TKGKー00036 書名  拳独稽古 刊   一冊 所蔵者 東京学芸大学附属図書館 函号  798/SAN 撮影  国際マイクロ写真工業社 令和2年度 国文学研究資料館 【題箋】 拳独稽古   完 神武一 ̄ビ掃_二-除 ̄シテ海東 ̄ヲ_一而四民楽 ̄ムコト _レ業 ̄ヲ二_二-百-年于_一_レ茲 ̄ニ芻蕘 ̄ノ者 ̄モ往 ̄キ焉雉 兎 ̄ノ者 ̄モ往 ̄ク焉可_レ_二謂昌平之祥徴 ̄ト_一 哉近 ̄コロ拳戯大 ̄ニ行 ̄ル_二于世 ̄ニ_一雖 ̄モ_二偏地之野 老絶郷之頑夫 ̄ト_一行余能 ̄ク嗜 ̄ム_レ技 ̄ヲ焉 其為 ̄タル_レ戯也有_二射義授壺 ̄ノ之遺風_一 余絵事吟詠之暇 ̄マ与_二同遊山桜主 人_一相謀 ̄テ撰 ̄テ_二小冊子 ̄ヲ_一而授 ̄ケテ_二書肆 ̄ニ_一以為 ̄スモ_二 童蒙 ̄ノ之階梯 ̄ト_一亦彼 ̄ノ備 ̄フル_二皇矣 赫々之 ̄ノ余楽 ̄ニ_一而已       揺舟撰【落款二】 【左丁】 序 物の流行する事かわり屏風の如く竹返しの掌(てのひら) のごとし、其 掌(てのひら)にちなみある指戦(しせん)の遊を考るに、唐(もろこし) に拇戦(ぼせん)といゝ酒令(しゆれい)といふ、五雑組(ござつそ)に精枚(せいばい)と見えたるも うたかうらくは此事にや、ちんぷんかんはさておひて、抑(そも〳〵) 拳の戯(たわむれ)は大尽舞(だいじんまひ)にあらねども、かのよし原に名も 高き卍楼(まんじや)玉菊風流に錦を以て手を粧(よそふ)是拳 錦(まはし)の権輿(はじめ)也、扨中興の名人は車応(しやをう)といえる崎陽(ながさき) 人江戸に来りておしひろむ、二十余年の今に至て、 流行四里四方に行わたり、うくつ童(わらべ)より鳩つかむ叟(おきな) まで、あるは八里半(やきいも)の薩摩(さつま)拳(けん)、または杖つく握(にぎ)り手にも、 指の工夫手のかわりに心をつくす、まして此道に遊べる輩(ともがら) 番付に肩をいからせ褌(まはし)に風流をつくす、されは双が岡の 法師も今の世に居なは、拳うたぬ男(おのこ)は玉の盃に底(そこ)なき こゝちとかき、楽天(らくてん)といふ叟(おやぢ)も遥望人家(はるかにじんかを見る)拳(けんあれば)便入(すなはちいる)不論貴(きせんと) 賤与親疎(しんそとをろんせず)、などゝつくるなるべし、こゝに山水と称せる 一つらあり、始はわづかの下露にて、木の葉の股(また)をくゞり盃(さかづき) 浮(うか)める斗なりしも、今や末流(まつりう)大に広がりてやゝ呑(どん) 舟(しう)の魚(うを)をも生(せう)ぜんとす、其ひとむれの名に縁(えん)ある、山 桜 漣々(れん〳〵)なるもの、此流行につけこみて拳道初学 の階梯(かいてい)にもと、今古(きんこ)名たゝる大人(うし)達(たち)の茶話(ちやのみばなし)を集て、 独(ひとり)稽古(まなひ)と号(なづけ)たり、例(いつも)の朝寐(あさね)の眼(め)をこすりて、ろく〳〵 中をはくりかえさねど、えより漣(ぬし)々の筆力(ひつりよく)は、先刻(せんこく)承(せう) 知(ち)の事なれは先妙〳〵とうむるるならん、しからは一寸 開巻(かいくはん) にうけ合 証文(せうもん)、かいつけてよとすゝめにまかせ、此 独(ひとり)学(まなび)と 申す本、随分(づいぶん)慥(たしか)なるものに御さ候間、野拙(わたくし)御うけに罷立、 初学の御方々に御覧に入候処実正也、宗派(しうは)はみな〳〵山水達、 見通(みとを)し白折(しらおり)等(とう)のあしき拳に無御坐候、為後日とかくの 如し   文政十三    とらの初春    桜斎寄山二               【落款二個】 【左丁】 拳独稽古      