【手書きで】 地■一面学■■■ 寛政二戌年 寛政十三年    こわめつらしい    見世物語り 【表紙】 新 版 先時(せんじ) 怪談(くわいだん) 花(はなは)□(み□)野(の)犬(いぬは)□(□□) 上 【花芳野犬斑(はなはみよしのいぬはぶち)/後述の別資料にて補う】 【屋号紋】山に吉 大伝□【大伝馬】 □□□【榎本】 □□□【三丁目】 【刷りの違う資料:https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100053838/viewer/1 】 【墨で手書きしたものか】  照?子■題?梨? 寛政十三酉年  こはめつらしい見世物語 【左ページ】 唐土(もろこし)訓蒙図彙(きんもうづい)曰狗国(いはくゝこく) ̄ト云(いふ)は男はみな狗(いぬ)にて 身(み)に毛(け)をひ衣(ころも)をきすものいひ犬(いぬ)のごとし女はみな人 にて能(よく)漢語(からことは)をなすと云々いづくもおなじいろのみち かゝるいこくといへどもじやうにかわることなくのうてんに ちのけのおゝいむすこ犬とはこ入の むすめとぬれやいしすへがつまらなく なり心中とでかけついにさしちがへて はてけるが両人のむなもと より二つのたましゐぬけ いで大日本のかたをさして とびゆきける うつておけわん 〳〵きゃん〳〵 わきやきゃ ん〳〵いはふて さんとわきゃんのきゃん   これでも きゝわけたら    さぞ いやらしい       ことば       なる       べし 〽もしへ日本てはこふいふ ときにはぶんごふしと やらでみしら せるげにこさ んす ハア〳〵 こゝに又さがみ 入道高時のころ かとよ相州(さうしう)かま くらの北にあ たつて 先時村(せんじむら)と いふありこの所に なたかきちやかまばゞあアと いふものありしがいつのころ より犬神のようじゆつを おほへて【覚えて】ゆきゝのりよじんを じゆつをもつて 人げんをたばかり 犬となしさかみ 入道そのころ犬を このみあつめ給ひし ゆへこれをうりしろ【売り代】 なしておをくのきん 〳〵をもふけいよ       〳〵 がうよく   やまざり けり それにんげんを 犬になすじゆつ といつぱふゆの【術といつぱ=術と言えば】 うちにおほく のぼたもちを こしらへおいて これをくわせると たち□ち犬と【たちまち犬と】 なるかるが ゆへになつの ぼたもちは 犬もくはぬと いひつたへ    たり 【餅を食う人たちの台詞】 ふもちを    くつては めくりうちに     す■■■   いやかられる きに  いつたら たんと  まいれ ここにまたかまくらあふぎがやつ【鎌倉扇ケ谷】のとひざはてうにふるきのなかがいを【古着の仲買いを】 せいばいにして【、】ふるてや八郎兵衛といふものありなか〳〵いろ男にて 大のはうらつもの【放埒者】なりしかおつまといふ江戸げいしやとちゝくり 女房(にようばう)にしてよりやう〳〵とゞまることをしつてしかうしてのちに きま じめ と なり あけ くれ かげう をせいたして こと〴〵くかせぎ けるがこのたひ いなかへふるきのかいだしに ゆく とて た び や う ゐ し て【旅用意して】 たち いづる 【妻の台詞】 かならず又 はたごやで とめおんな □ぞを【なぞを】 ちよろまかし なさんなよ そしてはやくかへ      つてくんなよ なにもわすれた ものはなひかへ 〽おきみやげに一つぢぐりや せうちつとふるてやな ぢぐちたがこふもあらうか  かぢやふいごの       つらいもの  たびはういものときこへやう 〽あんまりわる      くつて  はなむけも    なりやせん 【ぢぐる:地口を言う】 八郎兵衛いなかをめ? ざしてかの先時(せんし)村 のちやがまはゞァの ところへとまりあかし れいのぼたもちを 【括弧内、刷りの違う資料より】 □□□【くふと】 □□□□【ひとしく】 しきり□【しきりに】 むな さはき   し けるゆへあとも くふ  たるて□【い】        に もて なし【食べたふりをしてやりすごし】 なんどへ入て  やすみけるが とかくむなさはき するゆへ此 家(や)の やうすもこゝろもと         なく うち おこともきにかゝりひと まづうちへたちかへらんとこの ところをよにげにする 【左ページ上へ】 犬になりしたび人 八郎兵衛をみて ほへるぬり ものやの ばんとう     の 犬と なり しは わん〳〵とほへる きをいの犬になつたのは きや〳〵〳〵〳〵とほへる 大つうはくち仕立(しそ)の犬 となるをれにも一つくれ ねへとずいわん〳〵の ずいきやん〳〵それ なくによ ナ ソレ  きやん   よしか ソレわん〳〵 【仕立:不詳】 【それよしか:草双紙でみかける決まり文句。