根津(ねつ)権現(こんけん)社 《場所:上野(うへの)》より五町はかりを隔(へたて)て乾([い]ぬい)の方にあり 祭神(さいしん) 素盞烏命(そさのをのみこと) 御産土神(おんうふすな)相殿(あいてん) 《割書:左 山王権現(さんわうこんけん) 御城鎮守神(おんしろのちんしゆ)|右 八幡宮(はちまんくう)   源家祖神(けんけのそしん)》 当社(たうしや)境内(けいたい)始(はしめ)は 甲府(かうふ)公 御館(おんやかた)の地(ち)なりしか根津(ねつ)権現(こんけん)は 大樹(たいしゆ)の《割書:文昭公》 御産土神(おんうふすな)にして御宮参(おんみやまいり)迄(まて)ありける故(ゆへ)後(のち)に右の御舘(おんやかた) の地(ち)を賜([た]ま)はり宝永(はうえい)年中 新(あらた)に当社(たうしや)を御造営(こさうえい)ありて結構(けつこう)備(そな)はる随身門(すいしんもん) に掛(かく)る根津大権現(ねつたいこんけん)の額(かく)は大明院宮公(たいみやうゐんのみや)公弁法親王(こうへんはふしんわう)の真蹟(しんせき)なり旧地(きうち)は千(せん) 駄木坂(たきさか)の上(うへ)元根津(もとねつ)といへるところにあり《割書:祭礼は隔(かく)年|九月廿一日なり》 【挿し絵】  当社(たしや)の   境内(けいたい)を     世(よ)に  曙(あけほの)の里   と    いへり 清水 ちそう いなり 総門 いなり 【左ページ】  賎(せん)の信仰(しんかう)少(すくな)からす…… 日登山妙林寺(につとうさんめいりんし) 法住寺(ほふちゆうし)の西(にし)小川(をかは)を…… 大観音(おほくはんおん) 千駄木(せんたき)七軒寺町 光源寺(くわうけんし)といへる浄宗(しyうしう)の寺内にあり和州(わしう)  長谷寺(はせてら)の写(うつし)にして十一面観音の立像(りふさう) 《割書:長一丈|六尺》 なり又同堂内に千体(せんたい)の 【挿し絵】 【左ページ】  観音(くわっほん)を安(あん)す貞享(しやうきやう)年中 江府(えと)の商人(あきひと)丸吉兵衛(まるきちひやうへ)なるもの是を建立(こんりふ)す 大覚山淨心寺(だいかくさんしやうしんし) 丸山片町(まるやまかたまち)に…… 《右ページ》 王子権現(わうしこんけん)社 飛鳥山(あすかやま)の北(きた)の方音無河(をとなしかは)を隔(へたて)てあり  本殿(ほんてん) 祭神(さいしん) 伊弉冊尊(いさなみのみこと)《割書:左(ひたり) 速玉男命(はやたまのおのみこと) 右(みき) 事解男命(ことさかのおのみこと)》 三神鎮座(さんしんちんさ)  社記曰若一王子社(しやきにいはくことくいちわうしのやしろ)ハ紀伊国熊野権現(きいのくにくまのこんけん)を勧請(かんしやう)す後醍醐天皇(こたいこてんわう)の御𡧃  元亨(けんこう)年中豊島(としま)何の〱の主(ぬし)とかや新(あらた)に祠𡧃(しう)を建(たて)て祟(あかめ)けるか風霜(ふうそう)  ふり歳月深(としつきふかふ)して朝(あした)の霧(きり)ハ香(かう)を焚(たく)のとあやしみ夜(よる)の月(つき)ハ燈(ともしひ)を  挑(く□)に似(に)きたり霊神(れいしん)ハ人の敬(うやまふ)によりて其威(そのい)をまし境致(けいち)ハ霊神(れいしん)の徳(とく)  によりて其名(そのな)を顕(あらは)すつらく此神の本(もと)を尋(たつね)れハ伊弉諾伊弉冊(いさなきいざなみ)  の尊(みこと)と申(まう)す二柱(ふたはしら)のみこと国土(くにつち)をうみ萬(よろつ)の物(もの)をうめり其広大(そのくはうたい)の功(く)  徳既(とくすて)に成(なり)て後伊弉冊尊神退(のちいさなみのみことかんさり)ましのれハ紀州熊野(きしうくまの)の有馬村(ありまむら)  におさめまつる熊野大神(くまのゝおほはかみ)是より此神を祭(まつ)るなの春は花をえて  祭り鼓(つゝみ)うち笛吹旗立(ふえふきはたたて)て諷舞(うたひまふ)て祭る白河院(しらかわゐん)の御製(きよせい)に咲臭(さきにほ)ふ  花のけしきを見なくに神のんそと小しらるくとよみゐるハ  