【表紙】 【題簽】 《割書:新板|絵入》伊勢物語 《割書:上》      《割書:かうしやく付》 【表紙見返し】    伊勢物語叙由 此物語古人の説々おなしからす然共業平の自記と見え たり其故は業平うゐかふりの朝より終焉の夕迄一生のことをしるし 其中二条の后にかよひ伊勢の斎宮にあひしこと是等は埋木の人 しれぬことを書顕はし又我身をかたいおきなと云哥のことはしら さりけり又よむ哥のきたなけさよと卑下の詞是業平の自 記うたかひなきもの也其上朱雀院のぬりこめに業平自筆の 本有とかや就中此物語の中仁和の帝芹河行幸のことをしるし 旦行平の哥を載其外万葉集の哥を載たれは業平自 記と斗も決しかたししかれはもと業平自記有しに後又書 加へて作物語となしたる也是を以てあなかちに其作名をもと めす只詞の花をもてあそふへしと定家卿意ふ尤殊勝の事也 業平誕生は人皇五十三代淳和天皇天長二年四月一日奈良の 京に生元服は五十四代仁明天皇承和七年三月十一日十六歳逝去 は五十七代陽成院元慶四年五月廿八日五十六歳也                    ┌─大江音人                    ├─在原行平 桓武天皇───平城天皇───阿保親王─┼─在原守平                    ├─在原仲平  業平母は伊豆内親王桓武天皇第八皇女 └─在原業平 【左丁】 《割書:昔ときりて男とよむべし。毎段かくのことし》  ㊀ むかし。男うゐ((元服也)かうふりして。ならの京。かすがの里に しるよ((知行所なり)し して。かりに(狩に行なり)いにけり。其さとに い((最)と な((媚)まめいたる女。はらか(兄弟也同胞 )らすみ けり。此男((なりひら也)かいま((垣間見也 )見て け(・)り。おもほ((思の外也 )えずふるさとにいと はした(つきなくにあはぬ心也) なくて有ければこゝち まどひに((あきれたる心也)けり。《振り仮名:男のきたりけるかりぎぬ|(いそきなる時かきやるべき物もなければ也》 のすそをきりて。哥をかきてやる。其男しのぶずりのかり衣をなん きたりける 《割書:新古今》   春日のゝ わかむ((草の名也 )らさきのすり衣しのぶのみだれかぎりしられず  《割書:句を切へし》 となん。 おひつきて((なりひらを尋て也 )いひやりける。ついておもしろきことゞもや((取あへす古哥を取なをして返しにしたるとの伝者の詞也)。思ひけん 《割書:古今 河原大臣融公哥也》   みちのくのしのぶもぢずりたれゆへにみだれそめにし我ならなくに 《割書:古哥の心はわが心のみたれたるはそなた故にみたるゝ也今の心にはそなたの心の|みたれたるはわれ故にてはあるまし人たかへにて有へしと取なをしたるこゝろ也》 といふ哥の心ばへなり。むかし人は。かく いちはやき((逸早也きてんのはやき心也)みやびをなんしける ㊁ むかし。おとこ。有けり。ならの京ははなれ。此《振り仮名:京は人|(平安城なり》の家まださだ まらざりける時に。《振り仮名:西の|(長岡也》京に女有けり。其女。世 ̄ノ人には まされ((かたち也 )りけり。 其人かたちより((かたちより心をいへり)は。心なんまさりたりける。ひとりの((ぬし有こと也 )みもあらざりけらし。 【右丁】 それをかの 《振り仮名:まめお|(なりひら也》とこ。《振り仮名:うちもの|(あひかたらひて也》がたらひて帰りきていかゞ思ひけん。 時は 《振り仮名:やよひ|(三月也》のついたち。雨そ ぼ(ヲ)ぶるにやりける 《割書:古今》おきもせずねもせで夜をあかしては春のものとてながめくらしつ (三) 昔。おとこ。有けり。《振り仮名:けざう|(懸想也》 じ(ス)ける女のもとに。《振り仮名:ひじき|(鹿尾藻也》もといふ物をやるとやるとて   《振り仮名:思ひあらばむぐら|(思ひなき身にてあらは也》の宿(ヤド)にねもしなん《振り仮名:ひしき|(引しくなり》ものには袖をしつゝも 二条の后(キサキ)の。まだ《振り仮名:みかど|(淳和帝》にも。つかうまつり給はで。たゞ人(ウト)にておはしける。時のこと (四) むかし。東(ヒンカシ)の五条に。《振り仮名:おほきさいの宮|(染殿后也清和の母后》。おはしましける。西のたいに《振り仮名:すむ人|(二条の后也》 有けり。それを《振り仮名:ほいにはあ|(思のまゝにはあらで也》らで。《振り仮名:心ざしふかゝり|(たかひに心さし斗ふかき也》ける人。行とふらひけるを。む月 の十日斗の程に。《振り仮名:外にかくれにけ|通ふ男有故女をかくしてあはせぬ也》り。有所は聞ど。人の行かよふべき所 にもあらざりければなを《振り仮名:うし|(物うし也》と思ひ《振り仮名:つゝなん|(程をへたる心也》有ける。《振り仮名:又の年|(あくるとし也》のむ月に 梅の花ざかりに。こぞをこひていきて。たちて《振り仮名:み。ゐてみ見れど。こぞに|(みはてにて也見るにはあらずたゝたちつゐつ也みれどもみ分かつ心也》 にるべくもあらず。うち《振り仮名:なきて|(かなしみて也》あばらなるいたじきに。月のかたふくまでに をりて。こぞをおもひ出てよめる 【左丁】 《割書:古今》月やあらぬ春やむかしの春ならぬわふが身ひとつはもとの身にして と よみ(ン)て夜のほの〴〵と明るに。なく〳〵かへりにけり (五) 昔。男有けり。《振り仮名:東の五条わたり|ヒンカシ二条后の御所也》にいと忍びていきけり。《振り仮名:みそかなる|(ひそかにしのふてなれば也》 所なればかどよりもえいらで。わらはべのふみあけたる。つい ひ(ン)ちのくづれより かよひけり。《振り仮名:人しげくもあら|(人のみるめしけくもあらねと也》ねど。たびかさなりけレ場。《振り仮名:あるじ|(染殿后也》聞つけて。 其かよひぢに。夜ごとに人をすへて。まもらせければ。いけどもえあはでか へりけり。さてよめる 《割書:古今》《振り仮名:人しれぬ我かよひぢ|(わかため斗にすへたるせきなれは人のしらぬせき也》のせきもりはよひ〳〵ごとにうちもねなゝん とよめりければ。《振り仮名:いといたう心やみけり。|(染殿后なりひらをあはれかりていたはらせ給ふ也》あるじ((染殿后也)ゆるしてがり。二条の 后に忍びて参りけるを。よのきこえありければ。せうと((あに御たち也)たちの まもらせ給ひけるとぞ (六) むかし。おとこ有けり。女の《振り仮名:えうまじかりける|(えがたき也二条后たゝ人にてまします也》を。年をへて 《振り仮名:よばひ|いひかよふ也》わたりけるを。《振り仮名:からうじて|(心をつくしてなり》ぬすみ出て。いとくらきに きけり((行けり也)。 【右丁】 《振り仮名:あくた川|(禁中のあくた川》といふかはを《振り仮名:ゐていきけ|(将と書ひきあてつれて行也》れば。草のうへにをきたりけるつゆを。かれ は何ぞとなん男にとひける。行さき《振り仮名:おほく。|(とをく》夜もふけにければ。《振り仮名:鬼有所|をつてのかゝるをか》 《振り仮名:とも|示してなり》しらで。《振り仮名:神さへ|(かみなり也》いと《振り仮名:いみじ|(こと〳〵しく也》うなり。あめも《振り仮名:いたうふ|(はなはたしく也》りければ。 《振り仮名:あばら|(人なき家也》なる 《振り仮名:くら|(座の字也》に。女をばおくにをし入て。《振り仮名:男弓やなぐ|(なりひらの用心也》ゐをおひて。とぐちにをり。はや 夜もあけなんと思ひ《振り仮名:つゝゐたり|(あかしかねたる也》けるに。《振り仮名:鬼はや一くち|(をつかけて女を取かへすをいへり》にくひてげり。あなや((女のさけひた) といひ(るをと也)けれど。神なるさはぎにえきかざりけり。やう〳〵夜もあけ行に見 れば。《振り仮名:ゐてこし女|(つれてきたる女也》もなし。あしずり((踏跎と書)をして なけども((かなしめとも)かひなし 《割書:新古今》しら玉かなにぞと人のとひし時露とこたへてきえなましものを これは((作者の詞也)二条の后の。いとこ((染殿后也)の女御の御もとに。つかうまつるやうにて。ゐ給へり けるを。かたちのいと《振り仮名:めでたくおはし|(うるはしくほめたる詞也》ければ。ぬすみておひて出たりけるを。御 せうと。(あに也)《振り仮名:ほり川のお|(昭宣公二条后の兄也》とヾ。《振り仮名:太郎くにつね|(昭宣公の兄也》の大なごん。まだ《振り仮名:げらう|(殿上人の時也》にて。内へ((参内也) まいり給ふに。いみじうなく人有を聞付て。とゝめて取かへし給ふてげり。それをかく 鬼とはいふなりけり。まだいとわかうて。后の(二条后)《振り仮名:たヾにおはしける|(いまだ御入内もなくて也》時となり 【左丁】 (七) むかし。おとこ有けり。京に有わびて。あづまにいきけるに。いせを はりのあはひのうみづらを行に。なみのいとしろくたつを見て 《割書:後撰》いとゞしく過行かたの恋しきにうらやましくもかへるなみかな と。なんよめりける (八) むかし。男有けり。京や。すみうかりけん。あづまのかたに行て。 すみ所もとむとて。友とする人。ひとりふたりして行けり。しな のゝくに。あさまのだけに。けふりのたつを見て 《割書:新古今》しなのなるあさまのだけに立けふり をち((遠近)こち人の見《振り仮名:やはとが|(やすめ字也》めぬ (九) 昔。おとこ有けり。其男。《振り仮名:身をえう|(述懐の心有て也》なきものに思ひなして。京には あらじ。あづまのかたに。すむべき国もとめにとて行けり。もとより友と する人。ひとりふたりしていきけり。道しれる人もなくて。まどひいきけり。 みかはの国。八はしといふ所にいたりぬ。そこを八はしといひけるは。水行川 のくもでなれば。橋を八わたせるによりてなん。八橋といひける。其さはのほ 【右丁】 とりの木のかげにをりゐて。かれいひくひけり。其沢にかきつばた。いとおも しろくさきたり。それを見てある人のいはく。かきつばたといふ五もじを。 句のか((おりくのてい也)みにすへて。たびの心をよめといひければよめる 《割書:古今》か(カ)から衣き(キ)つゝなれにしつ(ツ)ましあればは(ハ)る〳〵きぬるた(タ)びをしぞ思ふ とよめりければ。みな人かれいひのうへに。なみだおとしてほとびにけり。 ゆき〳〵てするがの国にいたりぬ。うつの山にいたりて。わがいらんとする 道は。