし)弄玉(ろうぎよく)夫婦(ふうふ)笙(しやう)を吹(ふき)鳳凰(ほうわう)来(きた)りしを含(ふく)ませた池(いけ)を掘成(ほりあげ)たも黒龍(こくりよう)が出(いで)て 水(みづ)を飲(のん)だ渭水(ゐすゐ)に不(ぬ)_レ譲(おとら)やうなさて御殿(ごてん)をみれば姫宮(ひめみや)の化粧(けしやう)なさる楼(ろう)に翡翠(ひすゐ)の羽(はね)に餝(かざり)し 幌(とばり)の中(なか)には春(はる)の和(やわら)かに若(わか)やぎしを留(とめ)られ舞閣(ぶかく)は舞(まひ)をなし歌(うた)ふて楽(たのしみ)給ふ所(ところ)の門の扉(とびら)やなげし などに餝(かざり)し金鋪(くぎかくし)は日(ひ)の光(ひかり)をかり高(たか)き処(ところ)に懸(かけ)てきら〳〵輝(かゞや)くと天子(てんし)の恩光(おんくわう)をかりていと楽(たのし)み あるを含(ふくん)だ今日(こんにち)天子(てんし)の乗輿(じようよ)に敬(つゝしん)て従(おとも)をし此(この)やしきに来(きた)り公主(こうしゆ)の天子(てんし)へ觴(さかづき)を献(あげ)万々歳(ばん〳〵ぜい) の寿(ことぶき)を献(けん)じ人間(にんげん)の聞(きか)れぬ鈞天(きんてん)の音楽(をんがく)を聞(きく)ことは楽(たの)しきことにあらずや 【挿絵】   紅楼院応制(こうろうゐんのをうせい) 紅楼疑見白毫光(こうろううたがひみるびやくがうのひかり)。寺(てら)逼(せまつて)_二宸(しん) 居(きよに)_一福(ふくす)_二盛唐(せいたうに)_一。支遁(しとん)愛(あいす)_レ山(やまを)情漫(じやうまんに) 切(せつなり)。曇摩(どんま)泛(うかぶ)_レ海(うみに)路空長(みちむなしくながし)。経声(きやうせい) 夜息(よるやんで)聞(きく)_二 天語(てんごを)_一。鑪気晨飄(ろきあしたにひるがへつて)接(せつす)_二 御香(ぎよかうに)_一。誰謂此中(たれかいふこのうち)難(かたしと)_レ可(べきこと)_レ到(いたる)。自(みづから) 憐深院(あはれむしんゐん)得(うることを)_二徊翔(くわいしやうを)【左ルビ「ユキメグル」】_一。 【印「松軒」】 長安(ちやうあん)の嘉猷観(かゆうくわん)の中(うち)にある道場(だうじやう)にて万姓豊楽(ばんせいぶらく)の祈祷(きとう)がある天子御幸(てんしみゆき)あり詩(し)を作(つく)る べしと制(せい)が下(くだ)るゆゑ作(つく)りし也/禁裡(きんり)の御内場(ごないしやう)に有(ある)朱(しゆ)ぬりの楼(ろう)の中(うち)より光(ひかり)がある疑(うたがひ)みれば 仏(ほとけ)の眉間(みけん)より放(はな)つ白毫光(びやくがうくわう)が照(てら)しわたる此寺(このてら)の天子(てんし)の御座(ござ)宸居(しんきよ)に逼(せまり)て官僧(くわんそう)なみ並(なら) んで盛唐(せいたう)の御代長久(みよちやうきう)を祈祷(きとう)する福(ふく)すとは祈祷(きとう)と云(いふ)こと晋(しん)の支遁(しとん)奥深(おくふか)き山(やま)を愛(あい) する情(じやう)は漫(ばつ)として切(せつ)な今此処(いまこのところ)のやうに能所(よきところ)もあるにとおさへた魏(ぎ)の時(とき)天竺(てんぢく)の曇摩迦羅(どんまから)が 洛陽(らくやう)に来(き)たことがある天竺(てんぢく)の王居(わうきよ)近(ちか)く能所(よきところ)も有(あ)らんに大海(だいかい)に泛(うか)んで唐土(たうど)へ来(きた)る路(みち)は 空(むだ)に長(なが)いと又(また)おさへて此紅楼院(このこうろうゐん)を称揚(ほめあげ)た経(きやう)の声(こゑ)が夜(よる)息(やん)だゆゑいかゞとみれば天子(てんし)の綸言(りんけん)を 聞(きく)ゆへぢや仏前(ぶつぜん)の香炉(かうろ)の煙(けふり)が御坐(ござ)の前(まへ)でたく御香(ぎよかう)と接(ひとつ)になる誰(たれ)かいふべきぞや此中(このうち)の 深院(しんゐん)には容易(ようい)に到(いた)るべきこと難(かた)しと自(みづから)憐(かたじけない)と感(かん)ず深院(しんゐん)の此中(このうち)に徊翔(くわいしやう)することを得(うる)此(この) 中(うち)には深院(しんゐん)を添(そへ)深院(しんゐん)には此中(このうち)をそへて互(たがひ)にして見るべし 【挿絵】   再(ふたゝび)入(いつて)_二道場(だうじやうに)_一紀(きす)_レ事(ことを)応制(おうせい) 南方帰去再(なんばうかへりさつてふたゝび)生(しやうす)_レ 天(てんに)。內殿今年(ないでんこんねん)異(ことなり)_二昔年(せきねんに)_一。見(けんに)闢(ひらいて)_二乾坤(けんこんを)_一新定(あらたにさだめ) _レ位(くらゐを)。看(みす〳〵)題(だいして)_二日月(じつげつを)_一更高懸(さらにたかくかく)。行(ゆいて)隨(したがひ)_二香輦登仙路(こうれんとうせんのみちに)_一。坐(ざして)近(ちかづく)_二炉煙講(ろえんかう) 法筵(はふのむしろに)_一。自喜恩深(みづからよろこぶしんおん)陪(ばいして)_二侍從(ししように)_一。両朝長(りやうてうとこしなへに)在(あることを)_二聖人前(せいじんのまへに)_一。 【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 沈佺期(しんぜんき)も武則天(ぶそくてん)の事(こと)にて中宗(ちうそう)の御/咎(とが)めを蒙(かうむ)り驩州(くわんしう)へ流(なが)された睿宗(えいそう)即位(そくゐ)ありて召返(めしかへ) され修文館(しゆふんくわん)の学士(がくし)となりし時(とき)の作(さく)ならめ此度(このたび)恩(おん)をうけ南方(なんばう)の驩州(くわんしう)より朝廷(てうてい)へ来(きたり)しは 再(ふたゝ)び天(てん)に浮(うか)び生(うま)れ替(かわ)りしやうにて仏経(ぶつきやう)にある生天(しやうてん)の字(じ)を用(もちひ)た内殿(ないでん)の様子(やうす)も今年(こんねん)見/仰(あふ)げば 昔年(せきねん)御/先代(せんだい)と異(こと)なるはいかゞなれば見(あらは)に乾坤(けんこん)を闢(ひらい)て新(あらた)に睿宗(えいそう)即位(そくゐ)まし〳〵御/先代(せんだい)中宗(ちうそう) の宸筆(しんひつ)と当宸筆(たうしんひつ)と二ツの勅額(ちよくがく)をみれば日月(じつげつ)両輪(りやうりん)のごとく更(さら)に高(たか)き処(ところ)に懸(かけ)て有(ある)御/供(とも)を して行(ゆけ)ば天子(てんし)の香袋(にほひぶくろ)をかけし御輦(みくるま)に召(めさ)れ御幸(みゆき)ある路(みち)にすゝみ行(ゆく)登仙路(とうせんのみち)は御幸(みゆき)の路(みち)と 云こと御/内場(ないじやう)に上(のぼ)り座(ざ)すれば香炉(かうろ)の煙(けふり)が立登(たちのぼ)る法(のり)を講説(はなさるゝ)御筵(ぎよえん)に近付(ちかづき)自(みづか)ら喜(よろこ)ぶは 天子の深恩(しんおん)を蒙(かうむ)り侍従(じじう)の列(れつ)に趨陪(はしりしたがひ)中宗(ちうそう)睿宗(えいそう)両朝(りやうてう)に長(なが)く天子(てんし)の御前(ごぜん)に在(あり)まする ことを聖人(せいじん)とはこゝに天子(てんし)を云 【挿絵】   遥(はるかに)同(どうず)_二杜員外審言(とゐんぐわいしんげんが)過(すぐるに)_一レ嶺(みねを) 天長地闊嶺頭分(てんながくちひろうしてれいとうわかる)。去(さり)_レ国(くにを)離(はなれて)_レ家(いへを)見(みる)_二 白雲(はくうんを)_一。洛浦風光何(らくほのふうくわうなにの)所(ところぞ)_レ似(にたる)。崇山瘴(そうざんのしやう) 癘(れい)不(ず)_レ堪(たへ)_レ聞(きくに)。南(みなみのかた)浮(うかふ)_二漲海(ちやうかいに)_一 人何処(ひといづれのところぞ)。北(きたのかた) 望(のぞめは)_二衡陽(かうやうを)_一雁幾群(がんいくばくむれぞ)。両地江山万余(りやうちのかうざんばんよ) 里(り)。何時重(いづれのときかかさねて)謁(えつせん)_二聖明君(せいめいのきみに)。 【印「譱靖」「松軒」】 -------------------------------------------------------------------------------- 張易之(ちやういし)武后(ぶこう)と通(つう)じ大(おほひ)に権威(けんゐ)ありし佺期(ぜんき)も審言(しんげん)も媚(こび)てとり入(いり)し科(とが)にて佺期(ぜんき)は 驩州(くわんしう)易之(いし)は峰州(ほうしう)審言(しんげん)は南嶺(なんれい)に流(なが)され悲(かなし)き詩(し)を作(つく)りしを見て遥(はるか)に其題(そのだい)を同(とう)じて 作(つく)る審言(しんげん)の流(なが)されし南方(なんはう)も手前(てまへ)の流(なが)されし処(ところ)も天(てん)の様子(やうす)はてしなく長(なが)く南方(なんはう)の 地面(ぢめん)も限(かぎ)りもなく闊(ひろ)くそれに南嶺(なんれい)の路頭(ろとう)がわかれて左遷(さすらへ)の所(ところ)も遠(とを)く隔(へだゝ)るゆゑ京(けい) 国(こく)を去(さり)我家(わがや)をはなれてなつかしく故里(ふるさと)を望(のぞ)めば唯(たゝ)白雲(はくうん)の起(おこ)るを見るばかり京(みやこ)の 洛水(らくすゐ)の浦辺(うらべ)の風光(ふうくわう)は何(なに)に似(に)た所(ところ)ぞと風土(ふうど)の違(ちが)ひしことをのべ崇山(そうざん)の瘴癘(しやうれい)の有所(あるところ)には いまだ行着(ゆきつき)はせぬが先達(さきだつ)て聞及(きゝおよび)しが其時(そのとき)も聞(きく)に堪(たえ)かね涙(なみだ)が下(くだ)る南(みなみ)の方(かた)漲海(ちやうかい)に浮(うか)ん で行(ゆき)し懇意(ねんごろ)せし審言(しんげん)は何(いづ)れの処(ところ)に在(ある)やらん北(きた)の方(かた)衡陽(かうやう)に回雁峰(くわいがんほう)と云処(いふところ)よりは雁(がん) が南(みなみ)に去(さり)ゆくことがないゆへ雁(がん)がいかほど群(むらが)りて飛(とぶ)やらしれぬ漢(かん)の蘓武(そぶ)から始(はじま)りて雁(がん)は 書札(しよさつ)の便(たより)をする故事(こじ)がある雁(がん)もなき所(ところ)ゆゑ故里(ふるさと)へ文通(ぶんつう)もならぬを悲(かなしん)で云(いふ)衡陽(かうやう)の北(きた) のはてをいへば漲海(ちやうかい)も南(みなみ)の果(はて)で遠(とを)きことを察(さつ)すべし驩州(くわんしう)と峰州(ほうしう)と江山(かうざん)をへだて一/万(まん) 余里(より)も有所(あるところ)に住居(すまゐ)していづれの時(とき)かおとがめを免(ゆる)され京(みやこ)へ帰参(きさん)して聖明君(くもりなききみ)に謁(おめみへ)すること があらう歟/先(まづ)はあるまいとあはれなるていを云(いふ)此詩(このし)何(なに)の字(じ)が三/字(じ)有(あり)伝写(でんしや)の誤(あやま)り なるべし 【挿絵】   興慶池(こうけいちにして)侍(しす)_レ宴(えんに)応制(をうせい)     韋元旦(ゐげんたん) 滄池漭沆帝城辺(さうちもうかうこうたりていじやうのへん)。殊(ことに)勝(まされり)_三昆明(こんめい)鑿(ほるに)_二漢年(かんねんに)_一。夾(さしはさんで)_レ岸(きしを)旌旗(せいき)疏(わかち)_二輦(れん) 道(だうを)_一。中流簫鼓(ちうりうせうこ)振(ふるひ)_二楼船(ろうせんに)_一。雲峰四起(うんほうよもにおこり)迎(むかへ)_二宸幄(しんあくを)_一。水樹千重(すゐじゆせんちよう)入(いる)_二 御筵(ぎよえんに)_一。宴楽已深魚藻詠(えんらくすでにふかくぎよさうゑいず)。承(うけて)_レ恩(おんを)更(さらに)欲(ほつす)_レ奉(ほうぜんと)_二甘泉(かんせんを)_一。 【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 此池(このいけ)は龍池(りようち)也/長安城(ちやうあんじやう)の東(ひがし)にあり滄池(あをきいけ)漭沆(ふかくひろく)天然(てんねん)と出来(でき)て龍(りよう)が住(すむ)昆明地(こんめいち)は漢(かん)の武帝(ぶてい)の 時(とき)人力(じんりよく)をかりて堀(ほり)しには勝(まさ)りしこと也/天子行幸(てんしみゆき)あるゆゑ左右(さゆう)の岸(きし)を夾(さしはさみ)て旌旗(せいき)を建(たて)ならべ 輦道(みゆきみち)を疏(わかち)てある流(なが)れの真中(まんなか)に簫(せう)を吹(ふき)太鼓(たいこ)をならし音楽(おんがく)の面白(おもしろ)き声(こゑ)が天子(てんし)の まします楼船(やかたふね)に振(ひゞき)わたる船中(せんちう)よりみれば雲(くも)のたな引(びく)峰(みね)が四方(しはう)より起(たち)あがり御座(ござ)の 前(まへ)にかゝりある幄(とばり)を迎(むかへ)てひとつになるやうな水(みづ)のはたにある樹木(じゆもく)がいくらも重(かさな)り 合(あふ)て御筵(おざしき)の中(なか)にかげが入(いり)こむ山水(さんすゐ)が心有(こゝろあり)げにいづれも天子(てんし)に供奉(ぐぶ)する様(やう)にみゆる御酒(ごしゆ) 筵(えん)の楽(たのしみ)が已(すで)に深(ふか)くして詩経(しきやう)に天子(てんし)を祝(いは)ひ奉(たてまつ)り魚藻(ぎよさう)の詠(ゑい)を作(つく)りしごとく詩(し)を作(つく)れと制(せい)を 蒙(かうむ)り祝(いは)ひの言(こと)を作(つく)り献(けん)ず今(いま)迄の点(てん)は魚藻(ぎyさう)を詠(ゑい)ずと有(ある)が悪(あし)からんこれは宴楽(えんらく)已(すで)に 深(ふか)きにつけ恩(おん)を承(うけ)て魚藻(ぎよさう)のごとき詩(し)を作(つく)り殊更(ことさら)恩(おん)を承(うけ)て楊雄(やうゆう)が甘泉宮(かんせんきう)の賦(ふ)を作(つくり) て天子(てんし)の後嗣(あとつぎ)を求(もとめ)給ふを祝(しゆ)して献(けん)ずるなれ共/実(じつ)は天子(てんし)奢(おごり)を究(きはめ)て益(えき)もなきことをなさ るゝを諷(ふう)じた此詩(このし)も下心(したこゝろ)は諷(ふう)じた 【挿絵】   侍(しす)_二宴安楽公主新宅(えんにあんらくこうしゆのしんたくに)_一応制(をうせい)                 蘇頲(そてい) 駸二(しん〳〵たる)羽騎(うき)歴(ふ)_二城池(じやうちを)_一。