【撮影ターゲット】 善悪迷所図會 一冊 【右丁】 善悪道中記第二編 《割書:善(ぜん)|悪(あく)》迷所図絵(めいしよづゑ) 全    頂恩堂販 【左丁】 曩(さき)に善悪道中記(ぜんあくだうちうき)と題(だい)して、人間(にんげん)一世(いつせ)の盛衰(せいすい)を旅中(りよちう)の趣(おもむき)になぞらへ戯(け) 作(さく)せしは。本(もとづく)ところは。宝暦(ほうれき)六 年(ねん)丙子年(ひのへねのとし)の印本(いんほん)。善悪道中独案内(ぜんあくだうちうひとりあんない)と題(だい) せし。飛雄亭(ひいうてい)の著作(ちよさく)に拠(よれ)り《割書:豊芥了|听【所】蔵》こは世(よ)に大(おほい)に行(おこな)はれたりとて。 天明年中(てんめいねんぢう)。桃栗山人柿発斎(もゝくりさんじんかきはつさい)《割書:古人立川焉馬|初名》大通独案内(だいつうひとりあんない)と題(だいし)。青楼(せいろう) 通客(つうかく)の趣(おもむき)を述(のべ)て。本文(ほんもん)の小冊(せうさつ)に絵図(ゑづ)一枚(いちまい)を添(そえ)たり。其(その)体裁(ていさい)。飛雄亭(ひいうてい)の 作(さく)を摸擬(もぎ)す。夫(それ)より寛政年間(くわんせいのころ)山東京伝(さんとうきやうでん)。悟道独案内(ごだうひとりあんない)と題(だい)し。 或(あるひ)は善悪名所図会(ぜんあくめいしよづゑ)と号(なづけ)。基所(もとづくところ)宝暦(ほうれき)の。善悪独案内(ぜんあくひとりあんない)の趣(おもむき)に傚(なら) へり。先哲(せんてつ)の妙案(めうあん)至(いた)れり尽(つく)せり。今将(いまはた)糟粕(そうはく)を䑜(なめ)て補綴(ほてつ)せしに。幸(さいはひ) にして時好(じこう)に称(かな)ひ。販元(はんもと)不斗(はからず)利(り)を得(え)しとぞ。是(これ)よりして書肆(ふみや)は後集(こうへん) の討求(もとめ)あり。然(さ)れども僕(やつかれ)素(もと)より戯作(けさく)を業(わざ)とせず。筆硯(ひつけん)煩多(はんた)の 故(ゆゑ)を以(も)て。去年(きよねん)再(ふたゝ)び稿(かう)を脱(だつ)せず。猶(なほ)後輯(こうしふ)の需(もとめ)頻(しきり)なれば許諾(うけひ)し 【右丁】 侭(まゝ)に棄(すつる)によしなく。己事(やむこと)を得(え)ず今歳(ことし)初春(はつはる)。新(あらた)に硯(すゞり)を発(ひらき)嗜好(すさめ)る故(ゆへ)に 拙(つたな)き筆(ふで)に稍(やや)責(せめ)を塞(ふたぎ)にき。従来(もとより)嬰児(こども)の為(ため)に。勧善懲悪(くわんぜんちやうあく)の一端(いつたん)とも ならん欤(か)と。善悪迷所図会(ぜんあくめいしよづゑ)と題(だい)して。梓(あづさ)を嗣(つぐ)事(こと)とはなりぬ。前(せん) 編(へん)と俱(とも)に高評(かうひやう)を給(たまはら)ば。書肆(ふみや)の僥倖(さいはい)ならんといふ事(こと)を。爰(こゝ)も名(めい) 所(しよ)の古跡(こせき)と聞(きこ)えし。晋子(しんし)基角(きかく)が隣(となり)なる。荻生(おぎふ)の井戸(ゐど)の邊(ほとり)かに すめる。 維時弘化二年 歳在乙巳春 稿成 同三年丙午春発兌 江戸(えど)楓川(もみぢがは)の市隠(しいん) 一筆庵主人戯誌 【丸い落款印 左右を白文と朱文に彫り分け】弌筆 道中二ヘン  一 【左丁上部】 凡(およそ)人間(にんげん)一生(いつしやう)の栄枯(ゑいこ)得失(とくしつ)貧福(ひんふく)は旅(たび)の 趣(おもむき)に彷彿(さもに)たり母(はゝ)の胎内(たいない)をかしまだちして より父(ちち)の恩(おん)の高(たか)き山(やま)に登(のぼ)り母(はは)の 恩(おん)の深(ふか)き海(うみ)を渉(わた)り善悪(ぜんあく)道中(とうちう)道(みち) 連(づれ)によりて途中(とちう)にして身(み)を過(あやま)つ正(しやう) 直(ぢき)正路(しやうろ)を往(ゆく)ものは終(つひ)に安楽(あんらく)の都(みやこ) に至(いた)る男女(なんによ)共(とも)に十九/里(り)二十五里の難(なん) 所(じよ)を越(こ)え三十三/里(り)四十二里四十里の 老(おい)の坂道(さかみち)にかゝり五十一の峠(とうげ)を越(こへ)て 爰(こゝ)に定宿(ぢやうやど)の泊(とまり)をもとめ六十一/里(り)に 小休(こやすみ)して古来(こらい)稀(まれ)なる七十/里(り)八十八 里に賀(が)を祝(しゆく)し百/里(り)を経(へ)て長寿(ちやうじゆ)の 絶頂(ぜつてう)に至(いた)る只(ただ)足(たる)ことを知(し)るものは路(ろ) 用(よう)の乏(とぼ)しきを思(おも)はず奢(おごる)ものは冨(とみ)に飽(あか)ずして 終(つひ)に困窮(こんきう)の境(さかい)に惑(まど)ふよく貧富(ひんふ)の際(さかい)を悟(さと)りて善悪(ぜんあく)の 道(みち)に迷(まよ)はず天命(てんめい)を楽(たのし)むときは本然(ほんぜん)の人(ひと)となる▲ ▲ゆめ〳〵 横道(よこみち)に いるべ からず 【左丁下部】 〽前編(ぜんへん)の道中(どうちう)で大概(たひかい) みち筋(すじ)はしれ ました 是(これ)からは 迷所(めいしよ)を くわしく ごらうじ まし 〽善悪(ぜんあく)の二筋(ふたす)【フリガナの「じ」部分虫食いで欠落しているように見える】 みちで 大(おほ)きに ひまどり よこ道さき道 ぬけ道に    かゝりて 大(おほ)そんをした         とかく たび人がまよふと      見へる 【右丁】 【太枠内】 悟(ご)道(だう)迷(めい)所(しよ) 【細枠内】 翌(あす)日(か)河(がは) 【本文】 住者(ゆくもの)は昼夜(ちうや)を    すてず それ如此(かくのごとき)かと 聖人(せいじん)の確言(くわくげん)     あり 昨日(きのふ)の渕(ふち)は  瀬(せ)とかはる あすか川(がは)の流(なが)れ  たえずして    しかも  もとの水(みず)にあらず 千変(せんべん)万化(ばんくわ)星霜(せいさう) 【右丁枠外左下部】 道中二ヘン 二 【左丁】 移(うつ)ればかはる  浮世(うきよ)の道中(どうちう)に   油断(ゆだん)なく 迷所(めいしよ)古跡(こせき)を     たづね 旅人(たびゝと)よく 道(みち)を 悟(さとり)て 本(ほん) 街(かい)  道(だう)を   守(まも)り    ゆくへし 【右丁上部枠外、横書、太線で囲みあり】 悟(ご)道(だう)迷(めい)所(しよ)之(の)全(ぜん)図(づ) 【右丁上部円枠内、上下逆さまに表記】 皆(みな)身(み) 【右丁図内】 宝(たから)の山(やま) 安楽(あんらく) 長寿(ちやうじゆ) 福禄道(ふくろくどう)【囲み線あり】 和合(わがう) 惻隠(そくいん) 富貴(ふうき) 中銭道(なかせんだう)【囲み線あり】 子孫(しそん) 繁栄(はんえい) 陰徳(いんとく) 知足(たることをしる) 生財(せいさい) 陽報(やうほう) 慈悲(じひ) 人道(にんだう)【囲み線あり】 堪忍(かんにん) 正直(しやうぢき) 正路(しやうろ) 天命(てんめい) 立身(りつしん) 出世(しゆつせ) 公道(こうだう)【囲み線あり】 義理(ぎり) 分(ぶん)を守(まもる) 経済道(けいさいだう)【囲み線あり】 質素(しつそ) 倹約(けんやく) 奢省(おごりをはふく) 質朴(しつぼく) 貧乏(びんぼう)の さかいにまどはず 悟道(ごだう)【囲み線あり】 独慎知(ひとりつゝしみをしる) 知命(ちめい) 知恵(ちゑ)の   海(うみ) 三教道(さんけうだう)【囲み線あり】 道徳(だうどく) 神儒仏(しんじゆぶつ)【横書き】 徳行(とくけう) 悟気乃(ごきない) 人情(にんじやう) 【右丁右下部丸枠内、左に傾きあり】似止(にし)シメス 【右丁枠外下部】 道中二ヘン 三 【本文右丁】 ○国郡(こくぐん)の図(づ)に倣(なら)ひし 悟道迷所(ごだうめいしよ)は善悪(ぜんあく)に従(したがつ)て 考(かんがへ)あるべし人物(じんぶつ)に上中下の 三段(さんだん)あり教(をしへ)により迷所(めいしよ)に一生(いつしやう)を 過(あやまつ)もの多(おほ)し是(これ)をまような国(こく)と  いふ正路(しやうろ)に趣(おもむ)くものは足(たる)ことを            しつて 【本文左丁】 安楽国(あんらくこく)にいたり長寿(ちやうじゆ)  をたもつべし是(これ)を   さとるへし国(こく)といふ     ○此(この)図(づ)方角(はうがく)を       しるときは        みなみに         きたの        よろこび           あり         似止(にし)は止(とゞまる)を          似(しやす)の文字(もじ)          丕加此(ひがし)は          丕(おほい)に此(こゝ)に加(くは)はるの           こぢつけと           見るべし 【左丁図内】 女島(をんなじま) 歓楽(くわんらく) 色(いろ)の道(みち) 密通(みつつう) 気随(きずい) 不義(ふぎ) 好臭皆道(こうしうかいだう)【囲み線あり】 我侭(わがまま) 不人情迷所(ふにんじやうめいしよ) 妻皆道(さいかいだう)【囲み線あり】 山(やま)の神(かみ)  祠(ほこら) 栄曜(ゑよう)  栄花(ゑいぐわ) 困窮(こんきう) 後悔道(こうくわいだう)【囲み線あり】 跡(あと)の祭(まつり) 欠落(かけおち) 逢愁皆道(おうしうかい? う)【?部は「だ」ヵ】【囲み線あり】 散財(さんざい)【横書き】 火災(くわさい) 不幸(ふかう) 短命(たんめい) 病難(びやうなん) 不孝(ふかう) 大山(おほやま)  師(し) 欲(よく)の  海(うみ) 無理(むり) 非道(ひだう) 算要道(さんえうだう)【囲み線あり】 利欲(りよく) 吝嗇(りんしよく) 強欲(がうよく) 無体(むたい) 懶堕(なまけもの) 煩悩(ぼんのう)【横書き) 哀傷(あいしやう) 離縁(りえん) 大酒(たいしゆ) 喜怒皆道(きどかいだう)【囲み線あり】 口論(こうろん) 仁義(じんぎ)  礼智(れいち)   信(しん) 五常道(ごじやうだう)【囲み線あり】 忠孝(ちうかう) 貞節(ていせつ) 【左丁左端中部丸枠内、右に横倒しになった形】 丕加此(ひがし) 【左丁下部丸枠内、右に傾きあり】 喜多(きた) 【右丁上部図内】 喜(よろこ)びきはまる    ときは 悲(かなし)みを生(しやう)ず 満(みつ)れば欠(かく)る  天理(てんり)あり たゞ  足(たる)ことを 知(し)るには  しかず ひまゆく駒(こま)【囲み線あり】 くわういんの箭嶽(やたけ)【囲み線あり】 ○せきもりなし 光陰(くわういん)の関(せき)【囲み線あり】 【右丁下部】 悟喜乃(ごきない) 《割書:さとればよろこび|おほいなりといふ》 問皆道(とうかいだう) 《割書:なに事もみなしらぬ道は|とひてしるべしことなり》 唐桟胴(たうさんどう) 《割書:たうさんぞろひでおごりは|そこいたりでよろしからず》 算要道(さんえうだう) 《割書:さんようの道は日用の|ことゆへたしなむべし》 難皆働(なんかいどう) 《割書:なんかい道はきどあいらくの|みなよの中のはたらく内|にありといへり》 参隠同(さんいんどう) 《割書:いんとくをいふかくしてすれば|おのづからかくれてむくふとしるべし》 妻戒道(さいかいだう) 《割書:さいかいだうはにようぼを|いましめの道といふ事なり》 福禄道(ふくろくだう) 《割書:ふくをたもちふうきといふは|ひんふくともにあるをいふ》  外(ほか)に一統(いつたう)録(ろく)輯(しふ)余集(よしふ) この本画(ほんゑ)になきくに昼三(ちうさん)が国むだ  傾城(けいせい)と遊女(いうぢよ)うたひめ色(いろ)ばなし  芝居(しばゐ)さし合(あい)これは画(ゑ)になし 【右丁枠外左下部】 道中二ヘン 四 