《題:鬼娘伝 全》 【手書き】 自安永七年六月於両国広小路興行鬼娘の見世物を 戯作せしものなり 鬼娘伝序 鬼(き)-者(は) 陰(いん)-也(なり) 気(き)-也(なり)。雖(さだまる)_レ無(かたち) ̄ン_二 定(なし)-容(といへとも)_一。 鈴(すゞ)-鹿(か)-山(やまの) ̄ノ鬼(をには) ̄ハ雨(あめ)-雹(あられと) 降(ふりける) ̄カシ箭(やに) ̄ニ。従(つふ) ̄リ_レ為(ぬれに) ̄ノ_二 于(なり)潰(し)-濡(より) ̄ニ_一。曰(をにわ) ̄フ_二鬼(こに) ̄ノ身(あめ) ̄ニ雨(だといふ) ̄ダト_一詞(ことば) 起(おこれり) ̄リ也 《割書:後(こう)-世(せい) 鬼(おにの) ̄ノ目(めに) ̄ニ|曰(なみだ) ̄フハ涙(といふは) ̄ト誤(あやまり) ̄リ也(なり)》茨(いばら)-木(き) 童(どう)-子(じ) ̄ハ被(かけつ)_レ斬(この)_二 請(うでを)-尤(しって) ̄ノ之(やられ) 腕 ̄ヲ_一。従(くもに) ̄リ_レ隠(かくれ) ̄シ_二于(し) 雲(より) ̄ニ_一。鬼(き) ̄ガ不(が) _レ《振り仮名:知 ̄トイフ|しれぬといふ》《振り仮名:諺 起|ことはさおこり》。《振り仮名:酒-呑 童-子|しゆてんどうじ》 ̄ハ。酔_二-潰(つゞ) ̄シ于(の) 【序の続き】  安永戊戌秋七月日    夢鬼山人誌 【本文】 《題:鬼娘伝(きちやうでん)》 年々(ねん〳〵)歳々(さい〳〵)花(はな)相(あい)似(に)たり。歳々(さい〳〵)年々(ねん〳〵) おなじみの。役者(やくしや)評判(ひようはん)星(ほし)移(うつり)て昔(むかし)の 碁盤娘(ごばんむすめ)はけふの豆娘(まめむすめ)桑田(そうでん)かへつて 海(うみ)となれば。三又(みつまた)変(へん)じて富長町(とみながてう)。 こんにやく島(しま)は。鹿島(かしま)の神(かみ)も御存(ごぞんじ)なく 吾妻橋(あつまばし)は。業平(なりひら)の手帳(てちやう)にも見 玉子(たまご)と五徳(ことく)は丸(まる)いとおもへば。四角(しかく)に 化(ばけ)てあぶり子(こ)と成(なり)湯銭(ゆせん)は六文。髪結(かみゆい) 賃(ちん)は廿四文と。昔(むかし)から直(ね)の極(きはま)つた物(もの)が。 八文と廿八文となる銭相場(せにそうば)。鳶(とび)飛(とん)で。 折介(おりすけ)天(てん)に上(のぼ)り。雨(あま)龍(りやう)下(くた)つて南鐐(なんりやう)の 名馬(めいは)と成(なる)。実(けに)や現在(けんさい)の工面(くめん)に詰(つま)り て。因果(いんぐは)地蔵(ぢぞう)に日参し。夢は(ゆめ)逆(さかさ)な 願(ねがい)がら。富?礼?の見得(けんとく)を祈(いの)り。神(かみ)の御前(みまへ) の鳥居を書(かい)て。小便を防(ふせ)ぎ。仏具(ぶつぐ)に 団十郎が替紋(かへもん)は。観音(くはんをん)を引 上(あげ)網(あみ)かと 見 違(ちが)ふ。此時(このとき)に当(あた)つて。吉野の桜(さくら)も はなつぱりの事(こと)とおもひ。高尾(たかを)の 紅葉(もみぢ)も鹿(しか)の吸物(すいもの)。牡丹(ぼたん)花(くわ)の詠料(ゑいれう)も。 【挿し絵】 猪(しゝ)の吸物かと怪(あや)しまる。斯(かく)世の中が 大 下(さが)り〳〵。