大河本聽松編輯 《題:九死の一生 全》 明治十三年七月 發兌  壺天堂蔵版 【右】 小引 疾病亦多し而め其残酷なる時疫に如くなし時疫亦多し而 め虎列刺病其最たり頻年其毒屡起こり為めに斃るゝ者無笄 於是政府令を布き豫防の方法を施し専ら之を剋制せんこと を勉めたり然而め未だ全く其功を奏する能はず啻に奏功 する能はざるのみにならず動もすれば怨望の聲道路に満つ 何ぞや抑此事たる人々自ら尽力して成功始て期すべきな り然るに官屡其方法を示し懇到切實至らざるなきも衆庶 察せず殆ど對岸火視の状無き能はず是を以て遂に毒焔四 方に傅播し其惨況復た如何ともするなきに至る現に客歳 の如き該患者無慮十六万人而め其死者三の二に居る豈亦 痛む可く悲む可きこ非す哉余意ふ官若く懇諭すと雖民若 【右】 く了解せざれば縦令其千百回に及ぶも到底徒労に属せん と頃日一小冊を偏し名けて九死の一生と云ふ体問答とな し一ら解し易きに取り童幼婦女をして輙く會得せしめん ことを旨とす希くは世人徧く此書を讀み人々自ら豫防の道 を知り以て悪疫即ち虎列刺病の災害を免るゝことを得ば獨 り余の幸のみにあらず聊か上 朝旨を補賛し下公衆に對 するの努と謂ふ可き□若し夫れ病原の如何と治方の得喪 のごときは姑く措て論ぜず蓋し普及の要は遠く議論の高 尚に非ずして近く実践の平易に在ればなり  明治十三年七月初旬   大河本聴松 織 【左】 九死(きうし)の一生(いつしやう)    〇發端(ほつたん)      虎列刺病(これらびやう)の残酷(ざんこく)なる事(こと)      虎列刺病の救治(きうじ)し難(がた)き事(こと)      一般売薬(いつぱんばいやく)の妄信(ばうしん)すまじき事(こと)      虎列刺病を免(のが)るべき手段(てだて)の事(こと)    〇虎列刺病(これらびやう)を豫防(よばう)する法(はう)      空気(くうき)の清汚(せいお)に注意(ちゆうい)する事(こと)      飲水(のみみづ)の善悪(ぜんあく)に注意(ちゆうい)する事(こと)      食物(しよくもつ)の良否(りやうひ)に用心(ようじん)する事(こと)      交通(まじはり)の利害(りがい)に用心(ようじん)する事(こと) 【右】    〇虎列刺病(これらびやう)を撲滅(ぼくめつ)する法(はう)      虎列刺病(これらびやう)の町村内(ちやうそんない)に侵入(はい)りたる際(とき)の事(こと)      虎列刺病(これらびやう)の各人家(かくじんか)に侵入(はい)りたる際(とき)の事(こと)      療養届(れうやうとゞ)かずして死亡(しばう)したる時(とき)の事(こと)      虎列刺病(これらびやう)を豫防(よばう)する服薬(ふくやく)の事(こと)      虎列刺病豫防(これらびやうよばう)の特効薬方(とくこうやくはう) 目次目次《割書:終(おはり)|》 【左】 九死(きうし)の一生(いつしやう)   〇發端(ほつたん) [問]世間(せけん)に害毒(がいどく)を流布(るふ)して人生(じんせい)を損傷(そんぜう)するもの傳染流行(でんせんりうかう)の 疾病(やまひ)より甚(はなは)だしきはなく中(なか)にも虎列刺病(これらびやう)の残酷(ざんこく)より劇(はげ)し く且(か)つ恐(おそ)るべきものはなしと云(い)ふは實(じつ)の事(こと)なるや  [答(こたへ)]實(じつ)に左様(さやう)なり現在昨年虎列刺病(げんざいさくねんこれらびやう)の流行(りうかう)せるや無慙(むざん)に  も我同胞(わがきやうだい)たる人民十万餘人(じんみんじうまんよにん)を忽(たちま)ちに殺却(ころ)せし惨(むご)らしき  状況(ありさま)は人皆(ひとみな)の能(よ)く知(し)れる所(ところ)にして天地(てんち)の間(あいだ)に於(おい)て最怨(もつともうら)  むべく最悪(もつともにく)むべきもの未(いま)だ此(こ)の虎列刺病(これらびやう)の右(みぎ)に出(で)るも  のなきなりされば本年(ことし)より一層各人各自(いつそうひと〳〵めい〳〵)に力(ちから)を盡(つく)して  其兇悪(そのきやうあく)を撲滅(うちころ)し其災害(そのさいがい)を免(のが)れんことを望(のぞ)むは固(もと)より誰(たれ)  しも同意(どうい)のことならんされども如何(いか)なる事(こと)に力(ちから)を尽(つく)し 【右】 如何(いか)なるか方法(しかた)を施(ほどこ)しなば果(はた)して能(よ)く其目的(そのもくてき)を達(たつ)するこ とを得(う)べきは此等(これら)の事項(ことがら)を十分(じふぶん)に工夫研究(くふうけんきう)するは今日(こんにち) 吾人(われ〳〵)の最大切(もつともたいせつ)なる本文義務(ほんぶんぎむ)と謂(い)ふべし [問(とひ)]此(こ)の虎列刺病(これらびやう)は一旦發病(いつたんはつびやう)したる上(うへ)は如何(いか)なる名醫(めゐい)にて も中々救濟(なか〳〵きうせい)の力及(ちからをよ)ばず十に八九は治(なほ)らぬものなりと云(い)ふ は實(じつ)の事(こと)なるや  [答(こたへ)]實(じつ)に左様(さやう)なりされども其發病(そのはつびやう)せざる前(まへ)に豫防(よばう)の事(こと)に力(ちから)  を盡(つく)して充分(じうぶん)に用心(ようじん)するときは必(かなら)ず其傳染(そのでんせん)を防(ふせ)ぎ止(と)む  ることをも得(う)るものなれば豫防(よばう)より外(ほか)に虎列刺病(これらびやう)の災(さい)  害(がい)を免(の)がるべきものなし然(しか)るを一般(いつぱん)の人々(ひと〴〵)は此(こ)の兇悪(きやうあく)  なる虎列刺病(これらびやう)を防(ふせ)ぐの手段(てだて)に尤(もつと)も疎(うと)く且(か)つ甚(はなは)だ拙(つたな)くし  て如何(いか)なる方法(しかた)のあるやらん一向(いつかう)に解(げ)さゞるものゝ多(おほ) 【左】 きは悲(かなし)むべく憂(うれ)ふべきことなりそれに就(つけ)ても茲(こゝ)に一言(ひとこと)  述置度(のべおきたき)ことあり近来世間(きんらいせけん)に賣藥奴數多(ばいやくしあまた)ありて或(あるひ)は豫防(よばう)  