【左丁】 国恩山(こくおんざん)豊稔(ほうねんの)人舎(じんじや)《割書:神社|なり》福禄道(ふくろくだう)第一(だいゝち)の名勝(めいせう)なり当国(たうごく)は風俗(ふうぞく)素(そ)  撲(ぼく)淳厚(じゆんかう)にして奢麗(しやれい)を好(このま)ず稼穡(かしよく)を力(つとめ)尚古(しやうこ)の風(ふう)を失(うしな)はず五風十雨(こふうじうう)  和平(わへい)にして五穀(ごこく)成熟(みのり)人民(たみ)富饒(ふねう)にして四海(しかい)波(なみ)静(しづか)に常(つね)に鳳凰(ほうわう)  舞(まひ)麒麟(きりん)遊(あそ)びて松(まつ)は常盤(ときは)の色(いろ)を更(かへ)ず梅(うめ)に紫蘭(しらん)の香(かうば)しきを熏(くん)ず  竹(たけ)は節操(せつさう)の程(ほど)よきを諭(さと)し亀鶴(きくわく)群遊(ぐんいう)して万歳(ばんぜい)をとなへ愛度限(めでたきかぎり)  を知(し)るべからず抑(そも〳〵)この地(ち)は人世(じんせい)第一(だいゝち)の所(ところ)にて万物(ばんもつ)育生(いくせい)の山(やま)には日月(じつげつ)の神(かみ)  鎮座(ちんざ)まし〳〵忠恕(ちうぢよ)の海(うみ)深(ふか)くして聖賢(せいけん)の道(みち)を渉(わた)りては往来(ゆきゝ)の貴賤(きせん)  詣(けい)して普(あまね)く神徳(しんとく)を仰(おほ)ぐ故(かるが)ゆへに本然(ほんぜん)の道筋(みちすじ)正直(しやうじき)正路(しやうろ)にして  曲(まが)れる道(みち)ある事(こと)なし孟子(まうし)の性善(せいせん)なれば悪道(あくだう)に入(いら)ざる教(をしへ)をなせよと  言(いひ)しも荀子(じゆんし)の性悪(せいあく)なれば善(せん)に入(いる)べき教(をしへ)をなすべしと諭(さと)し 【右丁】  たるも此(この)神(かみ)の御山(みやま)には自然(しぜん)質朴(しつぼく)にして五常(ごじやう)の道(みち)を守りて少(すこ)しも邪(よこしま)の  道(みち)に至(いた)らず足事(たること)を知(し)り身(み)の分限(ぶんげん)を弁(わきま)へ皆(みな)独(ひとり)を慎(つゝし)むことを知(し)る世人(せじん)この  社(やしろ)に丹誠(たんせい)を凝(こら)して祈誓(きせい)し身(み)の行(おこな)ひを全(まつた)うするものに哀憐(あいれん)納受(なうじゆ)  垂(たれ)給はずといふことなし謹(つゝしん)で尊神(そんしん)の徳風(とくふう)を守(まもる)ことを知(しら)しむる霊社(れいしや)也 実母山(じつぼさん)平産全事(へいさんぜんじ)《割書:事(じ)は寺(じ)の字違(じちがひ)の|こぢつけ也としるべし》和合(わがふ)の道筋(みちすじ)にあり抑(そも〳〵)当産(たうさん)は  女房(にようばう)大事(だいじ)草創(さう〳〵)の地(ち)にして懐胎(くわいたい)十月(とつき)養生(やうじやう)手当(てあて)厳重(げんぢう)の場所(ばしよ)なれば  臨産(りんざん)に至(いた)り出入(でいり)の取揚(とりあげ)老婆(ばゝ)介抱(かいはう)深切(しんせつ)にして当(あた)る臨月(りんげつ)安産(あんざん)まし  まし産声(うぶごゑ)高(たか)く爰(ここ)に出現(しゆつげん)ある所(ところ)の赤子(せきし)早(はや)めを呑(のみ)だ《割書:弥陀(みだ)|なり》本地(ほんち)男子(なんし)  家督(かとく)相続(さうぞく)のため降誕(がうたん)まします人倫(じんりん)栄続(ゑいぞく)の如来(によらい)也(なり)始(はじめ)は性善(せいせん)の身(み)  だ《割書:一身(み)だは|弥陀(みだ)也》とまうし奉(たてまつ)り本然(ほんぜん)如来(によらい)教諭(けうゆ)なし給ふ亦(また)ある時(とき)は悪魔(あくま)の為(ため) 【右丁枠外左下部】 道中二ヘン 五 【左丁】  に放蕩(はうたう)不懶(ぶらい)の姿(すがた)を現(げん)じ家(いへ)の興廃(こうはい)幼児(えうじ)の中(うち)に定(さだめ)難(がた)し然(さ)れども  手習(てならひ)学問(がくもん)諸芸(しよげい)密法(みつほふ)修行(しゆぎやう)の星霜(せいさう)累(かさな)り成長(せいてう)あり両親(りやうしん)菩薩(ぼさつ)  の慈愛(じあい)深(ふか)く身分(みぶん)相応(さうおう)にあまやかし養育(やういく)あつて終(つひ)に五尺(ごしやく)の体(からだ)を安置(あんち)  し給ふ赤子(せきし)の身(み)だ《割書:弥陀(みだ)|なり》則(すなはち)是(これ)也 当時(たうじ)にある所(ところ)の宝物(はうもつ)多(おほ)し   昔噺(むかしばなし)の絵巻物(ゑまきもの)《割書:むかし〳〵あつた土佐(とさ)の又平(またへい)筆(ふで)| 桃太郎(もゝたらう)一代記(いちだいき) 花咲(はなさき)老爺(ぢゝ)伝記(でんき) 舌切雀(したきりすゞめ) 狸汁(たぬきじる)兎(うさぎ)手柄(てがら)|                        はなし》    猿蟹(さるかに)合戦(かつせん) 鼠(ねずみ)の嫁入(よめいり) 狐(きつね)のよめ入(いり) 其外(そのほか)一代記(いちだいき)といふ名将(めいしやう)勇士(ゆうし)の画伝(ぐわでん)多(おほ)し   於乳母(おうば)の日傘(ひがらかさ)《割書:錦絵(にしきゑ)にて|はりたり》 手(て)の裏(うち)の玉(たま)《割書:蝶(てふ)よ花(はな)よの模様(もやう)あり女児(むすめ)は|箱入(はこいり)にして深窓(しんさう)にあり》   手遊(てあそ)びの張籠(はりかご)《割書:種類(しゆるい)|おびたゝし》 苦労(くらう)苦患(くげん)之(の)像(ぞう)《割書:下品(げぼん)両親(りやうしん)養育(やういく)の御作(おんさく)|一統(いつたう)丹誠(たんせい)といひつたふ》   恩愛(おんあい)親王(しんわう)   心必(しんひつ)の短冊(たんざく) 【左丁左下部、四角枠内】 はへばたてたてばあゆめと子(こ)をおもふ わが身(み)につもる老(おい)をわすれて    古歌    【右丁】 子故(こゆへの)の迷所(めいしよ)【囲み線あり】 【右丁上部】 ほうさうとうげはしか山をこえ ざればあんしんならぬけしき也 こゝにきやうふうといふかぜ ふきむし汁出るはなの下 あかくなりてなきむし山 見ゆるなみだのあめ ふることおびたゝし 【右丁図内】 疱瘡(ほうさう)峠(とうげ)【囲み線あり】 痳疹(はしか)山(やま)【囲み線あり】 なきむし山【囲み線あり】 ひゐ居(きよ)谷(たに)【囲み線あり】【脾胃虚=消化機能の低下した状態のこと。】 食(く)ひ杉(すぎ)【囲み線あり】 ○名ぶつきおう丸  くまのゐ八ツめうなぎ   あかがへるさんせう           うを 孫(まご)のめん堂(どう)【囲み線あり】 としより    みる ○まごのめんどうをみる ばゝアそんじやあいに おぼれやくにたゝずの みだありおんを わすれてなんにも  ならずまごをかはふ   よりいねをかへといふ   そのねだん三百やすし それ宮(みや)【囲み線あり】 ○それ  みやは けがでも  させるなと      いふ こもりどうの   をしへなり ひへまきの田【囲み線あり】 いまどやきのとう【囲み線あり】 なまり天神(てんしん)【囲み線あり】 はこにはの跡(あと)【囲み線あり】 ○どうはどのと いふ事也くるはの かふろのことば       なり 子(こ)もり堂(どう)【囲み線あり】 ○このへんの田(た)       に  いたづらだ   こまつ田     おほし 金魚(きんぎよ)船(ふね)のみたらし【囲み線あり】 【右丁枠外左下部】 道中二ヘン 六 【左丁上部】 子をみること おやにしかず おやほど子の めんどうを見る ものなしわきより 見ればそのてまへ がつていふばかりなし 他(ひと)の子のあしきを てほんにしてよきを        いはず  子ゆへのめい所だい一の        ふうけいなり ○やけのゝきじよるの       つるおほし ○三ツ子のたましひ   百までといふこと  あればをしへが   かんじんなり そくゐんじあいは  ふじんのじん【注】       なり 【注 婦人の仁=目前の小さな同情にひかれて、大局を見失うこと。】 ○これより  おししやう山(さん)へ     ゆくみち       あり 【左丁図内】 すなを峠(とうげ)【囲み線あり】 おとなしの滝(たき)【囲み線あり】 あつゝの関(せき)【囲み線あり】 乳母(おんば)山(さん)【囲み線あり】 ○わん  はく寺は ふたおやの しさうぼさつを    あんちす ○きまゝの  もみぢの    めいしよ 於坊(おばう)さんわんはく寺【囲み線あり】 わが侭(まゝ)坂(さか)【囲み線あり】 ○めい ぶつ あか だんご ○この山  どようまつ之まへ まいつき二日に きうの  けふり    たつ  むびやう     の  れうぢ    ば   なり ○ねん ねこと   いふ ねこ おほし ほし井(ゐ)【囲み線あり】 ○めいぶつ  白雪(はくせつ)かうあり   ひい〳〵がら〳〵   かざくるま    てあそび      なり ○ひと〴〵の このみちに まよひふびんに あまへておしへず 山にころばしおくは わろきみちなり  かわゆいこは      ぼうで      そだてよ        とは      よき     をしへなり 子(こ)ゆへのやみ路(ぢ)【囲み線あり】 【右丁】 泰平(たいへい)山(さん)安楽(あんらく)の身哉(みや)《割書:身哉(みや)は|宮(みや)なり》五常(ごじやう)の道(みち)より聖賢(せいけん)の道(みち)に入(い)り公道(こうだう)  人道(にんだう)の本街道(ほんかいだう)より至(いた)るこゝに居付(いつき)在(まし)ます御神(おんかみ)は四方(しはう)一丁(いつてう)の角(かど)  地面(ぢめん)有徳(うとく)天神(てんじん)と申《割書:天神(てんじん)は|転人(てんじん)也》奉(たてまつ)る惣領(そうれう)子息(しそく)人(じん)とて御兄弟(おんはらから)おほく  ましませ共 皆(みな)夫(それ)〳〵に嫁(とつぎ)給ひ惣領(そうれう)の上(かみ)なるゆへに家督(かとく)相続(さうぞく)なさしめ  給ふ性質(うまれつき)柔和(にうわ)正直(しやうじき)にして忠孝(ちうかう)の道(みち)を守(まも)り仮(かり)にも奢(おごり)を顧(かへり)み給はず  質素(しつそ)倹約(けんやく)を旨(むね)とし上(かみ)たるを敬(うやま)ひ下(しも)を憐(あはれ)み慈悲(じひ)の心(こゝろ)深(ふか)く堪忍(かんにん)第一(だいゝち)  にして主(つかさ)どる所(ところ)の勤(つとめ)に怠(おこたり)なく子孫(しそん)長久(ちやうきう)の繁栄(はんゑい)を守護(しゆご)なし給ふ  親族(しんぞく)の末社(まつしや)には慈愛(じあい)を垂(たれ)給ひ眷属(けんぞく)を恵(めぐ)み財宝(ざいはう)を施(ほどこ)し給ふ  故(ゆへ)に天理(てんり)に協(かなひ)給ふ人徳(じんとく)厚(あつ)き礼者(れいしゃ)《割書:霊社(れいしゃ)|なり》なり 夫婦石(めをといし) 夫婦石(めをといし)は泰平(たいへい)山(ざん)の麓(ふもと)にあり相(あひ)伝(つたへ)ていふ昔(ふかし)こゝに夫婦(ふうふ)の 【右丁枠外左下部】道中二ヘン 七 【左丁】  農民(ひやくしやう)あり常(つね)に足事(たること)を知(しつ)て奢(おこり)の心(こゝろ)露(つゆ)ばかりもなく夫(おつと)は妻(つま)をあはれみ  妻(つま)は夫(おつと)を敬(うやま)ひかしづき互(たがひ)に助(たすけ)て耕作(かうさく)の勤(つとめ)怠(おこた)らず三男(さんなん)二女をまうけ  その養育(やういく)孟母(まうぼ)の趣(おもむ)きありければ其子(そのこ)みな篤実(とくじつ)質朴(しつぼく)にして考(かう)  行(かう)に事(つかへ)ければ国守(こくしゆ)より褒美(はうび)を給(たまは)り親(おや)は春(はる)は種(たね)を蒔(まき)晴雨(せいう)  