【右】 059279―000―0 特59―773  虎列刺予防民間の心得  伊東本支 著  M12 CBF―0138 【左】      伊東本支著 《割書:コレラ|予防》民間の心得 《割書:明治十二|七月銅鎸》東光舎藏版 虎列刺豫防民間(これらふせぎひと)の心得(こゝろへ)    緒言(しよげん) 一コレラは猛烈(はけしき)の病毒(やまい)にして若(も)し人(ひと)此病(このやまい)に罹(な) る時(とき)は死亡(しほうせる)を免(まぬか)る事(こと)殆(はと)んと易(やす)からず本年(ことし)大(おほ) 分縣(いたけん)より大坂横濱(おゝさかよこはま)の各所(ほう〳〵)に流行(はやり)し将(まさ)に東京(とうけん) 及(や)各縣(かくけん)にも蔓延(はびこる)せんとす官固(おうみでへかこ)より豫防(ふせぎ)の方(し) 法(かた)ありと雖(いへど)も人々各自(めん〳〵じぶん〳〵)に豫防(ふせぎ)を為(せ)ざれば此(この) 病(やまい)を消滅(なくな)し難(かた)し 一此病(このやまい)は下等社會(しも〳〵とかいも〳〵)に多(おほ)く流行(はやる)すれば尤(いちはんに)も不潔(きたなきこと)  不養生(ふようじよう)を戒(いまし)むべし 【右】 一此病(このやまい)は豫防法(ふせぎかた)と消毒(どくけし)法n二件(ふたつ)にて始(はし)めて病(やまい)  毒(の)傳染(うつる)を免(のが)れ得(う)べし 一此病(このやまい)の大略(あらまし)を述(いわ)ざれば素人(しろうと)は豫防法(ふせぎかた)も行(おこ)ひ  難(く)ければ左(さ)に大要(あらかた)を述(はなす)ふ 一此病(このやまい)は傳染速(うつることすみや)かなるものなれば輕々(から〳〵)しく心(こゝろ)  得(え)豫防(ふせぎ)を怠(なまけ)る事(こと)なかれ 一此病(このやまい)は一人(ひとり)より幾人(いくたり)にも傳染(うつ)すればコレラ  病人(びやうにん)のある所(うち)に入(はい)らざる事(こと)と心得(こゝろおく)べし 一余(わたくし)明治十年(めいじじうねん)の秋(あき)より冬(ふゆ)に至(いた)る間(まで)コレラを診(とりお)  察(つこう)する前後(のこらづで)三百人余(さんびやくにんよ)に過(す)ぎたり其間(そのあいだ)豫防法(ふせぎかた) 【左】  と消毒法(どくけし)の二件(ふたつ)に因(よつ)てコレラ毒(やまい)を防(ふせ)く大効(おゝいなること)  を得(ゑ)たり故(ゆへ)に不文(ふぶん)を憚(はゞ)からず此篇(このはん)を草(こしら)し同(よの)  胞兄弟(なかのひとたち)に告(しらす)く 一夏(なつ)より秋(あき)に至(な)る間(まで)殊(とりわけ)に梅雨霖雨(にうばいなかふり)の節(じふん)には下(はら)  利病(くだりやまい)の多(おほ)きものなれば世(よ)の人(ひと)此豫防法(このふせぎかた)を守(な)  りて非命(じみようでなく)の死(し)に罹(いた)る事(こと)なかれ  明治十二年六月 東京神田松冨町           廿三番地             伊東本支 誌 【右側記載なし】 【左】 虎列刺予防民間(これらふせぎひと)の心得(こゝろゑ)    大意(たいい) コレラは世にある諸病中第一等(びやうきのうちいちはん)の猛烈惨酷(はけしくひどき)な る病毒(やまひ)にして迅速(ぢき)に人命(いのち)を略奪(とる)する恐(こわき)るべき 惡(きろう)むべきの流行病(はやりやまひ)なり人(ひと)若(も)し此病(このやまい)に罹(な)るや急(す) 速(ぐ)に死亡(なくなる)し早(はや)きは二三分時(にさんふんのあいた)より四五時(しごじ)或(また)は一(いち) 