伴頭殿(ばんとうどの)の十露盤(そろばん)違(ちがい)と成(なつ)て。 三五の十六羅漢(らかん)。廿四孝(こう)にまけさしやれ。 御前の事(こと)ならまけませうと。青岱(せいたい)の ぬつたりはげたり。うそか本田あたまを 打ふり。細眉(ほそまゆ)をひそめ。大 額(ひたい)を集(あつめ)て 遊(あそ)びの魂胆(こんたん)。むだの趣向(□ゆかう)。仁義(じんぎ)の反故(ほぐ)は 棚(たな)へ上(あげ)て袋戸(ふくろど)の下張(したばり)とし。武道(ぶとう)の 芸(げい)は番付(ばんづけ)を見て。女形(おんながた)の所作(しよさ)かと思ふ 四角(しかく)な豆腐(とうふ)は和(やらか)にして飯櫃形(いびつなり)から 親類(しんるい)の中(なか)に角(かと)が立(たち)。黒羽二重(くろはふたへ)は人が 悪(わる)く。伊勢島(いせじま)は倒(たお)□ぬ世界(せかい)。鬢張(びんはり)で 表をはれど内證(ないせう)はすきや燈籠(とうろう)の如(こと)く。 尻(しり)も結(むす)ばぬおさらい結びに。望(のぞみ)の通の 宿(やど)なし姿(すかた)となりゆくこと。畢竟(ひつきやう)昼(ひる)三度 夜(よる)三度。ぐい飲(のみ)の熱鉄(ねつてつ)にまはされ。 とまり木(ぎ)の高(たか)き。木(こ)の葉(は)天狗(てんぐ)の所為(しよい) なりと。高慢斎(かうまんさい)も行脚(あんきや)より帰り。そりや 聞(きこ)へ麻疹(ましん)も漸(やうや)くす。通りせしより。 おこま染(ぞめ)の黄(き)なるは。才三 格子(かうし)の帯(をび)に うつろひ。剣先(けんさき)の藍(あい)がへしは。大丸が 店(みせ)に売切(うりきれ)たり。鶴吉が手妻に抜かるゝ 盲(めくら)子人・鶴市(つるいち)が声色(こわいろ)には。雀(すゞめ)の千声色(せんこわいろ) をつぶす。それ俄(にわか)といふ程(ほど)こそあれ。 大門口うらゑいとう〳〵。埓(らち)を結(ゆ)ふたる 中の町(てう)。競馬(けいば)にあらぬおつゞら馬 はねた趣向(しゆかう)も一(ひと)さかりお歯は白(しろ)ひが 何(なに)やらが黒(くろ)ひ。けれがじやうか【???】さんまの 乾魚(ひもの)で茶漬(ちやづけ)喰(く)ふ間(ま)に。いつしか 五つとかぞへ来(き)て。隅(すみ)から隅(すみ)まで。五月(さつき) 下旬(げじゆん)は。われも〳〵と豆蒔(まめまき)のやつさ もつせ。水無月(みなづき)の朝?日は氷室(ひむろ)に あらぬ雑煮餅(ぞうにもち)。してやんしてどふした 訳(わけやら)。白髪のはへた爺婆(ぢゝばゝ)も呪(まじない)じや からけつちでせい。アイな。アヽあいなアと 正月の御(を)とりこし。長生(ながいき)せうとの慾(よく) 心(しん)はお婆(ばゝ)さんかいなと誹(そし)るもおかし かく慾深(よくふか)き世の中の金銭(きんせん)と救(すく)ひ とらんとて。かの信濃(しなの)なる開帳(かいてう)の親(おや)玉 四十年 振(ぶり)でのかへり咲(ざき)花(はな)のお江戸の 大賑(にきわ)ひ。極(ごく)楽の芝居(しばい)へずい行の 御印(ごいん)文を出し給ふ。貴 賤(せん)老若(らうにやく)は 隨喜(すいき)の涙(なみだ)を流(なか)し 《割書:隨喜(ずいき)とはずい行(いき)の|中略(ちうりやく)の詞(ことば)なり》 参詣群集(さんけいぐんじゆ)は昼夜(ちうや)を分(わか)ず。