TKGK-00059 書名  唐詩選画本,[五編]5巻 刊   5冊 所蔵者 東京学芸大学附属図書館 函号  921.43/TAC 撮影  国際マイクロ写真工業社 令和2年度 国文学研究資料館 【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:五言古詩》一》 【見返し】 《割書:高蘭山先生著 五七言古詩》 画本唐詩選 《割書:翠渓先生画 嵩山房梓》 画本唐詩選叙 画図唐詩選往ゝ出、刷成者 五七絶句、五七律、五言排 律、未暨五七古詩、嵩山 書房今茲将鑴之諮愚 叟於是慣先版毎詩句 加略解、夫詩中有画、則 画中奚無詩、後素事 雖更不■【知ヵ卦ヵ】、而妙境在須 在于斯矣、 天保二年辛卯仲秋望  東武 高井蘭山翁述【印「伴寛」】 【小題】國士【「𢧌(戈口一壬)」は「国」の古字ヵ】   述懐(じゆつくわい)       魏徴(ぎちよう) 中原還(ちんげんまた)逐(おふ)_レ鹿(しかを)。投(たうじて)_レ筆(ふでを)事(ことゝす)_二戎軒(じうけんを)_一。縱横計(じうわうはかりこと)不(ざれども)_レ就(なら)。慷(かう) 慨(がい)志猶存(こゝろざしなをそんす)。仗(ついて)_レ策(さくを)謁(えつし)_二 天子(てんしに)_一。駆(はせて)_レ馬(うまを)出(いづ)_二関門(くわんもんを)_一。請(こふて)_レ纓(えいを) 繋(つなぎ)_二南粤(なんえつを)_一。憑(よつて)_レ軾(しよくに)下(くだす)_二東藩(とうはんを)_一。鬱紆(うつうとして)陟(のぼり)_二高岫(かうじふに)_一。出没(しゆつぼつして)望(のそむ)_二 平原(へいげんを)_一。古木(こぼく)鳴(なき)_二寒鳥(かんてう)_一。空山(くうざん)啼(なく)_二夜猿(やえん)_一。既(すでに)傷(いたましめ)_二千里(せんりの) 目(めを)_一。還(かへつて)驚(おどろかす)_二 九折魂(きうせつのこんを)_一。豈(あに)不(ざらんや)_レ憚(はゞから)_二艱険(かんけんを)_一。深(ふかく)懷(おもふ)_二国士恩(こくしのおんを)_一。 季布(きふ)無(なく)_二 二諾(じだく)_一。侯嬴(こうえい)重(おもんず)_二 一言(いつげんを)_一。人生(じんせい)感(かんず)_二意気(いきに)_一。功(こう) 名(めい)誰復論(たれかまたろんぜん)。     【印「松軒」】 《割書:唐(たう)の太祖(たいそ)の二 代目(だいめ)太宗(たいそう)の天下(てんか)となる兄(あに)の建成(けんせい)主従(しう〴〵)不承知(ふせうち)ゆへみやこちかく物(もの)さわ|がしく太宗(たいそう)の臣下(しんか)は彼(かれ)を亡(ほろぼ)さんとす太宗(たいそう)軍(いくさ)を出すは乱(らん)のもとなり魏徵(ぎちよう)と云 忠臣(ちうしん)をめし|乱(らん)をしづめくれよと仰(あふせ)ゆゑ後漢(ごかん)の班超(はんてう)が故事(こじ)にに【「に」衍字ヵ】ならひ文官(ぶんくわん)なれ共/筆(ふで)を投(なげ)す|て武事(ぶじ)を専(もつは)らにし蘇秦(そしん)張儀(ちやうぎ)が縦横(じうわう)のはかりごとはならねどもさて〳〵なげかしと|思(おも)ふ志(こゝろざし)はわすれず策(むち)をつゑにし御いとまごひを申 馬(うま)に乗(のり)かんこく関(くわん)をうち出る|むかし終軍(しうぐん)は纓(えい)を請(こふ)て南越王(なんえつわう)帰伏(きふく)せずは首(くび)をしばり帝(みかど)へ引来(ひききたら)んと云/酈生(れきせい)は|弁舌(べんぜつ)にて斉(せい)の七十/余城(よじやう)を軍(いくさ)せず下(くだ)したるにならはんと思ひ草木(さうもく)しげき山(やま)の|岫(くき)を越(こえ)又は谷合(たにあひ)に入たり出たり平地(へいち)を望(のぞみ)て行道(ゆくみち)大(おほ)ひなる古木(こぼく)に鳥(とり)がさむ|さうに鳴(なく)人もなき処に宿(しゆく)すれば空山(くうざん)に猿(さる)ないてものかなし故郷(ふるさと)の方(かた)をかへりみ|れば遠(とを)くへだゝるをいたみ難所(なんじよ)をこえては九折(つゞらをり)に魂(たましひ)をひやすかゝるかんなんはおそ|るゝながら太宗(たいそう)の我(われ)を国士(こくし)じや器(き)りようものじやと思(おぼ)し召下(めしくだ)さるゝが忝(かたじけな)さ|漢(かん)の季布(きふ)は一たび約(やく)しては命(いのち)にかへても詞(ことば)をかへず魏(ぎ)の侯嬴(こうえい)が一/言(ごん)を差(たが)へず自(じ)|殺(さつ)せしも意気(いき)を感(かん)ずるゆゑ也/今(いま)此身(このみ)もかんなんをかまはぬも天下(てんか)やすく天子(てんし)|平安(へいあん)をねがふのみ功名(こうめい)をなさんためにあらずと也 【挿絵】   感遇  張九齢 孤鴻海上来。池潢不_二敢顧_一。 側見双翠鳥。巣在_二 三珠 樹_一。矯々珍木顚,得_レ無_二金丸懼_一。 美服患_二 人指_一。高明逼_二神悪_一。 今我遊_二冥々。弋者何所_レ慕。 《割書:    かんぐう               ちやうきうれい|こかうかいしやうよりきたる。ちくわうあへてかへりみず。かたはらにみるさうすゐ|てうのすくふて。さんしゆじゆにあることを。けう〳〵たるちんぼくのいたゞき。きんぐわんの|おそれなきことをえんや。びふくひとのゆびさゝんことをうれへ。かうめいしんのにくみに|せまる。いまわれめい〳〵にあそばゝ。よくしやなんのしたふところあらん。》 ------------------------------------------------------------------------------- 《割書:人々にはね出(だ)され孤鴻(こかう)のごとき身(み)とたとへ云(いふ)大海(だいかい)より来(き)た大 鳥(とり)ゆゑ池潢(ちくわう)のせま|き水(みづ)などはふりむきもせぬ手前(てまへ)大 器量(きりやう)あれども立身(りつしん)の望(のぞみ)はない双(さう)翠鳥(すゐてう)は|李林甫(りりんほ)牛仙客(ぎうせんかく)をさす三 珠(しゆ)じゆは三 公(こう)の位(くらゐ)を云二 疋(ひき)のうつくしき鳥(とり)がけつかう|なる木(き)に居(ゐ)れば取(とり)たいと思(おも)ふ気(き)が金丸(きんぐわん)とてはぢき弓(ゆみ)のおそれがある高(かう)|位(ゐ)に居(ゐ)て美服(びふく)し高明(かうめい)なれば人(ひと)の目(め)に立(たち)害(がい)をまねく人のそばへよら|ねば猟師(れうし)もとることがならぬわれも今(いま)人のしらぬ処へ行(ゆき)たら李林甫(りりんほ)|牛仙客(ぎうせんかく)が害(がい)することはなるまい》 【挿絵】  薊丘覧古    陳子昂 南登_二碣石山_一。遥望_二 黃金台_一。丘陵尽喬 木。昭王安在哉。霸 図悵已【注】矣。駆_レ馬復 帰来 【印「善靖之印」「松軒」】 《割書:   けいきうらんこ          ちんしごう|みなみのかたけつせきざんにのぼつて。はるかにわうごんだいをのぞむ。|きうりようこと〴〵くけうぼく。せうわういづくんかあるや。はとちやう|としてやんぬるかな。うまをはせてまたかへりきたる。 ------------------------------------------------------------------------------- 《割書:けつせきざんよりはるかに黄金台(わうごんだい)のありし跡(あと)をながむれは燕(えん)の昭王(せうわう)賢者(けんしや)|をまねきしはん栄(えい)の処も丘陵(たかみ)のみ見へ草木(くさき)しげり諸国(しよこく)にとゞろきし昭(せう)|王(わう)も跡方(あとかた)さへなき人ははかなきものじや燕(えん)の覇業(はげふ)夢(ゆめ)よりはかなきぞなげ|かわし我(われ)も此 様(やう)な君(きき)【ママ】につかへ功名(こうめい)もなすべきに残念(ざんねん)と思へば何(なに)も面白(おもしろ)くも|なきまゝ馬(うま)をはせてかへり来(きた)る 【注 資料の字面は篆字の「己」。「已」の誤字だと思われる。】 【挿絵】  子夜呉歌  李白 長安一片月。万■【戸ヵ居ヵ古ヵ】擣_レ衣声。 秋風吹不_レ尽。総是玉関情。 何日平_二胡虜_一。良人罷_二遠征_一。 《割書:   しやごか            りはく|ちやうあんいつへんのつき。ばんこころもをうつこゑ。しうふうふき|つくさず。すべてこれぎよくくわんのじやう。いづれのひかこりよをたい|らげて。りやうじんえんせいをやめん。》 ------------------------------------------------------------------------------- 《割書:子夜(しや)と云(いふ)女中(ぢよちう)が歌(うたつ)た詩(し)にて閨怨(けいえん)むきと云ものじや長安(ちやうあん)は家居(いへゐ)多(おほ)くにぎやか|なる所(ところ)ゆゑふけ行(ゆく)月(つき)一片(いつへん)をてらし一片(いつへん)はてらさぬ夜(よ)ふけの月(つき)は物(もの)あはれをそふる|なるにどこもかしこも夫(をつと)の方(かた)へ寒気(かんき)ふせぎの衣裳(いしやう)をこしらへやるとてふく|る迄いそぎてきぬたの音(をと)が聞(きこ)へいよ〳〵あわれな秋(あき)の夜風(よかぜ)そよめき吹(ふき)やま|ぬぞ我(わ)が夫(をつと)今時分(いまじぶん)は唐(から)と夷(えひす)の堺(さかい)なる玉門関(ぎよくもんくわん)のあたりに出(で)て居(ゐ)らるゝならん|心(こゝろ)なきは月(つき)にも風(かぜ)にも何(なに)とも有まいわれは何を見ても思ひのたねとなる何とぞ|えびすを平(たいら)げて我夫(わかをつと)旅(たび)へも出(いで)ずつねに宅(いへ)にのみ居(ゐ)るやうにしたいとゑびすを|平(たいら)ぐることむざうさになるやうに思ふ女(をんな)の情(じやう)をよくいふたり》 【挿絵】   経(へて)_二 下邳圯橋(かひのいけうを)_一懐(おもふ)_二張子房(ちやうしばうを)_一 子房(いばう)未(いまた)【左ルビ「ざりしとき」】虎嘯(こせうせ)_一。破(やぶつて)_レ産(さんを)不(ず)_レ成(なさ)_レ家(いへを)。滄海(さうかい) 得(えて)_二壮士(さうしを)_一。椎(つゐす)_レ秦(しんを)博浪沙(はくらうしや)。報(はうじて)_レ韓(かんに)雖(いへども)_レ不(ずと) _レ成(なら)。天地皆振動(てんちみなしんどうす)。潛匿(せんとくして)遊(あそぶ)_二 下邳(かひに)_一。豈(あに) 曰(いはんや)_レ非(あらすと)_二智勇(ちゆうに)_一。我(われ)来(きたつて)_二圯橋上(いけうのほとりに)_一。懷(おもふて)_レ古(いにしへを)欽(きんす)_二 英風(えいふうを)_一。唯(たゞ)見(みる)_二碧流水(へきすゐのながるゝを)_一。曽(すなはち)無(なし)_二黃石公(くわうせきこう)_一。 嘆息此人去(たんそくすこのひとさつて)。蕭条徐泗空(せうでうとしてじよしむなしきを)。【印「松軒」】 《割書:李白(りはく)張良(ちやうりやう)の古跡(こせき)を見て張良(ちやうりやう)が志(こゝろざし)も我(われ)と同(おな)しきと思(おも)ひ作(つく)る詩(し)じや|子房(しばう)本意(ほんい)をとげずありし時は我主君(わがしゆくん)秦(しん)に亡(ほろ)ぼされたれば財宝(ざいはう)をまきちらし|て家(いへ)をなさず身(み)かたになる者(もの)を求(もとめ)たるに滄海君(さうかいくん)にまみえて力士(りきし)をせわして|もらひ始皇(しくわう)御幸(みゆき)をまち見物(けんぶつ)にまぎれ近(ちか)よりて鉄槌(てつつゐ)を打(うち)つけたれ共 乗(のり)がへ|の車(くるま)にあたりてみぢんにせしかども本意(ほんい)をとげず残念(ざんねん)なれ共さすがの始皇(しくわう)|を討(うた)んとせし沙汰(さた)天地(てんち)にひゞききびしく尋(たづね)けれ共かしこき張良(ちやうりやう)下邳(かひ)にひそま|りかくれてのがれしは六国(ちくこく)を亡(ほろぼ)し天下(てんか)を一統(いつとう)せし始皇(しくわう)へ向(むか)ひてのはたらき何に智(ち)|勇(ゆう)あらずといはん韓(かん)の国(くに)を始皇(しくわう)に亡(ほろ)ぼされ仇(あた)をむくはざるは時節(じせつ)にてぜひもない我(われ)|此 所(ところ)に来(きた)りみて古(いにしへ)を欽(うらやみ)したはしく思(おも)ふこと張良(ちやうりやう)此所にかくれ居(ゐ)るあいだ黄石公(くわうせきこう)|に逢(あふ)て書(しよ)をさづかりしと聞(きく)が今(いま)は其人もなく水の流(なが)るゝのみじやさて〳〵残(ざん)|念(ねん)さよ今(いま)張良(ちやうりやう)ごとき人あらば出(で)あふてはなし度(たき)ものなれども唯(たゞ)落涙(らくるい)に及(およ)ぶ|のみじや》 【挿絵】  後出塞(こうしゆつさい)  杜甫(とほ) 朝(あしたに)進(すゝみ)_二東門営(とうもんのえいに)_一。暮(くれに)上(のぼる)_二河陽橋(かやうのはしに)_一。 落日(らくじつ)照(てらし)_二大旗(たいきを)_一。馬鳴風蕭々(うまないてかせせう〳〵たり)。 平沙(へいしや)列(つらね)_二万幕(ばんばくを)_一。部伍各(ぶごおの〳〵)見(る) _レ招(まねか)。中天(ちうてん)懸(かけ)_二明月(めいけつを)_一。令厳夜寂(れいげんにしてよせき) 寥(れう)。悲笳数声動(ひかすせいうごき)。壮士惨(さうしさんとして)不(ず) _レ驕(をごら)。借問大将誰(しやもんすたいしやうはたれぞ)。恐是霍嫖姚(おそらくはこれくわくへうえうならん)。 -------------------------------------------------------------------------------《割書:辺塞(へんさい)に陣取(ぢんどり)する趣(おもむき)也 都(みやこ)を出(いづ)る時 京(きやう)のはづれ東門(とうもん)の陣屋(ぢんや)に進(すゝ)み下知(げぢ)を聞(きゝ)|暮方(くれがた)北堺(きたざかい)の河陽(かやう)に至(いた)れば夕陽(せきやう)西(にし)に落(おつ)るが大将(たいしやう)の旗(はた)をてらし馬(うま)いなゝき風(かぜ)|など有てものすごきさま也大 将(しやう)陣取(ぢんどり)のさま平沙(へいしや)に千万(せんまん)のまくを打(うち)部伍(ぶご)|大勢(おほぜい)組合(くみあひ)わかちおの〳〵大 将(しやう)の陣(ぢん)へまねかれ下知(げぢ)をきく将(しやう)の治(をさ)めかたがよき|ゆゑ陣(ぢん)やしづまり中天(ちうてん)に明月(めいげつ)てりて物(もの)すごいけしきじやねずに守(まも)るしるし|に笛(ふえ)の声(こゑ)たび〳〵聞(きこ)ゆる此大将(このたいしやう)は誰(たれ)ならん大方(おほかた)前漢武帝(ぜんかんぶてい)の大将(たいしやう)霍去病(くわくきよべい)|にこそあるらめ嫖姚(へうえう)は字(あざな)也》 【挿絵】   玉華宮(ぎよくくわきう) 溪回松風長(たにめぐつてしようふうながし)。蒼鼠(さうそ)竄(かくる)_二古瓦(こぐわに)_一。