二日(にんち)にして斃(しす)る 假令(たとへ)よく療治適中(れうぢかどゝいて)して病勢(やまひのいきかひ)を挫折(おとろへ)し痊癒(よく)する遽(はやく)かに も衰弱甚(よわりひと)だしくして快復(こゝろふ)する䏻(あた)はず或(また) は他病(たのやまい)に傳移(なり)し或(また)は脳病(のふびよう)に罹(な)る幸(しやわせ)に共生命(このいのち)を 【右】 保續(たもつ)するも容易(たやすく)に徤康體(しやうふなからだ)に復帰(なる)せず或(また)は耳聾(つんぼ) 或(また)は痴子(あほう)に変化(なる)する者(もの)多(おほ)し    流行傳染(はやりうるつ)の模様(ありさま) コレラの傳染(うつる)一種特別(ほかのやまひとちがい)にして一人(ひとり)この病者(やまひのもの) あれば之(たれ)に近接(ちかづい)して其毒気(そのあしきけ)を受(うけ)たるもの幾人(いくたり) となく直(じき)にコレラに罹(な)る其速(そのすみやか)かなる火(ひ)の風下(かさしも) を焼(やき)ものゝ如(ごと)く或(また)は左右(ひだりみき)或(また)は前後(まへうしろ)に皆(みな)其病毒(そのやまひのとく) 運輸(もちはこひ)する所(ところ)の地方(ところ)に流行(はやり)す明治十年我郵便船(めいぢじうねんにつほんのひきやくぶね) 品川丸(しなかはまる)支那(しな)より帰港中(かへるふね)乗組(のりくみ)の者(もの)二三名(にさんにん)コレラ に罹(な)り鹿児島(かこしま)に上陸(あがる)する者(もの)を第一(いちはん)の濫觴(はしめ)とな 【左】 す夫(これ)より凱旋(ひきあげ)の兵士(へいし)過(とを)る所(ところ)の沿道(みちすぢ)に蔓布(はびこり)し又(また) 屯田兵(とんてんへい)の帰島(かへりし)より北海道(ほくかいどう)に波及(およご)す然(しか)して他(ほか)の 天然痘熱病瘧疾(ほうそう ねつ ぎやく)の如(ごと)き一地方(ひととこ)皆(みな)病(や)むものにあ らず又(また)大気(くうき)の感撹(かげん)に由(よつ)て発(てき)するものに非(あら)ず必(かならす) しも直接傅染(ちかづきうつり)にして或(また)は之(これ)を大便吐出物(たいべんはいたるもの)の臭(わろき) 気中(きのうち)より感染(ひきうけ)し或(また)は屍体(しにん)の臭気(にほい)より汚染(うつる)す其(それ) 故(ゆへ)に其襯衣腹帯(はたぎ はらをび)凡(すべ)て病者(ひやうにん)に接近(ちかづく)する衣服器具(きもの どうぐ) 一切(のこらず)コレラ病(びよう)傅染(うつる)の媒介(なかだち)となるべし 例之(たとへ)ば茲(こゝ)にコレラ患者(ひやうにん)あり其四周よく隔絶(はなれ)し 消毒方法尽(どくけしのいろ〳〵をな)し衣服器具(きものどうぐ)一切焼滅(のこらずやきつく)せば病毒(やまひ)を消(なく) 【右】 滅(なす)するを得(う)べし之(これ)に反(みは)りてコレラ患者(ひやうにん)に被覆(きせたる) るす衣服器具(きものどうぐ)を百里外(ゑんぽう)に轉移(はこべは)すれば其病毒海(そのやまいどくうみ) の内外(うちそと)を問(にかゝはらず)はずして到(どこでも)る所に発現傳播(できてふゑる)すべし 所謂(いわゆる)病毒(びやうどく)とは水液(みづのなか)に含蓄(ある)するものにして大便(たいべん) 嘔吐物(はいたるもの)又(また)は発出(でる)する水蒸気中(すいじおうきのなか)に□畜(りて)す決(けつ)して 気体(きたい)のものに非(あ)らず 嘗(さのへかた)伯林(べるりん)に在(あ)りてコレラ大便嘔吐物(たいべんはいtあるもの)の水中(なか)に 