【表紙 右下に図書整理票】 JAPONAIS 637 2 【中央に題箋破損】 ■■俳優三階興■■ 【図書館スタンプ】 Bibliothèque nationale de France R,F, 【鉛筆で番号】 7167 2∖2 戯(がく)  房(や) 稽(けい)  古(こ) 仕(し)  組(くみの)   圖(づ) 浪花新町(なにはしんまち)   揚(あげ)    屋(やの)     圖(づ) 仝(おなじく)  樓(にかい)   席(ざしき) 俳優三階興附録巻下    第三回    東都市隠 式亭三馬著 斯(かく)て薹州(だいしう)の都(みやこ)を立(たつ)てより。凢(およそ)二日 路(ぢ)を經(へ)て又一《割書:ツ|》の島(しま)に至(いた)る。号(なづけ)て樂(がく) 州(しう)といへる由(よし)。そのありさまを見るに。蠻夷(ばんゐ)の夜国(やこく)に等(ひと)しく。甚(はなはだ) 濕地(しつち)なり。一面(いちめん)に暗夜(あんや)の如(ごと)く。数丈(すじやう)の岩崫(がんくつ)。日月(じつげつ)を覆(おほ)ひ陰(かく)し。 昼夜(ちうや)の分(わか)ちなく。燈火(ともしび)を以(もつ)て用(やう)を辨(べん)じ。拍子木(ひやうしぎ)を擎(うつ)【撃】て互(たがひ) に相圖(あいづ)を知(し)る。街道(かいだう)の入口(いりくち)に。見附柱(みつけばしら)といふ見附(みつけ)をくゞりて。道(みち) の程(ほど)二三 里(り)も行けば。宿(しゆく)に入(い)る。此(この)處(ところ)よりいなり町。はやし町の 町並(まちなみ)。楽屋の関(せき)まで家續(いへつづき)なり。常(つね)に音楽(おんがく)を翫(もてあそ)び。はなやか なる天人(てんにん)あまくだりて。かしこ爰(こゝ)に戯(たはむ)れ遊(あそ)び。六藝(りくげい)はいふも更(さら) 遊藝(ゆうげい)諸道にすぐれたり。ふりつけの森(もり)には。神(かみ)さびたる頭(とう) 取(どり)の祠(ほこら)。宮柱(みやはしら)ふとしく立(たち)し松(まつ)の木(き)の。数多(あまた)生茂(おひしげ)りたる透間(すきま) にして。石燈篭(いしどうらう)の表向(おもてむき)斗りにて後(うしろ)へ廻(まは)り見れば。こと〴〵く燈臺(とうだい) をうちつけたるにてその状(かたち)【燭台の図】縮圖(しゆくづ)のごとし 其処の名所古跡あまたを順覧して中二海(ちうにかい)の海原(うなはら)を眺望(てうもう) するに幽(かすか)に三階嶌みゆれども國人ばかり渡海(とかい)して他邦(たほう)の 者はゆきゝする事夫をいましめたり尤 解(たま)【邂ヵ】逅(さか)に見る者あれど も國風(こくふう)を深(ふか)く秘(ひ)するゆへ爰(こゝ)に詳(つまひらか)にせず又樂州に草(さう) 菴(あん)をむすぶ一人の翁(おきな)あり元来浪花の産(さん)にて淨瑠 璃哥舞妓の道をこのみて續《割書:キ》狂言をつくり出せし 近松門左衛門といひし者なりとかや〽︎それ辞世たる ほど扨もその後にちりし桜か花しにほはゞと一首の 辞世(ぢせい)をのこして此島にわたりけるが國人善悪のわかち もしらず五常の道おろそかなりければ翁さま〴〵と 狂言 綺語(きぎよ)をもつて導びき今やうやく人倫をわきまへ 士農工商それ〳〵に役割も極りしは此翁のめくみ なりとて近松大王と尊みけりされども天王建(てんわうだて)のきら びやかなるは氣つまりなりとてすこしの菴をかまへてこ【心ヵ】を やしなひ暮しけるさるほどに彼大㔟の若者ともは市川 三舛をともなひ来り近松大王の別業(べつげう)なるしおり戸の もとに卑(かき)おろして斯と通じければ中より一人の若黨 