帝女楼台(ていぢよろうたい)向(むかつて)_レ晩(くれに)披(ひらく)。 露(つゆ)灑(そゝひで)_二旌旗(せいきに)_一雲外出(うんぐわいにいで)。風(かぜ)廻(めぐつて)_二巌岫(がんぢくに)_一雨中移(うちうにうつる)。 当(あたつて)_レ軒(のきに)半落天河水(なかばはおつてんがのみづ)。遶(めぐつて)_レ径(こみちを)全低月樹枝(まつたくたるげつじゆのえだ)。 簫鼓宸遊陪宴日(せうこしんゆうばいえんのひ)。和鳴双鳳(くわめいさうほう)喜(よろこぶ)_二来儀(らいぎを)_一。 駸々(しん〳〵)は馬(うま)の足(あし)を揃(そろ)へて早(はや)く進(すゝ)むこと羽騎(うき)は弓矢(ゆみや)を負(おふ)御/先供(さきども)中宗御幸(ちうそうみゆき)なさるゆゑ馬(うま)の足(あし) を早(はや)め先供(さきども)が御城(おしろ)の池(ほり)のそばを通(とを)り過来(すぎきた)る帝女(ひめみや)も楼台(ろうたい)を晩方(くれがた)に向(むか)ひ披(ひら)ひて待(まち)かまへて ある二の句(く)に向(むかふ)_レ晩(くれに)の字(じ)有故(あるゆへ)雨(あめ)を露(つゆ)と云(いふ)たものとみへる小雨(こさめ)が降(ふり)そゝぐから建並(たてならべ)た旌(せい) 旗(き)もしめりて雲(くも)の外(ほか)にひらり〳〵として出(いで)てみへる風(かぜ)が岩軸(かんぢく)の路(みち)を廻(めぐつ)て雨(あめ)の振中(ふるなか)に 段(だん)〳〵先(さき)へ移(うつ)る五六の句(く)落低(らくてい)の字(じ)が雨(あめ)のけしきを帯(おび)てみへる軒(のき)に当(あたつ)てみへる瀑(たき)は半(なかば)落(おつ)る やうな天河(てんが)の水(みづ)が一(ひと)ツになりて天河(てんが)で自然(しぜん)と織女(しよくぢよ)のことを含(ふくん)だ庭(には)の径(こみち)を遶(めぐつ)て全(まつたく)雨(あめ)が ふり重(おも)くなつて低(たれ)てみへる月(つき)の中(なか)にある桂樹(かつらのき)の枝(えだ)をみるやうなが是(これ)も月中(げつちう)に仙女(せんぢよ) の居(ゐ)ることを含(ふくん)だ天河水(てんがのみづ)と月樹枝(げつじゆのえた)で山水(さんすゐ)の凡境(はんけい)になきことを云(いふ)た物(もの)じや簫(せう)や太鼓(たいこ) の音楽(おんがく)で天子(てんし)の宸遊(おあそび)ごきげんよくにぎやかに群臣(ぐんしん)も御宴(ぎよえん)に陪従(ばいじう)する今日(けふ)公主(ひめみや)の御 夫婦中(ふうふなか)もよろしく容儀(ようぎ)正(たゞ)しくおはしますは和(やは)らかに鳴初(なきそむ)るめすをすの鳳皇(ほうわう)が羽(はね)を 揃(そろ)へてうつくしく来(きた)る容儀(かたち)の有様(あるやう)な事(こと)で喜(よろこ)び奉(たてまつ)ると也/簫(せう)と鳳(ほう)の二/字(じ)て秦(しん)の 弄玉仙女(ろうぎよくせんぢよ)の事もどこともなく含(ふく)んである 【挿絵】  奉(たてまつる)_レ和(わし)_三春日(しゆんじつ)幸(みゆきするを)_二望春宮(ばうしゆんきうに)_一応制(をうせい) 東(ひがしのかた)望(のぞめば)_二々春(ばうしゆんを)_一々(はる)可(べし)_レ憐(あはれむ)。更(さらに)逢(あふて)_二晴日(せいじつに)_一柳(やなぎ) 含(ふくむ)_レ煙(けふりを)。宮中下見南山尽(きうちうくだしみればなんざんつく)。城上平(じやうじやうたいらかに) 臨北斗懸(のぞめはほくとかゝる)。細草偏承(さいさうひとへにうく)回(かへす)_レ輦(れんを)処(ところ)。飛(ひ) 花故落(くわことさらおちて)舞(まふ)_二觴前(しやうぜんに)_一。宸遊(しんゆう)対(たいして)_レ此(これに)歓無(よろこびなし) _レ極(きはまり)。鳥(とり)弄(もてあそび)_二歌声(かせいを)_一。雑(まじはる)管絃(くわんげんに)_一。 【印「栖霞」】 唐(たう)の時(とき)南北(なんぼく)に望春宮(ばうしゆんきう)あり供(とも)に長安城(ちやうあんじやう)の東(ひがし)滻水(さんすゐ)の西(にし)にあり三四の句(く)南北(なんぼく)の字(じ)あり心(こゝろ)を附(つけ) 見べし春(はる)の気(き)は東(ひがし)より起(おこる)もの故(ゆゑ)東(ひがし)の方(かた)望春宮(ばうしゆんきう)をのぞみ見れば春(はる)けしきが可愛(かあい)らしく みゆる殊更(ことさら)晴日(のどか)なる時(とき)に逢(あひ)柳(やなき)も緑(みどり)の中(うち)に煙(けふり)を含(ふくみ)てみゆる此(この)三の句(く)は望春宮(ばうしゆんきう)へ幸(みゆき)なき前(まへ) かた思(おも)ひやるけしきを云扨/幸(みゆき)有(あつ)て宮中(きうちう)ゟ見おろしたれば禁裡(きんり)の正面(しやうめん)に秀(ひいで)し南山(なんざん)がすみ からすみ迄みゆる故(ゆゑ)尽(つく)と云た御/城(しろ)の上(うへ)には平(まんろく)に臨(みわたせ)ば北斗(ほくと)の星(ほし)が懸(かゝつ)てある極(きはめ)て高(たか)きを 云(いふ)南山(なんざん)にて詩経(しきやう)にある祝意(しゆくい)を含(ふく)み北斗(ほくと)にて禁裡(きんり)の尊(たつと)きことを含(ふくむ)これにて南北(なんぼく)に宮中(きうちう)に 楼(ろう)有(ある)ことを知(しる)べし右(みぎ)三四の句(く)は遠(とを)く見/渡(わた)すことを云/次(つぎ)の五六の句(く)は近(ちか)きをみるけしきを云御 庭(には)に細(こま)かに生(はへ)た草(くさ)が意有(こゝろあり)げによごれぬやうにと思(おも)ふて御輦(みくるま)をめぐらす所(ところ)に揃(そろふ)て生(はへ)た又/飛(とび) ちる花(はな)も心有(こゝろあり)さうで故(わざ〳〵)に落(おち)て觴(さかづき)をあちらこちらと舞(まは)すちら〳〵として沢山(たくさん)飲(のん)で楽(たのし)み 給へと勧(すゝむ)るやうじや偏故(へんこ)の二/字(じ)無情(むじやう)の草(くさ)や花(はな)を有情(うじやう)に働(はたらか)せたは老成(こうしや)な詩(し)でなければ いはれぬ宸遊(おあそび)此景色(このけしき)に対(たい)し歓無極(よろこびなくきはまり)鳥迄歓(とりまでよろこ)び歌(うた)の声(こゑ)と一様(いちやう)に弄(さへずり)て管弦(くわんげん)に雑(まじは)る 文選(もんぜん)に雑弄(ざつろう)とある字(じ)を切出(きりだ)した 【挿絵】 【挿絵】駝鳥 【挿絵】駝鳥 【印「玉山堂」】 【裏表紙】 【表紙題箋】《題:唐詩選画本 《割書:七言律》 二》 【小題】雲漢  奉(たてまつる)_レ和(わし)_三初春(しよしゆん)幸(みゆきするを)_二太平公主南荘(たいへいこうしゆのなんさうに)_一  応制(をうせい)     蘇頲(そてい) 主第山門(しゆだいさんもん)起(おこる)_二灞川(はせんに)_一。宸遊風景(しんゆうふうけい)入(いる)_二 初年(しよねんに)_一。鳳皇楼下(ほうわうろうか)交(まじへ)_二 天仗(てんぢやうを)_一。烏鵲橋(うじやくけう) 頭(とう)敞(あきらかなり)_二御筵(ぎよえん)_一。往二花間(わう〳〵くわかん)逢(あふ)_二綵石(さいせきに)_一。時(じ) 二(じ)竹裏(ちくり)見(みる)_二紅泉(こうせんを)_一。今朝扈蹕平陽(こんてうこひつすへいやう) 館(くわん)。不(ず)_レ羨(うらやま)乗(のりしを)_二槎雲漢辺(いかだにうんかんのへんに)_一。 公主(こうしゆ)は則天皇后(そくてんくわうごう)の生(うみ)し所(ところ)諸公主(しよこうしゆ)にまさり御/寵愛(ちようあい)睿宗即位(えいそうそくゐ)の後(のち)公主(こうしゆ)の権威(けんゐ) 天下(てんか)に震(ふる)ひたり玄宗(げんそう)の時(とき)謀反(むほん)を起(おこ)し自滅(じめつ)を命(めい)ぜらる公主(こうしゆ)の第舎(しもやしき)山(やま)の麓(ふもと)の 門(もん)灞川(はせん)のそばに起(たち)てある睿宗(えいそう)の宸遊(みゆき)の時(とき)風景(ふうけい)も初春(しよしゆん)に入(いり)しゆゑ一(ひと)しほ面白(おもしろ)く あり年(とし)の字(じ)春(はる)にかへてみるべし鳳皇楼(ほうわうろう)と云(いふ)べききれいなる楼(たかどの)に御幸(みゆき)有(ある)ゆゑ 其下(そのした)には天仗(てんじやう)多(おほ)くの弓矢(ゆみや)鎗矛(やりほこ)品々(しな〴〵)交(まじ)へならべかためをする鳳皇(ほうわう)に秦(しん)の弄玉(ろうぎよく) を含(ふくみ)烏鵲(うじやく)のならび居(ゐ)るやうな橋(はし)のあたりに御筵(おざしき)が敞(あきらかに)きらびやかにみゆる烏鵲(うじやく) に天河(てんが)の織女(しよくぢよ)のことを含(ふくん)だ御 庭(には)をみれば往々(ところ〴〵)花(はな)の植(うゑ)ごみの間(あいだ)に五綵(ごさい)の石(いし)がすゑて あるとけしき凡(ぼん)ならぬを云/綵石(さいせき)は穆天子伝(ぼくてんしでん)の字(じ)なれとも織女(しよくぢよ)の支機(しき)石を含(ふくん)だ やうにある時々(ちよつ〳〵と)みれば竹(たけ)のしげみから紅(くれない)の泉(いづみ)が流(なが)れ来(く)る文選(もんぜん)の註(ちう)に紅泉(こうせん)は水(みづ)が砂(いさご)の 中(うち)より流(なが)るゝゆゑ其色(そのいろ)紅(くれない)となる今朝(こんてう)扈蹕(おとも)して参(まゐ)る処は漢(かん)の武帝(ぶてい)の姉君(あねぎみ)平陽公(へいやうこう) 主(しゆ)の館(やかた)で有(ある)やうな睿宗(えいそう)の伯母(をば)ゆゑ取用(とりもちひ)たこゝは容易(ようい)に来(く)ることはならぬゆゑ昔(むかし)槎(いかだ) に乗(じよう)じ雲漢(あまのがは)の辺(ほとり)に行(ゆき)しも羨(うらやま)しくは思(おもは)ぬ 【挿絵】    幽州新歳作(ゆうしうしんせいのさく)      張説(ちやうえつ) 去歳荊南梅(きよせいけいなんうめ)似(にたり)_レ雪(ゆきに)。今年荊北雪(こんねんけいほくゆき)如(ごとし)_レ梅(うめの)。共知人事何嘗(ともにしるじんじなんぞかつて) 定(さだめん)。且喜年華去復来(かつよろこぶねんくはさつてまたきたるを)。辺鎮戍歌連日動(へんちんのじゆかれんじつうごき)。京城燎火(けいじやうのれうくわ)徹(いたるまで) _レ明(あけに)開(ひらく)。遙遙西(えう〳〵としてにしのかた)向(むかふ)_二長安日(ちやうあんのひに)_一。願(ねがはくは)上(たてまつらん)_二南山寿一杯(なんざんのことぶきいつはいを)_一。 【印「天真」】 【挿絵】 此作者(このさくしや)南(みなみ)の岳州(がくしう)より転役(てんやく)して北(きた)の幽州(ゆうしう)の都督(たいしやう)となる去歳(きよさい)荊南(けいなん)の 役人(やくにん)なりし時(とき)暖国(だんこく)ゆゑ冬(ふゆ)から梅花(うめのはな)か咲乱(さきみだ)れ雪(ゆき)のごとくなりし今年(こんねん)荊北(けいほく)の 幽州(ゆうしう)の大将(たいしやう)となり春(はる)を迎(むかへ)しに烈(はげ)しく寒(さむ)きゆゑ雪(ゆき)が木々(きゞ)の枝(えだ)にこりかた まり梅花(ばいくわ)の咲(さい)たやうじや手前計(てまへばかり)てはない下役共々(したやくとも〳〵)に存知(そんじし)ること人(ひと)の身(み) の上(うへ)の事(こと)は定(さだま)りしことはないこの様(やう)に南(みなみ)から北(きた)にうつりかはるまことに定(さだめ)ない しかしまあ喜(よろこぶ)がよい年華(としつき)の移(うつ)るは冬(ふゆ)が去(され)ば春(はる)が来(く)る辺塞(へんさい)をさへ鎮(しづめ) て戍(ばんて)の歌(うた)が連日(まいにち)所々(しよ〳〵)にひゞきわたるは楽(たのし)みの中(うち)に哀(かなしみ)がある今日(けふ)は 年賀(ねんが)ゆゑ諸役人(しよやくにん)参内(さんだい)するに君より御馳走(ごちそう)に夜(よ)より燎火(かゞりび)をたき 明(あけ)に至(いた)るまでうち開(ひらい)て照(てら)すならん遥々(はる〴〵)の所(ところ)に勤(つとめ)て居(を)れども 西(にし)の方(かた)長安(ちやうあん)の日(ひ)に向(むか)ひて願(ねがは)くは南山(なんざん)のかけず崩(くづ)れざる万々歳(ばん〳〵ぜい)の 寿(ことぶき)の祝酒(しくしゆ)一杯(いつはい)を奉(たてまつ)ると遠国(をんこく)に居(ゐ)ても君(きみ)を忘(わす)れざる誠(まこと)を云(いふ)日(ひ)と いへば天子(てんし)の事(こと)になる故事(こじ)あり《割書:一方は天子をさせども|日の字二ツある也》    㴩湖山寺(ようこのさんじ) 空山寂歴道心生(くうざんせきれきとしてだうしんしやうず)。虚谷迢遥野鳥声(きよこくてうえうたりやてうのこゑ)。禅室従来雲外(ぜんしつしようらいうんぐわいの) 賞(しやう)。香台豈是世中情(かうだいあにこれせいちうのじやうならん)。雲間東嶺千重出(うんかんとうれいせんちやういづ)。樹裏南湖一(じゆりなんこいつ) 片明(へんあきらかなり)。若(もし)使(しめば)_三巣由(さうやうをして)同(どうぜ)_二此意(このいを)_一。