含有(ある)する病素(もと)を微温(かすかぬるき)の水(みづ)に入(い)れ試験(ため)せしに果(はた) して奇異(ふしぎ)の植物(もの)を発育(あか)せり益々以(ます〳〵もつ)て水液体(しづのやうなる)の 病素(やまひのもと)なるを知(し)るべき其図(そのず)左(さ)に示(しめ)し 【左は図のみ】 【右】 是(この)ゆへに其病毒水液躰(そのやまいのどくすゑきたい)なるを以(もつ)て河水井水又(かはのみづゐどのみづまた) 能(よ)く病毒(やまいのどく)を伝播(ひろげる)するあり例之(たとへ)は土葬(どそう)の屍躰地(しがいち) 中(ちう)に滲出(しみいだ)し河水井水(かわのみづゐどのみづ)に混合(まざる)する如(ごと)き是(これ)なり 石炭酸水(せきたんさんすい)はコレラ病毒(びようどく)を消滅(けす)すと云(いふ)は此植物(このしよくぶつ) 性(せい)の毒素(どくのもと)の生存(ある)を壊敗(やぶる)せしむるなり    徴候(しるし) 始(はし)め一二行大便下利(いちにどだいべんくだり)し嘔吐止(はきけや)ます脚背攣急(あしせひちつり)し 下腹微痛或(したはらすこしいたみあるい)は劇(はけ)しく痛(いた)み始(はじ)め便状水(くだるさまみす)を傾(こぼす)ける 如暴瀉迸出(ごとくひどくくたり)して二三行(にさんど)にして気力(きりよく)にはかに衰(おと) ろひ脉微弱(みやくよはり)全身寒冷(ぜからたひへ)眼窩陥没(みたまくぼみ)し顔面(がんしよく)青(あを)白はだ 【左】 へ寒冷水(ひへみつ)の如(ごと)く舌上氷冷(したこほりのように)して乾渇(かはき)し声色低嗄唖(こへいろひくゝかれ) し忽然(たちまち)精神恍惚(ゝろぱつ)として微(すこ)しく譫語(うはこと)を発(いつて)して死(し) す 其劇症(そのはけしきたち)に至(いた)りては大便一二次泄(だいべんいちにdおくたり)して前症(まへのように)の 衰弱(よはりかた)に陥(な)りて斃(しす)る便色或(たいべんのいろあるい)は敗血(くされたるち)の如(ごと)き棕黒色(どすくろきいろ) のものを泄下(くだす)するものあり明治十年(めいぢじうねん)の患者(びようにん)の 便色(たいべんのいろ)は固(はしめ)より米洱汁(しろみづ)の如(ごと)くなれども又(また)煮立(にたて)た る生麩糊(しようふのり)の如(ごと)き半透明(すことうりかゝり)にして粘力(ねはりけ)ある膠状物(こうはのようなもの) なるもの多(おほ)きを見(み)る 其/死(し)するもの劇(はげ)しきは半時一時(はんじいちじ)或(ある)は一日(いちにち)或(あるい)は 【右】 二日(ふつか)にして斃(たを)る二日(ふつか)より三日(みつか)にして斃(しす)るもの 尤多(おとばんおほ)し 幸(しやわせ)に癒(なを)るのもは肌膚温熱(はだへあたゝまり)を腹(とりかへ)し脉現(みやくあらは)れ下利(くだり)止(や) み漸次苦悶(しだいにくるしみ)も鮮(なくなり)け全身(からだちじう)の津液(ませ)も従(しぜんと)て腹(なをる)す    豫防法(ふせぎかた) コレラ豫防法(ふせぎかた)は一般(あたりまへ)の熱病豫防法(ねつびようふせぎかた)に大畧相同(たいがいにている) し先(ま)づ居宅周囲(うちのまはり)の不潔(きたなきもの)を除(とりのけ)き居宅(いちぢう)通風(かざとうりを)に適(よく)し 衣服(きもの)は暑寒(あつささむさ)に由(よ)り差異(ちがい)ありと雖(いへど)も先平生(まづふだん)より 稍々(やゝ)温氣(あたゝかさ)の方(かた)宜(よろ)し殊(こと)に腹巻(はらまき)はモンパフラン