【左】 【右】 059440―000―4 特24―333  発疹窒扶私予防の訓  押田 俊三 編  M14 CBF―0308 【左】      押田 俊三述 發疹窒扶私豫防(はつしんちふすふせぎかた)の訓(をしえ)   全 【左】 發疹窒扶私豫防(はつしんちふすふせぎかた)の訓(をしえ)   全         押田 俊三述 この頃(ごろ)発疹窒扶斯(はつしんちふす)といふ悪(あ)しき傅染病(うつりやまひ)の流行(はや)る兆(きざし)ある により吾輩有志(われ〳〵いうし)の者(もの)どもが相議(あいはか)りて中央衛生會委員(ちうわうゑいせいくわいいゐん)な る東京大學醫學部教授(とうきやうだいがくいがくぶけうじゆ)の三宅先生(みやけせんせい)にその豫防(ふせぎかた)に係(かゝは)りた る講義(かうぎ)をして聽(き)かせられよと請(こ)ひしにその請(こひ)を許(ゆる)され ければ過(す)ぐる日(ひ)講場(かうじやう)を本所(ほんじやう)なる江東小學(かうとうせうがく)の内(うち)に開(ひら)きた りにはもと深川區(ふかがはく)本所區(ほんじやうく)の衛生(ゑいせい)の事(こと)に注意(きをつ)くべき義務(つとめ) あるものが共(とも)〴〵集(あつま)りて聞(き)かんことを目的(めあて)としたるに 早(はや)くも他方(ほか〳〵)の同(おな)じ志(こゝろ)ざしなる人々(ひと〴〵)がこれを聞(き)き知(し)り當(たう) 日(じつ)講場(かうじやう)に登(のぼ)りて聽聞(ちあうもん)するもの凡(およそ)三百人/許(ばかり)なりき抑(そも)〳〵 【右】 此(こ)の講義(かうぎ)は實(じつ)公衆(ひと〴〵)の衛生(ゑいせい)に肝要(かんえう)なる事(こと)なれば講場(かうじやう)に て留(と)め置(お)きたる筆記(ひつき)を刊(す)り出(いだ)して世(よ)に公(おほ)やけにせんと は思(おも)へどその筆記(ひつき)はたとへば日報(につぽう)または報知(はうち)の大新聞(おほしんぶん) を残(のこ)らずよく分(わか)るほどに讀(よ)み得(う)るものには分(わか)りもすべ けれど讀賣(よみうえい)または繪画(ゑいり)の新聞(しんぶん)を讀(よ)むがごいとく誰(たれ)にも分(わか) るにはあらぬなり因(よ)りて余(よ)は不圖老婆心(ほとせわぎ)を起(おこ)して前(まへ)の 講義(かうぎ)の主意(しゆい)に基(もと)づき発疹窒扶斯(はつしんちふす)を豫防(ふせ)ぐに心得(こゝろえ)となる べき事(こと)を採(と)り集(あつ)め女子幼童(をんなこども)にも讀(ようま)るゝまで易(やす)く書(か)きし るして此(こ)の発疹窒扶斯(はつしんちふす)豫防(ふせぎかた)の訓(をしえ)といふ一の小(ちひ)さき冊子(さうし) を作(つく)り出(いだ)しぬ然(さ)れど訓(をしえ)といひ殊(こと)に公衆(ひと〴〵)の衛生(ゑいせい)に肝要(かんえう)な る方法(しかた)を説明(と)けるものなれば自分(じぶん)のみにて善(よ)しと定(さだ)めず 三宅先生(みやけせんせい)の一閲(けみし)を請(こ)ひ受(う)けて後(のち)いよ〳〵版(はん)に上(のぼ)せ公衆(ひと〴〵) 【左】 に示(しめ)すことゝはしたり公衆(ひと〴〵)若(も)しこの冊子(さうし)によりて発疹窒(はつしんち) 扶私(ふす)の豫防法(ふせぎかた)をq知(し)ることあらば余(よ)の老婆心(せわぎ)も亦(また)空(あだ)とな らざるべし 発疹窒扶私(はつしんちふす)といふ病(やまひ)は西洋(せいいやう)には昔(むかし)よりありて度々(たび〳〵)大流行(おほばやり) すれど日本(につほん)にあるは近頃(ちかごろ)の事(こと)にて前(まへ)かたにはこの病(やまひ)なか りしといへどおと〳〵この病(やまひ)は疫病(やくびやう)といひ來(きた)りしものゝ 