菖蒲皮(せうぶかは)の羽をりを着たるが立出て大王の前に両手をつかへ 〽︎申上げます只今 南膽部州(なんせんぶしう)大日本花の吾妻にかくれなき六 代目市川三舛さまお出で△(こざ)《割書:り》升といへは近枩翁うなつき〽︎《割書:ナニ》 三舛どのゝお出とや某は衣服(いふく)を改《割書:メ》對面いたさん皆の者共 《割書:ソレ》お出むかひ申せ〽︎いさゐかしこまりまして△《割書:ル》わが君にはまづ 入らせられませふ《割書:トン〳〵》と下座のめりやすにて奥へ入《割書:ル》と門 番大声をはり上〽︎三舛公のお入《割書:リ■》〳〵と二《割書:タ》こゑひゞけば 傜になりてしづ〳〵とうちとをる三舛もすつぱり芝居の 趣と見てとり長上み下の衣装付にて初對面のせり ふも濟〽︎上使なれば上坐は御免と上使でもなひらせふ上座 にすはれば一《割書:ト》間の内より紙子仕立の袖なし羽織にて近松 門左衛門立出 賔主(ひんしゆ)の一《割書:チ》礼おはりて四方(よも)山の咄しの席(ついで)に哥 舞妓國のいはれといゝ又翁の此処にましますはいかなる子細 に候やと三舛に問かけられてはづかしや抑(そも〳〵)翁が昔(むかし)を語(かた)るも今 さらにと扇を開ひて淨瑠璃の所作風(しよさぶり)になり元(もと)某はやご となき月卿(げつけい)の家(いへ)につかへしものゝふにて本性(ほんせい)は杉森氏 とてその名もしられし身なりしが故(ゆへ)あつて録(ろく)【禄】を辭(じ)し 世をのがれたるたのしみには平安堂(へいあんどう)菓林子(くはりんし)とて元禄の はじめの頃京都みやこ万太夫が芝居の狂言作者となり その後(のち)浪花(なには)に名も髙き竹本筑後が座に至り近 松門左エ門と名も改《割書:メ》哥舞妓をやめて淨瑠璃の戯 作をすること百余番 就中(なかんづく)國戦(こくせん)爺と振袖(ふりそで)の始(はじまり)は各々 も音にきくらん難行苦行苔の衣をまとひたる仙人 あるとき近松が枕のもとに彳(たゝず)み給ひ止なん〳〵の御声(みこへ)の 下《割書:タ》汝《割書:チ》博学碩才(はくがくせきさい)にしてあまたの戯文(ぎぶん)をあらはすこと 智惠(ちゑ)第一の文珠(もんじゆ)先生此事早くも支離(しり)の菩薩の命を うけ是迄わざ〳〵あらはれたり以来 仙都(せんと)に伴(ともな)ひて作者 の仙(ひじり)となすべきぞゆめ〳〵うたがふことなかれ来《割書:レ》や来れと 外記(げき)ぶしにて《割書:アヽウ》ふしぎや空中(くうちう)より黒雲(くろも)一《割書:ト》むらまひ 下(さが)るは吉事なるか凶事(きよじ)なるかなんにもせよ不審(いぶかし)ながら と諸(もろ)ともに家をもわすれて立出しは享保九年のこと なりしその時七十有余歳今もかわらぬ此老人 落㿟(らくはく)【魄】 然(ぜん)たる嶋(しま)の内かの俊寛(しゆんくはん)もかくやらん見わたせば草(くさ)も木(き) も日本の地とことかはり昔(むかし)日本(にほん)紀の混純(こんとん)【沌】未分(みぶん)又 唐土(もろこし) 【げき‐ぶし「外記節」古浄瑠璃の一派。慶安「1648〜1652」〜明暦「1655〜1658」頃、薩摩外記が京都から江戸に下って語り広めた。荒事風の豪快な語り口で正徳「1711〜1716」頃まで流行。外記。くだりさつま。】 の上古(しやうこ)に似て。三皇(さんくわう)ならぬ三构欄(さんかうらん)。いまだわからぬ其内は。威勢(いせ)を 爭(あらそ)ひ赫(かく)〻(〳〵)たり。されども翁が方便(てだて)にて。万民大平を諷(うた)ひ。和氣(わき) 整(とゝの)ふとはいゝながら。こゝに又 三種(みぐさ)の宝と称ずるあり。第一に金(こがね)の 銀杏(いてう)。第二《割書:ニ》銀(しろかね)の橘。