不(ず)_レ知(しら)何王(いづれのわうの) 殿(でんぞ)。遺構絕壁下(いかうぜつへきのもと)。陰房鬼火青(いんばうきくわあをく)。壊道哀(くわいだうあい) 湍瀉(たんそゝぐ)。万籟真笙竽(ばんらいしんのしやうう)。秋色正瀟灑(しうしよくまさにせうしや)。美人(びじん) 為(なる)_二黃土(くわうどゝ)_一。況乃粉黛仮(いはんやすなはちふんたいのかりなるをや)。当時(たうじ)侍(じするは)_二金輿(きんよに)_一。故(こ) 物独石馬(ぶつひとりせきば)。憂来(うれへきたつて)藉(しいて)_レ草(くさを)坐(ざせば)。浩歌涙(こうかなんだ)盈(みつ)_レ把(はに)。 冉冉征途間(せん〳〵たるせいとのあいだ)。誰是長年者(たれかこれちやうねんのもの)。 【印「栖霞」】 《割書:唐(たう)の太宗(たいそう)の建(たて)られし離宮(りきう)を玉華宮(ぎよくくわきう)と云 夫(それ)が今はあれて渓(たに)めぐつて往(わう)くわんより|宮殿(きうでん)まで松(まつ)なみ木(き)有て風(かぜ)が長(なが)く吹(ふく)人もなければ昼(ひる)とても瓦(かはら)の間(あいた)から出て|ゐる鼠(ねずみ)が人かげを見るとこそ〳〵瓦(かはら)の間(あいだ)にかくる何王(なにわう)とは当時(たうじ)太宗(たいそう)の離(り)|宮(きう)なりし故(ゆゑ)わざとかく云ぞくみたてゝある絶壁(せつぺき)のこりある宮(みや)に入て見れば|亡霊(ぼうれい)の火(ひ)が青(あを)くみゆるとはさびしきさまを云迄にて実(じつ)に鬼火(きくわ)の出たるにはなし|太宗(たいそう)御 遊興(ゆうきよう)の道(みち)も今はあれはて渓水(たにみつ)が道(みち)へあふれてある木草(きくさ)をならす風(かざ)|音(をと)も簫(せう)篥(ひちりき)の声(こゑ)がする籟(らい)は荘子(さうじ)に云 風音(かざをと)也 秋(あき)のけしき殊(こと)の外(ほか)ものさび|しく人ははかないものにてむかし太宗(たいそう)にしたがひし美人(びしん)も苔(こけ)の下露(したつゆ)となる|を思(おも)へば粉黛(ふんたい)のかりものせし色(いろ)などにおぼれやうものでない今 太宗(たいそう)の御そば|に侍(はべ)るは石馬(せきば)の狗(こまいぬ)が動(うごか)ずゐるばかりじや草(くさ)をしいて坐(ざ)し昔(むかし)のことを考(かんがへ)みれば|感涙(かんるい)両手(りやうて)に一はいたまる一日〳〵暮(くら)し行(ゆく)は旅(たび)をするにひとしく太宗(たいそう)さへ|旅(たび)を行(ゆき)くらし給へば我(われ)らごとき猶以(なをもつ)てのことゝ当時(たうじ)の帝(みかど)にあてゝ云なれども|わざと御 側(そば)まわりの女中(ぢよちう)美人(びしん)どれも黄土(くわうと)と変(へん)じ石馬(せきば)のみ残(のこ)り在(ある)と云が|詩人(しじん)の真情(しんじやう)じや》 【挿絵】 【挿絵】【印「貞」「翠溪」】 【裏表紙】 【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:五言古詩》二》 【小題】飲酒  送別  王維 下_レ馬飲_二君酒_一。問 君何所_レ之。君言 不_レ得_レ意。帰_二-臥南 山陲_一。但去莫_二復 問_一。白雲無_二尽時_一。 ------------------------------------------------------------------------------- 《割書:  そうべつ          わうゐ|うまよりおりてきみにさけをのましむ。とふきみなんのゆくところぞ。|きみはいふこゝろをえずして。なんざんのほとりにきぐわすと。たゞ|されまたとふことなかれ。はくうんつくるときなし。》 ------------------------------------------------------------------------------- 《割書:世(よ)の栄(さかへ)をやめゆく隠者(ゐんしや)を送(おく)りし詩(し)じや別(わか)るべき処(ところ)まで送(おく)り馬(うま)より下(おり)酒(しゆ)|楼(ろう)に入て酒(さけ)を飲(のま)しめそこもとは今度(こんど)いかなる所存(しよぞん)で何方(いづかた)へこざるゝぞととへば|君(きm)かいはるゝはおれもさいしよは立身(りつしん)もすべしと功業(こうげふ)をはげみてみたれ共 不仕合(ふしあはせ)|でふら〳〵世(よ)にうるさく居(ゐ)やうより南山(なんざん)のあたりへ帰臥(きぐわ)して居(ゐ)やうといやる|かと是(これ)は向(むかふ)へ問(とひ)を設(まうけ)て云し也 但(たゞ)帰臥(きぐわ)して楽(たのしむ)がよい必(かなら)ずふたゝび又 官禄(くわんろく)などを|問(とひ)たづねぬやうにしやれ山中(さんちう)の事ゆゑつねに白雲(はくうん)などが晴(はれ)たり曇(くもり)たり尽(つく)る|時(とき)はない引込(ひきこん)でからは何にも外(ほか)に求(もとむ)ることなく秋(あき)の風景(ふうけい)を楽(たのし)むがましじや|とかくうき世(よ)のことはふりすてたがよいと何のことなく云捨(いひすて)ておくかおもし|ろい白雲(はくうん)は隠者向(ゐんじやむき)につかふ字(じ)にて此二 字(じ)に無尽(むじん)の情(じやう)がこもりて|                             あるじや》 【挿絵】    西山(せいざん)        常建(じやうけん) 一身(いつしん)為(なる)_二軽舟(けいしうと)_一。落日西山際(らくじつせいざんのあいだ)。常(つねに)隨(したがひ)_二去帆影(きよはんのかげに)_一。遠(とをく)接(せつす)_二長天勢(ちやうてんのいきほひに)_一。 物象(ぶつしやう)帰(きし)_二余清(よせいに)_一。林巒(りんらん)分(わかつ)_二夕麗(せきれいを)_一。亭亭碧流暗(てい〳〵としてへきりうくらく)。日入孤霞継(ひいつてこかつぐ)。 洲渚遠陰映(しうしよとをくいんえい)。湖雲尚明霽(こうんなをめいせい)。林昏楚色来(はやしくらうしてそしよくきたり)。岸遠荊門閉(きしとをふしてけいもんとづ)。 至(いたつて)_レ夜(よに)転清迥(うたゝせいけい)。蕭蕭北風厲(せう〳〵としてほくふうはげし)。沙辺雁鷺泊(しやへんがんろはくし)。宿処蒹葭蔽(しゆくしよけんかおほふ)。 円月(えんげつ)逗(とうし)_二前浦(ぜんほに)_一。孤琴又揺曳(こきんまたえうえいす)。冷然夜遂深(れいぜんとしてよつゐにふかし)。白露(はくろ)沾(うるほす)_二 人袂(じんべいを)_一。 ------------------------------------------------------------------------------- 《割書:軽(かろ)き舟(ふね)に乗(のつ)て行(ゆけ)ば惣身(そうみ)に羽(はね)がはへ飛(とぶ)やうに思(おも)はるゝ西山(せいざん)に日(ひ)も落(おち)けりもは|や日(ひ)くれそうな我身(わがみ)より先(さき)へ舟(ふね)がゆくやうすを云 先(さき)へ行(ゆく)舟(ふね)を目当(めあて)にそれに随(したがつ)て|行(ゆく)ゆゑ早(はや)い向(むかふ)を見わたせば水涯(みづきし)まで余(よ)ほど遠(とを)けれども此方から向(むかふ)の西山(せいざん)へ飛(とび)つく|ばかりに思はるゝ物象(ぶつしやう)とは山(やま)にもあり川(かは)にもあり何(なに)もかもこめて日(ひ)のある中(うち)は日(ひ)のさゝ|ぬ所もありてどこがどこやらさつぱりみへぬものじや日が入切(いりきつ)てからさつはりとみゆる|こゝはひくみゆゑ日(ひ)がかげる林(りん)らんは高(たか)く空(そら)にちかいゆゑひくい所は日(ひ)が入(いり)たれども林(りん)|らんはまだ入日(いりひ)のかげがきら〳〵とみゆる亭々(てい〳〵)と高(たか)く水(みづ)の流(なが)るゝも日影(ひかげ)のあるうち|はたゞはるかに向(むかふ)ひきくみゆるものじやが日影(ひかげ)がなくなつては向(むか)ふがしだいに高(たか)くくらく |みゆる又 日(ひ)が入て空(そら)をみれば孤霞(こか)とて夕陽(せきやう)の影(かげ)一 筋(すぢ)つゞひてみゆる又 向(むか)ふの|渚(なぎさ)の方(かた)をみればどふやらあそこがきりぎしそうなとさつはりとみへねども陰映(ゐんえい)|とをぐらくみゆる舟(ふね)よりはるかに見る景(けい)を云 湖(みづうみ)の空(そら)なども日(ひ)が入 切(きつ)てはさつ|はりとみゆるまだ暮(くれ)きらぬゆゑ尚(なを)の字(じ)あり楚辞(そじ)などに楚国(そこく)の風色(ふうしよく)をみれば|物(もの)あはれにものさびしくみゆるを直(すぐ)に楚色(そしよく)と云てあるこゝも其心にて暮方(くれがた)の|風色(ふうしよく)うすくらく物あはれなるていを云もはや段々(たん〴〵)暮方(くれかた)にて荊門(けいもん)の岸(きし)もみへぬ|やうになるを閉(とづ)と云 夜(よ)になつては清逈(せいけい)とすみわたつて蕭々(せう〳〵)と物(もの)さびしげに北風(きたかぜ)|などがはげしくふく夜(よる)ゆゑ沙辺(しやへん)に舟(ふね)をつなぎて居(ゐ)ればよしあししげり其|間(あいだ)に鳥(とり)などか泊(とまつ)てある東方(とうばう)から月(つき)が出ておもしろい海上(かいしやう)から月(つき)の出るときは|まん丸(まる)く二三尺も上(あが)りてからは水中(すゐちう)に影(かげ)がうつろふて滞留(たいりう)して居(ゐ)るやうにみゆ|るゆゑ逗(とう)すと云 月(つき)が出ておもしろさに琴(こと)など取出(とりいだ)してたのしむ興(きよう)に乗(じよう)じ|て寝(ね)ずに居(ゐ)るていじや其うち夜(よ)がいたくふけたりとおどろきさて〳〵あまり|おもしろく夜(よ)のふくるもしらなんだといふ也 此詩(このし)は西山(せいざん)とある東(ひがし)より舟(ふね)にのり|其日の中に西方(さいはう)の山(やま)へ行(ゆき)つき日(ひ)くれより夜(よ)ふくるまでのていを順(じゆん)にのべたる也》 【挿絵】  宋中    高適 梁王昔全盛。賓客復多才。 悠々一千年。陳跡【迹】惟高台。 寂寞向_二秋草_一。悲風千里来。 《割書:   そうちう             かうせき|りやうわうむかしぜんせい。ひんかくまたたさい。いう〳〵たりいつせん|ねん。ちんせきたゞかうだい。せきばくとしてしうさうにむかへば。ひ|ふうせんりより【字面は「う」では】きたる。》 ------------------------------------------------------------------------------- 《割書:宋中(そうちう)とは前漢(ぜんかん)の梁(りやう)の孝王(かうわう)の都(みやこ)ありし所じやこの梁王(りやうわう)は天子(てんし)からも太切(たいせつ)になさ|れたるから全盛(ぜんせい)めざましくありしが今(いま)はなのみ残(のこ)りてある孝王(かうわう)に附(つき)そひしは|司馬相如(しばしやうじよ)牧乗(ぼくじよう)鄒陽(すうやう)など云 文学(ぶんがく)すぐれたる人々御 相手(あいて)をしたはんじやう|なりし梁王(りやうわう)も悠々(ゆう〳〵)と一千 年(ねん)に及(およ)べば其(その)人々は跡方(あとかた)もなく唯(たゞ)有(ある)ものは高台(かうだい)の|みじやむかしは家居(いへゐ)も立(たち)ならひありつらん今(いま)は台(うてな)の辺(へん)に秋草(あきくさ)しげり物(もの)さびしく|千里(せんり)のひろ野(の)を吹(ふき)くる風(かぜ)物(もの)かなしく覚(おぼ)ゆるさて〳〵ひとははかなきものじや是(これ)も|孝王(かうわう)賓客(ひんかく)を愛(あい)したをうらやみ作者(さくしや)の心(こゝろ)にのぞむ処もあれどもそれはのべず|唯(たゞ)孝王(かうわう)の事(こと)のみ云て置(おく)》 【挿絵】   与(と)_二高適(かうせき)薛拠(せつきよ)_一同(おなじく)登(のぼる)_二慈恩寺浮図(じおんじのふとに)_一  岑参(しんじん) 塔勢(たふせい)如(ごとし)_二湧出(ゆうしゆつする)_一。孤高(こかう)聳(そびへ)_二 天宮(てんきうに)_一。登臨(とうりん)出(いづ)_二世界(せかいを)_一。磴道(とうだう)盤(わだかまる)_二虚空(こくうに)_一。 突兀(とつこつとして)圧(あつし)_二神州(しんしうを)_一。崢嶸(さうかうとして)如(ごとし)_二鬼工(きこうの)_一。四角(しかく)礙(さへ)_二白日(はくじつを)_一。七層(しつそう)摩(なづ)_二蒼穹(さうきうを)_一。 下窺(くだしうかゞつて)指(さし)_二高鳥(かうてうを)_一。俯聽(ふていして)聞(きく)_二驚風(きやうふうを)_一。連山(れんざん)若(ごとく)_二波濤(はとうの)_一。奔走(ほんさうして)似(にたり)_レ朝(てうするに)_レ東(ひがしに)。 靑松(せいしよう)夾(さしはさみ)_二馳道(ちだうを)_一。宮觀何玲瓏(きうくわんなんぞれいろうたる)。秋色(しうしよく)従(より)_レ西(にし)来(きたり)。蒼然(さうぜんとして)満(みつ)_二関中(くわんちうに)_一。 五陵北原上(ごりようほくげんのうへ)。万古青濛々(ばんこせいまう〳〵)。浄理了(じやうりついに)可(べし)_レ悟(さとる)。勝因夙(しよういんつとに)所(ところ)_レ宗(そうとする)。 誓(ちかつて)将(まさに)【左ルビ「す」】_二挂(かけ)_レ冠(かんふりを)去(さらんと)_一。覚道(かくだう)資(たすく)_二無窮(むきうを)_一。   