散花養生訓 天敷保 幼妊前 仁獣  御蒙    縁富 【右開き】      松山藩 石井喜太郎 うゑもせぬたねこそ身そはおひ はけれ おひすそいれいもうゑましものを いし敷ん きへかねに なくおそ   たねとり そめし けるき   えひする うゑぬせと つ長       同藩 西村弥四郎 【左開き】 散花養生訓   【印】 【印】 松山   池内蓬輔 記   /総論(そうわけ) 嘉永二年の/夏和蘭船腐来(おらんだぶねもちわたり)しより今に/至(いた)つて七 年の間/各国(くに〳〵)/行(おとすのわ)るゝ/種痘(みふうそう)は/牛痘(ものふうそう)の/苗(たね)にて/古(ふる)く行 ひ来りし/人痘(はやりほうそう)とは苗の/元素(おゝもと)大に異なり人痘の 苗にて/種(うゆ)る/法(はう)/数(かづ〳〵)術有りといへとも/危■(あやうきこと)たくゆ へにて牛痘法/始(はじまり)より/絶(たつ)/行(おこの)ふ人なし/此(この)牛痘法は 一人も/命(いのち)を/誤(あやま)とす/麻面(じやぎ)/崎醜(かたわもの)となしず/古今(こゝん)の妙 【右開】 術なり/医(い)法の中にも/痘(ほうそう)に/鈎(かぎ)らす/妙術奇法(みようじゆつきほう)と/唱(い■) る法はたくあれども此法に及ふ法なしいかな る妙術奇法といへども一人に功あれば一人に /害(がい)あり一病に/得(え)る事あれば一病に/失(しここない)あり/百的(ひやくまんが) /百中(ひやくまん)の金功をうること/能(あた)わに/故(ゆへ)に此年痘法は 古今/無二(ふたつなき)の法なる事を知るべし其無二の法な る事を/一諸條/深(ふか)く/感(かん)じ玉ひて/厚(あつ)き/仁恵(おめぐみ)より和 蘭人に/嘱(おせつけ)られて痘苗を/貢船(もちわた)り/皇国(につほん)の/重宝(たから)と なりきち/其由来(そのゆらい)は既に/芸州(あきのくに)の/種痘家(うつて)宅氏の/著(あじわ せる/引痘喩俗草(こへぼうそうさとしぐさ)と/云(い)へる/小丹子(こざうし)に見えたり/其(その) 【左開】 /略(りやく)に/曰(いわ)く此引痘の種は/元来(くわんらい)/西国(さいこく)の或る御大名 の御骨折りにて和蘭より御取奇に相成それを其 /姫君(ひめぎみ)にうゑさせ玉ひへ其種を末くへ下された 事より日本国中に/弘かりたるものなり種とい ふは/即(すなわ)ち/発出(はついで)たる/痘(ほうそう)の/良漿(よきうく)なり/巳(わ)が子も人の この漿を種として/大厄(だいやく)を/逃(のが)れたれは又人の子 にも巳が子乃漿を伝うべき道なり/旦(そのうえ)是を/採(とり)て 一切/害(さわり)にならぬ物なれば醫もそれを/採(とり)/伝(つた)へて /始終(しじう)たえぬ様にする事なり万一その子に/毒(どく)な どありて種にならぬもあればとりて人々に傳 【右開】 ふる程の/良漿(よきうみ)ならばその父母/喜(よろこ)び/勇(いさ)むべき事 なるに中には/可愛(かわい)子の漿を/破(やぶり)り/採(と)ることは醫 にもさせぬなど/理不尽(りふじん)に/伝(つひ)て種の/絶(たへ)るを/気毒(きのどく) にも思はぬ人なり是は/人情(にんじやう)も/恩儀(おんぎ)もしらぬ人 なり其上是を/採(とり)て為にならずば/高貴(たつとき)御方は猶 更末々へ下されぬはつ醫も亦せぬ筈なり是等 を/考(かんがへ)見るべしとあるを見ては共に恵のありが たき事/言語(ことば)に/尽(つく)し/難(がた)し共/訳(わけ)も知らず/疑心(うたがい)を/離(はな) れす/種々(いろ〳〵)の/悪説(わるくち)を/流布(いいふら)し/婦女子(おんなこども)を/迷(まよ)わす事/実(しら) に天下の大/罪(とが)人/其罪(そのとが)/其身(そのみ)に/帰(むくい)て/終(つい)に/自然(しぜん)の/道(どう) 【左開】 /理(り)に/因(より)て/愛(かわゆき)子を/天痘(はやりほうそう)の/為(ため)に/矢傷(とられる)する人少から