竜宮苦界玉手箱【龍宮苦界玉手箱】 【検索用:滝沢馬琴/たつのみやこくがいのたまてばこ/りゅうぐうくがいたまてばこ】 【刷りの違う資料:https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/he13/he13_03440/index.html 】 【右の別資料には朱で寛政九年とある。また表紙絵に「たつのみやこくかいのたまてばこ」とふりがながある。】 竜宮苦界玉手箱【龍宮苦界玉手箱】 浪(なみ)に女男(めを)の称(せう)あり。魚(うを)に西施(せいし)の名(な)あり。那(なん)ぞ竜宮(りうぐう)に 花街(くるは)なからん。酒(はまつ)て【洒て?】通(かよ)ふ実(まこと)の渕(ふち)。深(ふか)ひ浅(あさ)ひの虚(うそ)の川。 乙姫(おとひめ)が煙草(たばこ)の付指(つけざし)は竜王(りうわう)の匂(にほ)ひ高(たか)く。浦島(うらしま)が風流(ふうりう)の 買論(かいろん)は。釣竿(つりさほ)のはり強(つよ)し。迷(まよ)へば則(すなはち)海坊主(うみぼうず)も忽(たちまち)堕落(たらく)し。 悟(さと)るときは人魚(にんぎよ)の嬌(かほよき)【ヵ】 も終(つい)に干物(ひもの)となる。辛苦(しんく)しんきの 蜃気楼(しんきろう)。算(かぞ)へて暮(く)らす月日貝(つきひがい)。明て悔(くや)しき玉手箱(たまてばこ)も 唯(たゞ)十年の劬界(くがい)に衰(おとろ)へ。誘(さそ)ふ水(みづ) 俟(まつ)流(なが)れの果(はて)。浜(はま)の砂子(まさご)を 書寄(かきよせ)し硯(すゞり)の海(うみ)の水澪木(みほつくし)。筆(ふで)に浅瀬(あさせ)を識(しる)す事しかり。  時に寛政 九界(くがい)の湊(みなと)しるも丁(ひのと)の巳価金(みのしろきん)   浦島太郎月 釣竿(つりさほ)の長き日              馬琴述 【寛政の丁巳年は九年】 むかし〳〵三うらや 島太郎といふ【旧字表記:嶋太郎】 おとこありよの人 かれがいゑの名の 三うらやと名の 島太郎を一つにして うら島〳〵と よびけるが此 うら島ずいぶん きようものにて 何をさせても くらしかねぬ 男なれとも かんじんのうんと いふものが つたなく只 ぶら〳〵と くらしけるが ころは六月 朔日の事にて あさくさの ふじへさんけいし さいわい まつさきには 島太郎が おば有て てんがく みせを 出してゐたり ければ まつさきの おばがかたへ おとづれ せう ばい ものゝ なめしに でんがく にて ちそうに なる 【おばの?台詞】 〽でんがくなんぞ大しよ  くの心?をしらんと  申せば  おじき  なしに  くだ  さり  ます 【おばの台詞】 〽もつと  かへて【「食べて」の訛りか?】  まいれ 【おばの台詞】 〽この日ざかりにかへらずとうしろの  川ばたてゆるりとすゞみ夕かたに  なつてかへらしやれたいくつなら  つりさほをかしませう此ころの  にこりではよく  うなぎ  がかゝる  そう    さ 【おばの家の子、弟が姉にむかい、笹に作り物の蛇をまきつけたものを見せながら】 〽あねヱやおいらは こんなものを もらひました     蛇(じや)【台詞ここまで】    などゝ   子どもまで    しやれ     たがる うら島は川ばたの ざしきへでゝ 川かぜにふかれ ければ道〳〵の あつさをとり かへし水へんの じゆうさは【??】 いゑのうちから つりさほを おろしてつりも されるこれは めづらしい 何よりのちそう なりとよねん なくたのしみ かけしがしほ ときがわるひ【このあたりからかすれを別資料で補う】 かしてだぼ はぜ一匹かゝらず のちには 大きにたい くつがきて つりさほを もちながら【ここまで】 とろ〳〵と まどろみし ゆめの中に 中の丁の おくりものゝ かめこつぜん とあらはれ かのうら しまを かうらへ のせて りうぐうへ つれゆく 〽うら島  ゆめ心に  だいの  ものゝ  かめに【台の物の亀に】  つれて  行かれ  ては  とゞ  二かくも【兎に角の洒落か】  