ネル或(あるい)は真綿入(まわたいり)の袋(ふくろ)にて腹部(はらのあたり)を巻(ま)き置(を)くへし 【左】 一大便一日三行(たいべwんいちにちさんど)も下(くだ)らす早速(はやく)醫師(いしや)の治療(りようぢ)を受(うく)  くへし 一大食過酒(たいしよくのみすき)は害(かい)あり微飲(すこしのむ)は大(おほい)に宜(よろ)し 一猥(みだり)に冷水(ひやみづ)を飲(の)むへからずなるたけ一旦(いつたん)水(みづ)を  煮立(にたて)てゝ後(のち)冷(ひや)したるを用(もち)ゆへし 一途中旅行等(とちうとうちうなぞ)は必(かならす)しも発汗藥(あせをだすくすり)を懐中(かいちう)すへし水(く)  瀉一行(だりいちど)もあらば直(すく)に一貼を(いつちよう)を服(のみ)し医師療治(いしやりようぢ)の  間(ま)に合すべし 一閨房(はうぐ)を禁止(しやはす)すへし 一不消化(こなれのはるき)の食物(たべもの)を禁止(よ)すへし油少なく滋養(やしない)に 【右】 なるものを用(もち)ゆへし例之(たとへ)は玉子鶏牛等(たまごにはとりうしなど)の肉(にく) 羔汁(しる)なり 一河海(かはうみ)に游泳(をよき)すへからず 一大便所(たいへんじよ)に一度(いちと)こゝに石炭酸水(せきたんさんすい)を散布(まちきら)すへし 一病者(びようにん)の大便所(かはや)は他人(ほかのひと)決(けつ)して入るへからす蓋(けだ) しコレラは大便(たいへん)より傳染(うつる)するを十中(とうのうち)の九(ゝのつ)と  すれはなり 右(みぎ)の豫防法方(ふせぎかた)は流行前(はやるまへ)の心得(こゝろへ)とするへし然(しか)れ 共(ども)最早(もはや)接戸比隣(さんじよとなり)に至(いた)るに及(およ)んては以上(いじよう)の法方(しかた) のみにては十分(じうふん)ならざれは左(さ)の消毒法(どくけしかた)を用(もち)ゆ 【左】 へし    消毒法(どくけしのしかた) 前章論(まへころん)する所(ところ)の如(ごと)くコレラの毒(どく)わ猛悪(はげしく)猖獗(ひときもの)に して人命(ひとのいのち)を斃(とる)すこと世上(よのなか)是(これ)より甚だ(はな〳〵)しきものあ らすと雖(いへ)とも此病(このやまい)ありて比藥なきの理(り)あらん や況(いわ)んや造化(ぞうか)の神豈(かみあに)あへて之(これ)を救護(すくう)する藥(くすり)を 賦与(あたへ)せざらんや其法(そのしかた)は則(すなは)ち消毒法(どくけしのしかた)なりコレラ 病(びやう)はたゞ消毒藥(どくけしぐすり)の一法(いつぽう)のみありて稍(やうや)く其猛毒(そのはけしきどく) をまぬかれ得(う)へし    〇瘡毒藥(どくけしくすり)の法(ほう) 【右】    石炭酸(せきたんさん)《割書:一□|》虞里設林(ぐりせりん)《割書:一□|》水《割書:五十|□》   右/先(まづ)石炭酸(せきたんさん)と虞里設林(ぐりせりん)とを混和して後(のち)   に水(みづ)を入(い)れ攪(かき)ませて瓶(かめ)又(または)ビンに入(い)れ貯(たくは)ふ   へし又ぐりせりん無時(なきとき)は焼酎(せうちう)《割書:□|一》を入(いれべ)べし 此(この)石炭酸水(せきたんさんすい)はコレラ病毒(びやうどく)を消滅(けす)する實(じつ)に巧験(きゝめ) ある所(ところ)の良薬(よきくすり)なり 此藥(このくすり)の実地(ぢつち)に良験(きゝめ)を得(へ)ふる証拠(しようこ)は予(はたくし)明治十年(めいぢじうねん) 征討(せいとう)の軍(いくさ)に従(したかう)て九州(きうしう)にあり九月十(くがつじう)月の際(あひだ)軍人(へいたひ) 