をいとはず田(た)を耕(たがや)し丹誠(たんせい)に暇(いとま)なく夏(なつ)の炎(えん)暑を凌(しのぎ)て豊作(ほうさく)を  楽(たのし)み夕顔(ゆふがほ)棚(だな)の下(した)涼(すゞみ)男(をとこ)はてゝら【ててら=下帯・ふんどし】妻(め)は二布(ふたの)【二布=腰巻】して麁食(そしよく)をよろこび  是(これ)を我(われ)天(てん)より授(さつけ)給ふ富貴(ふうき)とのみ歓楽(たのしみ)ければその風儀(ふうぎ)隣村(りんそん)に  なびき皆(みな)醇厚(じゆんかう)になれたま〳〵驕慢(きやうまん)の心(こゝろ)あるものは足(あし)を止(とゞ)  めずこの故(ゆへ)に夫婦(ふうふ)の形勢(かたち)を石(いし)に彫(えり)て古跡(こせき)を残(のこ)せしとぞ 高運(かううん)山(ざん) 三教(さんけう)道(だう)より福禄(ふくろく)道(だう)へ至(いた)り宝(たから)の山(やま)へ行道(ゆくみち)なり平人(へいにん)常(つね)に 【右丁】 安楽(あんらく)の宮(みや)【囲み線あり】 【右丁上部】 忠恕の海  なみかぜなく ゆきわたりて   おだやかなり ○めいぶつ  めで鯛(たひ)  よろこぶ 【右丁図内】 不老(ふらう)不死(ふし)【囲み線あり】 孝心(かうしん)の社(やしろ)【囲み線あり】 ふくの神社(かみやしろ)【囲み線あり】 ○見あげた     山に 二おやを  孝心(かうしん)にまつる 一こく  一じやう しろ  あと みゆる むつまし木(き)【囲み線あり】 ○かないに多し ○ゆ鷹(たか)といふ   とり あり かたいしん台(だい)【囲み線あり】 分家(ふんけ)の社(やしろ)【囲み線あり】 忠義(ちうぎ)堂(どう)【囲み線あり】 このへんに おほく白鼠(しろねずみ)     すむ めでたき【囲み線あり】 身(み)の垣(かき)【囲み線あり】 ○門前(もんぜん)に 松杉(まつすぎ)をうゑて  長久(ちやうきう)を   いのる 一家(いつけ)一門(いちもん)【囲み線あり】 ○このやしろは   しらかべつくりの  むねをならべ   つねにれいぎ      たゞしく   さんけいに     よこみちなく      まつすぐなる       みち一筋(ひとすじ)          あり ○この宮(みや)に  一のとりえ     あり とり居(ゐ)は 取依(とりえ)の  こじ   つけ    なり 【右丁枠外左下部】 道中二ヘン 八 【左丁上部】 鶴舞  千年樹 亀遊  万代池 ○養老(やうらう)の滝(たき)は   宝(たから)の山(やま)にあり  ふくろくだう    よりいたる 【左丁図内】 ゐん居(きよ)山(さん)【囲み線あり】 ほん社(しや)【囲み線あり】 和合(わかう)神(じん)【囲み線あり】 先祖(せんぞの)霊社(みたま)【囲み線あり】 文字(もじ)しゝほさつ【囲み線あり】 無事(ふじ)の玉垣(たまがき)【囲み線あり】 そくいん【囲み線あり】 あんおんどう【囲み線あり】 ○そく  いんの こゝろ  なきは 人にあらずと いふところ     なり ○かなつちで   たゝいて  わたる   いしばし     あり ○この大木しよにんの   たちよるべきかげあり  たちよらはおほ木の        かげといふ          これ           なり しひふか木(き)【囲み線あり】 ○このへん しろ水の ながれ たへず 【右丁】  趣(おもむ)く所(ところ)にして天運(てんうん)循環(じゆんくわん)といふ道(みち)より至(いた)れば本街道(ほんかいだう)にて登(のぼれ)ば下(くだ)る道(みち)  あり諺(ことわざ)に果報(くわほう)は寝(ね)て待(まて)といへども果報(くわほう)とは果報(めぐるむくひ)といふ事(こと)にて陰徳(いんとく)を施(ほど)  こさねば陽報(やうはう)ある事なし運(うん)は天(てん)にあり牡丹餅(ぼたもち)は棚(たな)にありと  いへども棚(たな)へ揚(あげ)る人(ひと)がなければ自然(しせん)に牡丹餅(ぼたもち)のあるべきやうなし此(この)  高運(かううん)山(さん)には善悪(ぜんあく)ともに不慮(おもはず)至(いた)るものあり贔屓(ひゝき)の影(かげ)に道(みち)あり  言葉(ことば)の花盛(はなさかり)なれば追従(ついしやう)賄賂(まいない)の姦智(かんち)によりて諂(へつらひ)内欲(ないよく)の私(わたくし)に  爰(こゝ)に至(いた)るは遂(つひ)に其身(そのみ)を斃(ほろぼす)の訛(あやまり)となるされども人(ひと)はこれを  羨(うらや)むお結構(けつこう)といふ鳥(とり)あり何(なに)にても抓(つかむ)といふ又(また)主(しゆう)のため  親(おや)の為(ため)子孫(しそん)の為(ため)に登(のほ)る事(こと)もあり煩悩(ぼんのう)の雲(くも)に掩(おほ)はれ只(たゞ)  宝(たから)の山(やま)に入(いら)んと欲心(よくしん)に道(みち)を忘(わす)るゝ迷所(めいしよ)なり天命(てんめい)を楽(たのしむ) 【右丁枠外左下部】 道中二ヘン 九 【左丁】  ものは斯(かゝ)る危(あやふ)き道(みち)におもむかず満(みつ)れば欠(かく)る患(うれへ)眼前(がんぜん)にあるべ  き所(ところ)なり昔(むかし)毎内(まいない)といふ人(ひと)欲心(よくしん)深(ふか)く物(もの)を食(くふ)も不食(くはず)に溜(ため)たる  金(かね)を路用(ろよう)となし宝(たから)の山(やま)に至(いた)らんことを思(おも)ひ立(たち)て道(みち)の難所(なんじよ)を厭(いとは)ず  一人の婦人(ふじん)を案内(あんない)に頼(たの)み懸河(けんか)といふ川(かは)をわたり既(すで)にして宝(たから)の山(やま)  の半腹(はんふく)に至(いた)りしとき俄(にはか)に徳風(とくふう)起(おこり)て吹帰(ふきかへ)され先達(せんだつ)の婦人(ふじん)も  見失(みうしな)ひすご〳〵帰(かへり)来(きた)りしとぞ是(これ)を諺(ことわざ)に宝(たから)の山(やま)に入(いり)ながら手(て)を  空(むなしく)して帰(かへ)るといふ五郎(ごらう)時致(ときむね)祐経(すけつね)に対面(たいめん)のとき是(これ)を罵(ののし)りいふ  言葉(ことば)となれりよしや朝比奈(あさひな)こゝに居合(ゐあは)せずとも道(みち)にあらず  して横道(よこみち)よりこの山(やま)に登(のぼ)ることはお つ(◦)こてへろ【へろ=辺ろ。ほとり】ト聖賢(せいけん)のいましめ  給ひし迷所(めいしよ)の高山(かうざん)なり 【右丁】 世渡(よわたり)の迷所(めいしよ)【囲み線あり】 【右丁上部】 かううんざんは おもはずのぼる こともありつねに こゝろがけても  のぼりかねる    なんじよ     なり のぼり  つめれば  くだるみち     あり  うつかりすると   ふみはづして【左丁上部へ続く】 【右丁図内】 高運(かううん)山(さん)【囲み線あり】 その身(み)の花盛(はなさかり)【囲み線あり】 ○その身のはなざかりはかううんざんに    ありさかりのうちにみのなる      あとのくふうなければ            かれきとなるべし 家(いへ)の面木(めんぼく)【囲み線あり】 ○おもはぬ  ときにはな   ひらく    うんの木(き)      なり  はなさきて   みはうゑへ    なりあがる        と       いふ    みやう     もんの     うち       に      あり 増長(そうちやう)谷(たに)【囲み線あり】 ○ぞうちやうだにはかううんざん  しゆつせのたきとりつしん寺の    したにありこゝにおちれば       もとのもくあみだ       みちに        いたる       道あり しろ みづを  ながす 出世(しゆつせ)の滝(たき)【囲み線あり】 立身(りつしん)事(じ)【囲み線あり】 ○ひゐ木と いふ木  おほき  ところ   なり 【右丁枠外左下部】 道中二ヘン 十 【左丁上部】  おちる山みち      なり こゝろをもちひて   ゆだんすべからず 【右丁図内】 みかけた山(やま)【囲み線あり】 ○みかけた山は  つねにのぼるべき  たよりをまつときは     みちづれも       あるべし 細(ほそ)もとでの蔦葛(つたかつら)【囲み線あり】 一 足(そく)とび岩(いわ)【囲み線あり】 ○てばなし一そく とびよりかねのつるをとらへんと  するときはあぶないといふ   ばかりみな人はたかみで        けんぶつなり 金(かね)の蔓(つる)【囲み線あり】 ○かねのつるに    とりつけば    なんじよも     のぼるべき     たよりと       なる 家業(かげふ)者(じや)越(こへ)【囲み線あり】 ○かげふじやごへは やぶさかてのいり  ようかゝりて ぬけみちひけ道に  くるしむなんじよ   なれどもまつくろく     なつてみちを         かせげば        かねのつるに          とりつく         ところ           なり 世渡(よわたり)の橋(はし)【囲み線あり】 ○こけの  ほそ道に    かゝる   りつしん     じへ   ゆけば  しゆつせの    たきに   おもむくべし かせ木(き)【囲み線あり】 ○かせ木(き)は一山(いつさん)のまへにあるゆへに   かせ木いつさんまへ【注】といふ 【いつさんまへ=一三昧。一つのことに集中すること】 【右丁】 不経済(ふけいざい)散財(さんざい)寺(じ) 《割書:事(じ)に|用ゆ》算用(さんよう)道(だう)の抜道(ぬけみち)にあり   本尊(ほんぞん)借銭檀(しやくせんだん)寝者迦(ねじやか)如来(によらい) モウ呉無(くれぬ)損者(そんじや)一統(いつたう)散例(さんれい)の御作(おんさく)    身代(しんだい)質堂(しちどう)伽藍堂(がらんどう) 《割書:食哉(くふや)不食(くはず)なんと上人(しやうにん)再建(さいこん)|空腹(ひだる)ひ甚五郎(ぢんごらう)造立(ぞうりう)》    焼呑陀(やけのみだ)如来(によらい)の尊像(そんぞう) つまらん国(こく)より伝来(でんらい)    左(ひだ)り前(まへ)の身陀(みだ)如来(によらい) 《割書:嘘付(うそつき)弥次郎(やじらう)梵天(ぼんでん)国(こく)にて寄付(きふ)いくらかりが在(あつ)ても|平気(へいき)平左(へいざ)ヱ(へ)門(もん)万八(まんはち)にてとりあはずかうじ町(まち)の井戸(ゐど)より出現(しゆつげん)》  当寺(たうじ)は平気(へいき)にして見(み)かけた山(やま)もなく貧乏神(びんぼうがみ)の社(やしろ)を頭(あたま)の上(うへ)に  祀(まつ)りて祭礼(さいれい)盆暮(ぼんくれ)二季(にき)にあり後悔(こうくわい)道(だう)惣(そう)鎮守(ちんじゆ)とす是(これ)を後(あと)の祀(まつり)と云  本堂(ほんどう)は根接(ねつぎ)前(まへ)にて土蔵(どぞう)大破(たいは)に及(およ)びさいこん自力(じりき)に及(およ)びがたく  親類(しんるい)一同(いちどう)持寄(もちより)掛捨(かけずて)無尽(むじん)の寄進(きしん)あれども身代(しんだい)の大穴(おおあな)ふさぎ  かね焼石(やけいし)の水(みづ)忽(たちまち)かはき元(もと)の木阿弥(もくあみ)陀仏(だぶつ)こゝに出現(しゆつげん)あり係(かゝ) 【右丁枠外左下部】 道中二ヘン 十一 【左丁】  らん亭(てい)に僅(わづか)の縁(えん)に腰(こし)をかけても世間(せけん)は鬼門(きもん)八方(はつはう)ふさがり山門(さんもん)  の工面(くめん)も出来(でき)ず是非(ぜひ)なく分山(ぶんさん)に至(いた)り借銭(しやくせん)の淵(ふち)に落(おち)て浮(うか)む  瀬(せ)なし貧乏(びんぼう)性人(しやうにん)則(すなはち)これなり 