の匂袋(にほひぶくろ)と云(い)ひ或(あるひ)は治病(ぢびやう)の服藥(ふくやく)と稱(せう)し或(あるひ)は何丹或(なにたんあるひ)は何散(なにさん)  と種々無料(しゆ〳〵むりやう)の効能書(こうのうしよ)を附(つけ)て一般(いつぱん)の人民(じんみん)に衒賣(てらひうり)し人民多(じんみんおほ)  くは之(これ)を信用(しんよう)して其最恐(そのもつともおそ)るべき虎列刺病(これらびやう)をも亦専(またもつぱ)ら其(それ)  等(ら)の賣藥(ばいやく)を以(もつ)て豫防救濟(よばうきうせい)し得(う)べき者(もの)と思(おも)ひ込(こ)み為(た)めに  肝心大切(かんじんたいせつ)なる眞(しん)の豫防法(よはうはう)は恬(てん)として等閑(なほざり)にするもの甚(はなは)  だ多(おほ)きを見(み)る是(これ)と云(い)ふも畢竟(ひつきやう)は人々(ひと〴〵)の醫藥(いやく)の事(こと)に暗(くら)く  して一般賣藥(いつぱんばいやく)の何物(なにもの)たるを知(し)らざるより生(せう)ずる敝害(へいがい)と  はなふものゝ吾人今日民間(われひとこんにちみんかん)の衛生(ゑいせい)に注意(ちやうい)して大(おほい)に豫防(よばう)  の方法(しかた)を擴張(くわうちやう)せんとするときは勉(つと)めて人民(じんみん)の迷露(めいろ)を啓(けい)  發(はつ)して眞路(しんろ)の方針(ほうしん)を指示(さししめし)せずんばあらざるなり 【右】 [問(とひ)]然(しか)れば一般(いつぱん)の賣藥(ばいやく)は此(こ)の虎列刺病(これらびやう)の藥(くすり)として一向(いつかう)に効(こう) 能(のう)の之(こ)れなきものと心得(こゝろえ)て宜(よろ)しき哉又近來最有名(や またきんらいもつともいうめい)なる彼(か) の賓丹(はうたん)てふ賣藥(ばいやく)は昨年虎列刺流行(さくねんこれらりうかう)の際(とき)などは夥(おびたゞ)しき賣(う)れ 方(かた)にて町村(てふそん)の人々(ひと〳〵)は其能書(そののふしよ)を信仰(しんかう)して此上(このうへ)もなき良(よ)き豫(よ) 防藥(ぼうやく)と思(おも)ひ込(こ)み居(い)る者多(ものおほ)しとのことなるが是亦矢張一般(これまたやはりいつぱん) の賣藥同様左程(ばいやくどうやうさほど)に効能(こうのふ)の之(こ)れなきものなる哉序(や ついで)に承(うけたま)はり 置(お)き度(た)し  [答(こたへ)]元來政府(くはんらいせいふ)の一般賣藥(いつぱんばいやく)なるものを処置(しよち)するや其効(そのこう)の有(う)  無(む)は絶(たえ)て問(と)わず只猛劇(たゞまうげき)なる藥品(やくひん)を用(もち)ひずして単(たゞ)に危害(きがい)  を醸(かも)す虞(うれひ)なきことを旨(むね)とせり蓋(けだ)し可(か)もなく不可(はか)もなく  毒(どく)にも藥(くすり)にもならざるを良(よし)とするものゝ如(ごと)し然(しか)るを彼(かれ)  等(ら)は官許(くわんきよ)の二字(にじ)を奇貨(きくわ)とし世人(せじん)の知(し)らざるに乗(じやう)じて漫(みだり) 【左】  に牽強附會(こじつけ)の説(せつ)を唱(とな)へ只管(ひたす)ら利(り)をのみ占(し)めんことを力(つと)  むるものなれば如何(いか)でか此(かく)の如(ごと)きの賣藥(ばいやく)を以(もつ)て最劇甚(もつともげきじん)  なる悪疫(あくゑき)を豫防治癒(よばうじゆ)すべきっことあらんや啻(たゝ)に其豫防治(そのよばうぢ)  癒(ゆ)する能(あた)わざるのみならず世人之(せじんこれ)を妄用(ばうやう)して竟(つい)には膓(ちやう)  胃(い)を傷害(しやうがい)し却(かへつ)て悪疫(あくゑき)の侵入(しんにふ)を助(たす)くる如(ごと)きの情態(じやうたい)あるは 實(じつ)に慨(なげ)かはしきことなりされば慈仁(じじん)なる我(わ)が政府(せいふ)は早(はや)  くも此(こゝ)に見(み)るありて人民(じんみん)の賣藥(ばいやく)を妄信(ばうしん)して却(かへつ)て障害(しやうがい)と  なるべきことを懇々諭達(こん〳〵たつ)せられたり其注意(そのちやうい)の厚(あつ)きこと  感(かん)ずべし今此賓丹(いまそのはうたん)と云(い)ふ名(な)を指(さ)しての尋(たづね)に答(こた)ふるは兎(と)  も角(かく)も直(たゞ)ちに人(ひと)の商業(ゑやうばい)にさし響(ひゞ)きを生(しやう)じて甚(はなは)だ好(この)まし  からざることなれば折角(せつかく)の問(とひ)なれども姑(しば)らく茲(こゝ)に之(これ)を  言(い)はず大抵其(たいていそ)の可否(かひ)は人々宜(ひと〳〵よろ)しく自(みづ)から察(さつ)し知(し)るべき 【右】  なり [問(とひ)]然(しか)れば吾人(われ〳〵)の信仰循守(しんかうじゆんしゆ)して病毒(びやうどく)の災害(わざわひ)を免(の)がるべき眞(しん) の手段(てだて)なる者(もの)は果(はた)して如何(いか)なる事(こと)を指(さ)してよろしきや  [答(こたへ)]抑々吾人(そもそもわれ〳〵)の力(ちから)を盡(つくし)て行(おこな)ふべき眞(しん)の手段(てだて)なるものは第一(だいいち)  に之(これ)を豫防(よばう)することにて病(やまひ)の各町村(かくてふそん)に入込(いりこま)ぬ様豫(やう あらかじ)め用(よう)  心(じん)するの仕方(しかた)なり第二(だいに)には既(すで)に其町内其他村内(そのてふない そのそんない)に入(い)りた  る後(のち)に施(ほどこ)し行(おこな)ふ仕方(しかた)にて之(これ)を撲滅(うちほろぼ)する法(はう)なり欧羅巴諸(ようろつぱ しよ)  州(しう)にても近年皆此(きんねんみなこ)の豫防(よばう)の方法(しかた)に力(ちから)を盡(つく)して殆(ほとん)ど虎列(これ) 刺病(らびやう)の根(ね)を切(き)りたりとかや病(やまひ)の來(き)たらぬ其前(そのまへ)に豫防(よばう)を なすは既(すで)に入込(いりこみ)たる後(のち)に撲滅(うちほろぼ)するよりも勝(すぐ)れて良(よ)きこ とは誰(たれ)しも皆承知(みなしやうち)の筈(はづ)なれば成(な)る丈(た)け虎列刺(これら)の町村内(てふそんない) ん入込(いりこま)ぬ様注意(やう ちゆうい)して防禦(ばうぎよ)の策(さく)を盡(つく)すこと肝要(かんよう)なり家(いへ)に 【左】  入(い)り込(こ)みたる盗賊(たうぞく)を捕(とら)ふるは豫(あらかじ)め盗賊(たうぞく)の入(い)らぬ様戸締(よう とじまり)  するに如(し)かずとは古昔(むかし)よりの金言(きんげん)と知(し)るべし    〇虎列刺病等(これらびやうとう)を豫防(よばう)する事(こと) [問(とひ)]然(しか)れば第一(だいいち)に虎列刺其他(これらそのた)の傅染病(でんせんびやう)の町村内(てふそんない)に入込(いりこま)ぬ様(よう) 豫防(よばう)するは如何(いか)なる事(こと)をなして宜(よろ)しきや其方法(そのしかた)を委(くわ)しく 承(うけたま)はり度(た)し  [答(こたへ)]傅染病(でんせんびやう)の町村内(てふそんない)に入(い)り込(こ)むことなく人々安全(ひとびとあんぜん)に生計(なりはい)  を営(いとな)まんと望(のぞ)まば宜(よろ)しく其傅染病(そのでんせんびやう)の原因(みなすと)を防(ふせ)ぐことに  注意盡力(ちゆうい じしりよく)すべし其目的(そのもくてき)とすべき最(もつと)も重(おも)なるもの四箇條(よかでふ)  あり左(さ)の如(ごと)し  第一 空気(くうき)の事(こと) 【右】  第二 飲水(のみみづ)の事(こと)  第三 食物(しよくもつ)の事(こと)  第四 交通(まじわり)の事(こと) [問(とひ)]空気(くうき)ば如何(いか)なるものなる哉又其空気(や またそのくうき)に就(つい)ての用心(ようじん)は如(い) 何(か)なる事(こと)なる哉(や)  [答(こたへ)] 吾人(われ〳〵)の呼吸(こきう)する空気(くうき)は恰(あたか)も魚類(ぎよるい)の水(みづ)に於(お)けるが如(ごと)く  此上(このうへ)もなき大切(たいせつ)のもなり故(ゆへ)に若(も)し此(こ)の空気中(くうきちう)に種々(しゆ〳〵)  の惡(あ)しき物(もの)を雑(まじ)へて不潔(ふけつ)なるときは甚(はなは)だ吾人身体(われ〳〵からだ)の害(がい)  毒(どく)となること彼(か)の魚(うほ)を惡水中(あくすいちう)に放(はな)てば漸々弱(だん〳〵よわ)りて終(つい)に  斃死(たふれし)すると同様(どうよう)なりされば今此(いまこ)の空気(くうき)を清潔善良(せいけつぜんりよう)なら  しむるには左(さ)の箇條(かてふ)に注意(ちゆうい)すべし  [一]吾人(われ〳〵)の住居(ぢうきよ)する地所(ぢしよ)は成(な)るべく高燥(かうさう)にして且(か)つ清潔(せいけつ) 【左】  なるを良(よし)とす若(も)し其屋敷地面卑(そのやしきぢめんひき)くして濕気多(しつけおほ)く或(あるひ)は掃(さう)  除(じ)を怠(おこた)りて汚芥積滞(ぎもあくたつみたま)るときは家中(かうち)の空気(くうき)も自然(しぜん)に不潔(ふけつ)  となるべし  [二]住居(すまゐ)の床(ゆか)は成(な)るべく高(たか)くして其下(そのした)に十分風(じうぶんかぜ)を通(とを)すべ  し地上(ちじやう)へ直(すぐ)に床(ゆか)を設(まう)くべからず濕氣(しつけ)ある土地(とち)にては別(べ)  して危(あやう)し  [三]大小便所(だいせうべんじよ)は最用心(もつともようじん)して清潔(せいけつ)に掃除(そうじ)し度々両便(たび〳〵りやうべん)を取除(とりのぞ)  くべし久(ひさ)しく溜(たゐ)るときは一種(いつしゆ)の惡氣(あしき)を醸(かも)し之(これ)が為(た)めに  家中(やうち)の空気不潔(くうきふけつ)となるべし  [四]下水溝渠(げすいみぞどぶ)は成(な)るたけ住居(すまい)より遠(とを)く離(はな)るゝを宜(よろ)しとす  其中(そのうち)に瀦(たま)りたる汚水(よごれみづ)は日(ひ)を経(へ)るに従(したが)ひて次第(しだい)に腐(くさ)れ出(いだ)  し亦一種(またいつしゆ)の悪気(あくき)を醸(かも)して家中(やうち)の空気(くうき)す汚(よご)すこと両便所(りやうべんじよ) 【右】  に異(こと)ならず故(ゆへ)に下水(げすい)は時々之(ときときこれ)を洗(あら)ひ流(なが)し決(けつ)して汚芥(ごみあくた)の  瀦(たま)らざる様(やう)に心掛(こゝろが)くべし但(たゞ)し此汚水(このよごれみづ)は酌(く)み取(と)りて両便(りやうべん)  と共(とも)に作物(さくもの)の培料(こやし)に用(もち)ふべし総(そう)じて五穀野菜草木(ごこくやさいくさき)の培(こや)  料(し)に用(もち)ふるものは人身(じんしん)には却(かへつ)て害(がゐ)ありと心得(こゝろえ)べし[五]庖廐(だいどころ)の残棄物即(すたりもの すなは)ち野菜(やさい)の切屑煮滓等(きりくずにがらなど)わ住居(すまい)の接近(ちかま)み  積置(つみお)きて腐敗(くさら)すべからず若(も)し止(や)むことを得(え)ずして家(いへ)の  近傍(ちかく)に積(つ)み置(お)くときは其臭気(そのくさみ)の家中(やうち)に入(い)らざる様(やう)に注(ちゆう) 意(い)すべし [六]住居(すまゐ)の近傍床下等(ちかくゆかしたなど)には常(つね)に汚水両便等(よごれみづりやうべんとう)の地中(ちちう)に滲込(しみこ) まぬ様用心(やう ようじん)すべし故(ゆへ)に便所(べんじよ)を作(つく)るには溜壺(ためつぼ)は瀬戸物(せともの)を 用(もち)ふるを良(よし)とす桶樽(をけたる)は早(はや)く朽(く)ち腐(くさ)れて汚水漏(よごれみづも)れ自(おの)づと 住居(すまい)の下(した)に滲(し)み透(とほ)りて空気(くうき)を汚(よご)すものなり 【左】  [七]腐(くさ)りて惡(あし)き臭(か)のある魚類野菜類(うをるいやさいるい)を家内(やうち)に置(お)くべから  ず又培料(また こやし)を貯(たくは)ふる小屋或(こやあるひ)は牛馬等(うしむまとう)の小屋(こや)は成(な)るたけ住(すま) 