中(うち)の一種(いつしゆ)なれば昔(むかし)よりの史書(ほん)や年代記(ねんだいき)に随分(ずゐぶん)たび〳〵疫(えき) 癘(れい)の大流行(おほばやり)せしことを書(か)き載(の)せてあるはその中(うち)に此(こ)の發(はつ) 疹窒扶私(しんちふす)ありしかも知(し)れぬと考(かんが)へらる偖(さて)今年(ことし)は我國(わがくに)に此(こ) の病(やまひ)流行(はやり)るの兆(きざし)ありて已(すで)に東京(とうきやう)や横濱(よこはま)にてはこれを煩(わつら)ふ もの數多(あまた)あれば何時(いつ)俄(にはか)に大流行(おほばやり)となりて世間(せけん)の人々(ひと〴〵)が格(こ) 列刺(れら)よりも甚(はなは)だしく悩(なや)まさるゝかも知(し)れぬなり然(さ)ればわ 【右】 れら公衆(ひと〴〵)の早(はや)くその豫防法(ふせぎかた)に注意(きをつ)くるは肝要(かんえう)なることに て愈(いよ)〳〵病毒(びやうどく)が蔓延(はびこ)り大流行(おほばやり)となりてからは防(ふせ)ぎ止(と)むる ことも容易(ようい)に出來(でき)ずこれを逃(のが)れやうとしても中(なか)〳〵間(ま)に 合(あ)はぬなりそれゆゑ政府(かみ)にては豫(かね)て傅染病豫防規則(うつりやまひふせぎかたきそく)を設(まう) けられてもありこの上(うえ)追々(おひ〳〵)流行(はうや)ることゝならば必(かな)らず亦(また) それ〳〵の御世話(おせわ)もあるべけれど若(も)しそれに引(ひ)きかへ公(ひと) 衆(びと)が他人事(ひとごと)のやうに思(おも)ひ居(を)り各々(めい〳〵)にてよく意(き)を注(つ)くるこ となければ遂(つひ)に吾(わ)が日本國中(につぽんこくちう)の公衆(ひと〴〵)の上(うへ)にいかんる大危(だいやく) 難(なん)を受(う)くるも測(はか)り難(がた)し因(よ)りて公衆(ひと〴〵)はよく〳〵これらの事(こと) を考(かんが)へてとも〴〵油斷(ゆだん)せず専(もつぱ)ら此(こ)の怖(おそ)ろしき傅染病(うつりやまひ)を防(ふせ) ぐことを心掛(こゝろか)くべし今(いま)公衆(ひと〴〵)の心得(こゝろえ)となさんが為(ため)にその病(やまひ) の性状(たち)と豫防法(ふせぎかた)とを次(つぎ)に述(の) 【左】    病(やまひ)の性状(たち) 発疹窒扶私(はつしんちふす)は性(たち)の惡(わろ)き熱病(ねつびやう)にて餘程(よほど)烈(はげ)しく人々(ひと〴〵)に傳染(うつ)る ものなりその容體(ようだい)は最初(さいしよ)に風(かぜ)引(ひ)きたるが如(ごと)き心地(こゝち)して一(からだ) 身披倦(ぢうだる)く食氣(しよくき)なく噴嚔(くさめ)咳嗽(せき)など出(で)て頭痛(づゝう)眩暈(めまひ)惡寒(さむけ)し四肢(てあし) に疼痛(いたみ)ありそれより後(のち)大(たい)そう寒(さむ)けして戰(ふる)へること一度(いちと)ま たは度々(たび〳〵)ありて熱(ねつ)が急(きふ)に劇(はげ)しく出(い)で目赤(めあか)く涙(なみだ)を流(なが)し頭痛(づゝう) 四肢(てあし)關節(ふし〴〵)の疼痛(いたみ)いよ〳〵強(つよ)く四五/日(にち)めになると赤(あか)き發疹(でもの) が胃窩(むなさき)から出來(でき)はじめて軀幹(からだ)より四肢(てあし)にまで蔓延(はびこ)りこの 時(とき)熱(ねつ)は同様(どうやう)に劇(はげ)しくて漸々(だん〳〵)精神(き)が恍惚(ぼんやり)となり譫言(うはこと)もあり 身體(からだ)ます〳〵疲(つか)るゝなり大抵(たいてい)はかやうの容體(ようだい)なれどその 中(うち)には軽(かろ)きもあり重(おも)きもありて見(み)た景況(ようす)の少(すこ)しは差(ちが)ふも のなり又(また)ことによると發疹(でもの)の出來(でき)ぬものも稀(まれ)にあるべし 【右】 