不(じ)_下将(もつて)_二蘿薜(らへいを)_一易(かへ)_中簪纓(さんえいに)_上 【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 作者(さくしや)張説(ちやうえつ)岳州(がくしう)に貶(へん)せられ㴩湖(ようこ)の山寺(やまてら)に上(のぼ)りみれば空山(なにもなきやま)寂歴(せきれき)と物(もの)しづかにて自然(しぜん)と 仏道心(ぶつだうしん)が生(しやう)ずる虚谷(なにもなきたに)迢遥(はる〴〵)にして人(ひと)の音(をと)なく野鳥(もちどり)の声(こゑ)がする禅(ぜん)を観(くわん)ずる室(おくのま)は従来(むかしより) 雲(くも)のたなびく外(あたり)の賞(もてあそび)じや香木(かうぼく)にて作(つく)りし台(うてな)は豈(なにしに)是(これ)世(よ)の中(なか)のうるさき情(じやう)が有(あら)うぞや 雲(くも)の起(おこ)る間(あいだ)に東(ひかし)の嶺(みね)が千(いくら)も重(かさな)り出(いで)てしげりこんだ樹木(じゆもく)の裏(うち)をすかしみれば南(みなみ)の㴩湖(ようこ) が一片(かたへり)明(はつきりと)にみへるもし巣父(さうふ)許由(きよゆう)の隠者(ゐんじや)が今(いま)こゝに来(き)て閑(しづか)なる意(こゝろ)を同(おな)じくするならば 隠者(ゐんじや)の着(き)る蘿薜(つたかづら)で織(おり)し衣服(いふく)を以(もつ)て此方(このはう)の役(やく)をつとめる頭(かしら)のかざり簪(かんざし)や冠(かんむり)の纓(ひも) ととりかへはせまい心(こゝろ)が隠者故(ゐんじやゆへ)あながち隠者(ゐんじや)になるにも及(およば)ぬ此詩中(このしちう)雲(くも)の字(じ)が 二ツ有(あり)どちらか写(うつ)し誤(あやまり)ならん 【挿絵】  遥(はるかに)同(どうす)_二蔡起居偃松篇(さいききよがえんしようへんに)_一 清都衆木総栄芬(せいとしうぼくすべてゑいふん)。伝道孤松最(つたへいふこしようもつとも) 出(いづと)_レ群(ぐんを)。名(なは)接(せつして)_二 天庭(てんていに)_一多(おほく)_二景色(けいしよく)_一。気(きは)連(つらなりて)_二 宮闕(きうけつに)_一借(かる)_二氤氳(ゐんうんを)_一。懸池的々(けんちてき〳〵として)停(とゞめ)_二華(くわ) 露(ろを)_一。偃蓋重々(えんかいちよう〳〵)払(はらふ)_二瑞雲(ずゐうんを)_一。不(ず)_レ借(をしま)流膏(りうかう) 助(たすくることを)_二仙鼎(せんていを)_一。願(ねがはくは)将(もつて)_二楨幹(ていかんを)_一捧(さゝげん)_二明君(めいくんに)_一。 【印「栖霞」】 蔡(さい)は氏(うぢ)起居(ききよ)は天子(てんし)の御/側(そば)にて動作(どうさ)を記録(きろく)する役(やく)勤(つとめ)たる役所(やくしよ)の庭(には)に偃蓋(えんかい)の如(ごと)き 松(まつ)があるを賦(ふ)して張説(ちやうえつ)が岳州(がくしう)に在時(あるとき)贈(おく)りしを遥隔(はるかへだゝ)り居(を)れ共/同(おな)し 偃松篇(えんしようへん)を作(つくり)蔡起居(さいききよ)が勤方(つとめかた)宜(よろしき)を松(まつ)によそへて贈(おく)りし也/清都(きれいなみやこ)の衆木(しな〴〵のき)総(おしなへ)て 栄(さかへ)芬(にほやか)なれ共/取分(とりわけ)伝道(つたへいふ)には其元(そこもと)の役所(やくしよ)の前(まへ)なる孤松(ひとつまつ)は最(すぐれて)群木(なみ〳〵のき)をも ぬけ出るとそれ故(ゆゑ)名(な)は天子(てんし)の朝廷(てうてい)に接(まじはり)御覧(ごらん)も有(あつ)て賞(しやう)せらるゝゆゑ 一入(ひとしほ)気色(けしき)も多(おほ)い松(まつ)の気(き)が宮闕(ごてん)に連(つゞい)てある故(ゆゑ)禁裏(きんり)にたなびく所(ところ)の 氤氳(ほんのりとした)目出度色(めでたきいろ)を借(かり)てある松(まつ)の枝(えだ)が横(よこ)に伏(ふし)て池(いけ)の上(うへ)にさし懸(かゝつ)た ゆゑ松(まつ)の葉(は)の先(さき)に的々(きら〳〵)と光(ひか)る露(つゆ)を停(とゞめ)てある松(まつ)は水(みづ)を吸(す)ふゆゑ枝(えた)が堰(かさ) 蓋(ぼこ)のごとくだん〳〵に重(かさな)り合(あひ)て瑞雲(めでたきくも)をすり払(はら)ふやうな扨(さて)天子(てんし)仙薬(せんやく)を 製(せい)し給はゝ流膏(まつやに)が入(いる)ゆゑ此松(このまつ)より取(とり)給はゞ少(すこ)しも惜(おしみ)は致(いた)さぬと起居(ききよ)の勤方(つとめかた)が 宜(よろし)きを是(これ)にかこつけ松(まつ)やに計(ばか)り楨幹(しんぎ)が御用(こよう)なら願(ねがは)くは真木(しんぼく)を以(もつ)て明君(めいくん)に 捧(さゝ)げたいと起居(ききよ)がまさかの時(とき)は命(いのち)も惜(をしま)ぬ忠勤(ちうきん)をこれにかこつけ云也 【挿絵】   奉(たてまつる)_レ和(わし)_二春日(しゆんじつ)出(いでゝ)_レ苑(そのを)矚目(しよくぼくするを)_一応令(をうれい)  賈曽(かそう) 銅龍暁開(どうりようあかつきひらき)問(とふて)_レ安(あんを)迴(かへる)。金輅春遊博望開(きんろしゆんゆうはくばうひらく)。渭水晴光(ゐすゐのせいくわう)揺(うごかし)_二草(さう) 樹(じゆを)_一。終南佳気(しうなんのかき)入(いる)_二楼台(ろうたいに)_一。招(まねいて)_レ賢(けんを)已(すでに)従(したがへ)_二商山老(しやうざんのらうを)_一。託乗還(たくじようしまた)徴(めす)_二鄴(げふ) 下才(かのさいを)_一。臣(しん)在(あつて)_二東南(とうなんに)_一独留滞(ひとりりうたいす)。忻(よろこふ)逢(あふことを)_二睿藻日辺来(えいさうのじつへんよりきたるに)_一。 【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 玄宗(げんそう)太子(たいし)の時(とき)側役(そばやく)なりし賈曽(かそう)役替(やくがへ)して東都(とうと)に在(あり)しに馴染(なじみ)なれば詩(じ)を下(くだ)され和(わ) せよと令(れい)あり天子(てんし)なれば応制(おうせい)といへ共/太子(たいし)には応令(おうれい)と云/此時(このとき)の和詩(わし)也/銅龍門(とうりようもん)は龍楼(りようろう) 門(もん)共云/太子(たいし)のおはす御/門(もん)也/暁(あかつき)に開(ひらく)と御廊下(おらうか)通(とを)り御殿(ごてん)へ御成(おなり)睿宗(えいそう)の御/安否(きげん)を伺(うかゝ)ひ帰(かへ)り 給ふ序(ついで)に金(こがね)にて飾(かざ)る輅(くるま)に乗(のり)春(はる)の遊(あそび)をなされ漢(かん)の博望苑(はくばうゑん)のごとき御/庭(には)が打開(うちひらい)てある渭(ゐ) 水(すゐ)の晴(はれ)やかな光(ひかり)が草木(さうもく)にうつりきら〳〵ちら〳〵するを揺(うごかす)と云/終南山(しうなんざん)の佳気(めでたきき)は楼台(ろうたい) に入(いり)こんでみへる題(だい)の目(め)を矚(つけ)てみるに応(をう)じて云御/学問好(がくもんすき)ゆゑ賢者(けんしや)を招(まね)かれ已(すて)に商山(しやうざん)の 四皓(しかう)のごとき老人(らうじん)を従(したが)へ後乗(あとのり)に載(のせ)られた還(また)鄴下(げふか)の七才子(しちさいし)と云(いふ)ごときすぐれた者(もの)を徴(めし)詩(し)を 命(めい)ぜらるゝであらう臣(しん)は東南(とうなん)の都(みやこ)に在(あつ)て独(ひとり)留滞(ながずまひ)して御/供(とも)を致(いたす)こともならぬ遠国(をんごく)に 居(ゐ)るに昔(むかし)を忘(わす)れ給ず欣(よろこば)しきことは睿藻(おしさく)の日辺(みやこ)より来(きたる)に逢(あふ)と日辺来(じつへんらい)の三/字(じ)晋(しん)の 明帝(めいてい)の語(ご)世説(せせつ)に出(いで)たり此詩(このし)開(かい)の字(じ)二/所(ところ)有一ツは伝写(でんしや)誤(あやまり)たらん睿藻(えいさう)は天子(てんし)の御書(ごしよ)を云 【挿絵】   奉(たてまつる)_レ和(わし)_三初春(しよしゆん)幸(みゆきするを)_二太平公主南荘(たいへいこうしゆのなんさうに)   応制(おうせい)     李邕(りよう) 伝聞銀漢支機石(つたへきくぎんかんのしきせき)。復見金輿(またみるきんよ)出(いづ)_二紫(し) 微(びを)_一。織女橋辺烏鵲起(しよくぢよけうへんうじやくおこり)。仙人楼上鳳(せんにんろうしやうほう) 皇飛(わうとぶ)。流風(りうふう)入(いつて)_レ坐(さに)飄(ひるがへす)_二歌扇(かせんを)_一。瀑水(ばくすゐ)当(あたつて)_レ階(かいに) 濺(そゝぎ)_二舞衣(ぶいに)_一。今日還同(こんにちまたおなじく)犯(おかす)_二牛斗(ぎうとを)_一。乗(じようじ)_レ槎(いかだに)共(ともに) 泛(うかんで)_二海潮(かいてうに)帰(かへる)。 【印「善靖之印」「松軒」】 -------------------------------------------------------------------------------- 昔(むかし)より伝聞(つたへきゝ)しが銀漢(あまのがわ)に織女(しよくぢよ)の支機石(しきせき)のあることを此度(このたび)復(また)見れば天子(てんし)金(こがね)の飾(かざり)せし 輿(くるま)に召(めし)て紫微(きんり)を出(いで)て幸(みゆき)あるは彼銀漢(かのあまのがわ)とも云(いふ)へき処じや伝聞(つたへきく)復見(またみる)を以て畳(たゝ)み 用(もちひ)て始末(しまつ)織女(しよくぢよ)のことを云/此処(このところ)は取(とり)も直(なを)さず天河(あまのかわ)と思(おも)へば織女(たなばた)の居(ゐる)橋辺(ほしのほとり)には烏鵲(うじやく)が 起(おこり)仙人(せんにん)の住居(すまゐ)する楼上(ろうしやう)には鳳皇(ほうわう)が飛(とぶ)やうなと又(また)弄玉(ろうぎよく)を含(ふく)んだ流(りう)は吹渡(ふきわたる)と云こと ぞ流風(ふきわたる)が御座敷(おざしき)に入(いる)と歌(うた)ふておる団扇(だんせん)が飄(ひら〳〵)とみへる御/庭(には)の瀑(たき)の水(みづ)は階前(えんさき)に 当(むかつ)て舞(まひ)をする衣(ころも)に濺(そゝ)ぎかける今日(けふ)還同(またおなじく)の二/字(じ)起句(きく)に応(おう)ず牛斗(ぎうと)の星(ほし)を犯(をか) して槎(いかだ)に乗(じよう)して皆々(みな〳〵)共々に海潮(かいてう)に泛(うか)んで帰(かへ)ると同(おな)じやうにある犯(をかす)とは行(ゆく) まじき処(ところ)へ行(ゆく)意(こゝろ)牛斗(ぎうと)は牽牛(けんぎう)織女(しよくぢよ)の星(ほし)のこと槎(いかだ)に乗(じよう)じて天河(あまのがわ)にゆくとは 前々(まへ〳〵)多(おほ)く云(いふ)故事(こじ)也 【挿絵】   和(わす)_下左司張員外(さしちやうゐんぐわい)自(より)_レ洛(らく)使(つかひして)入(いり)_レ京(きやうに)中路先(ちうろにしてまづ)赴(おもむき)_二長安(ちやうあんに)_一   逢(あひ)_二立春日(りつしゆんのひに)_一贈(おくるを)_中韋侍御及諸公(ゐしぎよおよびしよこうに)_上   孫逖(そんてき) 忽(たちまち)覩(みる)_二雲間数雁廻(うんかんすがんのかへるを)_一。更(さらに)逢(あふ)_二山上一花開(さんしやういつくはひらくに)_一。河辺淑気(かへんのしくき)迎(むかへ)_二芳(はう) 草(さうを)_一。林下軽風(りんかのけいふう)待(まつ)_二落梅(らくばいを)_一。秋憲府中高唱入(しうけんふちうかうしやういり)。春卿署裏和(しゆんけいしよりわ) 歌来(かきたる)。共言東閣(ともにいふとうかく)招(まねく)_レ賢(けんを)地(ち)。自(おのづから)有(あり)_二西征(せいせい)作(つくる)_レ賦(ふを)才(さい)_一。 【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 此題(このだい)に云/員外(ゐんぐわい)は何人(なんにん)と員(かず)の定(さだま)る外(ほか)に其役(そのやく)を命(めい)ぜらるゝ時(とき)は員(かず)の外(ほか)の人(ひと)と云こと前(まへ)に ある杜員外審言(とゐんくわいしんげん)も同意(どうい)也/自(より)_レ洛(らく)と云/以下(いけ)二十二/字(じ)は張原(ちやうげん)が題(だい)也/宰相(さいしやう)の人が長安県(ちやうあんけん) に居(ゐ)たとみへる張原(ちやうげん)が洛陽(らくやう)より御用使(ごようつかひ)を歴(へ)て京(みやこ)に入(いり)途中(とちう)にて先(まつ)長安県(ちやうあんけん)に趣(おもむき)て 宰相(さいしやう)に謁(えつ)した時(とき)に立春(りつしゆん)の日(ひ)に逢(あふ)て長安県(ちやうあんけん)に居(ゐ)るそこで韋侍御(ゐしきよ)及(および)諸公(しよこう)に 贈(おく)りし諸公(しよこう)は礼部(れいほう)の人(ひと)を云/諸公(しよこう)と云中(いふうち)に孫逖(そんてき)もこもるゆゑ和(わ)した日本(にほん)にては立春(りつしゆん) の時(とき)雁(がん)は北(きた)に帰(かへ)らぬが唐(たう)の長安県(ちやうあんけん)は早(はや)く暖気(だんき)を催(もよほ)すがいぶかし中路(ちうろ)にして 立春(りつしゆん)に逢(あひ)たれば忽(たちま)ち雲間(うんかん)に数雁(すがん)の廻(かへ)るを覩(み)る殊更(ことさら)春(はる)のかへるしるし にや山上(さんしやう)にわづか一輪(いちりん)花(はな)の開(ひら)くに逢(あふ)た又(また)其上(そのうへ)に河(かわ)の辺(ほとり)の淑気(しくき)【左ルビ「ノトカ」】なるが芳草(わかくさ) に迎(むか)へらるゝやうな林下(りんか)の軽風(やはらかなかぜ)は梅花(ばいくわ)を待(あひしらふ)て落(おつ)るやうな是(これ)までは四句(しく)皆(みな) 路(みち)にてみる所(ところ)の春色(しゆんしよく)を云/秋憲(しうけん)は目付(めつけ)の事(こと)ゆゑ韋侍御(ゐしぎよ)を云/春卿(しゆんけい)は御/側(そば) 向(むき)の役人(やくにん)礼式(れいしき)にあづかる諸公(しよこう)を云/此二句(このにく)は府中署裏(やくしよ〳〵)に高唱(よきし)が入(いつ)て和歌(あいさつのし) 来(きた)ると互(たかひ)に云(いふ)たものじや秋憲府中(めつけやくしよ)へも春卿署裏(おそばやくしよ)へも張原(ちやうげん)か高唱(よきし)が入(いり)し ゆゑそこで秋憲(めつけ)よりも春卿(おそば)よりも皆々(みな〳〵)和歌(あいさつのし)を贈(おくり)来(き)ました手前計(てまへばかり)ではない 皆々(みな〳〵)共々(とも〳〵)に云には東閣(おやくしよ)で漢(かん)の公孫弘(こうそんかう)がやうに天下(てんか)の賢者(けんしや)を招(まね)かれし地(ところ)も有(ある) なれども御手前(おてまへ)は自然(しぜん)と晋(しん)の潘岳(はんがく)が西征賦(せい〳〵のふ)を作(つく)る才(さい)が有(ある)ゆゑ早速(さつそく)宜(よろし)き役位(やくゐ) にもすゝむならん 【挿絵】   行(ゆいて)経(ふ)_二華陰(くわゐんを)_一 岧嶤太華(たかくそびへたるたいくわ)俯(ふす)_二咸京(かんけいに)_一。