居(ゐ)より遠(とほ)く引離(ひきはな)すべし 右(みぎ)の如(ごと)く一々(いち〳〵)に列記(れつき)するときは只空気(たゞくうき)を清潔(せいけつ)にする一(いち) 事(じ)のみにても亦其関係(またそのくわんけい)の少(すく)なからざるを知(し)るべし然(しか)れ ども人々空気(ひと〳〵くうき)の不潔(ふけつ)なるわ百病(ひやくびやう)の本(もと)なりと謂(い)ふことを 能々合點(よく〳〵がてん)して常(つね)に用心(ようじん)の念(ねん)を起(おこ)すときは右(みぎ)の箇條(かでふ)は容(よう) 易(い)に為(な)し得(う)べき事項(ことがら)にして格別(かくべつ)に骨(ほね)を折(お)るにも及(およ)ばず 又多(またおふ)く金銭(きんせん)を費(つい)やすにも非(あら)ず畢竟只人々(ひつきやうたゞひと〳〵)の用心(ようじん)にある のみ [問(とひ)]其飲水(そののみみづ)に就(つい)ての用心(ようじん)は如何(いか)なる事項(ことがら)なる哉(や)  [答(こたへ)]吾人(われ〳〵)の平生用(へいせいもち)ふる所(ところ)の飲水(のみみづ)は空気(くうき)に次(つい)で甚(はなは)だ大切(たいせつ)な 【右】  るものにして之(これ)を清潔(せいけつ)にする方法又之(しかた またこれ)を飲(の)むときの芯(こゝろ)  得方(えかた)は實(じつ)に今日肝要(こんにちかんよう)の事項(ことがら)なり然(しか)れば良(よか)からぬ飲水(のみみづ)は  甚(はなは)た危(あやふ)きものにして極悪性(ごくあくせい)の疾(やまひ)も僅(わつ)か一杯(いつはい)の水(みづ)より起(おこ)  るものなれば其害(そのがい)は不潔(ふけつ)の空気(くうき)にも劣(おと)らぬものと心得(こゝろえ)  べし然(しか)して飲水(のみみづ)を清潔(せいけつ)にする方法(しかた)は前(まへ)に述(の)べたる空気(くうき)  を清潔(せいけつ)にする方法(しかた)と大抵同(たいていおな)じことなり尤取分(もっともとりわ)けて左(さ)の  條件(でふけん)に注意(ちゆうい)すべし  [一]市中或(しちうあるひ)は村内(そんない)を通(とを)れる河水或(かわみづあるひ)は渠水(ほりみづ)は一度沙濾(いちどすなごし)にす  るか又(また)は煑沸(にたゝ)せたる後(のち)に非(あら)ざれば之(これ)を飲(の)むべからず但(たゞ)  し縦令外見(ととへぐわいけん)は清潔(せいけつ)なるものにても能々用心(よく〳〵ようじん)すべし  [二]河水(かはみづ)を用(もち)ひずして井水(いどみづ)を用(もち)ふる場所(ばしよ)は其井(そのいど)の位置(ありば)に  注意(ちゆうい)し便所(べんじよ)を離(はな)るゝ遠近及(ゑんきんおよ)び便器(べんき)の製造堅固(せいざうけんご)にして其(その) 【左】  中(なか)の汚汁(しる)を漏(も)らす憂(うれい)なきや否(いなや)を吟味(ぎんみ)すべし土中(とちう)に案外(あんぐわい)  に容易(ようい)なるものなり畏(おそ)るべく慎(つゝし)むべし  [三]井(いど)は近傍(ちかく)の溝下水(みぞげすい)より其汚水(そのわるみづ)を滲透(あしみとふ)さゞる様平常(やう へいぜい)に  注意(ちゆうい)すべし故(ゆへ)に下水(げすい)を通(とを)すには成(な)る丈(た)け井(いど)より遠(とほ)くす  べし又成(またな)るべく魚類等(ぎよるいなど)を井戸端(いどばた)にて料理(れふり)せぬ様(やう)するが  宜(よろ)し是(これ)は魚類(ぎよるい)の洗汁野菜(あrあいしるやさい)の切屑(きりくず)など腐(くさ)れて自然(しぜん)に其土(そのど)  中(ちう)に滲込(しみこ)み井水(いどみづ)を汚(けが)すが故(ゆへ)なり  [四]井(いど)は時々之(とき〳〵これ)を汲(く)み干(ほ)して十分(じふぶん)に浚(さら)ひ浄(きよ)め井闌(いどがわ)の木材(きしつ)  朽腐(くちくさ)るときは速(すみやか)に修繕(しゆふく)を加(くは)ふべし資財(かね)ある人(ひと)は煉瓦或(れんぐわあるひ)  は「セメント」を用(もち)ひて井闌(いどがわ)を築(きづ)くを良(よし)とす一時(いちじ)は高價(たかね)の  様(やう)なれども長(なが)き月日(つきひ)を経(ふ)れば却(かへて)て大(おほい)に經濟(けいざい)になるもの 【右】  なり  [五]水(みづ)は岩石多(いわいしおほ)き山(やま)より湧(わ)き出(で)るものを尤清潔(もつともせいけつ)なりとす  故(ゆへ)に斯(かゝ)る水(みづ)を密閉(しめきり)たる管或(くだあるひ)は樋(とひ)を引(ひ)きて町村(まちむら)に導(みちび)くこ  とを得(う)れば第一(だいいち)の良法(よきはう)なり然(さ)れども蓋(ふた)のなき堀切渠又(ほりきりどぶまた)  は樋(とひ)にて引(ひ)くは宜(よろ)しからず偖又総(さてまたすべ)て水(みづ)を用(もち)るふときは  先(ま)づ其性質(そのせいしつ)を吟味(ぎんみ)すべし若(も)し其土地(そのとち)の人(ひと)にて飲水(のみみづ)の善(ぜん)  悪(あく)に疑念(ぎねん)あるときは府縣(ふけん)の衛生課(ゑいせいくわ)に申立(もふした)てゝ之(これ)が吟味(ぎんみ)  を受(う)くべし  [六]凡(およ)そ水(みづ)の黄色(きいろ)を帯(お)ぶるもの灰白色(はいけいろ)なるもの良(よ)からぬ  臭気(くさけ)あるもの或(あるひ)は鹹味(しおはゆめ)を帯(お)びたるもの等(とう)は飲(の)むべから  ず又水中(またすいちう)に小(ちいさ)き蟲或(むしあるひ)は有機物(いうきぶつ)より生(しやう)じたる黄色(きいろ)の游埃(うきごみ)  など混(まざ)るときは飲(の)むべからず 【左】 [問(とひ)]其食物(そのしよくもつ)に就(つい)ての用心(ようじん)は如何(いか)なる事項(ことがら)なる哉(や)  [答(こたへ)]吾人(われ〳〵)の資(とつ)て生命(せいめい)を保続(ほぞく)する食物(しよくもつ)の注意(ちゆうい)は固(もと)より大切(たいせつ)  にすべきこと言(い)わずして明(あきらか)なれども我邦(わがくに)の人(ひと)は日常飲(つね〳〵のみ)  