いと くらうほ(爰山のしげりて之)そきに。つたかえではしげり。物心ぼそく。すゞろ((心ならす也)なるめを 見ることゝ思ふに。すきや((修行者也)うじうやあひたり。かゝる道((修行者の付也)は。いか。でかいますると((そらへおはしましたるそ也) いふを見れば 見し人((みしれる人也)なりけり。京に 其人の((たれともなし)御(ヲン)もとにとてふみかきて つく((ことつくる也) 《割書:新古今》するがなるうつの山べのうつゝにもゆめにも人にあはぬなりけり ふじの山を見れば。さ月のつごもりに。雪いとしろうふれり 《割書:新古今》時しらぬ山はふじのねいつといつとてかかのこまだらにゆきのふるらん 其山を。こゝにたとたとへば。ひえの山を 廿ばか((二十ほと也)りかさねあげたらん程して。 【左丁】 なりは しほじ((先師未詳也)りのやうになん有けり。なをゆき〳〵て((伊豆さかみを過て)。むさしの国と。しもつ ふ(ウ) さ の国との中に。いとおほきなる川有。それをすみだ川といふ。其かはのほとり にむれゐて思ひやれば。かぎりなくとをくもきにけるかなと/わび(思ひわふか也)あへ るに。わたしもりはやふねにのれ。日もくれ/ぬと(をかぬ也)いふに。のりてわたらんと するに。みな人物わびしくて。京に/思ふ人な(ふりがな)きにしもあらず。さる折し 【右丁】 思ひける。此むこがねによ((なりひらの恐へききりやう也) ̄ンみておこせたりける。住所なん。いるまの郡。みよしのゝ里成ける   みよしのゝたのむのかりもひたふるに君が方にぞよるとなくなる むこがね((なりひら也  )【注】かへし   わがゝたによるとなくなるみよしのゝたのむかりをいつかわすれん と。なん。人の国に て(・)も。なを かゝる((好色のこと也)ことなん。やまざりける (十一) むかし。男。あづまへ行けるに。友達共に道よりいひおこせける 《割書:拾遺》   わするなよほどはくもゐになりぬともそら行月のめぐりあふまで (十二) 昔。男有けり。人のむすめをぬすみて。むさしのに ゐてゆ((つれて行也)く程に。 ぬす人なりければ。国のかみにからめられにけり。女をばくさむらの中に をきてにげにけり。みちく((道くる人也)る人。此野はぬす人 《振り仮名:あ ̄ン|(有なり》なりとて。火つけんとす。女わびて 《割書:古今》   《振り仮名:むさし野はけ|古今にはかすかのと入たり》ふはなやきそわかくさのつまもこもれり我もこもれり と。よみけるをきゝて。女をは とりてとも((女をぐしてかへる也)にゐていにけり (十三) 昔。むさしなる《振り仮名:男。|(なりひら也》京なる女のもとに。きこゆればはづかし。聞えねばくる 【左丁】 しとかきて。上がきに。武蔵鐙と書て。をこせて後。《振り仮名:音もせず成に|(なりひらをとつれせぬ也》ければ。京より女   むさしあぶみさすがにかけてたのむにはとはぬもつらしとふもうるさし とあるを見てなん。たえがたきこゝちしける   とへばいふとはねばうらむ((とへばうるさしといふとはねはつらしとうらむる也)むさしあぶみ《振り仮名:かゝる折にや人はしぬら|(かゝる折にはしぬるよりほかせんかたなしこと也》ん (十四) むかし。男。みちの国に。《振り仮名:すゞろに行|(心ならす也右にも後?す》いたりにけり。そこなる女。京の人は めづらかにやおぼえけん。《振り仮名:せちに思|(しんせつに思ふ也》へる心なんありける。さてかの女 《割書:万葉》   なか〳〵にこひにしなずはくわごにぞなるべかりける玉のをばかり うたさへぞ。ひなびたりけ((いやしくゐなかめきたる也)る。さすがにあはれとやおもひけん。いきて ねにけり。夜ふかく出にければ女   よもあけば きつ((狐也 )にはめなで くだ((家鶏也)かけのまだきになきて せなを((夫のこと也)やりつる と。いへるに。おとこ京へなんまかるとて   くりはらのあねはの松の人ならば都のつとにいざといはまし と。いへりければ。よろこぼひておもひ((男われを思ひけりといひて女のよろこびし也)けらしとぞいひをりける 【注 むこがね=婿の候補者。】 【右丁】 (十五) むかし。みちのくにゝて。なでうことなき((さしたることもなき人也)人の めに((つま也)かよひけるに。 あやしう((なりひらの思ふ心也 ) 《振り仮名:さやうにて有べき|(みだりがはしくあたなる女とはみへぬ也》女ともあらず見えければ   しのぶ山忍びてかよふみちもがな人の心のおくも見るべく 女かぎりなく めでたしと((あはれに思へる也)思へど。さるさがなきえびす((みだりなる女也となりひらに心を見られて也)心を見ては。いかゞはせん は(助字也) (十六) 昔。きの有つねといふ人ありけり。みよのみかどに((淳和 仁明 文徳の三代也)つかふまつりて。時に あひけれど。のちは世かはりときうつりにければ。よのつ((よに有人也)ねの人のごと(ことく也)もあらず。人((あり) がらは(つねが心さま也)心うつくしう。あてはか((よきこと也)なることをこのみて。こと人にもにず。まづしく へても((くらしても)。