【表紙】 【資料整理ラベル】 721.8 TAC 《割書:日本近代教育史| 資料》 【右丁】 絵本写宝袋 四 【左丁】 絵本写宝袋四之巻目録 伏犧(ふつき)【犠】之(の)聖像(せいざう)    竜馬(りうめ)出現(しゆつげん)之(の)図(づ) 叙画(じよぐわ)之(の)源流(げんりう)        女媧氏(ぢよくわし)征(せいする)_二共工氏(けうこうしを)_一図 精衛(せいゑい)逢(あふ)_二王母(わうぼに)_一図      黄帝(くわうてい)滅(ほろぼす)_二蚩尤(しゆうを)_一図 平羿(へいげい)夫婦(ふうふ)登仙(とうせん)之(の)図     《割書:付(つけ) ̄タリ》指南車(しなんしやの)始(はじめ)之(の)事 異朝(いてう)帝王(ていわう)之(の)像(ざう)       倉頡(さうけつ)制(せいする)_レ字(じを)図 《割書:付 ̄タリ》黄帝(くわうてい)制(せいする)_二冕旒(べんりう)袞服(こんふくを)_一事 諫鼓(かんこ)之(の)図 禹王(うわう)治(おさむる)_二洪水(こうずいを)_一図     黄龍(わうりう)負(おふ)_二禹王(うわうの)舟(ふねを)_一図 【右丁】 二竜(にりう)降(くだる)_二朝門(てうもんに)_一図  《割書:并 ̄ニ》劉累(りうるい)醢(しゝびしをにする)_二竜肉 ̄を【左ルビ:りやうにく】_一事 伊尹(いいん)之(の)図像(づざう)     傅説(ふゑつ)之(の)像(ざう) 雲中子(うんちうし)之(の)像     呂尚(りよしやう)釣(つりする)_二磻溪(はんけいに)_一図 文王(ぶんわう)夢(ゆめみ給ふ)_二飛熊(ひゆうを)_一図 《割書:并》文王(ぶんわう)得(ゑ給ふ)_二太公望(たいこうばうを)_一事 【左丁】 絵本写宝袋四之巻   孟河(もうが)に竜馬(りうめ)出現(しゆつげん)し庖羲氏(ほうぎし)河図(かと)を得(ゑ)給ふ事 古者(いにしへ)燧人氏(すいじんし)の女(むすめ)懐妊(くわいにん)する事(こと)十六ゕ月にして伏羲(ふつき)を生(うむ) 長(ひとゝなり)て身長(みのたけ)三丈六尺 首(かしら)蛇(じや)の如(ごと)く眼(め)虎(とら)に似(に)たり仰(あをいて)則 象(しよう)を 天に観俯(みふし)て則 法(ほふ)を地(ち)に観(み)る網罟(あみ)を結(むすん)で魚鳥(ぎよてう)を取り六 畜(ちく)を 豢(やしなふ)て庖厨(くりや)を充(みつる)万民(ばんみん)大によろこび楽(たのし)み推(をし)て君(きみ)とす此時 孟(もう) 河(が)に竜馬(りやうめ)現(あらは)る其 形(かたち)竜(りやう)に似(に)て身(み)に鱗(うろこ)を生(しやう)ず高(たか)さ八尺五寸 両翼(つばさ)有て水上を走(はしる)こと平地(ひらち)を行(ゆく)ごとし背(せな)の上に一の箱(はこ)を負(おふ) 帝(みかと)すなはち群臣(ぐんしん)と同じく河辺(かはのほとり)に至(いた)りこれを見(み)祝(しゆく)して曰(のたまは)く 朕(ちん)天下を治(おさめ)て過(あやまち)あらば朕(われ)を罪(つみ)し給へ望(ねかはく)は波浪(なみ)を息(やめ)て民(たみ)を 害(かい)すること勿(なか)れ背(せなかの)上の箱(はこ)若(もし)民(たみ)を益(ます)物ならば我に与(あたへ)給へとて 礼拝(らいはい)し給へば波(なみ)忽(たちまち)息(や)み竜馬(りやうめ)黙頭(うなづき)て河辺(かはばた)に至(いた)る帝(みかど)其 箱(はこ)を 受(うけ)開(ひらい)て見給へば箱(はこ)の内に河図洛書(かとらくしよ)八卦(はつけ)を画(くわく)し変(へんじ)て六十 四 卦(け)となつて以(もつ)て神明(しんめい)の徳(とく)に通(つう)じ万物(ばんぶつ)の情(じやう)に類(るい)す是 易(ゑき)の始(はじめ)也 【右丁】 太昊帝(たいかうてい)伏犧(ふつき)之(の)聖像(せいざう) 【聖像の絵】 伏-犧画 ̄ク_レ卦 ̄ヲ像多-図 ̄ス故 ̄ニ除 ̄ク_レ茲 ̄ニ上-古 ̄ハ人-相荒《割書:〳〵》シク 麻-綿ノ類ナク衣-物冠-舃等定コトナシ故ニ木ノ 葉蒲蘆獣 ̄ノ皮鳥 ̄ノ羽ヲ穿(キル)ト也今図スル像シハラク 本-文ノ文ニヨツテ帝ノ像ナレハ少ノ替アリ 【左丁】  河図(かと) 彩色(さいしき)猊(からしゝ)の如(ごと)く 薄墨(うすゝみ)の曲(くま)面(つら) 口(くち)のあたり 竜(りやう)の仕立(したて)  茲(こゝ)に図(づ)するは     守信(もりのぶ)五聖(ごせい)の  像(ざう)を図(づ)す下(しも)に河図(かと)竜馬(りうめ)の形(かたち)有 鱗(うろこ)  趐(つはさ)なく面(つら)竜(りやう)に非(あら)ず駝(だ)の如(ごと)く身(み)に旋毛(せんもう)【左ルビ:つし】あり 【右丁】 叙(ジヨ)-画(グワ)之(ノ)源流(ゲンリウ) 画ハ伏(フツ)-羲(キ)ノ河図(カト)ヲ得(エ)八 卦(ケ)ヲ画(エカキ)タマフヨリ初ル卦ノ象(カタチ)画-也 是(コノ)時 虫(ムシ)鳥(トリ)ノ形(カタチ)ヲ画テ書(シヨ)画(クワ)同-体《割書:也》舜(シユン)絵(エ)ヲ明(アキラカ)ニシ玉フ画(エ)ハ成(ナシ)_二教-法 ̄ヲ_一助 ̄ケ_二 人-倫(リン) ̄ヲ_一 窮(キハメ)_二神-変(ヘン) ̄ヲ_一与_二 六-籍 ̄ト_一同 ̄シフス_レ功 ̄ヲ ト云リ古-人ノ言(コトハ)ニ宣(ノフル) ̄ハ_レ物 ̄ヲ莫(ナシ)_レ大 ̄ナルハ_二於 言(コトハ) ̄ヨリ_一存(ソン) ̄スレバ_レ形 ̄ヲ莫(ナシ)_レ善(ヨキ) ̄ハ_二 於画 ̄ヨリ_一此(コレ)-之(コノ)謂(イヒ)-也又-曰 ̄ク絵(エ)ニ画(グハ)図(ト)写(シヤ)ノ三-象有 ̄リ画(スミエ)ハ画(エ)ノ総-名画ノ草(サウ)也 図ハ画(エ)ノ行(ギヤウ)写ハ画ノ真(シン)也又-曰画ハ是 有形(カタチアル)ノ詩(シ)-也異-名ヲ無声(ムセイ)【左ルビ:モノイハヌ】ノ詩(シ)【左ルビ:ウタ】 トモ名(ナツ)ク絵ノ神ナルコト風雲雨雪ヲ写(ウツ)シ四時ノ景(ケイ)-候(カウ)万(バン)-物ノ形ヲ 目前ニ出シ〝万-里ヲ尺-寸ノ間ニ象(カタト)ル不 ̄ル_レ見人ヲ写(ウツ)シ道ノ守 ̄リ トス是 ̄レ聖  人ノ初 ̄メ玉フ故(ユヘ)-也亦-曰五-聖ノ像(ザウ)ヲ画 ̄ク-時ハ必 ̄ス竜馬ヲ画ク俗 麒麟(キリン)ト云 非(アラス) _レ麟(リン) ̄ニ竜馬(リウメ)也 