目録 一拳呼声の事      一しやくりて打拳の事 一初心稽古の事     一手を向ふへ打拳の事 一打様心得の事     一向ふへ打又手前へ打拳の事 一相手に向ひ心得の事  一間悪敷拳の事 一地打の事       一打にくき拳の事 一六ヶ敷拳の事     一出物の打戻の事 一引手早き拳の事    一早戻の事 一引付て打拳の事    一押戻の事 一持廻る拳の事     一取上拳の事 一下ヶて打拳の事    一大坂拳の事  一源平拳の事      一片拳の事 拳独稽古      《割書:山桜漣々|逸軒揺舟》著                 初心拳打為に心得の事 一 先拳(けん)を打ならはんとおもはゝよひこゑをよくおほえ  図(づ)のこときもの初めは一本たてをきむゆうを出し  一ッとよひ一ッを出しりやんとよひ二ッ出しさんとよひ  三ッ出しすうとよひ四ッ出しごうとよひ五ッ出し  りうとよひとり習ふへし 〇かくの如く五本迄段々たてをき  打習ふて後又あとへ段々かへし  打習ふへし五本たて置しを  四ッ出しくわいと取三ッ出しちゑと  とるへし余はじゆんじ知へし 〇又其後はいろ〳〵とゆひのじゆんになら  ざるやうにちらして打へし  いつ迄もじゆんに覚ゆるときはのほり手  くだり手といふくせとなる也故に一本たて  置或は四本たて置ちらして打習ふへし 【左丁上段】 かくのことく にぎりしを むてといふ 図(づ)のことくだして一けんとよひりやんと よひさんとよひすうとよひごうと よひあいてのゆひをよひてとるなり あいてじぶんのゆひをよぶときは あいこにしてかちまけなし 又りうとよひちゑとよひはまと よひくわいとよふ是ひけんなり  【左丁下段】 図の如くだして一けんとよぶは相手の むてを出したる時とる也相手いちを だしたる時りやんとよひてとりりやんを だしたる時さんとよひてとりさんをだ したる時すうとよひてとりすうを だしたる時ごうとよひごうのときりうととる也 おなしこゑのときはかちまけなし 又りうより上のこゑをよふときは ひけんなり 【右丁上段】 図(づ)のことくだしてりやんとよぶはあいての むてをとる也さんとよひすうとよひごう とよひりうとよひちゑとよひてとる なり 又ぱまとよひくわいとよぶはこれひけん なり 【右丁下段】 図の如くだしてさんとよひてとるは あいてのむてをとる也 又すうとよひこうとよひりうとよひ ちゑとよひぱまとよひてとる也 又二ッとよひくわいとよべはひけん也 【左丁上段】 図(づ)のことくだしてあいてのむてをだし たるときすうとよひてとるなり 又ごうよひりうとよひちゑと よひぱまとよひくわいとよひとる なり 又一けんとよひりやんとよひ さんとよぶはひけん也 【左丁下段】 図のことくだしてあいてのむてをごうと とるなり 又りうとよひちゑとよひぱまとよひ くわいとよひてとる也 一けんとよひりやんとよひさんとよひすう とよぶはひけん也 【右丁上段】 図(づ)の如くだしたるときは 一けんとよひたるかたかち なり 外(ほか)のこゑよひたる かたまけ也 双方(そうほう)一けんとよ けんとよぶとき これあひけんなり 【右丁下段】 図のことくだし たるときりやんと よひたるかたか ちなり 外の声を よぶかた まけ也 そうほう りやんとよぶ あひけん也 【左丁上段】 図(づ)の如くだし たるときさんと よひたるかたかち なり ほかのこゑよひ たるかたまけ なり そうほうさん とよぶこれあ ひけんなり 【左丁下段】 図(づ)の如くだしたる ときりうとよひ たるかたかちなり ほかのこゑよひたる かたまけなり そうほうりうと よぶあひけんなり 【右丁上段】 