第三に玉の酢醤艸(かたばみ)なり。此三種のたから物を 一《割書:ツ》に守護せばあしかりならんと。三《割書:ツ》の國にわかちあたへ。惣名を 哥舞妓といゝ。猿市森(ゑんししん)の三國を。三大将に預《割書:ケ》置。平㘬【均】の世と なりつれども。翁が家をつぐ者なし。さるに依て。お■【て・ことヵ】をたのみ。 わが仙術を傳授して。長生(てうせい)不老(ふらう)萬(ばん)〻(〳〵)歳(ぜい)。猶いつまでも いきなりに。つきせぬ御代こそめでたけれと。淨るり本の大切《割書:リ》 文句に。栄(さか)へん事をねがふぞや。《割書:コレ》ひとへにたのむは三舛公と。三 の切の物語を少し切《割書:リ》抜く長咄しに。三舛ももだしがたく 段〻の子細といゝ。引くにひかれぬ江戸《割書:ツ》子 質氣(かたぎ)。早束(さつそく)詞 にしたがひければ。是より二代目。近松大王はじまりさやうと 【もだ・す「黙す・黙止す」 もだ・す「黙す・黙止す」もだ・す」「自他サ変」「四段にも活用」①だまっている。万葉集16「恥を忍び恥を―・して事もなく」。徒然草「世の人あひあふ時しばらくも―・することなし。必ずことばあり」②(多く「―・しがたい」の形で)ほうって置く。そのままにして構わないで置く。】 觸流(ふれなが)すに。一國いなむものもなく。皆一同に能(よ)ふございませう  と答(こたへ)つゝ。貢(みつぎ)のかず〴〵積(つみ)かさね。千秋楽をぞ奏(そう)しける。      第四囘 扨(さて)も市川三舛は。二代目 近松大王(きんせうだいわう)となりけれとも。いま だ臺州(だいしう)一國の風俗(ふうぞく)をとくとしらざれば。今より臺州へお もむき。一覧(いちらん)すべしとて。例(れい)の替紋(かへもん)の鶴(つる)にのつて翁と諸(もろ) とも。そこ爰を見めぐるに。凢人物は勿論。鳥獣(ちやうぢう)草木(さうもく)に いたる迄。上代のすがたのこりて。正直なる様子也。善人は至《割書:る》 善にて。悪人は至て悪也。智惠(ちゑ)のある者は大智にて。愚(ぐ) 者(しや)は一向なるべらぼう也。女はうつくしき程。 貞列(ていれつ)なれども。 醜女(みにくき)はきはめて奸侫(かんねい)にて老女又 邪悪(じやあく)なり賢愚(けんぐ)強弱(かうしやく)は。顔 色にあらはれ。面(おもて)白(しろ)きは。かならず性 善(せん)の色男にて。色 ごとなども。骨おらずして出来やすく。青く立縞(たてじま)の筋(すぢ) あるか。又は赤きいろなるは。大悪無道にして。尤 色情(しきぜう)深(ふか)く。 恋暮(れんほ)れゝつは。親の前をもはばからず。もし婦人承知せ されば。直に悪念を發(はつ)して。宝ものをすりかへ。その女のいひか はしたる男《割書:ト》共に。勘當さするなど。度〻あり。その内にも。赤 く竪縞なるは大勇士にて。眼下(まぶち)少しく赤きは是に次(つぐ)。一《割書:ツ》 躰色事は。みめよき女の。かあいらしき口より。あつかましく も男の方へ。もちかくる事。此國のお定にて。さのみ見 にくゝもなしとかや。金のある大盡(だいじん)は。いつでもぶ男にて。美男(びなん) はなはだひつてん也。やゝともすれば打擲(てうちやく)に出逢(であふ)。悪手代 は後家と馴合(なれあ)ふて。息子の越度(おちど)を願(ねが)ひ。実家老(じつからう)金の 工面に氣を揉(もん)で借用(しやくやう)の金子(きんす)百両は。却る貨金(にせがね)の無(む) 失(しつ)をいひかけられ。女房の身代金(みのしろきん)は。若殿の揚代にたらず。 姫君の身がはりには。老臣(らうしん)みつから娘の髪を結ひ。忰が 【一ツ躰 (いったい)①(多く「に」を伴って)おしなべて。総じて。「―に平年並だ」②(疑問の意を強く表す語)本当に。