【印「天真」】 ------------------------------------------------------------------------------- 《割書:唐(たう)人の詩(し)は寺方(てらがた)などへ行(ゆき)ては風流(ふうりう)に仏書(ぶつしよ)の文字(もんじ)を用(もち)ひ本意(ほんい)にかゝはらず寺院(じゐん)に|したしき字(じ)を用ることじや塔(とふ)をみれは中〳〵人の力(ちから)には此やうに高(たか)くは造(つく)られまい大地(たいぢ)から|わき出たものてあらうとおどろくていを法華経(ほけきやう)の文字(もんじ)を用たいくらも有(あれ)どもこれに|つゞく塔(たふ)はない大方(おほかた)天(てん)へもとゞくべくみゆる宮(きう)の字(じ)は韻字(ゐんじ)故ふみたれどもたゞ天の|ことじや登(のほり)てみれば人間世界(にんげんせかい)を出(いで)ものしづかなことじや石(いし)の坂(さか)をはしごのことにもちひ|あちらこちらへはしごをのぼるは虚空(こくう)を行(ゆく)ごとし都(みやこ)には高(たか)き家(いへ)もあれ共 都中(みやこぢう)か一目(ひとめ)に|みゆる此 崢嶸(さかしき)細工(さいく)は鬼神(きしん)の手(て)で作(つく)りしならん四方(しはう)の軒(のき)ばが出て居(ゐ)るゆゑ日(ひ)かげさへさゝ|ぬ七 層(そう)の高(たか)き塔(たふ)ゆゑ青(あを)そらも摩(なでる)かと思(おも)はる高(たか)く飛鳥(とふとり)も目下(めした)にみへ驚風(きやうふう)も|下(した)から吹(ふく)と聞(きこ)ゆる聴(てい)は耳(みゝ)をかたぶけきく意(こゝろ)聞(ぶん)はしぜんに聞(きこ)ゆる意(こゝろ)じや高山(たかやま)のなら|びしは波(なみ)のうね立(たち)東方(とうばう)へ朝(てう)するごとくつらなりつゞき目(め)の下(した)にみゆる都(みやこ)ちかき所(ところ)ゆゑ|天子(てんし)の御 路(みち)並木(なみ)など青(あを)〳〵と其 間(あいた)に天子(てんし)の宮観(きうくわん)も立(たち)てあるがきらめき玲瓏(れいろう)と|玉(たま)がすきとをるごとくみゆる秋(あき)の気(き)は西(にし)よりするゆゑ西(にし)より来(きた)り都関中(みやこくわんちう)あたりもこ|んもりと物(もの)さびしげにみゆ都(みやこ)の北(きた)に漢(かん)の時代(じだい)の天子(てんし)の陵(みさゝぎ)が五ヶ所有が年久(としひさ)しく過(すぎ)たれば|青(あを)〳〵と草木(くさき)しげりさしもさかんなりし天子(てんし)もあのやうになられた人はたのまれぬはかなき|ものと思へは無常心(むじやうしん)がうかみ是迄(これまで)清浄(しやう〴〵)の理(り)はさとりがたからんとおもひしが今日(けふ)こゝへ|来(き)てみれば悟(さと)れそうに思(おも)ふ仏法(ぶつはふ)清浄(しやう〴〵)の理(り)難(かた)いものじやと宗(そう)とし尊(たつとん)だが勝因(しよういん)|縁(えん)となつたそうな世(よ)の中(なか)に居(ゐ)ては有為(うゐ)のならひに引(ひか)され仏法(ぶつはふ)に趣(おもむ)きにくい|からぜひ官(くわん)をやめやうとおもふこれもけふ此処へ来(き)たが資(たすけ)になつて無窮(むきう)の道(みち)を|合点(がてん)したからじや》 【挿絵】   幽居(ゆうきよ)   韋応物(ゐようぶつ) 貴賤(きせん)雖(いへども)_レ異(ことなりと)_レ等(しな)。出(いづれば)_レ門(もんを)皆(みな)有(あり)_レ営(いとなみ)。独(ひとり)無(なし)_二 外物牽(ぐわいぶつのひく)_一。遂(とぐ)_二此幽居情(このゆうきよのじやうを)_一。微雨夜来(びうやらい) 過(すぐ)。不(ず)_レ知(しら)春草生(しゆんさうのしやうずるを)。青山忽已曙(せいざんたちまちすでにあくれば)。鳥(てう) 雀(じやく)繞(めぐつて)_レ舍(いへを)鳴(なく)。時(ときに)与(と)_二道人(だうじん)_一偶(ぐうし)。或(あるひは)隨(したがつて)_二樵(せう) 者(しやに)_一行(ゆく)。自(おのづから)当(まさに)【左ルビ「べし」】_レ安(やすんず)_二蹇劣(けんれつに)_一。誰謂(たれかいふ)薄(うすんずと)_二世栄(せいえいを)_一。 ------------------------------------------------------------------------------- 《割書:官(くわん)をやめ人にしられぬやうに引籠(ひきこもり)て居(ゐ)るを幽居(ゆうきよ)と云今の世のありさま|高(たか)いも低(ひく)いも宅(いへ)を出さへすればそれ〳〵相応(さうをう)のいとなみがあるが我(われ)は何(なに)一ツ|ほしいとも思はず富貴(ふうき)も官録(くわんろく)も望(のぞ)みなく無性(ぶしやう)に引込居(ひきこみゐ)れば幽居(ゆうきよ)を遂(とぐ)る|といふものじやうつら〳〵寝(ね)て居(ゐ)れは雨(あめ)がふり過(すぐ)るそうなが無性(ぶしやう)なる幽居(ゆうきよ)な|れは庭(には)に若草(わかくさ)が生(はへ)たやらそれもしらぬあけ方(がた)軒(のき)をめぐつて鳥(とり)がさへづる|にて夜(よ)があけたそうなとねながら聞(きい)てゐる幽居(ゆうきよ)の人跡(じんせき)たえた処(ところ)でも時々(とき〳〵)同(おな)じ|やうな道人(だうにん)に出会(であひ)あるひは辺(あたり)の樵夫(きこり)などにつれ立(だち)ふら〳〵あそびありくおの|づから蹇劣(けんれつ)かんあんを安(やす)んじ居(ゐ)れとも世間(せけん)には韋応物(ゐようぶつ)は富貴(ふうき)官録(くわんろく)|にのぞみなしと気性(きしやう)を高(たか)くかまへ隠者(ゐんじや)のまねをするとそしるであら|ふが中〳〵そうしたことではない元(もと)より無性(ぶしやう)ものゆゑ世(よ)の中に居(ゐ)て何(なに)|の役(やく)に立(たゝ)ぬによつて官位(くわんゐ)も俸録(ほうろく)も浮世(うきよ)の栄花(えいぐわ)はきらひもの幽居(ゆうきよ)が心(こゝろ)|に叶(かな)ふてよい気(き)の高(たか)いではない唯(たゞ)無性(ぶしやう)て引(ひき)こんでゐると上(うは)べはかく云て|実心(じつしん)は我(われ)才智(さいち)あれども世(よ)にもちひられずにゐるゆゑかくゐんとんして|ゐるとふくませて作(つくつ)た詩(し)じや》 【挿絵】   南礀中題(なんかんちうだい)   柳宗元(りうそうげん) 秋気(しうき)集(あつまる)_二南澗(なんかんに)_一。独遊亭午時(どくゆうすていごのとき)。廻風一蕭(くわいふういつにせう) 瑟(しつ)。林景久参差(りんけいひさしくしんし)。始至(はじめていたつて)若(ごとし)_レ有(あるが)_レ得(うること)。稍深遂(やゝふかうしてついに) 忘(わする)_レ疲(つかれを)。覊禽(ききん)響(ひゞき)_二幽居(ゆうきよに)_一。寒藻(かんさう)舞(まふ)_二淪漪(りんいに)_一。去(さつて)_レ国(くにを) 魂已遠(たましひすでにとをく)。懐(おもふて)_レ 人(ひとを)涙空垂(なんだむなしくたる)。孤生(こせい)易(やすし)_レ為(なし)_レ感(かんを)。失路(しつろ) 少(すくなし)_レ所(ところ)_レ宜(よろしき)。索莫竟何事(さくばくついになにことぞ)。徘徊祇自知(はいくわいしてみづからしる)。誰(たれか) 為(たる)_二後来者(こうらいのもの)_一。当(まさに)【左ルビ「べし」】_下与(と)_二此心(このこゝロ)_一期(きす)_上。【印「天真」】 ------------------------------------------------------------------------------- 《割書:柳宗元(りうそうげん)左遷(させん)せられ居(ゐ)た時(とき)なんかんのあたりにあそび心(こゝろ)をなぐさめんとおもひ|其辺(そのへん)の風景(ふうけい)をのべた詩(し)じや草木(くさき)も秋(あき)のけしき別(べつ)して物(もの)さびしい人もない|所へ昼中(ひるなか)ひとりゆけば左遷(させん)の身(み)に何(なに)を見てもものうく思(おも)はるゝつむぢ風(かぜ)が|草木(くさき)にあたつてものさびしく風つよく木(き)の枝(えだ)のびたりたはみたり長短(ちやうたん)参(かた)|差(たがひ)になるつれもなけれ共 南(なん)かんをあちらこちらあるく内にふと心をなぐさむ|ることを得(う)るこゝち夫(それ)よりつかれをも忘(わす)るゝやうな覊(き)は飢(き)と通(つう)ずれはひだる|そうに幽谷(ゆうこく)にひゞき鳥(とり)のなく声(こゑ)がするころしも秋(あき)さむき比のうきくさ|淪漪(さゞなみ)に舞(ま)ふてゐる故郷(ふるさと)を思(おも)ひ出(いだ)し遠(とを)くなつて夢(ゆめ)にも行(ゆく)ことがならぬ|思ふ人を跡(あと)へ残(のこ)し来(き)たれば逢度(あひたし)と思へ共 文(ふみ)さへやる便(たより)がないたゞなきくらして|ゐる我(われ)ひとり此処に在(あつ)て独立(ひとりだち)ゆゑ力(ちから)にも頼(たのみ)にもなる人はなく何(なに)をみても感(かん)を|なしやすいはじめは立身(りつしん)もしやうと思ひしが万事(ばんじ)左(ひだり)まへに成(なり)ては何(なに)事も心(こゝろ)に叶(かなふ)ことは|ないかゝる身(み)になつては此上(このうへ)は何(なに)となるであらうたゞ徘徊(はいくわい)しうろたへゐてうさつらさ|を誰(たれ)知(し)つてくれる人なく自(みづか)ら知(し)るのみじや若(もう)【もしヵ】後来(こうらい)の衆(しゆ)が此(この)物(もの)さびしきけしきを|見てはいにしへ柳宗元(りうそうげん)左遷(させん)して此処へ来たなればさぞ感慨(かんがい)したであらうと|今(いま)の心(こゝろ)を思(おも)ひやつてくれる人があらうか大方(おほかた)あるまい》 【挿絵】  早(つとに)発(はつし)_二交崖山(かうがいざんを)_一還(かへる)_二太室(たいしつに)_一作(さく)              崔署(さいしよ) 東林気微白(とうりんきびはく)。寒鳥忽髙翔(かんてうたちまちかうしやうす)。吾亦(われもまた) 自(より)_レ茲(これ)去(さつて)。北山(ほくざん)帰(かへらん)_二草堂(さうだうに)_一。杪冬正三(べうとうまさにさん) 五(ご)。日月遥相望(じつげつはるかにあいのぞむ)。粛々(しく〳〵として)過(すぎ)_二潁上(えいしやうを)_一。朧々(ろう〳〵として)弁(べんず)_二 夕陽(せきやうを)_一。川氷(せんひよう)生(しやうじ)_二積雪(せきせつに)_一。野火(やくわ)出(いづ)_二枯桑(こさうより)_一。 独往(どくわう)路(みち)難(がたし)_レ尽(つくし)。窮陰(きうゐん)人(ひと)易(やすし)_レ傷(いたみ)。々(いたむ)此無(このぶ) 衣客(いのかく)。如何(いかんぞ)蒙(かうむる)_二雨霜(うさうを)_一。 【印「譱靖」「松軒」】 《割書:今まで青(あを)〳〵とみへた樹(き)もさむそらに微白(びはく)とうすらげにみゆる鳥(とり)なども|どこへ行(ゆく)やら飛(とび)さる寒(さむ)くなれば鳥(とり)さへ居(ゐ)ぬに我(われ)も北山(ほくざん)の太室(たいしつ)へ帰(かへ)らん一日|路(ぢ)じやが今晩中(こんばんぢう)に帰(かへ)らんと道(みち)をいそぐ時(とき)といへば十二月十五日日月 相(あひ)のぞむと|云日じや帰(かへ)る道(みち)の穎川(えいせん)をわたれは粛々(しく〳〵)と身(み)のせまるやうに思(おも)はれ道(みち)のはか|ゆかす朧々(ろう〳〵)とうすぐらく日暮(ひぐれ)まであるく日(ひ)が入切(いりきつ)たりと考(かんが)へ弁(べん)ず|道(みち)はかゆかぬはづじや雪(ゆき)など上(うへ)から上(うへ)へつんてある埜(や)一 本(ほん)野(や)に作(つく)る|其(その)ときは百姓家(ひやくしやうや)で茶(ちや)ても煎(せん)ずる火(ひ)のこと農家(のうか)の庭(には)に桑(くわ)か種(うゑ)て|あるものじや内(うち)でたく火(ひ)が桑(くわ)のまばらよりみゆる野火(やくわ)といへば枯(こ)|木(ぼく)からしぜんに火(ひ)か出(で)るものじやいづれも旅(たび)のものさびしきていなり|つれもなくひとりゆけば道(みち)が尽(つき)ぬ十二月なかば陰気(ゐんき)のたゞ中(なか)故|人にもあたる我(われ)もとより無衣(ぶい)貧窮(ひんきう)の身(み)なればさむそらに霜(しも)を|蒙(かうむ)りさむさに堪(たへ)がたい》 【挿絵】 【挿絵】【印「貞」「翠渓」】 【裏表紙】 【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:七言古詩》三》 【小題】歌舞 【挿絵】【印「貞」「翠渓」】   滕王閣(とうわうかく)         王勃(わうぼつ) 滕王高閣(とうわうのかうかく)臨(のぞめり)_二江渚(こうしよに)_一。佩玉鳴鸞罷歌舞(はいぎよくめいらんやむかふを)。画棟朝飛南浦(くわとうあしたにとぶなんほの) 雲(くも)。朱簾暮捲西山雨(しゆれんくれにまくせいさんのあめ)。間雲潭影日悠々(かんうんたんえいひいう〳〵)。物換星移幾(ものかはりほしうつりいく) 度秋(たびのあきそ)。閣中帝子今何在(かくちうのていしいまいづくにかある)。檻外長江空自流(かんぐわいちやうこうむなしくおのづからなかる)。【印「天真」】 ------------------------------------------------------------------------------- 《割書:洪州(こうしう)の滕王閣(とうわうかく)は唐(たう)の初(はじめ)高祖(かうそ)の子(こ)元嬰(げんえい)滕王(とうわう)に封(ほう)ぜられ川(かは)に臨(のぞみ)て此閣(このかく)を建(たて)佩玉(はいきよく)|をなし鑾(すゞ)を付(つけ)た車(くるま)に乗(のり)王(わう)に従(したがつ)て来(き)た人々(ひと〴〵)妓女(ぎぢよ)に歌舞(かぶ)などさせたのしまれし|処なれどもそれも罷(やみ)はてゝ跡(あと)ばかり残(のこつ)てある画(ゑがい)た棟(むね)高(たか)く飛(とぶ)ごとくけつこう|にかざりしみすを捲(まき)西山(せいざん)より雨(あめ)を内(うち)へまきこむやうにみゆる用(よう)もなき雲(くも)往来(わうらい)し|潭(ふち)の影(かげ)など心(こゝろ)なきものは今(いま)も替(かは)らぬがうつりかはり年(とし)久(ひさ)しければ閣中(かくちう)に住(すま)れし|帝(みかど)の御 子(こ)は今はいづくに在(いま)すや檻(おばしま)の外(そと)に長江(ちやうこう)のながるゝは見る人(ひと)もなくはかな|きものじや人(ひと)の死(し)しゆくも水(みづ)のながれて帰(かへ)らぬも同(おな)じことじや》 【挿絵】   長安古意(ちやうあんこい)       盧照鄰(ろせうりん) 長安大道(ちやうあんのだいたう)連(つらなる)_二狹斜(けうしやに)_一。青牛白馬七香車(せいぎうはくばしちかうしや)。玉輦縱橫(ぎよくれんじうわう)過(よぎり)_二主(しゆ) 第(だいに)_一。金鞍絡繹(きんあんらくえきとして)向(むかふ)_二侯家(こうかに)_一。龍(りよう)銜(ふくんで)_二宝蓋(はうがいを)_一承(うけ)_二朝日(てうじつを)_一。鳳(ほう)吐(はいて)_二流蘇(りうしを)_一。帯(おぶ)_二 晚霞(ばんかを)_一。百丈游糸争(ひやくぢやうのゆうしあらそつて)繞(めぐり)_レ樹(きを)。一群嬌鳥共(いちぐんのけうてうともに)啼(なく)_レ花(はなに)。啼花戯蝶(ていくわきてふ) 千門側(せんもんのかたはら)。碧樹銀台万種色(へきじゆぎんたいばんしゆのいろ)。復道交窓(ふくだうかうそう)作(なし)_二合歓(がふくわんを)_一。双闕連(さうけつれん) 甍(ばう)垂(たる)_二鳳翼(ほうよくを)_一。梁家画閣天中起(りやうかのぐわかくてんちうにおこり)。漢帝金茎雲外直(かんていのきんけいうんぐわいになをし)。楼前(ろうぜん) 相望(あいのぞんで)不(ず)_二相知(あいしら)_一。陌上相逢詎相識(はくしやうあいあふてなんぞあいしらん)。借問(しやもんす)吹(ゝいて)_レ簫(せうを)向(むかふ)_二紫煙(しえんに)_一。曽(かつて) 経(へて)学(がくして)_レ舞(ぶを)度(わたりしことを)_二芳年(はうねんを)_一。得(えば)_レ成(なることを)_二比目(ひぼくと)_一何(なんぞ)辞(じせん)_レ死(しを)。願(ねがはくは)作(なつて)_二鴛鴦(えんわうと)_一不(す)_レ羨(うらやま)_レ仙(せんを)。 