いたま  ずは  なるまひ  とさき  くゞりを  する【先くぐり=人の言動の先を推量して早合点する】 〽うら島がむかひならは只のかめでもよさそうな  所をだいのものゝかめとひねつたはしんてな  しゆこうであろうとうらしませうち〳〵と  うなつきかのかめにつれだちなみまをかきわけいそきゆく 〽これは楚国(そこく)のみかどのつかひでも  なくそこつのむしんのふみつかひでは   なをなしさとしのこうより    かめのこうだはやくいつしよに     きのじや〳〵【来なさいの「き」の字】 【水へんのじゆうさ:不詳】 【台の物:台の上におめでたいものをかたどって作った飾り物で、おそらく料理か菓子になっているのではないかと思う。正月や婚礼などに今でもそういったものを作る地方があると聞いたことがある。】 【とゞ二かく:文脈的に兎に角の洒落なので、「トドに角」とか書きたいんだろうけれど、それでは「トドにつの」と読まれてしまうから二角としたか。二は漢数字。】 うらしまかのだいのものゝかめに のつて行しほとに三てう だち【三挺立】のちよき【猪牙(舟)】よりはやく 二百ましのかこよりも すみやかにて りうぐうへ つきけるが こゝに 一つの ながれの さと【流れの里=遊廓】有か そのありさまは びいどろさいくの とうろうの ごとく五十けんの やなぎはうづまき しなみのごとくに しだれ大門口のてうちんは 水にうつる月のごとくかゝやき そのにぎやかさよしはらに すこしもちがはすちうをとび うをの かごかき あれば きみは さんまの ぢまはり あり あんまはばいの ふえをふき たにしにごさる ほういんさん たよりさより の取つかひ 鯖(さば)よとかへる【「あばよ」と帰る、の洒落】 きぬ〳〵に ごまめをち ぎるたび人 きやく共は?しやふ? なみの二てう つゞみ二上りに ひくしほ時あれば さかつきに さすしほも あり千両の 金魚一時に きへ百貫の ぜにかめ あみがさ 一つかいとなる 欲界(よくかい)の仙窟(せんくつ) 風流(ふうりう)の■沢(■■たく) つゝしむべし おそるべし 〽めう〳〵おそろ〳〵ゑ□□子が【えどつ子が】  やまとめぐりにいつたやうな           心もちだ 〽からくり の口上 じや ねへが なんと ごろ うし たる やぶんのていは どうでごせへ       す 〽このさとの あんまはあかにしなり【赤螺なり】 あかにしをふえにして子どもの もちあそびにするも又あり にし【螺】はかたのはる【肩凝りの】くすりなり といふもこのいはれなり 〽ちくふ しまの うたひに うさぎも なみをはしる かといふがこの さとのかごかきは なみのうへをはしる ゆへなみたいていな 事ではなししかしなみ のうへを?ありくとりへ には わる? ぢの きれ  ぬ  ば かり  が かす り なり と いふ うは さ なり 【三挺立の猪牙:普通の猪牙舟より少し大きめで櫓を三挺たてた高速舟だったらしい。正徳三年に(おそらく倹約令で)禁止されたこともあるとか。】 【めうめう(妙妙)おそろおそろ(恐ろ恐ろ):妙妙は見事だということ。恐いほどすばらしい。今っぽくいうと「すごい、ヤバイ」】 扨大門をはい れば中のてう也 中の丁の潮のじ【中の丁は吉原の通りの名前】 うしほといふじに かくはりうぐう だけなるべ【「し」が欠損?】 おりふしさくら がい【桜貝】のさかりにて おしあひへしあい の大くんじゆ 行かふ魚のその 中に此さとに名も たかきしんきろうの 乙ひめといふおいらん 此さとの大たてもの にてあたまのうへに なまぐさけもなく 天人にうち かけを きせたる ごとくの しろもの なれば うらしまが 心たちまち じは〳〵と なりづぶ〳〵〳〵と 大はまぐりにはまる さればながれの さとへしづむ といふも きやくが女郎に はまるといふも みな水をかた どりてりう ぐうより 出たることばなり 〽しんぞうは やつぱり此さと でもおぼこにて かむろはしゞみ かい【蜆貝】なり【。】