図のことくだし たるときぱま とよひたるかた かちなり ほかのこへよひたる かたまけなり そうほうぱま とよぶあへけん なり 【右丁下段】 図のことくだし たるときごう とよひたるかた かちなり ほかのこゑよひ たるかたまけ なり そうほうごうと よぶときはあひ けんなり 【左丁上段】 図(づ)のことくだし たるときすう とよひたるかた かち也 ほかのこゑよひ たるかたまけ なり そうほう すうとよぶ あひけんなり 【左丁上段】 図のことくだしたる ときちゑゝとよひ たるかたかちなり ほかのこゑよひ たるかたまけ なり そうほうちゑ とよぶあひけん なり 【上段】 図のことくだしたる ときくわいとよひ たるかたかちなり ほかのこへよぶかた まけなり そうほうくわい とよぶあひけん なり 【下段】 懐中拳木 美袋の図   拳(けん)呼声(よびこへ)之事 一の事(こと)《割書:いゝ|いつけん|ひとつ》 四の事《割書:すむゆ|すう|よつゝ》  △たに△たにこう今は不呼 二の事《割書:りやん|りやんこう|ふたつ》 五の事《割書:ごう|ごうさい|おう|うゝ|いつゝ》          △むめ今は不呼 三の事《割書:さん|さんこう|みつゝ》 六の事《割書:りう|りうさい|むつゝ》          △ろま今は不呼 七の事《割書:ちゑゝ|ちゑさい|なゝつ》    十の事《割書:とうらい|とい》  △ちゑま今は不呼 此 呼声(よひこへ)今はよはす 八の事《割書:ぱま|やつゝ》    握(にぎり)の事《割書:むて|むゆう|なし》           此呼声今はよはす 九の事《割書:くわい|こゝのつ》  △きう今は呼す 【左丁】   拳(けん)打様(うちやう)心得(こゝろへ)の事 一 拳(けん)呼声(よひこゑ)おなしこゑにてとることわるし  こゑをいろ〳〵とかへてとるへし 一 第一(たいいち)向(むかう)の手(て)なにからなにを出(だ)すとおほへ  たとへむかふの手(て)いゝ りやん すうとかよふ  ときは初(はしめ)には いゝを二ッだし さんと取(とり)  りやんを二ッ出(だ)しすうと取又四ッを  三ッ出(だ)しちゑと取へしまたいぜ以前(いせん)の  とをり いゝ りやん すうとかよふと  きは此度(このたび)は いゝを一ッ出(だ)しりやんと  取(とり)また二ッを三ッ出し五(ごう)と取(とり)又  四ッを五ッ出しくわいと取(とる)へし 一むゆうより十来(とうらい)まではこゑ十一 品(しな)あ  れども手数(てかず)むゆうより五ッまでの  声(こゑ)手数(てかず)むゆうにても一ッにても皆(みな)六(ろく)  こゑにてとれゝは都合(つかう)てかず三拾六手  に替(かへ)いつれも声(こへ)色々(いろ〳〵)に替取へし 一五ッの指(ゆひ)のこらす替(かへ)る事 悪(わる)し最(さい)  初(しよ)は いゝ さん ごうと出(だ)し又二度(にど)め  には ごう いゝ さんと出し又三度め  にはさん いゝ ごうと出(だ)すへし      右(みぎ)いつれも指声(ゆひこへ)ともに替(かへ)へし 一 拳(けん)相手(あいて)にむかひしとき心(こゝろ)寛々(ゆる〳〵)として  こゑ大小(だいしやう)のなきやうに手の出しかたは  雨(あま)だれ拍子(ひやうし)にて打へし尤五拳 詰(つめ)  の時は手前に四拳取あと一拳の時は  きひしくつめてうつへし 一たとへは向(むかう)二つ出(だ)し五つと云(いゝ)又 此方(こなた)より  三つ出し五つと云(いふ)双方(さうほう)相声(あいこ)なり又向  より二つ出し五つと云 時(とき)手前(てまへ)より一つ  出し三つと云(いふ)か又四つ出しりうといふ  