伏(フツ)-羲(キ)画(エカキ)_レ卦 ̄ヲ タマフニヨル故也亦 孔(コウ)-子(シ)四(シ)-亜(ア)十(ジツ)-哲(テツ) ̄ノ連図ニハ麟ヲ画 ̄ク 代(ヨ)-々麟ト竜-馬ト形ヲ画(カキ)-誤(アヤマ)ル予(ヨ)三-才-図-会孔-門ノ書其-外諸-書ニ出ヲ 見 ̄ル ニ昔 ̄シ ヨリ麟ト名(ナツクル)形ハ竜馬也 図会(ヅエ) ̄ニ云 昔(ムカシ)伏(フツ)-羲(キ)ノ時 孟(モウ)-河(カ)ニ竜馬出 ̄ツ竜ニ 似(ニ)テ馬ニ似(ニル)身ニ鱗(リン)甲(カウ)趐(ツバサ)有 ̄リ長 ̄サ八尺 背(セナ) ̄ノ上ニ八-卦ヲ負(ヲフ)ト其 ̄ノ-図竜 ̄ノ首(カシラ)馬 ̄ノ形(カタチ) 鱗(ウロコ)甲ヲ画ク又 一(アル)書ニ竜馬 黄(クワウ)-河(ガ)ニ出 ̄ツ身(ミ)ニ旋(ツ)-毛(ジ)有 河(カ)-図(ト)是-也ト云ヘリ 竜馬ニ角(ツノ)火勢(クワセイ)弩(ド)【左ルビ:クチ】鬚(シユ)【左ルビ:ヒケ】背(ハイ)鬣(レフ)【左ルビ:ヒレ】ヲ画(エカク)ハ竜ニ似(ニル)ト云文 ̄ノ-勢ニヨツテ画 ̄ク モノ也 【左丁】如歟   共工氏(きようこうし)乱(らん)を起(おこ)し女媧氏(ぢよくわし)これを征(せい)し給ふ事 女媧氏(ぢよくわし)は伏羲(ふつき)の妹(いもうと)なり賢女(けんじよ)なれば伏羲(ふつき)崩御(ほうぎよ)の後(のち)群臣(ぐんしん) 推(すゝめ)て帝位(ていゐ)に即(つけ)奉る加之(しかのみならず)雲(くも)の鬢(びんづら)花の顔(かほばせ)窈窕(ようてう)とたをやか なりければ見者(みるもの)心を動(うごか)さずと云ことなし其時 諸侯(しよこう)に共工氏(きようこうし) 康回(こうくわい)といふ者(もの)あり深(ふか)く卦爻(くわかう)を明(あき)らめ能(よく)神(しん)に通(つう)ず然(しか)れども 淫楽(いんらく)を好(この)み女媧氏(ぢよくわし)に恋慕(れんぼ)しけれども女皇(ぢよくわう)従(したがひ)たまはざるゆへ 遂(つい)に謀叛(むほん)して乱(らん)を作(おこ)す女皇は柏皇氏(はくくわうし)【栢は俗字】央皇氏(ゑいくわうし)を両 先鋒(せんぼう)として 大に戦(たゝか)ふ康回(こうくわい)幻術(げんじゆつ)を行(おこな)ひ河水(かすい)天に漲(みなぎ)り女皇の人馬(じんば)利(り)を 失(うしな)ひ康回(こうくわい)水上を駆(かけ)ること飛鳥(とぶとり)の如(ごと)し柏(はく)皇 央(ゑい)皇は水に浸(ひた)り進(しん) 退(たい)きはまる所に南方(なんばう)の諸侯(しよこう)に祝融(しゆくゆう)といふ老人(らうじん)能(よく)天 文(もん)地理(ちり)を極 其 術(じゆつ)康回(こうくわい)に勝(まさ)りけるが女皇の軍(いくさ)利(り)あらざる事を悟(さと)り山上 に至(いた)り杖(つゑ)を以て教(おしへ)救(すく)ひしゆへ官軍(くわんぐん)危(あやうき)をのがる康回 怒(いかつ)て祝融(しゆくゆう) を射殺(いころ)さんと矢(や)を放(はなち)ける時 祝融(しゆくゆう)忽(たちまち)白 鶴(つる)に化(け)し飛去(とびさり)再(ふたゝび)祝融 三万 余騎(よき)を領(りやう)し康回を責亡(せめほろぼ)し天下大に治(おさま)るとなん 【右丁】 共工氏(きようこうし)浪(なみ)を駆(かけ)り祝融(しゆくゆう)を射(い)る図(づ) 【左丁 挿絵のみ】 【右丁】    精衛(せいゑい)公主(こうしゆ)西王母(せいわうぼ)に遇(あふ)事 精衛(せいゑい)公主(こうしゆ)は炎帝(ゑんてい)神農氏(しんのうし)の御女(むすめ)なり生得(むまれつき)美麗(びれい)にして螓首(しんしゆ)【左ルビ:たちのひしくび】 蜂腰(ほうよう)【左ルビ:ほそきこし】真(まこと)に閑月(かんげつ)花を羞(はづ)るの容貌(よそおひ)あり一日(あるひ)落花(らくくわ)を見(み)て嘆(たん)【左ルビ:なけき】 じて曰【左ルビ:いわく】盛(さかん)に開(ひら)ける華(はな)も時(とき)あつて枝(ゑだ)を辞(じ)す人生(にんぜい)金石に あらざれば誰(なん)ぞ顔(かんばせ)を改(あらため)ずして存命(ながらへ)んやあはれ長生(ちやうせい) 不死(ふし)の道(みち)もやと爾時(そのとき)空中(くうちう)より車(くるまの)声(こゑ)轔々(りん〳〵)として西王(せいわう) 母(ぼ)形(かたち)を現(あらは)し告(つげ)て曰(もうさく)公主 出塵(しゆつぢん)の思ひあらば凡心(ぼんしん)を去(さり)意(こゝろ) を堅(かたく)して仙宮(せんきう)に至(いた)るべしとて辞(じゝ)去(さ)れり公主(こうしゆ)よろこび 次日(あくるひ)父母(ふぼ)に告(つげ)て数十(すじう)の侍女(おもとびと)と同じく船【舡】に上(の)り東海(とうかい)に出(いて) 游(あそ)ぶ半塗(はんと)に東莱(とうらい)といふ島あり公主 其処(そのところ)の美男(びなん)を見(み)て 恋(こひの)心を生(しやう)じ道心(だうしん)稍移(すこしうつ)る遂(つい)に蓬莱宮(ほうらいきう)に至(いたる)ことあたはず溺(おぼれ) 死(し)して化鳥(けてう)となる此 鳥(とり)常(つね)に西山(せいざん)より木石(ぼくせき)を銜(ふくみ)【啣は銜の俗字】来(きたつ)て東(とう) 海(かい)を埋(うづめ)んとすこれを精衛鳥(せいゑいてう)と云(いふ)とかや 【左丁】 精衛(せいゑい)公主(こうしゆ)  西王母(せいわうぼ)に   逢(あふ)図(づ) 【挿絵】 【右丁】 【隅切囲みの中】黄帝(くわうてい)與(と)蚩尤(しゆうと)涿鹿(たくろく)に戦(たゝかふ)図(づ)【挿絵の説明】《割書:黄帝 指南車(しなんしや)を制して進(すゝみ)給ふ》 博古(ハクコ)ニ曰 ̄ク北(ホク)-山(サン)ニ石(イシ)アリ磁石(ジセキ)ト云 鉄針(テツシン)ニスリ付テ水(ミヅ)ニウクルニ針(ハリ) 水上ニテ南北(ナンボク)ヲ指(サ)ス黄帝(クワウテイ)【別本より】コレヲ 用ヒ指南車(シナンシヤ)ヲ制(セイ)スト云 指南車ハ今ノ磁針(ジシン)ナリ人形(ニンキヤウ)ハ後(ノチ) ノ作(サク)ナリ 磁針(ジシン) ̄ノ 図(ヅ) 【左丁】 蚩尤(しゆう)幻術(げんじゆつ)を  施(ほとこ)し 雲(くも)霧(きり)を   起(おこ)す 【右丁】   黄帝(くわうてい)滅(ほろぼし)_二蚩尤(しゆう) ̄を_一 