此節世上もつぱら麻疹(はしか)流行(りうかう)いたすの処 初(はじ)めは随分(ずいぶん)病躰(びやうてい)宜敷やうなれ共 後(あと)の不養生(ふようぜう)にて  仕損(しそん)ずるものも多くこれ有哉に見聞(みきゝ)いたし候 医師(いし)方(がた)とても病用(びやうよう)繁多(いそがしき)おりから故 後(あと)の  禁忌(いましめ)まで行届(ゆきとゞ)かれぬも間々(まゝ)有べきなれは自分(わが)推量(すいりよう)にて聊(いさゝか)の食物(くいもの)より怪我(けが)  いたし候様なる事ある時は悔(くい)てかへらぬ事なるべし是 我身(わがみ)我子の一大事なれば  よく〳〵慎(つゝし)み養生(ようぜう)肝要(かんよう)にいたすべき事なるべし 一麻疹 発熱(ほつねつ)のとき外(そと)は冷風(ひやかぜ)をふせぎ内(うち)は冷(つめた)き物の類を食(くは)する事なかれ内外  とも熱(ねつ)つよきことのなればかならず病人は外より冷(ひへ)る事をこのみまた内には  生物(なまもの)冷(つめた)きものを好(この)むゆへに此 禁(いましめ)をせざれば内外より冷(ひへ)て麻疹(はしか)出る事  なく終(つい)には悪症(わるきせう)に変(かは)りまたは余病(ほかのやまひ)を引出もの也只 食物(くいもの)を深(ふか)くつゝしみ  蒲団(ふとん)着類(きもの)をあつく着(き)する事第一也尤 暑(あつ)き時節(じせつ)は病間(ひやうま)を気(き)の透(とほ)る様にして  むれざる様いたす事 宜(よろ)しと承る但(たゞ)し冷水(ひやみづ)を用るもあれども症(せう)によるよしなれば  猥(みだり)に与(あた)ふべからず渇(かわ)くとも茶(ちや)を飲(のま)す事なかれ吐泄瀉(はきくだし)をなす也  菉豆(やへなり)炒米(いりごめ)燈心(とうしん)を煎(せん)じ置 湯(ゆ)茶に代(かへ)て用る事よしと承る     麻疹(はしか)禁忌(きんもつ)荒増(あらまし) 一 生魚(なまうを)一切殊に鱗(こけ)なき魚は猶さら也 一 鳥(とり)獣(けもの)の肉一切 一 豆腐(とうふ) 一豆 一茶 一酒 一 餅菓子(もちぐわし) 一 饅頭(まんぢう) 一 麪類(めんるい) 一油気 一 炒(いり)たるもの 一 密(みつ) 一 牛蒡(ごぼう) 一 葱(ねぎ) 一酢并一切の酸(すき)物 一 菓物(くだもの)一切《割書:くねんほ|なし  》は少しはよし 一 砂糖(さとう)《割書:少しは宜し|極甘きは不宜》 一一切 臭(くさ)みある野菜(やさい) 一 菌(きのこ)類 一 瓜(うり)類 一 辛(からき)物 一 塩(しほ)からき物 一 当坐漬香物(とうざづけかうのもの) 一一切 不浄(ふじやう)の物に触(ふれ)べからず惣(すべ)てあしき匂(にほひ)をかぐべからず    以上食物 熱(ねつ)さめて後(のち)五十日或は七十五日 重(おも)きは百日 忌(いむ)べし男女 交合(かうごう)は必ず    百日つゝしむべし         食して宜物(よきもの)大概(たいがい) 一ゆり 一ふき 一くわゐ 一かんぴやう 一ぜんまい 一長いも 一ふ 一 冬瓜(とうぐわ) 一くず 一 白瓜(しろうり) 一 小豆(あづき) 一やへなり 一さゝげ類 一大根 一にんじん 一 菜(な) 一 椎茸(しいたけ) 一 鰹節(かつをぶし) 右何れも極(ごく)やはらかに仕立(したて)食すべし 一古人の禁(いましめ)に痘前(とうぜん)疹後(しんご)と言事有こといへり如何にも疱瘡(ほうそう)はその毒膿汁(どくうみしる)に出去(いでさる)  といへども麻疹(はしか)はその毒 一旦(いつたん)あらはれて又元(もと)に皮肉(ひにく)に引 篭(こも)るなりこの故に  後々(あと〳〵)の養生(ようぜう)極大切(ごくたいせつ)の事なるべし平常(つね)のごとく成候とて必ず夜風(よかぜ)夜 露(つゆ)にあたらぬ  やうにし土間(とま)板(いた)の間(ま)などにて冷(ひへ)ざる様 子童(こども)は其 親々(おや〳〵)心付 余(よ)病を引出さぬやうに  心懸る事第一たるべき事也   此一紙は己れ其業体にあらざれども少しは病者の助にもならんかと愚文を憚らず斯   板行いたすもの也御縁者御懇意の方々□□□く御風■被下候はゞ大幸ならん                     大正二、七、十九