両 国橋(ごくはし)の 前後(ぜんご)に。取 廻(まは)したる商(あきな)ひ店(みせ)は錐(きり)を 立べき寸地(すんち)もなし。夜の内から詰懸(つめかけ)る 日(につ)参の挑灯(てうちん)は。星(ほし)の地上(ちせう)に降(くだ)るかと うたがふ。幾(いく)世餅の甘(むま)きは。安養(あんよう)浄土(じやうど)を 思(おも)はせ。淡(あは)雪の軽(かろ)きは。名(な)と倶(とも)に罪障(ざいしやう) 消滅(せうめつ)し。牛(うし)に引(ひか)れての。口上(こうぜう)聞(きゝ)入る 人あれば。茶屋(ちやや)の娘(むすめ)に涎(よだれ)を流(なが)す人 有り。乗合(のりあい)は弘誓(ぐぜい)の舟(ふね)を移(うつ)し。船頭(せんどう)の 日(ひ)にやけたるは。金色(こんじき)の膚(はだへ)かとおもふ 西瓜(すいくわ)の裁売(たちうり)は。蓮(はす)の台(うてな)の形(かたち)をなし 真桑瓜(まくわうり)は。如意宝珠(によいほうじゆ)の俤(おもかげ)あり。冷麦(ひやむぎ)の 永(なが)き未来(みらい)をたのみ。山猫(やまねこ)の切(きり)の短(みじか)きを 恨(うら)む。菅笠(すげがさ)日傘(ひがさ)預(あづか)りましよ。内陣(ないぢん)は 込(こ)み合(あい)ますとの声(こへ)は。三途河(さんづがは)のお婆(ばゝ) やらんと怪(あや)し。軽業(かるわざ)を見ては。肝(きも)を 釣(つる)し上(あげ)。千年(せんねん)土龍(むぐら)に長生(ながいき)をおもふ 太平(たいへい)の飾物(かざりもの)に。武恩(ふをん)の難有(ありがたき)を覚(おぼ)へ 又とんだ霊宝(れいほう)に腥(なまぐさ)坊主(ぼうず)の謂(いわ)れを 知(し)り。四季(しき)を分(わか)つ。からくりは。水(みづ)の流(ながれ)と 人(ひと)の行末(ゆくすへ)有(ある)が中(なか)に。花色(はないろ)の大 幟(のぼり)に おにむすめと染(そめ)貫(ぬき)し。看板(かんばん)に偽(いつはり)なし 赤(あか)い挑灯(てうちん)に。鬼(おに)の字(じ)を付(つけ)しは。鬼灯(ほうづき) 挑灯(てうちん)是(これ)なんめり。つゝしんで鬼娘(おにむすめ)が 監觴(らんじやう)を尋(たづね)るに。天(てん)からも降(ふ)らず地(ち)からも 湧(わか)ず吾(わが) 日本(につほん)伯耆(ほうきの)国(くに)大千山(だいせんざん)の麓(ふもと) 風流(ふる)の郡(こをり)。多佐江村(たさゑむら)。太次兵衛が娘(むすめ)お松(まつ)と いふ者(もの)あり。近郷(きんごう)名(な)うての性悪(せうわる)にて 誰(たれ)かれと契(ちぎり)し人(ひと)。多(をゝ)き中(なか)に伏谷村(ふしやむら) 総次(そうじ)といふ者(もの)と。中(なか)にも深(ふか)く契(ちぎ)り けるが。此事(このこと)顕(あら)はれて総次(そうじ)は。伏谷村(ふしやむら) を追(を)ひ払(はら)はれけり。此 総次(そうじ)もと日本(につほん) の者(もの)ならず。地獄(ぢごく)極楽(ごくらく)の境(さかい)巾着州(きんちやくしう) 摺切郡(すりきりこほり)。ちくらんだといふ所。しやらの しやんぷくりんといふ者(もの)の子(こ)なりしが すかんぴんの家(いゑ)に生(むま)れ。ばさらの道(みち)を 業(わざ)としければ。商(あきな)ひするに野性(もとで)なく 金(かね)を拾(ひろ)ふたら。