花(はな)しつめの事(こと)なるへし此神(このかみ)の御子(おんこ)を熊野早玉男(くまのはやたまのお)ともうす其第二(そのたいに) 《左ページ》 王(わう) 子(し) 権(こん) 現(けんの) 社(やしろ) 【挿し絵】 花鎮(はなしつめ)の  祭礼(まつり)は 今 絶(たえ)   たり  ふるきを 存(そん)せんか    ため   古図(こつ)を     模写(うつし)て    加(くはう)ふ 【挿し絵】  十八講(しふはちこう) 毎歳(としこと)正月十七日 王子村(わうしむら)農家(なふか)に 是(これ)を行(をこな)ふ当日(たうしつ) 権現(こんけん)の別当(へつたう)金輪(きんりん) 寺(し)の住持(ちうち)を 詔講(てうしやう)し酒飯(しゆはん)の 饗応(きやうおう)半(なかは)にして 当番(たうはん)の百姓(ひあくしやう)杵(きね) 飯鍬(しやくし)魚盤(まないた)の 三品(みしな)を携(たつさ)へ出(いて)て のめそよいやさの 懸声(かけこゑ)をなして 食(しよく)をすゝむ 是(これ)此地(このち)の旧(きう) 例(れい)にして 十八講(しふはちこう)とは昔(むかし) 神領(しんりやう)十八箇(しふはちか) 村(むら)ありし頃(ころ)の 旧称(きうしようと)   きこゆ 松橋弁財天窟(まつはしべんさいてんのいはや) 石神井川(しやくしかは) 【挿し絵】  不動滝(ふどうのたき)   泉流滝(せんりうのたき)とも云 正受院(しやうしゆゐん)の本堂(ほんたう)の  後坂路(うしろはんろ) を      廻(めく)   下(くた)る     事 数十歩(すしつほ)    に 飛泉(ひせん)   あり 滔(たう)々と  して 峭壁に  趨(はし)る 此境(このち)は  常(つね)に 蒼樹蓊鬱(さうしゆをううつ) として  白日(はくしつ)を    さゝへ 青苔(せいたい)露(つゆ)  なめら    かに   して 人跡(しんせき)  稀(まれ)   な    り  不動尊(ふとうそん)は即(すなはち)大師(たいし)の作(さく)なり其後(そののち)あまたの星霜(せいそう)を経(へ)て荒廃(くはうはい)  にをよひ他(た)の宗風(しうふう)に化(くは)せり天文(てんふん)の頃(ころ)中興(ちうこう)阿闍梨(あしやり)看印(かんゐん)なるもの  曩祖(なうそ)開基(かいき)の霊地(れいち)をして他(た)の宗風(しうふう)に転(てん)せし事(こと)を歎(なけ)き其頃(そのころ)北条(ほうてう)  氏康(うちやす)に訴(うつた)へて再(ふたゝひ)真言(しんこん)の霊句(れいく)に復せしむとそ 滝不動尊(たきふとうそん) 金剛寺(こんかうし)の東二丁あまりにあり此境(このち)後(うしろ)は石神井川(しやくしかは)  に臨(のそ)めり寺(てら)を正受院(しやうしゆゐん)と号(なつ)く伝云(つたへいふ)弘治(こうち)年中 和州(わしう)竜門(りうもん)の奥(おく)に  学仙坊(かくせんはう)といへる僧住(そうすむ)て不動尊(ふとうそん)の法(ほふ)を修(しゆ)する事(こと)年(とし)あり或時(あるとき)霊夢(れいむ)  を得(え)て東国(とうこく)に来(きた)り此所(このところ)に滝(たき)のありけるを観(み)て是(これ)を幸(さいわひ)とし  其傍(そのかたはら)に庵(いほり)を結(むす)ひて不動(ふとう)の法(ほふ)を修(しゆ)せりしかるに其年の秋(あき)洪水(こうすい)に  て此河(このかは)夥(おひたゝ)しく水かさまさりしに水中(すいちう)に光(ひかり)あり水落(みつおつ)るの後(のち)彼(かの)  光(ひかり)のさしけるあたりを求(もとむ)るに不動(ふとう)の霊像(れいさう)を得(え)たり不例(ふしき)に感得(かんとく)  せしをよろこひ即(すなはち)こゝに安置(あんち)し奉(たてまつ)るとそ 自得山静勝寺(しとくさんしやうしやうし) 曹洞派(さうとうは)の禅宗(せんしう)にして稲付(いなつけ)にあり此地(このち)は太田道潅(おほたたうくはん)  間讌(かんえむ)の居跡(きよせき)なり……