天外三(てんぐわいのさん) 峰削(ほうけづれども)不(ず)_レ成(なら)。武帝祠前雲(ぶていしぜんくも) 欲(ほつす)_レ散(さんぜんと)。仙人掌上雨初晴(せんにんしやうしやうあめはじめてはる)。 河山北(かざんきたのかた)枕(のぞんて)_二秦関(しんくわんに)_一険(さがしく)。駅路(えきろ) 西(にしのかた)連(つらなつて)_二漢畤(かんじに)_一平(たいらかなり)。借問路傍名(しやもんすろぼうめい) 利客(りのかく)。無(なし)_レ如(しくは)_三此処(このところ)学(まなぶに)_二長生(ちやうせいを)_一。    【印「譱靖」「松軒」】 -------------------------------------------------------------------------------- 華山(くわざん)の北(きた)の駅路(えきろ)を行(ゆき)経(へ)て作(つく)る也/岧嶤(たかくそびへ)たる太華山(たいくわざん)が咸陽(かんやう)の京(みやこ)に俯(うつむき)かゝつて天(てん)の辺(あたり) まで蓮華(れんげ)毛女(もうぢよ)松桧(しようくわい)の三峰(みつのみね)が秀(ひいで)うつくしみゆる人間(にんげん)の細工上手(さいくじやうず)がわざ〳〵削立(けづりたて) てもあの様(やう)には出来(でき)ぬ漢(かん)の武帝(ぶてい)仙(せん)を祈(いの)られた祠(やしろ)の前(まへ)も雲(くも)が散(ちり)うせんとし仙人(せんにん)掌上(しやう〳〵)も 雨(あめ)が始(はじめ)て晴(はれ)わたるゆゑ能(よく)分(わか)つてみへる河山(かざん)北(きた)の方(かた)秦関(しんくわん)を枕(まくら)【左ルビ「のぞんで」】にして高(たか)く聳(そびへ)険(けはし)くみゆる 麓(ふもと)の駅路(うまやぢ)は西(にし)の方(かた)漢武(かんぶ)が神(かみ)を祭(まつ)られた畤(ふるやしき)に連(つゞい)て平(たいらか)にある借問(とひかけたい)此路(このみち)の傍(はた)を通(とを)る 人は京(みやこ)に赴(おもむ)き名利(めいり)を求(もと)め立身(りつしん)せんといそいで通(とを)る客(かく)たちは心(こゝろ)が騒(さわがし)きゆゑ此山(このやま)の閑(しづか)なるに 気(き)が付(つか)ぬが此世(このよ)を忘(わす)るゝ所(ところ)に引込(ひきこん)で長生不老(ちやうせいふらう)の仙道(せんだう)を学(まな)ぶにしくはないぞやと云(いふ)実(じつ)は 上(かみ)の役人(やくにん)が暗昧(くらき)ゆゑ此様(このやう)な時(とき)出(いで)て勤(つとめ)んより隠居(ゐんきよ)するにしくはないと云のじや 【挿絵】    登(のほる)_二金陵鳳凰台(きんりようのほうわうたいに)_一 鳳凰台上鳳凰遊(ほうわうだいしやうほうわうあそぶ)。鳳去台空江自流(ほうさりたいむなしうしてえおのづからながる)。吳宮花草(ごきうのくわさう)埋(うづみ)_二幽(ゆう) 径(けいに)_一。晋代衣冠(しんたいのいくわん)成(なる)_二古丘(こきうと)_一。三山半落青天外(さんざんなかばはおつせいてんのほか)。二水中分白(じすゐちうぶんすはく) 鷺州(ろしう)。総(すべて)為(ために)_二浮雲能(ふうんのよく)蔽(おほふが)_一レ日(ひを)。長安(ちやうあん)不(ず)_レ見(みへ)使(しむ)_二 人愁(ひとをしてうれへ)_一。 【印「天真」】 【挿絵】 その昔(むかし)鳳皇台(ほうわうだい)の上(うへ)に鳳皇(ほうわう)か舞遊(まひあそ)びしと云つたへしが鳳(ほう)も去(さり)台(だい)も 空(つぶれ)て今(いま)に替(かは)らぬは江(え)の水(みつ)が自然(しぜん)と流(なか)るゝを見るばかり也/三国(さんごく)呉(ご)の盛(さかん) なる時(とき)宮殿(くうでん)をかまへ花艸(くわさう)のごとくみやびやうなるも滅亡(めつばう)し幽径(ゆうけい)に 埋(うづも)れ引(ひき)つゞひて晋(しん)の代(よ)都(みやこ)をかまへし衣冠(いくわん)の面々(めん〳〵)跡方(あとかた)もなく古(ふる)き 丘山(をかやま)となり終(をはつ)た昔(むかし)にかはらぬは西南(せいなん)に聳(そびへ)し三山(さんざん)が半(なかば)空(しら)から落(おち)て 有(ある)やうに青天(せいてん)の外(ほか)に見へ句容(こうよう)凓水(りつすゐ)両山(りやうざん)の間(あいた)より出(いで)て合流(がふりう)し 金陵(きんりよう)に至(いたつ)て分(わかれ)て二支(ふたすぢ)となり一ツは城(しろ)へ入(いり)一は城外(しやうぐわい)を遶(めぐる)是(これ)二山(じさん)より 出(いづ)る水(みづ)なり其間(そのあいだ)に白鷺洲(はくろしう)がみゆる作者(さくしや)の李白(りはく)高力士(かうりきし)が讒言(ざんげん) にて金陵(きんりよう)に在(あり)しゆえ浮雲(うきくも)を讒人(ざんにん)にたとへ日(ひ)を君(きみ)にたとへ 高(たか)きところへ上(のぼ)り京(みやこ)なつかしく逐客(ちくかく)の感(かん)をよせて総(すべ)て浮(ふ) 雲(うん)が妨(さまたげ)をなし明(あきらか)な日(ひ)を蔽(おほ)ひくらますゆゑ長安(ちやうあん)もみえず人(ひと)の 心(こゝろ)を愁(うれへ)しむ   早(つとに)朝(てうし)_二大明宮(たいめいきうに)_一呈(ていず)_二両省僚友(りやうせいのれうゆうに)_一   賈至(かし) 銀燭(ぎんしよく)朝(てうして)_レ 天紫陌長(てんにしはくながし)。禁城春色曉蒼蒼(きんじやうのしゆんしよくあかつきさう〳〵たり)。千條弱柳(せんでうのじやくりう)垂(たれ)_二青(せい) 瑣(さに)_一。百囀流鶯(はくてんのりうあう)繞(めぐる)_二建章(けんしやうを)_一。剣佩声(けんはいのこゑは)隨(したがひ)_二玉墀步(ぎよくちのほに)_一。衣冠身(いくわんのみは)惹(ひく)_二御(ぎよ) 炉香(ろのかうを)_一。共(ともに)沐(ぼくす)_二恩波(おんはに)_一鳳池上(ほうちのうへ)。朝朝(てう〳〵)染(そめて)_レ翰(かんを)侍(しす)_二君王(くんわうに)_一。 【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 唐書(とうしよ)に東内(とうだい)に大明宮(たいめいきう)ありとみゆ両省(りやうせい)は中書省(ちうしよせい)門下省(もんかせい)也/屋敷(やしき)より朝(さんだい)するに まだ明(あけ)ゆゑ銀燭(ぎんしよく)《割書:りつはにいはんとて|白を銀の字にて云》にて出(いづ)る紫陌(しはく)は御殿(ごてん)への道(みち)すぢ也/禁城(きんり)春(はる)の色(いろ) 暁(あかつき)蒼々(あをしろく)みゆる千条(いくらもえだ)ある弱柳(しだりやなぎ)が役所(やくしよ)の青瑣門(せいさもん)に垂(しだるゝ)百囀(はくてん)はいくらもさへづる流(りう)の字(じ)は あちこちへ鳥(とり)の飛(とぶ)を見たて云/建章(けんしやう)は漢宮(かんきう)の名(な)をかりて云(いふ)鶯(うぐひす)が御殿(ごてん)をめぐりなく 参内(さんだい)する官人(くうわんにん)剣(けん)を帯(おび)玉(たま)の佩(おもの)をならす声(こゑ)玉(たま)のごとくきれいなたゝき墀(には)をしづ〳〵と 歩(あゆ)むに随(したがつ)てひゞく衣冠(いくわん)した身(み)は御前(こぜん)に有(ある)御炉(ぎよろ)に香(かう)をたく香(か)が惹(とまる)皆々(みな〳〵)御/恩(めぐみ)に 波(うるほひ)沐(ひたり)て鳳池(りんげんをかくところ)の上(うへ)につとめて毎朝(まいてう)翰(ふで)を染(そめ)詔(みことのり)の艸書(したがき)して君王(くんわう)の御/前(ぜん)に侍(し)するは忝(かたじけな)いことじや 【挿絵】 【挿絵】駱駝 【裏表紙】 【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:七言律》三》 【小題】閶闔  和(わす)_下賈至舎人早(かししやじんつとに)朝(てうする)_二大明宮(たいめいきうに)_一之作(のさくを)_上                王維(わうゐ) 絳幘鶏人(こうせきのけいじん)報(つげ)_二暁籌(けうちうを)_一。尚衣方進翠(しやういまさにすゝむすゐ) 雲裘(うんきう)。九天(きうてん)閶闔(しやうかつ)【しやうかふヵ】開(ひらき)_二宮殿(きうでんを)_一。万国衣(ばんこくのい) 冠拝(くわんはいす)_二冕旒(べんりうを)_一。日色纔(じつしよくわづかに)臨(のぞんて)_二僊掌(せんしやうに)_一動(うごき)。香(かう) 煙(えん)欲(ほつす)_下傍(そふて)_二衮龍(こんりように)_一浮(うかまんと)_上。朝罷(てうやんで)須(すべからく)【左ルビ「べし」】_レ裁(さいす)_二 五色詔(ごしよくのせうを)_一。 佩声帰到鳳池頭(はいせいかへりいたるほうちのほとり)。 【印「譱靖」「松軒」】 此時分(このじぶん)は和韻(わゐん)と云ことはない向(むかふ)の作(つく)りし詩(し)の意(こゝろ)をうけて作(つく)るを和(わ)すと云/和韻(わゐん)は 晩唐(ばんたう)にて白楽天(はくらくてん)元慎(げんしん)皮日休(ひじつきう)陸亀蒙(りくきまう)などが始(はじめ)た事(こと)じや王維(わうゐ)は此時(このとき)太子(たいしの) 中允(ちうゐん)となる絳幘(こうせき)は鶏冠(とりのとさか)の様(やう)なかぶりものじや鶏人(けいじん)は時(とき)を知らせる役人(やくにん)それが 暁(あけ)六/時(とき)の籌(かず)を報知(つげしら)すると尚衣(おなんどやく)がめさする翠(みとり)の糸(いと)にて雲(くも)を縫(ぬふ)た裘(かはごろも)を是(これ)も 四季(しき)で装束(しやうぞく)の色(いろ)が違(ちが)ふこれは春(はる)の装束(しやうぞく)じや九天(きうてん)は九重(こゝのへ)と云/意(こゝろ)閶闔(おもてごもん)から処々(しよ〳〵) の宮殿(きうでん)が開(ひらく)と万国(はんこく)の官人(くわんにん)衣冠(いくわん)して冕旒(てんしのかんむり)を拝(はい)す朝日(あさひ)の色(いろ)が纔(わづか)に銅柱(とうちう)の上(うへ)に 在(ある)仙人(せんにん)の掌(てのひら)に臨(さしかゝつて)きら〳〵するを動(うご)くと云そこで御/側(そば)に焚(たく)香(かう)の煙(けふり)が天子(てんし)の めす衮龍(まきりよう)の衣(ころも)に傍(そふ)て浮(うかば)んとするがみへる此句(このく)も上(かみ)の日色(じつしよく)をうけた朝儀(てうぎ)が 罷(やん)で官人(くわんにん)皆々(みな〳〵)退出(たいしゆつ)するが其元(そこもと)はせねばかなはぬ五色(ごしき)の紙(かみ)に詔(みことのり)の裁(とりはからひ)せねばなら ぬゆゑ佩玉(はいきよく)の声(こゑ)をならし帰(かへ)り到(いた)るは鳳池(りんげんをかくやくしよ)の頭(ほとり)である上(かみ)の五色(ごしき)が鳳(ほう)の字(じ)を 映(てら)す鄴中記(げふちうき)に後趙(ごてう)の石虎(せきこ)五/色(しき)の紙(かみ)を詔書(ぜうしよ)に用(もち)ひ木鳳(もくほう)の口中(こうちう)に銜(ふくま)せると 有/題(だい)の賈至(かし)は人(ひと)の姓名(せいめい)舎人(しやじん)は官(くわん) 【挿絵】   和(わす)_二太常韋主簿五郎温泉寓目(たいじやうゐしゆほごらうがをんせんのぐうもくを)_一 漢主離宮(かんしゆのりきう)接(せつす)_二露台(ろだいに)_一。秦川一半夕陽開(しんせんいつはんせきやうひらく)。青山尽是朱旗(せいざんこと〴〵くこれしゆき) 繞(めぐる)。碧澗翻(へきかんかへつて)従(より)_二玉殿(ぎよくでん)_一来(きたる)。新豊樹裏行人度(しんほうじゆりこうじんわたり)。小苑城辺猟(せうえんじやうへんれふ) 騎回(きかへる)。聞説甘泉能(きくならくかんせんよく)献(けんずと)_レ賦(ふを)。懸知独(はるかにしるひとり)有(あることを)_二子雲才(しうんがさい)_一。 【印「天真」】 【挿絵】 主簿(しゆほ)は太常(たいじやう)の下役(したやく)で祭(まつり)にあづかることを記録(きろく)する役(やく)寓目(ぐうぼく)はめをよせ打(うち)わたして みること漢主(てんし)の温泉(をんせん)に御幸(みゆき)せらるゝ離宮(りきう)は露台(ろだい)まで建(たて)接(つゞい)てある秦川(しんせん)は 大川(おほかわ)なれ共/離宮(りきう)が建(たて)ひろげてあるゆゑ一半(かたへら)を夕陽楼(せきやうろう)を開(ひらい)て望(そぞみ)見し青山(せいざん) にこと〴〵く是(これ)朱旗(あかきはた)がとり繞(まわ)し建(たて)ならべてあるこれは供奉(ぐぶ)の盛(さか)んなるを云(いふ)碧(みどり)の 澗(たに)のあたりに温泉(いでゆ)が涌出(わきいづ)るを御殿(ごてん)へ筧(かけひ)にて取(とり)それが翻却(ひつくりかへつ)て玉殿(ぎよくでん)より 来(きた)る新豊(しんほう)はにぎやかな処(ところ)ゆゑしげりし樹木(じゆもく)の裏(うち)から行人(かうじん)の通(とを)り度(わたる)がみへ小苑城(せうえんじやう) は宜春苑(ぎしゆんえん)の事(こと)で長安(ちやうあん)の東(ひがし)にある猟場所(かりばしよ)ゆゑ此(この)小苑城(せうえんじやう)の辺(へん)で猟(かり)をし馬(うま)に騎(のり)て 回(かへ)るがみへる此二/句(く)見はらしの能(よき)を云/承(うけたまは)り聞ば此(この)ごろ甘泉(かんせん)のことについて能(よく)賦(ふ)を 作(つく)り献(けん)ぜられたげな懸(はるか)に存(ぞん)じ知(し)る其元(そこもと)独(ひとり)揚子雲(やうしうん)の才(さい)有(ある)ゆゑにすぐれしと 人々(ひと〳〵)ほめるどこともなく上の奢(おごり)を諷諫(ふうかん)した   大同殿(たいどうでん)生(しやうじ)_二玉芝(ぎよくしを)_一龍池上(りようちしやうに)有(あり)_二慶雲(けいうん)_一百官共覩聖恩(はくくわんともにみるせいおん)   便(すなはち)賜(たまふ)_二燕楽(えんがくを)_一敢(あへて)書(しよす)_二即事(そくじを)_一  欲(ほつす)_レ笑(わらはんと)周文(しうぶんの)歌(うたふと)_一レ【_レヵ】燕(えんするを)_レ鎬(かうに)。