【表紙題箋】 絵本時世粧  乾 【丸印の押印】 【表紙右下に整理番号のラベル】 JAPONAIS 632 1 【整理番号のラベル】 JAPJAPONAIS 632 1 【下部に手書きで】 D■■ F605 東都《割書:式亭三馬閲|歌川豊国著》【角印】《割書:千里評判|不許押■【「売」カ】》 画帖(ゑほん) 時世粧(いまやうすがた)《割書:全|二》        《割書:冊》  司馬 甘泉堂開鐫 【印】   ならの葉(ハ)の名におふ宮(ミヤ)の集(シフ)をはしめにて。神楽(カグラ)催馬楽(サイバラ)。はた 古今集の国哥なとは。国民(クニタミ)の云(イヒ)はやせることくさを。えらみ出たる 物とこそ聞つれ。さらは今もなほ馬追(ウマヲヒ)の小室(コムロ)ふし。船長(フナヲサ)の船哥 やうのうたひものを撰(ヱリ)なは。万をもてかそふともつきせし。こゝに ものせる時世粧(イマヤウスカタ)てふふみは。たときよりいやしきまて。あるとある女(ヲナ)の かたち。よしあしのさまを。空(ソラ)みつやまと画(ヱ)にうつし。とりかなくあつま 錦(ニシキ)に。すり出たる物にそありける。そがはしつかたに。うた人の口■【「ま」カ】なひ して。つたなきかんな文 ̄ミ つゝるとも。あなおこかましと人わらへならむも。 なまよみのかひなきわさなれは。いたつらに筆をはするもほいには あらしと。あまさかるひなの詞。むくつけくいやしけなるさまを。一つ ふたつひろひとりて。いとくちのことはとはなしぬ。やことなき簾の うちの御わたらひには。なか〳〵にしろし石めきまこそ猶ゆかしけれ こはいにしへふりのうたよみすなる。万葉体(マンエウテイ)のくちまねにして。 間合(マニアフ)ふりともおもひ給へかし。   しき亭の翁かいふ        序 絵(ゑ)の事(こと)さあ。素(しれへ)を後(のち)にするだあちふ。うらあ。 はあ。しらぬこんだども。物しりの。おんぢいたちの。 咄(はなし)さあで。ちくとんがくい。聞かぢり侍(はべ)る。それさ 中にも。倭画(やまとゑ)ちふものは。もの。菱川(ひしがわ)の氏(うぢ) より。おつ始(ぱじめ)て。西川の流(ながれ)。ふたつさ。わかれてより。 物(もの)さ。うつ換(かは)り。星(ほし)のう。がら。うつりて。あに はあ。今時(いまどき)の。お画工(ゑかき)どのは。げへに名人(めいじん)だあ から。其名の高(たか)きことは。譬(たとへ)て見べいなら。 冨士(ふじ)の山のすてつぺんから。てんぢよく【高いところ】の雲(くも)の 上(うへ)さまで。突抜(つんぬい)たるが如(ごと)し。もの。哥川の 豊国せなが。たくみ出(でへ)て。あらゆる女子(おんなご)の容(すかた) さ。物して。あんだがな。かだがな。【どうしたわけか】ゐろゐぎやう なる。ふと【「ひと=人の訛った語か】のかたちの。書(けへ)つけて。うらにて 見ろて。こされぬるにぞ。おつぴれ【左に「開」と傍記】へ見るに おやつかな。うつたまげはてたる。ぎつぱ【「立派」の訛り】に ぞありけるおふとがら。べらつきのう。引(ふつ)はつ たる。おじやうさあのあれば。おしやらく【江戸時代、宿駅などにいた売春婦】たちの。 じよなめける【派手に着飾り媚態をふりまく】ありさま。なか〳〵に。めましろき【めまじろき=まばたきをすること。また目くばせをすること】 もならず。これを。給じやうしに。とぢべもの ならば。いか。なぐさみになるべものをと。気(き)い つけぬるにぞ。豊国せなごも。ぼのくぼ【「ぼんのくぼ」のこと】の。 づでんどから。かがとの。うつぱづれまで。ぞう。 〳〵して。われ。さう思ふだら。うらも。