泡 盛 効 萬病水療治以呂波歌  全    泡盛効 酒は百薬の長たるの古語予いまた其理を会得 せさりしゆへ愚案をめくらすに元来百薬の長 たるものは米なり其米の精気を取たる ものなれは酒を百薬の長といふ事も理明か なり然れとも酒ゆへに却而病を生する人多し 是酒の用ひ方を知らさるゆへなり種々の厚味を 食し無利に酒を呑事世の中のならはし と成ゆへ終に酒の徳を失ひ古語の義理にたか へり且は酒の品にもよる事なり酒の品と いへるは先清酒壱升の中弐合は米の精気 なり八合程は腐れへき水にして腹中に 滞りおのつから二口醉等の害をなすもの 此水なり百薬の長たるもの有泡盛にしく へからず清酒の中より穀気の精計を 取たるものなれは此泡盛を呑時は諸の病 治る事神の如くにして百薬の長たるの古語疑ひ なし□□り人は米にて命をつなくものなれは 泡盛は天□人に清得たる薬なり世に金銀 珠玉を以宝ものと思ふ事誤也たからものは 米はかり米は田から生するものなれは古への 人かく名つけたるものなり故に米を積たる 船を宝舟と社申也されは米にまさる宝 ものなく米の精気を集め取たる泡盛にまさる 妙薬なし草根木はゐ【?】薬なりとも飯を 喰ぬ病人はしるしなし譬は薬は盲也 米は手引なり泡盛を以穀気を身中へ順る 事第一の養生とおもふへし日々三度の 穀気惣身へめくれは病生せす長命疑なし人寿 百二十歳を上寿とし百歳を中寿とし 八十歳を下寿短命とする事古来の説也古へ 天子公卿に百歳余の人多く武門の者抔は 三百十六歳といふは長寿の長なり今の世の 人短命なるはほしゐまゝに美味をくらひ あくま□【でカ】酒を呑穀気をめくらす事を第一と せさるゆへなり長寿する術如何といふに 稲を養ひ米を得るにひとし稲は用水の掛 引程よくすれは豊作なり其上稲は一年 限のものと思ふ人あり左にあらず暖気の地にて 養方よくすれは年を越て枯る事なし 幾度も刈株より生し実るものなり 近くは熱海の辺にて翌年三月頃丈ケ壱尺程に 新芽を生し其年植たる青田のことし しかれとも実乗すくなきゆへ年々苗をふせる也 人も其如く穀気を以て身体を養ひ用水の 懸引程よきか如く百薬の長たる泡盛を以て 身中の病を去時有無病壮健にして長寿古 人のことくなるへし一年限りと思へる稲さへも 養ひ方によりて年を越ても刈株より新芽を 生し実乗るものなればまして百二十歳と定る 寿命を全ふせん事唯宝ものとする米と 妙薬とする泡盛とを以て身の養生に油断 なく心を付は亀鶴千万の齢ひを保ん事 なを安かるへし      口腹論 三度の食気惣身へよくめくれは無病長命 なる事疑ひなし其仕方いかゝといふに 腹と口とは好む処うらはらなり腹の好む 処にしたかへは無病安泰也口之好む処に よれは万病発也先腹は寒冷を好み美味を 好まず口は腹【暖の誤記カ】熱を好み麁食を好ます人々 口の好む処に随ひ病を求め命を損る事 多し腹の意による時【?】は天性の道理に叶ふ也 其故は天地開初たる時生あるもの一体也其中に 人は万物の長にして知恵ある故に寒暑の 凌き方食物等万事己か耳目鼻口の好む処に 工夫をなし末世に至る程自在自由に成て 後は病を生し命を失ふ事心付す外の生類は 天性のまゝにて知恵もなく己か食物と備りたる 所の喰物を喰ひ偶然たる故病も生せす千鶴 万亀の齢ひを保つこと道理也知恵あるも 無もいつれか勝れりとも言かたし古へ穴に住 火食せさりし時を思ふに皆長命也是人気 質朴にして天性にしたかひ耳目鼻口の 欲に寄さる故也されは今の世とても水をあひ 冷物を食しなは無病長命なるへし是腹【?】