よし はらでもかふ ろの事をしゞ みッかいなどゝ わる口にいふ とうしてみて もながれのさとは りうくうがはじ ありとみへたり 〽おぼこのしんぞうだん〳〵しゆつ せしてすばしりになればばん とうになりぼらはへやもち ざしきもちになるとゞに なつたとゞの しまひが ねんきあきなり 〽きれい〳〵 かほは人魚の ごとくはだへは しら魚の ごと し いせ うは【衣装は】 花 がい【花貝】 手 は さよりその すがたは西施(せいし) 乳(にう)【フグのこと】に にたる とは おだ はら かし【小田原河岸】 て ちん ぶつ ちやや【珍物茶屋】の はなしに する やうだ 〽おぼ つこ  の しり ぞう? と いつ ては 大口の【タラ?】 やうだ こゝに又かのうらしまと 一つながやの佐次兵衛は せんねん四こくを めぐつてさると なりしがどういふ 事かかにとちか つきにてかの 乙ひめをかはんと りうくうへ来り 中の丁のあしべや もく蔵【杢蔵】といふかにが 見世へたづね来たり やみくもかきのたね をまきちらしておごり ければかにもちそう にやきめしを出してもてなす さるとかにがやきめしと かきのたねととりかへたと いふもある事とみへたり 〽さるは一 ̄ツたいわるしやれもの にて乙ひめをかふやうな きやくではないゆへかにも よいかげんにあしらいかしへ でもやつてねるさふと きめておく 〽作者曰 かきのたねでおこれるなら だれでもおこりてた          そ【奢り手だぞ】 【猿の台詞】 〽こゝの かみさん はけへ 〴〵 し い【けえけえしい=かいがいしい】 さ う で あた まて めし を たく やつさ【おそらくコメツキガニの習性を言ってる】 【杢蔵の台詞】 〽き のふも 御うは さを申 ました もちつ とて けふも 江戸へ まいる 所で こさ り まし た さて 〳〵〳〵 お久し ふり   と 【ここより中巻】 さるはまいばん 乙ひめが方へ かよへどもけふも しまひあすも やくそくといつて ちよつとかほを 見る事もなら ずこれはがつてん のゆかぬ事と いろ〴〵くふう をめぐらしわかい ものゝくらげに ○印【金銭】をねぶらせ どつこいと せうちさせて 乙ひめがやうすを きけばくらげは たちまち金に めがくれこのころ 乙ひめはうらしまと いふいろきやくが できちうや あげづめなりと いろ〳〵に おふをしつけて【大おしつけで?】 わざときを もたせる 〽ようごせへやす  わたしがのみこ  みやしたこんやは  むしをこらへ  てはつめう  だいと【初名代と】  なされまし  おまへもさる  きやく人た  ものを 〽おれも  さる  お方  さま  と  いつ  てはすまふばて【相撲場で】  とをつたものだてめへはたらきしだ  いでせんじゆのちや屋くらいはかつて  やるはなどゝあとの手を引  かけ  て  おく  今時  の山  だし【田舎から出てきたばかりの者】  には  ゆだんがなる  ものしやァねへ 【初名代:一人の遊女に二人以上の客から指名がかかった時に、新造(若手の遊女)が代理でどちらかの客の相手をすることを名代と言う。初名代は始めて名代を務める事だろうか。挿し絵中央の娘は「蜆」とあるので禿から新造になったばかりのおぼこのはず。コマ7参照】 扨 蜃気楼(しんきろう)の二かいといつぱ【=言えば】 廿五けんの長らうより 廿じやうの一 ̄トざしき ろいろ【呂色:黒】の長もちにつみ上げし ひちりめんの三つふとんは あかきにくろきうち まぜてさんごじゆ【ここからかすれを別資料で補う】 とりのくがん【ママ、くろんぼう?】 