て取(とる)へし   余は是にじゆんじ知へし 一 手(て)の出(だ)しかたは五つを出しまた一つを  出(だ)し又は四つを出し又 無手(むて)を出(だ)し  声(こへ)いろ〳〵替取(かへとる)へし是(これ)を大手小手(おほてこて)  といふて人の気(き)のつかぬ手なり 一 拳(けん)は三具足(みつぐそく)といふてこゝろと手と  口(くち)と揃(そろ)はねばなりかたし此所(このところ)をよく  思案(しあん)して打(うつ)へし 一拳は酒席(しゆせき)のたはむれといへども他(ひと)の  見分(けんぶん)よろしきやう心(こゝろ)得へし相手(あいて)に  向(むか)ひうちかゝる時(とき)左(ひたり)の手を直(すく)にあけて  うちかゝる人ありかくする時は一本(いつほん)も取(と)  らざるとき見ぐるしまた失礼(しつれい)なり  つゝしむへし一本とりてより左(ひたり)の手  を上け四本とり払(はら)ふて膝(ひざ)に置へし 一相手にむかひ打合時(うちあふとき)心得(こゝろへ)の事  相手に向ひ打ときはよく心(こゝろ)をしづめ  気(き)をおとしつけ一心(いつしん)を拳によせて  他(た)のことをおもはす随分(すいふん)慥(たしか)にして打(うつ)  へし只(たゝ)向(むかふ)ふをとりひしぐやうの心持(こゝろもち)第(たい)  一なりすこしにても臆(をく)する気味(きみ)あれは  其気(そのき)につれて負(まけ)るものなり丈夫(じやうぶ)に  きをもちて打ときは其気に乗(しやう)して  かちあるへし 一拳をならふるは声(こへ)の調子(てうし)をよくさた  め自身(じしん)の意(こゝろ)にも応(わう)じよき調子は  爰(こゝ)といふところを常(つね)〳〵考(かんかへ)覚(おほ)へて  うつへし 一 初手合(しよてあい)と拳うつときはまづ大手(おほて)を出(だ)し  てうかゝひ後(のち)に小手(こて)大手(おほて)小手なぞ色  いろ交(まじ)へうつへし 一てうの指(ゆひ)をは半(はん)の指(ゆひ)をあはせとり半  の指をはてうのゆひを以てとり又大手  は小手にてとり小手をは大手にてとる  こと綺麗(きれい)にてよし △五ッの指(ゆひ)を握(にぎ)りて出(いた)し相手(あいて)の指(ゆひ)をさす  声(こゑ)は  一(いつけん) 二(りやん) 三(さん) 四(すう) 五(ごう) 此五ッこゑまでを差(さし)て  いふべし △指一本(ゆひいつぼん)出(だ)して云声(いふこゑ)の事   いつけん といふは向(むかふ)の 無(なし)を取声(とるこへ)なり   りやん  といふは向の 一ッを取声なり   さん   ヽ      二ッを取声なり   すう   ヽ      三ッを取声なり   ごう   といふは向の 四ッを取声なり   りう   ヽ      五ッを取声なり  右は一の声数(こへかず)と知(し)るべし △指二本(ゆひにほん)出(いだ)し云声(いふこへ)之事   りやん  といふは向の 無(むて)を取声(とるこへ)なり   さん   ヽ      一ッをヽ   すう   ヽ      二ッをヽ   ごう   ヽ      三ッをヽ   りう   ヽ      四ッをヽ   ちゑゝ  ヽ      五ッをヽ  右は二ッの声数(こへかず)と知(し)るべし △指三本(ゆひさんぼん)出(いだ)し云声(いふこへ)之事   さん   といふは向の 無(なし)を取声(とるこへ)なり   すう   といふは向の 一ッを取声(とるこへ)なり   ごう   ヽ      二ッをヽ   りう   ヽ      三ッをヽ   ちゑゝ  ヽ      四ッをヽ   ぱま   