《割書:并ニ》始(はじめ)て指南車(しなんしや)を作(つく)りたまふ事 炎帝(ゑんてい)神農(しんのう)より八代の帝(みかど)を楡岡(ゆかう)と云此時に当(あたつ)て蚩尤(しゆう)と云 逆臣(げきしん)悪(あく)を肆(ほしいまゝ)にして乱(らん)を興(おこ)し諸侯(しよこう)を責(せめ)なびけて天下を動(うご) 揺(か)す帝(みかど)不徳(ふとく)にて制(せい)すること能(あた)はず敗北(はいぼく)して涿鹿(たくろく)へ逃(にげ)入し かば蚩尤(しゆう)は都(みやこ)に入 位(くらゐ)に坐(ざ)し却(かへつ)て涿鹿(たくろく)を攻(せめ)て取囲(とりかこむ)こと雲(うん) 霞(か)の如(ごと)し爰(こゝ)に炎帝(ゑんてい)の後裔(こうゑい)に有熊国君(ゆう〳〵こくくん)の子(こ)軒轅(けんえん)と云 人あり徳(めいとく)をおさめて人 民(みん)帰服(きふく)【左ルビ:なびきしたがい】し三万 騎(ぎ)の兵(つわもの)を領(りやう)し帝(みかど)を 援(すく)ひ蚩尤(しゆう)が大 軍(ぐん)へ突(つい)て入蚩尤 目(め)を嗔(いからか)【瞋とあるところ】し歯(は)を切(くいしめ)て軒轅(けんえん)と戦(たゝかふ) こと百 余合(よがふ)蚩尤 打負(うちまけ)て走(にげ)けるが忽(たちまち)妖術(ようじゆつ)を施(ほどこ)し雲(くも)霧(きり)を動(うご)かす 味方(みかた)前後(ぜんご)を亡(ぼう)じて敗軍(はいぐん)す軒轅(けんえん)又 謀(はかりこと)を廻(めぐ)らし指南車(しなんしや)を造(つくり)軍士(ぐんし) を乗(のせ)再(ふたゝ)び戦(たゝかひ)を挑(いど)む蚩尤又 霧(きり)を起(おこ)しけれ共 指南車(しなんしや)在(あつ)て敵陣(てきぢん) に望(むかひ)て進(すゝみ)ければ味方(みかた)軍(ぐん)を乱(みだ)さず終(つい)に蚩尤を滅(ほろぼ)し給ふ天下 の民(たみ)其徳を尊(たつと)み推(をし)て帝王(ていわう)とす是 則(すなはち)黄帝(くわうてい)と申 聖王(せいわう)なり 【左丁】    平羿(へいけい)夫婦(ふうふ)登仙(とうせん)の薬(くすり)を得(ゑ)て月宮(けづきう)【濁点の付間違いヵ】に至(いた)る事 帝(てい)尭(ぎやう)の時 悪獣(あしきけだもの)有て人を害(そこなふ)によつて平羿(へいげい)に命(みことのり)してこれを 平(たいらげ)しめ給ふ羿(げい)は勅(ちよく)を承(うけたまは)り我家(わがや)を出て是を制(せい)す去(され)ば羿(げい)が妻(つま) は其(その)容皃(かたち)美(うつく)しく其 心様(こゝろばへ)も亦(また)好(よ)し然(しか)るに今度(このたひ)夫(おつと)他国(たこく)へ出(いで)し より跡(あと)に残(のこり)て深閨(しんけい)【左ルビ:ふかきねや】にたゞ独(ひと)り夫(おつと)を慕(したひ)て輾転(ふしまろび)さても夫(おつと)の おとづれはいかにやと寤(さめ)ても寐(ね)ても思ひ侘(わび)て年月(としつき)を送(おく)り ける或夜(あるよ)夢(ゆめ)に羿(けい)帰来(かへりきたつ)て薬丸(やくくわん)一顆(いつくわ)を与(あたふ)ると見て驚(おとろき)覚(さめ)て 側(かたはら)を見れば実(じつ)に丸薬(ぐわんやく)ありけり妻(つま)不思議(ふしぎ)におもひ我夫(わがおつと) もしは死(しゝ)たるやらんといとゞ思ひを燋(こが)し夜(よ)の明(あく)るを待(まち)けるが 漸々(やう〳〵)平明(あけほの)の比(ころ)夫(おつと)の羿(げい)実(じつ)に帰来(かへりきたり)て彼(かの)夢(ゆめ)のやうを聞(きゝ)誠(まこと)に 前年(むかし)山に入 道(だう)を学(まな)びし時 西王母(せいわうぼ)に不老(ふらう)不 死(し)の薬丸(くすり)を 授(さづか)れり是は定(さだめ)て相(あひ)恋(おもふ)の感(かん)ずる所なるべしさらば此 薬(くすり)を 服(のみ)て偕老(かいらう)の衾(ふすま)の下に長生(ちやうせい)の契(ちぎり)を結(むす)ばんとて試(こゝろみ)に是を 呑(のめ)ば妻(つま)は習々(しう〳〵)と飛(とび)て空(そら)にのぼる羿(げい)も亦(また)その裳(もすそ)に取 つきすがつてともに月宮(つきのみやこ)に入る妻(つま)は嫦娥(ぜうが)となり羿は蟾蜍(せんぢよ)となる 【右丁】 【右から横書き】 羿(げいが)妻(つま)夢(ゆめに)薬(くすりを)授(さつかる)図(づ) 【左丁】 唐朝(タウテウノ)李(リ)義(ギ)山(サンガ)詩(シ) ̄ニ ニ  雲(ウン)-母(ボ)屏(ヘイ)-風(フウ)燭(シヨク)‐影(エイ)深(フカシ)  長(チヤウ)-河(ガ)漸(ヤウヤク)落(ヲチテ)暁星(ケウセイ)沈(シヅム) 姮(コウ)-娥(ガ)応(ヘシ)_レ悔(クユ)偸(ヌスム)_二霊薬(レイヤク) ̄ヲ_一  碧海(ヘキカイ)青天(セイテン)夜々心(ヤヽノコヽロ) 此 ̄ノ-詩羿 ̄カ之 故(コ)-事(ジ)也 【挿絵】 羿夫婦(げいふうふ)月宮殿(げつきうでん)に登(のほ)る図(づ) 【右丁】 軒(ケン)-轅(エン)氏(シ)治 ̄メ_レ兵 ̄ヲ戮(リク)_二蚩尤(シユウ) ̄ヲ_一而天-下 帰(キ) ̄ス_レ之 ̄ニ名 ̄テ号 ̄ス_二黄帝 ̄ト【一点脱】暦(レキ)【左ルビ:コヨミ】-算(サン)律(リツ)-呂(リヨ)宮(キウ)-室(シツ)書-契(ケイ)章(シヤウ)-服(フク) 畢(コト〴〵) ̄ク-具(ソナハレ) ̄リ黄-帝 冕(ベン)-旒(リウ)袞(コン)-服(フク)ヲ制(セイ) ̄ス冕(ヘン)ハ冠 ̄ノ-名旒ハ金-銀 珠(シユ)-玉七-宝ヲ小 毬(タマキウ)トシ貫(ツラヌキ)-_二繋(ツナク)之(コレ) ̄ヲ 冠ノ前-後ニ【一点脱】各《割書:〱》十二 垂(タル)ル是ヲ十二 旒(リウ)ト云 玉 ̄ノ数(カズ)モ十二アリ珠(タマ)ハ貝(カイ)ノタマ真(シン)-珠(ジユ)硨(シヤ)-𥓼(コ)也 玉ハ水(スイ)-晶(シヨウ)【左ルビ:シユ】瑪(メ)瑙(ナウ)【左ルビ:カキ】瑠(ル)-璃(リ)玻(ハ)-瓈(リ)琥(コ)-珀(ハク)琅(ラウ)-玕(カン)珊(サン)-瑚(ゴ)【左ルビ:アカ】樹(シユ)也○旒(リウ)ハ王 ̄ノ眼(メ) ̄ヲ覆(オホフ)テ諸 ̄ノ邪事(ジヤジ) ̄ヲ見マ ジキ為(タメ)也亦冠ノ左右ニ鳴鈴(スヾ)ヲ垂(タレ)テ王ノ耳(ミヽ)ヲ塞(フサ)グ是ヲ黈纊(トウクワウ)ト云諸-臣ノ讒(ザン) 