ぼうもしたを まきせいかいなみ【青海波】 のはりつけはめなみ【かすれここまで】 おなみの中をやわ らげ水ももら さぬ中なれば又 水くさき ゑんも有 なまくさい 中の兄弟ふん みでないものゝ ほねなます すいたすだこに いやな鯨(いさな)? みはきり うりの まぐろの ごとくすいてう こうけいに二つ ならべし なみまくら こゝに中ざし きの客人はこよいひとりねと みへてとこの内にまぢくさと してゐるこれらは 女郎に むか れて ばか なかねを つかふゆへばかの むきみ などゝあだ なをつけら れるゑてかういふ きやくのくせにとをつた ふりをしてかれが所は どうてもこよいからほかの きやくをだいじにしろなどゝ 女郎をわきへやつてそのくせ よぢう【夜じゅう】まちかねてよの あけるまでひとりねをする 是がこの さとのあはびの かた思ひなり いし  なぎ    曰 〽いつそすか  ねへ ヨウ      わつちは  おいらんに にて ゐる から  こゝへはいつ てッ しよ に【一緒に】  ねろ とい はつしやる  あり か 鯛(たい)の心     いき で       おすねへ 【鮑】 〽アヽ  いつて  やつて  もう  くる  はつだ     が  さきの  とこに しりはおちつかぬ  はづだきたぞ〳〵  ヘイ又となりざしきだ 〽又たいのめうだいには  いしなぎをだすこと  あり今もしだしやで  むきてたいのすい物  とみせかけるはこの  ゐんゑんとしら  うをなり 【三つ布団:吉原の遊女が使う三枚重ねの敷布団。】 あるあさのこと なりしがかの かめとくらげの ふたりの わかいものは あぶらそう じをして ゐたりしが乙ひめがきゃくの うらしまはかめが まはしかたにてさるはくらげが まはしかたゆへたがいに【互いに】じふん【自分】 〳〵のきやくをひいきに して大きな ものいひ をはじ   める ○かめが あくたい あぶらの ことくに 口がすへる 〽これあん まりたい へい【大平】をいやんな きよねんまで はかしのでみ せのせうゆ だるの上に ちいさくなつて ゐてないしよの ひきでつゝかけのわかいものも すさまじひあんまり口がすべるが さいご今の命も しらしぼりあぶらぢごく まつさかさま いはせておけばつけあがると 二かいはおさきまつくらがり 丸あんどう かど付て あぶらを とつてぎよとう【漁灯】 にするがはやくこの【かすれを別の資料で補う】 ばをたちきへろさ【かすれここまで】 ○くらげが大へいほうきの【クラゲが大平、箒の】 ごとく口からはきだす【如く口から吐き出す】 〽それとをからんものは とういなんばんまいばん まいあさほうきせんもの そうじあひわがなを よもやしゆろ ほうき【棕櫚箒】まぢかくよつてみごほうき【稈心箒】の かみくづやろうのちりほこりごうを はたきにはたかれてもわがみ しらずのくさぼうき【草箒】きぐらいばかり たかほうき【竹箒】でもにきりこぶしの 子ほうきを一つくらつててなみ をみろそのときこうくわい なむさんぼうくわうじん ほうき【荒神箒】のみそかばき かみくずかごへなくなれ           〳〵 【太平:太平楽(たいへいらく)。勝手気ままなことを言うこと】 【台の物の亀】 〽かう 二人 りきんで  たつたところはしつ  かいやろうの    仁王と    きている 【くらげ】 〽たち よらば 大木の  かげ わかい ものには     まか  れろだ かめとくらげがけんくわにて 二かいは大さはぎになり 一つ内でまはしかたに いしふしができては わるひと ないしよから 口をそろへてとかく ふたりのきやくへふ たりひづみの ないやうに 一 ̄ト ばんかはりに ざしきを わたしこよひ ざしきにねた きやくはあすの ばんはめうだいと きはまりそう ほういひぶんなく まるくおさまり まづさるは あとからのなじみ ゆへこよひはめう たいのつもりにして だれさん出 なんしかれさん 出なんしと いへどもしんぞつこども さるのめうだいには いやがりとう〳〵くじ どりにしたところが ことし廿八になるいせ ゑびといふしんぞう じくにあたり ふせう〳〵【不承不承】ぴん〳〵と すねてめうだいに でるこのいせ ゑびはこしの まがるまで しんぞうで ゐるけいせい なれば大ばゞ れんの【大婆連の】 くちごは ものにて【口強者にて】 何をいつても びんぼうと はねつけその ばんはたばこの火にまで 事をかゝせとんだ なんぎなめに あはせる 〽あのしんはめつたむせうにはねつけ るそしてやたらゑひのみそを上る がゑびのひげなでといふつらでも ねへ大かたけびぞうにゆくだろう 【げびぞう(下卑蔵):下品だということ。