ず/恐(おそ)れ/謹(つゝし)むべし    /種日法(うへびのわけ) ○/種痘(ほうそう)を/乞(こ)ふ父母の心得べきは先つ/種(う)へ/日(び)に /携行(つれゆ)き/受痘(うへてんらい)しより/第四日(よつかめ)に/当(あた)る/早朝(そうちよう)/携(つれ)行き/見(ほみ) /苗(せ)の/現況(もよう)を/質(ただ、みてもらい)し《割書:真痘の見苗なれば此日より心まか |せに/吉幣(おしめ)を/強(はり)て/其役(ぎしき)の如くす 》 又/第七日(なゝぬかめ)に携行きて/起帳潅膿真急假(やまあけほんられよしあし)の/鑑定(みわけ)を/乞(こ) ひ/旦漿(そのへたね)/乞(このま)るゝ時は/快(こゝろよ)く漿を分つべし三宅氏 も/伝(いへ)る如く/鎖少(すとしも)/害(さわり)ある事なし 予も /七年来(しちねんらい)/数百(かずの) /児(こども)に/試(てくろ)むれども一人害あるを/曽(かつ)て/見聞(みきく)せす然 【右開】 ども其漿を採るに/定法(おきて)あり/譬(たとへ)は/五顆(いつか)ある者は /二顆(ふたつ)の/外(まか)採るものにあらず/不塾(てるんぬ)の/醫(こへて)は五顆/盡(□□) く採ると言へども五顆豊く漿を採りては/防痘(うえほうそう) の/功(しるし)少なし/何(なに)ゆゑに防痘の功少なしと言へば /八九日前(ほんうんのまえ)に/掻(か)き/破(やぶ)れば/再剃(さへなをし)するものゆゑ其功 少なし故に種痘を/托(たの)む/醫(い)は/格別(かくべつ)に/選(えらん)んで托む べし/鎖術(さゝいなさぎ)の/様(よう)に見るゆれども/種法(うへかた)/鑑定(みきわめ)ともに/口(く) /諸(でん)もあり且つ/語強(ていほへ)もたからざれば真仮の鑑定 に/窮(こま)る事少なからず其種術鑑定強/正(ただ)しから ざれば年痘を種ゆへどもるとい再痘すまじき 【左開】 に/非(あ)らず次の/條(くだり)に真痘の/一端(はしくれ)を/挙(あげ)て/世(せけん)の/迷(まよい)を /解(と)く/聊(すこし)の/助(たすけ)に/備(その)ふ/世(よ)のひと/何(なに)ごとも/是死(よしあし)を正さ ず/驚(おどろ)くべからざる事に驚き驚くべきに驚かず 再痘したと/言(いふ)其/元(もと)を正さず/漫(みだ)りに種痘は何に もならずものにて/彼(うしと)にも再痘したり/此(こゝ)にも再 感せり/刻(あまつ)さゑ痘を種て后天痘に/染(うつ)るときは/悪(あく) /痘(とう)が/発(でき)て死したり又種痘すれば/夭札(わかじに)する/等(るど)の /空言(うそ)を/信(まこと)にし/狐疑猶予(うたがいみあさす)内に天痘に罹り/終(つい)に取 りがゑなき/一子(ひとりで)を失ひ/後悔(こうくわい)するを見るに/忍(しの)び ず世人は/笑(わら)ふべけれども/遠慮(えんりよ)なく/嬰児(こども)を見る 【右開】 /毎(たび)に種痘せしめよと/強(しい)て/動(すく)むなり種痘中醫 の/誤(あやま)り或は父母の/杜撰(そまつ)より/合併(かふめい)と言て種痘と 天痘と/一時(いちじ)に発する事なり此痘を世人再痘と 言ふ再東井にわあらず合併/或(あるいは)/兼痘(けんとう)と言ゑる/症(たち)な り再痘と言るものは種后十五日の/経過(うんあわせ)/恙(さわ)りな く痂も落て后天痘に罹らば是れ/全(まつ)く再痘なり 其症あることを/未(いま)だ/聞(き)かず/知(し)らず/醫(い)の不熟か /虚悦(うそ)かよく〳〵吟味あるべし/尚(なを)世人/何(いつれ)を/聞(き) き/誤(あやま)りたるか小児/生(うま)るゝ其年は痘に/感(かん)ぜぬも のなどの空言うを信じ種痘の/訳(わけ)を信じながら/種(うへ) 【左開】 ずして流行痘を感じて死するを/毎次(おり〳〵)見聞きせり 小児/生下(うまるゝ)四五十日を/経(すぐ)れば/種(うゆ)べし空言に迷ふ べからす必らず予が/億悦(ひがこと)に非ず和蘭に/於(おき)て此 