なを むかしよかりし((をとろへても心いやしからぬ也)時の心ながら。よのつねのこと((世わたるいとなみもしらす也)もしらず。年ごろ あひなれたる め((妻也)。やう〳〵 とこはなれ((夫とわかれて行也)て。つゐにあまになりて。あねのさき だちてなりたる所へゆくを。男((有つね也)まことに むつましきこと((ねんごろにもなかりし也)こそなかりけれ。今はと((いまさら也) ゆくを(といひて行也)。いとあはれと思ひけれど。まづしければするわざもなかりけり。思ひわびて。 ねんころにあひかたらひける 友達((なりひら也)のもとに。《振り仮名:かう〳〵今はとて|(有つねかなりひらへいひやる文の詞也》まかるを。なに ことも いさゝかなることも((すこしの物もえとらせすしてやるとの心也)えせで。つかはすことくかきて。おくに 【左丁】   手をおりてあひ見しことをかぞふればとをといひつゝ よつは((四十年か間也)へにけり かの 友だち((なりひら也)是を見て。いとあはれと思ひて。よるの物迄をくりてよめる   としだにもとをとてよつは(有つねか夫婦のなしみをなりひらとふらひてよめる也)へにけるをいくたび君をたのみきぬらん かくいひやりたりければ   これや(有つねか哥也)この あまのはご((なりひらの衣をほめていへり)ろも むべ((尤也)しこそ君が みけ((御衣也)しと奉りけれ よろこびにたえでまた   秋やくる露やまがふと思ふまであるは なみだふる((よろこひのなみた也)にぞ有ける (十七) としごろをとづれざりける 人(なりひら也)の。さくらのさかりに見に来りければ あるじ((あるしの女也) 《割書:古今》あだなりと名にこそたてれさくら花としにまれなる人も待けり                 《割書:なりひら女をあだ人といはれ又さくらもあたにちるもの也されと|まれにも人のをとづれくるはさくらはあだにあらずとなり》 かへし 《割書:古今》けふこずはあすは雪とぞふりなましきえずは有とも花とみましや (十八) むかし。《振り仮名:なま心有|(有このみの女也》女有けり。《振り仮名:おとこちかう有|(なりひらそのとなりにすみけるか》けり。女うたよむ 人なれば。《振り仮名:心見んとて|(なりひらの心を引みんとて也》。きくの 《振り仮名:花のうつろへる|(白き菊のあかくみたる也》をおりて。男のもとへやる 【右丁】   くれなゐににほふはいづらしらぎくのえだもとをゝにふるかともみゆ おとこ((なりひら也)しらずよみによみける((とりあはすかたの心しらぬかほによむ也)     《割書:たはむこと也菊もたはむと見ゆるになりひらは|いろなくこなたへたはまぬといへるなり》   くれなゐににほふがうへのしらぎくは《振り仮名:おりける人の袖かとも見ゆ  |(女にあてかへしてそなたのうつろひやすき心のやうみゆると也》 (十九) むかし。おとこ。《振り仮名:みやづかへしける女|(わかみやつかへせし染殿の女御のかたに也》のかたに。こだちなりける((召つかはるゝ女ばら也) 人を《振り仮名:あひしりた|(たかひに心かよはす也》りける。ほどもなく《振り仮名:かれにけり|(かれ〳〵になる也》。おなじ所なれば 女の《振り仮名:めには見ゆる|(つねにめにはあはれる也》ものから。《振り仮名:男はある物か|(なりひらはみぬかほ也》ともおもひたらず。女 《割書:古今》あまぐものよそにも人のなりゆくかさすがにめには見ゆる物から と。よめりければ。おとこかへし 《割書:古今》あまぐものよそにのみしてふることはわが入《振り仮名:山の風はやみなり     |《割書:(よそに心の有人にはちかつきかたしといふ|             うたの心なり》》 と。よめりけるは。《振り仮名:またお|(外の男也》とこある人となんいひける (二十) むかし。おとこやまとにある女を。《振り仮名:よばひ|しのひて也》あひにけり。扨ほど へて。《振り仮名:みやづかへする人なり|(なりひらきんちうにつかふる人なれば也》ければ。《振り仮名:かへ|(帰来也》りくる道に。やよひ《振り仮名:ばか|(比也 》りに 《振り仮名:かえでのも|(わかばの色これ也》みぢの。いとおもしろきをおりて。女のもとに道よりいひやる 【左丁】   君がためたをれるえだは春ながらかくこそ秋のもみぢしにけり とて。やりたりければ。返事は京にきつきてなん。もてきたりける   いつのまにうつろふ色のつきぬらん君が里には春なかるらし (二十一) むかし。男。女いと《振り仮名:かし|(かたく也》こく《振り仮名:思ひかは|(思ひあひて也》して《振り仮名:こと心|(ふた心也》なかりけり。《振り仮名:さるを|(しかるを也》 《振り仮名:いか成ことかあ|男にはおほくなきことなるへし》りけん。いさゝかなる事に付 ̄ケて。世の中をうしと思ひて。 出ていなんと思ひて。かゝるうたをなんよ ̄ンみて。物に書付 ̄ケける   いてゝいなば心かるしといひやせん世の有さまを人はしらねば と。よみをきて。出ていにけり。此女かく書をきたるを。《振り仮名:けしう|(あやしけに也》《振り仮名:心をくへき事も覚え|(何のかたみかとも心覚えぬこと也》 ぬを。