雑物(ざふもつ)僅(わづか)次(つぎ)にしるす    略(りやく)縁起(えんぎ) 諸人(しよにん)けちりんの為(ため)しるす  抑(そも〳〵)当山(たうざん)の開基(かいき)は律儀(りちぎ)一編(いつへん)性人(しやうにん)子孫(しそん)の為(ため)に数年(すねん)難行(なんぎやう)苦(く)  行(ぎやう)して幾(いく)ばくの辛苦(しんく)を凌(しの)ぎ鼠色(ねずみいろ)のふんどしも手拭(てぬぐひ)を今朝(けさ)  となし古(ふる)布子(ぬのこ)の衣(ころも)などまとひ無益(むだ)の銭(ぜに)を遣(つか)はず生涯(しやうがい)絹(きぬ)を  肌身(はだみ)に付(つけ)ず稼(かせぎ)溜(ため)身上(しんしやう)の山(やま)未塵(みぢん)積(つも)りて忽(たちまち)間口(まぐち)七間半(しちけんはん)の本(ほん)  堂(どう)を造立(ざうりう)し給ふ夫(それ)より諸堂(しよどう)宝蔵(ほうざう)を建立(こんりう)ありて一代(いちだい)にして  金(かね)の番人(ばんにん)となり給ひ地面(ぢめん)三(さん)が庄(せう)の大地(たいち)を造立(ざうりう)し給ふその 【右丁】  息子(むすこ)放蕩(どら)和尚(をしやう)《割書:おしやうはどらを|しやうなり》栄花(ゑいぐわ)に育(そだち)て奢(おごり)に超過(てうくわ)し  金銀(きん〴〵)は湧物(わきもの)と思(おも)ひ湯水(ゆみづ)のごとく遣(つか)ひ果(はた)して身上(しんしやう)に始(はじめ)は僅(わづか)の  穴(あな)をあけけるに利(り)に利といふ悪魔(あくま)累(かさな)りて大穴(おほあな)となる爰(こゝ)に於(おい)て  身代(しんだい)の山道(やまみち)難所(なんじよ)多(おほ)く下(くだ)り坂(さか)に趣(おもむ)き為事(すること)なすこと鶍(いすか)の  嘴(はし)と齟齬(くひちがひ)多(おほ)く或(ある)ひは山(やま)に掛(かゝ)り火災(くわさい)に係(かゝ)り律義(りちぎ)一遍(いつへん)  性人(しやうにん)数年(すねん)の辛苦(しんく)こゝに於(おい)て空(むなし)く烏有(ういう)となるそれより放蕩(どうらく)  和尚(をしやう)は隠居(いんきよ)和尚(をしやう)となり女房(にようばう)大師(だいし)事務(じむ)を預(あづか)り長(おさ)を振(ふり)  古参(こさん)の家来(けらい)を追出(おひだ)し新(あらた)に経済(けいざい)の守法(しゆほふ)を更(かへ)恣(ほしい)まゝに我(が)  意(い)に募(つの)り万(よろづ)に蔑(ないがしろ)多(おほ)くさかしきに従(したがひ)て親類(しんるい)世間(せけん)の突合(つきあひ)  に追倒(おひたふ)され番頭(ばんとう)再勤(さいきん)後見(こうけん)和尚(をしやう)孫(まご)の浮気(うはき)上人(しやうにん)三世(さんぜ)に至(いた)る 【右丁枠外左下部】 道中二ヘン 十二 【左丁】  牝鶏(ひんけい)の朝(あした)するは家(いへ)の索(つくる)所(ところ)と宜(むべ)なるかな女房(にようばう)大師(だいし)公道(こうどう)を弁(わきま)へず  人情(にんじやう)の非理(ひり)を押(おし)て万事(ばんじ)後悔(こうくわい)道(どう)に至(いた)ることのみ多(おほ)かりければ些(すこし)  の間(ま)に借金(しやくきん)に首(くび)も廻(まは)らず融通(ゆづう)止(とま)りて親々(おや〳〵)堂(どう)證(しやう)考正(かうしやう)の  相談(さうだん)相手(あいて)一個(ひとり)もあらず此(この)とき急(きう)に壁(かべ)に馬(うま)を乗掛(のりかけ)たる無(ない)といふ  兵(つはもの)出(で)ても救(すくふ)べき手段(てだて)なし龍陽魚(ごまめ)の歯(は)ぎしり負吝(まけをしみ)も百計(ひやくけい)  とゝに尽果(つきはて)て只(ただ)あはれむべきは浮気(うはき)性人(しやうにん)独(ひとり)貧乏鬮(びんぼうくじ)を背負(しよひ)  こみて無間(むけん)の鐘(かね)も搗(つく)便(たよ)りなく異見(いけん)の種(たね)も聞(きく)によしなし  左(ひだ)り前(まへ)の尊像(そんぞう)梵天(ぼんてん)国(こく)へ帆(ほ)を懸(かけ)て亡命(かけおち)の身陀(みだ)となり給ふ  是(これ)を諺(ことわざ)に親(おや)は挊(かせぎ)子(こ)は楽(らく)をする孫(まご)乞食(こじき)すると言 満(みつれ)ば欠(かく)る  盛衰(せいすい)栄枯(ゑいこ)の理(ことはり)天命(てんめい)に協(かなは)ざれば此如(かくのごと)し分(ぶん)を量(はかり)足(たる)ことを 【右丁右上部から】 不経済(ふけいざい)散財(さんざい)事(じ)之(の)雑物(ざふもつ)【囲み線あり】 樽(たる)が大事(だいじ)【囲み線あり】 ○月(つき)雪(ゆき)花(はな)の   ながめは    おろか 何(なん)につけても  酒〳〵と呑(のむ)ことに 工面(くめん)めんぺきの尊像(そんぞう)なり   樽(たる)が損者(そんじや)といふ小買(こがひ)が          徳(とく)なり さけ【樽が大事の図内、樽に書かれている】 無多(むた)如来(によらい)の尊像(そんぞう)【囲み線あり】 ○宵(よひ)ごしの銭金(ぜにかね)はもたぬことを   ちかひて殻(から)【読ヵ】さし【注1】の百度(ひやくど)まいりを             よろこび給ふ 【無多如来の図、尊像の台座部分右に倒した形】 弘化二年■ 現金諸色之通 ■■月■■ ○樽(たる)が大事(だいじ)の尊像(そんぞう)は毎日(まいにち)大酒盛(おほさかもり)を   してんわう寺(じ)二日ゑひもちこしむかひ酒(さけ)のみだ    肴(さかな)らうそくの費(ついえ)をいとはずよたんぼう【注4】と也    酔(よつ)たうちの大気(たいき)【注2】むだづかひにあとさきの勘(かん)    定(ぢやう)考(かんがへ)もなくはてはけんくわ口論(こうろん)にかゝりて    家業(かげふ)をやすみ面目(めんぼく)を失(うし)なへども恥(はぢ)とも    おもはず頭痛(づつう)はちまきのくすりざんまい    のみなほしのぐてんどろたぼう【注5】となり費(ついえ)    だい一の尊像(そんぞう)なり吐血(とけつ)酒(しゆ)どく内(ない)そんの     わざはひはこれよりいだす ○奢(おごり)判官(はんぐわん)の守(まもり)本尊(ほぞん)身(み)のほどを弁(わきま)へずゑよう  ゑいぐわにみることきくこと人のする事はうら  やましく一寸(いつすん)さきはやみだによらいあればあり  きりのむかふみず女ぼう大しの御さくにて  物(もの)まへあてなしの借金(しやくきん)引当(ひきあて)間違(まちがひ)借(かり)ては  かへさぬかうじ町(まち)の井戸(ゐど)【注3】より出現(しゆつげん)ある    むだによらい南(な)むさんぼうかしても               かりてもなむ                 あみだぶつ 淫乱(いんらん)性人(しやうにん)の於文箱(おふみばこ)【囲み線あり】 【右丁枠外左下部】 道中二編 十三 【左丁右から】 証拠印(しやうこいん)の真蹟(しんせき)【囲み線あり】 証拠印(しやうこいん)のしんせきは書(かき)いれの有無(うむ)金子(きんす)借用(しやくよう) 證文(しやうもん)なり年月(としつき)つもりて利(り)に利のかさみつひに  かきいれをとられ人手(ひとで)にわたすたしかな證拠(しやうこ)の  印(いん)あるしんせきなり借金(しやくきん)は身代(しんだい)のらうがいやみ  にてだん〳〵にくのへるはてはほねがらみとなり  どうしやうかうしやうのしゆだんつきるやりくり  なんじうのしゆせきなりゆづうによりては          なくてならぬけいざいの             しやうこいんなり 【証拠印の真蹟図内】   借用申金子■■【事ヵ】 一金 三(?)百両也 ■■■■■ 右【以降判読できず】 ○身(み)から出(で)たさび刀(がたな)はみぬけの方剣(はうけん)と いふ奢(おごり)家(け)の重宝(ちやうはう)也 出(いで)てふたゝびもとの  さやへおさまらずすべてものごとさしつまり    たるとき壁(かべ)へ馬(うま)をのりかけ敵(てき)を  見て矢(や)をはぐごとき思慮(しりよ)なければ    善悪(ぜんあく)ともにわざはひのつるぎに     かゝりて身(み)のさびと            なるといへり ○いんらん性人(しやうにん)の御ふみと申はもとより   身(み)ぶん不相応(ふさうおう)の妾宅(せふたく)をしつらへ  女(をんな)ぐるひにおのれがすきの道(みち)へは金銀(きん〴〵)を  つかひすて口には田川や平清の【田川・平清=どちらも料理屋の名前】の美味 をくひあき身(み)には流行(りうかう)のそこいたり【注6】を  かざり僭上(せんしやう)【注7】につのりて身(み)のつとめに おこたり病(やまひ)をしやうじておんせん湯治(たうじ)に            遊山(ゆさん)をことゝすかぎりなき            さんざいをたのしみなじみの女(をんな)            よりのお文(ふみ)さまとたつとぶ           ふけいざいのひとつなり 身(み)から出(で)た錆刀(さびがたな)【囲み線あり】 【注1 からさし=空緡。銭をとめる為の結び目のない銭さし】 【注2 大気=度量がおおきいこと。気が大きくなること】 【注3 こうじ町の井戸=深いもののたとえとして使われる表現。麹町は高台で井戸が深かったことから】 【注4 よたんぼう=ようたんぼう(酔うたん坊)の変化した語。酒に酔っている人。酔っ払い。】 【注5 ぐでん泥田棒=「ぐでん」は酒に酔って正体のないさま。「泥田棒」は「泥田を棒で打つ」の略でめちゃくちゃな振る舞いをすることなので、酔ってめちゃくちゃをすること。】 【注6 底至り=外観は粗末だが、内実或は人目につかぬ所は手がこんで立派なこと。】 【注7 身分を越えて奢りたかぶること。】 【右丁】 不取締(ふとりしまり)のなげ鎗(やり)【囲み線あり】 ○不取締(ふとりしまり)なげ鎗(やり)は鼻毛(はなげ)山(やま)延太郎(のびたらう)所持(しよじ)なしたりといひつたふ  牝鶏(ひんけい)の昃(あした)【晨の誤】するは家(いへ)のつきる所(ところ)なり女(をんな)大将(たいしやう)と世(よ)によばれたる  かまど将軍(しやうぐん)物事(ものごと)行成(ゆきなり)と朝夕(あさゆふ)の合戦(かつせん)に用(もち)ひ高名(かうみやう)してその家(いへ)  滅亡(めつぼう)に及(およ)びたる家内(かない)第一(だいいち)の不調法(ふてうほふ)なり 三損(さんぞん)の身(み)だ【囲み線あり】 ○三損(さんぞん)の身(み)だ如来(によらい)は○大酒(たいしゆ)の身(み)だ○突合(つきあい)の身(み)だ○やけの身(み)だ    いづれも大損(だいそん)にして難登(なんと)放隆(はうりう)事(じ)の什物(じうもの)なりしを生得(しやうとく)                     大酒(たいしゆ)筆(ふで)をくわへて                      終(つひ)によい〳〵よいと                        ほめ給ひ                           し                      散損(さんぞん)の身だと                         申すは                        これなり 性得(しやうとく)大酒(たいしゆ)の筆(ふで)【囲み線あり】 【三損の身だ図内、掛け軸のしつらえの図柄として】 王緑 老松 【右丁枠外左下部】 道中二ヘン 十四 【左丁右上部】 親(おや)乃 撥(ばち)【囲み線あり】 ○孝行(かう〳〵)をしたいじぶんにおやは  なしとかうくわいすれば   おやのばちを  しるべし 金(かね)乃 撥(ばち)【囲み線あり】 ○とんでおごりをしらず  つかひはたしてめがさめれば   身はしやみせんのどうも    じやうがないといふとき      はじめてしれる        かねのばちなり 【親乃撥・金乃撥図内】 不孝 不知足 【左丁右下部】 ○おやのばちはどらをうつに用ゆかたちは   すりこ木(ぎ)のごとく不孝(ふかう)の文字(もじ)あり ○金(かね)のばちは身上([し]んしやう)左(ひだ)り前(まへ)となり    身(み)をひくとき用ゆこれを  左身変(さみへん)のばちあたりといふみな   道楽(どうらく)寺(じ)の什物(じうもつ)にて散財(さんざい)の             名物(めいぶつ)なり 【左丁左上部】 分散(ぶんさん)二足(にそく)三門(さんもんの)額(がく)【囲み線あり】 【分散二足三門額図内】 馬鹿遅変報 ■【臨ヵ】所当極欲 多文盲愁傷 【左丁左下部】 ○この額(がく)は身上(しんしやう)破滅(はめつ)にいたり家財(かざい)のこらず  見たをし【注①】に売(うり)しろ【注②】なすきものをつぶしの直段(ねだん)に  して台所(だいどころ)道具(だうぐ)の宸筆(しんひつ)といひ伝ふ 五百(ごひやく)薬鑵(やくわん) 杓子(しやくし)如来(によらい) 寄喰(よりく)ふ物(もの) 手桶(ておけ)のみだ  あぶりこ【注③】のはそんかなあみだぶつ火箸(ひばし)の頭(かしら)も   ちん〳〵からといふ土瓶(どびん)さうづの作(さく)いまどやき  ほうろくのかたはれねつからふめぬをねをよみかへ   といふなんじうのがく也○文字(もんじ)はばかのろひへん ほふりんしよとうごくよくだもんもうしうしやうとあり 【注① 極めて安く見積もること。