言(ゲン)悪-事ヲ聴(キク)マジキ為ノ器(ウツハモノ)-也 図(ツ)ヲ見テ可 ̄シ_レ知 ̄ル○有虞(ユウグ)氏(シ)《割書:帝舜(テイシユン)》袞(コン)-服(フク)二十二章 ヲ制(セイ)シ其 ̄ノ象形(カタチ)ヲ衣(コロモ)ニ画(エカキ)裳(モ) ̄ニ繍(ヌウ) ̄テ其 ̄ノ色-品(シナ)ヲ彩(エドリ)タマフ是ヲ絵(エ)ト云 彩(サイ)-色(シキ)ノ始(ハシメ)也 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 十 《割書:衣 ̄ニ|画 ̄ク》《割書:日左|月右》画(エカク)星辰(セイシン)《割書:北極(ホクコク)|北辰(ホクシン)》也《割書:背後(ウシロ)ニ画ク不(サル)_レ見(ミヘ)故ニ|略(リヤク)而(シテ)前(マヘ)ノ左右ニ画 ̄ク》山(ヤマ)二《割書:左|右》画 竜(リヤウ)二《割書:右 ̄ニ ノボリ|左 ̄ニ クダル》華虫(クハチウ)二《割書:右 雉(キシ)ヲ|左画ク》 二 章(シヤウ)《割書:裳 ̄ニ|画 ̄ク》宗彛二《割書:左白 ̄キ猿(サル)果然(クハセン)ナリ|右白 ̄キ虎(トラ)騶虞(スウク)ナリ》藻(ソウ)【左ルビ:モ】二《割書:海草(カイサウ)ナリ|藻(モ)クサナリ》火(ヒ)【左ルビ:モユルヒ】二《割書:囲繞(イニヨウ)【左ルビ:カコミメグラス】ノ|形(カタチ)ヲ画》粉米(フンベイ)二《割書:白|米》黼(ホ)《割書:マサカリ|ヲ画》黻二《割書:相背形|色 青(アヲ)白(シロ)》 方心(ホウシン)胸(ムネ)ニ有(アリ)象(カタチ)【図】方(ケタ)也人 ̄ノ心方-寸 ̄ノ間ニ有 ̄ル義ニトル是(コノ)鉤(マカレル)【鈎は俗字】-物(モノ)ヲ曲領(キヨクレイ)ト云 形(カタチ)曲(マカリ)クビヲメグリ後(ウシロ)ニ結(ムスヒ)垂(タルヽ)色白 綬(ジユ)腹(ハラヲ)覆(オホフ)《割書:乳(チ)下ニ垂(タル)ル|左右 ̄ニ ヒモ有》紳(シン)【左ルビ:ヲヽヲビ】《割書:前ニサクル衣裳(イシヤウ)ノ権(ヲモリ)ナリ悉(クワ)【注】シク|四書大全郷党ノ篇ニ見ヘタリ》佩(ハイ)二《割書:腰(コシ)ノ両 脇(ワキ)ニ垂(タル)ル玕(カン)《割書:琚|琚》瑀《割書:衝|牙》 《割書:璜|璜》色白又五色|是ヲノスルモノヲヤウキウト云色白緑》 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 古-人ノ衣-色 玄(クロ)シ天ノ色ヲ象(カタト)ル裳(モスソ)黄-也 地(チノ)-色ヲ象(カタド)ル彩ニ衣ヲ渋(シブ)-色(イロ)ニス《割書:黄赤黒|ノ色ナリ》 又コンジヤウ ̄ニテ空色(ソライロ)ニス今 ̄ノ制(セイ)ハ衣 ̄ノ色ヲ黄土(ワウド)ニテ塗(ヌ)リ朱墨(シユズミ)ノクマ有 ̄リ裳(モスソ)ヲ白緑(ヒヤクロク) ニス手ハ左 ̄リ ヲ上 ̄へ ニス玄(ゲン)-珪(ケイ)ヲトル象ニ剣形(ケンギヤウ)ニシ上 ̄ヘ ニ三‐星(セイ)ヲ画(グワ)シ色白緑(ビヤクロク)也 【注 「悉」の古字の「怸」と間違ったものか。】 【左丁】 【隅切り囲みの中】十二 旒(リウ)   ⟦ー○(シユ)ーー○(コン)-○(キ)ーー○(スミ)-○(コフン)-○(シユ)ーー○(コン)-○(キ)-○(スミ)ーー○(コフン)-○(シユ)-○(コン)  黈(トウ)  金 白 金  纊(クワウ) 【図】                         腰衱(ヨウキウ) 冕(ベン) 旒(リウ)    【黄帝ノ図】            椅(イ)                         踏(トウ)                         佩  黄帝(クワウテイ)大舜(タイシユン)湯王(タウワウ)文王(フンワウ)武王(ブワウ)  文宣王(フンセンワウ)之(ノ)像(サウ)此(コノ)図(ヅ)ヲ用 ̄ヒ画 ̄ク也  冕(ヘン)  板(ハン)       後白(ウシロシロ)【丸で囲む】 ○( 真穴) 前赤(マヘアカ)【丸で囲む】 黄土(ワウド)塗(ヌリ) 朱墨(シユスミ)仕立(シタテ) 【右丁】 倉(サウ)-頡(ケツ) ̄ハ《振り仮名:四‐目|メヨツアリ》生 ̄ス_二于 軒(ケン)-轅(エンノ)時 ̄ニ_一已(ステニ)建(タテヽ)_二左-右 ̄ノ史(シ) ̄ヲ_一以 ̄テ記(シルス)_二言-動 ̄ヲ_一頡(ケツ)詛誦 実(マコトニ)当(アタリ)_二左-史(シ) ̄ノ任 ̄ニ_一世 ̄ノ 人 咸(コト〳〵ク)称(イフ)字従 ̄フ_二其制 ̄ニ_一始 因 ̄テ_二鳥 ̄ノ跡(アトニ)_一而作 ̄ル_レ字 為(タリ)_二万世文字 ̄ノ之祖_一蓋(ケダシ)亦 因 ̄テ_二其 ̄ノ文 ̄ニ_一 而 増(マシ)-創(ハシムル)耳(ノミ)耶 謹(ツヽシンテ)按 ̄スルニ伏(フツ)-犠(キノ)時已 ̄ニ有 ̄リ_二書-契_一 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 【縦に刻字す。】 乾天 ̄ノ卦坤地 ̄ノ卦 伏犠(フツキ)氏(シ)因 ̄テ_二河(カ)-   鳥(テウ)-跤(カウ)之(ノ)篆(テン)【フミ】 倉頡(サウケツ)鳥ノ足-         図(ト) ̄ニ画 ̄シ_二 八卦 ̄ヲ_一玉フ         形ヲ見テ造(ツク) ̄ル 【卦ノ図】   心ハ字 ̄ニ而 象(カタチ)ハ   【芥ノ篆書体】 _レ字 ̄ヲ是字-画ノ         画(エ)也是書-画 ̄ノ            始 ̄メ也此-後字 ̄ノ         之初 ̄メ-也       今之 芥(カイノ)【左ルビ:アクタ】字 象八-体(テイ)トナル ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 馬  尾(ヲ)也  倉頡馬ヲ         見テ象ル 【馬ノ古文字】         四 足(アシ)也 【馬の字】【左ルビ:ムマ】古文字 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 鳥書篆(テウシヨテン) 画(クワク)ノ頭(カシラ)ヲ鳥(トリノ)首(カシラ)ニス       【幡信の字】 幡信(ハンシン)ト云字ナリ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  