〇此(かく)の如(ごと)き容體(ようだい)のあるに於(おい)ては醫師(いしや)も大抵(たいてい)は診(み)て発疹窒(はつしんち) 扶私(ふす)と極(き)め家内(かなひ)のものにもそれと知(し)らすべけれど地方(とち)に より醫師(いしや)によりては傷寒(ちやうかん)とか瘟疫(うんえき)とかしたり神經熱(しんけいねつ)とか 腐敗熱(ふはいねつ)とか發斑熱(ほつぱんねつ)とか名(な)をつけたりまたは熱病(ねつびやう)だの疫邪(えきじや) だの疫病(やくびやう)だのいへどつまり発疹窒扶私(はつしんちふす)の容體(ようだい)あらば矢(や) はり発疹窒扶私(はつしんちふす)と心得(こゝろえ)て居(ゐ)るが宜(よろ)し〇この病(やまひ)は流行(はや)り出(だ) せば何地(いづち)といふ差別(しやべつ)なく流行(はやり)りその病毒(びやうどく)は人の大勢(おほぜい)居(ゐ)る 處(ところ)や狭(せま)くて不潔(きたな)き處(ところ)や空気(くうき)の流通(かよひ)よくなき處(ところ)に出來(でき)て人 に著(つ)きそれより人から人に傳染(うつ)り廣(ひろ)がり閉(と)ぢ籠(こ)めたる室(へや) または船(ふね)の中(なか)にては取(と)り分(わ)け毒(どく)のいきほひが強(つよ)くまた始(はじ) めて流行(はや)る土地(とち)にては毎(いつ)もその病(やまひ)が烈(はげ)しきものなりその 毒(どく)を輸(はこ)ぶ物(もの)は病人(びやうにん)の口鼻(くちはな)より出(い)づる呼気(いき)または身體(からだ)より 【左】 出(い)づる蒸發氣(いき)などにて病人(びやうにん)に近(ちか)よるは勿論(もちろん)その毒(どく)を含(ふく)め る居室(へや)、衣服(きもの)または器具(だうぐ)より感染(うつ)るこれを感受(ひきう)くるは貴賤(きせん) 老若(らうにやく)、男女(なんによ)の別(べつ)なく身體(からだ)や衣服(きもの)の不潔(きたなき)と食物(しよくもつ)の不良(あしき)と飢餓(ひだるき) と身體(からだ)の衰弱(つかれ)と度(ほど)に過(す)ぎたる労作(はたらき)と夜行露臥(よあるきのじやく)などゝが皆(みな) その原因(もと)となるなり    豫防法(ふせぎかた) 豫防法(ふせぎかた)は前(まへ)にいへる病毒(びやうどく)の傳染(うつり)かたを考(かんが)へてそれを避(よ)く るなり故(ゆゑ)に第一(だいいち)各人(めい〳〵)の住家(すまひ)を平日(へいじつ)よりも猶(なほ)さら清潔(きれい)にし て室(へや)の内(うち)によく空気(くうき)を通(かよ)はせ狭(せま)き處(ところ)に大勢(おほぜい)居(ゐ)ぬ様(やう)にし衣(き) 服(もの)を度々(たび〳〵)洗濯(せんたく)し又(また)よく浴(ゆ)に入(はい)り不良食物(あしきしよくもつ)を禁(きん)じて滋養(やしなひ)と なる物(もの)を食(く)ひ雨風(あめかぜ)に打(う)たれたり夜行(よあるき)したり薄被(うすぎ)で寝(ね)たり せずじて風引(かせひ)かぬ様(やう)に用心(ようじん)し身體(からだ)を強健(じやうぶ)にする様(やう)注意(きをつ)く 【右】 べし而(さう)して発疹窒扶私(はつしんちふす)の病人(びやうにん)ある土地(とち)の近傍(ちかみ)へは勿論(もちろん)祭(さい) 禮(れい)、劇場(しばゐ)、寄席(よせ)、講釈場(かうしやくば)観場(みせもの)などのやうな人の多(おほ)く集(あつ)まる處(ところ)へ は往(ゆ)かぬ様(やう)にし又(また)不潔(きたな)き旅店(はたごや)には宿(とま)らず不潔(きたな)き人力車(じんりきしや)、馬(ば) 車(しや)には乗(の)らぬを善(よ)しとす又(また)乗合船(のりあひぶね)に乗(の)るにはよく意(き)を注(つ) くべし〇此(こ)の病(やまひ)の傳染(うつ)るを防(ふせ)ぐに學校(がくかう)、制作處(せいさくしよ)をはじめ下(げ) 