又「見倒屋」の略で、品物を極めて安く評価して買い取るのを職業とする人。】 【注② 売って金銭に換える品物。】 【注③ あぶりこ=餅などを焼くときに使う鉄製の網】 【右丁】   知(しつ)て奢(おごる)心(こころ)なき者(もの)は斯(かゝ)る患(うれ)ひ子孫(しそん)にもあらず斯(かく)て親類(しんるい)證人(しやうにん)  位牌所(ゐはいじよ)断絶(だんぜつ)せんことを悲(かなし)み九尺(くしやく)二間(にけん)の裏店(うらだな)を一宇(いちう)再興(さいこう)し  給ひ不経済(ふけいざい)散財(さんざい)事(じ)と号(がう)す後悔(こうくわい)堂(どう)第一(だいいち)の名所(めいしよ)なり 南無山(なむさん)仕損(しそん)事(じ) この山(やま)のはづれにあり本金(もとで)は損者(そんじや)を安置(あんち)す  仕損(しそん)事(じ)は借銭(しやくせん)の渕(ふち)にあり奢(おごる)平気(へいき)の一文(いちもん)なし身代(しんだひ)落城(らくじやう)の  古跡(こせき)にてやしまだんの裏店(うらだな)に引籠(ひきこも)り米櫃(こめびつ)の底(そこ)を見(み)くづと  なり平気(へいき)の一文(いちもん)おんりやう借(かり)とないて諸人(しよにん)をなやませけるを平(へい)  気借(きがり)といふ《割書:またへいき|蟹(かに)ともいへり【注】》伯母(をば)山(さん)の御内證(おんないしやう)よし常(つね)家名(かめい)堅(かた)いか無(む)だするな  吝(しはん)ぼうあかん弁慶(べんけい)などいふつはもの救(すく)ひのため質(しち)の谷(たに)さかおどしに  合力(かふりよく)して帳(ちやう)をけし今度限(こんどかぎり)と戦(たゝか)給ひ平気借(へいきがり)のおんりやうたゝり 【右丁枠外左下部】 道中二ヘン 十五 【左丁】  なくなりしといふ 貪婪(どんらん)山(ざん)強欲(がうよく)持(じ) 中銭道(なかせんだう)より入(い)る算要道(さんえうだう)の迷所(めいしよ)なり  本地(ほんち)銭程(ぜにほど)光(ひかる)闇陀(やみだ)如来(によらい) 黄金佛(わうごんぶつ) 吝嗇(りんしよく)利欲(りよく)和尚(をせう)開基(かいき)   非義(ひぎ)非道(ひだう)妙応(めうおうの)像(ざう) 《割書:爪(つめ)にともす火(ひ)をうしろにせおひ右(みぎ)のおん手(て)にじやけんの|つるぎをもち左(ひだ)りに人(ひと)の金(かね)でしばるのなはをもち給ふ》   思想(しさう)菩薩(ぼさつ) 《割書:利(り)に利を積(つみ)て次第(しだい)に殖(ふえ)実(じつ)子よりも可愛(かわい)くおもふ掛(かゝ)り|子(こ)となづけたる高利(かうり)天(てん)より授(さつか)り給ふ金銀(きんぎん)大事(だいじ)の御 作(さく)なり》   十一面(じふいちめん)観是恩(くわんぜおん) 《割書:親類(しんるい)縁者(えんじや)出入(でいり)するも無心(むしん)いはれまじと十面(じうめん)顔(かほ)をなせども|その上(うへ)に一面(いちめん)かねとともにふやして十一 面(めん)を作(つく)り給ふ古主(こしゆう)の落(おち)|ぶれたるをも見(み)ぬふりをするゆゑくわんぜおんと言ておんしらず|といふ》  この貪婪(どんらん)山(ざん)強欲(がうよく)持(じ)は木食(もくじき)吝嗇(りんしょく)大和尚(だいをせう)の開基(かいき)にして年季(ねんき)奉(ほう)  公(こう)の中迚(うちとて)も地道(ぢみち)のまだるき事(こと)を悟(さとり)主恩山(しゆお[か?]んざん)を潜(ひそか)に下山(げさん)なし僅(わづか)の元手(もとで)に  山(やま)を登(のぼ)り金(かね)の蔓(つる)に取付(とりつき)て当山(たうざん)を開(ひら)き給ふ私欲(くすね)太郎(たらう)有金(ありかね)常(つね) 【注 へいき蟹=平家蟹。甲羅の背面に人面様の突起があり、瀬戸内海に多く生息することから、海に沈んだ平家の怨霊が変化したという伝説がある】 【右丁】  に尊敬(そんけう)なし給ひ身勝手(みかつて)田(だ)欲張(よくばつ)田(た)の持領(じれう)を寄付(きふ)なし給ふ境内(けいだい)は  三角(さんかく)にして事(こと)を角(かく)恥(はじ)を角(かく)義理(きり)を角(かく)この角をはづさず身(み)に垣(かき)を  結(ゆ)ひ世間(せけん)しらずの堂塔(だうたふ)伽蘭(がらん)厳重(げんぢやう)なり  抑(そも〳〵)当山(たうざん)は算要(さんえう)道(だう)第一(だいゝち)の迷所(めいしよ)にして其地(そのち)は太(ふと)つ(◦)原(ぱら)の広(ひろ)き行(ゆき)  止(どま)りあり殺風景(さつふうけい)好(よく)。慾(よく)の海(うみ)深(ふか)く面(つら)の川(かは)厚(あつ)く流(なが)れ不理屈(ふりくつ)と  いへる巌屈(がんくつ)ありその広大(くわうだい)なる限(かぎ)りをしらず金(かね)のなる木(き)四方(しはう)に繁(しげ)  茂(り)世(よ)の中(なか)を見る事(こと)を知(し)らずこの金(かね)のなる木(き)といへるは握(にぎ)り桐(きり)の気(き)。  情無(なさけなし)の気(き)。貰(もらへ)ば貰(もら)ひ桐(きり)。返(かへ)さぬ気(き)。必多栗(ひつたくり)。気(き)むづかし木(き)。属(たぐひ)すべて  種々(さま〴〵)の気(き)生茂(おひしげ)り。慾(よく)に頂(いたゞき)を知(し)る事なし。爰(ここ)に慾(よく)の熊鷹(くまたか)といふ鳥(とり)  ありて。抓(つかみ)たる物(もの)を離(はな)さず。掛鳥(かけとり)は慈悲(じひ)情(なさけ)のなき声(こゑ)高(たか)く無体(むたい)に 【右丁枠外左下部】 道中二ヘン 十六 【左丁】  さへづり推鳥(おしどり)は向(むか)ふ水(みづ)に飛(とび)歩行(あり)く抓(つかみ)鳥(どり)は濡手(ぬれて)で粟(あわ)を喰(くら)  ふことを悦(よろこ)び取鷹(とつたか)見鷹(みたか)といふ鳥(とり)多(おほ)し是(これ)より不人情(ふにんじやう)武佐(むさ)  堀(ぼり)溜(ため)高の城跡(しろあと)取(とつ)た切通(きりどほ)し義理(ぎり)不知(しらず)見不知 我意(がい)の  嶽(たけ)に闇雲(やみくも)絶(たえ)ず掩(おほ)ひ無理(むり)非道(ひだう)を行(ゆけ)ば荒添(あらそひ)の石(いし)《割書:遺志(ゐし)|なり》  横瀬(よこせ)戻瀬(もどせ)返瀬(かへせ)の柵(しがら)み慾(よく)の川(かは)に在(あ)り爰(こゝ)に従来(もとより)其筈(そのはづ)の  弁転(べんてん)を安(あん)置す分(ふん)厘(りん)毛(もう)弗(ほつ)【注】の小判(こばん)の端(はし)を渡(わた)り守銭奴(しゆせんぬ)有(う)  財(ざい)の餓鬼(がき)堂(だう)あり儒家(しゆか)で守銭奴(しゆせんぬ)仏家(ぶつか)にて有財(うざいの)餓鬼(がき)と  いふは倶(とも)に金(かね)の番人(ばんにん)なり一名(いちみやう)慳貪卑悋(しわんぼう)といふ貪婪(どんらん)山(さん)の奥(おく)  の院(ゐん)是なり文盲(もんまう)愚昧(ぐまい)のものは是(これ)を倹約(けんやく)の末法(まつほふ)と心得(こゝろえ)吝(をし)  嗇(み)欲(ほし)がりて金(かね)を溜(ため)るを富貴(ふうき)分限(ぶげん)と思(おも)ふは大(おほ)いなる誤(あやまり)なり 【注 分・厘・毛・弗=いずれも貨幣の単位】 【右丁】 利慾(りよく)の迷所(めいしよ)【囲み線あり】 【右丁上部】 ○みやう   もんに  このんで   いるときは   山みちにかゝる  とくのもんを    こえざれば  まことの   みやうもんの    みちには     いりがたし  高(かう)うん   ざんの   うしろ     なり ○此所みやうもん   りよくのまへ 【右丁図内】 名門(みやうもん)【囲み線あり】 名(な)をうる木(き)【囲み線あり】 徳(とく)をうる木(き)【囲み線あり】 偽(にせ)賢人(けんじんの)社(やしろ)【囲み線あり】 よくの川【囲み線あり】 ○めいぶつ  ほしい  をしい   あり かねの鶴(つる)【囲み線あり】 ○かねの  つる  いくらも    あれ     ども    めつた      には     つか      まらず 【右丁下部】 ○よくの川その    かぎりをしらず ○このなかせんだうと   いふりよくのみち  すぢは日ゝにゆか   ねばならぬ     道すじにて   よのたび人    このかいとうに      くるしむ       なんじよ         なり ○やりくり ○くりまはし ○さんだん ○はう【注】を    かく すべてよの   たび人の  さま〴〵の   ふてう    ありて   このみち    すじを     ゆく      なり 【右丁枠外左下部】 道中二ヘン 十七 【左丁上部】 ○こがねはな     さき ふくじゆ    さう 多(おほ)し ○かね   かけ松 ○ぜに   かけ松    あり ○よのたび     人  りよくの   みちに    かゝりて  よろこび    かなしみ  かんなんしんくの    くるしみ       あり 【左丁図内】 黄金(こかね)の山(やま)【囲み線あり】 古銭(こせん)場(じやう)【囲み線あり】 利慾(りよく)の道(みち)【囲み線あり】 むけんの鐘(かね)【囲み線あり】 ぜに塔(たふ)【囲み線あり】 金(かね)がか滝(たき)【囲み線あり】 ○わがくびの   おちるもしらず  めのくらむましよなり 中銭(なかせん)道(たう)【囲み線あり】 かねが淵(ふち)【囲み線あり】 ○この池(いけ)に    ぜにかめ多(おほ)く   きんせん花(くわ)      はなさく 【注 はう=法又は報ヵ】 【右丁】  倹約(けんやく)は人道(にんだう)第一(だいゝち)の嗜(たしなむ)べき行(おこな)ひにして費(ついへ)を省(はぶ)き奢(おごり)を謹(つゝし)み倹約(つゞましやか)に  節(ほど)よく金銀(きん〴〵)を貯(たくは)へ散(ちら)すことを惜(をし)まず施(ほどこ)し取(とる)べきを取(とつ)て無益(むえき)の  費(ついへ)を厭(いと)ふ是(これ)を倹約(けんやく)といふ吝嗇(りんしょく)はその裏(うら)なり財(さい)を貪(むさぼ)りとりて  