還(また)軽(かろんず)_二漢武(かんぶ)楽(たのしむことを)_一レ横(よこたわるを)_レ汾(ふんに)。豈知玉殿(あにしらんやぎよくてん)生(しやうじ)_二 三(さん) 秀(しうを)_一。詎(なんぞ)有(あらん)_三銅池(とうち)出(いだすこと)_二 五雲(ごうんを)_一。陌上堯尊(はくしやうのげうそん)傾(かたふけ)_二北斗(ほくとを)_一。楼前舜楽(らうぜんのしゆんがく)動(うごかす)_二 南薫(なんくんを)_一。共歓天意(ともによろこぶてんい)同(おなじきを)_二 人意(じんいに)_一。万歳千秋(ばんぜいせんしう)奉(ほうず)_二聖君(せいくんに)_一。 【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 大同殿(だいどうでん)は興慶宮(こうけいきう)を増(まし)広(ひろく)してとなふ其/東北(とうぼく)は龍池殿(りようちでん)也/玉芝(ぎよくし)を生(しやう)じ龍池(りようち)の 上に慶雲(けいうん)有(あり)龍池(りようち)とは水を通す樋(とひ)にて家の軒(のき)に有もの也五/色(しき)の雲(くも)が出(いづ)唐(たう)の制(せい) に景雲(けいうん)慶雲(けいうん)を大瑞(たいずゐ)と云/嘉禾(かくは)芝草(しさう)木連理(もくれんり)を下瑞(かずゐ)と云て百/官(くわん)賀(が)し奉る 天宝(てんはう)年中/大同殿(だいどうでん)の柱礎(ちうそ)に霊芝(れいし)が生(はへ)た其上に慶雲(けいうん)の瑞(ずゐ)有(あり)と百官ともに 【挿絵】 覩(み)て賀し奉る聖恩(おぼしめし)有て便(すなは)ち酒燕(しゆえん)と音楽(をんがく)を賜(たま)ふ故敢て【「敢て」のルビ「はゞかりながら」】即(その)事を書(しよ) したむかし周(しう)の文王/漢(かん)の武/帝(てい)の時/当御代(たうごたい)の様に玉殿(ぎよくでん)の柱(はしら)の礎(いしずゑ)に三秀(れいし) の生(はへ)たと云ことをしりしことがあるが詎(なん)と銅池(みづをとをすいけ)の上(うへ)に五/色(しき)の雲(くも)の出し事あるか すれば笑(わら)ふたり軽(かろ)んじたりしたとて非難(ひなん)を云ものは有まいそれゆゑ天子/叡(えい) 感(かん)斜(なゝめ)ならずおはしまし日本の御吉/事(じ)の時江戸の町人へ御能見物(おのうけんぶつ)御/果子(くわし)を 下さるやうに京(みやこ)の陌上(まち〳〵)の商人(あきびと)に尭(けう)の恵(めぐみ)給ふ酒尊(さかたる)に酒(さけ)をいくらも〳〵入て 飲(のみ)しだいに下さるは北斗(ほくと)のごとき大升(おほます)にて酌(くみ)出し給(たまは)るそこで天子/楼前(ろうぜん)へ出(しゆつ) 御(ぎよ)有て御覧(ごらん)なされ舜(しゆん)の音楽(をんがく)の七/絃琴(げんきん)を弾(たん)じ南風(なんふう)の薫(ほんのり)として万物(ばんもつ)を そだてる様(やう)に天下の人民(じんみん)を安楽(あんらく)にして治(をさ)めたいと思(おぼ)し召百/官(くわん)共々(とも〴〵)に悦(よろこび)まする 天の御意(みこゝろ)に叶ひし故/霊芝(れいし)や五/色(しき)の雲(くも)が吉瑞(きちずゐ)を現(あらは)し人々の意(こゝろ)も同じ事で 天子の聖徳(せいとく)を悦(よろこ)びますかゝる目出度/御代(みよ)に勤(つと)めまする故(ゆゑ)万歳(ばんせい)千秋いつ 迄も聖君(せいくん)に奉(つかへ)ておりましたい  奉(たてまつる)_レ和(わし)_下聖製(せい〳〵)従(より)_二蓬萊(ほうらい)_一向(むかふ)_二興慶(こうけいに)_一閣(かく)  道中留春雨中春望之作(だうちうのりうしゆんうちうしゆんばうのさくを)_上応制(おうせい) 渭水自(ゐすゐおのづから)縈(めぐつて)_二秦塞(しんさいを)_一曲(まがれり)。黄山旧(くわうざんもと)繞(めぐつて)_二漢(かん) 宮(きうを)_一斜(なゝめなり)。鸞輿迥出千門柳(らんよはるかにいづせんもんのやなぎ)。閣道廻看(かくどうめぐらしみる) 上苑花(しやうえんのはな)。雲裡帝城双鳳闕(うんりていじやうさうほうけつ)。雨中春(うちうのしゆん) 樹万人家(じゆばんじんのいへ)。為(ためなり)_下乗(じようじて)_二陽気(やうきに)_一行(おこなふが)_中時令(じれいを)_上。不(あらず)_三是(これ) 宸遊(しんゆう)玩(もてあそぶに)_二物華(ぶつくわを)_一。  【印「譱靖」「松軒」】 【挿絵】 蓬莱殿(ほうらいでん)より興慶宮(こうけいきう)に行(ゆく)閣道(にかいみち)の中(うち)で春(はる)の遊(あそ)び有(あり)て雨中春望(うちうしゆんばう)の 聖製(ぎよせい)がある留春(りうしゆん)を閣(かく)の名(な)と云も出所(しゆつしよ)がないこれは閣道(にかいみち)の中(うち)に 留(とゞま)り給ひ春(はる)の遊(あそ)びを成(なさ)しめたまふが閣道(にかいみち)より見渡(みわた)せば京(みやこ)を盤(めぐら) して渭水(ゐすゐ)は自(おのづか)ら秦(しん)の長安(ちやうあん)の塞(とりで)を縈(めぐり)て曲(まが)り黄山(くわうざん)は旧(もと)より 漢宮(かんきう)を繞(めぐつ)て斜(よこすぢかい)につゞいてみへる玉鑾(たまのすゞ)を鳴(なら)す輿(こし)にめして迥(はるか)に 出御(しゆつぎよ)有(あり)て千門(あちこちのごもん)の側(かたはら)に有(ある)柳(やなぎ)も緑(みどり)深(ふか)くみへ閣道(にかいみち)よりふり廻(かへり)て みれは上林苑(しやうりんえん)の花(はな)も盛(さかん)にある雲(くも)の裏(うち)に包(つゝま)れてある帝城(ていじやう)の前(まへ) にならびし鳳闕(ごもん)が高(たか)く聳(そびへ)てみへ雨(あめ)の中(うち)に春(はる)を催(もよほ)した樹木(じゆもく)の間(あいだ) 京(みやこ)の町々(まち〳〵)万人(まんにん)の家(いへ)が並(なら)んでみへる此景色(このけしき)を御覧(ごらん)有(ある)は天下(てんか)の政治(せいじ) にあづかる事で春(はる)の陽気(やうき)に乗(じよう)じて民(たみ)百姓(ひやくしやう)に農業(のうげふ)をすゝめる時(とき)の 号令(がうれい)を行(おこな)ふ為(ため)じや是(これ)宸遊(みゆきのたのしみ)万物(ばんもつ)の花美(くわび)になるを玩(もてあそ)び給ふにあらず と天子(てんし)遊楽(ゆうらく)が過(すぎ)るゆゑ七八の句(く)で諷諫(ふうかん)してたしなませしなり   勅(ちよくして)賜(たまふ)_二百官桜桃(はくくわんにあうたうを)_一  芙蓉闕下(ふようけつか)会(くわいす)_二千官(せんくわんを)_一。紫禁朱桜(しきんしゆあう)出(いづ)_二 上蘭(しやうらんを)_一。纔是寝園春薦(わづかにこれしんゑんはるすゝめて) 後(のち)。非(あらず)_レ関(あづかるに)_二御苑鳥銜残(ぎよゑんとりふくみのこすに)_一。帰鞍競帯青糸籠(きあんきそひおぶせいしろう)。中使頻傾赤(ちうししきりにかたむくせき) 玉盤(ぎよくばん)。飽食(あくまでしよくして)不(ず)_レ須(もちひ)_レ愁(うれふることを)_二内熱(ないねつを)_一。大官還(たいくわんかへつて)有(あり)_二蔗漿寒(しやしやうのかん)_一。 【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 桜桃(あうたう)は本草(ほんざう)に春初(しゆんしよ)白花(はくくわ)開(ひらき)三月/末(すへ)四月/始(はじめ)実(み)が熟(じゆく)す一/枝(し)に数(す)十/顆(くわ)づゝとある唐(たう)の 李潮歳時記(りてうさいじき)に三月晦日/内園(ないえん)より桜桃(あうたう)を寝廟(おたまや)に進(すゝ)むる又/儀式(ぎしき)が有(あつ)て百/官(くわん)に 分(わか)ち賜(たま)ふ各(おの〳〵)差(しな)がある又/礼記(らいき)にみゆ王維(わうゐ)此時(このとき)文部中郎(ぶんばうちうらう)となる芙蓉園(ふようえん)にある闕下(ごてん) に千官(しよやくにん)を会(よびあつめ)せられ紫禁(きんり)にある朱桜(しゆあう)を上蘭観(しやうらんくわん)より出(いだ)して給(たま)はる纔(わづか)に是/寝園(おたまやへ) 春(はる)薦(すゝめ)て後(のち)待(まて)しばしなく此桜桃(このあうたう)の実(み)を賜(たまは)るあながち御苑(みその)にあれば鳥(とり)の銜残(くいのこす)に 関(よる)と云ことにはあらず拝領(はいりやう)に桜桃(あうたう)ゆへ帰(かへ)る時/馬(うま)の鞍(くら)に手(てん)〳〵(〳〵)【「手々」は「てんで」ヵ】に競(きそひ)帯(くゝりつけ)青糸(あをいと)を以(もつ)て かざりし籠(かご)に入(いれ)たくだされ物(もの)をもちはこぶ坊主(ばうず)の類(るい)の中使(きうじにん)が頻(しきり)に傾(かたむ)けり赤玉(せきぎよく)の盤(ばん)に もり上(あげ)たを此実(このみ)を飽(あく)まで食(くら)ふと内熱(ないねつ)を病(やむ)と云ことを愁(こゝろづかひ)にすることを須(もちひ)ざれ夫(それ)は なぜなれば内熱(ないねつ)を解(げ)する薬(くすり)が大官(ごかつて)に還(また)有(ある)ぞや蔗漿(さたうみづ)の寒(つめたき)がそれを飲(のむ)と立所(たちどころ)に 快(こゝろよく)なる此/詩(し)千官(せんくわん)大官(たいくわん)どちらか伝写(でんしや)誤(あやまり)たらん 【挿絵】    酌(くんで)_レ酒(さけを)与(あたふ)_二裴迪(はいてきに)_一。 酌(くんで)_レ酒(さけを)与(あたふ)_レ君(きみに)君自寬(きみじくわんせよ)。人情翻覆(にんじやうのはんふく)似(にたり)_二波瀾(はらんに)_一。 白首相知猶按(はくしゆあいしりなをあんず) _レ剣(けんを)。朱門先達(しゆもんせんだつ)笑(わらふ)_二弾冠(だんくわんを)_一。草色全(さうしよくまつたく)経(へて)_二細雨(さいうを)_一湿(うるほひ)。花枝(くわし)欲(ほつして)_レ動(うごかんと)春(しゆん) 風寒(ふうさむし)。世事浮雲何(せいじふうんなんぞ)足(たらん)_レ問(とふに)。不(じ)_レ如(しか)高臥且(かうぐわしてかつ)加(くわへんには)_レ餐(そんを)。 【印「天真」】 【挿絵】 裴迪(はいてき)不慮(ふりよ)に人(ひと)に悪言(あくごん)されしこと有(ある)を憤(いきとをり)ておるそれを大維(わうゐ)熟懇(じゆこん)ゆゑ慰(なぐさ)めて酒(さけ)をすゝめ 此詩(このし)を贈(おく)るそなたは憤(いきどを)り心(こゝろ)よからぬことも有(ある)さうなれども酒(さけ)を酌(くん)で君(きみ)に与(あた)ふる からこれを飲(のん)で自(みづから)心(こゝろ)を寛(ゆる)くしやれ世人(せじん)の情(こゝろ)の翻覆(ひつくりかへりて)あてにならぬは波瀾(なみ)の起(おこ)ると 思(おも)へば忽(たちま)ちなくなると同(おな)じことじや少(わか)き時(とき)より白首(しらが)になる迄(まで)相知(しるひと)でも此方(このはう)の学問(がくもん) した意味(いみ)を合点(がてん)せねば猶(また)剣(けん)を按(とつ)て益(やく)に立(たゝ)ぬことをする人(ひと)じやとそり打(うち)をして かゝる貧(ひん)なる時(とき)心安(こゝろやす)くして何(なん)でも先(さき)へ立身(りつしん)したら取持(とりもつ)と云(いひ)かわせそこで朱門(れき〳〵)に つかへ先(さき)へ達(りつしん)するとさだめて此方(このはう)を推挙(とりもつ)ならんと冠(かんむり)の塵(ごみ)を弾(はらふ)てまち懸(かけ)ておると 向(むかふ)では取(とり)もつ心(こゝろ)はなくあざ笑(わらつ)ておる小人(せうじん)へつらひこびて君(きみ)の心(こゝろ)に叶(かな)ふは艸色(さうしよく)が全(まつたく)細雨(さいう) を経(へ)て湿(うるほ)ふやうなもの君子(くんし)の落着(おちつか)ぬ有(あり)さまは花(はな)の枝(えだ)が動(さき)かゝらんとしても春風(はるかぜ)の 寒(さむ)さにさへられのびあがらぬ人情(にんじやう)の翻覆(はんふく)を云(いふ)すれば世(よ)の事は浮雲(ふうん)の有(ある)かとすれば 消(きえ)るやうにはりあひもなきものゆゑ何(なに)しに問(とひ)たづぬるに足(たら)んや不如(それより)枕(まくら)を高(たか)くして臥(ふ)し 且(かつ)餐(くいもの)を多(おほ)く増加(ましくわ)へ気(き)まゝに食(くら)ひ無事(ふじ)なるが宜(よろ)しからずや    酬(むくふ)_二郭給事(くわくきふじに)_一 洞門高閣(どうもんのかうかく)靄(あいたり)_二余暉(よきに)_一。桃李陰陰柳絮飛(たうりゐん〳〵としてりうじよとぶ)。禁裏疏鐘官舍(きんりのそしようくわんしやの) 晩(くれ)。省中啼鳥吏人稀(せいちうのていてうりじんまれなり)。晨(あしたに)揺(うごかして)_二玉佩(ぎよくはいを)_一趨(はしり)_二金殿(きんでんに)_一。夕(ゆふべに)奉(ほうじて)_二 天書(てんしよを)_一拝(はいす)_二 瑣闈(さゐに)_一。強(しいて)欲(ほつすれども)_レ従(したがはんと)_レ君(きみに)無(なし)_レ那(いかんともすること)_レ老(おいを)。将(まさに)【左ルビ「す」】_下因(よつて)_二臥病(ぐわへいに)_一解(とかんと)_中朝衣(てういを)_上。 