妙医(めいゐ)甲斐(かひの)徳本(とくほん)麻疹之来記(はしかのらいき)       芳藤画 抑(そも〳〵)麻疹(ましん)といふ病(やまひ)にるいするもの五色あり疫鬼(ゑきき) 痘鬼(とうき)といふ疫鬼は疫病神(やくびやうがみ)痘鬼は疱瘡(ほうそう)神なり また瘧鬼(ぎやくき)邪鬼(じやき)窮鬼(きうき)といふものあり窮鬼は耗(ぼう)也 俗(ぞく)にいふ貧乏(びんぼう)神なりこれみな大陽(たいよう)の 毒(どく)にして其年(そのとし)其時の気運(きうん)に つれて流行(りうこう)なす疫癘(ゑきらい)は春より 夏をさかんにして寒(かん)にいたり てわづらひなしむかし弓削(ゆげ)の 守屋(もりや)大連(おふむらじ)といふ妙医(めいい)悪病(あくびやう)の 神を送(を?)まくおもひくすりをすゝ めてけれども良薬(れうやく)口に苦(にが)くしてたれひとり もちゆるものなくついに戮(りく)せられたる事わか 医書にいへりまた 張機(てうき)は張 伯(はく)祖(そ)にうけし傷(しやう) 寒論(かんろん)の十巻(じうくわん)をあらわし疫神(えきしん)をのぞく助(たすけ)と なせり痘(もがさ)麻疹は小児の疫(やく)なりといへどもはしかは 天平九年にはじまりて延暦九 長徳四 慶安三 元禄四 享保十五 宝暦五 享和三 文政七 天保七いまゝた 文久にいたるそのあいた二十年 四十年のほどありされば 疱瘡神はたなをつりてまつるなれども麻疹はまつる人もなし 疫(えやみ)の神(かみ)痘の鬼(おに)はしか鬼も邪(あしき)神なるをまつること心得がたし鬼神(きじん)いかでかこれをよろこばん五鬼(ごき)は陰陽(いんよう)の造化(ざうはけ)にして人のために父母(ふぼ)なり死生(しせい)これにありといへども悪鬼(あくき)をはらはずして謟(かた)らふことあらんや厄難(やくなん)は人の賢(けん)不肖(ふせう)によらず 往昔(むかし)は巫覡【異体字?】(かんなぎ)を信(しん)じてやまひあるものおの〳〵祈祷(きとう)を先(さき)として薬餌(やくじ)をもちこすこれによりて死(し)せるもの多し孔子(こうし)も 此(この)病(やま)ひをやめり子路(しろ)いのらんことをこふ子(し)の曰(いわく)常(つね)に無事(ぶじ)を いのるものすら疾(やまひ)にあるときいのるにをよばずといへり凡夫は常に利にはしりてそのわざはひを避(さけ)んことをもとむるゆへに つねに いのらせて病(やむ)ときはなはだしく祷(いのる) 聖人(せいじん)は鬼神をまつるに誠(まこと)を