湯(ゆ)かたを染(そめ)よとおもへ ども。肩(かた)に鉄(かな)てこ。裾(すそ)には碇(いかり)でも 流(なが)れ渡(わたり)の其日(そのひ)暮(ぐら)し。富士(ふじ)の山ほど 冷飯(ひやめし)なくては。鼻(はな)の下(した)の六万坪(ろくまんつぼ)。埋(うめ)ても 埋(うめ)ても埋(うま)らばこそ。せん方(かた)なくて頃日(このごろ)は しやんぷくりんに由緒有(ゆかりある)。ちやんぷくりん を頼(たのみ)て居候と成(なり)けるが。つく〴〵 おもふに。我(われ)厄病(やくびやう)本(ほん)田の寒熱(かんねつ)に犯(おか) され。奇妙(きめう)きてれつの身(み)となりしも 人(ひと)を茶(ちや)にしたるより起(おこ)れりと。一念(いちねん) 発起(ほつき)し。我身(わがみ)を恨(うら)みくづの葉(は)の せんべい売(うり)と成(なり)て。行衛(ゆくゑ)もしらず 成(なり)にけり。扨(さて)おまつは総次(そうじ)が事(こと)をも 打(うち)忘(わす)れ。毎月(まいつき)朔日(ついたち)を。丸飲(まるのみ)にして 誰(たれ)といふこともなく。じだらく次第(しだい)に 超過(てうくわ)せしが。いか成(なる)因果(いんぐわ)ゑけけつにや【?】 終(つい)に腹うはら)に申し分(ぶん)出来(でき)ければ。有(ある)と あらゆるおろし薬(ぐすり)はちんなめ ちぎりき草(そう)。東(ひがし)は奥州(をうしう)土平(どへい)が飴(あめ)。南(みなみ)は なんばんとうがらし。北(きた)は朝鮮(てうせん)すうけいし 山葵(わさび)おろしの黒焼(くろやき)まで。飲(の)んだり 付(つけ)たり。くすぐつたり。薬(くすり)におろかは なけれども。次第(しだい)〳〵にかたまりて はや十月(とつき)にも満(みち)たれば。覚悟(かくご)極(きはめ)て 村(むら)はづれの。井戸(いど)へ立(たち)より。じゆばんの 片袖(かたそで)おし切(きつ)て  〽すへまでのかたみに残(のこ)す片袖(かたそで)は    せめてそらいをたのむばかりぞ とあつかましくも書(かき)残(のこ)し。真逆様(まつさかさま)に 飛(とび)こめば。ふしぎやな井戸(いど)の底(そこ)に拍子木(ひやうしぎ) の音(をと)かち〳〵と聞(きこ)へてくるりと回(まは)ると 覚(おぼ)へしが。向(むか)ふをみれば大なる鉄(てつ)の楼門(らうもん) の扉(とびら)を開(ひらき)たり。其間(そのあいだ)より見(み)やり たれば。御簾(ぎよれん)を挑(かゝけ)て。焔王(ゑんわう)の玉座(ぎよくざ)と 見へて。浅草(あさくさ)の焔魔(ゑんま)よりは二割形(にわりがた)も 大 振(ふり)に見へさせ給ふ左右(さゆう)の座(ざ)には でつしりと居(すわ)つてからは。みぢんも動(うごか)ぬ ぶせう神(じん)罪人(ざいにん)水上帳(みづかけてう)と上書(うはがき)せし 大帳(だいてう)を扣(ひか)へ階下(かいか)には)見(み)る目(め)かく鼻(はな) 目(め)をいからし。鼻(はな)をぴこつかせ。牛の頭(かしら) 馬(むま)の頭(かしら)の者(もの)。黄木綿(きもめん)に。虎(とら)の皮(かは)の形(かた) 打(うつ)たる。褌(ふんどし)しめ踏馬御免(ふみむまごめん)と染貫(そめぬき)し 紺(こん)の腹当(はらあて)し。