鬼の趣向草 下 両国(りやうごく)の ひやうばん むすめ 鬼(おに)の趣向草(しこぐさ) 下 【検索用:鬼乃趣向草/おにのしこぐさ/鬼娘】 【提灯の文字】 鬼 娘 □□川中島郡せんくわうしの山おくに □たりしを戸かくし山といへり此山はみねたかく して 谷ふかく樹林しん〳〵として人の 行かよひもまれなりけり 此所にいつのころよりか鬼のすみ けるよし里人も見たるといふもの まれ〳〵多し時としてはあるひは 小児などうせ又大人もうせしこと都 にてもきこしめしたみのうれゐすくな からんことをおぼしめし余五大将平の これもちに命じて鬼神 をたいぢすべきよし せんしをかうむる と□□とも 【左ページ上へ】 人として 鬼神を うつ事 たやす    かる まじと 思へども君 のために死 するはものゝふ のつねなりとてすぐに 信州におも むきける道にてきつと思ひ付けるはぜんくわうじ の如来こそ三国伝来のそんぞう衆生のくげんのおす□はせ 給ふときけばいそぎさんろうして仏力をいのり□の山に いたりける折ふしもみちの□□ればまゝうちま□… 【右ページ左下へ】 酒えん   の ていに も□□し けれ□ば 【左ページへ】 きゝとれ二八 □かりの 鬼むすめ 御つ□のもの とうつくしく □け出これ 【足の左側に続くが破れが酷く読めず】 □… □… 鬼むすめはこれもちをいかさまにかけ 酒のさかなにせんと思ひしさん だんがちがひついにこれもち にうたれけるこれもせん くわうじの仏力ゆへなり 鬼むすめはもとよりなじみのことなれば こんはく【魂魄】すぐにぢ ごくへ行てあまた の鬼ともの中間入 せんとねがふといへどもぢごくも ことのほかこんきう【困窮】にて人へらし共 でかけ たく思ふ折りから なれば 大かまの下 はくものす だらけ ちのいけも うき くさ だら け の てい 【左ページへ】 たら  く なり 【右ページ右下、鬼娘の台詞】 も□〳〵くしやう □んさん【、】しや ばからいま きたものじや【娑婆から今来たものじゃ】 これもうし    〳〵 【本文続き】 これといふもせんくわう じの如来のさいどし すぎ給ふゆへ多くの 衆生みな〳〵こくらく へすくひとり給ふゆへなれば 何とぞかの如来のさま たげせんとおもへども しやばのかつてをしり たるものなしと ひやうきばかり してゐ    ける 【口減らし(リストラ)されそうな鬼たちの様子】 ちこくのさたも金し だいといへどもしやばへ行 かつてはいくらでもしれず 鬼とも も二文四文の      めくりにてくらし             ける はゝあ よいて    の こんど    は 大びき とでる   そ 【めくり:めくりカルタ。当時のトランプ。またそれを使った賭け事のこと。】 ゑんま王しやばよりめづらし ものゝざい人が来りしとまなこ をいらゝげ見たまへばざい人 にはあらずして戸かくし山の鬼なかまのむすめ なり何しに来るぞとといければ鬼むすめしか 〳〵のやうすをかたるにせんくわうじの仏力にて うたれたるとなみたながら申ちこくにもかねで ぜんくわうしの如来へちや〳〵をつけぢごく はんしやう【繁盛】に せんとねがへども しやばのかつてを しつたるものなし そ□□うも □… □… □…何とそ いそきしやばへかへり よきにはからいちこく はんしやうにしてくれ よ【。】そのほうひにはそれ ちこくさたもな【、】やほ【野暮】てはあるまいと       おゝくの鬼ども       ちからにまかせ 【すぐ下へ】 かのむすめをしやばへ 【左ページへ】 あおき【扇ぎ】かへしふきかへしける 【鬼の台詞】 きよねんのいまごろはおれも 八百蔵とすけ六いきう であて た ものだか 【閻魔の?