散(ちら)すことを悋(をし)む長(なが)き浮世(うきよ)に短(みじか)き命(いのち)を以(もつ)て甘味物(うまいもの)の味(あぢ)をしらず  見(み)べきを見ず行(ゆく)べきに往(ゆか)ず一生(いつしやう)金(かね)の番人(ばんにん)となり生(せい)を貪(むさぼ)り死(し)して  他人(ひと)の為(ため)になる文盲(もんもう)愚痴(ぐち)の至(いた)りなり来世(らいせ)は吝虫(しわむし)と生(うま)れ赤螺(あかにし)  と生を更(かへ)亦(また)人(ひと)に食(くは)るゝなるべし阿房(ばか)の塚(つか)に茗荷(みやうが)を生(しやう)じ彼(かれ)は塚(つか)  に生姜(しやうが)を生(しやう)せんされども我(わが)好む所(ところ)ありてこの山(やま)より好臭(こうしう)皆道(かいだう)へ  の抜道(ぬけみち)少(すこ)しあり好臭(こうしう)皆道(かいだう)は美人(びじん)多(おほ)し末(すゑ)にくわしく誌(しる)す是(これ)より  十六 利勘堂(りかんだう)あり貸(かす)のは損者(そんじや)殖(ふやさ)ずと減(へら)さぬやうにといふ誓(ちかひ)を 【右丁枠外左下部】 道中二ヘン 十八 【左丁】  以(もつ)て建立(こんりう)し給ふ所(ところ)なり爰(こゝ)に安置(あんち)し給ふ非道(ひたう)菩薩(ほさつ)は赤子(あかご)の腕(うで)  をねぢり人(ひと)の難義(なんぎ)をふり顧(かへり)ても見ず慈悲(じひ)の心(こゝろ)は露(つゆ)ばかりもなき  身程家(みほどけ)也(なり)相伝(あひつたへ)て言(いふ)貸(かす)のは損者(そんじや)常(つね)に説(とき)給ふに凡(およそ)世(よ)にあるもの  貧乏(ひんほう)にして金(かね)なき者(もの)生(いき)たる甲斐(かひ)はなしといふ金(かね)を多(おほ)く持(もち)たる者(もの)は  人(ひと)も敬(うやま)ひ馬鹿(ばか)も利口(りこう)に見(み)へ文盲(もんもう)も知者(ちしや)となる金(かね)のわらじを  はくも金銭(きんせん)意(こゝろ)に想(おも)ふこと金(かね)の徳(とく)を以(もつ)て整(とゝの)はずといふことなし只(たゞ)  寿命(じゆみやう)と病(やまひ)のみ金(かね)でも及(およ)ばず夫(それ)金(かね)の妙(めう)なる事 無理(むり)をいへども  道理(だうり)金(かね)の為(ため)に引込(ひきこみ)足(あし)なくして行(ゆき)翼(つばさ)なくして飛(とふ)金(かね)で人(ひと)の面(つら)を  撃(うて)ども腹立(はらたつ)ものなく却(かへつ)てお手(て)の痛(いたみ)を尋(たづ)ぬ子(こ)は育(そだつ)るに費(ついへ)係(かゝ)  り漸(やうやく)成人(せいしん)なせども日々(ひゞ)衣食(いしよく)の費(ついへ)あり金(かね)は證文(しやうもん)一員(ひとひら)を取(とつ)て 【右丁】  手ばなすは危(あやふ)きに似(に)たれども昼夜(ちうや)利分(りぶん)を稼(かせい)で殖(ふや)せども衣(い)  食(しよく)の煩(わづら)ひなし実子(しつし)よりも妻(つま)よりも金(かね)に代(かは)るものはあらず嗚呼(あゝ)  可愛(かあゆき)かな尊(たうと)き哉(かな)と孔方(こうはう)大事(だいし)も説(とき)給ふ不働(ふはたらき)の貧窮(びんぼうにん)は清(せい)  貧(ひん)を楽(たのし)むるぞと負(まけ)をしみより銭金(せにかね)を欲(ほ)しがらずとも吝(をしむ)時(とき)は  事(こと)に臨(のぞ)みて恥(はぢ)をかゝず十(じう)の字(じ)の下(しも)を左(ひだ)りへ押枉(おしまげ)七(しち)となすにも  種(たね)がなければ誰(たれ)とて金(かね)を貸(かす)ものあらん是(これ)我(わが)常(つね)に説(とく)ところ飯(めし)  時(とき)も後(おく)れて空腹(ひもじく)なりし時(とき)喰(くへ)ば菜(さい)もいらずしてそのうへ熟(うま)し  奢(おご)りをはぶきて名利(みやうり)を考(かんが)へ落(おち)たるを拾(ひろ)ひ他(ひと)の捨(すて)たるを取(とつ)ても  元手(もとで)なしに世(よ)を渡(わた)る捨(すて)る紙(かみ)に助(たすか)る紙屑(かみくづ)ひろひあり金(かね)の中(なか)  にありながら。金銭(きんせん)に見限(みかき)られ貧乏(びんぼう)するこそいたましき縁(えん)なき 【右丁枠外左下部】 道中二ヘン 十九 【左丁】  衆生(しゆじやう)は度(ど)し難(がた)し我(わが)宗門(しうもん)に入(いる)ときは金(かね)は湧出(わきいで)自由自在(じゆうじざい)懶惰(なまけ)て  金(かね)を欲(ほし)がる癖者(くせもの)は人間(にんげん)の屑(くづ)久助印(きうすけじるし)上(うへ)なしの痴漢(ばかもの)なりと  愚者(ぐしや)の一徳(いつとく)説得(ときえ)て妙(めう)なる説法(せつほふ)怠(おこた)り給はねば爰(こゝ)に歩行(あゆみ)を  運(はこ)び十六 利勘(りかん)の参詣(さんけい)絶(たゆ)る暇(ひま)なく信心(しん〴〵)に怠(おこた)るものは  働(はたら)きなしと賤(いや)しめられて利益(りやく)必(かならず)薄(うす)しといふ 大山(おほやま)不当(ふたう)妙応(めうおう) 吝嗇(りんしよく)の山(やま)つゞき太原(ふとつはら)の皆身(みなみ)の方(かた)にあり  当山(たうざん)は利欲(りよく)大師(だいし)の開基(かいき)にして新田(しんでん)開発(かいほつ)の功(こう)成就(じやうじゆ)より当(たう)  山(ざん)建立(こんりう)なる証拠印(しやうこいん)一派(いつは)山普師(やまふし)身元(みもと)金證(きんしやう)法印(ほふいん)支配所(しはいしよ)  なり本地(ほんち)不当(ふたう)妙応(めうおう)の尊像(そんぞう)は骨折(ほねをら)ずに金(かね)を儲(まうけ)給ふ霊(れい)  験(げん)あらたなり真言(しんごん)には〽《割書:もうけるさんだんだアまんざらそんなら見きろ|かなア そりやこそうんならあたつたア》常(つね) 【右丁】  に千米(せんまい)を多(おほ)く貯(たくは)へ高下(かうげ)の価(あたへ)を以(もつ)て袁玄道(ゑんげんだう)に近(ちか)き所(ところ)ありて奸(かん)  智(ち)に更(たけ)たる損像(そんざう)なり本地(ほんち)尻喰(しりくらひ)観音(くわんおん)前(まへ)には欲(よく)の海(うみ)深(ふか)く帆(ほ)を  係(かけ)る船(ふね)を繋(つなぎ)おき後(うしろ)に山々(やま〳〵)多(おほ)く難所(なんじよ)多(おほ)し利欲(りよく)の迷所(めいしよ)なり  その道筋(みちすじ)へは追従(ついしやう)軽薄(けいはく)のため莫大(ばくたい)の進物(しんもつ)を送(おく)り媚諂(こびへつら)ひ  一足飛(いつそくとび)の岩(いわ)あり此道(このみち)彼道(かのみち)の屈曲(くつきよく)を厭(いと)はず金(かね)の蔓(つる)に取付(とりつき)  山(やま)に登(のぼ)るものは巧言令色(こうげんれいしよく)を以(もつ)て表(おもて)に美麗(びれい)を飾(かざ)り裏(うら)に  火(ひ)の車(くるま)の苦患(くげん)あり髪剃(かみそり)の刃(は)をわたり薄氷(うすこほり)を踏(ふむ)難行(なんぎやう)苦行(くぎやう)  艱苦(くわんく)を経(へ)て山(やま)に当(あた)る修験者(すげんじや)は常(つね)に螺(ほら)を吹(ふき)嘘八百(うそはつひやく)の法(ほふ)を  行(おこな)ふ是(これ)を法(ほふ)に係(かけ)るといふこの山(やま)に三杉四杉(みすぎよすぎ)の七本杉(しちほんすぎ)あり  金主(きんしゆ)転倒(ころばし)といふ橋(はし)あり山子(やまし)玄関(げんくわん)の跡(あと)前(まへ)広(ひろ)く奥(おく)ゆき 【右丁枠外左下部】 道中二ヘン 二十 【左丁】  狭(せま)し立派(りつぱ)をつくしたり法物(ほふもつ)多(おほ)し○弁口(べんこう)震(ふるひ)の玉(たま)《割書:蘇秦(そしん)張義(ちやうぎ)|より伝来(でんらい)》○  語詫(ごたく)の獏(ばく)○大面(おほづら)の仮面(めん)《割書:西(にし)の国(くに)糠俵(ぬかだはら)百万石(ひやくまんごく)の領主(れうしゆ)より寄附(きふ)|文盲(もんまう)にして人(ひと)を見下(みくだ)すときもちゆ》○偽物(いかもの)  作(つくり)の御太刀(おんたち)○妙殿子(めうでんす)筆(ふで)狼(おほかみ)の衣(ころも)着(き)て狐(きつね)を馬(うま)に乗(のせ)たる絵巻物(ゑまきもの)  其外(そのほか)あまたあり 山(やま)の奥(おく)行止(ゆきどま)りに七面堂(しちめんだう)あり総(すべて)る【総而(すべて)ヵ】鼻(はな)の下(した)  喰(く)ふ殿(でん)建立(こんりう)なり護摩堂(ごまだう)に修法(しゆほふ)に用(もち)ひし薄情(はくじやう)一本(いつほん)あり  ごまの灰(はい)にて作(つく)りたる前立(まへだち)もありといふ 算要(さんえう)道(だう)金銀(きん〴〵)都会(とくわい)の湊(みなと)  この所(ところ)は四民(しみん)とも経済(けいざい)第一(だいいち)の繁花(はんくわ)の地(ち)にて町数(まちかず)殊(こと)に多(おほ)し  五節句(ごせつく)二季(にき)は別(べつ)して群集(くんじゆ)なす大福(だいふく)町(ちやう)元町(もとちやう)金銀(きん〴〵)出入(でいり)町(ちやう)仕(し)  入(いれ)町(ちやう)小遣(こづかひ)町(ちやう)そのほか大家(たいか)小家(せうか)小商人(こあきんど)ともに種(さま)ゝ(〴〵)の町(ちやう)あり入口(いりくち) 【右丁】 身台(しんだい)の迷所(めいしよ)【囲み線あり】 ○だんな   さん  あさね よあそ  びに ひまを  つぶし ゆだん  あれば この めいしよ    に  いたる だんな山【囲み線あり】 しんだいじ【囲み線あり】 ○をか目(め)八もく山より   かたい〳〵といふ 岩山(いはやま)のしんだいじを  のぞいてみれば   おもひのほかの    あなもあり  からくりにてたてたる   ふしんにて     なんじよも       あるなり 浮雲(ふうん)【囲み線あり】 ○このへんには  ふうんと  いふくも    きり つねに   めを くらまし ゆくさきの みへぬ  ところ也 くだる  さかは めの  まへに    あり ○しんだいじのあな大きくあきては   むまることはなはだむづかしき           あなゝり しんたいじの穴(あな)【囲み線あり】 ○めいぶつしがなく   なるこ瓜(うり)あり      みをうり     子(こ)をうりもあり      よわたる        たつきに      からまりて       みはなり        さがると           いふ ふみこたへ滝(たき)【囲み線あり】 ○このたき   しんぼうの   いわ山にあり    こゝの石に三年の     くぎやうすればみかへす          山にいたる 【右丁枠外左下部】 道中二ヘン 廿一 【左丁】 ○喜怒(きど)かいだうはよろこびいかると  かくもじなり人げん一しやうの間 たかきもいやしきもこの道(みち)すじに  いでぬはなしさつたとうげたん木は   そん木ありまたなつよしのしげりたる          ぬまありうれしのもりに           よろこびからすなき                 おもはず                  さいはひありて                    あんしんの                        いたつて                      なんじよ                       なり 居堺(ゐさかい)【囲み線あり】 たん木  そん木【たん木と合わせた囲み線あり】 うれし井【囲み線あり】 うれしの    もり【うれしのもり、囲み線あり】 たのし木【囲み線あり】 費(ついへ)の多(おほ)木(き)【囲み線あり】 ○あきんどうのくだりさか道にかゝれば   けらいけんぞくこゝろそろはずわれ〳〵と  なりて道すじぶつさう也おほかみもの   山〳〵にすみうりだめ【注】をかすめる    ごまのはいありちやうあいを     くらますおひはぎいでゝ      かけだをれはいえおほ        木にゆくさきの         みちみへず          そんのゆく          ことおほし 下(くだ)り坂(さか)みち【囲み線あり】 ○このさかみちへ   かゝりてはあとへも  さきへもゆかれぬ     なんじよなり 【注 売溜め=売上金を溜めること。