比目鴛鴦真(ひぼくえんわうしんに)可(べし)_レ羨(うらやむ)。双去双来君(さうきよさうらいきみ)不(ず)_レ見(みへ)。生憎(あなにくや)帳額(ちやうがく)繡(しうす)_二孤(こ) 鸞(らんを)_一。好取(かうしゆす)開(ひらいて)_レ簾(れんを)帖(てふすることを)_二双燕(さうえんを)_一。双燕双飛(さうえんならびとんて)繞(めぐる)_二画梁(くわりやうを)_一。羅帷(らい)翠被(すゐひ)鬱(うつ) 金香(こんかう)。片片行雲(へん〳〵たるかううん)著(つき)_二蟬鬢(せんびんに)_一。纖纖初月(せん〳〵たるしよげつ)上(のホル)_二鴉黃(あくわうに)_一。鴉黃粉白(あくわうふんはく)車中出(しやちうよりいづ)。含(ふくみ)_レ嬌(けうを)含(ふくんで)_レ態(たいを)情(じやう)非(あらず)_レ 一(いつに)。 《割書:長安(ちやうあん)は唐(たう)の都(みやこ)古意(こい)とは漢(かん)魏(ぎ)の詩(し)に此 様(やう)な詩(し)があるそれをまねて作(つく)りし故又は此 時(とき)則天(そくてん)|皇后(くわうごう)の治世(ぢせい)に当(あた)り大名(だいみやう)の二 番(ばん)むすこに奢(おごり)ものが有(あり)しを諷(ふう)じ当時(たうじ)のことゆゑいにしへのことに云|なし其身(そのみ)才智(さいち)あれども用(もち)ひられぬをいきどをり作(つく)りし也 大道(だいだう)の横(よこ)町いくつも有(あり)此町には遊女(ゆうぢよ)が多(おほ)し|青(あを)き牛(うし)に車(くるま)をひかせ白毛(しろげ)の馬(うま)に乗(のる)も有 往来繁昌(わうらいはんじやう)のさま玉(たま)でよそほふたる輦(てぐるま)にのりたてよこに行(ゆく)|れき〳〵は公主(こうしゆ)の御朱殿(ごしゆでん)へゆく金(きん)のかざりの鞍(くら)置(おき)ゆく人は大 名(みやう)やしきへ行(ゆく)のじやりつぱなきぬがさの|かざり龍(りよう)の口(くち)からさがり朝日(あさひ)にきら〳〵する流蘇(りうそ)はふさ也 鳳凰(ほうわう)をつくり其 口(くち)からふさがたれ夕霞(ゆふがすみ)|に映(えい)じはなやかにみゆる百丈(ながき)游糸(かげらふ)樹(き)をめぐり一(ひと)むれのうつくしき鳥(とり)が花(はな)になく都(みやこ)の春(はる)げしき|じや都(みやこ)のはんじやう諸大名(しよだいみやう)の家(いへ)〳〵富貴(ふうき)につれ鳥(とり)や蝶(てふ)が花(はな)にたはむる家(いへ)〳〵のみどりのうゑ木(き)金(きん)|銀(ぎん)をちりばめたる台(うてな)いろ〳〵建(たて)つらなり廊下(らうか)のあかり取(とり)のまど入違(いれちが)へにあくるを交窓(かうそう)と云 瓦灯(くわとう)|口(ぐち)のまどがすぢむかふてあるを合歓(がふくわん)をなすと云 双闕(さうけつ)連甍(れんばう)は天子(てんし)の門(もん)のいらかのかざり鳳凰(ほうわう)や|しやちほこが上(あげ)てあるいにしへ漢(かん)の梁冀(りやうき)と云もの家居(いへゐ)を殊(こと)の外(ほか)花美(くわび)にして居(ゐ)たが天子(てんし)の楼(ろう)|閣(かく)は梁冀(りやうき)が家居(いへゐ)のやうに画(ゑがい)て高(たか)くみゆるを天中(てんちう)より起(おこ)ると云 漢(かん)の武帝(ぶてい)仙術(せんじゆつ)を学(まなん)で金(こがね)の》 【挿絵】 柱(はしら)を立て承露盤(じようろばん)とて鉢(はち)を置(おき)て天(てん)の精液(せいえき)を承(うけ)しがそれが今(いま)も残(のこ)り雲外(うんぐわい)に地形(ぢぎやう)よりまつすぐに 立(たて)てある天子(てんし)の御もの見 前(まへ)を通(とを)るもの大 勢(ぜい)なれ共 近付(ちかづき)は一人もないちまたに逢(あ)ふ人も大 勢(ぜい)なれど知(し)つた ものはない遊人(ゆうじん)の多(おほ)いことじや紫煙(しえん)は姫宮(ひめみや)の御座(ござ)ある処をおもひやりて云 宮殿(くうでん)で笛(ふえ)をふくが紫(し) 煙(えん)のうらみが聞(きこ)ゆる姫君方(ひめぎみがた)へ出入(でいり)して舞(まひ)などまふものそふじや姫君(ひめぎみ)のことゆゑ男(をとこ)をもたぬ ていを云(いふ)我(われ)も比目魚(ひぼくぎよ)のごとく夫婦(ふうふ)ならび居(ゐ)たならば死(しん)でもかまはぬ鴛鴦(をしどり)とならんことを ねがひ仙人(せんにん)もうらやましからず比目(ひぼく)鴛鴦(えんわう)はさて〳〵うらやましいつねにならび飛(とび)ならび去(さり)て 游(あそ)びたいそれに我(わ)が夫(をつと)はなぜまだみへぬあなにくやはいやらしいと云 俗言(ぞくげん)のごとし帳額(ちやうがく)は とばりのもやふ也たゞ一 疋(ひき)の鸞(すゞとり)がぬひものにして有が見とうもない簾(すだれ)をひらき見れば へりに双燕(さうえん)がはりつけてある姫君(ひめぎみ)も夫婦(ふうふ)ならんで居(ゐ)るやうになりたいとて好取(かうしゆす)棟(むね)の あたりを燕(つばくら)の双飛(ならびとぶ)がうつくしくみゆる宮女(きうぢよ)共のうすものとばり夜具(やぐ)までうつこん香(こう)の 袋(ふくろ)を入きやらなどをたきこめてあるゆへ香(にほ)ひわたる黒髪(くろかみ)は雲(くも)の如(ごと)く鬢(びん)はせみのはのごとく 三日月(みかつき)のごとくつくる眉(まゆ)が鴉黄(あくわう)の白粉(おしろい)などをぬりし額(ひたひ)へ上(あが)る車中(しやちう)より顔(かほ)をさし出し 方(はう)〳〵をみるかたちづくりしよしないろ〳〵人〳〵のおもひいれが別(べつ)〳〵で情(じやう)一(いつ)にあら ずといひしなり ------------------------------------------------------------------------------- 妖童宝馬鉄連銭(えうどうのはうばてつれんぜん)。娼婦盤龍金屈膝(しやうふのばんりょうきんくつしつ)。御史府中烏夜(ぎよしのふちうからすよる) 啼(なき)。廷尉門前雀(ていゐのもんぜんすゝめ)欲(ほつす)_レ栖(すまんと)。隠隠朱城(ゐん〳〵たるしゆじやう)臨(のぞみ)_二玉道(ぎよくだうに)_一。遥遥翠幰(えう〳〵たるすゐけん)没(ぼつす)_二 金堤(きんていに)_一。挾(さしはさみ)_レ弾(たんを)飛(とばす)_レ鷹(ようを)杜陵北(とりようのきた)。探(さぐり)_レ丸(ぐわんを)借(かす)_レ客(かくに)渭橋西(ゐけうのにし)。俱邀俠客(ともにむかふけうかく) 芙蓉剣(ふようのけん)。共宿娼家桃李蹊(ともにしゆくすしやうかたうりのけい)。娼家日暮紫羅裙(しやうかじつぼしらくん)。清歌一(せいかひとたび) 転口氛氳(てんじてくちゐんうん)。北堂夜夜人(ほくだうやゝひと)如(ごとし)_レ月(つきの)。南陌朝朝騎(なんはくてう〳〵き)似(にたり)_レ雲(くもに)。南陌(なんはく) 北堂(ほくだう)連(つらなり)_二北里(ほくりに)_一。五劇三条(ごげきさんでう)控(ひく)_二 三市(さんしを)_一。弱柳青槐(じやくりうせいくわい)拂(はらつて)_レ 地(ちを)垂(たれ)。佳(か) 気(き)紅塵(こうぢん)暗(くらくして)_レ 天(てんに)起(おこる)。漢代金吾千騎来(かんたいんのきんごせんぎきたり)。翡翠屠蘇鸚鵡杯(ひすゐとそあうむのはい)。 羅襦宝帯(らじゆはうたい)為(ために)_レ君(きみが)解(とき)。燕歌趙舞(えんかてうぶ)為(ために)_レ君(きみが)開(ひらく)。別(べつに)有(あり)_三豪華(がうくわ)称(しようする)_二将(しやう) 相(しやうと)_一。転(てんじ)_レ日(ひを)回(めぐらし)_レ 天(てんを)不(ず)_二相譲(あいゆづら)。意気由来(いきゆらい)排(はいす)_二灌夫(くわんふを)_一。専権判(せんけんはんして)不(ず)_レ容(いれ)_二 蕭相(せうしやうを)_一。専権意気本豪雄(せんけんいきもとがうゆう)。青虬紫燕坐(せいきうしえんゐながら)生(しやうず)_レ風(かぜを)。自言歌舞(みづからいふかぶ) 【挿絵】 長(ながうすと)_二千載(せんざいを)_一。自謂驕奢(みづからいふけうしや)凌(しのぐと)_二 五公(ごこうを)_一。節物風光(せつぶつふうくわう)不(ず)_二相待(あいまた)_一。桑田碧(さうでんへき) 海(かい)須臾改(しゆゆにあらたまる)。昔時金階白玉堂(そのかみきんかいはくぎよくだう)。只今惟(たゞいまたゞ)見(みる)_二青松在(せいしようあるを)_一。寂寂(せき〳〵) 寥寥揚子居(れう〳〵やうしがきよ)。年年歳歳一床書(ねん〳〵さい〳〵いつしやうのしよ)。独(ひとり)有(あり)_二南山桂花発(なんざんけいくわのひらく)_一。飛(ひ) 来(らい)飛去(ひきよ)襲(つく)_二 人裾(ひとのもすそに)_一。【印「天真」】 ------------------------------------------------------------------------------- 美(うつくし)い若衆(わかしゆ)などがかざり立(たて)たる馬(うま)に乗(のり)あそびありく龍(りよう)のわだかまりしかんざし屈膝(くつしつ)せる をさしたる游女(ゆうぢよ)などがみゆる御史(ぎよし)とて目付役(めつけやく)の役所(やくしよ)も人〳〵上(かみ)を恐(おそ)れぬゆへ云付も法度(はつと) も用(もちひ)ず鳥(とり)のすむやうに成(なり)て公事訴訟(くじそせう)をさばく廷尉(ていゐ)の役所(やくしよ)人 出入(でいり)なく雀(すゞめ)が栖(すむ)やうじや 天子(てんし)の城(しろ)か遠(とを)く御幸(みゆき)の道(みち)にのぞみはるかに見れば車(くるま)にのりりつぱなていで通(とを)る向(むかふ)の 堤(つゝみ)のあたり迄みへいつか見失(みうしな)ふた杜陵(とりよう)の北(きた)あたりは遊興人(ゆうきようしん)が弾丸(だんくわん)をもち鷹(たか)など すゑかりをするおごり者(もの)がある身(み)の力(ちから)を人にかして役人(やくにん)が有(あり)て法度(はつと)がやかましい から打殺(うちころ)す相談(さうだん)をするを客(かく)にかすと云 此族(このやから)渭橋(ゐけう)の西(にし)に多(おほ)し蓮華(れんげ)のやうな 焼刃(やきば)せし剣(けん)をたづさへありく男立(をとこだて)どもがある此者(このもの)どもは遊女(ゆうぢよ)やへねふしをする 桃李(たうり)は美人(びしん)の事(こと)なり遊女(ゆうぢよ)どもが日暮(ひぐれ)かたにはうすものゝ下着(したぎ)をきてうたをうたひ 氛氳(ゐんうん)と滞(とゞこほ)りもなくわき出(いづ)るやうにうたひ居(ゐ)る北堂(ほくだう)あたりは毎夜(まいや)遊興(ゆうきよう)人が 月(つき)の一(いつ)へんに照(て)らすやうに大勢(おほせい)いで馬(うま)に乗(のり)たも雲(くも)のごとく大 勢(ぜい)ゐる北里(ほくり)は 遊女(ゆうじよ)の居(ゐ)る所 町(まち)を云 五劇(ごげき)三条(さんでう)とは路(みち)の多(おほ)いこと東(ひがし)二 所(しよ)西(にし)一所の市場(いちば)あるを 三市(さんし)といふ其処より何(なに)にても取(とり)よび引付(ひきつけ)る心(こゝろ)を控(ひく)といふ其娼家(そのしやうか)には柳(やなぎ)が地を はらひ槐(えんしゆ)が青(あを)み美(うつく)しくみゆる佳気(かき)とは目出たい気(き)うつくしい気(き)を云人どをり 多(おほ)く塵(ちり)などが立てくらひやうにみゆる娼家(しやうか)へは金吾(きんご)の官(くわん)などの歴(れき)〳〵 大 勢(ぜい)供廻(ともまは)りをつれ遊(あそ)びに来(く)る青(せい)〳〵とした屠蘇(とそ)の酒(さけ)にて宴(えん)をもよ ほしあふむの鳥(とり)のかたちせし杯(はい)を用ひうすものゝはだぎも帯(おび)も客(きやく)の為(ため)に とき御意次第(ぎよいしだい)になり歌舞(かぶ)も客(きやく)のため望次第(のぞみしだい)に勤(つと)む天子外戚(てんしぐわいせき)の伯叔(はくしゆく) 大将(たいしやう)にはなく将相(しやう〳〵)と称(しよう)する様(やう)な勢(いきほ)ひ盛(さか)んなる衆中(しゆぢう)が有(あり)王(わう)の勢(いきほ)ひは日(ひ)を も転(てん)じ天(てん)をもひつくりかへすやうな勢(いきほ)ひ天(てん)といへは天子(てんし)にかゝるゆへ天子(てんし)をも 自由(じゆう)にすると云ことぞ其意気(そのいき)は前漢(ぜんかん)の田蚧(でんかい)が我(わ)が勢(いきほ)ひ意気(いき)は随分(すゐぶん)灌夫(くわんふ)が 気象者(きしやうもの)で有たがその灌夫(くわんふ)をもおし退(のく)る勢(いきほ)ひじやと云たが其 位(くらゐ)の意気(いき)じや豪(がう) 華(くわ)の者(もの)が権柄(けんへい)を取(とる)ことは宰相(さいしやう)国蕭(こくせうが)何などをもおそれぬ権威(けんゐ)じや判(はん)の字(じ)は皆(みな) 我支配下(わがしはいした)じやと云 心(こゝろ)此 族(やから)が青虯(せいきう)紫燕(しえん)の名馬(めいば)にのり坐(い)ながら風(かぜ)を生(しやう)ずと云て のり廻(まわ)る此(この)者共か云にはかくおごり歌舞(かぶ)して千年(せんねん)も有(あり)たいと云がこれらはばかな ことじや浮世(うきよ)はしばらくも待(また)ぬものゆへ桑田(さうでん)変(へん)じて海(うみ)となるは久(ひさ)しいものゝやうに 思(おも)へども物(もの)ごとかはりゆくは時(とき)のまじや盛(さか)んにあつた金階(きんかい)白堂(はくだう)も今(いま)は青松(せいしよう)茂(しげ)り てある揚子(やうし)法言(はふげん)に寂寥(せきれう)と云 語(ご)が有を用(もちひ)て人(ひと)の訪(とふら)ふことなく寂々(せき〳〵)寥々(れう〳〵)とさびしくくる 年(とし)も〳〵も一 床(しやう)の書(しよ)に対(たい)しくらしてゐると手前(てまへ)の境界(きやうがい)を揚子(やうし)に比(ひ)して云 長安(ちやうあん)の南(みなみ)の山(やま)に 往来(わうらい)すれは桂花(けいくわ)が盛(さか)んにて飛来(とびきた)り飛去(とびさり)人の裾(もすそ)に花(はな)がつく是(これ)が世(よ)の栄花(えいくわ)より面白(おもしろ)いかく 南山(なんざん)に引(ひき)こんでゐるがましじや是(これ)迄 長安(ちやうあん)の繁昌(はんじやう)をいひわがことき不調法(ぶてうはふ)者は都(みやこ)にゐても用ら れぬ南山(なんざん)へゐんとんするが相応(さうおう)じや又 用(もちひ)てもかゝる埓(たち)もなき世(よ)に仕官(しくわん)するはいやじやと高(たか)くかまへゐる也 【挿絵】 【挿絵】   公子行(こうしかう)       劉廷芝(りうていし) 天津橋下陽春水(てんしんけうかやうしゆんのみづ)。天津橋上繁華子(てんしんけうしやうはんくわのこ)。馬声(ばせい) 廻合青雲外(くわいがふすせいうんのほか)。人影揺動緑波裡(じんえいえうどうすりよくはのうち)。緑波清迥(りよくはせいけい) 玉(たまを)為(す)_レ砂(いさごと)。青雲離披錦(せいうんのりひにしきを)作(ナス)_レ霞(かすみと)。 ------------------------------------------------------------------------------- 楽府題(がふだい)にて公子(こうし)は富貴(ふうき)な者(もの)のむす子(こ)ゆへだてなことを云 天津橋(てんしんけう)は繁昌(はんじやう)な処ゆへ 水(みづ)などもあたゝかに春(はる)めきみゆる富人(ふじん)の子共(ことも)が大勢(おほぜい)あちらこちらへ通(とを)り両方(りやうはう)からめぐり あふ空(そら)のけしきものどかに青(あを)〳〵とみゆる大勢(おほぜい)の人通(ひとどを)り陽水(やうすゐ)に影(かげ)がうつり動(うご)くやうにみゆる緑(りよく) 波(は)とうつろひ合(あひ)て霞(かすみ)も錦(にしき)をしいたやうにみゆる ------------------------------------------------------------------------------- 可(べし)_レ憐(あはれむ)楊柳(やうりう)傷(いたましむる)_レ心(こゝろを)樹(き)。可(べし)_レ憐(あはれむ)桃李(たうり)断(たつ)_レ腸(はらわたを)花(はな)。此日(このひ) 遨遊(がうゆう)邀(むかへ)_二美女(びぢよを)_一。此時歌舞(このときかぶ)入(いる)_二娼家(しやうかに)_一。娼家美女(しやうかのびちよ) 鬱金香(うつこんかう)。飛去飛来公子傍(ひきよひらいこうしのかたはら)。 ------------------------------------------------------------------------------- 楊柳(やうりう)桃李(たうり)は美人(びじん)のことをもいへば次(つぎ)の美女(びぢよ)の句(く)を引出(ひきだ)す可(べし)憐(あはれむ)はあいらしいことに云傷心(しやうしん)は かなしみのことではない心をうきたゝせ迷惑(めいわく)さするを云 柳花(やなぎのはな)を見すて行(ゆか)ふと思(おも)へ共 花(はな)が とめるやうにありて行(ゆか)れぬけしきにひかれ美女(びぢよ)をむかへ歌舞(かぶ)せしめ娼家(しやうか)へ引(ひき)つれ入(いる)美女(びぢよ)共は 鬱金香(うこんかう)のやうじや此 美女(びぢよ)共が公子(こうし)の左右(さゆう)に傍(そば)をはなれぬ ------------------------------------------------------------------------------- 的々朱簾白日映(てき〳〵しゆれんはくじつえいじ)。娥々玉顏紅粉粧(がゞたるぎよくがんこうふんよそほふ)。花際徘(くわさいはい) 徊(くわいす)双蛺蝶(そうけふてふ)。池辺顧步両鴛鴦(ちへんこほすりやうえんあう)。傾(かたふけ)_レ国(くにを)傾(かたぶく)_レ城(しろを)漢(かんの) 武帝(ぶてい)。為(なり)_レ雲(くもと)為(なる)_レ雨(あめと)楚襄王(そのじやうわう)。 ------------------------------------------------------------------------------- 的々(てき〳〵)ときらめく朱簾(しゆれん)の内(うち)に美人(びじん)か粧(よそほひ)してゐるが日(ひ)にうつろひ娥々(がゝ)とうつくしい顔(かほ)にけしやうして ゐる花(はな)やかなる公子(こうし)が美女(びぢよ)をつれありくを評判(ひやうばん)して双蝶(そうてふ)のつがひはなれぬごとく鴛鴦(えんあう) 雌雄(しゆう)はなれぬごとくひつ付(つい)てはなれぬ漢武帝(かんのぶてい)は李延年(りえんねん)が李夫人(りふじん)のうはさしたを聞(きゝ)て さへ恋慕(れんぼ)してかよはれた楚(そ)の襄王(じやうわう)は夢(ゆめ)に神女(しんぢよ)に出逢(であふ)て実(じつ)もないことを恋慕(こひしたわ)れ たと云が楚王(そわう)や武帝(ぶてい)はいか様(やう)な美女(びぢよ)も自由(じゆう)に求(もとめ)らるべきによく〳〵得(え)がたいものなれば こそ傾国(けいこく)の為(なる)_レ雲(くもと)のとて今(いま)の世(よ)迄(まで)云 伝(つた)ふぞと也 古来容光人(こらいようくわうひとの)所(ところ)_レ羨(うらやむ)。況復今日遥相見(いはんやまたこんにちはるかにあいみるをや)。願(ねがはくは)作(なつて)_二軽(けい) 羅(らと)_一著(つかん)_二細腰(さいえうに)_一。願(ねがはくは)為(なつて)_二明鏡(めいきやうと)_一分(わかたん)_二嬌面(けうめんを)_一。 ------------------------------------------------------------------------------- 古来(こらい)より容儀(ようぎ)のよい女(をんな)は人が慕(した)ひ羨(うらやん)だことじや古(いにしへ)をみぬ人(ひと)さへ慕(したひ)思(おもふ)たにいは んやまた我(われ)らは向(むかふ)にすゑてみることじや願(ねがは)くはうすものとなり美人(びしん)の腰(こし)に ついてゐたい鏡(かゝみ)とならるゝならば美人(びじん)の嬌(かほよ)き面(おもて)をわかち取(とり)たい ------------------------------------------------------------------------------- 与(と)_レ君(きみ)相向転相親(あいむかひうたゝあいしたしみ)。与(と)【_レ】君(きみ)双棲(ならびすんで)共(ともにせん)_二 一身(いつしんを)_一。願(ねかはくは)作(なつて)_二 貞松(ていしようと)_一千歲古(せんざいふりん)。誰論芳槿一朝新(たれかろんぜんはうきんいつてうのしん)。百年同謝(ひやくねんおなじくしやす) 西山日(せいざんのひ)。千秋万古北邙塵(せんしうばんこほくばうのちり)。【印「天真」】 ------------------------------------------------------------------------------- 此やうな美(うつく)しい君(きみ)たちと不断(ふだん)向(むか)ひゐてこゝろやすくねふしを共にしておなじ 一体(いつたい)のやうにしてくらしたい二葉(ふたば)の松(まつ)ちひろに至(いた)るまでつれそふてゐたいものじや槿花(きんくわ) 一日でしぼむやうなはかないちぎりは思(おも)ひかけぬ百年(もゝとせ)の間はながいと思(おも)へどつい同じく 謝(しや)す誰(たれ)が先(さき)へ死(し)ぬまいものでもなし一処(いつしよ)に死(しに)たいものじや 【挿絵】   代(かわる)_下悲(かなしむ)_二白頭(はくたうを)_一翁(おきなに)_上 洛陽城東桃李花(らくやうじやうとうたうりのはな)。飛来飛去(ひらいひきよ)落(おつ)_二誰家(たれがいへに)_一。洛陽女児(らくやうのぢよじ)惜(おしむ)_二顔(がん) 色(しよくを)_一。行(ゆく〳〵)逢(あふて)_二落花(らくくわに)_一長歎息(ながくたんそくす)。今年花落顔色改(こんねんはなおちてがんしよくあらたまり)。明年花開復(めいねんはなひらいてまた) 誰在(たれかある)。已見松柏摧(すでにみるしようはくくだけて)為(なるを)_レ薪(たきゞと)。更聞桑田変(さらにきくさうでんへんじて)成(なるを)_レ海(うみと)。古人(こじん)無(なし)_二復(また) 洛城東(たくじやうひがしに)_一。今人還対落花風(こんじんかへつてたいすらくくわのかぜ)。年年歳歳花相似(ねん〳〵さい〳〵はなあいにたり)。歳歳年(さい〳〵ねん) 年(ねん)人(ひと)不(ず)_レ同(おなじから)。寄(よす)_レ言(ことを)全盛紅顏子(ぜんせいのこうがんし)。応(べし)_レ憐(あわれむ)半死白頭翁(はんしのはくとうをう)。此翁(このをう) 白頭真(はくとうしんに)可(べし)_レ憐(あわれむ)。伊昔紅顏美少年(これむかしこうがんのびせうねん)。公子王孫芳樹下(こうしわうそんはうじゆのもと)。清(せい) 歌(か)妙舞落花前(めうぶらくくわのまへ)。光禄池台(くわうろくちたい)開(ひらき)_二錦繡(きんしうを)_一。将軍楼閣(しやうぐんろうかく)画(ゑがく)_二神仙(しんせんを)_一。 一朝(いつてう)臥(ふして)_レ病(やまいに)無(なし)_二相識(しやうしき)_一。三春行楽(さんしゆんかうらく)在(ありし)_二誰辺(たれがほとりに)_一。宛轉蛾眉能幾(ゑんてんたるがびよくいくばく) 時(ときぞ)。須臾鶴髪乱(しゆゆくわくはつみだれて)如(ごとし)_レ糸(いとの)。但看古来歌舞地(たゞみるこらいかぶのち)。惟(たゞ)有(あり)_二黄昏鳥(くわうこんてう) 雀悲(じやくのかなしむ)_一。【印「松」「軒」】 ------------------------------------------------------------------------------- 此詩(このし)は楽府題(がふだい)にはなけれ共 楽府体(がふてい)じや世(よ)の中(なか)に捨(すて)られかなしむ者(もの)に代(かわ)て作(つく)るじや 都(みやこ)の桃李(たうり)の花などもどこへか落飛(おちとん)で女児(ぢよじ)共が見ては美(うつく)しい顔色(がんしよく)もおとろへやうかと おそれて落花(らくくわ)に対(たい)して我等(われら)が顔色(がんしよく)もかやうに替(かは)りおとろへてかなしひであらうと長く 歎息(たんそく)するぞ去年(きよねん)よりは顔色(がんしよく)おとろへ又 明年(みやうねん)は花盛(はなはかり)をも見ぬやうに死(しぬ)かもしれぬ若(わか)き時 迄 大木(たひぼく)なりし松柏(しようはく)も今は斬(きら)れ薪(たきゞ)となる千年(せんねん)も替(かは)らぬやうに思ふ田畑(でんはた)も海(うみ)となる有 まして古人(こしん)も幾人(いくたり)となく死(し)し今はない今 落花(らくくわ)に対(たい)してゐるも追付(おつつけ)古人(こしん)になりて落(らく) 花(くわ)するであらう花(はな)は年々(ねん〳〵)おなじことじやが人は年々おとろへ変(へん)ずる人に言(こと)づけして若(わか)い 衆へも云聞(いひきか)せおく我(われ)は半分(はんぶん)死(し)にかゝつて居る白頭翁(はくとうおう)じやによつて我らごとき年 よりは不便(ふびん)をくわへ給へ生(うま)れながらの老人(としより)はない我も一度は少年(せうねん)であつた其時分は公子(こうし) たちと花見もして全盛(ぜんせい)をやつたものじや前漢(せんがん)の王根(わうこん)が庭(には)の気色(けしき)は結構(けつこう)なことで錦繡(きんしう)を 開(ひらい)た如くの処に遊(あそん)だこともある将軍(しやうぐん)梁冀(りやうき)は奢者(おごりもの)ゆゑ楼閣(ろうかく)には神仙(しんせん)などを画(ゑがい)て けつかうなやかたに住(ぢう)したといふが其様な所にもあそんだおれじやされ共一 旦(たん)老病(らうびやう)で世の 交(まじはり)も絶(たえ)たれば相識(しやうしき)近(ちか)つきもいつの間にやら絶(たえ)はてた昔(むかし)三 春(しゆん)の比 遊(あそん)だもついよそごとに なつた宛転(ゑんてん)とうつくしい眉(まゆ)もつゞかず忽(たちま)ちおとろへ鶴(つる)の毛(け)の様(やう)な白頭(はくとう)なりゆく昔(むかし)うたひ つ舞(まひ)つ繁昌(はんじやう)した所も今はかんこ鳥が棲(すみ)て日くれ方 雀(すゝめ)のさへづるばかりたれ云出す者もない 【挿絵】   下山歌(かさんのうた)      宋之問(そうしもん) 下(くだれは)_二嵩山(すうさんを)_一兮 多(おほし)_二所思(しよし)_一。 携(たづさへて)_二佳人(かじんを)_一兮 歩遅々(あゆむことちゝたり)。 松間(しようかんの) 明月(めいけつ)長(とこしなへに)如(ことし)_レ此(かくの)。 君再游(きみがさいゆう)兮 復何時(またいづれのときぞ)。【印「栖霞」】 ------------------------------------------------------------------------------- 今(いま)面白(おもしろ)く楽(たのしん)だがよい又 再(ふたゝ)び期(ご)しがたいと名残(なごり)おしければ何(なに)やかに所思(しよし)が多(おほ)い終(しう) 日(じつ)そなたと遊(あそん)で今(いま)山をくだる故(ゆゑ)に心(こゝろ)が残(のこ)るやうで跡(あと)じさりするやうな松(まつ)の間(あいた)の明月(めいげつ)は いつも替(かわ)らぬが此(こゝ)でひとり見ては面白(おもしろ)くないそなたの様(やう)な衆(しゆ)と見たならば面白(おもしろ)からう そなたは今(いま)別(わか)れてからはいつ逢(あ)ふやらしらぬと名残(なごり)をおしむ意(こゝろ)此詩題(このしだい)はこしらへたものじや 【挿絵】   至(いたつて)_二端州駅(たんしうえきに)_一見(みて)_二杜五審言(とごしんげん)。沈三佺期(しんさんぜんき)。閻五朝隠(ゑんごてうゐん)。王(わう)   二無競(じぶけいが)。題(だいするを)_一 ̄ヲ壁(かべに)慨然(がいぜんとして)成(なす)_レ咏(ゑいを) 逐臣北地(ちくしんほくちに)承(うく)_二巌譴(げんけんを)_一。調(てうせられ)到(いたつて)_二南中(なんちうに)_一毎相見(つねにあいみんとす)。豈意南中歧路(あにおもはんやなんちうきろ)多(おほくして)。千山万水(せんざんばんすゐ)分(わかたんとは)_二鄉県(きやうけんを)_一。雲揺雨散各翻飛(くもうごきあめさんじておの〳〵ほんひす)。海闊(うみひろく)天長(ながくして)音(いん) 信稀(しんまれなり)。処処山川同瘴癘(しよ〳〵のさんせんおなじくしやうれい)。自憐能(みづからあはれむよく)得(えん)_二幾人帰(いくばくひとかかへることを)_一。【印「天真」】 ------------------------------------------------------------------------------- 唐(たう)の中宗(ちうそう)神竜元(しんりようぐわん)年 張易之(ちやうえきし)を誅(ちう)せし時(とき)此(この)四人もまきぞへに逢(あひ)て嶺南(れいなん)へ逐(おひ)やらるゝ其 道中(だうちう)端州(たんしう)迄は一 通(とを)りを行(ゆき)これより方々(はう〴〵)へ別(わか)れ行(ゆく)此時(このとき)端州(たんしう)の茶(ちや)やの壁(かべ)に各(おの〳〵)手前(てまへ)の所存(しよぞん)を 述(のべ)て題(だい)した詩(し)が有て宋之問(そうしもん)も嶺南(れいなん)へ行(ゆく)とて休(やす)みてみれば先(さき)へ行(ゆき)た衆(しゆ)の詩(し)が有を 見て此 詩(うた)を題(だい)した北地(ほくち)とは都(みやこ)のこと厳譴(げんけん)とはきびしき御とがめ調(てう)は選(えらば)れ役替(やくがへ) すること南方行(なんばうゆき)たらばひとつ処で出会(であは)ふと思ひの外 端州(たんしう)から方々(ばう〳〵)へ郷県(きやうけん)を分(わか)つて ちり〴〵になつてゆく寄合(よりあふ)た者(もの)どもが風(かぜ)に吹(ふき)ちらさるゝごとく散(ちり)〴〵に翻飛(ほんひ)し わかるゝ遠方(えんばう)なれば音信(いんしん)も通(つう)しがたしつれ立(だつ)た面(めん)々はちり〴〵なれ共 瘴癘(しやうれい)のあ しき気(き)は南中(なんちう)に多(おほ)いから誰々(たれ〳〵)も同(おな)じく此気(このき)はのがれぬ此所(このところ)へ来(き)たものは瘴癘(しやうれい)の 毒気(どくき)に中(あたり)て死(し)ぬが大方(おほかた)おれも遁(のが)れまい 【挿絵】 【挿絵】   烏夜啼(うやてい)      李白(りはく) 黃雲城辺烏(くはううんじやうへんからす)欲(ほつす)_レ棲(すまんと)。