台詞】 まて〳〵 おれもしや ばへ 行 此すりこ木で一かい ゑんまとでかけ      やうすを   うかゞうべしと        うんのん【云々?】 りよしゆく【旅宿?】は    くらまへと【蔵前と?】【食う前と?】       しやう【すりこ木以下、芝居の台詞かもしれない】 【鬼娘の台詞】 そんなら みなの鬼さんがた わたしがるす のうちせんたく ものもつけ ものもさう づがはのばあ さんでも やとつてくんなとたのみ         けるこれ 鬼のるす の せんたくなり 鬼むすめはしやばへかへされいそきせんくわうじへ行て如来へ さまたげせんと思へば 江戸おもてへかいてう【開帳】 に出給ふゆへ よを日に つぎ 江戸 両 ごく ばしに つきにける こゝにてわう らいのさんけい をおどしかけて□□□りを とめんとうかゞひける 折りふしはしのまはり 来かゝり橋の上を見れ ばうしわかといふ身 にてらんかんに立たりける てうちんにてきつと見ればおそろしき むすめなりけるあり合かなぼうにてうちころ さんとふり上しをたちまち引しやなぐり川の中へほかしけるこれ鬼にかなほうの          いわれ             なれ 此のち はしばん    は かなぼう をやめて 六尺ぼうに しける   とぞ 【立て札の文字その1】 伊勢朝熊嶽 福満虚空大菩薩 霊仏霊宝等 来亥四月朔日ゟ五月晦日迄於本所回向院 境内令開帳者也 戌 ̄ノ三月  金剛澄寺         執事 此方ゟ法□□□…に申候 【立て札の文字その2】 開帳 日蓮大菩薩 其外霊宝 去来亥三月四日ゟ 同四□□□□ 【以下省略】 【立て札その3】 来亥三月十日 廿日迄 万巻 新はん■■ 【以下省略】 【看板】 大かはやき すく   付めしあり 【本文、大きな立て札の下】 それより両国中を夜にまぎれてあるきける にかいてうのふだばにてらいねんのくわいてう札 を見てこゝろよき人間ともかなおしつけのこ らずおれがゑじきにしてしまふにばか なやつら だと から〳〵と わらひ けり これを らいね ん こと は おにがわらふ       と いゝつたへり 【以下は読めない部分もあるが、鬼娘の尻をつねっている男に関連する部分】 これを おにとのしやれ といふべきか おもひおいどをちよつとつねりけりふりかへるを 〽ちよこなめずきの おとこうす月夜■ うつくしきちごか□ 見てきをうしなふ 又  鬼も   十六とは 此ときのこと也 【おいど:尻のこと】 【おにと:不詳。おいどにかかる洒落になっているはず】 【ちよこなめずき?:不詳】 扨鬼むすめいかゝして如来のじやま をせんとあんじゐる所へ大せいの人こゑ にて高てうちんおび たゝしくともしつれて 来るを見てこれこそ さんけいのものとも なれまづひとり ふたり引 さき く ひ て は ら をつく り其 うへお□□□かけんと橋に たゝすみまちかけしにほどなく ちかく来るこへはすれどもいづく にありともさだかに見へわかず そのはづのことなりせんくはうじの かたゟ如来のくはうみやうを てらし給ひそのうちを わうらいするゆへ鬼むすめ は目をむき出しくちを あきてもほねをり 【左ページへ】 そんなりさんけいの人々 は一人としてこれを見 たるものなしこれ如 来のくはうみやう の御りやくなり 鬼むすめもいよ〳〵 はらを立ける故 そのさまいわんかた なくおそろし 【鬼娘の台詞】 はてとうした かけんだな これで いかぬ ことは ないはづたが 【高提灯の人々の台詞】 かへりは さかい丁の せつたいて たはこに しやう なんまいだん ぶつ〳〵〳〵 もう御門が あいたさうだ 【提灯の文字】 大工町 日参 善光寺 講中 こび  き町 四ッ谷  講中 日参 かし【じ?】