またそのお金。】 【右丁】  に十露盤(そろばん)橋(はし)有(あり)桁(けた)を渡(わた)り一割(いちわり)二割(にわり)の利徳(りとく)を以(もつ)て割掛(わりかけ)たる小判(こばん)の橋(はし)  なり傍(かたはら)に塵功木(ぢんこうき)あり此所(このところ)締縊(しめくゝり)悪(あし)き町並(まちなみ)あれば諸所(しよ〳〵)抜(ぬけ)みち  多(おほ)し○若(わかい)時(とき)の放蕩(どうらく)に遣(つか)つた借金(しやくきん)の古疵(ふるきず)に年賦(ねんふ)月賦(つきふ)の  引道(ひけみち)多(おほ)し○息子(むすこ)の夜泊(よどまりの)尻(しり)を拭(ぬぐ)ひ番頭(ばんとう)若者(わかいもの)の私慾金(くすねがね)  丁稚(でつち)の買喰(かひぐひ)に抜道(ぬけみち)あり○亭主(ていしゆ)酒(さけ)を呑(のめ)ば女房(にようばう)の寝酒(ねざけ)  お合(あい)お相手(あいて)で呑(のみ)ならひ終(つひ)に一升(いつしやう)二升(にしやう)の日酒(ひざけ)酔(よへ)ば万端(ばんたん)  なげやり台所(だいどころ)の炭(すみ)薪(まき)味噌(みそ)塩(しほ)にまで費(ついへ)多(おほ)く身上(しんしやう)の抜(ぬけ)  道(みち)となる女房(にようばう)は器量(きりやう)望(のぞみ)で貰(もら)はれ何一(なにひと)つ取得(とりえ)もなく横(よこ)の  ものを竪(たて)にもせず奢(おごり)日々(ひゞ)増長(ぞうちやう)して見(み)るもの欲(ほし)がり人(ひと)を羨(うらやみ)  仕立(したて)ものは足袋(たび)の繕(つくろ)ひまで人(ひと)にたのむ費(ついへ)多(おほ)く里(さと)の困窮(こんきう) 【右丁枠外左下部】 道中二ヘン 廿二 【左丁】  に引道(ひけみち)多(おほ)き身上(しんしやう)の抜道(ぬけみち)なり隠居(いんきよ)の佛(ほとけ)さんまい賽銭(さいせん)寄(き)  進(しん)の後生(ごしやう)願(ねが)ひ臍(へそ)くり金(かね)で間(ま)に合(あは)ず本家(ほんけ)の痛(いた)みとなる  抜道(ぬけみち)なり 好臭(こうしう)皆働(かいどう)色(いろ)の道(みち) 此所(このところ)は人間(にんげん)第一(だいいち)の迷所(めいしよ)多(おほ)し前編(ぜんへん)にくわし  恋(こひ)の山路(やまぢ)高低(たかびく)あるゆゑに高いも低(ひく)いも色(いろ)の道(みち)といふ恋(こい)の渕(ふち)あり  清水(せいすい)稀(まれ)にして泥水(どろみづ)多(おほ)し爰(こゝ)に首丈(くびたけ)はまれば浮(うか)む瀬(せ)なく一命(いちめい)  をもあやまつと言 恋(こひ)の棧梯(かけはし)には金銀(きん〴〵)人柱(ひとはしら)を用(もち)ゆ恋(こひ)の闇路(やみぢ)  に迷(まよ)へば行先(ゆくさき)は見へす逆(のぼ)せあがりて人の異見(いけん)も耳(みゝ)に入(いら)ず思(し)  案(あん)の外(ほか)の道筋(みちすじ)なり  ○比翼鳥(ひよくのとり)○連理枝(れんりのえた)○結(むすぶ)の神(かみ)の社(やしろ)あり月老神(むすぶのかみ)と言《割書:○くわしくは前へんの|道中記にあり》 【右丁】 逢身(あふみ)八契(はつけい)【囲み線あり】色(いろ)の道(みち)好臭(こうしう)皆道(かいどう)にある名所(めいしよ)なり ○やくそくをしたに こぬゆへいろ〳〵おも ひすごしをして のぼせあがり とんときち がひじみたと いふこゝろ     なり 不逢狂乱《割書:おもふ人にあはぬゆへ|ものぐるひのけしき也》【囲み線あり】 ○人はひまで   ゐるはわろし  ちよつとした   事が    しやくに     さはり  あつくなりて   ぐちをこぼす     ひまでゐる      ゆへのこと          なり 隙(ひま)の口説(くせつ)《割書:ひざをならべていふことが|ないとぐちをいふけしき也》【囲み線あり】 見会(みゑ)の番頭(ばんとう)《割書:出ばんのときりつはな|なりでゆさんにでるけしき》【囲み線あり】 ○たまさかのゆさんゆへ   こしらへたいるいを たのしみにして きて出たところは  みゑも    よく  ゆさん    とも  なるべし ○ともだちと   やくそくして  こゝでおちあふ  つもりなれば   よんで    もらう ○たのまれて   よびにゆくを   合(あは)せるきはんと         いふ 合(あは)せる気半(きはん)《割書:よびだしてあひたいと|たのむゆへよんでやる|     けしき也》【囲み線あり】 【右丁枠外左下部】 道中二ヘン 廿三 【左丁】 ○あんまりこゝろやすだてがすぎれば   かうもしさうもないものあゝも         しさうもないものと           いひぶ□【んヵ】              ふえて             あいそか             つきた               と            いふこと              なり 意趣(いしゆ)山(やま)の飽(あき)の盡(つき)《割書:あいそつかしにさま|〴〵といひぶん山ほど|ありあきていやになりし|        けしき》【囲み線あり】 ○ものごとになれぬ   ものゆへ  きばかりもむ   ことおほし せいてはことを   しそんずる  むまれつきの    せはしないと      いふこと         なり 下手の憋性《割書:せわしくせきこんで|しそこなふけしき》【囲み線あり】 ○あめにもゆきにもいと   はずにやくそくを         たがへぬは      しんじつの         こゝろ           なり 傘(しろき)【?】の夜(よる)の歩行(あゆみ)《割書:ゆくさきでのみすこし|おそくかへるはけしき|     よろしからず》【囲み線あり】 ○ひとりつく〳〵よのなかの   あぢきなきをかんがへ    ゑりにかほ       さしいれて  ものおもはしき         を  らくがんとも    いふべき  こぢつけ     ならん 片々(かた〳〵)の落顔(らくがん)《割書:かた〳〵はこゝにはゐず|ひとりじゆつくわいの|    けしきなり》【囲み線あり】 【右丁】 青楼(せいろう)全盛(せんせい)の桜見(はなみが)岡(をか) 二品(にほん)堤(つゝみ)の中央(ちうわう)逢門(あふもん)の中(うち)にあり  有頂(うてう)天神(てんじんの)社(やしろ) 《割書:便(たよ)りを待(まつ)王(わう)つかつた穴(あな)を埋(うめ)王(わう)いづれも桜丸(さくらまる)に |自腹(じはら)をきりしあとなり祭礼(さいれい)紋日(もんひ)もの日にあり》  通(かよ)ふ神(かみ) 《割書:通(つう)も不 通(つう)も生気木(なまぎゝ)も老若(らうにやく)男女(なんによ)おしなへてこの神(かみ)の利益(りやく)□【にヵ】|あづからずといふ事なし客人(きやくじん)大明神(たいめうじん)とあはせまつる》 太夫(たいふの)松(まつ) 緑(みどり)といへる頃(ころ)より苦海(くがい)の中(うち)に育(そだち)太夫(たいふ)の松(まつ)に至(いた)るこれを  大心木(おほしんき)といふ子(こ)を捨(すて)る藪(やぶ)につゞき嘘(うそ)の川(かは)の水上(みなかみ)流(なが)れの身(み)にして客(きやく)を  止(とゞ)むる柵(しがらみ)あれども真実(しんじつ)の水(みづ)泡(あわ)と消(きえ)客(きやく)に偽(いつわり)多(おほ)き世(よ)となりては  手鳥(てとり)空鳴鳥(そらなきとり)の手 管(くだ)に及(およ)ばず泣(ない)て嬉(うれ)しき宵(よひ)もあり笑(わら)ふて  愁気(つらき)後朝(きぬ〴〵)もまたの逢瀬(あふせ)は風(かぜ)次第(しだい)と繋(つなぎ)かねたる捨(すて)小舟 爰(こゝ)  に便船(びんせん)する傾城(けいせい)傾国(けいこく)といふ放蕩(ほうたう)者(もの)ありて嘘(うそ)の川(かは)に堕落(おつこち)  身代(しんだい)を硯蓋(すゝりぶた)の蓮根(れんこん)よりも多(おほ)く穴(あな)をあけ大平(おほひら)の焼麸(やきふ)の如(こと)く 【右丁枠外左下部】 道中二ヘン 廿四 【左丁】  迦蘭胴(からんどう)となして勘堂(かんだう)の別当(べつたう)真裸(まつはだか)宗好院(そうこうゐん)となる是(これ)国(くに)を傾(かたふ)け  城(しろ)を傾(かたふ)け家(いへ)を傾(かたふ)け身(み)を失(うしな)ふ男(をとこ)に傾城(けいせい)の名(な)はありといふ遊女(いうちよ)  の客(きやく)に媚(こび)て愛(あい)をもとむるは渡世(とせい)にゆだんなきものなり 山(やま)の神(かみ)の祠(ほこら) 妻皆(さいかい)同(どう)嫉妬(やきもち)坂(ざか)の真中(まんなか)にあり口八丁(くちはつちやう)手八丁(てはつちやう)にもありと  いふ相伝(あいつたへて)曰(いふ)加家阿(かゝあ)左衛門(さゑもんの)情(じやう)女房(にようぼ)於乱(おらん)といふもの七去(しちき[よ])兼備(けんび)にして  女大将(をんなたいしやう)と呼(よ)び竈(かまど)将軍(しやうぐん)と申 我儘(わがまゝ)気儘(きまゝ)の豪傑(がうけつ)にして思(おも)ひ邪嶋(よこしま)  に身(み)の城(しろ)を構(かま)へ朝寝(あさね)正好(しやうすき)昼成(ひるなり)奇験界(きげんかい)の湊(みなと)に出張(でばり)て尻癖(しりくせ)  悪(あ[し])き我(わか)軍配(ぐんばい)を弁(わきま)へず日酒(ひざけ)大酒(おほざけ)にあるないの舌戦(ぜつせん)絶(た)へず癇(かん)  癪(しやく)向腹(むかはら)に剣(けん)の峯(みね)を見(み)せ付(つけ)不理屈(ふりくつ)に柄(ゑ)をすげ口鉾(くちほこ)となし  亭主(ていしゆ)を小児(せうに)のごとくに扱(あつか)ひ軍兵(ぐんひやう)を指揮(しき)して差出口(さしでぐち)をきゝ 【右丁】  明達(さかしき)まゝに角(つの)を直(なほ)して牛(うし)を殺(ころ)すといふ人の善悪(ぜんあく)を詈(のゝし)り  他(ひと)を嫉(そね)み羨(うらや)み日々(ひゞ)足(たる)事(こと)を不知(しらず)万事(ばんじ)不足(ふそく)を言(いひ)て驕漫(おごり)を  事(こと)とす人(ひと)この神(かみ)の託宣(たくせん)に背(そむけ)ば忽(たちま)ち罰(はぢ)を蒙(かうむ)るあらたか  なる故(ゆへ)に山(やま)の神(かみ)といふまたひきずりの神(かみ)ともいふ 内儀(ないぎ)清浄(しやう〴〵)の屋代(やしろ) 妻皆道(さいかいだう)に在(あ)りこの於神様(おかみさま)は家事(かじ)倹約(つゞまやか)  にして慎(つゝし)み深(ふか)く夫(おつと)を天(てん)の如(ごと)く敬(うやま)ひ常(つね)に口数(くちかず)を少(すくな)く諸芸(しよげい)に  渉(わた)り給へども面(かほ)にも顕(あらは)さず別(べつ)して縫針(ぬひはり)の業(わざ)を得(え)給ふ子孫(しそん)  の為(ため)に子(こ)の養育(やういく)等閑(なほざり)なく教(をしへ)かた厳(おごそか)なるゆへにその子(こ)篤実(とくしつ)  にして老(おい)て後(のち)孝養(かうやう)を請(うけ)給ふ内儀(ないぎ)善神(ぜんじん)と申す清浄(しやう〴〵)の  屋代(やしろ)にて家内安全(かないあんぜん)を守(まも)り給ふと云(いふ) 【左丁】 