虫(チウ)【左ルビ:ムシ】書篆(シヨテン) 魚(キヨ)【左ルビ:ウヲ】篆(テン) 書          對(タイ) 【書の字】     【對の字】 上古ハ鳥(トリ)獣(ケモノ)竜(リヤウ)魚(ウヲ)虫(ムシ)草木(クサキノ)象(カタチ)ヲ字(ジ)トス ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 林(リン)-和(ワ)-靖(セイ)書-法ヲ効(ナラフ)_二【效は旧字】王-摩(マ)-詰(キツニ)【一点脱】  梅(ハイ) 竹(チク)                             書 書  【猷の字】         【省の字】 猷(イウ)【左ルビ:ナヲシ ハカル】  省(セイ)【左ルビ:カヘリミル】  画中ニ有_レ字          字-中ニ画有リ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 図-会 ̄ニ曰按 ̄ニ_二字-学 ̄ノ之体 ̄ヲ_一 六 ̄ヲ曰 ̄フ_二鳥書 ̄ト_一在 ̄ツテ_二幡 ̄ノ上 ̄ニ_一書 ̄スル_二端象鳥頭 ̄ヲ_一者 ̄ハ則画流漢末 大-司-空甄-豊 挍(ナラフテ)_レ字-体 ̄ヲ有_レ 六其 ̄ノ六 ̄ヲ曰 ̄フ_二鳥書 ̄ト_一即幡-信 ̄ノ上 ̄ニ虫鳥 ̄ノ形 ̄ヲ書 ̄ス幡-信ト云 ハ天-子ノ幡(ハタ)ノ名‐也其 ̄ノ幡ニ古-文-字ニテ幡-信ト書 ̄ス 【左丁 挿絵のみ】 【右丁】     尭(げう)の御治世(ごぢせ)に敢諫(かん〳〵)の鼓(つゞみ)有(ありし)事 尭帝(ぎやうてい)は帝(てい)嚳(こく)の子(こ)なり至聖(しいせい)にして恭(うや〳〵し)く克(よく)俊徳(しゆんとく)を明(あきらか)にし たまへば九族(きうぞく)【左ルビ:しんるい】既(すで)に睦(むつまし)く黎民(れいみん)時(これ)雍(やわらげ)り其 富(とみ)天下をたもち 尊(たつと)きこと天子の御 位(くらい)なれども御 身(み)を驕(おごり)たまはず茅(かや)を以(もつて)屋(いゑ)を 覆(ふき)土階(つちのきざはし)三 等(だん)蒲草(がまくさ)を席(むしろ)とし衣服(いふく)紋(もん)なく舟(ふね)車(くるま)不飾(かざらず)万事(ばんじ) 倹約(けんやく)にし給ひ財用(ざいよう)の費(ついゆ)ること無(な)ければ年貢(ねんぐ)をゆるくして百姓(たみ) を恵(めぐ)みたまふ一 民(たみ)の飢(うへ)たるを見ては我(われ)これを飢(うや)すが如(ごと)く一 民(たみ) の寒(こゞへ)たるを見ては我(われ)これを寒(こゞやか)すが如(ごと)く思(おほし)めしける程(ほど)に万民(ばんみん) これを崇(たつと)み親(したし)むこと父母(ちゝはゝ)のごとし民(たみ)安(やす)く業(なりわひ)を楽(たのし)み諸侯(しよこう)降伏(きぶく) し敢(あへ)て恨(うらみ)【限は誤】謗(そしる)ことなし又 敢諫(かん〳〵)の鼓(つゞみ)をもうけて曰(のたまは)く朕(われ)君(きみ)と 成(なり)て民 労役(くるしみ)なきや朕(ちん)が身(み)に過(あやまち)なしやもし朕(われ)に過(あやまち)有て 民に苦(くるし)み憂(うれふ)ることあらば此 鼓(つゝみ)を撃(うつ)べしと仰(おゝせ)出されしか〝共 帝(みかど)に諫(いさ)むべき過(あやまち)なく民(たみ)に訴(うつたふ)へき憂(うれへ)なければ遂(つい)に鼓(つゞみ)は有 ̄レ 〝共 撃(うつ)人なく諫鼓(かんこ)はおのづから苔(こけ)深(む)して四海(しかい)泰平(たいへい)国土(こくど)安穏(あんおん) に治(おさま)り雨(あめ)壌(つちくれ)を動(うごか)さず風(かせ)枝(ゑだ)をならさず目出度(めでたき)御代(みよ)なりける 【左丁】 諫鼓之図(かんこのづ)  【図】     中心ナルハ巴ニアラズ     珠ナリコンロク仕立 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 昔(むかし)より此図を画(ゑかく)事 朗詠集(らうゑいしう)の諫鼓(かんこ)苔(こけ)深(ふかふ)して鳥(とり)不驚(おどろかず)と云 詩(し)によつて画(ゑかく)者か本 文のごとくならば麤【麁は俗字】なるてい也 尭王(けうわう)は古今(こゝん)にすぐれたる聖人(せいじん)にてましませばかくおごる形(かたち) なるべからずたゞ帝王(ていわう)の器なるを見(み)せん計(はかりこと)なるべし詩(し)の心は尭(ぎやう)王 民(たみ)の患(うれへ)を奏(そう)すれとも曲(まがる) 臣(しん)上(かみ)に告(つげ)ず帝(みかど)なげきたまひ患(うれひ)有ば此 鼓(つゝみ)をうつべし鳴(なる)ときはみづから聞てことはらん とて門外(もんくわい)に太鼓(たいこ)を立たまふかくて鳴(なり)のしばらくも止(やむ)時なし世 治(おさま)り訴(うつたへ)申事なきゆへ うつ人なし故(かるがゆへ)に太鼓(たいこ)はあれどもあたりに寄(よる)人なきゆへいたづらに苔(こけ)むしておのづから諸(しよ) 鳥(てう)のすみかとなりたるてい也しからば庭鳥(にはとり)にかぎるべからず太鼓(たいこ)の辺(あたり)に諸鳥(しよてう)を画(かく)べき歟(か) 【右丁】    舜(しゆん)《振り仮名:命_二禹_一治_二洪水_一|うにみことのりしてこうすいをおさめ給ふ》事(こと) 大舜(たいしゆん)位(くらい)に即(つき)給(たまひ)て四凶(しけう)三 苗(めう)とて悪逆(あくぎやく)の諸侯(しよこう)を従(したが)へ御代(みよ)治(おさまり) 群臣(ぐんしん)慶賀(よろこびをそう)すといへども但(たゞ)洪水(こうずい)災(わざはひ)をなして民(たみ)甚(はなはだ)くるしめり 舜(しゆん)これを禹公(うこう)に命(みことのり)して治(おさめ)救(すく)はしむ禹(う)勅(ちよく)を奉(うけたまは)り天に祷(いの)り 功(こう)を成就(じやうじゆ)せしめ給へと誓願(せいぐわん)ありければ其夜(そのよ)夢(ゆめ)に一男子(ひとりのおのこ)赤(あか)き繍(ぬいもの) の衣裳(いしやう)を穿(き)手(て)に一 冊(さつ)の書(しよ)を持(もち)我(われ)は天の使者(ししや)なり天帝(てんてい)汝(なんぢ)の 一心(いつしん)に天下の為(ため)に水(みづ)を治(おさめ)んとするを喜(よみん)じ給ふゆへ某(それがし)を以(もつ)て汝(なんぢ)に 