の 好む処にして天性也爰に常陸国北條の医師に 古宇田伯明といふ老人有灌水の徳を進湯の 人に害ある事をいろはの哥につくりて おしへたる中に   論をして病の起るみなもとを    たつねてみれは入湯なりけり   恐しきものは巨燵と入湯なり    人を丸呑するとおもへは   得手不得手飲喰ふ物は其まゝに    まつ第一に湯をはつゝしめ 其外水の徳を述たる説あまた有近世は 湯をつかひて行水といふ間違の教あり しかれとも数ふ年湯をあひ暖熱の食をなす 事ならひとなれは今更急に水をあひ 冷物を食することも成かたしたゝ湯と 熱食は毒にして水と冷物は薬なりと いふ事を会得なし其心得ありたき事也 腹中へ飲食治りて次なるものは直に腹中の 湯気にてこなすこと早く食気身中へ めくるなり是を酒を造るにたとへてみれは先 米を能ふかし能さまして後麹と水をかへて 造込日を経て自然の湯気を生し能にへ和合 して酒に成也味噌醤油も同し事なり いつれも暖熱を嫌也若しさまし方行届ず して仕込時はかならす腐れて酒も味噌も醤油 も出来そこなふなり腹も其如く冷物はよく こなれて食気めくりよし熱きものは腹中 にてさめるまて滞りさめて後こなす故其中に 腐る事ありて食滞とも成留飲共成病の根本 と成也古語に年寄りに冷水といふ一理なり老人は 熱火のために身体かれ食気めくらず落命する 事草木水気のほらす枯るゝに同し水を呑て 熱火をしすめ食気をめくらす時は無病にして 天性の寿を保へし年寄に冷水を年寄の冷水と いふゆへに其利をうしなへり朝夕腹の意に心を 付く養生なす時は無病長命なる事うたかひ なかるへし    食物弁 予学問の力なけれは書籍に引あて道理を いふにあらす自から病身ゆへ惣身へめくらすなり 粥のこときあつき和しかたきものは腹中へ入 てもさめるまで滞りさめて後も陽気の臼にて こなすに及す其儘通り抜る故食気めくらずして 食滞或は留飲と成て腹内を損るなり腹の冷 物を好む事は天性也かたきものをこなす事は たとへは鳩雀は穀物のかたきを呑蛇は蛙を呑 鵜は己か丈けより長きうなきを呑皆腹中にて こなすなりまして人は六尺のたけにて梨子 柿の類をこなす事論ずるにたらす雀の 類小さき生類といへとも腹中陽気の臼を以 穀物のかたきをこなす事安しされは人間 陽気の臼は御影石の臼にもまさるへしこわき 飯なとを毒なりといふは誠に心得ざるの甚 しきなりすへて人の手にて臼にかけ あるいはあつく煮熟したるものは陽気の臼の 働やうなく腹中の陽気を生る事薄く 天性の理違ひて病を生し命をそこなふ なり常陸の伯明先生のいろは哥に   会釈して主人や親に湯をすゝむ   不忠不幸のはしめなりけり 右哥の心よくかなへりとおもふなり 【左一行】 万病水療治いろは歌 【右丁文字なし】    万病水療治いろはうた いち〳〵におしへさとすもむつかしやいろはのうたに水療をせよ ろんをして病の起るみなもとを尋てみれは入湯なりけり はかとらぬ病はすへて湯をは忌水をそゝぐかはや道ぞかし にくむへき湯呑人の愚さよ耳にさかふる忠言はなを ほんゐとて腹も痛てはく病水呑そゝぎかたくもなし へたてねは天地人と水なるを湯にあたゝめて身をはむろ咲【室咲=温室で花を咲かせる事】 とし毎に痢病とおこりやむ人は水をそゝきて跡かたもなし ちわやふる神のみそきの水そゝき方の病みなつきにけり りういんは朝水のまぬゆへなるぞのみてそゝぎて跡かたもなし ぬしよりも寒さにまけぬ奴みよからける尻を水にそゝぎて るいを引ろうせう中風湯の咎と水にそゝきて用心をせよ をんせんは土用中也くわん水は寒中なりとかねてしるへし わかさかり色と酒とに朝湯ずき身を持崩し末はよひ〳〵 かほ手足ひヾとあかきれ切るのは湯にあたゝむるゆへと知らずや よに多きせんき【疝気】すはく【寸白】にかつけ【脚気】やみ朝夕そゝき水に根をきれ たんせきと胸や背中にこしいたみ痔も痳病もいゆるくわん水 れい水の能ある事をちかくしれいしやと薬を遠くもとむな そむかれぬ文字をとくと味へよ垢離行水とかくにあらずや つう風とひぜん【皮癬】さうどく【瘡毒=梅毒】骨からみ【骨がらみ 注】しうちなかちも皆水てすむ ねまなこは水にてさませ寝あせかき頭痛めまいに寄妙也けり なつは水けふはよしとさとれとも冬は入湯に迷ひぬるかな らくになる心をしれや水ごりはいのらすとても神や守らん むしけある子ともは親の育から水をそゝきてやりはなしよき 【注 梅毒が全身に広がり骨髄までも侵すこと。