逢愁街道(あふしうかいだう)は後悔道(こうくわいだう)の続(つゞ)きなり常(つね)に旅人(たびゝと)偶然(うつかり)とこの道筋(みちすじ)に  係(かゝ)る迷所(めいしよ)なり身(み)を知(し)る者(もの)は爰(こゝ)に行事(ゆくこと)を独(ひと)り慎(つゝし)む難所(なんしよ)なり  逢愁街道(あふしうかいだう)は幸不幸(かうふかう)の人(ひと)禍福(くわふく)ともに迅風(はやてかぜ)の如(ごと)く登(のぼ)り坂道(さかみち)忽(たちま)  ち下(くだ)り坂(さか)となる有為転変(うゐてんべん)の道筋(みちすじ)にていつも大船(おほぶね)に乗(のつ)た気(き)で  居(ゐ)るときは後悔道(こうくわいだう)に至(いた)る所(ところ)なり倒転先(ころばんさき)の杖(つえ)をつかず先(さき)に  立(たつ)道連(みちづれ)もなしといふ 南無三方荒神(なむさんばうくわうじん)の社(や[し]ろ) この社(やしろ)に百日(ひやくにち)の説法(せつほふ)ありしを放屁(はうひ)一 ̄ツ で種(たね)なしと  なす其時(そのとき)尻(しり)をすぼめたる旧跡(きうせき)なり◦跡(あと)の祭(まつり)あれども何事(なにごと)も  間(ま)にあはず皆(みな)後悔道(こうくわいだう)にあり 勘堂(かんだう)難渋(なんじふ)さんしよの一(いち)北儘(きたまゝ)上(うは)ばい千手観音(せんじゆくわんおん) 虱紐(しらみひも)の守(まもり)あり 【右丁】  詠哥(ゑいか) 父(ちゝ)のすね母(はゝ)の乳(ちゝ)こそ恋(こひ)しけれ遊(あそ)んで喰(くら)ふ事(こと)のならねば 鼻欠地蔵堂(はなかけぢぞうだう) 若時(わかいとき)の身持(みもち)放蕩(はうたう)瘡毒(さうどく)のため鼻欠(はなかけ)の尊像(そんぞう)となる 愚転堂(ぐでんだう) 夜前大酒(やぜんたいしゆ)に浮(うか)れ散財(さんざい)金入(かねいれ)をはたき米(こめ)がないに差(さし)  支(つかへ)たる頭痛(づつう)鉢巻(はちまき)よせばよかつたといふ後悔道(こうくわいだう)の迷所(めいしよ)  此辺(このへん)すべて宵越(よひごし)の金銭(きんせん)を貯(たくは)へず元日(ぐわんじつ)に大晦日(おほみそか)を思(おも)はず毎月(まいつき)  晦日(みそか)にいたり店賃(たなちん)の才覚(さいかく)につまる風俗(ふうぞく)にして臍(ほぞ)を噛事(かむこと)定(ぢやう)  例(れい)なり〽あすありと思(おも)ふ心(こゝろ)の山桜(やまざくら)夜(よる)は嵐(あらし)の吹(ふか)ぬものかは ̄ト いふ  古哥(こか)を手前考(てまへかん)【手前勘とあるところ】に注(ちゆう)を付(つけ)一寸先(いつすんさき)は闇雲峠(やみくもたうげ)向(むか)ふ水(みづ)に世(よ)を渡(わた)り  儘(まゝ)よ儘(まゝ)の川(かは)の流(ながれ)光陰(くわういん)の矢(や)よりも迅(はや)く往成(ゆきなり)三方(さんばう)の峯(みね)にひま  ゆく駒(こま)を乗掛(のりかけ)後悔(こうくわい)こゝに至(いた)つて詮(ぜん)なき悪風(あくふう)なり児童(こどもしゆ)謹(つゝしん)で 【左丁】  この道(みち)に入(いり)給ふな 苔野一心事(こけのいつしんじ) こけの細道(ほそみち)にあり野暮天神(やぼてんじん)を遷(うつ)し祀(まつ)る食(くは)ず貧(ひん)  楽寺(らくじ)境内(けいだい)つゝ〳〵一(いつ)ぱいの宮居(みやゐ)なり我(わが)いへ楽(らく)の釜(かま)が淵(ふち)は古(ふる)  川(かは)の水(みづ)たえず流(なが)れ苦労(くらう)もなき道(みち)すじ気楽(きらく)にして福禄(ふくろく)  道(だう)安楽(あんらく)の道(みち)すじなりねんりき岩(いは)あり 道楽事(だうらくじ)五重(ごぢう)の宝塔(はうたふ) 無分別性人(むふんべつしやうにん)造立(ざうりふ)  出世(しゆつせ)の道(みち)に至(いた)る事(こと)あたはず寧(いつそ)浮世(うきよ)を夢(ゆめ)にして呑(のみ)倒(たをれ)あれば  あり桐(きり)の木(き)を以(もつ)て造(つく)り年中(ねんぢう)質屋(しちや)の奉公(はうこう)ばかりして《振り仮名:上ケ下ケ|あげさげ》  世話(せわ)しき放蕩(はうたう)なり自(みづか)ら嘆(たん)じて云(いふ)一升入(いつしやういり)瓢(ふくべ)は一升(いつしやう)入(いる)蝿取(はいとり)  蜘蛛(ぐも)に袋蜘蛛(ふくろぐも)挊(かせ[い])でも追付(おひつく)貧乏(びんぼう)あれば気儘(きまゝ)に暮(くら)すが 【右丁】  一生(いつしやう)の得(とく)なりと擬(ゑせ)賢人(けんじん)の心(こゝろ)にいへども内心(ないしん)は金銭(きんせん)が抓(つかみ)つく  ほど欲(ほ)しく高味(うまいもの)は喰(くは)ず嫌(ぎら)ひ不勝手(ふかつて)ゆへの出(で)ぎらひは是(これ)も  損者(そんじや)の伝法(でんほふ)にて性事(しようこと)なしの負(まけ)をしみ搭々(たふ〳〵)仕舞(しまひ)が至極(しごく)の  体想(ていさう)火(ひ)の車(くるま)の苦患(くげん)あり随徳寺(ずいとくじ)へ至(いた)る脇道(わきみち)もありと云 借(かりる)ゲ大名人(だいめいじん) 此神(このかみ)は地蔵(ぢざう)菩薩(ぼさつ)の如(ごと)き顔(かほ)にて口説(くどき)つ頼(たの)みつ  借(かり)るが最期(さいご)返(かへ)さぬ木(き)真平(まつひら)誤(あや)まつた居(ゐ)なり 大名神(たいみやうじん)  不居(ゐず)言元(ごんげん)と留守(るす)をつかふ催促(さいそく)の言(いひ)わけに詰(つま)りて切金(きれがね)の  返済(へんさい)忽地(たちまち)以前(いぜん)の地蔵(ぢざう)に引替(ひきかえ)焰魔大王(ゑんまだいわう)の如(ごと)くたゞ  とられるやうに思(おも)ふ身体(しんたい)なり 厄介(やつかい)の峰(みね) 親分山(おやぶんさん)店請印(たなうけいん)借(かり)ぬは損者(そんじや)亡命(かけおち)の旧地(きうち)逃(にげ)るが 【左丁】  一(いち)の谷(たに)あかん弁慶(べんけい)それがよし経(つね)逆落(さかおと)し掛取越(かけとりごえ)といふ  借金(しやくきん)引請(ひきうけ)雑物(ざふもつ)の百貫(ひやくくわん)の形(かた)に編笠(あみがさ)一葢(いつかい)○一ツ竈(へつつひ)  ○猫(ねこ)の椀(わん)蚫貝(あわびかひ)にやんまみだ仏(ぶつ)の名号(みやうがう)◦古畳(ふるたゝみ)四畳(よぢやう)のけさ【左に:今朝】  等(とう)なり 金沢山(かねたくさん)福禄延寿隠(ふくろくゑんじゆいん) 当山(たうざん)は正直(しやうぢき)正路(しやうろ)の真直(まつすぐ)なる  道(みち)にて宝(たから)の山(やま)安楽(あんらく)の都(みやこ)といふ四方(しはう)金銀(きん〴〵)の岩山(いはやま)にて堅(かた)  い身代(しんだい)と云(いは)るゝ霊場(れいぢやう)也 白壁造(しらかべづく)り棟(むね)をならべ黄金(わうごん)のうなる  声(こゑ)高(たか)く聞(きこ)えて目出滝(めでたき)には出世鯉(しゆつせごい)つねに昇(のぼ)り笑(わら)ふ  門(かど)には福(ふく)をむかへて波風(なみかぜ)たゝぬ初春(はつはる)を万(ばん)〳〵歳(ぜい)と  祝(しゆく)す霊山(れいざん)なり 【右丁】 倩(つら〳〵)おもん見(み)ても何程(なにほど)考(かんが)へても光陰(くわういん)の箭(や)隙行(ひまゆく)駒(こま)の早(はや)き こと言(いは)ずと知(し)れた事なれば嫁(よめ)が姑(しうと)になり息子(むすこ)親父(おやぢ)となるは 一瞬(またゝく)間(ひま)にて千里(せんり)の旅(たび)も帰(かへ)るときあり人間(にんげん)一生(いつしやう)の道中(だうちう)は皈(かへる) 日(ひ)なし若(わか)くして足(あし)の達者(たつしや)な時(とき)善(よき)道(みち)づれに案内(あんない)を求(もと)め 迷所(めいしよ)の横道(よこみち)へ這入(はいら)ず正路(しやうろ)の道(みち)を真直(まつすぐ)に宝(たから)の山(やま)安楽(あんらく)の 都(みやこ)にいたるべしゆめ小児輩(こどもしゆ)怠(おこた)り給ふな  ◦是(これ)にもれたる迷所(めいしよ)は三(さん)べんにくわしくしるしつゞいて   出板(しゆつはん)いたし候         《割書:東|都》一筆菴英泉画作【落款 横書き】弌筆【▢で囲む】 【左丁】 《割書:御|免》 御高札写  《割書:半紙本|中 本》  全一冊 【縦線あり】 主従日用条目《割書:付《割書:リ》火ノ用慎》 《割書:四民日用の心得を狂文にてしるしたれば》 民家日用条目   各一 《割書:童蒙にも諭し安く教訓専一の事を|以て忠恕を爾す毎家に貯へて有益と言べし》 【縦線あり】 《割書: |溪斎英泉翁筆》       《割書: |此策【草の誤ヵ】子は名将勇士の勲功を並て輯録》  絵本英勇鑑   全二 《割書:して初めに画図をいだせり治世に乱を忘|ざる勧懲の一端共なるべき画本なり》 【縦線あり】 《割書: |哥川国直筆》        《割書: |古今諸書に出たる英勇豪傑を画き》  絵本武者袋   全一 《割書:其傍に略伝をしるしたればことの|年月時日を弁へ且童蒙の伽草紙に可也》 【縦線あり】 《割書:諸職|必用》紋切形《割書:溪斎英泉輯録 全》 《割書:此冊子は画道独学ひの事諸家の定|紋割方地紋の書やう或は切方縮て|諸職坐右に貯置て重宝のことを誌り》 【縦線あり】 百人一首女訓抄《割書:山田常典大人挍》全一冊《割書:此本は色紙短冊の認方を弁へ|且歌の意味くはしくしるしたれば|童女子のたよりとなる画本なり》 【右丁】    《割書: |一筆菴主人偽作》 《割書:人間一生|独案内》善悪道中記 全 《割書:此草子は人一生の貧福栄枯得失の|事を道中の趣になぞらへ滑稽を旨と|なし児女童蒙の教訓となるべきことを認り》    《割書:溪斎英泉画》 【縦線あり】 《割書: |善悪道中記第二編》 同 迷所図会  全 《割書:前編に倣ひ名所図会の体裁を以て|なりみを尽したれば腹を抱ゆる洒落本也|されども勧善懲悪の意味を失ふ事なし》 【縦線あり】 《割書:善悪道中記第三編》 同 迷所一覧  全 《割書:二編に嗣で其もれたるを補綴し名産|奇物に託して世間人情の趣を滑稽に|しるして以て教訓の一端をなせり》  《割書:一勇斎国芳画》 【縦線あり】 同 四編五編《割書:追々近刻》 《割書:此編は草木虫魚鳥獣に比して世の中に|普通の情態をおかしく串戯を以て|教訓の一助となるべきやうにしるせし戯作也》 【縦線あり】 《割書: |前北斎卍老人筆》  卍翁 叢画 全一冊 《割書:老先生九十年長寿にして今猶壮年の|人も及ばす独学一家の妙筆更に衰へす|実に伝神開午にして目出度画手本也》 【縦線あり】 《割書:早|割》十露盤稽古鑑《割書:折本|一冊》 《割書:此本は是迄有来る所の塵功【ママ】記と|ちがひ童蒙にも解し安きやう|早割を以てしるせし重宝なる本なり》 【左丁】 《割書:相|撲》改正金剛伝《割書:立川焉馬作|歌川豊国画》全二冊《割書:此草子は近来の力士重立|たるをあげ最初より名前|替りたるを委敷撰し本也》 【縦線あり】 《割書:相|撲》関取名勝図会《割書:右同作|右同画》全一冊《割書:此草子は近世の相撲名乗を|国々の名所古跡にひやうし|おもしろき画本なり》 【縦線あり】 《割書:力競|表裏》相撲取組図会《割書:右同作|右同画》全一冊《割書:此冊子は往昔の力士相撲横綱|免許之初めより今に至るまで|撰み四十八手の諸画に顕せし本也》 【縦線あり】 実語教童子教余師 全一冊 《割書:此本は本文の二教を悉く|ひらがなにて注を入童蒙にも|解し安きやう撰し本なり》 【縦線あり】 《割書:諸職往来|御江戸方角》 各一冊 《割書:諸職往来江戸方角の本世にあるといへども|誤り字ありて即座に迷ふ事あり此書は|御家流にて大字に認たれは御手本に相成宜本也》 【縦線あり】  嘉永二己酉年正月再刻 銀座四町目     東都書肆 頂恩堂 本屋又助寿梓 【裏表紙】