町【鍛冶町?】 本芝 善光寺 日参 【ここより第二巻】 両国(りやうごく)の ひやうばん むすめ 鬼(おに)の趣向草(しこぐさ) 下 【提灯の文字】 鬼 娘 せんくはうし 如来をさま たげんと来りし 鬼 むす めは いろ〳〵 と 心を くだけ ともによ らいのりやくふかければ中〳〵さまたげ することあたはずあきれはでゝ ゐけるがもはや今はかなはぬと 思へばちからもおちしほどに はらさへへりてちからなく こゝかしことあるきて見あ たりたるをさいわいと瓜 すいくわの見世にかけいり あり合まくは瓜をつかみ とりてしたゝかにくらい けるうりて【売り手】も此ありさま を見るよりかけ出て人〳〵 にかくとつげ けるこれを まくは瓜の おにをする といふことを 【左ページ】 いゝなら はせり このさはきに両国中のあきんとみな〳〵にげちりけるあとにてこゝ かしことあばれあるきてほしいまゝに しけるこゝにだんごこはめしにしめ なとうる見世にてなべの中 なるにしめに入しこぶをのこら ずくらいける世の中にいゝつたへ て鬼にこぶをとられしと いゝ  し  も 此こと なる  べし 【鬼にこぶを…:こぶとり爺のことを言っている】 【逃げ惑う人の台詞】 やれこはや 〳〵 いのちが もの だね ほんなれ ではなく てゆめに なれ〳〵   〳〵 【良い夢が本当になれ=ほんなれ、ではなくて、この恐ろしい事が「夢になれなれ」と言いながら逃げている】 【煮しめを食う鬼娘を見て腰を抜かす男の台詞】 にしめでは なくて みじめだ こはめしでつくつた 鬼といふことはおら が見世にもあるが 正じん【正真】の鬼にあふ とはこはめし  よりもこはい       〳〵 【こはめしでつくった鬼:純度の高い酒(鬼殺し)の事か?/強強は米を蒸したもの(おこわ)。酒造りも米を蒸して使う。】 【右端の幟の文字】 とんだ開帳 【本文】 鬼むすめ はとかく せんくはうじのかいてうを たづねあるきける中に とんだれいほうとのほり をたてゝかねのおとのする      ありこゝこそ ぜんくはうじのかいちやうならめ とずつと入て見れば 【左ページへ】 三そんのあみたのそう なりこれこそわかうら みある如来ならめいで しやうけ【しょうげ=障礙】をなさんとありあふもの をもちてうちたゝきけるもと よりひもの【干物】にてつくりたる仏 さう【像】なれはなんのりやくも なきゆへちり〳〵にくたける 鬼むすめはしすましたり とよろこべば見物の人々 は正じん【正真】の鬼を見たることの おそろしさよとあとをも見ず してにけのひけり      やれおそろしや〳〵 【御開帳の人をあてこんだ「とんだ霊宝」や「戯開帳」と呼ばれる見世物を、鬼娘は本物だと思い込んで暴れている。】 【辞典には「とんだ霊宝」「戯開帳」はあるが、この資料の挿し絵には「とんだ開帳」の幟があるので、そういう言い方もしたのだろう。】 【右端のまといのようなものに書いてある文字】 一万度 【本文】 かのむすめを見たるもの ひとりいふとなくふたり となく鬼か出る〳〵と いふこと江戸中ひやうはん ひろごりて【広ごりて】これをよけん【除けん】 とて五月みそかの夜を 大としとさだめて 門に松をたて豆を まくことせつぶんの ことし江戸中のこら すまめをまきしゆへ 豆やのやうになり たるゆへにやかどの 【左ページへ】 のれんにまめやとかいてとうた ひけりまことに天に口なし人をもつ ていわしむるといふは このことか ちとしやらくさい やうだが 【豆まきをする人の台詞】 おにあ【鬼ぁ】そと〳〵〳〵 ふかあ【福ぁ】 うち 〳〵 〳〵 おにでない むすめならうち〳〵 【門付けの口上】 三尺の つるきを ぬいて あくまを はらふ 【三尺の剣を抜いて…:獅子舞をする時の神歌にそういう歌詞があるそうで、現在でも山梨県の道志村では「三島に鹿島に諏訪、戸隠、玉津島。