その しむてい。だあによて。あじよにも。かじよにも。【どうにもこうにも】 たのみまうすこと。さちに。しめゝ【左に「神明前」と傍記】なる。 せいち【左に「泉市」と傍記】のおやかたどのに。さつくれべちふ ものしてけるが。あんぞ。名のりのある べい。あんちうことが。よかつ。ゐがな。ものしりの ふとに。きくべがな。など。やきもきとすう を。うらあ。はたから見(み)てべいも。居られ まうさねば。ふとつ【「ひとつ」の変化した語】。ひたつ【「ふたつ」の変化した語】。口(くち)のう。さん 出(で)へて。あにはあ。ずうさこは。ござんねへもの いまやうすがたが。よかつぺとて。そのまゝ くつつけて侍る。みんなが。見てくれせへよ もの。こな。ゑじやうし【左に「絵草紙」と傍記】を。見てくれせへよ こな。ゑじやうしをといふ          しき亭の翁            さんば【ひらがなで落款風に書いている】      《割書:万葉体(まんえうてい)の詞(ことば)は俗物(ぞくぶつ)にわからず骨を折て書(か)くに及ばず|とくにもわからぬ事を書(かく)ばあづまなまりのどさことば【濁って卑しいことば、とくに東北弁をいう。転じて田舎言】は》 《割書:わからぬうちに一奥ありアントおんぢいそうだんべいがゝのんし|                門人 楽山人馬笑書》 面開春月満 眉株遠山斜 一笑既相許 何須羅扇遮 【文字無し】                      歌川豊国作 女は髪(かみ)のめでたからんこそ人のめたつべかめれ人のほど心ばへ などは物いひたるけはひにてそ物ごしにもしらるれことに ふれてうちあるさまにも人の心をまどはしすへて女のうち とけたるいもねず身をおしとも思ひたらずたゆべくもあら ぬわざにもよくたへ忍ぶはたゞ色を思ふが故也まことに 愛著(あひちやく)の道(みち)その根(ね)ふかく源(みなもと)とをし六塵の楽顔多 しといへともみな厭離(ゑんり)しつべし其中に只かのまどひ のひとつやめがたきのみぞ老(おひ)たるも若(わか)きも智(ち)あるもおろか なるもかはる処なしと見ゆるされば女のかみ すちをよれる綱には大象もよくつながれ女の はけるあしたにて作れる笛には秋の鹿かならす よるとぞいひつたへ侍るみづからはいましめておそる べくつゝしむべきはこのまどひ也とはうべなるかな ならびが岡のしれものが詞にもとづきて鴉の真似 する鳥にあらでにくまれ口にひとつふたつ女の 身のうへをそれかれとなくかいつくるにたつとき 宮仕(みやつか)へする人〳〵はさらにもいはずはたしも つかたといへどもこと〳〵くはいひもつきざればその あらましをいはゞ奥勤(おくつとめ)の女中さま〴〵あるが中 にもはしたなどいふものはわづかの取替を得 て万の事も自由ならす青梅(あをめ)桟留(さんとめ)の古着(ふるき)などを 此うへもなき綺羅(きら)と心得 打敷(うちしき)の裂(きれ)ともいふべき裾(すそ) 模様のこま裂(ぎれ)を寄割(よせわり)にいれたる帯をやの字に 結びもみの細(ほそ)ぐけは襷(たすき)と腰帯とにふりわけ常(つね) に頂(いたゞき)物をねらひ落(おと)さんと欲(ほつ)して仲間の突合(つきあい)むづかしく 出しつこ【出し合い】の借金(しやつきん) 買喰(かいくひ)のたゝまりいつもお宿に屁(しり) をぬぐは染【?】