昼食(ひるめし)時分(じぶん)と見(み)へて 飼葉桶(かいばおけ)に首(くび)さし入(いれ)。修羅(しゆら)の太鼓(たいこ)を打(うつ) たる有様(ありさま)。すさまじくも又(また)心地(こゝち)よし。 焔王(ゑんわう)遥(はるか)に見やり給ひ。汝(なんじ)娑婆(しやば)に在(あり)し 時(とき)。多(おゝ)くの人(ひと)に肌(はだ)を穢(けが)し。ちよしら【?】 狂(ぐる)ひ不真実(ふしんしつ)重(かさな)る罪(つみ)にて地獄(ぢごく)へ 落(おち)たり。ヤア〳〵誰(たれ)かあるかの女(おんな)か性悪(せうわる)の 次第(しだい)鉄札(てつさつ)に記(しる)せしを。読上(よみあげ)よと宣(のたま)へ ば。ハッと答(こた)へて倶生神(ぐせうじん)読上(よみあげ)申す 其文言(そのもんごん)。一つ此まつと申女。生得(せうとく)是 大助州(をゝすけしう)。裾張郡(すそはりこふり)誰(だれ)でもの庄(せう)。取込村(とりこみむら) 悪性(あくせう)の娘(むすめ)に紛(まぎれ)御座なく候。其うへに 朝寝(あさね)を好(この)み宵(よひ)ッ張(はり)。大酒(だいしゆ)淫乱(いんらん)気隨(きずい) 我侭(わがまゝ)。少(すこ)しのことも仰山(げふさん)に。しなしたる 罪(つみ)は仰山(げふさん)。大仰山(だいけふさん)の地獄(ぢごく)にも余(あま)り てれんてくだの罪(つみ)は。紅蓮(ぐれん)大紅蓮(たいぐれん)にも 氷(こをり)付ず。偽(いつはり)飾(かざり)し舌(した)は。釘貫(くぎぬき)にも 懸(かゝ)らず。あべこべ地獄もやられず 一生(いつせう)の悪名(あくめう)は。ぬけん地獄(ぢごく)へ落(をち)入 もの也と。高らかに読上(よみあげ)給へば。焔王(ゑんわう) 重(かさ)ねて宣(のたま)ふは。此 性悪(せうわる)を当分(とうぶん) 地獄へ落(おと)しなば。獄卒(ごくそつ)共を。ちよろ まかし。いか成ことかふつくらん【?】。地獄に も置れず。極楽へは猶やれず まず〳〵娑婆(しやば)へ追ひ返し。さいたら 畑(ばたけ)に迷(まよ)はすべし。此上は出直して 来り候へ。又 汝(なんじ)が娑婆(しやば)にて念頃(ねんごろ)せし 伏谷村(ふしやむら)の総次(そうじ)といふは。我(わが)手下(てした)の獄卒(ごくそつ) のうてん鬼(き)といふ者を。かりに娑婆(しやば)へ 遣(つか)はして汝と契(ちぎ)らせ其方が胎内(たいない)に 今 孕(はらみ)たるは。のうてん鬼(き)が手の窪(くぼ)の 塊(かたまり)なり。出産(しゆつさん)して見るならば汝 親子(をやこ)も胆(きも)を潰(つぶ)し。虎(とら)の尾(を)の上を 踏(ふむ)心地なるべし。出生の子は是に かたどり。尾上(おのへ)と名付べし。是おのへが 罪(つみ)はお野衛(のゑ)を責(せむ)る。まだいをふなら おのへ憎(にく)ひ奴(やつ)なり。アレ計(はから)へと宣(のたま)へは 牛頭(ごづ)馬頭(めづ)両方(りやうほう)より立かゝり。持料(もちりやう)の 太鼓(たいこ)の撥(ばち)にて。髻(たぶさ)を突(つゝ)かけて 投 出(いだ)さるゝと見て。久しい物じやが 夢は覚にけり。余(あまり)のことの怖しさに 夢の次第(しだい)を物語する内に。虫気付 安〳〵と。産落せしは。玉の様(よふ)なる 鬼娘。もゝんぐわあ〳〵と。初声(うぶこへ)高く 上にけり。夢(ゆめ)の告(つげ)に違(たが)はず。