授(さづく)るに水を治(おさむ)る経(きやう)を賜(たま)ふ是に遵(したがつ)て治(おさ)めよと言(いひ)訖(おわつ)て雲(くも)に 入る禹公(うこう)夢(ゆめ)覚(さめ)て見給へば一冊(いつさつ)の経(きやう)あり取て是を視(み)大(おゝ)きに 喜(よろこん)で次日(あけのひ)人歩(にんぶ)に分付(いひつけ)て備(そなへ)を立(たて)耟(すき)【ママ】鍬(くわ)を用(もたせ)て行(ゆく)まづ九州(こゝのくに)の道(みち) を通(つう)じ九沢(こゝのつのさは)を障(さゝ)へ九 山(やま)を度(ひらき)て既(すで)に江北(きたぐに)の諸水(しよすい)を治(おさ)め淮水(わいすい)と 云所を渡(わた)り給に其所尤 険(けわしく)して支巫期(しふき)と云 怪物(いきもの)有その形(かたち) 大木(たいぼく)の如(ごとく)にて色(いろ)黒(くろ)く長(なが)さ十 余丈(よぢやう)ばかりなる恐(おそろ)しき物 浮(うかみ)出て涛(なみ) 【左丁】 を漲(みなぎ)らし岸(きし)を崩(くず)し民家(みんか)をやぶる禹(う)手下(てした)に下知(げぢ)しこれを 射殺(いころ)す又一の獣(けたもの)有て水上(みづのうへ)を駆(かけ)る事 鳥(とり)の飛(とぶ)が如(ごと)く其形(そのかたち) 八の首(かしら)八の足(あし)耳(みゝ)目(め)倶(とも)になし又 箭(や)を備(そろ)へて射(い)るといへ共 一(ひとつ)も 肉(にく)に着(たつ)ことなく皆(みな)筈(はづ)をかへしければ禹(う)大に嘆(なげ)き抱(うれへ)悶(もだへ)給ふ是夜(このよ) 夢(ゆめ)に又 使者(ししや)来(きた)り告(つげ)て曰(いわく)此(これ)は天呉(てんご)と云(いふ)物なり食(しよく)せず死(し)せず                  千歳(ちとせ)にして斃(し)す我(われ)公(きみ)の                  為(ため)にこれを治(おさ)むべしと                  忽(たちまち)雲(くも)開(ひら)け波(なみ)息(やむ)是(これ)誠(まことの)                  心の致(いたす)す【衍】所なり遂(つい)に       【挿絵】       江(えの)流(ながれ)治(おさま)り平(たいら)かになれば                  諸人(しよにん)安土(あんど)を得(ゑ)てこれに                  居(い)百姓(はくせい)地(ち)を得(ゑ)て五穀(ごこく)を                  種(うへ)民(たみ)以 食(しよく)を足(たらはす)ことを得(ゑ)たり 【両丁 挿絵のみ】 【右丁】   夏(かの)禹王(うわう)江を過(わた)るに黄竜(わうりやう)舟(ふね)を負(おふ)事 大禹(たいう)は黄帝(くわうてい)の玄孫(つるのまご)なり天性(うまれつき)敏給(さとく)克勤(よくつとめ)て其徳(そのとく)違(たが)はず 其仁(そのいつくしみ)親(したしむ)べく其 言(ことば)信(まことに)すべし洪水(こうすい)を治(おさ)めて大に功(こう)あり故(かるがゆへ)に 舜(しゆん)の禅(ゆつり)を受(うけ)て帝位(ていゐ)に即(つ)き天下を分(わか)つて九別(こゝのつ)とし 田土(でんど)の高下(かうげ)を差(わか)ち貢税(みつき)の式度(のり)を定(さため)井田(せいてん)とて田畠(てんばた)を井(い) の字(じ)の如(ごと)く分(わか)ち其(その)中(まんなか)一つを年貢(ねんぐ)に奉(たてまつ)り廻(めぐ)り八つを農民(のうみん) の徳用(とくよう)にすべしと定(さだめ)たまふ万民(ばんみん)観(よろこび)【歓の誤ヵ】楽(たのしみ)て天下大に治る或時(あるとき) 禹王(うわう)自(みづから)四方(よも)に巡狩(くにめぐり)し給ふ道にて江(ゑ)を渡(わた)り給ふに忽(たちまち)波(なみ) 起(たつ)て黄竜(きいろのりやう)船(ふね)を犯(おか)す舟中(ふねのうち)の人 惧(おそれ)て大に哭(なく)禹王(うわう)舟の覆(かへ) らんとするを見て大に嘆(なげ)き天を仰(あをい)でぼ某(それかし)命(めい)を天(てん)に受(うけ) 力(ちから)を竭(つく)して万民(ばんみん)を救(すく)ふ奈何(いかん)ぞ竜(りやう)に憂(うれふ)と言(のたまひ)て剣(つるぎ)を抜(ぬい)て うち振(ふり)給へば竜(りやう)は其(その)威(ゐ)におそれ首(かしら)を俛(ふせ)尾(を)を低(たれ)て去(さる) こゝに於(おい)て王の舟(ふね)恙(つゝか)なく岸(きし)に至(いた)る 古今註(ここんちう)には黒竜(こくりやう)と あり又 朗詠集(らうゑいしう)にも此 詩(し)あり 【左丁 挿絵のみ】 【右丁】【句点の「・」を「。」にす。】     劉類(りうるい)竜肉(りやうにく)を醢(しゝびしほ)にする事 夏(かの)禹王(うわう)より十五代の帝(みかどを)孔甲(こうかう)と云(いふ)。鬼神(おにかみ)を好(この)み淫乱(いんらん)を 事(こと)とし政道(まつりごと)正(たゞし)からざりしが。一日(あるひ)朝門(みかどのもん)の外(そと)に雌雄(しゆう)二つの 竜(りやう)。天より降(くだり)て升(のぼ)らず。帝(みかど)其 吉凶(きつけう)を群臣(ぐんしん)に問(とふ)。蔡史(さいし)と いふ臣(しん)。奏(そう)して曰(いわく)これ吉祥(きちじやう)の瑞相(ずいさう)なり。宜(よろ)しく是を養(やしなふ)て おのづから去(さる)を待(まち)たまへと。帝(みかど)奏(そう)に准(したが)ひ。すなはち劉類(りうるい)と 云(いふ)臣(しん)に宣(みことのり)して是を養(やしなは)しむ。劉類(りうるい)よく飲食(いんしよく)を調和(とゝのへあわ)して 養畜(やしなふ)こと。おこたらざりしが。或時(あるとき)雌(し)【左ルビ:めん】竜(りやう)たちまち死(し)したり。 劉類(りうるい)これを醢(しゝびしほ)にして帝(みかと)にたてまつる。孔甲(こうかう)是を食(しよく)するに 其 味(あぢわひ)はなはだ美(び)【左ルビ:うまし】なりければ。再(ふたゝ)び劉類(りうるい)に雄(おんの)竜(りやう)をも醢(ひしほ) にして献(たてまつ)るべきよし勅定(ちよくぢやう)ある。劉類 思(おも)ふやう。