鳴(なる)子の音(おと)を聞ては小間物屋の誂(あつらい)を 思ひ出しお鈴(すゞ)の音を聞てはお下(さが)りかとおどろく 下掛(しもかゝ)りのむだ口は御錠口にからましゝ男(おとこ)の評判 は部屋〳〵に絶(たへ)ず曲物入(まげものいり)のあまざけ土鍋(となべ)の中 ̄ニ こげ付 ̄キ米かしく手もとは上(あげ) ̄ケ とぎの手拍子(てひやうし)に うかれて流(なが)るゝをしらずたま〳〵流行唄(はやりうた)をきゝ 覚て在郷節(ざいこぶし)のいやみなるを野暮(やぼ)と安(やす)んじ すは翌日(あした)いづかたまでに御出(おいで)あるよしを触(ふれ)ればふて 寝(ね)の頭痛(づゝつう)たちまちに快(こゝろよ)く今までの仏頂面(ぶつてうづら) 頻(しき) ̄リニ につこりと変(かは)る下村のおしろい松本の岩戸香柳 屋玉屋が紅粉びんつけは一番二番と間違 水油の徳利は札附にして銭をくゝりつけ たり是(これ)小使(こつかい)の僕(しもべ)に足駄(あしだ)をはかれまじき為 とぞはけ序(ついで)に宿(やど)まで鳥渡(ちよつと)と上白く【?】の文言 板行(はんかう)におしたるごとくお手本(てほん)の外 通用(つうよう)の文章(ぶんしやう) なと幸(さいは)いにお宿(やど)丁【「下」の誤記か】りの供(とも)して漸(やうや)く役者(やくしや)の 顔(かほ)見る事をすて家名(いへな)俳名(はいめう)のきいたふう我勝(われかち)に しり自慢(じまん)をならべ色男(いろおとこ)を贔屓(ひゐ)て敵役(かたきやく)を悪(にく)がり 贔屓〳〵の言(いひ)つのりたる果(はて)は爭論(いさかい)を仕出(しいだ)すなど 実に部屋方ものゝ気さんじとも云つべき也 その口まめに引かへておもくしき襠(うちかけ)して下町 からめし呼(よば)るゝ和哥の御師範(こしはん)月 何度(いくたび)と定日 にあがり兼題(けんだい)の詠草(えいさう)土■【「用」か】坐の添削(てんさく)は雲立 いつも八重垣浜(やえがきはま)のまさごで間(ま)に合(あは)すると思へば ひとりおかしく六儀八体(りくぎはつてい)は和【「人偏+哥」】式(わかしき)のおもて ̄ニ まかせ 湖月抄(こげつしやう)の垣(かき)のぞきして源氏物語(げんじものがたり)を講(こう)じ契(けい) 沖阿闍梨(ちうあじやり)の説(せつ)といひおかべ岡部(おかべ) 大人(うし)の申されし など詈(のゝし)りて見台(けんだい)にさし向(むかひ)つて己(おのれ)のみうた よみがほなる容(すがた)は女医師(おんなゐし)のかな付(つき)たる方彙(ほうゐ)を もち手引草 重宝記(てうほうき)茶談(ちやたん)を見ながら仲景(ちうけい) 思邈(しばく)が妻(かゝあ)にもなるべき顔(かう)【「かほ」とあるところ】して似ても似(に)つかぬ 長羽織(ながばおり) 着(き)て脈論(みやくろん)するにひとしからずや つら〳〵流行(りうかう)のありさまを見るに丁子茶染の 縮緬(ちりめん)は煤竹色(すゝたけいろ)の太織(ふとり)と街(ちまた)にすれ違(ちが)ひ 紫縮緬(むらさきちりめん)の上着(うはぎ)のしほぐけの腰帯(こしおび)は本面縮(ほんめんちり) に黒繻子(くろじゆす)の帯(おび)も行合(ゆきあ)ふ髷(まげ)の結(ゆ)ひやうは体(からだ)よ り遥(はるか)に大(おほ)きくしてしぼりばなしの髷(まげ)結(ゆはへ)価(あたい) を聞ては親父(おやぢ)が肝(きも)を天外(てんぐわい)へ飛(とば)ば【活用語尾が重複】すも宜(むべ)なり ぴら〳〵のかんざしは半白髪(はんしらが)の後(うしろ)へ杖(つえ)と俱(とも)に 突張(つつぱ)りてたぼ形の新製(しんせい)あれは又(また) 其上(そのうへ)の 木細工あり種〳〵さま〳〵の仕出しの工夫(くふう)年 〳〵にかはり月〳〵にかはり〳〵の月囲(つきがこい)或(あるひ)は妾(めかけ)奉 公の悪(わる)しつこく極彩色(ごくさいしき)の厚化粧(あつけせう)は口入婆(くちいればゝ)の 弁舌(べんぜつ)に似(に)ていつもぬつぺりこつぽりの下駄(げた)を 鳴(な)らす湯返(ゆが)り【「ゆがへり」とあるところ。