「―どうした」③もともと。浮世風呂4「わしは―豆腐が大すきぢや」】 【ひってん(江戸時代の流行語)無一物むいちもつ。金銭のないこと。貧乏。略して、「てん」とも。歌舞伎、お染久松色読販「―酒屋に気の利いた物はねへ】 腹切を。母親に申付るなどは。薮(やぶ)から棒(ぼう)の古哥(こか)を引(ひい)て。必(かならず)謎(なぞ) の文(もん)句あり。其心を解(と)く事。下郎(げらう)といへども妙也。大畧(たいりやく)は 桜か朝㒵(あさかほ)杜若(かきつばた)に限(かぎ)るべし。貨物(にせもの)の勅使(ちよくし)上使(せうし)は。奥の一《割書:ト》 間を出て。化をあらはし。揚屋(あげや)が催促(さいそく)は。髙位(かうい)の前をもは ばからずして。遊里(ゆうり)の二階へ帯刀(たいとう)をゆるす。或は月卿雲(げつけいうん) 閣(かく)の列座(れつざ)へ。罾駕(よつでかご)を舁(かき)込(こみ)。荷附馬(につけうま)を追(をひ)入るゝ。其馬の 足は。紺(こん)の足 袋(び)を履(はい)て。ついに駻(はね)たることを見ず。上使たる者は。 一人(ひとり)悪人にして。一人(ひとり)善なり。関所の役人も又 然(しか)り。政務(せいむ)を 執行(とりおこなふ)武士(ものゝふ)は。木馬(きうま)ぶり〳〵やがら責の。名のみにて。幼(おさな)きを も水責雪責にするあれば。極悪の盗賊を責るに。刀の 鐺(こじり)を以て。白状ひろげと云ふあり。頼(たの)まれた奴(やつ)は直に白状 すれども。心から巧(たくみ)たるは鉄(くろかね)の鎖(くさり)を引《割書:キ》切て。仁愛の下紐(さげを)に縛(ばく) せらるゝ事間〻多し。常に黒装束にて。がんどう燈灯を 持《割書:チ》。堂塔。又は宝藏(ほうぞう)塗塀(ぬりべい)を切破(きりやぶつ)て。だんびらを口にくわへ。まんまと 首尾よくと大音を上て。己(おのれ)が口に手を當れば。同類もまた お旦那と大声を發し。互いに《割書:シイ》と云へば。ほうびの金に あたゝまる。但《割書:シ》盗賊(とうぞく)は皆 樋(ひ)の口(くち)にかくれ住(すむ)と見えたり。又 當國の家作(かさく)を見るに。大王の住(す)む大内(おほうち)など。至て端(はし) 近(ちか)なる造(つく)り方にて。公卿(くげう)殿上(てんじやう)人といへるも。押合(おしあひ)へし合て 居(ゐ)ならび。庭上(ていしやう)へは下部(しもべ)を始。町人百性【姓ヵ】。勝手次第に。玉坐(ぎよくざ) 間近(まちか)く来れども。咎(とが)むる者もなく。又時によりては下(さが)れ〳〵 といひながら。割竹(わりたけ)にて跡(あと)よりついて来(く)る斗り也。城(しろ)は要(よう) 害(がい)不堅固(ふけんご)にて。矢挾間(やさま)のかたちは。墨(すみ)にて●■▲べつたり と書たるゆへ。すはといふとも射(い)出す事かなはず。その外 宮(きう) 殿樓閣(でんらうかく)とも。表向(おもてむき)のみ立派(りつぱ)にて裏(うら)へまはりて見る時は。 こと〴〵く廉末(そまつ)なれども。不思儀(ふしぎ)なる事一つあり。目前(もくせん) 座鋪と思ふ間に。忽竹藪と替(かは)ると見れば。引《割書:ツ》くり返《割書:ツ》て屋 根となり。又は地の底(そこ)より。男女連立て出るかと思えば。空 より。友達がすつくりと下(お)りて來るもあり。すべて奥の 一間といふは。いかなる貧家(ひんか)も廣《割書:キ》と見へて。客何十人 來(きたり) ても。しるもしらぬもかまはずに。むしやうに奥へ〳〵と通し。 表に騒動ある事も。さつぱり奥へきこへぬ事あれば。様子 は一間で皆聞たといふこともあり。しおり戸は用心のわるき拵 かたにて。