自死(おのづからし)する者(もの) こそ醢(しゝびしほ)にもなるべけれ。生(いき)たる竜(りやう)はいかにしてか。近付(ちかづき)殺(ころ)す事を 得(ゑ)んやと。大におそれて夜中(やちう)に逃去(にげさる)。帝(みかと)は此 由(よし)を聞(きゝ)。大に 【左丁】 怒(いか)り武士(ぶし)三百人に命(みことのり)して竜(りやう)を捉(とら)しむ武士(ふし)等(ら)養竜(ようりやう)の 池水(いけみず)を放(はなち)乾(かは)かし矢(や)を揃(そろへ)て是を射(い)る竜(りやう)はよく霊(れい)に通(つうず)る 物なれば身(み)を飜(ひるがへ)して一たび揺(ゆる)げば忽(たちまち)空(そら)かき曇(くも)り雨風(あめかぜ) しきりに吹(ふき)降(おち)て雲(くも)を半空(なかぞら)に騰(のぼ)し三百人の武士(ぶし)みな池(いけの) 中に捲(まき)入 雷(なるかみ)電(いなつま)三日まで止(やま)ず帝(みかど)是より病(やまひ)を受(うけ)て遂(ついに)崩(ほうす)  趙弼(てうひつ)評(ひやう)して曰(いわく)四霊(しれい)の物 竜(りやう)より霊(あやしき)はなし能(よく)幽(かすか)に能(よく)明(あきらか)に大小に  変化(へんくわ)し飛騰(とびのぼること)量測(はかりしる)べからず故(かるがゆへ)に升(のほり)降(くだる)之(の)際(あいた)雷電(らいでん)風雨(ふうう)其(その)神異(あやしき)を助(たすけ)  雲気(うんき)晦瞑(くらく)山嶽(やまだけ)形(かたち)を失(うしな)ひ江河(ゑかわ)泛(うかれ)溢(あふれ)波涛(なみ)震(ふるひ)蕩(たゞよふ)孰(たれ)か能(よく)これに  近付(ちかづか)んや若(もし)擾(なれ)養(やしなひ)すべくは牛(うし)馬(むま)と異(こと)なる事なし必(かなら)ず時(とき)に或(ある)ひは  異物(ことなるもの)竜(りやう)の形(かたち)に肖(に)たる者(もの)あつて故(かるがゆへ)にこれを養(やしなふ)事を得(ゑ)たる歟(か)吾(われ)は  信(しん)ぜずと或(ある人の)曰(いわく)然(しか)らば三百の武士(ぶし)竜(りやう)のために池(いけ)中に捲(まき)入られしと  云(いふ)も非(ひ)なるか散人(さんじん)が曰(いわく)是は竜と云(いへ)るを以(もつ)てかくの如(ごと)く勢(いきほひ)を書(かけ)り  文勢(ぶんせい)と云もの也今 画工(ゑかき)の竜を象(かたと)るに四足(しそく)に火炎(くわゑん)を画(かく)も勢(いきほひ)を写【左ルビ:うつす】筆勢(ひつせい)也 【両丁 挿絵のみ】 【右丁】 伊尹(いいん)は元(もと)莘(しん)と云所の農民(のうみん)なりしが成湯公(せいとうこう)其 賢才(けんさい)なるを知(し)り召(めし)て これを用(もち)ひ夏(かの)桀王(けつわう)を伐(うつ)桀王(けつわう)大 勇(ゆう)にして責(せむ)ること能(あた)はず伊尹(いいん)十(じう) 面(めん)埋伏(まいふく)の謀(はかりこと)を成(な)し遂(つい)に桀(けつ)を亡(ほろぼ)し成湯(せいたう)を帝位(ていゐ)に即(つけ)其後(そのゝち)湯王(たうわう)の 孫(まご)大甲(たいかう)位(くらい)即(つき)て無道(ふたう)なりければ是を桐宮(とうきう)に廃(はい)して諸侯(しよこう)とし 伊尹(いいん)政(まつりごと)を摂(せつ)【左ルビ:とる】すること三年大 甲(かう)過(あやまち)を悔(くや)み仁義(じんぎ)に遷(うつ)るゆへ又大 甲(かう)を天子(てんし)とす ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 伊尹之像(いいんのざう)    賛 ̄ニ曰 維-尹未 ̄タ_レ遇(-) ̄セ耕 ̄ス_二於有莘 ̄ニ_一《振り仮名:嚚-々|チン〳〵》 ̄トシテ自-得 ̄ス尭舜 ̄ノ君民三 ̄タヒ使 ̄ム_二往 ̄テ聘 ̄セ_一幡-然 ̄トシテ而起 ̄テ 五 ̄タヒ就 ̄テ五 ̄タヒ反 ̄ル推壑若巳 嗣(ツク)王不_レ恵亦子 ̄ヤ之 辜(ツミ)克終允徳可以托孤 【左丁】 殷(いん)の高宗(かうそう)字(あざな)は武丁(ぶてい)一夜(あるよ)御 夢(ゆめ)に白髪(はくはつ)の翁(おきな)ありて政(まつりごと)を弼(たす)け良(よく)天下 治(おさめ) しと見(み)たまふ覚(さめ)て後(のち)其 翁(おきな)の皃(かたち)を絵(ゑ)に画(かゝ)せて此 図(づ)に似(に)たる人を 尋(たづね)て召来(よびきた)るべしとて国々(くに〴〵)を周(あまね)く求(もとめ)しめたまへば果(はた)して版築(はんちく)の間(あいた) に一人の翁(おきな)ありけるが絵図(ゑづ)を合(あわ)せ見たりしに少(すこし)も違(たか)はず帝(みかと)よろこび 召(めし)出され此人を用(もちひ)て政事(まつりこと)を行(おこな)ひ給ふより天下大に治(おさま)りける ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー    賛曰 身 蘊(ツヽミ)_二綸 ̄ヲ_一隠 ̄ル胥-靡 ̄ノ中 ̄チニ_一実天 生(ナセリ)_レ徳 ̄ヲ聖 ̄ヲ自神-通 ̄ス作(タツテ) 相(タスク)_二商 ̄ノ邦 ̄ヲ_一啓(ヒラキ)-_二沃(ソヽキ)宸-衷 ̄ヲ_一為(ナス)_二霖 ̄ヲ一-代 ̄ニ_一万-古長-風 【右から横書き】 傅(ふ)説(ゑつ)之(の)像(ざう) 【右丁】 殷(いんの)紂王(ちうわう)妲己(だつき)を寵愛(てうあい)し婬宴(いんゑん) を楽(たのしみ)て政事(まつりこと)に荒(すさ)む其時 雲中子(うんちうし)と云 道士(だうし)分野(ぶんや)をみるに 妖気(ようき)あり怪(あやしみ)て照魔鏡(せうまきやう)に 向(むかひ)て是を見れば九(きう)尾(び)【左ルビ:を】 の老狐(ふるぎつね)帝宮(ていきう)にあり 雲仲子(うんちうし)の曰(いわく)吾(われ)此 邪魅(じやみ)を 除(のぞ)き国民(くにたみ)を救(すく)はんと 則(すなはち)山に入千 年(ねん)の枯木(こぼく) を取(とり)て一つの剣(けん)を作(つく)り 紂王(ちうわう)に献(たてまつ)り今 妖気(ばけもの)宮殿(ごてん)に 蔵(かく)る此 宝剣(ほうけん)を帯(おび)給はゞおのづから 退(しりそ)き去(さる)べしと王(わう)喜(よろこん)で是を帯(おぶ) 