何によりてか。《振り仮名:かゝらんと|(かくは有らんと也》いといたうなきて。いつかたにもとめゆかんと。 かどに出て。《振り仮名:とみかうみ見けれと|とかく見けれと也見は休字のてには也》。いづこをはかりとも覚えざりければ。かへり入て   思ふかひなき世なりけり年月をあだにちぎりて我やすまひし といひてながめをり   人はいさ思ひやすらん玉かづらおもかげにのみいとゞ見えつつ【「る」では】 【右丁】 此女いと久しく有て。《振り仮名:ねんじわびてに|(のちにかんにんしかねたる也》やありけん。いひをこせたる   今はとてわするゝくさのたねをだに人の心にまかせずもがな かへし   わすれぐさうふとだにきくものならば思ひけりとはしりもしなまし また〳〵ありしより《振り仮名:けにいひかはし|勝の字也むかしよりまさりて也》て。おとこ   忘るらんと思ふ心のうたがひにありしより《振り仮名:けに物ぞかな|(みのしすみてよむべし》しき かへし   なかぞらに立ゐるくものあともなく身のはかなくも成にけるかな とはいひけれど。《振り仮名:をのがよゝになりけれ|(りべつしてをのかよゝになりければ也》ば。うとくなりにけり (廿二) むかし。《振り仮名:はかなくて|(何のふしもなくて也》たえにける中。猶や忘れざりけん。女のもとより   うきながら人をばえしも忘れねばかつうらみつゝなをぞこひしき といへりければ。《振り仮名:さればよといひ|(されは其ことよといひて也》ておとこ   あひ見ては心ひとつをかはしまの水のながれてたえじとぞ思ふ 【左丁】 《振り仮名:とはいひけれど。|哥にはゆくすゑのやうにいひけれと也》其夜《振り仮名:いにけ|いきにけり也》り。いにしへゆくさきのことどもなどいひて   秋の夜のちよを一よになぞらへてやちよ《振り仮名:しね|(助字也》ばやあく時のあらん かへし   秋のよのちよを一よになせりともことばのこりて鳥やなきなん いにしへよりも。あはれにてなんかよひける (廿三) むかし。ゐなかわたらひしける人の子ども。井のもとに出てあそ びけるを。おとなになりにければ。《振り仮名:男も|(なりひら也》《振り仮名:女もはぢ|(有つねいもと也》かはして有ければ。男 は此女をこそえめと思ふ。女は此おとこをと思ひつゝ。《振り仮名:おやのあはすれ|(こと男にあはせんとすれ共也》 どもきかでなん有ける。扨《振り仮名:となり|(なりひら也》の男のもとより。かくなん   つゝゐづゝ【ママ】にゐづゝに《振り仮名:かけしま|(かげくらへし也》ろがたけ過にけらしないも見ざるまに かへし   くらべこしふりわけがみもかた過ぬ君ならずしてたれか《振り仮名:あぐへき    |《割書:(男女のかみをゆひそめ|(てふうふのやくそくとす》》 などいひ〳〵て。つゐに《振り仮名:ほい|(本意也》のごとくあひにけり。扨としごろふる程に。女 【右丁】 おやなくたよりなく成まゝに。もろ共にいふかひなくて《振り仮名:あらんやはとて|あらんやはとて有けるか又かうちの国た》 《振り仮名:かうちの国たかやすの|かやすに男行かよふ所いてきにける也》こほりにいきかよふ所出きにけりさりけれと 此もとの女。あしと思へるけしきもなくて。出しやりければ。男こと心有 て。かゝるにやあらんと。思ひうたがひて。せんざいの中(ナカ)にかくれゐて。 かうちへいぬるかほにて見れば。此女いとよう《振り仮名:けさうじて|身をつくろふて也》。うちながめて 《割書:古今》風ふけばおきつしらなみたつた山よはにや君がひとりこゆらん とよみけるを聞て。かぎりなくかなしと思ひて《振り仮名:かうちへもいかず|(なりひらかなしく思ひてなり》成に けり。まれ〳〵かのたかやすにきて見れば。はじめこそ心にくゝも 《振り仮名:つくりけれ|(かたちをつくる也》。今はうちとけて。手づから《振り仮名:いゐがひ|(めしもるかひ》とりて。けごのうつは物に もりけるを見て。《振り仮名:心うがりて|(男見かきる也》。いかず成にけり。さりければ《振り仮名:かの女|(高安の女》。大和の方を見やりて 《割書:新古今》君があたり見つゝをゝらんいこま山くもなかくしそ雨はふるとも といひて。見いだすに。《振り仮名:からうして|(やう〳〵として也  》。《振り仮名:やまと人|(なりひら也》こんといへり。よろこびてま つに。たび〳〵すぎぬれば 【左丁】   君こんといひし夜ごとに過ぬればたのまぬものゝこひつゝぞふる といひけれど。《振り仮名:おとこすまずな|(なりひら高やすへゆかぬ也》りにけり (廿四) 昔。男。かたゐなかにすみけり。男みやづかへしにとて。わかれおし みて行にけるまゝに。みとせこざりければ。待わびたりけるに。《振り仮名:いと念|(又外の男也》 比にいひける人に。こよひあはんとちぎりたりけるに。《振り仮名:此おとこ|(なりひら也》きたり けり。此戸あけ給へとたゝきけれど。あけで哥をなんよみて。出したりける   あら玉のとしのみとせをまちわびてたゞこよひこそにゐ枕すれ と。いひ出したりければ   あづさゆみまゆみつきゆみとしをへて我せし《振り仮名:かごと|(如ク云也》《振り仮名:うるは|(忠の字也》しみせよ と。