パンフレツト 長二郎映画 【右頁】 林長二郎主演映畵 紅涙 ・九月二十九日封切・ 京都撮影所超特作 衣笠映畵聯盟製作 山崎藤江監督作品 撮影小泉潤 主演林長二郎 助演 千早晶子 千代田綾子 關操 正宗新九郎 坪井哲 相馬一平 【左頁】 祗園の□に今賣り出□の藝者清香 --千代田綾子-- 柴田が門下の熱血兒‥冬木佑之助 --林長二郎-- 【右頁】 --梗槪-- 世は泰平を唄ひ人々は享樂に酔ふ-時は 元祿の春京洛の櫻を散らして突如泰平の 夢を破つた糺の森の奉納試合は若侍達の血を 躍らしたのである柴田十郎左衛門の門下の熱 血兒冬木佑之助は今日の豪敵安藤平九郎をも のゝ見事に打破つて恩師と戀人澄江の前に面 目をほどこした、それに引きかへて親友であ る槇田傳二郎は自分の惨な敗北を思ふ時勝 利を祝す今宵の酒宴も彼には不愉快なも のであつた。 同じ席に來てゐた藝妓の清香は久 しい前から佑之助の雄々しき姿に 戀心を覺へてゐた。 ”いや拙者もう呑めぬ” ”私の眞心只一ぱいで御座いまする今夜は 誰が何と云つたつて歸しやしませんよ” 【左頁】 行手の橋上に戀を語ふ男女を見た近よつて清 香は驚いた。 ”あゝ冬木様!大變で御座います槇田様 が危い” そこへ平九郎に追はれた傳次郎の姿を 見てものも言はずに平九郎目が けて斬つてかゝつた。 強敵を見て平九郎は逃れさつた。傳次郎 は初めてその塲に澄江の姿を見て惨めな今 の有様に消へ入りたい心だつた。 ◇ 誰れにも語ることの出來ない彼の腦みそれは澄 江に對する苦しい戀であつた。 その日はそのまゝ別れたが傳次郎が澄江に對 する苦しい戀-- 冬木との仲を思ふ時--半ば理智を失つた 傳次郎は清香に依つて佑之助を陷入れや うとした。 【右頁】 ”役と人” 冬木佑之助    林長二郎 澄江    千早晶子 柴田十郎左衛門    關操 槇田傳次郎    正宗新九郎 綱五郎    坪井哲 清香    千代田綾子 安藤平九郎    相馬一平 【左頁】 のめぬ酒を無理にすゝめられ佑之助は何時と はなく酔ひ倒れて了つた。 十郎左衛門は娘と共に佑之助の歸りを待わ びて居た。 傳次郎は一人不快の思ひで師の邸に 歸つて來た。 その夜遂に佑之助は歸らなかつた。 澄江は父の手前をはばかつて一人冬木 の身を案じて居た。 朝になつて佑之助は思はぬ不覺に驚きながら 邸へ歸つて來たがいつに變らぬ恩師の情に佑 之助は唯感涙にむせぶのだつた。 ◇ 當時京の人々から毛虫の如く嫌はれて居る姫路 藩の浪人安藤平九郎は身も魂もとけ入る様に 清香を想つて居た。 平九郎は清香を我がものにせんと博徒仲 間では一寸顏の賣れてゐる清香の兄綱 【右頁】 五郎を再三訪づれるのだつた。 ”清香拙者が想つてゐる気持ちが解らな いのか綱五郎殿も許してゐるぢやないか” ”そんな御無理なことを仰言らないで下さ い” 平九郎が無体の戀慕に清香は振りきり逃がれん ともがいたが相手はなか〳〵離さない。 突然二人が中へ割つて入つた武士があつた。 それわ清香の家に急ぐ途中の傳次郎であつ た。 ”誰かと思つたらこの間の小伜か” ”己れ浪人清香をどうする” いきなり平九郎に斬つてかゝる。 ”よし望みとあらば相手になつてや る” 一刀抜くや斬りむすんだがやゝともすると 傳次郎が受刀だつた。 危いと見て清香は助けを求めに走つた。 【左頁】 ◇ その世!戀に酔ふ男女は糺の森につきぬ語 ひに夜の更けるも忘れて居た。 ”澄江殿若し拙者がこの森で誰かに殺さ れる様なことがあればそなたは何 んとなされますか” ”その時は私は生きては居りませ ぬ” 佑之助は唯その一言がうれしかつた。 ◇ 平九郎は仲間を伴ない清香の家をおそうた。 ”おい綱五郎‼清香が承知してゐるなどと金 だけ取つてそれでことがすむと思ふか今夜 は清香をもらつて歸るぞ” ”それわあんまり御無理な” ”ヱイ邪魔立てするな” 平九郎が斬り下す一刀に綱五郎は血煙 上げて倒れた。 【右頁】 この騒ぎに來合せて居た傳次郎が飛 び出した。 ”おゝ命知らず小伜またうせたか今日こ そは刀の錆だぞ” ”言うな素浪人汝の命はもらつたぞ” 白刃は亂れた、時ならぬ亂鬪が起る! 思はぬ女の手紙から佑之助は十郎左衛門から 誤解をされ破門された身を何處をあてともな くあるいて居た。 #やつぱりそうだ!槇田がやつたに違 ひない” と思ふと今まで信じて居た友の心 がうらめしかつた。 ”あゝあなたは冬木様今平九郎の 爲に槇田様が大變です” 聞くより佑之助は清香の家へ走つた駈け 付けるやむらがる敵の中に切り込んだ。 【左頁】 糺の森に暮六 つの鐘が靜か に流れて來た 兩人の顏に殺 氣が走る”サ ア!抜ケ” ”暮六つの鐘 だ”氣合と共 に白刄が光る 槇田は上段! 冬木は靑眼に かまへて詰よ せる。 冬木がはずす 切先に槇田は とくいの諸手 突!白刄亂れ て火花散る! 林長二郎の扮する 冬木佑之助と 正宗新九郎の扮す る槇田傳次郎の息 詰まる様な殺陣の 二場面 ”槇田ぢやないか此頃はどうしたのぢ や元氣がないぞ” そう言はれると何時もに變らぬ親友の心が うれしかつた。 それに引きかへ自分の心は……何も言ふまい 俺さへあきらめればそれでよいのだ……と考 へた時又次の瞬間……俺は彼女を愛してゐる のだ誰に渡すものか親友がなんだ……傳次郎 の心の何處かで叫んだ。 ”冬木!刀にかけて頼みがある” ”刀にかけての願ひ今更何んだ” ”實は澄江殿を” ”えつ澄江殿それは出來ない” ”出來なければ!よい明晩六つの鐘 を合圖に糺の森でお互の勝負を爭さう” ”よし心得た!間違はあるまいな!” 二人は明日を約して立別れた。 【左頁】 ”おゝ冬木か” ”槇田我々の勝負は明日だ今日は味方 だぞ” 白刄は入り亂れた。劔戟!亂鬪! ”ヱイ”平九郎は佑之助の一刀 に倒れた。 ◇ 十郎左衛門と澄江の前に清香は涙乍らに 物語つた。 ”こんな譯で決して妾が冬木様に送つた文 では御座いません。 冬木様の美しい心根を思ふと妾の罪が恐ろ しくなりましたその上お孃さまのことから お二人は暮れ六つの鐘を合圖に糺の森で眞 劔勝負を” 十郎左衛門は急ぎ糺の森へ駈けつけ る。 【右頁】 ◇ 糺の森に暮れ六つの鐘が鳴る頃! ”六つの鐘だ抜け!” 劔戟の響きはあたりにこだましてものすごく! 火花を散らして斬りむすんだ! ”ヱイ”傳次郎が突き出す切先を 横にはずして斬り下した。 傳次郎は佑之助のするどい刃先に血ぬられた。 そこへ親娘は駈け付けた。 ”澄江殿!武士の意地から拙者は又とない眞 友を斬つてしまつた” 恩師と戀人とに別れを告げて冬木佑 之助は何処處ともなく去つて行つた。 それから數月かの後! 墨染の法衣に水晶の珠數を持つた旅僧があつた。 それは名も眞念坊と改めた冬木佑之助が友の靈を 慰めるべく諸國行脚の旅へ上る姿であつた。 【左頁】 震天地の大冒險喜活劇 珍らしや鈴木傳明女裝の 海濱の女王 --・九月二十九日封切・-- ・新京極・ 歌舞伎座