【印「天真」】 -------------------------------------------------------------------------------- 大維(わうゐ)も又/給事中(きふじちう)となる洞門(とうもん)は門(もん)と門(もん)と向合(むかひあふ)てある処に高閣(やくしよ)がある日(ひ)が暮(くれ)かゝる ゆゑ余暉(ゆふひ)が靄(かすかにてらされ)としてみへ桃(もゝ)李(すもゝ)も陰々(うすくらく)とし柳絮(やなぎはな)も飛(とぶ)と云は春(はる)も暮(くる)るやうすを云 禁裏(きんり)に勤居(つとめゐ)る日(ひ)が永(なが)いゆゑ時(とき)も疎(おそ)く間(ま)が有(あり)て鐘(かね)の声(こゑ)がして官舎(くわんしや)も晩(くれ)る給(きふ) 事(じ)のつめる省中(やくしよ)も啼(なき)わたる鳥(とり)ばかりて吏人(やくにん)は帰(かへり)て稀(まれ)にあるなれども其元(そこもと)も此(この) 方(はう)も給事(おそば)のことゆゑ晨(よあけ)に玉佩(ぎよくはい)を揺(うごか)し鳴(なら)し金殿(きんでん)に趨(はしり)出仕(しゆつし)し夕方(ゆふかた)になり天書(みことのり)を 奉(うけ)して宮中(きうちう)瑣闈(さゐ)と云御/側衆(そばしゆ)の役所(やくしよ)になみならべと仰付(あふせつけ)られた扨/其元(そこもと)は怠(おこたり)なく 勤(つとめ)らるゝゆゑ我(われ)も強(しい)て君(きみ)に従(したが)ひつとめんと欲(ほつ)しても老(おい)てよわりたるを那(いかん)ともすること 無(な)い其上(そのうへ)まだ恥入(はぢいる)ことは将(また)臥病(ぐわびやう)なる因(ゆへ)に朝衣(しやうぞく)を解(とい)て隠居(ゐんきよ)を願(ねがは)んと存(ぞん)ずる 【挿絵】  過(よぎる)_二乗如禅師蕭居士嵩丘蘭若(じようによぜんじせうごじすうきうのれんにやに)_一 無著天親弟(むぢやくてんしんおとゝと)与(と)_レ兄(あに)。嵩丘蘭若一峰(すうきうのれんにやいつほう) 晴(はるゝ)。食(しよく)隨(したがつて)_二鳴磬(めいけいに)_一巣烏下(さうてうおり)。行(ゆく〳〵)踏(ふむ)_二空林(くうりんを)_一落(らく) 葉声(えふのこゑ)。迸水定(へいすゐさだめて)侵(ひたして)_二香案(かうあんを)_一湿(うるほひ)。雨花(うくわ)応(まさに)【左ルビ「べし」】_下共(ともに)_二 石牀(せきじやうと)_一平(たいらかなる)_上。深洞長松何(しんとうのちやうしようなんの)所(ところぞ)_レ在(ある)。儼然天(げんぜんたりてん) 竺古先生(ぢくこせんせい)。  【印「松」 「軒」】 -------------------------------------------------------------------------------- 居士(こじ)は維摩経(ゆいまきやう)にみゆ蘭若(れんにや)は天竺(てんぢく)の辞(ことば)也/唐(たう)に無諍(むじやう)と云/寺(てら)のこと也/禅師(ぜんじ)と居士(こじ)と 心(こゝろ)が合(あふ)て同居(どうきよ)した嵩丘(すうきう)は嵩山(すうざん)也/二公(にこう)の同居(どうきよ)は天竺(てんぢく)の無著大士(むぢやくだいし)其弟(そのおとゝ)の天親菩薩(てんしんぼさつ) とも云様(いふやう)な其住所(そのちうしよ)嵩丘(すうきう)蘭若(れんにや)の前(まへ)一ツの峰(みね)が晴(はれ)わたつてみへる午時(ひるどき)の斉(とき)【斎ヵ】を 食(くら)ふに磬(けい)を鳴(なら)すに随(したが)ひ巣(す)の上(うへ)に鳥(とり)が聞(きく)なれ下(お)り啄(ついば)む境内(けいだい)を歩行(ほかう)すれば 空(むなし)き林(はやし)の落葉(おちば)を踏(ふ)むと声(こゑ)がする閑(しづか)かなることを形容(けいよう)した羅候羅尊者(らごらそんじや)が右(みぎ)の 手(て)をそろ〳〵地(ち)の中(なか)に入たら金輪際(こんりんざい)より水(みづ)が迸出(とばしりいつる)と云(いふ)が仏前(ぶつぜん)に向(むか)ひし時(とき)は此寺(このてら) の庭(には)に迸出(とばしりいづ)る水(みづ)は定(さだ)めて香炉(かうろ)をのせた案(つくゑ)を湿(うるほ)すならん経(きやう)を講(かう)ぜらるゝ時(とき)は 天(てん)から曼陀(まんだ)の雨花(うくわ)が降(ふる)ならんそこで此山(このやま)の石牀(せきしやう)と共(とも)に平(たいらか)になるほどであらう 深洞(しんとう)の前(まへ)に長松(ちやうしよう)がしげり何(なに)が在所(あるところ)ぞと窺(うかゞ)ふたれば袈裟衣(けさころも)を着(き)て儼然(きつとかまへ)として 天竺(てんぢく)にて古先生(こせんせい)と称(しやう)する仏(ほとけ)が安置(あんち)してある深(しん)と長(ちやう)の二/字(じ)でます〳〵奥(おく)ゆかしき 事がこもる稽古要録(けいこえうろく)に天竺(てんぢく)の無著大士(むぢやくだいし)其弟(そのおとゝ)天親菩薩(てんしんぼさつ)大乗(だいじよう)を論(ろん)じ書(しよ)を 著(あらは)すこと五百/部(ぶ)とあり又/梁(りやう)の僧(そう)誌候(しこう)宝積寺(はうしやくじ)に水(みづ)なきゆゑ錫杖(しやくぢやう)にて地(ち)を 突(つき)穴(あな)をなせば泉(いづみ)のわくこと数尺(すしやく)又/伝灯録(でんとうろく)に羅侯羅尊者(らこらそんしや)甘露水(かんろすゐ)を得(う)る 事/迸水(へいすゐ)の出所(しゆつしよ)なり 【挿絵】  奉(たてまつる)_レ和(わし)_下聖製(せい〳〵)従(より)_二蓬萊(ほうらい)_一向(むかふ)_二興慶(こうけいに)_一閣(かく)  道中留春(だうちうのりうしゆん)雨中春望之(うちうしゆんばうの)作(さくを)_上応(おう)  制(せい)      李憕(りとう) 別館春還淑気催(べつくわんはるかへつてしくきもよほす)。三宮路転鳳(さんきうみちてんずほう) 皇台(わうだい)。雲蜚北闕軽陰散(くもとんでほくけつけいゐんさんじ)。雨歇南(あめやんでなん) 山積翠来(ざんせきすゐきたる)。御柳遥(ぎよりうはるかに)隨(したがつて)_二 天仗(てんじやうに)_一発(はつし)。林(りん) 華(くわ)不(ずして)_レ待(また)_二晩風(ばんふうを)_一開(ひらく)。已知聖沢深無(すでにしるせいたくふかうしてなきことを) _レ限(かぎり)。更喜年芳(さらによろこぶねんはうの)入(いることを)_二睿才(えいさいに)_一 【印「譱靖」「松軒」】。 -------------------------------------------------------------------------------- 此題(このだい)前(まへ)に出たり別館(べつくわん)は興慶(こうけい)をさす此(この)はなれ御殿(ごてん)す春(はる)の気色(けしき)が立還(たちかへつ)て淑(よき) 気(き)が催(もよほ)すから此興慶(このこうけい)蓬莱(ほうらい)望春(ばうしゆん)の三/宮(きう)より路(みち)が宛転(うねりまがり)としてきらびやかなる 台(うてな)に上(のぼ)り雨中(うちう)の春(はる)のけしきを望(のぞ)み給ふ鳳凰(ほうわう)はきらびやかなるを云/雲(くも)も飛(とび)なく なつて北闕(きんり)の上(うへ)の軽陰(うすぐもり)も散(ちり)うせた雨(あめ)もふり息(やん)で真向(まむかう)の終南山(しうなんざん)の積翠(しげりしみどり)が目(め)の 側(そば)に近(ちか)づき来(きたり)地道(ぢたう)の御柳(ぎよりう)遥(はるか)に天杖(おだうぐ)に随(したがつ)て緑(みどり)を発(はつ)し上林(しやうりん)の花(はな)も天子(てんし)の恩沢(おんたく)に 沾(うるほ)ふゆへ晩風(くれがたのかぜ)を待(また)ずして已(すで)に知(しる)上(かみ)の恵(めぐ)みの聖沢(うるおひ)深(ふか)くして限(かぎり)もなきことゆゑ殊(こと) 更(さら)喜(よろこび)ます柳花(りうくわ)まで美(うつく)しく年芳(としわか)なる春(はる)を迎(むか)へて天子(てんし)睿才(えいさい)の詩(し)に入(いる)は嬉(うれ) しきことならずや 【挿絵】 【挿絵】万年蟹 【裏表紙】 【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:七言律》 四》 【小題】蹉跎  送(おくる)_二魏万(ぎばんが)之(ゆくを)_一レ京(けいに)       李頎 朝聞遊子(あしたにきくゆうし)唱(となふことを)_二離歌(りかを)_一。昨夜微(さくやび) 霜初(さうはじめて)渡(わたる)_レ河(かを)。鴻雁(かうがん)不(ず)_レ堪(たへ)_二愁裏(しうりに) 聴(きくに)_一。雲山況是客中過(うんざんいはんやこれかくちうにすぐるをや)。関城(くわんじやうの) 曙色(しよしよく)催(もよをして)_レ寒(かんを)近(ちかく)。御苑砧声向(ぎよえんのちんせいむかつて) _レ晩(くれに)多(おほし)。莫(なからんや)_四是長安行楽処(これちやうあんかうがくのところ)。空(むなしく) 令(しむること)_三歳月(せいけつをして)易(やすから)_二蹉跎(さだし)_一。 【印「松軒」】  -------------------------------------------------------------------------------- 今朝(けさ)聞(きけ)ば遊子(たびうと)となり離歌(なごりうた)を唱(とな)へて京(みやこ)に行(ゆか)るゝ時節(じせつ)が昨夜(さくや)微霜(うすじも)が初(はじめ)て河(かわ) 向(むか)ふに降(ふり)て冷(ひやゝ)かなることじや途中(とちう)も鴻雁(かうがん)が悲(かなし)み鳴(なく)を旅(たび)の愁(うれへ)ある裏聞(うちきく)に堪(たえ)かね ん雲(くも)の起(おこ)る寂(さび)しき山中(さんちう)を况(いはん)や是(これ)客中(かくちう)に通(とを)り過(すぐ)るをや関城(みやこ)に行着(ゆきつか)れたら 樹々(きゞ)の色(いろ)も枯(かれ)はて寒気(かんき)を催(もよほ)すことも近付(ちかづき)曙色(しよしよく)一本(いつほん)に樹色(じゆしよく)とある宜(よろ)しからん 御苑(きよえん)のあたり砧(きぬた)の声(こゑ)晩(くれ)に向(むかつ)て所々(しよ〳〵)にて多(おほ)からん扨(さて)教訓(きやうくん)して是(これ)長安(ちやうあん)はにぎ やかにて行楽(かうがく)の自由(じゆう)なる所(ところ)ゆゑ心(こゝろ)をとらかし立身(りつしん)の望(のぞ)みを忘(わす)れ空(やくにもたゝぬ)く歳月(としつき) を過(すぐ)して蹉跎(けつまづき)し易(やす)からしむること莫(な)きやうに心(こゝろ)をつけよと励(はげ)ました 【挿絵】  寄(よす)_二盧司勲員外(ろしくんいんぐわいに)_一 流澌臘月(りうしらふげつ)下(くだる)_二河陽(かやうを)_一。草色新年(さうしよくしんねん)発(はつす)_二 建章(けんしやうを)_一。秦地立春(しんちのりつしゆん)伝(つたへ)_二太史(たいしより)_一。漢宮題(かんきうのだい) 柱(ちう)憶(おもふ)_二仙郎(せんらうを)_一。帰鴻(きかう)欲(ほつす)_レ度(わたらんと)千門雪(せんもんのゆき)。侍(し) 女新添五夜香(ぢよあらたにそふごやのかう)。早晩(いつか)薦(すゝめん)_二雄文似(ゆうぶんののれる) 者(ものを)_一。故人今已(こしんいますでに)賦(ふす)_二長楊(ちやうやうを)_一。 【印「栖霞」】 李頎(りき)新郷県尉(しんきやうけんのしたやく)となり洛陽(らくやう)に居(おか)る第一句(だいいつく)は盧司勲(ろしくん)が洛陽(らくやう)より長安(ちやうあん)に 入(いり)し送別(そうべつ)の時(とき)を云(いふ)ならん。流澌(りうし)は氷(こをり)が解(とけ)て流(なが)るゝ臘月(らふげつ)河陽(かやう)を発(はつ)して 下(くだ)りしが今日(けふ)は艸色(くさのいろ)が緑(みとり)をきざし新年(しんねん)に入(いつ)て 建章宮(けんしやうきう)のあたりに発出(おいいで)した 秦地(しんち)の長安(ちやうあん)は御政事(ごせいじ)で立春(りつしゆん)を太史(てんもんやく)より伝(つたへ)て奏(そう)すそこで春(はる)を迎(むか)へる 御儀式(おぎしき)がある其時(そのとき)其元(そこもと)が漢宮(かんきう)へ朝(てう)せられたら天子(てんし)の御/目(め)にとまりて扨(さて)も 宜(よろ)しき人物(しんぶつ)と其元(そこもと)の姓名(せいめい)を御筆(ぎよひつ)を以(もつ)て柱(はしら)に題(だい)せらるゝであらうと仙郎(おそばやく) のそなたを思(おも)ひやる御/役所(やくしよ)に勤(つとめ)ておられ帰雁(きがん)が渡(わた)り飛(とば)んと欲(する)折(をり)からは千門(ごもん〳〵) も雪(ゆき)のけしきなるらん郎官(おそばやく)のことゆゑ侍女(しぢよ)が新(あら)たにたき添(そふ)るであらう五夜(ごや)の 暁(あかつき)のころ伽羅(きやら)の香(にをひ)を早晩(いつ)であらう此方(このはう)も楊雄(やうゆう)の文(ぶん)に似(に)ておとらぬものと 薦(すゝめ)てくれ給へ故人(なじみ)の其元(そこもと)今(いま)已(とく)に長楊(ちやうやう)の賦(ふ)を作(つく)り置(おき)しぞと盧(ろ)が御側役(おそばやく)故(ゆゑ) 世/話(わ)してくれよと云(いふ)も楊雄(やうゆう)が文(ぶん)司馬相如(しばしやうじよ)に似(に)たるを以(もつ)て成帝(せいてい)に薦(すゝめ)た人 がある其故事(そのこじ)をふまへたる也 【挿絵】  題(だいす)_二璿公山池(せんこうのさんちに)_一。 遠公遁跡廬山岑(えんこうのとんせきろさんのみね)。開士(かいし) 幽居祇樹林(ゆうきよすぎじゆりん)。片石孤雲(へんせきこうん) 窺(うかゞひ)_二色相(しきさうを)_一。清池皓月(せいちかうけつ)照(てらす)_二禅(ぜん) 心(しんを)_一。指(し)_二_揮(きして)如意(によいを)_一 天花落(てんくわおち)。坐(ざ)_二_ 臥(ぐはして)間房(かんばうに)_一春艸深(しゆんさうふかし)。此外俗(このほかぞく) 塵都(ぢんすべて)不(ず)_レ染(そまら)。唯(たゞ)余(あまし)_二玄度(げんどを)_一得(う)_二 相尋(あいたづぬることを)_一。 