住吉様は笛の役、しらひげ鼓、締めて打つ、うすめの命はまいこの役、鈴振り上げては神歌を歌ううたあり。みな三尺の剣を抜いては悪魔を払う。そこらです。」という歌で獅子が舞うお神楽をしているとか。】 【お囃子の擬音】 ひやつひい とんどろ つく〳〵 【獅子舞を見ている子供の台詞】 おにむすめがでると をゝこわいことだ 【門付けの口上】 やあらだんな の御しゆみやう 申さばとうぼう さくは【東方朔は】 八せん ざい【八千歳】 【東方朔:武帝の時代の政治家だが、三千年に一度しか実を付けない西王母の桃の木から桃を三回も盗んだという仙人みたいな伝説がある。】 鬼むすめはしすましたり思ふてゐけるにやはり 大せい夜のうちからどろ〳〵と参るゆへかたちを かくしてこれに付て行ばほとなくゑかういんに入 けるくちをしやさきにたば かられたりこれこそ正じん の如来なりいでうち くだかんととびかゝる と見へしがふしぎ や如来の光明かく やくと すると 見へしが 大とうば おのれと うちかへりて 鬼むすめ をおさへ ける鬼も いろ〳〵と もがけ とも 仏力 に かつことあたはずたちまちにじや 【左ページへ】 しん【邪心】をひるがへしがつしやう【合掌】して 如来をきやうらい【敬礼】しけるこのとき 鬼のめにあみた【阿弥陀】をはじめて おがみしを 今あや まり て 鬼の 目になみたとは     いふとなり 如来□すなはち両国の見世物しを よ□給ひ諸人の見せしめにひろこうじ【広小路】 にて見すべししかしやつたもつた【?】はそつちで せいとの給ひてわたし給ふそありかたき 【両国広小路:大火事の際に木造の両国橋が類焼しないように橋の東西に建物のない広場が設けられていた。これを両国広小路という。近くの回向院は各地の寺から出開帳があるので有名だったが、その参詣客をあてこんだ見世物小屋がこの広小路に立ったという】 【右ページ大塔婆をおさえる男の台詞】 たんばぐりの かんばんに鬼のねん ぶつ申句?これを 見てこしらへし ものか 【大塔婆の下】 見世物 し【師】 こと ば を そろ へ われ ら べつ し て あり がた う ござ り 【左ページへ】 ます がお まへ さまへの みやうが せんは してやん して どう いたし ま しやう と しやれ る 【大塔婆の文字】 奉開帳信州善光寺□尊 釈曰?《割書:願以比功徳 平等施一切|同発菩提心 往生安楽国》導師 大願人□ 【見世物師、右】 これは此度び  江戸中御ひやうばんのおに むすめてござります     此むすめ出所いん    えんは二冊のさうし にてくはしく御みゝに入ま           する通で   こさります此さうし    御もとめ下されました    御かたさまとかく 御ひやうばんよろしく   ねがいたてまつります 【見世物師、左】 口はみゝのねまて さけましたがお やのじひにてぬ ひちゞめました あとがござります ははらんぐい   ばでござり      ます【歯は乱杭歯でござります】 ふくろづのと申 てつのゝかたち      も ござり   ます 【見物客の台詞】 なるほど おそろし    い    も    の    だ のどの あな  が  こ  は  い 【裏表紙】