宿屋(しくや)、旅籠屋(はたごや)、貸座鋪(かしざしき)、馬車屋(ばしやや)、乗合船(のりあひぶね)の宿(やど)、古衣商(ふるぎや)、質舖(しちや)、夜具(やぐ)蚊幮(かや) 衣服(きもの)の損料貸(そんれうかし)、洗濯職(せんたくや)などにては取(と)り分(わ)け意(き)を注(つ)くべきな り〇餘義(よぎ)なく発疹窒扶私(はつしんちふす)の病人(びやうにん)に立(た)ちよるか病毒(びやうどく)の著(つ)き たる衣服(きもの)や器具(だうぐ)に近(ちか)づきし時(とき)は石鹸(しやぼん)または醋(す)を和(ま)ぜたる 水[小盥(こだらい)一杯(いつはい)の水(みづ)に醋(す)五勺許(ごしやくほど)]にてよく顔(かほ)や手足(てあし)を洗(あら)ふべし その外(ほか)病人(びやうにん)のある家(いへ)に往來(ゆきゝ)し又(また)は病毒(びやうどく)を含(ふく)むかと疑(うたが)ふ物(もの) に觸(さは)りし時(とき)も然(さう)するを良(よ)しとす〇精々(せい〴〵)豫防法(ふせぎかた)に心(こゝろ)を用(もち)ひ 【左】 て居(ゐ)ても若(も)し発疹窒扶私(はつしんちふす)かと思(おも)ふ病人(びやうにん)出來(でき)たる時(とき)は別(べつ)の 一室(ひとま)[一室限(ひとまぎ)りなき家(いへ)ならば一隅(かたすみ)]に臥(ね)させsて先(ま)づ家内(かない)のも のもなるたけ側近(そばちか)くよらぬ様(やう)にし早速(さつそく)にその診別(みわけ)のつく 程(ほど)の醫師(いしや)を召(よ)びて診(み)て貰(もら)ひいよ〳〵発疹窒扶私(はつしんちふす)であるな らばその筋(すぢ)への届方(とゞけかた)は醫師(いしや)に任(まか)せて指圖(さしづ)を受(う)くべし偖(さて)こ の病(やまひ)は烈(はげ)しき傅染病(うつりやまひ)にて側(そば)へ近(ちか)よる者(もの)にはたちまち感染(うつ) りて一家内(ひつかない)のものが一時(いちじ)に枕(まくら)を並(なら)べて臥(ね)る様(やう)な事(こと)が出來(でき) 病人(びやうにん)に肝腎(かんじん)なる手當看病(てあてかんびやう)が届(とゞ)かぬのみならず病毒(びやうどく)も自然(しぜん) 蔓延(はびこ)り易(やす)ければなるたけ早(はや)く此等(これら)の傅染病(うつりやまひ)を療治(れうぢ)する病(びやう) 院(ゐん)に入(はい)る様(やう)にするがよし然(さう)すればその病院(びやうゐん)には醫師(いしや)も詰(つ) め切(き)つて居看病人(ゐかんびやうにん)も澤山(たくさん)ありて手當(てあて)も厚(あつ)く届(とゞ)けばなまじ ひに自宅(うち)で療治(れうぢ)するよりも當人(たうにん)の為(ため)になり又(また)家内(かない)のもの 【右】 の為(ため)にもなるなり然(さ)れど若(も)し據(よん)どころなく自宅(うち)で療治(れうぢ)す る時(とき)は先(ま)づ老人(としより)や小兒(こども)あらば當分(たうぶん)餘所(よそ)へ避(よ)けさせ家内(かない)の 中(うち)にて誰(だれ)ぞ然(しか)るべきものを一人(ひとり)極(き)めて看病人(かんびやうにん)としその看(かん) 病人(びやうにん)は時々(とき〴〵)衣服(きもの)に石炭酸水(せきたんさんすゐ)をふり掛(か)け石鹸(しやぼん)にて顔面手足(かほてあし) を洗(あら)ふべし又(また)病人(びやうにん)の室(へや)の内(うち)にある物(もの)は一切(いつせつ)これを外(そと)へ出(だ) して使(つか)ふべからず〇病人(びやうにん)が治療(なほ)りたりとて浴(ゆ)を使(つか)ひ石鹸(しやぼん) にてよく全身(からだ)を洗(あら)ひ衣服(きもの)を取(と)り換(か)へぬ中(うち)はそれと一所(いつしよ)に