虎列剌豫防諭解 《割書:各一| 計二》 虎列剌豫防諭解 各一 計二 内務省《割書:社寺局|衛生局》編輯 《題:虎列剌豫防諭解  完》 【右頁】 内務省《割書:社寺局|衛生局》編輯 虎列剌豫防諭解    社寺局出版 【左頁】 緒言 昨年虎列剌病ノ流行セル患者拾六萬余人二上リ 其内十萬余人ハ遂ニ之レガ犠牲トナレリ人世ノ 毒害ヲ逞ウスルモノ虎列剌ヨリ甚シキハナシ是 時ニ當テヤ政府豫防ノ規則ヲ發シ各地方ノ官吏 ハ百方此ニ盡力シタリト雖モ憾ムラクハ細民其 旨ヲ解セズシテ病毒ノ畏ルベキヲ知ラズ或は隠 蔽忌避シ或ハ頑嚚不逞ニシテ誠實ニ之ヲ遵奉スル モノ少ナキヲ以テ十分ニ豫防ノ成効を見ルコト能 虎列剌豫防諭解 緒言 内務省 【右頁】 ハザリキ蓋シ斯民ヲ開諭啓導シテ先ヅ其蒙ヲ發 クニ非ザレバ如何ナル良善ノ法律規則アリト雖 トモ決シテ其美果ヲ結ブコト能ハズ然シテ朝トナク 夜トナク孜々諄々戸ニ説キ家ニ諭シ遂ニ能ク其 良心ヲ挑發シ頑ヲ解キ愚ヲ啓キ以テ斯民ヲ至惨 ノ害毒ニ脱セシムルモノハ特ニ敎導職ノ説諭ニ 頼ラズンバアラズ我内務卿大ニ此ニ見ルアリ乃 チ此諭解一篇ヲ草セシメ以テ其説敎ニ資セント ス幸ニ敎導職タル人能ク此誠意ヲ體シ其力ニ因 リテ人民ヲシテ普ク傳染病ノ畏ルベキヲ知リ各 【左頁】 自豫防ノ方法ヲ實践シ兼テ養生自衛ノ道ヲ會得 セシムルニ至ルヲ得バ日本全國ノ健康即チ富彊 ヲ他日ニ企望スルヲ得ベシ而シテ其要只人民各 自ニ己ガ一身ノ健康ヲ保護スルノ良心ヲ啓發ス ルノ一點ニアルノミ   明治十三年四月   内 務 省 【左頁】 虎列剌予防(これらよぼう)の諭解(さとし)  第一章   虎列剌(これら)其他(そのた)伝染諸病(でんせんしよびやう)の予防(よばう)及(およ)び制伏(せいふく)の事(こと) 凡(すべ)て人(ひと)の世(よ)の中(なか)に在(あ)るには形(かたち)ある敵(てき)と形(かたち)なき敵(てき) とありて斷(た)えず人(ひと)の生活(すぎはひ)を妨(さまた)げ身(み)の健康(けんかう)【「たつしや」左ルビ】を害(がい)し 甚(はなはだ)しきは貴(たふ)とき命(いのち)を奪(うば)ひ去(さ)りて之(これ)を絶(たや)さんとす るに至(いた)る戦争(いくさ)洪水(おほみづ)飢饉(ききん)大風(おほかぜ)火災(くわじ)地震(ぢしん)等(とう)は多(おほ)くは 形(かたち)あるものにて人々(ひと〴〵)も普(あま)ねく知(し)りたるいと恐(おそ)る べき大敵(たいてき)なりされど此形(このかたち)ある敵(てき)の外(ほか)更(さら)に形(かたち)なき 【右頁】 敵(てき)ありて形(かたち)あるものよりは一層(いつそう)劇(はげ)しき害(がい)をなし 且(かつ)其敵(そのてき)の所為(しわざ)曾(かつ)て人(ひと)の耳目(みゝめ)に掛(かゝ)らず正(まさ)しく害(がい)を なしたる後(のち)に至(いた)りて始(はじ)めて其(その)畏(おそ)るべきを知(し)るも のあり此敵(このてき)は是(こ)れ何物(なにもの)なるや即(すなは)ち虎列剌(これら)其他(そのた)の 伝染病(でんせんびやう)なり其(その)攻(せ)め来(きた)る鋒刃(ほこさき)は極(きは)めて神變不測(しんべんふしぎ)に して如何(いか)なる所(ところ)に潜(ひそ)み隠(かく)れ如何(いか)なる所(ところ)より撃(う)ち 出(いづ)るか容易(ようい)に之(これ)を知(し)り難(がた)く吾人(われひと)ともの目(め)に觸(ふ)れ ざるゆゑ之(これ)を形(かたち)なき敵(てき)と云(い)ふなり其人間(そのにんげん)に害毒(がいどく) をなすこと形(かたち)ある敵(てき)よりも夐(はる)かにまさりて畏(おそ)る べき大敵(たいてき)なり 【左頁】 さて斯(か)く畏(おそ)るべき病敵(びやうてき)も決(けつ)して偶然(ぐうぜん)に攻(せ)め来(きた)り て其害毒(そのがいどく)をなすものならず来(く)るには必(かなら)ず来(く)るだ けの自然(しぜん)の道理(だうり)のあることは戦争(いくさ)飢饉(ききん)洪水(おほみづ)等(とう)其(その) 天然(てんねん)の理(り)に因(よつ)て出来(いでき)たるに異(こと)ならず凡(すべ)て此等(これら)の 災害(わざはひ)は皆(みな)それ〴〵の道理(だうり)ありて起(おこ)るものにて決(けつ) して神佛(しんぶつ)の冥罰(ばち)にも非(あら)ず又(また)悪魔(あくま)の所為(しわざ)にも非(あら)ず 若(も)し神佛(しんぶつ)の怒(いかり)ならば善(ぜん)を祐(たす)くる神佛(しんぶつ)が慈悲善根(じひぜんごん) の人(ひと)までも悪人共(あくにんとも)におしなべて生命(いのち)を絶(た)つの理(り) はあらじ若(も)し亦(また)悪魔(あくま)の所為(しわざ)ならば人力(じんりよく)を以(もつ)て防(ふせ) ぎ得(う)るの理(り)なかるべし