食(くひ)する物料(もの)の性質(せいしつ)を吟味(ぎんみ)せざるもの多(おほ)し是(こ)れ甚(はなは)だ宜(よろ)し  からざる風習(ならはし)にて苟且(かりそめ)にも自己(おのれ)の命(いのち)を重(おも)んじ傅染病流(でんせんりう)  行(かう)の時(とき)などに方(あた)りて其害(そのがい)を避(さ)けんと思(おも)はば飲食物(いんしよくもつ)の善(ぜん)  悪(あく)は必(かなら)ず審(つまびら)かに注意(ちゆうい)せざるべからず就中日(なかにもひ)を経(へ)たる魚(うを)  類殊(るいこと)に鰕蟹牡蠣貝類(ゑびかにかきかいるい)などは最(もつと)も危(あやう)し炎暑(あつさ)の時候暖気(ときだんき)の  土地等(とちとう)にては右(みぎ)の如(ごと)き貝類鰕類(かいひるいゑびるい)の新鮮(あたらし)からざるものを  食(しよく)して即日(そのひ)に急(たちま)ち大病(たいびやう)を發(はつ)すること屡々多(しば〳〵おほ)し慎(つゝし)み警(いまし)めざ  るべらず今飲食(いまのみくひ)に付(つ)き用心(ようじん)の要領(あらまし)を列記(かきの)すること左(さ)の  如(ごと)し 【右】  [一]死魚(しぎよ)の惡(あし)き臭(か)ある半ば腐(くさ)れたるものは食(くら)ふべからず  [二]其肉輭(そのにくやははらか)に弾力(だんりよく)なきものは多(おほ)くは病魚(びやうぎよ)なり食(くら)ふべから  ず  [三]臓𩹓(こもち)の魚(うを)は成(な)るべくは食(くは)ぬを可(よし)とす  [四]干魚(ほしうを)の惡(あし)き臭(か)あるもの黴(かび)を生(しやう)じたるもの腐(くさ)れたるも  の蟲(むし)を生(しやう)じたるもの等(とう)は食(くら)ふべからす  [五]䀋魚(しほうほ)の軟(やはらか)にして惡(あし)き臭(か)あるもの又(また)は一種鼻(いつしゆはな)を衝(つ)く臭(くさ)  氣(み)あるもの等(とう)を食(くう)ふべからす  [六]牛肉其他(ぎうにくそのた)の肉類(にくるい)は新鮮(あたら)しきものにあらざれば食(くら)ふべ からず凡(すべ)て肉類(にくるい)の悪臭(あくしう)を放(はな)ち紫黒色(くろむらさき)色/或(あるひ)は蒼白色(あをしろいろ)を現(あら)は すものは食料(しよくれふ)に適(てき)せず殊(こと)に病肉(びやうにく)は大害(たいがい)あるものなり  [七]熟(じゆく)せざる果実又(くだものまた)は腐(くさ)れかゝりたる果実類(くだものるい)は食(くら)ふべか 【左】 らず  [八]黴(かび)を生(しやう)じ或(あるひ)は腐(くさ)れたる菰菜(やさい)は食(くら)ふべからず  [九]黴(かび)を生(しやう)じ又(また)は餲(すえ)かゝりたる米飯(めし)は食(くら)ふべからず  [十]半(なか)が腐(くさ)りたる酒酢醤油等及(さけすしゆうゆとうおよ)び酒類(さけるい)の贋造物(かんざうぶつ)は用(もち)ふべ からず  [十一]総(そう)じて日常(へいせい)の飲食物(いんしよくぶつ)は十分(じふぶん)に心附(こゝろづ)け力(つと)めて清潔(せいけつ)に  して時々若(とき〳〵も)しや黴(かび)を生(しやう)ぜざるか悪臭(あしきか)を放(はな)たざるか腐(くさ)れ  かゝらざるかを吟味(ぎんみ)すべし  [十二]夏秋炎暑(なつあきあつさ)の時候(とき)に在(あつ)ては多分(たぶん)に生物(なまもの)を喫(くら)ふべから  ず下痢(げり)の常習(くせ)ある人(ひと)は尤用心(もつともようじん)すべし  [十三]総(すべ)て虎列刺病(これらびやう)の流行(りうかう)の際(とき)は假令新鮮美食(たとへ あたらしきけつこう)の食物(しよくもつ)た  りとも十分(じふぶん)に飽食(はうしよく)すべからず始終節度(しじうひかへめ)にすべし大酒(たいしゆ)は 【右】  別(べつ)してよろしかず [問(とひ)]其交通(そのまじはり)に就(つい)ての用心(ようじん)は如何(いか)なる事項(ことがら)なる哉(や)  [答(こたへ)]吾人各自(われ〳〵めい〳〵)の交通附合(まじはりつきあひ)は平常(へいせい)に注意用心(ちゆういようじん)すべき大切(たいせつ)の  事(こと)にして其関係(そのくわんけい)は甚(はなは)だ多(おほ)きものなり今其大畧(いまそのあらまし)を示(しめ)すこ と左(さ)の如(ごと)し  [一]凡(すべ)て劇場(しばゐ)、料理店(りうりや)、寺院(てら)、旅店(やどや)、其他(そのた)職工場(しよくこうば)、製作場(せいさくば)、鑛業場等(かねほりばとう)  にて衆多(おほく)の人(ひと)の郡聚(くんじゆ)する場所(ばしよ)は各人成(ひと〳〵 な)るべくは時々其(とき〳〵その)  場(ば)を出(いで)て新鮮(あらた)なる空気(くうき)を適宜(てきぎ)に吸(す)ふ様(やう)にすべし総(すべ)て大(たい)  勢久(せいひさ)しく一處(いつしよ)に集(あつま)り居(ゐ)るは宜(よろ)しからず殊(こと)に右等(みぎら)の場所(ばしよ)  にては飲食(のみくひ)を節度(ひかへめ)にして且(か)つ成(な)るべく酒(さけ)を飲(の)むことを  戒(いまし)むべし  [二]人力車夫等(じんりきしやひきなど)の疾走(かけ)ること法外(はうぐわい)に劇(はげ)しかるべからず又(また) 【左】  疾走(かけ)ること久(ひさ)しきに過(す)ぐるは宜(よろ)しからず一日(いちにち)に十里以(じふりい)  上(じやう)の路(みち)を疾走(かけ)るときは総(さう)じて害(がい)ありと知(し)るべし  [三]婦人子童(ふじんこども)は職工場(しよくこうば)、製作場等(せいさくばとう)にて餘(あま)り度(ど)に過(す)ぎたる労(はた)  役(らき)をなさゞるを宜(よ)しとす且(か)る此等(これら)の場所(ばしよ)にては新鮮(あたら)し  き空気善良(くうきぜんりやう)なる飲水相當(のみみづさうとう)なる滋養品(じやうひん)を結用(きよう)せしむべし  [四]埋葬場(まいさうば)、火葬場(くわさうば)は成(な)る丈(た)け人家(じんか)を離(はな)るゝ所(ところ)に在(あ)る様(やう)に  