ヽ      五ッをヽ  右は三ッの声数と知るべし △指(ゆひ)四本出し云(いふ)声(こゑ)之事   すう   といふは向の 無シを取声(とるこへ)なり   ごう   ヽ      一ッをヽ   りう   ヽ      二ッをヽ   ちゑゝ  ヽ      三ッをヽ   ぱま   ヽ      四ッをヽ   くわい  ヽ      五ッをヽ  右は四ッの声数(こへかず)と知るべし    △ 指(ゆひ)五本(ごほん)出(いだ)し云声(いふこへ)之事   ごう   といふは向の 無(なし)を取声(とるこへ)なり   りう   ヽ      一ッをヽ   ちゑゝ  ヽ      二ッをヽ   ぱま   ヽ      三ッをヽ   くわい  ヽ      四ッをヽ   とうらい ヽ      五ッをヽ   今とうらいの呼声不用(よひこへもちいず)  右は五ッの声(こゑ)数と知(し)るべし  右のごとく一より五ッまてたがひにおなしこゑを  いふときは則 合声(あいこ)とて勝負(しやうぶ)なきなり  打習(うちならひ)の間(あいだ)には是をよくこ心にとめて相互(あひたかひ)に  うちあひ見るべしもつとも先の指数(ゆひかず)のよけ  ひにかよひ出(い)づるものを考(かん)がへ其所(そこ)を取(とり)にゆく  ことを専要(せんよう)とするなり △地打(ぢうち)稽古(けいこ)之事(のこと) 十本をけんぎ          一 組(くみ)といふ             地打には拳木(けんぎ)と             いふて図(づ)の如(こと)きか  【拳木の図】    づとりをこしらへ             をきこれにて             数(かづ)をとりて相互(あいたかひ)に             うちあひ見るへし △向五本(むかふごほん) 手前(てまへ) 五本ある時是を五分(ごぶ)といふ △向四本 手前 六本ある時是を四六といふ △向三本 手前 七本ある時是を七三といふ △向二本 手前 八本ある時是を二八といふ △向一本 手前 九本ある時是を一九といふ △拾本とも皆(みな)とりたる時是を丸(まる)といふなり 一 京都(きやうと)堺(さかい)江戸(ゑど)にてはみな五拳(ごけん)の折詰(をりつめ)と  いふて指(ゆひ)を合(あは)すたひ〳〵にをりこみ四(し)  本(ほん)をりてはらひといふてゆひをみな払(はらひ)  五本めの拳(けん)一本合せかちとなるなり 【右丁】 【暖簾】 西方山連 【人物】 桜 竹 可 洲 鬼 湖 【左丁】 【掲示】 へ勝檔斎 へ勝笙月 取組【二人毎に括り】 桜斎 鬼笑 升溪 鳥善 胡蝶 揺舟 可笑 湖月 【人物】 都 笙 桜 一 一つき出し一ッあはすを勝(かち)とするはこれ  薩摩拳(さつまけん)といふなり 一拳は興(けう)をもやうすものなれは勝(かつ)  ことはかり手柄(てから)とするにもあらす唯(たゝ)  ゆひのよくわかりとかく綺麗(きれい)にうち  なしてすなほなるを専一(せんいち)とすたとへ  うちたりとてきたなく比(ひ)きやうなるは  はなはた見苦(みくる)しくまた恥(はち)あることなり  扨(さて)拳(けん)にてかけろくろくなどすへて勝負(しやうぶ)  かましき事(こと)はけつして為(す)ましかけ  なとをして打時(うつとき)は自然(しせん)とみくるしき  ゆひいではなはた見にくき物(もの)なり 一 六箇鋪(むつかしき)拳打(けんをうつ)に心得(こゝろへ)之事  上手(しやうず)の拳は出(で)る指(ゆひ)あざやかにして言語(ことば)  さはやかにきこへ自然(しぜん)とこゑの調子(てうし)  もよく手前(てまへ)にも打にこゝろせかれ  