妲己(だつき)が曰 妾(われ)本(もと)より深(ふかき)閨(ねや)に生長(そだち) て剣戟(つるぎ)をみれば心 驚(おどろ)き病(やまひ)をなす 是は雲中子(うんちうしか)邪術(じやじゆつ)をもつて我(わ)か王(わう)を迷(まよ) はすなりと王 則(すなはち)木剣(もくけん)を焼捨(やきすつる)夫(それ)より 悪行(あくぎやう)日々(ひゞ)に増(ま)し終(つい)に紂(ちう)王亡(ほろ)びける 【挿絵中の文字】 雲仲子(うんちうし) 【左丁】 太公望(たいこうばう)姓(しやう)は呂(りよ)名(な)は尚(しやう)と云(いふ) よく天文(てんもん)地理(ちり)を明(あき)らめ 軍法(ぐんほふ)に達(たつ)し聡明(さうめい)叡智(ゑいち) なれども時(とき)に遇(あわ)ず家(いゑ)極(きはめ) て貧(まづ)し殷(いん)の紂王(ちうわう)が悪(あく) 行(ぎやう)無道(ぶたう)なるを避(さけ)て周(しう)の 文王(ぶんわう)の地(くに)へ徒(うつ)り磻溪(はんけい)と 云(いふ)所(ところ)に住(す)み釣(つり)を垂(たれ)て世(よ)を 渡(わた)り道(みち)を曲(まげ)て仕(つかふ)ることを 求(もと)めず不義(ふぎ)の富貴(ふうき)を願(ねが) はず清貧(いさぎよき)を楽(たのし)む妻(つま)を馬氏(ばし) と云(いふ)その貧苦(ひんく)に堪(たへ)かね離(り) 別(べつ)すべしと云 呂尚(りよしやう)の曰(いわく)我(わが)年(とし) 八十になるならば必(かなら)ず世(よ)に出(いて) 汝(なんぢ)等(ら)を安楽(あんらく)ならしめむ 【右丁】 今(いま)しばらく時節(じせつ)を待(まつ)べしとて毎日(まいにち)海浜(はまべ)に出て魚(うを)をつる一(ある) 日(ひ)妻(つま)餉(ひるめし)を持(もち)行(ゆき)私(ひそか)に籃䉪(うをかご)を見るに魚(うを)一つもなし他人(たにん)は多(おゝく) 魚(うを)を釣得(つりゑ)たるにいかなれば籠(かご)の空(むなし)きぞとて其 釣竿(つりざほ)を取て みれば鉤(つりばり)【鈎は俗字】を曲(まげ)ず直(すぐ)なる針(はり)にて餌(ゑば)もなし妻(つま)怒(いかり)て曰(いわく)今(いま)まては 御身(おんみ)賢才(けんさい)有といへども時(とき)に遇(あは)ざると思ひしが此 鉤(はり)を見て御 身(み) の愚昧(おろか)なることをしれり早(はや)【里は誤】く離別(りべつ)して旧里(ふるさと)にかへり老期(らうご)を心 安(やす)くすべしと云 呂尚(りよしやう)の曰(いわく)我(われ)飢(うへ)て死(し)す共 心(こゝろ)を曲(まげ)て科(とが)なき物を取(とる) 事を好(この)まず直(すぐ)なる鉤(はり)にかゝるは天命(てんめい)の尽(つき)たる魚(うを)なれば取て生(なりわひ) とすべし又 西北(にしきた)の方(かた)に当(あたつ)て奇瑞(きすい)なる雲(くも)あり三年の内必す 王侯(わうこう)来り我を迎(むかへ)給ふべし其時 汝(なんぢ)を栄花(ゑいぐわ)ならしめて今(いま)までの 困苦(くるしみ)を報(ほう)ずべしとてさま〴〵にさとすといへども妻(つま)真(しん)ぜず 先(さき)に御身(おんみ)八十に及(およ)ばゞ世(よ)に出(いづ)べしと云(いひ)たまへども今に富貴(ふうき) 来(きた)らず我(われ)すでに老(おひ)極(きわま)りたとへ死期(しご)に富貴(ふうき)になりたり とも何(なに)の楽(たの)しむ事あらんと云 呂尚(りよしやう)の曰(いわく)時(とき)至(いた)らばかならず運(うん) を開(ひら)くべし其時 汝(なんぢ)くやむべし妻(つま)聞(きゝ)入ず袖(そで)を払(はら)ふて去(さ)る 【左丁】 周(しう)の文王(ふんわう)一夜(あるよ)夢(ゆめ)に一の 熊(くま)東南(とうなん)より飛(とび)入 側(かたはら)に 侍(はんべ)るに百官(ひやくくわん)みな拝伏(はいふく)す と見給ふ覚(さめ)て後(のち)群臣(ぐんしん) に問(とひ)たまふ散宜生(さんぎせい)が曰(いわく) 熊(くま)は良獣(りやうじう)【左ルビ:よきけもの】なるに飛翼(つばさ)を 生(しやう)ずる事は是わが公(きみ)賢(けん) 相(しやう)を得(ゑ)給ふべし座(ざ)の側(かたはら) に侍(はんべ)り百 官(くわん)拝賀(はいが)するは 君(きみ)の左右(さゆう)に相(しやう)たる者(もの)也 公(きみ)よろしく東(ひがし)南(みなみ)に猟(かり) して賢人(けんじん)を求(もと)めたまへ 文王(ぶんわう)の曰(のたまはく)夢(ゆめ)なんぞ信(しん)ず るにたらん宜生(きせい)がいわく むかし商(しやう)の高宗(かうそう)は夢(ゆめ)に 良弼(りやうひつ)【左ルビ:よきたすけ】を見て其(その)賢人(けんじん)の 【右丁】 相(さう)を絵図(ゑづ)に画(かゝ)せて遍(あまね)く天下を求(もと)めたまふに果(はた)して傅説(ふゑつ)を 得(ゑ)給へり我公(わがきみ)ゆめを軽(かろ)んじたまふ事なかれ爰(こゝ)におゐて 文王(ぶんわう)大によろこび文武(ぶんぶ)の諸臣(しよしん)と共(とも)に東南(とうなん)に狩し給ふ に賢人(けんじん)に逢(あい)たまはず散宜生(さんぎせい)が曰(いわく)むかし湯王(たうわう)の伊尹(いいん)を莘(しん) 野(や)に聘(とひ)給ひし時も三たび至(いたり)て後(のち)に出たり我君(わがきみ)賢者(けんしや)を 得(ゑ)んとおぼしめさば潔斎(けつさい)してふたゝび行(ゆき)たまへかならず 賢人(けんじん)に逢(あひ)たまはん文王の曰(のたまは)く宜生(ぎせい)が言葉(ことば)わが意(こゝろ)にかな へり古人(こじん)君子(くんし)の郷(さと)に入るに車(くるま)を枉(まげ)て式(しよく)すといへり賢(けん)を うやまふの礼(れい)疎(おろそか)にすべからずとて斎戒(ものいみ)して又 磻溪(はんけい)に 至(いた)りたまひ呂尚(りよしやう)にまみへ其 姓名(せいめい)をたづね給へば呂尚(りよしやう)姓(しやう) は姜(きやう)名(な)は尚(りよ)【呂の誤ヵ】字(あさな)は子牙(しが)又 飛熊(ひゆう)と号(がう)すと文王(ふんわう)のたまはく飛(ひ) 熊(ゆう)夢(ゆめ)に入しは此人なりとて車(くるま)に乗(の)せて朝(てう)にかへり給ふ       四之巻終 【左丁 見返し 文字無し】 【裏表紙】