戸を《割書:バツタリ》と閉(とづ)れども。随分脇の方より出入は自(じ) 由(ゆう)なり。されども人の心。正直ゆへ。脇よりは出入(でいり)せず。女房 去つたとつき出し。或は人の死をとゞむるにも。戸口へばかり 氣を付て。外より入《割書:ル》事をしらず。惣て一方口(いつぽうぐち)かと思ふに。この 裏屋からお供して。追人(おつて)の来ぬ内早ふ〳〵などと。後の 方へおちて行。其欠落して行者も。急ひで迯さうなる処を。 里の子どもの哥などを。面白さふに聞きながら。ほうかむり《割書:ニ》て ほそ身のお太刀を腰(こし)にさし。連(つれ)の女(こ)とじやらけ〳〵歩行(あるく)故。 一向に道のはかもゆかす。死に行身(ゆくみ)とあきらめてと。口ではいへ とも。二人《割書:リ》ながら心中の心はなく。只むだ口を少しも過(すこ)して。 止(とどむ)る人を待居るゆへ。南無阿みだ仏の五六べんもくり返し。 つまらぬ昔語りをして。おどりさわいで居る処へ。辻堂ヵ竹 薮(やぶ)ヵ稲村(いなむら)の蔭あたりより。待(まつ)た〳〵と飛(と)んて出。内へ伴ひ 帰るとかや。此色事の取持(とりもち)をする者は。赤き顔の奴か。又は 哥占(うたうら)文賣(ふみうり)などか世話する也。或は人の首(くび)受取(うけとり)。または 金の催促(さいそく)なども。皆(みな)暮(くれ)六つの鐘より。先の刻限(こくけん)を相圖(あいづ) に用ひ。悪事の相談(さうだん)を高声ではなせども。他(た)人に聞へず。 ひそ〳〵声のさゝやきは耳のはたへひく内に。心得ました と答へ。垣根の蔭(かけ)の立聞は。様子を聞たといふ口で。しめ 殺され。松の木に居る忍びの者は。手裏剱(しゆりけん)《割書:バツタリ》に 命を果す。他國の者の目より見てはあまり愚鈍(ぐどん)におも はるれども。正直 正路(せいろ)の国風(こくふう)なれば。形(かた)やあらんと。三舛 も翁と共に語り合。しばらく鶴を休めんとて。かたへの岩 に腰打かけ。まづ中入《割書:リ》の辨當(べんとう)を開(ひら)きそれより猶も 奥ふかくたづねいりぬ。    従是《割書:自第五囘|至第廿囘》殘本三冊       乍憚口上を以奉申上ます     右は第四囘のつゞきにて。哥舞妓国にあらゆる     㕝。天地をはじめて。鳥獣(てうじう)。蟲魚(ちうぎよ)。草木(さうもく)。宮室(きうしつ)。     雜事(ざつじ)にいたる迄。のこらずつゞき物語に。取組まし     て三舛島巡全部五冊に書つゞり。御 慰(なくさみ)に備(そな)へんと存升れ     共。當年は板元の仕入方延引いたし。殊にわたくし方     へ霜月のはじめつかた。附录のよみ本を拵■【呉ヵ】候様子     たのみ参りましたるゆへ。あまり早急なれは。様〻     とことはりましても。おもしろくなくてもよいと申して。一向に     合点いたしませぬ。私も無據わるくもまゝよと。一枚書て     は筆者へたのみ。二枚出来れば扳木師へわたしまし     て。誠に口から出たらめを。漸〻二冊とこじつけ。御覧入     奉り升。第五囘より廿囘全部の義は。また〳〵来春     拾遺三階興の奥書につゞり合せ。御一笑に備へま     する。文法てにはのあしき事は。れき〳〵の作者方と     ちがひまして。文盲愚物にござりますれば。真平御     免下さりませふ。只板元が金に任せて。煤拂(すゝはき)前の賣     出しの間にも合せ。春は早〳〵繪草帋屋の     初賣より。かし本屋の封切(ふうきり)まで。どうやらかうやら     まじくなはんと斗りにて。首尾も揃はぬ早ごしらへ。     博物(はくぶつ)の諸君子には。必御論は御ゆるし下され。