すしてはなはだうちこゝろよきもの  なりこれは実(じつ)に上手(じやうず)至極(しごく)の拳と  いふへし 一 引手(ひきて)早(はや)く指(ゆひ)分(わかり)かたき拳   この拳ずいぶん高(たか)く上よりうち下(くだ)し   て打(う)つへし 一 引付(ひきつけ)て打(うつ)拳(けん)   此拳は手前(てまへ)よりひかえて打(うち)中(なか)ほとにて   てうしをきはめてこゑのくるはさるやうに   してうつへしこゑをくるはすは悪(わる)るし 一 指(ゆひ)あざやかなれとも手(て)を何方(あち)此方(こち)と  持廻(もちまは)る拳   此拳ははなはたあしき拳なりこれ等(ら)   のけんをうつときは只(たゝ)先(さき)のてうしに付(つき)あ    はずしてずいぶんつよくむかふへ打(うち)こみ   てうち合(あ)ふときはきはめて勝(かち)をとる   へし 一 別而(へつして)人(ひと)よりさげて打拳(うつけん)   此拳は手(て)まへの手(て)をひかへて打(うつ)がよし 一 打颪(うちおろし)をしやくりて声(こへ)の跡(あと)より出(で)る拳(けん)   此拳はなはだあしき拳なりこれを   うつにはつねよりはすこしこゑも手(て)も   むかふよりさきへ出(だ)すやうの気持(きもち)にて   打(う)つかよし 一 別而(べつして)手(て)を向(むかふ)ふへ打込拳(うちこむけん)   此等(これら)の拳を打(うつ)ときは只(たゝ)むかふの手の   下へ此方(こなた)より打込(うちこん)てよし 一 向(むかふ)へ打(うち)また手前(てまへ)にて打(うち)色々(いろ〳〵)と打(うつ)拳   これらの拳も此方(このはう)のてうしをきはめて   打がよし 一 間(ま)悪敷(あしく)至(いたつ)而 早(はや)き拳(けん)   是等(これら)の拳をうつにはずいふん上より   打おろし大場(おほば)に打べし 一 調子(てうし)能(よく)見得(みえ)て打(うつ)に甚(はなはた)心(こゝろ)あしき拳   これらの拳をうつ時(とき)はむかふへこゝろを   かけず只(たゝ)このはうのてうしをさため   て何分(なにふん)向(むか)ふにかまはず打べし 一 出物(てもの)の打戻(うちもとり)之事   たとへば。さんなれは。さん。ごうなれ   ば。ごう打(うち)出しの手よりほかの手   にうつりまたもとの。さんをいだし   ごうなれはごうへもどるを出(て)ものゝ   うちもとりといふなり 一 早戻(はやもとり)之事(のこと)    たとへばりやん。すうのかよひの       二   四       くせある手(て)なれば。すう。りやんと   すぐにもとへ戻(もど)るをいふなり 一 押戻(をしもど)りの事   押手(をして)に声(こへ)をかえる替(かえ)ぬはその人々(ひと〳〵)   の心得(こゝろへ)にあれどもまづいつけんより   さんへかよふくせのある手なればさん   のゆひにて二三 度(ど)もをしてまた元(もと)の   いつけんへもどる是(これ)を押(をし)もとりと   いふなり 一 長崎(ながさき)にて見渡(みはたし)といひ浪華(おほさか)にて  かんやくといひ又すくひと云(いふ)此拳  にむかふとき心得(こゝろへ)の事   此拳こゝろにもたれ至(いたつ)て打にくし是(これ)   を打には先(さき)の手をすこしもこゝろに   かけず心つよくつか〳〵と先(さき)の咽口(のと)の   あたり胸元(むなもと)まて手前(てまへ)の手をつき   つけて打なり其間(そのあいだ)にこゑの出入(でいり)   懸引(かけひき)は銘々(めい〳〵)の工夫(くふう)にあり余(よ)は   