軍属(ぐんについているひと)のコレラに罹(な)りて死(し)するもの頗(すこぶ)る多(おほ)し此(この) 時(とき)薩摩(さつま)の國障子川(くにしやうじかは)にコレラ病院(びおういん)を設(もう)く平均入(ならしにう) 【左】 院(いん)の病者(びやうにん)百二十人余(ひやくにじうにんよ)にして毎日死亡(まいにちしにうせる)するもの 六人(ろくにん)なり然(しか)して此(この)病院(びやうにん)は元(もと)より蓬菰(とまこも)わらにて 建(たて)たる假(か)り小屋(ごや)にして中央(まんなか)を通路(とうりみち)となし其(その)左(さ) 右(いう)に頭(あた)をならべ寝(いね)ぬれば往来(ゆきゝ)の時(とき)や診察(みやくをみる)の間(あいだ) には左右(さいう)より病者(びやうにん)の嘔吐物(はいたるもの)の唾液(はねかり)を受(う)け前後(まへとうしろ) に患者(びやうにん)の糞尿(たいべんしようべん)を踐む等(なぞ)の汚穢(きたなき)は自(をのづ)から免(まぬ)れ得(ゑ) さる所(ところ)なり此時(このとき)予(わたくし)は泄瀉(はだうくだり)患(わづら)へ毎日(まいにち)三四回(さんよも)つ ゝ下利(くだり)あり其度毎(そのたびごと)に淡紅(うすあか)の血(ち)を混(こん)したる粘液(なわ) を下(く)たせり故(ゆへ)に予(わたくし)は病者(びやうにん)にも親接(ちかつぐ)せる為(た)めに 傳染(うつる)を以(もつ)て死亡(しにうせる)せるならんと思(おも)ひしにコレラ 【右】 に罹(な)らさるは全(まつた)く消毒法(どくけしかた)の力(ちか)らに因(よ)る事(こと)を信(しん) す 同十一月上旬(おなしくじういちがつじやうじゅん)東京(とうけい)に帰り小石川小日向(こいしかはこびなた)のコレ ラ病院(びやういん)にありて病者(びやうにん)に接(せつ)し又(また)神奈川縣下三浦(かなかはけんかみうら) 郡鉈切村(これうなたきりむら)のコレラ病院(びやういん)に到(いた)りてコレラ病者(びやうにん)に 接(ちかつく)す然(しか)れども其/傳染(うつる)を免(まぬ)かれたるは全(まつた)く此消(このどく) 毒(けし)の功績(きゝめに)に帰(き)することを深(ふか)く信用(しんよう)す 前後(ぜんご)惣(すべ)てコレラ病者(びやうにん)に接(ちかづく)する時(とき)は予(わたし)の身体(からだ)に 石炭酸水(せきたんさんすい)を散布(ぬりつける)す又病者(またびやうにん)に接(ちかづく)する物品(しなもの)を取扱(とりあつかひ) ふ時(とき)は其物品(そのしなもの)に石炭酸水(せきたんさんすい)の散布(まちちらし)を為したりき 【左】 予(わたくし)同年九月(どうねんこゝつ)より十一月(じういちがつ)に至(いた)る迄(まで)にコレラ病者(びやうにん) を診察(みやくをみる)する前後少(ぜんごすく)なくも三百人(さんびやくにん)に下(くだ)らす其間(そのあいだ) 或(あるい)は死後(しご)を診断(みまい)し或(あるい)は 予(わたくし)の両手(りやうて)を嘔吐物(はいたるもの)又(また)は 大便(たいべん)にも汚穢(けがれ)し[衣服両足(きものりようあり)は勿論(もちろん)]或(あるひ)わ数十体(すじつたい)の 新(あたら)しき土葬埋没(どさうにうめる)の墳墓上(はかのうへ)にも屡々(しば〳〵)往来(ゆきゝ)すれ共(ども) 前説(まへ)の如(ごと)き此猛悪(このはけしき)の病毒(びやうどく)を免(まぬか)れたるは真(まこと)んい石(せき) 炭酸水(たんさんすい)の大効力(たいなるきゝ)なる事(こと)を信用(しんよう)す今世人(いまよのひと)の為(た)め