おも     しろ《割書:く》なひ敵討や。よみうりの物語本を。御好物の御かた     様へ。かはらぬ春の笑ぞめに。            めでたく筆をとりがなく。             あづまにしき繪生うつし。              画工豊國が御評判。ひとへに               奉上希升                   《割書:チヨン》〳〵〳〵〳〵 俳優三階興附録巻下《割書:尾》     後序 余(よ)嘗(かつ)て云(いふ)。銁(おまんま)に換(かう)るとも戯場(しばゐ)を覧(みん)事を欲(ほつ)す。され ども評判記(へうばんき)の見 切者(かうしや)にあらねば わる口(くち)組(くみ)にもあらず。 やつぱり常(つね)の芝居好(しばゐすき)也。朝幕(あさまく)の鼓(たいこ)につれて。 舞臺前(ぶたいまへ)の落間(おちま)に蟄(かゞ)み。水 試合(しあひ)の菰(こも)をかぶり。 泥試合(どろじあひ)の泥にまぶれて。中 賣(うり)の饅頭(まんじう)を甘(あまん)じ。 デンポウがお先(さき)にされて。張子(はりこ)の首(くび)を取次。 ノンタロウが為(ため)にと蜜柑(みかん)の皮(かは)を頂(いたゞ)く。可懼(おそるべし) 火縄(ひなは)の焼(やけ)穴。徳利(とつくり)転(ころ)んで衣類(べゝ)損亡(だいなし)に 【落間「おちま」  劇場の二重舞台の下で、土間に相当】 なる事を。《割書:ソリヤ》闘爭(いざこざ)と見ては。楽屋(がくや)へ迯(にげ) 走(はし)り。《割書:ヤレ》出(で)《割書:が》ある時(とき)。花道(はなみち)より飛(と)び込(こみ)。 膝(ひざ)を屈(まげ)て徳利(とつくり)を枕(まくら)とし。一重(いちじう)の飯(いゝ)。一碗(いつわん)のお 茶(ちや)を呑(のん)で。楽(たのしみ)其(その)うちにあり。友人(ゆうじん)豊国(とよくに)また 然(しか)り。常(つね)に楽屋(がくや)に遊(あそ)んで。三芝(さんしば)居を穿(うが)つ。 想(おも)ふに。彼(かれ)は三階(さんがい)の凸(たかき)に居(ゐ)て。容色(ようしよく)を寫(うつさ)ん とはかる。予(われ)は切落(きりおとし)の凹(ひくき)に蹲踞(うづくまつ)て。《割書:イヨ》細(こまか)ひ。 《割書:イヨ》大(おほ)きいの品定(ひんてい)をしらず。然(しか)りといへども。 其芝居(そのしばゐ)を好(このめ)るに至(いたつ)ては。彼(かれ)も一時(いちじ)なり 予(われ)も一時(いちぢ)なり。依(よつ)て以(もつ)て此(この)一篇(いつへん)を撰(ゑら)み。   われ《割書:に》等(ひと)しきしばゐ好(すき)貴 君子(くんし)《割書:に》呈(てい) す。楚(そ)のため後序(こうじよ)左様(さやう)。         《割書:チヨン》〳〵〳〵〳〵                  云爾   寛政    辛酉春    哆囉哩樓     正月       三馬            二十五の暁に述          主■【翁or扇】【玄斎ヵ】           千倉董流書 落款   【右上余白に図書館印】  東都畵人 歌川一陽齋豊國 【落款】一陽齋 【落款】豊國 寛政十三辛酉年正月發行        《割書:芝數寄屋橋御門通山下町》          萬屋太次右衞門  東都書林        《割書:本材木町一丁目》      春松軒 西宮新六藏梓 《割書:三戯塲(さんげじやう)|大雑書(おほざつしよ)》俳(やく)優(しや)節(せつ)用(よう)【?】集(しう)狂(きやう)言(げん)袋(ぶくろ)《割書:三馬作|全一冊》         《割書:来《割書:ル》戌の初春うり出し申し候》