「へ」の脱落か】の町芸者(まちけいしや)はあらひ粉(こ) 舞台(ぶたい) 香(かう)のいやみなし艶(あだ)な素皃(すがほ)の薄化粧(うすげしやう)に新形(しんがた) のはやり出しは人先(ひとさき)に着初(きそむ)とつさ【「さ」の右肩に「。」が付いている】んにおまんま を焚(たか)せて食(しよく)このみの我儘(わがまゝ)を云ひかゝさんに贈(おく)り 迎(むかひ)をさせて小言(こごと)の八百(はつぴやく)をならべる亭主(ていしゆ)の挊(かせぎ) 里扶持(さとぶち)にも足(た)らねは不断(ふだん)へこみ勝手(かつて)なり兎(と) 角(かく)浮世(うきよ)は名(な)を取(と)るより徳(とく)を採(と)れ徳(とく)を取(と)る には名をとれと一(いち)に御器量(こきりやう)二にちやらくら 三に三味線(さみせん)岡崎(おがざき)の糸道(いとみち)わかりてより追欠競(おつかけくら) のペンペコも習(なゝ)はふよりは馴(なれ)そめてとじょう浄瑠璃(ぜうるり) の二三段も上(あげ)るとはや何(なん)の何某 師匠号(しせうごう) の一字を乞受(こひうけ)樫(かし)の木の表札(ひやうさつ)は医者(ゐしや)の 門 ̄ト口と間違(まちがひ)風鈴(ふうりん)のある黒格子(くろかうし)は鹿恋者(かこひもの) に隣(とな)りてさらにわからず直伝(ぢきでん)の章句(しやうく) 一向(いつかう)むちやくちやにして酒(さけ)を呑(の)む事恰(あたか)も長(てう) 鯨(けい)の百川(はくせん)を吸(すふ)が如し店者(たなもの)の一口稽古(ひとくちけいこ)には 銅壷(どうご)て手拭(てぬぐひ)をぬらして湯返(ゆがへ)りのみせかけ をこしらへお屋鋪と見てはいやらし文句 に床(ゆか)びらきをこじつけ出来合(できあひ)の摺(すり)ものに 百疋(ひやつび)のいたごとをせしめ花会(はなくわい)の惣割(そうわり)以(もつて)の ほかに貴(たつと)し貰(もら)つた酒(さけ)をハリ連(れん)にふるまひて 肴をおごらせんと欲(ほつ)しノラツキ連中(れんちう)をとら へては物見遊山(ものみゆさん)無理無体(むりむたい)にかこつける 抑(そも〳〵)是(これ)は枇杷葉湯(びはようとう)の本家(ほんけ) 烏丸(からすまる)の元祖(ぐわんそ) とやいはむ其取次処(そのとりつぎところ)といふは色気(いろけ)しつかり 正札附(せうふだつき) 近処名代(きんじよなだい)のそゝり乳母(うば)さし乳(ぢ) 垂乳(だれぢ)の差別(しやべつ)を論(ろん)ぜず子梵脳(こぼんのう)を第一と 思ひの外の高給金(たかきうきん)下乳(したちゝ)だけの別物(べつもつ)に こゝろ付(つけ)なきをふて寝に見しらせ二親(ふたおや) への意趣(いしゆ)をもつて抱(だい)た子にあたりちらし 旦那も喰はぬ美味(びみ)をあまんじたま〳〵 乳(ちゝ)の不足(ふそく)する時は気苦労(きぐらう)にかこつけ 色事の取持(とりもち)は早(はや)く請合(うけあつ)て直(ぢき)にこしらへ顔(がほ)なり うどんやの八公(はちこう)かけつけの長さん最親(もつともした)し くして田舎(いなか)の亭主(ていしゆ)をぼんくらと賎(いや)しめ 船頭(せんだう)への伝言(ことづて)きはめて麁言(ぞんき)なり廻(まは)りの 髪結(かみい)どん ̄ニ始終(しぢう)の世話を受合せ洗濯屋(せんたくや)の おばさん一寸(ちよつと)出合(であい)の幕(まく)を切(き)らせるなど口元(くちもと) の捌(さばき)にしてその甚(はなはだ)しきに至(いた)つては伴頭殿(ばんとうどの) 三十年の万苦(ばんく)。