「それでいいか」というように相手に念をおす表現。ただし、日常的に使われるものかというと疑問がある。博徒など特定の業界で使われる言葉なのかもしれない】 てめへたちは やぼ犬では     なひ   すいけんだ      〳〵 【やぼ犬(やぼけん):野暮天とかけた洒落。】 【すいけん:大日本国語辞典に「死にたる鮑貝」とあるが、ここでは単純にズイズイ言う犬だからかもしれない。】 【ずい:ずずずいっと御願い奉りますの「ずい」。ずっと、つつっと、ついっとなどの擬音。何にでもズイをつけて言うのは通人の流行り言葉かもしれない。】 八郎兵衛もゝ太郎もどきにやうゐの やきめしを一つづゝあてがい        犬でやいをなきやませる ソレ此やきめしをずい やりのぐつとしりを ずいばしよりのずい にけた これで どふそ なき やん で くれのかね ̄ト いつては かけとりを【掛け取り=集金人】 くるめる やう だの せんねん一つ ながやの佐次兵衛 四こくをめぐ つてさるとなりしも まんざらの うそにては あるべからす 八郎兵衛は 一 ̄ト口くらひしよりこゝち れいならねば夜(よ)に げ に してうちへかへ        り けるが道にて犬 となりけれども じぶんはやつはり ありきたりの色 おとこのきどりゆへ はやくかへりしを 女ぼうにおんにきせ ちやをくめのかたをもめ    のとねつをふく【熱をふく=言いたい放題のことを言う】 おつまはていしゆのかほ 犬となりしゆへびつくり せしかしさいあらんと さあらぬていにしてきん       じよのひとにも 【左ページへ】 くちどめして ばんじにんげんの とりあつかい しける   こそ やさしけれ 【女房の台詞】 をや  〳〵〳〵     〳〵 【八郎兵衛の台詞】 びつくりするはづた  なんとはやくかへる   ものだらううれ    しいか〳〵とやき【ゆき?】          すぎる おつまつく     〴〵 おもふにたとへ 犬になり てもいつ たんほれ    し □とこ【おとこの】    の 事ゆへ みすて るはみち ならす   と ていじよ    を たて  とほす 【女房おつまの台詞】 おまへわつちを    かわいゝと     思ひははる       なら かゞみを  みな  はんな 【八郎兵衛の台詞】 おつまことをいふ人だ【「乙なこと」にかけた洒落】 をれをばかさねだと       おもふそふだ 【八郎兵衛が書いている文字】 犬のあし 梅の花か□ 《割書:新|版》 《割書:先時(せんじ)|怪談(くはいだん)》花(はなは)芳野(みよしの)犬(いぬは)斑(ぶち) 下 【屋号紋】山に吉 《割書:榎|本》 【ここより下巻】 おつね  しんぼうして 八郎兵衛に  つれそひ   いるうち あさましや  ももちと     なり あたる十月に たまのやうな  なんじを    うむ 【産婆の台詞】 さて〳〵いゝお子だ 【八郎兵衛の台詞】 こいつもあふぎや〳〵と なくからせいじんの のちはれつきとした 女郎かいに なるだらう 【赤ん坊】 お きや ア 〳〵 八郎兵衛は一子せいちやうにしたがひ てふよはなよとあいしけるが あるときそとにあそびゐける ところへかみくずひろひきかゝり ければ四つばひになつてほへる 八郎兵衛ものかげよりこの やうすをみてはじめて わが犬になりしことにこゝろづき おんなぼうがいましめし かゞみをみれば わがかほ犬なるゆへ 大きにおどろく 【八郎兵衛の息子】 わん〳〵〳〵    〳〵〳〵 【壁の貼り紙】 小便無用 あれはこゝの八郎兵衛が所の 子じやァ ねへか 八郎兵衛 の やせ犬だ そうた 【括弧内は別の資料より】 あの  □子は【お子は】 とんだ  お子□【お子だ】 【壁の文字と絵】 谷風 【谷風:相撲取りの名前。この本の四年後くらいにインフルエンザにかかって現役中に死去。その年に流行したインフルエンザは谷風(風邪)と呼ばれている。落書きの横顔は谷風の似顔絵か】 【∴一 渡辺星という家紋。鬼退治で有名な渡辺綱の紋】 八郎兵衛はいまゝであいそうも つかさずかくしくれし□□う【女ほう】 のこゝろねもあわれに□□【また】 はづかしくしよせんいきて いられぬことゝあきらめ 一子をねせつけてかきをきを のこしいづくともなく        たちいつる 【八郎兵衛が壁に書いている歌。