帰飛啞々枝上啼(かへりとんであゝとしてししやうになく)。機中(きちう) 織(おる)_レ錦(にしきを)秦川女(しんせんのぢよ)。碧紗(へきしや)如(ごとく)_レ煙(けふりの)隔(へだてゝ)窓(まどを)語(かたる)。停(とゞめて)_レ梭(をさを)悵然(ちやうぜんとして) 憶(おもふ)_二遠人(えんじんを)_一。独(ひとり)宿(しゆくして)_二空房(くうばうに)_一涙(なんだ)如(ごとし)_レ雨(あめの)。 【印「譱靖」「松軒」】 ------------------------------------------------------------------------------- 楽府題(がふだい)しや黄雲(くはううん)は暮方(くれがた)うす曇(くもり)に日(ひ)をうけて黄(きいろ)にみゆる城辺(じやうへん)の烏(からす)ねぐらを求(もと)め んとす終日(しうじつ)飛(とび)ありき城(しろ)の林(はやし)にとまりてなく秦川(しんせん)の女(ぢよ)が夫(をつと)の方(かた)へ錦(にしき)を織(おり)てやつたやうに 機(はた)を織(おり)てある碧紗(へきしや)はもじ障子(しやうじ)はきとみへぬを形容(けいよう)して煙(けふり)の如くと云 向(むかふ)に鳥(とり)の なくが間近(まぢか)く聞(きこ)ゆる物(もの)を言(いひ)かくる様(やう)な昼(ひる)の間(ま)織(おり)て居(い)る内(うち)はまぎれて遠人(えんじん)の ことも忘(わす)れたくれがた鳥(とり)の声(こゑ)を聞(きく)につけ夫(をつと)のことを思(おも)ひ出(だ)し又(また)今夜(こんや)もひとり 寝(ね)るであらうと思(おも)ひかなしみ涙(なみだ)雨(あめ)のごとし 【挿絵】 【挿絵】【印「貞」「翠溪」】 【裏表紙】 【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:七言古詩》四》 【小題】江上   江上吟(かうしやうのぎん)     李白(りはく) 木蘭之枻沙棠舟(もくらんのえいさたうのふね)。玉簫金管(ぎよくせうきんくわん)坐(ざす)_二両頭(りやうとうに)_一。美(び) 酒尊中(しゆそんちう)置(おき)_二 千斛(せんこくを)_一。載(のせ)_レ妓(きを)隨(したがつて)_レ波(なみに)任(まかす)_二去留(きよりうに)_一。仙人(せんにん) 有(あつて)_レ待(まつこと)乗(じようし)_二黃鶴(くはうかくに)_一。海客(かいかく)無(なふして)_レ心(こゝろ)隨(したがふ)_二白鷗(はくあうに)_一。屈平詞(くつへいがし) 賦(ふ)懸(かけ)_二日月(じつげつを)_一。楚王台榭空山丘(そわうのだいしやむなしくさんきう)。興酣(きようたけなはにして)落(おとして)_レ筆(ふでを) 揺(うごかし)_二 五嶽(ごがくを)_一。詩成笑傲(しなつてせうがう)凌(しのぐ)_二滄洲(さうしうを)_一。功名富貴若(こうめいふうきもし) 長在(とこしなへにあらば)。漢水亦(かんすゐもまた)応(べし)_二西北流(せいほくにながる)_一。 【印「栖霞」】 ------------------------------------------------------------------------------- 今時(いまどき)仕官(しくわん)をせんより屋(や)かた船(ぶね)を江水(こうすゐ)に浮(うか)べ酒肴(しゆかう)妓女(ぎぢよ)音曲(おんぎよく)を楽(たのし)むがましじやと世(よ)を憤(いきどほり)て 作(つく)る結構(けつかう)な船(ふね)に妓女(ぎぢよ)を両方(りやうはう)へ先(さき)にのせ玉簫(ぎよくせう)金管(きんくわん)を吹(ふい)て楽(たの)しみ波(なみ)にまかせあちらこち らと乗(のり)まわし酒殽(しゆかう)多(おほ)く取(とり)ちらし酔(ゑひ)を催(ほよほ)す仙人(せんにん)鶴(つる)に乗(のり)しと云もそれは鶴(つる)をまたねば 行(ゆか)れぬ我(われ)〳〵はどこへでも舟(ふね)をやるに仙人(せんにん)は不自由(ふじゆう)なものじや白鴎(はくあう)の居(ゐ)る処を乗(のつ)て通(とをり)て も取(とる)心(こゝろ)もないゆへにげずに一処(いつしよ)にあそんで居(ゐ)る荘子(さうじ)にある海客(かいかく)白鴎(はくあう)は列子(れつし)のことを云(いふ)が こゝにつかふた楚(そ)の屈原(つくげん)名(な)は平(へい)辞楚(そじ)の作者(さくしや)で文学(ぶんがく)たけた人だ其(その)詞賦(しふ)は日月(じつげつ)を懸(かけ) たるごとく後世(こうせい)へ伝(つた)へもてはやせとも汨羅淵(べきらえん)へ身(み)を投(なげ)て功名(こうめい)も役(やく)に立(たゝ)ずに立(たゝ)ず楚王(そわう)は奢(おごり)人 で屈原(くつげん)か諌(いさめ)も用(もちひ)ず大(おほき)きな台(うてな)や榭(ものみ)を建(たて)全盛(ぜんせい)なりしも今(いま)跡(あと)もなく人影(ひとかげ)もみへず丘(をか)や山(やま)が あるのみじや功名(こうめい)富貴(ふうき)は何(なに)の役(やく)に立(たゝ)ぬから一日も無事(ぶじ)の間(あいだ)心一(こゝろいつ)はいに楽(たのし)むがよい一(いつ)はい きげんに大文字(おほもし)を書(かい)て慰(なぐさま)うと云て筆(ふで)を揺(うごか)して書(かき)ちらすすさまじく気象(きしやう)高(だか)に出(で) 来(き)て五嶽(ごがく)をうごかすやうに有た又 風流(ふうりう)に詩(し)などを作(つくつ)て世間(せけん)をも憚(はゞか)らず笑(わらひ)など する時(とき)は滄洲(さうしう)仙境(せんきやう)ても是(これ)におよぶものはないと思(おも)ふ凌(しのぐ)とは其上へ出(いづ)ること五嶽(ごがく)とは もろこしにすぐれた高山(かうざん)の名(な)に立(たつ)が五ヶ所(しよ)有を云 屈原(くつげん)が功名(こうめい)楚王(そわう)の富貴(ふうき)いつ迄も 有(ある)ならば西(にし)からながるゝ漢水(かんすゐ)も東南(とうなん)から逆(さか)さまに流(なが)るゝであらうと云此 下心(したこゝろ)は 屈原(くつげん)にも劣(おと)らぬ文章(ぶんしやう)を書(かい)たと云 意(い)じや 【挿絵】   貧交行(ひんかう〳〵)   杜甫(とほ) 翻(ひるがへせは)_レ手(てを)作(なり)_レ雲(くもと)覆(くつがへせば)_レ手(てを)雨(あめ)。紛々軽薄何(ふん〳〵たるけいはくなんぞ) 須(もちひん)_レ数(かぞふることを)。君(きみ)不(ずや)_レ見(み)管鮑貧時交(くわんはうひんじのまじはり)。此道(このみち) 今人棄(こんじんすてゝ)如(ごとし)_レ土(との)。 【印「天真」】 ------------------------------------------------------------------------------- 人はおのれ富貴(ふうき)になれば貧(ひん)な者(もの)はすつるそれを憤(いきどを)りて作(つくつ)た貧交(ひんかう)は遂(とげ)にくひものじや 人時(じんじ)の軽(かろ)はづみに頼(たのみ)ないは掌(て)をかへすやうに雲(くも)となり雨(あめ)となる忽(たちま)ち変(かわ)るを云 紛々(ふん〳〵)と世(せ) かい中(じう)かうすい風俗(ならはし)じやによつて数(かぞ)へ尽(つく)されず軽薄(けいはく)は疎情(そじやう)のこといにしへ斉(せい)の管仲(くわんちう)が貧(ひん)な る時 鮑叔(はうしゆく)と云 者(もの)と云合(いゝあは)せて商(あきなひ)をしたがいつ迄も鮑叔(はうしゆく)をだまして我(われ)ばかり利(り)を取(とり)たり されども少(すこし)もはらたてず管仲(くわんちう)は貧乏(びんばふ)ゆへ其はづ也とて中(なか)よく交(まじはつ)たある時(とき)喧嘩(けんくわ)をしてたゝ かれて帰(かへつ)た人々 臆病(おくびやう)者とてそしりしが鮑叔(はうしゆく)は管仲(くわんちう)老母(らうぼ)あるゆへ尤(もつとも)なとてます〳〵したしみ たり鮑叔(はうしゆく)其 後(のち)斉(せい)につかへ公子(こうし)の乱(らん)に鮑叔(はうしゆく)死(し)せり管仲(くわんちう)は斉(せい)の桓公(くわんこう)の時 死(し)しけるが我(われ)を 生(うみ)しは父母(ちゝはゝ)我(われ)を知(しり)たる者(もの)は鮑子(はうし)と歎(たん)じけり其 様(やう)な道(みち)は今時(いまどき)の人 捨切(すてきつ)て土(つち)のごとくに思(おも)ふて在(ある) 【挿絵】   短歌行(たんかかう)贈(おくる)_二王郎司直(わうらうしちよくに)_一 王郎酒酣(わうらうさけたけなはにして)拔(ぬき)_レ剣(けんを)斫(きつて)_レ 地(ちを)歌(うたふ)_二莫哀(ばくあいを)_一。我(われ) 能(よく)拔(ぬかん)_二爾抑塞磊落之奇才(なんぢがをくそくせるらいらくのきさいを)_一。 予章(よしやう)翻(ひるがへつて) _レ風(かぜに)白日動(はくじつうごき)。鯨魚(けいきよ)跋(ふんで)_レ浪(なみを)滄溟開(さうめいひらく)。且(しばらく)脱(だつして)_二剣(けん) 佩(はいを)_一休(やめよ)_二徘徊(はいくわいすることを)_一。 西(にしのかた)得(えて)_二諸侯(しよこうを)_一棹(さをぜば)_二錦水(きんすゐに)_一。欲(ほつせん)_下向(むかつて)_二 何門(いづれのもんに)_一趿(ふまんと)_中珠履(しゆりを)_上。仲宣楼頭春色深(ちうせんろうとうしゆんしよくふかし)。青眼(せいがん) 高歌(かうかして)望(のぞまん)_二吾子(ごしを)_一。眼中之人吾老矣(かんちうのひとわれおひたり)。【印「栖霞」】 ------------------------------------------------------------------------------- 酒宴(しゆえん)して剣(つるぎ)をぬくは気象(きしやう)なるもやうを云 志(こゝろざし)をとげぬとて悲(かなしま)ぬがよい先(まづ)酒(さけ)を飲(のん)で 心(こゝろ)を慰(なくさ)み給へ莫哀(ばくあい)と云て我(われ)を悲(かなし)み思ふてくれる心(こゝろ)で歌(うた)ふ歎(なげ)かるゝな我(われ)らが立身(りつしん) したならこなたの気象(きしやう)を知(しつ)て居(ゐ)ることなればおし付(つけ)られてゐらるゝをおれが抜出(ぬきいだ)し てやらうほどに歎(なげ)かずとも酒(さけ)を飲(のん)だがよい其元の磊落(らいらく)の奇才(きさい)に於(おい)ては予章(くすのき)の 大木(たいほく)が風(かぜ)に翻(ひるがへつ)て白日(はくじつ)動(うご)くやうにあり又 大鯨(おほくじら)が滄海(さうかい)の波(なみ)を踏(ふん)で通(とを)るやうにて中〳〵 狭(せま)き溝(みぞ)堀(ほり)などに住(すむ)小魚(せうぎよ)と斉(ひとし)うはならぬしばらく剣佩(けんはい)を脱(ぬい)で徘徊(はいくわい)をやめじつとして 居(ゐ)給へもし其元(そのもと)大名(だいみやう)に成(なり)て錦江水(きんこうすゐ)のあたり棹(さほ)さす時に節度使(せつとし)になつたらば 何(いづ)れの門(もん)に向(むかつ)て珠履(しゆり)をふまんと思(おも)はるゝや大方(おほかた)おれが処(ところ)へ来(き)やるであらう此 句(く)は 故事(こじ)二ツあれとも目立(めだゝ)ぬ春申君(しゆんしんくん)が食客(しよくかく)三千人 躡(ふむ)_二玉履(しゆりを)_一とあると鄒陽(すうやう)が何(なに) 王之門(わうのもん)にか長裾(ちやうきよ)を曳可(ひくべから)ざらんや云を一 句(く)に用(もちひ)た上手(しやうず)なつかひかたなりおれが宅(たく)へ 来(こ)られたなら昔(むかし)荊州(けいしう)の劉表(りうへう)と云 大名(だいみやう)の処へ王仲宣(わうちうせん)が来(き)た時(とき)のやうにとも〴〵 春色(しゆんしよく)をもてあそんで心(こゝろ)よく青眼(せいがん)をなし高歌(かうか)してもなすべし王郎(わうらう)しか云(いふ)て くれらるゝは忝(かたじけな)いが其元(そのもと)のみやる通(とを)り眼中(がんちう)の人の中(なか)では我(われ)らが一ばんに年(とし)がよつた と仕舞(しまひ)に唯(たゞ)一 句(く)で答(こたへ)たが面白(おもしろ)いどうぞ早(はや)く頼(たの)むと云 心(こゝろ)がこもる 【挿絵】   高都護驄馬行(こかうとごそうばかう) 安西都護胡青驄(あんせいとごのこせいそう)。声価欻然来(せいかこつぜんとしてきたつて)向(むかふ)_レ東(ひがしに)。此馬(このうま)臨(のぞみて)_レ陣(ぢんに)久(ひさしく)無(なし) _レ敵(てき)。与(と)_レ 人(ひと)一(いつにして)_レ心(こゝろを)成(なす)_二大功(たいこうを)_一。功成恵養(こうなりけいやうせられて)隨(したがふ)_レ所(ところに)_レ致(いたす)。飄飄遠(へう〳〵としてとをく)自(より)_二流(りう) 沙(さ)_一至(いたる)。雄姿(ゆうし)未(いまだ)【左ルビ「ず」】_レ受(うけ)_二伏櫪恩(ふくれきのおんを)_一。猛気猶思戦場利(まうきなをおもふせんじやうのり)。踠促蹄高(ゑんしゝまりていたかうして)如(ごとし)_レ踣(ふむ)_レ鉄(てつを)。交河幾(けうかいくたび)蹴(けて)_二層氷(そうひやうを)_一裂(さく)。五花散作雲満身(ごくわさんじてなるくもまんしん)。万里方(ばんりまさに) 看(みる)_二汗(あせ)流(ながすを)_一レ血(ちを)。長安壮兒(ちやうあんのさうじ)不(ず)_二敢騎(あへてのら)_一。走過掣電(そうくわせいでん)傾(かたむけて)_レ城(しろを)知(しる)。青糸(せいし) 絡(まとふて)_レ頭(かうべに)為(ために)_レ君(きみが)老(おふ)。何由却(なにゝよつてかへつて)出(いでん)_二橫門道(くわうもんのみちを)_一。 