頭に 痰瘤(たんこぶ)ほどな角(つの)が生。目に光(ひかり)ありて 三角(さんかく)也。口は耳(みみ)の脇(わき)まで裂(さけ)て 大なること三才 斗(ばか)りの小児(せうに)の如(こと)く 生れ出(いづ)ると駈歩行(かけあるき)すさまじきこと 生置(いけをく)も詮(せん)なしと。太次衛門夫婦 捕(とら)へて打殺さんと。追ひ廻しければ 鬼娘は側なる火吹竹(ひふきだけ)追取て 夫婦(ふうふ)が天窓(あたま)を。したゝかにくらはしければ 大 ̄キなる瘤(こぶ)を儲(もふけ)。頭(かしら)をかゝへて居(い)る 所を飛(とび)かゝつて夫婦(ふうふ)を捕(とつ)て抑(をさ)へ 瘤(こぶ)の出(で)たる処(ところ)へ喰(くらい)付(つき)。終(つい)に両人を 喰殺(くいころ)しけり。鬼に瘤(こぶ)を喰(くは)れしとは 是より申伝(つた)ふとかや。けれ鬼 子(こ)と いふ程こそあれ。村 中(ぢう)か集(□いま)りて 打(うて)ど擲(たゝけ)ど死(しな)ばこそ。火を燃(かけ)ても みぢんも。とろけず。いつその事に 池(いけ)へでも沈(しづめ)んとおもひしが。いや〳〵 こんな珍(めづら)しい物を。捨(すて)るもどふやら おしい物(もの)。幸(さいわゐ)江戸に善光寺(ぜんくわうじ)如来(によらい) の御開帳(をかいてう)。両国(りやうごく)へ見せ物に出(だ)したらば 一(い)ッ(つ)鹿(かど)の銭(ぜに)もふけ。一ツは罪障(ざいしやう)消滅(せうめつ) の為にもと。慾(よく)と恩愛(をんあい)。身の上の 慶(わざ)【?】に引れて。善光寺参り鬼の 目にも阿弥陀。ねらい澄(すま)した大当 鬼娘が御評判(ごひやうばん)〳〵  〽極楽(ごくらく)へ両国からの船廻し    地獄(ぢごく)は隙(ひま)で鬼は見せ物 孔子(こうし)は飴(あめ)を見て。老(をい)を養(やしなは)ん事を 思ひ。 盗跖(とうせき)は鎖(じやう)を明(あけ)ん事をおもふ。 弘慶子(こうけいし)は壺(つぼ)に入れることを工夫(くふう)し。 坤乾羅統(こんけらとう)【?】は枯木(かれき)の枝(ゑだ)の危(あやふき)事を 謡(うた)ふ。夫(それ)相応(そうをふ)の思付有。両国鬼娘は 須臾(しゆゆ)に化(け)して。贋(にせ)鬼の多(おゝ)くなりしは。 時ならぬ節分の豆に追はれし故(ゆへ)也 其(その)作。実の鬼娘に勝少なし。なめし 革(がは)を以(もつ)て面の皮(がは)を張(は)り。一とせ 流行(はやり)し蟇(ひき)の目玉を用(もち)ひ。蝋石(らうせき)の 歯(は)を尖(とが)らせ。握拳(にきりこぶし)を喰(くら)はせて 小(ちいさ)き角(つの)を生(はや)したり。見る人 毎(こと)に 真偽(しんぎ)を分(わけ)兼(かぬ)る。其(その)細工(さいく)奇 也(なり)と いふべし。夢鬼山人(むきさんじん)。真(しん)の鬼娘が  伝(でん)作(つく)れり。是(これ)も亦(また)空(くう)言 也(なり)。然(しか)れ共(ども) 南瓜(かぼちや)は唐茄(とうなす)の甘(うまき)に如(しか)ず。悪(あく)を懲(こら)し 善(ぜん)を勧(すゝむ)るの文 意(い)少(すこし)く有。鬼娘も 真偽(しんき)ともに怪(あや)し。其(その)伝も又怪し 誠(まこと)に鬼の名(な)。空しからずと云爾(しかいふ) 怪(くわい)力乱入正月の二ツ有年二度目の 七月書 ̄ス 【裏表紙】