信太妻のパロディ】 恋しくは  たつねきて     見よ  はつ■【雪?】や   犬のあし      跡  梅の花かな 【次コマで積もった雪に残る犬の足跡を追って八郎兵衛と再会すしている】 【八郎兵衛の台詞】 このうたは なんと めい かだ  らう 此作しやは   子わかれが  きついすきだ  きよねんは     くわゑん  ことしは犬   どふても ふどうに  ゑんがある 【本文続き】 今の世に子どものよなき          するに  犬の子〳〵といふも       このいはれなり 犬の子さい〳〵  のこ〳〵 さい〳〵 おきやぁがれ  しやれどころ   じやァ    ねへ 大やたなうけ【大家、店請け=保証人】 おつまもろともに 八郎兵衛がかき をきをみて 大きにおどろ きをりふし ゆきのよなり ければそのうたの こゝろをさとり 犬のあし あとをしたひ ゆくほどに ついに 八郎兵衛に め くり  あふ 【おつまの台詞】 こゝで おまへ    に めぐり  あふ  たは  犬の  □【は】【別本で確認、毛ではなく「は」】   に  のみ   だ【鬼の目に涙の洒落】 【本文つづき】 八郎兵衛 かまくらの さとはづれ人 なき所へゆき せつぶくせしが はらのなかより ぼたもちのき あらはるゝとひと しくもとのにん げんとなるぼたもちの ゑんにほりせんじの 犬をぼたんしぼり        と   いひしも    このゆへなり 【ぼたんしぼり:不詳】 【八郎兵衛の台詞】 ゆらの介□□【ゆらの介では】 ない女ぼう お□【おそ】 かつた   〳〵【仮名手本忠臣蔵四段目「遅かりし由良之助」のパロディ】 どふりで今まで  はらがぼた    〳〵   したと      おもつた しばら【自腹】をいたひと おもつたが ほんにはらを  きるは かくべつ  いたい   〳〵  【自腹:自分のお金で支払うことを自腹を切るというのは江戸時代からあった。多すぎる出費を痛いというのも同じ。】 八郎兵衛もとのにんげんとなり つく〳〵おもふにせんじ村にて ぼたもちをくひしより犬と なりしはかのちやがまばゞに こそしさいあらんとこの よしかまくらのだい くわんしよへうつ たへけれはさつそく とりてをむかへられ けるがさま〴〵よう じゆをおこなつて てにおわ?ず時の だいくわんくふう して犬はやうの【陽の】 けものなりよつ てやうなる火 どうぐをもつ てうちとるべし        と 申付そのころ てつほう のめい人を えらみつゝ さきをそろ へてうちか ければ 【左ページ鉄砲の上に続く】 犬がみのじゆつやふれて 口より二つのたましゐ をふくこれ狗(く)こく より日本へ とびきたり 八郎兵衛と おつねが ひにくへ【皮肉へ】 いりし たましゐ なり 【魂が飛び去る所の説明】 二つの たましゐ どう〳〵 して もとの狗 こくへとび かへる 【鉄砲隊の台詞】 〽ぜんてへおいらはてつほうはゑて   ものだものまへなぞ   にはまざ〳〵とした   てつほうを      はなすよ【鉄砲:うそ、大ぼら】 〽てう   せん  ながやへ  いつた   きに  なつて  おもいれ はなす    か    いゝ 【朝鮮長屋:浅草陸尺屋敷の通称で岡場所として知られている。朝鮮使節の下官の宿所があったことに由来する。】 イヨ  たまやァ ぼん〳〵〳〵は  けふあす   ばかり【民謡の歌詞】 【今でも松本市に「ぼんぼんとても今日明日ばかり」と歌いながら着飾った少女が練り歩くお祭りがあるとか。民謡の歌詞には共通のパターンがあるので松本市のぼんぼんと同じ歌とは限らないが、近い歌詞の歌がこの時代流行ったと思われる】 そのゝち八郎兵衛は くふうをもつて 一子にまちんを【まちん=馬銭、生薬の名前】 のませければ たちまち犬の れいたちさり これまたほんまの にんげんとなる さて右のくわい だんそのころかま くら中にとり さたあつて大 □そのくるはなぞ【いそのくるはなぞ】 ではき□□けん【ではきつねけん】 みちけんをやめ 犬けんといふを はじめる  てつぽううちは      犬にかち  犬はけいせいに     くらひつき  けいせいはてつぽう     うちを      あやなす 【囲み内】けいせい 〽ばから   しい 【囲み内】てつぽう 〽ポン   〳〵 【囲み内】いぬ 〽わん〳〵 政演画 京伝作 【手書きで】秋田■