下卑に蔵をつけて人名のようにする洒落】 【猿の台詞】 〽さて 〳〵 火が ねへ みの うへ に なつ  た 〽おまへゑび のしやうて【性で?】 はね【跳ね?】さん才? がさい〳〵 ではない たつた一度 たばこの 火はどう   だろう 【伊勢海老の台詞】 〽よして くん なんし 火を もつて くるとが はしい せん ひやうぶ トゑはしば ゑび【芝海老】さんの きやく人とわりゑびで おつすホンニうきよは くるまゑび【車海老】だよなせ こんなめうだいに でたろうのう 【まわしかた:遊里で遊女の送り迎えなどをする者】 【いしふし:不詳。いざこざのことか。】 さてそのあくる日は うらしまがめう だいのばんにて たれもかれも 出たがれども はじめくじとりに した事ゆへ こんども くじとりに した所が あしかといふ しんぞうぬ あたるこの しんぞうは よいから ふねをこぎ 出すねごん ぼうにて とこが おさ まる やいな やびやう ぶのそとて 大いびきなり 【アシカはよく寝る生き物として知られていた】 おとひめも あしかゞねぼう ゆへもしや ほかの女郎か うらしまに ぜんでも すへやうかと あんじて よいから【宵から】 ざしきを あけてしゞう【始終】 うらしまか ほうへきて ゐるゆへ さるはこんやも ざしきへ ねたといふ ばかりにて やつぱり めいだい とうぜん なり 【うら島の台詞】 〽てめへ そんな にざしき をあけたら さるがまつ かになつて あつくなる   だろう 〽まだおや う みなんせん ねちよつと かほゝ 出して きた から モウ よぢう【夜じゅう】 ゆかずと よう  おつす しんぞうあしか ねごと   を  いふ 〽ム〜〜【現在ならムニャムニャと書くような寝言の表現。ムの後に長音記号を揺らしたような縦棒】 あれさおよし なんし五ぶ づけがこほ れんすと【こぼれんすと】 いふ事さ  ゴウ〳〵    〳〵【いびき】 【五分漬け:漬け物の一種。干し大根を五分ほどに刻み、醤油・味噌・砂糖などの煮汁に漬けたもの。五分切りともいう。】 月にむらくも くじらにしやち うら島乙姫が ひすいゑんわう【翡翠鴛鴦】の ちぎりもかの さるといふしやまが【邪魔が】 はいりくる ばんも【来る晩も】〳〵あしく すればないしよ【内所=遊女屋の事務所】の きこへもあしく しよせんひと きやうけん かいて【ひと狂言書いて】□る【さる】を つき出して しまふつもりに して だれにも かれにも よく すいつく たこのと いふ女郎を みたてさる にいろしかけ にさせる そうだん にする 【翡翠鴛鴦:男女の契りが固い様子。鴛鴦はオシドリのこと。鴛がオスで、鴦がメス。常に夫婦一緒にいる鳥だと思われていた。それと同じで翡翠はカワセミのことで、翡がオス、翠がメス。夫婦セットで翡翠という生き物だと思われている。】 【うら島】 〽おまへたこの せうで すいつき なさる から ソレ ろうかて【廊下で】 ちよいと 小あたり はせう ちだ  ろう【承知だろう】 【たこ】 〽たまをやつ たりしやく つたりする 事は たこ だけ にゑ て もの で おつす しかし わたしやァ どうしても おさ さ□ よ 【乙姫】 〽ぬしのほんの手でかいてみ なんしちきに【じきに】ふいとのつて くるはしれた事でおつす 【ここより下巻】 さてかのたこは いひあはせたる ことくさるがてうづに 行しかへりを みすましあき ざしきの くらやみから ひよいと出て 【ここからかすれを別資料より補う】 さるにひつたり すいつきければ さるはたちまち くびすじもと からじは〳〵と なりその 【かすれここまで】 のろくなる 事きぬけの ごとし 【たこの台詞】 〽わつちが きやく人は はやがへりで とうにかへつて しまつたから わつちがざしきへ おいでなんし おとひめさんに しれたらその 時の事で   おつす 【ここからかすれを別資料より補う】 〽おいらがけいせいはよいからよあけまで  ついにきたためしがないからこんやは  はめをはづしてしやれる事だなどゝ   さるそうをうにかきかける 【かすれここまで】 【猿の台詞、たこのに吸い寄られて】 