すべし  [五]市街道路(いちまちだうろ)の掃除(さうじ)は各人互(ひと〳〵たがひ)に注意(ちゆうい)して断(た)ゑず清潔(せいけつ)にな  すべし    〇虎列刺病等(これらびやうとう)を撲滅(ぼくめつ)する事(こと) [問(とひ)]虎列刺其他(これらそのた)の傅染病既(でんせんびやう すで)に町村(ちやうそん)に侵(おか)し入(い)りたる後(のち)に於(おい)て 之(これ)を撲滅(うちほろぼ)すべき方法(しかた)は如何(いか)なる事項(ことがら)なる哉(や)委(くわ)しく説解(ときあかし)を 【右】 承(うけたま)はり度し  [答(こたへ)]虎列刺其他(これらそのた)の傅染病各町村(でんせんびやうかくちやうそん)に入(い)り込(こ)むときは其町村(そのちやうそん)  の衛生委員(ゑいせいいいん)にて郡區戸長(ぐんくこちやう)に力(ちから)お恊(あわ)せ豫防消毒(よばうせうどく)の事(こと)を世(せ)  話(わ)あるべけれども一般(いつぱん)のい人々(ひと〳〵)にて其世話(そのせわ)あるべき廉々(かど〳〵)  の概要(あらまし)を知(し)り且各自(かつめい〳〵)の心得方(こゝろえかた)をも豫(かね)て定(さだ)め置(お)かざえれば  萬一(まんいち)の時(とき)に却(かへつ)て不都合(ふつがふ)の事多(ことおほ)かるべしさて虎列刺病流(これらびやうりう)  行(かう)の時節(じせつ)に若(も)し吐瀉(はきくだし)などありて虎列刺(これら)にまぎらはしき  病(やまひ)にかゝりたらば速(すみやか)に醫師(いしや)にたのみて療治(りうじ)すべし隠蔽(つゝみかく)  してそれ〳〵の手當(てあて)をもなさゞるゆゑ手後(ておく)れとなりて一人(いちにん)の  命(いのち)を失(うし)ふのみならず一町一村(いつちやういつそん)にひろがりて數千人(すせんにん)の難(なん)  儀(ぎ)ともなるなり然(さ)れば隠蔽(つゝみかくし)なく速(すみやか)に醫師(いしや)に頼(たの)みて療治(れうじ)  することは豫防第一(よばうだいいち)の肝要(かんえう)にて若(も)し一人(いちにん)の隠蔽(つゝみかくし)あれば 【左】  町村内百般(ちやうそんないひやくはん)の骨折(ほねをり)も皆水(みなみづ)の泡(あわ)となるものなり昨年(さくねん)など  も其隠蔽(そのつゝみかくし)より俄(にわ)かに傅染(でんせん)して一群一國(いちぐんいつこく)に蔓延(まんえん)し救(すく)ふべ  からざる勢(いきほひ)になりたる例多(ためしおほ)し人々能々心得(ひと〳〵よく〳〵こゝろえ)べきことなり  今其病毒(いまそのびやうどく)を撲滅(うちほろぼ)すべき方法(しかた)の要領(あらまし)を列記(かきの)すること左(さ)の  如(ごと)し  [一]各人皆第一(ひと〳〵みなだいいち)に清浄(せいじやう)と云(と)ふことを忘(わす)るべからず肢體(からだ)は  勿論衣服(もぢろんきもの)、住居(すまゐ)、下水(けすい)、便所(べんじよ)、芥溜等(ごみためとう)まで都(すべ)て洗濯掃除(せんたくさうじ)に怠(おこた)ら  ず能々清潔(よく〳〵せいけつ)にすべし虎列刺其他傅染病(これらそのたでんせんびやう)の毒(どく)は皆不潔(みなふけつ)よ  り殖(ふえ)るものなり殊(こと)に動物類(どうぶつるい)の腐(くさ)れたるものは病毒(びやうどく)には  第一(だいいち)の培料(こやし)となるものと知(し)るべし  [二]各人都(ひと〳〵すべ)て適度(よきほど)を守(まも)り何事(なにごと)も其度(そのど)を過(すご)すべからず日常(つね〳〵)  職業(しよくげふ)とする仕事(しごと)も亦法外(またはうぐわい)に勉強骨折(べんきやうほねお)るべからず 【右】  [三]凡(すべ)て食物飲水(しよくもつのみみづ)は前條(ぜんでふ)の如(ごと)く能々用心注意(よく〳〵ようじんちゆうい)し殊(こと)に飲水(のみみづ)  は必(かなら)ず一旦沙濾(いつたんすなこし)にし煑沸(にたゝ)して後飲(のちの)むべし  [四]両便所(りやうべんじよ)の掃除(さうじ)や下水溜(げすいため)の斟取等(くみとりとう)に能々注意(よく〳〵ちゆうい)して些(すこし)も  其汗汁(そのしる)の漏(も)らぬ様(やう)に心附(こゝろづけ)べし  [五]各人止(ひと〳〵や)むを得(え)ざる事(こと)にあらざれば無益(むえき)に虎列刺病者(これらびやうしや)  に直接(ちかづ)き及(およ)び病者(びやうしや)ある家(いへ)に立入(たちい)るべからず且(か)つ成(な)るべ  く妄(みだり)に他家(よそ)の便所(べんじよ)に上(あが)らざる様注意(やうちゆうい)すべし  [六]各人常(ひと〳〵つね)に「フラネル」或(あるひ)は紋派織(もんぼおり)腹帯(はらおび)を巻(ま)き夜中(やちう)も成(な)  るべく之(これ)を解(と)くべからず炎暑(あつさ)の時(とき)に裸體又(はだかまた)は雨戸(あまと)も開(あ)  け放(はな)ちて眠(にむ)るべからず晝夜温度(ちうやおんど)の不同(ふどう)に感(かん)ずるときは  劇(はげ)しき下痢症(げりしやう)を起(おこ)すことあり慎(つゝし)むべし  [七]下痢(げり)の兆(きざし)あるときは決(けつ)して生物又(なまものまた)は消化(せうくわ)あしき物(もの)を 【左】  食(くら)ふべからず粥或(かゆあるひ)は葛湯等(くずゆなど)を用(もち)ふるを良(よし)とす少(すこ)しでも  下痢(げり)を發(はつ)するときは速(すみやか)に醫師(いしや)を頼(たの)みて療治(れうじ)すべし  右(みぎ)の如(ごと)く注意用心(ちゆういようじん)するの後尚(のちな)ほ若(も)し虎列刺病其人家(これらびやうそのじんか)に  侵(おか)し入(い)りたるときは取敢(とりあ)へず醫師(いしや)を招(まね)き先(ま)づ建康(けんこう)なる  人(ひと)を引分(ひきわ)け看病人(かんびやうにん)の外(ほか)は病人(びやうにん)に近(ちか)づかしむべからず其(その)  吐下(はきくだ)したるもの又(また)は之(これ)に汚穢(よご)れたるものは決(けつ)して之(これ)を  