よく〳〵考(かん)かへて打へし ○取上拳(とりあげけん)の事   此拳は十拳打なれは十けん打と定(さた)め   人数(にんず)たとへは五人なれは四人と十けんつゝ   うつなりかくして銘々(めい〳〵)四十拳打と   なる不残(のこらす)うちをはりて点数(てんかす)を〆て   てん数 多(おゝ)きを順(じゆん)に天地人外何番   として甲乙(かうをつ)つくなり ○大坂(おゝさか)拳の事   此拳は呼声(よひこへ)なし只(たゝ)ゆひ斗(はかり)出(だ)して先(さき)の   ゆひ此方のゆひと出して見(み)たとへは先にて握(にき)り   出せしとき此方にて一本出したるは一本のかたかち也   先にて一本出し此方にて二本出したるは二本のかた勝(かち)也   かくの如(こと)く一本ましをかちとす余(よ)のゆひかづとなれは   かちまけなし先にて五本出せし時(とき)は無手(むて)にて取なり       余はしゆんじ知へし ○大坂(おゝさか)にてはをりはねといふて初(しよ)けん  一本(いつほん)此方(このはう)にてとりまた先にて一本とり  二本めまた此方にてとりたるとき先(さき)  にて二本めをとれは此方にて二本めの  とりたるゆひはねるなり互(たかひ)にかく  して二本め三本めとつゝけてとり  たるかたかちとするなり 一 片(かた)拳の事  此拳は相手(あいて)にはしめ出(だ)すかと聞(きゝ)相手(あいて)  初(はし)め出すときは此方(このはう)たゝ声計(こゑばかり)よひて  さきのゆひにこゑのあへはとるあは  ざるときはかちまけなしまたその  次(つぎ)は此方(このはう)よりゆひ出す先にてこゑは  かりよひて手 出(だ)さすこゑのゆひにあへ  はとるなりかく幾度(いくど)も一ッかはりに  だして四けんとりてはらひ五けんめ  一本をかちとする也 尤呼声ごうまて也 ○源平拳(げんへいけん)の事  此拳は先(まつ)百拳 打(うち)なれは百拳打と  定(さた)め置(をき)人数(にんず)十人なれは左右(さゆう)に五人  つゝ順(じゆん)を立置(たてをき)下手(したて)と下手と合(あは)せて  けん木三本つゝうたせ二本とりたる  方(かた)残(のこ)り居(ゐ)て向がはの段々(だん〳〵)上の強(つよ)き人と  合(あは)せかたすまた此方(このはう)にてまけれは  先(さき)の順(じゆん)の人出てうつかくして百拳  となるとき源方(けんかた)のてん数(かず)いくほん  有 平(へい)かたの点(てん)かずいくほんあると  惣数(そうかず)〆(しめ)ててんの多(おゝ)きを側(かは)のかち  とする也又 側(かは)〳〵(〳〵)にて天地人外(てんちじんがい)何番と  点数多きをさきにして段〳〵  甲乙つくつくなり 【左丁】  山水連拳名家   湖月   竹溪   都(○)門   可笑   竹淵   野一   雪善(○)  斜流(○)   佐之八        一酔   笙(少年  )月   桜斎(○)   西山   雷斧        森風     山(○)桜漣々   胡蝶(○)   士口     逸軒揺舟   鬼笑   掬斎        陸林 《割書:此外名家かそへあぐるにいとま|あらす山水連の番付にくはし》 今指戦の流行する事老子孔子のかたき をいはすころり寐のむつくり起よりしたみ酒に 酔たをれる迄五ゥ〳〵と拳のたえ間なし ところを書肆の求めにまかせきたりとふんてを 寅の春上手のはなしを其儘にいつはりかな き証文仍しりへに如件            山桜漣々  山桜漣々      機拳堂湖月交合  逸軒揺舟 著    喜多川豊春 画      【裏表紙 文字なし】