一時(いちぢ)の夢(ゆめ)に敗(やぶ)り手代が 十年の千辛(せんしん)。暫時(さんぢ) 棒(ぼう)にふるの類(たぐひ)吁(あゝ)お そるべし日向(ひなた)ぼつこのむだ口は人のあら を探(さが)して土蔵(くら)の落書(らくがきも)一筆しめしを 当替(あてかへ)る事ぶせう也くちのするどき事は 車力(くるまひき)の悪言(わるくち)を返答(いひかへ)し呉服屋(ごふくや)の腰掛(こしかけ) を塞(ふさい)で売場(うりば)の若(わか)い衆(しゆ)にじやらつき茶(ちや) 番(ばん)の茶(ちや)をかわかし壷(つぼ)の煙草(たばこ)を捻(ひね)つて 番(ばん)煙管(ぎせる)に吸(すひ)つけ三百五十番(ばん)の傘(からかさ)借(か) りて切り返さずかゝる浮虚(うはき)の生質(うまれつき)にして一 年三百六十日 夢(ゆめ)でくらすもいつしかに破鍋(われなべ) にも綴蓋(とぢぶた)【「綴」を「糸偏+冊」と書くは誤記と思われる】の縁(ゑん)ありて九尺二間(くしやくにけん)の棟割(むねわり)に 巣作(すつく)りするはそれ〳〵の禍福(くはふく)によるべし。さ れば氏(うぢ)なくして玉(たま)の輿(こし)しやらたとんのごとく きのふの下女はけふの御新造(ごしんぞ)寒(かん)の内 吹貫(ふきぬき)で暮(くら)ら【「ら」が重複】した娘(むすめ)も羽二重(はぶたへ)の不断着(ふだんぎ) して栄曜(ゑよう)に餅(もち)の皮(かは)をむくそのいにしへを たづぬればわづか三年 季(き)を二分二朱の子(こ) 守(もり)奉公 真岡木綿(まおかもめん)の継(つぎ)〳〵の衣(べゝ)に袖(そで)なし 羽織(はおり)に十文字をかけてくゝし付られ子(こ)は守(もり)も せでおのれがいたつらにのみふけり鬼渡(おにわた)しの頭取(とうどり) 男の中の豆入(まいめいり)とはやされ盆踊(ぼんおどり)の跡立(あとだち)となり ては世話役顔(せわやきがほ)にしやはり【しゃばり】出 泣子(なくこ)は番太郎(ばんたらう)で たらし天窓(あたま)をたゝく事 平(へい)気にして評判(へうばん) のあくたれ者も鬼(おに)も十七どこやらが悪(あく)からずと 紅白粉(べにおしろい)で磨(みがき)上ればきのふはけふのあだこしらへ 水浅黄(みづあさぎ)の前垂(まへだれ)に藤色(ふぢいろ)の襦袢(じゆばん)【「伴」は「絆」の誤記と思われる】の襟(ゑり)まづざつと 小意気(こいき)なるとりなり【様子、身なり】揚弓場(ようきうば)の数取(かづとり)も穴(あな)を取違(とりちがへ) て勘定(かんぢやう)の損(そん)亡たび〳〵あり少(すこ)し小口(こぐち)を呑込(のみこむ)と はや矢(や)を拾(ひろ)ふ尻(しり)つきまで少しの所作(しよさ)をくはへ 太鼓(たいこ)ドン〳〵たるお客を見くびりて左 ̄リの手で カチリなどゝ高慢(かうまん)に射当(ゐあて)るもお里(さと)がしれぬで持(もつ) たものと夫(それ)とおなじき楊枝屋娘(やうじやのむすめ)は招牌(かんばん)楊枝(やうじ) にひとしき太(ふと)ひ手(て)して鉄槌(かなづち)持(もつ)て口(くち)を覆(おほ)ひお かしくもなきにむしやうと笑(わら)へばゑくぼの穴(あな)へ身(み) も投(なげ)る気(き)の大(おほ)たぶさ見世先(みせさき)にたへず大縞田(おほしまだ)は いつも手 拭(ぬぐひ)につゝみ緋縮緬(ひぢりめん)の襷(たすき)は半身(はんしん)にかゝる 自惚(うぬぼれ) 