またその症状。】 うしとらと北風みんな身にしまは水をそゝきて東西もなし ゐ花水のみてそゝきて湯をいまははれる病ひも中風はなし のみすこしかしらもおもく寒けせば水をそゝきて酔さましせよ おそろしきものはこたつに入湯也人を丸呑するとおもへは くだりはら又はひけつ【秘結=便秘】にこまる人朝夕のみてそゝくにそよき やかましく耳なりのほせかたいたみ風まめならは水か何より まのあたりゆありけせつ【下説、或は解説(げせつ)ヵ】みきゝてもこりすに入はあまり也けり けかすれは先取敢す水そゝき薬たりとも湯のけ大どく ふゆの内寒さにこまる人あらは水をそゝきて春は来に鳧【けり。鳥の名の当て字】 こヾへなは俄にあつき物喰ふな直に入湯は猶更の事 えてふへて呑喰ふものは其侭にまつせんいちに湯をは慎め てんきやみ火事と内しやう【一家の暮らし向き】火の車水より外に防くものなし あしや手のしびれ草臥痛みなば水をそゝきて湯を着■りし さんぜんご【産前後ヵ】らちあき【かたがつき】りやうし何にても急病気付け顔に水ふけ きちかひとてんかん驚風【注】疳積【癇癪】は水より外に妙薬はなし ゆすきでも長いきするとのたまふな水にすまさは限りしられず 【注 漢方医学で、幼児のひきつけを起こす病気をいう。脳膜炎の類。】 めの病ひ打身くじきに湯を忌て水をそゝくか第一そかし みつ子とは水にてそゝくゆへなるそ疱瘡はしか軽くするため しきともに朝水のみて身をそゝきはやり病はうけぬ妙ほう ゑしやくして主人や親に湯をすゝむ不忠不幸のはしめ也けり ひやく病の長たる風の防きには水より外の妙薬はなし もろこしのひじりのおしへ見聞ても湯を遣ふ身のなとかしらなん せめて湯の毒成事をしらせはや水遣ふのはとにもかくにも すめる代につきせぬ水を身にそゝきなべて無病にくらせ世の人 長命と無病は人のねかへとも湯に入る害をしらぬおろかさ いさきよく朝夕水に身をそゝけねかわすとても無病長命 湯に入るは大毒也と世の人のしりつゝ水ののうをしらねは    右灌斎伯明先生著也   去々申の秋右の老医にまみへて伝授の家等数年   多病にて種々医療手を尽すといへとも更に   その甲斐なく是を患る事ひさし然るに   不計灌水の伝を得て日々修行し家内は勿論   諸人にすゝめ試るに自他の諸病こと〳〵く治して   其しるし数ふるにいとまあらす妙行利益ある事を   広く諸人に伝へさるも無本意にまゝ今般令遊印也   我等も其以前は甚水を悪みて一滴ものまず   くわん水なとはそんしもよらさるゆへに人にも   いましめて水はのむなととゝめしも後悔先に   たゝすまことに無病に相成候儀はうたかひなく   候まゝ御自得可成候 よしあしの其名に迷ふおろかさよのみてそゝきてみつからにゑよ 五十まて水を悪みてそしる身の今とふとみてそゝくおかしさ 無事な身を朝夕水にそゝぐのはころはぬ先の杖てこそあれ もろ〳〵の病のかすはおふけれと水のみそゝきねきり【根絶】はつきり【あきらか】 朝夕に水のみそゝく人ならは四百四病のわつらひはなし つゝしみはもとより人の生つき朝夕そゝき水てつゝしめ 万病と心のあるをそゝくには水をのめ人水になれ人             江戸神田               四方新兵衛  文化十一年甲戌三月    柳下茂兵衛               笹川浦兵衛 いく千代もかわらぬ水を身にそゝき朝な夕なにのむをわするな ろくこんをはらひ清むる修行には先あたまから水あひてみよ はのいたみ口中あれてなやみなは日々に幾度も水をふくみて にんしんは湯をつゝしみて水そゝきやす〳〵うみてちの道もなし