【印「栖霞」】 ------------------------------------------------------------------------------ 高都護(かうとご)は高仙之(かうせんし)西域(せいいき)のおさへの役(やく)都護(とご)を勤(つと)む芦毛(あしげ)の名馬(めいば)のことを云て当時(たうじ)のことを述(のぶ) 胡馬(こば)は大宛国(たいゑんこく)より来た青驄(せいそう)は元(もと)より名高(なたか)い馬(うま)と聞伝(きゝつたへ)たに今(いま)忽(たちま)ち都東(みやこひがし)の方(かた)へ来た此馬(このうま)は 陣中(ぢんちう)へ出てからはかけり廻(まわ)ることならびないのり人(て)の思ふやうに成(なつ)て手柄(てがら)をさする度々(たび〳〵) 功有(こうある)ゆへ太切(たいせつ)に養(かひ)都(みやこ)につれてこられた此馬(このうま)は足(あし)か達者(たつしや)にて飄々(へう〳〵)と飛(とび)かけるやうに流沙(りうしや) を通(とを)つて来(き)た雄姿(ゆうし)はすぐれてつよき也 老馬(らうば)ゆへ飼殺(かひころ)しにすれ共 年寄(としより)ても伏櫪(ふくれき)の 恩(おん)をうけぬ達者(たつしや)な馬(うま)じや何(なに)ぞ兵争(へいさう)のことが起(おこ)ればかけ廻(まわ)り主(しゆ)人に手(て)がらをさせ たいと思(おも)ふ猛気(まうき)今(いま)に元気(げんき)じや踠促(ゑんそく)は前足(まへあし)のふしと爪(つめ)の間(あいだ)の短(みじか)いこと殊(こと)に蹄(ひづめ)高(たか)く 鉄(てつ)を踏(ふむ)がごとく丈夫(ぢやうぶ)にて都護(とご)が西域(せいいき)交河(けうが)あたりを通(とを)る時 層氷(そうひやう)の時分(じぶん)踏(ふみ)さきて 通(とを)り来(き)た馬(うま)のたてがみ結(ゆふ)たを五花(ごくわ)と云 散(ちら)して居(ゐ)るが雲(くも)のやうに身(み)にまとひある 万里(ばんり)を来(き)たゆへ汗血(あせち)をながし来(き)た汗血(かんけつ)踠促(ゑんそく)蹄高(ていかう)踏鉄(たふてつ)皆(みな)名馬(めいば)を相(さう)する すぐれたる駿足(しゆんそく)を云て都護(とご)が才(さい)をほめるであるかゝる名馬(めいば)ゆへ都(みやこ)の若(わか)もの共も 乗(のり)得(え)ぬことに過(すぐ)ること電(いなびかり)のごとく早(はや)い故 都中(みやこぢう)知(し)らぬ者はない青糸(せいし)を頭(かしら)の餝(かざり)としさしも 逸物(いちもつ)そこもとの家(いへ)に養殺(かひころ)すもをしいまだ何程(なにほど)も功(こう)を立(たつ)べく横門(くわうもん)の道(みち)を出(いで)辺塞(へんさい) に手(て)がらをあらはすべきをと云 下心(したごゝろ)は都護(とご)がやうな器量者(きりやうもの)を都(みやこ)に留(とゞ)め置(おか)うより 西域(せいいき)の治(をさめ)にくい処へやつて功(こう)を立(たて)させたがよいと云 意(こゝろ)也 【挿絵】   送(おくつて)_三孔巣父(こうそうほが)謝(しやして)_レ病(やまひを)帰(き)_二-遊(ゆうするを)江東(かうとうに)_一兼(かねて)呈(ていす)_二李白(りはくに)_一 巣(さう)-父(ほ)掉(ふるうて)_レ頭(かうべを)不(ず)_レ肯(かへんぜ)_レ住(とゞまることを)。東(ひがしのかた)将(まさに)_三入(いつて)_レ海(うみに)隨(したがはんと)_二煙霧(えんぶに)_一。詩卷長留(しけんながくとゞむ)天地(てんちの) 間(あいだ)。釣竿(てうかん)欲(ほつす)_レ拂(はらはんと)珊瑚樹(さんごじゆ)。深山大沢龍蛇遠(しんざんたいたくりようだとをし)。春寒野陰(しゆんかんやゐん)風(ふう) 景暮(けいくる)。蓬莱織女(ほうらいのしよくぢよ)回(めぐらし)_二龍車(りようしやを)_一。指(し)_二-点(てんして)虛無(きよぶを)_一引(ひく)_二帰路(きろを)_一。自是君身(おのづからこれきみがみ) 有(アリ)_二仙骨(せんこつ)_一。世人那(せじんなんぞ)得(えん)_レ知(しることを)_二其故(そのゆへを)_一。惜(をしんで)_レ君(きみを)只(たゞ)欲(ほつす)_二苦死留(くししてとゞめんと)_一。富貴何(ふうきなんぞ) 如草頭露(しかんさうとうのつゆ)。蔡侯静者意(さいこうせいしやこゝろ)有(あり)_レ余(あまり)。清夜置酒(せいやちしゆして)臨(のぞむ)_二前除(せんじよに)_一。罷(やめて)_レ琴(きんを) 惆悵月(ちうちやうすればつき)照(てらす)_レ席(むしろを)。幾歲(いくばくとしか)寄(よせん)_レ我(われに)空中書(くうちうのしよ)。南(みなみの方)尋(たづね)_二禹穴(うけつを)_一見(みば)_二李白(りはくを)_一。道(いへ) 甫問訊今何如(ほもんじんすいまいかんと)。【印「天真」】 ------------------------------------------------------------------------------ 孔巣父(こうそうほ)は風流人(ふうりうじん)ゆへしはらく見 合(あは)せ給へついに立身(りつしん)もあらうととゞむれども見切(みきり)の よい人で思込(おもひこみ)し望(のぞみ)が有(ある)によつて頭(かうべ)をふつてうけがはぬ。東方(とうばう)海上(かいしやう)より乗出(のりいだ)し煙霧(えんぶ)の 中(うち)へのり込(こん)で隠者(ゐんじや)となるつもりじや巣父(さうほ)も道人(どうにん)で有(あつ)て天地(てんち)の間 人間(にんげん)へ詩(し)ばかり残(のこ) し置(おか)るゝ扨(さて)〳〵遠(とを)く煙霧(えんぶ)に随(したが)はるゝは定(さだめ)て仙境(せんきやう)の珊瑚樹(さんごじゆ)などの有(ある)所(ところ)で釣(つり)を たれ慰(なぐさま)るゝならんと思ひやる其元(そのもと)が深山(しんざん)へ引込(ひきこま)るゝからは龍蛇(りようだ)の様な人に害(がい)あるは 近所(きんじよ)へ寄付(よりつく)まいと云て実(じつ)は安禄山(あんろくさん)をさし云 春(ばる)の比(ころ)にぎやうに有(ある)べきも兵乱(ひやうらん)の節(せつ) ゆへどこともなく余寒(よかん)迄(まで)きびしいかやうな時節(じせつ)引込(ひきこむ)は尤(もつとも)じや深山大沢(しんざんだいたく)生(しやうず)_二龍蛇(りようだを)_一と云は 左伝(さでん)の語(ご)しや船(ふね)に乗(のり)蓬莱(ほうらい)の方(かた)へ趣(おもむか)るゝによつて仙境(せんきやう)の仙女(せんぢよ)などが龍車(りようしや)をおし 迎(むかひ)に出(いで)そこ元(もと)のござる虚無(きよぶ)の御座敷(おざしき)はあれじやとゆびさし帰路(きろ)を引導(いんだう)し行(ゆく)で あらうそこもとに仙骨(せんこつ)有(ある)ことは一 通(とをり)の者(もの)はしらぬ余(あま)り残念(ざんねん)さにせつなくとも留(とまり)て くれ給へと云が足下(ごへん)の心底(しんてい)をしらぬによつてめつたに留(とめ)たがる足下(ごへん)は世(よ)の富(ふう) 貴(き)は草頭(さうとう)の露(つゆ)よりもろしと思てゐらるゝ蔡侯(さいこう)は此(この)時 餞別(せんべつ)のふるまひなどす る人 蔡氏(さいし)のものそうな静者(せいしや)と云は謝礼運(しやれいうん)が詩(し)にある通り静閑(せいかん)の義(ぎ)て俗(ぞく)をは なれ風流(ふうりう)なことに作(つく)るかうした人が巣父(さうほ)に同心(どうしん)して前除(ぜんじよ)のえんばなで酒(さけ)もり をする御 亭主(ていしゆ)の蔡侯(さいこう)は風流(ふうりう)な人て官(くわん)人ながら意(こゝろ)あまり有しばらく琴(きん) をやめて席上(せきしやう)をてらす月(つき)を詠(ながめ)て静(しづま)りかへつて居(ゐ)る内(うち)にもあすはわかるゝと おもひみれば惆悵(ちうちやう)とかなしくなる其元 仙境(せんきやう)へひきこみ仙人(せんにん)にならるゝが我(われ)ら ごとき下界(げかい)の者(もの)へ空中(くうちう)より書(しよ)を賜(たまは)らうかそれもなるまいと思へばいよ〳〵 名残(なごり)がをしいこの比(ころ)聞(きけ)ば南(みなみ)の方(かた)禹穴(うけつ)の辺(へん)に李白(りはく)がうろたへて居(ゐ)るげなそこ もと御 逢(あひ)なされたなら今はどうして居(ゐ)るぞと杜子美(としみ)が問訊(もんじん)したと云て下(くだ) されもんじんとはとひたづぬること也 月(つき)と云をうけ空中(くうちう)と云た 【挿絵】   飲中八仙歌(ゐんちうはつせんか) 知章(ちじやうか)騎(のるは)_レ馬(うまに)似(にたり)_レ乗(のるに)_レ船(ふねに)。眼花(がんくわ)落(おちて)_レ井(ゐに)水底眠(すゐていにねむる)。汝陽(じよやう) 三斗始(さんどはじめて)朝(てうす)_レ 天(てんに)。道逢(みちにあふて)_二麴車(きくしやに)_一口(くち)流(ながす)_レ涎(よだれを)。恨(うらむらくは)不(さることを)_三移(うつして)_レ封(ほううを) 向(むかは)_二酒泉(しゆせんに)_一。左相日興(さしやうがじつきよう)費(ついやす)_二万銭(ばんせんを)_一。飲(のむこと)如(ごとし)_三長鯨(ちやうげいの)吸(すふが)_二百(ひやく) 川(せんを)_一。銜(ふくみ)_レ杯(はいを)楽(たのしみ)_レ聖(せいを)称(しようす)_レ避(さくと)_レ賢(けんを)。宗之瀟灑美少年(そうしはせうしやたるびせうねん)。挙(あげて) _レ觴(さかづきを)白眼(はくがんにして)望(のぞむ)_二青天(せいてんを)_一。皎(けうとして)如(ごとし)_三玉樹(ぎよくじゆの)臨(のそむが)_二風前(ふうぜんに)_一。蘇晉長(そしんちやう) 齋(さいす)繡仏前(しうぶつのまへ)。醉中往々(すゐちうわう〳〵)愛(あいす)_二逃禅(たうぜんを)_一。李白一斗詩(りはくいつとし) 百篇(ひやくへん)。長安市上酒家眠(ちやうあんのしじやうしゆかにねむる)。天子呼来(てんしよびきたせども)不(ず)_レ 上(のぼら)_レ船(ふねに)。 自称臣是酒中仙(みづからしようすしんはこれしゆちうのせんと)。張旭三杯草聖伝(ちやうきよくさんばいさうせいつたふ)。脱(だつし)_レ帽(ぼうを) 露(あらはす)_レ頂(いたゞき)王公前(わうこうのまへ)。揮(ふるつて)_レ毫(ふでを)落(おとせば)_レ紙(かみに)如(ごとし)_二雲煙(うんえんの)_一。焦遂五斗(せうすゐごと) 方卓然(まさにたくぜん)。高談雄弁(かうだんゆうべん)驚(おどろかす)_二 四筵(しえんを)_一。【印「天真」】 【挿絵】  賀知章(かちしやう)    汝陽王(じよやうわう)《割書:名(な)ハ》璡(しん) 【挿絵】 左相(さしやう) 李適之(りせきし)    崔宗之(さいそうし)   蘇晋(そしん)         李白(りはく) 【挿絵】 張旭(ちやうきよく)      焦遂(せうすゐ) 当時(たうじ)友(とも)とするすぐれた者(もの)はみな酒(さけ)のみ相手(あいて)凡骨(ぼんこつ)ならぬゆへ仙(せん)の字(じ)を加(くわへ)た大酒(たいしゆ)のみの無(ぶ) 性(しやう)ものと云て実(じつ)はほめて云 世(よ)を非(ひ)に見てゐるやからだうらくものといはるゝ本意(ほんい)じや各(おの〳〵)をなぶる やうに云がそれを風流(ふうりう)にして悦(よろこ)ぶしや賀知章(かちしやう)は呉国(ごこく)の生(うま)れ水国(すゐこく)の人ゆへ馬(うま)に乗(のり)て尻(しり)がすはらず船(ふね)に 乗(のつ)たやうないつも酒(さけ)を過(すご)しゐるゆへぶら〳〵してあぶない眼花(がんくわ)は酒(さけ)に酔(ゑひ)目(め)がちらついて井戸(ゐど)へ落(おち)て やつはり眠(ねむつ)てゐた是(これ)は実事(じつじ)也 汝陽王(じよやうわう)名(な)は璡(しん)と云 諸侯王(しよこうわう)は酒を三斗ばかり飲(のん)で其(その)機(き) げんで参内(さんだい)しやうと朝(あさ)より出(いづ)る其道(そのみち)酒(さけ)の車(くるま)を見ては装束(しやうぞく)してゐながら飲(のみ)たがつて涎(よだれ)をながした 前漢(ぜんかん)の郭弘(くわくかう)が酒(さけ)を好(この)んで官(くわん)に封(ほう)ぜらるゝなら酒泉郡(しゆせんぐん)に封(ほう)ぜられたい酒(さけ)さへあれば外の 望(のぞみ)はないと云た我(われ)も其ごとく思(おも)へど自由(じゆう)にならぬは残念(ざんねん)じや左相(さしやう)は李適子(りせきし)ぢや金持(かねもち)ゆへ ふと酒盛(さかもり)を始(はじめ)ると日の内(うち)に万銭(ばんせん)を費(ついや)すを何とも思(おも)ぬ大酒(おほざけ)を飲(のむ)こと長鯨(おほくじら)の百川(ひやくせん)を吸(すひ) こむやうじやつねに云はすみ酒(さけ)がすきでにごり酒(さけ)はいやと云てゐる此 句(く)は李適子(りせきし)詩(し)にある聖(せい) とはすみ酒(ざけ)のこと賢(けん)とは濁(にご)り酒(さけ)を云 是(これ)は魏(ぎ)の時(とき)殿中(でんちう)酒禁制(さけきんぜい)であつたによつて時(とき)の官人(くわんにん) の云た詞(ことば)じや崔宗之(さいそうし)は洗(あら)ひ上たやうな美少年(びせうねん)で杯(はい)をあげ白眼(はくがん)にしてふり仰(あをむい)て世(せ) 間(けん)を非(ひ)に見てゐるやうす酔(ゑひ)て行儀(ぎやうぎ)をくづしたやうす皎然(けうぜん)ときよらかにて玉樹(ぎよくじゆ) の風前(ふうぜん)にのぞむやうにある蘇晋(そしん)は肴(さかな)ぎらひにて常々(つね〴〵)精進(しやうじん)長斎(ちやうさい)してゐる又ぬひ絵(ゑ)の 弥勒仏(みろくぶつ)をつね〳〵床(とこ)にかけ置(おき)て弥勒仏(みろくぶつ)は酒(さけ)ずきで有(あつ)たと云がおれは此仏(このほとけ)は気(き)に入(いつ)たなどゝ 云て夫(それ)を肴(さかな)に酒(さけ)を飲(のみ)酔(ゑひ)まぎれに座禅(ざぜん)がすきじやと云て夫(それ)を云(いひ)ぐさにめつたな人はよせ つけぬ李白(りはく)は酒(さけ)さへたんと飲(のむ)と詩(し)が沢山(たくさん)出来(でき)る酔(ゑう)とどこへでも寝(ね)てゐる男(をとこ)であつた或時(あるとき) 玄宗(げんそう)白蓮池(はくれんち)へ御幸(みゆき)の時(とき)李白(りはく)を呼(よび)に遣(つかは)されたれば酒屋(さかや)にねて居(ゐ)たをやう〳〵つれ来て 船(ふね)にのることもならず人にたすけられ漸(やう〳〵)船(ふね)にのりながらもへらず口(くち)をきゝてわれは酒中(しゆちう)の仙人(せんにん) じやによつて御ゆるされなどゝ云た張旭(ちやうきよく)は草書(さうしよ)の名人(めいじん)じやが人の前(まへ)にて冠(かんむり)を取(とる)は無礼(ぶれい)なる を酒(さけ)に酔(ゑひ)て何(なに)共 思(おもは)ず草書(さうしよ)をかけと云(いは)るゝに直(ぢき)に心得(こゝろえ)ましたとて冠(かんむり)を取(とつ)て頭(かしら)を硯(すゞり)に ひたし書(かく)やうな風流人(ふうりうじん)じやひとつに筆(ふで)を握(にきつ)て書(かく)に至(いたつ)ては飛白(ひはく)などに書(かい)たは雲煙(うんえん)の ごとく見 事(ごと)に出来(でき)た焦遂(せうすゐ)は酒吃(しやきつ)と云て平生(へいぜい)はどもりて酒(さけ)の五 斗(と)ものむと弁舌(べんぜつ)が すぐれ云(いひ)にくいことも能(よく)云出(いひだ)し四筵(しえん)の座敷中(ざしきぢう)を驚(おどろか)す 【挿絵】 【挿絵】   哀江頭(あいかうとう) 少陵野老(せうりようのやろう)呑(のんで)_レ声(こゑを)哭(こくす)。 