の如き種法なる事/引痘諸書(かへぼうそうのほん)に/見(みへ)たり痘を種て 真痘を/得(ゑ)て十五六/若(もし)くは十七八にちを/経(すぎ)る/迄(まで)は 天痘を恐るゝ事/疫病(ぐえき)を恐るゝ如くすべし/其(その)体(からだ) の等を/感(う)ける/感受力(かんじゆりよく)と言るもの/全〳〵(じゆぶんに)/脱(ぬ)けず 《割書:委しくは種痘|小言に見たり》天痘の/毒気(どつき)は風につれ又は/衣裳(きるい)に/染(つき) て五里十里の/遠路(ゑんはらう)も飛ひ行きて人に/伝染(うつる)もの なり/古人(こじん)も十五日を過るまでは合俗をおそるゝ 【右開】 る実に疫病を/遁(よけ)るが如くす   /真痘弁(しんとうのわかち) ○真痘の/次序(したい)は種日より第三日の夜又は四日 の朝に至つて/蚤(のみ)の/咬(かみ)たる如く/淡紅色(はなりあかく)に/顕(みへ)るは 真痘の/見苗(ほみせ)なり 《割書:種る翌日大豆大さに赤く腫れ|上るは仮痘の見苗なり》/夫(それ) より経過して第八区日に至れば満漿(けんうれ)して/葡萄(ぶどう) のよく/熟(うれ)るに/似(に)て痘の/周囲(まわり)に/紅単(こうこん)とれ赤き糸 の如く/輪(わ)を/廻(まわ)し痘の/頂(いただ)き少し/凹(くぼ)み流行痘の /面部(かほ)に/四五(よついつゝ)顆を発したる/善痘(ぜんとう)に異ならず又九 日十日に至れば/掀衝(きんしやう)とて/一様(つつたり)に痘と痘との間 【左開】 赤く/腫(は)れ《割書:いわゆる|じばれなり》/脇下(わきのした)腫れ/面色埃淡(かほいろあをざめ)て/心中(きげん)/爽(さわや)か ならず/熱(ねつ)の/発作(でいり)ありて/天紙(うすれいき)によりては/頭痛(づつう)/吐(と) /瀉(しや)又は/不食(ふしよく)すること有り/是(これ)真痘の/徴候(しるし)なり/仮(か) 痘(とう)には此の如き/諸症(わずらい)なし/若(も)し仮痘なれば/幾度(いくたび) も/種直(うへなを)すべし真痘といへるものは其/年齢(としかす)によ りては/一点(いつてん)まても諸症/備(そなわ)るときは種痘の/功(さるし)あ ることなりたとへ/数点(かず〳〵)/発出(てきる)とも/真仮分明(よきわるきたゝか)なら ざる時は其功なし故に携れ来る/日記(やくそくに)は/風雨寒(あめかぜあつさ) /暑(さむき)/多事匁肥(いそがわしき)/且(か)つ/遠近(とをきちかき)をゑらばず種痘醫の家に 行こと是父母たるものゝ/専務(うんよう)なり尚種痘中は 【右開】 /食傷風邪(しょくたりかぜひき)/其他(そのほか)を発せざると/夜分(やぶん)掻き破らぬ ようとに心を/配(くば)る事是又油断あるべからず天 痘の如く/昼夜看病(よるひるかいほう)の/苦(くる)しみもなく/神佛(かみほとけ)を祈り 或は大金を/費(つい)やす等の/配慮(いんぱい)なければ/乳児(ちのみご)は母 の/食物(くいもの)を/淡簿(さかりとしたもの)にし十二日の間は/堅(かた)く慎むべし /乳(ちゝ)汁の/性(あじ)を/変紋(かわら)し其乳汁を/嚥(の)ましめば其児/種(いか) 引の病を発する事ありて痘に/拘(かわ)なぬ症にて命 を/検(そん)ずるあり古人のいへるにも/人命(じんめい)は/朝露(あさつゆ)の 如く/危(あやう)きものにて/無病(つね〴〵)平全の時と/雖(いゑ)ども何ん 時病を発して死すましきにも非らずいわんや 【左開】 種痘中/他病(ほかごと)にて死るも婦女子は種痘のゆゑと 疑心を/起(おこ)し/悪評(わるくち)を流布して此の/良法(りようほう)を/汚(けが)す事 少なからす   /禁戒(いみごと) ○/種后(うつてのち)/風呂(ふろ)に/浴(い)る事/先輩(せんせいだち)の/法悦(かんがく)ありて/適不適(よしあし) あれども/過半(たいてい)/浴(いら)ぬ方/宜(よろ)しく/半身浴(はんしんよく)とて/腰以下(こしよりしも) を/四時(なつふゆ)とも/洗(あら)ひ/其他(そのほう)は/手巾(てぬぐい)にて/拭(ぬぐ)い/置(お)くべし /随痘(なちにより)其人に/指揮(さしず)すべし ○/剃髪(さかやき)は種后/五六日(いつゝむやう)の/間(うち)は/害(さわり)なし七八日より /濃熱(のうねつ)とて熱を/発(おこ)すゆく十二日の后/剃(そ)るべし 【右開】 ○/灸火(やいと)は種后宜しからず十二日の后すゆべし 元来灸火の/効用(こうのう)は/衝動(しやうどう)とて/筋肉気血(そうしん)を/動(うご)かし て病を/治(なを)すものゆゑ/症(たち)によりては大小害あり 十二日の后すゆべし ○/衣類(きもの)は/寒辺(かんちう)といへども/法外(ほうぐわい)の/重服(かさねぎ)は宜しか らず/近時(ちかころ)/行(はや)る/筒袖(つゝそで)《割書:一に鉄他袖と|いゑるもの》/痘中(うへてのち)甚だ/不便利(ふべんり) なり/年常(つね〳〵)といへども嬰児には/不養生(ふようじやう)の/服(きもの)なり 用ゆべからず ○/禁食(どくいみ)は/用飲膳(まいにちそへもの)に/供(そなへ)るの/品(もの)甚だたし/盡(ても〳〵)く此 に/書記(かきしる)す事/能(あた)わず/漸(やうやく)く/二三品(すこしばかり)を次に/記(しる)せりは 【左開】 とも/其(その)/天賦(うまれつき)と/貴賤(うへ〳〵しも〴〵)/都(みやこ)鄙(いなか)との/少差(ちがい)もあれば委し くは醫に問て用ゆべし  /青色(あをいろ)の/魚類(うをるい) /脂肪(あぶら)/多(おゝ)き/魚鳥(うをとり)又/獣類(けだもの)の/肉(にく)  /塩蔵(しほくら)の魚鳥 /総(すべ)て/難消化(こなれにく)き/食物(くいもの) 油酒  /酸味(すのけ) /餅(もち) /烏賊(いか) /章魚(たこ) /海老(えび) /蒟蒻(こんにやく)  /南瓜(かぼちや) /茸類菓(たけるいなり)ものゝ/諸品(るい)善悪あれども惣て  食せざるべし/豌豆蚕豆(えんどうこやまめ)の/二品(ふたつ)/大害(だいどく)あり痘  に/痒(かゆ)みを/生(おこ)して十に八九は掻き破るなり  /落痂(うわおちこ)の后も/暫時(しはらく)食すべからず/摩蛹(たゞ)れて/痘(あ)  /痕(と)久しく/乾(かわ)かざる事なり是予が経験す 【右開】 事/所(ところ)なり ○/神祭(まみまつ)りは/醫(い)法にあづからぬ事ゆへ其心に/任(まか) すべし種痘は/一切(いつせつ)/忌憚(いみきらい)なきを妙とす只/痘漿(たね)の 善悪に/因(より)て痘の/染不染(つくふかぬ)あり/故(ゆへ)に種痘に/念(こゝろ)ある 人は醫の/動(すく)むる時は前に言る如く/大凡(たいてい)の/差(さ)し /合(あい)は/捨(す)て/置(おき)て/種(う)ゆべし惣て種痘醫は漿の/続(つい)く を/専(もつぱ)らとし/棚(あわれと)/塩(おけふ)の/術(わざ)を/行(おこな)う/心(こころ)上より/嬰孩(えどりご)を/愛(あい) する事/親疎(しんそ)の/別(わかち)なく/当(しかも)/大陽(にちりん)の/六合(せかい)を/照臨(てらし)たも ふが如とし 散花養生訓 終 【左開】 ○此の/散花養生訓(かへそうそういやうじやうくん)は種痘中/摂生(やうしやう)の/次第(くわい)を 問るゝに/人毎(それ〳〵)に答るに/迎(ひま)あらず且つ/言語(いふこと) は/聴聞(きくように)の/間(より)/誤(あやま)りなき事能わず故に/至要(うんよう)の 一二言を/綴(つゞ)り/傍(かたわ)ら/答訓(こたへ)の/労(めんどう)も/劣(はぶ)くが為に /木(はん)に/上(ほり)し/家塾(いへ)に/蔵(おさ)めり必ず公にするに非 らず尚種痘の/委曲(くわしきこと)は予が/耕(つヾ)り/作(な)す/種痘(しうとうせう)に /言(げん)に見へたり/他日(ちか〳〵)/夜々梨(はんにほること)を/果(はた)さば諸君子の 槃生を希ふと伝 角  安政二年未巳外秋日 散花堂施印