いひて。いなんとしければ女   あづさゆみひけどひかねどむかしより心は君によりにしものを といひけれど。男かへりにけり。女いとかなしくて。《振り仮名:しりに|(うしろにたて也》立てをひゆけど。 えをひつかで。しみつの有所にふしにけり。そこ成ける岩に。《振り仮名:をよひ|(小ゆび也》のちして書付ける 【右丁】   あひ思はでかれぬる人をとゞめかね我身は今ぞきえはてぬめる と。かきて。そこに《振り仮名:いたづら|(むなしくなる也》になりにけり (廿五) 昔。男有けり。あはじともいはざりける女の。さすが成けるがもとに。いひやりける 《割書:古今》秋のゝにさゝわけしあさの袖よりもあはでぬるよぞひちまさりける いろごのみなる女かへし 《割書:古今》見るめなきわが身を《振り仮名:うらと|(うらめし也》しらねばや《振り仮名:かれなで|(かれ〳〵ならで也》あまのあしたゆくくる (廿六) 昔。男。五条わたり成ける《振り仮名:女を|二条后也》《振り仮名:えゝす成に|(わかものとせさる也》けることゝ。《振り仮名:詫たりける人の返事に|(とふらひける人と也是染殿の后との説有》 《割書:新古今》《振り仮名:おもほえず袖にみなとのさはぐかなもろこしぶね|思ひかけもなくわひとふらひ給ふうれしなる事にから舟のみなとによるほとそてにさはくといへる也》のよりしばかりに (廿七) むかし。男。女のもとに一夜いきて又もいかず成にければ。女の手 あらう所に。《振り仮名:ぬきすを |(たらゐの上に置すたれ也》うち《振り仮名:やりて。|うちのけたる也》たらひのかげに《振り仮名:見えけるを。|(女のかけの見えける也》みづから   わればかり物思ふ人は又もあらじと思へば水の下にも有けり と。よむを。こざりける《振り仮名:おとこ|(なりひら也》たちきゝて   みなくちに我や見ゆらんかはづさへ水の下にてもろこゑになく 【左丁】 (廿八) むかし色このみなりける女。出ていにければ   などてかく《振り仮名:あふご|(枴【朸】也》《振り仮名:かたみに|(水くむかこ也》成ぬらん水もらさじとむすびしものを (廿九) 昔。《振り仮名:春宮|(陽成院也》の《振り仮名:女御 |二条の后也》の御 ̄ン かたの。《振り仮名:花の賀に         |四十より十年めことのいはひ也春を花の賀秋をもみちの賀》《振り仮名:召あづけられたりけるに|(なりひらを召れて御賀のことにあつかりし也》   花にあかぬなげきはいつもせしかどもけふのこよひににる時はなし (三十) むかし。おとこ。《振り仮名:はづかなりける|( わつかにあひかたらふ女也》女のもとに   あふことは《振り仮名:玉のを|(しはしのこと》ばかりおもほえでつらき心のながく見ゆらん (三十一) むかし。宮の内にて。あるごだちのつぼねのまへを《振り仮名:わたりけるに。|(なりひらの過行れし也》 何のあだにか思ひけん。よしやくさばよ。ならんさが見んといふ。男   つみもなき人を《振り仮名:うけへば|(のろふこと也》わすれぐさをのがうえにぞおふといふなる 《振り仮名:と。いふを。ねたむをんなもありけり|(かくいひかはすをなをゆへや有らんとてかたはらにねたむ女も有しと也》 (丗二) むかし。ものいひける女に。としごろありて 《割書:古今》いにしへのしづのをだまきくりかへしむかしを今になすよしもがな と。いへりけれど《振り仮名:なにともおもはずや|(女は何共思はすや有けんと也》ありけん 【注】「拐」には「かどわかす。たぶらかす。」の意もあり。 【右丁】 (丗三) むかし。おとこ。津の国むばらのこほりにかよひける。女此たひ 《振り仮名:いきては又は|(なりひら此たひ都へいきては也》こじと《振り仮名:思へる|(女か思ふ也》けしきなれば。おとこ 《割書:万葉》あしべよりみちくるしほのいやましに君に心をおもひますかな かへし   こもり江に思ふ心をいかでかはふねさすさほのさしてしるべき 《振り仮名:ゐなか ̄ウ人のことにて|ゐなか人のうたには子細なくよみしと評していふ也》は。よしやあしや (丗四) むかし。おとこ。つれなかりける人のもとに   いへばえにいはねばむねにさはがれて心ひとつになげくころかな 《振り仮名:おもなくて|(つれなくて也》いへるなるべし (丗五) むかし。《振り仮名:心にも|(思ひの外也》あらでたえたる人のもとに   玉のをゝあはをによりてむすべればたえてのゝちもあはんとそ思ふ (丗六) 昔。わすれぬるな ̄ンめりと《振り仮名:とひごとし|(うたかひてとふ也》ける女のもとに 《割書:万葉》たにせばみみねまではへる玉かづらたえんと人にわがおもはなくに 【左丁】 (丗七) むかし。おとこ。色ごのみ成ける女にあへりけり。《振り仮名:うしろめたく|(心もとなき義也》や思ひけん   我ならでしたひもとくなあさがほのゆふかげまたぬ花にはありとも かへし   ふたりしてむすびし紐をひとりしてあひ見るまではとかじとぞ思ふ (丗八) 昔きの有つね《振り仮名:がりいきたる|(有つねかもと也》にありきてをそくきにけるに。