鏡(かゞみ)に口紅(くちべに)粉を繕(つくろ)ふ姿(すがた)まことにいきた 錦画(にしきゑ)じやと現(うつゝ)をぬかし鼻毛(はなげ)を房(ふさ)やうじほど のばして誰(たれ)もたのまぬ鳩(はと)を追(おつ)てやり吸付(すいつけ)たば このつけざしは御神馬(ごじんめ)の御幣(ごへい)よりありがたしと 頂(いたゞ)くは実(げ)にも女の世の中ぞかし茶店(ちやみせ)の姉(あね)さん は芳簀(よしず)の方(ほう)を向(むい)て弁当(べんとう)をわんぐりとたべ ながらヲヤ源吾(げんご)さんきついお見限(みかぎ)りとはお定(さだま)りの いやみ也御休所の行燈(あんどう)は千客万来(せんきやくばんらい)の背中(せなか) 合(あはせ)に隣(となり)の茶屋に垣間見(かいまみ)るは茶うけに あらぬ梅干婆(むめぼしばゝ)が仕合(しあはせ)せ【語尾「せ」の重複と思われる】となりぬ女の髪結(かみゆひ)は 油しみたる帯(おひ)。毛筋立(けすぢたて)におなじく横(よこ)の方 ̄ニ結(むす)び て鬧(いそが)しく走(はし)りしやんとしたる娘は咽(のど)が太竿(ふとざほ) 稽古(けいこ)としられ稽古浄瑠璃の簾(みす)御 閉帳(へいてう)のごとく 出語(でがた)りの見台(けんだい) ̄ハ見物(けんぶつ)よだれを流(なが)す又ぐにや付て つやらしきはおどりの師匠(しせう)へ通(かよ)ふと見へて腰(こし)に 二本の扇を指(さ)せり三味線の手真似(てまね)をしながら 首(くび)を振(ふり)てあるくは唄(うた)か豊後(ぶんご)【豊後節の略】にはげみある子(こ)と 見ゆ市子(いちこ)【巫女のこと】は髷(まげ)ばかりへ笠(かさ)をかぶり花うりは 天窓(あたま)へ一世帯(ひとせたい)をさゝげのり売(うり)ばゝは雀(すゞめ)の 舌(した)を切(きり)たるかとおもふ彼所(かしこ)にはんてんを着(き)て 味噌(みそ)こしを提(さぐ)るあれば是(こゝ)に黒鴨(くろがも)を連(つれ)て 駕籠(かご)に乗(の)る女房(によぼう)あり娵(しうとめ)は嫁(よめ)のさきに 立(たち)てするどく見へ実母(はゝおや)は娘の跡(あと)に付(つい)て 御秘蔵(ごひそう)【「ごひくう」に見える】面(おもて)にあらはる山出(やまだ)しの他所行(よそゆき)は軽業(かるわざ) の娘に似(に)て江戸っ子の下女もおかみさんと間違(まちがふ)。 おぶつた子より可愛(かあゆき)や横(よこ)に抱(だい)たる枝(ゑだ)まめ売(うり) 背中(せなか)に腹(はら)は換(かへ)られぬと。風呂敷(ふろしき)背負(しよつ)たる 女 商人(あきんど)。声(こへ)美(うつく)しき女按摩(あんま)は見てびつくり の不器量(ふきりやう)にて。後弁天前不動(うしろべんてんまへふどう)。尼(あま)には惜(おし)き 美人(びじん)もありみめかたちより只心(たゞこゝろ)こゝろの 垢(あか)をあらひ落(おと)せば美女(びぢよ)も醜女(しうぢよ)も皆(みな)同(おな)じ 八兵衛がお釜(かま)を起(おこ)すも栓兵衛が角屋敷(かどやしき) を投(なぐ)るも原是(もとこれ)女よりなす業なり美(うつく)しき とて迷(まよ)ふべからず醜(みにく)きとて癈(すつ)る事 勿(なか)れ 只(たゞ)想(おも)ふ紫野(むらさきの)の和尚(おせう)が教戒(いましめ)に違(たが)はず             夫(それ)御用心(ごようじん)〳〵 絵本時世粧上之巻 《割書:尾》 【文字無し】 【裏表紙 文字は無いが、「式亭」と丸印が圧印されているように見える】 【冊子の背表紙から写した写真】 【冊子の綴じ目側と反対側の写真】 【冊子の綴じ目側と反対の写真】 【冊子の綴じ目側の写真】