【印「譱靖」「松軒」】 -------------------------------------------------------------------------------- 昔(むかし)晋(しん)の遠公(えんこう)の世(よ)を遁(のが)れし跡(あと)は廬山(ろさん)の岑(みね)である今日(こんにち)璿公(せんこう)と云/開士(ぼさつ)の幽(しづか)な 住居(すまゐ)は祇樹林中(きじゆりんちう)にある一片(ちいさき)の石(いし)も孤雲(はなれくも)も璿公(せんこう)の袈裟衣(けさころも)を着(き)られた 色相(しきさう)を窺(うかゞひ)て目前(もくぜん)に出(で)て楽(たの)しまする様(やう)にある清池(せいち)に臨(のぞ)みし皓月(しろきつき)は公(こう)の禅定(ぜんぢやう) に入(いり)し心(こゝろ)を照(てら)すならん如意(によい)を以(もつ)て指揮(さしまねけ)ば天(てん)より花(はな)が落(おつ)るかと思(おも)はれ閑房(しづかなへや)に 坐(ざ)したり臥(ふし)たりし禁足(きんそく)せられ世(よ)の人(ひと)の足跡(あしあと)は絶(たえ)てなきゆゑ春艸(はるくさ)がしげり深(ふか)〴〵 とはえはびこる扨(さて)片石(へんせき)孤雲(こうん)清池(せいち)皓月(かうげつ)天花(てんくわ)春草(しゆんさう)ばかりにて此外(このほか)の俗塵(よのさわがしき)は 都(すべ)て染(そみ)て汚(けが)るゝことなきゆゑ唯(たゞ)々/友(とも)にするものは支遁(しとん)と遊(あそ)ばれた許玄度(きよげんど)を 見るやうなが余有(のこりあつ)て相尋(あいたづね)ることを得(うる)のみ 【挿絵】   寄(よす)_二綦毋三(きぶさんに)_一 新(あらたに)加(くわへて)_二大邑(たいゆうを)_一綬仍黄(しうなをきなり)。近(ちかごろ)与(ともに)_二単車(たんしやと)_一向(むかふ)_二 洛陽(らくやうに)_一。顧眄一過丞相府(こめんひとたびすぐしようじやうのふ)。風流三(ふうりうみたび) 接令公香(せつすれいこうのかう)。南川粳稻花(なんせんのかうたうはな)侵(おかし)_レ県(けんを)。西(せい) 嶺雲霞色(れいのうんかいろ)満(みつ)_レ堂(だうに)。共道(ともにいふ)進(すゝめて)_レ賢(けんを)蒙(かうむると)_二 上(しやう) 賞(しやうを)_一。看(みん)_三君幾歳(きみがいくとしか)作(なるを)_二台郎(だいらうと)_一。 【印「譱靖」「松軒」】 綦毋(きぶ)は復姓(にじみやうじ)なり宜春県(ぎしゆんけん)の尉(したやく)より洛陽県(らくやうけん)の尉(したやく)にうつる此度(このたび)あらたに洛陽県(らくやうけん)の大(たい) 邑(ゆふ)を加(くわへ)られ尉(したやく)となり行(ゆか)るゝが印(ゐん)の綬(ひも)は役(やく)が軽(かろ)きゆゑ仍(なを)黄(きいろ)にあるすべて役人(やくにん)には 天子(てんし)役々(やく〳〵)の印(ゐん)を下(くだ)さるゆゑ装束(しやうぞく)の綬(ひも)に印(ゐん)をまいておる重(おも)き役(やく)と軽(かろ)き役(やく)と印(ゐん)の 綬(ひも)の色(いろ)が違(ちが)ふ役(やく)を御免(ごめん)あれば其印(そのゐん)は返納(へんなふ)すそこで其元(そのもと)は奢(おごり)のなき人故(ひとゆへ)近(ちか)ごろ飾(かざ)り なき単(ひとつ)の車与(くるまに)て洛陽(らくやう)に向(むか)はる与(よ)以(い)音通(をんつう)ずるゆゑ以(い)の字義(じぎ)に見て宜(よろ)しからん其元(そこもと) は諸公(しよこう)がよく思はるゝから顧眄(ねんごろ)に致(いた)されん一(ひと)たび丞相(しようじやう)の府(やくしよ)を過(よぎ)りても風流(ふうりう)な三(ちよつ)ヒ(〳〵と)令(れい) 公(こう)の香(かう)ずきな尚書(しやうしよ)にも接(まじは)るならん扨/治方(をさめかた)の能(よき)ことをほめて農業(のうげふ)をよく勧(すゝむ)るゆゑ 南州(なんしう)の辺(ほとり)の粳稲花(うるしねはな)も盛(さかり)実(み)のりよく隣(となり)の県(こほり)迄(まで)侵(いりこん)であらうそれによく治(をさま)りて 有(ある)ゆゑ公事訴訟(くじそせう)の有(ある)ことはないから役所(やくしよ)に詰(つめ)られても終日(ひめもす)隙(ひま)で西嶺(さいれい)の雲霞(うんか)の 色(いろ)めくが堂(だう)に満(みち)わたるをみるばかりであらう皆(みな)々とも〴〵評議(ひやうぎ)して云(いふ)には天子(てんし)へ 賢者(けんしや)を進(すゝ)むると上賞(ごほうひ)を蒙(かうむ)るゆゑ君(きみ)は幾(いか)ほどの年(とし)のたちゆかぬ中(うち)に人々(ひと〴〵)が進(すゝ)め て台郎(だいらう)となることを看(みん)と噂(うわさ)をする台郎(だいらう)は尚書郎(じやうしよらう)を云 【挿絵】   送(おくる)_二李回(りくわいを)_一 知君官(しんぬきみがくわん)属(しよくすることを)_二大司農(たいしのうに)_一。詔(みことのりして)幸(みゆきし)_二驪山(りさんに)_一職(しよく) 事雄(じゆうなり)。歳(とし〴〵)発(はつして)_二金錢(きんせんを)_一供(きようし)_二御府(ぎよふに)_一。昼看仙(ひるはみるせん) 液(えきの)注(そゝぐことを)_二離宮(りきうに)_一。千巌曙雪旌門上(せんがんのしよせつきもんのうへ)。十(しふ) 月寒華輦路中(げつのかんくわれんろのうち)。不(ず)_レ覩(み)_三声名(せいめいと)与(とを)_二文(ぶん) 物(ぶつ)_一。自傷留滞(みづからいたむりうたいして)去(さることを)_二関東(くわんとうを)_一。       【印「譱靖」「字孟直」「松軒」】 -------------------------------------------------------------------------------- 李司農丞(りしのうじよう)【左ルビ「かんじやうのしたやく」】となる 扨(さて)も君(きみ)の官(くわん)は大司農(たいしのう)【左ルビ「かんしやうぶきやう」】に属(ぞく)【左ルビ「したやく」】するを此度(このたび)詔(みことのり)ありて驪山(りさん)に幸(みゆき)せら るゝよつて人民(じんみん)の部役(ぶやく)を割付(わりつけ)らるゝ職事(しよくじ)えこひいきなく清潔(せいけつ)で雄(さかん)なり第(だい)一 句(く)に応(おう)じて歳々(とし〴〵)金銭(きんせん)を発(はつし)て御府(おくら)に供(きよう)せられ昼(ひる)は日々(ひゞ)と云こと日々/仙液(ゆのわく)を華(くわ) 清宮(せいきう)と云/離宮(りきう)に筧(かけひ)で注取(そゝぎとる)を看(みる)ならん千巌(あまたいわほ)に曙(あけぼの)の雪(ゆき)の光(ひかり)が旗(はた)を建(たて)ならべた 仮門(かりのもん)の上(うへ)に映(てら)すであらう十月なれども咲残(さきのこ)りし寒花(かんくわ)が輦路(くるまみち)の中(なか)に有(ある)を見ながら 御/供(とも)を致(いた)さるゝであらう此方(このはう)は遠国(をんごく)の新郷県(しんきやうけん)に勤(つとめ)て都(みやこ)の声名(せいめい)旌(はた)や輿(こし)の鑾(すゞ) のなりおと又(また)衣服(いふく)の文物(もやう)を見ることもならぬ自(みづか)ら傷(いた)ましく存(ぞん)ずる留滞(りうたい)し 去(さつ)て関東(くわんとう)にあることを 【挿絵】   宿(しゆくして)_二瑩公禅房(えいこうのせんばうに)_一聞(きく)_レ梵(ぼんを) 花宮仙梵遠微々(くわきうのせんぼんとをくしてびゝなり)。月(つき)隠(かくれて)_二高(かう) 城(じやうに)_一鐘漏稀(しようろうまれなり)。夜(よ)動(うごかして)_二霜林(さうりんを)_一驚(おとろき)_二 落葉(はおつるかと)_一。暁(あかつき)聞(きいて)_二 天籟(てんらいを)_一発(はつす)_二清機(せいきを)_一。 蕭條已(せうでうとしてすでに)入(いつて)_二寒空(かんくうに)_一静(しづかに)。颯沓(さつたふとして) 仍(なを)隨(したがつて)_二秋雨(しううに)_一飛(とぶ)。始覚浮生(はじめておぼふふせい) 無(なきことを)_二住著(ぢうちよ)_一。頓(とんに)令(しむ)_三心地(しんちをして)欲(ほつせ)_二帰(き) 依(えせんと)_一。  【印「善靖之印」「松軒」】 -------------------------------------------------------------------------------- 梵(ぼん)とは天竺(てんぢく)の辞(ことば)経陀羅尼(きやうだらに)を聞(き)くこと也/花宮(くわきう)にて仙梵(きやうだらに)の声(こゑ)が微々(かすか)に聞(きこ)へる折(をり) から月(つき)は高城(かうじやう)に隠(かくれ)て鐘漏(とけい)も聞(きく)こと稀(まれ)になりし暁(あかつき)のけしきを云(いふ)夜(よる)から経(きやう)の声(こゑ)が するは霜(しも)のふりかゝる林(はやし)にて落葉(おちば)が鳴(なる)かと驚(おどろ)き暁(あかつき)に成(なり)て天籟(しぜんのをと)を聞(きい)たら清(きよ)げに 悟道(さとり)の機(はたらき)を発(はつ)した其経(そのきやう)の声(こゑ)が低(ひき)くなる時(とき)は蕭條(ものさびしく)と已(たちまち)に寒(ひえ)たる空(そら)に入て静(しづか) に経(きやう)の声(こゑ)が息(やん)て又/声(こゑ)が颯沓(さつ〳〵)して仍(また)秋雨(あきさめ)に随(したがふ)て飛(とぶ)やうに声(こゑ)が起(おこ)ると乍(たちま)ち静(しづか)に なり乍(たちま)ち声(こゑ)のあがる処(ところ)を歓念(くわんねん)したら始(はじめ)て覚(さと)りました浮生(ふせい)は住着(ぢうちやく)することなき ものと頓(にわか)に心(こゝろ)の地(そこ)をして仏道帰依(ぶつだうかたむく)せしむることにある 【挿絵】 【挿絵】仁魚 【裏表紙】 【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:七言律》 五》 【小題】緑竹  贈(おくる)_二盧五旧居(ろごがきうきよに)_一  李頎(りき) 物在人亡(ものありひとほろぶ)無(なし)_二見期(けんき)_一。閑庭(かんてい)繋(つなひで)_レ馬(うまを)不(ず) _レ堪(たへ)_レ悲(かなしみに)。窓前緑竹(そうぜんのりよくちく)生(しやうじ)_二空地(くうちに)_一。門外(もんぶわいの) 青山(せいざん)似(にたり)_二旧時(きうじに)_一。悵望青天(ちやうばうすればせいてん)鳴(なり)_二墜(つい) 葉(えふ)_一。巑岏古柳(さんげんたるこりう)宿(しゆくす)_二寒鴟(かんしを)_一。憶(おもふて)_レ君(きみを)涙落(なんだおつ) 東流水(とうりうのみづ)。歲々花開知(せい〳〵はなひらくしんぬ)為(ためぞ)_レ誰(たが)。      【印「譱靖」「松軒」】 -------------------------------------------------------------------------------- 贈(そう)の字(じ)聞(きこ)へぬ題(だい)の字(じ)なるべし盧五(ろご)が没後(もつご)旧居(きうきよ)に来(き)て昔(むかし)出逢(であひ)しことを思(おも)ひ出(だ)し 壁上(へきしやう)に題(だい)した昔(むかし)見た処(ところ)のものは其侭(そのまゝ)あれども主人(しゆじん)は死亡(しばう)して相見(しやうけん)の期(ご)もない閑(しづか)なる 庭(には)に馬(うま)を繋(つない)で悲(かなしみ)に勝(こたへ)られぬ盧五(ろご)の学問(がくもん)した居間(ゐま)の窓前(そうぜん)に緑竹(りよくちく)空き地【「空き地」のルビ「むなしち」】に生(おひ) しげり門外(もんぐわい)にみへる青山(せいざん)は旧時(きうじ)のまゝに似(に)て替(かは)らぬ悵(いたま)しく望(みわたせば)青天(せいてん)より墜葉(おちば)が 鳴音(なりおと)し巑岏(さんげんたる)枯柳(かれやなぎ)に寒(さむ)さうに鴟(ふくらう)が宿(とまつ)て居(お)る君(きみ)のことをなつかしく憶(おも)ふてどこ ともなく涙(なみだ)の落(おつ)るは東流(とうりう)の水(みづ)又(また)もとの所(ところ)へかへらぬと同(おな)じ事さりながら毎歳(まいとし)〳〵 花(はな)は心(こゝろ)なく開(ひら)く盧五(ろご)も居(お)らぬに知(し)らず誰(たれ)が為(ため)に咲(さく)ぞやいとゞ昔(むかし)盧五(ろご)と心安(こゝろやす)く出(で) 合(あひ)しことを思(おも)ひ出(いだ)す扨(さて)五六の句(く)陽(やう)の韻(ゐん)にて悵望(ちやうばう)の二/字(じ)を用(もち)ひ元(けん)の韻(ゐん)にて巑岏(さんげん)の 二/字(じ)を用(もち)ひ畳韻(でふゐん)を用(もち)て対(つい)した心(こゝろ)を付(つけ)て見るへし又(また)此詩(このし)に青山(せいざん)青天(せいてん)と青(せい)の字(じ) 二ヶ所(しよ)有(あり)どちらか一方(いつはう)伝写(でんしや)の誤(あやまり)ならん 【挿絵】   望(のぞむ)_二薊門(けいもんを)_一   祖詠(そゑい) 燕台一去客心驚(えんだいひとたびさつてかくしんおどろく)。笙鼓喧々漢(しやうこけん〳〵たりかん) 将営(しやうのえい)。万里寒光(ばんりのかんくわう)生(しやうじ)_二積雪(せきせつに)_一。三辺曙(さんへんのしよ) 色(しよく)動(うごかす)_二危旌(きせいを)_一。沙場烽火(しやじやうのほうくわ)侵(おかし)_二胡月(こげつを)_一。海(かい) 畔雲山(はんのうんざん)擁(ようす)_二薊城(けいじやうを)_一。少小(せう〳〵より)雖(いへども)_レ非(あらずと)_二投(たうずる)_レ筆(ふでを) 吏(りに)_一。論(ろんじて)_レ功(こうを)還(また)欲(ほつす)_レ請(こはんと)_二長纓(ちやうえいを)_一。      