〽だれだ〳〵 なんだ たこだ たこで はなを【蛸では尚】 こたへ られぬ さるはたこにひかれ ゆめぢをたどる ごとくにてはやかへりの きやくのあと またあたゝまりの あるとこのうちへ 引づりこまれ おにのくひを とつたるごとく たかひにうそを つき合てすでに ちん〳〵かもの はねをならべんと する所へかねて いひあはせたる 事なれば おとひめは さるをたつねる ふりをして たこのさん ねなんしたかへと いひながら だしぬけに びやうぶを あけられさるは きやうけんを かゝれしとは ゆめにもしらす いきゝもをぬか れてきましめに成 さればりうぐうの おとひめはさるの いきゝもをとりし といふ事も またくらげが ないつうして あめがふつて きたかゆへ いきゝもを ほしてきしと さるがかなしみ しといふも 此いんゑんと しられたり あめにふられ たるにてはなく 女郎にふられて いきゝもを ぬかれしなり 〽此ほんはいんゑんは たくさんある 大かたさくしやが いんゑんさくぎ【さゝぎ?】た        ろう 【さゝぎならば鳥の名前、詐欺とかけた洒落か。さくぎならば作戯で遊びのこと。】 〽いろ男のてん はつは【てんばつは=顛末は】かういふ ものだろうこた つのあとでも あるなかはいり たいアヽあな ほしや あなしや 〳〵【穴が合ったら入りたいと言っているらしい】 【たこのの台詞】 〽ヲヤ ばから しい とうせう のう【。】わつ ちやァ いきて おるき ではおさ んせん【台詞ここまで】 とは こいつ おへ ない ての ある やつ なり 【乙姫】 〽ヲヤおたのしみでおつす  わるひ所へまいりんした  たこのさんおたのみ申  いすすいぶんかわいがつて  やりなんしなどゝ  乙ひめそろ〳〵まわたで     くびをしめる 乙ひめがきやうげんすつかり うまくまいつてさるを 手どりばいどりに ざしきへつれてきて かみをきろうの 一 ̄ト 月とめやうのと しんそつこどもが さはぎたてれどそれでは あんまりこふうなしかたゆへ さるがしりをまくつて ごぼうをやいておつつける これしりやけざるにして どこの内へとつても しりがすはらず なし□【み】のできぬ やうにするまじ       ない也 〽又たこのは二三日の内 ねんのあける女郎ゆへ おもてむきはくらがへに 出したつもりにして このさとを出る日には ないしやうは乙ひめが それだけに心つけて やるなにもかも ぬけめのない おいらんなり 〽さてわかいものゝ くらげもさるが 手引したろうと うたがひがかゝり すじほねのぬけるほど きめられたうへにかいを さげられりやうの もんばんにおひさげ        られる 〽どこの う?ら?でも やりては あたゝか さうな ものゆへ この さとの やりても とら ふぐ なり 【遊女たち、焼き牛蒡を猿の尻にあてながら】 〽あれおならを しいしたそうで いつそくさい どうせうのふ 〽そうざいのたゝきごぼうも たしかこんなにしい         すよ 〽だん〳〵おいどが あかくなりいす そこらであかい しりたのみ     んす 【猿の台詞】 〽アヽ  おがむ    〳〵 いろ男の  しりは あつい事    〳〵 〽今あとのが やけるから もつと おつ付 なん し 〽くらげ すじ  ほねの ぬける   ほど きめら  れる うらしまはなん なくさるを つきださせ まことに とこのぬしは おれ一人と おふみの うへに なりちと 一人きやくゆへ もん日もの 日も きがはれ とも その 入用は みな 乙ひめ がふと ころから 出るゆへ そんな 事は すこ しも くろうは なく 福寿海の【幸せをもたらす功徳の】 おこりを【驕りを】 きはめ 一はこの金魚を まきちらし なをこのさとに とゞめける かめがいふ 〽七重八重花は  だせども山ぶきの  みは一分(ふ)だに   見ぬぞくやしき【太田道灌の逸話のパロディ】  おきやァがれ  何をいわつ   しやる 【蜆】 〽わたくしが ひろつたのは ぬしにあげんす      から そのかはり ゆびのわをかつて  