《題:《割書:百|鬼》徒然袋     中》 【右丁】 《題:鎗毛長(やりけちやう)》 日本無双の剛の者の 手にふれたりし毛鑓 にや怪(あや)しみを見て あやしまずまつ先 かけやのてがらを あらはす 《題:虎隠良(こいんりやう)》 たけき獣(けもの)の 革(かは)にて 製(せい)したる きんちやくゆへ にやそのとき こと千里を はしるか ごとし 【左丁】 《題:禅釜尚(ぜんふしやう)》 茶は閑寂(かんじやく)を 事とする ものから陰(いん) 気(き)こりて かゝる怪異(くはいい)も ありぬべし 文/福茶釜(ぶくちやがま)の ためしもや ともに 夢の中に 思ひぬ 【右丁】 《題:鞍野郎(くらやらう)》 保元(ほうげん)の夜軍に 鎌田政清(かまだまさきよ) 手がらを なせしも我ゆへ なればいかなる 恩(おん)をもたぶへきに 手がたをつけんと 前輪(まへわ)のあたりを きりつけらるれば氣も 魂(たましひ)もきへ〳〵となりしとおしかへして 唄ふ声いとおもしろく 夢のうちにおもひぬ 【左丁】 《題:鐙口(あぶみくち)》 膝(ひざ)の口をのぶかに いさせてあぶみを 越しておりたゝんと すれども なんぎの 手なれ ばと おなじく うたふと 夢心に おぼへぬ 【右丁】 《題:松明丸》 松明の名は あれとも深山(しんざん) 幽谷(ゆうこく)の杦の木 ̄ノ すゑをすみかと なせる天狗つぶての 石より出る光にやと夢心におもひぬ 【左丁】 《題:不々落々(ぶら〳〵)》 山田もる提灯の 火とはみゆれ どもまことは 蘭きくに かくれすむ 狐火なるべ しと ゆめのうちに おもひぬ 【右丁】 《題:貝児(かいちご)》 貝おけ這子など 言へるはやんごとなき 御かたの調度にして しばらくもはなるゝこと無れば この貝児は這子の兄弟(はらから)にやと おぼつかなく夢心に思ひぬ 【左丁】 《題:髪鬼(□みおに)》 身躰髪膚(しんたいはつ□)は 父はゝの遺躰(いたい)□ なるを千すじの 落髪(おちかみ)を泥□に 汚(けが)したる罪(つみ)に かゝるくるしみを うくるなりと 言ふを 夢こゝろに おぼへぬ 【右丁】 《題:角盥漱(つのはんぞう)》 なにを種とて うき艸のうかみも やらぬ小野の小町が そうしあらいの執心 なるべしと夢心におもひぬ 【左丁】 《題:袋貉(ふくろむじな)》 穴のむじなの直をするとは おぼつかなきことのたとへに いへり袋のうちの むじなも同しこと なから鹿を追ふ 猟師のためには まことに袋の ものをさぐるが ことくならんと 夢のうちに おもひぬ 【右丁】 《題:琴古主(ことふるぬし)》 八橋とか言へる瞽(こ)しやの しらべをあらためしより つくし琴(こと)は名のみにして その音いろをきゝ知れる 人さへまれなればその うらみをしらせんとてか かゝる姿をあらはしけんと 夢心におもひぬ 【左丁】 《題:琵琶牧々(びはぼく〳〵)》 玄(げん)上/牧馬(ぼくば)と云へる琵琶はいにしへの 名誉にしてふしぎたび〳〵あり ければそのぼく馬の びはの転にしてぼく〴〵と 言ふにやと夢の うちに おもひぬ 【右丁】 《題:三味長老(しやみちやうらう)》 諺(ことわざ)に沙弥(しやみ)から長老には なられずとは沙弥/渇食(かつじき)の いやしきより国師(こくし)長老の 尊(たつとき)にはいたりがたきのたとへ なれども是はこの藝(げい)に かんのうなる人の此みちの 長たるものと用ひられしその 人の器(うつは)の精(せい)なるべしと 夢の中に思ひぬ 【左丁】 《題:襟立衣(えりたてころも)》 彦(ひこ)山の豊前坊(ぶぜんぼう)白/峯(ふう)の相模(さがみ)坊 大山の伯耆坊いづなの三郎富士太郎 その外木の葉天狗まで羽/団扇(うちは)の 風にしたがひなびくくらまの山の 僧正坊の ゑり立衣 なるべしと 夢心に おもひぬ 【右丁】 《題:経凛々(きやうりん〳〵)》 尊ふとき経文の かゝるありさまは 呪咀諸毒薬(しゆそしよどくやく)の かえつてその人に 帰せし守敏僧都(しゆびんそうづ)の よみ捨られし 経文にやと 夢こゝろにおもひぬ 【左丁】 《題:乳鉢坊(にうはつぼう) 瓢箪小僧(へうたんこぞう)》 へうたん小僧に 肝(きも)を消(け)して 青さめたりしか 乳はつ坊の 乳はちの おとに 夢さめぬと おもひぬ 【右丁】 《題:木魚(もくぎよ) 達摩(だるま)》 杖拂(じやうふつ)木魚/客板(かしはん)など 禅床(ぜんしやう)ふだんの仏具 なればかゝるすがたにも はけぬべし拂子守(ほつすもり)と おなじきものと夢うちにおもひぬ 【左丁】 《題:如意(によい) 自在(じざい)》 如意(によい)は痒(かゆき)ところを かくにおのれが おもふところにとゞきて 心のごとくなるよりの名 なればかく爪のながきも 痒ところへ手のとゞき たるばけやばけやうかなと 夢心に思ひぬ 【右丁】 《題:暮露々々団(ぼろ〳〵とん)》 普化禅宗(ふけぜんしう)を虚無僧(こむそう)と言ふ 虚無空(きよむくう)じやくをむねとしていたる ところ薦(こも)むしろに座しても たれりとするゆへまた薦僧(こもそう) とも言ふよし職(しよく)人づくし 哥合に暮露(ぼろ)〴〵とも よめればかの世捨人の きふるせるぼろぶとん にやと夢の中に おもひぬ 【左丁】 《題:箒神(はゝきかみ)》 野わけはしたなく吹ける あした林かんに酒をあたゝ むるとて朝きよめの 仕丁のはきあつめ ぬるはゝきにやと 夢心に おもひぬ 《題:蓑草鞋(みのわらじ)》 雪(ゆき)は鵝(が)毛に似て飛でさんらんし 人は鶴裳(くはくしやう)をきてたつて徘徊(はいくはい) せしそのふる蓑(みの)の妖(やう)くはゐ にやと夢の中に おもひぬ