【印「善靖之印」「松軒」】 -------------------------------------------------------------------------------- 拝律(はいりつ)にある賓王(ひんわう)宿(しゆくす)_二温城(をんじやうに)_一と同意(とうい)で薊門(けいもん)の陣(ぢん)にて営上(えいしやう)を望(ながめ)て作(つく)りし也/燕台(えんだい)は 薊門(けいもん)のことにて京(みやこ)を去(さつ)て一(ひと)たび此処(このところ)へ来(きた)りみれば客心(たびごゝろ)がやつきりとして軍(いくさ)をし功(こう)を立(たて)ん と勇(いさ)みたつことを驚(おどろく)と云たものぢや笙(しやう)の字(じ)笳(か)の字(じ)にしてみるがよろしからんといへり 笳(か)を吹(ふき)太鼓(たいこ)をならして喧々(さわがしく)漢将(かんしやう)の営(えい)がみゆるものすごきは万里(まんり)まで寒光(かんくわう)まし〳〵 としそれに積(つも)りし雪(ゆき)の上(うへ)に生(できる)ずそれに北(きた)西(にし)南(みなみ)の辺塞(へんさい)の曙(あけぼの)の気色(けしき)は建並(たてならび)し危(たか)き 旗(はた)を動(うごか)す三辺(さんへん)を東西北(とうざいほく)と云は誤(あやまり)じや沙地(すなち)の戦場(せんじやう)に烽火(のろし)があがりて胡地(こち)を照(てら)す月(つき) を侵(おか)し海(うみ)の畔(ほとり)の寒山(かんざん)が薊城(けいじやう)を擁(とりまわ)してみへる扨(さて)此軍旅(このぐんりよ)の様子(やうす)を見て此方(このはう)も 少小時(わかきとき)より筆(ふで)を投(なげすて)た史(やくにん)の斑超(はんてう)にはあらざれども何(なに)とぞ功(こう)を立(たつ)ることを論(ろん)じて還(かへつて) 終軍(しうぐん)の様(やう)に長纓(かんむりのひも)を請(こう)て胡虜(こりよ)をからめ捕(とら)んと欲(ほつ)す 【挿絵】   九日/登(のぼつて)_二仙台(せんだいに)_一呈(ていす)_二劉明府(りうめいふに)_一                崔署(さいしよ) 漢文皇帝(かんぶんくわうてい)有(あり)_二高台(かうだい)_一。此日登臨曙(このひとうりんすればしよ) 色開(しよくひらく)。三晋雲山皆北向(さんしんのうんざんみなきたにむかひ)。五陵風雨(ごりようのふうう) 自(より)_レ東(ひがし)来(きたる)。関門令尹誰能識(くわんもんのれいゐんたれかよくしらん)。河上(かしやうの) 僊翁去(せんをうさつて)不(ず)_レ回(かへら)。且(かつ)欲(ほつす)_下近(ちかく)尋(たづねて)_二彭沢(はうたくの) 宰(さいを)_一。陶然共(たうぜんとしてともに)醉(ゑはんと)_中菊花杯(きくくわのはいに)_上 【印「譱靖」「松軒」】 劉(りう)は氏(うぢ)明府(めいふ)は代官(だいくわん)と云ごとし霊宝県(れいはうけん)の令(だいくわん)となりしや此県(このあがた)は陝州(せんしう)に属(ぞく)す漢(かん)の文帝(ぶんてい)が 仙(せん)を祈(いの)られた高台(かうだい)が有/其験(そのしるし)もなく崩(ほう)じ給ひ今日(けふ)登(のぼ)り臨(のぞ)めは曙(あけぼの)の景色(けいしよく)が開(ひらい) てみへるばかりすれば仙人(せんにん)に成(なり)たがり長生不死(ちやうせいふし)を祈(いのる)は無益(むやく)の事(こと)じや此(この)二/句(く)はなしをする 様(やう)にて何の事もなき様(やう)なれ共/意味深長(いみしんちやう)にて諷諫(ふうかん)ある事/筆談(ひつだん)には尽(つく)しがたし晋国(しんこく) は戦国(せんごく)の世(よ)となりて韓(かん)魏(ぎ)趙(てう)と分(わかつ)たゆゑ三晋(さんしん)と云(いふ)其(その)雲山(うんざん)が北(きた)に向(むかつ)てあるを見る ばかり南陵(なんりよう)北陵(ほくりよう)の二陵(にりよう)がある北陵(ほくりよう)は文王(ぶんわう)の風雨(ふうう)を避(さけ)給ひし処(ところ)其(その)風雨(ふうう)が今(いま)に 替(かは)らぬ台(だい)の東南(たつみ)より来(く)ることがある函谷関(かんこくくわん)の令尹(やくにん)名(な)は喜(き)が老子(らうし)に逢(あい)仙(せん)を得(え)た と云それならば長生(ちやうせい)ゆゑ世間(せけん)に少(すこ)しは見知(みし)るものが有(あり)さうなことだが一人もないをみては あてにならぬ河上(かしやう)に仙翁(せんをう)が有(あつ)て文帝(ぶんてい)に老子(らうし)経(きやう)を授(さづ)けしが其(その)仙翁(せんをう)もいづくにありしや しれぬ文帝(ぶんてい)も長生(ちやうせい)はなしすれば仙人(せんにん)ざたは無益(むやく)にてある夫(それ)より且(まあ)近(ちか)く陶淵明(たうえんめい)が 彭沢県(ほうたくけん)の宰(かしら)となりしごときの劉(りう)明府(めいふ)を尋(たづね)て陶然(こゝろよく)くつろひで共(とも)に菊花(きくくわ)を浮(うか)べし杯(さかづき) をかたむけ一/酔(すゐ)せんと思(おも)ふゆゑ追付(おつつけ)其元(そこもと)へ参(まゐ)り娯(たのし)まん 【挿絵】    杜侍御(としぎよ)送(おくる)_二貢物(こうぶつを)_一戯贈(たはふれにおくる)   張謂(ちやうゐ) 銅柱朱崖道路難(とうちうしゆかいだうとかたし)。伏波橫海旧(ふくはわうかいもと)登(のぼる)_レ壇(だんに)。越人自貢珊瑚(えつじんみづからこうずさんごの) 樹(じゆ)。漢使何労獬豸冠(かんしなんぞらうせんかいちくわん)。疲馬山中(ひばさんちう)愁(うれへ)_二日晩(ひのくるゝを)_一。孤舟江上(こしうかうしやう)畏(おそる)_二 春寒(はるのさむきを)_一。由来此貨(ゆうらいこのくわ)称(しようす)_レ難(がたしと)_レ得(え)。多恐君王(まさにおそるくんわう)不(ざらんことを)_レ忍(しのび)_レ看(みるに)。          【印「松」  「軒」】 -------------------------------------------------------------------------------- 天子(てんし)杜侍御(としぎよ)に命(めい)ぜられ南越(なんえつ)に珊瑚樹(さんごじゆ)を求(もとめ)につかはさるゝ天子(てんし)の政治(せいち)が宜(よろ)し ければ胡越迄(こえつまで)も自然(しぜん)と帰伏(きふく)して京(みやこ)へ珊瑚樹(さんごじゆ)に限(かぎ)らず珍品(めづらしきしな)があれば献(たてまつ)るこゝでは 天子(てんし)の政治(せいち)の宜(よろ)しからざるをどこともなく全篇(ぜんへん)の句(く)の中(うち)に諷(ふうじ)てみゆるゆゑ 戯(たはむれ)に贈(おくる)と云/後漢(ごかん)の馬援(ばゑん)が胡(えびす)を征伐(せいばつ)に行(ゆき)し時(とき)銅柱(とうちう)をたて漢(かん)の界(さかい)とし前漢(ぜんかん) の韓説(かんえつ)が朱崖郡(しゆがいぐん)に往(ゆき)し珠(たま)の出(いづ)る処いづれも遠方(えんはう)道路(だうろ)も通(とを)り難(がた)き処(ところ)じや馬援(ばえん)は 伏波将軍(ふくはしやうぐん)也/韓説(かんえつ)は横海将軍(くわうかいしやうぐん)となり天子(てんし)檀(だん)に登(のぼ)せ将軍(しやうぐん)の印(ゐん)を給(たま)はり出立(しゆつたつ)ある 御/難義(なんぎ)のことにぞんずる昔(むかし)は越人(えつひと)が京(きやう)に帰伏(きふく)して自然(しぜん)と貢(みつぎ)した珊瑚樹(さんごじゆ)をす れば今(いま)の様(やう)に其元(そこもと)漢使(かんし)となつて何(なに)しに労(ほねおろう)せんおそろしき獬豸冠(かいちくわん)をかぶりて 目付役(めつけやく)を蒙(かうむ)り行(ゆか)るゝに及(およぶ)此(この)二/句(く)第(だい)一/句(く)の道路(だうろ)難(なん)に応(をう)ずさて京(きやう)へ送(おく)る種々(さま〴〵)の 珍宝(ちんばう)を馬(うま)に駄(つけ)て急(いそが)るゝ故(ゆへ)馬(うま)も疲(つか)れ山中(さんちう)にて日(ひ)の晩(くる)るを愁(こゝろづかい)しやるであらう又/水(すゐ) 路(ろ)を通(とを)らる孤舟(こしう)にのせ江上(かうしやう)で春風(はるかぜ)があらくて寒(さむさ)を畏(きづかは)るであらう由来(むかし)から此様(このやう)な 貨(たから)は得(う)ること難(かた)しと称(いひたて)てある多(まさ)に恐(きづかいの)ことは君王(くんわう)が役人(やくにん)を苦労(ほねおら)させ民百姓(たみひやくしやう)を 部役(ぶやく)に使(つか)ひ難義(なんぎ)させ京(きやう)へ送(おく)りてはいたましきことゝ看(み)るに忍(しの)びかね給はんと これは唐(たう)は老子(らうし)を第(だい)一の先祖(せんぞ)として尊(たつと)び廟(やしろ)を諸州(しよしう)へ立(たて)られたゆゑすれば 老子(らうし)経(きやう)得(え)がたき貨(たから)を求(もとむる)ことなかれと有(ある)に相違(さうゐ)して御/先祖(せんぞ)の遺訓(ゆひくん)にそむき 老子(らうし)の神意(しんい)に叶(かな)ふまじきと諷諫(ふうかん)した 【挿絵】   送(おくる)_下李少府(りせうふ)貶(へんせられ)_二峽中(けふちうに)_一王少府(わうせうふ)貶(へんせらるゝを)_中   長沙(ちやうしやに)_上      高適(かうせき) 嗟君此別意何如(さすきみがこのわかれこゝろいかん)。駐(とゞめ)_レ馬(うまを)銜(ふくみ)_レ盃(はいを) 問(とふ)_二謫居(たくきよを)_一。巫峽啼猿数行涙(ぶかふていえんすかうのなみだ)。衡陽(かうやうの) 帰雁幾封書(きがんいくほうのしよぞ)。青楓江上秋天遠(せいふうかうしやうしうてんとをく)。 白帝城辺古木疎(はくていじやうへんこぼくそなり)。聖代即今(せいたいそくこん)多(おほし)_二 雨露(うろ)_一。暫時(ざんじ)分(わかつて)_レ手(てを)莫(なかれ)_二躊蹉(ちうさすること)_一。       【印「善靖之印」 「松軒」】 -------------------------------------------------------------------------------- 峽中(かふちう)は西蜀(せいしよく)長沙(ちやうしや)は南方(なんはう)也/一首(いつしゆ)にて二人を送(おく)る嗟(なげ)かはしき君(きみ)たち此別(このわかれ)の意(こゝろ)は如何(いかん) ぞや二人/出立(でたち)の馬(うま)を駐(とゞ)め杯(さかづき)を銜(のみかけ)て謫居(とがめのすまゐ)を問(とふ)た李氏(りし)の行(ゆか)るゝ蜀(しよく)の巫峡(ぶかふ)には啼叫(なきさけ)ぶ 猿(さる)が多(おほ)く有てあはれな声(こゑ)を聞(き)く数行(すかう)の涙(なみだ)を流(なが)し悲(かな)しく思(おも)はれやう王氏(わうし)の行(ゆか) るゝ長沙(ちやうしや)の南(みなみ)の衡陽(かうやう)のあたりは帰(かへ)る雁(かり)を見て幾封(いくふう)の書(てがみ)来(きた)るらしとさぞ心(こゝろ)ぼそく 有(ある)ならん長沙(ちやうしや)の青楓(せいふう)江上(かうしやう)を望(のぞ)めば秋天(あきのそら)霞(かすみ)わたりてみへ蜀(しよく)の白帝城(はくていしやう)の辺(へん)も古木(こぼく)が 落葉(らくえふ)して疎(まばら)になりあはれなことなるらんそこでいよ〳〵京(きやう)がなつかしくさりながら 聖代(くもりなきみよ)にて即今(たうじ)はあるゆゑ雨露(うるをひ)のめぐみが多(おほ)ひゆゑ暫時(しばし)手(て)を分(わかつ)て隔(へだゝ)るならんやが て召帰(めしかへ)さるゝであらう躊蹉(ぐず〳〵すゝまぬ)することなかれ 【挿絵】  和(わす)_下賈至舎人早(かししやじんつとに)朝(てうする)_二大明宮(たいめいきうに)_一之(の)  作(さくを)_上      岑参(しんじん) 鶏(にはとり)鳴(ないて)_二紫陌(しはくに)_一曙光寒(しよくわうさむし)。鶯(うぐひす)囀(さへづりて)_二皇州(くわうしうに)_一春(しゆん) 色闌(しよくたけなはなり)。金闕曉鐘(きんけつのけうしよう)開(ひらき)_二万戸(ばんこを)_一。玉階仙(ぎよくかいのせん) 仗(ぢやう)擁(ようす)_二千官(せんくわんを)_一。花(はな)迎(むかへ)_二剣佩(けんはいを)_一星初落(ほしはじめておち)。柳(やなぎ) 払(はらつて)_二旌旗(せいきを)_一露(つゆ)未(いまだ)【左ルビ「ず」】_レ乾(かはか)。独(ひとり)有(あつて)_二鳳皇池上(ほうわうちしやうの) 客(かくのみ)_一。陽春一曲和皆難(やうしゆんのいつきよくわすることみなかたし)。      【印「譱靖」「字孟直」「松軒」】 -------------------------------------------------------------------------------- 紫陌(しはく)の紫子(しし)と通(つう)じ皇州(くわうしう)の皇黄(くわうくわう)と通(つう)ずる一二の句(く)対(つい)をなした鶏(にはとり)が城門(じやうもん)の紫陌(おほて) に鳴(ない)て曙(あけぼの)の光(ひかり)も寒(さむ)い鶯(うぐひす)は皇州(みやこ)に囀(さへづり)て春色(しゆんしよく)が十/分過(ぶんすぎ)た闌(たけなは)とは春(はる)の深也(ふかきなり)夜(よ)が 明(あけ)はらつて金闕(きんり)の暁(あかつき)の鐘(かね)がなると万戸(ばんこ)押開(おしひらき)すると玉(きれい)の階(はこだん)の前(まへ)に仙仗(おだうく)を並(なら)べ 建(たて)参内(さんだい)の千官(やくにん)を護擁(とりまはし)ておる花(はな)の心(こゝろ)よく咲(さき)しは剣(けん)を帯(おひ)玉佩(ぎよくはい)をならす官人(くわんじん) たちを迎(むかふ)る様(やう)にある星(ほし)の光(ひかり)も落(きえうせ)た柳(やなぎ)の糸(いと)も建(たて)ならべた旌旗(はた)をすり払(はらつ)て 暁(あかつき)の露(つゆ)にぬれてまだ乾(かわか)ぬ賈至(かし)へ挨拶(あいさつ)して其元(そこもと)独(ひとり)鳳皇池上(りんげんをかくやくしよ)の客(きやく)と なり陽春(やうしゆん)といふ調(しら)べの高(たか)い一/曲(きよく)を作(つく)られ和(あいさつ)する人も皆(みな)々/作(つく)り難(がたし)しと いふ 【挿絵】 絵本唐詩選《割書:五言律排律》《割書:画狂老人筆|   全五冊》 古文孝経図会   《割書:同画|   全二冊》    彫工《割書:一之巻   三之巻  杉田金助|二之巻四之巻五之巻  江川留吉》 天保七丙申年九月   書肆   《割書:江戸日本橋通弐町目|      小林新兵衛》 【裏表紙】