なるべからずその使(つか)ひし衣服(きもの)、衾褥(やぐ)、蚊幮(かや)は焼(や)き棄(す)てるか又(また) は石炭酸水(せきたんさんすゐ)に一晝夜(いつちうや)の間(あひだ)漬(つ)け置(お)きてその上(うへ)に沸湯(にえゆ)を注(か)け それよりよく洗(あら)ひ日光(ひ)に曝(ほ)すべし洗濯(せんたく)の出來(でき)ぬ品(しな)は亞硫(ありう) 酸瓦斯(さんくわす)で熏(いぶ)しまたは石炭酸蒸気(せきたんさんじようき)にあてゝ後(のち)日光(ひ)に曝(ほ)すべ し病人(びやうにん)の居(を)りし室(へや)は畳蓆(たゝみござ)の類(るゐ)を揚(あ)げて柱(はしら)か壁(かべ)に倚(よ)せかけ 【左】 戸棚(とだな)を開(あ)け放(はな)ち室(へや)の中(うち)にある器具類(だうぐるゐ)は残(のこ)らず列(なら)べ置(お)き戸(と) 口(ぐち)や窓(まど)を閉(し)めて六/時間(じかん)の上(うへ)亞硫酸瓦斯(ありうさんくわす)で熏(いぶ)すべしそれよ り障子(しやうじ)、柱(はしら)、牀板(ゆかいた)を石炭酸水(せきたんさんすゐ)にて拭(のご)ひ器具類(たうぐるゐ)は石鹸(しやぼん)を解(と)きた る水(みづ)または沸湯(にえゆ)にて洗(あら)ひ取(と)り出(だ)して風(かぜ)や日光(ひ)に中(あ)つべし 〇不幸(ふかう)にして病人(びやうにん)の死(し)にたる時(とき)には単衣(ひとへもの)か木綿(もめん)を石炭酸(せきたんさん) 水(すゐ)に浸(ひた)しこれにてその屍體(かばね)を包(つゝ)み速(はや)く棺(くわん)に歛(おさ)むべし而(さう)し 火葬(くわさう)するを良(よ)しとすその屍體(かばね)を置(お)きたる室(へや)はすべて前(まへ) の如(ごと)く消毒法(どくけし)を行(おこな)ふべし  消毒法(どくけし)に使(つか)ふ藥劑  〇石炭酸水(せきたんさんすゐ) 石炭酸(せきたんさん)二/匁(もんめ)を虞里設林(ぐりせりん)または亞薾箇保兒(あるこほる)   四匁(もんめ)にてよく溶解(とか)しそれを二合餘(がふあまり)の水(みづ)に混(ま)ぜる  〇石炭酸蒸気(せきたんさんじやうき) 二倍(ばい)の亞的兒(あゝてる)を和(ま)ぜたる石炭酸(せきたんさん)を皿(さら)に 【右】   入(い)れて微(すこし)の火(ひ)の上(うへ)に置(お)きまたは二十/倍(ばい)の蒸餾水(じようりうすゐ)を和(ま)   ぜたる石炭酸水(せきたんさんすゐ)を布片(ぬのぎれ)に蘸(ひた)し室(へや)の内(うち)に懸(か)け置(お)きて氣(き)   を蒸發(たゝ)す  〇亞硫酸瓦斯(ありうさんぐわす) 硫黄(ゆわう)三百/匁(め)を八/畳敷(でふじき)の室(へや)に使(つか)ふ割(わり)にて   それを二(ふた)つ三(み)つの火鉢(ひばち)に分配(ぶんばい)し炭火(すみび)を點(つ)けて徐々(そろ〳〵)燃(も)   やす  消毒(とくけし)の方法(しかた)やそれに使(つか)ふ藥劑(くすり)は何(いづ)れの土地(とち)にても衛生(ゑいせい)  の事(こと)を擔當(うけあた)るゝ職(やく)のものが心得(こゝろえ)て居(ゐ)られそれ〳〵世話(せわ) もあるべけど茲(こゝ)に一通(ひとゝほ)り述(の)べ置(お)くなり 發疹窒扶斯豫防(はつしんちふすふせぎかた)の訓終(をしへをはり) 【左】 明治十四年六月十六日出版御届 同月出版            千葉縣平民     述者兼出版人   押 田 俊 三                本所區龜澤町            定價二銭          東京馬喰町二町目      書舗   島 村 利 助          同南傳馬町二町目  賣捌所 同    穴 山 篤 太 郎          同本所緑町四丁目      活版所  好 文 堂 【裏写りのみ、記載なし】