よみてやりける   君により思ひならひぬ世の中の人はこれをやこひといふらん かへし   ならはねば世の人ごとになにをかもこひとはいふととひしわれしも (丗九) 昔。《振り仮名:西院|《割書:(淳和帝|サイヰ》》のみかどゝ申みかどおはしましけり。其みかどのみこ《振り仮名:たかい|(崇子内親王也》 こと申す《振り仮名:いまそかり|(おはします也在の字也》ける。其《振り仮名:みこうせ給ひ|承和十五年五月十五日薨》て。御は《振り仮名:ふ|ウム》りの夜。其 《振り仮名:宮のと|(たかいこの宮也》なり成ける《振り仮名:男御|(なりひら也》はふり見んとて。女 車(〃 )にあひのりて出たり けり。《振り仮名:久しうゐて出奉らず。|なこりをおしみて御棺を久しく出しかね奉る也》うち《振り仮名:なきてやみぬべかり|(あはれをかけてかへらんとせし也》ける間に。《振り仮名:あめの|(あめの下に》 《振り仮名:したの|かくれなき也》色ごのみ。源のいたるといふ人。是も《振り仮名:物見るに|(はうふりをみる也》。《振り仮名:此車を女車|(なりひらのくるまを也》と見て。より 【右丁】 きてとかく《振り仮名:なまめく|(けた[さヵ]うする也》間に。かのいたる。ほたるを取て。《振り仮名:女の車に入たり|(女のかほをやみんとて也》けるを。 車成ける《振り仮名:人|(女也》。此《振り仮名:蛍|ほたる》の火にや見ゆらん。ともしけちなんずるとて。のれる《振り仮名:男のよ|(なりひら也》める   出ていなばかぎり成べきともしけちとしへぬるかとなくこゑをきけ かのいたる。かへし   いとあはれなくぞ聞ゆるともしけちきゆる物とも我はしらずな 《振り仮名:あめの下の色好の哥にて|(やことなきうれひの所にて大きなる色このみのわさと也》は《振り仮名:猶そ有ける|(ほめあけたる也》。《振り仮名:いたるはしたがふがおほぢ也    |此詞不尤源のしたがふははるかに後の人也こゝにかけること道理明らかならず》《振り仮名:みこのほいなし|(みこのためにはほいなき哥也》 (四十)昔。《振り仮名:わかき|(なりひら也》男。《振り仮名:げしうは|(いやしからぬ也》あらぬ女を思ひけり。さがしらするおや有て。 《振り仮名:思ひもぞつくとて|(女のなりひらに思ひやつかんとて也》。此女をほかへをひやらんとす。さこそいへまだをひやらず。 《振り仮名:人の子なれ|(なりひらをいふ也》ば。まだ心いきほひなかりければ。とゝむるいきほひなし女も《振り仮名:いや |(わかきを云》 しければ。《振り仮名:すまふちからなし|おひやりをいなともうらみぬ也》。さる間に。《振り仮名:思ひはいや|(なりひらの思ひ也》まさりにまさる。俄に此女《振り仮名:をゝひ|(をひ出す也》 うつ。《振り仮名:男ちのなみ|(せつになけくてい也》だをながせども。とゞむるよしなし。《振り仮名:ゐて出ていぬ|(女を親かひきゐて出す也》。《振り仮名:男なく|(なりひら也》〳〵よめる   出ていなばたれかわかれのかたからん有しにまさるけふはかなしも と。よみて(ン)《振り仮名:たえ入にけり。|なりひらたへ入しゝたる也》《振り仮名:おやあ|(女のおや也》はてにけり。なを思ひてこそいひしが。《振り仮名:いと |たへ入給ふ》 【左丁】 《振り仮名:かくしもあらじと思|迄はあらしと思ひしにとめいわくする也》ふにしんじちにたえ入にければ。まどひて願たて けり。けふの入相ばかりにたえ入て。又の日のいぬの時ばかりになん。《振り仮名:からう |(しんらうして也》 じていき出たりける。昔の《振り仮名:わか人|(なりひら也》は。《振り仮名:さるすけるもの思ひ|さやうに好色ふかき思ひをせしと也》をなんしける。 《振り仮名:今のおきな。まさにしなんや           |(昔はわかくてもかくたへ入するほと好色ふかし今時の人は年いたりて好色すともしぬるほとには思はしと也》 (四十一)むかし。女《振り仮名:はらからふ|(兄弟也共にも住す》たり有けり。ひとりはいやしき男のまつしき。一人は あて成男もたりけり。いやしき男《振り仮名:もた|女の事也》る。しはすの晦日に。うへのきぬをあらひて 手づからはりけり。心ざしは《振り仮名:いたしけ|(心になれと也》れど。さるいやしきわざもならは ざりければ。うへのきぬの《振り仮名:かた|(肩を也》を。はり《振り仮名:やりてげ|(やふりてけり也》り。せんかたもなく て。たゞなきになきけり。是をかのあてなる《振り仮名:おとこ|(なりひら也》聞て。いと心 ぐるしかりければ。いと《振り仮名:きよらなる|(清の字也あたらしき也》《振り仮名:ろうさうのうへ|(緑衫と書六位の袍みどり色也》のきぬを。見出てやるとて 《割書:古今》《振り仮名:むらさきの色こき時はめもはるに野なる|(紫を女にたとへ其ゆかりなれはともに哀れと思ふことわかつまにかゝりてわかちなきと也》草木ぞわかれざりける 《振り仮名:むさし野のこゝろなへし        |(古今に紫のもとゆへにむさしのゝといへる此うたを本哥にして読ると云作者の詞也》 (四十二) 昔。男。色ごのみと《振り仮名:しる〳〵|(しりなから也》。