春日潛行曲江曲(しゆんじつせんかうすきよくかうのくま)。江頭宮殿(かうとうきうでん)鎖(とざす)_二千(せん) 門(もんを)_一。細柳新蒲(さいりうしんほ)為(ために)_レ誰(たれが)緑(みどりなる)。憶昔霓旌(おもふむかしげいせい)下(くだりしを)_二南苑(なんえんに)_一。苑中景物(えんちうのばんぶつ)生(しやうず)_二 顔色(がんしよくを)_一。昭陽殿裏第一人(せうやうでんりだいいちのひと)。同(おなじうして)_レ輦(てぐるまを)随(したがひ)_レ君(きみに)侍(しす)_二君側(きみのかたはらに)_一。輦前才人(れんぜんのさいじん) 帯(おび)_二弓箭(きうせんを)_一。白馬嚼齧黄金勒(はくばしやくかうわうごんのおもづら)。翻(ひるがへし)_レ身(みを)向(むかつて)_レ 天(てんに)仰(あをいで)射(いる)_レ雲(くもを)。一箭正(いつせんまさに) 堕(おつ)双飛翼(さうひよく)。明眸皓歯今何在(めいぼうかうしいまいづくにかある)。血汚遊魂帰(ちけがしてゆうこんきすることを)不(ず)_レ得(え)。清渭(せいゐは) 東流剣閣深(とうりうしけんかくはふかし)。去住彼此(きよぢうひし)無(なし)_二消息(せうそく)_一。人生(じんせい)有(あり)_レ情(じやう)涙(なんだ)沾(うるほす)_レ臆(おくを)。江(かう) 水(すゐ)江花豈終極(かうくわあについにきはまらん)。黄昏胡騎塵(くはうこんこきちり)満(みつ)_レ城(しろに)。欲(ほつすれば)_レ往(ゆかんと)_二城南(せいなんに)_一忘(わする)_二城北(せいほくを)_一。 ------------------------------------------------------------------------------ 安禄山(あんろくさん)の乱(らん)に玄宗(げんそう)都(みやき)を落(おち)蜀(しよく)の西都(せいと)にござる都(みやこ)は乱(みだれ)てさはがしく玄宗(げんそう)につかへた杜子美(としみ) など方々(はう〴〵)にかくれゐる都(みやこ)曲江(きよくかう)あたりも玄宗(げんそう)の都(みやこ)なされた時(とき)とちがひさび返(かへつ)た体(てい)を哀(かなしん)で 作(つくつ)た詩(し)じや玄宗方(げんそうがた)の者(もの)とみると取(とつ)てしめらるゝゆへ曲江(きよくかう)にかくれゐるさまをよく云取(いひとつ)たもの じや庾信(ゆしん)が哀江南(あいかうなん)をふまへて哀江頭(あいかうとう)と題(だい)した少陵(せうりよう)は子美(しみ)が在所(ざいしよ)野老(やらう)は手前(てまへ)をいふ 曲江(きよくかう)のくま去年(きよねん)と違(ちかひ)ものさびしきていをかなしみ声(こゑ)をかくして泣(なく)春日(しゆんじつ)ひそ〳〵潜行(せんかう)して みれば玄宗(げんそう)落(おち)給ふ跡(あと)は芙蓉苑(ふようえん)の御(お)なり御殿(ごてん)もたてこめ細柳(さいりう)新蒲(しんほ)心なき ものは誰(たれ)もてはやさね共 春(はる)を忘(わす)れぬ去年(きよねん)迄 玄宗(げんそう)御幸(みゆき)あれば苑中(えんちう)の万物(ばんもつ)まで 色香(いろか)をまし顔色(がんしよく)を生(しやう)じた霓旌(げいせい)は帝(みかど)のはた也 第(だい)一人は楊貴妃(やうきひ)昭陽殿(せうやうでん)は 女中(ぢよちう)の居所(ゐどころ)昔(むかし)漢(かん)の昭陽(せうやう)の飛燕(ひえん)は漢宮(かんきう)第(だい)一と云が南苑(なんえん)へ御幸(みゆき)の折(をり)御 気(き)に入の 楊貴妃(やうきひ)御 側(そば)をはなれず輦(てぐるま)を同(おなし)く御 寵愛(てうあい)に預(あづかつ)た玄宗(げんそう)は才人(さいじん)女官(によくわん)を男出立(をとこしたて)に こしらへ皆(みな)弓箭(ゆみや)を帯(たい)しかざり立(たて)た馬(うま)にのり御 輿(こし)の先(さき)へ立(たち)ならんで通(とを)る是(これ) 御 物(もの)ずき故也 白馬(はくば)金轡(きんび)はな〴〵しく馬(うま)もくつばみをかみいさめば女官(によくわん)天(てん)を仰(あふひ)で雲(くも) をめがけ一 矢(や)に二 疋(ひき)つゝ射(い)て落(おと)す男(をとこ)まさり上手(じやうず)じや眼(め)もと口(くち)もとすぐれたる美人(びじん) 今いづくにあるや楊貴妃(やうきひ)も馬嵬(ばくわい)が原(はら)にて殺(ころ)され血(ち)が其処をけがした遊魂(ゆうこん)も其 辺(あたり)にうろついて在(ある)ならん渭水(ゐすゐ)は西(にし)より東(ひがし)へ流(なが)るゝ剣閣(けんかく)は蜀(しよく)の山(やま)ふかくとぢ通(つう) 路(ろ)もなく蜀(しよく)の内(うち)でも一向(いつかう)消息(おとづれ)の便(たより)なくあさましいさまじや人生(じんせい)情(じやう)ある者 涙(なみだ)がむね をうるほす江水(かうすゐ)江花(かうくわ)はいつ見ても見やむこともないがそれからみればいかい違(ちがひ)しや黄(たそ) 昏(がれ)までうろ〳〵思たりながめしたりする内に安禄山方(あんろくさんがた)の胡人(こひと)共 塵(ちり)をたてゝ都中(みやこぢう) をかけ廻(まわ)るをさけやうと思(おも)へば城中(じやうちう)に忍で居(ゐ)る者も南北(なんぼく)を忘(わす)れ道(みち)にまよふ 【裏表紙】 【表紙題箋】《題:唐詩選画本《割書:七言古詩》五》 【小題】乗黄   韋諷録事宅(ゐふうろくじのたくにして)観(みる)_二曹将軍画馬図(さうしやうぐんぐわばのづを)_一引(ゐん) 国初已来(こくしよよりこのかた)画(ゑがく)_二鞍馬(あんばを)_一。神妙独数江都王(しんめうひとりかぞふかうとわう)。将軍(しやうぐん)得(うること)_レ名(なを)三十 載(さい)。人間又見真乗黄(にんげんまたみるしんのじようくはう)。曽(かつて)貌(ばくす)_二先帝照夜白(せんていのせうやはくを)_一。龍池(りよくち)十日 飛(とばす)_二 霹靂(へきれきを)_一。内府殷紅瑪腦盤(だいふあんこうのめなうばん)。婕妤(せふよ)伝(つたへて)_レ詔(みことのりを)才人索(さいじんもとむ)。盤(ばん)賜(たまはつて)_二将軍(しやうぐんに)_一 拝舞帰(はいぶしてかへる)。軽紈細綺相追飛(けいぐわんさいきあいつゐひ)。貴戚権門(きせきけんもん)得(えて)_二筆跡(ひつせきを)_一。始覚(はじめておもふ)屏(へい) 障(しやう)生(しやうするを)_二光輝(くはうきを)_一。昔日太宗拳毛騧(せいじつたいそうのけんもうくわ)。近時郭家獅子花(きんじくわくかのししくわ)。今之(いまの) 新図(しんと)有(あり)_二 二馬(じば)_一。復(また)令(しむ)_二識者久嘆嗟(しきしやをしてひさしくたんさせ)_一。此皆騎戦一(これみなきせんいつ)敵(てきす)_レ万(ばんに)。縞(かう) 素(そ)漠漠(ばく〳〵として)開(ひらく)_二風沙(ふうしやを)_一。其余(そのよ)七 匹亦殊絕(ひつまたしゆぜつ)。迥(けいとして)若(ごとし)_三寒空(かんくうの)動(うごかすが)_二煙雪(えんせつを)_一。 霜蹄蹴踏長楸間(さうていしうたうすちやうしうのあいだ)。馬官廝養森(ばくわんしやうしんとして)成(なす)_レ列(れつを)。可(べし)_レ憐(あはれむ)九馬(きうば)争(あらそふことを)_二神(しん) 駿(しゆんを)_一。顧視清高気深穏(こしせいかうにしてきしんおん)。借問苦心愛者誰(しやもんすくしんあいするものはたそ)。後(のちに)有(あり)_二韋諷(ゐふう)_一前(まへに) 支遁(しとん)。憶昔(おもふむかし)巡(じゆん)_二幸(かうのとき)新豊宮(しんほうきうに)_一。翠華(すゐくわ)払(はらふて)_レ 天(てん)来(きたつて)向(むかふ)_レ東(ひがしに)。騰驤磊落(とうじやうらいらくたり) 三 万匹(ばんひつ)。皆(みな)与(と)_二此図(このづ)_一筋骨同(きんこつおなじ)。自(より)_三従 献(けんじて)_レ宝(たからを)朝(てうして)_二河宗(かそうに)_一。無(なし)_三復(また)射(いる)_二 蛟江水中(みつちをかうすゐのうちに)_一。君(きみ)不(ずや)_レ見(み)金粟堆前松柏裡(きんぞくたいぜんしようはくのうち)。龍媒去尽鳥(りようばいさりつくしてとり)呼(よぶ) _レ風(かせに)。 【印「天真」】 ------------------------------------------------------------------------------ 韋諷(ゐふう)は名(な)録事(ろくじ)は官(くわん)曹将軍(さうしやうぐん)が画馬(くわば)を見て作(つくつ)た詩(し)じや唐(たう)の世(よ)の初(はじめ)より鞍(くら)おき馬(うま)を ゑがく神妙(しんめう)の人 江都王(かうとわう)名(な)は諸(しよ)つゞひて曹将軍(さうしやうぐん)が三十年このかたの名取(なとり)である乗黄(じようくはう)は 名馬(めいば)の名(な)にて天(てん)より龍(りよう)が下(くだ)つて馬(うま)を産(うん)だと云 伝馬(てんば)で人間(にんげん)のみることはなるまいとお もふた曹将軍(さうしやうぐん)の画馬(ぐわば)こそ真(しん)の乗黄(じようくはう)じや貌(ばく)すとはいきうつしのこと先帝(せんてい)は玄宗(げんそう)に御(ご) 秘蔵(ひさう)の照夜白(せうやはく)と云 馬(うま)年(とし)よりて死(し)ぬるであらうと興慶池(こうけいち)御 遊(ゆう)の折(をり)曹将軍(さうしやうぐん)に詔(みことのり)が 有て此 馬(うま)を生(しやう)うつしにせよと上意(じやうい)にて忽(たちま)ち画(ゑがい)て出(だ)した其(その)妙天(めうてん)に感応(かんをう)ありしや興(こう) 慶池(けいち)のあたり十日が間 雷(らい)が鳴(なつ)た是(これ)実事(じつじ)であるそこで天子(てんし)も御(ご)きげんのあまり内(だい) 府(ふ)御納戸(おなんど)の内蔵(うちぐら)にあるえびすから献(けん)じた殷紅色(あんこうしよく)の瑪瑙盤(めなうばん)を賜(たまは)んと婕妤(せうよ)といふ女(ぢよ) 官(くわん)へ仰付(あふせつけ)られ婕妤(せうよ)から才人(さいじん)と云 女官(ぢよくわん)へ其(その)詔(みことのり)をつたへ御 蔵(くら)の内(うち)より索(もとめ)出(いだ)し将軍(しやうぐん)へ賜(たま)はり左(さ) 右(ゆう)の袖(そで)をひろげ拝(はい)してうけ取(とり)拝答(はいたふ)とて左右(さゆう)の袖(そで)をひろげ舞(まひ)のかたちのやうにする日本(にほん)の 【挿絵】 小笠原流(をがさはらりう)の諸礼(しよれい)の如(ごと)くじや軽紈(けいぐわん)細綺(さいき)は色々(いろ〳〵)薄物(うすもの)の反物(たんもの)を追々(おひ〳〵)に下された歴々(れき〳〵)方の 座敷(ざしき)なども将軍(しやうぐん)に絵(ゑ)を頼(たの)み筆跡(ひつせき)を得て屏風(びやうふ)からかみふすまの類あの人の座しきには 曹将軍(さうしやうぐん)の画(ゑ)が有といへば人が格別(かくべつ)に思(おも)ふ様(やう)にある以上馬九ツありとみゆる昔(むかし)太宗(たいそう)の拳(けん) 毛騧(もうくうわ)近(ちか)ごろ郭子儀(くわくしぎ)が獅子花(ししくわ)と今の新図(しんづ)に此二疋を画がきまさしく生(いき)た様(やう)にある ゆへ拳毛騧(けんもうくわ)獅子花(ししくわ)などを見知た者(もの)が見ると扨(さて)〳〵よく出来(でき)たと胆(きも)をつぶしかん しんたんそくする此二疋は戦場(せんじやう)には一 疋(ひき)が万に敵(てき)するすぐれもの共じや白(しろ)い絵絹(ゑきぬ)に二 疋(ひき)の 馬を画(ゑがい)て有が地(ぢ)の白(しろ)いが漠々(ばく〳〵)と砂漠(さばく)のごとくみゆるそれをおしひらひて生る馬が出る やうにてあたりの白(しろ)い所(ところ)迄 沙漠(さばく)のやうにみゆ外七 疋(ひき)もいきほひすぐれ迥然(けいぜん)と寒空(さむそら)雪(ゆき)ふるけし きをみるごとくそつとするばかり蹄(ひづめ)もつよく霜(しも)をふむいきほひ長楸(ちやうしう)の並木(なみき)の間などに蹴(しう) 踏(たふ)するさまを書(かい)ていきておどるごとく馬役人(うまやくにん)が廝養(しやう)の様子(やうす)列(れつ)をなして居るていじや 九馬(きうば)神駿(しんしゆん)を争(あらそ)ふさまみるにも愛(あい)すべし気象(きしやう)高(だか)に後向(うしろむき)のさまがおんこうに見ゆる借(しや) 問(もん)す出精(しゆつせい)苦心(くしん)して愛(あい)するは誰(たれ)であらういにしへは支遁(しとん)が馬(うま)すきで有たが今は御亭主(ごていしゆ)の 韋諷録事(ゐふうろくじ)其元(そのもと)が馬(うま)ずきじや是(これ)について思(おも)ひ出(だ)す玄宗(げんそう)さかんの時(とき)翠華(すゐくわ)の旌(はた)を立(たて)て 新豊宮(しんほうきう)へ御幸(みゆき)の時(とき)足(あし)達者(たつしや)に力量(りきりよう)すぐれた馬(うま)を三万 匹(ひき)ほど御つれなされしが皆(みな)此(この) 図(づ)の馬(うま)と筋骨(きんこつ)同(おな)じく丈夫(ぢやうぶ)にあつた騰驤(たうじやう)は馬(うま)の足(あし)達者(たつしや)なこと周(しう)の穆天子(ぼくてんし)が河宗(かそう) 伯夭(はくえう)と云 水神(すゐじん)の処へ幸(みゆき)ありしかば束帛(そくはく)を献じ加璧(かへき)の礼(れい)を行(おこなふ)たゆへ天子(てんし)の宝器(はうき)を 伯夭(はくえう)に御見せなされたことがある又(また)漢(かん)の武帝(ぶてい)が河水(かうすゐ)を渡(わた)る時(とき)河中(かうちう)で命(めい)して蛟(みづち)を射(い)さ せられた玄宗(げんそう)は豪傑(がうけつ)で古(いにしへ)の穆天子(ぼくてんし)の河伯(かはく)を呼出(よびだ)して宝(たから)を献(けん)じさせたやうなこと も有つたが今(いま)は崩御(ほうぎよ)なされた漢(かん)の武帝(ぶてい)蛟(みづち)を射(い)させたやうな気象(きしやう)の天子(てんし)もないと 天子(てんし)の故事(こじ)を二ツ出し玄宗(げんそう)を惜(をし)む君(きみ)見ずやと七 言(ごん)に三 字(じ)くわへて詞(ことば)を改(あらた)め玄宗(げんそう)の 様(やう)な気象(きしやう)な天子(てんし)も金粟堆(きんぞくたい)の松柏(しようはく)の中(なか)に陵(みさゝぎ)が立(たち)有(あり)て龍(りよう)の媒(なかだち)にもなるやうな馬(うま)は 去尽(さりつく)してたゞ野鳥(のとり)など空(むな)しく風(かぜ)に呼(よば)はつて居(ゐ)るを聞(きく)のみじやと当時(たうじ)粛宗(しくそう)の 勢(いきほひ)のないことを云(いふ)穆天子(ぼくてんし)の故事(こじ)を出(だ)したは八 駿(しゆん)名馬(めいば)の縁(えん)が有(あり)て的中(てきちう)の句(く)じや 折(をり)ふし長語(ちやうご)を交(まじゆ)る古詩(こし)のもちまいじや 【挿絵】