おくんなんしと   かふろ   いつかう    よくげが    なし 【浦島の台詞】 〽千両の金魚をぼうふらに ふるとはかういふおごりの          事だろう 【おぼこの台詞】 〽もつととをくへ  なげなんし  かけてゆく所が  めうで   おつす たいのもの かめがいふ 〽おれははじめから一ばん  ほねをおつてかんしんの【肝心の】   ところてしやがんでいるから    金魚     が    ひろ    はれぬ    やつさ 【フグの遣り手の台詞】 〽もしへこんどは わたくしがほうへ おなけなさしやし わたしはねつからひろわねへと● ●やりてまだ にくとうしい    ことを     いふ 【全体にかすれが多いため別資料で補う】 うらしますでに一月あまり いつゝけをしたがいふ女ほうに ならふせうといふわけになり しゞうの事をはなしあふと しきりにふるさとがこひしく 内の事があんじられ 一 ̄ト まづふるさとへ立かへり うちのしゆびを つくろひそう〳〵 むかひをよこす べしとやくそくして りうぐうのちを 立いてんとせしとき 乙ひめ又あふまでのかたみとて 一つの玉手ばこをあたへかならず はこのふたをひらき給ふなといましめける まことやせうべつりくとほとけもいましめ 給ひしがたのしみつきてかなしみきたる りうぐうのけいせいに 日本のきやくのきぬ〳〵 なればわかれをおしむこと    八日の    七夕の    ごとし 〽さあらばはこを  おわたし申す  やァらおなごりおしや     あな?たこそ 〽玉手ばこを もつたしん そうはきつい 三ばさう【三番叟】    と     もの      だ それよりうら島は 又かのたいのものゝかめにのり いつしかふるさとへつきけるかさすが 一月あまりのおつゞけにわがやの内も しきいがたかくおづ〳〵としてやう〳〵 内へはいればコハいかにわがやと思ひしも いゑのつくりかはりてしらぬ人のみゐたりければ これはふしぎとだん〳〵やうすをきけば一月と 思ひしはすでに三百五十よねんめにて ふるさとへ立かへりうら島七世の やしい子【やしや子】にあひせんぞのなのり合を した所がどうもつまらぬものに なりあまりがてんがゆかぬゆへ かの乙ひめにもらひし玉手ばこを ひらひてみれば中には三百五十 よねんが間のあげ代のそう かんぢやうのかき出しあり 一年千両つゝにしても 何百万両といふしやつ金 中〳〵口にはゞつていわれず しらぬしそんにまて ほしなきしやつきんを しよはせしとうらしま はつと思ふやいなやたち まちはくはつのぢいさまと なり三百七十よさいの   おきなとなりしぞ      ふしぎなれ 〽玉手ばこをわたした  しんぞうを三ばそうのやうだと  思つたがどうりでおれまでおきなに             なつた りうくうのたのしみもはてはしやつ きんのふちにはまる三百年の たのしみも一時のかなしみにかへて みればもしろくもなん ともなしとあきらめうらしま今は身を なげんとかくごをきはめすてにかうよ?と みへたる所にごヲんとひゞくいりあいのかねに おとろきあたりをみればやつぱりまつさきの おばが内なりうらしまはじめてさとりの まなこを さまし 盧生(ろせい)は あはのめしいつはいに 五十ねんのゑいくわを きはめわれは三ばいの なめしに三百五十よ ねんのゑいくわを きはめるまことに しあうかいはゆめのごとし されば身におうしざる たのしみをもとむるは おのをさかてにもつて木を うつごとしもしゆめにあら ずんばよしなき命をうし なふべしとこれよりいろと さけとの二つをいましめ いつしんにかせぎければ たちまち千両のぶけんとなり 三百五十ねんの三の字をとつて 百五十歳まて長命して きんねんくさそうしに ないほどのめでたきはるをむかへける【別資料で確認】 〽ナントあくびをした かほは長命の相と【別資料で確認】  みへませうこの くさそうしをごろう  しる子どもしゆ   このおぢいにあや    かつて三百年    も長いきを     なされや    なんと     めでた      かろふが 曲亭馬琴作 【裏表紙】