ほか〳〵と身のあたゝまる良薬は水そゝきしてふかく味へ へいさんの守りは水としり給へ朝夕のみてつわりにもよし ときやく【吐逆】には湯も茶もいみて水薬呑めはたちまちやむか妙やく ちうかん【中寒=風邪をひくこと】てつゝう【頭痛】かんねつ【寒熱=悪寒や熱】するならはのみてそゝぐか第一によし りひゃうにてくるしむ人は湯の咎と水をそゝきてのむか第一 ぬくめてもやはりからだのひへるもの水をそゝけはあたゝかになる るいれき【瘰癧 注】て首にぐり〳〵有ならは水をそゝきてのむか何より をんなとし月のめぐりの不順には水をそゝきて滞なし わきがある人は水にてそゝけたゝ腹中をもそゝきぬくへし かさほろし【かざほろし(風ほろし)=風邪の熱などのために皮膚にできる発疹】又は肴に酔たらは水をそゝきて呑むかよきなり よなきする子には巨燵をいむかよし水をのませて灌水かよし たいどくの出来る子供に湯をいみて水てたてたり水を呑たり れい水のとくは朝夕あひてしれのみては腹のこなるゝを□よ そろ〳〵とねむけのいつる病には水をそゝきてのむかくすりよ つく〳〵と水の功能かそへてももしや言葉に尽されはせし ねつ病はくわん水させて水のませ又水漬をくわせてそよき なんざんにゑなもひかへて苦しまは心しつめて水をのませよ らちあきな薬に水の妙あらはやかずきさますそのまゝにのめ むしけ【子供の疳】有子供はなをも湯をいみて水をのませはむしの根を切 うへもなき良薬也と心得て寒くなりてもやめすくわん水 【注 結核性頸部リンパ節炎の古い呼称。多く頸のあたりに生じて瘤(こぶ)状をなし、次第に蔓延して膿をもち、終に破れて膿汁を分泌する。】 ゐの水を怠りなしにあひ給へ心ゆるせはいやになるもの のぼせにはくわん水するもあたまからあひてみられよ奇妙也亀 おこりやみ暑気と寒気に食もたれあさゆ朝夕のみてくわん水をせよ くわくらんやねひへをしたら水を呑くわん水すれは暑あたりもなし やけとには先取あへす水そゝきあともつかすにいゆるみやう方 まことなる水のことくに気をもちてくわん水すれは鬼にかなほう けつうん【血暈 注①】とけんうん【眩暈 注②】又は物忘れ水より外のみやうやくはなし ふとりたりなつやせするも湯の咎と水にそゝきて中にく□成 こ えんのなき人にも灌水おしへたやおのかやまひのいゆるほとなを てや足のふし〳〵いたむ病ひには水にてもみてそゝぐにそよし あ 神はくわん水也とみなもとをきわむる人はくすりいらすよ さしあたるけふ一日と心得てくわん水なされあすはなきもの きせつして呼返してもとゝかすはみつをあびせよ〳〵 ゆに入は大どくなれはつゝしみてくわん水するが身の薬也 めいわくな事は我身の薬にて気に入事はみなどくとしれ 【注① 産後に血の道でめまいがしたり、からだがふるえたりする病気】 【注② 「げんうん」ともいう。目がくらんで頭がふらふらすること。またその症状。めまい。立ち眩み】 みひいきを  くわん水なされかし百病ともにいゆる妙やく しやくつかへはら腰せなか病なはくわん水したり水を呑たり ゑひたほれ足腰たゝぬほとならはくわん水なされ直にさめる■ ひえきつて足も覚のなきやうにつめたくならはくわん水かよし もや〳〵と気もうつとりとふさきなはくわん水なされ忽ちによし せい〳〵と心のうちもはれわたり病もともにはらふくわん水 すへ〳〵の世まても広くひろめたや水の流れの尽ぬとくにて くわん水はたゝおもわくをやめにせよつめたい寒ひも思わくそかし 水療治はしめめんけん【瞑眩】せしとても肝をつふして水をやめなよ めんけんはすゝぐにみそきのしるしにて万病のそく奇特也けり   右常湯北條灌斎古宇田伯明老医の一覧を歴て            江戸神田相生町  文化十一甲戌年四月    小川伝蔵著 【右丁左端】   文政二己卯孟夏於東都写得之                 川嶋姓 【裏表紙】