女を《振り仮名:あひいへり|(あひかたらひよる也》ける。されど《振り仮名:にくゝはた|(にくゝはまた思はぬ也》あらざり 【右丁】 けり。《振り仮名:しは〳〵いき|とたへもなしさい〳〵ゆきけれど也》けれど《振り仮名:猶いとうしろめだくさりとて|なをさらに女の心たのもしけもなくてうたかはしくは思へと也》《振り仮名:いかではたえ|(ゆかてもまたゑあらさる也》有まじ かりけり。《振り仮名:猶はたえあらざりける中|(われといさめてゆかしと思ふて心ひかれてすてかたき也》なりければ。二日《振り仮名:三|ミ》日斗さはること有て。えいかで                                           かくなん 《割書:新古今》出てこしあとだにいまだかはらじをたがかよひぢと今はなるらん ものうたがはしさによめるなりけり (四十三)昔。《振り仮名:かやのみこと|桓武帝第七皇子》申みこ。おはしましけり。其みこ《振り仮名:女をおほしめして|(恋にはあらすたゝあはれみ給ふ也》 いと《振り仮名:かしこく|(かたしけなく也》めぐみつかふ給ひけるを。《振り仮名:人なまめきて|(なりひら思ひかくる也》有けるを。我のみと おもひけるを。《振り仮名:又人きゝ付てふみ|(またかよふ人有ことなりひら聞付て也》やる。ほとゝきすの《振り仮名:かたをかきて|(ゑにかきたるにや》   ほとゝぎすながなくさとのあまたあればなをうとまれぬ思ふ物から といへりこの女《振り仮名:かなしきを|(きけんをとりて也》とりて   名のみたつしでのたをさはけさそ鳴いほりあまたとうとまれぬれ 時はさ月になんありける。おとこかへし   いほりおほきしでのたをさはなを頼む我《振り仮名:住里にこゑしたえ|(われさへすてすはなをたのむと也》ずは (四十四) 昔。《振り仮名:あがた|田舎也》へ《振り仮名:行人|(有つね也》に。《振り仮名:馬のはな|(かどでのいはひ也》むけせんとて。よびて。うとき人にしあらざり 【左丁】 ければ。《振り仮名:いへどうじ|(わかつま也》盃させて。女の《振り仮名:さうそくかづけんとす。|(裳から衣なるべし》《振り仮名:かづけんと|(やらんとする也》す。あるじの男。《振り仮名:哥読て。|(うたよむ也》もの こし(腰也)にゆひ      付さす   出て行君がためにとぬぎつれば我さへ《振り仮名:もなく成ぬべき哉|《割書:(裳を喪(モ)によめり喪はわざはひひのこゝろ也|わざはひなきといふ心なり》》 此哥は有が中におもしろければ心《振り仮名:とゞめてよます。|なりひらよみて女によまする也》《振り仮名:はらにあぢはひて|ふかくあちはひきんみしてよみしと也》 (四十五) 昔。男。有けり。人のむすめの《振り仮名:かしづく。|(親のいつきかしづく也》《振り仮名:いかで此|(いかゝして也》男に物いはんと思ひけり。《振り仮名:打出|(詞にいひ出》 《振り仮名:んこと|(んと也》かたくや有けん物やみに成て。しぬべき時に。かくこそ思ひしかといひけるを。 おや聞付て《振り仮名:なく〳〵つげ|(なりひらにつけしらする也》たりければ。《振り仮名:まとひ来り|(なりひらいそぎ来れる也》けれど。《振り仮名:しに|(女か》ければ。 《振り仮名:つれ〴〵とこもり|(病故に死たる女なれはいみにこもりゐる也》をりけり。時は《振り仮名:みな|(六月也》月の晦日いとあつきころほひに。 よひはあそひおりて。夜ふけてやゝすゞしき風吹けり。蛍たかうとびあがる。此 《振り仮名:おとこ|(なりひら也》見ふせりて 《割書:後撰》ゆく蛍雲のうへまでいぬべくは秋風ふくとかりにつけこせ   くれがたき夏の日ぐらしながむればそのことゝなく物ぞかなしき (四十六) 昔。男。いとうるはしき友有けり。かた時さらずあひ思ひけるを。人の 国へいきけるを。いと《振り仮名:あはれ|(かなしく也》と思ひてわかれにけり。《振り仮名:月日|(ゐなかより》へてをこせたる 【右丁】 ふみに。あさましくえたいめんせで。月日のへにけること。わすれやし 給ひにけんと。いたく思ひわびてなんはんべる。世の中の人の心は。め((はな) 《振り仮名:がるれ|れゐること也》ばわすれぬべきものにこそあ ̄ン めれといへりければ。よ ̄ン みでやる   めがるともおもほえなくにわするゝ時しなければおもかげにたつ (四十七) むかし。おとこ。ねんごろに《振り仮名:いかでど思ふ|(ゆきてあはんと思ふ也》女ありけり。されど此おとこを。 あだなりときゝて。つれなきのみまさりつゝいへる 《割書:古今》大ぬさのひくてあまたに成ぬれば思へどえこそたのまざりけれ 返しおとこ 《割書:古今》大ぬさと名にこそたてれながれてもつゐによるせは有てふものを (四十八) 昔。男。有けり。《振り仮名:馬の|(右に注す》【注】はなむけせんとて。人を待けるに。こざりければ 《割書:古今》今ぞしるくるしきものと人またんさとをばかれずとふべかりける                       伊勢物語上終 【注 前コマ四十四段の所で、「馬のはなむけ」の注を記載している事をさす。】 【裏表紙】