便所(べんじよ)、往來(わうらい)、下水(げすい)、芥溜(ごもため)、田圃(たはた)、溝川(みぞかは)、等(とう)に棄(す)つべからず一(ひと)たび之(これ)  を等閑(なほざり)にするときは一人(いちにん)の不注意(ふちゆうい)より數千萬人(すせんまんにん)を殺(ころ)す  に至(いた)るものにて是(こ)れ豫防中(よぼうちう)の第一(だいいち)に肝要(かんよう)とする所(ところ)なり  現(げん)に昨年(さくねん)も虎列刺病者(これらびやうしや)の汚穢物(よごれもの)を川上(かはかみ)に投棄(なげす)て又(また)は洗(せん)  濯(たく)したる為(た)め直(すぐ)に其川下(そのかはしも)に住居(すまゐ)せる村々(むら〳〵)に傅布(ひろが)り或(あるひ)は  病毒(ひやうどく)に觸(ふ)れたる衣服敷物等(きものしきものなど)を消毒(せうどく)せずして再(ふたゝ)び用(もち)ひ又(また) 【右】  は遺物(いぶつ)として貰受(もらひう)け之(これ)が為(た)めに感染(かんせん)して死(し)したる者其(ものその)  例少(ためいすくな)からず総(そう)じて虎列刺病(これらびやう)の大流行(おほりうかう)となるは大抵此等(たいていこれら)  の不注意(ふちゆうい)より起(おこ)るものにて實(じつ)に畏(おそ)るべきものなり今其(いまその)  要領(あらまし)す説示(ときしめ)すこと左(さ)の如(ごと)し  [一]吐瀉物取扱(としやぶつとりあつかひ)は相當(さうとう)の器(うつは)を用意(ようい)し之(これ)に消毒藥二三合(せうどくやくにさんがふ)を  入(い)れ置(お)き病者(びやうしや)の吐瀉(としや)する度毎(たひごと)に之(これ)に受(う)け屋外(いへのそと)に持出(もちだ)し  桶或(おけあるひ)は壺等(つぼとう)に移(うつ)し其器(そのうつは)は都度〳〵(つど)稀薄石炭酸水(うすきせきたんさんすい)にて洗(あら)ひ  復(ま)た前(まへ)の如(ごと)く消毒藏(せうどくやく)を入(い)れ用(よう)に共(そな)ふべしさて桶或(おけあるひ)は壺(つぼ)  に移(うつ)したるものは充分(じふぶん)に消毒藥(せいどくやく)を注(そゝ)ぎ蓋(ふた)をなして溜(た)  置(お)き一定(きまり)の場所(ばしよ)に運(はこ)び焼棄(やきす)つべし  [二] 焼棄(やきすて)の法(しかた)は其場所(そのばしよ)に相當(さうとう)の穴(あな)を掘(ほ)り其中(そのなか)に灰或(はひあるひ)は石(いし)  灰(はひ)を撒(ま)き乾(かは)きたる藁(わら)、枯草(かれくさ)、鉋屑(かんなくず)、鋸屑(のこくず)、等(とう)に石炭油(せきたんあぶら)を灌(そゝ)ぎて 【左】  穴(あな)の底(そこ)に入(い)れ其上(そのうへ)に汚穢物(よごれもの)を投込(なげこ)み再(ふたゝ)び藁(わら)、枯草(かれくさ)等(とう)を覆(おほ)  ひ火(ひ)を點(とも)して焼棄(やきす)つべし火勢減(くはせいげん)ずれば更(さら)に油(あぶら)を注(そゝ)ぎて  掻交(かきま)ぜ全(まつた)く焼盡(やきつく)して灰燼(はひ)となる様(やう)にすべし  [三]病人(びやうにん)の通(かよ)ひたる便所(べんじよ)は消毒藥(せうどくやく)を注(そゝ)ぎ斟取(くみと)りて前(まへ)如(ごと)  く焼棄(やきす)て其跡(そのあと)をよく〳〵掃除(さうじ)し其他病者(そのたびょうした)の吐瀉物(としやぶつ)を投入(なげい)  るゝことなき便所(べんじよ)も同(おな)じく防臭藥(ばうしうやく)を濯(そゝ)ぐべし木綿切衣(もめんきれい)  服夜具等総(ふくやぐとうすべ)て病人(びやうにん)に觸(ふ)れて汚(よご)れたるものは決(けつ)して健康(けんかう)  なる人(ひと)に觸(ふ)れしめず充分(じふぶん)に消毒藥(せうどくやく)を行(おこな)ひ襦袢手拭等價(じゆばんてぬぐひとう ね)  の貴(たか)からざるもの又(また)は口(くち)を拭(ぬぐ)ひたる紙屑涎(かみくずよだれ)の染(し)みたる  枕紙(まくらがみ)などまででも取(と)り落(おと)しなく都(すべ)て焼棄(やきすつ)るを良(よし)とす僅(わづか)の  品(しな)を惜(おし)みて焼(や)きすてず之(これ)が為(た)め其毒(そのどく)に感(かん)じ發病(はつびやう)して死(し)  したる者澤山之(もの たくさんこ)れあり戒(いまし)むべき事(こと)なり 【右】 [四]若(も)し焼(や)く能(あた)はざる品物(しなもの)は消毒水中(せうどくすちう)に入(い)れ煑沸(にたゝ)するこ  と一時間(いちじかん)にして後水石鹸(のちみづしやぼん)にて丁寧(ていねい)に洗濯(せんたく)し清水(せいすい)を灌(そゝ)ぎ  て乾(かは)かすべし  [五]若(も)し其家(そのうち)に消毒藥(せうどくやく)なきときは直(すぐ)に近邉(きんぺん)の警察分署又(けいさつぶんしよまた)  は町村役場(ちやうそんやくば)に抵(いた)りて消毒藥(せうどくやく)を乞(こ)ひ其用(そのよう)に共(そな)ふべし  [六]総(すべ)て消毒法(せうどくはう)は病家(びやうか)にては能(よ)く理會(りくわい)せざる人(ひと)もありて  兎角行届(とかくゆきとゞ)かぬものゆゑ衛生委員又(ゑいせいいいんまた)ば醫師(いしや)の指圖(さしづ)に従(よつ)て  丁寧(ていねい)に注意(ちゆうい)すべし但(たゞ)し消毒藥并(せいどくやくならび)に吐瀉物(としやぶつ)の取捨等(そりすてとう)は衛(ゑい)  生委員(せいいいん)にて夫々(それ〳〵)の取計(とりはからひ)ある筈(はづ)なり [七]此病(このやまひ)は人(ひと)より人(ひと)に傳(つた)ふる一種(いつしゆ)の毒(どく)なれば人々十分(ひと〳〵じふぶん)の  力(ちから)を極(きは)めて成(な)る丈(た)け病人(びやうにん)と健康(けんかう)なる人(ひと)とを引分(ひきわ)け其傳(そのでん)  染(せん)を防(ふせ)ぐことに盡力(じんりよく)せざるべからず故(ゆへ)に今一人(いまいぢにん)の病者(びやうにん) 【左】  あらんに家内残(かないのこ)らず其枕頭(そのまくらもと)を取巻(とりま)き病人(びやうにん)に取付(とりつ)き其吐(そのと) 