に屡々(しば〳〵)くりかへし飽(あく)まで此(この)乃/良薬(よきくすり)の効験(しるし)を述(の) ぶ必(かなず)すしもコレラ流行時間(はやりのあいだ)には此藥水(このくすりみづ)を衣服(きもの) 上(うへ)に散布(まきちら)す又病者(またびやうにん)は勿論(もちろん)其衣服夜具蒲団(そのきものやぐふとん)一切(いつさい) 【右】 の器具(どうぐ)にいたる迄(まで)一々(いち〳〵)是(こ)の藥水(くすりみづ)にて洗除(あらいをと)すべ し夢々之(ゆめ〳〵これ)を輕忽(なをざり)にする事(こと)なかれ 又(また)コレラ流行時間(はやりめあいだ)は勿論(もちろん)平常(ふだん)たりとも二便所(りやうべんじよ) 又(また)は塵埃捨場(ごみすてば)には必(かなう)ず防臭藥(にほいよけぐすり)を散布(まきりら)し不浄(きたなきもの)の 悪気(あしきゝ)をかるべし常(つね)に痢病(りびやう)および熱病(ねつびやう)の毒氣(どくき)を 消滅(なくな)ず   〇防臭藥(くさみよけぐすり)の方(はう)     硫酸鉄(りうさんてつ)《割書:壱升一名|ろうむ》水(みづ)《割書:五斗|》    右(みぎ)を混和(かきまわ)し常(つね)に不潔(きたなき)の場所(ばしよ)に散布(まきちら)すべ    し〇又(また)□藥(□□くすり)五升へ鋸屑五北(をがくすごと)を入れ交(ませ)べ 【左】    て散布(まきちら)するもよし 然(しか)れどもコレラの大便嘔吐物(たいべんはいたるもの)は必(かなら)ず石炭酸水(せきたんさんすい) に非(あら)ざれば病毒(びやうどく)を消滅(けす)する能(あた)はず    〇又(また)消毒藥(どくけしくすり)の法(ほう)      塩酸(えんさん)《割書:四|》酸化満奄(さんかまんがん)《割書:一|》     右(みぎ)陶器(やきもの)に入(い)れ病室(ねどころ)を薫(ゑふす)ずれば能(よく)病毒(びやうどく)を     消滅(け)すと云(い)ふ〇又(また)硫黄一塊(ひとかたまり)を火鉢(ひばち)にて     焚(た)き病室病衣等(にどころねまきなぞ)一切(いつさい)の品(しな)を薫(ゑふ)するも手(て)     軽(かる)にて能効(よくしるし)あり 又(また)英醫(いきりすいしや)の発明(はつめい)する所(ところ)のコレラ療法(りようじ)は手軽(てがる)にて 【右】 素人(しろうと)にも施(し)易(やす)ければ左(さ)の方(しかた)を用(もち)ひて醫者(いしや)の 来(く)る間(あいだ)看病(かんびゆ)すべし   〇其方(そのしかた)     硫黄《割書:一塊(ひとかたまり)|》    右(みぎ)を火鉢(ひばち)に焚(た)き此煙(このけむり)を嗅(か)げばコレラの    暴瀉(くだり)も自(おの)づから止(や)み病勢(やまいのいきをい)も大(おほ)ひに緩(ゆる)む    ものと云(い)へり 虎列刺予防民間(これらふせぎひと)の心得(こゝろへ)《割書:畢|》 【左】 伊東本支先生著述目録  一詐病辨 《割書:陸軍省御蔵版|》  一冊  一小兒全書       近刻  六冊  一單氏内科書      近刻  八冊  一新藥伊呂波字引    既刻  一冊  一小兒養育の心得    既刻  一冊  一虎列刺予防民間の心得 既刻  一冊    著述人   《割書:神田區松冨町二十三番地|伊 東 本 支》    出版人   《割書:神田區美土代町二丁目壹番地|中 川  昇》  明治十二年六月二十二日出版御届                定價三銭 【社印】 東京府書籍館 新門 三部 六類 二二函 二棚  号                定價三銭