瀉物(しやぶつ)の消毒法焼棄等(せうどくはうやきすてとう)の事(こと)を等閑(なほざり)にするときは忽(たちま)ち一家(いつけ) 中(ちう)に感染(かんせん)して先祖(せんぞ)の血統(ちすじ)をも絶(たや)すこと近(ちか)くは昨年(さくねん)の例(ためし) にて知(し)るべきなり [問(とひ)]若(も)し病者療養届(びやうしやれうやうとゞ)かずして死亡(しばう)したる時(とき)は其取扱(そのとりあつかひ)は如何(いかゞ) してよろしき哉序(や ついで)に承(うけたま)はり置度(おきた)し  [答(こたへ)]成程虎列刺(なるほどこれら)にて死亡(しばう)したる時(とき)の心得方(こゝろえかた)は他(ほか)への傅染(でんせん) を防(ふせ)ぐに肝要(かんよう)の事項(ことがら)なり故(ゆへ)に若(も)しかゝる時(とき)は早速衛生(さつそくゑいせい) 委員(いいん)に告知(つげし)らせ其死屍(そのしがい)は成(な)る丈(た)け火葬(くわさう)にするがよろし 其故(そのゆへ)は土葬(どさう)にては如何程(いかほど)に消毒(せいどく)するとも其屍(そのかばね)の腐(くさ)るに 随(したが)ひ自(おの)づと地中(ちちう)に滲(し)み透(とほ)し或(あるひ)は川水井戸等(かはみづいどとう)に流(なが)れ込(こ)み て再(ふたゝ)び害(がい)を萌(きざ)すべし火葬(くわさう)は其毒(そのどく)を焼拂(やきはら)ひ全(まつた)く清浄(せいじやう)とな 【右】 すものなれば傅染病(でんせんびやう)にて死(し)したる遺體(なきがら)の如(ごと)きは人(ひと)の為(ため)  にも我(わが)が為(ため)にも火葬(くわさう)にするは至極(しごく)の美事(よきこと)なるべし殊(こと)に  惡(あ)しき病(やまひ)の屍(かばね)は勝手(かつて)の所(ところ)へ葬(はうむ)り難(がた)く改葬(かいさう)することも決(けつ)  して成(な)らざる規則(きまり)なる故(ゆへ)に焼(や)きたる後(のち)の遺骨(ゆここつ)なれば先(せん)  祖(ぞ)の墓地(はかち)に持來(もちきた)り夫婦同穴(ふうふどうけつ)に葬(はう)むることも都(すべ)て望(のぞみ)の儘(まゝ)  なるべし [問(とひ)]偖虎列刺病(さて これらびやう)に就(つ)き豫防及(よばうおよ)び撲滅(ぼくめつ)することは既(すで)に遺(のこ)りな く委(くわ)しき解説(ときあかし)を得(え)て誠(まこと)にありがたく覚(おぼ)へたり然(しか)して今彼(いまか) の一般(いつぱん)の賣藥(ばいやく)てふものゝ中(なか)には一向(いつかう)に信仰(しんかう)すべき服藥之(ふくやくこ) れなき様(やう)に思(おも)わるれば何乎別(なにかべつ)に豫防(よばう)の助(たす)けをなすべき良(よ) き名方(めいはう)あらば序(ついで)に吾人庶民(われ〳〵しよみん)の為(ため)に傅授(でんじゆ)して置(お)かれ度(た)し  [答(こたへ)]成程其尋(なるほどそのたづね)も亦餘義(またよぎ)なきことならんされば左(さ)に虎列刺(これら) 【左】  豫防(よばう)の一藥方(いちやくはう)を掲示(けいし)せん抑此(そも〳〵こ)の藥(くすり)は近來欧羅巴各國(きんらいようろつぱかくこく)に  て大(おほひ)に賛用(さんよう)せられし良法(りやうはう)にして虎列刺病(これらびやう)の流行(りうかう)に際(さい)し  て之(これ)を日々飲用(にち〳〵いんよう)すれば大概其傳染(たいがいそのでんせん)を防(ふせ)ぎ得(う)べしと云(い)へ  り我國(わがくに)にても昨年(さくねん)などは各地(かくち)に於(おひ)て之(これ)を試用(しよう)し頗(すこぶ)る奇(き)  効(こう)のあるものたるは畧(ほ)ぼ証明(しやうめい)することを得(え)たり加之其(しかのみならずその)  味(あぢ)は通常市中(へいぜいしぢう)の水廛(みづや)に販(ひさ)げる「レモン」水(すい)の様(やう)なる甘酸(あまずつぱ)の  美(うま)き爽涼水(さうりようすい)にして且(か)つ其價(そのね)も廉(れん)なれば夏節(なつ)などは旁(かだば)ら  飲料(のみもの)として至極妙(しごくめう)なるものなり然(さ)れども其薬品(そのやくひん)の粗惡(そあく)  なるものは宜(よろ)しからざれば成(な)るたけ吟味(ぎんみ)して正(たゞ)しき藥(やく)  舗(ほ)にて之(これ)を購求(かひもと)むべし  〇鹿列刺豫防(これらよばう)の特効藥方(とくこうやくはう)  希硫酸《割書:六滴(むしつく)より|十滴(としつく)まで》極白砂糖(ごくしろさとう)《割書:三匁|》清水(せいすい)《割書:一合|》枸櫞油或(くゑんゆあるひ)は 【右】   橙皮油(たうひゆ)《割書:一滴(ひとしづく)|》  右混和(みぎこんくわ)して一日(いちにち)に二三度(にさんど)に分(わか)ち飲(の)むべし但(たゞ)し小兒(ことも)には  凡(およ)そ其五分(そのごふん)の一(いち)を用(もち)ゆべし多(おほ)きに過(す)ぐれば却(かへ)てよろし からず 九死(きうし)の一生(いつしやう)《割書:終(おはり)|》 【左】 明治十三年七月七日版權免許   [定價金十銭]  編輯兼出版人   岡山縣平民            大河本聽松            東京本所區松井町            二丁目一番地寄留 發兌書林  東京芝區柴井町   土屋忠兵衛       同 芝區三島町   泉屋市兵衛       同 通り三丁目   丸屋善七       同 馬喰町二丁目  島村利助       同 兩國吉川町   島屋一助       大坂備後町四丁目  梅原龜七       同 北久寳寺町   丸屋善藏  大河本聽松譯述  《題:《割書:人生|必要》水の善惡》   全一冊洋本製  大河本聽松著述  《題:《割書:人民|須知》命の長短》   全一冊洋本製 【記述なし】 【右】 060446―000―6 特50―712   九死の一生  大河本 聽松 編  M13 CBM―0280 【左】 特50―712  九死の一生    国会図書館